1: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:40:12 ID:1hH
アイドルマスターシンデレラガールズ、しゅがーはぁとさんこと佐藤心さんのお話です。

引用元: 佐藤心「しゅがーはぁと&ビターハート」 


2: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:41:19 ID:1hH
『プロデューサー失格かも知れませんが、俺は心さんの事が好きです。もっとあなたの笑顔が見たいんです。どうか俺と付き合ってください!』

 仕事が終わって軽い打ち上げを兼ねていつものように二人で飲んだ帰り道だった。

 駅まで道の途中にある公園に、なんとなくフラりと立ち寄った時にプロデューサーが私にそんな事を言ってきた。

『え……っと……』

 あまりにも突然の出来事に私はしどろもどろになるしかなく、頭を下げて手を伸ばしているプロデューサーを直視できずに視線をあっちへこっちへと彷徨わせるしかなかった。

『……気持ちは、すごく嬉しい。でも、はぁとはアイドルだから……その……ごめん』

 プロデューサーの気持ちは凄く嬉しい。好意を向けられて嫌な気持ちになる人はそうそうは居ないと思う。だって誰かを好きになるのはとっても素敵な事だから。

『そう、ですよね……。すみませんでした。今のは忘れてください』

 頭を上げたプロデューサーは優しそうな笑顔で私に『忘れてください』と言った。告白が失敗したのだから、忘れてほしいと願うのは当たり前の事だろう。

 でも、ワガママな私はプロデューサーの想いを忘れたくは無かった。

『ごめん、ね……? はぁとはさ……やっと夢見てたアイドルになれたから……』

 昔からずっと夢に見ていたアイドル。私はようやくそのアイドルになれたところで、まだこの夢から覚めたくはない。しゅがーはぁとはようやくアイドルになれたんだから……。

 はぁとがアイドルを続けるためにはプロデューサーの想いを忘れるしかないのだと思う。私が忘れたくないと思っても、はぁとがアイドルで居るためには忘れてしまうしかない。それこそ夢のように。


『……大丈夫です。気にしないでください。俺だってプロデューサーですから!』

 そうやって強がって見せたプロデューサーだったけど、寂しそうな表情をした瞳の端に、涙が滲んでいたのを私は今も忘れていない。



3: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:41:42 ID:1hH


 あの告白の夜から私とプロデューサーの関係はほんのちょっとだけ変化してしまった。大きく変化したわけではないけども、お互いに忘れたって事にしてるけどやっぱりフラれた側とフッた側なのだから、今までのようにってのは難しいのだろう。

『心さん、すみません。俺、これから別の現場あるんでもう行きますね』

『あ、うん。わかった☆』

 売れっ子アイドルをいっぱい抱えているプロデューサーだから仕方ないのだけど、こんな風に現場に最後まで付き添いをしてくれる事が明らかに少なくなったと思う。

 その証拠にここしばらくの間、私が外で飲む機会がめっきりと減ってしまった。美優ちゃんとか早苗さん達に誘われれば飲みに行くけど。少し前までは一仕事終えるとプロデューサーと一緒に打ち上げと言う名目で一緒に飲んでいたのだ。

『……ま、仕方ないよね☆』

 私だってフラれた側だったらフッた人と一緒に飲むってのはなかなか辛いと思う。だから、プロデューサーが私の事を避けるのは自然な事だってのはわかってはいる。わかってはいるけど……。

『少し、寂しいぞ……☆』

 ワガママな私はプロデューサーと一緒に居られなくなった事がほんの少しだけ寂しかった。



4: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:42:24 ID:1hH


 プロデューサーと一緒に居られなくなったのが段々と日常になっていた頃、私は寂しいなんて感じるような余裕もなくなってしまった。

『うへぇ……☆ 今月もスケジュール一杯だね♪』

 嬉しい悲鳴と言う奴なのだろう、プロデューサーとの打ち合わせで、ひと月分のスケジュールを見せてもらって思わずこぼしてしまった。

『心さんが頑張ったお陰ですよ。あちこちから心さんへの熱いラブコールが届いてます』

『んー! ま、夢だったアイドルになった上にこんなに忙しいなんて、本当にありがたいよね☆』

 夢はいつか覚めてしまうものだから、きっといつかはこんな忙しさもなくなってしまう。だから今は精一杯、私が夢を見ていられる間はこの忙しさも楽しまなくてはいけない。

 夢を見てアイドルを目指したあの頃から、私はずっと夢の中に居る。いつか覚めてしまうのはわかっているけど、私はこの夢を見られる間はずっとしゅがーはぁとで居ると決めている。

