3: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/28(水) 22:28:00.02 ID:zmsfoMalo
「勇者よ。魔王を、倒すのだぞ」

謁見の間。響く王の声に勇者は是、と応えて深々と頭を下げる。
それで終わりである。後は魔王を倒すだけ。

「待たんか、阿呆が」

刺々しい声が彼女の歩みを止める。用は終わったはず。怪訝な表情を浮かべた勇者に声をかけたのはこの国の王子である。

「貴様、そんなみすぼらしい恰好で旅立つ気か?」

勇者ははて、と首をかしげる。彼女にとってはこれが正装なのである。元修道女である彼女は変わらず修道服を身に纏っている。清貧を旨とするのだ、他に服の持ち合わせなぞない。そしてその下には育ての親である神父がかつて身に纏っていた鎖帷子を身に付けている。完全武装と言っていいだろう。

「得物、これをやる」

王子はそう言って帯剣していたそれを鞘ごと放り投げる。

「あ……」

反射的に勇者はそれを受け取る。でも、これは受け取れない。

「だ、駄目だよ。これはだって王家の宝剣……」

「フン、それくらいないと勇者と言っても誰も信じないだろうが。それは我が国の沽券に係わる」

言い募る勇者に王子は更に嵌めていた指輪を投げつける。

「大体貴様、どうするつもりだったのだ?路銀の当てなぞなかろうに。迷惑なのだよ。勇者が行き倒れとなるなぞ、な。勇者を後援する我が国の沽券に係わる。どうせ教会に寝泊まりすればいいなぞと思っていたのだろうが」

図星である。勇者とはいえ数日前までは一介の修道女。であれば教会に頼ろうというのはごく自然な発想ではあるのだ。

「その指輪。刻まれた王家の紋章があればどこに行っても貴様は何不自由なく物資を整えられるしどんな高級な宿にだって泊まれる。くれぐれも野宿とかみすぼらしいことはするなよ」

「わ、ゆ、指輪?そんな、いいの?」

わたわた、と勇者は狼狽する。そんなもの、貰ってもいいのか、と。

「俺が俺の意思でいいと言った。くどい」

「……うん」

きゅ、と大事そうにその指輪を胸に抱きしめてから勇者は室を辞する。

「王子くん……好き。大好き。好き。好き。好き。好き。好き。大好き。やっぱり王子くんは優しいなあ。駄目だなあ。大好きだ。もう、大好き」

そう、きっと自分は彼の為に生まれてきたのだ。だったらこの命、彼の為に使おう。
勇者は決意も新たにいよいよ旅立つのであった。



引用元: ヤンデレ勇者とツンデレ王子 


 

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4: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/28(水) 22:28:46.86 ID:zmsfoMalo
「王子、感心しませんなあ」

豚がよくも人語を口にすることが出来るものだ、などというのが王子の率直な感想である。とは言え、仮にも一国の大臣。その言は聞かねばならない。

「あのような下賤なモノに伝家の宝剣、更には王家の印の刻まれた指輪など……。悪用されたら如何としますか」

困ったものだと大げさに天を仰いだのは肉塊。そう称するのが妥当であろう、と王子は改めて思う。よくぞそこまで私腹どころか実体まで肥やしたものだ。

「勇者だぞ?あまりにみすぼらしければ我が国の沽券にかかわる。違うか?大臣よ」

「勇者。勇者、ですか……」

フフン、と大臣は笑う。哂う。

「勇者なぞというものがなくとも我が王国は魔王軍と伍し、押してさえいるではありませんか」

事実である。王国軍が魔族を相手取る戦線は比較的優勢という報告を受けている。

「まあ、軍部の要求を財務省が受けていたら今頃は魔王とて討伐していたやも……おっと失礼」

わざとらしく言葉を切る大臣。
ああ、そう言えば大臣の娘は第一王位継承権のある叔父――王弟――に嫁いでいたかと王子は感慨なく思いだす。
財政を預かる身として相当怨みを買っていたのだなと再確認する。

「フン、言いたいことがあるならば言えばよかろう」

「おお、こわいこわい。私のような愚物が王子に何か物を言うことなぞできましょうか」

くだらん、と王子は内心吐き捨てる。
実際ひどいものだったのだ。勇者に与えたのは申し訳程度の金貨数枚。それで魔王討伐に向かえとは。旅費にもなりはしないだろう。だがそれも仕方ないことではある。

