1: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:38:42 ID:GbkK5BT6

※深海棲艦と和解して平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です

引用元: 【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」 




艦隊これくしょん -艦これ- 電撃コミックアンソロジー 佐世保鎮守府編16 (電撃コミックスNEXT)
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2: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:39:26 ID:GbkK5BT6

【1.ロードバイクに乗ってみよう!】


長良「司令官! 長良入室します――――って、えええ!?」


 哨戒任務の報告のため、長良は執務室に訪れていた。

 鎮守府の執務室にノックして入室してみれば、長良の見慣れない光景が広がっていた。

 床のそこかしこに散らばった見慣れない工具に、良くわからないオイル缶やチューブが転がっている。

 部屋の主たる提督と言えば、その中心でなにやらタイヤのついたホイールを、長良にはよくわからない機器に取り付けて、くるくると空転させていた。

 提督に近寄って、長良が覗き込むように身を掲げると、そこでようやく提督が長良の存在に気づいたかのように視線を上げた。


提督「おお、長良か! お帰り」

長良「は、はい、お疲れさま! こちら報告書です………けど、司令官、なんですかそれ?」


 挨拶もそこそこに、長良は提督が弄っている機材を指さす。
 

提督「ロードバイク……自転車だ。御覧の通り、整備してるんだ」

長良「ろーどばいく……えっ、自転車!? それがですか!? 知ってるのと全然違う!」

3: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:40:02 ID:GbkK5BT6

 長良の前には、真紅を基調とした黒いラインの入るロードバイクが鎮座している。

 よくよく部屋を見渡せば、他にも三台ほどロードバイクが並んでいる。

 そちらはもう整備が完了したのだろう。新品同様でピカピカに磨き上げられており、このまま自転車のショップにでも陳列できそうな輝きを放っていた。

 提督はフレームをひと撫でし、にやりと笑うと、


提督「カッコいいだろう?」

長良「はい! 見てもいいですか?」

提督「どうぞどうぞ。触ってもいいぞー。ちょうどホイール取り付けが終わったところだ」

長良「すごい……カッコいいですね! 司令官、こんな自転車をお持ちだったんですね!」

提督「元々ロードバイクが趣味でな。深海棲艦たちとの戦いも終わったし、ここのところは実戦から遠ざかってるだろう?」

長良「はい。哨戒任務や物資の輸送任務ばかりですしねえ」

提督「んで、ちょっと暇を持て余したところ、ふと最近忙しさにかまけてロードバイク使ってないなと思ってね。倉庫から引っ張り出して、今しがた四台ともに整備完了、というわけだ」

長良「ピッカピカですね! 興味あるなあ」

提督「長良は運動好きだもんな。そんなに気になるか?」

長良「はい! 前カゴもなければ荷台もない、ハンドルも全然違うし、わっ、ペダルまで! 無駄を完全に取り払ったようなフォルムですねー」

4: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:41:56 ID:GbkK5BT6

提督「いいこと言うな長良は。その通り、これは速度と軽さと空力抵抗を追い求めたレース用の自転車だからな」

長良「ってことは凄く速いんですね?」

提督「長良が思う速いはどのぐらいだ?」

長良「えーっと……普通の自転車以上、原付未満? 時速30キロぐらいですか?」


 その答えに満足したのだろう、提督は意地の悪い笑みを浮かべ、


提督「走る場所の条件とコンディション次第では時速100キロを優に超え、車やモーターバイクより速く走れる、それがロードバイクだ」

長良「嘘っ!? そんなに!? 長良の脚どころか、島風ちゃんより速い!」


 流石にそれは嘘だろう? と視線で訴えるが、提督はいたく真面目な顔で長良を見つめる。

 嘘は言わない提督の言葉に、長良の目が輝きを放ち始めた。


提督「長良が今まで体験したことのない速さだろうな。車と違って直接風を受ける感じがまた……」

長良「………!!」キラキラ

提督「………ははは、まあ論より証拠だ。試しに乗ってみるか?」

長良「い、いいんですか!?」

5: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:43:06 ID:GbkK5BT6

提督「丁度整備も終わったし、俺も一人で走るのは寂しいしなあ。何より、目は口ほどに物を云うと言ってな?」

長良「え、ええっ? 私ってばそんなに乗りたそうな目をしてましたか?」

提督「長良は運動大好きだもんな。目がキラキラしてるぞ。乗りたいんだろ?」

長良「あう………はい!! 今日はもう任務もありませんし、是非お願いします!!」

提督「よっしゃ、それじゃあ早速―――――あ」

長良「えっ?」

提督「悪い。ちょっと長良が乗るために準備がいる。しばし待て」カチャカチャ

長良「えー、早く乗りたいですよー」

提督「そう言うな。必要な事なんだ………ああ、なら準備してる間に着替えてこい。運動用で、出来ればズボンの丈は最長でも七分丈ぐらいので。靴はスニーカーでいいかな、グリップ効きそうなやつ。上着は出来るだけピッチリしたのがいい。持ってる?」カチャカチャ

長良「はい、大丈夫です!」

提督「よし。じゃあ後で鎮守府入口に集合な」

長良「はい!」



 そして十数分後、鎮守府本館前に提督が自転車を伴って現れた。

6: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:44:09 ID:GbkK5BT6

提督「お、待たせたか?」

長良「あ、司令官! もう、結構待ちましたよ!!」


 長良の格好は運動用の赤いジャージだ。胸の部分に大きく『良長』と記載されている。

 まんま学生の運動服だったが、それが恐ろしいほどに似合っている。

 何よりも下半身に身に着けているのは、古き良きブルマ。しかも赤だ。


提督「ナイスブルマ」

長良「はい?」

提督「いやなんでもない。お待ちかねのロードバイクだぞー」チキチキ

長良「わあ! やっぱり凄く綺麗、カッコいいです!」

提督「やっぱりこれが目当てか。ずっとこれ見てたもんな。赤色好き?」

長良「はい! 赤はカッコいい色ですよね! しかし凄いなー! はー、へー……鎮守府共用の自転車とは全然違いますね!」

提督「鎮守府共用で使ってる自転車はママチャリだもんなあ。広い鎮守府内を迅速に移動するためって名目だったけど、ちょっとした荷物の運搬や町への買い出しにしか使わないもんな」

7: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:46:24 ID:GbkK5BT6

長良「ええ。大きな荷物になるとトラックを使いますしね」

提督「五十鈴が運転上手だったな」

長良「ええ、何故か。トラックで車庫入れの際、ドリフトからのミリ単位ビタ止めとか神がかってました」

提督「何が五十鈴をあそこまで駆り立てるんだろうな」

長良「さあ……はっ!? そんなことより司令官!」

提督「はいはい。これからロードバイクに乗ってもらうわけだが、その前に注意事項がある。ちゃーんとルールがあるから守れよー?」

長良「はい! あ、そういえば準備がいるって言ってましたね。小脇に抱えたその荷物に関係が?」

提督「おう。ハイこれ」

長良「これは……ヘルメットと、指ぬきグローブですか?」

提督「グローブはまあ地面からの振動を緩和する目的だったりグリップ力上げるためだったりと、好みっちゃ好みなんだが……ヘルメットばかりはな。落車したときにあるのとないのじゃ全然違う。あ、新品だから安心しろよ」

長良「司令官のなら新品じゃなくても大丈夫ですよ?」

提督「ッ」


 満面の笑みで言って見せる長良に、提督は少し面映ゆさを感じた。


提督「そ、そうか。まあ、付けてみろ」

8: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:47:17 ID:GbkK5BT6

 誤魔化すようにヘルメットとグローブを長良に押し付ける。


長良「はーい。………付けました!」

提督「サイズはちょうどいいみたいだな。あ、ヘルメットの後頭部側にあるダイヤルを回してみろ」

長良「こうですか? ………おお!? 回すと締まってきますね。反対に回すと緩むんですか」カチカチ

提督「痛くない程度に締めたらOKだ。顎ひもも苦しくない程度にフィットさせて」

長良「んしょ、と………できました!」

提督「よし、では」

長良「はい! ついに!!」

提督「バイクのサイズ調整と行こうか。まずはサドル高から。次はステム」

長良「えー……いつになったら乗れるんですか……」

提督「そうブー垂れるな。フレームサイズは俺が元々小さめのを使ってたから、乗れなくもない筈。だけどその本人にフィットさせるのとさせないのじゃ、乗り心地が全然違うんだぞ?」

長良「そ、そうなんですか? でも、早く乗りたい……」

提督「こう考えろ。待った分だけ、乗った時にスゴく楽しい、と。保証してやる」

長良「むぅ……そう言われると……分かりました! お願いします!」

9: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:48:57 ID:GbkK5BT6

提督「よし、長良のために最適のセッティングをしてやるからな!」

長良「わーい、やったー!」


 六角レンチを持って笑う提督も、無邪気に喜ぶ長良も、その笑顔は輝いていた。

 そして――――1時間が経過した。

 サイズ合わせが終わった後、ブレーキの掛け方やギアチェンジの方法、乗り降りの方法や乗車時の姿勢、カーブの曲がり方など、詳細にレクチャーを受ける長良。

 長良の瞳からはどんどんと光が失われていき、最後には光沢の無い色味になっていた。


提督「………と、乗り方の基本については以上だ。じゃ、試しに乗ってみ」

長良「え………や、やったぁ!! やっと乗れるー!!」

提督「まずはブレーキを握りながら大きくまたいで、トップチューブの上に身体の中心が来るように立つ」

長良「よ、っと」クルッ、トン

提督「次は?」

長良「ペダルに右足を乗せて……高い位置で止めて、と」

提督「よし、ビンディングペダルだとここからが初心者に難しいところだが、今回はフラットペダルだ、問題ないだろ」

長良「はい、できました!」

10: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:49:30 ID:GbkK5BT6

提督「よし、準備完了だな。じゃあお試しだ。ちょっと漕いで、ブレーキをかけて、降りるところまでやってみろ」

長良「はい! 後ろ確認よーし、左右よーし、それじゃ、発進!」クンッ


 元気良く声を出しながら指さし確認をした後、長良は右足を緩く踏み込む。


長良(右足を踏み込んで、その勢いで左足を地面から上げてサドルに乗りつつ、左のペダルを漕ぐ―――――――――――――え?)グンッ


 ただの一踏み。初めてママチャリに乗った時のような気持ちで、軽く一踏み。

 そのつもりだった。


長良(か、軽い………え、ほんのちょっぴり力入れただけなのに、思っていた以上の……倍以上の距離を進んじゃった!?)


 しかしその一歩は、長良の世界を大きく変化させた。


長良「――――」キュッ


 思わずブレーキを引き、自転車を止める。


提督「うん。降り方はそれでいい。ブレーキもちゃんと左右均一に引いてたし、漕ぎ出しでまっすぐに前を向いていた。フラつきもなかったし……筋がいいなあ長良は」

11: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:50:20 ID:GbkK5BT6

長良「…………」


 称賛の声も遠く聞こえた。長良の全身を包むのは、圧倒的な高揚と驚愕。


長良「し、司令官、司令官! これ!!」

提督「うん。その顔が見たかった………びっくりしただろう?」

長良「な、なんですか、今の……ふわって、ふわーって! 背中から、何かに押されてるみたいな……ハッ!? 妖精さん!?」

提督「艤装じゃねーっつーの。まあでも確かに、妖精さんに押されてるのを疑っちまうぐらい軽いだろう? まあ一番軽いギアというのもあるがな」

長良「………」ゴクリ


 長良は思わず生唾を呑み込んでいた。あれだけ軽く踏んだのに、この軽快さ。ならば。



 ――――長良の脚で思い切り踏み込んだら、それは一体どれだけの………。



提督「――――鎮守府敷地内の舗装車道を、左寄りに反時計回り」

長良「え?」

12: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:51:34 ID:GbkK5BT6

提督「おまえがこれから走るコースの話だよ。ウチの鎮守府の敷地はぴったり1キロ四方だったから、ぐるっと一周で約4キロってところか。どうだ、走るか?」

長良「ッ―――――――は、はい!」

提督「ははは、喜ぶのはいいが、ハンドルについてるサイコン(サイクルコンピュータ。端的に言えば速度計のこと)に速度が映ってるだろう? ちゃんと曲がり角では減速すること」

長良「げ、厳守しますッ! い、行ってきますッ!! 長良、抜錨ッ!!」ギャッ


 景気良く踏み込み、自転車を走らせる。

 今度はブレーキを引かず、くるくるとペダルを漕いでいく。


提督「ムチャすんなよー! コケんなよー!! 間違っても人にはぶつかるなよーーー!!」


 提督の声を背景に、長良は大声で返事をしつつも、頭の中はもう別のことでいっぱいだった。


長良(き―――――気持ちいい!!)


 それは圧倒的なまでの歓喜。

 押し寄せてくる軽快な感触は、まるで空を飛ぶような心地だ。

 こんなにも軽く踏んでいるのに、信じられないぐらいの速度で体が前へ前へと押し出されていく。

13: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:52:23 ID:GbkK5BT6

長良(速い、速い、速い………凄く速い! 何キロ出てるんだろう………えっ)


 ちらとハンドルに装着されたサイコンに視線を向けた長良は、目を剥いた。


長良(これで、20キロ? まだ、全然本気で踏んでないのに……!)


 ハッとして視線を正面に戻すと、鎮守府本館から軽巡寮へと続くコーナーに差し掛かっていた。

 提督のレッスンを思い出し、ブレーキレバーで速度を落とす。

 じわりじわりと速度が落ちていくことが、もどかしい。

 速くカーブを曲がりたい。そうすればまた、ペダルを回せる。

 焦れながらも、長良は提督の教え通りに減速した後、ハンドルを曲げるのではなく、体ごと車体を傾ける。

 ぐるりとカーブを抜け、鎮守府本館の側面に出た途端――――正面から、強い風が吹いた。


長良「わあ………!!」


 建物で遮られていた風が解放され、自由となった風が長良の身体の前面を叩く。

 それでも自転車は止まらない。風を切り裂くように、ペダルから長良の意志を読み取る様に、グングンと前へ進んでいく。

14: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:53:25 ID:GbkK5BT6

長良(海の上を走るのとは、全然違う! 風景が動いていく! 波で揺れたりしない! すごい、すごい!!)


 感動の連続だった。

 しかし、はたと気づく。

 サイコンの示す速度は現在時速24キロ。それ以上に速度が上がらない。ふと疑問に思った長良だったが、

 ―――思えば、随分とペダルの踏み心地が軽すぎるような、と。

 そこで提督の言葉を思い出した。


長良(あ、そうだ! ギアチェンジ!! ええっと………ギアを上げるのは、確か………ええと、これはシマノ製だから、こっち!)


 右手のブレーキレバーの右側面、シフトレバーに中指を添える。


長良(これを、内側にクリック)カチッ


 カシュンッ、という小気味よい音が響いた後、ペダルを回す際にかかる負荷がやや重くなる。

15: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:56:12 ID:GbkK5BT6

長良(まだ、まだ)カチッカチッカチッ


 三連打。電動的にプーリーが駆動し、ギアがカシュカシュとシフトアップ。更にペダルが重くなる。

 だがそれと比例するように速度は上がり、反比例するように長良の心は軽くなっていくようだった。


長良(11速のギアで、今は5段、かな……? 中段のギアに入っても物足りないなら、左のレバーをシフトレバーごと思い切り内側に倒せって、司令官が言ってたっけ!!)グッ


 続いて左手のブレーキレバーそのものに指をあてる。

 フロントの大ギアを、インナーからアウターへと切り替えるそのレバーを、シフトレバーごと強く押し込んだ。

 ゴキリ、と今まで以上に確かな感触が指に残ったと思った次の瞬間、フロントディレーラーが動き、インナーギアからアウターへと切り替わる。


長良(ッく……)ググッ


 途端、段違いにペダルが重くなる。だが、それでもまだ、心は加速する。

 再び右手側、リアのシフトレバーを、何度も何度もクリックし、あっという間に最大ギアまで到達する。

16: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:56:47 ID:GbkK5BT6

長良「ッ………はぁ!!」


 それすら踏み抜く。

 力強く。足よりも腹筋に力を込めて、ポンプするように太ももを上下に動かす。

 爆発的に速度が上がり―――――気づけば、眼前の景色が『流れて』いた。

 身体を預けるサドルと両手を添えたハンドルから伝わる地面の鼓動。

 痛いぐらいに高鳴る心臓が脈動する音に、いつの間にか荒く乱れていた呼吸音。

 そして、風の感触と、それが流れていく音。

 海上で感じるそれと、まるで別物だった。海上では速度の指標となるものが、海面とメーターのみ。

 だが、陸上では違う。木がある。建物がある。路面がある。ぐんぐんと迫り、静々と流れていく。

 己の速度を、何よりも実感できる。だから長良は走るのが好きだった。しかし――――。


長良(楽しい――――凄く、楽しい!! これ、楽しいよ!!)


 数分と待たず、長良はロードバイクの虜になっていた。脚で地面を蹴り、走る。それも好きだ。だがこの爽快感は、走りではなかなか感じられないものだ。

 速度はもう50キロを超えている。長良自慢の脚でも、生身だけではここまでの速度は出ない―――艤装を付けて海上に出ても、この速度は出ない。

17: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:58:22 ID:GbkK5BT6

 あっという間に並立する艦娘寮―――駆逐艦寮、潜水艦寮――――を横切り、海沿いへと続く道沿いに建つ軽巡寮の前に差し掛かった。そんな時だ。


五十鈴「ん……? えっ、長良!?」

名取「え? わぁ!? 嘘、本当に長良姉さん!?」

由良「あ、あれって、さっき姉さんが部屋に戻った時に言ってた……提督の自転車だよね? ねっ?」

鬼怒「うそぉー!? あんなに速い自転車があるのっ!? マジパナイ!! 鬼怒も今度貸してもらおうっと!! 球磨ちゃんと川内さんも誘おうかな!」

阿武隈「す、すっごく速いよ!! おーーい、長良お姉ちゃーーーん!! 何それぇー!!?」フリフリ


 おーい、と軽巡寮の窓から顔を出して手を振る妹たちに、笑みと共に手を振り返す。

 両手を離しても、自転車は直進する。既に意のままに自転車を操れるようになっていた。

 軽巡寮を抜け、海沿いへと続く緩やかなカーブを、長良は踊るように自転車を滑らせて突破する。

 慣れ親しんだ海の光景が、長良から見て右手に広がる。キラキラと光を反射する海辺がいつもとは違って見えた。頬に感じる潮風も、いつもよりどこか強く、そして熱い。

 自然、ペダルを踏む脚にも力が篭った。艦娘としての膂力を自転車に込める――――果たしてどこまでの速度へと到達できるのか。

 全身で風を味わっていると、遠くに第六駆逐隊を率いた天龍と龍田の姉妹が見える。丁度遠征から戻ってきたところなのだろう。上陸した直後のようだった。

 そこへ長良は自転車を滑らせる。

18: ◆B2mIQalgXs 2016/01/31(日) 23:59:51 ID:GbkK5BT6

長良「おーい、天龍さーん!!」

天龍「ん……? この声は長良………って、うおおおおおおッ!?」


 天龍は思わず大声を上げてのけぞった。

 長良は速度を一切緩めず、天龍とすれ違ったのだ。

 万一にも衝突しないよう十分に距離を離してはいたが、速度が速度である――――鎮守府最古参にして最大練度99を誇る天龍も、すわ深海棲艦の特攻かとビビッてのけぞったのだ。

 もくろみ通りと、悪戯が成功したことを笑う子供のように舌を出し、長良は唖然とする背後の天龍に手を振った。


天龍「な、な、な……なんじゃそりゃあああああ!? おまっ、ちょっ、なんだよその艤装! オレにも使わせろよ!! 待てよ長良――――って速ッ!?」

龍田「あ、あらぁ~? あんな艤装はウチにあったかしら~?」


 走って追いかける天龍だが、まるで差が縮まらない。たとえ最速の駆逐艦・島風であろうと、今の長良には追いつけないだろう。

 いつも柔らかな笑みを浮かべている龍田も今は表情を崩し、ぽかんとした顔で長良を眺めている。

 それもそうだろう―――サイコンの示す速度は、既に75キロをオーバーしている。

 並のスプリンターでは歯が立たないような高速域を維持しつつ、シッティングのまま巡航する長良の脚力こそが異常であった。

19: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:01:22 ID:nQnuWSWg

 ―――きっと私は今、どんな艦娘よりも速い。


 それが尚更、長良を高揚させた。


暁「な、なによアレ!? 新型の艤装!?」

響「ハラショー………凄い速さだね! 風のようだ!」

雷「あれって自転車かしら? でも、あんなに速い自転車は見たことないわ!」

電「はわわ…………まるで自動車みたいなスピードなのです!」


 遠く背後から聞こえる駆逐艦たちの称賛の言葉が心地よい。

 ますますペダルを踏む脚と、ハンドルを握る手に力が篭る。

 そこで、ふと思う。

 今、長良は座りながらペダルを踏んで回している。

 それでもママチャリの立ち漕ぎなんかよりずっとずっと速い。

 ならば。

20: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:02:31 ID:nQnuWSWg

 ――――ママチャリみたいに、立って漕いだら、どうなるんだろう?


 そんな好奇心が芽生えた。芽生えた途端に急成長し、大木という形を持った欲望が長良の心中に生い茂る。

 海辺を抜け、カーブする。

 ここからは一直線。重巡寮・空母寮・戦艦寮の横をすり抜け、最後の曲がり角を曲がれば提督の待つ鎮守府本館だ。


長良(最後のカーブまで、距離はおよそ1000メートル……)


 その直線で、長良は試すことにした―――提督から聞いた立ち漕ぎ、ダンシングを。

 ハンドルに僅かに体重を乗せつつ、恐る恐る腰を浮かせる、すると、


長良(ッ!! ば、バランスがとりづらい!! は、ハンドルが、左右にブレる!?)


 気を抜くとフラついてしまいそうになる。バランスを保とうとすると、自然と体が上がって、正しい前傾姿勢を取れなくなる。

 初心者が良く陥る悪いダンシングの見本のように、長良はフラフラと左右に揺れて走っている。

21: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:03:14 ID:nQnuWSWg

長良(落ち着いてバランスを取って………ペダルにもっとも力を込めやすい角度を、己の体幹を意識して……!!)


 しかし侮るなかれ―――旧型とはいえ、ベースとなる肉体の運動神経は並はずれて高い長良である。すぐさまコツを掴もうとしていた。


長良(そうか、立った時に腰が上下するからいけないんだ。腰の高さを一定に保つように意識して、体幹に力を込めて……こう!!)


 姿勢を見直し、


長良(いいわ……今度は腰が左右にブレないように、ハンドルは握るんじゃなくて、踏むタイミングで引き寄せる!)


 力の入れ方を見直し、


長良(左右にブレようとするハンドルの動きに合わせて引く! そのタイミングで、リズムよく振る!!)グンッ


 バランスのとり方を見直す。それぞれ微調整を繰り返し、即座に修正、適応させる。

 サイコンの示す速度は、見る見るうちに上がっていき、ついに時速80キロをオーバーする。


長良(すごいッ! これが、ダンシングなのか!! 座って漕ぐのとは、使う筋肉が全然違う!! 足だけじゃないんだ! 足で走るのと同じで、全身をムラなく使いつくすんだ!!)

22: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:04:21 ID:nQnuWSWg

 流れる景色は、さきほどまでがせせらぎならば今や激流だ。

 地から伝わる振動も更に強く、フレームそのものがバネであるかのように身体を押し出す。

 見る見るうちに重巡寮を置き去りにし、空母寮を横切って、戦艦寮の前へと到達して、なお速度は緩まない。

 むしろ加速している――――そして、気づいた。

 これは己だけの力ではない、と。


長良(――――そうか! 行きは海からの向かい風だったけれど、今は海が背中側! つまりこれは!)


 大自然からの応援―――追い風である。

 風は馬鹿にできない。車輪の慣性で走る自転車にとって、風の抵抗というのは非常に重要だ。地に足を付けて走っているのとはわけが違う。

 それを味方につけたとき、ペダルの一漕ぎ一漕ぎで爆発的に加速力を得る。

 もう、長良はサイコンのメーターを見ていなかった。

 ただ、その先を見たい―――それだけで頭の中が一杯だった。

23: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:08:42 ID:nQnuWSWg

金剛「ティータイムは大事にしn………ハブゥーーーーッ!?」ブッフゥー


 戦艦寮・金剛型の部屋のテラスで優雅にお茶をシバいていた金剛姉妹だったが、

 尋常ならざる速度で走る長良を目撃した金剛は、思わず茶を噴きだした。なお噴きだしたのはフォートナムメイソンの最高級品である。

 金剛の唾液入りならば更に十倍以上の値が付くだろうか。


比叡「ひぇえ~~~~~~!? な、何事ですかぁ!?」

金剛「ゴホ、ゴッホゴホッ………あ、アレを見るデース!! なんかベリーベリーファストな艦娘がイマース!!」

榛名「あ、あれは、長良さん!? なんですか、あの艤装は!? 陸上で走っている―――!?」

霧島「いえ、あれは自転車でしょう。それもロードバイクとかいう………実物を見るのは初めてですが、あんなにも速いものなのですか」

金剛「ヘーイ、長良ァーーー!! イイモノ乗ってるデースネー!! ちょっとここでティータイムでも一緒に―――」


 あらゆる雑音を掻き消し、長良は前を見ていた。前へ、前へ、前へ。

 もっと速く、しなやかに、力強く。

 一秒でも早くなるために、無駄をなくせ。迷いを捨てろ――――長良の目にはもう、最後に曲がるコーナーしか見えていなかった。


金剛「しませんか…………って、アウトオブ眼中デース!?」

24: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:10:05 ID:nQnuWSWg

霧島「いえ。あれは集中力でしょう。よほどあのロードバイクが気に入ったと見えます」

榛名「はぁー、凄いものなのですね。少し興味が湧いてきました」

比叡「はい! 高速戦艦の名を冠する我々にとって、あれほど相応しい乗り物は他にないと言えます! 金剛お姉さま!」

金剛「皆まで言うなデース!! ワタシたちもアレを手に入れマスヨーーーー!!」


 そんな決意の叫び声を背後に、長良は最後のコーナーに突入する。

 最初に教わったブレーキの忠告を無視して――――最低限の減速に留めて、だ。


長良(入射角は、こう………後は、どれだけ、体を、倒せるかッ!!!)


