1: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 11:46:56.68 ID:vN5K0eK3o

ジリリリリリリリリ……

にこ「……っるさーい」

カチッ

にこ「ふあぁぁぁあ」ムクッ

にこ「………」

にこ「……ねむい」



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457750816

引用元: にこ「きっと青春が聞こえる」 


2: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 11:56:12.53 ID:vN5K0eK3o
まだ肌寒さを感じる、3月某日朝。

ぬくもりが残る布団の中から、私は恨めし気に目覚まし時計を睨み付ける。

AM7:00

音ノ木坂を卒業した私が起きるにはまだ全然早い時間なんだけど――今日はお出かけの日。

いや、今日も、か。

μ'sのこれからが決まるまでは、おわらない用事。

にこ「…………はぁ」

重い溜息だけを残し、私は潔く布団から這い出た。

3: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 12:01:49.38 ID:vN5K0eK3o
にこ(終わらせる、べきなのよね……後輩たちが決めたことだもん)

にこ(学園を去る人間が――スクールアイドルでなくなる張本人がしがみついてたんじゃ、カッコがつかないし)

にこ(でも……みんなが、望んでる)

にこ(μ'sがスクールアイドルとして……ううん、ただのアイドルとしてでも)

にこ(活動を続けることを、頂点に君臨し続けることを、たくさんの人が望んでる)

にこ(じゃあ……私は?)

にこ「…………はぁ」

にこ「言わずもがな、なのよねぇ」

4: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 12:07:34.15 ID:vN5K0eK3o
アイドルって、やっぱりすごい。

μ'sとして活動してきた私が、改めて実感したこと。アイドルって、やっぱりすごい。

こんなにドキドキできて。

こんなにワクワクできて。

こんなに――にこにこできて。

ちっちゃな頃からあこがれていた理想の形が――ううん、それよりももっともっと素晴らしい形が、私にとってμ'sだった。

それを――簡単に手放せるはず、ないのよね。

にこ「我ながら未練がましいわね……」

思わずひとりごと。

なんていうか、それくらい私にとっては大きな分岐点なんだと思う。

5: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 12:24:59.66 ID:vN5K0eK3o
専門学校進学。私が決めた、私の進む道。

正直金銭的にかなり厳しいのは理解してた。だから、私のアイドルへの夢も、ここまでかなって思ってた。

そう思えたのも、きっとμ'sとしての一年間があったから。

満足したからじゃ、もちろんなくて。

「満足したでしょ」って、自分に言い聞かせることができるくらいの経験ができたから。

ま、つまるところやっぱり未練たらたらだったってことなんだけど。

6: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 12:32:13.23 ID:vN5K0eK3o

 でも、私が高校卒業したら働くって言ったら、ママはきょとんとした顔でこう言った。

『へ? あなたアイドルになるんでしょ?』

 言われて、きょとんとするのは私の方だった。

 何を当たり前のことを? みたいな口調で言われたもんだから、そりゃきょとんともするでしょ。

 で、まあ私もよくわかんないままに、

『えっと、うん』

 って答えちゃって、今に至る。

7: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 12:51:54.77 ID:vN5K0eK3o
 
 首の皮一枚でつながった私のアイドル人生。

 学校で勉強すれば、きっと今までとは比べ物にならない上達が見込めるはず。

 そのうち今までとは比べ物にならないきれいな衣装を着て。

 今までとは比べ物にならない素敵な歌を歌って。
 
 矢澤にこ、ここにあり! って、世界中の人々に知らしめることができる……かもしれない。

 だけど。

 絵里のうざったいくらい厳しいレッスンが。

 ことりの甘っ甘な趣味全開の衣装が。

 μ'sのメンバーと歌い、踊ってきた曲が。

 名残惜しいって言ったら、それは、贅沢なのかな。

8: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/12(土) 13:11:29.95 ID:vN5K0eK3o

にこ「いっそのこと、この一年間やりなおせたらなぁ」

 なにげなーくつぶやいた一言が、実は一番望んでることかも。頭の中で繰り返してみて……うん、やっぱりそれが一番ステキ。

 μ'sとして駆け抜けた一年間。

 もっともっと感じていたい。もっともっと刻み込みたい。

 ありえないことだって、わかっていても。

 やっぱり……やりなおしたいなぁ。

にこ「…………ん?」

 「やりなおす」というワードに、なぜか引っ掛かりを覚える。

 なんだっけ? なんだかついさっき聞いたような――

にこ「あ」

 そうだ。夢だ。

 ついさっきまで見ていた夢に出てきた人物――ちっちゃくてキュートで鈴の鳴るようなきれいな声、もうアイドルと言ったらこの子しかいないでしょってくらいアイドルオブアイドルみたいな子が、そんなことを言ってた気がする。

にこ「やりなおすとか……約束とか……」

 いかんせんそこは夢。思い出そうとした端からぽろぽろと記憶がこぼれていってしまう。

にこ「ま、いっか」

 夢は夢。そんなに気にする必要もないでしょ。

 ただ――いっこだけ気になるのは。

 その子――ちっちゃくてキュートで鈴の……っていうかぶっちゃけもう一人の私が、涙を流しながら、だけど微笑んでいたことだった。

13: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/14(月) 23:45:38.69 ID:NCF1xuP3o

にこ「おはよー」

こころ「あー、にこにーおはよー」

ここあ「おはよー」

にこ「はいはーい、二人ともおはようにこー」

 仲良く朝ご飯をとっているふたごちゃんを軽くあしらい、私も自分の席に着く。

 私が起きてくる時間を見越してか、そこにはすでにトーストと目玉焼き、それにコップ一杯の牛乳が用意されていた。

 準備してくれた当の本人は、スーツ姿で洗い物をしていた。

にこ「おはよう、ママ」

にこママ「おはよ、にこ」

 背中を向けていたママは、わざわざこちらを向いて挨拶を返してくれた。

 ママのこういうところ、好き。

14: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/14(月) 23:55:05.47 ID:NCF1xuP3o

こころ「むぅ……こころぷちとまときらーい」

 サラダのプチトマトをフォークでで貫きつつ、こころがぐずつく。
 
ここあ「どうしてー? トマトおいしいよ?」

こころ「トマトはおいしいけど、ぷちとまとはすっぱいもん!」

ここあ「すっぱくないもん!」

こころ「すっぱい!」

ここあ「すっぱくない!」

にこ「こらこら、けんかはしちゃだめにこよー?」

こころ「だってぇ……」

ここあ「だってぇ……」

にこ「食べ物のことでけんかしてると……お野菜おばけがふたりのこと食べちゃうにこー!」

こころ「きゃー!」

ここあ「けんかしないー!」

 効果てきめん。二人は一生懸命ご飯を食べだした。

 うむうむ、仲良きことは美しきかな。私も満足し大皿からサラダを取り分ける。

 ……にしても、プチトマトが嫌いなんて、とっても贅沢。

 基本はもやしの白、そこにレタスの緑が混ざってればラッキー、くらいの感覚なのに、真っ赤な粒がころころしてるだけで私としては宝石みたいに眩しく感じるんだけどなぁ……

15: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:06:51.46 ID:V+INWURXo

 と。そこで私はようやくある違和感に気づく。

 きゃーきゃーと騒がしい朝食。別に珍しい風景ではない。

 というか、朝食に限らずこころとここあがいるときは大抵こんな騒がしさが矢澤家の日常。

 ――そう、こころとここあがいるときは。

にこ(昨日の夜――この二人、いたっけ?)

 一日前の記憶を引っ張り出してきても、目の前の騒がしさがそこに重なることはない。

 ん、……まだ、寝ぼけてるのかな?

にこ「ねぇママ。こころたちって、昨日こっち泊まってたっけ?」

にこママ「そりゃ、泊まってたから今ここにいるんでしょう?」

にこ「や、そうなんだけど……」

 ママの言うことはもっとも。私の単なる記憶違いっていうのが一番しっくりくる答え。

 だけど、うん、ちょっと否定材料が増えちゃった。

にこ「っていうか――ママ、今日朝早いから朝ご飯自分で用意してって、昨日言ってなかったっけ?」

16: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:17:49.53 ID:V+INWURXo

にこママ「……ちょっと、大丈夫? 具合悪いの?」

にこ「う、ううん、違うの、そうじゃなくって……」

にこママ「あんまり体調がよくないなら、今日は学校お休みしたほうがいいんじゃ……」

にこ「ほんと、大丈夫だから! ちょっと寝ぼけてただけ! ――ごちそうさま!」

 話が妙な方向にずれてきたため、慌てて牛乳を飲み干す。

 着替えや身支度は済んでるから、あとは歯を磨いたら――うん、カンペキなにこにーのできあがり。

にこ「それじゃあ行ってきまーす!」

こころ・ここあ「いってらっしゃーい」

にこママ「いってらっしゃい、無理しちゃだめよー」

にこ「わかってるー!」

 三人分の声に背中を押されながら、ドアをくぐる。

 春を待ちわびる三月の日差しが、ちょっとだけあたたかい。

 よーし、今日もいっちょ頑張りますか。 


17: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:25:11.24 ID:V+INWURXo

 三年生が卒業したものだから、通学路を歩く音ノ木坂生は少し前よりぐっと減った。

 まあ単純に考えれば三分の一がいなくなったのだからそう感じるのも当然か。

にこ(ま、にこみたいな例外もいるんだけどね)

 見ると私と同じ緑リボンの生徒もちらほら見られる。どんな理由か知らないけど卒業してからもごくろーさま。

 ……なーんて、人のこと言えないけど。

にこ「ん」

 校門をくぐろうかというところで、見知った二人分の後姿。

 私の大好きなμ'sのメンバーで、大切な同級生で――かけがえのない、友達。

 恥ずかしいから本人らには言わないけどね。

 なんだか一人で照れ臭くなったので、ごまかすように二人の肩をばしーっと叩く。

にこ「おはよー、絵里に希。朝からなかよしこよしでうらやましいわねぇ、このこの」

 ジョークも完璧。今日もいい一日になりそ。

18: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:30:52.95 ID:V+INWURXo

 ――なんて思ったのは、その瞬間だけで。

希「え? ……にこっち?」

絵里「…………?」

 いぶかしげな二人の表情は、なんというか、予想外。

 え、今のジョークそんなにマズった?

にこ「ど、どうしたの二人とも? そんな怖い顔しないでよー。ほらご一緒に、にっこにっこ、」

絵里「どうしたの、はこちらの台詞なのだけれど」

にこ「にー……」

 せめて最後まで言わせてよ……

 じゃなくて。

にこ「え、いや、ほんとにどうしたのよあんたたち? なんかあったの?」

絵里「…………ひとつ、確認させてもらっていいかしら?」

にこ「え、なにを、」

絵里「あなた――矢澤にこさん、よね?」

にこ「……言って、る、の……?」

 あはは。

 絵里、そのジョーク、さっきの私のより笑えないわよ?

19: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:36:20.58 ID:V+INWURXo

絵里「一応生徒会長だし、希からもあなたの話は聞いたことあるから名前くらいは知ってる」

絵里「だけど、それだけでしょう?」

絵里「少なくとも――急に肩をはたかれて呼び捨てにされるような仲ではないと自覚していたのだけれど」

にこ「…………」

 この子、何言ってんの?

 それしか頭に浮かばない。

 助けを求めるように視線を希に移しても、

希「えと、にこっち? うち相手にならまだしも、初対面の絵里ち相手にちょっとおふざけがすぎるんとちゃう?」

 こっちはこっちでつまらないジョークを続けてた。

絵里「……別にあなたのことを嫌っているというわけではないけれど、相応の距離感は守ってほしいわ」

 やめてよ。

 アンタの口から、そんなこと――

絵里「別に、友達ってわけでもないのだから」

 ――言わないで、よ。

20: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:44:24.11 ID:V+INWURXo

 チャイムの音が遠い。

 呆然と立ち尽くす私を、急ぎ足の生徒が追い抜いていく。

 なにこれ、ドッキリ?

 騙されたでしょーって、穂乃果あたりがネタばらしの看板でも持ってくるの?

 じゃあさ、早くしなさいよ。

 悪趣味だってば、こんなの。

 ねえ。誰か教えてよ。

 服の袖でぐしぐしと目元をこすって、すがるように視線を上げる。

 さっきのチャイムは予鈴だったようで、本鈴に間に合うべく多くの生徒が昇降口に殺到している。

にこ「……あ」

 その人ごみを見て、気づく。

にこ「うそ、でしょ……」

 三年生が抜けた、三月中旬の音ノ木坂学院。

にこ「そんな……」

 そこにいる生徒は皆、赤か緑のリボンを結んでいた。

 まるで――私が二年生だった、一年前のあの頃のように。

21: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 00:45:55.35 ID:V+INWURXo
ここまで
調べてみたらたしかにほぼ同名のSSがあった
たぶん内容はまったく違うから気にしない
次はまたそのうち

22: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 20:48:09.22 ID:V+INWURXo

 そのまま回れ右してよっぽど帰ってやろうかとも思ったけど、結局そのまま校内へ進むことにした。

 なにかの勘違いかも知れなかったし。……まあ、なにをどう勘違いしたらこうなるのかわからないけど。

 とりあえず同じ色のリボンの人を追いかけていったら、みながみな一様に教室棟の二階へ足を進めていった。

 二年生の教室のある、だ。

 自分が二年の頃に何組だったか思い出しつつ、途中他のクラスも覗いてみる。

 ホームルーム直前ということもあってみんな席についてるからわかりやすい。

 どこのクラスもほぼ全員が揃っている。まるでこれから、授業でも受けるかのように。

にこ(……やっぱり、そういうことなの? これ)

 状況を知れば知るほど、可能性を否定できなくなってくる。

 将棋は詳しくないけど、王将の逃げ道をどんどん減らされてるときってこんな気分なのかな。

23: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 20:53:17.23 ID:V+INWURXo

 そして、王手がかけられた。

にこ「…………」

 記憶の底から引っ張り出してきた、去年の私のクラス。

 そこにいたのは、確かに一年前に同じ教室で授業を受けていたメンバーに他ならなかった。

 扉の前でぼーっと突っ立ってるわけにもいかず、とりあえず中に入る。

 自分の席まで覚えてないな、と気づいたけれど、すでに空いてる席はひとつしかない。ちょっと緊張して席に腰掛けるけれど、それをとがめる人間はいなかった。

 というか。

 私が教室に入ってから席に座るまで、だれ一人として私を気にする気配がなかった。

にこ「…………」

 やっぱり、帰ればよかったかな。

 

24: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 21:01:49.56 ID:V+INWURXo

 しばらくして現れた担任教師に挨拶して、ホームルームを終えて、一時限目の始まる前の休み時間。

 そういえば、と私はようやくスマホの存在を思い出す。

 インターネットブラウザを起動して、適当なニュースサイトを検索。

 出てきた最新記事の日付は――

にこ「一年前、だ……」

 案の定というか、ある意味期待外れというか。

 ふわふわとしていた現状が、一気に現実として重みをもつ。

25: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 21:05:50.21 ID:V+INWURXo

 私、一年前の世界に迷い込んだの?
 
 昨日いなかったはずのこころやここあが家にいたのも。
 
 絵里や希がよそよそしかったのも。

 卒業したはずの私たちの学年が授業を受けてるのも。

 全部、一年前だから?

にこ「ありえない……」

 ファンタジーやSFじゃあるまいし。

 タイムスリップ? タイムリープ?

 ループものなんて飽食のご時世でイマドキはやんないわよ、こんなの。

 だから……だから。

 誰か、嘘だって言って。

 じゃないと。

にこ「――――」

 私、またひとりぼっちになっちゃう。

26: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 21:38:11.17 ID:V+INWURXo

 置き勉上等の精神が功を奏し、ほぼ手ぶらで登校した私もテキストがなく困り果てる、という事態は避けられた。

 どこかで聞いたような授業―― 一年前、この場所で聞いたんだろうけど――をほとんど聞き流し、お昼休み。

 ママお手製のお弁当を机の上に出し……どうしよう。

 ちら、と教室を見回す。

 食堂組を除き、仲のいいグループは机を寄せ合いランチタイムに突入していた。

 ――居心地悪いなぁ……

 ここ最近はずっとμ'sのメンバーと食べていたから、この頃お昼をどう過ごしていたのか覚えていない。

 だけどひとつだけ確実。

 少なくとも、誰かと一緒に過ごしていた記憶は、ない。

 

27: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 22:20:34.47 ID:V+INWURXo

にこ(やば……泣きそう)

 μ'sという居場所を手に入れた今だからわかる。

 自分がいかに寂しい人間だったか。

 全ては――仲間を失った、あの日から。

 歯車が、狂い始めた。

にこ「どうしろってのよ、これから……」

 思わず口をついて出る弱音。

 真面目な話、先が全く見えない。

 今日一日過ごして、おやすみなさいして、明日の朝すべてが元に戻ってるならそれでいい。
 
 だけどもし、明日以降もこれが続いたら……?

 ははは、家から出れる自信、ないなぁ。

 込み上げる熱い感情が、視界をじんわりにじませた。

28: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 22:40:29.57 ID:V+INWURXo

クラスメイト「ちょ、どうしたの? 矢澤さん」

にこ「え?」

クラスメイト「急に泣き出して、どっか痛いの? 保健室いく?」

にこ「や、え、ちょ……」

クラスメイト2「はいはい、ちょっと落ち着きなさい」

クラスメイト3「矢澤さん、困ってるよ」

クラスメイト「や、でも……」

クラスメイト2「でもじゃない。まずは事情を聞く」

クラスメイト2「というわけで矢澤さん。横から急に口出して申し訳ないけど、どうかしたの?」

にこ「え、っと……」

クラスメイト3「……ひょっとして、自己紹介が必要だったりする?」

にこ「そそそ、そんなことないわよ! さすがにクラスメイトの名前くらい知ってるから!」

にこ「飯塚さんに竹達さんに、後藤さん……よね?」

竹達「自信なさげだなぁ……」

後藤「なんにせよ、正解。よかった、矢澤さんに覚えてもらえてて」クスクス

にこ「……ひょっとして、おちょくってる?」

後藤「あらあら、そんなことないわよ?」

29: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 22:49:46.38 ID:V+INWURXo

飯塚「それで、なんで急に泣いてたの?」

にこ「あ、それは……」

 飯塚さんの質問に、言いよどむ。
 
 本当のことを言っても信じてもらえるわけないし……

竹達「てゆーか珍しいよね、矢澤さんが昼休みに教室いるのって」

にこ「へ?」

竹達「だってそうでしょ? いつもチャイムが鳴ると同時に教室からいなくなって」

後藤「授業開始五分前に帰ってくる。どこ行ってるんだろうねって噂したこともあったわね」

竹達「や、それ本人の前で言うことじゃないでしょ……」

にこ「あーっと……」

 そうだ、思い出した。

 私お昼休みになったら、アイドル研究部の部室に逃げ込んでたんだ。

 ひとりぼっちでご飯を食べてるみじめな姿を、見られたくなくて。

30: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 23:00:30.33 ID:V+INWURXo

飯塚「でも今日はいつまでたっても席を立つ気配がなくって……」

飯塚「どうしたんだろ、って思ってたら急に泣き出すんだもん、びっくりして思わず声かけちゃったよ」

にこ「あ、そうだったんだ……」

飯塚「泣いてた理由、言えないならそれでも全然構わない」

飯塚「でも、こうして話したのもなにかの縁だと思ってさ。よかったら一緒にご飯食べない?」

にこ「え? ……ええ!?」

竹達「や、そんなに驚く話だった? 今の」

にこ「だって、だって……」

 ぼっちの私が、誰かと食事?

