2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 20:57:45.73 ID:iQuGjVDwo
杏は微睡みから目を覚ました。
見慣れてしまった天井、照明。見回すとこれも見慣れてしまった壁、窓、調度品。
ベッドに寝たままの状態自体には慣れたものだが、場所が自分の家でないとやはり調子は狂う。
しかも、今は怠惰を楽しんでいるわけではない。杏にしては珍しく、不本意ながら寝ているのだ。
どうせ寝なければならないのなら慣れた場所が良い。自分の部屋か、あるいは事務所のソファか。
そこまで考えて杏は笑ってしまった。
事務所のソファにはどれほどご無沙汰しているのか。
杏にとっての定位置には、もうあのソファはないだろう。とっくに撤去されていてもおかしくないのだから。
それとも「トップアイドルになれるクッションソファ」などと、ふざけたネーミングで安置されているかも知れない。
ちひろなら、いや、仁奈や莉嘉でも悪戯半分でやりかねない。
とはいえ、杏に今更それをどうこうする気も権利もないのだが。
引用元: ・杏「きらりはくふくふ笑う」
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 20:58:13.42 ID:iQuGjVDwo
「……そろそろ、だよね」
杏は病室の壁に掛けられた時計を見た。
そろそろ、きらりが来ると約束した時間だ。
「杏ちゃーん、来たゆ~」
案の定、きらりの声がする。流石に病院の中だと声は抑えているが、特徴ある口調はそのまま。
約束に厳しいきらりだけある、と杏は感心した。
今の杏には、きらりのいつもの口調も乱入も心地良い。
なにしろ、ベッドに縛りつけられるようにして過ごしているのだから。
多少の波乱はあっても変化は大歓迎だ。
杏は病室の壁に掛けられた時計を見た。
そろそろ、きらりが来ると約束した時間だ。
「杏ちゃーん、来たゆ~」
案の定、きらりの声がする。流石に病院の中だと声は抑えているが、特徴ある口調はそのまま。
約束に厳しいきらりだけある、と杏は感心した。
今の杏には、きらりのいつもの口調も乱入も心地良い。
なにしろ、ベッドに縛りつけられるようにして過ごしているのだから。
多少の波乱はあっても変化は大歓迎だ。
4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 20:58:40.28 ID:iQuGjVDwo
「やほー、杏ちゃん、来たよー」
だから第一声はこうなる。
「うぇー、退屈だよ、きらり、なんとかして」
「だーめぇ。今の杏ちゃんはおねんねしてるのがお仕事だよ」
「うー、退屈すぎる。せめてゲームくらい」
「だーめぇ。Pちゃんにちゃーんと頼まれてゆからね」
「くそっ、Pめ、年々横暴になっていくじゃあないか。杏のこと大切にするって言った癖に」
5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 20:59:07.53 ID:iQuGjVDwo
「大切にしてるよ?」
真顔で首を傾げるきらりに、杏は絶句。そして、ややあって唸るように呟きながら頷いた。
「……そりゃあ……わかってるけどさ」
くふくふときらりは笑う。
きらりは、数年前の杏とPの結婚式の前後から、時々こんな風に笑うようになった。
含み笑いを我慢して、それでも仕方なく笑ってしまうような、そんな笑い方。
正直、杏はこの笑い方が好きではない。
らしくない、と感じてしまう。いや、はっきり言えば不快だ。
それでも、杏は何も言わない。何も言えない。
そんな笑いをさせている原因が自分にあるかも知れないから。
その真偽をはっきりさせるために尋ねることも出来ない。
6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 20:59:34.57 ID:iQuGjVDwo
肯定されてしまえば、自分はきらりと一緒にいられなくなる。少なくとも、こんなつきあい方は出来なくなる。
そして、きっと、多分、きらりは、肯定を、する。だろうから。
「杏ちゃんはぁ、もうちょっとPちゃんのことわかってあげないとぉ」
「わかってあげないと?」
「まゆちゃんに取られちゃう」
「う」
「凛ちゃんだって、まだ狙ってゆ」
「うう」
7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:00:02.74 ID:iQuGjVDwo
二人の名前が出た。
二人の名前しか出ないことを、杏は知っている。
こんな会話の流れになったときに必ず出る二人の名前。
名前の出ない三人目を、杏は知っている。
「まだまだみーんな、Pちゃんのこと大好きだから」
三人目の名前は出ない。
何事も無かったように、何事も気付かなかったように、会話は続けられる。
「ふんっ」
「杏ちゃん?」
「べっつにぃ、Pがモテてるのは杏の自慢になるから良いもんねー」
また、きらりはくふと笑った。
