一年に一度だけの

スターローズ――格納庫

ダン「お疲れ、イズル」

イズル「お疲れさまです」

マユ「やー、今日も派手にやったねー」アハハ

イズル「す、すみません…」

デガワ「いいんだよ 勝ったんだから 気にすんな」

ダン「そうそう、俺たちの仕事がなくなっても困るしな」ハハハ

マユ「それもそうよねー…ってそうだ、いーちゃん」

イズル「は、はい」

マユ「来週でおやっさんが誕生日迎えるんだけどさ、いーちゃんも誕生日会に来ない?」

イズル「誕生日会…ですか?」

ダン「ああ、毎年恒例なんだ。いつもはピットクルー連中だけでやるんだけど…」

デガワ「今年はゴディニオンに配属されて一気に身内が増えたし、他の部署の連中にも声を掛けてるんだよ」

マユ「で、パイロットのイズルっちたちにも、ね」

引用元: 【MJP】銀河機攻隊マジェスティックプリンスで短編【マジェプリ】 



 

233: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:12:18.68 ID:+/6bpf8W0
イズル「なるほど…誕生日、かぁ」

ダン「? どうかしたか?」

イズル「や、その、僕、これまで誕生日なんて祝ってもらった覚えがなくて…」アハハ

マユ「え!? そうなの?」

イズル「ええと、確かに生まれた日はあるんですけど。
    でも、学園に入ってからは、祝ってくれるような人もいなかったし…昔も、どうかなんて覚えてないですから」

ダン「そう、か……そうだよな」

イズル「そんな僕が、人の誕生日のお祝いなんて、ちゃんとできるかな、って」ハハ

デガワ「何言ってるんだ。誰かを祝うことに経験なんて関係ないぞ」

イズル「え?」

ダン「そうそう、大事なのはその人におめでとうって言う気持ちだ気持ち」

イズル「気持ち…」

マユ「ま、そういうことだから、来週までに準備しておいてね! チームの子たちといろいろと相談してさ!」

イズル「は、はい。できるだけ、やってみます!」

234: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:13:51.70 ID:+/6bpf8W0



アサギの部屋

イズル「って、ことになったんだけど…」アハハ

ケイ「…同じことをイリーナたちにも言われたわ」フー

アサギ「うちもだ」フー

スルガ「俺も…」ウヘー

タマキ「あたし言われなかったのらー! 何でーっ!?」プンプン

アサギ「だいたい、誕生日なんて俺たちには無縁だってのに」

ケイ「それはそうよね…皆、『完成』する日は同じだもの。あんまり生まれた日に思うこともないし…」

イズル「ケイ…」

ケイ「あ…ごめんなさい」

イズル(…そもそも、僕らは、いわゆる遺伝子操作で生まれた人間だ。科学的に調整されて生まれたわけで、誕生日なんて皆一緒だった)

イズル(だから、まぁ、なおさら誕生日なんてこだわりがないわけで。お祝いなんて、どうすればいいのかまったく心当たりなんてなかった)

235: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:14:35.13 ID:+/6bpf8W0
スルガ「…へっ、誕生日祝いなんざ何すりゃいいんだろうな?」

タマキ「へ? ケーキ食べるんでしょ? でっかいの」

ケイ「ケーキ…」

アサギ「あ、ああ、でも、確か、あれだ、うちのクルーの人たちがケーキは買っておくって言ってたからな」

ケイ「そう…」シュン

イズル「あと、あれだよね。お誕生日の歌」

アサギ「子供かよ…相手は大人の女性だろうが」

スルガ「まー確かになー、あの人、まさしく大人って感じだもんなー」

タマキ「あとあと、あれなのらー! プレゼント!」

ケイ「ああ、確かに。そういうのもあるわね」

236: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:15:33.95 ID:+/6bpf8W0
イズル「プレゼントかぁ…僕だったら、画材がいいな」

タマキ「あたし塩辛! 一年分くらい!」

スルガ「お前の一年分どれくらいだよ…俺は、そうだなーやっぱ最近の流行を見るにGDFの…」ペラペラ

ケイ「私は…そうね、ローズ堂の食べ放題券とか。アサギは?」

アサギ「…いやいや、間違えてるだろ。お前らのほしい物を渡してどうする」

スルガ「んだよ乗ってこいよー、つまんねーやつ」

アサギ「何とでも言え…」

スルガ「胃弱、神経質、頑固者…」ヤーイヤーイ

アサギ「そこまで言えなんて言ってないだろうが!」

イズル「でも、プレゼントかぁ。…整備長がもらって喜ぶものってなんだろう?」

タマキ「お酒ー?」

スルガ「他の人と被るんじゃねーの?」

ケイ「そうなるとそれ以外ね…誰か、整備長と仲のいい人に聞くのはどうかしら?」

アサギ「ああ、それがいいかもな。俺たち、プライベートの整備長のことなんて全然知らないし」

イズル「整備長と仲良し…じゃあ」

237: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:16:51.26 ID:+/6bpf8W0



食堂

リン「それで、私のところに来た、と」

イズル「はい。艦長なら何かいい答えをくれるかな、と」

リン「なるほどねぇ…そうね……レイカは、とりあえずお酒が好きね」

ケイ「はぁ…なるほど」

タマキ「それは分かってるのらー」

アサギ「おいタマキ」

リン「う…そうよね、それもそうよね」

リン「」ウーン

リン「」ウー…ン

238: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:17:28.10 ID:+/6bpf8W0
スルガ「…もしかして、思いつかないっすか?」

ケイ「」ゲシッ

スルガ「うげ!?」ドサッ

ケイ「すみません」

リン「い、いえ…気にしないで。ごめんなさい、レイカ、いっつもお酒ばっかりで…あ、あと思いつくとしたら機械関係くらいなものかしらね」フーム

イズル「な、なるほど…」メモメモ

アサギ「すみません、急に」

リン「いえ、こっちこそ大した情報もなくてごめんなさいね?」

リン「…あんまり悩まない方がいいわ。ほら、プレゼントなんて、気持ちがあればいいんだから」

イズル「気持ち…とりあえず、参考にしてみます。ありがとうございました」ペコリ

ラビッツ「」ペコリ

239: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:24:10.62 ID:+/6bpf8W0



アサギの部屋

スルガ「結局、大して情報集まらなかったなー」

タマキ「皆してお酒しか言わないのらー」

アサギ「…まぁ、サイオンジ整備長だしな」

ケイ「でも、スターローズの法律じゃ私たちにお酒は買えないわよ」

スルガ「となると、別のモノかー?」

タマキ「プレゼントって何がいいのらー…」グデー

アサギ「……」フム

アサギ「いっそ、気持ちがこもれば何でもいいのかもしれないな」

イズル「え?」

アサギ「艦長も言ってたろ? 気持ちがあれば十分だ、って。
    だったら、整備長に精一杯、自分なりの感謝が伝わるようなモノを用意すればいいんじゃないか」

ケイ「そうね…下手に整備長の好きなものなんて考えて、外してしまっても何だかよくないし」

240: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:26:04.51 ID:+/6bpf8W0
タマキ「じゃ、あたし塩辛買ってくるー」ダッ

スルガ「行動はえー…感謝ねぇ。じゃ、俺もテキトウに」

アサギ「お前らはどうする?」

ケイ「そうね…私はじゃあ軽く食べれるお菓子でも…」

アサギ「(おい、何とか止めろよ)」

イズル「(ええ?)」

アサギ「(リーダーだろ? さすがに整備長の祝いの席を甘ったるい思い出に変えるわけにもいかないし)」

イズル「(そう言われても…どうすればいいの?)」

アサギ「あ、ああ、そうだ、イズル。お前は何かあるのか?」

イズル「え? ええと、まぁ、何も思いつかないけれど…」

アサギ「リーダーのお前がそんなんでどうすんだよ。な、なぁケイ」

ケイ「え? まぁ、そうね。でも、イズルに女の人向けのプレゼントなんて、無理じゃないかしら?」

アサギ「それもそうだな…イズル一人じゃ、無理だろうな」チラッチラッ

イズル「?」

イズル(……!)ピーン

241: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:26:55.92 ID:+/6bpf8W0
イズル「あ、あの、ケイ」

ケイ「何?」

イズル「僕のプレゼント選び手伝ってくれないかな?」

ケイ「え? でも私、お菓子作りが…」

イズル「ごめん、でも僕一人じゃ、その、不安というか…」ハハ

ケイ「……そう、ね。それもそうよね。いいわ、手伝う」

イズル「あ、ありがとう! じゃあ、行ってくるね、アサギ」

アサギ「ああ、『ギリギリまで』よく考えてこいよ」

イズル「う、うん。『当日まで』ちゃんと考えておくよ」

ケイ「…二人とも、何か言い方が変よ?」

アサギ「そ、そんなことないぞ? ほら、俺も準備するから、早く行ってこいって」

イズル「そ、そうだね。ほら、行こ」ギュッ

ケイ「え、あ、イズル、手、手が…」カァ

タタタ…

アサギ「」フー

アサギ「とりあえず、地獄は免れたかな…」イガー

242: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:27:36.34 ID:+/6bpf8W0



誕生日当日、食堂

レイカ「ねー、いつまで目隠しするのよー、リンリーン、ルーラー?」フラフラ

リン「いいから、ほら、こっちよ」

ルーラ「そそ、歩いた歩いた」

レイカ「そう言われても、これすごい歩きづらいんだけどー」フラフラ

リン「…さ、もういいわよ、目隠し取って」

レイカ「やっとー? どれどれ…」

パーンッ!

レイカ「わっ、何?」

マユ「おやっさん!」

ゴディニオンクルー一同「誕生日、おめでとう(ございます)!」

レイカ「へ? え? ………あ、そっか、誕生日!」

リン「忘れてたのね…」フー

ルーラ「あはは、このリアクションも毎年の恒例よね」

マユ「もーおやっさんてばー」アハハ

243: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:29:44.16 ID:+/6bpf8W0
ペコ「ささ、どうぞどうぞ。こちらのお席に」

レイカ「ありがとー…にしても、今年は人が多いわねー」

ジュリアーノ「他の部署の人間も誘われましたからね、たとえば我々のような」

レイカ「あらジュリアーノにジークフリート」

ジークフリート「どうも。これは我々からのささやかなプレゼントです」

レイカ「ありがとー。…へぇ、見たことないワインね」

ジュリアーノ「どちらかというと日本酒を好まれると聞いたので、たまにはこういうのもいかがです?」

レイカ「なるほどいいわねー、後で楽しませてもらうわ」

ジュリアーノ「せっかくです、よければこの後二人で…」

ジークフリート「めでたい席でナンパなどするんじゃない、この馬鹿者」ハァ

ジュリアーノ「何を言ってるんだ、俺はただこいつのいい飲み方を整備長にお教えしようとしてるだけだぞ? まったく、これだから堅物は…」ヤレヤレ

レイカ「あっはっは、相変わらずねー。せっかくだし、後で飲みましょ? 大人組皆で」

ジュリアーノ「おや、ザンネン。まぁ、それもいいでしょう」

レイカ「うんうん。…っと、リンリーン」

リン「私…と彼女たちからはこれ」

イリーナ「おめでとうございます、おやっさん」

レイカ「あら、イリーナたちと共同なの? どれどれ…あら、香水?」

イリーナ「スズカゼ艦長といろいろ相談したんですよー」

リン「…あなたもいい年なんだから、少しはこういう色気のある物を……」

レイカ「それリンリンに言われたくないんだけどー」

244: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:30:17.69 ID:+/6bpf8W0
イズル「あ、あの、整備長」

レイカ「お、ウサギちゃんたちー。あなたたちも何か用意してくれてるのー?」フリフリ

イズル「はい、ええと…」ゴソゴソ

タマキ「じゃ、あたしからー! これ、あたしのおすすめの塩辛! 白飯と一緒に食べてほしいのらー」ニコニコ

レイカ「おー、ありがとー。つまみにいいのよねーこういうのも」ナデナデ

タマキ「えへへー」

スルガ「次俺! GDFでも最新のハイモブのテスト運用の映像データと…」

レイカ「あ、それ持ってる」

スルガ「…と思って、俺おすすめの超うまいレトルトカレーです! どうぞ」

レイカ「へー…。スルガくんらしいチョイスねー、ありがと」ニコリ

245: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:31:34.54 ID:+/6bpf8W0
スルガ「…あのう、俺もナデナデしてもらえないっすか」

レイカ「あら、しょうがないわねー」

スルガ「やっぱしてもらねーのか…って、え?」

レイカ「ほい、おいでおいで」テマネキ

スルガ「え、え?」

レイカ「はい」ナデナデ

スルガ「」

レイカ「ありゃ、放心状態」

アサギ「そいつは放っておいてください。…おめでとうございます」

レイカ「お、あんがと、アサギくん。…これは?」

アサギ「アロマオイルです。
    メカニックの方々はあまり睡眠時間も取れないとのことでしたので、少しの睡眠時間でも絶大な安眠効果をもたらせるものを、と」

レイカ「へえー。ありがとうアサギくん、さっそく使わせてもらうわ、これ。さすが気配り大王ね」ニコリ

アサギ「いえ…それと、気配り大王はやめてください」

レイカ「あっはっは謙遜しちゃってー。アンナがホメてたわよーアサギはいいやつだーって」

アサギ「はぁ…そうですか」ヤレヤレ

246: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:32:44.63 ID:+/6bpf8W0
イズル「えっと、おめでとうございます、整備長」

ケイ「おめでとうございます」

レイカ「お、イズルくんにケイちゃん」

イズル「これ、僕らからのプレゼントです」

レイカ「へー、何、二人で選んだのー? やるじゃないケイちゃーん」ニヤニヤ

イズル「?」

ケイ「い、イズルが女性へのプレゼントが分からないからって、そう言ってたから…そう、ただの手伝いですから!」

レイカ「もー、何をそんなに否定するんだか」ケラケラ

ケイ「…」ムー

レイカ「さ、何かな何かなーっと…お?」

イズル「整備長の作業着、ところどころボロボロに見えたものですから」

イズル「最初は女性向けに、っていろいろと見てみたんですけど、やっぱり、整備長らしさはこれかな、って」

レイカ「なるほどねー、ありがと。ここ最近は買い物に行く暇もなかったし、困ってたのよー」

イズル「喜んでもらえたならよかったです」ニコニコ

レイカ「うんうん、あんがとねー、ウサギちゃんたち」ニコリ

247: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:34:07.36 ID:+/6bpf8W0



翌日、アサギの部屋

タマキ「昨日はすっごく楽しかったのらー」ニコニコ

スルガ「いやー、誕生日ってのもおもしろそうなもんだったなー」

イズル「僕、テレビとか以外であんなに写真撮ったの初めてだよ」ニコニコ

ケイ「今度はちゃんと私が誕生日ケーキ焼きたいわね」

アサギ「なぁ、もう聞くのも馬鹿馬鹿しいとは思うけどさ、何で俺の部屋に来るんだ…」ハァ

タマキ「また誰か誕生日迎えないかなー」

イズル「うーん、艦長とか?」

ケイ「艦長はまだまだ先だそうよ」

スルガ「…っつーか、俺の誕生日、クルーの連中にすっげえ聞かれたんだけどよー」

アサギ「俺の話を聞けよ……はぁ、俺もそういえば聞かれたな」

イズル「あ、僕も」

ケイ「…私も」

タマキ「だから何であたしは聞かれないのらー!」ウガー

248: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:35:22.77 ID:+/6bpf8W0
スルガ「祝ってもらえんのかね、俺たち」

イズル「…たぶん」

タマキ「だとしたら嬉しいのらー! 塩辛いっぱい食べれるのらー!」

ケイ「もしやるんだったら、今度こそ私がケーキを…!」

アサギ「い、いやケイ、俺たち祝われる側だからこっちで準備しちゃおかしいだろ?」

イズル「あ、そっか。それもそうだよね」

ケイ「む…確かに」

スルガ「うーん…あの筋肉連中に祝われるのはともかく、整備長とか艦長に祝ってもらえるってのは…うん、悪くねーなー」ヘヘ

タマキ「スルガは祝ってもらえるだけいいのらー。…絶対あの三兄弟祝ってくれないのらー」

ケイ「そんなことないでしょ…なんだかんだ、タマキのこと助けてくれたし、きっと祝ってくれるわよ」

タマキ「そーかなぁ…」

249: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:39:45.07 ID:+/6bpf8W0
イズル「大丈夫だよ、たぶん。…あ、そうだ! なんなら、僕がお祝いするよ」

アサギ「おいおい…お前も祝われる立場だろうが」

スルガ「お、ならいっそ、皆でそれぞれにプレゼント用意すんのもいいんじゃねーの?」

ケイ「それぞれに…」チラッ

イズル「なるほど! そういうのもいいかもね!」

アサギ「…まぁ、悪くないかもな」

タマキ「誕生日っていろいろあっておもしろいのらー。こんなならもっと早くから祝っとけばよかったー」

アサギ「…誕生日、か」

イズル「僕たち、全然縁なんかなかったことだけど、誕生日っていいものだね」ニコニコ

アサギ「まぁ、そうかもな」

タマキ「あたし、今のうちにもらったら嬉しいもの皆に教えてくるー!」タタッ

スルガ「今のうちか…それもそうだな! よし、俺も!」タタッ

ケイ「気が早すぎでしょうが…」ハァ

イズル「あ、あはは…」

アサギ「…笑ってる場合か、迷惑かける前に止めに行くぞ」フー



その後、自分たちの誕生日を迎えるまでに、様々な人たちの誕生日祝いを経験するラビッツでありましたが、それはまた別のお話。

250: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:42:10.45 ID:+/6bpf8W0
おしまい。ちーらび誕生日イベントとか公式でやったらすごそう。
映画の前売り券も発売しましたが、保護者の方々はもうシカーラされたことでしょうか。映画までとうとう二ヶ月近くです。楽しみですね。
では、また。何かネタふりでもあればまたどうぞ。

252: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:00:51.31 ID:NYq/Dn1X0
危険の多い任務だと、聞かされたときに。
何となく、覚悟はできていた。もちろん、ちゃんと戻ってくるつもりではあった。
しかし、思ったことが必ずそうなるとは限らないのが世の常で。
だから、そのときが来たら、一人は絶対に生き残らせよう、ともこっそりと決めていた。
……まさか、それが裏目に出るなんて、きっと、私もリーダーも考えてはいなかったけれど。

「……」

私は一人、自分の居場所であった格納庫へと来ていた。
ハンガーには、唯一私の機体が四肢をもがれ、無残な姿でいた。
幸いなことに私の機体であるライノスは、アッシュのような専用機ではないから、修理もそう難しいものではなく、三日もあれば完全に戻るそうだった。
…戻ったところで、私が操縦できるかは別として。

「…まったく、ひどい壊され方をしたものだ」

誰か他にいるわけでもないのに、私はまるで話しかけるように呟いた。
普段なら、チームの仲間が何事か返してくれるが、あいにくと彼らはもういない。

習慣みたいなものだな、と私は苦笑いしながら機体の前で床に座り込んだ。
それから、もう何も掛かっていない、二つぽっかりと空いたハンガーを見上げた。
そうして、虚空に向かって誰かいるかのように私は話を続けた。

253: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:02:31.39 ID:NYq/Dn1X0
「そうそう、貴様の新作とやらは確かに受け取っておいたぞ」

任務に出る前に、私の仲間が注文していたらしい、この戦時中での唯一無二といってもいい大人向けの娯楽の一つ。
ザンネンなことに注文した人間がいなくなってしまったので、代わりに受け取ったのだ。
まったくもって力の抜ける限りだが、それが彼の遺言でもあったのだ。
彼らしい、ガッカリな遺言だった。

「棺に入れて送っておいてやったから、せいぜい向こうで楽しめ。…まぁ、再生機器があるのかは知らんが」

言っていて何だかどうしようもないな、と感じて私はその続きを言うのを止めた。
こんなにガッカリな追悼などあったものか、と思ってしまったのだ。
もう少しマジメな話題を見つけるとしよう。そう、たとえば――

「…そうだ、彼女に、渡したぞ。お前のプレゼント」

もう一つあるハンガーの方を向いて、私はガッカリでも何でもない話題を出した。
任務に出る前に、もう一人の仲間――未来のある、大切な後輩だった――が、自分の好いた相手へと手渡そう、と取り寄せていた物。

任務で移動中のときも、通信をオープンにしていたのを忘れたのか、
彼が何度も何度も意中の相手へと贈り物を渡す際の状況をシミュレートしていたのをよく覚えている。

254: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:03:54.03 ID:NYq/Dn1X0
「喜んでくれたぞ。お前に礼を述べていた」

ふ、と笑みを零しながら、私は先ほどのことを思い返す。
贈り物。彼女の好物、とどこからか情報を仕入れてきたのか分からないが、それは海産物の塩漬けの高級品だった。

何とも女性への贈り物としてはどうなのだ、とも少しだけ思ったが。
少なくとも、彼女にとっては誠意のある物として、受け取ってもらえたようだった。
喜んでもらえたのなら、それでいい。彼女の満面の笑みを見て、そう思った。

それから、私はしばらく黙り込んだ。

一気に辺りを静寂が支配した。
私以外に喋る人間がいないのだ。当然のことだった。

それを改めて確認すると、私は下を向いた。
瞳を閉じて、孤独な思考の海へと向かう。いろいろと、考えたいことがあった。
そう、たとえば――

「……なぁ」

私はまた、語りかけるように少しだけ大きな声を上げた。
どうせ近くには誰もいない。聞かれたところで特に問題もあるまい。

「これからこのチームはどうなるんだろうな?」

255: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:04:40.10 ID:NYq/Dn1X0
何となく、自分の今後のことを考えていた。
怪我は思ったよりはひどくない。ライノスも早めに直ることだろう。
そうしたら、どうなる?

もうチームの仲間はいない。チームではなく、もはや私一人の個人でしかない。
となれば、チームドーベルマンはここで解散だろうか。
解散して、新しいどこか別のチームへと私は移ることになるんだろうか。

それとも、パイロットを引退して、教官にでもなるのかもしれない。
育てる側が不足している、といつか上官のアマネ大佐にも聞いた。
指導する人間も大切になることだろう。いつか、私の後輩チームのような人間が新しく必要になるときだってある。
しかし――

「このままでは終われない、よな」

確かな闘志を胸中の奥底に感じて、私は立ち上がった。
そうだ、まだ終われない。終わるわけにはいかない。
後輩たちに道を託してそのまま離脱など、先を行った仲間たちに立つ瀬がない。
自分はまだ、ここにいるのだから。

256: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:06:29.54 ID:NYq/Dn1X0
「私はお前のようにはなれない」

もう一度、リーダー機のあった方へと視線を向け、きっぱりと告げた。
私はあいつとは違う。仲間のために、最後まで諦めずに戦えるかどうかは分からない。
しかし――と私は続けた。



「戦うよ。まだまだ、番犬(ドーベルマン)は死んでいないからな」



はっきりと宣言すると、私は格納庫の出口へと向かう。
とりあえず、怪我を早いうちに治して、それから、チーム名の変更をしておくとしよう。
もう、チームドーベルマンは存在しない。これからは、ドーベルマン・ツーだ。
新しく生まれ変わる、私のチーム。これからも存在し続ける、私『たち』の居場所。

私は、戦う。私の守りたい人と、仲間の守りたかった世界のためにも。
それと、愛すべき後輩たち。成長してもまだまだ子ウサギは子ウサギだ。
あいつの代わりに、彼らがヒーローとなるところを見守ればならない。

決意を新たに、私は歩みだした。
戦いは終わらない。守るべき世界のために、止まるわけにはいかない。
思いは託された。私一人では、大変な道になるかもしれない。

それでも、託された思いが共にある限り。
私の心は、ひとつじゃない。そう、信じている。

257: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:08:17.83 ID:NYq/Dn1X0
おしまい。ランディは間違いようもなくヒーローです。
では次を。

258: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:09:11.16 ID:NYq/Dn1X0
緊急出撃、ということでイズルとの会食が強制的に終わったその後。
スターローズの中で、私は一人、MJPから与えられた自室の窓に佇んでいました。

とうとう地球まで攻めてきたクレインをどうにか撃破し、一度は地球も落ち着いたそうですが、
周りは慌しいようで、ダニールもどこかへと行ってしまいました。

戦いの跡が残る艦隊の見える宇宙を眺めるのを止めると、ふと、私は後ろを見やりました。
そこには、元々部屋に用意されていた小さなイスが二つ、それとダニールに言って用意してもらった丸テーブルがイス二つに挟まれて置かれています。
その上にあるモノに、私の視線は注がれていました。

イズルとの会食、そのときに彼の付き添いで来ていたアサギが作り直してくれた食べ物でした。
後でよろしければ、と彼らのマネージャーさん、という方が包んで持たせてくれたのです。
成功例を私は知らなかったので、何とも言えませんが、キレイな丸型なのだな、と思いました。

名前は確か、お好み焼き、というそうです。
私は食文化なんてまったく知らなかったので、正直なところ、その食べ物が不思議で仕方がありませんでした。
ウルガルにも、確かに食事の概念は存在しますが、それはあくまでも儀礼のためのもので、こうした栄養補給法は珍しいことだったのです。
いつもいつも、驚きと戸惑い、あるいは新しい感動が私を取り巻く今の生活は、とてもとても愛おしく、貴重な体験だと実感するばかりです。

個人的にはこんな状況下でなければ、ずっとこうした文化に触れていたいものですが、そうもいきません。
今回の戦いで、とうとう地球へとウルガル側の降下を許してしまったのです。
それはつまり、少しずつ彼らの基地が地球へと近付いているということで。
……あまりもう、地球には時間が残されていない、ということでもあります。

259: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:12:30.86 ID:NYq/Dn1X0
どんどんと悪化していく状況を思い、私はまた窓の方を向きました。
もはや、手段は選べないのかもしれません。
これまでは舞台裏で技術を提供するだけでしたが、私にも力を使わねばならない時が近付いているように感じます。

ただ守られているだけではなく。私もまた、守りたい者のために戦いたい。
ここまで付いてきてくれたダニール、私の遺伝子を受け継ぐとある少年、この美しい星に暮らす多くの人々。それに――

「――テオーリア様」

「…シモン」

ドアの排気音と共に、聞き慣れた杖の音と声がして、私は振り向きました。そこにはやはり、彼がいました。
シモン・ガトゥ。ウルガルからの亡命者である私とダニールを保護してくれている、MJPの司令官です。
私にとって、地球でできた初めての友人であり、大切な人でもあります。

260: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:13:46.51 ID:NYq/Dn1X0
部屋に入ってくる彼に向かって、私は微笑みかけて、それから、今回の地球侵攻のことを話しました。

「どうにか、守れましたね」

「はい…しかし、この状況が続くようなら次は分かりません」

「そう、ですね…」

まったく楽観できない状況に、私は目を伏せました。
こうしている間にも、ウルガルは次の侵攻を考え、準備しているはずです。
それに対して、こちらの防衛が間に合うのか。明日のことだって分かりません。
すると、シモンは私の様子を察してか、さらに続けました。

「――しかし、問題ありません。我々にはまだ、希望が残っているのですから」

それは、諦めのない強い言葉でした。
まるで、そう。『ヒーロー』のような――

「…ふふっ、そうですよね。まだ、イズルたちがいます」

彼の言葉に、少しだけ面影を感じて、私は小さく笑いました。
シモンは私の笑みの意味が伝わっていないのか、少しだけ不思議そうにしていました。

261: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:19:47.50 ID:NYq/Dn1X0
ちょっとだけ気にするそぶりも見せましたが、そう気にすることもない、と判断したのか、彼は自分の伝えたかったらしいことを切り出しました。

「……またご相談させていただくこともあるでしょう」

そのときはご協力を、と加えて、シモンは部屋の出口へと向かいました。
彼はMJPのトップです。多忙の身であるのでしょう。そんな中でも私のところへと直接訪問してくれているのです。
嬉しいことだと私は思っていました。しかし、少しだけわがままもありました。
彼ともう少しだけ、話をしたい、と。

何か彼を引き止めるような材料はないものか、と私は思考しました。
部屋のテーブルにあったモノを見て、すぐに思いつきました。

「シモン」

私が声を掛けると、部屋を出ようと背を向けた彼の動きが止まりました。
何事かと振り向いた彼に、私は思い立ったことを、笑顔で告げました。

「少し、食事にしませんか?」

「……食事、ですか」

私の言葉に、彼は少しだけ――付き合いのある人間にしかおそらくは伝わらないほどの小さな――戸惑いを一瞬見せました。
私がそのようなお誘いをすることは、今回が初めてだったのです。
私はそんなシモンに笑みを向けながら、言葉を続けました。

