―2015年 7月某日 夜―
―日本海―
―司令船 食堂―
響「……それで、トビリシが歌手になりたいって言ったら、
ラーザリは『秘書になってみたい』って」
暁「へえー、秘書……」
電「じゃあ、カリーニンさんは?」
響「それがね、最初は『軍人』って言い張ってたんだけど。
何回も聞いてたら、とうとう白状したんだよ」
響「こう、ぼそっと……『サッカー選手』って」
雷「さ、サッカー!?」
電「い、意外すぎるのです……!」プルプル
響「そうなんだよ。それでみんなも大笑いで――」
―日本海―
―司令船 食堂―
響「……それで、トビリシが歌手になりたいって言ったら、
ラーザリは『秘書になってみたい』って」
暁「へえー、秘書……」
電「じゃあ、カリーニンさんは?」
響「それがね、最初は『軍人』って言い張ってたんだけど。
何回も聞いてたら、とうとう白状したんだよ」
響「こう、ぼそっと……『サッカー選手』って」
雷「さ、サッカー!?」
電「い、意外すぎるのです……!」プルプル
響「そうなんだよ。それでみんなも大笑いで――」
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465: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:47:58.41 ID:5uDQvQ6So
提督「おーい、そろそろ食堂閉めるぞー」
雷「あ、はーい!」
暁「えぇー! ま、まだ眠くないし!」
提督「ダメだっての。今の航路なら、明日の一〇〇〇には着く見込みなんだ。
いつも通りに起きる準備しとけ」
暁「で、でも……演習って明後日からでしょ?」
雷「暁! 気持ちは分かるけど、お話は明日でも聴けるじゃない!」
提督「そうそう。それにほら……向こうの司令官の前で、あくびでもしてみろ。
本部にチクられて、俺の出世に響く」
暁「あー! 結局そういう理由じゃない!」
電「大人ってやっぱり汚いのです……!」
雷「あ、はーい!」
暁「えぇー! ま、まだ眠くないし!」
提督「ダメだっての。今の航路なら、明日の一〇〇〇には着く見込みなんだ。
いつも通りに起きる準備しとけ」
暁「で、でも……演習って明後日からでしょ?」
雷「暁! 気持ちは分かるけど、お話は明日でも聴けるじゃない!」
提督「そうそう。それにほら……向こうの司令官の前で、あくびでもしてみろ。
本部にチクられて、俺の出世に響く」
暁「あー! 結局そういう理由じゃない!」
電「大人ってやっぱり汚いのです……!」
466: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:48:33.67 ID:5uDQvQ6So
提督「正直に言うだけマシだろうが。ほら響、雷、連れてってやって」
提督「あと、部屋のロッカーに、明日から着るコートがある。
一応サイズ確認しとけよ」
暁「え、コート?」
提督「ああそうだ、安心と信頼の赤レンガブランド。4人おそろいの特注品だぞ」
暁「わぁっ……! み、見に行きましょ、みんな!」タタッ
電「あっ、暁ちゃん! ……じゃあ、司令官さん。おやすみなさい」タタタッ
雷「もう、2人とも……! ほら、響?」
響「いや……喉が渇いたから、何か飲んでから行くよ」
雷「そう? 分かったわ、ちゃんとトイレには行くのよ?」タタタッ
提督「あと、部屋のロッカーに、明日から着るコートがある。
一応サイズ確認しとけよ」
暁「え、コート?」
提督「ああそうだ、安心と信頼の赤レンガブランド。4人おそろいの特注品だぞ」
暁「わぁっ……! み、見に行きましょ、みんな!」タタッ
電「あっ、暁ちゃん! ……じゃあ、司令官さん。おやすみなさい」タタタッ
雷「もう、2人とも……! ほら、響?」
響「いや……喉が渇いたから、何か飲んでから行くよ」
雷「そう? 分かったわ、ちゃんとトイレには行くのよ?」タタタッ
467: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:49:13.17 ID:5uDQvQ6So
姉妹たちが去り、食堂には私と司令官だけが残る。
私はヤカンを両手で抱え、ぬるくなった麦茶をグラスに注ぐ。
司令官は鼻歌を歌いながら、別のヤカンを火にかける。
響「……やっぱり、寝る前はコーヒーかい?」
提督「カフェイン摂らなきゃ安眠できんよ」ザーッ
インスタントコーヒーを、マグカップへ無造作に入れる司令官。
健康的な摂取量とは言えない。
提督「……まあ、もう少しだけ仕事があるんだけどな」
響「手伝おうか?」
提督「大丈夫だ、お前も早く寝るといい」
468: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:50:03.73 ID:5uDQvQ6So
コンロの火を、司令官がじっと眺めている。
私は手元の麦茶を飲み干し、グラスをゆすいで伏せて置く。
提督「……ずいぶん楽しそうに話してたな」
響「……当たり前だよ。楽しい思い出なんだから」
提督「ふぅん……」
響「……何だい?」
提督「……何だろうな。色々、話し足りなさそうに見えてさ」
響「…………」
火を止めて、マグカップへお湯を注ぎ込む司令官。
食堂の丸い窓からは、小さな風の音が聞こえてくる。
469: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:50:38.76 ID:5uDQvQ6So
響「……もう、面白い話は残ってないよ」
提督「別にいいさ。どうせなら『最後』まで聞きたいだけだ」
響「…………」
提督「……まあ、無理にとは言わんがよ。お前が楽なのが一番だ」
風の音が、耳の奥でしだいに大きくなる。
海鳥の鋭い鳴き声も、その音に混じって聞こえる気がする。
響「……最後まで、ね」
響「みんな、優しいからね。聞かせたくないんだ」
提督「ちょうどいい。俺はあいつらほど優しくないぞ」
響「……ふふ……」
提督「別にいいさ。どうせなら『最後』まで聞きたいだけだ」
響「…………」
提督「……まあ、無理にとは言わんがよ。お前が楽なのが一番だ」
風の音が、耳の奥でしだいに大きくなる。
海鳥の鋭い鳴き声も、その音に混じって聞こえる気がする。
響「……最後まで、ね」
響「みんな、優しいからね。聞かせたくないんだ」
提督「ちょうどいい。俺はあいつらほど優しくないぞ」
響「……ふふ……」
470: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:51:08.62 ID:5uDQvQ6So
響「……なら、司令官。聴いてくれるかい?」
響「みんなのことを……『最期』まで…………」
471: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:51:58.69 ID:5uDQvQ6So
эп.6
Роковой шторм
―運命の嵐―
472: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:54:05.29 ID:4KZwyPUIo
―1958年 9月20日―
―ソ連・ウラジオストク―
ラジオ『――8日にニューギニア沖で発生した台風は、北太平洋を北上後、
19日にオホーツク海へ到達し、多大な被害をもたらしました』
ラジオ『マガダンやオホーツクを始めとした沿岸部の各地で、
家屋の倒壊や行方不明者が相次ぎ――』
ラジオ『――海上輸送や漁業にも多大な影響が及んでおり、
政府は引き続き警戒を呼びかけています』
―ソ連・ウラジオストク―
ラジオ『――8日にニューギニア沖で発生した台風は、北太平洋を北上後、
19日にオホーツク海へ到達し、多大な被害をもたらしました』
ラジオ『マガダンやオホーツクを始めとした沿岸部の各地で、
家屋の倒壊や行方不明者が相次ぎ――』
ラジオ『――海上輸送や漁業にも多大な影響が及んでおり、
政府は引き続き警戒を呼びかけています』
473: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:55:00.12 ID:4KZwyPUIo
ラジオ『また、台風の被害は軍属の艦船にも及んでいます』
ラジオ『19日早朝、太平洋艦隊所属の巡洋艦が……』
ラジオ『オホーツク海を航行中に遭難し、大破しました』
ラジオ『被害を受けたのは、巡洋艦「ペトロパブロフスク」、
旧艦名「ラーザリ・カガノーヴィチ」で――――』
474: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:55:32.14 ID:4KZwyPUIo
―早朝 埠頭―
響「はっ……はっ……!」タタタッ
けたたましいサイレンが鳴り響く中、私は全力で埠頭を駆ける。
じっとりとした向かい風に圧され、髪がばらばらに乱される。
水兵A「カガノーヴィチだ! 戻ってきたぞ!」
将校「ボート全部出せ! 生存者を……」
トビリシ「ヴェーニャ、こっち!」
潜水A「甲板は……駄目、ここからじゃ見えない!」
モロトヴェッツ「――! 錨が下りたわ!」
カリーニン「ラーザリ! ラーザリっ!」
一心不乱に錨を手繰り、甲板へと登っていくカリーニン。
私たち全員も、その後に続く。
響「はっ……はっ……!」タタタッ
けたたましいサイレンが鳴り響く中、私は全力で埠頭を駆ける。
じっとりとした向かい風に圧され、髪がばらばらに乱される。
水兵A「カガノーヴィチだ! 戻ってきたぞ!」
将校「ボート全部出せ! 生存者を……」
トビリシ「ヴェーニャ、こっち!」
潜水A「甲板は……駄目、ここからじゃ見えない!」
モロトヴェッツ「――! 錨が下りたわ!」
カリーニン「ラーザリ! ラーザリっ!」
一心不乱に錨を手繰り、甲板へと登っていくカリーニン。
私たち全員も、その後に続く。
475: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:56:09.07 ID:4KZwyPUIo
―巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」 甲板―
カリーニン「ラーザリ! 大丈――」
カリーニン「――っ――」
響「……!」
甲板は、見るも無残な状態だった。
砲等はひしゃげ、手摺りは折れ曲がり、船体のあちこちに亀裂が走っていた。
トビリシ「……あ……あぁ……」
モロトヴェッツ「……ッ!」
そして、当のラーザリは、
その甲板の中央で、仰向けに倒れ伏していた。
カリーニン「ラーザリ! 大丈――」
カリーニン「――っ――」
響「……!」
甲板は、見るも無残な状態だった。
砲等はひしゃげ、手摺りは折れ曲がり、船体のあちこちに亀裂が走っていた。
トビリシ「……あ……あぁ……」
モロトヴェッツ「……ッ!」
そして、当のラーザリは、
その甲板の中央で、仰向けに倒れ伏していた。
476: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:56:50.59 ID:4KZwyPUIo
ラーザリ「――――」
小奇麗だった服はびりびりに引き裂かれ、痛々しい素肌が露わになっている。
丁寧に結われていた髪は、乱暴に掴まれたかのように、酷くほどけて乱れていた。
うつろな両目には、のっぺりとした青空だけが映っている。
ほんの少しだけ開いた口から、か細い息が出入りしていた。
カリーニン「…………」
カリーニン「……中に入れよう。手を貸してくれ」
477: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:57:39.52 ID:4KZwyPUIo
―「ラーザリ・カガノーヴィチ」 艦長室―
カリーニン「……毛布を」
トビリシ「…………」ファサッ
ラーザリ「――……――――……」
満身創痍のラーザリを、一番上等なベッドのある場所――艦長室へと運ぶ。
艦内には誰も残っておらず、部屋の鍵も開いたままだった。
モロトヴェッツ「……暗くないかしら」
響「そうだね……カリーニン、そっちの窓を――」キイッ
カリーニン「……毛布を」
トビリシ「…………」ファサッ
ラーザリ「――……――――……」
満身創痍のラーザリを、一番上等なベッドのある場所――艦長室へと運ぶ。
艦内には誰も残っておらず、部屋の鍵も開いたままだった。
モロトヴェッツ「……暗くないかしら」
響「そうだね……カリーニン、そっちの窓を――」キイッ
478: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:58:07.69 ID:4KZwyPUIo
手近にあった窓のフタを、何気なく上げた、その瞬間。
その窓に入っていた亀裂から、突然風が流れ込んできた。
笛のような音を立てながら、湿った風が部屋に渦巻く。
壁の内側からは、キィキィと金属の軋む音が聞こえた。
ラーザリ「……――――!!」ビクッ
ラーザリ「あ――あぁあぁぁ―――ああああぁぁっ……!!!」
カリーニン「! ラーザリっ!?」
479: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:58:44.45 ID:4KZwyPUIo
ラーザリ「うぁ……あ、あぁぁぁ……!!」
ラーザリ「いや、いやだぁ……ああぁ……っ――」
カリーニン「大丈夫、大丈夫だ……! ラーザリ……!」
響「っ……!」パタン
反射的に窓のフタを閉じる。
風の音が止み、部屋に静寂が戻った。
ラーザリ「……っ……~~っ……!!」ガチガチ
カリーニン「大丈夫だ、もう基地にいる……大丈夫だからな……」
肩を抱いて、ガタガタと震えあがるラーザリ。
衰弱しきった彼女を見ていると、どことなく後ろめたい気分に駆られた。
まるで、見てはいけないものを見てしまったような……。
ラーザリ「いや、いやだぁ……ああぁ……っ――」
カリーニン「大丈夫、大丈夫だ……! ラーザリ……!」
響「っ……!」パタン
反射的に窓のフタを閉じる。
風の音が止み、部屋に静寂が戻った。
ラーザリ「……っ……~~っ……!!」ガチガチ
カリーニン「大丈夫だ、もう基地にいる……大丈夫だからな……」
肩を抱いて、ガタガタと震えあがるラーザリ。
衰弱しきった彼女を見ていると、どことなく後ろめたい気分に駆られた。
まるで、見てはいけないものを見てしまったような……。
480: 今日はここまで ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/28(日) 20:59:24.60 ID:4KZwyPUIo
カリーニン「…………」チラッ
響「…………」
カリーニン「……みんな、すまないが……」
カリーニン「……ゆっくり休ませてやりたいんだ。私に任せてくれないか……」
トビリシ「え……」
モロトヴェッツ「…………」コクン
トビリシ「で、でも……!」
モロトヴェッツ「――トビリシ」
トビリシ「っ……」
響「……外で待っておくよ。何かあったら呼んでくれ」
カリーニン「……すまない」
ラーザリ「……ぁ――……う、ぅ…………」
トビリシたちと一緒に、部屋の外に出る。
見られたくないものは誰にだってあるし、こっちにも見たくないものがある。
響「…………」
カリーニン「……みんな、すまないが……」
カリーニン「……ゆっくり休ませてやりたいんだ。私に任せてくれないか……」
トビリシ「え……」
モロトヴェッツ「…………」コクン
トビリシ「で、でも……!」
モロトヴェッツ「――トビリシ」
トビリシ「っ……」
響「……外で待っておくよ。何かあったら呼んでくれ」
カリーニン「……すまない」
ラーザリ「……ぁ――……う、ぅ…………」
トビリシたちと一緒に、部屋の外に出る。
見られたくないものは誰にだってあるし、こっちにも見たくないものがある。
484: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/02/29(月) 23:59:34.59 ID:p/Thmm4co
―午後―
―艦内・通路―
響「…………」
「――って、あいつら……大したこ――」
「馬鹿を――な! ……いくせに――また――」
響「……?」
艦長室の前で待つこと半日。
扉の向こうから、微かな声が聞こえるのに気がついた。
まどろみかけていた意識が、一気に現実へ戻ってくる。
そばにいたトビリシとモロトヴェッツも、声に気づいて顔を上げていた。
モロトヴェッツ「――! この声……」
トビリシ「ラーザリさん……!? 気がついたんだわ!」
響「……!」
―艦内・通路―
響「…………」
「――って、あいつら……大したこ――」
「馬鹿を――な! ……いくせに――また――」
響「……?」
艦長室の前で待つこと半日。
扉の向こうから、微かな声が聞こえるのに気がついた。
まどろみかけていた意識が、一気に現実へ戻ってくる。
そばにいたトビリシとモロトヴェッツも、声に気づいて顔を上げていた。
モロトヴェッツ「――! この声……」
トビリシ「ラーザリさん……!? 気がついたんだわ!」
響「……!」
485: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:02:10.83 ID:8AedTRjso
―艦長室―
はやる気持ちを抑え、おもむろに扉を開ける。
少しずつ開いていく隙間から、橙色の光が漏れ出した。ランプが点いているらしい。
カリーニン「大丈夫なわけがあるか! こんな時にまで何の見栄を――!」
ラーザリ「どうせ言ったって分かんないでしょうよ! あんたみたいに図太くないしね!
私はねぇ、こんな惨めな所…… ――っ!」
カリーニン「……? ――!!」
ベッドの上にいるラーザリが、カリーニンと口論を繰り広げていた。
2人は部屋に入ってきた私たちを見て、気まずそうに口をつぐんだ。
はやる気持ちを抑え、おもむろに扉を開ける。
少しずつ開いていく隙間から、橙色の光が漏れ出した。ランプが点いているらしい。
カリーニン「大丈夫なわけがあるか! こんな時にまで何の見栄を――!」
ラーザリ「どうせ言ったって分かんないでしょうよ! あんたみたいに図太くないしね!
私はねぇ、こんな惨めな所…… ――っ!」
カリーニン「……? ――!!」
ベッドの上にいるラーザリが、カリーニンと口論を繰り広げていた。
2人は部屋に入ってきた私たちを見て、気まずそうに口をつぐんだ。
486: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:04:06.95 ID:8AedTRjso
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……おはようさん。見舞いの花でも持ってきてくれた?」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツ「……具合はどう?」
ラーザリ「少し寒気がしたけどね。ま、今はもう……何ともないよ」
カリーニン「っ――!」キッ
ラーザリ「…………」ジロッ
ラーザリはベッドの上に座り込み、首から下をぴっちりと毛布で包んでいた。
ほどけたままの長い髪は、無造作に後ろへ流されている。
ラーザリ「……おはようさん。見舞いの花でも持ってきてくれた?」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツ「……具合はどう?」
ラーザリ「少し寒気がしたけどね。ま、今はもう……何ともないよ」
カリーニン「っ――!」キッ
ラーザリ「…………」ジロッ
ラーザリはベッドの上に座り込み、首から下をぴっちりと毛布で包んでいた。
ほどけたままの長い髪は、無造作に後ろへ流されている。
487: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:06:41.04 ID:8AedTRjso
トビリシ「…………」
ラーザリ「――ったくもう、んな深刻になんなくたってさ」
ラーザリ「一張羅は台無しになったけど……ま、辛いって言えばそんぐらいだよ」
響「……すぐに直るさ。修理が始まったらね」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……だろうね。どうせひと月も休めないか」
ラーザリ「……ま、せっかく降って湧いた休暇なんだ。
せいぜい有意義に過ごさせてもらうよ」
響「…………」
ラーザリ「――ったくもう、んな深刻になんなくたってさ」
ラーザリ「一張羅は台無しになったけど……ま、辛いって言えばそんぐらいだよ」
響「……すぐに直るさ。修理が始まったらね」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……だろうね。どうせひと月も休めないか」
ラーザリ「……ま、せっかく降って湧いた休暇なんだ。
せいぜい有意義に過ごさせてもらうよ」
響「…………」
488: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:09:40.26 ID:8AedTRjso
ラーザリ「……そこで突っ立ってんのも暇でしょ。何ならさ、本でも取ってきてよ」
響「本?」
ラーザリ「ベッドの上って、どうにも暇でね……
まだ読みかけの奴、薪小屋に置きっぱなしなんだ」
ラーザリ「看病はこのバカだけで十分だしさ。
――意地でも1人にさせない気なんだよ、こいつ」
カリーニン「…………」
いつもの調子で軽口を叩き、ひねくれた笑みを浮かべるラーザリ。
けれど、見慣れたはずのその笑顔は……どこか縮こまって、弱々しく見えた。
響「本?」
ラーザリ「ベッドの上って、どうにも暇でね……
まだ読みかけの奴、薪小屋に置きっぱなしなんだ」
ラーザリ「看病はこのバカだけで十分だしさ。
――意地でも1人にさせない気なんだよ、こいつ」
カリーニン「…………」
いつもの調子で軽口を叩き、ひねくれた笑みを浮かべるラーザリ。
けれど、見慣れたはずのその笑顔は……どこか縮こまって、弱々しく見えた。
489: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:11:21.20 ID:8AedTRjso
響「……分かった、3人で持ってくる。――いいかい?」
トビリシ「――!」
モロトヴェッツ「…………」コクン
響「……トビリシ?」
トビリシ「…………うん」
ラーザリ「……悪いね。持ってきてくれるだけでいいからさ」
響「本の題名は?」
ラーザリ「――10冊ぐらいあるんだわ。床に平積みになってるやつ」
響「……ずいぶん貯め込んだね」
ラーザリ「ま、上から適当に4、5冊でいいよ。どうせ長くは休めないしね……」
トビリシ「――!」
モロトヴェッツ「…………」コクン
響「……トビリシ?」
トビリシ「…………うん」
ラーザリ「……悪いね。持ってきてくれるだけでいいからさ」
響「本の題名は?」
ラーザリ「――10冊ぐらいあるんだわ。床に平積みになってるやつ」
響「……ずいぶん貯め込んだね」
ラーザリ「ま、上から適当に4、5冊でいいよ。どうせ長くは休めないしね……」
490: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:12:53.75 ID:8AedTRjso
・
・
・
ラーザリ自身は、そう言っていた。
私も、同じように考えていた。
――けれど。
1週間経っても、1ヶ月経っても、1年という月日が流れても、
ラーザリの服は直らなかった。
響「…………」
入渠はおろか、応急修理すら施されないまま……
ラーザリの船体は、埠頭の一角に放置されていた。
・
・
ラーザリ自身は、そう言っていた。
私も、同じように考えていた。
――けれど。
1週間経っても、1ヶ月経っても、1年という月日が流れても、
ラーザリの服は直らなかった。
響「…………」
入渠はおろか、応急修理すら施されないまま……
ラーザリの船体は、埠頭の一角に放置されていた。
491: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:13:34.51 ID:8AedTRjso
ラーザリ「……こうも退屈だと、寝ちゃいそうだよ」
響「……? 寝たくないのかい?
任務もないんだ、ずっと寝てたっていいと思うけど」
ラーザリ「…………」
その間、ラーザリは一歩もベッドから出なかった。
船体の破損が影響して、彼女は足を動かせなくなっていた。
響「……? 寝たくないのかい?
任務もないんだ、ずっと寝てたっていいと思うけど」
ラーザリ「…………」
その間、ラーザリは一歩もベッドから出なかった。
船体の破損が影響して、彼女は足を動かせなくなっていた。
492: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:14:03.44 ID:8AedTRjso
・
・
・
ラーザリ「……う……あぁぁ……! あ、ああぁっ……!」
ラーザリ「……沈む……沈むの……!? いや、だれか……誰かぁ……!」
カリーニン「ラーザリっ!」ギュッ
しばらく経って、ラーザリが寝たがらない理由が分かった。
意識を閉じるたびに、悪夢を見ていたんだ。
自分が遭難した記憶。それが夢として蘇り、ラーザリを延々と蝕んでいた。
・
・
ラーザリ「……う……あぁぁ……! あ、ああぁっ……!」
ラーザリ「……沈む……沈むの……!? いや、だれか……誰かぁ……!」
カリーニン「ラーザリっ!」ギュッ
しばらく経って、ラーザリが寝たがらない理由が分かった。
意識を閉じるたびに、悪夢を見ていたんだ。
自分が遭難した記憶。それが夢として蘇り、ラーザリを延々と蝕んでいた。
493: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:14:41.90 ID:8AedTRjso
ラーザリ「冷たい……ああ、水が……!
……こわい……私、まだ……あぁぁ……!」
響「っ……!」ギュッ
ラーザリ「いやだ、いやだぁ……! みんなぁ……!
たすけて……たすけてよぉ……!」
目覚めたラーザリは、私に見られていたのが分かると……
黙ってうつむき、歯を食いしばった。
ラーザリ「…………」
――そして、ラーザリは。
しだいに、口をきいてくれなくなった。
……こわい……私、まだ……あぁぁ……!」
響「っ……!」ギュッ
ラーザリ「いやだ、いやだぁ……! みんなぁ……!
たすけて……たすけてよぉ……!」
目覚めたラーザリは、私に見られていたのが分かると……
黙ってうつむき、歯を食いしばった。
ラーザリ「…………」
――そして、ラーザリは。
しだいに、口をきいてくれなくなった。
494: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:15:37.71 ID:8AedTRjso
―ラーザリの遭難より、1年3ヶ月後―
―1959年 12月某日 深夜―
―基地内 通路―
響「……誰もいない?」
トビリシ「うん、大丈夫」
響「よし……落とさないようにね」
2人で本を抱えながら、深夜の基地をこっそりと進む。
図書室に死蔵されている本を、艦で待つラーザリに届けるためだ。
当時の私たちの、大切な日課だった。
響「……? それ……」
トビリシ「あ……うん、チェスの入門書」
響「……ラーザリ、昔からチェス好きだったろう?」
トビリシ「違うのよ。わたしが読もうと思って」
響「え?」
トビリシ「ほら、前にチェス道具を持っていったでしょ。
でもラーザリさん、ずーっと1人で動かしてるし……」
トビリシ「だったら、相手がいた方が、って……」
響「……優しいね」
トビリシ「…………ううん……」
―1959年 12月某日 深夜―
―基地内 通路―
響「……誰もいない?」
トビリシ「うん、大丈夫」
響「よし……落とさないようにね」
2人で本を抱えながら、深夜の基地をこっそりと進む。
図書室に死蔵されている本を、艦で待つラーザリに届けるためだ。
当時の私たちの、大切な日課だった。
響「……? それ……」
トビリシ「あ……うん、チェスの入門書」
響「……ラーザリ、昔からチェス好きだったろう?」
トビリシ「違うのよ。わたしが読もうと思って」
響「え?」
トビリシ「ほら、前にチェス道具を持っていったでしょ。
でもラーザリさん、ずーっと1人で動かしてるし……」
トビリシ「だったら、相手がいた方が、って……」
響「……優しいね」
トビリシ「…………ううん……」
495: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:16:05.55 ID:8AedTRjso
トビリシ「……ねぇ、ヴェーニャ」
響「?」
トビリシ「――ラーザリさん、ぜったいに直るよね?」
響「…………」
トビリシ「最近、ただでさえ物不足だもの」
トビリシ「鋼材とかを集めるのに、ちょっと時間がかかってるだけよ……そうよね?」
響「……それは……」
響「?」
トビリシ「――ラーザリさん、ぜったいに直るよね?」
響「…………」
トビリシ「最近、ただでさえ物不足だもの」
トビリシ「鋼材とかを集めるのに、ちょっと時間がかかってるだけよ……そうよね?」
響「……それは……」
496: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:16:48.72 ID:8AedTRjso
答えあぐねていた、ちょうどその時。
廊下にある扉の1つが、かすれた音を立ててゆっくりと開いた。
トビリシ「っ!」ビクッ
響「……! あそこは……」
品のある木目に、細やかな金細工。他とは一線を画す重厚な造り。
司令室の扉だった。
497: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:17:51.49 ID:8AedTRjso
モロトヴェッツ「…………」
司令室から出てきたのは、モロトヴェッツだった。
窓からの月明かりに照らされたその顔は、幽鬼のように真っ青だった。
響「……モロトヴェッツ?」
モロトヴェッツ「――!」
トビリシ「ど……どうしたんですか?」
モロトヴェッツ「…………」
モロトヴェッツ「――――カリーニンを呼んで。今すぐによ」
司令室から出てきたのは、モロトヴェッツだった。
窓からの月明かりに照らされたその顔は、幽鬼のように真っ青だった。
響「……モロトヴェッツ?」
モロトヴェッツ「――!」
トビリシ「ど……どうしたんですか?」
モロトヴェッツ「…………」
モロトヴェッツ「――――カリーニンを呼んで。今すぐによ」
498: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:19:08.77 ID:8AedTRjso
―埠頭 深夜―
カリーニン「…………なんて……言った? モロトヴェッツ……」
モロトヴェッツ「……何回言っても同じ話よ」
「ラーザリ」がすぐそばに泊まっている、埠頭の片隅。
渋るカリーニンを半ば無理やりに連れ出してから、
モロトヴェッツが重々しく口を開いた。
モロトヴェッツ「……来年度の、艦隊再編成計画の一環で……」
モロトヴェッツ「――――「ラーザリ・カガノーヴィチ」は、解体される」
――その一言は、
私たちを凍りつかせるのに十分だった。
カリーニン「…………なんて……言った? モロトヴェッツ……」
モロトヴェッツ「……何回言っても同じ話よ」
「ラーザリ」がすぐそばに泊まっている、埠頭の片隅。
渋るカリーニンを半ば無理やりに連れ出してから、
モロトヴェッツが重々しく口を開いた。
モロトヴェッツ「……来年度の、艦隊再編成計画の一環で……」
モロトヴェッツ「――――「ラーザリ・カガノーヴィチ」は、解体される」
――その一言は、
私たちを凍りつかせるのに十分だった。
499: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:19:59.36 ID:8AedTRjso
響「…………っ……!」
トビリシ「…………え……?」
モロトヴェッツ「――書類の点検中に、来年度の計画書を見つけたのよ」
モロトヴェッツ「来年、1960年の2月を目途に、
巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」、および「カリーニン」の両艦を除籍」
モロトヴェッツ「……その後、「カリーニン」は宿泊艦に種別変更」
モロトヴェッツ「……「カガノーヴィチ」については……
――――可及的速やかに解体する、と」
カリーニン「…………」
トビリシ「……うそ……うそよ……!」
モロトヴェッツ「決定事項よ。司令の署名付きでね」
トビリシ「…………え……?」
モロトヴェッツ「――書類の点検中に、来年度の計画書を見つけたのよ」
モロトヴェッツ「来年、1960年の2月を目途に、
巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」、および「カリーニン」の両艦を除籍」
モロトヴェッツ「……その後、「カリーニン」は宿泊艦に種別変更」
モロトヴェッツ「……「カガノーヴィチ」については……
――――可及的速やかに解体する、と」
カリーニン「…………」
トビリシ「……うそ……うそよ……!」
モロトヴェッツ「決定事項よ。司令の署名付きでね」
500: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:20:56.71 ID:8AedTRjso
響「……その様子だと、ラーザリには?」
モロトヴェッツ「……ええ、まだよ。
まずは、あなたたちに教えておこうと……」
モロトヴェッツ「……彼女には、私が直接伝えるわ」
トビリシ「――っ! 言うんですか!? 解体されるって……!」
モロトヴェッツ「…………」
トビリシ「そんな……そんなの、ひどすぎますっ!
『お前は死ぬ』って言うようなものじゃないですか!」
モロトヴェッツ「――当たり前でしょう!
人間だろうと獣だろうと、生まれたものは必ず死ぬわ!」
モロトヴェッツ「私たちだって……フネだって同じよ! 造られたからには、絶対に朽ちる!」
モロトヴェッツ「……ええ、まだよ。
まずは、あなたたちに教えておこうと……」
モロトヴェッツ「……彼女には、私が直接伝えるわ」
トビリシ「――っ! 言うんですか!? 解体されるって……!」
モロトヴェッツ「…………」
トビリシ「そんな……そんなの、ひどすぎますっ!
『お前は死ぬ』って言うようなものじゃないですか!」
モロトヴェッツ「――当たり前でしょう!
人間だろうと獣だろうと、生まれたものは必ず死ぬわ!」
モロトヴェッツ「私たちだって……フネだって同じよ! 造られたからには、絶対に朽ちる!」
501: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:21:46.44 ID:8AedTRjso
トビリシ「ラーザリさん、今だってあんなに荒んでるんですよ……!?」
トビリシ「そんな……そんなこと言ったら! もっと追い詰めるだけです!」
モロトヴェッツ「ごまかし続けるのがいいとでも言うの!?」
モロトヴェッツ「ある日突然除籍されて……何もわからないままに解体される!
そっちの方がよっぽど残酷でしょう!?」
トビリシ「っ……! でも……でもっ……!」
モロトヴェッツ「いい加減にして! 私だって、本当は……!」
響「――モロトヴェッツ」
モロトヴェッツ「っ――!」
トビリシ「…………」
トビリシ「そんな……そんなこと言ったら! もっと追い詰めるだけです!」
モロトヴェッツ「ごまかし続けるのがいいとでも言うの!?」
モロトヴェッツ「ある日突然除籍されて……何もわからないままに解体される!
そっちの方がよっぽど残酷でしょう!?」
トビリシ「っ……! でも……でもっ……!」
モロトヴェッツ「いい加減にして! 私だって、本当は……!」
響「――モロトヴェッツ」
モロトヴェッツ「っ――!」
トビリシ「…………」
502: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:22:27.97 ID:8AedTRjso
響「……遅かれ早かれ、いつか直面することなんだ」
響「だったら、早めに覚悟を決めてもらう方がいい」
トビリシ「……っ……」
響「それに、ここにいる全員が知ってしまった以上……」
響「知らないふりで、今まで通りに接するのも難しいと思う」
響「やっぱり、きちんと伝えるしかないよ」
モロトヴェッツ「…………」
響「……代わろうか?」
モロトヴェッツ「……大丈夫よ。今まで何回も言ってきた。
ソラクシンのときも、他の子たちのときも……」
モロトヴェッツ「――今更、押し付けるなんてできないわ」
響「…………」
響「だったら、早めに覚悟を決めてもらう方がいい」
トビリシ「……っ……」
響「それに、ここにいる全員が知ってしまった以上……」
響「知らないふりで、今まで通りに接するのも難しいと思う」
響「やっぱり、きちんと伝えるしかないよ」
モロトヴェッツ「…………」
響「……代わろうか?」
モロトヴェッツ「……大丈夫よ。今まで何回も言ってきた。
ソラクシンのときも、他の子たちのときも……」
モロトヴェッツ「――今更、押し付けるなんてできないわ」
響「…………」
503: 続きはまた明日 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/01(火) 00:22:59.71 ID:8AedTRjso
カリーニン「…………モロトヴェッツ」
モロトヴェッツ「……?」
カリーニン「……私も一緒に、除籍されると言ったな」
モロトヴェッツ「ええ……解体はラーザリ1隻だけれど」
カリーニン「…………そう、か……」
響「……?」
カリーニン「……なぁ、モロトヴェッツ……」
カリーニン「ひとつだけ、頼みがあるんだが……」
モロトヴェッツ「……?」
カリーニン「……私も一緒に、除籍されると言ったな」
モロトヴェッツ「ええ……解体はラーザリ1隻だけれど」
カリーニン「…………そう、か……」
響「……?」
カリーニン「……なぁ、モロトヴェッツ……」
カリーニン「ひとつだけ、頼みがあるんだが……」
505: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:23:14.66 ID:J/IL3/Nqo
―数十分後―
―「ラーザリ」 艦長室―
私たちが部屋を訪れると、ラーザリは少しだけ顔を上げた。
決して歓迎はされなかったけど、追い返されもしなかった。
モロトヴェッツ「――――」
トビリシ「……っ……ぐすっ……」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツが淡々と説明する中、ラーザリはずっと黙っていた。
やがて話が終わり、ぞっとするような静寂が訪れた後……
ラーザリは、ゆっくりと口を開いた。
―「ラーザリ」 艦長室―
私たちが部屋を訪れると、ラーザリは少しだけ顔を上げた。
決して歓迎はされなかったけど、追い返されもしなかった。
モロトヴェッツ「――――」
トビリシ「……っ……ぐすっ……」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツが淡々と説明する中、ラーザリはずっと黙っていた。
やがて話が終わり、ぞっとするような静寂が訪れた後……
ラーザリは、ゆっくりと口を開いた。
506: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:23:59.02 ID:J/IL3/Nqo
ラーザリ「……解体」
ラーザリ「……解体ね……私が……」
響「…………」
ラーザリ「……来年の2月?」
モロトヴェッツ「……ええ。書類によればね」
ラーザリ「……ああ……そう……」
私たちに背を向け、毛布にくるまるラーザリ。
毛布をつかんだ手が、小刻みに震えていた。
ラーザリ「…………帰ってくれる?」
モロトヴェッツ「…………」
ラーザリ「……解体ね……私が……」
響「…………」
ラーザリ「……来年の2月?」
モロトヴェッツ「……ええ。書類によればね」
ラーザリ「……ああ……そう……」
私たちに背を向け、毛布にくるまるラーザリ。
毛布をつかんだ手が、小刻みに震えていた。
ラーザリ「…………帰ってくれる?」
モロトヴェッツ「…………」
507: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:24:57.05 ID:J/IL3/Nqo
モロトヴェッツがカリーニンに目配せする。
視線に応じたカリーニンは、静かにベッドに歩み寄った。
カリーニン「辛いか」
ラーザリ「…………」
カリーニン「……私は辛いぞ」
カリーニン「お前と一緒に除籍されて……『2人揃って』解体なんてな」
508: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:25:38.90 ID:J/IL3/Nqo
ラーザリ「…………!」
ラーザリがわずかに頭を動かす。
少しだけ潤んだような目で、肩越しにカリーニンへ視線を向けた。
カリーニンはラーザリの顔を見ず、うつむいたまま言葉を続ける。
カリーニン「腐っても姉妹だったらしい。最期の最期まで、お前と一緒か」
カリーニン「……マクシム姉さんが聞いたら、大笑いするな」
ラーザリ「…………」
カリーニン「――何も、腹を括れとは言わん。私だって……怖いものは怖いんだ」
カリーニン「……だから……だから、お前も……」
響「…………」
ラーザリがわずかに頭を動かす。
少しだけ潤んだような目で、肩越しにカリーニンへ視線を向けた。
カリーニンはラーザリの顔を見ず、うつむいたまま言葉を続ける。
カリーニン「腐っても姉妹だったらしい。最期の最期まで、お前と一緒か」
カリーニン「……マクシム姉さんが聞いたら、大笑いするな」
ラーザリ「…………」
カリーニン「――何も、腹を括れとは言わん。私だって……怖いものは怖いんだ」
カリーニン「……だから……だから、お前も……」
響「…………」
509: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:26:09.89 ID:J/IL3/Nqo
カリーニンが言葉を詰まらせる。
ラーザリは、何かを言いたそうな目で、自分の姉を見つめている。
カリーニン「……トビリシ」
トビリシ「!」
カリーニン「……少し、代わってもらえるか」
トビリシ「……っ……!!」コクン
微笑んで踵を返し、部屋を出ていくカリーニン。
私とモロトヴェッツも、それに続いた。
510: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:26:46.87 ID:J/IL3/Nqo
―甲板―
響「良かったのかい? ラーザリから離れて」
カリーニン「あのまま居たらボロが出そうでな。……少し落ち着いたら、すぐに戻る」
カリーニン「――――久しぶりだよ。嘘をついたのは」
艦長室を出たあと、カリーニンは無言で甲板へと上がっていった。
モロトヴェッツは、埠頭で待つ「家族」の所へ戻っていったけど、
私はカリーニンの後を追った。
――どうしても、訊いてみたいことがあったからだ。
響「……カリーニン」
響「どうして、あんな嘘を?」
カリーニン「ん……?」
響「良かったのかい? ラーザリから離れて」
カリーニン「あのまま居たらボロが出そうでな。……少し落ち着いたら、すぐに戻る」
カリーニン「――――久しぶりだよ。嘘をついたのは」
艦長室を出たあと、カリーニンは無言で甲板へと上がっていった。
モロトヴェッツは、埠頭で待つ「家族」の所へ戻っていったけど、
私はカリーニンの後を追った。
――どうしても、訊いてみたいことがあったからだ。
響「……カリーニン」
響「どうして、あんな嘘を?」
カリーニン「ん……?」
511: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:27:20.51 ID:J/IL3/Nqo
響「自分も一緒に解体なんて……怖がるふりまでして、どうして……」
カリーニン「…………」
カリーニン「あいつは……性根が曲がってるからな」
響「え?」
カリーニン「怖いとか寂しいとか、素直に言えばいいのに……
そういうのを見せないのが、格好いいと思ってるんだ」
カリーニン「本当は……人一倍、気が弱いくせにな」
響「…………」
カリーニン「だから、同じように怖がってる奴がいれば……
少しは、安心できるんじゃないかと」
カリーニン「……何と言うのか、そう思ってな」
響「…………」
カリーニン「…………」
カリーニン「あいつは……性根が曲がってるからな」
響「え?」
カリーニン「怖いとか寂しいとか、素直に言えばいいのに……
そういうのを見せないのが、格好いいと思ってるんだ」
カリーニン「本当は……人一倍、気が弱いくせにな」
響「…………」
カリーニン「だから、同じように怖がってる奴がいれば……
少しは、安心できるんじゃないかと」
カリーニン「……何と言うのか、そう思ってな」
響「…………」
512: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:27:48.93 ID:J/IL3/Nqo
カリーニン「見栄っ張りで、小賢しくて、情けない奴だが……
それでも、私の妹なんだよ」
カリーニン「――不安なままには、させたくないんだ」
響「…………」
カリーニン「どうした?」
響「いいや。……ずいぶん丸くなったね」
カリーニン「……そうか?」フフッ
小さく笑うカリーニン。
出会ったばかりのころには無かった、落ち着きをたたえた笑みだった。
それでも、私の妹なんだよ」
カリーニン「――不安なままには、させたくないんだ」
響「…………」
カリーニン「どうした?」
響「いいや。……ずいぶん丸くなったね」
カリーニン「……そうか?」フフッ
小さく笑うカリーニン。
出会ったばかりのころには無かった、落ち着きをたたえた笑みだった。
513: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:28:29.64 ID:J/IL3/Nqo
―艦長室―
カリーニン「……すまないな、トビリシ。もう――」ガチャッ
響「……!」
トビリシ「っ……ひぐっ……うぅぅ~~……っ……」
ラーザリ「……あー……もう……」サスサス
艦長室に戻った私たちは、中の様子を見て、呆気にとられた。
ベッドにすがりついて、延々と泣きじゃくっているトビリシ。
その頭を、ラーザリがおろおろしながら撫でていた。
カリーニン「……すまないな、トビリシ。もう――」ガチャッ
響「……!」
トビリシ「っ……ひぐっ……うぅぅ~~……っ……」
ラーザリ「……あー……もう……」サスサス
艦長室に戻った私たちは、中の様子を見て、呆気にとられた。
ベッドにすがりついて、延々と泣きじゃくっているトビリシ。
その頭を、ラーザリがおろおろしながら撫でていた。
514: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:29:04.48 ID:J/IL3/Nqo
ラーザリ「――!」
響「」
カリーニン「」
トビリシ「……うぅ……ん……ひっぐ……えぐ……」ギューッ
ラーザリ「…………」
私たちに気付いたラーザリが、救いを求めるような目を向ける。
そして溜息をつきながら、弱々しく声を上げた。
ラーザリ「……な……何とかしてよ、見てないでさぁ……」
響「」
カリーニン「」
トビリシ「……うぅ……ん……ひっぐ……えぐ……」ギューッ
ラーザリ「…………」
私たちに気付いたラーザリが、救いを求めるような目を向ける。
そして溜息をつきながら、弱々しく声を上げた。
ラーザリ「……な……何とかしてよ、見てないでさぁ……」
515: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:29:44.74 ID:J/IL3/Nqo
カリーニン「……っく……」
響「……ふふっ……」
深刻な顔で頼んでいるのに、その手はトビリシを慰めるのを止めない。
妙に能天気な光景に思えて、ついつい笑いがこぼれてしまった。
ラーザリ「あ、このっ……!」
トビリシ「うぅぅぇぇぇぇぇん……! らっ、ら、らーじゃりしゃ……」
ラーザリ「……勘弁してよ、もう……」
カリーニン「くふっ……ひ、ひっ……ははは……!」
響「ふ、ふふ……ご、ごめ……ふふっ……」
――すごく久しぶりに、笑った気がした。
響「……ふふっ……」
深刻な顔で頼んでいるのに、その手はトビリシを慰めるのを止めない。
妙に能天気な光景に思えて、ついつい笑いがこぼれてしまった。
ラーザリ「あ、このっ……!」
トビリシ「うぅぅぇぇぇぇぇん……! らっ、ら、らーじゃりしゃ……」
ラーザリ「……勘弁してよ、もう……」
カリーニン「くふっ……ひ、ひっ……ははは……!」
響「ふ、ふふ……ご、ごめ……ふふっ……」
――すごく久しぶりに、笑った気がした。
516: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:30:24.94 ID:J/IL3/Nqo
・
・
・
その日から、私たちは1日中、ラーザリの部屋に入り浸るようになった。
解体が決定し、誰ひとり立ち入らなくなった艦内で、朝から晩まで一緒に過ごした。
勝手な願いかもしれないけれど……
残りの時間を、少しでも一緒に過ごしたかったんだ。
ラーザリも、軽く文句を言うだけで、私たちを追い返しはしなかった。
そして、何より――
以前のように、普通に話してくれるようになった。
517: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:30:59.25 ID:J/IL3/Nqo
・
・
・
ラーザリ「――はい、チェック」
トビリシ「あうっ……! え、えっと……ビショップだから……」
ラーザリ「よーく見なよ。考えるのを止めたらそこで負けさ」
カリーニン「……妙に優しいな。いつもの煽りがないぞ」ヒソヒソ
モロトヴェッツ「? 別に煽られたことなんて……」
響「……君が相手のときだけじゃないかい?」
カリーニン「なにぃ!?」
ラーザリ「~~♪」ピュイーッ
・
・
ラーザリ「――はい、チェック」
トビリシ「あうっ……! え、えっと……ビショップだから……」
ラーザリ「よーく見なよ。考えるのを止めたらそこで負けさ」
カリーニン「……妙に優しいな。いつもの煽りがないぞ」ヒソヒソ
モロトヴェッツ「? 別に煽られたことなんて……」
響「……君が相手のときだけじゃないかい?」
カリーニン「なにぃ!?」
ラーザリ「~~♪」ピュイーッ
518: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:31:34.00 ID:J/IL3/Nqo
・
・
・
トビリシ「ラーザリさん! 薪小屋のラジオ持ってきました!」
ラーザリ「え? ああ……じゃあ、机のあたりに置いといたら?」
響「だいぶ散らかってきたね。物も増えたし」
ラーザリ「……あのねえ、あんたたちが色々持ってくるんでしょうが」
トビリシ「今日はですね、新人歌謡曲の特集ですって!」カチッカチッ
ラーザリ「そんなのよりさ、またアメリカの電波入れてみようよ。
あのビル・ヘイリーっていうの、いい感じだし」
カリーニン「……そんなに良いか? あんな軟弱な……」
・
・
トビリシ「ラーザリさん! 薪小屋のラジオ持ってきました!」
ラーザリ「え? ああ……じゃあ、机のあたりに置いといたら?」
響「だいぶ散らかってきたね。物も増えたし」
ラーザリ「……あのねえ、あんたたちが色々持ってくるんでしょうが」
トビリシ「今日はですね、新人歌謡曲の特集ですって!」カチッカチッ
ラーザリ「そんなのよりさ、またアメリカの電波入れてみようよ。
あのビル・ヘイリーっていうの、いい感じだし」
カリーニン「……そんなに良いか? あんな軟弱な……」
519: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:32:01.76 ID:J/IL3/Nqo
・
・
・
モロトヴェッツ「……すっかり、溜まり場になっちゃったわね」
ラーザリ「まったくですよ。……おかげで、ちっとも眠れません」
モロトヴェッツ「たまには静かに過ごしたい?」
ラーザリ「……どうでしょうねぇ」
モロトヴェッツ「……ラーザリ。そうだろうと思って、良い本を持ってきたわ」ドン
ラーザリ「へ? …………!?」
響(……げ、『原色 海洋哺乳類図鑑』……?)
モロトヴェッツ「見なさい、この素敵なクジラたちの数々……
ナガスクジラの洗練されたフォルム、セミクジラの武骨なあご……」
ラーザリ「 」
響(……どうしよう、目が本気だよ)
・
・
モロトヴェッツ「……すっかり、溜まり場になっちゃったわね」
ラーザリ「まったくですよ。……おかげで、ちっとも眠れません」
モロトヴェッツ「たまには静かに過ごしたい?」
ラーザリ「……どうでしょうねぇ」
モロトヴェッツ「……ラーザリ。そうだろうと思って、良い本を持ってきたわ」ドン
ラーザリ「へ? …………!?」
響(……げ、『原色 海洋哺乳類図鑑』……?)
