1: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:10:15.08 ID:X7SGFGI80
私は書店の2階にある窓からの彼女から目が離せなくなっていた


 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1490973014

引用元: 古書店の香り 


 

 
2: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:11:27.50 ID:X7SGFGI80


彼女に出会った経緯を話す前に、まずは私の生い立ちについて少し話しておこう

私は生まれたときからとても貧しかった

貧しいと言っては語弊があるかも知れない

正確に言うならば私が両親の顔を知らない、それどころか生まれてすぐに河原に捨てられていたそうだ

そんな私を偶然見つけた河原の住人が私を育ててくれた

彼は長く真っ黒でふさふさな髭がトレードマークの細身な男で

私と仲間たちは彼を「クロ」と呼んでいた 

実に安直なあだ名である


3: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:13:08.64 ID:X7SGFGI80
クロは私を育て、生きる術を教えてくれた

周りの者が温かい家でゆっくりと食事にありつき娯楽に興じる中、私はごみ箱から残飯を漁り、雨風を凌げる場所を探して毎日を過ごす

そんな生活を今の今まで送っていた

周りの者は私たちを蔑みの眼で見て、宿無しや野良などと馬鹿にしてくるが私はそんなもの気にしない

私は自分の生活を一切恥じていないし

何より私を立派に育ててくれたクロと同じ自由な生活に誇りすら持っている


4: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:15:11.40 ID:X7SGFGI80
そんな生活を送っているためか普段することと言えば

散歩や日課のゴミ漁りくらいであり

娯楽と言えば河原で魚でも捕まえることしかない

自由気ままな生活で気が楽だといえばそうだが

人並にうまいものを食べたいなどといった欲求はあるものだし

死ぬまでこんな生活を続けて行けるのかという不安もある


5: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:16:32.50 ID:X7SGFGI80
もちろん学なんてものは一切ないし

さらに言うと読み書きはひらがなをどうにか読むこと以外なにもできない

しかし古本の匂いというものがどうも好きらしく

たまに古書店に寄っては内容なんてわからないくせして

店内を歩きまわってみたりしていた

それが私の数少ない楽しみである



6: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:17:48.00 ID:X7SGFGI80
そんな私をクロは

「学もないくせ一丁前に古本屋に行き、金もないから何もせず出てくるなんて滑稽極まりない」

と笑うのであったが

そんな彼の趣味も高い建物を見つけてはとりあえず登ってみて景色を楽しむというものだったので

私はお前にだけは言われたくない、煙となんとやらは高いところを好むからなといつも言い返すのであった


7: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:19:23.84 ID:X7SGFGI80


ある日私はいつもどおりすることもないので散歩をしていたところ

ずいぶんと雰囲気のある古書店を見つけた

外から見ると民家の1階部分を改造して作ったようで

木造の一軒家にガラス障子張りの入り口、その上にボロい木の看板がひっかけてあるだけで

そこには何か文字が墨で書いてあった

おそらく店の名前であろうと思ったが如何せん漢字が読めないので気にせずガラス障子を横に押した


8: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:21:18.71 ID:X7SGFGI80
店内に入ると外観通りであった

そころじゅうに所狭しと本棚が置いてあり中には数えきれないほどの古本が詰め込まれていた

本棚に収まりきらなかったであろう古本たちが本来在庫を収納するであろう棚の下部分に詰め込まれ

さらには通路にまで零れ落ちてしまっていた

店の奥にはこれまたこの店にぴったりの、こぎれいな服装をし真っ白な髭を生やした店主であろう老人が

珈琲を飲みながら本を読んでいた


9: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:22:10.57 ID:X7SGFGI80
なんて素晴らしい店を見つけてしまったのだと感極まっていると

私のことに気づいた店主が

「おっ、お客か珍しい」

と声をあげ

「ゆっくりしていくといい、他に客なんてどうせ来ないのだから」

と私に小さく微笑みかけてきた


10: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:23:52.33 ID:X7SGFGI80
これだけ古本があるのだからやはり店内は古書の匂いに満たされていた

