1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:39:45 ID:RHb9sFaM
澄み切った晩秋の朝空に抱かれ、紅葉に染まった景色を眼下に眺めながら天馬を駆る。

背に暖かい日を感じつつも、時折吹く耳に寒い北風は、冬の足音を伝えていた。

アリティア城に到着した時にはちょうど正午ほどで、天馬を繋ぐとすぐに用意していた紺色のドレスに着替え、式場へ急いだ。 

2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:40:28 ID:RHb9sFaM
ステンドグラスを通した光に彩られた聖堂に入る。まだマルス王子は来ていないようだった。戦を共にした、懐かしい人々に会釈をして、自分の席に向かった。

暫くすると司祭が開始を宣言し、介添人と共に新郎が姿を現した。白のタキシードを纏ったマルス王子。少年のあどけなさは、青年の精悍な面持ちにかわっていた。

彼は私の方を見たかと思うと、あの優しい微笑を投げかけてくれた。かつて少女だった私が、恋をしたあの微笑を――

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3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:41:07 ID:RHb9sFaM
リュッケ将軍を盟主に、追放された将兵が反乱を起こした土砂降りの夜、私はマケドニア城の自室で姉と職務を処理していた。

雨音に混じって聞こえ始めた剣戟の音に不穏な雰囲気を感じ取り、窓下に目をやると武装した兵が幾人もいるのが見えた。

危機を感じて振り返ると、ドアが開いた。

「反乱です! ミネルバ様が人質にとられました! お逃げください!」 


4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:41:45 ID:RHb9sFaM
侍女はまだ何かを言おうと口を開きかけたが、その瞬間に胸を後ろから貫かれ、血を吐いて倒れた。背後に薄ら笑いを浮かべた男たちが見えた。

足がすくんで動けない私を尻目に、姉は素手でそこにいた三人を叩きのめし、私の手を取って走り出した。

びしょ濡れになりながらも、何とか追手をかわして天馬が繋がれた馬屋へ着くと、姉は言い放った。

「カチュア、天馬に乗って北へ逃げなさい。私は囮になってもう少し時間を稼ぎます」 

5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:42:17 ID:RHb9sFaM
私は拒んだ。姉が嘘をついていることがわかったからである。姉は死ぬつもりだった。

「行きなさい! あなたは誇り高きマケドニアの兵士でしょう!」

同時に平手を貰った。私は飛び立った、大粒の涙と雨に頬を濡らしながら―― 

6 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:42:53 ID:RHb9sFaM
夜通し天馬を駆り、国境の森に着いたのは朝方近くの頃だった。主君と最愛の姉を喪ったという感情と、無力な自分に対する嫌悪感に苛まれ、いっそ飛び降りて死んでしまおうと思っていた時に見えたのが、アリティア軍の旗、そしてマルス王子だった。 

7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:43:36 ID:RHb9sFaM
左肩には矢が刺さり、半死半生の体で森から現れた私に、王子は誰よりも速く気づき、泥だらけの体を何のためらいもなく抱き起してくれた。

「城で、反乱が……ミネルバ様と、姉さんが……うう」

嗚咽で言葉が出ない私を見て、王子はそっと一言かけてくれた。

「カチュア。君が生きていてくれて、よかった」

感情を抑えきれなくなった私は、王子の胸で泣き崩れた。そんな私の背を、彼は泣き止むまでずっと撫でていてくれた―― 


8 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:44:41 ID:RHb9sFaM
その時からだ。私がかつて経験したことのない特別な感情を抱き始めたのは。

まさしく少女の心には革命だった。寝ても覚めても王子のことを考え、気付けば目で追っている。目が合えば合ったで耳まで熱くなって逸らしてしまう。想像は逞しくなり、話せた日は人生最良の日で、会えなかった日などは切なさで死んでしまいたいような気持になる。

この感情の最大の被害者は、奇蹟的に生き延びた姉だったろう。

怪我の静養のため、床についている彼女の横で、私は毎晩王子とどんな話をしたのか、彼がどれだけ優しいか、何回目が合ったかなどを少女らしい心で喋り続けた。その時の姉は、母親のようにほほえみながら私の話を聞いてくれていた。 

9 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:45:20 ID:RHb9sFaM
それだけにシーダ王女の出現はショックだった。

目で語り合う彼らは正に相思相愛の恋人のようで、二人を見る度に、嫉妬に胸が痛んだ。

けれど、もしかしたら明日急に私を好きになるかもしれないなどという妄想を膨らませて自分を慰めていた。

月日は流れ、私の恋慕の情はどんどん強く、大きくなっていく一方で、一定の隔たりを飛び越えられない切なさが胸に募った。 

10 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:46:01 ID:RHb9sFaM
――気持ちを伝えたい――ある日急に思い立った。

だが、いったいどうしていいのか全くわからなかった。その晩顔を真っ赤にしながら姉に尋ねてみた。

「……恋文はどうかしら」 

11 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:46:49 ID:RHb9sFaM
恋文、そのロマンチックな響きに私は夢中になった。

これだけ好きなのだからさも素晴らしいものが出来るだろうと思い、慣れない筆をとってみると、全く思うようにならない。

書いては捨て、書いては捨てを繰り返し、胸いっぱいの気持ちを表現しようともがくが、一種言語障碍のような状態に陥り、出来上がったものを見てもちっとも良いと思えない。

一晩、また一晩と過ぎ、これでゆくと決心したものが出来上がったとき、満タンだった墨壺は底を尽きかけていた。

二人きりになれたらすぐに渡そう、と決めて戦場でさえ持っていたが、どうしてか面と向かうと無難なことしか言えず、渡すことはできなかった…… 

12 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:47:21 ID:RHb9sFaM
しかし、メビウスとの決戦前日、飛竜の谷で幕営しているとき、偶然マルス王子と二人きりになることができた。後で知ったが、これは姉の計らいだったらしい。

「明日は運命の日ですね……」

「うん。僕とファルシオンに世界の命運がかかってるって思うと、恥ずかしいけど震えてくるよ」

「マルス王子ならできます! 絶対に……」

違う、こんなことが言いたいんじゃないのに――

「王子、私は――

さっきまであったはずの手紙は、ポケットから消えていた……

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13 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/22(日) 13:48:45 ID:RHb9sFaM
光陰矢のごとし。あれからどれだけの季節が過ぎ去っただろうか。鮮やかな色は褪せ、散り始めた葉が外に見える。

かつての純粋な少女だった私は、結局独り身のまま、いまや人生も秋の夕暮に差し掛かった身になった。

だが私はこの一生から、他の幸せな恋人たちが引き出し得ないであろうことを学び取った。これは、誰が何と言おうと、私だけのものである。

全てが思い通りになったら、人生はかえって寂莫なものとなるだろう。事実そういうことは有り得ないのだが、人は自分の望みを達し得ないところで「もののあはれ」を知る。満たされた愛よりも、遂げられぬ愛において「もののあはれ」は身に染みる――



窓を開けると、ひらりと銀杏の葉が舞い込んできた。

おわり