2: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:50:05.10 ID:NPpYpUnM0
提督「劇をしたいんだ」

龍驤「それはさっきから何回も聞いとるよ。なんでやりたいん?」

提督「俺の同期の提督がな、ビデオカメラを手に入れてさ」

龍驤「あのシャイな人のことか?」

提督「そう、そいつだ」

提督「そいつが鎮守府カレー大会の様子を撮影して送ってきたんだよ」

龍驤「あぁ、あれね。すっごい楽しそうやったなぁ」

龍驤「けど、ウチらの鎮守府でもカレー大会はやったやん。十分楽しかったと思うけど」

提督「そうじゃないんだ。あのビデオには一回もあいつの姿が写ってなかっただろ」

龍驤「そういえばそうやったな。それがどうしたん?」

提督「全部、最初っから最後まであいつが撮影してたんだよ……」

龍驤「はぁ? 審査も秘書艦にやらせて撮影やっとたんか?」

提督「そうだ」

提督「その上で、ビデオカメラを持ってない俺に向かって、ものすごく楽しかったって言ってきたんだ!」

龍驤「……」

提督「うらくらやましいよぉ、龍驤!」

龍驤「あー、はいはい。うらやましくて、悔しかったんやな」

龍驤「こんなことで大和男子(やまとおのこ)が泣くんやない」

引用元: 提督「劇をしたい」龍驤「あのさぁ、さっきからなんなの」 



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3: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:52:11.93 ID:NPpYpUnM0
龍驤「大体、あそこの提督なら言えば貸してくれるんとちゃう?」

龍驤「ウチが借用申請書を書いとこか?」

提督「本当か! ありがとう龍驤、大好き!」

龍驤「はいはい、適当なこと言わんでもええから」

提督「……」

提督「いや、そこまですることはない」

提督「撮影そのものよりも、健全な鎮守府運営を示してきたことがうらやましかった」

龍驤「そうか? ウチらの鎮守府もけっこうええと思うけど」

提督「あぁ、良い方だと自負している。ただ身内が知っているだけでは足りないんだ。広報して民間にも伝える」

提督「これほどの戦力を保有していたとしても、我々は皇国の僕だということをな」

提督「我々の存在意義は皇国民の守護にあり!」

龍驤「……そうやな。時々キミはかっこええな」

提督「ふっ、惚れてくれ」

提督「まぁいいんだけどさ、結局なんで劇がやりたいん?」

提督「……」

提督「本を読んだんだ。とても、とても楽しい時間が過ごせてな」

龍驤「そういえば最近キミ、古典を読んでたな。桃とか竹から人が生まれたり……」

提督「あぁ、青猫と射撃王の日常や念を使う狩人とかな」

提督「書物だと俺が楽しめるだけだが、演劇ならみんなが楽しめるんじゃないかと思ってな」

龍驤「ほっほー、キミにしてはなかなかええこと言うな」

龍驤「大本営への申請書と地域への広報はウチがやっとくよ」

提督「頼むよ」

4: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:53:35.27 ID:NPpYpUnM0
龍驤「台本とかはいつ用意するん? かなり時間かかるやろ?」

提督「よくぞ聞いてくれた! この日のために書き溜めておいた!」

龍驤「おぉう? 近頃、キミからの指令が少なかったんは、それを用意しとったからか」

提督「そういうことだな」

龍驤「そんなんでこの鎮守府は大丈夫なんか?」

提督「それは安心してくれ。交渉式神を派遣してあるからな」

提督「制海域は概ね変化なしだ」

龍驤「は? え? うん、大丈夫ならええけど」

提督「これ台本、出演者も書いてあるから声をかけておいてくれ」

龍驤「ふんふん、なるほどなるほど。主役はーっと……」

龍驤「……瑞鶴かぁ」

提督「演目は狩人の話、主人公は元気な少年だからな」

提督「ぴったりだと思ったんだが、どうだ?」

龍驤「ええんとちゃう? キミにしてはよく考えてるで」

提督「俺にしては、は余計だろ」

龍驤「あははは、ごめんって」

提督「ちゃんと龍驤の役もあってな」

龍驤「後で見とくから説明はええよ」

提督「そうか? なら他の艦娘に台本を渡してきてくれ」

龍驤「了解ー」

提督「よろしく頼む」

提督「なぁ、龍驤」

龍驤「なぁに?」

提督「いや、何でもない」

龍驤「そう? じゃあ行ってくるね」

元気な声を出して、執務室を後にする。

提督「……全然伝わらないな」

嘆息して、引き出しの中にある黒い小箱と一枚の書類を眺める。



5: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:55:07.70 ID:NPpYpUnM0
――廊下――

龍驤「うーん、蟻の章をやるみたいやな」

龍驤「提督も思うところがあるんやろか。特に導入のところを選んどるやん」

龍驤「突然発生した脅威、対抗する戦力」

龍驤「ウチらの状況と似てるなぁ」

龍驤「あ、ウチは主人公の恩人役や。思ったよりええなぁ」

龍驤「けどな、高望みかもしれんけど」

龍驤「できればキミの脚本で、キミに選ばれて主人公がやりたかったわ」

龍驤「そりゃ無理か、あはははは……」

6: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:55:45.35 ID:NPpYpUnM0



艦隊が、「遠征」から帰投しました。




7: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 21:57:17.18 ID:NPpYpUnM0
龍驤「この時間の帰投は第六駆逐隊やな。台本渡しに行こか」



暁「艦隊が帰ってきたんだって。ふぅ」

龍驤「なんで他人事みたいなんや」

暁「あ、龍驤さん。第六駆逐隊、ただいま帰投しました」

龍驤「ご苦労さん、ほんま助かるで」

響「問題ない。これが第六駆逐隊の任務だからね」

龍驤「響はえらいなぁ」

暁「あっ……」

雷「雷のことも褒めていいんだからね」

電「電も撫でて欲しいのです」

暁「……」

龍驤「順番やでー」

龍驤「暁は一番お姉さんやから最後な」

暁「!」

暁「もちろんわかってるわよ。レディーなんだからちゃんと待てるわ。ほら、響。帽子を取らなきゃダメでしょ」

響「暁の言う通りだね。流石は私の姉さんだ」


8: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:01:19.71 ID:NPpYpUnM0
雷「遠征もいいけど、たまには出撃したいわね」

電「だめなのです、雷ちゃん。電たちに電たちのお仕事があるのです」

雷「でも~」

龍驤「そうかそうか、雷は出撃したいんか」

龍驤「なら、ウチが提督に具申しとくわ」

「「本当!?」」

思わず龍驤の言葉に反応してしまう。

元来戦うために生まれた彼女たちである。

輸送任務の重要性を理解しつつも、やはり燻るものはあったのだ。

雷「旗艦は私がやるわ」

暁「何を言ってるの、旗艦は暁型一番艦の暁の役割よ」

電「喧嘩はだめなのです!」

響「ここはあえて私がやるというのはどうだろうか」

電「だから喧嘩はだめなのです! 喧嘩になるのならいっそ旗艦は……」

電「……電がやるのです」

4人が4人共、期待に胸をふくらませていることは明らかだった。

遠征帰りで、補給すら終わっていないにもかかわらず、彼女たちはキラキラしていた。


9: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:05:43.91 ID:NPpYpUnM0
龍驤「ええで、皆でゆっくり決め」

龍驤「けどあれやな」

龍驤「4人だけやといつもとあんま変わらんやろうから、随伴艦としてウチを入れてや」

その一言で熱気は霧散した。龍驤の、提督の親心がひしひしと伝わったからだ。

遠征の経路でも深海棲艦との衝突はある。それらははぐれの個体ばかりなので、追い払えばそれでおしまいだ。

こちらが先に発見すれば威嚇射撃で追い払う。

むこうが先であれば、威嚇射撃をされる。

ある意味、野生動物の縄張りと同じで無駄な争いは回避できている。

沈めたり沈められたりには、決して発展しない。

これが出撃となると話が変わる。艦娘である彼女たちは、当然それを知っていた。

10: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:07:14.92 ID:NPpYpUnM0
暁「そう、やっぱりそうなるわね」

響「大丈夫だよ、龍驤さん。私たちに出撃はまだ早いみたいだ」

響「それでいいかな、雷」

雷「えー? けど仕方ないよね」

電「もう少し練度を上げてからなのです」

龍驤の表情は柔らかいままで、特段口を挟み込むようなことはしなかった。

雷「あーあ、出撃はまだ先かぁ。けど、せめて演習はしたいわね」

暁「そうね」

電「龍驤さん、なんとかならないのですか?」

龍驤「なんとかなるでー。出撃やなくて演習でええの?」

「「おねがいします」」

龍驤「実は提督に言われとってな、前々から準備はしとったんや」

電「司令官さんが?」

龍驤「そうや、第六駆逐隊が出撃する前に演習をさせたいって言ってたで」

暁「そっかぁ、司令官が……」

11: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:08:42.66 ID:NPpYpUnM0
龍驤「単騎で相手してもらうように申請しとくよ。高練度の艦娘やから単騎でも手強いでー」

龍驤「けどな、そんな強敵を相手にして勝利をつかむことこそが重要や! 4人で頑張り」

暁「ちなみに誰が相手をしてくれるのかしら」

響「たしかにそれは気になるね」

電「いくら高練度の艦娘でも、一度に4人を相手取れる人は限られているのです」

雷「ならきっと川内さんね! あの人は昼夜連戦で、どんどん士気が上がるんだから!」

響「北上さんじゃないだろうか。酸素魚雷は駆逐艦の主兵装だけど、それを最も使いこなせるのは雷巡の彼女だからね。私達の先を行く人だよ」

暁「甘いわね! 2人はすっごく強いかもしれないけど、本当に強い艦娘は一人前のレディーじゃないといけないの。レディーかつ武闘派の艦娘といえば妙高さんよ!」

電「はわわっ! 3人共ものすごい人たちなのです! 電たち4人でも勝てないかも……」

雷「戦う前から何よ! 皆で力を合わせるのよ!」

電「!」

電「雷ちゃんの言うとおりなのです」

龍驤「うんうん、その意気や」


12: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:10:09.56 ID:NPpYpUnM0
響「それで、誰が演習の相手をしてくれるのかな」

期待の眼差しで龍驤に問いかけた。

軽巡の先輩だろうか、雷巡の先輩だろうか、それとも重巡の先輩だろうか。

先輩たちの演習を見学したときの高揚感は忘れられない。

ただの軍艦同士の衝突ではない。在りし日の魂の載せた艦娘同士の凌ぎ合いだ。

これほどまでに力強く、これほどまでに輝いているのかと。

龍驤の回答を待つ。

13: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:11:35.68 ID:NPpYpUnM0



龍驤「長門や」




14: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:12:33.61 ID:NPpYpUnM0
「「……え?」」

まったく、寸毫ほども予想していなかった。

超弩級戦艦長門型戦艦

そのネームシップ艦、長門

曰く、皇国の誇り

曰く、世界のビッグ7

曰く、鎮守府の守護神

あろうことか連合艦隊旗艦が、駆逐艦4盃の演習相手だ。

響「本当なの? 龍驤さん」

龍驤「ほんまやで、なんで嘘つかなあかんのや」

龍驤「しっかり準備しぃ、相手はあの長門やからな」

「「ありがとう!」」

龍驤「ええってええって。あとで感想聞かせてぇ」

龍驤「あ、ちょっち待って。これ配るの忘れとった」

響「これは?」

龍驤「劇の台本や。鎮守府で劇をやって、民間との交流を図るんやって」

電「とてもいいことなのです」

雷「私達に台本ってことは、出演するってことね! 主役は雷かしら!?」

龍驤「主役は瑞鶴やでー、ウチらは調査隊役やな」

雷「そっか、残念」

龍驤「ちゃんと台本を見といてな。ウチは他にも配ってくるわ」

龍驤が去った後に、台本を眺める。

響「この台本には、力を感じる」

暁「間違いないわね、主役は瑞鶴さんだけど……」

雷「司令官も本気なのね! 頑張らなくっちゃ!」

電「……司令官さん、よかったのです」

なんとなく、安心した空気が漂った。




15: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:13:46.24 ID:NPpYpUnM0
――廊下――

龍驤「瑞鶴はどこにおるんやろ、射撃訓練場かな?」

龍驤「長門にも演習の話をせんとあかんし、今日は忙しくなりそうやなぁ」

長門「なんだ? 私に用でもあったか?」

龍驤「あっ、長門みっけ。 何しとったんや?」

長門「うむ、少し比叡と話をだな。 それより何か用事か?」

龍驤「前に話した演習なんやけど、近日中にお願いしたいんやわ」

長門「ほう、とうとう覚悟が決まったのか。楽しみだな」

龍驤「あの子らに長門の本気は見せたりたいんやけど……」

長門「ふふ、いいだろう。主砲、副砲は外そう。三式弾、徹甲弾もなしだな」

長門「主兵装は12.7cm連装高角砲になってしまうが、まぁ仕方あるまい」

龍驤「ごめん……、お願いしといてあれやけど。あの3人の練度やと長門の通常兵装はだいぶ厳しいんや」

長門「なぁに、かまわないさ。私を頼ってくれているのだ、どのような条件だろうと期待に応えてみせよう」

長門「ビッグ7の力、侮るなよ」

龍驤「ありがと」


16: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:14:38.42 ID:NPpYpUnM0
長門「ただし」

長門「龍驤よ、今度は私の演習に付き合ってもらおう」

龍驤「い、いやや!」

長門「まぁ、そういうな。私も願いは聞いてやったろう、だったらお前にも応えて貰わんとな」

龍驤「長門との演習はめっちゃしんどいからいややー!」

言葉とは裏腹に、その顔は笑っていた。笑う、というよりは牙を剥いているようだった。

彼女もまた、皇国が誇る艦娘だ。

長門との戦闘、それを想像して湧き上がる何かがあるのだろう。

長門「はははは、そう喜ぶな。加賀にも声をかけておいてくれ。次は封殺してみせるとな」

龍驤「伝えとくよ」

長門「それより、龍驤。比叡から話を聞いたぞ」

長門「この鎮守府で劇をするんだってな」

龍驤「耳が早いな、その通りやで。けど台本には長門の役はないみたいやな」

長門「そうか、残念だな。まぁ、裏方で力仕事でもさせてもらうさ」

龍驤「力仕事なんか提督にやらせればええって。他のどこでもないこの鎮守府近海でやるんやで」

長門「それもそうだな」


17: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:17:59.80 ID:NPpYpUnM0
長門「ところで、比叡の奴がな。劇の日にドレスを着ることになったと言っていたぞ」

龍驤「それはええなぁ、比叡は美人やからな。和装も似合うけど、ドレスのが似合っとるよな」

長門「うむ、それには同感だ。いつだったかはさすがに見惚れてしまったな」

龍驤「けどなんでやろ? 劇で比叡の役はないで?」

長門「劇の役はないかもしれないが、当日、比叡は『御召艦』のようだな」

龍驤「はい?」

長門「どうも大元帥がいらっしゃるようだ」

龍驤「え? 何しに?」

長門「何って、劇を見に来るのだろう」

龍驤「こんな辺境の鎮守府まで、艦娘の演技を見にか? ありえんやろそれは」

長門「そうかもしれんが。比叡の準備を見るに決まったのは今日昨日ではなさそうだったぞ」

長門「まぁ、政はとんとわからんものでな。我々は祭を楽しむとしよう」

長門「ところで台本を見せてもらってもかまわないか?」

龍驤「別にええけど、大量に刷ったみたいやし」

長門「ふむ」

流し読みをした後に龍驤を眺め、そして笑った。

長門「なるほど、これは提督の決意表明なのかもしれないな」

長門「大元帥への表明であれば、それは何よりも重いものとなるだろうさ」

龍驤「そりゃそうやろうけど、わざわざ何を宣言するんや」

長門「そうだな、例えば」

長門「提督の伴侶とかどうだ」

龍驤「……笑えんでぇ、それ」

長門「笑う必要などないさ。ただ祝うのみだ」

長門「主人公の父親役に提督自身を据えているのだ。必然、それは意図的なものだろう」

長門「それに古典を演じる時は細部が変わるものだ。演出の解釈次第だからな」

長門「提督の役割は、主人公の父親というよりは、どうしても会いたい人物か?」

龍驤「……」

長門「ずいぶん思いきった催しだな。胸が熱くなる」

龍驤「まぁ、ええけど。演習の件、加賀に伝えてくるよ」

長門「あぁ、よろしく頼む」

小走りの龍驤を見送る。

長門「ふふっ、原典にない台詞の追加。これがすべてを物語っているではないか」

『提督、もう一目会ってから、ウチ壊れたかったよ……』

長門「錻(ブリキ)の星で、海底に沈んだ青猫は最期に一番大切な人間を想った。きっと我々艦娘も同じだろうさ」

長門「ただ……」

長門「提督は我々に轟沈を許すほど甘くはないがな」




18: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:19:12.36 ID:NPpYpUnM0
――射撃訓練場――

加賀「さすがね、赤城さん」

加賀 大前:○○○○ ○○✕○ ✕○○○

赤城「いえ、まだまだ微妙な調整が必要です」

赤城 中:○○○✕ ○○○○ ○○○○

翔鶴「一航戦の先輩を見習わなくちゃいけないわね、瑞鶴?」

翔鶴 落前:✕○○○ ○✕○○ ✕○○○

瑞鶴「翔鶴姉、加賀とはあんまり変わんないって」

瑞鶴 落:○○○○ ○○○○ ○✕✕✕

加賀「これだから五航戦は……」

瑞鶴「何よ、加賀! あんただって2本外してるじゃない!」

翔鶴「瑞鶴、先輩に失礼よ」


19: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:21:01.71 ID:NPpYpUnM0
加賀「あなたの考えていたことを当ててみましょうか」

加賀「三立目の一射まで皆中。見たか、一航戦!」

瑞鶴「うっ」

加賀「一本外しちゃった、けどまだ赤城さんと同じだし」

瑞鶴「うぅ」

加賀「二本外しちゃった、どうしよう加賀に並ばれちゃった」

瑞鶴「……」

加賀「その結果がこれよ」

瑞鶴「……けど翔鶴姉だって3本外してる」

加賀「もちろん、開幕即外すのは論外よ」

翔鶴「うぅ」

加賀「けどあなた、そこまで愚かなの? 中たった外したを問題にしていないでしょう」

加賀「中てられたものを、その性根が邪魔をしたということが問題なの」

加賀「そもそも……」

瑞鶴「もういいわよ! 蜻蛉回収してくる!」

翔鶴「まって、瑞鶴。私も行くわ」

加賀「……」

赤城「どうかしましたか?」

加賀「いえ、別に」


20: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:22:47.72 ID:NPpYpUnM0
龍驤「相変わらず加賀は厳しいなぁ」

赤城「あら、龍驤さん。道場に顔を出すなんて珍しいですね」

龍驤「赤城も相変わらずよう中てるなぁ。さすが一航戦の誇りや」

赤城「いえ、まだまだです。慢心はダメ」

龍驤「それでも加賀は厳しすぎんか? もうちょっち優しいしたればええのに」

加賀「……あの子たちにもう少し才覚がなければ、そうしてもいいのですが」

加賀「この鎮守府の戦力、深海棲艦の脅威を考えると、遊ばせるわけには行きません」

加賀「ふたりとも優秀な子たちですから」

赤城「ふふっ、さすがは加賀さんね」

龍驤「それをふたりに聞かせたればええのに」

加賀「それより龍驤さん、何か用かしら」

龍驤「あー、提督がこの鎮守府で劇をやるゆうててな。台本を渡しに来た」

赤城「劇への出演ですか。戦力増強にならなさそうなので断りましょう」

加賀「いや、提督からの命令ですよ。第一声がそれと言うのはさすがに」

龍驤「赤城……、前から思っとったけど、どんなメンタルしてるの?」

赤城「それはともかく。どんな内容です?」

龍驤「端的にいうと、突如発生した脅威に対抗戦力を送り込む話やな」

龍驤「赤城と加賀は、対抗戦力のトップと一緒に戦う役や」

赤城「上々ね」


21: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:25:53.45 ID:NPpYpUnM0
龍驤「それで主役は……」

龍驤「……主役は瑞鶴やな。提督は自信満々やった」

加賀「龍驤さん、あなた……」

瑞鶴「蜻蛉回収してきたわ。んー? 龍驤じゃない、何しに来たの?」

加賀「龍驤?」

翔鶴「瑞鶴!」

龍驤「ええって、ええって」

加賀「ですが」

龍驤「何も間違ってへん。四航戦、軽空母龍驤とはウチのことや」

瑞鶴「で、何しに来たのよ」

龍驤「台本渡しに来たんや。主役は瑞鶴! おめでとう!」

瑞鶴「主役は私? 本当に?」

龍驤「本当や」

瑞鶴「ふ、ふふふ。 見た、加賀? これが私の実力よ!」

加賀「戦闘に関係ないことを自慢しても締まらないわ。 私達は艦娘よ?」

瑞鶴「うぐっ。けど、どんな台本なんだろう。ちょっと見せてよ」

瑞鶴「ふんふん♪」

瑞鶴「……ふーん」


22: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:27:38.39 ID:NPpYpUnM0
龍驤「あんま嬉しそうやないな」

瑞鶴「まぁ、艦娘だしね。敵棲艦を打ち倒してこそでしょ」

龍驤「さっきとえらい変わり様やな。けど、提督は……大事なことを伝えたいから脚本書いたらしいで?」

瑞鶴「そのくらい見ればわかるわよ。これだけ露骨なら」

龍驤「それでも嬉しないんか」

瑞鶴「別にぃ、まぁ主役はちゃんとやるわよ」

瑞鶴「稽古の続きしなくちゃ」

加賀「次はもっと胴造りを意識しなさい。安定した艦体なら、艦載機もしっかり飛べるわ。それから……」

瑞鶴「あんたに稽古なんてつけてもらいたくないわよ! もう邪魔しないで」

龍驤「ふーん、加賀の稽古が嫌なんか」

瑞鶴「嫌よ! ずっと馬鹿にしてくるんだから!」

龍驤「そうかそうか。なら……」


23: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:28:52.22 ID:NPpYpUnM0



龍驤「ウチが稽古つけたる」




24: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:30:21.90 ID:NPpYpUnM0
明らかに瑞鶴の顔が青ざめた。それだけではなく、両の眼には溢れる寸前まで涙が溜まっていた。



瑞鶴「い、いえ。大丈夫です。その、私、龍驤先輩みたいに式神は使えませんので」

龍驤「心配ないでぇ、大戦前は鳳翔と一緒にどっちも訓練しとったからな」

瑞鶴「!?」

瞬きすらできない間に、龍驤は弓と弽(かけ)と襷(たすき)を召喚した。

退路は断たれた。

瑞鶴は姉妹艦に助けを求め、視線を送る。

翔鶴「加賀先輩、赤城先輩! 引き続き稽古よろしくお願いします!」

瑞鶴「翔鶴姉!」

赤城「いいですよ」

加賀「ええ、ですが……」

すでに涙を溢している翔鶴を責めるのは酷だろう。

緊急避難は法的にも認められているのだから。

龍驤「翔鶴はこのまま稽古を続けるみたいやな。じゃあウチらも稽古を始めよか」

もう瑞鶴は完全に泣いていた。

逃げられない、ニゲられない、ニゲラレナイ!


