スレをまたいだので、一応簡単に設定と主要登場人物の紹介も。
【背景】
十年前に突如発生した怪物、深海棲艦。
その怪物に対抗するため、「艤装」に選ばれた艦娘が次々と誕生し、戦いを繰り広げていた…
これは、横須賀鎮守府における金剛とその仲間たちの戦いの物語である。
【主な登場人物】
・金剛
主人公。持ち前の強さと明るさで周りを引っ張り支えてゆく。
・比叡
金剛の妹。ややシスコン気味だが冷静に周りを見る目もある。
突っ走りがちな姉のサポート役。
・祥鳳
横須賀鎮守府のベテラン。ややメンタル的に脆い面もある。
仲間想いだが、時に自己犠牲的な行動に走ることも。
・如月
横須賀鎮守府のベテラン駆逐艦。
かなり大人っぽい性格。
・電
横須賀鎮守府で三人の姉妹と暮らす艦娘(見習い)。みんなから妹のように可愛がられている。
気弱で心優しい性格。
・赤城
横須賀鎮守府の秘書官。
かつては伝説の一航戦と呼ばれていたが、現在は原因不明の理由で艤装が装備できず苦悩している。
・伊吹提督
横須賀鎮守府の提督。厳つい顔に厳格な性格だが、心優しいおやっさん。
【背景】
十年前に突如発生した怪物、深海棲艦。
その怪物に対抗するため、「艤装」に選ばれた艦娘が次々と誕生し、戦いを繰り広げていた…
これは、横須賀鎮守府における金剛とその仲間たちの戦いの物語である。
【主な登場人物】
・金剛
主人公。持ち前の強さと明るさで周りを引っ張り支えてゆく。
・比叡
金剛の妹。ややシスコン気味だが冷静に周りを見る目もある。
突っ走りがちな姉のサポート役。
・祥鳳
横須賀鎮守府のベテラン。ややメンタル的に脆い面もある。
仲間想いだが、時に自己犠牲的な行動に走ることも。
・如月
横須賀鎮守府のベテラン駆逐艦。
かなり大人っぽい性格。
・電
横須賀鎮守府で三人の姉妹と暮らす艦娘(見習い)。みんなから妹のように可愛がられている。
気弱で心優しい性格。
・赤城
横須賀鎮守府の秘書官。
かつては伝説の一航戦と呼ばれていたが、現在は原因不明の理由で艤装が装備できず苦悩している。
・伊吹提督
横須賀鎮守府の提督。厳つい顔に厳格な性格だが、心優しいおやっさん。
引用元: ・艦隊これくしょん ~艦これ~ Bright:金剛 その2
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5: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:14:25.94 ID:eX6/K7Ax0
第六話 平和になれば、いつか、きっと…
10月下旬。寒風が吹き始めた横須賀鎮守府には、あちこちにソメイヨシノの楕円形の落ち葉が無秩序に散らばっていた。
その葉っぱの大群を二人の少女が箒で掃き、あちこちに赤茶の小山を作り上げていた。
「あー、なんか寒くなってきたよねー」
「えぇ。そろそろ冬服を出さないといけませんね」
北上と大井は天気のことやクリスマスのことなど、とりとめもないことをぶつくさ言いながら、先日伊吹提督から言い渡された罰則であ
る鎮守府構内の清掃を実施していた。
港に散らばった枯葉を箒でかき集め、もみじ色の小山が一定の距離を開けて次々とできていく。
大鯨や駆逐艦の少女達など非番だった横須賀鎮守府の仲間が手伝ってはくれたが、学校を改装した横須賀鎮守府はかなり広範に落ち葉が積もっており、思った以上に時間がかかっていた。
伊吹は『隅から隅まできれいにする』よう命じており、僅かなゴミの存在も許さないのだ。
「ねー大井っち。こんだけ枯葉があるなら、あたし焼き芋作りたいなー」
「いいですねー、北上さん! 終わったらさっそくお芋買ってきましょう!」
「あー、駆逐艦の子達は芋取られるから内緒にしといてね」
「ふふ。ちゃんと後でお芋あげるクセに、北上さんったら!」
「あはは。まー、マジでハブったらさすがにかわいそーだからね」
6: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:15:18.04 ID:eX6/K7Ax0
二人は談笑しながら、集まった枯葉を透明のビニール袋に詰め込んだ。ひとまず満杯になった袋を手にゴミ捨て場まで向かおうとした時
、大井は水平線の彼方に小さな影が浮かんでいるのに気付いた。
「北上さん、アレ・・・」
大井が指差した方向を見た瞬間、穏やかだった北上の表情と目つきが鋭くなった。
「ん~、もしかしたらやばいヤツかもねー。今のうち、艤装呼んどこうか」
「えぇ」
二人は静かに艤装を召喚・装着して戦闘準備を整えると、小さな影に向かって単装砲と魚雷発射口を構えた。
相手がどの程度の耐久力を持った敵かは不明だが、この距離ならいつでも海の藻屑にできる。
影はそのままゆっくりと港に接近し続け、やがて黒い影ははっきりとした人型の輪郭を見せた。
「おっ、北上姉と大井姉じゃん。久しぶり」
ふたりはほっと胸を撫で下ろし、単装砲を降ろした。影の正体は深海棲艦ではなく、球磨型五姉妹の末っ子、木曾だった。
「なんだ、木曾か・・・」
「心配して損したじゃーん」
「悪い悪い、秘密任務だったんでな」
そして木曾の隣から、あぶくを立てて何かが浮かび始めた。
「潜水艦・・・!?」
大井は慌てて魚雷を構えたが、海中から現れたのは白い水着の少女だった。
「は、はじめまして。ま、まるゆと申し・・・ます…!?」
海中から現れたまるゆは、魚雷を自分に向けて仁王立ちしている大井に大いに慌てた。
「ひ、ひぃぃぃ! ごっ、ごめんなさい!」
飛び出したのがまるゆだと気付き、大井も慌てて構えを解いた。
「なんだ、味方の潜水艦か…」
「あ、あの木曾さん…。ま、まるゆ、何かお気に障ることでも…?」
まるゆはすっかり怯えて木曾の背中に隠れてしまった。
「気にすんな。オレらも連絡せずに来たんだ、敵と思い込むのもしかたない。ほら、誤解は解けたんだ。ちゃんと挨拶しろ、まるゆ」
「は、はい・・・。改めまして、潜水艦のまるゆと申します・・・」
震えながらまるゆはおずおずと前に出て、北上と大井にお辞儀した。
大井もそれに倣い、しっかりと頭を下げ、まるゆの頭を優しく撫でた。
「ごめんなさいね、驚かせちゃって」
「い、いえ・・・。気にしないでください・・・」
まるゆは少し安心したのか、わずかながら笑みを浮かべた。
7: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:15:46.92 ID:eX6/K7Ax0
「ったく、木曾も来るなら来るって連絡よこしなよ~」
「まぁちょっと色々あってな」
「ところで・・・」
大井は妹が海賊を彷彿とさせる黒いマントを羽織っていることに気付いた。
「あんた、前と服装が変わってない? 海賊に転職?」
「あぁ、これか。俺の艤装が改二ってヤツになったらしい。
その影響で、艤装がこの服しか受け付けなくなっちまってな。まっ、奴等と殺り合える剣が手に入ったから別にいいけどな」
「で? 何しに来たのさ。ってか、ちゃんと語尾に"キソー"って付けなよ」
姉の悪い冗談は無視し、木曾は大井との会話を続けた。
「まぁちょっと秘密の輸送任務ってとこさ。とりあえず、伊吹のダンナに会わせてくれ」
8: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:16:43.29 ID:eX6/K7Ax0
執務室に向かった女海賊は、背丈の低い姉達によって手厚く歓迎された。
「おぉ、木曾だクマー! 会いたかったクマー!」
「ちょ、離せよ球磨姉・・・!」
「ホントに立派になって・・・。球磨は嬉しいクマー!」
球磨は自分よりも背の高くなった妹にじゃれついた。
どちらが姉だが分かったもんじゃないな。木曾は内心思った。
「まるゆちゃんも元気そうで良かったにゃ」
多摩は腰を降ろし、目線をまるゆに合わせて微笑んだ。
「やめろよ球磨姉! くすぐったいだろ?」
「うるさい、たまには妹分補給させろクマー!」
じゃれつく長姉をなんとか振りほどき、木曾は苦笑しながら見守っていた伊吹へと向き直った。
「木曾。早速ですまんが、君の艤装が強化された現象、通称"改二"について詳しく聞かせてもらおうか」
「あぁ。前にまるゆと出撃した時、コイツが危なくなってな」
伊吹は黙って木曾の話を聞き続けた。
木曾を含めた一部の艦娘は提督に敬語を使わないが、彼はあまり気にしておらず、公の場でなければ大目に見ていた。
「まるゆ、敵に狙われて、中破しちゃって…」
「俺も大破して危ないところだったんだが、急に艤装が変形してこうなっちまった。
大淀に聞いたが、那珂のヤツも改二ってのになったらしい。
どうやら、艦種も前と変わって雷装巡洋艦って言うらしいな、これ。前より魚雷を速く撃ち込めるようになった気がするよ」
9: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:18:15.49 ID:eX6/K7Ax0
「それで、思い当たる原因は?」
「それがさっぱり分からん」
肩をすくめて木曾は言った。
「強いて言えば、俺とまるゆが大破して危ないとこだったくらいか。そういや、那珂も似たような状況だったらしい」
「まるゆは何か気付いたことはあるかね?」
「まるゆ、ほとんど覚えてなくて・・・。あ、木曾さんがまるゆを抱きしめてくれてたことは覚えます」
「ほかには何かないかね?」
伊吹が続けた。
「えぇと、『まるゆ、お前は絶対に死なせねぇ!』って言ってたことは覚えてます」
「ほぅ・・・」
「お、おい! それは言わねぇ約束だっただろうが・・・!」
「で、でも。あの時の木曾さん、本当に素敵でしたよ・・・!
『例えこの身が引き裂かれようと、お前だけは護ってやる!』って」
まるゆは目を輝かせ、まるで似ていない木曾の口真似をしながら姉貴分の活躍を語った。
すると、球磨と多摩は木曾を妙な表情で見つめ始め、伊吹もまた暖かい目線を女海賊に向けた。
「な、なんだよ」
木曾がその視線に躊躇っていると、やがて彼女の姉二人は目を潤ませ始めた。
「うぅ・・・。こんなにいい子に育って、球磨は嬉しいクマァ・・・」
「多摩も嬉しいにゃ・・・。木曾は本当にいい子だにゃ・・・!」
二人の姉に頭を撫でられ、木曾は困惑しながら顔を赤くした。
「ちょ…。や、やめろってば!」
「うぅ・・・。球磨はいい妹を持ったクマ!」
「木曾は姉孝行だにゃ」
「だからやめろって言ってんだろ、球磨姉も多摩姉も…!」
だが、マイペースなこの二人がその程度で止まるはずなどなかった。
暫くの間、勇敢な女海賊はただの末っ子に成り下がっていた。
10: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:19:01.48 ID:eX6/K7Ax0
その後夕張によって木曾とまるゆの艤装が点検されたが、彼女にはさっぱり理解できなかった。
「むむむ…」
確かに木曾の艤装は構造が変化し武装も強化されているが、以前の資料と比較してもどういった原理で『改二』へ変化したのか、何一つ分からなかった。
まるゆの艤装に何か影響はあったかと思って調べてみたが、そちらは以前の点検と何ら変わるところはなく、謎は深まるばかりだった。
「あー、もうわかんなーい!」
夕張は天を仰いで叫んだが、作業場の妖精達を驚かせるだけで何の意味もなかった。
「あっ、ごっ、ごめん…」
妖精達に詫びると、夕張は二人の艤装に背を向けて、別の仕事に取り掛かることにした。
「やっぱり、武装強化が必要ね…」
夕張は作業場に転がった傘や主砲など、製作途中の武器をじっと見つめた。
作業を手伝っていた妖精達もまた同じ方向に目をやった。
11: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:19:31.37 ID:eX6/K7Ax0
その後、木曾はまるゆの護衛のため、別地点への輸送任務へと旅立った。
北上と大井も呉鎮守府の駆逐艦や新人軽巡洋艦の艦娘達との訓練のため、時を同じくして横須賀を離れた。
それから一ヶ月ほど過ぎた12月上旬のことだった。
比叡が舞鶴に出張してちょっとした騒動を起こす事件などもあったが、大きな事件は起きず、比較的穏やかな時が流れていた。
だが、その間にも事態は大きく動こうとしていた。
12: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:31:40.32 ID:LledX1Ca0
日本深海の熱水噴出孔。そびえ立つ黒い煙の中で、四体の深海棲艦が超音波によって議論を始めていた。
(ソウコウクウボキ…サクセン…シッパイシタナ・・・)
黒い龍を侍らせた戦艦棲姫が苛立ちの混じった思念を伝えた。
(イイカンガエハドウシタノヨォ…キャハハハ!)
南方棲鬼が装甲空母姫をここぞとばかりに煽り立てた。
(ハヤイセンカンハコロセナイ…ツヨスギル…)
(ドウスル!? コレイジョウカンムスヲハビコラセテハワレラノカズガ…!)
飛行場姫は強い音波を発し、焦りを伝えた。
(ナラソノカンムスヲリヨウスレバヨイ…! ミテオレ…)
(マタシッパイシナイヨウニネェ…!)
南方棲姫がはやし立て、装甲空母姫の表情が歪んだ。
(ダマレェ!)
装甲空母姫は怒りに任せて襲いかかろうとしたが、戦艦棲姫の黒い龍を見て渋々矛を収めた。
(オノレカンムス…ツギコソカナラズ…!)
13: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:35:59.39 ID:JI7PwslF0
「新しい軽空母の艦娘を配属する?」
伊吹提督と梅こんぶ茶を飲みながら赤城は言った。
「金剛や比叡がいるとは言え、さすがに祥鳳だけでは大変だと思ってな」
「そう、ですか・・・」
赤城は静かに呟いた。
きっと私が戦えないからだ。胸が少し痛んだが、すぐに任務のためと思い直し、伊吹提督との話を続けた。
「しかし、生半可な実力では却って祥鳳さんの足を引っ張るだけでは?」
「それは心配ないだろう」
「なぜです?」
赤城は自信ありげな表情の提督をじっと見つめた。
「新しい空母の二人の師匠は、君の戦友・龍驤だ」
14: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:37:21.67 ID:JI7PwslF0
その日の午後、横須賀鎮守府にいた全ての艦娘が執務室に集合した。
「伊吹はーん、入るでー」
軽そうな声と共に執務室の扉が開けられ、三人の少女が入ってきた。
うち二人は巫女袴に軍服を羽織っており、いずれも優雅で上品な雰囲気を纏っていた。
だが、髪型はまるで正反対で、右の少女は獅子のように逆立った髪の毛だったが、対する左の少女は清楚な黒い長髪の持ち主で、頭には可愛らしいリボンが着いていた。
前者は親しみやすそうな緩い目つきの少女だったが、後者は気の強そうなきりりとした目つきの少女だった。
真ん中には赤い服と黒いスカートを着た少女が堂々とした面持ちで立っていた。入室した三人のうち、彼女は誰よりも幼げな容姿をしていた。
その来客達を見るなり、誰よりも早く祥鳳があっと声をあげた。
「龍驤・・・、先輩・・・?」
「おぉぅ、祥鳳ちゃん。ひっさしぶりやな。元気しとった?」
「龍驤先輩!」
祥鳳は整列から飛び出して嬉しそうに龍驤の手を取り、まるで大好きな親戚に久々に会えた少女のようにはしゃいだ。
「ちょ、祥鳳ちゃん元気すぎやで・・」
「先輩! 私、嬉しいですっ! またこうしてお会いできるなんて!」
普段の落ち着いた態度とはまるで正反対であった。きゃっきゃと興奮する祥鳳を見て、横須賀鎮守府の面々、とりわけ金剛と比叡は少なからず衝撃を受けた。
「Oh…祥鳳、まるで子どもみたいデース。Cuteね!」
「めずらしいですね、祥鳳さんがあんなにはしゃぐなんて」
「祥鳳お姉ちゃん、なんだか子どもみたいなのです」
龍驤の手を取りはしゃいでいた祥鳳は、仲間たちの言葉が耳に入りすぐさま固まってしまった。
「あ、あの・・・。あの・・・」
自分が柄にもなくはしゃぎまわっていたことに気付き、祥鳳は顔を赤く染め黙り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい・・・。思わず私・・・」
「えぇって、えぇって。祥鳳ちゃん元気そうで安心したわ」
「あはは・・・。はい・・・」
祥鳳は恥ずかしそうに黙って列へと戻った。
15: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:40:06.31 ID:JI7PwslF0
「龍驤、君の言っていた二人の紹介をしてもらえないかな?」
「せやな。飛鷹、隼鷹、挨拶せえや」
「同じく、軽空母の隼鷹でーす!」
髪の毛を逆立てた少女・隼鷹が元気よく名乗りをあげた。
「同じく軽空母、飛鷹です! よろしくね!」
隼鷹に続き、黒髪の少女・飛鷹も名乗った。
「この鎮守府の提督、伊吹だ。航空戦力の充填は我が鎮守府の課題だった。二人とも宜しく頼む」
「はい!」
「あいよ!」
飛鷹と隼鷹は敬礼で返した。
ついで横須賀鎮守府の面々の自己紹介が始まる中、龍驤は赤城の目線が斜め下を向いているのに気付いた。
どこか、悔しさと悲しさが滲んだような目だった。
16: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:40:48.18 ID:JI7PwslF0
自己紹介を終えた龍驤は鎮守府のグラウンドで電や雷達を連れて、金剛や比叡、そして祥鳳と雑談していた。彼女は子ども好きで、年下の面倒見も良いと評判だった。
「ねぇねぇ、龍驤さんはどれくらい強いんですか!?」
「どんくらいやと思う?」
龍驤は質問してきた暁に対し、逆に尋ね返した。
「うーん、祥鳳さんの先輩なんですよね龍驤さんは? だったら、祥鳳さんより強いんですか?」
「ううん、龍驤先輩は私よりずっと強いのよ! 本当よ!」
祥鳳が自慢げに語る様子から、暁達もそれが本当なのだと悟った。
「そうなの、龍驤さん!?」
「ふっふーん。せやで。こー見えてもウチはな、かつて赤城や鳳翔、そして佐世保の加賀と共に戦い抜いた、一航戦の龍驤なんやで!」
「すっごーい!」
「ハラショー…! ところで一航戦ってなんですか?」
暁達が尊敬の眼差しで、自分達よりやや背の高い龍驤を見つめた。
「えぇ質問やな。一航戦ってのは、『第一航空戦隊』の略なんや。
って言うても、空母の艦娘は、昔は蒼龍達とウチらしかおらんかったやけどね」
「そう言えば、龍驤さんはどうやって艦載機を発進させるのですか?」
電が尋ねた。
「Oh! それは私も、気になりマース!」
「ええよ、見せたるわ。減るもんでもないしな」
龍驤が左手の指を何度か擦り合わせると、左手には『勅令』の文字がぼんやりと浮かぶ青白い炎が宿った。
同時に彼女は右手で手にしていた巻物を広げた。ピンと張られた巻物は、一瞬で白い飛行甲板となった。そこには一切の文字は書かれて
おらず、代わりに白い簡素な形状の紙飛行機の式神が並べられていた。
「艦載機のみんな、ちょっち飛んであげて!」
龍驤の青白い炎を飛行甲板に沿ってそっと滑らせると、次々と紙飛行機は燃え、鮮やかに彩られた戦闘機へと姿を変えた。そのうちのの
二、三機が飛行甲板から次々と飛び立ち、龍驤の頭上にくるりと輪を描いた。
「うわぁ・・・!!」
「すごいのです!」
「Wow! こんな空母もいるんデスネ!」
雷や電達は驚くべき発艦方法に感動し、きゃっきゃとはしゃぎ始めた。
「この方法で、ウチらは祥鳳ちゃんよりいっぱい艦載機も積めるんやで。どうや、すごいやろ?」
「すごーい!」
電達は、天高く駆ける小さな艦載機の集団に目を奪われていた。
17: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:41:20.50 ID:JI7PwslF0
そんな子どもと戯れる子どもみたいな容姿の師匠を、飛鷹と隼鷹は新たに宛てがわれた部屋の窓から見つめていた。
二人の部屋には殆ど荷物はなく、ダンボールに詰め込まれていたのはデザインの凝った酒瓶が数本と、多少の着替え程度だった。
ふたりには、荷物らしい荷物が殆どなかった。
「…ったく、あの人もいい気なもんね」
「はいはい、言わない言わない」
「あんたも呑気すぎるのよ! とにかく、ここに配属された以上、少しでも多く戦果を上げて・・・」
「まぁまぁ。果報は寝て待てって言うだろ? 焦らない焦らない」
飛鷹の言葉を隼鷹は軽く受け流した。
「あ、あたしはこの辺りをちょっくら散歩してくるわ。一緒に行く?」
「別にいいわよ。ほっといて!」
隼鷹はやれやれと呟き、部屋を出て行った。後ろから扉が閉まる音が聞こえたが飛鷹は顔を向けさえしなかった。
「早く、私達の家を取り戻さないといけないのに・・・」
飛鷹は窓から水平線の彼方を見つめ、静かに呟いた。その目線は、遥か彼方の太平洋の先へと向いていた。
18: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:43:30.38 ID:BYfzucq50
その夜、駆逐艦の幼子達が眠った午後10時頃、龍驤の提案で非番の金剛と比叡も交え、飛鷹と隼鷹のささやかな歓迎会が催された。
が、企画を提案した本人は既にテーブルの上で腕を枕にし、あどけない姿を晒して眠っていた。
その時だった。
「龍驤さん、龍驤さん・・・」
か細い声で誰かが龍驤の肩を摩りながらその名を呼んだ。
「ううん、だれぇ・・・?」
眠そうな目を開けると、彼女の目には嘗ての戦友が目に映った。静かだがはっきりとした声だった。
「私は、どうすれば戦線に戻れるのでしょう…!?」
「あぁ・・・」
目を開けるなり、龍驤はどう声をかけたものかと痛む頭を回転させて考え始めた。
しかしながらパッと答えが思いつくわけでもない。
「なんでよ・・・! なんで私、いつまでも…!」
そこにいた全員の目が赤城の方に向いた。
紅茶を使ったカクテルの話で盛り上がっていた金剛と隼鷹も黙り込み、そっぽを向いてちびちびと日本酒を口にしていた飛鷹も、全員が赤城に注目した。
横須賀鎮守府では比較的付き合いの長い祥鳳でさえ、普段は冷静沈着で穏やかな赤城がこうして声を荒げるさまなど見た経験がなく、驚きを隠せなかった。
「龍驤さん。どうすれば、どうすれば私は、一航戦の誇りを・・・」
「ううん、なんでやろなぁ・・・」
龍驤は返答に窮した。
彼女も赤城の現状については知ってはいたが、医学的にどう見ても五体満足の健康体であるにも関わらず、艤装が彼女に適合しようとしない。
精神面に問題があるのではないかと医者は述べていたが、原因は未だ不明であった。
19: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:44:54.39 ID:BYfzucq50
「何が大食い女よ・・・。私だって必死だったのに・・・。あんな好き勝手・・・」
突然、赤城はぶつぶつと愚痴り出した。
「あぁ・・・。十年前に賞金稼ごうと大食い大会に行ったヤツやな。あん時、キミ張り切っとったもんな」
「私…、そんな下品な女じゃないです…。なのに…、あんな・・・・」
龍驤はぽろぽろと涙を零し始めた赤城の背中に優しく手を添えた。彼女の脳裏には十年前の光景が昨日の事のように蘇り始めた。
当時はまだ、艦娘への理解はおろか艦娘の存在すら世間に浸透しておらず、鎮守府のバックアップなどもなく、艦娘達は経済的に困窮していた。
そのため、彼女達は戦いの合間になりふり構わず資金稼ぎに明け暮れた。
ある者はアルバイトを幾つも掛け持ちし、またある者は軍関係者と協力体制を取るため行動を起こし、またある者は戦いそのものを厭い、戦場から去って行った。
赤城は――食費の節約も兼ねて――大食い競争で賞金稼ぎをした経験があった。
その時の写真が最近になって流出し、週刊誌のバッシングに利用されたのだ。
「なんで、私達がこんなに悪く言われなきゃ・・・!」
未だ前線に復帰する様子を見せない赤城に対して、世間は冷たかった。
『戦えない一航戦なんて予算とコメのムダ』 『一航戦の埃』 そんな身勝手で悪質な赤城への中傷の言葉があらゆるメディアで氾濫していた。
龍驤はしばらく泣き続ける赤城をじっと見つめていたが、やがて重々しく口を開いた。
20: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:46:00.82 ID:BYfzucq50
「あー、赤城。気持ちは分かるけど、あんまし後輩の前で愚痴ってばっかやとかっこ悪いで?」
龍驤の苦言に赤城はハッとなり、袖口で涙を拭いて仲間達に頭を下げた。
「し、失礼しました・・・。お見苦しいところを…」
「い、いえ。赤城さんだって、お疲れですよね…」
「ふぅ…。こんな時、鳳翔がいてくりゃあよかったんやけどな…」
鳳翔の名を聞いた祥鳳の顔がたちまち曇り、龍驤は慌てて付け加えた。
「あ。あっ、ごめーん。ウチもちょっち疲れたから、赤城連れてって一緒に寝かせてもらうわ。じゃあね」
「えっ? わ、私、龍驤先輩ともっといっぱいお話したいのに! 赤城先輩は・・・」
「まー、また今度な祥鳳ちゃん。ごめんね」
祥鳳は萎れた花のようにしゅんと俯いた。
「んじゃ、行くで、赤城?」
「え、えぇ」
龍驤は自分より遥かに大柄の赤城の腕を担ぎ、彼女を引きずるように連れ出し、食堂を後にした。
「龍驤さん…」
祥鳳が閉められた扉を見ながら寂しそうに呟いた。
「…祥鳳は本当に龍驤がLoveネ!」
うたた寝から目覚めた金剛がそっと呟いた。
「い、いえ…! そ、そんなことないです!」
「んまー、ウチの師匠は面倒見いいからねー。懐いちゃうのもわかるよー」
「ちっ、違います! たっ、確かに尊敬はしてますけど…!」
祥鳳は顔を赤くして否定したが、師に対する愛情は隠せてはいなかった。
そもそも、先ほど嬉しそうに龍驤に飛びついた時点で明らかなのに何故今になって照れてるのか。
祥鳳の子どもっぽい一面が金剛には可愛らしく思えた。
隼鷹もまた、照れてもじもじとする先輩をにやにやした表情で見つめた。
一方で、飛鷹は祥鳳達から目を逸らし、日本酒をちびちびと口にしていた。
21: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:47:37.44 ID:BYfzucq50
龍驤は戦友を引っ張り部屋へと運んでいた。火照った身体の彼女にとって、ひんやりした廊下の空気は心地よく感じられた。
「ごめんなさい、龍驤さん…。情けないところを見せてしまって」
廊下を引っ張られながら赤城は呟いた。
「ええて、ええて。ウチら、同じ釜の飯を食うた仲やろ? 困った時はお互い様や。なっ?」
「・・・ありがとう、ございます・・・」
赤城の瞳が荒れ狂う海のように濡れ、雫となって龍驤の肌にこぼれ落ちたが、龍驤は知らないふりをした。
赤城は他人に情けない姿や弱みを見せることを「誇りが傷つく」と嫌っている。
彼女を酒の席から連れ出したのも、龍驤なりの思いやりだった。
何より、内心ライバルと思い対抗心を燃やしていた戦友がこんな無様な面をさらけ出すのが耐えられなかった。
「赤城。今は辛いけど耐えるんや。耐えてくれや…。あんたのためにも、あの子らのためにも…」
祈るように、励ますように、龍驤はそっと呟いた。
22: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:48:54.12 ID:BYfzucq50
一方、残された祥鳳達は未だ雑談を続けていた。
と言っても比叡と金剛は日頃の疲れが溜まっていたせいか、既にテーブルの上で盛大ないびきをかいて寝てしまっており、今起きているのは隼鷹と飛鷹、そして祥鳳のみだった。
「そう言えば・・・隼鷹さん」
「ヒャハ?」
真っ赤になった隼鷹が間抜けな声を上げた。
「龍驤さんから聞いてたけど、あんまり暴れすぎちゃダメよ」
「あっちゃー…」
隼鷹は苦笑しつつ天を仰いだ。
「艦娘にセクハラした診察医を一升瓶で叩いて半殺しにしたって…」
「アハハ…。気が付いたら夢中になっちゃって…」
「気持ちはわかるけどやりすぎよ。下手したら海じゃなくて陸で轟沈する羽目になってたのよ?」
「いやー、飛鷹にあんなことされちゃあ黙ってらんないからねー!
