1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 20:44:20.90 ID:EMacgtQW0
「じゃあ、真ちゃん。気をつけてね…」

「分かってるよ。子供じゃあるまいし」

「でも……」

あぁ、また始まった。雪歩の心配性が…
何度目になるか分からない雪歩の小言を聞き流しながら、プロデューサーを目だけで窺う

「ハニー、いってらっしゃい! 今日はいつ帰るの?」

「事務所に戻るのは十九時過ぎになるかな」

「それじゃあ今日はもう会えないの…。ね! 付いていってもいい?」

「無理だよ。別に今生の別れじゃないんだ。また明日だって会える」

「ハニーはいつも堅いこと言うの。真面目すぎるって思うな……」

引用元: P「偶像の仮面」 


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2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 20:49:09.49 ID:EMacgtQW0
「…早めに帰れよ? 何かあったら俺が困る、な?」

「……うん」

よくもあの美希を扱えるもんだ。素直に尊敬するよ……

「ねぇ。あれ、してもいいかな?」

「え? あ、うん…」

そう言うと雪歩は、僕の身体に抱きついた。鎖骨の辺りに深くうずめるように、頭を動かす
その性的とも言える仕草に、僕は辟易した

「……真。そろそろ行こう」

「あっ! は、はい! …じゃあねっ、雪歩」

「あ……」

待っていたとばかりに、僕はプロデューサーの後を付いていく
もの言いたげな雪歩を残して……

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 20:54:33.00 ID:EMacgtQW0
「うわっ…」

ビルの扉をくぐった途端、金切り声が耳をつんざく
…出待ちの女の子達だ
彼女達はどうしてこうも、アイドルを前にしたってだけで、甲高い声が出せるのだろう?

「はい、退いて。道を開けてください」

プロデューサーに先導されて、黒のワンボックスカーに乗り込む
運転席に回ったプロデューサーがドアを閉めると、車内にはほっとした空気が流れた

「はぁ、疲れた……」

「まさか裏口にも回られるとはな…」

「もううんざりですよ」

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 20:59:28.96 ID:EMacgtQW0
男性に出待ちをする人は少ないのか、事務所にまでファンが押し掛けるのは僕だけだ
それも女としての追っかけじゃない
真様、真様、ばっかり…

その歓声が事務所に届くのが、僕にはとても屈辱だった
皆にまで、女としての価値がないって見られるんじゃないかって…

「父さんが悪いんだ…。ボクに男らしさなんてものを押しつけて…!」

「……」

プロデューサーは無言で車のキーを捻る
迷惑だろうが、構うもんか

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:04:05.01 ID:EMacgtQW0
「舞台でも男役をやらされる羽目になって! おかげでこんな茶番をやらなきゃいけなくなっちゃって!」

「雪歩だって……!」

そう言いかけて、やめた
今口に出してしまえば、彼女へ抱いている気持ちが、本当になってしまう気がして…

「雪歩か…。どうするんだ?」

「そんなの分かりませんよっ!」

プロデューサーが、言葉に詰まった部分に目ざとく反応してきた
悩みを聞くのもプロデュースの内って言うんでしょうけど…
そういうとこ、ちょっと鬱陶しいですよ

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:09:36.49 ID:EMacgtQW0
「俺も真の気持ちは分かるよ」

「…へぇー。プロデューサーも、演技をしてるっていうんですか? アイドルみたいに?」

「周りの期待に合わせて行動するってのは、誰でもやってるさ。
それが本当の自分と矛盾している辛さが分かるくらいには…俺もな」

「……ふぅん」

「そもそもプロデューサーの仕事ってのは、アイドルの要望を笑顔で叶えてやることだからな」

少し自虐の入った笑み。僕の気持ちが分かるっていうのも、多分、真実の話なんだろう
けれども、さっき嫌な質問をされた腹いせか、僕は少し意地の悪い返しを思いついた

「そっか。だから美希にも好かれちゃったワケだ」

「……」

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:14:04.01 ID:EMacgtQW0
「美希の想いには気付いてるんでしょ? アイドルとプロデューサーだから付き合えないっていうんですか?」

「アイドルだとかは関係ない」

プロデューサーは無表情のまま、強い口調で言い切った

「だったら応えてあげればいいのに…」

「…こう言えばいいのか? あいつは俺の趣味じゃない」

大人の方便が返ってくると思っていた僕は、予想外の告白に慌ててしまう

「はは、あはは…美希が聞いたら大変だ…」

「言うのか?」

「い、言いませんけど……でも何が不満なんです? 年齢ですか?」

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:19:08.12 ID:EMacgtQW0
「年齢、な…。確かにそうだ…」

「なんだかんだまだ中学生ですからね……」

「……」

「美希、納得しますかね…」

「俺も上手くやるさ…。だから、な?」

気まずい空気を払うようにプロデューサーが呟く
似た問題を抱えていると知った彼の言葉に、僕の心も少しだけ和らいだ

「はい…。ボクも真面目に考えます。雪歩のこと」

そうして僕たちの乗った車は、テレビ局へ向かって、ゆっくりと車線変更をした

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:24:08.91 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