25: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:31:42.37 ID:NPpYpUnM0
加賀「あの、龍驤さん。まだ、台本を配らないといけないでしょう?」

龍驤「そうやな。けど、後は鳳翔のとこだけやから心配ないで」

加賀「その後は提督にも報告しなければいけないでしょう? その時間はあるのかしら」

龍驤「それもそうや、考えてなかった。ありがとう、加賀」

すでに弓具一式は式符に戻っていた。召喚時と同様、その瞬間を捉えることはできなかった。

加賀「いえ、あの子にも稽古の続きをさせたいので」

龍驤「そうや、伝え忘れとった。今度長門と演習するから加賀は予定にいれといてな」

加賀「わかったわ、次は完封すると伝えておいて」

龍驤「ごめんな、瑞鶴。稽古はまた今度な」

瑞鶴「また……、今度おねがいします」

龍驤は一礼をして道場を後にした。


26: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/09(土) 22:33:49.92 ID:NPpYpUnM0
緊張の糸が切れ、ふたりは泣きじゃくる。九死に一生を得る、という言葉は妥当だろうか。

加賀「その、瑞鶴。今更言葉を改めろとは言わないけれど、せめて相手を選びなさい」

瑞鶴「はい……、加賀先輩」

瑞鶴「無礼な態度を取った瑞鶴にも稽古をつけて下さり、……ありがとうございます」

加賀「別に、あなたのためではないわ。この鎮守府のために、もっと戦力をつけてもらわないといけないから。ただ……」

加賀「さすがに、龍驤さんの稽古は同情します」

加賀「落ち着くまでは見取り稽古をしなさい」

瑞鶴「……はい」

加賀「……あの、しっかり鍛錬を積みなさい。あなた達はよくやっているのだから……いえ、なんでもないわ」

ふたりは耳を疑った。

すでに射位に立った加賀の表情を伺うことはできない。

それでも、加賀の耳が赤くなっていることだけはわかった。

赤城「……」

横目で五航戦の様子を確認する。

目元は真っ赤だったが、その表情は明らかに輝いていた。

赤城「……上々ね」




32: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 16:52:09.09 ID:i6oUiyyq0
――居酒屋鳳翔――

隼鷹「海上護衛任務中にさ、スコールにぶち当たったわけ」

隼鷹「そしたら一緒に話をしてたチビちゃんたちが悲しそうな顔をすんのよ」

『おねえちゃん、傘させなくてびしょぬれになっちゃう』

鳳翔「あら、とても良い子ですね」

隼鷹「だろ? やっぱ客船に乗るような子らは育ちもいいんかね?」

隼鷹「別にあたしら艦娘だから雨くらいどうってことないじゃん? けどチビちゃんたちはそんなのわかんないんだよね~」

鳳翔「そうかもしれませんね」

隼鷹「けどスコールはスコールだから外は危ないじゃん? 船内に戻って欲しかったけど、心配そうにずっとこっち見てるの」

隼鷹「せっかくの船旅で余計な心配なんてする必要ないって伝えようにも、そもそもあたしが艦娘ってことを理解してないわけ」

隼鷹「そこであたしはこう言ってやった」

『ひゃっはぁー! ちょうどいいタイミングで雨が降ってきたぜ~。傘なんかいらないな!』

『なぜかって? 昨日、シャワーを浴びてなかったんだよね~』

隼鷹「そしたらチビちゃんたち大爆笑。おねえちゃんのシャワーが終わったらタオルを渡してあげるねって船内にもどってくれたわけよ」

33: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 16:53:35.54 ID:i6oUiyyq0
隼鷹「いや~、これであたしも一安心。やっぱ船旅は安全に楽しんでもらいたいからね」

鳳翔「隼鷹さんと一緒だったら間違いなく楽しいですよ」

隼鷹「護衛だったけどさ、やっぱり船旅はいいもんだ」

隼鷹「鳳翔さん、霧島のお湯割り頂戴。なんだか今夜はゆっくりしたい気分だ」

鳳翔「はい、ゆっくりしていってください。お砂糖と肉桂も入れましょうか?」

隼鷹「ひゃはっはっは、トデーにはしなくていいって。鳳翔さんの作ってくれる肴も食べたいしね」

鳳翔「ふふっ、少し待ってくださいね」

龍驤「こんばんは、鳳翔ちょっとええか?」

鳳翔「あら龍驤、いらっしゃい。こんな時間に珍しいですね」

龍驤「まぁ、ちょっとな。あれ? 隼鷹やん、お帰り。遠征どうやった?」

34: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 16:54:41.00 ID:i6oUiyyq0
隼鷹「……」

隼鷹「いや~、めっちゃ大変だった。ちょっと聞けって」

龍驤「ええでぇ、隼鷹が大変ゆうのはよっぽどやからな。ヌ級でもでたんか?」

隼鷹「まあね」

隼鷹「話したいのは山々なんだけど、実はもうクタクタでさ。もう帰って寝るとこだったんだよね~」

龍驤「そうか? いつでも聞くから無理せんといてな」

隼鷹「ありがと。鳳翔さん、ご馳走様。また来ます」

鳳翔「はい、また来てくださいね」

手をひらひらと振りながら、隼鷹は店を後にした。

龍驤「……」

龍驤「なあ、鳳翔」

鳳翔「どうかしましたか?」

龍驤「あとで隼鷹にお礼持ってきたいからなんか作って」

鳳翔「あら、何かありましたか?」

龍驤「いや、先付けの器しかないやん。来たばっかで帰らせてしまったみたいや」

鳳翔「……心配りができる人ですからね。あなたの様子に気がついたんでしょう」

龍驤「やっぱそうかぁ」

35: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 16:58:31.68 ID:i6oUiyyq0
龍驤「まず、これ」

鳳翔「本? いえ、台本ですか」

龍驤「うん、提督がこの鎮守府で劇をするって。出演する艦娘に台本を渡しに歩いてる」

鳳翔「そうですか。内容は見ましたか?」

龍驤「見たよ。瑞鶴が主役で、提督を探しに行く話でね」

龍驤「長門の見立てだと、提督が大元帥に大切な報告をするためにこの催しをするみたい」

鳳翔「あの、龍驤? 話が見えないのだけど」

龍驤「どうも伴侶を決めるんだって」

鳳翔「あら! それはおめでたいですね。良かったじゃない」

龍驤「よくないよ。そうなったら提督の秘書艦じゃいられなくなるよ」

鳳翔「それはどういうことですか?」

龍驤「長いこと秘書艦をしてきたから、提督の性格はわかってるつもり」

鳳翔「まぁ、聞くだけは聞きます」

36: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:02:42.86 ID:i6oUiyyq0
龍驤「まず、元気な子が好き」

元気な艦娘がそう述べる。

今はなぜかうじうじしているが。

鳳翔「あってると思います」

龍驤「あと、航空母艦を信頼している」

空母の艦娘がそう述べる。

鳳翔「えぇ、そのとおりですね」

龍驤「髪型がツインテールの子がいると目で追っている」

ツインテールの艦娘がそう述べる。

鳳翔「提督の様子を見ればそうなのでしょう」

龍驤「服は和装が好き」

狩衣を身につけた艦娘がそう述べる。

鳳翔「まぁ、そうでしょうね」

龍驤「これって瑞鶴じゃない」

鳳翔「そこはわかりません」

龍驤「その日が来たら、もうそばには居られないよね」

鳳翔「ちょっと台本見せてください」

文字通り眼に光を灯して、一呼吸の間に台本すべてを網羅した。

内容を確認した後、ひとまず安堵する。

少なくとも提督の意思は変わっておらず、一貫しているようだった。

それにも関わらず、なぜか龍驤は追い込まれていた。

37: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:04:44.96 ID:i6oUiyyq0
鳳翔「あの、台本を受け取った時に提督は何か言っていましたか?」

龍驤「主役は瑞鶴がピッタリだと思った、かな」

条件で言えば龍驤も該当する筈だ。

その上で瑞鶴が選ばれたのであれば、たしかに憂慮したくなる気持ちもわからなくはない。

それだけで判断するのはまだ早計だろう。

鳳翔は続きを促す。

鳳翔「他には?」

龍驤「私に向かって惚れてくれ、とか」

鳳翔「はい? 他には?」

龍驤「大好き、とか」

龍驤「冗談がキツイよね……」

鳳翔「……」

鳳翔は生まれる前から航空母艦だった。

赤城や加賀のように生まれてから空母になったわけではない。

空母として生まれることが決まっていた、『始まりの正規空母』だ。

そのような歴史を背負っているからだろうか。

鳳翔は鍛錬に鍛錬を重ねた結果、他の空母が追随できない程の域に達している。

加えて、練習空母としての積み重ねがあらゆる艦載機の発艦を実現してきた。

それを支えるのは、鋭い『離れ』だった。

鍛え上げた勝手が龍驤の胸を射抜く。

38: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:05:44.23 ID:i6oUiyyq0



鳳翔「なんでやねん!」



39: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:07:54.57 ID:i6oUiyyq0
龍驤「なんや! どうしたんや、鳳翔!?」

鳳翔「元に戻りましたね」

龍驤「ウチなんか変やったか」

鳳翔「えぇ、変でしたよ」

鳳翔「一つ、確認したいのですけれど。いいですか?」

龍驤「ええよ、何でも聞いて」

鳳翔「もし、提督が瑞鶴さんを選んだとして。あなたは祝福できますか?」

龍驤「当然や。ウチが秘書艦やなくなっても、積み重ねた時間は本物やからな」

そこに、一切の躊躇はなかった。

龍驤「しばらくは泣くかもしれんけど……。別にええんや、そん時は鳳翔になぐさめてもらうから」

鳳翔「もちろんですよ。空母はみんな私の娘のようなものです」

鳳翔「けれど、龍驤? 姉妹艦の居ない私にとって、あなただけは唯一の姉妹だと思っています」

龍驤「嬉しいなぁ。ありがと、鳳翔姉」

鳳翔「今夜は飲みましょうか」

龍驤「ええヤツ開けてな♪」

鳳翔「提督にも秘密にしていたものを……」

勅令の光を持って秘蔵品を召喚する。隠し方としては最上級だろう。

加えて、龍驤から見ても惚れ惚れするような流麗さだった。

龍驤「ほっほー、メチルアルコールやん」

鳳翔「こればかりは艦娘しか楽しめませんからね。提督には内緒ですよ?」

40: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:09:18.37 ID:i6oUiyyq0
水よりも透明な液体が盃を満たす。



鳳翔「何か乾杯の音頭をおねがいします」

龍驤「そうやなぁ、それじゃ……」



『この海の平和に』




41: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:12:02.31 ID:i6oUiyyq0
会釈を交わして、盃を空にする。

メタノールの揮発が熱を奪うように、先ほどまで帯びていた不安も剥がされていった。

龍驤「……何を焦っとったんやろな。変わるものも変わらんものもあるのに」

鳳翔「受け取り方次第ですよ。私達がどう足掻いても、海がそこにあるのと同じです」

龍驤「凪いでも、荒れても、海は海……か」

龍驤「まぁ、ウチはウチにできることしかやれんからな」

鳳翔「そうですね」

鳳翔「間近に迫ってるお仕事はありませんか。何事も一個ずつ、ですよ」

龍驤「そうやなぁ。直近やと、長門との演習かな。ちょっち準備せんとアカンわ」

龍驤「妖精さんたちも呼ばんと。ひとりでどうにかできる相手やないからな」

鳳翔「あら、いいですね。飲みながら話しましょうか」

龍驤「搭乗員のみんな~。宴会、宴会~」


42: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:13:51.16 ID:i6oUiyyq0
艤装から搭乗員妖精が現れる。

秩序ある彼らの振舞は、士気そして練度の高さを物語っていた。

熟練員「姐さん、出撃で?」

龍驤「ちゃうちゃう。今度演習があるから、その作戦会議や」

龍驤「後は、いつも世話になっとるから一緒に飲もうと思ってな」

熟練員「なるほど。あいわかりました」

熟練員「その前に一つ報告が。本日、彼が規定練度に達しました」

新米員「はっ! 自分も一緒に戦えるっす」

龍驤「あれ? その子はまだ入ってから日が浅いんちゃうの?」

新米員「はっ! これも熟練員殿による御指導の賜物っす!」

熟練員「余計な謙遜は不要だ。貴様の訓練に対する姿勢は目を見張るものがあった」

熟練員「姐さん、この通り優秀な奴です。是非とも早い段階で出撃の機会を与えてやってください」

龍驤「キミがそこまで褒めるんか……。鬼すら後ずさりする言われてるキミが」

43: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:16:23.16 ID:i6oUiyyq0
龍驤「新米くんよろしくな」

新米員「恐縮です!」

龍驤「キミの初陣は次の演習で、相手は長門や! 楽しみやな」

新米員「はっ! 自分頑張るっす!」

龍驤「元気ええなぁ」

龍驤「そや、新米くんにこの役やらせてええか?」

熟練員「役とは、大元帥閣下がいらっしゃる日の劇のことですか」

龍驤「もう知れ渡ってるの? さすがに早すぎるやろ」

熟練員「青葉殿の搭乗員から聞きましたから」

龍驤「あー」

44: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:21:05.35 ID:i6oUiyyq0
鳳翔「はい、妖精さん。これが台本ですよ」

熟練員「おぉ、御母堂。かたじけない」

熟練員「ふむ、ふむ」

熟練員「これは……。とうとう提督も覚悟を決めた、ということですな」

鳳翔「そうなんですよ。おめでたい場になるはずなので、全力で参りましょう」

熟練員「姐さんはいかがですか?」

龍驤「当然! 全力でその日を迎えるで~」

鳳翔にこぼしていたさっきまでとは違い、嘘偽りない笑顔で答えることができた。

熟練員「これは重畳! 姐さんの覚悟、確かに受け取りました」

熟練員「これで我々も全力で戦えましょう」

45: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/17(日) 17:23:08.92 ID:i6oUiyyq0
新米員「自分も台本見たいっす!」

横から新米員妖精が台本を覗きこむ。

熟練員「貴様はこの役を賜った。龍驤の搭乗員に恥じぬ活躍を期待する!」

新米員「はっ! 全身全霊を持ってお受けします!」

龍驤「ほんま、元気ええなぁ」

龍驤「けど、劇の前に長門との演習やな。まずは作戦会議や」

龍驤「これは総力戦になるからな。搭乗員一丸となって臨もうと思う」

「「是非もなし」」

熟練員、新米員だけでなく、操舵員、射撃員、割烹員……全搭乗員の声が重なった。

龍驤「けど、その前に皆で飲もう!」

歓声が上がるとともに宴が始まり、そのまま夜は更けていった。

48: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:18:08.94 ID:x4E4doG/0
――執務室――

提督「テングサをありがとうございました。近隣の工場で早速加工作業が始まり、今回も品質がよいと喜んでいました」

提督「あと、タ級便の方に間宮羊羹を渡しておきます。皆さんで召し上がってください」

提督「ご安心ください。特使には護衛式符を配備させていただきました」

提督「演劇の日にはよろしくお願いします」

提督「はい、はい。では、失礼します」

交渉式神との同期を切断した。

提督といえど、この提督だからこそ、交渉の重要性を理解していた。

武力行使では双方の消耗が激しく、粗利換算で不利な交渉条件すら下回ることが多い。

交渉不利よりも益がでない、そんな事のために提督は艦娘と近隣住民の命を賭けようとしなかった。

49: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:19:44.01 ID:x4E4doG/0

次の式符に意識を載せようとした時に、ノックの音が響いた。

電「電なのです」

提督「入ってくれ」

電「第六駆逐隊、遠征終了しました」

提督「どうもありがとう。いつも本当に助かっている」

提督「ところで暁はどうした? 旗艦はあいつだったと思うんだけど」

提督「あと何か困ったことでもあったか? 帰投予定時刻から半日くらいたっているけど」

電「ごめんなさい、司令官さん。 帰ってすぐに龍驤さんと話をしていて、演習に出させて貰えると聞いたのです」

提督「うむ、出撃前に演習をさせてやりたいと言う話はずいぶん前から決めていた」

電「それを聞いてすごくうれしくなっちゃって、そのまま訓練に出ちゃったのです」

電「そして3人とも疲れて果てて寝ちゃったので、電が報告に来たのです」

提督「電さんがたしなめられなかったのか……。もっと早くに演習させてやったほうが良かったかな」


50: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:22:05.35 ID:x4E4doG/0
電「司令官さん」

提督「どうした?」

電「呼び方が戻ってます。電のことは電と呼べば良いのです」

提督「むっ、すまない。龍驤と鳳翔のことは普通に呼べるようになったんだけどな」

提督「電と執務室で2人きりだと、ついこうなってしまうな」

電「ずいぶん長い期間、2人しか居なかったからしかたないのです」

提督「そう言ってくれて助かるよ。今もそうだけど、本当に世話になった」

電「大丈夫なのです。新任提督は必ず初期艦と二人三脚から始まるのですから」

提督「ありがとう、電さん」

電「司令官さん、また戻っているのです」

提督「おや、またやってしまったな」

気心が知れた者同士、2人は自然と笑みをこぼす。


51: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:24:44.16 ID:x4E4doG/0
提督「ところで龍驤が帰ってこないんだが、何か知らないか? 台本を配ってもらっているんだが」

電「それならきっと鳳翔さんのところなのです。内容が内容なので鳳翔さんに相談したかったんですよ、きっと」

提督「……役が嫌だったのだろうか? 困ったな、そうなるとは全く予測していなかった」

電「なんでそうなるのです。 あれだけ露骨な依怙贔屓をすれば龍驤さんだって恥ずかしくなっちゃいます」

電「瑞鶴さんが台本見たら怒っちゃいますよ、主人公のはずが何故か龍驤さん中心の演出なのですから」

提督「それは確かに申し訳なくも思っている」

提督「けどな、龍驤には全然伝わらないんだぞ? なら全力を持って伝えるために、場を用意するのは当然じゃないのか?」

電「そこまではいいのです。けど、そのために大元帥まで召喚するのはやり過ぎです」

提督「俺が知る限り最も信用できる人間を呼ぶ必要があると思った。鎮守府の人間だけでやって、万が一、全員総出のドッキリだと勘違いされたらどうするんだ」

電「うぅ、否定しきれないのです」

提督「そもそも、俺の思いはなぜ龍驤に伝わっていない? だんだん不安になってきたぞ」

電「その、龍驤さんは控えめな艦娘ですから。司令官さんから信頼されていることも好意を寄せられていることも自覚はしているはずなのです。けど、司令官さんのたったひとりに選ばれるとはきっと思ってないのです」

提督「何故だ?」


52: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:26:13.05 ID:x4E4doG/0
電「あまり艦種については触れたくないですが、龍驤さんは軽空母の分類なのです」

提督「うむ、そうだな。それが何かあるのか」

電「戦力として、正規空母には勝てない、だから提督は時間が経てば加賀さんや瑞鶴さんを頼るだろう、と龍驤さんは思っているのです」

提督「……待て、なぜそうなる?」

電「電に聞かないでください。事実とは関係なく、龍驤さんはそう思っちゃっているのです」

提督「艦載機を繰り出しながら、高角砲で対空防御をしつつ、高速機動を持って連装砲をぶち込むようなやつだぞ?」

電「はい、その通りなのです」

提督「この鎮守府だと、戦果も断トツなんだぞ?」

電「みんな知っているのです」

提督「それなのになんでに自信が無いんだよ……」

電「だから控えめだからです。言い方を変えれば慢心をしないのですが、やらた自己評価が低いのです」


53: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:28:03.61 ID:x4E4doG/0
電「あと容姿についても、触れたくはないのですが、龍驤さんは電たち駆逐艦並なのです」

提督「うむ、電たちは充実した戦力を余計な物を省いて搭載している。その上機動力があるから、はっきり言って外見も機能も美しいな。駆逐艦並という評価は誇らしいことじゃないか」

電「司令官さんにそう思われていたとは……、少し恥ずかしいのです」

電「けど、そうではないのです。『艦』としてより『娘』としての話です」

電「控えめだから、戦艦や重巡には勝てない、だから提督は時間が経てば長門さんや妙高さんを選ぶだろう、と龍驤さんは思っているのです」

提督「……待て、どういうことだ?」

電「電も言いたくないのです。事実は重いのです」

提督「納得いかねぇ」

電「けど、これが龍驤さんの自己評価なのです。だからこそ、ただ一人の艦娘として、司令官さんに選ばれるとは思っていないのです」


54: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:30:16.34 ID:x4E4doG/0
提督「……なればこそ、正式な場を用意した上で、俺は龍驤に伝えるしかないではないか」

提督「完全に、主観的に見ても、客観的に見てもたったひとつ、疑い様がないように伝えるしかないではないか」

電「……あれ? その通りなのです」

提督「大元帥には御台覧いただく、龍驤には出演してもらう、俺は伝えるべきことを伝える」

提督「大丈夫だ電、安心してくれ。何も変わらない。俺は俺にできることをする、いつだってそうしてきた」

電「……そうですね」

電「万が一、いえ、億が一、まだ足りないのです……」

電「仮に京が一ですけど、龍驤さんが司令官さんの想いに応えてくれなかったら、諦めますか?」

提督「諦めるわけなかろう。これだけは誰の意思にも依らず、俺から生まれた、俺だけの想いだぞ?」

提督「それをどうして諦めることができるんだ」

電「……電は司令官さんの初期艦になれたことが誇らしいのです」

提督「俺も電のお陰でまともな司令になれたと思っている」

電「電を司令官さんの元に送り込んでくれた大元帥に感謝なのです」

提督「ああ」


55: ◆zqJl2dhSHw 2015/05/31(日) 18:32:49.44 ID:x4E4doG/0
電「ところで、司令官さん。多分その日はおめでたい日になるので、前祝いに飲みませんか」

提督「そうだといいがな。鳳翔のところに行くか?」

電「今日は行っちゃ駄目なのです! 代わりにここでやりましょう」

提督「そうか、ならどれがいいかな?」

日本酒とウヰスキーの棚へ足を運ぶ。

電「いえ、司令官さん。今日はこれがいいのです」

隠し持っていた瓶を取り出す。

「ほう、メチルアルコールか」

電「はい、艦娘といえばこれなのです!」

提督「……この鎮守府を訪問してくれる人間に、まさかこれを出したりしてないだろうな?」

電「当然なのです。電たちは皇国の守護者なのです、なぜ護るべき対象に危害を加えるのですか」

提督「そうか、ならいいんだ」

電「けど、龍驤さんには内緒にして欲しいのです。電は危険物取扱者の資格を持っていないので、メタノールの取り扱いで余計な心配をかけたくないのです」

提督「ふふっ、そうだな。って俺も持ってねぇよ」

電「では1本どうぞ」

2本持っていた瓶の片方を渡す。

提督「ありがとう」

電「何か乾杯の音頭をおねがいします」

提督「そうだな、では……」



『この海の平和に』



瓶を打ち鳴らし、一気に飲み干した。



59: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/07(日) 23:55:11.86 ID:62GOWKxc0
――居酒屋鳳翔――

龍驤「眼が、ずきずきするでぇ……」

朝の光がまぶし過ぎたわけではなく、昨夜の宴会が原因だった。

眼が潰れる程よく効くメタノール。

艦娘だからこそ飲めるし、気分も高揚するが、翌朝のダメージまではコントロールできなかった。

龍驤「今何時やろ?」

壁掛時計を確認すると、短針が9時の位置を示していた。

龍驤「……」

龍驤「あっかーん! ちょっちピンチすぎや~!」

周囲を見渡すと、諸肌に脱いだ鳳翔とそれを中心に見事な輪形陣を組んだ妖精が眠っていた。

龍驤「……なんなの? これ?」

こめかみを抑えつつ、徐々に昨夜の様子を思い出していく。

――――――
―――



60: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/07(日) 23:57:02.99 ID:62GOWKxc0
鳳翔『龍驤~、飲んでますか? 盃が空ですよ』

龍驤『注いでくれるの? ありがと。ってその瓶からもう空やんか』

鳳翔『あら、私としたことが。ふふふ』

龍驤『そんな酔うなんて珍しいなぁ。あとなんで鳳翔が2人いるの?』

鳳翔『あなたも酔いすぎですよ』

鳳翔『ところで、龍驤は提督のどんなところが好きなんですかぁ?』

龍驤『う~ん? そうやなぁ、具体的に何かあったわけやないけど。秘書艦としてずーっと一緒に過ごしてたやろ?』

龍驤『気がついたらこうなってたなぁ』

普段であれば決して言わないであろうこの言葉。

今、意外なほど滑らかに口から出てきた。


61: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/07(日) 23:58:29.09 ID:62GOWKxc0
龍驤『あとは、堂々としていても控えめなとこかなぁ』

龍驤『あれだけ、戦闘指揮に民間交流に奮迅してるのに、成果を誇示しようともせんしな』

龍驤『謙虚っていうんかな? なんかそういうとこもええよな』

龍驤『それから……』

堰をきったように延々と話し続ける龍驤。

話を聞いている間に鳳翔の顔がにやけてくる。

龍驤のことはわかっていた。

わかっていたが、やはり本人の口から出る言葉には情感がこもっている。

龍驤の盃に何度も注ぎながら、言葉を促す。

こういったことは貯めこまずに吐き出したほうがよい。

鳳翔は年長者としてそれを知っていた。

盃が空くたびに龍驤に注ぐ。ついでに、自分の盃も満たしながら話を聴き続けた。


62: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/07(日) 23:59:58.93 ID:62GOWKxc0
鳳翔『ふふふ、いいですねぇ。素敵です』

鳳翔『そんな龍驤のために、お姉さん一つ芸をしてあげます』

龍驤『ほっほー、ウチはちょっち採点厳しいよ?』

鳳翔『望むところです。本邦初公開ですよ? これを逃したら次の宴会まで見られませんからね?』

新米『熟練殿! 母様が! 急いでください』

龍驤と鳳翔の妖精たちもわらわらと寄ってくる。

龍驤の搭乗員は期待に満ちた眼をしていた。

かたや、鳳翔の搭乗員は自信にあふれた表情をしていた。

鳳翔『行きます! これは、演習ではなくて宴会よっ!』

63: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:02:06.92 ID:ipErHBFK0



鳳翔『私が祥鳳です!』




64: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:04:10.16 ID:ipErHBFK0
見惚れるほど見事な、倒立だった。

妖精たちの哄笑が響く中、龍驤だけが即座に反応した。

龍驤『鳳翔! 湯文字、湯文字!』

鳳翔『構いません! ここからが本番です!』

鳳翔『これが……』

鳳翔『祥鳳改ですっ!』

右手一本で艦体を支えながら、左舷側の肌脱ぎを行う。

支えが半分になったにも関わらず、ジャイロスタビライザーで制御したかのような安定感だった。

これにはさすがの龍驤も笑ってしまう。

あの鳳翔がここまで体を張った芸を見せるなどと、どうすれば予想できただろうか?


