「まず。取引はうまく行きました?」
女は戦慄した。
どうして彼女がそんなことを知るのか。
言葉が出ずにいると、少女は微笑む。
「安心してください。
とりあえず、命は保証します。命はね」
「とりあえずって!」
358: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:17:43.25 ID:TrHIzVrz0
「んー、痛いことしたくないんですけどね」
少女はそう言うと、
足元に落ちていた建材のかけらを手にした。
彼女はそれを女の顔の横に叩きつける。
それは壁に当たり欠け、破片が女の横顔をかすめた。
「えっと話さないと、マジで叩きます。
なんなら殺してもいいそうですから」
女は、ゾッとした。
間違いなかった。
こいつは、昨日自分を襲ったやつの仲間に違いない。
359: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:23:30.92 ID:TrHIzVrz0
「じゃ、次の質問です。
武官はラバウルの話をしました?」
女は、恐怖から答えていた。
「した」
「次、取引先企業はあなたの会社の商材…それも艦娘関連に触れたか?」
「しました」
「あなたはラバウルと面識がある」
「ありません」
「なるほど、なるほど。
では、あなたは新しく来た士官、
そして大規模作戦時の将校と面識がある」
「ありません!」
360: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:24:12.76 ID:TrHIzVrz0
「あっちゃー…聞こえたでしょ?
ハズレっぽいですよ!」
少女は立ち上がり、背後に向かって声を張り上げる。
壁の向こうから、こもった男の声が聞こえる。
「………を知らなかったら開放してやれ」
「はいはい。
この子を『使う』って言ったら殺してましたよ」
「誰がするか。艦娘でもないのに」
「出来るくせに」
くるりと少女は女を見る。
361: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:25:24.03 ID:TrHIzVrz0
「聞こえたと思いますけど、どうです?」
「知らない!なんの話?」
女が言うと、少女はため息をついた。
「うちの大将やらかした…まあ、いいです。
はい貴女は自由です。お疲れさまで~す」
そう言うと、少女は女の足の拘束を解く。
女はあっけにとられた。
362: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:27:30.07 ID:TrHIzVrz0
「なんなの、あんたたち」
「お答えできませんねえ。
さあ、出てった。
ちなみに振り返ったらひどい目に遭いますから。
話してもいいですけど、身の安全は保証しません。
頭おかしい人ですから」
「は?」
「さあ立ってください。ちょっと被せ物します。
暴れたらグーパンしますね」
女に立つように言ってから、
少女は女の頭に何かを被せる。
視界がふさがる。
抵抗しようとすると、女は言った。
「しばらく歩かせてから開放します。
あとはご自由でどぞ」
363: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:31:04.63 ID:TrHIzVrz0
そのまま女に連れられて、屋外へと出た。
少女は何も言わない。
時間、距離、全てがわからない中歩かされる。
やがて目的地に着いたらしい。少女は言った。
「30数えてから頭のそれ取っていいですよ。
ハサミも置いときますんで」
女は、少女の手が離れたことを知った。
最後に、少女に女は質問した。
「あんたたち、何が目的なの?」
「お金ですね」
少女はそう言うと、歩き出したらしい。
女は律儀に30秒数えてから、頭の覆いを取った。
人気のない路地だった。
振り返るとあたりには誰もいない。
…近くに女の荷物が捨てられていた。
まずは連絡だ。
女は頼りない足取りで歩き始めた。
364: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 00:33:23.25 ID:TrHIzVrz0
今夜はここまで。
仕事に戻ります。
仕事に戻ります。
368: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 00:59:31.28 ID:bnEEyM2J0
朝潮は、見回りについていた。
こんな地下室で対象を見張るの退屈でしかない。
だが、必要なことだと彼女は理解していた。
「……」
今朝、出てきたことを思い出した。
忙しそうに401と58は任務の為に準備をしていたっけ。
朝潮はそんな彼女たちを羨ましく思った。
練度の都合さえなければ、次の作戦に選ばれたのに。
その事実を、朝潮は悔しく思っていた。
だが、朝潮はその事実を悔しく思っても必要以上に後悔はしていなかった。
…復讐するべき人間は死んでいる。
だからあの作戦に参加しなくてもいいのである。
369: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:02:00.14 ID:bnEEyM2J0
むしろ地味だがこの任務だって重要なのだ。
朝潮はそう考えていた。
そう、これは必要なことなのだ。
提督の夢は私たちが叶える。
そのためには、対象の護衛だってやってみせるとも。
朝潮は自分に言い聞かせる。
…先日の深海の脱走の二の轍を自分は踏んではならない。
提督の夢を消してはならないから。
朝潮は薄暗い地下廊下の中、対象を監禁した部屋の前に立っていた。
370: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:03:59.21 ID:bnEEyM2J0
「…?」
上がひどく騒がしい。
朝潮は、視線を上げる。
…自分が必要になると思っていなかったが。
朝潮は艤装を呼び出し、動き始める。
襲撃者だろうか?
対象を奪いに来たのだろう。
朝潮は少し相手を哀れに思った。
騒ぎからすると、それなりの準備を敵はしてきているらしい。
だが、自分は艦娘である。
艤装が機能している限り、携行出来る程度の小火器など脅威にすらならない。
…馬鹿な奴だ。
彼女は自身の砲を構えた。
371: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:05:52.13 ID:bnEEyM2J0
地下室に続く階段に何者かが降りてくる。
足音は二つ。
朝潮は決められた言葉を言うことにした。
「引いてください。
私は艦娘です」
警告はしたが、足音の主は止まらなかった。
朝潮は砲を階段に向ける。
…やむを得ない。
これは任務だと言い聞かせ、彼女は撃った。
衝撃と轟音が地下に響き渡る。
朝潮は、敵が吹き飛んだと確信した。
小さいとは言え艦砲である。
直撃せずともただではすまない。
第一ただの人間に防げるものか……
372: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:07:42.42 ID:bnEEyM2J0
「呆気ないです」
朝潮は万一にそなえ、
未だ土煙で覆われた階段へと近づく。
ここで殺し損ねては手間である。
彼女は止めと屍体の確認の為階段近くへ近づいた。
土煙はまだ消えない。
灰色の土煙を貫いてだった。
生白い何かが突き出す。
「?!!」
朝潮は虚を突かれる形となった。
知らない女の指が、朝潮の頭を掴んだ。
373: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:10:22.38 ID:bnEEyM2J0
「なっ?!」
とっさに暴れるが腕の主は朝潮の髪を掴む。
痛みを感じる間にも、敵は朝潮を片手で持ち上げる。
駆逐とは言え、自分は艦娘。
艤装を展開した状態でも持ち上げられた事に朝潮は驚愕する。
敵の人外の膂力を知るなり、朝潮は躊躇せず砲を向ける。
未だ見えないが、構わない。
この距離で外すわけがない!
「消し飛んで!」
だが引き金にかけた朝潮の指が動くことはなかった。
敵はそのまま朝潮を放り投げた。
374: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:14:04.05 ID:bnEEyM2J0
「!!!??」
投げられ朝潮は宙を舞った。
照準の狂った砲は、見当違いの方向へと放たれる。
砲弾は天井に炸裂し建材を削る。
視界が高速で歪む中、朝潮は階段の踊り場に叩きつけられた。
背中から打ち付けられる形となり、息が詰まる。
激痛と衝撃で視界が歪む中、
何者かが自分を踏んだことが分かった。
軽い脳震盪を起こしつつも、
その脚を跳ね除けつつ立ち上がろうとした朝潮だったが、
痛烈な頭部への打撃が彼女の判断を遅らせる。
375: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:16:54.80 ID:bnEEyM2J0
しくじった…!!
朝潮が、それでも反抗しようとした時だった。
彼女は腕をついて体を起こしつつあった。
その時だ、彼女の艤装に何かが突き刺さった。
「?」
違和感を感じすらしなった。
だが次の瞬間、展開していたはずの艤装が逆に消え失せた。
「?!!!」
動く暇さえなかった。
艤装が消えるとほぼ同時、手足の感覚が無くなる。
再び朝潮は転倒し、顎を打つ。
痛みは感じるのに、ピクリとも体が動かない。
376: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:19:23.53 ID:bnEEyM2J0
「な、な?ぁッ?」
訳がわからない。
次の瞬間、
理解できない痛みが朝潮を襲った。
「アアアアァアアアアァァ?!!!」
体をよじろうとしても動かない。
目の前に火花が飛んだ。
耐え難い、その痛みが不意に消えた。
朝潮は喘ぎながら、なんとか動こうとする。
377: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:24:31.08 ID:bnEEyM2J0
何故か手足の感覚は戻っていた。
「痛い、いた…」
朝潮はなんとか逃げようとする。
だが、痛みに晒された体は思うように動かない。
そんな朝潮に次に襲い掛かったのは、無慈悲なまでの快感だった。
芯を貫く、知らない感覚。
だが、彼女は自分自身で気持ちいということを理解してしまった。
ソレに生娘の朝潮が耐えられるはずがなかった。
「?!!!?!」
床に爪を立て、なんとか我を保とうとしたが無駄だった。
何をしようが体の内に燃える、えも言われぬ痺れが抜けない。
やめてと、叫ぶ暇さえなかった。
波は強くなる。彼女はその波にもがき続けるが、何一つ変わりはしなかった。
逃れたいがためだけに、朝潮は爪を床に立て続ける。
が、何時しかそれさえも快感に変わる。
それでも、爪が欠けるほど朝潮は掻き毟る。
腿を閉じても、身体を締め付けても、その幸福な痛みは決して消えない。
何時しか考えることさえ彼女は困難になっていた。
「痛い、いた…」
朝潮はなんとか逃げようとする。
だが、痛みに晒された体は思うように動かない。
そんな朝潮に次に襲い掛かったのは、無慈悲なまでの快感だった。
芯を貫く、知らない感覚。
だが、彼女は自分自身で気持ちいということを理解してしまった。
ソレに生娘の朝潮が耐えられるはずがなかった。
「?!!!?!」
床に爪を立て、なんとか我を保とうとしたが無駄だった。
何をしようが体の内に燃える、えも言われぬ痺れが抜けない。
やめてと、叫ぶ暇さえなかった。
波は強くなる。彼女はその波にもがき続けるが、何一つ変わりはしなかった。
逃れたいがためだけに、朝潮は爪を床に立て続ける。
が、何時しかそれさえも快感に変わる。
それでも、爪が欠けるほど朝潮は掻き毟る。
腿を閉じても、身体を締め付けても、その幸福な痛みは決して消えない。
何時しか考えることさえ彼女は困難になっていた。
378: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:26:50.01 ID:bnEEyM2J0
「嫌、嫌、いやァあああああ!」
目の前が白黒に点滅する。
ダメだ、痛いよりも耐えられない。こんなもの、無理だ。
体が燃えるように暑い、どうかしたかのように涙と汗が止まらない。
快楽の波は弱まらず、その間隔は徐々に早くなる。
舌を噛みちぎると言う手段さえ、もう朝潮は考えつけなかった。
耐え難い快楽を垂れ流し続けられた結果、
獣の咆哮じみた 声を上げ彼女の意識は真っ白に弾け飛んだ。
379: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:28:04.85 ID:bnEEyM2J0
グラーフが目を覚ますと、知らない場所だった。
地下室らしい。
わけがわからず、周囲を見る。
…見れば男が立っていた。
やつれ頬のこけた東洋系の男だ。
怪我でもしたか、顔の右側にガーゼを当てている。
タバコを吸っていた男はグラーフの意識が戻ったことを知ると、独語で話しかけてきた。
「ごきげんよう。お嬢さん」
380: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:28:55.10 ID:bnEEyM2J0
「お前、何をした?!」
グラーフの脳裏に昨夜のことが思い出される。
ホテルのボーイから荷物を受け取った瞬間、意識が飛んだ。
そしてこんな怪しげな部屋にいることも手伝い、
彼女は目の前の男を激しく警戒していた。
381: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:29:37.10 ID:bnEEyM2J0
「私でないよ。
まあ、信じてもらえないだろうが」
無精髭の男は、そう言った。
グラーフは混乱を覚えた。
この男は何を言っているのだろうか?
「貴様」
ただ、グラーフに恐れはない。
我が身は艦娘だ。
その気になれば、目の前の男を捻ることなど造作ない。
だが男の次の発言は、そんなグラーフの手を止めさせるに十分な内容だった。
382: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:31:02.13 ID:bnEEyM2J0
「言ったはずだぞ。ベンチに来いと」
「電話の、男…か?」
男は、新たなタバコを取り出す。
巻き紙の粗雑なタバコに吸いかけのソレで火をつけつつ、男は言った。
「随分探した。回り道と面倒なこともやったしな。
君の復旧が一番面倒だった」
「いったい、お前は」
383: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:32:06.06 ID:bnEEyM2J0
「長居しすぎだな。…話は移動しながら話そう。
君らは重いからな、私一人では運べなかったのでね」
男はそう言うと、出口を親指で指した。
グラーフは訝知りながらもこの男に着いていくしかないと感じ取っていた。
384: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:33:24.73 ID:bnEEyM2J0
部屋を出た。
部屋の外では、不自然な黒さの髪の少女が立っていた。
カツラだろうか?年齢は十代後半に見える。
強く濁った目をして、違和感を覚えるほどの白い肌をしていた。
その彼女を見て、グラーフは何故か名状しがたい嫌悪感を感じた。
不潔でもない、目に見える違和感があるわけでもない。
だが、何か彼女とは相容れないとグラーフは思ってしまった。
「…彼女は?」
グラーフが聞くと、男は言った。
385: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:35:05.33 ID:bnEEyM2J0
「護衛だ。【彼女との会話は期待するな】」
奇妙な言い回しを男はした。
そんな男の後ろを、少女は影のようについていく。
階段を上がり、踊り場に入る。
…そこでグラーフは少女が転がっているのを見つけた。
おそらく駆逐艦。
グラーフは、艤装から彼女が朝潮型だと判断した。
ただ、その様子は尋常でない。
全身汗まみれ、白目をむいて痙攣している。
何をされたか、床には爪でかきむしった跡が残る。
少女の爪が割れていることを、グラーフは見てしまった。
「う…」
さらに匂いからして、どうやら失禁もしているようだ。
386: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:36:12.14 ID:bnEEyM2J0
「おい」
声をかけると、男は振り返った。
「なんだ?」
「彼女を殺したのか?」
「なあに、ただ機能停止させただけさ」
男はそう言うと、
そんな朝潮を跨いで階段を上がった。
グラーフはそんな彼女を見下ろす。
…ただの機能停止でこうなるだろうか?
392: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:11:36.13 ID:BUhOvwLG0
武官は女が大使館に保護された報を聞き、
ほっと胸を撫で下ろしていた。
懸念の一つは解消された。
もう一つの懸念。
それはあの男がらみだとあたりをつけていた武官は、
心労が減ったことを自覚した。
後は、あの男がどう動くかだ。
工作員なら、奴の私兵が対処するだろう。
慇懃無礼な口ぶりの、あのいけ好かない男のために武官は受話器を取った。
そうして出た相手の口調は、武官の想像を超えていた。
393: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:12:13.60 ID:BUhOvwLG0
『閣下、後にしていただきたい』
「どうした?」
武官は慌てた語調の男をいぶかしんだ。
『例の艦娘が奪われました』
「バカな」
思わず、武官の口が滑る。
394: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:12:58.93 ID:BUhOvwLG0
『こちらも驚いています。
護衛につけた兵隊がやられたばかりか…
朝潮が戦闘不能。
おまけにストックしていた艦娘のパーツも奪われました』
「本社の使いっ走りの小娘とはわけが違うぞ!?」
『重々承知しています。
幸いにも…まだ露見していません。
私兵を集め対応します』
「早くしろ!」
声を荒げると、男は言った。
395: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:13:33.91 ID:BUhOvwLG0
『では閣下、失礼いたします。
最悪…ある程度の犠牲をお許しください』
ぶつりと電話は切れた。
武官は何が起こっているのか分からなかった。
大本営の工作だろうか?
いや知らぬ勢力が手を出してる可能性も否定できない。
武官は悩む。
ただ言えるのは、
彼の思惑以上に事態が動いているということだった。
396: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:14:13.85 ID:BUhOvwLG0
電話を切った男は、内心で毒づいた。
階級だけのボンクラが、官位にかまけた能無め。
…思惑通りに動かないだけならいざ知らず、
余分な手間までかけやがって。
「どうされましたか?」
影が近づく。
男が振り返ると、
ラバウルから引き取った大和が男を見ていた。
397: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:14:57.82 ID:BUhOvwLG0
「能無の武官からだよ。
あの女が見つかっただけで安堵して電話してきた」
「…ああ、そうですか」
大和はそう言うと興味を失う。
男は、苛立ちから言った。
「その態度はなんだ?
女を奪われたばかりか、
苦労して確保した海外艦でさえ逃した!
挙句姫級の為に派遣した翔鶴は沈んだ!
貴様らを拾ったのは誰だと思ってる?」
398: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:16:11.01 ID:BUhOvwLG0
男の激情を向けられても大和はすずしい顔をして返答した。
「だったら、あの話を通して下さい。
あの男が私の提督を殺したと」
男は大和を見る。
彼は苦々しげな顔で答えた。
「時期が悪い。
奴を使って大本営を糾弾するには早すぎる」
「…なるほど。では例の件はいかがいたしましょう?」
「始末は帰りにつけろ。いいね?」
「ありがとうございます」
そう退室する大和を見ながら男は一人つぶやいた。
まだ、終わりではない。まだ。
399: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:19:12.21 ID:BUhOvwLG0
武官は苛立っていた。
何か良くないことが起きているのは理解していた。
だが、今動くにはあまりにも状態が悪い。
…そんな彼に、使用人が客が来ていると伝えに来た。
「追い返せ!」
時間もそうだが、非常識な客など相手に出来ない。
雇い主の態度を察してだろう。
使用人はすぐに引っ込んだ。
400: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 23:19:43.11 ID:BUhOvwLG0
しばらく経ってからだった。
紅茶でも飲みたくなった彼は、使用人を呼び出す。
が返事がない。
やむなく別の使用人を呼び出すと、
客が来たことを伝えた男は門の外に出て行ったきりらしい。
武官が苛立ちから使用人を怒鳴りつけようと思った時だった。
激しい爆発が聞こえた。
「?!!!」
武官が驚いた瞬間だ。
扉が蹴破られ、何者かが部屋に入り込む。
「何者だ?!」
武官の言葉への返事はなかった。
覆面をして人影はそのまま武官を強く殴打した。
星が飛んだ。
抵抗するより早く、襲撃者の拳が武官の顎を強かに捉えた。
405: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:41:18.63 ID:NTpyPPsj0
その日も涼風は面白くなかった。
気分はずっと晴れないし、思い出してもイライラする。
提督が死んだ後のゴタゴタもそうだったし、今の任務も嫌だった。
しばらく前の話だが大本営は彼女たちを遊ばせることを取りやめた。
政治的な話になるが、英やら仏の艦隊が出張ってくることを警戒してらしい。
手の空いていた涼風たちに、コンテナ船の護衛を割り当てた。
後任の士官は出撃前に、
『なんとしてもイラストリアスやらpowを筆頭にした英国艦隊の派遣回避のために成功させろ』と言ったが、
涼風にとってはどうでもいいことだった。
第一、国産艦より強力なアイオワやらホーネットを、
同盟国でありながら運用したがらない大本営の意思など彼女は知りたくもなかった。
406: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:42:10.30 ID:NTpyPPsj0
「…ダルいっぽい」
盗み見た夕立も同じ気持ちのらしい。
彼女は涼風と違って真面目に取り組むフリすらしていない。
実に、やる気のない様子でイ級を倒す。
「終わりっぽい」
夕立は、そう言うと振り返る。
涼風もまた、熱くなった砲身を気にしながら答えた。
「…戻ろうぜ。大淀、もういいだろ?」
407: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:42:44.34 ID:NTpyPPsj0
涼風は、任務の詳細を思い出す。
あの若い男は輸送の護衛から深追いはしないでいいといった筈だった。
久しぶりの任務だったが、自分たちは問題なく動けた。
予想通り深海と会敵しても自分と夕立が囮となって一手に敵を引き受けた。
その為に誰一人、小破すらしていない。
「そうですね。折り返しを超えて終わり近いです。
最後まで気を引き締めて下さい」
任務は無事に終わりつつあった。
大淀がそう言うと、天城が答えた。
「そうですね」
408: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:43:30.22 ID:NTpyPPsj0
涼風は護衛の船を見る。
あまり、大きな船ではない。
一体何を運んでいるのだろうかと涼風は、どうでもいいこと考える。
そんな時だった、夕立が叫んだのを涼風は聞いた。
「避けて!涼風!」
彼女は何が起きたかわからなかった。
ただ目の前で水柱が上がり、彼女の意識はそこで途切れた。
409: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:43:56.23 ID:NTpyPPsj0
夕立の目の前で、涼風の体が宙に舞った。
砲撃だと気付いた彼女は速やかに魚雷を手にする。
涼風を気遣う前に夕立は魚雷管を起動する。
由良、大淀はまだ動けない。
天城は何が起こったかすら、まだ分かっていなかった。
「敵よ!」
振り返ると、護衛していたはずの船から飛び降りる人影があった。
レシプロの音が聞こえ、天城の艦載機が次々撃墜される。
そこで天城が信じられないといったように声を上げた。
「なんで」
海面に降り立ったのは、5隻の艦娘だった。
ただ、唯一違うところがあるとすれば、
彼女たちは夕立たちに明確な敵意と殺意を向けている。
410: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:44:25.86 ID:NTpyPPsj0
「…報復です」
天城の艦載機を打ち落としながら、大鳳が言う。
その後ろで木曽が魚雷を構えつつ加えた。
「提督への弔いだよ。
お前らが生きてることが、俺たちは許せない」
阿武隈がそれに同意する。
「木曽の言う通り。死んでよ」
「せや、あの男は許せんわ、君らもな」
艦載機を発艦させ、
完全に天城から制空権を奪い取った龍驤が補足する。
「…あなた達を殺すわ」
叢雲が、そう結んだ。
411: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:45:06.47 ID:NTpyPPsj0
夕立は、それでやっと理解した。
あの叢雲は知ってる。
だからこそ、夕立は怒りをむき出し吠えた。
「知るかっぽい!