『あはは、そうですね。でも無理はしないでくださいね。もし身体がキツければ言ってください』

 プロデューサーは笑いながら机の上に置いてあった栄養ドリンクを一気に飲み干していた。無理をしているのは多分プロデューサーも同じ。だったら私だけが根を上げるわけにはいかないだろう。

 私達は夢への道連れなのだから。

5: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:42:58 ID:1hH
『大丈夫大丈夫☆ それに、これでも結構セーブしてくれたんでしょ?』

 現場に行くとスタッフさんから、仕事を受けてもらえなかったって愚痴を冗談混じりに言われる事がある。私はそもそも依頼があった事も知らなかったりするので、きっとプロデューサーが私の体力や体調を考えてセーブしてくれているのだろうって私の見立てだ。

『あー、バレてましたか。本当は全部受けれたら良いんですが、どうしてもってのはお断りさせてもらってます』

 本来なら相談も無しに断られていたなら怒るべきなのかも知れないけど、私はプロデューサーを信用してるし、プロデューサーだって私の事を信用してくれてるはず。

『おっけーおっけー♪ プロデューサーの事、信じてるぞ♪』

 私がそう言うとプロデューサーは頬を少しだけほころばせながら照れくさそうに笑ってくれた。

『ふふっ』

 こんなプロデューサーとのやりとりにどこか懐かしさを感じてしまう。思えばここしばらくはプロデューサーとの関係はギクシャクしていたんだし、懐かしく感じるのも当然と言えば当然なのかもしれない。

『どうしました?』

『んーん☆ なんでないよ☆ ないぞ☆』

『……? そうですか?』

『うん☆』

 プロデューサーはこんなやりとりが久しぶりってのに気付いていない。いや、もしかしたら気付いているのかも知れないけど、きっと口には出さない。もちろん私だって口にはしない。

 だって、私にとってはこんな些細なやりとりも幸せなのだから。

 久しぶりに感じる幸せを自分から壊す必要はどこにもない。例えこれが儚い夢だとしても。夢を見ている間は幸せで居たい。

6: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:44:47 ID:1hH


『みんなありがとー!』

 ステージの上から見る景色は『しゅがーはぁと』だけの宝物だ。誰にも見る事が出来ない、私が見る夢の景色。

 この会場に居るみんなは私のためだけに集まってくれた『しゅがーはぁと』のファン。もうすぐ皆にも会えなくなってしまうなんて思うと目頭が熱くなる。

『さって☆ じゃあそろそろ最後の曲、いっちゃうぞ~☆』

 私が高らかに宣言すると、客席から『え~!』と言う声が聞こえてきてますます嬉しくなってしまう。

 誰も居なかったあの場所から、私はここまで来たんだ。夢を叶えたんだ!

『んふふ~☆ みんなありがとね☆』

 マイクを握り直す。みんな知っているとは言え、私の……しゅがーはぁとの口からこの言葉を言うのはやはり緊張する。

7: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:46:22 ID:1hH
『でも、これが正真正銘最後。アイドル「しゅがーはぁと」の最初で最後の曲』

 今日、アイドル『しゅがーはぁと』は引退する。佐藤心が見続けていた夢は覚めるときが来たんだ。

 もう一度だけ客席を隅々まで見渡す。

 この大きな会場に集まってくれたファンのみんな。何回もライブだったりイベントに来てくれてる人も居れば、今日初めて来る人だって居るだろう。ファンでいっぱいの、とっても大きな会場だけど、後ろの方まで私にはちゃんと見えている。

 みんな笑顔になってくれているのが、私にはしゅがーはぁとにはちゃんと見えている。

 マイクを握る手に力を込める。力を込め過ぎて手が白くなってる気がするけど、これくらい力を入れないと震えは止まらない。

『精一杯の感謝を込めて歌います。「Take me☆Take you」』

 今まで……ありがとう。しゅがーはぁとに覚めない夢を見せてくれて本当ありがとう。みんなの事ずっとずーっと大好きだからね☆



8: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:46:41 ID:1hH


 雨が降っている。

 アイドルを引退して『しゅがーはぁと』から『佐藤心』に戻った私は、行くあてもなく外をふらふらしていた。

 雨だからか人影はほとんどなく、まるで私だけが取り残されてしまったかのように錯覚してしまう。

 誰も居ない街に傘と雨が奏でるパラパラと言う旋律だけが響いている。まるで私のためのソロステージのようにも感じてしまう。

「なんにも無くなっちゃなぁ……」

 傘と雨のオーケストラに割って入るようにポツリと呟く。ステージには私しか居ないんだから、私が歌わなければいけない。踊らなければいけない。

 でも、私はもう『しゅがーはぁと』じゃない。足元を見てもガラスの靴はどこにもない。

 この素敵なステージに立つ資格のあるアイドルはもうどこにも居ない。居るのはなにも無いただの佐藤心だけ。

9: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:47:20 ID:1hH
「私の夢……覚めちゃった……」