8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:00:30.17 ID:iQuGjVDwo
「それにさ」
きらりの笑いを耳に入れていないふりをして、杏は言葉を続ける。
「杏はこれからPの子供を産むんだから」
くふくふときらりは笑う。
「杏ちゃんだけだもんね。Pちゃんの子供が産めるのは」
「こう見えても、妻だからね」
「杏ちゃんとPちゃんの赤ちゃん、とーーっても、可愛いよね」
「幸子より?」
9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:00:55.99 ID:iQuGjVDwo
「幸子ちゃんよりカワイイよ!」
くふくふときらりは笑う。
「楽しみだよ、可愛い可愛い杏ちゃんの赤ちゃん」
「んふふ、きらりは杏より楽しみにしてない?」
「杏ちゃんとPちゃんの子供だにぃ」
「Pの子供だから可愛いに決まってるよ」
くふくふ
「早く出てこーい、可愛い赤ちゃん」
10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:01:22.90 ID:iQuGjVDwo
きらりが杏のお腹に冗談めかして呼びかける。
通常の妊婦よりもずいぶん早く、杏は入院していた。
杏の体格で子供を産むということがどういう意味か。その危惧は当然のようにPにも杏にもあった、そしてきらりにも。
だから、大事をとって入院している。医師の指示に従っている。
万が一を億が一に、億が一を兆が一にするために。
「とは言っても、ホントに早まるのはノーサンキューだけどね」
「うん。杏ちゃん、大変だもんね」
「心の準備だけでも、ね」
杏はふと天井を見た。
そのまま、きらりのほうには顔を向けずに言う。
11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:01:49.69 ID:iQuGjVDwo
「ねえ、きらり」
「んにゅ?」
「前にも話したけれどさ」
「うん」
「どっちかを選ぶ、なんてことになったら、子供を選んでよね」
「杏ちゃん」
「もしものときは、お願いだよ、きらり」
くふくふ
12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:02:16.20 ID:iQuGjVDwo
「だーめ」
くふくふくふ
「そんな弱気はだーめ」
くふくふくふくふ
杏はきらりを見ない。きらりの顔を見ない。きらりの表情を見ない。
「杏ちゃんは、元気に赤ちゃんを産んで、立派に育てるの」
「約束してよ。子供を選ぶって」
「杏ちゃんがいなくなると、Pちゃん哀しぃよ? 赤ちゃんだって、寂しぃよ?」
13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:02:42.58 ID:iQuGjVDwo
「きらりがいるから」
くふくふくふくふくふ
「きらりがいるから、心配しないよ。そうでしょ?」
くふくふ 杏ちゃん くふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふ 駄目だよ くふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふ Pちゃん くふ
くふくふくふ 赤ちゃん くふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふ 可哀想よ くふくふくふくふ
「きらりなら、いいよ」
14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:03:09.42 ID:iQuGjVDwo
そう、思っていたはずだった。
きらりのことが大好きだった。
信用できる友達だった。
自分に何かあったとき、全てを託しても良いと言える友達だった。
くふくふ そ くふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふ れ くふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふ も くふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふ い くふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふ い くふくふくふくふくふ
「私の代わりに」
15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:03:35.86 ID:iQuGjVDwo
だから、そう言える。
きらりに託すことが出来る。
それはもしもの話。
決してきらりはそれを望んでいないと信じられるから言える話。
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
でも、この笑いはなんだ。
きらりが悦んでいる。
何故? 託されるから? 手に入れるから? 奪えるから?