262: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:21:17.95 ID:NYq/Dn1X0
「イズルたちと会食したときに、もらってきたんです。アサギが作ってくれたんですよ?」

イズル、それにアサギ。この単語に、杖を握る彼の指が少しだけ反応を見せました。
彼にとって、二人の名前は大きく意味を持つのです。きっと、これなら誘いを受けてくれるでしょう、というほんのちょっとの打算が私にはありました。

「……では」

それだけ返すと、彼は杖を傍に置いて、私の向かいに座りました。
包まれていた箱を開けると、中には二つのお好み焼きがあります。
一つは、アサギが一番最初に作った失敗作(正直失敗かどうかは分かりませんが)、もう一つは、成功作。

私は目の見えないシモンに、詳しく二つのお好み焼きについてお話しました。
それを聞くと、いつもは無表情を装って分かりづらい彼はちょっとだけ表情を柔らかくしてくれた、気がします。
そんな様子から、ふと、気になって私は少しイジワルな質問をしてみました。

「アサギは緊張しがちのようですね。ついうっかりの失敗をしてしまう。…あなたも、そういうところがあるのですか?」

「…それはお答えしかねます」

一瞬、困ったように答えに窮した彼の姿に私はくすくす笑うと、お箸を手に取りました。
あまり感情をはっきりと見せない彼の珍しい様子が何だかおかしかったのです。
私の様子に、彼は誤魔化すように失敗した方のお好み焼きにさっと手を伸ばしました。

263: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:22:12.69 ID:NYq/Dn1X0
「こちらの方は私がいただきましょう」

今度は私が困りました。
彼を誘ったのは私です。招かれる側の人に、失敗したらしい方をお渡しするのはどうだろう、と私は思ったのです。
慌てて、私はそれを止めようとしました。

「ですがそれは…」

「味は変わりません」

私の言葉を遮ると、彼はふ、と笑みを浮かべて私を制しました。
はっきりと言われてしまっては、止めるのも悪いように感じ、私は引き下がりました。
…いえ、本当のところを申しますと。

むしろ彼は、その失敗したお好み焼きの方が食べてみたい、というような調子で私に言ったのです。
まるで、そう――自分の子供の失敗を楽しむ親のような――

「そうですか」

私はそれ以上言及するのを止めて、ただ笑顔で彼に返しました。
あまり言うのは無粋だと、そう思ったのです。

264: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:27:56.58 ID:NYq/Dn1X0
身を改めると、自分の分のお好み焼きに私は意識を集中しました。
見れば見るほど、不思議な料理でした。
元は液体であったはずのモノが、今は熱を通すことで固まり、それでいて中はふんわりと柔らかくなっているのです。

楽しみに思いながら、私はまずは一口、と口にしてみました。
焼いた小麦の香ばしさ、具材の食感、ソース、という調味料と素材の絡み合う味。
これはまさしく。

「美味しい…」

私は感動と共に小さく、無意識に出てきた言葉を噛み締めました。
本当に、地球という星はすばらしい。
食文化一つ取っても、毎日、新しい出会いがあります。
この素晴らしい文化のある場所を、ウルガルから守らなければ、という使命感がさらに私の中に芽生えてくるようです。

「…そうですか、それならばよかった」

そんな私の様子に、シモンはわずかながら私に小さく、ふ、と笑みを零しました。
彼の反応が嬉しく、私はその感情を共有したいと感じて、彼に聞いてみました。

265: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:29:31.37 ID:NYq/Dn1X0
「シモンは、どうですか?」

見てみれば、彼はどんどんお好み焼きを食べていました。
気付かぬうちに、彼の分はもう半分以上がなくなっていました。
私の質問に、彼は箸をひとまず置き、小さめな声で答えました。

「…ええ、美味しいです」

「そうですか」

ニコリと私は笑顔を向けました。ゴーグルで多少隠れてしまっている彼の表情から感情を察するのは難しいことです。
ですが――

「すみません。そろそろ失礼いたします」

「はい。ありがとう、付き合ってくれて」

キレイになくなったお好み焼きを見れば、彼がこの食事をどう感じてくれていたのかなんて、何となく分かるものです。
分かりづらいところがあるけれど、かわいらしい人だと、そう思います。
これ以上質問をもらうのがイヤなのか、食べ終えたらすぐに部屋を出ようとするところも。

266: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:30:27.38 ID:NYq/Dn1X0
シモンのいなくなった部屋で、私はもう一度外へと向き直りました。
外には、何も変わらないように見える青い星。
しかし確実に、侵略の手が近付いている、残りわずかな寿命の星でもあります。

守らなければなりません。私にも、この星に大切な人々が生まれつつあります。
シモンやイズル。私と関わってくれた多くの人たち。まだ出会わない誰か。
私には、まだまだこの星でやりたいことが多くあるのです。

それに何よりも。
ここまで私を送り出してくれたお母様との『約束』に報いるためにも。
私は、地球の人々をウルガルから守らなければなりません。

たとえこの先、どれほどの困難が待っていたとしても、迷いが生まれたとしても。
私は、戦いたいと思います。

――私の心に芽生えた、『愛』という素晴らしい感情に従って。

267: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:31:56.24 ID:NYq/Dn1X0
おしまい。勢いのまま書いてみました。
次からは、外伝小説ネタで書きます。まだ読んでいない保護者の方はネタバレになりますので注意してください。

268: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:32:57.91 ID:NYq/Dn1X0
私の母は、実に変わった人であった。
元は皇族のはずであったのに、反逆者やら気がおかしくなったなどと言われ、幽閉されてしまうことが決まってしまったのだ。
しかしながら、私にとって母は唯一の心の拠り所であり、そして、私に『愛』なる言葉を教えてくれた人でもあった。
具体的には母はそれの意味を伝えてはくれなかった。いつか、きっと感覚的に分かる日が来るだろう、と科学者らしからぬことを言っていたのを覚えている。

私の名はテオーリア。汎銀河統一帝国ウルガル。その中のプレエグゼシア――伝わるように言うなら、そう、皇女といったところだろう。
母と、見ることもなかった父の遺伝子より培養された、ウルガルの皇族の血筋。
生まれてすぐ、母は私を引き上げ、彼女が幽閉されてしまうまでの間、わずかな時を共に過ごしてきた。
その間中、母は、私にウルガルがいかに狂っているのか、その狂った刃が何を引き裂こうとしているのかをよく話してくれた。

それから、地球、という星についても。
ウルガルの次の標的となる星。あと五十年もすれば到達してしまう、次のラマタ――獲物。
それをどうにかして守りたい、と母はとてもそれが大事そうな様子で私に語りかけてくれた。
そのために、私に伝えられる全てだけの全てを伝えよう、とも。

私は母の語る地球という星に、いつもいつも好奇心に胸を躍らされていた。
ウルガルとはまったく違うらしい文化、習慣、人々。
聞けば聞くほど、それを失ってしまうのはなんだか悲しいことなのだと、私もいつの間にか感じていた。
それを告げると、決まって、母はにっこりと笑って、私を抱きしめてくれた。
それから、私になら止められるだろう、と言って、頭を撫でてくれた。

269: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:34:00.84 ID:NYq/Dn1X0
他のウルガル人からは、そんな母は実に愚かしいと思われていたのか、陰でいろいろと言われていたらしい。
それが直接的に聞こえなかったのは、ひとえに兄のおかげだろう、と思う。

プレエグゼス・ジアート。私の兄に当たる方。
しかし、私は兄が苦手でもあった。彼は私のことも母のことも庇っているけれど、本当のところは私と母を狩りたいだけなのだ。
他の者が母の処刑を提言しても、却下するようにエグゼス――皇帝であるガルキエに働きかけたのも、幽閉で処分を決めさせたのも。
全ては、いつか私が母と同じくらいに成長してから、一気に狩るときのため。彼の本能的な欲望によるものである。

母の幽閉される日が近付いてくると、気付かれないようにこの要塞を旅立つように、と母は言った。
地球へとウルガルの存在を伝え、対抗できるように助けに行くのだ、と。それから、ある情報を託された。
それは、ウルガル人ではない人物――地球人がウルガルの機体に搭乗した際の戦闘記録と、ウルガルの最新の機体のデータだった。
その何者かは、名をトウマと言うらしい。そのようにデータの一番上の部分に書いてあった。

トウマとは誰だろうか、と疑問に思った私は、母に聞いてみたことがある。
母は、何かを悼むように、懐かしいことを思い返すように遠くを見ると、私の大切な人なの、とだけ言った。
それから、私にとっての『ヒーロー』でもあるわ、と笑顔で告げた。

270: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:34:44.13 ID:NYq/Dn1X0
『ヒーロー』なる言葉の意味が分からなくて、私はさらにそれについて聞いた。
この星では、まったく聞いた覚えのない単語だった。
すると、母は、少しだけ悩むそぶりを見せると、きっといつか分かるときが来るわ、とだけ言った。
地球には、『愛』、それに『ヒーロー』がある。必ず見つかるはずだから、地球に行くのを楽しみにしなさい、とも。

私はそれを聞いて、目を輝かせた。
地球にはこのウルガルなどでは見られないすごいものがあるのだと、母の言葉に期待を抱いたのだ。

それと同時に、私はあまり母にこのことについて聞かない方がいいのだとも思った。
母は、何故か涙を流しながら笑っていたのだ。
きっと、聞いてはならないことがあるんだろう、と私は直感した。

ウルガル人らしくない、誰か他者のことを思い出して涙を流す行為。他のウルガル人が見れば、愚かと言うに違いない。
しかしながら、私はそれを何も悪いことではないように感じていた。
そのときの母は不思議なことに、とても美しかったのだ。悲しいようでいるのに、とてもとても。

どうしてかは説明ができないけれど、私も、泣いていた。
おそらく、理屈ではないのだろう。それだけでは説明できないこともあるのだ、と私は幼いながらに理解した。

271: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:36:06.66 ID:NYq/Dn1X0
それから、母はよく、私に愛している、と言ってくれた。
愛している、とはなんだろうか、と疑問に思ったときも、母は、それも地球で学びなさい、と言った。
その後、私のことを胸中に迎え入れて、両手で包み込んでくれた。

暖かい母の感触に私はよく安心感を得ていて、その行為は好きだった。
そのことを伝えると、母は他のウルガル人が見せないような優しい、と表現するような笑みを見せた。
そう感じるなら、きっと地球で『愛』をよく知ることになるだろう、と言ってくれた。

時は過ぎていく。少しずつ、少しずつ。
私はその日を待ちわびた。待って、待って、待ち続けた。
そして――――ついに機が熟した。

自分の持つ機体に、母が監視の目を潜り抜けて用意してくれた情報を入力して、私は格納庫から旅立つ準備をし終えた。
後はもう、この星をいよいよ脱出するだけだった。

出発の前、別れの挨拶をしようとしたとき、母はいつもの通りに私のことを抱きしめた。
旅立てば、もうウルガルには戻れないかもしれない。
母とも今生の別れとなるかもしれなかったが、その行為によって私は何も不安を感じず、むしろ、また母と会える日が来ると、そんな予感をしていた。

機体に乗り込む直前、母は、ばいばい、と手を振っていた。
何故か、母は笑顔だった。私とダニールを逃がしたさらなる罪で、今後幽閉以上にどのような仕打ちを受けるかも分からないというのに。
笑顔の理由を聞く前に、機体はもうウルガルを離れてしまった。

きっと、その答えは地球にある。私はそんな気がしていた。
ウルガルにはない、特別な何か。それが母を笑顔にさせてくれたに違いない、と。

272: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:38:07.37 ID:NYq/Dn1X0
…そして、今。私は地球の近く、小さな惑星へと到達した。
直接、地球へと向かえばよかったのかもしれないが、
辺りを探知していたダニールが、地球圏にある惑星の方に生命反応と何やら船があると伝えてくれて、方針を変えた。

宇宙の方へと地球の人々もどうやら開拓を始めているらしい。
そういった人々の方が、未知の生命体へと理解も多少はあるだろう、という判断だった。

そして、その考えはおおよそ間違えではなかったらしい。
近付いた私たちを、地球の人々らしき存在は警戒しつつも、私たちに敵意がないことを元より母に教わっていた言葉で伝えると、対話の場を用意してくれた。

惑星に設けられた拠点らしき場所の一室に案内された私とダニールは、開拓者たちの代表と話をすることとなった。
代表――シモンと名乗っていた――との話が始まるまでに、彼にまずは何を言うべきだろうか、と私は悩んだ。
地球の人々の警戒を解けるような、そんな言葉。様々な考えが脳裏を横切っては消えていく。

私はいろいろと悩み、考えた。考えに考えて、それから―― 一つ、思い立った。最初は、質問から始めよう。
急に本題を話しても、きっと、余計な警戒心を生んでしまうだけだ。だったら、まずは個人的なことから話してみよう。そう、思った。

結論が出たところで、緊張した様子の代表が部屋に入ってきた。
その緊張を解ければ、と私はなるべく笑顔を心がけて、彼に一礼する。
そして、お尋ねしたいことがあります、と第一声を放った。

「――『愛』、それと、『ヒーロー』とは何ですか?」

教えてはくれませんか。そう、尋ねた。
これから知るであろう新しいことへの期待と好奇心と共に、私は新たな長旅への一歩を踏み出した。

273: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:38:51.37 ID:NYq/Dn1X0
おしまい。次も小説ネタです。

274: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:39:38.42 ID:NYq/Dn1X0
異文化コミュニケーション

オーレリアの城――トウマの部屋

トウマ「……」ゴロゴロ

トウマ「…暇だ」

トウマ(ウルガルに来てもう結構な時間が経つ…オーレリアの護衛がない時間以外は、何の娯楽もなく、退屈でしょうがない)

トウマ「……ま、贅沢は言えないよなぁ。生きてるだけ儲けもの、ってやつだし」フー

オーレリア「…退屈なのか?」

トウマ「そりゃな。でも、外出たって特におもしろいものがあるわけでもないし…って、オーレリア!?」

オーレリア「何を驚く」

トウマ「いや、急に現れたから…」

オーレリア「いい加減に慣れたらどうだ? 君ももう私と共に過ごしてそれなりに時間が経っているだろうに」

275: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:40:39.14 ID:NYq/Dn1X0
トウマ「そうは言ってもな…っていうか、いいのか、研究は?」

オーレリア「君の呟きがさっきから聞こえてな。気になってしょうがなくなって、様子を見に来たんだ」

トウマ「そんなに聞こえてたか? 悪い悪い」

オーレリア「何も非難しているわけじゃない。それよりもトウマ…」

トウマ「ん?」

オーレリア「地球の娯楽を私に教えてはくれないか?」

トウマ「娯楽? どうして?」

オーレリア「別に。君のデバイスである程度は理解はしたのだが、実際に触れてみないことには完全には分からんだろう」

トウマ「…そりゃ、いいけど。でもなぁ、ここで手に入るようなモノで娯楽となるとな」

オーレリア「何でもいいぞ」

トウマ「何でも、か。じゃあ、まずは……トランプなんか、いいかもな」

276: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:41:23.66 ID:NYq/Dn1X0



オーレリア「なるほど、ルールは把握した。…しかし、このようないい加減な取り決めの方法でいいのか?」

トウマ「娯楽だからな、いちいち話し合いなんかしてたらゲームが始まらないよ」

オーレリア「ふむ、それもそうか。では…」

トウマ「おう。じゃーんけーん――」

トウマ「」グー

オーレリア「」チョキ

トウマ「よし、俺の勝ちだな」

オーレリア「こんなことで君の勝ちは決まったとは思えないが」

トウマ「そういうことじゃなくて…ま、いいや。じゃ、俺から引くぞ?」

オーレリア「ああ」

277: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:41:58.19 ID:NYq/Dn1X0
トウマ「……」ジー

オーレリア「? 何だ、私の顔を見つめてどうかしたのか?」

トウマ「…ここまで無表情作られちまうと分からないな」

オーレリア「ああなるほど、相手の表情から心理を読むわけか」

トウマ「まぁそういうこと。ほら、次はオーレリアからだ」

オーレリア「」スッ

トウマ「」ムッ

オーレリア「」フー

オーレリア「君は逆に分かりやすすぎるな」

トウマ「げっ」

278: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:42:51.21 ID:NYq/Dn1X0



トウマ「くっそー、三戦三敗かー」

オーレリア「…君はわざと負けているのか? こんなにも読みやすいとなんだか怪しいくらいだ」

トウマ「そんなことできるほど俺の頭は複雑じゃないっての…ま、いいや。もういいか?」

オーレリア「まぁ、そうだな。なかなか楽しめたよ」

トウマ「そうか」

オーレリア「トウマ」

トウマ「?」

オーレリア「少しは、退屈もなくなったか?」

トウマ「へ? …お前、もしかして俺のために――」

オーレリア「さて、私は研究に戻る。…たまにはまた、相手してくれ。それなりに、気に入った」

トウマ「お、おい。オーレリア! 行っちまった…」

トウマ「…何だよあいつ。ウルガル人は他人を思いやったりしないんじゃないのかよ……」

トウマ「…次、何か別のカード遊びのカードを作っておくか」フッ

279: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:43:31.20 ID:NYq/Dn1X0



別の日

トウマ「……」

オーレリア「…私の研究を眺めていてもつまらないだろう?」

トウマ「いいんだよ別に。一人で過ごすよりはずっとマシだ」

オーレリア「地球人の感覚はよく分からないな。まぁ、いい。そうだ、服の洗濯が終わっているぞ。――ラーラ!」

ラーラ「」コロコロ

トウマ「ああ、ありがとう。…なぁ、そういえば一つ聞きたいんだけどさ」

オーレリア「? 何だ?」

トウマ「服、それしかないのか?」

オーレリア「どういうことだ?」

トウマ「だから、その、それ一種類しかないのか、って」

280: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:44:15.58 ID:NYq/Dn1X0
オーレリア「…あぁ、なるほど。地球ではいくつもの種類の服を着るのだったな。これは多機能的な服で、一着あれば全て問題ない」

トウマ「でも、何と言うか、それじゃ淡白じゃないか?」

オーレリア「君だって服は一種類しかないじゃないか」

トウマ「や、これはしょうがないだろ、緊急事態だったんだし」

オーレリア「」フム

オーレリア「君は見たいのか?」

トウマ「へ?」

オーレリア「私が他の服を着ているのをだよ。そうでなければ、こんなことを聞く理由が分からない」

トウマ「そ、そういうつもりじゃない。
    ただ、その…俺の感覚じゃ、女の子がそんな服に無頓着なのは不思議なだけでさ……ちょっと、疑問に思っただけだよ」

オーレリア「そうか」

トウマ「ああ…変なこと聞いたな、じゃあ俺は――」

オーレリア「では、君が考えてくれ」

トウマ「え?」

オーレリア「あいにくと私はそういった地球の文化は分からない。が、興味が湧いた。だから、君が私の服を見立ててくれ」

トウマ「お、俺かよ!? 俺だって、そんな、詳しくなんか…」

オーレリア「別にいいさ。君が似合うと思うものを考えてくれればいい。ラーラを貸そう。命令すれば君の言った通りに服を仕立てる」

トウマ「そこまで言うなら…まぁ、暇だし」

オーレリア「ああ、待っているぞ、トウマ」

281: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:45:05.12 ID:NYq/Dn1X0



トウマ「どうだ?」

オーレリア『ああ、サイズに問題はない。…ところで、トウマ』

トウマ「何だよ?」

オーレリア『何故わざわざ別室で着替えるんだ?』

トウマ「ち、地球じゃそうするんだよ!」

オーレリア『そうか。…何だかいちいち面倒な星だな』

トウマ「面倒で悪かったな…で、着替えたか?」

オーレリア『ああ、今出る』

オーレリア「」ツカツカ

トウマ「おお……」

オーレリア「どうだ?」

トウマ(現れた彼女は、俺が必死になって情報デバイスから練りに練って考えたデザインのドレスを着ていた)

トウマ(基本色を黒としたそれは、華奢な彼女の身体を包み、特徴的な銀白の彼女の髪が映えるように演出していた)

トウマ(その姿を見た瞬間、オーレリアの美しさがさらに際立つようにできたと、俺は自信を持って断言できる気がした)

282: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:45:51.48 ID:NYq/Dn1X0
トウマ「ああ、いいんじゃないか。…思ってたより、ずっと似合ってる」

オーレリア「そうか。ならばいい」

トウマ(中身を考えなきゃ、ホント、美人なんだな…)

オーレリア「どうかしたか?」

トウマ「いや、何でも。それ、どうするんだ?」

オーレリア「そうだな…なかなか悪くないものだな。たまには、この格好で過ごすことにしてもいいかもしれない」

トウマ「そうか。作った側としてはありがたいもんだ。ほぼやったのはラーラだけどな」

オーレリア「そんなことはないだろう。あれはただ君の言ったことをしただけだ。君がいなければ、この服は完成しなかった」

トウマ「そ、そうか? ありがとう」

オーレリア「いや、こちらこそ。ありがとう、トウマ」

トウマ(そのとき、俺の気のせいでなければ――たぶん、それはないだろうけど)

トウマ(いつも感情を出さない彼女が、ほんの少しだけ笑った、気がした)

283: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/16(金) 16:47:49.02 ID:NYq/Dn1X0
おしまい。個人的には外伝小説もよくできた話なので、まだ読んでいない保護者の方がいればぜひ読んでみてほしいです。
webで無料公開もしているので、試しに目を通してみてください。では、またいつか。
今度はもう少しペースを上げてきたいと思います。

286: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:35:22.46 ID:LxY4NCLp0
たまには感謝も

スターローズ――アサギの部屋

スルガ「だー、しんどー。今敵が来たら負けるぜー」グダー

タマキ「ほんとなのらー…」グデー

ケイ「そうね…どっと疲れたわ」

アサギ「……修理にも時間がかかるそうだし、当面は出撃もできない、か」

イズル「…あ、そうか。クルーの皆は大丈夫かなぁ」

スルガ「今頃急ピッチで直してんだろうなぁ…いろんなトコぶっ壊したし」

ケイ「普段傷一つないパープルツーもボロボロで、イリーナたちも大変そうだったわ…」

アサギ「俺も、初めて被弾しちまって、さんざんガキに怒鳴られたよ…」

タマキ「ローズスリーなんて一から作り直しなのらー。はぁあ……」

イズル「僕もよく壊してるけど…今回は特にすごいって言ってたなぁ」

アサギ「お前は壊しすぎなんだよ」

スルガ「っつーか無茶しすぎ?」

ケイ「まったく…」

タマキ「ばかあほおたんちん」

イズル「ええー……」

287: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:36:01.96 ID:LxY4NCLp0
アサギ「…英雄だ何だって言われても、これじゃただの人間だな」

スルガ「まったくだな。アッシュがなけりゃ、俺たち今頃まだまだ学園で授業でも受けてたんだろーな」

ケイ「アッシュだけじゃなくて、それを支えるヒトたちがいてこそ、ってところかしら」

イズル「支えるヒトたち、かぁ……」

イズル「」ピーン

イズル「じゃあさ、皆で手伝いにいかない?」

タマキ「手伝いー?」

イズル「どうせ当面は自主的に訓練する以外にすることなんてないでしょ? だったら、僕らを支えてくれるヒトたちを僕たちが今度は支えに行くんだよ」

アサギ「恩返し、ってか」

スルガ「俺たちは鶴かよ」

ケイ「でも、それもいいかもしれないわね。私、あのヒトたちにいろいろと助けてもらってるし…」

タマキ「…あの三兄弟正直苦手だけどー、まぁ、それもおもしろいかも?」

スルガ「ま、自分の機体だしな。少しは自分で面倒見るのもいいかもしれねーか」

アサギ「……ま、そうだな」

イズル「よし、じゃあ行こう!」オー

タマキ「」オー

288: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:37:05.32 ID:LxY4NCLp0
格納庫

ダン「そっちのパーツ繋いでくれー」

デガワ「こっちに予備パーツ回してくれ、そうだ、それそれ」

マユ「追加分の装甲はこっちから補修していってー」

イズル「あ、あのう…」

ダン「ん? イズル!? どうした、休んでるんじゃなかったのか?」

イズル「いえ、皆さん忙しいって聞いてたから、その、手伝えることがあれば、と思って」

ダン「いいよ。あんな激戦の後だ、疲れてるだろ?」

マユ「そうそう、さっきまではイズルっちの戦いだったかもしれないけど、ここからはあたしたちの戦いなんだから!」

イズル「でも……」

デガワ「休めれば 休んでおくのが パイロット…ほれ、行った行った」

イズル「は、はい」

デガワ「…ああ、だけど、仕事が終わった後に何か食べ物でもあると助かるな。こっちが終わる頃には食堂はたぶん閉まっちまうし」

イズル「え?」

ダン「確かに、それはそうっすねー。あそこの食堂のメシ、元気が出るくらいうまいですからね」チラッ

マユ「そうねー、でも、今ここを抜けて食堂にごはん取りに行く暇もないし…」チラッ

イズル「あ、あの。だったら僕、ちょっと軽く食べられる物もらってきます!」

ダン「え、ホントか?」

マユ「ありがと、イズぴょん!」

デガワ「よし、じゃあ頼む。その分、こっちは俺たちに任せろよ?」

イズル「――はい! レッドファイブのこと、お願いします!」ニコリ

289: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:37:50.33 ID:LxY4NCLp0



食堂

イズル「あれ、皆?」

アサギ「何だ、お前もか?」

イズル「ってことは、皆もごはん頼まれたの?」

ケイ「ええ。メカニックの仕事を取ることない、ってイリーナたちが」

スルガ「筋肉の足りてないお前にコイツの整備は無理だー、だとよ」

タマキ「余計なことすんな、って言われたのら! ムカつくー!」

アサギ「変に気にしないで任せておけ、いいから休め、って釘刺されちまった」フー

イズル「あはは、そっか」

スルガ「ま、適材適所、ってやつだな」

アサギ「そうだな。…戦うのは俺たち、だけど、それを支えるのはあのヒトたち」

イズル「そうやって考えると、クルーの皆さんもヒーローかも」

タマキ「またそれなのらー」

ケイ「しょうがないわ、ヒーローはイズルの精神安定剤だもの」クスクス

スルガ「でもま、確かにそうやって言うと、俺たちは一緒に戦ってるわけだ」

アサギ「…そうだな、俺もクルーの皆も、共に戦う戦友になるのか」

290: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:38:42.58 ID:LxY4NCLp0
シオン「戦ってるのは私だってそうよー」

スルガ「あ、お姉さーん! 今日も一段とお美しく、まるでその透き通るような肌は…」

シオン「はいはい。ほら、差し入れ。早いトコ持ってってあげて? きっとお腹空かせてるだろうし」

イズル「あ、ありがとうございます」

シオン「うんうん。皆ね、あなたたちみたいに、戦場で戦うわけじゃないけど、あなたたちのためにできることしようって、それぞれの場所で戦ってるのよ?」

イズル「それぞれの場所…」

シオン「そ。私たちだって、皆が帰ってきたときに、せめてごはん食べるときくらい明るくなってもらおうって、いつも頭唸らせてメニュー考えてるんだから」

シオン「ピットクルーの皆だって、きっと気持ちは同じよ。あなたたちに絶対に帰ってきてもらうために毎日毎日、遅くまで頑張ってるんだから」

シオン「たまに私、こっそり差し入れ行くんだけどね、皆してぐったりしちゃって、いつも疲れた顔してるのよ」

イズル「ホントですか? 皆さん、会うときは全然そんな感じしなかったのに…」

シオン「そりゃそうよ。そんな雰囲気感じてほしくないんだもの。皆、あなたたちのこと大事に思ってるってことよ」

ケイ「大事に思ってくれてる、か」

タマキ「助けてもらったこともあるし、否定はできないのらー」ムー

スルガ「あの筋肉連中がねぇ……」

アサギ「……」

イズル「あ、行かないと! せっかくの料理が!」

シオン「っと、ごめんごめん。つい話し込んじゃった。早く行ってあげて?」

イズル「はい、ナトリさんもいつもありがとうございます! 行こう、皆!」

イズルハヤイ! マテヨー スコシハオチツケ!

