2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:02:29.79 ID:WqfX6909o
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  一日目 ひき娘の部屋前

 こんこんこん

ひき娘「開けません。
 泥棒さんはお引取りください……っ」

男「わたしは泥棒ではありませんよ。
 まったく、顔を見ていきなり逃げ出されると、
 案外傷つくものですね……。

 御家族から話をされていませんか?
 今日から家庭教師が来ると」

ひき娘「き、聞いてないですっ。
 とにかく、そんなウソを言ってもダメです。
 今ならまだ無かったことにするので、
 お引取りくださいっ」

引用元: ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」 



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3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:03:07.18 ID:WqfX6909o

男「そう云われましても。
 よく考えてください。

 鍵がかかっていた玄関の扉を開いて、
 堂々と入ってきたんです。

 いきなり出くわして驚かれたでしょうが、
 もしわたしが泥棒であれば、
 もう少し行動を考えているはずですよ」

ひき娘「……堂々とした泥棒さんかも」


男(確かに。白昼の住宅街では、
 ピッキングなどの技術に自信があれば、
 帰宅するような自然さで侵入するらしいですね。

 あながち穿った意見ではありませんが、
 立場を悪くしても意味がありません)


4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:03:36.80 ID:WqfX6909o

男「そんな人がいないとは、まあ言えませんが。
 では、ひき娘さん。
 わたしがひき娘さんのお名前を知っているという事で、
 わたしへの不信を解いてもらえませんか」

ひき娘「家の表札に、
 削ってなければ私の名前があるはずです」

男「……そういえば、眼にした気がしますね」

ひき娘「それに、今更家庭教師とか変ですよ。

 私がひきこもり始めたのは二年も前ですもん!
 いまさら学校に行くとか、ムリですよ」


男「しかし、間にカウンセラーが来ませんでしたか?

 お母様から、三人ほど過去にカウンセリングをしたと、
 そのように聞いていますが」

ひき娘「……それは、確かに何度か。
 カウンセラーさんは来ましたけど」


5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:05:08.70 ID:WqfX6909o

男「しかし、結局ひき娘さんは扉を開かず、
 通ってきていたカウンセラーも帰してしまった。
 違いますか?」

ひき娘「……はい」

男「そこで、ひき娘さんのお母様から、
 今すぐに部屋から出てきてもらう事より、
 いざ出たときのために、
 最低限の学力を維持して欲しいというご依頼があり、
 わたしがこうして出向いてきました」

ひき娘「それは、お母さんが考えそうだけど……」

男(わたしも一応カウンセラーとしての、
 資格は持っていますが。
 ここは普通に家庭教師としたほうが、
 抵抗は少ないでしょうね)


6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:05:49.37 ID:WqfX6909o

男「であれば、わたしがひき娘さんの家庭教師と、
 信じていただけますね?」

ひき娘「……少しですけど」

男「今のところ、警察を呼ばれなければ構いませんよ」にこっ

ひき娘「それで、その――」

男「申し遅れました。
 わたしは男と云います。

 この近くの塾で中高生を対象として、
 文系科目を中心に学んで貰っています。

 良ければ、名刺でもいかがですか?」

ひき娘「えっと……
 それじゃ、扉の下から、お願いします」

男「はい、どうぞ」すっ


7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:06:36.10 ID:WqfX6909o

ひき娘「確かに、塾と家庭教師ってありました……」

男「もちろんです。
 信用していただけたのなら、
 扉、開けてくれませんかね?」

ひき娘「はい……って、ソレとこれとは、関係ないですっ」

男「ドサクサにまぎれてみましたが、
 開けていただけませんか」

ひき娘「ダメです」

男「では、少し大変ですが、
 今日の授業は扉越しに行いましょうか」

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:07:18.75 ID:WqfX6909o

ひき娘「その、本当に家庭教師さんなんですか?」

男「はい。ですから、勉強をしましょう」

ひき娘「……」

男「何やら、にらまれているような気配がしますね」

ひき娘「……」

男「今度は少し泣きべそをかいているような」

ひき娘「もしかして、見えていませんか?」


9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:07:53.32 ID:WqfX6909o

男「まさか。
 長く教師を続けていると、
 それなりにそうした空気が分かるものです」

ひき娘「……そういうものなんですかね?」

男「はい。そういうものです。
 では、まず第一歩として。
 扉の前に教材を置いて、少し距離をとるので、
 回収して、勉強できる状態になってください」

ひき娘「その、勉強は苦手なんです……」

男「得意にするのが私の役目です。
 大丈夫ですよ、優しく教えて差し上げます」


10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:08:29.66 ID:WqfX6909o

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

男「ふむ……少し意外ですね」

ひき娘「何が、ですか?」

男「とりあえず、どの程度までさかのぼる必要があるか。
 それを判断するために、今のテストを受けてもらいました」

ひき娘「……」

男「ひき娘さんが学校に通わなくなった頃の生徒さん、
 中学二年生を対象とする全国模試の過去問題です。

 正確な統計とはなりませんが、
 その得点でおおよその得手と不得手、
 そして学力が分かるわけです」

ひき娘「その、どう、でした?」

男「そうですね。
 まだ足場を固めたい部分はありますが、
 総じて悪い評価ではありません。
 むしろ、ブランクを考えれば大変よく出来ているでしょう」


11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:09:49.37 ID:WqfX6909o

ひき娘「……よかったです」

男「これで勉強が苦手と言ってしまっては、
 立つ瀬が無い人もいますよ」

ひき娘「その、本当に苦手で。
 でも、その、やることもなくて」

男「退屈しのぎに、ですか。
 では、多少宿題が多くても、大丈夫ですね」めもめも

ひき娘「……それは、ちょっと」

男「大丈夫ですよ。
 無理な事は要求しません。

 ひとまず今日はこれで終わりにしましょう。
 実は、十七時からは塾でわたしの授業がありまして……
 ひき娘さんのための勉強メニューを組むため、
 今回のテストは持ち帰らせてもらいます。
 次回には、採点と赤ペンを入れて御返ししましょう。」


13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:11:10.76 ID:WqfX6909o

ひき娘「……もしかして、少し」

男「車で来ているので、大丈夫ですよ。
 しかし、今日はこれで失礼しますね」

ひき娘「あ、はい」

男「そうそう、宿題ですが。
 次回は明後日ですからね。
 それまでに、英語のドリルは終わらせてください。
 数学も、基礎編を終わらせてください」

ひき娘「……え、その、終わらせる?」

男「はい。大丈夫ですよ。
 大した量ではありません。
 ほどよい努力で達成できる量です」

ひき娘「その、ムリだと思うんですけど……っ」

男「わたしは結果重視主義ですが、
 努力すればその分実力はつきます。
 がんばってください」にこっ

 とことことこ


15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:11:47.08 ID:WqfX6909o
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  一日目 ひき娘の部屋

ひき娘「ふはっ」

ひき娘「……こんなに喋ったの、
 久しぶりで、喉、痛いかも」

ひき娘「気がついたら、
 案外普通に話してた、かな?」

ひき娘「お母さんとも、
 最低限しか話さないのに」

ひき娘「……男先生」

ひき娘「丁寧な人?
 でも、怖そうな人」

ひき娘「顔、ちゃんと見えなかったな」

ひき娘「優しそうだといいけど」

ひき娘「笑顔の優しい人は、すき」

ひき娘「……」


16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:13:19.64 ID:WqfX6909o

ひき娘「でも、やっぱり」

ひき娘「外には、出たくない」

ひき娘「勉強は、いいけど。
 学校とか、友達とか、先生とか、
 まだ、怖いよ」

ひき娘「もう、外には出たくない」

ひき娘「痛くて。
 辛くて。苦しくて。怖くて。
 外には、いいことなんて、何にもないもん」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:14:18.72 ID:WqfX6909o
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  一日目 男の車

 ぶろろろろ

男(ひきこもりの子に授業なんて、
 初めての体験で、戸惑いますね)

男(いきなり警察を呼ばれそうになるとは、
 さすがに思っても居ませんでした)

男(しかし、そうしたアクシデントを除外しても、
 簡単には済まないようですね)

男 ぺらり

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:15:21.01 ID:WqfX6909o

男(ひき娘さん、今年で十六歳。
 保護者は母親のみ。昼は仕事。

 中学二年で不登校に。
 以来、部屋からも出てこない)

男(これしか情報が無くては、
 作戦の練りようもない。

 どうして引きこもってしまったか。
 せめて趣味や好きな食べ物でも分かれば……)

男(非効率的でいまいち不本意ですが、
 完全にゼロから親しくなるしかないですか)


19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:17:48.22 ID:WqfX6909o

男(しかし、その点を除けば、
 大人しく、利発で、
 勉学への忌避感などは感じられません。

 他の生徒さんたちよりは、
 幾分か伸びやすい気がしますね)

男(難しい子ですが、
 ソレを疎んでは教師として立ち行きません)

男(嫌われない程度に、
 がんばるとしましょうか)

男(ひとまず、中学二年生までの復習と足場固め。
 普通の生徒と違って、
 時間つぶしとしてドリルなどをやるような、
 パズルとして楽しんでくれる雰囲気がありますからね。
 焦りは禁物ですが、それなりに早く終わるでしょう)

男(それが終わる頃には、
 もう少し距離を縮めておきたいものです。
 廊下での授業はさすがに寒いですし、
 お尻も、腰にも負担が厳しい……)しみじみ

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:24:19.61 ID:WqfX6909o
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  一日目 TL:sugomori

sugomori 今日、久しぶりに、
 私にお客さんが来ました。
 どうやら、明後日また来るみたいです。

kuro sugomoriに、お客さん?
 そんな話題が出たの初めてよね。
 どんな人?

sugomori 顔は見てないです。
 っていうか、kuroさんは私がひっきーって、
 知ってるじゃないですか。

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:25:08.91 ID:WqfX6909o

kuro ちゃんと『会った』のかなーと。
 本当に来ただけなのね。

megane お客さんですか。
 キチンと対応しなくてはいけませんよ。
 お会いしたことはありませんが、
 どうやらsugomoriさんは、どこか……

sugomori その、気を使ったみたいで、
 気を使っていない省略はやめてください(>_<*)
 どこか、なんですか? meganeさん。

megane どこか、ユーモラスな方なのでと、
 そう言いたかっただけですよ。
 なにか、邪推をなさいましたか?


22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:30:22.09 ID:WqfX6909o

sugomori megane さんのニヤニヤ顔が目に浮かびます!

kuro megane さんって、性格イイですよね(笑)

megane 良くそのように褒めてもらえますね。

kuro あぁん、惚れちゃいそう!

megane おや、どこかで猫が鳴いているような。

kuro 私は発情期の猫じゃありませんよーだ。

sugomori は、はつじょうきって、kuroさん。


23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:30:52.82 ID:WqfX6909o

kuro この年になって恥ずかしがらない。
 カマトトぶってちゃダメよ?
 今は女も肉食の時代!

megane 秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。
 世阿弥のお言葉ですが、
 今の時代ほど、これを実感する時もありません。

kuro え、meganeさんは女性幻想持ちなの?

megane これでも男性の一翼として。

kuro ちょっといがーい。

megane どう見えていましたか?


24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:31:21.21 ID:WqfX6909o

kuro 結構リアリストに。

megane 否定はしませんが、
 男女関係に幻想は必要ですよ。
 それを楽しみたいのであれば。

sugomori なんか、おとなの会話……

kuro sugomoriがオコチャマなのよ。

sugomori それは傷ついた……(><。)

megane おっと、そろそろ用事が。
 また夜にでもお話しましょう。

kuro 私もー

sugomori え、ふたりとも?!


25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/30(水) 00:33:11.98 ID:WqfX6909o

kuro みんなsugomoriとは違って、
 普通はひきこもってないの。

sugomori ショボ━(´・ω・`)━ン

megane 夜になったら、
 確か今夜はガンダム00の再放送でしたね?

sugomori はっ、そうです。楽しみな00です!

megane 実況で盛り上がりたいので、
 その時はお付き合いください。
 それでは、失礼しますね。

sugomori がんばってください。
 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ

kuro meganeさんって、さりげなくタラシね。
 それじゃ、私も暇だったら夜にお話しにきてあげる。

sugomori まってるね!


36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:02:06.86 ID:GUT9ukDzo
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  一日目 男の教室:近代史

男「では、そろそろ授業も終わるので、
 では、総括に入りましょう。
 今日は一時間かけて産業革命と、
 十九世紀イギリスを代表する一人の思想家について学びましたね。

 産業革命については前半にまとめを終えてますから、後者を。
 十九世紀に発生した市民による運動の名前、
 また、その目的はなんですか」

生徒1「プロレタリア運動、もしくは労働者運動です。
 当時、急激に格差が広がった、
 労働者と雇用者の関係是正が目的でした」

男「事象的には正解です。
 彼のその考えの根底にあるのは疎外論ですが、
 その疎外論では何をいっていますか?」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:02:44.87 ID:GUT9ukDzo

生徒2「確か……
 人間の手によって生み出された物が、
 人間の手を離れて、
 逆に人間を支配して、
 その人間性を失わせることです」

男「はい、その通りです。
 この場合、その生み出されたものとは金銭ですね。
 『人間が生み出したお金という価値に追い立てられ、
 自らの価値を奪われた人々が、
 真に尊厳を取り戻すための運動』
 というわけです。
 人々は尊厳を奪われたと感じるほど、
 金銭に追われるようになってしまったのでしょう。
 ではなぜ、それほど労働者と雇用者の格差が広がりましたか?」

生徒3「えっと、労働の価値が下がったからです」

男「説明としてはちょっと足りませんね。
 誰か補足を」


38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:03:18.53 ID:GUT9ukDzo

生徒4「それまでの労働の価値とは、
 材料から生産物を作るまでの価値の変化と等量でした。

 パンを十個作る程度の能力は、
 パン十個から材料の価値を引いたものと等量です。

 しかし、そのためには材料を用意する必要があり、
 それは少量のほうがコストがかかります。
 そこで、大量に安く材料を用意できる人が、
 その材料から生産物を作るための労働力を雇って働かせます。
 それが資本家です。

 資本家は、パンを十個作る『労働量』そのものを安く買い、
 本来より安くパン十個を手に入れて売ります。
 こうして、労働の価値が下がりました」

男「いいですよ。
 労働力の価値を決めるのが、
 物ではなく、資本家の判断になった事がきっかけですね。

 その考えから、労働者運動の発案者は、
 どのように主張を行いますか」


39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:07:55.36 ID:GUT9ukDzo

生徒5「共産主義を主張しました。
 人が金銭によって使われる事なく、
 金銭を使う事によって豊かさを得られる社会を目指しています。
 具体的には、富の共有や平等な分配です」

男「はい。では、その発案者の名前。
 そして代表的な著書を、年代入りで」

生徒6「K.H.マルクスさん、1818年から1883年です。
 代表的な著作は、共産主義宣言と、資本論で、
 前者は1848年、後者は1885年から1894年です」

男「その通りです。
 現在、彼の目指した共産主義を実践する国家はありませんが、
 大きな力を持った思想なのは確かでしょう」

 きーんこーんかーんこーん

男「というところで、時間ですね。
 質問があれば、一時間程度なら教員室にいますので、
 聞きに来てください。
 もちろん、近代史以外でも大丈夫です」

生徒たち「「「はーい」」」


40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:08:47.84 ID:GUT9ukDzo
----------------------------------
  一日目 塾教員室

男「はい、では、このレポートは預かりますね。
 次回の授業後に評価を伝えましょう」

女生徒「はい、お願いします」

男「努力している人は好きですよ。
 応援させてもらいます」

女生徒「はいっ!」

 たったった

男「これで、質問も終わりですかね。
 くっ、ふー」せのびー

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:09:14.29 ID:GUT9ukDzo

 すっ

黒髪「授業お疲れ様です、先生」肩もみもみ

男「ん、おや、黒髪さんですか」

黒髪「いつも通り、丁寧な授業で助かります」もみもみ

男「それが仕事ですので。
 黒髪さんも、お金を払っている生徒さんですから、
 こんな事はしなくていいんですよ」

黒髪「これは趣味ですから」もみもみ

男「単純に趣味ですか?」じっ


42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:09:40.60 ID:GUT9ukDzo

黒髪「だいぶ肩がこってますよ」もみもみ

男(黒髪さんにしては分かりやすい)

男「……ずいぶんお上手ですね」

黒髪「お父さんの御機嫌取りのため、
 ずいぶん勉強しましたから」もみもみ

男「はは、それはご苦労様です。
 それで、質問ですか?」

黒髪「帰ろうとしたら、
 先生が疲れた様子だったので気になって」もみもみ


43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:10:12.98 ID:GUT9ukDzo

男「やはりこの歳になると、
 体はだんだん重くなる物でしてね」

黒髪「先生おいくつでしたっけ?」もみもみ

男「今年で三十路に」

黒髪「やだ、もうちょっと……」もみもみ

男「もうちょっとなんですか?」

黒髪「……先生ってふけ顔ですね」もみもみ


44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:11:12.02 ID:GUT9ukDzo

男「よく言われます。
 さて、あまりこうしているのも良くありません。
 御用がなければ、今日は帰りますが」

黒髪「あぁん、もう冷たいですね」くねくね

男「わざとらしいですよ」

黒髪「わざとですから。
 そういえば、先生ってひどいですよね。
 猫の声がするとか言って」

男「本当に猫の声を聞いただけですよ」

黒髪「あの時隣にいたじゃない。
 猫なんて居ませんでしたよ。
 ここ、防音しっかりしてるから、
 猫の声なんて聞こえる場所じゃなし」


45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:11:48.00 ID:GUT9ukDzo

男「……そういえばそうでしたね」

黒髪「まったく。それこそわざとらしい。
 ところで、彼女、どうですか?」

男「例の巣篭りさんですか」

黒髪「可愛いでしょ」

男「嫌いなタイプではありませんが。
 そういう話ではありませんからね」

黒髪「ノリが悪いわね。
 折角、カウンセリングが出来るって聞いて、
 ひきこもりの彼女に先生を紹介したのに、
 なんでガンダムとか話してるんですか」ぷぅ


46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:12:16.63 ID:GUT9ukDzo

男「そういう風に頬を膨らませるのは、
 女性では媚びているように見られて、嫌われませんか?」

黒髪「見られなければいいのよ。
 たまには可愛らしいぶりっ子をしてみたい時もあるの」

男「そういうものですかね。
 お約束として、わたしは頬を突くべきでしたか?」

黒髪「それはイヤ」

男「難しいところで」


47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:12:42.98 ID:GUT9ukDzo

黒髪「話をもどしましょ。
 それで、巣篭りちゃんはどうです?」

男「わたしは友人として紹介されましたが、
 カウンセリングの相手として依頼されたわけでは、
 ありませんからね」

黒髪「むう」

男「そういう話をする時期では、まだないですよ。
 ただでさえ顔を合わせない会話は難しいものですから」

黒髪「顔を合わせられるなら、
 ひきこもりになんて成らないわよ」


48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:13:28.24 ID:GUT9ukDzo

男「確かにそうですね。
 とりあえず、また別件で、
 ひきこもりの子のお相手をすることになりましてね。
 こちらはお仕事で」

黒髪「あまり熱心にコチラの事情にかまえない、ですか」

男「少し忙しくなる、程度です。
 カウンセラーとしてのわたしに頼みがある、
 と云われたときに断っていれば、話は違いましたが。

 一人の大人として、関わることにしましたからね。
 それなりに責任を自覚しながら行動しますよ」

黒髪「甘いですね、先生」


49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:13:58.81 ID:GUT9ukDzo

男「甘いからわたしにかまうんですよね、黒髪さん」

黒髪「否定はしませんわ、ふふ」

男「たくましいことです。
 それでは、そろそろビルも閉じる時間です。
 また次の授業でお会いしましょう」

黒髪「あら、twitterではかまってくれないんですか?」

男「気が向けば、お相手しましょう」

黒髪「楽しみにしています」にこっ

 とことこ


50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:14:33.98 ID:GUT9ukDzo

男「ふう……
 どうにも、彼女のお相手は楽ではないですね」

友「おつかれーって、どうしたよ、男」

男「お疲れ様です。
 今まで黒髪さんと話していましてね」

友「特別親しいって、例の生徒か。
 ウチの生徒に手ぇだすなよ?
 って、にらむなよ、冗談だ」

男「にらんでいませんよ。真顔なだけです」


51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:15:05.46 ID:GUT9ukDzo

友「怖いっての。
 もし良かったら、この後どうだ?」くいっ

男「そうですね……
 深夜までは少し時間が有りますし、
 少しで有ればお付き合いしましょう」

友「よし。じゃ、男の車で、
 いつものトコ行こう!」


52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:15:39.49 ID:GUT9ukDzo
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  一日目 居酒屋

