1: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:23:33.72 ID:gnOsLP4/0
遊撃士協会――ナハトの部屋

???『ナハトだけずるいよ……』

???『どうしてお前だけなんだ……』

???『早くこっちにおいでよ…どうせ行き着く先は、皆一緒なんだから』

ナハト『皆……すまない…でも、俺は……』

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1485793413

引用元: クロスベルのクリスマス【暁の軌跡】 


 

 
2: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:24:12.78 ID:gnOsLP4/0
???『あの子の姿を見て、勘違いしちゃったのね』

ナハト『アイリ……!』

アイリ『ナハト君みたいな人が、あんな風にキラキラ眩しい子がいるようなところにいつまでもいれるわけないじゃない』

ナハト『…かもしれない。だけど、俺は……!』

アイリ『ふーん……そっか、分かっちゃった。あの子がいけないんだね? あんな子がいるから、ナハト君、勘違いしちゃうんだ』

ナハト『な、何を…!』

アイリ『あの子がいなくなれば…ナハト君も目が覚めるかな?』

ナハト『やめろ! アイツは、クロエは関係ないだろ! やめろアイリ! ――――やめろおおおおおおっ!!』

3: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:25:35.31 ID:gnOsLP4/0
ナハト「――クロエッ!!」ガバッ

クロエ「わっ!」ズサッ

ナハト「はぁっ……はぁっ……、く、クロ……エ?」

クロエ「はい、クロエですよー…もー、何なんですか。また隣から聞こえてましたよ? 叫び声なんて上げちゃって」

ナハト「あ、ああ。悪い。夢見が悪くて、な」

クロエ「……大丈夫ですか? 最近、ずいぶんひどいじゃないですか。一度ウルスラ病院にでも――」

ナハト「大丈夫だよ。ホント、最近夢見が悪いだけなんだ」

クロエ「ならいいですけど…何かあれば相談してください。私、相棒ですから!」

ナハト「だから別に俺はお前を相棒なんて…まぁいいや。ありがとよ」

クロエ「…それじゃ、もう叫び声とか上げないでくださいね。夜中なんですから」

ナハト「ああ、おやすみ」

パタン…

4: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:26:34.42 ID:gnOsLP4/0
ナハト「まったく、何て夢なんだ……」ゴロン

ナハト「いい加減、慣れろっての…」ハァ

ナハト(遊撃士になって、もうずいぶんと時間が経つ。世間は目前に迫っているクリスマスだかいう明るい行事に夢中だけど…)

ナハト(ここ最近の俺は、そんなモノとはかけ離れた心持でしょうがなかった)

ナハト(遊撃士になってからは、前みたいな辛いことなんかなかった。戦場で毎日ハラハラして生きることもないし、野宿での寒さに震えることもなくなったし、まずい携帯食料だけの食生活からも解放された)

ナハト(最初の頃は、すっかり俺の心は安心しきっていて、見殺しにした仲間たちから毎日恨み言を夢で吐かれることが少し辛いくらいだった)

ナハト(それも収まってきて、ようやく平穏に眠れるようになってきたというのに…また最近はこの通り、夢に何度も苦しめられる)

ナハト(しかも俺に対する恨み言を延々と聞かされるだけじゃない。まるで死んだアイリが生きてるみたいに振舞って、俺の仲間を――ジリアンさんを、リーヴを、ロナードを…そして、クロエを、殺してしまう)

5: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:27:26.88 ID:gnOsLP4/0
ナハト(俺は何もできないまま、昔の仲間を見殺しにしたときのように、ただ彼らが死んでいくのを見ているだけで――)

ナハト(嫌な気分のままの、救いのない夢を見てしまう)

ナハト(それはまるで予言のようで――そう考えてしまう自分が、嫌になってしまう)

ナハト(俺は、幸せになりたいとは思わない。もう今のままで十分すぎるし、それでいいんだ)

ナハト(ただ、ここまで一緒に仕事をしてきた試験班の仲間たちには――何もないまま、幸せに過ごしてほしいと、そう思う)

ナハト「…はぁ……都合、よすぎるよな」

ナハト(もう何も考えないようにしよう、と蓑虫みたいに毛布をかぶった。明日からクリスマスも近いから依頼が増えるとミシェルさんも言っていた)

ナハト(ただただ仕事に没頭していれば、きっと悪い考えもしなくなる。勝手に、そう思い込むことにした――)

6: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:28:40.25 ID:gnOsLP4/0
翌日、遊撃士協会――受付

ナハト「うわぁ…依頼、いつもより増えてるな」

ミシェル「当然よ。皆、クリスマスの忙しさでできないことを持ち込んだり、クリスマスの騒ぎに引かれるのか、魔獣が街道にいつも以上に現れたり――遊撃士にとって休む時間はないの」

クロエ「おお…市民の皆さんの平和な時間を守る……これぞ遊撃士です!!」キラキラ

ミシェル「うんうん。クロエは気合入ってるわね」

ナハト「俺だって、やれるだけはやりますよ…」

ミシェル「それなら結構。ま、そうはいっても、準遊撃士のあなたたちには、街道の警備じゃなくて、市内の軽い仕事しか回せないけどね」

ナハト「……ですよねー」ホッ

クロエ「何ホッとしてるんですかナハト!」

ナハト「いや…正遊撃士の先輩たちならともかく、俺たちみたいなひよっ子じゃ、危険から皆を守る重い仕事はやりきれないだろうしな」

クロエ「むー…それはそうですけど」

7: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:30:11.59 ID:gnOsLP4/0
ミシェル「あら。言っておくけど、あなたたちにはその代わりにここに張ってある依頼全部受けてもらうんだからね? 気楽じゃないわよー、いくら特務支援課がいてもね」

クロエ「むむ、それもそうです! さ、ナハトがんばりますよ! 先輩たちのいない分を埋めるためにも!」

ナハト「ああ、そうだな…」

クロエ「…? ナハト? 調子悪いんですか? いつもそうですけど輪にかけて元気ないですよ?」

ナハト「別にそんなことないって…ほら、さっそく行くぞ。この量じゃガンガンいかないと時間ないんだから」

クロエ「あ、待ってくださいよ!」

ミシェル「行ってらっしゃーい。当日は例のプロジェクトの関係で、警察との交流って名目でパーティーに招待されてるんだから、ちゃんと全部終わらせるようにがんばってね」

クロエ「はーい!」

ナハト(パーティー、ねぇ…)

8: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:31:15.69 ID:gnOsLP4/0
クロエ「聞きましたかナハト! パーティーですって、パーティー!」