モロトヴェッツ「見なさい、この素敵なクジラたちの数々……
ナガスクジラの洗練されたフォルム、セミクジラの武骨なあご……」
ラーザリ「 」
響(……どうしよう、目が本気だよ)
520: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:32:44.96 ID:J/IL3/Nqo
・
・
・
ラーザリ「……そりゃね、頼んだのは確かにこっちだけどさ」
ラーザリ「日本の歌とか歌ってみて、って……」
響「いいかい? じゃあ、もう一度いくよ」
響『海ーっのおっとこの艦隊勤務♪』
トビリシ『ゲッツゲッツカースィー モックキンキーン!』
響「ハラショー!」
トビリシ「ぃやったぁ!」
ラーザリ「――いや、なんで軍歌?」
響「元気が出るかと思ってね」
ラーザリ「……とんでもないね、日本軍。プロレタリアートの鑑だわ」
・
・
ラーザリ「……そりゃね、頼んだのは確かにこっちだけどさ」
ラーザリ「日本の歌とか歌ってみて、って……」
響「いいかい? じゃあ、もう一度いくよ」
響『海ーっのおっとこの艦隊勤務♪』
トビリシ『ゲッツゲッツカースィー モックキンキーン!』
響「ハラショー!」
トビリシ「ぃやったぁ!」
ラーザリ「――いや、なんで軍歌?」
響「元気が出るかと思ってね」
ラーザリ「……とんでもないね、日本軍。プロレタリアートの鑑だわ」
521: 続きはまた明日 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/02(水) 00:35:14.45 ID:J/IL3/Nqo
潜水D「失礼しますっ!」ガチャッ
モロトヴェッツ「ヴェールヌイ、楽器が見つかったわ」
カリーニン「む、ハーモニカか」
潜水A「伴奏には少し不足かしら? ……ま、ドレミが出るなら何でも同じね」
トビリシ「吹けるんですか!?」
潜水A「たしなみよ、たしなみ」ペピー
ラーザリ「……とうとう楽器まで来ちゃったよ。次は全員で合唱かね?」
響「やりたいかい?」
ラーザリ「バカ言うなってのよ」ゴロン
寝転がって、目を閉じるラーザリ。
ハーモニカの音色に合わせ、小刻みに頭を動かしている。
眠るつもりはないようだった。
そうでなければ……あんなに、楽しそうな笑顔はできない。
ラーザリ「……~~♪」
――そして。
2ヶ月という時間は、瞬く間に過ぎた。
モロトヴェッツ「ヴェールヌイ、楽器が見つかったわ」
カリーニン「む、ハーモニカか」
潜水A「伴奏には少し不足かしら? ……ま、ドレミが出るなら何でも同じね」
トビリシ「吹けるんですか!?」
潜水A「たしなみよ、たしなみ」ペピー
ラーザリ「……とうとう楽器まで来ちゃったよ。次は全員で合唱かね?」
響「やりたいかい?」
ラーザリ「バカ言うなってのよ」ゴロン
寝転がって、目を閉じるラーザリ。
ハーモニカの音色に合わせ、小刻みに頭を動かしている。
眠るつもりはないようだった。
そうでなければ……あんなに、楽しそうな笑顔はできない。
ラーザリ「……~~♪」
――そして。
2ヶ月という時間は、瞬く間に過ぎた。
524: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:48:31.61 ID:ksgfnpv/o
―1960年 2月初頭―
―艦長室―
トビリシ「……うー……」カクンカクン
響「……トビリシ、休むなら艦に戻ってからね」
トビリシ「んー……」zzz
潜水A「くーっ……くー……」zzz
モロトヴェッツ「姉さんも、ほら……」
ラーザリ「……ガタが来てんのはみんな一緒か。
よくまあ、あんなにはしゃいだもんだね」
ラーザリ「……私はいいから、連れて帰ってやってよ。たまにはゆっくり過ごしたいしさ」
カリーニン「……そうか。じゃあ2人とも、すまないが――」
―艦長室―
トビリシ「……うー……」カクンカクン
響「……トビリシ、休むなら艦に戻ってからね」
トビリシ「んー……」zzz
潜水A「くーっ……くー……」zzz
モロトヴェッツ「姉さんも、ほら……」
ラーザリ「……ガタが来てんのはみんな一緒か。
よくまあ、あんなにはしゃいだもんだね」
ラーザリ「……私はいいから、連れて帰ってやってよ。たまにはゆっくり過ごしたいしさ」
カリーニン「……そうか。じゃあ2人とも、すまないが――」
525: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:48:59.03 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「――カリーニンも」
カリーニン「……?」
ラーザリ「……毎日つきっきりじゃ、色々滅入るでしょ。
今日ぐらい1人で休んどきなよ。見張り役代わってもらってさ」
カリーニン「見張り役って……お前なぁ」
ラーザリ「例えばほら…………ヴェールヌイ、とか……」
響「……え?」
カリーニン「……? まあ……お前がそう言うなら……」
カリーニン「ヴェールヌイ、どうだ? 頼めるか」
響「あ、ああ……構わないけど……」
カリーニン「すまないな、急に……トビリシは私が運んでおくよ」
モロトヴェッツ「じゃあ、おやすみなさい。……ほら、行きますよ、姉さん」
カリーニン「……?」
ラーザリ「……毎日つきっきりじゃ、色々滅入るでしょ。
今日ぐらい1人で休んどきなよ。見張り役代わってもらってさ」
カリーニン「見張り役って……お前なぁ」
ラーザリ「例えばほら…………ヴェールヌイ、とか……」
響「……え?」
カリーニン「……? まあ……お前がそう言うなら……」
カリーニン「ヴェールヌイ、どうだ? 頼めるか」
響「あ、ああ……構わないけど……」
カリーニン「すまないな、急に……トビリシは私が運んでおくよ」
モロトヴェッツ「じゃあ、おやすみなさい。……ほら、行きますよ、姉さん」
526: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:49:51.93 ID:ksgfnpv/o
カリーニンたちが、続々と部屋を後にする。
賑やかだった艦長室には、私とラーザリだけが残った。
青白い月明かりが、窓から私たちの間に差し込んでいる。
ラーザリ「……悪かったね、何か」
響「いや、いいんだけど……どうしたんだい? 突然」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……ねぇ、ヴェールヌイ。
この基地に来て、もうどれぐらいになる?」
響「え? ええと…………13年、ぐらいかな」
ラーザリ「……13年。13年か……」
ラーザリ「……もう、そんなになるんだね……」
響「……?」
527: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:50:40.03 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「……昼間、ジェルジネッツが1人で来てさ」
ラーザリ「何だろって思って聞いてたら……
謝りに来たって言うんだよ、あいつ」
響「へぇ……?」
ラーザリ「……『鉄クズなんて言ってごめんなさい』、って」
ラーザリ「覚えてる? あんたがここに来たばっかりの……
みんなで薪遊びをやったころだよ」
響「……うん」
ラーザリ「あいつ、ずーっと気にしてたらしいんだ。
なのに、なかなか機会がつかめなかったって……」
ラーザリ「……13年もあったんだよ? もっと早く言えそうなもんだけどね」
響「……そうだね」
ラーザリ「ふふ……」
響「…………」
ラーザリ「何だろって思って聞いてたら……
謝りに来たって言うんだよ、あいつ」
響「へぇ……?」
ラーザリ「……『鉄クズなんて言ってごめんなさい』、って」
ラーザリ「覚えてる? あんたがここに来たばっかりの……
みんなで薪遊びをやったころだよ」
響「……うん」
ラーザリ「あいつ、ずーっと気にしてたらしいんだ。
なのに、なかなか機会がつかめなかったって……」
ラーザリ「……13年もあったんだよ? もっと早く言えそうなもんだけどね」
響「……そうだね」
ラーザリ「ふふ……」
響「…………」
528: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:51:37.90 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……もう2月でしょ。そろそろかな、って気がしてね」
響「――!」
ラーザリ「こんなこと言うと、あのバカに……またヘンに心配されそうでさ」
響「……でも……それなら、カリーニンも――」
ラーザリ「――『私だけ』でしょ? 本当は」
ラーザリ「……もう2月でしょ。そろそろかな、って気がしてね」
響「――!」
ラーザリ「こんなこと言うと、あのバカに……またヘンに心配されそうでさ」
響「……でも……それなら、カリーニンも――」
ラーザリ「――『私だけ』でしょ? 本当は」
529: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:52:39.57 ID:ksgfnpv/o
響「っ……!!」
驚いて頭を上げ、ラーザリを見る。
目の前には、あの見慣れた、どこか卑屈な片頬笑いがあった。
響「……知ってたんだね」
ラーザリ「分かるよ。ずーっと下向いてるんだから」
ラーザリ「何でも面と向かって言う奴がだよ?
……慣れないことはするもんじゃないね」
窓の外に顔を向けるラーザリ。
どこからか、小さな風の音が聞こえる。
ラーザリ「……ヴェールヌイ」
響「……何だい?」
ラーザリ「…………沈むのが怖いって、思ったことある?」
響「…………」
驚いて頭を上げ、ラーザリを見る。
目の前には、あの見慣れた、どこか卑屈な片頬笑いがあった。
響「……知ってたんだね」
ラーザリ「分かるよ。ずーっと下向いてるんだから」
ラーザリ「何でも面と向かって言う奴がだよ?
……慣れないことはするもんじゃないね」
窓の外に顔を向けるラーザリ。
どこからか、小さな風の音が聞こえる。
ラーザリ「……ヴェールヌイ」
響「……何だい?」
ラーザリ「…………沈むのが怖いって、思ったことある?」
響「…………」
530: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:53:25.30 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「最近ね……どうにも思い出すんだ」
ラーザリ「10年くらい前だったかな。
潜水艦のソラクシンたちが……笑いながら解体されてってさ」
ラーザリ「それに、あいつも……カリーニンも。
溺れたいとかなんとか言って、自分から沈んでいっちゃって」
響「…………」
ラーザリ「……気が付いたらさ。そのことばっかり考えてるんだよ」
ラーザリ「ヒビが入って、消えていって……顔も体も、真っ白に……」
ラーザリ「なのに……なんで、笑ってられるの?
なんで自分から……沈もうなんて……」
ラーザリ「私は……あんな嵐でも……もう……!」
ラーザリ「10年くらい前だったかな。
潜水艦のソラクシンたちが……笑いながら解体されてってさ」
ラーザリ「それに、あいつも……カリーニンも。
溺れたいとかなんとか言って、自分から沈んでいっちゃって」
響「…………」
ラーザリ「……気が付いたらさ。そのことばっかり考えてるんだよ」
ラーザリ「ヒビが入って、消えていって……顔も体も、真っ白に……」
ラーザリ「なのに……なんで、笑ってられるの?
なんで自分から……沈もうなんて……」
ラーザリ「私は……あんな嵐でも……もう……!」
531: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:54:03.13 ID:ksgfnpv/o
すがりつくような手つきで、毛布を固く握りしめるラーザリ。
ちらりと見えた彼女の腕には、まだ生々しい傷跡が残っていた。
ラーザリ「…………嫌だ……」
ラーザリ「……やっぱり、嫌だよ……私は……」
ラーザリ「消えて無くなるって、どういうこと……?
死ぬってことと……何が違うの……」
ラーザリ「自分がいなくなるってさ……そんなに……そんなに、簡単なわけ……!」
響「――――怖かったよ」
532: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:55:05.85 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「――っ……」
ラーザリの動きがぴたりと止まる。
私の次の一言を、全身で待っているようにも見えた。
響「……キス島では艦首を爆撃されて、私も海に叩きつけられた」
響「機雷に当たったこともある。せっかく直った首が、また折れてね」
響「マストをやられたときは、電源も駄目になって……目の前が真っ白に霞んだよ」
響「――何度も何度も、もう駄目だと思った。
沈むのが怖くなかったなんて、口が裂けても言えないよ」
ラーザリ「…………」
響「……でもね、ラーザリ」
響「本当に怖くて、辛かったのは……別に、そういうことじゃないんだ」
ラーザリ「……?」
ラーザリの動きがぴたりと止まる。
私の次の一言を、全身で待っているようにも見えた。
響「……キス島では艦首を爆撃されて、私も海に叩きつけられた」
響「機雷に当たったこともある。せっかく直った首が、また折れてね」
響「マストをやられたときは、電源も駄目になって……目の前が真っ白に霞んだよ」
響「――何度も何度も、もう駄目だと思った。
沈むのが怖くなかったなんて、口が裂けても言えないよ」
ラーザリ「…………」
響「……でもね、ラーザリ」
響「本当に怖くて、辛かったのは……別に、そういうことじゃないんだ」
ラーザリ「……?」
533: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/03(木) 00:55:57.76 ID:ksgfnpv/o
響「……私が傷付くたびに、誰かが死ぬ」
響「直前まで、仲間と笑い合ってた水兵さんが……
ただの一瞬で、何も言えなくなる」
響「……まして、轟沈でもすれば……200人が一気に道連れになる」
ラーザリ「……っ……」
響「……だからね。私が、私『だけ』が消えて、それで済むなら」
響「怖いけど……でも、怖いだけだ。何も辛くはないんだよ」
ラーザリ「…………」
響「直前まで、仲間と笑い合ってた水兵さんが……
ただの一瞬で、何も言えなくなる」
響「……まして、轟沈でもすれば……200人が一気に道連れになる」
ラーザリ「……っ……」
響「……だからね。私が、私『だけ』が消えて、それで済むなら」
響「怖いけど……でも、怖いだけだ。何も辛くはないんだよ」
ラーザリ「…………」
534: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:56:44.05 ID:ksgfnpv/o
いつの間にか、ラーザリは私を見ていた。
唇を真一文字に結んで、何かをじっと考え込んでいた。
彼女は、見たことのない目をしていた。
まるで天高くそびえ立つ何かを、仰向けで見上げるような眼差しだった。
ラーザリ「……ヴェールヌイ……」
ラーザリ「……私、私ね……本当は……」
響「……うん」
ラーザリ「…………」
535: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:57:46.98 ID:ksgfnpv/o
そこまで言いかけて、ラーザリは毛布に潜ってしまった。
ラーザリ「……いや……いいよ、やっぱり」
響「何だい、それ」フフッ
ラーザリ「大したことじゃないからさ」
響「気になるよ。本当は何だって?」
ラーザリ「いいから! ほら……別の話しよう、別の」
響「例えば?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……あんたの話」
響「……私の?」
536: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:58:23.11 ID:ksgfnpv/o
ラーザリ「色々あるでしょ? 日本にいたときのこととかさ……」
響「……そんな話でいいのかい?」
ラーザリ「知っておきたくなったんだよ。
あんたの生涯なんて話……どんな本にも載ってないしね」
響「…………」
ラーザリ「……ほら」
身体を寄せ、ベッドを少しだけ空けるラーザリ。
私は少し考えてから、小さく頷き、ベッドに腰かける。
響「……そうだね……」
響「……私が……初めて、海に出たのは――――」
響「……そんな話でいいのかい?」
ラーザリ「知っておきたくなったんだよ。
あんたの生涯なんて話……どんな本にも載ってないしね」
響「…………」
ラーザリ「……ほら」
身体を寄せ、ベッドを少しだけ空けるラーザリ。
私は少し考えてから、小さく頷き、ベッドに腰かける。
響「……そうだね……」
響「……私が……初めて、海に出たのは――――」
537: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 00:58:59.18 ID:ksgfnpv/o
・
・
・
538: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 01:00:10.19 ID:ksgfnpv/o
―数日後 埠頭―
響「…………」
ドックへ向けて、1隻の巡洋艦が曳かれてゆく。
マストは歪み、電線は千切れ、艦体のあちこちに亀裂が見える。
「……っ……う……ひぐっ……」
モロトヴェッツ「…………」
トビリシ「……っ……」ギュッ
カリーニン「う……ぐぅっ……ううぅぅっ……!」
最期は誰にも見られたくない。
そう言って、彼女は1人でいることを望んだ。
別れの挨拶も、あまり長くはしたがらなかった。
私たちとは、もう十分に話したと……軽く笑いながら、私たちを帰した。
響「…………」
ドックへ向けて、1隻の巡洋艦が曳かれてゆく。
マストは歪み、電線は千切れ、艦体のあちこちに亀裂が見える。
「……っ……う……ひぐっ……」
モロトヴェッツ「…………」
トビリシ「……っ……」ギュッ
カリーニン「う……ぐぅっ……ううぅぅっ……!」
最期は誰にも見られたくない。
そう言って、彼女は1人でいることを望んだ。
別れの挨拶も、あまり長くはしたがらなかった。
私たちとは、もう十分に話したと……軽く笑いながら、私たちを帰した。
539: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 01:01:33.25 ID:ksgfnpv/o
響「……? あれは……」
屋根つきのドックから、雑多な金属音が鳴り始めた。
ドックに続く海の上では、たくさんの浅黒い海鳥が、鋭い鳴き声を上げていた。
響「……ウミツバメ……」
潜水A「え……?」
響「ううん……」
ラーザリの声が、頭の中に甦る。
その声に合わせて、呟くように……ゆっくりと口を動かした。
屋根つきのドックから、雑多な金属音が鳴り始めた。
ドックに続く海の上では、たくさんの浅黒い海鳥が、鋭い鳴き声を上げていた。
響「……ウミツバメ……」
潜水A「え……?」
響「ううん……」
ラーザリの声が、頭の中に甦る。
その声に合わせて、呟くように……ゆっくりと口を動かした。
540: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 01:02:25.41 ID:ksgfnpv/o
響「……『あたかも炎の蛇のように、これら稲妻の反映は、海にもがいて消えてゆく』」
響「……『嵐だ、もうすぐ嵐が来るぞ』――」
――『海燕の歌』。
ラーザリたちの姉と同じ名前の、とある作家が書いた詩だ。
ウラジオストクに来たばかりのころ、
ラーザリの授業で、何度も読んで……ついには暗誦できるようになった。
響「…………」
響「……ラーザリ…………」
響「…………次は……何の勉強だい……?」
響「……『嵐だ、もうすぐ嵐が来るぞ』――」
――『海燕の歌』。
ラーザリたちの姉と同じ名前の、とある作家が書いた詩だ。
ウラジオストクに来たばかりのころ、
ラーザリの授業で、何度も読んで……ついには暗誦できるようになった。
響「…………」
響「……ラーザリ…………」
響「…………次は……何の勉強だい……?」
541: 続きはまた明日 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 01:03:38.16 ID:ksgfnpv/o
やがて、ドックの音は聞こえなくなった。
けれど、ウミツバメの澄んだ声は、いつまで経っても止まなかった。
港が――――少し、広くなった。
545: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:07:24.80 ID:F4/sD5OYo
――
――――
――――――――
提督「…………」
響「戦ってたころは、考えもしなかったな」
響「仲間を、みんなで見送るなんて」
提督「……そうか」
響「……ラーザリと別れてから、毎日が何となく変わった気がした」
響「……最期まで、無駄にしたくないって……何だか、そんな風に思えてきたんだ」
響「退屈しのぎに眠るのも止めた。
……それでも、年を取ったせいで、いつの間にか寝てしまうこともあったけどね」
提督「……ああ」
――――
――――――――
提督「…………」
響「戦ってたころは、考えもしなかったな」
響「仲間を、みんなで見送るなんて」
提督「……そうか」
響「……ラーザリと別れてから、毎日が何となく変わった気がした」
響「……最期まで、無駄にしたくないって……何だか、そんな風に思えてきたんだ」
響「退屈しのぎに眠るのも止めた。
……それでも、年を取ったせいで、いつの間にか寝てしまうこともあったけどね」
提督「……ああ」
546: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:09:31.19 ID:F4/sD5OYo
響「他のみんなも、そんな感じだったよ。今まで以上に、一緒にいることが多くなった」
響「……たぶん、みんなも何となく感じ始めてたんじゃないかな」
響「…………もう、時間は残ってないんだ、って」
提督「…………」
響「……そして……」
響「次に、旅立っていったのは――――」
響「……たぶん、みんなも何となく感じ始めてたんじゃないかな」
響「…………もう、時間は残ってないんだ、って」
提督「…………」
響「……そして……」
響「次に、旅立っていったのは――――」
547: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:11:26.03 ID:F4/sD5OYo
――――――――
――――
――
―1963年 4月12日―
―金角湾・海上 市街地方面―
カリーニン「……いい天気だ」
カリーニン「散歩に行くには、ちょうどいいな」
雲一つない青空の下。
街の船着き場に上がったカリーニンが、静かな笑顔でそう言った。
ラーザリのときから3年遅れで、カリーニンの解体も決定した。
この日、埠頭のドックでは……今まさに、「カリーニン」が鉄に戻ろうとしていた。
カリーニン「……どうせ最期だ、いくら遠出したって構わないだろう」
カリーニン「そう思わないか? ヴェールヌイ……」
響「……うん」
――――
――
―1963年 4月12日―
―金角湾・海上 市街地方面―
カリーニン「……いい天気だ」
カリーニン「散歩に行くには、ちょうどいいな」
雲一つない青空の下。
街の船着き場に上がったカリーニンが、静かな笑顔でそう言った。
ラーザリのときから3年遅れで、カリーニンの解体も決定した。
この日、埠頭のドックでは……今まさに、「カリーニン」が鉄に戻ろうとしていた。
カリーニン「……どうせ最期だ、いくら遠出したって構わないだろう」
カリーニン「そう思わないか? ヴェールヌイ……」
響「……うん」
548: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:13:11.26 ID:F4/sD5OYo
モロトヴェッツ「どのあたりまで行くつもりなの?」
カリーニン「……まあ、どこというわけではないんだが」
カリーニン「この街を、もっと近くから……この目で見たくなったんだ」
トビリシ「…………」
カリーニン「……トビリシ。お前が教えてくれたんだぞ」
カリーニン「お前とヴェールヌイのおかげで……
大事なものが、やっと分かったんだ」
トビリシ「……っ……~~っ……!」
カリーニン「いい子でいろよ。他の駆逐艦たちにもよろしくな」
トビリシ「っう……ううぅ……う゛う゛う゛ぅぅ……っ……!!」
カリーニン「……バカ、なんて顔だ……」
カリーニン「……まあ、どこというわけではないんだが」
カリーニン「この街を、もっと近くから……この目で見たくなったんだ」
トビリシ「…………」
カリーニン「……トビリシ。お前が教えてくれたんだぞ」
カリーニン「お前とヴェールヌイのおかげで……
大事なものが、やっと分かったんだ」
トビリシ「……っ……~~っ……!」
カリーニン「いい子でいろよ。他の駆逐艦たちにもよろしくな」
トビリシ「っう……ううぅ……う゛う゛う゛ぅぅ……っ……!!」
カリーニン「……バカ、なんて顔だ……」
549: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:16:22.27 ID:F4/sD5OYo
モロトヴェッツ「…………」
カリーニン「モロトヴェッツ、お前にも色々面倒をかけたな」
モロトヴェッツ「……そうね。昔はずいぶん突っかかられたわ」
カリーニン「――ジェルジネッツの具合は?」
潜水D「……だいぶ、お身体が辛いみたいです。
お起こししたんですが、寝たきりで……」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツ「心配しないで。あとのことは、私が……」
モロトヴェッツ「ううん。私『たち』が、何とかするから」
カリーニン「……そうか。だったら、良かったよ」
モロトヴェッツ「――今まで楽しかったわ、カリーニン。
…………マクレルやソラクシンに、よろしくね」
カリーニン「……ああ。ありがとう」
カリーニン「モロトヴェッツ、お前にも色々面倒をかけたな」
モロトヴェッツ「……そうね。昔はずいぶん突っかかられたわ」
カリーニン「――ジェルジネッツの具合は?」
潜水D「……だいぶ、お身体が辛いみたいです。
お起こししたんですが、寝たきりで……」
カリーニン「…………」
モロトヴェッツ「心配しないで。あとのことは、私が……」
モロトヴェッツ「ううん。私『たち』が、何とかするから」
カリーニン「……そうか。だったら、良かったよ」
モロトヴェッツ「――今まで楽しかったわ、カリーニン。
…………マクレルやソラクシンに、よろしくね」
カリーニン「……ああ。ありがとう」
550: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:18:35.55 ID:F4/sD5OYo
響「…………」
カリーニン「……ヴェールヌイ」
カリーニン「……お前には……いくら礼を言っても足りないな」
響「私は何もしてないよ」フフッ
カリーニン「馬鹿を言うな。……モロトヴェッツたちと仲良く出来たのも、
守るべきものを見つけられたのも」
カリーニン「……全部、お前のおかげだよ」
響「…………」
帽子を押さえて、少し目深にかぶる。
こうも真っ直ぐに感謝されると、照れ隠しをせずにはいられない。
カリーニン「――お前がいたから、私は変われた」
カリーニン「ハリボテの愛国心なんかじゃない、本当の誇りを持てたんだ」
カリーニン「戦いらしい戦いなど、何一つせずに消えるなんて……
昔の私なら、大声で拒んだだろう」
カリーニン「でも、今は……不思議と、少しも嫌じゃないんだ」
響「…………」
カリーニン「……ヴェールヌイ」
カリーニン「……お前には……いくら礼を言っても足りないな」
響「私は何もしてないよ」フフッ
カリーニン「馬鹿を言うな。……モロトヴェッツたちと仲良く出来たのも、
守るべきものを見つけられたのも」
カリーニン「……全部、お前のおかげだよ」
響「…………」
帽子を押さえて、少し目深にかぶる。
こうも真っ直ぐに感謝されると、照れ隠しをせずにはいられない。
カリーニン「――お前がいたから、私は変われた」
カリーニン「ハリボテの愛国心なんかじゃない、本当の誇りを持てたんだ」
カリーニン「戦いらしい戦いなど、何一つせずに消えるなんて……
昔の私なら、大声で拒んだだろう」
カリーニン「でも、今は……不思議と、少しも嫌じゃないんだ」
響「…………」
551: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:20:49.20 ID:F4/sD5OYo
カリーニン「……ただ、まあ……もしも、次があるなら」
カリーニン「…………『今度こそは』とも、思うんだがな……」
小さく笑うカリーニンの目から、一筋の涙が零れる。
カリーニンは涙を拭わず、私に向かって右手を差し出す。
その指先には、少しずつ亀裂が入り始めていた。
響「――カリーニン」
差し出された手を、しっかりと握り返す。
カリーニンは、じっと黙ったまま、私の顔を見つめている。
カリーニン「……ありがとう」
カリーニン「――――さよならだ、ヴェールヌイ」
響「……うん」
カリーニン「…………『今度こそは』とも、思うんだがな……」
小さく笑うカリーニンの目から、一筋の涙が零れる。
カリーニンは涙を拭わず、私に向かって右手を差し出す。
その指先には、少しずつ亀裂が入り始めていた。
響「――カリーニン」
差し出された手を、しっかりと握り返す。
カリーニンは、じっと黙ったまま、私の顔を見つめている。
カリーニン「……ありがとう」
カリーニン「――――さよならだ、ヴェールヌイ」
響「……うん」
552: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:22:48.95 ID:F4/sD5OYo
・
・
・
肩を押さえたカリーニンが、街の坂道を登っていく。
道行く人々を振り返りながら、一歩一歩、前に進んでいく。
その様子を、私たちは海の上から見守る。
響「…………」
カリーニンの足取りが重くなる。
ひび割れた足を引きずりながら、それでも坂を登ろうとする。
響「……!」
坂道は、中央広場へと続いている。
その広場にあと少しという場所で、カリーニンは膝から崩れ落ちてしまった。
553: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:25:05.29 ID:F4/sD5OYo
カリーニン「…………っ……!」
右足が、陶器のように粉々になっていた。
歩けなくなったカリーニン。けれど彼女は、地面を這いずってまで進み続ける。
カリーニン「……~~っ!!」
亀裂は既に、上半身にも広がっていた。
何人もの通行人が、姿の見えないカリーニンにつまづいていた。
響「…………!!」
右足が、陶器のように粉々になっていた。
歩けなくなったカリーニン。けれど彼女は、地面を這いずってまで進み続ける。
カリーニン「……~~っ!!」
亀裂は既に、上半身にも広がっていた。
何人もの通行人が、姿の見えないカリーニンにつまづいていた。
響「…………!!」
554: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:27:09.59 ID:F4/sD5OYo
とうとう、カリーニンは中央広場に辿り着いた。
脚は膝から下が無くなり、左腕も既に砕け散っていた。
最後の力を振り絞って、カリーニンは広場に立つ像へ寄りかかる。
勇ましい顔で旗を掲げた、名前のない英雄の像だ。
カリーニン「…………」
広場を行き交う人々を、カリーニンは静かに見つめていた。
子供も、母親も、お年寄りも、兵士も……
数えきれない人々が、カリーニンの前を通り過ぎていった。
カリーニン「――――――――」
少し遠くて、はっきりとは分からなかったけど……
その一瞬、カリーニンが微笑んだ気がした。
響「…………」
555: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:29:27.90 ID:F4/sD5OYo
人の流れが、カリーニンを覆い隠す。
そして、次に雑踏が途切れたとき……もう、彼女の姿はどこにもなかった。
――――港が……また少し、広くなった。
556: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:31:14.29 ID:F4/sD5OYo
―1964年 1月31日 夜―
―駆逐艦「ヴェールヌイ」 甲板―
響「…………」
カリーニンを見送って、どれぐらい経っただろうか。
自分が起きているのか、眠っているのか。
それすらも曖昧になってきていた。
響「…………ん……」
どこからか、金属のこすれ合うような音が聞こえる。
私はゆっくりとまぶたを上げた。
星の光が、私の瞳へ穏やかに入り込んでくる。
「…………ヴェーニャ……」
響「……?」
トビリシ「…………」
―駆逐艦「ヴェールヌイ」 甲板―
響「…………」
カリーニンを見送って、どれぐらい経っただろうか。
自分が起きているのか、眠っているのか。
それすらも曖昧になってきていた。
響「…………ん……」
どこからか、金属のこすれ合うような音が聞こえる。
私はゆっくりとまぶたを上げた。
星の光が、私の瞳へ穏やかに入り込んでくる。
「…………ヴェーニャ……」
響「……?」
トビリシ「…………」
557: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:33:19.15 ID:F4/sD5OYo
いつの間にか、甲板にトビリシが来ていた。
その身体は、ぼんやりと光を放っているように見えた。
響「…………!」
トビリシ「……ごめんね。……そばにいってもいい?」
響「……うん……」
トビリシが、私の隣に座る。
互いの顔は見なかった。見てしまえば、何かが抑えられなくなる。
558: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:35:18.85 ID:F4/sD5OYo
トビリシ「…………」
響「…………」
トビリシが、私の手を握った。
柔らかい手が、すっかり冷たくなっていた。
トビリシ「…………ねえ、ヴェーニャ」
響「ん……」
トビリシ「……なにか……歌わない……?」
響「……歌……?」
トビリシ「あの音…………あんまり、聞きたくないの……」
響「…………」
トビリシが、私の手を握った。
柔らかい手が、すっかり冷たくなっていた。
トビリシ「…………ねえ、ヴェーニャ」
響「ん……」
トビリシ「……なにか……歌わない……?」
響「……歌……?」
トビリシ「あの音…………あんまり、聞きたくないの……」
559: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:37:00.47 ID:F4/sD5OYo
(https://www.youtube.com/watch?v=FVtCLEFH43o
)
響「…………」
響「――『心もうつろに あてもなくさまよう』……」
トビリシ「……『あの子はどこへ行ったやら いとしいスリコ』――」
響「『夕べの城跡に 孤児らが遊ぶ』――」
トビリシ「…………『どこかにスリコが いやせぬか 忘られぬスリコ』――」
握る手に、わずかに力がこもる。
ぬくもりを肌に覚えさせるように、私もしっかりと握り返す。
響「…………『森のウグイスに 呼びかけた』……」
響「……『スリコの墓を 知らないか』――――」
トビリシ「……『優しいウグイス ささやいた』……」
トビリシ「『スリコのお墓は あなたの下に』――――」
)
響「…………」
響「――『心もうつろに あてもなくさまよう』……」
トビリシ「……『あの子はどこへ行ったやら いとしいスリコ』――」
響「『夕べの城跡に 孤児らが遊ぶ』――」
トビリシ「…………『どこかにスリコが いやせぬか 忘られぬスリコ』――」
握る手に、わずかに力がこもる。
ぬくもりを肌に覚えさせるように、私もしっかりと握り返す。
響「…………『森のウグイスに 呼びかけた』……」
響「……『スリコの墓を 知らないか』――――」
トビリシ「……『優しいウグイス ささやいた』……」
トビリシ「『スリコのお墓は あなたの下に』――――」
560: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:38:04.57 ID:F4/sD5OYo
歌声が止まる。
波のさざめきが、無慈悲な金属音を包み隠している。
トビリシ「――波の音……」
響「…………」
トビリシ「……歌が……海に……響いてるわ…………」
響「……響く……か……」
トビリシ「え……?」
響「……ねえ、トビリシ。いいことを教えてあげる」
響「こっちに来てから……誰にも言ってないことだよ」
響「――――私はね。本当は、「響」っていうんだ……」
561: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:40:19.65 ID:F4/sD5OYo
トビリシ「……ヒビ……キ……?」
響「そう……“響き(звучит )”――――」
トビリシ「……それが……ほんとの名前……?」
響「……うん」
トビリシ「ヒビキ……ヒビキ……」
トビリシ「…………やっぱり……すてきね……」
響「……ありがとう」
トビリシ「……ヴェーニャって呼んじゃ……いやだった……?」
響「……ううん、嬉しかったよ」
トビリシ「…………」
トビリシ「……よかった……」
響「そう……“響き(звучит )”――――」
トビリシ「……それが……ほんとの名前……?」
響「……うん」
トビリシ「ヒビキ……ヒビキ……」
トビリシ「…………やっぱり……すてきね……」
響「……ありがとう」
トビリシ「……ヴェーニャって呼んじゃ……いやだった……?」
響「……ううん、嬉しかったよ」
トビリシ「…………」
トビリシ「……よかった……」
562: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:42:02.63 ID:F4/sD5OYo
波の音も、ドックの音も、遠くなっていた。
ほんのかすかな息遣いだけが、真冬の夜にこだましていた。
トビリシ「――ヴェーニャ……」
響「…………」
トビリシ「……ありがとう……」
トビリシ「…………ともだちに……なってくれて……」
トビリシ「…………だいすきよ、ヴェーニャ……」
563: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:43:34.54 ID:F4/sD5OYo
次の朝。私は独りで目が覚めた。
固く繋いでいたはずの右手には、もう何も握られていなかった。
…………港が――
――――また、広くなった――――
564: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:45:59.68 ID:F4/sD5OYo
―1964年 2月初頭―
―埠頭―
モロトヴェッツ「…………」
粉雪の降りしきる埠頭に、モロトヴェッツが佇んでいる。
隣には、およそ何ヶ月かぶりにディーゼルを起動した、彼女の船体が浮かんでいた。
響「みんなに挨拶はすませたのかい?」
モロトヴェッツ「ええ……あとは、あなただけよ」
振り向いて微笑むモロトヴェッツ。
彼女は、これからウラジオストクを去る。
艦隊再編成のあおりを受け、別艦隊への転属が決まったんだ。
―埠頭―
モロトヴェッツ「…………」
粉雪の降りしきる埠頭に、モロトヴェッツが佇んでいる。
隣には、およそ何ヶ月かぶりにディーゼルを起動した、彼女の船体が浮かんでいた。
響「みんなに挨拶はすませたのかい?」
モロトヴェッツ「ええ……あとは、あなただけよ」
振り向いて微笑むモロトヴェッツ。
彼女は、これからウラジオストクを去る。
艦隊再編成のあおりを受け、別艦隊への転属が決まったんだ。
565: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:47:32.08 ID:F4/sD5OYo
モロトヴェッツ「……姉さんのことは、ドゥバーシェたちに任せたわ」
響「私も、できるだけのことはするよ」
モロトヴェッツ「ありがとう。でも、いいのよ。
姉さん、もう起きてる時間の方が少ないもの」
モロトヴェッツ「それに……あなたにはもう、数えきれないくらい恩がある。
これ以上、面倒はかけられないわ」
モロトヴェッツ「……あなたは、あなたの余生を過ごして。ヴェールヌイ」
響「…………」
響「私も、できるだけのことはするよ」
モロトヴェッツ「ありがとう。でも、いいのよ。
姉さん、もう起きてる時間の方が少ないもの」
モロトヴェッツ「それに……あなたにはもう、数えきれないくらい恩がある。
これ以上、面倒はかけられないわ」
モロトヴェッツ「……あなたは、あなたの余生を過ごして。ヴェールヌイ」
響「…………」
566: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:49:17.98 ID:F4/sD5OYo
響「……ナガエヴォって、どんな所なんだろうね」
モロトヴェッツ「ここからずっと、ずっと北よ……マガダンで一番大きな港」
モロトヴェッツ「――捕虜や異端者が送られる、極東最大の流刑地よ」
モロトヴェッツ「…………私の最期には、相応しいわね」クスッ
響「……ずっと、こっちにいるんだと思ってたよ」
モロトヴェッツ「……そうね。私も、そうしたかった」
響「もう、あの頃からの仲間は……私たちだけになっちゃったからね」
モロトヴェッツ「…………」
モロトヴェッツ「……っ…………!」ギュッ
モロトヴェッツ「ここからずっと、ずっと北よ……マガダンで一番大きな港」
モロトヴェッツ「――捕虜や異端者が送られる、極東最大の流刑地よ」
モロトヴェッツ「…………私の最期には、相応しいわね」クスッ
響「……ずっと、こっちにいるんだと思ってたよ」
モロトヴェッツ「……そうね。私も、そうしたかった」
響「もう、あの頃からの仲間は……私たちだけになっちゃったからね」
モロトヴェッツ「…………」
モロトヴェッツ「……っ…………!」ギュッ
567: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:51:01.98 ID:F4/sD5OYo
端整な顔が、いじらしく歪む。
モロトヴェッツは息を詰まらせて、私を強く抱きしめた。
響「……モロトヴェッツ?」
モロトヴェッツ「……ごめんなさい……」
響「……え?」
モロトヴェッツ「本当は……ずっと、一緒にいたかった……」
モロトヴェッツ「あなたを1人になんて、させたくなかった……!」
モロトヴェッツ「残されるなら、まだ良かったのに……!
あなたを残して行くなんて、私はっ……!」
568: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:52:48.93 ID:F4/sD5OYo
モロトヴェッツの目尻から、隠しきれなかった涙が零れる。
自分のための涙ではなかった。
彼女は誰かのために泣き、誰かの代わりに哀しんでいた。
響「…………」
だから、私も。
彼女のために、言葉を紡ぐことにした。
響「――――大丈夫だよ。私は、ひとりでも」
569: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:53:40.73 ID:F4/sD5OYo
・
・
・
モロトヴェッツ「――――」
「モロトヴェッツ」が、金角湾を旅立ってゆく。
彼女の姿が水平線に消えても、私はその場を動かなかった。
響「…………」
ふと、空を見上げる。
粉雪はしだいに勢いを増し、空一面を覆い尽くそうとしていた。
570: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:55:20.67 ID:F4/sD5OYo
響「――――っ――」
頬に当たった雪が、しずくとなって滑り落ちていく。
白と灰色のまだらの空が、なぜか次第に、にじんでいった。
響(……大丈夫だよ……)
響(ここに来る前だって、ひとりだったんだ……)
響(……何も特別なことじゃない……ただ、元に戻っただけさ……)
あまりにも静かな雪の日だった。
広くなりすぎた埠頭には、もう誰の声も響いていなかった。
頬に当たった雪が、しずくとなって滑り落ちていく。
白と灰色のまだらの空が、なぜか次第に、にじんでいった。
響(……大丈夫だよ……)
響(ここに来る前だって、ひとりだったんだ……)
響(……何も特別なことじゃない……ただ、元に戻っただけさ……)
あまりにも静かな雪の日だった。
広くなりすぎた埠頭には、もう誰の声も響いていなかった。
571: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:56:39.05 ID:F4/sD5OYo
『金角湾イチのインテリだよ。……自分で言うのも何だけど』
『…………私たちの、完敗ね』
『ねぇ、ヴェーニャ……わたし、どうすればよかったのかな?』
『モーラさんと同じくらい、立派な武勲艦になるんだから!』
『貴女にだって、言いたくないことぐらいあるでしょう!?』
『こんなに、たくさん……生きているんだな』
572: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/03(木) 23:58:25.52 ID:F4/sD5OYo
響「…………」
響「……どうして……」
響「……どうして、いつも…………」
響「……みんな…………」
それでも。
私は、往かなくてはならない。
――――私が、この世に在るかぎり。
響「……どうして……」
響「……どうして、いつも…………」
響「……みんな…………」
それでも。
私は、往かなくてはならない。
――――私が、この世に在るかぎり。
573: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:00:18.06 ID:jVWVlVruo
――
――――
――――――――
―司令船・艦娘用寝室―
響「…………」キイッ
司令官との話を終え、寝室へ入る。
先に床に着いた暁たちが、穏やかな寝息を立てていた。
暁「……んー……」zzz
雷「むにゅ……しれえかん……おべんとう……」zzz
電「……くぅー……くぅー……」zzz
響「…………」クスッ
私も寝台に寝転がり、帽子を壁のフックにかける。
帽子に着いた金色のバッジが、暗闇の中で煌めいた気がした。
響(また……みんなに、会えるのかな)
響(……信じてみても、いいのかな……)
毛布を被り、ゆっくりと目を閉じる。
意識が夢の中に溶けていくのを、私はぼんやりと感じていた。
――――
――――――――
―司令船・艦娘用寝室―
響「…………」キイッ
司令官との話を終え、寝室へ入る。
先に床に着いた暁たちが、穏やかな寝息を立てていた。
暁「……んー……」zzz
雷「むにゅ……しれえかん……おべんとう……」zzz
電「……くぅー……くぅー……」zzz
響「…………」クスッ
私も寝台に寝転がり、帽子を壁のフックにかける。
帽子に着いた金色のバッジが、暗闇の中で煌めいた気がした。
響(また……みんなに、会えるのかな)
響(……信じてみても、いいのかな……)
毛布を被り、ゆっくりと目を閉じる。
意識が夢の中に溶けていくのを、私はぼんやりと感じていた。
574: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:02:25.47 ID:jVWVlVruo
――――――――
――――
――
―197X年 某月某日―
―ピョートル大帝湾・カラムジナ島沖―
西の空から、2機の攻撃機が飛んでくる。
眩しい夕陽に目を細めながら、魚雷投下の瞬間を秒読みして待つ。
響(3……2……1……)
響(……投下)
魚雷が勢い良く放たれた。
2筋の雷跡が、海に浮かぶ「私」に向かってくる。
無人の「私」には、回避することも、逃げることもできない。
けれど、たとえ可能でも、しようとは思わない。
――――
――
―197X年 某月某日―
―ピョートル大帝湾・カラムジナ島沖―
西の空から、2機の攻撃機が飛んでくる。
眩しい夕陽に目を細めながら、魚雷投下の瞬間を秒読みして待つ。
響(3……2……1……)
響(……投下)
魚雷が勢い良く放たれた。
2筋の雷跡が、海に浮かぶ「私」に向かってくる。
無人の「私」には、回避することも、逃げることもできない。
けれど、たとえ可能でも、しようとは思わない。
575: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:03:58.93 ID:jVWVlVruo
響(……長かった)
響(やっと……行くべき所に行ける)
着弾。
船体が轟音を立てて揺れた。
全身に鈍い痛みが走る。
胴に大きな穴があき、柔らかい風が吹き抜けた。
響(日本が見えたら、嬉しかったけど……)
響(……まあ、いいか……)
「老朽化による雷撃処分」。それが、「私」の結末だった。
敵艦はおろか、随伴艦さえいない海で、ひとり静かに沈んでいく。
――確かに、寂しい最期だった。
――けれど、寂しい生涯では、決してなかった。
響(やっと……行くべき所に行ける)
着弾。
船体が轟音を立てて揺れた。
全身に鈍い痛みが走る。
胴に大きな穴があき、柔らかい風が吹き抜けた。
響(日本が見えたら、嬉しかったけど……)
響(……まあ、いいか……)
「老朽化による雷撃処分」。それが、「私」の結末だった。
敵艦はおろか、随伴艦さえいない海で、ひとり静かに沈んでいく。
――確かに、寂しい最期だった。
――けれど、寂しい生涯では、決してなかった。
576: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:06:07.16 ID:jVWVlVruo
響(……港……)
響(……港は……どっちだろう……)
真っ二つに折れて、沈んでいく「私」。
もうろうとしていく意識の中で、私はやっと、港の灯りを見つけた。
響(……ああ……灯りが、あんなに……)
響(もう……港は、夜なんだね……)
家という家に灯りがともり、ウラジオストクに満ちている。
宝石箱の中で輝く、無数の真珠のようだった。
私がここに来たばかりの頃は、
あんなにたくさんの灯りは無かった。
響「――――」
意識が遠くなっていく。
灯火のひとつが、ゆっくりと大きくなり、私の目の前に迫ってくる。
響(……港は……どっちだろう……)
真っ二つに折れて、沈んでいく「私」。
もうろうとしていく意識の中で、私はやっと、港の灯りを見つけた。
響(……ああ……灯りが、あんなに……)
響(もう……港は、夜なんだね……)
家という家に灯りがともり、ウラジオストクに満ちている。
宝石箱の中で輝く、無数の真珠のようだった。
私がここに来たばかりの頃は、
あんなにたくさんの灯りは無かった。
響「――――」
意識が遠くなっていく。
灯火のひとつが、ゆっくりと大きくなり、私の目の前に迫ってくる。
577: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:06:57.93 ID:jVWVlVruo
響「――――あ――」
灯火の中には、小さな部屋があった。
暖炉があかあかと燃え盛り、テーブルにはボルシチと寄せ鍋が並ぶ。
そして……第六駆逐隊のみんなと、ソ連のみんなが。
全員揃って、笑い合っていた。
暁はスプーンをフーフーしながら、美味しそうにボルシチを食べている。
雷はおたまを手にとって、潜水艦たちへ鍋をより分けている。
電は絨毯に正座して、トビリシの歌に手拍子を入れている。
トビリシは褒められて気を良くし、さらに生き生きと歌い踊る。
ラーザリはウォッカをあおりながら、トビリシにロックをリクエストする。
カリーニンは雷におかわりを頼み、潜水艦たちに文句を言われている。
モロトヴェッツは静かに笑って、暁の口元へナプキンを指し出している。
灯火の中には、小さな部屋があった。
暖炉があかあかと燃え盛り、テーブルにはボルシチと寄せ鍋が並ぶ。
そして……第六駆逐隊のみんなと、ソ連のみんなが。
全員揃って、笑い合っていた。
暁はスプーンをフーフーしながら、美味しそうにボルシチを食べている。
雷はおたまを手にとって、潜水艦たちへ鍋をより分けている。
電は絨毯に正座して、トビリシの歌に手拍子を入れている。
トビリシは褒められて気を良くし、さらに生き生きと歌い踊る。
ラーザリはウォッカをあおりながら、トビリシにロックをリクエストする。
カリーニンは雷におかわりを頼み、潜水艦たちに文句を言われている。
モロトヴェッツは静かに笑って、暁の口元へナプキンを指し出している。
578: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/04(金) 00:08:38.32 ID:jVWVlVruo
響「――――…………」
暁とラーザリが私に気付き、入ってくるよう手招きをした。
他の仲間たちも次々に振り向き、笑顔で私を呼んでいる。
ああ――
ほんとうに、いい夜だ。
――――おやすみ。
暁とラーザリが私に気付き、入ってくるよう手招きをした。
他の仲間たちも次々に振り向き、笑顔で私を呼んでいる。
ああ――
ほんとうに、いい夜だ。
――――おやすみ。
579: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:09:43.59 ID:jVWVlVruo
(https://www.youtube.com/watch?v=AijXvHDe5fM
)
【ED】
アンナ・ゲルマン
『Опять плывут куда-то корабли』
(『そしてまた、船は旅立つ』)
)
【ED】
アンナ・ゲルマン
『Опять плывут куда-то корабли』
(『そしてまた、船は旅立つ』)
580: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:11:08.23 ID:jVWVlVruo
――
――――
―――――――――
581: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:12:18.41 ID:jVWVlVruo
―2015年 7月某日 朝―
―司令船・艦娘用寝室―
「――びき……響!」
響「ん……?」
雷「もう、やっと起きたの?」
響「ああ……おはよう」
雷「ほら、帽子かぶって! 司令官が甲板で待ってるわ!」
響「……甲板?」
暁「起床したら、すぐに集合だって。どうしたのかしらね?」
電「放送では、何かすごいものが見れるって……」
響「……?」
―司令船・艦娘用寝室―
「――びき……響!」
響「ん……?」
雷「もう、やっと起きたの?」
響「ああ……おはよう」
雷「ほら、帽子かぶって! 司令官が甲板で待ってるわ!」
響「……甲板?」
暁「起床したら、すぐに集合だって。どうしたのかしらね?」
電「放送では、何かすごいものが見れるって……」
響「……?」
582: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:13:25.89 ID:jVWVlVruo
―司令船・甲板―
提督「お、やーっと来たか」
響「司令官、遅れてすまな――」タタタッ
響「――――!!」
湿った風の吹く、夏の朝。
甲板から見えた光景に、私は思わず息を飲んだ。
電「わぁっ……!」
雷「あれが……あそこが、そうなのね……!」
暁「へ、へっきしゅ!」
提督「……良い眺めだが、風が強いのは頂けんなぁ」
提督「お、やーっと来たか」
響「司令官、遅れてすまな――」タタタッ
響「――――!!」
湿った風の吹く、夏の朝。
甲板から見えた光景に、私は思わず息を飲んだ。
電「わぁっ……!」
雷「あれが……あそこが、そうなのね……!」
暁「へ、へっきしゅ!」
提督「……良い眺めだが、風が強いのは頂けんなぁ」
583: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:14:04.50 ID:jVWVlVruo
分厚い雲の間から、一筋の光が差していた。
大陸から出っ張った大地が、大小の島々と一緒に、光の梯子に照らされていた。
響「……ウラジオ、ストク……」
東の最果て、ウラジオストク。
忘れようもない、私の第二の故郷。
40年あまりの時を経て、
私は、とうとう戻ってきたんだ。
584: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:15:17.96 ID:jVWVlVruo
―???―
『――哨戒艇からの報告です。
日本籍の中型輸送艇を、ドゥナイ沖合10kmの地点にて確認』
『予定通りだな。例の任務の方は?』
『帰還は15時の見込みですね。護衛の2人は、そのまま演習に参加させます。
……もちろん、旗艦のモロトヴェッツは隔離しておきますが』
『他の者には、漏れていないだろうな』
『ええ。カリーニンやトビリシでさえ、任務の詳細は知りません』
『――ならば、モロトヴェッツと、貴様だけか』
『……勘弁してくださいよ、長官。私は出世第一です』
『総司令部の事務処理艦か。臆病者には相応しいポストだ』
『…………』
『……戦場に立ちたくないなら、引き続き自分の責務を果たせ。
仲間であろうと、旧友であろうと、決して監視を怠るな』
『――――分かったな。ラーザリ・カガノーヴィチ』
『……ええ』
『――哨戒艇からの報告です。
日本籍の中型輸送艇を、ドゥナイ沖合10kmの地点にて確認』
『予定通りだな。例の任務の方は?』
『帰還は15時の見込みですね。護衛の2人は、そのまま演習に参加させます。
……もちろん、旗艦のモロトヴェッツは隔離しておきますが』
『他の者には、漏れていないだろうな』
『ええ。カリーニンやトビリシでさえ、任務の詳細は知りません』
『――ならば、モロトヴェッツと、貴様だけか』
『……勘弁してくださいよ、長官。私は出世第一です』
『総司令部の事務処理艦か。臆病者には相応しいポストだ』
『…………』
『……戦場に立ちたくないなら、引き続き自分の責務を果たせ。
仲間であろうと、旧友であろうと、決して監視を怠るな』
『――――分かったな。ラーザリ・カガノーヴィチ』
『……ええ』
585: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/03/04(金) 00:16:14.83 ID:jVWVlVruo
Верный Владивостока
―ウラジオストクのヴェールヌイ―
【Берётся】
―開幕―
601: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:40:44.09 ID:yaN6BWxHo
信じるのだ。こんなちっぽけな人間でも、
やろうとする意志さえあれば、何だって出来るということを。
――マクシム・ゴーリキー(1868~1936)
602: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:41:23.19 ID:yaN6BWxHo
―2015年 7月某日―
―ピョートル大帝湾・深海―
ポーン…
ポーン…
『――観測地点、Я25に到達。現在、深度2350――』
『前日データと比較し、対象117、119から124、126が消失。
現在の放射線量、毎時――』
『……ッ――!!』ゴボッ
―ピョートル大帝湾・深海―
ポーン…
ポーン…
『――観測地点、Я25に到達。現在、深度2350――』
『前日データと比較し、対象117、119から124、126が消失。
現在の放射線量、毎時――』
『……ッ――!!』ゴボッ
603: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:43:53.97 ID:yaN6BWxHo
・
・
・
―海上―
ザバァン!