先に手を出したのは、あんた達の提督!
いいよ、遊んであげる!」
夕立はそのまま一番近い阿武隈めがけ突出する。
由良が、それを制止した。
「ダメ、夕立!」
「バカが」
木曽の雷撃が放たれる。
夕立は、それを幾つか吹き飛ばすが完全には潰せなかった。
一発の魚雷が、夕立に被弾した。
水柱が上がる。
413: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:47:28.56 ID:NTpyPPsj0
木曽は手応えを覚えた。
叢雲の言う通り、魚雷を狙い撃つのは気味が悪い。
だが、確かに当てた。なんのことはない。
強いと言っても、まだ艦娘の範囲だ。
「…?!」
しかし、木曽は目を疑った。
大破になりながらも、夕立は突っ込でくる。
損傷すら厭わず言葉にならない絶叫を上げ、彼女は弾薬をぶちまける。
反応しても間に合わなかった阿武隈が被弾する。
駆逐と思えない火力に阿武隈がたたらを踏む。
「効くけど!」
だが、阿武隈は押し返した。
そのまま砲撃を夕立に叩き込む。
艤装の半分が吹き飛んで、そこで初めて夕立は止まった。
海面に、夕立は叩きつけられそのまま動かなくなった。
木曽はそれを見ながら思った。
…本当に気味が悪い。
「次は、誰だ?」
彼女はそう言って夕立から視線を外した。
414: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:48:48.97 ID:NTpyPPsj0
大淀の行動は早かった。
艤装を構えつつ、天城に言う。
「天城、行ってください」
「大淀?!」
天城はそう言うが、由良も同意する。
「戻ってください。…作戦失敗の報告をあの提督に」
天城は二人だけで挑もうとする仲間に叫んでいた。
「二人で無謀です!」
「知ってます。けど、貴女は__」
そう大淀が言い切る前に、艦爆が飛来する。
大淀はそれを高射砲で打ち落としつつ言った。
「はやく!」
天城は、二人を見る。
だが決して振り返りなどしないだろう。
その背中を見て天城は理解してしまった。
「…っ」
何も言えないまま、天城は離脱を始める。
どうしてこうなったのかと、自分の無力と弱気を嘆きながら。
415: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:49:18.17 ID:NTpyPPsj0
「追わないんですか」
艦載機を打ち落としながら、大淀が質問する。
それに対して艦載機を操りながら龍驤は答えた。
「せや。あの天城は、お前らのクソ野郎が選んだやつじゃないんやろ?
ウチが苛立ちをぶつけるのは、あんたらだけや」
龍驤は、そのまま由良に狙いをつける。
由良は龍驤の攻撃を回避しつつ言う。
「筋を通そうとするんですね」
龍驤は答えなかった。
代わりに、大鳳が言った。
「よそ見してていいのかしら?」
その瞬間、由良に急降下爆撃が炸裂する。
由良は呻き、そのまま速度が鈍る。
416: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:50:03.84 ID:NTpyPPsj0
「大鳳の言う通りだ。…お前らが沈め」
由良めがけ木曽の魚雷が迫る。
由良が、ダメかと思った瞬間だった。
かばうようにして、大淀が防いだ。
艤装の一部が吹き飛び、彼女のメガネにヒビが入る。
「大淀?!」
由良は思わず言うが、大淀はそんな状態にも関わらず砲撃を行う。
流れ弾が叢雲を小破させたが、そこまでだった。
やがて、大淀も速力を失う。
417: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:50:53.41 ID:NTpyPPsj0
「楽に沈めると思わないでください」
新たな艦載機を出した大鳳がそう言う。
由良は、目の前が暗くなった。
「せや…悪いがな」
龍驤も残る艦載機を全て出す。
由良たちの、詰みだった。
もう、手はない。夕立、涼風は大破…
轟沈していないのはむしろ不運だった。
由良は、ここで終わるのかと思いつつも、
心の何処かでそれを望んでいる自分がいることに気づいてしまった。
次の攻撃で自分たちは沈む。上手くいけば、提督に会えるかもしれない。
そう思っていた由良の耳に聞こえたのは、大淀の声だった。
418: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:52:11.31 ID:NTpyPPsj0
「…ですね。楽に沈めなんて出来ないですね」
由良は大淀を見る。
中破で曝け出された肌の一部から、色素が抜けていくのが彼女にはよく見えた。
肌が生気のない乳白色へと変色していく。
背負った艤装から漏れ出した黒い何かが、艤装を塗りつぶしていく。
「ただ、ソレは貴女達も同ジですけど」
大淀の目が澄んだ水色に変わる。
壊れたはずの艤装が生きてるかのように軋んだ。
由良は、そんな大淀を見るしかなかった。
動けと、願うのに由良の足は動かなかった。
419: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:54:03.14 ID:NTpyPPsj0
「ハッタリや」
最初に動いたのは龍驤だった。
もはや敵は大破している。沈めるのなど赤子の手をひねるものだ。
そう思ったからこそ、彼女は躊躇なく大淀を攻撃した。
水柱が上がり、油のシミだけが海面に残る。
その未来は確定している。…だと言うのに、大淀はそこに立っていた。
それを大淀と呼べるのだったらだが。
「嘘、やろ?」
微動だにしない大淀に龍驤は目を疑った。
あの状態なら軽微な損傷で済むはずない。
だと言うのに、何故。
…かまわへん、潰すだけや。龍驤はそう言い聞かせ、さらに艦載機を繰り出した。
420: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:56:04.79 ID:NTpyPPsj0
「知っテマす?最初の艦娘は深海から作ったそうデすよ」
大淀が動く。それに阿武隈が応じた。
「何を!」
由良は砲撃を行った。確かにそれは大淀に命中した。
だと言うのに、大淀は艤装で攻撃を防ぎきった。
彼女の足取りは確かで、どう考えても大破した状態ではない。
…さらに、壊れた筈の艤装が動いているのも異常だった。
「…私、怨念って信じてるんです。
思いの力って、人の全てでしょう?」
大淀と、アレはもはや呼べるのか。
阿武隈は明らかに様子がおかしい大淀を注視する。
半ば、艦娘の倒すべき敵…深海じみた姿になりながら大淀が動いた。
421: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 00:58:40.18 ID:NTpyPPsj0
「幸福だとか、あると俺は思うがな!」
木曽が飛び出す。
大淀の様子からして、噂で聞く深海化で間違いない。
…何故そうなったのか説明できないが、それでも倒すべき敵で間違いない。
だからこそ、木曽は砲撃を放った。
「幸福?
…そんな優しいだけのものなんて信じないです。
幸せな人は、それに絶対に気付けない」
大淀は同じように砲を向ける。
射線が交差し、木曽の艤装が弾け飛ぶ。
「ぐ?!」
木曽が呻く中、大淀が声を張り上げる。
「もう、私なんてどうでもいい。あなた達、なんて知らない!」
大淀はそのまま完全に壊れた砲を投げ捨てた。
瞬間、その背中から新たな艤装が突き出す。
それらは蠢き、悲鳴じみた絶叫を上げた。
432: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:36:45.20 ID:Vqpd1gwh0
「?!」
意識が戻ると、武官は自分が縄で縛り付けられていることに気がついた。
ひどく足が痛み、どうしたことか体が重い。
暴れようとして、彼は足に異変を感じた。
「起きたか」
人影が動いた。
見ると、自分の仕事机に男が腰掛けていた。
片耳のない男。どうしたことか血まみれだが、覚えがあった。
433: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:37:43.62 ID:Vqpd1gwh0
「お前、何故…」
死んだはずの男だった。
提督はニタリと嫌な笑みを浮かべる。
「爆死してないと?」
小汚い格好の提督はそう言うと、武官の万年筆を弄ぶ。
「耳を切った程度で誤魔化せる捜査だからそうなる」
そう言うと、男は万年筆を捨て武官に近寄った。
434: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:40:13.35 ID:Vqpd1gwh0
「貴様、どうやって?」
武官の質問に、男はつまらなさそうに答えた。
「別に、対策してただけ。グラーフの派遣で予感が当たったよ。
しっかし上手い手段だ。最初に自分の艦隊に猜疑心を抱かせる。
でもって護衛ひとりとなったところで、護衛ごと爆殺って手段か」
「明石と死んだはずでは?!」
武官が声を張り上げると、提督は言った。
「死ぬか。万一に備えて右耳切って正解だった」
「お前…ッ」
「殺したければ直接こい。艦娘経由で死ぬほどバカじゃない」
435: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:42:06.84 ID:Vqpd1gwh0
武官は絶句した。
艦を一時的に操る装備、それを目の前の男は封殺したらしい。
ありえなかった。
いくら男が艦娘を改竄できると言っても、あれは装備だ。
妖精の技である。ヒトである男の腕前が及ぶものじゃない。
「装備までは改造できないはずだ!貴様は!一体何を」
「その通り。私は装備は触れない」
おどけるように提督は腕を広げて見せた。
436: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:46:36.14 ID:Vqpd1gwh0
おどけるように提督は腕を広げて見せた。
「が、装備でも制御に後から割り込むなら別だ」
提督はそう言うと武官を見た。
「私、これでも生涯勉強だと思っていてね。
由良の暴走の原因の特定くらいさせてもらったよ。初めて見た。勅令妖精なんて」
武官は背筋に冷たいものを感じた。
こいつ、そこまで。
「お前…だが、何故だ?あれは回避できないはずだ。強制命令なのだから!」
武官が言うと、提督は何事もなかったのように言った。
「私以外から装備を受け取ったら、私の艦むすが落ちるよう事前に組んでおいたまでさ」
「…正気か?そんなことすれば」
437: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:51:14.41 ID:Vqpd1gwh0
武官の言葉を遮って、提督は言う。
「まともに動きはしない。だろ?
低級な命令だが、妖精として艤装が認識するならそこに命令と書き込まれる文法があるはずだ。
…たとえ勅令妖精であっても、そこに違いはない。だから、その式を消したまで。
おかげで装備の引っぺがしと、明石の復帰に大変な時間かかった。
グラーフは賭けだったよ。赤城のコードで代用して動いてくれてよかった」
武官は困惑する。だが、それでも彼は言った。
「だったら、何が望みだ?せっかく助かった命で、こんなことをして!」
「復讐に決まってるだろ?さ、サクッと、目的を語ってくれ。
そしたら最悪だけは回避しよう」
438: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:52:25.96 ID:Vqpd1gwh0
提督は言うなり拳銃を取り出し武官に向ける。
「誰が話すか!」
武官が答えた瞬間、銃声が轟く。
右足の甲を撃たれた武官は悲鳴をあげるが、同時に痛みが薄いことに気づく。
「…が、ぁ」
「今度は麻酔じゃない。話せよ」
提督は武官の頭を掴む。
鼻先に熱い銃口を突きつけ、提督は言う。
439: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:54:07.75 ID:Vqpd1gwh0
「なんなら、その汚い足以外も切ってもいいんだ」
「…?!」
武官の前に提督はナイフを見せる。
「これであんたの健の一部を切ってる。手当てすれば、回復するかもな」
武官は唾を吐きかけた。
提督はそれをぬぐうことなく、武官の頬にナイフを突き立てる。
激痛と出血。武官が痛みに取り乱す中、提督はナイフを引き抜き言う。
「話せ」
「…あ、あ、あ」
武官は目の前の男を見る。
正気じゃない。
こんな鬼畜なことを、人ができるものか。
440: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:55:38.25 ID:Vqpd1gwh0
「ラバウルの亡霊と、金を出してるやつの居場所を吐け」
「…断る!」
武官はそれでも黙った。私一人の問題ではないとの想いからだった。
その返答を受け、提督は目を細める。
「なら、選択させようか?死にたくなるような地獄の日々を生きるか。
それとも言って私に殺されるか。選べ」
武官は提督を見る。殺し前提で、何を言ってる。
「言うか、貴様なぞに!」
「根性は買う。その野心も。ただただ残念だ。お前もダメだ」
提督は、そう言うと言った。
441: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:56:19.56 ID:Vqpd1gwh0
「【来い、これが君らの『提督』だ】」
「…?!」
武官は、提督の一言に耳を疑った。
今、この男は何と言った?自分には妖精は見えはしないのに…
ドアが開く。二人の女が部屋に入ってきた。
「あなたが私の提督なの? それなりに期待はしているわ」
「ヨロシクオネガイシマース!」
その声を聞いて、武官は凍りつく。
まさか、この男。そこでやっと武官は男が血まみれの理由を理解した。
442: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:57:28.99 ID:Vqpd1gwh0
「お前……何した?」
「何って?暇だったんで、あんたの家族を艦娘にしてみた。
嫁も娘も親父の事情を知ってるぽかったんで保険だな」
「…馬鹿な、バカな!」
武官は驚く。
ありえない。ありえない。こんな環境で建造など出来るはずが…
しかし非常にも男の希望を打ち砕くように、提督は言った。
443: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:58:25.39 ID:Vqpd1gwh0
「艤装は作れなくても内装は出来る。幸い、パーツならある程度強奪してきた。
ほら見ろよ。あんたの愛しい家族じゃないか?報国してる彼女らにその対応って、父親として最低だな」
やめろ、見たくない。
武官はそう思うが、足音は近づく。
その二人の艦むすは、武官の前に立った。
「提督!」
「提督!」
金剛と加賀。
だが面立ちの面影が、妻と娘のソレだった。
武官は、絶叫する。
444: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 00:59:42.87 ID:Vqpd1gwh0
「妻と、娘に何をしたァ!!」
「言ったろ、艦娘化手術だよ。よかったな。大型艦だ。アタリだ。
頑張れ、『提督』さん」
提督は顔色ひとつ変えず言った。
「イカれの鬼畜が!妻と娘を戻せ!」
武官の絶叫に、提督は何も感情を見せず言った。
「なぜ戻す義理がある?」
提督は、そう言うと武官の顔を掴む。
その力は、異常に強い。
445: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 01:01:09.42 ID:Vqpd1gwh0
「先に手を出したのはお前だ。でもって、普通考えないか?
お前に報復する相手なら、お前の大切なものから壊したいってな。
お前のせいでお前の家族はこうなった。お前の悪徳が、二人を巻き込んだ。お前が原因だ。お前が下手打った。
父親としても男としても失格だよ。カス」
武官は、提督を見る。彼は真っ青になりながら言った。
「だが!こんなことが…!
彼女らは何もしてないじゃないか!」
「何もしていない?それが私の報復の対象にならない理由になるか?
お前の悪徳がお前で止まると思うか?お前で支払えないものを、お前の家族に払ってもらっただけだ。
私はやるなら徹底すると決めていてね。残念だけど、目撃の可能性のある二人には犠牲になってもらった。
お前のせいだ。お前が悪い」
446: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 01:01:58.66 ID:Vqpd1gwh0
武官は、加賀と金剛を見た。
かつて妻と娘だった二人に武官は必死で呼びかける。
「私が、私が分からないのか?」
武官は妻と娘の名前を呼ぶが、二人はキョトンとするだけだった。
そんな武官に提督は言う。
「一度艦娘化して、解体して、でもって再度艦娘化させた。
その無茶に記憶と人格なんか、とっくに揮発してるよ」
「こ…この!人でなし!」
「人間だからここまで出来る。さて…艦娘は国家の所有物だ。
資格のないアンタが、所有できるかな?あきつ丸のような派遣でなく」
「…あ、あああ。あああッ!」
447: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/15(水) 01:03:23.56 ID:Vqpd1gwh0
武官は叫ぶ。
それを一瞥すると、提督は武官の椅子を蹴飛ばした。
硬い床に武官は転がり、天井を見上げることになる。
提督がそんな武官を見下ろす。
「ああ、吐けばよかったのにな。そしたら知らずに死ねたろ?」
「お前を、お前を絶対許さない!」
武官は提督を見上げて叫んだ。
提督は答えつつ武官の顔面を踏みつけた。
「許す?笑わせるなよ。お前に許されて何になる?