シオン「慌しいわねぇ…でも、そこがいいところでもあるのよねー」フフッ

291: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:39:58.17 ID:LxY4NCLp0



格納庫

ダン「ふぃー。本当に腹減ってきましたねー」

マユ「イズルっちまだかな…」

ヒデユキ「うちのスルガも遅いな…」

ノリタダ「やはりあいつにはまだまだ筋肉が足らんな」

タカシ「メニューをもっと増やすか?」

イリーナ「うちのお嬢もまだねー…」

アンナ「アサギ……」

シンイチロウ「うちのバカもまだだな…」

イズル「皆さん! お待たせしました!」タタッ

タマキ「お待たせなのらー」

アサギ「おい走るなって…」

アンナ「アサギ、遅い!」

アサギ「っと、悪いな、思ったより時間がかかったんだよ」

ヒデユキ「スルガ! お前にはまだ筋肉が足らんようだな!」

タカシ「メニューを増やすぞ!」

スルガ「それはもう勘弁してくれよ…」

292: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:40:40.75 ID:LxY4NCLp0
シンイチロウ「遅いぞバカ」

シンジロウ「ご苦労さんバカ」

シンサブロウ「バカ」

タマキ「ぶー」

ケイ「ごめんなさい、イリーナ、皆。お腹空いたわよね」

イリーナ「いいわよー、ありがとね、お嬢。ちょうどお茶も淹れたトコだしーいいタイミングだったわよ」

イズル「あ、皆さん!」タタッ

ダン「おう、イズル! …そんな急がなくても大丈夫だぞ?」

イズル「いえ、皆さんに美味しいごはんを急いで届けたいなって思って…」ニコ

マユ「イズルっち…ありがとうね!」ナデナデ

イズル「あはは、くすぐったいですよ」

デガワ「……どれ、休憩にするか」フッ

ダン「そうっすね、そうしましょう。ほら、イズルも食おうぜ?」

イズル「え、でもこれは皆さんの…」

マユ「いいの! イズぴょんが持ってきてくれたんだしさ、一緒に食べよ?」

デガワ「せっかくだ、他の皆も一緒に休憩にしないか?」

293: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:41:13.05 ID:LxY4NCLp0
マテオ「そうじゃのう、ほれ、アサギくんも」

アサギ「え、いや、僕は…」

アンナ「それいいなじいちゃん! ほら、アサギ!」グイグイ

アサギ「分かった、分かったから引っ張るなって…」

ディエゴ「」ムムッ

アサギ(アンナのお父さんの目が痛い…)

シンイチロウ「うちもそうするか…ほれ、食えバカ」

シンジロウ「塩辛もあるぞバカ」

シンサブロウ「バカ」

タマキ「むーっ!」ガツガツ

イリーナ「ほら、お嬢も」

ケイ「でも、私…」

マリー「いーからいーから」

ロナ「ついでに恋の相談も乗るわよー?」

ケイ「い、いえ、私は…そんな」

ジェーン「お嬢ったら照れちゃってー、かわいいんだからー」

ヒデユキ「ようしスルガ。これを食べ終えたら次のトレーニングに行くぞ!」ムキッ

ノリタダ「これを終えればお前にも筋肉の教えが開くはずだ!」ムキッ

タカシ「プロテインも忘れるな!」ムキッ

スルガ「もーホント勘弁してください…」

294: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:41:53.66 ID:LxY4NCLp0
ワイワイガヤガヤ

ダン「何か、いつもよりすごいにぎやかになっちまったな」ハハ

マユ「皆揃ってるんだもの、ね、いーちゃん?」

イズル「……」

ダン「イズル? どうかしたか?」

イズル「あ、いえ。…なんていうか、楽しいな、って」アハハ



イズル(見回してみれば、チームの皆も、クルーの皆さんも、笑ってて、とても楽しそうだった)

イズル(チームラビッツの皆だけじゃない。僕たちの周りには機体だけじゃなくて、僕たち自身も思ってくれる人たちが、こんなにいる)

イズル(最初のうちは、どう付き合っていけばいいのか、よく分からなかったけど――)

イズル(今なら、どんな風にすればいいのか、分かる気がした)



イズル「ダンさん」

ダン「おう?」

イズル「マユさん」

マユ「うん」

イズル「デガワさん」

デガワ「ああ」

イズル「いつも、ありがとうございます。――これからも、よろしくお願いします」ニコリ

295: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:42:58.69 ID:LxY4NCLp0
おしまい。次は映画の情報が解禁される前にどこかで見たような展開のやつを。

296: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:43:59.84 ID:LxY4NCLp0
某ロボゲー的復活

レッドファイブのピット艦

レイカ「どう? 終わった?」

マユ「はい……イズルっちは機体に乗せました、けど…でも、本当に起動までさせるんですか?」

レイカ「そういう命令――いや、頼みだもの、しょうがないわ」

ダン「しかし、だからってイズルはまだ目覚めて――」

レイカ「いいから。これがもしかしたら、イズルちゃんを起こすためのきっかけになるかもしれないの」

マユ「…分かりました」

織姫「――準備はできたみたいね」

レイカ「ええ、あなたのご希望通りよ、織姫ちゃん?」

レイカ「…本当にいけるの?」

織姫「おそらくは、ね。身体は治ってる。後はもう精神の話だから」

織姫「」ツカツカ

レッドファイブ「……」

織姫「GN粒子は命を繋ぐ光。ミールは世界とあなたを繋ぐ架け橋」

織姫「日が沈み、また昇るように」

織姫「あなたもまた起きるの、イズル」

297: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:45:01.04 ID:LxY4NCLp0
???

イズル「…ここ、は」

イズル「僕は確か、そうだ、ジアートと」

イズル「皆は!?」ハッ

ブンッ!

イズル「え…」

スルガ『だーっ! 多すぎるだろ!? 撃ち切れねーって!』

ロックオン『泣き言言うなよ! 撃ちたい放題なんだぜ? ガンナーの腕の見せ所だ……乱れ撃つぜええええっ!!』

キラ『イズルが守りたい世界…この想いと力で、僕も守ってみせる!』

真矢『また皆で笑いあうためにも…負けない』

広登『行くぜ後輩! おっらああああっ!!』

美三香『はいっ、ゴウ、バイィィィン!』

イズル「これ…皆の姿……?」

298: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:46:34.04 ID:LxY4NCLp0
織姫「ミールとGN粒子が繋ぐ夢」

イズル「! 君は織姫さん……」

織姫「あなたのたった一つの夢。皆が守ろうとしてくれてるわ」

イズル「皆が…戦ってくれてる…」

織姫「イズルはどうしたい? ここから、どこへ行く?」

イズル「僕は……」

織姫「私にできるのは可能性を見せることだけ。後は、あなたが決めて」

浩一『正義の味方はなァ! こんなトコで負けたりしないんだよ! イズルの分も、俺がきっちり大暴れしてみせるっ!』

ケーン『どけどけーっ! ヒーローのお通りだ、当たると痛ぇぞーっ!!』

衛『また一緒にゴウバインの話とか、マンガの話とか、イズルといっぱいするんだ! だからここは、僕が――守るんだあああっ!』

刹那『戦うだけが全てではない…! お前たちにもそれを伝えるためにも、今は!』

マサト『イズルが見せてくれた…作られたとしても、仕組まれた命だとしても、できることがあるって…!』

美久『マサトくん、ゼオライマーはいつでもいけるわ』

マサト『守ってみせる…僕の生まれた意味にかけても!』

ダイチ『ヒーローとキャプテンでがんばろうって、約束したんだ…! 地球は必ず守る! それが、キャプテン・アースなんだ!』

アキト『…俺にはなれなかったモノが必死に守ろうとした場所なんだ……やってみせる…!』

イズル「皆…」

299: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:47:42.36 ID:LxY4NCLp0
一騎『ここは通さない! 俺がまだ――ここにいる限り!』

シン『アイツが命がけで守ったんだ…! そんな簡単に…やれると思うなあっ!!』

イズル「一騎さん…シンさんも……」

アンジュ『オラオラ! 邪魔なやつらは道を空けろ! ブラックシックス様が全部ぶっ潰す!』

チャンドラ『少しは落ち着けと言ってるだろうが! ええい、待て! …まったく、これを制御するのは一苦労だな』

スルガ『…ったく、イズルのやつ、さっさと起きろっての!』

タマキ『まったくなのらーっ! このまんまじゃイズルの出番全部持ってっちゃうのらーっ!』

ケイ『守るわよ絶対に…イズルのためにも!』

アサギ『俺は戦う…! イズルと…俺の大事な家族のために!!』

イズル「お兄ちゃん、皆…」

300: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:49:01.64 ID:LxY4NCLp0
タマキ『へ? 家族ー? イズル以外にいたっけー? あ! もしかしなくても、アンナちゃんの…』

アサギ『ちげーよ! アイツはそんなんじゃないっつってんだろ!』

アンナ『そんなんってなんだよ! このへぼパイ!』

アサギ『誰がへぼパイだ! …ああ、もういい。とにかく補給、送ってくれ!』

ケーン『こんなときでもザンネンかよ!』

ルリ『でもその方がいっそ清清しいですね』

総士『まったく…戦闘中のはずだろう、少しは真剣に…』

アンジュ『うるせー! 根暗でややこしい言い回しばっかのメガネ野郎が!』

総士『…今、なんと言った? もう一度――』

真矢『皆城くん。少し黙ってて? 集中できなくなるから』

総士『…どうしてそうなる……』

一騎『はは、遠見にかかれば総士も形無しだな』

総士『もういい…戦闘に集中しろ』

イズル「」クスクス

301: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:50:03.31 ID:LxY4NCLp0
イズル「……」

イズル「皆ががんばってる。だったら、僕は」

???「ったく、何してるんだ?」

イズル「え……」

ランディ「こんなトコで。一人で何してるって聞いてんだよ、ヒーロー」

イズル「ランディ、さん」

ランディ「いいのか。いつまでもここにいて」

イズル「嫌です…皆と一緒に、僕も戦いたい」

ランディ「そうか。じゃ、行かないとな」

イズル「でも、どうやってここから出ればいいのか――」

ランディ「そりゃ簡単だ。自分とちゃんと話し合え。前にも教えたろ? どっちかの一方的な関係は長く続かない、ってよ」

ランディ「一度アッシュを乗りこなして、それでお前の分だけ持てる命を全部使い切ったんだ。今度はお前の力だけじゃ足りない」

ランディ「もう一回、もう一人の自分と相談してみろ。お前の中にいるのは、お前一人じゃない。そいつの命も、借りるんだ」

イズル「命を、借りる…」

ランディ「そうだ。…じゃな、また会えて嬉しかったぜ、イズル」

イズル「…ありがとうございました、先輩」

302: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:52:57.58 ID:LxY4NCLp0



イズル(今なら、分かる気がする。…僕に足りないモノが、ここにあるって)

???「ん? これはまた珍しい客だな」

イズル「……」

???「何だよ。俺を乗りこなしたろ? もうお前には俺は必要のない存在だ、違うか?」

イズル「違うよ」

???「……」

イズル「僕は、生まれたときは一人だった。君もそうだと思うけど…」

???「ああ、それで?」

イズル「うん。それで、いつの間にか、気付いたらたくさんの仲間ができたんだ。一緒に大変なことを乗り切る仲間が」

???「なら、いいじゃないか」

イズル「君もそうなんだ」

???「……」

イズル「君がいなかったら、僕はアッシュでヒーローになんてなれなかった」

イズル「君と僕。二つ揃って、初めてヒーローになれるんだよ?」

303: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:53:55.66 ID:LxY4NCLp0
???「ヒーロー、ね」

イズル「うん。……それに、死にかけたタマキを助けたときに、言ったよね」

???「お前も一緒にヒーローになろう――忘れるわけないよ。お前がそう言ったんだ」

イズル「うん。だから、もう一回。一緒に戦ってほしい。君と僕で、ヒーローになろう」

???「……」

イズル「僕は、君だ――」

???「――お前は、俺だ…って、一騎の受け売りかよ」

イズル「言葉はそうだけど、でも、今言ったことは僕の考えだよ」

???「……そっか。そうだよな、お前は…そういうやつだ。これまで一緒に戦ってきて、ようく分かってるよ」

???「…ヒーローになろう、か。なれるのか、俺も?」

イズル「なれるよ。今だって、君は僕のヒーローで――最高の相棒なんだから」

???「…相棒、か。いいな、それ」

イズル「さ、行こうよ。皆が待ってるんだ」

???「ああ、そうだな」

イズル・レッドファイブ「「行こう、共に――」」

304: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:54:47.78 ID:LxY4NCLp0



ジュリアーノ「! レッドファイブ、パイロットの覚醒を確認!」

リン「! …まさか、本当に目覚めるなんて」

レイカ「信じられない……っ、これまで以上にハーモニックレベルがどんどん上がってる…!」

ジークフリート「出撃許可を求めています! 艦長!」

イズル『おはようございます! …お願いします、僕も行かせてください! 皆が待ってる、行かないと!』

リン「……ふぅ、いいわ、出撃許可を出します」

イズル『ありがとうございます、艦長!』

リン「今度も、絶対に生きて戻るのよ。いいわね?」

イズル『了解!』

ジュリアーノ「ルート、オールグリーン! テイクオフ、レディ!」

イズル(そうだ、僕は戦う――これまでいろんなことを教えてくれた人たち、チーム以外にできた、大切な仲間たちのために)

イズル(そして―― ここまでずっと一緒だった、チームの皆のためにも!)

イズル「――ブラストオフ!」

イズル(僕『たち』は――ヒーローになるんだ!)

305: ◆jZl6E5/9IU 2016/09/29(木) 17:56:46.27 ID:LxY4NCLp0
ランディ「トリプルドッグ、決めてやろうぜ!」
やりたい放題書いてみました。はよ某ロボゲーに出てほしい。劇場版ランディとパトリックとか存分に捏造してほしい。
では、またいつか。二十五話が楽しみです。

309: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 20:56:50.39 ID:gKsJm+sB0
受け継ぐ者

グランツェーレ都市学園――食堂

クリス「……はぁーあ。いつまで俺たち訓練生なんだろうなー」

セイ「本当にな。早いとこ俺たちもアッシュに乗ってみたいもんだ」

クリス「ちぇー、アンジュのやつが羨ましいぜ」

ユイ「またそんなこと言って……諦めなさいよ。アンジュと私たちじゃ、実力も違うじゃない」アタマガー

クリス「そりゃそうだけどさー。はぁ…タマキせんぱーい」

アン「あはは、でも確かに、先輩たちと一緒に戦いたいかもー」

セイ「俺はケイ先輩と一緒に戦ってみたいな。あのコントロールとしての仕事っぷり…」

ユイ「私はアサギ先輩と戦いたいわね。堅実な動きで敵を足止めして、後方を支援してくれて。それに、状況の判断も早くて的確だし」

310: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 20:57:33.49 ID:gKsJm+sB0
クリス「へん、タマキ先輩に比べれば、他の先輩たちは全然だけどな」

セイ「何言ってんだよ! ケイ先輩の情報処理がなきゃチーム全体の動きが…」

ユイ「前線で状況を判断して的確に動いて後方を支援する前衛がどれほど大事か分かってないわね」

クリス「お前らこそ分かってない! 敵をかく乱することでどれほど味方に貢献できてると思ってんだよ!」

セイ「ケイ先輩がすごい!」

ユイ「アサギ先輩よ!」

クリス「タマキ先輩!」

セイ・ユイ・クリス「」ムムム…

セイ「アン!」

アン「へ?」モグモグ

セイ「アンは誰がすごいと思うんだ!?」

ユイ「アサギ先輩よね?」

クリス「タマキ先輩だよな!?」

セイ「ケイ先輩だろ!?」

311: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 20:58:24.47 ID:gKsJm+sB0
アン「ええー? えっとぉ……」ンー

セイ・ユイ・クリス「」ジー

アン「あたしは、イズル先輩かなー」

セイ・ユイ・クリス「」ズコー

セイ「…イズル先輩って確か」

ユイ「授業中にマンガ描いてはスズカゼ教官に怒られまくって」

クリス「いっつもほわほわしてる、あのボーっとした人だよな?」

アン「だって、ほら、皆をまとめる指揮官がやっぱり一番重要じゃない?」

セイ「それは…確かに」

アン「スギタ教官も言ってたじゃない? チーム戦においては連携こそが重要で、各員の全力を引っ張るだけの士気を上げられる人がいるべきだー、って」

312: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:00:08.98 ID:gKsJm+sB0
スギタ「その通りだ」

チームフォーン「!」

セイ「スギタ教官!」

スギタ「それぞれが挙げたメンバーも、確かに必要不可欠な存在ではある。
だが、ヒタチ・イズルを中心として、それぞれの能力を引き出しあうことで、彼らチームラビッツはあれほど成果を上げているともいえる」

クリス「イズル先輩が…」

スギタ「君たちの中でリーダーを決めるのであれば、そのように全員をまとめてやれる者にすることだ」

セイ「皆を、まとめる……」

キーンコーンカーンコーン…

スギタ「……おっと、休憩時間の終わりか。次の授業に遅れるぞ、急げ」

クリス「っとと、いけね、お先!」タタッ

ユイ「ちょっと、走らないで! ぶつかるわよ!」

クリス「だいじょーぶーっ!」

ユイ「ああ、もう…」アタマガー

セイ「ったく、しょうがないな…ほら、アンも急げよ」

アン「あ、待ってー」タタタ…

スギタ「……」

スギタ「チームフォーン、か。例の機体、彼らになら預けてもいいかもしれないな」フッ

MJP教官「あれ? スギタ教官? いいんですか、こんなところにいて。次の授業、スギタ教官の担当でしたよね?」

スギタ「……私も急がないとな」タタタッ

313: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:01:02.78 ID:gKsJm+sB0
おしまい。
後輩ちゃんよりもスギタ教官のがずっとザンネンな人だと信じてる。
次はアンジュで一つ。

314: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:01:39.05 ID:gKsJm+sB0
いつも、私は一人でいることを心がけていた。
訓練の時も、食事の時も、プライベートの時も。
その方が気楽だったし、何より自分の力を一番発揮できる条件だと思っていたから。

「……」

宇宙ステーションスターローズ。
宇宙開発の時代が始まった頃から建造された大型の宇宙ステーションだ。
私――クロキ・アンジュは、パイロット用のロッカールームで着替えていた。

今まで、私はMJPと呼ばれる軍事機関で兵士となるべく訓練を受けていた。
それも、今日で終わり、私は正式に補充兵として前線に配属されることになった。
スターローズに新型機――ブラックシックスと共にやってきて、配属された部隊の指揮官に当たるスズカゼ艦長に挨拶を済ませたところだ。

挨拶を早々に済ませてから、とりあえずパイロットスーツのままいるわけにもいかず、私服へと着替えることにしたのだ。
それも終えると、私は部屋を出て、教えられた自室へと向かうことにした。

315: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:03:32.78 ID:gKsJm+sB0
「着替えは済んだかしら?」

「は、はい……」

そう思って外に出ると、私を待っていたらしい艦長が壁に背を預けて立っていた。
私に気付くと、彼女は姿勢を正して私の方へとカツカツとヒールを鳴らして近付いてくる。
正直人との接触をあまりしない私からすると、授業でしか面識のなかったスズカゼ艦長も、少し話しづらい。
彼女は私のそういった面も理解しているのか、特に表情も変えずに、ついてきて、とだけ言うと先を歩き始めた。

「ええと、どちらに…?」

急な言葉に、私が慌てて追いかけると、艦長は簡潔に答えた。

「あなたと同じチームのメンバーたちのところよ。これから背中を預けあうのだから、紹介するわ」

「チームラビッツの皆さん、ですか」

チームラビッツ。
私が補充で入ることとなった、同じ学園の、先輩方のチーム。
私よりも先に新型機を受領し、前線で既に活躍している方々。
先輩、という言葉に急に緊張を感じて、私は少しだけ身を強張らせた。

「大丈夫よ。それほど怖い子たちでもないから」

私の反応に、艦長は苦笑いしながら先へと行く。
もちろん立ち止まるわけにもいかないので、私はおそるおそる、まだ見慣れない基地の中を付いていった。

316: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:04:40.50 ID:gKsJm+sB0



「……はぁ、はぁっ………」

配属先の戦艦であるゴディニオンの中。私は駆けていた。
先ほどまで、私は先輩であるイズルさんとの模擬戦を行っていた。
結果は、私の圧勝だった。

が、勝負の途中から、私の中で何が何だか分からなくなっていて、正直私が戦ったのかも認識できていなかった。
何というか、そう、背後から自分が動いているのをただ私が覗いているだけのような、そんな、客観的な気分だった。

そして、その何だかよく分からない気分のまま、私はどうも先輩に大変な無礼を働いたらしい。
先輩が評価してほしいと言ったマンガを否定し、あろうことかそれを破り去ろうとしたのだ。

それを止めようとしたもう一人の先輩であるケイさんに与えられた頬の痛みと共に感覚が戻ってくると、
私は必死に謝罪の言葉を口にしながら、走り去ってしまった。

「…はぁ」

誰も周りにいないことを確認して、私は大きく息を吐いた。
どうしよう。きっと、先輩たちには最悪の印象を与えてしまったことだろう。
歓迎会をするから来て、と背後から投げかけられたイズルさんの声を思い出しながら、私は廊下の壁に背を預け、ずるずると座りこんだ。

317: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:05:36.44 ID:gKsJm+sB0
あんなことの後で、歓迎会なんてとても行ける気がしなかった。
ああ、一人で戦いたい。だいたい、後から参加させられるチームに、居場所なんて作れる気がしなかった。
ふと、他の学園の生徒たちのことを思い出す。
私と同学年の、よく一人で過ごす私に突撃してきた彼らのことを。

『アンジュー、ここ教えてー』

『タマキ先輩のローズスリーの加速力ってすげぇよな! な、アンジュ!』

『今度の個人演習は負けないからな、アンジュ!』

『え、ええと、あの……』

『アンジュが困ってるじゃない、一度落ち着きなさいよ…』

客観的に見て近寄りがたい雰囲気を纏わせる私に、いちいち話しかけてきたのは彼らくらいのものだった。
確か、チームフォーンという名前のチームだった気がする。
学園を去る前日まで、先に前線に行く私に羨望と嫉妬の声を上げて、追いついてみせると意気込んでいた。

学園に居た頃は、正直なところ少しばかり困ってしまっていたが、今となっては彼らくらいの知り合いが恋しい。
そんなことを考えてしまうくらい、今の環境に対してまだほんの数時間しか経っていないというのに、私は追い込まれていた。

しかしながら、配属を変えることなど叶わないことには違いない。
私はふぅ、と一息吐くと、ゆっくりと立ち上がった。ブラックシックスのピット艦に向かおう。
あそこなら誰もいないし、私一人で過ごせる。

そうして、私は一人、歩き出した。
余計なことはもう考えず、任務のことだけに集中しよう。私は兵士だ。ただ戦うことだけ、考えていればいい。
それで、いいんだ。

318: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/17(月) 21:09:51.25 ID:gKsJm+sB0
一回おしまい。これは続きをだいぶ前にやったスルガのやつの続きと一緒にまたやります。
地の文書くやつがまだ終わってないので次はそれとまとめてやろうと思います。
>>306
ちーらびの誕生日は特に公式にはないっぽいです。試験管ベビーだし、皆まとめて生まれるのかな、と思って書いてみました。

スマホゲーとはいえ某ロボゲーにほぼ間違いなく参戦するらしく嬉しい限りです。できれば本家でも来て欲しいですが。
ではまたいつか。早く映画を見たいです。

320: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:44:35.39 ID:X5NlfL980
『今のうちに色んな奴らと関わっておけ。そうやって自分のことを誰かに覚えてもらうんだ』

何も無い暗闇の中、昔先輩に言われた言葉が、僕の耳に響いた。
いつ、自分も他の誰かも、いなくなるか分からないから。自分以外の人たちと繋がりを持て、と教えられた。
そういう場所に僕たちはいる。
だからせめて、後悔しない選択をし続けろと、そう言われた気がした。

「ん……」

ゆっくりと、僕――ヒタチ・イズルは瞼を開いた。
うっすらとした明かりが、僕の視界を暗がりから広げてくれる。
そして、自分が自室にいないことに気付いた。

どうしてだろう、と考えて、すぐに思い出した。
先輩たちの追悼に絵を描こうと思って、集中できる場所にと、仲間の一人のアサギの部屋に行って。
それで、いつものようにチームの仲間と話していたら、急に体調を崩してしまい、病室で休むように言われていたんだった。

そうだったそうだった、と自分の置かれた状況をぼんやりと考えていると、左隣から声を掛けられた。

「あ、起きた?」

聞き慣れた声の方へと視線だけ送ると、そこには僕に付き添ってくれているチームメイトのケイがいた。
彼女は果物ナイフを片手に、紅くて丸い物体に何やらナイフを入れようとしていた。

321: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:45:32.50 ID:X5NlfL980
「ケイ…うん、何か、起きちゃった」

答えながら、僕は上体を起こした。
どれくらい眠っていたかを聞いてみると、まだ一、二時間ほどよ、という答えが返ってきた。
それから彼女は手に持っていた紅い物体をよく見えるように僕に差し出した。

「リンゴ、食べる? タマキがさっき持ってきてくれたの」

ああ、なるほど、と僕は彼女の持っているモノについて納得した。
どうやら寝ている間に他の仲間たちが差し入れに持ってきてくれたらしい果物の入ったカゴを、ベッド側にある小さなテーブルに見つけた。

うん、と僕は笑顔で頷いた。
仲間たちからのお見舞いの品。なんていい響きだろう。こういうシチュエーションはヒーローマンガの終わりなんかで見かける気がする。
戦いが終わって傷を病院で癒すヒーローとお見舞いする仲間たち。平和を噛み締めて、彼らの物語は終わるんだ。
……もちろん、現実は違うことは分かっているけれど。でも、お見舞いをもらったのはいいことだ、と僕は嬉しくて笑顔でいた。

そんな僕の考えは知らない彼女は、ただ僕に合わせるように笑ってくれて、それからナイフをまた入れ始めた。
手先が器用なんだな、と僕は彼女がするするとリンゴを剥いていく様に見とれていた。
ケイはお菓子を作るときに果物を使うこともあるから、慣れているんだろう。

322: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:47:03.63 ID:X5NlfL980
「…あんまり見ないで。何か、緊張する」

そんな僕の視線が気になったのか、ケイはくすぐったそうにすると、手を止めて僕に困ったような顔をした。
ついついじっと視線を送ってしまっていた。彼女があんまり綺麗にリンゴを剥いていくものだから、見入ってしまったんだ。

「あ、ごめん。ケイはすごいなぁ、って思っちゃって、つい」

ごめんごめん、と僕は思ったことをそのまま伝えてから彼女に謝ると、気にしないで続けて、とも加えた。

「……褒めても大したモノは出ないわよ」

言いながら、ケイはまた手を動かしだした。
彼女は的確にナイフを入れて、ただの丸い物体だったものを大きく変化させた。

「わぁ……」

思わず、僕は、手渡されたリンゴの載ったお皿を眺めて、大きく感嘆の息を吐いた。
丸いお皿の上に載ったリンゴには、ぴょんと跳ねるようになった紅い皮が乗っかかり、耳のように見えるそれが、何だか生き物を連想させた。
そう、僕のいるチームの名前、ラビッツのように。
子供みたいな僕の反応がおかしいのか、ケイは少し微笑んでいた。

323: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:48:11.89 ID:X5NlfL980
「ウサギリンゴなんてそんな驚くモノじゃないわよ?」

「でもすごいよ。こんなにかわいいモノになるんだね」

何だか食べるのがもったいないくらいだよ、と加えてから、僕はそれを一つ手に取ってしげしげと眺めた。
紅いウサギだと、何だか僕の乗る機体を思い出す。
あれはかわいい、というよりもかっこいいという言葉の方が似合うけれど。

「結局食べてしまったら、あんまり意味はないわ」

照れ隠しなのか、少しだけ冷めたようなことをケイは言った。
そんなことないよ、と僕は反論した。
素直に彼女のしてくれたことが嬉しかったし、本当にすごいと思っていたから。

「意味はあるよ。ケイがわざわざ僕のために作ってくれたんだ。僕、嬉しいよ」

「…そう」

はっきりと言いきってから、ありがとうと笑顔を見せると、彼女も笑ってくれた。
やっぱり、ケイってお母さんみたいだなぁ、と何となく思って、口にするのはやめておくことにする。
たぶん、怒るだろうから。