古びた紙とインクが醸しだす独特の匂いに加え

店主の飲んでいる珈琲の匂いがブレンドされ実に私好みの匂いであった

私はこんないい店があるのに何故今まで気づかなかったのか

と少し後悔しながらも新しい発見に胸をときめかせその日は店を後にした


11: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:24:53.63 ID:X7SGFGI80
それからというもの

たびたびその店を訪れては店内をうろついて匂いを満喫し

帰るという日々を過ごした

店主の老人は何も買わず店内を散策して帰るだけの私を

嫌がるどころか菓子などを出してもてなしてくれたりもした

店主が以前客が来ないと言っていたが

それは本当らしく私がたびたび訪れる中で一度も他の客に出会うことはなかった


12: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:26:29.53 ID:X7SGFGI80
そんな充実した生活のある日

今日も匂いを十分に堪能したし、帰ろうかと店を出たところで

「あら」

と鈴を転がすような声が頭上から降り注いだ

何者だと声の方に顔を向けてみると

一人の少女がこちらに向けひらひらと手を振っていた



そして冒頭である



13: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:27:08.40 ID:X7SGFGI80
うわ、冒頭間違えてるじゃん



私は書店の2階にある窓からのぞく彼女から目が離せなくなっていた



こっちです


14: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:29:43.82 ID:X7SGFGI80
彼女は学のない私には言い表せないほどの美しさを持っていた

齢は17、8であろうか

日の光を受けてほんのりと青く透けてみえる黒髪を肩甲骨あたりまで伸ばしており

少し釣り目の大きな瞳そして色素の抜けたような真っ白い肌をしていた

深窓の令嬢という言葉をそのまんま体現したかのような彼女は続けて

「おじいちゃんからいつもあなたの事は聞いているわよ」

と優しく微笑んで見せた

私は彼女が声をかけてくれたことに驚いたとともに

なんと言葉を返せばいいのか私のような下賤の者が話しかけてもいいものかと考えていると

ふと自らの身なりの汚さに気づいてしまった


15: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:30:57.11 ID:X7SGFGI80
いつも河原暮らしをしている私は

一言で表すならボロ雑巾という言葉がぴったりであった

それを自覚してしまうと途端にやはり私には彼女と話す資格すらない気がしてきて

逃げるようにしてその場を去った


16: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:32:49.84 ID:X7SGFGI80
家と呼んでもいいか分からないが

家につきなぜ彼女は声をかけてきたのか

彼女と話がしてみたい

また会えるであろうかなどと考え悶々としていると

クロが帰ってくるなり、私を見て

「女っ気なんてなかったお前もついに発情期か?」

などと私を馬鹿にした



17: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:34:11.18 ID:X7SGFGI80
私はむっとして彼に

万年発情期のお前にそんなこと言われたくはない

と言い返すと彼は

「発情期どころか女と付き合ったこともないお前に俺を馬鹿にする資格はねぇ」

と言い、鼻で笑うとその辺にゴロンと寝転がった


18: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:34:53.68 ID:X7SGFGI80
こんな煽りあいをしたが河原暮らしのくせしてクロは異様なほど女にもてるのである

いつも女をとっかえひっかえしてそれどころかたまに貢物だといって御馳走を持って帰ってくるのである

彼は私に生き方と女の落とし方を教えてくれたが

私にはジゴロの素質がなかったらしくいまだその成果は0である



19: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:35:53.91 ID:X7SGFGI80
以前クロにヒモにでもなって生きて行けばいいではないかと言ったところ彼は

「ヒモになって女の貢物で生きていくのも悪くはないが、今の生活も悪くねぇ

つまるところ俺はどっちの生活でもいいんだよ

でもな、女に縛られて生活してるとビルに登るだろ

そうすると女が危ないから家にいろって言うんだ

そんな生活するくらいならって俺は今の生活を続けているんだ」

そういって彼は笑っていた


20: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:36:38.18 ID:X7SGFGI80
ふとそんなクロに相談したらいい案が返ってくるのではと思い