魔王。その災厄。
数百年に一度現れるそれは、女神が加護を与える勇者という存在に討ち滅ばされるというのがこれまでの慣例であった。だが、此度の魔王降臨に際して勇者は顕現しなかったのである。
活性化する魔物。その被害に動員されたのは無論軍である。五年の長きにわたって治安を、人類の版図を維持したこの王国の軍功については語るまでもない。そしてそれを指揮しているのが王弟。王位継承順位の第一位の人物である。
軍事的手腕は確かなものがあり、じり、じりとではあるが確実に戦線を押し上げている。
故に、勇者なぞというものに頼らなくとも魔王討伐は叶うのではないか、という空気がある。そしてその立役者である王弟。魔王を見事討伐したならば王がその地位を譲るなぞという噂もある。まあ、本当に魔王という脅威を除くことができたならばそれくらいでしか報いることはできないだろうが。故にある意味で王子が持つ王位継承権第二位という立場は微妙なものとなる。
なんとなれば、王弟は大臣の娘との間に男児をもうけているのだ。例え王弟にその気がなくとも、取り巻きが蠢動する。王子を失脚させようと、だ。
目の前の豚はその筆頭。そんなに自分の孫が可愛いかと吐き捨てたくもなる。さて、今日はどんな無理難題を吹っかけられるのやら。

内心で罵詈雑言を数ダース吐き出しつつも王子の表情筋はぴくりとも動かず。静かに彼の戦場に向かうのであった。




5: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/28(水) 22:29:14.25 ID:zmsfoMalo
「うーん。柔らかいなあ。逆に落ち着かないなあ」

よし、とばかりに勇者は床に毛布を敷いて横たわる。ここは魔王軍との最前線にほど近い街の宿。本来ならば一番安い雑魚寝の部屋、いやさ馬小屋でもよかったのだが。王家の紋章の入った指輪を見た途端、この最上級の部屋に通されたのだ。勇者にとって宿なぞただ寝るだけの場所。壁と天井があればそれでよかったのだ。

「大体、部屋がいくつもあったって持て余すもんね」

まあ、それでも湯を思う存分使えるというのは実にありがたかったが。

「それもこれも、王子君のおかげだよね……」

何より、夕食の質と量が凄かった。満足、満腹である。

「明日はいよいよ前線かあ。頑張らなくっちゃ」

そう、いよいよ接敵するのだ。数万の魔物を相手に陣取る最前線へ到着するのだ。いよいよ戦いというものと

「王子君、見ててね。私、頑張るから」

くぁ、と軽く欠伸をして勇者は夢の世界へ旅立つ。想い人に夢で逢えたら、いいなあと思いながら。

14: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/30(金) 23:04:51.15 ID:aFfio2WDo
「勇者が到着した、だと?」

王弟の呟きに騎士団長が応える。

「今更、今頃になって……!」

今更、今頃。そう、そうなのである。通常魔王が降臨すれば通常は一、二年の間に勇者に女神の加護が与えられるもの。そう、伝えられている。それが、今回は五年の長きに渡って現れなかった。
故に王国は総力を挙げて魔王軍に当たったのだ。当初は随分押し込まれ、幾多の犠牲があった。だが、戦術を研ぎ澄まし、装備を整えて、魔王の住まう城までほど近いところまで迫っているのだ。それで、今更勇者、だと!
憤りを抑え、つとめて冷静に言葉を発する。発しようとする。

「問題は如何に軍に組み込むかということですな。正直素人に毛が生えたようなものでしょう。作戦行動に支障をきたすわけにはまいりません」

「兵卒として扱えばよろしい。肉壁くらいにはなりましょうよ」

喧々諤々と勇者の扱いについて議論が湧き上がる。が、いずれも勇者に好意的なものではない。なんとなれば王国の盾として、人類の矛としてこれまで戦ってきたと云う矜持が彼らにはあるからして。

「ふうん?思ったより立派なんだね。最前線とはいっても、えらーい人がいるとこんなふうになるのかー」

場違いな、少女の声が響く。

「ゆ、勇者様をお連れいたしました」

慌てたように兵卒が事情を説明する。

「ご苦労。そして地獄にようこそ、勇者よ」

勇者は無言でその言葉の主である王弟を見る。長年軍を掌握しており、利権を貪るだけではない。きっちりと魔王軍相手に優位に戦況を構築したその手腕は褒められるものであろう。
だが、勇者の感想は実にシンプルなものであった。

「悪人顔だなあ。王子君とは大違いだよ。うん、がっかりだなあ。次の王様が貴方だなんて。うん、がーっかり」

場が凍る。まさかの暴言。さしもの王弟も言葉を失う。

「――貴様は明日から一兵卒として軍に編入されるのだ。そして。その無礼看過できん!
 修正してやる!」

騎士団長が一歩踏み出し拳を振りかぶる。

「それとね?」

その動きに気づかぬのか勇者は言葉を続ける。

「舐めるな!」

騎士団長は振り上げた拳を振り下ろす。多少痛い目を見ないと分からないようだ、と苦い思いを内包しながら。

「なん……だと……」

騎士団長の振り下ろした拳は、その動きを封じられていた。それも指先一つで。

「足手まといなんだよ」

やれやれ、と嘆息しながら勇者はとん、と騎士団長を押す。これまた指先一つで。

「ぬわぁ!」

それだけで騎士団長は派手に吹っ飛んでしまう。
その有様に場はしん、と静まりかえる。
騎士団長は断じて血のみでその地位を得たのではない。それに相応しいだけの実力を持っている、王国でも三本の指に入るであろう剣士であるのだ。その剣技の冴えは、飛んでいる燕さえ切り落とすことができると言われているほどのもの。
その騎士団長を容易く吹き飛ばした勇者。それをどう考えればいいのか。