友「いやー、やっぱ、
 仕事の後はビールだなっ!
 って、またお前、日本酒かっ」

男「ビールは口に合いませんからね。
 いつもの事でしょう」

友「俺がツッコミ入れるのもいつもの事だろ。
 んで、さあ、話せ! 吐け!
 俺に砂を零させろ!」

男「なんの事ですか?」

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:16:27.88 ID:GUT9ukDzo

友「あの黒髪って娘と、
 お前の仲だよ。
 高校の時からなんだかんだ一緒にいるが、
 あれだけ仲がいい女なんて、いなかったろ」

男「失敬ですね。
 何人かお付き合いもしていましたよ」

友「でもって、
 『律儀すぎて、お付き合いしてる気がしないの』
 なんていわれて、毎回俺が痛飲に誘われてな!」けらけら

男「……」

友「あー、悪い」

男「悪気がないのは分かっています」

友「そう、悪気はない!」


54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:17:19.37 ID:GUT9ukDzo

男「頭が弱いだけなんですよね」

友「そう、頭が――ってなんでやねん!」

男「とりあえず、黒髪さんについてですが、
 特別親しいという事はありませんよ。
 わたしにとっても、彼女にとっても」

友「ん? そうは見えなかったが」

男「彼女の友人に引きこもっている子がいるということで、
 ちょっと相談に乗ってあげて欲しいと云われましてね。

 なんでも、元はわたしの勤めていた、
 あの中学校にいた生徒だとか」

友「あー、そこに責任感感じちゃう?」

男「多少は」


55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:17:46.04 ID:GUT9ukDzo

友「確かに、お前の勤めてた中学はひどかった。
 一介の個人塾にすぎないウチまで、
 悪評が漂ってきてたからな」

男「恥じ入るばかりです」

友「お前は恥じるなよ。
 そこに反発して辞めるなんざ、漢だろ」

男「子供のような所業でしょう」

友「んで、その、
 お前さんにとっての『恥じ』につけいれられて、
 友人の面倒を見てくれと」


56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:19:10.51 ID:GUT9ukDzo

男「最初はただの相談でしたがね。
 わたしがカウンセラーの資格を持っていると聞いたようで。

 自分の世界にひきこもった友人との付き合いに、
 助言を求めに来ただけでしたが、
 わたしの方が放って置けなくなりまして」

友「……ホントに、不器用だな」
男「ありがとうございます」

友「褒めてネェから!」

男「不器用は、褒め言葉だと云ったのは友さんですよ?」

友「そうだっけか?」

男「教育委員会ににらまれたわたしに、
 ウチで働けと声をかけてくれた時、
 理由をきいたら『見捨てられネェからな』と云いましてね。

 わたしが不器用ですねと云った時、
 そう、返されました」


57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:19:40.03 ID:GUT9ukDzo

友「あー、ちょっと後悔してる」

男「御迷惑をおかけして……」

友「おう。大迷惑だ!
 俺より教えるのがうまいだの何だの、
 なんで女生徒の質問者はみんなお前に行くんだ!」

男「……」

友「せっかくジジイのやってた塾継いで、
 女子高生うっはうっはな、
 俺様パラダイスだったのによ。
 奥様は女子高生計画が台無しだ!」

男「……そうですか」


58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:20:13.11 ID:GUT9ukDzo

友「そうですってんだよ!
 あーくそ、酒飲みながら顔色一つ変えやしねぇ」

男「飲まれるようでは未熟ですからね」

友「せっかく、
 お前が来てから塾の人気が上がったとか、
 生徒が口コミで増えて嬉しい悲鳴だとか、
 言ってやろうと思ったのによ」

男「……照れくさいですね」
友「だろ? 酔った方がいい時もあるってもんだ」

男「あなたの隣にいるのが照れくさいです」
友「ぶふぅっ、な、な、なに言ってやがる」

男 ふきふき

友「あ、悪い……だが、その、なんだ、
 男同士でそういう趣味は、俺には……」

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/03/31(木) 00:22:23.40 ID:GUT9ukDzo

男「恥ずかしい方向で、照れくさいです」

友「もげろ!」

男「元気ですねぇ……」

友「お、俺の純情が弄ばれたっ……」だだだっ

男「どこに行く気ですか……
 って、お手洗いですか。
 まったく騒がしい……」

男「しかし、その騒がしさに、
 昔から救われていますからね……」

男「それにしても。
 ひき娘さんに、巣篭もりさん……
 他にも多くの子供たち。
 これからの日本、いえ世界を担うべき子供たちが、
 自分の世界に閉じこもらなくてはならないこの『今』……
 なんとも、なんとも悲しいですね」くいっ


69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:34:32.22 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  二年前 中学校校長室

校長「ふむ、では男くん、
 君が生徒に暴力を振るったと、
 肯定するのかね?」

男「はい」

理事「まあ! なんてことザマショ。
 そんな恐ろしいことをして、
 悪びれもしないなんて」

男「恐ろしい、ですか」

理事「当然ザマス!
 ウチの息子は、
 顔に真っ赤な痕をつけて、
 帰ってきたんザーマス!
 きぃぃ、思い出しただけで、
 はらわたが煮えくり返る思いザマス!」ぜぃぜぃ

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:35:30.16 ID:EaqrA7Aio

校長「まあまあ、
 教育委員会理事様。
 どうか落ち着いてください」

理事「きっ」じろり

校長「……う、むむ。
 とにかく男くん。
 暴力事件はまずいんだよ」

男「そうでしょうね」

校長「ここは、ホラ。
 僕も一緒に頭を下げるから、
 誠意を込めて、理事様に謝罪しよう。な?」

男「……」

校長「君だって将来を嘱望される身だよ。
 まだ、えっと、二十八だったかな?」

男「はい」


71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:35:59.85 ID:EaqrA7Aio

校長「その若さで、いくつか重要資格も取って、
 たしか論文も出していたね。
 大学も、旧帝大だとか。
 運がよければ、あと数年で校長への道もあるって。
 それを台無しにするのは、良くないよ」

男「つまり、
 校内で暴力を振るっていた生徒に対し、
 指導を行ったことを謝罪せよと、
 校長はそうおっしゃっていますか?」

校長「いやぁ。それはね。
 指導はいいよ。
 でも、暴力はやりすぎじゃないかい」

男「では、何によって彼らは、
 自分達の行為の重さを知ることができますか。
 人を、その身体を傷つけ、暴言で弄り、
 笑っていた彼らに」


72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:37:16.47 ID:EaqrA7Aio

校長「根気強く言い聞かせるしかないのさ」

男「そうして卒業してくれるのを待つわけですか」

校長「言い聞かせきる前に卒業してしまうのは、
 遺憾だが仕方の無いことだよ、男くん」

男「……」

校長「普段は冷静な男くんらしくもない。
 なぜそれほどムキになるんだね」

男「わたしには、
 そのような消極的手段で、
 一生の傷を負う生徒達を守れるとは、思いません」


73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:38:58.54 ID:EaqrA7Aio

理事「だから、ウチの子に暴力を振るうと?!
 ウチの子は、信頼する先生のあなたに暴力を振るわれて、
 一生残る心の傷を負ったザマス!
 どう責任取るザマスか!」

男「では、アナタのお子さんが、
 他の生徒を傷つけたことについても、
 正しく責任をとる必要があることを、
 誰が教えますか?」

理事「そんなのは誤解ザマス。
 ウチの子に限って、そんな事はありません」 キリッ

校長「なあ、男くん、頼むよ。
 つまらない意地を張っていないで、
 キチンと謝罪をしてくれないかねえ。

 わたしの任期中にこの学校で事件なんて困るよ、
 まだローンもあるし、娘も社会人になってないんだ」

男 ぎり……っ


74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:39:37.49 ID:EaqrA7Aio

校長「なに、ちゃんと謝罪すれば、
 理事様も悪いようにはしないはずさ。
 ですよね、理事様」

理事「それはウチの子が決めるザマス。
 許せる態度の謝罪であれば、
 節度ある親としてひきさがるザーマスヨ」

校長「な、ほら。謝って来よう」

男「何を……」ぐっ

校長「決まっているだろう。
 君が暴力を振るったことをだよ」

男「何をいってるんですか、あなたたちはっ!!」

校長「……」


75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:41:06.66 ID:EaqrA7Aio

男「彼らによって暴行された生徒は、
 入院していると聞いている!

 にも関わらずその子を嘲笑い、
 説得からも逃げようとした奴らを、
 改心させるために振るった平手に、
 何の謝罪だ!」

理事「そ、そんな事実はないザマスよ!」

校長「ウチはそんな危険な場所じゃないよ。
 その生徒さんは、足を滑らせたのさ。
 めったな事は言わず、
 今ならまだ間に合うから、ほら、なっ」

男「……もみ消す気か」ギリリッッ

男「ふざけないでください……」ジロッ

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:42:06.88 ID:EaqrA7Aio

理事「なんザマスか、その態度は!」びくっ

男「コレが今の教師ですか。
 コレが今の教育なんですか!」

校長「そうだよ。
 そんなねぇ、若くないんだからさ。
 現実を見よう。

 教師が手を上げれば保護者が動く。
 保護者が動けばマスコミが、
 マスコミが動けば、社会が動くんだよ。

 今時、教育的指導なんて言葉ははやらないんだ」

男「……」


77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:42:36.29 ID:EaqrA7Aio

校長「とにかく、事件は困るんだよぉ」

男「なら、わたしは今日から無関係です……」

校長「へ?」

男「わたしは否定します。
 そんな教育を。こんな現場を」

校長「辞めるのかい?」

男「当然です」

校長「……そっか。わかったよ。
 コッチで処理はしておくから、
 今日中に荷物をまとめていって欲しいな」

男「分かりました……」くるっ


 ばたん


78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:43:10.86 ID:EaqrA7Aio

校長「いや、すみませんね。
 彼、流行のツンデレってヤツなんでしょうか。

 大変申し訳なく思っているようですが、
 素直になれなくて、
 引責辞任もあんな言い方なんですよ」

理事「引責辞任なんて、そんなの!
 明らかに反省の色もなかったザマス!
 これはもう、知り合いの新聞記者に書いてもらうザマス」

校長「いやぁ、それは困るんです。
 理事様も、困るでしょ?
 イジメの証拠が、もし、万が一出てきたりしたら」

理事「なっ、そんな事はウチの子は関係ないザマス!」


79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:43:46.56 ID:EaqrA7Aio

校長「そうともいえないんですわ。
 実は、その現場を見たという教員、生徒はいましてね。
 なかなか、派手にやっていたようで……」

理事「そんな事は……」

校長「若さの暴走っていうのは、あるものです。
 ここは一つ、事故って事にしては、くれませんかね?」

理事「……」

校長「教育委員会の理事様の息子さんが、
 暴行傷害なんて、大見出しですよ?
 あなた自身も、危なくなってしまいます」

理事「……しかたありませんわね」

校長「いやぁ、お話が通じてよかった、よかった。
 大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが。
 良ければ保健室で寝ていかれませんか」


80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:44:15.58 ID:EaqrA7Aio

理事「大丈夫ザマス。
 わたしも、失礼するザーマス!」どたどた

 ばたん

校長「……ふぅ。
 若いのは嫌いじゃないけどねぇ。
 僕に関係のないところで、やって欲しいよ。
 そう、ドラマの中やなんかでやって欲しい」

校長 ピポパポ

校長「ああ、守衛くん。
 お客さんがお帰りだから、
 うん、お車までお見送りしてあげてくれないかな?
 僕を置いて出て行っちゃってね」

校長 がちゃ

校長 ぎしぃっ

校長「まったく。
 現場と保護者と自称有識者と。
 それぞれ鮫みたいに僕をにらんでくれる。

 鮫皮にそんなにこすられちゃ、
 すぐに僕なんて削りきられちゃうよ」


81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:50:52.88 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  三日目 男の部屋

 ちゅんちゅん……

男(……夢、ですか)

男 せのびー

男(もう二年。
 まだ、二年でしょうか)

男 ふらふら

男(顔を洗って、
 着替え、食事……)

男(啖呵を切って出てきたものの、
 喧嘩の相手が教育委員会理事ですからね。
 それが公然の秘密では、行く先もなく……)

82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:52:07.49 ID:EaqrA7Aio

男(友さんが拾ってくれなければ、
 今頃飢え死にしていたか、
 それとも日雇いになっていたでしょうか)

男 ばしゃばしゃ

男(今頃こんな夢を見て、
 実は後悔していたのでしょうか)

男(……両親に顔向けできないとは、
 今も思っていますが)

男(当時交際していた彼女も、
 すぐに別れることに……)

男(でも、後悔は、
 していないハズです)


83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:53:01.74 ID:EaqrA7Aio

男(もしあの場で屈していては、
 それこそ後悔していたでしょう)

男(恥じることは、していません……)

男 ごそごそ

男(さて、ひき娘さんは、
 ちゃんと宿題を終わらせているでしょうか。
 少々多めに出しましたが……)


84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:53:54.06 ID:EaqrA7Aio
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  三日目 ひき娘の部屋前

男「では、今日の授業はココまでとしましょう。
 お疲れ様でした」

ひき娘「お、お疲れ様、です」

男「疲れていらっしゃいますね」

ひき娘「うう、信じられないです。
 百ページ以上の英語ドリルと、
 数学の問題集も五十ページ……

 徹夜して必死に終わらせたら、
 さらに宿題が増えました」


85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:54:44.55 ID:EaqrA7Aio

男「増えてはいませんよ。
 終わらせたのなら、
 一日あたりの換算量は、
 むしろ少し減らしています。
 多く見えるのは、次が三日後だからですよ」

ひき娘「ううう……」

男「今は三月で間に合いませんが、
 次の入試には挑める程度にしたいですからね。
 普通の人の倍以上の勉強は必要ですよ」

ひき娘「わ、わたし引きこもりなんで、
 そんなに勉強しても……」

男「受験の有無はお任せしますが、
 ひき娘さんにしっかりと学力をつけてもらう事が、
 わたしの仕事ですので」

86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:55:23.00 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「実は先生って、
 わたしの事をいじめて楽しんでませんか?」

男「藪から棒ですね。
 なぜそのような事を?」

ひき娘「いえ、なんとなく声が笑っているような」

男「笑ってなどいませんよ……くく」

ひき娘「笑ってるじゃないですか!」

男「気のせいです。
 さて、ではそろそろ、私は塾での講義のため、
 失礼させてもらいます」

ひき娘「あ、はい……。
 その、がんばってください」


87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:56:14.94 ID:EaqrA7Aio

男「次の授業は三日後です。
 徹夜は情報が劣化するのでお勧めしません。
 適切に計画を立てて、宿題を終えてください」

ひき娘「絶対量が多いんですよ……」

男「そうですね。
 がんばって今回の宿題を終えたら、
 見直しを検討しましょう」

ひき娘「ホントですか?!」がたたっ

男「ええ。お約束します」

ひき娘「がんばりますっ」

男「では、がんばってください」すたすた


88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:56:49.90 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  三日目 ひき娘の部屋

ひき娘「今回の宿題が出来たら、
 量の見直ししてくれる……」

ひき娘「それなら、がんばらないと!」


----------------------------------
  三日目 男の車

 ぶろろろろ

男「ひきこもりをしているという事で、
 打たれ弱い人だと考えていましたが。
 いやいや、それほどでもないですね」

男「無理な量では無かったですが、
 少しサボれば難しい量です。
 案外、努力家な側面がありますか」

男「もう少し増やす方向で、
 スケジュールの前倒しも有りですね」


90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:57:24.35 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  六日目 ひき娘の部屋前

男「そういえば、ひき娘さん」

ひき娘「ひゃぃ……」

男「返事が死んでいますね」

ひき娘「……」

男「大丈夫ですか?」

ひき娘「らいじょうぶれす……
 ちょっと、つかれたらけれす……」

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:58:12.21 ID:EaqrA7Aio

男「体調が悪いようでしたら、
 もう少し手加減しましたが」

ひき娘「悪くなかったれすけど、
 手加減ほしいれす……」

男「三時間にテスト四本は、
 やはり少しやりすぎましたか……」

ひき娘「ぷしゅー……」

男「すみません。
 普段で有れば顔色を見て判断しますが、
 分からないとつい、
 自分の学生時代が基準になりまして」


93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:58:39.63 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「先生は、
 学生時代は……」

男「もう少し多かったですね。
 基本的に自主学習だったため、
 効率とロスを考えると、
 量で補う形にならざるをえませんでした」

ひき娘「そ、そうですか……」

男「しかし、考えてみれば、
 ひき娘さんは女性ですからね。

 男性のわたしと比較して、
 体力が無いのは当然です。

 次回以降はもう少し、
 ひき娘さんの体力を考えたペースで、
 授業やテストを行いましょう」

ひき娘「うう、お願いします」


94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:59:11.97 ID:EaqrA7Aio

男「ああ、後……
 先ほど聞こうと思ったのですが、
 ひき娘さんは好きなものなど有りますか?」

ひき娘「好きなもの、ですか?」

男「たとえば、イチゴやチョコレートなど、
 甘いものは如何でしょうか」

ひき娘「好きですよー。
 イチゴもチョコも。
 でも、しばらく食べてないですね……
 しばらく……ずっと……」

男「ひき娘さん?」

ひき娘「あれ……
 引きこもってから、実は食べてない?」


95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 00:59:43.01 ID:EaqrA7Aio

男「ひきこもっていれば、
 確かにそうなるかも知れませんね」

ひき娘「うう、思い至らなかったら、
 忘れていられたのに……」

男「……実は今、
 ひき娘さんが勉強をがんばったご褒美に、
 『イチゴミルク練乳・オ・レ
  ~とっても濃厚なお味を召し上がれ~』
 というジュースをコンビニで買ってきていますが」

ひき娘 ごくり

男「飲みたいですか?」

ひき娘 こくこく

男「もしかして、首を振っていますか?
 扉越しに雰囲気は伝わりますが、
 見えないですよ」


96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:00:21.71 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「飲みたいです……」

男「では、お顔を見せてくれたら、
 差し上げましょう」

ひき娘「……え?」

男「いい加減、
 扉越しの授業は難しいですからね。
 声も通りにくいので、
 今日も何度か聞き返してしまいましたし。

 警察騒ぎになった初日に、
 少しだけお会いしたわけですが、
 ここで改めて顔合わせをしましょう」

ひき娘「えっと、その」

男「もちろん、強要はしませんが」


97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:00:48.02 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「ほっ。それなら、
 その、顔合わせとかはまた、
 いつか機会があればで」

男「しかしそうなると」

ひき娘「はい?」

男「私はこのジュースを、
 廊下において立ち去ることになりますよね」

ひき娘「ですね……?」

男「実は祖父母から、
 飲み物や食べ物を床に置くなと、
 厳しく言われて育ったため、
 床においていくのは抵抗があるのですよ。

 いっそ自分が飲んだほうがと、思う程度に」


98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:01:20.89 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「……っ!
 ひ、卑怯です!」

男「卑怯とはなんですか。
 わたしの買ってきたジュースですからね。
 どのように扱っても文句は言われないはずです」

ひき娘「それは、その、そうですけど……」

男「今年のイチゴは出来が良かったと聞きます。
 季節限定のこのジュースも、
 今だけしか味わえない最高の甘さと香りを、
 という謳い文句でした。
 実はわたしも興味があるから買いましてね……」

ひき娘「う、」

男「ちょっと、ストローを差し込んでしまいましょうか」

ひき娘「……」


99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:02:25.98 ID:EaqrA7Aio

男「ああ、コレは……
 実に芳醇な香りです。
 みずみずしいイチゴの、
 口いっぱいに広がる甘酸っぱさが伝わるような香り。
 練乳のしとやかな風味もいいですね」

ひき娘 ごくり

男「やはり、わたしが飲んでしまいましょうか」

ひき娘「うう……」

男「お部屋から出なくなって、
 いえ、人のいないお昼は出ているようですから、
 人と会わなくなって、でしょうか。
 既に二年ほどですか?」

ひき娘「はい……」

男「二年ぶりのイチゴ。
 わたしであれば、大層おいしく感じるものだと思います」にやっ


100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:02:56.44 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「…………うううう」

男「それほど、わたしと会いたくないですか?」

ひき娘「そういうわけでは、
 ないですけど……その、いろいろ」

男「ああ、そうでした。
 女性には気にかける事がいろいろと、
 有るようですからね」

ひき娘「そ、そうです!
 だから、その、今日は……」

男「では、妥協案で如何ですか?」


101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:03:28.47 ID:EaqrA7Aio

ひき娘「妥協案、ですか?」

男「姿を見せなくて構いません。
 右手を扉から出していたらければ、
 手渡ししましょう」

ひき娘「……その、
 のぞきこんだりは」

男「レディの部屋を覗くのは、
 紳士ではありませんね。
 配慮しましょう」

ひき娘「…………うう、
 それくらい、なら」


102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:05:03.59 ID:EaqrA7Aio

 かちゃ

 こそっ

男「では、どうぞ」

 すっ

 ぱたん

ひき娘「あ、ありがとうございます」

男「いえいえ。
 それでは、今日はコレで失礼しますね。
 次回は明後日です。
 宿題はいつもと同じように、
 扉の前においてありますので」

ひき娘「はい。では、その、
 がんばってください」

103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:06:49.48 ID:EaqrA7Aio

男「ええ。では、失礼します」とことこ

男 とことこ

男(心理学的に、扉を開くという行為自体に、
 距離を縮める、壁をなくすという意味があります。
 こうして何度か扉を開くことを繰り返せば、
 自然と距離も縮まるでしょうかね)とことこ

男(しかし、まるで小動物のような動きで……
 鷹におびえる子猫や子ネズミのようでしたね。
 からかってはいけませんが、しかし……)とことこ


104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:07:17.54 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  六日目 ひき娘の部屋

ひき娘「……えへへ。
 イチゴなんて久しぶり~♪」

ひき娘「あれ。でも、未開封って……」

ひき娘「なんていうか、
 すごく手のひらで踊らされている感じだよね」

ひき娘「うう。
 twitterで書いちゃお……」



105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:08:25.02 ID:EaqrA7Aio
----------------------------------
  六日目 TL:sugomori

megane:実は最近、
 小動物を観察するのが楽しくて……

kuro:うーん……
 meganeさんに小動物って、
 イメージ違うかも。

megane:どんなイメージですか(苦笑)

kuro:どんなって言われても、
 ちょっと分からないけど。
 たとえば自然公園にデートで行っても、
 動物とかに思考を割くくらいなら、
 その間仕事について考えてそうな?

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:09:01.71 ID:EaqrA7Aio

megane:否定はしませんが、
 そこまで無粋な人間ではありませんよ。
 月に一度、プラネタリウムに行くのが趣味です。

kuro:ちょ、そんなwwwwwwww

megane:そこまで芝を生やさなくても。

kuro:だってぇー。
 meganeさんに星とか、
 ロマンチックなのがすごく、
 えーっと、ステキです☆

megane:おや、今度はこうもりが。

kuro:どっちつかずって事ですか?

megane:むしろ、真っ黒という意味です。


107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:09:35.27 ID:EaqrA7Aio

sugomori:ちょっとkuroさん、
 聞いてください(>_<*)

kuro:んん?
 わたしとmeganeさんの愛の語らいをさえぎる、
 すごいニュース?

sugomori:え、お二人って……

megane:わたしがからかわれるような間柄です。

kuro:えーそんなー。
 あたし、からかってなんかいないですよ?(棒読み)

megane:御丁寧にどうも(苦笑)


108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:10:02.36 ID:EaqrA7Aio

sugomori:えっと、その……

kuro:で、なに?
 じゃれてるだけだから、
 気にしないでいいのよ?

sugomori:えっとね。
 今日はまた、あの人が来たんだけど!

kuro:おおー。
 竹取物語の求婚者みたいね。

sugomori:そういうのは、ないけど。
 でもね! すごく意地悪だったんですよ!!
 (ノω・。)

kuro:んー。
 まあ、わかるかも?

sugomori:何がです?