私は思い切って彼に声をかけた

気になる女がいたらクロはどうするかと聞いたところ

クロはこちらに顔を向けるとにやりと笑い

「やっぱ発情期じゃねぇか」

と言った

私は言い返そうと思ったがクロは続けて

「俺がお前ならとりあえずはその身なりをどうにかするな」



21: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:38:04.82 ID:X7SGFGI80
私は自分の姿を見た

クロは河原暮らしの癖に頻繁に川で水浴びをしていつも小綺麗にしていた

対する私は川の水は冷たいしなにより河原暮らしに清潔さなど必要ないと思っている

「お前愛想がねぇんだから、せめて身ぎれいにするこった

それからプレゼントだな

まぁ俺たちの場合は貢物なんて買う金もねぇからせめてと花でも持ってってやると

女は金はないけどプレゼントを贈ろうとするなんて、本気で私を愛してくれているのね

ってな具合で勝手に解釈してくれるからよ」



22: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:39:34.41 ID:X7SGFGI80


「それから一番大事なことはちゃんと何度も会いに行くことだな

女ってのはみんな寂しがりだからよ

それとたくさん顔を合わせることで女のガードも結構簡単に崩れるってもんよ」

クロの言葉に私は思わずなるほどと思ってしまった

彼はいつも所謂いいとこのお嬢さんみたいなのをひっかけてくる

どこで出会いどうやって仲を深めたのかと疑問に思っていたが単純なことであった

そこいらでみつけたお嬢さんに声をかけストーカーまがいのことをしていただけか

私は彼の助言に関心するとともにクロ自身に呆れを感じた



23: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:41:37.09 ID:X7SGFGI80
しかしそこで私は一つの疑問を抱いた

それはクロの顔があってこそじゃないのと問うと

「お前の顔も悪くはねぇよ

でもなお前にはマメさがねぇんだよマメさが

いつもそうだろ前も女をひっかけようとしたとき食いついて来た女にそのあと会ったか?」

それは以前クロにナンパの指南を受けたときのことであろう

あれは食いついてたのかと私がつぶやくと

クロはプッと吹き出し一通り笑うと

「お前は鈍感だってのもいえけぇのかもな」

そう言った後に

「まぁ本当で気になる女がいるなら攻めあるのみだ

当たって砕けろ」

と付け加えまた寝る姿勢に入った

その晩私は明日、朝から水浴びをして乾いたら彼女に会おう

それから花を摘んで彼女にプレゼントしよう

そう思って目を閉じたのであった


24: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:42:09.73 ID:X7SGFGI80
読んでる人いますか・・・?

煙草吸ってくりゅので少し休憩


25: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:50:17.64 ID:X7SGFGI80
いなくても続けるもんね!!



次の日、朝目が覚めると私はすぐさま川に入った

もうすぐそこまで春が来ているとはいえ川の水はやはり冷たかった

凍える思いで水浴びをし、川を上がると

拭くものなんてないから頭と体をぶるぶると振り回してとりあえず水を飛ばした

クロが1枚のタオルをニヤニヤ顔で持ってきた

「さっそく実践か」

私はそろそろ汚れすぎたから入らなくてはと思ったと強がって見せたが

クロはニヤニヤ顔のままこちらを見ていた



26: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:51:31.47 ID:X7SGFGI80
体を乾かしながら河原を見渡してみたが彼女に似合いそうな花は見つからなかった

それどころか彼女に似合う花などあるのだろうかとも思ったが

とりあえずは途中花屋にでも寄ってみるかと考えた

古書店への道すがら一軒の民家の庭に綺麗な花を咲かせていた

庭にこっそり忍び込むと私はその華を一輪だけ拝借した


27: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:52:51.81 ID:X7SGFGI80
古本屋につくと私はひどく緊張していることに気が付いた

今まで店主しかいなかったのに昨日会えたのは奇跡ではないのだろうか

今日も会えるだろうかといろいろと考え込んでしまった

しかしクロの言葉に背を押され思い切ってガラス障子を開けた

店に入るといつもの白髭の似合う老人はいなく

代わりにレジの奥には昨日の彼女が座っていた


28: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:53:59.69 ID:X7SGFGI80
老人がいないどころか彼女が店番をしていたことに