んまぁ、艦載機に盗聴器とカメラ持たせといたし、龍驤先輩のおかげで最悪の処分は免れたんだけどねっ。ひひっ…」
あまり反省の色を見せない隼鷹に呆れ、祥鳳は溜息を吐いた。とは言え、彼女もそれ以上責めることはなかった。
寧ろ、内心では密かに賞賛してすらいた。
23: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:50:03.05 ID:BYfzucq50
艦娘はその美しく華麗な活躍から、一般層から鎮守府の職員に至るまで、幅広い層のファンが存在している。
当然、そうした者の一部には心無い言動や下劣な欲情に駆られる者などが出てきてしまう。
横須賀鎮守府の発足直後は、祥鳳たちも整備と称して不必要に体に触ってくる者やしつこく付きまとってくる者、変な物体の入ったプレゼントを贈ってくる者などに苦しめられた時期があった。
もっとも、そうした輩は例外なく鬼の形相をした伊吹提督によって『過剰な制裁』を受け、それ以降は横須賀鎮守府の一般職員もごく一部を除き女性限定となり、横須賀鎮守府におけるセクハラ被害は撲滅された。
那珂が毎度毎度、「贈り物は鎮守府を通してね!」とファンに対して呼びかけるのも、こうしたトラブルを防ぐための対策として伊吹が指示したためである。
だが、完全に上手くいったのは横須賀鎮守府のみの話である。
他の鎮守府では大なり小なりセクハラ問題が起きているし、挙句「大本営のお偉いさんと寝た」などと根も葉もない恥辱的な噂を流されたことで精神を病んで戦えなくなった艦娘もいるという噂を祥鳳は耳にしていた。
確かに隼鷹の行動は法的に許されるものではないだろう。だが、彼女が敢えて自らの手を汚したのも仲間への思いやりがあってのことだ。
その優しさと行動力に祥鳳は内心敬意を抱いていた。
24: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:50:43.16 ID:BYfzucq50
「な、何勝手なことばっかり言ってんのよ…!」
突如、黙ってうたた寝しかけていた飛鷹が飛び起きて噛み付いた。
「あんなの、あんたの力なんか借りなくても、合法的に叩き潰してやったわよ!」
「とーか言って、ホントは嬉しかったんだろ? な、飛鷹ちゃん?」
「べっ、別に嬉しくなんかないわよ! 余計なことばっかり!」
「あー、もう素直じゃないなー! いずもお嬢様は」
「やっ、やめなさいよその呼び名!」
わーわーと騒ぎ出した二人を祥鳳はじっと見守った。
この二人は喧嘩ばっかりだけど、どこかお互いに気遣ってるようにも見える。
「そう言えば、あなた達は姉妹なの?」
「そうよ、私達は飛鷹型の艤装。隼鷹とは双子の姉妹。もっとも、こんなアル中女、妹とは思いたくないですけど!」
「はは。まぁ、こんなこと言ってるけど、あたしと飛鷹は大の仲良しだから」
「あんたが勝手にそう思ってるだけでしょ。なんで家がなくなってからもあんたと一緒なのよ…?」
「そっか・・・。あなた達も、深海棲艦に・・・」
「えぇ…。四年前の第二次大量襲撃で・・・、海運事業の重役だった父と母が船ごと…」
暫く三人の間に沈黙が流れた。
「まー、確かにあたしら深海棲艦に親ぶっ殺されて、
悪知恵だけは働くブタ野郎に家も財産も騙し取られて、お嬢様から無一文になっちゃったけどさ」
隼鷹は飛鷹の肩を抱き、頬ずりした。
「あたしが残ったんだからさー、いいじゃないの。なっ?」
「やっ、やめなさいよ、馴れ馴れしいわね!」
飛鷹は鬱陶しそうに双子の妹を払い除け、ぷいと横を向いた。
「そう、貴方達も大変だったのね…」
祥鳳は静かに言った。
一方で、自分と違って姉妹一緒にいられた二人を少し羨ましくも思う気持ちも湧いてきた。
いいな、このふたりは。
25: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:53:58.98 ID:/vz73T900
「隼鷹さん、飛鷹さん。まだ慣れないこともあるでしょうけど、ここに来た子はみんな家族みたいなものよ。
だから、安心して?」
「ちがうっ!」
再び飛鷹は怒鳴った。
「私の帰る場所は、私の本当の家は、サンフランシスコにある白い家よ! こんな所にいつまでも・・・」
「あー、ごめん先輩。飛鷹が失礼なこと言っちゃって…」
面食らって黙ってしまった祥鳳に、慌てて隼鷹がフォローを入れた。
「戦果さえ挙げれば! 戦果さえ挙げれば…。こんなところに…。いつまでも…。いるひつようは・・・」
酔いと疲れが眠気を誘ったのか、それ以上飛鷹は言葉を紡げなくなり、目と口を閉じてしまった。
「飛鷹はさ、戦果を挙げれば、給料も上がると思い込んでんだよ。
それでお金貯めて、一刻も早く家を買い戻そうって・・・」
「確かに戦果が多ければ多少は上がるけど…」
祥鳳は顔を曇らせた。危険な仕事にも関わらず、艦娘の給料はそこまで高くはない。
衣食住は無料で享受できる―鎮守府内の寮で生活する場合に限るが―ものの、
それを差し引いても一ヶ月あたり20万円前後の手当が標準であり、ボーナスもよほどの戦果を上げない限り数万円前後しか捻出されない。
護衛に失敗した時は減給もあり、命懸けで戦う割にはあまりに薄給であった。
祥鳳はあまり趣味や贅沢をするタイプではなかったので、
艦娘としての戦いが終わった将来に備えて貯金をしているが、それなりに貯金はあれど土地を購入するだけの財産など遠い夢でしかない。
もちろん貯金を行わない艦娘も多い。金剛は紅茶にこだわりがあり、如月も化粧品などには気を遣う。
那珂に至ってはステージの使用費やCD製作の代金などを全て自腹で賄うばかりか、
時には自分たちと同じ境遇の孤児達のため身銭を切って給料を募金することもあり、殆ど貯金らしい貯金をしていない。
そんなことを続けているため、彼女の将来を心配した姉二人に叱られる場面も祥鳳は度々見かけていた。
「お金を貯めるのも、どのくらいかかるかわからないわよ…」
「まぁ、それでも飛鷹は止めらんないよ。この子にとって、あそこはなんとしても帰らなきゃならないからね」
双子の姉に苦笑しつつも、隼鷹は自分の上着を脱いで毛布がわりに彼女へ着せた。
「…んまぁ、ちょっと生意気だけどさ。この子、ホントは臆病で、寂しがり屋だから」
「そうみたいね」
「だから飛鷹のこと…、あたし共々よろしくお願いしますわ。先輩ッ!」
隼鷹は先ほどとは打って変わって、かしこまって頭を下げた。
祥鳳は少し困ったように微笑んだが、すぐに首を縦に振った。
26: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:55:29.18 ID:/vz73T900
飛鷹は丸いアーチを描いた大きな門の前に立っていた。
なぜこんな所にいるのか不思議に思いながら、彼女は門を開けた。
そこには懐かしい光景が広がった。
白く大きな二階建ての家。広い緑の芝生が生えた庭。桃色の花が咲いた庭の木。
煌びやかな天井のシャンデリア、白く清潔な内装と広いロビー。
ロビーに並べられた、数々の美しい鷹の絵画や彫像。
まるで教会のようなステンドグラスの窓。赤いカーテン。
そうよ、ここが私の家よ。
妹と背比べをした柱もある。ふたりで遊び回った二階の部屋もちゃんとある。パーティ会場になった一階のロビーだってこの通り。
そうだ。私は帰ってきたんだ。帰ってきたんだ。
「あら、お嬢様。お帰りなさいませ」
シワだらけの顔の、優しいお手伝いのおばさんがお辞儀してくれた。
そっか、帰ってきたんだ。私は家に帰ってきたんだ。
ロビーに設けられた大きな階段から、高級なスーツを着た紳士と和装の美女が降りてきた。
父さん、母さんだ。
「おかえりなさい、いずも。そろそろ夕飯ですよ?」
「おかえり、いずも。今日は久々に家族全員揃ったんだ。ゆっくり食事を楽しもう」
そして階段の横には、ドレスを着た妹がにやりと笑って立っていた。
そっか。私が艦娘になって戦うなんて悪い夢だったんだ。
父さんも母さんも生きている。家も無事だ。双子の妹もいる。
もう悪い夢は終わったんだ。
私は家に帰ってきたんだ。
「ただいま戻りました。お父様、お母様」
飛鷹の瞳から、涙が溢れた。
27: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:56:29.75 ID:/vz73T900
だがその暖かな家は既に思い出の中の幻に過ぎなかった。
飛鷹が目を開けると、そこは冷たいテーブルの上だった。
隣では隼鷹が涎を垂らしながら毛布に包まり眠っていた。
「夢、よね…」
甘美な夢が現実の苦味をより強める。
そう、これが現実。
両親も家も財産も何もかも失い、艤装とかいう訳のわからないものに選ばれたという理由だけで、私は戦場に身を置くことになってしまった。
「大丈夫、部屋に戻れる?」
最後まで起きていた祥鳳が声をかけた。
「だ、大丈夫です。もうほっといてください…!」
「あっ、飛鷹さん…!」
飛鷹は目に涙を浮かべ、自身の部屋へと戻った。
28: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:58:19.42 ID:/vz73T900
その翌朝、龍驤は直ぐ様呉鎮守府への帰還準備を始めた。
「もう帰っちゃうんですか? 私、もっとお話したかったのに…」
祥鳳は残念そうに肩を落とした。
「んんー。あんまり呉を空けといちゃうと危ないやろ? 堪忍な?」
「…はい」
祥鳳は拗ねた子どものような返事をした。
「あっ…。高速戦艦のおふたり。ちょっち耳貸しとくれる?」
「What?」
「はい、お呼びになりましたでしょうか?」
金剛と比叡は手招きされ、腰を落とした。二人が近づくと、他の子に聞こえないよう小声で龍驤は話し始めた。
「ウチの弟子達のこと…。それから、祥鳳のこと、よろしゅう頼みますわ。
明るく振舞っとるけど、ホンマは今にも折れそうな脆い子たちやから。ちょっち気にかけてやってや…」
「All right! 祥鳳たちのことは、私達におまかせくだサーイ!」
「気合! 入れて! 気にかけます!」
「あっかーん!? そこで言うてまってどうすんねん?」
金剛と比叡がうっかり大声で言ってしまい、龍驤は思わず突っ込んだ。そんな先輩に対し、祥鳳達は首をかしげた。
29: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 16:59:06.77 ID:/vz73T900
「…龍驤先輩、どんなお話をされてたんですか?」
「えーと、それはね…。あ! そうや祥鳳ちゃん。これ餞別や。大事に使ってやってや」
龍驤は懐からある式神を取り出し、祥鳳の右手にそっと置いた。
青い炎をに包まれた式神は直ぐ様緑色の戦闘機と変わり、すぐ一瞬の後に式神の姿へと戻った。
「え、これって・・・。零式艦戦52型・・・!?」
その艦載機は比較的珍しいタイプのもので、それらを所有している者は正規空母や龍驤など主力となる艦娘のみだった。
祥鳳や飛鷹ら軽空母の艦娘にはそこまで配備が行き届いてはおらず、九九艦爆や九七式艦攻、九六式艦戦など、所謂旧式の艦載機ばかりであった。
「いざって時に役に立つで。使ってやってや」
「ありがとうございます! 私、嬉しい! これなら絶対に負けません!」
少し前とは打って変わって、祥鳳は可愛らしい笑顔で喜んだ。龍驤も微笑み、自分より背の高い後輩の肩をポンと叩いた。
「よっしぁ。がんばれや祥鳳ちゃん! あと、飛鷹と隼鷹のこと、よろしく頼むね!」
「はい! 龍驤先輩もお元気で!」
「おう、じゃあまたね!」
龍驤はいつまでも自分に手を振る後輩に見送られ、横須賀鎮守府を後にした。
30: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:01:54.99 ID:/vz73T900
こうして隼鷹と飛鷹の横須賀鎮守府での新たな生活が始まった。
だが、此処では艦娘が炊事洗濯掃除を自ら行なうとは聞いていたが、まさか着任早々いきなり昼食当番を任されるとは二人とも予想外だった。
調理場に入ると、飛鷹は食堂の調理場に緩い雰囲気をまとったエプロン姿の少女がいるのに気付いた。
「あ、お二人が新しく着任された軽空母の隼鷹さんと飛鷹さんですね。祥鳳お姉ちゃんから話は伺ってます!」
「祥鳳…お姉ちゃん? あなた、あの人の妹なの…?」
長い髪を結いながら飛鷹が尋ねると、大鯨は静かに首を振った。
「私は『妹分』です。でも祥鳳お姉ちゃんのこと、本当のお姉ちゃんみたいに思ってますから」
「そう…」
飛鷹はそれ以上何も聞かなかった。血の繋がりがない艦娘がお互いを義理の姉妹のように思う例は珍しくはない。
呉鎮守府にも巻雲と秋雲という子がいたが、随分仲が良く本当の姉妹のようだった。もっとも、巻雲は秋雲に振り回されてばっかりだったが。
「それじゃあ、お二人にはお昼ご飯をお願いしますね。今日はシチューですから」
「えぇ。任せといて」
飛鷹は次々と人参や玉ねぎの調理を開始した。作業自体は単純だが、さすがに大人数の分を切るのは骨が折れる。
この大鯨って子、いつも調理を担当してるようだけど、実は結構凄いんじゃないかしら。
飛鷹は鯨のエプロンを纏った少女に対し、密かに尊敬の念を抱いた。
同じく隣で料理を手伝っていた、ふらふらした手つきの隼鷹をちらりと見た。
この子は暇さえあればお酒ばかり飲んで、そのくせ要領だけは人一倍いい。
しかも人当たりがいいから、酒癖が悪くてても結局隼鷹を慕う仲間は多い。既に大鯨とも呉鎮守府の食堂に関する雑談で盛り上がり始めている。
常に尖った女という印象を持たれ、どこか人に避けられがちな自分とは正反対。
そんな妹に少しむっときたが、顔には出さず目の前の野菜を切ることに集中した。
31: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:02:27.42 ID:/vz73T900
「あら、上手ね飛鷹さん」
厨房を見に来た祥鳳は、手馴れた手つきで野菜を切ってゆく後輩に感心した。
元令嬢と聞いたから家事はできないのかもしれないと思っていたが、杞憂だったようだ。
「べ、別にこれくらい・・・。嗜みです」
「でも飛鷹さー。龍驤先輩に教えられたときは最初ぜんっぜんできなくて、半泣きだったよねー」
「な・・・! よっ、余計なこと言わないでよバカ!」
飛鷹は顔を真っ赤にして怒り出した。
そんな二人のやり取りに、思わず祥鳳と大鯨はくすりと笑ってしまった。
「まぁまぁ、私も最初ぜんぜんできなかったわよ」
「そ、そうですよ。私も最初はヘタクソでしたから」
大鯨も横からフォローを入れた。
そういえば、昔は私も全然できなくて、龍驤先輩に呆れられてばっかりだったな。
祥鳳の脳裏にふと懐かしい想い出が浮かんだ。今度は私が先輩なんだよね。頑張って二人を支えてあげないと。
「うっし。こっちは野菜切り終わったぜー」
「は~い。それじゃあ、こちらもお願いしますねー」
「うげっ? まーだあんのかよ…」
「はい、まだまだたくさんあります!」
他の用事を済ますため厨房を出た祥鳳の耳に、隼鷹と大鯨の会話する声が届いた。
32: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:04:52.34 ID:h805wDBb0
それから一時間ほどかけて、飛鷹と隼鷹はキュウリのサラダとクリームシチューの用意を終えた。
ふんわりとしたミルクの匂いが食堂全体に広がった。
「大鯨おねえちゃん! 今日のごはんはな~に?」
その匂いを嗅ぎつけたのか、はたまた昼の時間を待ちかねたのか、幼い少女達が食堂へと駆け込んできた。
「あっ、新しい空母のお姉ちゃん達ね! 私は暁よ! 一人前のレディーとして扱ってよね!」
「おう、昨日龍驤先輩と遊んでたちびっ子達だね! あたしは隼鷹。よっろしく~!」
「響です。よろしくお願いします」
「雷よ! わからないことがあったら、私に頼ってくださいね!」
「はわわ…。い、電です。よ、よろしくお願いします、なのです」
「飛鷹よ。昨日、自己紹介したとは思うけど、改めて、よろしくね」
電達は行儀よくお辞儀すると、暁がいち早く席に座ろうと駆け出した。
「よっし! 一番早く座った子が今日のシチューのおかわりをゲットできるわよ!」
「はわわ! ま、待って欲しいです!」
「こら~! 食堂で走っちゃダメでしょ!」
大鯨が注意するが、元気いっぱいの幼子達は聞く耳を持たなかった。暁と雷は我さきにとテーブルに向かって走り出した。
二人の姉に遅れを取るまいと電も走ろうとしたが、足がもたついて転んでしまった。
「あいて!」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
飛鷹が血相を変えて転んだ電のもとに駆け寄った。
「へ、平気なのです…。いつもよくぶつかったり転んだりしてるので…」
「ほら、立てる? 擦りむいたりしていない?」
飛鷹は膝まづき、そっと手を差し伸べた。
「は、はい…。大丈夫なのです」
飛鷹の手を取り、電はすっと立ち上がった。
「ありがとうございます、飛鷹お姉ちゃんは優しいんですね!」
「べっ、別に気にしなくていいわよ。これくらい当然よ」
「あ~、飛鷹ってば照れてる照れてる! か~わいい!」
「なっ・・・! 隼鷹は黙ってて! ほ、ほら、さっさと席に着くわよ。電ちゃん!」
「は、はいなのです!」
飛鷹は顔を赤くし、電を連れて席へと着いた。
一方、一番早く着席していた暁は目を丸くしていた。
「な、なんというレディーなの飛鷹さん…」
「ふふ、暁にライバル出現だね」
響が隣から口を挟んだ。
「ふ、ふん! 暁はもう立派なレディーだもん!」
「あら? 立派なレディーは食堂で走ったりしないものよね?」
暁が後ろを振り向くと、祥鳳が立っていた。だが、その表情は笑顔でも目は笑っていない。
暁達の行動の一部始終を、しっかりと彼女は見ていたのだ。
「し、祥鳳お姉ちゃん…?」
「暁、雷。どうして食堂で走ったりなんかしたのかしら…?」
「う、うぅ…。ご、ごめんなさい・・・」
昼食の間、二人が祥鳳にこってりと絞られたのは言うまでもない。
33: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:05:48.41 ID:h805wDBb0
午後三時頃、祥鳳は伊吹の命令を受け、隼鷹と飛鷹を引き連れて哨戒任務に就いた。
もっとも飛鷹達の艤装は速度の出ない低速型のため、祥鳳は二人に合わせて、いつもより速度を落としながら移動していた。
三人は東京湾沖を通り抜け、千葉県南端周辺の海域まで来ていた。
「飛鷹さん、偵察機を出してもらえる?」
「えぇ」
「お安い御用さ。者ども、出てこーい!」
飛鷹と隼鷹は龍驤と同じ手法で艦載機を飛ばす艦娘だった。
二人は左手に握っていた巻物をさっと広げ、その右手に「勅令」の字が宿った薄い朱色の炎を点した。
左手の巻物は飛行甲板となり、その甲板に沿って右手の火を滑らせると、火が点った艦載機達が次々と発艦して海原へと飛び立った。
九六式艦戦、九九式艦爆、九七式艦攻と、祥鳳の操る艦載機より種類が多く、また手数も多彩だった。
「ふふっ。どう? 私達だって新人だけど、結構やれるでしょ? 祥鳳さん?」
「えぇ」
だが、祥鳳はすぐに飛鷹達の艦載機の弱点に気付いた。
飛鷹も隼鷹も艦載機こそきちんと発艦こそ可能なものの、まだ艦載機自体を動かす練度自体は高くない。
その証拠に艦載機の統率は十分に取れているとは言えず、どこか乱れた隊列で空を進んでいた。
それに加えて、巻物と式神を開く時に隙が大きい。これでは狙い撃ちされる危険もある。
ここは三人の艦載機を固まって進ませ、二人をサポートしながら進んだ方がいい。
祥鳳は一度艦載機を戻すよう指示を出そうとしたが、「北西に戦艦ル級発見! 700m先に3体います!」と、飛鷹の突然の報告に遮られた。
34: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:08:01.67 ID:h805wDBb0
「こっちにもいるぜ。東北東500m先に駆逐ニ級6体に軽巡ト級が2体、軽空母ヌ級も2体いらぁ!」
「なんですって!?」
ここ数ヶ月の間、横須賀周辺ばかりに強力な深海棲艦が出現している気がする。しかもル級のような強力な個体ばかり。
ここ二三年の場合ならば、ル級が出現することすら珍しいというのに。
祥鳳には、深海棲艦の襲撃に何か意図があるように思えた。
力を測るための威力偵察? 金剛さん達のような強力な艦娘を一刻も早く叩くため? あるいはその両方?
遠くから近づいてくる影が目に入り、祥鳳は我に帰った。今は目の前の敵を倒すことに集中しないと。
「二人とも、私の近くに固まって。隼鷹さんは、まず東北東の敵をお願い。飛鷹さんは、私の援護に回って」
「えぇ」
「はいよ!」
祥鳳は矢を番え、次々と撃ちだした。空に放たれた矢が燃え、艦載機となって次々と敵艦隊へ向かった。
「お願い、九七式艦攻!」
祥鳳はまず九七式艦攻をル級の群れへと向かわせた。艦載機は艤装を通して空母の指令を伝達させ、逆に艦娘側も艦載機の目にした情報を艤装を通して得ることが可能だった。
此方に気付いたル級が対空射撃を放つが、祥鳳の九七式艦攻の殆どがそれを軽々と躱してしまった。練度の高い彼女の艦載機は隊列を乱
さず、最小限の動作で敵の攻撃を避け、雷撃をル級に浴びせた。
手ごたえあり。艦載機から伝わってきた感触を受け、祥鳳は満足げに微笑んだ。ル級一体は見事に雷撃が急所へ命中し、撃沈に成功した。
残り二体は小破しただけだったが、此方にはまだ九九艦爆もいるし、仲間達もいる。戦力としてはどうにかなるはずだ。
「戦艦ル級を1体、撃沈しました!」
「ひゅ~、さっすが先輩! やるね~♪」
「隼鷹さん、そっちの敵に集中して! 今そちらにも援護を送ります! 飛鷹さんはル級に次の攻撃を!」
「えぇ!」
「よっしゃ~! 者ども、かかれ~! ヒャッハー!」
軽快な掛け声と共に、隼鷹の艦載機達が突撃を開始した。九六式艦戦、九九式艦爆、九七式艦攻が、やや荒っぽい飛び方で深海棲艦の群れへと襲いかかった。
だが、不気味な口に手足の生えた姿のヌ級は彼女の艦載機に対抗する戦力を保有していた。
ヌ級が口から放った黒い敵艦載機が飛び上がり、隼鷹の艦載機達を迎撃した。
「やっべ・・・!」
隼鷹の顔に冷や汗が走る。
彼女の艦載機のうち約半数があっさりと撃ち落とされてしまった。残りの半数はなんとか雷撃と爆撃でニ級5体の撃沈に成功したものの、軽巡ト級は中破、ヌ級は小破止まりだった。
35: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:09:19.25 ID:h805wDBb0
「まずいわね…。飛鷹さん、とりあえず、そちらを任せていい? すぐ援軍を送るから」
「えぇ!」
祥鳳は頷き、懐と背中に備えていた残りの艦載機を発進させた。
彼女の懐には龍驤に貰った零式艦戦52型の式神もあったが、今はまだ遣う時ではないと懐に留め、九九艦爆を隼鷹の援護へと向かわせた。
一方、飛鷹は二度目の攻撃を行なっていた。
ル級の対空射撃はヌ級の艦載機ほど脅威ではなく、艦載機はそれほど撃ち落とされてはいなかった。
飛鷹の九九艦爆と九七式艦攻が祥鳳の艦載機と共に一気に襲いかかり、爆撃の嵐が降り注いだ。
装甲や腕が派手に弾け飛び、ル級二体は大破にまで追い込まれた。
「よしっ!」
飛鷹は手応えを感じて拳を握った。
続いて、祥鳳が飛鷹の側に放った九七式艦攻が魚雷を放ち、ル級に命中した。ル級はそのまま撃沈し、海の底へと消えていった。
同時に東北東の敵に対して向かった祥鳳の残りの艦載機も隼鷹のものと合流しようとしていた。
黒い敵機が彼女の九七式艦攻と九九艦爆に機銃を放ってきたが、残っていた九六式艦戦が黒い怪物を撃ち落とし、その窮地を救った。
「ありがとう、隼鷹さん!」
「おたがい様だよ、ひひっ」
祥鳳は九九艦爆を向かわせ、敵機の間隙を縫ってヌ級へと爆撃を放った。同時に九七式艦攻が雷撃を放ち、無傷のままだったト級を撃沈
した。
「ふぅ…」
三人は残存した艦載機を回収し、一息ついた。だが、飛鷹だけは艦載機を戻さずに前へと進み始めた。
「あっ、飛鷹さん!」
「さぁ、奴等にトドメを刺しましょう! 戦果を挙げるチャンスよ!」
飛鷹は大破して動けなくなっているル級めがけて進み始めた。
「待って、あまり突出すると危険だわ!」
だが、飛鷹は聞く耳を持たなかった。
「おい飛鷹ってばー! とりあえず大破させたんだしもう帰ろーぜ!」
隼鷹と祥鳳が突っ走るお嬢様を追いかけた。
ふと、隼鷹は揺れ動く波間に光る何かを発見した。潜水ヨ級の緑色の瞳だった。
波間に潜んでいた海魔は、攻撃を開始しようとしていた飛鷹へ向けられていた。
「飛鷹!」
隼鷹は最高速度で駆け出し、飛鷹の前に仁王立ちになった。
焼けるような感触と衝撃を受け、隼鷹の目の前は真っ暗になった。
36: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:10:40.13 ID:h805wDBb0
隼鷹は、自分が生暖かいお湯の感触に包まれていることに気付いた。
「ひゃは? ここどこ・・・?」
海にいたはずなんだけど、昨日飲みすぎて倒れちまったのかな?
あれ、今あたし服着てない? やだ、素っ裸じゃん。
いや待てよ、あたしもいくら酔っ払っても素っ裸になるほどおバカじゃないはずだ。
まさかあたし、風呂で飲んじまってそのまま寝ちまったのかな?
「隼鷹さん、気がついた?」
目を覚ますと、そこには髪の長い女性ふたりがいた。
一人は白い割烹着を着た祥鳳、もう一人は彼女のよく見知った双子の姉だった。
「飛鷹?」
その瞳は潤んでいた。
「隼鷹…! なんであんなことしたのよ! 答えなさい!」
「あぁ…、アレね」
そうだった。
あの時、飛鷹が魚雷で狙われていた。あたしがあんたを庇って、魚雷で吹っ飛ばされたんだっけ。
「このバカ! あんたに守ってもらわなくたって私は大丈夫よ! なんで死にかけたりなんかすんのよ!」
「だ、だってさ…」
「だいたいあなたはいつもそうなのよ! 人の気持ちも知らないでひとりで勝手なことばっかりして!