「まあ、老若男女、一切合財を脅かす魔王。それを倒すのが私のおしごと。
 いやあ、孤立無援というのは慣れてても楽しいもんじゃないなー」

くすくす、と笑って勇者は悠然と歩き出す。目線を上げたまま。
数十分歩いたろうか。
眼前を埋め尽くすその軍勢。その威容。まあ、よくぞこれまで戦線を支えてきたものだなあと勇者は思う。
何となれば、眼前の敵軍と後方の友軍の戦力分析をすれば。

「もって、一時間。かなあ……」

まあ、自分には関係ないことであると勇者は思考を切り替える。
見たところ十数万の魔物。それを殲滅するのだ。全く、悩ましいことだ。

15: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/30(金) 23:05:19.49 ID:aFfio2WDo
「うーん、やっぱちょっと神々しくいった方が勇者らしいかなあ……。王子君に嫌われたくないし……。
 神々しいってなんだろう?光?……太陽?」

ぶつぶつと呟く言葉を聞く者はいない。
ただ、敵陣の動きを見て魔王軍も慌ただしく陣構えを整えつつある。
ゴーレムや巨人族を前衛にする非常にオーソドックスというか、堅実な陣構えである。

「――よし。
 ええと。こんなかんじかな?うん。
 こほん。
 
日輪の輝きを借りて!いま、ひっさつの!」

勇者の手に魔力が集まる。集まる。人の身としてはありえないほどの魔力を集積して……。

「ソーラ・レイ!」

手の平いっぱいのそれを解き放つ。

「なっぎはっらえー」

そして世界は光で満たされた。


「ふむ。順調、か」

見事なたてがみの獣人が満足げに頷く。ようやっと、である。彼が魔王軍の前線に赴いてから半年。それまでずるずると下がっていた戦線はようやく立て直されようとしていた。
魔王軍と言っても最前線では獣の類をまとめて突撃させるだけだったのが実情である。
通常ならば肉体的スペックの影響で圧倒できるはずであったのが、想定外なヒトの組織的な抵抗により苦戦を強いられていた。
それも今は昔の話。後方にアンデッドを十万揃え、航空戦力も確保した。一時的にしろ戦線を下げてしまったのは口惜しいが、それも今日まで。明日からは、反撃と蹂躙が始まるのだ。
その、蹂躙する獲物を見てやろうとばかりに身を乗り出す。やがて大地を朱く染めるであろうヒトの群れ。なんとも健気で、脆そうな。闘争本能がぐずり、と刺激される。
そして、違和感。危機感。本能的な、恐怖。

「光が、広がっていく――?」

それが彼の最期に発した言葉であった。


焦土、とはこのことであろうか。
王弟は一面の焼野原を見てそう思う。なんということか、と歯を食いしばる。

「よくやった」

だが、彼の口から洩れるのは勇者に対する讃辞である。
正直見誤っていたと言わざるを得ない。ここまで強力な戦力……などと言う範囲におさまらない。勇者というのはここまで階梯が違うものか。

これは、危険だ。

「よくぞ数万の敵軍を単身で討ち破った。その栄誉を讃えて勲章を……」

だから国家の法において管理せねばならない。そして、この勇者は気に食わないことに王子に心酔していたとのこと。いかにもまずい。

「うるさいなあ。勲章なんかでお腹はふくれないし、邪魔なだけだね。義理は果たしたから私はもう行くね」

やれやれ、と言った風に勇者はその場を立ち去る。

「ま、待たんか!」

騎士団長の声にも全く反応せず、歩みは止まらない。
そして、彼女の歩を止められる者はその場にいなかったのである。

16: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/08/30(金) 23:05:57.66 ID:aFfio2WDo
「ぶ、無礼にもほどがありましょう!」

「然り、然り!あれではいかに勇者と言えど問題視せぬわけにはいきませんな!」

侃侃諤諤と勇者の態度の非を鳴らす配下を見渡しながら王弟は思考を巡らせる。
あれは、危険だ。この上なく危険だと本能が告げる。幾多の政争を勝ち抜いてきた本能が告げるのだ。
あれは目の前で繰り広げられる国家の論理から逸脱した存在。あれを国家がその権威で制御するなぞ絵空事。

「困ったものだ……」

口元が歪む。笑顔に見えるようなそれ。その表情を浮かべさせた政敵は一人として生きてはいない。



「困ったなあ……」

瘴気漂う魔王城に向かう勇者は内心頭を抱えていた。なんとなれば、今回相対する魔王軍の適当な魔物の皮を剥いでそれを被って魔王城に突入しようと思っていたのだからして。

「どうしよっかなあ……」

いっそ魔王城そのものを魔法でぶっ壊してしまおうかなあなどと物騒なことを考えるが。

「駄目駄目。きちんと魔王を倒したって証拠がないといけないよね」

いけないなあ、と勇者は頭を振る。

「待っててね、王子君。今に魔王を討ち取ってくるから……」

うっとりとした表情で荒野を歩く。

ぱきり、と彼女の歩みが音を立てる。それは辛うじて残った魔物の骨が奏でる最後の音色。

「王子君……」

魔王が住まう城。その禍々しさなぞどこ吹く風。
奇をてらうでもなく、真正面から門扉に向かうのであった。


20: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/04(水) 23:18:26.05 ID:I2yqYOzuo
「ふんふふーん」