私は嬉しさと突然の再開にひどく動揺した

そんな私の気持ちなどつゆ知らずのように彼女は

「あら、昨日ぶり

今日もうちにきてくれたのね」

と私が昨日聞いた美しい声で嬉しそうに話かけてきたのである

「うちってお客さん来ないから暇だったのよ

私とお話ししましょうよ」

そう続けた

私は彼女からの突然のお誘いにまたさらに動揺してしまった

しかし今日は攻めの姿勢を貫くことを思い出し

持ってきた花を彼女に差し出した


29: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:55:25.99 ID:X7SGFGI80
私は差し出したつもりであったが実際には緊張のせいもあり花を彼女の前に

ポイッと落とすような形になった

不味い態度であったかと一瞬思ったが

彼女は花をみるとぱぁとかわいらしい笑顔を咲かせ

「昨日はすぐに帰っちゃったから嫌われたのかと思ったわ

なのにプレゼントなんて貴方なかなかの紳士なのね

それにこの花アネモネね

私の好きな花何で知っているの」

そういいながら彼女は花を色々な方向から眺めたり匂いを嗅いだりした

花の名など私は知らなかったが彼女が喜んでくれたようで何よりであった


30: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:56:41.06 ID:X7SGFGI80
一通り花を堪能した後彼女は私をみて

「それに今日は私のためにおしゃれでもしてきてくれたのかしら」

そういいながら少し意地の悪い笑顔で私をみた

花を見た時の笑顔も今のような顔も絵になるなと見蕩れていたのと

気恥ずかしさによる緊張で言葉を返せずにいると

「せっかく花をいただいたんだし何かお礼しなきゃね、ついてきて」

そういい立ち上がるとカウンター裏の扉に手をかけた


31: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:57:29.96 ID:X7SGFGI80
カウンター裏へと消えた彼女を私はどうすればいいのか

それにそんな簡単に私を家に上げてもいいのかなどと戸惑っていると

彼女はひょこっと扉から顔をだして

「いらっしゃいな」

と言った


32: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:57:58.33 ID:X7SGFGI80
おとなしくついていくと店の裏には廊下が続いており彼女はその奥の階段を軽やかに上がっていた

私は店を空けてもいいものかと扉をもう一度見やると彼女は

「どうせ誰も来ないしいいのよ」

と言って階段をまた登って行った


33: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:59:04.17 ID:X7SGFGI80
2階に上がるとまた廊下が続き彼女はその突き当りの部屋で扉を開けて手招きをしていた

おずおずと彼女の部屋にあがるとそこは年頃の娘らしくない内装で

ベッドに机、そして店内と同じように沢山の本の詰まった本棚と小さな箪笥があるだけであった

人形の一つもない室内をみて、ここが彼女の部屋かという感慨と少しの驚きを感じていると

そんな私の様子に気づいたのか彼女は

「私体が弱くて、それに下があんなのでしょ

だから本ばっかり読んでたらこんななっちゃったの

女の子らしくなくてごめんね」

私はそんなこと気にしないでいい、部屋などどうでもいいのだというと

彼女は優しく微笑むのであった



34: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 00:59:38.39 ID:X7SGFGI80
ちょっと待っててくれと言うと彼女は扉から出ていった

年頃の男子をこれまた年頃の娘の部屋に招き

あげく一人にするなどとんだ拷問である

私は自らの悪魔と葛藤していると彼女は飲み物とクッキーを持ってきて再び現れた



35: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:00:15.45 ID:X7SGFGI80
「これ私が焼いてみたの、どう」

どこまで男子の理想を絵に描いたような女性なのだと思いながらも

クッキーの一つを口に入れた

正直味音痴で何を食べてもうまいと思える私であったが

彼女の手作りクッキーだと思うと何十倍も美味しく感じた

貧困な語彙力を振り絞って一生懸命に味の感想を伝えると

彼女はまたニコリと優しく微笑んだ


36: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:01:13.04 ID:X7SGFGI80
「あなたはどうしてウチのお店にいつも来てくれているの」