『っぐ……はぁ……はぁ……!』
『モロトヴェッツさんっ!』
『敵襲か!? くそっ、例の島まで一時撤退を――』
『構わないわ……気付かれただけ。耐圧服もレコーダーも無事よ……』
『だが!』
『……観測地点は、あと1つ。手早く終われば……すぐに帰れるわ……
大丈夫よ……私なら……大丈夫……』
『っ……!』ギュッ
『カリーニン……ごめんなさい、肩を……』
『……くそっ……!』
604: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:44:28.14 ID:yaN6BWxHo
『ああ……でも……』
『――ヴェールヌイ……
こんなとき……あなたがいてくれたら…………』
605: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:45:16.42 ID:yaN6BWxHo
эп.7
Возвращение Феникса
―不死鳥、帰る―
606: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:46:28.66 ID:yaN6BWxHo
―日本司令船 艦長室―
提督「――ええ、無事に寄港しました」
提督「暁改二、ヴェールヌイ、雷改、電改。
4隻とも、身体・艤装ともに、何の異状もありません」
司令(電話)『そうか。無事な航海で何よりだ』
提督「あと少し遅れていたら、低気圧の中を突っ切っていたかも知れません」
提督「こちらに到着してから、少しずつ気候が崩れ始めましてね」
提督「――ええ、無事に寄港しました」
提督「暁改二、ヴェールヌイ、雷改、電改。
4隻とも、身体・艤装ともに、何の異状もありません」
司令(電話)『そうか。無事な航海で何よりだ』
提督「あと少し遅れていたら、低気圧の中を突っ切っていたかも知れません」
提督「こちらに到着してから、少しずつ気候が崩れ始めましてね」
607: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:46:58.34 ID:yaN6BWxHo
司令『午後には北へ通り過ぎるはずだ。演習に支障はなかろう』
提督「ええ。……ところで、指令通り、金庫も開けましたが……この封書は?」
司令『…………』
提督「司令?」
司令『……あちらの司令官に渡してくれ。
向こうの許可が下りるまでは、絶対に中身を見るな』
提督「それほど熱いラブレターですか?」
司令『国家機密に関わるものだ。いいか、必ず未開封のまま渡せ』
提督「……了解。ああ、それと」
司令『何だ?』
提督「ええ。……ところで、指令通り、金庫も開けましたが……この封書は?」
司令『…………』
提督「司令?」
司令『……あちらの司令官に渡してくれ。
向こうの許可が下りるまでは、絶対に中身を見るな』
提督「それほど熱いラブレターですか?」
司令『国家機密に関わるものだ。いいか、必ず未開封のまま渡せ』
提督「……了解。ああ、それと」
司令『何だ?』
608: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:47:42.47 ID:yaN6BWxHo
提督「土産はこちらで選んでもよろしいでしょうか? 司令には伺っていなかったもので」
司令『…………』
提督「マトリョーシカなんてどうでしょう。
ちっとベタな気もしますがね、きっとお孫さんにも喜ばれますよ」
司令『……少佐』
提督「は」
司令『――悪く、思わないでくれ』
ブツッ ツーツーツー…
提督「…………?」
司令『…………』
提督「マトリョーシカなんてどうでしょう。
ちっとベタな気もしますがね、きっとお孫さんにも喜ばれますよ」
司令『……少佐』
提督「は」
司令『――悪く、思わないでくれ』
ブツッ ツーツーツー…
提督「…………?」
609: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:48:24.35 ID:yaN6BWxHo
―ウラジオストク・埠頭―
カツッ、カツッ…
響「…………」
タラップを降りて、40年振りにウラジオストクの地を踏む。
空は曇り、風はやはり冷たい。
雷「遅いわよ、しれーかん! 早く早く!」
提督「悪いな、電話入れる用があってさ」
暁「け、結構立派なビルディングね……あんまり基地っぽくないけど」
電「あ……本当だ、あんまり寒くないのです」
懐かしい風が、薄手のコートをはためかせる。
寄港の直前に船内で着た、姉妹おそろいの耐水コートだ。
私のは白、暁は藍色。雷と電には、それぞれ濃いめと薄めの茶色。
ロシアの冷夏には相応しい装いだ。
カツッ、カツッ…
響「…………」
タラップを降りて、40年振りにウラジオストクの地を踏む。
空は曇り、風はやはり冷たい。
雷「遅いわよ、しれーかん! 早く早く!」
提督「悪いな、電話入れる用があってさ」
暁「け、結構立派なビルディングね……あんまり基地っぽくないけど」
電「あ……本当だ、あんまり寒くないのです」
懐かしい風が、薄手のコートをはためかせる。
寄港の直前に船内で着た、姉妹おそろいの耐水コートだ。
私のは白、暁は藍色。雷と電には、それぞれ濃いめと薄めの茶色。
ロシアの冷夏には相応しい装いだ。
610: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:49:27.10 ID:yaN6BWxHo
響「……見違えたね」
金角湾に架かる巨大な橋。新旧の建物が綯い交ぜに並ぶ市街地。
そして、ソビエト時代とは似ても似つかない、無機質な艦隊司令部。
見覚えがあり、そして見知らぬ港。
――ほんの少しだけ、めまいを覚えた。
暁「! み、見て司令官! 軍艦があんなに……!」
提督「ああ、駆逐艦とかコルベットだな」
電「こるべっと?」
提督「対潜用の小型艦だよ。
……しかし、どの船もガタが来てるな。もう長いこと動いてないみたいだ」
雷「そうなの? あそこにあるのとか、ちょっと綺麗だけど」
暁「……ちっちゃい艦ね。艦橋にてるてる坊主がくっついてるわよ」
提督「レーダーだよ、レーダー」
金角湾に架かる巨大な橋。新旧の建物が綯い交ぜに並ぶ市街地。
そして、ソビエト時代とは似ても似つかない、無機質な艦隊司令部。
見覚えがあり、そして見知らぬ港。
――ほんの少しだけ、めまいを覚えた。
暁「! み、見て司令官! 軍艦があんなに……!」
提督「ああ、駆逐艦とかコルベットだな」
電「こるべっと?」
提督「対潜用の小型艦だよ。
……しかし、どの船もガタが来てるな。もう長いこと動いてないみたいだ」
雷「そうなの? あそこにあるのとか、ちょっと綺麗だけど」
暁「……ちっちゃい艦ね。艦橋にてるてる坊主がくっついてるわよ」
提督「レーダーだよ、レーダー」
611: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:50:26.26 ID:yaN6BWxHo
ザッザッザッザッザ…
響「っ……!?」クルッ
姉妹全員と提督が、揃って埠頭に降り立った、その時。
基地の方角から、何重もの足音が聞こえてきた。
中隊「――――」ザッ!
能面のような顔をした、年端もいかない少女たちの集団だった。
黒地に灰色や緑が入ったボディースーツ。耳や首には機械を取り付けている。
そして全員が、まるで自動小銃の形状に無理矢理落としこんだような、
小ぶりな単装機関砲を携えていた。
612: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:51:03.44 ID:yaN6BWxHo
電「えっ……え……!?」オロオロ
提督「慌てるな。出迎えだよ」
雷「……艤装、よね? あれ」
暁「じゃあ、あの子たち……」
響「――М型だよ。あの服の色……間違いない」
響「ソ連の潜水艦の艦娘だ……!」
提督「慌てるな。出迎えだよ」
雷「……艤装、よね? あれ」
暁「じゃあ、あの子たち……」
響「――М型だよ。あの服の色……間違いない」
響「ソ連の潜水艦の艦娘だ……!」
613: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:51:53.51 ID:yaN6BWxHo
中隊「――――!」ザザッ!
隊が2列に分かれ、司令部から続く道の両側に並んだ。
互いに向き合った潜水艦娘たちが、一糸乱れぬ動きで「捧げ銃」を披露する。
そして、その中央を……
1人の将校が、数人の男性随伴兵を連れて、ゆっくりと歩いてきた。
?「…………」
提督「…………」ピシッ!
第六駆逐隊「――!」ピシッ!
力強く敬礼する司令官。
上官の敬礼に気付いた私たちも、姿勢を正し、一瞬遅れて敬礼する。
隊が2列に分かれ、司令部から続く道の両側に並んだ。
互いに向き合った潜水艦娘たちが、一糸乱れぬ動きで「捧げ銃」を披露する。
そして、その中央を……
1人の将校が、数人の男性随伴兵を連れて、ゆっくりと歩いてきた。
?「…………」
提督「…………」ピシッ!
第六駆逐隊「――!」ピシッ!
力強く敬礼する司令官。
上官の敬礼に気付いた私たちも、姿勢を正し、一瞬遅れて敬礼する。
614: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:52:36.30 ID:yaN6BWxHo
?「…………」スッ
流れるような動作で、将校が返礼した。
黒い軍服の肩には、3つの星印が平行に並んでいる。
見た目の年齢は60歳ほど。
けれど、ぴんと伸びた背筋と厚い胸板に、壮年のような若々しさが宿っている。
眉間や目尻には、クレバスのようなシワが刻まれていた。
白い官帽の下からは、ぎょろりとした目が覗いている。
口周りと顎は、もみあげから延びた灰色の髭に、すっぽりと覆われていた。
響(……手ごわそうだ)
生粋の軍人の顔だった。吹雪だろうと氷海だろうと、
あらゆる障害を、その身ひとつで割り進んできた人間の顔だ。
流れるような動作で、将校が返礼した。
黒い軍服の肩には、3つの星印が平行に並んでいる。
見た目の年齢は60歳ほど。
けれど、ぴんと伸びた背筋と厚い胸板に、壮年のような若々しさが宿っている。
眉間や目尻には、クレバスのようなシワが刻まれていた。
白い官帽の下からは、ぎょろりとした目が覗いている。
口周りと顎は、もみあげから延びた灰色の髭に、すっぽりと覆われていた。
響(……手ごわそうだ)
生粋の軍人の顔だった。吹雪だろうと氷海だろうと、
あらゆる障害を、その身ひとつで割り進んできた人間の顔だ。
615: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:53:17.02 ID:yaN6BWxHo
※
「」……日本語
『』……ロシア語
【】……英語
提督【――海上自衛隊、自衛艦隊第一艤装艦兵隊群、第六駆逐隊司令官。
■■特例少佐です】
提督【本日一○○○より、日ロ合同演習、
『モスト・ナ・ヴォストーク』に参加いたします】
?【――ロシア太平洋艦隊司令長官、●●大将だ。貴国の協力に感謝する】
長官【……貴艦隊は、ヨコスカチンジュフの所属と聞いていたが】
提督【あくまでも通称ですよ。司令部が横須賀にあるもので……】
提督【もっとも、内部でさえ通称が主流ですがね】
長官【…………】
「」……日本語
『』……ロシア語
【】……英語
提督【――海上自衛隊、自衛艦隊第一艤装艦兵隊群、第六駆逐隊司令官。
■■特例少佐です】
提督【本日一○○○より、日ロ合同演習、
『モスト・ナ・ヴォストーク』に参加いたします】
?【――ロシア太平洋艦隊司令長官、●●大将だ。貴国の協力に感謝する】
長官【……貴艦隊は、ヨコスカチンジュフの所属と聞いていたが】
提督【あくまでも通称ですよ。司令部が横須賀にあるもので……】
提督【もっとも、内部でさえ通称が主流ですがね】
長官【…………】
616: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:54:00.54 ID:yaN6BWxHo
長官――ロシア太平洋艦隊のトップが、私たちをじっとりと睨む。
品定めをするかのような視線が、私の目と合い、そして止まった。
長官【“それ”が、「ヴェールヌイ」か】
提督【……ええ、“彼女”です】
響「…………」
長官『ロシア語は?』
響『……忘れてはいないよ』
長官『――そうか』
617: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:54:49.65 ID:yaN6BWxHo
長官【長旅、御苦労だった。
貴官らには部屋を用意してある。後ほど部下に案内させよう】
提督【――ご厚意、痛み入ります。しかし私は、部下たちの手前もありますので……】
長官【司令船の乗員にもだ。
貴官を含めた28人、及び艦娘4隻分。その程度の空きは十分にある】
提督【……恐縮です】
長官【艦娘の部屋は、我が方の秘書艦に案内させる。…………】
響「……?」
貴官らには部屋を用意してある。後ほど部下に案内させよう】
提督【――ご厚意、痛み入ります。しかし私は、部下たちの手前もありますので……】
長官【司令船の乗員にもだ。
貴官を含めた28人、及び艦娘4隻分。その程度の空きは十分にある】
提督【……恐縮です】
長官【艦娘の部屋は、我が方の秘書艦に案内させる。…………】
響「……?」
618: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:55:50.65 ID:yaN6BWxHo
長官『……二等兵曹、奴は?』
随伴兵『は、ハッ! それが先程、洗面室へ……』
長官『……何だと?』ピクッ
随伴兵『その、最後にもう一度、化粧を確認するのだと……』
長官『…………』
提督【――長官?】
長官『……弩阿呆が。
すぐに連れ戻せ。いいか、首根を掴んででも――!』
『――そう急かさなくたっていいでしょう、長官』
随伴兵『は、ハッ! それが先程、洗面室へ……』
長官『……何だと?』ピクッ
随伴兵『その、最後にもう一度、化粧を確認するのだと……』
長官『…………』
提督【――長官?】
長官『……弩阿呆が。
すぐに連れ戻せ。いいか、首根を掴んででも――!』
『――そう急かさなくたっていいでしょう、長官』
619: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:57:04.97 ID:yaN6BWxHo
提督「!」
響「――っ!」
聞き覚えのある、どこか艶っぽい低めの声。
長官たちの背後から、ゆったりとした足音が響いてくる。
長官『……遅れるなと厳命したはずだ』
『承知してます。ですが、どうにも目のクマが気になりましてね』
『他国の公人をお迎えするんです。秘書艦が見苦しくては、いい笑い者でしょう?』
長官『…………』
『それに……何せ、50年ぶりですからね』
『旧友には、少しでも良い顔を見せたいじゃありませんか』
響「――っ!」
聞き覚えのある、どこか艶っぽい低めの声。
長官たちの背後から、ゆったりとした足音が響いてくる。
長官『……遅れるなと厳命したはずだ』
『承知してます。ですが、どうにも目のクマが気になりましてね』
『他国の公人をお迎えするんです。秘書艦が見苦しくては、いい笑い者でしょう?』
長官『…………』
『それに……何せ、50年ぶりですからね』
『旧友には、少しでも良い顔を見せたいじゃありませんか』
620: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:57:48.14 ID:yaN6BWxHo
響「あ……あぁ……!」
士官風の服装、斜に構えた物腰。
後ろで緩くまとめ上げた、少し癖のある栗色の髪。
声の主が、私を見て、ゆっくりと目を細める。
そして、次に聴こえて来たのは……あの時と同じ、流暢な日本語だった。
「ふふ……悪いね。せっかくの再会なのに」
「気の利いた言い方……何も、思いつかないよ……」
ラーザリ「本当に――――おかえり、ヴェールヌイ」
響「……ラーザリ……ラーザリっ!!」
士官風の服装、斜に構えた物腰。
後ろで緩くまとめ上げた、少し癖のある栗色の髪。
声の主が、私を見て、ゆっくりと目を細める。
そして、次に聴こえて来たのは……あの時と同じ、流暢な日本語だった。
「ふふ……悪いね。せっかくの再会なのに」
「気の利いた言い方……何も、思いつかないよ……」
ラーザリ「本当に――――おかえり、ヴェールヌイ」
響「……ラーザリ……ラーザリっ!!」
621: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:59:21.09 ID:yaN6BWxHo
思わず駆け寄って、ラーザリの胸に飛び込む。
かつて、艦娘として第二の生を受け、姉妹たちと再会したときのように。
ラーザリは少しだけ困ったように笑い、私の頭をポンポンと撫でた。
手のひらの感触からは、かすかなぬくもりが伝わってくる。
響「よかった……やっぱり、艦娘になってたんだね……!」
ラーザリ「……あいにく、タチの悪いのに叩き起こされてね。
あの世暮らしの計画がパーだよ」
響「でも、それでも……こうやって、また……!」
ラーザリ「しっかし、えらく大胆になったね。……いや、昔っからそんな感じか」
響「え? ……あ――」バッ
長官『…………』
ラーザリの一言で、ここが公の場だったことを思い出す。
慌てて抱きついた身体を離し、姿勢を正した。
長官の冷ややかな視線が突き刺さる。
622: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 21:59:49.14 ID:yaN6BWxHo
響「…………」チラッ
暁「……ぅ……」グスッ
雷「……うん、うん……」
電「ふふっ……」
提督「…………」ニマニマ
響「うぅ……」
姉妹たちの生温かい眼差しに、顔が火照っていくのを感じた。
帽子を目深に被り直し、気恥ずかしさをやり過ごす。
ラーザリは提督の方へ向き直って、素早く敬礼した。
昔よりも、多少は誠実な敬礼になっていた。
暁「……ぅ……」グスッ
雷「……うん、うん……」
電「ふふっ……」
提督「…………」ニマニマ
響「うぅ……」
姉妹たちの生温かい眼差しに、顔が火照っていくのを感じた。
帽子を目深に被り直し、気恥ずかしさをやり過ごす。
ラーザリは提督の方へ向き直って、素早く敬礼した。
昔よりも、多少は誠実な敬礼になっていた。
623: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:00:27.47 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「太平洋艦隊秘書艦、巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」です」
ラーザリ「長官より、艦娘の皆様のお世話役を仰せつかりました。
短い期間ですが、どうかよしなに」
提督「こちらこそ、よろしく頼みます。
……あなたのことは、響から色々と伺いました」
ラーザリ「情けない話ばかりでしょう。お恥ずかしい限りです」
暁「ほ、ほんとに日本語ぺらぺらだわ……」ボソッ
ラーザリ「長官より、艦娘の皆様のお世話役を仰せつかりました。
短い期間ですが、どうかよしなに」
提督「こちらこそ、よろしく頼みます。
……あなたのことは、響から色々と伺いました」
ラーザリ「情けない話ばかりでしょう。お恥ずかしい限りです」
暁「ほ、ほんとに日本語ぺらぺらだわ……」ボソッ
624: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:01:26.74 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「…………」チラッ
暁「っ……! あ、あの……」
雷「初めまして! みんなのお姉さん、雷よ!」
電「い、電と申します。お会いできて、その、光栄なのです!」
暁「ちょ、ちょっとぉ! 最初は私でしょ!?」
暁「――こほん。特Ⅲ型駆逐艦、1番艦の暁よ。
ご丁寧なご歓迎、レディーとして感謝を表させていただくわ」
ラーザリ「……? 『表する』だけでいいんじゃない?」
暁「えっ……!?」
雷「……暁、こういうときまで無理しなくていいのよ?」
暁「む、無理って何よ! その目やめて!」
暁「っ……! あ、あの……」
雷「初めまして! みんなのお姉さん、雷よ!」
電「い、電と申します。お会いできて、その、光栄なのです!」
暁「ちょ、ちょっとぉ! 最初は私でしょ!?」
暁「――こほん。特Ⅲ型駆逐艦、1番艦の暁よ。
ご丁寧なご歓迎、レディーとして感謝を表させていただくわ」
ラーザリ「……? 『表する』だけでいいんじゃない?」
暁「えっ……!?」
雷「……暁、こういうときまで無理しなくていいのよ?」
暁「む、無理って何よ! その目やめて!」
625: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:02:05.80 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……あーらら、まーた賑やかな……」
響「……ごめんね、何だか」
ラーザリ「可愛げがあっていいんじゃない? あんたと違ってさ」フフッ
響「む……」
ラーザリ「……そっか。この子らが……『あの』姉妹か」
提督「……?」
響「……ごめんね、何だか」
ラーザリ「可愛げがあっていいんじゃない? あんたと違ってさ」フフッ
響「む……」
ラーザリ「……そっか。この子らが……『あの』姉妹か」
提督「……?」
626: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:02:32.23 ID:yaN6BWxHo
響「――そうだ、ラーザリ。他のみんなは?」
ラーザリ「え……?」
響「君が艦娘になってるんだ。他のみんなもそうじゃないのかい?」
響「トビリシにカリーニンに、モロトヴェッツたちも……
みんな、元気でやってるかな?」
ラーザリ「…………」
その一瞬。
ラーザリの頬が、ほんの少しだけ強張った。
ラーザリ「え……?」
響「君が艦娘になってるんだ。他のみんなもそうじゃないのかい?」
響「トビリシにカリーニンに、モロトヴェッツたちも……
みんな、元気でやってるかな?」
ラーザリ「…………」
その一瞬。
ラーザリの頬が、ほんの少しだけ強張った。
627: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:02:58.75 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……そうだね。あの頃の馴染みは……みんな、ここにいるよ」
響「! よかった……なら――」
ラーザリ「…………」
長官『……ラーザリ。立ち話も結構だが』
ラーザリ『――ッ! ……申し訳ありません』
響「……ラーザリ……?」
響「! よかった……なら――」
ラーザリ「…………」
長官『……ラーザリ。立ち話も結構だが』
ラーザリ『――ッ! ……申し訳ありません』
響「……ラーザリ……?」
628: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/07(土) 22:03:36.39 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……まあ、まずはさ。部屋でゆっくり休みなよ」
ラーザリ「あんたのために、一番いい部屋を用意したんだ」
片頬を上げる、懐かしい薄ら笑い。
けれどそれは、今まで見たどの笑みよりも……苦々しく、脆く感じられた。
長官『…………』
しだいに強まっていく風が、肌にじっとりと付きまとう。
まだ、雨は降り出していない。
ラーザリ「あんたのために、一番いい部屋を用意したんだ」
片頬を上げる、懐かしい薄ら笑い。
けれどそれは、今まで見たどの笑みよりも……苦々しく、脆く感じられた。
長官『…………』
しだいに強まっていく風が、肌にじっとりと付きまとう。
まだ、雨は降り出していない。
639: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:31:49.43 ID:uOAlhUSCo
―数十分後―
―基地内部 応接室―
提督「…………」
長官【――気になるか? それが】
提督【……八端十字架、正教会のシンボルですか】
長官【母の遺品だ。死後に家を取り壊した際、床下から見つかったものだ】
長官【私の家系は代々、この街で司祭を務めてきた。
……祖父の代までな。父も後を継ごうとしたらしいが】
提督【しかし、失礼ですが……上下が逆では?】
長官【私は、そんなものには縋らん】
提督【…………】
―基地内部 応接室―
提督「…………」
長官【――気になるか? それが】
提督【……八端十字架、正教会のシンボルですか】
長官【母の遺品だ。死後に家を取り壊した際、床下から見つかったものだ】
長官【私の家系は代々、この街で司祭を務めてきた。
……祖父の代までな。父も後を継ごうとしたらしいが】
提督【しかし、失礼ですが……上下が逆では?】
長官【私は、そんなものには縋らん】
提督【…………】
640: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:32:43.97 ID:uOAlhUSCo
長官【……葉巻は?】スッ
提督【いえ、結構です】
長官【殊勝なことだな】シュボッ
提督【……こちらの内装は、長官ご自身が?】
長官【殺風景かね?】
提督【とんでもありません。シックで品格のある、素晴らしいご趣味をお持ちですよ】
長官【飾り立てるのは気に食わん。部屋にしても、言葉にしてもな】
長官【――ロシア語ならば、多少の世辞でも聞いてやったが】
提督『…………』
提督【……不勉強、恥じ入るばかりです】
長官【……フン……】
提督【いえ、結構です】
長官【殊勝なことだな】シュボッ
提督【……こちらの内装は、長官ご自身が?】
長官【殺風景かね?】
提督【とんでもありません。シックで品格のある、素晴らしいご趣味をお持ちですよ】
長官【飾り立てるのは気に食わん。部屋にしても、言葉にしてもな】
長官【――ロシア語ならば、多少の世辞でも聞いてやったが】
提督『…………』
提督【……不勉強、恥じ入るばかりです】
長官【……フン……】
641: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:33:42.25 ID:uOAlhUSCo
提督【……先程は、大変驚きました。
あれほどの人数の潜水艦娘は、横須賀でも見たことがありません】
長官【……あの程度、最低限の資源でいくらでも量産できる】
長官【事実、半数以上の潜水艦に、2,3体のスペアが存在する。
貴国での駆逐艦、巡洋艦と同様にな】
提督【……同名艦の複数保有。艦娘ならではの運用法です】
長官【だが、重要なのは数ではない。――種類だ。その点、貴国には遠く及ばん】
提督【ご謙遜を……】
長官【謙遜なものか。貴国の手口にはつくづく感銘を受けている】
長官【機動部隊に水上打撃部隊、水雷戦隊、そして潜水艦隊……】
長官【あらゆる用途の艦娘部隊を柔軟に編成し、世界中の沿岸国に派遣する】
長官【――生半な技術協力、安全保障と引き換えに、
『条約』を結ばせ、資源提供を確約させた各国にな】
あれほどの人数の潜水艦娘は、横須賀でも見たことがありません】
長官【……あの程度、最低限の資源でいくらでも量産できる】
長官【事実、半数以上の潜水艦に、2,3体のスペアが存在する。
貴国での駆逐艦、巡洋艦と同様にな】
提督【……同名艦の複数保有。艦娘ならではの運用法です】
長官【だが、重要なのは数ではない。――種類だ。その点、貴国には遠く及ばん】
提督【ご謙遜を……】
長官【謙遜なものか。貴国の手口にはつくづく感銘を受けている】
長官【機動部隊に水上打撃部隊、水雷戦隊、そして潜水艦隊……】
長官【あらゆる用途の艦娘部隊を柔軟に編成し、世界中の沿岸国に派遣する】
長官【――生半な技術協力、安全保障と引き換えに、
『条約』を結ばせ、資源提供を確約させた各国にな】
642: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:34:37.47 ID:uOAlhUSCo
提督【……お言葉ですが、『横須賀条約』はそのような物ではありません】
提督【深海棲艦への、唯一の対抗手段たる艦娘……。
その国際的運用、建造、保護のルールを明確に規定すること】
提督【そして、締約国間での国際協力によって深海棲艦に対処すること。
それだけが目的の条約です】
長官【…………】
提督【海外派遣や資源のやり取りも、条約の範囲内で許可された、
国際平和のための手段に過ぎない】
提督【――決して、それそのものが目的ではありません】
長官【理念はそうだろう。だが実態はどうだ】
長官【深海棲艦との開戦によって、海軍・海兵隊の6割を失った――】
長官【あの『世界の警察』に成り代わる気は無いと、本当に胸を張って言えるのか】
提督【…………】
提督【深海棲艦への、唯一の対抗手段たる艦娘……。
その国際的運用、建造、保護のルールを明確に規定すること】
提督【そして、締約国間での国際協力によって深海棲艦に対処すること。
それだけが目的の条約です】
長官【…………】
提督【海外派遣や資源のやり取りも、条約の範囲内で許可された、
国際平和のための手段に過ぎない】
提督【――決して、それそのものが目的ではありません】
長官【理念はそうだろう。だが実態はどうだ】
長官【深海棲艦との開戦によって、海軍・海兵隊の6割を失った――】
長官【あの『世界の警察』に成り代わる気は無いと、本当に胸を張って言えるのか】
提督【…………】
643: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:35:09.32 ID:uOAlhUSCo
長官【――無駄話が過ぎたな。本題に移るとしよう】
提督【……分かりました】スッ
提督【こちらの封書です。お受け取りください】
長官【…………】ピスーッ
長官【…………】パラッ
提督【……失礼ですが、批准書の類でしょうか】
長官【国家機密と聞いていないのか?】
提督【……申し訳ありません。ただの好奇心です、お忘れください】
長官【…………】
提督【……分かりました】スッ
提督【こちらの封書です。お受け取りください】
長官【…………】ピスーッ
長官【…………】パラッ
提督【……失礼ですが、批准書の類でしょうか】
長官【国家機密と聞いていないのか?】
提督【……申し訳ありません。ただの好奇心です、お忘れください】
長官【…………】
644: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:35:43.05 ID:uOAlhUSCo
長官【心配せずとも、あのような条約……
あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】
長官【――そんなものより、遥かに良い条件を得たのだからな】ニヤッ
提督【……と、おっしゃいますと……】
長官【……いいだろう。知らせたところで何も変わらん】
長官【日本語の正文なら読めるだろう】スッ
提督【…………?】
提督【……ッッ――――!!】
あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】
長官【――そんなものより、遥かに良い条件を得たのだからな】ニヤッ
提督【……と、おっしゃいますと……】
長官【……いいだろう。知らせたところで何も変わらん】
長官【日本語の正文なら読めるだろう】スッ
提督【…………?】
提督【……ッッ――――!!】
645: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:37:04.45 ID:uOAlhUSCo
―基地内部 艦娘居住区―
響「――そうか。みんな任務に……」
ラーザリ「そうそう、ちょーっとばかし間が悪かったね」
ラーザリの案内で、基地の廊下を進んでいく。
その道すがら、昔の仲間たちが、今は出払っていることを知った。
ラーザリ「ま、どうせ夜には会えるし、演習には2人とも参加する」
ラーザリ「良かったじゃない、挨拶考える時間ができてさ」
響「2人?」
響「――そうか。みんな任務に……」
ラーザリ「そうそう、ちょーっとばかし間が悪かったね」
ラーザリの案内で、基地の廊下を進んでいく。
その道すがら、昔の仲間たちが、今は出払っていることを知った。
ラーザリ「ま、どうせ夜には会えるし、演習には2人とも参加する」
ラーザリ「良かったじゃない、挨拶考える時間ができてさ」
響「2人?」
646: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:37:34.37 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「……トビリシとカリーニンに決まってるでしょ。対潜演習なんだから」
響「相手役も要るだろう? モロトヴェッツは……」
ラーザリ「……あいつは、ほら……色々忙しいからさ」
ラーザリ「別件の任務やら何やらで、演習には参加できないんだ」
響「……え……」
ラーザリ「……何せ、うちで一番の働き者だしね」
ラーザリ「栄えある第一艦隊旗艦。相変わらずのリーダー格だよ」
響「相手役も要るだろう? モロトヴェッツは……」
ラーザリ「……あいつは、ほら……色々忙しいからさ」
ラーザリ「別件の任務やら何やらで、演習には参加できないんだ」
響「……え……」
ラーザリ「……何せ、うちで一番の働き者だしね」
ラーザリ「栄えある第一艦隊旗艦。相変わらずのリーダー格だよ」
647: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:38:05.13 ID:uOAlhUSCo
電「あれ? 秘書艦だったら、ラーザリさんが旗艦じゃ……」
ラーザリ「ああ、そっちじゃみんな兼任してるんだっけ。
うちの艦隊じゃ、秘書艦と第一艦隊旗艦は別々に置かれてるんだ」
雷「へぇーっ!」
暁「でもいいの? 艦娘のリーダーみたいなものでしょ? 秘書艦って」
雷「そうそう! 海でも陸でもみんなをまとめる、とっても重大な仕事なのよね!」
ラーザリ「……ま、『そうならない』ようにしてるんでしょうよ」
雷「……?」
ラーザリ「ああ、そっちじゃみんな兼任してるんだっけ。
うちの艦隊じゃ、秘書艦と第一艦隊旗艦は別々に置かれてるんだ」
雷「へぇーっ!」
暁「でもいいの? 艦娘のリーダーみたいなものでしょ? 秘書艦って」
雷「そうそう! 海でも陸でもみんなをまとめる、とっても重大な仕事なのよね!」
ラーザリ「……ま、『そうならない』ようにしてるんでしょうよ」
雷「……?」
648: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:38:35.85 ID:uOAlhUSCo
電「…………」チラッ
響「?」
電「……扉、けっこう開けっぱなしですね」
響「そうだね。……そのあたりは緩めなのかな」
電「……さっきのお部屋、お酒のビンが何十本も……」
響「……案外、駆逐艦だったりしてね」
電「――あ! 那珂ちゃん!?」
響「えっ? ……ああ、本当だ、ポスター……」
電「CDもあんなに……すごいなぁ、ロシアにもファンの子がいるんだ」
響「教えてあげたら喜ぶよ………… ん?」
響「?」
電「……扉、けっこう開けっぱなしですね」
響「そうだね。……そのあたりは緩めなのかな」
電「……さっきのお部屋、お酒のビンが何十本も……」
響「……案外、駆逐艦だったりしてね」
電「――あ! 那珂ちゃん!?」
響「えっ? ……ああ、本当だ、ポスター……」
電「CDもあんなに……すごいなぁ、ロシアにもファンの子がいるんだ」
響「教えてあげたら喜ぶよ………… ん?」
649: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:39:18.71 ID:uOAlhUSCo
電「……響ちゃん?」
響「いや、ほら……あそこの部屋」
ふと、片隅の一部屋に目が留まる。
扉の形や色合いは、他の部屋と何一つ変わらない。
歩哨A「…………」
歩哨B「…………」
ただ、一点だけ異なる点があった。
2人の無表情な潜水艦娘が、警棒を携え、扉の両脇に立っていたことだ。
電「……?」
響「あれは……」
響「いや、ほら……あそこの部屋」
ふと、片隅の一部屋に目が留まる。
扉の形や色合いは、他の部屋と何一つ変わらない。
歩哨A「…………」
歩哨B「…………」
ただ、一点だけ異なる点があった。
2人の無表情な潜水艦娘が、警棒を携え、扉の両脇に立っていたことだ。
電「……?」
響「あれは……」
650: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:40:21.64 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「――レディーってんなら、まずは教養だね、教養」
暁「お勉強ってこと?」
ラーザリ「知性ってのは大事だよ? クレオパトラもエカチェリーナ2世も、
語学の天才だったから君主でいられたんだ」
暁「え、えかち……?」
響「――ねぇ、ラーザリ」
ラーザリ「ん?」
響「あそこの部屋は? ずいぶん厳重だけど」
ラーザリ「――! あ、ああ……」
ラーザリ「……ちょっと具合の悪い奴がいてね。あそこで休ませてやってるんだよ」
暁「お勉強ってこと?」
ラーザリ「知性ってのは大事だよ? クレオパトラもエカチェリーナ2世も、
語学の天才だったから君主でいられたんだ」
暁「え、えかち……?」
響「――ねぇ、ラーザリ」
ラーザリ「ん?」
響「あそこの部屋は? ずいぶん厳重だけど」
ラーザリ「――! あ、ああ……」
ラーザリ「……ちょっと具合の悪い奴がいてね。あそこで休ませてやってるんだよ」
651: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:40:54.05 ID:uOAlhUSCo
電「え……ドックじゃなくていいんですか?」
ラーザリ「……疲れが溜まってるだけだしね。でも、どうにも血の気の多い奴でさ……」
ラーザリ「ああして歩哨でも立ててないと、勝手に抜け出して出撃するんだ」
暁「へぇー……」
雷「どこにでもいるのねー、天ちゃんみたいな子」
ラーザリ「…………」
響「…………」
ラーザリ「……疲れが溜まってるだけだしね。でも、どうにも血の気の多い奴でさ……」
ラーザリ「ああして歩哨でも立ててないと、勝手に抜け出して出撃するんだ」
暁「へぇー……」
雷「どこにでもいるのねー、天ちゃんみたいな子」
ラーザリ「…………」
響「…………」
652: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:42:18.66 ID:uOAlhUSCo
・
・
・
ラーザリ「……さて、お待ちどうさま」ガチャッ
暁「わぁっ……!」
他の部屋のものとは一線を画す、上品な木製の扉。
ラーザリに促され、足を踏み入れて見れば、
扉の造りにたがわぬ豪華な空間が広がっていた。
ラーザリ「……マホガニー製の机と本棚、正真正銘のホンジュラス産だよ」
雷「へえぇ……」コンコン
ラーザリ「壁紙は無地のクリーム色。シンプルが一番と思ってね。
近所の業者に頼んだけど、結構悪くない腕じゃない?」
暁「わぁー……わぁー! すっごい! 横浜のホテルみたい!」キャッキャッ
ラーザリ「カーテンは……少し地味だったかね」
ラーザリ「ま、気に入らないならいつでも言ってよ。
秘書官の言うことなんだ、多少は融通が利くし……」
653: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:43:00.94 ID:uOAlhUSCo
電「あ、窓開けてもいいですか?」
ラーザリ「ん、埃っぽかった?」
電「ううん、そこまででもないんですけど……」ガチャッ
ヒュォォォォォォ…
ギィッ… ギィッ…
ラーザリ「――ッ……!!」ビクッ
電「ひゃっ!」
雷「風、出てきたわね……」
暁「閉めたほうがいいんじゃない?」
電「は、はい……」バダン
ラーザリ「ん、埃っぽかった?」
電「ううん、そこまででもないんですけど……」ガチャッ
ヒュォォォォォォ…
ギィッ… ギィッ…
ラーザリ「――ッ……!!」ビクッ
電「ひゃっ!」
雷「風、出てきたわね……」
暁「閉めたほうがいいんじゃない?」
電「は、はい……」バダン
654: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:43:27.60 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「…………」
響「……ラーザリ?」
ラーザリ「……え? あ、ああ……」
血の気の引いた顔で、
自分の袖口を握りしめているラーザリ。
響「…………」
どうやら、彼女の傷は……
まだ、完全に癒されてはいないらしい。
響「……ラーザリ?」
ラーザリ「……え? あ、ああ……」
血の気の引いた顔で、
自分の袖口を握りしめているラーザリ。
響「…………」
どうやら、彼女の傷は……
まだ、完全に癒されてはいないらしい。
655: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:44:16.13 ID:uOAlhUSCo
雷「……あれ? ラーザリさん、ベッドは?」
ラーザリ「え?」
雷「ベッドよ。この部屋、ひとつしかないじゃない」
暁「え? このおっきいので全員寝るんじゃないの?」
電「うーん……それだとちょっと狭いかも……」
響「……言われてみれば……」
確かに、ベッドはひとつきりだった。
大きさ自体は申し分ない。
大人が両手両足を広げて寝転んでも、なおスペースが余るほどの広さだ。
私たち4人が一緒に寝るのも、けっして不可能ではないだろう。
けれど、その上に乗っている枕はひとつだけ。
1人分の寝台として、用意されたことは明らかだった。
ラーザリ「え?」
雷「ベッドよ。この部屋、ひとつしかないじゃない」
暁「え? このおっきいので全員寝るんじゃないの?」
電「うーん……それだとちょっと狭いかも……」
響「……言われてみれば……」
確かに、ベッドはひとつきりだった。
大きさ自体は申し分ない。
大人が両手両足を広げて寝転んでも、なおスペースが余るほどの広さだ。
私たち4人が一緒に寝るのも、けっして不可能ではないだろう。
けれど、その上に乗っている枕はひとつだけ。
1人分の寝台として、用意されたことは明らかだった。
656: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:45:16.45 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「ああ……言ってなかったっけ。
アカツキたちはさ、ほら、向かいの部屋の……」
暁「ええーっ、向かい?」
ラーザリ「大丈夫大丈夫、ベッドはちゃんと人数分置いてるから」
雷「そ、そうじゃなくって……どうして響だけ別なのよ!」
ラーザリ「……ああ、そうか。寂しくなるからね。そりゃあそうだよ……」
雷「……え?」
ラーザリ「分かったよ。向こうの部屋に、もう1個ベッド用意しとくからさ」
ラーザリ「ヴェールヌイ。せっかくだし、演習中はそっちの部屋で……」
響「ちょ、ちょっと待って……さっきから、どういう……」
ラーザリ「どういうって……何も聞いてないの?」
アカツキたちはさ、ほら、向かいの部屋の……」
暁「ええーっ、向かい?」
ラーザリ「大丈夫大丈夫、ベッドはちゃんと人数分置いてるから」
雷「そ、そうじゃなくって……どうして響だけ別なのよ!」
ラーザリ「……ああ、そうか。寂しくなるからね。そりゃあそうだよ……」
雷「……え?」
ラーザリ「分かったよ。向こうの部屋に、もう1個ベッド用意しとくからさ」
ラーザリ「ヴェールヌイ。せっかくだし、演習中はそっちの部屋で……」
響「ちょ、ちょっと待って……さっきから、どういう……」
ラーザリ「どういうって……何も聞いてないの?」
657: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:45:49.13 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「――ヴェールヌイ、うちに戻ってきてくれるんでしょ?
この演習が終わったら……」
響「――――え……――?」
658: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:46:23.53 ID:uOAlhUSCo
―応接室―
提督「……ッ……」ワナワナ
長官【…………】
提督「……≪本演習の終了をもって……≫」
提督「≪日本国海上自衛隊、第一艤装艦兵隊群所属……≫」
提督「≪個体番号A-80440、駆逐艦「ヴェールヌイ」は……≫」
長官【…………】
提督「≪ロシア製の艤装艦兵と認可し、同国に返還するものとする≫――!?」
長官【…………】フーッ
提督「……ッ……」ワナワナ
長官【…………】
提督「……≪本演習の終了をもって……≫」
提督「≪日本国海上自衛隊、第一艤装艦兵隊群所属……≫」
提督「≪個体番号A-80440、駆逐艦「ヴェールヌイ」は……≫」
長官【…………】
提督「≪ロシア製の艤装艦兵と認可し、同国に返還するものとする≫――!?」
長官【…………】フーッ
659: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:47:03.50 ID:uOAlhUSCo
提督「ふ……」
提督「ふざけるなッ! こんな……こんなことがっ……!」
長官「おや……よろしくない、口振りだな」
提督「ッ――!?」
長官【……そのまま続けて構わんぞ。日本語でも聞き取るぐらいはできる】
長官【話すのは少し、骨が折れるが】
提督【…………】
長官【――本当に、何も知らされていないらしいな】
提督「ふざけるなッ! こんな……こんなことがっ……!」
長官「おや……よろしくない、口振りだな」
提督「ッ――!?」
長官【……そのまま続けて構わんぞ。日本語でも聞き取るぐらいはできる】
長官【話すのは少し、骨が折れるが】
提督【…………】
長官【――本当に、何も知らされていないらしいな】
660: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:49:26.69 ID:uOAlhUSCo
提督【……こんな……こんな約定の、どこに理があると……!】
提督【横須賀条約の非締約国には――!