あなたまでいなくなったら…、私…!」
その言葉は途切れ、飛鷹の口から嗚咽が漏れた。
「家を取り戻したって・・・、あなたがいてくれなきゃ、意味ないでしょうが・・・!」
そこから言葉にならなかった。大粒の涙を零し、飛鷹は隼鷹を抱きしめた。
「ご、ごめん・・・」
祥鳳は大きなため息をついた。
「とにかく、今はお風呂で安静にしていて。提督には私から報告しておくわ。飛鷹さん、後はよろしく頼むわね」
そう言い残すと、祥鳳は静かに浴場から出て行った。
37: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:11:13.68 ID:h805wDBb0
しばらくの間、飛鷹はお湯でびしょ濡れになるにも厭わず、ぼろぼろと泣きながら隼鷹を抱きしめ続けた。
「ご~めん。ごめん飛鷹~。あたしが悪かったって。とりあえずさ、もう泣き止もう、なっ?」
隼鷹は何とか泣き止ませようと双子の姉の背中を撫でた。
「わ、分かればいいのよバカ…」
飛鷹もようやく落ち着いたのか、妹から離れ、涙と鼻水を袖で拭った。
「ま、まぁ、私だって焦って突っ走っちゃったことは反省してるわ。あのあと赤城さんや提督にだいぶ叱られたし…」
「まぁ飛鷹って、一度集中すると前が見えなくなるタイプだからねぇ…。あたしがサポートしてやんなきゃダメだし・・・」
「…そうね。私、焦ってたわ。ごめん・・・」
「ホント、マジでそう。飛鷹はいつもそうだもんな…。ったく、世話が焼けるよ」
暫く、二人は黙ったままだった。
「そろそろ、戻るわね。傷が治る頃にはまた来るから」
「…あたしがいなくて大丈夫?」
「あんたこそ」
「何かあったら、来てくれるんだろ?」
飛鷹は何も言わず、微笑んで頷いた。
隼鷹もにやっと笑い、お湯に包まれゆっくりと瞼を閉じた。
38: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:11:43.16 ID:h805wDBb0
飛鷹が浴場を出ると、廊下には浮かない顔をした祥鳳が待っていた。
「な、なんですか…?」
また説教されるのかと思い、飛鷹は身構えた。
だが、彼女は自分の目を疑った。
「ごめんなさい、隼鷹さんに怪我をさせてしまって」
祥鳳は深々と頭を下げ、飛鷹に詫びた。
「ま、待ってください。隼鷹が怪我したのは私のせいで…」
「それでも、私は旗艦として貴方を止めるべき立場にあったわ。私の責任よ」
「や、やめてください…。なんか、責められているみたいで余計に嫌です…」
そう言われて祥鳳はようやく頭を上げた。
「ご、ごめんなさい」
「私こそ、謝らせてください。戦果を焦って、みんなに迷惑かけちゃいました」
飛鷹も先輩と同じように頭を下げた。
祥鳳は少し戸惑ったが、そんな飛鷹を見て気付いた。
少しとっつき難い所もあるけど、この子も隼鷹さんと同じなんだ。素直で心優しい、軽空母の艦娘なんだ。
祥鳳は飛鷹の肩を優しく触れた。
「大丈夫。これからやり直していけばいいわ。一緒にがんばりましょう、みんなで。さっ、頭を上げて」
「はい…!」
そう言われて飛鷹もようやく頭を上げた。
そして二人は見つめ合い、にっこりと微笑んだ。
39: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:12:22.76 ID:h805wDBb0
翌朝の午前10時頃だった。
高速修復剤で傷を癒し、風呂から出た隼鷹は医務室のベッドで眠っていた。
一晩中妹の看病をしていた飛鷹は椅子の上でうたた寝していたが、鎮守府中に発せられたサイレンと夕張の放送で目を覚ました。
『深海棲艦、再び発生しました! タ級が3体にヲ級3体! 場所は…』
「ったく、次から次へと、ゴキブリみたいね…!」
飛鷹は毒づきながら、隼鷹が病床から起き上がろうとしているのに気付いた。
「隼鷹、あんたは寝てなさい」
「ひゃは?」
「たまには私に頼りなさいな、このアル中女」
「はいはい。んじゃ、お言葉に甘えてぐっすりぽんさせてもらうよ」
隼鷹は再び横になり、布団を被った。
「飛鷹」
「なによ」
病室を出ようとした飛鷹が隼鷹に呼ばれ振り返ると、妹は少し寂しげな表情をしていた。
「お願いだから…、あたしより先に沈まないでよね」
「誰があんたなんかより先に沈むもんですか」
「言ってくれるねぇ、ひひっ」
隼鷹はふっと微笑んだ。飛鷹も笑い返し、医務室から執務室へと早歩きで向かった。
扉を閉め、執務室に行こうとしていた飛鷹は廊下で電と鉢合わせた。
「こ、これから出撃なのですか…?」
「えぇ、行ってくるわ」
「気をつけてなのです、飛鷹お姉ちゃん」
「えぇ。…って、お、お姉ちゃん…?」
飛鷹は思わず自分の耳を疑い、電の方を向いた。
「へ? 電、何か変なこと言っちゃいましたか?」
「…ううん、なんでもない。必ず帰ってくるから、心配しないで」
「なのです!」
飛鷹は電に見送られ、執務室へと走っていった。
40: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:13:07.11 ID:h805wDBb0
飛鷹が執務室に入ると、既に金剛と比叡、そして球磨と多摩がいた。
「飛鷹さん」
飛鷹が立っていた。
「私も連れて行ってください」
「大丈夫なの?」
祥鳳に問われると、飛鷹は黙って首を縦に振った。
「提督、お願いします。飛鷹さんも編成に加えてください!」
「勿論、そのつもりだ。飛鷹、頼むぞ」
「はい!」
飛鷹は敬礼して頷いた。
「よし! 金剛、比叡、飛鷹、祥鳳、球磨、多摩! 出撃せよ!」
「はい!」
六人は直ぐ様港へ向かい、艤装を装着して海原へと駆け出した。
41: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:14:31.69 ID:npc8fB1B0
誰かが医務室の扉を叩いた。誰だろうと隼鷹は思った。
「どうぞ」
「隼鷹、具合はどうかね?」
隼鷹が目にしたのは伊吹だった。
「なんだ、提督かよ。あたしの見舞いに来る暇があんなら、艦載機の整備でも手伝ってくんない?」
「私もそうしたいところだが、あいにく艤装の整備はできないのでね」
「まっ、そう言うと思ったけどさ」
伊吹は苦笑し椅子に腰掛けた。
「飛鷹、大丈夫かな。あの子危なかっしいから、あたしが付いていないとヤバそうだし…」
「大丈夫さ。君も彼女も、強く優しく美しい、立派な艦娘だ。違うかね?」
隼鷹はぽかんとした表情を浮かべた。
「へへっ。褒めすぎだぜ、提督」
隼鷹は鼻を擦り、照れくさそうに笑った。
「君は安心して休んでいろ。大丈夫だ、すぐに飛鷹も無事戻ってくる」
「へーい」
隼鷹はベッドの上から気怠そうに返事をした。
伊吹もその様子を見て安心したのか、すぐに椅子を立ち、部屋を出ようとした。
「おっと」
ふと、伊吹が振り返った。
「言い忘れたが、くれぐれも全快するまで酒は控えるように。これは命令だ。いいな?」
「へ、へーい…」
バレたか。隼鷹は懐の――飛鷹に頼んで買ってもらった――清酒入りの小瓶を渋々伊吹へと投げ渡した。
42: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:16:00.80 ID:npc8fB1B0
その頃、飛鷹は金剛達と共に戦艦タ級の部隊めがけて前進していた。
ヲ級やタ級に加え、駆逐ニ級が十二体護衛についており、形勢は圧倒的に不利だった。
「まったく、なんで最近はこう敵がやたらと多く出てくるクマ…?」
「球磨姉、ちゃんと前を見るにゃ。今回はちょっと危ないにゃ」
二人が愚痴っていると、北北西から宙をつんざく音と共に敵艦載機が出現した。
先に此方の位置を捕捉していたのは向こう側だったのだ。
約2km先にいるヲ級三体は不気味な呪文を詠唱し、
頭にかぶった帽子のような巨大な口から、海の底から、次々と艦載機を繰り出してきた。
「まずいクマ、みんなよけろクマ!」
「にゃーー!!」
艦載機は次々と艦娘達めがけて雷撃と爆撃を放ってきた。不意を突かれた艦娘達は陣形を崩され、散り散りにされてしまった。
そして、艦載機の群れは、爆撃で他の者から離れて孤立した飛鷹を発見した。動きが鈍い軽空母は攻撃目標としては絶好の標的だった。
「くっ…!」
「飛鷹さん、危ない!」
この間合いじゃ艦載機を放つには時間がかかりすぎる。
まずい、やられる・・・! 飛鷹は猛爆撃の嵐を予感し、身構えてしまった。
「No! やらせはシマセーン!」
だが、飛鷹は無事だった。
「金剛さん、比叡さん!」
金剛と比叡が飛びかかり、飛鷹を狙おうとした艦載機に体当たりして叩き潰してしまった。
二人の防御壁にはヒビが入り小破したが、艤装自体には大した損傷は見られず、まだ戦えるように見えた。
「No problem! Body Guardは任せてくだサーイ!」
「仲間は、絶対に、守ります!」
煤だらけになりながら、金剛と比叡はニッと笑った。
「そうよ、あなたも私もひとりじゃない。同じ艦娘という仲間が、家族がいるわ」
隣には、何とか爆撃を掻い潜って飛鷹の隣に戻ってきた祥鳳もいた。
「家族、私の…、家族…」
「私達はみんな傷を負った者どうし。でも、だからこそみんなで助け合い、進んでゆくの。みんなで、一緒に」
「祥鳳さん…」
飛鷹の目が潤んだ。
そうか、私は家も家族も失ったわけじゃない。
私の家は、ここにあったんだ。
「一緒に戦いましょう。仲間のために、家族のために」
飛鷹は黙って頷いた。
「行きますよ、飛鷹さん」
「えぇ!」
飛鷹は指に炎を宿し、祥鳳は矢を番えた。
「さぁ! この飛鷹の力、見せてあげるわ!」
「艦載機のみんな、お願い!」
祥鳳の矢が艦載機の姿へと変わり、飛鷹の巻物から次々と艦載機達が浮かび上がり、空へ舞い上がった。
43: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:17:14.93 ID:npc8fB1B0
飛鷹の九六式艦戦は祥鳳の九九艦爆と九七式艦攻を護るかのように並んで飛行し、
祥鳳の艦載機を撃ち落とそうと迎撃に向かった黒い艦載機達を逆に叩き落とした。
「ふむ、新人もなかなかやるクマ」
「多摩達も負けてられないにゃ」
「よっしゃあ! やるクマ!」
祥鳳と飛鷹のもとに戻ってきた球磨と多摩は、猛スピードで飛鷹と祥鳳に対して突っ込んでくる駆逐ニ級に対し、弾幕を張って防衛の陣を敷いた。
何度も戦線をくぐり抜けてきたこの二人にとって、駆逐ニ級の群れなど敵ではなかった。
あっという間にニ級の群れは砲撃で次々と吹き飛ばされ、次々と沈んでいった。
「これで大丈夫にゃ」
「球磨さん、多摩さん、ありがとうございます!」
「お安い御用だクマ」
球磨と多摩は煤まみれの顔を拭い、微笑んだ。
「祥鳳さん、これでいけるわ!」
「えぇ! みんな、お願い!」
制空権を獲得した九九艦爆が次々にヲ級に対して爆撃を浴びせていった。
海の魔女は悲鳴を上げて次々と撃沈、もしくは大破に追い込まれた。
一方、飛鷹の残りの九九艦爆と九七式艦攻はタ級目がけて突撃し、雷撃と爆撃を浴びせた。
一体は何とか大破に追い込んだが、もう二体は躱され、掠り傷程度しか与えられなかった。
「Okay! ひっさびさにやりますYo! 比叡!」
「はい、お姉様!」
高速戦艦の姉妹は速度を全開にし、タ級へと突撃を開始した。
「ハヤイ…!」
速い。あまりに速い。タ級は何度も砲撃を放ち、迎撃したが、この姉妹を捕捉できず、攻撃は殆ど回避されてしまった。
更に上空からの敵艦載機が攻撃を仕掛けてくる。
空と正面の二方向からの襲撃で、あっという間にタ級は追い詰められてしまった。
「ダブル・バーニング・ラァァァァァブ!!」
そして飛鷹の九九艦爆と金剛・比叡の砲撃がタ級の身体を撃ち抜いた。
大破していたタ級とヲ級はあっという間に爆散し、骸が海へと沈んでいった。
残るタ級一体も戦況不利と判断したのか、直ぐ様残存して
いた艦載機をかき集め、共に海底へと退却した。
「Yeah、やりマシタッ! Congratulations!」
「ふぅ…!」
「やったクマー!」
「いや、まだにゃ」
44: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:17:40.99 ID:npc8fB1B0
多摩は背中の艤装から爆雷を取り出し、海中へと放り投げた。
海に小さな水柱が立ち、潜水カ級が吹き飛ばされてバラバラになった。
「艦娘に同じ手は二度も通用しないにゃ」
多摩は吹き飛んだ深海棲艦に対し、冷たく言い捨てた。
「Okay! EnemyはAll Destroyしまシター! 帰りマショー!」
「えぇ!」
意気揚々と金剛と比叡は横須賀鎮守府に帰投を開始した。多摩と球磨もそれに続き、祥鳳も続こうとした。
ふと、祥鳳は水平線の彼方を見つめる飛鷹に気付いた。
45: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:19:04.42 ID:npc8fB1B0
「飛鷹さん?」
「祥鳳さん。私、夢があるんです」
「夢?」
「平和になったら、サンフランシスコのあの家へ、隼鷹と・・・」
「そっか…」
祥鳳は静かに微笑み、飛鷹の手を取った。
「いつか、叶えられるようにしましょう。みんなで力を合わせて」
「はい…!」
「その時が来るまでは、この鎮守府があなた達の家。そして、私達みんなが、あなたの家族よ」
「はい…!」
瞳を潤ませ、飛鷹は頷いた。
もう一度、飛鷹は遠くの海を振り返った。
そこにはあの白い大きな家が見えた。飛鷹だけにしか見えない、白い大きな家が。
「平和になったら、いつかきっと…」
その時まで、しばらくお別れね。
飛鷹は白い家の幻に別れを告げ、祥鳳と共に金剛達を追いかけた。
46: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:19:45.00 ID:npc8fB1B0
12月の夕方。冷たい風の吹く長崎県近海の沖合を二人の艦娘が並んで進んでいた。
ひとりは長い銀髪の少女、もうひとりは彼女よりやや背丈の低い茶髪の少女だった。
共にデザインこそやや異なるが、白い巫女のような服に弓道着のような艤装を身に纏っていた。
「翔鶴、そっちはどうだった?」
茶髪の少女は銀髪の少女に対して尋ねた。
「瑞鳳先輩、こちらは異常なしです」
翔鶴と呼ばれた銀髪の少女は、先輩である茶髪の少女・瑞鳳に報告した。
「よし、そろそろ帰ろう。今日は武蔵さんがカステラを買ってきてくれたらしいよ」
「まぁ! 楽しみです!」
疲れの色濃い翔鶴の顔がぱっと明るくなった。瑞鳳も微笑み、その目を遥か遠くの鎮守府へと向けた。
「よし、帰ろう! 加賀さんや瑞鶴も待ってるよ」
「はい!」
二人は夕焼けで赤く染まりかけた海を走り始めた。
『アネニアイタイカ…?』
すると、何処からか瑞鳳の耳に奇妙な声が届いた。
瑞鳳はそれを幻聴と思った。海は何が起こるかわからないし、きっと最近は忙しかったから疲れてるんだ。
彼女はそう自分に言い聞かせた。
「そりゃ、会いたいよ…。逢えるならね…」
瑞鳳は冗談半分でつぶやいた。
47: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:20:32.00 ID:npc8fB1B0
そもそも瑞鳳は本気で逢えるとは思っていなかった。恐らく、あの時既に亡くなってる可能性の方が高い。
それでも、瑞鳳は心のどこかでいつかまた姉に会えるのではないかと希望を抱いていた。
どこかで姉が生きていて、艦娘になった私に気づいて、いつか迎えに来てくれる。彼女はそう信じていた。
その時だった。
「瑞鳳…、私よ…」
「えっ…」
目の前には姉がいた。あの時と変わらない、優しい笑顔で。
「お姉ちゃん…!」
「え? 瑞鳳先輩、お姉ちゃんって…?」
瑞鳳は海に立つ姉に向かって進みだした。だが、その姉の笑顔は翔鶴には見えない。
「おねえ…ちゃん…! お姉ちゃん…!」
先輩の異変に気づき、翔鶴が声をかけた。だが冷静さを欠いた瑞鳳は、蜜に惹かれる蝶のように姉の笑顔へふらふらと近づいていってし
まった。
「お姉ちゃん、会いたかった…!」
その瞬間、海底から突如現れた触手が瑞鳳の手足を掴んだ。
「ふぇっ!? なっ、何これっ!?」
抵抗するまもなく、瑞鳳は暗い海の底へと引きずり込まれた。
「瑞鳳先輩!?」
翔鶴が手を伸ばした時には既に手遅れだった。
そこには暗い静かな水面があるだけで、先輩の姿はどこにも見えなかった。
「瑞鳳先輩! 瑞鳳先輩!」
パニックを起こし、翔鶴は戦友の名をひたすら叫び続けた。
だが、何度呼びかけても瑞鳳は戻ってこなかった。
48: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:22:18.09 ID:npc8fB1B0
同刻、佐世保鎮守府に特別に設けられた弓道場を改造した演習場。そこでは黒髪のツインテールの少女、瑞鶴と彼女の師匠が弓矢の演習に励んでいた。
彼女もまた弓道着のような艤装を身に纏っていた。その隣には、同じように弓道着を身に纏った背の高いサイドテールの女性もいた。
「瑞鳳先輩と翔鶴姉、遅いですね…。どこで道草食ってるんですかね?」
瑞鶴は矢を放ち、ぶつくさと呟いた。彼女の弓から放たれた矢は炎に包まれて艦載機となり、機銃を放った。
だが、瑞鶴の力不足のためか、円形の的には殆ど命中しない。さらに的に空けられた穴の大半は、中心ではなく円の外周に近い部分ばかりであった。
「あの子は真面目な子よ。五航戦の子なんかと一緒にしないで」
「ま~たそれですか。いい加減そのあだ名やめてくれません、加賀さん? パワハラで訴えますよ」
加賀と呼ばれた長身の女性は後輩の抗議を無視し、無表情のまま弓矢を放った。
彼女の放った矢も同じく艦載機となったが、瑞鶴のそれとは正反対で的には百発百中。
それも殆ど全ての機銃が見事に中心を貫いていた。
「瑞鶴。今の貴方の実力は、せいぜい一航戦の私の五分の一がいいところ。だから『五』分の一の五航戦。悔しかったら、訓練を重ねてこの私を超えてみなさい」
「ムッキー! いいわよ、今にひれ伏させてあげるわ! この焼き鳥女!」
「やれるものならやってご覧なさい。まずは一つ一つの艦載機をちゃんと操ることに集中なさい。ピアノを弾くように、繊細にね」
瑞鶴はムッとした表情を崩さぬまま、再び艦載機を放った。今度はやや中心に近い位置に機銃が穴を開けた。
「そう、その調子よ」
これでいい。加賀は口にも顔にも出さず静かに思った。
49: ◆li7/Wegg1c 2016/01/10(日) 17:23:41.99 ID:gKFVj7yD0
この少女は素直な良い子ではあるものの、ひたすら生真面目な瑞鳳や謙虚な翔鶴とは異なり、少し調子に乗りやすい一面があった。
また、彼女は実力をその幸運で補っている一面もあり、周囲からは「幸運艦」と称されることが度々あった。
幸運と言えば聞こえがいいが、逆に言えば「実力の足りない運だけの艦娘」と皮肉っているとも言える。
ましてや若さに任せた強気な瑞鶴だ。周囲と軋轢を起こす可能性は容易に想像できた。
故に、加賀は敢えて瑞鶴にのみ厳しい訓練―弓矢の訓練の他、ジープで追い掛け回す訓練なども行なった―を課し、意地の悪いことまで言って批判を自分に向けさせていた。
厳しい訓練を課した上で結果を出せば、誰も瑞鶴を運だけの女となじることはできなくなるからだ。
瑞鶴もそんな先輩の真意には既に気付いていた。口にこそ出さないものの、瑞鶴は厳しくも強く暖かい加賀を内心では師として敬愛していた
(それでも五航戦呼ばわりだけは大いに不満だったが)。
「ん?翔鶴姉から通信…? ちょっと失礼します」
突如、瑞鶴が手を止めた。
「瑞鶴。何かあったのかしら」
「え? 瑞鳳さんが…? どういうこと、翔鶴姉!? ねぇ、翔鶴姉ってば!!」
54: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:21:10.74 ID:f8f8cn0K0
小笠原諸島の無人の小島。黒い岩だらけの小島には四体の海魔が並び立っていた。金属製の十字架に縛られた少女をじっと見つめた。
彼女の名は瑞鳳、佐世保鎮守府で軽空母として戦っていた艦娘である。
だが、人の形をした人ならざる黒い怪物達にとってそんな個人の名称など何の価値もないものであった。
深海棲艦にとって、瑞鳳は憎むべき敵である艦娘の一人にしか過ぎないのだ。
「コノカンムスヲドウスルツモリ…?」
南方棲戦姫はそっと少女の頬を砲塔でつついた。
「ミテイロ、ツギコソカナラズ…!」
装甲空母姫は甲高い声で吠えた。その吠え声に呼ばれ、無数の怪物達が島に集結した。
灰色の海の魔女、黒い鮫のような怪物の群れ、三つ首の怪物、大きな口に手足の生えた化物、
セーラー服を着た白い幽霊のような女怪物、尻から竜の頭が生えた怪物などが無数に群がり、小さな岩島を埋め尽くしていた。
55: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:22:08.80 ID:f8f8cn0K0
「ウマクイクトイイワネェ…!!」
南方棲戦姫は狂ったように哂い、口を噤んだままの戦艦棲姫と飛行場姫と共に海へと戻っていった。
「オノレェ・・・! オノレェ・・・!!」
装甲空母姫は侮辱に怒りを感じ、顔を歪めた。直後、島に集まった海魔の群れに目線を向けた。
「ワガシモベドモ・・・、カナラズヤワレラガテニショウリヲ!」
装甲空母姫はあらん限りの力を込めて叫んだ。
島に集った深海棲艦達もそれに呼応し、不気味な唸り声をあげて戦意を見せた。
やがて、装甲空母姫は東京湾へと顔を向け、ゆっくりと海を進み始めた。
その後方を十字架を引きずる空母ヲ級の一体が従い、深海棲艦の軍団もまた進み始めた。
その怪物達の進軍を、二人の小柄なセーラー服の少女達が岩陰から物音を立てないよう静かに覗いていた。
「マ、マジっすか・・・!?」
ウサギのぬいぐるみを腕に抱えた少女が呟いた。その隣に立っていた少女もまた、青ざめた表情で深海棲艦の行軍を黙って見つめていた。
56: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:23:44.81 ID:f8f8cn0K0
第七話 よくもやったわね!?
祥鳳は白い砂浜にいた。雲一つない青空に、輝く白い太陽。
そうだ。ここは、十年前のあの日に来た沖縄の海だ。父と、母と、そして妹と。
私があの人と、鳳翔さんと初めて出会った場所でもあり、私が大切な人を、みずほを失った場所。
彼女は、見覚えのある小さな女の子がぽつんと波打ち際で突っ立っているのに気付いた。
みずほだった。
「みずほ…! どうしてここに…?」
「どうして? 分かってるでしょ・・・?」
彼女の妹はゆっくりと振り返った。
「ひっ…!?」
だが妹の顔は無邪気な幼子のそれではなく、髪の毛の生えた真っ白な髑髏になっていた。
ところどころに海藻や巻貝、フジツボが付着した真っ白で不気味な死者の顔だった。
「ほら、お姉ちゃんのせいだよ? お姉ちゃんのせいで、私は死んだんだよ…。こぉんなになっちゃった」
「み、みずほ…!?」
カタカタと、骸骨の歯がかち合わせた妹を見て、祥鳳は恐怖を覚えた。
これは夢。夢に決まってる。祥鳳は自分にそう言い聞かせた。
だが、身体に走る悪寒は止まらない。
お願い、早く醒めて。
だが彼女の願いも虚しく、再び場面は変わった。
57: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:25:12.26 ID:JANJcu4v0
「えっ…」
気がつくと彼女は真っ白な病室にいた。そこには白いベッドの上で、祥鳳が母のように慕っていた女性が眠っていた。
だが、彼女が目覚めることはない。つい先日、大鯨や球磨達と共に見舞いに行ったばかりだ。あれから一向に変化の兆しなどなかった。
医者からはこのまま安楽死させるべきと助言する者までいた。それでも祥鳳は―むろん大鯨や球磨達も―いつか鳳翔が目覚めると信じていた。
「ほ、鳳翔さん…」
目覚めるはずもない。それを分かっていながら、縋るように祥鳳は声をかけた。
「あなたのせいですよ」
突如、鳳翔がベッドで眠ったまま口を開いた。
「ひっ・・・!」
「あなたが弱かったから…、あなたが艦娘になるのが遅れたから、私は倒されたのよ…」
祥鳳の身体に再び悪寒が走った。
そうだった。私が艦娘になって、横須賀鎮守府に戻ろうとした直前に、大規模な深海棲艦の発生が起き、鳳翔さんは瀕死の重傷を負った。
あの時、私がもう少し早ければ…。
58: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:25:49.75 ID:JANJcu4v0
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「謝って済むとでも? あなたのせいで、私は寝床に縛り付けられたままなんですよ?」
鳳翔は頭をゆっくりと動かし、祥鳳を冷たい目で睨みつけた。
「ひっ…!?」
気配を感じて振り返ると、いつの間にか骨になった妹が立っていた。
「そうだよ。お姉ちゃんがもっとしっかりしてれば、私だってガイコツにならなくて済んだんだよ」
「あなたのせいですよ」
怖くなった祥鳳は頭を抱えて座り込み縮こまってしまった。
「やめて…」
「お姉ちゃんのせいだよ」
だが、鳳翔も妹も口を閉じようとはしない。
「おねがい、やめて…」
「お姉ちゃんのせいよ」
「あなたのせいよ」
「やめて・・・!やめてやめてやめて!!」
終わることない責め苦に、祥鳳は絶叫した。
59: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:28:25.43 ID:JANJcu4v0
「あぁぁぁっっ!!」
気がつくと、そこは砂浜でも病室でもなく、自分の部屋の布団の中だった。
「…またなの」
祥鳳は呟いた。冷たい部屋の空気に身体を斬りつけられるような気分だった。
あの幻への恐怖が止まらない。
まだ、あの夢は私を苦しめる。
南の海の砂浜でみずほを失った夢。
鳳翔さんを失った夢。
いつになったら、私は悪夢から抜け出せるの?