 うそうそうそ、ありえないでしょそんなの。

 だって私、一年生の「あの一件」以来、学年の鼻つまみ者で――

後藤「いいじゃない、ご飯くらい。私たちずっと矢澤さんと話してみたいと思ってたのよ」

にこ「――うええぇぇぇぇええ!?」

竹達「だからそんなに驚く話だったかな!?」

にこ「驚くわよこんなの! だって、だって私は――」

飯塚「ほらほら机くっつけて」

にこ「って聞きなさいよ!」

後藤「あら、矢澤さんのお弁当おいしそうですねぇ」

にこ「勝手に開けてるしー!?」

31: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 23:10:01.54 ID:V+INWURXo

 ぎゃーぎゃー言いながら、なんだかんだで三人娘とお昼ご飯を食べることになった。

 私と話してみたいと思ってたのは本当らしくて、いろんなことを聞かれた。逆に私もいろんなことを聞いた。

 なんだか会話するのが当たり前で。

 違和感とか全然なくて。

 友達みたいだな、って思った。

 私の、思い込みだったのかな。

 一年生のとき、アイドル研究部の一件以降、好奇の目にさらされるようになって。
 
 私には友達なんてできないんだって決めつけてた。

 だけど、違ったのかな。
 
 避けられてるんじゃなくって。

 避けられることを恐れて――私が避けてただけ、だったのかな。

  

32: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/15(火) 23:13:12.40 ID:V+INWURXo

 μ'sじゃ、ないけど。

飯塚「その言い方ひっどーい!」プンスカ

竹達「あはは、気にしない気にしない」ケラケラ

後藤「二人とも、おかしい」クスクス

 居場所作っても――いいのかな。

 答えはわからないけど。

にこ「もー、変なことばっかり言うんだから」アハハ

 明日の朝も、学校に来れそうな気がした。

35: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 22:46:46.75 ID:XV6qQge5o

飯塚「なんだかんだで馴染んだよねぇ、矢澤さん」

にこ「ま、一週間も一緒にご飯食べてればね。さすがに馴染みもするでしょ」

竹達「ほんとねー、この一週間で矢澤さんのお母さんの卵焼きのおいしさがよーくわかったわ」

にこ「私もあんたがそういう意地汚い人間だってことがよーくわかったわよ! てか卵焼き返しなさい!」

竹達「返せと言われて返すなら最初から取らないし!」

にこ「私なんで逆切れされてるの!?」

後藤「そうして二人のお弁当からは大事なおかずが一品ずつなくなるのでした」モグモグ

にこ・竹達「さらっと持ってくな!」

飯塚「……本当に馴染んだね……」

36: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 22:49:54.78 ID:XV6qQge5o

後藤「だけど、本当に不思議よねぇ」モグモグ

にこ「今私の唐揚げがあんたにもぐもぐされてる以上の不思議なことなんかないわよ」

後藤「それもそうね」

にこ「納得すんな!」

飯塚「よーしよしよし、矢澤さん抑えて抑えて」

にこ「私ゃ犬かなんかか!?」

後藤「ほーら、三回回ってワンと言ったらこの唐揚げを上げるわよー」

にこ「元から私のだけどね!?」

37: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 22:55:21.45 ID:XV6qQge5o

竹達「話が進まないから一旦落ち着きなさい落ち着きなさいって」

にこ「私? 私が悪いの?」

竹達「で? 何が不思議だって?」

後藤「へ?」モグモグ

竹達「おう、この際私のウインナーがいっこ減ってることは不思議に思わんから続けなさい」

後藤「あーうん、大したことじゃないんだけど」

にこ「まったく、付き合ってらんないっての……」牛乳ズゾー

後藤「矢澤さんってなんでぼっちだったのかなって」

にこ「ぶふー!」牛乳ビシャー

飯塚「ぎゃあ! 汚い! 汚いよ矢澤さん!」

竹達「容赦ないボール投げるわねあんたも……」

後藤「そうかしら?」

38: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 23:04:06.36 ID:XV6qQge5o

にこ「げほっ、げほっ」

飯塚「だ、大丈夫? 矢澤さん」

竹達「牛乳まみれになりながらその張本人を気遣えるあんたの器の大きさにゃ感服だわ……はい、タオル」

飯塚「あ、ありがと」フキフキ

にこ「ぜー、ぜー……痛いとこついてくるじゃない」

後藤「そう?」

にこ「しれっとしてるのが憎らしいけど……まあいいわ」

にこ「私たちが一年生の時の『アイドル研究部事件』。これでわかるでしょ?」

飯塚「あ……」

竹達「それって、あの……」

後藤「ああ、にっこにっこにーが口癖の話聞くだけでいたたまれなくなるくらい恥ずかしい人がぼっちになったっていうあの……ということは?」

にこ「……いたたまれなくなるくらい恥ずかしい人で悪かったわね……」

39: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 23:19:22.46 ID:XV6qQge5o

にこ「そーよ。あの時一人で勝手に暴走して部員に愛想つかされて、ひとりぼっちになったアイドル研究部唯一の部員が、この私ってわけ」

にこ「それ以来友達なんかいなかった。いらなかった」

にこ「……ううん、いらないと思い込んでた」

飯塚「矢澤さん……」

にこ「ぶっちゃけちゃえば、つらくないわけないわよ。登校もひとり。ご飯もひとり。放課後もひとり」

にこ「でも、どうすることもできなかった。どうせ嫌われ者だって予防線はって自分を守るのが精一杯」

にこ「誰かと関わる余裕なんてなかった」

竹達「…………」

にこ「でも、気づいたの」

にこ「一歩踏み出せばよかっただけなんだって」

にこ「がんじがらめの有刺鉄線の中でぶるぶる震えてるんじゃなくって」

にこ「ちょっとの勇気を出せば――こうして、友達ができるんだって」

後藤「…………」


40: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 23:38:31.01 ID:XV6qQge5o

にこ「だから……ねぇ」

にこ「私、もうちょっとだけ勇気を振り絞ってみようと思うの」

にこ「来週からもう春休みになって」

にこ「三年生になったら、同じクラスになれるかわからない」

にこ「だけど、さ」

にこ「春休みも――三年生になっても」

にこ「私と、友達でいてくれる?」

三人「…………」

41: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/17(木) 23:43:47.27 ID:XV6qQge5o

 それは、決別の言葉だった。

 四月になって廃校騒ぎが校内に蔓延して。

 穂乃果たちがスクールアイドルを始めた時。

 私が彼女らにちょっかいをかけなかったら。

 私がμ'sに入ることは――ない。

 だけど、それでもいいかな、なんてちょっぴり思えてしまったんだ。

 あの九人だけが、私の形じゃないって。

 この四人という形が、教えてくれたから。

 だから――これでも、きっといい。

 そんな私の、出会う前に終わった仲間たちとの関係を知る由もない三人は。

飯塚・竹達・後藤「――――」ニコッ

 笑顔で頷いてくれた。

42: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/18(金) 00:08:04.94 ID:epl5tFtBo

後藤「それにしてもアイドルかぁ……うちの後輩が食いつきそう」

竹達「後輩って、部活のあの子? そんな風には見えないけど」

後藤「ああ見えて可愛いの好きなのよ。本人は興味ないふりしてるけど」

 照れ臭くなったのか、話題は別な方向へと進みだした。

 まだばくばくしてる心臓を、ゆっくり落ち着かせる。

 残った牛乳をちゅーちゅー吸ってると、会話からあぶれてる飯塚さんと目が合った。

飯塚「……春休みさ」

にこ「ん?」

飯塚「春休みさ。いっぱい遊ぼうね」

飯塚「来年は私たちも受験生だからあんまり余裕はなくなっちゃうかもだし」

飯塚「だから、春休み。めいっぱい遊ぼう」

飯塚「――にこちゃんの、これまでのぶんも」

にこ「――!」

 名前。呼んでもらった? 今。

飯塚「…………」フイッ

 あ、顔そらした。

 ふふ、変なの。顔真っ赤にしちゃって。

 ――鏡見たら、きっと同じようなことになってるんだろうなぁ。

43: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/18(金) 00:08:41.61 ID:epl5tFtBo
 ま、なんにせよ。

 これから一年――目いっぱい楽しもう。

 ――楽しめる、よね?

にこ(……なんだろ、この気持ち)

 嬉しいのに――なんかちょっとだけ、もやもや。わけがわからない。

にこ(――嘘)

 本当は――わかってる。

 わかってるけど――今は、今だけは、目をそらしていたい。 
















「…………」

48: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 18:15:18.91 ID:ID/tEswDo

にこ「ただいまーっと」

 自分の声がむなしく廊下の奥へ響いていくのを聞きながら、自分の部屋へと向かう。

 バッグを放り制服のままぼすん、とベッドに体重を預ける。

 マットレスにずぶずぶと体が沈み込んでいく感覚におぼれながら、ここ数日途端に増えた幸福な思い出に浸る。

にこ「「……ふへへっ」

 我ながらキモイ笑い声が漏れる。

 でもしょうがないでしょ?

 だって、楽しいんだもん。

 今日は唯一部活に入ってる後藤も活動がないってことで、四人そろって放課後にカラオケ。

 私の歌唱力に三人ともびびっちゃってたなぁ。 

49: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 18:29:44.85 ID:ID/tEswDo

 こーんな楽しい毎日が、これからずっと続くんだ。

 春休みはもちろん、三年生になってからも。

 受験勉強? ううん、そんなの関係ない。

 だって、どうせ私は専門学校に――

にこ「――――」

 行く、のかな。

 心の奥に奥にしまいこもうとしていた気持ちが、水の中の泡みたいにぷかりと浮かんでくる。


 アイドルは、どうするの?

 
 ごろんと寝返りを打ち、うつぶせになる。制服がしわになっちゃうかな、と一瞬頭をよぎったけど、そんなのはすぐにかき消された。

 そう、なんだよね。

 μ'sに入らないってことは――スクールアイドルを諦める、ってことなんだよね。 

50: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 18:39:25.71 ID:ID/tEswDo

 むぎゅ、と顔を枕にうずめる。

にこ「ううううぅぅぅぅ……」

 アイドルは、諦めたくない。

 子供のころからの夢を、手放したくなんてない。

 だけど、気づいちゃったんだ。

 今の四人って――すっごい気楽。

 目標がなく。努力がなく。必死さがなく。練習がなく。練磨がなく。

 ただ毎日を、頭からっぽにしながらけだるげーに消耗させていく。

 なにかに打ち込んでいる人たちからしてみたらそんなの無駄な日々でしかなくて、アニメ作品なんかにしたらただのモブキャラにしかなれないような女子高生A。

 だけど。

 そこには、私の三年間にはなかった、気楽さがあった。

にこ「ううううぅぅぅぅ……」

 9と4。

 両皿にそれらを乗せた天秤は、いつまでもゆらゆらするばかりで傾いてくれない。

51: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 18:50:56.51 ID:ID/tEswDo

 翌朝。若干の寝不足に瞼をこすりながら教室のドアを開ける。

にこ「おはよー」

 これは、今までの私になかった習慣。最初はどぎまぎしたけど、今ではちらほら返してくれる人も増えてきた。

 ところがどっこい。聞きなれた三人娘の声はそのどれにも混じっていなかった。

にこ「ありゃ?」

 珍しく四人の中で一番乗りだったらしい。

 ま、そんな日もありますか。

 自分の席に座りスマホでもいじってようかしらんと思うや否や、隣に立つ気配。

 おや、と思い見上げると、クラスメイトの何某さんが立っていた。

「おはよう」

にこ「……おはよう」

 え、なに? なんで急に改めてあいさつされたの?

 疑問をぶつける間もなく、相手はくるりと踵を返す。

「ついてきて」

にこ「あ、ちょっ……」

 私の声も聞かず、教室を出て行こうとしてしまう。

にこ「もう、なんなのよ……」

 悪態をつきながらも、放っておくわけにもいかず、私は席を立った。

53: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 19:36:46.53 ID:ID/tEswDo

 振り返ることもしない背中に渋々ついていくと、そこは人気のない階段裏だった。

にこ「なぁに? あいにくラブレターは受け付けてないんだけど」

「ふぅん? やっぱり覚えてないんだ」

にこ「はぁ? 覚えてないってなにを、」

「あーんな恥ずかしいこと人にさせておいて、さ」

にこ「恥ずかしいことって、――!」

 言われて、ようやく気づく。

 今の今まで忘れていた自分に嫌気がさした。

 そうだ。二年生のころはこの子がクラスにいたからずっと気分が浮かなかったというのに――

にこ「あんた……アイドル研究部にいた……」

「あ、思い出してくれたんだ」

 くすくすと笑うその顔は、しかし「あの時」の彼女の顔とは重ならない。

『もう、付き合ってらんないから』

 そう言い放った、あの時の表情とは。

55: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 19:46:17.01 ID:ID/tEswDo

にこ「……今更なんの用よ」

「ん? 別に特別用事があったわけじゃないの。ただ、ずいぶん楽しそうだなーって思って」

にこ「楽しそう?」

「あの三人と。うまくやってるみたいじゃない」

にこ「なっ!」

「毎日一緒にお昼ご飯食べて、放課後は遊びに行って。充実してるみたいね」

にこ「……悪い?」

「怖い顔しないでよ、だれもそんなこと言ってないじゃない」

 一呼吸おいて。

「ただね、私はひとつだけ、確認したかっただけなの」

にこ「確認?」

「そ」

 そういうと彼女は歩き出し、すれ違いざまにぽつりと呟く。

 彼女が残したその言葉は。


「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」


 とても、とても、重く。


にこ「――――」


 天秤が、ぐらりと揺らぐのを感じた。

56: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 20:15:24.89 ID:ID/tEswDo

竹達「――箸が止まってるよ? にこっち」

にこ「えっ」

 お昼休み。例によって例のごとく四人で机を囲むけど、食欲は湧いてこなかった。

飯塚「体調悪い? 保健室行く?」

竹達「これこれ、またこのパターンかい」

後藤「調子が悪いなら無理して食べる必要ないわ、私がもらってあげるもの」

竹達「えーいあんたもやめんか!」

 ぎゃーぎゃー騒いでる三人は、いつも通り変わりなくて。

 変わってしまったのは、きっと、私。

 だから、だから――

竹達「――え、マジでどうしたの?」

飯塚「だだだ、大丈夫!?」

後藤「落ち着いて、ね?」

にこ「ぅ……ぅぅうう……」

 涙が出るほど苦しいのも、私のせい。

59: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 20:48:06.94 ID:ID/tEswDo

にこ「私ね……ひっく、やっぱりね、無理……みたい、だった……ひぐっ」

竹達「む、無理って、なにが?」

にこ「アイドル……諦められない、の……」

飯塚「アイドルって、にこちゃんが一年生の時やってたっていう? でもそれって駄目になっちゃったんじゃ……」

にこ「うん……でも、でもね……やっぱり諦められない……」

後藤「…………」

にこ「みんなと楽しく過ごせればいいって、思ってたけど……」

にこ「だけどそれって、今までの私に、嘘つくことになっちゃう」

にこ「ひとりぼっちになるまで自分を貫いた、あの時の自分に、申し訳が立たない」

にこ「それに、なにより」

 いっかい、深呼吸。

にこ「私、やっぱり、アイドル好きだもん」

60: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 20:51:55.32 ID:ID/tEswDo

竹達「や、それはわかったけど……それがなんで急に泣き出したことにつながるわけ?」

にこ「それ、は……」

 言い出しづらい部分に触れられ、言いよどむ。
 
 だけど、曖昧にしちゃだめだ。

 ちゃんと、けりつけないといけないことだから。

後藤「――私たちとお別れするから、よね?」

にこ「っ」

 口を開こうとした矢先。

 思っていたことを言い当てられる。

61: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 20:58:34.80 ID:ID/tEswDo

飯塚「お、お別れ!? なんで!?」

後藤「……私が言って、いいのかしら?」

 ちら、と視線を向けられる。

 うまく説明できる自信がなかったから、正直、ありがたい申し出ではある。

 だけど、なんで私の考えてることが、わかるの? この子は。

後藤「私もね。このグループで唯一部活に所属してるから、なんとなくにこの気持ちはわかるの」

 私の心中を知ってか知らずか、問いに答える後藤。

後藤「物理的に一緒にいられる時間が少なくなるからっていうのも、もちろんあるんだけどね」

後藤「根本的に、熱量が違うの」

竹達「熱量?」

後藤「うん。例えば私なんかは、部活やってるときなんかは『やるぞー!』ってすごく熱いエネルギーを持ってるんだけど」

後藤「みんなといるときは、なんていくか……ぬるま湯につかってるような、ほんわかーな気持ちになるの」

後藤「オンとオフ、っていえばわかりやすいかしら」

62: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:07:17.41 ID:ID/tEswDo

竹達「だ、だけど、ごとーちゃんはそれでも私らと一緒にいるわけじゃん? だったらにこっちだって……」

後藤「私は今の部活に入ったの、高校からだからねぇ。正直、そんなに熱心なわけでもないの」

後藤「だから部活のことを全く考えない、オフの時間を作れる」

後藤「だけど、にこの場合は――そうじゃ、ないんでしょ?」

にこ「――――」

 後藤の言う通り。

 私にとってアイドルは、かけがえのない生きざま。

 だからこそ、やるからには中途半端を、だれよりも自分が許せない。

 目標があり。努力があり。必死さがあり。練習があり。練磨があり。

 ひたすらに毎日を、中身のあるものにさせていく。

 アニメの主人公、宇宙ナンバーワンアイドルにこにーになるためには。

 女子高生Aであっては、いけない。

63: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:16:16.81 ID:ID/tEswDo

にこ「ごめん……」

 だからこれは、二度目の決別。

 この世界に来たあの日、九人という形に別れを告げた私は。

 ひどく自分勝手な理由で、今度はこの四人という形に別れを告げている。

 嫌われたって、おかしくない。

飯塚「…………」

竹達「…………」

 二人とも、うつむいたまま言葉を発しない。

後藤「ね、二人とも……にこのこと勝手だって思うかもしれないけど、でも――」


飯塚・竹達「焦ったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


にこ・後藤「…………へ?」

64: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:21:21.01 ID:ID/tEswDo

竹達「いやそれってさ、要はこのゆるぅい雰囲気に流されちゃだめだーってだけでしょ?」

にこ「う、うん」

飯塚「じゃあさ、廊下ですれ違った時に『元気―?』とか挨拶していいんだよね」

にこ「も、もちろん!」

竹達「電話とか立ち話だってセーフでしょ?」

にこ「え、あ、そう、だけど……」

飯塚「それって、全然お別れじゃないよー」クスクス

にこ「う、え、そう?」

竹達「そーそー。そんなの全然さ――友達の範疇じゃん」

にこ「――――」

 あ、やば。

 また目頭、熱くなってきた。

後藤「なんだか、一本取られちゃった感じね?」

 

65: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:29:59.86 ID:ID/tEswDo

 それから散々「重くとらえすぎ」とかからかわれて。

 三年生になるまでは今の関係を続けることを伝えて。

 一緒にご飯を食べて。

 授業を受けて。

 放課後は四人でボウリングに行って。

 お別れして。

 帰ってきて昨日のように布団に耐えれこんだところで――再び涙があふれてきた。

にこ「うううぅぅぅ……!」

 アイドルへ向けて、再燃焼していく中でも。

 このひだまりのような心地よい温かさは、きっとどこかで残り続けていくんだろうな、と思った。

66: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:35:27.45 ID:ID/tEswDo

 年度が変わり、四月某日。

 ついに運命の日――音ノ木坂廃校告知の日がやってきた。

 登校し、校門をくぐる前。一度足を止める。

にこ「――よし」

 気合は十分。覚悟も十分。

 今日、ここからすべてが始まっていく。

 この世界に来てからまだひと月程度しか経ってないのに、ずいぶんいろいろなことがあったように感じる。

 ――ちょっとは成長、できたかな?

にこ「なんてね」

 少しだけ固まっていた緊張を、笑顔で解きほぐす。

 うん、やっぱりにこにーは笑顔でいなくちゃね。

 さて。行きますか。

 これから始まる、かつて始まったμ'sの誕生へ向けて、私は一歩踏み出すのだった。

67: ◆yZNKissmP6NG 2016/03/27(日) 21:37:42.79 ID:ID/tEswDo








 ――その日。結局放課後まで待っても、廃校の告知が張り出されることはなかった。








74: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 19:36:37.14 ID:JvmSDeLco

 日付を勘違いしてたかな、と思って三日待った。

 何かイレギュラーが発生したのかも、と思って五日待った。

 半分くらいあきらめて、一週間待った。

 十日経った頃――私は学校へ行かなくなった。

75: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 19:42:03.51 ID:JvmSDeLco

にこママ「じゃあ私仕事行くけど……ほんとに看病してなくて大丈夫?」

にこ「……ん。大丈夫だから」

にこママ「だけどもう三日でしょ? ただの腹痛っていってもこれだけ続くなら……」

にこ「大丈夫だから。寝てれば……よくなるから……」

にこママ「……明日も変わらないようだったら、病院へ行きましょう。いいわね?」

にこ「…………」

にこママ「……行ってきます」

 見送りの言葉を返すこともできず、黙ったまま家のドアが閉まる音を聞く。

 さすがにママもおかしいと思い始めたみたい。

 たぶん、私がずる休みしてるって気づいてる、よね。

にこ「……はぁ」

 なんだかほんとにおなか痛くなってきそう。

76: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 19:53:11.70 ID:JvmSDeLco

 眠って、目覚めて、ご飯食べて、眠って。

 この三日間それだけを繰り返してた。

 いつか目覚めたら。

 全てが夢でした、ってなればいいのに。

 そんなことを願いながら、だけどそんなことにならないってわかりながら。

 ただ無駄に時間を削っていくことに焦りながら。

 もう――なにもする気になれなかった。

にこ(これ……ずっと学校行かなかったらどうなるんだろ?)

 不登校?

 ひきこもり?

 卒業もできなければ、進学もできない、の?

にこ「――――っ」

 じわりと心を蝕む予想に背筋が震えた。

 どうしよう、どうしよう――

77: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 20:31:53.41 ID:JvmSDeLco

 ――――――

 ――――

 ――

「――というわけで、本日特集するのは今大人気のスクールアイドル、A-RISEです!」

にこ「――ん、」

 いつの間にか落ちていた眠りから目覚める。

 つけっぱなしにしていたテレビは夕方のニュース番組を垂れ流していた。

にこ(やば、電気代もったいない……って、A-RISE?)

 聞きなれた名前と、流れ出した曲に意識がはっきりする。

 
 Can I do? I take it, baby! Can I do? I take it, baby!

 
にこ(これ――Private Wars?)

 かつては私たちがラブライブで下した相手が――画面の中で、輝いていた。

78: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 20:43:29.52 ID:JvmSDeLco

 かつてμ'sができる前。飽きるまでリピートしてた曲。

 
 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

ほら正義と狡さ手にして

 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

 ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?


 歌詞なんか見なくても口ずさめるほど聞いていた曲。


 もう辞めちゃうの?

 根気がないのね

 ああ…真剣に欲しくはないのね


 そんな曲が、今になって。


 What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``

 ただ聖なる少女は趣味じゃない

 What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``

 ただ人生勝負を投げたら撤退でしょう?

 
にこ「――――」


 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

ほら正義と狡さ手にして

 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

 ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?
 

