2 :1:2013/10/12(土) 06:28:18 ID:qzFA42eI
唐突だが、私には前世の記憶がある
日常生活には当たり障りのない、ただ――懐かしく感じる程度の記憶
「うーん、ホールスタッフは時給が900円……一番いい時給が、パチンコ店だけれど」
煙草の臭いで、帰宅するのは気が引ける
そう思いながら、ユミルはバイト情報誌の紙を捲った
今年から進学し
施設暮らしをしながらの高校生活は、もうすぐ一ヶ月が経つ
施設暮らしなのに、何故高校に行けるのかと言うと
全国に何箇所かある施設に入所出来ているお陰だ
公立の学校であれば、なんとか通わせて貰える
だがそれも、高校卒業後に返していかなければならない
転載元:ユミル「ミドルなライナー」
進撃の巨人(19) (講談社コミックス)
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諫山 創
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3 :1:2013/10/12(土) 06:29:47 ID:qzFA42eI
少しでもお金が欲しい
のに、まだバイトが決まらない
――この悪人面がいけないのだろうか
お金は大切で、必要だ
その事は身に染みているのに
――あぁ、もう!
雇って貰えたら、全力で働くと言うのに
そんな心の声を、春の空に吐きだした高校一年生の時に
私は、そいつに再会した
いや、再会と言えるの物なのか
それとも第二の出会い、と言うべき物なのか
4 :1:2013/10/12(土) 06:31:05 ID:qzFA42eI
「待てっ!」
――ん?
遠くから聞こえて来た声に、少しだけ意識が傾いた
待て、とは何だろうか
「お、おい……待てぇ!」
――なんだ、この声
徐々に近づいてくる、普段の生活で聞きなれない台詞
それを聞いた私の体は不意に止まり、そしてその声の方を見てみる……と
「う、うわぁああ!?」
「ふぁ!?」
ドンと、勢いよく
コントよろしくと言った感じで、私の体は走ってきた人物にぶつかり……跳ね飛ばされた
なんとか、足を踏ん張って体制を整えるのに成功する
5 :1:2013/10/12(土) 06:33:57 ID:qzFA42eI
「なっ」
なにしやがる!と
生来の口の悪さが、出かかったその時だった
視界の端を、黄色みの強い
明るい金髪が駆け抜けて行く
朝一番の日の光を凝縮したような
その色に、思わず目が惹かれた
「待て、おい……このストーカーめ!!」
そう叫びながら、こちらの脇を若干重い足取りで駆け抜けて行く男
記憶の中の様な、ガタイの良さは無い
記憶の中での凛々しかった表情も、なんとなく緩やかな印象になっている
ん、アレはアイツか?
と言うか、あいつは今なんて言った?
6 :1:2013/10/12(土) 06:35:52 ID:qzFA42eI
そして
「よしっ」
一息吐きだした後に、駆けだした
幸いにも、障害物は少ない
中学時代の部活動でならした足は、どんどん加速していき
息を切らしている立ち止まったそいつの背を、あっと言う間に追い越す
「えっ」
「あいつ、追えばいいんだな」
擦れ違いざまにそう確認の一言を漏らした後は、もう脇目も振らない
後ろから追ってくる声もないと言う事は、大丈夫なのだろう
集中して、追いかけると
目標の背中が、人ごみに紛れ込む前に余裕で追いついた
走っていた若い男は、こちらに気付くとギョッとしたように目を見開く
7 :1:2013/10/12(土) 06:37:31 ID:qzFA42eI
「おいっ待て!」
一応声を掛けるが
やはりと言うか、相手は止まらない
なのでその首元に、手が届きそうな距離まで近づいて
その襟元をギュッと掴む
すぐさま立ち止まると相手が首が閉まってしまうので、スピードは落とさずに並走した
「なぁ、ちょっとだけ止まれよ!」
「……っ!」
そいつの顔に、僅かに緊張が走っている
ついでにこちらの言葉にも耳を貸さない、本当にストーカーなのだろうか
そう思いつつ、少しだけ減速する
相手がそれに慣れたら、更にもう少しだけ減速
それを繰り返そうとした……その時だった
首元を掴まれているそいつの体が、急にこちらに近づく
8 :1:2013/10/12(土) 06:38:31 ID:qzFA42eI
「え」
避けきれなかった
タックルを喰らわされて、体が傾き
足がグギリと鳴る
「いっ」
いてぇえええ!!
