1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/20(金) 23:18:53 ID:zz72S7Ic
捏造 if展開
貸切の店。
騒ぐは仲間達。
残酷な世界で、今も尚、生きている腐れ縁の同期達。
オレの隣に座るのは。
死に急ぎ野郎。
「……何で最後の晩餐で、隣にお前なんだかね」
「そりゃお前が寂しそうにしてるからだろ」
「馴れ合うのは主義じゃねぇだけだ」
「構ってやってんだから感謝しろよ」
「誰が感謝するか。チェンジだチェンジ」
「誰に」
「決まってるだろ」
オレは睨みつける。
ヤツは笑った。
「ミカサか」
「ミカサ以外にいねぇだろ」
「お前も懲りねぇな」
「懲りてたら、こんな場所にいねぇさ」
「スッパリと振られたクセに」
グラスを持ち上げ、喉を潤す。
2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/20(金) 23:28:44 ID:zz72S7Ic
「そのミカサを振った、てめぇが言うんじゃねぇよ」
「付き合った方が良かったか」
「オレに訊くなよ」
「ジャンが適任だろ」
「最悪だな」
「最低なのも自覚してる」
「……泣いてたぞ」
「知ってるよ」
「後悔は」
「山ほど」
「だったら付き合えよ」
「無理だって。オレ達は家族なんだから」
「そりゃ本心か」
「……」
ヤツは泣きそうな面で微笑んだ。巨人の力を体内に宿す青年は。どうしようもないだろう、とばかりに。
「オレは化物だからな。結ばれても、アイツを幸せにしてやれない」
「そんなのミカサが気にするタマかよ」
「オレが気にするんだよ。そもそも……この件については嫌ってほど殴り合っただろお前と」
「涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったよな。マジでウケるわ」
「お前もだったろうが」
オレ達は殴りあった。素手と素手で、ガキだった頃の時間を取り戻すように、青春の華を咲かせた。
惚れた女の幸福を祈って。
惚れた女の幸福を願って。
だから知っている。オレが振られたのも、死に急ぎ野郎が振るしか無かったのも。一から十まで、理由と感情をぶつけ合ったから。
3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/20(金) 23:40:19 ID:zz72S7Ic
「それでも言わせろよ」
「やだよ。オレだって初恋だったんだから」
「オレだって初恋だったさ」
「ミカサもな」
「ミカサもだ」
「……報われねぇな」
「お前がヘタレなせいでな」
睨み合う。まるで鏡合わせのように、そこには似た様な心境を表した面があった。
「お前はまだミカサを諦めてないんだろ」
「オレはミカサ一筋だよ」
「だったら、お前が幸せにしてやれよ」
「それが振られたヤツに言う台詞かよ」
「振ったヤツの台詞で、アイツの大切な家族からの台詞でもあるな」
「最低だな」
「最悪だな」
「一回ぐらい死んどけ、死に急ぎ野郎」
「オレが死んだら困るクセに、この馬面団長補佐様は」
「うるせぇよ。成りたくてなった訳じゃねぇ」
「オレだって巨人になりたくてなった訳じゃねぇよ」
まるで予定調和のように、オレ達は軽口を叩き合う。
いつからだろう。いつからオレ達は、こんな風に会話をする仲になっていたか。ムズ痒くもあり、苦々しい気持ちにもなる。
それだけの長い年月が経て。それだけの腐れ縁の絆を結んでしまった。
4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/20(金) 23:52:08 ID:zz72S7Ic
「やれやれだな」
「溜息を付くと、幸せが逃げるらしいぜ」
「溜息を付いてなくても、ミカサは構ってくれねぇけどな」
「お前にとって幸せはミカサかよ」
「惚れた女が笑ってれば、幸せになれんのが男だろ」
「違いない。オレもミカサが笑ってたら幸せだ」
「家族としてか?」
オレは嫌味ったらしく訊き、ヤツは未練たらしく零した。
「……半々で」
「だったら半殺しで許してやるよ」
「ははっ。寛大だな」
仕方ねぇだろう。オレが惚れた女は、未だにお前を想ってるんだよ。
だから死なれると困るんだ。
5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/20(金) 23:55:48 ID:zz72S7Ic
「てめぇが死ぬと、惚れた女が笑わなくなる」
「お前が死んでも、アイツは泣くだろ」
「当たり前だろ」
「そうだな」
オレ達が惚れた女は。オレ達が初めて愛を想った女は。
優しい、優しい、泣き虫な女の子だ。ちっとばかし誤解を招きやすいが、それは決して嘘じゃない。
「だから死ぬなよ、死に急ぎ野郎」
「お前こそ死ぬなよ、馬面団長補佐様」
「オレが死ぬと、惚れた女が泣くらしいからな」
「オレが死ぬと、惚れた女が笑わなくなるらしいしな」
「責任重大だな」
「重荷だと思うか?」
「まさか。それこそ冗談だろう」
「まったくだ。惚れた女の想いぐらい、この肩で背負えなきゃ団長補佐やってねぇよ」
グラスを掲げる。氷が揺れて、硬質な音を鳴らす。
