1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:31:19.58 ID:6ybq6VRc0
杏子「なんだい?」ケーキモグモグ

マミ「……っさ」

杏子「え? はっきり喋りなよマミ」

マミ「……臭っさ!!」

杏子「え?」

マミ「佐倉さん! 貴女臭いのよ!! ドブさらいでもしてきたっていうの!?」

杏子「」

引用元: マミ「佐倉さん、ちょっと言いにくいんだけど……」杏子「ん?」 



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:33:51.27 ID:6ybq6VRc0
――――

杏子「追い出されちまったな……」

杏子「そうだよな、風呂なんてロクに入ってねーし……」

杏子「マミに我慢させちまってたのか……」

杏子「……」グスッ

――――

まどか「あれ?あそこにいるのって……杏子ちゃん?」

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:37:11.24 ID:6ybq6VRc0
杏子(今日はもう寝よう……)

まどか「……杏子ちゃん?」

杏子「うわっ、なんだまどかか……驚かせんなよ」

まどか「ごめんごめ……んッ!?」

杏子「? どうしたんだい?」

まどか(く、臭いっ! まるでドブみたいな臭い……)

杏子(明らかに嫌そうな顔しやがって……まあ悪いのはあたしだけどさ……)

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:40:04.30 ID:6ybq6VRc0
杏子「ごめんな、臭いだろ? あたし」

まどか「あ……えっと……」

杏子「いいんだよ。臭いのは確かだからね。あたしはもう慣れっこなのさ」

まどか「……」

杏子「なんかごめんな。こんな話、あんたにしたってなんにも……」

まどか「杏子ちゃん!!」

杏子「お、おう! なんだよ急に」

まどか「うちにお風呂入りにおいでよ!!」

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:43:03.71 ID:6ybq6VRc0
――――

杏子「だから、そんなのいいって!」ズルズル

まどか「ダメ! 杏子ちゃんはうちにお風呂入りに来るの!」ヒッパリヒッパリ

杏子「あんたは良くても、あんたの家族が迷惑するだろ!?」

まどか「今日は誰もいないもん! パパとママは法事! タツヤはおばあちゃん家!」

杏子「ああもう、とにかくあたしはいいって!!」

まどか「残念でした! 着いちゃったよ杏子ちゃん!」

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:46:33.79 ID:6ybq6VRc0
――――

「ふう……」

少し熱めの湯に肩まで浸かると、自然とため息が出てしまうものだ。
その自分らしからぬ情けない声を聞いて、杏子はもう一つため息を吐いた。

(何でこんなことになっちまったのか……)

一般の家庭よりも一回り大きく、綺麗な風呂場を眺めながら杏子は思う。
まどかに押し切られるように家に入り、あれよあれよと言う間にここへと押し込められたのだった。
口では結構だと言っていたものの、湯気の昇る澄んだ真水を目の前にすれば抗うことなどできるはずもなく、今に至る。

「しかし、ゆっくり風呂に入るなんていつぶりだろ……」

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:49:46.44 ID:6ybq6VRc0
「杏子ちゃん、シャンプーとかの場所分かる?」

扉の擦り硝子越しに問うまどか。
大丈夫だよ、と答えながら手を振り返す。
手を浴槽に戻したとき、ちゃぷん、と音を立て湯が跳ねた。

(まどかは本当にいい奴だな……)

ゆっくりと湯に浸かるなど、いつ振りだろうか。真っ白な天井を眺めながら杏子は思う。
気が付けば、何をするにも警戒心が捨てきれなくなってしまっていた。
それは父親が新たな信仰を説き始めた頃からか、魔法少女になってからか。
――それとも、たった独りで生きていくようになってからか。

つまらないことで頭が一杯になり、折角の至福の時が味わえなくなってしまいそうだった。
もう考えるのはやめようと、口元まで湯に浸かりなおした。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:53:36.75 ID:6ybq6VRc0
まどか(さて、杏子ちゃんが上がってきたら何か食べさせてあげようかな)

まどか(マミさんに教わったから、パスタぐらいなら作れるようになったもんね!)

カチャカチャ ガチャンバタン!!

まどか「あれ? 玄関の方から声が……」

タダイマーマドカー ネーチャータダイマー

まどか「ああっ! ママ達が帰ってきちゃった! どうしよう……」

詢子「よーまどかー、いい子にしてたか……って、臭っせぇなオイ!!」ガチャ

まどか「!」

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:56:46.21 ID:6ybq6VRc0
まどか「ママ、違うの、これは――」

詢子「まどか、アンタまた野良猫でも拾ってきたんじゃないだろうね?」

知久「まるでドブさらいした後みたいな臭いだね……」

タツヤ「げろいかのにおいがーぷんぷんするぜー」

まどか(あわわ……どうしよう……)

――――

杏子(やっぱり迷惑だったよな……早くずらかろう……)コソコソ

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 01:59:45.14 ID:6ybq6VRc0
杏子「ああ、ダメだなあたし……」

