僧侶「誰…?」
???「僧侶殿…ですね?」
僧侶(女性の声…)
???「私は女王陛下の使いの者。いまお助けします」
僧侶「女王陛下の…」
ガチャン…!
くノ一「お待たせしました。さあ、十字聖騎士に気付かれぬうちに、脱出しましょう」
僧侶「…!」
僧侶「私を何処へ連れていくつもりなの?」
くノ一「勇者様のところへ」
くノ一「かつて、貴女は女神の啓示を受け、聖女として勇者一行として認められたことがおありのはずです」
僧侶「…魔王に抗う手段のために…ということね」
くノ一「はい。確認できる勇者一行は、もはや貴女1人だけなのです」
僧侶「分かりました。行きましょう」
僧侶(何が出来るか、分からないけれど…それでも、少しずつでも前進できるのなら)
僧侶(この身は惜しくない)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1476520312
引用元: ・国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」
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657: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 08:45:37.49 ID:888eQnpqO
くノ一「さ、こちらへ」
くノ一「我々の手の者が馬車を用意しています」
僧侶「はい」
僧侶「でも…女神教会の人間である私を、王家に仕えるあなたが信用してくれるの?」
くノ一「…ええ」
くノ一「貴女はあの日…建国の儀式の時、我らと共に教皇を倒そうとして下さいました」
くノ一「結果は、どうあれ」
僧侶「そう。あなたもあの時…」
くノ一「…」
くノ一「戦士殿から、よくお話を伺っておりました。僧侶殿は、聖女の名に相応しい高潔で強い心を持った方だと」
僧侶「戦士さんが…」
僧侶「…聖女なんて、名ばかりよ。私は、多くを救うために誰かが犠牲になることを、厭わない」
僧侶「あの日だって、この超常の力を策謀のために利用してみた」
くノ一「円卓の席で見せた術ですね。両陛下すら、操られるままであったとか」
僧侶「操ってなどいないわ。私に出来るのは、せいぜい任意の方向へ気を反らすことくらい。それに念話を織り混ぜて、まるで暗示をかけたように装った」
僧侶「女神様に授かった力であるはずなのにね…必要だと思えば、人を騙すことにも使う。私は、そんな女」
僧侶「聖女なんて…おこがましいわ」
658: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 08:47:14.03 ID:888eQnpqO
くノ一「教会の者たちは、こちらの意思に関係なく身体の動きを止めてみせたり、人格を乗っ取って自在に動かしたりしてみせていました」
くノ一「女神から力を授かった貴女の力よりも…教皇の"作り出した神秘"の念力のほうが、強力だと、いうことですか?」
僧侶「ええ。表面的な能力で言えば、私の力より教会のそれのほうが遥かに強力よ」
くノ一「…」
僧侶「矛盾してる、わよね。何故、純粋な祈りよりも、強い力を彼らが…」
僧侶「………女神様に祈り続けてきた私は、あの教皇様の力の前に成す術はなかった…」
くノ一「………希望は」
くノ一「希望は、あります」
僧侶「え?」
くノ一「全てを覆せるかもしれないものを、私たちは掴んでいます」
僧侶「…魔王を、倒せる…ということ?」
くノ一「………おそらく、それすら可能です」
僧侶「それって…一体…」
くノ一「詳しい話は、王城に向かいながらお話しします。まずは教皇領から脱出を」
くノ一「そこの裏手に、馬車が止まっています。とにかく今は勇者様と合流して…」
くノ一「――!」
659: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 08:48:49.63 ID:888eQnpqO
僧侶「…どうしたの?」
くノ一「…おかしい。部下の気配がしない」
くノ一(まさか)
大僧正「やっと来ましたかぁ。待ちくたびれましたよぉ」
僧侶(! だいそうじょ--)
くノ一「僧侶殿!! 走れ!!」
僧侶「っ! はいっ」ダッ
大僧正「はぁあぁ…やれやれぇ。逃がしませんよぉ、私は…」
くノ一「つッ!!」ビュッ
大僧正「あれぇ、けっこう速いですn
ドスッ!
くノ一(心臓を捉えた)ズブ…
大僧正「おお、痛い痛いぃ…」
くノ一「!?」
大僧正「それはぁ、痛いに決まってるじゃないですかぁ」ガシ…
660: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 08:50:10.07 ID:888eQnpqO
くノ一「うがッ…!」
大僧正「心臓なんて刺すんですからぁ…」
ミシミシ…
くノ一(馬鹿な…何故…!!)
僧侶「くノ一さん!!」
大僧正「くへへェ…さあ、あなたのばん」ォオォオ
僧侶「術を…!」
僧侶(…く! もう、破れてなるものかっ!!)
僧侶「はぁっ!!」コォオォオ
大僧正「あれっ! ああ、あっれっ」
大僧正「おかしぃ、おかしいぞぉ、なんでだぁ、なんで捕らえられないんだぁ!?」
大僧正「すごくぅ、強くなったはずなのにぃ…大変だぁ、もしまた失敗したら…」
大僧正「…」ピタッ
大僧正「失敗は許されない」
大僧正「失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない」ォオォオ
くノ一(な…なんだ、こいつ…!!)
僧侶「うぐっ…!!」
僧侶(なんていう強大な力!! あの時の教皇様のもののよう…!!)
661: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 08:58:43.92 ID:888eQnpqO
「ふむ。…足止めくらいの役は果たせるか」
教皇「急拵えにしては機能したほうと言える」
僧侶「!! きょ、教皇…」
大僧正「ヒィッ! きょ、きょうこうサマ…!!」
教皇「何度も私を手間取らせるでない。愚図が…」ス…
ドンッ!!
僧侶「げふッ…!?」
僧侶(何…!? この波動!! あ…頭が破裂する!!)
僧侶「ぐ………!」ドサッ…
くノ一(僧侶殿!!)
くノ一「教、皇…貴様…!!」
教皇「王家の犬か…。またしても我らの研究施設に入り込むとは。よくあの警戒網を潜り抜けたものだ。全く、盗人猛々しい」
662: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 09:38:17.71 ID:888eQnpqO
教皇「私がわざわざ足を運んだのだ。吐いて貰わなくてはいかんな」
教皇「"アレ"を何処へやった?」
くノ一「………」
教皇「まあ、言わぬか。ならば言わせるまでのこと…」ォオオ
くノ一(不味、い…!!)
僧侶「…」ボソ
教皇「…ん?」
--バシュゥウウッ!!
大僧正「ヒッ!!」
くノ一(なんだ…!? 僧侶殿の身体光って…!!)
くノ一(か、身体が軽く…なっていく)
ドヒュンッ!!
663: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 09:39:21.98 ID:888eQnpqO
大僧正「わ、わぁ!」
大僧正「アイツの身体が、消えた!!」
教皇「転移…だと!?」
教皇(馬鹿な…たかが聖女ごときにそのような能力は…!)
教皇「………僧侶自身も消えている。が」
教皇(この肉の焼けたような匂い。地面についた焦げあと)
教皇(蒸発したのか。転移を使う代償に?)
教皇「…全く、大した聖女だ。王家の犬を生かすために、躊躇なく死を選んだ」
大僧正「きょ、きょうこうサマぁ…わ、わわ、わたしのせいじゃ、ないんですぅ…」
教皇「黙っていろ」
大僧正「は、はひっ…」
教皇「これは、どういうことだ」
教皇「勇者一行の人物が、自ら命をかなぐり捨てたぞ」
教皇「お前は、何か知っているな?」
魔法使い「さあて、ね」
魔法使い「僕は何も知りませんよ」
664: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 09:40:48.98 ID:888eQnpqO
魔法使い「ですが、強いて言うとしたら…」
魔法使い「運命がズレてきている…という所ですかね」
教皇「…」
教皇「魔王を倒していないのか?」
魔法使い「ええ。ムリでした」
魔法使い「いやぁ、怖いのなんのって」
教皇「ふざけるな」
教皇「魔王は戦士との闘いの際、お前の手にかかって死ぬ。そして残存の四天王を、勇者、僧侶と魔法使いが倒す」
教皇「それが"啓示"だったはずだ」
魔法使い「死んだのは木竜です。そして、それと同時にこちらの陣営の僧侶さんも」
魔法使い「色々と、ねじ曲がってきていますねぇ。もしかしたら、関与してきているのかもしれませんよ?」
魔法使い「女神が、ね」
665: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 09:42:08.83 ID:888eQnpqO
教皇「………それは、"どっちの"だ?」
魔法使い「さあ? しかし、聖女が命と引き換えにたった一度きりの転移を使う…なんてことが起こったことを考えると…」
教皇「………」
魔法使い「さて。我々がこれからどうするのか、それを考えねばなりませんね?」
教皇「言われるまでもなく、考えている」
魔法使い「何か、策がお有りなんですか?」
教皇「…僧侶を使って、魔王を倒す」
魔法使い「いま、お亡くなりになってしまった様ですが?」
教皇「ふん。私を幾度も欺こうとした女だ。必要ない」
教皇「代わりを作ればいい」
教皇「女神の奇跡など…いくらでも作り出せるのだから」
666: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/03/05(日) 09:43:07.09 ID:888eQnpqO
【僧侶】
676: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:16:50.66 ID:Sn8pHx33O
城下町
大通り
ヒュゥウゥウ…
少年「………」
少年「誰もいない。いなくなってしまった」
少年「かつて、お客を呼ぶ声で通りを賑わせた商売人たちはいなくなって」
少年「歓声をあげて駆け抜けた子供たちの姿も見えない」
少年「分厚い雲の覆う昼間の城下町。でも、その姿はまるで眠ってしまったかのよう」
少年「…あれ? でも、微かだけれど、聞こえるな」
少年「悲しみに包まれたしまったこの街に、不釣り合いな明るい声」
少年「不安と期待がないまぜになったかのような、少しかん高い、子供たちの声」
少年「…ふふ。大人が叱るような冒険って、どうしてこんなにワクワクするんだろうね?」
少年「さあ、早くお姫様を起こしてあげなきゃ」
少年「彼女はまだ、夢の中。不思議な気持ちの、夢の中」
少年「見たことあるような、始めてみるような」
少年「そんな世界の中にいる」
677: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:19:17.56 ID:Sn8pHx33O
『救いの巫女は、現出します』
『祈るのです。その少女に』
『人々の希望の僧侶は、突如として舞い降りて』
『水の上に佇み、魔王と相対するでしょう』
『祈るのです…』
――「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」
――「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」
――「――ガァアァアァアァアッ!!」
――「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ」
――「泣かないでね」
チュンチュン
赤毛「…ん…」モゾモゾ
赤毛「…朝かぁ…」
赤毛「へんな夢…」
赤毛(でも、何だか…気持ちの良い夢だったなぁ)
赤毛(空を飛んでるような心地で…皆があたしを見てて)
赤毛「…でも、夢は夢、だよね」
赤毛「現実は…」
678: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:21:10.44 ID:Sn8pHx33O
赤毛「おはよー、ママ」
母「おはよう」
赤毛「パパは?」
母「町の集会所。…これからのこと、話し合ってるわ」
赤毛「これからのこと?」
母「…」
母「国王陛下は全面的に降伏すると発表なされた。それは、あんたも知ってるわね」
赤毛「…うん」
母「でも、肝心の教会の方々が武器を取って立ち上がるように声をかけている」
母「…この先どうすることがいいのか。私たち一人一人が自分で考えなければいけないわ」
母「本当は集会は禁止されているのだけど、町内の代表になる人たちが集まることになったの。パパも集会所へ向かったわ」
赤毛「…」
母「分かるわね。あなたも…気持ちの準備だけはしておいて」
赤毛「…うん」
679: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:22:21.14 ID:Sn8pHx33O
母「…ねえ」 赤毛「…あのさ」
赤毛「あ、ゴメン。何?」
母「…ううん、なんでもないわ」
赤毛「はは。そっか。あたしも、なんでもないや」
赤毛「部屋に、いるね」
母「…ええ。窓は開けちゃ駄目よ」
赤毛「分かった」
トタトタトタ…
母「…」
母「こんな時に、あたしったらなんて夢を…。願望でも、現れたのかしらね」
680: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:23:28.70 ID:Sn8pHx33O
赤毛「…はあ」
赤毛「魔王が攻めてくる…?」
赤毛「本当なのかなぁ」
赤毛(………)
コツン!
赤毛「!」
赤毛(なんだろう、いま窓に何か…もしかして!)ガタッ
キィ…
坊主「あ! 赤毛、顔出した!」
三つ編「しーっ! 大きな声出さないのっ。家の人に見つかっちゃうでしょっ」
金髪「よう」
赤毛「…みんな!」パァ
681: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:24:53.32 ID:Sn8pHx33O
赤毛「ほっ、と」スルスル
スタッ
坊主「よぉし、ずらかるぜ!」
三つ編「だから、声が大きいってばっ」
金髪「お前んち、不便だよなぁ。二階建てなんてさ、抜け出すのにひと苦労だよ」
赤毛「3人とも…どうして?」
金髪「…どこの家も同じだよ」
赤毛「え?」
金髪「息、詰まるだろ。大人がみんなして暗い顔してさ」
赤毛「…そっか」
金髪「だから、こんな時こそ――」
金髪「秘密結社が集うべき時なのだ!」
坊主「その通りっ!」
三つ編「は、恥ずかしいなあ、もう」
赤毛「ふふ…! そだね!」
金髪「だからさ、赤毛!」
金髪「秘密基地、行こうぜ!」
赤毛「…うんっ!」
682: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:27:01.72 ID:Sn8pHx33O
秘密基地
街の時計台の中
坊主「着いたー!」
三つ編「はー、ドキドキした」
金髪「ったく、どこもイカツい鎧の騎士がウヨウヨしやがって」
赤毛「見つかったら、ウチに連れてかれてたねぇ」
金髪「三つ編の調べた抜け道のおかげだな!」
三つ編「エッヘン!」
赤毛「ここまで来れば、大丈夫だよね。時計台の上からの声は、下までは聞こえないだろうし」
金髪「だな。大人も来ないし。やっぱ、秘密基地は最高だぜ!」
坊主「それにしても、みんなピリピリしちゃって…なんだか変だよねぇ」
坊主「城下町が、城下町じゃないみたい」
三つ編「…それは、魔王が攻めてくるんだから、仕方ないじゃない」
赤毛「本当なのかな?」
金髪「実感湧かねーけどなー」
坊主「ついこの前まで、普通に学校行ってたのにね」
683: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:28:24.24 ID:Sn8pHx33O
金髪「ま、大手を振って学校を休めるっつーのは魅力だよな!」
赤毛「同感」クスッ
三つ編「もう、金髪も赤毛も。暢気なこと言ってる場合?」
金髪「暢気なこと言いたいから、ここに抜け出して来たんだろ?」
三つ編「それは…そうだけど」
坊主「あ、そーだ。そういえば」ゴソゴソ
赤毛「? どうしたの、坊主?」
坊主「ジャーン! ビックチョコレートの大袋!」
三つ編「わあ、凄い!」
赤毛「やったー! あたしコレ、大好き!」
金髪「やるな坊主!」
坊主「でへへ」
684: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:29:49.12 ID:Sn8pHx33O
赤毛「…」モグモグ
赤毛「魔王、かあ」
三つ編「…」モグモグ
赤毛「魔王に負けたら、あたしたち、どうなっちゃうのかなぁ」
坊主「…た、食べられちゃう、かな!?」
金髪「かもな。魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」
坊主「そ、そうなの…?」
金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」
坊主「ひっ…」
赤毛「金髪! あんまり坊主を怖がらせちゃダメだよ」
金髪「へーへー」
三つ編「授業で習ったけど、人と魔族はお互い、勝ったり負けたりを繰り返してるのよね」
坊主「勇者様が勝つときと…魔王が勝つときと、あるんだっけ」
金髪「ええ? そんなこと習ったかあ?」
赤毛「この間習ったばっかりじゃん」
金髪「そーだっけ…?」
685: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:32:09.14 ID:Sn8pHx33O
三つ編「ここ数十年間は、勇者様が負けてないから、私たちもそういう感じがしないのよ」
坊主「じゃあじゃあ、今回も勇者様が勝てる!?」
三つ編「そ、それは分からないわよ、私だって」
金髪「でも、王様はもう降伏宣言してるんだぜ? それって人間の負けってことだろ?」
赤毛「それじゃあ、勇者様が負けちゃったのかなあ?」
坊主「ついこの間、神託を受けたばっかりじゃないの!?」
金髪「気の毒なこった。旅に出る前にやられちまうなんてよ」
686: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:33:19.48 ID:Sn8pHx33O
赤毛「………勇者様が負けた時」
赤毛「昔の人は、どんな風だったのかな」
三つ編「…れ、歴史の教科書では」
三つ編「町やお城が壊されたりして、沢山の人たちが奴隷になって、連れていかれたりしたって 」
坊主「ど、奴隷…?」
金髪「…」
坊主「それじゃあ、僕らもそうなっちゃうの、かな?」
坊主「お父さんやお母さんは…?」
三つ編「…だ、大丈夫よ」
三つ編「きっと、教会の騎士様が、守ってくれるわよ…」
三つ編「きっと………」
赤毛「…」
赤毛「今日、うちのパパは町の集会に行ってるんだって、ママが言ってた」
赤毛「これからどうするのか…自分達で決めなきゃいけないって」
坊主「…そ、それって」
坊主「どういう、こと…?」
赤毛「………分からない」
687: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:34:57.66 ID:Sn8pHx33O
金髪「だー、もう!」
金髪「お前たちまで暗くなってどーすんだよ!? 秘密基地のルール、忘れたのか!?」
金髪「ひとつめ! 言ってみろ、赤毛!」
赤毛「え、えっと…」
赤毛「秘密基地では楽しく過ごす。暗い話はご法度」
金髪「そうだ。ふたつめは!?」
三つ編「学校や家でイヤなことがあったら、いつでも来て良し。誰かが困ってたら、駆けつけること」
金髪「坊主、みっつめ!」
坊主「しゅ、宿題の話をしたものは、秘密基地から出ていく!」
金髪「そのとーり! 秘密結社は、困った時は助け合い、どんな時でも明るく楽しく過ごす!」
金髪「それがなんだよ、俺たちのこの有り様は!? 秘密基地まで来て、暗い顔すんなっての!」
三つ編「そんなこと言ったって…この状況で楽しい事なんか…」
金髪「そういうトコ、アタマが硬いんだよな三つ編は!」
三つ編「な、なによ!? 金髪だって、文句言うばっかじゃない! なんのアイディアも無いくせに!」
金髪「ぐむっ…。そ、それはだな」
688: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:36:47.08 ID:Sn8pHx33O
金髪「よし、赤毛!」
赤毛「あ、あたし!?」
金髪「なんか、面白いことのアイディア! 言ってみろ!」
赤毛「…えっとー、うーん」
赤毛「あ、そうだ!」
坊主「何か思い付いたの!?」
赤毛「"大人達の集会所に潜入大作戦"、なんてのはどう?」
金髪「…」
赤毛「…ダメ?」
金髪「いいな! それ!」
坊主「うっひゃー、格好いい! 面白そお!」
三つ編「で、でも…外は危ないよ!」
金髪「――三つ編さ。気になってんだろ」
金髪「父さんのこと」
三つ編「!」
金髪「気になるんなら、自分で知りに行けばいい。違うか?」
三つ編「………」
三つ編「分かったわ」
金髪「っしゃ決まりィ!」
三つ編「その代わりひとつ約束! 潜入作戦の陣頭指揮は私がとります! 本当に危ないことは、禁止なんだから!」
坊主「三つ編、一番やる気なんじゃない?」
赤毛「かもね」フフ
三つ編「そこ! 何か言った?」
赤毛 坊主「なんでもありませーん」
689: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:38:17.04 ID:Sn8pHx33O
少年「さあ、子供たちの大作戦が始まるよ」
少年「彼らは友達で仲間で、別ちがたい友情で結ばれてるんだ」
少年「少なくとも、彼らはそう信じている」
少年「大人になると、そんなものはないんだって言う人もいるよね」
少年「友達のこと、忘れちゃったって言う人もいる。忘れるつもりなんかなかったのに、いつの間にか離れてしまったって人もいる」
少年「あの頃とは全てが違ってしまって、カチカンが違ってしまったとか、タチバが変わってしまったとか」
少年「全ては、一瞬の煌めきだったって、みんな昔を懐かしむ顔になったりして」
少年「でも、子供にはそれが分からない。彼らにとってはその一瞬一瞬が全世界で、それに持てる全てで立ち向かっていくんだよ」
少年「それが、子供の特権なんだ」
690: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:40:43.86 ID:Sn8pHx33O
三つ編「いーい? 私たちは今、三区の時計台裏の秘密基地にいる。目標は、町の集会場。ここに行くまでには…大通りを2つ、通っていかなきゃならないわ」
三つ編「でも、そういう所には教会の騎士様が沢山いて、見つかったら最後大変な目に会うかもしれない」
坊主「う、うぅ…」
金髪「坊主、今さらビビったのかぁ?」
坊主「そ、そんなことないよ!」
赤毛「でも、どうするの? 集会所には通りを越えて行かなきゃいけないでしょ?」
三つ編「そうね…1つめの通りは、富豪さんの敷地の中を通っていくのはどうかしら?」
金髪「あんのバカでかいウチか。確かに、通りを行くより安全だな」
赤毛「敷地の中の庭園を通って行くって事? だ、大丈夫かなぁ?」
三つ編「多分平気よ。どうせどこのウチかも、ウチに閉じ籠ってじっとしているはずだから」
赤毛「そっか…」
赤毛(けっこう強引な作戦な気がするけどなあ。三つ編、やっぱり一番ノリノリなんじゃ?)
三つ編「2つめの通りは、集会場の近くまで小川が流れてる。この水路に降りて、小舟で行きましょう!」
坊主「あ、そういえばあそこ、ボロの小舟があるよねぇ!」
金髪「おお…すごい。何だか上手く行きそうな気がしてきた!」
691: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:42:18.82 ID:Sn8pHx33O
金髪「よーし、早速決行だ!」
赤毛「坊主、ビックチョコレート忘れないでよね! 大事な食料なんだから」
坊主「オッケー!」
三つ編「三区の地図ってどこかにあったかしら? 一応持って行きたいんだけど」
赤毛「ああ、それなら確かこの辺に…」
金髪「へへ! 久々にワクワクすんなあ! 早く行こうぜ!」
赤毛「ちょっと待ってよぉ。あ、あったあった!」
三つ編「良かった、これで準備万端」
金髪「坊主は?」
坊主「………」
金髪「? おい、坊主」
赤毛「どうかしたの?」
坊主「………本当にいいのかな」
坊主「僕たち、こんな事してて」
692: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 08:43:58.64 ID:Sn8pHx33O
金髪「あん? 急にどうしたんだよ、お前」
坊主「王様が…外出禁止だって。チョクレイが降りたんだって、言ってた」
坊主「そんな命令を出したの、初めてだって」
坊主「父ちゃんも母ちゃんも言ってた。すっごく、恐い顔してた」
坊主「………本当に、僕たちこんな事してて、いいのかな」
赤毛「………」
三つ編「………」
金髪「はん」
金髪「王様が、なんだよ。あんなやつ」
金髪「魔族と戦うの怖がってばかりの、腰抜けじゃねーかよ。あんなやつが守ってくれるなんて、元々オレは思ってないぜ」
金髪「父さんだって………」
三つ編「金髪…」
金髪「…」
金髪「赤毛の親が言ってたってこと、聞いてたろ。これからどうするのか、自分たちで決めなきゃいけないって」
金髪「もしそうならオレたちだって、知って、考えなきゃいけない」
金髪「大人達に任せっぱなしにしてたって、魔族から守ってくれるなんて決まったわけじゃないんだ」
赤毛「…」
金髪「だから、行こうぜ。集会所」
金髪「そんくらいは出来るんだ…オレたちだって。もうコドモじゃない」
695: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:35:42.67 ID:Sn8pHx33O
赤毛「そうだね。一緒に行こう。坊主のパパもきっとそこに居るから」
赤毛「三つ編が居れば、安全な道で行けるはずだし、もし騎士様に捕まりそうになったらその時は…」
金髪「オレがやっつけてやるぜ!」
赤毛「でしょ?」クス
赤毛「それに、坊主のビックチョコレートがあれば、元気も出る」
坊主「…」
金髪「おいおい、そんじゃあ赤毛は何するんだよ?」
赤毛「え!? えーっと、そうだなぁ…」
三つ編「…赤毛は」
三つ編「何だか、居てくれるだけで、安心する」
赤毛「えっ! や、やだなぁ何言ってるの!」
三つ編「ご、ゴメン。変だったね、私」
坊主「で、でも。分かる気がする、かも…」
金髪(…)
赤毛「坊主までっ! 止めてよー!」
金髪「おいおい、坊主! まさかお前、赤毛のこと…!?」
坊主「ち、違うよー!!」
赤毛「き、金髪ぅ!」バシッ
金髪「痛っ! 叩くことねーだろ!?」
三つ編「ふふふふ」
696: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:37:48.02 ID:Sn8pHx33O
少年「あの時好きだった子のこと、覚えてる?」
少年「それとも、君のことを好きだと言ってくれたあの子のことを?」
少年「あの時、頬を撫でていった風を、差し込んでいた眩しい日差しを」
少年「胸のうちに燻っていたあのどう言ったらいいのか分からない気持ち」
少年「覚えてる?」
少年「案外、そんなあの子がケッコンなんかすると、"でもあいつ、昔俺のこと好きだったんだぜ"とか内心思ってる君たちを、よく知ってるよ」
少年「子供の好きってのは、本当に好きだったのかもしれないし、"好きっていうことにしていただけ"なのかもしれないよね」
少年「今の君は、誰かのことを好きだと思うかい?」
少年「それはあの時の好きとは違う好き? アイシテルって奴なのかな?」
少年「それとも…」
金髪「ん?」
坊主「あれ、この子…」
少年「やあ。お出かけ?」
金髪「…まあな」
三つ編「坊主、知ってる子?」
坊主「う、ううん。知らない。と、思う」
赤毛(…見たことない、男の子だ)
697: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:39:30.95 ID:Sn8pHx33O
金髪「お前、こんな所で何やってんだよ。こんな時に」
少年「君たちこそ、何やってるのさ?」
金髪「オ、オレたちは…」
坊主「僕たちのは、秘密結社の大作戦中なんだよ! 凄いでしょ!?」
三つ編「それ、言っちゃったら全然秘密じゃないじゃない…」
少年「秘密結社か、凄いね!」
坊主「でしょ!? きみも仲間になる!?」
金髪「お、おい坊主! 勝手になに言ってんだ!」
赤毛「良いんじゃない? 別に」
金髪「だ、駄目だ! 誰でも入れたら秘密結社じゃないだろ!」
坊主「ええー」
金髪「駄目なものは駄目!」
698: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:40:51.07 ID:Sn8pHx33O
少年「ふふ。それは残念」
少年「でもね、大丈夫だよ。一人で遊んでるから」
赤毛「そうなんだ…」
少年「そういうのが好きなんだよ」
坊主「そっかあー」
金髪「…」
少年「秘密結社の皆さん!」ビシッ
少年「作戦の無事成功をお祈りしてます!」
坊主 金髪「!」
坊主「了解でありますっ!」ビシッ
金髪「…そっちも気ぃつけてな!」ビシッ
三つ編「も、もう! 恥ずかしいってば!」
赤毛「じゃあね!」
少年「うん!」
699: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:42:22.97 ID:Sn8pHx33O
金髪「富豪の家はすぐそこだぞ。気を抜くな、副長!」
坊主「イエッサー、隊長!」
三つ編「や、やめなってばぁ…」
赤毛(一人で遊ぶのが、好き…かあ)
赤毛「………」クルッ
少年「…」ジッ
赤毛(わ! 振り向いたら、め、目が合っちゃった!)
少年「泣かないでね」
赤毛「え…?」
少年「君には、女神様がついてるよ」
赤毛「………?」
三つ編「赤毛ー、早くぅー!」
金髪「置いていくぞー!」
赤毛「あっ、待って!」タタッ
少年「………」
少年「そう。泣いちゃ駄目だ。笑わなきゃ、ね…」
700: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:43:46.39 ID:Sn8pHx33O
富豪の家
金髪「おし、こっちだ」コソッ
坊主「ホントに平気かなぁ」
三つ編「バレなければ平気よ」
赤毛「み、三つ編…」
三つ編「でも金髪、そっちは庭園を横切っていく道みたいよ。塀に沿って迂回した方が良くないかしら」
金髪「こっちのが良いんだよ。どうせあのオッサン、今頃震え上がって部屋の奥に引っ込んでら。庭なんか誰も見てねーよ」
金髪「それに、あそこ見てみろ」
三つ編「え? …何、あれ。犬小屋?」
金髪「うん。ロクに働かないヤツなんだけど、一応番犬がいることにはいる。塀伝いに歩けば、アレの近くを通ることになる」
金髪「万一吠えられたら、流石にマズイだろ?」
坊主「ば、番犬…!」
701: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:45:13.36 ID:Sn8pHx33O
赤毛「金髪、ずいぶん詳しいんだね?」
金髪「ああ。小さい頃よく来てたからな、ここ。母さんの、取引相手だった」
坊主「金髪の母ちゃんって、行商人だったんだよね。僕の父ちゃんも商人ギルド勤めだから、昔は一緒によくご飯食べてたもんね!」
金髪「ははは。あの時は、楽しかったな。でも」
金髪「コドモの頃の、話だよ。もう」
三つ編「…」
赤毛「今でも金髪はコドモだと思うけど?」
金髪「…へっ。いつまでもパパとママにべったりの奴に言われたくないぜ。区のお偉いさんだからってよ」
赤毛「なっ…! パパとママのお仕事は関係ないでしょ!?」
三つ編「ちょ、ちょっと。こんな所でケンカ始めないでよ、二人とも!」
ジャラ…
702: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:46:30.94 ID:Sn8pHx33O
三つ編「…ん? 何の音?」
金髪「! まさか、なんで!?」
坊主「ひっ…!」
赤毛「!」
番犬「…」ジャラ…
坊主「ひぃいっ…モガッ!」
金髪「馬鹿! デカイ声出すな!」ガシッ
番犬「…」キョロキョロ
三つ編「お、大きな犬っ…!」
赤毛(確かに…かなりの大型犬だ…!)