それを掻き消すように、二つのグラスを打ち鳴らした。残っていた紺色の液体を、浴びる様に喉へと流し込む。
7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 00:04:24 ID:mXBcsBX2
「辛気臭い会話は止めて、オレ達も向こうに混ざろうぜ」
「だな。向こうはドンチャン騒ぎだ」
振り向く。そこには。
ミカサ、アルミン、サシャ、コニー、クリスタ、ユミル。
昔からの腐れ縁のヤツらが揃っていた。誰も彼もが、これから先に待ち構える絶望を知っていて、だからこそこの貴重な一時を。
無駄にしない為に、無為にしない為に。騒ぎ楽しんでいた。
笑顔、笑顔、笑顔。
オレ達が愛した女も、控えめながらも笑っている。この世界は残酷だが、それでも美しい。
「一応、言っとく」
「あん?なんだよ」
「もしオレが本当に死に急いじまったら、ミカサを頼む」
「お断りだ」
「なんだよ、ソレ」
「てめぇの頼みなんかなくても、オレが面倒見るに決まってる」
「そっか」
「そうだ」
「振られたのにな」
「振ったくせにな」
「最悪で」
「最低だ」
オレ達は立ち上がり、笑顔の輪に加わった。
それが最後。
死に急ぎ野郎……恋敵との私事を交えた最後の会話だった。
8 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 00:13:10 ID:mXBcsBX2
5日後に迫った最終決戦。
人類と巨人。相容れない二つの勢力が、栄光と繁栄を懸けて命を喰らい合う。その最後の戦いで。
死に急ぎ野郎は、消息不明になり。帰還する事は無かったのだった。
今にして思えば。
ヤツは見通していたのかもしれない。こういう結末になるのだと言う事を。
戦場の奥深くに、単身で突進していった死に急ぎ野郎は、声に出さずオレにだけ語り掛けていたのだ。唇の動きだけで。
ま、た、な。
別れの挨拶。
さようなら、ではなく。またな、と告げたアイツは、戻ってくる気はあったのだろうか。
問い質したくても、当の本人に届く事は無く。
そんな「いつか」なんて訪れることも無く。
人類は巨人の支配から脱し。
全ては過去になった。
完全な幸福は無く。
幸せと不幸せ。
半々の。
未来。
9 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 00:20:40 ID:mXBcsBX2
貸切の店。
独りきりの無音の空間。
平穏な世界で、今も尚、待ち焦がれているウダツの上がらない男が独り。
隣席には誰もいない。今はまだ。
靴音が鳴る。
近づいてくる。店の外から。
約束の時間だ。
まるで停まっていた時間が進み出すように、鼓動が跳ねた。
「いらっしゃい。お一人様で?」
「いつからマスターになったんだよ」
「生憎と店員すらいなくてな。真似事で迎えてやってんだ。感謝しやがれ」
「ありがとよ」
「それで、一人なのか」
「さっきまで、連れ合いがいたけどな。あっちもあっちで大事な用事だとさ」
空白だった隣席に、男が腰掛ける。
いつかのように。
いつものように。
終わった筈の過去が、焼き直しを開始した。
「マスター、酒」
「欲しけりゃ勝手に取れ。目の前に用意してやってるだろ」
「無愛想だな」
「オレから愛なんて想われたいか」
「悪い。オレの失言だった」
「分かればいいんだよ」
用意されていたグラスを掴み、貴重な氷が硬質な音と共に投入される。
適当な酒を注ぎ、ヤツの準備が完了する。オレもそれに合わせて、自分の準備を完了させた。
10 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 00:30:43 ID:mXBcsBX2
乾杯。グラスとグラスを打ち鳴らす。
「ただいま」
「遅すぎる。待ち草臥れたろうが」
「へぇ。待っててくれたのかよ」
「前言撤回だ」
「久々の再会だってのに、つれねぇな」
死に急ぎ野郎は苦笑した。オレは荒く鼻息を吹く。
「釣られてやっただろうが。突然呼び出しやがって。性質の悪い悪戯かと疑ったぞ」
「それでも信じてくれたんだろ」
「裏からの直通ルートなんて知ってんのは、限られてるからな。それこそオレの同期と、直属の上司だけだ」
「ジャンにだけ伝えたい事があったからさ」
オレにだけ。それは……どんな用件だろうか。薄々は察しが付いているが。それでも……その言い方は卑怯だ。
「……お前、変わったな。昔は情に訴えかけるなんて、しなかったクセに」
「変わってねぇよ。ただ……少しだけ大人になっただけだ」
「馬鹿は一度死なないと直らないらしいが、本当だったんだな」
「ははっ。ジャンは相変わらずだな。全然変わってねぇよ」
安心したと笑うヤツに、オレは唇を斜に曲げる。
「変わったよ。あれから何年経ったと思ってる」
「まだ片手で足りるだろ。ギリギリ」
「もう片手を超えようとしてんだよ」
長かった。どれだけ待ち焦がれていたと思ってるのか。
この日を、どれだけ待ちわびていたと思っていやがるのか。
11 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 00:33:54 ID:mXBcsBX2
「幸せだったか」
「半々だ」
「後悔は」
「それも半々だな」
「そっか。オレと同じだな」
