1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:00:20.59 ID:8HPSNlP00


これまでの事件↓
第一幕・悪魔館殺人事件 

第三幕・魔月学園殺人事件

※神崎蘭子が主演のドラマという設定なので、当たり前のようにキャラ崩壊
※事件に巻き込まれるキャラクターは殆ど仮名を使った架空のオリジナルキャラ


※このSSを読むときは、部屋を明るくして、できるだけ離れて観てね!!探偵ランとのお約束だよ!!



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465030820

引用元: 神崎蘭子「傀魔伝説殺人事件」【堕天使探偵・第四幕】 


2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:01:11.77 ID:8HPSNlP00


プロローグ


しろくそまった このむらに くぐつまわしが やってきた

よみのみたまを つれまわし くぐつにいれて あそんでる

それをながめる むらびとは よみじにならぶ ものたちを

ひとめみたいと たのみこむ



おやすいごよう てのひらを くるりとまわし よびだした

おもかげのこる ふるまいに むらのみんなは なつかしむ

くびつるされた むらおさが のどをきられた たづくりが

むねをつかれた こいびとが



くぐつのまえで そのおなご こころうたれて いいかわす

いてはならない よみのひと かわしてならぬ そのことば

よみとうつしよ つながって むらのみんなは のみこまれ

くぐつまわしの てのなかに



だあれもいない むらのなか くぐつまわしが あそんでる

よみのみたまを つれまわし くぐつにいれて あそんでる

むねをつかれた にんげんと こころうたれた にんげんが

くぐつのなかで まざりあう


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:06:05.95 ID:8HPSNlP00


前日 夜 D県 洋菓子店


ラン(神崎蘭子:以下、ラン)「…」

ラン(天上の御父上殿)

ラン(如何お過ごしでしょうか)

ラン(貴方に命ぜられた大罪悪魔の浄化は滞り無く進み)

ラン(折り返しに差し掛かろうととしております)

ラン(堕天した当初は、たかだかプリン一個の事件でマジに試練やらせんなと毒づいたものですが)

ラン(今では罪と罰というものの本質を学ぶための、父上殿の愛に溢れた試練であるのだと再確認致しました)

ラン(大いなる罪の感情によって引き起こされた悲劇の真実を紐解き、悪しき魂を浄化し…)

ラン(甘いプリンを食べることが私に課せられた宿命なのですね)

ラン(いやプリンは使命の副産物であって、誘惑に負け罪を犯した者達を救うことが本命です)

ラン(プリンは甘いですけどわかっています、人間は誘惑に負けやすい存在なのです)

ラン(本当に…とても甘美なのです)

ラン(いやプリンもですけど罪の誘惑も甘いんです)

ラン(その罪の誘惑の甘さが人間を容易く狂わせてしまうのです)

ラン(んー甘いですね、誘惑がね、プリンじゃなくてね)

ラン(いやプリンが甘くないと言っているわけではないのですよ?だってこんなに甘いんだもんね)

ラン(極めて甘美ですねーこれは抗いようがないですねー罪の誘惑は抗わなければいけないんですけどねー)



ラン(んあーこれもおいひー)


ラン「終末序曲への鐘は近いのかしら?(すいませーん、ラストオーダーって何時でしたっけ?)」もきゅもきゅ



赤羽根刑事(765P:以下、赤羽根)「もうやめろぉぉぉぉ!」


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:12:04.10 ID:8HPSNlP00


ラン「何故だ相棒よ!我が覇道は未だ半分…(えー何でですかっ!?まだ折り返し地点ですよ!?)」


赤羽根「デザート!メニューを!往復しようとすんなあぁ!」ぐりぐりぐり


ラン「んぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」じたばた

ラン「…うー…未知なる幽世の味は、まだ私に定着しきってないというに(…いつもの店じゃないから、もっと食べ比べたいところがあったのにー)」


赤羽根「2、3分席を外しただけでこれだよ」

赤羽根「目配せでウェイトレス呼ぶテクニックを覚えやがって…伝票見せろ!」バッ


赤羽根「カスタード、クリームブリュレ、チョコレート、ブランマンジェ、マンゴー、レチェフラン、バター…」


赤羽根「うぐおぉぉ…このままのペースで出費がかさむと今日のうちに財布が冬を通り越して氷河期にぃぃ…」

赤羽根「給料日だってまだまだ先なんだぞちくしょー…」


ラン「案ずるな!対価は後から来るものだぞ!!(大丈夫ですよぉ、私がいればバンバン昇進しますってー)」


赤羽根「昇給したらした分だけ食ってんじゃねーかぁ!!」


ラン「もむもむもむ…」


赤羽根「それもこれも全部唯一神が『光あれ』の後に『プリンあれ』なんぞ言ったせいだ!!」ガタン

赤羽根「このやろう唯一神!降りて来い!文句言っちゃる!!」






ラン(人口約180万。世帯数60万弱。その大多数が住んでいるD県の大都市周辺から大きく離れ…)

ラン(私達はこんなふうに所々で休憩を挟みながら、県境のギリギリにあるという山中へと向かっていた)

ラン(事の起こりは、数日前に遡る…)


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:17:47.74 ID:8HPSNlP00


数日前 夜 D県 バー カウンター席


阿笠(阿笠博子)「正座」


赤羽根「えっ、ここで?」


阿笠「正座」


赤羽根「…はい」

赤羽根「申し訳ありませんでした」


阿笠「そのセリフはあの娘に言ってあげなさいよ。…なんで分かるのって顔してるけど」

阿笠「映画の撮影で美千香と共演することになってるから。最近よく顔合わせるの」


赤羽根「…」


阿笠「筒抜け」


赤羽根「はい…」


阿笠「別に、あんたが100パー悪いって言うつもりはないの」


赤羽根「…」


阿笠「正義の味方に休息なんてないんだっていうあんたの事情、あの娘もそれをもっと理解するべきだとは思う」

阿笠「でも、あんただってあの娘の事情をもっと理解しなさい」


赤羽根「はい…」


阿笠「使命と自分を天秤にかけて、それでも自分を選んでほしいっていうどーしようもない乙女心が、どんな娘にだって少なからずあんの」

阿笠「それに、こちとらスケジュール開けんのは一人でできることじゃないのよ?マネージャーとか、企画進行のスタッフの人とか…」


赤羽根「わ…わかっちゃいるんだが…つい…な…」


阿笠「だまらっしゃい」


赤羽根「はい」


阿笠(美千香からも相談受けてることは内緒にしておこうかしら)

阿笠(あの娘もあの娘でなんでこんな奴がいいんだか…はぁ…)


8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:22:50.26 ID:8HPSNlP00


阿笠「仲人?引き受けると思ってんの?何回世話焼いたと思ってるのよ?」


赤羽根「そ…そこをなんとか…」


阿笠「紹介した時はこんなに面倒臭くなるとは思ってもみなかったからねぇ」


赤羽根「ぅ…」


阿笠「もっと甲斐性のある男探せって言っちゃおっかしらぁ」


赤羽根「そ…それだけは…」


阿笠(ま、いじめるのはこのくらいにして)

阿笠「…どうしてもって言うなら、条件付きでやってあげないこともないけど?」


赤羽根「ほ、本当か!?」


阿笠「条件付きで、だってば…そこ忘れないでね」


赤羽根「お、おう!何すればいいんだ!?」


阿笠「ふふん」

阿笠「…ちょっと困ったことになってる子がいるの。芸能関係の知り合いなんだけどね」


赤羽根「困ったこと?」


阿笠「鏡左右希って芸名で活動してる娘なんだけど、本名は橘左希。名前くらいは聞いたことあるでしょ?文楽人形遣いの橘家」


赤羽根「聞いたことないぞ」


阿笠「聞いてなさいよ馬鹿。人間国宝レベルの家系なんだから」


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:27:51.23 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 D県 道中 車内


ラン「人形遣い?」


赤羽根「人形劇の役者さんだよ」

赤羽根「日本では三味線語りに合わせる人形浄瑠璃っていうのが古典芸能として発達してて…まぁそれは省くな」

赤羽根「とにかくその道で類稀なる才能と技術を持っているのが、これから行くところの橘家の屋敷なんだ」


ラン「ふむ…」


赤羽根「橘家は、本物の人間と見紛うほど精巧に作られたからくり人形を、まるで自分の手足のように操るらしい」

赤羽根「『まるで人間の魂がそのまま人形に込められているようだ』と識者に言わしめるほどだという」


ラン「…」


赤羽根「特に、家主である橘五右衛門はその申し分ない技量ゆえに、とっくに人間国宝になってもおかしくないんだが…」


ラン「だが?」


赤羽根「…本人の意思で、候補にすら入らないんだとさ」

赤羽根「それに橘家自体も、外部との接触を必要最低限に止めていることで有名なんだ」


赤羽根「依頼主である橘左希って娘だけは少し例外で、積極的にメディア露出を狙っているんだが…」

赤羽根「それはあくまで個人としてであって、その子にも『芸名のみで活動し、くれぐれも家の名は出すな』と厳しく言う程だそうでな」


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:32:50.32 ID:8HPSNlP00


数日前 夜 D県 バー カウンター席


赤羽根「で、その橘家がどうしたんだ?」


阿笠「脅迫状が送られてきたんだって」


赤羽根「…はぁ?」


阿笠「毎年今くらいの時期になると、屋敷の中でとある儀式をするらしいの」

阿笠「詳しいことは分からないけど、その儀式を止めなさいとかそんな文面だって言ってた」


赤羽根「いや、そんなの素直に県警に相談すればいいじゃないか」


阿笠「それがそうとも言えなくて…」

阿笠「通報しようとしたんだけど、左希のお父さんの、五右衛門さんが反対してるんだって」

阿笠「単に警察嫌いなのか、余計なスキャンダルが苦手なのか、その辺はわかんないんだけど」


赤羽根「…」


阿笠「でも、左希は仕事が手につかないくらい悩んでる」

阿笠「だから、水面下にでも警備を頼めないかって、警察にちょっぴりコネのある私に泣きついてきたってわけ」


赤羽根「そんな家に俺が行ったところで、門前払いされるのがオチじゃないのか?」


阿笠「勿論口裏は合わせるわよ?」

阿笠「貴方は左希の知り合いのタレントさん。チョッとしたことで左希の出自を知る」

阿笠「絶対に口外しない代わりに、後学の為に儀式を一目見せてくださいと頼み込んだ」


赤羽根「…なるほどな」


阿笠「で、どうするの?受けるの?受けないの?」


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:38:14.88 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 D県 橘家屋敷前


赤羽根「着いたぞ」


ラン「ここが…」ほわ…


赤羽根「そういえばランは、日本屋敷を近くで見るのって初めてだっけ」

赤羽根「都会は無骨なビルばっかりだからなぁ」


ラン「古の摂理によって形作られし地か…成程面白い(周りの建物、ここよりちっちゃいけど雰囲気は同じですね)」


赤羽根「日本の片田舎は大体こんなかんじだよ」

赤羽根「いや、それを考えてもほんの少し…この村は時代錯誤かもしれないが」


ラン「…」きょろきょろ


赤羽根「てゆーか…疲れた…ここ来んのに日跨ぐなんて思わなかった…」


ラン「導無き旅路は精神を蝕む(なんで迷っちゃったんですか)」


赤羽根「垂直でも平行でもない道は苦手なの」





??「赤羽根さん…ですか?」


ラン「!」


赤羽根「貴女は…?」


左希「さ、左希です…橘家の長女、橘左希…」


赤羽根「じゃあ、貴女が脅迫状の件で呼んだっていう…」

赤羽根「すいませんね、半日も遅れちゃっ」


たたた、がしっ!


赤羽根「!?」


左希「来てくださって、本当に、ありがとうございますっ!」ぎゅーっ


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:43:18.52 ID:8HPSNlP00


ラン「…」


赤羽根「…」


左希「ひゃ!?ご、ごめんなさい!」バッ


赤羽根「え…えーと…」

赤羽根「とりあえず、詳しい話を聞かせてくれませんかね…」


左希「そ、そうですよねごめんなさい!」

左希「どうぞ、中に、入ってください!」





赤羽根(こりゃー確かに…テレビ受けしそーな容姿だこと…)


ラン「…」じー


赤羽根「別にデレてないからな」


ラン「…」じー


赤羽根「デレてないからなっ」


16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 18:48:12.32 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 橘家屋敷 1F 応接間


赤羽根「やけに静かですけど…他の家族の人は?」

ラン(広いなー)きょろきょろ


左希「皆、劇場の方で儀式の準備をしているところですから」


赤羽根「あぁ…成程」

ラン「儀式…?」


左希「ま、まずなにから話すべきでしょうか…」

左希「えと、私たちが人形遣いの家系であることは、もう御存知だと思います…」

左希「だけど、橘家と他の人形遣いとは…ちょっと違って…」


ラン「…」


左希「橘家では、毎年欠かさずやらなければならない儀式があるんです」

左希「一年で体や人形に染み込んでしまった悪いものを祓う、『傀儡祓い(くぐつばらい)』っていう儀式なんですけど…」

左希「劇場の中で、儀式の台本通りに、専用の人形を舞わせるんです」


赤羽根「傀儡…祓い?」

ラン「傀儡に向ける恐れが透けて見える(まるで、人形を悪霊として見ているような印象ですけど)」


左希「…」


ラン「?」


左希「二週間前、今年の傀儡祓いを止めないと、災いが訪れるっていう脅迫状が送られてきたんです」


赤羽根「災いって?」


左希「詳しいことは何も…ただ、その一文が書かれていただけで…」


赤羽根「魔除けの儀式なのに災いを呼ぶっていうのも、変な話ですね」


ラン「ならば、その呪符を此方へ(現物見せてもらってもいいですか?)」


左希「はい、これがその、脅迫状です」ス…


赤羽根「これが…って…」

ラン「…」


赤羽根(達筆すぎて読めない…)

ラン(みみずの絵?)


左希「!」サッ




三女「だぁれ?」


20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 19:55:58.68 ID:8HPSNlP00


次女「だめよ有栖、お姉様の邪魔しちゃ」


有栖(橘ありす)「だって…」


左希「い、いいのよ千種、ただ知り合いと話をしてるだけだから」


有栖「そーなの?」じー…


左希「赤羽根さん、ご紹介します、上の妹の千種と…その下の有栖」

左希「はい、二人ともあいさつなさい」


千種「はじめまして」ぺこり

有栖「…」きょとん


赤羽根「俺は赤羽根。こっちが、いとこのランだ。よろしくな」


ラン「宜しく」


左希「芸能関係の知り合いで、少しの間だけ泊めることになったのよ」


千種「従妹…」

有栖「おにーさんたちも、とりつかれてるの?」


ラン「へっ?」


千種「!こらっ有栖っ」

有栖「…」じー


ラン(この娘…)


千種「ご、ごめんなさい、ほらっ、有栖っ部屋に戻るわよっ」


21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:00:31.36 ID:8HPSNlP00


赤羽根「三人姉妹…なんですか?」


左希「いえ、あともう一人…私のすぐ下に、薫風っていう弟がいます」

左希「妹たちが戻ってきたってことは、多分儀式の準備がひと段落したころだと思うので」

左希「薫風ももうすぐ両親と一緒に戻ってくるはずですよ」


ラン「ふむ…」


左希「今年の傀儡祓いは特に、今まで父がやっていた役を薫風が引き継ぐ最初の儀式ですから…」

左希「儀式の結果によって、薫風が跡取りとしてちゃんとやっていけるのかが決まる重要な行事でもあるわけなんです」

左希「私達兄妹の中で一番あれを巧く操れる子だから、そっち方向での心配はしてないですけど…でも…」


赤羽根「脅迫状…か…うーん…」

ラン「…」


左希「脅迫状は…大きい声では言えないんですけど…村の誰かが書いたものだと思ってるんです」

左希「文体というか、書き方がこの村特有みたいで…私達は気にならないですけど、阿笠さんに見せても不思議な顔をされたから」


赤羽根「確かに…ただ、筆跡はある程度真似ることが出来るから、断言はできないなぁ…」

赤羽根「この脅迫状の存在を知っている人は、他に誰か?」


左希「私以外には、両親と薫風だけです。下の二人には何も」

左希「幸い、脅迫状以外に奇妙な事は何も起こってないので、あの子達にはうまく隠し通せてます」


ラン(何も起こっていない…)


22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:06:47.82 ID:8HPSNlP00


赤羽根「脅迫状が送られてきたことに関して、何か心当たりは無いですか?」


左希「むしろ、ありすぎるというか…」

左希「村の人は、みんな私達を怖がってるから…」


赤羽根「え…」


ラン「如何に…?」


ギ… ぞろぞろ…


長男「姉さん、四郎さんが探してたよ…あ」

母「そちらは…昨日言っていたお友達?」

父「…」


左希「うん…すぐ行くから、薫風」

左希「ごめんなさい赤羽根さん、話の続きはその時に…それまで寛いでいてください」すすっ…

左希「…それと、警察として警備するってこと、くれぐれも…特に父にはバレないように」ぼそ…


赤羽根「…」コクン

ラン「…」


父「…儀式を終えた後は直ちに屋敷を出ていけ…左希」


母「あ、あなた…なにもそこまで左希を拒まなくても…」


左希「いいの。大丈夫だから、お母さん」


赤羽根「…」

ラン「…」


23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:11:09.78 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 橘家屋敷 1F 応接間


母「ごめんなさいね、何もおもてなし出来なくて」

千尋「わたくし、あの子達の母の橘千尋と申します」ぺこり


薫風「僕は長男の橘薫風、それで…」


父「橘家当主…橘五右衛門」ズン


薫風「気にしないで、父さん、ただ寡黙なだけだから…」


赤羽根(巨体…屋敷も屋敷なら、主も主か)

ラン(こわい)ぶるぶる


赤羽根「赤羽根です…ど…どうぞよろしく…」ふかぶか


ラン「せ、世話になるぞ…」ふかぶか


千尋「なんでも、駆け出しの俳優さんで、後学の為に橘の芸能を一目見たいのだとか」


赤羽根「えっ…あ、はい、そうなんですよーたははーっ」


ラン「…」


赤羽根「あー、早速不躾なお願いなんですけど、今夜演劇するっていう劇場をちょっと見してもらえないかなーと」


千尋「儀式です」


赤羽根「は、はい、儀式。ラン、お前はどうする?」


ラン「んー」


五右衛門「…」ギロリ


ラン「ゆ、ゆこう、私も」そそくさ



薫風「…」じっ…


五右衛門「薫風、下らん感傷など持つなよ。あれは別世界の人間だ」

五右衛門「お前は橘の定めたことだけをしていればいい」


薫風「…わかってるさ、父さん」


五右衛門「お前は今夜儀式を終え、新しく傀儡廻の遣い手となる。これはもう決まったことだ」

五右衛門「後はお前がその通りにするだけだ…いや、しなければならない」


薫風「…」


25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:16:18.99 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 橘家屋敷 1F 劇場に続く石道


秋月「結局呼んじゃったのか?心配性だなぁ、左希は」

秋月「ただの悪戯なんだよあれは…大丈夫だよ、何も起こったりはしないさ」


左希「でも…」


秋月「半月ぐらい前の一回きりだったんだろ?それから何もないってことは、そういうことさ」

秋月「それよりも、右希の調子がおかしかった件なんだけど…」





赤羽根「向こうで話している人が、さっき薫風君が言ってた四郎さんですか?」


千尋「はい。代々人形師の家系である秋月家の四郎さん。彼も儀式の手伝いで来てもらっています」


赤羽根「人形師?あれ?人形遣いとは…どう違うんですか?」


千尋「人形師とは、人形を作る人たちの事です。今は人形作家と言った方が分かりやすいでしょうか…私達は人形遣い。操る方」

千尋「私たちも調整や修復をする程度の心得はありますが、より拵えることに長けているのが人形師です」


赤羽根「で、でしたねっ、あははーっ」あせあせ


千尋「橘家は、外部とは必要最低限にしか接触しませんが…」

千尋「その中でも秋月家は、私達橘家に家族ぐるみで付き合いのある、ただ一つの家系なんです」


赤羽根「でも…橘家って凄い技量もってるって有名なんでしょう?」

赤羽根「だったらもっと色んなところと交流あってもいいと思うんですけど…」


千尋「…それを知らないということは、左希はきちんと言いつけを守っているようね」


赤羽根「え?」


千尋「どうぞ、こちらへ」


ラン「…」


26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:20:09.44 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 橘家屋敷 1F 居間


有栖「~♪」


千種「お兄様」

薫風「…」


千種「顔色が優れないようです」

薫風「…お前こそ」


千種「お兄様」

薫風「…大丈夫さ、僕は次期傀儡廻の遣い手だ」

薫風「そうなれば…」


ギギッ…


五右衛門「薫風、儀式のことで話がある…後で部屋に来い…」


薫風「…はい。後で、ね」


五右衛門「…」ジ…ッ



千種「っ」びくっ


薫風「…」


有栖「くすくすっ」


27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:26:50.75 ID:8HPSNlP00


1日目 昼 橘家屋敷 1F 劇場内


赤羽根(舞台装置は本格的だ。劇場内は薄暗く、等間隔に蝋燭が置かれていることもあって、怪しい儀式のような異様さを感じる)

赤羽根(舞台に船底がついているのは、人形浄瑠璃特有だな…ん?)


