軍人たちの艦隊コレクション 前編


200: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/07(木) 23:43:30.90 ID:3hc6h3AK0

君嶋「…」


日下部「……大丈夫ですか? 少尉」


君嶋「ああ、大丈夫だ」

君嶋「悪かったな、二度もこんなところを見せて」


日下部「気にしないで良いっすよ」

日下部「むしろ、自分たちじゃ逆らえない相手なんで」

日下部「少尉が反発してくれて嬉しいぐらいです」


君嶋「そうか」


日下部「まぁ、ああは言ってましたけど」

日下部「本条大尉だって演習は失敗させるわけには行かないんで」

日下部「直接どうこうってことは無いと思います」

日下部「ただ……同じ船になったら気まずいっすけどね」


君嶋「そうだな」

君嶋「深く考えても仕方ない」

君嶋「今は、とにかく……作業に戻るか」


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引用元: 軍人たちの艦隊コレクション 


 

201: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/07(木) 23:44:29.63 ID:3hc6h3AK0

日下部「作業って、あのプロマイド整理っすか?」


君嶋「受けた仕事は最後までやる」

君嶋「常識だろ?」


日下部「そりゃあ、そうっすけど」

日下部「あんな話の後じゃ……」


君嶋「なら、この空気のまましばらく黙っているか?」


日下部「そ、それは……」


君嶋「じゃあ、手を動かせ」

君嶋「そうすれば、嫌な気分も忘れるさ」


日下部「はぁ……分かりました」

日下部「やるからにはやりますよ」

日下部「絶対に今日中に終わらせてやるっす」


君嶋「その意気だ」

君嶋「それじゃあ、始めるぞ」

203: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/10(日) 23:52:20.92 ID:wg8tf7a50

<護衛艦 甲板>


   ザバッ  サバッ


 艇体に打ち付ける波がはじけ、子気味良い音を立てている

 波を切って進む船には海風がそよぎ、甲板に立っている自分の顔を撫でていた


  「良い風だ」


 風に混じった潮の香りを感じながら、久々の船出に想いを馳せる

 思えば、体感時間でふた月、実際の時間で数十年は海に出ていなかったことになる

 海軍に入隊してから船に乗らない日が無かったことを考えると、何ともおかしな話である


  (……懐かしいな)

 
 風で押し進められた波が船体を押し、体が揺さぶられる

 船酔いの原因になるそれは訓練生時代から体に覚え込まされたものであり、旧い知り合いにあったような懐かしさを覚える

 だが、それは同時に、抑えていたはずの記憶を揺さぶり起こす


  (下山田、みんな……)


 瞼の裏に焼きついたあの光景が蘇る

 滅茶苦茶に破壊された主砲、割れ窓から赤い火を覗かせる艦橋、バラバラに吹き飛ばされた戦友

 その光景の1つひとつが、この船の甲板に被って見えた

204: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:09:09.52 ID:oFvk9jBd0

  「アンタは見ないのか?」


 突然、隣から声を掛けられる

 驚いて顔を上げると、欄干から身を乗り出したままこちらへ首を向ける仙田の姿があった

 先ほどのフラッシュバックもあり、とっさに返答を見失ってしまう


  「どうしたんだよ? そんな顔して」


 そんな姿を不審に思ったのか、仙田にしては珍しく心配そうな声を掛けてきた


  「いや……何でもない」

  「ちょっと考え事をしていただけだ」


 しかし、それに無難な理由を付けて何でもない事のように取り繕う

 思いがけず心の中を見透かされたような気がしてドキリとしたが、それを悟られる訳には行かない

 室林大佐の話にも合った通り、簡単に自分の過去を知られる訳には行かないのだ
  

  「良いのか? そんなんで」

  「あんなに近くにあの娘たちが居るのに」

  「こんなチャンス、滅多にないんだぞ」


 味気ない返答に興味を失くしたのか、仙田は別の話題を振ってくる 
 
 何時もなら一緒に居る一之瀬が相手を引き受けてくれるのだが、生憎と今日は居ない

 配置の都合で自分たちとは別の艦になってしまっていた

 同じく、砲撃主の日下部も旗艦の砲塔付きとなったため、この船には乗船していない

 今日ばかりは、こいつの話し相手は自分が引き受けるしかなさそうだ
 

205: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:16:24.16 ID:oFvk9jBd0

  「そうは言ってもな……」


 そんなことを頭の隅で考えながら、仙田への返答に言葉を濁す

 正直に言って、彼女たちの戦いを見てもピンとこなかった

 演習の始まりと同時に甲板へ赴き、その戦いぶりを目に焼き付けようと勇んでいたのだが、

 それは想像していたよりもずっと不思議で、自分の知っている海戦とは似ても似つかないものだった


  「演習と言うよりは、踊りを見ている気分だ」


 仙田に向けていた視線を上げて、洋上で演習をしている艦娘たちに目を向ける

 水上を舞い、肩や腰に備え付けた武装で攻撃を浴びせるのが目に入った

 明確な意思を持って互いを攻撃しているはずなのに、傍目からはとてもそうは見えない

 甲板から見る彼女たちは、正しく踊りを踊っているようだった

 
  「アンタも面白いこと言うよな」

  「演習を指さして、踊りだなんて」

  「新海軍の少尉がそれでいいのかよ」


  「いや……」


 仙田の軽口に一瞬ヒヤッとする

 今の発言は、現代の海軍士官なら普通は出てこない発言だ

 感傷に浸ってボロが出やすくなっている自分を再確認し、気を引き締める

206: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:27:10.85 ID:oFvk9jBd0

  「それより……演習はどっちが勝ってるんだ?」

  「ボーっとしていて見てなかったんだ」


 動揺を悟られないように注意して、別の話題へ話を逸らすように仕向ける


  「……そうだな」

  「接戦だけど横須賀の方が勝ってる」

  「ほら、戦闘不能になった娘も少ないしな」


 自分に向けていた視線を戻して、仙田が答える

 その指さす方には、戦列を離れて静止している艦娘の姿があった


  「そうか……」

  「だが、彼女たちの被弾の処理はどうやっているんだ?」

  「これでは戦闘不能かそうでないかぐらいしか見分けられないぞ」


  「ああ、それなら……」


  「彼女たちの装備が処理しているんです」

 
 仙田が質問に答えよう口を開く

 しかし、彼が始めるよりも早く、その先の説明を背後からの声が奪ってしまう

 2人して声のした方向に振り向くと、キッチリと軍服を着こんだ野田の姿があった

207: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:28:28.81 ID:oFvk9jBd0

  「お前……」


 野田の姿を確認した仙田が文句を言おうと一歩踏み出す

 しかし、野田はそれを一瞥しただけで特に返答もせず、


  「あそこには特殊な弾頭が仕込んであって」

  「一定のダメージを受けたら、装備の方が勝手に使用不可になるんです」


 こちらへ向き直って説明を続ける

 仙田は明らかに不愉快な顔をしているが、それとこれとは話が別だ

 特に何も言わずに野田の話へ耳を傾けた


  「一応、傍目からも分かるようになっています」

  「破損状況によって色の違う旗を掲げると定められているので」
  
  「まぁ……ここからでは双眼鏡でも使わないと見えないかもしれませんが」
 
 
 話を終えた野田は軽く顎を上げると海の方を眺める

 確かに戦列から離れた者は白い旗を上げてたな、と1人で納得していると


  「……なんだよ、人の話を遮って」

  「お前は艦橋付近の警備担当じゃないのかよ?」 


 隣から不機嫌な仙田の声が聞こえてくる

 話を遮られたのがよっぽど癪だったのか、言外に『消えろ』と言っているのが丸分かりだった

208: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:30:58.24 ID:oFvk9jBd0

  「別に、ここに長居はするつもりは無い」

  「少尉に話があって来ただけだ」

  「すぐに持ち場に戻る」
 

 だが、野田も野田で、そんなことなど知らないといった風に自分の要件を話して終わる

 知ってか知らずか、仙田の言い分が無視されるという形になった

 相手をするだけ無駄だと気付いたのか、舌打ちをした仙田はそっぽを向いて観戦へと戻っていった

  
  「それで、何の用だ? 野田」

  「ワザワザここまで来たってことは」

  「それなりに重要な事なんだろう」


 野田と2人になったところで要件を尋ねる

 この男の性格からして、わざわざ茶化すために持ち場を離れることは無いはずだ


  「ブリッジからの伝言です」

  「他に手が空いている者が居なかったので、自分が来ました」


 案の定、思った通りだった

 艦橋から自分宛ての伝言があり、それを野田が言付かったらしい
  

  「伝言? 誰からだ」

  「……本条大尉は別の艦に乗船していたはずだが」

209: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:36:47.38 ID:oFvk9jBd0

 先日のやり取りを思い出し、自分を呼び出しそうな上官の名前を出す

 しかし、今日の演習では別の艦に乗っており、直接呼び出すことはできないはずだ

 ならば無線か何かで説教でも垂れるのだろうか、と邪推をするが


  「違います」

  「呉から来た新入りから」

  「ブリッジの様子を見に来ませんか、だそうです」

 
 次の野田の言葉によって否定される

 どうやら、艦橋で操船を行っている井上達が自分を誘っているらしい

 船に乗って戦いが為に呉からやってきた連中だ

 自分を囲んで、実戦の話でもしたいところなのだろうか


  「しかし、良いのか?」

  「演習の警備とはいえ、作戦行動中の船の艦橋だぞ」


 こんな伝言を頼む時点で恐らく大丈夫だとは思うが、一応確認を入れておく

 当然だが、一般の兵卒は艦橋に配置されでもしない限り、無断で侵入などできない

 今は海軍の中でも上位組織の士官ではあるが、そればかりはなあなあに済ませるわけには行かない


  「……問題ありませんよ」

  「少尉の立場なら、ブリッジの出入りは許されます」

210: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:49:27.10 ID:oFvk9jBd0

  「それに、ウチはただの海上警備隊です」

  「戦闘行動を取ることも無いので、無用な心配ですよ」


 その問いかけに対して、抑揚のない野田の返事が返ってくる

 淡々とした答えではあるが、節々に落胆ような印象も受ける

 特に最後の言葉は、ある種の諦観にも近いものを感じだ

 日下部の話していた通り、野田が今の防衛隊の実状に満足できていないのは明らかなようだ


  「それで、どうしますか?」

  「行かないのであれば、自分の方から伝えておきますが」


  「そうだな……」


 艦橋からの誘いに頭を悩ませる

 士官としてどういう顔をして艦橋に居ればいいのか、あいつらと付き合って気力が持つのか、などと色々なことが頭をよぎる

 だが、そんなことを考えるのは形式だけであって、腹の中では決まっていた

 折角の艦橋に行ける機会なのだ、断る試しはない

 ただ……その決断を下す前に、もう少しだけ目の前の男の出方を見たかっただけだった


  「よし、行こう」

  「折角の誘いだ、断る理由もないからな」

 
 十数秒ほど沈黙し、全く顔色を変えない野田の反応を諦め、艦橋へ行くことを伝える

211: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/11(月) 00:56:52.24 ID:oFvk9jBd0

  「分かりました」

  「ブリッジまで案内するので、付いてきてください」


 答えを聞いた野田は事務的な返事を返すと、役目は終わったとばかりに歩き出す

 いちいち返事など待っていられないと言うのだろうか、スタスタと艦橋の方へ向かって行ってしまった

  
  「悪いな」

  「ちょっと行ってくる」


 さっさと先へ進む野田を横目に、隣の仙田に挨拶をする


  「別にいい」

  「観察なら1人の方がやり易いからな」


 仙田の興味も演習の方へ移ったのだろうか、欄干に身を乗り出したまま生返事を返してくる


  「おい、少し待て」


 踵を返して艦橋の方へ振り向くと、先行する野田へ声を掛ける

 呼びかけに応じて立ち止まった野田の姿にほっとし、小さくなった背中を追いかけようとしたとき、


    ズドォオン

 
 何かが弾けるような重低音が耳をつんざいた

215: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:25:35.17 ID:XXo+gIkc0

    ザバァァァアン


 右舷前方、ちょうど彼女たちが演習を繰り広げていた海域にそり立つ水柱が現れる

 立ち上った水しぶきは天高く、太陽まで覆い隠さんとしていた


  「なっ……」


 突然の出来事に言葉を失くし、艦橋へ向かおうとしていた体を硬直させる

 欄干に身を乗り出していた仙田もその水柱に釘付けとなっていた


   ザーッ パラパラパラ


 砕けた飛沫が風に流され、立ち上った水柱は霧散していく

 太陽の光が散らばったしずくに反射し、虹を作っていた


   パラパラパラ 
           パラパラパラ


 洋上に現れた虹は、幻想的な輝きを放ちながら鮮やかに浮かび上がる

 白い雲と青い海のキャンバスに描かれたアーチは、光の加減によってその彩度を増す

 その光景はどこか現実感を失くさせ、白昼の夢のように目の前に広がっていた

216: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:39:00.61 ID:XXo+gIkc0

 気づけば、虹が消えてなくなるまで、その場で固まったままであった

 水柱に釘付けとなっていた仙田も静止している

 皆、目の前の光景に見入っているのだろうか、息遣いより他の音は耳に入らない


  「あの方向は……」

 
 甲板が奇妙な静寂に支配されるなか、水柱が立ち上った方向を睨む

 あの方向は間違いなく、今し方まで艦娘たちが演習をやっていた海域だ

 安全上の問題から、彼女たちの装備していている兵器に火薬は仕込まれていない

 例外として護衛として配備されている艦娘たちは通常の装備をしている 

 だが、それでも余程の事が無い限り、砲撃をすることはないはずだ

 つまり、今のは……


  「……奴らだ」


 不意に仙田の声が聞こえた

 欄干から乗り出した格好のまま、今度は双眼鏡で何かを探るように爆心地を眺めている

 おそらく考えていることは同じだろう

 この状況で砲撃があったとすれば、深海棲艦が出て来たに違いない 
    
  
   ズドォオン
  
       ドゴォオン


 再び、砲撃音鳴り響き、鼓膜が揺さぶられる
 

217: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:41:44.67 ID:XXo+gIkc0

 今度は2発が撃ち出され、対角線上に離れて着弾、


  ザバァァアン 


      ザッバァァァアン
      
       
 それぞれ大きな水柱を立ち上った

 もはや疑う余地は無い

 深海棲艦が出現し、戦闘状態へ突入したのだ


   カン カン カン カン


 最初の砲撃から数十秒、ようやく異常を知らせる警鐘が鳴り始めた

 何があったかは説明されるまでもない、行動あるのみだ

 すぐさま双眼鏡に食いついている仙田のもとへ駆け寄り、肩を叩いた


  「待ってくれ……まだ」


 しかし、その合図を受けても仙田は動こうとしない

 敵の正体を探ろうとでもしているのだろうか、砲火のあった辺りを必死で探している

  
  「そんなのは後だ」

  「とにかく持ち場へ急げ!」


 非常時には戦闘配置について貰わなければ困る

 仙田を叱咤し、半ば強引に欄干から引き離すと、持ち場へ就くよう命令する

218: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:45:59.34 ID:XXo+gIkc0

  「……分かりました」

  
 苦々しく返事を返した仙田は、踵を返して自分の持ち場へと急ぐ

 その後ろ姿を眺めながら、自身の次に取るべき行動について考える

 今の自分は一種の観戦武官のような立場で乗船しており、戦闘配備に組み込まれていない

 要するに、決められた持ち場が無く、誰かに指示を飛ばすことも出来ないのだ

 だが、このまま何もせずに見ているのは、あまりにも無責任な話だ
 

   ドガァアン
         
         ドゴォオン
  

 放火はどんどん激しくなり、砲撃の重低音が臓物に響く

 繰り出される砲撃と風に混ざる炸薬の臭いがあの戦闘を思い起こさせる

 攻撃を受けいるはずなのに確認できないない艦影、そして時折チラチラと波のはざまを移動する黒い影

 これは間違いなくあの時のあいつ、自分たちの船を沈めた深海棲艦に違いない

  
  「クソっ……!」


 腹の底から言いようのない怒りが湧きあがる

 奴らが……奴らさえいなければ、下山田もみんな死なずにすんだのに

 もう二度とあんな思いはしたくない、そんな思いが胸いっぱいに広がってきた

 気が付けば、近くの銃座に駆け寄って機銃の安全装置を外していた

 この距離で奴らに命中させることは難しいだろうが、何もせずには居られなかった

219: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:47:54.26 ID:XXo+gIkc0

 砲撃と目視を頼り敵へと狙いをつけ、いざ引き金を引こうとしたとき、


  『総員、衝撃に備えよ!』


 突然、船外の拡声器から警告が流れる
 
 次の瞬間、ディーゼルのけたたましい音と共に船が急加速、同時に左舷側へ回頭をはじめた


  「なっ……!」


 いきなりの加速に体が大きく揺さぶられる

 反動で銃座から転げ落ち、船の欄干に激突した


  「……痛っ」


 ぶつけた拍子に思わず声が漏れるが、


  ガッ グィイイイン


 そんなことなどお構いなしに船は急旋回を始める

 船体が大きく右へと沈み込み、船首が左舷側に振れた

 強烈な遠心力に振られ、ぶつかった態勢のまま舷側に押し付けられる

 柵の向こうには青い海が直ぐそこまで迫り、艇体で弾ける波が飛沫となって降りかかる

220: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:49:17.16 ID:XXo+gIkc0

 回頭が終わり、押し潰されそうになった身体を引き起こす

 先ほど強打した肩をかばいながら、立ち上がって辺りを確認する

 船の進行方向には、おだやかな青い海が広がっているだけで何もない

 砲撃の喧騒は船尾の後ろまで置き去りにされていた


  (……どうなっているんだ?)
 

 遠くなった砲撃の炸裂音を耳にしながら、船首の方向を眺める

 目の前には何もない静かな海が広がっており、硝煙が混ざった風が頬を撫でていた

 戦場から遠ざかってく船の甲板で、ある疑問が心を埋め尽くす


  (逃げているのか?)


 突如として深海棲艦が現れ、演習をしていた艦娘たちを襲っている

 演習に参加している彼女たちは殺傷能力を持つ武器を装備していない

 警備の艦娘が応戦をしてはいるが、敵の数は未知数な上に、その正体も分かっていない

 ならば、防衛隊の艦船も彼女たちの応援に入るのが普通だ

 だが、今のこの船の取っている行動は逃走

 急速回頭で戦線を離脱し、全速力で戦場から遠ざかろうとしている

 艦娘をおとりに敵から逃げていると言っても過言ではない状況だ

221: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:52:35.00 ID:XXo+gIkc0

  「君嶋少尉!」


 そんなこと頭の中で巡らせていると、背後から声をかけられる

 振り向くと、顔を強張らせた野田が立っていた

 彼も同じ目に遭ったのだろうか、軍服の真新しい水の跳ね跡が目に付いた

  
  「ここは危険です」

  「早く船内へ避難してください」

 
 非常時のためか、いつもとは違った緊張感で避難を勧めてくる

 それは有無を言わせぬ、断固とした調子のものだった

 しかし、彼の勧めに乗るつもりは無かった

 今のこの状況、これを黙って見過ごすわけには行かない

 幾ら艦娘とはいえ年端もいかないような少女たちをおとりにして、生き延びるなど言語道断

 そう心に決めると、黙って首を振り、その気がないことを野田に伝える

  
  「何を言っているんですか」

  「ここも、いつ砲撃が飛んでくるか分からないんですよ!」
  

 その答えに対して、野田は激しく反発する

 あまり感情を表に出さない彼にしては、怒りを前面に押し出し、怒鳴るような口調だった

 しかし、それでも答えは変わらない

 何も言わずにまっすぐに彼の目を見つめ返した

222: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/12(火) 23:56:27.28 ID:XXo+gIkc0

  「……どうしてですか? 少尉」

  「貴方も死ぬかもしれないんですよ」


 こちらの不退転の覚悟を読み取ったのか、気勢のそがれた野田は語気を弱める


  「それでも、逃げる訳には行かない」

  「俺達が逃げたら誰が彼女たちを守るというんだ?」


  「何を馬鹿なことを……!」

  「ただの軍艦で艦娘を守るなんて無理だ」

  「逃げなきゃ、俺達までやられるんですよ」


  「無理かどうかはやってみなくちゃ分からない」

  「それに、何時かは倒さなければいけない相手だ」

  「こんなところで逃げるわけには行かない」 


  「逃げなかったとしても、死んだらそれでおしまいです」


 自分を連れてくるように命ぜられためか、野田も反駁をやめない

 だが、説得が出来そうにないことを悟り始めたのか、次第に口調は弱々しくなっていった

 口数が少なくなってきた頃合いを見計らい、最後の台詞を叩き付ける

 
  「とにかく、俺は逃げるつもりは無い」

  「彼女たちをおとりにして逃げるなど、帝国軍人の名折れだ」
  
  「これから艦橋へ行って艦長と話を付けてくる」

 
 野田は反論するでもなく、下を向いて押し黙っていた

 こちらの意見を肯定したのか、それとも否定することをあきらめたのか、それだけでは分からない

 だが、こうしている間にも、後方で戦っている艦娘たちはその身を危険に晒している

 彼女たちに加勢するなら、無駄な時間を割く訳にはいかなった

 棒立ちになっている野田をその場に、艦橋へと乗り込むことにした
 

226: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/15(金) 23:56:44.05 ID:FDB0L4Ij0

<護衛艦 艦橋>


 艦橋へと続く舷梯を駆け上がり、勢いよく扉を開ける

 勢いが付いた扉は蝶番が稼働する限界まで開いて、大きな音を響かせた

 突然の事に驚いたのか、操船を任されていた船員たちがこちらを振り向く


  「君嶋少尉!?」


  「どうして、ここに……」


 舵輪の前に立っていた井上と通信機の前に座っていた小林が自分の存在に気づく

 小林はヘッドホンを抑えていた左手をそのままに、首を回してこちらを向く

 井上も舵輪を握っていた手の片方を外し、上半身を捻って注意を向ける

 
  「何をしている! 持ち場から目を放すな」


  「ハ、ハイッ!」


  「了解しました」  


 しかし、すぐさま後ろに控えていた男に嗜まれて、向きを正す

 自分の事が気になる様子であったが、それぞれの仕事へと戻っていく

 操艦を任されている身として注意を疎かにするわけには行かない

 それは2人も分かっているようで、聞き耳を立てつつも再び振り返ることはしなかった

227: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/15(金) 23:58:55.53 ID:FDB0L4Ij0

  「……君嶋特務少尉」

  「今は作戦行動中だ」

  「新海軍の少尉といえども、操艦の邪魔はしないで貰いたい」


 井上たちに喝を入れた男が静かに口を開く

 襟元の階級章は、現場の叩き上げとしては最高位の兵曹長を表す

 肩章には4条の線が引いてあり、この船の艦長であることを示していた


  「このままでは、作戦海域から離脱してしまいます」

  「今すぐ引き返してください」


 単刀直入に引き返すように要求する

 こうなる事はある程度予想していたのだろうか、艦長は眉を細めて苦い顔する

 そのまましばらく黙った後、『その必要はない』と口を開き、


  「私の命令だ」


 と言い捨てる


  「何故ですか?」

  「その理由を教えてください」


 しかし、それで納得できるはずもない

 すぐにその決断に至った理由を尋ねる 

228: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:02:58.95 ID:+irLAoS/0

  「こうなっては致し方ない」

  「戦闘が始まった場合は、即座に戦域から離脱する」

  「……それがルールだ」


 問い詰められた艦長は、決まり悪そうに返答する

 その視線は帽子のツバで遮らており、どこを向いているかは分からない


  「ルール、ですか」


 そんな彼を目に、先ほどの台詞を繰り返す

 艦長はそう言い張るが、そのような決まりは軍規にはない

 あったとしても撤退時における行動規範および自沈に際しての手引き程度しかなかったはずだ

 彼が言っているのは軍の中で暗黙の了解と目されていた慣習法、必ずしも守る必要はないものだ

 そう反論すると、艦長は被っていた帽子のツバを摘んで目深にかぶる

 『これ以上は聞いてくれるな』という態度であった

 
  「どうしてですか!」

  「このまま彼女たちを見捨てると言うのですか!?」


 だが、ここで食い下がるわけには行かない

 沈黙を決め込もうとする艦長を恫喝するように詰め寄る

229: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:06:37.54 ID:+irLAoS/0

  「君の言いたいことは分かる」

  「だが、艦を任された身として」

  「この船をみすみす沈めるような真似は出来ない」


 少しの間を置いて呟くように答える

 俯きざまにそっぽを向いているため、顔の半分以上が帽子で隠れ、表情が読み取れない


  「だからと言って見て見ぬふりをして逃げられません!」

  「現に敵が現れて、彼女たちは戦っている」

  「演習に参加した者は戦うための武器すら持っていない」

  「この状況で自分たちが逃げたら……」

  「一体、誰が彼女たちを助けるのですか!?」


 殆ど怒鳴り声に近い、抗議の声を上げる

 本当はもっと別の上手い言い方があるのだろうが、そんなものは今の自分には思いつかなかった

 ただ、磯の香りによって呼び起こされたあの時の感覚が自分を焦らせる

 酸化した血のサビ臭い臭い、生気を失った肉体の重み、光を失った瞳の虚ろな視線

 それらが幼い少女たちの身に降りかかろうとしている現実が、己から理論的な思考を奪っていく

230: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:08:32.63 ID:+irLAoS/0

 どれくらいの間声を張り上げていたのか分からない

 気が付けば、空気で満たされていた肺は萎み、荒い呼吸で酸素を取り込んでいた

 その間も艦長は微動だにせず、俯いたまま一点を見つめている

 艦橋の他の船員たちも聞き耳を立てながら、じっとそのその様子を窺っている 

 船外の喧騒とは対照的に、艦橋には奇妙な沈黙が垂れ込める


  「艦長」


 だが、それも束の間、艦長の名を呼ぶ声によって沈黙は破られた

 艦橋の皆の視線が一斉にその声のした方向へと移る


  「自分は引き返すべきだと思います」


 そこには舵輪を片手で操り、こちらを振り向く井上の姿があった

  
  「井上、何を……」

 
 突然の申し出に驚いた艦長は俯いていた顔を上げ、彼の名を呼ぶ

 露わになった顔には驚愕の色が見て取れた


  「君嶋少尉の言うとおりです」

  「自分たちだけ逃げられません」

 
 そんな様子の艦長には目もくれず、井上は先を続ける

 彼の目には、何者にも侵されない確固たる意志の煌めきが灯っていた 

231: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:11:54.22 ID:+irLAoS/0

  「しかし、そうは言っても……」


 その光に目がくらんだように顔をそむける艦長
 
 何とか平静を保って場を収めようとするが、もはや流れは変えられない


  「自分もそう思います」

 
 操舵手の井上に続いて、通信手の小林も声を上げた


  「ここで逃げ出したら、呉からやって来た意味がありません」

  「それじゃあ、ただ場所が変わっただけです」

  「自分がここに居るのは敵から逃げるためじゃないんです」


 口をつぐんだままの艦長へ向かって小林は続けた 

 それに畳み掛けるように井上も口火を切る


  「俺たちがここまで来た理由はただひとつ」

  「自分たちの力で深海棲艦と戦って打ち勝つためです」

  「そのために、君嶋少尉の下までやってきたんです」

 
 自分を含めて3対1という構図に勝ち目がないと悟ったのか、艦長は一文字に口を結んだまま閉口する 
 
 これなら押し切れるかもしれない

 井上達が作ってくれた機会を逸せずに追い打ちをかけようとしたとき、


     ズガァァアン
   

 爆撃音が鳴り響き、船体が大きく揺れた

232: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:19:34.37 ID:+irLAoS/0

 突然の衝撃に激しく体が揺さぶられ、体の平衡間感覚が狂う

 よろけて倒れそうになるが、すんでの所で両足を踏ん張り、転倒は回避する 

 初め数回の大きな揺れを乗り越えると、次第に船は安定を取り戻し、揺れも小さくなる

 やがて、揺れは完全に収まり、艦橋に元の静けさが戻ってくる
 
 
  「な、なんだ」

  「何が起こった?」


 今の揺れでバランスを崩したのだろうか、片膝をついていた艦長が立ち上がりざまに問いかける

 しかし、聞かれるまでもなく、全員がそれを理解していた

 自分たちが置かれた状況を考えれば、敵深海棲艦の攻撃、それ以外にはあり得なかった


  「レ、レーダーに反応アリ」

  「後方に高速で移動する艦影が……」


 すこし遅れて、観測手の報告が艦橋に響き渡る

 十分な実戦経験を積んでいないためだろうか、その声は不安に満ち、指示を仰ぐように艦長の事を見つめていた

 だが、艦長であってもその限りではなかった

 予期していない攻撃に咄嗟の判断を下せず、苦い顔のまま立ち尽くしている
 

  「後方甲板より入電です!」


 続けざまに、通信手の小林が入電を伝える

233: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:27:52.86 ID:+irLAoS/0

  「……繋いでくれ」

 
 茫然としていながらも艦長は命令を下す

 指示を受けた小林は慣れた手つきで通信機を操作する

 彼にも実戦経験は無いらしいが、訓練で培った技能は体が覚えているようだった

  
  『こ、こちら……甲板!』

  『敵弾が直撃、被害は……甚大です』


 小林が内線を繋ぐと、通信機を介して鬼気迫った声が艦橋へと響く

 その声は震え、一語一語を絞り出すように繰り出される言葉の合間には、何度も息継ぎの音が聞こえる


  『後部砲門は……多分ダメです』

  『負傷者も多数……』

  『甲板から、火も出ています』


 小林が男に被害状況を確認させる 

 しかし、彼の話は要領を得ず、具体的な状況は分からなかった

 だだ、そのただならぬ気配から、大変な被害が出ていることが容易に想像できた 


  『艦長、ご指示を!』


 男は懇願するように艦長へ指示を仰ぐ
 
 もはや自分ではどうすればいいのか分からない、といった感じであった

234: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:29:56.13 ID:+irLAoS/0

  「砲撃が直撃だと……」

  「戦闘海域からは完全に離脱したはずだ」

  「それがどうして」


 だが、助けを求められた艦長も冷静さを欠いていた

 目の前で起こっていることが理解できないという風に自問自答しており、返答を返す余裕は無かった

 そんな艦長に痺れを切らしたのか、電話口の男がもう一度指示を仰ごうとしたとき、


    ズドォオオン


 再び、艦全体に大きな衝撃が走る

 通信機から短い悲鳴が流れ、すぐさまザーッという雑音に塗りつぶされる


  「通信……切れました」


 小林が押し殺したような声で通信の断絶を伝え、通電を終わらせる

 先ほどの揺れと比較しても、今のは直撃だった

 これから何が起こるかを肌で理解したのか、艦橋の空気が張り詰める


  「ぜ、前方に……艦影」

  「……深海棲艦です」  


 揺れが収まったころ、双眼鏡を手にしていた観測手が声を上げる

 もう誰一人としてその存在を疑う者はいない

 艦橋の全ての耳目が、自分たちを死へ追いやるであろう怪物へと集まっていた

235: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:33:08.51 ID:+irLAoS/0

  「あれが……」

 
 進路前方には人類の敵である深海棲艦

 付近に他の艦や艦娘などは無く、船と怪物が向かい合うだけだった

  
  「……信じられん」

 
 目の前の光景を受け入れられず、思考停止に陥るかのように艦長は呟く

 さっきまで勇み節を述べていたはずの自分も固まっている

 だが、それでも考えることは止めなかった

 本当にあんな怪物と戦うことが出来るのか? あの時の二の舞ではないのか? また仲間を失うかもしれないぞ?