杏はきらりを見ない。
声だけが聞こえる。異様な笑い声だけが聞こえる。
16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:04:03.01 ID:iQuGjVDwo
抑えなければならないのに、それでも漏れてしまう笑いが聞こえる。
違う。きらりは違う。
自分の知っているきらりは違う。
こんな笑い方はしない。
こんな喜び方はしない。
きらりなら。
自分の知っているきらりなら。
17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:04:29.86 ID:iQuGjVDwo
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
杏ちゃんの赤ちゃんならきっと可愛いにぃ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
きらりもうんと可愛がることが出来ゆよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
Pちゃんのこともまかせて
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
杏ちゃんのぶんまで幸せにするよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
きらりも幸せになるよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
杏ちゃんがいなくなれば
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:04:57.63 ID:iQuGjVDwo
「やだ」
そう、きらりの声がはっきりと聞こえた。
笑いが止まった。
「こんなの、やだ」
杏は顔を上げる。
そこには、きらりがいた。
涙目のきらりがいた。
笑い声の止まったきらりがいた。
嫌だ、と呟くきらりがいた。
「きらり?」
「ごめん、ね」
身を翻し、きらりは病室を出て行く。
ドアの向こうから、再び笑い声が聞こえたような気がした。
それ以来、杏はきらりの姿を見ていない。
19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:05:24.42 ID:iQuGjVDwo
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:05:51.60 ID:iQuGjVDwo
きらりは、受付で杏の部屋を確認する。
部屋番号は知っているが、面会の申し込みは必要だ。それに、杏は特別個室にいる。
何しろ元とは言えトップアイドル、普通の病室に入るわけにも行かないだろう。
受付を済ませ、病院本棟からは離れになる特別病棟へ向かう。
特別病棟にあるのは産婦人科だけではない、一時期、北条加蓮も時々検査入院していたはずだ。
入院ではないが検査という意味では、輿水幸子もちょくちょくお世話になっていた。
エレベーターに乗り、目的の階。杏の病室はすぐそこだ。
「杏ちゃーん、来たゆ~」
約束していた時間通りだ、と確認しながらきらりは扉を開く。
21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:06:17.96 ID:iQuGjVDwo
「やほー、杏ちゃん、来たよー」
ベッドの上で所在なさげにぼうっとしていた杏が、きらりの姿を認めると言った。
「うぇー、退屈だよ、きらり、なんとかして」
「だーめぇ。今の杏ちゃんはおねんねしてるのがお仕事だよ」
「うー、退屈すぎる。せめてゲームくらい」
「だーめぇ。Pちゃんにちゃーんと頼まれてゆからね」
「くそっ、Pめ、年々横暴になっていくじゃあないか。杏のこと大切にするって言った癖に」
そんなことを言いながらも、杏の顔は嬉しそうに笑っていることをきらりは見逃さない。
22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:06:44.91 ID:iQuGjVDwo
「大切にしてるよ?」
一瞬、杏は口を閉じ、くふくふと笑った。
「……そりゃあ……わかってるけどさ」
くふくふと杏は笑う。
杏は、数年前にPと結婚した前後から、時々こんな風に笑うようになった。
含み笑いを我慢して、それでも仕方なく笑ってしまうような、そんな笑い方。
正直、きらりはこの笑い方が嫌いだ。
らしくない、と感じてしまう。
それでも、きらりは何も言わない。何も言えない。
そんな笑いをさせている原因が自分たち……自分かも知れないから。
尋ねることも出来ない。
23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:07:11.61 ID:iQuGjVDwo
肯定されてしまえば、自分は杏と一緒にいられなくなる。少なくとも、こんなつきあい方は出来なくなる。
そう、感じてしまうから。
そして、きっと、多分、杏は、肯定を、する。だろうから。
Pを奪ったのは自分だと、杏自身が知っている。自分が何をしたか、杏は知っている。
渋谷凛、佐久間まゆ、そして、もう一人。
自分が皆からPを奪ったことを、杏は知っている。
杏はそれを隠さない。
きらりはそれに気付かないふりをする。
そして会話を重ねる。
無邪気に、杏の心など知らないふりをして。
「杏ちゃんはぁ、もうちょっとPちゃんのことわかってあげないとぉ」
24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:07:38.15 ID:iQuGjVDwo
「わかってあげないと?」
「まゆちゃんに取られちゃう」
「う」
「凛ちゃんだって、まだ狙ってゆ」
「うう」
「まだまだみーんな、Pちゃんのこと大好きだから」
もう一人の名前は出ない。出せない。
「ふんっ」
25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:08:04.95 ID:iQuGjVDwo
「杏ちゃん?」
「べっつにぃ、Pがモテてるのは杏の自慢になるから良いもんねー」
また、杏はくふと笑った。
「それにさ、杏はこれからPの子供を産むんだから」
くふくふと杏は笑う。
「杏ちゃんだけだもんね。Pちゃんの子供が産めるのは」
きらりはそう答えるしかない。
「こう見えても、妻だからね」
26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:08:31.61 ID:iQuGjVDwo
杏はくふくふと笑う。
自分は妻だと、唯一の妻だと言うように。
凛でもまゆでもない、自分が妻だと言うように。
「杏ちゃんとPちゃんの赤ちゃん、とーーっても、可愛いよね」
「幸子より?」
「幸子ちゃんよりカワイイよ! 楽しみだよ、可愛い可愛い杏ちゃんの赤ちゃん」
「んふふ、きらりは杏より楽しみにしてない?」
「杏ちゃんとPちゃんの子供だにぃ」
「Pの子供だから可愛いに決まってるよ」
くふくふ
27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:08:57.81 ID:iQuGjVDwo
「早く出てこーい、可愛い赤ちゃん」
きらりは杏のお腹に冗談めかして呼びかける。