艦娘および装備の譲渡、その一切が禁じられているはずだ!】
長官【よく読むといい……どこに『譲渡』などと書いてある?】
提督【――ッ!】
長官【勘違いするな。『返してもらう』のだよ】
長官【「響」などというフネはともかく……】
長官【「ヴェールヌイ」という駆逐艦は、
1947年の7月以来、確かに我々の所有物だ】
提督【――はなはだしい詭弁です】
提督【艦娘の所有権は、オリジナルの建造を計画した国家、
ならびにその継承国と規定されて――】
長官【貴様らの勝手な条約で決めたことだろう?
我々まで従う義は無いはずだ】
提督【…………】ギリッ
提督【横須賀条約の非締約国には――!
艦娘および装備の譲渡、その一切が禁じられているはずだ!】
長官【よく読むといい……どこに『譲渡』などと書いてある?】
提督【――ッ!】
長官【勘違いするな。『返してもらう』のだよ】
長官【「響」などというフネはともかく……】
長官【「ヴェールヌイ」という駆逐艦は、
1947年の7月以来、確かに我々の所有物だ】
提督【――はなはだしい詭弁です】
提督【艦娘の所有権は、オリジナルの建造を計画した国家、
ならびにその継承国と規定されて――】
長官【貴様らの勝手な条約で決めたことだろう?
我々まで従う義は無いはずだ】
提督【…………】ギリッ
661: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:50:06.50 ID:uOAlhUSCo
長官【――そして、何より……】
長官【貴様がいくら屁理屈を捏ねても、この署名までは取り消せん】
提督【っ――】
長官【外務大臣に防衛大臣、そして……】
長官【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】
提督【…………】
長官【……哀れな話だ。一国の佐官が、ただの運び屋とはな】
長官【だが、それが貴様の任務だ。せいぜい腹を括るがいい】
長官【貴様がいくら屁理屈を捏ねても、この署名までは取り消せん】
提督【っ――】
長官【外務大臣に防衛大臣、そして……】
長官【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】
提督【…………】
長官【……哀れな話だ。一国の佐官が、ただの運び屋とはな】
長官【だが、それが貴様の任務だ。せいぜい腹を括るがいい】
662: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:50:32.89 ID:uOAlhUSCo
提督【……何故だ】
長官【…………】
提督【どうして……そこまで響を】
長官【――防衛力の強化。それ以外にあるか?】
提督【…………】
長官【…………】
提督【……説明や確認の時間が欲しい】
提督【演習終了まで、時間を頂けますか。――書面通りに】
長官【……フン……】
長官【…………】
提督【どうして……そこまで響を】
長官【――防衛力の強化。それ以外にあるか?】
提督【…………】
長官【…………】
提督【……説明や確認の時間が欲しい】
提督【演習終了まで、時間を頂けますか。――書面通りに】
長官【……フン……】
663: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:51:02.53 ID:uOAlhUSCo
―艦娘居住区―
暁「どういうこと!? 響がロシアに残るって!」
ラーザリ「いや、だから……」
雷「誰!? 誰がそんなこと言いだしたのよっ!」
ラーザリ「ちょ、ちょっと! ……本当に? 本当に何も……?」
電「司令官さん……! 司令官さんは、何て……!」
響「…………」
ウラジオストクに、太平洋艦隊に戻る。
他の誰でもない、この私が。
ラーザリに突きつけられた言葉が、延々と頭の中を駆け巡っている。
暁「どういうこと!? 響がロシアに残るって!」
ラーザリ「いや、だから……」
雷「誰!? 誰がそんなこと言いだしたのよっ!」
ラーザリ「ちょ、ちょっと! ……本当に? 本当に何も……?」
電「司令官さん……! 司令官さんは、何て……!」
響「…………」
ウラジオストクに、太平洋艦隊に戻る。
他の誰でもない、この私が。
ラーザリに突きつけられた言葉が、延々と頭の中を駆け巡っている。
664: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:51:29.07 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「……ヴェールヌイ……その……」
響「……説明は……」
響「して、くれるんだよね……ラーザリ……?」
ラーザリ「……っ……」
ラーザリに詰め寄る姉妹たち。
高貴な部屋が、瞬く間に喧騒で満ちる。
――――その時だった。
響「……説明は……」
響「して、くれるんだよね……ラーザリ……?」
ラーザリ「……っ……」
ラーザリに詰め寄る姉妹たち。
高貴な部屋が、瞬く間に喧騒で満ちる。
――――その時だった。
665: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:51:55.04 ID:uOAlhUSCo
ビィィ――――ッ!!
ビィィ――――ッ!!!
響「っ!?」
暁「け、警報……!?」
ラーザリ「――まさか……!」
666: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:52:22.27 ID:uOAlhUSCo
―応接室―
ビィィ――――ッ!!
ビィィ――――ッ!!!
提督「……これは……!?」
潜水A『失礼します! 長官っ!』ガチャッ
長官『――!』
ビィィ――――ッ!!
ビィィ――――ッ!!!
提督「……これは……!?」
潜水A『失礼します! 長官っ!』ガチャッ
長官『――!』
667: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:53:16.00 ID:uOAlhUSCo
―司令室―
ラーザリ『長官! いったい……』バダン
響「――! 司令官……」
提督「! ひ、響……」
『ザ、ザザ……ガガッ……ビィーッ……』
長官『こちら司令部! 状況を報告せよ! 繰り返す――』
『……ちら……艦隊……リーニン……! 現在……型敵性艦と交戦……!』
ラーザリ「……!」
響「――っ!」
スピーカーから、雑音だらけの声が響く。
ひどくひび割れてはいるけれど……あの忘れようもない、よく通る声。
響「カリーニン……!?」
暁「え……!?」
ラーザリ『長官! いったい……』バダン
響「――! 司令官……」
提督「! ひ、響……」
『ザ、ザザ……ガガッ……ビィーッ……』
長官『こちら司令部! 状況を報告せよ! 繰り返す――』
『……ちら……艦隊……リーニン……! 現在……型敵性艦と交戦……!』
ラーザリ「……!」
響「――っ!」
スピーカーから、雑音だらけの声が響く。
ひどくひび割れてはいるけれど……あの忘れようもない、よく通る声。
響「カリーニン……!?」
暁「え……!?」
668: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:54:54.23 ID:uOAlhUSCo
『……ちら……令部……司令部! 応答願う! こちら――』
長官『こちら司令部! 敵襲か!』
『ッ! こちら第1艦隊、カリーニン!
現在、レイネケ島南東20キロの地点で、敵潜水艦隊と交戦中!』
提督「――!」
長官『何だと……!』
『敵艦隊の襲撃により、旗艦のモロトヴェッツとは交信不能! 消息も不明です!』
『敵は新型含む潜水艦3、重巡1、軽巡2! 加えて、敵の新型は、頭――』
長官『こちら司令部! 敵襲か!』
『ッ! こちら第1艦隊、カリーニン!
現在、レイネケ島南東20キロの地点で、敵潜水艦隊と交戦中!』
提督「――!」
長官『何だと……!』
『敵艦隊の襲撃により、旗艦のモロトヴェッツとは交信不能! 消息も不明です!』
『敵は新型含む潜水艦3、重巡1、軽巡2! 加えて、敵の新型は、頭――』
669: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:56:00.70 ID:uOAlhUSCo
――次の瞬間。
スピーカーの向こうで、おぞましい爆発音と悲鳴が上がった。
『いやああぁぁぁぁっ!』
暁「!」ビクッ
『トビリシっ! 駄目だ、早く……がっ――!』
響『――!? トビリシ! カリーニンっ!』
電「……っ……!!」
670: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:56:44.84 ID:uOAlhUSCo
『ザッ……ザザザッ……ブツッ――』
長官『…………』
呼び掛けも虚しく、交信は雑音を残して途絶えた。
ラーザリも、司令官も、姉妹たちも……
あまりの出来事に、呆然と押し黙っていた。
響「…………」
……けれど、
いつまでも黙っているつもりはなかった。
少なくとも、この私は。
長官『…………』
呼び掛けも虚しく、交信は雑音を残して途絶えた。
ラーザリも、司令官も、姉妹たちも……
あまりの出来事に、呆然と押し黙っていた。
響「…………」
……けれど、
いつまでも黙っているつもりはなかった。
少なくとも、この私は。
671: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 21:57:29.94 ID:uOAlhUSCo
響「――司令官……!」
提督「…………」コクッ
黙っていれば、全てが通り過ぎる。
――そんな時代は、もう終わったんだ。
もう、何もかもが、あの頃とは違う。
【Продолжение следует............】
672: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:01:00.55 ID:uOAlhUSCo
7話終了 8話はまあ何とか1週間以内に
今回から各話終了後にちょっとおまけ付けます
今回から各話終了後にちょっとおまけ付けます
673: おまけその1 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 22:18:09.73 ID:uOAlhUSCo
★用語プチ解説
【八端十字架】
ロシア正教会やスラブ系正教会で頻繁に使われる十字架の形状。
「十字架」と言えば、その名の通り「十」の形をしたラテン十字が最もポピュラーだが、
八端十字架は「十」の形にさらに2本横棒を足した形。
一番下の横棒は、上の2本と比べて右下がりになっており、
これはキリストの処刑時に置かれた「足台」を表しているという。
【横須賀条約】
深海棲艦、および艦娘出現より数年後、日本を中心とした先進国・沿岸国間で締約された条約。
ドイツ、イタリア、アメリカを始めとした友好国、そして深海棲艦による被害を受けた沿岸国に対して、
艦娘の建造、国際的運用、そして人道的待遇についてのルールを規定した。
締約国同士での技術・資源の相互提供、
対深海棲艦を目的とした場合のみの海外派遣の許可、
艦娘を「国有財産」かつ「人格的存在」として最大限保護すること、
そして国家間戦争における戦力としては決して艦娘を使用しないこと、などを確約させている。
正式名称は「艤装艦兵の建造・国際的運用および人道的待遇に関する条約」。
【八端十字架】
ロシア正教会やスラブ系正教会で頻繁に使われる十字架の形状。
「十字架」と言えば、その名の通り「十」の形をしたラテン十字が最もポピュラーだが、
八端十字架は「十」の形にさらに2本横棒を足した形。
一番下の横棒は、上の2本と比べて右下がりになっており、
これはキリストの処刑時に置かれた「足台」を表しているという。
【横須賀条約】
深海棲艦、および艦娘出現より数年後、日本を中心とした先進国・沿岸国間で締約された条約。
ドイツ、イタリア、アメリカを始めとした友好国、そして深海棲艦による被害を受けた沿岸国に対して、
艦娘の建造、国際的運用、そして人道的待遇についてのルールを規定した。
締約国同士での技術・資源の相互提供、
対深海棲艦を目的とした場合のみの海外派遣の許可、
艦娘を「国有財産」かつ「人格的存在」として最大限保護すること、
そして国家間戦争における戦力としては決して艦娘を使用しないこと、などを確約させている。
正式名称は「艤装艦兵の建造・国際的運用および人道的待遇に関する条約」。
674: おまけその2 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/14(土) 22:20:35.10 ID:uOAlhUSCo
★ソ連艦ずかん(1)
「привет! 私、トビリシっていうの。嚮導駆逐艦のトビリシ!」
【嚮導駆逐艦「トビリシ」】 Тбилиси
ミンスク級駆逐艦 3番艦。
名前の由来は、グルジア(旧グルジア・ソビエト社会主義共和国)の首都・トビリシ。
【経歴】
1935年1月15日、ウラジオストクのダルザヴォド工廠にて起工。
1939年7月24日に進水し、太平洋艦隊所属となる。
1945年の満州侵攻に際しては、朝鮮の羅先へ海軍のライフル大隊を輸送した。
1950年から55年にかけて大規模な近代化改修を受けるが、
さすがに老朽化を止めることはできず、1958年に標的艦となり、非武装化された。
その後、1964年1月31日に除籍され、解体。およそ30年の生涯を終えた。
【余談】
駆逐艦隊を率いる嚮導艦として建造されただけあり、
基準排水量2150t(陽炎型より少し重い)、最大速力40.5kt(島風並み)と、
当時のソ連製駆逐艦としては結構なハイスペックだった。
しかし、結局戦闘を経験することはなく、高い性能を活かせないまま終戦を迎えた。
「привет! 私、トビリシっていうの。嚮導駆逐艦のトビリシ!」
【嚮導駆逐艦「トビリシ」】 Тбилиси
ミンスク級駆逐艦 3番艦。
名前の由来は、グルジア(旧グルジア・ソビエト社会主義共和国)の首都・トビリシ。
【経歴】
1935年1月15日、ウラジオストクのダルザヴォド工廠にて起工。
1939年7月24日に進水し、太平洋艦隊所属となる。
1945年の満州侵攻に際しては、朝鮮の羅先へ海軍のライフル大隊を輸送した。
1950年から55年にかけて大規模な近代化改修を受けるが、
さすがに老朽化を止めることはできず、1958年に標的艦となり、非武装化された。
その後、1964年1月31日に除籍され、解体。およそ30年の生涯を終えた。
【余談】
駆逐艦隊を率いる嚮導艦として建造されただけあり、
基準排水量2150t(陽炎型より少し重い)、最大速力40.5kt(島風並み)と、
当時のソ連製駆逐艦としては結構なハイスペックだった。
しかし、結局戦闘を経験することはなく、高い性能を活かせないまま終戦を迎えた。
683: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:01:46.55 ID:PYnmDEU5o
―艦娘用居住区―
―封鎖個室前―
ビィィ――――ッ!!
ビィィ――――ッ!!!
歩哨艦娘A『ちょ、ちょっと……どうしたって言うの!?』
歩哨艦娘B『あ、集まった方がいいのかな?』
タッタッタッタ…
潜水B(マクレル)『っ……!』
歩哨艦娘A『あ、マクレル! 何なのよ、これ!』
潜水B『緊急出撃よ!』タッタッタ
歩哨艦娘B『見りゃ分かるわよ! そうじゃなくって――』
―封鎖個室前―
ビィィ――――ッ!!
ビィィ――――ッ!!!
歩哨艦娘A『ちょ、ちょっと……どうしたって言うの!?』
歩哨艦娘B『あ、集まった方がいいのかな?』
タッタッタッタ…
潜水B(マクレル)『っ……!』
歩哨艦娘A『あ、マクレル! 何なのよ、これ!』
潜水B『緊急出撃よ!』タッタッタ
歩哨艦娘B『見りゃ分かるわよ! そうじゃなくって――』
684: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:02:24.63 ID:PYnmDEU5o
潜水B『うっさいわね!
警報が鳴ったら、特務大隊(スペツナズ)は問答無用で集合なの!』
歩哨艦娘B『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』
歩哨艦娘A『もしかして、モーラさんに何か……』
潜水B『っ――!』チラッ
扉『――――』
潜水B『い……いいから、あんたたちは持ち場を離れないで!』
潜水B『あの子に何かあったら、タダじゃおかないわよ!』タタタッ
歩哨艦娘A『あ、ちょっと……!』
警報が鳴ったら、特務大隊(スペツナズ)は問答無用で集合なの!』
歩哨艦娘B『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』
歩哨艦娘A『もしかして、モーラさんに何か……』
潜水B『っ――!』チラッ
扉『――――』
潜水B『い……いいから、あんたたちは持ち場を離れないで!』
潜水B『あの子に何かあったら、タダじゃおかないわよ!』タタタッ
歩哨艦娘A『あ、ちょっと……!』
685: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:02:50.79 ID:PYnmDEU5o
―封鎖個室 室内―
?『…………』
?『…………警報……?』
?『……どうしたの……かな……』
『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』
『もしかして、モーラさんに何か……』
?『…………』
?『……え……』
?『…………お姉……ちゃん…………?』
?『…………』
?『…………警報……?』
?『……どうしたの……かな……』
『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』
『もしかして、モーラさんに何か……』
?『…………』
?『……え……』
?『…………お姉……ちゃん…………?』
686: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:03:39.91 ID:PYnmDEU5o
эп.8
Разделение снова
―別離再び―
687: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:04:16.25 ID:PYnmDEU5o
―司令室―
響「――司令官……!」
提督「…………」コクッ
私の意図に気付いたのか、司令官は何も言わずに頷く。
深刻な顔の姉妹たちも、私の周りへ寄り添うように集まる。
電「響ちゃん……」
響「!」
雷「……敵襲、なのよね?」
響「……第1艦隊だよ、モロトヴェッツの……」
暁「っ!!」
響「モロトヴェッツは行方不明で……
カリーニンとトビリシも……無事かどうか……」
響「――司令官……!」
提督「…………」コクッ
私の意図に気付いたのか、司令官は何も言わずに頷く。
深刻な顔の姉妹たちも、私の周りへ寄り添うように集まる。
電「響ちゃん……」
響「!」
雷「……敵襲、なのよね?」
響「……第1艦隊だよ、モロトヴェッツの……」
暁「っ!!」
響「モロトヴェッツは行方不明で……
カリーニンとトビリシも……無事かどうか……」
688: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:04:56.59 ID:PYnmDEU5o
暁「そ、そんな……!」
電「助けに……早く助けに! 響ちゃん!」
響『……ラーザリっ!』
ラーザリ『ッ!』
響『救援部隊に随伴の許可を! 私たちも……』
長官『――駄目だ』
響『……!』
私たちを見下ろしながら、長官が冷酷に言い放つ。
まるで、脳天に氷のくさびを打ち込まれたようだった。
長官『第1艦隊の回収は、我々の特務大隊が行う』
長官『貴様らの出撃は、断じて許可できん』
ラーザリ『な――!』
響『どうして……!』
電「助けに……早く助けに! 響ちゃん!」
響『……ラーザリっ!』
ラーザリ『ッ!』
響『救援部隊に随伴の許可を! 私たちも……』
長官『――駄目だ』
響『……!』
私たちを見下ろしながら、長官が冷酷に言い放つ。
まるで、脳天に氷のくさびを打ち込まれたようだった。
長官『第1艦隊の回収は、我々の特務大隊が行う』
長官『貴様らの出撃は、断じて許可できん』
ラーザリ『な――!』
響『どうして……!』
689: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:05:31.03 ID:PYnmDEU5o
長官『どうしてだと? 少し考えれば分かるだろう』
長官『我が国の領海、および経済水域内で……
他国による軍事行動を認めるわけにはいかん』
響『……!』
ラーザリ『で、ですけどね、長官! 敵は潜水艦隊でしょう……!』
ラーザリ『こちらにはもう、まともに戦える水上艦は……!』
長官『まともに戦り合う必要などない。目的はあくまで、第1艦隊の回収だ』
長官『たとえ虫の息でも、戻りさえすれば、「ルースキー」の艦載ドックで修復できる』
長官『その後、改めて水雷戦隊を編成し、敵艦隊を迎撃すればいい』
響『そんな悠長なことを……!』
長官『我が国の領海、および経済水域内で……
他国による軍事行動を認めるわけにはいかん』
響『……!』
ラーザリ『で、ですけどね、長官! 敵は潜水艦隊でしょう……!』
ラーザリ『こちらにはもう、まともに戦える水上艦は……!』
長官『まともに戦り合う必要などない。目的はあくまで、第1艦隊の回収だ』
長官『たとえ虫の息でも、戻りさえすれば、「ルースキー」の艦載ドックで修復できる』
長官『その後、改めて水雷戦隊を編成し、敵艦隊を迎撃すればいい』
響『そんな悠長なことを……!』
690: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:06:07.85 ID:PYnmDEU5o
ピリリリッ! ピリリリッ!
長官『…………』カチッ
無線のコール音が鳴り響く。
長官は私を一瞥し、操作盤を弄って音声を繋ぐ。
『司令部、こちら「ルースキー」! 第8特務大隊、集合完了! どうぞ』
長官『了解、作戦概要は追って伝える。その場にて全員待機せよ。どうぞ』
『了解、交信終了!』ガチャッ
長官『…………』クルッ
長官『……貴様らの手を借りずとも、我々には優秀な部隊がある』
長官『これは我々の問題だ。我々だけで解決させてもらうぞ』
響『……っ……』
691: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:06:42.20 ID:PYnmDEU5o
雷「……ら、ラーザリさん? 長官さんは何て……」
電「早くしないと、ロシアのみなさんが……!」
ラーザリ「え、あ……いや……」
長官『……ラーザリ』
ラーザリ「!」ビクッ
長官『何をしている。客人を丁重に部屋までお返ししろ』
長官『……それとも、貴様も海に出たいか? この時化の中で』
ラーザリ「…………」
暁「ねえ、響! まさか……!」
響『長官! 私は、私たちは、ただ……』
長官『黙れ! 貴様らには無関係だと――』
提督【――長官】
電「早くしないと、ロシアのみなさんが……!」
ラーザリ「え、あ……いや……」
長官『……ラーザリ』
ラーザリ「!」ビクッ
長官『何をしている。客人を丁重に部屋までお返ししろ』
長官『……それとも、貴様も海に出たいか? この時化の中で』
ラーザリ「…………」
暁「ねえ、響! まさか……!」
響『長官! 私は、私たちは、ただ……』
長官『黙れ! 貴様らには無関係だと――』
提督【――長官】
692: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 21:07:35.57 ID:PYnmDEU5o
長官との口論に、司令官が英語で割りこんでくる。
長官は虚を突かれたのか、怪訝な顔で振り向いた。
長官『……?』
提督【……お話は良く分かりませんが、非常事態なのは承知しております】
提督【我々の助力が必要とあらば、いかなる援助も惜しみませんよ】
長官【……何度も繰り返すつもりはない】
長官【演習ならともかく、軍事行動だ。
救援と言い張って、何かをしでかすような……『万が一』があっては困るのだよ】
提督【……そこまで信用のない隣人ですか?】
693: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:08:01.75 ID:PYnmDEU5o
長官【信用ではない、規律の問題だ。
この極東ロシアの海で、勝手な真似を許すわけにはいかん】
提督【…………】
提督【……あの海の名前は、「日本海」ですよ】
長官【……何?】
提督【危険に晒される恐れがあるのは、何も貴国だけではありません】
提督【『万が一』、敵艦隊を取り逃がしたとして……
奴らが、東に向かわないとでも?】
長官【…………】
この極東ロシアの海で、勝手な真似を許すわけにはいかん】
提督【…………】
提督【……あの海の名前は、「日本海」ですよ】
長官【……何?】
提督【危険に晒される恐れがあるのは、何も貴国だけではありません】
提督【『万が一』、敵艦隊を取り逃がしたとして……
奴らが、東に向かわないとでも?】
長官【…………】
694: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:08:35.19 ID:PYnmDEU5o
響(……司令官)
英語にはあまり明るくない。
けれど、司令官の表情と口ぶりから、何を言おうとしているかは分かった。
私たちの、ただひとりの司令官として……
何とかして、私たちを海に出そうとしてくれている。
雷「! し、司令官のゴネりが始まったわよ……」ヒソヒソ
電「じゃあ……だ、駄目だったってことですか……!?」ヒソヒソ
雷「だ、大丈夫よ! よくアレで元帥や大淀さんを説得してるじゃない」ヒソヒソ
電「――! そ、そうなのです……司令官さんの減らず口なら……!」ヒソヒソ
暁「……2人とも、毎回毎回すごい顔で聞いてるけどね」ヒソヒソ
ラーザリ「……あんたら、どーいう上下関係?」
信頼できる司令官だった。
特に、その口八丁と小賢しさに関しては。
695: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:09:47.15 ID:PYnmDEU5o
提督【……そちらの艦隊は、おそらく大多数が潜水艦でしょう?】
提督【敵の水上艦はともかく、潜水艦は決して仕留められない】
長官【――当然だ。潜水艦にさえ、今は『目』がある】
提督【ええ、おっしゃる通りです。
はっきり見えている魚雷など、互いに当たるはずがない】
提督【何の戦いにもならないと、敵も味方も知っています。
だからこそ、潜水艦同士は戦わない】
長官【…………】
提督【……経験則ですがね。そのような場合、敵潜水艦の多くは……】
提督【――反転するんですよ、無駄な戦いを嫌って。
記録によれば、それこそ何百キロも……】
ラーザリ『……!』
提督【……次に向かうのは、どこだとお思いです?】
長官【…………】
提督【敵の水上艦はともかく、潜水艦は決して仕留められない】
長官【――当然だ。潜水艦にさえ、今は『目』がある】
提督【ええ、おっしゃる通りです。
はっきり見えている魚雷など、互いに当たるはずがない】
提督【何の戦いにもならないと、敵も味方も知っています。
だからこそ、潜水艦同士は戦わない】
長官【…………】
提督【……経験則ですがね。そのような場合、敵潜水艦の多くは……】
提督【――反転するんですよ、無駄な戦いを嫌って。
記録によれば、それこそ何百キロも……】
ラーザリ『……!』
提督【……次に向かうのは、どこだとお思いです?】
長官【…………】
696: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:10:20.39 ID:PYnmDEU5o
提督【……日本海沿岸の鳥取からは、この港に至るフェリーも出ています】
提督【万が一、それが襲われでもすれば……
どちらか一国だけの責任では、とうてい収まらない話ですよ】
提督【存在を知りながら、手を打てなかった私】
提督【……そしてもちろん、手を『打たせなかった』方の責任も……】
長官【…………】
長官の顔が、ほんのかすかに、歪んでいるように見えた。
私を含めた姉妹たちは、固唾を飲んで交渉の行く末を見守る。
英語が分かるらしいラーザリの目には、わずかな光が宿っていた。
小さな希望を見出したような、そんな目だった。
提督【万が一、それが襲われでもすれば……
どちらか一国だけの責任では、とうてい収まらない話ですよ】
提督【存在を知りながら、手を打てなかった私】
提督【……そしてもちろん、手を『打たせなかった』方の責任も……】
長官【…………】
長官の顔が、ほんのかすかに、歪んでいるように見えた。
私を含めた姉妹たちは、固唾を飲んで交渉の行く末を見守る。
英語が分かるらしいラーザリの目には、わずかな光が宿っていた。
小さな希望を見出したような、そんな目だった。
697: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:10:46.16 ID:PYnmDEU5o
提督【何も、私に指揮を執らせろとは申しません。
彼女らを、長官殿の指揮下に、一時的に加えて頂ければ十分です】
提督【奴らを、我が国に向かわせるわけにはいかない。
我々の願いは、それだけですから】
長官【…………】
提督【それに……お互い、後ろに色々と控えてらっしゃるでしょう】
長官【――!】
彼女らを、長官殿の指揮下に、一時的に加えて頂ければ十分です】
提督【奴らを、我が国に向かわせるわけにはいかない。
我々の願いは、それだけですから】
長官【…………】
提督【それに……お互い、後ろに色々と控えてらっしゃるでしょう】
長官【――!】
698: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:11:20.34 ID:PYnmDEU5o
――――
――
―
【あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】
【外務大臣に防衛大臣、そして……】
【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】
―
――
――――
提督【最悪の事態になった場合、
我々が被る泥は、決して1人分じゃありません】
提督【……クビだけで済むなら、まだマシな方かもしれませんなあ】
長官【…………】
――
―
【あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】
【外務大臣に防衛大臣、そして……】
【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】
―
――
――――
提督【最悪の事態になった場合、
我々が被る泥は、決して1人分じゃありません】
提督【……クビだけで済むなら、まだマシな方かもしれませんなあ】
長官【…………】
699: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:11:52.08 ID:PYnmDEU5o
提督【――重ねて、お願いいたします。長官】
提督【互いの友好と平和のため……我々の力を、どうぞお使いください】
長官【…………】
長官【……フン……】
長官【……つくづく、口の回る男だ……】
提督【…………】
提督【互いの友好と平和のため……我々の力を、どうぞお使いください】
長官【…………】
長官【……フン……】
長官【……つくづく、口の回る男だ……】
提督【…………】
700: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:12:20.69 ID:PYnmDEU5o
長官『――ラーザリ』
ラーザリ『!』
長官『……別働隊を編成する。
旗艦として、貴様がその4隻を指揮しろ』
響『――!!』
ラーザリ『ッ! な……!』
長官【……4隻の出撃は許可するが、作戦中の指揮は全てラーザリが執る】
長官【司令船の航行も同様だ。5分おきにラーザリへ現在位置を伝え、
日本艦娘側との許可なき通信は禁じる】
長官【――これで満足かね、少佐】
提督【……痛み入ります】
ラーザリ『!』
長官『……別働隊を編成する。
旗艦として、貴様がその4隻を指揮しろ』
響『――!!』
ラーザリ『ッ! な……!』
長官【……4隻の出撃は許可するが、作戦中の指揮は全てラーザリが執る】
長官【司令船の航行も同様だ。5分おきにラーザリへ現在位置を伝え、
日本艦娘側との許可なき通信は禁じる】
長官【――これで満足かね、少佐】
提督【……痛み入ります】
701: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:12:57.16 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ『ちょ、長官ッ! それは……!』
長官『どうした、世話役を買って出たはずだろう』
ラーザリ『しかし! 私が旗艦なんて……練度だって……!』
長官『――奴らを海に出す以上、目付け役が必要となる』
長官『言葉の分かる貴様が旗艦なら、奴らも勝手は出来ないはずだ』
ラーザリ『……で、ですが……』
長官『……怖気づいたなら、大人しく奴らと待っているがいい』
長官『それならそれで、わざわざ日本艦どもを使わずに済むのだからな』
ラーザリ『……っ、ぐ……!』
長官『どうした、世話役を買って出たはずだろう』
ラーザリ『しかし! 私が旗艦なんて……練度だって……!』
長官『――奴らを海に出す以上、目付け役が必要となる』
長官『言葉の分かる貴様が旗艦なら、奴らも勝手は出来ないはずだ』
ラーザリ『……で、ですが……』
長官『……怖気づいたなら、大人しく奴らと待っているがいい』
長官『それならそれで、わざわざ日本艦どもを使わずに済むのだからな』
ラーザリ『……っ、ぐ……!』
702: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:13:45.90 ID:PYnmDEU5o
長官『…………』ジロッ
響『!』
長官『……妙な真似をすれば、上官ともども安全は保証しない。
それだけは肝に銘じておけ』
響『……心配ない。友達を助けに行くだけだよ』
暁「ひ、響……?」
響「…………!」コクッ
出撃の許可が下りたことを、力強く頷いて伝える。
姉妹たちの顔に、喜びと安堵が広がっていく。
電「――! よ、よかったぁ……!」
提督「あぁー、緊張した……」
暁「す、すごいわ司令官! 何言ったの!?
妙にタイミングも良かったし……」
提督「……なあに、寿太郎作戦さ」ボソッ
暁「?」
響『!』
長官『……妙な真似をすれば、上官ともども安全は保証しない。
それだけは肝に銘じておけ』
響『……心配ない。友達を助けに行くだけだよ』
暁「ひ、響……?」
響「…………!」コクッ
出撃の許可が下りたことを、力強く頷いて伝える。
姉妹たちの顔に、喜びと安堵が広がっていく。
電「――! よ、よかったぁ……!」
提督「あぁー、緊張した……」
暁「す、すごいわ司令官! 何言ったの!?
妙にタイミングも良かったし……」
提督「……なあに、寿太郎作戦さ」ボソッ
暁「?」
703: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:14:24.94 ID:PYnmDEU5o
雷「なら、ほらっ! 早く!」
響「うん……ラーザリ!」
ラーザリ「…………」
響「……ラーザリ?」
ラーザリ「! あ……ああ……」
長官『――ラーザリ』
ラーザリ『え……?』
響「うん……ラーザリ!」
ラーザリ「…………」
響「……ラーザリ?」
ラーザリ「! あ……ああ……」
長官『――ラーザリ』
ラーザリ『え……?』
704: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:14:54.69 ID:PYnmDEU5o
長官『――――』ボソボソ
ラーザリ『――ッ!』
響「……?」
長官が、ラーザリに何事かを耳打ちする。
それを聞いたラーザリは、今にも飛び出しそうなほどに目を剥いた。
ラーザリ『……そんな……』
長官『分かったな。早く行け』
ラーザリ『…………』
明滅する非常灯が、ラーザリの横顔に深い陰を落としている。
暁も、雷も、そして電も、それには気付いていなかった。
ラーザリ『――ッ!』
響「……?」
長官が、ラーザリに何事かを耳打ちする。
それを聞いたラーザリは、今にも飛び出しそうなほどに目を剥いた。
ラーザリ『……そんな……』
長官『分かったな。早く行け』
ラーザリ『…………』
明滅する非常灯が、ラーザリの横顔に深い陰を落としている。
暁も、雷も、そして電も、それには気付いていなかった。
705: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:15:26.07 ID:PYnmDEU5o
―数十分後―
―ウラジオストク、沖合5km―
―日本司令船 格納庫―
雷「単装砲、爆雷、ソナー……うん、大丈夫ね!」
電「司令官さん、電探は?」
提督「相手は主に潜水艦だし、おまけにこの波だ。
シークラッターで使いものにならんだろうよ」
艤装の格納スペースを前に、装備の最終確認を行う。
出撃が近づいているからか、格納庫の中は騒がしい。
司令船の後部に備え付けられた格納庫。
ここで私たちは艤装を装着し、ハッチを開けて海へ出る。
―ウラジオストク、沖合5km―
―日本司令船 格納庫―
雷「単装砲、爆雷、ソナー……うん、大丈夫ね!」
電「司令官さん、電探は?」
提督「相手は主に潜水艦だし、おまけにこの波だ。
シークラッターで使いものにならんだろうよ」
艤装の格納スペースを前に、装備の最終確認を行う。
出撃が近づいているからか、格納庫の中は騒がしい。
司令船の後部に備え付けられた格納庫。
ここで私たちは艤装を装着し、ハッチを開けて海へ出る。
706: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/29(日) 21:16:05.39 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ「…………」
電「……ラーザリさん?」
ラーザリ「え?」
電「大丈夫ですか? その、顔色が……」
響「緊張するかい?」
ラーザリ「……ここんとこ、ペンしか握ってなかったからさ」
響「大丈夫だよ。そんなに立派な艤装があるんだ」
ラーザリ「見かけ倒しだよ」
提督「まさか。18cm三連装砲、軽巡洋艦にしては破格の装備でしょう」
電「18cm……!?」
雷「もがみんのよりおっきい……」
提督「……口径がな、口径」
電「……ラーザリさん?」
ラーザリ「え?」
電「大丈夫ですか? その、顔色が……」
響「緊張するかい?」
ラーザリ「……ここんとこ、ペンしか握ってなかったからさ」
響「大丈夫だよ。そんなに立派な艤装があるんだ」
ラーザリ「見かけ倒しだよ」
提督「まさか。18cm三連装砲、軽巡洋艦にしては破格の装備でしょう」
電「18cm……!?」
雷「もがみんのよりおっきい……」
提督「……口径がな、口径」
707: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:16:55.40 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ「あの頃に積んでたとはいえ、私には過ぎた代物です」
響「……いいじゃないか、そう卑屈にならなくたって。
心配はいらない。私たちがついてる」
ラーザリ「――あんたは不安じゃないの?」
響「……みんなのことだったら、勿論」
ラーザリ「……それだけじゃなくってさ……その……」
ラーザリ「さっき……私が、あんなこと言ったから……」
響「…………」
ラーザリ「……ごめん」
響「――その話は、みんなで帰ってからにしよう」
ラーザリ「…………」
ラーザリは腕を組んで、じっとうつむいている。
心なしか、指先が震えているようにも見えた。
電「…………」
響「……いいじゃないか、そう卑屈にならなくたって。
心配はいらない。私たちがついてる」
ラーザリ「――あんたは不安じゃないの?」
響「……みんなのことだったら、勿論」
ラーザリ「……それだけじゃなくってさ……その……」
ラーザリ「さっき……私が、あんなこと言ったから……」
響「…………」
ラーザリ「……ごめん」
響「――その話は、みんなで帰ってからにしよう」
ラーザリ「…………」
ラーザリは腕を組んで、じっとうつむいている。
心なしか、指先が震えているようにも見えた。
電「…………」
708: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:17:33.56 ID:PYnmDEU5o
暁「司令官! おにぎりも持ったわよ!」
ラーザリ「へ……オニギリ? あのオコメの?」
響「携帯糧食だよ。艤装の隙間に入れておけるから、結構重宝してるんだ」
響「本当はダメコンを積む場所なんだけどね」
ラーザリ「! ダメコン……」
提督「演習のつもりで来たからなぁ……そっちは1個しか持ってこれなかったよ」
提督「誰か使うか? お守り代わりにさ」
ラーザリ「――!」
響「大丈夫だよ。いざとなったら、海を這ってでも撤退する」
ラーザリ「え……」
提督「……頼もしいねえ」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「へ……オニギリ? あのオコメの?」
響「携帯糧食だよ。艤装の隙間に入れておけるから、結構重宝してるんだ」
響「本当はダメコンを積む場所なんだけどね」
ラーザリ「! ダメコン……」
提督「演習のつもりで来たからなぁ……そっちは1個しか持ってこれなかったよ」
提督「誰か使うか? お守り代わりにさ」
ラーザリ「――!」
響「大丈夫だよ。いざとなったら、海を這ってでも撤退する」
ラーザリ「え……」
提督「……頼もしいねえ」
ラーザリ「…………」
709: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:18:14.22 ID:PYnmDEU5o
電「……あ、あの、司令官さん」
提督「ん?」
電「やっぱり、もしもに備えて、私……」
提督「お、そうか。じゃあ持っときな」スッ
電「は、はい!」
電「…………」スッ
ラーザリ「――!」
司令官に見えないように、電がダメコンをこっそりとラーザリに渡す。
小さく驚くラーザリ。電は静かに微笑んでいる。
響「…………」
提督「ん?」
電「やっぱり、もしもに備えて、私……」
提督「お、そうか。じゃあ持っときな」スッ
電「は、はい!」
電「…………」スッ
ラーザリ「――!」
司令官に見えないように、電がダメコンをこっそりとラーザリに渡す。
小さく驚くラーザリ。電は静かに微笑んでいる。
響「…………」
710: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:19:11.50 ID:PYnmDEU5o
乗組員A「提督! 目的の海域まで、およそ15kmです!」
提督「よし……船体停止! 投錨始め!」
乗組員A「了解! 船体停止、投錨始めます!」
提督「……無線連絡は、予定通り5分おきに。無線のテストは?」
ラーザリ「ええ、問題ありません」
提督「了解です。……それでは、ラーザリさん」
ラーザリ「…………」
提督「……あなたに指揮を執ってもらえてよかった。
この海のことなら、あなた方が一番お詳しいでしょうから」
提督「どうか響に、あいつらに……あなた方を助けさせてやってください」
ラーザリ「……っ……」
提督「…………」
ラーザリ「……任務に従いますよ、私は」
提督「よし……船体停止! 投錨始め!」
乗組員A「了解! 船体停止、投錨始めます!」
提督「……無線連絡は、予定通り5分おきに。無線のテストは?」
ラーザリ「ええ、問題ありません」
提督「了解です。……それでは、ラーザリさん」
ラーザリ「…………」
提督「……あなたに指揮を執ってもらえてよかった。
この海のことなら、あなた方が一番お詳しいでしょうから」
提督「どうか響に、あいつらに……あなた方を助けさせてやってください」
ラーザリ「……っ……」
提督「…………」
ラーザリ「……任務に従いますよ、私は」
711: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:19:55.11 ID:PYnmDEU5o
・
・
・
格納庫のハッチが、甲高い機械音を立てて開く。
同時に、床に備え付けられた2列のレールが、ゆっくりと傾斜する。
このレールは、艦娘の「滑走路」だ。
レールの端に備わった留め具に、艦娘が1人ずつ足を入れる。
合図が下れば留め具が外れ、
斜めになったレールを滑り落ち、海へ飛び出すという仕組みだ。
響「……! 風が……」
ラーザリ「ッ……!」
レールの頂点には、まず私とラーザリが並んだ。
ハッチの外に広がる大海原では、風の音が荒々しく響いている。
波も高くなりはじめたようだ。
712: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:20:51.63 ID:PYnmDEU5o
提督「…………なあ、響」
響「うん?」
提督「…………」
提督「……帰ってきたら、少し話したいことがある」
響「――私の件だね」
提督「――! お前……!」
響「ラーザリから聞いたよ。
……てっきり、得意の冗談かと思ったのに」
ラーザリ「…………」
響「司令官は、最初から知ってたのかい?」
提督「……そんな顔に見えるか?」
響「うん?」
提督「…………」
提督「……帰ってきたら、少し話したいことがある」
響「――私の件だね」
提督「――! お前……!」
響「ラーザリから聞いたよ。
……てっきり、得意の冗談かと思ったのに」
ラーザリ「…………」
響「司令官は、最初から知ってたのかい?」
提督「……そんな顔に見えるか?」
713: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:23:54.85 ID:PYnmDEU5o
響「…………」
響「……ううん。いつもの冴えない顔だよ」
提督「……ひっでえの」
司令官が情けない笑みを浮かべる。
けれど、目だけは鋭く光っていた。
提督「……その件は、俺が絶対に何とかする。
お前たちは何も心配するな」
響「……信じていいんだね」
提督「ああ、ゴネりにゴネてやるさ。
もう二度と、お前たちをバラバラにはさせない」
響「…………」
司令官に向かって微笑むと、向こうも笑い返してくれた。
今度は、目までも笑っていた。
響「……ううん。いつもの冴えない顔だよ」
提督「……ひっでえの」
司令官が情けない笑みを浮かべる。
けれど、目だけは鋭く光っていた。
提督「……その件は、俺が絶対に何とかする。
お前たちは何も心配するな」
響「……信じていいんだね」
提督「ああ、ゴネりにゴネてやるさ。
もう二度と、お前たちをバラバラにはさせない」
響「…………」
司令官に向かって微笑むと、向こうも笑い返してくれた。
今度は、目までも笑っていた。
714: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/05/29(日) 21:24:38.72 ID:PYnmDEU5o
提督「……さあ、全速力で助けてこい。
第六駆逐隊、出撃ッ!」
「「「「了解!」」」」
司令官の掛け声で、足の留め具が解錠された。
勢い良くレールを滑り降り、飛沫を上げて海に飛び出す。
暁たちも、すぐに後に続くことだろう。
ラーザリ「……うらやましいね」
響「え?」
ラーザリ「いや、何でも」
風雲、急を告げる。
うねりを上げる空と海を見て、ふと、そんな言葉を思い出した。
第六駆逐隊、出撃ッ!」
「「「「了解!」」」」
司令官の掛け声で、足の留め具が解錠された。
勢い良くレールを滑り降り、飛沫を上げて海に飛び出す。
暁たちも、すぐに後に続くことだろう。
ラーザリ「……うらやましいね」
響「え?」
ラーザリ「いや、何でも」
風雲、急を告げる。
うねりを上げる空と海を見て、ふと、そんな言葉を思い出した。
720: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:07:10.59 ID:jQtTcox7O
―日本 横須賀鎮守府―
―執務室―
ジリリリリン! ジリリリリン!
ガチャッ!
司令「――私だ」
大淀『司令。その……お電話が入りました』
司令「どこからだ?」
大淀『……司令船1号、少佐からです』
大淀『それも……何か、ただならないご様子で……』
司令「…………」
大淀『司令?』
司令「……繋いでくれ」
―執務室―
ジリリリリン! ジリリリリン!
ガチャッ!
司令「――私だ」
大淀『司令。その……お電話が入りました』
司令「どこからだ?」
大淀『……司令船1号、少佐からです』
大淀『それも……何か、ただならないご様子で……』
司令「…………」
大淀『司令?』
司令「……繋いでくれ」
721: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:09:48.31 ID:jQtTcox7O
―ロシア ピョートル大帝湾―
―日本司令船 艦長室―
提督「……何と言いますかね、司令」
提督「私はそれなりに……貴方から信頼されてると思ってたんですがね」
司令(電話)『…………』
提督「くだんの密書には驚きましたよ。首相の署名まで入ってるんです。
当然、向こうも大統領あたりが絡んでるんでしょう」
提督「酷い話じゃありませんか。こうも偉い人だけで決められちゃあ……」
司令『……許してくれ。命令を受けただけだ』
提督「ご存知なかったと? 次期幕僚長とまで噂される貴方が?」
―日本司令船 艦長室―
提督「……何と言いますかね、司令」
提督「私はそれなりに……貴方から信頼されてると思ってたんですがね」
司令(電話)『…………』
提督「くだんの密書には驚きましたよ。首相の署名まで入ってるんです。
当然、向こうも大統領あたりが絡んでるんでしょう」
提督「酷い話じゃありませんか。こうも偉い人だけで決められちゃあ……」
司令『……許してくれ。命令を受けただけだ』
提督「ご存知なかったと? 次期幕僚長とまで噂される貴方が?」
722: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:11:06.10 ID:jQtTcox7O
司令『……少佐、これは高度に政治的な問題なんだ』
司令『私や君の一存で、どうにかできるものではない』
提督「だからって、隠し通す道理がどこにあるんです!」
提督「俺はまだいい、でも、あいつにさえ……!」
司令『――それも命令だ。極秘が絶対の条件だった』
提督「……バレたら不味いからですか?」
司令『…………』
司令『私や君の一存で、どうにかできるものではない』
提督「だからって、隠し通す道理がどこにあるんです!」
提督「俺はまだいい、でも、あいつにさえ……!」
司令『――それも命令だ。極秘が絶対の条件だった』
提督「……バレたら不味いからですか?」
司令『…………』
723: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:12:05.56 ID:jQtTcox7O
提督「――『ロシア製の艦娘と認め、本国に返還』……お粗末な作り話です」
提督「そんな言い訳を並べたって、何かの取引がなされたのは明白だ」
司令『……想像するのは君の自由だ。
しかし、そのように公言される以上、世間はそれを信じるしかなくなる』
提督「疑うのだって自由ですよ。信じることよりはるかに楽です」
提督「噂ってのは侮れません。きっと、国内外から大ブーイングでしょうね」
提督「条約を自ら破って、あのロシアに兵器を贈り……
あまつさえ、その一切を秘密裏に進めていたと」
提督「アメリカなんざ、きっと怒り狂って抗議しますよ」
司令『……そうなったとしても、全ては噂だ』
司令『疑惑の裏付けなど、何一つ存在しない』
提督「ええ、そうでしょうとも。あの紙きれも、今や向こうの手の内だ」
司令『…………』
提督「そんな言い訳を並べたって、何かの取引がなされたのは明白だ」
司令『……想像するのは君の自由だ。
しかし、そのように公言される以上、世間はそれを信じるしかなくなる』
提督「疑うのだって自由ですよ。信じることよりはるかに楽です」
提督「噂ってのは侮れません。きっと、国内外から大ブーイングでしょうね」
提督「条約を自ら破って、あのロシアに兵器を贈り……
あまつさえ、その一切を秘密裏に進めていたと」
提督「アメリカなんざ、きっと怒り狂って抗議しますよ」
司令『……そうなったとしても、全ては噂だ』
司令『疑惑の裏付けなど、何一つ存在しない』
提督「ええ、そうでしょうとも。あの紙きれも、今や向こうの手の内だ」
司令『…………』
724: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:13:05.51 ID:jQtTcox7O
提督「……司令。ご存知ないとは言わせませんよ」
提督「艦娘を他国へ引き渡すのは……その技術までくれてやるのと一緒です」
提督「不用意な流出が、どんな事態を招くか……
だからこそ、ああいう条約が必要なんでしょう。……違いますか!」
司令『……分かっている』
提督「だったら、何故です? そんな危ない橋を渡ってまで……」
提督「――何と引き換えに、あいつを売ったんですか?」
司令『…………』
司令『――――領土だよ』
提督「……ッ!」
提督「艦娘を他国へ引き渡すのは……その技術までくれてやるのと一緒です」
提督「不用意な流出が、どんな事態を招くか……
だからこそ、ああいう条約が必要なんでしょう。……違いますか!」
司令『……分かっている』
提督「だったら、何故です? そんな危ない橋を渡ってまで……」
提督「――何と引き換えに、あいつを売ったんですか?」
司令『…………』
司令『――――領土だよ』
提督「……ッ!」
725: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:15:05.34 ID:jQtTcox7O
司令『大統領からの、直々の言質だ』
司令『――平和条約の締結による、歯舞・色丹の返還後も……』
司令『択捉・国後の領土交渉に、建設的に応じ続けると……』
提督「……そ……そんな……」
提督「そんな中身のない約束のためにッ!