やや調子はずれな鼻歌を歌いながら勇者は魔王城をずんずんと進んでいく。その歩みにがさ、がさという効果音が付随してくる。

「駄目でもともとでやったけど、だいせいこう!だね!」

ぐ、と軽くガッツポーズをする勇者。彼女はどっから持ち込んだのか、シーツを頭から被り、そこに大量の木の葉を貼りつけている。これで植物系モンスターの擬態完了ということのようだ。

「自走する植物系モンスターがいるか!馬鹿め、勇者よ。貴様は死地に誘い込まれたのだぞ……」

開けたホールに差し掛かった勇者に、どこか甲高くイラつく声がかけられる。
声の方向に視線をやると臙脂色のローブをまとった魔物が中空から勇者を見下ろしていた。

「んー、ばれたら仕方ないねー。で、貴方はどこのどなた?」

よいしょとばかりに身に纏っていたシーツを投げ捨てて問う。

「ふははは。我こそは魔王様第一の臣下。魔道元帥――」

「光に、なれー!」

口上の途中で勇者は光の束をぶつける。まあ、光属性ならば魔物に効果的だろうという安直な考えとは裏腹に高濃度の光の束。それは草原を荒野に変えたそれよりも密度が濃く、間違いなく魔物に突き刺さる。
ニヤリ、と勇者の口角が歪む。

「他愛無いなあ……」

21: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/04(水) 23:19:18.02 ID:I2yqYOzuo
そして城の奥に進もうとするが。

「そーら、倍返しだ!」

その声に咄嗟に身を投げ出す。
一瞬前まで勇者がいた空間を幾条もの光線が貫く。

「ほう、あれを躱すか。いや、そうでなくてはな」

ククク、と笑う魔物に今度は火球が投げつけられる。その色は青白く、通常使われる火球よりも威力は数段上である。のだが……。

「ほう、器用なことよな」

そう言いながらもその火球を避けようともしない。そして炎に包まれるのも一瞬。そして。

「無駄なことよ……」

魔物の手から白く熱された火球が生じ、勇者を襲う。

「くぅ!」

勇者は渾身の力で魔法障壁を展開。辛うじてその軌道を逸らす。

「いい貌だな?勇者よ。とても、とても憎々しげで……実に惨めだぞ?」

ぎり、と歯ぎしりする勇者を傲然と見下ろして魔道元帥は勝利を確信する。そう、彼は自らに放たれた魔力を蓄え、その威力を倍にして返すという特性を持っていた。

「ふ、ざけるなぁ!」

冷たく輝く光が勇者の手元に生まれる。絶対零度のそれはダイヤモンドダストを巻き起こしながら魔道元帥を襲うのだが。

「なんとも器用なことよ。そして哀れと言わざるをえないな」

難なくそれを体内に取り込んで、反撃する。

「くっ!」

絶対零度の嵐が勇者を襲う。先ほどよりも更に強力な魔力障壁で直撃を避けるも、副産物である気温の急低下に体表面の水分が凍りついていく。

「か……、はっ!」

呼吸するだけで呼吸器に、内臓が凍りついていく。小さな火球をノーモーションで幾つも破裂させて周囲の気温をなんとか上昇させる。

「めんどくさい……」

ぼそりと勇者は吐き捨てる。

「なんだ、もう負け惜しみか?なに、焦ることはない。じわじわと嬲り殺しにしてやろうほどに」

ニヤ、と口を歪める魔道元帥に膨大な魔力が叩きつけられる。

「ふむ。無属性の魔力か。それでこれほどの出力……。人としておくにはもったいないな?
 どうだ?魔王様に降らんかね。悪いようにはせんよ」

ククク、と嘲笑う魔道元帥に勇者は応える。

「お断り、だね。私は王子君のために生きて王子君のために死ぬ。お前ら薄汚い魔物なんかの誘いなんかに乗らない……」

「そう言うがな、ここまでの魔力を放つことのできる魔物なぞ魔王軍を見渡してもおらんよ。
 なに、お前の懸想している王子とやらは助けてやろうではないか。その上で貴様の専属の奴隷とすればよかろうほどに。所詮身分違い。結ばれることなぞ叶わんだろう?」

22: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/04(水) 23:19:44.23 ID:I2yqYOzuo
「……うるさい」

魔道元帥に叩きこまれる魔力の奔流がその激しさを増す。

「ほうほう、自覚はあるようだな。愉快なことだ……」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
 その、汚らわしい口!王子君を汚したな!」

そしてさらに魔力の奔流は轟音すら立てて放たれる。
その魔力量、威力。それに魔道元帥は戸惑いを覚える。常人……いやさ、一流の術者でもここまでの魔力を放出し続けるなぞできない。