65: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:07:24.57 ID:ipErHBFK0
鳳翔『まだですよ! このまま終わるわけには参りませんっ!』

鳳翔『そしてこれが……』

鳳翔『祥鳳改二です!』

爆笑の渦に包まれ、手や床を叩いて鳳翔を評した。

湯文字が見えることも躊躇せず逆立ちになり、諸肌を脱いだ鳳翔。

ダメージコントロールが得意な彼女は、中破したところでこれほどの状況にはならない。

つまり、この光景の貴重さ、姿勢制御の見事さ、実施者が鳳翔という意外さが相まって、笑いを誘うことに成功したのだった。

66: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:09:04.18 ID:ipErHBFK0
鳳翔『ふぅ、さすがにふらふらします。私が無茶をしては、ダメですね』

大仕事を終えた後、チェイサー代わりの焼酎を口にする。

龍驤『あぁー、ええもん見せてもらった。次の宴会大賞はいただきやな』

鳳翔『えぇ、これ位の事をしなくては「ビッグ7・七変化」にはかなわないですからね』

龍驤『あれは凄過ぎやろ。那珂と「初恋!水雷戦隊」をデュエットやからなぁ』

鳳翔『いつもの長門さんからは想像できない、いい笑顔で歌っていましたからね』

鳳翔『その「ぎゃっぷ」が受賞につながったんでしょうね』

龍驤『……ビッグ7は侮れんな』

鳳翔『祥鳳さんにもお願いして一緒に逆立ちをしてもらったほうがいいかも知れませんね』

龍驤『それもええなぁ』


67: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:11:04.87 ID:ipErHBFK0
鳳翔『そろそろ私は少し仮眠をいただきますね。もういい時間ですけど、あとかたつけは明日になりそうです』

龍驤『ならウチもそうするよ。5時には執務室やから、4時位に起きてかたつけを手伝うよ』

鳳翔『ふふ、ありがとうございます。では一旦おやすみなさい』

龍驤『おやすみ。鳳翔、今日はありがとな……』

鳳翔『いいんですよ。おめでたいことも悩み事も皆で共有したいですから……』

この居酒屋は、鎮守府最古参の2人が床で仮眠を取る面白空間と化した。

――――――
―――


68: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:12:34.81 ID:ipErHBFK0
龍驤「いやぁ、なんやようわからんけど。昨日はおもろかったなぁ」

思い出したはしから順番に忘れていく。

酒の力を借りて、吐き出したことも忘れていく。

夢と同じように頭の中が整理されたようだった。

残ったものは楽しい時間を過ごしたという感覚だけだ。

龍驤「って、余韻に浸ってる場合やないで!」

龍驤「一旦寮に戻らんと……。あと、隼鷹にお土産もってかな」

あたりを見渡して、あらかた料理を食べ尽くしたことに気がつく。

龍驤「なんか、なんかないんか」

龍驤「……これや」

龍驤「鳳翔~、昨日の分とこれはつけといて~」

小声で伝えて、塊を2つ持って店を後にする。


69: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:13:38.94 ID:ipErHBFK0
――軽空母寮――

龍驤「隼鷹、おはようさん」

隼鷹「はい、おはよー。朝帰りなんて珍しいな」

龍驤「ちょっと鳳翔とこで宴会になってな」

隼鷹「なんだよ~、それなら誘ってくれたらよかったのにさ~」

龍驤「ごめん、ごめん。お礼代わりにお土産持ってきたで許してぇ」

隼鷹「お礼って何のことかな~? まっ、せっかくだから貰っておくけどね」

龍驤「はい、どうぞ」

隼鷹「……何これ?」

龍驤「生ハムとメロン。あれ? 前に食べたいって言っとらんかった?」

隼鷹「うむ、龍驤よ。生ハムメロンとは生ハムとメロンという素材のことではなく、料理名なのだよ」

龍驤「そうなんか? 知らんかったな」

隼鷹「気持ちだけ受け取っておくよ。今度鳳翔さんに作ってもらおうぜ~」

龍驤「そうやな」


70: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:15:01.75 ID:ipErHBFK0
龍驤「ところで今日の任務はどうしたん? まだ寮に居るなんて珍しいんとちゃう?」

隼鷹「何言ってんのさ。放送聞いただろ?」

『本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする。繰り返す、本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする』

『外出申請は俺のところに直接持ってきてくれ、以上だ』

隼鷹「うひゃあ! まさか、龍驤が無断欠勤だったとはね。そっちこそ珍しいじゃん」

龍驤「早う行かんと!」

隼鷹「まぁまぁ、待てって」

隼鷹「理由はどうあれ、休日に女が男のところに行くんだ。身なりは整えないとね~」


71: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:16:38.44 ID:ipErHBFK0
龍驤「けど、急がんと!」

隼鷹「龍驤」

隼鷹「親しき中にも礼儀ありって言葉があってな、お前そんな状態のまま提督に会うつもりなのか?」

隼鷹「髪は乱れてる、顔も洗っていない、服も着替えていない。そんな様でいいのか?」

隼鷹「これじゃ百年の恋だって冷めちゃうね~。ひゃっはっはっは」

龍驤「……そんでも早う行かんと」

隼鷹「30分だけ待てって。湯浴みはできないけど、清拭してやるし、髪も梳いてやんよ」

隼鷹「そんくらいの時間は待たせといても大丈夫だって。お湯取ってくるから、髪を解いて服脱いでまってなよ~?」

あれよあれよという間に話が決まってしまった。

言葉こそ砕けているが、隼鷹は意外な程、礼儀作法に明るい。

それは部屋を見渡せばすぐに納得できる。

遠征や出撃で時間がない中でも、きちんと整えられているのだから。

龍驤はおとなしく指示に従った。


72: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:18:36.67 ID:ipErHBFK0
バイザーを外し、髪を解き、服を脱ぐ。

姿見で自分を眺め嘆息する。

贔屓目に見ても駆逐艦並だった。

駆逐艦で平均値を取れば、おそらくそれを下回るだろう。

龍驤「こればっかりはしかたないな~」

変えられない事実はとっくの昔に受け入れた。鏡に映る艦娘はそんな表情をしていた。

隼鷹「おまたせ~。ちゃっちゃかやっちゃおうぜ~」

龍驤「頼むわ」

隼鷹「ほい、顔を拭くようの手ぬぐい。拭き終わったら、これ齧ってて」

ミントの葉とオリーブの実を手渡された。

隼鷹「口は大事だからね~。機会は突然やってくるもんさ」

龍驤の背中を拭いながらそう語る。

機会とは何のことかはわからなかったが、頷いておいた。

顔に触れた熱めの温度が目を覚まさせる。

隼鷹「清拭おっしまーい。次は髪を梳くから服を着とけよ~」

いつの間にか新しい服が用意されていた。まったくもって抜かりない。


73: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:19:40.40 ID:ipErHBFK0
隼鷹「すんすんす~ん♪ や~すんすんすんす~ん♪」

龍驤の髪にブラシを通す。BGM代わりに聞こえてくる、隼鷹の鼻歌が小気味良かった。

龍驤「それってなんなの?」

隼鷹「ん~? 知らね。大昔の歌なんじゃね~?」

龍驤「なんか意味があんのかな?」

隼鷹「さぁ?」

隼鷹「『風が吹けば悩みも吹き飛ぶ、お日様が輝けば心も熱くなる』」

隼鷹「『今日も元気に生きようぜ!』」

龍驤「おぉ、ええなぁ」

隼鷹「こんなのどうよ?」

龍驤「自分で考えたんかい!」

隼鷹「何でもいいじゃん。自分で自分の自由を奪うなって」

龍驤「その台詞は、かっこええな」

隼鷹「だろ? 意外と私、やるからねぇ」


74: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/08(月) 00:21:48.32 ID:ipErHBFK0
隼鷹「はい、できた。鏡見なよ」

目は覚め、唇はしっとりとしていた。

髪はいつもより艶が出ていた上、ご自慢の尻尾さえ機嫌がよさそうに見えた。

龍驤「おぉ、すっごい綺麗や。ありがと♪」

隼鷹「いいってことよ」

龍驤「あれ? 髪紐2つ余ってるんやけど。これどうやって留めたん?」

隼鷹「ん~? 髪を編みこんで留めたんだけど?」

龍驤「……ほんますごいわ」

隼鷹「あとは、ハンカチ。 少しだけフラグレンスを付けといたから」

隼鷹「よっし! 準備もできたし、行って来い!」

龍驤「ほんまにありがとう。行ってきます!」

隼鷹「あとな、龍驤」

龍驤「なぁに?」

隼鷹「それ、解くのは簡単だけど、多分自力じゃ留め直せないぜ~?」

龍驤「ウチじゃさすがに無理やわ」

隼鷹「帰ってきたら一緒に風呂に行こうぜ、ひひっ」

龍驤「うん? わかったでぇ~」

何度も隼鷹に礼をしたあとに、部屋を去っていった。

慌てた様子ではあったが、その表情は少し自信を感じさせるものだった。

隼鷹「……さてさて、どんな髪型で帰ってくるかな?」

鳳翔が内面を隼鷹が外面を気に掛けたのだから、何もなければ嘘というものだろう。

隼鷹は本当に楽しそうな顔で笑っていた。


77: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 19:52:35.09 ID:60EahTQj0
――執務室――

龍驤「龍驤、参りました」

提督「入ってくれ」

提督の机、周囲の床には大量の紐が編み込まれ、伸びていた。

その長さから想像すると、最低12時間は待っていたことがわかる。

龍驤「○九五〇を持って、劇に出演する艦娘への台本配布任務を完了したことを報告します」

提督「報告ご苦労。本日は休暇日とした、この後は自由に過ごしてくれ」

龍驤「了解」


78: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 19:53:40.03 ID:60EahTQj0
龍驤「なぁ、キミ」

提督「どうした?」

龍驤「キミはウチが遅なったことを咎めんのは分かってる。けど、あえて言わせてもらうで」

龍驤「遅なってごめん」

提督「かまわんぞ? お前が思っている通り俺は咎めもしないし、怒りもしない」

提督「お前が俺のことを知ってくれているように、俺もお前のことはちゃんと知ってるからな」

提督「朝は呼びつけはしなかったが、呼べば必ず来てくれたんだろう?」

龍驤「それは当然や。たとえ機関部が全損しても、海底に沈んどっても……」

龍驤「ウチは必ずキミのところに帰ってくる」

提督「うむ」


79: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 19:55:42.52 ID:60EahTQj0
提督「ところで、龍驤よ。劇の本当の目的なんだが……」

龍驤「大元帥に、大事なことを宣言するんやろ?」

提督「……何故わかった?」

龍驤「キミがウチのことを知ってくれてるように、ウチも君のことはちゃーんと知ってるんやで?」

龍驤「どんだけ一緒に戦ってきたと思ってんの」

提督「それはそうかもしれないが、一回でも気がついた素振りは見せなかったじゃないか」

龍驤「いや、任務中やったやろ?」

提督「……しまった。そうだったのか。確かにそうだったな」

提督「はっ!? 今日は任務がないじゃないか!」

龍驤「まぁ、キミが休みにしたからな」

提督「……こほん。龍驤よ、聞いてほしいことがある。俺は……」

提督「むぐっ?」

龍驤が笑みを見せ、その人差し指で提督の口を閉じた。

80: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 19:56:51.72 ID:60EahTQj0
龍驤「ここでウチに言うてどうすんの。大元帥を証人にしてまで伝えたい大事なことなんやろ?」

龍驤「やったら、その時まで待たんと失礼って言うもんやで?」

龍驤「焦ることなんかないって、ちゃんとその時は来るんやからな」

提督「そうか、そうだったのか」

龍驤「そうやで~」

「「あはははは」」

提督「……あぁ、龍驤。とても素敵だ」

龍驤「ウチのこと褒めてくれるん? ありがと♪」


81: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 19:58:59.33 ID:60EahTQj0
提督「ところで、その髪はすごいな。どうなってるんだ?」

龍驤「すごいやろ? 隼鷹に編んで貰ったんやで?」

龍驤「理由はあれやけど、休日やからな。少しくらいはめかすよ」

提督「そうか、そうだな」

提督「……」

龍驤「ウチの髪さわりたいん? しかたないなー、少しだけならええよ?」

提督「本当か? ありがとう、龍驤! 大す……」

提督「いや、これは言うまい。今はその時ではないよな」

提督「あぁ、後いくつ寝ればその日がくるんだろうな」


82: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:01:22.22 ID:60EahTQj0
龍驤「さっきから何言うてんの。触らんのならもうバイザーつけるで?」

提督「ちょっと待ってくれ」

提督「これはすごいな。素敵だ、よく似合っている」

龍驤「そうやろ、そうやろ?」

提督「これってどうなってるんだ?」

龍驤「気ぃつけて。簡単に解ける言うてたから……遅かったか」

提督「……すまん」

龍驤「別にええよ。ちゃーんと目的は果たしたからな」

龍驤「キミが夜なべした組紐一本ちょうだい? それで留めとくよ」

提督「それはいいんだが、俺が髪を編んでもいいか?」

龍驤「できるの?」

提督「左の房を見ながらならなんとか。せっかく似合ってたんだ」

龍驤「それじゃ、お願いしよかな」

提督「うむ、任されよう」

龍驤「……こんな日は後何日続くんかなぁ」

提督「何か言ったか?」

龍驤「何も言うてへんで」

――――――
―――


83: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:02:52.88 ID:60EahTQj0
――駆逐寮――

雷「龍驤さん、大丈夫かしら? 寝込んでないかしら?」

電「まぁ、大丈夫なのです。多分」

響「けど、司令が任務を中断するくらいだ。さすがに心配してしまうよ」

電「それも大丈夫なのです。多分」

雷「なによ! 電は龍驤さんのこと心配じゃないの?」

電「龍驤さんを心配するより、長門さんとの演習を心配したほうがいいのです」

暁「なんか冷たくない?」

電「じゃあ、少し執務室を覗いてくるのです」

暁「へ? 軽空母寮じゃないの?」

電「少し待ってて」

――――――
―――

84: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:04:35.89 ID:60EahTQj0
――執務室――

電「……失礼します」

小さな声でノックもせず、静かに扉を開ける。

龍驤「……」

椅子に座った龍驤は目を閉じ、船を漕いでいた。

その後ろで髪を結っていた提督はおそらく電が来ることを予想していたのだろう。

声を出さずにテーブルの上を指さした。

『間宮券』

互いに目礼のみ交わして話はおしまい。この沈黙で十分に伝わった。

電「……失礼しました」

入った時と同じように足音すら出さずに部屋を後にした。

――――――
―――

85: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:05:55.74 ID:60EahTQj0
雷「どうだった? 司令は困ってなかった?」

電「司令官さんは龍驤さんと一緒にいたのです」

雷「あっ、そういうことだったの。ごめんね、電」

響「これは、心配する必要はないようだね」

顔を赤くして、2人は電に謝罪をした。

暁「さすが私達の司令ね! 龍驤さんの看病をしてたのね!」

「「え?」」

響「いや、うん。そうだね、さすが暁だ。人を思いやれる素敵なレディーだよ」

暁「当然よ! 暁は一人前のレディーなんだから」


86: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:09:14.32 ID:60EahTQj0
暁「司令をお手伝いして龍驤さんに早く良くなってもらわなくちゃ」

響「これは司令に任せたほうがいいんじゃないかな」

暁「なんでよ」

響「この鎮守府では休むことも任務だからね。もしかすると今日は、長門さんとの演習に備えるための時間なのかも知れない」

暁「そう言われるとそんな気もしてきたわね。龍驤さんのことは司令に任せて私達は作戦を練りましょう」

雷「ねぇ、暁。やっぱり旗艦は私のほうがいい気がするんだけど」

暁「何よ! ジャンケンで正々堂々と決めたじゃない」

電「蒸し返す前に間宮さんのところに移動しましょう。提督のところから券を貰ってきたのです」

雷「なら一番早く着いた人が旗艦ね! よーい、ドン!」

暁「ちょっと! 勝手に決めないでよね」

響「……今度こそ勝つ!」

――――――
――

87: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:11:15.96 ID:60EahTQj0
――廊下――

暁「あ、北上さん。こんにちは!」

北上「むっ、駆逐艦。まぁ、こんにちは。廊下は走るんじゃないよ~」

暁「ごめんなさい、けどこれは勝負なんです!」

北上「なんなの一体」


88: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:13:17.08 ID:60EahTQj0
響「北上さん、こんにちは」

北上「また駆逐艦。はいはい、こんにちは。埃たつから走るのやめてよね」

響「ごめんなさい。けど、今負けると旗艦になれないんだ」

北上「う~ん、なんなのこれ?」


89: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:13:47.63 ID:60EahTQj0
雷「北上さん! こんにちは!」

北上「げっ、また駆逐艦。けどまぁこんにちは。先にふたりいっちゃったよ~?」

雷「なんで止めてくれなかったんですか! このままだと雷は旗艦になれないんだから!」

北上「えぇ~? そんなの知らないよ……」


90: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:15:11.40 ID:60EahTQj0
北上「あぁ、やっぱり駆逐艦はうざいなぁ」

北上「うわっ、また来た。今日は厄日だなぁ」

北上「こんにちは、電。3人は走っていったけど、アンタは行かなくていいの?」

電「どうも、北上さん。こんにちはなのです」

北上「あれって一体何なの? ちゃんと躾けておきなよ~」

電「ごめんなさい。演習の旗艦を決める競争をしているのです」

北上「あぁ、長門さんとの演習ってやつ? はしゃぐのも無理ないか」

電「そうだ、北上さん。演習の作戦会議に参加して欲しいのです」

北上「えぇ~、やだよ」

電「そこをなんとか」


91: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:17:03.44 ID:60EahTQj0
北上「やだよ~。この鎮守府は大井っちがいないからね。あんまり頑張ってもね~」

北上「大井っちだけじゃないよ? 球磨姉も多摩姉も、木曾もいないんだよ」

北上「なんか張り合いがないねぇ」

電「……司令に具申しますか? もっと建造に力を入れればきっと」

北上「いいや、いらない。別に目的を履き違えてるわけじゃないんだよ」

北上「むやみに数を増やさないのは逆にいいことだしね~」

北上「それにさ、球磨型で初めに来ちゃったのが私だからしかたないよ」

北上「このスーパー北上さまを目の前にして、提督が戦力不足なんて語れるわけないんだから」

電「その通りなのです」


92: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:19:26.82 ID:60EahTQj0
北上「……駆逐艦に何言ってんだろう。情けないなぁ、もう。こんなの見られたら、大井っちが大笑いするよ。ったく……」

電「話は戻しますけど、作戦会議に参加して欲しいのです」

北上「ほんとぐいぐいくるね~。そんなの電がやればいいじゃん」

電「電ができるのは、単艦の鍛錬についてだけなのです。第六駆逐隊として闘うために、作戦会議参加をお願いしたいのです」

北上「あーもう、わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

電「ありがとう」

北上「ったく、なんでこうなるかね?」

電「軽巡洋艦は駆逐艦を導くものなのですから」

北上「今は重雷装巡洋艦だよ~。覚えないのはもう諦めたけどさ~」

電「北上さんと一緒に出撃したのは、北上さんの練度上げに随伴していた時だけでしたから」

北上「まぁ、あの時はありがとね」


93: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:21:18.26 ID:60EahTQj0
――間宮――

暁「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

雷「もう少しだったのに!」

響「まぁ、これは仕方ないね」

電「仕方ないのです」

北上「3人とも反省文書き終わった? じゃあ作戦会議を始めるよ~」

「「お願いします」」


94: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:22:50.45 ID:60EahTQj0
北上「と言ってもやることは決まってるから。長門さんの砲撃をよけながら雷撃戦に持ち込む」

北上「以上」

暁「え、これだけ? 他に何かないの?」

北上「ないよ。駆逐艦の主砲じゃ長門型の装甲を抜くのは無理だからね~」

雷「長門さんってそんなに強いの?」

北上「はっきり言って今回の演習を組んだ理由を提督に問いたいくらいだね」

北上「長門さんの通常装備だと、そうだね~」

北上「昼戦で2盃轟沈。残り2盃で雷撃を当てたとしても、長門さんなら小破、いやギリギリ中破だね~」

北上「さらに夜戦で1盃轟沈。最後の1盃がなんとか頑張ったら、中破、ギリギリ大破に追い込める、かな?」

北上「ちなみに昼戦の主砲は多分貫通しないから、長門さんへのダメージにはならないね~」


95: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:25:39.46 ID:60EahTQj0
暁「……え? 長門さんってそんなに強いの? 全く勝てる要素がないんだけど」 

北上「逆に長門型戦艦をなんだと思ってたの? まぁいいんだけどさ~」 

響「それで、今回の演習に勝てる確率はどれくらいなのかな?」 

北上「そうね~、7割くらいじゃない?」 

暁「そんなに高いの!? なんだ北上さん、驚かせないでよね!」 

北上「戦闘での頭数は重要だからそうなるね~。今回の演習だと長門さんに装備縛りがあるしね」 

雷「よかったよかった。これで安心して闘えるわ!」 


100: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 21:54:09.37 ID:60EahTQj0
北上「どうしてそんなに余裕なの?」