仕事終わりには堪える階段をようやく登りきって、俺は光の漏れる事務所のドアを開ける
そこには書類の整理をしている律子がいた

「ただいま、律子」

「お帰りなさい…真はどうしたんですか?」

「途中の駅で降ろしたよ。そこからの方が早いんだと」

「なるほど……」

椅子に座り、ネクタイを緩めて一息つく。すると、場違いなほど元気な声が響いた

「あ。お帰り兄ちゃん!」

「お勤めご苦労!」

「…ああ、頑張ってきたよ」

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:28:04.10 ID:EMacgtQW0
「で、なんでお前達がまだ居るんだ?」

「一時間前には上がれって言ったんですけどね…。
プロデューサーに挨拶するって聞かないもんですから」

「そうか……」

「なんでとは酷いよね~」

「クールな顔しちゃってー、本当は嬉しいくせにー」

「…はいはい、嬉しいよ」

亜美に対して俺は本心からそう言うと、彼女達を送り出すために立ち上がった

「わざわざありがとうな。時間も時間だし、家まで送ろうか」

「いいよ、今日は駅までパパが迎えに来てくれるんだって」

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:33:14.57 ID:EMacgtQW0
「そうなのか。でも…」

「もしかして変質者でも出るんじゃないかって心配してんの?
大丈夫だよ。駅までの道は明るいし」

「まぁ、な…」

「兄ちゃんって真美達には過保護だよね」

…クスクスと明るく笑う彼女達とは裏腹に、俺の心は冷えきっていく

「「じゃあねー!」」

ドアが閉じられてやっと、俺は安堵のため息をついた

「あんなに懐かれて、まったく羨ましい限りです」

律子が書類に目を戻しながら軽口をこぼす

懐かれている、か…
それは俺にとって果たして喜ばしいことなのだろうか

いや、彼女達にとっても……

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:37:03.77 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

冷蔵庫を開けてビールを取り出す
プルタブを引きながら、俺はテレビを点けた

「…容疑者が実況見分に立ち会い、警察は、犯行当時の状況をさらに詳しく…」

連日の残業のおかげで、見るのも久しぶりだったこの時間帯のニュースでは、
数週間前に起きた女児殺害事件の続報が流れていた

…ああ、そんな事件もあったな
なぜ忘れていたのだろう。決して無関心でいられる話題ではなかったはずなのに

テレビでは、犯人の性癖について揶揄するコメントが続けられていく

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:40:23.54 ID:EMacgtQW0
俺の中にはいつの間にか、棄てていたはずの感情が蘇ってきていた

――こんなのは、性癖なんか関係ない

単にこいつが、犯罪者だっただけだろう

だって現に俺は、犯罪を犯していないじゃないか――

そう叫びたくなる衝動を呑み込むように、俺は缶の中身を啜った
強めのアルコールと氷のような冷たさは、高ぶっていた気を鎮めてくれる

…そうだ。誰も居ない部屋で一人、テレビに向かって叫んだところでなんになるんだ

結局は、これが世間の総意なのだから

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:43:16.73 ID:EMacgtQW0
「風呂にでも入るか……」

空になった缶を潰して、風呂へ向かう

スイッチを何度か切り替えて、間抜けをやっている自分に気づく

「あぁ…、電球、切れてたんだったな…」

今朝、帰りに買おうと決めて家を出たのに、すっかり忘れていた

「仕方ない。また洗面台のを使うか…」

安アパートのユニットバスでは、洗面用の小さな光でも、風呂に入るのに苦労はしなかった

蛇口をひねると、熱いシャワーと白い湯気に包まれる

シャワーカーテン越しの明かりを頼りに、洗髪を済ませていく

その明るすぎない光は、妙な安心感を俺に与えてくれた

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:47:05.72 ID:EMacgtQW0
「……」

シャワーを浴びながら、一日を振り返る

真には、おしゃべりが過ぎたかもしれない。だが、あいつの指摘は確かに正しかった
図星を指されて意地になったのか…

美希……俺は、お前の望むままをやり過ぎてしまったのだろうか
皆にいい顔をするのは、そんなにいけないことなのか?

「そろそろ潮時か……」

事務所を離れるか…
そう考えた途端、皆の顔が脳裏をよぎっていく
そうして、最もあそこを離れたなくない理由に、辿りついた

今日も、彼女は綺麗だった

「――美……」

「はぁ…はぁ…」

「あぁ…」

「なんで……」

28: >>24一応最後まで。さる怖いから遅いけど 2012/07/28(土) 21:52:12.46 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

その日…ついに自分を慰めることは出来なかった


代わりに、俺は手記を記すことにした


手記の中では、俺は自由だった
自分でも驚くほどに言葉が出てくる

彼女を愛でる表現においては、かの文豪を越えられるんじゃないかと、馬鹿な想像をするくらいに

ああ、こうするだけで心が楽になる

何故だろうか。文字に起こすだけでスリルと興奮を感じられるのは

俺にはこの行為が酷く背徳的なものに思えていた

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:55:00.01 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「よくそれで持ちますね。プロデューサー殿は」

