……ふふ、プロデューサーさんを撮るのが

すっかり日課になっちゃってますね、私。

こんなアイドル他にいませんよ……よね？

あ、それはそうと悩みを聞かせて、と？

そんな表情ですよ。当たってます？　やったっ。

……あー、まぁ、大した悩みでもないんですけどね。

ほら、少し前に動物番組へ出たじゃないですか。

あの時の仁奈ちゃんの格好、そうそう、

その犬の着ぐるみを見たのがキッカケなんです。

プロデューサーさん、人面犬ってご存知ですか？

えぇ、都市伝説の。その人面犬です。

骨格から何から全部が野良犬なのに、

顔面だけは中年の男の人で、その顔が人語で

見つけた人へ悪態を吐く……それだけの怪物ですね。

もはや怪物って呼び方すら適当じゃない気がします。

懐かしいですか？　私もそう思います。

……はい、こんなこと連想しただなんて

とても仁奈ちゃんには教えられないですね……。

とにかく、それを連想したんですよ。

それで悩んでしまって。え、何がって？

だってその……怖い、ですか？　人面犬って。

それはまぁ、遭ったら不気味だと思いますけど。

でも私なら記念に思わず撮っちゃいますね。

それで死に繋がる何かがあるのでもないし、

何か特段飛び抜けて不快なワケでもないし。

なのに口裂け女やメリーさんと同列の、

言わば都市伝説の代表格じゃないですか。

あれは一体何なんだろう、って。

……アイドル？　都市伝説のですか？

ふふっ、それなら人面犬にも優秀な

プロデューサーさんがいるのかも知れませんね。

――四日後――

はい？　え、ぷ、プロデューサーさん……？！

わぁ……！　凄い偶然ですねっ。

私、偶々今日はこの辺りを散歩してたんです。

えぇ、折角のオフなので被写体を探して……♪

プロデューサーさんはどうしてここに？

あぁ、外回りの帰りだったんですか。

え、暫く話したい？　それはいいですけど、

それにしても……ふふっ、何度でも言えますね。

何だか凄い偶然だな、って。記念写真撮りましょうか。

そうだ、あれから調べたんですよ。

何、って、あぁ、人面犬のことです。

年少組と話す機会の度に色々と、さり気なく。

思っていたより奥が深いんですね。

色んな地方の話が聞けましたよ。

噛まれると人間を産めなくなるだとか、

顔じゃなくて前足の指が人間なんだとか、

足が物凄く速くて車に併走してくるだとか。

最後のは何だか違う気もしますけどね。

流石は現役、ずっと詳しかったです。

そうそう、ちょっと不思議なこともありました。

私が話題にする前に向こうから話題が上るんです。

まるで私が興味を持ってるのを知ってるみたいに。

それで訊くと、喜んで教えてくれるんですよ。

え、最初の子への聞き出し方が露骨だった？

それで年少組の間で噂になって広まった？

そうなんでしょうか……だとしたら恥ずかしいです。

どうして人面犬に拘るのか、ですか？

だって写真に写らないだなんて聞いたらですねっ。

……ほぇ？　あ……すみません、思わず興奮して。

人面犬にあまりハマるな……？　ふふ、まさか。

そこまではやりませんよ。えぇ、お疲れ様でした。

――三日後――

ふぅ……あら、お疲れ様です。

えぇ、ちょっと休憩です。撮ったらダメですよ？

ダーメっ。事務所通して下さーい。ふふっ。

え。……いえ、そんな。ただの休憩ですから。

別にどこも痛くないですってば。……う。

これは、その、うー……よく分かりましたね。

は、はい、寝違えました……恥ずかしい……。

動きで分かった、ですか？　えー？

そんなことで本当に分かるものなんですか？

まさか私が寝てる様子を外から隠し撮りして

……なんて、ふふ、冗談ですよ。信じてますから。

寝違えたのは夜更かししたからかもですね。

えぇ、昨日はベッドに入ってから夜遅くまで

スマホを使ってて……気付いたらこんなことに……。

ご、ごめんなさいっ。反省してます。はい。

どうしてスマホを、ですか？　実は彼氏と♪

……ちょっとくらいノって下さいよ、もぉ……。

はい、本当は小梅ちゃんと話してたんです。

聞き取りの年齢層からは外れてましたけど、

そこは餅は餅屋ということで。

流石は小梅ちゃんだな、って意見を聞けましたよ。

つまりですね、人面犬の怖さというのは

