1: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 00:53:08.34 ID:d89W1gDH0
カウントからせーので、息を読み合って。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519401188

引用元: 【モバマス】みく「みくは陽だまりの中で」 



2: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 00:53:39.15 ID:d89W1gDH0
 公園のベンチに腰掛け、さくらラテを一口。

 前川みくはほう、と息を吐く。温められた吐息が、白いもやになって消えていく。

 まだ寒い。寒いけれど、日が沈むのは遅くなったし、春物も店頭に並ぶようになった。

 春はゆっくりと近づいていく。それがみくは嬉しかった。

 冬は、あまり好きではない。

 東京の人は冷たい、なんて言うつもりはないけれど。

 誰も自分に関心をもたない、凍えるような寒さを、みくはよくわかっていた。

 だから、寒いのは苦手だった。苦手になってしまっていた。


3: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 00:54:33.10 ID:d89W1gDH0
 前川みくはかつて、「猫の手アイドル」と呼ばれていた。

 特定のプロダクションと正規の契約を結ぶことをせず、「猫の手も借りたい」時に助っ人としてプロダクションに呼び出され、主役の前座を務めて去っていく。

 新人アイドルがデビューする時には「研修」としてライブバトルのやられ役となり、アイドルに自信をつけさせ、しばらくの間業界の先輩として芸能界のノウハウを教える。発展的なレッスンの相手をした後は、わずかな報酬を受け取ってプロダクションを去り、またどこかから声が掛かるのを待ちながら、野良ライブを続ける。

 飼い主なんていない、野良猫のようなアイドル。

 今のプロデューサーに拾われるまで、みくはそんな生活を送っていた。


4: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 00:55:30.35 ID:d89W1gDH0
 プロデューサーに出会って、みくの人生は大きく変わった。

 CDデビューもすることができたし、お芝居の仕事もするようになった。

 トップアイドル……と名乗るには越えなければいけない壁はまだいくつかあるが、それなりに名の知れたアイドルにはなっていた。

 忙しい日々は続いていたが、かわいい衣装を着て、ファンや関係者からかわいいと言われるのは嬉しかった。充実した毎日を送れている、とみくは思う。

 めぐるましい、嵐のように過ぎていく日々。

 つらいこともあったけれど、一人じゃないあたたかさのおかげで、ここまで来れた。

 プロデューサー。みくにとっての、陽だまり。


5: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 00:59:35.72 ID:d89W1gDH0
「遅いにゃあ……」

 打ち合わせがあるから、と千川ちひろに捕まった彼を、みくは待っていた。

 この後は、二人とも週明けまでオフ。今晩はこれから、一日遅れで誕生日を祝ってくれることになっていた。

「ちひろさん、目が笑ってなかったし……何かお説教かにゃあ?」

 待つ時間は、それほど苦ではない。絶対に来てくれるのがわかっているから、猶更。

 何をして待っていようか、とスマホを取り出して。

「……あ」

 向かいのベンチに鎮座する、一匹の猫と目が合った。


6: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:00:14.99 ID:d89W1gDH0
 ラテの残ったカップとバッグを脇に置き、そーっと猫に近づく。人に慣れているのか、目と鼻の先まで近づいても逃げ出すことはなかった。

「野良チャン……じゃないか、首輪してるもんね……迷い猫チャン?」

 飼い猫らしき彼は一鳴きして答えたが、今のみくに猫語を判別することはできなかった。ガラス玉のような青い目が、きれいな猫だった。

 猫がベンチの上を移動する。みくは一度首をかしげたが、その動きに合わせて影が動くのを見て納得した。どうやら彼は、迷子というより、遊びに来て日向ぼっこをしているらしかった。

「ごめんね、邪魔しちゃったみたいだにゃあ……よいしょ、と」

 日光を遮ってしまわないように、猫の隣に腰かける。確かに、向こうのベンチよりもこちらの方が暖かい。

「そっか、ここが君のお気に入りなんだね」


7: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:00:54.84 ID:d89W1gDH0
 みくの言葉がわかるのか、わからないのか。猫はにゃあ、と頷くように歌った。幼い頃のように会話ができているようで、それがみくには嬉しかった。