祥鳳は頭を抱え毛布を被って震えたが、それでも寒気は収まらなかった。
ちょうどその時、部屋の電話が鳴った。
こんな朝から誰だろう。まだ陽も登ってない時間なのに。
なんにせよ気分転換にはちょうどいい。祥鳳は震える手で受話器を手に取り、応じた。
「もしもし…。あ、夕張ちゃん。え、こんな朝から?」
60: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:31:44.90 ID:JANJcu4v0
朝五時頃。身を切るような寒風の中を歩き、祥鳳は工廠の扉を開けた。
艤装の保管倉庫は規則正しく艤装が整理されているが、通称『開発室』と名付けられている夕張の部屋は、相変わらず変なロボットや黒いヒーローのフィギュアが所狭しと並べられた窮屈な場所だった。
最近は部屋に帰らずここで寝泊りしていたのか、床には寝袋やスナック菓子の袋などが転がっており、
机には難解な図式や設計図やらが描かれたプリントが散乱していた。それにすきま風がところどころ吹いていてかなり寒い。
祥鳳はこんな不健康そのものの部屋にこもってる夕張の体調が少し心配になってきた。
「すみません、こんな朝から」
夕張は真っ黒な顔で出迎えてくれた。どうやらまた徹夜して何かを製作していたらしい。
「夕張ちゃん、なんの用事なの・・・。こんな朝早くから?」
「えへへ…。ちょーっと待っててくださいね! とっておきのもの見せちゃいますから!」
「そう、早くしてちょうだいね…」
煤まみれのジャージを着た夕張はにかっと笑い、部屋の奥へ向かった。
彼女を待ちながら、祥鳳は夕張に対してやや刺々しい口調で話してる自分に気付いた。
いけない、仲間にこんな冷たい態度を取っては。
夕張ちゃんはとてもいい子なのに。
確かにちょっと特撮番組と深夜アニメと機械の話にうるさいけど、毎日艤装をきちんと手入れしてくれてるいい子。
それなのに、私ったら。
61: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:33:13.88 ID:JANJcu4v0
そんな祥鳳の胸の内も知らず、無邪気な笑顔で夕張はその『とっておきのもの』を披露した。
「じゃじゃーん!」
「夕張さん、これは?」
それは飛行甲板を模した和傘だった。薄茶色の傘の中心は丸い朱色に染まっており、非常に美しかった。
「改二になった艦娘は今のところ那珂ちゃんと木曾さんだけ。しかもそのメカニズムはさっぱり分かってません。
だったら、艦娘が強くなるには、装備を強化するしかないわけです」
まるでセールスマンのように夕張は話し始めた。
「そこで、この傘です! 大和さんの傘を参考に造ってみました。ちゃーんと銃弾も爆撃も弾く優れものです!」
夕張は自信満々に和傘を開き、くるくると大道芸のように回し始めた。そんな彼女が可愛らしくて、思わず祥鳳は微笑んだ。
「ありがとう、夕張ちゃん。でも、大丈夫よ。そんなに心配しなくても」
「気に入らない、ですか…?」
夕張は寂しげに目を逸らした。
「そっ、そういうわけじゃないの…! ただ、そんな大きな傘なんか持ってたら、戦ってる時に邪魔に・・・」
夕張の顔が曇り始めたのを見て、祥鳳はハッとなった。
しまった。彼女はすぐさま自分の失言を後悔した。
「そ、そうですよね…」
「ちっ、違うの夕張ちゃん…! 悪気があったわけじゃ…」
慌てて繕うが夕張はどんどん暗い表情になってゆく。
62: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:34:16.61 ID:eyVaGBff0
「私、いつも祥鳳さんがみんなのこと守ってくれて、いつもボロボロになって帰ってくるの見てて…。
電ちゃんを助けに行った時だって、祥鳳さんは命懸けだったのに、私は何にもできなかったのが悔しかったんです…」
「夕張ちゃん…」
そうだったんだ。
祥鳳は初めて聞く夕張の心境を聞いて心底驚いていた。
そう言えば、
『アナタが無茶してSeaにドボンしたら、あのLittle girlsが悲しむだけデース!』
って金剛さんに言われたっけ。
夕張ちゃんも、電達と同じ気持ちだったんだ。
それなのに、私は・・・。
「だからせめて、装備で何とかできないかなぁって思ったんですけど…。やっぱり、邪魔ですよね、こんなの…」
夕張は寂しげに微笑み、和傘をすっと閉じた。
「そうだったの…。ごめんなさい、あなたの気持ちも考えずに、勝手なこと言っちゃって」
「い、いえ! 謝らないでください! こちらこそ、考えなしにこんなの作っちゃって…」
「じゃあ、いざとなったら使わせて」
「えっ…?」
俯いていた夕張が顔を上げると、祥鳳は優しい微笑を浮かべていた。
「大丈夫、夕張ちゃんが作ったものだもん。きっと役に立つわよ」
「…はい! 喜んで!」
夕張は黒い煤まみれの顔を綻ばせ、ぱっと明るい笑顔になった。
「…ありがとう、夕張ちゃん」
「いえいえ、これくらいお安い御用です!」
夕張は照れくさそうに鼻を擦った。
部屋は相変わらず寒かったが、祥鳳は体の芯にほんのりと火が灯ったかのような気持ちになれた。
「…そろそろ、朝ごはんの支度に行くね」
「はい! 徹夜明けの朝ごはん、楽しみです!」
部屋から出た時に見た夕張の表情に、もう陰りはなかった。
いつものように明るい笑顔だった。
63: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:36:31.06 ID:eyVaGBff0
その後、祥鳳は朝食の支度のため食堂へと向かった。
今日の朝食担当は電と雷だが、まだ幼い二人にこの人数は厳しいと思った祥鳳はふたりの手伝いに向かったのだ。
「おはよう、祥鳳お姉ちゃん!」
いつものように大鯨が台所にいた。いつものように変わらぬ笑顔で。
「あ、祥鳳お姉ちゃん! おはようなのです!」
「祥鳳お姉ちゃんおはよー! 今日は早いのね!」
電と雷は目玉焼きを焼いていた。既に何個かは出来上がっており、お皿に並べられていた。
「今日の目玉焼きはね、私と電がぜーんぶ作ったのよ! ホントよ!」
祥鳳は白い湯気を放つ目玉焼きをじっと見つめた。形もよく、白身も焦げてない。
黄身もしっかり色濃くなっており、火も通っているようだった。見たところ申し分ない出来に見えた。
「あら、上手にできたわね」
「えへへ…」
電は照れくさそうに俯いた。
大鯨の方を見ると、彼女は微塵切りにしたキャベツのサラダやパンをお皿に盛り付け、テーブルへと運んでいた。
あの子はもういない。でも、私達にはこの子達がいる。
大切な『妹』達が。
どことなく寂しげな表情をしていた祥鳳にいち早く気づいたのは雷だった。
「祥鳳お姉ちゃん、今日はなんか元気ないわねー!」
「えっ…?」
「そんなんじゃダメよぉ! ほら、笑顔笑顔!」
雷はぱんぱんと両手を叩いた。
「祥鳳お姉ちゃん! 困ったことがあったら、も~っと私に頼っていいのよ! ねっ?」
「うん…。ありがとう…」
祥鳳はふたりの小さな少女達の頭を撫でながら、静かに微笑んだ。
64: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:37:41.74 ID:eyVaGBff0
朝食後、祥鳳は夕張や雷とのやり取りで昨夜の悪夢をすっかり忘れていた。
自分のような頼りない艦娘を思ってくれた後輩の、夕張の暖かさ。実の妹はいなくても、代わりに自分を慕ってくれている妹達がいる。
改めてそれらを自覚できたことが、彼女にはたまらなく嬉しかった。
だが、その翌日の早朝に思いがけない事件が発生した。
そのきっかけは午前十時半頃に突如訪れた来客達であった。
「はい、横須賀鎮守府です」
鎮守府の呼び鈴が鳴り、祥鳳が来客に応じた。
門の前には、長身の女性と二人の少女が立っていた。
サイドテール、ロングヘア、ツインテールと、髪型は三者三様であったが、三人とも共通して弓道着を着ており、全員が空母の艦娘であることが伺えた。
真ん中の女性は長身で鋭い目つきをしており、祥鳳は少し恐怖感を覚えた。
「軽空母の、祥鳳さんね?」
「は、はい…」
誰だろう。祥鳳は鋭い目つきの美女を不安そうに見た。
「私は佐世保鎮守府秘書官、加賀です。一刻も早く伊吹提督のもとへ連れて行ってください。緊急の事態です」
「は、はぁ…」
祥鳳は戸惑いながら、門を開き三人を中へと招いた。
「貴方にも、大事なことを伝えなければなりません」
加賀は無表情のまま静かに口を開いた。
65: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:40:55.19 ID:eyVaGBff0
「貴方の妹さんは、瑞鳳は生きているわ」
執務室に到着すると、開口一番に加賀はそう言った。
「え? で、でも私の妹はもう…」
「本当にごめんなさい」
加賀は静かに頭を下げた。
「貴方の経歴を見落としていた、私の落ち度です。この間、艦娘の血液検査の際に、偶然貴方達の血縁関係が判明したわ」
加賀は懐から折りたたまれた紙を取り出し祥鳳に手渡した。
彼女がそれを開くと、そこには祥鳳と瑞鳳が姉妹だと示すDNA鑑定の結果が記されていた。
「もう少し結果が届くのが早ければ、貴方にも連絡できたのだけど・・・」
「彼女は今、行方不明です」
「そんな・・・。そんなことって…」
祥鳳は衝撃を受け、その場に立ち尽くした。
みずほが、妹が、艦娘になって生きていた・・・!?
「うそよ、ウソよ・・・」
祥鳳は喜びよりも衝撃の方が大きかった。
(じゃあ、私は、ずっと死んでいたと思い込んで、10年間もあの子をほったらかしに・・・!?)
祥鳳はふらりと倒れそうになり、赤城に肩を支えられ、辛うじて頭を打たずに済んだ。
彼女をちらりと見て、直ぐ様加賀は伊吹提督へと向き直った。
「艤装の発信機から、瑞鳳は小笠原諸島周辺にいることが判明しています。しかも移動してることから、恐らくまだ生存してるものと思われます」
伊吹は口を開かず加賀の表情を注視していた。その顔は無表情だが目の周りには隈ができており、かなりの焦燥感が伺えた。
「佐世保鎮守府の加藤提督から、横須賀鎮守府にも救援要請が出ております。我々と共に、救援部隊の出動をお願い申し上げます」
「事情は分かった。直ちに部隊を編成して、捜索に向かわせよう。君達も準備してくれ」
「ご協力、感謝致します」
66: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:42:33.94 ID:eyVaGBff0
その時だった。突如、睦月と夕張が執務室の扉を開いた。
「提督、大変です大変です大変です!」
「たいへんだたいへんだたいへんだにゃしぃ!!」
「提督、さっきテレビを見てたら大変なことが!」
突然の来客に対し、伊吹は苦々しい表情を向けた。
「・・・睦月、夕張。大変だけではわからん。報告はしっかり冷静に、的確に行うんだ」
「とっ、とにかくテレビを見てほしいのね!」
慌てて部屋に乱入した睦月と夕張に急かされ、伊吹は渋々テレビの電源を入れた。
何やら緊急の生放送が実施されてるようだった。地震か火山の噴火か。伊吹は一瞬そう思ったが、中継された映像を目にして顔色を変えた。
「瑞鳳!?」
その映像を見た加賀が声を張り上げた。そこには磔にされた少女が映し出されていたのだ。
『ご覧下さい! 艦娘が捕まっております! 深海棲艦に艦娘が捕まっております! 一体何があったのでしょうか!?』
中継のアナウンサーが興奮した様子で叫んでいた。
磔にされた少女の隣には、
「装甲空母姫…!」
映像を見た赤城の脳裏に苦い記憶が蘇った。
この怪物は四年前のあの日、鳳翔を撃破し、赤城や蒼龍、飛龍らに重傷を負わせたあと、長い間姿を消していた深海棲艦だった。
あれから蒼龍や飛龍はなんとか回復したが、赤城は今でもその傷を引きずっていた。
なにより、鳳翔という大切な友であり師でもある女性を失ってしまったこと、
そして自分の力不足で祥鳳の『母』を守ってやれなかった自責の念が今も尚赤城を苦しめていた。
67: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:44:15.77 ID:qeYQCQtG0
装甲空母姫は瑞鳳の張り付けられた十字架をその化物のような腕で掴み取って見せつけるように振り回し、顔を歪めて笑った。
「まさかあの深海棲艦、瑞鳳さんを人質に…!?」
中継を見ながら赤城が言った。
「なんてことを…!」
さらに装甲空母姫の後ろには大量の黒い影のような怪物たちが続いていた。
戦艦タ級、レ級、ル級。空母ヲ級、軽空母ヌ級、軽巡ホ級、軽巡ト級、駆逐ロ級、重巡リ級。
大量の深海棲艦が黒い影のように進軍し、海を切り裂いていた。
伊吹は戦慄した。深海棲艦達は瑞鳳を人質にしてこちらの攻撃を妨げ、その総力を結集して東京湾を襲撃するつもりだ。
その時、執務室の電話が鳴った。赤城に受話器を手渡され、伊吹は話し始めた。
「はい、こちら横須賀鎮守府。何、彼女ごと!? いえ、お待ちください。その決定には異議を申し立てます。
えぇ、えぇ・・・。結構です。直ぐ様其方に赴きましょう」
伊吹は暫く押し問答して受話器の電源を切り、重々しい声で静かに言い放った。
「上層部から命令が降った」
祥鳳を除く一同がごくりと唾を飲み込み、提督に視線を向けた。
「軽空母・瑞鳳に関わらず深海棲艦の一団を殲滅せよ。たとえ艤装適合者を殺害したとしても法には問わない、艤装のみを回収せよ。とのことだ」
「なっ…!?」
「そんな・・・!?」
執務室の艦娘達が騒然となった。
68: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:45:11.55 ID:qeYQCQtG0
「ふざけないで…!」
加賀は机に座っていた伊吹の襟首を掴む勢いで飛びかかろうとした。だが、翔鶴と瑞鶴に腕を抑えられ、その手は届かなかった。
「お、落ち着いてください加賀先輩!」
「加賀さんやめて!? こんなの、いつもの加賀さんじゃないよ!」
だが頭に血が昇った加賀は聞く耳を持たない。
「あの子をあのまま死なせるって言うの…! そんなことは、私がさせない…! 認めない…!」
「落ち着け、加賀。私とてこんな指令を下すつもりはさらさない。
これより異議申し立てのため、東京の大本営へと出張する。命令が出るまで、君達も待機していてくれ」
「…失礼しました」
加賀は我に返り、深々と頭を下げた。
「赤城、一緒に来てくれ。それから、金剛に連絡を頼む。私が不在の間、代理の指揮を彼女に委任する」
「はい」
赤城は直ぐ様内線に繋ぎ、金剛の部屋に電話をかけ、事情を説明した。一分ほどして会話を終えると、俯いたまま座り込んだ祥鳳に目を向けた。
その目には力はなく、ぐったりした目つきだった。
「祥鳳さん、安心してください。大本営の決定は必ず覆してみせます」
そう言い残し、赤城は伊吹と共に静かに部屋を出て行った。
扉が閉められ、主の去った執務室は沈黙に包まれた。
「私の、せいだ…!」
その沈黙の中で、祥鳳が静かに呟いた。
「私が、あの子の手を離したからだ…!」
あの子はあの時、きれいな珊瑚を取りに行こうと海へ駆けていった。
私が手を離してしまったせいだ。
私が手を離さければ、こんなことにならなかったのに。
「あなたのせいですよ」
「おねえちゃんのせいだよ」
どこからか昨夜の夢が幻聴となって蘇り、彼女の脳裏をぐるぐると回り始めた。
そうだ、私のせいだ。
全部、私のせいだ・・・。
「あぁ…。あぁぁ…! あぁぁぁぁぁっっ…!!!」
祥鳳は、声にならない声で人目も憚らず泣き叫んだ。
加賀も瑞鶴も翔鶴も、夕張も睦月も、どう声をかけていいのか分からず、ただ立ち尽くすしかなかった。
69: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:45:48.83 ID:qeYQCQtG0
赤城の運転する車の助手席に乗り、伊吹は大本営本部へと向かっていた。
各鎮守府を統括する上層部組織、通称『大本営』は横須賀から遠く離れた東京都内陸部に立地していた。
そこでは日本政府から選出された国会議員や防衛省の人間が司令長官として所属しており、艦娘に采配を振るう各鎮守府の提督も彼らの部下に過ぎなかった。
伊吹は車中で必死になって頭を回転させていた。
捕縛されている瑞鳳の救援をなんとか承認させねばならない。
直接の交流こそ少ないものの、祥鳳との付き合いは決して短いわけでもない。
彼にとって、彼女も金剛や比叡同様、愛すべき娘のような部下だった。
何としてでも彼女の妹を救えるようにしたかった。
なにより、深海棲艦は大群で東京湾へと少しずつ迫って来ている。もはや一刻の猶予もない。
その時、伊吹の携帯から着信音が鳴った。
彼が受話器を取ると、意外な人物から連絡が届いた。
70: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:47:15.20 ID:qeYQCQtG0
大本営本部の会議室に到着すると、数人の司令長官達が出迎えてくれた。
脂ぎった丸顔の太った男が二人と痩せ細った眼鏡の男がひとり、会議室の席に座っていた。
彼等がこの大本営の司令長官だった。
「やぁ、伊吹くん。はるばるご苦労だったね」
「こちらは秘書官の赤城です。鎮守府における業務の補助を担当していただいております」
赤城は静かに礼をした。伊吹は席には座らず、机に座る司令長官達をじっと見つめた。
「それで伊吹くん? 何の用かね?」
「先ほど出されましたご命令への異議を申し上げたく、此方へ参りました次第であります」
「ほほぅ」
「お言葉ですが、司令長官殿の作戦は、艦娘を捨て駒として扱うものかと思われます。
これは世間の心証を悪くし、我々の活動や司令長官達の経歴にも支障をきたすものかと…」
だが、彼の上司は伊吹の言葉などどこ吹く風と言わんばかりの表情だった。
「何を言うのかね。艤装さえ回収できれば問題ない。また新しい適合者を見つければいいだけのことではないのかね?
実際、舞鶴の吹雪とか言う子は二人目だそうじゃないか」
「所詮、艦娘など使い捨てよ。そもそもキミ、市民の安全の方が重要ではないのかね? 敵に捕まった艦娘など適当に処理しておけばよかろう」
「ですが長官…」
「艦娘ひとりなど救ったところで何のメリットもないじゃないか。よく考えた前」
「そうだ。そこの赤城くんも、ウチの下働きに取立てようかね? どうせ戦えないのだろ? 雑用くらいは役に立とう」
男達は下品な声で笑った。
赤城は鋭い視線で男のひとりを睨みつけたが、醜い豚のような怪物達には効果がなかった。
71: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:48:15.41 ID:qeYQCQtG0
「そうですか…、それが司令長官殿のご意見ですか…」
ため息をつき、伊吹は司令長官達を見た。彼等が深海棲艦よりも醜悪で吐き気を催す怪人のように見えた。
この男達にとって、艦娘の命や誇りなど意に介すべきものではないのだ。
彼等が欲するのは、ただ自らの保身のみ。艦娘も提督も、彼らにとってはただの道具に過ぎない。
だが、今は時間がない。このままでは何もできないまま終わってしまう。直後伊吹が取った行動を見て、赤城は自身の目を疑った。
「お願いです! どうか、お時間を!」
鬼のような男とまで呼ばれた伊吹が、床に伏せ頭を擦りつけ、土下座をした。
「四時間だけで構いません! 彼女を救う猶予を!」
「提督、おやめください。なぜそこまで…」
「どうか、どうかお考え直しください!」
だが、怪物たちに彼の言葉は届かない。
「却下させてもらおう。そもそも大勢の国民が危機に晒されているんだ。一人の小娘ごとき…」
赤城は拳を握り締めた。もはや彼女も我慢の限界だった。
伊吹の誇りにここまで泥を擦りつけるような男達になど従ってられない。
たとえこの後どうなろうと知ったことではない。一撃浴びせてやらなければ。
赤城が激昂に身を任せ、飛びかかろうとしたその時だった。
72: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:50:37.75 ID:qeYQCQtG0
「ちょーっと待ったー!」
突如、天井から女の子の叫びが響いた。そして、天井板を蹴破り、セーラー服の少女が天井から突如飛び降り、机の上へと着地した。
青葉だった。
「なっ…、貴様一体どこから出てきたのだ!?」
「どこからって、天井からに決まってるじゃないですかー!」
青葉はあっけらかんとした表情で言い放った。
「えへへっ…。青葉、見ちゃいましたー! 司令長官さん達が艦娘を捨て駒にしようと言ってるところを!」
「なっ…!」
「衣笠ちゃーん! このおじさん達のお話をみんなに教えてあげてくださーい!」
「はいはいー! 衣笠ちゃん、がんばっちゃいまーす!」
何処からか別の少女の声が響いた。青葉が脇に抱えていたスマートパッドからだった。そこには衣笠のライブ映像が映し出されていた。
「きっ、貴様ら何のつもりだ!?」
「おじさま方、いいんですかー? 賄賂とか~、不純行為の証拠写真とか~、さっきの艦娘を捨て駒にしようとしてた発言、全国にばら蒔いちゃいますよー?」
青葉はニヤリと笑い、鞄から写真を取り出して印籠のごとく見せつけた。
そこにはどこかの企業重役から不正献金を受け取る姿や、どう見ても中学生にしか見えない幼い―ただし艦娘ではない―容貌の少女をホテルに連れ込まんとする男達の姿など、長官達の醜態がこれでもかとばかりに収められてた。
さらによく見れば青葉の頭にはカメラが取り付けられたバンドが巻かれていた。
長官達は戦慄した。
まさか、今までの会話も全て…!
73: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:56:10.43 ID:94E0DQ320
「もう既に、著名マスコミにはライブ映像の送信準備ができちゃってま~す!
あとは衣笠ちゃんがマウスをカチッと押しちゃえば、ネットの動画サイト含めて、全国に今の映像が流されちゃいますよー!」
スマートパッドの衣笠が楽しそうに叫んだ。
「あーあ。これじゃ国民の皆さんゲキおこぷんぷん丸ですねー。せっかくみなさん順風満帆な出世コースを歩んでたのにカワイソー!
青葉も悲しいでーす! 奥さんも娘さんも泣いちゃいますねー!」
えーん、と青葉は泣き真似をした。勿論、その声は棒読みである。それが更に高官達を苛つかせた。
「よせ、青葉! キミ達がこんな卑劣な行為をしてはならん!」
伊吹は土下座の体勢を解き、部下に向けて怒鳴った。
「でもー! もうこの映像は青葉と衣笠さん次第でどーにでもなるんですよー?
仮に青葉をここで銃殺しても、すぐに衣笠さんがみなさんの恥を晒しちゃうでしょうねー」
「くっ…!」
司令長官達は苦渋の表情を浮かべた。
「青葉、お願いがあります~! 今すぐ命令の撤回をしてください。そうすれば、この写真はばら蒔かないであげます」
「ほらほら、どうするのよ!? 早くしないとボタン押しちゃうわよー! 社会的に死にたくなかったら、さっさとしなよー! ほらほらー!」
衣笠も画面越しに煽り立てた。
「よっ、よかろう…。ただし、3時間だ! 3時間でケリを付けろ!」
「我々は市民の安全を守らなければならないことも忘れるな! 一刻も早く人質を救出し、敵を殲滅せよ!」
その言葉を聞き、伊吹はきりっと姿勢を正した。
「長官、ご配慮に感謝申し上げます。では、我々はこれで。すぐにでも現場に戻らねばなりませんので」
「失礼致します。そうそう、青葉さんには懲罰を執行させて戴きますので、ご心配なく」
伊吹と赤城は直ぐ様お辞儀をし、部屋を後にした。
青葉もそれに続き、「あっかんべー」と最後に舌を出して去って行った。
「くっ…。伊吹め…!」
司令長官達は悔しげに伊吹達の背中をただ見つめるだけしかできなかった。
74: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:57:04.20 ID:94E0DQ320
伊吹達の帰りの車中には青葉も同乗していた。しばらくの間は全員が口を開かなかったが、大本営本部が見えなくなった頃になり、ようやく青葉が口を開いた。
「司令官、司令官! 青葉、やりましたぁ!」
青葉はいたずらに成功した少年のような笑顔を浮かべた。伊吹も静かに頷き、珍しくにやりと哂った。
「よくやった、青葉。君のおかげだよ」
「えへへ…。お安い御用です!」
照れくさそうに青葉は鼻を擦った。二人の様子を見て赤城は気付いた。
恐らく、先ほどの土下座に至る過程も事前に打ち合わせた芝居だったのだろう。
あの司令長官たちの不貞の情報も、こう言った事態が生じた際に艦娘を救うためあらかじめ集めさせていた『切り札』だったに違いない。
改めて赤城は伊吹龍という男に敬意を抱いた。
彼が自分の上司で良かった。彼女は心からそう思った。
「赤城。一刻も早く戻ろうか」
「えぇ」
赤城は頷き、横須賀へと向かった。伊吹は携帯電話を取り、横須賀鎮守府へ連絡した。
75: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:57:59.47 ID:94E0DQ320
電達――彼女達には今の祥鳳を見せない方がいいと古鷹が配慮した――と負傷して入渠中の隼鷹と彼女に付き添っていた飛鷹、および遠征中の那珂達や北上大井らを除いたほとんどの横須賀鎮守府の艦娘が執務室に集結した。
翔鶴と瑞鶴は不安げにひそひそと小声で話し合い、睦月・如月・夕張・大鯨は座り込んだ祥鳳の周りに寄り添い、疲れきった様子の彼女を見守っていた。
お昼過ぎ頃になると、伊吹からの連絡が届き秘書官代行を務めていた金剛が受話器を手に取った。
『伊吹だ、時間がないので早急にご連絡致します』
「提督ゥ? Orderの撤回はSuccessシマシタ?」
「あぁ。大本営より新たな指令が降りました。『軽空母瑞鳳、ならびにその艤装を回収し、深海棲艦を殲滅せよ』と」
「All right! 任せてくだサーイ!」
「ただし、残り三時間しかない。急ぐんだ…!」
伊吹が付け加え、電話を切った。
「皆サーン! Three Hourしかありまセーン! これから作戦会議をStartシマース! 何か意見がある人はお願いしマース!」
「あの…」
おずおずと銀髪の少女、翔鶴が割り込んだ。
「翔鶴サン、何かGoodなIdeaガ?」
「あ、あの時、瑞鳳さんは確か『お姉ちゃん』って呟いていました。もしかしたら、幻覚を見せられていたのかも…」
「そんな…! 深海棲艦が催眠術なんて!?」
信じられないといった表情で夕張が言った。
「深海棲艦は未知の生命体。何らかの技術などを所有してる可能性も否定できません」
加賀は無表情のまま付け足した。
「そうだ、もう一度映像を見せてください!」
夕張はパソコン上に取り込んだ深海棲艦のライブ映像を拡大した。
装甲空母姫、十字架を引きずるイ級2体、怪物達を護衛する艦載機の群れ、そして十字架の隣に空母ヲ級が付き添うように立っていた。
「もしかしたら、全部このヲ級と装甲空母姫の仕業なんじゃ・・・!?」
「I see! では、このヲ級を倒せれば…!」
金剛はポンと手を叩いた。
「もしかしたら瑞鳳を目覚めさせ、呪縛から解き放てるかもしれない…。いずれにせよ、きっかけぐらいは作れるはずです」
加賀は静かに言った。彼女の表情は相変わらず無表情だったが、彼女の目には闘志と静かな決意が宿っているように金剛には見えた。
76: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:58:33.08 ID:94E0DQ320
「とにかく、すぐにでもあの大群を迎撃しないと!」
「えぇ…。とは言え、相手に空母がいる以上、こちらにも空母が必要ね」
金剛は横須賀鎮守府唯一の空母、祥鳳の方を見た。彼女は相変わらず俯いたままだった。
「祥鳳、Listen? 急いで出撃準備をしてくだサイ…」
だが、祥鳳は俯いたまま体育座りの体勢を崩さなかった。
「無理です…」
祥鳳は弱々しい声を絞り出すかのように口を開いた。
「祥鳳…。PastのことをRegretしてる場合じゃないデース」
「無理よ! 私には無理よ…!」
祥鳳は叫んだ。
「あの時何もできなかった私なんかが、あの子を助けるなんて無理よぉ!」
祥鳳は頭を抱えて幼児のようにわぁっと泣き出した。
「私が死ねばよかったんだ…! あの時、私が死んでればこんなことには…! 私のせいだ…! 私のせいよ…!」
祥鳳はただ座って子どものように泣き叫ぶだけだった。
どうすれば良いものかと夕張達は言葉をかけられず、加賀達もまた戸惑いの表情を見せた。
77: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 21:59:47.31 ID:94E0DQ320
だが、泣き叫ぶ祥鳳に誰ひとり何も声すらかけられない中で、ひとり無言で近づいた艦娘がいた。
金剛だった。
「祥鳳…」
金剛はその戦艦の名に相応しい威厳をもって、泣きじゃくる友の目の前に腰を降ろした。
その場にいた全員の視線が高速戦艦の艦娘の方へと向いた。
金剛は祥鳳の襟を左手で掴み、無理やり立ち上がらせた。
「Shut up!」
そして、金剛は全力で右手を振り、戦友の頬を叩いた。
ぴしゃり。
執務室全体に弾ける音が轟いた。
「祥鳳、いつまでウジウジしてるんデスカ!!」
「こ、金剛さん…」
突然の痛みに驚き、祥鳳は目を見開いた。
「あなたにはみえないんデスカ!? あそこで助けを求めて泣いてるYour sisterが! あなたはあの子のお姉ちゃんでショウガ!?」
金剛はモニターを指差す。確かに触手に囚われた少女の虚ろな瞳はどこか悲しげに見えた。
「無理よ…。あの時何もできなかった私なんかじゃ…」
「Don't say four or five! 妹を守るのは姉の仕事デス…! うだうだ言ってないで、全力で妹を助けなさいナ!」
「金剛さん…」
「無理デモなんデモ引きずっていきます…! あの子のためにも、あなたのためにも!!」
金剛は強く祥鳳の右肩を叩いた。
痛い。だが、同時に強く暖かい力を受け取った気がした。
78: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:00:43.58 ID:94E0DQ320
「祥鳳さん、これはあなたにしかできないことなんですよ。お姉さんのあなたにしか」
「比叡さん…」
いつの間にか、比叡もそばに来て祥鳳の左肩に優しく触れていた。
「大丈夫です、貴方の思い、きっと伝わります! いえ、伝えてみせます!」
「祥鳳さん、私も協力するわ。可愛い妹さん、助けましょう? あのままなんて、かわいそうだもの」
如月もまた祥鳳の手を静かに握った。
「そうですよ! このままにしておくなんて絶対にできません!」
「みんなで瑞鳳ちゃんを助けるにゃしぃ!」
夕張と睦月も叫んだ。彼女達だけではない。
「祥鳳さん、私達にも協力させて!」
「祥鳳お姉ちゃん!」
「クマー!」
「にゃー」
古鷹も、大鯨も、加古も、その場にいた全員が同じ想いを胸に秘めていた。
「みんな…」
もう、祥鳳の目に涙はなかった。
共に戦場を戦った仲間達が彼女を支えてくれていた。
彼女は目に貯まった雫を右の袖でぬぐい去る。
もう涙に暮れるだけの幼い少女の影はなかった。
その目には歴戦の艦娘としての強い炎が、勇猛なる鳳凰の魂が蘇った。
金剛は微笑み、そっと手を差し出した。
「祥鳳。必ず妹を…!」
「はい…!」」
祥鳳は差し出された手に静かに自分の右手を重ねた。
「行きましょう…!」
「睦月も行くよ! いつかの借りを返す時が来たのね!」
比叡も、如月も、睦月も加わり、そっと手を重ねた。
そして夕張、古鷹、加古、大鯨、球磨、多摩もそれに続いたのだった。
79: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:01:33.19 ID:94E0DQ320
出撃の直前、夕張は工廠から脇に色々と抱えて走ってきた。