私は金がないことそのため本が買えないこと、古本の匂いが好きなことを話すと彼女は

「ほぇー」や「ふむふむ」とかわいらしい声を上げていた

部屋に上げてくれ、さらにクッキーをごちそうしてもらったことで

気の大きくなった私はその後いろいろなことを彼女に話した

クロの女たらし具合それにまつわる失敗談、私が水浴びが苦手なこと

私はクロから教わった女性との話方を思い出しながら様々な話を彼女に聞かせた

彼女は私が話している最中も楽しそうにニコニコと笑顔を私に向けてくれた



37: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:02:26.18 ID:X7SGFGI80
気が付くと日も傾いておりそろそろ帰らねばと立ち上がろうとすると彼女は

「あら、帰っちゃうの」

そう言った

私はそこで帰る場所が河原であり、彼女とは決して釣り合うことはないということを思い出した

意を決して私には家がなく親もいない先ほど話したクロが育ての親である

もう私のような下賤なものと会わない方がいい私もここを訪れるのは最後にする

一息にそう伝えた

クロは何度も会えばいいと言ったがやはり私のようなものが彼女のような女性には釣り合わなすぎる

私のようなものには高翌嶺の花であったのである、彼女も店主もこの店も素晴らしい場所と人たちであったが仕方のないことである

そう思い少しうつむいていると

彼女は私をじっと見つめた後に

「また、いらっっしゃい」

そう言って私の頬をそっと撫でた





38: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:03:43.82 ID:X7SGFGI80
なんという慈愛であろう

慈愛と母性そして美貌、すべてを兼ね備えた彼女はまさに女神の生き写しではないかと思った

私は涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えながらまた来てもいいのかと恐る恐る聞くと

彼女はもう一度私の頬を撫で

「またね」

優しくそう言った


39: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:04:28.96 ID:X7SGFGI80
家に戻るとクロがすでにおり私をみるなり

「何ニヤニヤしてんだ気持ちわりぃ」

と言った私は表情を作り直し否定すると

しばらくして合点がいったのか彼はニヤニヤ顔を作りながら

「俺のアドバイスは役に立ったか」

と言った


40: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:11:15.18 ID:X7SGFGI80
それからというもの私は毎日古本屋を訪れた

店を訪れるとカウンターに座る店主が奥の扉を開けて私を奥へと招き入れてくれた

家にあがるとまっすぐ彼女の部屋へと向かう

彼女の部屋にあがるといつも何か飲み物と手作りのお菓子をごちそうしてくれた

そうしていつも私は彼女に河原で水浴びをしていたら目の前で魚が跳ねたが取り逃がしたこと

クロが何股もかけた結果その全員にばれて追っかけまわされたことなど他愛のない笑い話を聞かせた

そうすると彼女は時たま相槌を打ちながら私の話をあの柔らかな笑顔とともに聞いてくれるのであった



41: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:15:43.03 ID:X7SGFGI80
そんな幸せな日々が続く中

その日は4月も終盤に入り春の陽気が暖かく空気の澄んだ気持ちのいい日であった

ふと彼女が膝をポンポンと叩くと

「私眠くなっちゃったわ

少しお昼寝しましょ

いらっしゃいな」

そう言った


42: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:19:36.52 ID:X7SGFGI80
確かに昼寝にはもってこいの日であるし私も少し眠気を感じていたところである

しかし年頃の娘がそう簡単に膝枕を許してもいいのであろうか

それに今朝も水浴びをしてきたが臭くはないであろうか

彼女は少し近くにいるだけでなんていい匂いのするのであろう

などと自らの煩悩や苦悩と葛藤していると

彼女は膝をもう一度叩きやさしくいつもの鈴を転がすような声で

「いらっしゃい」

といった



43: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:23:33.36 ID:X7SGFGI80
私はあっさりと誘惑に負け彼女の膝にそっと頭を乗せた

