1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/29(火) 19:21:06.82 ID:EKtKGndpo
勇者と魔王。
そんな単語を口にできるのは小学生まで。俺はそう思う。成人する年になればそんなもの、つぶやくだけで恥
ずかしい。
たとえ子供のころそういった類のゲームに夢中になっていたとしても、だ。
勇者。
人民を苦しみから救済する英雄。
魔王。
人民を苦しみに叩き込む悪魔の化身。
それは、たかだか一人の人間に左右される過去の小さな、あるいは架空の世界の話。現代の世界にはそんな者
が存在できる訳もなく。日常はただ平坦に過ぎていく。
それを幸福と見るか不幸と見るかは別の話で、その事実は揺らぎはしない。
そう、それは過去の、あるいは架空の世界の話。
そのはずだった。
「汝に力を与える」
俺はぽかんと目の前に立つ人影を見つめていた。
どこまでも続く光の世界の中、しかしその姿は光にかすむことはなく。
「それでもって世の不幸を打ち払え」
それは天使だったのか、あるいは神だったのか。
ならば俺は死んでしまったのか。
誰かが答えてくれるはずもなく。
ただ平坦に過ぎる日常が、俺をそちらに引き戻す。
引用元: ・モダンブレイバー ~三人のこと~
真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました (角川スニーカー文庫)
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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/29(火) 19:22:14.13 ID:EKtKGndpo
モダンブレイバー ~三人のこと~
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/29(火) 19:22:49.95 ID:EKtKGndpo
to be continued...
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 00:17:10.41 ID:9b91y1IMo
規則正しい揺れだった。退屈な日常を代弁しているかのようなそれに俺は身を任せる。肩かけのスポーツバ
ッグも合わせて小さく揺れていた。
朝の電車はすかすかだった。それほど早い時間というわけでもない。今は夏休みだから、普段乗客の大部分
を占める学生が激減している。
あくびを一つかまして、俺は何気なく電車の中を見やった。
サラリーマンが多い。スーツ姿の彼らは、何を考えているのか分からない顔でむっつりと俯くか窓の外を見
るかしている。
学生もいないわけではない。しかし目につくのは部活行きと思しき制服姿が四人ほど。多くはない。
後はよくわからない客が数人。揺れにも関わらず立ったまま新聞を読んでいる男と、私服だが高校生と思し
き少女が何かのかごのようなものを持って座っているのが気にはなった。
退屈な日常の中を漂うようにしている彼らを見ると俺はいつも思う。幸せってなんだろうと。
もちろん彼らが不幸に見えるというわけではない。ただ、俺は――
電車が駅に着き、俺はそれを降りるといつもの道をたどった。
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 00:26:33.65 ID:9b91y1IMo
俺の所属する野球サークルは特別熱心だというわけではない。夏休みにも有志で活動はするが所詮お遊びの
サークル。中には目的があって熱心に身体を鍛える者もいないではないが、「いないではない」程度。大会に
出るわけでもないのに鍛錬する馬鹿はとりあえず変人のレッテルをはられる。俺のように。
「おっす、須藤」
スクワットの最中に声をかけられ、それを中断しないまま俺は肩越しに振り返った。
「ああ」
「今日も頑張ってるなミスター筋肉」
「やめてくれ」
「今日で何日目だ?」
「三十」
頑張るねえ、とそいつ――俺のサークル仲間の一人は笑った。
隣で準備体操を始めたそいつを尻目に、俺は二百回目の屈伸を終えた。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 00:37:41.27 ID:9b91y1IMo
今年はサークルの新入生が多かった。夏休みの練習に参加する酔狂も多かった。練習試合ができる、という
ことだ。
外野の一ポジション――適当だ――につき、適当に集中する。
たまに飛んでくるボールを追いながら、意外に暇な脳みそは考え事を始める。
二週間後からの大学のこと、昨日の夕食のこと、一週間前に見たテレビ番組のこと。物思いはゆっくり過去
へと向かう。
そのうち昔やったゲームを思い出した。たしかRPGだったと思う。勇者とか魔王とかが出てくる奴だ。
邪悪な魔王を討伐する勇者。今でもそれなりにメジャーなジャンル。
成人の近い今の年齢では魔王、勇者と口にするのさえ恥ずかしい。それでも昔はかなり夢中になっていたこ
とも事実だ。
暑かった。かんかん照りの日差し。ヘルメットをはずしてそれで顔に風を送る。
幸せの分からないサラリーマン。勇者と魔王のRPG。
何も共通点はないそれら。それでも頭の中に共存はする。