「大豆とか、玄米とか…まるで精進料理みたいです」

「爺臭いんじゃないですか?」

「これでいいんだよ」

事実、これは精進料理のようなものなのだ
俺はもう何年も肉を断っていた

先日から抱えている不全……理由は分かっていた
きっと、俺は長い間欲望を抑え過ぎてきてしまったのだ

長い月日をかけて抑圧された感情は徐々に歪んで、
もはや正常な方法だけでは処理出来なくなっていたのだ

理性だけで本能を無くすことは、元から不可能だったということだろう

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 21:58:27.93 ID:EMacgtQW0
想像するだけでなく、この手に抱いてみたい、汚し尽くしたい
そういう欲望が、常に頭を離れない

だから、こういう生活をしている


「でも、すごくバランスが良いかなって…」

…他の子では駄目なのかという考えが、ふと起こる

やよいは……いや、駄目だ

彼女の母親らしさ……母性というやつだろうか
それが、俺の中に潜んでいる恐怖心を呼び起こさせる

俺が求めているのは母ではない。そんな要素はいらないんだ

伊織や美希も、俺にしてみれば大人び過ぎていた

やはり、俺の救いになるのは彼女しかあり得なかった

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:01:34.10 ID:EMacgtQW0
「おはよー」


…………来た

「やっほー! 兄ちゃん元気?」

「ああ、元気だよ…。お早う」

背もたれ越しに、彼女が抱きつく
子供特有の甘い香りが、脳髄を痺れさせる

「今日は相方は、どうしたんだ?」

「ん~、今日は別々の仕事」

「そうか…」

「だからさ、暇なんだよね! ねぇ、兄ちゃん遊んで~」

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:05:42.06 ID:EMacgtQW0
ゆらゆらと揺さぶられる
その鼻にかかった幼い声と小さく白い手、弾力のある肌は、
俺の五感を刺激するには充分だった

「どうしたの? 息が荒いよ?」

「暑苦しいんだよ。少し離れろ」

「ちぇっ、兄ちゃんのいけず…」

彼女に指摘されて、俺は隠しきれていない自分を恥じた

…美希、お前が惚れているのは、こんなにも醜い男だ


…なんとかしなければ……

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:09:36.48 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「美希、入るぞ」

楽屋のドアを形式的にノックして、ノブを回す

「ハニー! どうだった!?」

「ああ、最高のパフォーマンスだったよ。お疲れ様」

うっすらと汗を浮かべながらこちらに駆け寄る美希
純粋な感想と労いの言葉をかけると、彼女は笑うでもなく俯いた

「……そっか。ならね、ハニー…」

「美希、それ以上は言うな」

いつもと違う態度に嫌な予感がして、俺は美希の言葉を遮る

「なんで!? ミキ頑張ったよ? トップランクのアイドルにもなれたの!」

「こんなミキじゃ不満なの? それともアイドルだから? だったら…!」

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:12:50.85 ID:EMacgtQW0
「馬鹿を言うな! そんなんじゃない」

「ならどうして!? 美希に大人の魅力がないから?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……」

矢継ぎ早に不満を口にしていく美希に、俺は喉がつかえたような感覚に陥る
いつかこういう日が来るとは思っていたが、いざとなると閉口するしかない

「……好きな人がいるんだよ」

美希の気持ちを思うと、こう告げるのは心苦しかった
勿論、真実を言っている訳じゃない
あくまで彼女を諦めさせるためだ

だが、美希から返ってきた答えは更に俺を困らせるものだった

「…どんな人?」

「……そんなこと聞いてどうする?」

「知りたいの! 知って……ハニーに相応しい人か、確かめる」

「冗談はよしてくれ……」

「じゃないと、諦められないの!!」

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:18:11.49 ID:EMacgtQW0
美希が、涙を溜めてこちらを睨みつける

一度言い出したら聞かないやつだ
俺はこの頑固を絵に描いたような顔がひどく嫌いだった
ひっぱたいてでも分からせてやりたいという思いが、こみ上げてくる

「こいつ……!」

俺のことが好きならなんで分かってくれない
分かってくれれば、俺だって……

「もういい!! 好きにしろ!」

「…………」

「一人でも帰れるな? 今日はご苦労だった。しっかり休養をとれ」

事務的な言葉を述べて、俺は楽屋を出た

最後に見た美希は、やはり俺の嫌いな顔をしたままだった

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:22:15.06 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

車の窓から吹き入る生暖かい風は、ユウウツな私の気分を、ちっとも晴れやかにしてはくれない

「なんで真美だけ仕事なのさ……」

さっき亜美と別れたばかりの私には、とりわけそれが不公平に感じられていた

「亜美は竜宮小町で忙しかったからな。律子が休ませたんだろう」

……質はともかく、同じくらいの量は、私もこなしてるはずだ

「…兄ちゃんも、亜美は特別だって言うんだね」

「……そんなことはない」

「みーんな亜美基準でさぁ。陰じゃ真美は双子の竜宮じゃない方って言われて…」

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:25:48.01 ID:EMacgtQW0
「しまいには亜美の真似してみて、って友達にお願いされるし」