すると彼女は私の頭を撫でだした

驚いて一瞬ビクリと体が跳ねてしまった

彼女も驚いて一度手を離したが少ししてまた私を優しく撫でだした

その手から伝わる暖かさと柔らかさに包まれた私はうつらうつらと瞼が重くなっていくのを感じていると

何事かを彼女は語り掛けてきた

しかしまどろみの中にいた私に、その言葉は理解できなかった

そして私は彼女の声を子守歌として眠りに落ちた


44: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:26:19.27 ID:X7SGFGI80
目が覚めると日は傾き部屋の中まで茜色に染め上げていた

ふと上に目を向けると彼女は瞳を閉じて静かに深い呼吸を繰り返していた

春の陽気と私の体温で暑かったのか彼女は少し汗をかいており

鬢の毛を少し顔に張り付けていたが却って彼女に何とも言えぬ艶やかさを付け加えていた

起こしてしまってはまずいと私はそっと起き上がると静かに部屋を後にした



45: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:27:21.03 ID:X7SGFGI80
次の日は早朝目が覚めてしまった

外はあいにくの土砂降りであった

普段は傘など持たぬので雨の日は外を出歩かないことにしていたが

あのようなことのあった次の日であったのこともあり私は彼女に無性に会いたいと思った

どうせドブネズミのように濡れたところで奴らと何ら変わりのない生活を送っているから今更である

と私は小走りで店へと向かった


47: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:29:40.63 ID:X7SGFGI80
古書店につくと、いつも客はおらずとも健気に店を開けるのであったが

今日に限ってシャッターが下りていた

どうせ店主が寝坊でもしてまだ開店していないだけであろうと

シャッターを少し叩いてみたが鉄を叩く音と雨音がむなしくあたりに響くだけで

なんの返事も帰ってこなかった


48: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:31:45.72 ID:X7SGFGI80
読んでくれてる人がいたんですね!!

よかったぁ





仕方ないと少しの間軒下で待っていることにした

軒下と言っても土砂降りに重ね強風であったため全身はずぶぬれになってしまったが

彼女のことだ、いつもの笑顔で迎えてタオルを差し出してくれるだろう

などと彼女の姿を妄想しながら頬が緩みそうになっていると

一人のなんとも陰気な恰好をした女が通った

私は家族かなにかだろうと軽く会釈をするとその女は私を一瞥すると

裏口へ通じる細道へと消えて行った

どうせなら今の女に声でもかけて彼女に合わせてもらえばよかったなどと後悔した


49: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:33:29.24 ID:X7SGFGI80
どれほど待っただろうかいい加減寒さと空腹がきつくなってきたころ細道から店主が出てきた

彼は私に気づくと驚いた顔をすると

「今日明日は店はお休みだよ

また来るといい」

そういいどこか彼女と似た柔らかい笑みを私に向けてきた

私は一言挨拶をすると帰路へとついた


50: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:34:07.86 ID:X7SGFGI80
家に着くと雨で体が冷えたせいか体が鉛のように重くなるのを感じた

ここのところ彼女に会いに行くことが主となって食事の調達も少しさぼっていたために

体力でも落ちてしまったのであろう

私は仕方がないので少し休むことにした


51: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:36:51.92 ID:X7SGFGI80
目が覚めると外は昨日と打って変わって春の日差しが降り注いでいたが

私は依然体が重くまともに動くことすらできないことに気が付いた

直観的に死が近づいていることを私は気取った

体力が落ちたところに雨で体を冷やしてさらに風邪か何かにでもかかったのであろう

医者に行く金もそれどころか私を連れて行ってくれる人間もいない

これも野良の宿命かと諦め身を任せようとしたところでふと彼女の顔が浮かんだ

この際だせめて最後に彼女を一目だけでも見たいと思った



52: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:37:26.51 ID:X7SGFGI80
重い体を無理やり引きずりながら古書店へと向かった