金髪「あ…慌てて大きな音を立てたりすんな。コイツ、滅多に吠えないんだけど…近くで子供が暴れたりすると、鳴くことがあるんだ」
赤毛「め、滅多に吠えないって、番犬としてどうなんだろ」
三つ編「でも、確かに今日は。もしこの犬が吠えたりしたら、何事かと家の人が出てくるかもしれないわ…」
金髪「魔王が来たかも…てか? こんな老いぼれの犬に吠えられる魔王って、どんなだよ」
坊主「~!」ジタバタ
金髪「ああもう、お前は暴れんなっつの!」
703: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:48:09.57 ID:Sn8pHx33O
番犬「…」キョロキョロ
三つ編「………ねえ」
三つ編「普段から吠えない犬にしても、何か、変じゃない? こんなに近くに私たちがいるのに…この犬、まるで見えてないみたい」
金髪「!」
赤毛「そうだね。…死んじゃう少し前の、ウチの犬に良く似てるな」スタスタ
金髪「お、おい赤毛!」
赤毛「平気よ。ホラ、こうやって前から近づいて触ってあげれば」ソ…
番犬「…」
赤毛「多分、もう目も耳も………。鼻詰まりもおこしているみたい。これじゃあもう…周りのこと、全然分からないよね」
赤毛「不安だったんだよね、お前」ナデナデ
金髪「…!」
赤毛「ご主人様だと思ったの? ゴメンね、違うんだよ…」ナデナデ
坊主「わわわ…! こ、怖くないの赤毛!?」
金髪「………。あのオッサン、自分ちの犬がこんなになってんのに。面倒も見ずに、放し飼いにしてんのか」
三つ編「きっと、余裕ないのよ」
三つ編「…"魔王が攻めてくる"。自分達だってどうなっちゃうのか分からないんだもん」
金髪「…」
赤毛「それでも…」
赤毛「お前の居場所は、この庭なんだね」ナデナデ
番犬「…」
704: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:49:24.39 ID:Sn8pHx33O
番犬「…」ヨタヨタ…
金髪「!」
赤毛(金髪の方に、すり寄っていく)
金髪「…お前」
番犬「…」スリスリ
金髪「う、うお…」
赤毛「ふふっ。もしかしたら、金髪のこと覚えてたんじゃないかな」
金髪「ん、んな事言ったって目ぇ見えないんだろ?」
赤毛「犬が覚えるのは匂いだよ。遊んでくれたこと、覚えてて…会いに来たのかも」
金髪「…ったく」
金髪「あん時は、まだお前ちっこかったじゃねぇかよ」
金髪「こんな、馬鹿でかくなっちまってよ」ナデナデ
赤毛「あはは、ぎこちない」
金髪「うるせっ」
坊主(…だ)
坊主(駄目だ、もう無理)プルプル
坊主「こ、怖いよぉーっ!」ワッ
705: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:50:48.79 ID:Sn8pHx33O
金髪「ば、馬鹿お前…!」
番犬「…」ピクッ
番犬「バウッ! バウッバウッ!」
三つ編「きゃあっ!」
番犬「バウバウッ!!」
金髪(マズイ!)
「な、なんだ! 何事だ!」
金髪「やべぇ、人が来る! 走れ!」
赤毛「う、うん! ほら、坊主立って!」
坊主「ウウぅ…もう帰るぅ!!」
三つ編「いいから、急いで!」
ダッダッダッ…
706: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:52:26.27 ID:Sn8pHx33O
水路 ボロの小舟
金髪「…………はぁー」
金髪「もう駄目かと思った」
赤毛「…ほんと」
坊主「うう…」エグッ
三つ編「ほら、もう泣かないで。男の子でしょ」
坊主「だってぇ…」エグッ
金髪「おい、布だけはちゃんとすっぽり被っとけよ。じゃないと、ここに居るのバレるからな」
赤毛「うん、そだね。ほら、坊主」
坊主「もう、帰りたいぃ…!」エグッ
三つ編「ここまで来て、何言ってるのよ」
ドタバタドタ
金髪「!」
金髪「しっ! 声出すな。たぶん、騎士だ。橋の上を通る」ヒソッ
「…どうだった?」
「どうやら、子供が数人で敷地に入り込んでいたみたいですね。住人が後ろ姿を見たそうです」
「ちっ。こんな時に、とんだ悪ガキが居たもんだ。今にも、魔王が来るかも分からんと言うのに」
「全くですね。保護しますか」
707: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 15:54:34.25 ID:Sn8pHx33O
「本来はそれが我々の勤めだ。…だが。考えてもみろ。今さら子供のひとりやふたり助けた所で、どうなると言うんだ」
「…………魔王が来れば、全て滅ぼされてしまうかもしれない。そう言う、ことですよね」
「…。城下町の港町側に配置されてた連中は、命懸けの特攻をさせられるんだろう。我々はそうではない」
「…………」
「お前も…少し自分の心配をしてみろ。家族がいるんだろう? 教皇領まで逃げ延びればあるいは…」
「…そう、ですね」
ドタドタ…
赤毛(…)
坊主「…」グスッ
三つ編「…」
金髪「…」
金髪「なあ。…やめにするか?」
三つ編「え?」
金髪「帰っても、いいぜ。自分ちに、さ」
金髪「…オレが無理矢理ついて来させたようなもんだし。これ以上は…さ。ノリでいける感じじゃないだろ」
金髪「…いいよ。帰っても」
坊主「…」
三つ編「…」
赤毛「金髪は、行くつもりなの?」
金髪「…………オレは」
金髪「オレは、行く」
金髪「もう、コドモじゃないんだ。任せてられないんだ」
708: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:06:18.93 ID:Sn8pHx33O
少年「子供に与えられる選択肢はいつだって多くなかった」
少年「精一杯虚勢を張って、大人の真似事をしようとしてみても、それは多くの人が許してくれなかった」
少年「危ないから、まだ早いから、あなたの為だから」
少年「大人も、叱る言い訳に必死だな…なんて思ったりもしたな」
少年「でも、その代わり子供はとても守られていた。安全で、安心なところに」
少年「大人は時々凄い力を誇示して、子供は所詮それに敵わないんだと思い知らされる」
少年「でもね…その大人が泣いてしまった時」
少年「どうしようもない不安な世界へ、放り込まれたような気がしてた」
709: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:07:23.61 ID:Sn8pHx33O
赤毛「じゃ、あたしも行く」
金髪「んな…!」
金髪「…何でだよ。ウチに帰れば、ママが待ってんだろ?」
赤毛「呼び方、真似しないでよ。今帰ったら、ずっと金髪に馬鹿にされるもん。そんなのイヤ」
金髪「おまっ、分かってんのか!? そんな理由でなぁ…!」
赤毛「理由なんて、なんでもいいじゃん」
赤毛「誰かが困ってたら駆けつけること。それが秘密結社のルール」
赤毛「そうでしょ?」
金髪「っ…。か、勝手にしろ!」
赤毛「三つ編は、どうする?」
三つ編「――私は」
三つ編「私も、行くよ」
三つ編「集会所に行けば、お父さんのこと何か分かるかもしれないから」
金髪「そ、か」
赤毛「三つ編のパパって…兵士だったよね?」
三つ編「うん。まあ、教会の騎士様とは全然違うんだけどね。ずっとお城の警備をしてたから」
三つ編「でもこの間の出兵の時に、砦の防衛に行くんだ…て、城下町を出てったの」
710: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:08:53.65 ID:Sn8pHx33O
赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」
三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」
金髪「…」
三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」
三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」
赤毛「…偉いね、三つ編は」
三つ編「ふふ。そうかな」
赤毛「うん。あたしは、そう思う」
三つ編「ありがと、赤毛」
金髪「…さて」
坊主「…」ズビ
赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」
三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」
三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」
坊主「…」ガサガサ
ドサッ…!
711: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:10:07.33 ID:Sn8pHx33O
赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」
三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」
金髪「…」
三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」
三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」
赤毛「…偉いね、三つ編は」
三つ編「ふふ。そうかな」
赤毛「うん。あたしは、そう思う」
三つ編「ありがと、赤毛」
金髪「…さて」
坊主「…」ズビ
赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」
三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」
三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」
坊主「…」ガサガサ
ドサッ…!
712: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:11:39.62 ID:Sn8pHx33O
金髪「!」
赤毛「どうしたの? ビックチョコレート出して」
坊主「…ぼ、僕は」
坊主「しょ、食料係だから…! みんなのビックチョコレートを管理する、大事な役目だから!」
坊主「…」ガソゴソ…パクッ
坊主「…」バリボリ
坊主「チョ、チョコレートで元気が出たから、もう平気なんだ!」
三つ編「…坊主」ポカーン
金髪「ぷっ」
金髪「あっはっは! 見栄っ張りだな、お前!」
赤毛「でも、そっか。坊主もパパの事、心配だよね。会いたいよね」
坊主「食料係だからだよっ! あ、赤毛がそう言ったんだ!」
赤毛「ハイハイ、分かったよ」クスクス
金髪「…じゃ、決まりだな。小舟、出すぜ」
三つ編「うん」
713: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:12:47.53 ID:Sn8pHx33O
サラサラサラ…
赤毛「わあ…あはは! あたし、1度船に乗ってみたかったんだよね!」
金髪「…赤毛。お前、けっこう度胸あるよな」
赤毛「何で?」キョトン
金髪「何で…って、これから行くのは大人達ばっかりの集会所だぜ」
三つ編「ほんと。富豪さんの家でも、おっきな犬に平気だったし」
赤毛「んー。犬には慣れてたし…集会所には、パパも居るだろうしさ」
坊主「…あっ!」
金髪「どうした? 坊主」
坊主「僕、なんであの時、赤毛は居てくれるだけで安心って思ったのか、分かったよ!」
赤毛「ええっ? またその話ぃ? もう、恥ずかしいから止めてよ…」
坊主「ち、違うんだって! 僕、今朝赤毛の出てくる夢を見たんだ!」
金髪「!」
三つ編「!」
714: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 16:13:58.52 ID:Sn8pHx33O
赤毛「えーっ!?」
坊主「魔王が、怖い獣を率いて城下町を進んでくるんだけどね、噴水広場の所で、赤毛が水の上に立って、光で魔王を照らすの!」
坊主「そしたら、魔王が急に苦しみ始めて…」
三つ編「連れている獣と、同士討ちを始める」
坊主「そう! …って、三つ編、何で分かったの?」
三つ編「私も見たわ。その夢」
赤毛「み、三つ編まで、何言ってるの!?」
三つ編「…女神様が、優しく赤毛を見守っていて、赤毛は温かい光に包まれていく」
坊主「えっ! い、一緒だ…。僕の見た夢と!」
金髪「………オレも」
金髪「オレも見たぞ。その夢」
717: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:07:56.32 ID:Sn8pHx33O
坊主「エエッ!?」
三つ編「じゃ、じゃあ私たち三人とも、同時に赤毛の夢を見たってこと!?」
金髪「そ、そうみたいだな…」
赤毛「ちょ…ちょっと皆何言ってるの、もう! あたしのこと、からかってるでしょ!」
坊主「からかってなんてないよ! 本当に見たんだよ!」
金髪「しかも…お前らの話が本当なら、夢の内容まで同じだぜ」
三つ編「こんなことって、あるんだ…」
金髪「オレはてっきり、魔王を怖がってばかりいる自分が見た、妄想だと思ってたんだけど」
三つ編「私も…友達が魔王を倒してる姿なんて、変な夢だなあって思って」
赤毛(ど、どういう事…? 三人とも本当に同じ夢を見たの?)
赤毛(…夢…。夢…?)
赤毛(そう言えばあたしも今朝、変な夢を見たなぁ)
赤毛(見たこともないような、翼の生えた女の人が私を包んでくれて…すごく大きな力に身を委ねる夢)
赤毛(そう、この人はきっと女神様なんだ…って思ったんだ)
赤毛「――女神、様…?」
718: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:09:55.60 ID:Sn8pHx33O
三つ編「どうかした? 赤毛」
赤毛「…う、ううん」
赤毛「何でもない…」
坊主「あっ、あれ! 集会所だよね!?」
金髪「おう、そうだな。降りる準備、しねーと」
三つ編「そうね」
赤毛「…」
金髪「? 何、難しい顔してんだ」
赤毛「あ、あはは。なんでもないよ、ほんと」
金髪「なんだか良く分からないけどさ、縁起が悪いってわけでもないだろ。むしろ良いくらいだ、きっと」
金髪「ご利益期待してるぜ」ナムー
赤毛「…人を地蔵みたいに拝まないでよ!」
金髪「へへっ。ほら、行くぜ」
赤毛「…うん!」
719: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:11:46.62 ID:Sn8pHx33O
古びた教会(第三区町民集会所)
坊主「あ、相変わらずボロボロだなぁ。気味が悪いよぅ」
三つ編「でも何度か忍び込んでるし、坊主ももう平気でしょ」
坊主「そうだけど…神父さん怖いからなぁ…」
金髪「へっ。あんな偏屈ジジイ、大したことないぜ。それより問題は…」
赤毛「見張り。立ってるね」
金髪「うん。教会の騎士だな」
三つ編「…でも、それっておかしくない? 町の人たちは、女神教会に集会を開くのを禁じられてるのよ」
三つ編「なんで、あの騎士様たちは集会所の外を見張るようなことをしてるんだろう…」
赤毛「確かに。そもそも、集会所を開く場所が教会って言うのもヘンだよね」
金髪「ここで考えてたって分かんないだろ。とりあえず、いつも通り二階の部屋から忍び込むぜ」
坊主「う、うん!」
720: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:13:07.08 ID:Sn8pHx33O
古びた教会 二階
坊主「よ、よいしょ!」スタッ
三つ編「大きい足音立てちゃダメよ。見つかったら、私たち大目玉どころじゃ済まないかも」
金髪「坊主、頼むから父さんや母さんを見つけても、大声で呼んだりするなよ。近づくのは、ちょっと我慢だ」
坊主「わ…分かった」
赤毛「町の人たちは、礼拝堂にいるみたいだね。丁度そこから見下ろせるよ」
三つ編「ほんとだ…神父さんに、町の人たち」
「…そんなことに、命を懸けるのか!」
赤毛(え…? この声)
金髪「お、おい…あれ」
金髪「赤毛の、父さんじゃねぇか?」
三つ編「…本当。皆の前に立って、何か話してるわ」
赤毛(………パパ?)
赤毛父「そんな事をして、何かが変えられる可能性があるのか!? 馬鹿げてる!」
721: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:14:19.96 ID:Sn8pHx33O
神父「落ち着きなさい。見張りがいるとは言え、集会が見つけられては事だ」
赤毛父「落ち着け? これが落ち着いていられるものか! あんたらが言っているのは、体の良い生け贄を差し出して、自分達は逃げ出そうって話だ」
神父「そうは言っていない。しかし、例のことは紛れもない事実なのだ」
赤毛父「何が事実だ。魔王が攻めてくるって臆病風に吹かれて、妄想に逃げているだけじゃないか!」
赤毛父「これだけの大人が集まって、導き出した答えがそれなのか!?」
区長「…妄想。もはや、これは妄想の域を越えた話ではないですか?」
赤毛父「何?」
区長「相手は、魔王だ。私たちの理解を遥かに越えた存在。それを相手にする時…私たちの常識の範疇で事を起こしても、それが通用するとは思えない」
区長「そして、常軌を逸した事態が…昨晩、多くの人々の上に同時に降りかかった。このような時には、それこそ女神様のような存在にしか、すがるものがない」
金髪「…おい。何の話をしてるんだ?」
三つ編「分からない…」
坊主「………」
赤毛(…あれは…本当にパパ?)
赤毛(あの優しいパパが、あんな風に怒鳴るなんて…見たこと、ない)
赤毛(なんだろう………)
赤毛(怖い)ドクン…
722: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:15:42.42 ID:Sn8pHx33O
坊主父「でも、皆さんにも、子供を持つ方は居るでしょう?」
坊主父「自分の子供がそうであったら、同じことが言えますか? 私は…正直ホッとしている。私の息子がそうでなくて良かった…と」
坊主父「自分の子供を、魔王と戦わせるなんて…そんな酷いことを受け入れられる親が、何処にいますか?」
坊主「父ちゃ…!」
金髪「こらこら」ガシッ
坊主「モガモガッ」
三つ編「あ、危なかったね」
金髪「やると思ったぜ。ったく、あれだけ言ったのによ」
坊主「…」
赤毛「………」ドクン…ドクン…
赤毛(ねえ)ドクン…ドクン…
赤毛(何の話を、しているの?)ドクン…ドクン…
723: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:16:56.48 ID:Sn8pHx33O
坊主父「うちの倅もあなたのウチのお嬢さんとずいぶん仲良くしてもらってる。気持ちは…私も分かるつもりだ」
赤毛父「………」
区長「確かに、これだけの大人が集まって決めたことが"たった一人の少女に命運をかける"…などと言う答えなのは、情けないことかもしれない」
区長「しかし…その子供が、他の数千、数万の子供を救うかもしれないのです」
区長「分かって下さらぬか」
赤毛父「…娘が役目を果たせる確証は何処にもない…!」
区長「確証がない…と言うのであれば、勇者様とて同じです。女神の加護、というひどく曖昧なものに人類は依存している」
区長「そして…今確認出来ただけでもここに集まったすべての町民が、女神の信託にも似たものを見た」
区長「赤髪の少女が、噴水広場で魔王を討つという夢を」
赤毛「――!!」ドクン…!
724: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:18:31.03 ID:Sn8pHx33O
三つ編「!」
金髪「な、なんだよ、それ」
坊主「ぼ、ボクたちが見た夢を…皆が見ていたってこと?」
三つ編「町の人みんなが、赤毛の夢を!?」
金髪「…どーなってんだよ」
赤毛「………」
赤毛父「…ああ、見たさ。その夢なら私だって見た」
赤毛父「娘が…教会の僧侶の出で立ちで、水の上を舞っていた。美しい女神を頭上に従えて」
赤毛父「親の欲目で見た、馬鹿げた夢だと思った。だってそうだろう、まだ目覚めぬ娘の様子を一目見ようと部屋に行ったら」
赤毛父「そこには、普段と変わらないあどけない寝顔があっただけだ。巫女だとか、軌跡の僧侶とか、そんなものとはまるで縁の無い――」
赤毛父「愛しい娘の寝顔だけがあったんだ」
赤毛父「それが、私の全てだ。奇跡も何もない、ただの優しい娘でいてくれれば、それだけでいいんだ」
赤毛父「夢を再現するために………娘を魔王と戦わせる? 噴水広場に、ひとり置き去りにして? そんな事が、出来るものか」
赤毛父「なあ、俺はまだ夢を見てるんだろう? もう沢山だ…! 目を覚ましてくれよ…!」
坊主父「赤毛さん…」
赤毛父「王国軍ですら、全滅したんだぞ!!」
赤毛父「あの爆発で、砦ごと吹き飛んだんだ!! そんな恐ろしいモノと子供を戦わせるなんて…正気の沙汰じゃあないっ!!」
金髪「!」
三つ編(王国軍が…全滅?)
725: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:19:56.59 ID:Sn8pHx33O
三つ編(砦ごと、吹き飛んだ…)
三つ編(それっ…て………)
金髪「…」ギュ…
三つ編「…金、髪…」
バタン!
十字聖騎士「し、神父殿!」
神父「どうした!?」
十字聖騎士「教皇様の名義で、御触れが出ました…!」
十字聖騎士「"赤髪の娘を噴水広場へ連れてくるべし"」
十字聖騎士「""彼の者は、人々の救いの僧侶なり"…!!」
726: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:21:16.01 ID:Sn8pHx33O
赤毛(――これは、なに?)
赤毛(いま、一体なにが起こっているの?)
赤毛(分からない…分からないよ)
ザワッ…
「きょ、教皇様が!?」
「…やはり、王国中の人々があの夢を見ていたんだ!」
「た、助かるのか? あの少女がいれば、助かるのか!?」
神父「そうか…」
区長「神父さん。これで迷う必要も無くなった」
区長「あなたは、女神教会の人でありながら私たちに場所を提供してくださった。人々にも選ぶ権利があると…」
区長「そうした結果、件の少女が誰なのか…今どうしているのか。それすら知ることが出来ている」
区長「私たちは、自分達で決断し、それを選ぶ」
神父「…」
赤毛父「馬鹿な…本当に娘が…」ヨロ
区長「これで、ご理解頂けますね」
区長「私たちは、あなたの家に向かいます。ついてきて、頂けますな」
赤毛父「…」ブンブン
区長「さあ。我儘は終わりにして下さい。私たちに、手荒な真似をさせんでくれ」ガシッ
赤毛父「…っ!」
坊主父「ダメだ!!」
727: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:22:31.54 ID:Sn8pHx33O
坊主父「こんな事を子供にさせるのは間違っている!」グイッ
区長「何を…!?」
坊主父「逃げろ、赤毛さん!」
赤毛父「…!」
坊主父「女房と子供を連れて、早く!!」
坊主父「こんなことは、ただの殺戮だ!!」
区長「あなたまで何を言うのか! 同情もそこまでにしなさい!」
坊主父「大人たちの責任を子供に押し付けるな!!」
坊主父「ならば、我々だって武器を持って立ち上がるべきなんだっ!! 」
赤毛父「坊主さん…」
坊主父「行け!!」
赤毛父「…っ!」ダッ
区長「い、いい加減になさい! 人が滅びるか否かと言う時に!」
「そ、そうだ! 邪魔すんなよ!」
「赤毛の一家を、の、逃すな!」
「どけっ!」
バキッ!
坊主父「うがっ!」ドタ…!
坊主「――っ!!」
坊主「父ちゃんッ!!」
金髪(しまった――!)
728: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:24:37.66 ID:Sn8pHx33O
赤毛(――ああ。大人たちが皆、こっちを見上げる)
赤毛(たくさんの顔が、あたしを見る)
「な、なんだ…? 今子供の声が…」
「どうしてこんな所に子供が…!?」
坊主父「…お、お前たち」
赤毛父「!!」
赤毛「パパ…」
「おい、アレ…」
「…そうだよな!? 夢に見たんだ、見間違いようがねぇ!」
区長「…!」
区長「赤髪の少女はあそこにいる!!」
区長「捕まえるんだ!! 保護するんだ!!」
ザワッ…!
「に、二階だぞ! 階段はどこだ!?」
「あそこだ! 急げ!」
729: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:25:37.90 ID:Sn8pHx33O
少年「泣かないで」
少年「君は物語を紡ぐひと」
少年「君が泣いたら、皆が悲しむよ」
少年「忘れないで」
少年「友達のこと。その時の輝き」
少年「優しい思い出を」
730: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:27:04.74 ID:Sn8pHx33O
赤毛(何人かの大人たちが、階段を登ってくる)
赤毛(下の大人たちは、みんな驚いた顔でこっちを見てる)
赤毛(どうすればいいの? どう、すれば…)
赤毛「…パパ」
金髪「保護…?」
金髪(違う。これはそんなんじゃない)
金髪(誰ひとり、そんな目でオレたちを見ちゃいない)
金髪(そう、だから)
金髪(オレがすべきことは)
赤毛父「――逃げろォっ!!」
赤毛「っ」ビクッ
金髪「…」ガシ
赤毛「! …金髪」
金髪「逃げるぞ、赤毛!!」
赤毛「で、でも…」
金髪「いいから走れっ!! 今すぐ!!」
赤毛「…う」
赤毛「うんっ」ダッ
731: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:28:33.49 ID:Sn8pHx33O
三つ編「…」
金髪「三つ編、一緒に逃げるぞ!」
三つ編「…うん」
三つ編「でも、坊主は」
金髪「…っ」
坊主「父ちゃあんっ!!」
金髪「………ダメだ。一緒に行けない」
金髪「ここに残った方が、アイツは良いんだ」
三つ編「…っ!」
金髪「急げ!」
三つ編「分かった…!」
ダッ
「お、おい逃げたぞ!」
「追いかけろっ! 逃がすな!」
732: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:29:51.15 ID:Sn8pHx33O
金髪「この、ついてくんな!」ドカッ
ガタガタガタ!
「う、うわあ! 木材が倒れてきた!」
「この餓鬼め!!」
「しかし、上に登っても逃げ道はないぞ! 追い詰めろ!」
金髪(へっ、甘く見んなよ!)
金髪「赤毛ぇっ! "いつもの逃げ道"で逃げるぞ!」
赤毛「! う、うんっ」
赤毛("いつもの逃げ道"…。教会の屋根の上)
赤毛(煙突の所に掛けてある梯子を、となりの民家の屋根にかけて、逃げる!)
赤毛「はあ、はあ」ガタタ…!
赤毛(いいんだ、これで。多分、きっと)
赤毛(パパが逃げろって、言ったんだから…!)
733: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:31:14.85 ID:Sn8pHx33O
金髪「おし、赤毛は渡ったな」
赤毛「二人とも、早く!」
三つ編「…っ」ビクッ
三つ編「さ、先に行って。金髪。わ、私時間かかっちゃうよ…」
金髪「ダメだ。お前が先に行け、三つ編」
金髪「お前が高いところ駄目なのは知ってる。でも、頑張れ」
三つ編「でも、私…」
金髪「頼む。三つ編 」ギュ
三つ編「!」
金髪「お前が赤毛を守るんだ。お前にしか頼めない」
三つ編「………わ、分かった」
金髪「ありがとな」ニッ
734: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:32:43.37 ID:Sn8pHx33O
三つ編(し、しっかりしろ私)ヨロ…
三つ編(そうだ、私が皆の分もしっかりしないと)ヨロヨロ…
赤毛「頑張って、後少し!」
三つ編(赤毛を守らないと…!)グッ
パシッ
赤毛(手が掴めた…!)グイッ
三つ編「はっ、はっ…」スタッ
三つ編「渡れ、た…」
赤毛「金髪も、急いで!」
金髪「よっと」ガコ…
パタン…!
赤毛「!? な、何してるの、金髪!」
赤毛(は、梯子を下に落としちゃった…!)
三つ編「金髪…?」
金髪「これでよし。ほら、行けよ! 猛ダッシュ!」
赤毛「金髪はどうするの!?」
金髪「オレはちょっと時間稼いでいく! ナメくさった大人たちに、目にモノ見せてやるぜ!」
735: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 19:34:06.91 ID:Sn8pHx33O
三つ編「何言ってるのよ! 無理よ、そんなの!!」
金髪「つったって、もう梯子は落ちちまったしな。こうするしかないだろ!」
「あそこだ! 屋根に登ってるぞ!」
金髪(ああ、くそ)
金髪(声が震える。足も)
金髪「秘密基地で会おうぜ! ほら、アイツら来ちまう! 早く行けって!」
赤毛「…っ!」
三つ編「――必ず」
三つ編「必ず来てよね!!」
金髪「おう、任せとけって!」
三つ編「きっとだからね!!」ダッ
赤毛「三つ編…」
三つ編「急いで、赤毛! 逃げよう!!」グイ
赤毛「…!」
赤毛(き、金髪が…)
「この餓鬼、なんてことしやがる!」
「巫女様が、もうあんな遠くへ…!」
金髪「うるせぇ!!」
金髪「あいつは巫女様なんかじゃねえ!! 赤毛っていう、な…!」
金髪「オレの友達なんだよッ!!」
738: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 21:57:27.21 ID:Sn8pHx33O
「黙れ、こいつ…!」
バキッ
金髪「うぐっ…!? 何すんだ!」
金髪「クソォっ!!」
赤毛(金髪――!!)
三つ編「………っ!!」ギュウ…!
タッタッタッ…
――
――――
――――――
739: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 21:58:42.76 ID:Sn8pHx33O
秘密基地
赤毛「………」
三つ編「………」
赤毛(…)
赤毛(まだ、胸がどきどきしてる)
――「捕まえろ!」「そっちだ、追い詰めろ!」「逃がすなっ!」
赤毛(………)
赤毛(あの人たちの顔が、頭から離れない)
赤毛(いつも、学校に行く途中すれ違うおじさん。友達の家のおばさん)
赤毛(まるで知らない人みたいな顔をしてた。あたしのこと、いつもと全く違う目で見てた)
赤毛(………金髪…)
――赤毛「秘密結社?」
740: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 21:59:44.55 ID:Sn8pHx33O
――金髪「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」
――坊主「うおーっ、カッケー!」
――三つ編「えぇ…なんか、可愛くないよね?」
――赤毛「そうだねー、金髪らしいけど」クスクス
――金髪「秘密結社の仲間は、ずっと一緒だ! 学校を卒業しても、大人になっても、ずっと!」
――赤毛「ずっと一緒?」
――坊主「いいなあ、それ!」
――三つ編「…私、ずっと一緒にはいれないと思うよ。みんな、おうちの仕事も違うし」
――三つ編「大人になったら、会えなくなっていくんだよ」
――坊主「そおなの!?」
――金髪「バカだなぁ、三つ編は!」
――金髪「大事なのは、仲間ってことだ。毎日一緒にいれなくなっても、仲間でいるって覚えてれば」
――金髪「いつか、会うための力になるんだよ!」
741: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:00:37.19 ID:Sn8pHx33O
赤毛(金髪のバカ)
赤毛(ずっと一緒だって、言ったのに)
赤毛(………金髪も坊主も、なんで一緒に来てくれなかったの)
赤毛(………)
三つ編「…来ないね、金髪」
赤毛「…うん」グス
三つ編「ずっと一緒だって、言ったのにね」
赤毛「…そうだね」
三つ編「お父さんも言ったんだ。お前を置いてどこかに行ったりしないよって」
三つ編「なのに、みんな嘘つき」
三つ編「嫌いよ、皆…」
三つ編「嫌い…大嫌い」ポロ…
赤毛「三つ編」
三つ編「うっ…うぅ…!」ポロポロ…
赤毛(………パパ。ママ)
赤毛「う…っ」ジワ
三つ編「うわああぁん…!」
赤毛「ううぅうっ…!」ポロ…ポロ…
742: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:01:36.63 ID:Sn8pHx33O
赤毛「えぐっ…ふぐっ…」
三つ編「…、あの、ね」
三つ編「この間の、雨の日にね」
赤毛「…?」グスッ…
三つ編「私、ひとりでここに来てたんだ。お父さんのことで…辛そうなお母さんを、見てられなくて」
三つ編「そしたらね、偶然、金髪も来てね。私、泣いちゃってたから。すぐにバレちゃって、色々話したんだ」
赤毛「…そうだったんだ」
三つ編「金髪もね。お母さん、亡くなってるんだよ」
赤毛「えっ…」
三つ編「知らなかったよね。金髪、居なくなったとしか言わなかったから」
三つ編「坊主はもしかしたら知っていたのかな、お父さんも同じ仕事だし。でも、金髪が言わないで欲しいってお父さんに話してたかもしれない」
三つ編「…魔物に食べられちゃったんだって。お母さん」
赤毛「…!!」
――金髪「魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」
――金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」
赤毛(あれは…怖がらせようと思って言ったんじゃ、なかったんだ)
三つ編「つらいよな、て言って、背中さすってくれてた」
三つ編「俺が一緒に居てやる、て。そう言ったのに」
三つ編「なのに…」
赤毛「………」
743: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:02:54.35 ID:Sn8pHx33O
三つ編「城下町まで伝わった、あの地響き。砦がやられたんじゃないかって、みんな話してた。だからね、本当は…」
三つ編「本当は、分かってた。お父さん、死んじゃったんだって」
赤毛「三つ編…」
三つ編「ゴメンね。赤毛だって辛いのに、私の話ばっかり…」
赤毛「ううん」
赤毛「あたしは…」
赤毛(――あたしは、自分が何をどう感じればいいのか…それも分からない)
赤毛(逃げてきて本当に良かったの? パパは? ママは? 金髪と坊主はどうなったの?)