赤羽根(上から差し込んだ光が、舞台に立つ人に当たって…いや…)

赤羽根(あれは…人形?)


千尋「この人形が、橘家を象徴する文楽人形、傀儡廻の人形です」


ラン「くぐつまわし?」


千尋「奇妙でしょう?かつて橘家の始祖としてこの地に住んでいたと言われる人形遣いを模した人形…」

千尋「傀儡祓いをする時は、この人形を使って、もう一回り小さい人形を操らせながら儀式を行うのです」


赤羽根「て、ことは…人形を操る人形を…?ん?人形を操って人形を…?」

ラン「…」


赤羽根「と、ところで、これが始祖ってことは、まつわる伝説や逸話なんかがあるってことですよね?」

赤羽根「できれば、そういうのも教えてもらいたいなーなんて…」


千尋「残念ながらそれはできません」

千尋「橘家の掟により、私が口にできるのはここまでです」


赤羽根「…」


薫風「いいじゃん、母さん、教えてあげなよ」


28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:31:14.76 ID:8HPSNlP00


千尋「薫風…」


薫風「どうせ後で口外無用って念押しするんだから、全部喋ったところで一緒だよ」


千尋「…でも」


薫風「元は、人形を操って語る詩人だったって話だよ」


千尋「!」


薫風「この村に、何処からともなく流れ着いた傀儡廻は、その巧みな人形術で、村人を楽しませていた」

薫風「でも、傀儡廻は、本当は人形を操っていたわけではなかった…どういう意味だと思う?」


赤羽根「うーん?思いつかないな…」


薫風「…傀儡廻は人形の中に、黄泉の魂を閉じ込める力を持っていたんだ」

薫風「人間の様に動いて当たり前だよね…中身は人間なんだから…」


ラン(降霊術…)


薫風「その事実に気付いた村人たちは、怖がるどころか、かつて死んでいった者達に会わせてくれと頼み込むようになった」

薫風「一度付近で戦が起こると、隣山の洞穴に落ち延びた野武士たちが集まって、村を襲いに降りてくることが多かったらしいからね」

薫風「だから飢饉でも水害でも、傀儡廻のような異能者でもなく、悪意ある人間だけが、村人の恐怖だったのかもしれない」


赤羽根「…」


薫風「傀儡廻は快諾し、死者を引っ張り出しては人形の中に入れ…村人を楽しませることは次第に慰めに変わっていった」

薫風「傀儡『まわし』は、『舞わし』に転じる意味も含まれてるけど…もう一つの意味は『輪廻』のことだ」

薫風「傀儡廻は、ただ、生者の自己満足の為に死者を舞わし、廻し続けた…」ススス…


カチャン…


薫風「橘家には、そんな妖の血が流れている…」


ラン「…」

赤羽根「…」


薫風「人形に何度も魂を出入りさせるということは、悪霊もそれだけ容易く入り込める人形を生み出すことになる」

薫風「橘家の操る人形は、次第に悪霊を纏うようになってしまう…だから、年に一度、こうして悪霊を祓うんだよ」


薫風「橘家が、次の年も決められた日常を生きられるよう祈りを込めて…そして同時に、僕達の宿命を、忘れないために」


ラン「…」ぞくっ

赤羽根「…」




ドサドサドサッ!!



??「わああああっ」


※『傀儡廻し』は本来『人形遣い』と同義語ですが、ここでいう傀儡廻は、畏怖を込めた異名だと思ってください


29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:35:35.84 ID:8HPSNlP00


千尋「喜子ちゃん…?」



ばたばたっ


秋月「藤田!大丈夫かっ!?」


藤田「へ、へっちゃらですっ!だいじょーぶですっ!」


秋月「お前じゃない!中の人形は!?」


藤田「え、あっ」


赤羽根(び…びっくり…)

ラン(したぁ…)




秋月「無事か…はぁ、よかった」

秋月「お前なー、こいつらは精密機械と同じくらいデリケートなんだから、積むんじゃなくて一体ずつ運んでくれ」

秋月「…俺の技術盗むって豪語してんなら、こういう雑事もしっかり身に着けてくれよ」

秋月「直したそばから壊されちゃーたまんないんだからな」


藤田「はい…」


秋月「人間も人形もぶつければ傷つくけど、勝手に治ってくれるのは人間だけだ。いつも言ってるだろ」


藤田「ごめんなさい…」


秋月「まったく…」


左希「気にしないで、喜子ちゃん。私も扱い方体で覚えるまではそんな感じだったから」


秋月「こいつの場合もっと根本的な問題なんだけどなぁ」ポンポン


藤田「あぅ、め、面目無いです…」


左希「…」



赤羽根「あの子は…?」


千尋「秋月家に住み込みで人形師の技術を学んでる喜子ちゃん」


赤羽根「あの人形も傀儡祓いに使うんですか?」


千尋「いえ、あれは秋月家の方で預かっている人形たちです」

千尋「修繕に使う素材を切らしてしまっていたらしいので、うちに備え付けてある予備を使わせてほしいと」


ラン「…」


赤羽根「予備…?」


千尋「うちにも、傀儡廻の他に何体も人形を置いていますから」


30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:41:13.14 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 人形の間


千尋「…」ガラッ

千尋「こちらがそうです」


ラン「」ひしっ

赤羽根「…お、おお」


千尋「神に捧げる演武用の人形たちです」

千尋「傀儡廻に比べれば小型ですが、この子たちも同じくらい精巧に作られているんですよ」


赤羽根(こえー…部屋いっぱいに…)

赤羽根(保善のためだろうか、日光を絞った薄暗い部屋に浮かぶ人形たちは、今にも動き出しそうで…)

赤羽根(ていうか、何体か普通にこっち見てる気がするぞ…ランも俺を盾にして離れようとしないし)


ラン(怖いんだもんっ)


赤羽根「…」そーっ


千尋「あまり触らないように」


赤羽根「アッハイ」



トッ トッ

千種「お母様、あの…鋏を知りませんか?」


千尋「…貴女いつも自分の鋏を持ち歩いているでしょう?」


千種「今はお兄様に貸しているので。そのお兄様も先程お父様に連れられ、なにやら取り込んでいる御様子で」


千尋「…そう、なら裁ちばさみを使いなさい。居間にあるから」


千種「居間ですね、わかりました」



ラン「ひえぇっ、あ、あれ、あれ」びくびく


赤羽根(ランの目線の先に鎮座するは見紛う事なき武者鎧…)


千尋「…魔除けの為に置いたものです。先程も言ったように、人形の周りには悪霊が近づきやすいので」


赤羽根(あれに怨霊が宿るとかいうオチは無いよな?)


ラン「」ガタブル


31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:52:35.40 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 廊下


赤羽根(この屋敷は、二階は屋敷の人間の私室が並び、一階は各大部屋と、それらを繋ぐ十字の廊下で構成されている)

赤羽根(二つの廊下の交点…屋敷の中心を起点にすれば…)

赤羽根(玄関は南、応接間は南東、人形の間は南西、中庭や劇場へは西)

赤羽根(茶の間や厨房は北、応接間とは別にある座敷の部屋は北東、居間や浴場、二階への階段は北西に位置する)

赤羽根(二階は六つの部屋が南北に並び、劇場側の部屋に五右衛門・千尋の自室と有栖の自室)

赤羽根(廊下を挟んで左希、薫風、千種の自室、空き部屋が並んでいる) 

赤羽根「やり辛いな…高い塀を越えさえすれば、何処からでも敷地に入れちまう」

赤羽根「にもかかわらずこの、屋敷を含めた敷地内の広さ…一人で全体を監視するのは骨だぞ…」


ラン「相棒よ、隣に立つは誰ぞ?(私手伝いましょうか?)」


赤羽根「できる?寝ずに?」


ラン「神器と共にあれば容易い(頑張ってスマホいじってます)」


赤羽根「それは警備とはいわねー」





薫風「堅苦しいでしょ?うちの家族」


赤羽根「うわお!?」ビクッ

ラン「!?」ビクッ


薫風「あの儀式で芸能としての足しになる事なんてイッコも無いと思いますよ」


赤羽根「あ、あぁ…そう、かもね」


薫風「ただ『伝統』に踊らされまくってる両親が居るだけです」


赤羽根「…君は違うのかい?」


薫風「勿論」ニコッ


ラン「…」


薫風「結構父さんの稽古がしんどいんですよ…死んじゃいたくなるくらいにね」

薫風「あんなのはもううんざりだ。でも今夜の儀式が終わればもう大丈夫…」

薫風「僕が一番上になれば…妹たちも、やっと重荷から解放されるんだ」


赤羽根「薫風…君?」


薫風「さて、僕、劇場でもっと演技煮詰めてきますね」

薫風「他の人が居場所聞いてきたらそう伝えてください」たたたっ


32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 20:59:12.41 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 廊下


赤羽根「…」

ラン「…」


赤羽根「なんか、複雑だなぁ…ここの家庭」


ラン「むぅ…」





ラン「ところで、狂犬は何の信義を胸に秘め、吠えたのであろうな(…脅迫状を送った人は、いったい何が目的なんだと思いますか?)」


赤羽根「目的?そりゃあ、儀式の中止なんじゃないか?」

赤羽根「災い云々って書いたのは警告っつーか、脅しだろ。なぜ中止したいかまでは分からないけどな」


ラン「一点の曇りなき真実だろうか?(…本当にそうなんでしょうか?)」


赤羽根「へ?」


ラン「或いは静寂すらも奴の絵図…?(なんだか…静か過ぎるというか…)」


赤羽根「…まぁ、確かにな」

赤羽根「この手の嫌がらせって、関係者に怪我させるとか、小道具壊すとかして中止に追いやるのが定石のはずなんだが…」


ラン「我等の出方を受けての静観ならば…(でもそれをしてこないってことは…)」


赤羽根「してこないってことは…」

ラン「…」


赤羽根「…」じー


ラン「こらあっ!」ぽかっ


赤羽根「なんだよー言えよー」


ラン「頭を回せ愚か者っ(貴方もちょっとは自分でかんがえるのっ!)」





ガシャーン!



ラン「!?今のは何処から…」


赤羽根「玄関の方からだ!」ダッ!



33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:02:39.67 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 玄関口


ザワザワ…


赤羽根「っと!?なんだ?こんな大勢…」


ラン(村の人たち…?)


左希「なんなんですか貴方たちっ」


村人「五右衛門を出せと言うとる」


左希「ち、父は今夜の傀儡祓いのことで忙しいんですっ」


村人「その儀式だ。どうなっとるんだっつう話なんだよ」


左希「…え?」



千尋「何の騒ぎですか!?」タタッ


左希「母さん…」



村人「うちンとこに、こんなもんが送られてきた」バサッ


千尋「!?」

左希「それは…!」


ラン(脅迫状…)


赤羽根(例によって読めない字だけど、多分…)チラ


左希「…」コクン


ラン(ここに送られてきたものと同じもの…)



千尋「そんなの誰かの悪戯に決まっているでしょう!」


村人「おれの家だけじゃない。こいつらみいんなの家に送り付けられていた」


千尋「なんですって…?」


村人「今年の冬はやけに長い。そのせいで村の者がよく倒れる」

村人「おめえ達がいよいよもって悪さしてんじゃねぇかって皆怖がってる」


ラン「…」


左希「そんなことあるわけ…」


村人「じゃあなんで村の者を屋敷に入れねえ?入れる奴は秋月とかそこの変なのとかよそ者ばっかだ」

村人「己達に何隠してる」


左希「何も隠してなんかっ!」


34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:04:47.57 ID:8HPSNlP00


カラン カラン ザッ


赤羽根(下駄の音…)


五右衛門「下らんことで喚いているだけか」ズイ…ッ


左希「あ…ッ」


千尋「あなた…」


五右衛門「お前らは黙っていろ」


村人「…」


五右衛門「おい、何の根拠もなく拳を向けられてもどうしようもない。迷惑なだけだ。素直に下ろせ」


村人「だったら説明しろい。村長は何も言わねぇが、俺たちはおめらの薄気味悪さには我慢の限界なんだ」


五右衛門「…これからするのは儀式とは名ばかりの単なる芸にすぎん」

五右衛門「能や祭事と大差無い。お前等が怖がるものなどありはせん」


村人「だったらなんで隠すんだよ。堂々とやってりゃいいじゃねえか」


五右衛門「…皮肉だな」


村人「あ?」


五右衛門「臆病風に吹かれ、挙句に魔除けすらも恐れるならば、もう何も言うまいよ」


村人「…もいっぺん言ってみろぉ!」ガタッ


五右衛門「黙 っ て 退 が れ」ズイィッ



赤羽根「」ガタガタ

ラン「」ぶるぶる



有栖「…ひとがたくさんいるー」ひょこっ


左希「有栖…む、向こう行ってなさいっ…!」



村人「ちっ…」




35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:10:28.11 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 客間


左希「ごめんなさい…こういうことも、もっと早く言っておけばよかったですね…」


ラン(あの村人たち、まるで化け物を見るような眼だった…)


赤羽根「脅迫状の心当たりに村の人たちを挙げたのは、そういうことだったんですね?」


左希「…」


赤羽根「何故あれほどまで怯える必要があるんでしょうか」


左希「この辺りは、昔から原因不明の異常気象とか、神隠しとか、よく起こりやすい場所なんです」

左希「それらが私たちの祭事なんかに合わせて起こってしまうみたいで、いつしかそれが全部私たちの仕業だと思われ始めたらしいんです」

左希「神仏に舞をささげた翌日に洪水が起こったり…傀儡祓いをする今の時期、毎日必ず決まった時間に雪が降ったり…」

左希「だから…しょうがないんですよ」


ラン「そんなの解せないっ!」


左希「…」


赤羽根「ラン…」


ラン「悪意に憑かれるは奴らの方ではないかっ!あの畏れこそが真の災いを呼ぶ証明!(そんなの、ただの憶測や決めつけじゃないですかっ!それなのになんであんな…)」


左希「ランちゃん…」


赤羽根「…ともかくだ」なでなで


ラン「っ」


赤羽根「橘家にとっても、あの村人たちにとっても、今日の傀儡祓いが何事もなく終わっちまえばそれでいいわけだ」

赤羽根「俺たちがやるのは脅迫状の送り主が言ってる災いとやらを未然に防ぐこと、だろ?ラン」


ラン「…」


左希「お願いします」ぺこり




36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:14:07.62 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


赤羽根(いよいよ、傀儡祓いの時間だ…)

赤羽根(橘家全員と、秋月、藤田…皆劇場内にそろっている)

赤羽根「ラン、ちょっと」こそこそ


ラン「ん?」


赤羽根「屋敷全体を監視するのは難しいけど、儀式の最中なら話は別だ」

赤羽根「入口に一番近いこの席からなら、舞台袖を覗いた室内全体が見渡せる」

赤羽根「この劇場、窓はどこもかしこも高所にあるみたいで、梯子でも使わない限り窓からは侵入出来そうもない」

赤羽根「出入り口はこの大扉だけ…つまりここを常に固めてさえいれば、必ず劇場への侵入を察知できると俺は思う」


ラン「む」


赤羽根「俺は儀式を一目見るって体でここに来ているから、劇場から出るわけにはいかない。ということで…」


ラン「殿…いや、先陣というわけね(大扉の外側の監視を頼みたい…と)」


赤羽根「無理にやれとは言わないよ。ただ…だからといって外の監視を疎かにするのも不安でさ」

赤羽根「文面的に、恐らく仕掛けてくるなら儀式の前後だと思うんだ」


ラン「成程…」すくっ


赤羽根「すまん、頼まれてくれ」




コツコツ… とたたたっ…

くいくいっ


ラン「?」くる


有栖「おそと?」


ラン「…えっ」


有栖「おそとでるの?」


ラン「…」


有栖「だったらあそぼ?」


37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:17:25.40 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


赤羽根「…」


赤羽根(舞台の上には薫風君と千種ちゃん…この二人が主役かな)

赤羽根(向かって右、三味線弾きのスペースには千尋さんが構えている)


赤羽根(五右衛門さんは客席前列で静観…少し後ろに離れて俺、俺の隣に秋月さんと藤田ちゃん)

赤羽根(特に怪しい動きをするような人間はいないが…)

赤羽根(…?左希さんはなんであんな離れたところに座っているんだろう?)