だが、考え事に夢中になっていたのがまずかったようだ。
「おい!」
俺は頭に衝撃を受けて意識を失った。らしい。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 00:50:43.17 ID:9b91y1IMo
……真っ白な世界が広がっていた。
どこまでもどこまでも続く純白。光があふれているようでもあり、ただ白いペンキが塗られているだけのよう
でもあり。
俺はぽかんとしてそこにいた。
「勇者よ」
背後から唐突に声。
「勇者よ」
二回目のそれは振り返った俺の鼻先で告げられた。
距離にして一歩もないだろう。そこに女がいた。
「汝に力を与える」
「え?」
「それでもって世の不幸を打ち払え」
不幸。告げられたそれに特に重みはなかった。
「……え?」
俺は間抜けのように繰り返すしかない。
当然のことながらこういったシチュエーションは経験したことがない。俺は――
「……もしかして死んだのか?」
不思議と恐怖はなかった。いや、むしろどこか安堵すら覚えるその響き。
女は答えない。真っ直ぐな目でじっとこちらを見たまま。
そのまま間が開く。と。
「……ファイト!」
女は唐突にその怜悧な表情を崩すと、親指を立てた。何だそれは。
「おいちょっと」
待てよ。といったところで唐突に視界が回転した。ぐにゃりと歪んだ視界の中悟った。
これはもしかしたら本当に死んだかもしれないと。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 00:54:30.85 ID:9b91y1IMo
to be continued...
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 19:04:06.51 ID:9b91y1IMo
冷たい感触に俺は飛び起きた。
はっとしてまわりを見回す。全体的に白っぽい部屋。しかし、先ほどの白さには到底及ばない。
馴染みはないが見覚えはある場所。
「おお、起きたか須藤」
氷水の入った袋を持ち上げた格好で、サークル仲間は言った。
「ガタイが良くてもオチる時にはオチんだな」
「俺は……」
「ボールがこめかみにクリーンヒットしたからな、しょうがないといえばしょうがない」
話を聞けば、俺は十分ほど気絶していたらしい。そうだ、ここは大学内の診療所だ。
「迷惑かけた」
「いいよいいよ、気にすんな」
そいつはからからと笑うと、氷水を捨てに出ていった。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 19:04:58.31 ID:9b91y1IMo
「お前は幸せか?」
戻ってきたそいつは、その問いにきょとんと瞬きした。
「幸せ?」
「いや、逆だな。お前は今不幸か?」
「いきなりなんだよ」
「なんとなく」
サークル仲間は少し考える顔になって丸椅子に座った。
「俺は……」
「いや別に真剣に考えなくていい」
「幸せだと思うよ」
いきなり真面目な顔になるので俺はちょっと面喰った。
「特に不自由はないし、やりたいこともやれてる。幸せだ」
「……」
「お前はどうなんだ?」
逆に問い返されて俺は黙った。
「……普通だよ」
嘘だ。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 19:05:47.35 ID:9b91y1IMo
『世の不幸を打ち払え』
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:06:43.68 ID:9b91y1IMo
再び俺は電車に揺られていた。特に異常もなかったものの念のため早退。そういうことになった。
別に特別野球が好きなわけじゃない。身体を鍛えることにしか興味はない。だから気にせずとっとと大学を出
てきた。
ボックス席にスポーツバッグと一緒に身体を押し込み、窓の外を何の気もなしに眺めていた。
そんな時だった。ひきつったような小さな声が聞こえた。
窓から視線をずらすとその先には。
「っ……っ……」
顔を伏せたまま身体を震わせる少女がいた。隣のボックス席だ。
腕の中に何かのかごを抱えて、恐らくは泣いている。
見覚えあるな、と思った。朝、確か同じ電車に乗っていた。
「……」
座ったまま背伸びをすると、かごの中に何かうずくまっているのが見えた。
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:11:41.43 ID:9b91y1IMo
「……ハムスター?」
思わず声が漏れる。少女が顔を上げ、濡れた瞳とぶつかった。
「あ、いやすまない……」
なんとなく謝って、それから続ける。
「もしかして……」
「……ええ」
少女は再び顔を伏せる。
「死んじゃいました」
「悪い」
もう一度謝って、しかし引くべき場所がないことに気付く。
仕方なく、
「あっちの病院に?」
「ええ。今朝、様子がおかしかったので。でも、間に合いませんでした……」
「そう……」
沈黙が落ちた。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:21:23.80 ID:9b91y1IMo
「可愛がってたんですよ。両親は動物嫌いですが、なんとか説得して許可してもらって。とっても大切にしてきたんです」