「祥鳳さん、これを。さっき急ごしらえで仕上げたんですが・・・」
今朝、祥鳳に見せた和傘だった。
「それから、これも」
「これは…」
九七式艦攻だった。ただし、祥鳳の持つ通常の九七式艦攻とは異なり、迷彩模様が塗られた艦上攻撃機であった。
「祥鳳さん。私、姉妹とかいないんで、祥鳳さんが今どんなお気持ちなのか全然わかんないですけど…」
ためらいがちに夕張は言葉を紡いだ。
「妹さんを連れて、無事帰ってきてくださいね…!」
夕張は瞳を潤ませ、祥鳳の手を握って言った。
いつもとは異なり、今回はあまりに敵が多すぎる。
佐世保鎮守府の面々も共闘するとはいえ、数々の戦いを繰り広げてきた祥鳳達ですら無事帰れるか分からないのだ。
「ありがとう、夕張ちゃん」
祥鳳は傘を力強く握った。改めて手にしてみると、非常に軽く持ちやすかった。
「使わせてもらうわね、この傘」
「はい! 留守は任せてくださいね! 深海棲艦なんか、夕張スペシャルでぶっ飛ばしてやりますから!」
精一杯明るい顔を作り、夕張は返事した。
「ええ、お願いね」
80: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:02:15.34 ID:94E0DQ320
「では、瑞鳳さん救出隊、はりきってまいりましょー!!」
睦月がいつもにも増して声を張り上げていた。
「戦艦金剛、出撃デース!」
金剛は眼前に迫りつつあるる敵の大群を見据えながら叫んだ。
「同じく比叡、気合、入れて! 行きます!」
比叡は気合をこめ、拳を叩き合わせた。
「駆逐艦如月、出撃します…!」
「同じく睦月、出撃しまーす!」
睦月と如月も艤装を装着し、海へと飛び出した。
「軽空母祥鳳、出撃します!」
そして、祥鳳は和服の左肩をはだけさせ、戦闘時の服装となった。彼女の腰には和傘が刀剣のように備え付けられ、左腕には弓が握られていた。
凛々しい祥鳳の姿に夕張は見惚れた。やっぱり、祥鳳さんはかっこいいな。夕張が見守る中、五人の艦娘は港を飛び出し、黒い深海棲艦の大群へと駆け出した。
祥鳳達が出撃した直後、夕張は港に加賀・瑞鶴・翔鶴の三人がやって来たことに気付いた。
佐世保鎮守府から届けられた艤装がようやく到着し、出撃準備が完了したのだろう。
「翔鶴、瑞鶴。行くわよ。横須賀鎮守府に遅れを取らないでちょうだいね」
翔鶴と瑞鶴の顔がぱっと明るくなった。
「待ってました!」
「よしっ、五航戦瑞鶴の力、今こそ見せてやるんだから!」
「いいの? 今回は死ぬかもしれないのよ? ましてや、五航戦のあなた達なら尚更その可能性は高いわ」
加賀は冷たい言葉を投げかけ、ふたりをじっと見つめた。それでも、二人の目に宿った決意は変わらなかった。
「この翔鶴。未熟者かもしれませんが、瑞鳳先輩を見捨てて逃げるような真似などできません!」
「翔鶴姉の言う通り! 瑞鳳先輩をほっとくなんてできないよ!」
「そう・・・」
加賀は静かに微笑むと、すぐに二人に背を向けた。
「私の足だけは引っ張らないようにね」
「はい!」
「加賀さんこそ、爆撃されて焼き鳥にならないでよね!」
弓矢を手に取った三人は海原に目を向けた。空には黒い雲が広がり始め、今にも雨が降りそうだった。
「待って! 私達も行きます!」
加賀達をある艦娘が呼び止めた。
「貴方達は…!」
81: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:05:10.23 ID:o9WnFZ3X0
出撃から十五分もしないうちに、金剛達は大量の深海棲艦に出くわした。
金剛と比叡が単縦陣の体勢を取り、祥鳳達の盾となって前後を守り進撃していた。二人は次々に砲撃を放って深海棲艦達を吹き飛ばし、道を切り開いた。
敵は駆逐や軽巡レベルばかり。このまま順調に進めるかと祥鳳は一瞬安堵したが、目の前の敵に彼女は驚愕した。
「Oh! 戦艦さんも交えてParty Timeですか!!」
戦艦レ級が6体、タ級が6体も待ち構えていた。レ級の竜のような尻尾が次々と唸り声をあげ、威嚇した。
五人は砲撃によって道を阻まれ、じりじりと接近されて円形に固まるしかなかった。
「Wow! Dangerousね!」
「どうやら、敵も総力戦のようですね」
強力無比の戦艦に囲まれ、祥鳳は気力が萎えそうだった。だが、そんな彼女の不安げな表情を察したのか、金剛が彼女の手をぎゅっと握った。
「金剛さん・・・」
「Okay! ここは私と比叡に任せてクダサーイ!」
金剛は祥鳳に向き直り、にっと笑った。
「道は! 私達が! 切り開きます!」
「でっ、でも…」
祥鳳は躊躇った。いくら高速戦艦とは言え、この数をふたりだけで相手になんて。
「祥鳳はLittle sisterを助けるんでショウ!? ここは私達だけでNo problemデース!」
「ここは二人にまかせましょう。大丈夫よ、金剛さん達なら。ねっ?」
如月が静かに声をかけた。祥鳳は躊躇いつつも頷くしかなかった。
「行きましょう、如月ちゃん、睦月ちゃん」
「えぇ」
「にゃしぃ!」
高速戦艦の二人は、正面に向けて連続で砲撃を放ち、無理やり道を開いた。
一瞬だけ生じた敵陣形の隙間を突き、睦月・如月・祥鳳が全速力で突撃して通り抜け、装甲空母姫の方へと向かった
「祥鳳! LovelyなSisterの笑顔、取り戻してくだサーイ!」
「うん! ありがとう、金剛さん! 比叡さん!」
金剛は進んでゆく友に向かって叫ぶと、自分達を完全に取り囲んだレ級とタ級に向き直った。
82: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:07:27.00 ID:o9WnFZ3X0
「ヒハハハ、バカナコムスメドモ…」
低い声でレ級の一体が突然笑い出した。
「What?」
「アノチビヲミステテワタシタチヲコウゲキレバ、シナズニスンダモノヲ…!」
レ級もまた狂ったように笑った。
「ナ~ニガリトルシスターダ…! ワラワセル!」
だが、深海棲艦の笑い声はすぐに絶えた。
金剛と比叡が間髪入れず突撃し、そのレ級の顔を殴り飛ばしたからだった。
「私の仲間を侮辱することはPermitできマセーン!」
「愛する人を守りたいという想い! それが私達の力!」
「その想い、Stampeedさせマセーン!」
レ級の白い顔が鉄拳を受けて丸く歪んだ。
「オノレ、チョウシニノルナコウソクセンカンドモ…!」
残りのレ級は憤り、比叡と金剛めがけて魚雷を連発し、一撃必殺を狙った。
絶体絶命の逃げられない状況。
「比叡」
「はい、お姉様!」
だが、金剛と比叡も焦りはしない。
魚雷が発射されたことに感知するや、ふたりはレ級の肩と頭を掴み、踏み台にして海上からひょいと飛び跳ね、襲いかかってきた全ての魚雷をあっさりと避けてしまった。
外れた魚雷は踏み台となったレ級に命中し、勢いよく吹き飛ばした。
「ナニ…?」
レ級達は動揺した。以前、高速戦艦がこの戦法で大破したという情報は深海棲艦達も知っていた。
レ級をあの時倒した戦艦もいない。にも関わらず、目の前の金剛と比叡は傷一つ負っていなかった。
そして、二人はいつの間にか残りのレ級たちに肉薄する距離まで直進していた。
83: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:08:49.72 ID:o9WnFZ3X0
「艦娘に、同じ技は二度と効きません!」
「レ級の魚雷は動きがToo Simpleデース! 私達艦娘は常にEvolutionしてマース!」
「ググ…!」
タ級が砲撃を浴びせる中、金剛と比叡はレ級の竜の尾を掴み、戦艦の怪力をもって振り回した。
抵抗した竜の頭に噛み付かれ、砲撃があちこちに命中し、身体に激痛が生じた。
だが、二人はそれには構わずこの海魔達を即席のハンマーにし、次々とタ級や残りのレ級を殴り飛ばし、動けなくしていった。
駆逐ロ級や軽巡ホ級、重巡リ級などがその隙に襲いかかってきたが、それらもまたレ級を武器にして吹き飛ばした。
やはり長門先輩の戦い方は凄いな。改めて比叡はそう感じていた。
長門の戦術は、戦艦の持つ耐久力と装甲を最大限に利用し、痛みを恐れず肉を切らせて骨を断つ戦い方であった。
先月舞鶴へ演習に向かった際に長門が訓練してくれたが、比叡はここにきて対レ級の戦術としてこの戦法が最も適していたことを改めて思い知らされた。
やがて、二人の周りには死屍累々の深海棲艦の小山が完成したのだった。
あとはとどめを刺すだけ。小破した二人は腕と身体の痛みを堪えつつ、動けなくなったタ級とレ級たちの山へと砲塔を向けた。
「人の想いまで利用し、踏みにじる深海棲艦!」
「Infernoに焼かれなサーイ!」
ふたりは手を握りあい、砲撃の体勢を取った。
「ダブル・バーニング・ラァァァブ!!!」
一斉砲撃を受け、レ級とタ級の群れは爆発した。
ついで、その周囲にいた深海棲艦達も巻き添えとなり、次々と海の藻屑へと変わった。
84: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:09:16.62 ID:o9WnFZ3X0
レ級とタ級と交戦する金剛達を背に、祥鳳と睦月と如月の三人は敵陣の隙間を縫うように高速で通り抜け、装甲空母姫のいる敵陣の奥めがけて進んでいた。
「あっ…!?」
だが、その行く手をヲ級50体の大群が阻んだ。海の魔女達の上には数百もの艦載機たちが蠢いていた。
祥鳳は自らの腰に取り付けた艦載機を見つめた。30機しかない以上、これではあまりにも多勢に無勢だ。
「あっ…!?」
そうこうしてるうちに、敵爆撃機の群れが祥鳳達に襲いかかってきた。
まずい、やられる。祥鳳の背中がぞっと震えた。
「ヒャッハァー!」
だが、景気のいい掛け声と共に、それらは空中で全て爆散した。
「お~お~、ここか~い? 祭りの場所はっ!?」
「祥鳳さん、無事ですか!?」
波を切り裂き、隼鷹と飛鷹が現れた。
「飛鷹さん、隼鷹さん!」
祥鳳は驚いた。飛鷹はともかく、隼鷹ももう回復していたとは。
彼女達だけではない。佐世保の艦娘達もそこにいた。その証拠に、艦娘達の操る艦載機の中には隼鷹達が操るものとは異なる艦戦や艦爆も含まれていた。
「瑞鳳先輩のお姉さんですね? 私、瑞鶴って言います! 一緒に先輩を助けましょう!」
「祥鳳、先輩…ですよね? 五航戦翔鶴、及ばずながら加勢致します!」
「鎧袖一触よ、心配ないわ。早く行って、瑞鳳を助けてきなさいな」
瑞鶴、翔鶴、そして加賀だった。
加賀は空母の艦娘を集結させ、急ごしらえの支援艦隊を結成し、やって来たのだ。
85: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:10:29.51 ID:o9WnFZ3X0
「おっと、あたしと飛鷹のことも忘れないでくれよな!」
「祥鳳さん、ここは任せて妹さんを! 急いで!」
「飛鷹さん、隼鷹さん!」
祥鳳はまっすぐ並び立つふたりを見た。どうやら完全に艤装も身体も回復したようだった。
「まっ、飛鷹が世話になったからね~。恩返しよ! ひひっ!」
「祥鳳さん、ぼやっとしてないで早く先へ!」
祥鳳は涙ぐんだ。
こんな私のために、そしてみずほのために、ここまでみんなが力を貸してくれるなんて。
「みんな…! ありがとう…!」
「あぁもう、いいからいいから! さっさと妹さんとり戻して、皆でパーっと祝杯挙げましょーや!」
次々と艦載機を繰り出しながら、隼鷹がにかっと笑った。
「行きましょう。祥鳳さん、睦月ちゃん」
祥鳳達は黙って頷き、三人で装甲空母姫と瑞鳳のいる地点まで走り出した。
「さぁ、祭りの時間だぁ! ヒャッハーッ!」
隼鷹が景気よく叫んだ。
隼鷹と飛鷹は式神を次々と繰り出し、大量の九九艦爆を召喚した。
瑞鶴と翔鶴も負けじと次々と矢を放ち、艦載機達を呼び出す。
そして加賀は目にも止まらぬ速さで大量の艦載機を次々と放ち、最新式の艦載機・流星や烈風を大空に羽ばたかせ、圧倒的な力と手数でヲ級達を爆撃していった。
「この程度とは、私達も舐められたものね」
加賀と五航戦の二人が制空権を確保したためか、九九艦爆はほとんど撃墜されずに済んだ。
「よっしゃー、かかれ者どもー!」
「いっけぇぇぇ!!」
隼鷹と飛鷹は次々とがら空きになったヲ級を爆撃し、海へと沈めていった。
「へへへっ、ゆかいだぜー!」
大量のヲ級を撃沈し、隼鷹は満足げににかっと笑った。
86: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:11:19.64 ID:o9WnFZ3X0
一方、電達は不安げな表情でに鎮守府の港から沖の方を見つめていた。
「祥鳳お姉ちゃん達、心配なのです…」
「だ、大丈夫よ! 祥鳳お姉ちゃんは強くてかっこいい、立派なレディーよ! あれくらい楽勝だわ!」
暁はそう言って末妹を励ますが、それが方便であることは彼女も理解していた。
今度ばかりは祥鳳もダメかもしれない。暁はそんなネガティブな想いを必死で振り払うかのように頭を横に振った。
だが、彼女達も対岸の火事を見てるだけというわけにはいかなかった。突如、海から泡が立ち、深海棲艦が出現した。
「きゃぁぁっ!」
突如、戦艦ル級が出現した。しかも電たちの眼前に。
暁達は驚き、腰を抜かしてしまった。
「いやぁぁぁぁ!!」
これから自身に何が起こるかを直感し、電は悲鳴をあげた。
だが、彼女達を襲おうと港へ砲塔を向けたル級は、突如何処からか飛んできた魚雷に吹き飛ばされ爆散した。
「こんにちは、小さなお嬢様がた」
セーラー服を着た二人の少女が電たちの前に現れた。
「私は綾波型駆逐艦九番艦にして、祥鳳お姉さまの一の妹分。漣と申します」
「同じく、綾波型駆逐艦の曙よ。別にアンタ達を助けに来たわけじゃないから。輸送任務で来たら、たまたま敵がこっちに進撃してたんで立ち寄っただけよ」
「まー、気づかれないようちょーっと東京湾を遠回りしなきゃなんなかったんですけどね」
87: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:12:52.29 ID:o9WnFZ3X0
だが敵は一体だけではなかった。次々と海から泡を立てて5体のル級が出現した。
「あらま~」
「ちっ」
5体のル級が漣と曙に襲いかかろうとしたその時だった。
「やっぱり、みんなの留守を狙って来たわね」
鎮守府から砲撃が放たれ、海魔の動きを止めた。
古鷹、加古、球磨、多摩、夕張が艤装を纏って工廠から現れたのだ。
「重巡に軽巡キタ(゚∀゚)コレ!!」
「ありがとうございます。助かりました、漣さん、曙さん!」
古鷹にお礼を言われ、漣はにっと笑い、曙は「ふんっ!」と頬を赤くしてそっぽを向いた。
「ふぁ…。まだ眠いのに…」
「加古、早く起きて。敵よ」
「まったく。これだからおチビちゃん達は世話が焼けるクマ!」
「みんな、無事かにゃ?」
「怪我はない?」
大鯨が電達に寄り添い、静かに抱きしめた。
「はわわ…。だ、大丈夫なのです…」
「よし。お前たちは大鯨と一緒に下がってろクマ。みんなの留守は、この球磨が守ってやるクマ!」
大鯨が四姉妹のもとに駆け寄り、「ここはお姉ちゃん達に任せましょう」と、港の奥へと下がらせた。
「漣さん、曙さん。成り行きですが一緒に戦いましょう!」
「ほいさっさー!」
漣は快く承諾した。
「よっしゃあ! やるよ、みんなー!」
「クマー!」
「祥鳳お姉さまの大切な妹分に、指一本触れさせませんよ!」
七人は海上へと降り立ち、輪形陣を組んでル級5体へと立ち向かった。中心には重砲撃型に装備換装した夕張が立っていた。
彼女の艤装の特徴は、装備の積載可能重量が他の軽巡洋艦の艦娘よりも多いことにあり、場合によっては主砲を四つ搭載することで重巡並の火力を発揮することも可能なのだ。
今、彼女の艤装には20.3cm連装砲が四つ搭載されている。
火力だけで言うならば、この場には事実上重巡洋艦が三体いるに等しい。
「よーっし! 受けてみろ、夕張アルティメットバイオリボルティックシュー…」
「名前が長すぎるクマ!」
「さっさと撃つにゃ!」
二人に突っ込まれ、渋々夕張は叫ぶのをやめてグリップを握り、総出力で砲撃を開始した。
彼女の砲撃が火を噴き、古鷹と加古の砲撃が唸りを上げ、曙と漣、そして球磨と多摩の雷撃が一斉に放たれ、五体のル級はあっさりと蜂の巣にされた。
88: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:15:38.79 ID:5B+Es7Cd0
その頃、祥鳳たち三人は装甲空母姫のもとへと漸くたどり着こうとしていた。
「如月ちゃん、睦月ちゃん。援護をお願い」
「えぇ、雑魚さんはまかせてね」
向かってくる駆逐ロ級に対し、如月と睦月が弾幕を張って近づけさせない。それでも敵艦載機はその幕間を摺り抜けて祥鳳達に襲いかかってきた。
「邪魔よ!」
祥鳳は不用意に接近した敵艦載機を弓で叩き落とし、機銃の弾を傘を開いて防ぎ、時に傘と弓の両方で敵をなぎ払った。
なにより和傘の威力に驚いていた。格闘に用いても傘には傷一つ入っていない。彼女は心の中で改めて夕張に感謝した。
だが、潜水カ級が彼女の足元を狙い撃ちしようと海面に浮かび上がった。
「え~いっ!」
だが、そのカ級に気づかぬ如月ではなかった。彼女は潜水艦に気付いた瞬間、直ぐ様用意していた爆雷を投げ、カ級を吹き飛ばした。
「もーっ、乙女の純情を邪魔するなんてひどいわね」
祥鳳は黙って頷き、瑞鳳の縛られている十字架に視線を向けた。
装甲空母姫の操る白い球状の艦載機の群れが、その丸い風船のような外見に反して、猛スピードで襲いかかってきた。
その時、祥鳳の背や腰に備えていた艦載機達が自ら飛び出し、戦場に躍り出た。
祥鳳が気がつくと、彼女の艦載機のいくつかは既に空を舞、空中戦を繰り広げていた。
まさか、私のために・・・!?
「みんな…! ありがとう…」
祥鳳は静かに呟いた。
祥鳳はさらに全ての矢を放ち、攻撃隊を発艦させた。矢が燃え上がり、九六式艦攻、九七式艦攻、九九艦爆へと姿を変えた。
「龍驤さん、今こそ使わせてもらいます…!」
さらに彼女は懐から白い紙の式神を取り出し、腰に取り付けていた燐の粉を指に擦りつけて着火し、小さな火を左人差し指に灯した。
小さな「勅令」の字が炎の中に浮かび、その火に炙られた式神は燃え上がり零式艦戦52型へと変化した。
89: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:17:29.07 ID:5B+Es7Cd0
「お願い、艦載機のみんな! 私の艤装! 私に力を貸して!」
目の前を飛ぶ艦載機達へ、そして自身の艤装へ、祈るように彼女は叫んだ。
「これが最期の戦いになってもいい…! 私はどうなってもいい!
でも、あの子だけは、みずほだけは、妹だけは助けたいの!
お願いみんな! 力を貸して!」
その叫びに応えるかのように、彼女の艦載機達が輝き始めた。いや、艦載機だけではない。
祥鳳の艤装が、傘が、星屑を纏ったかのような眩い光を放ち始めていた。
隣で祥鳳を護衛していた如月は驚愕していた。祥鳳の弓が、艦載機が、そして艤装が、いずれも星屑を纏うかのように輝いていた。
「まさか…!?」
妹を守りたいという想いが、強い思いが、艤装に届いたというの…!?
「綺麗ね…」
ちょっと妬けちゃうわ。輝きを纏う祥鳳を見ながら如月はそう思った。
「バカナ…」
一方、装甲空母姫は混乱していた。
九六式艦戦は所詮型機に過ぎない。
それより性能が上の零式艦戦52型が補助しているとは言え、深海棲艦の艦載機の数は100以上。
30機の艦載機しか操れない軽空母の祥鳳が勝てる道理はない。
「カカレ・・・!」
重巡リ級、軽巡ト級、駆逐ロ級の群れが次々と祥鳳に襲いかかった。
だが、祥鳳のわずか30機の艦載機は凄まじい戦闘力を発揮していた。
九六式艦戦と零式艦戦52型は次々と敵艦載機を叩き落とし、その隙を突いて九七式艦攻が軽巡ト級へ雷撃を撃ち込んで吹き飛ばし、九九艦爆と彗星の爆撃がリ級を次々に火の海へと葬った。
そして、夕張の開発した迷彩模様の九七式艦攻は他のどの艦載機よりも速く動き、雷撃を次々と撃ち放ち、深海棲艦達を沈めていった。
90: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:18:46.26 ID:5B+Es7Cd0
「アリエナイ…!」
装甲空母姫は祥鳳がここまで抵抗することに驚愕していた。嘗ての赤城達のように、赤子のごとく捻るつもりだったのに。
「みずほ…!」
「ク、クルナ…!」
艦載機の大半を撃ち落とされたヲ級は再び唄声を上げ、瑞鳳に迎撃命令を下した。
彼女を縛っていた触手のようなものが両腕を解放し、瑞鳳は腕のみ自由になった。
「うっ…!」
目の光を失った瑞鳳はもそもそと背中をまさぐって弓矢を取り出し、祥鳳に向けて放った。矢は見事右腕に命中し白い肌にずぶりと突き刺さった。
「痛ッ・・・」
だが祥鳳は苦痛に顔を歪めつつもその歩みを止めない。
「みずほ…! 待ってて・・・」
「ナゼクル…?」
瑞鳳は何度も何度も矢を放った。彼女の精神が失われている以上、矢は艦載機に変わることなくただの矢になる。
祥鳳も負けじと和傘を開き、矢を受け止めた。
大半は和傘に衝突し、折れ曲がって海へと沈むが、それでも全ては躱しきれず、何本かは彼女の右腕や腹部へ次々と突き刺さった。
それでも祥鳳は無抵抗で矢を身体で受け続けた。痛みを堪え、まっすぐに瑞鳳めがけて突き進んだ。
「みずほ…、待ってて…」
祥鳳はとうとう瑞鳳の捕まっている十字架にたどり着いた。近づいてくる触手を傘で薙ぎ払い、無理やり引き剥がした。
粘液の感触が不快だったが、今の彼女は気にも留めなかった。
「サセルカァァァ・・・!」
祥鳳に襲いかかろうとした装甲空母姫とヲ級は、睦月と如月の砲撃を喰らい、制止させられた。
「クチクカン・・・!」
「野暮なことしないの。姉妹の感動の再会なのよ」
「ムードの読めない人は嫌われるよぉ!」
91: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:20:18.69 ID:5B+Es7Cd0
「ザコガ、ドケェェエ!!」
怒れる海魔は艦載機に命令し、二人の周りを爆撃させた。艦載機の爆撃がふたりを取り囲み、睦月と如月は逃げ場を失った。
その好機を見計らい、装甲空母姫は次々と砲撃を放った。
「きゃぁぁぁ!!」
「ふえぇぇっ!?」
「シズメ、シズメザコドモ!!!」
装甲空母姫は何度も何度も駆逐艦を執拗に攻撃した。
「くっ…」
二人は砲撃が直撃し、吹き飛ばされてしまった。
防御壁も粉々に砕け、二人の服もところどころ破れ、可愛らしいデザインの下着が露わになった。
「ウットウシイザコメ…」
装甲空母姫は倒れた二人に蠅でも見るかのような目線を向け、直ぐ様祥鳳のもとへと向かおうとした。
92: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:21:57.19 ID:5B+Es7Cd0
だが、それでも睦月と如月は苦痛に顔を歪めつつ立ち上がり、海魔の親玉の進路を仁王立ちして阻んだ。
「クチクカンノクセニ、ナゼタオレヌノダ・・・!?」
「く、駆逐艦を・・・、舐めないで・・・!」
「睦月は一番お姉ちゃんだから…。こんなところで倒れちゃみんなに笑われちゃう…、もん…!」
だが、装甲空母姫は理解できなかった。なぜ弱い二人がここまで立ち上がるのか、なぜこの二人が逃げないのか。
「ムシケラハムシケララシク、サッサトクタバレ…!」
「虫けら、ね…」
如月はふっと笑った。
「確かに私たち駆逐艦の艤装は砲撃も装甲も弱い。睦月型なら尚更のこと。でもね、私達には誰にも負けない強さがあるのよ…!」
「どんな困難にも折れずにみんなを守りぬく、不屈の駆逐艦魂にゃしぃ!」
「ソンナモノガナンニナルゥ?」
装甲空母姫は顔を歪めて嘲った。
「大切な人への大切な気持ち、守りたいという想い。私達の想いに、艤装はいつも応えてくれるわ…!」
「今こそ睦月たちの本気、見せてあげるぅ!」
鬱陶しい。装甲空母姫は蝿でも払うがごとく砲撃を二人に向けて放った。だが、当たらない。
いつの間にか如月と睦月は装甲空母姫の後方へと回り込んでいた。
「オノレェ…!!」闇雲に砲撃を放ち艦載機に襲わせたが、高速で移動する睦月と如月には掠りもしなかった。
いつの間にか、この二人も祥鳳と同じ輝きを纏っていることに装甲空母姫は気付いた。
「ナンダ、ナンダ、コノチカラは…!?」
装甲空母姫は驚愕していた。叩けば叩くほど、この敵二人はより力を増して抵抗してくる。
なにより最弱であるはずの駆逐艦がここまで立ち向かってくることに対し、この強大な海魔は生まれて初めて恐怖を覚えていた。
「てぇぇぇぇぇぇい!」
「今、如月が楽にしてあげる!」
睦月と如月は一瞬の隙を付き、接近できるぎりぎりの距離から残りの魚雷を放った。
「オノ・・・レェ・・・!!!」
装甲空母姫は回避しようとしたが失敗し、飛び散った破片によって左目に傷を付けられてしまった。
「ふう・・・」
「オノレオノレオノレェザコクチクカンメェ!!」
傷ついた装甲空母姫は怒りの叫びをあげた。
93: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:22:29.43 ID:5B+Es7Cd0
その頃、祥鳳は傷だらけになりながら妹の縛られた十字架へと漸く到着した。今や十字架を牽引していたイ級も倒れ、彼女の邪魔をする者はなかった。
「みずほ、お姉ちゃんだよ! みずほ…!」
「…!?」
「待ってて、今助けるから!」
姉は妹を、矢だらけのボロボロの手で抱きしめた。瑞鳳は邪魔者を払おうともがき、ヲ級も残りの艦載機達を率いて次々と祥鳳を爆撃した。
祥鳳の艦載機も最早ほとんど撃ち落とされており、残ったのは零式艦戦52型と迷彩模様の九七式艦攻のみだった。
この二機ではもはや彼女を守りきれず、祥鳳の防御壁は崩壊し、あと二三回直撃すれば倒れてしまうほどだった。
だが、それでも祥鳳は妹を決して離しはしない。
目の光を失った瑞鳳は目の前の姉を振り払おうとする。だが、祥鳳は構わずに磔にされたままの妹を抱きしめた。
「ごめんね、今まで迎えに行けなくて…! 寂しかったよね…!」
「な…!?」
「ごめんね・・・!」
その言葉は瑞鳳の脳裏に、ある日の出来事を蘇らせた。
94: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:24:10.85 ID:5B+Es7Cd0
あの日、お姉ちゃんが遊んでいた携帯ゲームをいじってたらセーブデータを消しちゃって、大げんかしたんだよね。
幼かった私は、自分が悪いと心の奥底で分かっていてもわがままを言っちゃった。
気を付けないそっちが悪いと言って、二三日は口も聞かなかったんだっけ。
でも、しばらく経った日に探検に出かけたら、道がわからなくて迷子になっちゃったんだよね。
疲れて一歩も動けなくなり、名前も知らない公園のベンチで泣いて眠っちゃった。
泣き疲れて眠っていたところを誰かに起こされた。
お姉ちゃんだった。
「ごめんね、私のせいで…。寂しかったよね…!」
あのとき、おねえちゃんの顔は涙でくしゃくしゃだった。
もう、怒ってないのと恐る恐る聞いた。
そしたら、お姉ちゃんはこう言った。
「怒ってるわけないでしょ! すっごく心配したんだよ…! みずほ…!」
そして、私たちはふたりそろって泣き出した。
95: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:25:42.80 ID:X8hsyFP50
涙が頬を濡らした。姉の体温が感じられる。
…思い出した。この優しい温もり。この優しい声。そしてこの涙。
そうだ。この人が、私のお姉ちゃんなんだ。
「おねえ…ちゃん…」
涙とぬくもりが瑞鳳の記憶を呼び覚まし、身体と精神を支配する闇に一筋の光を放った。やがて、その光は涙となって、瑞鳳の瞳から溢れ出した。
「みずほ…!」
祥鳳は目を潤ませ、妹をきつく抱きしめた。
「ごめんね。待たせちゃって・・・」
姉妹は泣きながら抱き合った。やがて、瑞鳳を束縛していた触手も力を失い、ゆっくりと垂れ落ちた。
96: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:27:40.83 ID:X8hsyFP50
「ナンダト…!?」
装甲空母姫は作戦が完全失敗したことに茫然自失としていた。ヲ級の洗脳は完璧だったはずだ。だが、目の前の瑞鳳は明らかに自我を取り戻している。
「ナゼダ、ナゼダナゼダナゼダ…!?」
「如月ちゃん、この子を」
「えぇ…」
祥鳳は再び気を失った瑞鳳を睦月と如月に託し、装甲空母姫の前に立ちはだかった。
ヲ級はともかく装甲空母姫はまだ健在。
相手の艦載機も少なくなっていたとは言え、既に飛べる艦載機は零式艦戦52型と迷彩模様の九七式艦攻がそれぞれ一機だけ。
なんとしてでもみずほを、妹を、睦月を、如月を守る。
たとえこの身を引き換えにしてでも。
祥鳳が痛む腕に鞭打ち、矢を番えたその時だった。
「ヘーイ、深海棲艦! 私達をForgetしてもらっては困りマース!!」
「祥鳳さん、遅くなってすみません!」
金剛と比叡が波を切り裂き駆けつけた。レ級達との交戦で負傷したのか、二人とも防御壁がややひび割れていた。
「コウソクセンカンメ…!」
「お姉さま、祥鳳さん!」
「行きます!」
比叡と金剛が祥鳳の肩に手を置いた。二人の意図を理解した祥鳳もまた、弓矢を番い、狙いを定めた。
「Okay! 私達三人の必殺技、見せてあげまショウ!」
三人は、砲塔を向け、矢を番え、装甲空母姫の心臓めがけて狙いを定めた。
「トリニティ・バーニング・ラァァァブッッ!!!」
三人の叫びとともに、祥鳳の残っていた全艦載機と砲弾が放たれた。
迷彩模様の九七式艦攻が魚雷を放ち、もはや装甲空母姫に逃げ場は内容に思われた。
「オノレェェェェ!!!」
大きな水柱が立ち、海水が吹き飛ばされ、大きな噴水のように弾けとんだ。
97: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:28:16.83 ID:X8hsyFP50
だが装甲空母姫は撃沈してはいなかった。隣にいたボロボロのヲ級を盾にし、砲撃の雨をなんとか凌いでいたのだ。
「ナ、ナゼ…!?」
「チカクニイタ、オマエガワルイ…!」
「ア、アァ、アァァァァァ・・・!」
ヲ級は絶望の叫びを上げて燃え上がり、爆発した。
爆風が収まると、そこには片目を失い、体の一部をところどころ吹き飛ばされた装甲空母姫が尚も立っていた。
「オノレクチクカン、ケイクウボ…! イズレシカエシ・・・シテヤル・・・!」
装甲空母姫は捨て台詞を吐き、海の底へと去って行った。
金剛は警戒を保ったままだったが、しばらくしてもう大丈夫だと悟った。あの大群も含め、敵は全て殲滅した。もう、恐れるものは何もない。
静かになった海に浮かぶのは、倒された敵の残骸や力尽きた艦載機達だけだった。
98: ◆li7/Wegg1c 2016/02/05(金) 22:30:33.22 ID:X8hsyFP50
「金剛さん」
傷ついた右腕を抑えながら、祥鳳が金剛に向き直った。傷口からは赤い血が流れ、白い和服の赤い小川が流れていた。
「比叡さん、如月ちゃん、睦月ちゃん…。みんな、ありがとう…!」
ボロボロになりながら祥鳳は仲間達に礼を述べた。
「You're Welcome! 祥鳳、よく頑張ったネ!」
金剛はにこりと笑い、祥鳳もまたそれに釣られて静かに微笑んだ。
いつの間にか黒い雲は小さくなり、赤い夕陽が雲の隙間からぽっかりと現れ、海を赤く照らした。
金剛には、太陽が祥鳳の勝利を祝福してるように思えたのであった。
104: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:15:31.75 ID:DtDGxf860
光の届かぬ暗い暗い深海。熱水噴出口から静かに昇っていた白い煙が静かに揺れた。
(ギャァァァァァァァァ!!!)