赤毛(あたしは、どうすればいいの…)
ガタッ…
赤毛「!」ビクッ
三つ編「…金髪?」
赤毛「そ、そうかな? 帰ってきたのかな!?」
三つ編「そうかも…!」
ガラ…
ヌッ
三つ編「っ!」
赤毛(ち、違う。逆光で見えないけど、子供の背丈じゃない…!)
赤毛「だ、誰…!?」
??「やっぱりここでしたか。あの時、秘密基地でまた…なんて金髪くんが言っていましたからね」
赤毛(この声…!)
赤毛「…先生!?」
先生「ええ、はい。先生ですよ。探しました、二人とも」
744: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:04:01.39 ID:Sn8pHx33O
三つ編「だ、ダメよ、赤毛!」グイ
赤毛「えっ…?」
三つ編「先生…! 何しに来たんですか!?」
三つ編「赤毛を、連れていきに来たんですかっ!?」
赤毛「っ! …先、生?」
先生「…ふう」
三つ編「答えてください、先生っ!」
先生「…三つ編さん。ありがとう」
先生「あなたは、とても強い気持ちで赤毛さんを守ろうとしていたのですね。周りの大人を、誰も信用しない覚悟で」
三つ編「…!」
先生「この状況では、そうする事が正しいと言わざるを得ないのが、なんとも悲しい所です。あなたはやっぱり利口な子だ。ですが」
先生「安心して下さい。先生は、純粋にあなたたちが心配で来ました。中に入れてください、他の人たちに見つかってしまいます」
赤毛「先生…!」
745: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:05:17.83 ID:Sn8pHx33O
少年「大人はいつだって難しい話をしてるみたいだった」
少年「新聞を読んで、誰かの噂話をして」
少年「たまにお酒を飲んで、それだけでとても楽しそうにしたりして」
少年「楽しみはこれだけだー…て。そんなにつまらないなら、大人になんかなりたくないって思った」
少年「でも」
少年「大人も、不安だったんだよね」
少年「"これで大人になった"なんて称号を貰うことはないし…もしかしたら、貰ったのかもしれないけれど、"これが大人ってことなのかな?"ってずっと、不安だったんだよね」
少年「子供たちが、"これが好きってことなのかな?"って不安に思うみたいに」
少年「ようやく大人になったと思っていたある日、子供に大人なんて嫌い! って言われて」
少年「ふと、幼い頃の自分が胸をつきんと刺す…」
少年「…どうやら、大人も、大変そうだね」
746: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:06:46.97 ID:Sn8pHx33O
先生「全く…以前からここには立ち寄らないようにと、あれほど言っているのに。秘密基地なんて名付けたりして」
三つ編「先生…知ってたんですか? ここに私たちが集まってるって」
先生「確証はありませんでしたが。優等生のあなたが、ずいぶん上手く振る舞うものですから」
三つ編「うっ…」
先生「しかし、何か最近ずいぶんと楽しげに放課後を過ごしている様子なのは知っていましたし、ここはあなたたちの家も近い」
先生「あの時の金髪くんのひと声で、もしやと思いましてね」
赤毛「せ、先生もあの場所に居たの!?」
先生「ええ。先生は、先生ですから。大事な大人の集会にはもちろん居ますよ」
三つ編「先生、金髪は!? 金髪はどうなったの!?」
先生「安心して下さい。ちゃんと保護されています」
先生「まあ、危うい所ではありましたが。一部の町民が暴徒化して、奇跡の僧侶を逃がした罪人だなんだと叫んで――」
赤毛「っ…!」
先生「…すみません、不安にさせるような事を言ってしまいましたね。とにかく、学校の先生方を中心に、金髪くんは保護して、安全な場所にいます」
先生「坊主くんは、親御さんのところへ戻っています。集会所は緊張状態にありますが…」
先生「あなたがここにいる以上は、こじれないはずです」
三つ編「金髪…坊主も。良かった」
赤毛(………なんでだろう。聞きたいのに、言葉がでない)
先生「………」
先生「赤毛さん。よく聞いてください」
先生「赤毛さんのお父さんは、教会の騎士に連れていかれました」
747: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:07:58.81 ID:Sn8pHx33O
赤毛「………」
先生「でもね、平気です。先生、教会の騎士はご両親にひどいことはしないと思います。ただ、あなたの捜索の協力は求められるはずです」
赤毛「………」
先生「ご両親は、この場所の事は?」
赤毛「…知らないと、思う。あたし、誰にも話していないから」
三つ編「私たち、お父さんやお母さんには知られないように集まってたんです。私たち以外は、誰も知らないと思います」
先生「そうですか。不幸中の幸いですねぇ」
先生「つまりはここにいる以上は、安全という事になりますね」
三つ編「………」
赤毛「…先生」
先生「はい?」
赤毛「これから、どうすればいいんですか…?」
先生「どうとでもなるでしょう」
赤毛「………え?」
先生「どうとでもなりますよ。先生に任せておいて下さい。助けてあげますから」
先生「先生は、先生ですからね」
748: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:09:39.98 ID:Sn8pHx33O
先生「勿論、三つ編さんもね」
三つ編「…はい」
先生「しばらくはウチに帰らない方が良いでしょう。あなたが赤毛さんと逃げていること、三区の人々には直に知れ渡るでしょうし」
先生「………こんなことを、二人に話すのは変かもしれませんけど。先生はね、子供が好きで先生になったんです」
赤毛「…?」
先生「子供には沢山の未来がある。その可能性の塊みたいな君たちと触れ合うことが、先生のエネルギーになるんです」
先生「そんな子供の未来を奪うようなことは、先生絶対させません」
赤毛「先生…」
先生「夢は、私も見ましたよ。赤毛さんがとても立派に輝く夢をね」
赤毛「!」
先生「でもね、先生にはちょっと違和感がありました。赤毛さんは、いずれとっても素敵な女性になるのかもしれないけれど」
先生「今のままの赤毛さんが、あんな風に人々の前に立って導く姿は、何かおかしい」
先生「もしかしたらね、赤毛さんにはそんな使命があるのかもしれません。でも、女神様がやれと言っても、赤毛さんが"やります"と言わなきゃならないなんてことは、絶対にないんです」
先生「逃げちゃっても、いいんですよ」
赤毛「………」
「全く、無責任なことをぺらぺらと子供に吹き込むな、あんたは」ガタ…
神父「それが聖職者のすることかね?」
749: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:10:56.12 ID:Sn8pHx33O
三つ編「!!」
赤毛(教会の、神父さん…!)
先生「…なぜ、ここが分かったんですか?」
神父「そこの悪ガキに、どれだけこっちが被害を受けていると思っている。ねぐらくらい、私だって押さえておくよ」
神父「しかし時計台の中とはな。大したものだよ、全く。あんたの教育の賜物だな」
先生「悪戯も子供の仕事ですよ。それに、あなたは一度もこの子たちの事を届け出ていない」
先生「文句など言いつつも、好きにさせていたんではないですか?」
神父「馬鹿を言うんじゃないよ。私がどうして悪ガキの肩を持たねばいかんのだ。私は子供が嫌いなんだよ」
先生「そうですか。それでは」
先生「この子を連れていくつもりですか?」
赤毛「…!」ビク…
神父「………」ハア
750: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:12:18.63 ID:Sn8pHx33O
神父「どうにも、不自然なことが多すぎる」
先生「え?」
神父「私が何年、教典を読み返していると思う?」
神父「五十年以上だ。物心ついた時にはもう教典を手にしていた。女神様のもたらした啓示の内容も、記述のあるものはほぼ全て暗記している」
神父「その私が言うんだ。今回のことは何かがおかしい」
先生「昨夜の、夢のことですか?」
神父「そうだ。女神様は、勇者には啓示を与えるが、それ以外の者には姿を現したことはないはずだ」
神父「教会にも、聖女と呼ばれる超常の力をもった女性がいるが…かつて一度話を聞いた時には、それは生まれもったもので、啓示を受けて手にしたものではないと言っていた」
先生「つまり…今回の件は今までに例を見ない事態だと?」
神父「…人間が魔王に追い詰められたことは、これまで幾度もあった。人々の文化は破壊され、搾取されたが」
神父「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ。ましてや、こんな悪ガキが」
赤毛「…」ムッ
751: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:13:38.45 ID:Sn8pHx33O
赤毛(あ、あれ…?)
赤毛(さっきの神父さんの言葉…どこかで………)
先生「では、あなたも…この事態に赤毛さんを頼ろうと言うのは、間違いだと思っている」
先生「そう言うことですか?」
神父「………」
神父「分からないことはあまりに多く、残された時間はあまりに少ない」
神父「結局、人は自分の信ずる道を行くしかない。事態はそこまでのところまで来てしまっている」
神父「…女神教会の人間の心にも、その数だけ女神がいると私は思っている。役立たずの聖騎士だって、逃げ出すものから、人々を守ろうとする者まで様々だ」
神父「子供を逃がそうとするあんた。子供にすら縋ろうとする区長。そしてあのヤンチャ小僧さえも、自分が欲する結果のために動いた」
神父「結局は、本人が決めることだ」
赤毛(!)
赤毛「………あたし、が?」
先生「子供に、こんなに重大な決断を任せると言うのですか?」
神父「子供も大人も、みんな死の前では平等だ。残りの人生の時間で人の価値を判断するのは、所詮差別でしかない」
神父「そもそも、私の持論を言わせて貰えば…滅びは既に人の定めのひとつだ」
神父「ひとは、勇者と魔王の…もっと言えば女神と邪神の、膨大な年月をかけたシーソーゲームの中で揺れ動くことしか出来ん」
先生「…」
神父「人の時代がひとつ、終わる。だがそれを悲観することも、足掻くことも必要ない」
神父「それは、また新たな時代の幕開けでしかないのだから、な」
752: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:15:14.31 ID:Sn8pHx33O
――ゴゥンッ!
グラグラ…
先生「っ!」
三つ編「きゃっ! な、何!? 今の音!」
赤毛(時計台が、揺れた…。すごい衝撃。もしかして)
赤毛(もしかして、これは――)
神父「………来た、か!」
城下町
城門下
魔王「………」ザッ…
753: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:16:29.25 ID:Sn8pHx33O
「ま、魔王がきたぞォ!!」
「城門が破られたっ!!」
「魔王は何処にいるんだ!?」
「も、もう城壁の中だっ!!」
「なんだってッ!?」
魔王「………」スタスタ
「あ、歩いてこっちに来るぞ!!」
「くそっ舐めやがって!!」
「機械弓隊、撃てッ!!」
パシュパシュッ!!
「…矢か」
雷帝「もはやロクな武器も用意出来んと見える」
754: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:17:42.83 ID:Sn8pHx33O
スパパパパパパパパッ
「!? 矢がバラバラにっ!?」
「魔王の前方に、敵影っ!」
「気をつけろ!! 四天王だ!!」
雷帝「気をつけて、どうにかなるのか?」パリッ
バリバリパリバリッ!!
「う、うわあ!?」
「バリケードが吹っ飛ばされるぞ!!」
ズズゥン…!
雷帝「ふん…降伏すればいいものを」チャキン
「た、待避ーっ!」
「後列に任せるんだ、退けー!!」
魔王「………」スタスタ
755: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:18:46.67 ID:Sn8pHx33O
「砲台、用意!」
「しかし、町の一区画も吹き飛んでしまいます!」
「元よりそのつもりだっ!! 発射、急げ!!」
「くそっ…こんなに簡単に城下町に入られるなんて…!」
「城壁上の連中は何をしてんだ!?」
「…おい、あれ。城壁の上が…」
「ん!? どうなってるんだ、あれは…もしかして………凍りついてるのか!?」
「な、何か飛んできます!!」
「なんだ、あれは――」
――ズガァア…ン!
氷姫「ビンゴ」
氷姫「きっちり砲台、潰したわよ」
雷帝「あんな巨大な氷柱なんぞ飛ばして、魔力のムダ使いだ」
氷姫「足りたんだから、文句ないでしょ」
雷帝「それでお前の魔力は空だろうが。全く無計画な」
氷姫「ぴったり使いきるように計算したんだから、計画的でしょうが」
756: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:19:48.95 ID:Sn8pHx33O
雷帝「何をたわけた事を! このあとの、側近や勇者との戦いはどうするつもりなのだ!?」
氷姫「うっさいわね! あたしレベルだとそれまでには魔力が回復すんのよ! あんたと一緒にすんじゃないわよ!」
雷帝「何だと貴様…!」
氷姫「つーか、あんたそれ熱くないわけ? 燃えてるわよ、身体。それ、魔剣の呪いじゃないの?」
雷帝「ふん、これしき全くあ゛づ゛ぐ゛な゛い゛…!」メラメラ
氷姫「あ、そう。…なんか、悪かったわね。触れちゃって」
雷帝「な゛に゛が゛だ゛っ…! 」メラメラ
氷姫「…まったく。"先鋒はお任せください"なんて見栄張るから。これから、魔力使うたんびに焼かれるわけ?」
雷帝「な゛ん゛の゛ば゛な゛じ゛だ゛…!」メラメラ
氷姫「あーはいはい。いーから進むわよ」
氷姫「行きましょ。勇者をぶっ倒しに」
氷姫「ね、魔王?」
魔王「うん」
魔王「行こう」
757: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:20:58.11 ID:Sn8pHx33O
「くそ、止められない!!」
「こうなれば白兵戦だっ! 全員で突っ込むぞ!!」
「待て、"アレ"を出す!」
「じ、実用段階なのか!?」
「今しか使い時はない! 起動させろ!!」
ウォオオ…!!
氷姫「ん?」
雷帝「ちっ、白兵戦を挑んでくるつもりか。我々に勝てるつもりでいるのか?」
ドシーン…ドシーン…
氷姫「ちょ、ちょっと。何、この音」
雷帝「…巨大な影が見えるな。あれは…」
魔王「ゴーレム、ね」
魔王(人の力で操るゴーレム)
魔王(あなたたちは、そんなものすら手にしているの?)
ゴーレム「ゴ…ギ…!」ドシーンドシーン
「ゴーレムのあとに続けぇ!!」
「行くぞぉッ!」
758: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:22:02.69 ID:Sn8pHx33O
雷帝「往生際の悪いことだ」
氷姫「んな事言って、アレ、あんたに止められるわけ?」
雷帝「無論だ。人間の作り出したゴーレムなど、我が剣技の前には紙切れも同然」メラメラ
氷姫「…火、消えないわね」
雷帝「うるさいっ!」
魔王「…」スタスタ
氷姫「…ま、少しは見せ場がないと、後でヘソ曲げそうだしねぇ」
雷帝「ふん。譲ってやるとするか」
魔王「…出番よ」
魔王「炎獣」
炎獣「――ガァアァアァアァアッ!!」
ギュンッ!!
759: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:23:17.13 ID:Sn8pHx33O
ゴーレム「――!?」グンッ
ビュォ―――ドシィン…ッ!!
「なっ…」
「ゴーレムが…!!」
「王城まで、吹っ飛ばされたっ!?」
「一体なにが…!?」
「おい」
炎獣「死にたい奴から前に出ろ」
炎獣「ゴーレムと同じ目に会いたいやつだけな」ユラ…
「ひ、ひぃっ!!」
「に、逃げろ!!」
「ぱ、馬鹿者!! 退くな!!」
「無理だ、勝てっこない…!!」
「踏みとどまれ!! この奧は人々の住む町で――」
炎獣「やるのやらないのか」
炎獣「――どっちなんだよコラァアッ!!!」
ゴォオォオォオォオッ!!
760: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:26:44.17 ID:Sn8pHx33O
氷姫「アンタ、血管ぶち切れるわよ」ザッ
雷帝「少しは血を抜いた方がまともな思考回路になるだろう」ザッ
魔王「これで…無駄な戦闘が避けられればいいのだけど」ザッ
炎獣「かかってこねぇならこっちから行くぞォッ!!」ザッ
「な、なんなんだコイツら…!!」
「だ、駄目だ…強すぎるっ!!」
「もうおしまいだ…!!」
「イヤだ、死にたくないぃ…っ!」
「退け、王城で体制を立て直せ…!!」
ワァアァアァア…
赤毛「………」
761: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:27:39.73 ID:Sn8pHx33O
少年「そうして、その時は訪れる」
少年「いや、こういうことってある日突然来るものではなくて、日々の積み重ねが呼び込むものなのかもしれないよね」
少年「もっと知りたい。もっと強くなりたい」
少年「もっと出来るようになりたい。弱いままで居たくない」
少年「…そういう思いが、大人になるための扉に、手をかける」
762: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:28:49.44 ID:Sn8pHx33O
赤毛「あたし、行きます」
先生「えっ………?」
神父「!」
三つ編「………あ、赤毛…」
三つ編「いま、何て言ったの?」
赤毛「――噴水広場に、あたし行きます」
先生「…何を、言っているんですか」
先生「今見ていたでしょう、赤毛さん! 魔王の、あの圧倒的な戦力を!」
先生「兵士だって、魔王の歩みすら止められなかったのですよ!」
神父「………」
三つ編「あ、赤毛…」
赤毛「………だからです」
先生「え?」
赤毛「普通の人達じゃ、たぶん、無理なんです」
赤毛「だから、あたしが行くんです」
763: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/04/20(木) 22:29:44.66 ID:Sn8pHx33O
先生「…ダメです。行かせられません」
先生「行けばあなたは死んでしまう。先生は、そんなことは許せません」
赤毛「…先生」
赤毛「行かせて、下さい」ペコ…
先生「っ…」
先生「………どうして」
先生「どうしてそこまでして…」
神父「先生。生徒は、あんたの所有物じゃない」
神父「自分で決めたことだ。…そうなんだろう?」
赤毛「はい」
赤毛「パパやママを、守りたいんです」
先生「………」
赤毛「あたしには、それが出来るかもしれないから」
赤毛「他の人には、それが出来ないから」
赤毛「だから」
赤毛「あたしが行くんです」
771: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 08:42:19.00 ID:Jr/1ni9fO
先生「………」
先生(どれだけの人間が、あれを見てそんなことを思えるのでしょう )
先生(目の前に迫る絶望。恐怖。死)
先生(命は、本能的にそれから逃れようとするはずです。それをこの小さな少女が、自ら律していると?)
先生(その上で、あれと相対する決断をしたと、そう言うのですか)
三つ編「――嫌よ!!」
先生「!」
三つ編「絶対、ダメよ!! もう、これ以上…」
三つ編「………私の前から、居なくならないでよっ!」
三つ編「お願いだよ、赤毛…!」
赤毛「三つ編…」
772: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:05:03.71 ID:Jr/1ni9fO
赤毛「大丈夫だよ。あたし、負けないから」
三つ編「嘘よ」
三つ編「みんな、そうやって嘘をつくんだ」
赤毛「………大丈夫。絶対、大丈夫だから」ナデナデ
神父「………」
神父「もしかしてお前…あの戦いを、夢に見たのか?」
先生「!」
赤毛「はい。多分、見ました。途切れ途切れだけど」
赤毛「…全部、夢に見た通りなんです。多分、この会話も」
赤毛「あたし…今はもう、それをなぞっているだけ」
先生「………!」
神父(やはり…。この娘の気持ちだけとは思い難い、とは感じていたが)
神父(この肝の座りようが娘の人格から来るものならば、それは蛮勇だとかいうことすら超えている)
神父「この子は、起こりうることを夢に見ていた。そして…それが順を追って現実のこととなっている」
神父「このまま行けば…夢の通り、お前は奇跡の僧侶となる」
神父「そう言う事なのか」
赤毛「はい…多分。そうなんだと、思います」
773: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:06:00.86 ID:Jr/1ni9fO
三つ編「………」
神父「多分、か」
神父「…くくく、はははっ!」
先生「何が可笑しいんですか?」
神父「なに。この子供のこんなにも曖昧な、こんなにも頼りない言葉を、信じようとしている自分が笑えてな」
神父「だが、面白いじゃないか。それもまた小気味いい。決めたぞ。私はこの娘を噴水広場まで送り届ける」
赤毛「ありがとうございます」ニコ
神父「私がこう言うことも、知っていたか?」
赤毛「うーん…多分…」
神父「くっくっくっ」
先生「…」
774: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:07:25.66 ID:Jr/1ni9fO
先生「先生も行きます」
赤毛「…先生」
神父「おや? あんたはあの夢を、寝言の類いだと思ってるクチじゃなかったのかね?」
先生「赤毛さんひとりには背負わせない。先生は、先生ですから」
先生「いつでも赤毛さんの味方です」
赤毛「…はい」
三つ編「………あ」
三つ編(あたし、も…)
赤毛「三つ編は、ここに居て」
赤毛「ここは安全なんだ。あたしは知ってる」
赤毛「絶対、平気だから」
三つ編「………」
赤毛「誰かが秘密基地、守らなきゃ」
赤毛「ね?」
三つ編「――…分かった」
――――――
――――
――
775: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:08:34.22 ID:Jr/1ni9fO
少年「初めて友達と離ればなれになったときは、心細かったなあ」
少年「今までと違う環境にぽんと飛び込んだ時、周りの人がひどく怖く思えた」
少年「でも、それは皆一緒だったんだよね」
少年「一緒にいた友達も、別の場所で同じ不安と戦っていたんだ」
少年「そうして、当たり前のように別々の時間を過ごしていくうち」
少年「久しぶりに会った彼らが、どきっとするくらい大人びて見えた」
少年「その時になって、"時間"というものを実感した気がするよ」
少年「そして、それと同じものが自分の内側にも流れているんだということも」
776: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:09:45.26 ID:Jr/1ni9fO
三つ編「………」
三つ編「なんて…」
三つ編「なんて、臆病なのかしら。私」
三つ編「友達が、勇気を出しているのに、私は」
三つ編「一人だけでも…助かりたいって思った」
三つ編「最低だ…」
三つ編(ごめんね、金髪。赤毛を守るって、私言ったのに)
三つ編(ごめんね。許して…)
三つ編(許して)
表通り
ヒュゥウウウ…
赤毛「………」
先生「…驚くくらい、静かですね」
神父「さてはて、住民の避難は終わったのか、十字聖騎士だけ城に逃げ込んだか」
先生「そんなこと言うと、女神教会の評判が落ちちゃいますよ?」
神父「誰も聞いていまい。それに、あんな見かけ騙しの騎士に守られる評判なら、地の底まで落ちてしまえばいい」
神父「教会は下らんものにアレコレと手を出し過ぎた。そろそろ女神直々に天罰を下される頃だろうさ」
先生「…」
神父「なんだ、その顔は」
先生「いえ。あなたほどの人が、教会組織で出世していかない理由が、よく分かりましたよ」
777: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:12:20.61 ID:Jr/1ni9fO
神父「何を偉そうに。あんただって、先生方の中じゃ浮いてるらしいじゃないか」
先生「誰が言ったんですか、そんなデタラメ」
神父「違うのか?」
先生「違いますよ」
神父「あんたに聞いてない。私にその情報をもたらした人間に聞いているんだ」
先生「え?」
赤毛「…え、えーっと」
先生「あ、赤毛さん!?」
赤毛「だ、だって先生、普段はあんなに口数多くないし。行事の時も、一人で離れてポツンといること多いし」
先生「そ、それはですねぇ、教師の威厳を出そうと先生なりに試みてる結果でして!」
神父「生徒にそんなことを説明しているようでどうする」
先生「うぐっ…」
神父「まあ、案外子供たちも驚くほどあんたら教諭を注視してるってことだな」
先生「…」シュン
赤毛「げ、元気出して。先生」
先生「あ…赤毛さん…!」
先生「よーし! 先生が必ず、ご両親やお友達に会わせてあげますからね!」
赤毛「はい、お願いします」ニコ
神父「まったく。どっちが見送る側だか分からんな」
778: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 09:15:08.85 ID:Jr/1ni9fO
神父(しかし…恐ろしい落ち着きようだ。いくら夢に見ているからと言って、そこまで冷静でいられるものか?)
赤毛「………」スタスタ
神父(いや。どちらかと言うと、熱に浮かされているような様子にも見えるが)
先生「…怖い、ですか」
赤毛「………はい、少し」ギュッ
神父「!」
先生「やめたって、いいんですよ」
赤毛「…平気です」
神父「…」ポリポリ
神父(まあ、この辺りは流石教員ってところか。そもそも、子供の考えてることなど私の知ったことではないからな)
赤毛「それに…怖いのは魔王じゃなくて、男の人なんです」
先生「男の人?」
赤毛「はい。とても、怖い笑い方をする男の人」
神父(? 誰のことを言ってるんだ?)
「くへ…」
「くへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」
大僧正「見ィつけたァ…」
781: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:19:19.29 ID:Jr/1ni9fO
先生「!」
赤毛「き、来た…」
神父「あ、あんたは」
神父「………こんな所で何をしている? あんたみたいな男はいの一番に教皇領に逃げ帰っていると思っていたが」
神父「大僧正」
大僧正「く、く、クチのきき方に気を付けろ、教会神父風情が」
神父(………様子がおかしい)
大僧正「あ、あ、赤髪の娘をこちらにわた、せ。わたじの、手柄だ」
神父「必要ない。この娘は自らの足で噴水広場に向かっている」
神父「今更あんたら上層部の出る幕はないだろう。それとも、お得意のお涙頂戴演出が必要か?」
神父「教会の権威の誇示のために」
大僧正「へ、へ、返答は求めていな、い」
大僧正「 わ タ せ !」ゴッ
神父「ッ!?」
先生「危ないっ!」ドンッ
赤毛「うっ!?」
783: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:34:29.78 ID:Jr/1ni9fO
先生「ぐぁあ…!」ミシ…!
赤毛「先生!」
神父(な、なんだ、これは…)
神父(大僧正の背から、人間のものとは思えない青黒い腕が伸びててきて…!)
神父(大人の男一人を掴んで、持ち上げてしまっている…!!)
神父「お、おい先生!」
先生「うぅ…!」
大僧正「じゃ、じゃ」
大僧正「邪魔をするなんてェ…人間のクセにィ…!!」
先生「こ、の…ッ!」パチッ
――バチバチッ!
大僧正「!? あ、あづぅうウぅいッ!?」
パッ
先生「はあ、はあ…」ヨロ…
神父「だ、大丈夫か!?」ガシッ
先生「え、ええ」
先生「こんな事もあろうかと、魔法の勉強をしておいて、助かりました」
神父「魔法!? …どうやってそんなモノを…」
先生「神父さん」
先生「赤毛さんを連れて、先へ行って下さい」
784: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:35:37.11 ID:Jr/1ni9fO
神父「あんた、何を言ってる!?」
先生「この人は、危険です。赤毛さんを渡してしまえば、どんな目に合わせられるか分かったものじゃない」
赤毛「先生…!」
先生「なんとか、抑え込んでみます。だから、早く…!」
神父「馬鹿なことを! あんたみたいな痩せっぽち一人に、何が出来るって言うんだ!」
大僧正「ぐぉおォおっ!? なんだ、コレはァっ!? や、焼けただれるようだゾォ…!!」
神父「!?」
大僧正「き、き、貴様ァ…毒の魔法かぁッ!?」
先生「ええ。痛いでしょう? 先生の日頃のストレスの捌け口に作った毒魔法」
神父(………この男、本当に魔法を?)
先生「赤毛さんも、さあ急いで!」
赤毛「先生…」
先生「夢に見た通りに、進むんです! 赤毛さんになら、分かるんでしょう?」
赤毛「…うん」
赤毛「先生、すごく強いんですね」
神父「!」
先生「ええ!」ニッ
先生「先生は、先生ですからねぇ…!」
785: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:36:38.88 ID:Jr/1ni9fO
神父「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」
神父「分かっているな?」
先生「分かっていますよ。なんですか、悲観する必要はないのだ…とか言ってたクセに」
神父「ふん。気まぐれだ」
先生「有り難く頂戴しておきますよ。神父様の説法を」
神父「行くぞ!」
赤毛「は、はい!」
タッタッタッ…
大僧正「あ、あ、あ!」
大僧正「赤髪の少女ォ…! わたじの手柄がァ!!」
先生「危険人物もいいところですねぇ。通報しても兵隊さんが来てくれないってところが痛いですが」
先生「ウチの生徒に手を出して、只で済むと思わないで下さいよ…!」
大僧正「――ほザけぇえええぇエェええぇッ!」
ビュンッ!!
787: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:48:40.93 ID:Jr/1ni9fO
少年「誰かは君に、"期待"した」
少年「君はきっと立派な大人になるだろうって」
少年「誰かは君を、"慕って"いた」
少年「君のように出来たらいいな、と小さなことを尊敬して」
少年「誰かは君を、"蔑ん"だ」
少年「君のことは理解できないと、分かり合えないと拒んだ」
少年「…沢山の人たちの想いの濁流の中を、君は溺れそうになりながらも、なんとかかんとか、息をしている」
786: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:47:20.55 ID:Jr/1ni9fO
ドカァン…!
赤毛「! せんせ…」
神父「振り向くな!」
赤毛「っ!」
神父「噴水広場はもうすぐだ。だが、今足を止めれば、お前の思いは叶わない」
神父「両親や友達を、守るんだろう。口先だけだったのか?」
赤毛「………」
赤毛「いいえ」ギュッ
神父「…ふん」
神父(こういう時に覗く表情は、子供のそれでしかない。今にも泣き出しそうなのを、必死に堪える顔)
神父(この小娘が、未来を知っている…)
神父「………おい」
788: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:49:51.81 ID:Jr/1ni9fO
神父「大僧正の、アレが何なのか…お前には分かるのか?」
赤毛「分かりません」
神父「…お前は、魔王に勝つのか?」
赤毛「分かりません」
神父「結果までは、見えていないと言うことか?」
赤毛「…」
神父(…やれやれ。私も焼きが回ったか)
赤毛「魔王さんは…」
神父(魔王"さん"!?)