ナハト「ちゃんと聞いてたよ。子供じゃないんだから、そんな大声出すことかよ」

クロエ「しょうがないじゃないですか! 私、そういうの全然したことないんです! …いつも、クリスマスは病室で看護婦さんたちと祝ってましたし…」

ナハト「! ……悪い、そうだったな」

ナハト(何言ってるんだ俺は…コイツの事情のことも忘れるくらい、余裕無くしちまったって言うのか……)

クロエ「いえいえ、いいんです! 確かに、十六にもなって、子供っぽいとは思いますし。でも、とにかく、今年は楽しみなんですよ、クリスマスパーティー。ナハトは、そういうの嫌いですか?」

ナハト「俺は…」

ナハト(答えようとして、言葉に詰まった。俺には、よく分からない。パーティーだとか、クリスマスだとか。そんなのしたこともないし、精精仲間たちの間でそれが噂になるくらいで、実際にどんなものかも知らないんだ)

9: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:32:04.89 ID:gnOsLP4/0
ナハト「……俺も、したことないんだ、パーティー。だから、よく分からないな」

ナハト(他に答えようのない返答をしながら、俺はクロエの様子を窺った。すると、クロエは――)

クロエ「そうですか! じゃあナハトも楽しみにしましょう、パーティー!」

ナハト(特に怪訝そうな顔をするでもなく、ただ無邪気に笑っていた)

ナハト「…そうだな。まぁ、楽しみにしておくよ」

ナハト(それだけ答えると、俺はさっさと先へ進んだ。後ろでクロエが置いていくなと言っていた声を無視して、スタスタと)

ナハト(なんとなく、眩しくて直視できなくなったんだ。クロエの、何も知らない笑顔を見ると、昨日の夜のことを思い出して、胸が苦しくなって……)

ナハト(きっと、この感覚は死ぬまで続くんだろうな。そんなことを思った――)

10: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:33:44.56 ID:gnOsLP4/0


クロスベル百貨店前

クロスベル市民「ありがとう! これで彼女にしっかりとアタックできるよ!」

クロエ「いえいえ! がんばってください!」

ナハト「では俺たちはこれで。失礼します」

クロスベル市民「ああ、じゃあね!」タタッ

ナハト「……これで何件目だ? プレゼント選びの手伝い」

クロエ「十一件目ですね」

ナハト「まったく…贈り物くらい自分で選べばいいのに」

クロエ「でもでも、本当にその人のことを想って贈り物をするんですよ? やっぱり人に相談したくなるんじゃないですか?」

ナハト「まぁ確かに。身内以外で相談できそうなのが俺たち遊撃士くらいかもしれないけどな…」

クロエ「そういえばナハトは何か用意するんですか? クリスマスプレゼント」

ナハト「俺? …そんなの、考えてなかったな」

ナハト(クリスマスは大切な人に贈り物をする日、というのはなんとなく知っている。だけど、そんなことについて考える余裕なんて、全然なかった)

11: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:34:40.80 ID:gnOsLP4/0
クロエ「そうですか…私いろいろ考えてるんですよ! 今年は遊撃士としてたくさんの人にお世話になりましたから!」

ナハト「そうか」

クロエ「はい! ナハトも楽しみにしていてくださいね!」

ナハト「…俺も、何か考えておくよ」

ナハト(その言葉は咄嗟に出てきた。何となく、もらうだけじゃ悪いな、って気がしてしまったんだ)

ナハト(俺の反射的な言葉に、クロエはポカンと口を開けて、点になった目で俺のことを見ていた)

クロエ「そうですか? じゃあ楽しみにしていますよ!」ニコニコ

ナハト(そう思ったのも一瞬で、クロエはすぐに期待に満ちた眼差しで笑みを向けてきた)

ナハト「あんま期待はするなよ…?」

12: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:35:31.83 ID:gnOsLP4/0
ロナード「げ、お前ら」

クロエ「あ、ロナードさん!」

ナハト「何してんだ不良警官。サボりか?」

ロナード「ちげーよ! 今日は非番だ非番」

クロエ「あ、そうなんですか」

ロナード「ったく…お前らは仕事だろ? じゃな、俺は忙しいから…いや、そうだな」

ナハト「何だよ」

ロナード「…なぁ、お前ら今、手は空いてるか?」

クロエ「ちょうど今からお昼休憩にしようかと思ってましたけど…」

ナハト「どうかしたのか?」

ナハト(尋ねると、ロナードは急に辺りを警戒するように見回して、顔を俺たちに近づけてきた。その表情は神妙で、なんだか真剣な空気を感じさせた)

13: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:36:24.57 ID:gnOsLP4/0
ロナード「ちょっと、相談に乗ってくれねぇか? 昼を奢るからよ」

クロエ「え、いいんですか!」

ナハト「待て待て。内容も聞かずに請け負うなよ。……で、何の相談だ?」

ナハト(何となくどんな言葉が出てくるか察しはついてはいるけれど、一応聞いた。するとロナードはやっぱり神妙な目つきでこう言った)

ロナード「ジリアンに贈るプレゼント、選ぶの手伝ってくれ」

ナハト(……まぁ、だよな)

14: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:37:38.70 ID:gnOsLP4/0



クロエ「やはりこういう指輪みたいな装飾品が女性にはいいんじゃないですか?」

ロナード「いやいや、重すぎるってそういうのは」

クロエ「いいじゃないですか! ロナードさんだって、ジリアンさんのこと…」

ロナード「だから、そういうつもりじゃなくてだな…その、日ごろの感謝っつーか」

クロエ「むー…じゃあもう少し軽い物にしますか」

ナハト(百貨店の中の宝石店で、俺はただ立ち尽くして、ロナードとクロエが、ああでもないこうでもないと言い合いを続けるのを黙って見ていた)

ナハト(そもそも、俺はこういう仕事には門外漢だ。サバイバルグッズとかなら、俺でも見繕えるんだけどな…)

15: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:38:28.77 ID:gnOsLP4/0
クロエ「ナハト!」

ナハト「え? ああ、何だよ?」

クロエ「ナハトはどっちがジリアンさんに似合うと思いますか?」

ロナード「俺はこっちだと思うんだがな。一応お前の意見も聞きたい」

ナハト「ええと……?」

ナハト(突然に振られて、俺は戸惑いながら必死に答えを探す。クロエが提示してきたのは、ジリアンさんの一見するとクールそうな雰囲気に合いそうなサファイアが飾りについたネックレス)

ナハト(一方ロナードが示してきたのは、単純に選んだ人間の性格が出ていそうな、真紅のルビーの飾りがついたモノ)

ナハト(正直どちらもいいようにしか見えなかった。宝石を見る目もないし、ファッションのことなんてよく分からないし)