 私の心を打ちのめすのは――なんでなの。

79: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 21:03:06.59 ID:JvmSDeLco

 テレビから流れる曲を、呆然と聞いていたものだから。

 ピンポーン。

にこ「あ、はーい」

 不意に鳴ったチャイムの音につい反応してしまった。

にこ(あ、しまっ……)

 と思っても後の祭り。宅急便だろうが宗教勧誘だろうが居留守は使えなくなってしまった。

 まあ、別に本当に具合が悪いわけじゃないから、居留守使う必要もないんだけどさ。

にこ「はーい、どちらさ……ま?」

 なーんて油断してたものだから、ドアを開けた瞬間、時間が止まってしまった。

「こんにちは、矢澤さん」

にこ「あな、た……」

 だって、予想できる?

 ドアの前に――例の元アイドル研究部員が立ってるだなんて。

80: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 21:27:59.72 ID:JvmSDeLco

にこ「……麦茶しかないけど」

「気をつかわなくていいのに。病人でしょう?」

にこ「もう治ったから、大丈夫よ」

「そう、じゃあ明日は出てこれるのね。安心したわ」

にこ「…………」

 ほんと、わけがわからない。

 なんで私は今この子のおもてなしをしてるわけ?

「じゃあ、これ。今のうちに渡しておくわね」

にこ「あ、ありがと……」

 渡されたのは、私が休んでる間に配られたプリントの数々。

 どうも同じクラスであるこの子が私のお見舞いに選ばれたらしい。

 ――この子、三年の時も同じクラスだったっけ?

81: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 22:51:02.82 ID:JvmSDeLco

「これ……」

にこ「え?」

 いぶかし気に見ていると、彼女はつけっぱなしになっていたテレビに視線を向ける。

 ニュースはいまだ変わらずA-RISEの特集を続けていた。

「今一番人気のスクールアイドル、A-RISEか……」

にこ「…………」

 何の含みもないはずのその言葉が、なぜだろう、いやに私の心をささくれ立たせる。

「すごいわね。ここまで上り詰めればスクールアイドルだって立派なものだわ」

にこ「……立派じゃなくて悪かったわね」

「誰もそんなこと言ってないじゃない?」

にこ「言ってるようなものでしょ!? そーよ、たしかに今の私は仲間一人いないちっぽけなぼっちよ!」

にこ「だけど、だけど私だって、前までは……!」

「前?」

にこ「…………」

「なんで急に押し黙っちゃうのよ」クスクス

 なんで、なんて言えない。

 私がこのA-RISEより人気のグループにいた、なんて、信じてもらえるはずがなかった。

82: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 22:59:03.77 ID:JvmSDeLco

「あの子たちと、距離をとったんだって?」

にこ「え?」

「春休み前まで仲良かったあの三人。クラスが変わったからっていうのもあるんだろうけど、それにしても極端じゃない?」

にこ「それ、は……」

「……矢澤さんの中には、あったんじゃないの?」

にこ「え?」

「あの関係を断ち切ってでも、作りたい関係が。あったんじゃないの?」

にこ「なんで、それ……」

「あ、本当にそうなんだ。カマかけてみるものね」クスクス

にこ「…………」

「怒らないでよ。別に馬鹿にしてるわけじゃないわ」

「ただ、今の矢澤さんを見てると、なにがしたいのかわからないんだもん」

にこ「なっ、」

「ねえ、もう一度聞くわ」

 やめて、と言うより早く。


「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」


 再度、彼女の言葉が私を射抜く。

「――長居しちゃったわね。お大事に」

 手早く荷物をまとめると、彼女は私が返事する前に出て行ってしまった。

にこ「――――」

 押し黙るみじめな私をよそに、A-RISEだけが、画面の向こう側で笑顔を振りまいていた。

83: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 23:01:39.50 ID:JvmSDeLco

 翌日。彼女にああ言った手前休むこともできず、私はいやいやながら登校した。

 教室のドアを開けても、二、三人が視線を向けて、それだけ。

 まあ、別にいいけどさ。

「…………」

 一番後ろの席で、あの子がにやにやしてるのだけは、なんだか癪にさわった。

84: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 23:14:53.72 ID:JvmSDeLco

 お昼休みにアイドル研究部へ逃げる癖は、残念ながら復活してしまった。

 ママお手製のお弁当を片手に提げつつ、部室へ向かう。

にこ(アイドル。あいどる。愛弗……)

 何かを考えているようで、実は考えていないまま、とぼとぼ廊下を進む。

 ここにきて気づかされたことが、ひとつ。

 私――μ'sに関しては、穂乃果たちにおんぶにだっこだったんだ。

 あの子が作ったグループに、私が「入れてもらった」だけ。

 私がしてたことといえば、意地張って彼女らをつぶそうとしてたことくらい。

 自分からアイドルの道を進むのは――そのころ、とっくにやめてたんだ。

にこ「ほんと……私、なにがしたいんだろう」

 昔も、今も。

 やりたいことははっきりしてるはずなのに、なんでこんな中途半端なんだろう。

85: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 23:21:55.92 ID:JvmSDeLco

「ほらー、やっぱり誰もいないみたいだよ? 早く行こうよー」

「あ、うん……おかしいな……」

 と。私の目指す先から会話が聞こえる。

「一人しか残ってなかったんでしょ? やめちゃったんだよ、きっと」

「そう、なのかなぁ……」

「だからさ、一緒に陸上部やろうよ! きっと楽しいよ」

「で、でも……私運動苦手だし……」

「なおさらだよ! 一緒にがんばって大会とか出られるようになろうよ!」

「う、うーん……」

「そもそも入部するかどうかも決めてなかったんでしょ? ここ。だったらすぱっと諦めちゃおうよ」

「そう、かな……」

 会話から察するに、部活に悩む一年生、ってところかしら。

 あーはいはい、美しい青春模様は私と関係ないところで――

 って、ちょっと待った。

 この声が聞こえてるのって、私が向かってる場所――アイドル研究部の部室前から、よね。

 というか、というか!

 この、聞き覚えのある声って、まさか――

86: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 23:24:11.63 ID:JvmSDeLco

凛「ほら、とりあえずご飯食べにいこ、かよちん。食堂埋まっちゃうにゃ!」

花陽「あ、ちょ、引っ張らないで凛ちゃぁぁぁん!」

 
 曲がり角を曲がり、勢いよく私とすれ違った二つの人影は。

にこ「は、ははは……」

 忘れもしない、大好きな二人の後輩。

87: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/03(日) 23:30:23.35 ID:JvmSDeLco

 嘘、だって、花陽が?

 自分から、アイドル研究部を訪ねてきたの?

 あんな内気で、穂乃果たちに半ば無理やり勧誘されてようやくμ'sに入った、あの子が――

にこ「く、くくく……」

 なんだか、笑えて来ちゃった。

 そっか。そうだよね。

 やりたいから――やるんだよね。


『あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?』


 今ならはっきり答えられる。

 よくなんか、ない。

 私はまだ、全然――μ'sのこと、諦めてないんだから!

にこ(なければ、作ればいいじゃない!)

 そうだ。いつまでも穂乃果頼りじゃ先輩として情けないもんね。

 誰も作らないなら、私がμ'sを作っちゃえばいいのよ。

 あの九人を――この手で、もう一度集めてやる。

 
にこ「それが、私のやりたいことだから」

91: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 22:17:56.34 ID:wLPEX5oto

 思い立ったが吉日とは昔の偉い人の言葉。

 その日の放課後、私は一年生の教室へ顔を出していた。

「小泉さーん、お客さんだよー」

 ちょうど教室を出ようとしていたクラスの子に、花陽を呼ぶよう頼むと。

花陽「は、ははは、はひ!?」

 わかりやすいくらい動揺してる声が教室から飛んできた。

 目を白黒させつつ隣にいる人物を見やる。

 一言二言会話をすると、とてとてと危うい足取りで近づいてくる。

92: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 22:26:34.54 ID:wLPEX5oto

花陽「わ、私ですか?」

 不安げに瞳が揺れている。

 ま、入学してひと月も経ってないのに急に三年生から呼び出されたら、花陽でなくてもこんな反応にはなるだろうけど。

にこ「そ、間違ってないわよ。はな……小泉さん」

花陽「は、はぁ……」

 危ない危ない。ついいつもの癖で下の名前で呼びそうになっちゃったわ。

凛「で、三年生がかよちんになんの用ですか?」

 少しつっけんどんに尋ねてきたのは、当然のようについてきていた凛である。

 もちろんこの子にも用があるわけだからなにも問題はないけれど。

にこ「そんなに構えないでよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから」

凛「別に、そんなつもりは……」

 否定しながらも、警戒は解いていない様子。
 
 ほんとこの子、猫みたいねぇ。

93: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 22:38:03.52 ID:wLPEX5oto

にこ「あなたたち、今日のお昼アイドル研究部の部室に来てたでしょ?」

花陽「えっ」

凛「なんで知ってるんですか?」

にこ「あなたたちの去り際にすれ違ったの、気づかなかった?」

 顔を見合わせる二人。

 同時に顔を横に振るということは、案の定気づいていなかったのだろう。

にこ「ちょっと話が聞こえたんだけど、アイドルに興味あるんでしょ?」

花陽「そうですけど……あなたは?」

にこ「ああ、名乗ってなかったわね。私は矢澤にこ。アイドル研究部の唯一の部員にして、当然部長よ」

花陽「え!?」

 途端、花陽の目に輝きが灯る。

94: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 23:07:44.35 ID:wLPEX5oto

にこ「単刀直入に聞くわ。あなた、アイドル研究部に入らない?」

花陽「は……はい! ――あ、」

 力強くうなずいた後、何かに気づいたように花陽は顔を曇らせる。

 視線はそのまま隣に立つ凛へ向けられる。

花陽「あの、凛ちゃん。陸上部のこと、なんだけど……」

凛「かーよちん」

 言いずらそうにする花陽のセリフを、笑顔で遮る凛。

凛「凛に気を遣う必要なんて全然ないんだよ? かよちんは、かよちんがやりたいようにするのが一番だから」

凛「そう。やりたいことやるのが―― 一番、だから」

花陽「凛ちゃん……」

にこ「あのー、しんみりしてるところ悪いんだけど」

にこ「私としてはあなたにも入って欲しいの――星空さん?」

花陽・凛「え?」

95: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 23:26:30.64 ID:wLPEX5oto

 そう、花陽だけじゃ意味がない。

 だって私がそろえたいのはμ'sの九人。

 凛だってそのうちの一人なんだから。

にこ「どうかしら? 小泉さんとも仲がいいみたいだし、きっと馴染むはずだわ。陸上部のこともあるかもしれないけど、」

凛「私はいいです」

にこ「…………え?」

 ぴしゃりと。

 強い否定の言葉だった。

凛「私は――いいです。アイドルとか、そういうの、似合わないから……」

にこ「や、でも……」

凛「いいです」

 有無を言わさぬ否定は、変わらず。

凛「じゃあ、私はもう陸上部に仮入部してるから……失礼します」

凛「かよちん、頑張ってね」

花陽「……うん。凛ちゃんもね」

にこ「あ、ちょっ……」

 止める間もなく、凛は荷物をまとめ教室を走り去っていった。

96: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/10(日) 23:49:30.46 ID:wLPEX5oto

花陽「あの……矢澤先輩?」

にこ「っ、と。なに?」

 ぼーっとしていた私の意識を花陽の声が引き戻す。

 まさかあんなに頑なに拒否されるなんて……穂乃果の話と違うんだもの。

花陽「先輩がなんで凜ちゃんを誘ったのかはわからないですけど……凛ちゃんは、アイドルとか、そういうのはやらないと思います」

にこ「なん、で?」

花陽「その、あんまり詳しくは言えないんですけど……凛ちゃん、可愛い格好するのに抵抗あるから……」

にこ「…………」

 それは知ってる。

 スカートをはいて男の子にからかわれたりして、自分には可愛い恰好は似合わないと思い込み。

 以来ボーイッシュな恰好を好むようになった、とは。

 でも、だからってアイドルをやることを拒むほどではなかったはず。

97: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/11(月) 00:07:04.84 ID:Axli+PN8o

にこ「――変わってるってこと、なの?」

花陽「?」

 私の独り言に首をかしげる花陽。

 この子にしたってそう、μ'sに加わるまで穂乃果の強引な勧誘や凛と真姫ちゃんの後押しがあったはず。

 にも関わらず、彼女がこうも素直にアイドル研究部の門を叩いたということは。

 ――元の世界とは、変わってるってこと、なの?

花陽「あの、先輩? どうしたんですか?」

 心配そうにこちらをのぞき込む花陽に構うこともできないほど。

にこ「――――」

 私は、この世界の厳しさを噛みしめていた。

101: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/11(月) 20:42:57.09 ID:Axli+PN8o

にこ「お、おはよー……」

凛「…………」

 うわ、ものっそ嫌そうな顔された。
 
 例えるなら、そう、「なにこの人朝校門の前で待ち伏せまでしてストーカー?」って感じの顔。

 なんでそんなに具体的に表現できるかって?

 その通りの状況だからよ、ちくしょう。

凛「……なんの用ですか?」

にこ「い、いやね、昨日の話、ちょっとばかし考えてもらえないかしらー、なーんて思ったり……」

凛「はぁ……」

 ため息!

 これ見よがしにため息!

 いや確かに自分のやってることがちょっとうっとうしいかなーとはわかってるけども!

凛「ちょっと……ううん、かなりうっとうしいです」

 ……ちょっとじゃなかった。

102: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/11(月) 20:48:22.78 ID:Axli+PN8o

凛「その話は昨日お断りしましたよね?」

にこ「や、それはたしかにそうなんだけど……」

凛「じゃあこれ以上話すことないです」

にこ「わ、私にはあるの!」

凛「私にはないです!」

にこ「あるの!」

凛「ないです!」

花陽「ちょちょちょ、ちょっとふたりとも……こんなところでやめようよ……」

 まるでこころとここあみたいなやり取りをしていると、ずっとだんまりだった花陽が間に入る。

花陽「矢澤先輩、凛ちゃんのことは昨日話しましたよね……?」

 ぼそっと、私にだけ聞こえるように耳打ちしてくる。

にこ「そりゃ、聞いたけど……」

 だからといって、はいそうですかとあっさり譲れないものもこちらにはあるわけで。

にこ「ほら、なんていうか……ワンチャンあるかなー、みたいな」

花陽「……? 凛ちゃんはワンちゃんっていうか猫ちゃんって感じですけど……」

にこ「あー……うん、そうねー……」

103: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/11(月) 21:22:03.84 ID:Axli+PN8o

花陽「凛ちゃんも。そんなに邪険にする必要ないでしょ?」

凛「だって……凛は……」

花陽「うん、私はわかってるよ」

凛「…………」

 黙り込む凛。

 言い負かされたとか、そんなじゃなくて。

 あったかーく包み込まれて、ぐうの音も出ない感じ。

 かと思うと、凛は私の方に向き直り。

凛「……ムキになってすいませんでした」

 そっぽ向きながら、だけど、しっかりとその言葉を口にした。

 なによ。

 これじゃまるで、私が悪者みたいじゃない――

にこ「…………」

 まるでもなにも、これ明らかに私が悪者よねぇ……

104: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/11(月) 21:37:12.23 ID:Axli+PN8o

にこ「お昼」

凛「え?」

にこ「お昼、よかったら一緒に食べない?」

花陽「私たちと、ですか?」

にこ「他に誰がいるのよ。私がそっちの教室行くからさ」

にこ「小泉さんとは同じ部員同士だし、親睦深めるのも悪くないでしょ?」

花陽「悪くは、ないですけど……」

にこ「星空さんとも、仲直りってわけじゃないけどさ」

凛「別にいいですけど……矢澤先輩、一緒にご飯食べる人いないんですか?」

にこ「うぐぅ!?」

凛「え、ひょっとして……ご、ごめんなさい」

にこ「いいの、謝んないで。余計傷つくから」

花陽「で、でも貸し切りの部室があるならひとりぼっちのご飯も恥ずかしくないですもんね!」

にこ「楽しい!? 先輩を的確に殺しにかかって楽しいの!?」

花陽「あ、あれぇ……?」

110: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 18:09:30.41 ID:B5IKHymdo

にこ「というわけでお昼よ」

凛「ほんとに来た……」

にこ「嫌そうな声出さないでよ、傷つくじゃない!」

凛「べ、別に嫌そうにしたつもりはないですけど……」

花陽「ほらほら二人とも、またけんかになっちゃう前に、ほら、ご飯食べよ?」

にこ・凛「はーい……」

 あろうことか花陽にたしなめられ、凛と私は渋々ながらお弁当を開いた。

凛「へぇ、先輩の卵焼きおいしそうですねー」

にこ「あ、あああ、あげないんだからね!?」

凛「えーっと、まだなにも言ってないんですけど……」

にこ「ふかー!」

凛「そんな威嚇してる猫みたいな真似されても……」

 いけないいけない、連日お弁当箱からかっさらわれた苦い思い出からつい卵焼きを守ろうとしてしまったわ……

111: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 18:24:48.11 ID:B5IKHymdo

 あ、猫といえば。

にこ「そういえばり……星空さん、猫の真似しないの? ほら、語尾ににゃーにゃーつけてさ」

凛「ぅえ!?」

 え、なんでそんなに驚くの?

 なんか普通に喋ってる凛に違和感バリバリだったから聞いただけなんだけど。

花陽「えっと、矢澤先輩?」

 なにかのどに詰まらせたのかけほけほとせき込む凛の代わりに、花陽が答える。

花陽「なんで凛ちゃんが普段猫みたいな喋り方してるって知ってるんですか?」

にこ「ぅえ!?」

 数秒前の凛と全く同じ声を出しつつ、今度は私がせき込む番だった。

 しまった。

 名前は何とかかろうじて寸止めできてたけど、こんなところでループのほころびがでてしまった。

112: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:13:27.20 ID:B5IKHymdo

にこ「あ、や、えーっと、それはその、あれよ。あんたたち二人が部室の前で会話してたのを聞いたからよ」

 しどろもどろになりながらなんとか記憶を手繰り寄せる。

 その時にゃーにゃー言ってたわよね……言ってたわよね?

凛「あー、あの時」

花陽「そっか、あの時の会話、聞いてたんですもんね」

にこ「で、でしょ?」

 せ、セーフ……

 危うくやぶへびになるところだったわ。

にこ「それで? 質問には答えてもらえるの?」

凛「え、っと……」

 もじもじする凛。

 ほっぺが少し赤くなってるのは……恥ずかしがってるの?

 なによ、ちょっとかわいいじゃない、この後輩。

113: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:18:48.67 ID:B5IKHymdo

花陽「恥ずかしいんだよね、凛ちゃん」

凛「か、かよちん!」

にこ「恥ずかしい?」

花陽「はい。凛ちゃんがあの言葉遣いになるのって、親しい人の前だけですから」

花陽「あんまり慣れてないひと相手だと、恥ずかしいんだと思います」

にこ「へー……」

 正直、意外だった。

 凛って言ったら底抜けに元気で明るくて、人見知りとかそういうのとは対極の存在だと思ってたから。

 まさしく借りてきた猫、って感じなのかしら。

114: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:33:45.06 ID:B5IKHymdo

にこ「なんていうか……猫っぽいわよね、あなた」

凛「え?」

にこ「いや、もちろんにゃーにゃー言うっていうのもあるけどさ」

にこ「なんか性格というか生き方というか。猫ちゃんそっくりよね」

にこ「よっぽど好きなんでしょ? 猫が」

花陽「あ……凛ちゃん、あの、」

凛「好きじゃないです」

にこ「…………へ?」

凛「好きじゃないです、別に」

 頑なな否定は。

 昨日と同じ、強い拒絶。

115: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:40:58.35 ID:B5IKHymdo

にこ「……なんなの? それ」

凛「なんなのって……なにがですか」

にこ「しらばっくれてるんじゃないわよ。アイドルの話といい今の話といい、急に冷たくなっちゃって」

にこ「『その話はしないでくださいオーラ』全開じゃない」

凛「そこまで、わかってるなら……」

にこ「やめないわよ」

凛「っ」

にこ「この話。やめないわよ」

凛「なん、で……」

にこ「理由は、なんていうか、答えづらいんだけど……」

 今の状況をぼやかしつつうまく伝える方法を探して。

にこ「なんていうか――アイドルにしろ猫にしろ、ほんとは好きなんじゃないかな、って」

116: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:48:03.01 ID:B5IKHymdo

 この世界が過去なのか並行世界なのか、はたまた全く違うなにかなのか。それは私にはわからない。

 だけど。

にこ「私にはあなたがそれらを嫌ってるとは、どーしても思えないのよねぇ」

 だって、なんにせよ「凛」だもん。

 人一倍元気ににゃーにゃー言ってて。

 ぴょんぴょん身軽に跳ねまわって。

 かわいいのは似合わない、って言い張りながら。

 あの真っ白なウェディングドレスがあれほど似合った――凛だもん。

 
 ねえ、凛。

 一体なにを強がってんのよ、あんたは。

 

117: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 22:57:58.63 ID:B5IKHymdo

 【Side:凛】

 勝手な人だなぁ、とは思ってた。

 なんだか強引で、私がいいって言ってるのにしつこく勧誘してきて。

 気持ちがぐらぐらぐら揺れちゃうから――やめてほしいのに。

 私がアイドル?

 考えられないよ。

 きらきらでふわふわなお洋服を着て、踊る?