109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:10:28.62 ID:EaqrA7Aio

kuro:いやー。
 sugomoriって、いじめて楽しいタイプだし?
 あ、そうだ。
 こんど遊びに行かせてよ!
 いっぱい可愛がって、あ・げ・る♪

sugomori:Σ(・□・;;;

megane:む。
 すみませんが、時間来たので、
 今日は失礼しますね。

kuro:あ、あたしもー。

sugomori:そんな、
 このもやもやした気持ち、
 どうすればいいんですかっ!


110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/01(金) 01:10:57.09 ID:EaqrA7Aio

kuro:それはもう、自家発電で!

sugomori:自家発電?

kuro:あー

sugomori:ググって来たほうがいい?

kuro:いやいやいや!
 しないでいいから。
 あんたはそのままでいいの。
 うん。

sugomori:??

kuro:じゃ、わたしも行かないと!

sugomori:後で教えてくださいねー。

kuro:考えておくっ。


120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:15:33.84 ID:JqlxdhNUo
----------------------------------
  十五日目 ひき娘の部屋

男「はい、それでは今日の授業はココまで。
 今日の範囲は重要なので、
 よく復習しておいてください」

ひき娘「ううう、はいぃ……」

男「いつもそんな声ですね。
 そろそろ半月です。
 慣れてもいいと思いますが」

ひき娘「半月もこんな調子じゃ、
 すぐ死んじゃいますよ……
 がんばって生き延びてるほうです……」


121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:16:04.85 ID:JqlxdhNUo

男「確かに、がんばっていますね」

ひき娘「で、ですよね……」

男「英単語テストも平均点が上がってますね。
 基本千二百語は現段階で、
 七割くらいでしょうか。
 最初が四割だったことを考えれば、
 悪くない上昇率だと思います」

ひき娘「おー。
 それなりに上がってますか」

男「それなりに、ですがね。
 この努力を維持して、
 四月半ばにはマスターしましょう」

ひき娘「ううう……」


122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:16:37.17 ID:JqlxdhNUo

男「数学も伸びていますね。
 いえ、使い方を学んだという事でしょうか。.

 中学一年生の範囲を中心とした基本総復習テストは、
 九割ほど出来ていますね。
 苦手な図形を補いつつ、
 やっていない範囲がある二年生の範囲に、
 足を踏み入れても良い頃でしょう」

ひき娘「よかった、
 必死に思い出した甲斐がありました……」

男「国語については、
 文法に多少苦手意識が見られますが、
 それ以外は最初から高いレベルでしたね」

ひき娘「そうなんですか?」


123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:17:26.41 ID:JqlxdhNUo

男「センスが良い、という言葉はどうかと思いますが、
 そんな印象がありますね。
 読書量の多さがそこに結びついているのでしょう。
 特にすばらしいのは古文ですね」

ひき娘「あー……あはは」

男「どうかしましたか?」

ひき娘「なんでも、ないです。
 褒めて貰ったのが久しぶりだから、
 ちょっと浮かれただけです」

ひき娘(ネオロマにハマったから、
 なんて言えないよー)

男「なるほど。
 僕は出来るようになれば褒める主義です。
 これからも努力すれば、
 認めますよ」


124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:18:15.28 ID:JqlxdhNUo

ひき娘「それなら、
 もっと褒めて貰えるように、
 がんばります」

男「はい。
 では、今回は少し多めに宿題を出しましょうか」

ひき娘「ひぃ、ソレは許してください……」がたっ

男「冗談です。
 では、無理しない程度に、
 がんばってください」

ひき娘「はい……」

男「よっこいしょ……と、おややっ」ぐらっ

 どたーん!

ひき娘「だ、大丈夫ですか?!」


125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:18:44.10 ID:JqlxdhNUo

男「ええ、大丈夫ですよ。
 大した事は……痛たた……」

ひき娘「…………っ」

 かちゃ

ひき娘「………………」そっ

男「ああ、すみません。
 心配をおかけして」

ひき娘「そ、その――」こそっ

男「実はちょっと、
 腰を悪くしていましてね。
 立ち上がり損ねてしまいました」


126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:19:11.43 ID:JqlxdhNUo

ひき娘(少し恥ずかしそうな苦笑い。
 初めて見た時はただ、
 泥棒だと思って怖かったけど、
 優しそうな人)

男「よいしょ、つっ。
 歳は取りたくないですねぇ」

ひき娘(そっか。
 廊下で教えるって、
 ずっとココで座ってるって事で)

男「どうして、
 申し訳なさそうな顔をするんですか?」

ひき娘「あ、あの、その……」

男「はい」


127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:19:39.43 ID:JqlxdhNUo

ひき娘「え、えっと……」

男「ちょっと、深呼吸しましょうか。
 はい、すってー」
ひき娘 すー

男「はいて」
ひき娘 はー

男「すってー」
ひき娘 すー

男「はいて」
ひき娘 はー

男「さらに吐いて」
ひき娘 っ、はー……けほっ

ひき娘「ひ、ひどいです……」じっ


128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:20:11.10 ID:JqlxdhNUo

男「すみません。
 緊張しているようだったので、つい」

ひき娘「う、うう……」(////

男「緊張は解けましたか?」

ひき娘「少しだけ……」

男「はい。
 御心配をおかけしてすみませんでした。
 ただ、お会いできて嬉しいですよ。
 ひき娘さん」

ひき娘「あ……。はい……」

男「改めてはじめまして。
 男と云います」にこっ

ひき娘「……ひき娘、です。
 その、ずっと、廊下なんかで授業させて、
 ごめんなさい」へこっ


129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:20:40.99 ID:JqlxdhNUo

男「気になさらないで下さい。
 コレも仕事です」

ひき娘「……」

男「さて、今日は失礼しますね。
 そろそろ塾の授業の準備があります……」

ひき娘「はい。
 その、えっと……」

男「どうしましたか?」

ひき娘「じ、次回は、その、
 お部屋の片付け、しておきます」

男「……はい」にこっ


130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:21:09.09 ID:JqlxdhNUo
----------------------------------
  十五日目 黒髪の部屋

 prrr prrrr

黒髪「はい。黒髪です」

ひき娘<あ、黒髪さん……>

黒髪「あら、こんばんは。
 ひき娘から電話なんて、久しぶりね。
 今日はtwitterじゃないの?」

ひき娘<うん。
 その、久しぶりに、
 黒髪さんの声が聞きたくて>

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:21:38.35 ID:JqlxdhNUo

黒髪「嬉しいこと言ってくれるわね。
 ふふ、何も出ないわよ?」

ひき娘<嬉しいの?>

黒髪「そりゃもちろんね。
 人間不信しちゃってる子が、
 自分から電話してくれるのよ?
 嬉しいに決まってるじゃない」

ひき娘<別に、そんなんじゃ……>

黒髪「そんなんでしょ。
 人間恐怖症のひきこもりだし、
 いらない見栄張らなくていいの」

ひき娘<う、うん>


133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:22:05.69 ID:JqlxdhNUo

黒髪「それで、
 どうしたの?
 声が聞きたかったの――とか、
 そんな可愛い理由かしら」

ひき娘<えっと、その。
 ちょっと話したいけど、
 大丈夫?>

黒髪「いいわよ。
 あ、ちょっとだけ、
 雑用済ませてからでいいかしら」

ひき娘<うん。いいよ>

黒髪「じゃ、いったん切るわね。
 改めて電話するから」

ひき娘<待ってるね>

 つーつーつー


134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:22:32.04 ID:JqlxdhNUo

黒髪「ふふ、
 あの子が自分から電話、ね。
 それにしても――」くるっ

黒髪「せっかくひき娘から、
 電話もらったっていうのに……」

黒髪父「すまんな」

黒髪「いいわよ。
 これでも外務省官僚の娘として、
 心得ているわ」

黒髪父「その友人を待たせんためにも、
 早々に済ませてしまおう」

黒髪「そうね。
 それで、確認だけど、
 ロシア外相との秘密会談について、
 本当にリークするの?」


135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:22:58.12 ID:JqlxdhNUo

黒髪父「全てではないがな。
 夕日新聞の政治部に渡せるか?
 表向き、私にかかわりが無い場所が望ましい」

黒髪「できるわよ。
 それなら、談合社のゴシップ雑誌にも声をかけるわ。
 こっちも私のコネクションだから、
 父さんにはつながらないし。
 ロシアって事は、流すのは四島問題について?」

黒髪父「いや、不意打ち訪問とその接待についてだけだ。
 四島問題はまだデリケートだから、
 下手に触れればあたり一帯を吹き飛ばすぞ。

 今のロシア駐在大使を追い落とすのが目的だ。
 そこまでする必要はない」

黒髪「追い落とすの?
 ……もしかしてこの不意打ち訪問、
 もう一つ何か裏があるの?」


136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:24:07.10 ID:JqlxdhNUo

黒髪父「もちろんだ。
 親露派が接触を取って、
 四島問題とレアメタル貿易について、
 極秘会談が行われた。

 ついでに、メタンハイドレートについても、
 いくつか採掘技術の交換提案が有ったみたいだが、
 まあ、それはどうでもいい」

黒髪「どうして?
 地中のハイドレート採掘技術は、
 日本ならかなり高い水準で実用化できるでしょ?
 水中じゃないんだし」

黒髪父「日本の研究機関はスパイ対策が弱いからな、
 手札なんぞ最初から相手に丸見えだ。

 技術分野で日本が諸外国に対抗するには、
 研究機関への意識改革からはじめねばならんよ。

 ちなみに、会談は親露派から提案したらしい。
 連中ははなから舐めきられていたのが印象的だったよ。
 結局、大した会談にはならなかったようだ」

黒髪「……どこでそんな情報、
 手に入れてくるのよ」


137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:25:02.81 ID:JqlxdhNUo

黒髪父「さてな。
 とりあえず今回は、
 その親露派の男が駐在大使でなくなればいい。

 各部に根回しをして、
 不意打ち訪問自体をもみ消したつもりらしいが……

 連中はまだまだ詰めが甘い。
 せっかくの機会だ、使わせて貰おう」

黒髪「流しておくわ。
 ホント、インターネットって便利ね。
 確度が高い情報屋として、
 あっさりコネクションが出来ちゃったわ」

黒髪父「不本意なように言うが、
 違うだろう?」

黒髪「そうね。
 刺激的で、楽しいわよ。

 コネクションを作るのも、
 父さんの仕事を継いで外務官僚になりたいって、
 私の夢のためにとても有用ね。

 だから、一部を除けば不本意じゃないわ」

138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:25:29.57 ID:JqlxdhNUo

黒髪父「ほう、その不満はなんだ」

黒髪「お仕事のお手伝いをする、
 頭が良くて気が利いて可愛い健気な娘を、
 お父さんが褒めてくれない事よ」

黒髪父「……わざとらしい事だ。
 今度、休みが取れたら、
 どこか連れて行ってやろうか?」

黒髪「どこにだって自分で行けるわよ。
 そういう時は、
 頭を撫でてくれるのが一番よ」

黒髪父「くく、そうか。
 確かにそうだな」なで、なで

黒髪「……ありがと。
 それじゃ、ひき娘が待ってるから」

黒髪父「確かに任せたぞ」とことこ

 ぱたん


139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:25:56.22 ID:JqlxdhNUo

黒髪「ふぅ……疲れる人」

 かたかたかたかた

黒髪「何が外務省のクロマクよ。
 父親としては最低……」

 かたかたかたかた

黒髪「ま、人としては嫌いじゃないから、
 その点はいいけどね。
 リークした情報は私のコネの維持材料になるし」

 かたかたかたかた

 たたんっ

黒髪「さて、用も終わったし、
 ひき娘の声でも聞いて、
 リラックスしようかしら」


140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:26:46.73 ID:JqlxdhNUo

 prrr prrrr

ひき娘<はい、ひき娘です>

黒髪「お待たせ。
 今良いかしら?」

ひき娘<うん。大丈夫だよ。
 黒髪さんこそ、大丈夫?>

黒髪「父さんとちょっと話しただけ。
 問題ないわ」

ひき娘<良かった。
 えと、それで……
 実はこないだ話したお客さんなんだけど>

黒髪「そういえば熱心に来てるみたいね。
 その後どうなの?」わくわく

ひき娘<えっとね、
 今日はじめて顔を見て>

黒髪「あんたが自分から顔出すなんて、
 ひきこもってから初めてじゃない?
 妬いちゃうわー」


141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:27:17.13 ID:JqlxdhNUo

ひき娘<妬いちゃう?>

黒髪「だって、
 ひき娘ったら、親友の私に対しても、
 今は会いたくないからって、
 ずっと扉閉じきってたじゃない」

ひき娘<……まさか、
 窓から入ろうとしてくるとは、
 思ってなかったからね……>

黒髪「親友が人間不信で寂しい思いしてるのよ?
 押し付けたくなるくらい、
 あんたの事を大切に思ってる人がいるって、
 とりあえず伝えないと」

ひき娘<おかげで、ちょっとだけ救われたからね>

黒髪「だって私が乗り込んだのよ?
 人の一人や二人救われるわよ」


142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:27:43.40 ID:JqlxdhNUo

ひき娘<あはは、ありがとー>

黒髪「どういたしまして。
 それで、どうなの? その人とは」

ひき娘<えっと、その。
 次に来たときには、
 お部屋に入ってもらおうかなって>

黒髪「おおー、良いわね。
 この二年で部屋に入るの、
 二人目?」

ひき娘<うん。
 お母さんはやっぱり、
 ちょっとまだ距離があるからね……>


143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:28:10.13 ID:JqlxdhNUo

黒髪「……そっか。
 じゃ、とりあえず、
 うまくいく事を願っておくわ」

ひき娘<うまくいくって、何が?>

黒髪「何かよ。
 その出会いが良かったって、
 言えるものになるように、とか。
 イロイロね」

ひき娘<……うん>

黒髪「話はそれだけ?」

ひき娘<うん。聞いてくれてありがと>

黒髪「気にしないでいいのよ。
 お礼は今度、ディナーでね」

ひき娘<えっ?!>


144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/02(土) 14:28:38.76 ID:JqlxdhNUo

黒髪「その後は添い寝とかしてくれると、
 私としては嬉しいなー」

ひき娘<あ、お泊りしに来るの?>

黒髪「そう。小さい頃みたいにね」

ひき娘<うん。
 たぶん、今なら、大丈夫……>

黒髪「よかった。
 またメールとかで、
 詳しい日とか決めましょう。
 今日はちょっと疲れたから、
 そろそろ寝る事にするわね」

ひき娘<おやすみ、黒髪さん>

黒髪「おやすみ、ひき娘。
 いい夢見なさい」

 つーつーつー


162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:54:13.34 ID:Ta6SI7TUo
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  十七日目 ひき娘の部屋

 こんこんこん

ひき娘「は、はひっ」とことこ

 かちゃ……

男「こんにちは」にこ

ひき娘「こ……こんにちは。
 ……その、どうぞ」へこっ

男「……お邪魔します、と、
 言いたいところですが、
 本当に大丈夫ですか?」

163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:54:39.42 ID:Ta6SI7TUo

ひき娘「えっと、その。
 緊張しますが……
 でも、廊下で教えてもらうのは、
 やっぱり礼儀として、
 どうかとおもいますし」ぶつぶつ

男「それでも、必要以上に緊張しては、
 身に付くものも身につきません。
 もしお加減が優れないようでしたら、
 わたしは構いませんよ?」

ひき娘「い、いえ。
 大丈夫、です」

男「……それでは、
 失礼して、お邪魔させていただきます」

 とことこ


164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:55:08.33 ID:Ta6SI7TUo

ひき娘「えっと、その。
 緊張しますが……
 でも、廊下で教えてもらうのは、
 やっぱり礼儀として、
 どうかとおもいますし」ぶつぶつ

男「それでも、必要以上に緊張しては、
 身に付くものも身につきません。
 もしお加減が優れないようでしたら、
 わたしは構いませんよ?」

ひき娘「い、いえ。
 大丈夫、です」

男「……それでは、
 失礼して、お邪魔させていただきます」

 とことこ

 ぱたん


165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:55:36.54 ID:Ta6SI7TUo

男(思ったより部屋が質素ですね。
 片付いているというより、
 あまりモノが無いような。
 置かれていた跡も見えません)


ひき娘「その、こちらに、
 おかけください」

男「ありがとうございます。
 
ひき娘「その、粗茶ですが……」こぽぽぽ

男「ありがとうございます」

ひき娘「考えてみたら、
 今までお茶もお出ししないで……
 ごめんなさい」


167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:56:06.55 ID:Ta6SI7TUo

男「大丈夫ですよ。
 実は今日も、自分の飲み物は買ってきていますからね」

ひき娘「はい……」

男「……」

ひき娘「……」

男(か、会話が)

ひき娘(会話が続かないですっ)

男「そ、それじゃ、
 そろそろ勉強を始めましょうか」

ひき娘「は、はいっ」

男(予想よりも早く、
 こうして隣に座ることができるようになりましたが……
 話題にできるものが見つからず、
 積極的に会話する子でもない……
 わかっていましたが、これは難しいですね)


168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/04/12(火) 23:57:21.45 ID:Ta6SI7TUo
----------------------------------
  十七日目 ひき娘の部屋

男「では、ペンを置いてください」

ひき娘「はい。……ふぅー」

男 ぺらぺらぺらー

男 とんとんとん

ひき娘「何度やっても、
 やっぱりテストは慣れないなぁ……」

男「そもそも、ひき娘さんには、
 その絶対量が足りていませんからね。
 学力の確認もありますが、
 テストの経験をつむ目的もあります」

169: 鳥わすれてた。。//// ◆LZfAlLlryk 2011/04/12(火) 23:58:03.50 ID:Ta6SI7TUo

ひき娘「うう……」

男「さて、今日はコレくらいにしましょうか」

ひき娘「え、でも。
 今日はまだいつもの半分くらいしか……」

男「半分ではありません。
 三分の二ですよ」

ひき娘「……やっぱり、いつもより少ないですよね」

男「御不満ですか?」にやっ

ひき娘「そういうわけでは、無いですけど。
 ちょっと違和感があって」もじもじ

男「そうですね。
 こうしてお話できる程度には、
 まだ余力があるようです。
 ただ、集中力はどうでしょうか」


170: ◆LZfAlLlryk 2011/04/12(火) 23:58:55.76 ID:Ta6SI7TUo

ひき娘「え?」

男「いつもより誤答率が高いです。
 それも、いつもより些細な点で。
 普段隣にいないわたしがいること。
 そして、寝不足でしょうかね?
 少し眠そうに見えます」

ひき娘「その、ごめんなさい」

男「……何に対する謝罪ですか?」

ひき娘「えっと、
 せっかく来てもらってるのに」

男「仕事ですから」

ひき娘「……」

男 ちらっ

男「まだ少し時間が有りますね。
 もしよければ、少し雑談などいかがですか?」

ひき娘「雑談、ですか?」


171: ◆LZfAlLlryk 2011/04/12(火) 23:59:48.56 ID:Ta6SI7TUo

男「はい。
 ……このお部屋の窓ですが、
 この時間に日が差しこむという事は、
 西と北にありますね」

ひき娘「えっと、
 たぶん、そうですね」

男「窓の外を見る事はありますか?」

ひき娘「たまに、
 電話をしながら、くらいですけど」

男「なるほど、
 では今夜は北の窓に目を向けてみませんか?」


ひき娘「なにか有るんですか?」

男「四月はまだですが、
 春の星座として、
 こぐま座とおおぐま座というのがあります。
 それが見えるんですよ」


172: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:00:26.55 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「星、ですか」

男「わたしは歴史や神話に興味を持って、
 民俗学を学ぶために、
 大学に行きましてね」

ひき娘「民俗学……」

男「はい。
 その国の人たちが何を思い、
 どんな風に暮らすことを求め、
 その歴史を積み重ねてきたかを見る学問です。

 古い物や、人々の話、物語から、
 その文化を読み解くのが民俗学です」

ひき娘「それが、どうして星座なんです?」


173: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:00:55.05 ID:WjMVrQHeo

男「……そうですね。
 ひき娘さんはどうして、
 星座なんてものがあると思いますか?」

ひき娘「どうしてって……」

男「わたしが生まれるはるか昔。
 日本が日本と呼ばれる前から有るわけです。
 それがどうしてかなんて、
 想像することしかできませんがね。
 テストと違って正解はありません。
 想像してみてください」

ひき娘「…………」

男「…………」

ひき娘「ずっと昔の人ですよね、
 星座を考えたの」


174: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:02:01.51 ID:WjMVrQHeo

男「そうですね。
 最古はエジプト文明だと言われています。
 その流れを汲んで、メソポタミア。
 そしてギリシアへ伝わった、といいます。

 明確にいつから規定されたかは、
 さすがに私も研究ノートを見ないと思い出せませんし、
 また新たな発見によって更新された、
 と云う可能性もあるので、言及は避けますが……

 紀元前九世紀、ホメーロスの二大叙事詩で、
 すでにいくつかの名前があります」

ひき娘「えっと、今は二十一世紀だから、
 三千年まえかな?」

男「二千九百年前です。
 コレはテストで出しましたよ」

ひき娘「はうっ」

男「一世紀は西暦1年から始まり、
 西暦100年までを言います。
 しかし、紀元前一世紀は紀元101年から、
 西暦0年までをあらわします。

 紀元前ゼロ世紀が無い分、
 混乱が生じやすい部分ですね。
 これは、再テストでしょうか」にやっ


175: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:02:34.85 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「うう、せっかく教えてもらったのに、
 ごめんなさい」