「……」
「なのに、なんで……」
俺はしばらく黙って彼女を見ていた。
彼女は今不幸か。幸福でない状態か。
問いはくだらなく思えた。無論彼女は今、不幸だ。
『汝に力を与える』
心に涼風が吹きぬける。
『それでもって世の不幸を打ち払え』
身体に何かが満ちるのを感じた。
「寝てるだけかも」
「え?」
「貸して」
座ったまま手を伸ばすと、彼女はその手をじっと見た。
「……死んじゃったんですよ?」
「いいから」
促すと、彼女はしばらくの逡巡の後に俺の手にハムスターを預けた。
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:31:27.42 ID:9b91y1IMo
途端、俺は後悔した。
手の中にあるのは、まぎれもなく死の重みと温度だったから。
重く冷たく。そこに何かの救いが入る余地はなかった。
だが視線を感じる。ちらりと横目で見ると、少女の目にほんの少し、それでもわずかに期待があるのが分かった。
彼女は知っている。彼女の小さな友達はもう手の届かないところに行ってしまった事を。
それでも期待している。期待せざるを得ない。なぜならば彼女は今、不幸だからだ。
負けるわけにはいかなかった。
「起きろよ……」
頼むから。
俺は静かに、そして穏やかにその小さな生き物の背中をなでた。
手の熱が伝わるように、ゆっくりと撫でた。
――そして、時間だけが無情に過ぎた。
「……」
隣から、再び嗚咽の声が聞こえた。
俺はその時、初めて神に祈ったかもしれない。
(起きろ!)
……その時だった。
手の中に、小さな反発があった。
「え?」
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:36:24.93 ID:9b91y1IMo
ピクリとしたそれは、再びピクリ、と自己主張した。
「……?」
彼女はまだ気づいていないようだった。
俺は彼女の手を取って、そこに友達を帰してやった。
「起きたよ」
彼女の手の中で。ハムスターはゆっくりと頭を持ち上げた。
「え……あ……?」
驚く彼女を置いてきぼりに、ハムスターはおはよう、と。
そういうふうに見えなくもない仕草で、鼻をひくつかせた。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/03/30(水) 21:37:12.51 ID:9b91y1IMo
to be continued...
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/01(金) 05:51:49.01 ID:oA15g2f/o
不幸とはすなわち欠落だ。
あってしかるべきものがそこにないこと。それが不幸だ。
欲していたものがそこにないこと。それも不幸だ。
心に隙間ができると、あたかも隙間風のようにそこに不幸が忍び込む。
ならば俺は俺もきっと――そうなのだろう。
むなしく、認めた。
規則正しい電子音が鼓膜を叩いている。
あまり大きい音でもないのに、なぜだかとても煩わしい。
だが、それは彼女が確かに生きていることの証明だ。ならば甘んじて受け入れるべきだった。
「……」
白い天井、白い壁、白いシーツ、彼女の白い頬。
例の女と出会った光あふれるようなあの場所と違い、ここはどこかうす暗い。
薄暗がりの中、俺はベッドで昏々と眠る彼女の瞼を見つめていた。
「……」
彼女の顔には、生きている人間が纏うべき雰囲気がなかった。瞼が動く予兆はなかった。
彼女は眠り続ける。
これまでも。そしてこれからも。
俺は思考の扉を閉じると、ベッド脇の椅子に座ったまま彼女の頭に手を伸ばした。
だが触れる前に病室のドアが引きあけられ、俺は手を引っ込める。
「あ……」
振り向くと、ドアを開けた格好のまま立ち尽くすスーツ姿の男が目に入った。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/01(金) 05:53:18.40 ID:oA15g2f/o
病院の屋上には、それなりに強い風が吹いていた。
俺はフェンスに寄りかかり空を見上げた。
夏の雲が、底抜けに高い昼の空を滑って行くのがよく見える。
「元気だったか?」
俺は視線を上空から左方に落とした。
その年齢にしては小柄なスーツ姿。
優しげな目元が一番印象に残りやすい。
「まあな」
俺はぶっきらぼうに答えて視線を外した。
男は気にせずに後を続ける。
「そうか、俺もだよ。でも最近残業続きで結構キてる。上司が厳しくてさ、それで――」
「高橋」
俺はまだ続けようとした彼――高橋の言葉を遮って先を続けた。
「あいつは、吉川は今、どうなんだ」
途端、高橋の表情が曇った。さっ、と陰気な死の気配とも呼べそうなものが去来する。
「見ての通り。彼女、まだ……」
「医者はなんて?」
「いつもと同じさ。様子を見ましょう、だ」
「そうか」
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/01(金) 05:55:46.76 ID:oA15g2f/o
それだけ確認すると、俺はフェンスから背中を離した。
それを見て高橋が慌てたように声を上げた。
「もう行くのかい?」
「ああ」
他に話すことは特になかった。
こいつと話しているのは嫌だった。
「待ってくれよ、君がいると彼女も喜ぶ」