残酷な世界は、平穏な世界になった。
だけど。幸せも後悔も、半々のどっち付かずに未来を歩んでいる。人生ってのはままならない。
「てめぇは幸せだったか」
「半々かな」
「後悔は」
「それも半々だよ」
「そうかい。だったら半殺しで済ませてやる」
「物騒だな」
「誰のせいだと思ってやがる」
オレ達は変わった。それでも昔のままで、軽口を叩き合えている。
変わって、だけど変わっていない部分も、確かにあるんだ。オレ達の関係が、変わっていないように。
ああ……嫌だね。歳は取りたくない。
「今まで何処で、何をしてたんだ」
「そういう契約だったんだ」
「契約?」
「そう。オレと巨人側の勢力との」
「これ以上、人類に危害を加えない為のか」
オレは空になったグラスに酒を注ぐ。ついでにもう一つのグラスにも注いでやる。
16 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 21:23:11 ID:mXBcsBX2
「誰も知らない、平穏な世界の為の犠牲か」
「そうかな」
「そうだろ」
「かもな」
懐から葉巻を取り出した。火を点け紫煙をくゆらせる。胸の奥底から唸りだす苛立ちを誤魔化すように。
「それでも……オレはオレが犠牲になったなんて、思ってねぇよ」
「何で」
「お前が。お前達が生きてる」
「勝手な言い草だ。それを自己犠牲って言うんだよ」
吐き捨てる。吸った煙と共に。
「それでもお前がオレと同じ立場なら、絶対に同じ事をしたと思うぜ」
「偉く自信満々だな」
「だってさ……惚れた女や、大切な人達が生きているだけで、幸せになれるだろ」
「そうかもな」
「だから、お前もそうするだろ」
「クソッタレな言い分だが、認めてやるよ」
「最悪で」
「最低だな」
葉巻の箱を隣席へと滑らせた。受け取り一本取り出すと、ヤツも火を点ける。
二本分の紫煙で、視界が曇った。
17 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 21:31:54 ID:mXBcsBX2
「案外、アイツらも話せるやつだぜ」
「巨人を一匹残らず駆逐してやると息巻いてたヤツと、同一人物とは思えねぇな」
「だからこそオレがいるんだ」
「もう人類に危害を加えさせない為にか」
「詳しくは言えない。ただ、最後の決戦で。オレはヤツらの王を倒した」
「それで」
「オレが王になった。そして今に至る」
「新兵でも、もうちっとマシな報告書を作成するな」
「言っただろ。詳しくは話せないって。この再会だって、オレが無理を言ったからさ」
二本目に火を点ける。酒を浴びるように煽る。ああ、紫煙とアルコールのせいで視界が揺らいでる。
「元気だったのかよ、死に急ぎ野郎」
「今更な質問だな」
「忘れてたんだよ。殴るか迷っててな」
「元気だったさ。足も二本あるぜ」
「残念と嬉しさが半々だ」
「素直じゃねぇの。馬面団長様はどうだったんだよ」
「見りゃ分かるだろ」
「生憎と目が悪くなってるようでさ」
「煙草の煙でも目に沁みたか」
「お前ほどじゃないけどな」
「てめぇに言われたくねぇよ。元気だったさ」
「良かった。一つ目が確認できて安心した」
その透き通った笑みに。やはりと自覚する。
例え二本の足があろうとなかろうと、コイツは亡霊みたいなもんなんだと。
18 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 21:40:52 ID:mXBcsBX2
「オレなんかの安否確認なんかで良かったのか」
「他じゃ駄目だ」
「アルミンやミカサは会いたがってたぞ。他にもだ」
誰も彼もが帰りを待ち続けていた。
だがコイツが指定したのは、オレ個人だけだった。もっと相応しい人物がいるにも関わらず。
「知ってる。それでも……ジャンじゃなきゃ駄目だった」
「それも契約か」
「いいや。私情だな……他のヤツらだと、オレが辛いから」
それに、とヤツは此処ではない方角へと視線をやる。
「アルミンも考えたけど、アイツはアイツで別個の用事があるだろうしな」
「一緒に来たって連れ合い、か」
「正解」
「やっぱりお前らは裏でつるんでたんだな」
「偶然の産物だよ。詳しくは言えねぇけど、今は連れの故郷にいる」
「地下から消えた時は、騒然だったぞ」
「ちなみにユミルもいる」
「巨人の力を持つ者は、遺恨を残さない為にか。クリスタ一筋のアイツがよく従ったな」
「なにせ……王様らしいからな」
巨人の王様と、調査兵団の団長。
契約が無くても、おいそれと面を突き合わすのは難しい関係だ。役柄なんて知った事じゃねぇけどな。
だから確認しよう。今更の。遅すぎて、分かり切った確認を。
19 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 21:50:50 ID:mXBcsBX2
「その王様の滞在期間は、何時までなんだ」
「この再会は、オレの我侭なんだ」
遠回しの伝え方に、遠回しの応え。
落胆は無い。ただ幾分かの悔恨があった。
「随分と良い子の我侭だな」
「昔から真面目が取り柄なんだよ」
「真面目なだけのヤツが、薬指に日焼け跡があるんだな」
「目敏いな」
「勝ち逃げか」
「むしろ完敗だよ」
「白旗を揚げてるようには見えないな」