男「構いません。
 来週に伝えるつもりでしたが、
 再来週には今月のまとめテストの予定でしたから。

 一ヶ月経って覚えている知識は、三割あれば上等です。
 三度繰り返して、ようやく覚えきれるというところでしょうか。

 ペースも速いですからね。
 忘れても、覚えなおせば良いのですよ。
 繰り返しこそが、力になります。
 そして、わたしは何度でも教えますよ」

ひき娘「……はい」

男「さて、では話を戻しましょうか。
 彼らはなぜ、星座を考えたと思いますか?」

ひき娘「…………えっと、必要だったから?」


176: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:03:00.53 ID:WjMVrQHeo

男「悪くはないですよ。
 ただ、足りません」

ひき娘「えーっと、えーっと……」

男「降参しますか?」

ひき娘「……はい」

男「必要だから、というのはその通り。
 古代エジプトでは、
 暦を作るうえで、星は重要な資料でした。
 一年をかけてめぐってくる星を見分け、
 その行き来で時期を明確にしたわけです。

 そしてその覚え方として、
 いくつかの星を一まとめにするという方法があり、
 それが星座の始まりだと言われています」

ひき娘「はい」


177: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:03:29.82 ID:WjMVrQHeo

男「では、足りなかったのは何か。
 ……ロマン、ですよ」にやっ

ひき娘「ろ、ろまん、ですか」

男「目を閉じてください」

ひき娘「はい?」

男「目を閉じて、
 深呼吸してみてください」

ひき娘「……はい」

ひき娘 すー、はー

男「いま、ひき娘さんは、
 一面の広い昼の草原に立っています。
 太陽の光に照らされた、
 緑の豊かな草原。
 深呼吸をするごとに、
 ひき娘さんの想像する草原は、
 少しずつ現実的になっていきます」


178: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:04:08.77 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「……はい」

男「遠くを見つめれば、
 小さく森があります。
 そして後ろを見れば、遠くに山が。
 それ以外は何もない、
 たださわやかな風が吹き抜けて、
 草が囁くばかりの草原です」

ひき娘「……」

男「草原を照らしていた太陽が、
 ゆっくりと傾いて、
 ひき娘さんの足元の影を伸ばしながら、
 やがて赤く色を変えて、沈みます」

ひき娘「……」

男「そして空の青色が濃くなって、
 広い空の向こうに、
 ぼんやりと星が輝き始めます」


179: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:04:43.96 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「でも、
 星なんて、見たこと無くて」

男「……想像でいいですよ。
 さて、そんな時にあたりを見回して、
 ひき娘さんには何が見えますか?」

ひき娘「えっと、草原と、森と、山と……」

男「本当に、見えますか?」


ひき娘「え?」

男「月が昇らなければ、
 夜はひどく暗いものです。
 近ければうっすらと見えますが、
 遠くの小さな森などは見えませんよ」

ひき娘「……そっか」


180: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:05:37.76 ID:WjMVrQHeo

男「そんな時に、
 空を見上げて、満天の星空があったら。
 そして、毎晩やってくる夜に、
 その星しか見るものがなければ」

ひき娘「星を見るくらいしか、できない」

男「そして、ふと気がつくんです。
 いくつかの強い光を結びつけると、
 何かの形になるのではないか、と」

ひき娘「そうやって想像を膨らませたのが」


181: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:06:07.02 ID:WjMVrQHeo

男「はい。きっとそれが、
 今の星座の成り立ちです。

 蝋燭も油も貴重だった時代。
 人は日がくれると眠り、
 日が昇ると目を覚ます。

 それでも眠れない夜はあり、
 また、眠りたくない夜もあったでしょう。
 恋人と語り明かしたくなるような。

 そんな時には空を見つめて、
 きっと星を肴にお酒を飲んだり、
 会話の手がかりにした事でしょう……

 想像に過ぎませんが」ぽりぽり

ひき娘(少しだけ照れくさそうにわらって。
 頬をかく仕草が、子供みたい)


182: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:06:33.87 ID:WjMVrQHeo

男「そして、
 春の星座であるこぐま座は、
 そんな紀元前九世紀、
 ホメーロスが見ていた星です。

 その二千九百年。
 どれだけの人たちが、
 何を思ってその星を見つめたか。
 それを思うだけで、
 なんとなく幸せになったり、
 切なくなったりしませんか?」

ひき娘「……はい」

男「そして、星座には、
 神話をはじめとした様々な物語があります。

 実は、有名な星座の神話には、
 少し悲しい話が多いのですよ」

ひき娘「そうなんですか?」


183: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:07:43.97 ID:WjMVrQHeo

男「厳密に統計を取ったわけではないですが、
 おおよその実感として。

 そこからまた、
 僕達民俗学者は想像するんです。

 その神話が生まれた時代の人たちが、
 どんな物語をこのんだのか。
 どんなものを使っていたのか。
 どんな神を信仰していたのか。

 そうした神話は、
 二千九百年かけた長大な伝言ゲームです。
 同じ星、同じ神についての話でも、
 どの民族が伝えたか、
 伝えられた先の民族の文化や、
 風習、その時の流行によって微妙に変わり、
 同じ神話でも大きな違いが生じます。

 想像して、その想像を裏付ける証拠を集めるわけです。

 その伝わり方の違いからも、
 それぞれの人たちの事がわかるわけですね」


184: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:08:14.44 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「……なんだか、
 すごく不思議ですね」

男「もっとも、星座の基本は同じです。
 星をつなげて、その形から想像する。
 つなげた形から、その星を覚える」

ひき娘「はい」

男「実は、現代でも、
 多くのある職業の人たちが、
 星座とその逸話を作っているんです。
 どんな人たちだと思いますか?」

ひき娘「う……
 今度こそあてたいけど……」

男「……」


185: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:09:01.89 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「……ごめんなさい」

男「少し意地悪な話ですからね。
 答えは、教師です」

ひき娘「……先生、ですか?」

男「その通りですよ。
 国語、英語、歴史、地理、
 倫理、政治・経済、
 数学、地学、化学、
 物理学、生物学……
 これらの教科は高校で触れますね。

 そして、この中にはそれぞれ、
 単元ごとに違う名前の星が詰まっています」

ひき娘「その星をつなげて、
 名前をつけて、逸話を?」


186: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:09:38.86 ID:WjMVrQHeo

男「はい。
 系統立てて、掛け算は足し算の発展だとか。
 高校で倣う三角関数の問題には、
 中学生が習う、三角形の相似形の問題が隠されているとか。
 そうした話をするわけです。

 でも、それだけじゃ、ないんですよ」

ひき娘「違うんですか?」


男「コレは私の恩師の言葉ですがね。

 『学問とは、星の発見のようなものだ。
 まずは肉眼で見てわかるものを、
 人は結びつけた。
 次に、望遠鏡を手に取った。
 やがて宇宙から眺めるようになる。
 そこには一歩一歩の積み重ねが見えるはずだ。

 そして星座という形でその連なりが見えるはずだ』と」


187: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:10:18.65 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「その、つまり……」

男「いま古代ギリシアの星座の話をしましたが、
 この古代ギリシアという『歴史』の一ページと、
 天文学――高校生では『地学』として学ぶ分野が、
 後で学んで貰う『三角関数』という『数学』に、
 結びつくことになります。

 古代ギリシアには、
 ピタゴラスという人がいるのですが、
 知っていますか?」

ひき娘「えっと、ピタゴラスの定理って、
 名前だけは」


188: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:11:04.56 ID:WjMVrQHeo

男「その定理を発見した人ですね。

 三つの辺、辺a、辺b、辺cによってできる、
 直角三角形の三辺の比率は、
 cを斜辺(直角に触れない辺)とすると、
 aの二乗とbの二乗を足したものが、
 cの二乗と一致するというものです。

 そして彼は数学者であると同時に、
 哲学者でもあり、音楽家であり、宗教家でした」

ひき娘「え、え……」


189: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:11:45.93 ID:WjMVrQHeo

男「この世は全て数字によって説明できると、
 そういう考えだったのです。
 だから、音楽家でも宗教家でも数学家でも、
 彼の中では矛盾してないんですよ。

 そして、そのピタゴラス的な考えは、
 当時のギリシアではとても流行しました。

 数学という証明手段で、
 それまで神の恩恵と呼ばれていた、
 世界の神秘を知ることこそが、
 一つの信仰の形となったのです。

 そして、そんな考えを受け継いで、
 星がどうして空を回るのかを考えたのが、
 ヒッパルコスという、
 紀元前二世紀の学者です。

 星がどうしてどのように回るのか。
 それを、数学的に考えるために、
 『ピタゴラスの定理』や、
 ひき娘さんが今苦手にしている、
 『三角形の相似』を整理、研究されて、
 『三角関数』が生み出されました」

ひき娘「うわ……」


190: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:12:38.33 ID:WjMVrQHeo

男「どうです?
 星座は見えましたか?」

ひき娘「うん、あ、はい。
 なんとなく、それまではただの計算で、
 三角形の相似とか、
 使わない無駄なものみたいだったのに」

男「現代ではあまり使いませんが、
 特に図形の三角法を先に学ぶのは、
 そこから派生した物が多いからです。

 日本史でやりますが、
 十八世紀から十九世紀にかけて、
 伊能忠敬という人が、
 日本中を歩いて地図を作っています」

ひき娘「あ、それは小学校とかでも、
 ちょっと見た気がしますよ」


191: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:13:12.68 ID:WjMVrQHeo

男「その伊能忠敬さんが、
 正しく測量するために駆使したのが、
 先ほどの三角法でした。
 それによって、
 現在使われているものとほぼ変わらない、
 高精度な地図が作られています。

 つまり、つい二百年ほど前まで、
 三角法による測量は現役だったんです。
 コレは『歴史』と『地理』の分類ですね」

ひき娘「すごい。
 どんどんつながって……」


192: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:14:59.56 ID:WjMVrQHeo

男「さらに、測量は海の上でも重要でした。
 『歴史』で大航海時代と呼ばれる十六世紀末。
 スペインが他の国を差し置いて、
 黄金があふれる新大陸と呼ばれたアメリカと、
 頻繁に交易することができたのは、
 その測量技術が優れていたからです。

 大航海時代は多くの人々が海を行きかい、
 その人たちは、
 自分達の文化を他に伝え、
 また他の文化を持ち帰る役目もありました。

 彼らがその往来によって伝えたのは、
 数学や言語学、医学、本草学などもそうですが、
 神話や民間伝承などもその伝え広まった文化です。

 そうして文化が混ざり合う中で、
 いつの間にか人々は、
 本来自分達が持っていた文化を忘れそうになります。

 そこで、ソレを再発見するための研究が、
 わたしが学んでいた『民俗学』なのです」

ひき娘「ぐるっと、一周しちゃった……」


194: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:15:36.04 ID:WjMVrQHeo

男「文系、理系。
 それぞれの各教科の系統立てた分類は、
 参照する場合には非常に有効です。

 また、テストをする場合にも有効です。

 しかし、人の記憶は、
 星の位置だけを覚えることには向いていません。

 人の記憶が覚えるのは、
 星のつながりであり、
 そのつながりを覚える補助として、
 物語や歴史があります。

 星を見るだけなら、誰でもできます。
 しかし、そこに星座というつながりと、
 その物語(ロマン)を伝えられるのが、
 教師なのだと、わたしは思っています」

ひき娘「…………」


195: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:16:08.09 ID:WjMVrQHeo

男「ひき娘さん?」

ひき娘 ぽけーっ

男 手ふりふり

ひき娘 はっ、びくっ

男「どうしました?」

ひき娘「そ、その。
 今まで勉強したのが、
 全部そうやってつながってたらって、
 そう考えたら、すごく、
 すごいなって気分で……」あせあせ

男 にこっ

ひき娘「今日は、その、
 先生が帰ったら、星を見てみます!」

男「はい」にこっ


196: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:16:37.70 ID:WjMVrQHeo

男「と、それでは時間ですね。
 次は週明けなので、三日後ですか」

ひき娘「あう……」

男「残念ですか?」

ひき娘「その、勉強が楽しそうかもって、
 お話を聞いて、そう思ったんですけど」

男「では、多めに宿題を出しても平気ですね」

ひき娘「へ?」

男「このドリルの後半のまとめ全てと、
 それから、英単語も今回は多めにやりましょう。
 後は歴史の資料集のここからここまでを読んで、
 重要部分をまとめてください。
 後、ここからここまでの漢字の暗記と――」


197: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:17:14.74 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「ま、まま、まって下さいっ。
 そんなにあったら寝られないですよ!」

男「大丈夫ですよ。なんとかなります」にぃっ

ひき娘(意地悪な笑顔だっ。
 この人、悪人ですよっ。
 今更だけど悪い人ですっ!)

男「がんばったら、
 御褒美があるかも知れませんよ?」

ひき娘「え、えっと、それは」

男「がんばってからのお楽しみです。
 それでは、失礼しますね」


198: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:17:41.30 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「あ、はい。
 今日もありがとうございました」

男「いえいえ。仕事ですから」とことこ

 ぱたん

ひき娘「……」

ひき娘「ご褒美かぁ……
 ちょっと楽しみだし、がんばろうかなー♪」

ひき娘 かきかきかきかき

ひき娘「……そういえば、
 最後は殆ど緊張しなかったかも。
 もしかして、大進歩?」

ひき娘「えへへ……」

ひき娘 かきかきかきかき


200: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 00:18:24.16 ID:WjMVrQHeo
----------------------------------
  十七日目 男の車

 ぶろろろろ

男「さて、進行度は順調ですね……」

男「今日の遅れも、
 宿題で取り戻してもらえそうですし、
 問題だった空気も、
 何とか保てましたか……」

男「一番の懸念でしたからね。
 やはり教師と生徒には、
 信頼関係は必須ですよ」

男「信頼関係……」

男「ふっ……」

男「どうなりますかね、この後は」


203: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:03:45.40 ID:WjMVrQHeo
----------------------------------
  二十日目 ひき娘のへや

ひき娘 かきかきかきかき

男「……終了五分前です」

ひき娘「はいっ……」

ひき娘 かきかきかきかき


男(やはり、良いですね。
 わたしがいる事にさえ慣れれば、
 コレだけの集中力が出せる……)


204: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:04:15.11 ID:WjMVrQHeo

男(そう、問題は環境……
 ひき娘さんの集中力は良いですが、
 この程度ならまだ、他の生徒さんでも……)

男(しかし、ひき娘さんには、
 他の人の数倍するハンデがある)

男(人間が、怖いという)


 pipipipi pipipipi

男「はい、ではペンを置いてください」

ひき娘「……はいぃ」べちゃぁ


205: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:04:48.24 ID:WjMVrQHeo

男「テストが終わって、
 気が抜けるのはわかりますが、
 抜きすぎはよくありませんよ」

ひき娘「あ。そっか、はい……」ごそごそ

男「わたしが隣にいること、
 忘れていましたか?」

ひき娘「忘れていたというか、
 気にしている余裕が無かったというか……
 だいたい、先生のテストはひどいですよっ!」

男「はい?」ぱちくり

ひき娘「一つの単元で百問以上あるって、
 すごく多いですよ……」

男「ああ、その事ですか。
 たしかに、この手のテストでは多いですね。
 しかし、意味はあるのですよ?」


206: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:05:19.78 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「意地悪じゃ、ないんですか?」じぃっ

男「いやですね。
 わたしは誠意ある教師ですよ。
 意地悪なんてとんでもない」にぃっ

ひき娘(絶対ウソじゃないですか。
 そんな意地悪な笑顔で!
 わかっててやってるあたり、
 先生はもう、ひどい人ですよ)

男「それに、その百問以上のテストですが、
 私はその問題を作って、
 かつソレを採点までしているわけです。
 手間としては私のほうが多いですよ」

ひき娘「あ、そっか……」

207: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:06:03.89 ID:WjMVrQHeo

男「わたしがひき娘さんに課すテストは全て、
 簡単なものから難しいものまで織り交ぜて、
 得点式ではなく、
 正答率でいつも判断していますね」

ひき娘「はい……。
 だから、百点とか無くて」

男「百点は無くても、百パーセントはありますがね。
 しかし、言いたい事はわかりますよ。
 やはり得点というのは、頑張る目安にしやすいですからね。
 ただ、わかった上で、コレが良いと言いましょう」

ひき娘「どういうことです?」

男「今回の三角形に関しての数学のテストは、
 百四十問ですか。
 それを一時間でやって貰ったわけです。
 一分に二問でも間に合いませんが、
 一分に三問なら、おおよそ四十七分。
 十分以上の時間が余ります」

ひき娘「……計算上は、ですけど」


208: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:06:46.58 ID:WjMVrQHeo

男「ええ。それでは遅いくらいです。
 一分五問程度が目標ですからね」

ひき娘「……」うるうる

男「さて、採点が終わりましたよ。
 現段階では、と注釈がつきますが、
 正答率は七割で悪くありません」

ひき娘「でも、やっぱり、
 全部正解って、できないですよ」

男「現段階であれば、
 解ける問題だけを集中して解けばいいです。
 いずれ、イヤでも全問正解になります」

ひき娘「イヤでも、って。
 どういうことです?」


209: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:07:17.94 ID:WjMVrQHeo

男「私がひき娘さんに対して、
 こうして毎回科しているテストは、
 市場に出回っている各社の問題集や、
 模試で使われた問題、
 日本各地の高校入試問題から、
 数字だけを変えたものなんですよ」

ひき娘「高校入試って、
 そんな、初めて半月じゃ解けませんよ……」

男「そんな事は有りませんよ。
 見てください。
 コレとコレと、それからコレがそうです。
 きちんと解けていますね」

ひき娘「ホントにコレ、
 入試問題なんですか?」

男「本当ですよ。
 誤解されることが多いですが、
 入試程度で出題される数学問題は、
 基本的に練習量で対応できます」


210: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:07:50.73 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「でも、
 数学って頭の回転が速くないとって、
 よく聞きますよ」

男「否定はしませんが、肯定もしかねます。
 たとえばひき娘さんは、
 全く新しい料理、と云うのを知っていますか?」

ひき娘「えっと、
 たまに遊びに来てくれる友達が、
 そんな宣伝のついたお菓子とか、
 買ってきてくれますけど……」

男「では、たとえばそのお菓子が、
 焼き菓子だったとしましょうか。

 たとえば、納豆とケチャップ味のマドレーヌなんて、
 新しいと思いませんか?」

ひき娘「うっ……
 新しいは新しいですけど、
 食べたくは無いですね」


211: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:08:48.14 ID:WjMVrQHeo

男「でも、本当にこれは新しいんですかね?」

ひき娘「そんなのを思いつくの、
 先生だけでいいです……」

男「そういう話ではないのですが……
 それにわたしだって悪食じゃありません。
 ソレは美味しくなさそうだと思います。

 この『納豆ケチャップ・マドレーヌ』というのは、
 納豆も、ケチャップも、マドレーヌも、
 全て既存のものですよね?
 それなのに『新しい』のでしょうか」

ひき娘「……確かに、
 材料はぜんぜん新しくないですけど」

男「ちょっと例えが悪かったですかね……
 要するに『見たことが無いもの』というのは、
 たいてい『見たことが有るもの』の、
 新しい組み合わせに過ぎないのですよ」

ひき娘「でも、納豆ケチャップは、
 マドレーヌに合わせちゃダメですよ」うるうる


212: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:09:28.36 ID:WjMVrQHeo

男「例えが『あんこときな粉のマドレーヌ』だったら、
 どうですかね?」

ひき娘「……それなら、ちょっと美味しそう?」

男「実際にありそうですがね。
 これにしても、あんこもきな粉もマドレーヌも、
 全て既存のものに過ぎません。

 しかしコレを考えた人がいたら、
 今までにない物を考えた人、と呼ばれます」

ひき娘「確かにそうだと思いますけど……」

男「数学の問題だって同じですよ。
 特に高校入試程度の問題なんて、
 今までに見たことがない材料は使われません。

 全て、既存のものの組み合わせです。
 その組み合わせ方や、使い方に新規性が見えても、
 落ち着いてよく考えれば、
 どれも見たことがあるもののハズなんです。

 たくさん、問題を見ていれば」


213: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:10:54.84 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「つまり、
 先生が山ほど問題を出すのは、
 見たことがない問題を無くすため、ですか?」

男「そういう事です。
 詰め込みとか批判されるかも知れませんが、
 道具を使いこなせるようになるには、
 理論を学んだ後にしっかりと経験をつむ事が重要です。

 そのためには、
 宿題という形で授業の予習を多く行って貰い、
 授業時間はその穴埋めと復習、
 そして使い方の実習を行うわけです。

 そして、高校入試程度であれば、
 問題を出す側にしても、
 どの道具を使ってよいかという幅が狭く、
 新しい組み合わせなんて、無いに等しいです。

 つまり、新しい組み合わせが無くなるまで、
 既存の組み合わせに習熟することで、
 イヤでも誤答が無くなるというわけです」

214: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:11:28.60 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「あはは、効率的なのか、
 非効率的なのか、わからないですね」

男「テスト勉強に王道はありません。
 王道とは近道の事です。

 教師がどこに星があるかを示して、
 それを覚えるための物語を提示しても、
 その星の使い方を知らなければ、
 意味がありませんからね」

ひき娘「でも、
 そんな事、学校じゃ教えてくれまないですよね……
 知ってたら、もっとがんばりやすかったり、
 もっとテストで点が取れたりするのに」


215: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:12:31.60 ID:WjMVrQHeo

男「かなりぶっちゃけた話ですからね。
 でも、ちゃんと教えているはずですよ。
 『努力をすれば報われる』と、
 オブラートに包んだ話し方になりますが」

ひき娘「その努力って、
 何を、どんな理由で、
 どういう方法で努力すればいいかが、
 わからないですよ……」

男「仕方ありません。
 これは私だって、
 教員をしていた時には、あまり考えませんでしたから」

ひき娘「……先生って、学校の先生だったんですか?」


216: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:13:04.05 ID:WjMVrQHeo

男「話していませんでしたか?
 数年前まで、この近くの学校で教師をしていましてね。
 いろいろ有って、今の塾に転職したんです。

 教員のときの私は、
 いかに勉強が楽しいかをと伝えるのが使命だと、
 そう思っていました」

ひき娘「ちがったんですか?」

男「違ったようです。
 確かに、あの先生の授業は面白いと、
 そういってもらう事は嬉しかったですがね。

 保護者さんや生徒さんには、
 それでもテストの点が取れなければ意味が無いと、
 そう言われた方が多かったですよ」

ひき娘「せっかく、
 楽しい授業をしてるのに」


217: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:13:39.65 ID:WjMVrQHeo

男「私以外の教員も、
 楽しい話をしようと思えば、
 そんなものはたくさん出てくるのです。

 そういう意味では、
 私はまだまだ未熟なほどに」

ひき娘「そ、そんな事ないです。
 先生の解説、面白いし……」

男「ありがとうございます。

 ただ、授業の面白さなんて関係なく、
 与えられた指導要綱にしたがって、
 一定程度の能力を持っている生徒が、
 一定以上の割合でいるクラスを量産することが、
 いまの教員の役割のようです。

 そして、それ以上を望むなら、
 塾などを頼るべきだと」


218: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:14:52.17 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「なんだか、工場みたい……」

男「まさに工場ですよ。
 塾はさしずめ、上級工場。
 家庭教師はオーダーメイドの工房ですか。

 どれも、生徒を情報処理機械として、
 生産する事が目的であることに、
 変わりはない気はしますがね。

 教員は、与えられたマニュアルに従って、
 機械を動かすように、チョークと口を動かし、
 流れ作業を繰り返す……

 安定した品質の製品を大量生産することが求められる、
 工業国家らしい指針です」

ひき娘「……」


219: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:15:17.44 ID:WjMVrQHeo

男「もちろん、良い先生もたくさんいます。
 勉強会に参加し、工夫を重ね、
 より楽しんで貰えるように、
 より人生に役立つようにと考えて、
 そのために努力する人たちも多いです。

 役所にだって、そういう人たちを応援しようと、
 学校そのものを変えようとしたりするために、
 努力する人たちがいます。

 私もそんな教師で在りたかったんですが……」

ひき娘(寂しそうな目。
 先生はまだ、そんな夢を諦めてないのかな?)


