1: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:15:18 ID:MwQR4nag
操獣士の少年が叫びと共に撃鉄を落とす。

ここカントーの地で最も普及しているシルフ社製魔杖剣<弄玩者モンボ>九八年モデルの機関部が唸り、特徴的な紅白に塗り分けられた球体部から咒弾の薬莢を排出。

釼から連なる零と一で構成された縛鎖が咒力散乱の蒼白い燐光に瞬く先で、主より暴虐を許可された獣の歓喜の咆哮。

一見では大型の齧歯類にも見えたそれは、目に痛い極彩色の黄色の体毛に虎のような縞模様を背負い、頬には戯画染みて紅を差し、尾は歪に幾度も折れ曲がっていた。

明らかに進化系統図より逸脱した、咒式の存在を前提としてしか存在し得ない奇矯で猥雑で冒涜的に過ぎる生物。

人々はそれを畏怖と嫌悪を込めて<異貌のものども>

ーーーーあるいは縮めてポケモンと呼んだ。

引用元: サトシ「いけピカチュウ!<雷霆散它嵐牙>!」 



2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:16:34 ID:MwQR4nag
咒式、それは魔法の域まで発達した超科学。

六.六二六〇六八九六三×一〇の負の三四乗(J・s)と定義されていた作用量子定数hを操作し、

局所的に変化させることが可能ならば、Δq・σp+Δp・σq+Δp・Δq≧h/(4π)によって、

熱量と時間の不確定性の積分が作用量子定数hより少なくならない。

また、中間子のエネルギーが陽子や中性子より大きくなる原理と同様に、存在する時間が短いのであるならば、

エネルギーの不確定性、つまり物質の大きさは増大するという原理が導き出せる。

解明された物理干渉能力は、古来より魔法使いと呼ばれるものたちの全ての欺瞞を暴き、

特殊きわまりない才能を持たない人間であっても、学習と訓練、機械の補助によって操ることが可能になった。

超物理現象を頭の悪い<魔法>という名称で呼ぶことは無くなり、

<咒式>という単なる科学技術体系の延長のひとつとして理解されるようになった。

3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:18:06 ID:MwQR4nag
ピカチュウと呼ばれたその<異貌のものども>が莫大に膨れ上がった咒力を眩い輝きへと変換。

発動された電磁雷撃系第五階位咒式<雷霆散它嵐牙>は膨大な電力による連続放電により通常伝導性を持たぬ気体分子を絶縁破壊し電離、

イオン化により生じたプラズマ中を電流が駆け抜け、ピンチ効果によりプラズマが自己収縮することで生じた電弧は数十条に及び、

その全てが断熱圧縮による超高熱と閃光を伴う三千万ボルトの致死の空間と化す。

着弾した先は岩石質の皮膚を有する人頭の大蛇。

ジムリーダーと総称される到達者階級の操獣士で構成された認定査問機関、その一人である特徴的な糸目の青年の使い魔である。

サトシの瞳が勝利を確信した喜悦に歪む。

如何に巨大であろうとこの規模のアーク放電が直撃しては、<長命竜>が持つと言われる咒力干渉結界でもない限り絶命は不可避。

しかしジムリーダーの青年、タケシの細められた瞳には嘲りの色。

「こいつをただの人頭蛇の変種とでも勘違いしていたか?」

直後、電弧が岩肌を貫通することも叶わず弾け表面を舐めるように地面へと放電、あまりにも呆気なさ過ぎる。

「<長命竜>や<大禍つ式>に比肩するとも言われる強大な<異貌のものども>、硅金化合物の肉体を持つ<古き巨人>」

「そのうちの一体、第十四属十四派の砂礫の巨人イワーク・クだ」

4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:20:22 ID:MwQR4nag
ポケモン図鑑の知覚素子による観測結果が出た。

イワーク・クの肉体は酸化ケイ素五一%、酸化アルミニウム一六%、酸化カルシウム一一%、酸化マグネシウム七%及びカルシウムやチタン等の酸化物を含む苦鉄質岩石で構成されている。

電子基盤に利用される硅素の酸化物である酸化硅素は絶縁体であり、酸化硅素を基礎骨格として一部を他の金属酸化物に置換、あるいは微細結晶を抱き込んだ岩石も当然高い絶縁性を誇る。

電磁雷撃系咒式を得意とするピカチュウにとってイワーク・クとの相性は不利に過ぎる。

「やっと自らの愚かさに気付いたか。だが遅い、やれイワーク・ク!」

命令と共に咒弾が弾け、輝く縛鎖の先で<古き巨人>が奔狂する。

ポケモン図鑑による計測ではその全長は八.八〇〇メートル、建築物が蠢動するような異様さにサトシは遠近感を一時喪失する。

巨体ゆえに緩慢にさえ見える挙動は、同型の生物種と比較しても拡大比率に乗じて莫大な加速を受けている。

音速を突発した尾端が裂帛を伴い、その軌跡にプラントル・グロワートの特異点を超え露点を下回った水蒸気を白く棚引かせながら上段から無造作に降り下ろされる致死の一撃。

5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:21:54 ID:MwQR4nag
「避けろピカチュウ!」