電「だって7割で勝てるんでしょ? 絶望的な差はないってことよね!」

北上「1人は轟沈確定だよ?」

暁「なんでそうなるの?」

北上「あくまでも出撃じゃなくて演習での勝利の話だからね~。長門さんは正確に、確実に旗艦を狙ってくるよ」

北上「たとえ12.7cm連装高角砲でも、あの人は戦艦だからね。基本の火力が違うわけよ」

北上「それで確実に旗艦は轟沈、まぁ演習だから轟沈判定だね」

北上「開幕した瞬間に長門さんの戦術的勝利条件が確定するの」

北上「その上で、生き延びた3盃で雷撃を打ち込んで長門さんを轟沈に追い込む」

北上「ここまでしてようやく第六駆逐隊の勝利ってわけ」

97: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/21(日) 20:47:45.20 ID:60EahTQj0
響「負ける3割は何なのかな」

北上「雷撃を打ち込んでも回避されるか、耐えきられるかだね~。3盃生き延びて撃ちこめば、まぁ大丈夫、大丈夫」

「「……」」

響「北上さん、今から訓練をお願いします」

明確な記憶があった。姉妹から置いてけぼりを喰らう自分の姿だった。

生き延びたことへの感謝はあったが、それ以上に何もできなかったという惨めさが勝っていた。

北上「せっかくの休日なんだし、やだよ~」

暁「お願いします!」

混濁した記憶があった。姉妹を置いてけぼりにして独りで沈む自分の姿だった。

目的は果たした、ような気もするし無駄死だったような気もする。

願わくば、次は姉妹で闘い抜き、そして勝利したかった。

北上「嫌だって、駆逐艦。あぁ、うざい」

雷「お願いします!!」

生まれ変わる前からずっと思っていた。

敵も味方も全部助け出したい。

それを実現するためには、必ず力が要る。

北上「……」

電「電からもおねがいするのです」

北上「……まぁ、なんて言うの?」

北上「ギッタギッタにしてあげましょうかね!」

――――――
―――

101: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 00:51:50.00 ID:tx8CqYLJ0
――訓練場――

北上「準備出来た?」

北上「まずは回避訓練からだよ。 ちゃんと避けなよ~?」

暁「お願いします!」

12.7cm連装高角砲が唸りを上げ、暁を襲った。

北上は射撃宣言をしてから、砲撃を繰り出した。

着弾位置とタイミングを測るための情報は十分だった。

足りないものがあるならば、それは暁の練度だろう。

暁「きゃあっ!」

北上「避けなって言ったじゃん」

暁「へっちゃらだし!」

北上「はい、もう一発」

暁「きゃあっ!!」

暁:大破

北上「少しでも動かないと絶対に当たるからね」

北上「はい、次~」

響「よろしくお願いします」

北上「ほいっ!」

響「くっ……」

響「不死鳥の名は伊達じゃない」

響:小破

北上「いや、耐えるんじゃなくて避けるの。同じ連装高角砲使っているけど、長門さん相手だったら今ので決着だよ~」

響「もう一度おねがいします」

北上「ほいっ!」

響「くっ、さすがにこれは、恥ずかしいな……」

響:中破

北上「うんうん、少しは動けていたかな」


102: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 00:54:22.33 ID:tx8CqYLJ0
北上「次~」

雷「はーい! 北上さん。行っきますよー!」

雷「えいっ!」

3人目にして、とうとう回避に成功した。

これは姉ふたりの挙動をよくよく観察した結果だった。

北上が指摘したように、少し動けば急所を外すことができ、大きく動けば回避も可能だった。

北上「まぁまぁか」

雷「そんな攻撃、当たんないわよ?」

北上「連装砲は侘び寂びがないから、あんまりね~。ほい、ほい、ほいっ!」

雷「ムリムリムリ!」

勘違いに気がついた時と着弾は同じだった。

撃つタイミングと方向を宣言してもらい、射撃は単装砲のように一発のみ。

避けることに成功したが、それが北上の砲撃を回避できることとイコールにはならなかった。

雷「いったぁ~い!」

雷:大破

北上「ちゃんと避けなよ~」

雷「なによ、もう! 雷は大丈夫なんだから!」

北上「元気なのはいいことだ」

北上「よ~し、次行くよ~」

電「お願いするのです!」

北上「てぇええぇ!!」

電「甘いのです!」

北上「まぁ……主砲は……まぁ……そうねぇ……」

射撃回避訓練一周目終了。

第六駆逐隊は全体的にぼろぼろだった。

北上「はい、高速修復剤はいっぱい用意してあるからじゃんじゃん使っちゃおう」


103: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 00:59:26.46 ID:tx8CqYLJ0
三十六週目

北上「駆逐艦、ちゃんと避けなよ~。もっと回避行動の初動を早くしないと当たっちゃうよ」

雷「こんなの避けられないわ!」

北上「じゃあ休んでていいよ。そっちの方が私も楽だし」

雷「……ごめんなさい、もう一度お願いします!」

北上「うんうん」

北上「はい、3人とも高速修復剤をかぶって」

北上「まとめて行くよ~」



北上「なんとか避けられるようになって来たね~。それじゃあ、演習形式で行ってみようか」

「「はいっ!」」

演習開始!

――開幕雷撃――

北上は甲標的を繰り出した。

響「なっ!」

雷「嘘でしょ!」

北上「おっ? ちゃんと避けたね~。えらいぞ、駆逐艦」

――砲撃戦――

暁「攻撃するからね」

響「さて、やりますか」

雷「ってー!」

電「なのです!」

北上「まぁまぁかな」

被弾することなく、回避しきった。

回避したが、北上も射撃を命中させられなかった。

北上「う~ん。まぁ私はやっぱ、基本雷撃よね~」

――雷撃戦――

北上「20射線の酸素魚雷、2回いきますよー」

暁「えっ!?」

北上「40門の魚雷は伊達じゃないから!」

まるで両舷から同時に発射したように見えた。

それほどに華麗な切り返しだった。

電「これはさすがに無理なのです!」

第六駆逐隊:大破


104: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 01:00:21.91 ID:tx8CqYLJ0
北上「……」

北上「あれ? 駆逐艦、攻撃当ててないじゃん。ちゃんと当てないと」

暁「当てられるわけないじゃない! 北上さん、強すぎるんだから!」

響「……避けるだけで精一杯だ」

北上「あ~もう。ほら、持ってきた修復剤。あと4つ残っているから使って」

電「まだ何かしますか? 回避は見違えるほどよくなったのです」

北上「避けれてもちゃんと当てなきゃ勝てないからね~。ほら、次は射撃訓練だよ」

暁「的を用意しなくちゃ」

北上「そんなのいらないって」

雷「えぇ? 海に向かって撃つんですか?」

北上「違う違う、そんなことしても仕方ないよ」

105: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 01:01:46.16 ID:tx8CqYLJ0



北上「私を狙って撃つんだよ?」




106: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 01:03:02.26 ID:tx8CqYLJ0
雷「無理です! そんなことできるわけないわ」

暁「そうよね、一人前のレディーはそんな事しないわ」

響「……それは違うよ、暁。本当に出撃したら、的なんてないんだよ」

響「そこにあるのは、私たち『艦娘』と『深海棲艦』だけだ」

暁「で、でも! イ級にちゃんと当てたことはあるわ!」

暁「……機銃だけど」

暁「……」

北上「どうするの、駆逐艦? やらないならこれで終わりにするよ~?」

電「北上さん、本当に大丈夫なのですか?」

北上「なに、電? 私に不満があるっていうの?」

電「そんなものはないのです」

北上「じゃあ、さっさと準備しなよ~」

北上「「『当てられるはず』と『当てたことがある』は全然違うからね」

北上「あと駆逐艦のくせに遠慮なんかしなくていいってば」

雷「北上さん、よろしくお願いします!」



――雷撃――

4人それぞれが四連装酸素魚雷を斉射した。

それは、微動だりしない北上に吸い込まれるように進んでいった。

暁「当たった!」

響「北上さんは!?」

雷「うそ!? あれを真正面から受けて、小破だなんて」

北上「まぁ、仕方ないでしょ」

北上「私はハイパー北上さま、装甲は神なのよ」

響「ほら、やっぱり! 北上さんは雷巡だからね、酸素魚雷のことを知り尽くしているんだよ」

電「響、すごく嬉しそうね」

暁「これが、一人前のレディーなのね……」

響「北上さん、ありがとう!」

北上「後はしっかり補給して休んでお終い」

北上「あぁ、疲れた~」

雷「北上さんも一緒に間宮さんのところに行きませんか? まだ券があるんですよ!」

北上「行かないよ~。機関部冷却にしばらく巡航するからね」

響「なるほど。雷、私達もそうすべきじゃないかな」

北上「駆逐艦は大丈夫。ほら、さっさと行った行った」

「「本当にありがとうございました!」」

――――――
―――

107: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 01:07:27.55 ID:tx8CqYLJ0
電「北上さん、ありがとうございました。演習までしていただけるなんて」

北上「まぁ、私って極めて高練度な艦娘じゃん? あの子たちにとっては十分な経験になったでしょ」

電「もちろんなのです! けど、装甲が……」

北上「いいから、いいから。アンタもさっさと行きなよ」

電「……本当にありがとうございました」

北上「昔、誰かさんも私の練度上げに付き合ってくれたからねぇ」

――――――
―――

108: ◆zqJl2dhSHw 2015/06/29(月) 01:09:07.52 ID:tx8CqYLJ0
北上「ふぅ、きっついな~」

北上「装甲は紙なんだよ、本当に」



「北上さ~ん♪」



北上「大井っち!?」

阿武隈「ごっつーん!」

北上「……」

阿武隈「……」

北上「……阿武隈じゃん」

北上「なんで頭突きすんのさ」

阿武隈「そろそろ水雷戦隊旗艦の序列を決めておきたくて。たった今、神装甲の北上さんを一撃で『大破』させたあたしの方が上でいいよね!」

北上「相手が違うでしょ。川内と競いなよ」

阿武隈「夜戦バカには負けないから!」

北上「何でもいいよ、もう。えいっ」

阿武隈「あぁ! 前髪が!」

北上「いや~、それをくしゃくしゃにするのは楽しいね」

阿武隈「やめてよぉ~! セットし直したばかりなのにぃ~!」

阿武隈「またセットしなくちゃ。北上さん、お風呂行きましょう」

北上「あー」

北上「……ありがとね」

阿武隈「それから、駆逐艦と仲良くなる方法を教えてください!」

北上「えぇ、あんなのうざいだけだよ」

阿武隈「嘘! あんなに楽しそうにしてたじゃない」

北上「そうかな?」

阿武隈「そうよ」

阿武隈「なんで第六駆逐隊の子は第一水雷戦隊旗艦のあたしを頼ってくれないの?」

北上「そんなの知らないって」

北上「けど、まぁ、阿武隈は練度を上げないとね。まずは川内に勝てるようになってからでしょ」

阿武隈「だから! 夜戦バカには負けないから」

北上「わかった、わかった。ほら、お風呂行くんでしょ。えいっ」

阿武隈「ふわぁぁ~っ! あんまり触らないでくださいよ!」

北上「いや~、ほんとおもしろいわ」

阿武隈「もうっ! 肩貸してしてあげますから早く行きましょう」

北上「はいはい」

阿武隈「あと、どうやったら第六駆逐隊の子たちは私に頼ってくれますか?」

北上「だから、知らないって……」

―――――――
―――

111: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/01(土) 22:54:54.45 ID:mJ7tnaRJ0
――船渠――

北上「あれ? 先客がいるんだね」

阿武隈「何言ってるんですか、もう夜だから当たり前ですよ。お休みなのにどれだけ訓練してたの?」

北上「いや~、まぁねぇ」

北上「こんばんは~っと」

阿武隈「龍驤さんと隼鷹さんだ」

龍驤「お~、こんばんは。って北上、どうしたんや!? 敵襲か!?」

北上「ちょっと駆逐と訓練してたんだ~。龍驤さん、今日頑張っちゃったから、かわりに有給休暇もらえないかな?」

龍驤「それはええけど。駆逐艦相手にそこまでなるってさすがにおかしいやろ。どんな訓練してたん?」

阿武隈「この人無茶苦茶なんですよ。単艦で第六駆逐隊の子たち相手に演習形式をして、全弾回避した上で雷撃を叩き込んじゃうし」

阿武隈「何を考えてるのか、その後の雷撃訓練で北上さんが標的役になっちゃうし」

北上「思わず工作艦になっちゃうかと思ったよ」

龍驤「冗談やってわかってるけど、滅多なことは言わんといてな」

北上「ごめんごめん」

龍驤「けど、北上が稽古つけるとはなぁ。なんかあったん?」

北上「訓練つけろ、訓練つけろ! って、しつこかったからね。面倒だから黙らせただけだよ」

いつもの飄々とした雰囲気はなく、ただ柔らかな口調でそうつぶやいた。

隼鷹「なぁ、北上さん。いっこ聞いていい?」

北上「いいよー」

隼鷹「駆逐艦の子たちとの訓練楽しかった?」

北上「そうねー。まぁ……」

北上「楽しかったかな」

いつもの彼女からは決して出ない言葉だった。

訓練も任務も、面倒がってはいるがいつもそつなくこなしていた。

練度も非常に高く、単艦で長門に打ち勝てる数少ない艦娘の1人だった。

水雷戦隊の旗艦こそ離れていたが、今なお、駆逐と軽巡から尊敬を集めている。

それでも、楽しげな表情を見せたことはなかった。

龍驤「なぁ、北上。提督に具申しとこか? 建造に力を入れれば球磨型の姉妹艦も着任できると思うよ」

北上「電とおんなじ事を言うねー。そりゃ会いたい気持ちもあるけどさ、考えてみてよ」

北上「この北上さまとほぼ同格の大井っちが来るだけで大問題だよ。ただでさえ、この鎮守府は監視対象なのに」

龍驤「……軍縮か。たしかに、着任した瞬間に発令されそうや」

北上「でしょ? そうなるのは本当にやだからね」

龍驤「そうやな」

112: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/09(日) 22:37:33.23 ID:/mWOSGia0
阿武隈「あのー、ちょっといいですか?」

龍驤「どうしたん?」

阿武隈「あたし達って深海棲艦に対抗できる唯一の手段ですよね」

龍驤「そうやで~、まだ人類の兵器では勝てやんのや」

阿武隈「だったらなんで戦力を削減するんですか? むしろ今も戦力不足が続いているような気がするんです」

隼鷹「あー、阿武隈さん? それはね……」

阿武隈「皆で力を合わせた方が絶対にいいですよね! 連邦や帝国と共同戦線を張ったりすればもっと早く確実に海の平和が取り戻せると思うんです!」

北上「……阿武隈」

阿武隈「ひぇ? あたし、何か変な事言いましたか~?」

北上「アンタいい子だねぇ」

前髪を崩すのではなく、頭を撫でながらつぶやいた。

他のふたりも首肯する。

龍驤「川内やなくて阿武隈が一水戦旗艦になった理由がわかった気がするわ」

阿武隈「あれ? なんであたし褒められてるんですか?」

北上「いいからいいから。そろそろアンタも本気で訓練しないとね。川内にも勝ちたいでしょ?」

阿武隈「だから! 夜戦バカには……」

北上「勝てるって自信を持って言える? あれは水雷戦隊だけで敵艦隊を打倒するって覚悟を決めちゃってるからね。だから夜戦に全戦力を賭けてる」

阿武隈「うぅ~」

北上「そんでもって出撃撤退の判断はかなり慎重だよ~。陸上型の棲艦だってわかってたら絶対に出ない。もし出撃の途中で気がついたら即撤退するから」

北上「雷撃は陸の上まで届かないし、島に魚雷を打ち込んでも仕方ないからねぇ」

阿武隈「あたしなら! 島ごと吹き飛ばしてやります!」

北上「……龍驤さん聞いてた?」

龍驤「もちろんや、その発想はなかったな」

龍驤「魚雷の出力を上げる? いや、それとも……」

北上「対地魚雷って言うのもありかも。できなくはないよね」

一瞬にして、技術会議が始まってしまった。

113: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/09(日) 22:40:03.93 ID:/mWOSGia0
阿武隈「あの? また変なこと言っちゃいましたか?」

隼鷹「いや~、大丈夫大丈夫。あいつらの変なところに火が着いちゃったけど」

隼鷹「さて、先に出よう。よければ髪を結ってあげようか?」

阿武隈「ほんとですか! やった!」

阿武隈「あっ、もしかして今日の龍驤さんの髪って隼鷹さんがやったんですか?」

隼鷹「そうだよ~、せっかくの休みだしたまにはね」

阿武隈「そういえば、龍驤さんの体調はよくなったんですか? 突然休暇日になってびっくりしちゃったんですけど」

隼鷹「あー、龍驤のやつ寝坊して出てこなかったんだよ。提督も甘いよねぇ」

阿武隈「むしろそれこそ心配です。龍驤さんが遅刻なんていままでなかったです」

隼鷹「たまにはそうなることもあるって。あんまり追い詰めないでやってほしいねぇ」

阿武隈「そんなつもりは……」

隼鷹「わかってるよ。けど龍驤のやつ、提督と一緒に謝罪に出かけてるからさ。え~と、漁連と海運の2箇所だね。責務はちゃんと果たしているから許してやってよ」

阿武隈「許すも何も咎めてないですよ」

阿武隈「……あれ? 提督とお出かけしてたんですか?」

隼鷹「ん? そうだね。何してきたって言ってたかな。謝罪の後、飯くって、酒保に補充するものを見に行って、私らへのお土産に甘味を買って……」

阿武隈「デートですね」

隼鷹「やっぱそうだよね~。せっかくだから泊まってきたらよかったのね」

阿武隈「ちょっと隼鷹さん、それは流石に」

隼鷹「まっ、休みになったし、心太(ところてん)は美味かったしいいか? 阿武隈さんもあとで食っときなよ」

阿武隈「はい、楽しみです」

隼鷹「それはそうと、お客様。どのような髪型にしましょうか?」

阿武隈「龍驤さんのツインテールみたいに留めて欲しいです。組紐のやり方ですよね」

隼鷹「おぉ? よくわかってるじゃん」

阿武隈「結び目のところが花になってましたから。左のテールが菊結びで右が吉祥結びでしたよね。あえて変えるなんて素敵です」

阿武隈「あれだけ綺麗なら、入渠しても解かないのはしかたないですよね」

隼鷹「あれぇ?」

隼鷹はどちらの房も菊結びで留めた。

あえて別の結びをする理由がないから当然と言えば当然だった。

簡単に解けはするが、普通に過ごしているだけで解けはしない。

そして自力ではほぼ留め直すことはできない、つまり。

隼鷹「……やるじゃん、龍驤」

微妙に間違った方向に合点がいった。

114: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/23(日) 20:59:43.09 ID:FYsmm/Kj0
北上「これだったら、魚雷の威力で対空迎撃もできるね」

龍驤「はー」

北上「空を飛ぶ時間がが長ければ長いほど、対空防御の餌食になっちゃうからね~」

北上「魚雷として海中を進んで、最後は空を飛ぶ雷撃だから。艦攻とは別の使い方になるのかな」

龍驤「ふーん」

北上「念の為に名前をつけておこう、『はーふーん魚雷』でいいや。使うときは特許料よろしく~」

龍驤「了解~、妖精さんに伝えておくわ。けど、どんだけ時間が経っても皇国はかわらんのやな」

北上「数を制限されるからしかたないよね。いつだって質を上げていくしかないんだよ」

「こんばんは! おっ、龍驤さんに北上さんじゃないですか」

「ふむ、なかなか珍しい組み合わせだな。まぁ、別に関係ないが」

北上「比叡さんに日向さん。こんばんは~」

龍驤「キミらはキミらで珍しい組み合わせやん」

龍驤「って、あっかーん!! これはホンマにピンチすぎや!!」

北上「うわぁ……、それって長門さん? え? 本当に?」

比叡と日向の間には長門のようなものがぶら下がっていた。

北上が阿武隈の肩を借りて船渠に来た時と比べて、さらに曖昧な状態であった。

龍驤「土気、相生、金気! よっしゃ! 形は留めたで! 妖精さん、高速修復剤をお願いや!」

通信式符を飛ばし、まもなく高速修復剤が運ばれてきた。

迅速に修復が進み、すぐにでも意識が回復することが予想できた。

龍驤「……比叡、日向。仲間に何しとんのや。海やったら間違いなく長門は轟沈やんか」

日向「まぁ、そうなるな。少なくとも私は全力を尽くしたからな」

龍驤「なんや、言いたいことはそれだけか?」

比叡「龍驤さん、これはですね?」

龍驤「ちょっと黙って、いま日向に……」


115: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/23(日) 21:00:23.91 ID:FYsmm/Kj0
北上「え~い、ざっぶーん」

龍驤「熱っ! めっちゃ熱いやん!! 北上っ! なにすんの!?」

北上「あっ、間違えた。こっちは熱湯だった」

北上「龍驤さん、いま比叡さんが説明しようとしてたよ。攻め立てたかったわけじゃないでしょ? 話聞きたかったんだよね」

龍驤「む、その通りや。 比叡、ごめん。 話聞かせて、ことによっては日向をぶっ叩くで」

長門「……ごほっ。がふっ、ふぅ~。龍驤よ、私が比叡と日向に頼んだのだ」

日向「ほう、さすがは長門だ。この短期間で復活するとはな」

龍驤「何を頼んだんや? 死にたかったんか?」

長門「そんなことするわけなかろう。第六駆逐隊との演習に向けた訓練だ」

龍驤「こんなになるまでやる必要あるんか? 数の優位性は大きいとはいえ、相手は駆逐艦や。その準備に巡洋戦艦と航空戦艦を相手取るのは過剰やないか?」

比叡「あの~、実は私、練習戦艦なんです」

龍驤「え~、真面目な話しとったやん。急にそんなこと言われたら……、冷静になったわ」

龍驤「長門、続きを」

長門「うむ。 任務が遠征ばかりという不満を演習で発散したいだけであれば、上手に負けてやるのもいいと思っていた」

長門「たまには遠征ではなく出撃がしたい、演習がしたい、そんな理由であればな」

長門「あの3人の練度では不足も不足だ。加減をしなければ、一発の砲雷撃を打てないまま終わるかもしれん」

長門「だが、もし。本気だったら? 発散したいではなく、本気で勝ちたいと思っているのなら?」

長門「装備に制限を加えた上で、さらに私自身も加減をしたら? そんな演習に勝って、彼女たちは何を得られるのだ?」

長門「まずは、私が全力を出せるように訓練を依頼したというわけだ」

長門「まぁ、杞憂かも知れないな。遠征は経済速度で移動するから、不満もたまりやすいしな」

長門「どうだ、龍驤? 殴り合いで私と対峙できるのは、鎮守府ではこの2人だけだから。この理由では足りないか?」

龍驤「十分や。 そこまで考えてくれてありがとう」

龍驤「日向もごめんな。いきなり突っかかって」

日向「別にいいさ。説明は長門がしてくれた」

日向「それより今日の長門は頑張っていたぞ。私だけではなく、比叡にも膝をつかせたのだからな」

比叡「はい! とうとうやられちゃいました!」

龍驤「ほんまに? 長門よう頑張ったな!」

長門「やめろ、龍驤。 頭を撫でるな、恥ずかしいではないか」

龍驤「何恥ずかしがっとんのや、褒められときなよ。ほれほれ」

北上「お~、龍驤さんの可愛がりだ。なんか懐かしいね」

長門「むぅ」


116: ◆zqJl2dhSHw 2015/08/23(日) 21:02:17.21 ID:FYsmm/Kj0
比叡「後は砲弾回し受けを覚えて、瑞雲を使った着弾観測射撃ができるようになれば、名実ともに鎮守府の守護神ですね!」

長門「いや、お前たちと違って私にそれはできないからな?」

北上「ついでに先制雷撃もやっちゃいますか。私のお古をあげるよ~」

長門「それもできないからな? 余っているのなら阿武隈にやればいいではないか」

北上「うん、そうしようかな」

長門「ふぅ~」

長門「……第六駆逐隊は本気で挑んでくるのだろうか。それとも発散したいだけなのだろうか。演習まではわからんな」

龍驤「長門にヒントをあげるよ」

長門「ほう、それはなんだ?」

龍驤「第六駆逐隊は北上に頼み込んで訓練をしてたんやで~」

長門「本当なのか、北上? お前が訓練をつけてやったのか?」

北上「まぁ、成り行きでね」

長門「そんな曖昧な理由で動くお前ではないだろう。これはいよいよ楽しみだ」

北上「本気で勝ちに行くから、よろしく~」

長門「胸が熱くなるな」

龍驤「演習日が楽しみやな」

長門「あぁ」


118: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 22:47:01.23 ID:8NjhJW7Y0
――演習~第六駆逐隊と長門――

