2: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:10:25.22 ID:tzkxkV3zO
 午後。日が前から射す夕暮れ時。十一月ともなると、この時間でも日が低いことを、乾いた冷たい風が告げる。
「ボンソワール、フレちゃんただいま戻りましたー、あら、文香ちゃんも戻ってたのね、おつかれシルブプレー?」
 モデルの撮影を終えて事務所に戻ってきたフレデリカがまず見たのは、ソファーに座りながら射し込む茜色に染まり、いつものように重厚な本を膝の上で捲る文香だった。

引用元: 【モバマスSS】外の世界の夢見心地 


 

3: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:11:21.36 ID:tzkxkV3zO
「ああ、フレデリカさん……お疲れさまです」
 顔をあげた文香のいつもは碧い瞳は、ほんの少し、黄昏を映していた。数刻前に戻ってきてから、ずっと本を読んでいたであろう文香には、窓から叩きつけるような茜は少し眩しかったようだが。
「文香ちゃん戻ってきたの、お昼過ぎじゃなかったっけ?」
「はい……ですが、気が付いたらもう夕方でした……」
 そうだ。文香の書店イベントは今日は午前中で終わり。そこから挨拶を済ませてから帰ってきたとしても昼過ぎには着く。だとしたら、もうゆうに二時間は経っているはずだが、よくよく考えてみれば文香にとってはそれくらいの時間を本を読んで過ごすことは当たり前のことだった。

4: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:12:30.87 ID:tzkxkV3zO
「ワーオさすが文香ちゃん、本を開けばファンタジーにトリップ!」
「ふふ……物語は、読む人をその世界に誘うもの、ですから」
「じゃあ、フレちゃんも本を読んだらここをパリにできるかなあ?」
「きっと……できると、思いますよ」
「ワオ、素敵! どんなの読もうかなあ……」
「おすすめは……こちらです」
「うーんグレイト! メルシー♪」
 こうやってすぐにおすすめの本を出せるあたり、文香の本に関する知識量は並大抵ではない。なぜ今持っているのか、という疑問はさておき。

5: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:13:14.64 ID:tzkxkV3zO
 しかしこうして二人がソファーで並んで座り、茜色に染まりながら静かに本を読んでいる姿はさすがアイドル、と言わんばかりに息を飲むものだ。フレデリカに至っては、普段のおちゃらけたキャラとのギャップもあいまって。黙っていれば美人、とは誰の言だったか。もっとも、当人曰く、『喋ればもっと美人』だそうだ。たしかにおちゃらけてはいるが喋っていて退屈したことはない。
 そこからしばらくは、紙を捲る音とキーボードを叩く音だけが、部屋を支配していた。直帰する他のアイドルは見たこともないような。

6: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:13:50.22 ID:tzkxkV3zO
 窓の茜色が瑠璃色に変わった頃。
「おーい、文香、フレデリカ、そろそろ部屋閉めるけど」
 プロデューサーが仕事を終えた。
「はーい、今パリから帰ってくるねー。……あいよっと、フレちゃん到着ー」
「パリの景色はどうだった?」
「ふふーん、やっぱりいつ行っても素敵な街だよー」
「ふふ、よかったな。……おーい、文香ー」
 文香はまだ夢の中のようだ。いつものことだが。
「はっ……すみません……もう、こんな時間なんですね」
「そうだよー、外も暗くなってきたし。で、そろそろ部屋閉めるけど」
「はい……支度しますね」

7: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:14:30.27 ID:tzkxkV3zO
 事務所ビル前。
「あっ、プロデューサー、そこの店行こうよー」
 唐突なフレデリカの提案。そこの店とは、スーパーだ。
「ああ、スーパーか。晩ごはんの用意?」
「フレちゃんパリ旅行してたからお腹すいちゃったよー」
「そう、ですね……さすがに、少し空腹が」
「よし、じゃあ行くか」

8: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:15:24.03 ID:tzkxkV3zO
 たくさんの食材が所狭しと並べられたスーパーの売場。いるだけでお腹が空きそうだ。しかしフレデリカの目当てはそこではなかったらしく。
「こっちこっちー!」
 フレデリカに連れられるがままに行き着いた先は。
「おか……し……?」
 スーパーの中に入っているお菓子屋だった。困惑する二人をよそに、大盛り上がりのフレデリカ。

9: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:16:01.80 ID:tzkxkV3zO
「あった、これこれ! これ、パリでよく食べてたんだー」
 珍しいお菓子がたくさん置いてあったが、輸入菓子も置いてあるようだ。その中でもフレデリカが手に取ったのは、棒状のお菓子。
「ほら、今日って十一月十一日、数字で書いたら一が並ぶじゃない? そしたらなんだかこれに見えてきて……というわけで、フレちゃんからパリのおみやげ! おいしいんだよーこれ、日本人の口にも合うよ、たぶん♪」
 おしゃれな包装に包まれた、イラストからするとおそらくはミルフィーユか何かのようなお菓子。なるほどおいしそうだ。

10: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:16:44.24 ID:tzkxkV3zO
「……うまいわこれ。ありがとう、フレデリカ」
「うふふー、どういたしましてー。プロデューサーも文香ちゃんもパリの風を感じられたかな?」
「不思議な甘さ……ですね。すっきりしていてなおしっかり甘い……」
「異国情緒なのにどこか懐かしい感じだな」
「そうそう、それがパリだよー、あなたも立派なパリジャン! ……なんてね」
 スーパーを出てから、解散までのほんのひととき。三人のパリの風アンコール。
「ふふっ……じゃあ、気を付けて帰れよ」
「はーい、じゃあねー」
「お疲れさまでした……また」

11: ◆kqD/54aJTU 2016/11/12(土) 00:17:35.56 ID:tzkxkV3zO
「あ、やべ、晩飯のこと忘れてた」