俺は無視して、屋上の出入口をくぐった。
俺、須藤健とあいつ、高橋孝彦、そしてベッドの彼女、吉川恵子は幼馴染だ。
俺たちは同じ町で育った。
何をするときも一緒で、どこに行くときも三人で。
あの頃の思い出は山ほどある。
この季節だったら三人で海に行ったり、一緒に夏休みの宿題をしたり。
ここまでの人生の中で一番輝いている時間だったと思う。
でも今は、思い出したくない。
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/01(金) 21:04:35.74 ID:oA15g2f/o
下宿先のアパートに帰ると、俺は机にノートを広げた。
シャーペンを走らせ、いくつかのことを書きとめる。
それはしばらく続いて、とりあえず満足したところで手を止めた。
「……」
ノートは一行一行ぎっしりと文字で埋まっている。
勉強……ではない。俺はそんなに真面目じゃない。
もっと大事なことだ。
俺の不幸を終わらせる、そのための。
それには行動が必要だった。
まだその時ではない。
だがそれはじきにやってくる。
俺はそれまでじっと。待ち続けるのだ。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/01(金) 21:05:15.80 ID:oA15g2f/o
to be continued...
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/28(木) 21:41:14.00 ID:11G1r4Jso
これは数か月前の事だ。彼女がまだ眠りに着く前。
「おはよう」
どん、と心地よい衝撃が背中をたたいた。
俺はわざと迷惑そうに振り返る。
「なんだよ吉川」
「おはようって言ってるじゃない」
「挨拶はもっと優しくするもんだ。コミュニケーションというのは繊細なんだよ」
「挨拶は元気にするものでしょう」
大学へ向かう朝の道。車道を走る車の音がうるさくて、俺たちの声は少しばかり大きかった。
その中でも何故か聞こえる鳥のさえずりを聞き流しながら、俺は朝の空気をひとさじばかり吸い込んだ。
「おはよう、吉川」
「うん、おはよう」
彼女が微笑む。俺はそれだけで幸せだった。
……だった。過去形だ。
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/28(木) 21:46:37.70 ID:11G1r4Jso
大学への道をだらだらと歩きながら話す。
活発な彼女は、意外にもインドア派だ。
「――でさ、あの本の最後の文章は別の作品の、一種のパロディなんだよ」
「へえ」
「人の幸、不幸について述べててなかなか興味深い」
「ふうん」
別に彼女の話に興味がないわけじゃない。
むしろ楽しかったが、これが俺の一番気を使わない呼吸の仕方だったし、彼女も気にしない。
わざと興味のない風に装う格好付けでもあったけれども。
「健は不幸?」
「さあ」
「じゃあ幸せ?」
「どうだろう」
はぐらかしながらも答えは決まっている。
あの時、俺は間違いなく幸せだった。やっぱり過去形。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/28(木) 21:49:31.59 ID:11G1r4Jso
昼。
それほど頻繁でもないが、時間があえば吉川と会食する。
「幸せだなあ」
「吉川はデニッシュさえあれば不幸にはならないからな」
「わたしのこと、単純な奴だと思ってるでしょ」
「どうかな」
購買で買ったコッペパンをかじりながら返す。
「単純かどうかは知らないが、分かりやすくていいんじゃないか」
「暗に単純だって言ってるよね」
さほど気にしない様子で彼女はデニッシュをほおばる。
「分かりやすいってのはいいことだ。効率化するにはその過程が重要であって」
「でも効率化しない方がいいこともある」
「そうだな」
ぎっ。
安物のプラスチック椅子の背もたれが俺の体重に不満をこぼす。
この時はまだ身体は鍛えていなかったが。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/28(木) 21:58:42.47 ID:11G1r4Jso
ぎっ。
吉川が背伸びをするのに合わせて、彼女の椅子も愚痴をこぼす。
「もうそろそろ就活だねえ」
「最後の夏休みだな」
「満喫しないと」
「そうだな」
空気にも夏の匂いがかすかに混じっている。
騒がしい季節はすぐそこだ。
「夏祭りは出る?」
地元で毎年開かれるそれは、俺たち三人の恒例の楽しみである。
「ああ。高橋も、忙しいとは言ってたがそれだけは出るそうだ」
「楽しみだね」
「ああ」
恐らく三人がそろって顔を出せる、最後の行事になるはずだ。
……なるはずだった。
どうしてあんなことになったのか分からない。
いや、分かっている。
それでも理解したくはなかった。
なぜ吉川はあいつを選んだのか。
なぜ俺ではなかったのか。
今、現在と言う時間の中で、ノートに事項を書き連ねながら。
俺はその問いを反芻し続けている。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/28(木) 21:59:12.69 ID:11G1r4Jso
to be continued...