それより感謝してほしいな。犯罪者の妻子として後ろ指されないようにしてやったんだ」
そのまま提督は思い切り武官の頭を蹴りつけた。
456: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:22:42.65 ID:yxtGJhpJ0
大鳳は、荒い息を整える。
深海化した大淀だったが、なんとか大破まで持ち込んだ。
雷撃と爆撃を繰り返すこと数十度。
そこまでしてやっと、彼女らは大淀を戦闘不能にさせた。
「化け物ですね」
大淀は、ひどい状況だ。
大破してなおも動けたのは、深海化と深海由来の艤装の為だろう。
が、その無理と度重なる攻撃で大淀自身ボロボロだった。
眼鏡は無く、艤装はすでに原型を留めていない。
それでもまだ浮いているのが不気味で不思議だった。
深海化した大淀だったが、なんとか大破まで持ち込んだ。
雷撃と爆撃を繰り返すこと数十度。
そこまでしてやっと、彼女らは大淀を戦闘不能にさせた。
「化け物ですね」
大淀は、ひどい状況だ。
大破してなおも動けたのは、深海化と深海由来の艤装の為だろう。
が、その無理と度重なる攻撃で大淀自身ボロボロだった。
眼鏡は無く、艤装はすでに原型を留めていない。
それでもまだ浮いているのが不気味で不思議だった。
457: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:23:29.88 ID:yxtGJhpJ0
「…まったくや。木曽と阿武隈…
でもって叢雲まで戦闘不能まで追い込むなんてな」
龍驤が大鳳の言葉を拾う。
血まみれの大淀が二人を見る。
その目が死んでいないことを大鳳は不愉快に思った。
この状態でまだ折れないのか。
「…弾切れですか」
大淀が顔を上げる。
「残念やけど次で終いや。…でも、あんたも限界やろ?」
458: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:26:15.27 ID:yxtGJhpJ0
龍驤の言葉に、大淀は答えなかった。
返事をするかのように、大淀の背負った深海側の艤装が軋む。
だが、先ほどのような凶悪極まる砲雷撃は起こらない。
龍驤は、それを見てざまあみろと思った。
「誰も沈んどらへんけど、幕引きやな。いくら…バケモンでも次はあらへん」
龍驤は止めの攻撃を繰り出す。
そんな彼女のの目配せを受け、大鳳もまた攻撃隊を発艦させた。
これで終わり。その確信があった。
これで終わる。だが…
459: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:27:00.03 ID:yxtGJhpJ0
「はい、喧嘩はそこまで」
女の声が響いた。
その声に大鳳と龍驤は振り返る。
いつの間にか、3人の艦娘が立っていた。
「無傷の空母相手に沈みたくなければ、戦闘やめましょ」
拡声器を抱えた明石がいた。
その後ろには、グラーフツェッペリン。
そして逃したはずの天城が控えている。
龍驤は硬直し、大鳳は混乱した。
460: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:28:14.13 ID:yxtGJhpJ0
「…なぜ、貴方達が」
グラーフが奪われたのは、自分たち以外の存在だと思っていた。
だからこそ大鳳は、轟沈したはずの明石が彼女を連れていることが信じられなかった。
明石はそんな大鳳の内心を読んだかのように答えた。
「ちょっとした小細工です。
…ラバウルの麾下だった子らでしょ?逆恨みも済んだでしょ。もう許してあげて下さいな」
明石はそう言うと、頭を下げる。
「お願いします」
その行動に、大鳳は困惑するしかない。
頭を下げることも腹立たしいのだが、そんな行動をとられるなんて予想もしてなかった。
461: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:29:32.28 ID:yxtGJhpJ0
苦虫を噛み潰したような顔をした龍驤が、やっと切り出した。
「あんた、自分何言っとるかわかっとるん?」
「ええ、承知ですよ。それでも私、その子達に沈んで欲しくないので」
明石は頭をあげて言う。龍驤はそれを見て怒りを露わにする。
「身勝手すぎるわ。…関係あらへん、あんたも沈め!」
そう艦載機を明石に向けた時だった、明石は言った。
「そうですか。なら伝えて大丈夫ですね。
貴方達が殺したいあの人、生きてますよ。まだまだ」
ピタリと、龍驤が手を止める。
「あんた、自分何言っとるかわかっとるん?」
「ええ、承知ですよ。それでも私、その子達に沈んで欲しくないので」
明石は頭をあげて言う。龍驤はそれを見て怒りを露わにする。
「身勝手すぎるわ。…関係あらへん、あんたも沈め!」
そう艦載機を明石に向けた時だった、明石は言った。
「そうですか。なら伝えて大丈夫ですね。
貴方達が殺したいあの人、生きてますよ。まだまだ」
ピタリと、龍驤が手を止める。
462: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:30:32.41 ID:yxtGJhpJ0
「嘘です!」
大鳳が叫ぶと、明石は悪い笑顔を作る。
「事実です。貴方達が、あの人殺したいなら…ここは引いてくださいな」
「…信じられない」
大鳳の言葉に、明石は続ける。
「そうでしょうね。私のハッタリかもしれません。
ですから、証拠にこれを」
明石は、そう言うと何か丸めた紙を大鳳に投げる。
大鳳はその丸めた紙を受け取る、警戒しながらも彼女はそれを広げた。
そうして紙を一瞥するなり、大鳳は表情を変えた。
463: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:32:31.60 ID:yxtGJhpJ0
「分かりました…」
「大鳳?」
龍驤がつっかかるが、大鳳は明石に言う。
「今は引きましょう、龍驤」
「アホか、大鳳。この機会を逃すなんて!」
「旗艦として命令を出します。行きましょう」
大鳳は、そう言うと明石を睨みつける。
この女狐と怒りを込めて大鳳は言い放った。
「次はありません」
「ありがと。もう会う事もないでしょうけど」
明石はそう言うと、手を振った。
龍驤を制しながら大鳳は大破した仲間を連れ撤退を始めた。
腸が煮えくり返る思いだったが、やむを得なかった。
464: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:33:39.72 ID:yxtGJhpJ0
視界が虫食いのように血で歪む。
ほぼ見えていないが、声は聞こえた。大淀は、その声の主に話しかける。
「わ…わた、私の…幻覚で、なな、い。で…すよね?」
「残念ですけど。しっかし、バカでしょ。大淀」
言われて、大淀は笑うしかない。
本来なら、自分は沈んでいる。
今までの興奮が収まってきたせいか、酷く痛む。
だが、耐えられなくなかった。
「これ、くら……ぃ、耐えられ…。
ねえ、明…石。あの人…、あの人は…
ててて提……督は、生き…て…るんでしょ?どこなの?どこ?どこなのよ?
あのひとに、あのひとは…」
大淀は、明石を見る。
近づいて近視の目でもやっと彼女の顔がわかる。
にじんだ視界の中、明石の表情が動いたまでは大淀にも見えた。
「その前に、休んで」
大淀は明石が近づいたまでは記憶していた。
だが、彼女が自分に触れたあと全てが真っ暗に消えた。
465: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:34:11.60 ID:yxtGJhpJ0
「本当、バカな娘。あー嫌だ…」
明石は鎮痛剤を兼ねた麻酔薬を打って、意識を失った大淀を抱える。
…どう考えても無茶だった。
深海化の地点で、意識があちら側に持っていかれなっただけでも驚くべきことだ。
なのに、そのまま戦闘を継続していたのだと思うと、背筋が冷たくなる。
完全に深海に成っておらず、それでも艦むすでいた事実に明石はため息をつく。
…本当にあの男は最低である。
年端のいかない少女を、自分のために…
当の本人は別の女に熱を上げてる。
明石は振り返ると、天城に言う。
「天城、悪いけど抱えてくれる?」
「は、はい」
466: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:34:39.18 ID:yxtGJhpJ0
天城に大淀を預けると、明石は由良に近づく。
「大丈夫?」
「あか、し?」
由良がこちらを見る。
…精神をやられていると見た。
明石は由良の頭に手をやると言った。
「もう大丈夫」
467: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 00:35:07.94 ID:yxtGJhpJ0
それからぎゅっと抱きしめる。
幸か不幸か、彼女は『成っていなかった』。
由良は震え、泣き始める。
その背中を優しく叩きながら、明石は涼風と夕立を確認する。
…両者大破だが大淀を見ていなくてよかった。
彼女らも『成っていたら』手に負えない。
明石はそう考えながら由良が落ち着くのを待った。
476: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:03:30.97 ID:z3H3w/NP0
グラーフは艦載機をカードに戻すと、駆逐艦二人を脇に抱えた。
まだ由良は自力で航行出来たようだが、損傷の兼ね合いからか天城に支えられていた。
明石は大淀を担いでいる。そんな明石に、グラーフは質問した。
「…明石。これもあのアトミラールの采配か?」
グラーフは、あの男を思い出しつつ言った。
彼は【こちら】に来ることもできたのにそれをしなかった。
だからこそ、事情を知ってるであろう明石に彼女は聞いたのだった。
明石はそんなグラーフを見て、答えた。
477: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:04:54.49 ID:z3H3w/NP0
「もちろん」
その発言に、ピクリと由良や天城が反応する。
「グラーフさん。そこまでです」
明石は、そうピシャリと言う。彼女はそれから天城に依頼した。
「天城、すみません」
「は、はい」
「後はお任せしてもいいですか?」
「…明石、それはどう言うことですか?」
478: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:05:54.58 ID:z3H3w/NP0
天城の問いに、明石は答えた。
「まだまだやることあるので。大淀だけ少し借ります。
あなたたちは戻って入渠してください」
由良が明石に食いつく。
「どこに行くんですか、明石!?戻ったっていいじゃないですか」
「後始末ですよ。ついてこないでくださいね」
明石は、そう言うと足を速めた。
由良は追おうとしたが、足がもつれた。それに天城が引きずられた。
479: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:06:39.79 ID:z3H3w/NP0
龍驤は不満だった。
目の前で仇を殺せる絶好の機会を、旗艦の大鳳は捨てた。
彼女にしてみれば、大鳳の行動は日和ったようにしか見えなかった。
龍驤たちは今、大破した阿武隈、叢雲、木曽を曳航しながら帰投していた。
「なあ、大鳳」
そう龍驤が話しかけると、大鳳は返事を返す。
「なんでしょう?」
「さっきの、なんや?まさか怖じ気ついたんとちゃうんか?」
龍驤が指摘すると、大鳳は間を空けず答える。
480: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:07:13.29 ID:z3H3w/NP0
「それはありません」
「だったら…」
言いかけた龍驤を抑え、大鳳は言う。
「あの明石の紙です」
「なんや、紙一枚で」
「…私たちの物資の入手経路が記載されてました」
その一言に、龍驤は黙らざるをえない。
「あの、拉致られた女が漏らしたんとちゃうか?」
481: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:10:40.25 ID:z3H3w/NP0
龍驤がそう言うと、大鳳は首を振る。
「わかりません。経路としては、ありえますが…
あの武官の元に内通者がいるかもしれない」
「報告しんでええのか」
「もちろんします。
ただ明石の発言を考慮すると、あの男がやった可能性の方が高い」
龍驤はあの男を思い出す。
卑劣で傲慢な男。思い出しても殺意が湧いた。
…あの男がいなければ金剛や加賀は提督を殺さず済んだのに。
「…ますます殺す理由が出来たわ」
「ええ。そうです」
大鳳は、そう言って前を向く。
そろそろ陸地が目視出来る距離に入っていた。
後は、ドッグに行くだけだ。木曾、阿武隈、叢雲も限界近いだろう。
そんな大鳳は、視界の端にボートを見つけた。
現地の船だろう。
塗装は剥げ、赤錆の生じた船だ。
漁でもしているのかと思った時だった。
482: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:11:40.36 ID:z3H3w/NP0
「龍驤!」
大鳳は声を上げる。
龍驤も反応する。
見間違えるはずがない。深海だった。
突如、その船からPT小鬼群が飛び出す。
続いて深海の艦載機も。
「こんな、近海で何故?!」
大鳳はそう叫びつつも、戦闘の準備を始める。
いくら小型と言え深海に変わりはない。
沈めねばと、彼女が思った時だった。
483: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 00:12:44.77 ID:z3H3w/NP0
「…なんや、あれ」
速やかに装備を展開した龍驤が言う。
大鳳も、それを見ていた。
船から人影が飛び降りる。
ソレは、艦むすのように海面に降り立った。
だが…彼女は小鬼に襲われない。
その女と大鳳たちは視線が合った。
その顔に誰かの面影を覚えた。
491: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:06:32.12 ID:tvg7TXGV0
帰投すると、後任士官は眼を丸くした。
それはそうだろう。
大淀の轟沈、天城以外の大破。
でもって行方不明となったはずのグラーフの帰還。
だが、それでも彼は入渠の手配を済ませた。
それはそうだろう。
大淀の轟沈、天城以外の大破。
でもって行方不明となったはずのグラーフの帰還。
だが、それでも彼は入渠の手配を済ませた。
492: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:07:19.76 ID:tvg7TXGV0
グラーフは湯船につかりながら、
面倒を見るよう頼まれた駆逐艦らを見ていた。
本当に外面はただの駆逐だ。
「デッカいっぽい」
夕立が言って、グラーフは渋い顔をする。
褒められたものではないのだが…
たしなめようとしたところで、もう一人の駆逐艦が言った。
「…で、グラーフさん」
「なんだ?」
視線を涼風に向けると、
彼女はグラーフに質問する。
「提督さんが生きてるって本当かい?」
グラーフは言うか言わないかで悩んだ。
あの男は口止めもしなかった。
明石も同様である。
この子達ならいいだろうと、彼女は口を開く。
「ああ」
そう答えると、激しい水音が上がる。
夕立が立ち上がったからだった。
彼女はグラーフに詰め寄る。
「本当なの!!?」
「…興奮するな。実際会ってる」
その言葉を聞いて、夕立はグラーフの肩を掴む。
「どこ?どこなの提督さんは?!」
「ちょっと、落ち着け!」
グラーフは彼女を落ち着けようと手を伸ばして転倒した。
493: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:08:17.26 ID:tvg7TXGV0
士官に報告を終えると、由良は天城を見つけた。
天城は由良を見ると気まずい顔をする。
そんな自分が嫌だと自己嫌悪して、それから彼女は由良に言った。
「…ごめんなさい」
「いいんですよ」
由良はそう言うと、天城を見る。
「助かりました」
由良が言うと、天城は胸が痛んだ。
494: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:08:53.16 ID:tvg7TXGV0
「私、何もしてないですね」
由良は天城のその言葉にチクリと来た。
大淀はあんな状態になってまで戦ったのに、自分はどうだ…?
そう思うと気分が暗くなる。
けれど、由良は『はやる心』を抑えつつ天城に聞いた。
「でも…」
「はい?」
「提督さん、生きてるってことでしょ?」
495: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:09:42.37 ID:tvg7TXGV0
由良がそう言うと、天城は複雑な顔をした。
天城は、由良を見ながらあの時のことを思い出していた。
一人離脱したあの時、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
報告しなければならないだとか、言ってどうなるのかと言う迷い。
そうした混乱の中、自分は明石と会った。
死んだはずの明石は、グラーフを連れていた。
…明石は確かこう言ってた。
『今の提督さんに会っても、みんなに出来ることはないです。
言ってもいいですけど、出来たら黙ってて下さい。
抜け駆けしたいなら尚更、ね』
その言葉を思い出したが、天城は言う。
自分でも思いもしないことだった。
496: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:10:30.29 ID:tvg7TXGV0
「そうですね」
由良は天城の答えに破顔する。
「…そっか、そうよね」
天城はその姿を見ながら思う。
これほど慕われているのに、どうして提督は姿を見せないのだろう?
自分達は、提督にとって…
言ってしまった後悔も天城を暗くさせる。
私は、あのひとに選ばれてはいないのだろうか…?
497: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 00:11:30.84 ID:tvg7TXGV0
「天城?」
由良が天城の暗い顔に気づいて声をかける。
天城は頭を振った。
「なんでもないです。提督も思うところがあるんでしょう」
由良は天城の言葉を聞いてから言った。
「そうよね、島の時もそうだったし」
由良は安堵の表情を浮かべながらそう言った。
天城はそんな由良を見ながら、自分に言い聞かせる。
「ええ。大丈夫だと思います」
大丈夫なのだ。
あのひとはきっと。
わたしの元に帰ってきてくれる。
503: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:41:22.92 ID:qxBTgFSH0
男は報告に絶句した。
あの男の物だった艦隊を沈められなかったばかりか、逆に大鳳、龍驤、阿武隈、木曽が沈んだ。
その報告をした叢雲は、その後気を失った。
今もまだ意識は戻っていない。
男はペンの尻を噛みつつ、頭に手を置いた。
…何もかもが狂い始めていた。
武官の邸宅への襲撃、先読みされたかのような、計画の失敗。
男は頭を抱えるしかなかった。
あの男の物だった艦隊を沈められなかったばかりか、逆に大鳳、龍驤、阿武隈、木曽が沈んだ。
その報告をした叢雲は、その後気を失った。
今もまだ意識は戻っていない。
男はペンの尻を噛みつつ、頭に手を置いた。
…何もかもが狂い始めていた。
武官の邸宅への襲撃、先読みされたかのような、計画の失敗。
男は頭を抱えるしかなかった。
504: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:41:55.82 ID:qxBTgFSH0
「失礼します」
大和が入室してくる。男は嫌味を言いたくなった。
「お前の計画が潰れたぞ」
そう言うと、ギロリと彼女は男を睨む。
その瞳が少し赤みがかって見えた気がした。
「……ですね」
大和はそう言うと、男に資料を渡す。
505: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:42:26.48 ID:qxBTgFSH0
「現地警察も、政府も動き始めています。敵は…あの提督で間違いないです」
男は資料に眼を通す。
保護された武官は足の腱を切断され、なんらかのショックから酷い錯乱状態だと言う。
さらに被害としては彼の妻子の艦娘改造もあった。
彼らの記憶の回復は絶望的だろう。
情報を引き出すことは、難しい。
男はページを捲った。
さきほどからどの報告を見ても周辺で大きな武器を背負った女の目撃情報が多い。
なにかしらの艦娘を奴が動かしたのは間違いなかった。
だが…それでも疑問が残る。
506: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:43:08.63 ID:qxBTgFSH0
「…大和。叢雲の報告では、明石とグラーフは後から来たそうだ」
男の言葉に、大和は黙ったままだ。
「つまり、あの時あいつの手元にはもう一隻が存在していた。
あいつは、一体どうやって存在しない7隻目を用意したんだ?」
その言葉に、大和は見解を示す。
「…推測ですが。ここで改造したのだと」
「馬鹿な」
「事実です。艤装は妖精ですが、艦娘施術は人間でも可能です。
どうやったか知りませんが、素材さえあれば艦娘を奴は作れるでしょう。
ましてこの国なら…」
大和はそう言うとため息をついた。
507: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:43:52.22 ID:qxBTgFSH0
「忌々しいことですが、奴の手元には奪った艤装もあります。
奴が艦娘を作り出しても矛盾はありません」
男は、思考を巡らせる。
一番最初の襲撃から考えよう。
おそらく、あきつやあの女を襲ったのは奴で間違いない。
明石も生きている現状、襲撃は不可能ではない。
だが、問題はこの後だ。
グラーフツェッペリンはそれなり以上の警備を施していた。
はじめは大本営の工作だと考えていたが、奴一人なら疑問が湧く。
明石は明確に戦闘向きではない。
だというのに、朝潮が倒された。
奴が逃げ回っている間に艦娘を得たとしても、
朝潮を打倒しうるそんな強力な艦をどうして得られたのか?
508: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:44:43.05 ID:qxBTgFSH0
仮に戦艦、重巡を作り出したとしても練度や戦闘技術は一朝一夕で教えられるものではない。
しかし事実として朝潮は倒された。
そこから導き出される回答としては、次が主だったものだろう。
①奴は戦闘可能な駒を持つ。
または、艦娘を倒せるだけの協力者がいる。
②やつは艦娘を倒せる装備を持つ。
509: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:46:17.58 ID:qxBTgFSH0
その上で、男は②ないと否定した。
奴自身が艦娘を殺すだけの装備を得ている可能性は限りなく低い。
艦娘殺しの弾薬など保有できる提督が存在するのかさえ怪しい。
よって現実的に考えるなら艦娘を殺せるのは深海か、化け物じみた火器だけだ。
だが生身の人間が携行できるもので、艤装の加護を打ち破れるとは思えない。
であれば①の方がより強く現実味がある。
ここまで原因と可能性を考えたところで、男は大和の誤りに気付いた。
正確には、自分の勘違いも含めて男は大和に言う。
510: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/31(日) 18:46:45.30 ID:qxBTgFSH0
「大和、それには間違いがある。最初に深海の鹵獲の脱走があった。
仮に強奪したドロップやパーツで艦むすを作ったとしても、グラーフの奪還は説明できない。
グラーフの奪還の後に、強奪があったんだぞ」
「それは…」
大和も気づく。
男は気づかなかった自分も慌てているのだと気付いた。
そうだ、奴が改造できたのもグラーフ奪還後だ。
では、それ以前は奴は明石ないし協力者しか駒を持たない。
そうした工作はできないはずだった。
であれば、やつ一人でやったとは考えにくい。
よしんば出来たとしても脱走の手引きだけだろう。
「奴以外の可能性もあり得る。某国の工作員も疑って…」
そう男が言った瞬間だった。
突然天井が割れた。
516: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:15:03.81 ID:bdIzEIMN0
「?!」
即座に大和は艤装を展開する。
部屋に入り込んできたのは…
「PT小鬼群?!」
大和は飛び込んできた深海に驚く。
それは笑い声を上げながら、男に襲いかかる。
517: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:15:37.85 ID:bdIzEIMN0
「ひぃ!!」
男が悲鳴をあげると同時、一匹の小鬼が魚雷を取り出す。
大和の行動は早かった。
瞬間で距離を詰めると、その一匹を掴んで投げ飛ばす。
機銃で撃ち抜き、残りの個体も主砲で狙いをつけた。
「伏せて下さい!」
加減できない以上、最大の注意だった。
砲が火を噴くと、そこには何も残らなかった。
518: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:17:12.29 ID:bdIzEIMN0
「…ぁ、あ…」
腰を抜かした男を他所に、大和はすぐさま動く。
部屋の外に何かがいる… !!
