2: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:02:52 ID:PLN

『うふふ、まゆ、今年こそ誕生日はプロデューサーさんと二人きりで過ごすと決めているんです』

 まゆの誕生日について話題に上がった際に、そのようなことを言っていましたね、と、幸子はふと思い出した。当時はまゆらしい言葉だと思ったが、結局まゆはプロデューサーと誕生日を二人きりで過ごすことはできないらしい。
 誕生日当日の夜、自分に与えられた部屋の片隅で三角座りをしているまゆを見て、溜め息を吐いた。
 まったく、プロデューサーさんは相変わらず乙女心をわかっていませんねとも思ったが、とは言え、多数のアイドルを抱えるうちの事務所において、なかなかオフを取れないのは仕方ないことだ。

 ところで余談ですが、ボクは基本的には実家通いですが、お仕事でどうしても早朝でないといけないときのために泊まれるように女子寮に部屋を用意してもらっているんですよ。ボク以外にもこうした理由で部屋を用意してもらっているアイドルが何人かいます。

引用元: これはこれで、幸せな誕生日。或いはまゆと幸子のなんでもない日常 



3: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:03:29 ID:PLN

「プロデューサーさぁん……こんなネックレスでまゆは……まゆは……うう、嬉しいですけど、嬉しいですけどぉ!」

 一応、それなりにプロデューサーも悪いとは思っているようで、仕事で現場へと向かう前にまゆと直接会い、プレゼントを渡してから行ったそうだが。
 悶々とした様子でネックレスを両手で包み込んで床を転がっている。三角座りをしたり、床を転がったり、先ほどからこの行動を繰り返してばかりいる。
 こうして観察していると面白い。動物園で珍しい生き物を見ている時のような気分になれる。

4: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:03:58 ID:PLN

「ところでまゆさん、その紙袋に入った大量のカイロは一体……?」

「加蓮ちゃんからのプレゼントについていたおまけですね。プレゼント本体はこっちですよ」

 もちろん大量のカイロが入った紙袋はおまけなので、ちゃんとしたプレゼントも貰っているらしく、まゆは自慢気に、或いは嬉そうに、左手首見せてきた。
 なるほど、普段とは違う薄い青色のリボンブレスレットを着けている。今まで見たことがないものだった。どうやらこれが加蓮からの誕生日プレゼントらしい。
 それにしても、とても嬉しそうに見せつけるものだ。先ほどまでうううと唸っていたようには思えないほどにニコニコしていて、本当仲良いなこの人たち。
 いや、でも、なんでカイロ……?

5: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:04:28 ID:PLN

「そうだ、美穂ちゃんからはトレーニングウェアをいただいちゃいました。うふふ、お揃いなんですよぉ」

「なん……ですって……!?」

 美穂さんとお揃いのトレーニングウェアなんて、羨ましい。凄く羨ましい。ボクもお揃いがいい。ボクの誕生日はいつですか! 二ヶ月先でしたね!
 思わぬ自慢を受けてしまった。ちくしょう、なんてカワイクない言葉がつい漏れてしまうくらいには羨ましい。

「美穂さんとお揃いいいなあ、いいなあ。ボクも美穂さんとお揃いのウェアを着たかったですー!」

「…………あの、正直自慢しておいてなんですけれど、そこまで羨ましがられるとちょっと引きますねぇ」

「だって美穂さんとお揃いですよ!?」

 何がだってなんでしょう、とまゆは思ったが、これ以上ツッコんでも面倒くさくなりそうだったので敢えて口を閉ざした。たいていのことはうふふと笑ってしまえるまゆをもってして面倒くさくなりそうだと思わせる勢いはどうなのか。

6: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:05:11 ID:PLN
 いや、まあ、気持ちはわからなくもないんですけどね、とまゆ。自分とてプロデューサーとお揃いのお洋服で過ごせたら天にも昇る気持ちになるだろうから。
 そこまで考えて、プロデューサーと二人きりで過ごせなかったことを思い出して、途端に悲しくなってきた。

 ううう、なんでですかプロデューサーさぁん……一ヶ月前から空けておいてくださいと言ったのにぃ、いや、仕方ないのはわかるんですけど、お仕事は大切ですし、邪魔はしたくないですけどぉ!

 理屈はわかる、仕事が大切なこともわかる。それでもどこかでワガママを言いたくもなるのだ。だからこそまゆは幸子を女子寮に引き止めたのだし、彼女の部屋でワガママな姿を見せているのだ。
 しかしその姿を見せる相手が何故幸子なのかと言われると、理由はある。
 幸子はとにかく真面目なのだ。真面目というか、素直か。適当に流すこともなく、かと言って邪険にもしない。良くも悪くもリアクションがわかりやすい。
 そういう人が相手だと、たいていの人は内面を晒け出しやすいものだろう。まゆもその一人だった。

 ……それと、周囲に振り回されている時の幸子ちゃんは可愛いですからね。

7: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:06:02 ID:PLN

「落ち込んでるかと思えばニコニコしたり、また落ち込んだかと思えば微笑んだり……なんだか今日のまゆさんは表情がコロコロと変わって、いつにもまして面白いですね」

「まるでまゆがいつも面白いみたいな言い方ですね」

「自覚ないんですか?」

「うふふ、そうですねぇ。でももしまゆが面白かったとしても、幸子ちゃんほどじゃないですよ。幸子ちゃんは沢山の人を笑顔にできる、素敵な子ですから」

 にっこりと微笑むまゆの言葉に、幸子はなんとなく言葉が詰まる。こちらから褒めてくださいと言う前に自然と言われてしまったら、なんだか反応に困る。

8: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:06:42 ID:PLN
 いえ、カワイイボクのことを見ているだけで人々を癒してしまうのは当然のことなんですけれど、こう素直に言われるとちょっと面を喰らってしまう。
 まゆ、或いは普段の付き合いの中で言えば美穂もだが、裏表なく素直に相手の良い面を率直に言える人というのは最強なのではないだろうか。誰からも嫌われることのない、素敵な人足り得る資質。
 アイドルとは斯くあるべきなのかもしれない。

「そうですね、ボクはみんなを笑顔にする素敵でカワイイ幸子ですから! どんどんカワイがって癒されても構わないんですよ!」

 結局、少し戸惑いはしたものの、いつも通りの反応をすることにした。
 少し面を食らったと言っても、やはりそこは、色々な意味でなかなかブレないことに定評のある幸子だった。

9: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:07:07 ID:PLN

「うふふ、可愛い可愛い」

 ドヤ顔で胸を張る幸子の髪の毛を撫でる。その手つきはとても優しいものだ。

 プロデューサーと二人きりで過ごすことはできない誕生日だったけれど、アイドル仲間である友達から沢山のお祝いをもらって、今はこうして幸子の頭を撫でることで癒されている。

 最高ではないかもしれない。だけど、とても良い日だったことは間違いない。

「うふふ」

 これはこれで、幸せな誕生日ですね。

10: 名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木)22:07:35 ID:PLN

 ──次の日。

「昨夜は一晩中まゆさんにカワイがられてしまって、少し眠たいですね……」

「さ、幸子ちゃんっ、ま、まゆちゃんに一晩中可愛がられてって──そ、そんなの、まだ早いです、まだダメですっ! 幸子ちゃん、正座!」

「なんでですか!?」

(美穂はん、なんか勘違いしてはるなぁ。せやけど狼狽える幸子はんも慌ててる美穂はんもかいらしいさかい、もうちょーっとだけ、見守っときましょ)




おわり