嫁「いや、寝てたでしょ！」

男「見てたよ」

嫁「寝てた！」

男「見てた」

嫁「じゃあ、どんな番組だったか当ててみてよ！」

男「バラエティ番組だよ」

男「ちょうど芸人がワサビ入りのまんじゅうを食ってむせてたとこだったな」

嫁「当たってる……」

嫁「だけど覚えておいて！　次はこうはいかないんだから！」

テレビ『通りすがりの女子高生に刃物で切りつけ、重傷を負わせたとして、無職の男を逮捕……』

男「……」

嫁「寝てる？」

男「……」ｽｰｽｰ…

嫁「今度こそ寝てるよね？」

嫁「消しちゃおっと！」ﾋﾟｯ

男「見てたよ」

嫁「！？」

嫁「寝てたでしょ！」

男「見てたよ」

嫁「じゃあ……今の殺人事件の犯人の職業は？」

男「引っかけようとしたってダメだ。殺人事件じゃなく殺人未遂事件だったでしょ」

嫁「ぐ……！」

男「ついでにいうと犯人は無職」

嫁「おのれえ……！　次こそこうはいかないんだからね！」

テレビ『では歴史の問題、徳川13代目の将軍は誰？』

男「……」ｸﾞｰ…

嫁「おや？」

男「……」ｸﾞｰ…ｸﾞｰ…

嫁「珍しくいびきなんてかいちゃって！　こりゃ確実に寝てるわね！」

嫁「テレビ消しちゃおっと！」ﾋﾟｯ

男「見てたよ」

嫁「！？」

嫁「いびきかいてたじゃない！」

男「見てたよ」

嫁「ぐぬぅ～……往生際が悪いんだから！」

嫁「だったら、今のクイズの答え当ててみなさいよ！」

男「徳川家定」

嫁「正解ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ！！！」

嫁「ちっ、今日のところは完敗だわ。だけどいつか必ずリベンジしてみせる！」

……

男「今日のご飯はなに？」

嫁「カレーライスよ」

男「お、俺の好物じゃないか」

嫁「たっぷり食べてね～」

男「ところで、カレーの上にやたら粉が振りかけてあるけど、これは？」

嫁「ああ、それはただの粉チーズよ。気にしないでね」

男「いただきます」ﾊﾟｸﾊﾟｸﾓｸﾞﾓｸﾞ

嫁（食べた！）ﾆﾔｯ

男「……」ﾊﾟｸﾊﾟｸﾓｸﾞﾓｸﾞ

嫁（うふふ、あの粉が粉チーズだなんて真っ赤なウソ！）

嫁（ゾウをも眠らす超強力な睡眠薬なのよ！）

嫁（さぁ、ぐっすり眠ってしまうがいいわ！）

男「このカレーライス、いつもよりおいしいね」

嫁（どういう意味！？）

男「う、ん……？」

嫁（効いてきたみたいね）

男「なんだか……眠く……」

嫁（ふっ、ちょろいもんよ）

男「……」ｽｰｽｰ…

嫁「朝までぐっすり熟睡なさい、ダーリン」

テレビ『今年度東大合格0名！　実績はないが頑張ります、尾場華予備校！』

嫁「さてと、テレビ消しちゃおっと！」ﾋﾟｯ

男「見てたよ」

嫁「なぜだぁぁぁぁぁ！？」

嫁「寝てたでしょ！」

男「見てたよ」

嫁「いや、睡眠薬飲ませたんだから、ありえない！　絶対ありえない！」

男「ありえなくても見てたよ」

嫁「じゃあテレビの内容――」

男「予備校のCMだったね。あんなので入学しようってなる高校生いるのかね」

嫁「あったりぃぃぃぃぃ！！！」

嫁「だったら食後にコーヒーを出してあげる！」

男「お、悪いね」

嫁「コーヒーにぃ～、青酸カリとテトロドトキシン入れて……」

嫁「はい、どうぞ！」

男「いただきます」ｺﾞｸｯ

男「ぐうっ……！？」ｺﾞﾌﾞｯ

嫁「……ごめんなさい、あなた」

男「……」ｶﾞｸｯ

嫁「だけど、仕方なかったの」

嫁「これくらいしなきゃ、あなたには勝てないと思ったから……」