装甲空母姫が苦痛に呻き、彼方此方に絶叫の音波を乱発していた。
自身の策が破れ、与えられた兵力の大半を失ったこの海魔は、その罰として戦艦棲姫によって拷問されていた。
今、この怪物は巨大な腕の生えた龍のような怪物によって何度も何度も岩場に叩きつけられ、殴り飛ばされ、息も絶え絶えだった。
(ヒャハハハハ!!)
南方棲戦鬼は無様な仲間の様子を嘲笑い、飛行場姫は不安げに拷問を見つめていた。
(オユルシ…クダサイ…!)
装甲空母姫は息も絶え絶えの様子で許しを乞う。
(キサマニハシバラクサガッテモラウ…。ナンポウセイセンキヨ)
(オマカセクダサイ…。ドコゾノクズテツトハチガウトコロヲオミセシマショウ…)
恭しく南方棲戦鬼は頭を下げつつ、装甲空母姫を細い目で見つめ、にやりと顔を歪めて笑った。
(オノレェ…)
屈辱に塗れた装甲空母姫の頭の中に三人の艦娘の顔が浮かんだ。
睦月、如月、祥鳳。そして、あの高速戦艦の金剛。
(ザコドモゴトキガ…! オノレオノレェ…!!)
装甲空母姫は痛みに顔をしかめ、必ずや自身を傷つけた艦娘達へ復讐を成し遂げることを誓った。
105: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:17:38.83 ID:aPowVAxH0
8 私の作った卵焼き・・・、食べりゅ・・・?
12月中旬の朝。冷たい空気の感触で瑞鳳は目覚めた。
彼女が横須賀鎮守府の面々によって深海棲艦から救われてから一週間が経過した。
先の戦いにおける艦娘達の活躍は凄まじかったという。
佐世保鎮守府と横須賀鎮守府の空母・軽空母はヲ級の大群を迎撃し、その間隙を縫って急襲された横須賀鎮守府は突如現れた二人の艦娘・漣と曙――戦いが終わると二人はすぐさま何処かへ去ってしまったという――および球磨や古鷹ら重巡・軽巡の艦娘によって防衛された。
幸いなことに瑞鳳に大きな怪我はなかった。脳検査や精密検査なども実施されたが、体調にも異常はなくすぐに退院できた。
だが、彼女を救出に向かった艦娘達は無傷では済まなかった。
如月と睦月は何とか装甲空母姫を撃退こそできたものの、いくら歴戦の勇士である彼女達ですら、嘗て一航戦の赤城達を撃破した強大な敵相手に無傷では済まなかった。
艤装にも体にも大きな傷を負い、休暇も兼ねて数週間の入院を余儀なくされた(その間、弥生と卯月が舞鶴から呼ばれ、遠征任務を代理で請け負っていた)。
彼女の姉である祥鳳も二人ほどではないが重傷を負い、三日三晩意識不明の状態に陥り、昨日退院したばかりだった。
その他、横須賀鎮守府の飛鷹と隼鷹も爆撃を避けきれず怪我をして入院したと聞いている。
(私のせいだ…)
瑞鳳は胸を痛めた。私がもっとしっかりしていれば、深海棲艦に人質になんか取られなかったのに。仲間達も、そしてお姉ちゃんも怪我せずに済んだのに。
瑞鳳は暗い気持ちを抱えたまま、宿泊室を出た。後ろを振り返ると翔鶴と瑞鶴がひとつのベッドで抱きしめ合い仲良く眠っているのが目に入る。
そんな二人が羨ましかった。
私も、本当はお姉ちゃんと一緒にいたいのに。でも、私にはそんな資格なんてない。
106: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:19:06.85 ID:aPowVAxH0
同じ部屋に泊まっているはずの加賀はいなかった。恐らく朝から演習に励んでいるのだろう。
加賀さんならこのモヤモヤした気持ちを何とかしてくれる。瑞鳳は師匠に会いに行こうと思い立ち、弓道着に着替えてから部屋を出て演習場に向かった。
その途中、瑞鳳は一階の廊下で祥鳳に会い、目線が合った。
「おはよう。おねぇ…」
目の前には長年会いたかった人がいる。それなのに、お姉ちゃんと呼ぼうとしても喉元に引っかかった魚の骨のように言葉が詰まった。
瑞鳳の胸が痛んだ。
祥鳳とは退院後に何度か顔を合わせた。
操られていたとは言えあれほど傷つけたのにも関わらず、彼女の姉は何一つ瑞鳳を責めようとはせず、ただ寂しげに微笑むだけだった。
せめて「よくもやったわね!」と罵ってくれたほうがまだマシだった。
「お、おはよう。祥鳳…さん」
故に、彼女には素直に「お姉ちゃん」と呼べなかった。
私はお姉ちゃんなんて呼んじゃいけない。祥鳳をこれだけ傷つけた私がそんなこと言う資格なんてないんだ。
「おはよう、みずほ…。って、今は瑞鳳よね…?」
「う、うん。気にしないで…」
ぎこちない会話。ぎこちない挙動。ぎこちない笑顔。鎮守府内で再会して以来、ずっとこんな調子だった。
「ごめんね、まだ慣れなくて…」
「い、いいよ。気にしないで…」
「あ、朝ごはんの当番に行かなきゃ。またね…」
祥鳳は足早に食堂へと駆けていった。瑞鳳は去って行く姉の背中が、まるで自分を拒んでいるように見えてしまった。
107: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:20:00.25 ID:aPowVAxH0
瑞鳳は姉に気づかれないように後を尾け食堂をこっそり覗いた。そこでは、祥鳳があどけない容貌の少女達と一緒に朝食の支度をしていた。
「もう! 祥鳳お姉ちゃんは休んでて良かったのに…!
「で、でも私が当番だったし…。体ももう大丈夫だから」
「もー! こんな時くらい私を頼ってくれていいんだからね!」
「そうなのです。朝ごはんくらい電達が作るのです」
「ありがとう。それじゃ、任せちゃおっかな?」
「ふふん、電の本気を見るのです!」
鯨の描かれたエプロンの少女が黙って微笑み、祥鳳の肩をゆっくり押して椅子へと座らせた。
黒髪と銀髪の幼い少女達が目玉焼きをテーブルに運んでいた。
祥鳳と年下の艦娘たちは本当の姉妹のように仲が良かった。だが、実の妹であるそこに瑞鳳はいない。彼女の居場所はない。
割り込みたくても割り込めなかった。
なんで…。なんで、私じゃないの…?
「祥鳳の、バカ…!」
嫉妬にまみれた自分が悔しくなって、瑞鳳はその場から逃げるように足早に去った。
彼女の涙に気付くものは、誰もいなかった。
108: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:21:18.31 ID:aPowVAxH0
その頃、執務室では伊吹提督と青葉が、それぞれ鮭味と梅味のお茶漬け――安物のインスタント――を食べていた。
本来ならば彼も食事は食堂で済ませるのだが、今回は事情があって執務室を離れる時間も惜しいくらいに多忙だったため、昨日からずっとお茶漬けと簡単なサラダくらいしか口にしていない。
「ふぃふぇいふぁん、ふぉふふぃえふぁ、ふぁんむほぉぶふぁふぉふぉふぁんぼうぶわぁっふぁんふぇふふぁ?」
乙女らしからぬ品のない食べ方をする青葉に呆れ、伊吹は一旦箸を止めて器を置いた。
「…行儀が悪いぞ青葉。せめて食べ終わってから喋れ」
「しっ、失礼しましたぁっ!」
額に皺を寄せた伊吹の顔に驚き、青葉は慌てて手を止めて頭を下げた。
伊吹はしばらくすると黙ってお茶漬けを再び食べ始め、彼女もそれに従った。
やがて、お互いに食べ終わったことを確認し、青葉がお茶碗の前に手を合わせると、伊吹も「ごちそうさま」と一言添えて話を始めた。
「司令長官は君の提出してくれた物的証拠のおかげで現職を即刻解雇。今では警察の取り調べを受けているそうだ」
「へぇ~」
「よくやったぞ、青葉。君と衣笠のおかげだ」
「えへへ…お役にたてて光栄です!」
青葉は照れくさそうに鼻を擦った。
戦いが終わってから数日後、伊吹は舞鶴鎮守府の水本提督や佐世保の加藤提督らと共に緊急記者会見を開き、艦娘達の置かれている苦しい現状について訴えると共に司令長官らの不祥事について暴露した。
司令長官らの問題行動は以前から提督達の間でも悩みの種となっており、これを好機と見て艦娘に非難が及ばないように上層部の浄化を図ったのだ。
幸い、情報はあっという間に全国に広がり、司令長官らは世間からの非難に晒されて辞任を余儀なくされた。今後、別の人物が司令長官に任命されるだろう。
もっとも、たとえ青葉達の掴んだ証拠写真がなくとも、伊吹は自身の地位を顧みずに金剛らに瑞鳳を救出するよう命じていただろう。
今回は敵勢力が東京に到着するまでそれなりに時間に余裕があり、且つ司令長官を動かせる弱みを握っていたために、彼らしくない回りくどい手を取っただけに過ぎないのだ。
だが、司令長官らを追放した代償として、伊吹達には膨大な量の業務が降りかかってきた。
通常の業務に加え、報道各社への情報公開や予算案の決議、全国から届いた寄付や寄贈への対応、その他諸々の雑務などであった。
さすがに秘書官の赤城だけでは手が足らず、伊吹は非番の艦娘――前日は衣笠でこの日は青葉が担当だった――にも秘書官補佐を頼んでいた。
109: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:22:31.92 ID:aPowVAxH0
お茶碗を片付け終えると二人は書類業務に戻った。
「ところで司令官…」
「なんだ?」
「瑞鳳さんと祥鳳さんのことですが…。なんでしょう。なんかこう、わだかまりがあるように見えるんですが…」
「君や我々が口を出すことではない。十年も会えなかったんだ。まだお互いに距離を掴みかねているのだろう…。なに、いずれ時間が解決してくれるさ」
「青葉。あのふたりのツーショット、早く撮ってあげたいです…」
青葉のつぶやきを聞き、伊吹はこのカメラ好きの少女(と衣笠)に人間の暗部ばかりを撮らせていたことを改めて思い知らされ、自責の念が湧き上がってきた。
「…そうだな。その時はたくさん撮ってやるといい」
「はい! 青葉、その時はた~くさん撮っちゃいますから!」
青葉を労わるように、伊吹はいつになく優しい声色で言った。
これからは、この子にはもっと美しいものを撮ってほしい。彼は心からそう願った。
「すまない、青葉」
「えっ、なんか言いましたか司令官?」
「いや…。なんでもない。仕事に戻るぞ」
「はーい!」
ふたりは再び書類の山との戦いを開始した。
110: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:24:28.12 ID:aPowVAxH0
秘書官の赤城は執務の休憩を兼ねて親友の加賀と共に、グラウンドの演習場で艤装が装着できない件について相談をしていた。
そして今、装着されずバラバラになった赤城の艤装が演習場に散らばっていた。
「…確かに、艤装が装着できないようですね」
「えぇ。いったいどうすれば…」
「確かに、艤装が艦娘を拒絶する例は今までもありましたが…」
加賀はじっと考え込み始めた。
深海棲艦との戦いにおいて、最初に艦娘として登場したのが『初期艦』と呼ばれる艦娘達だった。
吹雪、叢雲、五月雨、漣の四人である。そして、彼女達は加賀や赤城らと共に十年前の第一時大規模襲撃の際に大活躍し、世界を駆け巡ることになった。
だが、その初期艦のうち三人は既に艦娘ではない。
吹雪、漣、五月雨の初代装着者らは瀕死の重傷を負ったことがきっかけで艤装に『拒絶』され、艦娘の座から退いた。
現在も尚戦場で活躍している「初代」初期艦の艦娘は叢雲のみである。
後年、行方不明となっていた三人の艤装は新たな装着者となる少女達のもとへと現れ、彼女らが所謂『二代目』となった。
赤城も同様の理由で拒絶されたのならば、艤装は既に彼女の元を去っていてもおかしくはないるはずである。しかし、赤城の艤装は留まったままである。
ふと加賀の脳裏にある考えが過ぎった。
『赤城』は装着者に何かを伝えたいのだろうか?
「このままでは、一航戦としての誇りにも傷が…。それに、装甲空母姫も…!」
赤城さんはいつになく焦っている。加賀はそう思った。
嘗て彼女に重傷を負わせ鳳翔を長い眠りに就かせた悪魔が蘇ったのだ。一刻も早く戦列に復帰したいと思う彼女の気持ちは痛いほど分かる。
だが、昔の赤城は何があろうとも何時だって冷静に戦い勝利を見出していた人だった。
戦友はこの四年間で何か変わってしまったのだろうか。
「赤城さん、今日はこれくらいにしましょう。焦ることはありません」
赤城は悔しげに黙って頷き、軍艦の形状に戻った艤装『赤城』を抱えて鎮守府へと歩き始めた。
111: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:27:06.10 ID:hJhCLnmu0
暫くの間、ふたりは黙って歩き続けていた。加賀は無口赤城には不甲斐ない自分を責めているように思えてならなかった。
やがて、その沈黙に耐えられず赤城の方から話題を振った。
「そう言えば、加賀さん」
「なんでしょう」
「祥鳳さんや隼鷹さん達の実力については、どう思われますか?」
「瑞鶴達よりはましな腕前くらいね。せいぜい一航戦であるあなたの四分の一、四航戦と言ったところかしら?
あの子達に赤城さんの代わりが務まるとは到底思えません」
「ふふ。相変わらず厳しいですね…」
赤城は苦笑した。同時に、暗に加賀が自分を今でも戦友だと思ってくれたことが嬉しかった。
「事実を言ったまでです。あなたに敵う空母など、この世に誰もいません。鳳翔や龍驤を除けばの話ですが」
「でも、あなたの後輩の翔鶴さんと瑞鶴さん、だいぶ伸びしろがありそうですよ? この間も加賀さんに負けないくらい戦果を挙げてたじゃない?」
「五航戦の子なんかと一緒にしないで。あの子達はまだ私の足元にも及ばないわ。まだまだ特訓が必要よ」
加賀はぴしゃりと冷たく言い放った。だが、そんな戦友の言葉を聞いた赤城はくすりと微笑んだ。変わらないな。赤城は思った。
昔から加賀さんはこうなのよね。冷たいふりをして、実は誰よりも優しい心を持っている人。それも隠してるようで全然隠せてないのがかわいい。
「ふふ…。加賀さんったら」
「…なぜ笑ってるのですか」
「なんでもありません…、ふふっ」
突然笑い出した戦友に加賀は首を傾げた。
その時だった。
『緊急事態発生! 東京湾沖に戦艦タ級6体が出現!』
夕張の緊急放送が鎮守府中に発せられた。その放送を聞き、静かながらも穏やかな加賀の目つきは獲物を狙う猛禽のものへと変わった。
「赤城さん、行ってきます…」
「えぇ…、気をつけて」
加賀は直ぐ様艤装を呼び出して装着し、港へと向かった。赤城は自らの無力に拳を握り締めながら、戦友を見送った。
112: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:29:24.21 ID:hJhCLnmu0
その日の出撃はあっさりと終了してしまった。
赤城と並んで最強の一航戦と称された加賀。
彼女の五分の一の実力しかないとか称されるものの十分な実力を持つ五航戦の姉妹。そして瑞鳳。
この四人に加え、高速戦艦の金剛と比叡も出撃した。彼女らにかかればタ級6体と言えど恐るるに足らない存在であった。
とりわけ、加賀は流星や烈風など最新鋭の艦載機を主戦力として扱っていた。
圧倒的な攻撃力によって一撃でタ級の半数を大破に追い込み、残りの敵戦力も五航戦と瑞鳳の畳み掛けるような爆撃と金剛達の砲撃によって撃破された。
まさしく完全勝利だった。
「すごい…!」
艤装が修復しておらず出撃不能だった祥鳳は、金剛達からの通信を聞いて驚愕していた。
そして、六人の艦娘が港へと戻ってきた。祥鳳は金剛や瑞鳳を迎えに行こうと船着場へと向かった。
だが、楽しそうに並んで歩く佐世保鎮守府の面々が目に入り、その歩みは止まってしまった。
「加賀さん! 私、やりました!」
瑞鳳は無邪気に喜び、加賀に飛びついた。加賀は後輩を優しく抱きとめ、その頭をそっと撫でた。
「よくやったわね、瑞鳳…」
「えへへ…」
加賀はふっと静かに微笑んだ。まるで瑞鳳の姉のようなふるまいをしていた。
「瑞鳳先輩すごいです! あんな遠距離から正確に爆撃を命中させるなんて!」
「さっすが先輩!」
瑞鶴と翔鶴が彼女の元に寄ってくる。二人もまた瑞鳳の仲の良い姉妹のように思えた。
「っ…」
祥鳳は胸にしびれるような奇妙な痛みを感じ、無意識に拳を握り締めている自分に気付き、慌てて手を開いた。
私には、嫉妬する資格なんてないのに。
勝手に死んだと思い込んで、10年間ほったらかしにして、何一つ姉らしいことなんてしてやれなかった。そんな私には加賀さん達を羨むなんていけない。
それにあそこまでみずほが、瑞鳳が成長したのも加賀さんのおかげだ。あの人の方がよっぽど私なんかより姉らしい。
そう自分に言い聞かせても、祥鳳は胸の痛みと手の震えを抑えることはできなかった。
陸に上がった金剛と比叡は、そんな戦友の寂しげな姿を目にし顔を見合わせた。
「お姉様、祥鳳さんと瑞鳳さんのこと、気付かれましたか?」
比叡は小声で姉に尋ねた。
「Of course・・・。あの二人からはDistanceを感じマース」
金剛も祥鳳のことが気がかりだった。あの二人のぎこちない様子は嘗ての自分と霧島を彷彿とさせた。
二人はどこか暗い表情をした黒髪長髪の戦友にかけるべき言葉を探しあぐねた。
113: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:31:55.44 ID:hJhCLnmu0
艦娘達が鎮守府に無事到着したのを確認すると、夕張は戦闘用のセーラー服から薄汚れたツナギへと着替え、作業室へと入った。
作業室には前回の総出撃で傷ついた艤装が無数に並んでいた。古鷹、加古、衣笠、青葉。
仲間達の艤装を静かに見つめながら歩き、夕張は部屋の隅っこで静かに横たわっていた祥鳳の艤装へと辿り着いた。
あの戦いが終わった後、祥鳳は妹を抱きかかえながら満身創痍の身で横須賀鎮守府の港へと上陸した。
瑞鳳を医療班に受け渡した直後、彼女は安心したのかその場で気を失ってしまった。
その時だった。突如、祥鳳の艤装が全て剥がれて軍艦の形態へと勝手に戻ってしまった。驚く金剛達の目の前で艤装は真っ二つに割れて砕けた。
直ちに艤装を回収して高速修復剤に浸けたが、回復は遅く未だにひび割れは修繕できなかった。
また、この戦いで海に落ちた彼女の艦載機は30機とも回収されたが、彼らも全てボロボロの状態で工廠の机の上に力なく横たわってた。
祥鳳さんが限界を超えて戦った代償なのかも。夕張はそう推察していた。
もともと祥鳳はその身を犠牲にしてでも仲間達を傷つけないよう庇うことが多かった。
この物言わぬ彼女の戦友達もまた、そんな主の想いに応えるべく限界以上の力を発揮したのであろう。
「祥鳳さん…」
夕張は静かに呟いた。
姉妹のいない夕張にとって、横須賀鎮守府の仲間達は本当の姉妹も同然だった。
とりわけ、彼女はいつも――女の子らしくない機械オタクで特撮オタクの自分にも――優しく接してくれる祥鳳が好きだった。
「絶対に祥鳳さんの艤装を直すんだ…!」
故に、彼女の艤装の修理に対して夕張はいつになく意気込んでいた。彼女はツナギの腕をまくり、ふんと鼻を鳴らした。
工廠の妖精達もまた同じ仕草をし、共に気合を入れた。
その日の工廠は、翌朝まで明るいままだった。
114: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:32:32.19 ID:hJhCLnmu0
出撃を終えた日の翌朝、瑞鳳は加賀に話があると言われ、人気のないグラウンドの木の下へと呼び出された。
「瑞鳳、これからあなたははどうする気?」
「えっ?」
「夕方までに選びなさい。佐世保に戻るか、横須賀で姉と共に暮らすか」
「わ、私は…」
瑞鳳は戸惑った。昨日の朝以来、祥鳳とは一度も会話してない。ちらりと食堂で別のテーブルにいるのを見ただけだった。
お姉ちゃんと仲良くしたい。でも、どう接してゆけばいいのかまったく分からない。それなのに、今日中に姉といるかどうかを決めろなんて無茶だ。
「そろそろ我々も佐世保に戻らないといけません。いくら超弩級戦艦と言えど、武蔵さんだけに防衛を任せておくことは危険だわ」
「えっ…。でっ、でも私…。あの…。その…」
瑞鳳はしどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
「大丈夫。あなたがどんな選択をしようと、私はそれを尊重するわ」
加賀は無表情のまま言った。
「誰にも文句は言わせません」
115: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:34:30.19 ID:hJhCLnmu0
それから数時間が経過した。
悩みに悩んだ瑞鳳は、お昼頃に瑞鶴と翔鶴を呼び出し、波止場で二人に相談することにした。
ふたりは大鯨の作った昼食の竜田揚げを食べた直後だったようで、瑞鶴の口周りにはご飯粒が付いていた。
「瑞鶴、翔鶴。ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
妹の頬についたご飯粒を取りながら翔鶴が返答した。
「私、横須賀鎮守府に残ってもいいかな…?」
「はい?」
「…えっ?」
「そ、そうだよね…。そ、そりゃあ、私だって祥鳳とも仲良くしたいけど、私が行ったらチームワーク乱れちゃうし、祥鳳だって迷惑だろうし…」
とぎれとぎれになりながら瑞鳳は言葉を紡ぎ、そして俯いた。
三人の間に沈黙が漂った。翔鶴が何と声をかければ良いのか戸惑っているうちに、彼女の妹がその空気を打ち壊した。
「…バカにしないでくださいよ」
冷たく言い放ったのは瑞鶴だった。
116: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:35:07.41 ID:hJhCLnmu0
「ず、瑞鶴…! そんな失礼なことを言ってはいけないわ」
翔鶴は咎めたが瑞鶴は口を閉じはしなかった。
「私は幸運艦だし、絶対に沈まない自信だってあります。それに、翔鶴姉だってむちゃくちゃ強いんですよ。そんなことも分かんないんですか?」
「ず、瑞鶴…」
「瑞鳳先輩、ホントは私達のことを言い訳にして甘えたいだけでしょ? 自分がお姉さんと向き合えないからって」
「なっ…! そっ、そんなことないもん!」
「ウソ。あんなに会いたがってたくせに、全然お話すらしてないじゃないですか」
図星を突かれ、瑞鳳は俯いた。
確かに瑞鶴の言うとおりだった。私は後輩を言い訳にして祥鳳と向き合うことから逃げようとしている。
「ちゃんと祥鳳さんに向き合ってください。このままじゃお姉さんがかわいそうですよ」
ぐうの音も出ない正論だった。容赦がなさすぎる。
瑞鳳は暫く黙った後、ようやく口を開いた。
「そうだね…。ごめんね、二人とも…」
二人に背を向け、瑞鳳は歩き出した。
「それから…、ありがとね。瑞鶴」
瑞鳳は吹っ切れたように微笑み、小走りで波止場を後にした。
翔鶴と瑞鶴は微笑みながら背丈の低い先輩を見送った。
「やれやれ、手のかかる先輩だこと」
「瑞鶴…。あなた加賀さんに似てきたわね」
「なっ…!」
瑞鶴は顔を赤くして反論した。
「似てないよ! 誰があんな腹黒で無口で焼き鳥な女なんかに!」
「ふふ。その割にちょっと嬉しそうなのはどうしてかしらね?」
「も~! 翔鶴姉も変なこと言わないでよー!」
117: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:39:37.30 ID:QjNeuXv00
その頃、祥鳳は金剛と比叡の個室で紅茶を飲んでいた。
金剛達の部屋は赤い絨毯やイギリス製のテーブルなど洋風の家具が置かれており、狭いながらも西洋の宮殿のように優雅な様相だった。
三人とも出撃や遠征などに忙殺されていたからというのが建前だったが、金剛達の目的は別にあった。
「そう言えば祥鳳」
「な、なんでしょう?」
比叡お手製のクッキー――大鯨が傍で付き添ったため普通の味付けだった――を齧りながら、金剛は祥鳳をじっと見た。
「加賀さん達を見てるとき、ちょっとあなたからJealousyを感じマース」
「そう、ですよね…」
図星を突かれ、祥鳳は俯いた。
「分かってるんです。私なんかより、加賀さんや瑞鶴さん達の方がよっぽどあの子の姉らしいって…。それなのに私、加賀さん達に嫉妬するなんて…」
「祥鳳。それはBadなことじゃないデス。あなたがLittle PhoenixをLoveな証拠デース」
金剛は優しく微笑みながら言った。だが、祥鳳の表情は暗いままだった。彼女はクッキーにも紅茶にも全く手をつけていなかった。
「もう、これ以上会わない方がいいのかもしれません…」
「What!? せっかく会えたって言うのに何言ってるデース!?」
「だって…。私、あの子を十年間ほったらかしにして…。それに私なんか、加賀さんに比べれば弱いですし…」
「そんなことないです」
突如、クッキーを齧りながら黙って話を聞いていた比叡が口を開いた。
118: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:42:42.97 ID:QjNeuXv00
「祥鳳さん。あなたは強い人ですよ」
「えっ?」
意外な言葉に祥鳳は目を丸くした。
「私もお姉様も見てました。祥鳳さんが命懸けで電ちゃん達を守ったことも、いつも美味しいごはんを作ってるとこも。そして妹をボロボロになって救ったことも」
「比叡さん…」
「あなたの心の強さは、優しさは、きっと加賀さんにだって劣らないはずです」
金剛も黙って頷いていた。
「比叡の言う通りデース。祥鳳は十分強くて優しいお姉ちゃんのはずデス。誰がなんと言おうと、私達はあなたがStrongなことを知ってマス」
「金剛…さん…」
「大丈夫です。今はまだお互い戸惑ってるだけですよ。私達と榛名達のように、祥鳳さん達もきっとまた仲良くなれるはずです」
「…ありがとうございます」
二人の暖かさが胸に染み、祥鳳の胸に熱いものがこみ上げてきそうになった。
「やはりそういうことね」
溜息を付きながら、加賀が突如扉を開けて部屋に入ってきた。
「かっ、加賀さん…!?」
「いつまでウジウジしてるの、四航戦の子。さっさと姉らしいことでもしてきなさい」
「加賀の言う通りデース! さっさと会いに行きナサイ!」
「気合! 入れて! 行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待って・・・。あぁぁっ!! まっ、待って離してください…!」
「No Problem! 祥鳳が瑞鳳ちゃんにI love you って伝えればいいだけのことネ!」
金剛と比叡に腕を掴まれ、祥鳳は足をじたばたさせながら無理やり瑞鳳のもとへと運ばれた。
119: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:43:15.62 ID:QjNeuXv00
金剛達に無理やり引っ張られ、祥鳳は本棟の外へと連れてゆかれた。施設入口を出ると、ちょうど波止場から戻ってきた瑞鳳と出くわした。
「あ…。し、祥鳳…」
「瑞鳳…」
「デハ、姉妹で話し合ってくだサーイ!」
そう言うと金剛達は無理やりふたり近くのベンチへと座らせ、足早に去って行った。
取り残された二人はベンチに座り込んだまま何も話さなかった。目も合わせられず、長いあいだ二人は沈黙した。
やがて、祥鳳の方が口を開いた。
「ず、瑞鳳」
「な、何?」
「あ、えっ、えっと…。ア、アイラブユー…」
祥鳳は恥ずかしそうに言葉を紡いだ。
再び、姉妹の間に沈黙が流れた。
物陰から覗いていた加賀と金剛は呆れ、比叡は困惑した表情を浮かべ、加賀達と一緒に物陰から覗いていた瑞鶴と翔鶴もぽかんと口を開いた。
「えっ、えっ、えぇと…」
「何それ、わけわかんない…」
「ご、ごめん…」
再び姉妹は沈黙した。
「What a stupid Phoenix…」
「愚かね」
物陰から金剛と加賀がそれぞれ毒づいた。
120: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:45:07.40 ID:QjNeuXv00
しばらくして、瑞鳳が重い口を開いた。
「ねぇ…。私って、もしかして邪魔?」
「え、どういう…」
祥鳳は戸惑い、瑞鳳の横顔を見た。どこか泣きそうな表情をしていた。
「だって祥鳳、みんなにお姉ちゃんって言われて好かれてて…。私の入るスキがなくて…。それに、腕だってあんなに傷だらけにしちゃったから…」
「そっ、そんなことないわ…」
祥鳳は慌てて否定した。
「だったら、どうして…」
「えっ…?」
瑞鳳は祥鳳に抱きつき、背筋を震わせた。
「どうして、そんなによそよそしいのよ…!?」
「瑞鳳…」
「私はあなたの妹なんだよ? なんでよ?」
祥鳳は何も答えられなかった。
「私だって、瑞鶴と翔鶴みたいに祥鳳と…、お姉ちゃんと仲良くしたいもん!