あいつをむざむざ売り渡したんですか!?」
司令『――平和条約の締結による、歯舞・色丹の返還後も……』
司令『択捉・国後の領土交渉に、建設的に応じ続けると……』
提督「……そ……そんな……」
提督「そんな中身のない約束のためにッ!
あいつをむざむざ売り渡したんですか!?」
726: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:15:43.13 ID:jQtTcox7O
司令『……中身はともかく、意味はある』
司令『二島返還に留まるという危惧を、たとえ曖昧にでも解消できる』
司令『交渉が続くという希望があれば、世論も少なからず納得する。
……上の思惑は、そういうことだろう』
提督「何が希望です! ただのごまかしじゃありませんか!」
司令『妥協が必要なんだ、少佐!
対米の防衛線たるあの島々を、ロシアが素直に返すはずはない!』
司令『だからこそ、建前だけでも友好的でなければならん!
互いに意地を捨てて、騙し騙しやっていくしかないのだ……!』
司令『二島返還に留まるという危惧を、たとえ曖昧にでも解消できる』
司令『交渉が続くという希望があれば、世論も少なからず納得する。
……上の思惑は、そういうことだろう』
提督「何が希望です! ただのごまかしじゃありませんか!」
司令『妥協が必要なんだ、少佐!
対米の防衛線たるあの島々を、ロシアが素直に返すはずはない!』
司令『だからこそ、建前だけでも友好的でなければならん!
互いに意地を捨てて、騙し騙しやっていくしかないのだ……!』
728: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:18:47.29 ID:jQtTcox7O
提督「……だから響を、その生贄に?」
司令『直々の指名だよ、あちらからの』
提督「…………」
司令『……駆逐艦「響」は、全国どの鎮守府にも配属されている。
再建造も非常に容易い艦だ』
司令『くだんの「ヴェールヌイ」に匹敵する練度の駆逐艦も、
我が鎮守府には何隻も存在する』
司令『――彼女は決して、かけがえのない存在ではないのだよ』
提督「…………」ギリッ
司令『直々の指名だよ、あちらからの』
提督「…………」
司令『……駆逐艦「響」は、全国どの鎮守府にも配属されている。
再建造も非常に容易い艦だ』
司令『くだんの「ヴェールヌイ」に匹敵する練度の駆逐艦も、
我が鎮守府には何隻も存在する』
司令『――彼女は決して、かけがえのない存在ではないのだよ』
提督「…………」ギリッ
729: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:19:57.26 ID:jQtTcox7O
司令『いくらでも代わりの利く駆逐艦を差し出し、外交上重要な合意を得る……』
司令『客観的に見れば、これ以上なく有利な取引なんだ』
司令『それを無事、遂行したとなれば……
立役者の君にも、相応のポストが与えられるだろう』
提督「――それで、貴方も無事に幕僚長ですか」
司令『…………』
提督「……何も知らなきゃ、尻尾振って喜んだんですがね」
提督「それが……貴方の本音ですか、司令」
司令『…………』
司令『―― モスト・ナ・ヴォストーク。
君なら分かるだろう、この演習名の意味が』
提督「……『東に架かる橋』……」
司令『……日本とロシアの、より良い明日のために。
どうか、彼女を送り出してやってくれ』
司令『客観的に見れば、これ以上なく有利な取引なんだ』
司令『それを無事、遂行したとなれば……
立役者の君にも、相応のポストが与えられるだろう』
提督「――それで、貴方も無事に幕僚長ですか」
司令『…………』
提督「……何も知らなきゃ、尻尾振って喜んだんですがね」
提督「それが……貴方の本音ですか、司令」
司令『…………』
司令『―― モスト・ナ・ヴォストーク。
君なら分かるだろう、この演習名の意味が』
提督「……『東に架かる橋』……」
司令『……日本とロシアの、より良い明日のために。
どうか、彼女を送り出してやってくれ』
730: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:20:26.69 ID:jQtTcox7O
提督「…………」
提督「……決定事項なんですね?」
司令『ああ』
提督「絶対に、どんなスキャンダルが起こったとしても?」
司令『――!』
提督「……貴方がたの言い分は理解しました。それに、貴方の苦しい立場も」
提督「私とて、木っ端でも軍人です」
司令『…………』
提督「……決定事項なんですね?」
司令『ああ』
提督「絶対に、どんなスキャンダルが起こったとしても?」
司令『――!』
提督「……貴方がたの言い分は理解しました。それに、貴方の苦しい立場も」
提督「私とて、木っ端でも軍人です」
司令『…………』
731: 続きはまた明日 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/12(日) 22:21:10.86 ID:jQtTcox7O
提督「ですが、こんなやり方は、個人として……」
提督「――あいつを育て上げた身として、断じて納得できない」
司令『……少佐、まさか……!』
提督「……いずれにせよ、引き渡しの期限は演習終了時です」
提督「不本意ですが、時が来れば……必ず彼女を引き渡しますよ」
提督「……それまで、何事も起こらなければね」
提督「――あいつを育て上げた身として、断じて納得できない」
司令『……少佐、まさか……!』
提督「……いずれにせよ、引き渡しの期限は演習終了時です」
提督「不本意ですが、時が来れば……必ず彼女を引き渡しますよ」
提督「……それまで、何事も起こらなければね」
734: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:08:18.07 ID:EUD84Yr5o
―ピョートル大帝湾 海上―
ラーザリ「うぁっ……と!」
響「落ち着いて。ひっくり返ったりしないから」
ラーザリ「つったって、こんな……!」
足元のおぼつかないラーザリを先頭に、波風が激しい海を往く。
真っ青になった顔に、槍のような雨が吹きつけている。
電「だ、大丈夫ですよっ。ただの航行なら、絶対に沈まないのです」
ラーザリ「ぅ……ぐ……」
ラーザリ「うぁっ……と!」
響「落ち着いて。ひっくり返ったりしないから」
ラーザリ「つったって、こんな……!」
足元のおぼつかないラーザリを先頭に、波風が激しい海を往く。
真っ青になった顔に、槍のような雨が吹きつけている。
電「だ、大丈夫ですよっ。ただの航行なら、絶対に沈まないのです」
ラーザリ「ぅ……ぐ……」
735: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:09:12.33 ID:EUD84Yr5o
雷「……本当に初めてだったなんて」
響「うん……」
私たち艦娘は、基本的に戦闘以外で沈むことはない。
原理は全くもって不明だけれど、それが艤装の持っている力らしい。
海そのものに反発するかのように、何の苦もなく浮いていられる。
荒波や渦潮に巻き込まれても、多少進むのが難しくなるだけ。
決してそのまま沈んだりはせず、前に進めなくなることもない。
ちょうど、自動車の入れない山道でも、
ヒトの足なら少しずつ越えて行けるように。
響(――もちろん、艤装が無事ならの話だけどね)
響「うん……」
私たち艦娘は、基本的に戦闘以外で沈むことはない。
原理は全くもって不明だけれど、それが艤装の持っている力らしい。
海そのものに反発するかのように、何の苦もなく浮いていられる。
荒波や渦潮に巻き込まれても、多少進むのが難しくなるだけ。
決してそのまま沈んだりはせず、前に進めなくなることもない。
ちょうど、自動車の入れない山道でも、
ヒトの足なら少しずつ越えて行けるように。
響(――もちろん、艤装が無事ならの話だけどね)
736: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:10:06.73 ID:EUD84Yr5o
暁「もう……! 何よこれ、前が見えないじゃない」
雨が強まる。
暁が帽子を押さえ、顔についた雨水を拭っている。
右肩で光る探照灯が、
降りしきる雨粒を青白く照らしていた。
雷「ラーザリさん、方位はこっちで合ってるの?」
ラーザリ「…………」ビクビク
雷「――ラーザリさん!」
ラーザリ「っ!」ビクッ
雷「進路、このままで大丈夫なの?」
ラーザリ「……あ、あぁ……そうだね……」
ラーザリ「……じゃあ、こっちに」
雨が強まる。
暁が帽子を押さえ、顔についた雨水を拭っている。
右肩で光る探照灯が、
降りしきる雨粒を青白く照らしていた。
雷「ラーザリさん、方位はこっちで合ってるの?」
ラーザリ「…………」ビクビク
雷「――ラーザリさん!」
ラーザリ「っ!」ビクッ
雷「進路、このままで大丈夫なの?」
ラーザリ「……あ、あぁ……そうだね……」
ラーザリ「……じゃあ、こっちに」
737: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:11:12.75 ID:EUD84Yr5o
暁「ちょ、ちょっと……「じゃあ」って!?
ちゃんと場所知ってるんじゃないの?」
ラーザリ「…………」
電「あの、司令官さんに伺ってみたら……」
雷「そうね。司令船の電探なら、私たちの位置も分かるし。
ラーザリさん、司令官に無線していい?」
ラーザリ「……無線は、私だけってことになってるからさ」
雷「……そう」
ラーザリ「悪いね。長官の命令なんだ」
ラーザリ「……それに、こっちもさっきから試してるんだけど、
さっきから妙に電波が悪くて……」
電「えぇっ!?」
響「…………」
ちゃんと場所知ってるんじゃないの?」
ラーザリ「…………」
電「あの、司令官さんに伺ってみたら……」
雷「そうね。司令船の電探なら、私たちの位置も分かるし。
ラーザリさん、司令官に無線していい?」
ラーザリ「……無線は、私だけってことになってるからさ」
雷「……そう」
ラーザリ「悪いね。長官の命令なんだ」
ラーザリ「……それに、こっちもさっきから試してるんだけど、
さっきから妙に電波が悪くて……」
電「えぇっ!?」
響「…………」
738: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:12:22.60 ID:EUD84Yr5o
―同時刻―
―日本司令船 戦闘指揮所―
提督「司令船1号より、ラーザリ・カガノーヴィチへ。現在位置に変更なし」
提督「繰り返す、こちら司令船1号。現在位置に変更なし。
そちらの状況を報告されたし」
提督「…………」
提督「……どうしたんだ? 確かに通じてるのに……」
―日本司令船 戦闘指揮所―
提督「司令船1号より、ラーザリ・カガノーヴィチへ。現在位置に変更なし」
提督「繰り返す、こちら司令船1号。現在位置に変更なし。
そちらの状況を報告されたし」
提督「…………」
提督「……どうしたんだ? 確かに通じてるのに……」
739: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:13:06.24 ID:EUD84Yr5o
―ピョートル大帝湾 海上―
ラーザリ「……まあ、大丈夫だよ。大丈夫。
知らないわけじゃないからさ」
響「レイネケ島の南東だろう?
さっきまでルースキー島に沿って来て、あっちが南だから……」
響「そうだね、方位200でしばらく――」
ラーザリ「……いや、こっちだよ」
ラーザリ「……まあ、大丈夫だよ。大丈夫。
知らないわけじゃないからさ」
響「レイネケ島の南東だろう?
さっきまでルースキー島に沿って来て、あっちが南だから……」
響「そうだね、方位200でしばらく――」
ラーザリ「……いや、こっちだよ」
740: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:13:35.50 ID:EUD84Yr5o
ラーザリが、私の提案とは真逆の方向を指さす。
ひどく冷たい雨風が、私たち全員に吹きつけられた。
響「……ラーザリ。みんなが危ないんだ」
ラーザリ「…………」
響「トビリシも、カリーニンも、モロトヴェッツも……」
響「一刻も早く行かなくちゃ、大変なことになるかもしれない」
響「冗談に付き合ってる時間は無いんだよ」
ラーザリ「……私は、冗談のつもりなんて無いけど」
響「だったら……さっきから何で、こんなでたらめに進んでるんだ」
741: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:14:06.60 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「――っ!」
雷「え……!?」
暁「ど、どういうこと!? でたらめって!」
ラーザリ「え、あ――」
響「……本当みたいだね、その反応だと」
ラーザリ「――! か……カマかけたっての? あんた……!」
響「……信じたかったからだよ。でも……」
ラーザリ「…………」
雷「え……!?」
暁「ど、どういうこと!? でたらめって!」
ラーザリ「え、あ――」
響「……本当みたいだね、その反応だと」
ラーザリ「――! か……カマかけたっての? あんた……!」
響「……信じたかったからだよ。でも……」
ラーザリ「…………」
742: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 19:15:16.75 ID:EUD84Yr5o
響「……あの長官に言われたんだね? 救援に関わらせるなって」
ラーザリ「――!!」
電「! そんな……!」
響「……海に出すのは体面だけ。
指揮権さえ君が握っていれば、いくらだってごまかしが利く」
響「――そういう算段だったんだろう?」
ラーザリ「……っ……!」
雷「ご、ごまかすって……何を?」
響「さあね。でも、君なら知ってるはずだ」
ラーザリ「…………」ギリッ
ラーザリ「――!!」
電「! そんな……!」
響「……海に出すのは体面だけ。
指揮権さえ君が握っていれば、いくらだってごまかしが利く」
響「――そういう算段だったんだろう?」
ラーザリ「……っ……!」
雷「ご、ごまかすって……何を?」
響「さあね。でも、君なら知ってるはずだ」
ラーザリ「…………」ギリッ
743: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:15:42.73 ID:EUD84Yr5o
響「――ラーザリ。いったい何を隠してるんだい?」
響「私たちの知らないところで……色んなことが起こりすぎてる」
暁「…………」
雷「…………」
電「……え、えっと……」
ラーザリ「……ヴェールヌイ……」
暁も雷も、そして電も。不安そうな目で、ラーザリを見ていた。
当のラーザリは、その視線を受けて……ほんの少し、うろたえた様子だった。
響「私たちの知らないところで……色んなことが起こりすぎてる」
暁「…………」
雷「…………」
電「……え、えっと……」
ラーザリ「……ヴェールヌイ……」
暁も雷も、そして電も。不安そうな目で、ラーザリを見ていた。
当のラーザリは、その視線を受けて……ほんの少し、うろたえた様子だった。
744: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:16:47.61 ID:EUD84Yr5o
響「……私たちはもう、ただのフネとは違うんだ。
この足で立ってる。この身体で戦ってる」
響「仲間の危機に何もできない……そんなのはもう、二度と御免なんだよ」
ラーザリ「…………」
響「君たちが何かを隠し通そうとして……
そのせいで、カリーニンたちが二度と戻れなくなったら」
響「――私はきっと、誰も許せなくなる」
ラーザリ「…………」
響「……何を見たって、絶対に口外しない。
だから……お願いだよ、ラーザリ」
響「一緒に、みんなを助けよう」
この足で立ってる。この身体で戦ってる」
響「仲間の危機に何もできない……そんなのはもう、二度と御免なんだよ」
ラーザリ「…………」
響「君たちが何かを隠し通そうとして……
そのせいで、カリーニンたちが二度と戻れなくなったら」
響「――私はきっと、誰も許せなくなる」
ラーザリ「…………」
響「……何を見たって、絶対に口外しない。
だから……お願いだよ、ラーザリ」
響「一緒に、みんなを助けよう」
745: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:17:24.23 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……」
ラーザリ「…………」
ラーザリが私から目を逸らす。
雨に濡れそぼった頬が、小刻みに震えているのが見えた。
ラーザリ「……この波に、この天気なんだ」
ラーザリ「潜水艦連中に任せる方が、よっぽど安全で確実だよ」
響「…………」
全身から、瞬く間に力が抜けていった。
胸にぽっかりと穴が開き、雨風が吹き抜けていくようだった。
響「――――変わったね、ラーザリ」
ラーザリ「…………私は、昔っからこんな奴さ」
ラーザリ「…………」
ラーザリが私から目を逸らす。
雨に濡れそぼった頬が、小刻みに震えているのが見えた。
ラーザリ「……この波に、この天気なんだ」
ラーザリ「潜水艦連中に任せる方が、よっぽど安全で確実だよ」
響「…………」
全身から、瞬く間に力が抜けていった。
胸にぽっかりと穴が開き、雨風が吹き抜けていくようだった。
響「――――変わったね、ラーザリ」
ラーザリ「…………私は、昔っからこんな奴さ」
746: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:17:56.36 ID:EUD84Yr5o
暁「っ……!!」ガシッ
ラーザリ「――!」
暁「どうして……どうしてなの!? お姉さんが危ないんでしょ!?」
ラーザリ「……上官の指令が最優先だよ」
暁「命より大事な指令なんてあるの!?」
ラーザリ「……何だってのよ、さっきから好き勝手に。
こっちの事情も知らないで……!」
暁「か、勝手なのはそっちじゃない!」
暁「響を連れ戻すなんて、いきなり言い出したり!
それに今度は、こんな騙すみたいに!」
ラーザリ「っ……!」
雷「ちょ、ちょっと!」
ラーザリ「――!」
暁「どうして……どうしてなの!? お姉さんが危ないんでしょ!?」
ラーザリ「……上官の指令が最優先だよ」
暁「命より大事な指令なんてあるの!?」
ラーザリ「……何だってのよ、さっきから好き勝手に。
こっちの事情も知らないで……!」
暁「か、勝手なのはそっちじゃない!」
暁「響を連れ戻すなんて、いきなり言い出したり!
それに今度は、こんな騙すみたいに!」
ラーザリ「っ……!」
雷「ちょ、ちょっと!」
747: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:18:24.96 ID:EUD84Yr5o
暁「響は……響はね!
ロシアのみんなのこと、本当に楽しそうに話してくれたのよ!」
暁「今でも大事な友達だって……ラーザリさんだってそうじゃないの!?」
雷「暁! こんなところで――!」
暁「わ……私だって……!
せっかく、響の友達と仲良くなれるって……でも……!」
電「あ、あの、みんな……!」オロオロ
電「――!」ピクッ
ロシアのみんなのこと、本当に楽しそうに話してくれたのよ!」
暁「今でも大事な友達だって……ラーザリさんだってそうじゃないの!?」
雷「暁! こんなところで――!」
暁「わ……私だって……!
せっかく、響の友達と仲良くなれるって……でも……!」
電「あ、あの、みんな……!」オロオロ
電「――!」ピクッ
748: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:18:59.23 ID:EUD84Yr5o
電が、何かに感づいた。
涙声で訴え続ける暁の横で、何かを探すように海を見渡す。
響「……電?」
暁「レディーのお話も面白くって……いい人だと思ったのに! なのに――」
電「――暁ちゃんっ!」
暁「!」ビクッ
ラーザリ「……!?」ビクッ
電の一言で、押し黙る一同。
激しい風と波の音だけが、私たちの耳にこだましている。
749: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:19:38.59 ID:EUD84Yr5o
電「…………」スッ
水面に片膝をつけ、おもむろに目をつぶる電。
そのまま右手の指先を海に入れ、左手で片耳を覆うように抑えた。
――間違いない。ソナーに感があったんだ。
電「――! 2時の方向に敵艦隊発見!
距離800、数は7……いえ、6!」
電「深海棲艦6隻と、未識別の艦1隻なのです!」
雷「未識別!? それって……」
響「ロシア艦だ……誰かが追われてる!」
ラーザリ「ッ!」
水面に片膝をつけ、おもむろに目をつぶる電。
そのまま右手の指先を海に入れ、左手で片耳を覆うように抑えた。
――間違いない。ソナーに感があったんだ。
電「――! 2時の方向に敵艦隊発見!
距離800、数は7……いえ、6!」
電「深海棲艦6隻と、未識別の艦1隻なのです!」
雷「未識別!? それって……」
響「ロシア艦だ……誰かが追われてる!」
ラーザリ「ッ!」
750: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:20:33.97 ID:EUD84Yr5o
響「ラーザリ、救助の許可を!」
ラーザリ「……! た、戦うっての!?」
響「旗艦は君だ。君が指示を出すんだよ」
ラーザリ「っ……けど、長官は……!」
響「……なら、司令官に敵発見の連絡を。
全艦、最大戦速! 方位240!」
「「「了解っ!」」」
ラーザリ「な、ちょっと――!」
ラーザリが旗艦であることを忘れ、つい号令を発してしまう。
いつもの癖だ。それに、ラーザリがあの有様では……。
ラーザリ「……! た、戦うっての!?」
響「旗艦は君だ。君が指示を出すんだよ」
ラーザリ「っ……けど、長官は……!」
響「……なら、司令官に敵発見の連絡を。
全艦、最大戦速! 方位240!」
「「「了解っ!」」」
ラーザリ「な、ちょっと――!」
ラーザリが旗艦であることを忘れ、つい号令を発してしまう。
いつもの癖だ。それに、ラーザリがあの有様では……。
751: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:21:23.14 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……こちら第二水雷戦隊、敵艦隊と遭遇!」
提督(無線)『ッ! 了解、敵艦隊の戦力と進路を――』
暁「……! 見えたわ! リ級1隻、ヘ級2隻を確認!」
雷「残りは全部潜水艦ってことね……!」
ラーザリ「せ、潜水艦3、重巡1、軽巡2!
また、友軍艦娘1隻が敵艦隊と交戦中!」
ラーザリ「ゆ……友軍を救助後、すみやかに撤退する! 交信終了!」
提督『な……ッ! 待っ――』
提督(無線)『ッ! 了解、敵艦隊の戦力と進路を――』
暁「……! 見えたわ! リ級1隻、ヘ級2隻を確認!」
雷「残りは全部潜水艦ってことね……!」
ラーザリ「せ、潜水艦3、重巡1、軽巡2!
また、友軍艦娘1隻が敵艦隊と交戦中!」
ラーザリ「ゆ……友軍を救助後、すみやかに撤退する! 交信終了!」
提督『な……ッ! 待っ――』
752: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:21:52.35 ID:EUD84Yr5o
黄色い煙をまとった軽巡ヘ級2隻が、
手当たり次第に爆雷を投下していた。
荒れ狂う海に、何本もの派手な水柱が上がっている。
響(爆雷……なら、狙われているのは……!)
リ級「――――!」
響「! 気づかれた……」
リ級の顔がこちらを向いた、その直後。
2本の白い雷跡が、波を割って直進してくるのが見えた。
753: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:23:04.74 ID:EUD84Yr5o
響「正面より魚雷接近、おもーかーじっ!」
「「「おもーかーじっ!」」」
ラーザリ「ぐ……っ!」
瞬時に回避行動をとり、魚雷をやり過ごす。
軽巡ヘ級は相変わらず、こちらには目もくれずに爆雷をばら撒いている。
彼女らの狙っている相手――潜水艦は、まだ沈んではいないのだ。
響「艦隊、複縦陣。まずは軽巡を叩くよ。砲雷撃戦、開始!」
「「「了解! 砲雷撃戦、開始!」」」ジャキッ
ラーザリ「ッ……りょ、了解……!」ジャキッ
重心移動で水面を旋回し、軽巡チ級の背後に回り込む。
単装砲を構え、狙いを定めた――その時だった。
「「「おもーかーじっ!」」」
ラーザリ「ぐ……っ!」
瞬時に回避行動をとり、魚雷をやり過ごす。
軽巡ヘ級は相変わらず、こちらには目もくれずに爆雷をばら撒いている。
彼女らの狙っている相手――潜水艦は、まだ沈んではいないのだ。
響「艦隊、複縦陣。まずは軽巡を叩くよ。砲雷撃戦、開始!」
「「「了解! 砲雷撃戦、開始!」」」ジャキッ
ラーザリ「ッ……りょ、了解……!」ジャキッ
重心移動で水面を旋回し、軽巡チ級の背後に回り込む。
単装砲を構え、狙いを定めた――その時だった。
754: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:23:48.36 ID:EUD84Yr5o
雷「――っ!?」ビクッ
暁「雷!?」
雷「そ、ソナーに……! 何かが、何かが浮上してくるわ!」
響「何だって……!」
目の前の海面で、巨大な水しぶきが上がった。
黒い塔のような「何か」が、水面を貫いて、垂直に飛び出してくる。
そして、姿を現したのは――
暁「雷!?」
雷「そ、ソナーに……! 何かが、何かが浮上してくるわ!」
響「何だって……!」
目の前の海面で、巨大な水しぶきが上がった。
黒い塔のような「何か」が、水面を貫いて、垂直に飛び出してくる。
そして、姿を現したのは――
755: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:24:50.62 ID:EUD84Yr5o
?「――――」
響「……潜水、棲姫……!」
潜水棲姫「――――――」ニタァァァ
真っ白い海藻のような髪。
ガラス玉を無理やりはめ込んだような目。
かつて、ステビア海で何度か交戦した、敵潜水艦唯一の姫級だ。
けれど今、目の前にいる「それ」は……
前に戦った同型艦と、ある部分が決定的に違っていた。
雷「嘘でしょ、こんなところにまで……!」
電「――! ひ、響ちゃん!」
暁「あの頭……!」
響「……潜水、棲姫……!」
潜水棲姫「――――――」ニタァァァ
真っ白い海藻のような髪。
ガラス玉を無理やりはめ込んだような目。
かつて、ステビア海で何度か交戦した、敵潜水艦唯一の姫級だ。
けれど今、目の前にいる「それ」は……
前に戦った同型艦と、ある部分が決定的に違っていた。
雷「嘘でしょ、こんなところにまで……!」
電「――! ひ、響ちゃん!」
暁「あの頭……!」
756: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:25:31.54 ID:EUD84Yr5o
響「頭……?」
クジラを丸ごと取り付けたような、潜水棲姫の艤装体。
その頭頂部が、異様に前方へ張り出している。
そして、伸びた頭部の先端からは……
一目で人工物と分かる、巨大な円錐状の物体が飛び出していた。
ラーザリ「――――っ!!」
どこか、見覚えのある形だった。
直にではなく、もっと別の場所。確か、何かに乗っていた写真で……
そう……あれは――――
響「……『ミサイル』……?」
クジラを丸ごと取り付けたような、潜水棲姫の艤装体。
その頭頂部が、異様に前方へ張り出している。
そして、伸びた頭部の先端からは……
一目で人工物と分かる、巨大な円錐状の物体が飛び出していた。
ラーザリ「――――っ!!」
どこか、見覚えのある形だった。
直にではなく、もっと別の場所。確か、何かに乗っていた写真で……
そう……あれは――――
響「……『ミサイル』……?」
757: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:26:17.47 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……あ……あ、あぁ……!」
雷「え?」
ラーザリ「だ、弾頭……!? R-11が……そんな……!」
ラーザリ「嘘……嘘でしょ……!?
だったら……あんな計画、とっくの昔に……!」
棲姫の異様を見たラーザリが、なぜか酷く狼狽している。
口をがくがくと震わせて、延々と何かを呟いていた。
雷「え?」
ラーザリ「だ、弾頭……!? R-11が……そんな……!」
ラーザリ「嘘……嘘でしょ……!?
だったら……あんな計画、とっくの昔に……!」
棲姫の異様を見たラーザリが、なぜか酷く狼狽している。
口をがくがくと震わせて、延々と何かを呟いていた。
758: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:26:55.88 ID:EUD84Yr5o
潜水棲姫「――フ……フフ……!」
潜水棲姫「テツ……クズニ!」 ドシュゥン!
――その隙を、敵が見逃すはずはなかった。
艤装体の口から、ひときわ巨大な魚雷が射出される。
ウミヘビのような雷跡を描きながら、
その魚雷は、瞬く間にラーザリの足先へ迫り――
響「ラーザリっ!」
ラーザリ「――!! あ……」
暁「っ!」グイッ
暁がとっさにラーザリを引っ張る。
着弾すれすれのところで、棲姫の魚雷は通り過ぎていく。
潜水棲姫「テツ……クズニ!」 ドシュゥン!
――その隙を、敵が見逃すはずはなかった。
艤装体の口から、ひときわ巨大な魚雷が射出される。
ウミヘビのような雷跡を描きながら、
その魚雷は、瞬く間にラーザリの足先へ迫り――
響「ラーザリっ!」
ラーザリ「――!! あ……」
暁「っ!」グイッ
暁がとっさにラーザリを引っ張る。
着弾すれすれのところで、棲姫の魚雷は通り過ぎていく。
759: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:27:22.23 ID:EUD84Yr5o
暁「……よ、よかっ……」
電「! 暁ちゃんっ、後ろ!」
暁「え――――」
けれど、次の瞬間。
轟音を立て、2本の水柱が突き上がった。
暁「きゃぁぁっ!」
ラーザリ「あ……がっ……!」
電「! 暁ちゃんっ、後ろ!」
暁「え――――」
けれど、次の瞬間。
轟音を立て、2本の水柱が突き上がった。
暁「きゃぁぁっ!」
ラーザリ「あ……がっ……!」
760: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:27:48.50 ID:EUD84Yr5o
ヨ級A「…………」
ヨ級B「……フ、フ……」
2隻の伏兵が、暁たちの後方に浮上する。
一瞬の油断を、水中でずっと狙っていたんだ。
電「暁ちゃん! ラーザリさんっ!」
暁には、小さな傷があるだけ。
身体を守る防護服――いつものセーラー服も無傷だ。
けれど、ラーザリの方は……
防護服が散り散りに破け、艤装からも黒い煙が出ていた。
間違いなく、大破相当の損傷だった。
ヨ級B「……フ、フ……」
2隻の伏兵が、暁たちの後方に浮上する。
一瞬の油断を、水中でずっと狙っていたんだ。
電「暁ちゃん! ラーザリさんっ!」
暁には、小さな傷があるだけ。
身体を守る防護服――いつものセーラー服も無傷だ。
けれど、ラーザリの方は……
防護服が散り散りに破け、艤装からも黒い煙が出ていた。
間違いなく、大破相当の損傷だった。
761: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:28:33.25 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『――あ……あ、ぁ……』
『冷たい……ああ、水が……!』
ラーザリ『いや……いやだ……』
『……沈む……沈むの……!? いや、だれか……誰かぁ……!』
ラーザリ『……ヴェールヌイ……!』
ラーザリ『ヴェールヌイ! ヴェールヌイッ! ヴェールヌイィィッ!』
暁「だっ、駄目! 暴れないで!」
嵐の海に、ラーザリの絶叫がこだまする。
暁の制止もむなしく、完全にパニック状態に陥っていた。
『冷たい……ああ、水が……!』
ラーザリ『いや……いやだ……』
『……沈む……沈むの……!? いや、だれか……誰かぁ……!』
ラーザリ『……ヴェールヌイ……!』
ラーザリ『ヴェールヌイ! ヴェールヌイッ! ヴェールヌイィィッ!』
暁「だっ、駄目! 暴れないで!」
嵐の海に、ラーザリの絶叫がこだまする。
暁の制止もむなしく、完全にパニック状態に陥っていた。
762: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:29:14.22 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『――っ……!?』ヨロッ
大破してしまった艦娘には、最低限の航行能力しか残されていない。
水上での姿勢維持も、こうなれば極端に困難となる。
まして、実戦に不慣れで、冷静さを欠いてしまってはなおさらだ。
ラーザリ『あっ……や、あ……あぁああぁぁっ……!』バシャン!
暁「ラーザリさん! ここよ! こっちに……ひゃぁっ!?」
荒波に揉まれ、水上を転げ回っていくラーザリ。
沈まない、けれども進めない。絶体絶命の状況だった。
暁が追いかけ、懸命に手を差し伸べようとするが、
ことごとく波に阻まれてしまう。
大破してしまった艦娘には、最低限の航行能力しか残されていない。
水上での姿勢維持も、こうなれば極端に困難となる。
まして、実戦に不慣れで、冷静さを欠いてしまってはなおさらだ。
ラーザリ『あっ……や、あ……あぁああぁぁっ……!』バシャン!
暁「ラーザリさん! ここよ! こっちに……ひゃぁっ!?」
荒波に揉まれ、水上を転げ回っていくラーザリ。
沈まない、けれども進めない。絶体絶命の状況だった。
暁が追いかけ、懸命に手を差し伸べようとするが、
ことごとく波に阻まれてしまう。
763: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:29:44.07 ID:EUD84Yr5o
電「っ……!」ギュンッ
雷「あっ……待って、電っ!」
潜水棲姫「――――」ギロッ
リ級「――――」ジリッ
暁とラーザリの元へ、まっすぐに駆け寄っていく電。
2人を助けるつもりなのだろう。
けれど、敵も電に目を付け、追跡し始めた。
このままではいい的だ。
響「敵を引きつける! 雷はリ級を!」
雷「了解!」ドォン!
雷「あっ……待って、電っ!」
潜水棲姫「――――」ギロッ
リ級「――――」ジリッ
暁とラーザリの元へ、まっすぐに駆け寄っていく電。
2人を助けるつもりなのだろう。
けれど、敵も電に目を付け、追跡し始めた。
このままではいい的だ。
響「敵を引きつける! 雷はリ級を!」
雷「了解!」ドォン!
764: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:30:16.49 ID:EUD84Yr5o
潜水棲姫の進行方向に向かって、爆雷を絶え間なく投擲する。
わずらわしそうに髪を振り乱し、潜水棲姫がこちらを向いた。
潜水棲姫「グ……コ、ノォ……!」
潜水棲姫が潜行する。
ソナーを頼りに、すかさず索敵に移る。しかし――
響(……反応がない? そんな――)
765: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:30:51.51 ID:EUD84Yr5o
ド ゴ ッ !
響「ぐ、ぁっ――!?」
突然、下腹部に強烈な衝撃が走る。
気が付けば私は、空中に吹き飛ばされていた。
潜水棲姫「……フ、フフフフフ……!」
潜水棲姫の艤装体、
その巨大な頭部が、海面から突き上がっているのが見えた。
どうやら、ソナーの効かない真下から、
あの頭部で直接、体当たりをかまされたらしい。
766: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:31:31.73 ID:EUD84Yr5o
響「っ……これくらい……!」
歯を食いしばって、痛みを堪える。
潜水棲姫は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、その場を動かない。
響(潜らない……? なら――!)ドォン!
――好機だった。
目下の潜水棲姫に、至近距離で砲撃をお見舞いする。
潜水棲姫「ギァァァアアアアアアアアアッッ!!」
両目を抑え、耳をつんざくような悲鳴を上げる棲姫。
そのまま瞬時に潜行し、南の方へと逃げていく。
歯を食いしばって、痛みを堪える。
潜水棲姫は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、その場を動かない。
響(潜らない……? なら――!)ドォン!
――好機だった。
目下の潜水棲姫に、至近距離で砲撃をお見舞いする。
潜水棲姫「ギァァァアアアアアアアアアッッ!!」
両目を抑え、耳をつんざくような悲鳴を上げる棲姫。
そのまま瞬時に潜行し、南の方へと逃げていく。
767: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:32:07.46 ID:EUD84Yr5o
リ級「――!」ザブン
ヘ級A「――――」ザブン
ヨ級A「……ウ、ア……?」ザブン
旗艦の撤退に気付いた敵艦たちも、
戦闘を放り出して、潜水棲姫を追いかけはじめた。
『――――……』
2隻の軽巡ヘ級がいた地点に、
ボロ布の塊のようなものが浮上する。
どうやら、追われていた味方艦のようだった。
最悪の事態だけは避けられたらしい。
雷「やった……電! 電ぁ!」
響「――――!」
ヘ級A「――――」ザブン
ヨ級A「……ウ、ア……?」ザブン
旗艦の撤退に気付いた敵艦たちも、
戦闘を放り出して、潜水棲姫を追いかけはじめた。
『――――……』
2隻の軽巡ヘ級がいた地点に、
ボロ布の塊のようなものが浮上する。
どうやら、追われていた味方艦のようだった。
最悪の事態だけは避けられたらしい。
雷「やった……電! 電ぁ!」
響「――――!」
768: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:32:46.40 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『ぁ……ぁ……』
電「しっかりしてラーザリさん!
絶対、絶対沈みませんから! だって――」
暁「だ、だめ……流され……!」
電「きゃぁぁっ!」
暁たちが、波に飲まれてどんどん離れていく。
すぐさま助け寄ろうとするが、
視界の隅に、追われていた艦の痛々しい姿がちらつく。
響「……っ……」
電「しっかりしてラーザリさん!
絶対、絶対沈みませんから! だって――」
暁「だ、だめ……流され……!」
電「きゃぁぁっ!」
暁たちが、波に飲まれてどんどん離れていく。
すぐさま助け寄ろうとするが、
視界の隅に、追われていた艦の痛々しい姿がちらつく。
響「……っ……」
769: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:33:29.06 ID:EUD84Yr5o
暁「響ぃー! 雷ぃーっ!」
雷「!」
暁「私たちなら大丈夫だから!
その人を早く……司令船のドックに!」
雷「な――何言ってるのよ! そんなの……!」
暁「早く! それから司令官に、ぜんぶっ――」
響「暁……! 暁っ!」
暁「――――」
雷「!」
暁「私たちなら大丈夫だから!
その人を早く……司令船のドックに!」
雷「な――何言ってるのよ! そんなの……!」
暁「早く! それから司令官に、ぜんぶっ――」
響「暁……! 暁っ!」
暁「――――」
770: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:33:59.92 ID:EUD84Yr5o
まず、声が聞こえなくなった。
そのあと、姿も見えなくなった。
そして、探照灯の光さえ、荒波の向こうに消えてしまった。
後に残ったのは、さっきよりもやや収まった雨風の音。
そして、暴れ続ける波濤だけだった。
771: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:34:41.78 ID:EUD84Yr5o
雷「そんな……そんなっ……!」
響「…………」
握った拳が、どうしようもなく震えている。
震えを振り払うように踵を返し、追われていた艦娘の元へ駆け寄った。
響「…………」
響「……やっぱり……君だったんだね……」
『――――……』
暗い灰色の地に、鮮やかな深紅の模様が入った潜水服。
ボロボロに破けた下から、青あざだらけの肌が見えている。
右手には、太めの首輪のような機械が固く握られていた。
雷「――っ! ひ……ひどい……」
響「…………」ギュッ
響「…………」
握った拳が、どうしようもなく震えている。
震えを振り払うように踵を返し、追われていた艦娘の元へ駆け寄った。
響「…………」
響「……やっぱり……君だったんだね……」
『――――……』
暗い灰色の地に、鮮やかな深紅の模様が入った潜水服。
ボロボロに破けた下から、青あざだらけの肌が見えている。
右手には、太めの首輪のような機械が固く握られていた。
雷「――っ! ひ……ひどい……」
響「…………」ギュッ
772: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:35:39.79 ID:EUD84Yr5o
銀色の髪には、鉄片や油がこびりついている。
端正だった顔は酷く痩せこけ、死人のように青白くなっていた。
それでも。
まだ、沈んではいない。
773: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:36:22.88 ID:EUD84Yr5o
響「あんまりだよ……こんな再会なんて」
響「…………違うかい? モロトヴェッツ……」
モロトヴェッツ『――――……』
雨はどこかに過ぎ去った。
けれど、空を覆う雲はさらに増え、少しの晴れ間も見えなかった。
774: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:38:55.09 ID:EUD84Yr5o
8話終わりです 続きはできれば1週間以内に
潜水棲姫のクジラ部分は、何と言うか、
モンハンのブラキディオスみたいな感じになってると思ってくだち
潜水棲姫のクジラ部分は、何と言うか、
モンハンのブラキディオスみたいな感じになってると思ってくだち
775: おまけ(1/4) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:41:04.41 ID:EUD84Yr5o
★用語プチ解説
【艦娘の服】
あのセーラー服も、あの紐パンも、決して単なるファッションではない。
艦娘の核である身体を保護するための、最も重要な装備である。
通常の船舶や動物なら、一撃で粉々になってしまう深海棲艦の攻撃。
そのダメージを最小限に抑える、なんか結界的なアレを全身に張り巡らせる、
すさまじい防御機能を持っているのだ。当然、通常兵器など痛くも痒くもない。
ただし、機能が発揮されるのは艤装と共に身に付けている間だけ。
また、規定以上のダメージを受けてしまうと破けてしまい、防御機能が極端に低下する。
その場合、以降は艤装と連動して防御機能を補うため、艤装もしだいに損壊していく。
【艦娘の服】
あのセーラー服も、あの紐パンも、決して単なるファッションではない。
艦娘の核である身体を保護するための、最も重要な装備である。
通常の船舶や動物なら、一撃で粉々になってしまう深海棲艦の攻撃。
そのダメージを最小限に抑える、なんか結界的なアレを全身に張り巡らせる、
すさまじい防御機能を持っているのだ。当然、通常兵器など痛くも痒くもない。
ただし、機能が発揮されるのは艤装と共に身に付けている間だけ。
また、規定以上のダメージを受けてしまうと破けてしまい、防御機能が極端に低下する。
その場合、以降は艤装と連動して防御機能を補うため、艤装もしだいに損壊していく。
776: おまけ(2/4) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:42:26.23 ID:EUD84Yr5o
★用語プチ解説
【司令艇/司令船】
作戦海域までの艦娘の輸送、および戦闘の指揮を行う艦船。
艤装等の格納庫や、味方の艦娘を特殊な電波で識別するレーダーを搭載。
また、船によっては1人用の入渠ドックや、最新鋭のACDS(新戦闘指揮システム)を備えている。
速度も10数ノットから30ノットまで、種類によってまちまち。
遠隔地での遠征や演習には、遅くとも積載量の多い船、
最前線での指揮には速度のある船……というように使い分けられているようだ。
艦種名の英語表記は、"RCS(Rigging-soldier Commanding Ship)"。
しかし海自では、主砲などを備え、単体での戦闘能力があるものを「司令艇」、
そうでないものを「司令船」と、区別して呼称している。
【司令艇/司令船】
作戦海域までの艦娘の輸送、および戦闘の指揮を行う艦船。
艤装等の格納庫や、味方の艦娘を特殊な電波で識別するレーダーを搭載。
また、船によっては1人用の入渠ドックや、最新鋭のACDS(新戦闘指揮システム)を備えている。
速度も10数ノットから30ノットまで、種類によってまちまち。
遠隔地での遠征や演習には、遅くとも積載量の多い船、
最前線での指揮には速度のある船……というように使い分けられているようだ。
艦種名の英語表記は、"RCS(Rigging-soldier Commanding Ship)"。
しかし海自では、主砲などを備え、単体での戦闘能力があるものを「司令艇」、
そうでないものを「司令船」と、区別して呼称している。
777: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:43:36.67 ID:EUD84Yr5o
★ソ連艦ずかん
「マクシム・ゴーリキー級巡洋艦、3番艦のカリーニン。
この身のすべては祖国のために!」
【巡洋艦「カリーニン」】 Калинин
マクシム・ゴーリキー級巡洋艦 3番艦。
名前の由来は、レーニンと共に革命に携わったボリシェヴィキの重鎮、
ミハイル・イヴァーノヴィチ・カリーニン。
「マクシム・ゴーリキー級巡洋艦、3番艦のカリーニン。
この身のすべては祖国のために!」
【巡洋艦「カリーニン」】 Калинин
マクシム・ゴーリキー級巡洋艦 3番艦。
名前の由来は、レーニンと共に革命に携わったボリシェヴィキの重鎮、
ミハイル・イヴァーノヴィチ・カリーニン。
778: おまけ(4/4) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/14(火) 19:44:27.27 ID:EUD84Yr5o
【経歴】
1938年8月12日、コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール工廠にて起工。
1942年5月8日に進水し、ウラジオストクへ回航。同年12月31日に竣工した。
その後、太平洋艦隊の軽機動部隊の旗艦となり、ウスーリ湾で訓練を重ねる。
実戦を経験することはなく、ウラジオストクの工場で修理中に終戦を迎えた。
戦後は太平洋艦隊で各種の任務に就く。
1954年にはNKO(国防人民委員部)とフルシチョフ総書記の視察を受け、砲撃訓練を披露した。
1960年2月6日には非武装化され、宿泊艦「PKZ-21」となる。
1963年4月12日に除籍され、ほどなく解体された。
【余談】
建造自体は遅延したものの、妹とは違って十分な完成度を誇っており、
即戦力としてそれなりに期待されていたらしい。
ウラジオで竣工してから約3ヶ月後の1943年3月、
当時の海軍総司令官・クズネツォフ大将の要請で、
最有力艦隊として名高かった北方艦隊への転属が決定する。
……しかし同年6月、クズネツォフ大将は突如転属要請を撤回し、
結局カリーニンは太平洋艦隊に留め置かれることとなった。
一説によれば、同じ時期に軍上層部で対日参戦が検討されはじめ、
そのための戦力として極東に留めておく必要が出てきたからだと言われている。
790: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:45:38.48 ID:bjcUhiS+o
―???―
『…………』
『カリーニンさん……痛くない?』
『……鍛えてるからな、これぐらい』
『……あ……』
『どうした?』
『嵐、止んだみたいですよ』
『……そうだな。そろそろ偵察機を……ぐっ!』
『っ!?』
『あ、ああ……いや、腕が少し……大丈夫だよ、気にするな』
『…………』
『…………』
『カリーニンさん……痛くない?』
『……鍛えてるからな、これぐらい』
『……あ……』
『どうした?』
『嵐、止んだみたいですよ』
『……そうだな。そろそろ偵察機を……ぐっ!』
『っ!?』
『あ、ああ……いや、腕が少し……大丈夫だよ、気にするな』
『…………』
791: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:46:11.90 ID:bjcUhiS+o
『……ねえ、カリーニンさん』
『うん?』
『――何か、歌いましょうか?』
『…………』
『……ふふっ』
『え!?』
『いや……いいんだ、頼むよ。明るい奴だと嬉しいな』
『…………』
『分かりました。それじゃあ……』
『――恋のトゥーッフォーッイレッブーン♪』
『別の奴で』
『うん?』
『――何か、歌いましょうか?』
『…………』
『……ふふっ』
『え!?』
『いや……いいんだ、頼むよ。明るい奴だと嬉しいな』
『…………』
『分かりました。それじゃあ……』
『――恋のトゥーッフォーッイレッブーン♪』
『別の奴で』
792: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:46:57.11 ID:bjcUhiS+o
эп.9
Сестра и сестра
―あねいもうと―
793: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:47:32.27 ID:bjcUhiS+o
―日本司令船 格納庫―
乗組員A「ハッチ開け! 急げぇっ!」
提督「ドック起動! 修復液注入!」
乗組員B「了解! 修復液、注入開始!」
満身創痍のモロトヴェッツを抱え、司令船の格納庫に入る。
棺のような1人用ドックに、緑色の修復液が満たされていく。
提督「よし……高速修復材、投入!」
乗組員B「了解! 高速修復材――」
響「司令官!」
提督「分かってる、ドックの準備は……うっ……!」
モロトヴェッツ『――――』
モロトヴェッツの惨状に、司令官も言葉を詰まらせた。
あらぬ方向に曲がった指。黒々としたものが見えている傷跡。
鉄と油の混ざりあった、目頭を押さえたくなる臭い。
提督「っ……足の方を持ってくれ。そっとだ、そっと入れるんだぞ……」
乗組員A「ハッチ開け! 急げぇっ!」
提督「ドック起動! 修復液注入!」
乗組員B「了解! 修復液、注入開始!」
満身創痍のモロトヴェッツを抱え、司令船の格納庫に入る。
棺のような1人用ドックに、緑色の修復液が満たされていく。
提督「よし……高速修復材、投入!」
乗組員B「了解! 高速修復材――」
響「司令官!」
提督「分かってる、ドックの準備は……うっ……!」
モロトヴェッツ『――――』
モロトヴェッツの惨状に、司令官も言葉を詰まらせた。
あらぬ方向に曲がった指。黒々としたものが見えている傷跡。
鉄と油の混ざりあった、目頭を押さえたくなる臭い。
提督「っ……足の方を持ってくれ。そっとだ、そっと入れるんだぞ……」
794: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:48:16.76 ID:bjcUhiS+o
ガチャン!
雷「!?」
提督「何だ!?」
響「これが落ちたんだよ、彼女が持ってた……」
提督「首輪? それも艤装か?