彼女が構えた瞬間だった。
扉が破られる。
「?!」
視線が、そちらに向く。
大和は半身をひねり入口を狙う。
…殺すのもやむなし、彼女は主砲を撃ち込む。
扉が吹き飛んだ。
「大和ォ!」
男が絶叫する。
室内での連続した砲撃で煙が充満する。
原型を留めない扉から煙が流れていく。
…その靄を突き破り、さらに小鬼が入り込んだ。
その一匹が飛び上がる。
519: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:18:50.26 ID:bdIzEIMN0
「!」
これ以上の主砲での攻撃は男を巻き込むと大和は判断した。
そのまま高射砲を起動。
大和は小鬼の一体を殺す。
その間に壊れた扉から、煙が晴れてゆく。
その向こうに誰かが立っていた。
小鬼の後ろ、大きなカバンを提げた男だった。
「…信じられない」
その顔を大和は良く知っていた。
520: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:20:47.17 ID:bdIzEIMN0
「…な、な、な?!」
男は腰を抜かしたまま、立ち上がれない。
なによりも小鬼を引き連れた男がここにいることが信じられないのだろう。
生きていると知っていたが、奴が出向くと誰が予想できただろうか。
「貴様!」
大和が怒りを露わにしたのを見て、提督は嘲笑した。
「久しぶりだな。ああ、ブスだな。やっぱり」
大和は高射砲で次弾を放つ。
だが、それを小鬼の群れが身を呈して防ぐ。
その行動も、大和には信じられなかった。
521: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:22:20.75 ID:bdIzEIMN0
「何故、深海が人間に?!」
腰を抜かしたままの男が絶叫する。
提督はそれに答えようとしたが、それより早く小鬼が倒れたままの男に飛びかかった。
小鬼に体を食い破られた男の絶叫が響き、提督は顔をしかめた。
「あーあ、ざまあねえな」
そう言った提督は、大和を見る。
酷い状況である。
男が生きながらにして小鬼に嬲られ貪り食われようとする中、その男は口を開く。
522: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:23:08.17 ID:bdIzEIMN0
「さて、ブス。久しいな。提案だ。話し合…」
大和は最後まで言わせなかった。
再び砲撃を繰り出す。
だがやはり、小鬼の群れが防ぐ。
男の目の前で、小鬼どもが木っ端微塵になる。
「答えはそれか」
提督は、返り血を浴びながら残念そうに言った。
彼は顔にかかった血を拭う。
「じゃあ、倒してみろ。一人でな」
「鹵獲した深海の解放ですか…あなたらしいですね!」
大和はそう言いつつ、艤装を構える。
ここであの男が死んだ不利益よりも、自らの手で奴を殺せると言う事実が胸を踊らせる。
「死んで下さい!」
523: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:24:00.12 ID:bdIzEIMN0
何が目的で奴がここまで来たか、大和はもう興味がなくなっていた。
それよりも最大最強の砲が、目の前の敵を肉片に変える。
その様に巡り会えたことに幸運さえ感じていた。
…実に簡単な話である。撃てば、奴は赤黒いシミに成り果てる。
その筈だった。
だが彼女は、それが出来なかった。
「?!」
小鬼が飛びかかる。
咄嗟に腕で薙ぎ払う。
男はその間に、大和の脇を悠々と抜け窓へと近づく。
掴んだ小鬼の一匹を握り潰した大和は速やかに男を視界に捉える。
次こそ殺す!
そうすべく砲を構えた大和は、窓から飛び込んでくる人影を見た。
524: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 19:25:34.47 ID:bdIzEIMN0
木製の窓枠とガラスを突き破った、その人影は室内で立ち上がる。
提督はガラス片で頬を切りながらも微動だにしない。
誰だ?!
と疑問が大和に沸くが、彼女は躊躇しなかった。
体勢は不十分。
だがそれでもけし飛べと、彼女は撃ち方を始めた。
直撃せずとも余波と衝撃で、黒い髪の女ごと提督は吹き飛ぶ筈だった。
着弾の衝撃で巻き上がった何かが床に堕ちる。
それは現地の女の着るようなストールだった。
大和は、女が立っていた事実に驚愕する。
ここで敵が艦娘だと気付いた彼女だったが、それでも違和感を覚えた。
…ありえない。
直撃こそしなかったがかすめておいて、中破すらしていない。
艦娘だとしても46cmの衝撃を受けて平然としているなど、規格外だ。
自分と同じ戦艦でなければ立ってすらいられないだろう。
大和は女を注視する。
女は、白髪であった。
よく見れば、ウィッグの一部が肩にかかっていた。
変装が解けても、頭を下に向けているため長い髪で顔は見えない。
525: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:20:18.74 ID:bdIzEIMN0
「あなた…」
大和が、そう言った時だった。
聞きたくもない男の声がした。
「流石。殺られたと思ったが…お前の愛のチカラも、結局その程度か」
「今、なんて」
大和が言うと、男は無表情のまま答える。
「お前のは愛じゃないってことさ。
執着と愛は別だ。
対象が立ち去ることを2つとも拒むのだが、喪ってまで強請るのは執着でしかない」
男は煤だらけで答える。
その言葉に連動したかのように、女の顔が上がる。
526: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:44:46.19 ID:bdIzEIMN0
…真っ赤な瞳、漏れ出る燐光に大和は理解する。
人型の深海…それも姫。
大和は、その姿を見て絶句する。
そこにいたのは、間違いなく空母水鬼だった。
「…姫?!」
鹵獲した個体に該当はない。
だが、姫で間違いなかった。
大和の砲撃は直撃しなかったが、建材が壊れる時に破片で傷ついたのだろう。
彼女は頬にできた傷を右の甲で拭う。
その血は赤かった。
527: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:45:48.68 ID:bdIzEIMN0
「その通り」
男はそう言うと、空母水鬼に尋ねる。
「ヤレるか?」
正気のない虚ろな目が提督を見る。
小さく、頭が動く。
怖気と嫌悪を大和は覚えた。
…敵さえ御するこの男は何だ?
「貴方に艦娘は…」
528: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:46:39.51 ID:bdIzEIMN0
そう言いかけ、大和は自分の間抜けさを痛感した。
艦娘がいない。
だが奴は深海を使うことで解決したのだろう。
どうやったか見当もつかないが、事実目の前に姫がいる。
であれば…仲間たちが沈められた理由の答えにもなる。
目の前の個体なら、それをやれるはずだ。
「だな。私には手持ちの駒がない。
だから手っ取り早く君らの鹵獲したソレを使ったまで」
「深海は、こちらの意図など!」
大和は指摘する。
やつらと対話は不可能なのは、彼女自身よく知っていた。
だが、そんな深海を従えた男の答えは予想もしないものだった。
529: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:47:48.84 ID:bdIzEIMN0
「聞かないさ。だから加工した」
「かッ…加工?」
「ああ、今目の前のソレだけど…よく出来てるだろ?
小鬼は楽だったが、ヒト型になるとそうはいかない。
轟沈した翔鶴やら蒼竜やらの制御系統をヲ級に組み込み、艤装と設定は4基の艦娘用の石でやってみた。
早い話が深海ベースの艦娘だ。どれだけ持つかも不明な上、やっつけ仕事。あと暴れたね。
おかげで自我思考は会話すら怪しいほどボロボロだ。
どうやら意識は幼児レベルに毛の生えた程度だが、兵力はそれなり以上で平均的な戦艦の艦娘より強力だ」
そう、提督は淡々と言う。
大和は、その態度と事実に憎悪した。
530: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:48:46.43 ID:bdIzEIMN0
「死者への冒涜が!貴方、英霊になんてことを!」
戦った我々をなんだと思っている!
その大和の感情のまま飛び出した怒りの言葉に触れてなお、奴の態度は変わらなかった。
「英霊?オカルトなんて言うなよ」
「尊厳の問題です!」
「そんげんそんげん、実に下らない。
死人が私たちに何かしてくれるか?権利が私たちを庇護したか?
死人らは忘れるなと呪詛と唾を吐くだけだ。権利は主張して初めて剣となる。
人の尊厳は生存している限り。だから私は死体にソレを認めない。
さあ、どうする日本最強?これを沈められるか?」
531: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:49:33.82 ID:bdIzEIMN0
そのまま提督は水鬼の肩を叩く。
「頑張れ。アレは止めてくれ。壊してもいい」
空母水鬼の顔が恍惚の表情を作る。
異形の艤装が唸りを上げて、空母水鬼の背中から飛び出す。
悲鳴じみた声が艤装から轟く。
…大和は、唾を飲み込んだ。
それでも彼女は勝算がないわけではないと判断した。
いくら姫とはいえ、ここは陸で、自分は最強の艦娘だ。
大破すれば置物にしかならない空母など、敵ではない。
だからこそ大和は全砲門を速やかに水鬼に向ける。
「死んでください」
532: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:50:32.58 ID:bdIzEIMN0
大和はそのまま砲撃した。
空母水鬼は避けなかった。
…背後に提督がいたからだろう。
一撃で中破に持ち込んだ大和は微笑む。
嗚呼、この手で奴を殺せる!
そんな中破した水鬼の顔が苦痛に歪む。
その顔で水鬼は涙を流し、くしゃくしゃの顔で叫んだ。
「イタイ、イタイイタイ!!イタイイイイイイイイ!!!!」
本当に幼児のように空母水鬼は涙を流して泣きわめく。
だが、その声に大和は引っかかりを覚えた。
「ヤマト、ヤマト!ヤマトットトトトォ!ヤマママママ…!
…ナンデ、ナンデ?!ナンデナンデナンデナンデ?!!
ヒドイヒドイヒドイィィィイイイイイイイ!!!イタアアアイイ!」
533: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:51:19.82 ID:bdIzEIMN0
背中が粟立つ。
ぞわりと、大和は悪寒を覚える。
…今、彼女はなんと言った?
何か言おうとした瞬間、彼女の体に艦爆が炸裂した。
「~~~ッ!???」
激痛に意識が持っていかれそうになる。
だが、彼女は耐える。
…どうなっている?
敵は空母水鬼と小鬼だけでないのか?
どこからともなく現れた艦載機が部屋で舞う。
大和はそれでも動こうとしたが、知らぬ間に空母水鬼が距離を詰めていた。
肉弾戦かと、大和は構えるが…
空母水鬼は突然大和を抱擁した。
「?!」
突き放そうとするが、動けない。
馬力の違いか、それとも自身の損傷からか。
動きを止められた大和を空母水鬼は押し倒す。
その顔は恍惚の笑みに満ちていた。
そんな二人を見下ろし提督は言った。
534: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:52:36.86 ID:bdIzEIMN0
「殺されると気を抜いたな。負けだ。ブス」
男は大和に近づく。
大和は、必死にもがき言う。
「ぐ、何故、こんな!こんなことが!」
「意外と仲間を見ないんだな。…そりゃそうか、恋敵だもんな」
大和に不思議な言い回しで答えると、提督は端末を大和の艤装のマウントの端子に打ち込む。
「詰みだ」
不正な操作で艤装が外れる。
大和はありったけの怨念を込めて叫ぶ。
「この…!殺しなさい、早く!」
「殺しはしない。【組み伏せたままにしろ】…でもって【入ってきていい】」
提督は大和に返事を返すと手で示した。
壊れた窓から、新たな人影が入ってくる。
立っていたのは…
535: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:53:47.19 ID:bdIzEIMN0
「嘘でしょう?!」
装甲空母姫。
深海を従えてる時点であり得ないが、そんなものまで連れるとは…
大和はそれを見ながら、叫んだ。
「何が目的ですか?!」
「明朗かつ闊達な敵の用意をしなければならないんだ。大義とうねりがいるんだ、冗談だが」
そう言うと、提督は振り返る。
彼はカバンを開くと、何かを取りだす。
「お前なら躊躇なく『使える』。素材としても十分だ」
提督はなんらかの機材をもって、大和へと近づく。
「…どうして、どうして!」
大和は絶叫する。
それを見ながら、提督は答えた。
「大和としての最後に教えてやるよ。それが、ただの深海だと?酷いなぁ。お前の仲間だった翔鶴、大鳳、龍驤が哀れだ」
536: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:55:48.89 ID:bdIzEIMN0
大和は、凍りつく。
彼女は首をひねり、空母水鬼を見る。
仲間だった翔鶴の面影が、彼女にはっきりとあった。
「…そんな…うそ…」
大和は恐怖した。
深海となると言う話は聞いたことがある。
だが、あの翔鶴がなるとは信じられなかった。
大本営でさえ否定していることなのに…
「手間だったが、やれたよ。
バケツは嫌という程使ったがね。
手荒れした、どうしてくれる。
コレは大破したヲ級に翔鶴の素材で直ぐ組めた。
…ああ、ちなみに装甲の方は大鳳と龍驤それから木曾の部品で作った。
タ級の船体にパッチワークさせてもらった。もろもろ足りなかったんでね。具合がよくて」
537: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/06(土) 20:56:42.51 ID:bdIzEIMN0
大和は激高した。
「尊厳の否定です!貴方、何をしでか」「手前が言うな」
提督はそのまま続ける。
「私は生きてる人間しか認めない。
それも意思を持ち選択し、私の敵でない奴のみだ。
私含めて人間は皆死ね。なあ?ラバウルのガラクタども。
お前らが私に再び手を出さなければこうならなかったのにな」
提督はカバンから取り出したゴム手袋を手にし、笑った。
「二度も負けるなんて無様で阿呆だな。
正面突破の私を殺せなかったのものお前の慢心だ。
のこのこ死ににいってやったのに、このざまか。
私だけを殺すのなんて簡単だったのにな、大和?」
546: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:12:01.07 ID:RN5Hl2bN0
目が覚めた。
けど重い眠気が体に残っていた。
そこで、大淀は眼鏡をなくしたことを思い出した。
大淀はぼやけた目で辺りを見回す。
どこかの小屋らしい。
粗末であるが、清潔である。
そのことは寝かされていたベッドのシーツから良くわかった。
ふと、彼女は誰かの寝息を聞いた。
「…?」
547: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:13:50.34 ID:RN5Hl2bN0
立ち上がる。
自分の体のいたるとこに包帯が巻かれていた。
大淀は良く見えないまま、自分が寝かされていた部屋の扉を開けた。
扉を開けると、家具が散乱した部屋が見える。
その黒いソファーらしきもので、大きな影が動いた。
「ていとく?」
夢を見ているような気分だった。
大淀は、その背中に近づく。
嗚呼、あの人だ。
ぼやけても彼だと大淀はわかった。
548: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:14:38.37 ID:RN5Hl2bN0
「提督…!」
大淀がそうして提督に触れようとした時だった。
明石の声が遮った。
「ダメですよ。触ったら、先生の犬に殺されますから」
振り返ると、疲れた顔の誰かが立っていた。
聞こうとして、大淀は再び意識を失った。
549: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:16:35.77 ID:RN5Hl2bN0
明石はもう一度麻酔を大淀に嗅がせた。
そんな彼女を抱えて、明石は大淀をベッドに寝かせる。
それから明石は元いた部屋に戻る。
死人のような顔の提督が寝ている。
そのソファを、明石は思い切り蹴っ飛ばした。
「起きてください。センセ、時間です」
ソファから転がり落ちた提督に明石は言い放つ。
それに対して、目の下にクマを作った提督は悪態をつきながら立ち上がった。
550: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:17:55.46 ID:RN5Hl2bN0
「…マシな起こし方しろ」
「自殺に失敗しただけで、生きる希望が湧くなんて便利ですね」
「あの女が悪い。あの距離で私を殺せなかった。ヘボだ」
「どうだか、死ぬつもりなんて微塵もなかったんでしょ?」
明石は軽蔑の表情のまま、そんな提督の向こう脛を蹴った。
提督は顔をしかめたが立ち上がると、ソファに明石を座らせた。
逆に提督は壊れた家具に腰を下ろす。
551: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:24:16.64 ID:RN5Hl2bN0
「手間かけたな」
「本当です。ただ腐っても大淀を直したのは、流石です」
「元医者だ」
「ところで、犬どもは?」
「放置」
「暴れやしませんか?」
「チョーク渡したから、落書きでもしてるだろ」
明石はその言葉を聞いた後で、提督の顔に当たるように現地の英字新聞を投げた。
「新しいおもちゃに夢中になるのはいいですけど」
「これか?」
「ええ新聞の一面ですよ。深海艦、それも姫級が工場で大暴れ。今度は誰を『使った』んですか?」
「大和。ストックもある」
「酷」
「人のこと言えた義理ないだろ。お前だって…」
「それ以上言ったら殺しますよ?子供が可愛くてしかたなくて何が悪いんです」
「子供ね。男の女への集中は3年とよく言ったもんだ」
「タネをばらまくだけがオスですから」
「は…どうだか、母性も俺には我欲に思うが」
「ほー、お聞かせくださいな」
「男にとっても女にとっても子供は願望だが、生まれたらそこから先は物欲になるってな」
「血を分けた子供ですよ」
「それでも一個人だろ、子供であろうが腹を痛めようが。親は子供に責任を持つ。それだけだ」
「女の敵は、考えからして違いますね」
「無駄話はもういいだろ」
「はいはい、大将次は?」
「大淀は海岸に放置。行くぞ」
「アレらを解体しないんですか?」
「まだ使い道がある。お前は陸でしか強くない」
「はいはい」
「さて行くか…」
「で、次はなんです?」
「悪党らしく死のうと思う」
「頭の悪いことで」
552: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:25:35.68 ID:RN5Hl2bN0
明石が様子を見に行くと、まだ提督の犬はチョークで遊んでいた。
彼女らの、ぱっと明るい顔が明石を見て暗くなる。
やむなしだが、気分がいいものではない。
明石は燃料と、食料を渡す。
人形は黙って受け取り、食べ始めた。
ベースを知る以上、もう『これ』は人でないとわかっている。
だが、年頃の女の姿になるとどうしても思わずにいられない。
随分と神は残酷なことをすると明石は思った。
553: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:26:01.71 ID:RN5Hl2bN0
「ねえ」
声をかけた。
「私、子どもいるの」
返事は来ない。
「可愛いのなんて、ホントすぐ。
手間ばかりでめんどくさくて、どうしてこうなのとか思ってた。
だけど、そのうち思うようになるんです。
あー、私もこうだったとか、今いる仲間のことか…変だけど、子どものように思うの」
554: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:27:25.72 ID:RN5Hl2bN0
明石は話す。
「何で自分に似てるのかな?とか子供に思うのね。
他人だよ、私じゃない。似てないとこもあるし」
返事はない。
意思疎通しているつもりもない。
ただの確認作業だ。
「それでも、どうしようもないの。
何でか見捨てられない。最後で引っかかる。
この子なら裏切られてもいいとかね、思う。
私間違ってるかな?」
そう言い終わった後で、明石は思う。
乙女なら、そんなことは思わないだろうと。
こう思ってしまうのは、自分が母だからだろうか。
555: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:28:57.16 ID:RN5Hl2bN0
「う…」
大淀が目覚めるとと赤い瞳が見下ろしていた。
赤い瞳…夕立?
「あ、起きた。
さあ、吐くっぽい大淀。ていとくさんはどこ?」
大淀は夕立を跳ね除けて周りを見る。
見ればホテルの一室らしかった。
明石以外の全員が控えているようだ。
その事実に大淀は絶望する。
556: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:29:53.53 ID:RN5Hl2bN0
「待ってください」
そういうと、横から眼鏡が差し出される。
由良だった。大淀は黙って受け取ると眼鏡をかける。
「…私、どうして」
「浜に漂流してたのを、後任の士官さんが回収してくれたんです」
天城が言ったが、大淀は理解が追いつかなかった。
どうして。
提督は。
なんで。
会えたのに!