「そうか……」

「曲のジャンルだって亜美とは全然違うのに……」

少し前までならむしろ嬉しかったはずの事が、今は笑って流せなくなっていた
私の価値って何なんだろう……

「あ、これならいっそソロアイドルじゃなくて、亜美の代わりやってた方が良かったかもねー!」

「…冗談でもそんなことは言うんじゃない」

いつもの私らしくない雰囲気を変えようと、おちゃらけながら言ったつもりだったけど、
兄ちゃんには誤魔化しきれなかったみたいだ

「真美、俺は今だってお前達の違いが分かるよ。
それぞれがそれぞれなりに成長した、とも思う」

「……本当?」

「本当だ、だから心配するな。
二人共これからもっと大人になって、もっと自分なりの道を見つけていく」

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:29:32.36 ID:EMacgtQW0
「お前達はたまたま自分のそっくりさんが居たから、それが感じづらいかもしれないけどな」

嬉しい言葉。だけどもっと確かな答えが欲しくて、つい続きをせがんでしまう

「…例えば?」

「そうだな…。真美は優しくなった。
俺にはたまに愚痴を言うけど、亜美の前では聞いたことがないからな。
それって周りに気を使えてるってことだろ」

「あ……。そっか、そうなんだ」

「ああ…」

くしゃっとした、泣いているのか笑っているのか分からない顔で、そう肯定してくれる
私はこの笑顔が好きだった

…好き。そう、好きだ

これが恋、なのかな?
いつかはあずさお姉ちゃんのドラマみたいに、大人の恋愛が出来るんだろうか…

今は…これでいい
兄ちゃんが私のことを知っていてくれるなら、
このままゆっくり大人になるのも、悪くはないって思えた

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:34:16.74 ID:EMacgtQW0
「ああ…」

近頃彼女を見るたびに俺は言い様のない苛立ちを覚えていた
いや、もっとちがう何か…
多分これは……焦りだ


彼女を知らないうちはよかった

それが目の前にあっても耐えられた

だが、
刻一刻と、
その宝石のような若さが目の前で失われていくことが、耐えようもなく苦痛なのだ

ああ、あの果実をはやくもぎとらなければ、熟してしまう。腐ってしまう

ああ

ああ


ああ――

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:38:56.22 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「あれ、ミキミキどうしたの?」

私が一人、閑散とした事務所でゲームに熱中していると、
険しい顔をしたミキミキがバッグを片手に入ってきた

「律子…と小鳥は?」

「えっと…、どっか行っちゃったかも?」

「ふーん、そう……」

辺りを見回しながら気のない返事をすると、彼女は突然兄ちゃんのデスクを弄りだす

「ちょ、ちょっと何やってるのさ!」

「亜美も手伝って、ハニーの手帳を探すの」

「…手帳?」

「最近ハニーは新しい手帳を買って…一人になると何か書いてるの」

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:42:59.88 ID:EMacgtQW0
「へぇ~。よく見てるね…」

「だってハニーのことだもん」

「言うねぇ…。でもなんでわざわざ見る必要があるのさ?」

「そこに好きな人のことが色々書いてあるかもしれないの」

「ええっ!? 好きな人?」

「そう。だから一緒に探して?」

好きな人というフレーズに、心が動く

…これって、真美のためにもなるよね?

真美が兄ちゃんを気にしてるのは知っていた
双子だから、すぐに分かった

…だったら、妹として応援しなくちゃっしょ?

「ねぇ、その表紙ってどんな感じ?」

58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:47:05.84 ID:EMacgtQW0
イタズラ好きな自分にとってみれば、隠し場所を当てるくらいはなんてことはなかった
ほどなくして手帳が見つかる

「あ、もしかしてこれじゃん!?」

「それなの! これでハニーの秘密が分かる……」

「で、でもやっぱり兄ちゃんに悪くないかな?」

今さらながら芽生え始めた私の罪悪感などお構い無しに、彼女はぺらぺらとページを進めていく
が、すぐにその手が止まった

「何、これ……亜美たちの名前がある……」

「え? どれどれ…」

様子のおかしい彼女に気付かず、手帳を受け取ろうとする
それは彼女の手から離れているかのように、するっと抜けた

第一印象は日記、だった
いや、詩だろうか? 漢字が多く書き込まれている……
文章を読もうとすると、ピントがあったように内容が理解出来てくる

「……嘘」


――鳥肌がたった

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:51:37.62 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

真美を無事に送り届けて、俺は事務所へと戻ってきた

風通しをよくする為に開け放たれたままの玄関を通ると、奇妙な光景に出くわす

…椅子に座った亜美と美希を囲んで、社員や真、雪歩が立っている

俺が入ってきたことには、一人も気付いていない

何故美希がいるんだ? あいつは休みじゃなかったか?
いや、それ以前に様子が変だ

「ただいま戻りました」

いくつもの疑問を感じながら声をかけると、皆は跳ねるようにしてこちらを見た

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:55:43.37 ID:EMacgtQW0
「…………」

「…ハ、…プロデューサー…」

その輪の中央、机に広げられているものを見て俺は全てを理解した
……俺の手記だ

「…そうか。見たのか」

「勝手に内容を見たのは謝ります。ですが…」

「いや、いいさ」

「これ…本当なんですか?」

真の視線がこちらを貫く。嘘は許さないとでも言いたげな目だ
俺は正直に答える

「ああ、全部俺の実感だよ」

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 22:59:07.73 ID:EMacgtQW0
「亜美たちのこと、厭らしい目で見て……普通じゃないよ」

「……」

しゃがれた声で、亜美が絞り出すように言う

そうか、彼女を泣かせてしまったのか
けどな、そんなことは、言われなくても充分わかってるよ

成り行きを静かに見ていた社長が口を開く

「君、向こうで少し話そうか……」

「ええ、分かりました」

俺は思いの外冷静だった
静まり返っている皆に背を向けて社長室へと足を進めると、美希に背後から罵られる

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:04:07.31 ID:EMacgtQW0
「プロデューサーの変態…!! 信じてたのに……!」

信じてた? 何をだよ? 俺が普通だってことをか?