……まあいい。いいか、入れるぞ? よーし……」
私と雷、そして司令官の3人で、
モロトヴェッツをゆっくりとドックに入れる。
795: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:48:47.05 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『――――』
修復液に混ざった高速修復材が、細かい泡を立て始める。
彼女の傷も、破れた服も、みるみるうちに治っていった。
雷「……よ、よかった……」
提督「傷から燃料が漏れ始めてた。あと一歩遅かったら……」
響「…………」
モロトヴェッツ『――――』
破損は全て塞がった。
けれど、モロトヴェッツはまだ目を覚まさない。
修復液に混ざった高速修復材が、細かい泡を立て始める。
彼女の傷も、破れた服も、みるみるうちに治っていった。
雷「……よ、よかった……」
提督「傷から燃料が漏れ始めてた。あと一歩遅かったら……」
響「…………」
モロトヴェッツ『――――』
破損は全て塞がった。
けれど、モロトヴェッツはまだ目を覚まさない。
796: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:49:32.18 ID:bjcUhiS+o
響「…………」
提督「…………」
響「……司令官……」
提督「……言うな。何も」
響「……でも、ラーザリは……電と暁まで……!」
提督「分かってる。お前たちは最善を尽くしたんだ」
提督「向こうの魂胆に乗せられたのも、姫級が出てきたのも……
決して、お前たちの不手際じゃない」
提督「……それに、元々この子たちを助けるのが目的だった。
なら、3分の1は果たしたも同然じゃないか」
響「…………」
提督「……大丈夫だ。暁たちの居場所なら必ず分かる。
こっちには最新鋭のレーダーがあるんだ」
提督「今はまだ、深海棲艦の妨害粒子が残ってるが……
もう少しすれば濃度が下がって、あいつらを識別できるからな」
提督「…………」
響「……司令官……」
提督「……言うな。何も」
響「……でも、ラーザリは……電と暁まで……!」
提督「分かってる。お前たちは最善を尽くしたんだ」
提督「向こうの魂胆に乗せられたのも、姫級が出てきたのも……
決して、お前たちの不手際じゃない」
提督「……それに、元々この子たちを助けるのが目的だった。
なら、3分の1は果たしたも同然じゃないか」
響「…………」
提督「……大丈夫だ。暁たちの居場所なら必ず分かる。
こっちには最新鋭のレーダーがあるんだ」
提督「今はまだ、深海棲艦の妨害粒子が残ってるが……
もう少しすれば濃度が下がって、あいつらを識別できるからな」
797: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:50:52.65 ID:bjcUhiS+o
雷「……大丈夫、なのよね……?」
提督「ああ。だから、今はまず態勢を立て直す」
提督「相手が姫級と分かった以上、生半な準備では太刀打ちできない」
提督「勿論、ロシア側との連携も……」
雷「――! で、でも……!」
提督「……ああ。信用できるか、怪しいもんだがな」
響「……っ……」
提督「――お前の友達を悪く言うわけじゃない。だが……」
提督「演習すら未経験の艦を旗艦に据えさせ、通信を切らせて、嘘の進路を教えて……」
提督「……俺たちを、最初から締め出す気だったとしか思えん」
響「……そう、だね」
提督「ああ。だから、今はまず態勢を立て直す」
提督「相手が姫級と分かった以上、生半な準備では太刀打ちできない」
提督「勿論、ロシア側との連携も……」
雷「――! で、でも……!」
提督「……ああ。信用できるか、怪しいもんだがな」
響「……っ……」
提督「――お前の友達を悪く言うわけじゃない。だが……」
提督「演習すら未経験の艦を旗艦に据えさせ、通信を切らせて、嘘の進路を教えて……」
提督「……俺たちを、最初から締め出す気だったとしか思えん」
響「……そう、だね」
798: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:52:40.35 ID:bjcUhiS+o
提督「…………」
提督「……響、何か分からなかったか?」
響「え?」
提督「そこまでして、俺たちを遠ざける理由だよ」
提督「連携を取ろうにも、そんな厳重に秘密を持たれてたんじゃ……」
提督「……それに……上手くいけば……」ボソッ
雷「……?」
響「……それが、私も訊いてはみたんだけど」
提督「気付いた事なら何でもいいんだ。
あの子……ラーザリさんが、ポロっと何か言ってたとか」
響「……! そう言えば……」
提督「!」
提督「……響、何か分からなかったか?」
響「え?」
提督「そこまでして、俺たちを遠ざける理由だよ」
提督「連携を取ろうにも、そんな厳重に秘密を持たれてたんじゃ……」
提督「……それに……上手くいけば……」ボソッ
雷「……?」
響「……それが、私も訊いてはみたんだけど」
提督「気付いた事なら何でもいいんだ。
あの子……ラーザリさんが、ポロっと何か言ってたとか」
響「……! そう言えば……」
提督「!」
799: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:53:35.18 ID:bjcUhiS+o
響「潜水棲姫が出てきたとき……ひどく驚いてたみたいだった」
響「たしか……『R-11』だとか、『弾頭』がどうとか。
それから、『計画』もどうのって……」
提督「――なに?」
響「……ああ、まだ言ってなかったね。
あの潜水棲姫……後ろのクジラに、妙なものがくっついてたんだ」
響「円錐形で、何となく嫌な感じの……そうだ、あれとそっくりだった」
提督「……?」
響「前に見せてくれただろう? 本に載ってた、『ミサイル』の先っぽ――」
言い終わるや否や、
司令官の顔色が、瞬く間に青ざめていった。
提督「……! ……ッ……!」
提督「…………まさか……ッ!」
響「たしか……『R-11』だとか、『弾頭』がどうとか。
それから、『計画』もどうのって……」
提督「――なに?」
響「……ああ、まだ言ってなかったね。
あの潜水棲姫……後ろのクジラに、妙なものがくっついてたんだ」
響「円錐形で、何となく嫌な感じの……そうだ、あれとそっくりだった」
提督「……?」
響「前に見せてくれただろう? 本に載ってた、『ミサイル』の先っぽ――」
言い終わるや否や、
司令官の顔色が、瞬く間に青ざめていった。
提督「……! ……ッ……!」
提督「…………まさか……ッ!」
800: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:55:00.05 ID:bjcUhiS+o
ピチャッ…
提督「……?」
モロトヴェッツ『――――』
モロトヴェッツ『――――』ピクッ
響「!」
雷「今……!」
モロトヴェッツ『――ぅ――ん――』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『――――ッッ!!』バシャッ
響「……っ、と……」
目を開いたモロトヴェッツが、勢い良く上体を起こした。
ドックから飛び散った修復液が、私の顔に降りかかる。
801: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:56:01.87 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『……!? ……?……』キョロキョロ
響『……私たちの船だよ。もう安全だ』
モロトヴェッツ『――――』ピタッ
モロトヴェッツ『…………』
響『良かった。指も元通りになったね』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツが、ゆっくりと私の方を向く。
まるで、何かを確かめるように、少しずつ首を動かしていく。
彼女の眼は、今にもはち切れそうなほどに見開かれ、
そしてじんわりと潤んでいた。
モロトヴェッツ『ヴェール……ヌイ……?』
モロトヴェッツ『あなたなの……? 本当……本当に……』
響『…………』
響『……私たちの船だよ。もう安全だ』
モロトヴェッツ『――――』ピタッ
モロトヴェッツ『…………』
響『良かった。指も元通りになったね』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツが、ゆっくりと私の方を向く。
まるで、何かを確かめるように、少しずつ首を動かしていく。
彼女の眼は、今にもはち切れそうなほどに見開かれ、
そしてじんわりと潤んでいた。
モロトヴェッツ『ヴェール……ヌイ……?』
モロトヴェッツ『あなたなの……? 本当……本当に……』
響『…………』
802: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:56:49.64 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ひどい……夢ね……』
モロトヴェッツ『最期の最期に……こんな……こんなっ……』
震える手を伸ばすモロトヴェッツ。
私は、静かにその手をとった。
響『……もう、夢じゃないんだよ』
響『もう一度だけでも、みんなと会うこと。それがようやく叶ったんだ』
響『……モロトヴェッツ。私は、ここにいるよ』
モロトヴェッツ『……ひどい……夢ね……』
モロトヴェッツ『最期の最期に……こんな……こんなっ……』
震える手を伸ばすモロトヴェッツ。
私は、静かにその手をとった。
響『……もう、夢じゃないんだよ』
響『もう一度だけでも、みんなと会うこと。それがようやく叶ったんだ』
響『……モロトヴェッツ。私は、ここにいるよ』
803: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:57:20.28 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……っ……ぅ、ぅ……』
響『…………』
モロトヴェッツ『う゛……う゛、ぅぅっ……!』
モロトヴェッツ『う゛ぅぅぅうぅっ……っ!』
モロトヴェッツ『ヴェール……ヌイ……! ヴェールヌイっ……!』
響『…………』ナデナデ
私の胸にすがりついて、嗚咽を漏らすモロトヴェッツ。
彼女の頭を、そっと撫でてあげることしかできなかった。
モロトヴェッツ『……っ……ぅ、ぅ……』
響『…………』
モロトヴェッツ『う゛……う゛、ぅぅっ……!』
モロトヴェッツ『う゛ぅぅぅうぅっ……っ!』
モロトヴェッツ『ヴェール……ヌイ……! ヴェールヌイっ……!』
響『…………』ナデナデ
私の胸にすがりついて、嗚咽を漏らすモロトヴェッツ。
彼女の頭を、そっと撫でてあげることしかできなかった。
804: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:58:02.57 ID:bjcUhiS+o
提督「…………」
提督「……響。後でいいんだが、頼みがある」
響「……?」ナデナデ
提督「…………実はな、俺……」
805: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:58:56.51 ID:bjcUhiS+o
―ウラジオストク 沖合3km―
―高速司令艇「ルースキー」 艇内―
長官『索敵状況は?』
潜水A『モロトヴェッツ以下、依然として発見できません』
?『…………』
長官『……先程の交戦地点は、まだ妨害粒子が?』
潜水A『現在濃度、0.062ppm。
現代型レーダーでの索敵は不可能です』
長官『他の地点にも、反応は無しか』
潜水A『……はい。しかし、洞窟などに退避した可能性も……』
長官『だといいがな。使い尽くすまで無駄には出来ん』
潜水A『…………』
―高速司令艇「ルースキー」 艇内―
長官『索敵状況は?』
潜水A『モロトヴェッツ以下、依然として発見できません』
?『…………』
長官『……先程の交戦地点は、まだ妨害粒子が?』
潜水A『現在濃度、0.062ppm。
現代型レーダーでの索敵は不可能です』
長官『他の地点にも、反応は無しか』
潜水A『……はい。しかし、洞窟などに退避した可能性も……』
長官『だといいがな。使い尽くすまで無駄には出来ん』
潜水A『…………』
806: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 21:59:58.80 ID:bjcUhiS+o
ガガッ!
潜水B(無線)『こっ、こちらマクレル! 「ルースキー」応答願う!』
長官『こちら「ルースキー」、どうした?』
潜水B『そ、それが……日本の司令船に、モーラさんが!』
潜水A『!?』
長官『…………!』
潜水B『たった今、ヴェールヌイともう1隻の駆逐艦が、
モーラさ……モロトヴェッツを抱えて、船内に……!』
長官『…………』
潜水B『長官! 日本司令船への接触許可を!』
潜水B『モーラさんを助けてくれたんです、もう疑う理由はありません!』
潜水B『何より、あのヴェールヌイが策略なんて……!』
長官『…………』
807: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:02:20.49 ID:bjcUhiS+o
長官『……こちら「ルースキー」。第8特務大隊、全艦に告ぐ』
長官『第1艦隊旗艦、モロトヴェッツを発見した』
・ ・ ・ ・
長官『日本の艦娘に鹵獲され、現在は向こうの司令船に収容されている』
潜水B『ッ……!?』
長官『本艇はこれより、直接交渉の準備に移る。
各艦は捜索を中断し、至急、本艇へ帰投せよ』
潜水B『そんな、長官! 共同で救助作戦を――』
長官『繰り返すッ! 全艦、本艇へ帰投せよ!』
潜水B『っ……!』
長官『あちらへの接触は、私が直接行う』
長官『……もちろん、最良の機を見計らってな』
長官『第1艦隊旗艦、モロトヴェッツを発見した』
・ ・ ・ ・
長官『日本の艦娘に鹵獲され、現在は向こうの司令船に収容されている』
潜水B『ッ……!?』
長官『本艇はこれより、直接交渉の準備に移る。
各艦は捜索を中断し、至急、本艇へ帰投せよ』
潜水B『そんな、長官! 共同で救助作戦を――』
長官『繰り返すッ! 全艦、本艇へ帰投せよ!』
潜水B『っ……!』
長官『あちらへの接触は、私が直接行う』
長官『……もちろん、最良の機を見計らってな』
808: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:05:12.74 ID:bjcUhiS+o
?『……ど、どういう……』
長官『…………』ギロッ
?『だ、だって……お姉ちゃんが、そんな……!』
長官『……やはり、連れて来て正解だった』
?『え……?』
長官『私の推測が正しければ、お前にも充分に役立ってもらうぞ』
長官『裏切り者の「姉」ともども、その燃料の一滴までな』
長官『――喜ぶがいい、ゴルコヴェッツ』
ゴルコヴェッツ『…………』
長官『…………』ギロッ
?『だ、だって……お姉ちゃんが、そんな……!』
長官『……やはり、連れて来て正解だった』
?『え……?』
長官『私の推測が正しければ、お前にも充分に役立ってもらうぞ』
長官『裏切り者の「姉」ともども、その燃料の一滴までな』
長官『――喜ぶがいい、ゴルコヴェッツ』
ゴルコヴェッツ『…………』
809: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:06:03.01 ID:bjcUhiS+o
―日本司令船 格納庫―
モロトヴェッツ『…………』ズズッ
響『すまないね、ゆうべの残りしか無くて』
モロトヴェッツ『……いいえ。こんなに美味しいボルシチ、初めて』
響『……そうかい』
毛布を羽織ったモロトヴェッツが、マグカップを手に息をついた。
修復液が排出されたドックに、上体を起こして寝そべっている。
雷「おいしいでしょ? 響が作ってくれたのよ!」
響「あ、暁……いいから」
モロトヴェッツ『…………』ズズッ
響『すまないね、ゆうべの残りしか無くて』
モロトヴェッツ『……いいえ。こんなに美味しいボルシチ、初めて』
響『……そうかい』
毛布を羽織ったモロトヴェッツが、マグカップを手に息をついた。
修復液が排出されたドックに、上体を起こして寝そべっている。
雷「おいしいでしょ? 響が作ってくれたのよ!」
響「あ、暁……いいから」
810: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:06:49.84 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『……でも、全然知らなかった』
モロトヴェッツ『演習があるとは聞いていたけど、まさかあなたが呼ばれたなんて』
響『……ラーザリからは、何も?』
モロトヴェッツ『ええ。……きっと、わざと教えなかったのね。
あの子はもう、あいつの言いなりだから』
響『あいつ?』
モロトヴェッツ『――! いいえ、何でも……』
モロトヴェッツ『…………』チラッ
提督「…………」カチッ カチッ
静かにボルシチを飲みながらも、
モロトヴェッツは時折、鋭い視線を飛ばす。
その先に居るのは、司令官だ。
モロトヴェッツの握っていた機械を、ひどく真剣な顔で弄っている。
モロトヴェッツ『……ねぇ、ヴェールヌイ。あの――』
モロトヴェッツ『演習があるとは聞いていたけど、まさかあなたが呼ばれたなんて』
響『……ラーザリからは、何も?』
モロトヴェッツ『ええ。……きっと、わざと教えなかったのね。
あの子はもう、あいつの言いなりだから』
響『あいつ?』
モロトヴェッツ『――! いいえ、何でも……』
モロトヴェッツ『…………』チラッ
提督「…………」カチッ カチッ
静かにボルシチを飲みながらも、
モロトヴェッツは時折、鋭い視線を飛ばす。
その先に居るのは、司令官だ。
モロトヴェッツの握っていた機械を、ひどく真剣な顔で弄っている。
モロトヴェッツ『……ねぇ、ヴェールヌイ。あの――』
811: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:07:27.90 ID:bjcUhiS+o
カチッ…
『――7月X日、2015年。第2次アチーツカ計画、経過報告……』
響「……?」
モロトヴェッツ「……ッ!!」ビクッ
司令官の持っていた首輪状の機械。
そこから突然、音声が流れ出す。
『観測地点、Я25に到達。現在、深度2350――』
『前日データと比較し、対象117、119から124、126が消失』
『現在の放射線量、毎時――』カチッ
812: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:08:02.95 ID:bjcUhiS+o
提督「…………」
司令官が再び機械を触ると、音声はそこで中断された。
少しひび割れてはいたが、間違いなくモロトヴェッツの声だった。
モロトヴェッツ『…………』
雷「……ねえ、司令官? 今のは……」
提督「……だいぶ落ち着いたみたいだな」
雷「え?」
提督「彼女だよ。顔色も随分良くなったじゃないか。
響のボルシチが効いたのかもな」
雷「……?」
司令官が再び機械を触ると、音声はそこで中断された。
少しひび割れてはいたが、間違いなくモロトヴェッツの声だった。
モロトヴェッツ『…………』
雷「……ねえ、司令官? 今のは……」
提督「……だいぶ落ち着いたみたいだな」
雷「え?」
提督「彼女だよ。顔色も随分良くなったじゃないか。
響のボルシチが効いたのかもな」
雷「……?」
813: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:08:34.49 ID:bjcUhiS+o
提督「…………」スッ
モロトヴェッツ『――!』
司令官が、おもむろにモロトヴェッツへ近寄る。
ドックの側の段差に腰掛け、同じ高さで目線を合わせた。
響(……始めるんだね)
それが、司令官からのサインだった。
十何分前に言われた「頼み」、それを実行するための合図だ。
でも、その「頼み」自体は。そして、司令官から打ち明けられた事実も。
決して、気持ちのいいものではなかった。
モロトヴェッツ『――!』
司令官が、おもむろにモロトヴェッツへ近寄る。
ドックの側の段差に腰掛け、同じ高さで目線を合わせた。
響(……始めるんだね)
それが、司令官からのサインだった。
十何分前に言われた「頼み」、それを実行するための合図だ。
でも、その「頼み」自体は。そして、司令官から打ち明けられた事実も。
決して、気持ちのいいものではなかった。
815: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:09:12.33 ID:bjcUhiS+o
提督「……挨拶が遅れてすみません、モロトヴェッツさん」
提督「彼女たちの司令官を務めております。……まあ、『少佐』とでもお呼び下さい」
提督「それと、こちらは雷。響の姉妹艦です」
雷「! こ、こんにちは!」
モロトヴェッツ『…………』
響『……私たちの司令官だよ。階級は少佐。君に挨拶をしてるんだ。
それから、こっちは妹の雷』
モロトヴェッツ『!』スッ
提督「ああ、そのままで結構ですよ。治ったばかりだ、楽にして下さい」
提督「彼女たちの司令官を務めております。……まあ、『少佐』とでもお呼び下さい」
提督「それと、こちらは雷。響の姉妹艦です」
雷「! こ、こんにちは!」
モロトヴェッツ『…………』
響『……私たちの司令官だよ。階級は少佐。君に挨拶をしてるんだ。
それから、こっちは妹の雷』
モロトヴェッツ『!』スッ
提督「ああ、そのままで結構ですよ。治ったばかりだ、楽にして下さい」
816: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:09:41.65 ID:bjcUhiS+o
立ち上がろうとしたモロトヴェッツを、司令官が制止する。
失礼の無いよう、姿勢を正そうとしたのだろう。
生真面目なのは相変わらずらしい。
提督「本来であれば、あなた方の言葉で挨拶するべきなのですが……
不勉強なもので。お許しください」
響『……ロシア語ができなくて申し訳ない、と』
モロトヴェッツ『…………そう、ですか』ホッ
提督『…………』
817: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:10:15.24 ID:bjcUhiS+o
提督「じゃ、響。あとは頼むよ」スック
提督「……雷。こっちへ」
雷「え?」
司令官がおもむろに立ち上がった。
近くにいた雷の背中を押して、一緒に格納庫の隅へと移る。
その手には、機械の首輪が握られたままだ。
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ、少佐はどうしたの?』
響『……モロトヴェッツ』
モロトヴェッツ『……?』
響『…………』
響『――教えてほしい。何があったんだい?』
提督「……雷。こっちへ」
雷「え?」
司令官がおもむろに立ち上がった。
近くにいた雷の背中を押して、一緒に格納庫の隅へと移る。
その手には、機械の首輪が握られたままだ。
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ、少佐はどうしたの?』
響『……モロトヴェッツ』
モロトヴェッツ『……?』
響『…………』
響『――教えてほしい。何があったんだい?』
818: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:11:53.85 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……襲われたのよ。突然だったわ』
響『……訊き方を変えようか。あそこで、何をしていたんだい?』
モロトヴェッツ『…………』
響『さっきの録音と、何か関係が?』
モロトヴェッツ『……っ……!』
モロトヴェッツの顔が、一瞬で強張る。
きゅっと結ばれた口が、小刻みに震えていた。
響『頼むよ。事情を知りたいんだ』
響『……これ以上、私たちがバラバラにならないうちに』
モロトヴェッツ『……え……?』
モロトヴェッツ『……襲われたのよ。突然だったわ』
響『……訊き方を変えようか。あそこで、何をしていたんだい?』
モロトヴェッツ『…………』
響『さっきの録音と、何か関係が?』
モロトヴェッツ『……っ……!』
モロトヴェッツの顔が、一瞬で強張る。
きゅっと結ばれた口が、小刻みに震えていた。
響『頼むよ。事情を知りたいんだ』
響『……これ以上、私たちがバラバラにならないうちに』
モロトヴェッツ『……え……?』
819: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:12:50.38 ID:bjcUhiS+o
・
・
・
ことの顛末を、モロトヴェッツに話した。
救援要請を受け、ラーザリと共に海へ出たこと。
敵艦隊と交戦し、姉妹2人とラーザリの行方が分からなくなってしまったこと。
暁と電のことを打ち明けると、
モロトヴェッツの顔色が真っ青に変わった。
モロトヴェッツ『っ……そんな……!』
響『暁たちだけじゃない、カリーニンも、トビリシも、ラーザリも。
みんなを、何としても助けなきゃいけない』
響『けれど……君たちの長官は、私たちを関わらせたくないらしいんだ』
モロトヴェッツ『…………!』
820: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:13:32.62 ID:bjcUhiS+o
響『理由があるなら、知らなくちゃいけない。
誤解されてるなら、それを解きたいんだよ』
響『見ただろう? あの潜水棲姫は、何もかもが普通じゃない』
響『やり過ごすにせよ、戦うにせよ……協力しなくちゃ、どうしようもないよ』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ごめん、なさい……』
響『…………』
誤解されてるなら、それを解きたいんだよ』
響『見ただろう? あの潜水棲姫は、何もかもが普通じゃない』
響『やり過ごすにせよ、戦うにせよ……協力しなくちゃ、どうしようもないよ』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ごめん、なさい……』
響『…………』
821: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:14:27.04 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『……司令艇に戻って、すぐに指揮を執るわ……』
モロトヴェッツ『あの子たちも、妹さんも……私が絶対に助け出す……』
響『……教えては、くれないんだね』
モロトヴェッツ『駄目よ……あなたたちを巻き込めない……!』
響『秘密があるのは分かってる。約束するよ、絶対に漏らしたりはしない』
モロトヴェッツ『……お願い、何も聞かずに私を帰して』
モロトヴェッツ『機密中の機密なのよ……!
外部はおろか、仲間にだって知られては……!』
モロトヴェッツ『あの子たちも、妹さんも……私が絶対に助け出す……』
響『……教えては、くれないんだね』
モロトヴェッツ『駄目よ……あなたたちを巻き込めない……!』
響『秘密があるのは分かってる。約束するよ、絶対に漏らしたりはしない』
モロトヴェッツ『……お願い、何も聞かずに私を帰して』
モロトヴェッツ『機密中の機密なのよ……!
外部はおろか、仲間にだって知られては……!』
822: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:15:13.38 ID:bjcUhiS+o
響『事情を知りたいだけなんだよ。共同戦線を張るために』
響『司令官も雷も、ロシア語は分からない』
響『私にだけ、こっそり……それでも駄目かい?』
モロトヴェッツ『……駄目、駄目なの……』
モロトヴェッツ『……あいつは絶対に嗅ぎ付けるわ……
あなたたちだって、どんな酷い目に遭うか……!』
響『…………』
モロトヴェッツは、本気で何かを恐れている。
こんな状態の彼女が相手では、とても「事情を聴く」空気にはならない。
これではもう、ただの尋問だ。
響『司令官も雷も、ロシア語は分からない』
響『私にだけ、こっそり……それでも駄目かい?』
モロトヴェッツ『……駄目、駄目なの……』
モロトヴェッツ『……あいつは絶対に嗅ぎ付けるわ……
あなたたちだって、どんな酷い目に遭うか……!』
響『…………』
モロトヴェッツは、本気で何かを恐れている。
こんな状態の彼女が相手では、とても「事情を聴く」空気にはならない。
これではもう、ただの尋問だ。
823: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:16:41.16 ID:bjcUhiS+o
響(……言う通り、なのかもしれないね)
司令官の頼みで事情を訊こうとしていたけど、
急に、別の考えも浮かんできた。
モロトヴェッツの望み通り、何も訊かずに、長官の元へ返す。
そして、彼女たちの尽力を信じて待つ。
もしかしたら、そうする方が賢いのかもしれない。
――でも。
響『……構わない』
響『私だけでいいなら、どんな罰も負うよ』
モロトヴェッツ『……っ……!』
どうしようもない性分だった。
黙って見てはいられなかった。何かをせずには、いられなかった。
司令官の頼みで事情を訊こうとしていたけど、
急に、別の考えも浮かんできた。
モロトヴェッツの望み通り、何も訊かずに、長官の元へ返す。
そして、彼女たちの尽力を信じて待つ。
もしかしたら、そうする方が賢いのかもしれない。
――でも。
響『……構わない』
響『私だけでいいなら、どんな罰も負うよ』
モロトヴェッツ『……っ……!』
どうしようもない性分だった。
黙って見てはいられなかった。何かをせずには、いられなかった。
824: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:17:55.29 ID:bjcUhiS+o
響『まごまごしてはいられないんだよ』
響『こうしている間にも、みんながあいつらと鉢合わせてるかもしれない』
モロトヴェッツ『…………』
響『……それに、口封じなら心配ない。すぐに、「外部の者」じゃなくなるんだ』
モロトヴェッツ『……え?』
響「…………」チラッ
提督「…………」
司令官からは、「嘘も方便」と言われた。
けれど……方便であっても、嘘は嘘だ。
――それに。嘘になるかどうかも、まだ分からない。
響『こうしている間にも、みんながあいつらと鉢合わせてるかもしれない』
モロトヴェッツ『…………』
響『……それに、口封じなら心配ない。すぐに、「外部の者」じゃなくなるんだ』
モロトヴェッツ『……え?』
響「…………」チラッ
提督「…………」
司令官からは、「嘘も方便」と言われた。
けれど……方便であっても、嘘は嘘だ。
――それに。嘘になるかどうかも、まだ分からない。
825: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:18:23.10 ID:bjcUhiS+o
響『――演習が終わったら、私はロシアに引き渡される』
響『君たちの長官の肝いりで……また、みんなの仲間になるんだよ』
モロトヴェッツ『……ッッ!?』
提督『…………』
モロトヴェッツが、これ以上ないほど目を見開いた。
格納庫の隅にいる司令官が、かすかに肩を強張らせた。
響『……きっと、遅かれ早かれ、知ることになる秘密なんだ』
響『だから……だから……』
モロトヴェッツ『…………』ブルブル
響『信じてくれないか……モロトヴェッツ』
響『君たちの長官の肝いりで……また、みんなの仲間になるんだよ』
モロトヴェッツ『……ッッ!?』
提督『…………』
モロトヴェッツが、これ以上ないほど目を見開いた。
格納庫の隅にいる司令官が、かすかに肩を強張らせた。
響『……きっと、遅かれ早かれ、知ることになる秘密なんだ』
響『だから……だから……』
モロトヴェッツ『…………』ブルブル
響『信じてくれないか……モロトヴェッツ』
826: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/06/28(火) 22:19:05.16 ID:bjcUhiS+o
モロトヴェッツ『…………』
響『…………』
モロトヴェッツ『……最初は……』
モロトヴェッツ『……あの任務の最初は……1年前だった……』
提督「…………」カチッ
堰は切られた。
もう、後戻りはできない。
835: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 17:57:07.76 ID:ksQgvFo2o
―ピョートル大帝湾 海上―
ザザザザザ…
ラーザリ「…………」
電「ふぅっ、ふぅっ……」
暁「意外と重いわね。軽巡なのに……」
電「レディーに言うことじゃないと思うのです」
暁「れ、レディー同士ならセーフなのよっ!」
ラーザリ「……ぅ……ん……?」
暁「……!」
電「あ、よかった……」
ラーザリ「……イナズマ? ここは……?」
電「えっと、それが……まっすぐに逃げてきたとは思うんですけど」
暁「島でも見えたらいいのにね……何なのよぅ、この霧」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……私……まだ、沈んでないの……?」
電「……大丈夫ですよ。ダメコンだってあったじゃないですか」
暁「え? ――あ! あれラーザリさんにあげてたの!?」
電「ごめんなさい。言っちゃったら悪いかなって……」
暁「もう……まあいいわ。結局使わなかったんだし」
ザザザザザ…
ラーザリ「…………」
電「ふぅっ、ふぅっ……」
暁「意外と重いわね。軽巡なのに……」
電「レディーに言うことじゃないと思うのです」
暁「れ、レディー同士ならセーフなのよっ!」
ラーザリ「……ぅ……ん……?」
暁「……!」
電「あ、よかった……」
ラーザリ「……イナズマ? ここは……?」
電「えっと、それが……まっすぐに逃げてきたとは思うんですけど」
暁「島でも見えたらいいのにね……何なのよぅ、この霧」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……私……まだ、沈んでないの……?」
電「……大丈夫ですよ。ダメコンだってあったじゃないですか」
暁「え? ――あ! あれラーザリさんにあげてたの!?」
電「ごめんなさい。言っちゃったら悪いかなって……」
暁「もう……まあいいわ。結局使わなかったんだし」
836: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 17:59:16.25 ID:ksQgvFo2o
ラーザリ「……ねぇ……」
暁「え?」
ラーザリ「……ずっと、担いでくれてたの?」
暁「? 当たり前でしょ、だっこなんてできないもの」
ラーザリ「……いや、そのさ……」
ラーザリ「なんで……なんでわざわざ、私なん――」
暁「あっ!」
ラーザリ「……!?」
暁「も、もしかして……艤装当たってた!? 盾のカドとか!」
ラーザリ「へ?」
電「えぇっ! だ、大丈夫なのです!? どこかアザになってません?」
暁「ご、ごめんなさい! どうしよ、あれ結構尖ってるのに……!」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……あは……ははは……」
暁「?」
電「え?」
ラーザリ「……あーあ、情けないの……」
ラーザリ「あんたたちみたいな、良い子のこと……
私、いいように使おうとしてたんだよ……」
電「…………」
ラーザリ「そのくせ、いざって時にトチ狂って、何にも出来ずにぶっ壊れて……」
ラーザリ「挙句に、あんたたちまで巻き込んじゃって……」
ラーザリ「……やだなぁ……本当に……本当に嫌だ……」
暁「え?」
ラーザリ「……ずっと、担いでくれてたの?」
暁「? 当たり前でしょ、だっこなんてできないもの」
ラーザリ「……いや、そのさ……」
ラーザリ「なんで……なんでわざわざ、私なん――」
暁「あっ!」
ラーザリ「……!?」
暁「も、もしかして……艤装当たってた!? 盾のカドとか!」
ラーザリ「へ?」
電「えぇっ! だ、大丈夫なのです!? どこかアザになってません?」
暁「ご、ごめんなさい! どうしよ、あれ結構尖ってるのに……!」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……あは……ははは……」
暁「?」
電「え?」
ラーザリ「……あーあ、情けないの……」
ラーザリ「あんたたちみたいな、良い子のこと……
私、いいように使おうとしてたんだよ……」
電「…………」
ラーザリ「そのくせ、いざって時にトチ狂って、何にも出来ずにぶっ壊れて……」
ラーザリ「挙句に、あんたたちまで巻き込んじゃって……」
ラーザリ「……やだなぁ……本当に……本当に嫌だ……」
837: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:03:20.43 ID:ksQgvFo2o
暁「……ねぇ、隠してたのって、あの潜水棲姫のことなの?」
ラーザリ「……ううん。あいつ自体ってわけじゃない」
ラーザリ「けど、予想は出来たはずなんだ。いつか、あんな奴が出てくるって……」
暁「……?」
ラーザリ「見ちゃったでしょ? あいつの頭……」
電「『ミサイル』……ですか?」
ラーザリ「そう……R-11FM。ソ連最初のSLBMだよ」
暁「え、えす……なに?」
ラーザリ「……潜水艦に乗せるミサイルさ。
あいつが付けてたのは、その先っぽの『弾頭』……」
ラーザリ「それも、まだ試作段階だったころの奴……」
電「でも……どうして、深海棲艦が?」
ラーザリ「……ツケが、回って来たんだろうね」
ラーザリ「どんな『遺産』だって、私らが背負わなくちゃいけなかった」
ラーザリ「無かったことにしようなんて、虫が良すぎたんだ……」
電「……どういうことなのです?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……そうだね。もう、秘密にしてたってしょうがないか……」
ラーザリ「『アレ』を見た以上、きっと、あんたたちも無関係じゃいられない」
ラーザリ「――――ひどいもんなんだよ、うちの艦隊は……」
ラーザリ「……ううん。あいつ自体ってわけじゃない」
ラーザリ「けど、予想は出来たはずなんだ。いつか、あんな奴が出てくるって……」
暁「……?」
ラーザリ「見ちゃったでしょ? あいつの頭……」
電「『ミサイル』……ですか?」
ラーザリ「そう……R-11FM。ソ連最初のSLBMだよ」
暁「え、えす……なに?」
ラーザリ「……潜水艦に乗せるミサイルさ。
あいつが付けてたのは、その先っぽの『弾頭』……」
ラーザリ「それも、まだ試作段階だったころの奴……」
電「でも……どうして、深海棲艦が?」
ラーザリ「……ツケが、回って来たんだろうね」
ラーザリ「どんな『遺産』だって、私らが背負わなくちゃいけなかった」
ラーザリ「無かったことにしようなんて、虫が良すぎたんだ……」
電「……どういうことなのです?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……そうだね。もう、秘密にしてたってしょうがないか……」
ラーザリ「『アレ』を見た以上、きっと、あんたたちも無関係じゃいられない」
ラーザリ「――――ひどいもんなんだよ、うちの艦隊は……」
838: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:04:51.56 ID:ksQgvFo2o
―日本司令船 格納庫―
モロトヴェッツ『……1年前。建造されたばかりの私は、
他の潜水艦達と一緒に、とある任務を命じられた』
モロトヴェッツ『ピョートル湾の深海で、“あるもの”の分布を調査する。
説明されたのは、それだけだったわ』
響『……“あるもの”って?』
モロトヴェッツ『……“コンテナ”よ』
響『――コンテナ?』
モロトヴェッツ『そう……どれもこれもに、ソビエトの印が入っていた』
響『……昔の資材でも入ってたのかな』
モロトヴェッツ『……中身については、何一つ知らされなかったわ』
モロトヴェッツ『少なくとも、最初のうちだけは』
響『?』
モロトヴェッツ『……1年前。建造されたばかりの私は、
他の潜水艦達と一緒に、とある任務を命じられた』
モロトヴェッツ『ピョートル湾の深海で、“あるもの”の分布を調査する。
説明されたのは、それだけだったわ』
響『……“あるもの”って?』
モロトヴェッツ『……“コンテナ”よ』
響『――コンテナ?』
モロトヴェッツ『そう……どれもこれもに、ソビエトの印が入っていた』
響『……昔の資材でも入ってたのかな』
モロトヴェッツ『……中身については、何一つ知らされなかったわ』
モロトヴェッツ『少なくとも、最初のうちだけは』
響『?』
839: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:06:44.82 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『……大丈夫、あとで詳しく話すから……』
モロトヴェッツ『とにかく、私に命じられた任務はそれだけ』
モロトヴェッツ『特定地点での、コンテナの数と分布状況。
それから、渡された計器に表示される数値……』
モロトヴェッツ『全てを調べ上げてから、司令艇へ戻って報告する』
モロトヴェッツ『2500mの深海は辛かったけど……それでも、まだましな任務だった……』
響『――2500……!? そんな、潜水艦の潜れるような深さじゃ……!』
モロトヴェッツ『……一応、耐圧服があったもの。
宇宙服みたいな、ろくに動けないのがね』
モロトヴェッツ『それに、任務時間も長くはなかった。
他の子たちも、たくさん駆り出されてたから……』
モロトヴェッツ『とにかく、私に命じられた任務はそれだけ』
モロトヴェッツ『特定地点での、コンテナの数と分布状況。
それから、渡された計器に表示される数値……』
モロトヴェッツ『全てを調べ上げてから、司令艇へ戻って報告する』
モロトヴェッツ『2500mの深海は辛かったけど……それでも、まだましな任務だった……』
響『――2500……!? そんな、潜水艦の潜れるような深さじゃ……!』
モロトヴェッツ『……一応、耐圧服があったもの。
宇宙服みたいな、ろくに動けないのがね』
モロトヴェッツ『それに、任務時間も長くはなかった。
他の子たちも、たくさん駆り出されてたから……』
840: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:09:25.31 ID:ksQgvFo2o
雷「……司令官、どうしてあの機械、あそこに置いたの?」
提督『…………』
雷「ねぇ、司令か――むぐっ!」
提督「しーっ……」
雷「~~!」
モロトヴェッツ『――――、――……』
響『――? ――、――――……』
提督「…………」
提督「……『そして、初任務から1ヶ月ほど経った頃』」ボソッ
雷「――!?」
提督「『ある地点を調査中に、私は奇妙なことに気が付いた』」ヒソヒソ
提督『…………』
雷「ねぇ、司令か――むぐっ!」
提督「しーっ……」
雷「~~!」
モロトヴェッツ『――――、――……』
響『――? ――、――――……』
提督「…………」
提督「……『そして、初任務から1ヶ月ほど経った頃』」ボソッ
雷「――!?」
提督「『ある地点を調査中に、私は奇妙なことに気が付いた』」ヒソヒソ
841: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:12:40.44 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『――コンテナの数が、減っていたのよ』
モロトヴェッツ『それも、1つや2つなんてものじゃない。
まるで最初から無かったみたいに、ごっそりと消え失せていた……』
響『……何だって?』
モロトヴェッツ『確かに同じ地点だったの。なのに、たった1日で……』
モロトヴェッツ『あれだけあったコンテナが、影も形も無くなっていた』
モロトヴェッツ『ただ事じゃないって思ったわ。
だから、辺りをもっと詳しく調べようとして……』
モロトヴェッツ『その時初めて、視界の隅に……1体の深海棲艦がいるのが分かった』
響『――!』
モロトヴェッツ『それも、1つや2つなんてものじゃない。
まるで最初から無かったみたいに、ごっそりと消え失せていた……』
響『……何だって?』
モロトヴェッツ『確かに同じ地点だったの。なのに、たった1日で……』
モロトヴェッツ『あれだけあったコンテナが、影も形も無くなっていた』
モロトヴェッツ『ただ事じゃないって思ったわ。
だから、辺りをもっと詳しく調べようとして……』
モロトヴェッツ『その時初めて、視界の隅に……1体の深海棲艦がいるのが分かった』
響『――!』
842: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:15:02.89 ID:ksQgvFo2o
提督「……『重い耐圧服を何とか動かして、私は慌てて身を隠した』」ボソボソ
提督「『幸い、向こうには気付かれなかった。
むしろ、最初から眼中にないみたいだった』……」ボソボソ
雷「……し、司令官……!」
提督「……どうした、訳が分かりにくいか?」
雷「――――ロシア語、ほんとは話せたの……!?」
提督「…………」
雷「なっ、なんでなの!? だって今まで……!」
提督「後で話すよ。悪いが、今は静かにしてくれ」ボソボソ
提督「……なにせ、あそこで『録音中』なんでな」
雷「……!!」
提督「『幸い、向こうには気付かれなかった。
むしろ、最初から眼中にないみたいだった』……」ボソボソ
雷「……し、司令官……!」
提督「……どうした、訳が分かりにくいか?」
雷「――――ロシア語、ほんとは話せたの……!?」
提督「…………」
雷「なっ、なんでなの!? だって今まで……!」
提督「後で話すよ。悪いが、今は静かにしてくれ」ボソボソ
提督「……なにせ、あそこで『録音中』なんでな」
雷「……!!」
843: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:19:09.15 ID:ksQgvFo2o
響『眼中に……? どういうことだい?』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『その子はね。私のことなんて目もくれず、一心不乱に貪っていたのよ』
モロトヴェッツ『――消えたと思っていた、あのコンテナを』
響『――!?』
モロトヴェッツ『それで、ようやく合点がいったわ。
コンテナは、単に消えていたわけじゃない』
モロトヴェッツ『“食べられて”いたの。あの深海棲艦に……』
響『…………』
響『……そのコンテナ……いったい、何が?』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ソビエトが作り続けてきた、最も愚かで恐ろしい毒』
モロトヴェッツ『――――核廃棄物よ』
響『っ――!!』
提督『…………!』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『その子はね。私のことなんて目もくれず、一心不乱に貪っていたのよ』
モロトヴェッツ『――消えたと思っていた、あのコンテナを』
響『――!?』
モロトヴェッツ『それで、ようやく合点がいったわ。
コンテナは、単に消えていたわけじゃない』
モロトヴェッツ『“食べられて”いたの。あの深海棲艦に……』
響『…………』
響『……そのコンテナ……いったい、何が?』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ソビエトが作り続けてきた、最も愚かで恐ろしい毒』
モロトヴェッツ『――――核廃棄物よ』
響『っ――!!』
提督『…………!』
844: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:23:02.15 ID:ksQgvFo2o
―ピョートル大帝湾 海上―
電「っ……! か――!」
暁「かくはい、って……えーっと……」
ラーザリ「……要はさ、原爆の出涸らしみたいなもんだよ」
暁「!? げ、原爆……!?」
ラーザリ「……私も、この身体になってから知ったんだけどね」
ラーザリ「冷戦中、ソビエトはアメリカとの競争で、
それこそ何千っていう数の原爆や水爆を作り続けてきた」
ラーザリ「さっきのR-11……『スカッド』に始まって、
『ミサイルの魔王(サタン)』、R-36M。『爆弾の皇帝』、ツァーリ・ボンバ……」
ラーザリ「終わりの見えない核兵器開発……。
その過程で生まれた廃液や劣化ウラン。そして、使われずに古びた核弾頭」
ラーザリ「――それがいわゆる、核廃棄物。
生き物を骨の髄までボロボロにする、とんでもない粗大ゴミさ……」
電「っ……」
電「っ……! か――!」
暁「かくはい、って……えーっと……」
ラーザリ「……要はさ、原爆の出涸らしみたいなもんだよ」
暁「!? げ、原爆……!?」
ラーザリ「……私も、この身体になってから知ったんだけどね」
ラーザリ「冷戦中、ソビエトはアメリカとの競争で、
それこそ何千っていう数の原爆や水爆を作り続けてきた」
ラーザリ「さっきのR-11……『スカッド』に始まって、
『ミサイルの魔王(サタン)』、R-36M。『爆弾の皇帝』、ツァーリ・ボンバ……」
ラーザリ「終わりの見えない核兵器開発……。
その過程で生まれた廃液や劣化ウラン。そして、使われずに古びた核弾頭」
ラーザリ「――それがいわゆる、核廃棄物。
生き物を骨の髄までボロボロにする、とんでもない粗大ゴミさ……」
電「っ……」
845: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:26:57.02 ID:ksQgvFo2o
暁「ちょ、ちょっと待ってよ……じゃあ!」
暁「そんな怖くて危ないもの、平気で海に捨ててたってことなの!?」
ラーザリ「……そう。コンテナに詰めて、適当に密封して……」
ラーザリ「……多量の水は、ある程度の放射線を遮断する。
誰も来ない海底に捨てるってのは、ある意味合理的な廃棄なんだよ」
暁「そんなっ! そんなの……!」
ラーザリ「ウラジオストク沖の日本海、それから北のオホーツク」
ラーザリ「あのあたりの海底は、本当に核廃棄物だらけなんだ……」
ラーザリ「――その『負の遺産』を、どういうわけか……深海棲艦が食っていた。
モロトヴェッツはそれを見ちゃったわけ」
電「……そ、それで……?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「もともと、長官は本当に……
ただの調査として、モロトヴェッツたちを動員していた」
ラーザリ「けれど……モロトヴェッツが、その一件を報告すると……」
ラーザリ「長官は、そいつを逆に利用しようって考えたんだ……」
暁「え?」
ラーザリ「――――すすごうとしたんだよ、『ソビエトの恥』を」
ラーザリ「今でも残る核廃棄物を……全て、深海棲艦に食わせて――」
暁「そんな怖くて危ないもの、平気で海に捨ててたってことなの!?」
ラーザリ「……そう。コンテナに詰めて、適当に密封して……」
ラーザリ「……多量の水は、ある程度の放射線を遮断する。
誰も来ない海底に捨てるってのは、ある意味合理的な廃棄なんだよ」
暁「そんなっ! そんなの……!」
ラーザリ「ウラジオストク沖の日本海、それから北のオホーツク」
ラーザリ「あのあたりの海底は、本当に核廃棄物だらけなんだ……」
ラーザリ「――その『負の遺産』を、どういうわけか……深海棲艦が食っていた。
モロトヴェッツはそれを見ちゃったわけ」
電「……そ、それで……?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「もともと、長官は本当に……
ただの調査として、モロトヴェッツたちを動員していた」
ラーザリ「けれど……モロトヴェッツが、その一件を報告すると……」
ラーザリ「長官は、そいつを逆に利用しようって考えたんだ……」
暁「え?」
ラーザリ「――――すすごうとしたんだよ、『ソビエトの恥』を」
ラーザリ「今でも残る核廃棄物を……全て、深海棲艦に食わせて――」
846: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:30:49.19 ID:ksQgvFo2o
―日本司令船 格納庫―
響『――――』
何も、言葉が出てこなかった。
モロトヴェッツ『……長官は、私に新たな任務を命じた』
モロトヴェッツ『“捕食”を行っている敵の、個体数と移動経路――』
モロトヴェッツ『そして……“餌付け”が、問題なく成されているかどうか』
モロトヴェッツ『それを確かめるための、さらに詳細な監視と調査……』
国の暗部を隠滅するために、敵を見逃し、利用しようとしていた。
あろうことか、その敵を迎え撃つはずの人間が。
――――信じられない話だった。
提督「…………」
ふと、司令官の横顔が目に入った。
その口元は、こわばっているようにも、小さく笑っているようにも見えた。
モロトヴェッツ『けれど……計画は失敗した』
モロトヴェッツ『……当たり前よね。あんなものを生み出してしまったんだもの』
モロトヴェッツ『結局、私たちがやったことは……空に向かって、ツバを吐いただけ……』
響『……あの、潜水棲姫のことだね?』
モロトヴェッツ『…………』
響『――――』
何も、言葉が出てこなかった。
モロトヴェッツ『……長官は、私に新たな任務を命じた』
モロトヴェッツ『“捕食”を行っている敵の、個体数と移動経路――』
モロトヴェッツ『そして……“餌付け”が、問題なく成されているかどうか』
モロトヴェッツ『それを確かめるための、さらに詳細な監視と調査……』
国の暗部を隠滅するために、敵を見逃し、利用しようとしていた。
あろうことか、その敵を迎え撃つはずの人間が。
――――信じられない話だった。
提督「…………」
ふと、司令官の横顔が目に入った。
その口元は、こわばっているようにも、小さく笑っているようにも見えた。
モロトヴェッツ『けれど……計画は失敗した』
モロトヴェッツ『……当たり前よね。あんなものを生み出してしまったんだもの』
モロトヴェッツ『結局、私たちがやったことは……空に向かって、ツバを吐いただけ……』
響『……あの、潜水棲姫のことだね?』
モロトヴェッツ『…………』
847: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:35:08.41 ID:ksQgvFo2o
―ピョートル大帝湾 海上―
ラーザリ「……突然変異、って奴なのかもね」
暁「……どういうこと?」
ラーザリ「深海棲艦ってさ、身体の見てくれこそバケモンだけど……」
ラーザリ「主砲も魚雷も、どう見たって普通のフネと同じでしょ……」
ラーザリ「それこそ、沈んだ艦の残骸を……そのまんま取り込んだみたいにさ」
電「……よく言われるのです。私たちと、もともとは同じなのかもって」
ラーザリ「……例えば、さ。そういう奴らの中に、たまたま……」
ラーザリ「――主砲や魚雷と同じように、核弾頭を食った奴が居たら……」
暁「――!!」
ラーザリ「……突然変異、って奴なのかもね」
暁「……どういうこと?」
ラーザリ「深海棲艦ってさ、身体の見てくれこそバケモンだけど……」
ラーザリ「主砲も魚雷も、どう見たって普通のフネと同じでしょ……」
ラーザリ「それこそ、沈んだ艦の残骸を……そのまんま取り込んだみたいにさ」
電「……よく言われるのです。私たちと、もともとは同じなのかもって」
ラーザリ「……例えば、さ。そういう奴らの中に、たまたま……」
ラーザリ「――主砲や魚雷と同じように、核弾頭を食った奴が居たら……」
暁「――!!」
848: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:39:20.17 ID:ksQgvFo2o
ラーザリ「それも……ただの廃棄弾頭じゃない。
奴らが『武装』として利用できるような、むき出しの核弾頭だったとしたら……」
暁「む、むき出し、って……!?」
ラーザリ「……核ミサイルを積んだ潜水艦が、突然の事故で轟沈する」
ラーザリ「そうなれば、ミサイルの核弾頭も……残骸と一緒に、むき出しで放置さ」
ラーザリ「……そういうことが、よくあったんだよ。昔は」
暁「じゃ、じゃあ……あの棲姫のも?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「1950年代の最初……まだ、私たちがみんな揃ってたころ……」
ラーザリ「……うちの基地にいた潜水艦が、演習中に沈むって事件があった」
暁「――!」
電「それって……!」
奴らが『武装』として利用できるような、むき出しの核弾頭だったとしたら……」
暁「む、むき出し、って……!?」
ラーザリ「……核ミサイルを積んだ潜水艦が、突然の事故で轟沈する」
ラーザリ「そうなれば、ミサイルの核弾頭も……残骸と一緒に、むき出しで放置さ」
ラーザリ「……そういうことが、よくあったんだよ。昔は」
暁「じゃ、じゃあ……あの棲姫のも?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「1950年代の最初……まだ、私たちがみんな揃ってたころ……」
ラーザリ「……うちの基地にいた潜水艦が、演習中に沈むって事件があった」
暁「――!」
電「それって……!」
849: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:42:47.97 ID:ksQgvFo2o
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『来月には新兵器の搭載実験! しかもその足で演習よ!』
『マクレルさんが! ……演習中に、消息不明になったって……!』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
電「……マクレル、さん……」
ラーザリ「――! ああ……あいつ、そんなことまで……」
暁「じゃ、じゃあ! マクレルさんが沈んだのって……!」
ラーザリ「……衝突と整備不良による沈没。少なくとも、公の書類ではそうなってる」
ラーザリ「…………でもね……秘書艦になって、長官から教えられたんだよ」
ラーザリ「ソビエト初のSLBM、R-11FMの試作品」
ラーザリ「あいつは文字通り、その実験台に選ばれたんだ。
連邦で最初の、『弾道ミサイル潜水艦』――」
暁「…………」
ラーザリ「バカみたいなやり方だったんだよ。艦の中央を、無理矢理くり抜いて……」
ラーザリ「そのせいで……だいぶ、ガタがきちゃったらしくてさ……」
電「っ……!」
ラーザリ「――耐えきれなくなって、沈んだんだ。核ミサイルと一緒にね……」
850: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:46:57.93 ID:ksQgvFo2o
―日本司令船 格納庫―
モロトヴェッツ『……道理で、みんな血眼になってたわけね』
モロトヴェッツ『探していたのは、マクレルじゃなかった。
あの子が負わされた、“積み荷”だったのよ……』
響『…………』
モロトヴェッツ『――新しい調査任務を引き受けて、
しばらくした後に、あいつから聞いたの……』
モロトヴェッツ『……知らなかったわ。知りもしなかった……』
モロトヴェッツ『マクレルのときも、ゴーシャのときも……
あいつらは、何もかも隠し通して……!』
響『――でも』
響『今度は君も、それに協力した』
モロトヴェッツ『…………』
響『……君が、そんな計画に手を貸すなんて』
モロトヴェッツ『……分かってるわ。あんなこと、許されていいはずがない』
モロトヴェッツ『後ろ暗いことをごまかすなんて……
2度と、関わりたくないと思ってたのに……』
モロトヴェッツ『“嘘にまみれた恥知らず”――。情けないわね、今も昔も……』
響『…………』
モロトヴェッツ『……道理で、みんな血眼になってたわけね』
モロトヴェッツ『探していたのは、マクレルじゃなかった。
あの子が負わされた、“積み荷”だったのよ……』
響『…………』
モロトヴェッツ『――新しい調査任務を引き受けて、
しばらくした後に、あいつから聞いたの……』
モロトヴェッツ『……知らなかったわ。知りもしなかった……』
モロトヴェッツ『マクレルのときも、ゴーシャのときも……
あいつらは、何もかも隠し通して……!』
響『――でも』
響『今度は君も、それに協力した』
モロトヴェッツ『…………』
響『……君が、そんな計画に手を貸すなんて』
モロトヴェッツ『……分かってるわ。あんなこと、許されていいはずがない』
モロトヴェッツ『後ろ暗いことをごまかすなんて……
2度と、関わりたくないと思ってたのに……』
モロトヴェッツ『“嘘にまみれた恥知らず”――。情けないわね、今も昔も……』
響『…………』
851: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:50:52.18 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『……でも、従ったわ。従うしかなかった……』
モロトヴェッツ『本当のことは、誰にも言えない。
ラーザリも真相は知っていたけど、海底の調査なんて、あの子にはできない」
モロトヴェッツ『だから今度は……全部、1人で…………』
響『……え……?』
モロトヴェッツ『…………寒かったわ……』
モロトヴェッツ『朝から晩まで、暗い海で、ずっと……
敵に気付かれるのだって、1回や2回じゃない……』
モロトヴェッツ『なんとか基地に帰っても……寒気が、少しも取れないのよ』
モロトヴェッツ『……だから……よくないことだって、分かってるのに……
ウォッカを……何本も、何本も……』
響『…………』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
電「……さっきのお部屋、お酒のビンが何十本も……」
響「……案外、駆逐艦だったりしてね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
響『……じゃあ、あの部屋は……』
モロトヴェッツ『……見たのね。汚かったでしょう?』
モロトヴェッツ『最近は、もう……少し飲むだけで戻しちゃって……』
モロトヴェッツ『本当のことは、誰にも言えない。
ラーザリも真相は知っていたけど、海底の調査なんて、あの子にはできない」
モロトヴェッツ『だから今度は……全部、1人で…………』
響『……え……?』
モロトヴェッツ『…………寒かったわ……』
モロトヴェッツ『朝から晩まで、暗い海で、ずっと……
敵に気付かれるのだって、1回や2回じゃない……』
モロトヴェッツ『なんとか基地に帰っても……寒気が、少しも取れないのよ』
モロトヴェッツ『……だから……よくないことだって、分かってるのに……
ウォッカを……何本も、何本も……』
響『…………』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
電「……さっきのお部屋、お酒のビンが何十本も……」
響「……案外、駆逐艦だったりしてね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
響『……じゃあ、あの部屋は……』
モロトヴェッツ『……見たのね。汚かったでしょう?』
モロトヴェッツ『最近は、もう……少し飲むだけで戻しちゃって……』
852: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:54:52.92 ID:ksQgvFo2o
誰にも言えない、危険で汚い任務を背負って……
冷たく重苦しい海底を、たった1人でさまよい続ける。
いったい、どれほどの孤独だろう。
響『――どうしてだい?』
響『どうして、そこまでして……』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『…………ゴーシャ……』
響『――!』
モロトヴェッツ『……何も、少しも、辛くはないわ……』
モロトヴェッツ『……あの子を……また喪うのに比べたら……!』
853: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 18:59:11.21 ID:ksQgvFo2o
――――――――
――――
――
モロトヴェッツ『どういうことですか!? ゴーシャを解体なんてッ!』
長官『何と言われようが、方針に変更はない』
長官『潜水艦、「Л-19」は……建造で生じた時点で、例外なく解体する』
モロトヴェッツ『何のっ……! 何の権利があって!』
長官『決まっている。貴様らに対する所有権だ』
長官『道具を造ろうと捨てようと、それを決めるのは持ち主だろう。
少しは身の程というものを知れ』
モロトヴェッツ『……ッ……』ワナワナ
長官『……これは、海軍省直々の最重要指令だ。
Л-19……ゴルコヴェッツは、スペアの確保どころか、存在自体が許されない』
モロトヴェッツ『……どうして……ッ……!』
長官『…………』
――――
――
モロトヴェッツ『どういうことですか!? ゴーシャを解体なんてッ!』
長官『何と言われようが、方針に変更はない』
長官『潜水艦、「Л-19」は……建造で生じた時点で、例外なく解体する』
モロトヴェッツ『何のっ……! 何の権利があって!』
長官『決まっている。貴様らに対する所有権だ』
長官『道具を造ろうと捨てようと、それを決めるのは持ち主だろう。
少しは身の程というものを知れ』
モロトヴェッツ『……ッ……』ワナワナ
長官『……これは、海軍省直々の最重要指令だ。
Л-19……ゴルコヴェッツは、スペアの確保どころか、存在自体が許されない』
モロトヴェッツ『……どうして……ッ……!』
長官『…………』
854: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:03:34.00 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『……やっと……やっと、また会えたのに……!』
モロトヴェッツ『姉さんも、マクレルも、ソラクシンも、ドゥバーシェも……!
