2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:52:09.98 ID:kPPq99600
目を覚ました時、私の目の前は真っ暗闇だった。

時刻を確認する。

午前三時三十四分。

いつもの起床時間にはまだ早い。

レイシフト先での長期の生活で、少し活動のリズムが崩れているようだ。

目が冴えてしまって、暫く寝付けそうにない。

……少しだけでも、体を動かして来れば変わるだろうか。

カルデアを一周してこよう。



引用元: 【FGO】マシュ「二人で分け合いましょう、先輩」 


 

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3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:52:57.16 ID:kPPq99600
一週。

ふと、足が止まる。

先輩の部屋の前。

人類最後のマスター。

世界で一番サーヴァントを知るマスター。

私の、先輩。

私の、マスター。

何の訓練も受けていない、普通の人。

でも、どんな絶望的な状況でも諦めない。

人より少しだけ前向きで。

先輩は、誰よりも強い。

ふと、口元が緩んでいることに気が付いた。

……先輩、私は、先輩のサーヴァントで本当に良かったです。

マスターが先輩だったからこそ、私は。

いつか、口にしなくてはいけない。

私の……命が尽きる、その前に。

でも、それはまだ早い。

全てを告げるのは、全てが終わったその時に。

先輩、おやすみなさい。

心の中でそう告げ、部屋に戻ろうとしたその時。


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:53:58.00 ID:kPPq99600
「うわあああああああああああっ!!!」

「先輩っ!?」

目の前の扉から聞こえた悲鳴。

聞き間違えるはずもない、先輩の声。

私は考えるよりも先にドアを叩いていた。

「先輩! マシュ・キリエライトです! どうなさいましたか!?」

敵襲?

このカルデアの内部に?

しかし先輩は精神だけを連れ去られたこともある。

もしものことがあっては……!


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:55:02.05 ID:kPPq99600
「……マシュ? どうしてそこに……まさか、ずっといたの?」

「ち、違います! たまたまです!」

扉越しに聞こえる先輩の声。

その物言いは普段通りで、何か緊急事態が起きた訳ではないと胸を撫で下ろす。

「それよりも先輩。何があったのですか?」

「ん……いや、何でもないよ。心配しないで」

「ですが、その、あれはほとんど悲鳴でした。流石に何もなかったとは思えません。一目でもいいので、姿を見せてくれませんか?」

少しだけ、沈黙が流れた。

「……分かった。今、開けるよ」

カシュッ、と音が鳴って扉が開く。

その先は真っ暗闇。

踏み込むのを躊躇した瞬間、明かりがついて視界を焼く。

数度まばたき。

その後で部屋を見渡す。

先輩は寝間着のまま、ベッドの上で蹲っている。


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:56:31.90 ID:kPPq99600
「……先輩」

ベッドの傍らまで進み、声を掛ける。

「先輩、顔を……顔を、見せて頂けませんか?」

「……ちょっと待って。今は駄目」

それは、私が聞いたことの無い、消え入りそうな声だった。

「分かりました。それでは、待たせていただきます」

ベッドの上に腰を下ろす。

止められるかとも思ったが、先輩は何も言わない。

……再び、沈黙。

ただ先輩を見つめ、ジッと待つ。

五分だろうか、十分だろうか、もっと長いかもしれない。

時間が流れ、そして先輩はフッと声を漏らし、肩を揺らした。

「……我慢強いね、マシュは」

「はい。私はシールダーのサーヴァントですから」

私は、誰かを守る力を持つシールダーのサーヴァントであることを誇りに思っている。

でも……例えシールダーでなかったとしても、いや。

サーヴァントでなかったとしても、先輩を守りたい。

力になりたい。

私は、先輩の。


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:57:21.13 ID:kPPq99600
「……ありがとう」