 ぐんと長良と長良が繰るバイクが傾く。知識があってのことではないだろう――――左カーブに際し、長良は右足のペダルを踏み切ったまま足を止めて、カーブに侵入した。

 そうすべきという確信があった。理屈で理解していたわけではなく、本能が指示した答えであり、長良は疑うことなくそれに従った。

 もしもこの時ペダルを回し続けていれば、左のペダルは地面と接触し、バランスを崩した長良は落車の危険性があった。否、確実に落車していただろう。

 提督は安全運転のためのチェックだけを行ったため、高速域でのカーブの制し方などは教えていない。

 だが、長良が行ったそれは限りなく正解に近い―――どころかパーフェクトであった。

 コース取りはアウトインアウト、体が路肩の縁石すれすれにかすめるほどに傾いたままの高速カーブは、一歩間違えれば大惨事だろう。

25: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:12:00 ID:nQnuWSWg

 己の左頬の1センチ先に地面があると言うのに、しかし、長良はただ先だけを見つめている。


長良「ぬッ………けろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そして見事に曲がり切った。即座に体勢を戻し、ペダリングを再開する。

 これに驚いたのは、500メートル先にたたずむ人物――――鎮守府本館前で待つ提督だっただろう。

 いくらなんでも一周してくるのが速すぎる、と。口を大きく開いて驚きの表情を隠せない様子だ。

 長良が冷静であれば、この後は危険な運転をしたことで提督にお叱りを受ける未来が見えただろう。

 だが、長良は笑んでいた。そんなことは思いもしていなかった。思いつかないぐらい、楽しいのだ。

 こんなにも速く、こんなにも楽しく、陸の上を走ったのは、生まれて初めてのことだった。


長良「ご、ゴールですッ!!!!」


 そして―――長良はゴールした。

 ゴールは鎮守府本館前、提督。

 名残惜しそうにブレーキをかけ、ゆっくりと停車する。

 自転車をまたいで、手で押したとき、長良はやっと気づいた。

26: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:13:07 ID:nQnuWSWg

長良「はぁ、はぁ、はあ、はあはあ、はあッ……!!」


 走っている最中には気づかないものだ。尋常でないほどの汗が噴き出す。

 走行中に流す汗は、受ける風が次々に後方へと飛ばしてしまう故に。

 爆発しそうな心拍は、それ以上の高揚が全身を包んでいたが故に。

 途切れそうな呼吸の苦しさは、打ち消して余りあるほどの興奮によって。

 長良は、たった四キロの走行を全力で走り切り、疲労困憊であった。


提督「お、おい、長良!? なんつー速度で、いや、それはいいが、大丈夫か?」

長良「はあっ、はあ、はあはは、は、ははっ………」

提督「長良ッ!?」


 提督にロードバイクを引き渡したとたん、力が抜けたように、長良はその場で大の字になって寝転がった。

 まだ春先の地面はひんやりとしていて、嫌でもぱんぱんに膨れ上がった太ももやふくらはぎ、二の腕が急速に冷却されていくのが分かった。

27: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:14:06 ID:nQnuWSWg

提督「おい長良! 大丈夫か? ほら、ボトルだ。飲め、飲め」

長良「ん、ちゅ、ちゅーーーーーーーーーーっぷはぁ!!」


 差し出されたボトルの先端に口付け吸い上げる。スポーツドリンクがカラカラになった喉に染みわたっていき、ようやく長良はひと心地がついたようだ。


提督「おま……どういう速度で走ってんだ!? サイコン見てたのか? これ! 最高速度がとんでもねえことになってんぞ!?」


 呆れたように提督が叫ぶ。

 長良はけらけら笑いながら、そんなのは艦娘の力で走ればそうなりますよ、と思った。

 そして、長良は立ち上がる。

 立ち上がって、提督に詰め寄った。


長良「司令官、ロードバイクって、最高ですね!!」

28: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:15:12 ID:nQnuWSWg

提督「お、お? ………ああ、そうだろ!! 最高だったろ。風になっちゃったろう!」

長良「はい! あんなに気持ちよく走れたことなんて、なかなかないです! だから!」

提督「おお、ロードバイクを始めてみるか!」


 満足げに提督が頷くと、長良は提督に引き渡した赤いロードバイクを掴み、言った。
 

長良「これ、長良に下さい!!!」


提督「」



 提督は絶句した。



……
………

29: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:16:14 ID:nQnuWSWg

………
……


 なお長良が強請るこの赤色のロードバイクであるが、自転車競技における最高峰、三大ツールが一つジロ・デ・イタリアで有名なイタリア国は名門ピナレロの一台。

 しかもツール・ド・フランスを制したフラッグシップモデル、その正統後継機――――ピナレロF8であった。

 まさか提督が気軽に試乗させたバイクが、幾度も世界を制したロードバイクであるなどと、その時の長良は知る由もなかっただろう。

 それとなく窘める提督であったが、長良の目は殺してでも奪い取る者特有の、【漆黒の意志】を宿していた。断ったら死ぬと、百戦錬磨の提督をしてそう確信させるスゴ味があった。

 フレームのサイズやら新品の方がいいやらあれこれ言い訳をしたが、物欲の暗黒面にとらわれた長良は聞く耳持たずである。

 提督が四台のロードバイクを所持していることも災いした。四台あるなら一台ぐらいいいですよね、という論理の欠片もない強盗染みた発想である。

 なお提督は素材の乗り味を試すのが好きで、それぞれカーボン、アルミ、チタン、クロモリと四台でそれぞれ素材が違う別物なのだが、長良はまるで聞いちゃいねえのである。

 そうして提督は、虎の子中の虎の子たるF8を失った。

 コンポは電デュラ、ホイールはフルクラムの最上位カーボンディープ。ハンドルはエルゴのカーボン。おまけにサイコンのEdge1000Jまで持っていかれ、提督は泣いた。

 飛んで行った値段で泣いたのではない。愛着のあるバイクがなくなったことを泣いたのだ。

 提督は泣きながら――――そうだ、新しくロードバイク買わなきゃ、と馴染みのショップに電話をかけ、新たにロードバイクを注文するのであった。


【続く?】

31: ◆B2mIQalgXs 2016/02/01(月) 00:24:40 ID:nQnuWSWg

********************************************************************************

・長良型軽巡洋艦:長良

【脚質】:スプリンター
尋常ならざる脚力は天性のものであり、スプリンターとして抜群の才能を有する
かつスタミナのお化けのようなタフネスも有しており、
登坂力もそこそこあるオールラウンダー寄りのスプリンターで万能性が高い
平地での巡航速度もケタ違いで、回して進むのと踏んで進む両方が得意という天性の脚を持つ
なおスピード狂のもよう

【使用バイク】:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K(872 Rhino Red)
ピナレロが誇るフラッグシップ、オールラウンドエアロロード。
元々は提督のロードバイクだったが試乗してひとめぼれ。おねだりして譲り受けることになった(本人談)

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42: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/02/06(土) 16:35:21 ID:AsD53FW6
長良が譲り受けたブツは総額でいくらぐらいになるの

43: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:08:40 ID:kV2lSeIg

【1.5 明石のロードバイク工房へようこそ! ~提督のロードバイクのお値段は?~】

 フレーム(PINARELLO F8) : \726,000-
 コンポ+クランク(電デュラ) : \320,000-
 ホイール(フルクラムRS XLR80) : \462,000-
 ハンドル(exライトニューエルゴ) : \ 38,000-
 カーボンステム : \ 35,000-
 サドル(SLR テクノ) : \ 52,000
 セラミックBB : \ 45,000-
 CDJビックプーリーキット : \ 41,000-
 サイコン(Edge1000J) : \ 90,000-
 その他小物諸々 : \ 38,000-
 提督の手間暇工夫 : Priceless
 提督の思い出 : Beautiful
-----------------------------------------------------
 小計 :\1,847,000-
 消費税 :\ 147,760-
 合計 :\1,994,760-
 提督へのダメージ : ASTRAL FINISH

明石「>>42さんの質問についてですが、自組で工賃なし、各機材の値引きなしで考えるとこのぐらいです。

   ショップのセール中とかネット通販とかを利用したり、

   きちんとしたショップでの組み立て工賃を考慮、そしてクリートやビンディングペダル代で、

   ここから更に10万以上安くも高くもなりますが、セールやネット通販は課金による大型建造ばりにお勧めできません。

   素直に上記の値段プラス10万を考えた方が宜しいかと」

44: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:19:01 ID:kV2lSeIg

提督「うん…………そうだな」

明石「!? て、提督! いらしてたんですか」

提督「ああ………どうした、笑えよ明石。たかが自転車にこんな金をかけるなんて馬鹿げていると」

明石「こ、高給取りの鎮守府提督にとって、200万は特に痛手ではないのでは?」

提督「………そうだ。大和どころか睦月型駆逐艦一隻の出撃一回の支出の方がはるかにデカい。

   しかし痛手なのは費やしてきた時間、それによって生まれた愛着、思い出補正だ。これがデカい」

明石「ま、まあ、分からなくもないです。その……この度は」

提督「言うな………」

明石「提督………」


 提督の心はとても荒んでいるようだ。

45: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:20:46 ID:kV2lSeIg

長良「~♪」


 そんなことは露知らず、なんとも楽しそうな長良である。



明石「その、私……長良ちゃんに」

提督「言うな……おまえたちの、艦娘の笑顔には替えられん。絶対に長良には何も言うな」

明石「し、しかし、それでは提督が……」

提督「言うな!!」


 このSSは優しい世界で出来ている。


【続く】

46: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:29:44 ID:kV2lSeIg

【2.ロードバイクを買いに行こう!】


 季節は春真っ盛り。冬の寒波もどこへやら、温かな日差しに照らされた鎮守府を、今日も静かな波音と風の声が優しげに包んでいる。


提督「大淀。こっちの民間に回したインフラ整備の請求書処理は後回し。

   というか工期にしろ材料費にしろ諸経費にしろ、どう計算しても当初の試算を遥かにオーバーしてるから金額是正の連絡を。このままじゃ印は押せん」

大淀「あ、はい……」


 鎮守府本館の執務室で、鎮守府の総責任者たる提督は執務に励んでいた。傍らには本日の秘書艦たる軽巡洋艦・大淀が控えている。

 深海棲艦との戦いが終結した現在、提督の仕事は主に鎮守府敷地内の設備の改修やインフラ整備を、民間の企業へ依頼する書類作成といった事務作業が中心となっている。

 戦いが激化していた中で、限られた予算を戦費としてやりくりするのが精いっぱいだった頃、後回しにしていた要件ばかりだった。


提督「確か、この業者はこれで二度目だったな。それとなく次に誤魔化したら切るって伝えておいてくれ。あちらの契約違反だから、強気で行っていい」

大淀「はい……」


 てきぱきと書類を一つ一つ吟味しつつ処理していく提督だったが、その一方で秘書艦の大淀は、いつもの精彩を欠いている様子だった。

 心ここに在らず、といった様子で、どこか視線も胡乱気に虚空を漂っている。

47: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:34:04 ID:kV2lSeIg

 その様子に、提督自身も気づいてはいた。これが隼鷹や那智ならば酒気帯びを疑うところではあったが、大淀に限ってそれはない、と提督は確信している。

 体調が悪いのかと思ったが、特に苦しげな表情をしているわけでもなく、頬に赤みを帯びているわけでもない。

 はて、と提督は首を傾げつつ、しかし手元の書類に再び視線を向ける。

 
提督「ん………これ、先月に艦娘たちから提出された日用品の経費請求だが」

大淀「どれです? ああこの………ッ、その、提督。やはり、これだと多すぎますか?」


 少し不安げに眉を寄せる大淀。提督もあまり見たことのない表情だった。


提督「ん? 違う、むしろ逆だ。予想より請求額が少なすぎる」

大淀「えっ!? で、でも、ほら、桁が……」

提督「ああ、桁が一つ小さいな」

大淀「え、ええっ!? 大きくないですか!?」

提督「………後程、青葉を通じて艦娘たちにもっとお金を使っていい旨を周知しておこう。大淀がその様子じゃ、成程。皆が節制するわけだ」

大淀「ッ……ほ、本当ですか!?」


 ぼんやりとしていた大淀の目が、にわかに輝きを取り戻す。

48: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:37:54 ID:kV2lSeIg

提督「無論だ。君たちが艦として在った大戦の最中と違って、今は質素倹約の時代じゃあないんだ。欲しがりません勝つまではというが、勝ったんだから贅沢しろと言うのだ」

大淀「本当ですか! じゃあ………あっ、ゴホンゴホン」

提督「……? まあ、湯水のごとく使えとは言わんが、誰よりも頑張った君たちには相応の贅沢をする権利がある。誰にも文句は言わせない」

大淀「提督、ありがとうございます」

提督「そう畏まるな。気兼ねなく希望を出してくれると此方としても助かるんだ。酒保の品揃えが変われば、隼鷹の愚痴を聞く機会も減るだろうしな」

大淀「ぷっ……」


 悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを見せる提督に、大淀は思わず笑い声を漏らした。


大淀「ふふ、もう、提督ったら」

提督「ワハハ。………ああ、そういえば『居酒屋 鳳翔』の改修工事の件については、請負先の業者にちょっとツテがあるから、後でこっちが段取りしておくよ。比較的安く抑えてくれる筈だ。工事日程も鳳翔と一緒に明後日にでも……」

大淀「…………そうかぁ、贅沢して、いいんですね」

提督「………?」


 提督はまた首を傾げた。一度は夢から醒めたように輝いた大淀の瞳が、また夢を見ているように虚空をさまよい始めたのだ。

49: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:40:55 ID:kV2lSeIg

提督「それと『甘味処 間宮』のインテリアの新調の件だが、同期のイタリアの提督が腕のいい職人を紹介………大淀?」

大淀「…………えへへ、どれがいいかな」

提督「……大淀? どうした?」

大淀「…………迷っちゃうなぁ」デヘヘ


 でへへ、と。大淀らしからぬ笑い声に、今度こそ提督は見逃せない異変を察知した。


提督「………大淀?」

大淀「ッ、あ!? す、すいません! なんでしょう!」

提督「疲れているのか? 少し休憩を取ろう」

大淀「い、いえ、その……」

提督「休憩だ。どの道、かなり前倒しで書類は片付いてるし。な?」

大淀「………はい、すいません。その、お茶を入れますね……」

提督「二人分頼むな」


 立ち上がり、窓から空を見る。太陽は高く、もう昼時になろうとしていた。

50: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:47:44 ID:kV2lSeIg

 ――――程なくして二つのカップを乗せたトレイを、恥ずかしそうな顔で運んできた大淀を、対面のソファに促す。

 互いにソファに腰かけ、いただきます、と茶を啜る。


提督「ん、旨い………しかし、随分と上の空だったな、大淀。なかなかレアな表情を見れて得した気分だ」

大淀「う、う゛………すいません。お恥ずかしい限りです」


 からかわれていると分かっていても、大淀は文句を言えなかった。言えるような立場ではなかった。

 縮こまってカップの茶を啜る大淀の眼鏡は曇っていた。湯気で曇っているのか羞恥による発熱で曇っているのか、提督には判断が付かないほどに真っ赤な顔だ。


提督「何か悩みごとか」

大淀「その、職務中ですので……」

提督「今は休憩中だ。少しくらいプライベートな話でも構わんよ」

大淀「そ、そうですか? じゃあ、その………実は提督に聞きたいことがありまして。えっと、えっと、その」


 もじもじと膝の上で指を絡ませ、言いにくそうに口ごもる。


提督「ん? なんだ、上の空だったのはそれが原因か。いいぞ、何でも聞いてくれ」

51: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:53:40 ID:kV2lSeIg

 柔和な笑みを浮かべて話を促す提督に安堵したのか、はたまた覚悟を決めたのか、大淀はおずおずと口を開いた。


大淀「はい、その……三日前、長良さんが乗っていた自転車の、その、ロードバイクについてなんですが……」

提督「お、なんだ。大淀も興味津々か?」

大淀「え、ええ。元々自転車に乗るのは嫌いじゃなかったんですけど……あんなにも長良さんが楽しげで。

   この三日間は毎日鎮守府のあちらこちらで滑るように走っているのを見ていたら、なんだか落ち着かなくなってしまって……それで、その……実は」

提督「え? まさか――――もう買っちゃったとか?」


 大淀は慌てたように体の前で大げさに両手を振った。


大淀「い、いえいえ! え、えっと…………まだ買ってはいないんですけど、そのう……ほ、欲しいんですけど、何を買えばいいのか、どれがいいものか、目移りばかりしてしまって」

提督「ははぁ、成程」


 得心いったとばかりに、提督は再び笑みを悪戯小僧のように歪ませる。


提督「さっき贅沢していいって俺が言ったから――――さてはちょっと贅沢してイイの買っちゃおうかなんて考えていたんだろー」

大淀「う゛」

52: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:56:30 ID:kV2lSeIg

 ずばりであった。図星であった。


大淀「うう、その通りです……お恥ずかしながら。執務中だと言うのに、集中力が欠けていました。申し訳ございません!」

提督「そう恥ずかしがることないじゃないか。艦娘のみんな、特に大淀は仕事一筋で頑張ってきたし、そうした娯楽で目移りしてしまうのも分かるよ」

大淀「そう仰っていただけると………ああ、恥ずかしい」

提督「まだ目星もついてない?」

大淀「……あ、いくつか候補は出来ているんですが……宜しければその、購入に当たってのアドバイスなどをいただければなと」シュッシュッ

提督「お、タブレット。どれどれ、見せてみ?」


 ソファから身を乗り出し、大淀が手元で操作するタブレットに顔を近づける。


大淀「はい、これと」

提督「………ん?」


 大淀が示すものを見た提督の笑みが、僅かに引き攣った。

53: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 21:59:55 ID:kV2lSeIg

大淀「それとこれに」

提督「んん?」


 大淀が示していくものが増えるにつれ、提督の笑みはどんどんと引き攣っていき―――


大淀「こっちは色はちょっと気に入らなくて……それにお値段も」

提督「――――大淀。待て。ちょっと待て」


 提督の顔から、笑みはおろか、瞳からは光が失われた。


大淀「はい? なんでしょう………!? て、提督? その、お顔が怖いんですが……お、怒ってらっしゃいます?」

提督「キレてねえよ……弥生と同じで元々こういうツラだよ……元々ね……」

大淀(嘘です絶対嘘です顔中に血管浮いてますもん)

提督「なんだこれは。ええ? これが欲しい? これが? まじで? あ?」


 修羅のそれであった、と大淀は後に述懐する。

54: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:07:12 ID:kV2lSeIg

 深海棲艦のフラ艦エリ艦もかくやと、紅の燐光を瞳から放つ提督が、ゆらりとソファから立ち上がり、大淀を見下ろした。



大淀「ひっ、す、すいません、すいませんすいません! こんな贅沢なこと言って軽巡の私ごときが本当にすいません!!」

提督「―――――ちょっと休憩、延長しようか……」

大淀「」


 大淀は解体を覚悟した。



……
………

55: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:12:52 ID:kV2lSeIg

………
……


 結果から言えば、大淀は解体されなかった。

 むしろ優遇されたと言えるだろう。


提督「――――さて、話をまとめてみるが」カキカキ

大淀「はい!」

提督「書きだしてみたが……大淀の話をまとめると、以下の通りだな?」

大淀「は、はい……」


 提督が手元の紙に、大淀の求めるロードバイクの希望を書き出したものを差し出す。



1.デザインや色合いが気に入ったものが欲しい

2.用途はロングライドを目的としており、レースに主眼を置いたものではない

3.フレームの素材については何を選べばいいか良くわからない

56: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:20:43 ID:kV2lSeIg

提督「1~3まではいい。何も問題はない。だが問題は4だ……なあ、大淀」

大淀「……は、はい」

提督「怒ってるわけじゃない。畏まらなくていいよ……これの真意が聞きたい」


4.予算は贅沢に2~3万円ぐらいで考えている


提督「俺は贅沢していいと言った。予算は俺が出す、という意味で言ったつもりだが、自費で買うと?」

大淀「あー、その、もっと贅沢していいとおっしゃったので、お言葉に甘えて良い自転車などおねだりし様かと思ったんです、け、ど……」


 どんどんと言葉尻が下がっていく。提督の顔は修羅を越えて阿修羅神ごとき何かに成り果てようとしていた。


提督「――――すまん。気を抜くとこうプチッと行きそうだ。血管が」

大淀「そ、そうですか(怖いよぉ)」

提督「うん、やめよう。多分互いの認識が違いすぎて、噛みあっていないんだこれは」

大淀「え? それは、どういう……」


 ひょっとして、贅沢は取りやめなのか――――肩を落としそうになった大淀だったが、

57: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:26:48 ID:kV2lSeIg

提督「海を解放した英雄たる君たちが、2~3万円が贅沢……!? そんなことがあるものか……あっていいものかよ」ブツブツ

大淀「提督? 提督?」

提督「結果には……対価が必要だ……見合う対価が……結果の前に過程は無意味で、結果が良いものであれば相応の対価があってしかるべきなのだ……。

   それが崩壊するのは、それは、それはとても酷いことなんだよ………」ブツブツ

大淀「て、提督……?」


 急に独り言をつぶやきだした提督に、大淀がどうしていいか分からず右往左往していると、


提督「決めた――――よし」


 提督が立ち上がった。その顔は修羅でも阿修羅神の如きおぞましい何かでもなく、いつもの提督の子供っぽい笑みに満たされている。


提督「大淀。少し早いが、今日の執務は終わりだ。どうせ前倒ししていたものだ。出かけるぞ」

大淀「え、えっ!? ど、どこにですか!?」


 あまりの急な展開に大淀が混乱していると、更に大淀を混乱させる言葉を、提督はあっさりと言ってのける。


提督「――――ロードバイクでサイクルショップに行くぞ。俺のロード貸してやる」

58: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:34:33 ID:kV2lSeIg

大淀「え」

提督「実物を見て説明した方が速い。いい機会だ。現実の相場ってやつを見てもらう」

大淀「で、でも、そんな」


 急展開に更に突然を被せた様な非現実感に、大淀はなんと答えるべきなのか、判断を迷う。


提督「ふむ。じゃあ言い直そう」

大淀「え?」


 呆ける大淀に、提督は手を差し出し、


提督「俺と一緒にサイクリングに行こう。一人は寂しいから、大淀みたいな可愛い子と連れ立っていきたい」

大淀「っ」


 逢引に誘われる。大淀とて乙女だ。夢想したことがないと言えば嘘になる。

 だが、提督の少し照れが入った笑みと共に差し出された手は、本物だった。


大淀「あ、あう、あうあう……」

59: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:40:23 ID:kV2lSeIg

 大淀の混乱した思考は熱湯をかけられたかのように赤熱し、それこそ真っ赤に燃えるタービンのようにぐるぐると旋回し続ける。

 そして回転が臨界点を迎えた大淀はやがて、


大淀「……は、はい……わ、私でよろしければ」


 考えるのをやめ、反射的に手を握り返していた。

 満足げに笑みを深める提督は、心底楽しそうで、熱を持った思考で上手く考えられなかったが、大淀はそれがとても嬉しいと感じた。


提督「よろしい。じゃあ運動着に着替えてきてくれるか? ちゃんとしたジャージやレーパンはないだろうし、それなりに距離はあるから、サドルは柔らかめのものにしておくよ」

大淀「は――――はい!」

提督「ん、よろしくな。準備が出来たら鎮守府の入り口で待っててくれ………俺も自転車持っていく」

大淀「わ、わかりました! そ、その、た、楽しみにしてます!!」

提督「お? おお、俺も―――」


 提督の返事を待たず、大淀は執務室から逃げ出すように退室していった。律儀にドアは閉めていくところは、生真面目な大淀らしいと、提督は笑いを漏らす。

60: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 22:55:48 ID:kV2lSeIg


提督(さって、と………この際だ。天龍達や暁達、金剛達も欲しがってたし、長良型の皆の分も考えないとな)


 背を伸ばし、バキバキと骨を鳴らす。


提督(杞憂ならいいが、ヘタすると面倒くさいことにもなりそうだし………隼鷹の言葉じゃあないが)


提督「パーッと行こうぜ、パァーッとなあっ、と」ピポパ


 取り出した携帯をダイヤルする。

 電話する先は、件のサイクルショップだ。程なくしてコール音が止み、元気のいい店員の声がスピーカーから漏れ出す。


提督「もしもし、私鎮守府の提督です………はい、いつもお世話になっております。ああ、いえ。先日の注文とはまた別件でして、はい」


 ―――電話に集中し始めた提督は気づいていなかったことが三点ある。

 一つ目は、大淀が出て行った時、思いのほかドアを閉める音が大きかったこと。


提督「実は他にもウチの艦娘が、ええ、何名かバイクの購入を検討しておりまして。はい――――先立って注文したバイクについては……。

   ………いえ、『二台』のうち小さいサイズの方を急いでいただけると。いや、そこをなんとか」

61: ◆B2mIQalgXs 2016/02/06(土) 23:01:04 ID:kV2lSeIg

 二つ目は、大淀がドアを閉める勢いが強すぎて、完璧にはドアが閉まっていなかったこと。

 執務室の前を通るものがいれば内部の声や音がハッキリと聞き取れる程度には、ドアに隙間が出来ていた。そして提督はそれに気づいていなかった。


提督「どうか。二台とも完成車ですし、ええ。最悪整備についてはこちらで。ええ。どうか。

   それでカタログを各メーカー分、複数ご用意いただけないかと……ありがとうございます、お手数おかけいたしますが、はい」


 最後の三つ目は、音につられて、部屋の前に艦娘がやってきていたこと。そしてそれが――――



提督「ええ。これからロードバイクで向かいますので、ええ。そうですね、お願いします。お手数おかけしますが、よろしくお願いします、では―――」



青葉「………青葉、聞いちゃいました!」

長良「お外で、サイクリング……!?」


 青葉と長良であったということ。



……
………

83: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:10:11 ID:7Qja5lQg

………
……



 かくして提督はロードバイクの調整を終え、二台のロードバイクをそれぞれ片腕で担ぎ上げ、本館の廊下を歩く。

 階段を下り、本館の入り口を出る。柔らかい春風が吹く中、心地よさそうに目を細めて空を見上げる。雲一つない青空とは、まさにこのことだった。


提督「絶好のサイクリング日和だなあ」


 言って、ロードバイクを地に下ろし、それぞれ器用に片手で転がしていく。

 チキチキと鳴り響くラチェットの音が、否応なしに提督のテンションを高めていった。


提督「待たせたな大淀………って」


 そして鎮守府の入り口に辿り着いたとき、提督の両目が捉えた光景は、


大淀「………」ムスッ

青葉「あっ、司令官! お待ちしてました!!」ニコニコ

長良「司令官! 私たちも一緒に連れてってください!!」キラキラ

84: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:12:19 ID:7Qja5lQg

 見るからに「私不機嫌です」といった表情の大淀とは対照的に、見るからに戦意が高揚した状態の青葉と長良であった。

 しかも青葉も長良も運動服で、長良に至っては既にロードバイクに跨っている。

 提督は苦笑しつつロード二台を器用に転がしながら大淀に近づき、


提督「なんだ、バレたのか?」

大淀「うう………私の不注意だったようです。うかつな……」

提督「ハハ、自転車、青葉の分も取ってこなきゃな」

大淀「………はい」


 ますます気落ちする大淀に、二台のロードバイクを手渡す。その時、小さく提督が囁いた。


提督「見るからにがっかりしてるとこからして……よほど二人きりが良かったのか?」

大淀「ッ……!」

提督「悪い。俺の勘違いだったらハズいんだが……」

大淀「ッ、あ、あう、そ、その……」


 みるみる赤面していく大淀に、青葉と長良が首を傾げた。

85: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:15:27 ID:7Qja5lQg

青葉「? どうしたんです?」

長良「何のお話ですか?」

提督「いや、俺のロード持って待っててくれって大淀に頼んだんだ。青葉の分も取りに行かにゃならんし」

青葉「あ、そうですそうです! いやー、楽しみです!!」

長良「ホントだねー! お外走るの初めて!! 司令官! はやくはやくーー!!」

提督「はいはい、すぐ取ってきますよっと」

大淀「………」


 しょんぼりとした顔で俯く大淀の耳に、届く声がある。


提督「んじゃ、大淀――――またな?」

大淀「!!」


 提督の「またな」がどんな意味なのかを理解し、大淀は、


大淀「は、はい! 是非!!」

86: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:16:38 ID:7Qja5lQg

青葉「?」

長良「???」


 凛とした声を上げ、花開いたように微笑んだ。その傍らには、ますます首を傾げる青葉と長良がいた。

 ――あまり空気の読めない青葉と長良であった。



……
………

87: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:18:15 ID:7Qja5lQg

………
……



 提督が三台目の―――長良のものを含めれば四台目なのだが―――バイクを担いできた時、

 青葉と大淀は既に持ってきていた二台のバイクを興味深げに様々な角度からしげしげと眺めていた。


提督「ところで大淀、青葉、乗り方とかちゃんと分かってるか? 公道での走行ルールは?」

大淀「はい。問題ありません」

青葉「ふふん、そういった情報収集は青葉の十八番です! ロードバイクのことも抜かりなく勉強済です!」


 ロードバイクの乗り方や、公道を走る上での諸注意などは不要であった。

 勤勉な大淀と好奇心旺盛な青葉である。特に説明するまでもなく、最低限の知識は持ち合わせていた。


提督「よろしい。長良も外を走るのは初めてだったな? 自転車は左側順守、基本的に車道を走る、歩道は止むを得ない時のみ、分かってるか?」

長良「はい! あれからいつでもお外を走れるよう、自分でも色々調べて勉強しましたから!」

提督「そうか、ところでおまえが俺から奪った……ごほん、強請ったソレについては?」

長良「??? えっと、イタリアのメーカーで、ぴなれろっていう人の創った自転車で、凄く速い! ですよね?」

88: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:20:05 ID:7Qja5lQg

提督「…………うん。合ってる。それで合ってるよ。もうそれでいいよ」

長良「し、司令官? どうして血の涙を流しているんですか!? ハッ、まさかどこかお体の具合が……!」

提督「いや、心の……なんでもない」

青葉(うわー、司令官、ご愁傷様です……)←価値を知っている人

大淀(それだけ愛着のあるロードバイクだったのかしら……?)←価値は知らないが正解

提督(…………あれで大会に出たかったなぁ)


 提督はガチ勢である。なおヤバいレベルの料理上手でもある。

 世が世で提督になっていなかったら、間違いなく料理人かプロのロードバイク選手か競輪選手を目指していただろう。


提督「さ、さて、気を取り直して………青葉、大淀。ここに三台の自転車があるじゃろ?」

青葉「どこかで聞いたフレーズですねえ」

大淀「三台とも、全然違うんですね……色合いは勿論ですけど、形状も、部品も」

提督「素材はそれぞれチタン、クロモリ、アルミニウムだ。なおこの白黒カラーのアルミには今回は俺が乗る」

青葉「いきなり選択肢が減った!? クソゲー!? クソゲーですか!?」

大淀「そんな、計算外です!?」

89: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:24:14 ID:7Qja5lQg

提督「だまらっしゃい。特に青葉。元々大淀と俺で出かける予定だったから、既にアルミは俺用にフィッティング済みなんだよ」

青葉「うっ……」

大淀「そういえば……じー」

青葉「そ、そんな目で見ないでください……」


 少しは罪悪感があったのか、それで青葉は押し黙る。


提督「さあ、チタンかクロモリか選べ。どっちがいい? なお白地に青模様がチタン、緑色のがクロモリだ」

大淀「私はこの緑色のクロモリロードにします」


 ほぼノータイムで大淀は緑色のロードバイクを選択する。


青葉「えっ、即決」

大淀「第一印象から決めてましたし。というか、これに乗って出かける予定でしたし」

提督「おお、イタリアはカザーティのPIETRO 1920、クロモリのラグフレームだな」

 
 参考:https://actionsports.co.jp/casati_p_18.php

90: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:29:17 ID:7Qja5lQg

大淀「これ、素敵ですよね………キラキラしてます。ヘッドマークもオシャレで素敵……」

提督「こういう美しさがクロモリラグフレームの魅力だな。

   しかもイタリア純国産、名前通り1920年創業当時のヘッドマークとフォークショルダーのデザイン。

   スペシャル記念モデルだ。どこか育ちの良さと言うか、礼儀正しくて品の良い大淀にはぴったりだな」

大淀「ま、まぁ! お上手ですね……ふふ、ありがとうございます」

長良「おおー、同じイタリア製でも、ピナレロと全然タイプが違うんですね。細くて、継ぎ目があって、チューブが円柱状です。これはこれで綺麗ですね」


 ピナレロF8参考画像(右下872 Rhino Red):http://www.riogrande.co.jp/pinarello_opera/pinarello2016/dogma_f8.php


提督「ピナレロと、というよりは、カーボンとクロモリ、そしてメーカーの……ま、まあ、細かい話はいいか」


 大淀と長良が目を輝かせている傍ら、青葉は少々がっかりしていた。


青葉「……出遅れました。なんか、聞くからにスゴそうなバイクです……なんですか1920って………私より年寄りなんですかそれ」

大淀「うふふ、早い者勝ちですよ。というか、最初からこっちは提督が私に用意してくださったロードですもの」

青葉「ぐぬぬ!」

提督「そうガッカリするのは早いんじゃないか、青葉?」

91: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:35:09 ID:7Qja5lQg

青葉「え?」

提督「こっちのバイクはチタン製。走行性能で言えば、カザーティのクロモリより上だ。しかも日本の誇る、PanasonicのFRTD01だぞ」

大淀「ええっ!? に、日本のですか?」

長良「日本製!? あ、ホントだ!! これ、日本の自転車だ!! ほら、ほらここ!」

青葉「わ、わー! 横文字でPanasonicって書いてある!? ロゴ読んでませんでしたよ」


 参考(カラーデザインはオーダーで白地に青):http://cycle.panasonic.jp/products/pos/custom_order/2016/frtd01/


提督「チタンはアルミより重いがクロモリより軽く、腐食しづらく錆びない。そんな素敵素材だ。

   チタンのピカピカした外見もいいが、こういう塗装を施してあるのもまたいいものだ。

   親方日の丸で安心の性能、しかもロングライド用で乗り心地最高。コンポも日本のシマノ製だし。

   ああ、まさに質実剛健、品行方正、清く正しい青葉には相応しい」

青葉「そ、そんなにホメられたら恥ずかしいですよぉー、もぉー司令官ったらお上手なんですから!」

提督「ワハハ、本心だぞ(ちょろすぎて将来が心配というのも本心だが)」

青葉「も、もぅ………しかし、青葉ったらひょっとして当たり引いちゃいました? 乗り心地が楽しみです!