その、痛みが駆け抜けた瞬間
無意識に、本当に無意識に
握っていた逃走者の襟元を、手前にぐっと引っぱった
9 :1:2013/10/12(土) 06:39:26 ID:qzFA42eI
「う」
「わっ」
その声の、どちらがこちらで
どちらが相手かは、分からない
だが、結果は同じだ
同時に、こけた
「あ、いたたたた」
声が漏れ、目を開けた瞬間
目の前にいる逃走者の瞳が、僅かに危険な色を灯している事に気付く
――あ、やばっ
その思考と同時に、逃走者の手がこちらに向ってくる
こちらの体制は不利で、しかも足が痛い
やばい
その言葉が、頭に一杯広がった瞬間だった
10 :1:2013/10/12(土) 06:41:39 ID:qzFA42eI
「どりゃああああああ!!」
「べふっ」
大きな怒号に、間抜けな声
脳裏に浮かぶイメージとしては、大きな牛に体当たりされた人間の様な
そんな光景が、目の前に広がった
状況としては簡単だ、目の前の逃走者に
さっき私が追い越した男が、その大きな体一杯を使ってタックルをした
「あ、わわっ離せよ!」
「ほら、観念しろ!盗聴器も見つけたし、お前が部屋を覗く瞬間だってこちらが抑えたんだ」
男はジタバタと、その体の下でもがいているが
こいつの大きな体じゃ、とても抜け出せないだろうな
命一杯の力を使って暴れている様だったが
それにも動じていない様子で、男は身柄を拘束している
「い、いやだ、離せぇ!」
「暴れるなって」
宥めながら
男はこちらに、視線を向けた
11 :1:2013/10/12(土) 06:42:48 ID:qzFA42eI
あの瞳だ
青く正義感の宿った、存在感のある瞳
でも、昔とは違う
その瞳の下には、僅かな皺がいくつか刻まれ
走っていた所為か大きく息が乱れ、その額にも汗が滲んでいる
何より
あの時、あの時代ではついぞ見た事のなかった
――大人へと成長した、彼の姿
そいつはこちらを見て、ニカッと笑った
「おぅ、お前のお陰で助かった」
ありがとうな、と元気よく言われ
少しだけ、残念に思う
――彼には、前の記憶が無いらしい
彼にとっては、そちらの方がいいだろうけれど
12 :1:2013/10/12(土) 06:44:35 ID:qzFA42eI
にしても、最初に出会った
前世の邂逅者がこいつか
意外に思いつつ
倒れた際に付いた埃を、軽く払い落しながら立ち上がる
「大したことじゃないさ、まぁジュースの一本でも奢って貰えればいいんだが」
そう言うと、相手は大きな声で笑った
朗らか、と言うよりは懐の大きさが現れた様な温かい声
笑っていると目元の皺が、少しだけ増える
へぇ、笑い皺があるのか
それはいい事だ
「はは、言う奴だな……って、あ」
「あ」
笑った瞬間、力が緩んだのか
あいつの下に居た人間が、命一杯の力を込めて拘束を振り解いた
そしてその瞬間
こちらに向かって、拳を振り上げられた
どうやら、激昂しているらしい
13 :1:2013/10/12(土) 06:46:29 ID:qzFA42eI
「うらわああああ」
「……めんどく、せっ」
声を荒らげながら、殴りかかってくるそいつに
私は軽く吐きだした感情と共に、動きをかわして
そのまま、背負い投げた
走ってきた勢いを最大限に活用して放り投げたので、男は景気よく飛んでいく
信じられない、と言う表情を引っ提げて
そして、そのまま
地面に激突し、気を失った
「……よし」
そこまでの一部始終を確認してから、軽く後ろを振り向く
するとそこにもまた、信じられないと言う様な表情をしている人物がいた
その表情が面白くて、思わず噴き出す
14 :1:2013/10/12(土) 06:48:02 ID:qzFA42eI
「なに、拍子抜けているんだよ、めんどくせ―」
軽く、そいつに近寄ってみる
奴はハッとしたように、改めてこちらを見た
「お前、……やるなぁ」
「どうも。これでもこの間の中学卒業までは、柔道と陸上の掛け持ちやって居たんでね」
そこらへんの男よりも体力はあるんだ
そう言って、ポンと奴の肩を叩く
「怪我はないか?」
「それはこっちのセリフだ、その制服……それに中学の卒業って」
まさか16歳か?