 笑われちゃうよ、きっと。

 だから私は、アイドルなんて――

118: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 23:33:05.57 ID:B5IKHymdo

にこ「私にはあなたがそれらを嫌ってるとは、どーしても思えないのよねぇ」

 頭がカーッって熱くなった。

 隣でかよちんが慌ててるけど……ごめん、我慢できないや。

凛「先輩に――なにがわかるんですか!」

 ついおっきな声を出してしまう。かよちんも、周りの人たちも、びっくりしながら私を見てる。

 だけど、目の前に座る人だけは。

 矢澤先輩だけは、すごく真剣な顔だった。

凛「勝手なことばっかり言わないでください! 迷惑なんです!」

 ダメだ、ってわかってるのに、止まんない。

 なんだかよくわからない感情がぶわーってなって、次から次へと良くない言葉が出てくる。

 それは、きっと。

凛「嫌ってるとは思えないって? 嫌いです! アイドルも、猫も、だいっきらい!」


 図星だったって、わかってるから。

119: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/14(木) 23:41:32.80 ID:B5IKHymdo

 だんだんのどが痛くなってきちゃった。

 いつの間にか立ち上がってたみたい。すとん、と落ちるように椅子に腰かけた。

 これで参ってくれたかな? ってちょっぴり期待したけど、矢澤先輩の顔色が変わることはなかった。

 それどころか。

にこ「あんた――うそ、下手ね」

 なんて。余裕ぶってるのがむかつき。

 だけどもう叫ぶ元気も残ってないや。

 どうせなにを言ってもへっちゃらみたいだし、叫ぶ必要もないよね。

凛「昨日会ったばかりの人に――なにがわかるんですか?」

にこ「――――」

 あれ? おかしいな。

 なんでこの人。


 今日一番、悲しそうな顔してるんだろう。

123: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 21:40:12.63 ID:7r/zU2x2o

 夕暮れ色の遊歩道を、一人で歩く。

 かよちんはアイドル研究部に顔を出すって言ってた。

 私も陸上部に行こうかと思ったんだけど、ちょっとそういう気分じゃないから先輩にごめんなさいして今日はお休み。

 そんなこんなで、ひとりぼっちの帰り道です。

125: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 21:48:02.58 ID:7r/zU2x2o

>>124はミスです、申し訳ない

* * * * *

凛「はぁ……」

 ため息は、疲れたから。

 昨日今日となんだかよくわからない先輩にからまれて、精神的にぐったり。

 なーんであんなにしつこいんだろ。

凛「凛なんて、アイドルやってもかわいくないのに……」
 
 ぽつん、とひとりごと。

 それは、ずっとずーっと昔から私にかかってる、のろい。

 スカートなんて似合わない。

 女の子らしさなんてない。

 かわいらしさなんて、ない。

凛「――――」


 そうやって、自分に言い聞かせてる、のろい。

126: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 21:57:19.68 ID:7r/zU2x2o

凛「あ……」

 かさかさ、と生垣が揺れたかと思うと、中から小さな黒猫が顔を出した。

 ――みゃう。

 小さく鳴きながら、黄色いおめめが私を見上げる。

凛「わぁ……」

 かわいいなー。

 こっち来ないかな?

凛「にゃーにゃー、こっちに来るにゃー」

 しゃがんで手招き。これがほんとの招き猫?
 
 って、これじゃ猫招きか。

 なんて、つまらないことを考えてたら。

凛「わっ、わっ、」

 びっくり。ほんとに近づいてきた。

 飼われてない猫ちゃんて警戒心が強いから、どうせ無理かな、なんて思ってたのに。

127: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 22:02:19.70 ID:7r/zU2x2o

 みゃう。

 ちっちゃな体は、もう私の目の前まで来ていた。

 手を伸ばせば、触れられる。

 ふわふわの体を撫でられる。

 大好きな猫に、触れる。

 もうちょっと、もうちょっとで――

凛「……っくちゅん。――あ、」

 すぅ、って。

 気持ちが一気に、冷たくなった。

凛「ごめんね」

 言いながら立ち上がる。

 びっくりしたのか、黒猫はすぐにまわれ右してどこかへ行ってしまった。

凛「えへへ、ティッシュ、持ってたかな」

 ひとりごとを呟きながら鞄をあさる。

 お目当てはなかなか見当たらない。 

 

128: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 22:05:15.80 ID:7r/zU2x2o

 そうだよね。ダメだよね。

 許されないことだもんね。

 私がかわいいカッコするのも。

 私が猫を触るのも。

 許してもらえないもんね。

 ねぇ、矢澤先輩。

 あなたには、きっとわかりません。

 「やりたい」が、できない気持ち。

 「やりたい」を、否定される気持ち。

 「やりたい」を、許されない気持ち。

129: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 22:11:52.55 ID:7r/zU2x2o

 それは例えば、「かわいくなりたい」をクラスの男の子に否定された女の子。

 それは例えば、「猫を撫でたい」をアレルギーに否定された少女。


 それは例えば――「生きたい」を冷たさに否定された、小さな二つの命。

 
 世の中には、許されないことなんてたくさんあるんです。

 自分の「やりたい」を否定されることなんて、やまほどあるんです。

 ねぇ、矢澤先輩。

 あなたには、わかりませんよね?

 こんな、みじめな気持ち。


凛「……あれぇ? おっかしいなぁ。見つからないなぁ」

 鞄の中をいくら探っても、入れたはずのポケットティッシュは見当たらない。

 もう鼻はぐずぐずだよ。

 それに、ほら。


 涙まで、出てきちゃった。

130: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 22:20:16.61 ID:7r/zU2x2o

 次の日。いろんな気持ちがぐるぐるして寝付けなかったせいで、遅刻ギリギリの時間に登校することになってしまった。

 かよちんには先に行くようにメールしておいたので、今日はひとりで登校。

凛「おはよー……」

 ねむたい目をこすりつつ、教室のドアを開ける。

花陽「あ、凛ちゃん……」

凛「おはよーかよちん……ふあぁ」

花陽「眠そうなところ悪いんだけど、ちょっと聞いてもらいたくて」

凛「え?」

 ちょっとまじめな顔のかよちん。

 なにかあったのかな?

花陽「昨日のお昼……ほら、いろいろあったでしょ?」

凛「あ、……うん」

 思い出すと、とっても恥ずかしい一日前の思い出。

 うー、もう思い出したくない。

 

131: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/15(金) 22:25:24.86 ID:7r/zU2x2o

花陽「あれを見てたクラスの子がね、矢澤先輩のこと見覚えあって、それであんまり関わらない方がいいんじゃないか、って」

凛「見覚え?」

花陽「あ、見覚えっていうか、正確には部活の先輩から聞いたらしいんだけど」

花陽「矢澤先輩って、一年生の時にちょっといろいろあったらしくて、その……」

花陽「友達が、いなくなっちゃったらしいの」

凛「……ふーん」

 なんていうか、あんまり意外って感じはない。

 むしろ、あーやっぱりなー、って気持ち。

花陽「それでね、その時の事件が……」

凛「それ、聞かなきゃダメかにゃ?」

 正直、かよちんには申し訳ないけど、あんまり興味がない。

 もともと気が合いそうにない人だったし、そんな人の昔話聞いても――

花陽「うん、だめ」

凛「…………」

 久しぶり、だった。

 かよちんがこんなに、強引なの。

花陽「聞いてほしい。凛ちゃんには」

凛「え、っと……」

 答えられずもごもごしてる私を置いてけぼりにして、かよちんは話し始めた。


花陽「三年生の間では『アイドル研究部事件』って言われてるらしいんだけどね――」

136: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/27(水) 20:08:20.92 ID:NPhJ0Vn2o

凛「矢澤先輩!」

にこ「え?」

 凛にぼろくそ言われた次の日の放課後。

 なによりもきっつい一言をもらって、柄にもなくへこみながら部室で花陽を待っていると、意外な人物が私の名前を呼んだ。

にこ「星空さん? なんでここに、」

凛「教えてください!」

にこ「え?」

凛「教えてください!」

にこ「な……なにを?」

 鬼気迫る様子で同じ言葉を繰り返す凛。

 戸惑う私の質問に、少し考えるようなそぶりを見せた後、こう言った。


凛「なんで――なんで、アイドルになりたいんですか?」

137: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/27(水) 21:06:09.20 ID:NPhJ0Vn2o

にこ「なんでって……え?」

 この子、私に怒ってるんじゃなかったっけ?

 いや、今も険悪な顔つきではあるんだけど。

 突然の訪問。突然の質問。

 それでも、なんで急に、という言葉は。

凛「――――」

 彼女の真剣な視線の前では、口にできなかった。

 

138: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/27(水) 21:15:23.55 ID:NPhJ0Vn2o
 
 改めて問われると答えに詰まる質問だった。

 みんなを笑顔にさせたいから?

 仲間と一緒に頑張りたいから?

 達成感が欲しいから?

 どれも合ってて、どれもぴんとこない。

 答えはきっと、もっともっとシンプルで。

 でも、本質的。


にこ「――やりたいから、よ」

139: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/27(水) 21:26:42.01 ID:NPhJ0Vn2o

凛「――――」

 息をのむ凛。きゅっ、と唇を結んで、視線を床へ落とす。

凛「なんで……」

 それは、質問というよりは独り言のように聞こえた。

凛「なんで……あんなこと、あったのに……」

にこ「あんなこと? って――」

凛「好きなこと……やりたいこと、否定されたのに」

凛「なんで……そんなこと、言えるの……」

にこ「――――」

 ああ、知っちゃったんだ。

 私が三年前――この世界では、二年前か――どれだけ惨めだったか。

140: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/27(水) 21:33:26.88 ID:NPhJ0Vn2o

にこ「だって、さ」

凛「え?」

にこ「だって、それが自分じゃない」

にこ「誰に否定されようと」

にこ「誰に馬鹿にされようと」

にこ「それが私。矢澤にこだもの」

にこ「痛さだって本気なの。悪い? 本気なのよ」


にこ「それが――私だもん」


凛「――――」

凛は、押し黙ったままだった。

145: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:08:55.80 ID:0QXlmUxeo

花陽「ね、凛ちゃん」

 凛の後ろから姿を現したのは、いつの間にかいた花陽であった。

 訳知り顔の様子を見ると最初から聞いていたのかもしれない。

花陽「凛ちゃんは、どうしたい?」

凛「凛は……」

花陽「――いいんだよ、言っても」

凛「かよ、ちん?」

花陽「ああしたい、こうしたいって。いいんだよ、言っても」

凛「でも凛は、」

花陽「許されないから?」

凛「…………」

146: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:20:11.55 ID:0QXlmUxeo

花陽「――もっと、早く言えればよかったんだと思う」

花陽「だけど、私に勇気がなかったから」

花陽「ひょっとしてこれも、凛ちゃんからしたら『否定』になっちゃうかもしれないって」

花陽「凛ちゃんに嫌われちゃうんじゃないかって」

花陽「だから、言う勇気がなかった」

花陽「でも、矢澤先輩を見て、思ったの」

花陽「私も、やりたいことやっていいんだって」

花陽「言いたいこと、言っていいんだって」

凛「……かよちん? 何言って、」


花陽「凛ちゃんの――ばかっ!」

147: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:29:09.67 ID:0QXlmUxeo

凛「えっ……」

花陽「許されるってなに!? 誰にそんな権利があるの!?」

花陽「ばかみたいっ! 凛ちゃんそんなこと言って、逃げてるだけだもん!」

花陽「あの雪の日から――」

凛「あ、やめ……」


花陽「猫ちゃんたちを助けられなかったあの日から、ずっと逃げてるだけ!」


凛「――――っ」

148: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:41:37.70 ID:0QXlmUxeo

花陽「……ね、凛ちゃん」

花陽「花陽はね、ずっと凛ちゃんのまぶしさにあこがれてたの」

花陽「きらきらで、まっすぐで、元気いっぱいな凛ちゃんに、あこがれてたの」

花陽「だからね。いますごく悲しい」

花陽「否定されるのを怖がって曇ってる凛ちゃんを見るのが、すごく悲しい」

花陽「……えへへ。勝手、だよね。わかってる」

花陽「だから言えなかった」

花陽「これが、花陽の……ほんとの気持ち、です」

花陽「ばかって言って、ごめんね?」

凛「かよ、ちん……」

149: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:47:51.42 ID:0QXlmUxeo

花陽「凛ちゃん?」

凛「……なぁに?」

花陽「怖いよね、否定されるのって」

凛「……うん」

花陽「怖いよね、許されないのって」

凛「……う、ん」

花陽「でもね、大丈夫」

凛「……う……」

花陽「たとえこれから先。十人が、百人が、千人が、凛ちゃんを許さなくっても」

凛「う……ぅぅうう……」

150: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:48:17.70 ID:0QXlmUxeo






花陽「私が――凛ちゃんを許してあげるから」


凛「ううぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁあああああん!」






151: ◆yZNKissmP6NG 2016/04/29(金) 04:54:32.97 ID:0QXlmUxeo

 なんだか、置いてけぼりにされちゃったけど。

 まあ、いいわよね。

 だって、口なんてはさめるわけないじゃない。


凛「うぁぁぁぁああああん!」

花陽「うん……っく……大丈夫、だからね……ひっく」


 あんなきらきらした雫より、説得力のある言葉なんて、もってないもの。

 だから、そう。


 アイドル研究部の部員が三人になったのは、また別のお話、ってことで。

157: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/03(火) 08:02:53.44 ID:lm87M5QRo

【Side:真姫】

 白鍵に乗せた指から、すぅ、と緊張感が全身に染み渡る。

 どんな音を鳴らそう。

 どんな曲を紡ごう。

 そう考えるだけで、胸がどきどきしてくる。

 だというのに。

真姫「はぁ……」

 今日は――ううん、ここ最近はずっと、ため息ばかりが口をつく。

 ぽーん ぽーん

 意味なくピアノを鳴らしても、沈む気持ちは浮かばない。

 せっかく先生にお願いして、放課後に音楽室を開放してもらってるのに。

158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 08:24:08.17 ID:lm87M5QRo

真姫「―――――」

 すっ、と意識を指先に集中させる。


 大好きだばんざーい!

 まけないゆうき 私たちは今を楽しもう

 大好きだばんざーい!
 
 頑張れるから――


 よどみなく動いていた指が、いつもここで止まってしまう。

 まあ、歌詞ができてないんだから当たり前なんだけど。

 それでもいつもならいい歌詞がすらっと浮かんで問題なく続けられるのに。


159: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 08:27:13.60 ID:lm87M5QRo

 不調、だから?

真姫「…………」

 そんなわけないし。

 それじゃまるで――友達ができないこと、私が気にしてるみたいじゃない。

 友達なんていらない。作らない。

 邪魔になるだけだもの。

 私はひとりがいいの。

 自分で選んでるの。

 友達なんて、友達なんて――

真姫「…………はぁ」


 私、誰に言い訳してるんだろ。

160: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 09:25:18.29 ID:lm87M5QRo

真姫「あーもう、やめやめ!」

 今日の練習もうじうじするのも、おしまい!

 こんな調子じゃ日が暮れたって曲なんか作れやしないわ。

 ぱっと荷物をまとめ音楽室を出る。

 オレンジ色に染まった廊下は誰もいなくて、少し寂しげ。

 グラウンドから聞こえる部活の声だけが、遠く響く。

真姫「…………」

 私はひとりで歩き出した。
 

161: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 09:51:24.50 ID:lm87M5QRo

 毎日ってこんなにつまらないものだったっけ。

 中学生のころから感じてた思い。。

 高校に入って増していく想い。

 同じ毎日が続いて。

 変わらない毎日が過ぎていく。

 
 今、私の視界を流れていく寂しげな廊下の風景は。

 きっと、私の人生の縮図。


真姫「――――」

 ひとりを、望んでいるはずなのに。

 泣きたくなるのは、なんでだろう。  

162: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 10:06:00.77 ID:lm87M5QRo

「かよちーん! はやく行くにゃー!」

「ま、まってよ凛ちゃん……それじゃ矢澤先輩、お疲れさまでした」

 と。奥の教室から飛び出てくるふたつの人影。

 見覚えあるな、と思ったら、同じクラスの星空さんと小泉さんだった。

 あれ、あの二人って陸上部に入ったんじゃなかったっけ?

 たまに聞こえる会話では、そんなこと話してた気がするんだけど……

「はいはい、お疲れさまー。気を付けて帰んなさいよ」

 続いて出てくる小さな人影。

 あの人……ついこの間、うちのクラスで一悶着起こしてた人だ。

 矢澤にこ……だっけ?

 風のうわさでは二年前にやらかしてひとりぼっちって話だったけど……

 ふーん。そういうこと。

 あの二人、矢澤先輩の部活に入ったんだ。

 別に、私には関係ないけど。

163: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/03(火) 10:29:39.27 ID:lm87M5QRo

 二人が走り去ったあと、矢澤先輩はひとりで部室のカギを閉めているようだった。

 私には気づいてないようで、そのまま廊下の奥へと進んでいく。

 なんだか浮かれてるみたいで、足取りは軽い様子。

 ほら、後ろくらい確認しなさいよ。人が見てるわよ、人が。

 もう、スキップなんかしちゃってみっともない。

にこ「~♪」

 あーあ、ごきげんに歌まで歌いだしちゃって、見てるこっちが恥ずかし――

 え?


にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 
 え、なんで?

 私が作った、私だけの、私しか知らない曲を。

 なんで――あなたが歌えるの?

170: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/08(日) 21:50:37.48 ID:DkMgFNURo

にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 つい歌なんか歌いながらの帰り道。

 十人が見たら十人が浮かれてると思うことだろう。

 それ、大正解。

にこ「とっきーどきーあーめーがーふーるけーど みっずっがーなーくーちゃたーいへーん」

 凛が仲間になってくれた。凛が認めてくれた。

 あんなに頑なだった凛が。

 私に、開いてくれた。

にこ「さー大好きだーばんざーい! まけなーいゆーうーきー」

 これが喜ばずにいられる? いーえ、いられないわ。
 
 歌だって歌いたくなるってもんよ。

172: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/08(日) 22:18:21.62 ID:DkMgFNURo

にこ「昨日ーに手ーをふーって ほらー 前向いてー」

 ごきげんになりながら一番を歌い終える。

 メロディの余韻は、誰もいない廊下にじんわりと染み込んでいった。

にこ「ふぅ……」

 喉の痛さも、少し弾んだ動悸も、なぜだか心地いい。

 やり遂げたというか、やりつくしたというか。

 まだ淡い達成感が、だけど、たしかに胸の中にあった。

にこ「あと六人」

 思わずこぼれたひとりごと。

 それは、遠いようで、でもきっと手が届かない場所じゃないと、思った。

 さ、今日はもう帰りましょう。

 気づけば止まっていた足を動かして、そして――


真姫「ちょっとあなた!」

にこ「ひゃうっ!?」


 歩みはすぐに止められた。

173: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/08(日) 22:26:37.78 ID:DkMgFNURo

真姫「なんで! なんであなたか知ってるの!? なんであなたが歌えるのよ!」

にこ「なっ、なっ、なぁ!?」

 懐かしい顔だ、なんて思う暇もなかった。

 急に飛んできた怒声に驚き振り向くと同時、私の両肩はがっしと掴まれた。

真姫「答えなさいよ! なんであなたがそれを歌えるの! なんで知ってるの!」

 言いながらがくがくと私を揺さぶる赤毛の女の子――真姫ちゃんは、必死の形相で繰り返す。

にこ「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ!」

真姫「これが落ち着いていられるもんですか!」

真姫「あなたが今歌ってた曲――『愛してるばんざーい!』は、私が考えてる途中の曲なの!」

真姫「それを、なんであなたが歌えるわけ!?」

にこ「っ!」

 ――やっちゃった。

 後悔が私の心を蝕む。

 浮かれてるからって、こんな致命的なミスをするなんて……

174: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/09(月) 07:30:43.59 ID:w/pllu7no

真姫「答えて」

 揺さぶる手は、いつの間にか止まっていた。

 けれどその代わり。

真姫「――――」

 真剣な瞳が、まっすぐに私を射抜く。

にこ「あ、ぅ……」

 考えろ、考えろ。

 なにかそれっぽい、納得できるような理由――

にこ「あ、そ、そうよ!」

真姫「えっ?」

にこ「あ、いや、そうよじゃなくて。あれよあれ、あんたいつも音楽室で練習してたわよね?」

真姫「――ええ」

 これだ、これしかない。

にこ「それが偶然聞こえてたのよ! 廊下で! それでいい曲だなーって思ってつい口ずさんじゃったのよ!」

 

177: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/09(月) 21:51:04.67 ID:w/pllu7no

真姫「――私が歌ってるのを、聞いたから?」

にこ「そう!」

真姫「――音楽室で、私が歌ってるのを?」

にこ「そうそう!」

真姫「――最初から、最後まで?」

にこ「そうなのよ!」

真姫「――――」

 いけるかも、って思った。

 真姫ちゃんが乗ってくれたと思った。

 ごまかせるかも、って、思った。

 それが全部勘違いだと気づいたのは。

真姫「――――っ」

にこ「えっ?」


 真姫ちゃんの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた瞬間だった。

178: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/09(月) 22:20:49.82 ID:w/pllu7no

真姫「う、うう……」

にこ「え……え!? ちょ、真姫ちゃんどうしたの!?」

真姫「なんで……なんで……!」

にこ「なんでって、こっちのセリフよ! なんで急に泣き出しちゃうわけ!?」

 私の言葉に、真姫ちゃんはキッと鋭い視線を返す。

真姫「なんでって? 悔しいのよ!」

にこ「く、悔しい?」

 なに? この子なんの話してるの?

 私の疑問を知ってか知らずか、真姫ちゃんはすぅっと息を吸う。


 大好きだばんざーい!

 まけないゆうき 私たちは今を楽しもう


 それは、ついさっき私が口ずさんでいた曲。

 唯一、違いがあるとするならば。


 大好きだばんざーい!
 