「マイクチェック、ワン、ツー。ワンツーワンツー、サン、シィー!」

青葉「いやぁ、やはり金剛式マイクチェックは気合が入りますね。比叡さんに教わって以来、出撃……いえ、もっと取材が充実するようになりました」

青葉「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 本日の演習、司会実況を仰せつかりました!」

青葉「解説は、『お肉も飛行場もまとめてフランベ』でおなじみの、妙高型重巡洋艦妙高さんです」

那珂「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ~!」

青葉「……」

那珂「……」

青葉「あらためまして、解説は第四水雷戦隊旗艦、川内型軽巡洋艦那珂ちゃんです。本日の演習の見所は一体どこになるでしょうか?」

那珂「青葉ちゃん、切り替え上手だね☆ その前にいろいろ説明しなくちゃだから。みんな、聞いてね!」

那珂「まず、今日の演習のスポンサーは鎮守府前漁業連合会さんだよ。応援ありがとう~!」

那珂「次に妙高さんなんだけど……」

青葉「待ってください! なんで演習にスポンサーが付いているんですか? しかも今日は対外ではなく、内部演習ですよ」

那珂「え~とね、今日の演習には電ちゃんが参加しているからだよ☆」

青葉「つまり、どういうことですか?」


119: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 22:50:25.48 ID:8NjhJW7Y0
那珂「この鎮守府の歴史を紐解くと時間がかかっちゃうから省略するけどね。 鎮守府設立前の村人口って何人だったと思う?」

青葉「当時ですか、青葉が着任するずっと昔の話なのでなんとも予測しにくいですけど。今が600人位だから、400人位ですか?」

那珂「2人」

青葉「え?」

那珂「2人しか居なかったんだよ。 那珂ちゃんも着任していなかった昔の話だけどね。その時の1人が漁連の会長さんだよ」

那珂「今でこそ鎮守府近海は凪いでいるけどね。 そんな過酷な時代があったんだよ。そんな絶望的な状況にやってきたのが……」

青葉「電ちゃんと司令官ですか」

那珂「そうだよ☆ 那珂ちゃんもアイドルだからわかるけど、電ちゃんの偶像崇拝(あいどるぢから)ってすごいんだ」

青葉「なるほど、つまり……」

会長「青葉殿、那珂ちゃん殿! そんな昔話は良いではありませんか!」

那珂「あっ! 会長、今日はありがと~☆」

青葉「ども、本日はありがとうございます」

会長「なんのなんの。我が君が御姉妹と共に出陣、それも相手は皇国の誉と名高い長門殿だと!」

会長「これを応援しないなどと、どうして言えましょうか!」

青葉「ずいぶん溌溂とした方ですね。会長、電ちゃんとはどのような出会いだったのですか!?」

会長「青葉殿、よくぞ聞いてくれました! 我が君との出会い、それは私がまだハナタレ小僧だった時分。 珍しく海が凪いだ日でした」

電「いい加減にするのです。早く演習を開始してください」

怒った様子ではなかったが、余裕のなさを感じさせる口調だった。

電だけではない、第六駆逐隊全員から緊張を感じた。

その空気は必然だろう。

彼女たちが対峙している相手は、あの長門なのだから。

長門「会長、今日の演習支援本当に感謝している。我々艦娘の闘い振りを披露する良い機会になった」

長門「電と邂逅、思い出、そして、貴方達が自ら復興のために尽力した話も是非聞かせていただきたい」

長門「ただし、それはこの演習が終わってからで良いだろうか。これは彼女たちに取っても重要な時間なのだ」

そう述べた長門は深々と頭を下げた。

会長「ややっ!? 頭を上げてくだされ、長門殿。私は興奮するとどうも……」

長門「かまわないさ。ただどうか今は、全力で彼女たち応援してやってはくれまいか?」

会長「承知!」


120: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 22:54:51.40 ID:8NjhJW7Y0
その言葉と共に組合員が一斉に並ぶ。

鉢巻には、

電命


法被の背には、

暁に
 響き渡るは
  勝鬨や
その様まさに
 雷の如し


ふんどしは勿論、赤だった。


121: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 22:57:43.40 ID:8NjhJW7Y0
電「……」

長門「……素晴らしい」

雷「……えぇ、素敵ね」

暁「何よ、レディはこのくらいじゃ喜ばないんだからね」

響「暁、顔がにやけてるよ。けど、これは流石にうれしいな」

電「!?」

青葉「これは壮観です。会長をはじめとして、人間としての限界練度に達しているのではないでしょうか?」

那珂「すっごーい! ハッピがいつもと違うね!」

村祭りに使う法被には、鉢巻と同じ文字が刺繍されている。

つまり、この法被は今日のために新調したものである。

自分たちを応援してくれる人間がいる。

この事実は、初陣に等しい第六駆逐隊の3人に勇気を与えた。


122: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 22:59:41.21 ID:8NjhJW7Y0
長門「これほどの応援があれば、彼女たちも戦意高揚間違いなしだな」

そう言いつつに視線を下に向けると、何人かの幼童と目があった。

彼らは「ながと」と書かれた鉢巻をしていた。

恥ずかしそうに、「ながとがんばれ」と応援した後、母親の後ろに隠れてしまった。

村では、端午の節句に鎧兜ではなく艦の模型を飾る。

飾る艦は各家で異なるが、やはり一番多いのは長門である。

長門のように大きく、皆を率いて闘えるよう強くなりなさい。

そんな願いが込められていた。

長門「この長門、諸君の期待に必ずや答えよう!」

高らかに謳う。

この返答を受けた幼童たちは顔を輝かせ、長門に向かって手を振った。


123: ◆zqJl2dhSHw 2015/09/22(火) 23:01:22.90 ID:8NjhJW7Y0
長門「ふむ、子供は国の宝とはよく言ったものだな」

最高水準で戦意高揚となった長門は、改めて演習相手と対峙する。

暁「……」

響「……」

雷「……」

電「……」

4人が鉢巻を締め、不退転の意思を示していた。

長門「おどろいたな。纏う空気がまるで違うではないか」

北上から聞かされていた長門ではあったが、実際に相対するとそれ以上の雰囲気を感じ取れた。

長門は胸部装甲から鉢巻を取り出し、締める。

長門「相手にとって不足なし、だ。よろしく頼む!」

「「よろしくお願いします!」」

青葉「ではっ、演習を開始します!」


126: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/04(日) 23:49:20.81 ID:2kfKbfCt0
――第六駆逐――

暁「始まったのね。長門さんはまだ見えないわ」

雷「姿が見えたら、即回避行動に移る。これでいいのよね? 電?」

電「はいなのです。電たちにとっては射程範囲外だけど、長門さんにとってはすでに有効射程範囲だから。むしろ見える前に避ける位の気持ちでいないといけないのです」

響「それは驚きだね。けど、それでこそ戦艦なのかな」

暁「きっとそうなのよ。せっかくの機会だから精一杯前に出ないと!」

雷「目を凝らしてもまだ見えないわね。暁、前に出すぎ! 旗艦なんだから焦んないでよね。雷が前に出るわ」

暁「わかってるわよ! 雷も緊張しすぎよ。そんなんじゃ、いざって時に動けないんだからね」

響「ちなみに砲撃戦はどんな感じなんだろうか。北上さんとやった訓練と同じでいいのかな」

電「あれを10倍、20倍と煮詰めた感じなのです。砲撃の前は空気が変わるので、それを感じ取れば見るより先に艦体が動くはず」

暁「え? 今になってそんなことを言うの? どんな空気になるのよ」

電「そうですね、喩えるなら……。全員回避なのです!」

響「!」

暁「!」

雷「あ……」

突然、電が回避行動を開始した。

暁、響、雷も喩え話に耳を傾ける前に、はっきりと感じ取った。

砲弾よりも、爆音よりも先に、長門の気迫がこの場を支配する。

響「雷!」

電「雷ちゃん!」

ほんのわずかの差であったが、一番に前に出ていた雷は艦体を強張らせてしまい、回避が間に合わなかった。

暁「雷ぃ!」

127: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/04(日) 23:51:56.44 ID:2kfKbfCt0
――司会実況――

青葉「長門さんによる先制の砲撃が決まりました! 弾着です! この距離をこんなにも早く正確に的中されられるものなのでしょうか!?」

那珂「長門さんは超弩級戦艦だからね☆ これでもいつもの射程よりずっと短い距離だよ。近距離だからコリオリ力の演算も省いて、いつもより軽い砲を使ったから射撃の反動演算を省いた。それでも信じられない程、早くて正確な射撃だったね」

青葉「コリオリ? それでも駆逐艦の射程範囲外から一方的な狙撃! 演習とは言え、これはあまりにも非道いのではないでしょうか!」

那珂「逆だよ、青葉ちゃん。長門さんは41cm連装砲、徹甲弾、零観まで外してる。可能な限り艤装の出力を抑えて、長門さん自身が本気で闘えるようにしてくれてるんだ。伝説のアイドルが新人アイドル相手に本気を出す時、色々と制限をするのとおんなじだよ☆」

青葉「成る程ぉー! 解説ありがとうございます! けど、これで決着してしまった場合はどうなるのでしょうか?」

那珂「その時は地方巡業から鍛え直しだよ! あれだってぜーったいにやらなくちゃならない大事なお仕事だからね。那珂ちゃんは今でもちゃんとやってるよ」

青葉「煙が晴れました。 状況は……雷ちゃんが中破! 暁ちゃんが大破です!」


128: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/04(日) 23:58:37.32 ID:2kfKbfCt0
――長門――

長門「……ふむ。暁が雷を庇ったか」

艦橋の高さが、より遠くまで見渡すことを可能にしている。主兵装がなくとも、彼女は間違いなく超弩級戦艦だった。

長門「艦体旗艦としては失格だ。失格ではあるが、極限状態で出た行動が『誰かを護ること』……か。これは皇国の守護者たる我々に取って最も必要な才覚だな。見事だ、暁!」

長門「そして! 一度も振り返ることなく、よくぞここまで足を進めた!」

響「演習前に第六駆逐隊で決めたからね。みんなで勝つと。あなたを目の前にして震えは止まらない。それでもやっぱり闘うって決めたから」

12.7cm連装砲を構え、照準を長門に合わせる。

駆逐艦の主砲では大戦艦の装甲は抜くことはできないが、闘う前に諦めることだけはしなかった。

響「やるさ」

初弾命中。

次弾命中。

全弾命中。

素晴らしい的中率だが、長門は回避行動すら見せなかった。正確には急所から外れるように微調整はしていたが、その意識は攻撃準備に集中していた。

被弾しながら響に照準を合わせる。

響「……無駄だったね」

長門「そんなことはないさ。艦隊で闘うときは必ず必要な能力だ。命中させないことには46cm砲ですら無意味だからな」

響「スパシーバ」

響は照準を合わせ、砲を放つ。

長門「!」

突然、長門が攻撃態勢を解き、旋回した。

この時、響の砲撃が急所にあたり、わずかに長門の装甲を貫く。


129: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/05(月) 00:03:08.56 ID:CK7/aTiw0
「なのです!」

想像だにしなかった突撃。

上方から、握り込んだ錨による打撃だった。

長門「ぬぅう!」

駆逐艦の全質量を真正面から受け止めてしまい、全身が悲鳴を上げる。

過剰かと思っていた比叡、日向との訓練がここで活きた。

十字受けによる防衛の成功である。

長門「ふぅーっ! 今のは危なかった……。黒鉄(クロガネ)時代なら……確実に轟沈だった」

耐久力が、装甲が優秀なだけにはっきりと想像できた。

長門「駆逐艦の身でありながら、よくぞそこまで練り上げた!」



特型駆逐艦暁型四番艦

最も長きに渡り鎮守府を支え続けた初期艦

暁型の、特型駆逐艦の最終艦

特型が残した数多の蓄積は、彼女に集約された。

電「電、推して参るのです!」

初期艦、電。

限界練度だった。


130: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:40:21.02 ID:2CgeDF200
――司会実況――

青葉「ーーッ!! ーーッ!!」

排気量を全開にしてマイクを最大音量にしても、実況は伝わらなかった。

海原が割れそうなほどの大声援。海岸で電の名がこだまする。

当然、海でこだますることなどありえないが、途切れることのない声援はそう比喩するよりほかなかった。

那珂「青葉ちゃん、そんなんじゃダメだよぉ。ファンの皆が応援してるんだから、今は静かに実況しないとね☆」

青葉はもとより、応援に精を出していた者たち全員が那珂に注目する。

全員の耳に、那珂の声が届いたからだ。


131: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:42:02.28 ID:2CgeDF200
那珂はマイクを使っていなかった。

単純な音であれば、全てかき消されてしまっていただろう。

ならば、届けた先は耳ではなく心。発したものは、声ではなく想い。

水雷戦隊旗艦である彼女は、常に戦場(ステージ)を意識している。

敵棲艦(ファン)の状況(テンション)を読み取り、自身だけでなく随伴艦(メンバー)が最高の性能(スマイル)を発揮できるように心がけていた。

たとえ、戦場でなく舞台だったとしても、行住坐臥を旗艦(アイドル)として過ごす那珂の振る舞いは変わらない。

想いをくみ取り、想いを伝える。

誰が相手であろうと、決して路線変更などしなかった。


132: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:47:48.73 ID:2CgeDF200
那珂「みんなー! しっかりと電ちゃんのことを見てたかな~?」

途切れそうな空気を繋ぎ直し、再び歓声が上がる。

青葉「あっ、あれは一体何だったんでしょうか? 艦娘の常軌を逸していたのでは!?」

那珂「あれはね……」

那珂「単なる体当たりだよ☆」

青葉が唖然とし、観客は大笑いする。

那珂「でもね、青葉ちゃん。いつもの2倍の跳躍と!」

青葉「跳んだことなんてありません!」

那珂「いつもの3倍の回転が!」

青葉「回転もしません!」

那珂「もぅっ、青葉ちゃん意地悪だよ!」

会場は笑いと拍手に包まれた。

那珂「那珂ちゃんジョークはこれくらいにして。駆逐艦の重量であれだけの高さと回転だからね、その力積は41cm連装砲にだって負けないんだから!」

青葉「そんなに!? それだけの威力があるなら、始めからやった方がいいのでは?」

那珂「近づけたらそうだよね☆ 近づく相手は誰かな~?」

青葉「長門さんでした! あの警戒網をくぐり抜けるのは至難の業です!」

那珂「そうだよ、普通だったら絶対に成功しないんだ。長門さんが別のことに集中してたりしないとね」

青葉「響ちゃんです! 響ちゃんが長門さんに砲撃戦を挑んでいました。あの時、全弾命中という素晴らしい成果をあげ、長門さんの意識は響ちゃんに集中していたはずです! そんな状況で長門さんはよく電ちゃんの進撃を察知できましたね」

那珂「戦場は刻一刻と変化する所だからね。場を掌握して、艦隊の全部に指示を出せる艦娘が連合艦隊旗艦なんだよ!」

青葉「長門さんです! 連合艦隊旗艦長門です!」

こっちで響コール、あっちで電コール。

間を開けずに長門コールも響き渡る。

それだけで伝えきれてない、まだ足りていないと判断した那珂はさらに解説を加えた。

舞うように席を離れ、小さな観客に目線を合わせてから、鈴のような声で簡潔に述べる。

那珂「ながとさんはね、みんなのおうえんでもっとがんばれるんだよ☆」

アイドルの笑顔は、道理のわからない子供相手に潤滑油のように染みわたった。

彼らは母親の後ろから出て、小さな体をいっぱいに使い、ながとの名を何度も何度も呼んだ。

133: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:48:59.72 ID:2CgeDF200
青葉「……」

青葉「暁ちゃんと雷ちゃんもこの歓声の中で闘って欲しかったです……」

マイクを通さず、小声でこぼす。

一生懸命、遠征任務を続けてきた彼女たちがようやく掴みとった機会だった。

一度の砲雷撃もできないまま終わるのはあまりにも忍びない。


134: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:49:31.15 ID:2CgeDF200

「……水雷戦隊を侮らないで」


136: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:51:15.87 ID:2CgeDF200
マイクどころか、零式聴音機ですら拾えない程小さな声だった。

その声が、機関部を水没させるかのごとく青葉を覆う。

青葉「……」

中破、そして大破の艦娘に何ができるのか。

しかも、それは駆逐艦で相手は超弩級戦艦だ。

万全の状態ですら、拮抗してはいない。

疑念と共に那珂を見据える。



137: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/11(日) 22:53:19.76 ID:2CgeDF200
那珂「……」

周囲の空間が歪む。

青葉が見た錯覚でしかないが、その気迫はあの武勲艦を想起させるものだった。

華の二水戦旗艦

艦体が真っ二つになろうとも、その戦意衰えることなし。

結果、皇国に勝利をもたらした、あの武勲艦を。

那珂「さぁ、まだまだ砲撃戦は続くよー!!」

138: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:40:29.15 ID:QTJQMTd80
――第六駆逐隊――

電「響ちゃん、諦めちゃだめなのです」

響「すまない。最後は全力で回避しなくちゃいけなかったね。電はかなり無茶をしたけど大丈夫かい?」

電「大丈夫なのです。雷撃を打ち込む機会まで耐えましょう」

響「了解!」

139: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:42:01.40 ID:QTJQMTd80
挺身により電は小破となった。

長門に打ち込むということは、電自身にもそれ相応の反動があるということだ。

響を庇う代償は決して安いものではなかった。

ただし、これは決して自棄になったわけではなく、勝つための最善策だ。

水雷戦隊の決戦兵器である酸素魚雷を長門に叩き込むため、少しでも命中確率を増やす必要があった。

下手な鉄砲の例えは正しく、数多く打てば実際に当たる。

問題は1盃の駆逐艦に載せることができる数に限界があるということ。

そして、1盃の駆逐艦が当てることができる魚雷の威力では戦艦を打倒することができないということだ。

140: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:43:00.21 ID:QTJQMTd80
3盃生き延びて酸素魚雷を当てることができればなんとかなる。

訓練前の北上の言葉だが、的を射ていた。

2盃なら可能性が残り、1盃ではわずかな希望も残らない。

鳳翔が着任するまでの長い期間、単騎で闘い続けた電は決して諦めることはなかった。

そんな彼女が手にした、姉妹で闘う初の機会。

電「皆で勝つのです!」

141: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:46:58.19 ID:QTJQMTd80
――長門――

長門「……巧いな」

駆逐艦の機動力により、長門はT字不利を取らされ続けた。

装甲の薄さを代償に、彼女達の速力は長門のそれを凌駕している。

力に対して決して力で対抗せずに、速さで対抗する。

同行戦に比べて、火力は4割といったところだろうか。

その状況下でも定石通り、練度が低い艦に狙いを定め砲撃を放つ。

この2盃が相手であれば響が標的艦となる。

142: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:48:17.90 ID:QTJQMTd80
それは向こうも承知の上だろう。

砲を放つその瞬間、電が砲塔めがけて射撃を放ってくる。

豊満な胸部装甲で受けたのであれば、駆逐艦の砲撃などものの数ではないが、砲塔であれば話は別だ。

的中してしまうとその砲が使えないばかりか、射撃妖精の士気まで低下してしまう。

実際、響が放った一撃が砲塔1つを再起不能に追いやり、見かけの被害以上に戦力は低下していた。

これは駆逐艦としては十分の戦果だった。

1つであれば大きな影響はないが、正確に当て続けられると話は変わってくる。

砲撃を放てない戦艦は大きな的でしかないからだ。


143: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:49:10.18 ID:QTJQMTd80
電は正確に、偶然に頼らず当てる技量がある。

必然、電に対しても砲を放つ必要があり、結果1盃に対しての火力と命中精度が低下してしまった。

響「くっ、まだやれる」

長門の砲撃を躱し続けることはできなかったが、何とか装甲を抜かれずに堪えていた。

互いに決定打を出せずに、腰を据えた砲撃が必要なことは明白だった。

機は熟した。


144: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:49:50.05 ID:QTJQMTd80
電「響ちゃん!」

響「雷撃!」

響が酸素魚雷を放ち、電は長門に向かって走り出す。

電が前衛で響が後衛の形となったが、電が響の射線に重なってしまっている。

長門「真正面は無駄だ! 当方に迎撃の用意あり!」

きっちりと向き直り、構える。

初回は不意打ちだったが、今回は違う。

電の挺身だけであれば一方的に迎撃可能、2段構えの雷撃も響だけであれば耐えられる。

長門は狙いを定めた。

145: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:51:11.67 ID:QTJQMTd80
電「右舷投錨、 最大戦速!」

停止と加速を同時に実行する矛盾。

電「面舵いっぱい!!」

投下した錨を起点に弧を描きながら海上を滑り、長門の背後をとった。


146: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:52:06.28 ID:QTJQMTd80
長門「なん……だと!?」

長門は電の狂気ともいえる操舵を予測できずに反応が遅れてしまった。

電「雷撃、なのです!」

長門は必死に舵を切る。

完璧な挟撃だったため、どちらかの魚雷は確実に長門に喰らいつく。


147: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:52:44.47 ID:QTJQMTd80
響「やった!」

先に発射した響の酸素魚雷が長門左舷に命中。

北上との訓練後、何度も何度もイメージトレーニングを重ねた成果が表れた。

長門を中破に追いる。

電「このまま夜戦に突入なのです!」

想像以上に損害を与えることができたため、電ですら高揚を隠せなかった。


148: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/21(水) 21:53:57.18 ID:QTJQMTd80
長門「まだだ!」

長門は電が放った魚雷に対応する。

速力を上げて、自らの右舷で魚雷を迎えに行った。

響「一体どういうこと?」

電「……やられました。注水復元です」

勝負の天秤はいまだ平衡を保っていた。


149: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:43:17.76 ID:OgAyCE7K0
――司会実況――

青葉「……青葉、あんな動き見たことがありません。那珂ちゃん、解説お願いします」

那珂「本当に驚きました。思わず私も参戦してしまいそうになるくらい……」

青葉「あのぉ、那珂ちゃん? 解説をおねがいします」

那珂「はっ!? 艦隊のアイドル那珂ちゃんだよ~☆ まず、長門さんから説明するね」

青葉「響ちゃんの雷撃を受けたあと、なぜ電ちゃんの雷撃まで受けてしまったのでしょうか」

那珂「これは継戦力を確保するためだよ。もし、昼戦だけで勝敗判定をするならあんなことはしないよ。被害が単純増加しちゃうからね」

青葉「なるほど」

那珂「まだ夜戦が残っているからね。左舷側に傾斜したままだと速力はともかく回避が難しくなっちゃうんだ」

青葉「確かに。取舵>>>1はとれても、面舵はとれないです」 >>>1:左折

那珂「でしょ? だから両舷のバランスを合わせるためにあえて右舷側にも雷撃を受けたんだよ」

青葉「ですが、注水弁を開けばいいのでは? わざわざ艦体に穴を開けてまで傾斜復元する利点がわかりません」

那珂「演習ならそうだよね、夜戦への移行は若干の準備時間を設けるから。けど実戦は違うんだよ、雷撃のあとにまた雷撃があったり、航空戦力だって控えているかもれない。間に合うかどうか、これが運命の5分になっちゃうかもしれないよ」

青葉「長門さんはそこまで考えて」

那珂「第六の皆の中で実戦経験があるのは電ちゃんだけだからね。そもそも、この演習は第六駆逐隊が出撃できるようにするための準備だから、長門さんは惜しみなく全力を見せてくれているね」

青葉「そうでした。今後、青葉が片舷に魚雷を受けたら、半舷にも魚雷を受けますね!」

那珂「そんなことしたら轟沈しちゃうよぉ。皆も長門さんの真似をしちゃダメだからね。真似しなきゃいけないのは最善を尽くすために常に全力を出すこと、だよ☆」

青葉「了解です!」

那珂「次は電ちゃんの説明をするね」

青葉「あれは訓練にない動きでした」

那珂「青葉ちゃんは皇国海軍防衛マニュアルを全部読んだかな?」

青葉「……いえ、全部は」

那珂「大丈夫、大丈夫☆ 提督が把握していたら大丈夫だから。那珂ちゃんたちはあくまでも運用される兵器だからね」

青葉「きょーしゅくです」

那珂「そこに書いてあるんだ、『対異星艦隊迎撃法』ってね。実戦で使ったのは妙高さんだけだけど」

青葉「アハハハ、那珂ちゃんジョークですね」

那珂は笑顔を返した。

青葉「……え?」

那珂「さて、そろそろ夜戦突入の是非を確認しよう!」

青葉「あ、はい。現在の戦果だと長門さんが勝利で終了です。第六駆逐隊に夜戦突入の意思を確認しますね」

応答を待つ。

青葉「4人全員が夜戦突入の意思を示しました! えっ? 4人全員ですか?」

それを聞いた那珂が見たことのない笑顔になった。

那珂「これが水雷魂なんだよ☆ さあ、青葉ちゃん。はやく夜にしてね」

青葉「取り扱い説明書にしたがって……、『使う時は柏手を2つ打つんやで』成る程。はい、それでは両儀式符にて昼夜反転! 夜戦開始です!!」

150: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:44:46.44 ID:OgAyCE7K0
――第六駆逐隊――

暁「……」

真っ暗闇のなか思案する。

長門の砲撃を受けたため、全く身動きが取れなかった。

旗艦の責務を果たさないまま、妹達に負担をかけている。

このまま演習が終わるとして、どうなるだろうか。

皆で頑張ったと讃え合えるだろうか。

長門はおそらく暁達を褒めるだろう。

初陣をよくよく頑張った、と。

北上は労うだろう。

まぁ、駆逐艦だしね。とりあえずおつかれさん、と。

第六駆逐隊はどうだろうか。

響と電が昼戦を耐えぬいてくれた。

中破して震えていた雷はその勇姿を見て缶を温めなおしてくれた。

なんと誇らしい妹達か。

暁自身はどうか。

何もできなかった自分自身を許せるだろうか。

否! 断じて否!