「それが二つ目の確認なんだよ」
「黙れよ」
「頼む……自分勝手だとはしても。アイツの大切な家族としての言葉なんだ」
正直に吐露すると。そんな日焼け跡なんて見たくなかったさ。
オレとお前は、ずっと恋敵だと思っていたから。
20 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:12:31 ID:mXBcsBX2
恋敵を止めて、敵前逃亡したヤツの言い分なんて耳に入れたくもない。それでも、恋敵を止めたとしても。
家族からの言葉なら、聞かない訳にもいかなかった。
「先に確認させろ。んで素直に応えろ。それが条件だ」
「分かった」
「てめぇの相手は、てめぇが幸せになれる相手なのかよ」
「ジャン……お前」
「うるせぇ」
その面止めろ。オレまで変な面になっちまうだろうが。
仕方ねぇだろう。オレはお前に怒ってるよ。今だってぶん殴ってやりてぇぐらいだ。
21 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:30:21 ID:mXBcsBX2
それでも。
お前には笑っていて欲しい。お前には幸せでいて欲しいと思っちまってんだよ。
有り得ねぇよな。でも本心だ。
「あのさ……ここでソレは卑怯だろ」
「泣くなよ。男の涙なんて気持ち悪いだけだからな」
「アホか。これは煙が目に沁みただけだよ」
「お前も大概、言語能力が酷いよな」
「幸せだよ。誰かに強制された訳じゃない。オレはその人だから、幸せになれるんだ」
「そうか。……祝福するよ、親友」
「ありがとう。親友か……変な気分だ」
「オレもだ。酒が抜けたら、吐くかもな」
「それでも、今は悪い気分じゃないかな」
「愉快ではあるな」
何度も夢で思い描いていたような再会を、オレは果たしていた。過程と結末を除けば。
なあ、お前はどうだ。望みどおりの再会を果たせているか?訊くまでもねぇよな……その面を拝めば一発だ。
「可愛いのかよ」
「当たり前だろ」
「ミカサよりもか」
「本人に聴かれたら、ぶん殴られそうだな」
「甘んじて受けるべきだな。この罪作り野郎」
「……アイツは今どうしてる」
「その言葉を向ける先の相手は、大分的外れだな」
これが最後の確認事項なんだろう。これが終われば、この再会は終わる。泡沫の如く、溶けて消えていく。
22 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:36:37 ID:mXBcsBX2
「笑わなくなった」
「元気には、してるんだよな?」
「正しくは、強引にしてやっただな」
オレが付き纏うから。
オレが惚れた女に生きて欲しいから、お節介を焼きまくって。
今のアイツは、泣いたり落ち込んでいると、オレに付き纏われると嫌でも学んで。
人間らしい生活をしている。泣きはしないが……笑わないだけで。
「お陰でオレはストーカー扱いだ」
「約束、守ってくれたんだな」
「した覚えはねぇよ。オレがスキでやってるだけだ。役得が無かった訳じゃない」
そう。別に役得が無かった訳じゃない。
アイツは笑わなくはなったが、それでも感情が無くなった訳じゃないんだ。
26 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:50:50 ID:mXBcsBX2
「ミカサは意外と私生活はズボラだったりとか、料理スキルがあまり無いのも知ったしな」
「一緒に住んでるのか?」
「てめぇが戻ってこなくて、一時期は抜け殻みたいになっててな。面倒だったから、オレの自室に連れ込んだ」
「抵抗されなかったのかよ」
「言っただろう、抜け殻だったって」
アレは酷かった。初めの半年は、夢遊病者みてぇなモンだった。
「ロクに返事しねぇし、飯も喉が通らないみたいだったし、風呂さえ入らなかったからな」
「……」
「んな深刻そうにすんな。役得だと言っただろ」
「すまん」
「責めてねぇよ。てめぇにも事情があったんだろう。それに今は普通に生活してるさ」
「そっか。……まだ一緒に住んでるのか?」
「気になるか」
23 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:41:09 ID:mXBcsBX2
ニヤリと意地悪く笑ってやる。ああ……愉快だ。
「なし崩し的に、今も一緒に住んでるさ」
「ちょっとばかし尊敬した、ちょっとだけ」
「構いすぎて鬱陶しがられてるけどな」
「それでも出ていかねぇんだろう」
「予想外にも、な」
「随分と、懐いてるんだな。オレやアルミン以外にそんなに心を開くなんてさ」
心を開く、か。それが事実なら、オレは待ち続けなかった筈だ。
アルコールを流し込み、喉を焼く。
「本気で言ってんなら、ぶん殴るぞ」
「分かってるよ」
「笑わないんだもんな」
「オレじゃ駄目なんだよ」
「……訊きたい事は、確認できたかよ」
「ああ」
「だったら会えよ。てめぇが必要なんだ」
「今夜だけなんだよ、オレ達は」
「待たすつもりもないとか、残酷だな」
この世界は平穏になったが、相変わらず残酷だ。
会いたい人に会えず、別れたくないのに別れないといけない。それでも彼女はこの世界を美しいと思うのだろうか。
そう思っていて欲しい。そんな願望。