ナハト「……ロナードが贈るんだろ? なら、ロナードが決めたやつでいいんじゃないか?」

ナハト(と、ありきたりな答えしか出てこなかった)

16: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:39:42.17 ID:gnOsLP4/0



ロナード「ふぅ…悪いな、お前ら。助かったよ」

ナハト(買い物が終わり、店を離れた俺たちに、ロナードは満足そうに笑っていた)

ナハト(結局、俺の意見も尤もだということで、ロナードが選んだモノが購入された)

ナハト(女性への贈り物なんてさっぱり分からない俺だったけれど、相談した本人が納得したならいいだろう)

クロエ「いえいえ。ジリアンさん、喜んでくれるといいですね!」

ロナード「まぁ、な。さてと、昼、食いに行くか」

クロエ「はい! …あ、すみません二人とも、私ちょっと見に行きたいモノがあるんですけど…」

ナハト「何だ?」

クロエ「いえ、その…当日の楽しみというか、あの」

ナハト(用事を口にするのに、何故かクロエは言葉を濁した。いまいちその行為の意味が分からず、黙っていると――)

ロナード「ああ、気にすんなよ。先に行ってるから。『モルジュ』で待ち合わせな」

クロエ「は、はい。それじゃあ後で!」

ナハト(まるで鶴の一声、と言わんばかりのロナードの言葉に、クロエはありがたそうに一礼すると、百貨店の中へとまた走っていく)

17: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:40:23.08 ID:gnOsLP4/0
ナハト「何なんだ?」

ナハト(状況が飲み込めないでロナードに尋ねると、呆れた風に見られた)

ロナード「俺と同じ用事だろ? 贈り物の中身、俺たちに知られたくないってことだよ」

ナハト「ああ、なるほどな…」

ナハト(よくよく考えてみたら、この街で贈り物を購入するとなれば、ここの百貨店は十分すぎるほどに品揃えがある。クロエがプレゼントの購入の場にここを選ぶのは当然だろう)

ロナード「ったく、お前、女心が分かってないな」

ナハト「悪かったな…って、お前には言われたくねーよ」

ロナード「クロエが誰のためにプレゼント買いに行くのか分かってないやつには言われることもねーだろ」

ナハト(ロナードは何故か意地の悪そうな笑みを浮かべた。どうも何か勘違いがあるらしい)

ナハト「いや、あいつお前とか他の連中にも買うって言ってたからな? 別に俺とアイツはそういう仲じゃないし」

ロナード「へ、そうかよ。ま、いいさ。行こうぜ」

ナハト(特に追求することもなく、ロナードは歩き出した。まぁ、本人も軽い冗談のつもりだったんだろう)

ナハト(ロナードの背を追いかけながら、俺はこっそりと百貨店の方を見た。…俺も後で、テキトウに見繕いに行くとしよう)

18: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:42:00.42 ID:gnOsLP4/0



ベーカリーカフェ『モルジュ』

ナハト(真昼間の、少しばかり繁忙する時間帯を終え、落ち着いた雰囲気になっていた『モルジュ』の、外の空いた席に俺とロナードは座ると、買ったばかりのパンを食べ始めた)

ロナード「それで? お前は誰かに何か贈るのか?」

ナハト(店の名物であるクルミパンを食べていると、急にロナードはそんな話題を切り出した)

ナハト「…まぁな」

ナハト(茶化されそうな気がして、曖昧に答えを濁す。するとロナードはお節介な口調でこう言った)

ロナード「女の子の喜ぶモノ、お前分かるのか?」

ナハト「別に。っていうか、クロエはフツーの女の子じゃないしな」

ロナード「お、一言もクロエのことなんて言ってないぜ?」

ナハト「あのな…上級捜査官ともなればそれくらい分かるんじゃないのかよ? オマワリさん?」

ロナード「へっ、俺はそんな優秀じゃねーんだよ。……ま、確かにクロエはちょっとフツーじゃないかもな」

ナハト「正直何を贈るかも決めてない。まぁ、よく考えておくよ」

ロナード「おうそーしろそーしろ。間違えても気味の悪い東方の人形とか渡すなよ? 導力銃で撃たれながらマラソンすることになるからな」

ナハト「そりゃアンタだけだ…」

19: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:42:55.15 ID:gnOsLP4/0
???「あらアンタたち」

ナハト(と、そんな風に軽口を叩き合っていると、後ろから聞き覚えのある声が掛けられた)

ロナード「げ、これはこれは悪徳社長」

ナハト(振り向いていると予想通り――そこには子供社長こと、リーヴがいた)

リーヴ「ご挨拶ね不良警官。珍しい取り合わせね。クロエはどうしたの?」

ナハト(そう言いながら、リーヴはちゃっかりと俺たちの席に座る。よく見たら周りにはあの秘書さんがいなかった)

ナハト「そういうそっちも一人か? 秘書さんはどうしたんだ?」

リーヴ「サーシャなら会社よ。私一人で今日は街の視察」

ロナード「ふーん。お前一人で?」

リーヴ「何よ。こういうのはね、下手に企業として動いてるように見られないように、あくまでもプライベート感を出すのが大事なのよ。…そうじゃないと、こっそり買収とかできないじゃない」

ナハト(くくく…、といつもの黒い笑みを零しながら、リーヴはのんびりとした調子でパンに食らいつく。傍目で見ると純朴そうな子供で、とてもこれが、クロスベルで悪名高い会社の社長には見えなかった)

20: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:43:57.84 ID:gnOsLP4/0
ロナード「ったく…まあいいや。どうせ民事には介入できないしな」

ナハト「それでいいのかよオマワリが…」フー

リーヴ「それよりナハト、アンタクロエにプレゼント買うの?」

ナハト「聞いてたのかよ……まぁ、な。アイツ、お前にも買うって言ってたぞ?」

リーヴ「へ? そ、そう…まぁ、タダならありがたくもらおうかしら」

ロナード「おーおー、珍しく殊勝なことで」

リーヴ「何よ、タダより高いモノはないってことを知ってるだけよ!」

21: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:44:51.23 ID:gnOsLP4/0
ナハト「そうか…なぁ、お前はどう思う? 女の子ってのは、どういうモノで喜ぶんだ?」

リーヴ「転売して高くなるモノ」

ナハト「……お前に聞いた俺がバカだった」

リーヴ「冗談よ。月並みで悪いけど、誠意のこもったモノじゃないかしらね」

ロナード「急にマジメだな」

リーヴ「うるさいわね。…ま、私の場合は、クリスマスに最も高値になる株の情報かしらねぇ」

ナハト「…やっぱり当てにならないな」

ナハト(聞く人間を間違えたことを内心で後悔する。それから、本当にどうしたものか真剣に悩む。誠意のこもったモノ、ねぇ)