324: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:50:38.29 ID:X5NlfL980
とりあえず、と僕はいい加減手に取ったウサギを弄ぶのを止めて、一口かじった。
甘く、瑞々しい果実は身体によく染みた。眠っていたけれど、それでも結構疲れていたらしい。

何だか普通に食べるときよりもずっと美味しく感じた。
きっと、ケイが僕のためにわざわざ切ってくれたことが嬉しくて、余計にそう感じるんだろう。

うんうん、と頷きながら、僕はリンゴを食べる。
そんな僕を、ケイはただ黙って見ていた。
……あんまり見られると、何か変な感覚がするなぁ。
あ、そうだ。

「ケイも食べなよ。美味しいよ?」

せっかくの美味しいリンゴだし、独り占めするのは悪いし、と付け加えて、僕はもらった皿を彼女に差し出した。
言われたケイは、面食らったように断る素振りを見せた。

「でも、これはイズルの…」

「だけど、ほら、切ってくれたのはケイだし、ね」

遠慮するケイに、僕はウサギを一つ手に取って、彼女の口元に持っていく。
こうすれば、さすがに遠慮できないだろう。
や、僕も少し照れるけれど。でも、本当に美味しいから、ケイにも食べてほしいな、と思ったんだ。

325: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:52:23.22 ID:X5NlfL980
「ちょ、イズル…っ!」

慌ててケイが困ったような顔をする。その頬には朱が差し込んで、ほんのりと紅かった。
たぶん僕も同じような感じなんだろうな、と見れない自分の顔を思いながら、でも、まぁいいや、と考えることにした。

チームといえば家族も同然。家族の間では、これくらいのことはそう気にしないって言うし。
気付けばもう、リンゴと彼女の距離はほんの数センチくらいだった。

「はい、あーん」

ここまで来たら引けない、と僕はちょっとだけ意地を張った。
あーん、と促すと、彼女は観念したようにやっぱり遠慮がちに口を開いた。

ようし、と僕は手の中の果実をそのままそっと彼女の口内に入れた。

シャリ、と彼女がそれに合わせてリンゴを噛む音が僕の耳に届いた。
それから、口を半分になったリンゴから離して、まごついた様子でケイは口の中のリンゴをモグモグと咀嚼していく。
やがて、ごくん、と彼女の白い喉が動いて、リンゴを飲み込まれるのを僕は見届けた。

その後、もう一回、と僕は半分になったリンゴをまた差し出した。
二回目になると少しは抵抗がなくなったのか、比較的素直にケイはもう半分を食べてくれた。

326: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:53:00.08 ID:X5NlfL980
「ね、美味しいでしょ?」

顔が熱くなるのを錯覚しながら、僕は笑顔でケイに感想を求めた。
彼女は何も言わず、ただ、俯いて、こくりと首を縦に振った。

…耳まで紅いよケイ。そんなに恥ずかしかったかなぁ。
うーん? と僕は自分のしたことを少しだけ省みた。
そんなに気にすることじゃないと思ってたんだけれど、僕はまたズレたことをしたのかもしれない。

でもまぁ、しちゃった後だし、今更なことだよね。そう考えて、僕は皿の中のリンゴに手を伸ばす。
彼女も、いつの間にかすっかり顔の朱色が消えて、おそるおそるといった感じで同じようにリンゴを食べ始めた。
そのままお互いに何だか喋らなくなって、ただただリンゴを美味しく食べているだけになってしまった。

ただ無言で食べるのも何だか気まずいかな、と思い始めた僕は、何か話をしよう、と話題を探すことにした。
ケイは話をするのは苦手なタイプだし、こういうときは僕から話を振らないといけない。

何がいいかな。マンガの話、ヒーローの話――いや、そうだ。
いつもする話題の代わりに、さっきまで見ていた夢――というのか、何というのか、思い出していたことを話すことにした。
ケイには、何となく話しておきたいと思ったんだ。

327: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:54:52.28 ID:X5NlfL980
「さっきまでさ、ランディさんのこと、思い出してたんだ」

「…………うん」

突然の僕の言葉に、ただ頷いて、ケイは僕の話を待つ。
急な話を聞いてくれることをありがたく思いながら、僕はさらに続けた。

「前に言ってたんだ。色んな人に関わって、自分のことを覚えてもらえ、って」

そうすれば、いなくなってもその人の中に生きている。ずっと、自分がその人と一緒に戦える。
ただの精神論だけれど、でも、実際ランディさんたちはまだ、僕の心の中に生きている。
声も顔も、全部全部、忘れるわけもなかった。

そのことを噛み締めながら、僕は思ったままをさらに口にする。

「ランディさんはもういないけれど、僕はずっと覚えてる。忘れたりなんてしない」

「……うん。私も、忘れられないと思う」

ケイの言葉に頷くと、僕は、でも、と加えた。

「でも、さ。やっぱり、もっと話したいこと、いっぱいあったんだ。それをもう話せないんだと思うと、何ていうか、寂しい」

「イズル……」

どんなにその人を覚えていたって、いなくなったらもう会えない。
話をしたくてもできないし、触れることだってもうできない。

もっとこうすれば、なんて後悔がほんの僅かだけれど、僕の中には確かにあった。
その気持ちと共に、僕は自分の中の結論を口にした。

328: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:57:06.17 ID:X5NlfL980
「僕たち、言いたいことは言えるうちに言わないといけないんだと思う。…明日がどうなるかなんて、分からないから」

「……イズルは、誰かに何かを伝えたいの?」

僕の考えに、ケイが疑問を投げる。
その通りだと思った。いくらでも、色んな人たちに話したいことがたくさんあって、思い浮かんでは止まらない。
ピットクルーの皆さん、チャンドラさん、艦長、整備長、オペレーターの二人、ルーラ先生、シオンさん、ペコさん。
シモン司令、テオーリアさん、チームの皆。

まだまだ話をしたい人たちがいて、後悔しないように、伝えたいことがいっぱいあった。
でも、とりあえず今は。

「うん……ケイ、僕、言いたいことがあるんだ」

目の前の彼女から、伝えていこう。
身を改めて、僕はケイの顔を見据える。僕が何を言うんだろう、と彼女は不思議そうな顔をしていた。
そんな彼女に、僕は自分にできる限りの笑顔を見せて、はっきりとその気持ちを口にした。

「――いつもありがとう、ケイ」

「え……」

僕の感謝に、ケイはそれが予想外だったかのように目をぱちくりさせた。
僕は気にせずに言いたいことを頭の中で整理して、たどたどしい調子で続けた。

329: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:57:59.96 ID:X5NlfL980
「アンジュが、その、スケッチを破ろうとしたときも、ジアートと戦った後、僕が病室で昏睡状態だったときも、今、このときも」

彼女とあったことの一つ一つを思い返しながら、僕は言葉を繋ぐ。
そして、気持ちを込めて、一番言いたかったことで締めた。

「僕のこと、心配してくれてありがとう」

そうだ。彼女はいつだって、気付いたらいつの間にか、僕の側にいた。
僕が大変なことになったり、困ったときは、何でも力になろうとしてくれた。

彼女の存在は、僕の中では大きくなってきていた。
それが、当たり前のように感じるくらい。
きっと、それはとてもとても、恵まれたことなんだと、そう思えた。

「……そんなの、気にしないで」

僕の感謝に、ケイは笑みを浮かべてそう返した。
それから、何かを思い返すように遠くを見つめる。
何を思っているんだろう、と僕が言葉を待っていると、彼女は僕に一つ尋ねた。

330: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/18(火) 23:59:15.05 ID:X5NlfL980
「ね、覚えてる? アッシュに乗り始めてすぐの頃、リゾートでバカンスしてこいって言われたときのこと」

「うん。……どうして戦うことに平気なの、ってケイに聞かれた」

よく覚えていた。自分の戦う理由を見つめなおす、いい機会でもあったから。
記憶も無いまま、戦う以外に他に何もない僕らのことがどうしようもなくたまらなくなると言ったケイに、僕なりの答えを返したんだ。

何もない僕らにも、戦うことで、何か意味を作れるはずだって。できることが、きっと、あるんだ、って。
不確かだけれど、はっきりした自信のままに告げたのを、よく覚えている。

僕の答えに、ケイはあのときのことを懐かしむように目を細めて、とてもそれが大切なことのように続けた。

「…私、あのときのイズルの答えがなかったら、たぶんずっとふてくされたままだった。自分のいる意味を考えて、戦おう、って考えられなかったわ」

だから、ありがとう。そう、彼女は言ってくれた。
彼女なりに考えたんだろう言葉の節々には、彼女の感謝の気持ちがよくこもっているように感じた。

ふと、思い出した。一緒にヒーローになれるように頑張る、そう彼女が言ってくれたときのことを。
僕を応援してくれる人ができたことに、とてつもない嬉しさを感じたときのことを。

331: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/19(水) 00:00:41.72 ID:a4eAQXvp0
まっすぐに僕を視界に捉えると、ケイはうっすらと微笑んだ。
それから、その唇を動かして、僕にこうも伝えた。

「――私にとって、あなたはヒーローなの」

たった一つの、彼女にとっての僕。それが何なのかを、教えてくれた。
僕にとって、何よりも嬉しい言葉で。

「……ヒーロー」

「ええ」

その言葉の実感に、僕はただ、感慨深く呟いた。
僕の反応に、彼女はただ、見守るように笑ってくれた。

「ありがとう、ケイ。そう言ってもらえて、すごく嬉しい」

「……うん。私も、そう言ってもらえて嬉しい」

互いに見つめあったまま、僕らはただ無言でいた。
不思議な空気が流れていた。何の言葉もないのに、居心地のいい感覚がした。
ただこのまま、二人で一緒に過ごすのもいいかもしれない。そんな気がした。

332: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/19(水) 00:02:08.19 ID:a4eAQXvp0
でも、そんな時間もすぐに終わった。

「――おーっす、イズル!」

「――おーっす!」

「し、失礼します…」

静寂を押し破るような声に、二人して驚いて顔を見合わせた。
それからそれが誰のモノかすぐに理解して、しょうがないな、と笑って、そちらの方を見た。
思った通り、そこには他のチームの仲間――スルガ、タマキ、アンジュがどかどかと入ってきているのが見えた。

「あ、皆」

「もう、あんたたち、少しは静かに入りなさいよ」

呆れたように注意しながら、ケイは皆にイスを用意してあげると、そこに座らせた。
それから、いつも通りスルガが話題をどんどん出して、タマキがそれに乗って、アンジュが振られて困ったような顔をして。それをケイが諌めて。
僕の大好きな、チームラビッツの日常風景がそこにはあった。

333: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/19(水) 00:03:29.76 ID:a4eAQXvp0
僕も話に参加して、皆で気楽に笑っていた。
ただ――

私にとって、あなたはヒーローなの――

話している間も、不思議なことに、ケイのさっきの言葉が耳を離れなかった。
そんなに嬉しかったんだろうか、と内心問いかけてみる。

まっすぐ、ヒーローになる、ってこれまで自分に言い続けていたけれど。
こうして誰かに面と向かってはっきりとヒーローだと言われたのは、テオーリアさんのときと合わせて、これで二度目だった。

でも、あのときとは違う感覚だった。
テオーリアさんに言われたときは、心の底から力が湧いてくるような、そんな勇気のもらえる感覚がした。
さっき、ケイに言われたときは――何だか、暖かいものがあった。嬉しいには違いないけれど、何だか照れるような、熱い感覚。
どうしてだろうか、ともう少しだけさらに考えようとした。

「おいイズル?」

「え、あ、ごめん。…ええと、何だっけ?」

けれども、僕の思考は仲間の一人、スルガの声に遮られた。
僕の反応に、仲間たちは呆れたように笑って、いつものことだと特に気にせずもう一度話題を振ってくれた。

それに答えていたら、もう考えていたことはどこかへと行ってしまった。
いつか、分かる日が来るといいな。きっと、分かるだろう。
僕は気楽に自分らしく、そう結論付けて、一旦、この気持ちのことを考えるのを止めた。

それよりも今は、仲間たちに話したいことを全部話すんだ。
ランディさんの教えてくれたように、後悔しないように。
僕は、はっきりと自分のすべきことを認識して、また仲間たちに向かって、言葉を紡いでいった。

334: ◆jZl6E5/9IU 2016/10/19(水) 00:05:10.54 ID:a4eAQXvp0
おしまい。映画ではそんな余裕はなさそうだけどケイにはがんばってほしいところ。
ではまたいつか。

336: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:22:54.05 ID:73n+5yq10
振り払えない思い出がある。自分の名前を呼ぶ誰かのこと、小さいけど暖かかった家らしい場所のこと。
俺を連れて行く冷たい手の感覚と、俺を呼び続ける誰かが泣いている姿。

もうずっと昔のことに違いないけれど、大事なことなんだろう。
結構な時間が経って、諦めたつもりの今でも、やっぱり消えることもない。

だからって、その思い出をどう扱えばいいのかよく分からなくて、俺は。
俺は――

「――ガ、スルガ!」

「んあ?」

自分の肩を揺する誰かの手の感触に、俺は自分の意識を遠い世界から現実へと帰還させた。
置かれた手の方を見れば、タマキ――俺のチームの仲間の一人だ――が不思議そうな顔で上から俺を覗き込んでいた。

「どーしたのら?」

いつものように純粋さに輝いている瞳にぼうっと視線を合わせて、俺は即座に現状を整理した。

確か、そうだ、ウルガルのゲート破壊作戦のためにスターローズが発進して。
それで、クルーの連中と出発の前にと、多少話をして、チームの仲間たちと合流する前に、ちょっと一人になろうと思って。
食堂の近くにある休憩所のソファに座ってたんだ。

どれくらい時間が経ったかは知らないけど、タマキの接近に気付かないくらいには考え事に集中していたらしい。

337: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:23:51.44 ID:73n+5yq10
「…何でもねーよ」

タマキの言葉に、俺は短く返して立ち上がった。
ホントに大したことなんかじゃなかった。少なくとも、こんな能天気なやつに言うようなことじゃないのは確かだと思う。
すると、何を思ったのか、タマキは胸をぽんと叩くと、何だか急に年上ぶった調子で言った。

「悩みならお姉さんが聞くのらー」

「お前が一番年下だろうがよ」

って言っても一歳しか違わないけど。
それでも、上は上だ。
そんな俺の言葉が不服なのか、タマキは反論してきた。

「年じゃないのらー。こー、なんていうの? 精神的なー?」

何故か疑問系で締められた言葉に、俺は呆れて息を吐いた。
全然はっきりしないタマキの物言いに、やっぱり子供じゃねーか、と内心ツッコミを入れる。

338: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:24:57.03 ID:73n+5yq10
「それで考えても俺のが上だっつーの」

なにをー、と声を上げるタマキの抗議にはもう取り合わないで、俺はすたすたと歩き出した。
さっさと他の連中のいるであろう、チームの集まるバーラウンジへと向かう。
俺らしくもないことを一人で考えていたのを、早く忘れたかったんだ。

置いていかないでよー、とタマキは俺の背に声を浴びせながら、小走りで付いてくる。その姿には何だか幼い印象があった。
……なるほど、確かに末っ子感あるんだな。
一人で納得しながら、隣を歩くタマキに、何となく黙るのも嫌だったので話題を振ってみることにした。

「な、そういえばよ」

「んー?」

少しばかりフラフラとした調子で歩くタマキに、まっすぐ歩けよ、と注意しながら俺は続けた。

「さっきよ、イズルの病室でした話」

「さっき?」

さっぱり分からない、という調子でタマキは首を傾げた。
何のことだろうか、と思い返している様子だったので、俺はもっと分かりやすく答えた。

「俺たちが家族みてーだ、って話」

俺たちのチームの仲間であるイズル、それにアサギが遺伝子を共にする兄弟である、ということを知ったときに、コイツが話していたこと。
そもそも、俺たちチームラビッツ自体がまるで家族のようだ、という言葉。

もう一人のチームの仲間であるケイがお母さん、アサギがお兄ちゃんで、イズルが弟。
そんなことを、確かコイツは言っていた。

339: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:26:16.89 ID:73n+5yq10
ああー、とようやく分かったのか、タマキはぽん、と手を叩いた。

「それがどうかしたのらー?」

特に何か発展するような話でもない、といった調子でタマキはクエスチョンマークを頭の上に浮かべた。
まあそうだろう。こいつにとって、あの話はちょっとした世間話みたいなものだったに違いないし。
ただ、俺にはその世間話のことがどうしても気になったんだ。

「俺は何になるんだ?」

そう。タマキの話の中では、ちょうど俺の立場だけ何も言及されなかったんだ。
それがどうにも気になった。チームの中じゃ、コイツは俺をどう認識してるんだろうか、と。

俺の質問に、タマキはぴた、と動きを止めた。
それから、大仰に顎の辺りに手をやり、深く考えるようなポーズをしてみせる。

「スルガー? うーん…」

唸りながら、タマキは何を言わない。
おい、そんな悩むようなことなのかよ。俺はお前の中じゃどういう扱いなんだ。

ますます気になってきて、俺はタマキの答えをじっと待った。
やがて、タマキが悩みに悩んだように唸りを上げて、ようやく、一言だけ、ある単語を零した。

「………猫?」

「どーぶつかよ!」

聞くやいなや俺は速攻でツッコミを入れた。
あろうことか家族の中でも人間ですらない。俺はペットかよ!

340: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:27:54.68 ID:73n+5yq10
すると、タマキは特に悪びれる様子もなく、言い訳をした。

「だってー、スルガすっごく猫っぽいしー」

「ひでぇ……」

あんまりな答えに、何だか一気に力が抜ける気がした。
がっくりと肩を落とすと、俺の反応にタマキは若干困ったような顔をしている。

「ただの世間話じゃんー…あ、アンジュー!」

話は終わり、と言わんばかりにタマキが俺を置いて駆け出した。
その先には、後輩のアンジュが廊下の曲がり角をちょうど曲がってくるところが見えた。
困った状況を変えるちょうどいい存在の出現に、タマキはさっさと逃げてしまったのだ。

341: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:29:07.91 ID:73n+5yq10
「……ま、そりゃそうなんだけどよ」

ふぅ、と息を吐くと、俺もタマキにならって、アンジュのいる方へと急ぎ足で向かう。
もう世間話はこれでおしまい。さっさといつもの思考回路に戻すとしよう。

ただの世間話に、何となくムキになってしまった。
たぶん、家族、という言葉は俺が自分で思っているより、ずっと気になる単語なんだろう。

最近はそんなことは気にしないようにしていた。
何度『あの人』が夢に出てきても、考えるだけ無駄だと言い聞かせてきた。

ムキになってしまったのは、アサギとイズルの話を聞いて、また何となく『あの人』のことを考えてしまっていたせいだ、と思う。
イズルとアサギは、別に俺の求める『家族』ではなく、血の繋がる本物の家族だけれど、その振る舞いが、姿が、何だかまぶしかったんだ。

素直なところ、羨ましかったのかもしれない。
あんな風に、俺の求める『家族』も急に現れてしまえばいいのに、なんて妙な考えを抱いてしまった。

そうしたらきっと、もうあんな夢なんて、見ないで済むだろうにな。
ふと、そんなことが思い浮かんだけれど、そんなわけないな、と自分のバカな考えをすぐに改めて、俺はタマキたちと合流することに意識を集中した。

342: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:30:55.56 ID:73n+5yq10



ゴディニオンのラウンジで皆揃って、出撃できないイズルの分までがんばろう、と決意した後。

ゴディニオンの発進前、スターローズのアサギの部屋で待機して、戦いに勝つことを祈ってパーティをした。
それも済んだ後は、作戦開始の召集がかかるまではそれぞれで過ごそうということになって、一度俺たちは解散した。
俺は一人、作戦が始まるまでの暇をどう過ごすか、とゴディニオンの中を歩いていた。

どうせ特にやりたいことがあるわけでもない。
自分の機体でも眺めようかとも思ったけれど、何となくそんな気分にもなれなかった。
モデルガンの整備でも、とも思ったけれど、どうも趣味に興じる気分じゃないらしく、集中できなくなってしまった。

そういうわけで、落ち着かない自分を持て余した俺は、これまでずっと乗ってきたこの艦の中でも、一番長く過ごしてきた場所へと向かうことにした。
慣れた場所で過ごしていれば、自然といつもの調子に戻るだろう、という目論見があったんだ。

そうして、俺は目的地――チームで作戦が終わるたびに集まっていた、バーラウンジへと辿り着いた。
いつものようにカウンター席にでも座っていよう、と中へ入って、俺は先客を見つけて、部屋の入口で足を止める。

おや、と様子を窺っていると、その先客は窓際の方に立って外の世界を眺めているようだった。
とても見覚えのある後ろ姿だ。それもそうだ、これまで一緒に背中を預けられて、戦ってきた仲なんだから。

343: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:31:43.93 ID:73n+5yq10
「アサギ?」

「スルガか」

俺が声を掛けると、先客――アサギは軽くこっちを見て、また外に視線を戻した。
構わず、俺はアサギに近付いて、隣に並んだ。
それから、からかうように笑みを浮かべてこう言った。

「へっ、んなトコで精神統一か? 『お兄ちゃん』」

「お前までそれ言うなよ…」

ちょっとだけ嫌そうな顔をすると、アサギは小さくため息を吐いた。
イズルの兄だと分かってから、皆してコイツのことをイズルのマネして『お兄ちゃん』なんて呼んでいる。
まぁチームの中じゃ一番年上だし、ある意味では何も間違っていない。

俺のからかいにアサギはもう気にしないことにしたのか、また意識を外にやっていた。
そこには何も無い宇宙があって、その虚無を見つめていると余計な雑念も消えそうで、考え事にはちょうどよさそうだな、と思った。

344: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:33:43.23 ID:73n+5yq10
戦えないリーダーの代わりにリーダーになったこと。
そのリーダーが、自分と同じ遺伝子を持つ弟だったこと。
この戦いの結果で、自分と家族の未来や、地球に住む全ての人々の命運が決まること。

神経質なやつだから、考えだしたら止まらないんだろうな。

そんなリーダー代理の心情を思いながら、俺はアサギの表情を何となく観察する。
考え事がたくさんあるんだろうアサギの顔は、想像していたよりも暗くなかった。

昔のアサギなら、こういう思い悩むような状況になるといつも不安そうな顔をしていた覚えがあったが、どうも違った。

やるしかない、というような気持ちが出ている、そう、覚悟を決めたような顔をしていた。
不安もきっとあるにはあるのだろうけれど、それ以上に前に進もうとするような意思を感じられた。

変わったんだな、と俺はふとちょっと前のことを思い出した。

初めてアッシュに乗った後、与えられた簡単な衛星設置の任務。

のんびりと気軽な任務を遂行していたら、急な敵襲があって。
それで、慌てて迎撃準備を整えようとしたら、プレッシャーに負けたアサギが思い切り失敗した。
任務から戻った後、くやしそうにしてたっけ。

そのときのアサギと、俺の前にいる今のアサギは、まったく違う人物に感じられる気がした。

何があって、アサギは変わったんだろう。いや、理由なんて分かりきってるよな。

自分の中で生まれた疑問の答えは、すぐに出てきた。

345: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:35:03.21 ID:73n+5yq10
「家族って、どうなんだ?」

我ながら突拍子もない質問だと思った。
心の中で勝手に解決した問いの答えが、そのまま質問に変わってつい口から出てきてしまったんだ。

勝手に納得してしまった俺の心が、直接本人に確認してみたかったんだろう。
…面倒な言い方だったな、要するに気になったんだよ。

「は?」

俺のいきなりな言葉に、アサギはこっちの方へと奇妙なモノを見るような視線を送ってきた。
そりゃそうだ、と思いながら、俺は慌てて弁明を始める。

「や、ほら、イズルのやつが弟でさ、それで、何か変わったりしたのかなー、ってよ」

質問の意味を身振り手振りしながら、必死に伝える。
その甲斐あってか、アサギはああ、と納得したような表情を見せた。
それから、目線を下げて、俺に向き直る。

「……そうだな」

思わず、俺は答えるアサギの顔を見て、内心驚いていた。
これまでとあまりにも表情が違いすぎて、目の前のこいつは本当にアサギか、と思ってしまった。

俺の知ってるアサギは、もっと神経質そうな顔して、いつも渋い表情してて。
こんな風に、柔らかく笑うようなやつじゃなかったと記憶していた。

346: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:35:59.45 ID:73n+5yq10
「結構、変わったかもな」

はっきりとした調子で言うと、アサギはさらに続けた。
淀みなく、すらすらと、考えるよりも早く、自分の気持ちが口から自然と出てくるような、そんな調子で。

「あいつのこと、放っとけない危なっかしいやつだ、ってよく思ってたけどさ」

そこでアサギは区切ると、おかしくてしょうがないと言わんばかりにくつくつと笑う。
それから、何だか清々しい、すっきりとしたような顔でこうも言った。

「不思議なもんだよな、家族なんだって言われちまって、どんどん大事にしようって思えるようになるんだ」

「……そうか」

実感のこもっている答えに、特にからかうような言葉も出ず、俺はただ、頷いた。
家族ってやっぱりそういうものなのかな、と少しだけ記憶の中の人間のことを想像して、やめた。
そんな俺の反応に、アサギは何か察したのか、一つ尋ねてきた。

「…前に言ってたことでも思い出してたのか? その、お前の記憶の」

347: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:36:51.81 ID:73n+5yq10
やべ、顔に出てたのか?
内心慌てて、俺は、とりあえず素直に返すことにした。

「…まーな。今でも、たまに夢でも見るし」

以前に一度だけ、告げたことがあるあの夢のことを思い返しながら、俺は頷く。
俺にだってあったはずの、大切にすべきであろう『家族』の思い出。
そうしているうちに、アサギは少しだけ考えるそぶりを見せて、それから、話題に出したものか、と悩んだような様子でさらに質問を続けた。

「どんな感じなんだ? その、お前の家族っていうのは」

「どんな感じって――」

聞かれて、俺は言葉に詰まった。
こんな風に踏み込んでくるなんて、やっぱりこいつは変わったんだな、なんて思いながら。
それから、どう答えたものかな、と回答に迷った。

自分の記憶なんて、正直なところ、ぼんやりとした雰囲気でしか覚えていない。
アサギみたいにはっきりとした気持ちで答えられるかといえば、そんなこともないんだ。

俺の家族、か。
質問に、俺は薄い記憶の断片を一つ一つ探る。どれもこれもバラバラになっていて、どこかへと飛び散ってしまっているような感覚がする。

それでも、消えないモノは確かにあって、その中から俺はいくつかを拾い上げて。
あやふやではっきりとしないモノから、どうにか答えを形にした。

348: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:37:36.40 ID:73n+5yq10
「とりあえず、まぁ、優しい雰囲気だったよ」

それだけは感覚的に分かっている。
どんな顔で、どんな声で、どんな感触で触れてくれたのか。
うすぼんやりとした夢の中で、何度も経験したから。

「俺の背中軽くさすったり叩いたりしてさ、名前を呼んでくれるんだ。それで、子守唄かなんか歌ってさ」

若干の早口で、俺は思いつく限りの情報を伝える。
こういうときに俺の早口は実に役立つ。無駄に感情を込めずに済む。
せっかく家族に会えたアサギに、変に気を遣わせるのも悪いからな。

そう思っていた俺の流れるようにすらすらとした声は、しかし。

「それだけで、すっげぇぐっすり眠っちまってさ……それで…それで」

あっさりと、言葉の奔流はせき止められてしまって、喉の辺りから口元までの間で全部、零れ落ちてしまった。
言いたいことがなくなったわけじゃない。いくらでも頭の中にセリフが湧き上がる。
それが止まった原因は、内面での問題じゃなかった。

「お前…」

アサギが目を見開いているのが見えた。
そして、その姿を納める俺の視界がにじんでいるのに気付いたのは、それから数秒してからだった。
頬を伝うそれに気付いて、俺は乱暴に目を擦ると、何でもないように笑ってみせた。

349: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:38:59.56 ID:73n+5yq10
「…ととっ、気にすんな。どうもそんな気分じゃないってのに、こう、思い出そうとすると、勝手に出てくるんだ。人間って変なもんだよな」

へへ、と乾いた笑いを上げながら、俺は何でもないようにちょっとニヒルな笑みを返してみせる。

「そう、か……」

それだけ言うと、アサギはもう特に何も言及せず、ちょっとだけ眉を寄せて、何を言ったものか迷うような顔を見せた。

おいおい、そんな顔すんなよ。せっかくお前は家族に会えたんだ。それじゃ俺が平気だって笑った意味がねーじゃん。

「そうだよ」

ニッ、と改めて不敵に笑うと、俺はさっさと話題を切り替えることにした。
……そうだな、気にしないでくれ、自分は大丈夫だとアピールするにはちょうどいい話を振るとしよう。