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 21:37:40.67 ID:4dmodQwko
これはもっと前。確か十年ほど前の事。日差しの強い日だったから、確か夏だ。
そう、夏休みのある日。
「健、そこは『はい』でしょ!」
「いや、『いいえ』だ!」
俺たちは日差しを一身に浴びて活動する模範的な子供ではなく、高橋の家にたむろしてゲームに夢中になっていた。
確かそれが魔王とか勇者とかが出てくるゲームで、俺たちのお気に入りだった。
本来一人でやるゲームだったらしいが、そこら辺は俺たちには関係なかった。
俺と吉川はゲームの進行に関わる選択肢でよくもめた。
「まあまあ」
「タカタカはどっち!?」
高橋の愛称。高橋孝彦、タカがふたつでタカタカ。
呼ばれて高橋は目を白黒させた。
「え、ええと」
「『はい』だよね」
「『いいえ』だよな」
俺たちはよく高橋を困らせた。
結局じゃんけんで決めることが多かったが。
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 21:38:07.98 ID:4dmodQwko
自分たちが世界の中心だと信じていたあの頃。
「夏祭りどうする?」
「どうするって、健は行かないの?」
「いや行くけど」
現実の世界でも勇者になれると思っていたあの日。
「楽しみだねー」
「うん、楽しみ」
不幸なんて置いてきぼりに走っていけると信じた瞬間。
「何着てく?」
「わたし浴衣ー」
それらはもう帰ってこない。
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 21:46:13.20 ID:4dmodQwko
走っていた。走っていた。
不幸を振り払うがごとく走っていた。
あの日と違ってそれは不可能と分かっていたが。
夜の空気は生ぬるかった。
それは身体にまとわりつくようで、どことなく不幸に似ていた。
『世の不幸を振り払え』
俺に力が与えられたのが本当ならば、この空気さえも振り払うことができるのだろうか。
確かにハムスターは目を覚ました。
女子高生の不幸は振り払われた。
ならば俺の不幸は?
(振り払えるか……?)
息切れを感じるが足は止めない。
どこまでもどこまでも走れる気がした。
あの日からずっと身体を鍛えている。ならばそれもきっと不可能ではない。
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 21:52:49.75 ID:4dmodQwko
あの日。夏季休業に入る直前。
「結婚……?」
突如彼女から知らされた事実。
「うん、結婚。高橋にプロポーズされた」
あっけらかんと頷く吉川は、こっちの気持ちを知ってか知らずか微笑んだ。
「びっくりだよね」
「……それで吉川は? 受けたのか?」
「うん」
足元が崩れる音がした気がした。
俺はお前を追って同じ大学に入ったんだぞ。
なのに、なんで。
あいつが高卒就職してから、疎遠じゃなかったのかよ。
それらの言葉は口から出なかった。
代わりにうわべだけの祝いの言葉を吐き、一人暮らしのアパートに帰った。気がする。よく覚えていない。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 22:01:01.85 ID:4dmodQwko
あの日。夏休みに入って少ししたころ。
彼女は眠りについた。
婚約祝いに高橋と旅行に出かけた彼女は、そこで事故に遭った。
嘘だろ。そんな一言すら言えなかった。
不幸ってのは、人を無力にする。言葉も発せられないくらい、俺は打ちのめされた。
いや、打ちのめされたなどという言葉ではそれは表せない。
少なくとも俺は、丸一日食べることも忘れていた。
走る、走る。不幸を置いてきぼりに、実際はそんなことできるはずもなく、それでも走る。
あれから一ヶ月ほどが経った。
俺はもう非力じゃない。
俺は、あんな得体の知れない女に与えられた力ではなく、自分の力で不幸を打ち払う。
そのために、今は走る。
暗闇の中、落ちるがごとく。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/01(日) 22:01:35.39 ID:4dmodQwko
to be continued...