テレビ『滑らかなハンドル、滑らかなボディ、滑らかなリコール……ゲッサン自動車！』

嫁「さ、テレビ消しちゃおっと！」ﾋﾟｯ

男「見てたよ」

嫁「！？」

男「自動車のCMだった」

嫁「なぜだぁぁぁぁぁ！！？」

嫁「すごいわ……すごいわ、あなた！　ここまでくると敬意すら覚えてしまう！」

男「ありがとう」

嫁「じゃあ、これならどう？」

嫁「秘技・チャンネル変えまくり！」ﾋﾟｯﾋﾟｯﾋﾟｯﾋﾟｯﾋﾟｯﾋﾟｯ

男「え～と、動物番組、旅番組、サッカーの試合、スマホのCM、アニメ、刑事ドラマ」

嫁「すんげええええええええええ！！！」

嫁「ありません」

男「投了ってこと？」

嫁「そう、私の完敗だわ……」

嫁「完敗ついでに、コーヒーで乾杯しよっと！」ｺﾞｸｯ

男「あ、それ俺の」

嫁「ごぶっ……！」

男「あーあ、救急車呼ばないと」

……

嫁（昨夜は完敗だったけど、あんまり敗北感はないわね。むしろ充実してる）

嫁（あの人があんなにすごい人だとは思わなかったわ～）

嫁（今日はちゃんとしたカレーライスを……）


ブロロロロロ……！！！


嫁「きゃっ！」

嫁「まったく……危ない運転して！　もう少しでひかれるとこだったわ！」

男「ただいまー」

嫁「お帰りなさい」

男「怪我はない？」

嫁「へ？」

男「だって今日、買い物してる時にトラックにひかれそうになったろう？」

嫁「なんで会社に行ってるあなたがそれを知ってるの？」

男「見てたよ」

嫁「！？」

嫁「どういうこと？　あなた、会社に行ってなかったってこと？」

男「いや……会社から見てたんだ。君のことを」

嫁「……すっごーい！」

嫁「あなた、もしかしてものすごい才能を持ってるんじゃない？」

嫁「ねえねえ、占い師になりなさいよ！」

男「でも会社を辞めたくはないなぁ」

嫁「副業でもいいから！」

男「分かった……やってみようか」

……

客「いかがでしょう？」

男「うーん、あなたは……今、進路で悩んでらっしゃる」

客「なんでそのことが……！？」

男「見てましたから」

客（いや、待てよ。俺ぐらいの年齢の人間なら、進路で悩んでるってことくらいは推理できるはず）

客「じゃあ、どう進路で悩んでるか当ててもらえますか？」

男「お菓子職人になるか、ラーメン屋になるか」

客「当たってるぅぅぅぅぅぅ！」

客「なぜ？　なぜ分かったんです」

男「見てましたから」

客「どういうこと？　まぁいいや、俺はどうすればいいですか？」

男「あなたは……甘い物が嫌いですね」

客「どうしてそれが！？」

男「見てたので」

男「だからお菓子職人になれば、甘い物が苦手な人にも食べられるお菓子が作れるようになります」

客「分かりました！　俺、お菓子職人を目指します！」

……

嫁「あなたに占ってもらった人、みんな人生がいい方に回るようになったってさ！」

男「それはよかった」

嫁「評判が評判を呼んで、ついにテレビに出ることになったし！」

男「うーん、それはあまり気が進まないなぁ」

嫁「ま、いいじゃない。減るもんじゃなし」

嫁「めいっぱいおめかししていかなきゃ！」

男「君はおめかしする必要ないと思うけど」

テレビ局――

司会者「それでは今話題の占い師さんの登場です」

男「こ、こんにちは」

嫁「あなたー！　頑張ってー！　Ｌ・Ｏ・Ｖ・Ｅ・あ・な・た！」

司会「ハハハ、観客席で奥さんが応援してますよ」

男「……どうも」

司会者「話を戻しましょう。なんでも的中率100パーセントだとか」