 頭の中にに色々な考えが巡るが、今の状況で自分が出来る選択は1つだけ

 臆せず戦う、それが唯一生き延びる可能性がある選択肢だ


  「今こそ戦うときです」

  「戦って、勝つしか生き残る道はありません」


 再度、艦長に向かって詰め寄る


  「何をバカなことを言っている」

  「この状況を見て、分からないのか!」

 
 そう言って艦長は軽く両腕を広げて反論する

 今の状況を見て判断しろというパフォーマンスなのだろうが、そんなものは通用しない

 むしろ現状を考えるなら、逃げるという選択こそあり得ない

236: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:38:12.78 ID:+irLAoS/0

  「迷っている時間はありません!」

  「敵は攻撃を止めてはくれないんですよ!?」  


 提案をのもうとしない艦長へ、語気を強めて意見する

 それを助けるかのように敵の砲が火を噴き、海面に大きな水柱を何本も立てている

 井上の操艦技術で直撃は免れてたが、それにも限界がある

 こちらは全長百メートル以上はある艦艇であるのに対して、敵は小型舟艇よりも小さい人間の大きさだ

 機動力だけを切り取っても天と地ほどの差がある


  「だが、しかし……」


 艦長もそれは理解しているのだろう

 だが、それ以上に勝ち目のない戦いをするわけには行かない

 そんな感情を吐露するように口ごもって黙り込む


  『こちら、船倉!』

  『損傷による浸水アリ』


  『ケガ人の搬送、間に合いません!』


  『ブリッジ、応答願います!』 


 ある種の膠着状態である艦橋を余所に、いたる所から混乱した現場を伝える入電が相次ぐ

 このままでは十分も待たずに戦闘能力はおろか、航行能力すら失ってしまう

 逃げるにしろ、戦うにしろ、行動を起こさなければ事態はどんどん悪くなっていく

 これ以上待つことは出来ない、そう思い至ると強行手段に出る覚悟を決めた

237: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:42:59.39 ID:+irLAoS/0

  「もう我慢の限界です、艦長」

  「今から自分がこの艦の指揮を執ります」


 そう言い放ち、艦長の前へ2、3歩足を踏み出す 


  「な、何を……」


 突然の出来事に艦長は言葉を失う

 事の成り行きを見守っていた艦橋の船員たちも同じように固まり、こちらへと視線を向ける
  

  「新海軍は防衛隊に対して指揮の掌握が出来る」

  「それを今ここで使わせてもらう」

  「今から自分が艦の司令官です」

 
 最終手段として、指揮権の掌握を行使した

 これは新海軍の軍人が非常時に防衛隊を直接指揮出来るように作られたもので、軍規にも成文化されている

 本当ならもっと早い段階で行使したかったのが、この作戦において自分は戦闘配備に組み込まれていない

 したがって、この状況における権利行使は厳密には規定違反となるため、出来れば使いたくは無かった

 しかし、これ以上艦長の心変わりを待っていれば、自分もこの船と共に海の藻屑へと消える

 皆の命と己の処分、天秤にかければどちらが重いかは一目瞭然だった

238: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/16(土) 00:45:26.24 ID:+irLAoS/0

  「……分かった」

  「後は好きにしろ」
  

 指揮権を奪われた艦長は深くため息を付くと、投げやりに移譲を認める

 取りあえず収束した現場に、固唾を飲んで見守っていた船員たちは張りつめた緊張を緩めるが、


    ズガァァアン
 

 すぐさま敵深海棲艦の攻撃によって現実に戻される


  「小林、全線に回線を繋げ」


  「はい! 了解しました」


 攻撃を受けた直後、早速小林に向かって命令を飛ばす

 接続完了の報告を受けると、艦長席の通信機を手に取る

 そして、この船に乗船する全ての船員に向かって、


  「これより本艦は深海棲艦との戦闘に入る」

  「総員、戦闘配置に就け!」


 戦闘開始を告げた

242: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/18(月) 23:47:24.23 ID:CNCjgpe90

 受話器を元の位置に戻すと、艦橋に束の間の静寂が訪れる

 引っ切り無しに掛かっていた指示を仰ぐ通信もパッタリと途絶えていた

 艦橋の船員たちも集中力を取り戻し、訓練を思い出すかのように計器を確認している

 それは自分においても例外ではない

 規格外の怪物とどのように戦うか、これから取るべき行動に考えを巡らせていた


   ズダダダダ

      ズダダダダダ


 程なくして、機銃の発砲音が聞こえてくる


  「機銃隊、攻撃を開始しました!」


 攻撃部隊が攻撃を開始したらしい、船員の1人がそれを告げる

 その報告に艦橋がにわかに活気づいた

 勿論、これで敵を沈められるわけでなく、あくまでも主砲や副砲の発射準備が整うまでの牽制でしかない

 それでも、自分たちが放った銃弾に深海棲艦が動揺する姿は彼らの自尊心を満たすには十分だった


  「敵深海棲艦、急速後退」

  「機銃の射程外へと退避するようです」


 双眼鏡を覗く観測手が敵の挙動を報告する

 こちらの攻撃を察知した敵はすぐさま後退、機銃の射程外へと避難するつもりらしい

243: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/18(月) 23:50:22.89 ID:CNCjgpe90

  『こちら砲塔、発射準備が完了しました』

  『砲撃許可をお願いします』


 だが、それはこちらの思う壺だ

 深海棲艦が距離を取り始めたと同時に砲塔から通信が入る

 主砲が発射できるまでの時間稼ぎ、それを機銃隊はしっかりとこなしてくれた

 これも防衛隊を舐め切って、至近距離まで近づいてきた罰だ


  「ああ、後悔させてやれ」  


 砲撃主に返答を返す

 拒む理由など無い、有りっ丈を撃ち込むように伝えた


  『了解!』


 返答と同時に主砲の二連装砲が火を噴く

 撃ち出された2つの砲弾は緩い弧を描いて空中を飛翔、深海棲艦へ向かっていく

 艦橋の船員たちは熱いまなざしで、その行く末を見守った

 だが、敵も伊達に何艘も軍艦を沈めている怪物ではない 


  「主砲、敵深海棲艦付近に着弾」

  「損傷は見られません! 回避された模様」


 有り余る機動力で主砲を回避し、その体に傷を負わせることを許さなかった

244: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/18(月) 23:51:59.07 ID:CNCjgpe90

  「第二射、用意! 急げ」


 すぐさま砲撃主に第二射の準備をさせる

 彼我の機動力の差が歴然である以上、こちらが戦闘不能になる前に決着を付けねばならない 


  「敵、移動を開始!」

  「後方に回り込もうとしています」


 正面は危険だと察知したのか、敵は後方に回り込む機動を取り始めた

 後部砲門は先ほどの攻撃で既に喪失している

 このまま回り込むことを許せば、奴にとっては恰好の的だ


  「クソッ……アイツ」

  「少尉! 右に回頭を」


 井上も同じことを考えたのだろう、自分に指示を仰いでくる
 

  「全速回頭、面舵一杯!」

  「奴に背後を取らせるな」


 彼の申し出に応じて、全速力での急回頭を命じた


  「了解!」

  「全速回頭、面舵一杯」
 
 
 指示を受けた井上は命令を復唱し、船の舵輪を大きく右へと回す

245: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/18(月) 23:53:54.94 ID:CNCjgpe90

 舵輪の回転に従って、船体は大きく左へ沈み、船首は右側へ振れた

 同時に、艦橋には主砲の旋回に伴う鈍い機械音も伝わってくる

 正面の窓から窺える砲身は右舷側へ大きく旋回し、正面に深海棲艦を捉える


   ズドォオオン

 
 腹の底から震えるような重低音が鳴り響く

 その衝撃に船全体が揺さぶられ、視界が軽くふらつく


  「第二射、発射されました!」


 船員の1人が主砲の発射を報告する 
 
 だが、敵も甘くは無い


   ザッ バァアアン


 発射された砲弾は後数メートルのところで回避され、水面高くに巨大な水柱を発生させる

 しかし、こちらの主砲は二連装砲だ

 1発目がダメでも、それで終わるわけではない

 初弾よりも数刻遅れて発射された2発目が着水する

 先ほどの水煙で敵の姿は見えないが、十分に直撃コースだ

246: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/18(月) 23:58:45.05 ID:CNCjgpe90

  (……どうだ)


 爆炎に覆われて黙視できない相手

 その被害を判断するために固唾をのんで見守っていると、


   ズガァァアン


 張り裂けんばかりの爆音と嘗てない衝撃が走った

 衝撃は凄まじく、立っていた者は例外なく薙ぎ倒される

 誰かが上げた悲鳴のような叫び声も幾つか聞こえた

 二、三度の突発的な揺れが収まった後、急に辺りは静かになる

 
  「うっ……」


 船が安定を取り戻したのを確認して、上体を引き起こす

 左の肩口が燃えるように熱い

 確認すると、左腕の上部がパックリと裂け軍服が赤く染まっていた

 傷口を見たせいか急に痛みが押し寄せる、それを誤魔化すように右手で押さえ、周囲を確認する

 艦橋への直撃は免れたのか、艦橋内部には目立った損傷はない

 爆風でガラス窓が吹き飛び、自分を含めて、その破片でケガをした者が数名いるようだった

 しかし、外の光景は艦橋の無事を喜べるほど生易しい物ではなかった


  (そんな……馬鹿な)


 最高の火力を生み出す主砲は砲身から滅茶苦茶に破壊され、使い物にならない

 甲板も、捲れあがった床がチラチラと赤い炎を覗かせ、多くの船員が犠牲になったことが見て取れる

247: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/19(火) 00:02:01.12 ID:4hnUbv+80

 だが、それでも目の前に広がる光景よりは可愛いものかも知れない

 砲撃による水柱が収まった海には、奴が居た

 先ほどと変わらない殆ど無傷に近い姿で、嘲笑うかのようにこちらを見ている


  「……敵艦、未だ健在」

  「損傷は……」

  
 観測手が敵の生存を報告する

 敵の損害についても言及しようとするが、言葉が続かない

 それも仕方のないことだろう

 こちらが戦う手段を失ったのに等しい状況であるのに対し、敵はほぼ無傷

 死刑執行を待つ死刑囚も同然であった
 

  (……無理だ)


 突き付けられた現実が自分の信念を打ち砕き、死の恐怖を見せつける

 まさか、あんな怪物だったなんて

 良く知りもしないで倒せるなど、思い上がりも甚だしかった

 下山田、兵長、みんな……申し訳ない

 思考は加速し、どんどんと暗く、陰鬱とした感情が心を占める

 しかし、敵はこちらの事など構いはしない


  「砲身、稼働しています」

  「狙いは……ここです」

 
 観測手は力ない声で敵の様子を伝える

 奴は自分たちを確実に仕留めるため、その準備をしていた

248: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/19(火) 00:03:47.95 ID:4hnUbv+80

  「やはり、こうなったか」


 隣で傍観を決め込んでいた艦長は諦めたかのように呟く


  「少尉ッ!」


 舵輪を握る井上は、こちらを振り向きながら自分を呼ぶ

 しかし、今の自分には何も言ってやることはできなかった


  「砲撃……来ます」

 
 観測手が掠れた声で敵の攻撃を知らせる

 既に双眼鏡は目から離されており、だらんとした右手に握られていた

  
  (済まない、皆)


 最後の覚悟を決める

 キッと目を閉じて、終わりの時を待つ

 思えば長いようで短い人生だったな、などと取り留めのないことが頭に浮かぶ


  「畜生ッ! クソッタレ」 


 井上の雄叫びと舵を回す音が聞こえる

 だが、それでも敵の砲撃が無くなることは無い

 ズドンという砲撃の音が耳をつんざき


   ザッ バァァアン


 水面に叩き付けられた音が聞こえた
 

252: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/20(水) 23:58:02.40 ID:h2Iwi95t0

 しかし、船は軽く揺れただけで、それ以上のことは何も起こらない

 最後に見た敵との距離からしても、直撃を受ければ自分たちの命はまず助からない距離のはずだ

 だが、砲撃音の後も意識は続いており、傷ついた左肩にはじんじんとした痛みがへばり付いている

 目を開いて辺りを確認するが、飛び込んでくるのは先ほどと同じ艦橋の光景であった
 

  (何だ? 何が起こった)


 敵は確実にこちらを沈めに来ていた

 肉眼で確認できる距離まで近づいて、砲撃を外すはずがない

 夢でも見てるのか? などと素っ頓狂な考えが頭を占める


  「甲板だ! 甲板を見てください」


 観測手が叫ぶ声がそんな自分を現実へ引き戻す

 艦橋の皆がその言葉に反応し、割れ窓から艦橋を望む

 そこには、

  
    ズダダダダ

       ズダダダダダ
  

 果敢に深海棲艦へと銃撃を加える男たちの姿があった

 数名は残された銃座に座り、残りは自前の拳銃を海に向かって発砲している

 その1人の後姿に見覚えがあった

 あの背中は間違いない、艦橋へ案内する時に見せた野田のものだった 
 

253: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/20(水) 23:59:14.62 ID:h2Iwi95t0

  「これは……どういうことだ?」


 不意に艦長が言葉をもらす

 彼も自分と同じく死を覚悟したのだろう、心底面食らったという顔をしていた


  「分かりません」

  「ですが……」 


 甲板に向けていた目をこちらへ回して、観測手は答える 


  「自分たちはまだ生きています」

  「それだけで十分です」


 そして、その答に割り込むように小林が先を続けた
 
 
  「そうです、艦長」

  「自分たちはまだ負けてません」

  「だから、少尉も……」


 それに合わせて井上も自分の方へと向き直る


  「戦いましょう」  
 

 そう告げた彼らの目はまだ死んでいなかった

 逆境の中でも希望への活路を見出し、決して諦めない

 そんな眼差しは凍りついた恐怖心を溶かし、忘れかけていた信念を呼び起こす

254: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:03:42.45 ID:BxWqrcEb0

  「ああ、そうだな」

 
 気づけば彼らに答えを返していた

 まだ完全に恐怖や後悔が消えたわけじゃない

 だが、目の前の仲間が諦めていないというのに、どうして諦められるだろうか


  (まだ、戦える)


 残ったものは、何の根拠もない自信

 先ほど味わった苦い絶望の味は忘れてはいない

 だが、『必ず勝って帰れる』という確信めいた気持ちが心の底から湧きあがってきた
 
 そんな自分の様子を察したのか、井上と小林は口元を綻ばせる

 それにつられて他の船員も俯いていた顔を上げ始めるが、


  「……この状況でどうやって戦う」


 脇に居た艦長が口をはさむ

 上げ調子の皮肉ったような口調だった

  
  「主砲は喪失、機銃の効果も薄い」

  「今は弾幕で奴の動きを封じられているから良いが……」

  「銃弾が尽きれば、沈められるのも時間の問題だ」


 現実を突きつけ、現状がいかに悪いかを再認識させる

 野田たちも敵の行動を封じるように機銃を放っているが、弾が切れてはどうしようもない

 敵も今は銃弾の回避に専念しているが、銃撃を気にせずに砲撃をしかけてきたら、今度こそ沈められる

255: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:07:09.41 ID:BxWqrcEb0

 ある意味で自分が指揮権を乗っ取り、戦いを強行したために、このような状況になったのかも知れない

 だが、そんなことを悔いても仕方がないのは艦長も分かっているはずだ

 それに、まだ勝利の芽が完全になくなったわけじゃない


  「作戦があります」


 たった1つだけ、起死回生の策を閃く

 もはや作戦と言って良いかどうか分からないほどのものであったが、確かに思いついた

 死の間際を肌に感じたからこそ、思いついた作戦

 勝利をあきらめなかった仲間が気づかせてくれた九死の策


  「作戦……?」

  「この後に及んで、何か出来ることがあるというのか」


 どうせ何も答えられないと思っていたのだろう、作戦の話に艦長は食いつく

 周りの船員も一斉にこちらを振り向き、聞き耳を立て始めた

 艦橋が静まり返り、甲板からの銃撃音が響く中、


  「艦本体による突撃攻撃」
  
  「つまりは……体当たりです」


 思い描いた策を説明する

256: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:09:53.62 ID:BxWqrcEb0

  「……そんな無謀な」


 作戦の中身を聞いた艦長は明らかに落胆した顔をする

 こんな奴に一瞬でも期待した自分が馬鹿だった、そう言いたげな表情だった


  「無謀なのは百も承知です」

  「しかし、他に手はありません」

  「主砲が潰された本艦に残された、最後の攻撃手段です」


 しかし、こちらも引き下がっては居られない

 荒唐無稽なのは百も承知だったが、それでもやらずに死ぬわけには行かない


  「無茶苦茶だ」

  「そんなもの作戦ではない!」


 艦長は頑として反論する

 仮にも自分が指揮した船をそのように扱われるのが嫌なのか、自ら生還の可能性を棄てるのが気に食わないのか

 今まで以上に声を張り上げる


  「では、このままやられても良いと言うのですか!」

  「ここで何もしなければ、俺達は死ぬだけだ!」

 
 一瞬、頭の端にあの日の出来事がチラつく

 何としてもこの船を同じ目に遭わせるわけには行かない

 そう思うと、自然と言葉に力が入っていった

257: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:19:57.62 ID:BxWqrcEb0

  「……そうか」


 そんな鬼気迫る様子に気落ちしたのか、そうとだけ言って、黙りこむ

 これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう

 先ほどの衝撃で落としたままだった帽子を拾い上げ、『勝手にしろ』という合図だろうか、埃を払う動作をして黙り込み

 ひとまず雌雄が決した口論を終え、他の船員たちを見回す

 殆どの者は気まずそうに黙っているだけだったが、井上や小林はこちらを一瞥し、力強く頷いた

  
  「井上……」


 その答えに応じて、指示を出そうと彼の名を呼ぶ


  「分かっています」


 しかし、皆まで言う必要もなく井上は返事を返す

 そのまま舵を回して船首を足止めを食らっている深海棲艦の真正面を向けると、


  「目標、敵深海棲艦」

  「両弦全速前進!」


 スロットルを全開に入れた


  「小林、全線通信だ」


 船が敵へ向かって進み始めたのを確認し、新たな指示を飛ばす

 指示を受けた小林は手早く通信機を操作して全艦のスピーカーへと回線をつなぐ

 彼から接続完了の合図を受けると、再び艦長席のマイクを手に取った

258: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:28:53.35 ID:BxWqrcEb0

  「この艦の指揮を執っている君嶋だ」

  「皆……良く聞いてくれ」

  「本艦はこれより、敵への体当たりを敢行する」


 艦橋は静まり返る

 隣にいる艦長は帽子を目深に被ったまま黙り込んでいる

 他の船員もこれから起こる事に想いを馳せているのだろうか、誰一人としてこちらを振り向く者はいない  


  「成功するかどうかは分からない」

  「失敗すれば、この船は海の藻屑と消えるだろう」

  「俺の独断で皆を危険に巻き込んで済まないと思っている」


 そう告げて、軽く目を閉じる

 瞳の裏に焼きついた、あの忌々しい光景が浮かんでくる

 それを振り払うように目を見開くと、通信機を握る力を強めて、先を続ける


  「ただ、これはだけは分かって欲しい」

  「俺は決して捨て鉢になって、奴に体当たりするわけじゃない」

  「奴に勝利し、皆が生き残る可能性を捨てていないからこそやるんだ!」


 気づけば空いている左手で握り拳を作り、操作盤の上に押し付けていた

 力んだせいで左肩に鋭い痛みが走るが、そんなことを気にしている余裕も無かった

259: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:36:17.52 ID:BxWqrcEb0

  「これは最後の賭けだ」

  「全員が全員協力してくれとは言わない」

  「だが、動ける者は甲板へ出て敵の足止めを」

  「ケガ人は出来るだけ船内へ退避させ、衝撃に備えてくれ」

  「……健闘を祈る」
  

 あふれる想いを抑えながら、最後は努めて冷静な調子で通信を終える

 これ以上自分にできる事は無く、あとは作戦が上手くいくかどうかに懸っている

 そう結論付けて、割れ窓から現在の戦況を確認する

 銃弾の雨に晒されるのが嫌なのだろうか、敵は砲撃の準備もせずに銃弾の回避に躍起になっている

 対する野田達も負けてはいない、敵の嫌がる射撃をしながらも、巧みに射程外への道筋を潰していた


  「敵艦までの距離、200」  

  「敵、未だ身動きが取れていません」

 
 双眼鏡を手にした観測手が彼我の距離を伝える

 決着の時を前にして、他の船員たちも固唾をのんで静まり返る
   

  「距離、残り100」

  「状況の変わり、ありません」

260: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:40:54.26 ID:BxWqrcEb0

 後は時間との勝負であった 

 甲板の野田達は必死に敵の足止めをしているが、彼らの持っている弾薬も多くは無い

 作戦を成功させるには彼らの銃弾が尽きる前に敵に突撃しなければならない


  (あと、少し……)
 
 
 握ったままだった通信機を掴む腕に力がこもる

 あと少しで決着が付く、自分たちが沈むか、それとも敵が倒れるか

 嘗ての仲間の顔を思い出しながら、どんどん大きくなっていく深海棲艦を睨みつける


  「衝突まで、50……40」


 肉眼で敵の身体がハッキリと確認出る距離まで近づく

 観測手は秒読みを開始し、艦橋の船員たちも身構える


  「20……15…」


 そして、カウントはゼロに近づき、


  「10…9………」

  「接触します!」
  

  「総員、衝撃に備えろ!」

 
 船は体当たりを成功させた

261: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:45:41.97 ID:BxWqrcEb0

    バキッ


 鈍い音が船体に響き、大きな揺れが自分たちを襲う

 砲撃が直撃したとき程の衝撃は無かったが、舵が大きく振れ、制御が出来なくなる

 渾身の力で舵を握っていた井上も左右に振られ、床に吹き飛ばされていた


  「……っ!」


 自分も例外でなく、激しい揺れに弾き飛ばされ、床に打ち付けられる

 次第に揺れは小さくなり、操舵手を失くした船も減速し始める

 やがて、完全に推力を失った船は完全に停船した


  (……止まった?)