   おお、良く見たらこの白地に青のカラーリングも、カブトガニめいたコンポーネントも、質実剛健で清く正しい青葉に相応しいような気が……」キラキラ

92: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:37:47 ID:7Qja5lQg

提督(現金なやっちゃ)


大淀「司令官はおだてたり乗せたりするのが、本ッッ当にお上手ですよねー……」ジト

長良「そうやって何回私たち軽巡を4-3の練度上げ随伴に送ったか……」プイ


提督(え、なんか一方でこっちの忠誠心が下ってるんだけどー)


 さておき、それぞれが乗るバイクが決まった。


提督「ごほん………で、俺がアルミと」

長良「あ、そういえば。どうして今回、それを選択肢から外したんです? その白黒バイクもなかなかカッコいい感じで、どっちかといえば私のと似たタイプで速そうですけど」

青葉「青葉も気になってました」

大淀「ええ。差し支えなければ、教えていただいても?」

提督「あー…………率直に言えばコレ、アメリカブランドのバイク」

長良「あー」

大淀「あら」

青葉「おお」

93: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:43:53 ID:7Qja5lQg

提督「キャノンデールというブランドの「カーボンキラー」と讃えられたアルミの革命児……CAAD10だ」


 参考(いいのが見つからなかった):no title



大淀「カーボンキラー……?」

青葉「おおっ、物騒ですがなんだかスゴい異名ですねぇ」

提督「並のカーボンよりはるかに振動吸収性が高く、そして何よりも軽い。

   故についた異名が『カーボン殺し』。アルミも捨てたもんじゃないとしみじみ思わせてくれる、そんなエントリーモデルのバイクだよ。

   予算が限られてる初心者にはオススメできるバイクだろう」

長良「………まあ、アメリカと聞いて、思うところがないわけでもないですけど」

大淀「そういう先入観は無しで行きたいですね。良いものは良い、悪いものは悪い、です」

青葉「というより、司令官がアメリカを敵視してたら……ほら、いつだかアメリカの提督さんに支援物資送ったじゃないですか」

大淀「ああ、覚えてます。ニューヨークの……なんて鎮守府だったかしら? あ、ごめんなさい、話の腰を折ってしまって」


 余談だが、そのニューヨークの鎮守府というのは……簡単に言えばニューヨークに流れ着いた清霜が、ある人たちと出会って共に戦い成長し、戦艦になるお話である。


青葉「いえいえ。話を戻しますと、司令官がアメリカ嫌いだったらそういうことしないでしょ? 青葉、ハンバーガーとか結構好きですし。それはそれです」

94: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:46:16 ID:7Qja5lQg

提督「そっか………いや、お前らのこと考えると、デリケートな問題だからさ。今後オススメする時に避けた方がいいのかどうか聞きたかったんだよね」

青葉「御心遣い、嬉しいです。今度それとなーく青葉が聞き込みしてみますよ!」

提督「助かる」

青葉「いえいえ。ロードバイク買ってもらえるんですし、このぐらいはどうってことないです!」

提督「ワハハ、もう買ってもらう前提か、こやつめ! ワハハ! まあ買ってやるけどな、ワハハ!」

青葉「えへへへっ」


 そうして、大淀と青葉の乗るバイクが決定した。

 サイズ調整のフィッティングを終え、三者三様にロードバイクに跨った。 


提督「さて、出発するぞ………経験者がしんがりを務めるのが普通なんだが、今回は例外だ。

   俺が先頭、そこからは長良、青葉、大淀の順番で行く。ローテーションは組まない。ずっとこのままの隊列で行く」

長良「ええー? 長良が二番目ですか?」

提督「……仮に先頭を走らせたら、絶対俺らをチギッて一人で突っ走るだろ?」

長良「そ、そんなことしませんよ!! ショップへの道順だって知らないのに!!」

提督「いーや、鎮守府内道路の周回ですらあんなに楽しげに狂ったような速度で走るお前が、外で走ったら絶対そうなる。というか、お前は今日以降、鎮守府内周回じゃ物足りなくなるぞ」

95: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:49:24 ID:7Qja5lQg

長良「ええー……」


 なまじ才能のある初心者ロードバイク乗りあるある話である。


提督「おまえの信用がないと言うより、普通はそうなるんだよ。ついつい楽しくて速度出し過ぎちゃうってのはあるんだ。

   遅いド素人ならまだいいんだが、長良はダメ。

   途中で楽しくなってきて段々速度が上がって、気づけば40キロを軽くオーバーした速度でつっ走る姿が容易に目に浮かぶ」

長良「………え? 40キロ出しちゃダメなの!?」

提督「………決定。おまえ二番手。固定。厳命。違反したらロードバイク一週間没収」

長良「そんなぁ!?」ガーン


 妥当な処置であった。


青葉(確か40キロ以上で単独巡航が30分以上できたらプロ一歩手前でしたっけ……そんなの絶対置いてかれますね)←なんやかんやロードバイク乗りの基礎知識は豊富

大淀(英断です、提督)←流石に原チャリ以上の速度で走り続けるのは無理だと思い込んでいる人


 理解の速い子たちばかりである。

96: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 22:57:11 ID:7Qja5lQg

 そんなこんなで鎮守府入口に立つ憲兵に外出の旨を伝える。

 かくして鎮守府の外に出た四人であった。


提督「じゃあ今度こそ出発な。手信号は教えた通り。基本的に遅めの一定速度で走るが、俺も気ィ遣うけど速すぎるようなら言ってくれ」

長良「遅すぎるときにも言っていいですか!」

提督「あ、やっぱり長良は今日はずっと一番後ろね。今決めた。絶対決めた。違反したら一ヶ月ロードバイク没収」

長良「」ガーン

提督「一度大通りに出て、橋を渡る。その後は川の上流に向かってサイクリングロードをまっすぐ進み、緑色の橋が見えたら降りてすぐのところにショップがある」

大淀「どのくらいの距離になりますか?」

提督「んー、正味10キロぐらいかな」


大淀(じゅ、10キロも!?)←知識はあるものの乗ったことがないため、ママチャリを基準に考えている

長良(たったの10キロかぁ)←ロードバイク脳。後先考えずに全力で走れば10分ぐらいで着くと思っている

青葉(なんでしょう。二人の心情が手に取るようにわかる)←知識として初心者でもどのぐらいで走れるかは把握済

97: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 23:06:20 ID:7Qja5lQg

提督「じゃ、行こうか! 旗艦・提督! 出撃だ! 俺についてこい! 抜錨!」

大淀「っぷ、うふふっ、出撃ですね! じゃあ、大淀も抜錨です!」

青葉「提督が先頭の単縦陣なんて、とっても新鮮です! 青葉、抜錨ーー!」

長良「こんな出撃なら、いつでも大歓迎だね、あははっ……長良、抜錨します!」


 そうして、彼女たちは外界へと一歩を踏み出した。

 何処までも続く一歩を踏みしめ、タイヤが接地する僅かな面積だけで大地を感じ、全身で風を浴びる。


青葉「お、おおお!?(こ、これは、聞きしに勝る……!!)」

大淀「きゃ、きゃ……!!(は、初めての感覚です……!!)」


 ロードバイク初体験の二人は、共に全身に微弱な電流が走る様な、心地良い衝撃を受けていた。


長良「わあ、鎮守府の外……気持ちいいですね。風がどこまでも突き抜けていくような……」

提督「景色が違うからな。固定された景色よりずっとずっと気持ちいいだろう」


 それなりに車の通行量が多い通りに出て、左折する。

98: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 23:14:34 ID:7Qja5lQg

 しばし大淀と青葉は、ロードバイクの乗り心地を確かめながら、ギアを変え、ポジションを変え、乗りやすい感触を試しながら走っていた。


大淀「あれ、なんでしょう。思ったよりずっと楽ですね、これ……今、25キロぐらいでしょう? なのに、全然疲れないです」クルクル

青葉「ホントですね。あ、なんか青葉、ロード初めてですけど、このチタンフレームっていい感じです。

   比較対象がママチャリなので上手く言えないんですけど、こう、力が逃げずに推進力になってるっていうか」クルクル

提督「速く走るための乗り物って意味が実感できるだろ?」

青葉「はい! なんていうか、サイコンの速度よりもずっとずっと速い感じがするっていうか、とっても気持ちいいです!」

大淀「ええ。海上を行くときは、今の速度よりずっと速いのに、こちらの方がずっとずっと速く感じられます」

提督「思わず速く走りたくなる理由が分かるだろう?」チラッ

青葉「え? そ、そりゃあ、まあ」チラッ

大淀「そ、それは、その………ええ、まあ」チラッ


長良「遅い遅い遅い全然遅い速くもっと速くスピーディに筋肉は躍動する骨は裏切らない体幹はバネの如くもっと速度を一心不乱の速度をこんな速さじゃ満足できない腐る腐っていく長良の脚が腐ってしまう長良が遅い長良がスローリィありえないありえちゃいけない」ブツブツ


 何かヤバいもんが乗り移りそうになっている長良が、三人の背後にいた。


提督「しょ、しょうがねえヤツだ………仕方ないなあ」

99: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 23:20:35 ID:7Qja5lQg

 むしろ良く持った方だろうか、と提督は苦笑する。

 四人は丁度、橋の上を抜けてサイクリングロードに入るところだった。ショップまで残りの距離は8キロと言ったところだろう。


提督「――――ここからは速度を少し上げるぞ。キツかったら声出して知らせてくれ」

大淀「えっ!」

青葉「嘘ッ!?」

長良「そくど? そくど………速度!!」ピクッ


 長良の目が輝いた。原人にまで退化する一歩手前で引き戻せた提督はぐう有能である。


提督「大丈夫。滅茶苦茶楽だから。今日は思っていたよりずっと風が強いな」

長良「あ――――そうか。サイクリングロードは海を背にする形だから」

提督「そ。長良は分かるだろうが、アレを残り8キロだ」

長良「あっという間についちゃいますね。今から十分ぐらいで到着ですか?」

提督「……いや、出しても40キロ位だから」

長良「えー、せっかくいい追い風が吹いてるのにー」ブー

100: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 23:31:27 ID:7Qja5lQg

青葉「こ、この人……50キロぐらい出そうとしてましたよ」

大淀「やめてください。こちとら初心者なんですよ……というか提督! 40キロでも、私たちでは少々……」

提督「まぁまぁ、モノは試しだ。ほら、ギア上げて」

青葉「うー……そ、それじゃ試しに」カチカチカチ、ジャコンジャコンジャコン

大淀「わ、私も」カチチチチ、シュコココン


 サイクリングロードに入って大きく道幅が広がった。

 大きくギアを上げ、力強くペダルを踏み込んだ。すると、


青葉「ッ――――は、速い! 速いです、これ!! え、なんで!?」

大淀「うそ、全然、楽ですよ!? え、だって調べた情報じゃ、こんな速度出すのって凄く疲れるって……なのに、なんで!?」


 サイコンの示す速度は42キロを示している。プロでもこの速度を維持するのは30分程度と言われる速度だ。

 しかし、青葉と大淀に疲労の色は皆無だった。


提督「追い風だ。今は後ろから風が吹いて、俺達の背中を押してくれている」

101: ◆B2mIQalgXs 2016/08/06(土) 23:54:10 ID:7Qja5lQg

長良「ホント、空気抵抗って馬鹿にできませんよね。全然使う力が変わっちゃいます。あー……やっぱりこのぐらいの速度の方が落ち着きます……青葉さんも大淀さんもそうでしょ?」ニコニコ

提督(同意を求めんな。おまえのような初心者がいてたまるか)


大淀「」ウズウズ

青葉「」ウズッ


提督「(あ……いや、まあそうか。初心者だからな。落ち着くどころか、むしろどれだけ速度出るのか試したくなるか)………いいよ。大淀、青葉、ちょっと本気で踏んでみ」


 その言葉が、引鉄だった。


大淀「ッ――――行きます。砲戦、用意……消し飛ばします。ふふ、うふふ、うふふふふふ」シャガッ

青葉「青葉も続きます……敵はまだこちらに気づいてないよ? 気づく前に終わらせちゃいましょう、フフ」シャゴッ


 笑みとは本来攻撃的なものである。彼女たちの笑みは、まさしくそれであった。


提督(あっ……出撃の時と同じ顔だ……なんつープレッシャー放ちやがるこいつら……イカン。俺も速度上げよう)ジャココココン


 英断であった。先頭を走る提督が速度を上げねば、恐らく衝突していたであろう。

102: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:03:59 ID:VTd3blqA

大淀「っお……おおおおおッ!!」グンッ

青葉「やぁああああ!!」グンッ

長良「やった! 私も行くよ!! ったぁああ!!」グググンッ


 全力での踏み込み。シッティングのままであったが、流石に艦娘の身体能力は伊達ではない。みるみる速度が上がっていく。


提督(―――おお)


 その様子を振り返りながら見ていた提督は、思わず感嘆する。速度に、ではない。

 彼女たちの表情にだ。


大淀「っ、は、はっ、はっ、はぁっ……!」

青葉「しっ、しぃっ、しっ……!!」

長良「あははっ、やっぱりきもちーーー!!」


 それを見て、提督は先ほど、出撃時の迫力を想起した己の認識を撤回する。


提督(イイ顔してんじゃん、おまえら)

103: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:10:54 ID:VTd3blqA

 出撃の時の気合の入った彼女たちとは違う。

 戦いに勝利し、喜んでいる時の彼女たちとも違う。

 寮で友人や姉妹と馬鹿話をしているときや、食堂で夕食やデザートを楽しんでいるときのような……心底楽しんでいる顔だった。


提督(やっぱりお前ら、戦ってるよりそういう顔してた方がいいよ。凄くいい)


 しみじみとそう思い――――我に返る。


提督「っと………おーい、大淀、青葉。飛ばしてるところアレだけど、ちょっとサイコン見てみ?」

大淀「え………ッ!? ご、じゅう、ごきろ……時速55キロですか!? あ、でも、これ、流石に、つ、疲れっ! あ、我に返ったら、これ、マズいです、これ!」ゼイゼイ

青葉「こ、こんな、速く……わぁ、わぁあああ!! な、なんですかこれっ! 青葉、こんな気持ちいい乗り物、乗ったことないです!! あ、でも息がッ! あっ、疲れ、あっでも足が止まらなっ」ハァハァ

長良(まだ遅いんだけど……言っちゃいけない空気だっていうのは分かる)

提督(帰り道が地獄と化すことは言わんどこ。向かい風の中をどう走ればいいのか、初心者が最初にぶち当たる鬼門の一つだ)


 ゆるゆると速度を落としていく大淀と青葉に、提督はドリンクを手渡す。思い切り不満げな長良は無視した。

104: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:45:26 ID:VTd3blqA

提督「いいもんだろ」

青葉「イイ! やっぱり一台買ってください! 青葉、毎日乗ります! 大事にしますから!」

大淀「いいですこれ! 欲しいです! 買ってください、お願いします!」


 水分を補給し、呼吸を整え、ひと心地着いた青葉と大淀は、力強く答えた。


提督「うし。んじゃ次は……土手の上に上がってみようか。俺の前走っていいぞ」

青葉「え? は、はぁ……」クルクル

大淀「えっと、この坂を登ればいいんですよね?」クルクル

長良「何かいいものでも見れるんですか? 景色がいいとか!」クルクル

提督「まあ……な。上がったら一度止まって、前を見てみろ。俺にとっての、とっておきだ。歩行者や他の自転車に気を付けてな」


 先頭を走る提督が、スッと左側を開ける。

 長良と大淀、そして青葉の正面の視界が開けた。三人は坂道をするすると登り、土手の上へと到達する。

 そこには――――思いもよらぬ光景が広がっていた。

 求めていたもの。欲していたもの。どうしようもなく遠く感じたものが、そこにあった。

105: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:47:12 ID:VTd3blqA

https://www.youtube.com/watch?v=wBiiEEvQGjo




大淀「――――――」

青葉「――――――」


 言葉もなかった。ただ馬鹿みたいに口を大きく開けて、その光景を見やる。

 ただ、遠くが見えた。

 河川敷の土手の上から開いた景色には、人の営みそのものがあった。

 道行く老夫婦。自転車に乗る子供。ロードバイクに乗る夫妻がいた。


長良「―――――」


 長良もまた、息を呑んでいた。

 土手の向こう側、およそ数キロ先にある橋が見える。その先の橋も、更にその先も。

 そこには自動車が走っていて、更に向こう側には電車の路線がある。

 右手には河が広がり、河に面する野球やサッカーのグラウンドで、スポーツに興じる若者がいた。

 河向かいの陸地はゴルフ場だろうか。豆粒のように小さく見える中年男性が、へっぴり腰でスウィングしているのが見えた。

106: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:48:37 ID:VTd3blqA

 左手には、住宅地。一軒家があり、アパートがあり、高層マンションもある。

 せわしなく人が行きかう都会では見られない光景。

 鎮守府の中では実感できないもの。

 海の上では、今まで失われてきたもの。


 ―――それは、人の息吹だ。


 彼女たちが求めていたもの。欲していたもの。どうしようもなく遠く感じたもの。


 平和があった。

 平穏があった。

 人々の笑顔が、そこにあった。

107: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:50:01 ID:VTd3blqA

長良「綺麗………遠い。道が、遠くて、あんなに遠いのに、掴めちゃいそうで……」


 長良が感じたものは高揚。あれだけ広いと感じ、疲労困憊になるまで走った鎮守府でさえ、あまりにも狭かったことを知る。


 闘いの最中――――いつの日か――――。

 そう願った日は、今日だったのか、と。

 目の前に広がる光景に、思い知らされる。

 出撃や遠征の頻度が減って、暇を持て余すこの頃。それでも得られなかった実感。


 初めて実感を得た――――平和とは、こういうものではないのか、と。


 これからは、この光景を走れるのか。

 平和の中を、噛みしめるように。何処までも先へ。

 もっともっと凄い光景を見れるんじゃないか。

 それが、長良を高揚させた。

108: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:51:30 ID:VTd3blqA

大淀「あ…………そう、そうか。これが……」


 大淀が抱いたものは、実感。己が守り抜いたもの。

 なんのために人の身体を得てこの世に転生したのか。

 なんのために戦っていたのか。

 なんのために苦しんで、痛い思いをして、日々を戦い抜いたのか。

 その答えが、あった。

 ここに、あった。

 大淀は確信する。

 この光景の為ならば、戦い続けることができる。

 何年だろうと、何十年だろうと。


 ――――この光景を守るためならば。


 その実感が、確かに大淀の心にしかと根付いたのだ。

109: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:53:30 ID:VTd3blqA

青葉「青葉、青葉は………遠くに。もっと、もっと、遠くに、いっぱい、いろいろな、もの……古鷹さん、加古さん、ガサ……一緒、に」


 青葉を駆り立てるものは焦燥。

 世界には知らないことばかりだ。鎮守府からわずか数キロでこれだ。

 こんなにも人の生きるところがあることを、彼女は知らなかった。それは確かな喜びだった。

 苦しくて、痛くて、辛くて、泣きたいぐらいに怖くて、でも。


 ―――戦った意味はあったのだと、痛感する。


 カメラを持ってこなかったことを悔やんだ。

 心のファインダーが早く次の被写体を、と。

 瞬き、急かすのだ。

 欲望は果てしなく加速する。もっと遠くへ。もっと高くへ。もっと速くへ。

 それがままならない艦娘たる己の身に、焦燥を抱いた。

 もう戦いは終わったのに、この光景が無くなってしまうその前にと。

 これを失ってしまうのが、あまりにも怖かった。

110: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:56:15 ID:VTd3blqA

提督「………これをな、見せたかった。ここが人間の生きる場所だ。そしてこれからはお前たちが生きる場所でもある」


 背後から掛けられた声に、三人が振り返る。

 提督が立っていた。優しい笑みを浮かべて、長良と、大淀と、青葉の三人の顔を見つめている。


提督「お前たち艦娘が、守り抜いた人たちだ。掴みとった平和だ。

   これを守り抜いてくれたのは、お前たちだ。心から尊敬し誇りに思う。

   お前たちは、こんなにも凄いものを守ったんだ」


 長良はその言葉に、思わず込み上げるものがあった。大淀も同じなのだろう、唇の端を震わせて、瞳が潤んでいる。

 青葉は既に、ぽろぽろと涙を溢していた。


提督「平和な世だ。でも俺は軍属だ。何日先か、何ヶ月先か、何年先か……確約はできんが――――世界中のあらゆる美しいもの、必ずお前たちにみせてやる。約束するよ」


 そして堪えていた長良と大淀も、ついに決壊する。心の防波堤はあっけなく崩れ、透明なしずくがしたたり落ちた。

 だけどそれは、長良にとっても、大淀にとっても、青葉にとっても、嫌な涙ではなかった。

 悲しみの涙ではない、後悔の涙でもない、喜びの涙だった。

111: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 00:59:43 ID:VTd3blqA

長良「ッ………ふ、不意打ちは、ずるいでず……な、泣がぜないで、くださいよ………ッ」

提督「すまん」

青葉「う、う゛っ………わ゛ぁあああん………うわぁあああん……あおばは、あおばは……わぁああああん!!」

提督「ごめん」

大淀「ほ、ほんとに、お上手なんですから、提督はッ……もう、眼鏡が、曇っちゃいました」

提督「ごめんな」


 三者三様。

 長良は押し殺すように泣き、青葉は人目もはばからず大声で泣きじゃくり、大淀は静かに震えて涙を溢す。

 誰もが嬉しかった。なのに、涙が止まらない。提督から貰える称賛も、旗艦の栄誉も、MVPの誉も。同じ嬉しさに違いはなかっただろう。

 だけど、それは実感がなかった。

 終わりの見えぬ闘いの最中、それでもいつか、いつか、と。

 そして平和になったと大本営から、唐突に告げられる。

 平和は一体いつやってきた? それはどこだ? どこに行けば、それが分かるのか?

 多くの艦娘たちがそれを、結果を知りたがっている。

112: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:00:33 ID:VTd3blqA

 その実感を、確かに得た。

 これが、成果だと。目の前のものを守った。それこそが最大の戦果なのだと。

 あまりにも、嬉しかったのだ。こんなにも素晴らしいものを守れてきたことが誇らしく、辛かった日々は決して無意味じゃなかったんだと実感させられて。

 嬉しくて嬉しくて嬉しすぎて、涙が止まらなかった。





……
………

113: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:12:36 ID:VTd3blqA
………
……


 後日、提督は大淀と青葉から怒られていた。


大淀「もう!!」

青葉「司令官のばか!!」

提督「だから、悪かったって……まさかあんなに大泣きするとは思わなかったんだよ」


 その後、涙が止まらず、サイクルショップに行くどころではなくなってしまった四人は、鎮守府へとんぼ返りすることとなった。

 ぽろぽろと涙を溢しながらロードバイクを走らせる美少女が三人に、その先頭でなんともいたたまれない顔をしている男が一人。

 どうあがいても人目に付いた。

 しかも提督は鎮守府周辺では非常に有名人だったことが災いした。


子供A『あっ、てーとくがかんむすのねーちゃん泣かせてる!!』

子供B『いーけないんだー、いけないんだー!』

子供C『なーがもーんに言ってやろー』

提督『やめろ馬鹿殺す気か』

114: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:15:23 ID:VTd3blqA

 そんなやりとりはまだ可愛い方であり。


老婆A『おや、あんたこんな別嬪さん三人も泣かせて……罪な男だねえ』

提督『違いますお婆さん。そういうんじゃないです』

老婆B『知っとるぞ、よんぴーってヤツじゃろ? 若いってのはええのう……怖いもの知らずじゃなあ。刺されんようになあ』

提督『いえ、だからそういう関係では……あの、道を開けてほしいというか……違うんで、お引き取り下さい』

老婆C『ああ、言わんでええ言わんでええ……男ってのはいつの世もそうやって女を侍らそうとする願望があるでな。で、具合はどうだったんだ坊や?』

提督『息を引き取るかババア?』


 提督がキレかけたり。


憲兵A『おやおや……』ヒソヒソ

憲兵B『あらあら……』ヒソヒソ

憲兵C『まぁまぁ……』ヒソヒソ

提督『……こ、こいつら』


 ようやく鎮守府に戻ってみれば、憲兵たちが何やら泣きじゃくる艦娘と提督の顔を交互に見ながらヒソヒソ話をされたりと、散々であった。

115: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:23:17 ID:VTd3blqA

大淀「て、提督があんなに泣かすから……ロードバイクも買えませんでしたし、妙な噂も流れるし……もう、知りません!」

青葉「そうです! 酷いです!」

提督「いや、だからカタログ持ってきたろ……」


 その後、提督は鎮守府にも居辛く、一人でサイクルショップに向かった。

 店員は同伴するはずのもう一人がいなかったため怪訝に思ったようだが、とにかく電話で伝えられていた通りにカタログを手渡した。

 そして帰ってきてみれば――――地獄へようこそな状況であった。


明石『あのー提督……なんか大淀が凄い泣きじゃくって帰って来たんですけど』

提督『えっ、そ、それは……』

衣笠『提督、ちょっと、こっち……』

提督『衣笠? なんで……なんでそんな怖ーい顔で手招きすんの……ちょっと、やだ……怖いんだけど……』

五十鈴『ねえ、ウチの長良に何したの? ねえ、貴方……ねえ、何したの?』

提督『い、五十鈴、それ、俺のバット……なんで今持ってきたの、ねえ……?』


 提督はケツバットの刑に処された。その後に誤解は解けたが、既に打ち据えられたケツの腫れは引かない。提督のケツは犠牲になったのだ。

116: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:46:23 ID:VTd3blqA

大淀「まあ……もう誤解と伝わってますし、ロードバイクも注文できましたし……でも」

提督「ああ、その……分かってるよ」


 執務室の隅には、真紅のロードバイク、ピナレロF8が寂しげに鎮座している。


青葉「そうです! どうすんですか、提督! 長良ちゃんがカタログ読んで、自分のロードバイクがとんでもなく高価だって知ってしまって!

   提督に返した後、ショックと罪悪感で寝込んじゃいましたよ!?」

提督「………うん。だからね、それは今日解決す―――って、来たか!!」

青葉「えっ、来た? 何が……え、まさか!!」


 執務室の窓から、鎮守府入口へ入っていくトラックの姿を確認し、提督は立ち上がった。

 痛む尻を抑えながら、階段を下り――――トラックの停まる軽巡寮の前へと向かう。

 提督は運転手との挨拶もそこそこに、受領証のサインを終えるや、すぐにそれを持って軽巡寮に駆けこんだ。


提督「長良ーーー!!」

長良「え、司令官……? あ、や、やだ……!!」ダッ

提督「逃げんな! おまえにロードバイクのプレゼントだ!!」

117: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:47:13 ID:VTd3blqA

長良「えっ……!?」


 ピナレロF8のカラーリングは872 Rhino Redが、そこにあった。

 提督と同じカラーリングに、コンポーネントまで統一。長良に適したフレームサイズに変更されている以外は、提督が使っているのと遜色がない、ピカピカ新品のロードバイクだ。


提督「俺のバイク、好きだったんだろ。同じもの買った! こいつに乗れ! 俺と御揃いだ!!」

長良「し、司令官と、御揃い……! あ、で、でも、こ、これ………でも、私……」

提督「気にすんな! むしろ俺は嬉しいぞ! 俺と同じセンスで、同じモンを気に入ったんだろ!」

長良「う、うう……」

提督「お前に乗ってほしいんだ。おまえは凄いスプリンターだ。平地の巡航もできる、すげえ乗り手になる!!