「はい! って、ええ!? 私、口に出していましたか!?」

「全部ね」

かぁぁっと頬が熱くなる。

いや、例え口に出ていたとしても、私の想いに嘘偽りなんかなく、恥ずべきことなどない……の、だが。

……恥ずかしい。

「……マシュの恥ずかしいとこ、見ちゃったから。俺も見せるよ、恥ずかしいとこ」

え、と言う前に。

先輩は顔を上げた。

「先輩っ、どうしたんですか!?」

その顔色は真っ青。

目の下には濃い隈が出来ていて、額は薄く汗に覆われている。

どう見ても普通の状態ではない。

これまでいくつもの特異点を旅してきたが、こんな先輩の姿は見たことが無い。


8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:59:17.35 ID:kPPq99600
「うなされてたんだ。嫌な夢を見て」

「……夢?」

「特異点から帰ってきた後は、毎回こうなんだ。毎回……特異点で見た、一番……酷いことを、自分が受ける夢を見る。今日は……ラフムにバラバラにされる夢。その前はラフムにされて皆と戦う夢。その前は……もういいや」

ははは、と弱弱しく笑う先輩。

いつも前向きで、強気で、絶対に諦めなかった先輩。

その先輩の、この姿は……どう控えめに言っても、強い衝撃を私に与えた。

「ずっと……第一特異点の時から、ずっと、ですか?」

「うん。ずっと……ずっと、そうだ」

「そんな、だって先輩、一度もそんな素振り……」

「見せてなかった? なら、良かった。隠せてたんだ、ずっと」

「どうして……」

「俺は、マスターだから。俺が弱いところを見せたら、皆に影響するかもしれないから。俺は、魔術師としての才能なんてない。戦闘で役に立つことは出来ない。だから……気持ちだけは、いつも強くなくちゃいけないんだ。俺は、人類最後のマスターで……世界を救うのは、俺にしかできないんだから」

……どんな言葉で、否定すればいいのか分からなかった。

先輩の言葉は、正しい。

私はいつだって、誰よりも強い先輩の言葉に背を押されて戦ってきた。

もし、先輩が怯えていたら。

その怯えは、きっと私にも伝播していただろう。


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:59:53.68 ID:kPPq99600
「……マシュ?」

気が付けば私は身を乗り出し、先輩を抱きしめていた。

私は、自分で思っているより行動的らしい。

「ごめんなさい、先輩……私は、ずっと先輩と一緒にいたのに、先輩の事、何も分かっていませんでした」

先輩は、強くなんかなかった。

強い振りをしているだけの、普通の人だった。

普通の人なのに、辛さ、怖さを自分の胸に抑え込んで、気丈に振る舞っていたんだ。

私達の為に。

世界を救うために。

「それは……いいんだよ、俺はずっと、隠してたんだから」

「でも、今は知っています」

背に回した手に力が籠る。

ぎゅっと、ぎゅうっと。

私がここにいる事を、全身全霊で先輩に伝える。


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:01:34.47 ID:kPPq99600
「先輩、私、いつだって戦うことが怖いです。戦って死ぬことが、怖いです」

「うん。俺も、怖い。いつだって怖い……いつだって、逃げ出したいのを必死に堪えて、抑えてる。いつも皆を励ますようなこと言ってるけど、本当は自分に言ってるんだ」

「私達は一人ではありません。だから……二人で分け合いましょう。怖いこと、辛いこと、嫌なこと。一人で抱えることが苦しくても、二人でなら、きっと大丈夫です」

「うん……うん」

先輩が腕を私の背に回してくれた。

向こうからも、ぎゅっと力が籠められる。

私はもっと腕に力を込め、頬を頬に寄せ、もっと大きく、もっと強く、全身で先輩を抱きしめる。

「ありがとう、マシュ。ありがとう……」

寄せた頬に、冷たい感触。

これは、先輩が振らせた雨。

それとも、私?