557: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:31:08.58 ID:RN5Hl2bN0
「伝言預かってるでしょ?さあさあ」
うるさい夕立を無視して、大淀は由良と天城を見る。
「今は何時ですか?」
「襲撃の二日後です」
天城が答える。
由良が付け加えた。
「明石も戻ってきてません」
558: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:31:52.87 ID:RN5Hl2bN0
大淀はうなだれた。
その動作に、涼風が言う。
「大淀?」
「大丈夫。
…伝言はありません。提督さんの寝顔を見たのが私の最後の記憶です」
包み隠さずいうと、
落胆の空気が室内に広がるのがわかった。
夕立は残念さを隠そうともしなかった。
だが、大淀は思考を止めなかった。
部屋に、後任の士官がいないことに気づいた彼女は質問する。
「あの士官は?」
559: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:33:38.50 ID:RN5Hl2bN0
涼風が答えた。
「今、派遣されてきた艦隊の提督に会いに行ってる。
グラーフの戻しも兼ねるってさ」
「由良、あの敵は?」
そんな涼風の回答を受け、大淀は由良に質問する。
由良は頭を振った。
「報告しましたが、理解すら示してくれません。
ラバウルの艦娘は解体済みだと」
大淀は、何かおかしいと思い始めていた。
確かに襲撃事態からおかしいのだが…
560: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:34:45.62 ID:RN5Hl2bN0
考えようとした彼女の思考を遮るように、夕立がポツリと言った。
「でもあれね。大淀が始めて提督さんに会ったんじゃないのね」
そこで彼女たちは皆、考えてしまった。
夕立は会いに行くつもりだった。
提督さんが生きているなら会いに来てくれるはず。
そう思うと勇気が出た。
涼風は待っていた。
提督が生きているなら、きっといつか会えるだろう。
そう考えると嬉しかった。
由良は期待していた。
提督さんが生きているとわかった。だったら会いに行ける。
その可能性があるだけでよかった。
天城は待ち遠しかった。
提督が生きている今、自分たちの元に戻るだろう。
その未来がいつなのか、彼女はじれったかった。
大淀は不安だった。
提督が生きていることを知っても、彼はなぜ戻らないのか。
けれども会いたい思いは疑いようがなかった。
彼女らは皆、最初に会うのは自分だと固く意思を固めた。
「でもあれね。大淀が始めて提督さんに会ったんじゃないのね」
そこで彼女たちは皆、考えてしまった。
夕立は会いに行くつもりだった。
提督さんが生きているなら会いに来てくれるはず。
そう思うと勇気が出た。
涼風は待っていた。
提督が生きているなら、きっといつか会えるだろう。
そう考えると嬉しかった。
由良は期待していた。
提督さんが生きているとわかった。だったら会いに行ける。
その可能性があるだけでよかった。
天城は待ち遠しかった。
提督が生きている今、自分たちの元に戻るだろう。
その未来がいつなのか、彼女はじれったかった。
大淀は不安だった。
提督が生きていることを知っても、彼はなぜ戻らないのか。
けれども会いたい思いは疑いようがなかった。
彼女らは皆、最初に会うのは自分だと固く意思を固めた。
561: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:36:08.40 ID:RN5Hl2bN0
「君が来るとは」
驚いた顔をしたグラーフをビスマルクは見ていた。
ビスマルクはなんというか、少し困った。
それはそうだろう。
ともに本国から送られてきたときに、生真面目な彼女が自分の性格を把握しないはずがない。
だから彼女は何の気もないような言い方をした。
「別にいいでしょ。仕事だから」
「しゃあしゃあと」
小声でローマが言ったのが聞こえたが、この手配の手前ビスマルクは何も言えなかった。
彼女はグラーフにいう。
「また後で」
そうグラーフに告げてからビスマルクは例の死んだ男の後釜に挨拶することにした。
562: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:36:55.26 ID:RN5Hl2bN0
グラーフの部屋でも良かったが、外のバーに出た。
彼女はハイボールを頼み、グラーフはビールを注文して顔をしかめた。
「期待しないほうがいいのに」
「その通りだな。酷い味だ」
グラーフがグラスを置いたところで、ビスマルクは聞く。
「聞いたわ。貴方、行方不明になったんですってね」
グラーフが固まるのがわかった。
グラーフは再度グラスをあおってから言った。
563: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:37:32.76 ID:RN5Hl2bN0
「不覚だった」
「そんなことどうでもいいの。で…どうして貴方は戻ってきてるわけ?」
ビスマルクが質問すると、グラーフは答えた。
「…黙れと言われているが」
「情報を与えてる地点で話せと言ってる様なものじゃない」
「君ならいいだろう」
「変な言い方」
「君を助けてくれた男に助けられた」
ビスマルクはその言葉を聞いて驚かない自分に気づいた。
564: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:38:18.81 ID:RN5Hl2bN0
「しぶといのね」
「だな。少ない時間だが会話したが、何を考えてるのかはっきりしない男に思える。
ただ、一般的なアトミラールとは…」
「何?」
「毛色が違うと私は感じた。奇妙な女を連れていたしな」
「同行してたの、貴方?」
「いや、ほとんどしていない。
…今、上がもみ消そうと躍起になってる彼の艦隊の襲撃事件。
私はその場にいたんだが、彼はついてこなかった」
ビスマルクは、グラーフの言葉に疑問を覚える。
565: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:39:33.35 ID:RN5Hl2bN0
「どういうこと?彼、自分の艦に手を出されてるのに?」
「私にもわからない。
彼は明石と同行していたが、私と明石だけ向かわせて何所かに消えた。
その明石だが半ば深海化した大淀を連れて消え、戻ってきたのは大淀だけだ」
グラーフは、またジョッキを傾ける。
「変ね」
「私も疑問だよ。
そもそも何故、死んでいない地点で名乗り出なかったのか。
それに武官の襲撃、邦人の拉致。
さらに、今朝の戦艦水鬼の大暴れも含め、色々と疑問が付いて回る。…なあ、ビスマルク」
グラーフはそういうと、彼女を見た。
566: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/14(日) 23:40:28.78 ID:RN5Hl2bN0
「悪く思わないでくれ。私は…どうしても彼が今回のことも仕組んでいると思えて仕方がない」
ビスマルクはタバコを取り出す。
「彼の艦隊もそうだ。深海化する地点でどうかしている。…なあ、どうして来たんだ?」
そう指摘されて、ビスマルクは考えた。
来た理由か。
自分でもよくわからない。
ローマなら淡い恋慕だろう。
自分はなんなのだろうか?
ただ言えるのは彼に関心を自分が持っているという事実だった。
「ダメ男だからじゃないかしら」
「意味がわからない」
グラーフはそう言った。
だが、完全な否定をしないところに好感を持てた。
「私もわかんないもの」
ビスマルクはそう言ってタバコをくわえ、一つだけ気づいた。
ああ、あの男は退屈させないのだろう。
575: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:10:21.56 ID:a2V6/jCW0
明石にとって提督は、便利な男である。
彼は幸運な男ではないだろうし、
退屈と結婚したような満たされた生活を送れないことも良く知ってる。
また提督に対し己は恋はできないとも、明石は良く知っていた。
それでも、こと提督の能力に対して明石は提督に全幅の信頼を置いていた。
提督本人は自分の有能さを決して認めないだろうが。
「提督」
576: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:11:07.59 ID:a2V6/jCW0
だから、明石はそんな男に声をかける。
愚かで仕方ない男は、ゆるりと振り返る。
こけた頬、目だけが爛々と光る。
その様子に、明石は確信する。
もとより、こんな男だ。
己にできることは誰でも出来る。
なんて驕りを抱いてるのもその証拠だ。
だがそれでも、明石は提督に対して信頼を向けていた。
欠点を塗りつぶしてもなお、提督は力があった。
「なんだ」
577: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:13:31.35 ID:a2V6/jCW0
男は答える。
明石はそれでよしとした。
男に対しての情、それ以上の感情を明石は持っていなかった。
もしも誰からか、提督に対して恋慕があるかと聞かれたならば彼女は大笑いしただろう。
性交渉が可能な相手であるが、愛したい気持ちなど微塵もなかった。
彼女にしてみれば、何処までいっても提督は恋の対象にはならない。
それは提督も同様だろう。
ただお互いに情があるのは、どちらも自覚していた。
だがそれが愛でないと明石は知っていたし、提督はその答えを知っていた。
何故なら、提督は己の部下としてしか明石を大切に感じていなかった。
逆に明石は仲間の小娘と違い、己が強い我欲を持っていると知っていたからこそ、
提督に恋慕のようなものは持っていなかった。
この男にすがるほど、我が身は軽くないと明石は思っていた。
それは男も同じだろう。
578: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:14:17.76 ID:a2V6/jCW0
「壮観ですね」
明石は、そう人形遊びを終えた提督に嫌味を言った。
人形らの前に立ちタバコをくわえた彼は、苦笑する。
「何を言いやがる」
ポケットから携帯を取り出し、それ手にしながら提督はそう言った。
「で、どうするのか決めてるんですか?」
「話した通りだ」
提督は、なんらかのキー操作を終える。
579: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:14:45.63 ID:a2V6/jCW0
「手間かけたな…ほらよ」
それから彼は中華製のスマホを明石に手渡す。
「武官と、あの企業人の隠し資産から入金済みだ」
「で、なんぼです?」
「つつましく暮らさず2代は持つ」
「大好きですよ、提督♥」
580: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:15:15.93 ID:a2V6/jCW0
明石はそう言うと、送金画面が表示されたスマホから視線を外した。
彼女は提督を見る。
顔は別として…いい男だろう。
力もある。
また無理を押せるだけの才気も持つ。
この男に運命とやらが少しでも微笑んだなら、こんなことにはならなかっただろう。
けれど、それでもだ。
明石は男を哀れに思った。
581: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:16:26.70 ID:a2V6/jCW0
「提督」
「なんだ」
「最後の任務を了解しました。が」
「が?」
「やめません?」
「言うと思った。お前はそうだ」
「ですよね。私は今と未来しか欲しくないです。
タメとして言いますけどね、そんな十代みたいな考えで動くって馬鹿ですよ。
だってですよ。あなた頑張ってもあなたの好きな人は何も感じないです。
自己満。いや、ただのパフォーマンスです」
582: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:17:08.31 ID:a2V6/jCW0
「だろうな。自覚ある」
「もうですよ、双六をやめてもいいでしょう。あなた、ボードから下りれるでしょ?」
「ルビコン川は渡ったんだ。それは出来ん」
「呆れた…不幸な小娘どもなんて捨てればいい。
救うなんて狂人のすることですよ。変なところで、男気を出してると誤解されますよ」
明石は本音だった。
彼女は自分が自己愛が強く、したたかだという理解があった。
艦隊の仲間へ仲間意識はあるものの、それでも我が身より優先できるかといえば無理だった。
あまりに軽い仲間へ、同情しても救ってやる義理はない。
そう明石は最後の線引きを持っていた。
583: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:18:09.99 ID:a2V6/jCW0
「お前は強いな」
そんな明石の問いに、提督は答えたが、答えになっていなかった。
もっとも男の性格を知るからこそ、明石はその意図が分かったのだが。
それでも提督の答えが気に入らなかった。
「だから自己犠牲?
バカじゃないですか、ねえ提督。あの子たちが不幸なのは、あれらが典型的な弱い女だからですよ。
腕っ節だけ、かわいそうな女」
「辛辣だな」
「女の敵は、男の前に女ですからね」
584: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:18:40.32 ID:a2V6/jCW0
提督は笑う。
それから提督は明石に本意を話した。
それは明石が予想したよりもひどいものだった。
「俺は死んでもいい。
それに生きても死んでも同じだ。だったら俺は俺の成したいことに挑戦して死ぬ。
あの子らの為は二の次だ」
呆れつつ、明石は笑うしかなかった。
こんな男なのだ。
やはり、こんな男でしかない。
だからだろう、哀れを通り越し明石はおかしささえ感じた。
それから彼女は男の手を取った。
585: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:19:49.53 ID:a2V6/jCW0
「そ、何時も君はそうだっけ」
知らず、明石の口調が本来のものになる。
「悪いな、付き合わせて」
「昔から知ってた。君は、みんなバカにしてたもの。実際、同年代の男の子よりも大人だったしね」
「古い話だ。何時だったか」
「そんな思い出はいいよ。いらないよね?
君は信頼出来る。そう私は思ってるし、私が信頼に価するって君が思ってることも知ってる。
それでいいじゃん?だって、結局一度も寝なかったしね」
「そうか。スイートを予約しておこう」
「じゃあ今度は可愛いの着て囁いてあげる。赤面して顔を背けたくなるくらいのね」
「 光だな」
「同い年じゃん」
586: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:20:37.58 ID:a2V6/jCW0
明石は手を離す。
硬く、なめらかな男の指の感触を覚えた手で彼女は敬礼した。
「では…ご武運を。提督、明石出撃します」
「ああ。達者でな」
提督は背を向ける。
その背中に嫌悪を感じないかと言えば嘘だった。
だが、それでも明石はこんな男を見送るのは自分だろうという達観があった。
認めるだの許すだのでない、もう仕方がないものとして諦めた明石は提督を送り出した。
587: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:21:04.30 ID:a2V6/jCW0
大淀たちは待ちきれなかった。
提督からの連絡はついに来ず、やがて正式な帰国の日となった。
いつも通りの商船護衛任務での帰国である。
当然提督が戻ってこないことで夕立は荒れ、涼風は明確に落ち込んだ。
だがそれでも、彼女たちは出港を待っていた。
隊列を組ませた大淀は由良を盗み見る。
上の空のような彼女は、空を見ていた。
ふと天城が言った。
「暗くなりましたね」
出港の時間の関係で、すでに日は落ちようとしていた。
大淀は天城に答えた。
「ええ…」
メガネ越しの赤い夕日に目を細め、そう呟く。
結局、提督は来なかった。
大淀は胸が苦しくなった。
「ていとくさん…」
夕立が寂しそうに言った時だった。
先に帰国する少将の護衛艦が動き出した。
588: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:22:16.75 ID:a2V6/jCW0
叢雲が目覚めると、海の上だった。
記憶が混乱していた。
…自分はあの化け物じみた女に負けたはずである。
なのに、なぜ。
そんな叢雲に声がかかった。
「…どこの所属だ?」
振り返ると、護衛艦を護衛しているらしい艦娘の一人だった。
叢雲は、そこでハッとなった。
「私は…」
言いかけた時だった。
叢雲は自分の腕が勝手に動くのを見た。
そのまま叢雲は彼女の意思とは関係なく砲撃を繰り出した。
589: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:22:55.55 ID:a2V6/jCW0
「?!!」
呼びかけた艦娘は急回避する。
彼女は叢雲に叫んだ。
「狂ったか!?正気じゃないぞ!!」
「違う、ちが…違う!」
叢雲は錯乱していた。
止めようとしても、体は勝手に動く。
そんな叢雲の異常さに気づいた、相手の艦娘はやむを得ず砲撃を返した。
その弾道は確かに叢雲の艤装を捉えた。
機関が停止し、痛みに耐えながらも叢雲はこれで終わったと思った。
だが…
590: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:23:59.61 ID:a2V6/jCW0
「え?」
ありえなかった。
体が勝手に動く。
「いや」
自分の手が白く染まっていくのを、彼女は確かに見た。
「いやいやあぁああああああああああああ!」
悲鳴と共に、叢雲の背負った艤装が内側から弾け飛ぶ。
飛び出した奇形の艤装。
化け物じみた変化を始める叢雲に、対面した艦隊は足を止めざるをえなかった。
「深海化?!」
誰かが叫ぶなり、駆逐棲姫と化した叢雲の絶叫が轟いた。
591: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:24:44.36 ID:a2V6/jCW0
「…なんだ?!」
同じく海上を航行していたグラーフは思わず声を上げた。
明らかな砲撃音。
深海の奇襲かと身構える。
そんな彼女にビスマルクが声をかけた。
「奇襲じゃないわね」
「ビスマルク、やけに冷静だな」
「…勘よ」
そう言った彼女の顔がひどく面白くないものだと、グラーフはその時気付かなかった。
592: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:25:39.27 ID:a2V6/jCW0
砲撃の音は由良たちにも届いた。
旗艦である大淀は驚く。
こんな近海で何故?!
大淀が動きだろうとした時だった。
護衛する、商船の陰から見知った人物が飛び出してきた。
隠れていたらしい。
その人物は、吸いかけのタバコを手にしていた。
「行かせません、おばさん許さないです」
タバコを海に投げ捨て、立ちはだかるようにして明石は言った。
ふざけた口調に反してすでに艤装は展開済みである。
大淀はこの状況に目を細めた。
593: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:26:06.43 ID:a2V6/jCW0
「どいてください。明石。なんのつもりですか?」
「やーです」
明石はそう言うと、2本めのタバコを咥えた。
そんな明石に、涼風が聞いた。
「やい、明石!提督はどこだよ!」
「あっちですよ」
明石はそう言うと、護衛艦の方向を指した。
それに皆が混乱する。提督は、どうしてそんなことを…
誰もが、そう思った時だった。
明石が口を開いた。
594: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:26:36.81 ID:a2V6/jCW0
「私の役目は、みなさんを時間まで止めておくことなんで…当然行かせません」
その発言に由良が言った。
「提督、何するつもりですか?」
「特攻でしょ」
あっけらかんと明石は言った。
その言葉に天城が大声をあげた。
「殺されるじゃないですか!」
「もとより、提督その腹ですよ。死ねる理由があるからですし」
595: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:27:12.86 ID:a2V6/jCW0
その言葉で、由良はハッとした。
今回の作戦を指揮した少将の乗艦を襲うこと。
そして、提督が死ねる理由。
なによりも、ここで明石が止める意味。
それらの事実から、由良は答えに辿りついてしまった。
「…提督。まさか、姉さんの仇を」
「ご名答」
明石はそう言うと、タバコの煙を吐いた。
「ふっつー、こう言うベタって父親の役なんですが…
まあいいでしょう。 二児のおばちゃんが代理でつとめてあげましょう」
その明石の発言に夕立がキレた。
596: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:28:50.84 ID:a2V6/jCW0
「どいってったら、明石!提督さん、死ぬのよ?!止めなきゃ!」
明石はそんな夕立を見て、並ぶ仲間を見る。
その目は笑っていなかった。
「くどいですけど、私はあなた達を止めるために来たんですよ。
提督さんに言われてね。
伝言預かってます。『すまん。みんな、ここで降りろ』」
「明石ッ!!」
大淀がきつく声を上げるが、明石は気にも留めなかった。
「提督さんはあなたたちのちゃんとした人生を望んでます。
だから普通の生活を私が保証しましょう。お金ならありますしね」
そう、明石は言った。その後で、彼女は仲間たちを見た。
予想通り、誰一人として明石の言葉は耳に届いていないようだ。
597: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:29:45.62 ID:a2V6/jCW0
「…だからって、提督さんを見殺しに出来ません」
天城のその発言を聞いて、明石は冷たい視線を皆に向ける。
「小娘。
女の人生の先輩として言うけど、男が何かやろうとしてる時に縋ちゃっえる女は少ないです。
いいですか、男を止められるのは………その男の恋人か肉親だけです。
片思いなら乙女らしく黙って送り出してから泣け。
でもって、あんな女の敵じゃなく、いい男掴みなさい。
これ、私だけの言葉じゃなく一般論ね?」
598: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:30:30.44 ID:a2V6/jCW0
明石の言葉に、由良も感情を露わにする。
「明石、今なんて!」
「言葉通り」
その返答で、皆が戦闘態勢に入ったのを明石は見た。
一転して楽しそうに装った明石は続ける。
「さて、夢見る鋼の乙女らよ。行きたきゃババアの私を倒してから~。
どう?どう?それっぽい?」
その言葉を受けて、涼風が砲を構えた。
599: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:30:59.91 ID:a2V6/jCW0
「ごめん、明石!」
模擬弾ではない。
だが涼風は撃った。
しかし、明石は難なく回避する。
その動きに涼風は目を疑う。
どんな練度だ…
その、明石が動く。
その速さは常識のソレだった。
だが回避された涼風は警戒したままだった。
「どいてよ、明石!」
魚雷を手に、夕立が飛び出す。
雷撃も早い。
だが…それを明石はとんでもない方法で回避した。
600: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:33:51.40 ID:a2V6/jCW0
「?!」
明石はその場で急回転、魚雷を回避。
そのまま夕立に肉薄する。
夕立は砲を向ける。
明石の攻撃よりも砲弾が早いはずだった。
たとえ明石が回避できても、背負った艤装に当たる。
しかしどちらの夕立の攻撃も成功しなかった。
突然明石の背中から艤装が消える。
自ら解除したらしい。
明石の体は、艤装の加護を失いそのまま沈む。
夕立の砲弾は消えた艤装に触れもせず、海面に水柱をあげただけだった。
「??!!」
601: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:35:39.78 ID:a2V6/jCW0
夕立はそれでも次弾を構える。
だが、明石は間を空けず再度艤装を展開。
半ば半身を海面に沈めながら明石は鉄拳を夕立に叩き込んだ。
夕立の体が跳ね上がる。
そのまま夕立は背中から海面に叩きつけられ、
起き上がろうとしたところに弾丸を打ち込まれた。
「私、戦闘向きじゃないですけど。…ま、こんなもんです」
明石は手を叩く。
夕立は動こうとするが、動けない。
「ヒトですからね、急所叩かれて動けるわけないでしょ。で、いいの?みなさん動かなくて」
明石は笑う。
「さあヤりましょ」
602: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/20(土) 22:38:54.17 ID:a2V6/jCW0
涼風は覚悟を決めた。
彼女が突撃すると同時、明石の腕が伸びる。
打撃かと身構えた彼女の胴体に突然伸びた艤装のクレーンが突き刺さる。
「!!??」
痛い。
それを思う前に体が持ち上がる。
明石が突き進む。
涼風は空中で体をひねるが、掌底が涼風を貫いた。
痛みを覚えると同時、機銃が叩き込まれた。
「ほら、大淀、由良、天城かかってきな」
由良は覚悟を決めた。
大淀もまた同じようだ。
天城だけが、まだ混乱している。
その三者を見つつ明石は腰を落とした。
608: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 00:57:13.77 ID:7vyp3Trx0
少将は報告に唖然とした。
突然の駆逐棲姫の出現などありない。
戦闘態勢に艦内が動く時だった。
ひときわ大きな爆音が上がる。
反応より早く、鉄製の自室の扉が吹き飛ぶ。
見えたのは、牛乳色の腿と黒いブーツ。
襲撃者のもので違いなかった。
「長門!」
秘書艦に命令を下す。
立ち上がった長門は、即時に艤装を展開する。
部屋に飛び込んできたのは…
609: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 00:57:47.22 ID:7vyp3Trx0
「空母水鬼!」
長門は即座に、水鬼の顔面に拳を叩き込む。
打撃で、彼女の上体が曲がる。
その時だった。
後ろで誰かが動いた。
「お…」
少将が言いかけた瞬間、銃声が響いた。
敵は躊躇なく部屋へと踏み込む。
肩に銃弾を受けた少将は肩を押さえ苦悶の声をあげる。
だが、彼は敵を見た。
片耳のない、ずぶ濡れの男。
その顔に少将は衝撃を受けた
610: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 00:59:18.48 ID:7vyp3Trx0
「貴様、なぜだ!何のために!仮にも提督だろう!」
提督は答えなかった。
提督は二発目を放とうとしたが、それを水鬼を蹴り飛ばした長門が阻止した。
放たれた鉄拳が拳銃を吹き飛ばす。
暴発しながら拳銃は宙を舞った。
「閣下、逃げろ!」
長門の叫びに、提督は長門を見る。
淀んだ目だった。
611: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:00:11.76 ID:7vyp3Trx0
「歯を食いしばれ、聞きたいことがある!」
そう構えた長門に対し、提督は手を動かす。
提督がポケットに手を入れたのを長門は見た。
そんな目の前の男の腹部めがけ、長門は拳を振るう。
次の提督の行動に長門は先んじた。
だがしかし、長門の攻撃は提督には当たらなかった。
612: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:00:45.43 ID:7vyp3Trx0
「!!」
一瞬。
視界の端から、高速で飛来した何か。
それが強烈に長門の上体に当たる。
痛みと衝撃を耐え、長門は提督から視線を外す。
見れば転倒した水鬼の後ろで、艤装を広げた装甲空母姫が笑っていた。
艦載機を特攻させたらしい。
613: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:01:30.23 ID:7vyp3Trx0
「ちぃッ!!」
まだいるのか!