 覚めない夢をいつまでも見ているはずだった。舞踏会に憧れたシンデレラのままで居られるはずだった。『しゅがーはぁと』のままで居られるはずだった。

「……うん。大丈夫。私は大丈夫だから」

 私だってきちんと納得してアイドルを引退したんだ。もう『しゅがーはぁと』で居られる夢の時間は終わった。魔法は解けてしまった。だけど……。

「私の……夢……! 私だけの……! 『しゅがーはぁと』は……!」

 売れなくて辛いときにも私を支えてくれたのは『しゅがーはぁと』だけだった。幼い私に夢を与えてくれ、成長した私に夢を諦めない強さをくれた。

 私の夢の理想形。

「夢はいつか覚めなきゃいけない。だから……大丈夫だよ。ゆっくり休んでください」

 心の中に居る『しゅがーはぁと』に語り掛ける。今までお疲れ様でした。私はもう大丈夫だから。

「だけど今だけは泣いちゃうのも許してね☆」

 溢れてくる涙はもう止められそうにもない。でも雨が私の涙を洗い流してくれるから大丈夫。

 傘を畳んで、大泣きしている空に顔を向けて、大きく息を吸う。

「今までっ! ありがとうっ! 私に夢を見させてくれて! ありがとーっ!」

 顔が濡れているのは雨のせい。私の涙なんかよりも空の涙の方がたくさん降っているんだから。

10: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:48:06 ID:1hH
「ふえ?」

 ふいに傘が私の頭上に現れて間の抜けた声が出てしまった。

「やっぱり心さんの声でしたね」

 傘を差してくれたのはやっぱりあの人だった。私の事を見つけてくれたあの人だった。

「プロデューサー……? どうして……?」

 そうやって微笑む彼は、私に名刺をくれたあの時と何も変わらなかった。私を見つけてくれたあの時と変わらないままだった。

「俺が心さんのプロデューサーだからですよ。どこに居ても必ず見つけます」

「……っ……ぁ……」

 もうアイドルじゃないのに、もうあなたの担当でもないのに、私はただの佐藤心なのに。

 言いたい事はたくさんあるけど上手く言葉に出来ない。言おうとすればするほど涙が溢れてきてしまう。

11: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:49:26 ID:1hH
「傘持ってるならちゃんと使ってください。風邪引いちゃいますよ」

 彼は私の右手の畳まれた傘に目をやると、あきれ顔でそう言った。

「どうしてそんなに優しくするの……? 私はもうアイドルじゃないのに……」

 彼と目を合わせられなくて、足元を見ながら言う。

「例え引退したとしても、俺にとって心さんはアイドルですよ」

 違う。アイドル『しゅがーはぁと』はもう居ない。居るのはなにも無い佐藤心だけだ。

「なにも無いのに……私はもう『しゅがーはぁと』じゃないのに……」

「心さん。俺は『しゅがーはぁと』だけを好きになったんじゃないんです」

 下を向いたままでは彼がどんな顔をしているかはわからない。わからないけど、きっと『あの日』と同じ優しい笑顔を向けてくれている気がする。

「あの日も言いましたよね。『心さんが好きだ』って。俺は『しゅがーはぁと』も『佐藤心』も好きなんです。その気持ちは今も変わっていません」

「私にはなにも無いのに……。好きになってもらえるようなものなんてなにも無いのに……」

「心さんだから良いんです。心さんだから好きなんです。それに心さんにたくさんの素敵なところがあります」

 彼の言葉にひたすら頷くことしか出来ない。涙を堪えるのに必死で、言葉を紡ぐことが出来ない。

12: 名無しさん@おーぷん 2018/04/18(水)22:49:42 ID:1hH
「なにも無いなんて言わないでください。俺は強い所も弱い所も全部ひっくるめて心さんが好きなんです。だから……」

 彼は一度言葉を区切ると私が彼の方を向くのを待ってから、あの日と同じように頭を下げて手を伸ばした。

「心さんの事が好きです。もっとあなたの笑顔が見たいんです。どうか俺と付き合ってください」

 伸ばした手が小さく震えている。きっとあの日もこんな風に震えていたのだろう。

 あの日はとる事が出来なかった手をとって、私は短く一言だけ「はい」と返事をした。私が出来る限りの最高の笑顔で。

 どうやら私の覚めない夢はまだ始まったばかりだったらしい。

 ……雨はいつの間にかやんでいた。

End