220: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:15:48.21 ID:WjMVrQHeo

ひき娘「先生は、どうして先生を辞めたんです?」

男「………………
 ……事件を起こしてしまいましてね」

ひき娘「事件、ですか」


 pipipipi pipipipi

男「すみません、もう、
 塾の授業が始まってしまいますので、
 失礼します……」 ガサガサ

ひき娘「あ、はい……」


221: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:16:21.65 ID:WjMVrQHeo

男「宿題は、数学はここからここまで。
 英語はここから、ここ。
 歴史はこの章をまとめてから、
 資料集を参考にこの事件についてレポートを。
 漢字と文法のドリルは、
 一年生の部分は全てやってください」

ひき娘「……」

男「できませんか?」

ひき娘「あ、いえ。大丈夫です」

男「では、これで失礼します」とことこ

ひき娘「ありがとうございます」

男「いえいえ、仕事ですので」へこっ

 ぱたん


222: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:16:59.20 ID:WjMVrQHeo

ひき娘(窓から差し込んだ夕焼けの、
 赤い光のせいなのかな……)

ひき娘(先生の顔がすごく、
 すごく怖く見えた……)

ひき娘(ものすごく、
 怒っているような、
 同時に、泣き叫びたいのを我慢してるみたいな)

ひき娘(事件って、なに?)


223: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:18:02.66 ID:WjMVrQHeo
----------------------------------
  二十日目 黒髪の部屋

黒髪「ふーん、それで私に?」

ひき娘<うん。
 その、黒髪さんなら、
 何か調べられないかなって>

黒髪「どうして私ならわかるのよ」苦笑

ひき娘<なんとなく、
 噂とか、詳しそうだから……
 その、知らないなら知らないで、
 いいからねっ>

224: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:18:41.83 ID:WjMVrQHeo

黒髪(情報屋まがいの事をしてるなんて、
 知らないはずなんだけどね、この子。
 相変わらず人を良く見てるっていうか……)

ひき娘<黒髪さん?>

黒髪「そうね。
 名前と特徴と、その人のいた学校について――
 それだけわかれば、
 ある程度なら調べられるわよ」

ひき娘<そうなの?
 良かった……>

黒髪「でも、どうかしらね」


225: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:19:11.57 ID:WjMVrQHeo

ひき娘<どう、って?>

黒髪「今は辞めたけど、勤めていた学校で、
 その人が起こした事件について知りたい。

 その気持ちはわかるわよ。
 私だって、
 そんな風にあいまいで、
 意味ありげな事を言われたら気になるわ。

 でも、聞いていた限り、
 その人はかなりしっかりした人よね?」

ひき娘<うん、すごく、大人な人>


226: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:19:46.56 ID:WjMVrQHeo

黒髪「しっかりしている事と、
 大人であることが同じであるとは思わないけど。

 まあいいわ。
 後で用事があるなら、
 そういう人は余裕を持ってタイマーを仕掛けるわね。

 つまり、何をしたかという一言さえ、
 言う暇がなかったとは思えないわ」

ひき娘<秘密にしてるのかな?>

227: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:20:17.94 ID:WjMVrQHeo

黒髪「現象的にはそうね。

 不利益になるから隠しているか、
 後悔してるからごまかしたのか、
 大した事で無いから言わなかったか、
 改めて言うつもりが有るから後回しにしたのか。

 私が言うのもなんだけど、
 ヒミツには相応の理由があるものよ。

 それを暴き立てるなら、
 暴く側にも相応の覚悟が必要よ。
 後悔したり、怒ったり、悲しんだり」

ひき娘<……>


228: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:20:49.81 ID:WjMVrQHeo

黒髪「ひき娘には、
 そんな覚悟はないでしょ」

ひき娘<……うん。そうだよね>

黒髪「悪い事は言わないわ。
 忘れちゃいなさい。

 で、相手が語ってくれる時が来たら、
 思い出せばいいのよ」

ひき娘<……わかったよ>


229: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:21:24.84 ID:WjMVrQHeo

黒髪「それじゃ、今日はもう寝なさい。
 宿題いっぱいあるんでしょ?
 よく寝て、頭すっきりさせてから、がんばりなさい」

ひき娘<うん>

黒髪「それじゃ、おやすみ
 ――って、そうそう」

ひき娘<どうしたの?>

黒髪「一応、名前だけ聞かせてよ。
 いつまでも、例のその人、じゃ呼びにくいわ」


230: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:22:01.33 ID:WjMVrQHeo

ひき娘<あ、そうだよね。
 男さんって、いうの>

黒髪「そっか。わかったわ。
 じゃ、男さんと仲良くね」

ひき娘<うん。
 あ、近いうちにまた遊んで欲しいな>

黒髪「いいわよー。
 こないだのお泊りもまだしてないしね。
 お菓子いっぱい持って、
 お泊りしにいくわ」


231: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:22:34.01 ID:WjMVrQHeo

ひき娘<待ってるね。
 それじゃ、おやすみなさい>

黒髪「おやすみ。いい夢みなさい」


 つーつーつー

黒髪「……そうよねー、やっぱり。
 時期が一致。
 伝わってくる人格が、双方一致。
 距離も近いし、行動時間に整合性有り。
 男さん意外の可能性なんてないじゃない」


232: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:23:11.64 ID:WjMVrQHeo

黒髪「そもそも、引き合わせようとは、
 思っていたけどね。
 因縁のある二人だから。
 でも、それはもうちょっと先のハズだったのに」

黒髪 がさがさがさ

黒髪(計画表のリストでも、
 後半年は時間が有るはずだった。

 ひき娘がもっと人になれて、
 少しくらいあの過去を思い出しても、
 今度は人に頼れる位になってからって)

黒髪「でも、二人は出会った」

233: ◆LZfAlLlryk 2011/04/13(水) 23:23:38.10 ID:WjMVrQHeo

黒髪「……だめねぇ。
 どこぞのクロマクさんと違って、
 私はまだまだ読みが甘いわ」

黒髪「……それなら、
 状況の設定をしなおさないと。

 なるべく自然に。
 でも大胆に。

 先生にもひき娘にも、
 できるだけ痛みが無い方向で、
 あの事件を乗り越えて貰わないと……」

黒髪「………………」

黒髪「だって、そうじゃないと」

黒髪「…………私のせいなのに」

237: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:40:20.61 ID:/lB5Cy3po
----------------------------------
  二十一日目 ひき娘の部屋

 こんこんこん

ひき娘「はい、どうぞー」

 がちゃ

ひき娘「いらっしゃいっ」にこっ

黒髪「おじゃまします。
 悪いわねー、昨日の今日で、
 急にお邪魔したい、なんて」

ひき娘「そんな事ないよ。
 黒髪さんだったら、いつでも歓迎するからね」

238: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:40:46.55 ID:/lB5Cy3po

黒髪「嬉しいこと言ってくれるじゃない」にっ

ひき娘「とりあえず、お荷物はコッチにおいて……
 今日は、泊まっていけるの?」

黒髪「ええ。私は大丈夫よ。
 ひき娘こそ、平気なの?
 何度か会いに来てるけど、
 泊まるのは初めてじゃない」

ひき娘「う、うん……」

黒髪(やっぱり、
 まだ少し緊張っていうか、
 躊躇いはあるみたいね……)

ひき娘「でも、大丈夫だから。
 だって、黒髪さんだし」にこっ


239: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:41:12.39 ID:/lB5Cy3po

黒髪「まったく、かわいいわねー」ぎゅっ

ひき娘「きゃ、ちょっと、黒髪さん」(////

黒髪「まあ、気分が悪くなる前に言いなさい。
 家も近いし、
 帰る手間なんて無いも同然だから」にこっ

ひき娘「うん。ありがと」

黒髪「さて、それじゃ……
 早速勉強でもしましょうか」

ひき娘「え、え?」

黒髪「宿題、いっぱいあるんでしょ?」

ひき娘「それは、あるけど」


240: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:41:38.47 ID:/lB5Cy3po

黒髪「それじゃ、さっさとやっちゃいましょ。
 やることやってからの方が、
 気持ちよく遊べるじゃない」

ひき娘「うん、がんばるー」しゅん

黒髪「そんなに気を落とした風に言わないの。
 わからない所は私も教えてあげるから」

ひき娘「うん、それなら、
 何とか終わる、かな?」

黒髪「なに、そんなに有るの?」

ひき娘「うん。
 ここから、ここまでと……」


241: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:42:08.53 ID:/lB5Cy3po
----------------------------------
  二十一日目 風呂場

ひき娘「ふわー……」

黒髪「おつかれさま、ひき娘」

 ちゃぷちゃぷ

ひき娘「うう、せっかく、
 黒髪さんに手伝ってもらたのに、
 やっぱりこんな時間までかかっちゃったよ」

黒髪「とはいっても、
 私は殆ど何もしてないけどね。
 いくつか計算のコツとかは教えたけど、
 ホントに自主学習用の内容じゃない。
 出る幕が無かったわ」


242: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:42:35.01 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「あはは。
 そうだよねー。
 漢字の書き取り頼んでもしょうがないし」

黒髪「まあ、その間、
 ひき娘がお気に入りのアニメ、
 山ほど見させられたけどね」

ひき娘「面白かったかな?」

黒髪「確かに、いくつか面白かったけど……
 男の子向けのが多くなかった?」


243: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:43:04.19 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「そ、そうでもないよ。
 00はゆん先生がキャラクターデザインで、
 ガンダムはガンダムでも、
 平成三部作の中では一番とっつきやすいんだよ。

 さらにいろんなタイプの男の子がいるから、
 友情のキラキラが好きな人も、
 私はこんな彼氏が欲しいなーって人も、
 もちろんそれ以上を想像して楽しみたい人だって大満足だし!

 それに、Fateはあの赤い弓兵さんと、
 青い槍兵さんだって、
 二人ともそれぞれにすごくかっこよくて、
 粋でいさみはだな生き方がもう最高で、
 キュンキュンが止らないって、
 男女に普遍の人気があるし!
 
 あと見てもらった中だと、
 完全に男の子向けだったけど、
 私としてはあのクーガーさんのかっこよさは、
 女の子として一度は見ておいて、
 胸をときめかせておいて欲しかったりだし……」


244: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:43:31.54 ID:/lB5Cy3po

黒髪「ちょっとちょっと。
 落ち着きなさいよ。
 まったく、アニメのことになるとすごいわね」

ひき娘「あ、あう」(////

黒髪「確かに、夢中になるのもわかるけど、
 ひき娘って前からそんなに、
 アニメとか好きだった?」

ひき娘「え、あ、それは……
 あの、黒髪さんから紹介されたmeganeさんとの会話で、
 『最近の若い子の好みがわからなくて、
 苦労してるんですよ』
 なんて話が出て……」

黒髪「まあ、彼なら言いそうね」


245: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:43:58.48 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「どうせ暇だし、
 最近の人はどういうのが好きなのかなーって、
 見て回ってるうちに、
 夢中になっちゃって……」(////

黒髪「ミイラ取りが……、
 っていうほどじゃないけど、
 思うところができちゃったわけね」

ひき娘「うん。
 ネットで評判を調べて、
 アニメチャンネル?
 っていうので、見てたら、はまっちゃって」(////

黒髪「でも、アニメの話なら、
 それだけ話せるのね……
 なんだかもう、
 ひきこもらなくても平気なんじゃない?」


246: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:44:25.44 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「そ、そんな事ないよっ。
 やっぱり、外に出ようとすると怖くて、
 扉の前で足がすくんじゃうし」

黒髪「試したの?」」

ひき娘「そ、その……
 等身大ガンダムが見たくて……」

黒髪「あはは、いいわねソレ」

ひき娘「わ、笑わないでよっ」

黒髪「気にしないでよ。
 そんなひき娘を想像して、
 ちょっとほほえましくなっただけだから、ぷぷ」

ひき娘「むぅー」


247: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:44:53.88 ID:/lB5Cy3po

黒髪「でも、外に出ようって気には、
 なったのねー……」

ひき娘「出られなかったけどね」

黒髪「いいんじゃない?
 そんな気になっただけで、
 また一歩前進よ。
 それに――」

ひき娘「それに、何?」

黒髪 にやー

ひき娘「な、なに?!」

黒髪「ひ・み・つ♪」 

ひき娘「えー」


248: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:45:21.24 ID:/lB5Cy3po

黒髪「さ、そろそろ体洗って出ましょ。
 背中流してあげる」

ひき娘「そんなの悪いし、
 別にいいよー」

黒髪「まあまあ任せなさいよ。
 ほら、こっちに座りなさい」

 ちゃぷちゃぷ

ひき娘「自分で洗えるよ?」

黒髪「洗うだけならねー。
 こうやって手にボディソープをつけて、
 泡立ててから、
 指先、手のひら、手首……」

 ぎゅっぎゅ


249: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:45:49.20 ID:/lB5Cy3po

黒髪(勉強がんばりすぎよ。
 すっかり手のひらの筋が固くなって、
 腕も、肩もつっぱっちゃってるじゃない)

ひき娘「ん、んぅ。
 ちょっと痛いけど、
 気持ちいいかも?」

黒髪「でしょ。
 ここまでなら自分でも普通にできるけど……
 二の腕、肩……」

黒髪(昔はお父さんのために、
 少しでも出来る事をしたくて、
 詳しい人に習ったのよねー……
 今じゃ、そんな気にはならないけど)


250: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:46:16.70 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「ひゃぁん。
 ちょっと、黒髪さん、そこはくすぐったいっ」

黒髪「ちょっとくらい我慢なさい。
 ほら、ここをぐーっと」

 ぎゅー

ひき娘「あ、いたいいたい!
 ムリッ、むりむりだよっ、
 ギブアップ! ビリビリするよっ!」

黒髪「4,3,2,1……
 はい、いいわよー」ぱっ


251: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:46:43.41 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「い、痛かった……」うるうる

黒髪「ちょっと腕、回してみなさい」

ひき娘「こんな感じ?
 って、わわ、すごい、肩が軽いよ!」

黒髪「最近ずっと勉強がんばってたみたいだし、
 ちょっと肩重かったでしょ。
 勉強しながら何度も腕を動かしてたから、
 ちょっとほぐしてあげたわけ」


252: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:47:10.24 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「うわー、すごい。
 黒髪さんは何でもできるんだね」

黒髪「……そうでも無いわよ」

ひき娘「黒髪さん?」

黒髪「さ、続きやるわよー。
 たっぷり気持ちよくしてあげる」にこっ

ひき娘「えっと、もう痛いのは」

黒髪「大丈夫よ。
 痛くなくなるようにするのが目的だから」

ひき娘「えっと、それって」


253: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:47:38.87 ID:/lB5Cy3po

黒髪「痛くなくなるまでは、痛いかも?」

ひき娘「その、それはまた次で……」

黒髪「今日これから痛いのと、
 次に三倍痛いのと、どっちがいいかしら?」

ひき娘 ぴしっ

黒髪「ほら、わがまま言ってないで観念しなさい。
 第一、普段から運動してないのが悪いのよ。
 ちゃんと運動してれば、
 こんなにすぐに固まらないんだから」

 ぎゅーっ

ひき娘「――――ッッ?!?!?!?」


254: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:48:05.28 ID:/lB5Cy3po
----------------------------------
  二十一日目 ひき娘の部屋

 ぎしっ

ひき娘「ふぇえ、やっと布団に入れたよ」

黒髪「あ、こら。
 ちゃんと髪の毛乾かしなさい。
 痛むわよ?」

ひき娘「ううー。
 大丈夫だと思うよ……」

黒髪「そんな根拠のないこと言わないの。
 ほら、ちょっと座って」

ひき娘 ごそごそ

黒髪 さらー、さらー


255: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:48:32.18 ID:/lB5Cy3po

黒髪「それにしてもひき娘ったら、
 あんなに大きな声で叫ばないでよ」

ひき娘「だ、だって。
 ホントにそれくらい痛くて……」(///

黒髪 さらー、さらー

黒髪「それにしても加減ってものがあるでしょ。まったく……」

ひき娘「むう、
 じゃ、黒髪さんに同じ事しても、
 そんなに叫ばないの?」

黒髪「……まあ、それはそれね」

黒髪 さらー、さらー


256: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:48:59.29 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「もー」

黒髪「ふふ、まあ、
 痛くてもちゃんと効果があるからやってるのよ」

ひき娘「それは、確かに効果はあったけど……」

黒髪 さらー、さらー

ひき娘「……黒髪さん」

黒髪「何かしら?」

ひき娘「明日は、最初だけでも、
 男さんの顔見たいって言ってたけど……」


257: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:49:27.90 ID:/lB5Cy3po

黒髪「迷惑だったらいいわよー」

黒髪 さらー、さらー

ひき娘「迷惑じゃなくてね」

黒髪 さらー、さらー

ひき娘「もしかして、黒髪さんは」

黒髪「っ」 さらー、さらー

ひき娘「んー、やっぱり、なんでもない」

黒髪「ほんとに、なんでもないの?」

ひき娘「うん。なんでもない。
 ところで、ソロソロ終わった?」


258: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:49:54.88 ID:/lB5Cy3po

黒髪「はい。これで終わり。
 って、言いたいけど、
 ちょっと待ってね。
 これと、これをー」

黒髪 ペタペタ

ひき娘「それは何?」

黒髪「大したものじゃないわよ。
 百均で買ってきた化粧水。
 寝る前と起きた後に軽くつけるだけで、
 多少は髪質が良くなるってわけ」

ひき娘「そんなのいいよー」

黒髪「だーめ。
 乙女でしょ?
 ちゃんと髪のお手入れくらいしないと」


259: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:50:48.31 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「黒髪さんみたいにきれいだったら、
 意味はあるかもしれないけど」

黒髪「ひき娘の髪じゃ変わらないって?
 バカ言ってんじゃないの。
 こんなジョークを知らない?