通常の妊婦よりもずいぶん早く、杏は入院していた。
杏の体格で子供を産むということがどういう意味か。その危惧は当然のようにPにも杏にもあった、そしてきらりにも。
だから、大事をとって入院している。医師の指示に従っている。
万が一を億が一に、億が一を兆が一にするために。
「とは言っても、ホントに早まるのはノーサンキューだけどね」
「うん。杏ちゃん、大変だもんね」
「心の準備だけでも、ね」
28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:09:25.01 ID:iQuGjVDwo
きらりがふと時計を見たとき、杏は言った。
「ねえ、きらり」
「んにゅ?」
「前にも話したけれどさ」
「うん」
「どっちかを選ぶ、なんてことになったら、子供を選んでよね」
「杏ちゃん」
「もしものときは、お願いだよ、きらり」
29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:10:17.57 ID:iQuGjVDwo
ねえ、三人目。そんな声が聞こえたような気がした。
くふくふ
「だーめ」
くふくふくふ
「そんな弱気はだーめ」
くふくふくふくふ
きらりを時計を見ている。話しかけてくる杏の顔を見ない。杏の表情を見ない。
「杏ちゃんは、元気に赤ちゃんを産んで、立派に育てるの」
30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:10:45.33 ID:iQuGjVDwo
「約束してよ。子供を選ぶって」
ほら、三人目。私が居なくなるんだよ。
くふくふくふくふくふ
嬉しくないの? チャンスだよ。
「杏ちゃんがいなくなると、Pちゃん哀しぃよ? 赤ちゃんだって、寂しぃよ?」
息苦しさを、きらりは感じていた。
「きらりがいるから」
31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:11:12.42 ID:iQuGjVDwo
三人目。
くふくふ きらりが くふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふ いるから くふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふく 心配など ふくふ
くふくふくふ しないよ くふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふ でしょ? くふくふくふくふ
「杏ちゃん、駄目だよ。Pちゃんと赤ちゃんが可哀想」
そう、思っていた。
二人のことが大好きだった。
二人のためならがんばれる。託されてもいい。
だけど、失いたいとは思わない。失いたくない。
失うために奪いたくなどない。
32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:11:40.53 ID:iQuGjVDwo
くふくふ き くふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふ ら くふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふ り くふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふ な くふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふ ら くふくふくふくふくふ
「それもいい、なんて絶対言わない」
二人を守りたい。
二人のためになら役立ちたい。
それは、二人のため。
二人が好きな自分のため。
二人の幸せを壊したいわけじゃない。そんな前提の自分の幸せはいらない
杏が何を言っても、それだけは変わらない。
33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:12:10.17 ID:iQuGjVDwo
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
でも、この笑いはなんだ。
杏が笑っている、嘲笑っている。
何故? 手に入れたから? 奪ったから?
凛から、まゆから。
きらりから。
きらりは杏を見ない。
声だけが聞こえる。異様な笑い声だけが聞こえる。
抑えなければならないのに、それでも漏れてしまう笑いが聞こえる。
違う。杏は違う。
自分の知っている杏は違う。
こんな笑い方はしない。
こんな喜び方はしない。
杏なら。
自分の知っている杏なら。
34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:12:40.79 ID:iQuGjVDwo
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
私とPの赤ちゃんならきっと可愛いよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
きらりもうんと可愛がるよね
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
Pも一緒にね
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
でも私が居るんだよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
私が居るからきらりのものにはならないよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
Pも子供も私のものだよ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
くふくふくふくふくふくふくふくふくふくふくふ
35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:13:07.21 ID:iQuGjVDwo
「やだ」
杏の声がはっきりと聞こえた。
笑いが止まった。
「こんなの、やだ」
きらりは視線を降ろした。
そこには、杏がいた。
涙目の杏がいた。
笑い声の止まった杏がいた。
嫌だ、と呟く杏がいた。
「杏ちゃん?」
一瞬の空白の後、再び笑い声が聞こえ始めた。
身を翻し、きらりは病室を出る。
それ以来、きらりは杏の姿を見ていない。
36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:13:34.73 ID:iQuGjVDwo
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/20(火) 21:14:05.31 ID:iQuGjVDwo
「本日はお話ありがとうございました。ところで……」
かつてアイドルであった女への取材を終え、記者は尋ねる。
「彼女にお会いになったりはしないんですか?」
かつてアイドルであった女は、記者の質問に答えた。
「まだ……笑い声が、聞こえるんです」
38: ◆NOC.S1z/i2 2016/09/20(火) 21:14:37.03 ID:iQuGjVDwo
終
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