けれども、俺は彼女に反論する術を持たない

「……そうだな。俺は変態だ」

「犯罪です…」

侮蔑のこもった雪歩の言葉に、足が止まる

犯罪……? これは犯罪なのか…?

なにかが、俺の心を逆撫でる

「違うっ!!!」

「ひっ…!」

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:08:38.16 ID:EMacgtQW0
声を荒げて、涙目になった雪歩を睨みつける

あれ? 俺はなにを怒っているんだ?

「俺は、犯罪者じゃない……」

あんな蔑みの眼差しを受けて、プライドを失って、まだこんな情動が残っていたのかと驚く

だが、一度溢れ出した激情は、自分でも制御出来なかった

「ぷ、プロデューサーさん……」

「お、落ち着きなさい…」

「黙れ!!!」

社長を殴りつけて、俺は、事務所を飛び出した
この時の俺が何を考えていたかは分からない
ただそれは、動物が本能で生存を選択するのと同じだったんだと思う

俺は、終わりたくなかったのだ

70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:13:08.08 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「ここまで来れば…」

乱れた息を整えながら、路地裏の汚いゴミ箱の隣に腰を下ろす

「何やってるんだ俺は……」

あの場から逃げただけで、何が変わる訳でもない
また全てを失うのだ……
このまま消えてしまうのも悪くはない
とさえ思えた

「いや、待てよ…」

そもそも俺は何の為にこんなことになってるんだ


俺が悪いのか?

72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:17:31.57 ID:EMacgtQW0
俺はあいつらのルールを守ってきたし、常識だって尊重してきた
誰よりも模範的に生きてきたんだ

それを知ろうともせずに、あいつらは人の中にずかずかと入ってきて、
俺の心まで縛りつけようとする…

そこまでされる謂れがあるのか?

俺が、あいつらに何で義理立てする必要がある?

「そうだ……」

そう考えた途端、思考が明瞭になっていく、身体が軽くなっていく

しっくりくる……
まるでずっと前から、解答が用意されていたみたいだ
身体を巡る興奮に、血が沸き立つ

「そうだ。俺は……」

俺は、生まれて初めて自由を知った気がした

73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:23:04.90 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「痛つつ……」

「大丈夫ですか? 社長…」

「まさか彼がこんなことをするとはね、未だに信じられん…」

社長は、小鳥さんが持ってきたアイスパックを頬に当てながら、そう漏らした

「これからどうするべきなんでしょう…?」

「少なくとも、彼には辞めてもらわなければならない。
ただ心配なのは、彼が自棄を起こさないかどうかだ。事は慎重に運ばなければ…」

社長の言葉に後ろめたさを感じたのか、雪歩が顔を伏せる
けれど、その悠長な言い回しに、僕は違和感を覚えた

77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:27:15.14 ID:EMacgtQW0
「ねぇ…プロデューサーがヤケになるっていうのは、
自分だけに限ったことじゃないでしょ?」

僕の発言に律子達は顔を見合わせる

「どういうこと? 真」

「その…、誰かを巻き込む可能性もあるんじゃないかってことです」

「それは……」

嫌な想像に表情を曇らせていく律子達とは逆に、
美希と一緒に泣いていた亜美が、顔を上げた

「ねぇ…、真美は…?」

81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:31:50.23 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「朝は来れないって言ってたのに、
急に迎えに来てくれるなんて、気前がいいじゃん!」

「ああ、ドライブに行こうと思ってな」

出来るだけ不自然でない表情を作って、真美に話しかける

「ドライブ?」

「海辺にな。いいだろう?」

「うーん、いいけど…」

「さぁ、乗った乗った。俺が荷物を持つから」

「あっ、亜美にメールしようと思ってたのに…」

「後でも大丈夫だよ」

真美が車に乗りこんでいる隙に、素早く携帯を探る
ああ、丁度着信が入ったようだ。間に合ってよかった
せっつくようなバイブレーションを無視して電源を切ると、後部座席に荷物ごと放る

「少しは周りのことは忘れろ。せっかくの遊べる機会なんだ」

「う、うん。……へへ」

彼女の笑顔を目に焼きつけて、俺は座席のドアを閉めた

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:36:41.49 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

「き、切れた……」

青ざめた顔で、律子が呟く

「切れたって…律子さん」

「途中までは、繋がってたんです…」

「ということは…」

「誰かが、電源を切った……」

「…………」

痛いほどの沈黙が場を支配する
最悪の展開に、皆が色を失っていく

「いやあぁっ!!!」

亜美が叫びをあげるのを聞いて、僕達はようやく我に返った

「け、警察……警察を呼んで下さい社長!」

「あ、ああ…」

何故だか、そこで受話器を上げた社長の手が止まった

86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:41:00.43 ID:EMacgtQW0
「何してるんですか!? 早くしてください!!」