   世界を制すバイクこそ、お前に相応しい!! こないだの侘びも兼ねて、お前にプレゼントしたい!!」

長良「……………あ、あはは。なんだか、落ち込んでたのが、馬鹿みたいです」


 らしくないハイテンションで、ゴリゴリに押し切ろうとしてくる提督に、長良は苦笑めいた笑みを浮かべて、今度こそ笑う。


大淀「わ、私のも、来てる!!」

青葉「青葉のバイクもーーーー!! 待ってたんですよーーー!!」

118: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 01:50:12 ID:VTd3blqA

天龍「オ、オレのも……いやったあああ! 来たぜ! オレの、オレだけの艤装!! スコットのロードバイク来たぜぇええ!! 龍田ぁ! おまえのもーーーー!!」

龍田「あらぁ、待ちかねたわ~~~。これで天龍ちゃんや第六駆逐隊の子たちとサイクリングができるわね~~~♪」

長良「………司令官、ごめんなさい。あと、ありがとうございます……私、これ、大事にしますね。ピナレロF8……すっごく大事にしますね!!」

提督「ああ、また外にサイクンリングに行こう。色んな世界、俺と一緒に見よう! な!!」

長良「はい、司令官!!」


 満面の笑みを浮かべる長良。まだ瞳の端に涙のしずくが残っていたけれど、それはもう喜びに変わっていた。






【2.ロードバイクを買いに行こう!】

【失敗!】


【2.ロードバイクを手に入れよう!】

【大成功!】

【続く】

124: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 21:56:29 ID:VTd3blqA
【2.5 ロードバイク図鑑そのいち、なのです!】


※現時点で作中に登場してロードバイクを得た艦娘たちのロードバイクや脚質といった設定集と、番外的な小話

 【注意】どっちかといえば設定厨向きで、内容も厨二成分が過分に含まれます。

     読まなくても本編を読むのに差し支えはありませんが、

     むしろ読むと本編を読む上で一部展開が予想できそうなネタバレがあるかもしれません。

     ……君のような勘のいい提督は(こんな設定集は)嫌いだよ。

125: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 21:57:06 ID:VTd3blqA
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・長良型軽巡洋艦:長良

【脚質】:スプリンター

 ―――よーし、長良もF8も、コンディションさいこーーー!!

 尋常ならざる脚力は天性のものであり、スプリンターとして抜群の才能を有する。
 登坂力もそこそこあるオールラウンダー寄りのスプリンターで万能性が高い。
 平地での巡航速度もケタ違いで、回して進むのと踏んで進む両方が得意という天性の脚を持つ。
 今後のトレーニング次第で脚質が変わる可能性も。
 なおスピード狂のもよう。体力のお化け。休むとすぐ回復する吸血鬼体質。多分ヘマトクリット値やばい。
 頭を使うのは大の苦手らしく、腹芸や駆け引きはてんでダメだが、超体育会系でメンタル強いので敵からすると超厄介。
 空気が読めないのは弱味でもあり強みでもある。

【使用バイク】:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K(872 Rhino Red)
 長良のバイクは、イタリアのピナレロが誇るフラッグシップ、オールラウンドエアロロードのドグマF8だよ!
 元々は司令官のものに乗っていたんだけど……その、色々と……申し訳なくて。
 でも、でも………司令官がサイズ違いの、全く同じF8をプレゼントしてくれたんだ!
 フレームサイズは元々の長良の適正サイズで、ますます乗り心地と加速が良くなっちゃった!
 しかもカラーリングも装備も、司令官と御揃い! やったあ!
 だからこそ……長良、このバイクならどこまでだって走り抜けて見せます!!
 司令官は長良の脚に――――ついてこれる?

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126: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:00:00 ID:VTd3blqA

※提督とモデルからカラーリングからコンポから何から何まで御揃いということで、一部の提督ラブ勢がややざわめきだすのは別の話。

 提督はケツバットやら鎮守府内の風紀やらでてんやわんやでそこまで考えが及ばないぐらい切羽詰まっていた。

 純粋に御揃いが羨ましく思ってる子もいるっぽい?

 ただし、脚質も相まって(F8はオールラウンドだが、どちらかと言えば瞬発系強い人向き)同じものを欲しがる艦娘もいるかが。

 艦娘の多くがロードバイク≒艤装と考えてる節があり、そして砲や魚雷と違い『提督と同じものを使える』というのはある種の喜びを感じるようであるクマ。

 なお長良は提督ライク勢。今は。(今後は変わるとは言ってない)

127: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:01:17 ID:VTd3blqA
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大淀型軽巡洋艦:大淀

【脚質】:なし(ポタリング派)

 ―――優勝、おめでとうございます。

 すっかりロードバイクの魅力にとりつかれてしまった大淀。
 非番の時はロードバイクで街乗りしたり、明石と一緒に整備をしたりと、毎日を楽しんでいる。
 行動範囲が広がって、街中で思わぬ発見をしたり、平和になった街並みをゆっくりと眺めながら走るのがお気に入りのようだ。
 後にロードバイクに乗るようになった足柄・霞・清霜とサイクリングに出かける姿をときどき目撃するようになった。
 これまた後に開催されるレースではときどき解説や、裏方での補給・設営作業に従事するようになる。
 たまに足柄に借りたレース仕様のバイクでガチ走りする。たまたま目撃した提督曰く、
 『ガチ勢になったらなかなか高いポテンシャルを秘めてそうなんだけどなぁ。でも楽しんでるようで何より』とのこと。

【使用バイク】:TOMMASINI SINTESI 8Z(ブルー)
 イタリアのハンドメイドスチールフレーム、トマジーニ・シンテシーです。
 その……最初は提督と同じ、カザーティのピエトロ1920にしようと思っていたんですが、えっと……。

 …………私には、青が似合うって、前に言ってくれたから…………。

 あ、いえ、ふ、深い意味はないです、ええ!!
 こ、これ、実に乗り心地がいいんですよ、ええ! 街乗りもちょっとしたサイクリングでもいい感じですし。
 華やかな外見もとても気に入っています。

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128: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:02:20 ID:VTd3blqA

※いうまでもないですが、このおおよどさんはていとくらぶぜいです

 あとポタリングというのは、『あちこちを気楽にぶらつくこと』の意。
 自転車で言う散歩(サイクリング)のこと。

129: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:03:37 ID:VTd3blqA
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青葉型重巡洋艦:青葉

【脚質】:なし(ポタリング派)
 インプレ(感想)も解説も実況も、青葉にお任せ!
 お祭り事が大好きな青葉は、レースにおける解説・実況枠。
 でも時々は自分でもロードバイクに乗って、サイクリングを楽しむ。もちろん衣笠や古鷹、加古も一緒。
 外出先でいっぱい写真を撮ったり美味しいもの食べたりと、とっても楽しんでいる。
 また、ちょくちょくサイクルショップの試乗会に参加しては、試乗したバイクのインプレッションを書き起こし、
 鎮守府かわら版に掲載したりしている。
 素人的な感想ではあるが、着眼点が面白いと提督を始め他のガチ勢、ポタリング派からもなかなか好評のようである。
 後にロードバイクに乗るようになった夕張も色々と乗り比べるのが好きであったため、二人は意気投合。
 フレームを始め、各種ホイールやパーツの性能をあれこれ試してみたりと、ドツボに嵌っていくのであった。

【使用バイク】:PANASONIC FRT09(AURORA OS-PV/パープル×ブルー)
 司令官……青葉、とうとうロードバイクデビューです!
 青葉のロードバイクは、司令官のチタンバイクと同じやつにしちゃいました! 色違いですけど!
 あんまり見ない色でしょ? でも青葉に似合ってませんか? でしょー! えへへ!
 それとほら、ここ! トップチューブの左側に『AOBA』ってロゴを入れてもらったんですよ!
 え? 『WARE-AOBA』じゃなくていいのか……って、司令官! 青葉、怒りますよ! ぷん!

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※あんまり問題を起こさない青葉。面白記事を書くのでかわら版や新聞の評判は上々。

 パソコン業務もなかなか速く、事務職が得意。当鎮守府においては提督ライク勢。

130: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:05:36 ID:VTd3blqA

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天龍型軽巡洋艦:天龍

【脚質】:オールラウンダー
 ―――天龍様のお通りだ! よっしゃあ!
 元々の脚質はスプリンターだったが、すぐに山岳を鍛えてオールラウンダーに転向。
 登坂・平地巡航・ダウンヒル・アップダウン・アタック・駆け引き、全てにおいて世界水準軽く越えた乗り手へと成長。
 とある理由により、大戦時から当鎮守府の駆逐艦や軽巡から非常に慕われている。特に睦月型や朝潮型、深雪や磯波。
 軽巡では木曾や北上、大井が姉以上に慕っている。球磨と多摩はぐぬぬ。
 提督曰く、非常に華がある、とのこと。人の目を惹きつけてやまないらしい。
 そんな天龍がロードレースにおいても注視を浴びる存在になるかは、まだ誰も知らない。
 鎮守府最古参の軽巡。着任最初期に鎮守府に着任した、提督にとって初めての軽巡。
 ずっと提督と鎮守府を支え続けてきたという自負と誇りは、彼女にとってあまりにも重い。

【使用バイク】:SCOTT FOIL PREMIUM(2016ver)
 コイツの名はフォイル・プレミアム……フフ、怖いか?
 え、怖くない? そ、そっか……世界水準軽く超えたバイクなんだぜ? 見る目ねえなぁ。
 お、いいバイクだってことは知ってるって? だろ! いいよな、こいつ! 軽くてグングン進んでくれるんだぜ!
 なあ、今度一緒に遠征しようぜ! もちろんロードバイクでだよ! すげーウマい店を見っけたんだよ。な?
 ……へ? い、いや、その、二人きりとかじゃなくてな、その……龍田や駆逐艦たちと一緒にさ、な?

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>>1のかんがえたさいこうにかっこいいてんりゅー。主に作中で。

 なお提督に対しての思いは上手く言葉に出来ないもよう。

131: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:07:57 ID:VTd3blqA

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天龍型軽巡洋艦:龍田

【脚質】:ルーラー(スピードマン)
 ―――あら~? 速くてもう着いてこれませんか? うふふっ。
 平地の高速巡航においては天龍以上。天龍に付き合って様々な地形を走り込んだため、山岳もそこそこイケる。
 きわめてオールラウンダー寄りで、訓練次第で転向もできるが、あくまでルーラーとして天龍のアシストをしたいらしい。
 駆け引きと威圧感がヤバい、とは相手チームの駆逐艦の言。誰の許可を受けて私と天龍ちゃんの前を走っているのかしら~?
 天龍ほどではないにせよ、多くの駆逐艦から慕われている。時々怖いという噂。
 天龍のことが大好き。提督に対しては過去の出来事から複雑な思いを抱いている。
 天龍の自覚のない想いを天龍自身より先に察してしまった。
 まだ未コンの提督をギラついた目で見る他の艦娘達より先んじて天龍をケッコンさせられるようあれこれ企んでいる。

【使用バイク】:SCOTT FOIL PREMIUM(2016ver)
 うふふっ、天龍ちゃんと御揃いなんだ~♪ いいでしょ~?
 翼断面の形状からお察しの通り、すっごく高性能なエアロロードなのよ?
 とても軽くて坂道だってすすいのすいなんだから。
 ところで提督? いつになったら天龍ちゃんとケッコンしてくれるのかしら~? 私、お願いしたわよね?
 ……え? 誰ともケッコンする気はない? あー、ふーん、そう。そうなんだ~?

 じゃあ―――見る目の無い節穴のようなその両目、存在する意味はないわよね? 
 
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提督「所詮はカッコカリ。深い絆などとうに天龍との間に存在している。おまえともだ、龍田」

龍田(や、やりづらいわぁ。ホントこの子やりづらいわぁ……)

132: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:11:36 ID:VTd3blqA
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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:暁改二

【脚質】:オールラウンダー
 ―――暁よ。一人前のオールラウンダーとして扱ってよね!
 暁型の中で、響と共に努力して登坂を繰り返した。
 元々TTスペシャリストだった脚質が開花し、オールラウンダーへ成長。
 登坂が多かろうと平地が長かろうとアップダウンが沢山あろうと、
 どの区間においても上位に喰らいつけるポテンシャルを持ち、エースとしての能力が高い。
 『一人前のレディはみんなオールラウンダーでしてよ』と騙された結果ガチのオールラウンダーになる。
 誰に騙されたかは推して知るべし。なおほざいた謎の航巡Kはポタリング派である。許すまじ。
 なお、レース中はかなり目ざとく周囲を見ており、アタックチャンスを見逃さない強かさもある。(ヒント:索敵値)

【使用バイク】:PINARELLO MARVEL 940 Violet
 イタリアの名門・ピナレロのマーベルよ。一人前のレディに相応しいバイクよね!
 いずれは本格的なチームレースにも出てみたいけれど、第六駆逐隊や天龍さんたちと一緒にサイクリングも楽しみたいかなって。
 明日はちょっぴり遠出するんだって! 楽しみだわ! わくわく。
 えーっと………と、ところで、し、司令官? 司令官と私のバイクって、同じブランドのバイクなのよね?
 そ、そう、ふーん! し、知らなかったわー。選ぶときはそんなの知らなかったわー。ほ、本当よ?
 ま、まぁ、司令官も一人前の『じぇんとぅるめぇん』として、いい趣味だと思うわよ。うん。ピナレロはいいわよね。
 ………ってぃ! 響ったら、なんで笑ってんのよ、もー!! ぷんすか!!

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※いちにんまえのれでぃにはぴなれろやこるなごがふさわしいとおもいました(こなみかん)

 提督への思いはやや父性や兄のような頼りになるところに甘えたい気持ちが半分と、

 男の子らしいところにたまにドキドキするという淡いものが半分

133: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:15:37 ID:VTd3blqA
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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:響(Верный)

【脚質】:クライマー
 響だよ。ヴェールヌイ? ううん、響さ。皆が響って呼んでくれるから………私は響だ。
 脚質はクライマーだよ。山岳なら暁にだって負けないよ。でも平地は苦手だから……置いて行かれるのは、寂しいな。
 え……皆、待っててくれるのかい? 優しいんだな……ありがとう。

 ―――………計画通り(ハラショー)だ。
 これで体力を温存できる。後は山岳地帯に入ってから皆をチギって置き去りにすれば、私の勝利は揺るがない。
 勝つためなら同情を引くぐらいするさ。お金に出来ない価値とはすばらしい。何一つ失うことなく勝利という結果を得られる素晴らしい錬金術だ。
 君もそう思うだろう? 何せ不死鳥並の山岳登坂力に、信頼(仲間)という名の重荷を捨て去った今、私は最強だからね。
 酷い? 卑怯? 冷酷や卑劣と言ってほしいね、より格調高く。司令官の膝の上でナデナデしてもらうのは私だけの特権だ。誰にも渡さない。

 ―――といった具合でなかなかにブラックな響である。司令官の悪いところを真似した結果こうなった。司令官は艦隊戦やレースでは鬼畜そのものである。

【使用バイク】:RIDLEY HELIUM SL
 ベルギーのメーカー、リドレーはヘリウムSLだ。
 自転車大国ベルギーにおいて屈指の技術力とセンスを備えた、『信頼』できるメーカーなんだ。
 ん? 姉妹の中ではフレームもコンポもガチガチのレース仕様だって? そりゃあそうさ。やるからには競技でも勝つさ。
 まして艦隊戦とは違い、ロードレースには『艦種』に寄らぬ『脚質』、そしてチームにおける役割分担が明確だ。
 艦種という絶対的なスペックに寄らない、『努力』が結果を裏切ることのないスポーツ。なら私は勝つために最善の努力を続けるよ。
 『不死鳥』と『信頼』の名はロードレースにおいても伊達じゃないことを証明するよ。
 司令官の育てた私が弱いなんて、そんなことは有り得ないよ。貴方の『信頼』を裏切るなんて、あってはならないことだ。
 ………? 司令官。なんだい? どうして頭を撫でるんだい?
 ……ううん、嫌じゃないよ。………司令官の手は、温かいね………本当は、不死鳥のままで、いたかったよ。
 それでもまだ、私を『響』と呼んでくれる姉妹や仲間達、この鎮守府の皆が、私は大好きだ。もちろん司令官のことも、だよ。

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134: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:16:25 ID:VTd3blqA
※なおレースでは姉妹は勿論仲間という名の信頼はドブに捨てるもよう。勝てばいいのさ、勝てばね。

 信頼とは無形のものである(虚無感) 当鎮守府における提督に父性を求めている勢の一人。

 リドレーのフェニックス(不死鳥)に乗せるか最後まで迷ったが、名前的に山岳において無敵になるのでやめた。多分以下のような感じになる。


響「そう、フェニックスは何度でも甦るのだから!!」アラブルフシチョウザノポーズ

時雨「チートはよくないよ、響」

響「そのペダリングはもう見た! このフェニックス響、一度見たペダリングは二度と通じない」

雪風「(そういう競技じゃ)ないです」

響「受けろ、フェニックスのはばたきを――――鳳翼天翔――――!!」

妙高「ぐわぁああああ!!」

初風「妙高さん、ふっ飛ばされた!」

響「ダスビダーニャ、妙高=サン」

提督「響、反則行為で失格」

響「(´・ω・`)」


 フェニックス・響の語呂が良すぎてやばい

135: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:17:07 ID:VTd3blqA


雷・電「やっぱり来てくれたのね、お姉ちゃん!」


 セルフ腹筋崩壊に陥りそうだ

 鳳凰幻魔拳の一撃は全ての艦娘たちに己が軍艦だった頃の前世の悲惨な光景を垣間見せ、ハンガーノックに陥れる。

 時雨にはこうかばつぐん。

 特に雪風の場合は今まで見届けてきた艦隊の沈没シーンが勢ぞろい。

 これには流石の雪風も○○○目で泣く。

 というわけでボツにしたんだ。すまんの。

136: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:18:00 ID:VTd3blqA
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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:雷

【脚質】:パンチャー/ヒルクライム寄り
 ―――パンチャー? 私がいるじゃない!
 細かいアップダウンを迅雷の如き速度で駆け抜ける高い瞬発力が強み。山岳強めのパンチャー。

 傾斜の緩い坂であればスプリント勝負もできる。
 ―――この雷様に坂で勝てるとでも思ってんのかしら?

 逃げ集団に入れれば優勝も狙っていける。
 ―――もーっと私に頼ってもいいのよ!

 でも平地での高速巡航は苦手で、響と同じくお荷物になりがち。
 ―――お荷物だなんてひどーい!

 いずれにせよとても頼りになる雷である。
 ―――えっと、あの、司令官、聞いてる? 


【使用バイク】:ANCHOR RS9(エッジイエロー)
 へ? 気づかなかったの? ひどーい!!
 って……ごほん。雷のバイクはアンカーのRS9よ! 雷にぴったりのバイクでしょ?
 だってほら、アンカーって錨(いかり)って意味よ! いっつも私が手に持ってるじゃない!
 色はカラーオーダーでイエローにしたのよ! ハンドルバーテープもイエロー!
 こういうこだわりって大事よね。司令官もそう思うでしょ? うんうん、さっすが司令官、分かってるわね!
 このバイクで、レースじゃガンガン勝ちに行っちゃうんだから、期待して見ててね!

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137: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:23:24 ID:VTd3blqA

※錨(アンカー)を手に持つ雷は、最初からアンカーのバイクに乗せることに決めてた。

 提督には頼ってほしいという母性を出すも、結局父性で甘やかされてしまう現状から、

 徐々に提督ラブ勢になりつつある

138: ◆B2mIQalgXs 2016/08/07(日) 22:25:40 ID:VTd3blqA

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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:電

【脚質】:ルーラー
 ―――電の本気を見るのです!

 特Ⅲ型はそれぞれの脚質が異なる。長女から順にオールラウンダー・クライマー・パンチャーと来て、
 電は平地における高速巡航を始め、仲間の牽引やサポートが得意な典型的ルーラー。
 チームとしてはなかなか役割分担が揃っている。
 なお比較的ガチ勢の姉三人と比べ、本人はポタリング派であるため、電の技量はそこまででもない。
 実はルーラーは『ルーラー抜きのチームでは絶対に優勝できない』と言われるほどの超重要ポジションだったりするのだが……。
 なお深雪に自分の前を走られることを極端に嫌がる。深い意味はない。

【使用バイク】:ANCHOR RS9(エッジイエロー)
 雷ちゃんと御揃い、なのです! かっこいいのです!
 レースでの競争もいいものですね。同じ争うにしても、沈んじゃったりする戦争は、もうこりごりですから……。
 あっ、はわわ、すいません、しんみりさせちゃいましたね。
 電はこのロードバイク、好きですよ。温かい街の風、優しい海の風、柔らかい山の風……お気に入りなのです。
 レースでは精いっぱい頑張りますので、見ててほしいのです、司令官!
 電の本気をみるので――――はわっ!? み、深雪ちゃん! い、電の前を走っちゃダメなのです!
 あ、あぶないのです!! もうぶつかりたくないのですぅ!!
 
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※ぷらずまだと思った? 残念! 可愛い電ちゃんでした!

 提督への感情は複雑な信頼と、頼りになるお兄ちゃんのような安心感が混ざったような色

150: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:27:11 ID:TOOOYOK6

【3.ロードバイクを選んでみよう!~他短編~】


 長良が提督から改めてロードバイクをプレゼントされてから、一週間が経った。

 長良はご機嫌だった。

 毎日のように鎮守府敷地内の道路を、時間が許す限り走っている。悪天候の時は一日ブルーな気分になることもしばしばだ。

 以前提督が言及した通り、鎮守府内の道路では物足りなくなってきている。そんな時は、


長良「司令官! 長良、また外を走りたいです!」

提督「いいぞ。明日あたり、ちょっと山の方まで遠出してみるか?」

長良「やったー!」

天龍「オレもー」

龍田「私もー」

暁「にぎやかね!」

響「楽しくなりそうだね」

雷「お弁当作ろうかしら?」

提督「いや、せっかくだしメシ食いに行こう。ここから20キロぐらいサイクリングロード走ったところに、ロードバイク乗り御用達の店があるんだよ」

151: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:28:39 ID:TOOOYOK6

電「どんなお店なのです?」

提督「天丼屋」

天龍「お、いいねえ」

青葉「なになに? 美味しそうなもののお話ですか? 青葉もご一緒させてくださいー!」

大淀「明日のオフですか? よろしければ、私もご一緒しても?」

提督「もちろん」


 そうしてオフの日には外出申請を出し、河川敷のサイクリングロードや内地の山々、市街地など、色んな所を提督らと共に駆けまわる。

 当然、他の長良型にとっては面白くない。彼女たちは長良以外が、いわゆる提督ラブ勢であった。


五十鈴「………」


 提督への気持ちを、隠しているつもりの者が一人。


名取「………」


 提督の前では緊張のあまり混乱してしまう者が一人。

152: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:30:10 ID:TOOOYOK6

由良「………」

鬼怒「………」


 そもそも隠そうともしない者が二人。


阿武隈「………」


 不器用ながらも近づいて気を惹こうとする者が一人。


提督(視線を感じる………!!)ゾクッ


長良「?? 司令官、どうしたんですか?」

天龍「顔色悪いぜ?」

大淀「体調を崩されているのでしたら、また後日にでも……」

提督「いや、ありがとう。でも大丈夫だ。明日が楽しみだな」


 提督が共にツーリングに行くのは、長良だけではないのが幸いなのか不幸なのか。

 天龍や龍田、第六駆逐隊の暁型四姉妹も同様だ。ちょくちょく提督のところに顔を出しては、アドバイスを受けている。

153: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:30:53 ID:TOOOYOK6

 感じたことのない快感、速度、風の感触、その全てを全身で楽しんでいる。

 ――――平和を満喫している。

 艦娘とは軍人だ。任務が皆無というわけでもない。

 しかしアジア圏内の深海棲艦をほぼ壊滅にまで追い込んだ結果、任務は減り、代わりに待機時間や自由時間は増えている。

 激動の時代が幕を下ろし、平穏な時間が戻った――――艦娘達にとっては、初めての平穏である。

 その平穏な時間を、提督と共に過ごしたいという艦娘は少なからず存在する。

 長良型もそうであった。しかし、


五十鈴(………誤魔化せない。ダメだわ。欲しい。あのロードバイクってやつが、欲しい)


 五十鈴をはじめとする、長良を除いた長良型軽巡もまた、ロードバイクを欲した。

 当然と言えば当然だった――――毎日のように長女がロードバイクを物凄い速度で乗りまわしては、楽しげに笑っている。

 毎日くたくたになるまで走り回り、自室に戻ってからも宝物を扱うようにロードバイクを洗い、ホイールを磨き、チェーンを洗浄し、甲斐甲斐しく整備する。

 ロードバイクに乗ってないときはロードバイクの雑誌やカタログを読みながら新しいパーツやウェアを楽しそうに吟味していたり、パンク修理の練習をしたり、提督から借りたらしいヨーロッパのロードレースのDVDを鑑賞している。

154: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:31:40 ID:TOOOYOK6

長良「えへへ」


 長良の表情から笑みが絶えることは無かった。長良型の妹たちは、最初は微笑ましい表情でその様子を見ていた。

 己の艤装を整備するときだって、走り込みで自己ベストタイムを更新した時だって、長良があんなにも楽しげな表情をしていたことは無い。

 よほどうれしかったのだろう、と、率直に長良の喜びを祝福していた。していたのだが。


五十鈴「………」チラ


 談話室のソファに深く腰掛け、ファッション誌を手に持つ五十鈴の視線は、ちらちらと部屋の片隅へと向けられている。

 そこには天龍姉妹や暁ら第六駆逐隊と共に、レースのDVDを大型TVで鑑賞する長良の姿があった。

 目をキラキラさせて食い入るようにレースDVDを観る長良たち。

 手に汗握って鑑賞する彼女たちは、心底楽しそうだった。


五十鈴「………(これはちょっと……ううん、かなり……欲しいかも)」チラチラ

阿武隈「………(わぁ、坂道をあんなにスルスル登って……苦しそうだけど、それ以上に楽しそう)」ソワソワ

由良「………(凄い観客……あんなに応援される中を注目されて走ったら、とっても気持ちいいんだろうね。ねっ)」ムズムズ

155: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:32:27 ID:TOOOYOK6

 レースの模様を興味深そうにチラ見するのは五十鈴だけではなく、阿武隈や由良、そして、


鬼怒「………(鬼怒も乗りたい鬼怒も乗りたい鬼怒もロードバイク欲しい欲しい欲しい長良お姉ちゃんだけズルい鬼怒も欲しい欲しい欲しいったら欲しい)」ガタガタガタ


 特に鬼怒などは長良に次ぐ鍛錬マニアであり、初めて長良がロードレースを駆っていた時から好奇心が膨れ上がる一方だった。

 未だ跨ったことすらない状態でコレである。

 日々膨れ上がる物欲の波動に目覚めかけている鬼怒。そして、


名取(わぁー、いろんな自転車があるんだぁ……目移りしちゃうなぁ。あ、これ可愛い……こっちのカッコイイのも……うーん、迷っちゃう)


 一人、長良の持ってきたカタログの様々な自転車のフレームを見て、わくわくを隠せない名取。


 当然姉妹たちは興味を惹かれる。長良型は長良を筆頭に、結構なアウトドア派が多く、スポーツに対する興味が大きい。

 名取は比較的インドアであったが、日常的にランニングやトレーニングを行うなど、運動が生活の一部に染みついている。

 そんな長良姉妹は、当然のように一つの結論に至る。

 ふと気づいたのだ。モヤモヤした気持ちの正体、それは。

156: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:33:06 ID:TOOOYOK6


 ――――そんなに楽しそうなものを、どうして長良(お姉ちゃん/姉さん)だけ!!


 ことさら鬼怒は激おこであった。その名の通り顔を真っ赤にして鬼の如き怒りっぷりを見せた。

 彼女たちが執務室に突撃を仕掛けるのは、それから程なくしてのことであった。


五十鈴「頂戴!」

名取「く、ください!」

由良「買ってください! ねっ!」

鬼怒「くれちん!」

阿武隈「欲しいです!」


 さて、そんな長良型の五人に対して、提督は――――。


提督「いいよ」


 あっさり了承する。

 単に提督は彼女らを蔑ろにしたわけではなく、興味があるかどうかもわからないものを押し売りの如く提供するのはいかがなものかと思っていた。

157: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:33:47 ID:TOOOYOK6

 だからカタログを手渡した際に、長良には「興味のある子がいたら俺のところに来るように言っておいてくれ」と伝えた。そして長良も適切にそれを伝えた。

 それでもなお、彼女たちが提督の訪れを待っていたのは、


五十鈴(長良にプレゼントしたなら、すぐに自分たちにもプレゼントしてくれるでしょ?)


 そんな風に考えていた時期が、彼女たちにもあった。

 しかし、提督は一向に彼女たちの部屋を訪れようとしない。


 ―――――どういうことだ。どういうことだこれは。


 彼女たちは姉妹であるが、艦娘としてはMVPを争うライバルでもある。兵器としての側面を持つ彼女たち艦娘は、本能の部分で自分たちを大事に運用・管理してくれる人間を、提督を欲しているのだ。

 それがまさかのロードバイクプレゼントという特別扱い(と、長良始め長良型軽巡らは認識している)である。長良型ネームシップという点を除けば、長良も自分たちも同じ軽巡ではないか。


 ―――長良だけなんてズルい。私たちにも同じものを!!


 要は、可愛らしい嫉妬であった。

158: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:34:41 ID:TOOOYOK6

提督「ロードバイク、欲しいんだろう? いいぞ、好きなものを選ぶといい」


五十鈴(な、なんか釈然としない……しないけど……ま、まぁ、いいわ)

名取(うぅ………)

由良(むぅ………)

鬼怒(ちょっぴりおこだけど、でもロードバイク! プレゼントしてもらえる! やったぁ!)