と言う言葉を、思いっきり疑問系に吐きだされる
正しかったので、笑いながら是と答えた
すると相手は、なおも呆れた様な表情を作る
15 :1:2013/10/12(土) 06:51:18 ID:qzFA42eI
「なに、最近の女子高生ってそんなにカッコイイ事ができんの?」
「そっちが大人なのに、間抜けすぎるだけだって」
思わず、前の調子で軽口を叩くと
最近の女子高生って礼儀知らずだな、と言う付け足された
その言葉への、面白味のない中年は嫌われるぞ
と言う返答は――口にしないでおくとするか
なんだかカルチャーショックを与えてしまったらしいが、それは放っておいて
目の前の「元同期」を少しだけ観察してみた
スーツは皺くちゃで、胸ポケットにタバコが一箱突っ込まれている
ストーカーを追いかけてはいたが、警察の様には見えない
だがそれ以上に
体力的なピークを過ぎている様に見えるとは言え、一般人にまかれそうになった事には
僅かながらショックを受けた
「……ちなみにあんた、誰?」
「ああ、俺は」
そう言って、少しだけカッコつける様に、ごほんと咳払いをした
正直、先程の失態の所為で全然カッコ良くは無い
16 :1:2013/10/12(土) 06:52:31 ID:qzFA42eI
「俺はライナー・ブラウン、職業は探偵かな」
「へぇ、私はユミル。初対面で個人情報は晒したくないんで、名前だけな」
ニヤリ、と少しだけふざける様に言うと
相手は不機嫌そうな視線を向けてきた
「……おい、俺は名前と職業を明かしているんだぞ」
「こっちも一応制服と職業の女子高生ってのは明かしているぞ、いいじゃないか」
声を出して笑ってみせると、どうやら口では勝てない事は理解したらしい
ガリガリと頭を掻きながら、私の後ろで伸びている男の方へと視線をやりつつも話を続ける
「まぁいい……俺はとりあえず、こいつを依頼者の所に連れて行かなくちゃいけないんだ」
そう言うと申し訳なさそうに、顔を歪めた
「だから、ジュースは今は奢ってやれないんだよな」
「なんだよ、ケチだな」
批判、だけどこれも笑いながら言う
17 :1:2013/10/12(土) 06:53:47 ID:qzFA42eI
「だから」
そう言うと、ライナーは胸のポケットから煙草ではない物を引っ張り出す
どうやらそれは薄い名刺入れだったらしい――それから一枚の紙を取り出し、こちらに差し出した
「明日でよければ時間が空いている、名刺にうちの住所も番号も載っているから」
よければ連絡をくれ
と言われたので、その紙に手を伸ばして受け取ってみた
早速、その紙をマジマジと見つめてみると
住所は西区とあった、どうやらここから近いらしい
私が確認している間に、ライナーは伸びている男を背中に背負う
担ぎあげた瞬間に――情けなさそうな声を、ちょっとだけ漏らして
重いのか、腰が痛いのか
もしかしたらその両方かもしれない
なんだかその動きは年月を経過を感じさせる物で
ユミルはつい、声を掛けた
19 :1:2013/10/12(土) 06:55:34 ID:qzFA42eI
「手伝おうか?――ジュース二本で」
「いや……何とか大丈夫そうだ、依頼者宅もすぐ近くだしな」
ここで少しだけ、ユミルは思案する
せっかく巡り合えた前世の邂逅者だ、少しばかり話したい
だが住所が分かっているので、手伝わなくてもいい様にも思えた
「なぁライナー、あんたいくつだ?」
「……16歳の子供に、名前を呼び捨てされる覚えのない年齢だ」
こっちをガキと言う年齢か
どうやら老け顔が進行した、と言う訳ではないらしい
つまり、腰を少し屈む様に相手を背負っているのは
単純に、年の所為か
そこまで考えて、ユミルは息を吐いた
「……少しだけ、手伝ってやるよ」
「は?」
訝しげな声を洩らされる
正当な反応だったが、こちらは気にせずにライナーに顔を向けながら言葉を紡いだ
20 :1:2013/10/12(土) 06:58:18 ID:qzFA42eI