 『英国のカントリーハウスに観光に訪れた夫人が、
 そこの庭師に、良いお庭ですね、とくに芝が美しいとほめた。
 続けて、どんな工夫をしたら、
 こんなにきれいな芝生になるんです?
 とたずねたけれど……』」

ひき娘「化粧水?」

黒髪「……面白いところに接続されたわね。

 『特別な事は何もしてませんよ。
 せいぜい二百年、毎日朝露を拭いて、
 時期が来たら長さを整えてやるだけです』

 って言われたそうよ」


260: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:51:57.62 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「うわぁ……
 さすがイギリスっていうか……」

黒髪「ブルジョワジーって感じよね。
 ま、そんな長期間でなくても、
 髪のお手入れくらい、
 女の子だったらサボっちゃだめよ」

ひき娘「うー……」

黒髪「それにね。
 顔の形とか胸の大きさとか、
 そういうのはどうにもならないし、
 体型とかも難しいわよね。

 でも、髪の手入れなんてそんなに難しくないから、
 きれいになりたいなら、
 まずはそこからよ。

 今時、男の子だってやるわよ」


261: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:52:47.61 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「お、男の子も?」

黒髪「男の子に髪のきれいさで負けると、
 ずいぶんショックらしいわよ。
 ま、私だったら、そんな男なんてごめんだけど」

ひき娘「確かに、そうかも……」

黒髪「だからね、それくらいはちゃんとしなさい。
 この化粧水置いていって……
 って、そういえば、
 ひき娘は普通の化粧水とか、乳液とか……」

ひき娘「え、えへ」

黒髪「あーもう、
 今度、何種類か持ってきてあげる。
 試供品の中から、
 ひき娘に合うの見つけましょ」


262: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:53:17.65 ID:/lB5Cy3po

ひき娘「は、はーい……」

ひき娘(なんで黒髪さんって、
 こう美容とかの話になると怖いのかなー……)

ひき娘「と、とりあえず、もう終わり?」

黒髪「そうね。ちゃんと乾いたみたいだし、
 いいわよー」

ひき娘 ばたーん

ひき娘「もう駄目ーねるー」


263: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:54:22.54 ID:/lB5Cy3po

黒髪「私も隣で寝ていいの?」

ひき娘「うん、いいよー」

黒髪 もぞもぞ

ひき娘 もぞもぞ

ひき娘「それじゃ、おやすみ、黒髪さん」

黒髪「おやすみ、ひき娘」


264: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:54:51.64 ID:/lB5Cy3po

黒髪「……」

ひき娘 すーすー

黒髪「無防備にすぐ寝ちゃって……」

黒髪「ま、それだけ疲れてたって事でしょうけど……」

黒髪「……ほんと、
 あどけない顔しちゃって」

ひき娘 すーすー


265: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:55:21.54 ID:/lB5Cy3po

黒髪「…………ふぅ」

黒髪(今は、こうやって話せてる。
 でも、二年前は、そんな事もできなかったのよね)

黒髪(あの日から、
 こうやって話せるようになるまでに、
 費やした時間は二年)

黒髪(短いか長いかは、
 私では判断が付かないけど。

 それでも、ひき娘が努力してる事は、
 間違いなく伝わってくる)

黒髪(人間が信じられなくて、
 怖くて、嫌いで。

 人が近寄るだけで、
 その忌避感から吐きそうになってた)


266: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:56:34.03 ID:/lB5Cy3po

黒髪(当時のひき娘は、
 ずっとずっと、
 泣いてた印象がある)

ひき娘『もう、やだよ。
 生きてるの、辛いよ。
 なんでこんなに、苦しいの?
 なんでこんな思いをして、
 生きてないといけないの?』

ひき娘『死にたいよ。
 死にたいけど、怖いの。
 痛いのも、苦しいのも、もうやだよ』

黒髪(そんな言葉を言う自分も嫌いで、
 でも言わないと揺れる心が保てなくて。

 そんなのが口にしないでも伝わるような、
 聞いてるだけで突き刺さるような、言葉)

267: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:57:30.43 ID:/lB5Cy3po

黒髪(私にできたのは、
 扉の外でそんな声を聞くことだけ。
 それも、学校が終わってから、
 他の習い事の間の、ほんの少し)

黒髪(それでも、
 声を聞かせてくれるだけ、
 私には心を許していて。
 他の人にはずっと、黙りきってたみたい)

黒髪(やっと最近になって、
 少しずつ外に目を向けるようになったと、
 そう思ってたら)


268: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 00:59:29.13 ID:/lB5Cy3po

黒髪(いつの間にか、
 男さんとすっかり仲好くなったみたいで。
 男さんに対しては、さすが専門家、かしら)

黒髪(でもやっぱり、
 悔しくないって言ったら嘘ね)

黒髪(親友のあたしを差し置いて、
 なんて言えた義理はないけど。
 それでも、なんだかさらわれた気分)

黒髪(難しい処ねー……)


269: ◆LZfAlLlryk 2011/04/16(土) 01:00:44.43 ID:/lB5Cy3po

黒髪 うとうと

黒髪「私が、守ってもらう側、だったのにね」

黒髪 うとうと

ひき娘 ぎゅー

黒髪「……」

ひき娘 すー、すー

黒髪 そっ

ひき娘 にへー

黒髪 にこっ

黒髪 すー、すー


275: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:47:24.91 ID:P3g7+O6so
----------------------------------
  二十二日目 ひき娘の部屋

 こんこんこん

ひき娘「はい、どうぞー」

 がちゃ

男「失礼します……おや」

黒髪「はろー」

男「どうして、黒髪さんがコチラに?」

ひき娘「えっと、その」

黒髪「偶然ってあるものねぇ。
 ひき娘のところに熱心に通ってるのが、
 先生だったなんて、いがーい」しらじら

ひき娘「だ、だって家庭教師さんだし」

男「…………ふむ」

276: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:48:10.82 ID:P3g7+O6so

男(どこからドコまでが、
 黒髪さんの『仕込み』でしょうか。

 家庭教師から?
 それとも何かがその前から?
 偶然、でしょうか。

 しかしなぜこのタイミングで、
 わたしとバッティングしたのか……)

男「とりあえず、細かい事は後回しです。
 これからひき娘さんの授業ですが、
 黒髪さんはどうしますか?」

黒髪「間接的に出て行って欲しいって、
 言われてる気分になりますね。
 二人っきりが良かったですか?」にやっ


277: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:48:42.84 ID:P3g7+O6so

男「授業の邪魔になるようであれば」苦笑

ひき娘「あ、あの。
 先生と黒髪さんが知り合いかもで、
 私から黒髪さんに、一緒に授業を受けない? 
 って聞いたんです」おどおど

黒髪「そんなにキョドんないでよ。
 やましいことも無いんだから」

男「ひき娘さんからの提案でしたか。
 では、一緒に授業を受けますか?
 黒髪さんにとっては、
 あまり有用では無いと思いますが」

黒髪「そうなの?」


278: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:49:12.83 ID:P3g7+O6so

男「基本的に、
 今は中学一年生から二年生まで、
 既に行ったはずの単元の、
 総復習ですからね」

黒髪「そういう内容なら、
 私にとっても復習になるし。
 現役がどれだけの速さで解答するか、
 ひき娘にも目に見える目標に、
 なれるんじゃない?」

男「……そうですね。
 そうしたメリットを考えれば、
 さほど悪い話でもありません」


279: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:49:40.26 ID:P3g7+O6so

黒髪「その切れ味の悪い解答、
 まさかホントに、
 先生ったらひき娘と二人きりがよかったの?」

男「僕はひき娘さんのお母さんから」

ひき娘 ぴくっ

男「授業をして欲しいと頼まれていますが、
 黒髪さんはそこに含まれていませんからね。
 デメリットしかない話なら、
 当然受ける事はできません」

黒髪「解答が真面目すぎて面白くないけど、
 確かにそうよね」

ひき娘「そ、その。
 それじゃ、二人で授業でも」

男「わたしとしては、
 一向に構いませんよ」

280: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:50:25.73 ID:P3g7+O6so

ひき娘「じゃ、今日は一緒にお勉強だね♪」

黒髪「うふふ、
 よろしくお願いしますね、先生」

男「……大丈夫とは思いますが、
 問題があれば出てもらいますよ?」

黒髪「大丈夫よー。
 ちゃんと友達のためになるように、
 私だってがんばるから」にこっ

ひき娘「ありがとー」にぱっ

男「……では、授業をはじめますか」


281: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:51:39.74 ID:P3g7+O6so

男(普段よりひき娘さんの緊張が、
 幾分か少ないようですね。

 建前もあって、
 口では渋っていますが、
 それだけでも悪くない話です)

男(しかし、本当に何が目的でしょうか)

男(私の見る限り、
 黒髪さんはあまり、
 無駄なことに時間は使わない人です)

282: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:52:33.80 ID:P3g7+O6so

男(塾でも、
 友人同士の馴れ合いなどは、
 必要以上に行っていない様子……

 もちろん、空気を悪くしない程度に、
 適度に、ですが)

男(……考えても仕方ありませんね。
 黒髪さん自身が提案した利点もあります。
 それは存分に活かさせてもらいましょうか)


283: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:53:14.54 ID:P3g7+O6so
----------------------------------
  二十二日目 ひき娘の部屋

男「はい、それでは手を置いてください」

ひき娘「はんにゃー……」ぐったり

黒髪「ふぅ……」こきこき

男「では少しだけ休憩です。
 その間に二人の答案を見ますので、
 ストレッチやお手洗いなど、
 済ませて置いてください」

ひき娘「はぁい…………
 ん、くぅー」せのびー

黒髪「じゃ、私はちょっと、
 お花を摘んでくるわね」

ひき娘「うん、どうぞー」

 かちゃん


285: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:53:45.59 ID:P3g7+O6so

男 さらさらさらっ

ひき娘 ちらっ

男 さらさらさらっ

ひき娘「あ、あの……」

男 さらっ

男「はい?」

ひき娘「えっと、その……
 黒髪さんとは……その……」

男「はい」

ひき娘「もしかして、恋人とか、」


286: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:54:12.67 ID:P3g7+O6so

男「へ? 黒髪さんとは、
 多少仲が良いとは思いますが、
 ただの教師と生徒です。

 どう聞いていますか?」

ひき娘「えっと、そ、それは」

男「ああ、女同士の秘密、
 というやつでしょうか。
 ムリに云わなくてもいいですよ」

ひき娘「そうしてもらえると、
 その、たすかります」


287: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:54:49.24 ID:P3g7+O6so

ひき娘(ど、どうなのかな?

 『場合によっては、
 恋人になるって選択肢もある仲、
 って云えば良いかしら』なんて、

 黒髪さんは言ってたけど……)

ひき娘(黒髪さんが、
 先生に片思いしてるって事かな?)

男 さらさらさらっ


288: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:55:20.28 ID:P3g7+O6so

ひき娘(確かに、ちょっとわかるかも。

 眼鏡だからっていうのもあるけど、
 すごく頭が良さそうで、
 実際、大学もいい所を卒業してるとか……)

男「…………」さらさらさらっ

ひき娘(普段はすっごく真面目で、
 話から伺える限りだとすごい努力家みたい。

 一度大切にするって決めたら、
 ずっと大切にしてもらえそうかも)


289: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:56:08.09 ID:P3g7+O6so

男 さらさらっ

ひき娘(それでいて、
 時々とってもいたずらっ子な笑顔があって……

 普段の真面目さとのギャップに、
 なんだか……なんだか?) じーっ

ひき娘 ふるふる

ひき娘(体力とかは普通そうだけど、
 それでも何か有ったら頼りになるような、
 落ち着いた安定感っていうのかな、
 守ってもらえそうっていう感じがするかも)

ひき娘 じーっ

男「……ひき娘さん」


290: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:56:34.36 ID:P3g7+O6so

ひき娘(小さい頃に離婚しちゃって知らないけど、
 恋人にしたい人っていうより、
 お父さんになって欲しい人、みたいな)

男「ひき娘さん?」

ひき娘「はっ、ひゃい?」ばっ

ひき娘「い、痛い……」

男「ああ、噛んでしまいましたか。
 大丈夫ですか?」

ひき娘「だ、大丈夫です」(///


291: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:58:01.72 ID:P3g7+O6so

男「ひき娘さんと黒髪さんは、
 どういうつながりだったんですか?

 失礼ですが、
 黒髪さんはあまり、その……」

ひき娘「あ、えっと、
 その、それは――」

 こんこんこん

ひき娘 びくっ

男「はい、どうぞ」


292: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:59:00.45 ID:P3g7+O6so

 がちゃ

黒髪「あら、取り込み中じゃなかったの?」

男「取り込もうとしていたら、
 黒髪さんが帰ってきてしまいました」

黒髪「えっとそれは……
 ちょっと散歩にでも、
 行ってきた方がいいかしら?」にやっ

ひき娘「そ、そんなの冗談だから!
 私も、お手洗い行ってきますっ」

 どたどた


293: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 00:59:42.46 ID:P3g7+O6so

黒髪「……まさか、本当に?」

男「いえいえまさか。
 そういう勘繰りは、お里が知れますよ?」

黒髪「知られて困るような里じゃないわよ。
 それで、どうなの?」ずいっ

男「近いですよ、黒髪さん」

黒髪「どきどきしちゃいます?」

男「違う意味でなら」にやっ

黒髪「違う意味?」すっ

男「黒髪さんに迫られると、
 何かの術中に落ちそうな気がします」

黒髪「私って信用ないかしら」


294: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:00:10.62 ID:P3g7+O6so

男「信用はしていますよ。
 信頼はできませんが」

黒髪「まだまだ若いって、
 云いたいわけね」

男「否定はしません。
 ただ、それ以上に」

黒髪「それ以上に?」


295: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:00:37.55 ID:P3g7+O6so

男「私は友人として、
 黒髪さんをかっていますからね。
 アナタは自分を、
 それほど安く扱う人ではないと」

黒髪 ばんざーい

黒髪「降参よ。
 そんな落とし文句を口にされて、
 いけしゃあしゃあとしていられるほど、
 私もできてないわ」

男「では、降参させた褒美に、
 一つ教えてください」

黒髪「何かしら?」

296: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:01:09.99 ID:P3g7+O6so

男「なぜ、今日、こちらに?」

黒髪「…………怖い人。
 ドコまで見通してるのかしら?」

男「それはコチラのセリフですよ」

黒髪「後でちゃんと話す、
 という事でどうかしら。
 先生はここには車かしら?」

男「電車ではいささか不便ですから」

黒髪「それなら、
 塾まで送ってもらえるかしら?
 話は車で」

297: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:02:04.19 ID:P3g7+O6so

男「……迷うところですが、
 いいでしょう。

 ここで授業を終えた後では、
 場合によっては遅刻させる事にも、
 なるかもしれませんからね」

黒髪「ありがとー、
 先生大好きよ☆」

男「現金な大好きですね」苦笑

男「さて、では、
 ひき娘さんが戻ってきたら、
 テストの解答を渡しましょう」

298: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:02:33.71 ID:P3g7+O6so
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  二十二日目 車の中

 ばたーん

黒髪「あーもー、ダメ。
 今日は授業休ませてー……」ぐたっ

男「何を云ってるんですか、まったく。
 さ、シートベルトをしめてください」

黒髪「私を椅子に縛りつけて、
 身動きしにくいようにしたいなんて、
 先生ったらやらしー……」にやにや

男「疲れてますねえ。
 いつもより冗句に品が無いですよ」

黒髪「むっ……」いそいそ

男「発車しますよ」

 ぶろろろろ

299: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:03:08.71 ID:P3g7+O6so

黒髪「…………たぶん、
 もうわかってるんでしょ?」

男「何がですか?」

黒髪「私とひき娘の事」

男「まあ、少しして、
 冷静に考えられるように、
 なってからですが」

黒髪「そして私の恋心も」

男「それは知りません」

黒髪「む、それは気がついてよ」

男「ふふ、とはいっても、
 煙ばかりで火は見えませんね」


300: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:03:46.39 ID:P3g7+O6so

黒髪「火の無いところに煙は立たず、
 って云わせたいの?」

男「中国の周に幽王という人がいましてね」

黒髪「周っていうと、
 封神演義の頃ね」

男「それはフィクションですがね。
 コチラは紀元前八世紀の史実です。

 ある日、敵襲を知らせる狼煙が間違って上がり、
 敵襲だと騒いだ諸侯が集結しました。

 その慌てぶりを幽王の愛する寵姫が目にして、
 たいそう可愛らしく笑ったため、
 以来、しばしば無用に狼煙を上げたとか。

 その結果、諸侯の機嫌を損ねてしまい
 本当に反乱が起きたときには、
 誰も助けに来なかったそうです」


301: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:04:13.77 ID:P3g7+O6so

黒髪「その心はなによ」むすっ

男「あまり大人をからかわないように、
 といったところです。
 ウソは言葉を軽くしますからね」

黒髪「でも、オオカミ少年でも幽王も、
 最後は本当のことを言うでしょ?」

男「では、最後という機会であれば、
 本当のことが聞けると、
 そう覚えておきましょう」

黒髪「ふふっ、後で後悔しないでね?」

男「本当だったなら、
 後悔しないとは云いません」苦笑

黒髪 むっ


302: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:04:39.54 ID:P3g7+O6so

男「さて、
 では雑談はこの程度にして、
 そろそろ本題を話しましょう」

黒髪「……そうね。
 結論から言えば、
 先生に紹介したsugomoriと、
 あのひき娘は同一人物よ」

男「やはり、そうですか」

黒髪「見覚えはないの?」

男「私の担当学年では無いので、
 さすがに憶えていないですよ。
 その頃の話をすれば、
 もしかしたら思い出すかもしれませんが……」

303: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:05:07.99 ID:P3g7+O6so

黒髪「それと一緒に、
 あの子のいじめの記憶も」

男「呼び覚ましてしまうかも知れません。
 なので、しばらくは、
 その話はしないつもりです」

黒髪「私も気をつけるわ。
 うっかり云わないように」

男「それがいいですね……ただ」

黒髪「なにかしら」

男「私は、私だと云ったものか、
 悩んでいます」

黒髪「……ああ、twitterのことね。
 先生がmeganeさんですって」

304: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:05:33.63 ID:P3g7+O6so

男「はい。
 ウソは嫌いなので、
 もし聞かれれば肯定しますが。
 自分から言い出す必要もないかなと」

黒髪「私からは、
 特にどちらという気もないけど……
 バレると問題があるの?」

男「おそらく、問題はないでしょう。
 ただ、利点はありそうですね」

黒髪「たとえば?」

305: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:06:59.77 ID:P3g7+O6so

男「私の事について、
 なにか気に障る点などが有れば、
 数少ない異性の知り合いとして――」

黒髪「唯一ね」

男「唯一の異性の知り合いとして、 
 その不満を打ち明ける相手になれば……

 彼女に今以上にストレスなく、
 接してもらえるだろうと思います。

 卑怯な考えですが」

306: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:07:58.13 ID:P3g7+O6so

黒髪「卑怯ね。
 でも、間違ってはいないわ。

 ひき娘みたいに、
 悩みを抱え込むような子が相手なら、
 武器は多いほうがいいとは、
 私も思うもの」

男「同じ見解で何よりです」にこっ

黒髪「そうと決まれば、
 私からは何も云わないわ」


307: ◆LZfAlLlryk 2011/04/19(火) 01:08:31.06 ID:P3g7+O6so

男「わかりました」

黒髪「ただ――」

男「はい?」

黒髪「いえ。
 また何か有ったら教えて。
 共通の『友人』も、
 できたことだし」

男「……そうですね」苦笑


315: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:19:43.19 ID:/TFMvsV3o
----------------------------------
  二十二日目 教員室

黒髪 ひょいっ

女生徒「それでですねー、
 うちの教師ったら私の胸元ばっかりみてー」

男「それは嬉しくないですよね。
 とはいえ、教師もやはり男です。
 もう少し隠していただけたほうが、
 わたしとしてもやりやすいですが」苦笑

女生徒「えーやだー、
 せんせーも興味あるの?」にやにや

316: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:20:48.37 ID:/TFMvsV3o

男「それは男性ですからね。
 とはいえ、
 やはり目を見れば、
 相手がどこを見ているかは分かります。

 だからわたしは、
 できる限り相手の目を、
 見るようにしています」

女生徒「あはは、
 せんせーったらなんかかわいー」

男「だから、
 女生徒さんが授業中、
 ずっと黒板以外を見ていたのも、
 もちろん知っていますよ」にこっ

317: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:22:18.50 ID:/TFMvsV3o

女生徒「うわ、
 マジかんべんなんだけど」

男「女生徒さんが見つめていたのは、
 斜め前の……」

女生徒「すとっぷすとーっぷ」

男・女生徒「あははは」

黒髪「忙しそうね……」とことこ


319: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:24:22.46 ID:/TFMvsV3o

 とことこ

友「ん、よぉ……たしか」

黒髪「こんばんわ、友先生。
 黒髪です」にこっ

友「あーそうそう、黒髪ちゃん。
 どう、勉強の調子は」

黒髪「先生たちのおかげで、
 模試も志望校に問題ないと」

友「ほー。確か志望校は、
 俺らと同じだったっけ?」

黒髪「あら、
 名前は覚えてないのに、
 志望校は覚えているんです?」


320: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:26:57.87 ID:/TFMvsV3o

友「そういう言い方はないぜ」苦笑

黒髪「ごめんなさい。
 ちょっとした冗句です」にこっ

友「……まああれだ。
 もしよけりゃ、
 この後少し時間はねえか?」

黒髪「時間、ですか?」

友「先輩の俺から、
 対策をちょいとね」ウィンク

黒髪「……」

友「ま、一時間したらちゃんと送るよ。
 心配なさんな」にかっ

321: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:30:16.02 ID:/TFMvsV3o

黒髪「……では、一時間だけ」にこっ

友「そんじゃ、俺は男に一言残してくる。
 このビルの下……はマズいな。
 駅前のアーケードあるの、わかるかな?」

黒髪「はい、わかりますよ」

友「その通りにある第一書森のところ、
 右に一本入ると小さなビルが有ってな。
 その二階の店で落ち合おう」

黒髪「……ずいぶん用心しますね」

友「用心っつーか。
 俺の秘密の巣なんだ。
 だから、大勢に教えちゃいけないぜ?」

黒髪「わかりました。
 では、お先に」へこっ

友「おう」

322: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:35:12.72 ID:/TFMvsV3o
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  二十二日目 BAR琥珀亭

 からんからーん♪

友「じゃまするぜー」

店主「……」

友「俺の連れが来てるはずだけどよ」

店主 くいっ

友「あいよ。
 あ、ついでにいつものと、
 なんかノンアルコールの。頼む」

店主 こくっ


323: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:39:04.79 ID:/TFMvsV3o

 とことこ

友「やーやー。
 悪いね。待たせちゃって」

黒髪「構いませんよ」にこっ

友「……あの店主、
 愛想ないだろ」ぼそぼそ。にやっ

黒髪「ええ。びっくりするくらい……
 でも、優しい方ですね」

友「そうかぁ?
 ま、そうかもな」


324: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:39:33.19 ID:/TFMvsV3o

黒髪「サービスって言って。
 こちらのジュースをくれて」

店主 とことこ。ことっ。

友「ども、サンキュですよ」

店主 こくっ。とことこ

友「ま、美人サービスだな。
 俺に対してはただの無愛想だ」

黒髪「あら、それって、
 間接的にほめてもらってます?」じっ


325: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:40:55.47 ID:/TFMvsV3o

友「ま、まあ、な」たじっ

黒髪「ふふっ、ありがとうございます」にこっ

友(うあー。
 男ったら、こんな女とよくいられるな……)