 頑張れるから――


にこ「…………?」

 それが、最後の最後で止まったこと。 

179: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/09(月) 22:28:08.20 ID:w/pllu7no

真姫「この曲はね、未完成なの!」

真姫「どうしても、最後のフレーズが浮かばなかった!」

真姫「この曲にぴったりの歌詞が見つからなかったの!」

にこ「……あ、」

 荒ぶった感情が、びりびりと伝わってくる。

 言葉の意味を飲み込んだ私は、自分が思っていたよりもっと深い沼に足を踏み入れていたことに気づいた。

真姫「そう! でもあなたは歌った!」

真姫「昨日に手を振って。ほら――前向いて、って!」

真姫「なによ……なによそれ!」

真姫「それ以上ぴったりな歌詞――見つけられるわけないじゃない!」

真姫「それを聞いた瞬間、もうそれしかないって思った!」

真姫「この曲には、その歌詞しか合わないんだって感じ取った!」

真姫「まるで……まるで、最初からそう決められていたみたいに……」

にこ「…………」

 そりゃ、そうよね。

 だってそれが、その歌詞が、この曲の「本来の形」なのだから。

180: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/09(月) 22:34:42.47 ID:w/pllu7no

真姫「それが……なんであなたから教えられなきゃいけないわけ!?」

真姫「なんにも知らないあなたに!」

真姫「廊下で聞いた、なんて下手な嘘でごまかそうとしてるあなたに!」

真姫「なんの関係もない、あなたに……!」

真姫「これが悔しくなくて……なんだって言うのよ……」

にこ「ぁ、う……」

 きっと、本当に悔しいんだと思う。

 人前で、しかも彼女にとって初対面の人間の前で。

 こんなに素直に涙をこぼすなんて――「あっち」の真姫ちゃんなら考えられない。

 だからこそ、不用意な言葉は返せなかった。

 この、ガラス細工みたいにもろい女の子に、どう触れたら壊さないで済むのか、見当もつかなかったから。

 

182: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/10(火) 06:26:01.53 ID:E4B5RweHo

真姫「……ちょっと待って」

 私がそうやってだんまりを決め込んでいたわけだから、言葉を続けたのは当然真姫ちゃんの方であった。

真姫「あなたさっき、私のこと……真姫ちゃん、って呼んだ?」

にこ「ぎくー!」

 し、しまった! 

 あまりの急展開に呼び方を変えるの忘れてた!

にこ「き、ききき、気のせいじゃない? なんで私が初対面の西木野さんのこと名前で呼ばなきゃ……」

真姫「いや、そうじゃなくって」

にこ「へ?」


真姫「初対面のあなたが、苗字にしろ名前にしろ、何で知ってるの? ってことよ」

にこ「…………」

 あ、ほんとだ。

 え、だって凛と花陽はそんなこと一言も――って、あの子らだもんなぁ……

にこ「あ、あはは……」

真姫「――――ねえ」

にこ「……はい」

真姫「あなた……何者なの?」

にこ「えー、と……」

 ああ、これが年貢の納め時ってやつなのかしら。

 ま、いっか。話しても。

 どうせ信じてもらえないだろうしね。

187: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 00:00:19.76 ID:8FHhUPvNo

真姫「ふぅん? つまり私の知ってる言葉で表すなら、あなたは未来人ってことになるのかしら」

にこ「あはは……まぁ、そういうことになるのかしらね」

真姫「…………」

 場所を移して、音楽室。

 腰を落ち着けて私の話を最後まで聞いた真姫ちゃんの反応は、正直予想外だった。

 ぶっちゃけ「頭のネジ、足りてないんじゃない?」とか鼻で笑われると思ってたのに。

 今目の前にいる真姫ちゃんは。

 私の言葉を、真剣に考えてくれていた。

 あの三人娘と友達になれた時も嬉しかったけど、それとは話が違う。

 「今の私」の真実を受け入れてくれる、仲間。

 すごく、すごく――救われた気がした。

にこ「――ありがと」

真姫「な、何よ急に」 

にこ「いえ、ごめんなさい。こんな話、まさか信じてもらえるなんて思ってなかったから」
 
 ちょっと涙目になった私の言葉を聞いて。

真姫「ばかね、あなた」

 真姫ちゃんは、からかうように笑った。



真姫「そんな話信じるわけないじゃない」



にこ「ちょっとおおおぉぉぉぉぉおおおおお!?」

188: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 00:06:06.77 ID:8FHhUPvNo

真姫「目が覚めたら過去にいました? そんなのありえるわけないじゃない」

にこ「はぁ!? さっきまでのいい雰囲気なんだったわけ!?」

真姫「頭のネジ足りてないんじゃない? あなた」

にこ「予想通りの反応ありがとうございますぅ!」

真姫「あーもう、やかましいわね」

 いらだちを隠そうともしない真姫ちゃん。

 え、なんで私が怒られてるの?

真姫「常識で考えなさいよ、常識で。あなたそもそもそんな話信じてもらえると思ったわけ?」

にこ「ぐ、ぐぬぬ……」

 はい、絶対信じてもらえないと思ってました。

真姫「ほら見なさいよ。自分でもわかってる答えが返ってきたのに騒がないでもらえる?」

にこ「で、でも! じゃああんたはご丁寧になにを考え込んでたわけ!?」

 そもそも勘違いの原因はそこだ。

 紛らわしいことしてる真姫ちゃんにだって責任はあるはずだ、うん。

189: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 00:15:46.48 ID:8FHhUPvNo

真姫「……信じては、ないの」

 だけどね、と。

 迷うような表情を見せた後、真姫ちゃんはグランドピアノへと向かう。

 ぴぃん、と空気が張り詰めたような錯覚。

 そんな緊張感を振り払うように、真姫ちゃんの指は鍵盤の上を滑り始めた。

 果たして、流れ出したメロディは。

にこ「――――!」

真姫「――――」

 それを察した私と、私が察したことを察した真姫ちゃん。

 一瞬のうちに視線が交わり、互いの意図を読み合う――なんてことはできなかったけど。

 私の体は、自然と反応していた。

190: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 00:21:13.55 ID:8FHhUPvNo

 
 I say...

 Hey,hey,hey,START:DASH!!

 Hey,hey,hey,START:DASH!!


 歌えないはずがなかった。

 それは、私たち九人が初めて講堂を一杯にした曲。

 μ'sのはじまりの歌。


にこ「――ふぅ」

 ピアノの伴奏は、私が一番のサビを歌い終えたところで止まる。

 額にじんわり浮かんだ汗をぬぐうと、真っすぐにこちらを見つめる真姫ちゃんと視線がぶつかる。

真姫「信じては、ないの。だけどね、そんなの関係ないってわかった」

真姫「今の曲は、歌詞なんてワンフレーズもついてないメロディだけの曲」

真姫「でもあなたは、それを当然のように歌った」

真姫「その歌詞は、そうであるのが当然のようにぴったりだった」

真姫「あなたが未来人であることを、私がどれだけ信じようとしなくても、関係ない」

真姫「この事実は――捻じ曲げられないもの」

191: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 00:40:07.91 ID:8FHhUPvNo

にこ「真姫ちゃん……」

真姫「μ's、だっけ? さっきのあなたの話に出てきた、私も所属してたアイドルグループって」

にこ「え? ええ、そうだけど……ひょっとして!」

真姫「勘違いしないで」

 ぱぁっと輝いた私の言葉を、真姫ちゃんがぴしゃりと遮る。

真姫「別に信じたわけじゃないんだから、そんなグループに私が入る義理はないわ」

にこ「いや、義理とかじゃなくて」

真姫「……ごめんなさい。変なごまかし方しちゃったわね」

真姫「私は、友達も作らないし、部活もやらない」

真姫「そう、決めてるの」

真姫「だから……μ'sには、入れない」

にこ「なに、それ……」

 真姫ちゃんの告げる言葉は、どれも絶望的だった。

 真姫ちゃんがそんな信念を持っていたなんて話、聞いたことがない。

 また――変わってしまった。

192: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 01:01:40.40 ID:8FHhUPvNo

真姫「ちょっと、そんなに落ち込まないでよ」

にこ「別に、落ち込んでなんか……」

真姫「いや、強がってるのばればれだし……」

にこ「…………」

真姫「――あぁもう! あなたがそんなじゃ本題に入れないじゃない!」

にこ「……本題?」

 情け無用の死刑宣告をした上で、この子はどんな本題に入ろうってつもりなの?

真姫「その、μ'sでは私が作曲してたんでしょ?」

にこ「そう、だけど……」

真姫「作詞してた海未って人がどんな人なのか知らないけど……少なくともあなたはどんな歌詞になるのか知ってる」

真姫「つまり、あなたが作詞できるってことよね?」

にこ「…………?」

 えっと。

 この子、何が言いたいの?

真姫「……もう、察し悪いわね!」

 しびれを切らしたのか、腰を持ち上げ私に歩み寄る真姫ちゃん。

真姫「μ'sに入るのは、その、難しいかもしれないけど……楽曲提供くらいはしてあげるって言ってるの!」

193: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 01:06:18.94 ID:8FHhUPvNo

にこ「…………」

 ガッキョクテイキョウ。

 がっきょくていきょう。

 ――楽曲提供?

にこ「それって!」

 再び差した光明にすがりつく私を、今度は誰も否定しない。

 それはつまり。

 真姫ちゃんがμ'sとのつながりを残すということ。

 今はまだ入るつもりがなくとも。

 可能性は――残る。

にこ「だ、だけど、なんで?」

 妙なところで冷静になる私。

 だけど気になったのだからしょうがない。

 友達も作らない、部活にも入らない。

 他人を拒もうとする真姫ちゃんが、それでもこの提案をするメリットが、見当たらない。

194: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/11(水) 01:38:00.24 ID:8FHhUPvNo

真姫「……さっきも言った通り。悔しかったのよ」

にこ「へ?」

真姫「私がいくら考えても思いつかなかったフレーズを、あなたがぽんと放ってきたことが、悔しかった」

真姫「そう。悔しくなるくらい――『曲が完成した』って思えた」

真姫「その感覚を、もっともっと味わいたいって思った」

真姫「私のメロディに、もっともっとあなたの歌詞を乗せてもらいたい――それじゃ、だめかしら」

 まあ、あなたが考えた歌詞じゃないみたいだけど。

 そっぽを向いた真姫ちゃんの頬は、ほんのり朱に染まっていて。

 それが照れ隠しだなんてことくらい、私にだってわかる。

にこ「だめなわけないでしょ。ていうか、むしろこっちがお願いしたいくらいだし」

真姫「矢澤先輩……」

にこ「にこでいいわ」

真姫「え?」

にこ「今さら真姫ちゃんに先輩扱いされてもくすぐったいのよね」

にこ「だから、にこでいいわ」

真姫「え、えっと……にこ、ちゃん?」

にこ「んふふー」

真姫「ちょっと、なに笑ってるのよ!」

にこ「別にー?」

真姫「もう、意味わかんない!」



 ぷんぷんしてる真姫ちゃんを見て。

 ぷいってしてる真姫ちゃんをみて

 私のよく知ってる、真姫ちゃんの横顔を見て。

にこ「――――」

 いつか九人は揃うんだろうなって、思えた。

199: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:12:54.12 ID:hkr0uN9Wo

にこ・凛「ライブ?」

花陽「はい、ライブです」

凛「っていうかなんでにこ先輩が普通にいるにゃ? ここ一年生の教室なのに」

にこ「いーじゃないのよ別に、部の一年生と一緒にお昼食べるくらい」

凛「凛たちは別にいいけど……」

にこ「……なによ、憐れんだ目で私を見るのはやめなさい」

凛「ほら、私のからあげあげるから元気出すにゃ」

にこ「同情すなー!」

花陽「あの、話進めてもいいですか……」

200: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:17:26.89 ID:hkr0uN9Wo

花陽「アイドル研究部も私と凛ちゃんが加わり三人となりました」

花陽「これは言わずと知れたかの有名スクールアイドルA-RISEと同じ人数です」

花陽「つまり! これだけ揃えばA-RISEと同じパフォーマンスだって可能ということです!」

にこ「いや、それは盛りすぎだと思うけど……だけど」

 揃えば、ねぇ。

 私の感覚としては「まだ三人」といったところ。

 目標の三分の一、真姫ちゃんを入れても半分にも満たない。

 本来真っ先に考えるべきである「アイドル活動」について全く考えてなかったのもそれが理由である。

 だけど……九人揃うまでなにもしません、ってわけにはいかないもんねぇ……

201: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:25:22.82 ID:hkr0uN9Wo

凛「じゃあ凛たちライブするの!?」

花陽「うーんと……正確には、『ライブするための準備をする』、って感じかな……」

 急に自信なさげになる花陽。

凛「準備?」

花陽「うん。ねえ凛ちゃん、アイドルが実際にライブをするには何が必要だと思う?」

凛「え?」

 やっぱり、花陽はしっかり考えてるみたいね。

 ちゃんとその問題に気づいてる。

凛「えっと、えっと……衣装、とか?」

花陽「うん、それももちろん必要だね」

 ほっこりしながら花陽が言うのは、凛が少しだけ素直な気持ちを覗かせたからだろう。

 可愛い衣装。着たいのね、凛。

花陽「だけどそれについてはまだ保留になっちゃうかな」

花陽「突き詰めちゃえば、この制服で踊るのだって立派な『音ノ木坂のスクールアイドル』っていうアピールになるし」

凛「そっか……」

 しゅん、と凛が落ち込む。

花陽「も、もちろんいつまでもそういうわけにもいかないよ?」

花陽「やっぱり可愛い衣装を着て踊った方が映えるし、それに……」

凛「それに?」

花陽「私たちも着たいし、ね?」

凛「……えへへー」

202: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:33:00.58 ID:hkr0uN9Wo

凛「それで、他にはなにが必要にゃ?」

花陽「あとは、もちろん場所も必要だよね。この学院は……」

 ちら、と飛んできた花陽の視線から、意図を汲み取る。

にこ「ええ、申請が通れば講堂でライブをすることも可能よ」

花陽「っていうことみたい」

凛「講堂って、あのおっきな? あんなに人が集まるのかにゃ……?」

にこ「…………」

 それについては心配ご無用。

 私たち九人が揃えば、あの講堂がちっぽけに見えるようなステージだって、お客さんで一杯にできるんだから。

花陽「それと、曲や振り付けも必要になるかな。これも他のスクールアイドル……それこそA-RISEのコピーだって大丈夫だけど……」

凛「やるなら自分たちの曲でやりたいねー」

花陽「うん。それに今例に挙げておいてなんだけど、あんまりレベルの高いアイドルをコピーしても難易度が上がっちゃうし」

凛「あ、そうだよね……」

 暗い話題ばかりが続き、凛と花陽のテンションがみるみる下がっていく。

 うーむ、幸先よくないわね、この子ら……

203: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:39:59.71 ID:hkr0uN9Wo

にこ「あ、そうだ」

 すっかり伝え忘れていた、明るいニュース。

にこ「曲については心配ないわ。私のつてで作曲してくれる人が見つかったの」

花陽「え、ほんとですか!?」

凛「だれだれ!?」

にこ「えーと、それはね……」

 さて、どう説明したものかしら。

 真姫ちゃんには、あの放課後の出来事はもちろん、楽曲を提供してくれるのが真姫ちゃんであることも黙っておいてほしいと言われた。

 まあ、それを話したら二人に質問攻めくらうことうけあいだものね。

 でもさ。全部嘘つく必要はないわよね?

 あんまり適当なこと言うとぼろがでちゃうかもだし。

 それに。

真姫「…………」

 この話題になった途端、私の視界のすみっこで面白いくらいびくって跳ねた赤毛ちゃんのリアクションも、楽しみたいしね。

204: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:48:21.92 ID:hkr0uN9Wo

にこ「えーっとねぇ、この学院の子なんだけどぉ」

真姫「…………!」

 あ、焦ってる焦ってる。

にこ「私より年下でぇ」

真姫「…………」プルプル

 おっと、震えだしちゃった。

にこ「ちょーっと素直じゃないんだけど、そこが可愛くてぇ」

真姫「っ、げほっ、げほっ!」

 あっはっは、ご飯詰まらせてむせちゃってる。
 
 ま、あんまりからかうのもかわいそうだし、この辺にしときましょうか。

 最後に、ひとつだけ加えて。

にこ「私の、大切な人の一人よ」

真姫「――――!」

 がたんっ

 耐えられなくなったのか、椅子から立ち上がる赤毛ちゃん。

 そのままつかつかと教室を出ていく、その横顔は。

 ――あらら、あれじゃ赤毛ちゃんじゃなくて赤面ちゃんね。

205: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:51:31.69 ID:hkr0uN9Wo

にこ「ま、詳しいことは言えないけど、曲に関しては問題ないわ」

花陽「そう、ですか?」

 いまいち納得しきれていない様子。

 まあ、今の説明にもなんにもなってないしね。

花陽「じゃあ、他に足りないものは……」

凛「えぇ、まだあるの? 凛、もう覚えきれないにゃー」

花陽「ううん凛ちゃん、これが一番大事なんだよ?」

にこ「?」

 他に必要なものなんてあったかしら?

花陽「アイドルがライブをやるのに必要なもの。それは――」

にこ・凛「それは――?」


――――――――

――――――

――――

206: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 20:59:43.92 ID:hkr0uN9Wo

――――

――――――

――――――――

花陽「ず、ずばり……はぁ、はぁ……これです!」

にこ・凛「…………」

 時は放課後、場所はアキバのゲーセン。

 汗だく息切れへろへろな花陽がずびしと指さす先には――GAME OVERの八文字。

 某ダンスゲーのリザルト画面である。

花陽「わた、私たちに、足りない、のは……ぜぇ、はぁ……体力と技術、です!」

にこ・凛「あー……」

 なんというか、ぐうの音も出ない説得力。

 難易度イージーの曲だったのに、ここまでいろんな意味でぼろぼろになれるのは、さすが花陽といったところ。

 いや、全然笑い話にもならないんだけど。

花陽「ほん、本番、は、踊るだけじゃ、ありません! これで、歌も、うたいながら……けほっ、けほっ」

にこ「ちょ、大丈夫? ほら自販機で買ったスポドリ」

花陽「あ、ありがとうございます……」

 こくん、こくん、と花陽の白い喉が揺れる。

 まあ、この子はどう見ても運動してきましたって感じじゃないものね……

207: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 21:10:43.20 ID:hkr0uN9Wo

花陽「ぷはー」

凛「落ち着いた? かよちん」

花陽「うん……大丈夫だよ、凛ちゃん。にこ先輩もありがとうございました」

にこ「いーえ、どういたしまして」

花陽「では、話を戻しまして……こほん」

花陽「とにかく、私たちには体力も技術もありません。素人ですから」

花陽「激しく動きながら歌もうたいつつ、しかも笑顔も絶やさない……」

花陽「そう! たとえるなら笑顔のまま腕立て伏せをするかのような忍耐力が、私たちには足りないんです!」

にこ「…………」

 そのたとえ、必要だった?