24 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:45:35 ID:mXBcsBX2
「だからコレを渡してくれ。オレから大切な家族や親友、そして仲間へのメッセージだ」
「手紙か。古典的だな」
渡されるのは十枚ちょっとの、封が施された手紙。
飾りのない無地の封には、誰宛か分かるように、相手の名が記っされていた。
「随分と準備がいいんだな」
「そりゃ皮肉か」
「決まってんだろうが」
大切に預かる。これはオレの命よりも、重たかった。
こんなものを手渡されたオレの心境なんて、コイツは絶対に分かっていねぇんだ。
「必ず、渡してくれ」
「承った。どうせなら、直接言えと言いたいがな」
「蒸し返すなよ。辛くなる」
「オレはいつだっていいぞ。ここまで来たら、もう数年ぐらいな」
自分勝手な言い草だ。それでも、これは本心。
誰よりもこの再会を終わらせたくないと思っているのは、オレなのかもしれなかった。
「そんな事を言ってると、巨人が大挙して押し寄せてくるぜ」
「それは怖いな。でも平穏(タイクツ)だけじゃ飽きちまうし、稀には残酷(カゲキ)なのも刺激的だろうさ」
「欲が尽きないよな人間ってヤツは」
「欲があったら、今頃、オレ達はまだ壁の中だったろうさ」
「ああ、それは願ってもねぇな。んでお断りだ」
「……半々だな」
「半々さ」
用件は終わった、とばかりに過去からの使者は立ち上がる。
25 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 22:48:53 ID:mXBcsBX2
これが最後。
これで最期。
過去は過去とし、それぞれの未来へと流れていく。……クソッタレ。
「おい、待てよ。死に急ぎ野郎」
「……」
その背に、声を飛ばして。
立ち止まり、振り返ってきた。その顔を、オレは一生忘れないだろう。今にも泣き崩れそうな、その面を。
「せっかちだな。オレもてめぇに贈るモンがあんだよ」
「……出すのが遅すぎだろ」
「そう言うな。タイミングが重要なんだよ」
「それが今か?」
「今だ」
オレも立ち上がり、カウンター側へと周った。
そこには二つの品がある。一つは小箱と、もう一つは……想いが詰まった品だ。
「てめぇがイイ子ちゃんすぎてな。どうにもタイミングが掴めなかったんだよ」
「イイ子ちゃんって……この歳でそんな風に言われてもな」
「まったくだ。……渡すものは二つ用意してる。が、渡すのは片一方だけだ」
「ケチ臭いな」
「てめぇの返答次第なんだよ」
苦笑いの笑みに、皮肉の笑みを。
27 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:00:42 ID:mXBcsBX2
なぁ……もういいだろ?そろそろイイ子ちゃんは止めようぜ。んなの全然似合わねぇよ、お前には。
オレ達は変わった。子供から大人へと変わった。
でもオレ達は変わっていない。子供のまま大人へと、変わらないまま変わった。
だからさ。
あの頃みてぇに、吼えろよ。どうにも成らない現実を前にして、無意味だと知っていても叫び吼えるのを止めなかったように。
それがあの頃の、オレ達の反逆の証だった筈だ。諦めないという誇り。
それが今に繋がってるんだぜ?
「残れよ。てめぇは此処に残れ。エレン……お前もそうしたいんだろうが。なんなら嫁さんも引っ張ってきやがれ」
「無理だよ……無茶言うなよ……ジャン」
分かってる。知ってる。でも違うだろうが。んな行儀の良い答えなんか知った事かよ。
叫べよ。吼えろよ。どうにも成らない現実だからこそ、オレ達は苦しみながらも叫び吼えたんだろうが。
その結果がコレだとしても。
それでも良かったと思えるように、オレ達は叫び吼えたんだろ。
手本は……オレが見せてやるさ。嫌ってほど間近で魅せ付けられてきたんだ。だから思い出させてやるよ。
最後の最後なんだ。最期の最期なんだよ。
その終わりぐらい、オレ達らしく。
終わろうぜ?
28 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:04:47 ID:mXBcsBX2
ぶち上げる、大人に成りきれないガキの叫びを。
「うるせぇよ!オレがこんだけ引き止めてやってるんだ!ちょっとは考えて喋りやがれ!!」
ぶち撒ける、未練と後悔がふんだんに練りこんだ咆哮を。
「てめぇを待ってるヤツがどれだけいると思っていやがる!ミカサ、アルミン、コニー、サシャ、クリスタ、エルヴィン元団長や、リヴァイ元兵長にハンジ元分隊長、他にも!オレだってそうだ!!」
建前も世間体も捨てて、ただ我武者羅に叫んだ。
「なのにてめぇは自分勝手だよな!!残されるヤツの気持ちなんて一欠けらすら考慮しねぇ!!てめぇはソレでも、最後の最後までクソつまんねぇ冗談と建前で、去る気かよ!!」
理性は崩壊し形振り構わない激情を乗せて、ただ滅茶苦茶に吼えた。
「てめぇはそうじゃねぇだろう!オレ達はそうじゃねぇだろう!?だったらぶち上げろよ、ぶち撒けろよ!!」
雁字搦めに柵や枷なんて吹き飛んじまえと、ただ目茶苦茶に泣き叫び吼えた。
「そうじゃねぇと残されたオレ達も、残していくてめぇも、綺麗に終われねぇだろうが――!!」
なぁ、そうだろう親友?