黒髪「それで、
 ご用件はなんです?」

友「それはほら、さっき言った……」

黒髪「建前はいりませんわ。
 志望校への試験対策なら、
 教材の充実している塾の教員室の方が、
 どう考えても向いていますよね」

友「…………」


326: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:44:29.68 ID:/TFMvsV3o

黒髪 かたっ。こくっこくっ

黒髪「美味しいですね」

友「……無愛想だが、味は確かだからな。
 まあ、あれだ。
 試験とか勉強を餌に釣った事は、
 まず謝る」ふかぶか

黒髪「釣られたわけではないですが、
 面白くないお話なら、
 途中で帰らせてもらいますよ」にこっ

友「あー。面白いかどうかってなら、
 面白くないかもしれんな」

黒髪「……」


327: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:46:43.34 ID:/TFMvsV3o

友「男にずいぶん近づいてるみたいだが、
 何が目当てなんだ?」じっ

黒髪「……目当てなんて。
 勉強を教えてもらってるだけですよ。
 塾の生徒と、講師として」

友「ついでに友人の面倒も、か?」

黒髪「……」

友「男は――あいつは、
 基本的に他人を頼らんやつだ。
 友達甲斐のかけらもねぇ」

黒髪「そう、ですね」


328: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:51:01.87 ID:/TFMvsV3o

友「だがまあ、
 あいつだって木石じゃねえ。

 見せないようにしてるが、
 悩みがあるならそれなりに影ができる。
 苦しんでたら、その分だけ元気がなくなる」

黒髪「……苦しんでますか?」

友「苦しんでるな」

黒髪「……」

友「……俺と男は、幼馴染でな。
 かなり古い付き合いだ。
 だから他の奴よりは、あいつに関しちゃ気がつくつもりだ」

黒髪「見間違いなどでもないと」

友「苦しんでるな。
 おまえさんがあいつに絡むようになってから」じいっ

黒髪「……」すぃっ


329: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:53:35.38 ID:/TFMvsV3o

友「もっとも、俺はおまえさんを責めちゃいねえよ。
 あれであいつも、三十路の男だ。

 悩むのも悩まねえのも、
 苦しむのも苦しまんのも、
 立つも座るも歩くも、
 あいつが選んですることだ」

黒髪「……ではなぜ、
 私を呼んだんです?」

友「難しいところだが、
 しいて言えば、あいつの尻拭いだ」

黒髪「しりぬぐい、ですか」

友「おう」


330: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 00:57:04.40 ID:/TFMvsV3o

友 ぐいっ

友「っかー。やっぱり仕事の後は酒だな!
 とくにこんな時は、酒だ」ぐいっ

黒髪「こんな時?」

友「気にすんなよ。
 まあ、それでな、
 俺は基本的に一人の男として、
 あんまりあいつの事情に首を突っ込む事はしないが。
 やっぱ、向き不向きはあってな」

黒髪「……」

友「あー、もうめんどくせぇ。
 ぐちゃぐちゃ前置きはいい。
 おい、黒髪ちゃんよ」

黒髪「はい」

友「お前さんな、悩んでるだろ」


331: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:00:24.61 ID:/TFMvsV3o

黒髪「……」じっ

友「悩みの内容なんざ、
 俺は魔術師でもなけりゃ超能力者でもねえ。
 ロクにわからんがな。
 伊達や酔狂で『先生』やってるわけじゃねえんだ。
 悩んでるガキくらい見りゃわかる」

黒髪「そうなんですか?」

友「おうよ。
 ……ま、何も悩んでないって言うなら、
 それはそれでいいが」ぐいっ

黒髪「……」

友「ほれ、氷が解ける前に飲んじまえ。
 足りなくなったら頼んでやるから」ずいっ

黒髪「はい」ごくっ、ごくっ

友「おう。
 酒じゃねえが、いい飲みっぷりだ」


332: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:04:03.29 ID:/TFMvsV3o

黒髪「……ふぅ。
 落ち着きました」

友「そうか。
 んで、どうだ。
 俺の勘はあたりか?」

黒髪「…………確かに、悩んでます」

友「ほう」

黒髪「通ってる塾の先生に、
 塾の外で合わないか、なんて強要されて」ううっ

友 ずべぇー

黒髪「あら、大丈夫ですか?」

友「じゃかぁしぃ!
 なんだ、人がせっかく気を回したのによ」

黒髪「そうなんですか?」

友「そうなんですよっ。
 くそっ。男のヤツの周りには、
 なんでこんなヤツらばっか集まるんだ」


333: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:06:42.10 ID:/TFMvsV3o

黒髪「類が友を呼ぶのでしょう。
 ねえ、親友さん」にこっ

友「けっ」

黒髪「……そうですね。
 確かに、本当に悩んでます」

友「知ってる」

黒髪「でも、ちゃんと隠してたはずですけどね……」

友「うぬぼれるな。
 これでも教師歴十五年だ!
 ガキなんざ見慣れてらぁ」

黒髪「えっと、今年でおいくつでしたっけ?」

友「男と同じで三十路だがな、
 あの塾は祖父のやってた塾だからな、
 年少クラスで手伝いしてたんだ」

黒髪「ああ、なるほど……」


334: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:09:34.84 ID:/TFMvsV3o

友「んで、どうなんだ?
 悩みが有るのはわかるが、
 話す気がないならわざわざ聞かねえよ。

 俺としちゃ、
 あくまで幼馴染の友人が困った顔してるから、
 ちょっとおせっかい焼いてるだけ、だからな」

黒髪「……ここでの言葉は、
 秘密にしてもらえます?」

友「それが望みならな」

黒髪「では、他言無用で」

友「あいよ」


335: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:16:20.25 ID:/TFMvsV3o

黒髪「…………
 どこから、話しましょうか」

友「最初からだろ」

黒髪「……では、三年前の、
 四月から、ですかね」

友「つまり、中学の入学式か」

黒髪「はい。
 最初は普通のクラスで、
 みんな仲良くやっていたんですが……

 しばらくすると、
 女子にまとまりができて、
 そのまとまりに居ない子を、
 いじめというほどではないんですけど、
 はじくようになりましてね」

336: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:20:45.46 ID:/TFMvsV3o

友「……女はおっかないな」

黒髪「まあ、そんなのは良くある事ですよ。
 男子だって、多かれ少なかれ、あるみたいだし。

 そこでその時は少し体が弱かった私が、
 女子からあぶれましてね。

 体育とかも休みがちで、
 そういうのって女子の中だと……」

友「あー、まあわかる。
 協調性がないとかいいだすアホがいるもんだ」

黒髪「そんな理由で、
 女子から無視される事が何度か有って……

 それだけなら良かったんですけどね、
 私だけが、一部と中が悪いだけだったから」


337: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:24:29.97 ID:/TFMvsV3o

友 からからっ、ぐびっ

黒髪「二年生になって、
 どういう理由かは分からないんですけど、
 急に男の子たちが、私に好意を伝えてきて」

友「二年か……
 確か、それなりに進学のいい私学だったよな」

黒髪「はい」

友「なら、ちょうど修学旅行の少し前だろ」

黒髪「……なるほど。
 そういうワケね」

友「中学二年の男子なんざ、
 頭の中は乙女よりもピンク色だからなー」


338: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:28:35.37 ID:/TFMvsV3o

黒髪「話を戻しましょうか。
 それで、そういった事を伝えられたけど、
 私としては、
 他にやりたいことが有ったから、
 すべて断ってたんです」

友「あー、なんか読めてきた」

黒髪「たぶんそのとおりですよ。
 クラスでも人気の男子を断ったら、
 翌日からはもう、
 クラス中の女子から無視されたり、
 机とか物に落書きされたり……」

友「もし受けてても、
 今度はまた違う排斥が有ったろうがな」

黒髪「否定はしないですよ。
 まあ、そんなこんなで、
 いい加減私の方も、
 なにか解決策を打とうとしたところで……」


339: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:31:26.61 ID:/TFMvsV3o

友「なんだよ、そんなの有ったのかよ」

黒髪「それは色々と」にこっ

友(な、なんだ、急に背筋がぞくっとしたぞ?!)ガクガク

黒髪「そこで、
 ひき娘っていう子がみんなの前に立って、
 『黒髪さんをいじめないで』なんていっちゃって」

友「あー、アウトだ」

黒髪「はい。
 確かに私への行為は減ったけど、
 減った分の倍くらい、
 ひき娘にそのいじめが向いて……」

友「……そうか」

340: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:34:35.46 ID:/TFMvsV3o

黒髪「私としては、
 それが原因でひきこもった友人をたすけたい」

友「それで、アイツに相談したわけか」

黒髪「そういう事です。
 ただ、思った以上に先生が気にしちゃって」

友「……それは嘘だろ?」苦笑

黒髪「……ばれました?」

友「わかるっての。
 男を巻き込むつもりは満々だった。
 理由は知らんがな」

黒髪「……」

友「別に責めちゃいないさ。
 さっきも言ったが、
 どうするにしたって、あいつも大人だ。
 巻き込まれたくなければ関わらん。
 関わったのなら、あいつにやる気があったって事だ」

黒髪「そうですかね?」

341: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:38:00.87 ID:/TFMvsV3o

友「でだ。
 あいつが乗り出した事で、
 俺から考えりゃ、悩みは無くなったハズだが。
 どうにも、まだ何かあるだろ」

黒髪「……厄介ねぇ」

友「……」

黒髪「友先生みたいに、
 『鼻の利く』人って、苦手なのよ」

友「なんだ、迷惑か?」

黒髪「迷惑なら帰ってるわよ。
 わかってて聞いてるでしょ」

友「いや、わからん。
 俺は男と違って、
 気取ってるやつの機微なんざわからんからな」

342: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:42:15.24 ID:/TFMvsV3o

黒髪「友先生が気取らなさすぎでしょ」

友「よく云われるな」きりっ

黒髪「ほめてないわよ。
 まあ、そうね。
 悩んでるわよ。とっても」

友「何をだ?
 話せば楽になるかもしれねえよ?」

黒髪「…………
 私ね、きっとどこかで、
 ひき娘の事を嫌ってるのよ。
 ……見ていてイライラするの」

友「……」

黒髪「無邪気な笑顔。
 努力家なところ。
 良くないものを良くないって云える高潔さ。
 ちょっと抜けてる可愛らしさ」


343: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:45:52.37 ID:/TFMvsV3o

友「褒め続けだな」

黒髪「ええ。
 だって、そんな風に、
 私が持ちたくて持てないものを、
 たくさん持ってるところが、
 妬ましくて疎ましいから」

友「……なるほどなぁ」

黒髪「あの子の事は大好きよ。
 助けてくれてた恩人だし、
 実は中学は別だったんだけど、親友だったわ」

友「過去形か?」

黒髪「今でも親友よ。
 むしろもう、恋人みたいな?」にこっ

友「茶化さんでもいいぜ」苦笑


344: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:51:59.49 ID:/TFMvsV3o

黒髪「何よ、人がせっかく……
 とにかく、私としては、
 ひき娘は大切にしたい相手なの」

友「それで、男を巻き込んだのか」

黒髪「…………そうよ」

友「……それでいいのか?」

黒髪「…………」

友「なんとなく俺には、
 それだけじゃねえように見えるぜ?
 黒髪ちゃんよ。
 お前さん、実は男を巻き込んだ理由は――」


345: ◆LZfAlLlryk 2011/04/20(水) 01:52:48.88 ID:/TFMvsV3o

黒髪 ふるふる

友「……まあ、俺は別にいいぜ。
 友達の友達が悩んでるから、
 善意で協力しようとしただけだ。
 だが、悩みたいってなら、あえて何も言わん」

黒髪「…………」

友「さて、そろそろ約束の一時間だ。送ろう」

黒髪「…………はい」


351: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:24:11.12 ID:Q5PfHxA6o
----------------------------------
  三十日目 TL:sugomori

sugomori:おおー、ついにナドレが変身!

megane:さっきのフォーメーションといい、
 今日のメンバーはヤル気ですね。

sugomori:だってだって、
 幸せそうな罪の無い人を殺したんですよ!
 ソレスタルビーイングと、
 AEUの紛争の理由を増やしたんです、
 立派な紛争幇助ですよ!

352: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:25:03.88 ID:Q5PfHxA6o

megane:そうですね。
 おや、おもったよりあっさり、
 彼らが撤退しましたね。

sugomori:あうー。
 なんでわざわざ、
 ロックオンさん飛んでくるんでしょうか。
 大気圏外狙えるなら、
 水平線くらいから狙えばいいのにっ。

megane:……なかなか物騒ですね。


353: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:26:12.79 ID:Q5PfHxA6o

sugomori:むうむぅ(>_<)
 スローネさんたちは嫌いですからね!
 エクシアとヴァーチェはいいとしても、
 ロックオン兄さんには、
 長距離で倒して欲しかった(>_<)

megane:まあ確かに、
 狙撃兵がわざわざ、
 すぐ目の前にやってきて、
 ライフルを振り回されても(笑)

sugomori:ですよねっ!

megane:大気圏外を狙えるなら、
 おおよそ五キロ程度の距離、
 レーザーの減衰も気にせず、
 撃てば良い気もしますが……

sugomori:五キロって、
 どういう計算です?


354: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:28:22.01 ID:Q5PfHxA6o

megane:先ほど、
 sugomoriさんが、
 水平線からーと云いましたよね。
 水平線はまでの距離はおおよそそれくらいなんですよ。

sugomori:なんと。案外近いです……

megane:もちろん、
 高さがあればもう少し遠くから見ることもできますがね。

sugomori:ええっと、どうしてです?

megane:水平線というのは、
 地球という球体の上に視点をとって、
 その点から引いた直線と、
 球体の接線の点だと考えましょう。


355: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:28:48.67 ID:Q5PfHxA6o

sugomori:めもめも

megane:その水平線の向こうに、
 直線に交わるものが有った場合……
 現実から考えれば、
 水平線という『壁』よりも、
 高さのあるものが存在すれば、
 当然見ることもできますよね。

sugomori:おお、そうですね!

megane:相手が低くても、
 コチラの高さがあれば、
 同じように接線は遠くなります。
 そうすると、
 球体の接線より手前に相手がいる状態になり、
 やはりコレも狙うことができます。


356: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:30:07.57 ID:Q5PfHxA6o

sugomori:おおー

megane:地球の円周は12700キロちょっと。
 計る場所によって違いますが、
 この数字を関数に代入して使えば、
 簡単におおよその接点を見つけられますよ。
 また、この演習の数字はセンターなどでも、
 教科によっては時々出題される数字です。

sugomori:なんとっ。

megane:また、ギリシャ時代には、
 二点の距離と、
 その点で作られる影の長さから、
 円の関数を使って、
 地球の大きさがある程度求められていますね。

sugomori:…………


357: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:31:28.60 ID:Q5PfHxA6o

megane:方程式というのは、
 変数を変えることで作られる、
 比例式ともいえます。
 この使い方に習熟しておくと、
 工夫をすることで、イロイロと便利ですよ。

sugomori:meganeさんって、なんだか……

megane:はい?

sugomri:いえ、ちょっと、
 知り合いの先生ににてるなーって。

megane:先生ですか。
 もし私が先生なら、
 きっとアニメの話だけで、
 授業時間がおわってしまいますよ(笑)


358: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:32:00.62 ID:Q5PfHxA6o

sugomori:あはは、それはそれで、
 喜ばれそうな先生ですねd(・ー<*)ウィンク☆

megane:おや、続きが始まりましたよ。
 ああ、沙慈君、辛そうですねぇ……

sugomori:そうですよ、
 だってせっかく彼女に指輪を……
 指輪を……
 うわぁん(ノ_<。)

megane:ああ、日本に……

sugomori:スローネなんて大嫌いですよー><


359: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:32:27.07 ID:Q5PfHxA6o
----------------------------------
  三十一日目 ひき娘の部屋

ひき娘 かりかりかりかり

ひき娘(テスト始めてから、
 いつもより時間の読み上げが少ないかな?)

ひき娘 ちらっ

男 こくり……こくり

ひき娘(なんだか、眠そうだよ……)

ひき娘 かりかりかりかり

ひき娘(今日は寝不足なのかな?
 先生も、昨日のガンダム見てて寝不足だったりして)


360: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:33:41.02 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘 ふるふる

ひき娘(先生はアニメとか、
 見なさそうだよね。
 でも、寝不足なのは心配……)

 pipipipi pipipipi

ひき娘「あっ」

男「むっ。では、ペンを置いてください」

ひき娘「は、はいぃ……」

男「どうしました?」

ひき娘「えっと、その、
 先生が眠そうだなって、
 気になってたら時間で……」


361: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:34:44.41 ID:Q5PfHxA6o

男「む、気付かれてましたか」

ひき娘「けっこう、お船こいでたので」

男「本番のテストでも、
 寝ている子はいるかもしれません。
 集中を乱すのはダメですよ?」ふいっ

ひき娘(ちょっとだけ、
 先生の頬が赤くなってるみたい?
 もしかして、ちょっと照れてるのかな?)

男「…………それはそれとして、
 集中をそいでしまって、
 すみませんでした」へこっ


362: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:35:47.16 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘「い、いえ。
 ただその、体調は大丈夫ですか?」

男「はい。
 ちょっと夜更かしをしてしまっただけなので」

ひき娘「えっと、その。
 これから十五分だけ、
 休憩しませんか?」

男「……」

ひき娘「あの、やっぱり、
 眠いのは辛いし、
 先生はこの後塾で授業ですよね?」


363: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:36:41.31 ID:Q5PfHxA6o

男「そうですが」

ひき娘「じゃ、その十五分で、
 私はテストのダメだったところ、
 もう一度自分で見直したいです!
 お手洗いも行きたいですが……」おずおず

男「……すみません。
 では十五分だけ、
 お時間を下さい」

ひき娘「はいっ」にこっ

男「えっと、コチラのクッション、
 お借りしても良いですか?」


364: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:37:21.82 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘「あ、その。
 寝るならベッドで」

男 ちらっ

男「いえ。
 やはり女性の寝具を借りるわけにはいきません」

ひき娘「気になりますか?
 そうですよね、
 その、一応整えてますけど、
 私がねた後じゃ、気になって……」

男「そういうわけでは、ないですが」


365: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:38:42.57 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘 じっ

男「…………わかりました。
 確かに、効率的な疲労回復には、
 寝具も重要な役割があります。
 ここはお借りします」

ひき娘「はいっ」にぱっ

男 ごそごそ

ひき娘「じゃ、私は一度、
 お手洗いに行ってきますね」

男「はい……」


366: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:39:18.73 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘 とことこ

 ぱたん

ひき娘(いつものやり取りだったら、
 私がからかわれてるけど、
 ホントに疲れてるみたいで、心配)

ひき娘(そういえば、
 テストの問題とかって、
 先生が自分で準備して、
 さらに私の宿題とかテストの採点、
 他にも塾のお仕事があって……)

ひき娘(うん、疲れて当然だよね……)

 とことこ

 がちゃ

 じゃー

 ぱたん


367: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:39:44.97 ID:Q5PfHxA6o

 とことこ

ひき娘(先生、
 もう寝てるかな?)

 そっ。かちゃり

ひき娘 そーっ

ひき娘(あ、寝てるみたい)

ひき娘 そーっ、そーっ

ひき娘(先生の寝顔……)


368: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:40:12.80 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(いつもより、
 なんか優しい顔?)

ひき娘(先生っていつも、
 ぎゅっと眉をしかめてるみたいだから、ちょっと意外)

ひき娘 そっ

ひき娘(先生の髪、
 ちょっと硬くて、
 男の人ーってかんじ)


369: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:40:48.05 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(前に黒髪さんが泊まった時は、
 やわらかい髪っていいなーっておもったけど)

ひき娘 なで、なで

ひき娘(こういう硬い髪の人も、
 撫でるのに、気持ちいいかも。
 なんだか大きな、
 そう、シェパードみたいなわんちゃんみたいで!)

ひき娘 なで、なで

男 すぅ、すぅ


370: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:41:19.32 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘 なで、なで

男 すぅ、すぅ。にっ

ひき娘 どきっ

男 すぅ、すぅ

ひき娘(……いま、笑ってました、よね。
 いつもみたいに、
 すこし皮肉っぽい笑顔じゃなくて。
 無防備な)なで、なで

男 すぅ、すぅ……つぅ

371: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:41:57.48 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘「っ」ぴくっ

ひき娘(なんで、涙を)

男 すぅ、すぅ

ひき娘(無意識に、ですかね。
 何か、つらいユメでも、
 見ているんでしょうか……)

ひき娘 なで、なで

ひき娘(大人の、男のひとなのに)

ひき娘 なで、なで


372: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:42:24.74 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(大人の男の人、だから?)

ひき娘(先生は、
 誰かに甘えられるのかな?
 つらい時に、
 誰かに辛いって云えるの?)

ひき娘 なで……

ひき娘(寂しい時に隣にいてくれる、
 恋人さんとか、いないのかな?)

ひき娘 つくん

ひき娘(なんで、胸、痛いのかな?)

男 すぅ、すぅ

ひき娘「……っ」ぽろ、ぽろ


373: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:43:05.04 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(なんで、
 今度は私が泣けて来ちゃうのかな?)

男 すぅ、すぅ

ひき娘(分かんない。
 なんだか、ぜんぶ、
 ぜんぜんわからないよ……)

男 すぅ、すぅ

ひき娘 ぐしぐし

ひき娘 なで、なで

男 にっ。すぅ、すぅ

ひき娘 にこっ


374: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:44:11.51 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(丁寧で、
 まじめで、
 少しかたくて、
 ちょっとだけロボットみたいな先生)

ひき娘 なで、なで

ひき娘(でも、先生だって……)

ひき娘 ぎしっ


375: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:46:15.72 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(ほっぺただけど、しちゃった……)

ひき娘 とたとた

ひき娘(つ、つつつつつ、
 つい、いきおい、勢いあまって!)

ひき娘(なんだか恥ずかしい?
 恥ずかしいよね!
 恥ずかしくなってきた!!)(////

ひき娘(うわわわわ)

ひき娘 ちらっ

男 すぅ、すぅ


376: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:48:11.57 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(へ、平常心ですよ。
 深呼吸して!)

ひき娘 ひーひーふー

ひき娘(って、ちがーう!)

ひき娘 ばたばた

ひき娘(うわーもう、
 なんでこう、
 考えないで行動しちゃうかなー)

ひき娘(もう、もうなんだか、
 わけ分かんないですよ!
 なんでほっぺたとはいえ!)

ひき娘 ごろごろ


377: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:50:25.13 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(……でも、でも。
 いやなドキドキじゃ、
 ない、よね)

ひき娘(……)

ひき娘「にゃぁ……」

男「……猫のまねですか?」

ひき娘「ふにゃぁっ?!
 って、か、噛みました!」

男「大丈夫ですか」ぎしっ。とことこ

ひき娘「あ、あの、その。
 いつから、起きてました、か……」さぁーっ

ひき娘(も、もし、
 寝てなかったら。
 あの時、起きてたら……)


378: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:52:50.10 ID:Q5PfHxA6o

男「なにやらばたばたなさっていたので、
 それで目が覚めましたけど……」

ひき娘(い、いまだよね。
 そう、今のはず、今に違いないですっ)

男「顔が赤いですが、
 大丈夫ですか?」

ひき娘「……だい、じょうぶ、です」

男「……」すっ

ひき娘「ひぅっ」びくぅっ

ひき娘(ひひひ、ひたい、が、
 当たってて、
 それ以外にも、
 目とか、鼻とかくちびるとか、
 ちかいです、近すぎですっ!)