秋月「警備は順調ですか?」ぼそ


赤羽根「ぶっ」


秋月「左希から話は聞いてます。内緒で見張っててくれてるんですよね?」

秋月「あいつも心配性だなぁ…何もおこりゃしないだろうに、刑事さんまで呼んじゃって」

秋月「五右衛門さんが知ったら大目玉だ」


赤羽根「…」


藤田「??」きょとん


赤羽根「…あのー、五右衛門さんって、なんでまた警察が嫌いなんでしょうかね?」


秋月「嫌いというより、五右衛門さんはそういう類の揉め事がすごく苦手なんです」


赤羽根「苦手?」


秋月「厳つい外見に反して、本人は、静かに暮らしたいだけなんですよ。村の人から煙たがれていることも関係しているのかもしれませんが…」

秋月「なにかにつけて、周りから悪い目で見られてしまうことを極度に恐れていて、でも代々守ってきた言い伝えや伝統を自分の手で絶やしたくない」


赤羽根「…」


秋月「ただ何事もなく日々を生き、託された儀式を続け、血をつなげて、この世を去る。それ以外は何も要らない。そう言ってました」

秋月「だから左希が芸能活動を始めたときも強く反発して、一切面倒事を持ち込まないことを条件に許可してもらったくらいですから」


赤羽根「…」



38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:22:21.79 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭


ぽーん


有栖「おねーちゃーん」ぽーん


ラン「むー?」ぽーん


有栖「ランねーちゃんって呼んでいーい?」ぽーん


ラン「多分」ぽーん


有栖「たぶんー?」ぽーん


ラン「うむ」ぽーん


有栖「わーい」ぽーん


ラン「ほっ」ぽーん


有栖「えーい」ぽーん


ラン「ふっ」ぽーん

ラン(…ま、ここなら大扉がバッチリ見えるし、いいよね)


有栖「はーい」ぽーん


ラン「よっ」ぽーん

ラン(この子だけ、他の兄妹と結構年が離れてるから、きっと寂しいんだろうなぁ)


有栖「やー」ぽーん


ラン(…それにしても、手がかりが少なすぎる)

ラン(何かを企てているであろうその人間は、確かに橘家の人や村人たちの心を少し揺さぶりはしたけれど)

ラン(姿を現すことは無く、強く警告するでもなく、何もしてこない…何故…?)


ぽーん


ラン「其方に問う(有栖ちゃん)」


有栖「なーに?ランねーちゃーん」ぽーん


ラン「狂宴はどのようにして行われるのかしら(傀儡祓いって、何する儀式なの?)」ぽーん


有栖「んー」きゃっち


ラン「…」


有栖「むかし、むかあしの、おはなし」


39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:27:16.65 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


~♪ ~♪


赤羽根(始まった…ん?)

赤羽根(傀儡廻しを操る人は、薫風君一人だけなのか?小柄な人間と変わらない、あの大きさの人形を?)


秋月「凄いでしょう?あれ」

秋月「普通、文楽人形って三人で操るものなんです」

秋月「重量もありますけど、何より機構や構造が複雑ですからね」

秋月「だから、頭と右手・左手・足まわりの三つに分担して動かすんですけど…」



薫風「…」ぎし…かちかち



赤羽根(左手一本で…両手両足動かしてる…どうなってんだ?)

赤羽根(千種ちゃんと背丈の変わらない程の人間が、もう一人舞台の上に立っているみたいだ)


秋月「不思議でしょう。何かしらの資質が要るみたいで、左希は全然できないって言ってました」



千種「…」カチャカチャ



赤羽根「千種ちゃんは?」


秋月「彼女も資質自体は持っている…らしいですけど、薫風君ほど巧く操ることは出来ないみたいですね」

秋月「どちらにせよ、今日の儀式がうまくいくかどうかで、どっちが跡を継ぐか決まるらしいですけど」


赤羽根「…」


秋月「左希に才能がないわけじゃないんです。むしろ左希は、人形遣いとしては最高峰の技術を持っています」

秋月「僕が作った『右希』っていう童人形を、本物の童のように操ることができます」

秋月「でも、あれは違う。あれを操るためには、もっと別の何かが要る」


赤羽根(別の何か…)


40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:29:33.64 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭


有栖「お人形もったしじんさんの、おはなし」ぽーん


ラン「…」ぽーん


有栖「お人形もった、しじんさんが、げたを鳴らして、さまよってました」ぽーん


ラン「…」ぽーん


有栖「いろんな人に、お人形さんをみせながら」ぽーん


ラン「…」ぽーん


有栖「あっちいったり、こっちいったり」ぽーん


ラン「…」ぽーん


有栖「してましたー」ぽーん


41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:33:39.09 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


カラン コロン カラン


赤羽根「歩いた…」


カラン カラン カラン


秋月「…人形の重さは同じ体格の人間換算で、その半分から3分の2」


赤羽根「ということは、あの傀儡廻しの人形は…」


秋月「有栖ちゃんぐらいはあったかな…」

秋月「その重量を持ち上げながら操るのはいくらなんでも難しいから、自ら立って自重を支えられるように、あの人形は組まれてる」


赤羽根「…五右衛門さんならそのまま持ち上げてそうだ」


秋月「あはは、実際あの人が遣う時はごっそり持ち上げてましたよ」


カラン コロン カラン


42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:37:47.02 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭


有栖「しじんさんは、とある村にたどりついたの」ぽーん


ラン「…」ぽーん


有栖「皆を喜ばせたくて、お人形をうごかして、それで、村のみんなは、なつかしいなって思ったの」ぽーん


ラン「懐かしんだ…」ぽーん


有栖「うん、お人形に入ってる人は、この村に住んでたことがあったから」


ラン「…」


有栖「毎日村のみんなとお話してたけど、もう死んじゃった人たちが、お人形になってかえってきたの」


ラン「…」


有栖「でも、お人形におかえりって言っちゃダメなの」


ラン「…何故?」


有栖「死んじゃった人におかえりなんて、ふつーは言えないからなんだって」


ラン「…」


有栖「だから、お話しちゃダメなの」


ぽーん ぽーん


43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:41:08.55 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


~♪ ~♪


薫風「…」ぎし


千種「…」かちゃかちゃ



赤羽根(舞台の上で静かに待っていた千種ちゃんが動き出した。村人役だ)

赤羽根(傀儡廻が、村人たちに傀儡を見せる場面のようだ)


赤羽根(傀儡祓いってのはどうも、橘家の先祖である傀儡廻の逸話の再現をしていくものらしい)

赤羽根(おおまかな展開が、昼に薫風君から聞いた話と一致する)


赤羽根(どこからか流れ着いた傀儡廻が、村人たちに死者の魂が入った人形を見せて慰める)

赤羽根(凄惨な死に方をしたが、今は浄土に昇って安らいでいる、などと人形は口々に語る)

赤羽根(生き生きと喋り、舞う人形に反して、村人たちはただ物言わぬ地蔵のように手を合わせるだけ)

赤羽根(何故なら、傀儡廻に『死者と言葉を交わしてはならない』と言われたからだ)


赤羽根(黄泉戸喫という言葉を聞いたことがある)

赤羽根(黄泉の食べ物を食べてしまったために、生者が死者へと変わってしまう概念だ)

赤羽根(寝言は黄泉の言葉だから、それに返事をしてしまうと寝ていたものは目覚めなくなるという話もある)


赤羽根(ともかく、それらと同じような死後の世界に対する禁忌ってやつがあって、村人はそれを厳守していた)



赤羽根(だが…)


44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:45:47.43 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭


有栖「すきだったんだもん。しょうがないよね?」


ラン「…」


有栖「すきだったのに、すきっていえなかったんだよ」


ラン「…」


有栖「おさむらいになるって、出て行って」


ラン「…」


有栖「女の子はずっと待ってたのに、帰ってこなかった」


ラン「…」


有栖「そんな人が、お人形になって、もどってきたの」


ラン「…」


有栖「お話、したくなっちゃうよね」


ラン「…」


有栖「…かみふうせん」


ラン「?」


有栖「ちょーだいっ」


ラン「…」ぽーん


有栖「はーい」ぽーん


45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:48:55.38 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場内


赤羽根(かくして村は丸ごと呪われ、黄泉の世界に飲み込まれてしまった)

赤羽根(村は寂れ、その場には項垂れる傀儡廻と、糸の切れた人形の様な肉体たちだけが残った)


赤羽根(傀儡廻は人知れず思い悩む。彼が訪れた地は、判を押したように同じ末路を辿ることに)

赤羽根(死者の魂が無ければ、人を慰めることができない。しかし、死者の魂のせいで望まぬ死者は増える一方だ)

赤羽根(そうと分かっていても、人々を元気づけたいが為に村々を回っては災いを運ぶ悪循環を繰り返す)

赤羽根(生者は見る見るうちに減っていき、同じ数だけ死霊は増え、そのうち現世に執着する数多の死霊が傀儡廻に纏わり付いて、自分を容れろと矢継ぎ早に訴え始める)

赤羽根(仮初の体でも、僅かな時間でも現世に生きたいのだと、魂たちが人形を取り合うようになる)


赤羽根(傀儡廻が死者を容れてるのか、死者が傀儡廻に容れさせているのか次第に曖昧になっていったという)



薫風「!」ピタ

千種「…!?」ピタッ



赤羽根(…?終わりか?)


秋月「あれ?おかしいな…後の段はまだ途中なのに」



五右衛門「…!」



赤羽根(素早く駆け寄った五右衛門さんが、傀儡廻の人形を確認している)


藤田「くー、くー」


秋月「…」ぺち


藤田「んぐっ」


46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:53:20.73 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭



ラン「っ」ぴく

ラン(劇場の様子が、変わった…?)


有栖「…」


ラン「この場は任せたっ!(ごめんね、ちょっと待ってて!)」ダッ


有栖「…」じー…



有栖「…くすくす」

有栖「なんだか、ひとがしんじゃったみたいな、あわてかた」

有栖「…」

47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 21:56:21.70 ID:8HPSNlP00


1日目 夕方 橘家屋敷 1F 劇場 壇上


ラン「何事だ!(どうしたんですか?)」


赤羽根「…いや、大丈夫だ。少なくとも災いとやらじゃない。だが…」




薫風「中の糸が…」


五右衛門「…」


薫風「力を入れすぎて…で、でも大丈夫!こんなのすぐに直せるから」


バシッ!


千尋「!」

千種「…」

左希「っ!?」ガタッ


五右衛門「明日の晩までに修繕する」

五右衛門「その後は千種に遣わせる」


左希「お父さんっ!!」ダッ


五右衛門「上がってくるな」ギロ


左希「っ」


五右衛門「お前は橘であって橘でないことを忘れたか」


左希「で…でも…」チラ


薫風「…」


千種「御心配には及びませんよ、お姉さま」

千種「私達だけで、大丈夫ですから」ニコ


左希「…」




赤羽根「…左希さん」



48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:00:35.07 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 2F 客間


赤羽根「トラブルは確かにあったが、結局災いらしき事件は何も起こらなかったな」


左希「…」


秋月「…大丈夫か?左希」


左希「うん、平気…平気だから…」

左希「それよりも、薫風が心配なの…あの子、部屋に籠ったきりで、どうすればいいか…」

左希「薫風…拷問みたいに辛い稽古を全部受け入れていたの。この日の為だったのに」


ラン「…」


秋月「も、もしかしたら、さっきのアクシデントのことを警告してたのかも…って、そんなわけないか」


ラン「…」


赤羽根「ところで、あの人形の故障…どうするんですか?直さないと儀式再開できないんでしょう?」


秋月「『糸』は既に連絡して取り寄せてもらっています。予備に置いていた材料は、運悪く藤田が別の人形に使ってしまったので…」

秋月「業者の人には急がせてもらってはいますが、早くとも明日の昼以降でないと手が出せませんね」


ラン「…」


赤羽根「…どうした?ラン」


ラン「ん?いや…」


ラン(何かおかしい…はじめての感覚がする)

ラン(屋敷の中の人間は掟を固持し、外では疎まれ、子供たちは反発しながらも、どうすることもできないでいる)

ラン(確実に、得体の知れない、暗く歪んだ何かが、みんなを覆っている)


赤羽根「ただ、傀儡祓いが一時中断になった今の段階じゃ、完全に警戒を解くことができないのが現状だ…」

赤羽根「仮に人形の故障が犯人の仕業だったとしても、村中に脅迫状をばら撒いておいて、行った犯行が糸切っただけってのも、あまりに不自然だと思う」


ラン「…」


49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:05:05.61 ID:8HPSNlP00


ラン「あ…雪…」


赤羽根「ほんとだ…この勢いだと、すぐ積もるぞ」


左希「もうそんな時間なんだ…」


ラン「え…?」

赤羽根「そんな時間…って?」


左希「傀儡祓いの時期は、毎日18時ぴったりに雪が降り始めるんです」


ラン(そういえば、確かにそんなこと…)

ラン(橘家の仕業だと思われている異常気象のひとつ…だったっけ)


赤羽根(今が18時3分…ほんとにピッタリなんだな)


左希「お母さんが夕ご飯の支度を始める時間なので、もしかしたら…」





トコトコ… ガチャッ


千種「お姉様、お母様から夕餉の支度を手伝ってほしいと」


左希「噂をすれば。うん、わかった、千種」


50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:07:20.39 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 2F 廊下


ガチャ

ラン「待たれよ!(左希さん!)」


左希「ランちゃん?」


ラン「我が力、存分に使うがよい(私も手伝いましょうか?)」ふんす


左希「うーん、気持ちは有り難いんだけど…」

千種「お構いなく。お客様の手を煩わせるわけにはいきませんから」


ラン「あ、そう…」


千種「…では私はこれにて」


左希「あれ?千種は手伝わないんだ?」


千種「私は後で向かいます。部屋での用事を思い出したので…」


左希「…そっか」





コンコン

千種「お兄様?鋏を返して欲しいのですが…」


ガチャ

薫風「…」


千種「っ!?」

左希「薫風…」

ラン「…」


薫風「ありがとう、使い終わったよ」

薫風「もう大丈夫だから…姉さんも、心配かけてゴメン。じゃ」バタン


千種「お兄様…」


ラン「波動体に歪み…(千種さん?)」


千種「…なんでもありません」


ラン「…」


51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:10:49.57 ID:8HPSNlP00






暗がりに浮かんだ『惨状』を前にして、己の宿主は立ちつくしていた

神が人を見放し、知略を狂わせることなどよくあることだ

ましてや今、己の目の前で必死に知恵を絞っているこの人間は、既に神を見放しているのだ

この人間が己の宿主として真に相応しいかは、ここで決まると言ってもいい


行動は意外にも早かった

呪縛を振り解くため、または幸福を勝ち取るためだろうか

この人間は、己に縋ることなく、己の考える以上の最適解を導き出したのだ


奴がこの地に来てしまうことは想定外だったが

この人間ならば、あるいは…

己にそう思わせる程のチカラが、眼の奥に込められていた






52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:15:25.01 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 茶の間


チッチッチッ…


赤羽根「…」チラ

赤羽根(19時…か)


ラン「…」ぐぅ~っ


秋月「…」


藤田「…」きょろきょろ


有栖「~♪」ぶらぶら



スタスタ… スッ


薫風「ご飯、まだかかるんだね」


秋月「ずいぶん遅かったな、薫風君」


薫風「…まぁ、ちょっとね」





千種「お待たせしました」カチャ、カチャ


左希「千種はそっち側の運んでね」コトッ、コトッ


ラン「ほほう、これはこれは」じゅるり



秋月「千尋さんがいないようだけど?」キョロキョロ


千種「お父様を呼びに私室のほうに向かいましたが…あ、戻ってきました」


53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:18:17.94 ID:8HPSNlP00


タッタッタッ…


千尋「あのぅ、みなさん、うちの主人を見ませんでしたか?」



赤羽根「え…?」

ラン「…」


秋月「部屋に居ないんですか?」


千尋「ええ…」


赤羽根「居間や応接間の方は?」


千尋「…」フルフル


秋月「…それは変だな」


ラン「…」



千尋「…もう一度探してみます」


ラン「わ、私も征く!!」


54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:22:10.10 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 廊下


ラン(居間の外は、しんと静まり返っている)


千尋「おかしいわねぇ…一体どこに行ったのかしら」


ラン「其の方に一つ問う(千尋さん千尋さん)」


千尋「はい?」


ラン「屋敷の主は確実に痕跡を遺しているはずよ(五右衛門さんは、居なくなる前に何か言ってませんでしたか?)」


千尋「何か?んー…そういえば」

千尋「あの人、下駄を探していました。見当たらないと」


ラン「下駄?」


千尋「ええ、雪が降る30分ほど前だったでしょうか…」

千尋「劇場を行き来する時、中庭を渡るために履くあの一本下駄のことです。ランちゃんも一度見ていると思います」


ラン「…」


千尋「ついさっきまで履いていたのですから、見失うはずがないでしょう?と言ったのですが…」


ラン「即ち、館の主は舞台の上…(ということは、五右衛門さんは劇場に用事があった…?)」


千尋「劇場…?忘れ物でも取りに行っているのかしら」


55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:25:43.77 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 劇場に続く石道


千尋「あら本当!ランちゃんの言う通りね」


ラン「…」

ラン(大きな足跡が一組、南にある玄関の方から劇場まで伸びている…)


千尋「主人の靴跡のようです。劇場の中で何かをしているようですね」

千尋「あら?でも…」


ラン「どうした?」


千尋「…いえ、きっと気のせいですわ」

千尋「呼びに行きましょうか」


ラン(これが橘五右衛門の足跡…だったら、もう一組の方は誰のだろう?)

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110464.jpg

ラン(隣の、劇場から玄関へと伸びる、もう一組の足跡は…)


ザク ザク ザク


千尋「あなた?夕餉の仕度ができていますよ?」


シーン…


千尋「おかしいわね…扉の前で呼びかけても返事しないなんて…あなたー?」

ギィィ…


56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:31:44.81 ID:8HPSNlP00


ラン(劇場から出ていく方の足跡は、靴じゃない。独特の形をしている…これは下駄かな)

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110465.jpg

ラン(恐らくこの大きさだと五右衛門さんの足は入らない。じゃあ一体誰?)





千尋「ぁ…あああ!」


ラン(千尋さん!?)