「ま、俺はいいんだ。……な、タマキのやつの言ってたこと、覚えてるか?」

「……ああ、俺たち皆家族みたいだ、ってやつか?」

「それそれ。まぁ、気休めみたいなもんかもしれないけどよ、このチームが居心地いいのも確かだしな」

頷くアサギに、俺もうんうん、と首を縦に振る。

チームラビッツ、という場所。

いつもぼけぼけしたイズル、アホの子だけど憎めないタマキ。
お菓子はともかく何だかんだ皆の面倒見てるケイ、それを何だかんだまとめるアサギ。
それに、最近になってようやく馴染んできたアンジュ。

俺にとっての世界の全てだった連中。
今は、世界はもっと変わってしまったけれど。

350: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:41:02.64 ID:73n+5yq10
「そうだな…何だかんだ、お前やイズル、ケイたちが一番の付き合いだからな」

そう。どれだけ多くの人たちと関わりを持っても、一番初めにいた場所が何よりも安心できるんだ。
それはきっと、故郷、とかいう単語で表されるような場所なんだろう。
俺にとっての故郷で、帰る場所。それがチームラビッツなんだ。

それを改めて感じながら、アサギの言葉に俺はもう一つ付け加えた。
広がった世界にできた、新しい居場所のことを。

「それに、他の連中もな。ピットクルーの連中とか」

ヒデユキ、ノリタダ、タカシ。
俺にしつこく筋トレをさせようとする(実際させられた)、お節介な連中。
武器の話に関しては文句の付けようのない、俺の新しい世界の人たち。

きっと、あの連中もまた、俺にとって――

思考の最中、ふと、俺はくすぐったい視線を感じて、アサギの方を見た。
見てみてから、俺はしまったな、と自分の発言を後悔した。
俺の発言に、アサギはあんまり見ないような意地の悪い笑顔を見せていた。

351: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:42:05.02 ID:73n+5yq10
「へぇ」

「あんだよ」

俺の反応を楽しむような顔をして俺に意味深な目を向けると、アサギは続けた。

「あんな筋肉馬鹿はいやだ、ってよく言ってなかったか?」

「……別に。少しは話し相手になるんだよ、結構」

その姿の一つ一つを思い出す。
しつこく筋トレに誘っては、鍛えられて。
どっかから機密扱いのはずの最新の装備や機体の試験映像やらデータやら持ち寄ってきて。
それで、一緒にいることがいつの間にか悪くなくなって――

「ふぅん」

まだ何か言いたそうにして、アサギは俺に笑みを向けた。
何だか初いものでも見るような、俺も通った道だ、とでも言うような感じの、くすぐったい笑顔。
……よせよ、俺までお前の弟扱いかよ。

352: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:42:57.24 ID:73n+5yq10
「…じゃな、俺は部屋に戻る」

何となく居所が悪くなって、俺は回れ右をしてこの場を去ることにした。
一人にしてやろう。残った時間も少ないし、アサギだって考えたいことがあるに違いない。だからこんなところに一人でいるんだろう。
そういう理由をとってつけたように思いながら、俺は歩き出した。

「そうか。よく休めよ。作戦までもう時間もそんなないしな」

そそくさと消える俺の背中に、アサギの声。
いつもの、気配り大王なんて呼ばれてるあいつの、気遣い。
昔のあいつならまず寄越さなかった言葉だった。

人は変わるもの、か。

「ああ、じゃあな」

顔だけアサギの方へと向けて、俺はひらひらと手を振った。
家族、か――そうだな。
さっきまで特に決まっていなかった行き先が、アサギとの会話で何となく決まり、俺はまっすぐに歩みを進めた。
あんまり気が進まなかったけど、でも、まぁ。やっておいて損はないだろう……たぶん。

353: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:44:16.54 ID:73n+5yq10



ちょっとした移動の後、俺は目的地――ゴールドフォーのピット艦に到着した。
中に入れば、無駄に暑苦しい雰囲気を纏う筋骨隆々とした男たちがいるのが見える。

俺のピットクルーたち。
武器の話に関してだけは認めざるを得ない、俺の仲間。

「む、スルガ。どうした」

「パイロットは休息を与えられてるだろ。よく休め」

「鍛えすぎても筋肉が育たないからな。適度な休息が大事だ」

いつも通りの息苦しくて、でもどこかホッとする、もう慣れてしまった歓迎を受けながら、俺はそっぽを向く。
今から言うことは、正面向かって言うには、ちょっと難しいところがあったんだ。

「…その、何ていうか」

「む?」

俺の歯切れの悪いセリフの始まりに、筋肉どもは怪訝そうに俺を窺う。

やめてくれよ、そんな見つめるなってぇの。綺麗なお姉さんならともかく。

一瞬そんな言葉が出そうになって、喉元で止めた。
ガラにもなくマジメなこと喋ろうってんだ、ちゃんとしろよ、スルガ・アタル。

354: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:45:35.92 ID:73n+5yq10
「作戦始まったら、武器の換装とかすげぇ多くなるだろうし、さ――」

そうして、まずは言いたいことを一つずつ告げた。
いろいろと言葉を続けて、少しでも一番に伝えたい一言を出すまでの時間を稼ぐ。

それくらいしないと、心構えができそうになかった。
思いつく限りのセリフを早撃ちでひねり出して、そうしているうちに、言葉が完全に詰まった。

――もう後言えることなんてねぇよちくしょう! これくらいしか、ねーっての!
……これくらい、しか。

言うんだ、と緊張に揺れる唇から、俺は必死にその言葉の音を出そうとする。
そうだ、言え。後悔するようなことはしたくない。ちゃんと、言うんだ。
そして。そして――



「……よろしく頼むな――アニキ、たち」




355: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:47:46.49 ID:73n+5yq10
小さく、でもはっきりとした声で、俺は言った。言ってみせた。
嫌な緊張感があった。でも、言えたことに妙な安心感もあった。何とも表現できない、ふわふわした不思議な感覚だった。

「スルガ、お前……」

「そ、それだけだから! じゃな、あんたらも休めよな!」

驚いたような顔で何か返そうとするアニキたちを遮って、俺はくるりと百八十度方向転換して、脱兎のごとく駆け出した。
もういたたまれない気持ちでいっぱいで、その場に居続けるのが我慢ならなかったんだ。

……言った、とうとう言っちまった!
こんなの俺のキャラじゃないってのに! 何してんだ俺は!

走り続けて、俺は自分の息が上がるのを感じて立ち止まった。

「……ったく、我ながらどうかしてるぜ」

感化されすぎだっつーの。別にあの連中俺と年近いわけでもないし。血だって、繋がっちゃいないし。
…ホント、どうかしてたな、俺。

そう思っていたけど、だからって後悔があるわけでもなかった。
やってやった、という何とも言えない満足感と達成感があった。

「…家族、か」

何とはなしに呟いた。
まったくもって理解できないモノだった。
複雑で、面倒で、でも、何だかあると嬉しくて。
とにかく、よく分からないモノだ。

これが本物じゃないのは分かってる。分かってるけど、別に俺にはそれくらいでちょうどいい。
前の記憶に簡単に踏ん切りがつくわけじゃないのも確かなのも分かってる。
でも、俺にはもう『家族』がいてくれる。だから、いつかはきっと、この気持ちにも整理がつく日が来る。
そう、思えた。

356: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:49:05.74 ID:73n+5yq10
おしまい。スルガの話後半でした。二期とかあったらスルガの過去のルーツを探る話とかやってほしい。泣く自信がある。
次は映画が始まる前にどうしてもやっときたかった妄想をば。

357: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:51:29.24 ID:73n+5yq10
戦いが終わった。
敵が出現するための入り口を破壊して、侵攻を阻止することに俺たちは成功した。
ここまでに失ったモノは多かったかもしれないけれど、それでも、俺たちはやったんだ。
――だけど、勝利の喜びを俺たちは祝えることもなかった。

「――イズル! イズル!」

戦艦ゴディニオン。
その長い長い廊下を、俺とチームラビッツの仲間たちは、大仰な生命維持装置を囲みながら走っていた。
中には、俺の弟がいる。この世界にたった一人いる、俺の弟が。

弟を搬送している専属の医者であるルーラ先生が何事か専門用語を喋りながら、
艦の集中治療室へと連絡を取っているのを耳にしながら、俺たちは必死に弟へと呼びかけていた。

意識を無くし、重傷を負って、危険な状態なのは目に見えて分かる。だからといって、俺たちにできることはない。
だからせめて、仲間として、家族として、こうして呼びかけ続けている。

「――悪いけれど、ここからは私だけで」

廊下の果て、集中治療室へと着いて、先生は付き添いはここまでだ、と俺たちを止めた。
ここから先は、俺たちじゃない。先生にとっての戦いが始まる。邪魔なんてできるわけがない。

358: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:52:15.33 ID:73n+5yq10
「イズルを、弟をお願いします! お願い、します――」

「お願いします!」

頭を何度も下げて、俺は叫ぶように先生に伝えた。なりふり構ってるような余裕なんてなかった。
後ろで仲間たちも俺に続く。コイツらにとってだって、イズルは家族みたいなものなんだ。そう、思えた。

「当たり前よ。せっかく勝ったんだもの、一番の功労者に生きててもらわなくてどうするのよ」

先生は不敵に笑うと、任せておきなさい、とだけ応えて、治療室の中へと消えた。
重たい扉が閉まり、上の施術中であることを伝えるランプが点灯した。

「イズル……」

ランプを睨み付ける俺の背後、仲間のケイが掠れた声で呟くのが聞こえた。
弟の名前を何度となく叫び続けたせいで、喉が渇いてしまっているんであろう彼女の心配が痛いほどに伝わってくる。
そんなの、俺だって、そうだ。本当にイズルは大丈夫なのか、不安でたまらなくなる。
でも、俺は。

「…大丈夫だよ」

「アサギ…」

「イズルは、大丈夫。信じよう――」

せめて、俺は。不安なんて出さないで、アイツの無事を信じよう。
大丈夫だ。イズルは、ヒーローなんだ。ヒーローっていうのは、どんなに大変なことだって、乗り越えられるものなんだ。
何度も何度も、頭の中で繰り返した。ヒーロー。アイツの信じるものだ。俺も、アイツの信じたものを信じる。
それだけが、俺に――イズルの兄として、できることだから。

359: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:53:18.21 ID:73n+5yq10



イズルの施術が終わった。イズルはまだ目覚めない。ルーラ先生によれば、とりあえずは命に別状はないらしい。
すぐは無理でも、いずれ必ず目を覚ますだろう、ということだった。
しかし、イズルの目覚めを待つ時間は俺たちにはなかった。

――また次の戦いが、俺たちを待っていたんだ。

「……」

ゴディニオンにあるパイロット用のバーラウンジ。
そこで俺は一人、窓の外を眺めて、作戦開始までの時間を過ごしていた。

補給だってままならない状況ではあるけれど、敵は待ってくれない。
イズルも目覚めない。戦力は大幅に落ちているし、味方の艦隊だってかなり消耗している。
正直なところ、俺たちだけでやれるか分からない。

どう考えても劣勢な状況のことを、一人で考えていたかった。
そのために他の仲間たちのいない場所を探して、何となくここに行き着いた。

ここから外を見ても、ただただ何も無い真っ暗な世界があるだけだ。そうやって、何も無い宇宙を眺めて、俺は深く考えていた。
イズルのこと、これから来る敵のこと。そして――

360: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:54:25.47 ID:73n+5yq10
「アサギ」

背後から掛けられた声に、俺は振り向く。
気付かないうちに、一人の少女が俺の背後に立っていた。

「ケイか」

なるべく余裕のある風に振舞おうとしながら、俺は彼女に応えた。
彼女――ケイはそのまま近くまで歩み寄ると、僅かに聞こえるくらいの音量で一つ尋ねた。

「大丈夫…?」

ただただ俺を心配するような声色で、彼女はこちらの様子を窺ってくる。
その瞳は不安定に揺れていて、隠そうとして隠しきれていない、何だか疲れた印象を俺に与えた。

それはこっちの言葉だ、と思ったけれど、それは言わないでおく。
彼女だって、たぶん、同じ気持ちだから。

「ああ、俺は大丈夫」

答えて、俺は瞳を閉じた。
確かに、不安もあった。今の装備や戦力で、どこまでやれるのかなんて分からない。
でも、それ以上に大きな使命感が俺を動かそうとしていた。

361: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:55:22.13 ID:73n+5yq10
「――イズルはヒーローだ。けど、いないなら俺たちでヒーローになるしかない」

そうだ。イズルは皆を守ろうと必死に戦った。
その姿はヒーローだったし、あいつがいなければ地球は守られなかった。
だけどあいつは今寝ている。だから、今度はイズルのいない俺たちでヒーローになるんだ。

あいつにばかり、活躍させるわけになんかいかない。

「そのためにも、今はしょげてる暇なんてないからな」

はっきりと言い切って、俺は笑みを浮かべた。
我ながら無理のないそれなりに穏やかな笑顔だったと自信を持って言えた。

そうだというのに、俺の笑顔に、ケイはさらに表情を曇らせた。
どうしたんだ、と俺が聞く前に、ぎゅ、と彼女が両手を握り合わせる。
それから、うつむき加減になると、小さな声が俺の耳に微かに届いてきた。

「お願いだから、無茶はしないで……」

搾り出すような声に、俺は何も言わず、ただ聞いていた。
彼女の両肩は震えていて、何だか行き場のないような感情が言葉に篭っていた。

「あなたはイズルの、たった一人の家族なんだから」

だから、無理しないで。そう、彼女は最後に付けて言葉を締めた。
返す言葉を考えながら、俺はケイの言ったことの意味を思う。

分かってる。あいつに『とっては』俺しか家族はいないことになっているのだ。
その俺がいなくなれば、自惚れが過ぎるかもしれないけれど、あいつが悲しむ。
そんなの、分かってるんだ。

362: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:56:41.47 ID:73n+5yq10
「……なぁ、ケイ」

だからこそ、と俺はこれから口にする言葉をいくつも頭の中に思い浮かべる。

あいつの側には、たくさんの人がいる。
俺だけじゃない。チームラビッツの皆、スズカゼ艦長やサイオンジ整備長、あいつのピットクルー。
それに、あいつの知らない父親と母親。

そして、俺のただ一人の弟のことをきっと、誰よりも想ってくれる――

「イズルのこと、好きなんだろ?」

突然の質問に、彼女は鉄砲玉を食らったハトみたいに驚いた顔を見せた。
それから、顔を若干赤らめて、口をパクパクさせる。

「な、何を急に……!?」

「いいから。何となく分かるよ、それくらい」

あからさまだからな、と俺は苦笑いしながら、言葉を探す。
彼女に伝えたいことは、たくさんあった。これまでの自分、そして彼女と、弟。

たくさんたくさん、思っていたことがあって、そのどれもが大切なことだと感じていた。
でも、与えられている時間はあまりにも少ないのも分かっていた。だから、せめてこれだけは。

363: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:58:11.50 ID:73n+5yq10
「あいつ、どうしようもないくらいニブいし、危なっかしくって放っとけないし、兄として結構心配なんだ」

必死に、俺なりに伝えられる言葉を探して、探して。今のうちに、と話そうと思っていたことの全てを心の底から捻り出した。


「これからのあいつのこと、支えてやってくれ。ケイなら、きっとできるから」


どうか頼む、と俺はそう言って、彼女に微笑みかけた。
人は、一人でいるわけじゃない。傍にいる誰か、それを決めるのは、血のつながりだとか、そんなものでもなくて。
たぶん、たった一つの感情なんだろう。

「…イズルなら大丈夫よ。あなたもいるんだから」

俺の頼みごとに、彼女は噛み付くように返した。
そんなことを言うんじゃない、というような彼女の声には、若干の怒気がこもっていた。

確かに、これじゃ何だか遺言みたいだ。我ながら言い方を間違えたな、と俺は自分の言葉を省みる。
もっと、気楽な言い回しの方がいい。その方が、ウチのチームらしさってやつがあるしな。


「――あいつもいい歳してんだ、兄離れしてもらわないとな」


冗談めかして言うと、できる限りの笑みを浮かべた。
無理はしていない雰囲気は十分に纏えるくらいのものが何とかできた。と思う。たぶん。

364: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 19:58:37.80 ID:73n+5yq10
「アサギ……」

そんな俺の目を見て、ケイは何事か言おうとした。
きっと、彼女にもあるはずの、伝えたいこと。
しかし、その先を聞くことはできなかった。

『――まもなく、作戦宙域に到達。チームラビッツはブリーフィングルームへと集合せよ』

艦内にオペレーターのアナウンスが流れてくる。
……戦いの時が、近付いているんだ。
俺は空気を入れ替えるように息を吐くと、ラウンジの出口へと歩き出した。

「さ、行こう。こんな戦いなんか終わらせて、皆でイズルのところに帰るんだ」

話は終わりだ、とケイを促して、俺は先へと歩く。
彼女は何事か口にしたそうにしていたけれど、そんなことをしている時間はないのも分かっているのか、それ以上は何も言わなかった。

「…ええ。行きましょう。皆で帰るためにも」

代わりにそれだけ後ろから聞こえて、ああ、と俺は返した。
そうだ。絶対に皆で帰るんだ。俺には、たった二人だけの大事な家族がいるんだ。
その人たちのためにも、必ず地球は守る。そして、生還してみせるんだ。

必ず、還ろう。あいつが待ってる――

365: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/01(火) 20:03:10.70 ID:73n+5yq10
おしまい。映画まで後三日です。待ちきれない気持ちで日々悶絶してしまうばかりです。
読んでくださる方がどれほどいるのか分かりませんが、保護者の皆様もきっと同じ気持ちだと思っています。
では、また余裕ができれば、映画前日に来ようと思います。

それはそれとして、ケイのケーキ販売おめでとうございます。

367: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/03(木) 21:32:00.79 ID:z4ZySNfr0
君の中のヒーロー

木星圏――ウルガルゲート跡

レッドファイブ「」バチッ、バチチッ…

イズル「…う……」

イズル(身体中が痛い…視界がぼやけて、何も見えない……)

イズル(ジアートは…どうなったんだろう……皆、は…無事なのかな……?)

イズル(爆発…すごかったんだ……レッドファイブ、お前も、たぶんダメなんだろうな……)

イズル「っ……」

イズル(指一つ動かせない……僕は、どうなったんだろう……)

イズル(何も分からない…何も、聞こえない……皆、大丈夫なのかな…?)

イズル(シモン司令…艦長、整備長…クルーの皆、ルーラ先生、オペレーターの二人…シオンさん、アンナちゃん……)

イズル(ケイ……タマキ…スルガ…アンジュ、それにお兄ちゃん…)

イズル(テオー、リアさんは……)

368: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/03(木) 21:32:38.28 ID:z4ZySNfr0

「――る! ――ずる!」

イズル「!」

イズル(今の、は……もしかして――!)

アンジュ「イズルさん!」

アサギ「イズルっ!」

スルガ「イズル! イズルーっ!」

タマキ「イズルーっ!」

ケイ「イズル…!」

イズル(聞こえる…皆の声だ……)

イズル(伝え、なくちゃ……)

イズル(僕は…まだ、生きて……)

イズル(ちゃんと、ヒーロー、に……)

イズル「」フッ

369: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/03(木) 21:34:16.10 ID:z4ZySNfr0



イズル(……そこで、僕の意識は途切れた)

イズル(たぶん、皆の声が聞こえて、一気に力が抜けちゃったんだろう)

イズル(死んだ、ってことはないだろう……たぶん、きっと)

イズル(ちょっと自信はない。だいたい、意識がないんだから、自分が生きているかどうかなんて分からない)

イズル(こうやって考えてるのも、もしかしたらいわゆる幽霊ってやつに僕がなってしまったのかもしれないし)

イズル(でも、仮にそうだとしたら、たぶん、今頃僕はランディさんとパトリックさんとで大人のビデオでも見てるだろうから、それはない、と思いたい)

イズル(仮定の話ばかりでも、と思うし、一つだけ、珍しく自信を持って言えることを言いたいと思う)

イズル(僕は、ヒーローになれた。僕を呼ぶ皆の声、それを聞いて、確かにそう感じたんだ)

イズル(僕の中にある、僕が望んだ、僕だけのヒーロー)

イズル(そして、それがきっと未来の僕を目覚めさせてくれる)

イズル(目が覚めたら、とりあえず皆にこう伝えよう)

イズル(――僕はヒーローになれたよ、と)

370: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/03(木) 21:37:30.47 ID:z4ZySNfr0
おしまい。最終回をもう一度見て思いついたネタでした。
では、またいつか。明日舞台挨拶来られる方がもしいたら、特に何かあるわけじゃありませんが同じ一ファンとしてどうぞよろしく。
私は夕方の方の舞台挨拶に行きますので。

372: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:01:41.49 ID:xGO9Buas0
初めて彼に会ったときに抱いた印象は、一言で言えば、ザンネンといった感じだった。
優秀なんだろうな、と思う反面、どうもよく分からないところで外してくるというか。
そんな彼だから、生徒たちに慕われるのだろうか、とも思う。

「ふー……」

北海道は富良野。
MJP機関、グランツェーレ都市学園の兵器開発部の格納庫。

私――サイオンジ・レイカは大きく息を吐いて、ハンガーにある四つの機体を見上げた。
ブラックシックスのデータを基に開発中だった、新しい量産機たちだ。

今度、敵の重要拠点に一転攻勢を仕掛けることが決まり、どうにか戦力増強のためにロールアウトできないものか、という司令の要請を受けたのだ。
こちらとしても、たった六人の子供たちに戦力の大部分を任せるというのは嫌だったので、少しでも彼らの負担が減れば、と急ピッチで開発していた。
が、結果は。

「動かしたかったなぁ」

時間は足りず、人手も足りず。
システムの部分が不十分なまま、自慢の(が付く予定だった)機体は日の目を見ることはなくなってしまった。
しかしながらどうにもならない。人材が足りないのだ。

さ、帰るかー、と私は大きく伸びをしながら出口へと向かう。
整備班の長として、私も前線に赴かなければならない。出発まであまり時間はなかった。

373: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:03:31.23 ID:xGO9Buas0
「サイオンジくん」

「あらま、スギタくん」

格納庫を出てすぐ、私を待っていたかのように手を上げて、同期の教官――といっても、私の友人の艦長の、教官時代の同期だけれど――がこちらに歩み寄る。
彼――スギタ教官は、私に一本の缶を投げてくる。それは、私の好物だった。

「お疲れさま。結局、新機体は完成せず、か」

「あんがとー。…ま、急なことだったからねー」

礼を言いながら、私はもらったモノ――お酒を手の中で弄びながら、少しまだ未練がましい調子で返した。
あれが完成すれば、もっとあの子たち――チームラビッツの負担も減ったというのに。

つくづく、惜しい話だと思う。
すると、そんな私の心境を読んだように、スギタくんはこほん、と咳払いしてからこう言った。

「こちらで残りのシステム面の開発を進めておく。まぁ、そちらの作戦には間に合わないだろうが……」

君のしたことは無駄にはしない、と言外にそう伝えると、彼はこちらに微笑みを向けた。
あんがと、と私はもう一度礼を言って微笑み返す。

彼は進んで教官職を選んでいるそうだが、その選択は間違いじゃないだろうな、と思った。
こういった人のことを思ってやれる人間こそが、向いているんだと感じていた。そう、それこそ彼と私の同期の艦長のように。

374: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:04:17.40 ID:xGO9Buas0
そう思いながら、見送るよ、と言って、歩く私に並んで付いてくるスギタくんの横顔を眺める。
やはり悪い人ではないな、と思った。まぁ、多少ポンコツというか、足りない部分もあるけれど。
そういうところがまた、一つの魅力になっているんだろう、とも思う。

と、私が特に彼の知ることもないであろう査定をしていると、突然スギタくんが立ち止まる。
もう学校の駐車場、私の車までそう遠くないところだった。

「…あー、ところで、その」

「んー?」

何か遠慮がちな調子で、スギタくんが口を開く。
はっきりしない様子で、もごもごと言葉を喉元で蠢かせながら、彼は迷ったように視線を泳がせる。

言いたいことがあるならちゃんと言えばいいのに。
何となく彼の話題に出そうとしていることを察しながら、私は言葉を待つ。
彼はこういう時に限って、とにかく奥手なのだ。

やがて、待っているうちに、ようやく彼はたった一つ、普通の質問をしてきた。

「スズカゼくんは、その、元気かな?」

375: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:05:25.38 ID:xGO9Buas0
ふー、と私はため息を吐いた。
待った末に出てきた質問に、思わず呆れてしまったのだ。

「……スギタくんさー」

「な、何かな?」

そういう気持ちが前面に出たような口調で言葉を始めながら、私はじと、と彼を見つめる。
見つめられた彼は、とても困ったように眉を下げて、何だか母親に怒られている幼い子供みたいな表情をしていた。

私は構わずお説教をする。

「前から思ってたけど、そういうの直接聞きなさいよ。仕事が絡まないとまともにリンリンと喋れないのは分かってるけどさー」

「う……そ、それは、その、あの」

痛いところを突かれたように、オロオロとスギタくんが返す言葉に詰まる。
以前から、このザンネンな彼が私の友人である女艦長に、憧れだか好意だか――たぶん後者だと思うけれど――を抱いているのは知っている。
もちろん、その対象の艦長がどう思っているのかは知らないけれど。

彼女がまだ教官職であったときは、よく一緒に仕事をする機会が多いのよね、なんてことを彼女がたまに話していたのをよく覚えている。
何か話をするの、と聞いてみたら、仕事の話しかしないわよ、とも返されたのも。
後でそのことを彼の方にも尋ねてみれば、緊張して話なんて全然できない、と言われた。

376: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:06:22.74 ID:xGO9Buas0
どうにも、それは今も変わらないらしい。たまに仕事の連絡で事務的な会話があるくらいで、プライベートな話は一度もしたことがないそうだ。
……まったく、そんなんじゃあの子といい仲にはなれそうにないわね。
そうは思いつつも、私は、まだいくつか言い訳を述べている彼が若干かわいそうにもなって、多少のフォローをすることにした。

「……ま、作戦が終わってからでもいいから、一回電話でもしてみたら? 話したいこと、いっぱいあるんじゃないの?」

「……あ、あぁ。やってみる、たぶん、きっと、何とか、おそらく………」

私の提案に、彼は自信なさげにそれだけ返す。
…もう、あんたどこのイズルちゃんよ。

そうこうしているうちに、私の車のところにたどり着いた。
その頃には、スギタくんもすっかり調子が戻ったのか、さっきよりもマジメな顔に戻っていた。

切り替えのできる、仕事にマジメなタイプなんだけどねぇ、と私はつくづく惜しい人だな、と思ったけれど、それは言わないでおくことにした。
たぶん、言うと調子に乗ってくるだろうから。

377: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:08:13.68 ID:xGO9Buas0
「じゃね、新機体の方、お願いね」

「ああ。任せてくれ。必ず、完成させておく」

ドアを開けながら、残った任務を託す。お互い、やるべきことは知っていた。
戦う場所は違うけれど、それでも、誰のために何のために、ということは理解しているのだ。

私は車にキーを挿し、エンジンをかける。
それから、窓を開けて、もう一度スギタくんに別れを告げようとした。

開けた窓から視線をやれば、窓の外で、この学園の生徒たちが卒業するチームラビッツを送り出したときのように、スギタくんは礼をしていた。
同じように、私も礼で返す。

「――無事に帰ってきてくれ、君たちの成功を祈っている」

「――あんがと」

そうして、私たちは別々に、それぞれの行くべきところへ、やるべきことをやるために進んだ。
どちらも目的は同じはずだ。私たちの代わりに戦う子供たちへの、最高のサポートをする。
それが私たちのするべき戦い。教官と整備長ではやり方が違っても、それでも、目指すものは変わらない。

――私たちは進む。子供たちの未来のために。

378: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/05(土) 20:12:15.75 ID:xGO9Buas0
おわり。スギタ教官(CV杉田智一)が活躍するかもしれない劇場版マジェスティックプリンスは絶賛TOHOシネマ系列で上映中!
ニコ生さんで木曜日からテレビシリーズの一挙放送もあるので、これを機会にマジェプリを知らない方も見てみてください。おもしろい作品だと言い切れます。
ここを読んでくれる人がいるのかは分かりませんが。では、またいつか。

381: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:48:15.01 ID:qOXiLZtq0
俺の歌を聴け!