頬に伝う冷たさを無視して、引くつく喉の震えを堪えて、オレは崩壊しそうな面を笑みの形に整えた。
笑えているだろうか。自信は正直無い。
あーあ、格好悪りぃな。頭の片隅で思いつつ、オレは無言で震える死に急ぎ野郎を見た。
29 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:12:19 ID:mXBcsBX2
オレは見た。顔を俯け、必死に震えを押し殺すヤツを。
「こうならないように……お前を選んだってのにさ」
悪いな。オレなら引き留めないと思ってたんだろ。
「辛くなるから……ミカサやアルミン達じゃなく、お前にしたのに」
そりゃ甘い算段だ。オレは誰よりも、お前に嫌がらせをするのが好きなんだよ。
「台無しだ。お前だって、オレの気持ちなんか全然理解してない癖しやがって……!」
当たり前だろうが。オレは神様とかじゃねぇぜ。他人の心の底なんか視えるかってんだ。
だから叫べよ。だから吼えろよ。
いいお手本だったろう?むしろ似非の真似事だけどな。思い出したか、先刻のはお前の真似事だよ。
なあ本家本元。いい加減、本音を曝け出せよ。
そう語りかけた時、爆発が迸った。
30 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:18:13 ID:mXBcsBX2
ぶち上げられる、大人に成りきれないガキの叫びを。
「うるせぇんだよ!オレだって此処にいたいんだよ!それぐらいお前なら分かるだろうが!!」
ぶち撒けられる、未練と後悔がふんだんに練りこんだ咆哮を。
「何でオレなんだよ!何でオレばっかりこんな損な目に遭わなきゃなんねぇんだよ!?オレは巨人になんか成りたくなかった、お前らと一緒に人間として生きたかったんだよ!!」
建前も世間体も捨てて、ただ我武者羅に叫ばれた。
「ミカサの隣にいてやりたかった!アルミンとの約束を果たしたかった!お前とも下らない事でずっと喧嘩したかった!!他のヤツらとも、もっともっと騒ぎたかった!!」
理性は崩壊し形振り構わない激情を乗せて、ただ滅茶苦茶に吼えられた。
「でも仕方ねぇだろう!?オレがこうしなきゃ、オレ達は死んでたんだよ!!オレはお前達に生きていて欲しかった!!寂しいけど辛いけど、オレはそれだけで幸せなんだよ!!」
雁字搦めに柵や枷なんて吹き飛んじまえと、ただ目茶苦茶に泣き叫び吼えられた。
「だからオレは行く!自分勝手だろうが何だろうが知るか!!オレはオレの幸せの為に、お前達を置いていく!!文句があるかよ!?」
文句はねぇさ。
お前がソレを選ぶのは知ってたんだからさ。だから渡すぞ、お前の大切な人からの、想いの品を。
「受け取れよ。餞別だ」
丁寧に巻いてやる。ここに居ない、彼女の代わりに。彼女がずっと拠り所にしていた、想いの詰まった赤を。
49 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:35:43 ID:sbtZFvkA
「これ……何で、ミカサの……」
「必要だろ」
「オレがミカサに上げた……マフラーじゃないか」
ボロボロになりながらも、決して持ち主が手離さなかった、家族の証。
「伝言だ。エレンが寂しくならないように、これを貴方に返す。私達は、ずっと家族。それが証明。寂しかったら、これを私と思って。……だとさ」
「っ……随分と、準備がいいんだな」
「そりゃ皮肉か」
「決まってるだろう」
水滴が弾ける音が、地面を鳴らす。それを隠すように、赤いマフラーで顔を覆った。
「ありがとう。大切にする。そう……ミカサに伝えてくれ」
「ああ、伝えるさ」
きっと届いてるだろう。てめぇのその想いは。この以上なく、ストレートに。
31 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:27:35 ID:mXBcsBX2
「もう……行くよ」
「ああ。止めはしねぇ。これ以上は野暮ってもんだしな」
顔の半分以上を赤いマフラーで覆い隠したヤツは、今度こそ背を向けた。
「ジャン」
「何だ」
「元気でな」
「お前こそな、エレン」
「ああ。……さようなら」
別れの挨拶。
またな、では無く。さようなら。
もう会う事は無いのだと告げる、決別を示した言葉だった。
だから、
「ああ。――またな」
さようなら、では無く。俺は戯れに、酒を注ぐように、繰り言を告いだ。
また会おう。
そんな「いつか」は決してやってこない。
オレ達を取り巻く状況が、それを許すことは有り得ない。
それでも。希望や夢ってのは、届かなくても輝いてるだけで価値がある。
子供だって、それぐらい知っている。何よりオレは諦めが悪い。
だから言葉を継いだ。
「また会おうな――親友」
「また会おうぜ――親友」
それが最後。それで最期。オレ達はオレ達らしく、再会を終えたのだった。半々の、感情を残して。
32 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:41:15 ID:mXBcsBX2
貸切の店。
独りきりの無音の空間。
平穏な世界で、今はもう、待ち焦がれるのも待たせるのも止めた男が独り。
隣席には誰もいない。今はまだ。
靴音が鳴る。
近づいてくる。
店の外からでなく、店内から近付いてきた彼女を迎え入れた。
停めていた時間を進める為に、一息吸って覚悟を決める。
「もう、いいのか」
「大丈夫」
泣き腫らしたのだろう、真っ赤な瞳と腫れた瞼のミカサ。すっかり見慣れた首元のマフラーは、そこにない。白く透き通る素肌を覗かせていた。
空席の隣に、静かに腰を下ろす。
「あまり泣いていたら、貴方が心配する」
「心配させてくれるのか」
「する、しない、はジャンの自由。私としてはして欲しくない」
鬱陶しいからか、文字通り心配を掛けたくないからか。
どっちの意味で?
んな無意味な問いかけはしなかった。こういう時は、都合の良い方に解釈してればいい、己にとって。
33 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:42:03 ID:mXBcsBX2
「これで良かったのかよ」
「良かった、とは」
「こんな風な終わり方でだ」
会いたい人に会えず、別れたくないのに別れないといけない。それでも彼女はこの世界を美しいと思うのだろうか。
なぁ……オレの願望は、お前にとってどうなんだ?