379: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:55:48.77 ID:Q5PfHxA6o

男「……少し熱が有るようですね。
 すみません、
 こちらばかり気を使わせて」へこっ

ひき娘「あ、えっと、その」

男「しかし、体調が悪いようなら、
 きちんと申告をしてください。
 今日は、もう授業は終わりますか?」

ひき娘「だいじょうぶ、です。
 その、ちょっと、部屋が暑くて。
 空気の入れ替えしたら、
 それで大丈夫です!」

男「そ、そうですか」

男(なんだか、
 今日はひき娘さんがいつもより、
 ずいぶん押しが強いですね)


380: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 00:57:29.01 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘 とことこ

 がらっ

 そよそよー

ひき娘「……良い風です」

男「そうですね」

 そよそよー

ひき娘「その、
 もうちょっとだけ涼んだら、
 授業再開しましょう」

男「ムリはしていませんか?」

ひき娘「はい」にこっ

男「では、少ししたら、
 再開しましょう」

 そよそよー 


381: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 01:02:00.74 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘(さっきのは、
 ほんの気まぐれ、ですよ……)

男 せのびー

ひき娘「……先生、
 なんか、ネコみたいですよ。ふふっ」

男「そうですか?
 犬のよう、とはよく言われますが」

ひき娘「そう言われると、そうかも?」

男「どっちですか」苦笑

ひき娘(優しくて、少しだけシニカルな笑顔。
 でも、この人の中には、
 あんなに素直な笑顔と涙があって)

ひき娘「……明日、
 晴れると良いですね」

男「ふむ。晴れますね」

382: ◆LZfAlLlryk 2011/04/21(木) 01:04:14.52 ID:Q5PfHxA6o

ひき娘「晴れますか」にこっ

男「西の空の夕焼けがきれいなら、
 翌日に雲が届きそうな範囲に、
 雨雲がないということです。
 なので、基本的には晴れます」

ひき娘「……ちょっと、ロマンはないです」ぼそっ

男「はい?」

ひき娘「なんでもないです。ふふっ」

男「?」

ひき娘(夕焼けに染まる、
 赤い部屋の中で。
 私のベッドで眠る先生のほっぺたに。
 私は、キスを、してしまいました)


388: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:30:00.89 ID:ZHyd2CHMo
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  三十三日目 ひき娘の部屋

ひき娘 かきかきかきかき
黒髪 かきかきかきかき

ひき娘「でね、ちょっと意外だったのが、
 先生って少し子供みたいなところがあってね」

黒髪「へー。どんなところ?」

ひき娘「時々コンビニでね、
 私が好きって云った、
 イチゴのジュースとか、
 買ってきてくれるの」

黒髪「あ、そういう人よね。
 朴念仁な生真面目に見えて、
 そういう気配りは忘れないタイプ」

389: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:30:46.38 ID:ZHyd2CHMo

ひき娘「そ、そんな風に、
 分類されるほどいるんだ……」

黒髪「探せばいるわよー。
 個人的には、友達にしたいタイプね。
 彼氏とかダンナには、
 ちょっと不向きかも……
 って、ほら、ひき娘、
 手が止まってるわよ」

ひき娘「む、黒髪さんもだよ。
 こんな調子じゃ、
 宿題おわらないかも……」

黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき

黒髪「どんな言い訳よ。
 いま終わらなかったら、
 お肌荒れるの覚悟で徹夜よ」

ひき娘「う……
 それはイヤかなー……」

黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき


390: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:31:19.50 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「で、子供っぽいって、
 どんなところがそうなの?」

ひき娘「えとね、そういう時って、
 先生も自分の分を買ってくるけど、
 帰る頃には先生のジュースだけ、
 ストローがぐにょぐにょで」

黒髪「ストロー噛んじゃうって、
 確かに子供みたいよね。
 ちょっと意外かも」苦笑

ひき娘「ね、ね。
 なんかそんなところが、
 普段よりちょっと子供みたいで、
 かわいいなーみたいな」


391: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:31:45.77 ID:ZHyd2CHMo

黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき

黒髪「うーん、
 その可愛いは、わかるような、
 わからないような……」

ひき娘「えー」

黒髪「ああ、でも。判るかも……」

ひき娘「何かあったの?」

黒髪「こないだね、
 塾の教員室に顔をだしたら、
 先生がすっごく真剣な表情でね」

ひき娘「……な、なにがあったの?」

黒髪「食べたガムの包み紙で、
 折り紙してたのよ」

ひき娘 ずるぅっ


392: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:32:23.17 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「器用ねー。
 すわったままそんなにスベるなんて、
 ドリフもびっくりよ?」

ひき娘「もう、からかわないでよー」

黒髪「折り紙の話はウソじゃないわよ。
 でね、そこまではいいのよ。
 あの生真面目な先生が、
 っていう驚きだけで」

ひき娘「うーん。
 確かにそうかも?」

黒髪「それでね、
 出来上がったものを前に、
 真剣に腕を組んで悩むのよ」

ひき娘「出来上がったのを前に、
 って……たとえば、
 端っこがズレてたとか?」


393: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:33:08.42 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「確かに先生なら、
 ソッチのほうがありそうよね。
 でもそうじゃなくて。

 こどもの日によく作る『兜』って、
 わかるかしら?」

ひき娘「うん、なんとなく」

黒髪「それを前に唸っててね、
 ボソっと。
 『鶴は、違いますよね……』って!

 もー、それ聞いて大爆笑よ!
 あの瞬間はなんていうか、
 不覚にもあの堅物に萌えたわ、ぷぷ」

ひき娘「鶴、兜……
 ああ、確かになんだか、
 間違えそうな気が……
 する……え、しない?」

黒髪「鶴の折り方よー。
 日本人なんだから、
 間違えるわけ無いじゃない、あはは」


394: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:33:35.29 ID:ZHyd2CHMo

ひき娘「そ、そうだよねっ。
 って、また話込んじゃったよ」

黒髪「あら、ついつい。
 でもなんとなく判ったわ。
 男先生、ちょっと萌えキャラ……ぷ」

ひき娘「もー、
 笑ってたら宿題終わらないよー」

黒髪「はーい」

ひき娘(……で、鶴って、
 どうやって折るのかな……あうぅ)

黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき

ひき娘「あう、間違えちゃった……」

ひき娘 けし……けし……


395: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:34:07.32 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「……ねえひき娘、
 その消しゴム、使いにくくないの?」

ひき娘「え?」

黒髪「かなり磨り減ってるじゃない。
 小指の爪くらいしか残って無いし……
 消しにくいでしょ」

ひき娘「う、うん」

黒髪「……?」

ひき娘「でも、この消しゴム……
 先生にもらったのでね」

黒髪(優しい微笑。
 大切な物に向ける眼差しで、
 小さな消しゴムをじっと見つめて)


396: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:34:45.34 ID:ZHyd2CHMo

ひき娘「ほら、私ひきこもってるから、
 この部屋にはほとんど、
 まともに筆記用具がなくてね」

黒髪「確かに、中学生が使ってそうな筆箱よねー」

ひき娘「中学生が使ってたんだもん」むー

黒髪「ふふ、むくれないでよ。
 可愛らしくていいじゃない」にこっ

ひき娘「ううー…… 
 それで、この消しゴムはね、
 先生が何日か前に、
 よくがんばってるからって、
 プレゼントしてくれたの」にこっ

黒髪(どこにでもあるような、
 可愛いけれど、安っぽい消しゴム。
 そんな物をぎゅっと握って、
 幸せそうに微笑むなんて)


397: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:35:27.41 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「とりあえず、ひき娘」

ひき娘「?」

黒髪「可愛くは無いけど、
 消えやすいから気に入っててね、
 良かったら使って」ごそごそ

ひき娘「え、いいの?」

黒髪「何かあった時のためにって、
 いつも一つは予備を持ち歩いてるのよ」

ひき娘「でも、それなら……」

黒髪「おばかねー。
 いまどき消しゴムなんてドコにでもあるんだから、
 帰る時にコンビニで買うわよ」にこっ

ひき娘「あう、そっか、
 外にはコンビニとかあるもんね」(///


398: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:36:20.28 ID:ZHyd2CHMo

ひき娘「それじゃ、使わせてもらうね」にこっ

黒髪「はいはい」

ひき娘 ごそごそ

黒髪(小さくなって、
 もう使えない消しゴムを、
 枕元の宝石箱にそっと入れて)

黒髪「……まったく。
 いじらしいわね」苦笑

黒髪(気がついたら、
 自分の口からそんな言葉が零れて、
 誰よりも驚いたのは私自身。
 そんな事を言いたいわけじゃないのに)

ひき娘「いじらしい?」


399: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:37:22.29 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「ひき娘の、その恋の仕方が、よ」

黒髪(私は自分がいま、
 どんな顔をしているのかわからない。
 見守るような笑顔?
 支えるような笑顔?
 それとも――)

ひき娘「こ、恋なんて……」(////

黒髪「恋でしょ、ソレ」

ひき娘「その、えっと」

黒髪「わからないの? 本当に」

ひき娘「……」

黒髪「もう、ごまかしきれてないじゃない。自分にも」


400: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:38:15.38 ID:ZHyd2CHMo

黒髪(逆さに向けた砂時計のように、
 私の言葉はとめることができない。
 それとも私には、
 すでに止めるつもりもないのか)

黒髪「もし恋じゃないなら、
 ひき娘のソレは、なんて名前なのよ」

ひき娘「…………うーん、その、ね。
 確かに、先生の事は、嫌いじゃないの」

黒髪「……でしょ?」

ひき娘「でも、なんていうか、
 今の私にはわからないんだけど。

 先生には、
 私の知らない先生があって、
 私の知ってる先生は、
 きっとまだ表だけなの」


401: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:38:50.43 ID:ZHyd2CHMo

黒髪「そんなの、
 誰だってそんなもんよ?

 本音は尊いとか、
 ウソは良くないとか、
 確かにそれは正論だけどね、
 それじゃ世界は回らないのよ」

黒髪(違う)

ひき娘「違うの。
 それは確かにそうなんだけどね、
 私が言いたいのは、
 そういう事じゃなくて」

黒髪(聞きたい。
 ひき娘の思いを。
 でも聞きたくない。
 ひき娘の思いだから)

ひき娘「先生をね、
 包んであげる人に、
 なれたらいいなーって」にこっ(////


402: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:39:23.57 ID:ZHyd2CHMo

黒髪(そんなのを聞いたら)

黒髪「ばかねー」苦笑

ひき娘「ば、ばかじゃないもん」(////

黒髪「ばかよ。ばーか。大ばかよ」

ひき娘「……黒髪さん?」

黒髪「それをね」涙ぽろぽろ

黒髪「愛って、呼ぶのよ」


403: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:39:50.85 ID:ZHyd2CHMo
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  三十三日目 教員室

友「男ー、
 出勤したばっかりで悪いが、
 ちょっと時間もらえるか?」

男「はい?
 大丈夫ですが」とことこ

友「ま、そこ座れよ」

男「はぁ……よっこいせ、と」

友「おいおい、
 お前さ、それやめろよ」

男「はい?」


404: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:40:20.11 ID:ZHyd2CHMo

友「生徒が見てないからいいが、
 見てたら確実に、
 おっさんって、呼ばれるぜ?」

男「はあ、まあ、
 年齢的にはもう三十路ですから、
 さして間違った表現とは思いませんが」

友「ちがうだろ!
 三十路だからこそ若々しく、
 雄雄しく、猛々しく!」

男「……さて、授業の準備をしますか」

友「うぉおい!
 せめてツッコミくらいしてくれよ」

男「まったく、面倒な人ですね」

友「真面目な顔で云うなよ、
 いくら冗談でも傷つくだろ?」


405: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:40:46.08 ID:ZHyd2CHMo

男「え?」

友「は?」

男「冗談を言ったつもりはないですよ」

友「……なんで、
 なんで俺コイツ雇ったんだろ……
 って、そうじゃなかった。
 ちょっと話があったんだよ」

男「何ですか?」

友「この前、長い時間じゃなかったが、
 黒髪ちゃんだったか?
 彼女と話す機会があってな」

男「……生徒を口説くのは関心できませんよ?」

友「そんなんじゃねえよ!」


406: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:42:46.44 ID:ZHyd2CHMo

男「しかし、確か黒髪さんの外見って、
 完全に友の好みですよね?

 小学校のときのあの子や、
 中学の時に当たって砕けたあの子、
 高校のときの――」

友「だぁぁあああ! ダマレッ!
 コレだから幼馴染ってヤツは!
 どれもコレも振られて、

 未だに彼女いない暦
 =人生の俺を舐めてんのか……」うぐぅ

男「かわいそうなので話を戻しましょうか」

友「おい、本音出てるぞっ」ぐすっ


407: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:43:12.75 ID:ZHyd2CHMo

男「それで、黒髪さんが何ですか?」

友「コレはあくまで俺の勘だがな。
 黒髪ちゃん、お前に惚れてるぜ」

男「……」

友「……」

男「え、それだけですか?」

友「それだけ、ってなんだよ。
 云いたいことがあるならはっきり言え」

男「いえ、なんというか、
 時間を取って損したなーと」

友「はっきり言いすぎだ!
 あんな美少女が!
 しかも逆玉確実な子に惚れられて、
 その反応は何だよ」


408: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:43:44.67 ID:ZHyd2CHMo

男「いえ、そういう冗談は、
 本人からよく言われているので」

友「……冗談じゃないんだが」

男「黒髪さんとしては、
 そんな惚れたのなんだのではなく、
 単純に会話を楽しんでいるだけでしょう」

友「……あのな、
 お前がそう考えるのは勝手だが、
 一応言っておくぜ」

男「はい」

友「それでも一度でいい、
 黒髪ちゃんを恋人とか、
 そういう相手として、
 考えてみてやってくれよ」


409: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:44:50.10 ID:ZHyd2CHMo

男「……」

友「俺の推測が多いが、
 黒髪ちゃんって子はお前が好きだ。
 そして友達のひき娘ちゃんも好きだ」

男「まあ、好意は感じていますが」

友「口を挟むな。
 もしお前らがこのまま、
 ひき娘ちゃんと親しくし続けるなら、
 黒髪ちゃんは、
 そのまま大人しく身を引くだろうぜ」

男「……」

友「お前とひき娘ちゃんが、
 どういう関係になるのか、
 それともどうにもならんのかは、
 俺にはわからん」


410: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:45:47.19 ID:ZHyd2CHMo

男「そんな……」

友「だから黙ってろ。
 あの黒髪ちゃんって子は、
 俺の見立てじゃ強い子だ。
 自分の欲しいもののために、
 戦うことができる。

 だからたとえばお前が、
 そこらの女と付き合うってなら、
 彼女は手段を選ばず、
 お前を奪いにくるだろうさ」

男「……」苦笑

友「だが、あの黒髪ちゃんって子は、
 ひき娘ちゃんが相手なら、
 戦おうとすらしないだろうぜ。

 お前は、
 黒髪ちゃんがひき娘ちゃんに対して、
 どうしてあんなにこだわるか、わかるか?」


411: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:46:40.68 ID:ZHyd2CHMo

男「元々親しかったから、と」

友「それもある。
 だがな、それ以上に、
 黒髪ちゃんはひき娘ちゃんに対して、
 強い劣等感と、恩義を感じてるんだ」

男「……」

友「ひき娘ちゃんを助けて欲しいと、
 お前に対して頼んだのは、
 お前がひき娘ちゃんを助けられると思ったからじゃない」

男「……それは」

友「ひき娘ちゃんは助けたいだろうが、
 それはそれ、コレはコレだ。

 そこでまずお前を選んだのは、
 お前と一緒にいたかったからだと、
 俺は彼女の話を聞いて思ったぜ」


412: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:48:34.26 ID:ZHyd2CHMo

男「……」

友「だから一度でいい。
 彼女と向き合ってみろ。

 黒髪ちゃんって子は、
 周りのガキより段違いに賢い。

 可愛がってもらえる仮面や、
 鬱陶しく思われない仮面を、
 きちんと使い分けている、
 そこらの大人より大人なヤツだ。

 戦うって事がどんな事かも、
 おそらく分かってる。
 喧嘩とかじゃないぜ。
 金や情報、人の動かし方、
 そういった戦いだ。

 だからこそ、黒髪ちゃんは、
 友達を傷つける事を、恐れてる」

413: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:51:19.47 ID:ZHyd2CHMo

男「だからわたしに」

友「ああ。
 お前は一度、
 一人の男として、
 あいつに向き合うべきだ。

 その事に気がつかないで、
 冗談だろうと笑ってたら、
 お前は絶対にいつか後悔する」

男「……わかりました」

友「時間取らせたな」

男「いえ、その価値は、
 十分以上に有ったと思います」

414: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:52:33.70 ID:ZHyd2CHMo

友「それじゃ、
 俺はもう授業だからいくぜ」

 とことこ

 ぱたん

男「……」

男「黒髪さんの気持ちと向き合え」

男「……それならむしろ、
 友さんが、友さん自信と、
 向き合うべきでしょうね」

男「いったいどれだけ、
 心から向き合えば、
 それだけ相手の事が見えるのか」


415: ◆LZfAlLlryk 2011/04/23(土) 00:54:21.64 ID:ZHyd2CHMo

男「もっとも、
 それがまた友さんの良い処でもありますが……」

男「さしあたって、
 性急にとは思いませんが、
 ゆっくりと状況を変えて……

 ひき娘さんとも黒髪さんとも、
 少し距離を取るべきでしょう」

男「教師として……」


420: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:06:07.14 ID:sMjSSDqzo
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  三十四日目 ひき娘の部屋

男「では、今日の授業はここまでにしましょう」

ひき娘「はいぃ~。
 お疲れ様でした」よろよろ、へこっ

男「お疲れ様でした。
 それでは、失礼しますね」がさがさ

ひき娘「え、あの……」

男「はい?」

ひき娘「あ、あの……
 もしかして今日は、
 何か急ぎの用事があったり、
 するんですか?」

421: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:06:43.02 ID:sMjSSDqzo

男「いえ、そのような事はありません。
 何かありましたか?」

ひき娘「……その、
 いつもなら、少しお話したり、
 してくれるから……」ちらっ

ひき娘(もうちょっと、
 先生と一緒にいたい……
 特に、今日は)

男「…………そうですね」

ひき娘「あ、あの」

男「はい」

ひき娘「その、先生は……」

男「……」

ひき娘「自分がここにいていいのか、
 いない方がいいんじゃないかって、
 思った事はありますか?」


422: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:07:27.26 ID:sMjSSDqzo

男「何か、ありましたか?」

ひき娘「少しだけ」

男「……」

ひき娘「……」

男「事情は、話してくれないようですね」苦笑

ひき娘「ごめんなさい」

男「では、観念的になりますが――
 わたしにもやはり、
 自分がここにいていいのかと悩む時はあります」

ひき娘「……」


423: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:08:13.46 ID:sMjSSDqzo

男「自分がここにいてよいかという、
 存在とその価値とは、
 人にとってどのようなものか。

 マズローいわく、
 欲求には五つの階層があります。

 重要度が高い順に、
 『生理的欲求』『安全欲求』
 『愛情欲求』 『尊敬欲求』
 『自己実現欲求』
 となります。
 後者三つが、存在とその価値についての考えですね。

 欲求というのは、
 その生命と精神の存続に、
 必要となる要素を欲することです。
 必要以上を欲するのが、欲望です。

 つまり人間にとって、
 食べる事や安全である事についで、
 誰かに愛されること、
 誰かに価値を認められる事は、
 その精神に必要なことなのです」

ひき娘「必要、なんですか」


424: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:08:56.36 ID:sMjSSDqzo

男「おそらく人の心にとって、
 誰かに認められたいと願う心は、
 喉が渇いているから、
 水が飲みたいと願うようなものなのでしょう」

ひき娘「それなら、
 先生はどうして、
 自分が必要か悩むんですか?

 学校とか塾が有って、
 恋人さんとかも、いるんですよね?」

ひき娘 つくん

男「学校や塾といった、
 社会的な場はありますが、
 恋人はいませんよ」苦笑

ひき娘 つくん


425: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:09:31.62 ID:sMjSSDqzo

男「もちろん何人か、
 お付き合いした経験もありますが、
 どちらからともなく別れてしまうのが、
 今までの常ですねぇ……」苦笑

ひき娘「……」

男「話がそれましたね。
 様々な事情はありましたが、
 わたしが学校を辞めたのは、
 自分が教師として必要だと思った、
 その考えを否定された事が理由です。

 わたしは本当に生きる価値があるか、
 教師として生きて良いのか。

 教師を辞めた際に、
 恋人とも破局しましてね。

 お酒に浸って現実を忘れようとしたりもしました」


426: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:09:56.65 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「それでも、
 先生は、先生なんですね」

男「当時の自分からすれば、
 今の自分がいることも、
 想像の埒外ですけどね」苦笑

ひき娘「でも、先生が先生で、
 良かったです。
 こうして、出会えたから」

男「……ありがとうございます」にこっ

ひき娘「それで……その、
 たとえ話なんですけど」

男「はい」

ひき娘「もし先生が、
 先生がいることが、
 誰かを苦しめたりする時、
 先生は、どうしますか?」


427: ◆LZfAlLlryk 2011/04/24(日) 00:10:41.80 ID:sMjSSDqzo

男「難しい質問ですね。
 それが自分にとって、
 どうでも良い集団からの場合、
 その集団を離れて、
 新しい集団を作れば話は済みますが……

 しかし、そうでないなら。
 自分にとって大切な相手や集団で、
 他に替えが無いと思うなら……」

ひき娘「そんな時は」

男「…………わかりません。
 そもそもこうした、
 観念的な話というのは、
 物事を抽象化し、
 その要素をパターンかする事で、
 解放を導く手段です。
 
 しかし、この件に関しては、
 パターン化できるほど単純ではありませんからね」


次回 ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」 後編