長門が大勢を捻った瞬間だった。
彼女は提督が何か投げるのを見た。
「?!!」
耳を突き抜く爆轟が起きた。
たたらをふんだ長門が驚きで振り返ると、
体の一部が吹き飛んだ少将が絶命していた。
この距離にも関わらず目の前の男は手榴弾を使用したらしい。
実際、使った本人も爆風で転倒していた。
614: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:02:05.18 ID:7vyp3Trx0
「ちぃッ!!」
まだいるのか!
長門が体勢を捻った瞬間だった。
彼女は提督が何か投げるのを見た。
「?!!」
耳を突き抜く爆轟が起きた。
たたらをふんだ長門が驚きで振り返ると、
体の一部が吹き飛んだ少将が絶命していた。
この距離にも関わらず目の前の男は手榴弾を使用したらしい。
実際、使った本人も爆風で転倒していた。
615: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:03:22.47 ID:7vyp3Trx0
「正気か?!」
艦娘ならざる人の身で、そんなことをするなど正気じゃなかった。
吹き飛ばされてなおも…提督は生きている。
そのことから、減衰させたものを使用したのだろうが…
それでもまともな神経で出来ることではなかった。
事実男は破片と衝撃で、軽くない傷を負っていた。
血だらけになりながらも、提督は立とうとする。
「きさ」
長門が言い切るより先に、装甲空母姫から放たれた艦載機が彼女の判断を遅らせる。
その刹那、傷を負ったとは思えない早さで跳ね上がった提督は長門に肉薄する。
男の機材を握った手が長門の艤装に触れる。
616: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/08(木) 01:03:53.18 ID:7vyp3Trx0
「管理者権限より、武装解除」
提督がそういった瞬間だった。
長門の艤装が砕けた。
「な?!」
長門が驚愕した刹那。
復帰した水鬼の回し蹴りが長門の頭を捉えた。
622: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 02:45:49.03 ID:B8UcZYQ10
長門が昏倒する。
当然だった。艤装のアシストなしに蹴りを叩き込まれたのだ。
首がもげず良かった。
良かった?
提督は、そう考えた自分をおかしく思った。
「テートク!」
恋人を死に追いやった人間への八つ当たり。
それを終えた提督の耳に装甲の叫びが届く。
感傷に浸る暇はなかった。
兵が殺到しつつあることはよくわかった。
今自分は艦の最高責任者を落としたにすぎない。
皆殺しするには、火力が絶対的に足りない。
当然だった。艤装のアシストなしに蹴りを叩き込まれたのだ。
首がもげず良かった。
良かった?
提督は、そう考えた自分をおかしく思った。
「テートク!」
恋人を死に追いやった人間への八つ当たり。
それを終えた提督の耳に装甲の叫びが届く。
感傷に浸る暇はなかった。
兵が殺到しつつあることはよくわかった。
今自分は艦の最高責任者を落としたにすぎない。
皆殺しするには、火力が絶対的に足りない。
623: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 02:50:21.03 ID:B8UcZYQ10
提督の頭にあったのは、このまま脱出だった。
だが、そうしなくてもいい気もし出していた。
この復讐は虚しくなどなかった。
だが、この今の空虚感はなんだろう?
提督は振り返った空母水鬼を見ながら疑問を覚えた。
これは八つ当たりだと分かっていて、それでも行った自分への軽蔑か。
あるいは、明石の言葉が尾を引いているのか。
提督は、ハッと笑う。
女は戻りはしない。
死人は帰らなければ、過去を再試行することも出来ない。
そして己の行いも消せるものではない。
だが、そうしなくてもいい気もし出していた。
この復讐は虚しくなどなかった。
だが、この今の空虚感はなんだろう?
提督は振り返った空母水鬼を見ながら疑問を覚えた。
これは八つ当たりだと分かっていて、それでも行った自分への軽蔑か。
あるいは、明石の言葉が尾を引いているのか。
提督は、ハッと笑う。
女は戻りはしない。
死人は帰らなければ、過去を再試行することも出来ない。
そして己の行いも消せるものではない。
625: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 03:05:15.58 ID:B8UcZYQ10
「突破する。作戦通りだ」
混乱した思いとは裏腹に、提督の口は命令を出していた。
かつての敵の亡骸…今や哀れな人形である二人の深海は命令に頷く。
二人の背より異形の艤装が現れる。
それを見つつ、提督はある疑問を思った。
ここまでなっても彼女たちが自分に従うのは、我が身の悪徳からか。
それとも、艤装と言う呪詛故か。
彼女らをそうしたのは自分だったが、やはり知識として知りつつもやはり疑心が湧いてきた。
提督は、考えを止め痛む身体を押して進む。
だが、それでも考えは止まらなかった。
深海と艦娘は極に過ぎない…どちらに寄って何を思うかが両者を分ける。
医者時代の実験でわかっていた。
彼女たちがどちらであるかは、比に過ぎない。
だから艦娘が深海になり、深海から艦娘を作れる。
そして心なんて生理作用に左右される。
そう提督は知っていたからこそ、
自作の人形たちに自分が提督であると強制させた。
だが、本来の敵である深海は一体何を望んで敵対するのか。
提督は今更その疑問を思い始めていた。
…そもそも、始まりの艦娘は何故人の手を取ったのか。
艦娘が先なら、理解は出来る。
怨念として、カウンターとして深海の存在はわかる。
だが、ヒトへの恨みしかない深海から何故…?
混乱した思いとは裏腹に、提督の口は命令を出していた。
かつての敵の亡骸…今や哀れな人形である二人の深海は命令に頷く。
二人の背より異形の艤装が現れる。
それを見つつ、提督はある疑問を思った。
ここまでなっても彼女たちが自分に従うのは、我が身の悪徳からか。
それとも、艤装と言う呪詛故か。
彼女らをそうしたのは自分だったが、やはり知識として知りつつもやはり疑心が湧いてきた。
提督は、考えを止め痛む身体を押して進む。
だが、それでも考えは止まらなかった。
深海と艦娘は極に過ぎない…どちらに寄って何を思うかが両者を分ける。
医者時代の実験でわかっていた。
彼女たちがどちらであるかは、比に過ぎない。
だから艦娘が深海になり、深海から艦娘を作れる。
そして心なんて生理作用に左右される。
そう提督は知っていたからこそ、
自作の人形たちに自分が提督であると強制させた。
だが、本来の敵である深海は一体何を望んで敵対するのか。
提督は今更その疑問を思い始めていた。
…そもそも、始まりの艦娘は何故人の手を取ったのか。
艦娘が先なら、理解は出来る。
怨念として、カウンターとして深海の存在はわかる。
だが、ヒトへの恨みしかない深海から何故…?
626: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 03:27:50.50 ID:B8UcZYQ10
思考はそこで途切れた。
甲高い銃声、どこかから発砲された。
それは装甲棲鬼の艤装で跳弾する。
「…早いな」
提督は一人呟く。
向こうはもはやなりふり構わないのだろう。
混乱は指揮系統の回復で収まりつつある。
提督は、突破した艦内から甲板に向けて速度を上げる。
だが…
「くっそ…」
視界が歪んだ。
今更衝撃の余波が襲う。
動いたことで骨が折れたか。
ポケットから麻薬を取り出し強引に口に含む。
まだ、死ねない。
「艦爆で床をブチ抜け」
そう指令を出しつつ先を急ぐ。
進もうとした瞬間、待機していたのだろう新手の艦娘が飛び出す。
咄嗟に反応が遅れる。
飛び出したのはよりにもよって…
「死んで、敵」
瑞鶴だった。
甲高い銃声、どこかから発砲された。
それは装甲棲鬼の艤装で跳弾する。
「…早いな」
提督は一人呟く。
向こうはもはやなりふり構わないのだろう。
混乱は指揮系統の回復で収まりつつある。
提督は、突破した艦内から甲板に向けて速度を上げる。
だが…
「くっそ…」
視界が歪んだ。
今更衝撃の余波が襲う。
動いたことで骨が折れたか。
ポケットから麻薬を取り出し強引に口に含む。
まだ、死ねない。
「艦爆で床をブチ抜け」
そう指令を出しつつ先を急ぐ。
進もうとした瞬間、待機していたのだろう新手の艦娘が飛び出す。
咄嗟に反応が遅れる。
飛び出したのはよりにもよって…
「死んで、敵」
瑞鶴だった。
627: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 03:52:13.19 ID:B8UcZYQ10
空母水鬼が硬直する。
マズイと思った瞬間、瑞鶴の手にした矢が放たれる。
「クソたれ!」
こんな時に視界が歪む。
矢が艦爆に変化した瞬間。水鬼の艤装が弾け飛ぶ。
やっと水鬼が反応するが、後手だった。
提督は痛む身体を押して走る。
「援護しろ、装甲!」
背後で床をぶち抜いた装甲が艦載機を発艦させる。
だが、提督の無謀な特攻に瑞鶴は笑うだけだった。
「は…狂ったの?」
提督に策はない。
だが、一撃さえ入れば無力化はできる。
届くかとハック用の機材を握る手を提督は伸ばすが、それを許す瑞鶴ではなかった。
「無駄」
ただ瑞鶴は弓を引いていた右手で払っただけ。
だが、艦娘の渾身ではどうなるか?
機材は火花を散らし弾け飛ぶ。
「終わりよ!」
その手が拳を作る。
避けることは叶うか。
冷や汗が噴き出す。提督が回避の為に踏み切ろうとした時だ。
先んじて瑞鶴の拳が動く。
その時だった。
「瑞鶴…?」
水鬼だった。
提督は意図していなかった。また、それは瑞鶴も同じだった。
マズイと思った瞬間、瑞鶴の手にした矢が放たれる。
「クソたれ!」
こんな時に視界が歪む。
矢が艦爆に変化した瞬間。水鬼の艤装が弾け飛ぶ。
やっと水鬼が反応するが、後手だった。
提督は痛む身体を押して走る。
「援護しろ、装甲!」
背後で床をぶち抜いた装甲が艦載機を発艦させる。
だが、提督の無謀な特攻に瑞鶴は笑うだけだった。
「は…狂ったの?」
提督に策はない。
だが、一撃さえ入れば無力化はできる。
届くかとハック用の機材を握る手を提督は伸ばすが、それを許す瑞鶴ではなかった。
「無駄」
ただ瑞鶴は弓を引いていた右手で払っただけ。
だが、艦娘の渾身ではどうなるか?
機材は火花を散らし弾け飛ぶ。
「終わりよ!」
その手が拳を作る。
避けることは叶うか。
冷や汗が噴き出す。提督が回避の為に踏み切ろうとした時だ。
先んじて瑞鶴の拳が動く。
その時だった。
「瑞鶴…?」
水鬼だった。
提督は意図していなかった。また、それは瑞鶴も同じだった。
628: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 04:04:47.30 ID:B8UcZYQ10
「?!!」
本来瑞鶴の拳は提督の胸を強打していた。
だが、姉と同じ声に彼女の拳はわずかにずれた。
そしてそのズレは提督の回避と重なり、提督の左肩を砕くに止まった。
肩を粉砕された提督は痛みで視界が真っ赤に染まる。
だが、口は動いた。
「取り押さえろ!」
空母水鬼が動く。
動揺した瑞鶴は空母水鬼に弓を向ける。
しかし、その動揺が命取りだった。
放たれた装甲の艦載機が瑞鶴に炸裂する。
「くッ!」
その場から後退する瑞鶴を、水鬼が取り押さえた。
「はなしなさ?!」
一発だった。ガブリと、水鬼は瑞鶴の首に噛み付く。
喉を噛まれた瑞鶴は狂ったように暴れるが…
「ぁーあぁ…」
だらりと、瑞鶴から力が抜けていく。
…提督は残った右手で瑞鶴の端末を引き出す。
そのまま停止コードを打ち込み、彼女を沈黙させる。
「・・・・・」
水鬼が虚ろな目で提督を見る。
その視線を受けながら、提督は自分の人形を今更ながら恐ろしく思った。
瑞鶴が昏倒したのも深海による汚染だった。
だが…提督は今の失敗を痛く感じていた。
「アァ…テイと…く? 私、ちが・・・」
水鬼の艤装にヒビが入る。
深海を組み込んだとは言え、人形は基本急造品だ。
必要以上の艦娘との接触が何をもたらすか提督にはわかっていた。
白と黒の間の濃淡。
本来なら、どちらかに傾くそれ。
提督はそこを意図して固定させていた。
だからこそ人形は深海でありながら艦娘という矛盾を抱えても動けた。
しかし、今の接触でどうやら艦娘側に空母水鬼は傾いたらしい。
機材を破壊された以上、この場でコードは打てない。
「…クソ」
左腕は折れた。
頼みの駒の片方は戦闘続行すら怪しい。
提督は暗澹たる思いを抱えつつ、先を急いだ。
632: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:04:52.25 ID:y/w32fwe0
「……明石、もういいです」
大淀の目がさらに青くなる。
由良が、それに反応する。
「大淀!」
「…止めないで。私は明石を殺してでも提督に会います」
大淀は魚雷を構える。
彼女は考える。明石の練度が高かろうと、鈍足の工作艦であることは覆せないと。
それでも不意打ちと本人の修めた体術を使った裏技で駆逐二人を倒したのは驚きであるが。
だが____、純粋な戦闘艦艇の艦娘である自分らに工作艦でしかない明石が敵うはずがない。
それは何よりも明確な事であった。
「来な」
しかし明石は余裕を崩さない。
そう明石が手招きした瞬間だった。
大淀は一気に距離を詰め、勝負に出た。
633: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:05:45.56 ID:y/w32fwe0
外さず沈める!
その決意を大淀は持っていた。
事実、放たれた砲弾の一つは明石の艤装を捉えていた。
明石のまだ見せぬ手管に対し不安があるが、
この調子ならば沈められるはずである。
「終わり、よ!」
腑抜けた由良と天城に変わり自分が終わらせる。
そう大淀は思っていたが…
634: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:08:12.37 ID:y/w32fwe0
「バカねー」
明石がそう呟いた瞬間だった。
まばゆい閃光が大淀の目を潰した。
閃光弾?!
大淀が怯んだ刹那だった。
彼女の体に、明石の打撃が当たる。
一瞬で距離を詰めるのはいかなる理由か。
大淀は衝撃を強く受けた。
「ッ?!!!」
痛烈な顎への強打。
大淀がそれでも眩んだ目でなんとか明石を目視しようとする前だった。
彼女は自分の体が、空中に舞ったのを知った。
打撃に繋げた投げ、そう気付いた時には遅かった。
視界が巡る。
海面に叩きつけられると同時に明石が締めに入る。
大淀はとっさに離れようとするが、明石は大淀に何かを突き刺す。
一矢報いようと、もがいていく間に大淀の意識は途切れた。
635: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:15:57.64 ID:y/w32fwe0
さして苦戦した様子もなく、明石は由良を見る。
表情には出さないが、明石は自分の博打が半分成功したことに安堵していた。
提督の最後の作戦通り、血の気の多い奴から自分の罠にかかってくれた。
大淀も頭は切れるのだが、いかんせん感情に流されやすい。
駆逐の二人は言わずもがなだ。
だから三人は潰せたが…
明石はタバコを取り出しつつ、残る二人を見る。
この二人は____、曲者だ。
提督に対し傍観者きどりの空母、
そして理解者だと誤解した軽巡。
どちらも練度の面より、その性格から罠に嵌めづらい。
まして手の内のほぼ半数を晒し、はったりはもはや効かない今、
明石にできるのは可能な限り沈まない様にするだけだった。
彼女は今頃、想い人を奪った男を殺しているであろう提督の姿を思い出し、
一人つぶやいた。
「本当、なんであんなカスに手を伸ばしてるんだろ」
その明石の言葉は由良たちには聞こえなかった。
代わりに、決意を秘めた四つの瞳が彼女を見据えていた。
636: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:17:43.42 ID:y/w32fwe0
提督は傷を押しながら走っていた。
長門を倒したまでは良かった。
手榴弾の無茶で死ななかったとは言え、
何処かの臓器が破裂し骨折していても不思議ではない。
だが、今はどうだ?
瑞鶴に手間取り、兵に追われ、駒の一つは手負いだ。
思わず笑いそうになる顔を、提督は動く右手で抑える。
そんな血の気の失せた顔の彼を、彼の人形が見る。
「テートク…」
「行ける。問題ない」
心配そうに装甲が声をかける。
水鬼はそんな装甲に、濁った目を向ける。
「ハヤク」
と言っても、提督に余裕はなかった。
目標である少将を殺したが、問題はここから先だ。
脱出、可能ならば最小限の戦闘で逃げなければ。
その矢先、提督は警告を聞いた。
637: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:20:19.51 ID:y/w32fwe0
「終わりだ」
なんとか甲板に出たものの…どうやら、終わりだろう。
そう提督は周りを見渡して直感した。
艦内詰めていた兵と艦娘に行く手を塞がれてはどうしようもない。
提督が観念しかけたその時、装甲が突然彼を突き飛ばす。
瞬間装甲の体に砲弾が炸裂すした。
彼女は苦悶の表情を浮かべる。
「動くな」
誰かがそういったのは、提督にも聞こえた。
…大和で作った戦艦も無駄遣いしなければ良かったか。
提督は、他人事の様に過ぎた話そう思った。
だが無数の銃口と砲を向けられている今なら意味がないだろうとも思い直した。
「あー…」
終わりかと、提督は思う。
だが同時に彼は我が身を恨んだ。
638: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:28:46.05 ID:y/w32fwe0
由良は押していると確信した。
ついに腰を上げた彼女と天城は、明石と交戦していた。
明石は強い、だがあくまで工作艦としてである。
戦闘艦艇である二人がかりで押せないことはない。
徐々に徐々に、明石は追い込まれていた。
だが、それでも明石は驚異の戦闘続行を見せていた。
「…攻めきれません」
「ええ」
天城の苦言に由良は返事を返す。
苦戦するにしても長引き過ぎている。
それも明石が単に防戦に入ったからであると由良は気づいていたが、
それでも引っかかる箇所があった。
どうして、彼女は轟沈覚悟で戦闘を続行するのか。
「由良!」
天城の声に反応した瞬間、艤装に明石の攻撃が当たる。
「よそ見してていいの?」
今の一撃で由良は考えを改めた。
疑問は置いておけ、でなければ自分がやられる。
だからこそ由良は覚悟を決め、砲を撃つ。
この攻撃は、明石に当たると由良は確信をもっていなかった。
だが____、
「あれ?」
背後でまばゆい光が上がった瞬間だった。
明石は由良の砲撃が当たると知りながら、攻撃の手__それどころか回避を止めた。
その瞬間、由良と天城の攻撃が明石に当たった。
自ら待っていたかのような直撃。
そのまま明石は仰向けに倒れる。
呆気にとられた由良は天城を見る。
天城もまた由良を見た。
そんな二人に、倒れた明石が言った。
「こんぐらっちゅれいしょん、お二人さん。行きな…今なら資格あるんじゃないかしら?」
明石はそう、訳のわからない一言を言った。
その発言のあまりの突然さに、由良は状況が分からなかった。
何も言えずに由良がまごつく間に、荒い息のまま天城が質問する。
「明石さん、本当は___このつもりだったんでしょう?」
「なんのことやら。……それ以上、言わないでね天城」
明石は、そう言ってから笑う。
「焼きが回ったわ。さっさと行きなさいよ。あの人、止めるなら早く」
639: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/15(土) 23:34:59.14 ID:y/w32fwe0
提督は迫る兵を見ていた。
駒__いくら装甲と空母が硬かろうと限度はある。
ならば、次は防げないだろう。
彼の頭は冷静に計算していた。
彼らを取り押さえるため艦娘が突っ込んでくる。
何もしなければ詰みだ。
投了なら、出来た。
だが提督はそれを良しとせず、隠し持った信号拳銃を取り出した。
!?