クロエ「お待たせしましたー! あれ、リーヴ?」

ナハト(と、そんな思考も、買う物の検討が済んだらしくほくほく顔をしているクロエの登場で、中断されてしまった)

22: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:45:51.47 ID:gnOsLP4/0



ナハト(その後は、ひたすらリーヴが「クリスマスにはすごいことをするから楽しみにしていなさい!」とかいう予告をするのを三人で聞き流しながら昼食を済ませた)

ナハト(午後になって、クロエと共に再び依頼を片付けていく)

ナハト(プレゼントを選ぶ仕事も相変わらずあったけれど、それだけじゃなく、クリスマスの日に日曜教会で行われるという劇の手伝いのリハーサルや、特務支援課、試験班合同で行うこととなった、クリスマス前に行われる市長ら要人の演説の警護の相談など、様々な仕事をこなしていた)

ナハト(それらの仕事も終わり、すっかり日も暮れた頃になった)

クロエ「と、とりあえず今日はこれくらいでしょうか…」フー

ナハト「ああそうだな。…しかし、この量を二人はきついな」

クロエ「先輩たちも、準遊撃士だった頃は同じだったんでしょうし、愚痴ってられません! がんばりましょう!」オー!

ナハト「よくそんな元気でいられるな…まぁいい。夕飯、食いに行くか?」

クロエ「お、そうですね! ここは景気づけに、龍老飯店でも…!」

ナハト(と、そこで一つ、思い出した。そうだ、俺も贈り物を下見に行こう)

ナハト「クロエ、ちょっと先に行って席を取っておいてくれ。少し用事があってな」

クロエ「そうですか? 分かりました、待ってますよ!」

タタッ…

ナハト「…さて、行くか」

23: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:47:15.11 ID:gnOsLP4/0



クロスベル百貨店

ナハト(一人、夕暮れの百貨店の中へと踏み込んでから、俺は広い一階のホールで立ち止まった)

ナハト「さて、と。…何がいいんだろうな」

ナハト(まずは階ごとの店の案内を眺めることにした。…昼はジリアンさんのために宝石を見て回ったが……クロエに宝石…いや、ないな)

ナハト(ワンパクの塊みたいなアイツに、煌びやかな装飾品なんて、とても不釣合いに感じる。というか、日ごろの感謝を仲間に伝えるだけだし、重すぎだ)

ナハト(そう判断すると、俺は改めて案内を見回す。そもそも、ここで手に入るようなモノじゃない方がクロエには合ってるかもしれない)

ナハト(それこそたとえば、もっと実用的な、武器の手入れセットとか。アイツ、少しは慣れたみたいだけど、まだまだ武器に対する手入れがなってないし)

ナハト(それか野宿のためのサバイバルキットとか? いつか正遊撃士になったら、魔獣退治でそういうことが必要になる時も来るだろう。その方が俺も選びやすいし)

ナハト(と、一人うんうん唸っていると、またまた後ろから声を掛けられた)

24: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:47:57.36 ID:gnOsLP4/0
???「あ! ナハトー!」

ナハト(何だか甘ったるい印象の、子供の声だった。聞き覚えのあるそれに、俺はゆっくりと振り向き――)

ナハト「ああ、ええっと…キーア、だったっけ?」

キーア「うん! こんばんは!」

ロイド「やあ、さっきぶりだな」

ナハト「ああ、ロイドも」

ナハト(特務支援課の連中と暮らす子供と、その保護者みたいな特務支援課のリーダーの姿を確認すると、俺は軽く挨拶を交わした)

ナハト(さっきまで真剣な雰囲気で俺たちと市長たちの警護に関して意見を交わしていたロイドだったけれど、今はすっかりそんな感じではなく、ただの子供に付き添う兄のようだった)

25: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:49:03.12 ID:gnOsLP4/0
ロイド「一人なのか? いつもの相棒の――」

ナハト「ああ、クロエはいないよ。ちょっと買い物でさ」

キーア「そっか、奇遇だね! キーアたちもなんだー!」

ロイド「はは…ほら、クリスマスも近いだろ? キーアが皆にプレゼントを買いたいからこっそり付き合ってくれ、って」

ナハト「ふーん…」

ナハト(何となくそういうの慣れてそうだもんな、と内心で、よく周りから人転がしとか呼ばれてるらしいロイドのことを思ったけれど、黙っておく)

26: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:50:00.05 ID:gnOsLP4/0
キーア「ナハトも誰かにプレゼントー?」

ナハト「ああ、まぁな。どういうのがいいか、分からなくてさ」

ロイド「そうなのか…こういうのはあまり深く考えない方がいいらしいぞ? っていっても、俺もランディの受け売りだけど」

キーア「そーそー! ナハトは、どういうの贈るの?」

ナハト「え、ああ、まぁ…今のところは、サバイバルキットに、武器の手入れ道具一式、あとは、そうだな、剣術の指南書とか――」

ロイド「……えーっと? それはちょっとどうかと思うぞ?」

ナハト「そ、そうか?」

キーア「うん、何かクリスマスっぽくなーい…」

ナハト「参ったな…他に思いつかなくてさ」

ナハト(あっさりと意見を否定されて、俺はすこしばかり自信を失いながら、改めて案内とにらめっこし始めた。……困ったな、意外に難しいぞ)

27: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:50:48.87 ID:gnOsLP4/0
キーア「ねー、その人の好きなモノとか、ナハトは知らないの?」

ナハト「へ? あぁ、そうだな……」

ナハト(悩む俺の様子に見かねたのか、キーアが助け舟のようにそんなことを言ってくれた。クロエの好きなモノか…剣術、遊撃士として働くこと、あとは…あ、そうだ)

ナハト「…知ってたよ、好きなモノ」

ナハト(すっかり失念していたことを思い出して、俺は案内の中に目当ての場所があるはずと探し始める。目的になりそうな場所はすぐに見つかった)

ナハト「ありがとうキーア。おかげでどうにかなりそうだ」

キーア「えへへー、どういたしまして」ニコニコ

ロイド「うん、えらいぞキーア」

ナハト(礼を言われて嬉しそうにするキーアと、そのキーアを誇らしそうに、ロイドが頷いた。…なかなか親バカなんだな)

ナハト「じゃあ、俺は行くよ。そっちもいいモノ買えるといいな、キーア、ロイド」

ロイド「ああ。仕事の時はよろしく頼むよ、それじゃあ」

キーア「じゃあねー!」

ナハト(二人の声を背に、俺は行き先を決めて歩き出す。……喜んでもらえるといいけど)