「む……?」

ニヤリ、と勇者の口角が吊り上る。

「どうやらこれまで我慢比べでは負けたことがないみたいだね?偶然。私もだよ。
 我慢比べで負けたことはないよ……」

余裕綽々といった風の勇者に魔道元帥はちり、と違和感を。

「貴様……これほど高濃度の魔力をなぜそうまで放ち続けられる……?」

ニタァ、と粘着質の笑みを浮かべて勇者は応える。

「汚らわしい魔物には分からないだろうね。人の愛、って奴が。
 うん、そう。愛だよ、愛。
 王子君のことを考えたらね、それだけで力が湧いてくるの。それこそいくらでもね。
 ああ、王子君、好き、好き。好きぃ……」

片手で膨大な魔力を放ちながら勇者はもう片方の手で愛おしげに自らの下腹を撫でる。

「ああ、王子君。王子君。好き。好き。好き。好き。好きだよ。好き。もう、王子君のことを考えるだけで思考回路がショートしちゃいそう……」

うっとりと桃源の域に至る勇者の放つ魔力は更にその出力を増す。増していく。

「ば、バカな!この私が弾き返す余裕すらないなぞ、認めん!認めんぞぉ!この私が処理できぬ魔力量なぞ、ありえん!ありえんのだ!」

魔道元帥の焦りなぞどこ吹く風で勇者はうっとりと自らの妄想に耽溺する。
「王子君……。好き、っていつか言えるかなぁ……。ううん、言ってほしいなあ……ってこれは流石に無理目だよね……」

にへら、と緩む貌と反比例するように魔道元帥に叩きこまれる魔力はその出力を上げていく。

「馬鹿な。やめろ!それ以上は!」

処理しきれないとばかりに悲鳴を上げる。
その声に、ああ、と勇者は意識を目の前の魔物に戻し、にこやかに笑う。

「まだまだいくよー!」

「ぐ、は!やめろ!やめてくれ!それ以上は!無理だ!入らない!かせいjんせお!」

「倍プッシュだー」

にこやかに、勇者が笑う。花も恥じらうほどの可憐なそれ。それが魔道元帥の最期の記憶であった。

「うーん。花火としてはあまり奇麗じゃなかったなあ」

弾けとんだ魔道元帥の散り様を無感動に見やり、勇者は軽く反省する。

「魔力に色を付けないといけないなあ。それも、遅滞で発動する感じで。やっぱり華やかじゃないと王子君も退屈するもん!」

次の花火はもっとうまくやろう。もっときれいに、色とりどりの花を咲かせよう。
そう決意を新たに勇者は魔王城の深層にぐんぐんと突き進むのであった。

27: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 00:40:20.01 ID:29LAOzZko
「随分静かなんだなあ。これならもっと早く攻め込んでもよかったかも」

勇者は独白する。もっと苛烈な戦闘の連続があるかと思ったのだが、時折襲い掛かってくる魔物も閃光一つで沈黙するほどのもの。文字通り指先一つで殲滅されるくらいのもの。

「拍子抜けだなあ。まあ、それでも万全を期する王子君は流石なんだけどねー」

有象無象が群れていた軍。その補給計画に心血を注いでいた姿を思い出す。キュン、と胸が苦しくなる。

「王子君、会いたいなあ……」

ほぉ、と熱い息を吐きながら、あれこれ妄想に浸る。襲い掛かる魔物を片手間で殲滅しながら歩を進める。魔王城の奥へ、奥へ。

「よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ」

漆黒のオーラに包まれた魔物。これこそ魔王。そして魔王が放つ言葉。そこには紛れもなく賞賛の色合いがあった。

「だがその旅路もここで終わる。いかにも惜しいことよ。どうだ、勇者よ。我のものになれ。そうすれば世界の半分をくれてやろう。無論、そなたが懸想している王子の身柄も、な……」

「お断りだね。私は王子君から魔王討伐の命を受けた。それを裏切ることなんてできないんだよ。それに――」

轟!と魔力の嵐、光の奔流が魔王を襲う。これまでの攻撃が何だったのかというくらいの術式を叩きこむ。

「魔王はここで死すべき定めだからね!」

にまり、と勇者は笑う。更に追撃をかけようと魔力を高めるが……。

「ん!?」


勇者の放った大魔術――ただし無詠唱である――の残滓が漂う、その場からう、凶悪な一撃が閃く。

「う!」

咄嗟とは言え展開した魔力障壁は強力堅固。だが、魔王の一撃は其れすら嘲笑う。

「うわあああああ!」

辛うじて直撃を防ぐも、その余波で勇者の右腕は根元から消し飛んでいた。


28: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 00:41:07.28 ID:29LAOzZko
「痛い!痛い!いたいいたいいたい!うううううう!あああああ!いたいよう!いたい!いたい!いたい!いたい!ううわああああ!!」