「人間の機能」を具える「犬」である点なんです。

人間の知能があるから、見つけた人へ

悪意を持って追いかけてくるかも知れない。

人語を扱えるから、それと知らず野良犬の傍で

話したことが噂になって広まるかも知れない。

それでいて犬だから、他の野良犬と交雑して

いつの間にか殖えているかも知れない。

それが実在するとした時に、不用意な想像から

嫌なことを連想させることこそ人面犬の怖さだ、と。

それで……私は、こうも考えたんです。

もしも人面犬が本当に実在するとして、

それがその、まさしく……犬、だったなら。

誰かのことを執拗に嗅ぎ回るモノだとしたら。

それは人面犬も怖いですけど、それ以上に

その誰かの情報を共有する人間が怖いな、って。

人面犬に遭って、なのに平然として、

誰かについて嗅ぎ回るように依頼して。

……一番怖いのは人間なんだな、……って……。

な、なーんて、真面目に考えちゃいました。

でももし実在したら便利かも知れませんね。

ふふっ……ぅ、あ……痛たたたぁ……。

――二日後――

おはようございます。あれ、どうかしました？

はい、知ってますよ。時間が変わったんですよね。

ふふっ、昨日ご自分で仰ってたじゃないですか。

じゃなければ私は今来てませんよ。

……え、変更は今朝？　そうでしたか？

あー、じゃあ昨日トレーナーさんから

聞いたのをプロデューサーさんから

聞いたことだと記憶違いしたのかも知れません。

――あ、そうだ。プロデューサーさんに

伝えておきたいことがあるんです。

今朝ちひろさんに会ったんですけど、

とっても怒ってましたよ？

なんでも未提出の書類が溜まってる、と。

早くお電話した方がいいんじゃないですか？

っと……プロデューサーさん、鳴ってますよ。

……。

……終わりました？　大変そうですね。

ふふ、事務なら私でも少しは手伝えますよ。

これをコピーするんですよね。

え、どうして判ったのか、ですか？

プロデューサーさんのことだから、ですよ。ふふっ。

いえいえ、人面犬なんてどうでもいいですよ。

プロデューサーさんだって手伝いはいた方が

……いえ、本当にもういいんです。

えぇ。あんなことにうつつを抜かして、

ちょっと恥ずかしいな、って思ったんです。

こうしてプロデューサーさんの手伝いを

している方が有意義だなぁ、って。

ふふ、強いて言うなら興味が移ったんですね。

え？　カメラですか？　写真を撮りたい……？

あー、すみません、今日は忘れてきてしまって。

はい。明日こそ、必ず。

――翌日――

おはようございます、プロデューサーさん。

ふふ、私の顔に何か付いてますか？

そんな変な顔しないで下さい、

プロデューサーさんのお家の前にいただけなんですから。

ほら、カメラも今は持ってますよ。

これで出勤中のプロデューサーさんも撮れますね。

……それにしても、夜遅くまで大変ですね。

持ち帰って仕事しても殆ど毎日徹夜だなんて。

いつかお身体に障りますよ？

え？　どうして知ってるかなんて、当然ですよ。

私のプロデューサーさんのことだから、です。

そうだ、せめてご飯は私が作りましょうか？

任せて下さい。こう見えて一通り作れるんです。

うるせぇ……？　ほっといてくれ……？　そんな、

遠慮しないで下さい。だって大変なんですよね？

ほら、合い鍵だってありますから。

帰ってくる前に作るのだって出来ます。

……ふふっ、今時植木鉢の下じゃ不用心ですよ。

返せ？　どうしてですか？

だって私はプロデューサーさんのために。

あ、――あれ？　プロデューサーさんのために、

会うために、通勤ルートも教えてもらったのに。

こ、ここ……どこなんですか？！　聞いてない！

「こっちは椿が来るって聞いてたよ」

――五日後――

……ん、おはよ、プロデューサー。……何？

考え事なんて……まぁ、なくはないけど。

それをプロデューサーに言うの？　今ここで？

ふーん……まぁ、偶には悪くないかな。

今考えてたのは大したことじゃないんだけどね。

ハナコを連れてた時に偶々聖來さんと会って、

その時にその……人面犬がさ、話題になって。

知ってる？　人面犬。そ。あの人面犬ね。

今はアレのどこが怖いのかー、なんて考えてた。

プロデューサー、何か知らない？