暁「……許さない。絶対許さないんだから!」

昼戦中、ずっと見るているだけだった。

当然、長門の位置は覚えてる。

暗闇になろうともはっきりと捉えている。

暁は長門に向けて探照灯を照射した。


151: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:45:36.62 ID:OgAyCE7K0
――長門――

長門「むっ!?」

暗闇に目を慣らしていたところに強烈な光を浴びせられた。

刹那、暁の姿が焼き付いた。

あまりの光量のため、夜戦中に視力が回復することはないだろう。

暁にとって探照灯を使うことはトラウマだったはず。

それを乗り越えて、本気で勝ちを目指している。

長門「くっ」

長門にとっても強烈な閃光はトラウマだったため、艦体が震えている。

乗り越えることは容易ではない。

それでも暁の勇気には応える必要があった。

長門「目標、暁。連装砲、斉射!」

目を閉じたまま、きっちりと弾着させた。

暁:大破(轟沈判定)

長門「ふんっ!」

海面を一定間隔で叩き続けた。


152: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:46:55.65 ID:OgAyCE7K0
――第六駆逐隊――

響「……」

長門の砲撃音に紛れて移動、速やかに缶の火を落とした。

機関部を停止させたためもう回避はできないが、暁がつかみとった機会をなんとしても活かしたかった。

視覚を封じたとはいえ、長門を無力化できたとは言いがたい。

響が発する音を見られてしまう可能性があり、悪い予感こそよく当たる。

響「……」

無言のまま、四連装酸素魚雷を放つ。

渾身の一撃だ、外れたとしても耐え切られたとしても後悔などない。

暁は成すべきことを成した。長門の位置は完全に捕捉できている。

電はわざわざ大きな音を出しながら長門に向かっている。少しでも酸素魚雷を悟らせないためだ。

雷もすでに移動を終えていた。艦体の震えは止まったようだ。

なんと誇らしい姉妹だろうか。

酸素魚雷の行方を眺め、水柱が上がることを確認した。

響「よし!」

長門「目標、響。連装砲、斉射!」

響「……そんな」

響:大破(轟沈判定)


153: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:47:25.50 ID:OgAyCE7K0
――長門――

海面を叩きながら電を待つ。

耳を済ませても、響と雷の音は見えなかった。

間違いなく、大音を立てて陽動している電の作戦だ。

響も雷も、おそらく暁が探照灯を放った時とは違う位置にいるだろう。

電「電の本気を見るのです!」

長門は声のする方を向き、迎撃の体勢をとる。

連撃だろうと一撃必殺狙いだろうと対応できるだけの鍛錬は積み上げていた。

直後、切札を切るような甲高い音が鳴り響く。

長門「一撃必殺か! いいだろう受けて立つ!!」


154: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:47:55.99 ID:OgAyCE7K0
『主錨』

 『副錨』

  『副錨』


155: ◆zqJl2dhSHw 2015/10/25(日) 17:49:42.59 ID:OgAyCE7K0
長門「は?」

主砲や魚雷を想定していたが、電は鎖付きの錨を投げつけてきた。

電「捉えました」

長門を縛り付け、主砲を構えながら宣言する。

長門「あぁ、私がな」

ほんの少し艦体を揺さぶり、鎖を通して電を制した。

電「柔!? よくここまで鍛錬を積みました」

長門「お前に認めて貰えて光栄の至だ」

海面を叩きながら返答する。目は閉じたままだった。

電「……」

響の酸素魚雷到着まで、5秒前、4、3……

長門「せいやぁ!!」

裂帛の気合と共に海面に衝撃を与えた。

それも同時に2箇所。

直後、響と長門の間で水柱が立った。

電「信管過敏!? そんな、酸素魚雷の整備は十二分にしたのです」

長門「目標、響。連装砲、斉射!」

電「まさか……遠当て? それよりもどうやって酸素魚雷と響ちゃんの位置を……」

長門「終わったあと、ゆっくり間宮で話そうじゃないか」

電「……そうですね」

長門は連装砲を、電は酸素魚雷を構える。

長門「てぇー!!」

電「なのです!!」

長門の砲撃は全弾電に吸い込まれ、電の酸素魚雷は長門の下に向かい沈んでいった。

電:大破(轟沈判定)

長門「終わりだな」

電「えぇ。電達の、第六駆逐隊の勝利です」

BOB! という轟音と共に、海が長門を捉え上空へ吹き飛ばした。

長門「……馬鹿な」

長門:大破

これにて第六駆逐隊と長門の演習終了。

結果発表を待つ。




156: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/01(日) 22:54:34.38 ID:/77XVT0Q0
――司会実況――

青葉「演習終了です! 暁ちゃん達と長門さんが戻り次第、提督による結果発表です」

那珂「……川内ちゃん、今日の出撃代わってくれないかな。これを見た後だと、遠征じゃちょっと物足りないかも」

青葉「那珂ちゃん、落ち着いて。そのあたりの話は司令官と相談してください」

那珂「わかってるよぉ。結果発表の時に聞いてみるね」

青葉「ところで、最後まで司令官は顔を見せませんでした。どうやって採点するのでしょうか」

那珂「普通に採点するんじゃない? 見ていなくとも観ていただろうし、聞いていなくとも聴いていたんじゃないかな。それができなきゃ那珂ちゃん達の指揮(プロデュース)はできないからね☆」

青葉「そうですか? いえ、意味不明ですけども。では、青葉はインタビューの準備をしちゃいます」

川内「その前に、提督の結果発表を聞きなよ」

那珂「あ、川内ちゃんだ。ねぇ、今夜の出撃代わってよぉ」

川内「提督が良いって言ったらね。今回は私がお願いしたわけじゃなくて、提督の指令だから」

那珂「う〜、いいなぁ」

青葉「……いったい、どこから現れたんですか?」

川内「ん〜? 青葉の意識の隙間からかな。なんとなく那珂が暴走しそうな気がしてね、提督より一足先に来たんだよ」

那珂「那珂ちゃんはアイドルだから暴走なんてしないよ」

川内「電が長門さんの虚を突いたりして、那珂の戦意も高揚。思わず参戦しそうになったりは?」

那珂「……してないよ」

川内「……」

那珂「してないよ?」

川内「わかった、わかった。ほら、もうすぐ結果発表だから」

那珂「はーい」

157: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/01(日) 22:56:14.43 ID:/77XVT0Q0
執務室の方角から白い塊が飛んできた。

着地と同時に正体が明らかになる。

提督「間に合ったか? 間に合ったよな!」

青葉「ぜんぜん間に合ってません! もう終わっちゃいましたよ」

提督「何たること! 作戦会議を終わらせて、大本営との交渉まで終わらせたというのに!」

青葉「初めての演習なのに。これじゃ暁ちゃん達、泣いちゃいます」

提督「うぐっ。青葉よ、痛いところを突くじゃないか。成長したな」

青葉「ども、きょーしゅくです!」

提督「しかし、責務は果たさせてもらおう! ちょうど帰ってきたようだしな」

雷は暁を曳航して、長門は響と電を曳航して戻ってきた。

誰一人として五体満足ではない上に、第六駆逐隊は全員が涙していた。

負けてもいい程度の覚悟で臨戦していたのであれば決して流れない涙だと、見る者全員が感じ取った。

提督「皆、よく闘ってくれた。早速だが、結果発表をする」

那珂「全員、傾聴!」

提督「まず演習の勝利は、長門だ! また、単騎のためMVPも長門だ、おめでとう」

長門「あぁ、私にとって価値ある一戦だった。ありがたく貰っておこう」

提督「次に、第六駆逐隊のMVPは雷だ、おめでとう」

雷「……ぐすっ。ありがとう……えぐっ、ございます」

提督「講評に移る。まずは暁から」

暁「はい……ぐすっ」

提督「旗艦が随伴艦を庇うなど言語道断だ。結果として艦隊すべてを危険に晒すからだ。そんな艦娘は旗艦を務めるべきでない」

暁「……はい」

提督「ただし! 誰かを守ることこそ我々の存在意義だ! よく雷を庇った、暁ぃ!!」

暁「えっ? はい?」

提督「夜戦の照明灯もだ。あれがあったからこそ、お前たち4人が一斉に長門に挑むことができたんだ! お前にとってのトラウマだろうに、よく勇気を振り絞った」

暁「えーと、ありがとうございます。お礼はちゃんと言えるし」

提督「今回は花マルをやろう! よーしよしよしよしよし。いい子だ暁、よくできた!」

暁「はわわわ。頭をなでなでしないでよ! もう子供じゃないって言っているでしょ!」

提督の手は急に動きを止めた。

暁「ど、どうしたのよ? 急に止まっちゃったりして」

提督「すまない。そうだな、暁は一人前のレディだからな。つい、妙高や隼鷹と同じように褒めてしまった」

158: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/01(日) 22:57:53.07 ID:/77XVT0Q0
暁の脳内で中央演算装置がオーバークロックを起こす。

同時に、高度な数式が展開された。

妙高≒隼鷹≒一人前のレディ≒暁

暁「……」

無言のまま脱帽し、頭を差し出す。

提督「ん? 妙高や隼鷹と同じ扱いでいいのか?」

暁「と、当然よ!」

提督「暁、よくやった」

暁「♪」

暁はあまりにもあっさりと陥落してしまった。

ほんの少し前まで涙を流し、鼻水を垂らしていたとは感じさせないほどに。

泣いていた他の3人もその様子を見て自身を改めた。

悔しさはよりも、この機会を与えてくれた指令に報告をしたい気持ちが勝ったからだ。

提督「響ぃ、講評だ!」

響「ああ、わかったよ。けれど司令官、首だけでこっちに振り返るのはやめてくれないかい? 人間の可動域を超えているよ。はっきり言うと怖い」

提督「何をいまさら」

響「そうだね」

提督「響は……うむ、いい表情だ。何か納得できたか? だが講評はさせて貰おう」

響「お願いするよ」

提督「昼戦の主砲、雷撃を放つところ、長門の砲撃を回避するところ。夜戦の雷撃もよくやった。可能戦闘機会を余すところなく使っていたな。花マルだ!」

響「スパシーバ」

提督「……」

響「どうしたんだい、司令官? 何か気に触ることをしてしまったかな」

提督「お前の祖国はどこだ? お前が守りたい国は?」

響「あぁ、そうか。そうだね、不誠実だったよ。私は『響』。皇国で生まれ育った暁型の駆逐艦だ。祖国はこの国しかない」

提督「そうだな」

響「けれど、司令官。私は連邦だって同じように守りたいんだ。私はあの国でも闘っていたからね。彼らが深海棲艦の脅威に晒されたなら、その時は助けに行きたい。これは皇国に仇なす意志だろうか」

提督「そんなことはないさ、お前は暁型だからな。誰かを助けるときは、俺が止めたって押っ取り刀で駆けつけるだろう」

響「ふふっ。ありがとう、司令官。雷と電も待ってるから」

提督「ああ」

響「……」

159: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/01(日) 22:59:13.99 ID:/77XVT0Q0
提督「油断したな! よーしよしよしよしよし。いい子だ響、よく頑張った!」

響「はわわわわ」

提督「お前は暁型のお姉さんだからな。たまにはしっかりと子供扱いをしてやろう。仲間を置いて歩を進めるのは辛かったろう、単独で長門に対峙するのは怖かったろう。よくよく耐えたな!」

響「あり、ありがとう。はわわ」

提督「高角砲だったとはいえ、長門の砲撃は命中していただろう。なんで昼戦で中破にもならなかったんだ? 響の装甲はオリハルコンか何かでできているのか?」

響「ふ、不死鳥と言う通名もあるくらいだからね」

提督「説明不足だよっ! 恐怖で足が竦むところを奮起していたからだな。耐久力じゃなくて、回避で勝負したのがよかったな! これはお前の意思の強さと言っていいだろう。よしよし」

響「さすがにこれは恥ずかしいな」

提督「頑張ったら褒められるということだ。遠征帰りでもこんなんだったろう?」

響「言われてみればそうだね。どうもありがとう。今度こそ雷のところへ行ってあげて」

提督「うむ」

暁型三番艦へ向き直る。

提督「雷ぃ、講評だ!」

雷「はい! 司令官。雷はもう泣いてなんかいないわ」

提督「殊勝な心掛けだが、まずは初撃を回避せんかぁっ! 出撃したいと言い出したのはお前だろう。駆逐艦の薄い装甲では耐久戦はできないんだ!」

雷「はい。うぅ、……ぐすっ。りょうがいでず」

提督「つぎは夜戦だ! 怯え縮こまっていたのに、よく缶を温め直したな! なぜ戦意を取り戻せたんだ?」

雷「えぐっ……え? え〜と、暁と響が必死に闘ってたから、雷もなんとかしようとして……」

提督「そうだ! そうやって足りなくともなんとか絞りだそうとする心意気こそ大和魂だ! よくやった、雷!」

雷「うん? ありがとう、司令官! もーっと私に頼っていいのよ?」

提督「おうとも、頼りにしている。あとは戦闘技術の評価だ。酸素魚雷でバブルパルス攻撃とか、いったいどういう発想だよ!」

雷「北上さんに言われたの、『最終手段として長門さんの下の方に魚雷を走らせるんだよ〜。爆破のタイミングは電が合わせてね』って」

提督「……やはり北上か」

雷「けどその雷撃しか攻撃できなかったわ」

提督「それでいい。闇雲に主砲を打つよりもよほどお前の成長につながったよ。いい子だ、雷! よくできた。 ひゃっほーう!」

雷「あははは、目が回るわよ。ちょっと、本当に目が回るから。電、見てないで司令官を止めてよね!」

提督「これくらいにしておこう。当然、雷も花マルだ! 次は電だな」

電「はいなのです」

提督「その前に、あっちの対応を頼む」

161: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/14(土) 19:25:02.36 ID:LhWGe+c60
会長「お母さん。大丈夫ですか、お母さん」

泣きながら、会長が電の元へやってきた。

応援をしていたと比べてひどく弱々しく情けない顔をしていた。

電「ふぅ」

電はため息をつき、呆れた顔になりながらも暖かく応えた。

電「電はとても強いですから、このくらいへっちゃらなのです。坊はいつまでたっても泣き虫さんです」

子をあやすように会長の頭を撫でてやる。

電「それよりちゃんと演習を見てましたか? 電は坊達が安心して暮らせるように頑張っているのですよ?」

会長「はい、ちゃんと見てました。瞬きもせずに、僕はちゃんと見ていたのです」

電「そう、電の前では格好を付けずに普通に話せばいいのです。けれど、瞬きはちゃんとしてくださいね」

会長「はい。はいなのです」

電は会長が落ち着くまで頭を撫で、話しかけてやる。

電「そろそろ演習を終了させないといけません。また時間を作ってお話しましょう。いつでも鎮守府に遊びに来るのです」

会長「はい。ありがとう、お母さん」

目をこすり、深呼吸していつもの調子に戻る。

そして組員に向けて号を発した。

会長「皆! これが我が君だ、我らの守護者達だ!」

伝説は真実だった。

提督が連れてきた艦娘が、その日の内に近海を解放したという伝説だ。

会長が電を語る時、皆は話半分に聞くようにしている。

実際に闘っている姿を見たことはなく、遠征任務をする艦娘だと思っていたからだ。

鎮守府前海域の解放は、比叡や日向によるものだと判断していた。

それは間違いであったと、今日、完全に理解する。

会長「今晩の慰労会の準備に移れ!」

ヨーソローの応答とともに速やかに撤退を始める。

組員は提督へ挨拶を済ませ、保護者たちは子供達の相手をしてくれていた長門に礼を述べた。

子供達は満足気な顔になり、長門はそれ以上に満足していた。


162: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/14(土) 19:28:15.00 ID:LhWGe+c60
青葉「ふふふ、降りてきました! 青葉、取材を始めます!」

天啓を得た青葉が会長にインタビューするために駆け寄った。

青葉「会長! 取材させてください。電ちゃんとの出会いから今日に至るまでをお願いします!」

那珂「青葉ちゃんって、おバカさんだね☆」

青葉「えっ?」

会長「青葉殿、よくぞ聞いてくれました! 我が君との出会い、それは私がまだハナタレ小僧だった時分。 珍しく海が凪いだ日でした」

会長は嬉々として話を始める。

会長「提督、青葉殿をお借りしていきます。手短に話しますが、立ち話で済む話ではありませんので! 慰労会までには間に合わせます」

提督「青葉をよろしくお願いします」

提督は一礼する。

提督「あと慰労会ですが、ありがたくお受けします」

会長「なんのなんの、私こそお礼をさせてください。いつも我々を守ってくださりありがとう存じます!」

提督「お上より賜った、我々の存在意義ですから」

提督の表情は誇らしげだった。

提督「では、青葉の取材が入ったので明後日の夜ですね。慰労会楽しみにしております」

会長「精一杯もてなしますので!」

青葉「……え? 会長の取材は慰労会までじゃ」

提督「青葉、自分で口にしたことは必ずやり遂げろよ」

青葉の脳内で中央演算装置がフリーズを起こす。

キャッシュもメモリも真っさらにして現実から逃げたかったが、強制的にリカバリされる。

逃げることなど許されない。

会長への取材が決定した瞬間に慰労会開催時刻が48時間ほど延期された。

それについて誰も気にしていない。

それどころか青葉に憐憫の目を向けている。

電「青葉さん」

青葉「はい! ワレアオバ!」

混乱していることが容易に読み取れた。

電「明後日の慰労会で会いましょう」

青葉「いやーっ!!」

163: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/14(土) 19:30:22.94 ID:LhWGe+c60
青葉を見送り、電に提督式賞賛術をかけた後、長門の講評を始める。

提督「長門、不十分な兵装でよくぞここまで闘った」

長門「ああ、私はビッグ7だからな。どんな条件であろうと最善を尽くすさ」

提督「うむ、素晴らしい。戦闘技術の評価だが、まるで比叡を見ているようだったぞ」

長門「その評価はありがたい、少しでも早く追いつきたいからな」

提督「お前ならできるさ。正直、夜戦時1発目の雷撃で終了すると思っていた。それがどうだ? 昼戦の雷撃を両舷で受けてまで、継戦力を確保。探照灯で視覚を奪われても擬似アクティブソナーで対応。しかも通しで魚雷を迎撃だ。比叡でも今の長門くらいの時はここまではできなかったんだぞ?」

長門「指導者の差ではないか? 私には比叡と日向がいたが、比叡には提督しかいなかったろう?」

提督「なんだと! 泣くぞ、そんなことを言うなら俺は泣くぞ!」

長門「最後まで聞いてくれ、彼女達は自分たちが躓いた箇所とどう乗り越えたかを教えてくれたのだ。決して提督の指導が悪いと言っているわけではない」

提督「そうか、そう言ってくれて助かる。あと少しで俺は泣くところだった」

長門「……龍驤も大変だな」

提督「気にするな、このたぐいの苦労をするのは龍驤だけだ」

長門「そうだな。しかし、比叡の技術指導よりも言葉が重かった」

提督「ほう、琴線に触れるものがあったか」

長門「『敵を倒す必要はありません、しっかり防御してちゃんと帰りましょう!』、だそうだ」

提督「これだけではお前は反発するだろう。戦艦同士の殴り合いはどこに行ったんだ?」

長門「まだ続きがある。『私達を介錯する駆逐艦なんて、万が一にも作ってはいけません!』」

提督「……そうか。比叡は十分以上にわかってくれているんだな」

長門「あぁ、そうだ」

提督「精神面の話で言うか言うまいか迷ったが、今の長門であれば大丈夫だな」

長門「ほう、何かな」

提督「暁の探照灯、よく乗り越えてくれた」

長門「あれは乗り越えられてなどいない、無理やり動いただけだ。そう簡単には、乗り越えられない」

提督「それでいい。長門、よく頑張ったな」

長門「やめてくれ、提督。頭を撫でないでほしい。その、恥ずかしい」

提督「何を恥ずかしがってるんだ、頑張ったら褒められるんだ。ちゃんと褒められておけよ、ほらほら」

長門「むぅ」

第六駆逐隊ほど素直にはなれなかったが、それでも長門の頬は緩んだ。

北上「お〜、提督の可愛がりだ。最近どこかで見た気がするね」 

166: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:08:12.16 ID:NoHVzsGH0
提督「来たか。準備はできたか、北上?」

北上「うん、バッチリだよ」

提督「よし。それでは第六駆逐隊と長門の演習を終了する。双方、今後もよくよく努めてほしい」

那珂「全員、礼!」

「「ありがとうございました!」」

提督「続いて水上部隊の出撃だ。お前たちも船渠に向かう前に見送りを頼む」

那珂「ねぇ、提督。那珂ちゃん、ちょっとお願いがあるんだぁ」

提督「奇遇だな、俺も那珂にお願いがある」

那珂「提督のお願い? 命令じゃなくて?」

提督「うむ。近日、劇をやることはもう伝わっているな?」

那珂「もちろんだよ。龍驤さんの晴舞台だからね、那珂ちゃんの役がないことには目を瞑ります」

提督「ははは、ありがとうな。その日は大元帥にも御台覧いただくことになっていてな。お迎えの際、艦隊式をしようと思っている」

那珂「……」

提督「僚艦はすでに決めていて、隼鷹、長門、祥鳳、潮、漣の5人だ。劇に参加しない艦娘ではあるが、開幕にふさわしい艦選だと確信している。当然、旗艦は那珂しかないと考えていた」