阿武隈(提督ってば、女心がわかってないですぅ! ぷんぷんです!)


提督「………カタログは見たんだろう? どれが気になってるんだ」


 そんな彼女たちの心情はなんとなく理解しつつも、素知らぬ風で提督は彼女たちを促す。

 別に長良だけを特別扱いした覚えはないし、天龍や龍田、第六駆逐隊、大淀や青葉だってそうだ。

 欲しいものがあるのならば元々買ってあげるつもりであった。

 それがロードバイクであるかどうかは提督にとって関係ない。

159: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:35:30 ID:TOOOYOK6

提督「見た目で好きなのを決めるのも一つだけど……五人はどんな目的で乗るんだ? あ、一人ずつ頼む」


五十鈴「五十鈴はイタリアンバイクがいいわね。デザインが気に入ったわ。でも見た目だけのものはいらないわ。目的はレースで勝つこと! これよ!」

名取「わ、私もイタリアンの……その……どうせ乗るなら、やっぱり速いのが……ご、ごめんなさい、うまく言葉に出来なくて……」

由良「イタリアンデザイン、いいよね。ねっ。それと、どうせやるならやっぱりストイックにやっていきたいわ」

鬼怒「カッコ良くてめちゃんこ速いのがいいな! いかにも強い感じの! あ、鬼怒もイタリアンがいい!」

阿武隈「素敵なイタリアンバイクがいいです、はい。阿武隈はヒルクライムっていうのに興味があります!」


提督「………長良型って、ひょっとしてイタリアン好き?」


長良「大好き!」

五十鈴「洗練された華やかさがあるわ」

名取「き、綺麗だと思います」

由良「うん。いいんじゃない。ねっ?」

鬼怒「キレーさとカッコ良さがあると思う!」

阿武隈「あたし的にはとっても素敵だと思います!」

160: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:37:05 ID:TOOOYOK6

提督「はは、いいな。姉妹でイタリアン統一か………よし、大体わかった」

五十鈴「そんなんで分かるの?」

提督「分かるよ。大体絞れる。一口にロードバイクと言っても、素材や形状は目的によって大きく異なる。

   ……カタログ読んだなら、察しもつくと思うが、五十鈴たちの用途ならば、自ずとレース用のロードバイクフレームとなるな」

名取「れ、レース用、ですか?」

提督「ああ。レース目的のバイクのメリットは、加速の良さ・ハンドリングの良さといった、とにかくあらゆる面での『反応性』が良い。

   その半面で乗り心地や安定性といった『快適性』は、ロングライドを主目的にしたバイクには劣ってしまうが……」

五十鈴「快適性? 速いなら快適ってわけじゃないの?」

提督「初心者がロードバイクを選ぶところで陥りやすい罠がそこにある」

阿武隈「罠、ですか?」

提督「メーカーごとに乗り味が異なるものの、試乗会で人気が出るのは大体が踏んだ際にパリッと硬い反応性の良いバイク……ほとんどがレース用だ。

   スペシャライズドのターマックとか、それこそピナレロのドグマとかな。乗り比べてみると………そういや長良は俺の持ってるヤツは全部乗り比べたことあったな」

長良「はい!」

提督「俺の持ってる四台の中じゃ、きっとドグマF8が馴染んだだろう?」

長良「はい! もーすっごく反応が良くって!」

161: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:38:09 ID:TOOOYOK6

提督「そう、その反応性の良さっていうのが罠だ」

長良「えっ?」

提督「話を戻すぞ。レース用に大体共通する点はとにかく反応が即でキビキビ動くため、乗っている側は非常に楽しい。速いからな。

   大規模な試乗会となると、乗れても精々30分から1時間程度。走れる距離はたかが知れている――――しかし楽しい。

   つまり『快感』だが、『快適』ではない。踏んだ分の力がモロに脚にハネ返ってくる。これは何百キロと走ると差が顕著に表れてくる。

   だからロングライド目的にはまるで向かないバイクをつい買ってしまうなんてことになる」

由良「あー……そういうことなのね」

五十鈴「レース仕様のバイクは速いけれど、比較的疲れやすいってこと?」

提督「ま、そういうことだ。速さを出すためにパワーを伝達しやすくなってるからある程度そうなるのは仕方ない」

鬼怒「難しいから艦隊で言って!!」

提督「……乗り手の体力を艤装の燃料に置き換えてみるか。低速の戦艦六隻で長距離輸送任務をやらせたら赤字確定だが、快速の駆逐艦六隻だとコスパがいいって話。

   輸送任務に過剰な火力は必要なかろう? だけど前線でヒャッハーするには戦艦や空母の高火力が必要だ。わかるか、鬼怒?」

鬼怒「……? 鬼怒は軽巡だよ? 提督、何言ってるの?」

提督「由良、阿武隈、このお馬鹿をだまらせろ」

162: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:39:48 ID:TOOOYOK6

由良「はーい」

阿武隈「よーそろー」

鬼怒「な、何をするあねいもーーー」

提督「さて、そういうところを踏まえてロードバイクを選んでいこうか」


 鬼怒があらかた関節技を極められた後、


提督「レース用と一口に言っても色んなフレームがある。大まかに四つ。オールラウンドフレームと、エンデュランスフレームと、エアロフレーム。例外で軽量フレーム。前者の三つが主流と言っていい」

五十鈴「軽量フレームを除外した理由は?」

提督「軽量フレームはオールラウンドフレームの一種で、名前通り軽いから山岳に特化している。

   でも公式レースだと完成車の重量に下限制限が設けられている。『これ以上軽いバイクは参加できませんよ』ってな具合だな。

   だが、大抵のメーカーのレース用フレームはどんどん軽量化が進んでてな。もうコンポーネントの組み方次第でその重量ギリギリまで選択することが可能だからあんまり意味ないんだよね」

由良「ああ、レースに出ないけど登坂を楽に上りたいとか、早く登りたいって人向けってこと?」

163: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:41:26 ID:TOOOYOK6

提督「あるいはコンポーネントで使いたいものを使うためとか、色々理由はあるが……話を戻そう。各フレームの特徴をざっくり説明するとだな……」


提督「オールラウンドフレームは文字通り、オールラウンドに場所を選ばない。平地もヒルクライムも対応する」

提督「エンデュランスフレームは、別名ロングライド……路面からの突き上げの緩和、疲れにくさを重視し、長距離を速く走るためのフレームだ。200kmを超えるような長丁場のレースや、悪路の多いレース向き」

提督「エアロフレームは空気抵抗の低減や推進力を生むことを特に重視した形状のフレームのことだ。飛行機の翼の断面に似ているだろう?」


鬼怒「あー……あーあー! 言われてみれば、ちょっとそんな感じするね!」

提督「F8はオールラウンドエアロフレームっていう、いいとこどりのフレームだな」

長良「言われてみれば……ドグマF8かっこいい……」

提督「いいよなF8……」

長良「いいですよね……」

提督「ああ……」

五十鈴「む………(何よ……何を通じ合ってる感じ出してんのよ……イライラする)」ムッ

鬼怒「ぐぬぬ……(鬼怒だって、本当はそのドグマF8が良かったのにぃ……提督と御揃い、いいなぁ……)」ジー


 長良型は何か感性のところで通じ合うものがあるらしい。

164: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:43:58 ID:TOOOYOK6

五十鈴「ん? ………ちょっと待ちなさい。そっちのエアロフレームの方が速そうじゃない。見たところ、空気抵抗を考えて作られてるんでしょ?

    ならそれを突き詰めたエアロフレーム形状のハイエンドバイクの方がいいってことじゃない?」

提督「ところがそうとも言えんのだ。形状を見て分かるように――――エアロフレームって通常のフレームと比べて、その分軽量面を犠牲にしているんだ。カタログ見てみ?」

鬼怒「あ、本当だ」

五十鈴「む……でも数百グラム程度の違いじゃない」

提督「その数百グラムが100km、200km走れば大きな違いになってくる……そうだな。丸一日、数百グラム程度の重りを足に付けて生活したと考えたら、どうだ?」

五十鈴「あ、そういうこと……? ああ、その分コンポーネントを吟味して軽くすれば……でも選択肢が……」

提督「そうなる。それに真正面からの風に対してエアロフレームは通常のフレームに対して、ハッキリと大きい優位性はないんだなコレが。実は風の抵抗って人体による抵抗が九割超えるし」

五十鈴「そうなの!?」

提督「うん。エアロフレームは斜めからの風に対して非常に強い。

   重く安定性が高いからフラフラしないし、速度が乗った後の巡航維持が非常に楽だ。だが坂道だとその重量は文字通り重荷になってしまう。

   特にヒルクライムのような坂道においては、エアロフレームは軽量フレームに比べてどうしても劣ってしまう」

五十鈴「…………ということは、むやみやたらに重かったり軽かったりもメリットデメリットがあるってことね?」

提督「流石の理解力だ。平地を走る分にはあまり実感できないだろうが、登坂時には顕著に表れてくるぞ」

166: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:47:20 ID:TOOOYOK6

長良「なるほど! よくわかりません!」

鬼怒「つまり、どういうことだってばよ?」

五十鈴(こ、この子らは……)

名取(なんで長良ちゃんと鬼怒ちゃんってこう…………感覚派というか、うん)

提督「………平地をひたすらカッ飛ばすだけが目的ならエアロフレーム。空気抵抗は無論、比較的重いから速度が乗るとブレずに維持するのが楽。ずひゅーんと加速する直線番長だ。

   長距離をスイスイ行きたいならエンデュランスフレーム。乗り心地がいいから色んな地形を走るのがラクちんだ。それ故に瞬間的な速度を叩きだすスプリントにはやや不向き。

   どんな地形にも対応したいならオールラウンドモデル。エアロフレームと軽量フレームの中間みたいな位置づけと思っておけばいいだろう(本当はかなーり違うが……このぐらいの認識でいいか)」

長良「はい! 長良、すっごく良くわかりました!」

鬼怒「なるほど!! 提督の説明って、分かり易いなぁ!」


提督「は は は そ う だ ろ う(長良や鬼怒にはざっくりした説明の方がなぁ……分かってくれるからなぁ……)」


五十鈴(愚姉と愚妹が本当にごめんなさい)

名取(すいません、本当にすいません提督さん……)

由良(ごめんね、提督さん)

阿武隈(お姉ちゃんたち脳筋すぎるんですけど!?)

167: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:48:06 ID:TOOOYOK6

 で。


提督「まず五十鈴は……ピナレロ、コルナゴ、デローザのイタリア御三家……このあたりのフラッグシップで選べばいいだろう」ホレ

五十鈴「そんなテキトーな……」

提督「適切と言え。まずコンマ一秒を争うような結果を求めるなら、各メーカーのフラッグシップを選ぶのが妥当だ。

   ただし一口にフラッグシップと言っても、メーカーごとに重視しているコンセプトに違いはある。

   山岳での強さを売りにしているのもあれば、オールラウンド性を重視したもの、エアロの直線番長、それこそ様々だ。

   『このメーカーのこれ!』というのはない。見た目の好みってのもあるからな」

五十鈴「ふーん……? で、なんでそこでその三社を?」

提督「実戦で培った確かな実績……そういうの重視するだろ、五十鈴は」

五十鈴「む………(見透かされてるみたいで悔しいけど、相談しなかったら多分、コルナゴかデローザの二社に絞ってた……ピナレロはもう長良が乗ってるし)」


 山口提督、山本提督、後の英雄を輩出してきた五十鈴は、伝統や実績を重視する。

 性能の高さと近年の結果を重く見つつ、美しさを兼ね備えたものを愛でる嗜好があった。イタリアンバイクという括りがあれば自ずと選ばれるバイクは狭まってくる。


提督「五十鈴の欲しいもののカタチ、多少は見えてきたか?」

168: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:49:13 ID:TOOOYOK6

五十鈴「ええ………ありがと。参考になったわ」

提督「おう。決まったら連絡くれ。それじゃ、名取? おまえはどんなバイクがいい?」

名取「え、えっと。その、えっと……」

提督「大丈夫。ゆっくり喋りなさい」

名取「す、すいません。えっと、私は………その、イタリアンのデザインが、五十鈴ちゃんと一緒で、気に入ってて、それで」

提督「うんうん」

名取「その、このメーカーのが欲しいんですけど、どれがいいか良くわからなくって」

提督「どれどれ………お、ビアンキか」

五十鈴「ああ、ビアンキね。それも素敵なデザインのバイクが多かったわ!」

提督「ふむ、名取の求める奴なら……やはりこの辺りか。どうだ?」

169: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:49:53 ID:TOOOYOK6

名取「あ、は、はい! こ、これで! これでお願いします!」

提督「ああ、楽しみに待ってな。それじゃあ、由良……由良もストイックに乗っていきたい感じだったか?」

由良「はい。それにね、その………ちょっと、耳をお貸りしてもいいですか?」

提督「ん?」

由良「実は………ててね………がいいと………どうかな?」ヒソヒソ

提督「ああ、成程………大丈夫だ。別に金剛とは被るわけじゃないし」

由良「やったー! それじゃあ、由良にはそのバイクお願いしますね、ねっ!」

鬼怒「内緒のお話?」

由良「うふふっ、納車されてからのお楽しみだよ。提督? ねっ?」

提督「ああ、内緒」

鬼怒「き、気になる……」

提督「まぁまぁ。それより次は鬼怒だぞ。鬼怒が『カッコイイ! 速い!』と思うのはこのカタログだとどういう形状のフレームだ?」

鬼怒「えっとね、長良姉ちゃんの乗ってるF8っぽいやつ」

提督「っぽい?」

鬼怒「ぽい。色は赤がいい!!」

170: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/27(日) 23:55:41 ID:TOOOYOK6

提督「エアロフレーム?」

鬼怒「そう、それ! もうすっごく速そうなのがいい!」

提督「ふーむ、イタリアンの括りなら……このあたりか(ドイツならキャニオン一択、カナダならサーヴェロ一択なんだが)」

鬼怒「これ、なんて読むの?」

提督「ウィリエール」

鬼怒「ウィリエール………あ、なんかしっくりくる! それにこの三叉槍のロゴがカッコ良い!」

提督「それのエアロとなると……そういえば110周年記念モデルが出るっけ。それにするか?」

鬼怒「ひゃ、ひゃくじゅう!? つ、強そう!! それで! 鬼怒決めた! お願いします!!」

提督「ははは、分かったよ。色は赤な――――さて、阿武隈」

阿武隈「やっとあたしだー!」

提督「阿武隈はヒルクライム目的なら軽いカーボンフレームのヤツがいいな」

阿武隈「ヒルクライムは、レース用と違いがあるんですか?」

提督「レース用と一口に言っても、そこから更に三種類ある。オールラウンドフレーム、ヒルクライムフレーム、エアロフレーム。ヒルクライム用だが、これは軽さがウリのレース用と思ってくれていい。軽さゆえに登坂に特化している」

阿武隈「あぁ、確かに軽い方が坂道すいすいですよね」

提督「ウィリエールのゼロ・セッテやゼロ・セーイあたりは軽いが……気に入ってるのはあるか? メーカーなりデザインなり」

171: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:00:41 ID:ugsHUkJ6

阿武隈「コルナゴ!!」

提督(俺に相談する意味なくね? コルナゴの現行のクライムバイクっつったらもう一択だろ)

阿武隈「歴代のバイクを見たんですけど、すっごくカッコイイんです!! はい!!」

提督「あー……ほら、コルナゴのコレ。カラーリングで気に入ったのあるか?」ホレ

阿武隈「そうそう、いいですねこれ! あたし的にはすっごくOKですぅ!」

提督「ああ、カッコいいよな。コルナゴって上品さと機能美を兼ね備えてるよな……じゃあ、これで。カラーは?」

阿武隈「これー!」

提督「OK、分かった。それじゃ、明石のところで股下計測とかしてきなさい。フレームサイズ選びには重要だ」

鬼怒「はーい! くぅー、待ちきれないよ!!」

五十鈴「やったわ!」

名取「楽しみですね」

阿武隈「わくわくするー」

由良「するね、ねっ」


 かくして、彼女たちのバイクは注文された。

172: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:02:00 ID:ugsHUkJ6

 納車までの7~14日間を、彼女たちは夢見心地で過ごすのだろう。

 それがどんなバイクなのかは、また後程。



【3.ロードバイクを選んでみよう!】


【大成功!!】



【続く!】

173: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:06:00 ID:ugsHUkJ6

https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI



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・長良型軽巡洋艦:五十鈴改二

【脚質】:オールラウンダー
 長良型では唯一のオールラウンダー。元々海戦においてもコマ送りしたような速さで航行するところから『韋駄天』の異名を得ていたが、ロードバイクでもその機動は陰らない。
 韋駄天・五十鈴、此処に在り。
 高いスプリント力に、高速巡航速度、それを維持するタフネス、登坂能力がバランスよく身について最強に見える。
 いずれにせよ【弱点がない】というオールラウンダーの強みを教科書通りに体現したオールラウンダー。
 長良型のエースに相応しい乗り手で、鎮守府内におけるオールラウンダーの格付けでも上位に位置する。
 またダウンヒラーとしての才能があり、どんな急勾配の下りでも臆さず冷静に『キレた』走りを見せる。
 長良と同様生粋のスピード狂。車を使う際、五十鈴にハンドルを握らせると漏れなく天国と地獄の心地を味わえる。

【使用バイク】:COLNAGO C60 Classic Blue
 五十鈴のバイク? イタリアはコルナゴのC60よ。
 コルナゴはロードレースと共に歩み、名だたるレースで数々の栄光を掴んできたメーカーなのよ!
 見て、このカーボンラグの美しさに、独特のカラーリング。この五十鈴に相応しいと思わない?
 ………な、なんで私ばっかり見てるの? なぁに? 五十鈴のロードレース仕様の制服に見惚れてるの?
 ふふん、いいジャージでしょ。五十鈴に似合う? ……そ、まあ当然ね、ふふっ
 あんまり無茶ばっかりするなって? 心配しないで。五十鈴は強いんだから
 ………でも、まあ。あなたがそこまで言うなら………考慮してあげても、いいわよ

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174: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:07:10 ID:ugsHUkJ6

※鬼怒「何ッ!? 五十鈴ねーちゃんはIS〇ZUのトラックに乗るのではないのか!?」

 五十鈴「よーし、そこ動くんじゃないわよ」ガタッ


 キ、キヌハッ、シズマナイィイイイイ!!

 ワタシガシズメテヤロウッテンノヨ!!


 提督(どうして鬼怒はこう……見える地雷を踏みに行くのか)

 長良(もしくはトラックレースに出るとか……うん。言わないでおこう)

175: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:08:17 ID:ugsHUkJ6

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・長良型軽巡洋艦:名取

【脚質】:ルーラー?(スピードマン?)

 ―――え? 着いてこれない? ……それでは、私はこれで……。

 おまえのようなルーラーがいるか! 実はチームレースより個人レースの方が得意。
 レースに出ると性格が激変する艦娘、そのいちにして筆頭候補。平地の巡航は原チャリより速い。
 超高速巡航による牽引や大逃げを得意とするが、たまにエースが付いてこれない。ちょっとしたアップダウンでは速度が下がらないという恐ろしさ。
 普段の優柔不断で引っ込み思案な性格が消え去り、冷徹にして冷酷な『絶対チギるマシーン』と化す。なお敵味方の区別がつかないもよう。
 輸送任務ばかりだったのが相当なストレスだったのか、『誰よりも先に切り込む』という願望が具現化。
 スタミナに多少難があるものの、『長良型では』という意味であり、他の艦娘から見れば十分すぎる体力馬鹿。
 回復力が高く少しの回復走で定位置に配置されたゾンビのように甦る。長良型は体力の化け物ばかりで、同じくスタミナを売りにしている那珂の天敵。
 また、バイクコントロールと位置取りが上手く、逆風・強風の中でも安定した速度で走れるのが、他のTTスペシャリストたちにも勝る最大の強み。
 由良とコンビを組んで休みながらロテーションされると、長良・五十鈴・鬼怒でもついていくのがやっとという速さを誇る。
 敵チームとの協調? えっと………それ美味しいんですか?

【使用バイク】:BIANCHI OLTRE XR.4(2017年モデル)(black/red)
 は、はい。イ、イタリアの、ビアンキの……オルトレXR4です。
 す、すいません、き、緊張してて……。えっと、このバイクを選んだ理由、ですか?
 え、えっと、少し重めのエアロフレームの方が、高速巡航っていう持ち味を生かせるので、こちらを。
 チーム戦ではいいかなって……す、すいません! な、生意気言いました……。
 ………え? わ、私らしいですか? ほ、褒めてくれてるんですか………あ、ありがとう、提督さん。
 あ、そ、その、私……提督さ……ぁ、なたから……戴いたこのバイクで……絶対、絶対チームを優勝させて見せますから!

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176: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:09:17 ID:ugsHUkJ6

※提督「あえてチェレステグリーンではなく黒地に赤を選ぶそのセンス、嫌いではない」

 名取「………? は、はぁ」←ビアンキと言えばチェレステグリーンの色合いという定番を知らない。

 提督「まァさておき、ルーラーはチームの要だ。皆、敬意を払え。ルーラーを蔑ろにするチームに勝利はない。いいな、敬意を忘れるな」ビシッ

 長良「はいっ! 名取、目指すは優勝だよ!」ビシッ

 五十鈴「ええ。頼りにしてるわよ、名取」ビシッ

 由良「同じ脚質だし、一緒に頑張ろうね、ねっ」ビシッ

 鬼怒「お願いします、名取ねーちゃん!」ビシッ

 阿武隈「お世話になります、名取姉さん!」ビシッ


 名取「ふぇ、ふぇえ……(プ、プレッシャー、プレッシャーが……き、気合を、い、入れなきゃ……で、でも)」オロオロ





 名取(ど、独走したい………!!)


 長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイル。

177: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:09:47 ID:ugsHUkJ6

※提督「あえてチェレステグリーンではなく黒地に赤を選ぶそのセンス、嫌いではない」

 名取「………? は、はぁ」←ビアンキと言えばチェレステグリーンの色合いという定番を知らない。

 提督「まァさておき、ルーラーはチームの要だ。皆、敬意を払え。ルーラーを蔑ろにするチームに勝利はない。いいな、敬意を忘れるな」ビシッ

 長良「はいっ! 名取、目指すは優勝だよ!」ビシッ

 五十鈴「ええ。頼りにしてるわよ、名取」ビシッ

 由良「同じ脚質だし、一緒に頑張ろうね、ねっ」ビシッ

 鬼怒「お願いします、名取ねーちゃん!」ビシッ

 阿武隈「お世話になります、名取姉さん!」ビシッ


 名取「ふぇ、ふぇえ……(プ、プレッシャー、プレッシャーが……き、気合を、い、入れなきゃ……で、でも)」オロオロ





 名取(ど、独走したい………!!)


 長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイル。

178: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:10:24 ID:ugsHUkJ6
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・長良型軽巡洋艦:由良

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ―――さあ、由良のカッコイイとこ、見せちゃおうかな?

 由良と名取は同じタイプのスタンド、もとい脚質であった。
 長良型の運び屋・由良。スプリンターではない(重要)。ロケット・ユラなんてなかったんや。(意味が分からない人は分からなくて結構)
 長良型は総じて体力高めの子が多い中、スタミナにおいて長良型でも最高である。
 鎮守府内で艦種を問わない最優秀ルーラーといえば、一番に名前が挙がるほど際立って能力が高い。
 ルーラーとしての理想像を体現した無限の体力と高速巡航維持時間を誇る。
 平地において42km/hの速度を維持しつつ、先頭で五時間でも六時間でも走れる。
 由良と名取が先頭集団にいると後続集団は速度を上げざるを得ない地獄のような耐久レースになる。
 平地メインのチームレース、クリテリウムにおいては由良と名取が揃っていればそれだけで優勝候補と言われるぐらいの名アシスト。
 例えるなら敵からの攻撃を引きつけながらも自らは一切被弾せず逆に攻撃を喰らわせ、その上でMVPは他の艦に譲ってコンディションは常時キラキラ状態という随伴艦の鑑。
 なおルーラーにも拘らず、山岳でもペースを維持すれば安定した走りをすることが出来、苦手が極めて少ない。
 
【使用バイク】:BASSO DIAMANTE SV(ITALY)
 イタリアのバッソのフラッグシップ、ディアマンテSVよ。カッコいいよね、ね?
 オーソドックスな造りに見えるけど、日本製のカーボンをオートクレーブ釜を用いて形成した信頼あるフレームなの。
 メリハリの効いた反応が心地よくてね、好きになっちゃった。
 ところでディアマンテって、英語でダイヤモンド、日本語で金剛石って意味なの。
 金剛さんには悪いけど、早い者勝ちだもんね。ね。わーい。由良がフラッグシップだぁ。
 ルーラーって目立たないポジション? そんなことないわ。
 チームを勝利に導くために、誰よりも長い時間曳いて、長い間先頭に輝くポジションよ。そうだよね、ね?
 あら、由良の実力を疑うなら、提督さんに由良のいいとこ、レースで見せちゃおうかな? うふふっ

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179: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:11:32 ID:ugsHUkJ6

※由良「由良と一緒にがんばろ、ねっ?」

 名取「う、うん。頼りないお姉ちゃんでごめんなさい……」

 由良「そんなことないよ。名取はお淑やかで可愛くて、いざってときにはやってくれる素敵なお姉ちゃんだよ」

 名取「そ、そうかなぁ……えへへ」テレテレ

 由良「うんうん。自信持って行こう? ね?」


 長良(仲良しっていいよね)

 五十鈴(ええ。和むわ)

 提督(ああ、平和だ。球磨型にはない平和がここにある……)ホロリ

 鬼怒(ぶっちゃけ長良ねーちゃんと名取ねーちゃんは、長良型のオーパーツだと思う。なにあの火力……こちとら改二でやっとマシになったっていうのに。甲標的……)

 阿武隈(うわぁ……声かけずらい……)


 なお球磨型は世紀末のコトワリが跋扈しているもよう。

 長女・次女の二人からして野生剥き出し、三女と四女はイヤンな感じ、末女はいつも貧乏くじを引く。

180: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:12:28 ID:ugsHUkJ6
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・長良型軽巡洋艦:鬼怒(改二ではない)

【脚質】:スプリンター

 ―――どけこらぁああああああああああ!!

 純粋無垢なスプリンターの脚質と違い、持久力の高いロングスプリントを得意とする。
 万能性や瞬間的な最高速度は長良に劣るが、ロングスプリント力は軽く凌ぐ。
 死力を振り絞る様な鬼気迫るスプリントには、某戦艦すら脅威を感じるという。
 じわじわと速度を上げていくロングスプリントは脅威の一言。
 ゴール前の直線が1キロ続いているコース設定で、温存した鬼怒が先頭集団に居たら、戦艦・重巡勢を差し置いて他の選手に勝ち目がないと言わしめるほど。
 初速に優れる半面、後半の伸びがいまいちな陽炎や不知火にとって天敵となるスプリンターであるが、
 ド根性のロングスプリントを得意とする天龍や川内などは逆に火が付く。
 半面坂道は苦手で、こうした弱点も典型的なスプリンターである。
 その底抜けに明るい性格とは裏腹に、勝負事では慎重派。それは利に働くこともあれば不利になることも。長所であり弱点でもある。
 疑心暗鬼に陥るとドツボに嵌る。精神的にタフだが、その分一度調子を崩すとリカバリーできない脆さを持つ。

【使用バイク】:WILIER Cento-10-AIR Red
 来た来たぁっ! 鬼怒のロードバイク! イタリアはウィリエール! チェントディエチ・エアーだよ!
 うーん、その、提督と同じピナレロか迷ったんだけど………やっぱり赤いのがいいよね♪(御揃いも続くと新鮮味ないし。長良姉ちゃん、いいなぁ)
 いっつも鬼怒がパナイパナイ言ってるからって、パナソニックには乗らないよーだ。……え、なにその微妙な顔。
 ……さ、さておき、このチェントディエチ・エアー、加速性能と高速域の安定性はバッツグンだよ! マジパナイ! パナイよね!
 ブレーキのメンテナンスが凄く難しくって……ごめんね、提督。いつも忙しいのに。
 このバイク、メンテナンス性が悪いよね……えっ、鬼怒の為なら頑張ってくれるって?
 う、嬉しい! ありがと、提督! 鬼怒はね、これからずっと、ずぅーっと提督のおそばにいるからねっ!
 ねえ、整備が終わったら鬼怒と一緒にツーリングで汗かいちゃう? きっと楽しいよっ!

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181: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:13:53 ID:ugsHUkJ6

提督「え? そこまでブレーキ弄るの難しくねえけど」

五十鈴「それはさておき、うーん、なんていうか……しっくりくるわね。鬼怒のそのバイク。まさに鬼怒って感じ?」

鬼怒「え? それって褒めてる?」

五十鈴「褒めてる褒めてる。似合ってるし格好いいわよ?」

鬼怒「そっかー! ありがとー、五十鈴ねーちゃん!」

長良(鬼怒にはサーヴェロも似合うと思うんだよなぁ。でも鬼怒って本当に赤が似合うね)

名取(私もそう思う。五十鈴ちゃんも蒼いバイクがとっても似合うよ)

由良(なんやかんやであの二人、仲が良いわよね)

阿武隈(赤と青って真逆の色だったような? んぅ? 違ったっけ?)ハテナ

提督(なおサーヴェロのS5に赤系統の色合いがあったら、迷わずそっちにしてたらしいぞ)


 長良型の中では提督に好き好きアピールする筆頭。スキンシップは少な目。だ、だって恥ずかしいもん!