28: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:51:59.61 ID:gnOsLP4/0



ナハト(さて、時間は飛んで。無事に市長の演説の警護を終え、クリスマスをテーマにした女神の劇も、どうにか俺とクロエがピンチヒッター的に役者として乱入しつつ、やりおおせた)

ナハト(そしてクリスマスの夜は近付き、俺とクロエは依頼の達成感を噛み締めながら、一度遊撃士協会へと向かっていた。例の、警察と協会の交流パーティーとやらの会場は違うところだが、直接行く前に、一度試験班で集合することになっていたんだ)

クロエ「クッリスッマスー、クッリスッマスー♪」

ナハト(俺の前を、やたら上機嫌なクロエが歩いていく。まぁ、気持ちは分からなくもないけど)

ナハト「おいクロエ、ちゃんと前見ろって」

クロエ「大丈夫ですよー。子供じゃないんですからー」フンフフーン♪

ナハト「…まったく」

ナハト(さすがにこの日ばかりは、それほどに説教をするような気分でもなかったので、あまり言わないことにした。内心では、俺もたぶん、浮かれていた)

ナハト(豪華な食事が並び、暖かい部屋の中でわいわいと歓談する…そんな風景、想像もしたこともなかった)

29: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:53:12.48 ID:gnOsLP4/0
ナハト(そうして二人、何となく浮き足立った調子で、遊撃士協会の玄関をいつの間にやら潜っていた)

ロナード「おう、お疲れさん」

リーヴ「結構ギリギリだったわね。早く行きましょう」

ナハト「しょうがないだろ…思ったより劇が長引いたんだよ」

ロナード「『それいけナハト君』みたいなやつだったのか?」ニヤニヤ

ナハト「茶化すなよ…あんな劇、もう二度とごめんだからな」

ナハト(と、軽く雑談していると、クロエがふと、思い出したように手を叩いた)

30: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:53:52.88 ID:gnOsLP4/0
クロエ「あ、そうだ! すみません。ちょっと待っててくださいね、取りに行くモノがあって…」

ナハト(そう言うやいなや、クロエはたたっ、っと上の階へと走る。何か必要なモノなんてあったか?)

ロナード「お、例のプレゼントか?」

リーヴ「何をくれるのかしらね?」

ナハト「ああ、そうか。そういうことか」

ナハト(ロナードたちの言葉で、ようやく理解した。なるほど、皆へのプレゼントを取りに行ってるのか)

ロナード「ったく、お前もちゃんと用意したのか?」

ナハト「ああ、まぁな。一応ここに――」

ナハト(ロナードの言葉に返しながら、俺は胸元からギフトラッピングされた小さな包みを取り出す。帰りの間に、こっそりと百貨店まで予約しておいたモノを取りに行ったんだ)

31: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:54:31.22 ID:gnOsLP4/0
リーヴ「ふーん…結構しっかりしてそうね」

ナハト「しっかりしてるかどうかは分からないけど…俺なりに気持ちはこもってるつもりだよ」

ロナード「そーいや、クリスマスに何かすごいことするんじゃなかったのかよ、社長さん?」

ナハト(ふと思い出したようにロナードが尋ねる。そういえば確かに、前に会ったときにそんなことを言っていたが、特に今日はまだ何も街では起こっていないようだった)

リーヴ「ああそれね。…慌てなくても、あともう少ししたら――」

ナハト(と、その時だった。勢いよく協会の扉が開かれたのは)

32: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:55:32.02 ID:gnOsLP4/0
青年「た、助けてください!」

ナハト「! どうしたんですか?」

ナハト(決死の形相で駆け込んできた若い男に、慌てずに対応する)

青年「そ、それが、あの、ええと」

ミシェル「落ち着きなさいな。はい、お水」

ナハト(受付からミシェルさんが緊急事態を察してかコップを持ってきながら、男に渡して、冷静になるよう促す。男は出された水を一息に飲み干すと、落ち着いたのか、事情を語りだした)

青年「そ、それが、その、今日、大事な人に渡す予定だったプレゼントを、落としてしまって…それで、警察にも届けたんですけど、そんなモノは届いていないらしくて、それで、遊撃士の方に探すのを手伝ってほしくて…」

ナハト(そこまで言うと、男は冷や汗を流しながら、心底困ったような顔をした。よほど、大切なプレゼントだったんだろう)

33: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:56:13.03 ID:gnOsLP4/0
ナハト「……分かりました。一緒に探しましょう」

ミシェル「そうね、引き受けないわけにはいかないわ」

ナハト(ミシェルさんと意見が合うと、俺はすぐに依頼を引き受けることにした)

ロナード「ったく、しょうがねーな」

リーヴ「落し物ねぇ…さっさと見つけましょうか」

ナハト(俺の言葉に、仕方ない、とロナードとリーヴが頷く。どうやら手伝ってくれるらしい。だけど――)

ナハト「…いや、俺一人で十分だよ。二人はクロエとパーティーに行ってくれ」

ナハト(俺はその申し出を断ることにした)

34: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:56:58.55 ID:gnOsLP4/0
ロナード「おいおい、何言ってんだよ、お前だけ置いて楽しもうなんざ――」

ナハト「いや、試験班がいないんじゃ交流の意味を込めたパーティーが無意味になっちまうだろ? それに、ただの落し物だ。四人もいらないよ」

リーヴ「まぁ、そうかもしれないけど…」

ナハト「せっかくのクリスマスだ。ほら、ジリアンさんに贈り物渡すんだろ、不良警官。それに何かするんだろ、悪徳社長?」

ナハト(そうだ、せっかくのクリスマスなんだ。二人には何か計画がそれぞれあるらしいし、ふいにすることもないだろう。俺は、元々クリスマスなんて、実感のないものは、それほど気にしていなかったし)

ナハト(それにこの場にいない、今頃ノンキに用意したクリスマスプレゼントを抱えて来るであろう、クロエも。初めて皆で過ごすクリスマスパーティーなんだ。ふいにしてやることはない)

35: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:57:44.42 ID:gnOsLP4/0
ロナード「お前なぁ…」

ナハト(まだ何か反論してこようとするロナードを無視して、俺は仕事の話を続けた)

ナハト「ミシェルさん、警察がもしかしたらその落し物を見つける可能性もあります、ですから――」

ミシェル「ええ、ここで待機して、その連絡が来たら知らせるわ。…悪いわね、せっかくの日に」

ナハト「いえ。それじゃあ、行きましょうか。まずは状況の整理をしながら、心当たりのあるところを探しましょう」

ナハト(依頼人を促しながら、俺はそそくさとその場を後にする――)