重ねた胸から、先輩の鼓動を感じる。

きっと先輩も、私の鼓動を感じてくれている。


11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:02:08.42 ID:kPPq99600
「一人じゃないんです、先輩。私がここにいます。マシュ・キリエライトが、ここにいます」

「うん、分かるよ。マシュはここにいる。俺も、ここにいる」

「はい。私達は今、二人でここにいます」

ふふふ、と先輩の笑い声が聞こえた。

……いつも通りの、明るい調子で。

「ありがとう、マシュ。もう大丈夫」

ぽんぽん、と背中を叩かれる。

残念だが、体を離す。

……残念?

何が、残念なんだろう。

身を引くと、いつも通り、明るく強気な笑みを浮かべた先輩がそこにいた。


12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:02:57.42 ID:kPPq99600
「でも、どうせ分け合うなら嫌なことだけじゃなくてさ、良いことも分け合いたいな。そしたらきっと……少しだけ、幸せな気分になれると思うから」

「はい、そうですね。このような状況だからこそ、幸せは分かち合わないといけません」

幸せ。

私の幸せ、それは。

「先輩、早速ですが、私の幸せをおすそ分けしてもいいですか?」

「うん、もちろん。あ、待って、ちょっと考えさせて……パンが焼きたての時とか?」

それも幸せですが、違います。

私が首を横に振ると、先輩はえー、と唸り出す。

その様がなんだか面白くて。


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:04:16.32 ID:kPPq99600
「あー、笑わないでよ」

先輩が口を尖らせる。

それでは、答え合わせ。

再び先輩の背に手を伸ばし、ぎゅっとその身体を引き寄せる。

「先輩の身体は、大きくて暖かくて……今、私。とても、幸せです」

「えっ、と……うん。俺も、幸せ、です」

どうして敬語なんですか。

笑いながら問いかけると、マシュが急にこんな事するからだ、と拗ねたような声。

慌てて体を離すと、先輩はニヤリと笑っている。

「先輩!」

「びっくりさせられたから、その分を分け合おうと思ってさ」

「もう……ふふふっ、ふふ」

「ははっ」

笑い合う。

暫くの後。

ふと笑い声が途切れた時、私達は見つめ合っていた。

先輩は何故か真面目な、真剣な表情で……きっと、私も同じ顔をしていた。

何故か……何故か、先輩の唇に、強く視線が吸い寄せられる。


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:05:38.12 ID:kPPq99600
「先輩、私――」

何を言おうと思ったでもなく、勝手に口が開いて言葉が飛び出た、その時。

「今だっ、主殿! ここが勝負どころよなぁ!」

……えっ?

私の声ではない。

先輩の声でもない。

聞こえたのは、廊下側から。

ぎぎぎ、と、視線をそちらへ向ける首の動きは、錆びついていた。

「あっ」

「……あっじゃねーんだよお前そこで何やってんだ佐々木ィ!」

「某は通りがかっただけでござるよォ。何やら青春の匂いがしたので、つい」

「……お前今度こそ霊基変還するからな」

「えぇ~!? たまたま聞いてしまっただけでそれは無いだろう主殿ォ」

「だったら保管室にぶち込んだらぁ!」

「はははっ、いやいや、良いものを見せてもらった。それでは某はこれにて失礼! はははははは!」

「あっ霊体化してんじゃねぇ卑怯だぞ! 出て来い佐々木ィ! 覚えとけよ後で酷いからな!」


15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:06:37.31 ID:kPPq99600
小次郎さんの出現から消失まで、私は呆然として事態を見つめることしかできなかった。

私はあの時、何と言って、何をしようとしたのだろう?

いくら考えても、答えが出ない。

だけど、あの人の所為で、なんだか幸せを逃したような、そんな気がした。

……私はあの時、何と言って、何をしようとしたのだろう。

いくら考えても、答えは出ない。





16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 08:08:38.85 ID:kPPq99600
おわりです

読んでくださった方がおられましたらありがとうございます