 その分提督とはお喋りする。スポーツや自転車の話題が大半。ツーリングしながらおしゃべりも好き。

 提督からするとお馬鹿な子ほどなんとやらである。いつもつまらないギャグを言って提督から白い眼を向けられることに、最近なんだかゾクゾクしてきたもよう。

 そっち行っちゃダメ。クライマーフラグだ。

182: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:14:24 ID:ugsHUkJ6

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・長良型軽巡洋艦:阿武隈改二

【脚質】:クライマー

 ―――どこかの山岳バカには負けないんだから!

 長良型唯一のクライマー。というか阿武隈が山岳バカだし、どこかの軽巡はクライマーですらない。
 一定のペースで走るより、相手のペースを乱しにかかる連続アタックが脅威。
 大戦の時に駆逐艦があまりにも阿武隈の言うことを聞かないので、一念発起。
 随伴艦を指示に従わせるために磨いた空気の読み方・トークのテクニックなどが、レースでは競う相手の一番イヤなタイミングでアタックを仕掛けまくることに生かされる。
 敵に気づかれないでアタックするの、あたし的には十八番なんですぅ、任せて任せてぇ!
 そのくせ阿武隈は姉たちの例に漏れず体力馬鹿で、しかも超回復持ちというチート体質。
 補給食もぐもぐして水分を摂り、深呼吸を三回―――あら不思議全回復という言語道断な子。第一水雷戦隊旗艦は伊達じゃないんだから!
 一方でそういうスタイルの走りの為、チームレースでの山岳牽引は苦手。味方までペース乱れる。個人ヒルクライムレースが得意。
 挑発に弱い艦娘にとって天敵だが、一切ペースを乱さないで走る相手は阿武隈にとって天敵。
 平地は苦手って言うか、阿武隈が遅いんじゃなくてお姉ちゃんたちが速すぎなんですけど!? あたし的には速い方ですぅ!!

【使用バイク】:COLNAGO V1-r White
 イタリアはコルナゴのV1-rです。五十鈴お姉ちゃんとメーカーは御揃いなんです。
 阿武隈のバイク、白くてキレイでステキでしょ? あのフェラーリとのコラボレーションフレームなんです、はい。
 コンポはカンパです。すっごくオシャレでしょ? えへへ。
 軽さとシームレスな反応性も両立させた性能に、あたし的には大満足です!
 どんな坂道だって、このバイクとなら越えていけるって、あたしは信じてます。
 平地はちょっぴり苦手ですけど、お姉ちゃんたちの足手まといになんてならないんだから!
 提督も、今度一緒にヒルクライム、どうですか?

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183: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 00:15:23 ID:ugsHUkJ6

提督「フェラーリはコルナゴとビジネス的に仲良し。もう30年近くになるのか?

   ロードバイクに興味のない日本人の感覚からすると「自転車にフェラーリが?」って感じで違和感バリバリかもしれない。

   でもヨーロッパにおけるロードバイク選手の立ち位置って、日本で言うところのプロ野球選手。つまり超メジャースポーツ。

   エンジンか人力かの違いはあれど、共に最速を目指す企業が手を組む……実に」

長良「し、司令官……その辺りで。それ以上の台詞は」

提督「む、いかん。そうだな……うかつにあの台詞を言うと、かの者を呼び寄せてしm」

長門「胸が熱いな」ウンウン

提督「クソッ! もう来やがった!!」

阿武隈「この展開は読んでました」


 上記のV1-rもそうですが、他にもコルナゴとフェラーリのコラボフレームはある。

 CFシリーズとか。「CF」はCOLNAGO for Ferrariの意味。現在だとCF10? だっけ?

 税込み180万以上だったのは覚えてる。マジふざけ。


188: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:05:43 ID:ugsHUkJ6

【番外編 ~3の裏話~】


提督「明石のところで股下計測とかしてきなさい。フレームサイズ選びには重要だ」


 股下の長さ。それはフレームを選定するうえで重要な数値である。


鬼怒「………誰が一番、足が長いんだろうね」ボソリ


 その鬼怒の一言は、彼女たちに戦慄を与えた。


五十鈴「!?」

名取「!?」

由良「!」

阿武隈「!!」

長良「え? あ、うん」


 約一名を除いて。

189: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:09:29 ID:ugsHUkJ6

 そんな例外を除けば、年頃の艦娘にとって、己のスタイルは気になるものだ。他人と比較してみたくもなる。

 たとえ同じ姉妹であろうとも。

 果たして自分の脚は長いのか。それとも短いのか。平均値? いやいや、バランスの良いスタイルの揃った艦娘達の平均値は非常に高い。


提督(何故地雷を踏んでいくのだ鬼怒ェ………)


 かくして『第一回・誰の脚が一番長いか選手権』という、実に不毛な争いが愛し合う姉妹艦の間で勃発したのである。

 そして。



鬼怒「きぬぅ!」ドヤァ



 コロンビア。南アフリカ北西部に位置する共和制国家であるが、この説明に特に意味はない。

 そんなコロンビアの風土をなぜか彷彿とさせる例のポーズでドヤ顔を晒す鬼怒。

 その股下××cmであった。身長からの比率で言えばかなりのものであり、並のモデルが裸足で逃げ出す長さである。

190: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:12:00 ID:ugsHUkJ6

五十鈴「い、五十鈴が、五十鈴が、短足……? そんな、馬鹿な事、あ、ありえない……」


 五体投地する五十鈴。股下××㎝。

 その差は僅かであったが、差は差だ。鬼怒よりも短い。


鬼怒「ふっふっふ! 来ちゃったかなぁ~? 鬼怒の時代来ちゃったかなー!! あ、五十鈴ねーちゃん、ちょっと喉渇いたからジュース奢って!」

五十鈴「こ、この……調子に乗って……!」


 勝者と敗者の明確な図がそこにあった。

 しかし足の長さとはあくまでも比率である。絶対的ではなく、相対的。

 そして何に相対する比率なのかを、思い上がった鬼怒は即座に思い知る。


長良「いやいや、1センチも差がなかったじゃない」

由良「っていうか鬼怒ちゃん、長良型の中じゃ鬼怒ちゃんが一番背が高くて、五十鈴姉さんが一番小さいじゃない? 比率で考えたら……」

提督「おい由良やめろ」

191: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:14:31 ID:ugsHUkJ6

由良「あれ? ということは、股下比率的には………股下の値を、身長で割ると………あっ」

名取「あっ(察し)」

阿武隈「あー(察し)」

提督「だからやめろって言ったのに……」

五十鈴「あっ(察し)」

鬼怒「えっ」









鬼怒「えっ」



 そして、鬼怒は現実を思い知る。

192: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:16:29 ID:ugsHUkJ6

 果たして、驕り昂ぶったコロンビアを天変地異が襲ったのだ。



鬼怒「きぬぅうううう!? なんでさ!? コロンビア悪くないでしょ!!」ズザァ



 特に意味はない。

 五体投地の鬼怒の股下比率0.467である。

 長良型の中で最低の比率であるが、日本人平均は0.45である。十分に長い。

 しかし、


五十鈴「あら、五十鈴が一番? 当たり前だけど、イイんじゃない?」ドヤァ


 即復活する五十鈴。股下比率0.484。上には上がいる。

 勝者と敗者の明確な図がそこにあった。


五十鈴「あー、なんか喉渇いたわー。あら、いいところに負け犬ならぬ負け鬼怒が。ちょっとラムネ買ってきてくれる?」

鬼怒「ち、ちくしょう……か、改装すれば、鬼怒だって、改二になれば、ワンチャン……」

193: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:18:30 ID:ugsHUkJ6

五十鈴「はいはい改二改二。ホラ、早く。ダッシュで。その短い脚で、無様に、歩数多めのダッシュで」

鬼怒「ちくしょぉおおおおおおお!!」ダダダダッ

五十鈴「六本よ? 私たちと提督の分」

鬼怒「わかった!!」バタン


 チクショオオオオ……オオオ……オオオ……キヌノブンガナイジャン!? ヒドイ!?


提督「つーかおまえらみんな脚長いじゃんよ」

由良「提督さんの○○○……」ポッ

提督「いやいや、計測した結果見て言っただけだから。白人クラスだぞこの比率……」

長良「そういう司令官も足長いよ?」

阿武隈「う、うん。スタイルいいですよね」

提督「いやいや、比較的長いってだけで、おまえらみたいな黄金比はないからね?」ナイナイ

五十鈴「身長にせよ股下にせよ……っていうか改めて見たら充分だわ。長い方よ」

提督「んー、股下云々よかもうちょい身長欲しかったなぁ」

由良「そう? 随分伸びたと思うけれど」

194: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:21:30 ID:ugsHUkJ6

阿武隈「あっ、そういえば男女の理想の身長差って、15センチって言いますよね!」

提督「横に並んだ時に女性がヒールを穿いても見劣りしないとか、手をつないで歩きやすいって(俗な)説だったか」

阿武隈「そう、それです!」

名取「あ、頭を撫でてもらうのにちょうどいい身長差とも言いますよね」

長良「そうなの? じゃあ司令官、試しに長良の頭、どうぞ!」スッ

提督「えっ、なにこれ。やる流れ? そんで感想聞かせろってか?」

由良「比較対象がないとダメだよね、ねっ。由良で良ければ、由良の頭もどうぞ?」スッ

名取「あ、あの、あの、わ、私も……」スッ

阿武隈「お姉ちゃんたちズルい! あ、でも前髪の御触りはめっ、ですからね! はい!」スッ

五十鈴「…………」スッ


提督(拒否したらKYな流れ……無心、無心だ……俺はこれから、鈍感系主人公のような心境になって、そのうち誰かに刺されるんだ。そんな気持ちでやろう。うん)



 女性ばかりの鎮守府。しかも例外なく美しさの粋を集めた様な少女から美女までが勢ぞろいの鎮守府である。

 そんな職場に勤める提督の内心はいかばかりか。

195: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:23:41 ID:ugsHUkJ6

提督「………」ナデナデ

長良「~♪」

提督(清涼感のあるシトラス系の匂いがする……何気にすっげえ身だしなみに気を使ってんだよなぁ長良って)


 提督の理性はガリガリと削れていく。


提督「………」ナデナデ

五十鈴「っ………」カァアアッ

提督(グリーンアップルとローズ系か……ひたすら甘い……つーか顔小っちゃいな、五十鈴……おう、睨むな。微笑ましくなっちまうだろ)


 提督の野生がアップを始める。


提督「………」ナデナデ

名取「ぁ、ぅあ、ぅ……」ウルウル

提督(ジャスミン系の香りだな……何故だろう、犯罪臭がする。もちろん俺の行動に……あかんやろこれ。物凄く罪深いことをしている気分になる)


 提督の野生と理性がグーで殴り合う殺し合いを始める。

196: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:30:38 ID:ugsHUkJ6

提督「………」ナデナデ

由良「えへへっ」ニコニコ

提督(イランイラン系の匂い……由良、いつからそんな○○○子に……)


 野生が理性にマウントポジションでフルボッコを始めたもよう。


提督「………」ナデナデ

阿武隈「あ、撫で方いい感じですぅ。前髪は触ったらダメですよぉ?」エヘヘ

提督(阿武隈の髪、マジで気ィ使ってんな……撫で心地良すぎ……それにこの匂い………あ、やばい。やばいこれ、やばい)


 提督は。

 否、男の誰もが己の中に、自分では押せないスイッチを持っている。

 オンとオフの切り替えができないのだ。これが一度押されると。





 押されると。

197: ◆9.kFoFDWlA 2016/11/28(月) 23:36:06 ID:ugsHUkJ6

鬼怒「ただいまー!! ちょっぱやで買ってきたよー!」ガチャッ

提督「!」ハッ


 ギリギリでカウンターを放ち、理性が勝利を収めた。


由良「どうでした?」

提督「………うん。刺されるのは当然だし、俺は刺されるのは嫌だなって思った」

長良型「「「「「????」」」」」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべる長良型の子たちを尻目に、提督はラムネで熱くなった身体を冷やすのだった。

 なおこの後程、話で頭ナデナデ比べが行われたことを知った鬼怒の反応であるが、


鬼怒「ち、ちくしょう……ちくしょぉおおおおおおおお!!!」


 その怒りによって鬼の血が覚醒し、改二へと昇華する日も近い――――のかもしれない。



【番外編:艦】

211: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 14:22:50 ID:9wr0xuYU

【4.二人の特別~アキレスと亀~】


 一人で走るのは好きだった。嫌なことを何も考えなくてもいいから。

 みんなと走るのが嫌いだった。否応なく他者との比較をされるから。

 対比は残酷だ。あの子は速い、この子は遅い。

 相対的であるが故に、劣る側の惨めさが際立ってくる。

 ならば絶対的な速度は?


 それは、理想だ。
 

 いつだって自分の前には、追いつけない理想の自分が走っている。

 理想の自分は誰よりも速い。何よりも速い。それこそ、現実の自分よりもずっとずっと速い。

 まるでアキレスと亀――――否、これは立場が真逆だった。

 追いかけるのは亀たる己で、アキレスたる理想は前を走っている。

 追いつける筈もない。

 亀がいくらか速くなったところで、アキレスは速度を増していく。理想なんてそんなものだ。

212: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 14:23:48 ID:9wr0xuYU

 いっそ視界の彼方へと消え去ってくれればいいのに、アキレスはそんな自分につかず離れず、しかし決して寄り添うことも追いつかれることもなく、前を征く。


 遅いよ、と。

 もっとペース上げて、と。



 だから。




 軽巡・夕張は、走るのが嫌いだった。

213: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 14:25:11 ID:9wr0xuYU

 いつも、駆けっこで一番だった。



 誰も彼女には追いつけなかった。

 誰も。誰一人として。いつだって一番は彼女だった。

 速度において――――彼女は無敗だった。

 それが僅差ならば良かった。

 ほんのちょっぴりの努力で覆せる程度の差であればよかった。

 なのに彼女はアキレスで、相手はみんな亀の如き速度。

 アキレスたる彼女が常に前を走っている―――追いつかれるはずもない。

 そうであれば、こんな気持ちは抱かなくても良かったのに。

 己を脅かすものが、一人もいない。

 それを平穏と言うのだろう。絶対というのだろう。安心と言うものなのだろう。

214: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 14:26:12 ID:9wr0xuYU

 だから、分からなくなった。

 どうして駆けっこが好きだったのか。

 いつから、速さを楽しめなくなったのか。


 誰にも自分には追いつけない。

 誰も、誰一人として。


 だから。



 駆逐艦・島風は、走ることに飽いていた。

215: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 14:29:23 ID:9wr0xuYU
………
……




 これは、アキレスと亀のお話。

 最速と最遅が、速度で勝負をするお話。




……
………

216: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 15:04:03 ID:9wr0xuYU

………
……



 長良型全員のロードバイク納車が完了してから、一週間。金剛四姉妹もまたロードバイク購入に当たって提督からあれこれとアドバイスを受け、先日納車を迎えた。

 じわじわと、しかし確実に、鎮守府に兆しが表れようとしていた。

 ロードバイクという自転車がブームとなる兆しが。

 それはまるで灰の底で燻る熾火が、ちろちろと焔の舌を伸ばそうとしているような。

 放っておいても一人が興味を示せばまた一人、そしてまた一人と、着実に広まっていくだろうそのブームの兆し。


長波「なんか、流行ってんだってな。ロードバイクっつー、えっと、ぎ、艤装?」

雪風「ほえー……それってどんな艤装なんです? ゆきかじぇたち、駆逐艦にも使えるんですか?」

長波(噛んだな)

子日(噛んだね)

時津風「っていうかさー、艤装に流行り廃りとかあるの? 回天は廃れていいと思うけど」

天津風「馬鹿やめなさい……というか艤装じゃなくて、自転車よ、自転車」

217: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 15:05:59 ID:9wr0xuYU

時津風「自転車ぁー? それって、あれ?」


 時津風が指さす先には、路肩の自転車置き場――――買い出しの際を除けば、ほとんど誰も使っていない、ママチャリが数台。


時津風「あれ、遅いよ? うん、遅い遅い」

天津風「ロードバイクは、速度を追求するための乗り物で、ママチャリとは別物って話よ。普通に足で走るより、よっぽど速いって、長良さんと天龍さんが言ってたわ」

雪風「長良さんと、てんりゅーしゃんが?」

長波「(噛んだ)……あの二人が言ってんなら信憑性あるなー」

子日「(噛んだね)……なんか、子日、すごく興味が出てきたよ!」



 鎮守府内の道路を行く駆逐艦の子たちが、歩きながらそんな噂話に花を咲かせていた。

 じゃあ実物を見に、長良か天龍か金剛にでもお願いして見せてもらおう―――そう長波が提案しようとした、その瞬間だった。



島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」



 あろうことかそこに炸裂焼夷弾めいた起爆剤を投下した者がいた……!!

219: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 20:53:22 ID:9wr0xuYU

………
……


 始まりは、夕張が提督の執務室を訪れたことがきっかけだった。

 快晴の空に、海沿いに弱い風の吹く日だった。

 意を決して、夕張は執務室の扉をノックする。


夕張「………」

夕張「………?」

夕張「………」コンコン

夕張「………」

夕張「…………? 提督? あの、いないんですか? 提督ー? 入りますよ?」


 一向に返事のないことに焦れた夕張が、ドアノブに手をかけた時、


明石「あ、ごめんごめん、ちょっと今両手塞がってて――――って、夕張?」

夕張「えっ、その声、明石さん?」

220: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 20:58:26 ID:9wr0xuYU

夕張「え、あ、その……お邪魔します?」

明石「提督に御用? 提督なら今、本館1Fで会議中よ?」

夕張「えっ、会議……そっか、いないんですか。議題は?」

明石「新しく着任した子たちの所属とか、訓練スケジュールとか諸々だって。後一時間足らずで戻ってくると思うけど、どうする? 出直す? 此処にいるなら、お茶でもいかが?」

夕張「あ、えっと―――折角ですけど、なら出直し……え?」


 ドアを開いて招き入れようとする明石の誘いをやんわりと断ろうとした夕張だったが―――明石の背後に見えた物に、言葉を詰まらせる。


夕張「あ………」

明石「ん? 気になる? コレ」


 ロードバイクがそこにあった。


明石「提督に組み方教わってね。元々これって完成車なんだけど、色々弄って組み替えてみたんだ。出来を見てもらおうと持って来たんだけど……私も無駄足喰らっちゃったみたい」

夕張「――――」


 そんな明石の声も遠く、夕張ははぁ、と嘆息してロードバイクに魅入っていた。

221: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:00:16 ID:9wr0xuYU

 部屋にあるロードバイクは、二台。

 一台は黒塗りのロードバイク。

 もう一台は―――夕張の髪留めと同系色のカラーが特徴的なロードバイク。

 夕張の瞳は、後者に釘づけだった。

 気になるか、と明石は問うた。

 気になるに決まっている。


 ―――夕張が執務室を訪れた理由こそ、件のロードバイクについてのことだったからだ。


 長良型の子を始め、何名かの艦娘が、最近とみにロードバイクという自転車に嵌っている。

 軽巡寮の窓から、夕張もその走りを見ていた。

 速いなぁ、いいなぁ、かっこいいなぁ、と。



 ――――あれに乗ったら、遅い私も――――。



 そう思って、悩んで、とうとう決心して、勇気を振り絞ってこの場へと訪れたのだから。

222: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:06:53 ID:9wr0xuYU

 とてとてとした足取りで、ロードバイクに惹きこまれるように、近づいていく。


夕張「わ、わ……」


 間近で見たロードバイクは、夕張の目にはきらきらと輝いて見えた。


明石「ん? 夕張はこっちのバイクがお気に入り?」

夕張「はい! その、私のリボンの色と似てるし、なんか……引き込まれるようなものを覚えちゃって」

明石「おお、それは運命って奴かもしれないね」

夕張「(へ? 運命?)……え、えっと? ま、まあ、こういうメカメカしい機構って、好きだし……はぁー……実際に見てみると、やっぱりカッコイイわ……」

夕張(これに乗ったら、私も速くなれるかな……)


 憧憬の眼差しに混じる、僅かな自嘲めいた憂い。

 その視線に、明石はふと思いついたように、夕張に尋ねる。


明石「――――乗ってみたい?」

夕張「えっ?」

223: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:12:10 ID:9wr0xuYU

明石「いいよ、乗ってみても?」

夕張「え、で、でも、私、足、遅いし……」

明石「足が遅いからって、ロードバイク乗っちゃダメって話はないでしょ?」

夕張「で、でも、これ、提督のなんでしょう? い、いいんですか……?」

明石「そりゃあいいよ。なんせこのバイクは――――って」

夕張「?」


 しまった、という顔をしている明石に、夕張は首をかしげる。

224: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:12:43 ID:9wr0xuYU

明石「………んーん、こっちの話。それは全然問題ないから、乗っても構わないよ。あ、フィッティングしようか?」

夕張「あ、そ、それなら大丈夫! ちゃんと予習してきたんですよ! 調整方法は……ここをこうして、こうやって……こう、ね」カチャカチャ

明石「おおー、やっぱ筋がいいわね。ウチの工廠で働かない?」アハハ

夕張「私は軽巡ですー。でも、お手伝いには行きますよ。面白いもの、弄らせてくれるなら」


 雑談を交わしながら、夕張はロードバイクをテキパキと自分に合うセッティングに変えていく。

 ―――そして明石に礼を言って、鎮守府外周の道路へとサイクリングに出かけた。

 それが、ことの始まりだった。



……
………

225: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:32:33 ID:9wr0xuYU

………
……



夕張「ど、どきどきする……どんな感じなんだろ」


 ロードバイクに跨り、ペダルに脚をかけた夕張は、高鳴る胸を押さえていた。

 大きく息を吸って、深く吐く。

 そして、ペダルにゆっくりと体重をかける。


夕張「わ、わ、わ……」フラフラ


 ハンドルを左右に揺らして、上体もブレにブレまくり。

 優雅とは程遠い発進であった。


夕張(お、落ち着いて、私!? バランスは普通の自転車より取りづらいこと、ちゃんと予習したじゃない!)ヨロヨロ


 そう言い聞かせて、ロードバイクという乗り物の感触を馴染ませるようにゆっくりとペダルを回していく。

226: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:39:28 ID:9wr0xuYU

夕張(ゆっくり、ゆっくり……えっと、前を向いて、腕から力を抜いて、お尻に体重を……脚はまっすぐに上げて、まっすぐに下ろすようにペダルを……)クルクル


 バランスが、次第に整っていく。

 左右にフラついていた体幹が、ペダルを一回転させるごとに、だんだんと振れ幅が小さくなっていく。


夕張(よ、よし、それじゃあ――――)ジャッ、シャコン


 親指を押し込んでシフトアップ。ペダルを今度も丁寧にひと回し。


夕張(い、いけるじゃない! よ、ようし……!!)ジャコココンッ、シュカカカカン


 多段シフトで、一気にギアを上げる。ググンと負荷の上がるペダルに、思い切って力を籠めた。


夕張(わ――――わ……すご、すごい!)

夕張「わぁ………!」


 夕張は、青空のような晴れやかな笑みを浮かべて、歓喜の声を上げる。

 風が体を叩いてくる。

227: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:42:30 ID:9wr0xuYU

 なのにペダルをひと漕ぎするたびに、その風を容易く切り裂いていく。

 数センチにも満たないタイヤだけが、己と地面を繋ぎ止めていくような感覚は―――。



夕張「わ、わぁ……わぁ、わぁあ!!!」



 紛れもない快感だった。

 それは長良も、そして天龍も初めての時に得た感動。

 未体験の――――速さ。

 夕張にとってその感動は、ひとしおだった。 


 ―――亀のように遅い私が、こんな速さで走っている。


夕張(で、できるんだ。私だって、速くなれるんだ……速く走れるんだ……!)

228: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:44:13 ID:9wr0xuYU

 そんな夕張の耳に届いてくる、一つの声があった。





島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」





夕張(…………え?)


 言わずと知れた生粋のスピード狂・島風。

 これが他の艦娘であれば一笑に付される話である。

 しかし、誰も私の前を走れないと豪語し、それを事実としてきた島風。


長波「まー……つっても長良や天龍がそう言ってるとなると、一概に否定できん。あいつら、そういう嘘はつかん」

島風「むっ」

長波「とはいえ、おまえの速さは誰もが知ってるところだ。そこでだ……となれば、実際に勝負してみるしかねーんじゃないの?」

時津風「え? 島風と? 誰が?」

229: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:44:14 ID:9wr0xuYU

 そんな夕張の耳に届いてくる、一つの声があった。





島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」





夕張(…………え?)


 言わずと知れた生粋のスピード狂・島風。

 これが他の艦娘であれば一笑に付される話である。

 しかし、誰も私の前を走れないと豪語し、それを事実としてきた島風。


長波「まー……つっても長良や天龍がそう言ってるとなると、一概に否定できん。あいつら、そういう嘘はつかん」

島風「むっ」

長波「とはいえ、おまえの速さは誰もが知ってるところだ。そこでだ……となれば、実際に勝負してみるしかねーんじゃないの?」

時津風「え? 島風と? 誰が?」

230: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:46:01 ID:9wr0xuYU

天津風「長良さんに頼んでみる?」

島風「望むところ!」フンス


 ―――仮の話だ。


 仮にここで長良や天龍に勝負を挑んだとしても、二人は間違いなく断っただろう。

 まだロードバイクに乗り始めて一月と経過していない二人であったが、それでも断言できる。


 ―――勝負にならない、と。


 だが、



長波「―――――ん? 夕張?」

夕張「え………」ビクッ


 長波が、夕張の存在に気づいた。

 続けて、雪風や時津風、天津風も気づく。

231: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:52:28 ID:9wr0xuYU

雪風「あっ、夕張さ――――あっ!! なんかすごいものに乗ってます!!」

時津風「ふぇ?」 

天津風「ああ、アレよアレ。夕張さんが乗ってるアレ。アレがロードバイクってやつよ」

夕張「え、え………?」

雪風「わぁあ……なんだか、ぴかぴかしてます! かっこいいです!!」

時津風「ふぁー! ほんとだ! うんうん、かっこいい! すごいすごい!!」

夕張「わ、わっ!? ちょ、ちょっと、危ないわよ!?」


 まとわりついてくる雪風と時津風に、慌てて停車する夕張。

 その夕張の乗るロードバイクを一目見て、


島風「………ふーん」


 島風の目がにわかに尖る。

232: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 21:54:00 ID:9wr0xuYU

 夕張の前で、止まる。


島風「ねえ、それって速いの?」

夕張「え、え? な、何? 何の―――」

島風「それ。ロードバイクって、速いの? 島風より?」

夕張「え、えっと……?」


 夕張とて理解している。勝負を挑まれていることぐらい、分かっている。

 しかし、夕張は断ろうと思った。

 しっかり予習をしてきたのだ。ロードバイクは、生身の走りとは比べものにならないぐらい速い。

 勝負になどならない。

 だから――――そう思っていた。 



島風「………遅いの?」



 僅かな失望を滲ませた、島風の声。

233: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:01:50 ID:9wr0xuYU

夕張「――――」



 それは単なる問いかけに過ぎなかった。

 だが、夕張には、それが――――「おまえは遅いのか」と、問われているような気がして。


夕張「ッ…………速い、よ。すっごく速いわ。貴女よりもね」


 ムキになって、刺々しさのある言葉を返した。


島風「なっ……そう………ふーん、速いんだ。そっか――――じゃあ、島風と勝負しよ! できないなんて言わないよね!!」

夕張「――――ッ、い、いいわよ! 泣いたって知らないからね!」


 その会話は、


明石「あ、あっちゃあー……」


 試走に出た夕張の様子を見に、外に出ていた明石の耳にも届いていた。

234: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:09:11 ID:9wr0xuYU

明石(止めようかな……これ……どっちが勝っても、角が立つわよね……マズい、マズいよ。それに、よりにもよって、あの二人……)