那珂「……」

提督「ところがな、今夜の作戦にも出てもらいたいんだよ。出撃先の海域が海域だからな、川内ではやや心配なんだ」

川内「ひどいなー。夜戦だからこそ私、でしょ?」

提督「お前が旗艦ならな。今夜は僚艦として出てもらうから、いつもとは勝手が違うだろう。どのみち悪い方に偏ったとしても大丈夫ではあるんだが」

川内「まぁそうだよね。慢心しているわけではないけどさ、私ならいけるよ」

提督「そこで那珂に選んで欲しい。今夜の出撃か、観艦式での旗艦か」

那珂「……」

提督「時期も迫っているから、今すぐにでも観艦式準備をしなければならない。ちなみに、川内も旗艦として観艦式に臨むのに十分な華を持っている。那珂は安心してどちらでも選んでほしい」

川内「やだなー。いいよ、そんなに褒めなくっても♪」

那珂「……」

北上「どっちでもいいから早く決めてよね。あんまり時間かけると、阿武隈が限界疲労になっちゃうんだけど」

北上が阿武隈の状況を伝え、提督がそちらを確認する。

妙高と島風が必死に阿武隈をなだめ、落ち着くように話しかけていた。

夜戦に対する不安からか、または僚艦の練度が自身を大きく超えているからか、阿武隈は呪文のように『こんなあたしでもやればできる』と唱え続けていた。あまり長い時間は耐えられそうにない。

提督「そのようだな。那珂、どうだ?」

改めて、意思を問う。

167: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:08:47.59 ID:NoHVzsGH0



那珂「ポゥ!」



168: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:09:18.73 ID:NoHVzsGH0
突然の発声、同時に海へ向かって跳躍。

僅かな滞空時間を利用して、艤装瞬着を果たす。

提督は川内を見る。彼女は首を横に振り、言外に那珂のような艤装展開はできないと伝えた。

北上「すげー」

着水と同時に転覆寸前まで傾斜。これ程激しく動いたにも関わらず、海面に波紋は疾走しなかった。

長門「……零・重力か」

那珂は不自然なほど自然に傾斜復元し、それを見た長門が驚愕した。

傾斜復元と同時に、その場で連続旋回を果たす。

那珂「アォ!」

海面上にも関わらず、発声と共に急停止した。

間を置かずに、自慢のダブルカーブド・バウが小さな波を立てながら、那珂は『後ろ』に推進する。

電「月面歩法なのです……か? いや、艤装展開した艦娘は後退できません!」

皆の目を釘付けにして、圧倒的な操舵術(パフォーマンス)を魅せつける。

那珂は、銀幕から抜けだした女王よりもさらに輝いて見えた。

169: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:09:52.16 ID:NoHVzsGH0
那珂「……」

呼吸を乱すことなく、那珂は戻ってきた。

ほんの数分だったが、演劇を観終わったような満足感に包まれる。

第六駆逐隊は感涙しながら、狂乱寸前だった阿武隈は驚愕しながら、また、あの北上ですら、ここにいた全員が那珂に拍手を送っていた。

提督「前言撤回だ。第四水雷戦隊、旗艦那珂に命ずる」

那珂「はい」

提督「艦隊式を必ず成功させてくれ。頼んだぞ」

那珂「那珂ちゃんにお任せ〜☆」

今日一番の笑顔だった。

川内「いやったぁあああ! 夜戦だ、夜戦ー!!」

こちらも一番の笑顔になった。

北上「まぁよかったね」

提督「さて、次は那珂のお願いだな。急遽、妙高と解説役を代わってもらったからな。オフの時にも関わらず助かった」

那珂「え〜とね……」

当初の目的とは代わってしまったが、よりよい物を手に入れることができた。

すでに満ち足りたので、この権利を誰かに譲歩しようと考える。

那珂「今日の演習なんだけどね、本当のMVPがあると思うんだ。その人のお願いを聞いて上げて欲しいかな」

提督「おぉ! 何と言う心根の優しさ。これが艦隊のアイドルだというのか!?」

那珂「そうだよ☆ 四水戦の四は幸せの『し』! 那珂ちゃんはね、皆に『し』を運ぶお仕事をしています!」

直視できない眩さだった。

深読みしすぎた阿武隈は気絶しそうになる。

提督「そうか、そうだな」

長門を見る、彼女は頷く。

六駆を見る、彼女たちは頷く。

提督「本日の演習、真MVPを発表する。北上! おめでとう」

北上は阿武隈の気付けをするため、前髪をいじっていた。いじってあげていた。

170: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:10:24.34 ID:NoHVzsGH0
北上「え? なに?」

川内「北上さんが今回の演習のMVPだってさ。何かお願いを聞いてもらえるって」

北上「ふーん」

提督「さあ、北上。第六駆逐隊をここまで導いたお前の教鞭こそがMVPだ。何でも1つ願いを叶えてあげます」

北上「いいよ、別に」

提督「何でもいいぞ。俺にできることならな」

北上「間宮のフリーパスって貰える?」

提督「それでよければ。それにするか?」

北上「待って、本気で言ってんの? じゃあ、ずっと有給休暇にして貰っていい?」

提督「それでよければ。それにするか?」

北上「おお! 待って待って。じゃあ世界征服しちゃおう!」

提督「あぁ、俺の艦娘が恐ろしいことを……。しかし、提督責任だ。どこまで行けるかわからんが、やろう。それにするか?」

北上「やんないよ、そんなのは興味ないし。言ってみただけ。じゃあ秘書艦になるとか! 秘書艦、北上。いいねぇ、しびれるねぇ」

提督「秘書艦は龍驤だから。それは無理だな」

北上「……」

川内「北上さん、わざと避けてるのかもしれないけどさ。ちゃんとお願いしてみたら?」

那珂「そうだよ。せっかくの機会なんだから言ってみようよ」

北上「何でもじゃなかったじゃん。言うだけ無駄でしょ」

那珂「さっきのは北上さんが悪いよ。それ意外のお願いは、かなり無茶なのが混じってたけどOKだったでしょ?」

北上「まぁ……そうねぇ……」

提督「さあ、北上。願いは決まったか?」

171: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:11:03.77 ID:NoHVzsGH0



北上「……大井っちに会いたい」



172: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:11:59.72 ID:NoHVzsGH0
提督「それでいいのか?」

北上は小さく頷いた。

自分では気がついていなかったが、気づかないようにしていたが、駆逐艦の面倒を見ていた時にはもう誤魔化すことはできなかった。

姉妹に会いたい。

鎮守府の保有制限や運営方針を盾にして、我慢をしていることすら忘れて過ごしていたが限界だった。

173: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:12:39.98 ID:NoHVzsGH0



提督「その願い叶えよう」



174: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:13:09.33 ID:NoHVzsGH0
その言葉に耳を疑った。

監視対象になっているこの鎮守府は保有数に制限をかけれている。

その上限、24盃。

そして、鎮守府に在籍している艦娘の数は24。

新しく艦娘を着任させる場合、必要な処置は明言されている。

決して発動してほしくない命令の1つだった。

提督「北上よ。お前が駆逐艦に訓練を付けてくれた日の夜に、嘆願書が4通届いた。どれも『大井』を着任させてほしいという内容だ。名前は伏せるが、提出者は軽空母が2人、駆逐が1人、そして軽巡が1人だ」

北上は電と阿武隈を睨みつけ、2人は目を逸らした。

提督「さっそく大本営との交渉を開始した。それが今日のさっきまでかかってしまったことは、まぁ、俺の力不足だ」

北上「何回か交渉してくれたの?」

提督「いや、ずっと交渉し続けた」

北上「は? 提督、馬鹿でしょ。何日たったと思っているの?」

提督「監視対象になっているが故に、この鎮守府はそう簡単に無視されない。無理を押すためには多少狂気を見せるしかなかった。向こうの担当は交代できるが、こっちは俺1人だったからはっきり言って大変だったがな」

北上「……うん」

提督「やはり条件を突きつけられた。雷巡は巨大な戦力だからな。新規着任させる場合、駆逐艦3盃と引き換えだとさ」

175: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:13:44.05 ID:NoHVzsGH0



北上「いらない」



176: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/23(月) 00:14:45.94 ID:NoHVzsGH0
即断だった。大井を着任させるために駆逐艦3盃を解体処分する。決して、許せる内容ではなかった。

北上「大井っちにそんな咎は背負わせない。……アンタたちも馬鹿なこと考えないで」

暁、響、雷が泣きながら北上の元へ寄ってきた。

駆逐艦が3盃やってきた。

泣きじゃくり過ぎて何を言っているかわからなかったが、言いたいことは伝わってきた。

北上「自己犠牲が美徳なわけじゃないから。暁は一人前のレディって言ってたじゃん。……鼻水つけないでよ」

暁は頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。

北上は怒らなかった。

北上「雷も、誰かを助けたいなら自分と引き換えにするのはありえないから。……鼻水つけないでってば」

電も頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。

北上は怒らなかった。

北上「響もわかってるの? 誰かのために死ぬなんてありえないから。誰かのために生きて、生きて、結果死ぬことはあるけど。生き延びたことは恥でも何でもないから」

響は泣いたまま北上の胸に顔を埋める。

北上「あー、駆逐艦はうざいなぁ」

本心からの一言だった。

北上「けどまぁ、ありがとね」

これも本心だった。駆逐艦の面倒を見るのもそう悪くないと思えた。

大井には会えないかもしれないが、駆逐艦への指導を通じて、それなりの充実感が生まれ始めていた。

提督「さらに、極めて高練度な雷巡を駆逐の指導教官にさせるなとも指摘された。そんなことに使うより出撃させろということらしい」

北上が抱いた小さな願いは摘み取られた。

177: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/29(日) 23:22:10.98 ID:Zan650g40
北上「はいはい、それでいいですよー。教育でもなんでもなく、予定通り夜戦をしてきますよ。ついでに旗艦の練度を上げてくるからさ。ほら、駆逐艦。アンタたちは入渠して補給して遠征の準備をしなさいな」

響「……司令官。さすがにあんまりじゃないかな」

雷「そうよ! 普段から北上さんに頼りっぱなしなんだから、もっとちゃんとしてよね」

暁「レディに対する態度じゃないわ!」

すぐさま抗議の声を上げた。上官に対する反抗とも取られかねないが、そんなことはどうでも良かった。

北上「止めてよね。別にアンタたちがどうこう言う必要はないから。条件付きだったけど、提督は本気だった。それ以上はどうしようもないよ。お上にゃ逆らえないからねぇ」

諦観せざるを得ない。いままでずっとそうだったのだ。この制限は簡単に変えられるようなものではなかった。

提督「おい、そっちでまとめるな! 最後まで聞いてくれ。まったく、誰の教育だ? なんでお前らは最後まで聞かずに泣きそうになるんだ。……長門よ、なぜそんな顔で俺を見る?」

長門は苦笑いせざるを得なかった。誰の教育かは一目瞭然だったからだ。

提督「まあいい、話を続ける。雷巡を教官に使うなという言葉こそ俺が引き出したかったものだったのだ! 雷巡を使わざるを得ないほど艦娘が足りていない、どんなに弱くてもいいから巡洋艦の艦娘を着任させて欲しいと烈火の如く訴え続けた」

北上「それで?」

提督「俺の粘り勝ちだ! 正規の手順で訴えた結果、駆逐艦並みの戦力に限って25盃目の着任が認められた。これで暁達の教育が捗る!」

北上「ふーん、よかったね。新しい教官が来るってさ」

響「たとえ新しい教官が来たとしても、北上さんに訓練を付けてもらえたことは絶対に忘れない」

北上「いいよ、忘れても」

雷「絶対忘れないから!」

北上「はいはい、ありがとね」

そっけない言葉をかけながらも、3人の頭を撫でてやる。

北上はこの小さな満足を小さな胸にしまいこんだ。

直後、声が響き、神妙な空気をいとも簡単に引き裂いた。

178: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/29(日) 23:22:46.84 ID:Zan650g40
龍驤「おおい、新しい船ができたみたいだよ!」

179: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/29(日) 23:23:33.88 ID:Zan650g40
提督「きたか! 見ろ、久しぶりに仲間が加わるぞ!」

暁「新人さんが来たのね? なら一人前のレディな暁が面倒を見てあげるわ!」

龍驤「あのさぁ、キミらの先生になるんやで? まぁ、ええか。自己紹介、いってみよう!」

「あら……ほほう……? なるほど。これは少し、厳しい躾が必要みたいですね」

180: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/29(日) 23:24:06.17 ID:Zan650g40
大井「練習巡洋艦、大井です。心配しないで……。色々と優しく、指導させて頂きますから」

181: ◆zqJl2dhSHw 2015/11/29(日) 23:24:58.84 ID:Zan650g40
北上「大井っち?」

大井「えぇ、北上さん。あなたの大井ですよ。やっと会えましたね」

何度夢に見たか思い出せないほど、恋焦がれた艦娘がそこに立っていた。

艤装こそ夢見の姿と異なっていたが、間違いなく彼女だった。

北上「嘘、本当に? だって、あれ? なんでだろう。やっと会えたのに、すっごく嬉しいはずなのに。なんで涙が出るんだろう。あれ?」

182: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:06:48.92 ID:hT/G1Qws0
大井「きっと今までずっと我慢していたからですよ。さぁ、私の胸で泣いてください」

北上「……うん」

大井の大きな胸に顔を埋める。しばらく顔をあげることはできなさそうだった。

大井「北上さんをこんなになるまで放って置くなんて……。ちっ、なんて運用……」

提督「おい、龍驤」

龍驤「なんや?」

提督「大井の言葉に、俺はひどく傷ついた」

龍驤「甘んじて受けるしかないやろ。理由はどうあれ、事実は事実や」

提督「まぁ、な」

龍驤「あとで慰めたるから」

提督「わお!」

北上「大井っちの艤装はアタシとお揃いじゃないんだね。どして?」

大井「これですか? これは戦力削減のために練巡に艦種変更しているんですよ。本当なら北上さんとお揃いが良かったんですけども、提督がこんなんですから」

北上「そうなんだ。一緒に出撃したかったのにな」

大井「大丈夫ですよ、北上さん。一緒に出撃はできませんけど、これからの闘いはずっと一緒です」

北上「そだね、これからはずっと一緒だね」

大井「はい♪ ずっと一緒です」

龍驤「……ええ話やんか」

提督「うむ、全身全霊を持って交渉した甲斐があったな」

大井「提督!」

提督「なんだ?」

大井「私を着任させるのが遅すぎて、北上さんをここまで追い詰めたことは決して許しません!」

提督「あぁ、これに関しては完全に俺の実力不足だ」

大井「けれど、手段を選ばず私を着任させたことだけは認めてあげます。本当にありがとうございます!」

北上「提督、ありがとね」

提督「喜んでもらえて何よりだ。どうする、北上? 今日の出撃は誰か別の艦娘に替わってもらうか?」

北上「球磨型をナメないでよね。やることはちゃんとやるからさ」

大井「北上さん、素敵……。私も駆逐艦を遠洋練習航海に連れて行きますね。さあ、あなた達。航海の準備をしてきなさいな」

提督「素晴らしい」

183: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:07:14.79 ID:hT/G1Qws0
雷「ちょっと待って、新人さんがいきなり偉そうじゃない?」

暁「そうよ、私達のほうが先輩なんだからね!」

電「はわわっ、落ち着くのです!」

響「少し落ち着こう。あの人は北上さんと同格の……」

大井「はぁ?」

大井は教鞭を振りぬいた。

教鞭で打たれたとしても艦娘にはまったく効果はない。

戦闘での砲雷撃は革製品とは比べるまでもない程強力な代物だからだ。

艦体面では無傷が約束されている。しかし、精神面に与える影響はどうか?

大井の教鞭の握り方は日向が刀を執る時とまったく同じだった。

人差し指と中指で挟みこむように教鞭を執り、猫の手のまま振りぬいた。

日向と同じということは、熱量や速度という数値化できる尺度では測れないと言うことだった。

大井「いいですか? 北上さんが私との時間を割いてまで確保された貴重な時間です。1秒たりとも無駄にしないでください!」

「「了解!」」

全員で敬礼をして、内2盃は液漏れを起こした。演習で大破、中破だったため仕方がないことだった。

大井は船渠へ向かう第六駆逐隊に声をかけた。

184: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:08:00.61 ID:hT/G1Qws0
大井「電さんは遠征ではなく出撃ですので装備を整えてきてください」

電「そうなのですか?」

大井「はい、こちらへ向かう際に龍驤さんから聞いています。阿武隈が倒れそうなので早くしてあげてください」

電は姉達を見た。

暁「遠慮なんかしないで、電は阿武隈さんについてあげてね」

響「阿武隈さんは私達第一水雷戦隊の旗艦だからね。支えてあげないと」

雷「雷達もすぐに電に追いついちゃうんだから! 今はできることをするわ!」

電「はい! 皆で頑張るのです!」

遠征組はすぐに入渠しに行った。

電は船渠に向かう前に、今夜出撃するメンバーの方を見た。

島風「阿武隈さん、大丈夫ですよ。一緒に魚雷を打ち込んで、島ごと吹き飛ばしましょう!」

阿武隈「島風ちゃん、ありがと。うん、こんな私でもやればできる」

妙高「阿武隈さん、まずは呼吸を整えてください。それではできるものもできないですよ」

阿武隈「はい、妙高さん。ひっひっふー、ひっひっふー」

北上「ほら、阿武隈。前髪がくしゃくしゃじゃん、梳いたげる」

阿武隈「ありがと、北上さん。んぅぅ!? さっき北上さんがやったからじゃないですか!」

川内「そんなこと言ってないでさ、旗艦なんだからしっかりしなよ」

阿武隈「わかってるってば! 川内には負けないから!」

185: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:08:32.44 ID:hT/G1Qws0
島風「あっ、電ちゃん。話終わった? 早く夜戦に行こうよ!」

電「はいなのです。しかしすごいメンバーですね。阿武隈さんの練度では、今回の海域は時期尚早なのでは?」

島風「基礎鍛錬も大事だけど、戦闘で得られるものも大事って判断だって。ほら、北上さんと妙高さんも一緒に行くんだよ」

電「なるほどなのです。実戦であの2人を間近で見られる機会はめったにないのです。作戦名はなんですか? 高速艦でまとめ得られているから、『はやきこと島風の如し』ですか?」

島風「作戦名は聞いてないよ。『電撃作戦』なんてどうかな? これならすごく速いよね」

阿武隈「……作戦名は「阿武隈の練度を上げる作戦」です」

電「海上で電気なんて、四方八方に霧散しておしまいなのです。ここは島風の如しがいいのです」

島風「電ちゃんはもっと速さのお勉強をしたほうがいいよ。電圧と大気圧じゃ出せる速度の桁が違うもん。電撃がいいよ」

阿武隈「……電ちゃんは入渠して補給して準備をしてきてくださーい」

電「島風ちゃんももっと考えたほうがいいのです。電達は艦娘だから、物理現象の制約すら解き放つことができます。つまり、皇国最速を誇る島風の名を冠した作戦こそ、最速の概念を顕せるのです!」

島風「そんなの精神論だよ。本当に速さを表現するなら、光か電気しかないもん!」

阿武隈「……あたしの指示に従ってください。んぅぅ、従ってくださぁいぃ!」

駆逐艦同士が組手を始めてしまった。

片や地域の守護神にまで祀り上げられた艦娘。大破状態とはいえ、限界練度は伊達ではなかった。

片や皇国海軍最速の艦娘。その速さに関して余計な説明は不要であり、駆逐艦としてはこの鎮守府で第2位の練度を誇っている。

阿武隈では到底止めることはできなかった。

186: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:10:10.86 ID:hT/G1Qws0
島風「オウッ!?」

電「はぅっ!?」

妙高が旗艦の指示を聞かない駆逐艦の艦首を掴み上げた。

妙高「私、実は結構料理が得意なんですよ。カレーを調理するときはブランデーを使ってお肉をフランベするなんてこともします」

島風「はい! みょうこうカレー美味しいです!」

妙高「ふふ、ありがとうございます。あと、対基地の殲滅なんかも得意だったりするんです。誰が言ったのかわかりませんが、三式弾で飛行場をフランベする、なんて」

電「はいなのです! 主砲で大型爆撃機を落とせるのも妙高さんだからなのです」

妙高「ありがとうございます。さて、おふたりはどちらが好きですか? 今すぐに提督の命令に従い、阿武隈さんの指示に従って出撃し、作戦完了後に暁の水平線を眺めながら食べるカレー。それとも命令違反による処罰」

優しい声にも関わらず、ひどく冷たかった。

妙高「命令や指示に反するのは大変なことですよ。進路変更に失敗すれば互いにぶつかってしまうこともありますからね。電さんならわかるでしょう? たとえ仲間同士でさえ不用意にぶつかってしまえば轟沈してしまうということを」

電「わかるのです! ちゃんとわかるのです!」

艦首はなお掴まれたままだった。

妙高「島風さんはいかがですか? この『阿武隈の練度を上げる作戦』を最速で達成するために必要なことはなんですか?」

島風「電ちゃんに早く戦闘準備してもらって、すぐに出撃することです!」

妙高「そうです。さすが皇国最速の島風ですね」

艦首はなお掴まれたままだった。

妙高「命令違反の場合の処罰ですが、私は執行できます。微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く執行できます。なぜならこの私は妙高型重巡洋艦の一番艦だからです」

妙高は駆逐艦2盃をゆっくりと降ろした。

妙高「阿武隈さん、指示を」

阿武隈「ひぃ! 電ちゃんは入渠して補給して来てくださーい! 合流次第出撃します!」

電「はいなのです! 40秒で戻ってくるのです!」

電は紫電のような速度で船渠へ向かった。

北上「やっぱり電も駆逐艦だねぇ」

大井「えぇ、北上さん。勝手なことをしないように指導してあげないといけませんね。私達は巡洋艦ですから」

北上「そだね」

川内「阿武隈もさ、妙高さんに頼ってるんじゃなくて旗艦としてちゃんと決めないとね」

阿武隈「夜戦バカのくせに! まともなこと言わないでよ!」

提督「川内の言うことももっともだな。阿武隈、抱負を語っておけ」

阿武隈「ひぇ! やだ、提督?」

龍驤「旗艦の啖呵切りは大事やで、僚艦からの信頼が得られたり得られんかったりするからな」

阿武隈「龍驤さんまで」

187: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:10:50.39 ID:hT/G1Qws0
誰も責めているわけではないが、自然と追い詰められてしまう。

啖呵切り、なにか格好いい言葉を探す。

那珂に倣ってもっと書物を読むべきだったと後悔した。

アイドルは知性が伴ってないといけないというのは那珂の持論だった。

皇国の歴史で言えばそれは花魁の在り方だ。

花魁はアイドルだからあっているのか?

そもそもアイドルとはなにか?