男「そうみたいですね」

司会者「しかし、あなたは“見えた”ではなく“見てた”とおっしゃいますよね」

司会者「どういうことでしょう？」

男「うーん、うまくいえませんね」

男「“見えた”と表現すべきなんでしょうが、どうしても私としては“見てた”という感覚になるんです」

司会者「なるほどー！　まあ深く追求するのはやめましょう！」

司会者「ところでさっそく、今なにか見えますか？」

男「……はい」

男「まもなく地球に隕石が落ちてきます。落ちるのはこのあたりです」

司会者「……は？」

司会者「あ、あの……冗談ですよね？」

男「かなり大きな隕石にもかかわらず、その隕石に含まれる特殊な鉱石から発せられる電波のせいで」

男「今まで発見できなかったみたいですね」

男「人類は滅びます」

司会者「なんですって！？」

司会者「大至急、確認を！　急いでっ！」

司会者「各省庁に確認したところ、本当に巨大な小惑星が迫っているようです！」

司会者「なぜ分かったんですか！？」

男「見てましたから」

司会者「とにかく見てしまったそうです！　しかし、どうか皆さんパニックにならないで下さい！」

司会者「ってなるに決まってるよな。地球はもうオシマイだぁ！！！」

司会者「最後だから好きなことしてやる！」ﾇｷﾞﾇｷﾞ

司会者「一度でいいから、テレビの前で全裸になってみたかった！」ｽｯﾎﾟﾝﾎﾟｰﾝ

ｷｬｰｷｬｰ　ﾃﾞｶｰｲ

嫁「あなた……今のホントなの？」

男「ああ、本当だ。見てたよ」

嫁「つまり、私もあなたも死んじゃうのね……」

男「ああ」

嫁「睡眠薬や毒を盛ったりしたこともあったけど、私、あなたを愛してた」

男「俺もだよ」

嫁「だけど、あなたと死ねるなら幸せ……」

男「……」

嫁「……ううん、私本当は死にたくない！　あなたともっと幸せに暮らしたい！」

嫁「うっ、うっ、うっ……」ｸﾞｽｯ…

男「泣くな」

嫁「えっ？」

男「可愛い顔が台無しだ」

男「俺は……お前の涙は見たくない」

嫁「……！」

男「ちょっと隕石止めてくる」ﾀﾀﾀｯ

……

ギュオオオオオオオッ！！！



男「ついに大気圏内に入ったか……」

男「だが……お前の弱点は見ていた」

男「ずばり、中心部にある、ここだッ！」ﾊﾞｯ


ズガァッ！！！

ズガァァァァァァンッ！！！






司会者「な、なんということでしょう！」

司会者「占い師さんの一撃で隕石が粉々に砕け散りました！」

司会者「今まさに世界は救われたのです！」

司会者「ちなみにこの瞬間、私も社会的に砕け散りましたが、それは些細なことといえるでしょう！」

嫁「すごい……！」

男「見ていてくれたか」

嫁「うん、見てたよ……かっこよかった！」

男「俺もこんなに力が出せるとは思わなかった」

嫁「さっすがどんなに眠ってるように見えてもテレビを見てるだけのことはあるわ」

男「だが、これからはなるべくこの力は使わないようにしようと思う」

男「他人のプライバシーや未来を覗くのは気が引けるし、そしてなにより」

男「俺はなるべくお前だけを見ていたいからな……」

嫁「もう、あなたったら……」

……

テレビ『これが隕石が砕け散る瞬間の映像です！』

テレビ『占い師さんが隕石のコアにパンチを当ててる様子がよく分かります！』


嫁「ほらほら！」

男「……」

嫁「テレビにあなたが映ってるわよ！　凛々しい姿が！　ほら！」

男「……恥ずかしいから見ない」







おわり