花陽「なので私たちは、まずこんなゲーム程度笑顔でクリアできるような体力と技術が……」

凛「――っとぉ、クリアしたにゃー!」

花陽「え?」

 熱弁する花陽のその後ろでは。

 その親友が無残にもハードモードでパーフェクトを叩きだしているところだった。

209: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 21:14:13.87 ID:hkr0uN9Wo

花陽「…………」パクパク

 ああ、花陽が餌を求める鯉みたいになってる……

凛「結構簡単だね、このゲーム」

花陽「はうぅ!?」

 とどめを刺されたのか、花陽が膝から崩れ落ちる。

 天然って容赦ないわね……

凛「じゃあ、次はにこ先輩の番にゃ?」

にこ「へ?」

 突然回ってきたお鉢に面食らう。

 曲をクリアしたためか、筐体は楽曲選択画面に戻っている。

 にも関わらず、凛は画面からすっと離れた。

 ……ふむ。

 ここはいっちょ、最高難易度で先輩の威厳を見せてあげますか。 

210: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 21:20:51.84 ID:hkr0uN9Wo

 結果を言えば。

凛「おおぉ! にこ先輩ベリーハードでパーフェクトにゃ!」

花陽「……私……アイドル向いてないのかな……」

 という感じではある。

 だけど。

 凛の言葉にどや顔をすることも。

 花陽の言葉に慰めをすることも。

にこ「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 余裕がなかった。

凛「とはいっても、さすがのにこ先輩も一曲が限界かにゃ?」

花陽「すごいはすごいですけど……でも、アイドルとしては体力不足なのは否めないですね……」

にこ「はぁ、はぁ、はぁ……くっ」

 ぎり、と奥歯を噛みしめるのは。

 二人の言葉が的外れな指摘だったからではなく。

 まさしく的のど真ん中を射抜いていたから。

211: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/19(木) 21:28:34.82 ID:hkr0uN9Wo

 たしかにここ一か月以上はダンスはおろか基礎トレーニングもほとんど怠っていた。

 それにしても、一曲でこのザマ? ありえない。

 体力の低下、というよりは……

にこ(これも戻ってる、のね)

 当たり前と言えば当たり前。だけど盲点だった。

 記憶が受け継がれているのならば、「私自身」が一年前に戻ってきた。

 そう、疑ってすらいなかった。

 でも、現実は違った。

 体力や筋肉、あるいは神経の繋がりというかセンスというか、そういったものは全て一年前のスペックに逆戻り。

 今の私は、そう――素人、だ。

にこ「――――よ」

凛・花陽「え?」

にこ「――トレーニングよ!」

花陽「あっ!」

凛「にこ先輩!」

 言いながら、二人がついてくるのも確認せず店を飛び出す。

 言いようのない不安が、足首をぎゅっとつかんでいるような気がした。 


 ――私は、もっと焦らないといけないのかもしれない。

219: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 13:32:34.83 ID:tL2n0Gexo





『別に、友達ってわけでもないのだから』





220: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 13:48:54.74 ID:tL2n0Gexo

にこ「――――」

 思い出すたびに、胃がよじれるような錯覚を引き起こす。

 一際強い痛みを噛みしめながら、私は生徒会室の前に立っていた。

 目的はただひとつ。絵里と希の勧誘。


 あのゲームセンターの屈辱以降、私たち三人は基礎トレーニングから始めることにした。

 筋力や体力、リズムやステップ。

 三日ほど続けて分かったのは――圧倒的な力不足だった。

 息はすぐ切れるし、足はもつれるし。こんなのでなんでスクールアイドルの頂点に立てたの? って感じ。
 
 いや、なんでなんてわかってる。

 絵里の指導があったからだ。

221: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 15:33:58.49 ID:tL2n0Gexo

にこ(絵里の加入は一刻を争うわ……)

 μ'sを集めるという意味ではもちろん。

 「ラブライブ優勝グループμ's」に戻るためにも、絵里の力は必須だった。

 だけど。

にこ(どう考えても、素直に入ってはくれないわよねぇ……)

 なにせあっちの世界では最後まで渋った彼女である。

 こっちの世界でだってきっと――

にこ(……いや)

 違う、のかな。

 そもそもあっちの世界で絵里が頑なだったのは、『音ノ木坂を廃校から救うため生徒会として動かなければならなかったから』だ。

 だったら、廃校の話がないこっちの世界でなら、絵里はもっと素直にアイドルをやりたいって言えるんじゃ――

223: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 16:41:11.35 ID:tL2n0Gexo

 ガチャ

希「おっとぉ?」

にこ「っとぉ!」

希「誰かと思ったらにこっちやん? 生徒会に何か用?」

にこ「の、希? え、いや、生徒会っていうか……」

希「ん?」

にこ「あんたと……生徒会長に用事がある、っていうか……」

希「うちと絵里ちに?」

にこ「う、うん……」

 希相手なのに、言葉が上ずる。

 というより、希相手だから、か。

 この子だけは、他の子と違ってこっちの世界でも全然知らない赤の他人、ってわけじゃない。

 だから話しやすいだろうって? とんでもない。

 だからこそ、距離感が取りづらいのだ。
 
 どんなに親し気に話しても、この希は、心に孤独を抱えたままの希なのだから。

 そして今の私は、『あの曲』ができるまで希がそういう子だって、知っちゃってるから。

 だから――この子の言葉のなにもかもが、張りぼてのように聞こえてならなかった。

225: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 19:02:23.60 ID:tL2n0Gexo

希「うちは別に構わないけど、絵里ちはもうここにはおらんよ?」

にこ「え、そうなの?」

 しまった、来るのが遅すぎたか。

 トレーニングは欠かさず、と思い、部活後に後回ししたのがいけなかったらしい。

にこ「そっか、参ったわね……」

希「……にこっちさ」

にこ「ん、なに?」

希「最近なんかあったん?」

にこ「は? な、なによ藪から棒に」

希「うちの耳にだって届いてるんだからね? にこっちの部活がまた活動し始めたってこと」

にこ「あー……」

 ま、そりゃそうか。

 うちの学年じゃ有名人だもんねぇ、私。

 もちろん、悪い意味で。

希「まあこんなところで立ち話もなんやし」

 ぱちん、と手を鳴らし。

希「うちにも用事、あるんやろ? そしたら、どこかでゆっくり腰を落ち着けない?」

にこ「ん、……そうね」

 そう提案した希に、反対する理由はなかった。

227: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 23:02:08.26 ID:tL2n0Gexo

 そんなこんなで、マクドナルド。

希「それで? にこっちは一体全体どんな悪だくみをしてるん?」

にこ「わ、悪だくみって、あんたね……至極まっとうなアイドル活動よ」

希「神田明神の階段を、ぜーぜーはーはー言いながら上り下りするのが?」

希「うちはてっきりアイドル研究部からダイエット研究部に転向したのかと思ったんやけど」

にこ「な、なんであんたがそんなこと……! って、そっか……」

 そういえばこの子、あそこでバイトしてるんだった。

 その割にちっとも顔合わせないもんだからすっかり忘れてたわ。

にこ「ダイエット研究部って、そんなわけないでしょ。このにこにーのないすばでーがどうしてダイエットする必要があるのよ」

希「ふーん……」チラ

にこ「今すぐその自分の胸と私の胸を見比べるのをやめなさい」

希「……ないすばでー」フフッ

にこ「あぁん!?」

228: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 23:17:09.38 ID:tL2n0Gexo

希「冗談冗談。それで? なんで今さらアイドルを?」

にこ「今さら、って……私は別にアイドルを諦めたつもりは、」

希「ないって、言えるん?」

にこ「…………」

 沈黙は、何よりも雄弁な、肯定。

希「うちが今さらと思うのって、不思議じゃないと思うんやけど」

にこ「……そうね」

希「――あの日から、やったんかな。にこっちが変わったのって」

にこ「あの日?」

希「そ、あの日。朝急に肩を叩いてきたかと思ったら、うちと絵里ちに妙なこと言ってきた、あの日」

にこ「――――」

希「当たりみたい?」

 まったくもう。

 この子はなんだってこういう時ばっかり鋭いのよ。

 

229: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/29(日) 23:29:31.80 ID:tL2n0Gexo

にこ「……たしかにあんたの言う通り。私、アイドルになること、諦めてた」

にこ「だけどね、見ちゃったのよ」

希「見たって、何を?」

にこ「自分を。自分たちを」

にこ「ステキな衣装を着て」

にこ「さいっこうの曲を歌って」

にこ「きらっきらなステージで踊って」

にこ「頂点に立つ自分たちを、見ちゃったの」

にこ「何言ってんの? って思われるかもしれないけどさ」

にこ「そんなの見ちゃったら、もうそれを諦めるなんてできなかった」

にこ「だから――もう一度、立ち上がった」

希「――――」

 希は、何も返さない。ただ窓の外を、じっと眺めている。

 手のひらに包んだドリンクの紙コップが、じんわりと汗をかいていった。

 

232: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 22:23:12.71 ID:fmcX7+DGo

希「――それで。立ち上がったのが、あの日ってことなん?」

 ようやく開かれたその口からは、ある意味的を射た言葉が放たれる。

にこ「まあ、そんな感じよ」

希「で、その『自分たち』の中に、うちと絵里ちも入ってる、と」

にこ「……ほんと今日のあんた鋭いわね」

希「カードがうちに教えてくれるからね」

にこ「万能過ぎない? あんたのカード」

233: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 22:35:01.38 ID:fmcX7+DGo

希「最近な、うちと絵里ちの未来を占うと、いつも同じ結果になるんよ」

希「ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる」

希「そんな、占いが」

にこ「――ん?」

 ほんと未来予知なんじゃないかってくらいの精度の、希の占い。

 そこに紛れる、大きな大きなひっかかり。

希「ん、どしたん?」

にこ「八つ? いま八つって言った?」

希「え? 言ったけど……」

にこ「九つの間違いじゃなくて? それとも自分を抜いて八つってこと?」

希「ちょっとちょっとにこっち、どうしたん?」

 焦りを抑えきれず、自分でもわかるくらいの早口になる。

希「自分も含めて、全部で八つってことだよ?」

にこ「――――」

 ぎゅっと噛みしめた唇。

 そこから走る鋭い痛みは、錆臭い現実を口内に広げる。


 頭の中では、人との関わりを頑なに拒む赤毛の少女が悲しげな顔をしていた。

234: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 23:28:20.29 ID:fmcX7+DGo

希「――その八つの光が、にこっちの話につながるんだって思ったんやけど……違うみたい?」

にこ「いや……」

 残念ながら、希の出した占いの結果がμ'sを――いや、μ'sになるはずだったものを指しているのは間違いないだろう。

 だけど、それを信じてしまうなら。

 私たち九人は――もう、揃うことができないの?

希「あんな、にこっち」

にこ「え?」

 俯けていた顔を正面へ向けると。

 とても優しい顔をしたかつての親友が、私を見つめていた。

希「自分で言うのもなんやけど、うちの占いが万能ってわけでもないし」

希「無理に信じてへこむ必要、ないんよ?」

にこ「――――ん、」

 私なんかよりも本当の意味でひとりぼっちの彼女が、何を思いながら私と話しているのかはわからないけど。

にこ「――うん。ありがと」

 その言葉は、素直に出てきてくれた。

235: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 23:31:56.02 ID:fmcX7+DGo

【Side:希】

 二階席の窓から、小さくなるにこっちの背中を見送る。

 私にお礼を述べたにこっちは、時計を確認すると慌てて荷物をまとめ始めた。


にこ『今日は早く帰んなきゃいけないんだった!』

 
 理由までは聞かなかった。余計に時間を使わせちゃいそうだったし。

 きっと家族の都合とか、そんなところだろう。

236: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 23:35:13.54 ID:fmcX7+DGo

希「――――」

 見えなくなったピンク色のカーディガンに思いをはせる。

 にこっちは、アイドルを再び目指し始めた。

 二年前、あんなにつらい思いをしたというのに。

 強い。

 本人はきっと否定するだろうけど、彼女はとても強い。

 だからこそ――危ういのだけど。

希「うちも見習いたいもんやね」

 ぽつりとこぼれたひとりごとは、ざわめきに飲まれて、消えた。

237: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 23:38:47.42 ID:fmcX7+DGo

 それにしても。

希(さっきのにこっち――普通じゃなかった)

 慌てた口調に真っ青な顔色。

 私の占いに現れた「八人」というワードが、妙にひっかかっていたようだった。

希「――――」

 自分の中で、不安の色が濃くなるのを感じる。

 ひょっとして、ひょっとすると。

 彼女にとって、どこかで「見た」自分たちというのは、九人だったのではないだろうか。

 それは、彼女の言葉の端からうかがい知ることができた。

 ならば。

 足りないのは――誰?

238: ◆yZNKissmP6NG 2016/05/30(月) 23:44:11.53 ID:fmcX7+DGo

希「――――」

 にこっちが様子が変わり始めた、あの日。
 
 うちと絵里ちの未来が「八つの光」になったのもその日からだったのだけれど。

 実はちょっと心配になって、にこっちの未来も占ってみた。

 結果は、どれほど繰り返しても変わらなかった。


希(――白紙)


 何度占ってみても。

 にこっちの未来は、見えなかった。

希(にこっち……)

 不安の色は、ついに私の心を塗りつぶす。 

 いるべきはずの九人。

 占いの結果は八人。


 足りないのは――

243: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 20:23:16.68 ID:ERsyiHu7o

真姫「あの」

にこ「…………」

真姫「ねえ」

にこ「…………」

真姫「ちょっと」

にこ「…………」

真姫「……あぁもう! いいかげんにしなさいよ!」

真姫「ふらっと現れたかと思ったらなんにも言わないで座り込んで」

真姫「私が演奏してるのじーーーーーーーっと見てるだけって、それ一体なんの嫌がらせなわけ!?」

真姫「気になってちっとも集中できないんですけど!」

にこ「んー……お気になさらず」

真姫「だからそれが無理だっていってるんでしょうが!」

245: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 20:30:04.86 ID:ERsyiHu7o

 ぷりぷりと怒りながらも出て行けと言わないのは、まあさすが真姫ちゃんというかなんというか。

 いや、私だってちょっとくらいこれ迷惑になってるかな? とか思わないでもない。

 けれど、私の頭の中は今希との会話をリピートすることで大忙しなのだ。


希『ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる』


 8人。

 希の占いは、非常にも私の知る未来を真っ向から否定してきた。

 もしそれが事実になるのであれば。
 
 私の苦労は―― 一体なにになるというの?

246: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 20:40:00.61 ID:ERsyiHu7o

にこ(――そもそも、なのよね)

 希に現実を叩きつけられて、目を背けていたものが頭の中をちらつくようになってきた。

 そもそも、ここはなんなのだろう?

 私は3月のあの日から、どうなってしまったのだろう。

 本当に過去の世界にタイムスリップした?

 だとしたら、元の時代には戻れるの?

 9人集めることに、μ'sを集めることに。

 意味は――あるの?

にこ(ダメ……)

 それだけは、きっと考えちゃダメ。

 そこに疑問を持ったら。

 きっと私は、もう――耐えられない。

247: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 21:00:40.08 ID:ERsyiHu7o

真姫「つまんなそうな顔してるわねぇ」

にこ「……あによ。文句ある?」

真姫「あるに決まってるじゃない。自分の演奏をそんな表情で聞き流されてるんだから」

にこ「……それもそうね」

真姫「……ひょっとして、あなた私を馬鹿にするためにわざわざ来たわけ?」

にこ「…………」

 なんのため、というのなら。

 心配になったから、と答えるのが正しいのだろう。

 まあ恥ずかしいから死んでも言わないけど。

 


248: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 21:08:24.94 ID:ERsyiHu7o

 私たちが8人しか揃わないと知って最初に浮かんだのは、このひとりぼっちを望む女の子だった。

 この子は――真姫ちゃんは、結局μ'sには入ってくれないのだろうか。

 彼女の言葉を思い返せば、じゅうぶんにあり得る話ではある。

 そう考え始めたら、そう、無性にこの子の顔を見たくなってしまった。

 今日の練習をさぼってまで音楽室に顔を出したのは、そのせい。

 そう――心配になったの。

249: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 21:30:05.97 ID:ERsyiHu7o

真姫「――変な人」

 ぷい、と顔をそらすと、真姫ちゃんは再び鍵盤へ向かう。

真姫「新曲、できたの――聞いて」

 返事も待たず、すう、と真姫ちゃんは息を吸い。

 指先が、白と黒の上を踊る。

にこ「――――」

 例によって例のごとく、聞き覚えのあるメロディ。

 ピアノ用にアレンジしてあるものの、この曲であることに間違いはないだろう。

 イントロが終わりに近づき、私も大きく息を吸う。

 これから紡ぐ歌詞を思い浮かべて、そして。

にこ(この子――私の心の中、読んでるんじゃないの?)

 なんて、思ったりしたのだった。

250: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/05(日) 21:30:45.59 ID:ERsyiHu7o



 Someday いつの日か叶うよ願いが

 Someday いつの日か届くと信じよう

 そう泣いてなんかいられないよ だってさ

 楽しみはまだまだ まだまだこれから!




253: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 17:37:44.02 ID:R6xTWM+mo

 どうしてこんなことになっているのだろう。

絵里「――最後に、もう一度だけ言わせてもらうわ」

 ピシリ。何度目かわからない、緊張感の走る音。 

 聞こえるはずのないそれは、だけど確実に、私の心を押しつぶす。

凛「――――」

 黙って睨み付ける子がいて。

花陽「えっと、あの、その――」

 涙目で困る子がいて。

希「うーん……」
 
 悩まし気に首をかしげる子がいて。

穂乃果「え、えーと……?」

海未「ど、どういうことなのでしょう……?」

ことり「私たち、いちゃダメでしたか……?」

 訳も分からず戸惑う子らがいる中。

にこ「――――」

 私は――今、どんな顔をしているのだろう?

 ほんと、誰か教えて。


絵里「ここにいる六人のグループで、一か月以内にスクールアイドルランキングで100位以内に入る」

絵里「それができなければ――私は、このグループには入りません」


 どうして、こんなことになっているのだろう。


 最初の最初のきっかけは。

 今日のお昼までさかのぼる――


 ――――――

 ――――

 ――

254: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 17:56:16.64 ID:R6xTWM+mo

 ――

 ――――

 ――――――

にこ(今日も今日とてぼっちめし、か)

 ここ最近は一年生二人とご飯を食べていた私だったけど、今日はクラスの子と食べる約束をしたとのこと。

 ま、それが自然な姿なわけで、私が口をはさめるような話でもなく。

 今日はおとなしく部室へ引っ込もうという算段で、廊下をとぼとぼ歩く。

にこ(なんだかんだで、まだ絵里とコンタクトとれてないのよねぇ)

 一昨日はすれ違いになり、昨日は音楽室へ逃避行。

 早くもマンネリ化し始めたレッスンに幅を持たせるためにも、絵里の協力は早い方がいい。

にこ(わかってはいるんだけど……そううまくはいかないのよねぇ……)

 こっちの世界の絵里の第一印象が『あれ』であったため、いまいちスムーズに話が進む未来が見えないのが正直な話。

 だからといって、動かないわけにはいかないんだけどさ。

にこ(それと――残りの三人とも、早いとこ接触しないと)

 二年生三人組。

 穂乃果、海未、ことり。

 あの子らは一体全体、今なにをしているのやら――

255: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 18:13:55.96 ID:R6xTWM+mo

「いやー、今日もパンがうまい!」

「行儀が悪いですよ、歩きながらものを食べるなんて」

「というか教室に戻るまで我慢しようよぉ……」

にこ「…………」

 なんていうか。

 同じ学校なのだから、十分にあり得る可能性ではあるのだけど。

 ふつーに。至極ふつーに。

 今思い浮かべた三人が、廊下の向こうから歩いてきていた。

穂乃果「そうは言ってもね、ことりちゃん。パンは焼いてから時間が経てば経つほどどんどんおいしさが損なわれちゃうんだよ」

穂乃果「そう! まるでお刺身の鮮度が失われるかのように!」

海未「まったく……ご丁寧に袋にパッケージまでされたパンに、鮮度も何もないに決まっているでしょう?」

ことり「というか、焼いてる時点で鮮度とかって話じゃないよね……?」

穂乃果「わかってない! わかってないよ二人とも!」

にこ「…………」

 どうしよう。思った以上にあっちの世界と同レベルのくだらなさだ。

256: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 21:04:34.50 ID:R6xTWM+mo

 だけど。
 
 今の私は、そのくだらなさに茶々を入れることもできない。

にこ(何事もなく、すれ違わなきゃ)

 それはある種の使命感。

 こっちの世界では、彼女らは見知らぬ他人なのだから。

 「あっ」とか、気軽に話しかけたりなんて、間違ってもできないのだから。

海未「あっ」

 あっ?

 え?
 
 なに、ちょっとどうしたのよ海未。

 なんで私の方を見ながら、気軽に話しかけてるわけ?

257: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 21:12:27.69 ID:R6xTWM+mo

海未「あの……」

 え、なになになに?

 なんで海未が私に話しかけてるの?

 だって彼女にとって、今の私は見知らぬ先輩で――

にこ(――ははーん)

 あー、わかっちゃった。

 これあれだ。自分が話しかけられてると思って返事したら実は自分の後ろの人に話しかけてましたってやつだ。

海未「えーっと……もしもし?」

 はー、危ない危ない。危うく赤っ恥かくところだったわ。

 まったく油断も隙もないわね。

海未「あの、矢澤先輩?」

 ヤザワセンパイ!? 名前までおんなじなわけ!?

 偶然って怖いわねー、危うく返事しちゃうところだったわ。

海未「…………」

 それにしても、私の後ろにいたヤザワセンパイも酷いやつね。

 結局私と海未たちがすれ違うまで返事してあげないなんて。

穂乃果「? 海未ちゃん、今の人知り合い?」

海未「知り合い、というわけではないのですけど。アイドル研究部の矢澤にこ先輩かと思ったのですが……人違いだったようです」

にこ「ってほんとに私のことかーい!」

258: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 21:51:00.74 ID:R6xTWM+mo

 はっ、ついツッコミ入れちゃった!

海未「え、えーと……? やはり矢澤にこ先輩、なのでしょうか?」

にこ「あ、そのー……まあ、そういうことになるわね……」

 ぐぬぬ、なんかすごくみっともない……

ことり「あの、なんでずっと無視してたんですか?」

穂乃果「そうですよ! 海未ちゃんが必死に呼びかけてたのに!」

海未「穂乃果、そういう言い方はいけません。私も見知らぬ立場で不躾だったと反省すべきでした」

にこ「や、それについては申し訳なかったけど……でも、海未さん? の言う通りなわけよ」

ことり「どういうことですか?」

 ――あんまり、自分で口にしたくはないんだけどなぁ。

にこ「つまり――見知らぬ立場、ってことよ」

にこ「ぶっちゃけちゃうと、私に話しかけてるとは思わなかったの。知らない人だし」

ことり「そう言われれば……」

穂乃果「海未ちゃん、なんでこの……矢澤先輩? のこと知ってたの?」

海未「やはり二人とも覚えてませんか……まあ、ひと月ほど前の話だから無理もありませんが」

にこ「?」

 なに? この子そんなに前から私のこと知ってたわけ?