「……」

亜美をなだめていた小鳥さんが気付いたように話しだす

「もし…もし警察沙汰になったら…」

「なっ……! そんなこと気にしてるんですか!? いいからかけて下さい!!」

「信じられません!! 真美の一大事ですよ!?」

「しかしだね……」

「もういいですっ!!」

そう言い放つと、律子は支度をし始めた

「律子、どこへ行く気なの?」

「分からないわよ! けどここにいるよりずっとマシでしょ!?」

駄目だ……
律子も律子で冷静さを失っているように見える

88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:45:21.36 ID:EMacgtQW0
「亜美……亜美は何か分からない?」

「…そう言えば…」

僕の問いかけに、亜美がぼそぼそと口を開いた

「パパが……ケータイとは別に…位置が分かるの…持っとけって」

「それ、亜美からも分かるの?」

「うん…遊んでる時に、使ったことあるから……」

「なら、それで真美の場所を突きとめよう!」

僅かでも手がかりを掴めたことに、僕の鼓動ははやくなる
そんな僕を制するように、誰かが袖を引っ張った

91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:51:11.27 ID:EMacgtQW0
「亜美?」

「…待って、亜美も行く」

「駄目よ! 危険があるかもしれないのに!」

「…律子さん、行かせてあげて下さい。私も付き添いますから」

亜美の言動に感じるところがあったのか、小鳥さんがそう頼んだ

「……分かりました。車を回して来ますから、準備しといて下さい」

「美希は…どうする?」

「嫌っ! 行かない! ……あんなの、ミキのハニーじゃない…」

「……そう」

耳を塞ぎながら叫ぶ彼女の姿はまるで、駄々をこねる子供のようだった…

94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:55:00.46 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

夕暮れの浜辺に立ち寄った私と兄ちゃんは、
砂浜を二人、散歩している最中だった

「ははっ、見てよ兄ちゃん!」

「……」

波を蹴りあげて振り向くと、彼は何も言わずに佇んでいた

自分がひどく子供染みた真似をしていると気づいて、恥ずかしくなる

ふと、彼の瞳がこちら…の奥に向けられる

「真美、あそこの灯台へ行こうか?」

「ん…あの崖の上にあるやつ?」

兄ちゃんの視線の先には、緑に覆われた岬に建つ、白い灯台があった

「ああ、あの灯台だ」

96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/28(土) 23:58:45.18 ID:EMacgtQW0
~~~~~~~~~

僕達の車は、高速道路を飛ばしていた

防音壁が続く代わり映えのしない景色は、いやが上にも僕達の焦りを募らせる

「はい……はい、了解しました」

社長からの電話を受けている小鳥さんの声だけが、車内に響く

「律子さん、社長が水瀬財閥のお力を借りれるように、手配してくれたそうです」

「そうですか…」

多分、律子も今更と言いたかっただろうけど、
この状況では、多少なりとも救いを感じられたのは確かだった

僕の隣では、亜美が祈るように真美の名を呼んでいた

「真美……」

98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:01:17.14 ID:nv1cHKNM0
~~~~~~~~~

足場の悪い道をしばらく歩いて、灯台の下にたどり着いた
じめじめとした空気、汗を吸ったシャツが身体にへばり付く

「わぁ、近くにくるとおっきいね!」

「……そうだな」

中に入ると、窓は少なく、薄暗い
螺旋階段が上まで続いていた

…思った通り、誰もいない

「なぁ……」

遠い天井を眺めている真美を、抱きよせる

「に、兄ちゃん……?」

100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:03:57.32 ID:ZV+y8SFv0
「動かないで……」

感触を求めて、腕に力を込める

「ねぇ、からかってるの?」

「……」

ああ、目を瞑れば感じられる。
俺の好きな匂い。俺の好きな肌触りが

なんだ、全然いけるじゃないか

「ちょ、ちょっとこういうのって…」

「――美」

「ん、なに…」



「亜美……」

「……え?」

108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:07:41.90 ID:ZV+y8SFv0
「な…なに言ってるの? ここにいるのは真美だよ?」

「亜美、亜美…。ずっとこうしたかった」

「嘘でしょ…? い、嫌だよ…。ねぇ?」

震えながら尋ねる真美。ああ、もっと俺に失望してくれ……

「亜美…! 亜美……!」

「亜美じゃない!! 亜美じゃないもん!!」

「はぁ……はぁ……」

「いやっ! 止めてよ!! ふざけないでっ!! ねえったら!」

真美の抵抗を無視して、その二次性徴特有の、
丸みを帯びた柔らかい身体をまさぐっていく

…お前の成長を見てると彼女も色気づくんじゃないか心配だったが、杞憂だったみたいだ
真美でさえ、こんなにも子供の反応じゃないか

容姿の酷似した真美を彼女に見立てて、汚らわしい大人の欲望をぶつけていく……

「はなしてよっ! 嘘…こんなの、嫌…」


「いやあぁぁぁぁっ!!!」

114: なんかID変わってるけど>>1です 2012/07/29(日) 00:12:02.67 ID:ZV+y8SFv0
~~~~~~~~~

律子と浜辺に降り立った僕は、途方にくれていた

「この辺で間違いないはずなんだけど……」

「でも、この辺に隠れられる場所なんてないよ?」

その時、停めていた車の方から声がした

「亜美ちゃん!!」

僕と律子は、急いで引き返す

「どうしたの!? 小鳥さん!」

「目を離した隙に、亜美ちゃんが…」

見れば、亜美が岬の方に駆けているのが小さく確認出来た

「あそこに真美がいるの…?」

115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:16:04.48 ID:ZV+y8SFv0
~~~~~~~~~