赤毛「敵では、ないから」
神父「な、なに…?」
赤毛「あっ…」ピタッ
神父「!」
サァァアア…
神父「――たどり着いたか」
神父「噴水広場…」
790: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:55:01.04 ID:Jr/1ni9fO
噴水広場
赤毛「………」
神父「………」
神父「ここで、待つのか」
赤毛「…はい」
神父「…そうか」
赤毛「………」
神父「………」
神父「寒いか?」
赤毛「え?」
神父「…マントをやる。くるまっていろ」ファサ
赤毛「………ありがとう、ございます」
神父「もはや…」
赤毛「?」
神父「私の理解の範疇を越えていることばかりだ。予想をいくらしても、それらは想像の域を出ることはない」
神父「私が…お前にしてやれることは何かあるのか?」
赤毛「…じゃあ」
赤毛「お守りを下さい」
791: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:56:08.76 ID:Jr/1ni9fO
少年「ねえ、覚えてる?」
少年「読んでもらった絵本の続きを、自分で想像して胸踊らせた、あの夜を」
少年「夢の中では、いつの間にか君が冒険の主人公だった」
少年「旅行に行く日に、どきどきしながら見知らぬ場所を思いを馳せていた、あの朝」
少年「未来はどこまでも続いているような気がした」
少年「皆の夢を、覚えてるよ」
少年「皆が忘れてしまった思い出も」
少年「今でも一人で描いてる」
少年「だから、こんな物語だって、大好きなんだ」
792: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 12:57:02.30 ID:Jr/1ni9fO
神父「お、お守り?」
神父「…何も持っていないぞ。やれるものなど」
赤毛「十字架持ってないんですか? 神父さんなのに」
神父「…うるさい。形式にはこだわらない主義なんだよ、私は」
神父「そうだな…それじゃあ、せめて」
神父「この帽子をやろう」ス…
赤毛「神父さんの、帽子…」
赤毛「に、似合いますか?」
神父「ちょっと、大きいな…」
赤毛「…そっか。そうなんだ」
神父「何?」
赤毛「これで、あたし…僧侶になれるんですね!」
神父「…!」
神父(そうか…! これは、夢に見た奇跡の僧侶の姿だ)
神父(風に赤い髪をなびかせ…その赤がよく映える純白の帽子と、純白のマント)
神父(………女神の見せた…未来。知らず知らずのうちに私は、その手伝いをしていた)
793: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:03:35.45 ID:Jr/1ni9fO
「――女神の子らよ!」
「奇跡の僧侶は来たれり…!」
神父「!」
神父「あ、あれは…」
神父「教皇!!」
教皇「今こそ勇気をもって、そのまなこを開け!」
教皇「祝福されるのだ!!」
ザワザワ…
「おお…お告げの通りだ!!」
「赤髪の巫女だ…!」
「た、助かるぞ!!」
「奇跡の僧侶よ…! 教会を信じてよかった…!」
神父(ここで出番を待っていたか…! 教会の力を示す機会を!)
神父(娘が絶対に姿を現す自信があったのか!?)
神父(いや、そんなものがあるはず…いや、まさか…!?)
794: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:30:41.17 ID:Jr/1ni9fO
赤毛父「お、お前…その姿…!」
赤毛「パパ!」
赤毛父「何でここに来たんだっ!? 逃げろと、言ったのに…っ!!」
赤毛「…大丈夫だよ、パパ」
赤毛父「!?」
赤毛「いま、助けてあげるね」
赤毛父「た…助けるって…」
赤毛(沢山の人たちが、遠くからあたしを見てる)
赤毛(あたしは、この人たちを助けるんだ)
赤毛(そう、夢の通りに)スッ…
フワ…
「お、おい見ろ。み、水の上に立っている!」
「おお…奇跡だ!」
「お告げの通りだ!」
795: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:35:46.64 ID:Jr/1ni9fO
少年「さあ、勇気を持って」
少年「君の大作戦の、ハイライト」
少年「雲の隙間から光が差し込み」
少年「祈る君を、奇跡みたいに照らすんだ」
少年「それは子供たちが一度は夢見る」
少年「救いの巫女」
少年「奇跡の僧侶」
796: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:36:50.73 ID:Jr/1ni9fO
サァアァア…
「み…水がまるで生き物のように…」
「僧侶様をのせて、宙を舞っている…!」
赤毛父(………あれは、誰だ?)
赤毛父(本当に…私の娘か?)
教皇(――まさに、奇跡の僧侶。申し分ない)
神父「…申し分のない、演出だ」
教皇「!」
神父「そう言うことだろう。教皇」
教皇「…三区の教会神父だな。よくぞ女神の子としての勤めを果たした。褒美を取らせよう」
神父「いらないよ。私は私の興味本意であの娘をここに連れてきた。それ以上でもそれ以下でもない」
教皇「…そうか」
神父「結果だけは知っていたが、過程は知らなかったか?」
教皇「何?」
神父「これは勘だが、この一連の騒動を起こしている女神は、本物ではない」
神父「あんたら上層部の…いや、教皇。あんたの思い通りに世界を導く偽りの女神だ」
教皇「気でも触れたか? なんの確証もない話だ」
神父「勘だと言っただろう。そういう人間性を感じるんだよ、私には」
797: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:37:42.01 ID:Jr/1ni9fO
教皇「女神を相手に、人間性だと?」
神父「ああ。意思のあるもの全てにそれはある。私の持論だがね」
神父「あれは私のよく知る女神ではない」
教皇「おい。この男を連れていけ」
「はっ」
神父「あんた、あの夢を見てないだろう」
教皇「…」
神父「大した自信だが、全てを思うがままに動かせるかな」
神父「人の意思は、そう簡単に従えられないぞ」
「こっちに来い」
神父「人は…簡単には屈さない」スタスタ…
教皇「…ふん。愚民が、知った風な口を利く」
教皇「そもそも私は従えてなどいない。頼んだだけだ」
教皇「なあ」
教皇「友よ…」
798: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:38:28.59 ID:Jr/1ni9fO
氷姫「…静かね」
雷帝「ああ。気味が悪いほどな」
炎獣「戦いを放棄したと見せかけて、どこかから狙ってくるかもしれない。気を付けろよ、魔王」
魔王「うん」
雷帝「張りつめ過ぎても、持たんぞ。炎獣」
氷姫「そうよ。あたしたちもいるんだから、ちょっとは…」
炎獣「もう」
炎獣「誰も失いたくないんだ、俺。後悔はしたくない」
氷姫「っ…」
炎獣「俺が守るんだ」
魔王「炎獣…」
雷帝「………」
「――バウッ!」
炎獣(! この塀の向こうに何かいる!)ビュッ
ドガァアンッ!!
炎獣「…」
炎獣「なんだ、犬かよ」
番犬「バウッ! バウバウッ!」
799: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:39:29.17 ID:Jr/1ni9fO
炎獣「脅かしやがって…」
番犬「バウバウッ!」
氷姫「ねえ。あんたちょっと敏感になりすぎよ。気持ちは、分かるけどさ」
炎獣「…」
炎獣「消えろよ」ゴォッ…
番犬「…!!」
番犬「バウッ! バウッ!」
炎獣「…はあ」
炎獣「勇敢なんだか馬鹿なんだか」クル…
雷帝「お前も、体調は万全ではないはずだ。傷口が開くような行動は控えろ」
炎獣「へいへい」
魔王「…」
番犬「バウッ! バウッ!」
炎獣「…あいつにも守りたい主がいるのかもしれねえな」
炎獣「…」
炎獣「喚かれちゃ迷惑だし、殺しちまえば良いのによ。そうしなかったのは…情けだ」
氷姫「情け?」
炎獣「ああ。こんなケモノ一匹の命、わざわざ取るもんじゃないってよ」
炎獣「今まで人間を殺しまくってた俺が、今さら何言っちゃってんだって感じだよな」
氷姫「…」
氷姫(情け、か)
800: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:44:12.51 ID:Jr/1ni9fO
――氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」
――氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」
――「魔族が、憎い…!」
――「私にあるのは、それだけだ…っ!」
氷姫「…」
炎獣「こう言うこと、氷姫にもあるか?」
氷姫「――さあ」
氷姫「どうかしらね」
雷帝「…やはり馬鹿だな、お前は」
炎獣「え?」
雷帝「気を引き締めたいのならば、そんな感情はさっさと捨ててしまえ。考えるのは全てが終わってからでいい」
雷帝「迷いながら戦っていては、死ぬぞ」
炎獣「………そっか」
炎獣(でも、終わってからじゃあ、その間に消えた命は甦らない)
雷帝(…翁ならば、もう少し上手く諭したのだろう)
雷帝(分かっているのだ。私も)
魔王「…」
氷姫「そもそも!」
氷姫「一人で全部守ろうなんて、お門違いもいいトコ。誰もそんな事頼んでないわよ」
炎獣「うっ…」
氷姫「こういう時こそ、連携が大事でしょ。さっきはそれで上手くいった。違う?」
炎獣「…そう、か」
氷姫「そうよ。ここまでだって、補いあって来たんだから」
氷姫「一緒に、進みましょ」
炎獣「…ああ。そうだな!」
801: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:45:08.14 ID:Jr/1ni9fO
魔王(氷姫…)
氷姫(魔王。あんたは、前だけ見てればいい)
魔王「…」コク
炎獣「…じいさん。あんたに出された宿題の答え…見つけなきゃな」
魔王(爺の死…魔法使いを名乗る彼の出現。みんな、心の内は混乱しているはず)
魔王(でも、ここまで辿り着くまでの道程が、私たちを強くした)
魔王(私たちは一人じゃない。補い合える)
魔王(勇者には………負けない)
『来ましたね…魔王』
魔王「――っ!?」ゾクッ
炎獣(殺気!?)バッ
雷帝「いや…! これは」
氷姫「聖なる、波動!」
魔王「………勇者!?」
802: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:46:17.11 ID:Jr/1ni9fO
『魔王。そして魔王四天王』
『あなたたちを迎え撃ちます』
魔王(違う!)
魔王「あなたは、女神!?」
炎獣「め、女神だって!?」
氷姫「なんで…女神が自ら…!」
雷帝「あれを見ろ!!」
サァアァアァアァ…
赤毛「…」
炎獣「人間の、子供…?」
魔王「気をつけて! 様子がおかしいわ!!」
氷姫(なに………あの子供)
氷姫(膨大なエネルギーを纏っている! 魔力とは違う…これは…)
803: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:49:21.45 ID:Jr/1ni9fO
赤毛「…」ス…
魔王(手をこちらにかざした)
魔王「――来る!!」
赤毛「…」ォオォオォオォオ…!!
ズ ン ッ !!
魔王「うぐっ!!」
炎獣「がっ…!?」
氷姫「あう…ッ!」
雷帝「くっ!」
魔王(濃密な)
魔王(空気すら重苦しく感じるほどの、波動)
魔王("これ"の目的は何?)
魔王(意識を、侵食しようとしているの?)
魔王(そう、不安を掻き立てて敵意を、怒りを燃え上がらせようとしている)
魔王(そしてその矛先までも操る気だ)
魔王(不味い…これでは!!)
804: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 20:50:15.59 ID:Jr/1ni9fO
氷姫「がっ…ぎっ…!!」
氷姫(感じたことのない、圧力…!! 魔力を持ってしても、抗えないなんて…!!)
氷姫(感情が、揺れ動かされる! 気分が、意識とは無関係に高揚して)
氷姫(身体が、熱いッ!!)
炎獣「…」ユラ
氷姫(炎、獣…っ? なんで、こっちに向かって…)
氷姫(――待って。これは、あたしに向けられたこの感情は、間違いなく)
氷姫(炎獣の)
氷姫(――憎悪!!)
炎獣「炎ぉ」
氷姫「!!」
炎獣「――パンチ」ゴッ
ドゴォオォンッ!!
806: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 22:37:33.74 ID:Jr/1ni9fO
ヒュン…
氷姫「はあ、はあ…!」
氷姫(危なかった…! 転移が間に合わなければ、塵になっていた!!)
炎獣「ちっ、外したか…」ユラ
氷姫(あれは確かに炎獣の全力…。殺そうとしたの…あたしを!?)
氷姫(これが敵の…!! や、ヤバい…いっ、意識が…!!)
氷姫「」ガクンッ
氷姫「………」
氷姫「上等じゃない」ゴォ
氷姫(………殺す)
氷姫(そう、殺すんだ…)
雷帝「」ヒュバッ!!
氷姫「っ!」
氷姫(雷帝…!)
雷帝「…斬る」ユラ
氷姫「――やってみなさいよッ!」
807: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 22:39:03.47 ID:Jr/1ni9fO
魔王(敵の狙いは同士討ち…! 強大な戦力同士をぶつけさせるつもりだ!)
魔王(なんて、強制力! 呪いとも言うべき力!)
魔王(駄目…っ!!)
魔王(自我を保つので精一杯だ…止められない!!)
氷姫「らぁあッ!」パキィンッ!!
炎獣「くっ…」
炎獣「ガアァアァッ!!」ギュンッ
雷帝「去ね!!」ギュバッ
――ゴォウンッ…!!!
魔王(通りの家々が、消し飛んだ)
魔王(三人とも、本気だ)
魔王「どう、すればっ…!!」ギリ…
赤毛「…」
808: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/05/27(土) 22:40:46.91 ID:Jr/1ni9fO
パキッ…!
炎獣「!?」
氷姫「もらった――!」ギラ…
雷帝「ちっ、氷の刃…!!」
炎獣(噛み砕いてやらァ)ガキィン!
雷帝「…」パリッ
バリバリバリ!!!
氷姫「くそ…まだこんな魔力を!!」
雷帝「ナメるなよ…」
炎獣(雷帝も氷姫も魔力が厄介だ)
氷姫(でも呪いの炎が発動している。そう何度も使えないはず)
雷帝(氷姫の魔力は全快には程遠い。いずれ底をつく)
炎獣(魔法の発動を凌駕するスピードで動く)
氷姫(炎獣の破壊力は致命的。まず潰すべきは炎獣)
雷帝(炎獣がどちらを狙うかは読めない。だが今の奴の拳なら見切れる)
炎獣(瞬発敵に距離を縮める。そして穿つ)
氷姫(来るなら来い。氷の切れ味に沈め)
雷帝(雷光のごとき斬撃で滅殺する)
炎獣(破壊する)
氷姫(跪け)
雷帝(消し去ってやる)
ド ン ッ !!
814: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:15:50.13 ID:UMW567XR0
教皇(素晴らしい)
教皇(素晴らしい成果だ。これで四天王は陥落したも同然)
教皇(魔王は流石辛うじて耐えているが、その状態では四天王を相手取ることは出来まい)
教皇(四天王の敵意を魔王に向ける)
教皇(この私の得た力と、それを受け、拡張して発する能力を持ったこの娘がいればそれが出来る)
教皇(魔王…貴様はここで死ぬ)
教皇(惨めに地を這い、敗北しろ)
赤毛「…」ォオォオォオォオ
魔王「ぐっ…!」
魔王(仕方ない。全てを)
魔王(――全てを、無に帰す)
魔王(もう、こうするしか…!)
魔王(爺、力を貸して!)
魔王「力、を…!」
魔王「その、すべてを…っ!」
魔王「"壁"に変換する………!!」
ズォオォオォオ………!
魔王「――"魔壁"!!」
815: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:17:45.86 ID:UMW567XR0
ドドドドドドドドドドドドド!!!
教皇(なんだ…あれは!?)
教皇(地面から巨大な漆黒の壁がせり上がってっくる…!)
炎獣「!?」
氷姫「っ!」
雷帝「…!!」
教皇(魔王と四天王を包み込むように覆っていく………あれは、まさか!)
教皇(こちらの波動を遮断するつもりか!)
ドドドドドドドド!!!
教皇「むっ!?」
教皇(こちらの足元からも壁が…!!)
赤毛「…」
教皇「私と娘を包み込もうというのか!!」
教皇(何が狙いだ…魔王!!)
魔王「………」
キィ――――ン………
816: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:19:54.49 ID:UMW567XR0
魔王《………》
魔王《真っ暗だ》
817: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:20:57.71 ID:UMW567XR0
魔王《暗い、という言葉さえ覚束ないほどの闇》
魔王《それを、私はただ、さまよっている》
魔王《そしてそれは》
フワァ…
炎獣《…》
氷姫《…》
雷帝《…》
赤毛《…》
教皇《…》
魔王《壁に飲み込まれた者全てが、同じ》
魔王《意識を分解され、暗闇をただ流れる存在になる》
魔王《肉体の感覚は消え、自分が何者かさえ分からない》
魔王《…私たちを襲った波動は間違いなく、女神の力にも似た巨大な何か》
魔王《女神を名乗る存在と、私たちですら抗うことが出来なかったあの獰猛なエネルギー》
魔王《こうして全てを解体する以外に、あの支配から逃れる術は思いつかなかった…》
魔王《私の力の解放形態のひとつ。壁に覆われた者の"存在を解体する"》
魔王《魔壁》
魔王《使うことは、ないと思っていた…いや、今までの私では使えなかった》
魔王《この膨大な力を制御できたのは………》
魔王《――爺。確かに、受け取ったよ》
魔王《………さあ、私たちの存在をもう一度繋ぎ合わせなくては》
魔王《記憶や想い。私たちの精神に干渉する絆を、手繰り寄せて…》
《――魔王》
教皇《貴様、何をした》
818: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:23:08.21 ID:UMW567XR0
魔王《!?》
魔王《そんな…意識が残っている!?》
教皇《意識を奪われる刹那、最後の気力でどうにか思考力だけを残した》
魔王《まさか…! そんなことを、自らの力だけで成し遂げるなんて…っ》
魔王《生命の力の持つ領分を越えているわ!》
魔王《あなたは…本当に人間なの!?》
教皇《控えろ、下郎が》
教皇《私は人を超越した存在。女神に肩を並べるべくして生まれた者》
魔王《神に、肩を並べる?》
教皇《そうだ》
教皇《大いなる力。神のみぞ知る気宇広大な精気………だが、その正体はなんだと思う?》
魔王《!? 正体、ですって?》
教皇《生命に神秘などないのだよ、魔王》
教皇《ただの必然を繰り返して、命はこれまでただただ無尽蔵に広がる時の海をたゆたってきた》
教皇《そして、魔王と勇者の争いも、はるか古代より繰り返され………もはや生命の営みのひとつとなりつつある》
教皇《しかし、それが必然なればこそ、またこの手で作り出すことも可能だ》
819: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:25:01.81 ID:UMW567XR0
魔王《………あなたが、偽りの奇跡を作り出していたのね》
教皇《偽ってなどいない。奇跡は奇跡だ。だがそれは、幾度でも模倣することすらできる奇跡だ》
魔王《そんなものは、奇跡とは言わない》
教皇《名前などどうでもいいことだ。私はその力をこの手に収めて………魔王、貴様の奥義すら耐えてみせた》
教皇《――私は現世に姿を形作る神となる。そのための能力は十二分に用意できている》
教皇《後は………人々の心を惹く伝説があればよい》
魔王《魔王である私を倒すこと》
魔王《あなたの計画の最終段階…ということ?》
教皇《多少の計算違いはあったが、それも問題ない。私は貴様を殺し、終極の存在となる》
教皇《女神の体現者という名を持ってな》
教皇《貴様にも分かるだろう? 私の見ている世界が》
教皇《世を滅ぼしかねんほどの膨大なエネルギーを有する貴様なら》
魔王《………》
教皇《この闇の中では、自我を保つひとりの自分を認識できない》
教皇《…貴様は我々が四天王にかけた洗脳を解くために、意識はおろか、存在もろともばらばらにしたのだ》
820: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:26:30.80 ID:UMW567XR0
教皇《自分すら巻き込んだのは、その存在をもう一度繋ぎ合わせる役目を自ら担うためか》
教皇《自分の思考力を残せる自信があったのか? それとも、全ては賭けだったか》
魔王《………》
教皇《しかし残念だったな。道連れに倒そうとした私も、思考力を守りきった》
教皇《私は自らの存在を繋ぎ合わせる。そしてこの小娘もな。…まだ利用価値はある》
赤毛《…》
教皇《貴様が、四天王と自分を修復し終えるのと…私のそれと。どちらが早いかな》
教皇《くくく…我らは先に復活を果たし、貴様らを覆う壁を砕くだろう》
教皇《貴様らは概念となったまま空中へ溶け出し、消えてゆく》
教皇《………楽しみだな》
821: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:27:47.94 ID:UMW567XR0
魔王《いなくなった…か》
魔王《急がねば、私も》
魔王《…いえ。惑わされては駄目》
魔王《焦ったところで、上手くはいかない。落ち着いて、ひとつひとつの欠片を集めて行こう》
魔王《まずは私の存在を》
魔王《自分を、再構築する》
魔王《私。その存在。時間と空間を感じる》
魔王《その交差する場所に、私はいる》
魔王《――時間。過去》
魔王《私は、お父様の…先代魔王の、娘》
魔王《母の胎内で肉体を受け、そして外へと生まれ出た――》
先代「玉のような娘だ」
側近「おめでとうございます」
先代「おぉ、見ろ。笑ったぞ」
側近「そうですね…」
先代「なんだ、お前は興味が無さそうだな」
側近「…いえ、それはもう数百年生きていますから。今さら赤ん坊を見て感動しませんよ、僕は」
先代「歳のせいにするなよ。幾つになっても赤子とは可愛く感じるものだろう」
側近「そうですかねえ…?」
822: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 08:29:15.55 ID:UMW567XR0
先代「やっぱり、へその緒という奴は取っておくべきだろうな」
側近「いらないでしょう、そんなもの。親の勝手で気持ち悪い思い出作りに付き合わせるのは、どうかと思いますよ」
側近「そもそも魔族がへその緒って、気持ち悪いですよ」
先代「…お前、気持ち悪い言い過ぎじゃないか。魔王だぞ、私は」
側近「はあ、すみません」
先代「まあいいんだ、そんなことは」
側近(いいんですか)
先代「こういう事はな、意味が無くてもいいし、分からなくてもいいんだ。ただな、ふとした時に…」
先代「この一族の血が、自分にも流れてる…そう実感する時がくる」
先代「魔族の生涯は、長い。そんなひと時は、生涯の中で本当に数えるほどかもしれん」
先代「それでもその想いは…ふと自分を見失いそうになった時に、自分を今の立つ場所に引き戻してくれたりするものだ」
側近「…そうですか」
先代「ああ。お前はお前でいいのだ…とな」
825: ◆pMnwoMjzb4hb 2017/06/24(土) 17:45:50.63 ID:UMW567XR0
先代「私の娘だ。いずれ次の王座を巡る争いに巻き込まれるだろう。血で血を洗う醜い戦いを知る」
先代「可哀想なことだが…それでもこの一族に生まれたことを、抱えて生きて欲しい」
先代「私は魔界の隅の、片田舎から成り上がった身。お前に流れるのは魔王の血であると同時に…田舎の農夫の血なのだ」
先代「不思議だな?」
魔王《そうですね、お父様》
魔王《私は、農夫であり魔王だったお父様の娘》
魔王《もしかしたら、今頃魔界の外れで田畑を耕していたかもしれない、そういう女》
魔王《そっちの方が、本当は私に合ってたんじゃないかって、ずっと思っていますよ》
魔王《お父様》
??《…あの》
魔王《ん? あなたは………》
826: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 17:49:58.78 ID:UMW567XR0
赤毛《へその緒、ちゃんと取ってあるんですか?》
魔王《…へその緒だってまだ取ってあるわ。その意味を考えたことなんてなかったのだけれど…なんとなく、ね》
赤毛《そうなんだ。あたしのも、あるのかなあ…》
魔王《…》
魔王《あなたは、不思議な子ね。人間の子供なのに、私に敵意を抱いていない》
赤毛《あたし、今はあたしが誰かも分からないんです》
赤毛《…真っ暗闇で、ただ、恐い》
魔王《………》
魔王《途中まで一緒に、行きましょうか》
赤毛《いいの?》
魔王《ええ。でも…魔界の様子は、あなたには刺激が強すぎるかもしれないわ》
魔王《怖くなったら、目と耳を塞いでいるのよ?》
赤毛《うん。分かりました》
魔王《ふふ。………それにしても、いやに鮮明な映像だった》
魔王《赤ん坊だった私には、当時の記憶なんかないのに》
827: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 17:52:01.73 ID:UMW567XR0
赤毛《誰か、別のひとの記憶じゃないですか?》
魔王《…ふむ。なるほど。そうかもしれないわね》
魔王《ああ、ほら。来たわ、彼が》
雷帝「失礼します、魔王様」
先代「雷帝か。いつ戻ったのだ?」
雷帝「つい先刻、魔王城に」
先代「そうか。ご苦労だったな。報告ならひと休みしてからでも良いのだぞ」
雷帝「それが、そう言うわけにもいかなくなりました」
先代「何…?」
側近「人間界に、何か動きがありましたか」
雷帝「…はい」
雷帝「魔王様。勇者が現れました」
雷帝「女神の神託が降りたようです」
828: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 17:56:16.97 ID:UMW567XR0
魔王《そう。これは雷帝の記憶。私を形作るには、あなたの記憶がいるわ、雷帝》
魔王《幼い頃から…お父様が魔王でいた頃から私を見守ってくれた、あなたの》
赤毛《魔王さんの記憶のない頃の魔王さんを、思い出す必要があるの?》
魔王《ええ。私自身が何も持っていなくても…そんな私に向けた誰かの眼差しが、この世界の中で私を形作るわ》
赤毛《ふぅん…》
魔王《そしてこの空間で私が雷帝のことを思うこと…それが、雷帝の存在を作っていき、記憶の扉を開いていく》
魔王《そういう作業が、彼をまた形作る》
赤毛《なんだか、難しい…》
魔王《そうね。考えるよりは、感じてみましょう。雷帝の、記憶を》
雷帝「女の勇者…らしいのですが。どう思いますか」
木竜「ふうむ。しかし、たった一人でキメラの軍勢に突っ込んだとか何とか。厄介なタイプだのう。考えていることが読めんわい」
玄武「しかも…それを突破したんだべ。だとすんだば、恐ろしい能力の持ち主だべよ」
鳳凰「ふん…恐いのならそなたは四天王から退くがよい」
玄武「そうは言ってねえべ。オラ、おめぇのそういうやっすい挑発にはもう乗らねえかんな、ボーボー」
鳳凰「ボーボーではない、鳳凰だっ! 何度言えば分かるのだ、このニワトリ頭が!」
玄武「トリはおめえだべ」
魔王《幼い頃から…お父様が魔王でいた頃から私を見守ってくれた、あなたの》
赤毛《魔王さんの記憶のない頃の魔王さんを、思い出す必要があるの?》
魔王《ええ。私自身が何も持っていなくても…そんな私に向けた誰かの眼差しが、この世界の中で私を形作るわ》
赤毛《ふぅん…》
魔王《そしてこの空間で私が雷帝のことを思うこと…それが、雷帝の存在を作っていき、記憶の扉を開いていく》
魔王《そういう作業が、彼をまた形作る》
赤毛《なんだか、難しい…》
魔王《そうね。考えるよりは、感じてみましょう。雷帝の、記憶を》
雷帝「女の勇者…らしいのですが。どう思いますか」
木竜「ふうむ。しかし、たった一人でキメラの軍勢に突っ込んだとか何とか。厄介なタイプだのう。考えていることが読めんわい」
玄武「しかも…それを突破したんだべ。だとすんだば、恐ろしい能力の持ち主だべよ」
鳳凰「ふん…恐いのならそなたは四天王から退くがよい」
玄武「そうは言ってねえべ。オラ、おめぇのそういうやっすい挑発にはもう乗らねえかんな、ボーボー」
鳳凰「ボーボーではない、鳳凰だっ! 何度言えば分かるのだ、このニワトリ頭が!」
玄武「トリはおめえだべ」
829: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 17:58:11.60 ID:UMW567XR0
赤毛《あれは…?》
魔王《魔王四天王、ね。お父様の頃の》
赤毛《雷おじさんは、前も四天王だったんですか?》
魔王《か、雷おじさん…? 雷帝のこと?》
赤毛《うん》
魔王《お、おじさん、かあ…。雷帝が…。それは、人間の年齢で言えばかなりいってる方だと思うけど。この幹部の顔触れの中では一番若手よ、多分》
赤毛《そうなんだ》
魔王《雷おじさん…。ふくくっ…》
赤毛《…》
赤毛《魔王さんって、そんな風に笑うんですね》
魔王《えっ?》
赤毛《なんだか、普通のお姉さんって感じ》
魔王《…わ、私が?》
赤毛《うん》
魔王《………》
魔王《本当に不思議な子だわ、あなた》
赤毛《そうですか?》
魔王《うん。とても》
830: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 22:45:16.40 ID:UMW567XR0
雷帝「側近様…正気ですか!?」
魔王《なんだろう、雷帝の心が悲しみに暮れている》
魔王《強い思いが、伝わってくる》
赤毛《なんだか…恐い》
鳳凰「血迷ったのかえ? 側近」
側近「いいえ。僕は至って正常ですよ」
側近「異常なのはこの事態です。あってはならないことなんです」
先代「………」
雷帝「だからと言って、そんな!」
玄武「んだ。話が飛躍しすぎだべ、側近」
側近「そんな事はありません。このまま魔王様の邪神の加護が弱まれば、確実に勇者一行に敗北します」
木竜「じゃから、殺せと言うのか? まだ赤ん坊の、その子を」
魔王《え…?》
831: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/06/24(土) 22:46:42.61 ID:UMW567XR0
側近「はい」
側近「魔王様、僕はもう一度ここに進言します」
先代「………」
側近「あなたのお嬢様は、今の内に、殺してしまうべきです」
835: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:00:19.27 ID:gszU3hoJ0
側近「………王者は魔界に一人だけ………………………………あなたのはず……………………………」
先代「………」
側近「………邪神の………………………………………受け継がれ………………」
側近「………あなたが破れ………宿命づけ………………………?」
魔王《な、何?》
魔王《急に景色がぼやけ始めて…》
雷帝「………………!!」
木竜「………過ぎるの………」
側近「事実を…………………………………………打開策が…」
側近「………魔王様………吸いとる………………………………加護を………………その赤子を殺………」
先代「………」
雷帝「………」
先代「…………………………………許せるはず………………」
側近「………………とるべき道………………魔族にあるまじき………」
玄武「いい加減………! 側近!」