いっぱいお話だってしたいもん! 喧嘩だってしたいもん! 一緒にいたいのに…!
なんで、なんで、そばにいてくれないのよ…!」
瑞鳳は大声で泣き出した。まるで、年相応の少女に戻ったように。
「そっか…」
祥鳳はようやく妹の気持ちが理解できた。
瑞鳳も、私と同じだったんだ。あなたも、拒まれるのが、怖くて、寂しくて、辛かったんだね。
「瑞鳳…。私だって、あなたと一緒にいたいよ…!」
彼女は静かに妹を抱きしめる。
「ごめんね、さびしい想いさせちゃって…。ダメなお姉ちゃんだよね、私…」
「バカ…、お姉ちゃんのバカ…!」
「ごめんね、ごめんね…」
その間、祥鳳はずっと優しく妹の頭を撫で続けていた。10年前のいつか、彼女にそうしてあげた時のように。
いつの間にか、祥鳳からも嗚咽が漏れ始め、しばらくの間姉妹は静かに泣き続けた。
物陰から姉妹を見守っていた比叡と瑞鶴は静かにもらい泣きしていた。
加賀は無表情のまま、ふたりをじっと見つめていた。
121: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:46:15.50 ID:QjNeuXv00
どれくらい経った頃だろうか。泣き疲れて祥鳳の胸に顔をうずめていた瑞鳳が唐突に口を開き、姉の顔を見つめた。
「ねぇ。私、ここにいてもいいよね?」
「いいよ、瑞鳳。十年分、いっぱい甘えていいからね」
「うん…。ありがとう、お姉ちゃん」
瑞鳳が改めて姉を見つめると、彼女は頬を真っ赤に染め、目線を逸らしていた。
「…なんで照れてるの?」
「うーん…。なんかこう、面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしい…かな…」
容貌は大人の美女そのものなのに、どこか子どもっぽい。
そんな姉を可愛く思い、瑞鳳は吹き出した。
「わっ、笑うことないじゃない!」
「だって、お姉ちゃん可愛いもんだもん…!」
姉妹はようやく穏やかに笑い合えた。長い10年の時が産んだ溝が、漸く埋まったようだった。
「そう。それでいいのよ」
仲良く笑い合う祥鳳と瑞鳳を見て、加賀は静かに呟いた。
「瑞鶴、翔鶴。そろそろ帰るわよ。用意なさい」
「は、はい…」
そう言って加賀はすぐにその場から歩き去って行った。
瑞鶴には彼女の背中がどこか寂しそうに見えた気がした。
122: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:48:22.50 ID:/i6fDVVg0
数時間後、加賀達は佐世保鎮守府へ帰還を決定した。
やけに早いと伊吹にも言われたが、半ば強引に帰ると加賀が主張したためだ。
「本当にもう帰るんですか? もうちょっとゆっくりしたかったのに…」
瑞鶴が名残惜しそうに言った。彼女はもう少し大鯨のランチを賞味したかった。
彼女の食事は佐世保鎮守府で出される食堂のメニューよりもずっとおいしく、瑞鶴は気に入っていた。
「もう要件は済んだわ。これ以上、油を売って佐世保周辺を危機に晒す必要はないわ」
三人は横浜駅から新幹線へと乗車することになった。瑞鳳も三人の見送りに駅までやって来た。
「それじゃ、元気でね二人とも」
「任せてください、瑞鳳先輩の分まで佐世保は守ってみせます!」
「瑞鳳先輩も、お体に気をつけてください。本当にお世話になりました!」
瑞鳳は瑞鶴と翔鶴とそれぞれ握手した。
その後、加賀が彼女の目線に合わせて腰を落とし、静かに頭を撫でた。
「もう貴方に教えることはないわ、瑞鳳。もう独り立ちできる実力を身につけたはずよ。頑張りなさい…。そして、四航戦の子と、仲良くなさい」
加賀はそれだけ言って、すぐに背を向けて足早に電車へと乗り込もうとした。
「あ、あの…。加賀さん…!」
だが、瑞鳳に呼び止められて彼女の歩みが止まった。
「加賀さん! 今まで…、本当にありがとうございました!」
加賀は何も答えない。
「私…、加賀さんのこと大好きです…! いつまでも、ずっと…!」
「…ありがとう」
加賀は振り返り、静かに微笑んだ。
間もなく発車を知らせるベルが鳴り、彼女は慌ててドアへと入り込んだ。
瑞鳳は新幹線が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。
123: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 22:59:51.74 ID:PkyFp46H0
新幹線は猛スピードで走り、小田原を、伊豆を、次々に通過していった。
加賀は自分の隣の席を見つめた。そこにはだれもいない。今までいつも当たり前のように自分の隣にいた瑞鳳はもういなかった。
加賀は空白の椅子を静かにじっと見つめた。
しばらくすると、唐突に彼女は顔を覆い、俯いた。
「加賀先輩?」
まどろみかけていた翔鶴が物音に気付き、隣の席の加賀へ声を掛けた。
「あぁ、やっぱりね」
瑞鶴がわかっていたかのように言った。
席の隅で顔を覆い、誰にも涙を見せないようにしていたが、瑞鶴達には筒抜けだった。
雫がとめどなく零れ落ち、椅子や衣服に染みを作るのが二人にも見て取れた。
「ずい…、ほう…!」
もういつもの無表情を保てなかった。声を出さないようにしたが、どうしても嗚咽が漏れてしまう。
「はぁ…。やっぱり無理してたんでしょ! ホントに素直じゃないですねっ!」
「瑞鶴。ちょっと黙っていなさい。加賀先輩のお気持ちも考えなさいな」
翔鶴が妹の頭を軽く叩いて窘めた。
加賀は二人に何も言い返さず、言い返せず、涙を零し続けた。
(加賀さんのこと大好きです…!)
嬉しかった。あの子がそう言ってくれるなんて。
寂しかった。あの子がもう隣にいないことが。
二つの感情が爆発し、加賀の中から間欠泉の如く溢れ出し続けていた。
「瑞鳳…!」
だが、瑞鶴はそんな彼女を見て顔を近づけ、こう言い出した。
「あ、そ~んなにさびしいんだったら、私が妹やってあげてもいいんですよ? 泣き虫の加賀お姉ちゃん♪」
沈黙のまま放たれた裏拳が、瑞鶴に暫しの静寂を与えた。
124: ◆li7/Wegg1c 2016/03/13(日) 23:02:12.36 ID:PkyFp46H0
その日の夜、祥鳳は瑞鳳に食堂に呼び出された。
「どうしたの、瑞鳳?」
誰もいないテーブルに座らされ、祥鳳は困惑していた。
厨房から甘い匂いがするので、何かお菓子でも作ったのだろうかと思っていると、エプロンをまとった妹が皿を持ってやって来た。
「あのね。いつか会えた時に、お姉ちゃんに食べてほしくて・・・。こっそり練習してたんだ・・・」
瑞鳳は恥ずかしそうに皿を指差した。
「上手く出来てるかわからないけど・・・」
もじもじとしながら瑞鳳は言葉を紡いだ。
「私の作った卵焼き・・・、食べりゅ・・・?」
やっちゃった。「食べる」と言ったつもりが「食べりゅ」と噛んでしまった。
すると、祥鳳の頬が涙に濡れた。
「えっ? どっ、どうしたのお姉ちゃん…!?」
「ず、瑞鳳…!」
祥鳳は口に手を当て、泣き出した。
瑞鳳は、本当に私のことをずっと思っていてくれたんだ。
「うん…。食べりゅ・・・!」
泣き声が邪魔して噛んでしまい、上手く言えなかった。
祥鳳はぽろぽろと涙を零し、卵焼きを摘んだ。
甘くてふんわりとした食感が口の中に広がった。
「おいしい…! おいしいよ瑞鳳…!」
「も、もう…! お姉ちゃん今日泣いてばっかりじゃない…」
だが瑞鳳の目も潤んでいた。
「だ、だって…。嬉しいから…! 瑞鳳が・・・。こんな美味しい卵焼き作ってくれて…!」
「お姉ちゃん…」
二人ともテーブルの上で泣いていた。
「瑞鳳。明日は私がおいしいごはん、作ってあげるからね…!」
「うん…! うん…!」
涙が卵焼きに零れてしまい、ちょっとだけしょっぱく感じた。
だが、それでも祥鳳にとって世界一おいしい卵焼きだった。
129: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:25:19.55 ID:e33cAEsx0
瑞鳳が横須賀鎮守府での暮らしを開めてから数ヶ月が経過した。
12月の横須賀への大規模襲撃以来、関東周辺における深海棲艦の襲撃は比較的鎮静化し、他の地域においても襲撃の頻度はやや低下していた。
その間、瑞鳳は最愛の姉と共にゆったりとした時間を過ごすことができた。
クリスマスには横須賀鎮守府でサンタ騒動が発生し、バレンタインデーには伊吹提督が比叡特製の激辛チョコを食べて病院に運ばれ、関東全域を豪雪が襲った日には艦娘達が街の雪かきを手伝うなど、鎮守府の面々は平和な時を過ごしていた。
寒い冬を過ぎ、桜が満開となった四月中旬頃になっても、強大な敵は現れなかった。
このまま深海棲艦なんて出てこなければいい。金剛を含め、多くの艦娘たちはそう思っていた。
だが、そんな彼女達の穏やかな日々は長くは続かなかった。
暗い暗い海の底。黒い塊が海上へと浮上した。
それは魚の群れを押し分け、優雅に浮遊していた大きな水母をゼリーの破片へと変え、闇深き海底から明るい海上と突き進んでいった。
やがて、波を押し分け、白い怪物が海上に姿を現した。
それは白髪白肌の妖艶な裸女の姿だが、両腕にはグロテスクな口と砲塔を備えていた。
この美しい深海棲艦こそ、艦娘達が南方棲戦姫と呼んで恐れる強力無比な怪物だった。
砲塔から無数の雫を垂らし、南方棲戦姫は海の彼方の陸地をじっと見つめた。その目線の先には小さな港街があった。
白い魔女は獲物を捉え、顔を歪めて笑った。
130: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:27:03.28 ID:e33cAEsx0
9 一航戦赤城、出ます!
その頃、横須賀鎮守府の正門前では瑞鳳達が姉の祥鳳らに見送られ、合同演習のため佐世保へと発とうとしていた。
今回は横須賀鎮守府から瑞鳳と如月、そして金剛が参加することになっていた。そして彼女たちの他に、ある特別な事情で赤城も同行していた。
「それじゃー行ってくるネ比叡! オ留守番はお任せシマース!」
「はい! 気合、入れて! 守ります!」
「Yes! その意気ネ!」
金剛はにっと笑い、比叡と拳を合わせ、別れの挨拶をあっさりと終わらせた。
一方、この鎮守府に住むもうひと組の姉妹の見送りはやや長くて湿っぽかった。
「それじゃ、行ってくるね。お姉ちゃん」
「…ごめんね、ついて行けなくて」
祥鳳は寂しげに微笑んだ。
彼女の艤装は一ヶ月かけて漸く回復し、後遺症もなく装着できるようになった。
だが、横須賀鎮守府秘書官である赤城がいない間、他の空母が代理を務めねばならない。
なにより関東の防衛を手薄にはできないため、今回は祥鳳が横須賀を離れることはできなかった。
「ううん。お姉ちゃんや隼鷹たちが離れちゃったら危ないもんね」
「気をつけてね。何かあったら、すぐ横須賀から駆けつけるね」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん…」
心配性すぎるよ、お姉ちゃん。そう思いながらも、同時に瑞鳳はそんな姉の優しさが嬉しかった。
「あっ…! ごめん、ちょっと待ってて」
祥鳳は唐突に何かを思い出し、小走りで鎮守府棟内へと戻り、2分ほどしてから風呂敷を抱えて戻ってきた。
「はい、これお弁当。新幹線の中で食べて。あ、金剛さんや赤城さん達の分もあるからね」
姉が作ってくれたお弁当を手に取り、瑞鳳の顔がぱっと明るくなった。
「わぁっ! ありがとう、お姉ちゃん!」
「うん。気をつけてね、瑞鳳」
「うん! 行ってきます!」
祥鳳に頭を優しく撫でられると、瑞鳳はお弁当箱を大事そうに抱えながら金剛や赤城と共にバスへと乗り込み、旅立った。
祥鳳はバスが見えなくなるまで手を振り見送った。
131: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:28:36.59 ID:e33cAEsx0
そんな彼女とは対照的に、共に見送りに来ていた雷は苛立ちを顕にしながら全く正反対の行動を見せた。
「べーだ! 瑞鳳お姉ちゃんのばーか!」
雷は舌を出して走り去る車に悪態を付いた。
「はわわ…、雷ちゃんそんなこと言っちゃだめなのです…」
「い、雷…?」
突然の妹分の行動に祥鳳は困惑した。自分の知らないところで喧嘩でもしたんだろうか。
「ひひ…。人気者は辛いね~!」
同じく見送りに来ていた隼鷹が苦笑した。気がつくと、同じく見送りに来ていた飛鷹や古鷹まで笑ってることに祥鳳は気付いた。
「え…? ど、どういうことですか?」
「も~、祥鳳お姉ちゃん鈍感すぎ!」
大鯨が突如抱きつき、彼女は柔らかな感触を背中と頬で感じた。
「最近、ず~っと瑞鳳お姉ちゃんにべったりだったじゃない!」
「え? そ、そうかしら?」
そういえば最近瑞鳳とはいつも一緒にいたかも。
祥鳳はここ数ヶ月瑞鳳とべったりだったことに気付いた。
振り返ってみれば、「ひとりじゃ眠れない」と甘えてきて一緒にベッドで添い寝したり、一緒にお風呂に入ったり、トイレ以外はほとんどいつも瑞鳳と一緒にいた気がする。
「んもう! 私達だって、祥鳳お姉ちゃんの妹なんですからね!」
「なのです!」
「雷だって!」
祥鳳の『妹』達は四方八方から抱きついた。
「ちょ、ちょっとみんな…」
「それー! 祥鳳お姉ちゃんをおしくらまんじゅうしちゃうわよ!」
『妹』達にぎゅうぎゅうづめにされ、祥鳳は顔を赤くして困惑した。
だが、横目で見ていた隼鷹達には彼女がどこか嬉しそうに見えた。
132: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:30:11.79 ID:e33cAEsx0
バスから航空機へと乗り換え――祥鳳の弁当は空港で飛行機待ちしている合間に食べた――長崎空港に到着してから更に電車へと乗り換え、金剛達は佐世保駅へと到着した。
駅から鎮守府へは徒歩で行ける距離のため、街の視察も兼ねて駅から歩くことにした。
「Waoh! GoodなSmellデース!」
佐世保市は深海棲艦の脅威がかなり薄れているのか、横須賀鎮守府よりも賑やかな町並みになっていた。
街灯は明るく、売店も幾つか並んでおり、「一航戦まんじゅう」や「加賀さん音頭CD」なる奇妙なお土産を売る店まで並んでいた。
赤城には街の人々も活気に溢れてるように見えた。おそらく、最強の一航戦が街を守るという安心感が人々に生きる希望を与えたのだろう。
「がいすーいっしょくよ、心配いらにゃいわ!」
「いっこーせん、しゅつげきします!」
通りの一角にあった小さな公園では、あどけない少女たちが艦娘ごっこを楽しんでいた。
「あらあら、おてんばなお嬢さんたちね」
如月は少女たちを微笑みながら見つめた。
「加賀さん、さすがね…」
一方、赤城の表情は暗かった。
加賀さんに比べて私は、あの四年前の日以来ずっと…。
いけない。すぐに思い直し振り払った。
この四年間で積もった恥辱を乗り越えるために、私はここに来たんだ。
「おっ! 瑞鳳ちゃんひっさしぶり~!」
屋台で焼きそばを焼いていた中年の男が瑞鳳に気付き声をかけた。
「あ、藤原さん! お久しぶりです!」
「いやー、横須賀に引っ越したって聞いたから寂しかったけど、また会えて嬉しいねー! お、今日はおごりだ。焼きそば持ってって!」
「本当!? ありがとうございます!」
瑞鳳はかわいらしいお辞儀をし、藤原という男からプラスチックのパックに包まれた焼きそばを人数分受け取った。
金剛達にはビニール袋を左手に持って歩く瑞鳳がお使い帰りの少女のように見えた。
133: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:30:48.08 ID:e33cAEsx0
駅から15分ほど歩くと、金剛達は佐世保鎮守府に到着した。
佐世保鎮守府は佐世保港の佐世保川に並んで建造された鎮守府であり、庁舎の隣に設置された艦娘発進用の特殊通路――金剛には遊園地のプールのウォータースライダーのように見えた――が備え付けられていた。また、佐世保の庁舎は横須賀鎮守府よりも大きく、おまけに金属板の柵で隙間なく囲まれており堅牢な要塞を彷彿とさせた。
金剛達は鎮守府の大きな鉄扉を叩いた。直後、鈍い音を立てて扉が開き、加賀と瑞鶴が出迎えた。
「遠路はるばる、お疲れ様です」
加賀は静かにお辞儀し、瑞鶴も慌ててそれに続いた。
「Hey! 加賀! Long time No see! お元気デシタカー!?」
「えぇ。九州は特に変わりありません。みんな優秀な子ですから」
さりげなく加賀に褒められたことが嬉しかったのか、瑞鶴はふふんと鼻を鳴らし胸を張った。
「あっ! 加賀さん! 瑞鶴!」
長身の美女を見るなり、瑞鳳は嬉しそうに駆けていった。
「瑞鳳せんぱーい! ひっさしぶりー!」
「元気そうね、瑞鳳」
加賀は駆け寄ってきた愛弟子を静かに抱き止め、優しい笑みを浮かべた。
「四航戦の子とは…、お姉さんとは仲良くしてる?」
頭を撫でながら加賀は尋ねた。
「はい! お姉ちゃん、とっても優しくて素敵です! 伊吹提督も、横須賀のみんなも、いい人ばっかりですよ!」
「そう…。よかった…」
無邪気な笑顔で頷く瑞鳳を見て、加賀は少し寂しげに微笑んだ。
134: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:32:17.55 ID:e33cAEsx0
「あっ、そうだ! ねぇねぇ聞いて聞いて瑞鳳先輩」
瑞鶴が手招きして瑞鳳を呼び寄せた。
「ん? なあに? 瑞鶴?」
「いいからいいから」
瑞鶴は瑞鳳の耳にそっと手を当てた。
「あのねー。加賀さんはねー、瑞鳳先輩がいなくて、寂しくて毎晩メソメ…」
瑞鶴の言葉は加賀の拳によって強制的に遮られた。
「痛ッ…! 何すんですか!?」
「お黙りなさい」
後頭部を抑えてうずくまる瑞鶴に向けて加賀は冷たく言い放ち、漫才のようなやり取りを微笑みながら見つめていた赤城に向き直った。
「早速ですが、明日に艤装装着の訓練を開始します。早朝、演習場に来てください」
「えぇ」
赤城は頷いた。
135: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:33:57.75 ID:e33cAEsx0
翌朝、赤城と加賀は佐世保鎮守府の演習場にいた。
佐世保鎮守府では空母の艦娘が中心的であるためか、木造の弓道場を模した演習場が設置されていた。演習場には瑞鶴、翔鶴、瑞鳳、そして金剛と如月も同席しており、正座して様子を見守っていた。
今、赤い袴を吐き赤城は加賀の見守る中、自身の艤装を目前にして正座していた。
ふと、風が演習場を吹き抜け、散りかけた桜の花びらが目の前を通り過ぎた。
佐世保の朝は横須賀よりも気温が少し温かい。赤城はそう思った。
「赤城さん。戦いに臨む気持ちで集中し、艤装を呼んでください」
「はい」
久々に弓道着を身にまとった赤城は強く頷き、立ち上がった。
彼女の目の前には艤装が鎮座して置かれており、真正面には自分を厳しい目つきで見つめる加賀が背筋を伸ばし立っている。
戦場で戦いたい。勝利したい。一刻も早く嘗ての強さを、一航戦の誇りを取り戻したい。その思いを胸に、赤城は叫んだ。
「来てください、赤城!」
彼女の叫びに応じて、『赤城』が空母の形状から艤装へと分解し飛び散った。
直後、飛び散った艤装が浮き上がり、長身の身体の各所に装着された。
「すごいっ!」
「やったぁ! さすがは一航戦!」
翔鶴と瑞鶴が声を上げた。だが、対照的に金剛や加賀達は怪訝な表情をしていた。
「うぅ…」
136: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:37:48.16 ID:e33cAEsx0
一見無事装着されたかに見えた赤城の艤装は震えだし、今にも落ちそうになっていた。
「あぁっ…!」
艤装から激痛が放たれ、赤城は顔を歪めた。再び、艤装に拒まれたのだ。
「くっ…!」
それでも彼女は痛みに耐えて立ち続けた。
何としても再び立ち上がりたい。祥鳳や仲間達に迷惑をかけたままではいたくない。一航戦の誇りを取り戻したい。また戦線で戦いたい。
その思いが彼女を踏ん張らせたが、それもほんの1分程度に過ぎなかった。
艤装が次々と身体から剥がれ、冷たい木造の床に鈍い音を立てて落ちた。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
艤装に続くかのように赤城も膝をついて崩れ落ちた。
「あ、赤城先輩!」
「だ、大丈夫ですか赤城さん!?」
翔鶴と瑞鶴が見かねて立ち上がり、痛みに苦しむ赤城に手を貸した。一方、加賀は冷たい目線のまま戦友を見下ろしたままだった。
「すみません、加賀さん…」
何とか立ち上がった赤城はバツが悪そうに言ったが加賀は厳しい目つきのままだった。
「赤城さん、あなたは何のために戦いたいのですか?」
「なんのためって…。一航戦の誇りのために決まってるでしょう?」
その言葉を聞いても加賀は無表情のままだったが、彼女はかすかに下唇を噛んでいた。
「…頭にきました」
「赤城さん。貴方、だめな艦娘になったわね」
「な…」
「艤装に見捨てられた貴方なんかに興味はないわ。行くわよ、瑞鳳、瑞鶴、翔鶴…」
加賀はそう言い捨てると、背中を向けて弓道場を後にした。
呆然と立ち尽くす赤城を後にし、五航戦姉妹と瑞鳳は気まずそうに加賀に同行し、弓道場を去って行った。
如月は心配そうに赤城を見つめていた。一方、金剛は何かを悟ったような表情をしたまま正座し続けていた。
137: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:39:12.82 ID:e33cAEsx0
加賀の後に付いてきた瑞鳳はおずおずと声をかけた。
「か、加賀さん。あの…」
「何かしら」
いつもと違い、加賀は振り返りすらしなかった。
「ちょ、ちょっと言い過ぎなんじゃ…」
瑞鳳が。敬愛する師匠とは言え、加賀の冷たい態度は流石に彼女も看過できなかった。
「…赤城さんのことは、私が一番よく知ってるの。あれくらい言わないと、彼女はずっとあのままよ」
「で、でも…」
「瑞鳳。あなたは何も気にしなくていいわ。明日の合同演習に備えて、準備を進めておきなさい」
「は、はぁ…」
瑞鳳は納得いかない表情のまま小さく頷いた。
「しっかし、あの赤城さんも今じゃあんなふうになっちゃうとは…」
「もう赤城さんもあれじゃ引退なんじゃ…?」
その瞬間、瑞鶴は自身の目を疑った。
「おだまりなさい」
加賀が一瞬のうちに振り返り、瑞鶴の胸ぐらをつかんでいた。
瑞鶴は背筋が凍り付くような恐怖を味わった。
いつものちょっとしたじゃれあいとは全く正反対だった。加賀は全力で瑞鶴の襟を掴み、刃のような鋭い目つきを向けていたからだ。
「五航戦の貴方が、未熟者の貴方が、あの人のことを語る資格はないわ」
「は…はひぃ…」
「今後一切、赤城さんの悪口を言うのはやめなさい」
加賀の迫力に圧倒され、瑞鶴は震えながら何度も頭を振った。
「いい? この世であの人を、赤城さんの悪口を言っていいのはこの私だけよ」
「は、はい…。ご、ごめんなさい…!」
138: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:40:25.61 ID:e33cAEsx0
「わかればいいわ。あなた達は大鳳とマラソンでもしてきなさい」
加賀は鎮守府の運動場で準備体操をしていたスレンダーな体型のショートカットの少女、大鳳を指差した。
彼女は現在鎮守府に所属する空母の艦娘の中で最も若い少女だった。同時に生真面目な努力家でもあり、根っからの運動好きでもある。
彼女の日課は朝のマラソンと筋トレで、晴れた日は運動場でいつも体を鍛えていた。
「か、加賀さんは?」
「偵察に行ってきます」
「偵察?」
翔鶴が首をかしげた。
「昨晩、一瞬ですが強力な深海棲艦の反応があったそうです。白露達にも行ってもらってますが、万が一の場合に備えて、私も行きます」
そう言い残し、加賀は足早にその場を立ち去った。残された三人はとりあえず大鳳のもとへと歩き始めた。
「か、加賀さんがあんなにマジギレするなんて…」
「それだけ加賀さんにとって、赤城さんは大切な人なのでしょう。瑞鶴、いい? 今回はちゃんと反省するのよ?」
「は~い」
姉に諭され、瑞鶴は口をへの字に曲げて、自主トレーニングに励む後輩のもとへと歩いて行った。
瑞鶴達に気付くと、大鳳は筋トレをすぐにやめて先輩達のもとへと走ってきた。
「おはようございます、瑞鶴先輩、翔鶴先輩、瑞鳳先輩!」
「おはよー!」
瑞鶴は丁寧にお辞儀する後輩に手を振った。彼女も大鳳のことは嫌いではなかった。
この子はちょっと固くてスポーツ馬鹿だけど、根は真面目で一生懸命な後輩なのよね。
「ちょっと時間が空いたから、トレーニングに付き合うわね」
「ありがとうございます! それじゃ、今日は20kmランニングしましょう!」
「えぇ~!?」
瑞鶴は露骨に嫌そうな顔をした。
「瑞鶴先輩、体力作りは基本中の基本ですよ! いくら艤装が強くたって、体力と根性がなければ勝てません!」
「よーしっ! 久々にやろっか」
瑞鳳も頷いたのを見て、瑞鶴はさらにげんなりした表情になった。
「ちょっと、マジで…!?」
「大鳳さん、ちょっと待ってて。着替えてくるわね」
姉の翔鶴まで同意してしまっては反対しようがない。瑞鶴は演習前のマラソンに付き合わざるを得なくなった。
約2時間後、瑞鶴が汗だくのままベンチの上で力尽きたのは言うまでもない。
139: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:41:04.75 ID:e33cAEsx0
その頃、金剛は演習に向かう前に横須賀の祥鳳へ電話していた。
出発前、祥鳳から赤城の様子を連絡して欲しいと頼まれていたのだ。
「祥鳳。やはり赤城は…」
先ほどの結果を伝えると、電話越しにため息が漏れた。金剛には戦友が落胆しているのが手に取るように分かった。
「そう、ですか…」
「今のままじゃ無理デース。赤城は今Mistの中で彷徨ってマス」
祥鳳には金剛の言葉はどこか冷たいように聞こえた。
「だったら…。赤城先輩はどうすれば…!」
「いい質問デース! じゃあ、ここでQuestionネ。艦娘に一番必要なモノは?」
祥鳳は困惑した。こんな時になぞなぞって、どういうこと?