 鳴り響いていた銃撃音もどこかに、波が打ち付ける音と風がそよぐ音が艦橋を包み込む

 不意に訪れた静寂に、弾き飛ばされた船員たちはぞろぞろと立ち上がって辺りを確認し始める

 立ち上がって望む正面の海には敵の姿は見えない

 ただ、何処までも続く水平線と甲板から噴き出る煙が空に溶け込んでいく光景がだけが確認できた

 そんな現実離れした景色に皆が皆目を奪われてしまう

 窓から差し込む陽光に照らされながら、茫然と外を眺めていると

 
   ドォオオン


 激しい爆音と同時に凄まじい衝撃が体を襲った

 立ち尽くしていた艦橋の隊員は次々に薙ぎ倒される

263: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:56:13.76 ID:BxWqrcEb0

  (……奴は生きている)


 自分も床に叩き付けられながら、最悪の事態が脳裏をよぎる

 主砲を潰された自分たちにこんな爆音を鳴らす術はない

 そうなれば、今のは明らかに敵が引き起こした作為的なものだ

 つまり、玉砕覚悟の体当たりでも敵を仕留められなかったことを意味する


  「クソッ!」


 自分の力不足を呪いながら、目の前の床を殴る


  「機関室より入電!」


 すぐさま小林が機関室からの入電を伝え、


  「敵深海棲艦、船底を破壊し侵入」

  「内部から左舷部装甲を破壊した模様!」


 敵が船体に大穴を空けたことを報告した


  (ここまでか……)


 機関室の内壁が破壊されたということは、航行能力を失ったということに等しい

 水密扉を閉めれば浸水による沈没は免れるだろうが、戦闘などは到底不可能

 こうなってしまっては、もはや自分たちの手でどうこう出来る問題ではない

 今度こそ覚悟を決めて両目のまぶたを閉じた

264: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/21(木) 00:57:39.02 ID:BxWqrcEb0

 しかし、死ぬにはまだ早すぎたようだ


  「レーダーに敵艦を捕捉!」

  「進路は南西、本艦との距離……どんどん開いていきます!」


 船員の1人が敵が自分たちから逃げていると叫ぶ

 到底信じられない、重い体を引き起こしてその真偽を確かめるべく立ち上がる
 
 既に観測手が双眼鏡をあてがい、深海棲艦の方向を確かめていた

 そして、その答えは、


  「逃げています! 間違いありません」

  「深海棲艦が、この船から逃げいます!」
  

 間違いなく、敵が逃亡しているというものだった
  
 どうやら、自分たちは賭けに勝ったらしい

 限りなく負けに近い内容であったが、敵を敗走させしめた


  (やった……のか)


 ボロボロになった船を眺めて感慨に浸る

 あの時と同じ射すような日差しは、全く違うものを映し出していた  

 張りつめていた緊張がほぐれて足の力が抜け、急に血の気が引く様な感覚に襲われた


  (血を、流し過ぎたか……) 


 クラリと重心が偏り、体の均衡が崩れる

 何とか体を支えようと足に力を込めるが、意識が遠のき、思うように体が動かない

 そのまま崩れるように倒れると、目の前が真っ白になった
 

267: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/22(金) 23:52:10.34 ID:g6b33ASX0

<軍病院 士官病室>


君嶋「うっ……ここは」


  「目が覚めたみたいだな」

  「君嶋特務少尉」


君嶋「……本条大尉?」

君嶋「どうして、あなたが」


本条「どうしたもこうしたもない」

本条「乗っていた船が深海棲艦に襲われてな」

本条「この有様だからだ」


君嶋「その腕は……」


本条「見ての通り、骨折だ」

本条「転んだ拍子に強打したようでな」

本条「完治するまで一月はかかる」


君嶋「……ここはどこでしょううか?」

君嶋「見たところ、病院の一室のようですが」


本条「横須賀の軍病院だ」

本条「今回の件で負傷した人間が集められている」

268: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/22(金) 23:56:05.03 ID:g6b33ASX0

本条「おかげで負傷者が溢れて病室が足りていない状況でな」

本条「士官同士、貴様と同室に入れられたという訳だ」


君嶋「……そうですか」

君嶋(大尉のこの顔、被害は相当なものなのか)


本条「貴様の方は随分と元気そうだな」

本条「看護婦たちは失血がどうとか言っていたが」

本条「その様子なら、そこまで大事じゃないんだろう」

本条「運よく船が生き残り、大破寸前で深海棲艦に見逃してもらったり」

本条「どこまでも悪運の強い奴だ」


君嶋「船は……自分の乗っていた船はどうなったのですか?」

君嶋「井上に小林、野田たちは無事なんですか?」


本条「さぁ? 私も詳しい状況は知らん」

本条「ただ、被害は貴様の船が一番少なかった」

本条「もっとも……それで主砲喪失に主機関大破だがな」


君嶋「あの船が一番被害が無い?」

君嶋「それじゃあ、他のは……」

君嶋「他の船はどうなったのですか」

269: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/22(金) 23:59:05.27 ID:g6b33ASX0

本条「何も知らずに眠っていただけか」

本条「とんだ幸せ者だな」


君嶋「勿体ぶらないで教えてください」

君嶋「一体、何があったのですか?」


本条「佐世保との合同演習中に深海棲艦の襲撃があった」

本条「ここまでは貴様も知っているだろう」


君嶋「……ええ」


本条「だが、アレはただの襲撃ではなかった」

本条「複数の深海棲艦による組織だった攻撃」

本条「つまり……奇襲攻撃であると結論づられた」


君嶋「奇襲攻撃……!」


本条「まだ確定ではないが、少なくとも上の見解はそう固まっている」

本条「事故直後に面会に来た美津島提督がそう話されていた」

本条「一応、防衛隊付き士官の貴様にも伝えておくようにという御達し付きでな」


君嶋「しかし、なぜ奇襲が……」

君嶋「周辺の索敵は万全だったはずなのに」

270: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:04:13.52 ID:Mk+7sxWu0

本条「それこそ私の方が聞きたい」

本条「もっと早くに敵を発見できていたら……」



     カラ カラ カラ カラ カラ

  「急患です! 道を開けてください」



本条「フンッ……さっきからずっとこれだ」

本条「私のケガではあまりここから動けんし」

本条「全く、嫌になってくる」



  「大丈夫ですよ、日下部さん」

  「しっかりしてくださいね」



君嶋(日下部!)

君嶋(まさか、今のは……)ガタッ


本条「何だ?」


君嶋「済みません、大尉」

君嶋「ちょっと失礼します」


本条「おい! 何処へ……」

271: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:06:43.38 ID:Mk+7sxWu0

<軍病院 廊下>


君嶋「日下部!」

君嶋「おい、日下部ッ!」ダッ


  「何ですか! 貴方は」

  「止めてください!」

 
君嶋「俺だ! 分かるか!?」


日下部「しょ、しょう……い」


君嶋「そうだ! 俺だ」


日下部「す……すみません」

日下部「ちょ…っと……しくじって」


  「いいから離れてください!」

  「急いでるんです!」


君嶋「…っ」


  「はい、大丈夫ですよ」

  「もうすぐ付きますからね」


    カラ カラ カラ カラ カラ

272: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:12:00.15 ID:Mk+7sxWu0

  「そういえば、日下部とかいうお付きが居たな」


君嶋「……本条大尉」


本条「上官そっちのけで飛び出すとは」

本条「左遷先に随分と根を張ったようだな」


君嶋「それより、大尉」

君嶋「被害状況を教えてください」

君嶋「防衛隊の船に艦娘たちは、どうなったのですか」


本条「現時点で確認できている艦娘の被害は轟沈4、大破6、中破以下5」

本条「さらに、行方不明も幾人かいる」

本条「防衛隊の死傷者の方はまだ纏まっていない」

本条「貴様の3番艦以外が沈められたおかげで、数の把握が困難になっているんだ」


君嶋「3番艦以外は沈んだ?」

君嶋「だとすると、防衛隊は……」


本条「ああ、そうだ」

本条「防衛隊の護衛艦は3隻中、2隻が轟沈」

本条「貴様が乗っていた船も主機が全壊し、航行不能」

本条「今回の件で横須賀鎮守府付き防衛隊の機動部隊は事実上の壊滅だ」

273: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:15:23.72 ID:Mk+7sxWu0

君嶋「そんな馬鹿な……」

君嶋「防衛隊の船が全滅だなんて」

君嶋「到底、信じられません」


本条「残念だが、事実だ」

本条「今までの光景を見ていれば分かるだろう」

本条「それとも……現実から目を背けるとでも言うのか?」


君嶋「…っ」


本条「貴様は深海棲艦に勝った気でいるかも知れないが」

本条「そんなものは、ただの思い上がりだ」

本条「奴らは勝とうとして勝てるものではない」

本条「現に、貴様らも運よく見逃して貰っただけではないか」


君嶋「そんなことはありません」

君嶋「結果的にそうだったとしても」

君嶋「あのときの自分たちは敵と戦い、勝とうとしていた」

君嶋「皆が勝つために戦って、勝ち取った勝利です」


本条「それが思い上がりだと言うのだ」

本条「貴様が思っているほど敵は甘く無い」

本条「今回は運よく生き延びられたかも知れないが、次はそうはいかない」

本条「軍艦だけで奴らを倒すなど出来るはずがないのだ」

274: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:17:38.42 ID:Mk+7sxWu0

君嶋「……承服しかねます」

君嶋「確かに自分たちは敵を取り逃しましたが」

君嶋「全く損害を与えられなかったわけではありません」

君嶋「それに、自分がそれを認めたら、この戦いで散って行った仲間に申し訳が立ちません」


本条「話の分からん奴だ」

本条「貴様のその考え自体が迷惑だと言っているのだ」


君嶋「この考えが迷惑?」


本条「ああ、そうだ」

本条「貴様に感化されたのか、私の船の防衛隊員も無駄に戦おうと言い出した輩がいる」

本条「そのおかげで敵への対処が遅れ、轟沈という最悪の結果を迎えた」

本条「今までの歴史からも、もう決まり切っている」

本条「軍艦などでは深海棲艦を倒すことはできず、対抗できるのは新海軍の艦娘だけだ」

本条「これ以上余計なことはせずに左遷先で大人しくしていろ」

本条「貴様も新海軍の人間なら、いずれは艦娘を指揮する機会もある」

本条「深海棲艦を倒すなどという考えはその時まで取っておけ」


君嶋「今まで通り艦娘に戦わせろと言うのですか?」

君嶋「だったら、黙っている訳には行きません」

君嶋「自分は敵を倒したいから、戦いに拘るのではありません」

君嶋「最前線で戦っている彼女たちが戦わずに済むようにしたいのです」

君嶋「今回だって、少なくない数の艦娘たちが犠牲になっている」

君嶋「それを無視して何食わぬ顔をするなど、到底できません」

275: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:21:36.21 ID:Mk+7sxWu0

本条「何を好き勝手に……」


君嶋「大尉は何も思わないのですか?」

君嶋「自分達の代わりに年端もいかない少女が犠牲になるのはおかしい」

君嶋「彼女たちに戦いを強要させるのは間違っていると」


本条「……そんな綺麗事で事は収まらない」

本条「我々が生き残る道はこれしかないのだ」


君嶋「それは、考えることを放棄しているだけです」

君嶋「彼女たちを失いたくない気持ちは大尉も同じはず」

君嶋「だったら……」


本条「黙れ!」

本条「貴様に何が分かると言うんだ!?」

本条「自分の好きなように、勝手な事をベラベラと喋って」

本条「人の死を背負う程の責任が無いから、深海棲艦を倒すなどと平気で言えるのだ!」


君嶋「しかし!」


本条「……貴様は報われない努力を感じたことがあるか?」


君嶋「いや、それは……」

276: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:38:39.92 ID:Mk+7sxWu0

本条「ああ、無いだろうな」

本条「今までの行動を見ていれば分かる」

本条「そんなことを感じたことすら無いだろう」


君嶋「…」


本条「私はいつもそれに苛まれいてる」

本条「まさに今、彼女たちの被害を聞いたときもそうだ」

本条「手の届かないところで、部下が戦場で散っていく」

本条「自分はそれを後ろから見ることしかできない」

本条「貴様のように自らが躍り出て敵と戦う能力など持ち合わせていない」

本条「私に出来るのは、彼女たちを監督し、生きて帰れるような作戦を立てるだけだ」

本条「だが、その技能を磨けば磨くほど、より危険な戦場へと送り込むことになる」

本条「私が軍人でいる限り、この手で彼女たちを守ってやることは出来ない」

本条「どうしようもないこの虚無感を、貴様は……」


君嶋「大尉……」


本条「フンッ……少し、お喋りが過ぎたな」

本条「今のは怪我人の戯言だ」

本条「失礼する」

277: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:39:48.09 ID:Mk+7sxWu0

君嶋「待ってください! 大尉」

君嶋「確かに自分には、あなたの本当の気持ちなど分かりません」

君嶋「だとしても、今ので確信しました」

君嶋「あなたは彼女たちの事を本当に大切に思っている」

君嶋「でなければ……そんな悲しい目が出来るはずがありません」


本条「…」


君嶋「だから、本条大尉」

君嶋「自分たちと共に敵を倒しましょう」


本条「ハンッ……ここに来て懐柔作戦か」

本条「残念だが、その手には乗らん」

本条「私を防衛隊のボンクラどもと同じにするな」


君嶋「しかし、大尉!」


本条「精々その体で、今の惨状を目に焼き付けておけばいい」

本条「では、失礼する」


君嶋「…」

君嶋(本条大尉、貴方は……)

278: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/23(土) 00:46:21.45 ID:Mk+7sxWu0

<軍病院 エントランス>


君嶋(ここの状況、想像以上に酷いな)

君嶋(負傷兵がそこかしこに溢れているし、治療も追いついていないみたいだ)

君嶋(俺に医療の心得があれば……)


  「おい、お前」


君嶋「その声は……宗方兵曹長?」


宗方「そんなところで何している」


君嶋「それは……」


宗方「まぁ、何でもいい」

宗方「それより少し手伝え」


君嶋「はい?」


宗方「技術部だけじゃ人手が足りてねぇんだ」

宗方「ボケっとしてる暇があったら俺に手を貸せ」


君嶋「しかし、何を……」


宗方「そんなのは見りゃあ分かる」

宗方「まだ移送が終わっていないケガ人が大勢控えてんだ」

宗方「いいから、さっさと付いてこい」

283: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:27:26.97 ID:mTCaQEDX0

<軍病院 仮設病室>


  「う、ううっ……」


宗方「こいつで最後だな」

宗方「下ろすぞ」


君嶋「はい」


   ガタリ


宗方「それじゃあ、後は頼んだ」


  「はい、任せてください」

  「我々が責任を持って処置します」


宗方「任せた」

宗方「ほら、行くぞ」


君嶋「ああ……はい」

284: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:28:22.03 ID:mTCaQEDX0

<軍病院 外庭>


宗方「さて、今日の作業は終わりだ」

宗方「日も傾いてきたみたいだし、お前も帰れ」


君嶋「あの……宗方兵曹長」

君嶋「1つ、質問があるのですが」


宗方「何だ?」


君嶋「兵曹長はどうしてここに?」

君嶋「3番艦が生き残っているなら、技術部はその修復にあたってるはずでは」


宗方「それが出来たらそうしてるさ」

宗方「だが、奴らが施しようがないぐらいにぶっ壊してくれたおかげでな」

宗方「突貫工事の修復でどうにか出来るレベルじゃなくなっちまった」

宗方「本格的な工事をするか廃艦にするかは分からんが、今の俺達にやることはない」

宗方「そんなわけで、仕方なくケガ人の搬送に勤しんでいたという訳だ」


君嶋「ならば……大門兵長や森二等は?」

君嶋「彼らの姿は見ていませんが」

285: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:29:58.01 ID:mTCaQEDX0

宗方「大門は工場に居る」

宗方「アイツの専門は艦娘の艤装だからな」

宗方「工場で、破損した兵器の回収やら修復をやってるはずだ」

宗方「森の方は知らん」

宗方「普段から勝手に老朽艦をいじくるような奴だ」

宗方「アイツの動向なんぞ、いちいち把握してられん」

宗方「……これで満足か?」


君嶋「いえ、もうひとつ」

君嶋「兵曹長は……なぜ自分に声を掛けたのですか?」

君嶋「ハッキリ言って、貴方は自分を嫌っていると思うのですが」


宗方「他に使えそうな奴が居なかったってだけだ」

宗方「それに、俺はお前の人格どうこうが嫌いなわけじゃない」

宗方「お前が掲げてる信念が気に食わないんだ」


君嶋「信念……ですか」


宗方「ああ、そうだ」

宗方「お前が勧める、深海棲艦との直接戦闘」

宗方「俺はそいつが気に食わない」

286: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:32:18.71 ID:mTCaQEDX0

君嶋「ですが、兵曹長」

君嶋「あなたも軍人で、それも船舶が専門の技術兵のはず」

君嶋「何故そんなことを言うのです」

君嶋「深海棲艦と戦うことの、何が気に食わないのですか?」


宗方「……あれだけの目に遭ったというのに」

宗方「良くそんなことが言えるな」


君嶋「あれだけの目に遭ったからです」

君嶋「今回の件で、同じ船に乗っていた多くの仲間を失いました」

君嶋「当然、死を覚悟した場面もあり、自分自身勝利を諦めかけた時さえありました」

君嶋「ですが……自分が諦めても、防衛隊の仲間は諦めなかった」

君嶋「自分が大口を叩いて掲げた信念を、自分以上に深く受け止め、それを実行しようとした」

君嶋「もう、これは自分一人の意思ではありません」

君嶋「あの場で戦った者、すべての目的となったのです」

君嶋「だから、この信念は覆せません」

君嶋「皆の手で深海棲艦を倒す、その日まで」


宗方「そうかい……」

宗方「お前はアイツと違うって訳か」

287: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:33:32.06 ID:mTCaQEDX0

君嶋「兵曹長?」


宗方「少し、時間はあるか?」

宗方「お前に見せておきたいものがある」


君嶋「自分に見せたいもの……」

君嶋「それは?」


宗方「来れば分かる」

宗方「時間は取らせるつもりは無い」


君嶋(いきなり何を……)

君嶋(俺を一体どこへ連れて行くつもりだ?)

君嶋(まぁ……考えても仕方ないか)


宗方「無理強いするつもりは無いが」

宗方「どうする?」


君嶋「兵曹長……貴方が何を考えているのか分かりません」

君嶋「でも、何もなしに自分を誘うとは思えない」

君嶋「だから、付いて行きます」

君嶋「貴方の後に付いて、その真意を確かめます」


宗方「そうか……」

宗方「じゃあ、付いてこい」

宗方「ここからなら、そう遠くないはずだ」

288: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:34:53.24 ID:mTCaQEDX0

<海岸 海を望む岬>


宗方「よし、ここだな」


君嶋(……着いたのか?)

君嶋(何もない岬のように見えるが)


宗方「時間を取らせて悪いな」

宗方「ここにあるモノを見せに来たんだ」


君嶋「自分には何もないように見えますが……」

君嶋「本当にあるのですか?」


宗方「確か……この辺りだったな」ガサガサ


君嶋(茂みの中……)

君嶋(そこにあるのか?)


宗方「……見つけた」

宗方「クソッ……だいぶ雑草が茂ってやがる」

宗方「こりゃあ刈り取らんと無理だ」

宗方「おい、何か切れるモノを貸してくれ」

289: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:36:00.19 ID:mTCaQEDX0

君嶋「支給品の軍刀で良ければ」


宗方「草が刈れれば何でもいい」

宗方「とにかく、渡してくれ」


君嶋「……分かりました」サッ


宗方「よし、これで」


   ザッ ザッ ガザガザ


宗方「見えるか?」


君嶋(石? いや、それにしては妙に形が整っている)

君嶋(石碑か何かだろうか?)


宗方「こいつだ……」

宗方「これがお前に見せたかったものだ」


君嶋「これは、一体」


宗方「墓だ」


君嶋「墓?」


宗方「ああ、そうだ」

宗方「石ころ同然に見えるかも知れないが、列記とした墓だ」

宗方「ここにその印が付いている」

290: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:38:04.53 ID:mTCaQEDX0

君嶋「しかし、一体誰の」


宗方「洋二……俺の弟のだ」


君嶋「!」


宗方「驚いたみたいだな」

宗方「まぁ、それも当然ちゃあ当然か」

宗方「ノコノコ付いて行ったら弟の墓を見せらつけれたんだからな」


君嶋「しかし、それを自分に?」

君嶋「兵曹長の兄弟の話など聞いたこともないのに」


宗方「さぁ? どうしてだろうな」

宗方「さっきまでお前を連れてこようなんて微塵も思っていなかった」

宗方「だが、忘れたつもりでいたアイツの言葉を思い出しちまってな」

宗方「それで気が付いたら、お前を連れてアイツの墓の前に立っていた」


君嶋「それは……」


宗方「『艦娘ばかりに戦いを押し付けるのは間違っている』」

宗方「何時かのアイツが俺に向かって言った言葉だ」

宗方「あの時の俺はその言葉に耳を傾けることが出来なかったが、今なら分かる」

宗方「洋二は誰よりも真剣に彼女たちと向き合っていた」

宗方「上官と部下、軍人と兵器とではなく、ひとりの人間同士として」

宗方「その結果が……今の言葉だと」

291: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:55:47.83 ID:mTCaQEDX0

君嶋「良ければその話……」

君嶋「詳しく聞かせてもらえませんか?」


宗方「話せば長くなる」

宗方「……それでもいいか?」


君嶋「構いません」

君嶋「多分、聞いておかなければならない話でしょうから」


宗方「後悔するなよ」


君嶋「ええ、大丈夫です」


宗方「で、何処から始めるか迷うが……そうだな」

宗方「あれは、まだ俺が軍に入隊して十年も経たない頃……」

宗方「ちょうど兵曹に昇進して、今の大門あたりの立ち位置にいた時だ」

宗方「その頃、弟の洋二は海軍兵学校を卒業して、地方基地の司令官に任命された」

宗方「アイツはひとまわり年の離れた弟で、ウチの家系にしては珍しく出来が良い奴だった」

宗方「高等学校を首席で卒業、兵学校でも主席で卒業した札付きのエリートだ」

宗方「そのおかげかストレートに司令官を拝命して、新任早々基地のトップになった」

宗方「今にしてみれば、あの時誰かの下に付いてれば……」

宗方「もう少しぐらい長生き出来たのかも知れないな」


292: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/27(水) 23:59:24.04 ID:mTCaQEDX0

宗方「当然、俺達は一族総出でアイツを祝福した」

宗方「まさか自分の家から司令官が出てくるとは思わなかったからな」

宗方「親戚一同含めて、大騒ぎだった」

宗方「俺もアイツの事を誇りに思っていた」

宗方「ボンクラな兄にはもったいない弟だとも思ってたな」

宗方「だが、そんな俺達の知らないところで」

宗方「アイツは1人で悩んでいたんだ」


君嶋「それが……」

君嶋「さっきの言葉ですか」


宗方「本当のところ、どうだったか俺には分からん」

宗方「だが、アイツと同じことを言うお前がそうなら、そうなんだろう」

宗方「アイツは現場を目の当たりにして、艦娘への接し方が分からなくなったみたいだ」

宗方「遺品のノートにもそんな悩みで埋め尽くされたページが何枚もあった」

宗方「そして、悩みぬいたアイツは1つの結論を出したらしい」

宗方「彼女たちが何者であれ、自分は人間として彼女たちに接すると」

宗方「それから、洋二は自分の基地の全ての艦娘を同じ人間として扱った」

宗方「戦果をあげれば褒め、失敗をしたら慰めるといった風にな」

293: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/28(木) 00:01:47.93 ID:BPdCKtJw0

君嶋(……彼女たちを兵器扱い)

君嶋(俺には到底信じられないが)

君嶋(そういう教育を受けたら、そうなるかもしれないな)


宗方「そうしているうちに、アイツの部隊はどんどん戦果を出していった」

宗方「まぁ、当然だな」

宗方「他の基地は兵器扱いしている艦娘に対して、他の部下と同じく平等に扱ったんだ」

宗方「それで士気が上がらないはずがない」

宗方「いつしか軍の中でもトップを争うほどの精鋭になっていた」

宗方「だが、皮肉なことにそれがアイツに取って新たな悩みの種になった」

宗方「自分の部隊が強くなればなるほど、戦闘も危険度を増す」

宗方「結果的に奴の部隊の戦闘は増え、犠牲となる部下も少なくなくなっていた」

宗方「次々に命を落とし、兵器の様に補充されていく艦娘たち」

宗方「その事実が洋二を苦しめた」

宗方「アイツの中では艦娘=兵器という等式が崩れ去っていたからな」


君嶋「それで……どうしたのですか?」

294: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/28(木) 00:03:05.00 ID:BPdCKtJw0

宗方「お前と同じさ」

宗方「自分が戦って、彼女たちの負担を減らそうとした」

宗方「今の俺達に言わせれば無謀以外の何物でもないが、アイツは真剣だった」

宗方「彼女たちの上官として、同じ戦場で戦って散りたいと本気で思っていた」

宗方「あわよくば、彼女たちに戦わせずに自分たちだけで終わらせようとしていたらしい」

宗方「だが……何事もそう上手くはいかない」

宗方「十分思い知っているだろうが、深海棲艦は強い」

宗方「人間の想定なんて簡単に超えてしまうほど、奴らは規格外だ」

宗方「洋二は、その想定を見誤った」

宗方「いつもの様に戦場に船で乗り出して……そのまま帰っては来なかった」


君嶋「…」


宗方「俺がそれを知ったのは事件から1週間後」

宗方「海軍本部から洋二の殉職が通達されたときだった」

宗方「初めに聞いたときは嘘だと思った」

宗方「司令官が前線に出る訳がない、単なる誤報だろうと」

宗方「だが……そうじゃなかった」

宗方「洋二の二階級特進が言い渡され、英霊と書かれた紙切れが差し出されたとき」

宗方「現実を受け入れざるを得なかった」

295: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/28(木) 00:06:23.72 ID:BPdCKtJw0

君嶋「でも、どうして」

君嶋「そこまで詳しく知っているなら」

君嶋「なぜ、止めようと思わなかったのですか?」


宗方「そんなのは簡単だ」

宗方「あの時の俺は何も分からなかったんだよ」

宗方「アイツが何に悩んでいるかも、どうして悩んでいるのかも」

宗方「それはエリートが考える問題であって、自分には関係ないと思い込んでいたんだ」

宗方「全てを悟ったのは遺品のノートを読んだ時」

宗方「何もかも手遅れになった後さ」


君嶋「なら、なぜこんなところに墓を?」

君嶋「殉職者には墓地も用意されるはず」


宗方「確かに、共同墓地にはアイツの名前が入った墓がある」

宗方「だが、そこにアイツはいない」

宗方「乗っていた船と共に今も冷たい海の底で眠っている」


君嶋「では……この墓は?」


宗方「俺が作った」

宗方「アイツの部下の……艦娘に頼まれて」

296: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/28(木) 00:10:52.01 ID:BPdCKtJw0

君嶋「頼まれた?」


宗方「ああ、そうさ」

宗方「アイツの葬式の時、向こうから話しかけてきた」


  『司令は海が好きでした』

  『出来れば、海の見える場所に埋めてあげてください』

  『でも、あの人には家族が居て、いつまでも私たちと一緒は可哀想だから』

  『貴方の手でお願いします』


宗方「そんなことを言って……アイツのノートを渡してきた」

宗方「だから、俺はそれをここへ埋めた」

宗方「他の誰にも知らせずに、誰にも分からないし、誰も来ようなんて思わない場所に」

宗方「それがここに弟の墓がある理由だ」


君嶋「しかし……何故」

君嶋「どうして、こんな場所に」


宗方「ノートを渡されて、最初はアイツの本当の墓に入れることも考えた」

宗方「だが、それを決めかねてノートを捲っているうちに気づいちまったんだ」

宗方「アイツのノートには艦娘の事で埋め尽くされているくせに、俺達家族のことは殆ど載っていない」

宗方「結局、アイツが一緒に居たかったのは俺達なんかじゃなく、共に戦った部下たちだったってな」

297: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/28(木) 00:18:27.31 ID:BPdCKtJw0