鳳凰「我らが王を………………我らを侮辱して…………………………それなりの覚悟を………………」
魔王《雷帝の心が、閉じようとしている…!》
魔王《待って、雷帝! 何があったの!?》
魔王《お願い、教えて…!》
836: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:02:23.50 ID:gszU3hoJ0
側近「邪神の気まぐれに翻弄され、それを正す力も考えもない、この世界にはウンザリだと、言ったんですよ」
先代「………側近、お前」
側近「守る価値もない。ならばいっそ――」
雷帝《止めてくれ》
雷帝《もう思い出したくない》
雷帝《私は守れなかった。止められなかった》
雷帝《私は無力だった》
雷帝《私には、力が必要で》
雷帝《だから、強くなったはずだった》
雷帝《それなのに、私は》
雷帝《私のせいでまた》
雷帝《………私が死ぬべきだったのだ》
雷帝《翁ではなく、私が》
837: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:04:56.75 ID:gszU3hoJ0
魔王《雷帝…》
魔王《………知らなかった。雷帝がこんなにも、苦しんでいたなんて》
魔王《こんなにも、自分を責めていたなんて》
魔王《だって、いつも冷静沈着な判断で、私たちを導いてくれていたから》
魔王《…》
魔王《雷帝! 雷帝、聞こえる!?》
雷帝《………私を助けようとして、翁は死んだ》
雷帝《私はあの頃から、何ひとつ変わってなどいない》
雷帝《強くなってなど、いない》
魔王《駄目だ。私の声、届かない…!》
赤毛《ねえ、魔王さん》
赤毛《誰かもう1人…いるよ。雷おじさんの側に》
魔王《え…?》
魔王《本当だ。あれは》
838: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:06:12.03 ID:gszU3hoJ0
??《泣いちゃだめだよ》
??《泣いたりしたら、余計に悲しくなるよ》
雷帝《放っておいてくれ》
??《僕だって泣きたいけど、我慢してるんだよ》
雷帝《知ったことか。私に構うな》
??《でも…でも、僕、赤毛に会わなきゃだから!》
??《暗くて進めないんだよ。一緒に行こうよ!》
雷帝《………お前は、誰なんだ》
??《僕? 僕は…》
坊主《赤毛の、友達だよ!》
魔王《!?》
赤毛《あれ、あの子…》
赤毛《知ってる…。知ってるのに、思い出せない》
魔王《どうして…》
839: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:07:55.77 ID:gszU3hoJ0
坊主《こ、こんな所まで来ちゃったけど、真っ暗で何が何だか分からないんだよ!》
坊主《せめて何か、光るもの、持ってない?》
雷帝《光るものなど…》
坊主《も、持ってるじゃない! それ、それ!》
雷帝《? これか》
坊主《ちょっとだけ、貸してよう! もう暗くって、何も見えなくって、限界なんだ!》
雷帝《…ふん。くれてやるから、何処へなりとも行ってしまえ》
坊主《くれるの!?》
雷帝《ああ…》
雷帝《………》
雷帝《いや、待て。それは、私の大事な――》
坊主《? 大事な?》
雷帝《…思い、出せないな。なんだ、これは。すごく大事なものだったような》
雷帝《どこかで、諦めたものだったような》
坊主《でも、すごく光ってるよ、それ!》
雷帝《………ふん。いいさ。だが貸すだけだ》
雷帝《無くすなよ》
坊主《ありがとう!》
840: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:10:40.77 ID:gszU3hoJ0
キラッ
魔王《…何? こっちを何かが照らして…》
坊主《あっ! …赤毛!!》
赤毛《えっ?》
坊主《よ、良かった、見つかって!! 探したんだよ、もう!》
坊主《赤毛が1人で噴水広場に行っちゃったって聞いて、僕もう大慌てで!!》
赤毛《噴水、広場…》
赤毛《なんだろう…思い出せそうなのに、思い出せない》
坊主《思い出せない…って、赤毛、もしかして忘れちゃったのぉ!?》
赤毛《うん、そうみたい》
坊主《ぇえ~!?》
魔王《あなたは、1人でここまで来たの?》
坊主《えっ、あ、はい。いや、えーっと…あれ?》
坊主《ど、どうしちゃったんだろう。どうやって来たか、お、思い出せない》
841: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:12:36.77 ID:gszU3hoJ0
魔王《思い出せないって…解体が始まっているの?》
魔王《それにしても、どうして子供が魔壁の内側に…》
坊主《あれ? ええっと…僕、どうやって…?》
魔王《二人は、友達なのね?》
坊主《は、はい!》
赤毛《うーんと、多分…》
坊主《ェエ~!? 赤毛、それも忘れちゃったのぉ!?》
赤毛《う、うん…》
坊主《そんなぁ~》
赤毛《え、えへへ》
魔王《今までがどうであれ、今現在、あなたたちは友達よね?》
坊主《もちろん!》
赤毛《多分…》
魔王《それじゃあ、その事は忘れてはダメ。お互いを思うことが、あなたたちを繋ぎ止めるわ》
坊主《わ、分かりました》
赤毛《はい》
842: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:13:42.06 ID:gszU3hoJ0
魔王《それと、あなたの持っているその光るもの…見せてもらって良いかしら?》
坊主《いいよ。でも返してね。借り物だから》
魔王《ええ。…これは》
魔王《雷帝の気持ち? なんだか、私まで暖かい気持ちになる。これは…》
魔王「――みんな」
魔王「ここまで、長い道のりだった」
魔王「けど、とうとう人間をここまで追い詰める事ができた」
魔王《これは…そう。港町を攻める直前の…》
魔王《雷帝の、視線?》
魔王「あと少し…あと少しの間だけ」
魔王「私に、力を貸して…!」
雷帝(魔王様…)
雷帝(――本当に、お美しくなられた)
魔王《え!?》
843: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 09:14:50.04 ID:gszU3hoJ0
魔王《………》
赤毛《? どうしたんですか?》
坊主《変なの。顔真っ赤だぁ》
魔王《…なっ》
魔王《なんでもないワ。これ、返すわネ》
坊主《? う、うん》
魔王《ちゃ、ちゃんと雷帝に返すのヨ! 覗き見たりしちゃ、だめヨ!》
坊主《分かってるよぉ。覗き見たのはお姉さんでしょお?》
魔王《うう…》
魔王《…落ち着け、私》
赤毛《なんか、急に輪郭がはっきりしてきましたね!》
魔王《…! 本当だ》
魔王《雷帝の強い思いが、私を形作ってくれたんだ》
魔王《………》ボフン
坊主《あ、また赤くなった》
844: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:39:59.91 ID:gszU3hoJ0
魔王《…ありがとう、雷帝》
魔王《必ずあなたを救いだしてみせるわ。でもまだ今の私には、足りない》
魔王《存在が解体されたときに、押さえていた感情が溢れ出たのね。周囲の世界を、強く拒んでる》
魔王《もっと私自身の存在が確かになってからじゃないと…あなたに届かない》
坊主《…行くの?》
赤毛《うん、多分》
坊主《そっか。またここへ来るんだよね?》
魔王《ええ。来るわよ。あなたも、私たちと一緒に行く?》
坊主《…僕は》チラ…
雷帝《………》
坊主《僕は、あの人の所に居るよ。ひとりにするのは、可哀想だから》
魔王《…そう》
魔王《ありがとう》
赤毛《じゃあね》
坊主《うん、またね》
坊主《………赤毛!》
赤毛《?》
坊主《離れていても、友達だからね!》
――「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」
――「うおーっ、カッケー!」
――「えぇ…なんか、可愛くないよね?」
――「そうだねー、金髪らしいけど」
845: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:41:04.29 ID:gszU3hoJ0
赤毛《…!》
魔王《どうしたの?》
赤毛《ううん…。なんでもない》
赤毛《また、会いに来るから!》
赤毛《泣いちゃダメだよ! 坊主!》
坊主《わ、分かってるよう!》
魔王《!》
魔王《…記憶が、戻り始めているのね。同時に輪郭もはっきりしてきた》
魔王《それにしても、あの男の子は一体…。私では届かない雷帝と意思の疎通ができて、私たちを認識する事ができる》
魔王《特殊な力を持っているのは、この子だけだと思っていたけれど》
赤毛《魔王さん、早くー!》
魔王《………》
魔王《全ての存在が証明できた時。私たちが元の姿に戻って、この子が記憶と存在を取り戻した時》
魔王《こんな風に、並んで歩くことはもう叶わないのだろうな》
魔王《私は魔王。この子たちは人間の子。…私は、どうして…》
赤毛《魔王さんってばー! あそこに誰かいるよー!》
魔王《…待って!》
846: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:42:05.45 ID:gszU3hoJ0
魔王「あ、ちょうちょだ! じい、ちょうちょだよー!」パタパタ
木竜「ほっほっ。捕まえられますかな」
魔王「それ! あ、にげられちゃった…」
木竜「姫様。あそこにもいますぞい」
魔王「あ、ほんとだぁ~!」キャッキャッ
木竜「ほっほっほっ…」
赤毛《わ、わあ。あれが、魔王さん!?》
魔王《そうみたいね。まだ小さい頃の私》
赤毛《かっ、可愛いぃいっ!》
魔王《ふふ。暫くは木竜や氏族のみんなが面倒を見てくれた》
魔王《先代魔王のお父様が、女勇者に倒されて…魔界は人間の手を逃れるための動きと、次期魔王を巡る争いとで、泥沼化していたはず》
魔王《そしてその動きの中で、私の命は常に狙われていた。先代の血を引く娘なんて、玉座を狙う者にとってはこの上なく邪魔な存在だった》
鳳凰「ここに居たのかえ。木竜」
木竜「…何の用じゃ」
鳳凰「随分邪険にするではないか。これでも四天王として席を同じくしていたものであろう?」
木竜「かつての、じゃろう。今のお前さんは――」
木竜「魔王候補の第一有力者じゃ」
847: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:43:57.09 ID:gszU3hoJ0
鳳凰「そうおだてるでない。まあ、炎部署の長で四天王も歴任しているなどと、この上ない実績を有しているからな。朕は」
木竜「自分でよく言うわい。自慢話をしにわざわざ来たのかのう?」
鳳凰「…あの娘の命を取りに来た」
木竜「………」
鳳凰「などと言ったら、そなたも本気で朕とやり合う気になるのかえ?」
木竜「お前さんの冗談は、笑えんのう」
鳳凰「くくっ…。まあ、朕にも義理を重んじようなどというつもりが、無いこともない」
鳳凰「仮にも我らが忠誠を誓ったあの方の娘だ。朕に無害であれば手を出すつもりはないぞよ」
木竜「………」
鳳凰「どうだ? 少しは安心したかえ?」
木竜「何を偉そうに。つまりは邪魔をするようなら容赦せん、という忠告に来たと言うわけじゃろう 」
鳳凰「話が早いではないか。伊達に長く生きてないな」
木竜「言っとれ」
鳳凰「………」
鳳凰「玄武と違い、我らはあの戦いを生き延びたのだ。お前も雷帝も…あの方に義理立てするような生き方を選んでいるのが、朕には理解できぬ」
鳳凰「まあ、魔王候補が減るのであればどうでもいいことなのだがな」
木竜「………お前さんには分からんよ」
魔王《私は、何も分かっていなかった。皆が命懸けで私を守っていてくれたこと》
魔王《…爺》
魔王《爺には爺の立場があった。きっと難しい選択を幾つもして、その上で私に笑顔で接してくれていたんだ》
魔王《…私、何も返せなかったね》
魔王《………》
赤毛《魔王、さん?》
魔王《何でもないわ》
魔王《今は、悲しむべき時では、ない》
赤毛《…これも、魔王さん以外の誰かの記憶なの?》
魔王《そうね。これは、誰の視点かしら…?》
木竜「ん? あれは誰じゃ?」
鳳凰「ああ、手土産だ。あの娘もそろそろ年頃だろう。あんな境遇では、ろくに友達も作れてなかろうと思ってな」
鳳凰「こっちに来るが良い。炎獣」
炎獣「………」
848: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:45:39.81 ID:gszU3hoJ0
鳳凰「どうだ? 同じ年頃同士、上手くやりそうであろう?」
木竜「お前さんがあの子にそんな気を遣うとは思えんが?」
鳳凰「なに、これも我が部署での問題児でな。子供に似合わぬ力を持て甘した挙げ句、親を殺しおったのよ」
炎獣「………」
鳳凰「すでにこちらに居場所もないが、力は凶悪。くびり殺してしまおうかとも考えたのだが…」
鳳凰「あの娘なら、渡り合えるかもしれんと思い立ってな。子供同士通じる部分もあるであろう」
鳳凰「…そして何より、邪神の加護がある」ニヤァ
木竜「…ふん」
木竜「つまるところ、体のいい厄介払いではないか。その子供が、姫様に危害を加えるような事があったらどう責任を取るつもりじゃ」
鳳凰「それはそなたらで管理することだ。朕の知ったことではない」
木竜「おぬし…」
炎獣「お、おれ!」
炎獣「………もう、だれもなぐらない、から。だから…」
木竜「…」
鳳凰「木竜。そなたは、朕に借りがあったな…?」
木竜「…ちっ」
木竜「とっとと去れぃ」
鳳凰「くくく…では、任せたぞよ」
魔王《…炎獣》
849: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:47:06.73 ID:gszU3hoJ0
木竜「ひ、姫様! しかし…!」
魔王「えんじゅうと、ふたりであそびたいのー!」
魔王「じい、あっちいってて!」
木竜「ひ、姫様…!」
魔王「ほら、いこ!」タッタッタッ
炎獣「え、う、うん」
木竜「…!」ガーン
雷帝「翁、今戻りました」スタスタ
雷帝「魔王城は海王の一派が占拠していますね。前長の玄武が死んで後がないのでしょう。鳳凰以外の有力者も圧力をかけるように城に集まってきています」
雷帝「我々はひとまずここから動かず…………翁?」
木竜「…姫様」ガクッ…
木竜「これが反抗期というやつか…!」
雷帝「は、はい?」
850: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 13:48:15.93 ID:gszU3hoJ0
魔王「ね、ちょうちょつかまえるあそび、しよっ!」
炎獣「ちょうちょ?」
魔王「うん! あ、ほら、とんできた!」
炎獣「…つかまえればいいの?」
魔王「え? うん、そうだけど…」
炎獣「」ヒュッ
炎獣「つかまえたよ。ほら…」ボロ…
魔王「! ちょ、ちょうちょが…」
炎獣「え?」
魔王「ちょうちょが、しんじゃった…!」ジワ
魔王「かわいそう!」ポロポロ…
炎獣「こ、ころしちゃ、ダメなの!? ゴ、ゴメンおれしらなくて…!」
魔王「うわーん!」
木竜「姫様、如何しましたか!?」バッ
魔王「じいはあっちいってて!!」
木竜「…!」ガーン
851: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:01:16.88 ID:gszU3hoJ0
魔王「もういっかいだよ。こんどは、しなせたらメだよ!」
炎獣「わ、わかったよ…」
魔王「あ、あそこ!」
炎獣「よーし、こんどこそ…」
炎獣(ころしちゃダメだ。ころしたらまたおひめサマがないちゃう。おれはわるい子供だから、すぐころしちゃうんだ)
炎獣(そうしたら、またここも出ていかなくちゃいけないかもしれない。それは、イヤだ)
炎獣(もう、おいだされたくない。もう…)
ヒラヒラ…
炎獣「…それ!」
炎獣「! やった! やったよ!」クルッ
魔王「!」ビクッ
魔王「い、いや…」
炎獣「え、どうしたの?」
魔王「あなた、だれ…?」
炎獣「え?」
風鬼「ちぃ、気づいたんか。勘のいいガキやな」ヌッ
852: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:02:17.52 ID:gszU3hoJ0
炎獣「!?」
風鬼「どけ」バキッ
炎獣「ゴハッ!?」
ザザザザ…!
魔王「っ!!」
風鬼「邪神の加護を持ったガキだと聞いとったが、成程。これは厄介そうやな」
風鬼「本当やったらちぃとばかし遊んでやりたかったんやけどな。綺麗なガキを切り刻むのは楽しいしなぁ」
炎獣「…おえっ…!」ビシャビシャ
魔王「えんじゅう…!」
魔王《ああ、そうね。この時のことは私も覚えているわ》
魔王《とは言ってもすぐに記憶は途切れてしまうのだけど》
赤毛《こ、こわい…。あの鬼、魔王さんを狙っているの?》
魔王《ええ。私の命を狙った刺客。こういうことは、おそらくよくあったのでしょう。私の知らないところで、爺や雷帝が始末していただけ》
魔王《でもこの時は、私が我が儘を言ったせいで、二人は側にいなかったの》
魔王「こ、こないで…」
風鬼「万が一があると、わいも風神様の怒りを買うてまうし。とっとと殺っときましょか」
魔王(こわい)
魔王(こわい、こわいこわい!)
魔王(だれか、たすけて!!)
『――…』
魔王(え?)
853: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:03:08.12 ID:gszU3hoJ0
――ゾクッ
風鬼「ッ!? なんや!? この圧は――」
ドス!!
風鬼「ぇぐッ!?」
魔王(…な、なに?)
魔王(なにが、おきてるの?)
風鬼「グハッ…! はぁ、はぁ」
風鬼「じょ、冗談やないで!! なんやねんワレェ…!」
ズォオォ…!
魔人『………』
風鬼(なんや、コイツの禍々しい波動は!? いったいどこから現れたんや!)
風鬼(…そうか、読めたで! これも魔王の娘の手品ってワケやな! これが邪神の加護の正体っていうことや!)
魔人『…』
風鬼(コイツそのものの戦闘力は尋常やない。とてもわいが太刀打ち出来るレベルやないが)
風鬼(コイツは娘に存在を依存しとる。娘を先に消してしまえば、こっちのもんや)
風鬼「とくれば、的をバラけて攻撃やでぇ…!」
風鬼「"分身"…!!」ヒュゥウン…
854: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:03:54.57 ID:gszU3hoJ0
風鬼「わいは、自分を10体にも増やすことが出来る」
風鬼「アンタもこの全てから娘は守れへんやろ」
魔人『…』
風鬼「さあ、どうするんや、化け物…!」
風鬼「手も足も出せへんか…!?」
魔人『…』ス…
――ヒュッ
風鬼「ほんならそろそろ決めさせてもらうで。わいのスピードの餌食になr ボ ッ
魔人『………』
風鬼(…? な、なんや…? 体が動かへん)
風鬼(お、おかしい…まさか、たったひと薙ぎで………分身の…全ての…)
風鬼(か………下半身が…もがれ…)
ゴシャ
魔人『…』
魔人『…』クル…
魔王「ひっ!!」
魔王(こ…こっちにくる…!!)
魔人『…』
魔王(あ…なに…きゅうに、ねむく…)
魔王「…」ドサッ…
魔人『………』グワ…
「おひめさまに…!!」バッ
炎獣「さわるなっ!!」
ドカッ!!
855: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:04:59.91 ID:gszU3hoJ0
魔人『…』
炎獣(! くっ、ビクともしない!!)
魔人『…』ズォオ…
炎獣(だ、だめだ。やられる――)
雷帝「"一閃"…!!」
ズバァンッ!!
魔人『!』
雷帝「今です、翁!」
木竜「グォオォオォオォオッ!!」カッ
ゴォオォオゥン…!!
魔人『――…』
フッ…
雷帝「…消えた」
炎獣「はあ、はあ…」
魔王「………」グタ…
雷帝「いや、戻ったというべき、か」
木竜「…姫様の中に、か?」
雷帝「ええ」
856: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:05:57.73 ID:gszU3hoJ0
木竜「今の者が…邪神の加護が姿を現した存在。…儂も、初めて見るわい」
雷帝「魔王の素質を持つ者がその身に宿す加護。その器が自らの力を制御出来ない時、魔人の力となって姿を現すと言われていますが」
雷帝「姫様がこの小さな身体で、あの化け物を身体に秘めていると言うことですか?」
木竜「どうやら、そう言うことのようじゃのう。先代様の時にはこんな事はなかったが…確かに、こんな子供に邪神の加護など御せるはずもあるまいて」
雷帝「ある種の暴走、というわけですね。先ほどは確実に、姫様にすら殺意を向けていました」
雷帝「…我らが目を離した隙に…。風神の刺客の事もですが、危うく姫様は命を落とされる所でした」
木竜「ふむ。しかし、お前。よくアレに立ち向かったのう」
炎獣「…」
木竜「うむん? なんじゃ、気を失っておる」
雷帝「…翁。私は反対です。只でさえ姫様の周囲には危険がつき纏う。そんな得体の知れない子供を姫様の側に置くなど」
雷帝「鳳凰がその子供に何か言い含んでいるやもしれません。…姫様に害を及ぼすような事を」
木竜「…ふうむ」
木竜「傷の具合から見て、どうやら刺客から一撃貰っておるが、そのダメージを負った上で魔人へ攻勢に出たか」
木竜「なんとも無茶をしおる」
857: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:06:43.97 ID:gszU3hoJ0
木竜「そうじゃな。この先、他の魔王候補からの攻撃が過激になれば、儂らが常に姫様のお側におると言うことも叶わなくなるかもしれん」
雷帝「ええ、ですから…」
木竜「――こやつに、魔人から姫様を守らせる」
雷帝「…!?」
木竜「おぬしも見ておったろう、雷帝。魔人への一撃を。子供とは思えん動きをしておった」
木竜「どうやらこの子供には、天賦の才がある。今はとても太刀打ち出来んが、長い目で見れば姫様の支えとなりうるかもしれん」
雷帝「し、しかし!」
木竜「何者にも、な。居場所は必要じゃよ。雷帝。儂はそれを先代様に与えて頂いた」
雷帝「…!」
木竜「おぬしとて、そうではないか?」
木竜「少々過酷かもしれんが…この子供が立てる場所はどうやらそう多くない。お互いが、お互いを必要とする時が来るやもしれぬ」
雷帝「………」
雷帝「分かりました」ハァ
雷帝「しかし、その子供が姫様を傷つけようとしたその時は、私は迷わず剣を抜きます」
木竜「ほっほっ。頑固だのう、おぬしも」
木竜「まあそれも良いじゃろう。魔族なら、自分の居場所は自分で勝ち取ってみせねば、な」
炎獣「…」スヤスヤ
858: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:08:20.15 ID:gszU3hoJ0
炎獣《あの時から、俺の居場所はいつでも魔王の側だった》
炎獣《親父やお袋のことはロクに覚えちゃいない。けど、なんとなく自分が殺しちまったんだってことは分かっていた》
炎獣《時々頭が真っ白になって、気づけば周りに誰かが倒れてる…そういうことは、昔はよくあった》
炎獣《じーさんや雷帝が、場所をくれたのが不思議なくらいヤバい奴だったと思うよ、実際》
炎獣《でも、だからこそ、魔王の気持ちも少しは分かることが出来たんだと思う》
炎獣《正体の分からない強大な力に、いつ自分が喰われちまうか分からないような感覚》
炎獣《大切な人を、自分が傷つけてしまうかもしれない恐怖》
炎獣《辛いよな。俺はずっと、自分はここに居ちゃいけないんじゃないかって思いがあった。それは魔王も同じだったはずだ》
三つ編《…可哀想》
炎獣《ん?》
三つ編《自分が居ることを、許せないなんて…》
炎獣《…そうでもないぜ。俺のやることははっきりしてたから、それ以外のことはあんまり悩まずに済んだ》
炎獣《それに、"あいつ"とやりあう時が、忌み嫌われていた自分の力を、唯一生かせる場所でもあった》
炎獣《この日のことを、何度も頭の中で反芻しながら俺は修行に明け暮れた。記憶の中の"あいつ"に勝てるように、てな》
炎獣《次に"あいつ"とやり合ったのは、ちょうどお前くらいの年だったかな》
三つ編《私くらいの年の時…》
炎獣《ああ》
859: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:09:16.30 ID:gszU3hoJ0
炎獣「姫! 姫、しっかりしろ!」
魔王「うぐ…あぁあっ!!」
炎獣「くそ、こんな時に発作が起こっちまうなんて!!」
魔王「苦し…!!」
ズォオォオォオォオォオォオォオ…
炎獣「く…来る!」ゾクッ…
魔人『………』
炎獣「じいさん達がいないこんな時に…!!」
――木竜「よいか、炎獣。おぬしの使命は"戦い"じゃ」
――木竜「魔人が現れて、その時儂らが側にいなければ…おぬしは命を賭して戦うのじゃ」
――木竜「その時だけは、自分を魔人を倒すための装置だと思え。他に何も考えるな」
――木竜「自分を開放するのじゃ」
炎獣「…」ゴクッ
炎獣「やるしか、ねぇ…!!」
魔人『………』
炎獣「行くぞォッ!」
860: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:10:16.05 ID:gszU3hoJ0
炎獣《でも、それは俺にとっては喜びですらあったな》
炎獣《恐怖もあった。でも、それより"我慢"しなくていい、っていう快感に身を委ねていたと思う》
炎獣《結果は、ボロ敗けだったんだけどな。いつも》
炎獣「げヒュッ…」
魔人『………』
炎獣「かふっ…ゲフッ…!」
炎獣(クソ、負けちまったのか…)
魔人『…』ォオ…
炎獣(や、べぇ…)
「させんぞ…!」
木竜「グォオォオォオォオッ!!」
炎獣(…じーさん)
炎獣(さすが…あのブレスは鬼だなぁ…)
魔人『…』フッ…
炎獣(ちっ…次は…)
炎獣(殺してやる、からな………)
炎獣「…」
魔王「はあっ、はあっ。………!?」
魔王「炎獣ッ!!」
魔王「炎獣、しっかりして!!」
魔王「じ、爺!! 大変、炎獣が――」
861: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:11:14.96 ID:gszU3hoJ0
三つ編《…恐い》
炎獣《そう、だよな。普通の子供はそう思うはずなんだ》
炎獣《俺は頭のネジがぶっ飛んじまってて…命を自分から投げ棄てるみたいな戦い方をしてた》
炎獣《死んじまってもいいやって心の何処かで思ってたんだな。それは本当の意味での"恐怖"とはかけ離れていた》
炎獣《何処かが壊れた俺の心じゃあ、俺のために魔王が泣く理由が分からなかった》
炎獣《魔王の白い頬を伝う綺麗な涙が…何処か遠い所の出来事みたく感じていた》
魔王《…港町での戦いの後の炎獣は…ちょうど、この頃みたいな顔をしてたな》
炎獣《そうだな。港町でオッサンと闘った時は…闘うことの喜びを、思い出していたから》
炎獣《昔の俺に戻ってた部分はあったかもしれない。もっとも、死の恐怖ってもんを知っているのといないとじゃ、天と地の差》
――炎獣「今、俺は際の際に立たされてる。だからこそ、見えそうな景色がある気がする」
――炎獣「こんな気持ちは、初めてなんだ。こんなに怖くて………こんなに楽しいなんて」
――武闘家「ぬふふふふふふ。ようやく理解したか、小僧。それこそが命のやり取り」
――武闘家「死の深淵を覗き込み、尚且つ生を掴み取らんとすること…そのために己の全てを賭ける」
――武闘家「それが、まことの、″闘い″じゃ」
?
炎獣《魔人とやり合っていたのと、オッサンとの闘いじゃ、俺にとっての意味合いは全然違ったんだ》
炎獣《なのに、俺、氷姫にひどい事言っちまった》
――炎獣「――なんで」
――炎獣「なんで手出ししたッ!!」
――氷姫「っ…」
862: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:11:58.04 ID:gszU3hoJ0
――氷姫「…」
――氷姫「…ごめん」
――魔王「………炎獣」
――魔王「自分が死んでしまっても構わなかった…なんて言うつもりでいる?」
――炎獣「…」ギュッ
魔王《ふふ。炎獣って、結構ちゃんと自分のことを…何て言うか、分析してるよね》
炎獣《そうか?》
魔王《うん。自分の気持ちと向き合って、整理しようとしている》
炎獣《そ、そうかなぁ…って》
炎獣《魔王!? いつの間に隣に!?》
魔王《今、気づいたの?》クス
三つ編《そう言うところは鈍感なんだね》
炎獣《いや、何でお前こんな所に…! つか、この子誰!? 人間じゃん!》
炎獣《そもそも、ここは何処だぁ!?》
三つ編《お兄さん、うるさいよ》
炎獣《お、お兄さんて…お前な…》
魔王《私が思い出した炎獣の記憶。そうして掘り出された私が今炎獣を想う気持ち。炎獣自身が思い出した遠い過去、近い過去》
魔王《そういうものが、炎獣の曖昧だった自意識を、ハッキリとしたものに変えたのね》
炎獣《つ、つまり》
炎獣《どーいうことだってばよ》
魔王《考えて分からない時は?》
炎獣《え? あ!》
炎獣《身体を動かすっ!》
魔王《ふふ。そう。もう少し、炎獣の記憶を開いてみよう。私と炎獣の記憶!》
炎獣《…よく分からないけど、お前がそう言うなら、そうすっか!》
863: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:13:02.83 ID:gszU3hoJ0
三つ編《ま、待って!》
三つ編《私、友達を探してここまで来たの!》
炎獣《友達ぃ?》
魔王《ああ、彼女ならほら…そこに居るわ》
三つ編《え?》
赤毛《………》
魔王《赤毛ちゃん。もう終わったわよ》トンッ
赤毛《ほ、本当? 戦うシーン、ない?》
魔王《ええ》ニコ
三つ編《赤毛!》
赤毛《あっ、え!?》
三つ編《良かった…!! 無事で本当に…!》
赤毛《う、うん…》
三つ編《追いつけて…良かった…!》ポロポロ
赤毛《………》
――三つ編「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」
864: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 17:14:04.15 ID:gszU3hoJ0
赤毛《…三つ編》
赤毛《ここまで、追いかけて来てくれたの?》
三つ編《うん》
三つ編《だって私たち…》
三つ編《秘密結社の、仲間…でしょ?》
赤毛《………うんっ》
炎獣《…》
炎獣《どうなってんだよ? これ。あの子供達は、何者なんだ?》
魔王《…私にも分からない》
魔王《でもあの子達の存在が、私たち一人一人に干渉してくれているおかげで、今こうして私と炎獣が話が出来るのだと思う》
魔王《あの子達の結び付きと、私たちの結び付きが、リンクしている。いや…誰かがそうさせている?》
炎獣《誰かって?》
魔王《…うーん》
炎獣《ま、いいや。次行こうぜ、次!》
炎獣《俺の存在って、まだまだ不完全なんだろ、これ。自分のことなのにモヤモヤして分からないこと、沢山あるんだ》
魔王《そっか。じゃあ、行こう!》
865: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:00:01.01 ID:gszU3hoJ0
雷帝「ここまででいい。電龍」
電龍「え、いいんスか? 部長たちの住んでるとこまで送ってくっスよ」
雷帝「少しここから走っていく。体力作りにな」
電龍「ええっ!? まじっスか!? これ以上鍛えてどーすんスか、部長」
電龍「今日、稽古つけられてた連中泣いてましたよ。死ぬかと思ったって。特に最近、気合い入り過ぎじゃねっスか?」
雷帝「あの程度では、準備運動にもならん。少しも気を抜くわけにはいかんのだ」
雷帝「今日はどんな手を使ってくるつもりだ。あの単細胞め、闘いになると妙に頭が回るからな…」ブツブツ
電龍「ぶ、部長? アレで準備運動って…うち帰ってから戦争でもするんスか…?」
炎獣「でりゃあっ!!」ギュオンッ!
雷帝「…ちっ!」シュバッ!
ドォンッ…!!