杏子(仕事でもできれば良いんだろうけど、こんな臭いじゃ誰も雇ってくれないし……)

QB「……ねぇ杏子」ヌッ

杏子「うわぁ!! ……な、なんだアンタか……」

QB「その反応は理不尽だよ杏子。そんなに驚くなんてひど……ん?」

杏子「? どうしたんだよ」

QB「うわああああああ!!!!!! ドブ臭いいいいいいい!!!!」

杏子「」

71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:04:49.60 ID:6ybq6VRc0
――――

QB「さっきはごめんよ、杏子」

杏子「いや、いいんだよ。事実だしさ」

QB「杏子は身体を洗ったりしないのかい?」

杏子「できるもんならしてるさ。実際には水拭きぐらいしかできねぇけど……」

QB「垢すりはやらないのかい?」

杏子「……なんだよそれ」

QB「ほら、このタオルを使うんだよ。垢が沢山とれるって僕の星でも評判なんだ」ヒョイ

QB「今や僕は、垢すりを売る仕事で生計を立てられるほどになったよ」エッヘン

76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:09:38.91 ID:6ybq6VRc0
杏子「垢すり長者かよお前は……」

QB「うちの星にも健康ブームが来てね……ってまあ、僕が巻き起こしたんだけどさ」

QB「そのおかげで、もうインキュベーターの仕事とはおさらばだよ」キュップイ

QB「君たちには本当に申し訳ないと思ってる。なんとお詫びしたらよいものか……」

杏子「いいよそんなお詫びなんて……アンタだってやりたくてやってたわけじゃない。そうだろ?」

QB「……ありがとう杏子。じゃあ、せめてものお礼に」フクロヲサシダシ

杏子「! これって……!」

QB「キュゥべえ印の垢すりさ! 試供品だけれど!」

杏子「あ、ありがとう……! アンタいい奴だな……!」

83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:12:12.21 ID:6ybq6VRc0
――――

杏子「垢すり、か」

ゴシゴシ

杏子「うっわ、こんなに垢が……」

ゴシゴシ ゴシゴシ

杏子「ダメだダメだ、もっと強く擦らないと……」

ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

杏子「ちょっと痛いけど我慢……」

ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:15:36.05 ID:6ybq6VRc0
――――翌日

さやか「あ、あの後姿、杏子だ! 杏子ー!!」バタバタ

杏子「ん?」

杏子(今日はもう臭くないから大丈夫なはず……)

さやか「……って、ちょっと!!」

杏子「なんだよ?」

さやか「体中真っ赤じゃない!! どうしたのよそれ!?」

杏子「いや、ちょっと色々あって……」

さやか「ちゃんとお薬塗っときなさいよ? あたしは学校行くからさ」タタッ

杏子「お、おう……」

93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:18:26.03 ID:6ybq6VRc0
杏子(ふふっ、さやかに嫌われずにすんだぞ! やった!!)

杏子(キュゥべえの垢すりって凄いなぁ)

杏子(今晩も使わないと……!)

――――それから、佐倉杏子は毎日垢すりを使い続けた。

たとえ皮膚が真っ赤になろうと、皮膚から血が滲もうと――――

100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:21:42.15 ID:6ybq6VRc0
――――

まどか「――それでね、ほむらちゃん。ちょっと前に杏子ちゃんとそんなことがあって……」

ほむら「あ、あら!そ、それは大変だったわね!!!」

ほむら(杏子がまどかのお家に!? 私ですら上がったことないのに!?)

ほむら(きいいいいいいいいいいい!!!!!!)ガリガリボリボリ

まどか「ほむらちゃん?大丈夫?」

ほむら「も、もちろん大丈夫よ!まどか!」

まどか「具合でも悪いの? 頭掻き毟ってたけど……」

104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:24:33.92 ID:6ybq6VRc0
ほむら「大丈夫だって……本当よ……」フーッフーッ

まどか「そ、そう?ならいいんだけど……」

ほむら「で? 私に頼みがあるっていうのは何かしら?」

まどか「あのね、杏子ちゃんの……」

ほむら「え?」

まどか「 杏 子 ち ゃ ん の 様 子 を 見 て き て 欲 し い の ! 」

ほむら(はああああああああああああ!!!!???)

まどか「だ、ダメ……かな?」シュン

ほむら「わ、分かったわまどか!必ずや私が見に行ってあげるわ!!!!」ホムシャキ!!!