未熟な操獣士の少年の曖昧に過ぎる指示を待つまでもなく、黄色の獣が反応。

<異貌のものども>元来の筋力に、電磁雷撃系第一階位咒式<電加>による電流によって生じた磁場がもたらすローレンツ力を足すことで瞬発加速、正に電光石火。

桁外れの加速度に阻害された血流が蟠るが、戦闘用の使い魔がこの程度で意識喪失や内臓疾患を起こすわけにはいかないため、すぐさま体内恒常咒式による調整が入る。

過剰とも思える加速は、しかし尾端そのものだけではなく生じた衝撃波、巻き上げられた破片の礫のどれもが小柄なピカチュウにとって致命的なため、必要経費と切り捨てる。

「いいぞピカチュウ、そのまま反撃だ!」

だが未熟故の愚昧、或いは無知故の無謀。

サトシの口から吐き出されたものは辛うじて命を繋いだピカチュウへの特攻命令だった。

絞られる引き金、落ちる撃鉄、機関部の嘲るような唸りと共に蒼白く輝きを強める数列の縛鎖は使い魔に拒絶を許さない。

6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:23:35 ID:MwQR4nag
ピカチュウが発動したのは電磁雷撃系第四階位<雷電伸長鎗>の咒式。

右前肢に不活性ガスのアンゴルとハロゲンによって発生させたプラズマの眩い白刃が、自らの威力に跳ね上げられたイワーク・クの尾端をすれ違い様に熔断。

不意の痛みに怯んだ一瞬の隙を逃さず、岩の巨体に小さな黄色の獣が着地。

頭部方向へと駆け上がりながら、発動し続けているプラズマ咒式の切っ先が無造作に表皮を刻む。

思わぬ反撃に、小賢しい獣を食い千切らんと怒りの咆哮と共に人面めいた岩の巨顔が顎を開く。

怒気が高温の蒸気として咥内から漏れだし、吹き付けられたピカチュウの体表に軽度の火傷によるひりつくような痛み。

跳躍。

断頭台の速度で閉じられた牙を避け、巨大な顔面の上を転がりながらプラズマ咒式の一閃。

白刃は<古き巨人>の右目を深く抉り、断たれた宝石のような眼球が転げ落ち虚ろな眼窩を晒す。

絶叫。

狂乱したように暴れ始めたイワーク・クにこれ以上取り付くことが叶わず、ピカチュウが一度その身を引いた。

「よくやったピカチュウ!」

黙れと毒づきたいが言葉も通じないので心に仕舞う、命がけの戦闘行為を遊びとしか捉えられない幼稚さは不快に過ぎる。

7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:24:39 ID:MwQR4nag
先の一合はピカチュウが功を上げたようで、実際には咒力や精神力に軽くはない消耗を伴い、一方イワーク・クへのダメージは皆無に等しい。

実際に治癒咒式が発動し、桁違いの咒力によって先ほど与えた傷の殆どが再生して行く。

それを正しく理解しているのか、未だ怒り冷めやらぬ岩蛇を前にサトシは不敵な笑みを浮かべる。

「ピカチュウ!右に回り込め!」

先ほどの戦闘で唯一の功績と言ってもいい右眼球の破壊。

それに伴い生じた死角を突くという真っ当な、そして凡百に過ぎる戦術を意気軒昂に命じる若き操獣士。

撃鉄が跳ね、咒弾が弾ける。

有無を言わさぬ突貫に抵抗を諦めたピカチュウが疾走、そして跳躍。

電磁加速により弾丸と化した黄の獣が、再びプラズマの白刃を煌めかせ岩の巨体の死角から肉薄する。

8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:25:31 ID:MwQR4nag
「愚かな。イワーク・ク!」

タケシの言葉に応えて岩蛇の頭部が回転、見えぬ筈のピカチュウの姿を正面に捉える。

<古き巨人>の目は荷電粒子を照射し対象物への反射、吸収を観測することで得られる化学的、構造的特性から対象物の組成を解析する、謂わば炭素基生物の嗅覚に近い。

硅金化合物の肉体を有する<古き巨人>にとって電磁波の感受は全身で行うものであり、皮膚感覚の一部として視覚を有していると言ってもよい。

当然ながら右眼球を抉りとった程度では右側は死角足り得ず、正確無比に補足した小さな獣へとその顎を開く。

口腔に灯るは咒式方程式、発動されたのは化学錬成系第四階位咒式<凝固石濤>。

酸化カルシウム、酸化珪素、酸化アルミニウム、酸化鉄から生成されたセメントの水の分子とポリアミド樹脂の分子が置換することで水面接着エポキシ樹脂となって瞬時に硬化する超速乾セメントがブレスとして吐き出される。