クロエ「――あれ? どうしたんですか?」

ナハト(何も知らない、クロエの声を背にしながら)

36: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:58:46.24 ID:gnOsLP4/0



ナハト(想像していたより、落し物探しは難航した)

ナハト(依頼人の青年が言うには、百貨店で例のプレゼントを受け取った後、舞い上がっていたのと、時間に遅れないようにしようという気持ちが相まって、近道をするために裏路地を走っていたらしい)

ナハト(そして大切な人との待ち合わせ場所であるアルカンシエル前で、無くしたことに気付いたらしい)

ナハト(話を聞く限り、どうも裏路地で無くしたようで、それはつまり、ただの落し物ではない可能性もある)

ナハト(特に治安も悪い裏路地だ。スリの一人や二人くらい、いないわけがない)

ナハト(素直に落としただけならいいんだけど…)

37: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 01:59:35.04 ID:gnOsLP4/0
青年「そうですか…すみません、どうも」

ナハト(とりあえず依頼人と二手に別れて、辺りの人に聞き込んで回る)

ナハト(もちろん、裏路地は危険だから、あくまで依頼人には、百貨店の近くを担当させているけど)

ナハト(ついでにイメルダ婆さんのところへ立ち寄って、盗品が出回ってないかを尋ねたが、どうもそれはなかったらしい)

ナハト(…まぁ、それもそうか。盗品を手に入れてすぐにさばいたら、足が付くし)

青年「ど、どうだった…?」

ナハト「すみません…目撃情報はないみたいです。…そちらは……?」

ナハト(不安そうな顔をした依頼人と、成果を聞きあう。お互い、調子はよくないようだ)

青年「ああ…どうしよう」

ナハト(すっかり参ったように、依頼人は頭を抱えた。こっちも特に打つ手はない…地道に聞き込みを続けるしかないようだ)

ナハト(と、そう思っていたときだった)

38: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:00:20.11 ID:gnOsLP4/0
???「あれー? ナハトじゃーん」

ナハト(その声を聞いた途端、背筋を冷たいモノが走った。背を叩き、気軽に耳元で囁かれたかわいらしい女の子の声だったが、俺はその瞬間に『死』を連想した)

ナハト「っ!」

ナハト(慌てて振り返って、距離を取る。目の前には、紅い死神の姿)

シャーリィ「ちょっとー。そんなあからさまな態度取らないでよー」

ナハト(人懐っこい笑みを浮かべたそいつ――シャーリィ・オルランドは、隙のない姿で堂々と立っていた)

シャーリィ「そんな風にされちゃうとさー…狩りたくなっちゃうじゃん♪」

ナハト「」ゾクッ

ナハト(何とか逃げ出したい衝動を抑えながら、俺はなるべく冷静でいることを心がけた。さもないと、叫んでしまいそうだった)

39: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:01:20.30 ID:gnOsLP4/0
ナハト「…何の用だ? 今、俺は仕事中なんだ」

シャーリィ「もー、そんな邪険にすることないじゃーん。仕事ってー?」

ナハト「……」

ナハト(あくまで放っておいてはくれないらしいシャーリィの態度に、俺は仕方なく聞き込みをしてみることにした。そうでもしないと、放してもらえなさそうだった)

シャーリィ「ふぅん…落し物かぁ。あ、そーだ」

ナハト(明らかに面白がっているような笑みを浮かべると、シャーリィは思い出したように語りだす)

シャーリィ「さっきねー、これくらいの小さな四角の箱がさ、魔獣に持っていかれたの見たよー。ほら、下水道のやつ、この辺からたまに出るじゃん?」

ナハト(あそこか、と以前に依頼で見回りに行ったときに見つけた、ここから下水道へと行ける道を思い出した)

シャーリィ「それでね、その箱の中身、魔獣がどうも気に入ったらしくてさ、ほら、光物好きでしょ?」

青年「そ、それです!」

ナハト(どうもシャーリィの言う箱が当たりらしい。なるほど、魔獣とは考えもつかなかった)

40: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:01:47.80 ID:gnOsLP4/0
シャーリィ「取り返すなら急いだ方がいいよ? 奥まで持ってかれたら面倒だしね」

ナハト「……ありがとう」

ナハト(一応、警戒しながら礼を言うと、シャーリィは意外だったのか、きょとんとした目で俺を見ると、けらけら笑った)

シャーリィ「いいよ別にー。いつかの依頼の礼ってやつ? それに――」

ナハト(シャーリィは言葉を区切ると、瞳の色を変えた。飢えた獣のような、鋭いモノに)

シャーリィ「…いつかニーズヘッグ流の戦い方、見せてね♪ ナハト?」

ナハト「っ!」

ナハト(それだけで、全身を冷や汗が包んで、震えを抑えるのが精一杯な俺は、少しの間、立ち尽くした)

41: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:02:40.49 ID:gnOsLP4/0



下水道

ナハト(しばらくして、動けるようになると、とにかく魔獣を追いかけることにした俺は、一人下水道を進んだ)

ナハト(さすがに依頼人を危険な場所へと入れるわけにもいかず、一人で行くしかなかった)

ナハト(幸い、浅いところの魔獣はそれほどに強くはない。俺一人でも十分に突破できた。急げば、大物のいるような深い層へとその魔獣が行く前に追いつけることだろう)

ナハト(裏路地から入れるところは基本的に一本道だし、特に迷うことなく、俺は進み続けた)

ナハト(そして――)

ナハト「――待てっ!」

ナハト(進み続けること二十分。俺は息切れしかけながらも、どうにか魔獣を見つけた。四角の小さな箱を抱えている小型のそいつは、俺の姿を確認すると慌てた様子で逃げようとする)

ナハト「逃がすかよ!」

ナハト(その前に回り込むと、俺は手にしていたハルバードで魔獣を叩き斬る。あっさりとセピスと箱を落として、魔獣は消滅した)

42: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:05:16.68 ID:gnOsLP4/0
ナハト「……ふぅ」

ナハト(息を吐くと、俺はその場に少しだけ座り込む。一人で無茶をしすぎた。さすがに下水道の魔獣たちの相手をしながら駆け抜けると、疲れが出てしまう)

ナハト(ま、何はともあれ、依頼は完了か)

ナハト(念のため、と箱を開けて、中身を確認する。中にはキラキラと輝く透明色の宝石を載せた小さな指輪があった。なるほど、こりゃ大切なわけだ)

ナハト(安心して依頼主の大切な贈り物、とやらを懐に仕舞うと、俺は天井を見上げた。今頃きっと、街のいろんな場所で、明るくクリスマスとやらを祝っていることだろう)