宗方「だから、海が見えるこの岬に埋めた」

宗方「ここからなら誰にも邪魔されず、アイツは自分の守りたかった艦娘たちを見守れるってな」


君嶋「…」


宗方「……何か聞きたいって顔をしてるな」


君嶋「何故、このような話を」


宗方「さぁ? 自分でもよく分からん」

宗方「だが、これで踏ん切りはついた」

宗方「あの時出来なかったことをやる踏ん切りが」


君嶋「……本当ですか?」


宗方「何だ? 何か不満でもあるのか」


君嶋「いえ……しかし、どうしていきなり」


宗方「どうも諦めが悪そうだからな」

宗方「これ以上無視して、勝手に死なれても困る」


君嶋「それは……」


宗方「ほら、帰るぞ」

宗方「これ以上油を売っていると、技術部の奴らがうるさいからな」


君嶋「は、はい!」

300: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:31:06.08 ID:q0Bxmb1H0

<軍病院 一般病室>


君嶋「調子はどうだ?」


日下部「まぁ、ボチボチってところっす」

日下部「折れ曲がった足も神経は無事みたいだったんで」

日下部「後遺症は残らないだろうって話です」


君嶋「それは良かった」

君嶋「搬送されているのを見たときは気が気じゃなかったからな」


日下部「あれでも一応、重くない方だって医者は言ってましたけどね」

日下部「応急処置さえ間違えなければ、死にはしなかったらしいっす」

日下部「それでも……正直ダメなんじゃないかとは思いましたけど」


君嶋「で、退院はいつ頃になりそうなんだ?」

君嶋「向こうの基地じゃ、お前が居ないと1人の時間が多いからな」

君嶋「そろそろ話し相手が欲しくなってきたところだ」


日下部「微妙なところですけど……2ヶ月ぐらいですかね」

日下部「骨がくっ付いたら直ぐにでも退院できるとは言われましたけど」

日下部「実際どれぐらいかは分かりませんから」

301: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:32:41.25 ID:q0Bxmb1H0

君嶋「とにかく元気そうで安心した」

君嶋「ここ暫くは事件の処理でゴタゴタしていて」

君嶋「なかなか様子を見に来れなかったからな」


日下部「そういえば事件の方はどうなったんですか?」

日下部「病棟の中じゃ、テレビかラジオぐらいしか情報を得る手段が無くて」

日下部「野田たちに聞こうにも、向こうも忙しいみたいで」

日下部「一度見舞いに来たきり顔も見ていないんですよ」


君嶋「大本営から正式な発表はされていないが」

君嶋「上層部では、演習を狙った奇襲攻撃という見解で一致しているらしい」

君嶋「襲ってきた奴らも、今までには確認できていない新型」

君嶋「こちらの索敵網を潜り抜ける能力を持った個体である可能性が高いとの見方だ」


日下部「敵の、新型?」


君嶋「まだ調査段階で、確定した訳ではないが」

君嶋「本部ではその線で固まっているらしい」

君嶋「防衛隊の様子を見にきた室林大佐がそう言っていた」


日下部「大佐……となると、その情報は本当っぽいですね」


君嶋「あの人がわざわざ嘘を付くとも思えない」

君嶋「おそらく、本当の事なんだろう」

302: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:34:30.91 ID:q0Bxmb1H0

日下部「それで、被害の方は?」


君嶋「ようやく全貌が明らかになってきた状態だ」

君嶋「防衛隊の被害だけで轟沈2に大破1」

君嶋「大破した3番艦も主機を喪失、船体に風穴があいて航行不能の有様だ」

君嶋「これで、防衛隊は稼働していた全ての艦を失ったことになる」

君嶋「鎮守府の被害はさらに深刻だ」

君嶋「演習に参加していた非武装の艦娘を中心に6人近くを失い、4人が再起不能となった」

君嶋「まだ行方不明者も数名見つかっていないらしい」


日下部「酷いっすね……」


君嶋「唯一、不幸中の幸いだったのは隊員の被害が想定よりも少ないことだな」

君嶋「負傷者も何とかここ一か所で収容することが出来た」

君嶋「人的被害が大きくなる前に船が沈められたのと、奇襲隊のの主力が艦娘に集中したことが原因らしい」

君嶋「それでも……少なくない数の人間が犠牲になったのは確かだが」


日下部「…」


君嶋「取りあえず、負傷兵の対処はだいぶ落ち着いてきた」

君嶋「それはお前が病室のお前の方がよく分かっているかもしれない」

君嶋「大変なのは工場の方だ」

君嶋「消耗した装備や弾薬の補充に工員が総動員されているうえに」

君嶋「航行不能となった3番艦も要請があれば、復旧作業へ移ることになる」

君嶋「ここ数日は、工場から明かりが消えていない」

君嶋「兵科の面々も通常業務の時間を技術部の応援に割いている状況だ」

303: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:36:12.90 ID:q0Bxmb1H0

日下部「……そうっすか」

日下部「自分がカンヅメにされてる間にそんなことが」


君嶋「今は自分の体を治すことを考えろ」

君嶋「後は俺達が何とかする」


日下部「でも、少尉」

日下部「本当にあんな奴らに勝てるんでしょうか」

日下部「自分も船に乗ってたから、分かるんですけど」

日下部「あいつらに手も足も出せずに沈められました」

日下部「正直言って……勝てる気がしません」


君嶋「多分、それが普通の感想だ」

君嶋「あの戦いの中で、そう感じない方がおかしい」

君嶋「しかし、それでも俺は戦うことを諦めはしない」


日下部「……それは、どうして」


君嶋「俺に課せられた責任だからだ」

君嶋「言い出したからには、最後まで責任を持ってやり遂げなければならない」

君嶋「あの戦いで、そいつを痛いほど教えられた」

君嶋「なぜなら……」


  「俺達が諦めなかったから」

  「ですよね? 君嶋少尉」

304: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:37:29.79 ID:q0Bxmb1H0

日下部「野田!」

日下部「どうしたんだよ、いきなり」

日下部「来るなら、来るって連絡しろよな」


野田「こっちも急用でな」

野田「少尉に用があってきたんだ」

野田「工長室まで連れてくるようにと」


君嶋「工長室……五十嵐中佐が?」


野田「はい、伝えたいことがある様で」

野田「自分が伝令を頼まれました」


日下部「でも、またお前が伝令か」

日下部「ちゃんと他の仕事はしてるのかよ?」


野田「ただの偶然だ」

野田「仮にそうだとしても、軍の備品を壊しまくった挙句に」

野田「こんなところで寝そべってる奴には言われたくないな」


日下部「……それは言わない約束だろ」


野田「だったら早くケガを治して戻ってこい」

野田「こっちは人手不足で大変なんだ」

305: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:39:15.01 ID:q0Bxmb1H0

日下部「俺だって、さっさと足を治して海へ出たいさ」

日下部「ほら、俺達も水兵だ」

日下部「魚が陸に上がったらおしまいだろ?」


野田「水兵はずっと海に出ているみたいに言っているが」

野田「……防衛隊の俺達は陸での作業が殆どだ」

野田「その理論で行くと、俺達は肺魚か何かになるぞ」


日下部「相変わらず冗談が通じないな」

日下部「素直に『はい』って言ってりゃいいのに」


野田「馬鹿だと思われるよりはマシだ」


日下部「なっ……お前!」


君嶋「そこら辺にしておけ、日下部」

君嶋「下手に怒ると傷に障るぞ?」


日下部「しかし、少尉」


君嶋「とにかく、今はケガの治療に専念しろ」

君嶋「お前に寝込まれるとこっちも困るからな」


日下部「はい、分かったっす……」


君嶋「さぁ、行こう」

君嶋「中佐をいつまでも待たせるわけには行かないからな」


野田「分かりました」

野田「工長室まで先導します」

306: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:41:36.76 ID:q0Bxmb1H0

<横須賀基地 廊下>


君嶋「……野田」

君嶋「病院を出た時から言おうか迷っていたんだが」

君嶋「今のうちに言っておきたいことがある」


野田「何ですか?」


君嶋「この前の礼だ」

君嶋「お前が居なければ俺達は負けていた」

君嶋「だから……」


野田「それ以上は構いません」

野田「むしろ、助けられたのは自分の方ですから」


君嶋「……どういう意味だ?」


野田「少尉のおかげで、奴らに反撃することが出来たということですよ」


君嶋「しかし、やったのはお前だ」

君嶋「下手な遠慮はいらない」


野田「でも、貴方が居なければ自分は何もしていませんでした」

野田「あの攻撃を決心したのは少尉の言葉があったからです」

307: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:43:45.80 ID:q0Bxmb1H0

野田「あのとき、少尉は言いましたよね」

野田「俺達が逃げたら誰が彼女たちを守る、無理かどうかはやってみなくちゃ分からない、と」

野田「あれは……昔の自分が思っていたことそのままでした」

野田「少尉を見送った後も、それをずっと考えていて」

野田「そのおかげで、抵抗する決心がついたんです」


君嶋「……そうか」


野田「それだけですか?」

野田「もっと反応があると思ってたんですが」


君嶋「いや、日下部から少し話を聞いていてな」

君嶋「あまり驚くべきところもなかった」


野田「アイツ……勝手に」

野田「まぁ、今となってはどうでも良い事ですね」

野田「それより少尉、少しだけ昔話を聞きませんか?」


君嶋「俺は構わないが」

君嶋「いいのか?」


野田「どうせ何時かは話そうと思っていた話です」

野田「それに、日下部の話だけじゃ誤解を生みそうですから」


君嶋「そういうことを言って大丈夫か?」

君嶋「俺から日下部の方に漏らすかもしれないぞ」

308: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:49:05.18 ID:q0Bxmb1H0

野田「自分は少尉を信じる」

野田「……ということです」


君嶋「いつの間にかに随分と評価が上がってるな」

君嶋「それも昔話と関係があるのか?」


野田「まぁ……そうかも知れませんね」

野田「あの時裏切られたおかげで」

野田「信用できるかどうかを見分けるのは得意になりましたから」


君嶋「……そうか」


野田「あれは横須賀に移動になる前」

野田「防衛隊に入隊してからまだ1年ぐらいの事ですかね」

野田「アイツが……復権派の回し者がやってきたのは」


君嶋(……復権派か)

君嶋(良く名前を聞くのは、軍の中でそれだけ根の深い問題なんだろうな)


野田「アイツが防衛隊にやってきた夜、少尉と全く同じことを言っていました」

野田「国を守るのは軍人の仕事だ、女子供を盾にするのは間違ってるって」

野田「それを聞いて、俺を含めた同期達は熱狂しました」

野田「ちょうど防衛隊の実情を知って幻滅していた頃」

野田「あの言葉は自分たち十代の若者にとって魔法の言葉だったんです」

309: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:50:37.21 ID:q0Bxmb1H0

君嶋「……魔法の言葉か」

君嶋「確かにそうかも知れないな」

君嶋「事実、わざわざ呉からやってきた3人組も居たからな」


野田「アイツらにも忠告はしました」

野田「だが、彼らも俺達と同じだった」

野田「現実の戦闘や深海棲艦の力を全く知らずに、唯々自分の信じる正義を貫きたい」

野田「そういう一種の熱病のようなものにほだされていた」

野田「その結果、何の疑いもなく彼の言うことを信じ」

野田「自分たちを否定する人間を軍人でないとさえ思っていた時期がありました」


君嶋「それで……どうなったんだ?」


野田「結果としては単純です」

野田「あの時も、今回みたいに深海棲艦と戦って……負けた」

野田「一切抵抗できずに無残に沈められた」


君嶋「しかし、それだけでは」


野田「確かにこれだけじゃ今回と変わりません」

野田「でも、決定的に違うことがありました」


君嶋「それは?」


野田「自分達を扇動した奴が逃げたんです」

310: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:53:31.95 ID:q0Bxmb1H0

野田「アイツは敵を見かけた途端に退却命令を出した」

野田「敵は単騎で装備も士気も十分、戦うのなら絶好の機会だった」

野田「しかし、奴は敵と戦おうとはしなかった」

野田「幾ら反発しても『自分の一存では決められない』、『艦船保守が第一義務だ』と取り合わなかった」

野田「そのときになって初めて、俺達は今までのはただのパフォーマンスだったこと悟った」

野田「でも、気が付くのが遅すぎたんです」

野田「俺達がやっと現実を直視出来た時は、船はバラバラになって海の藻屑に」

野田「アイツを含めた仲間たちも海の底へと沈んでいた」


君嶋(俺も諦めていたら、あるいは……)

君嶋(いや、考えるのは止そう)


野田「まぁ……これが少尉を良く思っていなかった理由です」

野田「どうにも受け入れられなかったんですよ」

野田「俺達を裏切ったアイツと同じことを言う人間のことを」

野田「でも、少尉は逃げようとはしなかった」

野田「あの状況で、敵に食らいついて何とか船を生還させた」

野田「だから、今度こそ信じてみようと思うんです」


君嶋「今回は上手くいったかもしれないが」

君嶋「次は無いかもしれないぞ?」

311: ◆pOKsi7gf8c 2016/01/31(日) 23:54:15.83 ID:q0Bxmb1H0

野田「それで死ぬなら、本望です」

野田「貴方を信じなかった挙句、自分だけ生き残ったら」

野田「きっと、そのことを悔やみ続ける人生になります」


君嶋「……そうか」


野田「さて、話はこれぐらいで」

野田「工長室に付きました」


君嶋「もう着いたのか」


野田「それでは自分はこれで」

野田「工場の方が人手不足なので、応援に行ってきます」


君嶋「待て」


野田「何ですか? 話なら……」


君嶋「お前がどう思っているか知らないが」

君嶋「今回は勝利はお前のおかげだ」

君嶋「お前の活躍があったから、俺は勝利を諦めなかった」

君嶋「それは覚えておいてくれ」


野田「……分かりました」

野田「それでは、また」


君嶋「ああ」

316: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:32:28.81 ID:sb1dXmOT0

<防衛隊基地 工場長執務室>


君嶋「失礼します」


室林「来たみたいだな、君嶋特務少尉」


君嶋「室林大佐?」

君嶋「五十嵐中佐は……」


五十嵐「ここに居るぞ」ガチャ


君嶋「…!」


五十嵐「おっと、悪い」

五十嵐「驚かせたみたいだな」


君嶋「いえ、大丈夫ですが」

君嶋「……どうして奥の扉から?」


五十嵐「お前が来るって言うからな」

五十嵐「生還祝いのスペシャルティーでもご馳走してやろうと思ってな」


君嶋「いや、自分には」

317: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:43:10.40 ID:sb1dXmOT0

五十嵐「いいから、黙って貰っとけ」

五十嵐「室林の奴も話したいことがあるみたいだからな」

五十嵐「できあがるまでそっちの話を聞いててくれ」


君嶋「……分かりました」


五十嵐「それじゃあ、頼んだぜ」バタンッ


君嶋(相変わらず無茶苦茶な人だ)


室林「さて、さっそく本題に移るとしよう」

室林「今日君を呼んだのは他でもない」

室林「先日あった襲撃の件について話があるからだ」


君嶋「例の……奇襲攻撃のことですね」


室林「ああ、そうだ」

室林「この前に来たときはこちらの用事でゆっくりと話が出来なかったが」

室林「君も大変な目に遭ったみたいだな?」


君嶋「自分はまだマシな方です」

君嶋「全治数ヶ月の重傷を負った隊員も少なくありませんから」


室林「それでも当事者の1人であることには変わりない」

室林「それに、大変な目というのが負傷についてだけという訳じゃない」

室林「特に……3番艦の指揮をした君の場合はな」

318: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:48:48.04 ID:sb1dXmOT0

君嶋「……大佐のお話というのは」

君嶋「指揮権の掌握の事についてでしょうか?」


室林「当たらずとも遠からず、と言ったところだな」


君嶋「罰を受けろと言うのなら甘んじて受けます」

君嶋「ですが、弁明をさせて貰うとすれば……」

君嶋「あの場面ではああする他ありませんでした」


室林「それはこちらも把握している」

室林「多少の問題はあっても軍規に則った行動であることには変わらない」

室林「海軍本部としては、君にいかなる罰則も与えるつもりは無い」


君嶋「……特別のご配慮、ありがとうございます」


室林「だが、本題はそこではない」


君嶋「それは……」


室林「知っての通り、今回の襲撃で我々海軍は甚大な被害を被った」

室林「横須賀、佐世保の両鎮守府は精鋭部隊を喪失し、横須賀の防衛艦隊は壊滅」

室林「次世代兵器……艦娘を実戦投入してから最大級の被害だ」

319: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:50:55.74 ID:sb1dXmOT0

室林「報道規制が敷かれているおかげで国民の混乱は少ないが」

室林「海軍本部のみならず、陛下も今回の事態を重く見ている」


君嶋「陛下が……!」


室林「御前会議で陛下からお言葉を頂いたようだ」

室林「私にも正確な内容までは分からないが」

室林「事件での被害を耳に入れて、大層お心を痛められていたそうだ」

室林「陛下のお言葉ともあって上層部も色めき立っている」


君嶋「しかし、室林大佐」

君嶋「本題と言うのは一体何なんでしょうか?」

君嶋「……陛下のおられる御前会議と自分が関係あるとは思えないのですが」


室林「まぁ、そう慌てるな」

室林「話はこれで終わったわけじゃない」

室林「そういうゴタゴタもあって、貴官の処分話もお流れになったわけだが」

室林「真の意味で軍がゴタついている理由は別にある」

室林「何だか分かるか?」


君嶋「穴の開いた戦力の補充……でしょうか」

320: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:52:39.40 ID:sb1dXmOT0

室林「間違いではないが、違う」

室林「確かに本部が穴の開いた戦力の補充に苦心しているのは事実だ」

室林「だが、それ以上に上層部は事態を深刻に受け止めている」

室林「それこそ帝国海軍の沽券にかかわる問題だと」


君嶋(上層部が面子に関わると言うと)

君嶋(まさか……)


室林「ああ、そうさ」

室林「既に軍令部では敵泊地への報復攻撃が計画、施行されつつある」

室林「艦娘投入以来、最大規模での動員計画だ」


君嶋「しかし、そのような話は……」


室林「それもそうだ」

室林「計画については、まだ一部の人間しか知らされていない」

室林「私を含めた軍令部中枢の人間や主力となる艦娘を保有する基地の司令官など」

室林「作戦に重要な役割を占める人間だけに」


君嶋「なら……なぜ自分にその話を」

君嶋「卑下するわけではありませんが、自分はそこまでの情報を得るに足る人間だとは思えません」


室林「いいや、そんなことはない」

室林「君は既に重要な役割を担っているはずだ」

室林「自分の任務を良く思い出してみろ」

321: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:55:37.09 ID:sb1dXmOT0

君嶋(俺の任務は、この防衛隊で新兵器に頼らない部隊を編成すること)

君嶋(これが戦争で重要な役割を担うとすれば)

君嶋「……まさか」


室林「そうだ、次の報復戦では一般の軍艦も作戦に従事する」

室林「もっとも……前線での戦闘ではなく後方支援がメインだが、深海棲艦と会敵しない保証はない」

室林「だからこそ、君が艦長となり自分で作った艦隊を指揮する」

室林「それが本部の意向だ」


君嶋「しかし、指揮の経験など皆無に等しいです」

君嶋「あの戦いも仲間の協力と偶然が重なったからこそ生還できました」

君嶋「そんな状態で艦隊指揮など、自分には分不相応です」


室林「だが、君でなければならない」

室林「今回の件、上層部の……復権派ではかなり評価されている」

室林「今まで沈む一方であった防衛隊の船が、深海棲艦と互角の勝負をして、生還した」

室林「君には実感がないだろうが、深海棲艦が現れて以来の快挙と言ってもいい」

室林「だからこそ、君を艦長として船に乗せることで、在りし日の海軍に戻ることが出来る」

室林「本部の老人たちはそう考えているんだ」


君嶋「ですが、与えられた任務も満足にこなせていません」

君嶋「それに……自分は船も十分に守れたことが無い人間です」

君嶋「そんな自分が艦隊の指揮を執る資格など……」

322: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:56:21.48 ID:sb1dXmOT0

室林「……美津島先生に詰め寄った時とは随分な違いだな」

室林「私としては、二つ返事で答えがもらえると思っていたのだが」

室林「本物の深海棲艦を知ってあの時の想いは変わってしまったか」


君嶋「そんなことはありません」

君嶋「彼女たちを守りたいという思いは変わっていない」

君嶋「いや、むしろ戦いが終わってからの方が強く感じています」

君嶋「ですが……」


室林「仲間の命を危険に晒したくない、か」


  「全く、馬鹿な事を考える奴だな」


君嶋「……五十嵐中佐」


室林「早かったな」


五十嵐「最近の電気ケトルは直ぐに湯が沸くからな」

五十嵐「ほら、特製のブレンドティーだ」


室林「相変わらずいい色だ」

室林「少しは腕を上げたのか?」


五十嵐「さぁ? ここの奴らは気味悪がって飲んでくれないからな」

五十嵐「美味くなってるかは知らん」


室林「そうか……」

323: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:57:38.02 ID:sb1dXmOT0

君嶋「それよりも、中佐」

君嶋「先ほどの言葉の意味は」


五十嵐「意味もなにも、そのままの意味だ」

五十嵐「室林の話を聞いて何を思ったが知らねぇが」

五十嵐「アイツらもお前に自分の安全を心配される義理は無いと思うってことだ」


君嶋「しかし、艦長となる以上は……」


五十嵐「確かに、艦長は船員の保護義務がある」

五十嵐「それは軍規でも決まってるルールだ」

五十嵐「でも、俺達はルールだけで動いてるわけじゃないだろ?」


君嶋「……ですが」


五十嵐「アイツらも、この先に危険が待っていくことぐらい分かってる」

五十嵐「マトモに戦えたことすら無い敵に挑むんだからな、当然だ」

五十嵐「だが、それが分かっていてもお前に付いていく」

五十嵐「それは誰かに言われたからでも、命ぜられたからでもなく」

五十嵐「アイツら自身がお前に協力したいと感じたからだ」

五十嵐「今のお前がどう思っているが知らないが、お前が奴らの感情に火をつけたのは間違いない」

五十嵐「だから、黙ってその役目を引き受けろ」

五十嵐「それがお前の任務であり、言い出しっぺの責任ってヤツだ」

324: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/03(水) 23:59:38.29 ID:sb1dXmOT0

君嶋(そうか……そうだったな)

君嶋(アイツらを焚き付けたのは他でもない、この俺だ)

君嶋(勝手に分かっていたつもりになっていたが、そうじゃない)

君嶋(与えられた任務の責任に圧倒されて信念を曲げるなんて)

君嶋(上辺だけをなぞって、自分をその気にさせていただけだ)

君嶋(だから……)


室林「どうだ? やってくれるか」


君嶋「……先ほどの答えは無かったことにしてください」

君嶋「あれは保身に走った世迷言です」


室林「では、君嶋大悟特務少尉」

室林「貴官を帝国海軍特務中尉とし、特殊機動艦隊長に命ずる」

室林「本令は作戦活動の開始を持って発令」

室林「以降は聯合艦隊司令長官の指揮下に入ることとなる」


君嶋「承知しました」

君嶋「君嶋大悟特務少尉、身命を賭してその大命を受けさせて頂きます」


五十嵐「ひと段落ついたみたいだな」

五十嵐「さて、こいつがやる気になったところで聞いておきたいが」

五十嵐「当然……予算は出るんだろうな?」

325: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/04(木) 00:01:07.77 ID:qz2FInVK0

室林「ああ、もちろんだ」

室林「既に上の方に掛け合ってはいるが」

室林「彼が協力してくれたおかげで事が簡単に進みそうだ」


五十嵐「そりゃあ、良かった」

五十嵐「ウチも何時までもこのままじゃマズイからな」

五十嵐「また新海軍の方に予算が取られちまうかと思ってたところだ」


君嶋「あの……先ほどから何の話を?」


五十嵐「ああ、説明してなかったな」

五十嵐「改修工事にかかる予算の話だ」


君嶋「改修工事?」


五十嵐「今回のいざこざで使える船が無くなっちまったからな、そいつの改修工事だ」

五十嵐「敵泊地の強襲戦となれば動ける艦艇は何かと入用だ」

五十嵐「だから、予算が出るのを見越して動員計画を作ったっていう訳だ」


君嶋「ですが、アレが数ヶ月で動くようになるものでしょうか?」

君嶋「宗方兵曹長は手の施しようがないと言っていましたが」


五十嵐「ああ、そりゃ直ぐには無理だ」

五十嵐「あの艦の損傷状況は俺のところにも来たが」

五十嵐「ここのドックじゃ復旧が無理なことぐらい分かる状態だった」

326: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/04(木) 00:03:53.21 ID:qz2FInVK0

室林「言っておくが、新造艦を作れるほどの予算は出せないぞ」

室林「中央の方も戦闘準備で予算をかき集めてる状態だ」

室林「新海軍ならともかく、防衛隊にそこまで金はまわせない」


五十嵐「ああ……それは重々承知だ」

五十嵐「だから、俺の案としてはこうだ」

五十嵐「まず埠頭に繋がれたまま手をこまねいていた3番艦の修復案を破棄、とりあえず使える人員を確保する」

五十嵐「次に、空いたままのドックに予備艦を入渠させて改修工事を行う」

五十嵐「突貫工事になっちまうかもしれないが、とにかく半年後の大規模作戦に間に合わせる」

五十嵐「それなら少ない予算で戦える船が手に入るだろ?」


室林「だが、それだと横須賀の基地から船が無くなるぞ」


五十嵐「ウチの仕事内容じゃ、あっても無くても大して変わらない」

五十嵐「どうしても必要になったら、そっちが手を回してくれるだろ?」


室林「船までよこせとは……要求の多い奴だ」

室林「だが、軍令部としてもここの防御が薄くなるのは困る」

室林「あくまで他の基地の所属となるが、予備の船をいくつか手配しよう」


五十嵐「ああ、ありがたい」


君嶋「それで、五十嵐中佐」

君嶋「改修するという予備艦というのは?」

327: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/04(木) 00:06:43.73 ID:qz2FInVK0

五十嵐「お前も知っているはずだぞ」

五十嵐「前にお前が愚痴を吐いてた森二等お気に入りの船だ」

五十嵐「候補は他にもあったが、アイツが一番都合がいいからな」

五十嵐「真面目に改修すれば深海棲艦とやり合えるかも知れないのも大きい」


君嶋(あの、埠頭に繋がれたままの老朽艦か……)


室林「まぁ……それで出来るなら後はそちらに任せよう」

室林「では、君嶋特務少尉」

室林「詳細な委任状などは後日送付する」

室林「今日の話は以上だ、下がってくれて構わない」


君嶋「はい」


五十嵐「後、予備艦の改修計画の会議にはお前も顔を出せ」

五十嵐「船の基本装備やらなんらや知って置いて損は無いはずだからな」

五十嵐「何時かは決まってないが、予算案の正式な認可が下りたら直ぐにでも始めるつもりだ」

五十嵐「それと……今日聞いたことは内密にな」

五十嵐「余計な情報を出して隊員を混乱させたくない」


君嶋「承知しました」

君嶋「今日の話は自分の胸に留めておきます」

君嶋「それでは、失礼いたします」

  
   ガチャ  バタン

328: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/04(木) 00:07:59.36 ID:qz2FInVK0