勇者は恥も外聞もなく転げまわる。

「ふん、見苦しいことよ。まあ、余の不徳か。苦しませずに葬るべきだったかの」

そう言って魔王は再び膨大な魔力を練り上げる。この一撃で勇者も。ことによれば魔王城すら灰塵に帰するであろう。

「む……?」

違和感。

「痛い!痛い!いたい!ああ!あああああああ!ううううああわああああ!」

相変わらず勇者はみっともなく煩悶している。が。

「貴様!混ざり者か!」

その声と同時に勇者の右腕は。消滅したはずのそれは再生されていた。
てらてら、と輝くその表皮には鱗のように……、いや、鱗がびっしりと。

「竜種か!」
魔王のその言葉は虚ろな瞳の勇者には届かない。

「化け物!」

かつて勇者がよくかけられた言葉である。
勇者の母は勇者と同じく修道女――ただし将来を嘱望される――であった。そして突然の受胎である。不義密通として糾弾は極めて激しく。だが勇者の母は一言も相手について言及しなかった。
それが、その相手が類推されたのは出産の時。産声を上げる赤子は全身を鱗に包まれて、その瞳孔は爬虫類のように縦に割れていた。

そんな彼女。外界と断絶されたその環境。そこでは異物は容易く排除される。それは修道院でも例外ではない。守るべき母親は産褥で儚くなっていて。

「阿呆が。働かざるもの食うべからず、だろうが」

29: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 00:42:30.17 ID:29LAOzZko
そして勇者は運命に出会う。
修道院でも孤立する勇者にそんな無遠慮な言葉を放ったのが第二王位継承権を持つ王子であったのは幸いだったのかどうか。
ともかく、腫物を扱うように。空気のように。そして害悪として扱われていた勇者に遠慮なく声をかけたのだ。

「はう?王子君のお世話係は私じゃない、よ……?」

「阿呆が。貴様が一番ヒマそうにしているだろう。ただでさえ迷惑をかけているのだ。いいからさっさと動け」

本来ならば修道院一番の器量よし。一番の才媛の役割であったはずの役目。王子の身辺のお世話役という役目。

「私は。だって……」

悄然として袖をまくる。二の腕からびっしりと埋め尽くされる鱗の紋様。王子は僅かに眉をひそめるも。

「それがどうした」

「え?」

「それがどうしたと言った。阿呆。見えるだけマシだ。宮中の妖怪変化はその痕跡すら見せん。厄介この上ない。貴様が気にするそれ、な。はっきり言ってどうでもいい」

やれやれ、と疲労を吐き捨てる王子。そしてその真心は彼女に届き、心を貫く。人の顔色を窺い、びくびくと日々を過ごしていた彼女だから分かる。彼の言葉は本心からのものなのだと。

「貴様とて役立たずのごくつぶしでいたくはないだろうが。分かったらさっさと働け。労働とは尊いが、人に課された義務だぞ?」

その日。誓ったのだ。彼のために生きて死ぬと。そして彼に魔王を討て、と命じられたのだ。


「う、う!ああああああああ!あああああああ!」

めきり。その音。

完全に復活した右腕を振り上げて勇者は魔王に飛びかかる。

「くら、ええええええええ!」

その腕の振りは音速すらを超えて、それだけで衝撃波すら生じさせる。そこに魔力を乗せて貫く!

「ふ、ぐ!」

それを魔王は魔力障壁を幾百層にも展開。勇者の初撃はその十数層を砕くに留まるが。

「まだまだいくよー!
 くっらえー!」

瞳孔が縦に開かれ、竜種の加護――と言う名の圧倒的な魔力――を纏うその拳。

ドゴォ……と幾百、幾千、幾億の轟音と共に魔王が壁に叩きつけられる。


30: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 00:42:58.43 ID:29LAOzZko
「王子君が言ってた……。レベルを上げて物理で殴るのが最強って。うん、王子君はいつも正しい。そして手数こそ正義って……」

うっとりとしながら勇者は独白する。動きを止めた魔王を見てやや狼狽する。

「ああ、いけないいけない。トドメは王子君に貰った伝家の宝剣じゃないとなー。うん、王子君が呉れたこの剣がなかったら魔王には勝てなかったなー、やばかったなー。ほんとこの剣がなかったらやばかったなー」

無造作に背負っていた剣を抜き、ざくざくと魔王の身体を串刺しにする。

「む……見事だ、勇者よ。まさかに、な。単身で魔王たる我を誅するとは、空前絶後であろうよ」

「そう?私は正直拍子抜けだけどね」

「そうか、そうか」

その無邪気な勇者の言に魔王は哂う。嗤う。笑う。

「勇者よ。貴様に祝いをくれてやろう。呪いをくれてやろう。魔王たるこの身を討ち果たした勇者よ。
 貴様は最早な、人としては生きられぬよ。
 人という種を根絶やしにするだけの力が我にはあった。そしてその我を単身で討ち取る貴様。それは果たして人に受け入れられるものかな……?いや、無理だと断言しよう。
 貴様は貴様が守った人類の手によって殺されるのだ。排除されるのだ!
 その生存すら危うかった人という種。守ったそれから排除されるというのはどんな気持ちかな?」