スターローズ――ブリーフィングルーム

イズル「広報活動、ですか?」

リン「ええ。ケレスの戦いの後で色めきだっているマスコミへの対策と慰安も兼ねて、ね」

アサギ「……ほぼ敗北したって事実に対して、俺たちの話題が隠れ蓑になるわけですか…何をするんですか?」

リン「――――」

ケイ「…あの、それ本気ですか?」

リン「……任務は任務よ」

タマキ「ふへー……」キラキラ

ケイ「なんで目を輝かせてんのよ…」

スルガ「まーまー、いいじゃん。おもしろそーだしよ」

382: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:49:05.98 ID:qOXiLZtq0
アサギ「…俺はそんなことするために兵士として訓練してきたんじゃないんだがな」

イズル「あ、あはは…大丈夫だよ、アサギ。僕だって自信ないし」

アサギ「別に自信がないわけじゃない!」

スルガ「はっはーん? あんだよ、アサギ。地球中に恥さらしたくないんなら言えよなー」ニヤニヤ

アサギ「…っ、上等だ」

イズル「す、スルガ…」

スルガ「(気にすんな気にすんな。いやはや、簡単でいいよ。マジメなヤツはさー)」

タマキ「がんばろーね、ケイ」ニコニコ

ケイ「…分かったわよ」ハァ

リン「…なお、本番は二週間後となっている。ペコ?」

ペコ「はいー。そうと決まれば、さっそくレッスンを始めますよー。頑張りましょ!」グッ

イズル・タマキ・スルガ「「「はーいっ!」」」グッ

アサギ・ケイ「……不安だ(ね)」フー

リン(大丈夫かしらね…)フー

383: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:49:57.16 ID:qOXiLZtq0



二週間後、とあるライブ会場

『俺の歌を聴けーっ!!』

『私の歌を聴けーっ!!』

『準備はいいんかねー!?』



ワーッ! パチパチパチパチ…

イズル「うわぁ…」ドキドキ

アサギ「すげぇ歌……」

スルガ「おおー美人にかわいい子がいっぱい!」キラキラ

タマキ「あの歌ってる人ちょーかっこいい!」キラキラ

ケイ「こんなハイレベルな歌の後で私たちが歌うっていうの…?」

イズル「ようし! 頑張ろう!」グッ

アサギ「どうやったらそんな気分になれるんだよ…」イガー

スルガ「いやー、さすがに物怖じしちまうなー」

タマキ「何か楽しそうなのら! がんばろ、ケイ!」

ケイ「今すぐにでも帰りたいわ…」

384: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:50:41.50 ID:qOXiLZtq0
コン「あ、皆さん!」

ケイ「あ、あなたは…」

タマキ「おー、広報の人なのらー」

コン「皆さんも出番ですか?」

イズル「ええと、『も』っていうのは…」

コン「私も今回の任務に参加することになりまして」

アサギ「よ、よかった仲間がいるなんて…俺たち、素人ですから。あんなうまいのの後で歌うなんてとてもとても…」イガー

コン「あはは。頑張りましょう?」

イズル「はい!」

385: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:52:04.84 ID:qOXiLZtq0
パチパチパチパチ…

ペコ「男子の皆さーん、出番ですよー」タッタッタ

アサギ「げっ」

イズル「よ、よーし。ぎゃんばろう、おー!」グッ

スルガ「噛むなよ…」

アサギ「っつーか何だその手は」

イズル「え? ほら、よくあるじゃない。三人で真ん中を囲んで手のひらを重ねて沈めてさ…」

アサギ「やらねーよ」

イズル「ええー……」

386: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:53:37.21 ID:qOXiLZtq0
ペコ「あのー、もう時間ないですよ?」

スルガ「へへ、うーし! 行くぞ!」タタッ

アサギ「おい勝手に先に行くなよ!」ダッ

イズル「あ、二人とも待ってよ!」タタッ

ケイ「…大丈夫かしら、皆」

タマキ「大丈夫大丈夫、骨はあたしたちで拾うのらー」

ケイ「私も自信ないんだけど…」

コン「あはは、ノリと勢いで案外どうにかなりますよ」

ペコ「さ、始まりますよー」

387: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:54:35.67 ID:qOXiLZtq0



『それではここで、本日の特別ゲスト一組目から参りましょう! 噂の英雄君たち、チームラビッツの男の子たちからだ!』

ワーッ!! パチパチパチ…

ちーらび男子「」パッ

♪~

スルガ『――あと――どれぐらいだろう――僕たちが―― 一緒にいれるのは――』

イズル『思ったより時間は――ないんだと――気付いているのに――』

アサギ『「今日」が――あることは――奇跡的だと――』

ちーらび男子『いつの日か――振り返るのかな――』



ケイ「……何よ、上手いじゃない」

タマキ「へー、見直したのらー」

388: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:57:29.19 ID:qOXiLZtq0



スルガ『そんなこと――構わない――出逢えたこの喜びを――ああ――歌いたい――』ウットリ



ケイ「さすが目立ちたがりね」

タマキ「スルガらしいのらー」ニコニコ



ちーらび男子『明けない夜はないから――ああ――歩いてく――希望を胸に――』

ちーらび男子『明日を信じて――』

♪~

ちーらび男子「」ペコリ

パチ…パチパチパチパチ……! ワーッ!



ケイ「ホント、やるわね……」フフッ

タマキ「でもなんか笑えちゃうのらー、あんなマジメにしてるの初めて見たかもー」クスクス

389: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:58:28.21 ID:qOXiLZtq0
イズル「た、ただいまー」

スルガ「いやーすごかったな! こりゃ後で出待ちとかあるんじゃねーの! そしたらとうとう俺も…!」ウッヒョー

アサギ「よくそんなこと考えられるな…っ、もう二度とこんなのやらないからな……」イガー

イズル「えー、でもアサギの歌声かっこよかったよ?」

アサギ「お前に褒められても嬉しくもなんともない!」

イズル「えー…」

スルガ「ほっとけイズル。次はお前らだろ? 大丈夫かー?」ニヤニヤ

タマキ「ふーんだ! スルガなんかよりも一億万倍は上手に歌うのらー!」

イズル「一億万?」

ケイ「触れなくていいと思うけど…ねぇ、ホントに行かないとダメかしら?」

ペコ「お仕事ですよう。それにケイさんもっと自信持っていいですよ? 正直、こんな状況じゃなかったらどこかでデビューしてもいいくらいです」

ケイ「や、そんなこと言われても…」

390: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 22:59:12.60 ID:qOXiLZtq0
イズル「大丈夫だよケイ! ケイの歌声は綺麗だし、僕、ケイの歌好きだな」

ケイ「い、イズル……」

アサギ「まぁ、俺たちよりはずっとうまいだろ、たぶん。ハードルも下がってるから、ほら、行ってこいよ」

スルガ「アサギもうちょっと言い方があんだろー。っつか、俺はうまかったろーが!」

ケイ「アサギも……」

タマキ「行こ、ケイ! あたし、ケイと一緒なら誰よりも上手に歌える自信があるのら!」

ケイ「…分かったわ。行きましょうか」

タマキ「うん!」ニコリ

ペコ「お話もまとまったようですし、ささ、出番ですよ!」

コン「頑張ってください!」

タマキ「はいにゃん!」

ケイ「が、頑張ります…!」

391: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:01:19.59 ID:qOXiLZtq0



『さぁ、休憩明けの再開と参りましょう! お次は同じく特別ゲスト、チームラビッツの女の子たちだ! そのかわいらしい歌に聞き惚れてくれ!』

ワーッ!! パチパチパチ…



イズル「ケイ、タマキ、ファイト!」グッ

スルガ「さーて、どんなもんかねー」

アサギ「…がんばれよ、二人とも」ボソッ



ちーらび女子「」ペコリ

♪~

ケイ『――生きた証を――漂う涙で――分かる時もあるの――』

タマキ『支えてくれる――大切な人に――アリガトウってささやく――』

ケイ『ずっと――探し続けた――』

タマキ『絆――そこに――あるから――』

ちーらび女子『繋がってゆく――夢――』



スルガ「…ちぇー、やっぱうまいな、二人とも」

アサギ「ああ…とてもいつもの二人には見えないな」

イズル「うん……ケイ、やっぱり綺麗な歌声だなぁ」

392: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:03:08.40 ID:qOXiLZtq0



ケイ『ねぇ――ほら待っているよ――』

タマキ『一人じゃないんだね――』

ちーらび女子『温かくて――包んでくれる――気持ち――』

ちーらび女子『とても――嬉しかったの――』

ちーらび女子『だからもう一度笑顔見せて――“タダイマ”を――』

♪~

ちーらび女子「」ペコリ

ワーッ!! パチパチパチ…!



イズル「すごかったね!」

アサギ「そうだな、納得の拍手だ」

スルガ「なんだよ! 俺たちの時より盛り上がってるじゃねーかよ!」

イズル「あはは…でも、しょうがないかも」

アサギ「…ああ、こりゃ勝てないな」

393: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:04:31.03 ID:qOXiLZtq0
タマキ「たっだいまーっ!」ニコニコ

ケイ「た、ただいま……」ウツムキ

スルガ「おー、お疲れー」

イズル「? どうしたの、ケイ? 俯いちゃって」

ケイ「いえ、その、なんというか、その。なんだか、恥ずかしくて…」

スルガ「んだよー、あんな堂々と歌ったってのに」

ケイ「それは、その、空気に呑まれただけで、いざ、戻ってくると何だか一気に恥ずかしくなってきたというか…」

イズル「大丈夫だよケイ!」

ケイ「イズル…?」

イズル「ケイの歌すっっ、ごく! よかったよ! 聞いてた人たちだって、そう思ったからあんなに拍手してくれたんじゃないかな?」

アサギ「そうそう。それに、少なくともケイの隣にいるやつは、とっても満足したみたいだぞ」

タマキ「うん! ケイと歌って、あたし、すっっ、ごく! 楽しかったのら!」

ケイ「タマキ…」

タマキ「ケイは、やだった?」

ケイ「…もう、そんなわけないでしょう? 私だって、あなたと歌って、すっごく楽しかったわ」ニコリ

タマキ「ケイーっ!」ダキッ

ケイ「ちょ…苦しいわよ、もう」クスクス

394: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:05:07.93 ID:qOXiLZtq0
コン「皆さん、お疲れ様でした!」

ペコ「あとはもうライブを楽しんでてくださいねー」

コン「皆さんの歌、とってもステキでしたよ? 私も皆さんに負けないくらい、精一杯歌ってきますから!」

イズル「は、はい。その、えっと、頑張ってください!」グッ

コン「はい! じゃあ、行ってきます!」グッ

タマキ「ファイトー、なのらー!」

スルガ「なぁ、っていうかあの人広報官なんだろ? なんでそれが歌うんだ?」

アサギ「さぁ…見れば分かるんじゃないか?」

イズル「あ、始まるよ!」

395: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:06:33.70 ID:qOXiLZtq0



『さぁ! 盛り上がってきたところで、最後の特別ゲストといこう! GDFが誇る元・歌姫! 我らが広報のアイドル! コン・ナツミだーっ!』

ワーッ!!  ピューピューッ!! パチパチパチ…!

コン『――皆さん! 本日はお集まりいただきありがとうございます! 二組の特別なゲストに負けないくらいの歌を届けます! 聞いてください、「PROMPT」!』

♪~

コン『――加速する鼓動――抑え込む衝動――』

コン『理性は素早く――イメージングする――』



スルガ「へー。うめーなー、あの人」

ペコ「元々は歌手だったそうですからねー」

タマキ「ふぇー、ふぁんでしょんなふぃとが」モグモグ

アサギ「何で塩辛食ってんだよ…」フー

タマキ「元気に歌ったらお腹減ったのらー」ニコー

ケイ「せめて喋りながら食べるのはやめなさい」フキフキ



コン『流星(ほし)に託した――願いはいつも――』

コン『幸せの――欠片――見つけること――』

コン『瞬いている――光の粒子(つぶ)は――』

コン『誰だって心の中にある――Your hero――』



イズル「…いい歌だなぁ」

396: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:08:45.16 ID:qOXiLZtq0
♪~

コン『ありがとうございました!』ペコリ

ワーッ!! パチパチパチパチパチパチ…!



イズル「お疲れ様でした!」

コン「あ、皆さん。皆さんこそ、お疲れ様でした!」

スルガ「とってもステキな歌でした! もう僕の心はそう、アーマーピアッシング弾を装填した――」ペラペラ

コン「え、ええと?」

アサギ「こいつのことは放っておいて大丈夫ですから。……その、とてもいい歌でした。大した感想が出なくて、申し訳ないですけど」

ケイ「なんていうか、その…勇気の出てくるような、力の出てくるかっこいい歌だな、って思いました」

タマキ「お姉さんかっこよかったのらー!」

コン「あはは、ありがとう。実はこの曲、あなたたちをイメージして作ったんですよ?」

イズル「僕たちを?」

コン「ええ。あなたが記者会見の時に言ってたでしょ? ヒーロー、って。この曲はそんなあなたたちに捧げる応援歌みたいなものよ」

イズル「ヒーロー…応援……」キラキラ

コン「これからも頑張ってくださいね、ヒーローの皆さん!」ニコニコ

イズル「――はい! 頑張ります!」

397: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:09:58.56 ID:qOXiLZtq0



スターローズ――アサギの部屋

タマキ「疲れたー。もー歌は勘弁なのらー」グデー

ケイ「そうね。いくら任務でも次は断りたいわ…」フー

スルガ「そうかぁ? じゃ、今度は俺だけでやろっと。へへ、もしかしたらこれがきっかけで俺もモテモテにーっ!」

アサギ「なぁ…だから何で俺の部屋なんだよ……」

イズル「♪~」カキカキ

ケイ「イズル? 珍しいわね、何を聞いてるの?」

イズル「ん? あぁ、これだよ。はい」イヤホンカタミミワタス

ケイ「」イヤホンツケル

398: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:10:28.65 ID:qOXiLZtq0
ケイ「……あら、これ。この間の広報官さんの歌?」

イズル「うん。最近はずっとこれ聞きながらマンガ描いてるんだ。すっごく捗るというか…どんどん描く気になるっていうか」

スルガ「へーメディア販売とかしてんだな。…そうだ! 俺たちの歌も同じように――」

アサギ・ケイ「「却下」」

スルガ「何だよ! いいじゃねーかよ、どうせあのライブ、ネット中継されて何億人ってやつらが聞いたんだぞ? いまさら販売したって…」

イズル「そうそう、僕らももっといろんな歌を歌ったら楽しそうだよね!」

アサギ「いやそういう話は今してないだろ…」

イズル「あれ?」

タマキ「どうやったらイズルからあんな歌声が出るのか不思議なのらー」

ケイ「そうね、まったく…」フフッ



その後、紆余曲折がありつつ、評判の良さも相まって、チームラビッツそれぞれで個別の歌を収録する機会があったとか、ないとか。

399: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/06(日) 23:19:08.14 ID:qOXiLZtq0
おしまい。先月にCDBOX発売されたので何となく書いてみました。
BOXにはサントラ未収録のアンジュのテーマやキャラクターソング、個別に歌った版のEDが入っているので、興味ある方は買ってみるのもいいかもしれません。

それと少し意見をお聞きしたいと思います。もしよければ意見をください。

映画ネタをどれくらいのタイミングで投下しようかちょっと悩んでいます。
書き溜め自体はもう三本ほどはできていますが、やはり公開終了まで待つべきでしょうか。
ネタばれ注意を明記して投下してしまおうか、とも思うのですが、まだ映画を見ていない方にも配慮すべきかとも迷っています。

見てる方がどれほどいるか分かりませんが、よければご意見をください。では。長文で失礼します。

401: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:20:40.26 ID:GfKvfwal0
オトコノコとオンナノコ

グランツェーレ都市学園――格納庫

パトリシア「ふー、どうにか帰ってこれたー」

チャンドラ「ああ、大変な状況だったが、なんとかなったようで何よりだ。……パトリシア、私はちょっとワイフに作戦の終了を伝えてくるから」

パトリシア「はいはーい、安心させといで、チャンドラ。お疲れ、また後で」

チャンドラ「ああ、君もお疲れ」

タタタッ

パトリシア「…待ってくれる人がいるっていいねぇ」

タタタタタッ!

パトリシア「…ん?」

タマキ「パトリシアさーんっ!!」ドドドッ

パトリシア「おお、タマキちゃん!」

タマキ「ただいまなのらー!」ダキッ

パトリシア「…うん、お帰り」ニコリ

タマキ「えへへー」ニコニコ

タマキ「でねー、あたしが変身したアッシュでものすごい活躍を…」

パトリシア「そっか、すごいよ。タマキちゃん」ナデナデ

タマキ「へへー」

402: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:21:11.69 ID:GfKvfwal0
オトコノコとオンナノコ

グランツェーレ都市学園――格納庫

パトリシア「ふー、どうにか帰ってこれたー」

チャンドラ「ああ、大変な状況だったが、なんとかなったようで何よりだ。……パトリシア、私はちょっとワイフに作戦の終了を伝えてくるから」

パトリシア「はいはーい、安心させといで、チャンドラ。お疲れ、また後で」

チャンドラ「ああ、君もお疲れ」

タタタッ

パトリシア「…待ってくれる人がいるっていいねぇ」

タタタタタッ!

パトリシア「…ん?」

タマキ「パトリシアさーんっ!!」ドドドッ

パトリシア「おお、タマキちゃん!」

タマキ「ただいまなのらー!」ダキッ

パトリシア「…うん、お帰り」ニコリ

タマキ「えへへー」ニコニコ

403: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:22:23.59 ID:GfKvfwal0



タマキ「でねー、あたしが変身したアッシュでものすごい活躍を…」

パトリシア「そっか、すごいよ。タマキちゃん」ナデナデ

タマキ「へへー」

パトリシア「あ、そうだ。タマキちゃん」

タマキ「はい?」

パトリシア「こうして無事に再会したことだしー」ジリジリ

タマキ「へ?」

パトリシア「」モ モ

タマキ「ひゃっ、ちょ、パトリシアさーん」

パトリシア「ふっふっふー、柔らかーい」ムニュムニュ

タマキ「くすぐったいのらー」キャッキャッ

404: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:23:31.05 ID:GfKvfwal0
パトリシア「…ありがとね、パトリックのこと」ムニムニ

タマキ「え?」

パトリシア「あの子さ、例の作戦に出る前の日、私に連絡してきたんだ、好きな子ができた、って」ムニムニ

タマキ「……」

パトリシア「あのほわほわしたウチの弟が惚れた女の子はどんな子だろう、っていろいろ想像してたけど…タマキちゃんは私の想像以上の子で、よかった」ムニムニ

パトリシア「ありがとうね、あの子の思い、汲んでくれて。もう一回会ったら、ちゃんと言おうと思ってたんだ」ニコリ

タマキ「…こっちこそ、ありがとうって気持ちでいっぱいなのらー」

タマキ「パトリックさんは、もう会えないけどー…でも、気持ちはすっごく! とっても嬉しかったから!」

タマキ「だから、ありがとうございました!」ペコリ

パトリシア「うん……やっぱり、タマキちゃんはいい子だね」ナデナデ

タマキ「えへへー」

405: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:23:58.01 ID:GfKvfwal0
パトリシア「」モ モ

タマキ「あんっ」

パトリシア「んふふー、いい  心地ー」

タマキ「パトリシアさんもなのらー」モ モ

パトリシア「あはは、ありがとー」

タマキ「今から塩辛食べませんか? すっごくおいしいのら」ニコニコ

パトリシア「そうだねぇ…うん、そうしよっか。食べながら、お話しよう。タマキちゃんのこと、私、知りたいな」

タマキ「はいにゃん! パトリックさんのことも、あたし聞きたいです!」

406: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:24:44.77 ID:GfKvfwal0
おしまい。初めて見たときは幽霊にびっくりしました。
では次をば。

407: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:26:34.61 ID:GfKvfwal0
心配することは、家族の特権

戦艦ゴディニオン――アサギの部屋

イズル「…そういえば。僕らの機体、どれくらい直ったかな?」

スルガ「アニキたち、まだまだかかるって言ってたけどな」

タマキ「ブースター全壊しちゃったし、変な変身しちゃって直すの大変って言ってたのらー」

アンジュ「私のブラックシックスも面倒を見ていただいていますが…かなり時間がかかるそうです」

ケイ「一回様子を見に行きましょうか?」

イズル「そうだね、ピットクルーの皆さんの顔見たいし」

スルガ「んじゃさっそく…どしたアサギ?」

アサギ「……戻りづらい」

タマキ「へ? 何でー?」

アサギ「いや、その、思い切り俺、ブルーワンをバラバラにしたろ? アンナのやつ、怒ってるみたいでさ。前に挨拶したら無視されてよ」

スルガ「あー、まぁそりゃそうだよな。あの子、すげぇメカニック気質だもんな」

ケイ「なおさら行った方がいいんじゃないかしら? 仲直りしなさいよ」

イズル「そうだよお兄ちゃん。アンナちゃん、お兄ちゃんが撃墜されたの知ったとき泣いてたよ?」

アサギ「…分かったよ。だからそのお兄ちゃんはやめろ」ハァ

408: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:27:59.80 ID:GfKvfwal0



スターローズⅡ――格納庫

マテオ「おーい、アンナー、そっちに46式の装甲余っとらんかー?」

アンナ「もうないよじいちゃーん。追加で頼まないとー」フリフリ

マテオ「ふぅむ。後でレイカに言っておかんとなぁ」

ディエゴ「しかし父さん。ウルガルは一旦は侵攻を止めるという見方もあるそうですし、そう慌てなくても…」

マテオ「そりゃそうじゃがの。さっさと終わらせておいた方が楽になるってもんじゃろ。それに、いい加減休暇が欲しいところだしの」

ディエゴ「まぁ、それは確かに。アンナもずーっと働き詰めですしねぇ」

マテオ「ま、気持ちは分かるがの。アサギくんがあんな目に遭ったわけだし」

アンナ「おおい、じっちゃーん、パパー…ん?」

アサギ「」スタスタ

アンナ「」パァッ

アンナ「!」

アンナ「」ムー

409: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:29:29.26 ID:GfKvfwal0
マテオ「おお、アサギくん。動いて大丈夫なのかね?」

アサギ「ええ大丈夫です。念のために検査も受けましたけど、どこも問題ないそうですから」

ディエゴ「そうかい。ブルーワンも少しずつ復元できてきてるよ。ついでに強化できるところは強化しつつね」

アサギ「そうですか。…すみません、皆さんがせっかく整備してくれた機体、あんなにしちまって」

マテオ「なになに、君が生きて帰ってきたんだから十分じゃよ。のう、アンナ?」

アンナ「……」

アサギ「あ、アンナ…その、元気してたか?」

アンナ「じいちゃん!」

マテオ「何じゃい、急に大声上げて」

アンナ「私ちょっと休憩してくる! スターローズⅡの見物してくるから!」タタッ

マテオ「そりゃいいが昼時までには戻って…行ってしまったか」

410: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:31:04.22 ID:GfKvfwal0
アサギ「あの」

ディエゴ「すまないねぇ。どうも、何だか知らないけどへそを曲げてしまっていてね」ヤレヤレ

マテオ「ま、あの子もまだまだお子様というわけじゃな」

アサギ「……」

ディエゴ「でも、あの子は君のこと心配してたよ? だから、まぁそう落ち込まないでくれ」

アサギ「はい……」

マテオ「そうじゃ、アサギくん。アンナに付いていってくれんかの? スターローズと違ってあの子もここの勝手なぞ分からんだろうし」

アサギ「はぁ……」

ディエゴ「そうだね。まだまだ開発中の区画もたくさんあることだし、迷子になるかもしれない。お願いしてもいいかな?」

アサギ「そう、ですか。じゃあ、行ってきます」

タタタッ

ディエゴ「…父さん」

マテオ「ん?」

ディエゴ「……いい子だね、アサギくんは」

マテオ「そうじゃのお。…やはり、パイロットの婿というのも」

ディエゴ「それとこれとは別問題だよ」

411: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:32:49.21 ID:GfKvfwal0



スターローズⅡ――居住区、ローズ銀座広場

アンナ「」ムスーッ

アンナ(アサギの馬鹿。へぼパイ、ザンネンなやつ…)

作業員のおじさんたち「」エッサ、ホイサ

アンナ「あ……」

アンナ(あれ、あのアイス屋さんの屋台だ…またここにできるんだな……)

アンナ(…そんな前のことでもないのに、何で懐かしいんだろ)

アンナ(アサギと食べたアイスの味も、何か思い出せないや)

アンナ「はぁ……」

412: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:33:59.16 ID:GfKvfwal0
アサギ「――こんなとこにいたのか」

アンナ「……ふんっ」プイッ

アサギ「なぁ、悪かったって」

アンナ「何が?」

アサギ「や、あれはお前の大事な機体だってのは分かってるけどさ、でもあれはどうしようも――」

アンナ「うるせーこのへぼパイ!」ガシッ

アサギ「いってーっ! …こんのやろ、もうちょっと気遣えよ! 結構怪我したんだぞ!」

アンナ「うっさい! アサギなんか、もっかい撃墜されてきちまえばいいんだ!」

アサギ「何なんだよ……」

413: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:37:54.93 ID:GfKvfwal0
アンナ「馬鹿、へぼパイ、気配り大王なんて取り下げだ…!」ポカポカ

アンナ「オタンコナスのむっつり! ヘタレ! ……っ」プルプル

アサギ「あ、アンナ……?」

アンナ「生きてたなら、早く言えよ…っ、機体なんていくら壊してもいいからぁ……っ」グスッ

アサギ「お前…」

アンナ「ほんとに、よかった……! 私、私……!」

アンナ「うああああああっ!」

アサギ「…アンナ、ごめんな。心配かけて、ごめんな」ナデナデ

アンナ「うえっ…うえええっ……ぐすっ」ポロポロ

414: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:38:55.69 ID:GfKvfwal0



アサギ「…落ち着いたか?」

アンナ「うん……」ゴシゴシ

アサギ「お前の言う通りだ。もっと早く連絡すればよかった。悪かったよ」

アンナ「もういい…ちゃんと帰ってきたから」

作業員のおじさんたち「」トンテンカンテン

アンナ「…な、アサギ」

アサギ「今度は何だ?」

アンナ「あそこの屋台。また開いたら、アイス食べたい。奢って?」

アサギ「……まぁ、それくらいなら」

415: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:40:08.15 ID:GfKvfwal0
アンナ「うし、約束だぞ?」

アサギ「ああ、分かったよ。…そういえば戻ったとき言えなかったな」

アンナ「? 何がだ?」

アサギ「――ただいま、アンナ」

アンナ「…おう。おかえり、アサギ!」ニコリ

アサギ「」フッ

アサギ「ほら、戻るぞ。お父さんたち、心配してる」

アンナ「あ、そうだ! ブルーいちを早く直してやらなきゃ!」タタッ

アサギ「いやブルーワンだし…っておい! 急に走るなって! ……ったく、しょうがないな」タタッ

アサギ(こんな風に、本気で心配してくれて、泣いてくれて。……ピットクルーも家族みたいなもの、か)

アサギ(確かに、その通りだったな)

アンナ「急げよアサギーっ!」ブンブン

アサギ「ああ、今行くよ」フッ

417: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:41:30.74 ID:GfKvfwal0
おしまい。青1さんも白0さんも破壊し尽くすアサギは破壊神に違いない。ダイクを呼ばなきゃ。
では次をば。

418: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:43:28.72 ID:GfKvfwal0
消えない宙、続く未来

戦艦ゴディニオン――パイロットラウンジ

イズル「じゃあ、無事にウルガルに勝ったことを祝しまして…」

イズル「――カンパーイ!」

タマキ・スルガ「「カンパーイ!」」イエーイ

アサギ「…乾杯」フッ

ケイ「……乾杯」ニコリ

アンジュ「か、乾杯」

テオーリア「カンパーイ!」ニコニコ

リン「乾杯…あの、テオーリア皇女、無理にご参加なさらなくても」

テオーリア「無理なんてしていませんよ? 来ないシモンの代理ではありますが、とても楽しい気分です。地球の祝い事は楽しいものですね」ニコリ

ダニール「このような格好で本当によろしいのですか?」

タマキ「うんうん! ダニール様とってもお似合いなのらー!」ニコニコ

レイカ「そーそー、お祝いの席だものね」

リン(…また何か勘違いをさせてませんように)フー

419: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:44:42.17 ID:GfKvfwal0
チャンドラ「しかし、よかったのか? 私たちまで呼んでもらって…」