ナハト(そんな中で俺は一人、こんな下水道なんかで過ごしている。…これじゃ、前と変わらないな)

ナハト(まぁ、その方がらしいのかもしれない。明るいところで楽しくパーティーなんて、ガラじゃないし)

43: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:06:07.35 ID:gnOsLP4/0
ナハト(クロエのやつ、楽しんでるかな。俺と違って、アイツ、心底楽しみにしてたもんな)

ナハト(……協会へ戻るときの、クロエの笑顔を思い出して、何となく笑ってしまった。ホント、子供みたいなやつだ)

ナハト(…でも、そういうクロエの明るさが、俺にはすごく眩しくて、羨ましくて。勝手に相棒扱いされて、困ったときもあったけど、今は、それも悪くない気がする)

ナハト(って、何考え事にふけってんだか。早いトコ戻るか。今から急げば、少しはパーティーのメシにもありつけるだろう)

ナハト(ゆっくりと、俺は立ち上がった。依頼が終わって、少しばかり気が抜けていた。……後ろから近付いてくる、気配に気付かないほどに)

44: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:06:42.44 ID:gnOsLP4/0
魔獣「グルルルルッ!」

ナハト「――え」

ナハト(気付いたときには、もう遅かった。この辺りでは見ない、明らかに凶暴そうな、大きな狼のような魔獣)

ナハト(その鋭利な爪が、俺に向かって伸びて――)

45: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:07:15.59 ID:gnOsLP4/0
???「ナハト!」

ナハト(身体をえぐられる、とそう認識した途端に、刃の通る音がした。しかし、それは俺が引き裂かれた音じゃなかった)

クロエ「怪我はないですか、ナハト!」

ナハト(颯爽と俺の前に出て、魔獣を切り伏せている、クロエの剣の発した音だった)

ナハト「く、クロエ? お前、何で――」

クロエ「話は後です! 急いで出ましょう! 依頼人さんの落し物は?」

ナハト「あ、ああ。ここに」

クロエ「じゃ、行きましょう! 魔獣の仲間が来ますし」

ナハト(それだけ言うと、クロエは走り出した。慌てて、俺もその背を追いかけて、混乱する頭のまま、動き出した――)

46: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:07:57.32 ID:gnOsLP4/0



ナハト(下水道を出ると、裏路地で、ハラハラと気が気でない様子で待っていた依頼人に落し物を渡した)

ナハト(何度も何度も頭を下げる依頼人に、早く待ち人のところへと行くように告げると、ようやくその場から離れた。今度は落とさないように手に箱を抱えたまま向かうようだ)

ナハト(依頼が完了したことをミシェルさんにエニグマで連絡すると、俺とクロエは物騒な裏路地からとりあえずアルカンシェルの方へと出て行った)

クロエ「もう、心配しましたよ? ナハト、一人で依頼を受けたって聞いて」

ナハト(頬を膨らませて、クロエが不服そうな調子で言った)

ナハト「いや、ってか、お前、パーティー…」

ナハト(何してるんだよ、と言いたかった。クロエはパーティーを楽しみにしてたはずだ。それが何で、俺の手助けに来ているのか、分からなかった)

47: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:08:48.25 ID:gnOsLP4/0
クロエ「確かにパーティーも楽しみでしたけど! でも、ナハトもいないとダメですよ」

ナハト(俺の言葉に、クロエは少しだけ不満そうにこうも加えた)

クロエ「私たち、相棒なんですから! 一人で背負うのはなしですよ!」

ナハト「…相棒……」

ナハト(クロエの言葉をただ頭の中で反芻しながら、口にした。するとクロエは頷いて、若干のイジワルな笑みを浮かべた)

クロエ「まったくもう、感謝してくださいよ? あのとき、もう少しでナハト、ケガしてましたよー?」

ナハト「わ、悪かったよ……」

ナハト(尤もなところを突かれて、俺はバツの悪い顔をした。それから、ふっ、と小さく笑みを零した)

ナハト「ありがとうな、クロエ」

ナハト(俺の感謝に、クロエは満足そうに頷く。それから、ふと、思い出したように声を上げた)

48: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:09:40.43 ID:gnOsLP4/0
クロエ「そうそう、ナハトに渡したいモノがあるんです!」

ナハト(ガサゴソと何やら懐からクロエはギフトラッピングされた包みを取り出すと、差し出してきた。どうやら、例のプレゼントらしい)

ナハト「ああ、そっか。ありがとよ」

ナハト(受け取りながら、俺は礼をまた述べた。…よく考えたら、人にこうやって贈り物をもらうのは、いつ以来だろうか)

クロエ「さっそく開けてください。ほら、今すぐ!」

ナハト「はいはい…そんな催促すんなよ」

ナハト(待ちきれない、といった様子のクロエに、俺は丁寧にラッピングを剥がしていく。中から出てきたのは――)

ナハト「これ……本、か?」

ナハト(一冊の本だった。厚く、少しの重みを感じるそれには、『陽だまりのアニエス』と題字されていた)

49: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:10:18.11 ID:gnOsLP4/0
クロエ「はい! 前に話した、私のオススメです! ぜひ感想を聞かせてくださいね!」

ナハト(本当に俺の感想を聞くのが楽しみそうな様子で、クロエはそう言った。きっとこの贈り物には、クロエの優しい気持ちがこもっている。そう、確信できた)

ナハト「ああ…後でさっそく読んでみるよ」

ナハト(しげしげとそれを眺めながら包装に改めて包み直して、懐に仕舞った。……やっぱりクロエは本か。よかった、あれで贈り物は問題なさそうで)

ナハト(自分が用意した物に問題がなさそうなことを確認すると、俺はゆっくりと切り出した)

ナハト「クロエ、その…お返しといってはなんだけど、これ…よかったら、もらってくれるか?」

ナハト(そっと俺は懐から例の包みを取り出す。幸いなことに、激しい動きの中で、どうにか包装は破けずにいた)

50: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:11:01.21 ID:gnOsLP4/0
クロエ「おお! ナハトも用意してくれたんですね!」

ナハト(俺から包みを受け取ると、クロエは嬉しそうにそれを見つめていた)

クロエ「私も開けていいですか?」

ナハト「ああ。…気に入ってくれるといいんだが」

ナハト(やはり待ちきれない様子で、クロエは包装を解いていく。小さな包みの中から出てきたモノに、クロエは感嘆とした声を上げた)

クロエ「わぁ…! これって、栞ですよね? しかも販売数が少ないみっしぃの!」

ナハト(それは、あの百貨店で宣伝されていたのを見かけたモノだった。元々はミシュラム限定で販売されているモノを、クロスベルで少数限定で販売する、というモノだったらしい)

ナハト(正直購入の予約はギリギリで、間に合ったのは奇跡といえた)

ナハト(それでも、どうにか手に入れることができた。……ハロルドさんの伝手便りだったけど)

51: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:11:45.42 ID:gnOsLP4/0
ナハト「ああ、本を読むのにいいだろうと思って、な。気に入ってくれたか?」

クロエ「もちろんです! 私…私、今、すっごく嬉しくて…ずびっ!」

ナハト(感極まったのか、クロエはたどたどしく言葉を紡ぎながら、いろいろな液体を顔から出していた)

ナハト「お、おう。そうか…な、泣くなよ」

クロエ「だ、だってぇ…私、家族以外でこんな風に誰かから贈り物をもらうの初めてで……ぐすっ」

ナハト(まさかここまで喜んでくれるなんて…まぁ、よかった、よな?)