「ふふ。君の飼い主さんは、どんな人なのかにゃあ?」

 そっと、背を撫でる。暖かな陽だまり。

「みくの飼い主チャンはね。んー……いい人、かな」

 飼い主……プロデューサーのことを、みくは一言で言い表すことができなかった。

 独りぼっちだったみくを、拾ってくれた存在。アイドルになる、魔法をかけてくれた人。


8: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:02:03.39 ID:d89W1gDH0
「みくをからかったり、変なことしたり。いじわるな人なんだけどね? たまーにね、すっごいかっこよく見えたり、きゅんってなるようなこと言ったり……一緒にいるとね、あったかくて、楽しいんだあ……」

 気がつくと、頭に浮かぶ人。最近気になる人。

「最初の衣装もね。君みたいに、チョーカーがある衣装だったの。それで、Pチャンにチョーカー着けてもらったんだ……嬉しかったなあ。Pチャンは気づいてないかもだけど、ずーっと一人だったみくに、首輪を着けてくれる人がいるんだ、って思って……それからライブ前は、いつもPチャンにリボンを結んでもらうの」

 プロデューサーに結んでもらうリボン。それは、みくと彼との絆。

 笑ったり泣いたりした、二人の歴史の繋がりだった。


9: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:02:39.47 ID:d89W1gDH0
「……お前のアレ、そんな意味があったのか」

「ふにゃあああ!?」

 全速力で後ろを振り向く。

 二人分のホットコーヒーを持ったプロデューサーが、ベンチの後ろに立っていた。いつからだろう。ひどく顔が熱い。

「ちょっ、いや、その! ちが……や……違わない、ケド……」

 挙動不審になったみくの横を、猫が立ち去っていく。残されたのは、陽だまりの中に二人だけ。


10: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:05:21.96 ID:d89W1gDH0
 気づかれてしまった。二週間前にも、ライブ以上の首元のリボンを結んでもらっているのだ。

 密かに、みくに勇気をくれていた行動。秘密の儀式。

「……そんな顔するなよ。別に、もうしないとかじゃないんだから」

「え、ホントに?」

「嘘ついてどうする。大事な儀式なんだろ」

 片手のコーヒーを手渡し、プロデューサーはみくの頭を撫でる。あたたかい手のひら。

「うん……ありがと……」

 顔をまともに見ることもできず、みくはうつむくしかなかった。

 プロデューサーは何か納得したのか、猫の代わりにみくの隣に腰かけた。


11: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:07:02.99 ID:d89W1gDH0
「……悪かったよ。たまたま、みくが猫と話してるとこが見えたもんだから、つい……」

「んーん。いいよ、怒ってるわけじゃないし」

 なんとなく、気まずい。感謝しているのは事実だけれど、ああいうことはもっと、正面からちゃんと向き合って伝えたかった。

「ちひろさん、なんて?」

「うん? あー、まあ……みくのこと、ちゃんと見てやってください、とかそういう」

「ふーん……?」

 言葉を濁された。手を出すな、とでも言われたのだろうか。


12: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:08:58.36 ID:d89W1gDH0
「それで、今年は何がいいんだ? 誕生日プレゼント」

「うーん……」

 ハンバーグが最初に浮かんだが、あまり俗物的なのも違う気もした。

「それじゃあ……約束して?」

「約束?」

 みくは頷く。

「みくね、Pチャンとしたいこと、たっくさんあるの! だから、約束して? 来年もその先も、ずーっとみくと一緒にいてくれるって!」

 みくは右手の小指を差し出す。

「もちろんだ」

 プロデューサーも、小指をみくの小指に絡ませた。

 次の記念日も、その次の記念日も。みくはきっと、彼に同じ約束をする。彼と一緒に生きていく。それはとても、素敵なことのように思えた。

「ウソついたら、お魚千匹だからね!」

「ま、この約束は破る気ないから安心してくれ」


13: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:11:38.46 ID:d89W1gDH0
「それじゃあ、晩ごはん行こ?」

「おう。バレンタインのライブも成功したし、うまいとこ連れてってやる」

「ふふ、適当に期待しておくにゃあ!」

 今、アイドルとしてのみくの現在地はどこなのだろう。

 これから、前川みくはどうなるのだろう。

 未来はどうなるかわからない。みくにも、プロデューサーにも。

 けれど、みくに恐怖はなかった。

 プロデューサーの飼い猫になって、今隣にプロデューサーがいる。

 だからきっと……これからどこに行ったって、迷うことなんかないだろう。

 ハッピーエンドを目指して、二人の新しい一年が始まっていく。


14: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:12:28.39 ID:d89W1gDH0
「誕生日おめでとう、みく」


15: ◆0vdZGajKfqPb 2018/02/24(土) 01:12:56.00 ID:d89W1gDH0
おわりです

ありがとうございました