直撃。

セメントが吹き付ける圧力に肺腑の空気が強制的に絞り出され、更にセメントを構成する強塩基が蛋白質を焼く化学火傷による苦痛。

抵抗など無意味に地面に叩きつけられ、セメントが硬化しピカチュウの小柄な体が縫い止められる。

9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:26:47 ID:MwQR4nag
「これで終わりだ。」

「ピカチュウウウウウウウッ!!!」

無慈悲に降り下ろされる巨岩の尻尾は致命的に過ぎる。

サトシの悲鳴、無我夢中で引き金を引き空薬莢が奏でる虚しい金属音が重なる。

発動された電磁雷撃系第二階位<雷霆鞭>は直撃したところでイワーク・クにとってのダメージなど皆無。

それどころか超速乾セメントにより固定された体勢から放たれた咒式はイワーク・クの体を大きく外れ天井に着弾。

作動したスクリンプラーが岩蛇の巨体をしとどに濡らす。

尾端が着弾。

地面を噛み砕いた威力が大量の土煙を巻き上げ視界を閉ざす。

タケシの細い目には最期の無意味な抵抗に対する嘲りの冷笑。

10: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:29:06 ID:MwQR4nag
天井から流れる大量の液体に土煙が洗い流され視界が開ける。

タケシの細い目が見開かれる、瞳には驚愕と不理解の色。

イワーク・クの一撃は大きく外れ、ピカチュウは未だに存命していた。

状況を理解する間もなく岩の巨体が倒れ伏し、のたうちながら<古き巨人>特有の金属粒子を含む銀色の血液を吐血。

「一体何が……」

「天井にスプリンクラーに偽装した宝珠を仕込んでおいたのさ」

高位の<異貌のものども>の脳を加工し宝珠としたものは、それ自体の高い演算能力により自動的な咒式の展開を可能とする。

先の<雷霆鞭>は偽装宝珠に咒力を供給するために敢えて天井に放ったもの。

いや、その前ーーーー

無知を晒した突撃も、素人染みた指示も、身の程知らずの餓鬼の夜郎自大も。

「全て……演技か!?」

11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:31:23 ID:MwQR4nag
「今更気づいたところで遅い」

サトシが用いた宝珠により発動された化学錬成系第六階位咒式<祓夭瀑爍溶流>はフッ化水素と五フッ化アンチモンの混合液であるヘキサフルオロアンチモン酸を生成。

最も電気陰性の高い元素であるフッ素は水素原子から電子を引き寄せ、水素の陽イオンを作る力が強く、強い酸になりやすい。

更に他の酸に混ぜると電子を強く引き込み、酸性度を強める性質を持っている五フッ化アンチモンを添加することで、ハメットの酸度関数の値は-三一.三、一〇〇パーセント硫酸の実に二千京倍強い人類史上最強の酸度を持つ超強酸物質となる。

生物はおろか金属の中でも最も安定しているといわれる白金や、硝子、プラスチック、ゴムまで瞬時に溶解させる超強酸の雨がイワーク・クの苦鉄質岩石の肉体を苦もなく穿つ。

トドメとばかりに撃鉄が咒弾を叩く金属音が響き、最早痙攣するだけの岩蛇に向けてピカチュウの尾に咒式が点る。

発射された電磁雷撃系第五階位咒式<電乖鬩葬雷珠>のプラズマ球がイワーク・クの顔面に着弾。

直撃した雷球が紫電を弾けさせ、プラズマが孕む池程度なら瞬時に蒸発させる熱量が岩石を溶融させ頭部が焼失。

如何に生命力が高く致命傷でも瞬時に治療咒式による再生を行う<異貌のものども>と謂えども、演算中枢である脳を完膚無きまで破壊されては復活は不可能。

12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 11:32:29 ID:MwQR4nag
イワーク・クの絶命を以て試合は終了したはずだが、タケシの声はない。

フッ化水素は常温で気化しやすく、気化したフッ化水素は猛毒であり、周囲に撒けば短時間で有害濃度に達し、数時間以内に肺水腫と低カルシウム血症を引き起こす。

更に攻性咒式士としての備えである恒常治癒咒式が逆効果となり、骨のリン酸カルシウムと反応しフッ化カルシウムが生成される化学作用が加速化。

剥離したフッ化カルシウムの結晶針が筋肉組織を内部からズタズタに引き裂き全身を内出血による紫色に染めながら想像を絶する激痛をもたらす。

突然の大規模破壊咒式の発動に対応が遅れた結果、ジムリーダーの男は細めていた目を見開いた苦悶の表情で絶命していた。

しかし勝利そのものには変わりなく、ポケモンリーグ規定にもジムリーダーの殺傷を禁じる項目などない。

サトシが男の死体の胸元を探り、そしてその成果を掲げながら溢れんばかりの笑顔で宣言した。

「グレーバッジ、ゲットだぜ!」


(完)