「ジャン、ありがとう」
「その感謝を向ける先は、大分的外れだな」
そんな顔を引き出した、アイツにこそ向けてやるべきだ。
「エレンは幸せそうだった」
「最後は泣いてたぞ」
「それでもエレンは幸せ。家族の私には分かる」
「だったら幸せなんだろうな」
「エレンが幸せなら、私も幸せ」
胸が張り裂けそうだ。見ていて痛々しい。見ているだけで涙が零れそうになる。
彼女の言葉に嘘はない。この女は本気で言っているのだ。なのに、その表情は笑みは笑みでも、見ていて痛々しい気持ちになるのは、どうしてだろうか。
34 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/21(土) 23:49:46 ID:mXBcsBX2
「ジャン……?」
「何でもねぇよ」
「そう。なら良い」
良くはねぇよ。お前の笑顔はそんなんじゃねぇだろう?ああ……恨むぞ、親友。
オレはこのままじゃ、きっと恨んじまう。
本当の笑顔を引き出せない、己自身を。
不甲斐ねぇな。
「ストイックだな。一目見るだけ、声も掛けないなんて」
「掛けたら、苦しむ」
誰が、なんて決まってる。本当に、彼女は、優しい。
その顔を崩したくて、オレはグラスを差し出した。そこに酒を注ぎ、彼女の前に示す。
「一緒に飲んでくれねぇか」
彼女は酒を嗜まない。前に何度か飲ませては、顔を顰めていた。それを知っていて勧める。
ちょっとした気遣いと、少しの下心。
「構わない。……ありがとう」
「どういたしまして。乾杯」
「乾杯」
グラスとグラスがかち合い、硬質な音を鳴らす。
彼女は顔を顰め、オレは微苦笑を零す。そして預かっていた手紙を、そっとテーブルに置く。
彼女にとって大切な家族からの、最後のメッセージ。
35 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:03:02 ID:sbtZFvkA
「読んでいいの?」
「お前宛のだ」
「じゃあ失礼する」
「と、言いたいとこだが。読む前に、少しだけオレの我侭に付き合ってくれねぇか?」
オレは冗談めかして口ずさむ。彼女はきっと口数少なめで、応じてくれるだろう事を知っていて。
どんな冗談でも、真面目に返すのが彼女の特徴だ。
「別に構わない。貴方の我侭は、今に始まった事じゃないから。その我侭に付き合えるのなんて、私達ぐらいだ」
前言撤回。どうやら彼女も、冗談や皮肉は言えたらしい。
「どうして追わなかったんだ。店の裏口は開けておいただろう」
「追ったほうが、良かった?」
「オレの気持ちを知ってる癖に、性質が悪い返しだ」
「誰のせいだと思ってるの」
誰のせいなんだろうな。あまりにも都合の良い解釈をしてしまいそうで、嫌になる。
脳内が快適だとは、誰の言葉だったろうか。
36 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:09:14 ID:sbtZFvkA
「追えば、きっと私は戻ってこなかっただろう」
「幸せになれる」
「でもエレンは悲しむ」
「それでも幸せになれるだろ」
「違う。何度も言うけど、エレンの幸せが私の幸せ。私だけじゃ意味がない」
それに、と彼女は言葉を繋いだ。
「エレンは変わった。エレンは私よりずっと大人だった。もう私がいなくても、彼は強い」
「変わったか……」
「私はエレンが好きだった。それは今でも変わらない。でもエレンが変わったように、私も変わろうと思う」
その横顔は、切なくも強い意志を感じさせる。後ろではなく、前を見据える人の顔だった。
「信じて待ち続けれるように。それが残された家族の役目。私はエレンの家族だから」
「ミカサ……変わったのはお前もだよ」
「そう。だったら、ジャン。貴方も変わった」
オレ達は変わった。昔からは想像も付かないような、言葉を交し合って。
変わって、だけど変わっていない部分も、確かに残している。オレ達の関係が、その名残りを残すように。
「もう、満足した?」
「存分に」
「だったら、読む」
37 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:10:55 ID:sbtZFvkA
素っ気無く視線は外され、独占していた視線は手紙へと移る。
しっかり封をされた手紙が、細くしなやかな指で切られた。真っ白な紙が取り出し、それに瞳を落とす。
「エレン……」
彼女だけが見ることを許された、世界でたった一枚のメッセージ。
そこに何が書かれているかをオレは知らない。知る必要性もない。それは彼女だけが知っていればいい事だ。
「…………」
無言で手紙を読む彼女。その頬には透明の雫。
ポタポタと地面を鳴らす。
「うん……うん……」
オレは静かに見守る。
あの野郎がいなくなってから、オレは彼女が泣くたびに、構いに構った。その度に嫌そうにされ鬱陶しいがられ、稀には癇に触れて殴られもした。
嫌われても、止め様としなかった。悲しみで濡れて欲しく無かったから。
だけど。
この涙は違うから、オレは構わなかった。
「そうだね、エレン……」
それは悲しみから零れる涙じゃなく、嬉しさから溢れる涙だったから。
「……私も、幸せになる」
……ああ、チクショウ。やっぱ、お前はすげぇよ、エレン。
38 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:13:55 ID:sbtZFvkA
オレがどれだけ頑張ったって。オレがどれだけ頭を悩ませたって。
絶対に引き出せない顔が、そこにはあった。本当の、本物の、笑顔。太陽のように満開ではないけれど、月の仄かな優しさに満ちた笑顔。