ラン「なっ…!!」
















五右衛門「」


57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:35:57.26 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 劇場内


千尋「あなた!」ダッ


ラン「…っ」

ラン(脈が無い…)

ラン(脇腹に何かを刺したような跡…)


千尋「あなたっ、あなたぁっ!」



ラン(足跡だけじゃ手がかりが少なすぎる…)

ラン(劇場のどこかに、犯人を特定する手がかりになりそうなものは…)きょろきょろ




ラン「っ!?」


58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 22:38:49.48 ID:8HPSNlP00



ラン(傀儡廻の人形が…消えている…)







主演:神崎蘭子・赤羽根P(765プロ)


堕天使探偵ラン 傀魔伝説殺人事件



61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:22:52.35 ID:8HPSNlP00
再開しまむら

62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:24:36.39 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 19:18現在


 A 赤羽根刑事

 B ラン

 C 橘 左希(長女)

 D 橘 薫風(長男)

 E 橘 千種(次女)

 F 橘 有栖(三女)

 G 橘 五右衛門(父)←DEAD

 H 橘 千尋(母)

 I 秋月 四郎(人形師)

 J 藤田 喜子(人形師見習い)


63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:27:22.84 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 茶の間


左希「お…お父さんが…!?」


赤羽根「…残念だけど…五右衛門さんはもう…」


左希「そんな…」




秋月「まさか、屋敷に送られた脅迫状の、災い!?」


有栖「わざわいって?なに?」


秋月「あ、えと…」


赤羽根「いや、遺体の状況的に事故死や自然死とは考えにくい」

赤羽根「大きな外傷はありませんが、五右衛門さんの脇腹あたりに針のようなもので刺された跡が…」

赤羽根「周りが変色していたことから、恐らく針に塗られた毒が傷口から流れ込んだのが死因でしょう」

赤羽根「そして、玄関から劇場に向かう五右衛門さんの足跡の他に一組、別人の足跡が確認できました」

赤羽根「門のかんぬきを外して敷地の外に逃走していることから、恐らくそれが犯人のものであるとみて間違いない」


薫風「…殺人」

千種「それも、外部犯…ということですか?」


赤羽根「今の段階では…完全にそうと言い切ることもできません」


千種「何故です…?」


赤羽根「敷地の外にあるべき足跡が確認できなかったからです」

赤羽根「勿論脇の茂みを利用して、足跡を残さずに屋敷から離れることは出来ますが、そう見せかけるためにかんぬきを外した後、そのまま屋敷に戻ったという可能性も十分考えられる」

赤羽根「正門から玄関に続く石道は屋根がかかっていて雪が積もらず、正門に辿り着いた犯人のその後の行動を推測することは出来ないからだ」


ラン「…」


赤羽根「なので、一応参考として、一人ずつ今日一日何をやっていたのかを話してくれませんか?」


千尋「左希…この人は刑事さんだったのね」

千尋「何故嘘をついていたの!?」


赤羽根「え?…あ」


左希「み、みんなのことが心配だったからに決まってるでしょっ!?」


赤羽根「」だらだら


左希「実際にこんなことになっちゃったんだから…でも、こんなことになるなんて…」


ラン「…」


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:31:19.31 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 茶の間



一同「…」


赤羽根「こほん、状況を整理しよう」

赤羽根「傀儡祓いが中止になった後、俺たちは全員母屋に移動し、各々の場所で待機していた…」

赤羽根「…五右衛門さんを除いた全員が再び一か所に集まったのは19時過ぎ」

赤羽根「ほぼ同時刻、五右衛門さんが母屋のどこにもいないことがわかり、探しに行ったところ、劇場の中で遺体となって発見された」

赤羽根「劇場に向かっていく足跡の形は、劇場に残された靴と一致することを確認」

赤羽根「もう一つの逃走する下駄の足跡は、サイズからして…女性か、小柄な男性、あるいは…」


左希「っ…」


赤羽根「現場に当事者達の足跡が残っているということは、犯行が行われた時間は雪が降り始めた18時から、遺体を発見する19時までの間」

赤羽根「もし内部犯だと仮定するならば、可能性があるのは…」


ラン「そう急くな、我が相棒よ(待ってください、赤羽根さん)」


赤羽根「…なんだ?」


ラン「この場にユダが潜んでいるとは考えにくい(内部犯の可能性は、あり得ないんです)」


赤羽根「!?…どういうことだ?ラン」


ラン「血溜の凶宴を甦らせよ(現場をよく思い出してください)」


ラン「追憶の痕跡は双方に向かっているわ(確かに現場に残された足跡は、たったの二つ…)」

ラン「終焉に伸びる哀れな羊の蹄が一つ、死の感触に浸る傀儡の傷跡が一つ(一つは、劇場に向かう五右衛門さんの足跡…もう一つが、現場から立ち去る犯人のものと思われる足跡)」

ラン「でも、獲物を追いしマリオネットは、狩場へ続く道程を白く染めることは無かったのよ(ここで重要なのが、犯人が劇場に向かったときの足跡が無いということです)」


赤羽根「あ、そうか…」パラッ

赤羽根「五右衛門さんは18時以降に劇場に移動した…」

赤羽根「犯人がそれを追って母屋から彼を殺しに行ったんじゃ、必ず劇場に向かう足跡がついてしまう」

赤羽根「足跡をつけずに殺すためには、18時以前には劇場で橘五右衛門を待ち伏せていなければならないから…」


ラン「咎を背負うは、その眼に雪化粧を映さぬ者…(犯人は、雪が降り始める18時の時点で母屋に居なかった人間です)」


赤羽根「…18時」パラッ…


65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:36:56.80 ID:8HPSNlP00


傀儡祓い中断(17時前後)から、遺体発見(19時前後)までの各々の行動

>>1��時以降ならば、屋敷の外を歩けば必ず足跡が付いてしまうものとする

※母屋の『劇場から一番遠い地点』に居たとしても、劇場との単純な往復ならば10分あれば可能であるとする

※犯行を行えないほど短時間の一人行動(トイレで席を外す等)は記述せず、それらは事件とは無関係であるとする



赤羽根・ラン・秋月

17時から18時半まで2F客間で待機

18時半から1F茶の間に向かい夕食を待つ


橘左希

17時から18時まで赤羽根たちと同じ2F客間で待機

千種に声をかけられ、18時から19時まで1F厨房で夕食を作る


橘薫風

17時から19時時まで2F自室で待機

19時に1F茶の間に向かい、夕食を待つ

18時頃に千種に鋏を返却(左希とランも姿を目撃)、19時に千尋から夕食について部屋の前で声をかけられ、それに返答をしている


橘千種

17時から18時まで藤田・有栖・千尋と共に1F居間で待機

18時に千尋から声をかけられ、左希を呼びに行き、自分は自室に戻る

18時半に1F厨房に向かい、左希、千尋と夕食を作る


橘千尋

17時から18時まで藤田・有栖・千種と共に1F居間に待機

18時に千種に左希を呼んでくるよう指示、その後1F厨房に行き夕食を作る

18時50分に厨房を抜け出し、薫風と五右衛門を呼びに屋敷をまわる


藤田喜子・橘有栖

17時から18時30分まで千尋・千種と共に1F居間に待機

藤田のみ17時20~40分の間席を外す(敷地の外に停めてある秋月の車の中で探し物。正門を通り往復15分)

18時30分から、一緒に1F茶の間に向かい夕食を待つ


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:41:19.39 ID:8HPSNlP00


赤羽根「その時間…俺とラン、左希さん、秋月さんは同じ部屋に居た」

赤羽根「それは千尋さんと有栖ちゃん、藤田ちゃんも同様だ」

赤羽根「千種ちゃんは母屋の中をまわって、ほぼ全員と会っている」

赤羽根「薫風君も、部屋にいたところをランと左希さんと千種ちゃんが見ている」


赤羽根「母屋に居なかった人間は…誰もいない…確かに俺たちに犯行は不可能だ」


千種「だったらやっぱり…村の誰かが忍び込んでお父様を殺したんじゃないでしょうか?」


藤田「なんで、そんな酷いこと…」


千種「傀儡祓いの後に災いが起こるなんて、何者かに村中に触れ回られていたんですよ?」

千種「恐怖心は、人に何をさせるか分かりませんから…」


ラン「…」

ラン「しかし、招かれざる者が血肉を食らうとするならば、奴は人智を超えていると言う他無い(ただ、もし外部犯だと仮定した場合、分からないな点が一つ出てくるんです)」


赤羽根「不可解な点?」


ラン「古の狂宴の後、惨劇の舞台は不可侵の領域になっていたのよ?(傀儡祓いが終わった後、劇場はすぐに五右衛門さんが施錠してしまって、入ることができません)」

ラン「かと言って強固な陣を布いた私達の目を掻い潜る事など、其れこそ不可能(私は入口を見ていましたけど、儀式を進めている間は、劇場の中に入ってくるような人間なんて居ませんでした)」

ラン「奴は惨劇の舞台に上る機会も、猶予も、術も無かった筈なのよ(鍵の在処も分からないはずの犯人は、どうやって五右衛門さんを『待ち伏せる』ことが出来たんでしょうか?)」


赤羽根「…」


秋月「劇場のことを言うなら、そもそもこの屋敷に入ること自体難しいんじゃないかな」

秋月「屋敷は高い塀に囲まれていて、梯子でも使わないと登れない」

秋月「もし登れたとしても、塀の上から敷地内に飛び降りようものなら足をくじいてしまう」

秋月「唯一敷地内に入れる正門は、傀儡祓いの前にしっかりかんぬきをかけていたはずだし…」


赤羽根「考えられるとすれば、藤田ちゃんが車に物を取りに行った20分間…」

赤羽根「その間正門は閂が外され、自由に出入りができる」


千種「そんなの、たまたまでは?」


赤羽根「…まぁね。意図的にできることじゃない」

赤羽根「もしそうやって侵入したとしても、鍵が無ければ劇場に入れない謎は残るか」





左希「もしかして…消えた人形がひとりでに…!?」


一同「!?」


67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:44:39.99 ID:8HPSNlP00


千種「まさか…そんなこと…」


左希「でも、それなら説明がつく」

左希「劇場に忍び込む必要なんてない…だって傀儡廻は初めから劇場に居たんだから…!」


藤田「人形が…殺したんですか…?」


秋月「馬鹿な、人形が勝手に動き出すなんて、あるわけないだろう!?」


左希「だったらなんで傀儡廻は居なくなったの!?」

左希「それに、劇場を出ていくあの下駄の跡…皆あの形知ってるでしょ…あれは間違いなく傀儡廻のものだった…!」

左希「あの現場の状況だってそう…傀儡祓いの前の段にそっくりだったじゃない…」


赤羽根(前の段…魂を入れられた人形が、初めて自分で立って足跡をつけた…あの下りのことか)


藤田「…っ」


左希「私にはそうとしか考えられない…」



一同「…」



赤羽根「亡霊なんていやしない。これはおそらく外部の人間の犯行だ」

赤羽根「何らかの方法を使って敷地内に侵入し、五右衛門さんを殺害して逃走したんだ」


赤羽根「ただ、さっきも言ったように、犯人がまだこの屋敷に潜んでいるってこともあり得る」


一同「…」


赤羽根「だから、皆は一旦この部屋に固まっていてください。俺が、屋敷に犯人が潜んでいないか確認してきます」


68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:47:25.28 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 茶の間


左希「…」


秋月「大丈夫?左希…」さすさす


左希「…うん、ありがとう」

左希「ゴメン、私がしっかりしなきゃ、なのに…」


千種「私達…どうなるのでしょう…」


薫風「心配いらないよ。刑事さんの言う通りに、こうして固まっていれば、犯人は手出しできない」


千種「犯人が人間だったら、でしょう…」


薫風「…」ぎゅっ



有栖「けーじさん、どこいったの?」


藤田「悪い人を探しに行ったのよ。有栖ちゃん」なでなで


有栖「くぐつまわし、わるいひとなの?」


藤田「そ、それは…えっと…」



69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:50:01.39 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 劇場内


赤羽根「…争った形跡はないから、橘五右衛門は針に付着した青酸系の毒での即死と見て間違いないな」


ラン「青酸系の毒?」


赤羽根「ああ、俺の所見でしかないけどな、ここの屋敷は人形の材料も揃えていただろ?」

赤羽根「例えば青酸カリなんかはメッキとか染物にも使われるものだ。くすねておくのは難しいことじゃない」

赤羽根「人形の間だけじゃなく、私室以外の部屋は基本的に開けっ放しみたいだからな」


赤羽根「儀式が終わってから、橘五右衛門が再び劇場に入るまで、この場は密室だった…」

赤羽根「単純に考えれば何者かが儀式の最中に劇場に侵入したことになるが…」

赤羽根「監視していなかった出入り口は、高所にある窓だけか…窓…ねぇ」


ラン「…」


赤羽根「ラン?」


ラン「血生臭き爪痕…(傷口、こんなに広がってる…)」


赤羽根「ああ、橘五右衛門の傷口のことか?犯人は殺す時に、毒針をかなり深く刺していたんだ」

赤羽根「後でそれを抜くのに難儀して、色々とぐりぐりやった結果、ここまで傷が広がったようだ」


ラン「抜き去った?何故…?(…なんで抜いたんでしょうか)」


赤羽根「ただ単に、凶器からアシが付くことを恐れたんじゃないのか?」


ラン「ともすれば之ほど力を纏わせた意図が分からぬ(でも、最初から抜くつもりなら、苦労するくらい深く刺す必要無いですよね?)」


赤羽根「ほんの少し皮下に刺すだけでも毒は十分回ったはずだからな…確かに妙だ」


ラン「…」


赤羽根「ま、案外恨みを込めて、力任せにブスリと刺しちまっただけなのかも知れないぜ」


70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:52:25.78 ID:8HPSNlP00


ラン「狂宴の最中、歪みが生じた気配は無かったの?(傀儡祓いを行っているときに、何か変わったことはありませんでした?)」


赤羽根「変わったところと言われてもなぁ…」

赤羽根「俺に言わせれば変わったところだらけだったからなぁ」


ラン「深淵は深まる一方ね…(ですよねぇ…)」


赤羽根「見せてやれなくてすまなかったが、すごかったんだぜ、儀式」

赤羽根「あのでかい人形が、下駄をからから踏み鳴らして、自在に動いていたんだ」


ラン「下駄…」


赤羽根「扱いがうまい人でも糸を切ってしまう事があるくらいだから、すごく繊細な操作をするんだろうな」


ラン「そうだ…下駄…!」


赤羽根「それでなー…えっ?」


71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 23:54:59.97 ID:8HPSNlP00


1日目 夜 橘家屋敷 1F 劇場前 中庭


ラン「…おかしい」


赤羽根「い、いきなりどうしたんだ?ラン」


ラン「屋敷の主は何故今際に道を見失ったのだろう…(最後に五右衛門さんが言ったこと、気になったんです)」


赤羽根「最後に言ったこと…って、下駄を知らないか…って千尋さんに聞いたことか?」

赤羽根「見つからなかったから、仕方なく玄関で靴履いて劇場に行った…状況的に不自然なことなんて、何も無いと思うが」


ラン「既にそれが妙事…視覚を奪われでもしない限りこれを見失うことなど…(そうでしょうか?だってほら、下駄はこんなに堂々と置かれてるんですよ?)」

ラン「ましてや屋敷の主は幾度となく手にする之を、何故終焉の間際に見失ったのか(それに、劇場を行き来した時には確かに履いていたはずだから、そのすぐ後に置き場所を忘れるなんてこと…)」


赤羽根「…そう言われればそうか…こんな大きさの一本下駄、見失いようがない」


ラン「導を闇に飲ませし者がいるのか?(隠されてたんじゃないでしょうか?)」


赤羽根「隠された?何のために、そんな嫌がらせみたいなこと…?」


ラン「…」


72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:00:18.26 ID:OEevzrf40


1日目 夜 橘家屋敷 1F 玄関前


赤羽根(傀儡祓いの前、村人が大勢押しかけ、それを五右衛門さんが追い払った、あの時…)

赤羽根(この門に閂がかけられたことは俺も確認している…しかし、事件発覚後に確認したら、何者かによって外されていた)

赤羽根(まさかこの閂、外部から開けられる手段があるなんてことないよな…?)


赤羽根(…屋敷を囲っている塀はすごく高い)

赤羽根(秋月さんの言う通り、外部から梯子なんかを使って上ることは出来ても、敷地に飛び降りるときには足を挫いてしまうだろう)

赤羽根(やっぱり正門以外に敷地に入る方法は無い…んだろうか)


赤羽根(…正門をぱっと見た感じでは、釣り糸を引っ掛けたようなあからさまな傷は無い)

赤羽根(脱出に正門を使ったということは、逆に言えば、犯人は塀を乗り越える道具を持っていないということだから…)

赤羽根(現時点で屋敷の中に犯人が潜んでいないことが確認出来れば、門を見張っているだけで侵入を防げるはず)




ラン(…問題となるのは、私達が未だ一つも謎を解いていないということ)

ラン(犯人がもし、何らかのトリックを使ってあの現場を演出していたとするならば…)

ラン(私達はどうしても後手に回る事しかできない)



赤羽根「うーむ…」

ラン「むむむ…」


73: >>1でございます 2016/06/05(日) 00:03:26.45 ID:OEevzrf40


1日目 夜 橘家屋敷 1F 人形の間


赤羽根(居ない…よな)

赤羽根(昼に見たときとほぼ変わらない光景だ)

赤羽根(まさか犯人が鎧着て座ってるなんてことは…)スポッ

赤羽根(…ないな。指突っ込めるんだから)


ラン(怖いんですけど…ぎしぎし聞こえる気がするんですけど…)

ラン(なんか視線を感じるんですけど…)

ラン(帰りたいんですけど…)

ラン(いーやぁー…)


有栖「…」じー


ラン「いーやぁー!?」ビックーン!


赤羽根「あ、有栖ちゃん!?ここは危ないから居間に帰っていなさい!!」


有栖「危なくないよ?」


赤羽根「…」

ラン「…」


有栖「だって、ここにはたくさんいるもの」


赤羽根「」

ラン「」


有栖「そこにも、そこにも、いるもの」


赤羽根「な…なにが…?」

ラン「」


有栖「たくさん…たぁくさんの」


赤羽根「」

ラン「」


有栖「おともだち」にたあっ


赤羽根「ひいいいいぃ!」

ラン「むぅぅりぃぃ!」


76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:12:04.36 ID:OEevzrf40


1日目 夜 橘家屋敷 2F 五右衛門・千尋自室


赤羽根「南無三!」ガラッ

赤羽根「…押入れには居ないな、よし」


ラン(…なにこれ?誰かの贈り物?)

ラン(箱の中は…空…何が入ってたんだろう?)ごそごそ



1日目 夜 橘家屋敷 2F 左希自室

赤羽根「うお!?」びくっ

赤羽根「びっくりした…これも人形か…子供かと思ったぁー」

赤羽根(右希…っていったっけ、この人形…傀儡廻程じゃないが、これもかなり精巧に作ってあるな)

赤羽根(悪霊退散!!)ガラッ

赤羽根(…押入れは、異常なし)


ラン(…まるで本物の子供が眠っているみたい)

ラン(これも人形の間のものと同じように、ひとりでに動いてしまいそうな錯覚を覚える)



1日目 夜 橘家屋敷 2F 薫風自室

ガチャ ガチャ

赤羽根(鍵…?)