 どちらも、速度というものに思い入れがある艦娘。

 島風はその速さを。

 夕張はその遅さを。


明石「ちょ、二人とも―――まっ」


 明石が声を張り上げようとした、その直前だった。


天津風「スタート!」

島風「おうっ!!」ダッ

夕張「たあっ!!」グッ

明石「って、えええええええええ!?」


 ――――天津風の合図で、二人は飛び出していた。

 しかも明石とは反対方向に向かって。

235: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:10:25 ID:9wr0xuYU

明石「………はぁ」ピポパ


 嘆息を一つ、明石は提督へコールする。会議中であることは承知の上―――しかし、これはいわゆる緊急事態だった。


明石(………お願い。出てください、提督)プルルル


 明石の業務は、何も艤装の点検や改修だけにとどまらない。

 艦娘達のメンタルケアや、健康管理にまで及ぶ。

 そうして彼女たちと、三年以上の時を過ごしてきた。島風も夕張も、この鎮守府が発足した初期の頃に知り合った付き合いの長い艦娘だ。

 そして明石の見解では、あの二人はどちらも、心が脆い。

 プライドとコンプレックスは、似ている。

 どちらも――――傷つけられれば、あっさり砕けてしまう。

 まして、島風も夕張も、互いに自身のプライドとコンプレックスを見失いかけている。


明石(こんなことも想定して、提督がしてきたこと……全部、無駄になっちゃう。だから、お願い、提督……出てください)プルルル


 明石はそうした優先順位を理解している。そして提督もまた、明石がそれを理解していることを承知している。

236: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:12:59 ID:9wr0xuYU

 だから。


提督『―――どうした、明石。変事(トラブル)か』

明石「提督……!!」


 コール音は僅かに三回。

 提督の応答に対し、取り急ぎ概要を伝えた明石は、提督より一つの指令を受け――――。


明石「うぉおおおおおおおおお!? マジですかあ!?」

提督『マジだ。ダッシュだ。行け』


 執務室へと全力疾走を開始した。



……
………

238: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:36:24 ID:9wr0xuYU

………
……



 明石への指令を終えた後、提督は会議室に設置された電話の受話器を置いて、深く深くため息をついた。


提督「想定を危惧していた事態で………最悪の中の最悪の予想が当たるとか、今年はロクでもねえことになりそうだ」

川内「え? 何? 夜戦? 夜戦は最悪じゃないよ? 最高だよ?」

球磨「難聴かクマ? 役に立たねー耳ならそぎ落としちまった方がいくらかマシだクマ」

川内「は? 何? このマスコット喋るの? やだ、怖い」

球磨「………は?」ガタッ

川内「あ? なによその目は。は? 何? やる気? 夜戦したいの?」ガタッ


沖波(修羅の国だ)ガタガタ

神風(なんて鎮守府に着任しちゃったのかしら)ガタガタ

春風(春風の訪れとともに去りたい)ガタガタ


 新人たちは怯えた。当然である。空間が歪むほどの殺意が交錯しているのだ。

239: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:40:59 ID:9wr0xuYU

 馬鹿二人が馬鹿喧嘩を始め、


神通「姉さん!! 新人の子が怖がってるでしょう!」ズドム

多摩「球磨型の面目を穢す真似をするにゃ!!」ドゴム


 即座に神通と多摩が武力介入し、


川内「そどむ」ガハッ

球磨「ごもら」ガハッ


 艦娘が地面と水平にフッ飛んでいき、


沖波「!?」

神風「と、飛んだ!?」

春風「ひっ!?」ビクッ

親潮「ひ、人って、真横に飛ぶものなんですか!?」


 その惨状を見た新人が神通と多摩にこそ怯えるところまで完全にお約束の騒動を起こす中、提督は思案に耽る。図太いにも程がある男であった。

240: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:45:58 ID:9wr0xuYU

提督(島風はいつかロード乗りの艦娘相手にやらかすと思ったが、相手がよりにもよって夕張………)


 ロードバイクと、生身での速度勝負。

 荒れ果てた荒野や岩肌を走るならばともかく、舗装された道路を走るならば、これはもはや兎と亀の話どころではない。

 これはアキレスと亀のお話だ。アキレスが途中で眠ろうと亀には勝ち目がない。

 その結果は、本来語るまでもないことだった。


提督「神通、天龍、龍田、多摩、長良、五十鈴、能代、矢矧、大淀……すまないが、会議はここまでだ」


 そう言って、提督は立ち上がった。


天龍「え?」

龍田「あらぁ? さっきの電話、そんなにマズいお話だったの? ロードバイクのお話だったように聞こえたけど~?」

矢矧「ろーどばいく? ………ああ、最近天龍さんが夢中になっているってお話、以前聞いたわね」

提督「ああ。ちょーっと、出てくるな。神通、多摩。そこで壁のオブジェになってる夜戦バカとマスコットの埋葬を頼む。おかしいヤツらを亡くした」

神通「畏まりました」

多摩「承ったにゃ」

241: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:48:14 ID:9wr0xuYU

川内「生きてるっつーの!!」スタッ

球磨「ピンピンしてるクマ!! 提督、酷いクマ!!」ピョン


沖波(ほ、ホントにピンピンしてる………)クラッ

神風(さ、最前線で戦い抜いた、英雄ばかりが集う鎮守府って聞いてたけど……こ、ここまで?)ヨロッ

春風(帰りたい。あ、ここ、私の鎮守府だったわ。どうしましょう)フラッ

親潮(助けて黒潮さん)ガクッ


 新人たちは気絶した。軽巡たちはいつものことと完全スルーである。マジで修羅の国であった。


能代「ならば、護衛としてお供いたします」

提督「ああ、大丈夫大丈夫。そういう類のトラブルじゃねえから。付いてきたいなら別に止めないけど」


 そう言って、提督は会議室の出口に――――向かわず、窓枠に手をかけて、身を乗り出す。


大淀「??? え?」

長良「司令官、どこに行くんです?」

243: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 22:52:11 ID:9wr0xuYU

 会議室内の艦娘の多くが首を傾げる中、提督は振り返り、


提督「ちょっと、最速の世界を教えてやりに」


 悪戯好きの子供のように、笑った。

 それで悟る。


艦娘(((((ああ、ロクでもないこと考えている顔だ)))))




……
………

244: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:11:21 ID:9wr0xuYU

………
……



 鎮守府内の道路――――島風は、呼吸を荒げて、目を見開いていた。

 澱んだ色の光を宿す瞳に、いつもの快活さは微塵もない。


島風「う、うそ………」


 島風は速い。自慢げに語るだけのことはある。

 その本領は海上での航行速度にこそあるが、陸上においても軽く時速30キロ以上の速度で走り続けることができる健脚の持ち主だ。

 しかし、地を蹴り続けなければ速力を得られない生身での走行と、ホイール回転の慣性によってどんどん速度を上げていく自転車。

 これが単一ギアのママチャリや、粗悪なルック車が相手であれば、それでも島風の方が速かっただろう。

 島風自身は、自転車に乗ったことがある。鎮守府内共用で使用されているママチャリだ。乗り方を学んで、しかしそれ以降島風は自転車に乗ることは一度もなかった。


 ――――こんなの乗るぐらいなら、足で走った方がずっと速いもん。


 それが島風の結論だった。ある意味で正しいと言える。そもそも用途が違うのだから。

245: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:12:11 ID:9wr0xuYU

 その遅さを知っていたが故に、ロードバイクという『自転車』を甘く見るのは、ある意味当然と言えた。


 ――――ちょっぴり形状が違うぐらいで、劇的に速度が変わるわけがない。

 ――――あんなのろい乗り物なんかに、島風が負けるわけがないんだから。


 ロードバイクの速度を知らない艦娘たち――――雪風、天津風や時津風、そして長波もまた、本当は同様の想いだった。

 島風の速さを知り、そしてロードバイクの速度を知らない。ならば、島風の方が速い。そう考えるのも、無理はない。

 島風自身も、長良や天龍がロードバイクを駆った時の走りを目撃していなかったことが致命的であった。

 短距離ならばいざ知らず、島風が挑んだ距離は鎮守府をぐるりと一周するコース、総距離約4キロである。それは島風の慢心、驕りである。

 軽巡寮の前から、長良が初めてロードバイクを走らせた時とは反対周り――――時計回りのコース。


 明石の静止の声は間に合わず、両者は同時にスタートした。

 リードを得たのは島風。これは島風でなくとも、大抵の艦娘は同じ結果を得るだろう。自転車は生身と比較すれば、その初速は段違いに遅い。

 しかし――――最高速に至っては、比較することすら烏滸がましい。

 島風が気分よく走っていたのは、最初の数十メートルまでだった。

 背後から大歓声が上がる。きっとそれは島風の速度を、長波達が讃えてのものだろう――――島風はそう思っていた。

246: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:13:15 ID:9wr0xuYU

 ふと歓声の中に、異なる音が混ざっていることに気づく。チリリリ、と車輪の回る音。

 それは島風のすぐ後ろから聞こえていた。

 思わず振り返る。

 それと同時にロードバイクに乗った――――夕張が、自分でも信じられないと言った表情で、島風を抜き去っていた。

 歓声の声を聞きつけて多くの艦娘がそれぞれの寮の窓から、身を乗り出す。

 そして――――島風が後れを取っている姿を、目撃する。


島風「うそ……うそ、うそだ」


 誇りがあった。自負があった。己こそが艦娘中最速であると。そしてその言葉に違わぬ成果を出してきた。いつだって島風は一番乗りだった。

 その島風が陸上とはいえ、走りで誰かの後塵を拝す――――島風にとって、それは『あってはならないこと』だった。

 ましてや、鈍足で知られる夕張に抜かれることなど!!


島風「こんなの、うそだもん!!」


 アイデンティティの危機に、島風は瞳に涙を浮かべて叫んだ。

 どれだけ両足を動かしても、必死にペダルを回す夕張の背は遠ざかっていくばかり。

247: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:14:04 ID:9wr0xuYU

 差はみるみる広がっていき、コーナーに吸い込まれていくように夕張の背中が消えていく。

 それでも島風は足を止めなかった。ただただ追いすがろうと懸命に地面を蹴り続ける。

 そして最初のコーナーを曲がる。その先は鎮守府本館だ。

 夕張との差を目視しようと顔を上げ、



島風「…………うそ、だ」



 島風は、絶望した。

 夕張との距離は既に100メートル以上の開きを見せていた。

 唖然とする間にも、夕張は更にスピードを上げていく。


島風(まだ、速くなる、の……?)


 島風の足が、止まる。

 気が付けば、止まっていた。

248: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:15:36 ID:9wr0xuYU

 心が、嘲笑う。

 他でもない、島風の心が、島風を。

 まだ勝負はついてない――――どうやって追いつくの?

 頑張れば追いつける――――追いつけやしないよ。

 だって島風は速いから――――そんなの嘘だよ。だって。


 ――――遅い人は、みんな後ろにいるはずでしょ?


 今後ろにいるのが誰なのか。

 後ろを走っている、遅い者はどっちなのか。

 それを考えた瞬間、島風の視界がとうとう涙で滲み、何も見えなくなった。


島風「ぅ、ぇ………っ、うわぁあああん、わぁあああああああああん!!!」


 島風は泣いた。恥も外聞もなく泣き喚いた。

 島風が遅い。島風が遅い。島風が遅い。

 認めたくなかった。認めざるを得なかった。

249: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:17:07 ID:9wr0xuYU

 その泣き声は、前を走る夕張の耳にも届いた。

 心の中の自分が褒める。

 この勝利を、心の底から褒めてくれる。


 ―――良かったね。貴方の勝ちだよ。


夕張(――――違う)


 ―――どうして? 貴女の方が前を走っているよ?


夕張(違う……)


 ―――みんなが褒めてくれるよ? あの島風に勝ったって。


夕張(違うッ……!!)


 ―――そうだね。こんなの勝てて当たり前の、勝負にすらならない勝負だもの。


 ―――そんなこと、最初から分かってて、断らなかったでしょう?

250: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:18:01 ID:9wr0xuYU

夕張(ち、がう………私が欲しかったの、こんなんじゃ、ない……こんなんじゃない!!)


 足を止めて、自転車から降りる。


夕張(……やめよう。こんなの、全然違う。こんなの、みじめなだけだ……)


 切り返し、島風の方へと自転車を転がしながら歩く。

 なかったことにしよう。そう告げるために。


夕張(やっぱり、私なんかが……乗っちゃいけない、ものだったんだ……)


 俯きながら、島風の前に辿り着くと―――ふと、気づいた。

 島風の泣き声が、聞こえない。

 泣き声ではなく、それは――――。


島風「ひ、ひっ……!? や、やだ、やだぁ……!!」


 怯えた様な、声。

251: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:18:51 ID:9wr0xuYU

 夕張は俯いた顔を上げて、島風を見る。

 島風は、確かに怯えていた。しかし、それは―――。


夕張(私じゃ、ない……? 島風が、見てるのは、私の……後ろ――――ッ!?)


 夕張もまた振り返る。

 そして、


夕張「あ、あ……ひっ、い、や……や、なんで、どうして」


 夕張もまた、怯えた。その視線の先には、




提督「よう、シケたツラしてんなお前ら――――もっといい空気吸えよ」




 いつもと変わらない。

 優しくも、悪戯っぽい笑みを浮かべた提督がいる。

252: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:24:16 ID:9wr0xuYU

島風「て……て、ていと……」

夕張「てい、とく……」


 島風にとっても、夕張にとっても、今は一番会いたくない人だった。

 誰よりも無様を見られたくない人。よりにもよって飛びっきりの無様を、見られた。

 島風は遅い己を。

 夕張もまた、遅い己を。


提督「あ、長良、天龍。それ貸して」

長良「え? あ、はい!」ヒュッ

天龍「しゃーねーなー」ポイッ

提督「サンキュー。さ、顔を上げろよ、夕張、島風。駆けっこするんだろう?」


 黒い瞳が、島風と夕張の顔を覗き込む。

 二人とも慌てて赤くはれた目元を拭って――――ふと、頭に何かが覆いかぶさる感触に、


島風「え………ヘルメット?」

253: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:25:12 ID:9wr0xuYU

提督「夕張、おまえもだ」ポン

夕張「え……わっ」ポフッ

提督「西部劇が、昔から好きでな」

島風「え……?」

提督「フェアな勝負だよ。早打ちだ。抜けよ、どっちが速い? ってやつ」

夕張「て、提督、何を言って―――」

提督「でもアレってどっちも銃を持ってなきゃ成立しねえだろ? ―――条件は五分じゃなきゃ、勝負は面白くない」

島風「て、ていと……」

提督「お? 来たか、明石よ」

明石「む、無茶、ぜぇ、させ、ぜひ、ぜひぃ………む、む、無茶させてっ!!」


 全身を疲労感に包み、汗だくの明石の手には。その手には。


提督「乗れ、島風」


 ロードバイクが一台、収まっていた。

254: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/05(日) 23:28:52 ID:9wr0xuYU

明石「すー、はぁーーーーーすぅーーーーはぁあああああ………よっし。さ、跨って。調整するから!」

島風「て、ていとく………こ、これ、これって」

提督「おまえのロードバイクだ。おまえだけの『特別』なロードバイク」


 そのロードバイクこそ、提督が大淀とサイクリングに出かける直前、電話口で納車を急かしていたバイク――――『小さい方』の一台。

 夕張が目を見開く。

 それは先ほど執務室にあったもう一台のロードバイク―――黒いロードバイクだった。

 エアロフレームを採用した翼断面状の平べったいダウンチューブに、タイヤの外周に沿って抉れたシートポスト。



   スペシャライズド エスワークス ヴェンジ ヴァイアス
提督「SPECIALIZED S-WORKS Venge ViAS………世界最速に挑むためのバイクだ」



 これで、条件は五分となった。

 されど、これはアキレスと亀のお話だ。

 どちらがアキレスでどちらが亀なのか。

 否――――これはそんな他愛のないお話では、断じてない。

262: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 21:54:46 ID:iYTlxfpE

 これは亀がアキレスに追いつけない。

 そんな話ではない。

 亀がアキレスに挑む――――そんな話だ。


島風「島風、の……? 私の、ロード、バイク……?」

明石「そ。ざっくり島風ちゃんの身体データからサドル高や位置、ステムは合わせといたけど……サドルとハンドル位置は、やっぱり微差があるわね。

   ―――仕上げをします、提督」

提督「ん、頼む」

明石「――――行きますよ」ズパッ


 アーレンキー(六角レンチ)が、明石の手の中で煌めく。


島風「おうっ!?」


 あっという間に島風の股下に適したサドル高に調節され、続いてハンドル、そしてブラケットの位置・角度もまた、一瞬にして島風のリーチに適応した。


提督「い、一瞬かよ……―――――流石。自転車屋泣かせだな」

263: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 21:56:20 ID:iYTlxfpE

明石「合格ですか?」

提督「合格。先人としちゃあ、俺も泣きたいレベル」ハァ

明石「やったぜ、なんてね」グッ


 こと整備という点においては、既にプロのメカニックにも匹敵する腕前を誇る明石であった。


提督「さ、跨れ」

島風「う、うん」

提督「島風は自転車に乗れるよな?」

島風「え……う、うん、で、でも」

提督「よし。ロードに乗るのは初めてだろうが――――俺はお前のバランス感覚と運動神経なら、やれると思っている」

島風「えっ、え、えっ……」

提督「いいからいいから。いいか? まず乗り方だがな……」


 戸惑う島風に、乗り方やギアの変換方法を教えていく提督。

 その背を、震える拳を握りしめて、睨む者がいる。

264: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 21:58:05 ID:iYTlxfpE

夕張「………なん、で?」


 夕張だ。

 提督が何をやらせようとしているのか、分かる。

 だけど、その理由が分からなかった。

 叱りに来たんじゃないのか。怒りに来たんじゃないのか。

 卑怯な真似をした自分を、明石の許しを得たとはいえ、自転車を持ち出した自分を。

 島風と、自分を、勝負させようとするなんて。


夕張「なんで、ですか……?」


 なのに、口から出てくる言葉は、それとは関係のない言葉だった。

 なんで。

 どうして。

 どうして――――こんな意地悪をするのか。

 島風は速い。凄く速い艦娘だ。世界で一番速いだろう。

265: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:05:31 ID:iYTlxfpE

 そんな子と、同じ条件で走る。

 島風はきっと、ロードバイクに乗っても速いんだろう――――容易に想像がついた。そんなことは、一秒で理解できる。


夕張「なんでっ……!!」


 語気を荒げて、叫ぶ。島風への説明を終えた提督は――――夕張へと振り返り、


提督「なんでって、そりゃあ――――レースだよ。やるんだろう?」

夕張「わ、私が、足、遅いってこと……知ってる癖に……しってるくせに!!」


 とぼけた様な返答に、夕張がますます感情を剥き出しに叫ぶ。しかし飄々とした態度で提督は首を振った。


提督「明石から経緯は聞いている。―――島風が挑み、お前が受けた。ならば最後までやれ」

夕張「ッ……!」


 泣き出す寸前の子供のような顔で、夕張は唇をかみしめて、俯く。


夕張「それって、負けろ、ってことですか? 痛い目見ろって? 悔しい思いしろって?」

266: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:07:04 ID:iYTlxfpE

提督「まさか。レースは終わるまで結果の分からんものだよ。これはむしろ、ご褒美の類だ。マジで。ホントホント」

夕張「嘘だ……どうせ、どうせ……わたしが、私なんかが、島風に勝てないって、思ってる癖に……当て馬にして、ば、馬鹿にして……ひ、ひど、ひどいよ、ひどいよ……!」

提督「夕張」


 涙声で震える夕張に、提督は近づき、


提督「―――――、―――――」

夕張「…………え?」


 何か、夕張にだけ聞こえる声で、言葉を告げた。

 後はそれっきり。踵を返し、振り返らぬままに、


提督「スタートはここ、鎮守府本館入り口前――――コースは鎮守府一周だ」


 ただそれだけを告げて、ひらひらと手を振った。


夕張「ッ――――提督の、馬鹿!!」

267: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:12:53 ID:iYTlxfpE

 涙声で叫んだ夕張は、スタートの合図も待たずに、再びロードバイクで駆けだした。


島風「え? あ………」


 それを唖然と見送る島風。

 改めて、夕張を見る。


島風(や、やっぱり、速い………)


 提督の登場によって静止していた心が、再び揺れ動き始める。


島風(やだ、よ……また、負けちゃうの、やだよ……遅いのなんて、やだ)


 手足が、震えた。怖かった。

 夕張と同じく、島風もまた怖かった。

 同じ条件で、また負けてしまったら。


島風(提督に、がっかりされる……遅いって、言われる……やだ、やだ、やだやだやだ……!!)

268: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:15:55 ID:iYTlxfpE

 今度こそ、何も言い訳できなくなる――――怖気づく気持ちで、どんどん意欲が失われていく。


島風「………え?」


 そんな島風の背中を、軽く叩く感触があった。


提督「どうした、夕張、待ちくたびれて先に行っちまったぞ? おまえも楽しんで来い」

島風「え――――?」


 ――――楽しむ?

 問うように丸くなった瞳に、提督は頷く。


提督「おお、そうだ。そいつがおまえに、新しい世界を教えてくれる」

島風「新しい、世界……?」


 揺れる心が、少しだけその振れ幅を小さくした。

 提督の言葉は、島風にとって、いつも魔法みたいだった。

 島風が初めて出会った人間。

269: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:23:44 ID:iYTlxfpE

 色んなことを教えてくれた人。

 怒られることもあったけれど、いつだって島風にとって、提督は優しくて、強くて、速い人だった。


提督「おまえは駆逐艦で最速だろう。どんな艦種の、どんな艦娘より速いだろう。だけど、世界は広い。お前より速い奴はいる」

島風「………うん。さっきの夕張、速かったです」

提督「じゃあ、島風はどうかな?」

島風「………わ、わかんない。だから、怖い。怖いよ、提督……」

提督「怖い? 何がだ?」


 そう言って、提督は島風の両肩を掴み、視線を合わせて――――問いかける。


提督「俺の知ってる駆逐艦・島風は――――敵が速いほど、私の方がもっと速いんだって、燃え上がる奴だぞ?」

島風「ッ………!!」


 その言葉に――――揺れ動く心が、大きく高鳴った。

 忘れかけていた何かが、目覚めるような、そんな感覚。

270: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:25:25 ID:iYTlxfpE

提督「今まで以上の速さが欲しくはないか」


 また一つ、鼓動が高鳴る。


提督「なあ島風。俺に「俺の鎮守府には世界一速い島風がいるんだぞ」って、また自慢させてくれないか」


 もう一つ、もう一つと。


島風「で、でも、もう、夕張、もう先に……」


 それでも消えてくれない不安を、口に出す。


提督「――――追いつけるさ。おまえなら」


 まるで疑ってないって目で、島風を見つめる瞳。

 それは島風に、いつだって勇気をくれた瞳。

271: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:26:51 ID:iYTlxfpE

提督「いつも自分で言ってるじゃあないか。島風が一番? 知ってるさ。俺はそう知ってるし、信じてる」


 ――――そして、ようやく島風の瞳に活力が戻る。

 そうだ、いつもそうだ。

 提督は。信じてくれている。


提督「悪かったな。おまえにはずっとずっと我慢を強いてた。だけど―――もう、いいんだ。我慢しなくても」


 島風が一番欲しい言葉を、嬉しそうに告げてくれる。

 島風を好いてくれる、想ってのことだ。


提督「島風は、もう島風になっていい」


 その言葉はいつだって――――


提督「島風ならできる。そうだよな? だって、島風は―――」


 ――――島風の心を、

272: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:30:12 ID:iYTlxfpE

https://www.youtube.com/watch?v=cUZyol4D7WQ




島風「………うん。わかった……わかったよ、提督――――うん!! そうだよ、だって」


 加速させた。


島風「島風は―――――速いもん!!!」グッ


 体の震えは止まり、右足をペダルへと掛ける。


提督「行け! 島風!!」

島風「おうッ!!!」グッ


 ペダルを、踏み込む。

 かくして、最速の駆逐艦が発進する。


 ――――失った己を、再び掴むために。


 最速という名の、己を。

273: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:33:22 ID:iYTlxfpE

 ―――その感覚に、島風はまず戸惑った。


島風(なん………なんだ、なに、これ……?)


 軽い力で、恐ろしく前へと進む。

 これが、ロードバイク。

 成程、速いわけだ――――素直に感心する。

 そして、前を向いた。


島風(見慣れた鎮守府の景色……なのに、知らない。私の、知らない鎮守府だ)


 右を見る。左を見る。

 こんなにもあっという間に、景色が流れていく。


島風(島風は、こんなの、知らない……新しい世界を、教えてくれるって……この、ロードバイクが、教えてくれるって……提督、言ってた)


 くる、くる、と。ペダルは回る。

274: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:35:06 ID:iYTlxfpE

 バランスの取りにくさについては、島風にとってあまり問題にはならなかった。

 それを意識しない――――できないほどに、優れた感覚が島風には備わっている。


島風(これ、ですか?)


 これが、提督の言っていた、新しい世界か。

 己に問う。

 答えは、すぐに出た。


島風(いや―――――違う)


 首を振る。違う。違う。

 絶対に、これは違うと。



島風(――――まだだ。私、まだ……これじゃ、遅いんだ。こんなもんじゃ、ない)



 己の両足を、見下ろす。

275: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:37:01 ID:iYTlxfpE

 だって、全然疲れない。

 これは、きっと――――まだ先がある。


島風(左右に力が逃げないように、足は真っ直ぐに振り下ろす……こんな感じ?)


 即座に、島風は試行に入る。

 その先を見るために。


島風(少しだけ、速くなった。けど、これじゃまだだめ。力が伝わりきってないんだ……地面を蹴る時と違って、足首を使うのはロスになる……じゃあ、これでどう?)


 足首を90度の角度で固定し、引き上げる力と押し込む力でペダルを回す。


島風(うん。少し速くなった。だけど、まだ遅い―――ならば)


 ペダルが下死点(※時計の6時の位置)に達した際に、踏み込む力が逃げている。

 ならば、と島風はあえて力を抜いてみる。

 その代わりに、下死点を通過した後に引き上げる動きを追加―――回転を阻害する己の脚の重さを、極限まで軽くする。

276: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:40:15 ID:iYTlxfpE

島風(よし………覚えた――――なら、この動きを、もっと速く。ギアを、もっと……もっと!!)カチカチカチッ、シャココン


 空気を踏むような軽さに、段階的に圧が加わる。

 速度が増す。

 爆発的に増加していく。


島風(もっとだ!! 研ぎ澄ませ。速度の波を覚えるんだ。染み込ませろ――――どうすれば、もっと速くなれる?)


 そして更なる先を求めて、島風の両足と共に、その思考までもが加速を始めた。


島風(ん……ハンドルに体重を乗せちゃダメなんだ。おしりのところで支えないと………こうかな?)


 思いつくことを次々に試していく。

 心の高ぶりまでもが、加速する。


島風(そっか。体重を使って踏み込めば、より軽い力で……速度が出る)


 それは、島風が忘れていた感覚。

277: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:45:07 ID:iYTlxfpE

 もっと速く。より速く。何よりも速く。

 ――――ひたすらに、速く。

 それを求める、気持ち。いつしか失われていたそれが、色鮮やかに島風の心に蘇ってきた。


島風(また速くなった……カーブを抜けて………もっと。もっと、行けるよね? ロードバイクちゃん)


 口元を弓なりに逸らす感情がなんなのか、島風はまだ気づかない。


島風(風かな。風の抵抗が邪魔なのかな。じゃあ――――こう)


 上向きになっている上体を倒し、前傾の姿勢を保つ。

 視線を前に。

 穿つように。


島風(うん――――これが、一番速いかたちだ)


 ストイックに速度だけを求める。

 派手さはいらない。大胆さはいらない。

279: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:49:20 ID:iYTlxfpE

 ロードバイクを乗るにあたって、その基本すら知らぬ島風だったが、一足飛びでその最適解を選択していた。

 そして―――――。


島風「―――――見つけた」



 その視線の先に、夕張の背を、捉える。




……
………

280: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:50:31 ID:iYTlxfpE

………
……



 軽巡たちは、鎮守府本館の屋上から見下ろすように、その駆動を観察していた。

 ロードバイクを知らぬ艦娘はともかく、先行して提督からロードバイクを与えられていた艦娘は、誰もが瞠目してその姿を見ている。


天龍(ッ………て、天才、が!!)

龍田(これだから、あの子は……!! 島風って子は!!)

五十鈴(まだまだ粗削りだけど……少なくとも、五十鈴が最初にロードバイクに乗った時より、はるかに速い……!!)

長良(ッ………エアロポジションで、乗れてる………!)


 速度への嗅覚とでもいうべき圧倒的なセンス。

 生来、島風に備わっている天賦を、改めて目の当たりにした。


天龍(けど………わかんねえ。提督……おまえ、何考えてんだよ)

龍田(夕張ちゃんと競わせて、どうするっていうの? あの子、運動音痴なこと、人一倍気にしてて……とっても頑張り屋なのに、報われなくて……)

281: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 22:55:06 ID:iYTlxfpE

五十鈴(夕張は、凄く繊細な子よ。影で悔しくて泣いてるような子。そんなあの子が、あそこまで声を荒げて、涙声で……事と次第によっちゃ、軽蔑するわよ)


 そんな心配をする三名の軽巡であったが、



長良「――――がんばれー! 島風ー!! 夕張も追いつかれちゃうよー! もっと回せー!」



 能天気な応援の声に、彼女たちの心は一瞬、真っ白になった。


天龍・龍田・五十鈴(((こいつはひょっとして何もわかってないのか!?)))


長良「??? なんでみんな、応援しないの?」

天龍「あ、あのな………」

龍田「あ、貴女ねえ……この複雑な問題を、ちゃんとわかっているのかしら~?」

長良「………?」

五十鈴「分かってないのね!? 分かってないでしょ、あんた!!」

282: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:04:27 ID:iYTlxfpE

大淀「あ、あのー………多分、そう小難しい問題ではないのでは?」


 激しくツッコミを入れる五十鈴に、おずおずと大淀が手を上げる。

 その大淀に同意を示すように、長良はうんうんと頷き、言う。


長良「だって、あれって司令官がレースさせてるんでしょ? だったら――――ぜったい、大丈夫!!」

天龍「」

龍田「」

五十鈴「」


 根拠というには乏しすぎる理由。長良は徹底的に空気を読まない。

 しかし――――。


大淀「まあ………提督が私たちの誰かをないがしろにするようなことなんて、絶対しませんよ。今までも、これからも。私にはそれだけで、安心できます」


 大淀が補足すると、その言葉には、不思議な説得力がある。五十鈴はちょっとイラッとした。

 しかし、否、説得力を持たせるのは――――。

283: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:05:19 ID:iYTlxfpE

天龍「…………馬鹿ってすげえ」

龍田「今、私も同じこと思ったわ」

五十鈴「生きてて楽しいんだろうなって思う」

長良「なんかすっごく私馬鹿にされてる!?」ガーン

大淀「どういう意味ですかそれ! 私も長良さんと同列ですか!? ショックです!!」

長良「その大淀の言葉が一番ショックだよ!? 心に突き刺さる!!」グサッ


 それでも、三人もまた、不思議と納得した。

 あの司令官……提督ならば、何か考えがあってのことだろう。

 ならば、今はただ静観しよう――――そう決めた。



……
………

284: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:11:13 ID:iYTlxfpE

………
……


 鎮守府本館入り口前で、明石と二人、提督は静かにその時を待っている。

 呟くのは、戦意を宿した声。


提督「――――島風。おまえの心火を、夕張に叩きつけろ」


 それと同時――――すでに1kmの距離を走り終えた島風は、下ハンドルを握り、空気抵抗を更に減らして、猛烈な速度でペダルを回していた。

 先行する夕張が、背後の島風の存在に気付く。


 見つけた、と島風は先ほど呟いた。

 それは、夕張を指してのことではない。


島風(どこだ――――私の、知らない世界)


 見ているのは、その世界の在処だ。


島風(どこ、に――――!?)