木竜「そこまでっ!」
866: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:01:00.01 ID:gszU3hoJ0
炎獣「だーっ、くそっ!! もうちょっとで勝てたのによお!!」
雷帝「ふん。顔を洗って出直すんだな」
炎獣「くぅ~っ! 次こそはぶっ倒してやるかんな、雷帝!!」
雷帝「千年早い」スタスタ…
木竜「………随分と、汗をかいとるのう?」
雷帝「…見間違いでしょう」
木竜「ほっほっほっ。そうかのう」
炎獣「あー、悔しい! じいさん、ちょっと相手してくれよ!!」
雷帝「!」ギョッ
木竜「まーだそんな体力があるのか。全く若さとは恐ろしいのう」
木竜「炎獣、おぬし明日の仕度は済んだのか?」
炎獣「仕度ったって、何もいらねーよ。俺、姫についてくだけだし」
木竜「そんな甘いものにはならんと思うが…まあよい。聞け、炎獣」
木竜「姫様の、魔人の件じゃ」
炎獣「…?」
867: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:02:00.11 ID:gszU3hoJ0
木竜「もう、お前を子供扱いはせん。ひとりの男として、儂はお前に姫様を託す」
木竜「…良いな?」
炎獣「………」
炎獣「ああ。分かった…!」
炎獣《この時初めて、じいさんが正面切って俺に頼み事をしたんだ》
炎獣《今でも良く覚えてる。男同士の約束ってやつだ。………嬉しかったな。あれは》
三つ編《男の子ってそう言うの好きだよねぇ》
赤毛《そうだねぇ》
炎獣《ま、女の子には分からねぇかなー!》
魔王《…私、炎獣に沢山負担をかけてたんだね》
炎獣《魔王がそんな事思う必要は、ねぇよ。俺にとっては場所があるってことが大事だった》
炎獣《お前だって…それはわかるだろ?》
魔王《"ここに居てはいけないんじゃないか"…》
魔王《そうだね。私もいつでもそんな気持ちでいた》
魔王《私の存在が、皆の生を縛り付けている。私が内包するこの邪悪な力は、その命を奪いすらするかもしれない》
魔王《お師匠様の所へ行くって言い出した時も…きっと、少しでも誰かにとって価値ある存在になりたかったから》
魔王《ずっと…自分の生き方を他人のせいにして、何も考えないようにしてたんだ》
炎獣《………でも、お前は見つける。お前の生き方を》
魔王《ずいぶん、時間はかかるんだけどね》クス
炎獣《お互い様だろ、そりゃ。………でもなあ、師匠のところは、正直キツかったよな》
魔王《ふふふ。炎獣、お師匠様にずうっと怒られてたもんね》
炎獣《だってよぉ…俺はただ魔王についてっただけなのに、弟子入り志願と間違われてしごかれて…》
赤毛《お師匠様って、先生ってこと?》
魔王《そうよ。私たちの、魔法の先生》
三つ編《魔法の、先生! 魔法の学校があるの?》
魔王《学校………かあ》
炎獣《…そんな、いいもんじゃなかった気がするぜ、あれ》
三つ編《え?》
868: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:03:10.23 ID:gszU3hoJ0
冥界の入り口
断罪の滝
ドドドドドド…
炎獣「…こーんな辺鄙な所が集合場所なんてよ。良い趣味してるよな、冥王って奴もさ」
魔王「爺が言ってたでしょう? ここに辿り着くことそのものが、試験みたいなものなのよ」
魔王「冥王様に教えを乞う魔族は多いけれど、その全てを受け入れることをするような方ではないわ。ここに辿り着いた者はみな、それなりの使い手ってことよ」
炎獣「ふーん…」
水精「いつまで待たせるつもりだわさ。アタイも暇じゃないってのに」
土髑髏「全くだぜ。定刻は過ぎてるって言うのによ。これじゃあ落ちこぼれまでここに辿り着いちまうじゃねえか」
幻妖蝶「聞いていたより志願者が多いですな。今回は猛者が多いってことですかな?」
毒虎「………」
ザワザワ…
魔王「…魔界では名の知れた者も多いみたい」
炎獣「姫はヘーキなのか?」
魔王「私は、あまり顔を知られていないから」
「ごきげんよう、皆々様」
冥王「なんとも可笑しな馬鹿面を下げて、ようこそお集まり下さいました」
869: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:04:07.53 ID:gszU3hoJ0
炎獣「な、なんだあ? 何処から聞こえて来るんだよ?」
幻妖蝶「あそこですね。滝の上に、誰か居ます」
冥王「よくもまあ、雁首揃えて阿呆のようにぼうっと突っ立っているものでございますね。あたくし、笑ってしまいます」
土髑髏「テメェが冥王か。遅れてご登場の上に、ずいぶんな口の利き方じゃねぇか?」
土髑髏「あんた、俺っちが誰だか分かってんのかい? 魔界じゃ知らぬものは居ねえ、恐怖の暗黒騎士様の魔術部隊、隊長様だぜ」
冥王「………ぷっ!」
冥王「おほほほほほほほほほ!」
土髑髏「…何がおかしい」
冥王「ごめんあそばせ。何とも凡庸の域を出ない自己紹介だったものですから、あたくし可笑しくって」
土髑髏「何ぃ…!?」
冥王「悔しかったらここまで登っていらして。泥臭いあなたには少し難解かもしれませんけれど」
冥王「そうね。今回の自殺志願者は豊作みたいですので、少しばかり篩に掛けさせて頂きませうか」
冥王「このような物であたくしが妨害致しますので、そちらを掻い潜って、皆様滝の上までいらして下さいまし」フヨフヨ
毒虎「!」
水精「巨大な岩石が…冥王の回りに集まってくる…!」
炎獣「…おい、姫。本当に大丈夫なのかアイツ。自殺志願者とか言ってるぞ」
魔王「…正直、私も不安になってきたよ」
冥王「最初に辿り着いた5名様に、わたくしに教えを乞う権利を差し上げませう」
870: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:05:19.61 ID:gszU3hoJ0
冥王「さーあっ! チンケな皆様の、醜い滝登りショーの始まりですわーあっ!」
土髑髏「な、何だとぉ!? 話が違うじゃねえか!!」
土髑髏「ここに辿り着きさえすりゃ、あんたの魔法を寄越して貰えるって話で――」
水精「ふっ!」ザバァッ
水精(まともに話が通じる相手じゃないってのは、事前情報から何となく察しがついてるわさ)
水精(ならば動揺している時間も惜しい。とっとと課題をクリアしてしてやるわ。幸い滝は水部署のアタイの得意とするフィールド!)
水精(一着はアタイのもんだわさ!)
魔王「私達も行こう。炎獣」バッ
炎獣「お、おう!」ダンッ
土髑髏「お、オイてめぇら…!! アイツの言いなりかよ!?」
冥王「…あら、随分ねぇ。判断力の欠如は、死に値する罪ですのよ。わたくし、度を過ぎた愚か者って見ていて気持ちが良くありませんの」
冥王「視界から、消えて下さる?」ヒュンッ
土髑髏(!? 岩石が物凄い勢いで飛んで――)
ドゴォッ…!!
炎獣「う、うひゃあ。容赦ねぇ…」
魔王「ほ、本当…。でも他の弟子入り志願者も皆、冥王様の提示に乗るみたいね」
炎獣「ああ。こりゃ負けてられねえぜ!」
魔王「炎獣、来るよ!」
ビュオ…!
炎獣「へへ。こう言う分かりやすいのなら、任せろっての!」
炎獣「ちぇすとォっ!!」ビュッ
ドゴォンッ!
871: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 20:06:32.20 ID:gszU3hoJ0
冥王「あらあら。随分と元気な方がいらっしゃいますこと」
水精(ふん。しかし、もはやアタイに追いつけるものはいやしない)
水精(岩石の妨害など、水に同化してしまえば)
ザバァンッ
水精(…ただ、飛沫を上げて通りすぎていくだけだわさ!)
魔王(物質に変化する術…! あの魔族、相当な魔力を持ってる!)
炎獣「あぶねぇ、姫!」
魔王「え?」
シュルシュルシュル!
魔王(触手!? 危うく、絡めとられるところだった!)
幻妖蝶「ほう、見かけより素早いですな、お嬢さん」シュル…
魔王「なんのつもり!?」
幻妖蝶「弟子入りの資格を得られるのは、上位5名。なら、厄介そうなのを消してしまえば、繰り上がって小生が資格を得るというわけです」
魔王(くっ、志願者同士の潰し合いか!)
炎獣「ちっくしょ、こんな事してちゃあ、上位とは更に離されちまう!」
水精「この勝負、貰った!」
――パキィン
水精「…え?」
水精(な、何? 身体が、動かな…)
ゲシッ!
水精「痛! 誰よっ、今アタイを踏んづけたたわけ者は!?」
「悪いわね」
氷姫「あんたはそこで凍ってるのがお似合いよ、水精」
氷姫「お先」
873: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:10:05.06 ID:gszU3hoJ0
水精「ひょ、氷姫! あなたも此処にっ…!?」
水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」
炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」
魔王「え、炎獣!」
シュルシュル…!
炎獣「おっと!」
幻妖蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」
炎獣「…姫。先に行ってろ」
魔王「でも!」
炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」
魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」
炎獣「おう!」
幻妖蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」
幻妖蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!
炎獣「」フッ
幻妖蝶「!? 消え――」
炎獣「おいおい」
炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」
水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」
炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」
魔王「え、炎獣!」
シュルシュル…!
炎獣「おっと!」
幻妖蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」
炎獣「…姫。先に行ってろ」
魔王「でも!」
炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」
魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」
炎獣「おう!」
幻妖蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」
幻妖蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!
炎獣「」フッ
幻妖蝶「!? 消え――」
炎獣「おいおい」
炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」
874: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:11:38.21 ID:gszU3hoJ0
ズズゥン…!
炎獣「さ、片付いた。って、あれ? 姫は?」
魔王「おーいっ、炎獣ー! はやくー!」
炎獣「え!?」
炎獣「あ、あいつ…」
炎獣「もう、滝を登りきっちまったのか!?」
魔王「炎獣ってばー!!」
氷姫「………」
氷姫(どういうこと? あの状況では、どう考えてもあたしの位置が群を抜いてゴールに近かった)
氷姫(でも…滝を登りきったあの時…もうこの女がすぐ後ろまで来ていた)
氷姫(一体どうやって…。この女、何者なの?)
魔王「炎獣、急いでー!」
炎獣「どうやって登ったんだよ!」
魔王「魔力を脚に流して凝縮して、水の上を滑ったんだよ! 炎獣もやってみなよー!」
炎獣「出来るか、んなもん! いつの間にそんなこと覚えたんだよ!」
魔王「えへへー! 私だって、炎獣と雷帝がお稽古してる間、爺に魔法を教わってたんだもんねー!」
炎獣「くそぉ!」
875: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:12:33.28 ID:gszU3hoJ0
冥王「まあ、何だか耳障りな娘っ子さんがいらしてますわね。これで合格者は二人…いえ、三人せうか」
氷姫「!?」
毒虎「…」
氷姫(こいつ、いつの間に…?)
冥王「さて枠は後ふたつだけ。揃い次第、わたくしのお屋敷に案内致しますので、他の方々とはここでお別れですわね」
魔王「大変、炎獣! 間に合わないと、一緒に来れないよ!」
炎獣「うがーっ!」
炎獣(はっ、待てよ? 水の上を走る…その手があったか!)
炎獣「やるきゃねぇ! おりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ザパパパパパァンッ!
魔王「わあ! 炎獣すごいすごい!」
氷姫「何あいつ、水の上を走ってる!?」
炎獣「とーちゃく!」ズダッ
魔王「どうやってやったの!? 今の! 魔力を足の裏に貼り付けた!?」
炎獣「はっはっはっ! ただの気合いだぜ!! 魔力なんか、よく分からんしなー!」
氷姫(い、意味不明だわ…。なんでこんな脳筋がここにいるのよ)
冥王「さて、あとお一人さんは…」
びちゃっ…
水精「ぜえ、はあ…」
氷姫「何よ、間に合ったわけ、あんた」
水精「ナメんじゃ…ないわさ…小娘が…!」ゼェハァ
冥王「ターイムアーップですの!」
876: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:13:29.35 ID:gszU3hoJ0
冥王「蹴落とされた負け犬の皆々様。おめでとう、そしてさようなら!」
冥王「あなたがたは惨めながらもごくごく普通のちっぽけな一生を過ごす権利を得ましたのですわ!」
冥王「登り詰めてしまったうっかり者の皆様。御愁傷様、そしてようこそ!」
冥王「あなたがたには、まだ見ぬ絶望にうちひしがれ、泣く事も許されず、己が無力を更に胸に刻まれることになるでせう!」
冥王「さあ、参りませう! わたくしとご一緒に、愉快で悲しい冥界のひと時に!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
炎獣《と、そんなわけで冥界での修行の日々は、それはそれは大変でしたとさ、ちゃんちゃん》
魔王《駄目よ、炎獣。ちゃんと思い出さないと》
炎獣《…い、嫌だあ! 思い出したくねえ!》
三つ編《な、なんだか想像してた魔法の先生とは全然違うんだけど》
赤毛《確かに、綺麗な女の人だったけど…。何て言うか、目が少しも笑ってなかったよね》
魔王《後で聞いたけど、この時のお師匠様は誰も合格させる気がなかったらしいわ。全員、岩石で潰してしまうつもりだったとか》
炎獣《は、はは。今聞くと恐ろしいぜ》
魔王《うん…。実際、冥界での修行は厳しいなんてものじゃなかったしね》
魔王《でもその分、そこで私と炎獣と、そして氷姫の絆は強くなったよね》
炎獣《そうだったな。でもさ、氷姫のやつ最初の頃はツンケンしちゃって、とても近寄れる感じじゃなかったぜ》
魔王《あ、あはは》
877: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:14:49.20 ID:gszU3hoJ0
氷姫「な、納得がいきません!! 冥王様っ!」
冥王「まあ嫌だわ。修練の後ですのに、あたくしの気分を害するのに十分な大声を出しますのね、あなた」
冥王「後ろで虫けらみたく転がっている方々を見習って、お静かになさってはいかが?」
水精「ぜえ…ぜえ………し、死ぬ…」
炎獣「ウギギッ…! アタマ痛ぇよぉ…!」
魔王「はあ、はあ…」
氷姫「あたしがこうして立っていられるのは、他の誰よりも魔力の総量が多いからです! それは以前の測定の結果からも明らか!」
氷姫「なのに、何故転移の術を習得する権利を、あたしではなくこの女にしたんですか!?」
魔王「はあ、氷姫、さん、はあ…」
冥王「そうですわね。その理由を強いて言うとするならば…」
冥王「あなたが、その理由さえ分からない愚か者だからではなくて?」
氷姫「っ!!」
氷姫「…くっ!」クルッ
ツカツカ…バタンッ!
冥王「若い娘っ子さんのヒステリーって、目も当てられないほど無様ですこと。幻惑の術で自我を壊して差し上げようかしら?」
冥王(に、しても。この這いつくばっている子猫さんの、この力は…)
魔王「はあ、はあ…」
878: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:15:49.77 ID:gszU3hoJ0
炎獣「…まだ、やってんのか? 姫」
魔王「あ、ごめん。起こしちゃった? 炎獣」
炎獣「姫のせいじゃなくてさ、体中バキバキで眠れねえんだよ」
魔王「ふふ。炎獣、修練から逃げ出したりするからだよ。お師匠様、本当に怖かったんだから」
炎獣「あの時の大津波の魔法、マジで死ぬかと思ったぜ。まさかここまで来て、じいさんや雷帝との組手よりしんどい修行させられるなんてなぁ」
魔王「私たちとは違う疲れ方してるよねえ、炎獣は」クスクス
炎獣「へへ。とは言え、お前たちのも辛いんだろ。しっかり寝といた方が良くないか?」
魔王「あ、うん。これだけ読んだら、寝るよ」
炎獣「そんな分厚い本、よく読む気になるよなぁ。まさか、隣に積んであるやつ全部読んだのか?」
魔王「えへへ…読んじゃいました」
炎獣「マジかよ…」
魔王「お師匠様の持ってる本って、貴重な物も沢山あるんだよ。これなんか、魔界の成り立ちについての神話が記されてる」
炎獣「勝手に読んで怒られないのか?」
魔王「あ…どうだろう。怒られるかなあ?」
炎獣「あ、あのな…」
879: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:17:19.87 ID:gszU3hoJ0
炎獣「…なあ。やっぱり姫は…魔王に、なりたいのか?」
魔王「………うーん。何となく、そうなのかもしれないって思う」
炎獣「何となくそうなのかも、だけで、こんな所まで修行に来ないだろ」
魔王「あはは。そうだよね」
魔王「…お父様が立派な魔王だったから。私も頑張らなきゃ、て思うんだ」
魔王「皆も…口には出さないけど、それを望んでいるんだと思う」
炎獣「そっか…。でもそれって」
魔王「?」
炎獣「…いや」
炎獣(お前自身が…本当にしたいこととは…違うんじゃないのか?)
炎獣(………ま、お前の決めたことなら、俺はついていくだけさ)
炎獣「…魔王になりゃ、あの雪女だって見返せるかもしれないしな。あいつ、何かと姫を目の敵にしてきやがるし」
魔王「雪女じゃなくて、氷姫さん、でしょ? ちゃんと、お話しする機会でもあれば…誤解も解けるかもしれないんだけど」
炎獣「ま、そんな余裕も時間もないからな。集中してなきゃ、下手したら死にかねないぜ、あのスパルタじゃ」
炎獣「だから、ちゃんと寝ろよな、姫」
魔王「分かったよ。もう少しだけにする」
炎獣「うん。じゃあな」
魔王「おやすみ、炎獣」
魔王「………」ズキ…
魔王(…なんだろう、頭が痛い。ちょっと、無理しすぎたかな。明日もあるし本当にそろそろ寝なくちゃ…)
魔王「…うぅ」ズキズキ
魔王(くっ…様子が、変…! これは…もしかして!)
880: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:20:20.58 ID:gszU3hoJ0
ズォオォ…
炎獣「!」
炎獣(この気配…まさか!)ガバッ
――ズォオ…
魔人『………』
魔王「…うっ………こんな所で…!」
炎獣「姫っ!!」
魔王「え、炎獣…!」
魔人『………………』
炎獣「くっ!」ダンッ
炎獣「姫から離れやがれぇえ!!」ゴオ!
881: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:21:35.57 ID:gszU3hoJ0
ズゥン…
氷姫「な、何…? 今の音」
冥王「この気配は…」
毒虎「………」
炎獣「――らっ!!」ドンッ!
魔人『………』ゴッ!
炎獣「ぜっ!!」ボッ!!
魔人『………』ズンッ!!
炎獣(っくしょ!! やっぱ強ぇ!!)
炎獣(一手一手のやり取りで、命が削られるみてぇだっ!)
炎獣(けど!)
炎獣「見えるぞ…今なら!」
炎獣「お前の距離。お前の時間。お前の判断………!!」
882: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/08(土) 22:22:46.71 ID:gszU3hoJ0
炎獣(繰り返した死闘が!!)ドガン!!
炎獣(それを反芻して没頭した無数の鍛練が!!)ギュオン!!
炎獣(俺の沸騰した血液を、剥き出しの闘気を、導く!!)ズバァン!!
炎獣「――俺が!!」
炎獣「勝つッ!!!」
ドッ
魔王「え、炎獣…!」
魔王(…す、すごい、戦い)
魔王(誰も入り込む余地のないような、打ち合いだ)
魔王(炎獣は今までにないくらい集中している。魔人をたった一人で倒すために、身体を暴力の器と化してる)
魔王(でも、その戦い方じゃあ………!)
ズジュッ!
炎獣(――右耳が潰された。代わりに奴の肩口を削いだ)
ドシュッ ドロ…!
炎獣(脇腹にかなり深く入った。でも庇うな、隙になる。敵の目を抉れ、視界を減らしてカバーしろ)
メキメキッ バキッ!
炎獣(左手の指がほとんどイッた。これじゃ打てるのは手刀だけだ。右足の小指が食いちぎられて、踏み込みが不充分だ)
炎獣(でも、それは敵も同じだ)
ゴシャッ!
パキン!
バシャ!
ボキッ!
炎獣(俺が死ぬ前に、殺す――)
883: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:00:25.61 ID:UTveHGea0
魔王(もし炎獣が勝てても)
魔王(治療できる木竜がいない…っ!)
魔王(私の魔法じゃきっと足らない!! このままじゃ、炎獣が!!)
魔王「………止めて」
魔王「もう、止めて…っ!」
炎獣「」ボンッ!!
魔人「」ゴッ!!
炎獣「」ドギュッ!!
魔人「」ドシャッ!!
魔王「止めてよ…っ!!」
魔王「どうして、炎獣を傷つけるの!? どうして…私の中から出てくるの!?」
魔王「どうして、私なんかに宿ったのっ!?」
魔王「私は、あなたなんか………!!」
魔王「――望んでいないのにッ!!」
炎獣(倒せ)
炎獣(倒せ)
炎獣(倒すんだ)
炎獣(何が終わったって、何でもいい)
炎獣(ただただただただ)
炎獣(目の前のこいつを――)
炎獣( 倒 せ ! ! )
炎獣「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
魔人『………………………………………………………………』
884: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:06:35.11 ID:UTveHGea0
冥王(………これが)
冥王(これが、邪神の加護ですって?)
冥王(この娘っ子さん、随分な狂気を内包して、のうのうと平気な顔をしていたものですのね)
冥王「お前様方も、大層な運命劇を目撃したものですね?」
毒虎「………」
氷姫「…っ」
氷姫(一体、今のは何だったの?)
氷姫(あの、暴虐の権化みたいな恐ろしい魔物。それを打ち倒した、あの脳筋男の技)
氷姫(こいつらは、何者? 何と何が戦って、何が残されたって言うのよ…?)
魔王「炎獣…! 炎獣っ!」
魔王「死なないで、お願い…っ!」
炎獣「………ひ、姫」
885: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:08:33.19 ID:UTveHGea0
炎獣「姫…。見て、たか」
炎獣「勝った…ぜ。俺」
魔王「うん。見てた。見てたよ」ポロ…
魔王「凄かった。炎獣、強かったよ」ポロポロ
炎獣「………だろ?」
魔王「うん。でも、ダメだよ。まだ休んじゃ」ポロポロポロ…
魔王「明日も修練頑張らなきゃなんだから。明後日も、明々後日も」
魔王「それが終わったら、木竜と雷帝のところに帰るんだから」
魔王「また二人に、稽古つけてもらうんでしょ?」
魔王「ねえ、炎獣」
魔王「炎獣ってば…!!」
炎獣「………」
魔王「………どうして?」
魔王「どうして、こんなことになるの?」ギュゥ…ッ
魔王「私、本当はただ、普通に生きてたいだけだったのに」
魔王「友達になってくれた炎獣と。いつも見守ってくれる木竜や雷帝達と」
魔王「ただ過ぎていく日常を守るだけの力があれば、それで良かったのに…っ」
魔王「どうして、それすら許されないの…!?」
魔王「こんな風になるしかないなら、奇跡の力なんていらなかった!!」
魔王「なんで、なんで私なのっ!?」
魔王「なんで………」
魔王「…うわあああああぁっ!!」
886: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:09:43.60 ID:UTveHGea0
炎獣《やっと》
炎獣《やっとだったなぁ。魔王の涙を見て、それが嬉しく思えたんだ》
炎獣《魔人を倒したことだって嬉しかったはずなのに》
炎獣《なんだかそんなのは、どこかへ行ってしまっていて、別の気持ちが俺の中に沸き上がっていた》
炎獣《自分のために泣いてくれる誰かがいる。――それが、自分の居場所ってことなんだって》
炎獣《暗闇の中で伸ばした手が、自分の身体を支える壁をようやく見つけた時みたいに》
炎獣《実感となって"それ"は俺の中に入り込んできた》
炎獣《魔王はずっと俺の友達でいてくれた。いつも一緒に笑ってくれて、魔人と戦った時はいつも俺の代わりに泣いてくれた》
炎獣《そんな欠片のひとつひとつが、どこか壊れていた俺の心の内側を、この時ようやく満たしたんだ》
炎獣《だから、悲しかったよ。折角手に入れた気がしたのに、もう、別れなくちゃいけなかったから》
炎獣《死んでもいいって思いながら戦ってたこと………初めて後悔した》
炎獣《もう一回だけ、魔王の顔が見たいと思った》
炎獣《そうして、何とか薄目を開いた俺の視界の中に》
炎獣《お師匠にひれ伏す魔王がいた》
冥王「…」
魔王「………お師匠様」
魔王「お願いです。炎獣を助けてください」
887: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:11:14.97 ID:UTveHGea0
冥王「………あたくしの手を煩わせて、そこのやかまし屋のぼろ雑巾を、治療したいと」
冥王「そんな七面倒臭いことを、何の得も提供できないお前さんがごとき娘っ子が、恐れ多くもあたくしに対して申し入れようって」
冥王「そう言うんですの?」
魔王「はい」
魔王「そうです」
冥王「…ふう。まったく、呆れた図々しさだこと」
魔王「………お願いします」
冥王「………」
冥王「けれどもまあ、やぶさかではなくってよ」
氷姫「!」
魔王「…ほ、本当ですか?」
冥王「ええ、ええ。よろしくってよ。でもその代わり」
冥王「あなた、その身を以てあたくしの研究に益をもたらすことをお約束なさいな」
魔王「――私に出来ることなら、なんでもしますっ!」
冥王「おほほほほほほ!」
冥王「邪神の加護を受ける身でありながら、なんとも重要なことを安請け合いしますのね。そら恐ろしくすらある愚かさですこと」
魔王「…炎獣を助けられるなら」
魔王「安いことなんて、少しもありません」
冥王「………」
冥王「そう。では、下がって黙っていらっしゃいな」
888: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:12:41.65 ID:UTveHGea0
炎獣《お、おいおい魔王! お師匠相手にこんな啖呵切ってたのかよ!?》
魔王《だって、この時は炎獣を助けるために必死だったんだよ?》
炎獣《うっ…んん、ああ》
炎獣《そりゃ嬉しいけどさ》
三つ編《ニヤニヤ》
赤毛《ニヤニヤ》
炎獣《なに笑ってんだ、おめーら!》ボッ
三つ編《あ、熱ぅいっ!》
魔王《炎獣、ダメよ、子供相手に》
炎獣《むぐ。ついつい…》
魔王《でも…この空間で炎が出せるくらい、炎獣の存在ははっきりしたものになったんだね》
炎獣《そう、みたいだな…》
魔王《ふふ。良かった》
炎獣《………なあ、魔王》
魔王《ん?》
炎獣《………ありがとな》
889: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:13:50.50 ID:UTveHGea0
炎獣《…お師匠に回復して貰ってる時、俺はずっと震えてたんだ》
炎獣《失うことが………初めて怖いと思った》
炎獣《そして、ようやく、死にたくないって》
炎獣《そう思えたんだ》
炎獣《魔王のおかげだ》
魔王《………》
魔王《炎獣が自分で見つけたんだよ》
魔王《いつだって苦しかったのに、炎獣は自分の足でちゃんと歩いてた》
魔王《必死になって探し続けていたから、見つかったんだよ》
魔王《きっとね》
炎獣《へへっ》
炎獣《だと良いな》
890: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:15:41.34 ID:UTveHGea0
炎獣《魔王》
炎獣《俺と友達でいてくれて………ありがとう》
魔王《――うん》
魔王《私をずっと守ってくれて》
魔王《ありがとう、炎獣》
赤毛《素敵だなあ》
三つ編《そうねえ》
赤毛《あたしたちも、大人になっても友達でいられたら…こんな風に話せる時が来るのかな?》
三つ編《そうだね。大人になって…その時》
三つ編《仲間だったってこと、覚えていられたその時は………》
赤毛《…三つ編?》
三つ編《ううん。私も伝えたい想いがあるな、って思ったの》
赤毛《…そっか》
三つ編《うん》
赤毛《皆で揃って、またあの秘密基地に会わなきゃね!》
赤毛《坊主と、三つ編と、それに》
――「だからさ、赤毛!」
――金髪「秘密基地、行こうぜ!」
赤毛《金髪も、一緒に!》
三つ編《………うん!》
891: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/07/09(日) 00:16:50.91 ID:UTveHGea0
炎獣《さて、ここからも色々と苦労するわけだけど》
魔王《そうだね。この後は…》
炎獣《――魔王》
炎獣《俺は、この先はもう一人で大丈夫だ》
魔王《!》
炎獣《きっとこの時のこと、一杯不安に思ってる奴がいるからさ》
炎獣《そっちに行ってやってくれよ》
魔王《炎獣…。分かった》
赤毛《もう少しだね、魔王さん》
魔王《そうね。行きましょうか》
三つ編《お兄さんは私に任せて下さい!》
炎獣《ええっ!?》
炎獣《お前残るのかぁ!?》
三つ編《だって、お兄さん一人だと変なところに走って行っちゃいそうだし》
炎獣《あ、あのなぁ…》
魔王《ふふ》
魔王《炎獣を宜しくね》
三つ編《はい!》
炎獣《オイオイ、魔王まで…》
魔王《それじゃあ行きましょうか》
赤毛《うん!》
魔王《私達は進まなくちゃ》
魔王《たどり着いた現実で、例え》
魔王《隣を歩けなくなったとしても》
924: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:28:13.89 ID:KuLxHLrA0
氷姫《なんで…あたしこんなことばっかり思い出してんだろ》
氷姫《誰かの気持ちが記憶の扉をノックしていくみたいに、順繰りにあの頃の映像を引き出して行く…》
氷姫《この時のあたしは…そう、逃げてばっかで》
氷姫《どうしようもなく弱かった》
??《ひでーな》
??《大人はすぐ、そうやって子供の頃の自分を馬鹿にするんだ》
氷姫《…仕方ないでしょ。そう言うときにやらかしたことってのは、目を逸らしたくなるもんなの》
氷姫《まあ、でも…そうね》
氷姫《今のあたしがそれに比べて強いかって聞かれたら》
氷姫《飛躍的に成長しました、なんて、口が割けても言えないわ》
氷姫《あくまであの頃から地続きなあたしでしかない》
氷姫《…冥王様の元での修行の日々、か》
氷姫《懐かしいな》
925: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:31:13.22 ID:KuLxHLrA0
冥王「それでは、本日も引き続き魔力変化基礎学ですの」
冥王「この電撃発動装置の発する電圧に合わせて、己の体を電撃に変換しなさいな」
冥王「朝から、晩まで、ねえ」
ビリビリビリビリ!!!
魔王「うっ、くっ…!」
氷姫「ぐっ………!」
水精「うがー!!」
毒虎「………っ」
氷姫(ちょっとでも集中力が乱れたら、電撃が身体に流れる…!)