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 10:17:29.14 ID:s5qfHOTlo
夏の熱気と人いきれが重なって、ひどく消耗する。
そのはずなのに、その場に集まった人々は誰も彼もが笑顔だった。
その中で、俺だけは無表情。そんな気がした。
夏の終わり。夏祭り。納涼を兼ねたそれは、この町のメインイベントだ。
町中の人々が集まり、にぎやかにごった返す。
露店が立ち並び、子供がその間を駆けていく。
風船が空に飛んでいった。
俺はやっぱり無表情で、人の間を歩いていく。
Tシャツにジーパンというラフな格好で、ゆっくり人の森を抜ける。
昼が終わり、夕方になり、夜が来る。
そこでようやく、俺は目当ての人物を見つけた。
「高橋」
その年にしては小柄な人影は、振り向いて、
「やあ」
笑った。
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 10:21:03.48 ID:s5qfHOTlo
あいつも俺とそう変わらない格好だった。
「お前も来てたんだな」
「うん」
高橋が頷く。
とはいえ俺は、高橋が必ず来ると踏んでいた。
「彼女の代わりに、ね」
苦い味が広がるのを感じる。
唾を吐きたかったが、我慢した。
途中、露店で綿菓子を買った。
食べる気はしなかったが、なんとなく買った。
それを舐めながら、夜の祭りを歩いた。
「久しぶりだね、俺は忙しくて来れなかったし」
「そうだな」
「須藤も来てると思ったよ」
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 10:27:17.94 ID:s5qfHOTlo
無言で綿菓子を食いちぎる。胸の内がどろりと濁るのを感じた。
露店に沿って歩いて行くうちに、山のふもとにさしかかった。
露店はそこで途切れていた。
階段があった。上には神社と町を見下ろすちょっとした広場がある。
俺たちは無言で階段を上った。
広場から見下ろす夜の町の景色はなかなかに美しかった。
俺たちが育った町だ。感慨もある。
広場の端は崖になっていた。そこに柵が渡してあり、高橋はそこに身体を預けた。
俺はその背中を見る位置に立った。
これ以上ない程良い位置取りだった。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 10:33:59.82 ID:s5qfHOTlo
「夏祭りの日は、いつもここに来たよね」
「……」
「ここで花火を見るのがいつもの流れだった」
俺はタイミングを見計らった。
「あの頃は楽しかったよ。今みたいに上司に尻を叩かれながら仕事をすることもなかったし」
「……」
「三人でいられたしね」
俺は知っている。今高橋がもたれかかっている柵は、かなり古くなっている。
それこそちょっと力を込めて押せば壊れてしまうくらい。
「ねえ須藤」
俺は身体を鍛えた。今日のこの日の、この瞬間のために。絶対にしくじらないように。
高橋を、殺すために。
俺は短く息を吸い込んだ。
そして、一歩を――
「殺してくれよ」
踏み込み損ねた。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 10:36:44.71 ID:s5qfHOTlo
to be continued...
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:24:24.32 ID:s5qfHOTlo
遠くから祭りの気配が漂ってくる。
それを意識すればするほど、ここは静かだった。
俺は息を詰まらせて、そこに固まっていた。
鼓動がやけに速い。
「俺のせいで彼女はあんなことになった。
俺がいなければ彼女はあんな目に遭わなかった」
その声は淡々としている。感情がこもっていない。
いつも優しげで気弱そうな高橋は、そこにいなかった。
「須藤だってそう思ってるんだろ?」
俺は。
「……」
答えられなかった。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:24:59.25 ID:s5qfHOTlo
「俺さ、大学に進まなかったのには理由があるんだ」
高橋の言葉は続く。
「吉川の事が好きだった。彼女に釣り合う人間になりたかった。
俺はとても弱い人間だったから」
「……」
「そのために努力しようと思った。安易だけど、とりあえず自立しようと踏ん張ってみた。
苦しかったけど、楽しかったよ。人間って変われるんだなと思った。
だから俺はこの夏、吉川に結婚を申し込んだんだ」
俺は何かを言うべきなのかもしれなかった。
それでも何を言えばいいのか分からなかった。
「吉川は、受けてくれたよ。ああ、うれしかったとも。
彼女と一緒になれると思うと天にも昇る気持ちだった。
でも、俺は肝心なところで駄目な奴だった」
高橋は振り返らない。町の方を見ていて、表情がまるでわからない。
泣いているのかもしれない。ふとそう思った。でもそんなはずはないとも思った。
彼は強くなったのだから。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:25:30.65 ID:s5qfHOTlo