……助けて……

「真美……?」

共感能力というやつなのか……私は真美の声を聴いた気がした

気付けば、私は駆けだしていた

「亜美ちゃん!!!」

呼び止めにも応じることなく、走る

近づけば近づくほど、確信する

…あそこに真美がいる

117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:20:15.77 ID:ZV+y8SFv0
暗い屋内に、二人の影を見つける
横たわる小さな影と、その傍らに立つ大人の影……

震える足をかろうじて踏みだすと、
生臭さと血の匂いが、鼻をついた

性の知識に疎い私でも、何が起きたのかは一目瞭然だった

走り寄って、真美の身体を起こす
彼女は、人形のように脱力していた

「真美、しっかりして!! 来たよ…来たから……」

「ぁ……」

真美はこちらを見ると、虚ろに笑った

「真美、  れちゃった……亜美の代わりに…」

118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:22:48.00 ID:ZV+y8SFv0
「あ…、あぁ……」

彼女の短く切られたサイドポニーが、涙で滲んだ視界に入る
自分達双子の間で、それがどんな残酷な意味を持つのか…私はすぐに理解した

「真美ぃぃ!!!」

私の絶叫が、暗い塔の中を反響する

「許さない!!! この変態!! クズ野郎っっ!!!」

「……」

沈む夕日を背にした彼の表情を読みとることは出来ない
だが、茫然と佇むその姿は、憎しみをぶつけるには充分だった

119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:26:59.95 ID:ZV+y8SFv0
~~~~~~~~~

「許さない!!! この変態!! クズ野郎っっ!!!」

灯台の入り口をかけ上がると、亜美の怒号が聞こえてきた

亜美を追いかけて飛び込んだ僕は、
その凄惨な光景に、思わず目を背けた

「あぁ、なんてことなの……」

「ひ、酷い…真美ちゃん…」

遅れて来た律子と小鳥さんが、呻きを漏らす

プロデューサーは、つっ立っているという表現が適切とすら思えるほど無防備だった

けれども、人がこの僅かな間にここまで豹変出来るのだ
という事実を前にして、僕は動けないでいる

124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:32:51.95 ID:ZV+y8SFv0
「貴方は、自分が何をしたのか分かってるんですか!?」

肩を震わせて、律子が怒鳴る
彼はそれを聞いて、口の端をつり上げたように見えた

「何って、何も悪いことはしちゃいないさ」

「なっ、立派な犯罪ですよこれは!!」

「俺は人間として当然の欲求を満たしたに過ぎない…」

「一生満たされることのない飢えがお前達に分かるか?」

「それを抱えて俺がどんな風に生きてきたか……」

「それを制御するのが人間というものでしょう!!」

「俺から人間性を奪ったのは、お前らじゃないか」

「なにを…」

「お前らが俺の居場所を奪うから、俺は未練なく畜生になれた」

淡々と弁舌をふるう彼は、もはや恐怖だった

126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:37:00.31 ID:ZV+y8SFv0
「犯罪者の烙印を押してくれたお陰で、法に縛られる必要もなくなった」

「お前らが、俺を自由にしたんだ」

「責任転嫁も、甚だしいですよ…」

口ではそう言いつつも、律子の気勢は明らかに削がれていた
僕にもその理由が分かる
彼だけでない、もっと得体の知れないなにかを、相手にしている気がする

「あっ……」

プロデューサーが、おもむろに階段を駆け出した

恐怖心が身体に、ブレーキをかける
だというのに、次の瞬間、僕の足は動きだしていた

「律子はそこで待ってて!」

僕には何故か、見届けなければという強い思いがあった

127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:40:04.65 ID:ZV+y8SFv0
長い階段を抜けると、展望デッキに出た

辺りは夕闇に包まれて、灯台の白い壁は、青く染まっている

プロデューサーは、柵の向こうに広がる海を眺めていた

「真か……」

「プロデューサー…」

自分でも驚くほど無機質な声だった
いや、あまりの怒りに感情を忘れてしまったのかもしれない

「お前なら、俺の気持ちが分かると思っていたけどな」

「…ふざけないで下さい。誰があんなっ……!」

「そうかな? お前も自分の願望と他人の押しつけとの間に、
軋みを感じていたはずだ」

寡黙な印象だった彼が、饒舌に喋る
これが本来の彼なのか

129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:43:58.53 ID:ZV+y8SFv0
「見てみろ。これがそういう人間の末路だ」

「不適格な願望を持った人間っていうのは、淘汰される運命なんだよ」

「永遠に仮面を被らされ続けるか、自ら破滅を選ぶか、どっちかしかないんだ」

「お前はどうだ? 死ぬまで偶像を演じていられるか?」

…僕は――

「…僕は、貴方みたいにはならい。なるわけがない」

「……そうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。
大事なのは俺がこの道を選んだということだ」

「…だから貴方は破滅したんだ」

「だが、とても楽しかった。生きている実感を持てたよ。
長い人生の中で唯一、自分を取り戻せた瞬間だった」

「もういいです!! …もう、どこにも逃げられませんよ。大人しくして下さい」

「逃げる? 俺は逃げているつもりはない」

「これは生存競争だよ。お前らが俺を殺すか、俺が生き延びるか、それだけだ」

「あくまでもそう言うなら……」

彼は自分の存在を懸けてまで、敵対する意思を示した
僕は説得を諦めて、拳を握る

130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 00:47:50.16 ID:ZV+y8SFv0
…この距離なら、行動を起こされる前に対処できるはずだ

そう頭の中で算段をつけていると、後ろから複数の足音が近づいてきた

「ここか!?」

黒服の男達が踏み込んでくる
突然の乱入者に、気をとられた

――そうか。伊織の……

「しまった!!」

気づいた時には、彼は既に跳躍していた
目の前で人が飛び降りるというショッキングな映像に、
僕はしばし立ち竦んだ

彼が踏み切った柵に手を掛けて、恐る恐る下を覗く

そこには黒々とうねる、海があるだけだった

「プロデュー…サー…」



……プロデューサーの遺体は、ついに上がらなかった

137: さるった。あと少し… 2012/07/29(日) 01:00:44.22 ID:ZV+y8SFv0
~~~~~~~~~