氷姫(上手く魔力の舵を取って、しかも電圧に合わせて針の穴を通すような調整を続けなきゃいけない………が)
氷姫(この鬼畜な修練にも慣れてきた。力をコントロールしながら、周りを観察出来るようになってきたわ)
冥王「…」ズズ…
氷姫(冥王。魔界でどの勢力からも一目置かれ、決して何者にも与しない謎の人物)
氷姫(気まぐれで弟子の受け入れを行い、やって来たものをしごき抜きながら、その悲鳴を聞きつつお茶を飲むのが趣味だとか)
氷姫(冗談だとばかり思っていたけど、どうやら噂は本当だ。とんでもない実力者だけど、性格は破綻しまくってる)
水精「うごごぉっ!」
氷姫(…水精。魔術師としてはエリートコースを突き進んできたはずのコイツは、ここじゃ劣等生もいいとこ)
氷姫(ほとんど根性でついて来てる辺り、逆に尊敬するわ。でも、悲鳴を聞かされ続ける側の身にもなって欲しいわね)
毒虎「………」
氷姫(こいつは、よく分からない。とにかくどんな修練もそつなくこなす。拷問級の修練をそれなりの成績でクリアするあたり、只者ではない…と思う)
926: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:32:30.81 ID:KuLxHLrA0
氷姫「…うっ!」ビリ
氷姫(ちっ、気を抜きすぎた。いまいち、今日は調子が良くないな)
氷姫(昨夜、あんなのを見せられたせい…?)
魔王「…ふっ………くっ…!」ビリ
氷姫(…この女と、あの脳筋男。あれは何だったの?)
氷姫(脳筋の方は、流石に今日は修練を免除されたみたいだけど…いつも冥王様から逃げ仰せようって命知らずで、正直どうしてここにいるのか不思議でしょうがない)
氷姫(なんで冥王様はあんなのの命を助けたんだろう。それも、この女が取引をしたから…?)
魔王「うっ…んっ………!」ビリビリ
氷姫(明らかに、今日のこの女は体調が整っていない。昨日あれから冥王様に連れていかれて…一体何をしてたのよ?)
氷姫(冥王様は、邪神の加護を持つ娘と言った。ということは、この女…まさか行方不明って言われている魔王の娘?)
氷姫(だとしたら、その生まれもった邪神の加護で、冥王様から依怙贔屓うけてるっわけ…?)
氷姫(………嫌いなタイプだわ…そういうの…っ)
冥王「まあ!」
氷姫「!」
冥王「まあまあまあまあ!」
冥王「電波に乗って、随分な邪念が流れてきますこと! 修練中に気もそぞろなスットコドッコイはどちら様?」
冥王「いずれにせよ、お弟子さん皆様の、連帯責任に致しましょうねぇ」
氷姫「…ちょ、冥王さ…!」
冥王「電圧アーップですのっ!」
927: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:33:31.96 ID:KuLxHLrA0
魔王「ぜ、ぜ、ぜ…」
水精「ヒュー…ヒュー…」
毒虎「………………」
氷姫「はあ、はあ、はあ」
氷姫(お)
氷姫(終わった…。乗り切っ…た)
氷姫(流石にあたしも、今日はもう動けないわ)
冥王「あらあら、ごゆっくりなさっている暇はなくってよ、子猫さん?」
氷姫「!」
魔王「は、はい…」ヨロ…
氷姫(ば、馬鹿な! ここまでやった後に、まだ何かするって言うの!?)
魔王「あぅ…っ!」グラッ
冥王「まあ、だらしない。これくらいで倒れちまふなんてことじゃ、あたくしが融資した分は少したりとも返せっこなくってよ」
魔王「は………はい」ヨロ…
氷姫(これは…)
氷姫(………近いうちに、あの女死ぬかもしれないわ)
水精「…氷姫」ゼェハァ
氷姫「?」
水精「あんたで、しょうが。師匠の、言ってた邪念って」
氷姫「…な、なんのことよ」
水精「あの時の慌てよう…アタイの目を、誤魔化せると思ってるわけ? 余裕があるからって、ずいぶんな、態度じゃない」
氷姫「う、うっさいわね! だったら何よ!」
水精「あの娘…。ひたむきな、いいコだわさ」
氷姫「…っ」
水精「あんたのせいで、死んだら…それであんたの自尊心は守られるってわけ?」
氷姫「なによっ! あんたが言えた義理なの!? 自尊心の固まりみたいだったあんたが!」
水精「アタイのは…」
水精「もうとっくに、粉々になったわさ…」
氷姫「…!」
水精「今、あるのは…只の………意地………」ムニャムニャ
氷姫「………」
水精「ぐがー…」
928: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:35:01.35 ID:KuLxHLrA0
夜
氷姫(べ…別に)
氷姫(水精に言われたから気にかけてるとか、そういうんじゃないわよ)
氷姫(秘密の訓練なんてしてるようなら、それを盗み見てやる。抜け駆けなんて許す気はない。それだけ)
氷姫「…それだけよ」
炎獣「ん?」
氷姫「!」
炎獣「お前、何してんだ? こんなとこで」
氷姫「…ちょ、ちょっと冥王様にお話が、あるの」
炎獣「ふーん、そうか」
氷姫「あんたこそ、何してんのよ。あれだけやられといて、もう動いて平気なの?」
炎獣「ああ。所々死ぬほど痛ぇけどな!」
氷姫(それ、平気って言わないじゃない)
炎獣「なんだ、心配してくれんのか? 案外イイ奴だな、お前」
氷姫「はあ!? 今のをどう聞いたら心配してることになんのよ!?」
炎獣「俺もお師匠に用があるんだ。姫が、部屋に帰って来なくてよ」
氷姫(人の話聞いてんのか、この単細胞…)
炎獣「もしかして、お前も姫のこと気になってんのか?」
氷姫「ばっ…!」
炎獣「?」
氷姫「バッカじゃないの!? 何をトンチンカンなこと言ってんのよ!!」
氷姫「このチビ! トンマ! 死に損ない!」
炎獣「な、なんだよ、急に…」
「っああぁ!」
炎獣「!」
氷姫「な、何、今の悲鳴」
炎獣「姫の声だ!!」ダッ
氷姫「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
929: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:36:23.79 ID:KuLxHLrA0
魔王「うぅっ…あぐっ…!!」
冥王「なるほど、なるほど。邪なる波動は勿論のこと、聖なる波動にも同様の反応が見られる……」
魔王「ふぐぅっ……!!」
炎獣「ひ、姫っ!」
氷姫(な、何よこれ…!)
氷姫(妙な装置に、あの女がくくりつけられて…そこに物凄い力が渦巻いてる!)
氷姫(これは、魔力? いや、別の何かの…!)
炎獣「師匠っ! 何だよこれ!! どーゆーことだよ!?」
冥王「極論を言えば、プラスの因子とマイナスの因子と思われていた両極の力はイコールで繋げることが出来ると言うこと…」ブツブツ
炎獣「おい! 聞いてんのかよ!!」ダッ
冥王「重力10倍」
ズンッ!!
炎獣「うがッ!?」ドタンッ!
冥王「あら。煩わしいハエが飛んでいると思ったら、ボロ雑巾さんでしたのね、ごめん遊ばせ」
氷姫(く、区間を限定しての重力変化! 初めて見る…!)
冥王「お前さん方、あたくしの研究の成果を見学なさりに来たんですの? おほほ、いつもならその万死に値する厚かましさに相応の裁きを差し上げる所ですけれど」
氷姫「っ…」ビクッ
冥王「今宵のあたくしは特別機嫌がよろしくってよ」
冥王「光栄に思いなさいな、世紀の大発見の生き証人になることを許可致しますわ!」
氷姫(ど…どういうこと…!?)
炎獣「ぐっ…! 姫…!!」
魔王「あぁっ…!!」
冥王「さあ………お出でなさい!」
冥王「邪神の加護の化身!! 大魔人!!」
魔王「っあああああああぁ…!!」
930: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:40:32.96 ID:KuLxHLrA0
――ズォオオオオオオオオッ!
魔人『…………………………………………』
炎獣「なっ―― 」
氷姫「!!」
冥王「おほほ…」
冥王「おほほほほほほほはほほほほほほ!!」
炎獣(魔人を…強制的に呼び出した…!!)
魔王「うぎっ…あぁあっ…!!」
931: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:41:26.80 ID:KuLxHLrA0
氷姫(あの時の、化け物…!! 何て圧なの…!)
魔人『………………』ギュン!
氷姫(来る!!)
炎獣(やべえっ!!)
冥王「物理反射レベルA」ギュィインッ!
氷姫「えっ?」
魔人『!』ガツンッ!!
パリィッン!
冥王「あらあら。これでは相殺が限界ですのね」
魔人『………』ブォン!!
冥王「――物理反射レベルS」
パキンッ!!
魔人『………』グラッ…
炎獣「あ…あいつの打撃を、弾き返した…!?」
冥王「ふぅむ…少しぐらいは興になりそうですのね」
冥王「けれども、あたくしに手傷を負わせようなんて」
冥王「――百万光年早くってよ」ニヤァ…
932: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:42:58.33 ID:KuLxHLrA0
魔人『…』ビュオッ!!
冥王「衝撃波風速10000」ゴンッ!!
魔人『…』グォッ!!
冥王「大地震動マグニチュード11」ズゴンッ!!
魔人『…』ギュバッ!!
冥王「雷撃威力設定255」ドカンッ!!
魔人『――…』フラ…
冥王「大爆発…」
冥王「最大級!」
ドガァアァアァアァンッ!!!
炎獣「うわぁあぁあっ!! し、死ぬぅ!!」
氷姫「きゃあぁあぁあっ!?」
933: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:44:06.10 ID:KuLxHLrA0
冥王「捕獲」キュウゥン!
魔人『…!』
冥王「あらあら。案外呆気ないんですのね」
冥王(さて、ここからがメインですのよ)
冥王(あたくしの予想では、捕獲した魔人が囲いを脱しようとした瞬間…)
魔人『…』ズンッ!!
魔人『………』ズンッ!!!
冥王(そう、この瞬間、魔人自身が本来持ち合わせていないほどの、膨大な力の渦が発生する。それすなわち――)
冥王(邪神の加護! そしてそれが、最大限に発揮されるこの時に)
冥王(子猫さんの、器としての力を引き出す…!)
魔王「がっ…あっ………!!」
ギュオォオォオッ!!
炎獣「な、何が起こってんだ…!」
氷姫「…あっ、あたし生きてる…」
氷姫(冥王様の屋敷、跡形も無くなってるんだけど)
水精「………ちょ、ちょっと…死ぬとこだったわさ…これは何の騒ぎ!?」フラ…
毒虎「………」
934: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:45:11.64 ID:KuLxHLrA0
ヒュイィインッ――
炎獣「!」
氷姫「な、何…この光」
水精「光の柱が、空に延びていく…! 今度は何が起こるっての!?」
炎獣「姫は…姫はどこだ!?」
氷姫「あそこよ! 光の柱の根元!」
氷姫「この光、あの女から伸びてるんだ…!!」
炎獣「! 姫…」
魔王「………」フワフワ
水精「ちょ、ちょっと! あれ!」
水精「星がひとつ、光ってる!」
氷姫「え!?」
キラッ
935: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:46:16.44 ID:KuLxHLrA0
炎獣「…流れ星だ」
水精「な、なんだ。ただの偶然ってわけ?」
氷姫「………違う」
氷姫「今の光。あの光の柱が、星に作用して墜としたのよ」
水精「っ!? そ、そんなまさか!」
水精「そんなこと、そんなことあり得ないわ!!」
水精「星を落とすなんて、そんなことが出来たら、世界だって破滅させられるってこと――」
氷姫「それだけの力を」
氷姫「あの女が持ってるってことよ…!」
水精「…っ!」
魔王「………」フワフワ
炎獣「姫………」
毒虎「…」
936: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 19:47:14.99 ID:KuLxHLrA0
冥王「………ふむ」
冥王(これが、邪神の加護の真骨頂)
冥王(そう………そうですの)
冥王(そういうことですの)
冥王「おほほほ…! 面白いですわぁ…!」
水精「…わ、笑ってる」
氷姫(じょ、冗談じゃない)
氷姫(冥王…こんな事を引き起こして平然としているなんて………天才とか超人とか、そういう域を越えてる!)
炎獣「姫!」ダッ
魔王「う………え、炎獣…」
炎獣「姫、大丈夫か」
魔王「よ、良かった…動けるように、なったんだね…。わ、私は、平気…」
炎獣「平気って、お前…!」
魔王「お、お師匠、様」
魔王「どう、でしたか…。出来そう、ですか」
魔王「魔人を、従える、技…」
炎獣「!」
冥王「うふふ。お馬鹿さんねぇ、誰に向かって質問をしているんですの?」
冥王「あたくしに不可能はなくってよ」
937: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 22:56:38.87 ID:KuLxHLrA0
炎獣(魔人を、従える…)
炎獣(魔王はその術を得るために、お師匠とこんな危険なことをやってんのか?)
冥王「既に今日の実験で、魔人の力をある種コントロールすることに成功しましたわ」
冥王「けれども、毎回あたくしが戦って辺りを更地に変えてからというのも面倒ですし、もう少し効率を追求したいものですのね」
冥王「明日も実験を行いますわ。よろしくって?」
魔王「…は、い」
炎獣「なっ…」
炎獣「何言ってんだよ!? こんなこと、毎晩やってたらお前、本当に死んじまうぞ!?」
魔王「私は、平気、だよ…」ヨロ…
炎獣「わっ、馬鹿! まだ動くなって」
魔王「み、皆さん…迷惑を、かけて、ごめんな、さい」ヨロ…
氷姫「!」
水精「…め、迷惑ってーか、あんた…!」
魔王「氷姫、さん。すみま、せん。怒って、ますか…?」ヨロ…
氷姫「…っ!」
炎獣「何言ってんだよ! 自分の身体の心配しろって!」
魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」グラッ
炎獣「お、おい!」
氷姫「………」
938: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 22:57:36.40 ID:KuLxHLrA0
氷姫《あたしだってね》
氷姫《冥王様の所に行くために人一倍努力していたつもりだった。それこそ、血ヘド吐く思いでね》
氷姫《自分で言うのも何だけど、才能もあったわ。だから、他の連中より優れてるのも当たり前だと思ってたわ》
氷姫《…あの子の存在は、そんなあたしを打ちのめした》
氷姫《あたしより可能性を秘めていて、邪神の加護なんて規格外のものも持っていて、そして、あたしよりも努力していた》
氷姫《なんでそんなに頑張れるの…って》
氷姫《…けーっこう、へこんだなぁ》
??《めんどくせー》
??《そいつが頑張ってるんなら、応援してやればいーじゃんか》
氷姫《…ガキんちょには分からないわよ》
??《な、なんだとー!?》
氷姫《…しばらくは、修練と言う名の、屋敷の修復だった。まあ、修復ってったって冥王様が一日でほとんどを再現しちゃったんだけどね》
氷姫《まったく、そのぶっとんだ能力には尊敬を通り越して笑えてくるわよ》
氷姫《それらを魔法で固定したり、書物の整理したりが、あたし達の仕事だった》
魔王「硬化」ヒュゥ…
魔王「これでよし」
炎獣「姫、無理してねぇか?」
魔王「あ、炎獣。うん、平気だよ。エントランスはほとんど終わったから、次は蔵書室かな」
炎獣「昨日の夜もやったんだろ…アレ。本当に大丈夫なのか?」
魔王「うん。身体が順応してきたから、苦痛も前ほどは感じないし。最後にはお師匠様が治療してくれるから」
炎獣「治療ってもさぁ。睡眠も少ししか取れないし、疲れが溜まらないわけねーだろ」
炎獣「朝飯も、ちゃんと食ってなかったじゃねぇか」
魔王「あはは。食欲沸かなくて」
炎獣「…」
炎獣(そうまでして…。いや)
炎獣(姫にとってあの力の驚異を無くすことは、俺が思ってる以上に意味があることなんだ)
炎獣(だったら、俺が出来るのは、応援してやることだけだ)
939: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 22:59:00.30 ID:KuLxHLrA0
魔王「ね、炎獣。それよりその担いでる石像、重くないの?」
炎獣「ん? ああ、この熊の石像か?」
魔王「獅子だと思うけど…」
炎獣「これって、この辺りにあったと思うんだけどさー、向きとか覚えてないか」
炎獣「こうだったかな?」ドシーン
魔王「きゃ!?」
炎獣「テキトーにやるとお師匠キレるからさぁ。"あらあらあら、とんだズボラ屋さんが居たものね、地平線の彼方まで吹き飛ばして差し上げようかしら"とかナントカ言ってよ…」
魔王「じゃ、じゃあ炎獣、この石像は中庭に置いてあったやつだよ。多分東側から獅子の顔が噴水の方を向くようになってて…」
炎獣「えー!? ちょ、ちょっと待て! 覚えらんねえよ!」
書庫
ズシーン…
氷姫「…うっさいわね。またあの連中?」
氷姫「ったく。遊びに来てんじゃないんだってのよ」チッ
氷姫「…」
――魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」
氷姫(遊びに来ているのは…どっちよ?)
氷姫「はあ」
940: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:00:03.55 ID:KuLxHLrA0
氷姫「ん? 何、この本…」
氷姫「………"究極氷魔法"!?」
氷姫「これっ…もしかして!」
氷姫「…間違いない。これは禁忌の魔法のひとつ」
氷姫「これを…もし、あたしがマスターすることが出来れば………」
グラッ ゴゴゴゴ…!
氷姫「!?」
氷姫(は、柱が倒れてくる! しまった、気づくのが遅れた…!)
氷姫(やば――)
ドスン!
氷姫「………っ」チラ
氷姫(あれ…柱が止まってる!?)
炎獣「あっぶねーなぁ!」ググ…!
氷姫「あ、あんた…!」
炎獣「早く、そこ出ろ! こいつを元に戻す!」
氷姫「わ、分かった」
炎獣「姫、いけるか!?」
魔王「うん! 炎獣お願い!」
炎獣「オラァ!」グイッ!
魔王「硬化!」ヒュゥ
941: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:01:01.22 ID:KuLxHLrA0
炎獣「ふう、なんとかなったな」
魔王「良かった、間に合って」
氷姫「…」
炎獣「書庫は最初に硬化したはずだよな? 誰かやり残したのか?」
魔王「分からないけど…。あ、氷姫さん怪我してる! 待ってて、いま回復…」
氷姫「じっ、自分でできるっつーの!」バッ
魔王「あ…そ、そうだよね。ごめんなさい」
炎獣「おいおい。助けてもらっといてその態度はないんじゃねーの?」
氷姫「あたしは…っ!」
氷姫「この女に助けて貰ったんじゃない! あんたに助けて貰ったの!」
炎獣「え? あ、おう」
氷姫(…な)
氷姫(何言ってんだ? あたし)
炎獣「なんか改めて言われる照れんなぁ」
氷姫「照れるな気持ち悪い!」パキィン!
炎獣「おわちゃ!? こ、氷はやめろよっ!」
魔王(いいなぁ…炎獣は氷姫さんと普通に話せて)
魔王「…あれ?」
魔王「氷姫さん、この本…」
氷姫「っ! か、勝手に見るな!」バッ
魔王「それ、第五二代魔王の著書だよね…! その文読めるの!? 」
氷姫「は? …そりゃ、これは氷部署の奴なら読める文字…」
魔王「す、すごい!」ガバッ
氷姫「うわっ!?」
魔王「じゃあじゃあ、この本のこの部分何て書いてあるか分かる!?」パラパラ…
氷姫「な、なによ、あんた! …これは、"樹枝状の氷晶の魔方陣がもたらす効果"って…」
魔王「わー!!」
氷姫「ひぃ!」
魔王「じゃあ、これはこれは? 私この表記が分からなくってこの本が読み進められなくって!」
魔王「氷姫さん、読める!?」キラキラ
氷姫「な、なんなのよあんた!?」
炎獣「や…やべぇ。姫がスイッチ入っちまった」
942: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:01:58.39 ID:KuLxHLrA0
炎獣「…」zZZ
氷姫「…も、もう勘弁して」グッタリ
魔王「うふふふ。これで読める本が増えたぞぉ」
氷姫「…」
氷姫「あんた、勝手に蔵書室に忍び込んで冥王様の書物漁ってたわけ?」
氷姫「とんだ猫ババ娘ね。あたしがこの事を冥王様に告げ口したら、あんたどうなると思って…」
魔王「ふっふーん」
魔王「氷姫さんだって、勝手に本読んでたの知ってるよ、私!」
氷姫「うげっ」ギク
氷姫(こ、こいつ案外抜け目ないわね)
魔王「えへへ。だから本当は、どんな本読んでるのか、お話したかったんだ」
氷姫「!」
――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」
氷姫「…」
魔王「だ…ダメかな? 氷姫さん」
氷姫「………名前」
魔王「え?」
氷姫「呼び捨てで…いーわよ…」
魔王「!」パァッ
魔王「うん! 氷姫!」
氷姫《…友達、って言うのかな。あたしにはそういう存在は、初めてだった》
氷姫《肩を並べるような存在はいなくて、あたしはいつも独りで、強くいなければならなかったから》
――「気高くありなさい、氷姫」
――「誰よりも気高く」
氷姫《…そうね、お母様。あたしは貴女の言いつけ通りにやってきたわ》
氷姫《回りの奴は、みんな見下してた。そうする事が正しいって、信じてた》
??《うっわー。友達になりたくねぇタイプ》
氷姫《ぐっ…言ってくれるわね、アンタ》
氷姫《まあ、実際高慢でどうしようもないあたしは…なかなか現実を受け入れられない。それはこの後もあたしの行動を鈍らせる》
氷姫《それに、誰かに助けられるってことも初めてのことで…どうしようもなく困惑したっけなぁ》
氷姫《あたしがそんな風にしてる間にも、事態はどんどん、動いていたんだけどね》
943: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:03:13.11 ID:KuLxHLrA0
水精「…あー…だる…朝から晩まで修復しても終わんないわさ」
水精「なーんでアタイこんなことしてんだろ…必死にやっても誰も誉めちゃくれないし…」
水精「むしろコケにされ続けて…下手すりゃ死にかねないような修行を永遠とさせられて…」
水精「はーあ。どうして見目麗しき花のヤングジェネレーションを、こんなところで浪費せにゃならんのか…アタイにはもっと向いてることがある気がするわさ」
水精「…くそ…サボってやろっかしら」
毒虎「――水精」
水精「ヒョエッ!?」
水精「な、なによ! あーた、いつからそこに…」
水精「てか、喋れたわけ!?」
毒虎「海王の命を伝える。うぬに拒否権はない」
水精「――っ!? か、海王様の…」
水精「あ、あーた………何者!?」
毒虎「口外せぬと誓え」メキ…メキメキ…
毒虎「我が名は………」
――――――
――――
――
944: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:09:03.25 ID:KuLxHLrA0
氷姫「ついに、この日が来たか…」
氷姫(…悪名高き、冥界からの生存修練)
氷姫(弟子を全員冥界に放り込んで、そこから自力で脱出することを目的とする修業)
氷姫(ってのは建前で、実際は楽して弟子を選りすぐろうっていう、冥王様の悪魔的横着。そのまま冥界の住人になって帰って来ない者も少なくないとか)
氷姫(けど、これはあたしにとってはチャンスだ。あの本に書いてあることが本当なら)
氷姫(冥界に進入することは、究極氷魔法を習得する条件になる。…絶対、モノにしてやるんだから)
魔王「あ、氷姫!」
氷姫「…何よ」
魔王「この本、ありがとう。おかげで翻訳出来る部分が増えたよ」
氷姫「もう読んだわけ? …あんたさ、昨夜も例の実験やったんでしょ?」
氷姫「いつ本なんか読んだのよ?」
魔王「明け方は自由時間だから。そこで読んじゃった」
氷姫「…それって睡眠時間じゃないの?」
魔王「えへへ」
氷姫「えへへじゃないわよ、この読書狂。あんたそのうちほんとに死ぬわよ」
魔王「そうかなあ?」
945: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:10:10.35 ID:KuLxHLrA0
炎獣「ふわーあ…。よお」
氷姫「…っ」ピク
魔王「おはよ、炎獣」
炎獣「なんか天気悪くねーかぁ? いや、冥界なんていつも暗いけどよー、今日はなんか、嵐が来そうっつーか」
魔王「うん…この天候の中で、本当にあの修練をやるのかな?」
炎獣「まあ、お師匠のことだから"今日はお休みになさいませ!"とは言わねーだろうな」
魔王「炎獣…お師匠様のマネ、似てないね」
炎獣「なぬっ!? 似てるよなあ、氷姫?」
氷姫「…」フイ
炎獣「あ、あれ?」
魔王「氷姫?」
氷姫「…」スタスタ
炎獣「な、なんだよあいつ。今度は俺を無視かぁ?」
氷姫「…」
氷姫「…っ」
氷姫(ちょ…あ、あたしどうしちゃったわけ?)
氷姫(なんであいつの目が見れないの…?)
氷姫(昨日あいつに助けられてからだ。なんなの、これ)
氷姫(…。助けられたのよ、ね。あたし…)
水精「…っ。…」
毒虎「………。…」
氷姫「…ん? 何、あれ」
946: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:11:17.98 ID:KuLxHLrA0
毒虎「…分かっているな」
水精「くっ…!」
毒虎「繰り返し言うが、お前に拒否権などないのだ」
水精「う、うっさい!」
水精「放っておいて!」
毒虎「…失敗は許されんぞ」
水精「………」
氷姫「…何を話てんだろ? よく聞こえないな」
氷姫(にしても珍しいわね。あの二人がしゃべってるなんて)
氷姫(と言うかあの男、喋れたんだ)
冥王「おはようございます。蒙昧なお弟子さんは揃ってまして?」
魔王「はい、全員います」
炎獣「眠ぃ…」
氷姫(…ひどい言われようだわ、相変わらずだけど)
水精「…」
毒虎「…」
冥王「では、早速始めませう」
947: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:12:20.81 ID:KuLxHLrA0
冥王「本日は楽しい楽しい冥界ツアー。冥界でも随一の観光名所、死の森に皆様をご案内差し上げますわ!」
冥王「この修練の目的は、生きて屋敷まで帰ってくること。あたくし制限時間は設けませんので、どうぞ心行くまで冥界を堪能なさって頂いて結構です」
冥王「もっとも、時間が立てば立つほど、生者の臭いに霊魂共が集まってきて…」
冥王「気づけば自分の魂もすっぽり肉体から抜け落ちてる…なんてことも、あるかもしれませんわね?」
魔王「うぅ…」
炎獣「マジかよ」
冥王「それと、冥界を徘徊する死神にはお気をつけ遊ばせ。あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」
冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」
水精「…っ」
氷姫(…死神)
氷姫(究極氷魔法の発動条件。どんな形であれ、死神に接触すること)
氷姫(隙を見て、必ず成し遂げてやる)
毒虎「…」
冥王「それでは、準備は宜しくて?」
魔王「はい」
冥王「あら、子猫はそんな準備でよろしいの?」
魔王「え?」
冥王「他の皆様はあたくしの魔法で吹き飛ばして差し上げますけれども、あなたはおんなじではなくってよ」
魔王「そ、それってどういう…」
冥王「何のために、あたくしが暗愚な子猫一匹のために毎晩特別授業をしていると思ってらっしゃるのかしら?」
冥王「お前さん、もう空間転移をマスターしてなくてはならない時期ですのよ」
魔王「!」
氷姫「…っ」
冥王「お前さんは死の森までは転移で飛ぶこと。邪神の加護がついてるんですもの、簡単ですわよね?」
948: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:13:32.86 ID:KuLxHLrA0
氷姫「…」
氷姫(邪心の加護…特別授業…)
氷姫(そう…そうよね。この子は特別なんだから)
氷姫(所詮あたしは…あたしは………っ!)
炎獣「ちょ、ちょっと待ってくれよ。転移って物凄い魔力を使うんだよな?」
炎獣「今の姫じゃ無理だって! 昨日だって実験したんだろ? 体力が持たねぇよ!」
氷姫「…」イラ
氷姫「あんたが、口出すことなわけ?」
炎獣「は?」
氷姫「この修練だって、実験だって、そいつの意思でやってることじゃない。あんたがピーピー騒ぐことじゃないでしょって言ってんのよ」
魔王「…!」
炎獣「何だよ、その言い方」
魔王「いいの、炎獣」
炎獣「馬鹿野郎! 何かあってからじゃ遅いだろうが!」
冥王「――甘やかしの頓珍漢はお黙りなさいませ。あんまり締まりのない言動は、あたくし見下げ果てましてよ」
炎獣「!」
冥王「元々ここは何があってもおかしくない、冥界の狭間。遠足気分でお休みできる暇など微塵もありませんの」
冥王「それに。なるんですわよね?」
冥王「――魔王に」
949: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:14:25.57 ID:KuLxHLrA0
炎獣「っ!」
氷姫(!!)
魔王「………」
魔王「はい」
魔王「そうです」
冥王「おほほ!」
冥王「でしたら、死ぬほど無理しなくては、お前さんのような子猫が魔王になれる希望など万に一つもなくってよ」
冥王「転移くらいのことは、やってのけなさいな」
魔王「…はい」
炎獣「………」
氷姫(魔、王…)
氷姫(魔王に、なる…?)
氷姫(この荒れ果てた乱世の魔界を統一して?)
氷姫(我が物顔で搾取する人間の驚異を排除して?)
氷姫(そんなこと…そんなことが)
氷姫「出来る、もんですか…!」
氷姫「…何を、思い上がってんのよ!」
氷姫「ちょっと特別扱いされたからって、何言っちゃってんの、あんた!」
氷姫「あんたなんかに…あんたなんかに」
氷姫「魔王が勤まるもんかっ!」
魔王「………」
魔王「うん、そうだよね」
魔王「でも、もう」
魔王「決めた事だから」
氷姫「っ!」ギュゥ…
950: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/04(金) 23:15:13.78 ID:KuLxHLrA0
炎獣「姫…」
魔王「…炎獣」
魔王「私――」
炎獣「うん」
炎獣「…お前が決めたなら、俺はついていくだけだから」クル…
魔王「あ…」
氷姫「…」
冥王「あらあら。急に静かで快適になりましたわね。辛気臭いのが鼻につきますけれど」
冥王「いつまでもおしゃべりしていられませんわよ」
冥王「出発の時間ですわ」
毒虎「…」ジリ
水精「…っ。どう、すんのさ」
毒虎「………」
毒虎「…我らのする事は変わらぬ」
毒虎「………ひとまずは、期を待つのだ」
952: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 08:01:09.95 ID:wI7fUeWjO
フワァ…
水精「わわ、か、身体が…」
氷姫(勝手に、浮いてる!)
炎獣「うおっ…」
毒虎「………」
冥王「さあ、お前さん方は出血大サービスであたくしがぶっ飛ばして差し上げますわ。気持ちいいフライトを楽しんでいればすぐ冥界ですのよ。なんて素晴らしいことでしょうね」
水精「お、お師匠様…。飛ばされるのは良いけど、着地はどうやってするの?」
冥王「おほほほ!」
水精「…? あ、あはは…」
冥王「――それくらい、ご自分でどうにかなさって?」
水精「………で」
水精「デスヨネー」
冥王「そおれ!!」
ギュンッ!!