パトリシア「あはは、いいんじゃない? チャンドラはあの子たちと付き合い長いんでしょ?」

チャンドラ「まぁ、多少はな」

セイ「そうですよ! そんなこと言ったら、俺たちなんて…」

イズル「付き合いの長さなんて関係ないよ! 君たちチームフォーンだって、もう立派に僕らの仲間さ!」

アン「イズル先輩…! やっぱりかっこいい……!」キラキラ

ケイ「……」ムー

イズル「ところでこれを読んでほしいんだけど…」スッ

クリス「何すかこれ?」

イズル「今回の作戦ですっごくインスピレーション、っていうのかな?
    湧いてきてさ、それで新しくマンガを描いてみたんだ。感想を聞かせてくれないかな!」キラキラ

ユイ「は、はぁ……」

420: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:45:50.42 ID:GfKvfwal0
チームフォーン「」ペラペラ

イズル「」キラキラ

セイ「(…ええっと、うん)」

クリス「(……おいセイ何か言えよ。先輩が感想待ってるぞ)」

セイ「(俺かよ! 何て言えばいいんだ、この…うーん)」

ユイ「(……何とも言えないわね、こう、微妙というか…ダメね、オブラートに包んで言うのが難しいわ)」アタマガー

セイ「(でもあんまり言うと先輩凹むよな…)」

アン「イズル先輩は絵が独特なんですね!」ニコニコ

セイ「お、おいアン! 勝手に…」

イズル「え、そう? 何だか照れちゃうなぁ」アハハ

ユイ「嬉しいんだ…」

クリス「ナイスだぞアン!」グッ

アン「へ? 私は普通に感想を言っただけだけど?」

アンジュ「相変わらずアンは独特の感性を持っているんだね」

セイ「独特ってレベルじゃないような…」

ユイ「まぁ、いいんじゃない? 先輩だって喜んでるし」

421: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:46:50.19 ID:GfKvfwal0



スルガ「さてと、そろそろ一つゲームでもしようぜ!」ヒャッホー

タマキ「ゲームなのらー!」ワーイ

アサギ「聞いてねぇよ…何するんだ?」

スルガ「こういう場でのゲームなんてただひとーつ!」

タマキ「ひとーつ!」

スルガ・タマキ「「トランプ大会!」」

アンジュ「それはこういう場でやるようなゲームじゃないような…」

タマキ「へ? 何でー? 楽しいのら?」

ケイ「…それはそうかもしれないけど」

422: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:48:25.43 ID:GfKvfwal0
リン「まぁいいんじゃないかしら? 健全で」

レイカ「そうねー、王様ゲームとかよりはずっと健全よねー」

テオーリア「王様ゲーム、ですか? 私は負けなさそうなゲームですね」ニコニコ

リン「え、ええ…そうかもしれませんね、ある意味」

レイカ「あっはっは。皇女さんも今度飲み会に来ます? 女の子だけの気楽な集まりでして――」

リン「ちょ、レイカ! すみません、失礼を…」

テオーリア「いえいえ。地球の方の文化に触れられるのなら、私どこへだって参りますわ」ニコニコ

イズル「ええと、それで、どういう勝負するの?」

スルガ「三回くらいいろんなルールでやってよ、優勝したやつがビリのやつと二番目にビリのやつに罰ゲームを言い渡す」

アサギ「罰ゲーム…ろくなことにならなそうな……」

タマキ「大丈夫なのら! 内容はこの箱の中に入ってるくじから引いてもらうのら!」ジャラジャラ

アンジュ「いつの間にそんなもの用意したんですか…」アキレ

423: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:50:29.33 ID:GfKvfwal0
イズル「まぁ、あくまで余興なら、そんなひどいことにもならないだろうし…やろうか!」

ユイ「あの、私たちも参加していいんですか?」

スルガ「そりゃもちろん! 何なら、俺と君でビリを取って二人で仲良く罰ゲームを…」

ケイ「」ゴンッ

スルガ「ぐえっ」ドサッ

アン「何か楽しそうー」ニコニコ

セイ「まぁ、せっかくだし参加させてもらうか」

クリス「へへ、とりあえずタマキ先輩には負けないぜー!」

タマキ「あたしも負けないのらー!」

424: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:51:51.05 ID:GfKvfwal0



スルガ「」ジー

アサギ「……」ポーカーフェイス

スルガ「勝負だ!」スッ

イズル「……」ドキドキ

スルガ「くっ…どうだ、フォーカード!」

アサギ「ストレートフラッシュ…俺の勝ち、だな」フッ

ワーッ

イズル「すごいよお兄ちゃん!」

タマキ「さっすがアサギなのらー」ニコニコ

ユイ「アサギ先輩お見事です!」

セイ「すごい勝負だったな。息を呑む間もないって感じだ」

クリス「ホント、トランプってのも馬鹿にできないなー!」

425: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:52:47.98 ID:GfKvfwal0
ケイ「…これで、優勝は決まりね」

イズル「あはは、楽しかったー。…まぁ、ビリだったけれど」

ケイ「そうね…まさか、私が下から二番目になるなんて」

タマキ「ふふん、ケイってば考えすぎなのらー」

ケイ「何よ、タマキだって下から三番目だったじゃない」

タマキ「でもあたしがこの中じゃ一番上だもーん!」フフン

クリス「へへ、タマキ先輩に勝ったぜ!」

セイ「でもお前も下から四番目じゃん」

クリス「いいんだよ勝てたから!」ウガー

テオーリア「地球の遊び事は緊張感のある、楽しいものなのですね! 私、感動しました」

リン「やっだ、それは勘違いよう、テオちゃんってばー」アハハー

レイカ「リンリン、悪酔いしすぎ……ってか、何その猫耳」

ダニール「…テオーリア様。後で他の遊びなど調べて参りましょうか?」

テオーリア「ええ、お願いします。来なかった彼ともしてみたいですし」

426: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:54:15.91 ID:GfKvfwal0
スルガ「さーて、と。罰ゲーム決めるぞー」

イズル「あ、そっか。そういえばそんなのあったね」

アサギ「お前、あんま過激なのは入れてないだろうな」ジトー

スルガ「何言ってんだよ、だいたい内容は皆で…むぐっ」

アンジュ「余計なこと喋るなよクソムシ!」

アサギ「いつの間に凶暴モードになってんだよ…」フー

イズル「?」

タマキ「さ、アサギが引くのらー。引いたやつをイズルとケイがやるからー」ニコニコ

アサギ「あ、ああ。…じゃ、引くぞ」ガサゴソ

アサギ「…ええと、何々――ビリのやつが、二番目にビリのやつを五分間お姫様だっこする――」

ケイ「え」

イズル「へ?」

レイカ「あらま」

427: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:55:24.78 ID:GfKvfwal0
テオーリア「お姫様だっこ、ですか? お姫様なら――」

リン「若いのはいいわねー、私だってぇ……私だってぇ」グスッ

レイカ「お姫様意味が違うから。あとリンリン泣かないの!」

アン「いいなぁー、私もされてみたーい」キラキラ

タマキ「そういうのって憧れるのらー、まぁイズル相手じゃあれだけどー」

パトリシア「私がしてあげよっか? タマキちゃん」ワキワキ

タマキ「そ、それはエンリョするのらー…あはは」

スルガ「ほら、二人とも罰ゲームなんだからやれよ」

イズル「え、ええと…ケイ、それじゃあ」

ケイ「で、でも、これは、その……」アタフタ

アサギ「罰ゲームは罰ゲーム、だろ?」

ケイ「ちょ、アサギ…!」

428: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:56:48.82 ID:GfKvfwal0
イズル「じゃあ、失礼して」ヒョイ

ケイ「ひゃっ…い、イズル!」アワワ

アンジュ「へん、ミジンコ同士でお似合いじゃねぇか」

スルガ「ひゅーひゅー」

タマキ「ひゅーひゅー」

ケイ「や、やだ」カァ

テオーリア「あらあら」ニコニコ

リン「むー、イズルの癖に、お姫様だっこなんて生意気よぅー」グリグリ

イズル「か、艦長。近いです。それにお酒の匂いが…」

ケイ(イズルにお姫様だっこされてるイズルにお姫様だっこされてる――)

イズル「…えっと、ごめんね、ケイ? やっぱり恥ずかしいよね?」

ケイ「! い、いえ…その、ほら、罰ゲーム、だし。でも、その、私、そんな、嫌じゃない、から」ギュッ

イズル「へ? そう? なら、いいけど……」

429: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 01:58:26.60 ID:GfKvfwal0
スルガ「せっかくだからそのまま艦を一周するなんてどうよ?」ニヤニヤ

タマキ「あはは、何それー」

アンジュ「さ、さすがにそれはイジワルでは…」

アサギ「いつの間にか戻ってるし…ま、それもいいかもな」

ケイ「なっ……! アサギ、それじゃ私の――」

アサギ「俺が勝ったわけだし、ケイもあんまり嫌じゃないなら、罰ゲームになってないしな」

イズル「ええー…さすがにそれは僕も疲れちゃうよ」

アサギ「途中で適当に休んでもいいことにしてやる。ほら、行ってこい」

イズル「お兄ちゃんのイジワル…まぁいいや。じゃあ、ケイ。ちょっと揺れると思うけど、ごめんね?」

ケイ「う、うん……」

スタスタ…

アサギ(話したいこと、いっぱいあるんだろ? しっかりな)

スルガ「……意外だな? お前が俺の悪ノリに付き合ってくるなんてよ。イズルだけ外に出す予定じゃなかったのかよ?」

アサギ「別にいいだろ? ついでにケイが出す予定だったケーキを阻止したんだぞ」

スルガ「ま、そりゃそうだけどよー。…じゃ、準備始めるか」

アサギ「ああ、早く戻ってくるかもしれないし、急ぐぞ」

430: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:02:54.67 ID:GfKvfwal0



ゴディニオン――廊下

イズル「ふぅ……ケイ、ごめん、ちょっと休んでいい?」ヨイショ

ケイ「……う、うん」

イズル「ピットクルーの皆、今日は修理部品の受け取りで、艦の中を走り回るって言ってたけど…全然通らないね」キョロキョロ

ケイ「そういえばそうね…単純に行き会わないだけじゃないかしら?」

イズル「そうなのかな? うーん…まぁいいや。……あはは、思ったより罰ゲームも大変でもないや」

ケイ「そう? …その、重くなかった? 私……」

イズル「ううん。むしろ羽みたいに軽くてびっくりしちゃったよ」ニコニコ

ケイ「ホント?」

イズル「うん」

ケイ「なら、よかった…」ホッ

431: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:04:12.02 ID:GfKvfwal0
イズル「そうだ、ケイ」

ケイ「何?」

イズル「ありがとう、お兄ちゃんを助けてくれて」

ケイ「何の…ああ、ホワイトゼロのこと?」

イズル「うん。ほら、お兄ちゃんあんなにさ、その、動きがね」クスクス

ケイ「やめてあげなさいよ」クスクス

イズル「それに、お見舞い。嬉しかったよ。いつもみたいに甘くってさ、何か、ホッとした」

ケイ「そう? そう言ってくれると嬉しいわ」フフッ

イズル「うん。ケイの甘いケーキ、僕は好きだよ」アハハ

ケイ「ありがとう。……ね、イズル」

イズル「うん?」

432: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:05:58.45 ID:GfKvfwal0
ケイ「おかえり。皆、ずっとあなたが戻ってくるの、待ってた」

イズル「……そっか。皆、待っててくれたんだ?」

ケイ「ええ。あなたがいなきゃ、私たち、寂しいもの」

イズル「あはは。それなら、嬉しいな」

イズル「――ただいま、ケイ」ニコリ

ケイ「うん。おかえりなさい、イズル」ニコリ

イズル「…えっと、そろそろ行こうか」

ケイ「ええ。そうね」

イズル「じゃ、失礼して」ヨイショ

ケイ「」ギュッ

イズル「えっと、ケイ? そんなにしがみつかなくても…」

ケイ「こうしてないとちょっと不安なの。いいでしょ?」

イズル「うーん…まぁ、ケイがいいなら」

ケイ(そのときの私は、緊張で胸がいっぱいだった。
   彼をこんなに近くで感じていることに、どきどきしすぎて、頭がどうにかなるんじゃないかと思ってしまった)

ケイ(でも、それ以上に。彼の温もりが暖かくて、彼がそこにちゃんといるんだということが、何よりも嬉しくて)

ケイ(私は小さく、笑みを零した)

433: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:08:19.22 ID:GfKvfwal0



ゴディニオン――バーラウンジ前

イズル「ようし、やっと戻ってきたね」フー

ケイ「そうね。お疲れ様、イズル」

イズル「結構遅くなっちゃったね。皆もういなかったりして…」アハハ

ケイ「さすがにそんなことはないでしょう」

ガヤガヤ

イズル「あ、ホントだ。何か騒がしいね」

ケイ「そうね…どうしたのかしら」

イズル「ただいま、皆ー…あれ?」シュッ

シーン…

イズル「何で? 暗いけど…」

434: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:09:36.94 ID:GfKvfwal0
ケイ「イズル、降ろしてくれる?」

イズル「へ? あ、うん。何で降りるの?」ヨイショ

ケイ「……」タタッ

イズル「あれ? ケイ――」

パーンッ!!

イズル「ええ!? 何?」

パッ

アサギ「イズル!」

ゴディニオンクルー一同「おかえりなさい!」パーンッ

イズル「あ……」

スルガ「どーだ驚いたか! お前だけただの勝利祝いの会だと思ってたみたいだけどな!」

アンジュ「本命はイズルさんの復帰祝いだったんですよ」ニコリ

チャンドラ「私たちもさっき教えられて驚いたがな」

パトリシア「ホントホント、とんだサプライズよね」

タマキ「おかえりなのらー、イズル!」

チームフォーン「おかえりなさい、イズル先輩!」

435: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:10:45.29 ID:GfKvfwal0
イズル「ケイ、知ってたの!?」

ケイ「ごめんなさい…サプライズにしたかったから」

アサギ「そういうことだ。よく帰ってきたな、イズル。…おかえり」

イズル「お兄ちゃん…皆……」

ダン「おかえり、イズル」

マユ「イズイズは私たちの誇りだよ!」

デガワ「機体はな 壊してもまた 蘇る …よく帰ってきた、おかえり」

イズル「皆さん…」

リン「今度はちゃんと約束を守ったわね。…おかえり、本当によく帰って、きて……ごめんなさい、ちょっと」ウルッ

レイカ「リンリーン、泣いてもいいわよー? こういうときくらいさー」

ルーラ「そうそう、意外に泣きやすいのなんて、いまさらこの子たちも分かってるんだから」

スギタ「そうだとも。君はいつだって…」

リン「アンタは黙ってなさい…」キッ

スギタ「…ごめんなさい」

ジュリアーノ「おかえり、ヒーロー」

ジークフリート「君は間違いなくヒーローだ、誇っていいぞ」

ペコ「イズルさん、おかえりなさい。間違いなくイズルさんは愛されてますよー」

シオン「イズルくん、また食堂でごはん食べてね?」

イズル「艦長、整備長たちも…」

436: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:13:19.57 ID:GfKvfwal0
テオーリア「イズル」

イズル「テオーリアさん……」

テオーリア「よくぞ帰ってくれました。あなたは、ヒーローになったんですね」

イズル「はい…これまでたくさんのことがあって、ちょっと、危ないときもあったけれど、でも、皆がいて」

イズル「皆のおかげで、僕はヒーローになれました。テオーリアさんもいてくれて…それで、その。…ありがとうございました!」

テオーリア「いいえ。お礼は私に言わせてください。イズル、あなたは立派なヒーローです。何よりも誰よりも。そして――」

テオーリア「おかえりなさい、ヒーロー」ニコリ

イズル「ヒーロー…」


ゴディニオンクルー「」ホホエミ

チームドーベルマンⅡ「」ホホエミ

チームフォーン「」ニコニコ

スルガ「」ニッ

タマキ「」ニコニコ

アンジュ「」ニコリ

ケイ「」ホホエミ

アサギ「」ホホエミ

イズル「……」ジーン

イズル「っ……」ウルウル

437: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:14:40.82 ID:GfKvfwal0
アサギ「おいおい、泣くなよ」フッ

イズル「ご、ごめん。嬉しくて、つい…あ、あはは」

ケイ「一度落ち着いた方がいいわ」クスッ

タマキ「深呼吸するのらー、はい、吸ってー、吐いてー」

イズル「吸ってー、吐いてー…」スーハースーハー

スルガ「しまらねーリーダーだな、おい」ケラケラ

アンジュ「まさしくザンネンですね」

ケイ「でもそれがイズルらしさよ、そうでしょう?」

アサギ「ああ、そうだな。これが、こういうザンネンなヒーローが、イズルなんだ」フッ

イズル「皆してひどくない? ……ええと、うん」コホン

イズル「皆、ありがとう。皆がいなかったら、僕は、きっとヒーローになれなかった」

イズル「皆で、一緒にヒーローになれたんだ。だから、ありがとう。そして――」



イズル「――――――ただいま!」ニコリ

438: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/11(金) 02:15:54.88 ID:GfKvfwal0
BGM:消えない宙 昆 夏美

441: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:21:00.11 ID:IxPGiTUb0
兄と弟、その家族

スターローズⅡ――アサギの部屋

アサギ「……で?」

イズル「うん」

タマキ「どうしたのら?」

アサギ「なんで俺の部屋にいるんだよお前ら…」フー

スルガ「終わったらアサギの部屋に集合って言ったろ?」

アサギ「……俺がそれを了承したか?」

イズル「でもさ、これまでだってそうしてたじゃないか、お兄ちゃん」

アンジュ「そうですね。いつも通りというか」

アサギ「いやいや、集まるならそれこそゴディニオンのラウンジとかで…」

ケイ「いいじゃない。それだけ、皆アサギのことを信用してるのよ」

アサギ「……信用ねぇ。単に都合がいいだけな気がするんだけど」

442: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:22:55.80 ID:IxPGiTUb0
イズル「それよりほら、お兄ちゃん!」

アサギ「だからお兄ちゃんやめろ…」

イズル「僕が起きたとき、話をしよう、って言ってたでしょ。何の話をするの?」

アサギ「…………あー、それか。…まぁ、その……だな」チラッ

イズル「?」

ケイ「……私、ちょっと、忘れ物したわ、取ってくる」

イズル「へ? ケイ?」

タマキ「…あ、あたしもなのらー」

イズル「タマキ?」

スルガ「なんだよ忘れ物って?」

アンジュ「…あ、あの、私もでした。スルガさんもですよね?」

スルガ「へ? いや、俺は別に……」

タマキ「さ、行こ、スルガー」

スルガ「お、おい! 何だよ、引っ張るなって! おーい!?」

ケイ「それじゃ、十分もしたら戻ってくるから、ね?」

アサギ「……ああ、ありがとう、ケイ」

ケイ「」ニコリ

イズル「?」

443: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:23:52.26 ID:IxPGiTUb0
シュッ

アサギ「……さて、と」

イズル「うん」

アサギ「イズル。…よく戻ってきたな」

イズル「うん。ただいま」ニコリ

アサギ「大変な戦いだったよな。長くて、終わりなんてあるのかも怪しかったけど、ようやく終わって、状況も落ち着いて」

イズル「うん。僕たち、頑張ったよ」

アサギ「ああ、そうだな。…………その、実は、だな。こうしていろいろと落ち着いた今、お前に教えておきたいことがあるんだ」

イズル「え、何?」

アサギ「お前と俺の、父親の話だ」

444: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:24:33.05 ID:IxPGiTUb0
イズル「……お父さん、の?」

アサギ「ああ。ただでさえ大変な状況だから、内緒にしておけ、って艦長には言われたけど……戦いが終わった今なら、もう教えたっていいだろうと思ってな」

イズル「お兄ちゃん、お父さんのこと知ってたの!?」

アサギ「悪いな。ずっと黙ってた。それに――」

イズル「それに?」

アサギ「お前の、母親のことも」

イズル「!」

アサギ「……本当のところな、これもお前に言っていいのか、ってちょっとだけ迷ったんだ」

アサギ「でも、きっと知っておいた方がいい。たぶん、お前にとって大事なことだから」

イズル「…うん。聞かせて、お兄ちゃん」

アサギ「じゃあ、一つずつ、な――」

445: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:26:39.49 ID:IxPGiTUb0



イズル「シモン司令、が……」

アサギ「ああ。あの人は、ずっとお前と俺のことを心配してたんだ。俺たちには分からないように」

イズル「……テオーリアさん」

アサギ「その方が驚きだったかもな。お前の、その」

イズル「お母さん、だったんだ」

アサギ「イズル……まぁ、何だ、その。お前もショックかもしれないけど――」



イズル「――そうだったんだね!」ニコニコ



アサギ「え」

イズル「そっかぁ。お母さんだったんだ。道理でなんだか懐かしい気持ちがしたんだね! ずっと不思議だったけど、納得しちゃった!」アハハ

446: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:27:22.70 ID:IxPGiTUb0
アサギ「…もっとこう、驚くもんじゃないか? 自分の、遺伝子上ではあるけど、その、母親だったんだぞ?」

イズル「え、そう? 何かすっきりしちゃったよ。そうだよね、お母さんだもん、親近感もなにもないよね」

アサギ「……あー、そうだな。…まったく、お前に普通のリアクション求める方が間違いだったな」

イズル「へ?」

アサギ「いや、何でも。まぁ、とにかく。そういうことだから――」

イズル「僕ちょっとお父さんとお母さんのところに行ってくるね! いろいろと話したいことがあるし!」ダッ

アサギ「え? ……いやいやいや! 待てって、おい、イズル! ……行っちまった」

アサギ「」ポツーン

アサギ「あいつのポジティブさはどうなってるんだよ……」ハァ

447: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:28:30.54 ID:IxPGiTUb0
シュッ

ケイ「アサギ! いったいどうしたの? イズル、すごい早さで走っていったけど…」

アサギ「ああ…いや、ちょっとな」

ケイ「『お父さんとお母さんに会ってくる!』…って言ってたけど……」

タマキ「イズルおとーさんとおかーさん見つかったのら!?」

スルガ「どうなんだよ、アサギ!」

アンジュ「あの、お二人とも落ち着いて…」

ケイ「そうよ、落ち着きなさい。……それで、いったいどういうことなの、アサギ?」

アサギ「……はぁ、なんでこう、こうなるんだ……」



その後、紆余曲折を経て、チームラビッツ全員と一部ゴディニオンクルーにイズルの父親と母親のことが広がり、
シモン司令の親バカぶりが露呈することとなってしまったのでした。

448: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:29:27.12 ID:IxPGiTUb0
おしまい。たぶんイズルは父親と母親が分かったところであっけらかんとしてる。
では次をば。

449: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:31:02.74 ID:IxPGiTUb0
最近、とにかく心の休まる時間がない。
一人で過ごそうと私室にいれば、彼らの声がするからだ。

『アンジュー! 塩辛食べよー!』

『アンジュ! ちょっとこの先行量産された機体のことで意見を聞かせてくれ!』

『アンジュ! 一緒に特訓しよう!』

『……皆で私のお菓子食べるんだけど、来る?』

『アンジュ。食堂で皆待ってるからな』

何かしらの用件を持ってきては、彼らは私の部屋にどかどかと入ってきて、それで、連れ出されて。
いつの間にやら、一緒に行動することが当たり前のようになっていた。

そんな彼らの行動に対して、私はただ、命令ならば、と付き合っていた。あんまり、気乗りはしなかったが。
彼ら――チームラビッツの皆さんは親切な方々ではあったけれど、正直なところ基本的に一人でいる方が好きだったのだ。

450: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:33:13.04 ID:IxPGiTUb0
そういう理由もあって、誘われないようにこっそりと私は一人で過ごそうとしていた。
それでも、彼らはどこから掴んでくるのか、あるときはピット艦に、あるときはあまり人の来ないスペースに、私を追って現れる。
特に熱心だったのが、タマキさん、スルガさん、それに、リーダーのイズルさんの三人。

この三人は、思考回路も似通っているのか、よくそれぞれに私を誘いに来ては、特に打ち合わせてもいないのに鉢合わせる。
そして、そのたびに。

『おい、アンジュは今日俺とGDFに今度正式配備されることになったND16型についてだな……』

『きょーはあたしといっぱい塩辛食べるのらー!』

『ダメだよ、今日は僕のマンガ見てもらうんだから』

『見てもらったところでどうせイズルのマンガなんて変わり映えしないのらー』

『そうそう。っつーか、見てもらう前に絵をもっと上達させてこいよ』

『…ひどくない?』

『え、ええと、あの、先輩がた…』

私の腕やら腰やらを引っ張って、まるで猫の取り合いみたいに先輩たちは、私の意思など知ったことでもないように、私と過ごそうとする。

台風の目のごとく、私は荒れ狂う周りの様子をただ見ているだけで。
何やら勝手な取り決めをした後、イズルさんたちが交代で私を連れまわす権利を回しあうことになって。
結局、私はそのまま他の先輩――ケイさんやらアサギさんやらも巻き込んで、チームラビッツの皆さんと一緒に過ごすのが常になっていた。

451: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:34:18.30 ID:IxPGiTUb0
「ふぅ……」

一人、私は息を吐いた。
ようやく皆さんに解放されて、私室のイスに座り込む。

疲れが一気にやってきた。そもそも、彼らと知り合ったのはつい最近のことなのだ。
正直大してコミュニケーション能力が高いわけでもない私にとって、共に過ごすだけでそれなりに負担になるというものだ。

別に、人付き合いの必要性を否定するわけではない。
人間はこれまで、常に誰かしらの他人を近くに存在させることで、何かしらの進歩を得ていたのだ。

そのことは、ほんの数日前、イズルさんに危うい状況から助けてもらって以来、何となく理解している。
ただ、それほど多くの人に関わってきたわけではないし、どうも人と過ごすのには苦手な感覚がして、できる気がしないだけで。

それこそ、以前に述べたチームフォーンのようにこちらから歩まなくても向こうから来てくれるような存在でも、慣れるのにはそれなりに時間がかかったのだ。
先輩方と一緒に過ごすことに慣れるのだって、それなりに時間を要することだろう。

「はぁ…」

私は一つ、ため息を吐いた。そろそろ、時間だった。
先ほど、イズルさんに誘われて、皆さんと食事をすることになっていたのだ。
別にそれが嫌だというわけではない。むしろ、ありがたいことだとは思っているのだ。
ただ、やはり、まだまだ緊張を感じてしまうというか。……そもそも緊張を感じるのが問題なんだろうけど。

頑張って、慣れよう。
そう自分に言い聞かせるようにして、私は歩き出した。
先輩たちと私。今はまだそんな括りではあるけれど。いつかきっと、彼らの輪の中に入れるようになるためにも。

452: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:35:38.37 ID:IxPGiTUb0





私と彼ら、という括り。
それがいつの間にか、私たち、という括りになっていた。
いつから、なんて聞かれてもよくは分からない。
ただ、なんとなく、気付いたら。私は、一人で戦わなくなってしまっていた。

「……」

北海道は富良野。グランツェーレ都市学園。
そこの食堂にある厨房の勝手口から外に出て、私は空を見上げていた。
戦いの爪痕が残る地上と違って、空はいつものように青く澄んでいた。

チラリと私は勝手口の方から、厨房の方へと目をやる。
チームの仲間の女性陣二人が、焼きあがるケーキを今か今かと待ちわびているのが見えた。

何故この場に私がいるのか、何故男性陣の三人はいないのか、といえば、私が彼女たちのケーキ作りの監修を仰せつかったからだ。

453: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:42:10.29 ID:IxPGiTUb0
戦いが終わり、スズカゼ艦長から、とりあえず別命あるまでは待機するように、と私たちに通信が来て。
とりあえず、久しぶりの学園の、被害状況を少しばかり確かめよう、ということになって。

その時に、ケイさんが、本格的に勝利祝いをする前に、
イズルさんに自分のケーキを食べさせたい、とこっそりとイズルさん以外の五人――つまり私たちに相談してきたのだ。

そのことについて、本人は至って純粋で真剣な想いで言っているので、止めるのも何だか悪い話だということになり、私たちは特に止めはしなかった。

幸いなことに、学園に併設されていた食堂のキッチンは無事であった。
一時的に学園の全てを預かっている、責任者のスギタ教官も、事情を説明すると二つ返事で使用許可を出してくれた。