みんな、みんな、喜んでくれて……!』
長官『…………』
モロトヴェッツ『今度こそ……絶対に、あの子を……! なのにッ……!!』ガシッ
長官『……離れろ』
モロトヴェッツ『……お願い……お願いです、長官……!』
モロトヴェッツ『私のことなら、どんなに痛めつけたっていい!
でも、ゴーシャは……あの子だけは……! どうか……!』
モロトヴェッツ『どんなことでもします……! だから、だから……!』
長官『…………』
長官『……哀れな奴だ……』
モロトヴェッツ『え――?』
長官『……丁度いい。新しい仕事がある』
モロトヴェッツ『姉さんも、マクレルも、ソラクシンも、ドゥバーシェも……!
みんな、みんな、喜んでくれて……!』
長官『…………』
モロトヴェッツ『今度こそ……絶対に、あの子を……! なのにッ……!!』ガシッ
長官『……離れろ』
モロトヴェッツ『……お願い……お願いです、長官……!』
モロトヴェッツ『私のことなら、どんなに痛めつけたっていい!
でも、ゴーシャは……あの子だけは……! どうか……!』
モロトヴェッツ『どんなことでもします……! だから、だから……!』
長官『…………』
長官『……哀れな奴だ……』
モロトヴェッツ『え――?』
長官『……丁度いい。新しい仕事がある』
855: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:07:21.15 ID:ksQgvFo2o
――
――――
――――――――
―ピョートル大帝湾 海上―
暁「妹さんを、人質にしたってこと……!?」
電「そんな、そんなのっ!」
ラーザリ「……モロトヴェッツは、最初っから長官に反抗的でね。
おまけに、潜水艦連中の大半から慕われてる」
ラーザリ「何とかして完全に服従させなきゃ、自分の独裁が崩れかねない……」
ラーザリ「だからこそ、ゴルコヴェッツの建造は願ってもない好機だったんだ」
暁「何よ、それ……!」
電「どうしてですかっ!? 生まれちゃいけないなんて!」
ラーザリ「……さあね。長官も、それだけは教えてくれなかったよ……」
ラーザリ「――ともかく、そうやってゴルコヴェッツは解体を免れた」
ラーザリ「つっても、自由なんて何一つ無かったけどね。
暗くて狭い部屋に、監視付きで閉じ込められて……」
電「――! あの部屋……」
ラーザリ「……悪かったね。休息室なんて、真っ赤な嘘」
ラーザリ「独房なんだよ、本当は……」
暁「……独、房……」
――――
――――――――
―ピョートル大帝湾 海上―
暁「妹さんを、人質にしたってこと……!?」
電「そんな、そんなのっ!」
ラーザリ「……モロトヴェッツは、最初っから長官に反抗的でね。
おまけに、潜水艦連中の大半から慕われてる」
ラーザリ「何とかして完全に服従させなきゃ、自分の独裁が崩れかねない……」
ラーザリ「だからこそ、ゴルコヴェッツの建造は願ってもない好機だったんだ」
暁「何よ、それ……!」
電「どうしてですかっ!? 生まれちゃいけないなんて!」
ラーザリ「……さあね。長官も、それだけは教えてくれなかったよ……」
ラーザリ「――ともかく、そうやってゴルコヴェッツは解体を免れた」
ラーザリ「つっても、自由なんて何一つ無かったけどね。
暗くて狭い部屋に、監視付きで閉じ込められて……」
電「――! あの部屋……」
ラーザリ「……悪かったね。休息室なんて、真っ赤な嘘」
ラーザリ「独房なんだよ、本当は……」
暁「……独、房……」
856: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:07:53.10 ID:ksQgvFo2o
ラーザリ「……それからはもう、モロトヴェッツは長官の言いなりさ」
ラーザリ「例の任務を、否応なしに引き受けて……
他の潜水艦も……無理矢理、長官に従わせて……」
ラーザリ「ジェルジネッツも、マクレルも……みんな、長官の側についた」
ラーザリ「……あの姉妹を守るためには、それしかないって……」
暁「……じゃあ、他の人たちは?」
ラーザリ「…………」
暁「カリーニンさんは? トビリシちゃんは?」
暁「みんな……みんな、仲間だったんでしょ?
ラーザリさんだって、そうだったんでしょ……!?」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「例の任務を、否応なしに引き受けて……
他の潜水艦も……無理矢理、長官に従わせて……」
ラーザリ「ジェルジネッツも、マクレルも……みんな、長官の側についた」
ラーザリ「……あの姉妹を守るためには、それしかないって……」
暁「……じゃあ、他の人たちは?」
ラーザリ「…………」
暁「カリーニンさんは? トビリシちゃんは?」
暁「みんな……みんな、仲間だったんでしょ?
ラーザリさんだって、そうだったんでしょ……!?」
ラーザリ「…………」
857: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:10:15.55 ID:ksQgvFo2o
――――――――
――――
――
モロトヴェッツ『……ぐ……うっ……』
トビリシ『長官さん!』
カリーニン『答えてください! モロトヴェッツに何をさせているんです!』
ラーザリ『……ちょ、ちょっと……塞ぐなって……!』
長官『……ただの哨戒だ。下らんことで私を呼び止めるな』
カリーニン『哨戒ですって!? ここまでボロボロになる哨戒がどこにある!』
カリーニン『護衛の艦も付けさせずに! こいつを沈めるつもりですかッ!』
長官『沈めはしない。奴はまだスペアが未調達だ。貴様ら水上艦と同じくな』
トビリシ『でもっ! このままじゃ、いつか絶対に……!』
長官『……何度も言わせるな。そいつの任務は、何ら特殊なものではない』
長官『嘘だと思うなら自分で聞け。それとも、もう口すらきけないのか』
カリーニン『泣きじゃくっていたんですよ! 例の部屋の前で!』
トビリシ『がたがたに震えて、くちびるも真っ青で!
あんなモロトヴェッツさん、見たことが……!』
モロトヴェッツ『……い、いの……ふたり、とも……いいから……』
――――
――
モロトヴェッツ『……ぐ……うっ……』
トビリシ『長官さん!』
カリーニン『答えてください! モロトヴェッツに何をさせているんです!』
ラーザリ『……ちょ、ちょっと……塞ぐなって……!』
長官『……ただの哨戒だ。下らんことで私を呼び止めるな』
カリーニン『哨戒ですって!? ここまでボロボロになる哨戒がどこにある!』
カリーニン『護衛の艦も付けさせずに! こいつを沈めるつもりですかッ!』
長官『沈めはしない。奴はまだスペアが未調達だ。貴様ら水上艦と同じくな』
トビリシ『でもっ! このままじゃ、いつか絶対に……!』
長官『……何度も言わせるな。そいつの任務は、何ら特殊なものではない』
長官『嘘だと思うなら自分で聞け。それとも、もう口すらきけないのか』
カリーニン『泣きじゃくっていたんですよ! 例の部屋の前で!』
トビリシ『がたがたに震えて、くちびるも真っ青で!
あんなモロトヴェッツさん、見たことが……!』
モロトヴェッツ『……い、いの……ふたり、とも……いいから……』
858: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:12:37.62 ID:ksQgvFo2o
長官『――貴様らには関係のないことだ』
トビリシ『っ……違う、違いますっ!』
長官『分からん奴らだな。黙って自分の任務に集中しろ』
長官『基地近海の対潜哨戒。貴様らに命じたのはそれだけだ』
トビリシ『――な……ならっ!』
トビリシ『命令を……新しい命令をください! 長官さん!』
カリーニン『!!』
ラーザリ『トビリシ……!?』
トビリシ『私に護衛させてください!
あんなボロボロのモロトヴェッツさん、黙って見てるなんてできませんっ!』
モロトヴェッツ『……っ……ぁ、あ……!』
長官『……貴様ら水上艦は、対潜用の希少な戦力だ』
長官『潜水艦1隻の護衛など、下らない任務に割く余裕はない』
トビリシ『でっ、でも……!』
トビリシ『っ……違う、違いますっ!』
長官『分からん奴らだな。黙って自分の任務に集中しろ』
長官『基地近海の対潜哨戒。貴様らに命じたのはそれだけだ』
トビリシ『――な……ならっ!』
トビリシ『命令を……新しい命令をください! 長官さん!』
カリーニン『!!』
ラーザリ『トビリシ……!?』
トビリシ『私に護衛させてください!
あんなボロボロのモロトヴェッツさん、黙って見てるなんてできませんっ!』
モロトヴェッツ『……っ……ぁ、あ……!』
長官『……貴様ら水上艦は、対潜用の希少な戦力だ』
長官『潜水艦1隻の護衛など、下らない任務に割く余裕はない』
トビリシ『でっ、でも……!』
859: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:15:14.14 ID:ksQgvFo2o
カリーニン『――長官』
長官『……?』
カリーニン『奴の任務の詳細は、今は置いておきます』
カリーニン『だが、それは……
我々の対潜哨戒と、同時に行えないほど特殊なものですか?』
長官『……貴様もか、カリーニン』
カリーニン『答えてください。できるかできないかを訊いているんだ』
長官『随分な口を……』
カリーニン『――非礼は、この身をもって詫びましょう』
カリーニン『もし、私にもトビリシと同じ任務を課すなら……
その新任務への、粉骨砕身によって』
カリーニン『あるいは、それでも護衛が不要と言い張るなら……』
カリーニン『非力で無礼なこの身をッ! この金閣湾に沈めて詫びてみせる!』
長官『……!』
長官『……?』
カリーニン『奴の任務の詳細は、今は置いておきます』
カリーニン『だが、それは……
我々の対潜哨戒と、同時に行えないほど特殊なものですか?』
長官『……貴様もか、カリーニン』
カリーニン『答えてください。できるかできないかを訊いているんだ』
長官『随分な口を……』
カリーニン『――非礼は、この身をもって詫びましょう』
カリーニン『もし、私にもトビリシと同じ任務を課すなら……
その新任務への、粉骨砕身によって』
カリーニン『あるいは、それでも護衛が不要と言い張るなら……』
カリーニン『非力で無礼なこの身をッ! この金閣湾に沈めて詫びてみせる!』
長官『……!』
860: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:18:26.00 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『か、カリ……ッ……!』
ラーザリ『ば、馬鹿ッ!』
カリーニン『……未練などあるものか。武勲も練度も、もう十分に積ませてもらった!』
カリーニン『この街を、この港を、この国を! この手で守り続けられた!』
カリーニン『10にも満たない水上艦たちを率いて!
対潜のすべてを任されたからな! そうでしょう、長官ッ!』
カリーニン『後のことは、次の私にでも丸投げしてください!
そのうち生まれましょう! いつになるかは知りませんがね……!』
長官『――脅すのか? 護衛を任じねば自沈すると』
カリーニン『どうでしょうね! そこまで頭が回る方でもない……!』
長官『…………』
ラーザリ『ば、馬鹿ッ!』
カリーニン『……未練などあるものか。武勲も練度も、もう十分に積ませてもらった!』
カリーニン『この街を、この港を、この国を! この手で守り続けられた!』
カリーニン『10にも満たない水上艦たちを率いて!
対潜のすべてを任されたからな! そうでしょう、長官ッ!』
カリーニン『後のことは、次の私にでも丸投げしてください!
そのうち生まれましょう! いつになるかは知りませんがね……!』
長官『――脅すのか? 護衛を任じねば自沈すると』
カリーニン『どうでしょうね! そこまで頭が回る方でもない……!』
長官『…………』
861: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:19:41.12 ID:ksQgvFo2o
長官『……ラーザリ』
ラーザリ『!』
長官『編成と経路は貴様が決めろ。だが……分かっているな』
ラーザリ『……ええ』
長官『…………』クルッ
カリーニン『! 長官……ではッ!』
長官『貴様らにも、もう安息は訪れない。それだけは肝に銘じるがいい』
カリーニン『……恐縮ですッ! ご無礼、どうかお許しください……!』
長官『…………』カツッカツッ
ラーザリ『……3日後ぐらいにこっちから呼ぶよ。この件は他言無用でね』クルッ
トビリシ『ラーザリさんッ!』
ラーザリ『…………』
ラーザリ『!』
長官『編成と経路は貴様が決めろ。だが……分かっているな』
ラーザリ『……ええ』
長官『…………』クルッ
カリーニン『! 長官……ではッ!』
長官『貴様らにも、もう安息は訪れない。それだけは肝に銘じるがいい』
カリーニン『……恐縮ですッ! ご無礼、どうかお許しください……!』
長官『…………』カツッカツッ
ラーザリ『……3日後ぐらいにこっちから呼ぶよ。この件は他言無用でね』クルッ
トビリシ『ラーザリさんッ!』
ラーザリ『…………』
862: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:21:51.84 ID:ksQgvFo2o
トビリシ『お願いです、長官さんに……
少しでも、モロトヴェッツさんの任務を減らして、って……!』
ラーザリ『――善処するよ』
トビリシ『……ラーザリさん。私は……本当は、ラーザリさんも一緒にっ……!』
ラーザリ『…………』
ラーザリ『…………』カツッカツッ
トビリシ『ラーザリさんッ! どうして、どうしてっ……!!』
カリーニン『……いいんだよ、トビリシ』
トビリシ『でもっ!』
カリーニン『いいんだ……頼む……』
ラーザリ『…………』ギリッ
少しでも、モロトヴェッツさんの任務を減らして、って……!』
ラーザリ『――善処するよ』
トビリシ『……ラーザリさん。私は……本当は、ラーザリさんも一緒にっ……!』
ラーザリ『…………』
ラーザリ『…………』カツッカツッ
トビリシ『ラーザリさんッ! どうして、どうしてっ……!!』
カリーニン『……いいんだよ、トビリシ』
トビリシ『でもっ!』
カリーニン『いいんだ……頼む……』
ラーザリ『…………』ギリッ
863: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:23:05.55 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『そん、な……カリーニン、トビリシ……!』
トビリシ『……これからは、どんな任務でもわたしたちが一緒です』
トビリシ『もう、1人でボロボロになるなんて、ぜったい……!』
モロトヴェッツ『っ……! あ、ぁ……!』
トビリシ『大丈夫……大丈夫ですよ、モロトヴェッツさん……』ギュッ
カリーニン『――本当に見違えたな、トビリシ』
トビリシ『え?』
カリーニン『長官に、あそこまで面と向かって……あの人見知りが嘘みたいだよ』
トビリシ『……だって……』
トビリシ『ヴェーニャなら、絶対にこうするって思ったから』
モロトヴェッツ『――!』
トビリシ『ヴェーニャが、わたしにしてくれたみたいに……
今度はわたしが、誰かのそばに、って……』
カリーニン『…………』
カリーニン『……そうだな』
カリーニン『私も、似たようなものさ――――』
トビリシ『……これからは、どんな任務でもわたしたちが一緒です』
トビリシ『もう、1人でボロボロになるなんて、ぜったい……!』
モロトヴェッツ『っ……! あ、ぁ……!』
トビリシ『大丈夫……大丈夫ですよ、モロトヴェッツさん……』ギュッ
カリーニン『――本当に見違えたな、トビリシ』
トビリシ『え?』
カリーニン『長官に、あそこまで面と向かって……あの人見知りが嘘みたいだよ』
トビリシ『……だって……』
トビリシ『ヴェーニャなら、絶対にこうするって思ったから』
モロトヴェッツ『――!』
トビリシ『ヴェーニャが、わたしにしてくれたみたいに……
今度はわたしが、誰かのそばに、って……』
カリーニン『…………』
カリーニン『……そうだな』
カリーニン『私も、似たようなものさ――――』
864: 飯と風呂のため一旦休憩 ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 19:23:54.53 ID:ksQgvFo2o
――
――――
――――――――
―日本司令船 格納庫―
モロトヴェッツ『…………』
響『…………』
長い話を終え、モロトヴェッツが静かに息をついた。
じっとりとした静寂が、格納庫中にのしかかっている。
響『…………』チラッ
響『――!』
雷「っ……! っ……!!」ポロポロ
ふと、司令官と雷のいる方を見てみた。
雷は、目を真っ赤に腫らして、とめどなく涙を流していた。
雷「……せない……」
雷「…………ゆるせないわ……」
小さなこぶしを、今にも砕けそうなほどに握りしめて、
体中を小刻みに震わせていた。
――雷は、心の底から怒っていた。
――――
――――――――
―日本司令船 格納庫―
モロトヴェッツ『…………』
響『…………』
長い話を終え、モロトヴェッツが静かに息をついた。
じっとりとした静寂が、格納庫中にのしかかっている。
響『…………』チラッ
響『――!』
雷「っ……! っ……!!」ポロポロ
ふと、司令官と雷のいる方を見てみた。
雷は、目を真っ赤に腫らして、とめどなく涙を流していた。
雷「……せない……」
雷「…………ゆるせないわ……」
小さなこぶしを、今にも砕けそうなほどに握りしめて、
体中を小刻みに震わせていた。
――雷は、心の底から怒っていた。
865: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:03:06.32 ID:ksQgvFo2o
提督『――――なるほどねぇ』
提督『それで、護衛の2人ともども襲われたってわけだ』カチッ
866: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:05:19.84 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『ッッ……!?』
響『…………』
雷「! し、しれっ……!」
提督「……雷、少し待っててくれ」
例の首輪を拾い上げ、司令官がゆっくりと近づいてくる。
モロトヴェッツの両目には、抑えきれない驚きが渦巻いている。
提督『……特ダネいただき、って所かね。青葉の奴の気持ちが分かるよ』
モロトヴェッツ『あ――あなた……!?』
提督『……すみませんね。レコーダー、勝手に使っちゃって』
提督『しっかし、中々便利なモンだ。首元に付けて、録音も停止もワンタッチですか』
提督『……調査のお供には、重宝したでしょう?』
響『…………』
響『…………』
雷「! し、しれっ……!」
提督「……雷、少し待っててくれ」
例の首輪を拾い上げ、司令官がゆっくりと近づいてくる。
モロトヴェッツの両目には、抑えきれない驚きが渦巻いている。
提督『……特ダネいただき、って所かね。青葉の奴の気持ちが分かるよ』
モロトヴェッツ『あ――あなた……!?』
提督『……すみませんね。レコーダー、勝手に使っちゃって』
提督『しっかし、中々便利なモンだ。首元に付けて、録音も停止もワンタッチですか』
提督『……調査のお供には、重宝したでしょう?』
響『…………』
867: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:08:24.39 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『……どういう……こと……!?』
提督『――言質は、充分に取らせてもらいました』
提督『驚きましたよ。想像以上の大スキャンダルじゃありませんか』
モロトヴェッツ『……そ……そんな……!』
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……! どういうことなの!?
彼、ロシア語は……! ヴェールヌイっ……!?』
響『…………』
モロトヴェッツ『……っ……!』
モロトヴェッツ『…………騙したのね……!』
これが、司令官の「頼み」だった。
ロシア語が分かるのは私だけだと、モロトヴェッツに思い込ませ、
彼女たちの隠しごとを全て訊き出す。
それを、『本当はロシア語が分かる』司令官が、
何食わぬ顔をして聴くという段取りだ。
提督『――言質は、充分に取らせてもらいました』
提督『驚きましたよ。想像以上の大スキャンダルじゃありませんか』
モロトヴェッツ『……そ……そんな……!』
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……! どういうことなの!?
彼、ロシア語は……! ヴェールヌイっ……!?』
響『…………』
モロトヴェッツ『……っ……!』
モロトヴェッツ『…………騙したのね……!』
これが、司令官の「頼み」だった。
ロシア語が分かるのは私だけだと、モロトヴェッツに思い込ませ、
彼女たちの隠しごとを全て訊き出す。
それを、『本当はロシア語が分かる』司令官が、
何食わぬ顔をして聴くという段取りだ。
868: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:11:03.98 ID:ksQgvFo2o
提督『誤解なさらないでください。嘘などついちゃいませんよ』
提督『不勉強とは申しましたが……「話せない」などとは、一言も。ねぇ?』
モロトヴェッツ『ふざけないでッ!』
――私は、友達を騙してしまった。
どんな理由があったとしても、その事実が変わることはない。
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……あなたも? あなたもなの!?』
響『っ……』
モロトヴェッツ『あなたも最初から、私を騙して――!』
響『……それは……』
提督『……いいえ。響にも秘密にしてましてね』
響『! し、司令か――』
提督『黙って聞き役にさせとく方が、色々都合が良いもんですから』
モロトヴェッツ『……ッ……!』ギリッ
司令官が、今度は本当に嘘をついた。
――知っていて彼女を騙したのは、私も同じなのに。
提督『不勉強とは申しましたが……「話せない」などとは、一言も。ねぇ?』
モロトヴェッツ『ふざけないでッ!』
――私は、友達を騙してしまった。
どんな理由があったとしても、その事実が変わることはない。
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……あなたも? あなたもなの!?』
響『っ……』
モロトヴェッツ『あなたも最初から、私を騙して――!』
響『……それは……』
提督『……いいえ。響にも秘密にしてましてね』
響『! し、司令か――』
提督『黙って聞き役にさせとく方が、色々都合が良いもんですから』
モロトヴェッツ『……ッ……!』ギリッ
司令官が、今度は本当に嘘をついた。
――知っていて彼女を騙したのは、私も同じなのに。
869: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:15:06.00 ID:ksQgvFo2o
提督『悪かったとは思いますよ。
ただね、こっちもなりふり構っちゃいられないんです』
提督『……知らん間に、こいつは売約済み。
その上、くだらん隠蔽に巻き込まれて、部下が2隻もはぐれちまった』
モロトヴェッツ『…………』
提督『……あなたの話が、どうしても必要だったんですよ』
提督『響の言った通り、あなた方と心置きなく連携して……
全員で横須賀に帰るためにね』
モロトヴェッツ『自分が何をしたか分かってるの……!?』
モロトヴェッツ『国家機密の尋問……完全なスパイ行為よ!』
モロトヴェッツ『あいつにバレたら、国に帰るどころじゃない!』
提督『なるほど。その場合、漏洩したあなたも同罪ですか』
モロトヴェッツ『ッッ……!』
ただね、こっちもなりふり構っちゃいられないんです』
提督『……知らん間に、こいつは売約済み。
その上、くだらん隠蔽に巻き込まれて、部下が2隻もはぐれちまった』
モロトヴェッツ『…………』
提督『……あなたの話が、どうしても必要だったんですよ』
提督『響の言った通り、あなた方と心置きなく連携して……
全員で横須賀に帰るためにね』
モロトヴェッツ『自分が何をしたか分かってるの……!?』
モロトヴェッツ『国家機密の尋問……完全なスパイ行為よ!』
モロトヴェッツ『あいつにバレたら、国に帰るどころじゃない!』
提督『なるほど。その場合、漏洩したあなたも同罪ですか』
モロトヴェッツ『ッッ……!』
870: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:19:26.87 ID:ksQgvFo2o
提督『……何も、こいつで直接、そちらの長官を脅迫しようってんじゃないんだ』
提督『このレコーダー……あなたの証言は最後の切り札』
提督『こちらとしては、あなた方の隠してた真実が分かりさえすれば良かった』
モロトヴェッツ『…………』
提督『タネさえ割れれば、こっちのもんです』
提督『核弾頭の話も、隠蔽の話も……
私のつたない推測という形で、いくらでもハッタリをかませられる』
提督『そうなると当然、長官は我々から目を離すわけにはいかなくなる。
余計なことを嗅ぎまわらせないようにね』
提督『――つまりは、我々と行動を共にするしかない。
必然的に、作戦上も連携するしかなくなります』
提督『私の部下を、あなたの同志を……
一刻も早く助け出すために、必要な態勢が整うんですよ』
モロトヴェッツ『……そこまで上手くいくと思うの?』
提督『いかせますよ。それが私の仕事ですから』
提督『このレコーダー……あなたの証言は最後の切り札』
提督『こちらとしては、あなた方の隠してた真実が分かりさえすれば良かった』
モロトヴェッツ『…………』
提督『タネさえ割れれば、こっちのもんです』
提督『核弾頭の話も、隠蔽の話も……
私のつたない推測という形で、いくらでもハッタリをかませられる』
提督『そうなると当然、長官は我々から目を離すわけにはいかなくなる。
余計なことを嗅ぎまわらせないようにね』
提督『――つまりは、我々と行動を共にするしかない。
必然的に、作戦上も連携するしかなくなります』
提督『私の部下を、あなたの同志を……
一刻も早く助け出すために、必要な態勢が整うんですよ』
モロトヴェッツ『……そこまで上手くいくと思うの?』
提督『いかせますよ。それが私の仕事ですから』
871: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:23:11.66 ID:ksQgvFo2o
モロトヴェッツ『……甘く見ないでもらえるかしら』
モロトヴェッツ『その話の通りなら、レコーダーをとっておく必要なんてない』
モロトヴェッツ『どうせ、他の汚い目的に使うつもりでしょう』
モロトヴェッツが司令官を睨む。
氷山の切っ先のような鋭い視線。司令官の頬を汗が伝った。
提督『……使いますよ、そりゃ。ただ、あなたが思ってるほど汚くはない』
モロトヴェッツ『…………』
提督『――響の引き渡しを取り止めさせる。そのための絶好の材料になる』
響『……司令官』
提督『こいつを本国に持って帰る。録音の内容をすべてバラす。
それが嫌なら、響の引き渡しを白紙に戻せ――』
提督『……そんな文句が通るほどの力が、間違いなく、このレコーダーにはある』
モロトヴェッツ『……正気とは思えないわ』
提督『よく言われますよ』
モロトヴェッツ『その話の通りなら、レコーダーをとっておく必要なんてない』
モロトヴェッツ『どうせ、他の汚い目的に使うつもりでしょう』
モロトヴェッツが司令官を睨む。
氷山の切っ先のような鋭い視線。司令官の頬を汗が伝った。
提督『……使いますよ、そりゃ。ただ、あなたが思ってるほど汚くはない』
モロトヴェッツ『…………』
提督『――響の引き渡しを取り止めさせる。そのための絶好の材料になる』
響『……司令官』
提督『こいつを本国に持って帰る。録音の内容をすべてバラす。
それが嫌なら、響の引き渡しを白紙に戻せ――』
提督『……そんな文句が通るほどの力が、間違いなく、このレコーダーにはある』
モロトヴェッツ『……正気とは思えないわ』
提督『よく言われますよ』
872: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:27:25.63 ID:ksQgvFo2o
掌の上で、レコーダーをもてあそぶ司令官。
そして、モロトヴェッツに意地の悪そうな笑みを見せ、言葉を続けた。
提督『……それから、こいつは使いようによっては……』
提督『――あなたの妹さんのためにもなる』
モロトヴェッツ『――ッ!?』
提督『……話を聞いてて分かりましたよ』
提督『あなたの妹さんが、存在を厳重に隠されている理由……』
提督『それも、どうやら……我々にだけは、何が何でも知られちゃならないらしい』
響『……私たちに、だけ?』
提督『昨日、食堂で話したろ? …………“三船殉難”の話』
モロトヴェッツ『――――!!』
響『さんせ…… !』
873: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:28:12.21 ID:ksQgvFo2o
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
提督「玉音放送の何日か後……
樺太からの引揚者を乗せた船が、相次いで沈められる事件が起こった」
提督「ちょうど同じ日、同じ海域に、ソ連の潜水艦2隻が出撃していたらしい」
提督「もちろん、今でもロシア政府は認めてない。
――何せ、明確な国際法違反だからな。叩かれるのは目に見えてる」
提督「決定的な証拠だって……『今まで無かった』わけだしな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
874: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:30:52.84 ID:ksQgvFo2o
提督『……分かりますか。
艦娘として生まれ変わった以上、あなたの妹さんは……』
提督『――ロシアの戦争犯罪、その生き証人だ』
提督『存在が明るみに出てしまえば当然、
我が国は、証言と賠償を延々と要求するでしょう』
淡々と語る司令官。
モロトヴェッツは、紫色になった唇をわなわなと震わせている。
提督『その上、国際社会からの非難も避けられない。
ロシアの国際的な立場も、さらに危ういものとなる』
提督『それを未然に防ぐため……
あなたの妹さんは、存在ごと抹消されなきゃならなかったんでしょう』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……そう……そういう……!』
モロトヴェッツ『この期に及んで……まだ、ゴーシャをッ……!』
艦娘として生まれ変わった以上、あなたの妹さんは……』
提督『――ロシアの戦争犯罪、その生き証人だ』
提督『存在が明るみに出てしまえば当然、
我が国は、証言と賠償を延々と要求するでしょう』
淡々と語る司令官。
モロトヴェッツは、紫色になった唇をわなわなと震わせている。
提督『その上、国際社会からの非難も避けられない。
ロシアの国際的な立場も、さらに危ういものとなる』
提督『それを未然に防ぐため……
あなたの妹さんは、存在ごと抹消されなきゃならなかったんでしょう』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……そう……そういう……!』
モロトヴェッツ『この期に及んで……まだ、ゴーシャをッ……!』
875: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:34:53.35 ID:ksQgvFo2o
提督『――しかしですね、モロトヴェッツさん』
提督『裏を返せば、日本側は……何としてでも、妹さんを欲しがる』
モロトヴェッツ『――!』
提督『自国に有利な証言をしてくれる、大事な大事な証人だ』
提督『妹さんには、何が何でも生きててもらいたいはずです』
提督『それこそ……姉妹一緒の亡命だって、いくらでも手助けしてもらえるはずだ』
響『……!!』
モロトヴェッツ『……あなた……まさかッ……!!』
提督『もちろん、強制はしませんよ。そういう手段もある、ってだけです』
提督『……ただ、まあ、要するにですね。
その辺を踏まえて、あなたには改めて、我々に協力を――』
響『司令官! それは、そんなのは……!』
提督『裏を返せば、日本側は……何としてでも、妹さんを欲しがる』
モロトヴェッツ『――!』
提督『自国に有利な証言をしてくれる、大事な大事な証人だ』
提督『妹さんには、何が何でも生きててもらいたいはずです』
提督『それこそ……姉妹一緒の亡命だって、いくらでも手助けしてもらえるはずだ』
響『……!!』
モロトヴェッツ『……あなた……まさかッ……!!』
提督『もちろん、強制はしませんよ。そういう手段もある、ってだけです』
提督『……ただ、まあ、要するにですね。
その辺を踏まえて、あなたには改めて、我々に協力を――』
響『司令官! それは、そんなのは……!』
876: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:40:08.10 ID:ksQgvFo2o
その時。
格納庫の扉が勢いよく開き、水兵さんが入ってきた。
乗組員A「提督! こちらを……!」スッ
提督「ん? ――! そうか、暁たちが……!」
響「え……!?」
提督「喜べ、レーダーが暁たちを捉えた! 電もラーザリさんも、全員が無事だ!」
雷「!!」
響「あ、ああ……!」
くしゃくしゃになっていた雷の顔に、太陽のような笑みが戻った。
私も思わず、口から安堵の息が洩れる。
モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……?』
響『ラーザリたちが無事だったんだ……! 暁も電も、みんな……!』
モロトヴェッツ『……!』
877: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:42:55.10 ID:ksQgvFo2o
提督「よし、すぐに本船も……」
乗組員A「も、申し訳ございません! もう1つご報告が……」
提督「何?」
乗組員A「さきほど、ロシアの司令艇より通信が入りました」
乗組員A「『モロトヴェッツの救助に感謝する。
事情聴取を行うため、大至急、本艇へ返還されたし』」
提督「! ……見られていたのか」
乗組員A「ロシア司令艇は現在、時速30ノットで本船に接近中です」
提督「…………」
提督「……迎え入れるしかないか」
雷「え……!?」
提督「先に司令室へ戻ってくれ! 私もすぐに向かう!」
乗組員A「はッ! 失礼しました!」
雷「し、司令官! 暁たちを助けに行かないの!?」
提督「……位置が分かっただけでも僥倖だ。
それに、これから向こうにも協力させる以上、面倒事は避けなきゃならん」
提督「心配するな、上手いことやってみせるさ……」
響「…………」
乗組員A「も、申し訳ございません! もう1つご報告が……」
提督「何?」
乗組員A「さきほど、ロシアの司令艇より通信が入りました」
乗組員A「『モロトヴェッツの救助に感謝する。
事情聴取を行うため、大至急、本艇へ返還されたし』」
提督「! ……見られていたのか」
乗組員A「ロシア司令艇は現在、時速30ノットで本船に接近中です」
提督「…………」
提督「……迎え入れるしかないか」
雷「え……!?」
提督「先に司令室へ戻ってくれ! 私もすぐに向かう!」
乗組員A「はッ! 失礼しました!」
雷「し、司令官! 暁たちを助けに行かないの!?」
提督「……位置が分かっただけでも僥倖だ。
それに、これから向こうにも協力させる以上、面倒事は避けなきゃならん」
提督「心配するな、上手いことやってみせるさ……」
響「…………」
878: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/18(月) 20:47:00.54 ID:ksQgvFo2o
提督「……さて、こいつはとりあえず金庫にでも……」
響「――司令官」
提督「ん……?」
パシッ、と、妙に軽快な音が鳴った。
一瞬で司令官に近づき、その手から『首輪』……レコーダーを奪い取る。
あっけにとられた司令官の顔が、何を言うでもなく、私に向けられている。
モロトヴェッツ『……!?』
提督「……おい、響……?」
響「――通訳料だよ」
提督「……なんだって?」
響「私が仲立ちをしなければ、彼女の声は手に入らなかった」
響「これは私が預かっておく。それぐらいの仕事はしたはずだろう?」
提督「……響、俺はお前たちのために」
響「わかってる、嬉しいよ」
響「でも……司令官がこれを握ったままじゃ、モロトヴェッツは安心できない」
提督「…………」
響「――司令官」
提督「ん……?」
パシッ、と、妙に軽快な音が鳴った。
一瞬で司令官に近づき、その手から『首輪』……レコーダーを奪い取る。
あっけにとられた司令官の顔が、何を言うでもなく、私に向けられている。
モロトヴェッツ『……!?』
提督「……おい、響……?」
響「――通訳料だよ」
提督「……なんだって?」
響「私が仲立ちをしなければ、彼女の声は手に入らなかった」
響「これは私が預かっておく。それぐらいの仕事はしたはずだろう?」
提督「……響、俺はお前たちのために」
響「わかってる、嬉しいよ」
響「でも……司令官がこれを握ったままじゃ、モロトヴェッツは安心できない」
提督「…………」
879: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:51:06.07 ID:ksQgvFo2o
響『―― モロトヴェッツは、私を信頼してくれた』
モロトヴェッツ『……!』
響『私の言葉を信じて、危険を冒してまで、真実を話してくれたんだ』
響『……私は、その信頼に報いたい』
響『この記録が勝手なことに使われないように、私が責任を持たなきゃいけない』
提督『…………』
響『……言っただろう? 中身さえわかれば、あとはハッタリでいいって』
響『――ハッタリに切り札が必要かい?』
提督『…………』
提督『……嫌われちゃったかね』
響『なってたら今すぐ壊してるよ』
司令官が、ほんの少しだけ笑った。
困っているような、満足したような、どうにも複雑な笑顔だった。
モロトヴェッツ『……!』
響『私の言葉を信じて、危険を冒してまで、真実を話してくれたんだ』
響『……私は、その信頼に報いたい』
響『この記録が勝手なことに使われないように、私が責任を持たなきゃいけない』
提督『…………』
響『……言っただろう? 中身さえわかれば、あとはハッタリでいいって』
響『――ハッタリに切り札が必要かい?』
提督『…………』
提督『……嫌われちゃったかね』
響『なってたら今すぐ壊してるよ』
司令官が、ほんの少しだけ笑った。
困っているような、満足したような、どうにも複雑な笑顔だった。
880: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 20:56:20.64 ID:ksQgvFo2o
響『……モロトヴェッツ』
響『ごめんね。本当は、最初から知ってたんだ』
モロトヴェッツ『え……?』
響『……どうしても、みんなを助けたかった。
でもそのために、君をああして騙してしまった』
響『……許してくれなくっていい。でも……』
響『君が教えてくれた真実は、絶対に私が守り通す。
暁やカリーニンたちを助けるため……そのためにしか使わせない』
響『どんな陰謀にも、取引にも……君の悲しみを利用させない』
響『――信じなくてもいい。だから、見ていてくれないか』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ヴェール……ヌイ……!』
モロトヴェッツが、静かに私を抱きしめた。
まるで、いつかの雪の日のように。
響『ごめんね。本当は、最初から知ってたんだ』
モロトヴェッツ『え……?』
響『……どうしても、みんなを助けたかった。
でもそのために、君をああして騙してしまった』
響『……許してくれなくっていい。でも……』
響『君が教えてくれた真実は、絶対に私が守り通す。
暁やカリーニンたちを助けるため……そのためにしか使わせない』
響『どんな陰謀にも、取引にも……君の悲しみを利用させない』
響『――信じなくてもいい。だから、見ていてくれないか』
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツ『……ヴェール……ヌイ……!』
モロトヴェッツが、静かに私を抱きしめた。
まるで、いつかの雪の日のように。
881: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/18(月) 21:00:01.24 ID:ksQgvFo2o
響『…………』
レコーダーを、服のポケットに収めようとする。
だがその瞬間、司令官が口を挟んだ。
提督「……やめとけよ」
響「司令官……!」
提督「そうじゃない。……もっといい場所があるだろ」
響「……え?」
顔を上げると、司令官と目が合った。
私の顔、その少し上。
バッジの輝く思い出の帽子を、司令官はじっと見つめていた。
レコーダーを、服のポケットに収めようとする。
だがその瞬間、司令官が口を挟んだ。
提督「……やめとけよ」
響「司令官……!」
提督「そうじゃない。……もっといい場所があるだろ」
響「……え?」
顔を上げると、司令官と目が合った。
私の顔、その少し上。
バッジの輝く思い出の帽子を、司令官はじっと見つめていた。
888: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:08:26.40 ID:7i5+uupto
―ピョートル大帝湾 海上―
暁「…………」
ラーザリ「……これで分かったでしょ。うちがどれだけ酷い所か」
電「……それは」
ラーザリ「分かってるよ。片棒担いでる奴が何言ってんだ、って」
ラーザリ「仲間に汚れ役を押し付けといて……自分は海に出さえもしない」
ラーザリ「……見限ったでしょ、今度こそさ」
暁「――どうしてよ」
ラーザリ「…………」
暁「そんな風に思ってるなら! どうして助けてあげなかったの!?」
電「あ、暁ちゃん!」
ラーザリ「……っ……」
暁「モロトヴェッツさんを守るのだって、やろうと思えばできたんでしょ!?」
ラーザリ「……簡単に言ってくれるけどね! じゃあどうすりゃよかったってのよ!」
電「あのっ、あの……!」オロオロ
暁「…………」
ラーザリ「……これで分かったでしょ。うちがどれだけ酷い所か」
電「……それは」
ラーザリ「分かってるよ。片棒担いでる奴が何言ってんだ、って」
ラーザリ「仲間に汚れ役を押し付けといて……自分は海に出さえもしない」
ラーザリ「……見限ったでしょ、今度こそさ」
暁「――どうしてよ」
ラーザリ「…………」
暁「そんな風に思ってるなら! どうして助けてあげなかったの!?」
電「あ、暁ちゃん!」
ラーザリ「……っ……」
暁「モロトヴェッツさんを守るのだって、やろうと思えばできたんでしょ!?」
ラーザリ「……簡単に言ってくれるけどね! じゃあどうすりゃよかったってのよ!」
電「あのっ、あの……!」オロオロ
889: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:11:02.86 ID:7i5+uupto
暁「一緒に海に出ればよかったじゃない!