五十嵐「さて……お前の目論見通りか? 室林」


室林「目論見? 何のことだ」


五十嵐「お前が俺を巻き込まないようにしているのは分かる」

五十嵐「だが、俺だって伊達に中央に居たわけじゃない」

五十嵐「そっちの動向を探るぐらいのパイプは持っている」


室林「…」


五十嵐「今回の件で、本部の復権派は大分活気づいてるみたいだが」

五十嵐「このままじゃマズイんじゃないのか?」


室林「何が不味いというんだ」


五十嵐「俺もお前も先生の教え子だ」

五十嵐「テメェが考えてることは俺にだって分かる」

五十嵐「だが、このままだと新海軍と旧海軍の溝は深まるばかりだぞ」

五十嵐「それに……君嶋少尉についてもそうだ」

五十嵐「末端はそうでもないが、本部じゃ復権派の急先鋒だってことになっている」

五十嵐「今は良いかもしれないが、そのうち苦しむことになるぞ」


室林「分かってるさ」

室林「でも、俺には他に方法が思いつかない」

室林「それに……ここまで来たら止められない」

室林「全てが終わった後に何が待っていようとも」


五十嵐「尻拭いのお鉢がこっちに周ってくるのか」

五十嵐「あの頃はどっちかつうと逆だったのに」

五十嵐「未来ってのは分からないもんだな」


室林「だからこそ、やってみる価値がある」

室林「そうだろ?」


五十嵐「さぁ……どうだかな」

336: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:29:20.12 ID:9XLiD0Te0

<防衛隊基地 士官執務室>


日下部「よっ……」コツ コツ コツ

日下部「少尉、これが頼まれた資料です」サッ


君嶋「ああ、すまない」

君嶋「悪いな、まだ足が完治してないというのに」


日下部「気にしないでくださいよ」

日下部「悪いのは足だけですし、これでも思ったよりは自由に動かせるんす」

日下部「今なら軽いジョギングぐらいは出来るっす」


君嶋「そうは言っても松葉づえだろ」

君嶋「そんなので本当に走れるのか?」


日下部「まぁ、神経は完全に元通りですからね」

日下部「骨が折れてるだけで、動かそうと思えばどうにかなるっす」

日下部「医者もギプスがあれば多少の無茶は大丈夫だって言ってましたから」


君嶋「本当か?」


日下部「最近の医療技術を舐めない方がいいっすよ」

日下部「指が1本ぐらい無くなっても再生できるなんて話も聞きますから」


君嶋「失くした指を再生?」

君嶋「……そんなことが出来るのか」

337: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:31:24.53 ID:9XLiD0Te0

日下部「ま、専門家じゃないんで断言はできないっすけど」

日下部「大金を積めば出来るって話です」

日下部「艦娘たちが持っている治癒能力か何かの研究で」

日下部「ここ十年で再生医療は1世紀は進んだなんて言われてるんですから」


君嶋「そう、なのか」

君嶋(未だに……こういうのは慣れないな)

君嶋(頭では分かってるつもりでも実感がわいてこない)

君嶋(いずれは本当の意味で馴染むときが来るのだろうか)


日下部「どうかしましたか?」


君嶋「いや……何でもない」

君嶋「それより、治るんだったら早く治してもらわなくちゃな」

君嶋「工場の方は1人でも人手が欲しい時だろうから」


日下部「そうですね」

日下部「ケガで休養していた隊員も戻っては来てますけど、まだ全員って訳じゃないし」

日下部「何より、あの大本営発表の後ですから」

日下部「自分だって足の具合が良かったら、すぐにでも応援に行ってるところっす」


君嶋「大本営発表か……」


日下部「はい、自分も何かしらの動きはあるだろうなとは思ってったんすけど」

日下部「まさか1ヶ月も経たない内に報復作戦の発表なんて」

日下部「さすがに予想して無かったっす」

338: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:35:27.87 ID:9XLiD0Te0

君嶋「まぁ、そうだな」

君嶋(確かに……あの話を聞いてから3週間足らずで発表があるとは思わなかった)

君嶋(まだ例の船の改修や俺の内示の話は出てないようだが、それも時間の問題か)


日下部「でも、戦闘になるなら……少尉」

日下部「いよいよ少尉の出番じゃないすか?」

日下部「野田や宗方兵曹長も何だか柔らかくなってきたし」

日下部「今度こそ、深海棲艦を倒せるチャンスが巡って来たっすよ」


君嶋「ああ……やっと雲の上の話が手が届くところまでやって来た」

君嶋「でも、それはそれだ」

君嶋「お前の足はまだ完治していないし、俺は指揮官にはまだまだ未熟だ」

君嶋「今の俺達のやることは変わらない」

君嶋「目の前の仕事を片付けて、戦いに備えることだ」


日下部「まぁ、そうっすけど」

日下部「なんか……肩透かしを食らった気分です」

日下部「前の少尉はもっと、こう……」

日下部「思ったままに行動してたというか、もっと自分に正直じゃありませんでした?」


君嶋「これ以上、後先考えずに行動しても周りに迷惑をかけるだけだからな」

君嶋「少しは自重することにしたんだ」

君嶋「人の命を預かるというのに、何時までも直情径行でいる訳にはいかないだろ」

339: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:37:35.37 ID:9XLiD0Te0

日下部「そうですか……」

日下部「しばらく入院して、少尉と離れていたせいもあって」

日下部「なんだか自分だけ取り残された気分っす」


君嶋「別に中身は変わってないさ」

君嶋「だが、この前の戦いで分かったんだ」

君嶋「深海棲艦は俺が思っているほど甘い敵じゃない、奴らとやり合うなら相応の覚悟が必要だってな」


日下部「少尉も色々考えてるんすね」

日下部「着任した時に『海軍を変える』なんて言ってのが懐かしいです」


君嶋「もちろん、それだって諦めたわけじゃない」

君嶋「ただ、今はそれよりも重要なことがあるからな」

君嶋「それも含めて『目の前の仕事を片付けろ』と言ったんだ」


日下部「はは……そうっすか」

日下部「だったら、自分もさっさと足を治すさなきゃいけないですね」

日下部「今のところ、コレが一番の仕事っすから」


君嶋「ああ、そうだな」

340: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:38:16.73 ID:9XLiD0Te0

  コン コン コン


日下部「……来客みたいですね」

日下部「最近はめっきりご無沙汰だったのに、誰ですかね?」


君嶋「特に心当たりはないが」

君嶋「取りあえず、いいぞ」


    ガチャ


  「失礼します」


君嶋「ん、お前は……」


日下部「森二等? どうしてここに」


森「えー、その」

森「君嶋少尉に用事がって来ました」


日下部「少尉に用事? 一体何の」


森「それは……」


君嶋「言っておくが、船の話なら聞かないぞ」

君嶋「この前は1時間以上も延々と話を聞かされたからな」

341: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:43:25.57 ID:9XLiD0Te0

森「いや、そう言われても」

森「自分も工長に命令されて来たんで」

森「話を聞いてもらわないと困ります」


君嶋「で、どんな用事なんだ?」


森「工場長からの呼び出しです」

森「至急、本棟の会議室まで連れて来るようにと」


君嶋(中佐からの呼び出し……例の改修計画についてか?)

君嶋「分かった、直ぐに行こう」

君嶋「日下部、悪いが後は頼んだ」

君嶋「署名が必要な書類は机の上にまとめておいてくれ」


日下部「任せてください」

日下部「足が動かない分、しっかりと手を動かしますんで」


君嶋「ああ、頼んだ」

君嶋「それじゃあ行くぞ、森」


森「あっ、はい」

森「じゃあ、日下部一等もお大事に」


日下部「はい、養生しておきます」

342: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:44:09.16 ID:9XLiD0Te0

<防衛隊基地 会議室>


  コン コン コン


森「君嶋少尉をお連れしました」


五十嵐「おう、入ってくれ」


君嶋「失礼します」


五十嵐「よし、取りあえず図面が見える所へ来てくれ」


君嶋「これは……」


宗方「ドックに入れられてる骨董品も同然の船の図面だ」

宗方「ウチにあった予備が紛失しててな」

宗方「かつての造船会社に問い合わせて、ようやく同型のものを手に入れてきたんだ」


君嶋「兵曹長?」

君嶋「あなたも計画に参加を」


宗方「当たり前だ」

宗方「俺はここの現場を取り仕切ってる技術部のトップだ」

宗方「ドックを使う以上は俺達が居なきゃ話にならん」

宗方「それに船の改修ならウチが絡まないわけには行かない」

宗方「その証拠に兵器担当には大門、機関担当に森が参加しているからな」

343: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:45:46.29 ID:9XLiD0Te0

大門「お久しぶりです、少尉」

大門「あれ以来どうも工場の方が忙しくて」

大門「こんなところで会うとは思っても居ませんでした」


君嶋「ああ、こちらこそ」

君嶋「日下部も工場の方を心配していた」

君嶋「足が良くなったら自分も現場の応援に行きたいと」


大門「……そうですか」

大門「気持ちは嬉しいですけど、治療に専念するように伝えてください」

大門「彼の本分は海上任務ですから」


君嶋「分かった」

君嶋「本人にはそう伝えておく」


五十嵐「話は終わったか?」

五十嵐「取りあえず、まだ呼び出した面子がそろってねぇからな」

五十嵐「俺が持って来た紅茶でも飲んでてくれ」

五十嵐「そいつは最近仕入れた茶葉を使っててな、それを……」


  コン コン コン


五十嵐「はぁ……そういうことかい」

五十嵐「いいぞ、入れ」

344: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/07(日) 23:46:18.75 ID:9XLiD0Te0

野田「失礼します」

野田「野田上等水兵、本条大尉をお連れしました」


五十嵐「……特に席なんかは決まっていない」

五十嵐「その図面が見える辺りに居てくれ」


君嶋「野田?」

君嶋「どうしてお前が」


野田「実際の戦闘に参加した兵士として呼ばれました」

野田「何でも、現場の意見が欲しいとかで」


五十嵐「ああ、聞いた話じゃコイツお蔭で沈まずに済んだらしいからな」

五十嵐「次の作戦に生の声を届けようって訳だ」

五十嵐「そんでもって、こっちは……」


本条「深海棲艦ついて詳しいのは我々だからな」

本条「アドバイザーとして呼ばれた訳だ」

本条「尤も、本当はこんなことに現を抜かしていられるほど暇ではないのだが」

本条「美津島提督に来られても困るからな」

本条「仕方なく私が来たということだ」


君嶋「そう……ですか」

347: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:26:24.43 ID:LjGYLWR60

五十嵐「よし、これで粗方そろったな」

五十嵐「後は室林も奴も来るとは言っていたが……話をする分にはこれだけで充分だろ」

五十嵐「じゃあ早速本題の改修案に入ろうと思うが」

五十嵐「その前に、兵曹長」

五十嵐「ざっと例の予備艦の船の状態を説明してくれ」


宗方「……はい」

宗方「まず、あの船の基本情報についてだが」

宗方「色々と調べた結果……あいつ自身はかなりのスペックを持っていることが分かった」

宗方「駆逐艦のサイズい似つかわしくない重厚な装甲と、その重量でも十分な機動力を確保する大型蒸気タービン」

宗方「今までうちの基地で使ってた護衛艦が玩具に見えるぐらいの代物だ」


君嶋「しかし、そんなものが……」

君嶋「なぜ置物同然の扱いに?」


宗方「詳しくは俺にも良く分からん」

宗方「だが、こいつが竣工した頃に海軍の分裂騒ぎがあったらしい」

宗方「その絡みで防衛隊に移管されては良いが、性能を持て余したまま放置されてたんだろうな」

宗方「そもそもの設計思想が対深海棲艦用の次世代型戦闘艦だ」

宗方「小型艦の機動力をそのままに高火力、高耐久で敵を葬ることを目的としている」

宗方「当然、護衛や周辺警備ぐらいにしか役目が無い防衛隊には猫に小判」

宗方「無駄に燃料を食うだけの、金食い虫みたいなもんだったんだろ」

宗方「そんな訳で稼働させずに係留されたまま、今の今まで忘れ去られたというわけだ」

348: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:28:26.13 ID:LjGYLWR60

野田「なら、改造の必要はないのでは?」


宗方「そういう訳にもいかないな」

宗方「操舵関連のインターフェイスは旧式で使いにくい上に、オートパイロットも積んでない」

宗方「船内通信も救難艇の信号を拾う程度で、常用はいちいちパイプに向かって大声を出なきゃならない」

宗方「これじゃあ、幾ら本体のスペックが良くても」

宗方「最近の船に慣れたお前達が操艦するのは無理がある」


君嶋「それで、兵曹長」

君嶋「あの船はちゃんと動くのですか?」

君嶋「いくら改修をすると言っても、元がダメなら難しいと思うのですが」


宗方「その点については問題ない」

宗方「船体もサビが浮いているが、中身は無事だ」

宗方「馬鹿みたいに厚い装甲を持ってる船だからな」

宗方「ブラストかなんかでサビを落として、再塗装してやれば十分見栄えは良くなるだろ」

宗方「おまけに、主機については何処かの物好きが……」


森「ああ、はい!」

森「アレなら何時でも動かせるはずです」

森「自分がちゃんと整備してましたから」

349: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:30:02.88 ID:LjGYLWR60

宗方「そういう訳で動作保証は十分」

宗方「取りあえずは今のままでも実用には耐えられるはずだ」

宗方「まぁ……エンジンまで交換となったら他の船を土台にした方が早いけどな」

宗方「とにかく、改修する母体としては全く問題ない」

宗方「機関関連はどうせ技術部の人間を常駐させるだろうし」

宗方「通信の方はケーブルでも敷設して、有線の通信網を整備してやればそれなりのモノになる」

宗方「無線なんて洒落たモノを使う敵でもないからな、いっそ短距離無線の環境でも構築してやればいい」

宗方「問題があるとすれば、兵装についてだが……」

宗方「そこらへんは大門から聞いてくれ」


大門「今の話で大体想像がつくかもしれませんが」

大門「こちらはハッキリ言って、あまりいい状態とは言えません」

大門「まず、現在装備されている基本兵装のおさらいですが」

大門「主砲は50口径の15cm単装砲」

大門「副砲は資料の紛失で確認できませんでしたが……恐らく12cmの速射砲」

大門「機関砲については両舷に数門、高射砲は十数門配備されており、機銃の数は今の護衛艦より多いです」

大門「また、魚雷は2連装の水上発射管が備え付けられています」

大門「……他にも色々とありますが、基本はこの程度です」


本条「それで? それの何処が問題なんだ」

本条「実際に深海棲艦とやり合えるかは置いておいて」

本条「軍艦に疎い私には充分な武装のように聞こえるが」

350: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:32:15.25 ID:LjGYLWR60

大門「確かに、カタログだけで見れば十分かもしれませんが」

大門「現実的な問題を考えれば、山積みもいいところです」

大門「副砲は資料が紛失しているため型式の照合から始めなければなりません」

大門「また、魚雷もかなりの旧式で、現在保有しているモノが流用できない可能性が高いです」

大門「機関砲についても動作を確認していないので、どこまで動作するか……」


君嶋(……こちらはあまり良くないな)

君嶋(まぁ、森も兵装までは弄っていないというし)

君嶋(当然と言えば、当然の結果か)


宗方「と、まぁ……こんな感じだ」

宗方「細かいことはそこの図面に詳しく書いてあるが」

宗方「話してたところで分からんだろうから省略させてもらう」


五十嵐「ご苦労、2人とも」

五十嵐「こっから話し合いを始めていきたいと思うが」

五十嵐「何か意見はあるか?」


野田「はい」


五十嵐「何だ、野田上等」

351: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:34:09.17 ID:LjGYLWR60

野田「今の話で現状は分かりました」

野田「でも、自分たちは何を標的としているのでしょうか?」

野田「単に深海棲艦と戦うといっても、奴らにも色々な種類が居ます」

野田「奴らと戦って勝つなら、それこそ標的を絞って」

野田「そいつに特化した船にするべきだと思います」


五十嵐「ああ、もっともな意見だ」

五十嵐「本当はもうちょっと後に話をしようと思っていんだが」

五十嵐「この際順序はどうでも良いだろう」

五十嵐「本条大尉、頼んだ」


本条「……了解しました」

本条「まず話に入る前にハッキリさせておくが、君嶋特務少尉」

本条「私がここへ来たのは善意でも何でもない、ただ提督の命令に従ったまでだ」

本条「だから、与えられた任務以上の事はしないし」

本条「情にほだされて要らぬことまで言うつもりは無い」


君嶋「それは、当てつけですか?」


本条「そう思うならそう思えばいい」

本条「私は私の心づもりを話しただけだ」

本条「貴様がこれをどう受け取ろうと知らん」


君嶋「……そうですか」

352: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:37:24.24 ID:LjGYLWR60

野田「待ってください、大尉」

野田「今の発言は見過ごせません」

野田「幾ら防衛隊の問題だからと言って、アレはあんまりです」

野田「あなたも軍人なら俺達の気持ちが分かるでしょう?」


本条「分からんな」

本条「わざわざ死に行くために、船の改修をするような人間の気持ちは」

本条「でしゃばったことなどせずに私たちに任せておけばいいものを」


野田「なっ……!」


五十嵐「落ち着け、野田」

五十嵐「今日はケンカするために集まったんじゃないんだぞ」


野田「しかし、工長」

野田「これでは話し合いになりません」

野田「向こうが端から協力する気がないなら、自分たちだって手を貸す道理はありません」


森「あ、あの……」


本条「何をバカなことを」

本条「そもそも協力する気がないなどとは言っていない」

本条「ただ、任務以上の事はしないと言っただけだ」


野田「同じことだ」

野田「そうやって新海軍の奴らは口だけ達者で信用ならない」

353: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:40:02.02 ID:LjGYLWR60

君嶋(野田の奴、妙に熱くなっているな)

君嶋(俺が焚きつけた面もあるが、昔の事がよっぽど悔しんだろう)

君嶋(だが、このまま俺が割って入ってもややこしいことになるだけだろうし)

君嶋(……ここは様子を見ておくか)


野田「あの時もそうだ」

野田「上辺では協力すると言っておきながら、俺や仲間たちの話なんか聞かなかった」

野田「その所為で、俺達は……」


宗方「その辺にしておけ、野田」

宗方「お前に何があったかは知らないが」

宗方「今はお前の個人的な話に付き合ってる暇は無い」


大門「兵曹長……」

大門「それじゃあ、火に油を注ぐようなもんですよ」


宗方「良いんだよ」

宗方「これぐらい言わなきゃ分からねぇんだから」


野田「いや、分かってますよ」

野田「自分も頭では時間の無駄だなんてことは百も承知です」

354: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:42:28.69 ID:LjGYLWR60

宗方「なら良いじゃねぇか」

宗方「この話はこれで終いにして、さっさと……」


野田「でも、だからと言って見過ごせません」

野田「初めは任務だから仕方ないと思っていましたが、話を聞いて思い直しました」

野田「こんなことを言う新海軍と協力なんかできません」

野田「敵の情報なら俺達だって持っているんです」

野田「だったら、新海軍に頼る必要なんかありません」

野田「俺達は俺達だけの力で戦うべきなんです」

野田「そうですよね、少尉!?」


君嶋「だが、そうは言っても……」

君嶋(それじゃあ意味がないだろ)


森「ちょっと……」


宗方「いい加減にしろ! 野田」

宗方「今は防衛隊や新海軍がどうこう言ってる場合じゃない」

宗方「あと数ヶ月で、あの老朽艦を敵とやり合える戦艦に改造しなきゃならない」

宗方「そのためには時間が1分1秒でも惜しいんだ」

宗方「だから、お前の考えがどうこう話は……」


野田「なら、少尉が死んでもいいんですか!」

355: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:43:55.75 ID:LjGYLWR60

君嶋(どうしてコイツがそれを……)

君嶋(船の改修はともかく、俺の任務はまだ公表されていないはずだ)

君嶋「……五十嵐中佐」


五十嵐「いや、俺は話してない」

五十嵐「船の改修に意見を貸してほしいと言っただけで」

五十嵐「お前の任務については何も話してない」


野田「やっぱり……そうでしたか」

野田「おかしいと思ったんですよ」

野田「ここのところやけに少尉を部屋に呼ぶことが多かったし」

野田「軍令部の大佐まで横須賀の基地に来ている」

野田「そんな時期に偶然老朽艦の改修があるなんて、出来過ぎている」

野田「自分の睨んだ通りでした」


本条「末端に機密がバレる組織か」

本条「ここの話し合いも外に漏れなければ良いな」


大門「……また何を言ってるんですか」

大門「これ以上面倒な事態にしないでくださいよ」

356: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:45:37.40 ID:LjGYLWR60

野田「とにかく」

野田「少尉が乗る船を作る以上、手を抜く訳には行きません」

野田「ですから、本条大尉」

野田「貴方が防衛隊に全面的に協力するか、ここを去るかをハッキリさせない限り」

野田「自分は話を続けるつもりはありません」


本条「何度も言っているが、私は協力するつもりだ」

本条「そのためにわざわざ向こうから出向いてきたのだ」

本条「どうして聞き分けがないのか理解できないな」


野田「だから、その言い方が信用ならないんだ」


君嶋「2人ともいい加減に……」


     ダンッ


  「いい加減にしろよッ!」


野田「も、森上等……?」


森「さっきから黙って聞いていれば」

森「毒にも薬にもならないことをクドクド、クドクドと」

森「一体、何考えてんだよ!」

357: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:49:00.20 ID:LjGYLWR60

野田「何って、そんなの決まってる」

野田「俺は少尉のために……」


森「だったら、さっさと話を進めろ」

森「今日、僕がここへ来たのは他でもない」

森「あの船を改修するための話し合いに来たんだ」

森「それをさっきから『気に食わない』だとか『信用ならない』だとか」

森「そんな下らないことを話すために集まったんじゃない!」


野田「だが、森」

野田「ここで話をつけておかないと」


森「つけておかないと、何だ?」

森「それでアイツがポンコツになったりするっていうのか?」

森「確かに話が纏まらなかったら、思ったように計画が進まないかもしれない」

森「でも、それでも、あの船がダメになるなんてことは無い!」

森「そんなことは……他の誰でもない、この僕がさせない」


野田「お前……」


森「正直、本当の事を言ったらアイツを改造するなんてことはしたくない」

森「アイツには何時までもあのままで、僕の知ってるままでいて欲しかった」

森「けど、今度ばかりはそうはいかない」

358: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:51:09.53 ID:LjGYLWR60

森「防衛隊の船が無くなって動くのがいよいよアイツだけになった」

森「それも今の話じゃ、そこの君嶋少尉が乗るっていう話だ」

森「だったら、僕は全力を出してアイツを改造する」

森「深海棲艦にだって負けない立派な軍艦にしてやる」

森「それが今の自分のやるべきことだと思うから」


野田「だが……」


森「もう、これ以上茶々を入れないで欲しい」

森「これはアイツの……あの置物同然だって言われた4番艦の晴れ舞台なんだ」

森「僕はそれに持てる全てを捧げたい」

森「それが、僕に出来るアイツへの背一杯だと思うから」


野田「…」


君嶋「さて、こいつはこう言ってるが」

君嶋「……これ以上続けるか? 野田」


野田「いえ……」

野田「悪かった、森」

野田「熱くなりすぎて、やるべきことを見失ってたみたいだ」

359: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/14(日) 23:51:46.54 ID:LjGYLWR60

森「分かってくれたら良いさ」

森「正直、言い過ぎた部分もあるかもしれないし」


本条「……やっと小競り合いが終わったか」

本条「取りあえず、今までの事は不問としておこう」

本条「ただ、先ほどの発言を取り下げるつもりは無いからな」

本条「そのところは了解してもらおう」


森「いいですよ、別に」

森「自分は話し合いさえ進めば構わないので」

森「大尉の心づもりとかは興味ありませんから」


本条「フンッ……」


大門「森、発言には気を付けろ」

大門「滅多な事を言ってこれ以上話し合いから脱線したくない」


森「あっ、はい!」

森「すみません」


五十嵐「まぁ、そんなことはいいさ」

五十嵐「大分時間も使ったからな」

五十嵐「さっさと進めないと日が暮れちまう」

五十嵐「というわけで大尉、さっきの話の続きを頼んだ」

364: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:23:14.21 ID:b+wlOFq70

<数時間後>


五十嵐「……改修案の骨子はまとまって来たな」

五十嵐「必要ないとは思うが念のためだ」

五十嵐「兵曹長、まとめを頼む」


宗方「了解しました」

宗方「じゃあ、まずは俺の専門の艇体についてからだが……」

宗方「冒頭にも話し通り、船体の改造は基本的に無い」

宗方「通信機やらの艤装の関係で内装を引っぺがしたりはするが、その程度だ」

宗方「具体的な作業としては船体のブラストと再塗装」

宗方「内装は必要最低限、作戦行動に必要な部分を優先的に施工して居住性は後回しにする」

宗方「それなら次の作戦までに戦闘をこなせるレベルへ持って行けるはずだ」

宗方「こいつが船体についての結論だが……」

宗方「異論はないな? 君嶋少尉」


君嶋「ええ、大丈夫です」

君嶋「自分がとやかく言える領域じゃありませんから」


宗方「そういう訳で船体については以上だ」

宗方「次は細かな艤装についてだが」

宗方「大門、森、頼んだ」

365: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:33:07.66 ID:b+wlOFq70

大門「武装については長くなりそうなので」

大門「まずは、森上等から船内装置についてまとめてもらいます」


森「はい、船の艤装についてですが」

森「兵曹長の話にあった通り、基本的に今の設計を流用する方針で行きます」

森「でも、流石にそのままでは支障が出る部分もあるので、通信機や無線は現行の規格に合わせます」

森「電装系についても基本はそんな感じで、破損が激しい箇所は最新のものに挿げ替えます」

森「エンジンや発動機に関しては、今の段階で問題なく動作するので、現状のまま」

森「実際に動かすときは、技術部の誰かを同乗させて動作させることになります」

森「大枠はざっとこんな感じですけど……」

森「何か質問はありますか?」


野田「そういえば……電装について何か言ってなかったか?」

野田「ウチの基地だとどうした、とか」


森「あっと、済みません」

森「大切なことを忘れていました」

森「電装に関してはウチの技術部に専門が居ないので、自分たちじゃ対処できません」

森「そうなったら多分、外部から応援を呼ぶことになりますが……」

森「問題ありませんか? 工長」


五十嵐「まぁ……何とかするさ」

五十嵐「幸い、これには室林の奴も一枚かんでるしな」

五十嵐「いざとなったらアイツ経由で技術者を派遣してもらう」

五十嵐「それなら問題ないだろ?」

366: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:35:52.00 ID:b+wlOFq70

宗方「自分には何とも言いかねます」

宗方「こういう問題は実地の奴らに聞くのが一番ですが」

宗方「どうだ? 大門」


大門「多分、大丈夫だとは思いますが」

大門「可能であるなら、全くの外部か……防衛隊の息がかかっている技術者が良いですね」

大門「ウチも新海軍には散々煮え湯を飲まされてきたので」

大門「もし新海軍の技術開発本部なんかが、我が物顔で関わってきたりしたら」

大門「現場の反発は相当なものになると思います」


五十嵐「確かにそれはある」

五十嵐「だが、室林が関わっている以上、どうなるか分からん」

五十嵐「俺としても出来れば防衛隊のメンツでどうにかしたいとは思っているんだがな」

五十嵐「もし現場が変に反発した時は……」


本条「お言葉ですが、五十嵐中佐殿」

本条「防衛隊内部の話は後にしてもらいたい」

本条「私自身も多くの時間を許されている身ではありませんので」


君嶋(……相変わらずの物言いだな)

君嶋(まぁ、若い将校ほど舐められないように高圧的な態度を取るとは聞いているが)

君嶋(大尉もそのクチだろうか?)