見惚れて、焦がされる。捧げた心臓が、戻ってきた心臓が、恋に焦がされた。
嫉妬はあった。その笑顔を引き出しのが、オレじゃないって事に。
それでも幸福だった。惚れた女が笑っているだけで、幸せだと感じるのが安っぽくもオレらしい。
「ジャン……エレンは私に幸せにと言ってくれた」
手紙に視線を落としたまま、幸せを噛み締めるように呟く。
「そうか」
「ずっと、ずっと、私は大切にされていた」
「そうだな」
「私が幸せなら、エレンも幸せになれるらしい」
「そりゃそうだろうさ。お前らは大切な家族なんだもんな」
「そう。私達は家族。そして私がまだ生きているのは、ジャンが、貴方がいたから」
微笑み。その横顔から覗く微笑みは、今だけはオレだけに向けられたモノだ。
39 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:15:20 ID:sbtZFvkA
「ので、改めて言わせて欲しい。ありがとう、と感謝を」
「……どういたしまして」
「ジャン、いつかの返答を……」
いつかの返答。それは死に急ぎ野郎が戻ってこなかった後に。
『オレはお前を変わらず愛してるよ』
『知っている。私も、ジャンは嫌いじゃない。だけど、私は……』
『それでいいさ。オレも今すぐなんて期待してねぇ。そもそも……オレとお前だけじゃ、意味がねぇしな』
『……貴方まで待つ必要はない』
『待つんじゃない。オレが勝手に待たせるだけさ』
『そう。なら貴方の自由だ』
『いつか……オレ達がちゃんとオレ達らしく、前へと進めたら、さっきの答えを貰うよ』
『……』
『覚えておいてくれ』
まさか本当に覚えているとは思わなかった。
あんな中途半端な、諦めの悪い男の約束を、覚えてくれているとは思わなかった。
40 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:16:02 ID:sbtZFvkA
「ジャン……?」
手紙から視線を外し、オレを不思議そうに見る彼女。
「どうして、貴方は泣いているの?」
「泣いてるのはお前だろ」
「そうだけど……そうじゃない。私じゃなくて、今は貴方」
まだまだ改善余地のある言語能力を披露する彼女の手を取り、自分の頬に押し付ける。
「泣いてねぇだろ?」
「涙は流れていないようだ」
愛おしい。彼女の熱が頬を通して、全身へと伝わってくる。
「それでも、貴方は泣いている」
「どうして、そう思うんだ」
「ずっと傍に居たから解る。それ以上の言葉が必要?」
焦がされる心臓が、一瞬だが飛び跳ねていた。それを落ちつけるように、もはや癖みたいに気付けば皮肉を飛ばしていた。
「オレが付き纏っていたからだろ」
「……貴方は素直な癖に、面倒臭い人だ」
「あのさ」
「なに」
「あまり誤解や勘違いをさせるなよ。自惚れちまう」
優しい彼女に、卑屈なオレは。卑怯な予防線を張ってしまう。臆病なのは、いつまで経っても治らない。
41 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:16:37 ID:sbtZFvkA
そんな女々しいオレに対して、彼女は漢前だ。ずっと、昔から。この関係も変わらない。
今だって、情けない事にそうだ。
「する、しない、はジャンの自由。私としては、どちらも変わらない」
親指で瞼の下を拭われた。涙を零していないのに、それを拭う仕草に、また焦がされ愛が溢れる。
胸の内ポケットに仕込んだ、渡しそびれた小箱の存在を意識する。
小箱の中に仕舞った、銀の輝きを。
強く、強く。意識する。
「……今からでも、遅くはないのかね」
「待たせすぎた、と反省している」
「それは違う。言っただろ、待たせたのはオレだって」
そう。待たせたのは、オレだ。惚れた女に、改めて想いを伝えた時に。
結果がどうなるか置いといて、惚れた女が笑っている方が、最高にイカしていると思うんだ。アンタらだって、そう思うだろ?
この瞬間、このタイミング、この場に――全てが揃っている。
絶対的な幸福を味わえるシチュエーションが。ミカサが、じゃなく。想いを告白するオレが。
だから待たせたのは彼女じゃなく。
最後の最後まで、自分勝手なオレだ。誰がどう言おうが、これだけは譲らない。男の子なんだ、見栄ぐらい張らせてくれ。
42 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:17:53 ID:sbtZFvkA
だから。
だから。
覚悟を決めよう。
待ち焦がれるのも、待たせるのも止めたのだから。焦がされ、溢れ出した想いのまま。
勢いに乗って、長年の想いをストレートに届けた。胸に仕込んだ小箱から、彼女が気に入っていたデザインの銀の指輪を取り出して。
「オレと、家族に、なってくれませんか」
こうして、一つの噺は幕を閉じた。特別な再会を果たした夜は終わり、停まっていた時間は過去から未来へ。
変わったモノ、変わらないモノを背負って、それぞれの針は進んでいく。
遠い遠い場所へ去った誰かのように。待ち焦がれるのも待たせるのも止めた誰かのように。首元の赤から、左の薬指に銀を嵌めた誰かのように。
また「いつか」の約束を残して。
また「いつか」の誓いを信じて。
甘く、切ない。貸切の舞台は、静かに幕を下ろしたのだった。
43 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 00:19:14 ID:sbtZFvkA
終わり。
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