以前の民家でまた同じ花を一輪拝借した

どうせ最後の悪事である彼女の笑顔と私の魂に免じて神様も許してくれよう

店につくと相変わらずシャッターは降りていたが私は構わないと裏口へと向かった

裏口は開けっ放しで何か飾り付けがしてあったが気にせずそのまま家へと上がった



53: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:38:31.18 ID:X7SGFGI80
2階へとあがり彼女の部屋へと向かうと彼女はベッドの上で静かに寝ていた

起こしてしまうのももったいないほどに、いつみても美しいとしか言えない顔をじっくりと堪能した

私は先ほどの花を彼女の枕元へとそっと置いた

しばらくそうしていると昨日と同じようまた店主が来た

こいつは私のことがすべて見えているのかなど思っていると

「なんだい、お別れにきてくれたのかい」

なんだこいつは、本当に私のすべてを知っているようである

まあ女神の親族なのだから神様であっても仕方がないかもしれないなどと阿呆なことを考えながら

彼に今までの礼などを述べ、最後に彼女によろしくつたえるよう頼んだ

彼はそれを聞くと少し寂しさを含んだ笑みを浮かべ

「またね」

と一言だけ発した


54: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:39:32.99 ID:X7SGFGI80
私はそのまま山へと向かった

生まれ育ったのが川だったからどうせなら最後は山で迎えてみようといった考えである

山というよりも小高い丘程度の場所であったがあたりには草花が咲き乱れなんともきれいな場所である

彼女にも会えたしもう思い残すことはないと思っていると

そこで私は私自信をここまで育ててくれたクロを思い出した

彼は悲しむだろうかそれとも宿命だと受け入れてくれるだろうか

など彼と彼女、二人の思い出を思い起こしているとふとクロが以前言った言葉を思い出した

「知っているか、俺達には7つの魂があってな

何番目の魂かによってその知性や備わった才能、それに毎回姿かたちが違うこともあるんだぜ

まぁ俺はもう7番目だから全知全能の神様みてぇなもんよ」

そんな話を聞かせてくれたことを思い出した



55: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:41:11.42 ID:X7SGFGI80
私は何番目だろうか、しかし7番になるといろいろな力が備わると言っていたし

こんなしょうもない私が7番目ということはなかろう

それならば次の魂もあるということではなかろうか

ならば次の魂ではもう少しまともな生活と能力をもっていれるようになろう

そして次はもっと美男子に生まれ変わろう

そしてたくさん金を稼いでたくさん本を買って読もう

そして彼女に会いに行こう

そして一言目に彼女のクッキーが食べたいと言おう

そしてもう一度膝枕をしてくれないかと頼んでみよう

そしてそしてそして………



56: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:41:59.04 ID:X7SGFGI80
重くなる体と裏腹に心はどんどんと軽くなっていくのを感じた

考え出したら止まらないが私は次の魂になっても彼女を見つけ出しきっと会いに行くことを

心の中で強く誓いながらそっと瞼を閉じた



57: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:43:33.18 ID:X7SGFGI80


彼より先にそっと息を引き取った少女の枕元には赤いアネモネの花が一輪揺れていた







58: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 01:44:36.85 ID:X7SGFGI80
一応おわりですが少しだけ蛇足があるのでまたあとで書きます

質問感想などあったら聞かせてください


62: ◆xcowkuHie6 2017/04/01(土) 16:07:21.67 ID:X7SGFGI80
私の生まれは人並の家であった

両親の仲はそれなりに円満であり

高校での成績はまぁ中の上から上の下程度をうろうろとしていた

女子にはもてるほうであったがどれもピンと来ずすべて丁重にお断りさせてもらっていた

そんな私の趣味と言えば古書店巡りくらいである

あのインクと紙の古びた匂いが好きであったのと本を読むことが大変好きであったためである

ある日ずいぶんと雰囲気のある古書店を見かけた

気になり入ってみると中はもまたいい雰囲気を醸し出していた

奥のカウンターで船を漕ぐ店主に既視感を覚えながらも店内を散策して店を去った

その日の帰り道とあるペットショップの前でふと気になるものが目に入り足をとめた

そこには雪のように真っ白な体毛に覆われ腰のあたりに黒い筋の入り目の釣りあがった猫がいた



おわり