五十嵐「悪い……話が逸れたな」

五十嵐「大門兵長、続きを頼む」

367: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:38:22.06 ID:b+wlOFq70

大門「……先ほどの話にあった通り、基本的に兵装も流用もしくは改造で済ませる予定です」

大門「まず、主砲に副砲に関しては工数と作業効率を考えた結果、そのままのモノを使用します」

大門「主砲に関しても砲塔の防御力強化と機構の見直し程度に済ませて、主に射撃管制システムを強化します」

大門「具体的には、高精度レーダー測距による火器管制システムを導入し、砲撃主の支援及び砲撃の命中精度向上を目指す予定です」

大門「副砲については、建造記録から姉妹艦の計画が存在したようなので、その記録を辿って型式を把握します」

大門「その後は主砲と同じで、砲の強化と操作性の向上をメインとした改造を施します」

大門「……ここまでは大丈夫ですか?」


野田「もし、他の基地で資料が見つからなかった場合は?」

野田「一から砲を挿げ替えるのですか」


大門「それは……」


宗方「その時なってからだな」

宗方「挿げ替えるのが早いのか、それとも内径から互換する弾薬を仕入れた方が早いのか」

宗方「現状ではこういう方針を立ててるが、実際は分からん」

宗方「最悪、実験的にどんな弾が撃ち出せるか調べても良いが……」

宗方「そうなったらそうなったで会議をやるだけだ」


野田「……そうですか」

野田「分かりました、ありがとうございます」

368: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:41:42.61 ID:b+wlOFq70

大門「では、話を続けます」

大門「点数が多い機銃については、これも砲と同様に既存のモノを流用します」

大門「機関砲は今のモノを未改造で使用しますが、弾の規格も現行品と変わらないので、まず問題ないでしょう」

大門「ですが……高射砲については改造が必要です」

大門「このままでも高射砲としては機能しますが、おそらく戦力にはならないでしょう」

大門「本条大尉の話にあった通り、制空権を持った敵深海棲艦に対しての艦艇の対空兵器は殆ど意味をなさないのそうなので」

大門「今回の船の仮想敵は洋上を航行するモノに絞り込み、俯角を狙えるように高射砲を改造します」

大門「対空能力は殆ど無くなってしまいますが、実質的に機銃が倍以上になるので面での征圧力が増加します」

大門「これなら、海面を縦横無尽に移動する深海棲艦にも十分に対応できるはずです」


君嶋「待った」

君嶋「1つ聞きたいことがある」


大門「はい、なんですか?」


君嶋「今更だが、その機銃の操作性はどうなんだ?」

君嶋「奴らの移動速度は並みの高速艇を上回る」

君嶋「この前は何とかなったが、対艦用の……それも旧式の機銃で本当に大丈夫なのか」


大門「そうですね」

大門「少尉の言うとおり、あの機銃では敵深海棲艦に決定打を与えるどころか命中させることも難しいでしょう」

大門「かといって最新のものに置き換えたところで命中率が倍増するとも考えられません」

大門「なので、あくまでアレは弾幕を作る牽制用の機銃だと思ってください」

369: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:45:21.84 ID:b+wlOFq70

大門「この話し合いとは別に作戦を練る必要があるでしょうが」

大門「兵器担当の技術者としては、機銃で目くらましと足止めをして、主砲か副砲でケリをつける」

大門「……のような戦い方を想定しています」


君嶋「そうか……分かった」

君嶋(敵の攻撃を機銃でいなしつつ、一撃必殺の主砲で止めを刺す)

君嶋(想定はしていたが……そろそろ覚悟が必要みたいだな)


本条「どうした? 君嶋少尉」

本条「あれだけ自分の力で深海棲艦どもを倒すと言っていたのに」

本条「今更になって怖気づいたのか」


君嶋「……いえ、ちょっと考え事をしていただけですよ」

君嶋「そういうことで、俺からの質問は以上だ」

君嶋「先を続けてくれ」


大門「最後に、魚雷発射管についてですが」

大門「これは一切の使用を想定せず、特に手を加えない方針で行きます」

大門「確かに魚雷での攻撃は深海棲艦をも一撃で沈める火力を持っていますが」

大門「深海棲艦の機動性と魚雷の速度を考えると、命中させるのが困難である上に砲撃による誘爆のリスクが大きなものとなります」

大門「また、今回の改修では遭遇戦を想定しているため、なるべく沈没のリスクは減らす必要があります」

大門「なので魚雷の積載は考えずに魚雷による攻撃も想定しない」

大門「……以上が兵装関連のまとめです」


五十嵐「質問は……ないみたいだな」

五十嵐「なら、今日のところはこれでお終いだ」

五十嵐「室林の奴が来なかったのが気がかりだが、アイツには俺の方から報告しておく」

五十嵐「宗方兵曹長、大門兵長、森上等、ご苦労だった」

370: ◆pOKsi7gf8c 2016/02/25(木) 23:47:46.47 ID:b+wlOFq70

五十嵐「本条大尉も鎮守府のから足労を悪かった」


本条「いえ、美津島長官の命ですので」

本条「中佐殿はお気になさらず」


五十嵐「お前達も、悪かったな」

五十嵐「後で紅茶でも差し入れしてやる」


野田「い、いえ……自分は」

野田「その、任務があるので」


森「自分も作業があるので」

森「今回は……済みません」


君嶋(森はともかく、野田まで断るとは……)

君嶋(本当に気味悪がられているんだな)

君嶋「……自分が頂きましょうか?」


五十嵐「おお! 本当か」

五十嵐「だったら、この後一緒に俺の部屋へ来てくれ」

五十嵐「今ちょうど新しいブレンドを試作してるんだ」

五十嵐「実は、この前イギリスから輸入したレア物の茶葉が手に入ってな」

五十嵐「それを……」


    ダダダッ  バタンッ


野田「なっ!」


宗方「誰だ?」


  「……良かった、まだ解散して無かったみたいだな」

372: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:33:31.08 ID:hStRka7x0

君嶋「貴方は……」


五十嵐「室林か」


室林「ああ、遅くなって悪かった」


五十嵐「随分と遅かったな」

五十嵐「悪いが、もう話し合いは終わった」

五十嵐「報告なら後でしてやるから、今は俺の新作を味あわせてやろう」


室林「残念だが、そうは行かない」

室林「これを見てくれ」ドサッ


宗方「なっ…!」


大門「それは」


森「ぎ、技本の封筒!?」


君嶋「……ただの封筒にしか見えないが」

君嶋「それがどうかしたのか」


大門「送ってきた相手が問題なんです」

大門「このタイミングでやって来たということは」

大門「最悪、今までの話し合いが無かったことになるかもしれません」

373: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:37:29.63 ID:hStRka7x0

君嶋「それは……どういうことだ」

君嶋「そもそも、この封筒の送り主は何なんだ?」


室林「私の方から説明しよう」

室林「彼らの言う技本というのは、海軍の軍事技術の発展を目的として設立された研究所のことだ」

室林「正式名称は海・空総合戦闘技術開発本部、軍部では『技本』の略称で知られている」

室林「一般的な艦艇の装備はもちろん、帝国海軍で運用されている艦娘用の装備開発も一手に引き受けている機関であり」

室林「……君が私と初めて会ったときに保護されていた場所だ」


君嶋(あの時の、あの場所……)

君嶋(あれがそうだったのか)


宗方「お前、あそこに行ったことがあるのか?」


君嶋「ええ……はい」


宗方「どうして黙ってた」


君嶋「それは……」


室林「あくまでも一時的に保護されたに過ぎなかったからだ」

室林「身体検査に引っかかって数日立ち寄ったに過ぎない」

室林「その証拠に、本人もあの場所については理解していなかった」

374: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:44:56.75 ID:hStRka7x0

宗方「本当か?」


君嶋(大佐の話も嘘八百だが……)

君嶋(本当の事を話すわけにも行かないな)

君嶋「はい、大佐の話に間違いはありません」


宗方「それならいい」

宗方「悪かった、奴らには良い記憶が無くてな」


君嶋「いえ、気にしないで下さい」


本条「それで、大佐殿」

本条「その資料がどうしたのおっしゃるのですか?」

本条「わざわざ話し合いを延長するほどのモノなのでしょうか」


室林「そうでなければ、慌ててこちらまで足を運んでいない」

室林「それこそ、報告を受けるだけで済ませるところだ」


本条「では何故……」


室林「これだ」サッ


五十嵐「そいつは?」


室林「今回の改修計画とそれに関わる予算案について」

室林「海軍本部からの意見書だ」


五十嵐「わざわざ本部が意見書ねぇ」ペラッ

五十嵐「……やっぱり、碌なこと書いてないな」

375: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:46:28.47 ID:hStRka7x0

君嶋「五十嵐中佐、内容は」


五十嵐「見てもらった方が早い」

五十嵐「まぁ、こういうことだ」


  『本部ハ該当基地二於ケル老朽艦ノ改修案ヲ承認スル』

  『但シ、承認ニハ以下ノ条件ヲ付ケ加ヘル』

  『一、改修案ノ原案ニ於ヒテハ、之ヲ原案ノ通リ認可シ、必要トナル資金及ビ資材ヲ支給スル』  

  『二、戦闘技術開発本部ガ求ムル場合ハ、原案二加へ戦闘技術開発本部ノ意向二従フ事』

  『三、至急追加予算ヲ必要スル場合、報告ハ事後報告トシテ、該当基地ハ不足分ヲ補充スル事能フ』

  『四、以上ノ事項ニ於ヒテ同意ヲ得ラレヌ場合ハ、貴案ヲ棄却スル』

  『再審ヲ求ム場合バ、差戻手続ヲ行ヒ、再度新案ヲ提出スル事』


大門「これは……」


野田「……どういうことですか?」


本条「どうしたも何も……そこに書いてある通りだろう」

本条「海軍本部は今回の改修案を承認するが、それは次の条件によって成り立つ」

本条「第一に、改修案は原案通りに承認されること」

本条「第二に、技術本部が求める場合はその意向に従うこと」

本条「第三に、追加予算は本部の承認を後回しにして補充できる」

本条「第四に、これらの条件に同意できない場合は、この案は破棄される」

本条「最後に再審をする場合は、差戻手続きをして新案を提出すること」

本条「これの何処が分からないと言うのだ?」

376: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:48:19.28 ID:hStRka7x0

野田「……それぐらいは分かっています」

野田「自分が言いたいのは、この意見書の目的ついてです」

野田「流石に上手く行き過ぎだと思いませんか?」


君嶋「確かに、防衛隊にとってかなり有利に出来ている」

君嶋「実質的に金に糸目を付けないと言っているようなものだ」

君嶋「皆の話を聞いていても、本部がふたつ返事で予算を回すとは考えにくい」


宗方「ああ、全くだ」

宗方「最近は組織の効率化だなんだ言って、こっちに回す予算を削りに削っていたからな」

宗方「ほとんど修正なしの上に追加予算まで認めるとは」

宗方「本部にしてはこれ以上に無いってぐらいに太っ腹だ」


本条「なら、何故そんな渋い顔をしている」

本条「この改修の問題は予算と時間で、予算の方は解決したも同然なんだぞ」


大門「……ふたつ目の条件があるからです」

大門「それが無ければ、私たちも諸手を挙げて喜んでいるところですよ」


君嶋「ふたつ目の条件というと、これか……」


  『二、戦闘技術開発本部ガ求ムル場合ハ、原案二加へ戦闘技術開発本部ノ意向二従フ事』


君嶋「しかし……特に問題になるような文面には思えないが」

377: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:55:01.67 ID:hStRka7x0

森「問題も、問題、大問題ですよ!」

森「今まで散々、無理難題を吹っ掛けてきた技本に従うなんて」

森「時間も人手も足りていないのに、到底無理です!」


五十嵐「まぁ……とにかく確かめてみよう」

五十嵐「室林、その封筒に入ってるんだろう?」

五十嵐「俺達が従う技術本部の『意向』ってヤツが」


室林「ああ、おそらくな」

室林「私も中身を見る暇は無かったが」

室林「そいつを渡すために私を足止めした辺り、多分そうなんだろう」


五十嵐「宗方、中身を確認してくれ」


宗方「了解しました」ザッ ガサガサ


森「部長、中身は」


宗方「これは……図面と計画書か」


大門「計画書? それは」


宗方「一般艦艇における次世代戦闘技術応用計画」

宗方「……艦娘用装備の大型化と船舶への拡張性、とある」

378: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:56:41.26 ID:hStRka7x0

森「拡張って……まさか」


宗方「ああ、そうだ」

宗方「俺たちの使っている軍艦」

宗方「そいつに新海軍の装備を乗せる……と言いたいんだろうな」


大門「そんな……信じられません」

大門「艦娘の装備流用は不可能だと結論づけられたはずです」

大門「それをこの場面で持ち出してくるなんて、荒唐無稽にも程があります」


宗方「アイツらは『妖精』の異名に恥じないくらいに、俺達の考えが分からない人間どもだ」

宗方「大方、俺たちの計画を良い実験材料だとでも思ったんだろう」

宗方「研究者ってのは、自分の考えを実践せずにはいられないらしいからな」


森「でも、部長!」

森「こんなのは……」


宗方「俺だって、こんな無茶苦茶を言う奴らを張り倒してやりたいさ」

宗方「だが、今回の仕事はその頭のイカれた妖精さんたちの話を聞かなきゃ話にならん」

宗方「俺達が反発してこの案が棄却されでもしたら」

宗方「それこそ時間の無駄遣いだ」


森「でも……!」

379: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 22:59:18.26 ID:hStRka7x0

大門「今までだって、散々技本には困らされて来ただろ?」

大門「妖精に人間の言葉は通用しない」

大門「つまりは、そういうことだ」


森「…」


野田「あの……全く話が見えないのですが」

野田「自分たちにも説明して頂けませんか?」


宗方「ああ、悪かったな」

宗方「そこまで気が回らなかった」


本条「内輪でゴチャゴチャと何かを話していたみたいだが」

本条「分かったのか? その意向とやらは」


大門「簡単に言えば兵装の追加です」

大門「計画書に載っている武器を改修艦に搭載しろと」

大門「技本から送らてくる資料には事務的な説明は殆どないので」

大門「おそらく……そう見て間違いないでしょう」


本条「なら、何をそこまで揉める必要がある」

本条「鎮守府の方にも技術本部から似たような指令を受けたことはあるが」

本条「大抵は指示通りに艦娘どもに艤装を装備させて、その結果を送り返すだけだ」

本条「ムキになって怒るような必要性は全く持って無いと思うが?」


森「それは……」

380: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 23:00:18.71 ID:hStRka7x0

宗方「それは貴方が新海軍の、それも艦娘たちを指揮する立場の人間だからだ」


本条「どういう意味だ?」


宗方「確かに、大尉が思っていることはある意味で正しい」

宗方「大尉にしてみれば、何の気なしに送られてきた装備を試してみるだけかも知れない」

宗方「だが、現場の俺達にしてみれば傍迷惑もいいところだ」

宗方「たださえ汎用装備の製造と使用済み装備のリサイクルで手一杯なのに」

宗方「技本の奴らは平気で試作品の試作を命令する、それも決まった時期でもなく、いきなりだ」

宗方「そして、どんなに俺達が抗議しても納期は延ばさず、要求も一切変更しない」

宗方「たとえ遠征部隊の帰投直後でラインがフル稼働の時でもだ」

宗方「その癖、試作品の核となる部分はブラックボックス化されていて、俺達には手は出せない」

宗方「つまり……中身が全く分からない物を奴らの図面通りに作ることになる」

宗方「酷い時には、物理的に加工不可能な図面が来るときだってある」

宗方「こうなったら最後、俺達でどうにか加工法を検討して作成しなくちゃならない」

宗方「勿論、奴らに掛け合ったところで一蹴され、納期に間に合わなきゃ俺達の評価が下がる」

宗方「付け加えるなら……」


本条「もういい……よく分かった」

本条「私が悪かった」

本条「それで終わりにしてくれ、これでは話が進まん」


宗方「それなら結構」

宗方「分かっていただけた様でなによりだ」


君嶋(あの本条大尉が折れるとは……)

君嶋(流石は現場の叩き上げと言うべきか)

381: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 23:03:19.87 ID:hStRka7x0

五十嵐「それで、宗方兵曹長」

五十嵐「何とかなりそうか?」


宗方「ざっと見ただけの丼ぶり勘定ですが、おそらく……可能でしょう」

宗方「資料にある技術は艦対艦短距離無線誘導弾に、特殊流体装甲、擬装迷彩の3つ」

宗方「それぞれを簡単に説明すると……」

宗方「自動誘導で敵を追尾するミサイルに、液状化することで弾道を逸らす装甲、敵の目を欺くステルス迷彩ってところです」

宗方「こいつらを船に組み込むって話ですが……まぁ、何とかなります」

宗方「ミサイル本体や、流体装甲の被膜材、ステルスの塗料とかいうブラックボックスは向こうが準備してくれるみたいなんで」

宗方「俺達はそいつらが作用するように船体のレイアウトを変える作業で済みそうです」

宗方「もっとも、船体をぶち抜いてミサイルの発射機構を取り付けるなんて無茶もいいとこですが」

宗方「必要な図面が出揃っているので、製作自体には何の問題もありません」

宗方「ただ、絶対的に人員が不足します」

宗方「少なくとも技術部の人間だけではとても作業量に追いつきません」


五十嵐「そうか、それなら……」


野田「自分たちがやります」


宗方「しかし、お前達は」


野田「兵科であっても工場の作業は出来ます」

野田「今までだって、繁忙期には応援に行ってたじゃありませんか?」

382: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 23:05:44.73 ID:hStRka7x0

宗方「そういう事じゃない」

宗方「船に乗って戦うお前達が訓練をしないでどうする」

宗方「俺達が船を改修するのは沈めるためじゃない」

宗方「奴ら……深海棲艦に勝つためだ」


野田「そんなことは分かっています」

野田「自分以外の誰に聞いたところで皆、同じ答えです」


宗方「だったら……」


野田「だからこそ、あの船が必要なんです」

野田「他の船を使って訓練しても、そんなものは頼りになりません」

野田「実戦に頼れるのは日ごろの訓練での経験」

野田「その経験は普段から自分が乗る船でなければ得られない」

野田「だから、勝つためにあの船を直す」

野田「自分たちも作業に加わって、少しでも早くあの船を復活させる」

野田「それこそが、勝利への近道なんです」


宗方「……分かった」

宗方「だが、工場の手伝いをして負けた……なんて言い訳は聞きたくないからな?」


野田「もちろん分かってますよ」

383: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/06(日) 23:07:09.28 ID:hStRka7x0

野田「負ける気なんて更々ありません」

野田「そうですよね? 少尉」


君嶋「ああ、そうだ」

君嶋「自分も負ける気はありません」


宗方「そうかい……分かったよ」

宗方「下手な気を回した俺がバカだった」


室林「それで、宗方兵曹長」

室林「話は纏まったか?」


宗方「はい、取りあえず基地の人員を総動員して事に当たります」

宗方「それでも人手が足りない場合は……」


五十嵐「俺の方から連絡を寄こすが、どうだ?」


室林「わかった、手配の準備はしておく」

室林「必要になったら声を掛けてくれ」


五十嵐「すまない、恩に着る」

五十嵐「それじゃあ今日のところは一旦閉会だ」

五十嵐「計画の練り直しを含めた具体的な実行は明日以降として、各自職務へ戻るように」

384: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:42:41.16 ID:f1KenDGO0

<防衛隊基地 士官執務室> 


君嶋(……例の計画が決まってから一月)

君嶋(独学で戦術の勉強などを始めてみたが)パタンッ

君嶋(本当に身についているのか、それとも……)


     ガチャ


君嶋「!」


  「うわっ……って、少尉?」


君嶋「……日下部か」

君嶋「朝っぱらから驚かせるな」


日下部「それはこっちのセリフです、少尉」

日下部「薄暗い部屋でジッとしてるせいで不審者かと思ったっす」

日下部「おかげで心臓が縮み上がりましたよ」


君嶋「それでも一応は上官の部屋だろ」

君嶋「ノックぐらいしたらどうだ?」


日下部「まさか、こんな明け方に執務室に居るとは思わなかったんす」

日下部「自分だって普段はこんな時間に起きていないし」

日下部「少尉は何をしていたんですか?」

385: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:43:55.88 ID:f1KenDGO0

君嶋「ああ、ちょっと読み物をな」

君嶋「海戦戦術系の本を借りて読んでいたんだ」


日下部「海戦術ってことは……アレっすね」

日下部「例の報復作戦に参加する機動部隊の指揮官就任」

日下部「突然の発表でビックリしましたが、頑張ってください」

日下部「やっと防衛隊の意地を見せる機会が巡って来たんすから」


君嶋「お礼の言葉はありがたいが……」

君嶋「そういうお前は徹夜だろう」


日下部「まぁ、はい」

日下部「工場の手伝いで昨日は一睡もしてないっす」

日下部「おかげで頭はガンガンするし、足はふらふらで……」

日下部「直ぐにでもベッドに入りたい気分っす」


君嶋「なら、どうしてここへ来た」

君嶋「宿舎へ直行すればいいだろ」


日下部「いやぁ……どうも作業が押してて」

日下部「次の交代も3時間後なんで熟睡できないんす」

日下部「だから、ここに隠してあった仮眠セットを取りに来たんす」

日下部「まさか少尉と鉢合わせするなんて思わなかったっすけどね」

386: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:45:16.74 ID:f1KenDGO0

君嶋(宗方兵曹長も人手の問題を示唆していたが……ここまでとはな)

君嶋(助っ人のコイツでこの有様なんだ)

君嶋(技術部の人間は……)


日下部「そういう訳で少尉」

日下部「ちょっとだけ、失礼します」


君嶋「あ、ああ」


日下部「えっと、この辺りに……」ガサゴソ


君嶋「なぁ……日下部」

君嶋「工場の方はどうなってるんだ?」


日下部「だいぶキツくなってきてますね」

日下部「タダでさえ汎用兵器の増産態勢に入ってるっていうのに、老朽艦の改装まで舞い込んで」

日下部「そろそろ周りも限界が見え始めて来ましたね」

日下部「まだまだ自分は仮眠セットを持ってくるぐらいの余裕はありますけど」

日下部「技術部の連中はそこら辺で雑魚寝してたり……宗方兵曹長なんかは殆ど24時間働きずめっす」


君嶋「兵曹長が?」


日下部「はい、朝から晩まで現場で指示を回して」

日下部「アレで倒れないんだから、末恐ろしいっす」

日下部「他にも仙田や一之瀬なんか……あっ! コレです、コレ」ガサッ ガサッ

387: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:46:43.61 ID:f1KenDGO0

君嶋(……大きな寝袋だな)

君嶋「そんなモノを隠し持っていたのか……」


日下部「いやぁ、繁忙期はコレがあると能率が段違いですから」

日下部「ここが空き部屋だったときから隠してあったんすけど」

日下部「少尉が来てから、中々使う機会が無くて」

日下部「これが終わったら別の場所に移動させる予定だったんです」


君嶋「まぁ……見なかったことにしておく」


日下部「それじゃあ、自分はこれで」

日下部「少尉も……」


君嶋「待て」


日下部「どうかしましたか?」


君嶋「いや……俺に何かできることは無いか?」

君嶋「工場の方は人手がいるようだし」

君嶋「俺も力になれると思うが」


日下部「そんな、大丈夫ですよ」

日下部「工場の事は自分たちにも任せてください!」

日下部「確かに今回ばかりはちょっと大変っすけど」

日下部「これぐらいの修羅場、実際の戦いに比べたら屁でもないっす」


君嶋「だが……」

388: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:48:05.95 ID:f1KenDGO0

日下部「少尉は自分たちなんか気にせず、好きにやってください」

日下部「深海棲艦に勝つためにはどんな雑用も厭わない」

日下部「それが自分を含めて、防衛隊隊員に植え付けられた奴隷根性です」

日下部「今更、これぐらいの作業で音を上げるなんてことはありません」

日下部「だから……少尉は、少尉にしか出来ないことをやってください」

日下部「自分たちはそれを支えるだけっすから」


君嶋「……日下部」


日下部「じゃあ、そういうことで失礼します」

日下部「これ以上は寝ないとマズイっすから」


君嶋「そうか……引き留めて悪かった」


日下部「では、失礼します」


   ガチャ  バタン


君嶋「…」

君嶋(どうやら、分かって無かったのは自分の方だったみたいだ)

君嶋(知ったような口ぶりで『打倒、深海棲艦』を掲げてきたが、その方法は何も考えてなかった)

君嶋(そして、いざ事が進み始めると何をしていいか分からなくなる)

君嶋(これじゃあ、馬鹿丸出しも良いところだ)


君嶋「だが……」

君嶋(……まだ間に合う)

君嶋(俺にしかできない事……深海棲艦に勝つためにやるべきこと)

389: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:50:17.20 ID:f1KenDGO0

<鎮守府 司令部 廊下>


君嶋(ここへ来るのも久しぶりだな)

君嶋(アレから色々あったが……今は目的を果たすだけだ)

君嶋(……行くぞ)


   コン コン コン


  「はい? 何でしょう」


     ガチャリ 


君嶋「防衛隊の君嶋大悟特務少尉だ」

君嶋「提督に話があってやって来た」

君嶋「突然の訪問で申し訳ないが、お目通り願いたい」


  「提督はただいま席を外していますので」

  「残念ですが、お会いすることはできません」


君嶋「……そうか」


  「そういうことなので、今日のところは」


君嶋「なら、ここで待たせてもらおう」

  
  「えっ……」

390: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:53:46.27 ID:f1KenDGO0

君嶋「何か不都合があったか?」


  「そういう訳じゃないですけど」

  「……本気で言ってるんですか?」


君嶋「ああ、もちろん」

君嶋「提督にはどうしても聞いて貰わなければならない話がある」

君嶋「無礼は承知だが、引き下がる訳には行かない」


  「でも、提督は外に出ていて」

  「帰ってくるのは……早くて昼過ぎですよ?」


君嶋「なら、それまで待とう」

君嶋「美津島提督に会うまではここは動かん」


  「……そこまで言うなら勝手にしてください」

  「一応、提督には貴方が来たことをお伝えしておきますので」

  「いつ帰っても大丈夫ですから」


君嶋「済まない、恩に着る」


  「全く……あの時といい今日といい」

  「これでどうして、あの子たちが騒ぎ立てるのか……」


君嶋「ん? 何か言ったか」


  「なんでもありません」

  「とにかく、忠告はしましたからね?」

  「どうなっても知りませんよ」

391: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:55:07.57 ID:f1KenDGO0

-数時間後-


君嶋(こうしていると訓練兵時代を思い出すな)

君嶋(教官にどやされて、皆で廊下に数時間立たされたこともあったか)

君嶋(あいつらは今……)


    ガチャ


  「んよっと……」ザザッ


君嶋(……さっきの秘書官か)

君嶋(山積みの資料を抱えてるが、アレで前は見えてるのか?)


  「……よしっ」ズズズズ


君嶋「なぁ……」


  「えっ! 何!?」


君嶋「あっ、おい! そんなに動くと」


  「あっ……」ズルッ


君嶋(……まずい)スッ


  ドサッ ドサッ  ガシッ

392: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:56:41.27 ID:f1KenDGO0

君嶋「良かった」

君嶋「どうにか転ばずに済んだみたいだな」


  「ええ、まぁ……」


君嶋「何処か捻ったりしてないか?」


  「は、はい」


君嶋「不用意に声を掛けたりして、悪かった」

君嶋「まさか、驚いて引っくり返るとは思って無かったからな」

君嶋「悪いことをしてしまった」


  「い、いえ……それよりも」


君嶋「どうした?」

君嶋「やっぱり何処か痛むのか」


  「そういうことじゃなくて、手を……」


君嶋「ん? ああ、悪かった」

君嶋「腕を掴んだままだったな」


  「…」

393: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/13(日) 23:58:57.40 ID:f1KenDGO0

君嶋「どうした? 黙りこくって」


  「いえ……何でも」

  「それより、まだ……帰ってなかったんですね」


君嶋「当然、提督を待つと決めたからな」

君嶋「帰ってくるまではここに居るつもりだ」


  「……そうですか」


君嶋「ところで、この書類は?」

君嶋「さっきので床一面に散らばってしまってたが……」


  「まぁ……事務連絡の書類なので」

  「特にやぶれとかが無ければ問題ありません」

  「例の海戦の後処理などがあって提督も忙しかったので」

  「溜まりに溜まって、これだけの量になってしまったんです」


君嶋「確かに……凄い量だ」

君嶋(いや、仙田に渡された資料もこのぐらいはあったか?)