赤羽根(中に人が居る様な気配は無い…仕方ない、次だ)



1日目 夜 橘家屋敷 2F 千種自室

ガチャ ガチャ

赤羽根(ここもか…)

赤羽根(案外しっかりしてるんだな…ま、高校生くらいなんだから当然か…)



1日目 夜 橘家屋敷 2F 有栖自室


赤羽根(日本人形に、毬に、あやとり…)

赤羽根(今日日居ないだろうなぁ…あそこまで昔話みたいな少女…)

赤羽根(おっと、いかんいかん、捜査せねば)


赤羽根「…あれ?ラン?どこいった?」きょろきょろ


77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:18:59.90 ID:OEevzrf40


1日目 夜 橘家屋敷 2F 五右衛門・千尋自室


ガチャ

赤羽根「ここにいたのか」


ラン「む?」


赤羽根「さっきから呼んでたんだぞ」


ラン「え…?」

ラン「この場は常に静寂が支配していた筈よ(何も聞こえなかったですよ?)」


赤羽根「え」


ラン「へ?」


赤羽根「…もしかしてこの屋敷、防音か?」コンコン


ラン「…」


赤羽根「そういえば今日の夕方、廊下の物音も部屋の中からだと殆ど聞こえなかったもんなぁ」

赤羽根「…待てよ、もしそうなんだとしたら…」


ガラッ


ラン「脳髄の閃光…?(どうしたんですか?)」


赤羽根「見ろ、この部屋の窓から劇場高所にあった窓が見える…もしかしてあの窓の先、橘五右衛門が倒れた地点と一致するんじゃないか?」

赤羽根「予め劇場の窓を開けておけば、犯人は橘五右衛門を劇場に呼び出して、ここから狙撃することは不可能じゃない…つまりこれは、遠隔殺人!」

赤羽根「たとえ凶器が改造銃だろうと、銃声は防音壁で吸収されてしまう…完璧なアリバイも手に入るって寸法だ」

赤羽根「針が死体に深く刺さってしまったのも、威力の調整ができなかったと考えれば説明がつく」

赤羽根「犯人は、この部屋に自由に出入りできる橘千尋…!なんてこった…!!」


ラン「…残滓の始末は如何にする?(…その後はどうするんですか?)」


赤羽根「そのあと?」


ラン「惨劇の完成には、結界を閉じ、傀儡とその牙を手中に収めねばならん(刺さったままの毒針抜かなきゃだし、劇場の窓閉めなきゃだし、人形運ばなきゃだし、下駄の跡つけなきゃだし)」

ラン「つまり舞台に上がらずして咎を背負うことは出来ないということよ(それも劇場に入らないでも出来るんですか?)」


赤羽根「…」


78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:24:36.86 ID:OEevzrf40


1日目 深夜 橘家屋敷 1F 茶の間


秋月「犯人は見つかったんですか!?」


赤羽根「屋敷全体をぐるっと回ってみたけど、誰もいませんでした」

赤羽根「各部屋も一通り回って、押入れとか、人が入れそうな場所をくまなく調べても何も無しです」


秋月「そうですか…」


赤羽根「まぁともかく、屋敷の中はひとまず安全だということが、これで分かったので…」

赤羽根「今から県警に連絡して検死の手配をしようと思います」

赤羽根「あいにく携帯は圏外なので、屋敷の電話を使わせてもらっても…」



千尋「なりません」



赤羽根「え…?」

ラン「…」

秋月「千尋さん…!?」


千尋「橘家で起こったことは、全て橘家で片付けなければいけないんです」


左希「お母さんっ!?」


薫風「…」

千種「…」

有栖「…」



赤羽根「そ、そんなこと言っている時ですか!?」

赤羽根「無理に五右衛門さんの気持ちを汲もうとしなくても…」


千尋「主人ではなく、私の意志です。私には、この事態を収める義務があります。」

千尋「それに、屋敷の中に犯人は居なかったのでしょう?安全なのでしたら、もう、自分の部屋に戻らせてもらえませんか」


赤羽根「な…き、危険です!」

赤羽根「今いないからと言って、犯人がもう一度この屋敷に侵入してこないとは限らないんですよ!?」


千尋「結構。部屋の施錠を怠らなければいいだけの話です」


左希「お、お母さんっ!この人達は皆を守って貰うために来てくれたんだよ!?」

左希「私だって、この家の為になにかしなきゃって思って…」


千尋「黙りなさい、左希」


左希「っ」


赤羽根「…」


79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:26:57.49 ID:OEevzrf40


1日目 深夜 橘家屋敷 1F 玄関


赤羽根(結局、千尋さんが自室に戻ってしまったことをきっかけに、薫風君と千種ちゃんも自分の部屋に引っ込んでしまった)

赤羽根(秋月さんは、左希さんを安心させるために一緒の部屋で過ごすことになり)

赤羽根(眠れないらしい藤田ちゃんと、心配で引っ張ってきたという有栖ちゃんも加わった4人が居間で眠っている)


赤羽根(俺はというと、玄関から正門を監視して勝手に寝ずの番をしているわけだが…)


赤羽根「千尋さんのさっきの言葉…どういう意味なんだろう」

赤羽根「橘家の義務ったって、外にいるであろう犯人をどうこうするなんてできないだろうに」


ラン「…」


赤羽根「お前は寝ててもいいんだぞ?」


ラン「フッ…私に比べれば、人間の体の何と脆い事(…貴方こそ寒くないんですか?)」


赤羽根「俺はへっちゃらだ。ホッカイロ仕込んでるし」


ラン「ふーん」


赤羽根「…なんだよ」


ラン「たかだか小娘の戯言に過ぎないわ(なんだか意固地になってるように見えるので)」


赤羽根「確かにあんな言い方をされてカチンと来たのもあるけど…」


ラン「…」


赤羽根「左希さんを見てると、ちょっと前にも寝ずの番をしたことがあるのを思い出してな」


ラン「…追憶の刻?(…昔のこと?)」


赤羽根「美千香と出会った時のことさ…あれも…たしか阿笠の紹介だったっけ」


80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:31:15.94 ID:OEevzrf40


赤羽根「今回みたいに、女の子が困ってるからどうにか助けてやれないかって内容だった」

赤羽根「俺はその時交番のおまわりから、署の方に異動したてで、なんつーか…」

赤羽根「憧れてたヒーローというよりは組織の末端みたいな作業しかなくて、嫌になってた時期だったから、一も二もなく引き受けた」


ラン「…」


赤羽根「そのとき困ってた子が美千香だ」

赤羽根「トップアイドル目指して頑張っている女の子で、なにかのTV出演で有名になったことをきっかけに、ストーカーに悩まされるようになった」

赤羽根「その状態ってのが結構曲者でな、一般女性でも面倒なのに、アイドルに付きまとうストーカーを取り押さえたところで…」

赤羽根「恋愛目的なことを隠して、『スクープを狙うフリーの記者なんだ』って論理展開が成り立っちまうと警察は強く出られない」


ラン「…」


赤羽根「ストーカーはその辺を把握していてシッポを出さない。美千香は怯えて、文字通り夜も眠れない状態」

赤羽根「かといって、うかつに彼女サイドから刺激すればどうエスカレートするかわかったもんじゃないから、手の出しようがない」

赤羽根「いつもならそれでも考えなしにとっ捕まえようとする俺だが、その時珍しく俺の頭は切れてた」

赤羽根「なんとなく状況が妹の時と似ていて、どんなことをしてでもあの子を守らなきゃって、頭がフル回転した」


ラン「…如何様に?(…どうしたんですか?)」


赤羽根「敵を作った」

赤羽根「俺は奴の目の前で、奴よりも悪質に美千香に付きまとう男を演じて見せた」

赤羽根「標的を移して、まずストーカーを彼女から遠ざけることが第一だと思った」

赤羽根「効果は予想をはるかに超えて、最終的に俺はそいつに背中を刺された」


ラン「…」


赤羽根「ストーカーは現行犯で捕まり、警官殺し未遂のオマケも付いて早々にムショ送りになったはいいが…」

赤羽根「彼女の受けたショックは結構深いみたいで、不眠症はそのあとも続いた…」


ラン「…」


赤羽根「つーことで」


ラン「さながら番の狼の様に、宵闇の旋風を晴らしていた(こんなふうに、眠れるようになるまで近くで夜の番をしていた)」


赤羽根「そういうこと。それから段々仲良くなった」


ラン「フッ…それでこそ我が相棒よ(…貴方らしい話ですね)」


赤羽根「わかったろ?俺に下心なんて無いの」


ラン「…そこで虚栄を張るのが珠に傷だけど(それは貴方らしからぬ話です)」


赤羽根「うるせー!」


81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:33:49.45 ID:OEevzrf40


1日目 深夜 橘家屋敷 1F 厨房


ごく ごく ごく


ラン「ぷは…っ」


コトン


ラン(謎ばかりが増える一方で、それを繋ぐ線が見つからない)


ラン(何故脅迫状通りに実行しなかったのか)

ラン(災いは傀儡祓いの後に訪れると予言しているにもかかわらず、犯人は傀儡祓いの中止なんてまるで無かったかのように犯行を行った)

ラン(明日以降ではなく、今日でなければならない理由が、犯人にはあった…?)


ラン(何故傀儡廻の人形は消えたのか)

ラン(子供ほどの重量のある人形を持ち去るからには、それ相応の理由がある…そのままにしておくと不都合なこと)

ラン(…例えば…犯人を示す痕跡が、人形についてしまった…とか…?)


ラン(それから…)







千種「もし」ぽんっ


ラン「ひゃわああああああ!?」


82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:37:13.90 ID:OEevzrf40


千種「そこに立たれると…冷蔵庫が空けられないので…」


ラン「ご、ごめんなさいぃぃ」どっきんどっきん


千種「…」ガチャン


ラン「…」

ラン「お、怖れるでないっ、大船に乗ったつもりでいよ(眠れないんですか?)」


千種「…別に、平気です。外からの悪意にさらされることなんてしょっちゅうですから」バタン


ラン「…できるな(…強いんですねっ)」


千種「…お姉様が弱虫なだけです」

千種「私たちはいつもそうやって生きてきました」

千種「なのにお姉様は、掟や定めを嫌がって、外の世界に逃げて行った」

千種「歯車のように、定められたことを定められたとおりにするのが私達だというのに」


ラン「千種…さん?」


千種「…」じっ…


千種「でも、同時に羨ましいと思うこともあります」

千種「…喜子ちゃんも…そして貴女も」

千種「立ちたいと思えば、いつでも隣に立つことが出来るんですから」


ラン「…?」


83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:43:21.57 ID:OEevzrf40

1日目 深夜 橘家屋敷 1F 玄関


赤羽根「…」ボーッ

ラン「…」むにゃむにゃ


赤羽根「…あっ!!」

ラン「むー?」ぴくっ


赤羽根「な…」

ラン「??」


赤羽根「謎はすべて解けた…!」

ラン「!?」がばっ


赤羽根「わかった…何で人形が消えたのかも」

赤羽根「あの足跡の謎も…」


ラン「…確かなのっ!?(…ホントですか!?)」


赤羽根「ああ…俺たちは犯人の足跡を勘違いしていたんだ」

赤羽根「『犯人が現場に居ない』から、あれを『現場から去った足跡』だと思っていたが、それは違う」

赤羽根「思い出してくれ…犯人の足跡は『二本下駄の形』で、それが『前後対称』なことを…!」

赤羽根「わざわざ後ろ向きに歩かなくても、足跡をなぞって来た道を戻れるんだよ…!」

赤羽根「犯人は『雪が降った後で、劇場を往復した』んだ!!」


ラン「…」


赤羽根「恐らく犯人の目的は、『傀儡廻の人形を盗み出す』こと」

赤羽根「世界に一つしかない大型の傑作文楽人形…巷に流せば高く売れると踏んだ」

赤羽根「そして今日、雪の降る夜、何らかの方法で『外部から正門のかんぬきを外し』劇場に忍び込んだ」

赤羽根「盗み出す算段をしていたわけだから、劇場の扉をこじ開ける方法も心得ていたはずだ」


ラン「…」


赤羽根「しかしその時偶然、五右衛門さんは玄関のあたりで『正門から劇場に向かう足跡』を発見する」

赤羽根「『強盗の侵入を察知』した五右衛門さんは、急いで靴を履き、そこから劇場に走った」

赤羽根「五右衛門さんが下駄を履かなかった理由はそこだ…単に、そのまま靴を履いた方が追跡が早いから」

赤羽根「そして、劇場の中でばったり五右衛門さんと出くわしてしまう犯人だが…」

赤羽根「用意周到な犯人は、そんなときのために自分より体格のいい大男を殺せる『毒針』を使って五右衛門さんを殺した」


ラン「…」


赤羽根「あとは傀儡廻の人形を劇場から持ち去るだけ」

赤羽根「重い人形を抱えた状態では、後ろ向きに歩いて足跡をなぞることが難しいとしても、前に歩いてならば可能かもしれない」

赤羽根「犯人はそれを計算に入れて、下駄を履いて侵入していた!つまり犯人は小柄な強盗だ!!」バァーン!

赤羽根「…どうだ?この推理」


ラン「…」ごろん

赤羽根「ノーリアクション!?」

84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:49:50.26 ID:OEevzrf40
ラン「不条理に対する一つの答えとして、決して荒唐無稽の極みと言うわけではない…(確かに、その推理だと、足跡と人形…二つの謎の辻褄は合っています)」

ラン「しかし、噛み合わぬ歯車は更なる時空での歪みを生じさせるわ(でも、それだとあちこち不自然な点が生まれてしまうんですよ)」


赤羽根「な、なんだよっ矛盾ってっ」


ラン「あと僅かにでも闇を深めるだけで、傀儡を手中に収めるは容易かった筈(盗むのが目的であれば、もっといい時間があったはずです)」

ラン「手を染める期が熟していた上での惨劇ならば、それは血肉を欲していた証になり得る(屋敷の人間が確実に起きているであろう夕ご飯前に盗みに行くのは、ちょっと考えられません)」


赤羽根「ぬぐ」


ラン「言うなれば宵闇は痕跡をも覆う罪の僕…(深夜に盗み出せば、足跡の発見が遅れ、もしかしたら雪が積もって足跡自体を隠してくれるかもしれません)」

ラン「奴を手懐けているからこそ魍魎は現世を舞うことが出来るわ(隠してくれるのであれば、わざわざ足跡を工作する必要もありません)」


赤羽根「むむむぅ…」


ラン「ならばこそ、あの警告も悪手と言う他無い(脅迫状を送った意図も、よく分からないままです)」


赤羽根「お、大泥棒は、よく予告状を書くじゃないかっ」


ラン「奴等はあの警告を送り付けることによって幻術を完成させる(あれは、わざと警備を厳重にさせてから警察に変装したりして、盗みやすい状況を作るためのものです)」

ラン「其れに引き換えればこの屋敷の影響など誤差よ(橘家の状況があんなので変わるかどうかなんて、脅迫状を送り付ける前から分かりそうなものですが)」


赤羽根「確かに…辛うじて人間二人が増えただけか…はぁ」


ラン「国の僕と神の僕…であるぞ(正確に言えば警官一人と堕天使一柱ですけどね)」


赤羽根「…」


ラン「咎人が血に飢えていたのは否定できぬ真実…(…目的が橘五右衛門の命だったことだけは、確かだと思います)」


赤羽根「何故そう言い切れる?」


ラン「闇に乗じ喰らって仕舞っても、罰を逃れる余地は幾らでもある(身も蓋も無い言い方ですけど、この辺りは監視カメラの一台も無い場所なんだし、夜道を襲った方が手っ取り早い)」

ラン「しかし出来ないからこそ、此処で喰ったということだ(犯人がそれをしなかったのには、ちゃんとした理由があった筈なんです)」


赤羽根「理由?たとえばどんなのだ?」


ラン「ふむ…導の形は不自然に新しい…これは理由あってのもの(…例えば現場で橘五右衛門が履いていた靴、下駄と比べると殆ど使われてない感じだったので、気になって聞いてみたんですよ)」

ラン「事実屋敷の主は、神の化身の号令でもなければ下界に降りることが無かったらしい(それによると、橘五右衛門が出歩くのは年に数回だけ…それも、神事など大勢の人間が集まるときばかり)」

ラン「その時は常に同胞を連れていた…という(出かけている間も、殆どの時間橘千尋をはじめ、家族達が近くにいる状態だったそうです)」


赤羽根「夜道じゃ無理だから家で殺したってわけか?でもそっちの方が犯人にしてみれば難易度高くなると思うんだが…」

ラン「…」

赤羽根「謎は深まるばかりだな…」


ザ…ザ…


ラン「…!?」むくっ

赤羽根「…どうした?」


ラン「風が…騒がしい(何か聞こえませんか?…雪を踏み鳴らすような…)」

赤羽根「…」


ザク…ザク…ザク…

85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:56:06.83 ID:OEevzrf40

1日目 深夜 橘家屋敷 中庭


赤羽根「こっちか!」


ザザザッ!!


??「うわっ」

??「ひっ」



ラン「なっ!?」


赤羽根「なんだお前たち!?一体何処から入ってきた!?」

赤羽根「さてはお前等かっ!橘五右衛門を殺したのは…!」


村人A「なっ、なな何の話だよっ」

村人B「お、おれたちゃただ…って、今なんて言った!?」


赤羽根「え?」


村人B「五右衛門が死んだだってえ!?」

村人A「やっぱり、あの脅迫状ホンモンだったのか!?」


赤羽根「し、しらばっくれたって騙されないぞ!お前ら逮捕する!!」


ラン「急くな!我が相棒よ!(待ってください!)」

ラン「…」きょろきょろ

ラン「導は、既に示されているわ(この人達の足跡の先…あれは…)」


赤羽根「…塀に穴が!いつの間に壊したんだ…!?」


村人A「ち、違う!おれたちじゃない!」

村人B「災いが本当に起こるのかどうか、怖くなって様子見に来たんだけなんだっ」


ラン「…」


村人A「でも、入口は閉まってていけねぇし、どこか覗けるとこねぇかってぐるっと回って…」

村人B「塀に沿って歩いてたら藪で隠れてたとこに穴が開いててよぉ」


赤羽根(…確かに彼らの足跡は左右に揺れながらここまで来ているものだけ)

赤羽根(おっかなびっくり敷地に入って、すぐ俺達に見つかったって感じだ)


村人A「あのぉ…」


赤羽根「ん?」


村人A「五右衛門が死んだってのは…本当かい?」

村人B「あれに書いてた通り、儀式の後に死んじまったのか?」


赤羽根「…直ちにお引き取り下さい」


村人A「…」

村人B「…」

86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 00:59:56.90 ID:OEevzrf40


1日目 深夜 橘家屋敷 1F 中庭


赤羽根「…すぐに追い払えたけど、屋敷の中の人は騒ぎに気づいてないみたいだな」


ラン「…そのようだ」


赤羽根「どうする?この穴」

赤羽根「板で隠されてたから気づかなかった…まさかこんな穴が開いてたなんて」




ラン「むぅ…」


赤羽根「具体的な対策は明日やるとしても、ひとまず何かで塞がなきゃな…出入り口が増えてるんじゃ正門監視の意味がない」

赤羽根「…あそこの木箱も、バリケードに使わせてもらおうか」ガタッ


ラン(村人が空けたものじゃないとすると、これは何時、何のために空けられたものなのだろうか…?)