ククク、と魔王は哂う。
勇者は応える。

「ばっかじゃないの?別に君を殺したのは王子君に頼まれたからだし。人という種とかそんなのどうでもいいし。
 まあ、とりあえず大人しく死ね。私のために。王子君のために死ね。死ね」

ざく、ざくと立て続けに剣を突き立てる。

「クハハ、滑稽だな。貴様の死にざまが浮かぶわ!貴様は戦場では無敵だろうよ。そしてその無敵故に同族たるヒトから排除されるだろうよ!なんとも愉快なことだろうか!」

「うるさいなあ……」

埒が明かぬとばかりに勇者は剣を振るう。
そしてついに魔王はその活動を停止する。その様子を見た勇者は念のためにゴリゴリとその身体をなます切りにしてみて、反応がないのを確認する。

「よし!魔王、討ち取ったりー」

晴れやかに勇者は宣言する。高らかに。

「王子君……やったよ……。やり遂げたよ……。王子君……」

満面の笑みで勇者は勝利宣言を。

魔王の呪いの言葉なぞどこ吹く風。喜色満面で勇者は帰路につくのであった。
そして、この日。人類は間違いなく救われたのである。

34: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 23:27:05.33 ID:ZqThoZyxo
魔王は斃れた。その報はたちまちに世界を駆け巡った。その何よりの証左。毎夜昇る朱い月。それが清浄なる輝きを取り戻し、魔物たちも急速にその活動を収束させている。そう。人類は勇者の手によって救われたのである。

「魔王という脅威が排除された。それはよろしい。ですが果たしてそれにより我が王国は安寧となるのでしょうか?いや、それはない!なぜならば、あの勇者という存在は極めて。き、わ、め、て危険な存在であるからです!」

唾を散らし、顔を真っ赤にしながら主張する騎士団長。普段は温厚にして誇り高く騎士団を直卒する彼の剣幕に王国の家臣団は困惑する。しかし彼ほどの人物がそう語るのであればそうなのであろう。何より、彼の後ろ盾である王弟が無言の圧力を。
まあ、実際国家の制御を受け付けようとしない武力――それも規格外の――なぞ害悪にしかならんわなと王子は内心呟く。
そして、魔王という純然たる脅威がなくなった今、騎士団はその影響力を減退させていくであろう。その焦りも理解できるというものである。あるのだが。

「くだらん」

ぼそり、と王子が呟く言葉は騎士団長の怒号と言っていい言葉の羅列に遮られて誰の耳にも入らない。
なんとも滑稽で、やるせないことよと王子は嘆息する。国家の論理に巻き込まれることなく、願わくばこのまま勇者が行方知れずになってくれればいいのだが。などと考えていると。

ドゴォ!という轟音が響く。なんだ?とその場にいた全員が思うと同時に。

「王子君!魔王、倒してきたよー!」

――甲高くも能天気な声が場を支配する。


「えー?だからね。王子君から預かってたこの伝家の宝刀がなかったら危なかったなー。これはもう、実質魔王を倒したのは王子君ってことでいいんじゃないかな」

けらけらと楽しそうに語る勇者に王子は内心頭を抱える。

「では、魔王は、その剣があればなんとかなったと?」

「あー、それはないねー。十万が百万の兵卒。それを一呼吸で殲滅して、その死を自分の力に帰するような存在だったから……。少数精鋭で当たるべし。王子君が私に言った通りだね!」

「俄かには信じられんな。貴様、盛りすぎではないか?」

その言葉に空気は凍りつく。

「そう?今から百万の兵卒揃えてみて?瞬き一つあれば殲滅できるよ?煉獄?氷雪?それとも物理?ああ、物理はいけないね。死臭ってほんとにくさいもの。人って本当に糞袋だよね。ああ、煉獄やら烈火も駄目だなあ。うん、ここは穏やかに氷の棺が穏当だろうな……。あ、でも周辺の農作地が影響あるから、どっかの沙漠がその演習に相応しいかなあ。でもきっとその氷で沙漠が湿地になっちゃいそうだなあ。まあいいか。たいしたことじゃあないよね。さあ、始めよう。今すぐ始めよう。なに、単なる模擬戦。いずれあった魔王との正面血戦に比べたらなんのこともないよ。いや。兵卒を殺っても分からないかな?だったら自慢のつよーい護衛がいるこの場で氷漬けにした方がいいか……。それが一等、分かり易い、か、な……?」

くすくすくす。笑いながら、氷雪を纏いつつある勇者。キン、と涼やかな音を立てて空気中の水分が氷結する音が響く。

「阿呆が」

只一人その場で平静を保っていた人物――王子――がべしり、と脳天に手刀を加える。

「ひゃ?王子君……?」


35: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 23:28:44.97 ID:ZqThoZyxo
「阿呆」