提督の行動は兵たちの理解を超えていた。
その間にも、提督は発砲。銃から照明弾が上がり弾ける。
まばゆい光を受け、命令通り提督の駒が動き出した。
「潜水棲姫!?」
驚愕の声が上がる。
海面から合図通り、潜水棲姫が飛び上がる。
提督はためらいなく、残った右手で装甲と空母の襟を引っ掛け走る。
息ができない、視界が点滅する。
だが、提督は甲板から飛んだ。
そのまま海面に向け、潜水棲姫の艤装目掛けて落ちてゆく。
自由落下から、伸ばさせた潜水の艤装に提督らは着地。
もとい、激突した。
その衝撃と、重たい艦娘を引っ張ったせいかひどく右腕が痛む。
左腕はもう、感覚すらなかった。
だが、それでも提督は海水に塗れながらも命じた。
「離脱する。全力だ」
駒__いくら装甲と空母が硬かろうと限度はある。
ならば、次は防げないだろう。
彼の頭は冷静に計算していた。
彼らを取り押さえるため艦娘が突っ込んでくる。
何もしなければ詰みだ。
投了なら、出来た。
だが提督はそれを良しとせず、隠し持った信号拳銃を取り出した。
!?
提督の行動は兵たちの理解を超えていた。
その間にも、提督は発砲。銃から照明弾が上がり弾ける。
まばゆい光を受け、命令通り提督の駒が動き出した。
「潜水棲姫!?」
驚愕の声が上がる。
海面から合図通り、潜水棲姫が飛び上がる。
提督はためらいなく、残った右手で装甲と空母の襟を引っ掛け走る。
息ができない、視界が点滅する。
だが、提督は甲板から飛んだ。
そのまま海面に向け、潜水棲姫の艤装目掛けて落ちてゆく。
自由落下から、伸ばさせた潜水の艤装に提督らは着地。
もとい、激突した。
その衝撃と、重たい艦娘を引っ張ったせいかひどく右腕が痛む。
左腕はもう、感覚すらなかった。
だが、それでも提督は海水に塗れながらも命じた。
「離脱する。全力だ」
646: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:22:22.59 ID:6ysbBpyz0
由良は押していると確信した。
ついに腰を上げた彼女と天城は明石と交戦していた。
明石は強いが、押せないことはない。
だが、彼女らの背後でまばゆい光が上がった瞬間だった。
明石は攻撃の手を止めた。
その瞬間、由良と天城の攻撃が明石に当たった。
自ら待っていたかのような直撃にそのまま明石は仰向けに倒れる。
呆気にとられた由良が近づくと、明石は言った。
「…行きな。今なら資格あるんじゃないかしら?」
あまりの突然さに、由良が状況が分からず何も言えずにまごつくと、天城が言う。
「明石さん、本当はこのつもりだったんでしょ」
「それ以上、言わない」
明石は、そう言ってから二人を見る。
「あの人、止めるなら早く」
647: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:23:02.57 ID:6ysbBpyz0
「……」
ローマたちが駆けつけると、
今まさに駆逐棲姫が沈もうとしているところだった。
涙を流しながら、ソレは深海へと沈んでいった。
こんなことをするのは、一人しか思いつかない。
ボロボロの艦隊にビスマルクは視線を向けた。
足止めとしても完璧だろう。
ビスマルクは同伴艦を見る。
「誰の仕業かしらね」
口にしてみると一層白々しかった。
648: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:23:38.01 ID:6ysbBpyz0
「…ビスマルク、あまり余裕ぶってると」
ローマの忠告。
その時だった。
海面から、新たな敵が出てくる。
「潜水棲姫?!」
仲間が反応する中、ビスマルクは振り返る。
落ちてくる男と女。
その姿にビスマルクは、はっと笑った。
やはり、あの男は面白い。
ありえない高さからの落下。
それでも男が動けたのは艤装を潜水が伸ばしていたからだろう。
迷わず進む敵。
それを見てビスマルクは言った。
649: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:24:23.76 ID:6ysbBpyz0
「行くわよ、イタ 」
「ちょっと、アンタ」
「…ローマの言う通りだ」
グラーフの指摘にビスマルクは振り返る。
「考えがあるの。主犯を捉えるチャンスのね」
その言葉に、グラーフが返答する。
「…あの男をか」
「ええ。っと」
650: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:25:02.50 ID:6ysbBpyz0
間を空けず、深海の艦載機がばら撒かれる。
反応したローマとビスマルク、そしてグラーフは迎撃に成功する。
だが、同伴艦たちは足止めされる。
「好都合、行くわよ」
最大戦速で彼女らは進み出す。
そんな彼女たちは、こちら側の艦載機を見た。
651: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:25:35.82 ID:6ysbBpyz0
「…見えました」
天城は、そういうと傍の由良にいう。
由良はうなづくと、天城に言った。
「提督は?」
「…なぜか深海と一緒です」
「助けなきゃ」
由良はそう言うと、ふと気づいた。
向こうからもう何か近づいてくるーー
652: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:26:15.41 ID:6ysbBpyz0
「…? グラーフさんの艦載機?」
天城はそれを着艦させる。
由良は回線を開き、呼びかける。
「グラーフさん?」
その由良の声に呼びかけたのは、別の人間だった。
「あの人の艦隊ね」
「誰ですか」
由良が言うと、声の主ービスマルクは答える。
653: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:27:07.92 ID:6ysbBpyz0
「ビスマルク。あのひとに助けられた戦艦」
「え?」
戸惑う由良を無視し相手は手短に言う。
「いい。あの男を止めるわ。協力して」
「止めるって、提督は深海に…」
「いいから。あの男が、深海なんぞ連れてる理由なんてわかるでしょ?」
「艦娘化ですか?」
「さあ、ね。ただ言えるのは、あの人は改竄できるってこと」
ビスマルクはそう言うと、続けた。
「やりましょうか。逃げられる前に」
654: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:28:03.80 ID:6ysbBpyz0
提督は激しい動悸に襲われる。
衝撃で神経をやったらしい。
おまけに艤装に引っかかって海水に塗れていれば無理もない。
行きと違い、傷を負っていれば尚更だった。
それでも追っ手を蒔くために、彼は艦載機の指示だけ出した。
そのひと段落がついたところで、提督は一人つぶやく。
「…あとはどこまで、か」
655: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:28:58.60 ID:6ysbBpyz0
自分としての負けは、このまま捕まること。
次点で殺されること。
だが目的を半分達した今、
死んでもいいと提督はまた思い始めた。
心配は、もうない。
提督はつらつらと考える。
お手製深海艦娘技術は、
流出しても使われることはもうないだろう。
わざわざ敵の姿のまま運用するとは思えない。
また、もう一つの懸念。
自分の艦隊もほぼほぼ解決した様なものだ。
自分のものだから大切にしてきたが、
彼女たちには自分で歩くための手段を与えたのだ。
あとは本人らの選択である。
俺の知ったことではない。
656: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:29:34.84 ID:6ysbBpyz0
「テートク、ミナトヘイドウゴハ?」
401と58…それから雑多な深海で作った潜水が声をかける。
提督は他人事の様に答えた。
「例の企業人をおびき出す…まあ、うまくは行かんんだろうが」
「ナゼデス」
「長くないからな」
657: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:30:05.34 ID:6ysbBpyz0
それは自分も人形も同じだ。
企業に繋がってることにしてぶっ殺した中将。
人形はそもそも、奴を殺すまで持てばいいのである。
だが図らずも自分も損傷を負ったことで、
ここいらで沈むのも悪くないと提督は思い始めていた。
「テッキ、キマス」
そう装甲が言う。
錯乱しかけの空母水鬼も片目だけ生気を取り戻し振り返る。
誰だーーー?
提督が思うより早く艦載機が追いついた。
658: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:30:53.13 ID:6ysbBpyz0
「居たわね」
ビスマルクが声を上げる。
グラーフはそんな彼女を見る。
生き生きとしているビスマルクの姿に、
何か嫌なものを彼女は感じた。
「戦闘開始か」
グラーフが言うと、追いついたローマも言う。
「…敵さん、ありえない編成ね」
「やるしかないだろう」
グラーフはそう言うが、ビスマルクの口調は軽い。
「まあ見てて」
そんな彼女たちに由良と天城が追いつく。
ビスマルクは楽しそうに砲を上げる。
「どうすればいいかくらい分かるもの」
659: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:31:22.96 ID:6ysbBpyz0
提督は違和感に気付く。
攻撃の手がぬるい。
俺を狙ったにしてはあまりに杜撰。
だが駒は執拗に狙っている。その違和感を提督は強く感じた。
解せず、装甲に提督は理由を問うた。
「どうした?」
その瞬間、彼女の胴に戦艦の砲弾が炸裂する。
超距離の砲撃に提督は、目を疑う。
こんな長距離を狙える奴がどうして。
そう思った瞬間、彼は直感した。
「全力で撤退しろ!」
「ソレガ…」
装甲が苦しそうに言う。
直撃か。察した提督はいまいましげに言う。
「まったく、なんて日だ」
660: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:31:53.44 ID:6ysbBpyz0
「上手ね」
ビスマルクはそう言う。
砲を貸し出したことを思い出したローマは嫌味を込めていった。
「あなたが撃て良かったじゃない」
「私だと届かないからよ」
提督たちの速度は鈍る。
ビスマルクの予想通り、提督は駒を捨て置く判断をしなかった。
グラーフが言う。
「…迎撃しないのか?」
「できないの。身を守るのは潜水一人だと不安なんでしょうね」
ビスマルクが答えると、合流した由良が言った。
「なんで、分かるんですか?」
「ああ言う男、そうだし」
ビスマルクはそう言うと、砲を構えた。
661: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:32:55.21 ID:6ysbBpyz0
距離が近くなり、提督は我が身を呪った。
ビスマルク、グラーフ、ローマ、そして由良と天城。
最悪である。
この今、彼女たちが別人とは思えない。
駒が磐石でも戦闘を避けたい相手が追っ手とは。
「明石、やりやがったか」
嫌な直感は確実となった。
甘いあの明石が見逃すに決まっていたが、ビスマルクたちは想定外だ。
提督は、必死に頭を回す。
駒二つで時間を稼ぐ…いや潜水の火力では今後きつい。
空母水鬼を捨て置く…ダメだ、打撃力がない。
なら装甲でなら?…無理だ、空母水鬼の暴走時に抑えられない。
となれば、ここで自爆もありかもしれない。
提督がそう考えた時だ。
追いついたビスマルクが予想もしない発言と行動を行った。
662: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:33:32.70 ID:6ysbBpyz0
「いい晩ね、アトミラール」
そうビスマルクは言う。
提督は声を張り上げ答えた。
「だな、いい夜だ。迎えに来たのは戦乙女らしい」
その言葉にビスマルクは笑い、そのまま砲を由良に向けた。
「ああ、そんなとこ大嫌い。
かっこつけだから。
これなら素が出るでしょう?」
663: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:34:08.45 ID:6ysbBpyz0
彼女の動きに一切の遅れはなかった。
誰も反応できないまま、砲弾は由良に炸裂する。
提督が目を見開く時には、由良は昏倒していた。
正しい意味での節句、
最初に口を開いたのはグラーフだった。
664: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 02:35:23.17 ID:6ysbBpyz0
「何をしている?!ビスマルク」
「Ruhe」
有無を言わさぬ独語。
動こうとした味方に砲を突きつけ、
その目に深海の青を湛えたビスマルクは提督に言う。
「ねえ、アトミラール。達成した瞬間、虚しいって感じるでしょう?
どんな情事もいずれは終わり、我々は朽ちる」
「お前…」
「別にあなたじゃなくても良かった。でも、あなたならいいと思う。
アトミラール、死にたい?生きたい?」
671: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 22:58:30.31 ID:56uGzeRd0
提督は動揺を必死に抑える。
由良の生死が分からないのに、彼の頭は動いた。
これで3対3。
ビスマルクはどうやら深海に当てられた__そう提督は判断した。
自分の人でなしの是非は放置し、提督は狂ったビスマルクに言う。
「それすら興味ない」
提督はそこだけは本心を言った。
そう言うと、ビスマルクは笑う。
だが、彼女は潜水。否、提督に向け距離を詰める。
迎撃に装甲が動く。
しかしビスマルクは雷撃で装甲を止め、砲撃を浴びせる。
空母水鬼も動こうとするが、その手が痙攣した。
こんな時にーッ!
悪態を吐く暇もなく、
ビスマルクは水鬼を蹴り飛ばし提督に肉薄する。
ガツンとその冷たい指が自分の首を掴んだ。
同時に提督は持ち上げられる。
672: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:00:25.60 ID:56uGzeRd0
「Ach, du arme Maus」
「ぐ…ッ」
潜水が動こうとするが、
提督自身への保護の刷り込みため動けない。
提督を持ち上げるビスマルクに、天城が叫んだ。
「その人を、離して!」
「イヤ。私のよ」
ビスマルクは、恋人に向けるような微笑みを提督に向ける。
「恋じゃないのよ、アトミラール。
貴方って本当、私みたいなロクでもない女を寄せる。
だって、貴方がいれば心が埋まっているって誤解できるもの。
だから貴方となら……死んでもいい」
673: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:00:25.60 ID:56uGzeRd0
「Ach, du arme Maus」
「ぐ…ッ」
潜水が動こうとするが、
提督自身への保護の刷り込みため動けない。
提督を持ち上げるビスマルクに、天城が叫んだ。
「その人を、離して!」
「イヤ。私のよ」
ビスマルクは、恋人に向けるような微笑みを提督に向ける。
「恋じゃないのよ、アトミラール。
貴方って本当、私みたいなロクでもない女を寄せる。
だって、貴方がいれば心が埋まっているって誤解できるもの。
だから貴方となら……死んでもいい」
674: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:01:13.20 ID:56uGzeRd0
息が苦しい。
意識が飛びそうだ。
提督は、それでも言う。
「…ってことはなんだ」
「何?」
「お前、俺が欲しいのか」
そう提督が言うと、ビスマルクは答える。
「ええ。もちろん。
ただね__我慢ならないことも多いの」
ビスマルクは首だけ後ろに向ける。
「グラーフ、ローマ。貴女たちにも貸してあげるから協力してよ」
ピクリとローマが反応し、グラーフが眉をひそめ言った。
675: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:03:21.08 ID:56uGzeRd0
「ビスマルク、お前は何を言ってる?正気じゃない!」
「…正気?笑わせるわね、グラーフ。
ねえ、この体も全部作り物でしょう?
記憶さえも保証されてない私たちが、今更どうして正気だったと言えるの?」
「ビスマルク、貴女」
ローマの言葉にビスマルクは返事を返さなかった。
二人への興味を失ったらしい。
彼女は呟く。
「アトミラール、例えばだけれど。
私なしで生活できない体にすればいいのかしら?
そしたら、貴方私がいなければ生きていけないものね」
その目から燐光が上がり始めて、提督はヤバさを実感する。
想定外だ、その上手がない。
いや、人形を使った手はあるがそれでも打破できるとは思えない。
676: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:05:34.18 ID:56uGzeRd0
ビスマルクは顔色が悪くなる提督に話し続ける。
「そしたら__」
「黙って」
饒舌なビスマルクの言葉を、天城が遮った。
「提督を貴方なんかに渡さない」
怒気を放ち、天城は艦載機を呼び出す。
ビスマルクは提督から手を離した。
そのまま提督は海に落ちる。
ビスマルクは振り返り、天城に言放つ。
「黙ってよ。勇気のない女のくせに」
グラーフはそれをどう見たか。
同じく艦載機を呼び出す。
ローマもまた、躊躇いながらも砲をビスマルクに向ける。
「結果それ?」
ビスマルクはそう言うと、砲の一つを提督に向けた。
677: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:06:52.09 ID:56uGzeRd0
「じゃ、私が今彼と死ぬわ」
天城は目を見開いた。
ローマもまた同様である。
人形たちも動けない。
その中でただ一人、グラーフだけが口を開いた。
「…よせ、お前の行動は無意味だ」
「意外、あんたが切り出すなんて」
グラーフは、ビスマルクに言う。
「感情だけだろう、倫理から外れてる。
それに、何時までもこのままではない。
後続が追ってくるぞ、ビスマルク。お前の行動はどのみち終わる」
ビスマルクは鼻で笑った。
678: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:10:53.00 ID:56uGzeRd0
「諭すつもり、グラーフ?
感情に従って何が悪いのかしら?
きっと深海もそうじゃない…?
私たちを忘れ生きるヒトが憎いってね」
「幸福だってあったろう」
「それは過去にしかないじゃない。私は満足のうちに終えたいの。
過去は曖昧で、未来は不確か。
この今の気持ちに生きて何がいけないんでしょうね?」
「刹那主義すぎる」
「合理で世界は進んでなんてないわ」
提督はビスマルクを見上げる。
彼女の言葉が、自身の疑問の答えに思えたのだ。
感情、か。
提督は博打に出ることを思いつく。
今までのように、逃げや保険をかけてはいないのにだ。
提督は口を開く。
「…同感だな」
「アトミラール?」
ビスマルクが自分を見る。
提督は、禁止したコードを言った。
「【指定解除】」
その言葉を発した瞬間、人形の体が震える。
最初に空母水鬼が、声を上げた。
「え?…私、なんで…」
彼女はそのまま、自分の手を見て悲鳴をあげる。
装甲も同様だった。
「嘘、私、どうして?!」
ビスマルク…そして提督の乗っていた潜水も大きく揺れた。
「…違う!私、こんな!ちが…!」
ローマが叫んだ。
「提督、何を!?」
答える暇もなく、潜水が起こした波に提督は攫われる。
提督はサイコロを振った。
今の命令で人形たちの記憶や思考を抑えていた、その部分を解放したのだ。
艤装由来の、深海側の意識の介入を止めた結果がどうなるか?