953: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 08:02:08.69 ID:wI7fUeWjO
水精「ひ、ひやあぁあぁ~!」
炎獣「う、うおお! 飛んでる…っ!」
氷姫「…っ」
氷姫(あたしたちの身体をこう自在に飛ばせるなんて…どう風魔法を使ったらそんなことが出来るのよ!)
毒虎「………」
炎獣「しっかし…これが冥界…!」
水精「ひ、ひい…。どうなってるわけ、これ!?」
氷姫(…美しい極彩色の霧が立ち込めて…見たことのない幻獣がうろついている)
氷姫「…ここが、魔界の禁域。死者の旅立つ場所…!」
ゴゴゴゴ…
氷姫「くっ…! 空模様も最悪ね!」
氷姫「嵐だわ!」
炎獣「霧の向こうに、なんか見えるぜ!」
水精「あれが、死の森ってわけ!?」
冥王「たぁーまやぁー!」
冥王「今日も我ながら惚れ惚れするかっ飛ばし具合ですわぁ」ウットリ
冥王「…さて」
魔王「………」コォオオオオ…
冥王(ふむ。術式の展開は、初めてにしては及第点といったとこらでせうか。しかし)
冥王(魔力の捻出量がお粗末ですわ。このペースで行くと…)
954: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 08:03:04.64 ID:wI7fUeWjO
水精「くっ…、これ、ホントどうやって着地すんのさ!」
炎獣(枝葉に身体をぶつけて勢いを殺すしかねーか…!)
ズシン… ズシン…
氷姫「! な、何の音!?」
炎獣「お、おい! 霧の中に何かいるぞっ!」
毒虎「………あれは」
死神「………」ズシン…
水精「ひっ!」
炎獣「あれが、死神…! で、でけぇ!」
氷姫「………!」
氷姫(あれが死の巨人、死神! あれに、接触する!?)
氷姫(出来るの? あたしに…)
キラキラ…
炎獣「!? 死神の近くが、光ってるぞ!」
水精「こ、今度は何!?」
氷姫「あの光は…」
氷姫「転移の光だ!」
水精「て、転移!?」
水精「まさかあの娘っ子、あんな死神のすぐ近くに転移してくるわけ!?」
炎獣「!!」
氷姫「いや、あんな不安定な時空に、普通着地点は設定しないはず…!」
氷姫「座標が狂ってるんだ!」
氷姫「転移に失敗してるっ!」
955: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 08:04:05.72 ID:wI7fUeWjO
毒虎「!」
炎獣「なんだって!?」
キラッ ――ヒュオゥッ!
魔王「………」フワ…
水精「ほ、ほんとに出てきちゃったわさ!」
炎獣「姫っ! そこはやべぇ!! 離れろォ!!」
魔王「………」
魔王「…」グラ…
炎獣「ッ! 気絶してるのか!?」
氷姫「不味い!! 死神の上に落ちるわ!!」
炎獣「姫っ!!」
――冥王「あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」
――冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」
炎獣(やべぇ…っ!!)
956: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 08:05:11.33 ID:wI7fUeWjO
炎獣「くそがっ!!」ゴゥンッ
氷姫「あんた、どーするつもりよ!?」
炎獣「…できる限り発火して、死神の注意を俺の方に引き寄せる!!」
氷姫「や、止めなさい!! あんたが殺されるわよ!!」
炎獣「そうかもしれなくても、やるしかねえっ!!」
炎獣「姫を守るには、これしかねぇんだっ!!」
氷姫「――!」
氷姫(………どうして)
氷姫(どうしてそうまで、あいつを守ろうなんて、出来るのよ。あんたは…)
??《カッコいいな。炎の兄ちゃん》
氷姫《………ええ》
氷姫《いつだって炎獣は真っ直ぐで、そして》
氷姫《魔王を守ることに必死だった》
氷姫《笑っちゃうわよね》
氷姫《あたしの入り込む隙なんて、二人の間には少しも無かったのに》
氷姫《………それなのに》
氷姫《あたし、思っちゃったんだよなぁ》
氷姫《あたしも、こいつみたいに真っ直ぐになってみたいって》
氷姫《あたしだって………ちょっとくらい、カッコよくなりたいって》
氷姫《格好悪くてどうしようもなかったあたしの、小さな願い》
氷姫《………だからね、あたし》
氷姫《「酷いこと言ってごめん」って》
氷姫《魔王に謝らなくちゃっ…て》
氷姫《そう思ったの》
958: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:07:07.35 ID:4ijQgHD20
氷姫「………っ!」
氷姫「あたしに考えがあるっ!」
炎獣「!?」
氷姫(あたし達の飛行スピードはかなりのもの。でも、冥王様のコントロールは既に離れてる!)
氷姫(この速度で進行方向を変えて、あいつを救うにはこれしかないっ!)
氷姫「――はあぁっ!!」パキパキパキッ!!
水精(!? 自分の前方に、氷の道…いや、氷のレールみたいなもんを作った!)
水精(娘っ子の所まで伸びていく…! まさか、あれを滑って、娘っ子を助けるつもり!?)
炎獣「この嵐の中だぞっ! いけるのか!?」
氷姫「――やるしか」
氷姫「ないでしょうが!!」ザァアッ
959: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:08:22.06 ID:4ijQgHD20
死神「………」…ピタ
炎獣「っ! 死神が姫に気づいた!」
炎獣(姫は死神の方へ落ちる一方だっ!)
炎獣(間に合うのかっ!?)
氷姫「…くっ!」ザァアッ!
氷姫(最短ルートであいつの所へ!)
氷姫(もっと速く滑るんだ! 全魔力を足元に集中して!!)
氷姫(死なせ、ないわよ…!)
氷姫(だって、まだ…)
氷姫(まだ………――あたし、謝ってない!!)
死神「…」ブゥン…!
水精「し、死神が鎌を振るうわっ!」
毒虎「…」
炎獣「――…いけ」
炎獣「いけぇっ!! 氷姫っ!! 」
氷姫「うおおっ…!!」
――ズバンッ!!!
960: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:09:29.80 ID:4ijQgHD20
氷姫「………」
氷姫「…捕まえたわよ…っ」
氷姫「この、お転婆」
魔王「………」グタ…
炎獣「や…やった!!」
炎獣「すげぇ!! すげぇぞ氷姫!!」
赤毛《わ、わぁ…凄い》
赤毛《死神の鎌を、すれすれで掻い潜って…ドキドキしたぁ》
魔王《ほんとに、間一髪だったのね》
魔王《私、こんな風に氷姫に救われたんだ》
赤毛《また、魔王さんの知らない魔王さんを、知れたねっ》
魔王《ええ、そうみたい》
魔王《氷姫は……沢山悩みながら、私を助けることを選んでくれた》
魔王《そうすることに、命まで懸けて》
赤毛《…どうして、魔王さん、この時こんなに無茶したの?》
魔王《…そうね》
魔王《この時は、ただ単にお師匠様に言われるがままだったわ》
魔王《炎獣を助けた時の契約…それには、邪神の加護の実験に身体を提供することと、そして》
魔王《魔王の座について、いつか現れるであろう勇者を倒すこと》
魔王《そういう条件が含まれていたの》
魔王《私はこの時…まだ何ひとつとして、自分で選べてはいない》
赤毛《………そっか》
961: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:10:32.08 ID:4ijQgHD20
赤毛《…》
赤毛《魔王さんは、勇者様を、その…》
赤毛《殺す、つもりなの…?》
魔王《………あなた、そこまで自我が戻ったのね》
魔王《私を魔族と…人間の敵と認識できるまでに》
赤毛《………》
魔王《…勇者は》
魔王《倒さなければならないわ。それが、宿命だから》
赤毛《………そ、か》
魔王《…》
魔王《私が、憎い?》
赤毛《ううん》
赤毛《………ただ》
赤毛《悲しい》
魔王《…》
962: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:11:53.52 ID:4ijQgHD20
氷姫《そう言えば、あんた…何者なの?》
氷姫《どうして、こんな所にいるのよ?》
??《俺だってわかんねーよ》
??《それに…そういうこと、何となく思い出したくねー》
氷姫《なんでよ?》
??《思い出したら、俺。こんな風にお姉さんと一緒に居れない》
??《そんな気が、するからだよ》
氷姫《………》
??《だからさ、今は》
??《お姉さんの話、聞かせてくれよ》
氷姫《…》
氷姫《分かったわ》
氷姫《…言っとくけど、おねーさんの弱音をこんなに聞けるなんて、魔界の男共なら泣いて喜ぶところなんだからな?》
??《ふーん。俺にはよくわかんねーや》
氷姫《こんガキャ…》
氷姫「はあ、はあ…」
氷姫(なんとか、死神の目から逃れられた…はず)
氷姫(ぶっちゃけ…もう駄目かと思ったわね)
氷姫(でも、何とかなった…)
氷姫「…守りきった」
魔王「…」スヤ…
963: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:14:15.22 ID:4ijQgHD20
氷姫「こいつ、気持ち良さそうに寝ちゃって」プニプニ
魔王「…」スヤスヤ
氷姫「ぷっ、はは…」
氷姫「………そう。あんたを見てると、あの子を思い出すのよ」
氷姫「あたしの、妹」
氷姫「母親は違うんだけどね。…でも、初めて会ったときは無邪気に懐いてきたもんだったよ」
氷姫「あたしの気も知らずに、ね。そーゆーとこが、似てんのよねぇあんた…」
魔王「…」スヤー
氷姫「………ね。あたしの懺悔を、聞いてくれない?」
氷姫「寝しなの絵巻物語って言うには、ちょっと侘しいけど、さ」
964: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:15:46.85 ID:4ijQgHD20
氷姫「――あたしはね、元々魔界の片隅でお母様と静かに暮らしてた」
氷姫「お母様は、あたしは本当は由緒ある血筋なんだって言っていたけど」
氷姫「氷の湖で魚を捕る暮らししながらそんなこと言われたって、あたしには信じることができなかった」
氷姫「でもある日、氷部署の男がやって来て言ったの」
氷姫「"貴女は前部長の雪狼様の血を引いている"」
氷姫「雪狼様が病に臥せっているのに世継ぎが事故で行方不明になったから、氷部署の跡取りとして来てほしいっ…て」
氷姫「………嘘みたいな本当の話よ。あたしは、本当に氷の姫だったってわけ」
氷姫「それから、全てが変わった。住む世界も、見える景色も、ね」
氷姫「あたしは知識を積み、下を従えるための力を得るために、魔法を習得した」
氷姫「辛くて、苦しかった。本部の連中は、所謂妾の子であるあたしへを好奇の目で見ていたし…雪狼様も決して笑顔であたしを受け入れなかったから」
氷姫「それでもね。お母様の言葉が、呪いみたいにあたしに前を向かせた」
氷姫「"あなたは氷の姫。どんな時も、誰よりも気高くありなさい"」
氷姫「あはは。変だよね。そんな言葉でもお母様の言葉だから、あたしはそれを守るために必死だった」
氷姫「実際、あたしにはそれなりに才能があった。確かな実力がついた頃、周囲は嫌が応にも黙るしかなかった」
氷姫「少しずつだけど、あたしは氷部署の跡継ぎとしての威信を得ていった。…そんな時よ」
氷姫「…本来、氷部署を継ぐはずだった娘が、生きていた」
氷姫「そんなニュースが、入ってきたの」
965: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:16:39.19 ID:4ijQgHD20
氷姫「あたしの努力は無に帰した」
氷姫「正統な継承者が現れたことで、あたしはたちまち無意味な存在へと変わった」
氷姫「何のために歯を食い縛ってやってきたんだろう…って感じよ」
氷姫「辛かった。でも何より」
氷姫「あたしを価値ある存在へ引き上げ、また無意味な存在へと追いやったその娘が」
氷姫「誰にも好かれるような、美しく思慮深い娘だったの」
氷姫「あたしにさえ人懐っこく話しかけてきて、自分のせいで失ったあたしの居場所を、必死に作ろうとしてくれた」
氷姫「そういうことが、またあたしを追い詰めたわ」
――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」
――「あ、えへへ。お姉ちゃんって呼ぶの、変かな?」
――「わたしは年下だから…。ね、お姉ちゃん」
――「わたしに、力を貸してください」
氷姫「…ああ、生まれ持ったものってあるんだ…ってその時のあたしは思った。どんなに努力したって、敵わないものがあるんだ、てね」
氷姫「…――時を置かずして、お母様が亡くなったわ」
氷姫「丁度いい機会だって思った。どうせ本部じゃ煙たがられていたし、仮初めの貴族としての地位なんて、少しも有り難くなかった」
氷姫「あたしにあるのは、この魔法の腕だけ。だったら、それで世界を渡り歩いてやろうと」
氷姫「そうして冥王様の所へ来たってわけ」
氷姫「そしたらさ、そこに居たのよ」
氷姫「あんたが」プニ…
魔王「………」クー
966: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:17:59.20 ID:4ijQgHD20
??《妹が助けてくれって言ってんのに、ほっぽり出したのかよ?》
氷姫《悪かったわね》
??《い、いや。俺は妹なんていねーから、わかんねーけどさ》
??《俺だって兄弟欲しかったんだぞ。でも…その前に母さん死んじまったから》
氷姫《…そっか》
氷姫《病気?》
??《いや。魔物に食われたんだ》
氷姫《!》
??《でも、そうだよな。妹だからって拘りすぎるのも、良くないよな》
氷姫《………あんた、なんでそんなこと》
??《叔父さんが居たんだ。母さんの兄さんにあたる人》
??《そうだ、思い出してきた》
??《叔父さんは、あの時………》
??《俺は――》
――金髪「叔父さん! なんでいっちゃうんだよ!」
――金髪「そばにいてよ! どこかへいっちゃわないでよ!」
――金髪「おれ、みのまわりのことてつだうからさ! だって、だって叔父さん」
――金髪「――目がみえなくなっちゃったんでしょ!?」
――金髪「それなのに、どこいくんだよぉ!」
――「ありがとうな」
――「でも、私は魔族が許せないんだ」
氷姫《!!》
967: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 11:18:48.83 ID:4ijQgHD20
氷姫《こ、この男…!!》
金髪《え?》
金髪《お姉さんが、なんで俺の叔父さん、知ってるんだ?》
氷姫《この男は…》
氷姫《あの時の………》
港町
男「不安、ですか?」
商人「何?」
男「大丈夫。大丈夫ですよ」
男「女神様は、全てを見ています。貴女の悪行も。悪態の裏の、優しさも。…貴女の孤独も」
商人「………あたしは、女神は嫌いなんだよ」
商人「最後まで…自分の道は自分で開く」
男「そうですか。しかし、旅は道連れ。こうして運命のいたずらで時を同じくした者同士です」
男「私も、お供しましょう」
商人「…はん。分からない男だね」
商人「あたしは、運命って言葉も嫌いなんだよ」
968: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:40:42.72 ID:rp7UulNx0
商人「………なんだい」
商人「あんたが、あたしの″死″か」
商人「…女神といい、魔王といい――」
商人「全く、女ってのは、キライだよ」
「それはそれは」
氷姫「ご愁傷さま、ね」
キィィイン…!
商人「」
氷姫「そして、さようなら」
氷姫「………。敵の頭は、これで倒したことになるのかしら」
氷姫「…さて」
男「しね…っ!」ダッ
氷姫「あん?」ヒョイ
男「ぐわ!?」ドタッ…!
氷姫「お粗末な奇襲ね。素人以下じゃない」
氷姫「…? あんた、目が見えないの?」
男「く…ッ! 妹の仇!!」
969: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:42:14.25 ID:rp7UulNx0
氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」?
氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」
男「魔族が、憎い…!!」?
男「私にあるのは、それだけだ…っ!」?
氷姫「じゃあ、どうすんのよ」
男「殺してやるっ!」
氷姫「殺す? あんたが、あたしを…?」
氷姫「はっ」
氷姫「――やってみなさいよ!!」
カッ
バキバキバキバキバキ!!!
金髪《………な》
金髪《なんだよ、これ》
金髪《どうして叔父さんを、お姉さんが…》
氷姫《………っ》
金髪《なあ、どうして――》
赤毛《…》ギュッ
金髪《! お、お前!》
赤毛《今度は》
赤毛《あたしが、金髪の側に居るから》
金髪《…!》
金髪《赤毛………》
970: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:43:57.20 ID:rp7UulNx0
氷姫《人間の子供》
氷姫《あたしは、人間の子に向かってこんなに話をしていたの?》
氷姫《しかもその子供の、親族を、あたし…》
氷姫《…》
魔王《氷姫》
魔王《立ち止まっちゃ駄目》
氷姫《!! 魔王!》
魔王《この子達には辛い思いをさせるかもしれない》
魔王《けれど、私たちもこの先にある辛い想い出を紐解いて進まなければならない》
魔王《それが………元に戻る、ということだから》
氷姫《………》
氷姫《元に、戻る…》
氷姫《そうか。あたしは思い出さなきゃいけないのね》
氷姫《この先の想い出を…》
971: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:45:26.21 ID:rp7UulNx0
氷姫「…あんたが、あの子に」
氷姫「あたしの妹に似ていて、あたしはここでもまた無力で」
氷姫「だからさ…いっぱい酷いことしちゃって…」
魔王「…」スー
氷姫「………はは。寝ているからって、このまま謝っちゃうのは、卑怯か」
氷姫「あいつだったら…炎獣だったら、そんな風にはしない、わよね」
氷姫「………」
氷姫「ね、知ってる?」
氷姫「あたしの故郷。わりとここに近いのよ」
氷姫「氷の世界…生けるものが絶える場所。そんなところだから、冥界とは繋がってるの」
氷姫「行き来したことはないんだけど、さ」
氷姫「………」
氷姫(あたし、いつまで独りでこの子に話しかけてんだろ)
氷姫(我に反ったら恥ずかしくなってきたわ。これ、誰かに聞かれてたら恥ずかしくて死ねるかも)
ガサッ…!
氷姫「っ!」ビクゥッ
氷姫「だ、誰!?」
「ったく、あーた…」
水精「話が長いのよ。アタイまで寝ちまうかと思ったわさ」
972: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:46:18.89 ID:rp7UulNx0
氷姫「すっ…!?」
水精「しっかし、かの有名な氷の女王が、こんなにおセンチなとこがあるなんて、ちょいと驚きだわねぇ」ニヤニヤ
氷姫「うっ、うるさい!」カァアッ
水精「なるほどなるほど。妹への嫉妬と劣等感があの振る舞いの源だけだったってわけ」ニタニタ
氷姫「黙れぇっ!」プシュゥウ
水精「…」
水精「嫌な奴だと思ってたけど、案外カワイイとこあんじゃないのさ」
氷姫「黙れって言ってんのよ!! 盗み聞きなんて、どういう了見よこらァ!!」
水精「あんたが勝手に話し始めたのよ。終わるまで待ってやったんだから、感謝して欲しいくらいだわ」
氷姫「くそっ…!」
氷姫(ん? 待ってやった?)
氷姫「…そう言えば、どうしてあんたこんな所居るのよ。大きく方向転換したあたしとは、別の場所に飛ばされてたはずでしょうが」
水精「…」
973: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:47:51.38 ID:rp7UulNx0
水精「あんたが、もっと早くそんな顔してくれたら、アタイはこんな所に来なくて済んだかもしれない」
氷姫「?」
水精「アタイだって劣等感の塊で、だからここでこんなことをする羽目になっているんだ」
氷姫「…あんた、何言ってんのよ」
水精「海王様のお言い付けなんだ。逆らうわけに、いかないんだ。だから」
水精「――怨まないで、頂戴な」スッ
氷姫(えっ!?)ゾワッ
ヂッ
ドゴォオン!!
974: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 17:48:50.64 ID:rp7UulNx0
氷姫「あっ、危なかった…!」
氷姫(水蒸気爆発…!? あたし達を、狙った!?)
水精「ちっ。流石に良い勘だわ」
氷姫「………どう言うことよ」
水精「あんたが知る必要は、ないわさ」
氷姫「はぁ!? ふざけんな!」
氷姫(なんで、こいつがあたし達を狙うの…っ!?)
氷姫(…"海王の言い付け"って、こいつそう言った…)
氷姫(っ! もしかして、これ)
氷姫「魔王の玉座争いか………!」
水精「…」
氷姫「狙いは、この子ね!」
魔王「…」グタ…
975: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:20:41.94 ID:4ijQgHD20
水精「さあ、どうかしらね」
氷姫「…ざけんな…」
氷姫「ふざけんじゃないわよ!!」
氷姫「こいつのこと、"ひたむきないいコ"だなんて言ったのは、あんたでしょうが! それを手のひら返して、今度は殺そうって言うの!?」
水精「…忘れたわさ、そんなこと」
氷姫「あんたっ…!」
水精「破裂しろ」パチンッ
氷姫「くっ!」
ドカァアン!!
氷姫「…くそ!!」
氷姫(この子を抱えながら戦うには、限界がある。相手は腐っても、あの水精)
氷姫(逃げ回ってばかりじゃ、いつかやられる!)
魔王「…」グタ…
氷姫「ったく、世話が焼けるんだから…!」
氷姫「………ちょっと手伝わせるわよ!」
976: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:21:57.70 ID:4ijQgHD20
魔王「…」フワ…
水精「!」
水精(立ってる!? 目が覚めたってーの?)
氷姫「もらった!」バッ!
水精(!? 後ろから! あの子は囮!)
水精(風魔法で操ったのか!)
氷姫(ターゲットが視界に入ればそれを注視してしまうもの! あんたの負けよ!)
氷姫「食らえ!」キュィイ…!
「残念だったな。我らの標的は」
毒虎「うぬだ。氷姫」
――ズドッ!
氷姫「!? がはっ…!!」
977: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:23:26.19 ID:4ijQgHD20
氷姫「うぐぅっ!」ガク…
氷姫(胴に打撃をもろに食らった…! 辛うじて爪を躱せたのは不幸中の幸い…!)
氷姫「あんたら…」ハァ…ハァ…
氷姫「…グルだったってわけ」
毒虎「何をやっている、水精」
毒虎「独断専行した挙げ句、決定的な好機をみすみす逃すとは」
水精「…」
毒虎「………命が、いらんのか?」
水精「っ…」
毒虎「今すぐにでもその首を落としても良いのだがな」
水精「はは…か、勘弁してよ…」
毒虎「嫌ならば本気でやれ」
氷姫「無視すんなコラァっ!!」ギュゥウン!
バリバリバリバリッ――!!
毒虎 水精「!!」
978: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:27:38.62 ID:4ijQgHD20
水精(一瞬で辺り一面が氷の世界に…!)
氷姫「狙いは、あたし、ですって…?」
氷姫「上等よ。やってみなさいよ」
氷姫「あたしを――」
氷姫「誰だと思ってんだ!!」ギロ
水精「っ…!」ビリ…
毒虎「流石だ。氷の女王」
毒虎「だがいくらうぬでも、相手にした者と、条件が悪すぎたな」
氷姫「はあ?」
氷姫「ごたくはいいから、とっととかかって…」ピクッ
氷姫(?)
氷姫(何だ? 魔力が)
毒虎「うぬの立つそこは、我の張った罠の只中」
毒虎「既に我が術中だ」ミシ…
氷姫「魔力が、地面に吸われている…!?」
氷姫(こんな魔法、見たことがない!)
氷姫「あんた、一体…!」
979: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:28:27.49 ID:4ijQgHD20
毒虎「この身は仮初めの姿」メキメキ…!
氷姫(!! 皮膚が、破けていく…!)
水精「………っ」
毒虎「我が真の名は…」グパァッ…
虚無「――虚無」ドロ…
虚無「我は闇部署の長であり、全ての呪いの頂点に立つ者なり」
氷姫「や…闇部の長っ!?」
氷姫「なんで、そんな奴がここに…うっ!」ガク ッ
氷姫(くそっ…道理で修練も並外れた器用さでこなすと思ったわ! 体を変化させた上で、今までひたすら冥王様の試練に耐えてきたって言うの!?)
氷姫(この時を…あたしを確実に抹殺できる機会を狙って!!)
氷姫(まずいっ…魔力がとてつもない勢いで吸われていく!)
980: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:30:08.41 ID:4ijQgHD20
水精「禁忌の魔法…!」
虚無「うむ。冥王すらこれを知り得ておらぬだろうな」
氷姫「ああ、そう…っ!」
氷姫「でも…だからってあたしが!」
氷姫「やられなきゃなんない理由には!」
氷姫「なんないわよ!!」ゴォオッ!!!
虚無「!」
水精(滅茶苦茶な魔力の噴出…! 魔方陣が吸いきれないほどの!)
虚無(…くく)
虚無(罠がそれだけと思うのか。冷静ではないな)
虚無「来るがいい…」
氷姫「氷の切れ味に」
氷姫「沈めぇえええっ!!」バッ!!
981: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:32:21.65 ID:4ijQgHD20
炎獣「炎、キック!!」――ドギュッ!!
ボ ッ ! !
虚無「!?」
水精「うぐっ!!」
氷姫(!)
炎獣「助太刀すんぜぇ!」
氷姫(…こいつ、また)
炎獣「食らえっ!!」ギュン!
――ゴォッ!!!
水精「ぁあっ!!」
水精「あたしの水が…!!」ジュッ…!!
虚無「うぬ…」
虚無(魔方陣すら塵と化した。やはりこいつは企画外の破壊力…!)
炎獣「ぼさっとすんな! 行くぞ!!」
氷姫「………」
氷姫「足引っぱんじゃ、ないわよ…!」
炎獣「へっ!」
炎獣「氷付けは勘弁だぜ!?」
氷姫「言ってなさい!」
氷姫「はぁああああっ!!」
炎獣「つぇりゃぁあぁあっ!!」
982: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:33:25.01 ID:4ijQgHD20
ボォオオォオオオォオンッ!!
水精「うあっ…!!」
虚無「ちっ!」
虚無(厄介な…)
………ヒュ
虚無「!!」
水精「あぅっ!!」ズバッ!!
虚無(鎌鼬…! 一体どこから!?)
魔王「…はあ、はあ」フラ…
氷姫「!」
炎獣「姫っ! 目ぇ覚ましたのか!」
虚無(くっ。邪神の加護の娘まで…)
水精(ま、まともに喰らった…! くそ、このままじゃあ…)
炎獣「姫!」
魔王「炎獣…! これは一体!?」
炎獣「俺もよくは分からねぇんだ。でも、氷姫が狙われてたのは確かだ」
魔王「氷姫…!?」
氷姫「………ふん」
983: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:34:55.17 ID:4ijQgHD20
氷姫「あたし達三人を相手にして、勝てると思うのかしら、お二人さん?」
炎獣「氷姫を狙うなら、俺の敵だぜ、お前らは」
魔王「………」
水精「ぜぇ、はあ」
虚無「………」
氷姫「そろそろ、聞かせて貰いましょうか?」
氷姫「闇部署の長がこんな所まで出張ってきてまで、あたしを消そうとする理由は?」
虚無「………」
虚無「くく」
虚無「こんな所で足掻いていても全ては手遅れだ」
氷姫「!? 手遅れ…?」
虚無「…本隊と合流するぞ」
水精「! そんな、ことしたら…!」
虚無「なんだ?」ギロ
水精「…っ」
水精「な、なんでも、ない、わさ」
虚無「行くぞ」
バッ
984: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:37:52.44 ID:4ijQgHD20
魔王「ま、待って! ちゃんと、話を…!!」
炎獣「くそ、逃げ足の早い奴らだ!」
氷姫「………」
炎獣「魔王、動けるか?」
魔王「…うん、なんとか。でも、彼らは一体どこに逃げたのかな?」
炎獣「分からねぇ。でも、今は後を追うしか…」
氷姫「…おかしい」
炎獣「氷姫…?」
氷姫「あいつら、本隊と合流するって、言った」
氷姫「どこかに軍勢がいる? いや、この冥界にそんなものが入り込めるはずがない」
魔王「…そうだとしたら、冥界の出入口にいるってこと?」
炎獣「でもよ、出入口はお師匠の館があるんだぜ。軍隊なんて連れてこれないだろ」
氷姫「ある」
氷姫「もうひとつ、冥界と繋がっている土地が」
魔王「え?」
氷姫「………っ」ダッ
炎獣「お、おい氷姫!」
魔王「炎獣、追おう!」
985: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:43:56.68 ID:4ijQgHD20
氷姫《…》
魔王《…氷姫》
氷姫《大丈夫よ。あたしは》
氷姫《一人で大丈夫》
魔王《………氷姫は強いね》
氷姫《…ううん。本当は、笑っちゃうくらい弱いのよ》
氷姫《今だってこうやって強がって、感情をさらけ出すまいと必死》
氷姫《弱さをさらけ出せないことは…強さじゃないって、今は分かるんだけど、ね》
魔王《…そっか》
氷姫《ねえ、魔王。この先のこと、あの子達には見せられないわ》
魔王《そう、だね》
魔王《ねえ、あなたたち………?》
金髪《おい! おい、赤毛!》
金髪《赤毛ってば!》
赤毛《………》
氷姫《どうしたの?》
金髪《わかんねー! 急に赤毛が眠ってるみたくなっちまって…!》
赤毛《………》
魔王《これは》
魔王《…心が閉じてる。いえ、拐われかけている! これは、もしかして》
魔王《教皇の、影響…!? 自我がはっきりしてきたところを、狙ってきたの!?》
986: ◆cJ/Se2MNFnrs 2017/08/05(土) 21:45:14.37 ID:4ijQgHD20
グイ…
魔王《!》
金髪《なあ………助けてくれよ…!》
金髪《俺、赤毛の友達なんだよ》
金髪《赤毛を、助けなきゃいけないんだ!》
魔王《…!》
金髪《お願いだよ…!!》
魔王《………》
魔王《分かったわ》
魔王《この子は、私が助ける》
金髪《!》パァ
金髪《ありがとう…!》
魔王《ええ》ニコ
魔王《氷姫》
氷姫《うん。あんたにそっちは任せるわ》
魔王《………変、かな》
魔王《人間の子供を、助けようなんて》
氷姫《ふふ》
氷姫《あんたらしいわよ》
魔王《…そうかな》
氷姫《あの子達を、お願い》
氷姫《…助けてくれ、か》
氷姫《敵かもしれないあたし達に、あんな真っ直ぐな目でそんなことを…》
氷姫《――もし、あたしもそうできたなら》
氷姫《こんな道を歩かずに済んだかもしれないのにね》
氷姫《………さあ、そんじゃいっちょ、思い出すとしますか》
氷姫《ずっと目を逸らし続けていた、傷と》
続編に続きます。
次回 国王「さあ勇者よ!いざ旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」完結編 前編
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