「ん……」

カーテンを閉めきった部屋は、午後を回ろうというのに、ぼんやりとした明るさしかない

起きぬけの気だるさを紛らわせるために、
隣に寝ている雪歩の髪を撫でる

あれから一年……
雪歩の男嫌いは以前にも増して酷くなった。…仕方のないことだろうとは思う
その不安定な心の隙間を埋めるためだろうか、
彼女は中性的な存在としての僕にすがるようになっていた

彼女は、僕なしでは生きられない

138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:03:34.36 ID:ZV+y8SFv0
あの事件が与えた影響は大きい
水瀬の力と真美達の両親の希望もあって、
事件自体は、事故として内密に処理された

けれども、何もかもが元通りという訳にはいかない

双海姉妹はアイドル業を辞めた

真美の心の傷は深く、今でも療養をしているらしいが、詳しくは分からない
亜美が何も話してくれなかったから

ただ、亜美が一度だけ真美の様子について漏らしたことがある

『私や鏡を見ると怯える』

それは、亜美の幻影を恐れているのだろうか?
それとも、亜美に見える自分を……

141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:06:07.32 ID:ZV+y8SFv0
美希は、事件からしばらくたった後、他の事務所へ移籍してしまった
時々テレビに出演しているのを見かけるけれど、
冷たい目をしたその顔に、あの頃の人懐っこい面影はもうない

全ての処理が終わった後…二人っきりの時に、小鳥さんはこう言った

『プロデューサーさんは……私達に理解者になって欲しかったのかもしれないわね…』

己の嗜好を誰かに理解して欲しい…
だから人の目に触れるような手記なんてものを残しておいたのだ、と

だけど多分、それは違うのだ

あの人が、そんな微かな希望にすがっていたとは、僕には到底思えない


プロデューサーは…きっと、蔑んで欲しかったんじゃないだろうか

143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:09:56.42 ID:ZV+y8SFv0
プロデューサーは捨てきれなかったのだ。自分の仮面を

僕が、ファンや雪歩の望む『菊地真』を、嫌いになりきれないように

美希や事務所の皆に慕われる自分の偶像を、壊せなかった

だから、賭けた
それは賭けとすら言えないものだったはずだけど、それでも良かったのだ

偶像の仮面を捨てる理由さえくれるならば


「真ちゃん……どこ…?」

「起きたの? 雪歩」

「ん……昨日の続き、しよ?」

145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:13:51.07 ID:ZV+y8SFv0
そうだ。彼は、ずっと仮面を捨てたかったんだろう

重くのしかかった偶像を振り落として、裸になりたかった

「はぁ…んんっ…」

その世界に対する裏切りは、いつだって痺れる快楽をもたらしてくれるから

「真ちゃん、好き…」

僕が、雪歩に真実をぶち撒ける下卑た想像で、酷く興奮するように……

「ああ…」


「ボクもだよ」

148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:15:54.16 ID:ZV+y8SFv0
「いらっしゃい」

「酒を…あと、串をいくつか…」

「はいよ」

「……」

「…お客さんも好きだねぇ。まだ日も沈んでない時間なのによ」

「……」

「若けえのに疲れた顔してるぜ? …当ててやろうか、女だろう?」

「女……はは、半分当たっているかな」

「半分?」

「…女は女でも、少女だ。中々会えなくてね…」

150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/29(日) 01:17:11.78 ID:ZV+y8SFv0
「なんだい…娘か。すると女房に逃げられたクチか」

「……まぁ、そんなところだよ」

「ウチにもこれくらいの娘がいるんだが、女房の味方をしやがって敵わねぇ」

「娘…娘がいるのか?」

「ああ、今年中学に上がったばかりの、生意気な盛りのがな」

「へぇ……そうか…」



「そりゃあいい」