ラーザリさんだって爆雷は積めるんでしょ!?」
ラーザリ「……ッ……だって……!
私みたいな雑魚が、1人で付いても……!」
暁「だったら、何十回でも演習すればよかったじゃない!」
暁「それに、1人でやらなくたって……!
カリーニンさんもトビリシちゃんも、ちゃんと話せばきっと助けてくれたわ!」
ラーザリ「……そうだよ……私だって分かってたよッ! けど……!」
暁「だったら――!」
電「――――もうやめてください!」
暁「! ぁ……」
ラーザリ「……っ……っ……!」ブルブル
電「…………」ギュッ
暁「ご、ごめんなさい……怒鳴っちゃって……」
暁「……レディーのすることじゃなかったわ」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「…………怖い……」
ラーザリ「……怖いんだよ…………海に出るのが……」
ラーザリさんだって爆雷は積めるんでしょ!?」
ラーザリ「……ッ……だって……!
私みたいな雑魚が、1人で付いても……!」
暁「だったら、何十回でも演習すればよかったじゃない!」
暁「それに、1人でやらなくたって……!
カリーニンさんもトビリシちゃんも、ちゃんと話せばきっと助けてくれたわ!」
ラーザリ「……そうだよ……私だって分かってたよッ! けど……!」
暁「だったら――!」
電「――――もうやめてください!」
暁「! ぁ……」
ラーザリ「……っ……っ……!」ブルブル
電「…………」ギュッ
暁「ご、ごめんなさい……怒鳴っちゃって……」
暁「……レディーのすることじゃなかったわ」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「…………怖い……」
ラーザリ「……怖いんだよ…………海に出るのが……」
890: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:14:58.03 ID:7i5+uupto
暁「え……?」
ラーザリ「……たぶん、この『私』だけがヘンなのかもね……」
ラーザリ「他の『私』は、まだいないから……今は何とも言えないけど……」
電「? あの、どういう……」
ラーザリ「……ヴェールヌイから聞いてない?」
ラーザリ「私が昔……嵐に遭って、沈みかけたって話」
暁「――!?」
ラーザリ「……そっか。そんなことまでは言わないか」
ラーザリ「ふふ……そういう奴だもんね、あいつ」
電「そんな……!」
ラーザリ「本当だよ。情けない話だけどさ……」
ラーザリ「……たぶん、この『私』だけがヘンなのかもね……」
ラーザリ「他の『私』は、まだいないから……今は何とも言えないけど……」
電「? あの、どういう……」
ラーザリ「……ヴェールヌイから聞いてない?」
ラーザリ「私が昔……嵐に遭って、沈みかけたって話」
暁「――!?」
ラーザリ「……そっか。そんなことまでは言わないか」
ラーザリ「ふふ……そういう奴だもんね、あいつ」
電「そんな……!」
ラーザリ「本当だよ。情けない話だけどさ……」
891: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:19:30.30 ID:7i5+uupto
ラーザリ「……怖かったよ……」
ラーザリ「本当に……いきなり襲われてさ……」
ラーザリ「誰もいない海で、波に揉まれて……
自分がどんどんバラバラになって、体中が冷たくなっていく……」
ラーザリ「もう、絶対に助からないと思った……私はここで消えるんだって」
ラーザリ「そう考えてる自分も、感じてる自分も……全部、全部消えてなくなる……」
ラーザリ「……分かったんだ。『死ぬ』って、こういうことなんだって……!」
電「…………」
ラーザリ「……生まれ変わった今でも……どうしても忘れられない」
ラーザリ「ちょっとでも風が吹くと、あの冷たい嵐が甦ってくる……」
ラーザリ「しかも今度は……嵐だけじゃない……
海に出たら……敵の砲弾まで襲いかかってくるんだ……」
暁「…………」
ラーザリ「……今度こそ、本当に沈むかもしれない。
しかも……あの時の何倍も痛くて、何倍も惨い沈み方で……」
ラーザリ「そう、思ったら……足が……足がさぁ……!」
電「っ……!」ギュッ
ラーザリ「本当に……いきなり襲われてさ……」
ラーザリ「誰もいない海で、波に揉まれて……
自分がどんどんバラバラになって、体中が冷たくなっていく……」
ラーザリ「もう、絶対に助からないと思った……私はここで消えるんだって」
ラーザリ「そう考えてる自分も、感じてる自分も……全部、全部消えてなくなる……」
ラーザリ「……分かったんだ。『死ぬ』って、こういうことなんだって……!」
電「…………」
ラーザリ「……生まれ変わった今でも……どうしても忘れられない」
ラーザリ「ちょっとでも風が吹くと、あの冷たい嵐が甦ってくる……」
ラーザリ「しかも今度は……嵐だけじゃない……
海に出たら……敵の砲弾まで襲いかかってくるんだ……」
暁「…………」
ラーザリ「……今度こそ、本当に沈むかもしれない。
しかも……あの時の何倍も痛くて、何倍も惨い沈み方で……」
ラーザリ「そう、思ったら……足が……足がさぁ……!」
電「っ……!」ギュッ
892: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:22:57.36 ID:7i5+uupto
ラーザリ「…………」
ラーザリ「長官は……それを見抜いてたんだ」
暁「!」
ラーザリ「『海には出さないでおいてやる。
その代わり、私のどんな命令にも必ず従え』……」
ラーザリ「『それができないなら、すぐにでも前線に放り込んで、
ボロ雑巾にしてから解体してやる』――」
電「……ラーザリさんも、脅されたのですね」
ラーザリ「……働きによっちゃ、総司令部の事務処理艦に推薦してやるって言うんだ」
暁「それって……?」
ラーザリ「総司令部と各基地の橋渡し役……」
ラーザリ「そっちの国じゃ、たしか「オーヨド」って艦がやってたね」
電「……大淀さんも、前線に出ないわけじゃないのです」
ラーザリ「そりゃあそうだよ……本当は強いんだから」
ラーザリ「……でも、私には……あの頃の武勲なんてこれっぽっちもない」
ラーザリ「……だったら、逆にさ。
一度机に就いてしまえば……もう二度と、海に出なくて済む……」
ラーザリ「長官は……それを見抜いてたんだ」
暁「!」
ラーザリ「『海には出さないでおいてやる。
その代わり、私のどんな命令にも必ず従え』……」
ラーザリ「『それができないなら、すぐにでも前線に放り込んで、
ボロ雑巾にしてから解体してやる』――」
電「……ラーザリさんも、脅されたのですね」
ラーザリ「……働きによっちゃ、総司令部の事務処理艦に推薦してやるって言うんだ」
暁「それって……?」
ラーザリ「総司令部と各基地の橋渡し役……」
ラーザリ「そっちの国じゃ、たしか「オーヨド」って艦がやってたね」
電「……大淀さんも、前線に出ないわけじゃないのです」
ラーザリ「そりゃあそうだよ……本当は強いんだから」
ラーザリ「……でも、私には……あの頃の武勲なんてこれっぽっちもない」
ラーザリ「……だったら、逆にさ。
一度机に就いてしまえば……もう二度と、海に出なくて済む……」
893: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:27:14.49 ID:7i5+uupto
暁「……だから、長官に従ったのね」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「命令通り、何でもやったよ。監視、密告、不正の隠蔽……」
ラーザリ「挙句には、あいつらまで危険にさらしてさ……」
暁「…………」
ラーザリ「……ひどい、よねぇ……」
ラーザリ「みんな……あんなに……いいやつらなのに……わたし……」
電「……ラーザリさん」
ラーザリ「…………あーあ……ちくしょう……」
ラーザリ「……どうして……なのかな……」
ラーザリ「どう、して……わたし……こんなふうにしか……」
電「…………」
ギューッ…
ラーザリ「…………」
ラーザリ「命令通り、何でもやったよ。監視、密告、不正の隠蔽……」
ラーザリ「挙句には、あいつらまで危険にさらしてさ……」
暁「…………」
ラーザリ「……ひどい、よねぇ……」
ラーザリ「みんな……あんなに……いいやつらなのに……わたし……」
電「……ラーザリさん」
ラーザリ「…………あーあ……ちくしょう……」
ラーザリ「……どうして……なのかな……」
ラーザリ「どう、して……わたし……こんなふうにしか……」
電「…………」
ギューッ…
894: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:31:00.59 ID:7i5+uupto
ラーザリ「――!」
電「……沈むのが怖くない子なんていません。
誰も……ラーザリさんを責めたりなんてしません……」グスッ
電「怖かったのですよね……辛かったのですよね……」
電「いいんです……もう……大丈夫なのです……」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……っ……は……ははは……」
ラーザリ「ほんとに出来た妹だね……ねえ、アカツキ?」
暁「な、なーんかひっかかるわね……」
ラーザリ「やだな……素直に褒めてんのにさ。
うちの艦隊は……姉も妹も馬鹿ばっかりで……」
暁「何よぅ、自分だって妹のくせに」
ラーザリ「……ああ……そうだね……」
ラーザリ「……ひどい妹だったよ、私は……」
暁「…………」
電「……沈むのが怖くない子なんていません。
誰も……ラーザリさんを責めたりなんてしません……」グスッ
電「怖かったのですよね……辛かったのですよね……」
電「いいんです……もう……大丈夫なのです……」
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……っ……は……ははは……」
ラーザリ「ほんとに出来た妹だね……ねえ、アカツキ?」
暁「な、なーんかひっかかるわね……」
ラーザリ「やだな……素直に褒めてんのにさ。
うちの艦隊は……姉も妹も馬鹿ばっかりで……」
暁「何よぅ、自分だって妹のくせに」
ラーザリ「……ああ……そうだね……」
ラーザリ「……ひどい妹だったよ、私は……」
暁「…………」
895: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:35:28.10 ID:7i5+uupto
ラーザリ「――昔さ。カリーニンが……私の姉貴が……」
ラーザリ「海に、身投げしたことがあってね……」
暁「うん……」
ラーザリ「『沈みたかった』なんて言いやがるんだ……
それ聞いてさ、私……怖くって……わけわかんなくなっちゃって……」
ラーザリ「気付いたら、思いっきり引っ叩いてた。
それで……それっきり、ずっと知らんふりだよ……」
電「…………」
ラーザリ「――向き合うことから逃げたんだ。ぜんぶ、ヴェールヌイたちに任してさ……」
ラーザリ「ほんとうは……妹の私が、助けてやらなきゃならなかったのに」
ラーザリ「私が動けなくなったときには……あいつ、ずーっとそばにいてくれたのに……」
ラーザリ「何もしようとしなかったんだ、私……」
暁「…………」
ラーザリ「……私にはね、何もないんだよ……」
ラーザリ「カリーニンみたいに真っ直ぐじゃないし、トビリシみたいに優しくもないし……
モロトヴェッツみたいな覚悟もないし……」
ラーザリ「――――ヴェールヌイみたいな、強さもない……」
暁「……響……」
ラーザリ「海に、身投げしたことがあってね……」
暁「うん……」
ラーザリ「『沈みたかった』なんて言いやがるんだ……
それ聞いてさ、私……怖くって……わけわかんなくなっちゃって……」
ラーザリ「気付いたら、思いっきり引っ叩いてた。
それで……それっきり、ずっと知らんふりだよ……」
電「…………」
ラーザリ「――向き合うことから逃げたんだ。ぜんぶ、ヴェールヌイたちに任してさ……」
ラーザリ「ほんとうは……妹の私が、助けてやらなきゃならなかったのに」
ラーザリ「私が動けなくなったときには……あいつ、ずーっとそばにいてくれたのに……」
ラーザリ「何もしようとしなかったんだ、私……」
暁「…………」
ラーザリ「……私にはね、何もないんだよ……」
ラーザリ「カリーニンみたいに真っ直ぐじゃないし、トビリシみたいに優しくもないし……
モロトヴェッツみたいな覚悟もないし……」
ラーザリ「――――ヴェールヌイみたいな、強さもない……」
暁「……響……」
896: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:39:47.65 ID:7i5+uupto
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……本当はね、ずっと羨ましかった……」
電「――!」
ラーザリ「いつも冷静で……色んなこと知ってて……」
ラーザリ「みんなにっ……好かれて……頼られ、て……」グスッ
ラーザリ「ずっと、ずっと憧れてた……あいつみたいに、なりたかった……」
ラーザリ「……でも……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
響「私が、私『だけ』が消えて、それで済むなら」
響「怖いけど……でも、怖いだけだ。何も辛くはないんだよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラーザリ「……どうして……?
どうして……そんなふうに思い切れるの……?」
ラーザリ「駄目だ……駄目だよ、私には……」
ラーザリ「怖いよ……辛いよ……消えたく、ないよぉ……」
暁「…………」
ラーザリ「……本当はね、ずっと羨ましかった……」
電「――!」
ラーザリ「いつも冷静で……色んなこと知ってて……」
ラーザリ「みんなにっ……好かれて……頼られ、て……」グスッ
ラーザリ「ずっと、ずっと憧れてた……あいつみたいに、なりたかった……」
ラーザリ「……でも……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
響「私が、私『だけ』が消えて、それで済むなら」
響「怖いけど……でも、怖いだけだ。何も辛くはないんだよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラーザリ「……どうして……?
どうして……そんなふうに思い切れるの……?」
ラーザリ「駄目だ……駄目だよ、私には……」
ラーザリ「怖いよ……辛いよ……消えたく、ないよぉ……」
暁「…………」
897: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:44:56.28 ID:7i5+uupto
ラーザリ「…………アカツキ。あんたはどうだったの……?」
暁「え――?」
ラーザリ「ヴェールヌイから……昔、聞いたよ……
仲間のために先陣切って……蜂の巣になって沈んだって……」
ラーザリ「確か……そうだ、ソロモン、だっけ……」
電「っ……!」
暁「…………」
ラーザリ「…………どうして……?」
ラーザリ「自分じゃどうしようもなかったんでしょ……?
そんなことに……納得できたの……?」
ラーザリ「そんな酷い目に遭ったのに……どうしてまた……海に立てるの……?」
ラーザリ「……分からない……分からないよ、アカツキ……」
暁「…………」
暁「え――?」
ラーザリ「ヴェールヌイから……昔、聞いたよ……
仲間のために先陣切って……蜂の巣になって沈んだって……」
ラーザリ「確か……そうだ、ソロモン、だっけ……」
電「っ……!」
暁「…………」
ラーザリ「…………どうして……?」
ラーザリ「自分じゃどうしようもなかったんでしょ……?
そんなことに……納得できたの……?」
ラーザリ「そんな酷い目に遭ったのに……どうしてまた……海に立てるの……?」
ラーザリ「……分からない……分からないよ、アカツキ……」
暁「…………」
898: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:49:19.68 ID:7i5+uupto
暁「……納得なんて、できなかったわ」
ラーザリ「……!」
暁「本当なら、もっとみんなと一緒にいたかった」
暁「比叡さんや霧島さんとも、もっとお話してみたかった」
暁「水兵さんを、みんなみんな、おうちに帰してあげたかった……」
暁「……悲しいわよ。悲しくないわけないじゃない……」
ラーザリ「…………」
暁「――でもね。もっと悲しいこともあったと思うの」
ラーザリ「……?」
暁「水兵さんたちが、探照灯を照らすって決めなかったら……」
暁「相手に先に気付かれて、みんなボロボロになってたと思う」
暁「そうしたら……1番に沈んでたのは、私じゃなかったかもしれない」
暁「……ううん。もっとたくさんのフネが沈んで、
もっといっぱい……亡くなって…………」
ラーザリ「……!」
暁「……それだけは、ぜったいに嫌だったわ。どんなことより怖かった……」
ラーザリ「……自分が沈むことよりも?」
暁「……ううん、一緒よ。同じなの」
ラーザリ「――え?」
ラーザリ「……!」
暁「本当なら、もっとみんなと一緒にいたかった」
暁「比叡さんや霧島さんとも、もっとお話してみたかった」
暁「水兵さんを、みんなみんな、おうちに帰してあげたかった……」
暁「……悲しいわよ。悲しくないわけないじゃない……」
ラーザリ「…………」
暁「――でもね。もっと悲しいこともあったと思うの」
ラーザリ「……?」
暁「水兵さんたちが、探照灯を照らすって決めなかったら……」
暁「相手に先に気付かれて、みんなボロボロになってたと思う」
暁「そうしたら……1番に沈んでたのは、私じゃなかったかもしれない」
暁「……ううん。もっとたくさんのフネが沈んで、
もっといっぱい……亡くなって…………」
ラーザリ「……!」
暁「……それだけは、ぜったいに嫌だったわ。どんなことより怖かった……」
ラーザリ「……自分が沈むことよりも?」
暁「……ううん、一緒よ。同じなの」
ラーザリ「――え?」
899: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:54:29.05 ID:7i5+uupto
暁「だって、その……えっと、上手く言えないけど」
暁「……みんながいるから、私がいるんだもん」
電「……!」
暁「挺身隊のみんなも、水兵さんたちも……もちろん、第六駆逐隊のみんなも」
暁「……私のこと、ほんとうに大切にしてくれたわ」
暁「いろんなこと話して、たくさん遊んで……だから私も、みんなが大好き」
暁「私の中にはね、みんながいるの。
だから……いなくなるのが私じゃなくても、私がいなくなるのといっしょ……」
暁「……だって、そうでしょ?」
暁「私は…………私だけでできてるんじゃないもの」
ラーザリ「……………………!!」
暁「……みんながいるから、私がいるんだもん」
電「……!」
暁「挺身隊のみんなも、水兵さんたちも……もちろん、第六駆逐隊のみんなも」
暁「……私のこと、ほんとうに大切にしてくれたわ」
暁「いろんなこと話して、たくさん遊んで……だから私も、みんなが大好き」
暁「私の中にはね、みんながいるの。
だから……いなくなるのが私じゃなくても、私がいなくなるのといっしょ……」
暁「……だって、そうでしょ?」
暁「私は…………私だけでできてるんじゃないもの」
ラーザリ「……………………!!」
900: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 20:58:10.00 ID:7i5+uupto
暁「…………」
電「……暁、ちゃん」ウルッ
暁「――ねぇ」
電「え?」
暁「わ、私、いま……すっごくかっこいいこと言わなかった!?」
電「 」
暁「た、大変……知らないうちにあんなレディーぜりふが言えるなんて!」
暁「近づいてるわ! 近づいてるかも、私……!」
電「……はぁーぁ……」
電「……暁、ちゃん」ウルッ
暁「――ねぇ」
電「え?」
暁「わ、私、いま……すっごくかっこいいこと言わなかった!?」
電「 」
暁「た、大変……知らないうちにあんなレディーぜりふが言えるなんて!」
暁「近づいてるわ! 近づいてるかも、私……!」
電「……はぁーぁ……」
901: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:03:10.05 ID:7i5+uupto
ラーザリ「…………」
ラーザリ「……あ、はは……っ……はははは……」
ラーザリ「…………かなわないなぁ……あんたたちには……」
電「……できますよ」
ラーザリ「…………」
電「ラーザリさんだって、きっと誰かに大切にされてるのです。
好きでいてくれる人が、かならずいます」
電「その人たちを守りたいって、そういう風に思えるくらいに……」
ラーザリ「……どうかな……」
電「……響ちゃん、言ってましたよ。ラーザリさんには、すごい恩があるって」
ラーザリ「――――え――?」
電「ラーザリさんが、言葉を教えてくれたから」
電「寂しくならずに済んだ、って。ねじ曲がらないでいられた、って」
電「……だから、今でも尊敬してるんだ、って」
電「…………ちょっとだけ恥ずかしそうに、そう言ってたのです」
ラーザリ「……あ、はは……っ……はははは……」
ラーザリ「…………かなわないなぁ……あんたたちには……」
電「……できますよ」
ラーザリ「…………」
電「ラーザリさんだって、きっと誰かに大切にされてるのです。
好きでいてくれる人が、かならずいます」
電「その人たちを守りたいって、そういう風に思えるくらいに……」
ラーザリ「……どうかな……」
電「……響ちゃん、言ってましたよ。ラーザリさんには、すごい恩があるって」
ラーザリ「――――え――?」
電「ラーザリさんが、言葉を教えてくれたから」
電「寂しくならずに済んだ、って。ねじ曲がらないでいられた、って」
電「……だから、今でも尊敬してるんだ、って」
電「…………ちょっとだけ恥ずかしそうに、そう言ってたのです」
902: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:07:31.05 ID:7i5+uupto
ラーザリ「……尊……敬……」
ラーザリ「……は……は、はは……」
ラーザリ「なに……いってんの……あいつ……」
ラーザリ「………………」
ラーザリ「……っ……」グスッ
ラーザリ「……ぁ……あぁ…………」ポロポロ
ラーザリ「ああ、あ、ぁ……ああぁぁぁぁ…………」
電「…………」ギュッ
903: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:10:58.53 ID:7i5+uupto
ブゥゥゥ――――ン…
ラーザリ「……ッ!」
暁「こ、この音……!」
電「もしかして、敵の艦載機!?」
暁「そんな! 空母まで出てこられたら……!」
ラーザリ「……あ、あそこ……!」
暁「! うそ、もうこんな近くまで!」
電「うう、せめて霧がなかったら……」
ラーザリ「――! いや……待って、あの形……!」
電「え?」
ラーザリ「……アカツキ、探照灯借りるよ……!」グッ
暁「ひゃぁっ! ちょっと!」ヨロッ
904: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:15:30.75 ID:7i5+uupto
ラーザリ「――『こちらラーザリ、救援に到着、応答求む』――」カチカチカチッ
ブゥ――ン…
水上機『――――』
暁「! し、深海棲艦のじゃ……ない?」
ラーザリ「……べリエフ……やっぱりべリエフだ……!」
ラーザリ「はは……ってことは……あいつ……!」
水上機『――――』ブゥーン…
電「旋回したのです……」
ラーザリ「……着いてこいって……言ってんだろうね……」
暁「――! じゃ、じゃあ……!」
ラーザリ「……ああ……! 味方の艦載機だよ……!」
ブゥ――ン…
水上機『――――』
暁「! し、深海棲艦のじゃ……ない?」
ラーザリ「……べリエフ……やっぱりべリエフだ……!」
ラーザリ「はは……ってことは……あいつ……!」
水上機『――――』ブゥーン…
電「旋回したのです……」
ラーザリ「……着いてこいって……言ってんだろうね……」
暁「――! じゃ、じゃあ……!」
ラーザリ「……ああ……! 味方の艦載機だよ……!」
905: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:18:52.89 ID:7i5+uupto
―日本司令船 格納庫―
乗組員A(無線)『ロシア司令艇より小型艇発進。士官1名、随伴兵2名、それと……』
提督「どうした?」
乗組員A『……その、女の子が1人』
提督「……護衛の艦娘か。武装は?」
乗組員A『随伴兵にそれぞれサブマシンガン。それ以外には確認できません』
提督「……丸腰で来るほど甘くはないか。まあいい、ハッチ開け!」
乗組員A『了解! ハッチ開けます!』
乗組員B「提督! やはり我々もお傍に……!」
提督「気持ちは分かるが、向こうで待機しててくれ。あちらさんを刺激したくない」
提督「……もしも万が一、ドンパチ沙汰になったら……
そのときは、『そいつ』でよろしく頼むよ」
乗組員C「はッ!」
乗組員A(無線)『ロシア司令艇より小型艇発進。士官1名、随伴兵2名、それと……』
提督「どうした?」
乗組員A『……その、女の子が1人』
提督「……護衛の艦娘か。武装は?」
乗組員A『随伴兵にそれぞれサブマシンガン。それ以外には確認できません』
提督「……丸腰で来るほど甘くはないか。まあいい、ハッチ開け!」
乗組員A『了解! ハッチ開けます!』
乗組員B「提督! やはり我々もお傍に……!」
提督「気持ちは分かるが、向こうで待機しててくれ。あちらさんを刺激したくない」
提督「……もしも万が一、ドンパチ沙汰になったら……
そのときは、『そいつ』でよろしく頼むよ」
乗組員C「はッ!」
906: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:22:59.95 ID:7i5+uupto
銃を携えた水兵さんに、司令官が指示を飛ばしている。
一通り準備が終わると、司令官はドックの傍に立ち、小さく息をついた。
提督「……ふぅ……」
雷「……大変なことになっちゃったわね」
提督「全くだよ。防衛大でロシア語なんて取るんじゃなかった」
響「そう言えば、どうして隠してたんだい?」
提督「……最初は、ちょっとした悪ふざけのつもりだったんだがな」
提督「ロシア語のできないフリをして……
向こうから嫌味でも言われたら、一言返してやろうかな、ってさ」
響「……悪い趣味だね」
提督「だよなぁ、ホントに……」ハハハ
提督「――でも、あの取引の話を聴いちまってさ。
ふざけてる場合でも無くなってよ……」
響「…………」
907: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:27:16.52 ID:7i5+uupto
提督「……小村寿太郎、って知ってるか」
雷「え?」
提督「日露戦争での、ロシアとの和平交渉の折……」
提督「言葉の分からないフリをして、えらく余裕を持って交渉を進めた男さ」
響「……!」
提督「……せっかくだし、先人にあやかろうと思ってな」
提督「こうなったら……最後の最後まで、あやからせてほしいもんだ」
モロトヴェッツ『…………』
雷「え?」
提督「日露戦争での、ロシアとの和平交渉の折……」
提督「言葉の分からないフリをして、えらく余裕を持って交渉を進めた男さ」
響「……!」
提督「……せっかくだし、先人にあやかろうと思ってな」
提督「こうなったら……最後の最後まで、あやからせてほしいもんだ」
モロトヴェッツ『…………』
908: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:31:09.79 ID:7i5+uupto
格納庫のハッチが開き、小さなボートが入ってくる。
ロシアの長官に、護衛の兵士が2人。それと、1人の女の子が乗っていた。
響「……?」
女の子の背格好は、私よりも少し高いぐらい。
柔らかそうなショートカットの銀髪。灰色と深紅の潜水服。
艦娘なのは一目で分かった。
けれど、それ以上に、どこかで見たような気がしてならない。
ゴルコヴェッツ「…………」
そして、その艦娘は――
身体の前で手錠をかけられ、うつろな目をして立っていた。
909: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:35:03.90 ID:7i5+uupto
長官【……まずは、奴の救助に感謝する】
提督【とんでもありません。そのために出撃させてもらったんですから】
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツは、目をつむってドックに寝そべっている。
呼吸をしているのかどうかも怪しい、ひたすらに静かな姿だった。
あれが寝たふりだなんて、到底思えない。
長官【――艤装は、あちらにあるもので全部か】
提督【ええ、回収できた限りでは……】
長官【…………】チラッ
響『! …………』
思わず、レコーダーを隠した帽子を押さえそうになる。
頭に乗っかっている冷たい重みが、少しばかり増したような気がする。
提督【とんでもありません。そのために出撃させてもらったんですから】
モロトヴェッツ『…………』
モロトヴェッツは、目をつむってドックに寝そべっている。
呼吸をしているのかどうかも怪しい、ひたすらに静かな姿だった。
あれが寝たふりだなんて、到底思えない。
長官【――艤装は、あちらにあるもので全部か】
提督【ええ、回収できた限りでは……】
長官【…………】チラッ
響『! …………』
思わず、レコーダーを隠した帽子を押さえそうになる。
頭に乗っかっている冷たい重みが、少しばかり増したような気がする。
910: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:39:07.38 ID:7i5+uupto
提督【傷が深かったようで、もう1時間もこの状態です】
提督【幸い、損傷は全て修復できましたが……いつ目を覚ますかは、私にも】
長官【…………】
提督【こちらとしても、もっと早く救出に当たれればよかったのですが】
提督【何せ、先の戦闘で指揮系統がガタガタでしてね。
旗艦のラーザリさんまで行方不明になるもんですから……】
長官が、モロトヴェッツの寝顔を覗きこむ。
足元のアリを見下ろすような目だった。
長官【…………】
提督【味方に被害が出た以上、我々も黙ってはいられません】
提督【あの異様な潜水棲姫についても、看過できない懸念があります】
提督【――いかがでしょう、長官。
ひとまずは彼女から合同で事情を聴き、しかるのちに連合艦隊を――】
長官【…………】
長官『…………ゴルコヴェッツ』
ゴルコヴェッツ『……っ!』ビクッ
提督【幸い、損傷は全て修復できましたが……いつ目を覚ますかは、私にも】
長官【…………】
提督【こちらとしても、もっと早く救出に当たれればよかったのですが】
提督【何せ、先の戦闘で指揮系統がガタガタでしてね。
旗艦のラーザリさんまで行方不明になるもんですから……】
長官が、モロトヴェッツの寝顔を覗きこむ。
足元のアリを見下ろすような目だった。
長官【…………】
提督【味方に被害が出た以上、我々も黙ってはいられません】
提督【あの異様な潜水棲姫についても、看過できない懸念があります】
提督【――いかがでしょう、長官。
ひとまずは彼女から合同で事情を聴き、しかるのちに連合艦隊を――】
長官【…………】
長官『…………ゴルコヴェッツ』
ゴルコヴェッツ『……っ!』ビクッ
911: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:43:34.93 ID:7i5+uupto
提督『――!?』
響(ゴル……まさか、あの子……!)
長官『姉の顔を見たくないのか。こちらへ来い』
ゴルコヴェッツ『…………はい……』
モロトヴェッツ『…………』
横たわったモロトヴェッツの額に、一滴の汗が浮かんでいる。
胸の上で組んだ腕が、ほんのかすかに揺れている気がする。
ゴルコヴェッツ『…………』
ゴルコヴェッツ『……おねえ……ちゃ――』
ゴ シ ャ ッ
響(ゴル……まさか、あの子……!)
長官『姉の顔を見たくないのか。こちらへ来い』
ゴルコヴェッツ『…………はい……』
モロトヴェッツ『…………』
横たわったモロトヴェッツの額に、一滴の汗が浮かんでいる。
胸の上で組んだ腕が、ほんのかすかに揺れている気がする。
ゴルコヴェッツ『…………』
ゴルコヴェッツ『……おねえ……ちゃ――』
ゴ シ ャ ッ
912: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:47:15.23 ID:7i5+uupto
響『 』
提督『 』
雷『 』
突然だった。
どこまでも鈍く、そして不快な音がした。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
ゴルコヴェッツ『っが……ぁ……!』
長官『…………』
――目の前の光景が、信じられなかった。
ゴルコヴェッツの髪を掴んだ長官が、
彼女の頭を、ドックの縁に思い切り叩きつけていた。
913: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:51:34.42 ID:7i5+uupto
長官『…………』グイッ
ゴルコヴェッツ『あ、ぐ……うぁ……』
ド ゴ ッ
ゴルコヴェッツ『う゛……げほっ……う゛え゛え゛……!』
髪を引っ張って身体を持ちあげ、今度はお腹に拳を見舞った。
彼女はうめき声を上げながら、くの字に身体を折り曲げて倒れる。
響『あ……ぁ……』
どうしても、身体が動かない。
目や頭は正しく動いているはずなのに、足が、身体が動いてくれない。
これが現実の光景なのか、それすらもはっきりと分からない。
長官『…………』グリッ
ゴルコヴェッツ『!! あ、ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……っ!!』
ゴルコヴェッツ『いぎっ……あ、ぁぁあ! おねえ、お゛ね゛え゛ぢゃあ゛ぁぁ……!!』
倒れたゴルコヴェッツの指先を、長官が執拗に踏みにじる。
長官の顔は、不気味なほどに冷静だった。
息を荒げても、興奮した笑みを浮かべてもいない。
どこまでも無表情で、つまらなそうに、ゴルコヴェッツを暴行していた。
ゴルコヴェッツ『あ、ぐ……うぁ……』
ド ゴ ッ
ゴルコヴェッツ『う゛……げほっ……う゛え゛え゛……!』
髪を引っ張って身体を持ちあげ、今度はお腹に拳を見舞った。
彼女はうめき声を上げながら、くの字に身体を折り曲げて倒れる。
響『あ……ぁ……』
どうしても、身体が動かない。
目や頭は正しく動いているはずなのに、足が、身体が動いてくれない。
これが現実の光景なのか、それすらもはっきりと分からない。
長官『…………』グリッ
ゴルコヴェッツ『!! あ、ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……っ!!』
ゴルコヴェッツ『いぎっ……あ、ぁぁあ! おねえ、お゛ね゛え゛ぢゃあ゛ぁぁ……!!』
倒れたゴルコヴェッツの指先を、長官が執拗に踏みにじる。
長官の顔は、不気味なほどに冷静だった。
息を荒げても、興奮した笑みを浮かべてもいない。
どこまでも無表情で、つまらなそうに、ゴルコヴェッツを暴行していた。
914: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:55:42.05 ID:7i5+uupto
モロトヴェッツ『 貴 様 ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ っ ! ! 』
跳ね起きたモロトヴェッツが、
怒声を上げて長官に掴みかかろうとする。
長官『…………』チャキッ
モロトヴェッツ『――――ッッッ!!』ピタッ
しかし、長官はまるで予期していたかのように、
目にもとまらぬ速さで拳銃を取り出し、背後のモロトヴェッツに突きつけた。
長官『……くだらん浅知恵だったな。見くびられたものだ』
モロトヴェッツ『…………』
長官『……人形風情が、血の通ったような真似を』
長官『艤装もない貴様らなど、重油の詰まった皮袋と同じだ』
長官『――見てみたいか? 己の中に、何色のものが流れているか』
モロトヴェッツ『ッ……!』
915: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 21:59:39.82 ID:7i5+uupto
モロトヴェッツに向き直る長官。
そして、瞬時に拳銃を半回転させ、持ち手で振り抜くように殴りつけた。
モロトヴェッツ『ぐ、ぅ……っ!』ドサッ
長官『――やはり、貴様らはどうしようもない欠陥品だ』
長官『心ない兵器ではいられない。
己の痛みにも、姉妹の痛みにも、決して鈍感ではいられない』
長官『……だからこそ、ある意味では使いやすくもあるが』
モロトヴェッツ『き、さま……ッ!』
長官『腹は読めているぞ、モロトヴェッツ』
長官『おおかた、奴らに亡命でも頼んだのだろう。
例の首輪が見当たらんから、おそらくそれを手土産にな』ギロッ
提督『……!』
916: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:02:57.54 ID:7i5+uupto
長官『――愚かな奴だ。苦痛と孤独に負け、祖国を守る誇りすら忘れたか』
長官『かけがえの“ある”貴様らの犠牲で、かけがえのない人々の生活を守る』
長官『これ以上ない栄誉とは思わないのか?』
モロトヴェッツ『……、に……ん……』
長官『む……?』
モロトヴェッツ『……地獄に堕ちなさい……人非人……!』
長官『…………』
長官が、ゆっくりと拳銃を振り上げる。
モロトヴェッツが目をつぶる。
動きがやけに、ゆっくりと見えた。
そこで私は、はたと気が付いて、そして――――
長官『かけがえの“ある”貴様らの犠牲で、かけがえのない人々の生活を守る』
長官『これ以上ない栄誉とは思わないのか?』
モロトヴェッツ『……、に……ん……』
長官『む……?』
モロトヴェッツ『……地獄に堕ちなさい……人非人……!』
長官『…………』
長官が、ゆっくりと拳銃を振り上げる。
モロトヴェッツが目をつぶる。
動きがやけに、ゆっくりと見えた。
そこで私は、はたと気が付いて、そして――――
917: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:07:25.26 ID:7i5+uupto
響『……ッ!』バッ
長官『…………!』ピタッ
モロトヴェッツと長官の間に、全速力で割って入る。
長官の手は、私に振り下ろされる寸前の所で留まっている。
雷「はぁっ、はぁっ……!」ギュッ
ゴルコヴェッツ『……う……ぁ……?』
モロトヴェッツ『――――!』
雷も、私と同時に飛び出していたらしい。
潜水艦のふたりを、かばうように床へ押し倒していた。
長官『何を――』
雷「――――ど う し て よ っ ! !」
雷が、今まで聞いたことのない大声を張り上げた。
顔を真っ赤にして、大粒の涙をとめどなく流している。
長官『…………!』ピタッ
モロトヴェッツと長官の間に、全速力で割って入る。
長官の手は、私に振り下ろされる寸前の所で留まっている。
雷「はぁっ、はぁっ……!」ギュッ
ゴルコヴェッツ『……う……ぁ……?』
モロトヴェッツ『――――!』
雷も、私と同時に飛び出していたらしい。
潜水艦のふたりを、かばうように床へ押し倒していた。
長官『何を――』
雷「――――ど う し て よ っ ! !」
雷が、今まで聞いたことのない大声を張り上げた。
顔を真っ赤にして、大粒の涙をとめどなく流している。
918: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:11:16.56 ID:7i5+uupto
雷「どうして……どうして、こんなにひどいことができるの!?」
雷「ひどい兵器をたくさん作って! それをぜんぶ誰かに押しつけて!」
雷「人質なんて取って言うこと聞かせて! それでもだめなら殴りつけて……っ!!」
雷「あんたなんか……! あんたなんかっ……!!」
長官『…………』
提督「――! 雷! やめろッ!!」
雷「はぁっ、はぁっ……ど、どうせ言っても分からないんでしょ! だったら――」
長官「……なる、ほどな」
長官「そこまで、知られていたか」
雷「――――え……?」
雷「ひどい兵器をたくさん作って! それをぜんぶ誰かに押しつけて!」
雷「人質なんて取って言うこと聞かせて! それでもだめなら殴りつけて……っ!!」
雷「あんたなんか……! あんたなんかっ……!!」
長官『…………』
提督「――! 雷! やめろッ!!」
雷「はぁっ、はぁっ……ど、どうせ言っても分からないんでしょ! だったら――」
長官「……なる、ほどな」
長官「そこまで、知られていたか」
雷「――――え……?」
919: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:15:14.59 ID:7i5+uupto
今度は、耳がおかしくなったのかと思った。
長官の口から出た言葉は――たどたどしいけれど、間違いなく日本語だった。
長官『――――スパイどもが。とうとう馬脚を現したな』
提督「……っ……!」ギリッ
響『……そん、な』
モロトヴェッツ『な……ち、長官……!』
長官『つくづく、どうしようもない潜水艦だ。
こんな奴らに絆されて、スパイの肩棒を担ぐとは』スッ
長官が耳に手を当てる。
そして、よく通る声で何かを命じた。
長官『――指令В、作戦行動開始』
920: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:19:34.96 ID:7i5+uupto
―ピョートル大帝湾 カラムジナ島沖―
水上機『――――』ブゥーン…
電「見えました! あの島なのです!」
暁「……! あそこ、洞窟? あんなところに……」
『おおぉ――い! おおぉぉ――――いっ!』
ラーザリ「――――!」
暁「呼んでるわ! おーいっ! おおーいっ!」
電「なのでぇ――――すっ!」
『よかった、救援に感謝―― !!』
ラーザリ『……はっ……何だよ、元気そうじゃない』
『――お……お前……? お前が、来てくれたのか……?』
ラーザリ『……たまには……姉孝行も悪くないしさ』
ラーザリ『…………そう思わない? カリーニン……』
カリーニン『ラーザリ……ラーザリっ!!』
【Продолжение следует............】
水上機『――――』ブゥーン…
電「見えました! あの島なのです!」
暁「……! あそこ、洞窟? あんなところに……」
『おおぉ――い! おおぉぉ――――いっ!』
ラーザリ「――――!」
暁「呼んでるわ! おーいっ! おおーいっ!」
電「なのでぇ――――すっ!」
『よかった、救援に感謝―― !!』
ラーザリ『……はっ……何だよ、元気そうじゃない』
『――お……お前……? お前が、来てくれたのか……?』
ラーザリ『……たまには……姉孝行も悪くないしさ』
ラーザリ『…………そう思わない? カリーニン……』
カリーニン『ラーザリ……ラーザリっ!!』
【Продолжение следует............】
921: ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:22:03.99 ID:7i5+uupto
第9話終わり 10話はたぶん1週間後に
922: おまけ(1/3) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:23:31.23 ID:7i5+uupto
★用語プチ解説
【弾道ミサイル潜水艦】
その名の通り、核弾頭を搭載した弾頭ミサイルを発射するための潜水艦。
記録における世界最初の弾道ミサイル潜水艦は、1940年代後半にソ連が建造した、
611型(ズールー型)潜水艦である。
もともとは巡洋型攻撃潜水艦だったのだが、1956年、全26隻のうち6隻が改装を受け、
核ミサイル・R-11FMを搭載した、弾道ミサイル潜水艦に生まれ変わった。
【弾道ミサイル潜水艦】
その名の通り、核弾頭を搭載した弾頭ミサイルを発射するための潜水艦。
記録における世界最初の弾道ミサイル潜水艦は、1940年代後半にソ連が建造した、
611型(ズールー型)潜水艦である。
もともとは巡洋型攻撃潜水艦だったのだが、1956年、全26隻のうち6隻が改装を受け、
核ミサイル・R-11FMを搭載した、弾道ミサイル潜水艦に生まれ変わった。
923: おまけ(2/3) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:29:29.29 ID:7i5+uupto
【ベリエフ】
ソ連の水上機、ベリエフBe-4。元々の名称は「KOR-2」。
キーロフ型やマクシム・ゴーリキー型といった、黒海艦隊・太平洋艦隊の巡洋艦に搭載された。
前身である「KOR-1」が、複葉機にどでかいフロートをくっつけたために機動性が悪く、
水上での移動も安定せず、さらにメンテも面倒といういささかアレな機体だったため、
それらの欠点を全て克服した新世代の水上機として開発された。
ただ、大戦の影響で量産が遅れ、配備された艦隊でも大して戦闘が起こらなかったため、
あまり活躍は出来なかった。
デザインはなかなか先進的で、個人的には結構いい感じだと思う。
ソ連の水上機、ベリエフBe-4。元々の名称は「KOR-2」。
キーロフ型やマクシム・ゴーリキー型といった、黒海艦隊・太平洋艦隊の巡洋艦に搭載された。
前身である「KOR-1」が、複葉機にどでかいフロートをくっつけたために機動性が悪く、
水上での移動も安定せず、さらにメンテも面倒といういささかアレな機体だったため、
それらの欠点を全て克服した新世代の水上機として開発された。
ただ、大戦の影響で量産が遅れ、配備された艦隊でも大して戦闘が起こらなかったため、
あまり活躍は出来なかった。
デザインはなかなか先進的で、個人的には結構いい感じだと思う。
924: おまけ(3/3) ◆hc5Hlyk12iWK 2016/07/25(月) 22:31:54.07 ID:7i5+uupto
★ソ連艦ずかん
「巡洋艦、ラーザリ・カガノーヴィチ。金角湾イチのインテリだよ。
……自分で言うのも何だけどね」
【巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」】 Лазарь Каганович
マクシム・ゴーリキー級巡洋艦 4番艦。
名前の由来は、スターリンの側近を務めたタカ派の政治家、
ラーザリ・モイセーエヴィチ・カガノーヴィチ。
【経歴】
1938年8月26日、コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール工廠にて起工。
1944年5月7日に進水し、完成作業のためウラジオストクに回航。
記録では1944年12月6日に竣工したことになっているが、
実際には終戦後の1947年2月8日まで工事が続けられた。
1945年2月23日に太平洋艦隊へ編入。
同年の満州侵攻に際して実戦部隊に編入されるが、
その時点での完成度があまりにも低かったために、実戦投入は見送られた。
1958年9月19日には、オホーツク海を航行中に台風に遭遇。
船体を大きく破損し、以後出港することはなかった。
その後、1960年2月6日に除籍。ほどなくスクラップにされた。
【余談】
ラーザリの建造はかなり劣悪な条件で行われた。
戦争による労働者不足や、姉妹艦への強引な部品提供命令により、
彼女の完成は遅れに遅れた。
また、建造に際してはスターリン独裁下で逮捕された思想犯が多数動員され、
寒さと飢えの中で強制労働させられたという。
一説には、この強制労働によるガバガバ急ピッチ建造が、
のちの台風による損壊の原因となったとも言われている。
「巡洋艦、ラーザリ・カガノーヴィチ。金角湾イチのインテリだよ。
……自分で言うのも何だけどね」
【巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」】 Лазарь Каганович
マクシム・ゴーリキー級巡洋艦 4番艦。
名前の由来は、スターリンの側近を務めたタカ派の政治家、
ラーザリ・モイセーエヴィチ・カガノーヴィチ。
【経歴】
1938年8月26日、コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール工廠にて起工。
1944年5月7日に進水し、完成作業のためウラジオストクに回航。
記録では1944年12月6日に竣工したことになっているが、
実際には終戦後の1947年2月8日まで工事が続けられた。
1945年2月23日に太平洋艦隊へ編入。
同年の満州侵攻に際して実戦部隊に編入されるが、
その時点での完成度があまりにも低かったために、実戦投入は見送られた。
1958年9月19日には、オホーツク海を航行中に台風に遭遇。
船体を大きく破損し、以後出港することはなかった。
その後、1960年2月6日に除籍。ほどなくスクラップにされた。
【余談】
ラーザリの建造はかなり劣悪な条件で行われた。
戦争による労働者不足や、姉妹艦への強引な部品提供命令により、
彼女の完成は遅れに遅れた。
また、建造に際してはスターリン独裁下で逮捕された思想犯が多数動員され、
寒さと飢えの中で強制労働させられたという。
一説には、この強制労働によるガバガバ急ピッチ建造が、
のちの台風による損壊の原因となったとも言われている。
次回 響「ウラジオストクのヴェールヌイ」第10話~最終話 前編
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