…簡単な話だ。暴走するしかない。
艦娘でもなく深海でもなく、人形達の深海由来の艤装が異常膨張する。
錯乱した三隻の化け物が、解き放たれた。
679: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:11:54.94 ID:56uGzeRd0
「……」
意識を取り戻した、夕立は辺りを見渡す。
海面から体を起こす。
近くで同じようにずぶ濡れの涼風がいた。
「…すず、風」
「やられたね、夕立」
「明石は?どこなの」
そう夕立が聞くと、涼風は首を振る。
680: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:13:53.44 ID:56uGzeRd0
「…見つけたのは艤装の残骸」
「由良は?大淀は?天城は?」
「…わかんない。分かるのは向こうで戦闘があるってことだ」
そう涼風は言うと、夕立に言う。
「行こう。他のみんなも行ったはずだ」
「命令しないで欲しいっぽい」
「悪かったよ。…行こう」
夕立は体を見聞する。
痛むが、戦えないほどでない。
そんな二人の耳に砲撃の音が飛び込んだ。
681: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:17:21.49 ID:56uGzeRd0
「冗談じゃない…!」
グラーフは艦載機を操りつつ、思考する。
ビスマルクの乱心さえ予想外。
その上、暴走した姫を三体。
どう考えても絶望だった。
「ええ、本当よ!」
ローマが大声をあげる。
もはや指揮や采配すらない。
ただ持てる全ての艦載機と火力をぶち撒ける。
そんな敵相手に攻撃と移動を繰り返しながら、天城が悲鳴を上げた。
「…提督が!」
同じく攻撃を続ける天城だったが、彼女は提督を見失ったことに焦っていた。
「そんな余裕は…!」
グラーフはそういつつも、ビスマルクが離れていくことに気づいていた。
おそらく、提督を捕まえているのだろう。
悪態をつきながら、グラーフは沈まぬよう立ちまわるしかなかった。
彼女は、そんなビスマルクを追う影を見逃した。
682: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:19:03.89 ID:56uGzeRd0
「何処へ行こうかしら?アトミラール」
そうビスマルクが声をかける。
担がれるままの提督は波を被りながら答える。
「…さあ、な。陸地に上がりたいだけだ」
そう言うと、クスクスとビスマルクは笑う。
「何がおかしい」
「別に、何も」
提督はビスマルクを見る。
未だに目は青い。
自分の艦隊と同じく、こいつも深海側に近いらしい。
自分に執着されたのは困ったものだが、利用できないことはない。
現に殺されず脱出出来たのはデカい。
あの時3対3と考えたのも、
おそらくビスマルクが自分を殺さないと判断してだった。
駒として考えられるかは微妙だが、手としては考えてもいいだろう。
683: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/06(日) 23:20:35.78 ID:56uGzeRd0
「…で、どうする不良戦艦。お前のこの後は?」
「さあ」
「さあって」
「…考えてないし、それに犬が追ってきてるわね」
パッとビスマルクが手を離す。
提督は海面に転がり落ちる。
息がつまる。
三たび海水にさらされた提督が息を吐いた瞬間だった。
砲撃音の後、ビスマルクの艤装が損傷した。
提督の視界に大淀の姿が映った。
「行かせない…その人は、渡さない!」
「貴女か」
ビスマルクは短くそう言うと、言う。
「勝つつもり?私に?」
ビスマルクの余裕っぷりに、大淀は冷たく笑う。
「ただの軽巡なら、ね」
ビシリと、大淀の艤装にヒビが入る。
深海化にビスマルクは目を細める。
「誤射関係なしで倒せるの?」
「笑わせないでよ」
大淀が動く放たれる雷撃と砲撃。
ビスマルクはそれに応戦する。
692: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:10:09.58 ID:6pQdMD970
後任士官は頭を抱えていた。
順調な出航は、再三の嫌な出来事により潰えた。
胃痛を覚えながら彼は詰所で思い悩んでいた。
…どう転んでも降格や面責は免れないだろう。
思えば大淀の復帰からか?
否、そうではない。
思えば全てインドに来たのが、
ロクでもないこの現状の端だった。
指揮下のはずの部下にことごとく指揮を無視され、
挙句報告を信じるならば、
自分の前任者の亡霊が深海を伴い、
中将殺しをやってのけたらしい。
さらに悪いことに追撃命令も出さぬままに、
自らの艦隊は消息を絶った。
聞けば明石とやりあったとか。
693: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:10:57.54 ID:6pQdMD970
酒が欲しい。
男はそう思いながらふらつく足取りで、詰所を出た。
その時だった。
男の携帯が鳴り、何気なく彼は出た。
694: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:11:28.28 ID:6pQdMD970
「…天城?!」
夕立が反応し、涼風は前を向く。
どういうことだと、思う前に怒号のような声が聞こえた。
「援護をお願い!」
ローマだった。
涼風は目の前の敵を見る。
会敵したのは…深海らしい。
断言できないのは姫級だと思しき個体でありながら、
その艤装が著しく肥大化していたからだった。
おまけに所々…まるで自分たちのような正しい艤装も見える。
695: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:12:19.88 ID:6pQdMD970
「どうなってんだよ!」
涼風が言うと、天城が答える。
「提督が!」
その一言で夕立が跳ねる。
「なら、沈めるだけよ!」
両手に魚雷。
明石にはめられた時とは違う。
一気に距離を夕立は詰めてゆく。
涼風はその背中を見ながら、同じく武器を構えた。
「…ああ、そうだよな!くそ、提督をとっちめてやる」
696: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:13:00.25 ID:6pQdMD970
「驚きね」
耳を穿つような轟音が途切れない。
互いに応射しながら、ビスマルクはつぶやく。
軽巡、大淀と言ったか。
どうも手が入っている。
いや、この場合は深海側の恩恵か。
ビスマルクは何度攻撃を加えても、ひるまない彼女に感嘆する。
「よそ見して!」
大淀の言葉を聞き終わる前だった。
大淀の雷撃がビスマルク自身を捉える。
痛みと、水しぶき。
それでもビスマルクは、
今強く生きていると実感していた。
697: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:13:37.34 ID:6pQdMD970
「普通の戦艦相手なら上出来じゃない?」
そう言いつつ、ビスマルクも雷撃で応じる。
すでに二度ほど大淀は被弾している。
精神力だけで壊れかけの艤装を動かし、
さらには戦艦である自分に肉薄する。
その姿勢とその心を思うと、彼女は楽しさを覚えた。
奪ったかいがある。
やはりこの男は面白い。
「ホントね、芋戦艦!」
「生娘に言われたくないわ」
暴言に暴言で返しつつ、ビスマルクはちらりと後ろを見やる。
提督はまだ沈んでいない。
せっかく奪った《欲しいもの》を台無しにされてはたまらない。
ビスマルクの目に燐光が宿る。
698: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:14:20.93 ID:6pQdMD970
「でも、終わり」
主砲を構える。
もう、敵への興味は尽きた。
この距離で外すようなバカなことはしない。
ここであの大淀には死んでもらおう。
…嗚呼、男の嘆く顔も見て見たい。
そう思いながらビスマルクは砲撃を始めた。
「ここだと、思ってました」
主砲が自らを狙った瞬間、大淀は腹を括った。
善戦したのだろうが、結果はどうだ?
自分は中破寸前。
敵は未だに戦闘になんの支障もない。
艦としての出自を恨めしく思いつつも、大淀は速力をあげる。
できるか、わからない。
だから彼女は、この機会に全てを賭けた。
699: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:15:26.84 ID:6pQdMD970
「?!」
ビスマルクは直撃を確信していた。
だが、砲弾は大淀の艤装を吹き飛ばさなかった。
それは大淀が全速力を出していたからもあるが、
彼女が艤装を自らの意思で消したからだった。
どんな手だ…
動揺より早く、ビスマルクは次弾を放った。
その砲弾も背後に抜けた。
冷や汗が吹き出すのを大淀は長く感じた。
明石の手を真似たが、上手くいった。
だが同じように艤装を消した瞬間、
手にもつ魚雷の重さと来たらどうだ。
思わず手放しそうになる魚雷を大淀は強く掴んだ。
思えば艦だった頃は装備したことがなく、
また艤装を消して持つのは初めてだった。
足から、海へと落ちていく。
大淀は一瞬で胸まで海に沈みつつも、艤装を展開しつつ全力で雷撃を放った。
交叉した攻撃。
それは外れることなく、双方に命中した。
700: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:18:02.24 ID:6pQdMD970
「……はッ、ハッ…」
荒い息を止める。
損傷はデカイが、まだ沈みはしない。
ローマは周囲を見渡す。
姫どもの暴走は長く続かなかった。
最後の花火のように、
持てる火力を出し切って彼女たちは停止した。
うごめく艤装も…やがて止まる。
全ては沈黙し、波の音と爆ぜる火花の音しか聞こえない。
「…誰が、残ってる?」
声を出すが返事がない。
グラーフは海面に突っ伏し、天城もへたり込んで動けない。
切り込みをかけた夕立、そしてその援護に回った涼風。
二人の駆逐の艤装は原型をとどめていなかった。
燃え尽きたかのように両者背を合わせ尻餅をついていた。
「…わたしだけ、か」
救援を要請しようとして、背負った艤装が火花を散らす。
かろうじて生きていた電装が死んだらしい。
機関がまだ動いているのが信じられなかった。
「…なんて、ざま」
呟いた瞬間、意識がほつれた。
ローマは悪態をつきつつ、海面に膝をついた。
701: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:19:50.93 ID:6pQdMD970
「…なんだよ、それ」
水柱が上がったあと、そこには誰も立っていなかった。
大淀は艤装の再展開が間に合ったものの直撃で昏倒。
ビスマルクも同様だった、雷撃により重傷を負った。
彼女が立っていたのもつかぬま、背から倒れた。
まだ沈んではいないが、
双方轟沈しつつあるのは分かりきっていた。
「…」
全く、持っていない。
本当に、持っていない。
笑える状況だが顔はピクリとも動かない。
こんな時でも女神は起動しない…どうやら外されていたらしい。
遠くで聞こえた砲撃もやんだ。
追っ手が来ないことからも、人形は敵と共倒れたようだ。
提督は波に揺られながら空を見上げる。
「…これ、か」
自分もここで終わりだろう。
悪あがきもここまでらしい。
傷を負った。
駒はいない。
体力も減った。
然るべきのちに増援は来る。
…なら、あと自分は何が出来るだろうか?
祈ってみるかと思って、提督はバカバカしさから顔を歪めた。
702: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:20:53.97 ID:6pQdMD970
「悪党らしいじゃないか」
提督はラバウル殺しをした時を思い出した。
あの時死ぬつもりでいたのに、女どもに救われた。
救って欲しくなかったのにだ。
ああ、今度こそ《あの女》に会えるのかもしれないと提督はぼんやり思った。
「…まあ、でも会えるわけないよな…なあ」
長良、といいかけ提督は自らの失敗に気づいた。
その名前で呼べば何時だって怒られたのだ。
あいつにも名前があった。愛しい名前が。
そうだ、女の名は…
思い出そうとして、
提督は徐々に体の感覚がなくなりつつあると自覚した。
またすぐに女の名前が出ない自分に呆れた。
…傑作だ。
末期になって惚れた女の名前さえ思い出せないとは。
提督は笑う。
その顔に影が差した。
703: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:21:43.87 ID:6pQdMD970
提督が再び見上げると、知った顔がそこにはあった。
気付かなかった…
いや、気づけなかったのだろう。
自分の意識もひどく薄い。
提督はそう納得して、明石に声をかけた。
「お前か、明石」
声をかけると、明石は眉を寄せる。
ボロボロの彼女だが、まだ動けるらしい。
「そう。全く予想外。
…でもある意味お望みじゃない?」
704: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:22:50.59 ID:6pQdMD970
明石はそう言った。
提督は、黙るしかなかった。
何か大事なものを抱えるのが面倒になった時、
それを抱えた奴が取れる方法は三つある。
一つは、抱えたものを手放す。
二つは、抱えたもので潰される。
最後は、抱えた物を壊す。
提督は、潰されることも手放すことも出来なかったのだと強く感じた。
自分がやったのは全てめちゃくちゃにしただけ。
わずかな後悔を思いながら提督は口を開いた。
「ああ、綺麗なバッドエンドだ。みんな死んだ」
「だね、君の筋書きとは大きく違うけど。
素敵な終わりね。登場人物は皆、退場。あとは幕が降りるだけ」
明石が動いているのは自らの自動修理の賜物だろう。
提督はそんなことを思いながら、明石の次の言葉を待った。
705: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:23:40.31 ID:6pQdMD970
「結局、軽巡棲姫は来てないか。満足して死んだんだ、長良は」
明石は遠くを見て、そう言った。
提督は黙った。
そうかもしれないし、俺を憎んでいるから来ないかもしれなかった。
明石は、ずいぶんと間を空けてから提督に尋ねた。
「殺して欲しい?センセ?」
「できるならな。お前の目論見は外れたからな」
そう言うと、明石は笑う。
「目論見、何が?」
「わざと逃しただろ、大淀や由良を」
提督が指摘すると、明石は言った。
706: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:26:42.30 ID:6pQdMD970
「自分も少女だったと思い出しただけ。
ならね、恋に機会を与えるのもやぶさかではないでしょう?
堕ちたい男を愛で止める。生娘が酔いしれるには十分でしょ」
「悪辣な行動だな」
「でもチャンスだけ。結果、ダメだった。
ただそれだけの話、違う?」
「違いない」
「結果、彼女らは恋しか見ず、恋の炎に悶えて死んだ。
生き残るのは何時でも大人だけ、ウブな子供は死ぬ。
君を巡る狂乱は冷めた。もう酩酊できる物語はないからね」
そう言って明石は砲を向ける。
「提督、ここいらで幕引きが上等じゃない?
こうして疎まれた提督は死んだ。
彼を慕う愚かな女もまた。小さな大人だったら違ったのだろうけど。
もう過ぎた話。
さて残るわたしは、アナタの死を利用して好き勝手に生きる。どう?」
「悪くない」
707: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:29:10.79 ID:6pQdMD970
最後に提督は質問した。
「俺といて楽しかったか」
「もちろん」
「そうか」
「腹たつことも多かったですけどね」
「ああ知ってた。じゃあ、やってくれ」
提督はそう告げた。
「死出の口上は必要?」
「いらん」
明石は無言で砲を上げた。
最後の砲撃が行われた。
708: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:35:05.44 ID:6pQdMD970
耳を疑う話だった。
後任士官は、再度その報告をした水兵に聞き直す。
だが、彼は姫は沈み、死んだ男の姿を借りた何者かも消えたと言った。
彼はどっと疲れが押し寄せた。
後味の悪さを強く感じながら、彼は電話の相手を思い出す。
若い女の声だった。
提督してありたいなら、終わらせてあげると声は伝えた。
その質問に肯定したからだろうか…?
再度呼ばれて、後任士官は前を向いた。
水兵は彼に言う。
「護国の為に戦ってください」
「もちろん」
そう答えて、後任士官は彼が部屋から出て行くのを見届けた。
一人になって彼は、ふと考えた。
あの時の自分の選択が正しかったのだろうか、と。
彼はその考えを否定してから、自らの艦隊を確かめに行こうと心に決めた。
後任士官は、再度その報告をした水兵に聞き直す。
だが、彼は姫は沈み、死んだ男の姿を借りた何者かも消えたと言った。
彼はどっと疲れが押し寄せた。
後味の悪さを強く感じながら、彼は電話の相手を思い出す。
若い女の声だった。
提督してありたいなら、終わらせてあげると声は伝えた。
その質問に肯定したからだろうか…?
再度呼ばれて、後任士官は前を向いた。
水兵は彼に言う。
「護国の為に戦ってください」
「もちろん」
そう答えて、後任士官は彼が部屋から出て行くのを見届けた。
一人になって彼は、ふと考えた。
あの時の自分の選択が正しかったのだろうか、と。
彼はその考えを否定してから、自らの艦隊を確かめに行こうと心に決めた。
716: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 10:34:13.40 ID:Y/Uw7LUW0
艦隊が戻ってきたと、僕は聞いた。
とはいえ全員ボロボロ。
まともに口をきける状態ではない。
だが、任された以上僕はやれることをやった。
そうして轟沈した大淀を除き、回復が済んだ。
「入るぞ」
そう言って部屋に入ると、夕立が窓辺を見ていた。
今までの活気はもう、ない。
損傷がひどく未だ回復しない左目に眼帯を着けた彼女は振り返りもしない。
「あなたなの」
夕立はそう言う。
717: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 10:35:00.56 ID:Y/Uw7LUW0
「体調は」
「普通よ、もう戦えるっぽい」
「体調は」
「普通よ、もう戦えるっぽい」
彼女はそこで振り返る。
「…何の用っぽい?」
「再確認だ。まだ、戦えるんだね?」
僕が言うと、夕立は寂しそうな顔をした。
718: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 10:35:47.11 ID:Y/Uw7LUW0
「ねえ」
「何だ?」
僕は止まった。
彼女に振り返ると、夕立は言う。
「…誰を今度は頼ればいいのかな?知ってたら教えてよ」
さめざめと涙を流しながら彼女はそう言った。
719: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 10:37:42.41 ID:Y/Uw7LUW0
隣の部屋に向かうと、涼風は本を読んでいた。
視線を上げると、彼女は言った。
「ああ、どうしたんだい」
「戦うことの再確認だ」
僕が言うと、彼女は本にしおりを挟みつつ言った。
「戦うよ…あんたと違って海の上でさ」
僕は口ごもった。
「…それでも僕は司令官だ」
「ああそうかい。じゃ、死んでくれるのか。あたしと」
僕は、涼風を見る。
「時が来たら、だ」
僕はそう言うと、また扉をでた。
バタンと大きな音がした。
本を投げつけたのかもしれない。
720: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 11:14:50.17 ID:Y/Uw7LUW0
天城を尋ねると、彼女は座ってうつむいていた。
同様の質問をすると、彼女はやっと顔を上げた。
「それを聞いてどうするんですか?」
「意思の確認だ」
「___そう、面倒ですね」
天城はそう言うと、私を見た。
「不思議ですね、欲しいと思ったら無くなるんですから」
「じゃあ手放すな、そんな体験したのなら」
僕が言うと、彼女は笑う。
「意外と強い人なんですね、今度の提督は」
僕は否定も肯定もしなかった。
721: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 11:15:25.24 ID:Y/Uw7LUW0
最後に由良を尋ねると、彼女はタバコを吸っていた。
咎めはしないが、意外に思った。
彼女は灰皿にハイライトを置くと私に言う。
「…確認なら不要ですよ」
「そうか」
僕が言うと、彼女は続けた。
「戦います。もうそれしかないのだから」
僕は、彼女を見て、思わず言ってしまった。
「これからは、そこにないのか?」
「?」
722: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 12:23:48.24 ID:Y/Uw7LUW0
由良が僕を見る。
しまったと思いつつも、僕は顔に出さないよう強く強く意識しながら言う。
「先はあるぞ、不幸かもしれないが」
僕が言うと、由良の唇が動いた。
「変な人」
「忘れてくれたまえ」
僕が言うと、由良は言った。
「でも、素敵ですね。先だけはあるって」
僕は、帽子を直す振りをして頭をかいた。
723: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 12:41:59.22 ID:Y/Uw7LUW0
外に出た。
明石や大淀の制服を着た娘がいる。
大淀型では、ない。
明石型でも、ない。
タバコを片手に腕を組んだ女。
髪は黒い。彼女は言う。
「やあ提督」
僕は彼女を見る。
「北上でいいのか?」
「ま…元ね。艤装の不良で北上様は北上様でもスーパー工作艦様だよ」
「何の用だ」
724: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 12:43:19.99 ID:Y/Uw7LUW0
「酷い酷い。まあー当然か、けったいな艦隊を任されたからか。
あたしは監督だよ、早い話が。
正式に着任した君の任務娘でもあるけどねー」
「監督?僕のか?」
「あと、深海もどきどものね。
前任がさ、あまりにやりすぎたからさ」
「……」
「いやー面倒面倒。
あの前任を在野に打ち捨て、適当に死なせるつもりがね。
とんでもない大暴れしたんだ。
はっはっは、赤レンガの采配には笑えるよ。だから殺しとけって話なのに」
そんな北上は僕に言う。
725: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 12:44:03.36 ID:Y/Uw7LUW0
「さて伝言。上からは、「何もするなだ」よ。
単に戦えばいい。君は企業だの赤レンガの内部なんか気にしなくていい。
さらに言えば、君は関係ない」
「ああ。そうか」
僕が言うと、北上は言う。
「クールだねー。興味ないんだ、事件の真相とか」
「僕に関係はない」
「正義に酔わない自分カッコイイって?こと」
726: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 12:46:34.70 ID:Y/Uw7LUW0
僕は彼女をにらんだ。
「怖い怖い、そう睨まないでよ。
仲良くやろうや。
ま、とりあえず、刺されないでね」
「どう言う意味だ?」
「ジゴロだねえ…依存しちゃうじゃん、あんなことしたら」
「??」
答えになっていないと、指摘する前だった。
北上は言う。
「さて、今日から君が提督だ」
「ああ」
僕は軍帽に触れた。
戦うだけだ。
あの電話を受けた時から腹は決まっている。
戦うしかないじゃないか、今となっては。
そんな僕に北上はへらへら笑いながら言った。
「提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります」
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