87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:02:09.40 ID:OEevzrf40


1日目 深夜 橘家屋敷 2F 五右衛門・千尋自室


コンコン


千尋「…開いてるわ。入りなさい」


ガチャ





千尋「私が何を言おうとしているのか、もう察しはついているでしょう」

千尋「あなたが…やったのね」


89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:07:28.45 ID:OEevzrf40


2日目 未明 橘家屋敷 1F 玄関


ラン「…んみゅ」

ラン(はれれ…いつの間にか、毛布が…)

ラン(膝…赤羽根さんの…)すりっ


赤羽根「…」うとうと







??「い、いやあああぁああぁぁぁっ!!」



ラン「っ!?」ガバッ!


ごちん!


赤羽根「あだっ!?」

ラン「痛たたた!?」



赤羽根「な、な、何だぁ!?」


ラン「上だ!!(二階からです!!)」ダッ


90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:09:45.24 ID:OEevzrf40


2日目 未明 橘家屋敷 2F 廊下 五右衛門・千尋自室前


ラン「何があった!?」


左希「…っ」

秋月「千尋…さん…」

藤田「なに…これ…!?」


ラン「常世の結界…?(部屋の中に何か…!?)」




















千尋「」


91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:11:43.94 ID:OEevzrf40



2日目 未明 06:33現在


 A 赤羽根刑事

 B ラン

 C 橘 左希(長女)

 D 橘 薫風(長男)

 E 橘 千種(次女)

 F 橘 有栖(三女)

 G 橘 五右衛門(父)←DEAD

 H 橘 千尋(母)←DEAD

 I 秋月 四郎(人形師)

 J 藤田 喜子(人形師見習い)



92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:16:09.99 ID:OEevzrf40


2日目 未明 橘家屋敷 2F 廊下 五右衛門・千尋自室


ドタドタ…


赤羽根「どうした!?何があっ…うお!?」




千種「!…っ」バッ

有栖「な、なに?なに?」




ラン(手足…首…いや…これは人形だ…バラバラにされた一体の人形)

ラン(それに埋もれるようにして…橘千尋の遺体が横たわっている…)



左希「お母さんっ!」ダッ


秋月「左希!」

赤羽根「よ、よせ!」


左希「お母さん、お母さんっ!」ユサユサ


ブツッ カラン…


ラン「…?」


有栖「おかーさんが、どうしたの?」


秋月「っ…有栖ちゃんを遠ざけるんだっ!」


千種「はい!」ぎゅっ




ラン「これは…」

ラン(左希さんがゆすった拍子に、亡骸の上に乗っていた人形の右腕部分が落ちた…)

ラン(その右腕には、針のようなものが握りしめられている)


赤羽根「…間違いない、凶器だ。傷口と綺麗に一致する」

赤羽根「今度は正確に皮下まで刺したところで止めたみたいだな」


ラン(この右手…見たことがある…確か…)


薫風「傀儡廻がバラバラにされてる…」



ラン「あっ…!」



93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:21:55.21 ID:OEevzrf40


ラン(これは、単なる人形の残骸ではなかった)

ラン(そうだ…私も見覚えがある…これは紛れもなく、昨日劇場で見た傀儡廻)

ラン(人形が着ていた衣装は切り裂かれ、履いていた二枚歯下駄も砕かれ、周辺に散乱していた)

ラン(昨夜忽然と姿を消し、私たちを恐怖に陥れた人形が、まるで自壊とも言えるような有様になっている…)




左希「傀儡祓い後の段…」


赤羽根「え…」


左希「自由を求めた人形が、反乱を起こして傀儡廻の体をバラバラに…」


赤羽根「バラバラ…?」


秋月「傀儡廻はそういう最期を辿ると言い伝えられているんです」

秋月「数が膨れ上がった結果、とうとう死霊たちを制御しきれなくなって、大量の死霊が一斉に彼を襲い、八つ裂きにしてしまう」


赤羽根「犯人は前の段と後の段を、それぞれ再現した…ってことなのか…?」


左希「嫌…いや…」ふらっ


秋月「左希っ!」



ラン(傀儡廻の人形は、このために持ち去っていたの?)

ラン(確かに筋は通っている…でも…)


94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:28:11.57 ID:OEevzrf40


2日目 朝 橘家屋敷 1F 居間


赤羽根(部屋の中は静まり返っている)

赤羽根(当然だ…俺とランが見張っている間、正門にも、塀の穴にも異常はなく、雪も小降りで足跡を隠せるほどではない)

赤羽根(敷地内のどこから侵入しようと確実に足跡が残る状況にもかかわらず、いくら探しても新しい足跡は発見できなかった…)

赤羽根(つまり、橘千尋を殺すことができたのは、傀儡廻の亡霊か、もしくは…)

赤羽根(現在屋敷の中にいる誰か…ということになってしまったのだから)


一同「…」


秋月「落ち着いた?左希」


左希「…前を通りかかった時、母さんの部屋が、少し空いてたの」

左希「昨日施錠を怠らないって言っていたのに、何でだろうって、中を覗いたら…」


赤羽根「…昨夜、不審な音を聞いたとか、何か変わったことは?」

赤羽根「現場から一番近い部屋にいたのはキミたち四人だ。何でもいい、話してくれ」


左希「…」ふるふる

藤田「…」チラ

有栖「…」

秋月「屋敷の中で一番遅くまで起きてたのは僕だと思うけど…正直何とも」


ラン「我が相棒よ、闇は万物を包み込む(夜中のアリバイなんて、有って無いようなものですよ、赤羽根さん)」


赤羽根「…かもしれない」

赤羽根「俺だって一晩中警戒できていた自信はないし、それはランも同様だ」

赤羽根「分かっちゃいる。分かっちゃいるが、だったら、あの足跡はどう説明する?」

赤羽根「俺達には不可能の筈なんだ」


ラン「それは…」


左希「もういいの」


95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:30:17.98 ID:OEevzrf40


赤羽根「…」


秋月「左希…」


左希「災いだったんだよ…これ…」

左希「誰のせいでもない…ただ、お父さんたちの運が悪くて悪霊に目をつけられただけ」

左希「傀儡廻はばらばらになった…だから、終わったの…!何もかも…!」


赤羽根「左希さん、それは違う」


左希「違わない…!私、考えたくない…!」


赤羽根「…」


左希「なんでよ…なんでよ…」

左希「家族を!皆を疑いたくなんかないッ!守りたかったのにっ!」

左希「何のために、私は赤羽根さんを…」ぽろぽろ


藤田「左希…さん…」


左希「っ」ダッ


秋月「…左希っ!」



96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:35:58.93 ID:OEevzrf40


2日目 朝 橘家屋敷 劇場


左希「…」



ラン(父親の亡骸をじっと見つめている…)


左希「…」


ラン「天に誓おうぞ、私は、我が相棒は(あの、聞いてください、左希さん)」

ラン「皆の恐怖を打ち払うことを使命としている…それ故に…(赤羽根さんは、決して、貴女を傷つけようとしたわけでは…)」


左希「…私は、お父さんのせいで、遊びを知らずに生きてきたの」


ラン「え…?」


左希「お父さんは、私達が小さい頃からずっと、決まり以外のことをさせて貰えずに過ごしてた」

左希「機械の歯車みたいに、しなきゃいけないことだけして、終わったら寝ての繰り返しだった」

左希「動かしてる人形なんてただの道具にしか見えなくて…そんなのより、塀の外の子たちが持ってる虫取り網の方が何倍も面白そうに見えた」

左希「私は人形と何が違うんだろうっていつも思って、何で遊んじゃダメなのかって何度私が聞いてもお父さんに聞いても答えないで、頭ごなしに怒鳴ってた」


ラン「…」


左希「村を出て、勘当に近い扱いになってでも芸能界に入ったのも、そんな親の横暴が許せなかったから」

左希「阿笠さんに誘われて、初めて夜まであそんだ時は…遊ぶってこんなに楽しいんだ…って思った」

左希「そしたらなんだか屋敷に残した弟や妹が不憫に感じて、それからよくおもちゃなんか買っては屋敷に帰って配るようになって」

左希「有栖以外はすぐ捨てちゃうんだけどね…それでも何度も根気よく続けたの」


ラン「…」


左希「有栖にせがまれたお父さんが、しぶしぶ遊び相手をするようになった時からかな…気づいたんだ…」

左希「お父さん、有栖の持ってる毬なんかを見て、すごくもの欲しそうな目をするようになった」

左希「自分からは全然言わなくて、ただ周りから…有栖とかから誘われるのをじっと待ってる」

左希「それで分かったの。お父さんも私達と同じ育て方をされて『遊べない子供』のまま、体だけが成長したんじゃないか…って」

左希「今にして思えば、遊びを禁じてたのだって、ただ自分に都合のいい子供しか居てほしくなかっただけなんだ」

左希「決められた日常に慣れ過ぎて、それ以外の問題事を解決する力が無くなってたから」


ラン「…」


左希「橘家の呪いって…掟そのものなんだよ」

左希「このままじゃダメなことは分かってるのに、なんでダメなのか解ってない…そんな馬鹿げたジレンマ」

左希「なんかおかしくって…酷く可哀想で…だから決心したの。大変なことになる前にこの家絶対に何とかしてみせるって」


ラン「…」


左希「でも、昨日の劇場で、啖呵を切ったお父さんの背中に、何人もいた気がした」


左希「私はもう…余所者の人間なんだって…思い知らされた気がした」


97: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:40:22.42 ID:OEevzrf40


左希「私、駄目だ…」

左希「私がいくら足掻いたところで、何かが変わることなんてなかったんだよ…」











ラン「何も、悲観することなど無いわ(そんなこと、ありません)」

ラン「貴女は、一点の曇り無き正義の下に立っている(貴女はとっても正しい行動をしました)」


左希「…正しい事?」


ラン「天の嘶きと共に!この私が舞い降りたからよ!!(私達を呼んだことですっ!!)」キュピーン!


左希「…」


ラン「えへん」どやぁっ


左希「…あは」

左希「えと、元気づけてくれてくれてるんだよね?ありがとう」


ラン「我が頭脳はさらに上へ行くっ(それだけじゃーありませんよっ!)」

ラン「恐るべき惨劇の首謀者の名、私がすぐに刻み付けてやろうぞっ(私、この悲劇を起こした人間の正体が、もう少しで掴めそうなんです)」


左希「え…?」



ラン「その短い余生を、精々楽しむが良いわ!傀儡廻!(待っていなさい、傀儡廻)」


ラン「我が聖槍を、必ず貴様の喉元に突き付けてやるっ!!(私が必ずあなたのの正体を暴いて見せます!!)」



ラン「天神の名の下にっ!!!(パパの名にかけてっ!!!)」



98: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:50:59.20 ID:OEevzrf40


2日目 昼 橘家屋敷 2F 五右衛門・千尋自室


ラン(第一の殺人から第二の殺人にかけて、新しく出来た足跡は一つも無い)

ラン(それは、劇場から消えた人形が、第一から第二の殺人までの間、屋敷の何処かに隠されていたことを意味している…)


千種「あの…それで、話とは?」


ラン「終焉を前にした其方の言葉が気になった(バラバラになった人形を見たとき、確か貴女はこう言いましたよね)」

ラン「魂が傀儡を求めて演者を八つ裂きにする談よ(傀儡祓い後の段、自由を求めた人形が、反乱を起こして傀儡廻の体をバラバラに…と)」


千種「…ええ」


ラン「其れ即ち、あの傀儡には自らの幕を引く術がある…ということ?(ということは、この人形は、儀式の最中に一旦バラバラにしてしまう…ってことですよね?)」


千種「…そうですよ」

千種「詳しくは教えられませんが、特定の操作をすれば、ほぼ一瞬で各部位を外すことが出来ます」

千種「というか、文楽人形は普通劇が終わったら分解して保存するものですからね」


ラン「なに?しかし、器をそのままに座するあの境界は?(えっ?…でも人形の間に沢山そのままのものが)」


千種「あれらは分霊や神仏を降ろす目的で使うものであるので、しきたりにより、普段から人型のままにさせてるだけです」

千種「九十九神を御存知でしょう?長い間使われる器だからこそ神霊を宿します。そのため、器として完全な状態で保管する必要があるのです」

千種「…聞きたいことは、以上ですか?」


ラン「やはりか…」カチャカチャ

ラン(胴体部分の関節に、糸が絡まっている…切断面は綺麗に揃ってるから、鋏で切られた証拠)

ラン(左足か右足に引いていたものかな…そうか、儀式の時に切れた糸が、分解するとき絡まったのか…それを切ったんだ)


千種「…もし?」


ラン「む…術を知る人間は誰ぞ(あ…と、分解する操作を知っている人は?)」


千種「…貴女はまさか」


ラン「は、早まるなっ、ただ、気に留めるだけであるっ(い、いえ、ちょっと気になっただけですっ)」わたわた


千種「…橘家は、全員仕掛けを知っていますけど、やり方まで知っているのは、私、お兄様、お父様くらいでしょうか」

千種「秋月さんも、修理の為にあれを弄ったことがあるので、彼もやり方くらいは想像つくかもしれませんが」


ラン「ふむ…」


千種「…もういいでしょう?あまり此処に居たくないので、私はこれにて」


99: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:55:19.59 ID:OEevzrf40


2日目 昼 橘家屋敷 2F 五右衛門・千尋自室


ラン「…」


ラン(分解が容易ならば、人間が隠れられないような狭い場所に隠すことも可能か)

ラン(手間の割に犯行時間が短かった理由も、それで説明がつく)


ラン(問題は、赤羽根さんも私も、タンスや壺の中とか、ある程度何か隠せそうなところにも一応目を通していた事)

ラン(偶然見落としたとするならそれまでだけど、秘密の隠し場所なんか、無いのかな)

ラン(そもそも、犯人は何故人形を持ち去ったのか、という疑問もまだ解決してないし…)


ラン(んむむむ…)



右希『こぉら!辛気臭い顔してないで、しゃんとしなさーい!!』


ラン「ほわぁ!?」ビクッ


右希『左希の前であれだけの啖呵を切ったんだから、結局分かりませんでしたじゃ済まされないわよーッ!!』


ラン「」

ラン(に、人形…!?)


右希『傑作童人形であるこの右希ちゃんだって、アンタのこと買ってるんだからねっ!』

左希「失礼なコト言わないの、右希…ふふっ」クス


ラン「(び…びっくりしたぁ)」


右希『あーらそれだけぇ?この右希ちゃんの美貌を目にして、それはちょっと鈍すぎるんじゃないかしら?』つん


ラン「あう」


100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 01:59:36.74 ID:OEevzrf40


左希「私、落ち込んでるときとか、頭を整理したいときは、いつもこうやって右希と話し合ってるの」

左希「昨日はちょっとこの子の調子が悪かったんだけど、秋月さんに直してもらって、元通りになったんだ」


右希『ふふん、アタシが居ないとてんでダメな子なんだから、左希は』


ラン「あはは…」

ラン(か、変わってるなぁ…)


左希「私はもう大丈夫。本当にありがとうね、ランちゃん」


ラン「うむっ」


ガチャ


赤羽根「ラン、ここにいたのか」


ラン「我が相棒よ(赤羽根さん?)」


赤羽根「左希さんに許可貰って、県警に連絡して検死の手配をしたんだ」

赤羽根「今夜には到着するそうでな、皆に一応報告して回ってるんだよ」

赤羽根「さて…っと、あれ?」


ラン「歪みか?(どうしたんですか?)」


赤羽根「昨夜たしかこのへんに空き箱あったよな?」


101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:03:59.64 ID:OEevzrf40


左希「空き箱?」


ラン「!」


赤羽根「ああ、ちょっと拝借したかったんだが…」

赤羽根「まぁ単に昨夜の内に千尋さんが捨てただけなのかもしれないんだけど…」


ラン「ここには無い。手中に収めし者がいる(いえ、部屋のごみ箱は空です…箱は誰かが持ち去っています)」


赤羽根「…犯人か?」


ラン「然り(おそらく)」


右希『…空き箱って言ったら、アレじゃないの?左希』


赤羽根「…アレって?」


左希「…前に見たとき、お父さんがいつも使ってる下駄がボロボロだったのが気になって」


右希『わざわざ同じサイズの探して、新品の物をプレゼントしたのよね?』


ラン「…!?」

ラン「刻は!?(それ、いつの話ですか!?)」


右希『いつって、ごく最近よ?傀儡払いの前日に屋敷に付いた時。二日前』


赤羽根「新品の下駄…へぇ、あのサイズ探すのは結構骨だったんじゃないですか?」


右希『たーいへんだったわよっ、しかもスッゴイ高かったの!』

右希『なのに、あんのダイダラボッチは眉ひとつ動かさないで、全ッ然感謝してくんなかったのよ!やんなっちゃうわ!!』


ラン「…」


右希『…なによ、アタシの顔になんかついてる?』


ラン(下駄…そして人形…そうか!)


赤羽根(この人形…左希さんが操ってるんだよな…?)