105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:26:54.48 ID:6ybq6VRc0
――――

ほむら(えっと、杏子がいつもいる公園はここのはず……)スタスタ

……ゴシゴシ ゴシゴシ

ほむら(? 何の音かしら?)ツカツカ

……ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

ほむら(水場辺りから聞こえるわね……)

……ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

ほむら「! ……貴方、もしかして佐倉杏子なの!?」

111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:30:05.66 ID:6ybq6VRc0
杏子「おお……ほむらか……」

ほむら「全身真っ赤どころか……! 固まった血で真っ黒じゃない……!」

杏子「いいんだよ……そうでもしないとあたしは……」

ほむら「あなた、これ一体どうして……」

杏子「垢すりだよ垢すり……キュゥべえからもらった、さ……」

ほむら「なんてことを! す、すぐにヨーチンを塗らないと!!」

杏子「ヨーチンなんて塗ったら臭くなっちゃうだろ? そんなことより……」

ほむら「な、何かしら?」

杏子「嗅いでみてくれないかな? あたしの身体の臭いをさ」

120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:33:24.07 ID:6ybq6VRc0
ほむら「え?」

杏子「どれだけ臭くなくなったか、自分じゃ、分からないからさ……」

ほむら「わ、分かったわ! それじゃ早速……」スンスンクンカクンカ

杏子「どうかな……?」

ほむら「!」ビクッ

それは、ある意味分かりきった結果であった。
血に血を塗り重ねた佐倉杏子の身体は膿んでおり、そこから放たれる臭いは尋常ではないからだ。
ほむらの鼻腔には腐敗臭が立ち込める。こってりと絡みつき、離れない臭いが。

ほむら「……ッグlォロロロ……」ホムゲロロ

133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:36:53.53 ID:6ybq6VRc0
杏子「……やっぱり、臭かったんだな」

ほむら「ち、違うわ! こ、これは……」

杏子「いいんだよ、我慢させちまうつもりはないから」

ほむら「杏子……」

杏子「悪いけど、帰ってくれないかな」

ほむら「わ、わわ分かったわ……!」

すごすごと立ち去るほむらは、杏子のいた所から尋常ではない音を聞いた。
ほむらは思わず走っていた。その狂気に満ちた音から逃れるように。
鼻腔に絡みついた、腐った臭いを振り切るように。

142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:39:58.94 ID:6ybq6VRc0
ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

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149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:43:04.58 ID:6ybq6VRc0
――――

杏子(なんか動きにくいな……)ヨロヨロ

杏子(買出しにでも行かないとと思ったが……なんなんだい一体……)フラフラ

ネェ、アノコヘンジャナイ? ナンカクサイネー……

杏子(臭い? でもあたしじゃないよな。あたしはもう臭くないはずなんだ)

杏子(あんなに擦ったんだから、まさかな……)

ウェーン!アノオネェチャンクサイヨー! ダメヨ!シズカニナサイ!

杏子(躾のなってないガキをつれて歩くなよな、って……あれ? あの後姿……)

杏子(さやか!?)

155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:47:38.97 ID:6ybq6VRc0
さやか(なんかこの辺、少し臭いなぁ……)テクテク

杏子「さやかー!」フラフラ

さやか「きょうk……って、え!? ひ、ひぃ……」ヘタリ

杏子「どうしたんだよ? さやか? そんな顔して? あたしに何かついてるのかい? なぁ!?」

さやか「い、いやぁ……だれ……だれか……!」ガクガク

杏子「お、おい!」

さやか「嫌あああああああ!!! 助けてえええええええ!!!」

166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:53:12.86 ID:6ybq6VRc0
「さやかはどうして叫んだのだろう?」
佐倉杏子には分からなかった。
彼女は鏡を見る機会を持たないから。

「あたしはどうして嫌われたのだろう?」
佐倉杏子には分からなかった。
彼女にはもう、五感はほとんど残っていなかったから。

僅かに残った視力で、腕を、見る。
真っ黒で、まるで墨のような色。
それでいてドロドロとしていて、それはまるで――

マミ「――鹿目さん! "魔女"が美樹さんを襲っているわ!!」

171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 02:57:48.13 ID:6ybq6VRc0
マミ「鹿目さんは足止めをして! 美樹さんは私が守るわ!」

まどか「はい! マミさん!」

チガウ……チガウンダヨ……

まどか「はぁっ!!!」ヒュンヒュン

アタシダヨ……キョウコ……サクラキョウコダヨ……

マミ「食らいなさいっ! ティロ・フィナ――」

アタシハ……アンタニ……キラワレタクナカッタカラ――

177: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/22(水) 03:01:30.05 ID:6ybq6VRc0
刹那、佐倉杏子は何を見たのだろうか。
幼い日に妹と見た、機関車の出てくる子供向けの作品かもしれない。

意識が溶ける一瞬で、彼女は何を見たのだろうか。
恰幅のよい格好で機関車を叱る、トップハム・ハット卿の姿だろうか。

その瞬間、彼女は人間とは思われていなかった。
画面の中で笑顔を振りまく機関車と同じ。
人の言葉を喋る何か、という認識しか持たれてはいなかったのだ。

それなら――どうせ化け物扱いされて終わるなら。


杏子(あたしは、どうすればよかったんだろう……)


答えを得ることはなく、佐倉杏子は死んだ。
彼女が死んだと知るものさえ、誰一人として残さずに。
溶けずに残った肉片だけが、生きた証を世界に遺して。




おわり