52: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:12:18.66 ID:gnOsLP4/0
ナハト「ほら、早くパーティー会場へ行こうぜ。少しはメシにありつきたいし」

クロエ「そ、そうですね。行きましょうか! ……って、あれ」

ナハト「どうした…って、これ」

ナハト(そこで、気付いた。空から、何か、白いモノが舞っていることに)

ナハト(それはゆっくりと、ゆっくりと自由落下していき、そして。手のひらで受け止めるとふんわりと柔らかく、すぐに溶けて、冷たい水になってしまった)

ナハト「これ、雪か?」

ナハト(どうしてこんな、クロスベルみたいな平野の、しかも気温が高めの場所で…?)

クロエ「ナハト、あれを見てください!」

ナハト(何かに気付いたクロエが、上空を指差す。つられてその方角を見ると、そこには――)

53: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:13:42.81 ID:gnOsLP4/0



パーティー会場

ロナード「おー、すげぇなありゃ。わざわざここまでするかねフツー」

リーヴ「ふふん、わざわざ遠い地域からエインセル号で運んできたのよ。これでウチの汚名も少しは濯げるってものよ」

ロナード「ま、粋なのは確かだわな。…お、ジリアン……って、お前さっそく着けたのか?」

ジリアン「な、何よ。悪い? せっかく、その、あなたが贈ってくれたんだし、いいでしょ?」

ロナード「そうかいそうかい。……ん、まぁ、似合ってるんじゃないか、たぶん」

ジリアン「…もっと素直に褒められないのかしらね、あなたは」

ロナード「悪いな。これで精一杯だ」

54: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:14:23.65 ID:gnOsLP4/0
リーヴ「……ふん、私は市長たちに営業かけてくるから、じゃあね」スタスタ

ロナード「はぁ? …精精門前払いされねーようになー」

ジリアン「……そっちこそ、お守り、もう付けてるのね」

ロナード「ああ、お守りは持ってなきゃ効果がないからな。当然だろ?」

ジリアン「そう…」

ロナード「そうだよ」

ジリアン「……ねぇ」

ロナード「何だ?」

ジリアン「今年は、ひどい年だったわ。ライトナーさんは捕まるし、あなたは試験班で、とんでもないマネばかりするし」

ロナード「……そうだな、ひどい年だ」

55: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:15:34.13 ID:gnOsLP4/0
ジリアン「…でも、あなたが生きてる。それだけで、まぁ、少しはチャラになったわ」

ロナード「そうか…俺も、お前が平和に生きてて、まぁ、チャラになったって思えるかもな」

ジリアン「そう……」

ロナード「ああ……そうだよ」

ジリアン「お願いだから、無理はもう少し控えて。…あなたまでいなくなれば、私は……」

ロナード「へっ、だから言ったろ? もうあんな婚約指輪なんざ…」

ジリアン「無理よ、そんなの。あなただって、本当は…」

56: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:16:04.84 ID:gnOsLP4/0
ロナード「…なぁ、ジリアン」

ジリアン「何よ」

ロナード「あと、そうだな、数年だ。はっきりとは言えねーけど、あと数年。例の教団の連中の悪事を、俺が全部暴く。そしたら、その時は――」

ジリアン「その時は?」

ロナード「一緒に、シェリルの墓参りしようぜ」

ジリアン「…うん。約束よ?」

ロナード「ああ。約束する。いろいろと約束は破ってきたけど、これだけは守る」

ジリアン「……来年も、よろしくね」

ロナード「ああ、これからもよろしく頼む」

57: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:16:40.80 ID:gnOsLP4/0



クロエ「見てくださいナハト! これが雪なんですね!」

ナハト(会場へ向かう道中、すっかり興奮しきった様子で、クロエは辺りを駆け回りながら雪の中を進む。まったく、ホントに子供っぽいやつ)

ナハト「あんまりはしゃぐなよ、こんな冷えてるんだ。風邪引く前に早いトコ――」

ナハト(と、言いかけたときだった)

クロエ「――くしゅん!」

ナハト「これまたえらく典型的なくしゃみだな…」フー

クロエ「きゅ、急に冷えてきましたね…」ブルブル

ナハト(言いながら、クロエは歯を鳴らす。リベールの方じゃ雪は珍しいらしい。薄着のクロエには堪えるようだ)

58: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:17:11.39 ID:gnOsLP4/0
ナハト「仕方ねーな…」

クロエ「ナハト?」

ナハト(上着を脱ぐと、俺はクロエに手渡す。クロエは驚いた様子で俺を見つめていた)

クロエ「え!? 大丈夫なんですかナハト! こんな寒いのに…」

ナハト「雪には慣れてるよ。ほら、急ごうぜ。これで風邪引いちまったら、明日から仕事に支障が出るだろ?」

ナハト(それだけ言うと、さっさと歩き出した。俺だって寒くないわけじゃないし)

クロエ「――えへへ、ありがとうございます、ナハト!」

ナハト(後ろから礼を述べるクロエの声を聞きながら、俺は歩く。前と変わらない寒いクリスマスだけれど、不思議とクロエと街並みを歩いていると、何だかちょっと暖かかった)



ナハト(今はまだ、少しだけ寒いクリスマス。でもいつか、きっと。俺にも、暖かいクリスマスが過ごせるようになる)

ナハト(そんな期待と希望を噛み締めて、俺は雪の中を、相棒と一緒に進んでいった――)

59: ◆jZl6E5/9IU 2017/01/31(火) 02:19:46.60 ID:gnOsLP4/0
おしまい。例のシナリオコンテストに出そうと思って間に合わなかったモノを供養と息抜きがてら投下
システムはいろいろと問題大ありですが、シナリオだけは正直な話、零とか閃より暁は好きです 普通にグラフィックシリーズから使いまわしてコンシューマで出してほしい