赤羽根(性格がまるで違う…なんかデコ出しヘヤ―が似合う気がする)


102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:06:57.02 ID:OEevzrf40


2日目 昼 橘家屋敷 1F 人形の間


ラン「…」ごそごそ

ラン(これも…これもだ…そしてこの人形も…)

ラン(そういうことだったのか…)


ラン(橘千尋は、箱の中身が取り出されたことを知っていた)

ラン(だからトリックとそれを仕掛けた犯人の存在にいち早く気づいた…そして…)


赤羽根「ラン?あ、いたいた…どうしたんだよ、急に飛び出して」


ラン「…」どやっ


赤羽根「何かわかったのか!?」


ラン「真実の扉が開かれん…!(わかりましたよ、赤羽根さん)」

ラン「我が頭脳は、虚構なる不在証明に狂わされていた(18時のアリバイなんて存在しなかったということが)」


赤羽根「なっ!?」


ラン「だが霧は晴れ、一つの答えが導かれる…(そして解りました。脅迫状の意図、足跡の謎、人形が消えた理由…)」





ラン「朱に染まりし舞台の役者を揃えよ!!(皆を、居間に集めてください!!)」


103: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:10:21.81 ID:OEevzrf40


2日目 夕方 橘家屋敷 1F 居間


秋月「一体今から何を始めようって言うんだい?」


ラン「…」


秋月「ランちゃん…?」


一同「…」


ラン「今こそ、血塗られし惨劇の全てを紐解かん(私がこれから話すのは、この殺人劇の全貌と、犯人の正体です)」


千種「犯人の…正体?」


秋月「馬鹿な…二人を殺した人形は、ばらばらになってしまったじゃないかっ」


ラン「傀儡の凶行など笑わせる…いくら狂犬といえど血は通う(犯人は人形なんかじゃありません…正真正銘の人間です)」

ラン「そして狂犬は我が瞳にはっきりと映っているぞ…返り血をたっぷり浴びた姿でな(そして、この殺人劇を演出した真犯人…傀儡廻は、この中にいる!)」


一同「!?」


104: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:15:31.50 ID:OEevzrf40


藤田「このなかに…!?」


ラン「手始めに、惨劇の序曲を甦らせましょう(まず、第一の殺人の謎を解き明かしていきましょう)」


ラン「凶宴ののち、餓えた狂犬は屋敷の主を喰らい、傀儡と共に消えた(傀儡祓いが中止になった昨晩、犯人は劇場にて橘五右衛門を毒殺し、人形を持ち去りました)」

ラン「双つの爪痕は、そのどちらもが我等の潔白を表していた…(劇場には二つの足跡が残され、雪が降る時間に母屋にいた人たちには犯行が不可能だと思われた)」

ラン「だが私は、そこに解れの存在を感じたの(あの死体を発見したとき、私は二つの疑問を持ちました)」

ラン「傀儡と共に去ったのは何故か?(第一に、何故人形を持ち去ったのか…ということ)」

ラン「何故死の宣告を違わせたのか(そしてもう一の疑問は、何故脅迫状通りに実行しなかったのか、です)」

ラン「それは、罪人の烙印を付けられんとする者が凶宴の是非について知らぬせいだ(脅迫状通りに実行しなかった本当の理由は、罪を被せる予定の人間が、儀式の中止を知る立場になかったからだったんです)」


赤羽根「儀式の中止を知る立場にない人間…?」


ラン「其れ即ち、柵の外に彷徨える羊共だ(その人間とはつまり、橘家の外にいる者たち…村人のことでした)」


薫風「村人に罪を被せるつもりだった…?」


ラン「この地の者達にしか聞こえぬ雄叫び…(あの脅迫状は書体が独特で、村の外の人間に書けるものではない)」

ラン「それに少なからず呼応する何者かに、罪人の烙印を施すことで、惨劇の仕上げをする…それが傀儡廻の策略…(その怪文書を村中にばら撒き、周知させることで、橘五右衛門を殺害する動機をでっち上げた)」


赤羽根「傀儡祓いが中止になった事実は、屋敷の中の人間しか知らないこと…」

赤羽根「だから、村人に罪を着せるためには、たとえ中止に終わったとしても、儀式が終わったとみなして犯行に及ぶしかなかったのか…」


ラン「傀儡廻は小賢しくも、堤を崩す蟻の穴まで空けていた(塀に開けられていた穴も、犯人の侵入経路と思い込ませるために、真犯人が準備していたものです)」

ラン「此処まで揃えば事は容易い…馬鹿正直に朱く染まった導を作らば…(あとは、雪の降る夜に橘五右衛門を劇場に呼び出し、毒殺した後、塀の穴を通る足跡をわざと残す)」

ラン「猟犬は苦も無く素直に辿ってくれよう。これが傀儡廻の絵図だった(そうすることで、全ての容疑は外部の人間に向けられる…それが、本来の計画でした)」


左希「ちょ、ちょっと待ってよ、ランちゃん」

左希「劇場から出る何も、そもそも私たちは劇場に入れなかったんだよ?」

左希「だってそうでしょ?劇場に入った足跡は、お父さんのものしか無かった…それは、ランちゃんも確認したはずよ」

左希「私たちが劇場に行くためには、絶対に足跡をつけなきゃいけないんでしょう?」

左希「…もしかして、足跡を付けずに劇場に行く方法があったの?」


ラン「言ったであろう、朱く染まった導を作ったと(付けなかったんじゃありません。犯人は堂々と足跡を付けて、劇場に向かっていたんです)」


藤田「えっ…!?」

赤羽根「…まさか」


ラン「そも、餓えた狂犬は檻の中で牙を研いでいたわけでは無かったのよ(私達は、犯人が劇場で待ち伏せていたという部分から勘違いをしていました)」

ラン「先に檻に入りし者は、餌の方だっ!!(劇場で待ち伏せていたのは、橘五右衛門だったんです)」


一同「!?」


105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:19:00.83 ID:OEevzrf40


ラン「狂犬は犠牲者の残滓を模倣したの(犯人は前もって、橘五右衛門と同サイズの靴を用意していました)」

ラン「そして、氷魔の息吹が覆うより前に、犠牲者を終焉に誘い出し…(そして、雪の降る18時前に劇場に来るよう橘五右衛門を呼び出し…)」

ラン「白染めの領域を跨ぎ、我等に幻術を見せた(18時以降その靴を履いて劇場に向かい、あたかも橘五右衛門が足跡をつけたように見せかけた)」

ラン「その幻術は、蟻の穴へと続く標をも二重に装うことで完成する(そして犯行後、橘五右衛門の死体が履いている靴を自分のものと交換し、前もって開けた塀の穴から逃走したように工作を施す)」


ラン「欠片を見つけた要因は、終焉の時に不都合なる刻印を隠したこと(私がそのトリックに気付いた最初のきっかけは、犯行時間に下駄が隠されていたことが分かった時です)」

ラン「奴にとって刻印には相性があった…少なくとも扱えるものでなければならん(靴ならばサイズが大きくても無理やり履くことが出来ますが、一本下駄となるとそうはいかず、不自然な形の足跡が残ってしまう)」

ラン「選別したという事実は、術そのものの輪郭をしっかりと現す(橘五右衛門の履物を犯行後に犯人が履く必要があるから、彼にはどうしても下駄ではなく靴を履かせたかった)」


赤羽根「なるほど…って、ちょっと待て」

赤羽根「そんな完璧な計画があるんだったら、そのまま実行すればよかったじゃないか」

赤羽根「何故当の犯人は人形を盗むような真似をした上に、塀の穴は使わず仕舞いだったんだ?」


ラン「適合しなかった…それこそが奴の誤算…(五右衛門さんの靴を履けなかったからです…というより、履いていなかった)」

ラン「同胞によって得た、もう一つの刻印を身に着けていた…(何故なら、橘五右衛門は左希さんから贈られた下駄を履いて劇場に向かっていたんですから)」


赤羽根「…!?」


ラン「崩壊に向かわせる恐ろしき誤算…(真犯人は、倒れた橘五右衛門を見て愕然としたでしょう)」

ラン「それは狂気に満ちた知略をも裏切り、奴に更なる試練を与えたのよ(周到な工作をしたにもかかわらず、彼は犯人が母屋に帰るための靴を履いていなかったのだから)」


ラン「迷宮を脱する為のアリアドネの糸を求め、それは糸を纏う傀儡という形で目前に現れた(劇場から逃走するために、苦肉の策で犯人が目をつけたのが、傀儡廻の人形…)」

ラン「まるで運命の輪の如く、傀儡の糸は狂犬の体に馴染んだの(奇しくも人形と体格の近かった犯人はそれを利用し、人形の下駄を履いて脱出したんです)」

ラン「しかし糸を抜き取るだけでは、追手に向かって手繰り寄せてくださいと言っているようなもの(でも、人形の下駄だけ消えていたのでは、靴を履き替えたことが直ぐにばれてしまう)」

ラン「故に傀儡と共に舞台を脱する他なかったのよ(そのため犯人は、人形ごと持ち去って現場を後にする他なかったんです)」


赤羽根「成程…塀の穴を使わなかったのは、人形を背負ったまま通るには小さすぎたためか」


ラン「…最大の要因は、この咎人の恐ろしき聡明さにある(頭の回転の速い犯人は、このアクシデントすらも、計画の中に組み込みました)」


赤羽根「…どういうことだ?」


106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:25:51.88 ID:OEevzrf40


ラン「傀儡と共に幻術を完成させることは出来なかった(誰かに罪を着せるために、誰にも発見されずに村人の家の中まで人形を運び出せる確証はありません)」

ラン「しかし傀儡を滅する猶予があるかと言えば、否(かといって屋敷の外まで運んで人形を埋める余裕もあるとは思えない…一旦、傀儡廻は屋敷の中に隠すことになります)」

ラン「窮地を脱すアリアドネの糸は、瞬時に迷宮の枷へと転じていった…(結果、犯人は持ち去った人形を何らかの形で始末しなければならなくなりました)」


ラン「しかし光明が無かったわけではない(現場の異様さから、私達の中で人形の呪いのことを言い出し始める人がいましたよね?)」

ラン「真実を覆う霧はより深く、それは咎人の下僕と成り下がる(それを聞いた犯人は、第二の殺人でも傀儡廻の伝承を利用することを思いついたんです)」

ラン「即ち次なる悲劇への宣告としてのペルソナに、酷く都合のいい事象だったから(ばらばらにした人形を散乱させ、伝承になぞらえることで、人形が消えた本当の理由をカモフラージュした…)」


秋月「そういうことだったのか…」


赤羽根「だが、それって変じゃないか?」

赤羽根「俺は確かあの晩、この屋敷中探し回ったはずだが、あんなでかい人形なんてどこにも無かったぞ?」


ラン「その答えは、我が相棒の目にも映らぬ、闇の領域の存在(あの時、私や赤羽根さんが探せなかった場所が一つだけあるんです)」

ラン「魂を内包する傀儡の住処、その腹の中だ!(それは、人形の間にある文楽人形たちの内部)」


赤羽根「!」


ラン「呪われし傀儡廻は、躰を自壊する術を持っていた(傀儡廻人形には、一瞬にして手足を分離する仕組みがありました)」

ラン「魂を内包する傀儡は、人体そのものは難しくとも、一部を封じるものである(そして、もともとからくり人形は、動かすために人間の片手を入れる構造になっている)」

ラン「ならば、複数体によって全てを封じることも叶うという寸法だ(人形一体につき手足の一部位くらいなら隠しておくことが出来るでしょう)」

ラン「器に合わぬ部分は…恐らくは魔封じの武具の内部か(そして、一番巨大であろう胴体は、おそらく鎧武者の中部にあったんだと思います)」


赤羽根「くそ…もっとくまなく探しておけば…!」


ラン「怪異の恐怖で真実を隠す傍ら、人の手を残したのは、美しくはないが巧妙だ(人形の仕業にする傍ら、それでも犯人が玄関のかんぬきを外して外部犯の可能性を強めたのは、赤羽根さんに、人形よりも優先して人間を探させるためでした)」

ラン「人の居ぬ場所に人の僕が潜むと考えるのは難しい(外部犯が何処にも隠れていない建物に、その外部犯が盗んだであろう人形が隠されているとは考えにくい)」

ラン「僕を探すのは二の次という思考は、狩人の行動を静かに縛る(効率よく探すなら外部犯から…自然と、小さな隠し場所には意識が向かなくなるからです)」


107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:30:37.25 ID:OEevzrf40


ラン「だが、この完全なる幻術にも、解き放つための弱点がある(しかし、この隠し方には致命的な問題点がありました)」

ラン「この術を以てすれば、怪異の皮を被らせ真理を包み隠すことは可能(確かに傀儡廻の仕掛けを使えば、速やかに人形を分解し、隠すことが出来る)」

ラン「でも、術そのものに適性が要るとなれば、自ずと咎は絞られる(しかし裏を返せば、分解できる人間でなければ犯人に成り得ないということになる)」


赤羽根「!」


ラン「その疑念は一人の人間を示す(つまり犯人は…)」

ラン「終焉の序曲、完全なる虚構の術で以て私達を欺き…(第一の殺人の時、18時まではアリバイを持ち、同時にそれ以降のアリバイが無い人物)」

ラン「その術に対する適正と、傀儡の糸を馴染ませた人間(そして傀儡廻を速やかに分解できる知識があり、人形と体格の似ている人物)」


ラン「それは貴様だ(貴女のことです)」





ラン「橘千種」

千種「…」


一同「!?」

108: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:33:06.02 ID:OEevzrf40


左希「そんな…千種、貴女が…!?」


赤羽根「ち、ちょっと待ってくれ、ラン」

赤羽根「その条件なら、薫風君にも…当てはまらなくはないと思うんだが…何故彼女なんだ…?」


ラン「狂犬の雄叫び…(脅迫状ですよ)」


藤田「脅迫状…?」


ラン「あの夜、この地の恐怖を煽る雄叫びに呼応した者達の集い…(覚えていますか?昨日、村人たちが脅迫状の件で押しかけてきた時です)」

ラン「それを目撃し、同時に知りえた者は限られる(あの場に居合わせ、村に脅迫状が送られたことを知った橘の人間は、橘五右衛門、千尋、左希の三人でした)」

ラン「貴様は知り得なかった一人の筈だった…だが、悲劇の始まった夜、貴様は恐怖のすべてを知っていた(しかし、貴女は橘五右衛門が殺された後、村人犯人説を挙げたときに脅迫状を引き合いに出した)」

ラン「何故知り得たのか…答えは一つしか無い(蚊帳の外であった貴女が何故脅迫状の存在を知っていたんでしょうか?)」


千種「…」


ラン「恐怖を煽った張本人が、貴様だったからだ(脅迫状の送り主でもない限り、知り得ない情報の筈です)」


赤羽根「なるほど…だが、それだけで彼女が犯人だと決めつけるのは強引なんじゃないか?」

赤羽根「もしかしたら千種ちゃんも、脅迫状のことを屋敷のどこかで聞いてしまったのかも知れない」


ラン「確かに、未だ我が天秤は辛うじて吊り合っている(勿論それだけで犯人を決めるのは早計です)」

ラン「だが、朱に染まりし両腕は重く重く彼奴を押す(しかし、この二人のうち、傀儡廻を分解できだ人間は橘千種ただ一人だった)」


赤羽根「な…!?」

秋月「ちょっ、ランちゃん!?薫風君はむしろ、傀儡廻の扱いにかけては一番の腕を持っているんだ」

秋月「むしろ得意と言っても良いくらいなんだ。それなのに、なんで薫風君には無理なんだ!?」


ラン「狂宴の後の傀儡は演者に牙をむき、刃で断つ他なかったのよ(人形の中の糸が鋏で切ってあったんです)」


赤羽根「ハサミ…!?」


ラン「蘇らせよ、狂宴は如何にして幕を落としたか(思い出してください、あの時何が原因で儀式が失敗したのか)」


109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:37:38.41 ID:OEevzrf40


秋月「確か…薫風君が力を入れすぎて中に巡らせていた糸を切ってしまって…」


ラン「狂宴を経た傀儡は、そのとき現世にしがみつくようにその躰を離さなかった…(実はそのとき、切れた糸が何重にもなって別の関節に絡まってしまっていたんですよ)」


秋月「!?」


ラン「確かに咎人は傀儡を闇に飲まさんとした(犯人は人形の間に隠すため、傀儡廻を分解しました)」

ラン「だが秤の傾いた者に対し傀儡廻は浅ましくも抵抗した(しかし、絡まった糸のせいで、どうしても切り離せない部位が出来てしまっていた)」


赤羽根「…」


ラン「彼の者が刃を振るうには、茨路の様な制約が付き纏う(橘薫風は自分の鋏を持っていません。橘千種から借りた鋏も18時に返しています)」

ラン「自らの姿を同胞に曝し、そして痕跡を残さなければ、叶わぬ術だった(彼が絡まった糸を切るためには、居間に行って鋏を取ってこなければなりません)」


赤羽根「…だが、その時間居間にいた藤田ちゃんと有栖は、橘薫風を見ていない」

赤羽根「つまり…」


ラン「そうだ。貴様が…」

ラン「貴様こそが傀儡廻なんだッ!!」





千種「…」


110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:41:05.20 ID:OEevzrf40



藤田「ち、千種…ちゃん…?」

秋月「君が…犯人、だったのか…!?」


千種「…」


左希「なんで、何も言ってくれないの…!」

左希「なんとか言ってよ!千種っ!!」


薫風「…」


赤羽根「しかし何故橘千種は、両親を殺すような真似を…?」





千種「…」


ラン(否定しない…?今までの犯人とは何か違う)

ラン(潔く認めているのか、それとも…)


千種「…」


ラン(何にせよ、悪魔を浄化すれば、全て解るはず)


ラン「…」スッ

ラン「神の名に於いて貴様を浄化する」





ラン「貴様は…色欲の悪魔…アスモデウス」キィィィン



111: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:47:07.63 ID:OEevzrf40


アスモデウス「…」ズズズ…


ラン「人を惑わし、傀儡のように操るのも此処までだな、悪魔よ」

ラン「おとなしくこの人間から出ていけ…アスモデウス!」


アスモデウス「…」


ラン「貴様も黙するのみか…それもいいだろう。直ぐに浄化してやる」


アスモデウス「黙する?いいや、嘲笑っているのさ」

アスモデウス「己はこいつを惑わしてなどいない。ましてや操っているなど勘違いも甚だしい」


ラン「…どういう意味だ」


アスモデウス「逆に聞こう。貴様は悪魔をなんだと思っている」

アスモデウス「罪深き怪物か?それとも人を殺す悪党か?…違うね。お前の推理は肝心なところが欠落している」


ラン「戯言を…そこまで言うなら聞いてやる」

ラン「貴様はこの人間にとっての何だというのだ?」


アスモデウス「…ただの隣人だよ」バキンッ


ラン「…」




赤羽根「なんだか、今までの悪魔と様子が違っていたようだが…」


千種「…」


ラン「ともかく悪魔は去った…これで貴女は…」



千種「…」


ラン「なッ!?」


ドスッ


ラン「が…ぅっ!?」


112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:50:57.34 ID:OEevzrf40


ドシャァッ


赤羽根「ラン!大丈夫かっ!?」


薫風「ち、千種っ!?」


千種「近づかないでください」シャッ


一同「!?」ガタガタッ!



千種「安心なさい。ただの匕首です」

千種「もっとも、彼女の様に深く刺されば命の保証はしかねますが」



左希「千種!もうやめてっ!」


赤羽根「しっかりしろ!ラン!」

ラン「ぐっ…」


藤田「千種ちゃん…!」

秋月「無駄な抵抗はやめるんだ!千種ちゃん!」


赤羽根「こんなことをしたって何の得にもならないぞっ!」



千種「そうでもありません…今は只、こうやって皆様を遠ざけるだけで良いんです」キンッ カチッ カチッ


赤羽根(ライター…!?)




千種「だって、こうするんですもの」シュボッ



ゴオオオォォォッ





113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:53:25.32 ID:OEevzrf40


2日目 夜 微睡み


ラン(私は、確かに悪魔を浄化した…)

ラン(なのに、私を見る、彼女の眼光は、鋭く…)

ラン(間髪入れず、脇腹に鋭い痛みが…して…)

ラン(そのあと、私は…どうなったっけ…)


ラン(…そう、確かに私は…)

ラン(全ての違和感を取り除けていたわけでは無かった)

ラン(確かに橘千種はアスモデウスを宿した犯人だ)

ラン(でも…そう確信したからこそひっかかる何かがあった)


ラン(それは…)


114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 02:57:05.48 ID:OEevzrf40


2日目 夜 炎上する屋敷の外



左希「千種っ、千種あぁーっ!!」


ラン「…っ!?」


赤羽根「あ、暴れるなっ、じっとしてろっ」


ラン(意識が一瞬飛んだ…橘千種は…!?)