「あんたが担いで行く途中で、こいつが目が覚めたら危ない」
「い、いや……だが、無関係な奴をこれ以上」
その言葉の途中に
何を今更、と声を被せる
「もう十分に関わっているだろ――それに何かあったら、こっちの夢見が悪い」
そう呟くと、相手は何も言えなかったらしい
黙って頷き、ゆっくりと歩き出した
半歩後ろをついて行く
相手はそれを承知しているだろうに、咎める言葉は言われない
「……おかしな奴だな、お前」
「オカシイとか言うなよ。こっちは一応、仕事の恩人だろ」
そう言うと、向こうの声の勢いが衰える
声が口の中で籠っているらしく、言葉が聞き取り辛い
「まぁ……そうではあるが」
だが相手の言い分も分かる
なんせこちらは、進学したての高校一年生――まだガキなのだ
21 :1:2013/10/12(土) 07:00:44 ID:qzFA42eI
だから少しだけ、着いていく理由をプラスする
「それにちょっと暇だったし、実は興味があったんだよ」
ライナーにな
それは口に出さなかった
けれども相手は、そう受け取ったらしい
一気に声のトーンが上がった
「え、なんだ俺にか?罪つくりだな、16歳の子に一目惚れされちまったか?」
「アホか、探偵だよ……探偵って職業に興味を持ったんだ」
声色一つ変えずに否定してやると、またライナーの声が止まった
冗談と言う口調で言っていたが、はやり少しは期待していたらしい
なんて図々しい奴なんだ
その後
ぽつり、ぽつりと話しているうちに依頼者の家の前に着いたらしく
ここまでで大丈夫だ、と奴が呟く
22 :1:2013/10/12(土) 07:02:41 ID:qzFA42eI
「本当に助かった、ありがとうな」
「いやいや、明日ジュース飲みに行くからな――お礼はその時でいい」
そう言うと、奴は口を大きくして笑った
この顔は、訓練兵の時に見た笑顔そのままだ
「あぁ、分かった」
「ただし注文がある、濃縮還元のジュースじゃないと認めない」
我ながら注文が多いな、と思ったものの
普段施設ではジュースなんて飲めないので、少しだけ贅沢をさせてもらう
昔からある、頼れる
いや、頼られ過ぎるくらいに面倒事を引き受けてくれた彼だし
ライナーだしいいよな、と
心の中で少しだけ、また甘えさせて貰う
そんな心情は露知らず、奴は笑って許してくれた
「分かったよ、待っているからな」
「あぁ」
そこで頷くと
不意に、これが会話の終着点であると感じ取った
23 :1:2013/10/12(土) 07:03:47 ID:qzFA42eI
奴に、背を向けて歩き出す
曲がり角まで歩いて、少し振り向くと……奴と目が合い、手を振られた
それに苦笑して、ユミルは角を曲がる
すると完全に、ライナーの姿は見えなくなった
「…………っ」
会えた
会えた
見えなくなった瞬間に、嬉しさが込み上げて来てユミルの頬を濡らした
拭っても、何度拭いとっても涙はあふれてくる
24 :1:2013/10/12(土) 07:04:47 ID:qzFA42eI
「……ライナー」
お前に会えて良かった
お前の目元にあった笑い皺が見れて、本当に嬉しいよ
あの世界のお前の顔は、あんなに歪んでいたから
そして、お前に会えた事で
ヒストリアに、サシャに、コニーに、ベルトルトに、アニに
エレンに、ミカサに、アルミンに、ジャンに、マルコに
また会う事が出来るかもしれない
そんな希望を貰えた
「ありがとうな、ライナー」
25 :1:2013/10/12(土) 07:06:23 ID:qzFA42eI
翌日
事務所を訪れたユミルが
ライナーに、事務所でのバイトを持ちかけられ
その結果、ライナーの事をボスと呼ぶ様になり
雑用に明け暮れる毎日になるのは
また別のお話である
ユミル「ミドルなライナー」【終】
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