「強い兵装…ですか?」
「No!」
「水上安定スタビライザー?」
「No! そーいうことじゃありまセーン! もっとPrimalでmost importantなものデース!」
わけがわからない、祥鳳は思った。どれもこれも戦いに必要なものじゃない。
「え…? どういう、ことですか…」
「祥鳳はそれをもうUnderstandしてるはずデース」
「じゃあ、ヒントをあげマース! 祥鳳は何故瑞鳳が捕まったとき、勝てたと思いマスか?」
祥鳳はますます金剛の意図が読めなくなってきた。
「それは…、金剛さんやみんなが助けてくれたから…」
「それもそうですが、あの時、祥鳳のHeartには何がありまシタ?」
「あっ…!」
祥鳳は黙り込んだ。
そうだ。あの時は、ただ妹を、瑞鳳を助けたいという思いで必死だった。
「瑞鳳を、守りたい…。そういう思いで戦ってました…」
「そういうことデース…。瑞鳳へのLoveが、祥鳳をあの時、強くしたわけデース」
祥鳳は頬を赤くした。
言われてみれば、あの時いつもよりも艤装と力強く結びついてたように感じた。
「つまり、艤装は私達の想いを…!?」
「At least、私はそう信じてマース…!」
「じゃあ、赤城さんも…」
「あとは、赤城が気付くのをWaitするだけデス…」
140: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:41:34.38 ID:e33cAEsx0
赤城は白い袴着のまま、鎮守府の門に手をかけようとしていた。
艤装も装着できず、挙句の果てに加賀さんにまで見放されてしまった。
そんな自分が、戦えない私が鎮守府にいる意味なんてない。
扉を静かに閉め、背を向けたその時だった。
「如月さん…」
振り返ると小柄だが大人びた雰囲気の少女が立っていた。如月だった。
「あらあら、どちらへ行く気ですか?」
「さっきの様子を如月さんも見たでしょう? もう、私がいる意味なんて…」
赤城は肩を落として声を絞り出した。
「…本当にそうかしら?」
如月は静かに言った。
「ねぇ、如月とちょっとお散歩しない?」
「あっ、ちょっと…!」
如月はいたずらっぽく微笑み、赤城の手を取り走り出した。
「如月さん、いったいどこへ…?」
「ふふ、ひ・み・つ」
如月は唇に人差し指を当てて微笑んだ。
困惑しながら、赤城は小柄な少女に引っ張られた。
141: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:42:10.78 ID:e33cAEsx0
如月の華奢で小柄な身体のどこに大柄な自分を引っ張るだけの力があるのだろう。緩やかに引っ張られながら赤城は不思議に思っていた。
なぜこの子は私を佐世保の商店街へと連れて行くのだろう。そんなところに行ったって、何も変わりはしないのに。
「如月さん…、あなたいったい何のつもりですか?」
「まぁまぁ。たまにはお散歩でも楽しみましょう。ねっ?」
如月は人差し指に唇を当てて微笑み、赤城を商店街へと引っ張った。
昨晩同様、商店街は活気に溢れていた。
天井を覆う屋根こそやや古びてはいたが、八百屋では数人の主婦が世間話をしており、駄菓子屋では小学生が何かのカードを手に取って遊んでいた。
これを見せて何になるというの? 赤城は意味がわからなかった。
「ねえ、赤城さん。私思うの。意味のない、要らない艦娘なんて一人もいないって」
赤城には如月の意図がさっぱり分からなかった。
「私や睦月ちゃん達駆逐艦も、軽空母も、軽巡洋艦も、戦艦も、正規空母も、みんなで力を合わせて戦うんだって…」
「そうかもしれません。でも私はもう戦えない人間です…。そんな私が…」
「ううん。例え戦えなくたって、赤城さんは要らない人なんかじゃないわ」
「如月さんの気持ちは嬉しいですけど…」
「ほら、あっちを見てください」
「あれがなんだって言うんですか…」
しぶしぶ赤城は如月に従い、彼女の指差す方に目線を向けた。
142: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:43:58.95 ID:e33cAEsx0
如月が指した場所には、昨日見た屋台や「一航戦まんじゅう」の売店などが見られた。
だが、それだけではなかった。よく見ると、売店には一航戦まんじゅうの他に、赤城らのプロマイド写真やポスターが飾られていた。
商店街の一角には『ありがとう、加賀さん!』と題した、加賀を讃えた看板が飾られていた。
同時に、よく見ると彼女の仲間として、鳳翔や龍驤そして赤城らも紹介されていた。
「これって…」
「そう。加賀さんだけじゃなくて、みんな赤城さん、龍驤さんや鳳翔さんのことを忘れてなんかない。
あなた達みんなが深海棲艦から人々の笑顔を守ってきたことこそ、一航戦の誇りじゃないかしら?」
赤城は如月に頬を叩かれたような気分になり、目を見開いた。
「だから、みんなこうやって日常を楽しく過ごせてる。笑顔でいられるの」
もう少し一緒に散歩しましょ、と如月は赤城を連れて歩き始めた。
5分ほど歩くと、如月と赤城は商店街のはずれにある小さな海の見える公園を指さした。
未だ深海棲艦に破壊された痕跡こそ残っていたものの、残された遊具で幼い子供達が楽しそうに遊んでいた。
「わたしが加賀さんやるー!」
「じゃあわたしがほーしょーさん!」
「じゃあアタシが赤城さん!」
「ずぅりー! ぼくがあかぎさんだい!」
「あんたおとこでしょう?」
電や暁達よりも年下に見える、幼稚園か小学校低学年くらいの幼子だった。
もっとも、赤城はその子達の顔に見覚えはない。今日、初めて見る子ばかりだ。
「あれって…」
「ふふ。赤城さん、人気者ね」
143: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:44:31.58 ID:e33cAEsx0
公園の外縁に設けられた木の柵越しから様子を見守ってると、遊んで子供達のひとりがこちらに気付いた。
「あっ、赤城さんだ!」
「すっげー、ナマあかぎさんだ!」
「ほんもののあかぎさんだー!」
幼子達は無邪気な笑顔で赤城達のもとへと駆け寄ってきた。
赤城は驚いた。艤装も付けていないのに、すぐに私だと分かるなんて。
「あなた達、私を知ってるんですか?」
腰を落とし、背丈を子供達の目線に合わせて赤城は尋ねた。
「うん! 本で見たよ! ほんものはスゴイカッコいいね!」
「おとうさんが、『東京で赤城さんが助けてくれた』っていってたよ!」
「みんな…!」
そうだった。私を役立たずだと罵る人ばかりじゃなかった。
こんなにも、私を慕ってくれる人達が、子ども達がいてくれた。
「…ありがとう。みんな…。ありがとう…!」
赤城の目から次々と雫が溢れ、地面を濡らした。
「あれ、あかぎさんないてるの?」
「ふふっ。赤城さんは花粉症気味なだけよ。ちょっとそっとしといてあげましょ。ねっ?」
如月が微笑みながらそっと囁き、みんなで鬼ごっこしましょと、子供達を呼び寄せて公園の奥の方へと集めた。
赤城は胸の内で如月の気遣いに感謝し、その場でしばらく泣き続けた。
144: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:45:51.44 ID:e33cAEsx0
落ち着いた赤城は――如月は演習へ参加するため途中で先に鎮守府へと帰った――子ども達と公園でしばし戯れていた。
肩車をしてあげたり、これまでの戦いについて話をしたり、鬼ごっこをしたり、久々と言ってもいいくらいに楽しい時を過ごしていた。
ふと気が付くと、既に夕陽が海を赤く沈めていた。そろそろ夜だ。赤城は念の為に子供達を家まで送ることにした。
「さっ。皆さんそろそろおうちへ帰りましょう?」
「はーいっ!」
元気よく返事をした子ども達と共に、赤城達が海の夕日に背を向けたその時であった。突如、泡の弾ける音が背後から聞こえた。
「まさか…!?」
赤城は振り返った。海から妖艶な裸女の姿をした南方棲戦鬼が出現した。
腕の生えた巨大な口の怪物の上に跨り、顔を歪めて砲門をこちらに向けていた。
その砲口や白髪からは幾つもの雫が垂れ落ち、怪物の足元には無数の不気味な波紋が作られていった。
まずい…! 今の私じゃ、戦えない…! 赤城の背に冷たいものが走った。
南方棲戦鬼が赤城に砲塔を向けたその時だった。
何かが踵をつついた。赤城が足元に目を向けると、何十人もの妖精達が立っていた。それだけではない。
「この艤装は!?」
「ナンダ…?」
その場にいた全員が目を見開いて驚いていた。恐らく妖精達が深海棲艦の出現を察知したのか、ここまで運んでくれたのだろう。
艤装を装着できない赤城にとって今は軍艦の形をした盾にしかならないが、それでもありがたいものであった。
「ありがとう、妖精さん」
赤城は自分の背後に怯えて隠れていた子供達に向き直った。
「みなさん、早く逃げてください」
子供達と妖精達にここから逃げるよう促し、赤城は未だ変形せぬ艤装を手に取り南方棲戦鬼に立ちはだかった。
「ギソウハドウシタ? ナゼヨロイヲマトワヌ?」
「貴方に語る必要は、ありません…!」
145: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:46:52.15 ID:e33cAEsx0
白い海魔は顔を歪め、わざと砲塔を下に向け、赤城の脚を撃ち抜いた。
「あぁぁっ!!」
赤城の脛から血が溢れ、白い靴下が赤く染まった。
「あかぎさーん!」
「いいから逃げて! 逃げてください!」
痛みを堪えて赤城は力の限り叫ぶが、後ろを振り返るといつの間にか重巡リ級2体が立ちはだかっており、公園の出口を塞いでいた。
「そんな…!」
前も後ろも塞がれ、子供達と妖精が逃げられない。赤城が混乱してる間にも、南方棲戦鬼はすかさず右腕の砲を発射してきた。
軍艦形態のままの艤装を盾にしてなんとか凌げたが、このままではいずれ艤装もろとも砕け散るのは時間の問題だった。
「くっ…!」
「いやぁぁぁぁ!!」
子供達は怯えて座り込んでいた。
そんな子供達を見て、赤城の胸に熱い何かがこみ上げてきた。
助けたい。私を慕ってくれたこの子達だけは。
守りたい。この子達だけは、何としても…!
いつの間にか、赤城は無意識のうちに叫んでいた
「お願いです…私に力を貸して、『赤城』!」
だが艤装は答えない。
「今だけでいい…! この子達を守りたいんです…! お願いします、『赤城』…!」
146: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:48:28.92 ID:e33cAEsx0
その時、一瞬だけ艤装が頷いたように見えた。
次の瞬間、あれだけ赤城を拒んでいた艤装が輝き、突如空中で分解した。
飛行甲板が肩に、船腹が矢筒と弓に変形し背に、それぞれ武装となって赤城の装着された。
さらに甲板の一部が腰の防具へと変形し、赤城の腰を覆った。
最後に艤装の一部が胸当てへと変形・装着された。
嘗ての一航戦としての赤城が蘇ったのだ。
「こ、これは…?」
赤城は驚愕していた。なぜ、なぜ今になって艤装が!?
その時、赤城の頭の中に何かが叫んだ。
人々を守れ。子供達を守れ。それは艤装の『声』だった。
「そうか、そういうことだったのね…!」
そうか。ようやく分かった。
なぜ私が艤装に拒まれていたのか。
私は自分の挽回ばかり考えていた。義務を全うしなければならないと思ってた。ただ自分の誇りを取り戻すことしか見えていなかった。
でも、それじゃダメだったんだ…!
「分かった…、私に足りなかったもの…!」
ずっと追い求めていた答えがようやく分かった。
使命とか義務なんかじゃない。
人を守りたい。誰かを守りたいという想い。
そう、人を守ろうとする「心」。それこそが艦娘の力の源だった。
故に、金剛や祥鳳をはじめ、誰かを守りたい、愛する者を救いたいと願った艦娘達は強く在る事ができたのだ。
「フフ…、ヨウヤクギソウヲマトッタカ…! オモシロイ…!」
突然現れた強敵に歓喜し、南方棲戦鬼は不敵に笑った。
「えぇ、お待たせしました。存分にお相手させていただきましょう」
怯えていた子供達は、目の前に展開された光景に驚愕していた。
「一航戦赤城、出ます!」
赤城は弓を構え、背筋をまっすぐ伸ばし矢を番えた。
幼子達のヒーローが、伝説の一航戦のひとりが今、蘇ったのだ!
147: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:49:00.01 ID:e33cAEsx0
「艦載機、全機発艦!!」
赤城は次々と矢を放った。矢は燃え、次々と零式戦艦52型や彗星、九七式艦攻へと姿を変えていった。
「はぁぁっ!」
緑色の翼が次々と宙を舞い、爆撃を、雷撃を次々に深海棲艦へと浴びせてゆく。
「ぐっ…!」
72機からの攻撃に危機感を抱いたのか、南方棲戦鬼はゆっくりと海へと後退した。
「オノレ…! シモベヨ、カカレェ!」
「あっ…!?」
赤城の背後にいたリ級が動き出した。まずい。この距離じゃ確実にやられる。
赤城が急いで子供達のもとへ駆け寄ろうとしたその時だった。
「えぇぇいっ!」
砲撃が何処からか放たれ、リ級達の胸に穴が空いた。二体の海魔はその場に崩れ落ち、しばらく痙攣して動かなくなった。
「こんなちっちゃな子達にまで襲いかかるなんて。深海棲艦も地に堕ちたものね」
砲撃の主は如月だった。
「如月さん!」
「赤城さん! ここは如月にまかせてちょうだい!」
如月はにこりと笑ってウィンクし、次いで子供達に襲いかからんと海から姿を現したイ級達を次々と打ち抜いていった。
「ありがとうございます! お任せします如月さん!」
「さっ、みんな早く行きましょう」
周りを囲んでいた敵を全滅させた如月は子供達を促し、妖精達を肩に乗せ急ぎ足でその場から離れた。
南方棲戦鬼は追い詰められていることを実感し、少しずつ焦り始めていた。
148: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:49:29.67 ID:e33cAEsx0
さらに、この怪物へ矢を向ける者がもう一人現れた。
「グウッ…!?」
何処からか赤城のものとは別の艦載機が出現し、南方棲戦鬼へと攻撃を始めたのだ。
暗くなりかけていた海から、猛スピードで蒼い袴を纏った長身の空母の艦娘が現れた。
「あぁっ、かがさんだー!」
公園から避難し、遠巻きから見守っていた子供達は歓声をあげた。
「深海棲艦の反応があったと思って、急いで来てみれば…」
加賀は赤城をちらりと見た。
「赤城さん、遅すぎです。一航戦の名が泣くわよ…」
「ごめんなさい、加賀さん」
「別に気にしてません。目の前の敵に集中してください」
それだけで十分だった。
これ以上、二人には語る言葉はいらなかった。
「赤城さん、行きますよ」
「えぇ」
ふたりは静かに頷き合い、前方の敵を向いた。
「ヒハハ…! ワタシノ……ホウゲキハ……ホンモノヨ…?」
「だからどうしたというのです」
加賀は冷たく切り捨てた。
「ここは、この街は、貴方達には譲れません」
「加賀さんと私の一航戦の誇り、お見せします!」
二人は海の奥へと進みながら艦載機を次々と発進させ、南方棲戦鬼へと追撃を開始した。
赤城の彗星が、加賀の流星が、烈風が、次々と深海棲艦を襲う。爆撃が深海棲艦の鎧を打ち砕き、雷撃が南方棲戦鬼の跨る黒い怪物の腕を吹き飛ばした。
149: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:50:48.14 ID:e33cAEsx0
「チッ…」
南方棲戦鬼は舌打ちをした。先ほどまでは無力だった人間にここまで追い詰められることが腹立たしかった。
「ナメルナヨ…!」
白い裸女は怒りの咆哮を海原に轟かせた。
「オォォォォォ…!」
その叫びと同時に、南方棲戦鬼の跨りし怪物の口が開き、喉の奥に赤い光が灯った。それに同調して、腕の砲塔にも不気味な朱光が宿った。
赤い光が眩いレベルにまで輝いた直後、怪物の口や砲塔から、強烈な砲撃が無数に放たれた。
海を切り裂き、波を砕く、赤い破壊の光であった。
「なっ…!?」
不意を突かれた赤城と加賀は回避できなかった。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「くっ…!」
砲撃をもろに喰らい、防御壁も粉々に砕け散ってしまった。既に水中浮遊関連の装置しか正常に機能しておらず、胸当てもひび割れてしまった。
「オロカナ…」
傷つき倒れた赤城と加賀を南方棲戦鬼は冷たく見下ろした。
全力での砲撃を放つと数分間攻撃ができなくなるが、ここまでボロ雑巾のように変えれば十分であった。
後は、恐怖に怯えて震えるこの二匹の人間に止めの一撃を放ち、肉片に変えてやればいい。
血の晩餐を想起し、南方棲戦鬼は舌舐りした。
150: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:51:27.83 ID:e33cAEsx0
赤城と加賀の惨状は、はっきりとではないものの子供達にも見えていた。
今、赤城達が戦っていた数百メートル先の海に赤い光が走ったかと思うと、その直後巨大な水柱が立ったのだ。
何か起きたことはこの幼子達にも容易に想像できた。
「あぁ、あかぎさんが…!」
だが、如月は静かに幼子の肩に手をかけ、微笑んだ。
「大丈夫よ。あのふたりならきっと、大丈夫だから」
「で、でも…」
如月は落ち着いた表情のままだった。
「だってあのふたりは、最強の一航戦なのよ。あんなやつに、負けたりしないわ」
幼子達は不安そうな表情を崩さないが黙って頷いた。
「よーし。如月と一緒に、赤城さんに力を送るわよ。 せーのっ!」
「がんばれー! 赤城さーん!」
「負けるな加賀さーん!」
「がんばれー!」
海の向こう。届くかも分からないにも関わらず、子供達は如月と共に応援を送った。
憧れのヒーロー、赤城と加賀に向けて叫んだ。
足元の小さな妖精達も飛び跳ねて旗を振り、加賀達を応援した。
151: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:52:07.41 ID:e33cAEsx0
傷つき倒れた赤城は自分の横で倒れてる加賀を見た。戦友は気を失ったようで、まったく動く気配がない。
「やっぱり、ダメだったの…?」
やはり、私には無理だったのかしら…。しかも加賀さんまで巻き添えに…。
赤城の闘志が萎えかけたその時だった。
「がんば…れ…! あかぎ…さん…」
声が響いた。彼女の頭の中に何かが。
「え…?」
撃ち落とされず空を飛び続けてる艦載機が拾った音が通信機へ届いたのだろうか。
微かだが確かな声が聞こえた。
「がんばれー! 赤城さーん!」
「負けるな加賀さーん!」
「あかぎさんがんばれー!」
子供達の応援だった。
そうだ…! 私はあの子達を守ると誓ったんだ…!
「まだ、負けるわけにはいきません…!」
艤装も既に砕けかけ、撃たれた脚の出血も止まらないにも関わらず、赤城は立ち上がった。
「…ひどく陳腐な展開ね」
赤城さん、まるでどこかのショーのヒーローみたいね。加賀は胸の内でそう思った。
彼女にもまた艦載機を通して子供達の声援が届いていた。
負けるなと自身を激励してくれた声が。
「でも、何故か力が沸いてきます…!」
加賀も同じだった。口には出さずとも、彼女もまた子供達の声に力を貰っていた。
「あの子達のためにも、必ず勝ちましょう…!」
「言うまでもありません」
「アキラメロ…、モウタタカエヌハズ…」
南方棲戦鬼が呆れたように言い捨てた。
「たとえ艦載機が一機もなくとも、貴方を倒せるはずです」
加賀が静かに言い放った。
「私達に、艦娘の魂があるならば!」
赤城が強い意思の籠った目線で深海棲艦を睨みつけた。
「戦えない、全ての人たちのために…!」
「私達が戦う!!」
一航戦の二人が吠えた。
152: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:52:41.54 ID:e33cAEsx0
「オロカナ…。モハヤカンサイキモハッシンデキヌノニ…」
言い終わらないうちに、南方棲戦鬼は顔を殴り飛ばされていた。加賀と赤城が鉄拳を海魔に放ったのだ。
「ならば拳で戦うまでです」
ただ殴られているだけにも関わらず、海魔は次第に押されてゆく。
「ソンナ…マサカ…ソンナコトガ…!」
「言ったはずです! 誰かを守ろうとする想い! それこそが私達の力!」
「決して深海棲艦になど屈しはしません」
拳の皮が砕け出血するのも厭わず、二人は南方棲戦鬼を殴り続けた。
南方棲戦鬼は恐怖していた。ただの打撃で、ここまで押されるなどありえない。だが、一歩ずつだが着実に押されていった。
その時、南方棲戦鬼の頭上を何かが高速で飛んできた。
「マサカ…!?」
それはまだ撃ち落とされずに頭上を周回していた加賀と赤城の艦載機だった。この好機を赤城達が逃すはずもない。
「行きなさい、彗星!」
「流星、お願いします」
赤城と加賀はまだ残っていた僅かな艦載機達に命じ、南方棲戦鬼を攻撃させた。
「チッ…!」
砲塔がいくつか砕かれたものの、南方棲戦鬼は尚も無事だった。
その時赤城と加賀はなにか気づいたのか、突如敵の前から後退し始めた。
何事だ。南方棲戦鬼が後ろを振り返った瞬間だった。
153: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:54:29.14 ID:e33cAEsx0
「Burning Love!!」
何処からか放たれた戦艦の砲撃の直撃を喰らってしまった。南方棲戦鬼の下半身となっていた黒い怪物が吹き飛ばされ、彼女自身も身体中から流血してしまった。
高速戦艦の金剛が、空母の瑞鶴と翔鶴が、瑞鳳が、到着したのだ。
続けて駆逐艦や軽巡洋艦の艦娘達も現れ、南方棲戦鬼はいつの間にか取り囲まれていた。
「マサカ…ソンナ…!?」
「切り札は最後まで取っておくものです。貴方ほどの敵を仕留めるのに、援軍を要請しないとでも?」
「チッ…! オノレェクウボメェ! コノウラミハカナラズ…!」
台座として騎乗していた怪物を失った南方棲戦鬼、いや南方棲戦姫は悔しげに呻き、あぶくを残して海の底へと撤退した。
「Hey! 二人とも無事デスカー!?」
「えぇ…。なんとか…」
「金剛さん、助かりました…」
「No problem! お安い御用デース!」
金剛はニッと笑い、ピースサインを向けた。
赤城と加賀も敬礼し、駆けつけてくれた仲間達に感謝を示したのだった。
154: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:56:09.80 ID:e33cAEsx0
赤城が復活した報は佐世保鎮守府に、そして佐世保の街の人々にもすぐさま広がった。
赤城が死闘を繰り広げた日の翌日、街の人々は赤城と加賀が命懸けで街や子供を守ってくれたことに感謝し、囁かな祝賀会を開いてくれた。
二人はまだ怪我が回復しきってなかったが、人々の好意に応えるべく、安静にするという条件付きの上で、応急処置を済ませて宴に参加していた。
「よっし! 今夜は赤城さん復活を記念して飲んじゃおー!」
「あなたはまだ未成年でしょうが」
はしゃぎまわる瑞鶴に加賀が冷たく釘を刺した。気付けば瑞鳳や翔鶴、金剛らが屋台で飲み食いしながら街の人々と楽しげに歓談していた。
「ねぇ藤原さん! 聞いて聞いて! 加賀さんすっごくかっこよかったんですよ!」
「ほほぅ…。そりゃあ俺も見たかったねぇ!」
瑞鳳は屋台を手伝いながら、師匠の勇姿を自分のことのように自慢していた。
「よーし! りんご飴も白露がいっちばーん!」
「ふふ。ボクが二番だね」
「ったく、あんた達はしゃぎすぎなのよ…」
白露や時雨、叢雲など、佐世保所属の艦娘達もこの祭りを楽しんでいるようだった。
一方で、今回の戦いで奮戦した加賀と赤城は、会場の隅の静かな席に座り、焼き鳥とコーヒー牛乳を手に談笑していた。
「それにしても、あんなギリギリまで『赤城』が力を貸してくれないなんて…」
「最強の一航戦の力を操る以上、『赤城』の装着者には相応しい心が必要なのよ。そんなことにも気づけないなんて…」
祭りの場にも関わらず、加賀は普段と変わらぬ厳しい口調だった。
「あぁもう! 加賀さんってホント素直じゃないですねぇ…!」
加賀達を探しに会場をうろついていた瑞鶴が横から口を挟んだ。彼女の口元はソースが付いており、恐らくたこ焼きでも食べたのだろうと赤城は思った。
「何のことかしら」
「みんなわかってますよ。加賀さんがどんな人かなんて。私だって、赤城さんだって」
「…お黙りなさい」
加賀は瑞鶴の頭を軽く小突いた。相変わらずの無表情のままだったが、その顔は少しだけ赤くなっていた。
「そうね。加賀さんは昔っからこうなのよ。私のこと大好きなくせに、いっつもこんなツンケンして…」
「戦力の低下を心配してただけです」
「んもう…!」
赤城は苦笑した。
瑞鶴さんの言う通りね。加賀さんったら、相変わらずの照れ屋さん。
でも、本当はずっと心配してくれてたんだ。
155: ◆li7/Wegg1c 2016/04/22(金) 16:58:41.58 ID:e33cAEsx0
「加賀さん、ありがとうございます。助かりました」
赤城は戦友の手を握り、改めて礼を述べた。白い頬が朱色に染まり、加賀はたまらずそっぽを向いた。
「わー、加賀さんが赤くなってるー!! かわいー!」
無言のまま裏拳が放たれた。二度も小突かれた瑞鶴は、「うわーん、加賀さんのばーか!」と言い残して翔鶴達のもとへと戻って行った。
また、ふたりっきりになった。
赤城はまだ頬の赤いままの加賀をじっと見つめた。
「加賀さん。これからまた、共に戦わせてください。一航戦の友として」
「言うまでもないわ」
ふたりは拳を突き合わせ、ふっと微笑んだ。
「ふふ。赤城さんったら」
木陰から二人をそっと見守っていた如月は、元気そうな二人を見て優しく微笑んだ。
さてと、今日はお祭り。女の子らしく、楽しまないとね。
如月はそっとその場を離れ、りんご飴を買いに屋台へと向かい始めた。
165: ◆li7/Wegg1c 2016/08/15(月) 20:09:27.97 ID:TYBIfRSl0
海底の熱水噴出孔。
跨る海魔を失い、嘗ての南方棲戦鬼から本来の姿へと戻ってしまった南方棲姫が傷を癒しながら横たわっていた。
(シッパイシタヨウダナ……)
(グゥ……!)
南方棲姫は唇を噛み、俯いた。
(アハハハハ! ブザマネエ!!)
既に傷を完治させた装甲空母姫が傷ついた同族をしつこく嘲笑った。
(ソウコウクウボキ…… キサマ……)
(オマカセヲ。コノワタシニイイカンガエガアル……!)
(マタキサマガ……? コンドハドンナサクヲナスノダ……?)
戦艦棲姫が疑いの眼差しを装甲空母姫は口を歪めて笑い、後ろを振り向いた。
(オマエハ……!?)
現れた海魔の姿を目にし、戦艦棲姫は驚愕の表情を浮かべた。
その場に現れた深海棲艦は、小柄な少女の形態を取った、いかにも強そうには見えない者だったのだ。
次回 艦隊これくしょん ~艦これ~ Bright:金剛 その2 後編
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