阿武隈は提督からの問とはかけ離れた方向へどんどん進んでいく。

電「電、準備完了なのです!」

大井「何で先に行った他の3人は来ないのよ……」

北上「これでアタシは大井っちに見送ってもらえるね」

大井「も、もちろんですぅ」

川内「阿武隈、全員揃ったよ」

阿武隈「こっ……」

『皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』

これこそ海戦にふさわしい言葉だ。この言葉を啖呵にすべきだと判断した。

阿武隈「こっ……」

北上「こ?」

188: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:11:20.57 ID:hT/G1Qws0



阿武隈「今夜は夜戦です! 鎮守府(おうち)に帰るまでが夜戦です! 皆でちゃんと帰ってきましょう!!」



189: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/06(日) 23:12:07.82 ID:hT/G1Qws0
「「了解!!」

提督「やはり阿武隈は一水戦旗艦にふさわしいな」

龍驤「ほんまやな」

阿武隈「第一水雷戦隊、阿武隈。旗艦、先頭、出撃します!」

191: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:12:28.32 ID:1rjESQhY0
――正規空母寮――

定刻前に館内放送が流れた。

『本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする。繰り返す、本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする』

瑞鶴「あれ、翔鶴姉。今日お休みだって」

翔鶴「龍驤さんが体調不良だなんて。大丈夫かしら?」

瑞鶴「まぁ、あの人だから大丈夫でしょ。轟沈したって、『潜水空母、龍驤見参!』とか言って帰ってくるって絶対」

翔鶴「……そうかもしれないわね。折角の機会だから、少し外に出て見ようかしら。赤城さんに甘味処に連れてって貰って。祥鳳さんもお誘いして……。瑞鶴も行くわよね?」

瑞鶴「う〜ん、私はいいや。もう少しで何か掴めそうな気がするんだ。今から道場に行ってくる」

翔鶴「そう? 休める時は休むようにしてね」

瑞鶴「わかってるって」

192: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:13:20.61 ID:1rjESQhY0
――射撃訓練場――

瑞鶴「さて、道場についた瑞鶴です。さも当然という風に加賀が稽古していました。……何で休んでないのよ」

三立分の矢を取り射位に立っていた。

妨げにならないよう射終わるまで外で待つ。

軽やかな離れの弦音が耳に心地よい。

これは見るまでもなく的中だった。

瑞鶴「……よし!」

心の中で発声したつもりだったが、思わず口に出てしまう。

加賀の技量に疑いの余地はなかった。

一航戦を自負するだけのことはある。

瑞鶴「あれ? 何で戻るの?」

一本だけ射った後、残りの矢を取り退場してしまった。

加賀「こんな所で何をしているのかしら?」

瑞鶴「ひゃ! えっと、稽古をしに来たのよ」

加賀「……そう」

会話が続かない。まったく続かない。

矢を回収しに行くわけでもなく、道場に戻るわけでもない。

加賀は瑞鶴をじっと見ているだけだった。

沈黙に勝てなかった瑞鶴が口を開く。

瑞鶴「蜻蛉、回収してくるから私に稽古つけて」

加賀「別に、いいですけど」

意外な回答だった。快諾、とまでは言えないかもしれないが、加賀は瑞鶴の願いを聞き届けた。

瑞鶴「あれ? ちょっと待って! すぐ取ってくるから!」

瑞鶴は安土に向かって走る。

その姿を見て加賀は小さく笑みを浮かべた。

193: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:13:54.10 ID:1rjESQhY0
――――

瑞鶴は呼吸力で会を作る。

離れはその延長だ。然るべき時がやってくる。

小気味良い音を立てて、蜻蛉が的を貫いた。

残心ではまだ油断しない。

弓倒しを終え、加賀を見る。

加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」

瑞鶴「はい」

瑞鶴は得心した。

確かに引き分けから注意を払っていたが、胴造りは甘かった気がしたからだ。

二本目は胴造りに注意を払った。

竜骨を通して艦首から船尾まで一体となる感覚に包まれた。

一本目と同様に的中だった。

瑞鶴は加賀を見る。

加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」

瑞鶴「……はい」

指摘があったということは、まだ甘かったからだろう。

胴造りというより、足踏みをおろそかにしていたかもしれない。

素直に反省して三本目に臨む。

194: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:14:25.67 ID:1rjESQhY0
――四本目――

加賀「もっと胴造りを意識しなさい」

瑞鶴「……はい」

195: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:14:53.07 ID:1rjESQhY0
――八本目――

加賀「もっと胴造りを意識しなさい」

瑞鶴「……」

196: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:17:01.52 ID:1rjESQhY0
――十六本目――

加賀「もっと胴造りを……」

瑞鶴「もう! いい加減にしてよ!」

同じ言葉が繰り返されるばかりで、とうとう不満が爆発した。

瑞鶴「稽古付ける気がないなら最初っからそう言ってよ! 五航戦ごときとか思ってるんでしょ!!」

加賀「……」

何か言おうとしていたが、瑞鶴の言葉に遮られる。

瑞鶴「どうする? 私が出てく? 加賀が出てく? どっちみち一緒に稽古なんてできないわ!」

加賀「……そうね。私が出て行くわ」

加賀は一礼して道場を後にした。

瑞鶴「何なのよ、一体」

この不満は簡単には収まりそうにない。

期待していただけに、純粋に悲しかった。

197: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:17:43.04 ID:1rjESQhY0



鳳翔「失礼します」



198: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/13(日) 23:18:55.42 ID:1rjESQhY0
一礼と共に軽空母が道場に入ってきた。

瑞鶴「鳳翔さん?」

鳳翔「おはようございます、瑞鶴さん。と言ってもそんなに早い時刻ではありませんが」

鳳翔は何故か自虐的な言葉を吐きつつ、こめかみを押さえいた。

瑞鶴「鳳翔さん、加賀……さんに会いませんでしたか?」

鳳翔「いいえ、今朝はまだお会いしていませんね」

瑞鶴「……そうですか」

瑞鶴は自分から稽古を頼んでおいて、加賀に怒鳴り散らしたことを後悔していた。

沸点こそ低い瑞鶴だが、それは素直さの現れでもあった。

鳳翔が取り持ってくれれば謝罪もできると考えたが、そう簡単には行かないようだ。

鳳翔「お休みにも関わらず稽古ですか。褒めたい気持ちが半分で、叱りたい気持ちが半分ですね」

鳳翔は困った顔で笑っていた。

瑞鶴「そういう鳳翔さんも稽古ですか?」

鳳翔「いえ、私は個人的な贖罪に来ました」

今日の鳳翔は何かがおかしい。まるで酔いつぶれたことを後悔した隼鷹のようだった。

鳳翔「瑞鶴さん、私と稽古しましょう」

200: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/20(日) 23:13:43.57 ID:2edvc8Ln0
瑞鶴「えぇと、稽古を付けてくれるのは嬉しんですけど。個人的な贖罪は大丈夫ですか?」

鳳翔「大丈夫です。状況は刻一刻と変化するものですから。一手ずつやって指摘していく形でやりましょう」

瑞鶴「はい。お願いします」

瑞鶴は矢を一手とり、射位に立つ。

甲矢は小気味良い風切り音とともに的に吸い込まれた。

乙矢も同様に的中した。

弓倒しを終え鳳翔を見る。

鳳翔「とても良いですね。もう一手やりましょうか」

瑞鶴「はい」

一手、もう一手と発艦し続けた。

その度、鳳翔は瑞鶴を褒める。

瑞鶴としても褒められること自体は心地良かった。

ただ、同じ言葉ばかり続いたため不安になる。

瑞鶴「あの、鳳翔さん」

鳳翔「どうかしましたか」

瑞鶴「何か指摘はありませんか。さっきから褒められてばかりで、その」

鳳翔「ふふ、適当にあしらわれているように感じてしまいましたか」

瑞鶴「いえ、そういうわけじゃないんですが」

鳳翔「すべて及第点です。私の技量ではこれ以上指摘することはないですね」

瑞鶴「本当ですか?」

鳳翔「本当です、自信を持ってください。あなたは翔鶴型2番艦、皇国空母の到達点です。才覚は十分。その上、しっかりと鍛錬を積み上げていますから」

瑞鶴「あの、ありがとうございます!」

瑞鶴もさすがに高揚した。

これだけ褒められた経験は今までになかったからだ。

瑞鶴は、自身の指導者を思い浮かべる。

瑞鶴や翔鶴が頑張っていることは認めてくれた。

しかし、なぜだろうか。

彼女は褒めてくれなかった。

彼女は褒めてくれはしなかった。

彼女に褒めてもらいたかった。

201: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/20(日) 23:14:21.77 ID:2edvc8Ln0
瑞鶴「ふぅ、よし! 鳳翔さん、蜻蛉じゃなくてこれを使っていいですか?」

鳳翔「流星改ですか。えぇ、いいですよ。扱いは難しいかもしれませんが、実戦を想定することは良いことです」

瑞鶴「はい! これって空母の先輩方から着任祝いで貰ったものなんですよ。私用に調整してくれたのか、ものすごく使いやすいんです」

鳳翔「あの時はお祭り騒ぎでしたから。保有制限の問題で正規空母はもう着任できないと思っていましたからね」

瑞鶴「そうなんですか?」

鳳翔「えぇ、あなたが着任することわかった瞬間に『瑞鶴着任祝やー!』とか『祝い酒だぜ! ヒャッハー』なんて。ついこの前のようですね」

瑞鶴「あはは、あの時は緊張していたので気が付かなかったけど。そんなに歓迎されていたんですね」

鳳翔「そうですよ。瑞鶴さんは皆さんから期待されているんですよ。贈り物は気に入ってもらえましたか?」

瑞鶴「もちろんです。今着ている道着は祥鳳さんから貰ったものですし」

鳳翔「紬を使っていますからね、祥鳳さんも張り込んだんでしょう」

瑞鶴「これを着ているとなぜか肌脱ぎしたくなっちゃうのが不思議です」

鳳翔「ふふ、気合が入りすぎですよ。肩の力を抜いてください」

瑞鶴「さすがに胸当てを付けずに離れは怖いのでやらないですよ。龍驤さんと隼鷹さんは、間宮券とお酒でした。意外と私達と同じ名前のお酒ってあるんですね。実はまだ残ってるんですよ」

鳳翔「ご相伴預りに行きますね。肴は用意しますので」

瑞鶴「ほんとですか? やった! そろそろあの樽を開けちゃいたいです」

鳳翔「皆さんをお誘いしましょう。隼鷹さんらしい贈り物ですからね」

瑞鶴「瓶で貰えるのかと思ってましたよ。まさか神社に奉納するような樽が来るとは思っても見なかったです。

鳳翔「お祝いの気持ちですよ」

瑞鶴「そうですね。赤城さんからは彗星一二型甲と流星改を……。いえ、一航戦の先輩から艦爆と艦攻をいただきました」

『五航戦に譲るものなどありません』

記憶の底から浮上してきた、思い出したくもない言葉。

何か欲しかったわけではなかった。

強いて言うなら、認めて欲しかった。

頭を振って雑念をかき消す。

鳳翔「……」

瑞鶴「なるほど、私って実は期待されていたんですね! 期待していない相手にこんな贈り物なんてないですから」

鳳翔「そうですよ。全員が期待しています」

瑞鶴「鳳翔さん、稽古の続きをおねがいします。この流星改なら百発百中ですから!」

再び射位に立ち、発艦準備を整える。

瑞鶴「鳳翔さん。私ってどこを直せばもっと強い空母になれそうですか? 今日は何か掴めそうな気がするんです」

鳳翔「あえて言うなら。胴造りですね」

瑞鶴は驚き、取り掛けを外して鳳翔の方を見る。

瑞鶴「……胴造り、ですか?」

鳳翔「はい。発艦の作法が八節に近いので我々は弓を使っています。弓を使っていますが、的中の本質は艦載機の妖精さんです。彼らに聞けばわかりますよね。安定した艦体、安定した甲板が如何に飛び立ちやすいか」

瑞鶴「……私の胴造りはそんなに酷いですか?」

鳳翔「及第点を超えています。それでも今以上を目指すなら、やはり胴造りになるんですよ」

瑞鶴「……」

202: ◆zqJl2dhSHw 2015/12/20(日) 23:14:54.44 ID:2edvc8Ln0
『艦妖一体』

これは艦娘が最大の戦力を発揮できる状態のことを指す言葉だ。

瑞鶴は搭乗員の妖精達にいつもお願いをしていたし、感謝もしていた。

彼らも無声劇の様な反応をしてくれていたので伝わっていると思っていた。

果たして意思疎通は十分だったのだろうか。

瑞鶴はこれまでにないほど感覚を研ぎ澄まし、艦攻の妖精に注目する。

彼らの言葉が聞きたかった。



艦攻妖精長「加賀姐さんたっての願いだ。あたしらが瑞鶴嬢を育てないとね」

艦攻妖精達「「よーそろー」」



瑞鶴「……鳳翔さん。何で私にとって一番使いやすい艦載機はこの流星改なんでしょうか?」

鳳翔「加賀さんがあなた用に調整したからです」

瑞鶴「……」

鳳翔「妖精さんたちに瑞鶴さんへの力添えもお願いしていました」

瑞鶴「……」

鳳翔「お礼、きちんと伝えなくてはいけませんよ」

瑞鶴「……はい」

鳳翔に返事をした後、取り掛けをし直す。

瑞鶴「皆、頼んだわよ」

妖精達に言葉を掛けると、彼らは笑い顔で敬礼を返してくれた。

瑞鶴はとうとう掴むことができたのだ。

目を閉じたまま打起こし、引き分け、会に至る。

勝手が自然に離れを出し、それは今までで一番鋭かった。

的を確認する必要はない、見なくとも心は揺らがなかった。

瑞鶴が知る最強の空母とその搭乗員が力を添えてくれているのだから。

瑞鶴「……言葉が足りなさすぎるのよ、加賀」

思わずこぼしてしまう。

瑞鶴「鳳翔さん、艦載機回収してきます!」

鳳翔「はい、いってらっしゃい」

瑞鶴は安土へ向かう。

鳳翔「さて」

鳳翔は目を凝らし、遥か彼方からこちらを見ていた空母を捉え言葉を伝える。

『稽古の続きをしてあげてくださいね』

彼方の空母は鳳翔の口の動きを読み取り、一礼する。

急いでこちらへ向かっているが、しばらく時間がかかるだろう。

鳳翔「しかし、どうしてこの鎮守府の空母は言葉足らずで不器用なのでしょうか。大事なことこそ言葉にしなければいけないというのに」

呆れながらも、その表情は優しかった。

204: ◆zqJl2dhSHw 2016/01/10(日) 22:33:40.47 ID:Vl0atwsQ0
――加賀――

瑞鶴に追い出されたが、遠くから射撃訓練場を見ていた。

加賀は追い出された理由を考えてみたが、おそらく瑞鶴にとって難度の高い指摘を続けてしまったためだと考えた。

これは仕方がないことだった。

瑞鶴は正規空母としてずば抜けた才覚を持っていた。

そんな後輩から稽古を付けて欲しいと言われ、さすがの加賀も気分も向上してしまう。

指導者はその時々の気分で態度を変えてはいけない。

これに関して加賀は十分に理解していたし、実行できていた。

むしろ、十分以上というより異常な程自分を律していた。

はっきりと思い出せるわけではない。

かつては皇国の空母機動部隊、その第一航空戦隊を支えてきた。

それは間違いなく世界最強であり、向かう所に敵はなかった。

輝かしい栄光。

そしてそれに匹敵する没落。

敗北、その一言で片付けられない程の惨敗だった。

英霊の神座についてからもその惨めさは忘れることはなかった。

どのような因果か再び常世に生を受けることができた。

あの時の後悔を繰り返さないために。

後輩にすべての負担を押し付けたことを繰り返さないために。

その一心で日々の鍛錬を積み上げてきた。

加賀「?」

瑞鶴は訓練機から本番用の機体に取り替えたようだった。

「流星改」

この鎮守府で加賀が愛用していた艦攻であり、熟練妖精揃いの飛行部隊だった。

加賀と苦楽を共にした飛行部隊と機体、これらは間違いなく彼女の宝だった。

そんな宝だからこそ、手放しがたい宝だからこそ、後輩の着任祝にふさわしかった。

赤城『加賀さんが渡してあげた方が、瑞鶴さんもきっと喜びますよ』

赤城に瑞鶴着任祝いを代わりに渡すよう依頼した時の返答だ。

それはむしろ逆だろう。

瑞鶴に訓練を付けることになるが、生半可なものになるはずがなかった。

嫌われることにもなるだろう。

しかし一航戦全部が嫌われる必要もない。

加賀『いえ、私は良い手本になれそうにないので』

この淡々とした言葉に、赤城は困った顔をしたことを思い出す。

その表情はいつか鳳翔が見せた表情と同じだった。

その時どんなことを指導されただろうか。

「言わなければ伝わらないこともある」だったろうか。

加賀「……よし」

瑞鶴は見事に的中させていた。

鳳翔の指導が的確だったためだろう。




205: ◆zqJl2dhSHw 2016/01/10(日) 22:34:21.42 ID:Vl0atwsQ0

加賀「……あ」

瑞鶴が艦載機の回収に向かった後に、突然鳳翔が加賀の方を向いた。

この距離で気づかれると思っていなかった加賀は狼狽するがすぐに姿勢を正す。

鳳翔が何かを話しかけてきたが、音が聞こえる距離ではなく唇を読み取った。

『稽古の続きをしてあげてくださいね』

慌てて礼をし、射撃訓練場に向かう。

何も考えずに見ていたわけではない、より良い指導方法を考えながら見ていた。

鳳翔は何度も瑞鶴を褒めていた。

つまりそういうことだ。

褒めてやることでやる気が出る、やる気が出れば見える景色も変わってくる。

赤城『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。ふふっ、受け売りですけどね』

彼女は常日頃そう言っていた。

赤城は加賀が尊敬する一航戦の1人だ。そんな彼女の方針を加賀なりに真似て見たりもする。

昨日の稽古では五航戦の2人を褒めたばかりだった。

加賀『優秀な子達です! あなた達はよくやっている!』

確かこの様な言葉を掛けたはずだった

加賀「私にもできました」

わずかながら達成感が顔にでてしまうが、すぐに元の表情に戻し射撃訓練場に向かって走る。

足の遅い加賀にとって過度な速度だったが気にせず走り続けた。

道場には大事な後輩が待っている。

206: ◆zqJl2dhSHw 2016/01/10(日) 22:41:01.34 ID:Vl0atwsQ0

――射撃訓練場――

加賀「失礼……げほっ。はぁ……はぁ。失礼……します」

瑞鶴「ちょっと、大丈夫!? どうしたのよ!」

加賀「なんでも、はぁ……はぁ。ないわ。けほっ。ただ走りこみを……していただけよ」

瑞鶴「……艤装付けたまま走りこみをする艦娘なんていないわよ。鳳翔さんだって長門さんだって、走りこみをするときは体操服に着替えているじゃない」

加賀「……私くらいになると行住坐臥よ。心配いらないわ」

瑞鶴「えぇ……。赤城さんだってちゃんと体操服に着替えているのに?」

加賀「……ところで稽古は終わったのかしら」

瑞鶴「まだ続けてるわ」

加賀「そう」

瑞鶴「……」

加賀「……」

瑞鶴「ねぇ、加賀」

加賀「何かしら」

瑞鶴「稽古、付けてくれない?」

加賀「別に、構いませんが」

瑞鶴「ん。ありがと」

流星改を一手取り、射位に立つ。

件の胴造りも素晴らしいの一言だった。

質実剛健。

容姿凛然たる姿。

言葉は何でもよいが、中身が伴ったものはかくも美しい。

甲矢は残念ながら上にそれたようだ。

2本目も同様に素晴らしい射だったが、残念ながら上にそれてしまった。

加賀は瑞鶴の成長を喜ぶ。わずかな時間であれ、艦娘というものは突然成長してしまうものだ。

成長のきっかけは鳳翔による指導であった。

できれば加賀自身が指導して気づかせてやりたかったが、それは慢心であると理解している。

自己満足の域をでることはなく、本当に大切なことは後輩の成長だからだ。

今回は的を外してしまった。これは実は良い外し方だった。

同じ狙いのまま艦体が振れることなく艦載機が発艦したため、勢いが落ちることなく的に到達したからだ。

小手先の的中とは一線を画するものだった。

及第点どころか、本質的な所で満点だった。

加賀は何も言わない。

弓倒しを終えた瑞鶴が加賀に話しかける。

瑞鶴「今もそうだけど、加賀は何も言ってくれないよね。たまに一言二言はあったけど」

加賀は怪訝な顔をする。指摘を出す必要がない素晴らしい射だったのだ、何を言う必要があるのだろうか。

瑞鶴「加賀は私のことを何も期待していないからだとずっと思っていた。だからさ、昨日よくやっているって言ってくれた時はすごく嬉しかった。少なくとも見てくれているってわかったから」

加賀は自身を振り返る。昨日の稽古では、五航戦の2人を手放しで賞賛したはずだった。

瑞鶴「今朝だって直接稽古を付けてもらえて嬉しかった。指導内容はよくわかんなかんなくて怒鳴り散らしちゃったけど本当は感謝してる。まぁ、鳳翔さんがあんたの意図を教えてくれてようやくわかったんだけど」

加賀は訝る、瑞鶴は素直に指導に従いより良くなっていた。他に指摘できる箇所が見当たらなかったので、しかたなく高難度の指摘を続けてしまった。流石に難度が高すぎたため瑞鶴は焦燥感を加賀にぶつけて来たが、当然の反応だと思い気にしていなかった。

瑞鶴「別に甘やかして欲しいわけじゃないんだ。ほんの少しでもいいから加賀に褒めて欲しかった。さっき四立分皆中したのも初めてだったんだよ?」


207: ◆zqJl2dhSHw 2016/01/10(日) 22:48:14.59 ID:Vl0atwsQ0

加賀は俯き、自分自身が今の瑞鶴と同じ頃の時期を思い出していた。

『素晴らしいです。稽古を始めたばかりとは、とても思えませんね』

始まりの正規空母は時間を割いて稽古を付けてくれた。

稽古終わりの間宮アイスも楽しみのひとつだった。

『流石は加賀さんね』

かつての相棒で、いまもまた相棒の彼女。

切磋琢磨し合える関係はとても素敵なものだった。

的中率で負け、的中数で勝ち、その他にも競いあったものだ。

おひつを何杯おかわりできるかの勝負では辛くも勝利できた。

『加賀! 今日はよう頑張ったな。そろそろこれは加賀が使うべきやな。流星改、大事に使ってな。妖精さんも頼んだで?』

かつての同僚、いまの秘書艦はことある毎に頭を撫で、褒めてくれた。

当時、妖精の声はまだ聞こえていなかったが、秘書艦の声が大きいのであまり気にならなかった。

小さなことでも大きな声で褒められ、多少の恥ずかしさはあったことは疑いようがない。

しかし、気分が高揚したこともまた事実だった。

この鎮守府で先輩空母から受け取ったものはこんなにもあった。

後輩空母には何を与えられただろうか。

瑞鶴「けどもう大丈夫。加賀が気に掛けてくれていることだけは分かったから。あとは私が褒めてもらえるくらいになるだけだから」

加賀「……そう」

何も与えられてはなかった。褒めたつもりになって、指導できたつもりになっていた。

感情表現が苦手なことは自覚していた。

自覚していたが、矯正する努力を怠っていた。

その結果が今につながっている。

乗り越える時が来た。

『妾の子にでもできたんだから』

加賀は否定する、これは自分の言葉ではないと。

本当に否定したいのであれば行動で示す必要がある。

簡単なことだ、事実を伝えてやればよい。

頭を撫でて今の射は良かったというだけでよい。

加賀「……」

加賀はそのような自分を見なければいけない恥ずかしさで行動に移すことができなかった。

加賀「なんという無様でしょうか……」

瑞鶴「顔真っ赤だけど本当に大丈夫?」

加賀「えい」

顔を見られた事が引き金になった。

瑞鶴の顔を加賀の胸部装甲に押し付ける。これで瑞鶴は加賀の顔を見ることはできない。

加賀「いいですか、瑞鶴。今から話すことをよく聞きなさい」

今までの分を清算する時が来た。


208: ◆zqJl2dhSHw 2016/01/10(日) 22:49:17.97 ID:Vl0atwsQ0

――半時間後――

加賀「そういうことよ。あなたは素晴らしい後輩です」

瑞鶴「……」

加賀「話を聞いていたのかしら?」

瑞鶴「次もちゃんと稽古つけてくれる?」

加賀「当然です。まだまだ練度を上げて貰います」

瑞鶴「また褒めてくれる?」

加賀「今以上を私に見せなさい。あなたならできます」

瑞鶴「……うん」

こんなにも簡単なことだった。もっと早くにするべきだった。

加賀はまだ理解できていなかったが、とうとう教え導く段階へと達したのだ。

今まではその領域に達していなかったからできていなかった。

教えるということはまさに教わるということだ。

ひとまず加賀は午前の稽古を締めくくる。

加賀『やりました」


次回 提督「劇をしたい」龍驤「あのさぁ、さっきからなんなの」 後編