259: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 22:45:04.82 ID:R6xTWM+mo

ことり「ひと月前……あ、そっかぁ!」

 ぽん、と手を叩くことりは、思い当たる節がある模様。

 一方そのころ。

穂乃果「んんん……? ヒント! ヒントちょうだい!」

 穂乃果は、まあ、穂乃果よねぇ。

海未「別にクイズを出しているわけではありません。私の部の先輩が、アイドル研究部でひとり奮闘している先輩を応援している話をしたでしょう?」

穂乃果「…………?」

海未「あなたに期待をした私が愚かでした……」

 穂乃果は、うん、穂乃果よねぇ……

 って。

にこ「私を、応援してる?」

 これは聞き捨てならない。

 海未の先輩――すなわち私と同じ学年の人間で、私のことを応援してる人間がいるなんて――

 待った。

にこ「あなた、所属してる部って……」

海未「弓道部ですが?」

 どくん。跳ねた心臓が、かぁっと頬を熱くさせる。

 こんなところで。

 こんなところで、あんたが関わってくれるのね。

 ああ。今なら胸張って言える。

 持つべきものは――


海未「ご存知だと思うのですが――後藤、という先輩なのですけど」


 ――友達、なのね。

260: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/06(月) 22:45:46.83 ID:R6xTWM+mo
ここまで
二年生編というべきかエリチカ編というべきか
まあしばらくそんな感じで続きます

263: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/15(水) 21:40:53.97 ID:t9+G4PhYo

 ひょっとして私は自分のクラスより後輩のクラスで昼食を済ませることの方が多いのではなかろうか。

にこ(それはなんか……寂しいわね……)

 結局、なんやかやで二年生三人組と一緒にお昼をすることになった私。

 そりゃたしかに、この子らをμ'sへ誘いたい私としては大歓迎の展開なのだけど。
 
 だけど、こうもいろんな教室へお邪魔してると、いい加減いたたまれなさも生まれてくるってもんである。

ことり「矢澤先輩? どうかしたんですか?」

にこ「えっ!? いやなんでもないわよ!? 別に私友達少ないなぁ寂しいなぁとか思ってないし!?」

ことり「え、えっと……?」

穂乃果「あ、矢澤先輩の卵焼き、」

にこ「あげないからね!?」

穂乃果「まだ何も言ってないんですけど……」

264: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/15(水) 21:54:07.52 ID:t9+G4PhYo

海未「そんなことよりも、です」

 ぱんぱんと手を叩く海未。途端背筋がしゃきっとするんだから慣れってのは恐ろしいものである。

海未「矢澤先輩の……先ほどおっしゃってたことは本気なのですか?」

にこ「本気も本気、大マジよ」

 肉団子をほおばりながらさもとーぜんとばかりに返す。

 穂乃果とことりが戸惑い顔で顔を見合わせてるのが小気味いいわ。

海未「というのは、つまり――私たちに、アイドル研究部に入って欲しい、ということですか?」

にこ「ええ、その通りよ」

海未「はぁ……」

 曖昧な返事のあと、海未の視線はうろうろと泳ぎ、やがて穂乃果に止まる。

穂乃果「…………?」

 その視線の意味を理解しているのかはさておき、とりあえずメロンパンにかぶりついている場合ではないと悟ったようでもぐもぐと咀嚼を急ぐ。

穂乃果「ごくん……はむっ」

にこ「二口目いくんかーい!」

265: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/15(水) 22:21:51.64 ID:t9+G4PhYo

海未「……穂乃果は、興味ないのですか?」

 穂乃果の察し能力に期待した自分が間違っているのに気付いたようで、海未は直接穂乃果に尋ねる。

穂乃果「アイドル、アイドルかぁ……はむ」

 会話しながらの三口目に躊躇がない。

穂乃果「うーん、私はどっちでもって感じかなぁ。お店の手伝いなかったら放課後は暇だし」

穂乃果「そう言う海未ちゃんはどうなの?」

海未「私は弓道部があります」

穂乃果「だけどその弓道部の先輩が言ってたんだよね? 兼部してみてもいいんじゃないかって」

海未「それは、そうですが……」

穂乃果「まあ、やりたくないものを無理にやらせてもしょうがないよねぇ」

海未「やりたくないなど誰も言ってません!」

穂乃果「え、やりたいの?」

海未「や、ややや、やりたいなどと誰が言いましたか!」

穂乃果「じゃあやらないの?」

海未「~~、あなたは私を馬鹿にしているのですか!」

穂乃果「質問しただけなのに!」

海未「穂乃果がどうしてもと言うのならやぶさかではない、というだけです!」

穂乃果「じゃあどうしても! どうしても海未ちゃんとやりたーい!」

海未「むむむむむ……」

穂乃果「むむむむむ……」

にこ(話がトントン拍子に進むのは結構なんだけど)

にこ(おいてけぼり感がはんぱない)

266: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/15(水) 22:32:40.75 ID:t9+G4PhYo

 と。

 私と同様、おいてけぼりを食らっている人物が一名。

にこ「あなたはどうなの? ――南さん?」

ことり「えっ」

 一人蚊帳の外でにこにことほほ笑むだけのことりに話を振る。

 するとどうしたことか、「私も含まれてたんですか?」みたいな顔しちゃって。

にこ「そうよ。あなたは興味ない? アイドル」

ことり「私は……えっと……」

 言いよどみながら視線を外すことり。

 うん、まあこの時点でいい返事は来ないんだろうな、とは想像ついたけど。

穂乃果「あ……」

海未「…………」

 穂乃果と海未が、必死に会話を繋げてた意味までは。

 ことりに話題が飛ぶのを防ごうとしていた意味までは。

ことり「私は――ごめんなさい」

 想像、できてなかった。


ことり「私――来月にはこの学校からいなくなっちゃうから。だから、無理です」

267: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/15(水) 22:40:09.91 ID:t9+G4PhYo

にこ「は、あぁ!?」

 いなくなる? ことりが!?

 なんでそんな急に!?

 そんな話あっちの世界でだって影も形も――

にこ「……あ、」

 あった。

 ことりが音ノ木坂を去る理由。

 だけどあれは、もっともっと後。

 それこそ文化祭が終わってからで……

ことり「服飾関係のお仕事に興味があるんです、私」

ことり「それで、海外のデザイナーさんから、向こうで留学してみないかってお誘いがあって」

ことり「来月末から向こうの学校に転校することが決まってるんです」

ことり「だから――私は、参加できません。ごめんなさい」

にこ「――――」

 嫌な予感ばっかり、あたるのよね。

270: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 09:53:11.61 ID:GUG5mtZ1o

穂乃果「いなくなっちゃうんじゃ、しょうがないよね……」

海未「ええ……」

にこ「――っ、あんたたちは、」

 あんたたちはそれでいいわけ?

 飛び出そうになった言葉を、すんでのところで喉元に押しとどめる。

ことり「……矢澤先輩?」

にこ「なんでもないわ……」

 いぶかしがることりに軽く首を振る。

 熱くなっちゃダメ。凛の時に十分学んだでしょ。

 私の言葉は。


『昨日会ったばかりの人に――なにがわかるんですか?』


 初対面の人間の言葉は――届かない、って。

271: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 13:10:27.10 ID:GUG5mtZ1o

 落ち着け。落ち着きなさい矢澤にこ。

 考えないと。
 
 ことりをつなぎとめる、何かを――

穂乃果「だけど、ことりちゃんの作った衣装でアイドルやってみたかったなぁ、なんて、ちょっと思ったり……」

海未「穂乃果! そういう話はもうしないとあの時決めたでしょう!」

穂乃果「わわ、わかってるよ海未ちゃん。ことりちゃんを困らせるようなことはもう言わないってば」

ことり「――――」

 穂乃果の発言が彼女らの取り決めに引っかかったのか。海未が烈火のごとく怒りだす。

 その原因が自分であることをわかっているためか、ことりも沈んだ表情。

 この子たちの中では、もうそれを話題にするのもタブーになってるのね。

 だけど、それじゃあ――

にこ「――っ、それ!」

海未「え?」

穂乃果「どれ?」

にこ「衣装! 日本にいるだけでも構わない、南さんには私たちの衣装づくりをお願いしたいの!」

ことり「えっ……私が、ですか?」

にこ「そう! あなたが!」

 今はもうこれしかない。

 真姫ちゃんと同じ、彼女の得意分野でつなぎとめる。

 今はまだ彼女を止める手段がなくても、未来に可能性をつなげるために。

272: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 13:29:16.36 ID:GUG5mtZ1o

ことり「だけど私、あくまで趣味の範囲でしかできないし……」

にこ「大丈夫よ!」

 それに関しては根拠は十分すぎるほどにある。

 だってこの子は、あっちではあんなにすごい衣装を作ってたんだもん。

 そもそもそ才能があるからこそ留学の話も出るわけだろうし。
 
海未「あの、先輩」

 困った顔のことりに、助け舟を出したのは海未だった。

海未「先輩の気持ちもわからないではないのですが……この話は、私たちの間ではデリケートな問題で」

にこ「別に日本に残ってくれ、なんて言ってないわ。留学するまで協力してほしいってだけの話よ」

海未「そう、ですけど……ですが……」

穂乃果「私はいいんじゃないかなー、なんて思うんだけど」

海未「穂乃果、またあなたは!」

穂乃果「い、いや、だって矢澤先輩の言う通り、留学するまでの間私たちの衣装を作ってもらうってだけの話でしょ?」

穂乃果「別に問題があるわけじゃないと思うんだけど」

海未「その話だってそうです、私はまだアイドルをやると決めたわけではありません!」

穂乃果「もー、海未ちゃん素直じゃないんだから」

海未「一体なにを言って、」

穂乃果「ね、ことりちゃん。ことりちゃんはどうかな?」

273: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 14:22:06.77 ID:GUG5mtZ1o

ことり「私は……」

 逡巡することりを見て、彼女の迷いはどこにあるのだろうとふと思う。

 衣装を作ることに抵抗がある?

 本人が言ったように自信がないから?

 なんだか腑に落ちない。

 そもそも迷いは、ひょっとして――

にこ「とりあえず。今日の放課後、練習見に来てみない?」

ことり「え?」

にこ「雰囲気見てみるだけでなにか変わるかもしれないし」

にこ「園田さんも実際にやってるとこ見たら気持ち固まるかもしれないしさ」

海未「わ、私はまだやるともやらないとも……」

にこ「だーから、それを固めなさいって言ってんのよ」

海未「う……」

にこ「どう? あんたはそれで文句ある?」

ことり「…………」

 しばらくは、口をつぐんでうつむいていたことりだったけど。

ことり「……はい。行きます」

にこ「決まりね」

 とりあえず、その顔を上げさせることはできた。

276: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 19:34:24.63 ID:GUG5mtZ1o

【Side:海未】

 午後の授業。数学教師の言葉が右から左へと流れていきます。

 原因は、お昼の出来事。


『とりあえず。今日の放課後、練習見に来てみない?』


 突然現れた先輩の、突然な申し出。

 後藤先輩から聞いていた先輩の存在が、まさかこのような事態を招くとは夢にも思っていませんでした。

 私たち三人の――あの日の決意を揺るがす、事態を。

海未「――――」

 私の斜め前の席で教科書に視線を落としていることりは、一見変わった様子は見られません。

 だけど――内心、戸惑っているはずです。

 いけません。私たちは決めたのですから。

 ことりがなんの未練もなく日本を発てるよう、最大限のサポートをしようと。

 そう、誓ったのですから。

277: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/18(土) 19:43:14.29 ID:GUG5mtZ1o

 窓際一番前の席。私の視界の端では、穂乃果がうつらうつらと舟をこいでいるのが見えました。

 ああは見えても、穂乃果もきっと内心では戸惑っているに違いありません。

 正直先ほどはああ言ったものの、穂乃果の気持ちは十分理解しています。

 少しでも長くことりとの時間を作りたい。

 少しでも多くことりとの思い出を作りたい。

 そして、あわよくば――

海未(いけません……!)

 それは、望んではいけないことです。

 私たちの都合で。

 私たちの願いで。

 私たちの欲望で。

 ことりの未来を潰してしまうなど――言語道断です。

 穂乃果もきっとそれを理解した上で、なおことりへの未練を断ち切れないのでしょう。

 わかります。あのように眠たげにしながらも、頭の中ではことりのことを――

穂乃果「チョコクロワッサンが逃げていくぅ!」ガバッ

教師「高坂……百歩譲って居眠りは良しとしても、寝言で授業の邪魔するのはやめような?」

穂乃果「へ? あ、あはは……すいませーん……」

海未「…………」

 前言撤回です。あの人はなにも考えていません。

289: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/23(木) 21:50:45.83 ID:Yi542HVqo

 放課後。屋上に顔を出すとすでに一年生二人がストレッチを始めていた。

凛「あ、にこちゃんだにゃ」

花陽「にこ先輩、こんにち――いたたたた、凛ちゃん押すのストップストップ!」

凛「え? ここでキープってこと?」

花陽「あごめんうそ手を離してええええぇぇぇ……」

にこ「……死なない程度にしなさいよ」

凛「あははー、にこちゃんは大げさだにゃ」

花陽「――――」グデー

にこ「それは花陽の状況見てから言ってやんなさい……」

290: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/23(木) 21:54:19.56 ID:Yi542HVqo

凛「新入部員?」

花陽「それも二年生の、ですか?」

にこ「まだ確定じゃないけどね」

 グロッキーになってた花陽が息を吹き返したのを確認してから、昼休みの出来事をかいつまんで説明する。

凛「おおー、段々本格的な部活っぽい人数になってきたにゃ!」

花陽「き、緊張しちゃうな……」

にこ「そんなに肩肘張らなくて大丈夫よ、花陽。ゆるーい感じの子たちだから」

花陽「そう、なんですか?」

にこ「そーそー」

 特に穂乃果なんかはあんな感じだし、すぐに馴染んでくれるでしょ。

291: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/23(木) 22:10:05.67 ID:Yi542HVqo

花陽「…………」

にこ「……ん? どしたの花陽?」

花陽「あ、いえ……別に大したことじゃないんですけど……」

 そう言うわりにちょっと考え込むような表情。

 なにか引っかかることでもあるのかしら。

にこ「なに? なにか気になることでもあるなら――」

穂乃果「お邪魔しまーす……」

 私の言葉を遮るように、開く屋上の扉。

 見ると約束通り二年生が顔を出してくれたようであった。

にこ「ようこそ、待ってたわ」

海未「失礼します。約束通り伺わせていただきました」

ことり「……よろしくお願いします」

 穂乃果に続き屋上へ姿を現す二人。

 気持ちは――まあ、まだ固まらず、よね。

292: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/23(木) 22:21:37.23 ID:Yi542HVqo

花陽「あ、わ、私、一年の小泉花陽って言います!」

凛「私は同じく一年の星空凛です。よろしくお願いします、先輩方」

 一年生たちの自己紹介に、三人の目が向く。

穂乃果「お、あなたたちがアイドル研究部の一年生だね?」

穂乃果「そんなに気を使わなくていいよ、ここではあなたたちが先輩なんだから」

花陽「そそそ、そんな! 先輩だなんて言えるほどの器じゃ……」

凛「じゃあ遠慮しないにゃ!」

花陽「ちょ、凛ちゃん! 先輩に失礼だよ」

穂乃果「あはは、気にしなくていいよ、花陽ちゃん。私から言い出したんだし」

穂乃果「私は高坂穂乃果、二年生。気軽に穂乃果、でいいよ。私も下の名前で呼ぶし」

穂乃果「それから――」

海未「私は園田海未。穂乃果と同じ二年生です」

海未「まだ入部を決めたわけではありませんが……もしそうなれば弓道部との掛け持ち、ということになります」

海未「どうぞよろしくお願いしますね、二人とも」

295: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 18:04:27.00 ID:9D3TayC9o

 そして。

 誰からともなく、視線はことりに集まる。

ことり「私は――」

 一瞬見せた逡巡は、期待に満ちた一年生に対する申し訳なさ、なのかもしれない。

ことり「ごめんなさい、入部するわけではないんです」

花陽「え?」

凛「入部希望じゃないにゃ?」

ことり「はい……ごめんなさい」

ことり「南ことりって言います。矢澤先輩に誘われてきました」

ことり「ちょっと理由があって一緒にアイドル活動をすることはできないけど、ひょっとしたら力になれるかもしれません」

ことり「だから……短い間になるかと思うけど、よろしくお願いします」

凛「あ……はい、よろしくお願いします」

花陽「…………」

 微妙な立ち位置のことりにたじろぐ二人。

 いけない、これを取り繕うのは私の役目だ。

296: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 19:07:25.68 ID:9D3TayC9o

にこ「だけどね、二人とも。この子は衣装作りができるのよ」

凛「え、ほんと!?」

ことり「できる、って言っても……趣味範囲だけどね」

凛「それでもすごいにゃ!  衣装ー衣装ー!」

ことり「え、えっと……そんなに期待されても……」

 衣装と聞き急にテンションを上げる凛。

 なにせそのために入部したようなものだもんね、あの子は。

 しかし一方の花陽はというと。

にこ「……あんた、さっきからどうしたの? 花陽」

花陽「えっ?」

にこ「ずっと難しい顔しちゃって……」

花陽「…………」

 

297: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 20:30:37.75 ID:9D3TayC9o

花陽「矢澤先輩は……」

にこ「ん?」

花陽「矢澤先輩は、南先輩を衣装作りのために勧誘したんですか?」

にこ「え? ……いや、違うわよ? もちろん最初は一緒にアイドルをやってもらうために声をかけたわ」

にこ「というか、今もそれは諦めてないけどね」

花陽「そう、ですか……」

 そう呟くと、またむつかしい顔でうつむいてしまう。

 具合でも悪いのかしら?

 まあ、本人が話さないなら問い詰めてもしかたないか。

 それよりも今は。

にこ「それじゃあ、ギャラリーも揃ったことだしそろそろ練習始めましょうか」

299: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 21:11:28.22 ID:9D3TayC9o
* * * * *

凛「よっ、ほっと。えへへー、見られてると緊張してうまく動けないねー、っとぉ」

花陽「それでも、それだけ、動けるなら……っと、じゅうぶんだよ、凛ちゃん」

にこ「ほらほら、無駄話しない。ペースあげるわよ。ワン、ツー、スリー、フォー」パンパンパンパン

凛「にゃっ、負けないよー!」

花陽「わ、わわわ……」


穂乃果「……へー、意外と本格的なんだねぇ」

海未「たしかに……稚拙さは感じられますが、素人としてはかなり動けている方なのでは?」

ことり「小泉さんはちょっとつらそうだけどね……」

穂乃果「でも、逆に言えばこれから始めたってまだまだ置いてかれる心配はないってことだよね?」

穂乃果「うん、やっぱり楽しそうだし私はやってみてもいいかな」

海未「私も……これくらいでしたら弓道部の方に影響はあまりないかもしれませんね」

穂乃果「だよね、だよね!」

穂乃果「それで、その……ことりちゃんはどうかな?」

300: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 21:19:26.60 ID:9D3TayC9o

ことり「私も……二人が入部するって言うなら、衣装作り、やってみてもいいかなぁ、なんて……」

穂乃果「ほんと!?」

海未「……よいのですか? ことり」

ことり「……うん。腕慣らし、って言ったら失礼かもしれないけど」

ことり「でも、実際に着てもらえるレベルの衣装を作る練習にはちょうどいいかなって」

海未「……そう、ですか……」

にこ「――――」

 聞いている感じ、感触はかなりいいみたいね。

 「このくらい」とか、ちょっと舐められてる感じがむかっとするのはあるけど。

 だけど、実際に今の私たちの実力はその程度、ってことだしね。

 それがあの子らのハードルを下げてくれてるっていうならむしろ好都合ってなもんよ。

301: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 21:32:15.99 ID:9D3TayC9o

にこ「ね、あなたたち。もしよかったら、今から私たちと一緒に――」

 練習に参加してみない?