  「取りあえず、鎮守府が落ち着いてきたので」

  「整理できるものだけでもしようと思ったら、この有様です」

394: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/14(月) 00:01:00.31 ID:z+dsB5Zk0

君嶋「そうか……」

君嶋「よし、俺も運ぶのを手伝おう」


  「でも、そんなわけには……」


君嶋「俺が居なければ、君も余計な仕事は増えなかった」

君嶋「せめてもの罪滅ぼしだ」


  「ですが……」


君嶋「いいから、やらせてくれ」

君嶋「このまま放っておかれたら俺の気が済まん」


  「分かりました、そこまで言うならご勝手に」

  「でも、運んでる間に提督が帰ってきても知りませんよ?」


君嶋「その時はそのときだ」

君嶋「ほら、さっさと始めよう」

君嶋「順番とかは気にしなくてもいいか?」


  「……一応、日付順になっています」


君嶋「よし、分かった」

397: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:29:16.50 ID:3n7UCnwM0
-数十分後-


  ガサ ガサ ガサ


君嶋(よし……やっと終わりが見えてきた)

君嶋(後は、この薄っぺらい奴を……)ペラリ


君嶋「ん?」


  「……どうかしましたか?」


君嶋「いや、この書類なんだが」

君嶋「日付らしきものが書いてないんだ」

君嶋「こいつは何処にやればいいか分かるか?」


  「ちょっと見せてください」


君嶋「ああ、これだ」サッ


  「あー……分かりました」

  「電報の写しで日付を載せていないタイプの奴ですね」

  「この内容なら記憶しているので、私の方で処理しておきます」


君嶋「悪いな、手間かけさせて」


  「いえ、これが私の仕事ですから」

398: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:31:00.22 ID:3n7UCnwM0

君嶋「しかし……君も艦娘という奴だろう」

君嶋「どうして、こんな秘書のような仕事をしているんだ?」

君嶋「海に出て戦おうとは思わないのか」


  「それは……」


君嶋「別に、答えたくなければ答えなくてもいい」

君嶋「だが……少し話をしてみて、どうしても気になってな」

君嶋「艦娘というのは皆戦っているものだと思っていたから」


  「いえ、構いませんよ」

  「私がここいるのに大した理由はありませんから」
  
  「ただ……辞令が出て、それに従っている」

  「軍属というのは大概がそのようなものでしょう?」


君嶋「辞令に振り回されるのは、艦娘も一緒ということか」

君嶋「そういう面では俺達と変わらないんだな」


  「あら? 意外と私たちの事を知らないんですね」

  「軍艦で深海棲艦と戦うなんて無茶なことを言っているなら」

  「私たちの事なんて、とっくに調べ尽くしていると思っていたのですが」


君嶋「そういえば……そうだな」

君嶋「深海棲艦を倒すと散々言ってきたくせに」

君嶋「自分でも不思議なぐらい艦娘という存在について深く考えてこなかった」

399: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:32:59.22 ID:3n7UCnwM0

君嶋「環境の変化が大きすぎたのか、他の事を考えている暇が無かったのか」

君嶋「まぁ、言い訳にしか聞こえないな」


  「別に非難している訳じゃありませんよ」

  「ただ、意外だっただけです」


君嶋「意外? どこがだ」


  「鎮守府の娘たちが噂するような人が、私たちに無関心だったってところです」


君嶋(噂……どういうことだ?)


  「その顔、本当に何も知らないんですね」

  「珍しいですよ、貴方みたいな人は」

  「普通の人は艦娘からの評判とかも気にしますからね」


君嶋「それで、本当なのか?」

君嶋「君たちの間で噂になっているっていうのは」
  

  「それはもう、私も散々聞かされました」

  「数ヶ月前に颯爽と現れた経歴不明の特務少尉」

  「鎮守府に来るや否や提督の部屋に押しけ、その日の夜には『打倒、深海棲艦』を掲げる」

  「そして、この前の海戦で深海棲艦相手に損害を受けながらも沈没を免れ」

  「ついに……大規模作戦での軍艦による機動部隊の指揮を任される、と」

  「ここの鎮守府ではかなりの有名人ですよ」

400: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:35:02.01 ID:3n7UCnwM0

君嶋「いつの間にそんなことに……」

君嶋「本条大尉は何も言っていなかったぞ」


  「まぁ……あの人はそういうことを話す人でありませんから」

  「部下の娘達に少尉の事を聞かれても『自分には関係ない』の一言で」

  「多分、そういう話が苦手なのでしょうね」


君嶋「大尉をそんな風に言うところを見ると」

君嶋「君もここは長いのか?」


  「そうでもありません」

  「ですが、艦娘としては古参の部類に入る方なので色々な人を見てきました」

  「こんな感想が出るのはその所為でしょううね」


君嶋「それか……」

君嶋「なら、話のついでに1つ聞いてみたいことがあるんだが」

  
  「ええ、どうぞ」

  「私の答えられる範囲でしたら」


君嶋「何というか……君たちは」

君嶋「今の自分の置かれている立場や任務について」

君嶋「どう思っているんだ?」

401: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:37:30.61 ID:3n7UCnwM0

  「それは、どういう……」


君嶋「そんなに難しく考え込まないでいい」

君嶋「ただ、今の生活について君たち自身の意見を聞いてみたい」

君嶋「俺は船に乗って戦う海軍しか知らないから、今の制度に違和感があるが」

君嶋「当事者たちはどう感じているのか……」

君嶋「それを知っておきたいんだ」


  「そうですね……」

  「私たちも皆おなじ考えを持っている訳じゃないから、人によって答えが違うと思うけど」


君嶋「君の考えで構わない」

君嶋「こんな質問に正解なんてないからな」


  「だったら、私は特に何も感じませんね」

  「任務は任務で仕事は仕事、そんな風に割り切って生活していますね」

  「元々はちゃんとした人間だったみたいですけど」

  「今はそんな記憶も殆ど無くなって、艦娘としての生き方が定着してるって感じですかね」


君嶋「……そうなのか」


  「まぁ、それでも結構自分の仕事にプライドは持っていますね」

  「貴方がどう考えているか知りませんが、深海棲艦と渡り合えるのは私たちだけと自負していますし」
 
  「何より、自分たちは対深海棲艦の最前線で戦ってきました」

  「今まで沈んで行った仲間たちの分も敵を倒さなければという意識はあります」

402: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:39:40.98 ID:3n7UCnwM0

君嶋「仲間ために戦う……か」

君嶋「そこは俺と一緒だな」


  「そういえば、貴方も……」

  「例の事件で深海棲艦と戦った経験があるんでしたね」


君嶋「……ああ」

君嶋(それだけじゃない)

君嶋(下山田、お前たちの仇は俺が……)


  「そういう人に会うのは初めてですね」

  「今の提督で実戦経験があるのは美津島提督ぐらいで、中には船に乗ったこともないような人も居ますし」

  「その美津島提督もあまり実戦の話はしない方なので」

  「貴方みたいに現役で戦闘経験がある人と話すのは初めてです」


君嶋「そういうものか」


  「ええ、私たち艦娘は防衛隊の基地へ行く機会なんてあるはずもないし」
  
  「現状だけ見れば、戦いを知らない人の指揮を受けて戦いに行っているんです」

  「まぁ……軍艦の戦い方と私たちの戦い方は全く別物なので、それが特にどうと言う訳ではありませんが」

  「中にはそれが気に食わない娘も居るし、私たちにも色々とあるということです」


君嶋「君たちにも色々と事情があるんだな」

君嶋「やっぱり、君たちも人間も変わらないな」

403: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:44:13.48 ID:3n7UCnwM0

  「いえ、私たちは艦娘です」

  「人間なら致命傷では済まされないケガでもかすり傷で済み」

  「戦いとなれば、常人には扱えない兵器を振り回して敵を討つ」

  「どんなに外見やしぐさが似ていても、貴方たち人間とは根本的に違う」

  「それが兵器としてこの世界に存在している私たちです」


君嶋「……そうか」

君嶋「だが、君がどう思おうと俺達の考えは変わらない」

君嶋「軍人の矜持がある限り、俺達は君たちを身を挺して守る」


  「しかし……」


君嶋「これだけは何と言われても譲らない」

君嶋「俺が海軍へ志願したのは、何よりも君らのような人を守るため」

君嶋「それが出来ないなら軍人の名折れに他ならない」

君嶋「俺たちは軍人として、軍人らしく戦うことを選んだ」

君嶋「だから、俺の前に居る限りは……君もひとりの人間だ」


  「…」


君嶋「どうだ? 君に俺はどう見える」

君嶋「現状を変えようとする改革者か、それとも無謀な事を言う愚か者か」

君嶋「最後にそれだけ聞かせてほしい」


  「正直言って、貴方の考えは理解できません」

  「深海棲艦は私たちでさえ苦戦する相手なのに」

  「それに軍艦で立ち向かうなんて非合理にも程があります」

404: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/19(土) 23:46:29.32 ID:3n7UCnwM0

  「でも、少尉の話を聞いていると……不思議な気持ちです」

  「欠陥だらけの理論の筈なのに妙に、納得している自分が居て」

  「自分がおかしくなったんじゃないかとも感じました」

  「多分……私にその質問の答えを出すことは出来ないと思います」

  「ですが、貴方は私の思っていたほど愚かな人ではありませんでした」

  「そうとは知らずに勝手に邪見に扱って……その点は謝っておきます」


君嶋「別に謝る必要はない」

君嶋「君たちにしてみれば、そう思うのは当然のことだからな」


  「でも……」


君嶋「それより、ほら……こっちの書類は整理が終わったぞ」

君嶋「君の方はどうなっているんだ?」


  「……これで最後だったみたいです」

  「さっき渡された資料は向こうでまとめようと思うので」

  「一応、散らばった書類は元に戻りました」


君嶋「じゃあ、後は運ぶだけだな」


  「ええ、付き合わせて申し訳ありません」

  「後は私の方で出来るので……」


君嶋「いや、最後まで付き合おう」

君嶋「このままではきまりが悪いからな」


  「……断っても無駄そうですね」

  「分かりました、そちらの束をお願いします」


君嶋「ああ、任せておけ」

408: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:44:20.24 ID:nQg+Kbt+0

<鎮守府 司令部 執務室>


美津島「話は聞いている」

美津島「随分と待たせてしまったようだな」


君嶋「こちらこそ申し訳ありません」

君嶋「お忙しい中突然押しかけて」


美津島「いや、構わんよ」

美津島「今日の用事も本部の老人たちに釘を刺されに行ってきただけだ」

美津島「政治好きなのは勝手だが、私を巻き込まないで貰いたいな」


君嶋(本部に釘を刺される? どういうことだ)


美津島「……いきなり何を言い出すんだといった顔だな」

美津島「まぁ、あまり公言することではないのだが」

美津島「君には耳入れておいて貰った方が良いだろう」


君嶋「それは……?」


美津島「君も聞き及んでいるだろう例の大規模作戦」

美津島「その総司令官の内示を受けたのだ」

409: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:45:55.43 ID:nQg+Kbt+0

君嶋「提督が総司令官、ですか」

君嶋「自分にとっても喜ばしい話でありますが……」

君嶋(どうしてこんなに優れない顔を?)


美津島「どうやら気持ちが顔に表れてだな」

美津島「君の察しが悪かったら、私ももう少しは気が晴れただろうか」


君嶋「いえ……それは」


美津島「意地の悪い質問をしてしまったな」

美津島「どうにも年を取ると良くない」

美津島「手前勝手な感情で周りに迷惑をかけてしまう」

美津島「君にしてみれば、私が何を考えて喋っているのか全く分からないだろう」


君嶋「ええ……本心を述べればそうです」


美津島「簡単に話せば、私の失脚が決まったのだ」

美津島「他に適任がいないとか理由を付けて、ほぼ全会一致で決定」

美津島「全く……私が目障りなら面と向かってくればいいものを」

美津島「これだから軍令部の人間とは肌が合わんな」


君嶋「……提督が失脚?」

君嶋「済みませんが、話が見えません」

君嶋「総司令官の内示と美津島提督の失脚と……何の関係があるのでしょう」

410: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:47:51.37 ID:nQg+Kbt+0

美津島「私を貶める大義名分を作るためだ」

美津島「奴らにとっては老いた軍人に最後の花道を作ってやったつもりなのだろう」

美津島「大なり小なり次の作戦で起きた失敗を私の責任にすることで、失脚させるつもりだ」

美津島「それが彼らの決まり切ったやり口と言う訳だ」


君嶋「しかし、どうして!」

君嶋「なぜ美津島提督が失脚させられなければならないのです」


美津島「君が怒ってくれるのは嬉しいが」

美津島「何時こうなってもおかしくは無かったのだよ」

美津島「復権派にしてみれば、恨みに恨んでいる今の体制を布いた張本人の1人」

美津島「体制派にしても、いつまでも旧式の軍艦にしがみ付いている時代遅れの老人」

美津島「今まではノラリクラリと避けれきたが、今度ばかりはそうはいかない」

美津島「どちらつかずの宙ぶらりの末路にはこれぐらいが相応しい」

美津島「予期せぬ奇襲といえ、大切な部下たちを失ったのは私の落ち度だ」

美津島「残された娘たちのためにも、ここで立ち上がらない訳には行かない」


君嶋「ですが……!」


美津島「それ以上は結構だ」

美津島「私の腹はもう決まっている」


君嶋「……美津島提督」

411: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:51:50.24 ID:nQg+Kbt+0

美津島「それに、何も全てを諦めたわけじゃない」

美津島「いつか……『今の海軍を変えられるかどうか』と君に質問したことがあるだろう」

美津島「君は何と答えたか覚えているかね?」


君嶋「それは……」

君嶋「済みません、失念しました」


美津島「あの時、君はこう言った」

美津島「何の迷いもなく真っ直ぐに私の目を見て」

美津島「『変えられる変えられないではなく、変える』と」

美津島「その返事を聞いて、私は君に賭けてみることにしたんだ」


君嶋「一体、何を」


美津島「私が憧れ、目指した帝国海軍」

美津島「その誇りを取り戻せるかどうかをだ」


君嶋「その結果は……」


美津島「それはまだ分からない」

美津島「ともすれば自分の残り少ない余生が過ぎても分からないかもしれない」

美津島「だが、後悔はしていないよ」

美津島「今、この場に君が居るだけでも賭け分は十分に返ってきた」


君嶋「……そうであれば良いのですが」


美津島「少なくとも私はそう信じているよ」

412: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:52:23.99 ID:nQg+Kbt+0

美津島「さて、前置きが長くなってしまったが……」

美津島「そろそろ本題に入るとしよう」

美津島「君がここへやってきたということは、何か私の力が必要になったからだろう?」


君嶋「はい、そうです」

君嶋「本日ここへやってきたのは他でもない」

君嶋「美津島提督にご教授願いたいことがあってやって参りました」


美津島「私に教わりたいことか」

美津島「大方の予想では海戦術のノウハウだが……」

美津島「それで合っているかね?」


君嶋「……自分の考えなどお見通しですね」

君嶋「提督のおっしゃる通りです」

君嶋「今日は、海戦術について教わりにやってきました」


美津島「やはりか……そろそろだとは思っていたよ」

美津島「次の作戦で艦隊を任された君の事だから、海戦の如何について自力で調べるとは思っていた」

美津島「だが、独学でやるには限界があるだろうからな」

美津島「遅かれ早かれ私の元へ来るだろうと踏んでいたのだ」

美津島「それで、どうかね?」

美津島「海戦術について刻苦勉励してみた感想は」

413: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:53:00.29 ID:nQg+Kbt+0

君嶋「それが……よく分からないのです」

君嶋「確かに艦隊の陣形や状況による理想的な操艦の仕方などは分かりました」

君嶋「しかし、敵の艦隊の編成による戦い方やこちらの装備に応じた攻撃の仕方など」

君嶋「しっくりこないと言いますか……」

君嶋「本当にそれが通用するのか分からないのです」


美津島「ふむ……そうか」

美津島「それだけ分かっていれば上出来だな」


君嶋「?」

君嶋「どういうことでしょうか?」


美津島「今、『本当にそれが通用するのか分からない』と言っただろう」

美津島「それが直感でも何でも、感じとることが重要なのだよ」


君嶋「しかし、感じることが重要だと言っても」

君嶋「自分の場合は、それ以前の問題だと思うのですが……」


美津島「なに、簡単な事だ」

美津島「君のその悩みは至極簡単、むしろ当然の事だと言うことだ」

美津島「何と言っても、君が読んだ書籍は艦対艦の海戦術」

美津島「つまり……艦隊同士の戦いについて記述されたものなのだろう」



414: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:53:52.59 ID:nQg+Kbt+0

君嶋「いえ、そんなことはありません」

君嶋「表題にはしっかりと『深海棲艦との戦闘に関する』と題してありました」


美津島「それはそうだろうな」

美津島「今更、時代遅れの対艦戦を謳っても仕方がない」

美津島「本として売るためにはそのように題するしか無かったのだ」


君嶋「ますます意味が分かりません」

君嶋「それでは、自分が読んだ本の著者は」

君嶋「深海棲艦との戦闘について全くの無知だったとでも言うのですか?」


美津島「そこまでは言っていないが、似たようなものだろうな」

美津島「艦隊戦の専門家たちがその状況を想定して書いたものだ」

美津島「完全に間違っているという訳ではないが、実態とはかけ離れてしまっている」


君嶋「…」


美津島「本当の意味で深海棲艦との戦い方を知っているのは艦娘に他ならないが」

美津島「残念ながら、彼女たちには自分の戦い方を著書にして出版することは許されない」

美津島「これは軍の機密にかかわる事項で、軍規でも明記されている」

美津島「つまり……いくら本を読んでも今の海戦の実態は分からないということだ」


君嶋「では、自分が独学で学んだことは全くの無意味なのですか?」

415: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:55:06.87 ID:nQg+Kbt+0

美津島「単純にそういう訳でもない」

美津島「事実、艦隊の陣形や状況による操艦の仕方などは頭に入ったのだろう」

美津島「だとすれば、知識を得ると言う意味では成功だ」

美津島「ただ……深海棲艦との戦いについてはその知識が当てにならないがな」


君嶋「ならば、自分はどうすれば……」

君嶋「防衛隊の皆が寝食も削って作業に取り掛かっているというのに」

君嶋「肝心の自分が情報の優劣を見極められずに地団駄を踏んでいる」

君嶋「これではあいつらに顔向けが出来ません」


美津島「そうカッカするな、君嶋少尉」

美津島「まだ何も始まった訳ではない」

美津島「そもそも、君はここへ何をしにきた?」

美津島「私に今までの努力を否定されてた挙句、何もしないで帰る訳ではないだろう」


君嶋「それは……」


美津島「君はまだ若い」

美津島「周囲の期待に応えようと必死に努力しているのはよく分かる」

美津島「だが、こういう時こそ焦ってはいけないものだ」

416: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:57:00.87 ID:nQg+Kbt+0

美津島「落ち着いた心でドッシリと構えて、初めて自分の行く先が見えてくる」

美津島「これは船の上でもそうだ」

美津島「艦長というのは船の頭であり、船員たちを勝利へ導く存在なのだ」

美津島「頭が混乱していては敵を倒すことはできない」

美津島「返って足元を掬われてしまうだろう」

美津島「上に立つものほど、責任以上に冷静に物事を判断できなければ勝利は得られない」

美津島「それを肝に銘じておいてほしい」


君嶋「……分かりました」

君嶋「その言葉、しっかりと胸に刻み込ませてもらいます」


美津島「さて、少々説教臭くなってしまったが」

美津島「君がここへ来たのは間違ってはいない」

美津島「いや……むしろ限りなく正解に近いだろう」


君嶋「正解?」

君嶋「……ここへ来たことが」


美津島「ああ、そうだとも」

美津島「何を隠そう、この美津島十三海軍大将は艦艇での戦闘経験がある」

美津島「それも……深海棲艦との戦闘経験がな」

417: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/27(日) 23:58:12.33 ID:nQg+Kbt+0

美津島「君としては、現役の司令官に話だけでも聞いておこうという魂胆だったかもしれないが」

美津島「私は君に己の知りうる全てを教えるつもりだ」

美津島「それが今の私に出来る精一杯だからな」


君嶋「よろしいのですか?」


美津島「ああ、勿論だ」

美津島「本部の圧力と退屈な日々に腐りかけていた私に喝を入れたのは、誰だったかね?」

美津島「それを忘れたと言うなら、今すぐにでも思い出させてやろう」


君嶋「はい! ありがとうございます」


美津島「……いい返事だ」

美津島「それでは早速……と言いたいところだが」

美津島「生憎と今日は私の都合が悪くてな」

美津島「本格的な指導は明日以降になってしまうが」


君嶋「いえ、問題ありません」

君嶋「端から突然押しかけた自分が悪いのです」


美津島「まぁ、私も色々と用事があるからな」

美津島「時には君の相手を出来ない時があるだろう」

美津島「その時は、そうだな……彼女に相手をして貰うと良い」


君嶋「彼女?」

418: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/28(月) 00:01:17.55 ID:NVqST2WH0

美津島「私付きの秘書艦だ」

美津島「今日も含めて、初めてこの部屋にきた時も会っているだろう」


君嶋「ああ……彼女ですか」

君嶋「確かに顔見知りの仲ではありますが」

君嶋「突然押しかけたら迷惑ではないのでしょうか?」


美津島「なに、心配するな」

美津島「ああ見えても面倒は良い方だ、必ず君の力になってくれるだろう」

美津島「それに、そこまで君に悪印象を持っている訳でもないみたいだからな」


君嶋「そうでしょうか?」

君嶋「自分にはよそ者を警戒してるようにしか見えませんしたでしたが」


美津島「それでも彼女たちについて知るのは悪いことじゃない」

美津島「君の立場ではいずれ、否が応でも彼女たちと付き合うことになるだろう」

美津島「これはその予行練習みたいなモノだと持ってくれたまえ」


君嶋「……釈然としませんが」

君嶋「提督がそうせよとおっしゃるならば、そうさせて頂きます」


美津島「では、今日はこのぐらいで終わらせよう」

美津島「明日は外出の用事は無いからな」

美津島「朝からみっちりと教義に付き合ってもらうとしよう」


君嶋「はっ、了解しました!」

421: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:26:10.93 ID:Zi6JcBnP0
-3ヶ月後-

<防衛隊基地 士官執務室> 


君嶋(さて、そろそろ……)


  コン コン コン


君嶋(何だ? 日下部の奴が忘れ物でもしたのか)

君嶋「どうぞ」


  「失礼します」


君嶋「またお前か……仙田」


仙田「どうも、おはようございます」

仙田「君嶋特務少尉」


君嶋「朝から上官の部屋に挨拶とは殊勝な心がけだな」

君嶋「俺も色々と忙しんだが……何の用だ?」


仙田「『何の用だ』とは白々しいな」

仙田「オレがアンタの部屋まで来る理由なんか1つに決まっているだろ」


君嶋「……やっぱりか」

君嶋「悪いが、お前の頼みは聞けないぞ」

君嶋「従軍記者でもあるまいし、鎮守府にカメラなんか抱えて行けるか」

422: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:28:47.77 ID:Zi6JcBnP0

仙田「そう言って散々断られて来たからな」

仙田「朝一でコイツを買って来た」スッ


君嶋「何だ、それは?」


仙田「今日発売のハンディカメラだ」

仙田「一眼に比べたら、だいぶ画素は少ないし露光も悪いけど」

仙田「これなら懐に隠し持って行けるはず」


君嶋(そういう問題じゃないんだが……)

君嶋「それで、それに幾らつぎ込んだんだ?」


仙田「本体と付属品で35円」

仙田「新聞の広告で見た時から買うと決めてたからな」

仙田「ここ数ヶ月の給料をほとんど使ったぞ」


君嶋「計画性がないというか、潔いというか……」

君嶋「そういう行動力には心底敬服する」


仙田「そういう訳で、少尉」

仙田「これなら鎮守府で彼女たちの写真を撮ってきてくれるだろ?」


君嶋「残念だが答えは変わらない」

君嶋「俺も向こうへ遊びに行ってる訳じゃない」

君嶋「美津島提督に師事して深海棲艦との戦い方を学んでいるんだ」

君嶋「お前の頼みを聞いている暇なんか……」

423: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:32:19.59 ID:Zi6JcBnP0

仙田「そうは言っても、提督が居ない時はアレだ」

仙田「向こうの艦娘とイチャついてるんだろ?」

仙田「嘘だと言っても無駄だぞ、一之瀬が撮った証拠写真だ」

仙田「めいっぱいに望遠を利かせたおかげでピンボケしてるが」

仙田「服装からアンタだってことぐらい分かる」


君嶋「……随分と語弊がある言い方だな」


仙田「どうだ? 認めるのか」


君嶋「何を認めて欲しいのか分からんが」

君嶋「提督が居ない間は彼女たちに相手をしてもらったのは確かだ」

君嶋「だが、それも提督の意向の1つであって」

君嶋「お前が思っているようなことではないぞ」


仙田「アンタもなかなか往生際が悪いな」

仙田「こうなったら……」


  「見つけたぞ! 仙田」


  「やっぱり、ここに居たのか」


君嶋「日下部に、一之瀬か」

424: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:34:14.20 ID:Zi6JcBnP0

君嶋「お前らも俺に何か用か?」


日下部「いや、自分たちはそこの仙田に用があってきたんす」

日下部「今日の午後から実機を使った海上演習があるもんで」

日下部「兵科は朝から機材のチェックに駆り出されてるんす」


君嶋(そういえば……例の船の改修が終わって1週間)

君嶋(そろそろ海上演習があってもおかしくは無いのか)

君嶋(俺も完成時に一度乗っただけだからな)

君嶋(是非とも、次の演習には立ち会ってみたいものだ)


仙田「それで、オレに何の用だ?」


一之瀬「何の用だって……今話しただろ」

一之瀬「お前にも招集がかかってるんだ」


仙田「それは分かってる」

仙田「でも、まだ時間じゃないだろ」


日下部「明け方から宿舎を抜け出したのを忘れたのか」

日下部「お前が逃げ出したんじゃないかって」

日下部「宿舎じゃ結構な騒ぎだったんだからな」

425: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:35:54.02 ID:Zi6JcBnP0

仙田「それは……悪かったよ」

仙田「けど、どうしてもやりたい事があったんだ」

仙田「ほら……一之瀬には前に話したろ?」


一之瀬「やりたいことって……」

一之瀬「まさか、アレか?」


仙田「ああ、これだ」サッ


日下部「何すか……アレ」


君嶋「ハンディカメラだそうだ」

君嶋「画質も露光も悪いが、懐に隠し持てる大きさらしい」


一之瀬「でも、それって横浜の店でしか買えないはず」


仙田「だから、横浜まで行ってきたんだ」

仙田「ちょうど昨日の夜に連絡があってな」

仙田「数個だけ仕入れたから買うなら早く来いと」


君嶋「それで、明け方に宿舎を抜け出して買ってきたと言う訳か」


日下部「……良くやるよ」

426: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:38:23.11 ID:Zi6JcBnP0

仙田「そういう訳で、少尉」

仙田「このカメラはここに置いておくんで」

仙田「後の事は頼みましたよ」


君嶋「いや、そう言われてもな……」


仙田「とにかく約束は約束だ」

仙田「果たしてくれるまでは、地の果てでも追っていくつもりだ」


君嶋(約束した覚えは無いんだが)