ただ、病み上がりのイズルさんに、
もしもケイさんのあの普段通りのやたら甘いケーキを食べさせでもしたら、大変なことになってしまうだろう、というアサギさんの意見があったのだ。

そしてその監修がタマキさん一人だけでは不安だ、という結論が私とアサギさんの出したものだった。

そこで、私とタマキさんでケイさんを手伝い(という名目で監視して)、
その間イズルさんにケーキを作っていることを気取られないように、アサギさんとスルガさんがイズルさんを連れ出すことになった。

私としても、まぁ、イズルさんの巻き添えを食う可能性が無きにしも非ずではあるだろうと思ったので、こうして監修しているのだ。

454: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:44:02.25 ID:IxPGiTUb0
それにしても、と私は自分のことをもう一度深く考え直す。

彼らから一歩離れて過ごしていたことが、ほんの少し前のことだなんて、とても思えなかった。
あのときは確か、もっともっと、彼らとの距離が縮まるのは長い時間が必要になると思っていた気がする。
それがどうだろう、こうして、彼らの中の一人として、もう私は立派にチームラビッツになっていた。

タマキさんやスルガさん、ケイさんにアサギさん。それに何よりも、私を仲間として一番に受け入れてくれた、イズルさん。
きっと、彼らのどこかザンネンで、それでいて温かい不思議な雰囲気が、私を進ませてくれたんだろう。

昔は、一人で十分だなんて、そんなことを確かに考えていたはずなのに。
今は、皆で戦わないといけない、とすっかり考え方が変わってしまった。

自分の中の変化を、私は心の底から味わいながら、空をもう一度見上げた。
そこにあるのは、以前から知っているはずの蒼穹だというのに、何だか今は、心境の変化のせいか、まったく違う風に見えた。
この青く澄み切った空の快活さが、私のことをどこまででも連れ出してくれる気がした。

455: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 22:45:51.62 ID:IxPGiTUb0
「アンジュ」

「……あ、ケイさん」

と、そんな風に思っていると、声を掛けられたことに気付き、私は振り向いた。
そこには、あの飛び抜けた彩色とはまったく違う、いたって一般的な茶色の、チョコレートケーキの載った皿を持つ、ケイさんがいた。
どうやら、完成したようだ。

視線を向けた私に、彼女は穏やかな笑みを向ける。

「ありがとうね、その、手伝ってくれて」

「…はい。イズルさん、喜んでくれるといいですね」

礼を言われたことに少し照れを感じながら、私は笑みを返す。
思えば、彼女とのファーストコンタクトは、あまりよくないものであった。
彼女が大切に想う人の大事な物を壊そうとしたのだ。それはそれは心証がよくなかったに違いない。

それでも、彼女は私に歩み寄ってくれたし、少しずつ親切にしようとしてくれた。
そして、今。こうして普通に話をしている。

456: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:02:36.97 ID:IxPGiTUb0
「…あの、アンジュ」

自分の中の一つの進歩について思っていると、ケイさんが私におそるおそる、といった調子で私に声をかけるのが聞こえた。
どうしたんだろう、と思いつつも、私は答える。

「はい」

「その、これは、ずっとずっと、言おうと思っていたことなんだけど」

「?」

何だかもったいぶるような言葉に、私は首を傾げる。

ケイさんは言いたいことははっきりと言うタイプだと思っていたから(少なくともイズルさん以外には)、
いったい何をそんなにためらっているんだろう、と不思議に思ったのだ。

私は彼女の言葉の続きを待つ。こういうときは、下手に促したりしない方がいいというものだ。
言おうとしていることを催促されると、少なくとも私は、何となく言葉が余計に詰まる。
これまでの少ない人付き合いの中で、一番多い経験だった。

そうしていると、彼女は、何か大きな決心でもしたように表情を引き締めた。
そして、次の瞬間、彼女は驚きの行動に出た。ケイさんは――その頭を下げたのだ。
ええ、と私が突然の行動に目を丸くしていると、ケイさんは続けてこう言った。

「ごめんなさい。あのとき、思い切り引っ叩いたりして」

457: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:10:12.19 ID:IxPGiTUb0
あのとき、と言われて、私はいつのことだろう、と一瞬思い出そうとして、すぐに何の話か察した。
先ほども述べた、イズルさんのマンガを破ろうとしたときのことだ、と。

「ああ…いえ、あれは、私が悪かったですし」

私はあのときの自分を恥じるようにして、視線を彼方へとやる。
いくら私自身の意識がどこかへと飛んでいっていたとしても、イズルさんの大事なモノを傷つけようとしたことには違いないのだ。
むしろ、多少乱暴でも、止めてもらえたことを感謝したいくらいだった。

「それでも、ごめんなさい。つい、カッとなってしまって……」

私の答えに、ケイさんは顔を上げて、それでも申し訳なさそうに少しばかり沈んだ表情で言う。

「そんなの――」

私は、ぶんぶんと首を横に振った。
何となく、そんな顔をされるのは嫌だと、そう思ったから。

「――いいんです。それだけ、ケイさんにとって、イズルさんのマンガは大切だったんでしょう? それくらい、私にだって、分かりますよ」

彼女のことを、なんとなく私は理解し始めていた。
イズルさんに若干(というかかなり)甘い彼女ではあるけれど、他の皆さんに対しても、母親か姉のように優しく接しようとしていることを。
そして、自惚れでなければ、その気持ちは私にも多少は向けてもらっているんだ、と。

もちろん、彼女にとっての優先事項はイズルさんなのだろうけれど、それでも、あのとき、私に申し訳ないと思ってくれていたのだ。
それで十分だと、そう思えた。

その気持ちに応えないと、と私は、私なりの彼女に対するフォローの言葉を伝えた。
それが、私のことを受け入れてくれているチームの仲間へのお返しだと、そう思ったから。

458: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:16:02.25 ID:IxPGiTUb0
私の言葉に、ケイさんはホッとしたような表情を見せて、それから、ふ、と柔らかな笑みを向けた。
ずっと心残りだったことがやっとできたような、晴れやかな笑顔だと思った。

「ありがとう、アンジュ」

「いえ、こちらこそ」

できる限りの笑みをどうにか浮かべながら、私はそっと一礼した。

お礼なんて、言われるほどじゃない。
私はただ、思ったことを話しただけなのだから。

「――ケイー、アンジュー?」

と、遠くから、独特の甘ったるい女の子の声が私とケイさんを呼んでいることに気付いた。
誰かといわれたら、おそらくはキッチンに残されたタマキさんのものだろう。
その声色は、早く早く、と私たちを待てずに、急かしているように感じた。

「…行きましょうか」

「そうね。行きましょう」

くすくすと声を漏らしながら、私とケイさんは共に歩き出した。
一緒に、チームの仲間たちが待っているであろうところへと。

私の居場所。戦場以外にできた、私がいたいと思える場所。
そんな場所が自分にできたことへの違和感は、まだ完全に消えたわけではないけれど。
それでも、私は確かにここに――チームラビッツという場所にいたい。はっきりと、そう言えた。

459: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:17:26.42 ID:IxPGiTUb0
おしまい。映画では一番の成長を見せたのは、誰よりもアンジュくんちゃんさんだと思います。
彼(彼女?)の罵詈雑言っぷりの安定感も映画はとても見所になったんじゃないでしょうか。
では次をば。

460: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:18:49.20 ID:IxPGiTUb0
忘れられない思い出の味、というのは人生の中でもそう出会えないものらしい。
僕の場合、その味は、美味しいという言葉が似合うかどうかは分からないと人に言われたけれど、とても思い出深いものだった。
甘くて、甘くて、やっぱり、甘くて。他の誰にも出せはしない、彼女だけの味。

目が覚めてから最初に味わった後、僕の身体はまたそれを求めて止まなくなって。
いろいろと落ち着いて、ようやくもう一度それを味わえることになった。

「――イズル、イズル?」

「……ん」

呼びかける声に、僕――ヒタチ・イズルは意識を向けた。

すると、声の主――僕の仲間の一人、ケイは、できたわよ、と視線を向ける僕に微笑みかけながら、
あるモノを僕の目の前にある小さめの丸テーブルにそっと置く。

独特な色に、全体を彩る大量の生クリーム。それは、彼女の得意メニューであるケーキだった。

ここは、新造大型宇宙ステーション、スターローズⅡ。
まだまだ内部は開発中ではあるけれど、それでもいくらかの宿泊施設は完成していて、そのうちのいくつかが僕たちに充てられている。
そして今いるのは、その私室の一つ――ケイに与えられた部屋だ。

まだここに来て日も浅いせいか、彼女の部屋自体は、僕に与えられた部屋と、内装が同じくらいにそのままだ。
僕との違いといえば、彼女が料理に使っている調理器具やらケーキの材料やらが置かれていることくらいだろうか。

461: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:20:19.85 ID:IxPGiTUb0
「わぁ……」

待ち望んでいたモノが現れたことに嬉しくなって、感嘆とした声を上げると、僕はキラキラと目を輝かせながら置かれたケーキを眺める。
ちなみに他のチームの皆はここにはいない。誘ってみたら、皆して何かしらの理由を出して断ったからだ。

せっかくのケイのケーキなのになぁ。前よりももっともっと甘くなって、すごくなったのに。

皆でわいわいと彼女のケーキを食べても楽しかったろうに、と若干ザンネンに思うけれど、仕方ない。
まぁ、今は目の前のケーキに集中しよう。

例のウルガルの皇族――ディオルナとの戦いの後、僕たちはまた宇宙へと戻り、
艦長や他のゴディニオンクルーの皆さん、テオーリアさん、それにシモン司令を交えた祝勝会を行った。

それも済んだ後は、一応まだウルガルの残党が来る可能性もあるだろう、ということで、こうしてスターローズⅡで待機任務に就いている。
とはいっても、今のところその気配もなく、時間を持て余していたんだけど。

それで、状況が落ち着いたことだし、と僕は一つケイに頼み事をした。
ケイのケーキがまた食べたい、と。

目が覚めたときも、お見舞いでもらったモノを食べはしたんだけれど、何となくもう一回食べたくなったんだ。
彼女のケーキは、前よりもずっと甘くなって、これ以上ないほど彼女らしい味に進化していた。

不思議と、そのことに僕はホッとしていた。何と言えばいいのだろう。
そう、彼女のやたら甘いケーキを食べていると、戦いのことを忘れてしまうというか…要は、僕にとっての平和の証なのかもしれない。

いや、もしかしたら、これまでにあまりにも食べ過ぎたせいで中毒みたいになってるだけなのかもしれないけれど。

462: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:23:45.72 ID:IxPGiTUb0
そんなことを考えていたら、彼女が一向に食べない僕を不思議そうに見ているのに気付いて、僕はいったん頭を使うのをやめた。
そうだ、食べよう。料理は作りたてが一番だっていうし。

「さ、召し上がれ」

「うん!」

フォークを手に取った僕に、彼女は早く早く、と言うように笑みを浮かべて促す。その笑顔に、僕も自分にできる限りの笑みで返す。
それから、待ってました、とさっそく切り分けられたケーキの一切れを口に運ぶ。

噛み砕いて舌で味わった瞬間、ただただ甘みだけが僕の全身を駆け巡った。
そしてさらに味わうと、その甘さを上書きするように甘味が僕の脳内を過ぎていく。

うん。これこれ、まさしくこの味だよ! やたら甘くて、それで、たぶん数時間くらいは味の余韻が残ってしまうんじゃないかと思わされてしまう、この味。
僕の求めていた、彼女の味だった。

おそらく、僕はケーキを食べたその時、とてもいい表情ができただろうな、と思った。
僕が食べる様子を眺めていたケイが、これまでに見たことがないくらいの嬉しそうな笑顔を僕に見せていたから。

「おいしい?」

「うん。すっごく甘い!」

質問に僕がはっきりと答えると、彼女はくすりと笑う。当たり前でしょう、ケーキだもの、とも付け加えた。
それから自分も、と一切れ取って、同じように食べる。
いくらか咀嚼すると、うんうん、と彼女は自分のケーキの出来に満足そうにした。

463: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:25:24.46 ID:IxPGiTUb0
「ごめんね、急に無理言って」

何切れか口にした後、紅茶で喉を潤わせてから、僕はちょっとだけ申し訳ない気持ちを込めて言った。
ケーキを食べたい、というのは思いつきだけで頼んだことだったけれど、彼女は二つ返事でそれに応えてくれた。
急な話で迷惑だったかもしれない、と今さらながらに思ったんだ。

そう思いながら告げた僕の言葉に、ケイはくすくすとおかしそうにすると、柔らかな笑みを向けてくれた。

「何言ってるの、毎日だって作ってあげるわ」

「ホント? それならお願いしようかな」

冗談めかして言うと、彼女は特に気にする様子もなく、笑顔のまま続けた。

「ええ。あなたのためなら、私、いくらだって作るわ」

軽い冗談で僕は言ったけれど、彼女の返事にはまったくそんな雰囲気はなかった。ありがとう、と僕は感謝の気持ちを込めて返した。
たぶん、彼女にとって、それは冗談じゃなくて、本気だったんだろう。僕が望めば、彼女は笑顔でまたケーキを作ってくれる。そんな気がした。
そんなケイの気持ちが、とても嬉しかったんだ。

アサギがお兄ちゃんなら、ケイはお姉ちゃんかな、と何となく僕は思った。
面倒見がよくて、いつも僕のことを手助けしようとしてくれて、わがままにもこうして付き合ってくれる。
そんな彼女の存在はとてもありがたいことなんだと、僕は改めて感じていた。

464: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:28:32.42 ID:IxPGiTUb0
そのことを噛み締めながら、また僕はケーキに手を伸ばす。
何度も口に運んでは、その甘さを存分に堪能する。
と、いくらか食べてから、僕はおかしなことに気付いた。

先ほどから、僕ばかりがケーキを食べていたんだ。ケイはまったく、自分のケーキに手を出していない。
どうしたんだろう、と僕はケイの様子を窺う。
見てみると、彼女は黙って、僕のことをじっと見つめていた。

その視線に、僕はどうかしたの、と思わず尋ねた。
なんというか、こう、僕を見る彼女の瞳に、不安の色が宿っている気がして。

僕がまた何かやったのだろうか。
戦いが終わった後でパーティーをしたときに、空気が読めてない、と皆にさんざん怒られて一度パーティーが中止になったことを思い出した。

「…ねえ、イズル」

「う、うん。何?」

ケイの声に、僕はケーキを食べる手を止めた。
その声色は、穏やかな雰囲気なんてまったく無くて、いたって真剣そうな調子だった。
さっきまでののんびりとした空気から、いきなり張り詰めたような、緊張感のある空気が流れ出す。

言葉を待つ僕に、ケイはゆっくりと唇を動かす。
僕はそこから出てくる音の一つ一つに、耳を集中させた。

「……あなたはそこにいるのよね? またあんな風に眠ったままでいたりとかしないのよね?」

465: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:29:56.19 ID:IxPGiTUb0
「……」

彼女の言葉に、僕は何も言わなかった。

ああ、そうか。僕はどうして彼女があんな深刻そうな表情をしていたのか納得がいって、少しだけ、視線を下げた。

彼女は、心配してくれているんだ。
ジアートとの大変な戦いの後で、あっさりと僕が目覚めたものだから、本当はまだ僕は危険な状態で、また倒れてしまうんじゃないか、って。

思えば、彼女の心配も分かる気がする。自分でも不思議なくらいだ。
この前まで、アッシュの関係で生命が危険なことになっていたはずの僕の身体は、もう大丈夫だろう、っていうんだから。
もしかしたら、どこかに落とし穴があって、急にまた身体が動かなくなってしまうことだってありえるかもしれない。

でも、僕は。

僕はそっと顔を上げた。視線はまっすぐ、ケイを見据えていた。
それから、彼女の揺れる瞳に向かって、僕は快活に笑ってみせる。ヒーローらしく、堂々と。



「――大丈夫だよ! 僕、まだまだ描きたいマンガもあるし、いつかまたウルガルが来るようなことがあったら、もう一度ヒーローとして頑張りたいしね」

466: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:31:13.11 ID:IxPGiTUb0
そうだ。僕にはまだまだやりたいことがたくさんある。死ぬつもりなんてまったくない。
戦いの終わった今、新しく描きたいネタが増えたし、あの上手な絵を描いた人に、もっと絵が上達するように訓練してほしいし。

確かに、完全に身体が治ったのかどうか、まだまだ様子を見る必要がある、と主治医のルーラさんには言われたけど、でも、きっと大丈夫だと信じている。

ヒーローはどんなに大変な状況だって、どうにかしてみせるんだから。

それに、完全に戦いが終わったわけじゃない。テオーリアさんが言っていたことを思い出す。
ウルガルはあくまでも当面は来れなくなっただけ、とそう言っていた。
いつかまた、きっと地球の方へとやってくるだろう、と。

何ヶ月後、あるいは何年後になるのかは知らないけれど。
それでも、また戦うときが来るなら、僕は戦う。それが、僕の――ヒーローとして、やりたいと思えたことだから。

あ、そうだ。あと――

「それに、ケイのこのやたら甘いケーキ、まだまだ食べたいしね」

僕の言葉に、ケイはくすりと笑った。
僕らしい、と言うような感じで、彼女は納得したように頷く。

「そう、ね。そうよね。皆でまた、ヒーローになるのよね」

「うん! 僕たちで、ヒーローになろう!」

にこり、と僕の言葉に彼女は微笑んでくれた。
さっきまで彼女の瞳に感じていたマイナスの色は、もう失せていた。
よかったよかった、と僕は彼女の様子に安心すると、もう一度ケーキに手を伸ばす。

467: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:32:17.25 ID:IxPGiTUb0
「……あの、イズル」

「? 何?」

と、そこで、またケイがためらいがちに言葉を発した。
ケーキにフォークを刺しながら、僕はその声に答える。
そうしながら、パクリとケーキを口に運ぶ。…うん、甘い。

「戦いも終わって、その、落ち着いたことだし」

「うん?」

はむ、とフォークごとケーキを銜えながら、僕は応える。
彼女は下を向いて、テーブルの上のケーキを睨むようにすると、ゆっくりと顔を上げた。
唇をきっ、と結んだ、ものすごく真剣な表情をしていた。


「――話したいことが、あるの」


まっすぐに、彼女の瞳が僕を捉えた。
色素の薄い紫の目が、確かに僕の目を見据えていた。それを認識した途端、彼女の纏う雰囲気が、一気に変わったように感じた。
なんだか、そう、一世一代の勝負でもかけるような、気迫と呼べばいいのか、そういうものを感じた。

あまりにも真剣な空気に、僕はフォークを口から離してテーブルに置くと、身を改めた。
そうじゃないと、ケイの態度に対して失礼な気がして。

468: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:34:08.34 ID:IxPGiTUb0
「……うん」

答えながら姿勢を正して、僕は彼女の言葉を待った。
何が出てくるんだろう、と僕はじっと、彼女の唇の動きに注意した。

ケイは、緊張しているのか、何事かを言おうとしては止め、もう一度語り出そうとしてやっぱり止めて。
それをいくらか繰り返して、それから、大きく息を吸った。

そして、その唇がゆっくりと開かれた。

「私――私、ね? ずっと……ずっと、前から。その、あなたの――」



と、申し訳ないけれど。ここで僕の話は終わりにしようと思う。ここから先は僕の話じゃなくて、彼女の話だから。

続けてケイがどんな言葉を僕に投げかけたのか、また、僕はいったいその言葉に何を返したか。
ちょっと人に話すような内容でもなかったので、聞いている人の想像に任せようと思う。

ただ、一つだけ言えるとすれば。僕にとって、彼女のケーキは他のどんな味よりも大切な味なんだってことかな。

469: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/15(火) 23:39:30.59 ID:IxPGiTUb0
おしまい。ぜひとも製作スタッフさんたちには、マジェスティックプリンスEXODUSとかそんな感じで二期を作っていただいて、ケイにもうちょっとサービスしてやってほしいところ。もちろんみんないなくならない方向で。小鹿ちゃんとかまだまだやれることはあるでしょうし。

今頃発声上映会に行かれた保護者の方もイベントが終わったことでしょうか。うらやましい。

では、またいつか。次は小説ネタでやろうと思います。他にもネタふりがあればお願いします。見てる方がいらっしゃるか分かりませんが。

474: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 10:58:21.72 ID:A4G9URFE0
古来より多くの種族を生み出し、狩り尽くしてきて。初めて、我々は勝利を得ることができなかった。
これまで、いくつもの星星を滅ぼし、その度に遺伝子を食いつないできたが、とうとうそれを阻む存在が生まれたのである。

その星のラマタ――獲物は、地球人、といった。

彼らは、プレエグゼシア・テオーリアや、その母君であるエグゼシア・オーレリアの力を借りたものの、我々ウルガルを退けてみせたのだ。
そのことを受けて、エグゼス・ガルキエは私の報告に満足げに笑んでいた。
まるで、目当てのモノをとうとう見つけた、という喜びを表すように。

ウルガルの侵攻拠点。その中にある王宮。
レガトゥス――軍団長の中で唯一動ける身として、私――ルメスは今、ガルキエ様に、失った兵の補充などの戦力の立て直しに関する報告をしていた。

「――ルメスよ」

は。

その報告の途中、私が恭しく答えると、ガルキエ様はこう告げた。

「ゲートをもう一度生み出し、そして、地球へと攻め入る。それまでに状態を万全にしておけ」

は。レガトゥス・ドルガナも、数日もすれば傷が完全に癒えるとのことです。

言いながら、軍団長の中でもガルキエ様の腹心であられる、彼の武人の姿を思い浮かべた。

今回のシカーラ――狩りで一番手傷を負ったことであろう人物。
地球への狩りから、何かしら思うことがあるのか、面会に行ってもずっと無言で宙を見つめていたことを思い出す。

475: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:01:26.57 ID:A4G9URFE0
「うむ。……我が弟の方はどうだ」

ガルキエ様の質問に、私は少しばかり間を置くと、はきはきと答えた。

傷は深かったようですが、それでも、もう次のシカーラへと赴こうという気の入りようでございます。

プレエグゼス・ジアート。
私の主君であり、エグゼス・ガルキエの異母弟。
彼は今回のシカーラで、自らのラマタと対峙し、死闘を繰り広げた後、重傷を負った。

私がどうにか回収し、傷の治療を始めると、持ち前の生命力の高さゆえか、彼はあっさりと傷をほぼ癒してしまった。
今は、まだ機体へ乗り込み操縦するほどではないが、それでも、余興で行う程度のシカーラ――狩りをするほどには調子を戻していた。

私の答えに、ガルキエ様は満足したように頷く。
まるで予想していた答えが返ってきた、と言わんばかりだった。

「もうよいぞ、ルメス。下がれ」

は。では、私はこれにて。

ガルキエ様に深く礼をすると、私は宮殿を去った。
それから、今度はジアート様のいるであろう居城へと向かう。
思っていた通り、ジアート様はご自分の城の外で、ご自分の趣味で用意していた獲物を何匹か仕留めていた。

病み上がりとはとても思えないその戦果に、私は内心でおそろしい方だ、と深く慄いていた。
彼はまさしく、マナーバ――本能そのもの、狩りの中でしか自分を見出せない、まさしくウルガルという種族をよくその体で示していられているように思う。

476: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:03:20.12 ID:A4G9URFE0
ジアート様。

「……ルメス、か」

私が声を掛けると、小さな湖の中に佇むジアート様は剣を納めて振り返り、陸に上がってくる。
濡れたお身体のことなど意にも返さぬご様子で、ジアート様は私の言葉を待つ。

お身体はもう大丈夫のようですね。

「まぁ、な。鈍って仕方がないくらいだ」

次のシカーラは、まだまだ先になるようです。

「そうか……」

待ちきれない、というご様子ですね。

「当然だ。あれほどのラマタ、もう二度と会えないかもしれぬともなれば、昂ぶるだろう?」

にやり、と彼は実に不敵に、力強く、そして何よりも、喜びを露にして笑った。
…まったく、末恐ろしい方だ。あれほどの激闘の後で、いまだ止まることない自らの成長を確信している。
実際、おそらくは私の知る以上の力を、ジアート様は手に入れたに違いない。
そういった自信が、その笑顔に出ている。

477: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:05:34.19 ID:A4G9URFE0
「まぁいい。私も多少は傷を負ったことだしな。完全に癒えるまでは、おとなしく待つとするさ」

それがよろしいかと。では、私はこれで。

一礼をすると、私は振り返り、その場を去ることにした。
ここに留まり続けては、おそらくは命が危ういことだろう。
何故なら――

「ルメス」

は。

呼び止められて、私は立ち止まった。ただし、振り返らない。いや、振り返れない。
先ほどから感じている、抜き身の剣のような、鋭い視線が、私の身体を完全に動けなくしていた。

振り返ろうものなら、昂ぶりが収まらないジアート様に、そのまま勢いで殺されてしまうことだろう。

この方はそういう人物だ。
今すぐにあの地球人を狩りに行きたくてたまらないのをどうにか抑えて、しかし、それでも抑えきれないから、雑魚を狩って気を静めていたのだ。
そして、その雑魚への矛先が私に向くことは何ら不思議ではない。

478: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:15:17.93 ID:A4G9URFE0
「お前もまた、テオーリアの味方なのだろう? いいのか? 地球にまた侵攻をさせて」

何をおっしゃられているのか、分からない私ではない。
ジアート様は感づいている。私がテオーリア様の言葉を受けて、ガルキエ様の意向を無視して全軍を下げようとしたことを。

それをガルキエ様には伝えていないことも理解している。もちろん、私を付き人として庇ったのではない。
おそらく、私の存在が都合がいいからだろう。テオーリア様に、もう一度お会いするために。
私はどう答えるか考えに考える。回答次第では、狩られてしまうだろう。

ジアート様の気を削ぎ、かつこの場を治める答えを出さねばならない。私は――

いえ。私は、生み出された目的のため、すべきことを為すだけですので。

ただ、そう答えた。あくまでも、私の中立性を主張するために。
私が、何のためにここにいるのかを伝えるために。

「……ふ…そうだったな」

もうよい、と言うように、鋭い視線の感覚が私から逸れた。
どうやら、見逃していただけるようだ。

それでは、ジアート様。くれぐれもご養生を。

それだけ残すと、私はその場を去った。私に与えられた役目は多い。
私はルメス。皇族の付き人として生み出された存在。誰か個人ではなく、主たる存在たちへの忠誠を果たすだけの、ただ、それだけの存在だ。

479: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:17:11.45 ID:A4G9URFE0



目の前から去るルメスの後ろ姿を見送りながら、私は宙を見上げた。
この宙の先に、あのラマタが待っている。もしかしたら、ゲートの爆発に巻き込まれて死んでいる可能性もあるかもしれないが。
しかし、私にはそんなことはありえないと断言できる自信があった。
あのとき。決着をつけようとした、あの瞬間。私は確かに、やつの存在を感じた。私もやつも、まだまだここで戦いが終わる関係ではないと。

おそらくは生きている。そして、やつもまた、自らの成長をきっと噛み締めていることだろう。
それでこそ、私の認めた獲物なのだ。

ふ、ふふふ――

喜びで、全身が震えてしまう。
今一度、私は自らが定めた獲物のことを思う。

テオーリア。それに母上。そして――

あのラマタの少年。やつは確かにあの一瞬、自分を越えたのだ。
その事実を思い出すだけで、自然と笑みが浮かぶ。
やつを狩るその瞬間、私は間違いなく、更なる道へと進めるのだ。
何よりも、それが楽しみで仕方がない。

く、くくくく……

抑えきれない、こみ上げてくる。これほどまでに感情が昂ぶるのは、初めてだ。
その感覚をじっくりと味わいながら、『俺』は大きくその感情をさらけ出した。



「ふ、ふふふふふ…ははははは、ははははは―――――――っ!」

480: ◆jZl6E5/9IU 2016/11/19(土) 11:18:51.75 ID:A4G9URFE0
おしまい。受け入れおじさんは普通に生きてます(監督)とのことだったので一つ。
次のシーズンがあれば、ぜひともおじさんとは今度こそ、チームラビッツで決着をつけてほしいところ。
では次をば。小説ネタでひとつ。


次回 【MJP】銀河機攻隊マジェスティックプリンスで短編【マジェプリ】 後編