わしゃわしゃと頭を撫でくり回して。

「だが、よくやった。ご苦労」

その言葉に勇者はにへら、と笑う。

「うん、頑張ったよ!他ならぬ王子君のお願いだったもの!がんばったよ!」

えへへーと王子にすり寄る勇者。その甘い顔に反比例して周囲の重臣たちは苦虫を噛み潰す。

「どうです、かな。この、勇者という存在は極めて不遜にして不安定。いささか……問題がありすぎはしませんかな?」

騎士団長が発した声に幾条もの賛意が寄せられる。是、と。
その場の空気に満足したのか王弟が口を開く。

「過ぎたるは及ばざるが如し……。先人の言葉、実に尊い。
 魔王が討たれた今、勇者の武は周辺国家から警戒を受けるだろう。悲しいことに。
 制御の効かない力ほど恐ろしいものはないからな……」

騎士団長が賛同し、言葉を紡ぐ。

「然り、然り。ですがその危険人物。幸いにも王子殿がその制御できるというのはまっこと幸い……」

ち、と王子は舌打ちをする。下衆が、と。どうやら王子が予想していた通りに流れるようである。

「魔王。その脅威。それを単身討ち果たすだけの力を持っている勇者。しかしてその人格には大いに問題がある。いつ同朋たる人類に牙を剥くか分かったものではない、と危惧を覚えるほどにな。
 王子よ。勇者に命じよ。自害を」

ざわ……とする空気など気にも留めずに王弟は言葉を続ける。

「貴様も王族よ、分かっているのだろう?そこな小娘の危険性が。まさか否とは言わんだろう?」

空気が凍りつく。ニヤリ、としながらも王国の軍権を掌握する王弟の気迫は場を支配し、王子に圧し掛かる。
無言。静寂。大時計の秒針の音が無機質に刻を重ねる。その沈黙に耐えきれずに口を開いたのは勇者であった。

「あのね、王子君。私のことは気にしないで?ううん、そうじゃない、な。私のこと、忘れないでいてね?
 私は王子君のものだもの。王子君のために生きて、死ぬの。それが私の在り方、生き方。
 だから、王子君が言うなら……喜んで死ぬ、よ……?」


36: 一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. 2013/09/11(水) 23:29:23.82 ID:ZqThoZyxo
おお、という周囲のざわめきに舌打ちを一つ追加しながら王子は口を開く。

「お前は本当に阿呆だな」

「ふぇ?そ、そんなことないもん!わたしばかじゃないもん!」

もお、と頬を膨らませて勇者は抗議する。その鼻頭をぺち、とはたいて王子は周囲を睨む。

「そして貴様らは更に阿呆だ。なるほど、勇者という存在なくしては人類は魔王に勝てんだろうさ。それを確信したとも」

ざわ、と困惑する場の空気。それを王子は支配する。口を挟むことなど許さない。

「大体だ、勇者よ。貴様……どうやったら死ぬ?」

「へ?そりゃあ……心臓を抉られたら死ぬんじゃないかな?」

「心臓再生、余裕だろう?」

へみゅ、と勇者はしょぼくれる。

「え、えっと。首を切ったら流石に死ぬかな!」

「貴様、首から上だけで生きていけそうだよな?」

「はうー……」

下手したら下半身から頭が生え、上半身から下半身が生えそうであるという懸念については王子は口をつぐむ。可能性にも目をつぶる。

「大体、貴様の身体に危害を加えられる刃物なんてないだろうに……。
 叔父上!」

やれやれ、と言った風に勇者を窘め、王子は政敵に向き合う。

「なんだね?」

「まず、です。救国の英雄に死を賜る。それが気に食わないと言っておきましょう。信賞必罰。あまりと言えばあまり。そのような謀略を好めば国は自壊するでしょうよ。なに。若輩からの老婆心。他意はありませんよ……」

「貴様、何が言いたい」

それまでの余裕はどこへやら。王弟の短い言葉には隠しきれない焦燥がにじみ出ている。それを王子は複雑な思いで見やる。

「叔父上、そしてこの場にいる有象無象に告ぐ。貴様らが思うほどこの勇者という存在は扱いが易くはない、ぞ……?」

クク、と心底おかしそうに笑う王子に皆噛みつく。それらを無視して王子は勇者に問う。

「勇者よ、俺のものになれ」

「はい!」

間髪入れずに勇者は応える。

「うん、私は身も心も、王子君のものだよ……?」

うっとりとしている勇者を尻目に王子は面白くもなさそうに言葉を続ける。

「勇者の制御、俺がしようとも。ああ、叔父上、安心してくれ。俺は王位継承権を放棄するから」


「よかったの?私がちょっと本気になったら王子君がこの世を支配できたのに」

「阿呆が。絶対的な暴力に裏付けされた権力。魔王の統治と変わらんわボケ」

「うう、ごめんなさい……」

「謝る必要はない。あれはあれでよかったのさ」

「そうなの?」

「そうともさ」

「王子君……」

その言葉に、ぺちりと頭をはたく。

「阿呆が。俺はもう、王子じゃない。そして、お前も……」

そう、二人は、ただの男と女になったのである。
肩書のない、ただの、男女に。