ラン「何がどうなったっ!?」


赤羽根「千種ちゃんが屋敷に火をつけたんだ…炎の回りが明らかに早い…予め油か何かを撒いていたようだ」

赤羽根「俺たちはなんとか逃げ出せたけど、千種ちゃんは…」

赤羽根「つーかお前も大丈夫か!?匕首で脇腹刺されて…」


ラン「大丈夫だ…傷は浅い…っ!?」

ラン(浅い…?しまった…私はなんて馬鹿な…そういうことだったのかっ…!)


ラン「真実は…我が手中に有り…!(謎は全て…解けた…!)」ガバッ


赤羽根「え?…わっ!?」ドシャッ

赤羽根「待て!そっちに行くなっ!ラン!!お前、刺されてんだぞっ!!」


ラン(私はとんでもない思い違いをしていたんだ…!)ダダダッ




秋月「薫風君!今からでも遅くない!村で事情を説明して消火を手伝って貰おう!」


薫風「…」


秋月「薫風君…?」


薫風「…」


有栖「よみのせかいが、あいちゃった」

有栖「もう、千種おねぇちゃんは…もどれない」


115: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:01:25.26 ID:OEevzrf40

2日目 夜 ???

ゴオオオォォォッ…

カチャカチャ…


千種(傀儡祓い…後の段)

千種(傀儡廻は、生者が彼一人になってしまうまで、方々をまわって、災いをまき散らしました)

千種(その結果現世は魂が抜けた人形で溢れ返り、しんと静まった、虚無の世界と成り果てました)

千種(纏わりついた死霊の数は、彼の扱える限界をゆうに超えてしまい、人形は彼の意思と関係なく、絶えず動き続けます)

千種(そうしているうちに、死霊の支配者の与り知らぬ処で、自由を求めた死霊たちは主を殺す算段を考えるようになり…)

千種(とうとう、死霊たちは人形を使って、寝静まる傀儡廻の体を八つ裂きにしてしまいました)

千種(彼の影響下から解放され、正しく輪廻を回ることが出来るようになった死霊達は、思い思いの場所に還ってゆき…)

千種(もとは生者達であった多くの村の人たちは元通りになりました)


千種(でも元通りになろうとしない人間もいました。災いの発端となった女の人)

千種(何故なら恋人と言葉を交わすために輪廻を捻じ曲げてくれた彼に、心の底から感謝していたから)

千種(彼女は自分の代わりに体に傀儡廻の魂を容れ、恋人と共に黄泉へと旅立っていきました)

千種(その後傀儡廻は、他人を容れるのでは無く、自分を容れる人形遣いとして暮らすようになったのです)


千種(人のために行動して災いを呼んだ者、自己欲の為に行動して災いの引き金を引いた者)

千種(…私は、どちらなのでしょうか)


ブツッ

千種「あら…人形の糸が切れてしまったわね」ポイ


千種「ま、いいか…どうせもう終わりなんだもの」




ラン「終わってなどいないっ!!」


千種「!?」


ラン「はぁっ…はぁっ…」

ラン「やはりここだったか…」


千種「やはり?不思議な事を言うのね」


116: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:02:22.32 ID:OEevzrf40


ラン「…」チラ…

ラン(…既に大部分が炎に覆われている…もう橘千種に近づくことすらできない)

ラン(母屋まで戻って水を汲めば…駄目か…量が知れている…時間がかかりすぎる)

ラン(っ…屋根にまで火が…此処はもう5分と待たずに崩落してしまう)

ラン(まずい…何か…何か無いの?この子を助ける方法は…!)


千種「…何をしに来たんですか?というより…」

千種「貴女はこの状況で、なにか出来るんですか?」


ラン「…」


千種「無理ですよ。そうなるように細工したんですもの」

千種「肉親を殺めた哀れな傀儡の、人生の幕は既に下りているのです」


ラン「嘘をつくなっ!」


117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:07:56.96 ID:OEevzrf40


2日目 夜 炎上する劇場


ラン「…ここに居る貴様を見て、確信した」


千種「…」


ラン「貴様の犯罪計画は、最後の後始末が残っていた…それは」

ラン「橘五右衛門を検死させないこと」


千種「…」


ラン「昨夜、貴様は劇場に来て愕然としたはずだ」

ラン「橘五右衛門が既に事切れていることに」


千種「まさか…私ですよ。殺したのは」クスッ


ラン「私に匕首を深く刺したつもりでこの程度なら猶更叶わぬ」

ラン「橘五右衛門の身体にあそこまで深く毒針を刺すことは」


千種「…」


ラン「貴様はやっとの思いで針を抜くことしかできなかったのだろう?」


千種「…」


ラン「現場には他の足跡など無かった…つまり犯行時刻は雪の降る18時より前」

ラン「当然実際の死亡時刻もその前後…貴様はその事実の発覚を恐れ、自暴自棄の放火を装った」

ラン「火を放ったのは屋敷の中だが、本当に燃やしたいのは劇場…さらに言うならば、橘五右衛門の死体だ」

ラン「犯行時刻にアリバイが無い人間は…橘薫風ただ一人だから」


千種「…」


ラン「だが解せない…何故ありもしない罪と共に自ら堕ちようとしている?」

ラン「そのために新たな罪で塗り固めてまで、何故背負おうとする!」


千種「…」


ラン「いくら自分の肉親だからといって…」


千種「恋人だからですよ」


ラン「こ…っ!?」


118: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:12:14.28 ID:OEevzrf40


ラン「…し、しかし、二人は…血を共に…」


千種「そう…お兄様とは血の繋がった家族」

千種「世界は残酷ですわね。私は生まれながらに呪われていたのです」

千種「その先へ、その先へと罪を犯し続ける呪いに…」


ラン「…」


千種「いっそのこと、あのときお兄様が強く拒絶してくだされば、まだ取り返しはついたのかもしれません」

千種「でも、お兄様は、温もりを求める私の願いを、とても優しく受け止めてくれました」

千種「夢心地でした…甘い…酷く甘い罪の誘惑に、私はその後も溺れ続け…」

千種「でも、いくら私が愛しても、お兄様の私を見る目は、家族に向けるそれと一緒だった」


ラン「…」


千種「だから私、躍起になって…わかってもらおうと、何度もお兄様に愛を説くようになって…」

千種「それがいけませんでした。いつの間にか、お父様とお母様に全てを知られてしまった」

千種「私もお兄様も父には決して逆らえない…そう刷り込まれていますからね」

千種「二人でいるときは常に監視されるようになりました。必要以上に厳しく稽古をし、早めに跡目を譲らせようとし始めました」


ラン「…」


千種「もしそうなれば、すぐにでも彼の縁談の話が持ち上がり、あれよという間にお父様の意のままに決まってしまいます」

千種「そんなこと、私は嫌。絶対に嫌。だから殺す計画を立てたんです。お兄様と共に歩む幸せを取り戻すために」

千種「それが罪と分かっていながら、求めずにはいられなかったから…」

千種「私は、お兄様の為なら殺人も厭わないほど愛しているのだと。そう証明したかったから」


ラン「…違う」

ラン「違う違う!ならば何故死を選ぶ!?それは愚者の選択だ!」

ラン「未だ貴女には希望も未来も残っているではないかっ!!」


千種「お兄様が幸福でなければ意味がないと悟ったからです」

千種「お兄様は私のせいで苦しんでいる。私を守りたい心と、それでも愛することが出来ない心」

千種「それだけじゃない。稽古の辛さ、跡継ぎの責務、そして儀式の失敗…お兄様の心は限界だった」


ラン「…」


千種「昨夜部屋から出てきたお兄様を目にした瞬間、私は、彼が罪を犯してしまったのだとすぐに悟りました」

千種「そんなこと、あってはなりません。お兄様は幸福になるべき人間です。お兄様はもう十分苦しんだのですから」

千種「だから私が全部被ります。お兄様が犯人であった『真実』を消します」

千種「残るのは、気が触れた少女が両親を殺し、家に火を放ったという『事実』だけ…そして私は実行したんです」


ラン「…っ」


119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:17:20.80 ID:OEevzrf40


ゴオオオォォォッ…

ギシ… バキバキッ


ラン「…こんな」


千種「…」


ラン「こんな終わり方しかなかったのかっ…!」


千種「…」


ラン「私は…私は…っ」ぽろぽろ


千種「貴女と同じような年の頃で、 逢魔時の夕陽の様な、それでいて明けの明星の様な、そんな髪の色をしていました」


ラン「…え?」


千種「彼女は私の目の前に降り立って、こう言いました」


???『ボクはキミのことを、とても愛情深い人間だと思う』

???『でもね、およそセカイから認めて貰えない愛情というのは、『色欲』と定義付ける他無いのさ』

???『キミはどう思う?体の内に秘める思いは、愛かな?欲かな?』

???『…答えられなくて当然さ。愛も一種の欲求の性質を持っている。逆もまた然りだ』


???『でもボクは、ボクの正義は、『色欲』だって紛れもない愛だと思う』

???『『怠惰』を『節制』と呼ぶように、『傲慢』を『勇気』と呼ぶように』

???『それは人間が幸せになるためには必要不可欠のものだと思っている』


???『だから、こいつをキミにあげよう』

???『きっと力になってくれるはずさ』


千種「貴女の様に、どこか不思議な雰囲気を持った少女でした」

千種「彼女に会うことがあれば、私の代わりに伝えてください」

千種「私は確かに、純粋な幸福を求めて足掻くことができたと」ニコ


120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:22:21.42 ID:OEevzrf40


ラン「…」

ラン(悪魔を従わせる少女…いや、少女の姿をした上位存在…!)


ゴオオオォォォッ…

ガシャーン!


ラン「ッ!」バッ

ラン(もう崩れてしまう…で、でも…!)


千種「さて、どうやら問答の時間も此処までのようですね」

千種「そろそろ貴女も離れなさい、そこにいたら巻き添えですよ」





???「ラン!!」ぐいっ


ラン「…っ!?」


赤羽根「早く劇場から出るんだよっ!!」


ラン「放せっ…彼女が…!」


赤羽根「放すか馬鹿野郎ッ!!」ガタガタッ


ラン「千種…橘千種ーーーッ!!!」








千種「…さようなら、ランちゃん」



千種(お姉さま)


千種(有栖とお兄様、二人の事を、頼みます)

千種(怒鳴られても、拒絶されても、蔑まれても)

千種(傷つきながら、悔やみながら、苦しみながら)

千種(それでもめげずに、私達の事を考えてくれた、そんな素晴らしい貴女なら…)


千種(このあと罪悪に苦しむであろうお兄様もきっと…)



121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:28:52.94 ID:OEevzrf40

後日 昼 D県 文楽劇場 観客席 チの15・16


ラン(橘薫風が殺害を認めた)

ラン(跡継ぎとしての重荷に耐えかねて、突発的に犯行を行ったと証言している)

ラン(でも、それを示す証拠は殆ど燃えてしまった)

ラン(彼がいくらやったと言い張っても、やった証拠がなければ薫風君は裁けない)


阿笠「なーに辛気臭い顔してんの」つんっ


ラン「んぅっ」


阿笠「劇見るのもいいけど、ほら、それより重要なのは最前列の二人でしょ」


ラン「…」

ラン(阿笠さんの視線の先には、肩を寄せ合って劇を見ている赤羽根さんと美千香さんの後ろ姿…)

ラン(…でもあの様子なら、何も心配はいらなそうなんじゃないかな)


ラン「報われない愛…か」




阿笠「…それ…薫風君と千種ちゃん…のことだよね?」


ラン「…」こくん


阿笠「び…びっくりしたー。流れ的に私てっきりアイツとのことかと…」


ラン「ほえっ?」


阿笠「いやいやなんでも」

阿笠「…なんかあの件、責任感じちゃうんだよね、アタシにも責任の一端がありそーな気がしてさ」


ラン「血迷ったか(なんですかそれ)」


阿笠「ジンクス的に…ってそれは置いといて、それでランちゃん落ち込んでるんだ」


ラン「氷魔の波動が強すぎる…私の心が未だ融けん(だって…悲しいじゃないですか…橘千種は決して報われない恋をしていたんです)」


阿笠「アタシはそうは思わないけどなー」

阿笠「重荷に耐えかねたってのは方便でしょ」


ラン「…え?」


阿笠「橘家の…五右衛門さんだっけ?お父さんが、儀式が失敗した時に言ってたんでしょ?」

阿笠「『明日は千種にやらせる』って」


ラン「…」


阿笠「それは、跡継ぎとしての辛い重荷や負担を全部千種が背負うことになってしまったってことでもある」

阿笠「薫風君は、妹の身にどんなことが降りかかるか簡単に想像できた…ほんとの動機は、それが始まりだったんじゃないの?」


阿笠「千種ちゃんが、薫風君の為なら殺人も厭わなかったように…」

阿笠「薫風君も、千種ちゃんの為だったら、殺人も厭わなかった」


122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:31:14.85 ID:OEevzrf40


ラン「でもそれは、深淵への導だった(…その結果、橘千種は命を捨ててしまった)」


阿笠「…まーね」

阿笠「お互いがお互いを想うあまりに、どちらも望んでいない結末になっちゃうのは世の常よ」

阿笠「今目の前でやってる世話物だって悲恋で終わっちゃうし。…や、あの二人にあてつけた私が言うのもなんだけどさぁ」


ラン(薫風君は罪を償う機会を失った…でも彼はそのことを喜べる人間じゃない)

ラン(たとえ行政が彼を許そうと、彼自身の罪悪感が自分を罰し続けるだろう…そう考えると、千種ちゃんの行動は決して良い結果には繋がらない)


ラン「秤にかければ容易く何れかに傾く…それが世界だと思っていた(私は、全ての物事は善と悪に振り分けられるものだと考えていました)」


阿笠「…」


ラン「しかしこれは…はかり知れん(でも、あの悲劇は、一体何が悪だったんでしょうか…)」


阿笠「何が悪いかって、そんなに大事かな?」


ラン「…」




♪ ♪ ♪

 太夫「長き夢路を、曾根崎の」

♪ ♪ ♪

 太夫「森のぉ雫とぉ~」


左希「っ」カタカタッ…


♪ ♪ ♪

 太夫「ぁ散りにぃ~けりぃ~」


左希「…」シャキ!


カカッ!




ワァァァァ! パチパチパチ


阿笠「少なくとも何が善であるかは、ハッキリしてるじゃない」

阿笠「今のところは、それでいいんじゃないの?」パチパチ


ラン「…」ぱちぱち


123: ※ここからCパート 2016/06/05(日) 03:34:34.66 ID:OEevzrf40


明後日 夜 D県 警察署


赤羽根「んぐぐぐぐ…」ノビー


先輩刑事「よー、お前これからヒマか?」


赤羽根「彼女とデートっす」ブイ!


先輩刑事「またかお前、ちくしょー順調に続いてんじゃねーかムカつくー!!」


赤羽根「たははっ」

赤羽根「先輩はもうちょっとデリカシーを身に着けるべきなんですってー」


先輩刑事「…」


赤羽根「なんすかその新鮮な驚きの顔」


先輩刑事「いや…お前からそんな単語が飛んでくるなんて思ってもみなかったもんだから」


赤羽根「どーいう意味すかー!?」


先輩刑事「そのまんまの意味だバァーカ!!」




「あっ!いたいた、ちょっと!先輩これお願いします!」


先輩刑事「えー!?ヤだよ俺、お前やれ!」


赤羽根「もうその手には引っかかりません。はいさようならー」そそくさ



先輩刑事「ちっ…あーもー、何?」


「例の警備員、嘘発見器パスしちゃったんですけど、どうしましょう?」


先輩刑事「は?そんなわけねーだろ。あいつ以外に倉庫のセキュリティ切れる人間いないんだぞ?」

先輩刑事「絶対あいつが火薬泥棒を手引きしてるはずなんだよ」


「でも脳波に異常ないって。いくら聞いても覚えてないの一点張りです」


先輩刑事「どうせ故障だろ。前に戸籍情報弄られた担当役員の時だってアレ誤作動起こしてたじゃねーか」



赤羽根「…ちょっとそれ、詳しく教えてくれません?」

先輩刑事「は?」

「え?」


124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:37:26.48 ID:OEevzrf40


「最近テロ警戒とかでこういうの敏感になってるんすよ」

「銃器弾薬と違って火薬ってどこの国にもあるものですからね」

「戸籍だって、もしかしたら偽装した移民だとか難民とかってことも…」


先輩刑事「そういえばお前の解決した事件も、いくつか裏で手引きしてる奴がいそうなんだっけか」


赤羽根「…この音声データは?」


「証拠集めで仕込んだ盗聴器のものです」

「まぁこっちは怪しい取引らしき音は拾えなかったので、全然使えなかったんですけど」



赤羽根「…これ」


『…そこの角砂糖を取ってく…』『…ってどこで出せばい…』


赤羽根「偶然か?警備員の方も、役人の方も、犯行の前後に同じ人間の声が録音されている」


「…へ?」


『苦…すまない、そこの角砂糖を取ってくれないか?』『転出届ってどこで出せばいいのかな?』


「警備員が休憩で喫茶店行った時と、オフィスで仕事してる役人の録音ですけど…って、コレただの女の子の声じゃないですか?」

「声もただ似てるだけだと思いますけどねぇ?…第一女の子が火薬盗んだり記憶消せたりするわけないでしょ…」


赤羽根「…」


赤羽根「考え過ぎか」

赤羽根「やべっ、そうこうしてたらもうこんな時間だ!急がないと!」ダダダッ


先輩刑事「あ…ったく…浮つきやがって…まぁいいや」

先輩刑事「丁度いいからお前来い。飲み行こ」


「お、俺すか!?」


先輩刑事「物的証拠はもう十分あるからそれで立件。今日は終わり。女の子も呼ぶからさ、ほらほら」ぐいぐい



ガチャ バタン


125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 03:40:48.45 ID:OEevzrf40


『苦…すまない、そこの角砂糖を取ってくれないか?』『転出届ってどこで出せばいいのかな?』

『二個入れたんだけどまだ全然苦いんだよこれ…どうも』『…あっち?ありがとう、助かったよ』


『あ、そうだ、キミ』『あ、そうだ、キミ』



『キミはこんなフレーズを聞いたことがあるかな?』『キミはこんなフレーズを聞いたことがあるかな?』



『手足の長い蛇が耳元で囁いた』『手足の長い蛇が耳元で囁いた』



『『禁断の果実は目の前に実っている』』



『『あとは手に取り喰らうのみだ、人間』』









傀儡幻魔伝説殺人事件 幕引