285: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:12:04 ID:iYTlxfpE

 さっき見つけたと思った、世界。

 その感覚が、また消えていった。

 迷いを捨てて、速度を上げる。その果てにこそ、きっとそれはある。


島風「だから――――」


 見つからない。苛立たし気に、島風は叫ぶ。


島風「島風からは、逃げられないって!!!」


 血液は温度を上げていく。

 血液は色彩を濃くしていく。

 血液は舞い踊る様に、全身をくまなく駆け巡っていく。

 その瞬間だった。


島風(あ―――――? あれ? なんだ、これ)


 そこでようやく、気づいたのだ。

286: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:13:47 ID:iYTlxfpE

島風(初めてだ、こんな感覚)


 今、自分が笑っていることに。


島風(胸の中心が、ドキドキする)


 楽しんでいることに。


島風(――――違う。初めてじゃない。思い出したんだ)


 艦娘として生を受けて、五体の存在と感覚に戸惑った。

 だけど、この体は便利だ。

 走れるのだ。

 海の上だけじゃない。

 ―――陸の上だって走れる。

 そのことに高揚したあの日を思い出す。

 これからは、地上でも最速を目指すことができるのだと。

287: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:15:36 ID:iYTlxfpE

 でも。


島風(速いだけじゃ、駄目なんだって……そう分かった)


 戦いがあった。

 チームワークを重視する艦隊戦。突出して速い島風の脚は、それを乱してしまう。

 かつての世界大戦で沈んでしまった島風は、それを知っている。

 だから――――己に蓋をした。


島風(がまんしなきゃ、駄目なんだ)


 もう沈みたくないから。

 何よりも――――提督も、友達も、仲間も、皆が悲しむから。

 だから、がまんして、がまんして、だけど。

288: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:16:27 ID:iYTlxfpE

 ――――それでも、己に嘘はつけない。


 自分自身のレゾンデートル――――速さだ。

 己のプライド―――速さだ。


島風(思い出した……なんで、忘れてたんだろ………見える………見えるよ!! 思い、出した……島風の、島風の……わたしの、誇り……)


 頭を下げたその先で、動くものがある。

 島風の両足だ。

 ――――何よりも速く。

 ――――ただひたすらに、速く。

 それを望む両足が、主の命を今か今かと待ちわびて疼いている。

 ただそのためだけに存在するのが、この両足だ。


 誰も彼もが止まって見えた。

 それは、遅いからじゃない。

 島風が、速度を合わせていたからだ。

289: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:19:23 ID:iYTlxfpE

 だから、同一速度を保つ艦隊の皆が、止まって見える。


島風(いいんだよね、提督………もう)


 そう言えば、と思う。提督は、さっき――――島風に、なんて言ってくれたっけ?


島風(いいんだよね、島風は――――)


 速度こそ至上。

 最速こそ正義。

 あらゆる距離を置き去りにし、限りなく時間を圧縮した先にあるもの。


島風(がまんしなくて、いいって……島風は、島風で――――疾きこと島風の如しで、いいんだよね)


 両足を眺めていた視線を、前に。

 取り戻したのは誇り。

 では――――新しい世界は?

290: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:21:02 ID:iYTlxfpE

島風(わたしの前を、行く人がいる……)


 ―――それは。


島風(速い。とっても速い―――すごい!)


 ――――緑色の髪を揺らして、必死に自分から逃げる存在。


島風(血が沸き立つ。肉が踊る! これか、これだ!!)


 ――――軽巡・夕張。


島風「見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!!」


 島風以外には、誰にも意味が分からない。屋上の軽巡たちは、総じて首を傾げた――――。


神通「………」


 ただ一人、神通を除いて。

291: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:25:56 ID:iYTlxfpE

島風(取り戻す!! 今からだって、全然遅くないから!! 私は、世界最速の駆逐艦としての自分を――――)



島風「島風は、島風を捕まえる!!」

夕張「ッ、が………!」


 そして、夕張は島風の声が、背後に迫っていることを、実感した。


夕張(くる、しい)


 呼吸が、乱れる。いくら吸っても吐いても、苦しいばかり。

 楽しくなんてない。

 こんなの、全然楽しくない。

 惨めな気持ちばかりが、心を満たしていく。

 やっぱり、追いつかれた、と。


夕張(でも、しってる。わたし、もっと苦しいの、知ってる)

292: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:29:54 ID:iYTlxfpE

 どうして自分の足は、ペダルを回すことをやめないのか。


夕張(足が遅いって、言われた時の苦しさ……知ってるから)


 でも、止めてしまえばいい。どうせ言われる。すぐ言われる。島風は、いつも追い抜いた相手に、こう言うんだ。


 ―――貴女って、遅いのね、と。


 悪意なんて欠片もない。そんな残酷な言葉を、無慈悲に告げる。


夕張(ほら、やっぱり、追いつかれた……)


 己の横を通過していこうとするラチェットの音が、それを容易に察知させる。


夕張(だめだ。わたし、ぜんぜん、だめだ……こんな、なんで、提督、なんでよ……こんな、私、みじめで、カッコ悪くて)


 また、夕張は俯いた。ハンドルに顔を被せるように深く。


夕張(―――勝てるわけ、ないじゃない……私が、私なんて、島風に、だって、私……)

293: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:30:50 ID:iYTlxfpE

 ―――足が、遅いから。


夕張(やだ、やだ、やだやだ、やだよぉ………やだぁ……)


 ぽろぽろと、大粒の涙がこぼれて、ハンドルを濡らしていく。


夕張(何をしても遅いなんて、勝てないなんて、やだ……)


 もう、足を止めてしまおう――――そう思った時だった。




島風「夕張は、速いね」





夕張「………え……?」


 そんな言葉が、何故か夕張自身の真横から聞こえた。

 とっくに抜き去って、遥か彼方へ行ってしまうだろうと思われた島風が、そこにいた。

294: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:35:58 ID:iYTlxfpE


島風「怒らないで聞いてね」

夕張「え……?

島風「島風は、夕張がこんなに速いなんて思ってなかった」

夕張「は、やい? わ、私、が?」

島風「うん………昔ね、三年ぐらい前……提督が言ってたこと、分かった気がする」


 提督が、速度を誇る全盛だった島風に告げた言葉。


提督『島風は速いな。でもな、島風? 思いがけないところで、思いがけない強敵に出会う。神様がこの世界にいるとすれば最悪のサディスト気質のゲームマスターだ。

   人生一番ツラい局面に『なんでこんなヤツが』ってのを必ず用意する』


 その時の島風には、よくわからなかった話。


提督『いずれ、島風の前にも現れる。必ずな。その時おまえはそいつに何を思うかな?

   怒りか、喜びか、愛しさか、憎しみか――――どれだけ島風が速くても速くても、同じ分だけ速い』


 そんなのはいない。だって島風が一番速いんだもん、そう言うと、提督は笑った。

295: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:38:42 ID:iYTlxfpE

提督『いいや、いるよ。そんな悪夢のような存在は、ひょっとしたらお前の内側にいるかもしれないし、案外――――』


 ――――島風の、すぐ近くに。


島風「島風は、貴女を、待ってた」


 新しい世界が、あるのかもしれないよ、と。


島風「待ってたのは、貴女だった。夕張」

夕張「あ、わ、私を……貴女が?」


 そして―――。


提督『――――おまえにとって、ずっと待ち望んでいた存在なのかもしれないぞ』


島風「ずっと、ずっと待ってた。遅くて、遅くて、待ちくたびれそうになって――――だけど、ちゃんと来てくれた」


 この島風の両足が腐り落ちる前に。

 速さを失ってしまう前に。

296: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:41:26 ID:iYTlxfpE

島風「島風はいつだって、島風とかけっこで競える人が――――ライバルが欲しかった」


 走ることが嫌いになってしまう前に。


島風「島風は、いつだって駆けっこで一番だった。だから――――」


 島風が、島風であるうちに。


島風「ありがとう、夕張――――これで、貴女に、挑めるよ」


 夕張(亀)が島風(アキレス)に挑むのではない。

 島風(亀)が夕張(アキレス)に挑むのだ。

 最初に、最速の世界へ辿り着いた夕張はアキレスで。後塵を排した島風こそが亀。

 最速の世界を教えてくれた提督と、その世界の先住者たる夕張に敬意を表して、挑戦者としての心地を以って、


島風「勝負しよう!!!」


 今度こそ高らかに。笑顔で勝負を挑んだ。

297: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:42:53 ID:iYTlxfpE
 僅かな不安と、大いなる喜びに打ち震えながら、島風は笑った。

 たった一つだけ、夕張にも分かることがあった。

 それは。


夕張「う、あ、ぁ……ぁ、あああああああああッ!!!」


 湧き上がるのは血の滾り。

 皮膚が粟立つのは高揚する嘶きの余波だ。

 あの島風に、敵として。

 事もあろうに、速度を競うこの場において、敵と認識される。

 口にする事もおこがましい。

 考える事すら分不相応。


 ―――島風に、速度の領域で勝つ。


 勝ちたいと――――夕張はこの瞬間、強く願った。

 それを確かめることができる。この機会を嘆いた自分など、もはや夕張の中には欠片も残っていない。

298: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:45:22 ID:iYTlxfpE

 喜びがある。感謝があった。この機会を設けてくれた全てに。ただただ嬉しい。


 ――――こんな喜びは、夕張とて初めてのことだった。


 だから、分かった。夕張にも、分かった。

 いじけて腐って、亀のように引きこもって、立ち止まっていた。


 そんな亀に寄り添って、一緒に走ろうと。

 そう言ってくれる誰かを――――アキレスを待っていた。


夕張(て、提督………そういう、意味、ですか?)


 提督が、直前に夕張へと告げた言葉。

 それを、思い出す。

 そして思い知る。

 提督は島風と勝負しろと、言ってたんじゃない。

 勝負以前に諦めようとしていた自分と、勝負しろと。

299: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:46:18 ID:iYTlxfpE

 ロードバイクを欲した己。

 速度の世界と知っていて、なお欲したのは、自分自身。

 もう手遅れなのだ。何もかも。

 遅い自分でいたくない。

 こんな自分は嫌だ。

 自己否定。否定したままにいじけていたのでは、何も変わらない。

 変えようと、そう思ったんじゃなかったか。

 だから提督は、夕張にこう言った。






 ――――変わりたい自分がそこに見えているのならば、どうして追いつこうとしないのか?






島風(なんだ――――夕張も、同じだったんだ。わたしと)

300: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/06(月) 23:48:46 ID:iYTlxfpE

島風(一緒に走れる人がいると、こんなに―――わくわくするんだ)


夕張「私だって、貴女を待ってた――――島風ッ!!!」


 ハンドルを握る手に、力がこもる。

 澄み渡っていく思考と視界。

 雲一つない大空に弱い風。

 その日は、


夕張「やろう!! 私は、絶対に負けないから!」

島風「こっちの台詞だーーーーっ!!」


 絶好のレース日和だった。

 心地良い春の風が吹く日。

 その風を―――灼熱に変えて。

 走る。

309: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:38:35 ID:eDKasKBw

>>303-305
>>307-308


 以下ネタバレ









 ―――速い方が勝つわ(ドヤァアアア

 投下開始

310: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:39:50 ID:eDKasKBw

………
……


 島風の宣戦布告。

 夕張の叫び声。

 その声は、鎮守府寮と本館を挟んで、提督と明石の元にも届いていた。


明石「――――! 提督!! 二人が!!」


 喜色に頬を彩らせた明石が、声を弾ませる。しかし、


提督「ああ。島風がきっちり、熱を運んだみたいだな」ピポパポピパ

明石「ってなんでスマホ弄ってんですか!? 緊張感ゼロですか!? 何やってんです!?」

提督「念のための保険と、事後処理の前準備」

明石「はいぃ?」

提督「………一斉送信っと……はい、これで終わり。俺の残業が今、確定した」ピピピッ、ピロンッ

明石「は?」

311: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:42:14 ID:eDKasKBw

提督「後のお楽しみだよ」パタン


 スマホを仕舞うと、提督は深く深く、今日一番のため息をついて、呟く。


提督「……俺にとっては自爆なんだけどな……あいつらにはともかく、今日は俺にとって最悪の日になる」ハァ

明石「………? あの二台のロードバイクといい、その保険とやらといい……提督は、その……難しくて、私にはわかりません。どこまで、読んでるんですか?」

提督「別に読んでねえよ……ただ」

明石「ただ?」


 訝しげに目を細めて、提督の顔をじっと見る明石に、提督は満面の笑みを浮かべて、言う。


提督「――――俺はおまえらのこと大好きだからさ。楽しみは共有しないと、な?」

明石「―――――」


 不意打ちに、明石は思わず赤面した。

312: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:43:31 ID:eDKasKBw

提督「まあ、お前には俺と一緒に地獄に行ってもらうが」

明石「え、え? ええっ、そ、それって……(い、一緒の墓に、入ってほしいってこと?)」カァアア

提督「………」ニコリ



 明石が―――それが全くの誤解であると悟るまで、あと十数分。



……
………

313: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:44:48 ID:eDKasKBw

………
……



https://www.youtube.com/watch?v=WeocNEXP1i8




 大地が迫ってくる錯覚を覚えるほどの速さ。

 羽根を纏うような迅さ。

 風すら切り裂いて、前へ前へ、前へと。

 その身を流れる血液すら速く。

 脳より発する電気信号は絶え間なく全身を駆け抜ける。


島風(目に映るもの、全部が速いのに――――たったひとつだけ、たったひとりだけ、止まって見える)


 今までは、違った。海はいつだって止まって見えた。常にそこに在る水平線の果てだけは止まっていた。

 けれど、それは決して追いつけないもの。

314: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:49:34 ID:eDKasKBw

島風(その両脚だけが、凄い速さで動いてる)


 島風が追い越せないもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 振り向いた先にいる、既に追い越した仲間。


島風(私が、全力で、走ってる。なのに―――!)


 そして今、そこにもう一つ加わった。


島風(なのに、止まって見えるよ。見えるんだ、見えるんだよ――――夕張!!)


 こんなに嬉しいことはなかった。

 この、物凄く速い存在を――――夕張を追い越せたら、どんなに嬉しいことだろう。 


島風(同じ速度を、感じてくれてる?)


 己の横を走る、好敵手に――――心の中で問いかける。

315: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:52:03 ID:eDKasKBw

 示し合わせたわけではない。

 しかし夕張もまた、同様のことを考えていた。


夕張(いつだって、私の目に映るものは速いものばかりだった)


 いつも、艦隊の皆の背を見てきた。

 旗艦を務めたときだって、いつもいつも。


夕張(私から遠ざかっていくみんなの後ろ姿ばかりで、合わせてもらうばっかりで……なのに)


 少しずつ遠ざかっていく。動かぬものはない。水平線だけがありのままにそこに在る。

 けれど、それは決して追い抜けないもの。

316: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:53:08 ID:eDKasKBw

夕張(―――――いるよ、そこに)

 
 夕張がいつも見てきたもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 己の前を征く、追い越せない仲間。


夕張(あなたが、そこにいる―――全力のあなたがいる)


 そして今、そこから一つだけ、除外される。

 隣にいる、好敵手――――島風。


夕張(並の速力じゃない。あの、島風が! ここに!!)


 こんなに嬉しいことはなかった。

 この、物凄く速い存在を――――島風を追い抜けたら、どんなに誇らしいことだろう。

317: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:56:59 ID:eDKasKBw

 そして。


島風「!」

夕張「!」


 視線が、かち合う。


夕張「――――まだ速く行けるでしょ!?」

島風「いくらだって――――!!」


 応じる言葉は、力強い。



夕張「ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!」



 だって、色んなものが叫んでいる。

318: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:57:36 ID:eDKasKBw

 躍動する筋肉が叫喚する。

 ―――勝て、と。


 脈動する血液が絶叫する。

 ―――勝て、と。


 激動する心臓が怒号を上げる。

 ―――勝て、と。


島風「ぅ、お、ああああああああああああああああああッ!!!」


 その叫びを受けて、島風もまた猛る。


夕張「島風ぇええええええええええええええええッ!!!」


 応じるように、夕張が吼える。

319: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 22:59:19 ID:eDKasKBw

 島風の心が叫ぶ。


 ―――勝つ、勝つんだ、勝ちたい!!


 夕張の心もまた叫んでいた。


 ―――負けたくない、負けない、絶対に勝つ!!


夕張「るぅぁあああああああああああああああああ!!」

島風「がぁああああああああああああああああああ!!」


 酸素を求め、肺腑が痙攣する。

 呼吸を止めていられない。

 しかし息を止めねば力が篭らない。

 喉が痛い。肺が痛い。心臓が痛い。

 焼けつくような痛み?

 痛みのような熱さ?

320: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:00:23 ID:eDKasKBw

 その区別さえつかない。

 苦しい。辛い。熱い。痛い。もうやめたい。

 それでも呼吸する。

 生きている限り呼吸をする。

 もう限界だ、と筋肉が叫ぶ。

 されどその訴えをかき消すように、遥か猛き絶叫を上げて、己の肉を叱咤する。

 まだだ。

 まだやれる。

 私はそんなにもヤワじゃないだろう。

 だからもっと。もっとだ。やめるのはゴールしてからだ。

321: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:01:14 ID:eDKasKBw

 ―――あと、たったの二キロ弱。

 その後はいくらでも休ませてやる。だから――――。


島風「うあああああああああああああッッ!!!」

夕張「らあああああああああああああッッ!!!」


 ――――隣にいる、彼女よりも速く。


 それを、己の身体に願う。

 頼むよ。

 頑張れよ。

 頑張れるだろう。

 おまえは、私だろう。

 ならばやれるはずだ、と。



島風・夕張(私よ、私をゴールに叩き込め!!)

322: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:02:00 ID:eDKasKBw

 絶叫の根幹に根付くものは魂だ。

 肉体の苦しみを、弱っていく精神を、魂の慟哭と渇望が、更にその先へと駆り立てる。

 魂の燃焼が、二人を突き動かす。

 じりじりと己の存在を、最速へと近づけていく。

 速度の到達点を目指して。速度の臨界点を目指して。

 反応速度は鈍っていく。思考回路は鈍っていく。

 体力がみるみる目減りしていく。

 カラカラに乾いた喉は水分と酸素を求めて喘ぐたびに疼痛を発する。

 それでも脚は動く―――ただそれだけを行う。

 馬鹿みたいに同じことを繰り返せ。

 ただペダルを回すだけの装置のようになれ。

 否、みたいではない。ようにではない。

 馬鹿にならねばならない。装置にならねばならない。そうしなければ、勝てないのだから。

 だが、人は装置になれない。痛みがある故に。

323: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:04:46 ID:eDKasKBw

 それは艦娘とて、例外はない。


島風「ふ、ぎっ………!!(あ、脚が、あつ、熱い……痛いんじゃなくて、熱い……!!)」

夕張「あ、ぐっ………!!(く、口から、し、心臓が、飛び出る……)」


 苦しい。痛い。熱い。もうやめたい。

 一秒前に抱いた決意を、間断なく押し寄せる苦しみは塗りつぶそうとしてくる。

 やめよう。やめよう。もうやめよう? そんな弱音が、心に押し寄せる。

 それでも、


島風(集中、集中、集中、集中……!! こんなギリギリの興奮、滅多にないんだから!! 楽しもう! 今を! この熱さだって、楽しめる!!)


 時に己に嘘をつき。


夕張(島風に勝つんだ。それは、どれだけ嬉しいだろう。どれだけみんなが褒めてくれるだろう。だから、頑張れ、頑張れ、私!)


 時に己を励まして。

 絶え間なく己の身体に燃料を送る。なんのために走っているのか。なんのためにこんな苦しい思いをしているのか。

324: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:06:06 ID:eDKasKBw

 それだけは忘れない。

 それを忘れたときが、己の敗北する時だ。

 ただひたすらに、それを言い聞かせる。


 ――――己の心を救えるのは、救われたいと願う、己の心だけなのだと。
 



……
………

326: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:20:35 ID:eDKasKBw

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=rOU4YiuaxAM




 その波濤は。衝動は。迫力は。

 二人の咆哮を聞きつけた、寮内の艦娘達をも引き寄せて―――伝わる。

 駆逐艦寮。


清霜「か、か、か………かーーーーっこいい!! ねえ、なに!? ねえねえ、霞ちゃん、あれって何? ねぇねぇねぇねえ!!」

霞「し、知らないわよ。あたしが聞きたいわよ!!? あんな高速で動く艤装なんて…………なんて…………あのクズか!?」ハッ!?

皐月「うん……カッコイイ……! か、カワイイじゃなくて、カッコイイよ!!」

長月「おぉ!! アレはいいな!!」

荒潮「あら……素敵ねえ……うふふっ」

秋月「――――な、んです、か、あれは……?」

照月「し、知らない。し、新兵器?」

初月「おお……!! アレは凄いな、姉さん!」

327: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:22:41 ID:eDKasKBw

叢雲「は……速い……! あれは、本当に夕張なの?」

磯波「わぁあ……!!」

深雪「うっひょーーーー!! なんだありゃあ! ゴキゲンな速さだなぁ!!」

暁「え………? な、なんで、島風と、夕張さんが、レースしてるの!?」

響「分からない。分からないが………二人とも、凄い乗り手だ」

雷「応援しに行きましょ!!」

電「なのです!!」

初春「………素晴らしい。なんと雄々しく、それでいて優雅な駆動か……心が躍るな、子日よ!! よくぞわらわへ知らせに参った!!」

子日「ね、言ったでしょ!! すごいって!! あのリズム! びーとだ! あれってびーとだよ!」

若葉「何? ビート?」

子日「そうだよ!  命だよ! 命のリズムを踏んでるんだ! 楽しそう!」

初霜「命のリズム……はい! 何か、とても熱いものを感じます!!」


 駆逐艦たちは、一斉に寮を飛び出した。

 速度の行方を、その果てを、見届けるために。

328: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:25:45 ID:eDKasKBw

 軽巡寮。


酒匂「ぴゃぁ……夕張ちゃん、速い! すごい、すごい! 島風ちゃんに、まるで負けてないよ!!」

阿賀野「ふぇ? え、は? う、嘘でしょ……し、島風ちゃんと、競ってるじゃない!?」

鹿島「か、香取姉!! 見て見て、あれ!! なんかすごいよ!!」

香取「まぁ……!!」

名取「わ、わ……ほ、ホントだ……ホントに、やってる……」

鬼怒「な――――ズルい!!? なんか楽しそう!!」

由良「嘘、レース!?」

阿武隈「また先を越されたんですけど!?」


 そして、軽巡寮の屋上でも、


神通「………素晴らしい! それでこそ、第六水雷戦隊旗艦! それでこそ、我が旗下の駆逐艦です!!」

川内「何あれ――――すごい」

球磨「うおおおおおッ!? すっげえクマ! はやいクマ!!」

329: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:28:19 ID:eDKasKBw

多摩「は、は、速いにゃ……!! す、すご、すごいにゃあ!!」

川内「あれ欲しい。ちょっとここのマスコット轢き殺すから」

球磨「ほざいてんじゃねークマ。でも………かっこいいクマ……はぁあ……クマぁん♪」

長良「ね、言ったでしょ! 大丈夫だって!! たまにはお姉ちゃんを信じなきゃダメだよ、五十鈴!」

五十鈴(納得いかない……)

大淀「ふふっ」


 両目を瞠目させ、驚きを隠せない者。

 彼女たちもまた、間近でそれを見ようと、地上へと駆け下りていく。

330: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:32:17 ID:eDKasKBw

 そして、既に道路内に出て観戦する者。


雪風「ほぁああ……! ほら、ほら!! 陽炎ねえさん、見て! 島風ちゃんが! すっごいスピードで走ってます!!」

陽炎「は? そりゃ島風は速いでしょ……だって島風だ、し……って速ぁッ!?」

不知火「ぬいっ!? なんと!?」

秋雲「原チャリよりずっと速くね? っと! か、描かなきゃ! 何あれ、何あれ!?」バシュッバシュシュシュッ

巻雲「(一瞬でスケッチ!?)……はぁあ……長波、あれ、なに? 巻雲、あんなの知らないです。びっくりしました……」

高波「は、速いかも………ううん、かもじゃなくて、ホントです!! 速いです!!」

長波「ロードバイクっつー自転車だってさ。巻雲ねえも、高波も、ビックリするよなあ……あたしもびっくりだよ。あそこまで速いなんてなぁ」

時津風「うそんなばかな……なんでロードバイクに、島風まで乗ってんの? ってか、速い!! 速い速い!! 夕張まで速い!」

天津風「何よ………妬けるじゃない」

雪風「本館の入り口がゴールです! 行きましょう!!」ダッ

時津風「うん!! ダッシュダッシュー!!」ダッ

331: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:35:23 ID:eDKasKBw

 重巡寮でも。


妙高「なんと素晴らしい……! 島風が速いのは分かります。しかし―――!」

那智「ええ、同感です………興味深い。スペック的には島風の速力の方が圧倒的に上の筈だ。されど互角。魅せるではないか、夕張……!」

羽黒「ほ、ほあぁ………あんな速さで、動く乗り物が……自転車って、あんなに速いものなんですか?」

愛宕「すっごいわ!!」

鳥海「私の計算では……」

摩耶「計算とかどーでもいい!! なあ、高雄姉!!」

高雄「ええ、外に出ましょう! もっと近くで見たいわ!」


 弾けるように寮から飛び出す艦娘達。


利根「ぉっ、おお……おおおっ……!」

筑摩「………!!」

鈴谷「イイじゃん!!」

熊野「ふ、ふ、ふぉーーーーー!?」

332: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:47:12 ID:eDKasKBw

最上「いいなぁ!! くまりんこも見てよ!! あれとってもいいと思わない?」

三隈「まぁ……とっても、とってもステキで、優雅で、カッコイイ装備ですわ!! くまりんこ!!」


 その瞳を、童女のように輝かせていた。

 母港で、資材の運搬業務に励んでいる者達も。


江風「――――ぅ、おぉ………す、すンげェ……なあなあ海風姉! アレはなンだ!? 艤装か!? 新型か!?」

海風「し、知らない。知らないけど……何、あれ。胸が、ドキドキしてくる……」

夕立「………~~~~ッ♥」ゾクゾクゾク

時雨「っは、はは………ずるいよ、提督。あんなに面白そうなもの、僕たちに内緒にしてるだなんて!」

木曾「ああ、相変わらず人が悪いぜ指揮官……今まで隠してやがったのかよ」

北上「おぉ………痺れるねぇ………いいよ。アレ。凄くいい……滾ってくるねえ……あれ、なんていう艤装なの?」

那珂「ロードバイク! あれ、そうだ! 鬼怒ちゃんが言ってた! アレってロードバイクっていう自転車だよ!」

大井「…………素敵♥」


 全身の毛穴が開き粟立つような衝動に、身を震わせる。

333: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:48:33 ID:eDKasKBw

 潜水艦寮も。


イムヤ「わぁあ………!!」

ゴーヤ「すごいスピードでち!! とってもとっても、かっこいいでち!! 島風も、夕張も!!」

イク「イク、もっと近くで見たいの!! アレ、とってもとーーーっても、イイの!!」

はち「ええ! 行きましょう、しおい、まるゆ、ろーちゃん、ニム!!」

しおい「うん!! しおい、ダッシュしちゃうよ!!」

まるゆ「わ、わ、まってえ~~~~!!」

ニム「よーし、いっこーーー!!」


 軽空母寮も、空母寮も、戦艦寮も――――鎮守府内の寮内で待機する、全ての艦娘が。


武蔵「は、ははッ……なんだあの艤装は。提督よ、あんなものを隠していたのか……水臭いじゃないか! この武蔵に隠し事など!」

足柄「武者震いが止まらない……! お酒飲んでる場合じゃないわ!!」

隼鷹「だな!! なんだありゃあ、ゾクゾクするねえ……!」


 呼吸すら忘れて見入る者。知らず知らずのうちに、彼女たちは呼吸を止めて歯を食いしばり、汗のにじんだ拳を強く握りしめていた。

334: ◆9.kFoFDWlA 2017/02/07(火) 23:53:05 ID:eDKasKBw

千歳「千代田! ちょっと千代田! 瑞鳳、祥鳳も起きて! 起きないと後悔するわよ!!」

千代田「むにゃ?」

瑞鳳「たまごやき……んにゅ」

祥鳳「うう……頭痛い」

加賀「…………久々の感覚ね」ブルッ

赤城「加賀さんもですか? 私もです!」ゾクゾク

秋津洲「ず、ず、ずるいかも!! あんな素敵な装備、二式大艇ちゃんの次にいいものかも!!」

瑞穂「す、凄いものなのですね……新装備、でしょうか……?」


 口元に獰猛な笑みを浮かべる者もいる。

 それは紛れもなく、しばし忘れていた高揚だ。

 そこには意地があり、誇りがあり、勝利への確かな渇望がある。

 苦痛と灼熱に満ち満ちている―――なのに、島風も夕張も、とてもとても楽しそうなのだ。

 だから、惹かれる。

 焦がれるような、熱さがあった。