「あの事故は、俺の過失だ。
俺がしっかりしていれば防げたはずだった。
俺が彼女をしっかり守れていれば、彼女は眠りには落ちなかった。
最悪、俺が彼女の代わりに眠ってやることだってできた」
「そんなのは」
「よくない、か?」
「……」
「大丈夫だろうよ、彼女には君がいる」
俺は思わず息をのんだ。
「須藤には悪いと思ってる。
君も彼女の事が好きだったんだよね」
「それは……」
「わかるよ。だって幼馴染だもの、俺たちは」
ふと。高橋の一人称が『僕』から『俺』になったのはいつからだったか、と考えた。
そう昔でもない。恐らくは。
「……俺はね、待ち疲れたんだ。
彼女の顔を見るたびに、自分の過ちにさいなまれる。
自分の弱さを思い出す。だから」
一呼吸分の空白が空いた。
「殺してほしい」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:26:03.27 ID:s5qfHOTlo
突如轟音が鳴り響いた。
俺は振り向いて駆けだした。
遠くで花火への歓声が上がる。
だが俺は夢中で走った。逃げるように走った。
実際逃げていた。
下宿先のアパートに駆け込み、机に跳び付く。
引き出しを乱暴に引き開け、ノートを取り出す。
開くと一面に文字が書きなぐってある。俺から吉川を奪ったあいつを殺すための計画の様々が。
一枚目に手を掛けた、ためらわず引き裂く。
二枚目。破り捨てる。
俺は次々と千切り、破り、引き裂いた。
怒りが沸き起こるようで、実のところ寒い。
顔がゆがむ。
そしてふと気付く。
俺は、
「……」
泣いている。
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:27:11.25 ID:s5qfHOTlo
白い夢の中であの女は言った。
俺は勇者で、力を与えると。それで世の不幸を打ち払えと。
全くもって嘘だった。
真っ赤な真っ赤な嘘だった。
俺はあいつを殺して不幸を終わらせることができなかった。
俺は勇者じゃなかった。
叫び声を上げる。
唸る、うめく、そして最後に慟哭する。
俺は。俺は!
何も考えられなくなって、そのあとはたださめざめと泣くようになった。
俺は朝まで泣いて、それから少し眠った。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 13:30:46.79 ID:s5qfHOTlo
to be continued...
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 16:41:14.31 ID:s5qfHOTlo
数日後。俺はようやく外に出た。
天気はよく、出かけるには最適だったが、俺には関係がなかった。
なんなら土砂降りでもいい。
ふらふらと歩きまわったが、行くあてはなかった。
高橋に出くわすことも考えないではなかったが、それもまたどうでもよかった。
適当に力なく歩きまわっているうちに、目に入ったものがある。
近所のおもちゃ屋。ここには子供のころよく来ていた。
なんとなくで入店する。
懐かしさはなくもなかったが、感傷に浸る心の余裕はなかった。
古臭い玩具の横を通り過ぎ、棚の前に立った。
テレビゲームのコーナーだ。
ここにはテレビゲーム目当てで来ていた。
棚のゲームにぼーっと視線を這わせた。
だが途中で馬鹿馬鹿しくなった。帰ろう。
そう思った時、見覚えのあるタイトルが目に入った。
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 16:42:50.24 ID:s5qfHOTlo
アパートに入ると、押入れからゲーム機を取り出した。
捨てるに捨てられず、実家からなんとなくこちらに持ってきていた。
買ったゲームソフトを差し込み、スイッチを入れた。
しばらくして、ゲームのタイトル画面が現れた。
これは昔、三人全員で夢中になっていたゲームだ。
勇者と魔王のゲーム。子供のころの夢の形。
勇者は魔王を倒すために旅に出る。
世界を守るために冒険し、人を助け、敵を倒す。
セーブデータを見てみると、一つだけずいぶん物語が進んでいるデータがあった。
選択し、ゲームを開始する。
このゲームの特徴は、強い敵を倒すと勇者が奥義を覚えることだ。
ストーリー上重要な敵を倒し、強い技を手に入れ、それでもって冒険を進める、そういうシステム。
俺は無言でゲームを進めた。
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 16:51:37.19 ID:s5qfHOTlo
ゲームの世界は荒廃している。
魔王の軍が人間界に侵攻し、荒らしているためだ。そういう設定。
魔王の一つ手前のボスを倒すと、世界は決定的なダメージを受ける。
魔王が人間に最終決戦を挑むのだ。
俺は勇者として魔王と戦った。
理不尽に強いそいつを時間をかけて倒すと、最後の奥義が手に入る。
それは、最後のそれは、攻撃のためのものではない。
「……」
魔王を倒し、しかしぼろぼろになった勇者が両手を天に掲げる。
その手の先から光があふれた。
その優しい光輝は広がり、世界を包む。
荒廃した世界は、その光によって少しずつあるべきい姿を取り戻していった。