 そう、言うつもりだった。

 だけどそれが私の口から出るより早く。

 ギイイィィィィ……

 と、重っ苦しい音が屋上に響いた。

絵里「お邪魔してもいいかしら?」

にこ「! あ、あんた……」

 音の原因、開いた扉から顔を出したのは。

 まぎれもなく、音ノ木の生徒会長にして。

 μ'sの大切なメンバーの一人――絵里、だった。

にこ「絵……生徒会長、なんでこんなところに……」

希「やっほー、元気にやってるかーい?」

にこ「希!」

希「おやにこっち、こんなところで奇遇やね?」

にこ「――――」

 あとから軽い調子で続いてきた人物を見て、察する。

 その答え合わせは、絵里の口からなされた。

絵里「突然ごめんなさいね。希がどうしても見てもらいたい部活があるからって言うものだから」

302: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 22:28:37.92 ID:9D3TayC9o

にこ「希……」

 あんたって子は。

 ほんと、いい仕事してくれるじゃない。

絵里「それで? 矢澤さんがいるということは……アイドル研究部ということよね? ここは」

にこ「ええ、そうよ」

絵里「ということは――希が言ってた「私に話がある人」っていうのも、あなたということでいいのかしら?」

にこ「まあ、そういうことになるわね」

絵里「一体なんの用事かしら? 部費を上げてほしいとかそういう話はナシよ、アンフェアだわ」

にこ「そんなつまらない話するつもりないわよ」

絵里「あら、それじゃあ面白い話をしてくれるのかしら?」

にこ「もちろん。さいっこーに愉快な話よ」

絵里「希と並んでるところを「なかよしこよし」だなんて茶化される冗談より愉快であることを祈ってるわ」

にこ「ぐ……」

 この子、最初のあの日のこと根に持ってるわね……

303: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/26(日) 22:42:33.54 ID:9D3TayC9o

にこ「――単刀直入に言う。あなた、この部に入るつもりはない?」

絵里「――――」

 しん、と空気が冷える。

 絵里は答えない。じっと、私の目を見つめる。

 スカイブルーの瞳に映る私は、がっちがちの表情で佇んでいた。

 誰を誘った時よりも口の中が乾いているのは、やっぱりこっちの世界での第一印象があったから。

 あっさり切り捨てられたら。

 ばっさり斬り捨てられたら。

 そう考えるだけで、膝が震えるのがわかった。

 ごくん。鳴った喉は誰のものだろう。

 沈黙に耐えきれず、二の句を接ごうとして、そして――

絵里「――まあ。たしかに、つまらなくはないわね」

 その一言で、がくっと力が抜けた。

308: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 20:57:01.07 ID:FmvrfbxHo

にこ「興味を持ってくれたようで何よりだわ」

 へいちゃらけーな顔でそう言うけど、内心はだいぶほっとしてた。

 正直、一番の難関は絵里になると思ってたから。

 だから、そのラスボスが好感触を示したのは、このクソゲーの中でも数少ない救いだった。

 まあ、赤毛の裏ボスがまだ控えてるんだけどね……

絵里「勘違いはしないで欲しいわ。まだ入ると決めたわけではないの」

にこ「……なに? なんか条件でも出すつもり?」

絵里「――――」

 答えることなく、絵里はぐるりと屋上を見渡す。

絵里「そこで座ってるあなたたちは、見学者?」

309: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:01:33.15 ID:FmvrfbxHo

穂乃果「えっ?」

海未「私たちのこと、ですか? え、ええ、そうですけど……」

絵里「そう……アイドルに興味があるの?」

穂乃果「そうと言えば、そうなのかな……?」

絵里「どういうこと?」

穂乃果「私たち、矢澤先輩に勧誘されて来たんです。だから、最初からアイドルに興味があったっていうわけでは……」

絵里「……他の二人も?」

ことり「あ、私はそもそもアイドルをやるためにきたんじゃなくて……」

海未「私は違います。穂乃果がどうしてもと言うから仕方なく着いてきただけです」

穂乃果「もー、海未ちゃんまだそんなこと言ってるの?」

海未「まだとはなんですか、私は本当に……」

絵里「もう、いいわ」

 頭を抱えながら、絵里はそう答えた。

 ――あんまり、雰囲気よくないかも。

310: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:19:12.51 ID:FmvrfbxHo

絵里「そこの二人は部員なのよね?」

 冷ややかな視線が、今度は凛と花陽を捕らえる。

凛「……そうですけど」

 あー……警戒心MAXだ、あの子。

絵里「あなたたちは? 勧誘されて入ったの?」

花陽「あ、わ、私は違います。私はアイドルになりたくって……」

絵里「そ。そっちのあなたは?」

凛「なんで答えなきゃいけないんですか?」

 友好心ゼロの返答。

 てか、これまずい。私が止めないと――

にこ「ちょっと、二人とも……」

絵里「入部をお願いされてる立場ですもの。部について質問くらいさせてもらって当然でしょう?」

凛「私はお願いしてません」

絵里「あなたが部長以上の権限を持ってのなら今すぐ帰るわ」

凛「――――っ」

 ダメだ、私の言葉なんて全然届いてない。

 一触即発、今にも取っ組み合いになるんじゃないかってくらいにボルテージがあがって――

希「絵里ち」

 熱くなった二人の間に、すっ、と水が差される。

絵里「……ごめんなさい、そんなこと言うためにきたんじゃなかったわ」

311: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:32:04.58 ID:FmvrfbxHo

絵里「じゃあ聞き方を変えるわ。この中で自分の意志でこの部に入った人は?」

 私を含めた皆が皆、目を見合わせて。

 おずおずと手を挙げたのは、花陽だけだった。

絵里「…………そう。わかったわ」

 落胆の色を隠そうともしない絵里の声。

 それに答える子なんて、誰もいなかった。

絵里「矢澤さん」

にこ「……なに?」

絵里「返事。今するわ」

にこ「返事?」

絵里「この部に入れって、あなたが言ったんでしょう?」

にこ「ああ……」

 正直、そんなことすっかり頭から吹き飛んでいた。

 だって、そうでしょう?

 なんの前触れもなく、真正面からケンカ売られてるようなもんだもん。

 第一、ここまで言われていい返事を期待するほど間抜けじゃないし、私。


絵里「入ってもいいわ」

313: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:43:31.50 ID:FmvrfbxHo

にこ「…………は?」

 今鏡を見たら、さぞかし間抜けな顔した女の子が映るでしょうね。

 って、そんな現実逃避してる場合じゃなくて!

にこ「入るの!?」

絵里「だめなの?」

にこ「いや、そんなことは……」

 ない、けど。

 さんざんひっかきまわして、その答えを誰が予想できるの?

凛「入ってもいいって……上から目線すぎません?」

絵里「頼まれてる立場だって、さっき言ったはずなのだけれど」

凛「だからって!」

花陽「り、凛ちゃん! 落ち着いて!」

凛「でも!」

花陽「うん、わかるよ、気持ち。だから」
 
 きっ、と。

 花陽にしては珍しく強い視線で、絵里へ向き直る。

花陽「なんで急にそんな答えになったんですか?

314: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:48:12.74 ID:FmvrfbxHo

絵里「別に急に決めたつもりはないわ」

花陽「……わけがわかりません。だってさっきまであんなに酷い態度だったのに」

花陽「入るつもりがなかったとしか、思えません」

絵里「――あなたは、わかってるんじゃないの?」

花陽「え?」


絵里「入るつもりがあったから、よ」


花陽「――――」

 その沈黙は、なにを意味したのだろう。

 なんにせよ、それ以上花陽が答えることはなかった。

315: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:54:42.52 ID:FmvrfbxHo

絵里「それにね、ただで入るとは言ってないわ」

にこ「は?」

絵里「あなた、スクールアイドルランキングって知ってるかしら?」

にこ「知ってる、けど……」

 かつてはその頂点まで上り詰めたグループの一員だもの。

 知らないはずがない。

絵里「そのランキングで、あなたたちが100位以内に入ること。それが私が加入する条件」

にこ「…………」

 は?

 あなたたちって、私たち?

絵里「まあ、今の状況でその条件を満たすのは難しいでしょうね」

絵里「だから、私も協力してあげる。こう見えてもバレエの心得はあるの」

絵里「あなたたちにレッスンをつけることくらいならできるわ」

にこ「――いいかげんに、」

 風船のように膨らんでいた悪感情。

 それが、限界まで大きくなって――

絵里「するのは、あなたの方なんじゃないの?」

 ぷしゅう、と情けない音をたててしぼんだ。


絵里「あなた――なにがしたいの?」

316: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 21:58:23.06 ID:FmvrfbxHo

 なにがしたいの? って。

 それ、私のセリフじゃないの?

穂乃果「あのー……」

 蚊帳の外になっていた穂乃果が、おっかなびっくりで口を挟む。

穂乃果「その「あなたたち」って、ひょっとして私たちも……?」

絵里「入ってるわ」

穂乃果「ええー……」

海未「待ってください! 私たちはまだ入部も決めていません!」

海未「第一ことりに至ってはそもそもアイドル活動をするわけでも――」

絵里「ならこの話はなかったことにしましょうか?」

海未「――――っ」

 海未の立場ならそこで構わないと怒鳴りつけてもいい場面だった。

 それをすんでのところで踏みとどまってくれたのが私のためだということは、一瞬飛んできた彼女の視線が如実に語っていた。

318: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:07:28.24 ID:FmvrfbxHo

 ――そして、彼女の捨て台詞にたどり着く。

絵里「――最後に、もう一度だけ言わせてもらうわ」

絵里「ここにいる六人のグループで、一か月以内にスクールアイドルランキングで100位以内に入る」

絵里「それができなければ――私は、このグループには入りません」

 好き放題言い残して、絵里は屋上を後にした。

 残されたのは。

にこ「――なんなのよ、これは」

 苦い現実を突き付けられた、ちっぽけな女の子。 
 

320: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:13:32.40 ID:FmvrfbxHo

【Side:絵里】

希「絵里ち!」

 早足で階段を下りる私の背中に、希の声が飛んでくる。

 彼女の言いたいことは痛いほどにわかっている。

希「話が違うやん! にこっちの話聞いて、よければ協力してあげるって、そういう話だったでしょ!?」

絵里「……わかってるわ」

 わかってる。自分がどれほどみっともないことを喚き散らしたか。

 どれほど子供じみた感情を振りかざしたのか。

 痛いほど、わかってる。

 だけどね、希。

 「話が違う」は、こっちのセリフなのよ。

321: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:19:02.03 ID:FmvrfbxHo

 「矢澤にこ」は、私たちの学年では知らない人がいないほどの有名人である。

 アイドルを目指し、暴走し、孤独になった変人。

 たぶん多くの人の認識はそんなものでしょうね。

 だけど、私は――少しだけ、うらやましかった。

 恥も外聞もかなぐりすて、自分のやりたいことにひたむきになれる強さ。

 方向性はどうであれ、それは誇れるものだと思ったから。

 だから彼女が再び部活動を再開し始めたと聞いた時は、内心応援だってしていた。

 希から「あの占い」の話を聞いて。

 私が彼女に関われると知って。

 嬉しく、思ったのよ。

 だから。

 だからこそ――

絵里「残念、だったのよ」

322: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:21:47.75 ID:FmvrfbxHo

希「残念?」

絵里「ええ」

希「残念、って……むしろ絵里ち、喜んでたやん? にこっちを近くで見られるって」

絵里「ええ」

希「いや……矛盾してない?」

絵里「してないわ」

 だって。

絵里「だって――彼女は私の知ってる「矢澤にこ」じゃなかったから」

 今のままの彼女なら――関わることに、意味なんて、きっとない。

323: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:26:05.93 ID:FmvrfbxHo

希「どういうこと……?」

絵里「さっき。屋上には私たちを含めて8人いたわね?」

希「え? う、うん、そうだったと思うけど……」

絵里「なら……あの8人が、希の占いに出た「やっつの光」、なのよね」

希「……たぶん」

絵里「そう……」

 違ってほしかった。

 もしそうなら、話は簡単だったから。

 だけどどうしても「あの」8人でなければならないというのなら。

絵里「あの部活――潰れるわ」

希「そりゃ、まあ……あれだけぼろくそに言われれば……」

絵里「そうじゃなくって」

 それは、まあ、やりすぎた私が悪かったけど。

 だけど、あれだって必要な荒療治。

絵里「正直、矢澤さんのやりたいことが見えてこないのよ」

324: ◆yZNKissmP6NG 2016/06/29(水) 22:29:04.95 ID:FmvrfbxHo

希「にこっちのやりたいことって……アイドルになる、やろ?」

絵里「…………」

 アイドルに、なる。

 なることだけが目的なら、あのメンバーでもいいのかも知れない。

 だけど、それなら彼女は2年前、ひとりぼっちになんてならなかった。

 彼女が目指してるのは、そんな低いところではなかったはずだ。

 なのに。


 今の彼女は――2年前の自分自身を蔑ろにしているようにしか見えないのよ。

331: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:11:46.66 ID:+lwXNVVgo

凛「凛は絶対反対!」

 嵐が過ぎ去った後。

 そのままレッスンを続ける雰囲気でもなくなり、私たちは部室へと戻っていた。

 にこ「そうなるわよねぇ……」

 余りにも一方的な要求。

 私たちが一か月以内にランキング100位入り?

 まだ登録すらされてない私たちが?

 正直……非現実的すぎる。

凛「あんなに勝手な人の話聞く必要ないにゃ! ね? かよちん」

 まあ、凛が反対する理由はもっと別なところにあるんだけど。

332: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:12:40.55 ID:+lwXNVVgo

花陽「…………」

凛「かよちん?」

花陽「――あ、ごめん凛ちゃん。なぁに?」

 絵里とのやり取りから向こう、花陽の様子はずっとおかしかった。

 ぼーっとなにかを考えるような。

 というか、思い詰めてるような。

 
絵里『入るつもりがあったから、よ』


 絵里のあの言葉の意味は、私にはよくわからない。

 入るつもりのある人間が、あそこまでディスる必要ある? って話。

 だけど花陽にとって、あの言葉は。

花陽「…………」

凛「ねーかよちーん、聞いてるにゃー?」

 大きな意味を持ってるみたいね。

333: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:13:24.99 ID:+lwXNVVgo

 そして懸念事項はもうひとつ。

海未「あの……」

にこ「あー、うん。あなたの言いたいことはすごくよくわかる」

海未「ならば話は早いのですが……」

にこ「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて話を遮る。絵里への反感が最高潮になってる今、この子たちにまで離れられたら、本格的にμ'sの結成は怪しくなってしまう。

にこ「そっちの二人は!?」

 さっきまで好印象だった穂乃果なら、話を良い方向に持っていってくれるかもしれない。そう考えての振りだったんだけど。

穂乃果「私は……やっぱり遠慮しようかなー、なんて」

にこ「なっ……」

穂乃果「だってだって、そのスクールなんちゃらランキングっていうのがどんなものかよくわからないけど……」

穂乃果「でも、私たちがそれにランクインするって言われても、現実味がないというか……」

穂乃果「ぶっちゃけ、練習とかきつくなっちゃう? って考えると……ねえ?」

にこ「…………」

 返す言葉は、私の頭のどこをひっくり返しても、出てこなかった。

334: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:13:55.55 ID:+lwXNVVgo

海未「――もう、いいでしょうか?」

 言いながら、返事を待つことなく、海未が席を立つ。

 気まずそうな顔をしながら、続く穂乃果。

 良くなんかない。行ってほしくない。

 願いばかりがあふれ出て、だけど、それを彼女らの心に届く言葉に変換する力が、なくて。

 だから。

ことり「私は――やっても、いいです」

海未「なっ!?」

穂乃果「ことりちゃん!?」

 その足を引き留めたのは、その心に届く言葉の持ち主だった。

335: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:15:17.84 ID:+lwXNVVgo

海未「ことり、あなたは優しすぎます!」

 返す海未の言葉には、隠すつもりもない怒気が満ちていた。

海未「大方今までの流れから、自分が協力しなければ矢澤先輩たちが困ると判断したのでしょう」

海未「ですが! それは私たちには関係のない話です!」

海未「衣装づくりの話だって、私は賛成しかねるものでした!」

海未「ことり、自分を犠牲にする必要なんてないのです。残された時間、もっと自分のやりたいことを――」

 焦りと怒りをまくしたてる海未に対し。

ことり「海未ちゃん」

 ことりの言葉は、あまりにも静かだった。

ことり「その言葉は――誰のため、なの?」

海未「え――」

336: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:16:44.82 ID:+lwXNVVgo

ことり「矢澤先輩。私たち、入部します。穂乃果ちゃんもいいかな?」

穂乃果「うぇ? あ、えーっと、いいような、悪いような……」

ことり「やっぱり……だめ?」

穂乃果「ううん、だめじゃないよ!」

ことり「ありがとう。ごめんね、わがまま言って」

穂乃果「そんなこと……」

ことり「海未ちゃん」

海未「…………」

 先ほどの、ことりの一言から。

 海未は、ずっとうつむいたまま唇をかみしめていた。

ことり「気持ちはね、すっごく嬉しいんだぁ。私のこと思ってくれてるって、わかるから」

ことり「でもね。きっとそれだけじゃ、ないよね」

ことり「海未ちゃんがどんな気持ちでも、構わない」

ことり「だけど――それを私のせいにするのは、違うと思うの」

海未「――そんな、つもりは」

ことり「ない?」

海未「…………」

 海未はそれ以上、何かを答えることはなかった。

337: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/12(火) 22:17:19.62 ID:+lwXNVVgo

ことり「矢澤先輩。いいですか?」

にこ「――え、あ、っと……」

 花陽と絵里のやりとりの再現のようだった。

 私の知らないところで、だけど、私に致命的に関わる何かが進んでいるような、もどかしさ。
 
 話の筋の端っこも掴めていない私は、果たして今、この物語の中心にいるのだろうか?

 ――なんて。考えても意味のないことくらい、わかってる。

 だって。

にこ「もちろん――いいわよ」

 そう答える以外に、私には選択肢なんて、ないのだから。

345: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:14:01.51 ID:9E7ahJqxo

【Side:真姫】

 気づいたことがある。

にこ「まったく、まいっちゃうわよ……いきなり現れてスクールアイドルランキングの100位以内に入りなさい、だなんて」

真姫「だけどそれ、にこちゃんが入部しろって言ったからなんでしょ? 割と自業自得だと思うんだけど」

にこ「そ、それは、たしかにそうだけど……」

 この、自称未来人の先輩と話をするのは、意外と楽しくて。

にこ「だけどあのごーまんな態度ったらないわよ! 昔を思い出すわ!」

真姫「あっちの世界でもそんな性格だったの? 生徒会長は」

にこ「最初はね。アイドルやりたいくせに肩肘張ってザ・生徒会長! みたいな態度とって。あほらしいったらありゃしないわ」

真姫「ふぅん?」

にこ「……なによ?」

真姫「え? なにが?」

にこ「にやにやしちゃって、なにがおかしいの?」

真姫「……笑ってたの? 私が?」

にこ「やらしーい顔でね」

真姫「…………」

 なんだか、意地張ってる自分がばからしくなってくる。

346: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:14:52.28 ID:9E7ahJqxo

 友達は作らない。

 自分を守るための、精一杯の強がりだった。

にこ「というわけで、ついに真姫ちゃんの出番到来よ」

真姫「え?」

にこ「え? じゃないわよ! 私たちに楽曲提供してくれるって約束でしょ!」

真姫「……そういえばあったわね、そんな話」

にこ「忘れてんじゃないわよ!」

真姫「忘れるくらい長い間アイドル活動のあの字も見せなかったのは誰よ?」

にこ「ぐぬぬ……」

 にこちゃんは友達じゃないから、セーフ?

真姫「……ほんと、ばかみたい」

にこ「なんですってー!」

真姫「ただのひとりごとよ」

 わかってる。

 こんな素敵な関係――もう、手放せない。

347: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:15:38.77 ID:9E7ahJqxo

にこ「とにかく! 私たちのアイドル活動が満を持して始動するってわけよ!」

 私たち、か。

 その言葉に――私は、含まれてるのかしら。

真姫「それで? 私はどの曲の音源を用意すればいいわけ?」

にこ「もちろん、μ'sの最初の曲はこれしかない」

にこ「――『START:DASH!!』よ」

 『START:DASH!!』、ね。

 私とにこちゃんの、この奇妙な関係が始まった日に作られた、まさにスタートダッシュの曲。
 
 だけど。

 始まりがあるってことは――いつかかならず、終わりがあるってこと。

 自称未来人の、この先輩は。

にこ「あによ? 私の顔になんかついてる?」

真姫「――なんでもないわ」

 いつまで、私のそばにいてくれるのだろう。

348: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:16:40.09 ID:9E7ahJqxo

 * * * * *

 絵里のレッスンは、善は急げと言わんばかりに翌日から始まった。

 その結果は――正確には、結果を出すための過程のはずだけど――悲惨の一言。

絵里「星空さん、走りすぎ! もっとちゃんとリズムを聴いて合わせて!」

凛「わかって、ます!」

絵里「小泉さんは逆! 遅れてるのは体力不足の証よ!」

花陽「は……はい!」

絵里「園田さんは動きが硬いわ! 余計な力を抜いて!」

海未「そんなこと、言われ、ましても……!」

絵里「南さんは動きが小さいわ! 細々してるとなにをしてるのかわからないわよ!」

ことり「はい……!」

絵里「高坂さんは――」

穂乃果「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」

絵里「――いったん休憩にしましょうか」

349: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:17:33.36 ID:9E7ahJqxo

絵里「…………」

 各々が休憩をとる中、絵里はひとり難しい顔で腕を組んでいる。

にこ「……どう? 正直な話」

絵里「……思ったより悪くない人が半分」

にこ「へえ?」

 練習中に飛んでいた言葉を思い返せば、それは意外な感想だった。

絵里「あなたもそのうちの一人よ?」

にこ「あら、それはどーも」

 ま、一年前のスペックに戻ったとはいえ、一度はラブライブ優勝してる身ですから。

絵里「それに星空さん、南さんは悪くない」

絵里「星空さんはまだ自分のリズムで先走る癖があるみたいだけど、もともと体を動かすのは得意そうね」

絵里「リズム感をもっと養えば問題ないわ」

絵里「南さんはまだ慣れない動きに戸惑ってる節はあるけど、それさえクリアすれば結構動けるんじゃないかしら」

にこ「……ちなみに、残り半分は?」

 絵里の表情が、再び曇る。

絵里「……思ったより悪いわ」

350: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:19:04.19 ID:9E7ahJqxo

絵里「まず小泉さん。彼女は決定的に体力不足」

にこ「あー……」

 思い出すのは、いつぞやのゲーセン。

 あれからトレーニングは欠かさず取り組んできたものの……さすがに付け焼刃にしかなってないみたいね。

絵里「それから園田さんは……彼女の場合、メンタルの問題かしらね」

絵里「動きがガチガチ。そのわりについてこれてはいるのだから、物理的に体が動かないというわけでもない」

絵里「まだアイドル活動をすることに抵抗感があるんじゃないかしら」

にこ「それよねぇ……」

 ことりとのこと、どうなってるのか私にはさっぱりだけど。

 彼女らのやり取りを見るに、どうもスムーズに話が進んでいるようではない。

絵里「それと、高坂さんは……」

にこ「…………」

 絵里と一緒に、視線を移す。


穂乃果「ぷはー! アクエリアスおいしーい!」

351: ◆yZNKissmP6NG 2016/07/24(日) 22:19:41.47 ID:9E7ahJqxo

絵里「……ねえ。あの子、本当に入れなきゃだめなの?」

にこ「この六人で、って言ったのはあんたでしょうが」

絵里「そうなのだけど……」

 いや、絵里の言いたいこともわかる。

 なんせ穂乃果、花陽以上についてこれていない。

 ステップは覚えられずリズムはめちゃくちゃ、挙句の果てにすぐ息切れ。

 一体全体なんでこの子がμ'sのリーダーやれてたの? ってレベル。

絵里「なにが足りないって言うなら、モチベーションでしょうね」

にこ「モチベーション?」

絵里「彼女、自分がなんでこんなことしてるのかもわかってないんじゃないかしら」

にこ「だからそれはあんたが……」

絵里「じゃなくて、そもそもの話。なんで自分がアイドル研究部に勧誘されたのか、よ」

にこ「…………」

 μ'sのメンバーだったから。

 それが理由として通用しないことくらいは、わかる。