君嶋「……分かった、これ以上付きまとわれたんじゃ敵わん」

君嶋「満足するかは分からんが、彼女たちの写真を撮ってきてやろう」


仙田「本当ですか?」


君嶋「ああ、嘘は付かない」


仙田「やったぞ一之瀬」

仙田「これで秘蔵コレクションに新たな1ページが加わる」

仙田「ゆくゆくは横須賀を制覇して、目指すは全国」

仙田「最終的には全ての艦娘を網羅した艦隊図鑑を……」


一之瀬「分かったから、もう行くぞ」

一之瀬「約束もしてもらったことだし」

一之瀬「招集に遅れる訳にはいかないだろ?」

427: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:38:59.03 ID:Zi6JcBnP0

仙田「あ、ああ……そうだったな」

仙田「それじゃあ、君嶋少尉」

仙田「アンタの撮る写真楽しみにしてるからな」


一之瀬「では、自分も失礼します」


    ガチャ  バタンッ


日下部「相変わらず、頭の中身がよく分からない奴らっす」


君嶋「あれだけ熱中できるものがあるのは良いことだろうな……多分」


日下部「じゃあ、自分も呼び出しを喰らってるんで」

日下部「そろそろ失礼します」


君嶋「帰ったら演習の話を聞かせてくれ」

君嶋「新しくなった船の調子も知りたいしな」


日下部「分かりました」

日下部「生まれ変わった船の癖をしっかり刻み込んでくるんで」

日下部「期待しておいてくださいっす」


君嶋「俺も写真を見せてやるさ」

君嶋「仙田が唸るようなヤツをフィルムに収めてな」


日下部「それは楽しみっすね」

日下部「じゃあ、失礼します」

428: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:39:46.68 ID:Zi6JcBnP0

<海軍鎮守府 司令部 執務室>


君嶋「おはよう」


  「おはようございます」

  「今日もお早いですね」


君嶋「訓練時代にコッテリしごかれたからな」

君嶋「どうにも夜明け近くに目覚めてしまうんだ」


  「それでリズムが出来ているなら十分だと思いますよ」

  「私たちなんかは司令が出たら任務に行かなければならないので」

  「気を抜いたら不規則な生活になりがちなんです」


君嶋「でも、君は秘書官なんだろう」

君嶋「だったら心配する必要はないんじゃないんか?」


  「そんなことはありませんよ」 

  「私だって任務に駆り出されることはあります」

  「明日だって、朝にはここを発って船団の護衛任務に就かなければなりません」


君嶋「……君が護衛任務に駆り出されるのか」

君嶋「美津島提督は総司令部がおかれる呉にカンヅメになっているようだし」

君嶋「ここの懐事情も、良くは無いのか?」

429: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:40:39.41 ID:Zi6JcBnP0

  「私の口から言うのも憚られますが……あまり良くはありませんね」
  
  「主力の第一、第三艦隊は聯合艦隊に引き抜かれて呉に駐屯」

  「例の合同演習に参加していた第二艦隊とその護衛にあたっていた第五艦隊も奇襲攻撃で壊滅状態」

  「第四艦隊は鎮守府の防御にあたってはいますが、殆ど釘付けになって動けない状況です」

  「それでも帝都へやってくる輸送船の護衛はしなければならないので」

  「第二、第五艦隊の生き残りと私のような後方支援に回っていた艦娘を寄せ集めて任務を回している状態です」

  「その他にも艦隊に編入されていない娘も居ますが、とても戦闘がこなせるような練度ではないので」


君嶋「そうか……」

君嶋「それでは本条大尉も大変だろうな」


  「ええ、提督のお付きなってからはあまり会う機会はありませんでしが」

  「傍目からでも分かるぐらいにやつれてきています」

  「提督も心配なさっていましたが、代理司令の任は重かったようです」


君嶋「俺も最近は顔を合わせていなかったからな」

君嶋「今度、労いの言葉でもかけておこうか」


  「止めておいた方が良いと思いますよ」

  「あの人は、他人にそういう気遣いをされるのが大嫌いですから」


君嶋「ああ……確かにな」

君嶋「秘書なだけあって、ここの人間の事を良く分かっている」

430: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:41:38.30 ID:Zi6JcBnP0

  「それなりに年を重ねていますから」
  
  「嫌でもそういう機敏に詳しくなってしまうものです」


君嶋「なら、ひとつ頼まれ事をしてくれ」


  「何でしょうか?」

  「艦艇の海戦術についてなら、私は専門外ですよ」


君嶋「そういう堅苦しいものじゃ無くてな」

君嶋「要するに……これだ」サッ


  「何ですか? ソレ」

  「と言うか……どこに隠し持ってたんですか」


君嶋「ハンディカメラだそうだ」

君嶋「ピストルを入れるホルスターを少し広げて、入れておいた」


  「どうしてそんなものを……」


君嶋「部下の1人に、君らの写真を撮ってくる様に頼まれてな」

君嶋「こんなものまで用意してきて、断り切れなかった」


  「それで……持って来たんですか」

  「わざわざ隠してまで持ち込んで」

431: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:43:03.56 ID:Zi6JcBnP0

君嶋「まぁ、約束は約束だからな」

君嶋「反故にするわけにも行かないだろう」


  「大尉といい貴方といい、変なところで律儀ですよね」

  「士官はそうなる教育でも受けてるんですか?」


君嶋「生まれ持った性分の1つさ」

君嶋「君がそう感じるなら、ここには似たような人間が集まるってことだろう」


  「まぁ、そうかも知れませんね」

  「他の鎮守府は軽い感じの士官が多いそうですけど」

  「ここは堅物ばかりでやりにくいと、異動してきた娘なんかは良く言ってますよ」


君嶋「本条大尉はともかく、美津島提督まで堅物扱いとは」

君嶋「余所の風紀は一体どうなっているんだ」


  「まぁ……鎮守府の特性的に女所帯になりやすいので」

  「ここみたいに男性社会の雰囲気を残したところは珍しいのでしょう」

  「近くに防衛隊の基地もありますからね」


君嶋「何だかんだ、鎮守府もアイツらの影響を受けているという訳か」

君嶋「仙田の奴なんかは食いつきそうな話題だな……」


  「それは?」


君嶋「ああ、さっきの頼みごとをしてきた部下だ」

君嶋「君たちにご執心らしくてな、同僚の1人とよく君らのことで盛り上がっているんだ」

432: ◆pOKsi7gf8c 2016/03/30(水) 23:43:33.71 ID:Zi6JcBnP0

  「防衛隊にもそんな人が居るんですね」
  
  「彼らの仕事を奪ってしまったおかげで、恨まれているものだとばかり」


君嶋「ま、奴らも向こうじゃ変わり者だがな」

君嶋「アイツらにもアイツらなりの考え方があるんだ」

君嶋「そういうことで、一枚だけいいか?」


  「写真ですか?」

  「それならいいですけど……私でいいんですかね」


君嶋「さぁ? アイツの好みは俺には分からん」

君嶋「だが、君も十分写真映えすると思う」

君嶋「間近で見ている俺が言うんだ、間違いないさ」


  「そ、そうですか」

  「なら……お任せします」

  「こういうのは初めてなので、お手柔らかにお願いしますね」


君嶋「俺だって初めてだ」

君嶋「こんなものを弄るのは生まれた初めてだが」

君嶋「まぁ……何とかなるだろう」

君嶋「それじゃあ、いくぞ」

君嶋「3、2、1……」


     カシャッ 

435: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:17:42.01 ID:S7IZuXaP0

 その日はあっという間に過ぎ去った

 提督とその秘書が不在の鎮守府へと行く理由もなく、やることといえば溜まりにたまった書類の整理のみ

 例の海上演習で忙しいのか日下部を始めとした兵科の面々が自分を訪ねてくることも無い

 そんな調子で殆ど自分の机の上で過ごしたせいか、やけに早く一日が終わった印象だった


  「よし……」


 ホッと一息をついて、軽く伸びをする
 
 そのまま視線を軽く下ろすと、乱雑に重ねられた資料の上に工場から送られてきた工程計画表が目に入る

 そこには日付を示す枠とそれに跨って書かれた矢印、その作業内容が細かく書き込まれていた

 既に工場の兵器製造ラインは通常の7割程度まで稼働しており、改修終わりで一息いれていた現場が通常運転に戻り始めた頃だった


  (計画まであと数ヶ月か……)


 これから数ヶ月で目標とされている兵器の生産数を見て、本番となる大規模作戦が差し迫っていることを肌で感じる

 美津島提督が総司令となり、自分が艦艇を使った起動部隊の長官に任命された戦い

 二重の意味で負けられない戦いがすぐそこまで迫っていた

 
  「ふあぁ……っ!」


 不意にあくびがこみ上げ、情けない声が響く

 時計を見ると午後十一時を数分ほど回った時刻、いい加減に明日の業務に支障が出る時間であった

436: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:19:55.13 ID:S7IZuXaP0

  (そろそろ、寝るか)


 間髪なく押し寄せる欠伸の第二派を押し殺しながら、もう一度伸びをする

 キッチリと止めてあった襟元のボタンを外して寝支度を整えようとしたとき、


    ガンッ バタン


 正面の扉が勢いよく開け放たれた

 突然の出来事に少し面食らいながらも、視線を上げて扉の方向を確認する
 

  「き、君嶋少尉……大変です!」


 随分と急いできたのか、よれた制服に身を包んだ日下部一等が机の前までやって来ていた


  (またか……)


 こんな風に部屋へ押しかけられるのは初めてじゃない、どうせヘマでも何かしたのだろう

 眠気でぼやけた頭でそう結論付け『はいはい』と軽くあしらう  


  「違います! そうじゃないんです」


 だが、当の日下部は何かを訴えるように必死だった

 今にも掴みかからんという具合ににじり寄り、いつもは自然に出てくる崩した敬語も何処かに飛んでいた

 深手を負って搬送されているときでさえ妙に明るい調子を崩さなかった男が申告な顔で自分の前に立っている

 先ほどまで感じていた睡魔は吹き飛び、『何か尋常でないことが起こった』と直感で理解した 

437: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:23:38.83 ID:S7IZuXaP0

  「どうした……何があった?」


 今度は真剣に何があったのかを問いかける

 表情まで意識は周らなかったが、おそらく眉間にシワを寄せてしかめ面になっていただろう


  「深海棲艦が現れました」


 質問を受けた日下部は簡潔にそう述べた

 彼の発した言葉にピクリと体が反応する

 今にも席を飛び出して問いただしたくなる衝動に駆られたが、


  「……続けてくれ」


 その気持ちを何とか抑えて先を促す

 心中穏やかではないが、何とか平静を装つように努力した


  (今は少しでも情報を仕入れておくことが重要だ)


 そう自分に言い聞かせながら、ざわつく心を押し静める


  「つい十数分前に防衛隊の港に不審な輸送船が入港許可を求めてきました」

  「当然、軍港に一般商船が入港を求めてくるなんて普通じゃないです」

  「それで……工長がその船の船長に掛け合ったところ」

  
  「深海棲艦に襲われたという訳か……」

438: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:32:37.73 ID:S7IZuXaP0

 話を聞いてみれば、何て事の無いただの輸送船の襲撃事件

 今の日本ではどこにでもありうる事態で規模もそれほど大きくは無い

 しかし……、


  「ただ、この輸送船の護衛にあたっていた艦娘が1名」

  「……消息不明です」


 ある1点で異彩を放ち、際立って目立っていた


  「同じ船団を護衛していたらしい艦娘も居ましたが」

  「ひどく負傷していて、話すのもままならない状態です」

  「それで、商船の船長に話を聞いてみたところ……」


  「もう1人が行方不明という訳か」


 輸送船を護衛していた艦娘の消息が分からなくなった

 状況からして深海棲艦との戦闘があったことは明白であり、発見された1人はかなりの深手を負っている

 そうであるならば行方不明者は撃沈、もしくはそれに準じた状況に置かれている可能性が非常に高い

 不意に見知った顔の艦娘のことが頭をよぎる、彼女も輸送船団の護衛任務を請け負っていたが……


  「少尉?」


 黙り込んだ自分を心配して日下部が声を掛けてくる

 自分に報告を済ませて安堵したのか、声の抑揚がいつもの調子に戻りつつあった

439: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:33:49.84 ID:S7IZuXaP0

  「いや、何でもない」


 彼の言葉にハッと我に返り、頭の中の嫌な考えを振り払った

 とにかく今は悪い予想に思考を割いている暇はない

 直ぐにでもやるべきことは2点、1つはより正確な情報の入手、もう1つは防衛隊の出動の要否

 もし必要と判断されれば、戦闘配備を取ら無ねばならないために、その時間的猶予も必要となる

 機械的にやるべきことを頭の中に提示し、優先順位を付ける

  
  「俺は五十嵐中佐のところへ出撃の是非を問いに行ってくる」

  「お前は鎮守府までの足を用意してくれ」

  「車でも汽車でも……とにかく直ぐに出発できる状態にしておいてくれ」


  「はい、分かりました!」

  「準備が出来たら工長の部屋まで迎えに行きます」


  「頼んだぞ」


 命令を受けた日下部は、水を得た魚のように俊敏な動きで部屋を飛び出して行った

 その後ろ姿を確認すると、先ほど外した襟元のボタンを片手で締めながら席を立つ

 壁に引っ掛けてあった上着と帽子と引ったくるような手つきで乱雑に取り、部屋を後にした

440: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:38:36.89 ID:S7IZuXaP0

  「来たか……」


 そうとだけ呟くと、難しい顔をして席に座っていた五十嵐中佐がこちらを一瞥する

 『入れ』と目くばせした後、すぐさま視線を手元にある紙の束へと戻す

 指示通りに部屋へと足を踏み入れ机の前に直立すると、何かを書き込んだらしい紙の束を机の上に軽く投げ置き、こちらへと視線を差し向けた


  「話は聞いているな?」


  「先ほど日下部一等から」


  「だったら、分かっていると思うが……」

 
 短いやり取りの後、中佐は視線を下へ下げる

 つられて目をやると、先ほどまで睨みつけていたらしい机の上におかれた資料が目に入る

 そこには件の船長との通信記録を文字へ起こしたモノであり、余白に『出撃か?』の文字が赤鉛筆で書き込まれていた
 

  「状況は?」


  「詳しくは分からん」

  「今分かっているのは日下部に報告させた通りだ」

  「鎮守府の方にも問い合わせたが『負傷した艦娘の回収に行く』の一点張りで取りつく島もない」


 そう告げると、目の前の上官は被っていた帽子を左手で取りながら右手で髪を掻き揚げた

441: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:41:04.03 ID:S7IZuXaP0

 未だにハッキリしない事態の全貌に中佐も判断を決めかねているのだろう

 これが通常状態で船を3隻持っていたならば、すぐにでも出撃準備を整えているはずだ

 だが、今は多大な予算をかけて改修させた艦艇が一艘のみ、万一これを失えばこの基地から船が無くなる

 出撃させるべきだという軍人としての考えと船への危険は避けるべきという責任者としての考えに板挟みにされて身動きできない

 掻き揚げた髪に交じる白髪は、そんな悩みを表すように疎らであった


  「中佐は、どのように考えでしょうか?」


  「出撃もやむ負えない、とは考えている」

  「お前は……どうだ?」 
 
 
 帽子を被りなおした五十嵐は、腹を決めたように答えを絞り出す

 傍らに置かれたティーカップには熱を失ったブレンドティーが飲みかけで放置されていた


  「……出撃すべきだと思います」


  「そう言うと思ったよ」

 
 得心したといった具合に、息を吐きながら呟く

 こちらの顔にあった視線は自然と逸らされ、天井の方を向いていた

 自分から話すことは無くなったという風な態度を確認して、今度は自分の考えを伝える
 
  
  「ですが、今すぐにと言う訳でありません」


  「……と言うと?」


  「闇雲に出撃するのは危険です」

  「少なくとも消息の分からない者は何者で、何処で襲われたかを調べる必要があります」

442: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:43:55.12 ID:S7IZuXaP0

 束の間に天を仰いだ中佐は再び視線を戻してこちらをまっすぐに見つめる

 流石に基地の1つの切り盛りを任されているほどの人物である

 先ほどまでの懸念を拭い去り、1人の部下が提示した案を評価し、見定める顔に戻っていた


  「これから自分が鎮守府まで行きます」

  「そこで何が起こっているのかを解明して、それから出撃の判断を下します」


  「門前払いかも知れないぞ?」


  「自分は何度も向こうに足を運んでいます」

  「相手が本条大尉でも……何とかしてみます」

 
 こちらの言い分を聞き、目の前の男はしばらく黙りこむ

 そして、冷め切っているであろう飲みかけの紅茶を一気にあおる

 カップに残っていた液体を喉奥へ追いやると、静かに口を開いた


  「……分かった」

  「無駄かも知れんが、俺の方でも話は通しておく」

  「向こうが何を考えてるのか掴んで来い」


  「はっ、了解しました!」  


  「こっちはこっちで戦闘配備を敷いておく」
 
  「今からなら4時間もあれば全てが整うはずだ」

  「話が付かなくても、取りあえずそれまでに一度戻ってこい」

  「そうなったら防衛隊の方で出撃の判断を下す」

 
 五十嵐中佐の言葉を受けて、体が自然と敬礼の動作を行う

 こちらの意を汲み敬礼を返してくる上官に一礼し、踵を返して扉へと向かう

 背後からはダイアルを回して電話をかける音が聞こえてきた 

443: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:44:38.51 ID:S7IZuXaP0

 執務室を出ると、廊下の向こうから日下部が駆け足で向かってくるのが見えた

 こちらの姿を確認した日下部は腕を大きく振りながら名前を呼んでくる

 返答代わりに右手を軽く上げながら小走りで彼の方へ向かう


  「早かったな」


  「少尉こそ……こんなに早く話が終わるなんて思ってなかったっす」

 
 軽口を返す日下部は、両手を膝に置きながら軽く息を整える

 あれから殆ど走りっぱなしだったのか、よれた制服はさらに皺くちゃになり、額にも汗が滲んでいた

 服装を正すように指摘して、日下部の息が整うのを待ってやると、すぐさま本題へと入る
 

  「それで用意はできたのか?」
 

  「はい、バッチシです」

  「向こうに停めてあるんで、付いて来てください」


 そう言って日下部は再び走り出す

 少しぐらいは説明をくれても良いではないかと心の中で思いながら、その後に付いていく

 数歩足を踏み出したところで、館内に設置されたスピーカーから五十嵐中佐の声で戦闘配備の指令が出た

 その放送に前を走る日下部が一瞬たじろぐが、構わず急かして先を急がせる

 背後で基地全体がにわかに活気づく行くのを感じながら、その場を後にした

444: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/03(日) 22:45:49.81 ID:S7IZuXaP0

  「少尉、アレです!」


 基地の正面玄関までやってきた日下部は、目の前の空間に向かった指を差し向ける

 そこにはヘッドライトが付いたままの一台の軍用車が停めてあった
 
 前面に伸びたボンネットと特徴的な丸型のヘッドライト、背面に補助タイヤが備え付けられたその車は、何時ぞやか乗せられたことのある懐かしい顔だった


  「アレは……」


  「技術部の倉庫から黙って借りてきたんす」

  「バレたら大目玉食らうんで、早く乗り込んでください」


 質問する時間を与えないとばかりに、それだけ言った日下部はさっさと運転席の方へと行ってしまった

 直感的に嫌な予感がして最後に乗ったときの事を思い返そうとするが、どうにもハッキリと思い出せない

 『どうでも良いか』と独り言ちして、運転席に座って手招きをする日下部に促されるままに、その傍らに腰を下ろす

   
  「じゃあ、飛ばしますんで」

  「しっかり捕まってて下さいっす」


 シートに取り付けられたベルトを締めると、隣から少し声色が変わった日下部の声が聞こえる

 その瞬間に、さっきまで霧がかかっていたようにボヤけていた記憶が鮮明に蘇ってくる

 そして、唐突に理解した

 先ほどの自分は決してこの車の事を忘れていたのではない、思い出したくなかったのだと……


  「おい、待て……」


 今ならまだ間に合うと、制止の声を掛けようする

 だが、ハンドルを握った隣の部下に届くことはなかった

 甲高いスキール音を立てながら、旧式の軍用車は夜のとばりの中へ飛び出していった

446: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:14:43.48 ID:bONm3BLJ0

  「少尉、君嶋少尉!」


 自分の名を呼ぶ声にハッと我に返る

 出発してからの記憶が曖昧になっているせいで、どれぐらいの時間が経ったのか分からなかった

 頭の中にはけたたましいスリップの音と壊れそうな位にエンジンを蒸かす音が鳴り響いている


  「着きました」

  「鎮守府の司令部の前です」


 未だに白と赤の光がチカチカと点滅する幻覚を見ているなか、到着を知らせる声が聞こえた

 軽く頭を振った視界の端には助手席の向こう側を眺める日下部の姿が映る

 彼の視線を追った先にはガス灯に照らされたレンガ造りの建屋と、その入り口に立っている何者かの人影があった

 
  「迎えも来てるみたいっすね」

  「早く行った方が良いんじゃないですか?」


  「ああ……そうだな」


 ようやく戻ってきた体の感覚を確かめながらシートベルトの留め具を外す

 いざドアを開けようとノブに手を掛けたとき、横から同じく留め金を外す音が響くのを耳にする

 半身捻った状態で振り向くと日下部が留め具から外したシートベルトを手にした姿が目に入ったので、慌てて制止する

447: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:15:48.95 ID:bONm3BLJ0

  「お前はここで待っているんだ」


  「でも、少尉……」

 
 当然自分も付いていくと思っていたのだろうか、留め具に掛けた手もそのままに日下部は口ごもる

 日下部の気持ちも分かるが、もしもの時のために基地へと直ぐに帰れる用意は必要だ

 そのためにも彼にはここに残って貰わなければならない
 

  「……分かりました」

  「自分はここで待機してるっす」


 待機命令を受けた日下部はしぶしぶ命令を受諾する

 今は何を優先すべきかは彼もよく分かって居るようだ

 外したまま握っていたベルトを留めなおして、こちらをまっすぐに見つめ返してきた


  「行ってくる」


 それに応えるように返事をすると、今度そ車のドアを開いて外へ降り立つ

 そして、入り口の前に立っている案内人らしき人影へと向かって歩き始めた

448: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:16:53.48 ID:bONm3BLJ0

 コツコツと靴音を響かせながら足早に入り口まで足を運ぶ

 乗ってきた車のエンジン音が遠くなり、代わりに建物から漏れる光が足元を照らしはじめた

 入り口へ向かうこちらの姿を確認したのか、先ほどから待機していた人影も自分の方へ近寄ってきた

 夜の闇からすっかりと抜けだし、お互いの全身が白熱灯の光に包まれるまで近づくと、


  「君嶋少尉さんなのですか?」


 目の前には夜半の海軍施設には不釣り合いな少女の姿があった

 突然出てきた少女に少し困惑する

 もちろん頭の中では彼女が何者で、どういう目的でここにいるかも分かってはいた

 しかし、在りし日の海軍で育った自分にはどうにも違和感を拭えない光景である


  「あ、ああ……」


 そんな動揺が表に出たのか、我ながらそっけない言葉で返事をする

 だが、少女はこちらの動揺など知った事ではないという調子で、身元について2、3質問を浴びせてくる

 それらに軽く答え、さっさと建物の中に入ってしまおうと歩を進めるが、


  「それじゃあ、こっちなのです」


 機敏な動きで前を取られ、そのまま彼女に先導される立場になってしまう

 彼女も任務として自分の対応を任されているのだろうが、その姿はやはり子供にしか見えない

 どうにも違和感を拭えなかったが、黙ってその後を追った

449: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:17:55.35 ID:bONm3BLJ0

 彼女に案内されたのは誰も居ない応接間であった

 どうせ直ぐに会うことは出来ないだろうと踏んでいたので大して落胆しなかった

 それより、ここからどうやって本条大尉に話を通してもらうかが重要だ

 試しに大尉はどうしているかと話題に出そうするが、 

  
  「初めましてなのです」


 待っていましたと言わんばかりに自己紹介をはじめられてしまう

 状況が状況だけに、鼻高々に自分の名前や所属、果ては家族の話をする彼女に呆気にとられて思考が停止する

 完全に出鼻を挫かれたまま、少女の話を右から左へと聞き流す

 ようやく彼女が自分の戦歴の話を始めた頃に割って入り、何とか先へ進めることに成功する


  「それでは……ゴホン」

  「大尉さんからの話ですね」


 途中で横槍を入れられたのが不満なのか、少し不満そうに本題を切り出す

 こちらの気持ちを分かっているのか、そうでないのか、わざとらしい咳払いのオマケ付きであった

 普段なら可愛らしいその仕草も、今の自分にとってはもどかしい以外の何物でもない


  「それで、大尉はなんと?」
  

  「会議中で誰にも邪魔されたくないので」

  「少尉さんにはここで待って貰うようにと」

450: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:18:47.91 ID:bONm3BLJ0

 肝心の本題については、想定通りと言えば想定どおりであった

 そもそも五十嵐中佐の問い合わせに応じない時点で、自分が来たところで対応は変わらない

 断わったところでやってくるのだから、迎えるだけ迎えようという魂胆なのだろう

 取りあえず、目の前の彼女から聞き出せるだけ聞き出すことにする


  「なら、大尉はいま何をやっているんだ?」


  「執務室で会議をしてます」


  「何について話している?」


  「それは……よく分からないのです」


 他にも色々と聞いてみるが、殆ど収穫は無かった
 
 どうやら、こちらは防衛隊ほど指示系統がハッキリしてないらしい

 美津島提督が不在の今、詳細を知るにはやはり本条大尉に直接掛け合うしかないようだ


  「分かった、ありがとう」


  「分かって貰えて何よりなのです」

  「それじゃあ、途中だったのでさっきの続きを……」


 質問が終わるや否や、再びさっきの話の続きを始めようとする

 彼女にすれば、初対面の人間に自分を良く知ってもらうためのサービスのつもりなのだろう

 普段は厚意に当てはまるそんな行為も、今の自分にしてみれば本条大尉が仕掛けた罠みたいなものだ

 多少無理やりでも話題を変えて、話の方向を変えようと試みる

451: ◆pOKsi7gf8c 2016/04/10(日) 23:21:49.32 ID:bONm3BLJ0

  「……おかしいです、少尉さん」

  「さっきから変な事ばかり聞いて」

  「まさか……ニセモノさんなのですか?」


 しかし、それが裏目に出てしまったようだ

 思考の大半を大尉に会うための計略に使い果たし、目の前の少女に注意を払うことを完全に失念していた

 傍から見たら不自然きわまりない会話は、彼女に不信感を与えるのには十分だった


  「いや、そんなことは……」


  「ニセモノはみんなそう言うんです」

  
 突拍子もないことを言われて、一瞬たじろいてしまった事も悪く働いた

 気づけば、目の前の少女は誰が見ても明らかな疑惑の眼差しを向けている

 こうなってしまっては何を言っても信じてはくれないだろう


  「正直に言いなさい」

  「今なら、まだ許してあげるのです」


 足りない背を必死に伸ばしてこちらを脅しにかかってくる

 全くもって脅しになっていないが、ここでひと悶着起こせば確実に出遅れてしまう

 正面に控えている日下部に助けを求める考えがよぎるが、すぐさま却下する

 これで向こうに応援を呼ばれることになったら会議に乗り込むどころではなくなる


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