勇者の最後の奥義。不幸を打ち払うための。
それは回復のためのものだ。誰かをいやすためのものだ。
俺がやろうとしたみたいに誰かを傷つけることじゃなく、癒すことで不幸を薙ぎ払うのだ。
「……」
クリアのファンファーレを背に、俺はアパートのドアを開けた。
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:06:24.32 ID:s5qfHOTlo
ハムスターの時のように。いや、あのときよりも熱心に。俺は祈っていた。
いるかも分からない神に、天使に、奇跡に。
白い病室のベッドで昏々と眠り続ける吉川の手を握りながら、祈っていた。
現実は残酷だ。
俺たちはどんなに仲が良くとも大人にならければならない。
選ばなければならならない。
そして受け入れなければならない。
それは不幸だ。きっと理不尽だ。
ゲームのような夢の中、まどろんでいたっていいじゃないか。
吉川が俺を選んだ未来があったっていいじゃないか。
白いその部屋で、電子音だけが静かに響く。
吉川の手に力を込めた。
俺が幸せになれる何かがあったっていいじゃないか。
「でも、やっぱり受け入れなくちゃならないのよね」
弱弱しい声がして、手を握り返してくる力を感じた。
「私たちは生きているから」
吉川は、ずっとこわばったままだった頬に、小さな笑みを浮かべた。
「ただいま」
「……おかえり」
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:16:33.75 ID:s5qfHOTlo
看護師に彼女が目覚めた事を伝えて病室を出る前。
俺は一言だけ彼女に聞いた。
「なんで高橋なんだ?」
彼女は少しだけ考えて、しかし迷わず答えた。
「好きだから」
そして付け加える。
「きっと理屈じゃないんだよ」
健のことも好きだけどね。そう言って、疲れたように彼女は再び眠りに落ちた。
俺はなんだか納得してしまって、そのまま病室を出てきた。
もう、来ることはないだろう。
玄関から高橋が駆けこんでくるのが見えた。
俺を見て、驚きに目を見開く。
俺は無言で片手を上げて、すれ違った。
「じゃあな」
もう会うこともないだろ。
すれ違った後に高橋がこちらを見ている気配がしたが、すぐに足音が遠ざかっていった。
終わりだ。
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:24:31.61 ID:s5qfHOTlo
規則正しい揺れだった。退屈な日常を代弁しているかのようなそれに俺は身を任せる。
肩かけのスポーツバッグも合わせて小さく揺れていた。
野球サークルに参加するため電車に乗っている。
もう身体を鍛える必要はないのだが、なんとなくやめる気にならずに今でもトレーニングは続けていた。
あくびをしながら電車の中を見回す。
夏休みも終わりとあって、少し学生が増えている。
だるそうな彼らを見ていると、しかし幸福ってそう言うものじゃないかとも思う。
と。そのとき見知った顔に気付いた。
同時に向こうも気付いたようで、俺は片手を上げて近付いた。
「お久しぶりです」
今日の彼女は制服姿だった。
「ハムスターは元気?」
あの時の女子高生だ。
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:31:56.52 ID:s5qfHOTlo
俺の問いに、彼女は笑った。少し寂しそうに。
「それが、ですね。死んじゃったんですよ、やっぱり」
「え?」
「家に帰って、次の日です」
俺は何を言えばいいかわからずに口をつぐんだ。
「でも、眠るように安らかでした」
あの、と彼女は続けた。
「ありがとうございました」
「でも」
「いいえ。やっぱり死んじゃいましたけど、最期の時間は一緒に過ごすことができました」
彼女は笑う。先ほどよりは元気に。
「だからありがとう、です」
その笑顔に、俺は少し胸を突かれる思いだった。
世の中から不幸はなくならない。それは人を傷つける。
(それでも)
ああそれでも。
人はそれを乗り越えていける。
それと共存していくことができる。
人間は弱いけど、でも同じくらい強いから。
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:37:13.52 ID:s5qfHOTlo
「あの」
彼女が再び口を開く。
「なんだ?」
「午後からわたし、暇なんですよ」
「……?」
「そちらはどうですか?」
「暇だけど……」
何を言いたいのか分からずに目を白黒させる。
「じゃあ、お菓子かなにかおごらせてください。あの時はお礼、できなかったから」
人間は、弱いけど同じくらい強い。
不幸はきっと克服できる。
俺はぽかんとしたまま、返事をするのを忘れた。
『ファイト!』
あの女の声が聞こえた気がする。
俺は、しばらく呆けた後、
「ああ、分かった」
頷いて、少しだけ、笑った。
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/02(月) 17:37:41.06 ID:s5qfHOTlo
モダンブレイバー ~三人のこと~
了
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