1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:32:52 ID:yL7dltqQ
2006年、小6の夏。
僕は一匹の「幽霊」と出会った。

少年「……ぁ……ぇ……?」 幽霊「……」

キッカケは納戸で埃を被ってた爺ちゃんのグローブ。
何気なく触れた瞬間――ソイツは現れたんだ。

幽霊「俺はウチカワ。よろしくな」

少年「ぎゃああああアゴのオバケだあああ!!!」 



2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:36:50 ID:yL7dltqQ
幽霊「アゴ……?」

少年「助けてママー!!!!」ウワアアアア

幽霊「あっ……おいこら! どこ行くんだよ!」

ママ「あらあらどうしたの?」

少年「納戸に変なオバ……アゴがぁああ!」グスン

ママ「ふふっ、そんなのいないわよ。ほら見てごらん」

少年「えっ、ほんと……?」

幽霊「おい」アゴゴゴゴゴ

少年「ぎゃああああ! いるじゃんかあああ!!」グスン

ママ「えっ? いるって……どこに?」 

3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:39:48 ID:yL7dltqQ
少年「どこにって目の前だよぉ! ほらそこっ!」グスン

ママ「うーん……ママには見えないけど……」

幽霊「言っとくが、お前以外の人間に俺は見えないからな」

少年「……えっ……?」

幽霊「ほら、少し前にあったろ? ヒカルの碁って漫画」
幽霊「設定はアレと一緒だ。分かったら練習すっぞコラ」

少年「ヒカルの碁……? ああ、あの囲碁の――」
少年「――って、そんなので納得できるわけないよ!」

幽霊「一理ある。だが納得しろ。そして練習だ」アゴゴゴゴゴ

少年「ぎゃあああああああああ!!!!」グスン

ママ「ね、ねぇ。いったい誰と話してるの……?」 

4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:42:08 ID:yL7dltqQ
少年(うぅ……! ママには本当に見えてないんだ……)

幽霊「いい加減認めろ。練習できる時間は限られてるんだぞ」

少年(うぅ……どうしてこんなことに……)グスン
少年(怖いよこの幽霊……もう嫌だよぉ……)グスン

ママ(どうしたのかしらこの子……? まさかこの暑さで……)

ママ「うーん……ちょっと水でも飲んで落ち着こっか」

少年「……僕、水よりママの◯◯◯◯がいい……」グスン

ママ「……もう……甘えん坊さんなんだから……」ハァ

幽霊「ファッ?」 

5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:43:29 ID:yL7dltqQ
幽霊「おいコラ。お前いくつだよ?」

少年「……」グスン

幽霊「無視すんな。テレパシーでいいから答えろ」

少年「(……11才だよ。でもそれが何なの?)」グスン

幽霊「アホか。幾ら何でもママっ子が過ぎるだろ」
幽霊「そんな根性でプロになれるとでも思ってんのか?」

少年「(プロ……? えっ、何のこと?)」

幽霊「おっと、肝心なことを言い忘れてたな……」
幽霊「俺の目的はお前を《プロ野球選手のスター》にすることだ」

少年「(……プロ野球選手の……スター……?)」

幽霊「そうだ――ある球団を優勝させるためにな」 

6 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:47:32 ID:yL7dltqQ
少年「(そんな……僕、野球なんて興味ないのに……)」

幽霊「ウソつけ。さっき納戸でグローブに触ってたろ」

少年「(別に野球が好きで触ったわけじゃないよ)」

幽霊「でも少しは興味があった。だから触ったんじゃないのか?」

少年「(いや、本当にただ偶然、手が掠ったぐらいで……)」

幽霊「……」 少年「……」

幽霊「だとしてもだ。お前が野球を拒絶することは許されない」

少年「(うぅ……何で? どうして僕に固執するの……?)」

幽霊「決まってるだろ? お前には可能性があるからだ」

100年もの長い間、野球界が諦めつつも望み続けた――
そう――《究極のユーティリティープレーヤー》になる才能がな。 

7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:54:34 ID:yL7dltqQ
少年「(ゆーてぃりてぃー……ぷれーやー?)」

幽霊「ああ。全てにおいてプロレベルな――」
幽霊「つまり、投げて打てて走れて守れる選手のことだ」

少年「(うぅ……そんなのどうでもいいよぉ……)」

ママ(はぁ……この子ったら、本当に甘えん坊さんね……)
ママ(ずっとこのままだと……将来が心配だわ……)

少年「……ねぇママ。◯◯◯◯は……?」

ママ「もう◯◯◯◯はダメ。来年中学生になるんだから……」

少年「えええ……」グスン

ママ「ほら、リビングでお水でも飲んで落ち着きましょ?」

少年「……うぅ……」グスン

幽霊(おいおい……乳児かよコイツ……)

こうして僕とウチカワは初対面を交わした。
最初はずっとこんな感じで、ウチカワも不安気だったな。 

8 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 19:59:02 ID:yL7dltqQ
ウチカワは20代くらいの成人男性に見えた。
ちょっと人よりアゴが出てて怖いけど……。

服装はどっかで見たことあるようなユニフォームで、
胸元には英語で書かれた「ベイスターズ」の文字。

もしかして優勝させたいチームってココのこと……?

まぁ何にせよ、野球なんか興味ないんだ。
僕はママと一緒にいるだけで十分。

――だから僕は彼に告げた。「ねぇ……帰ってよ」。

でもウチカワは手に持ってるバットを振り上げ、
そのアゴでまた僕を威嚇した。「いいから練習しろ」。

――うぅ……やっぱりこの幽霊怖い……。 

9 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:02:20 ID:yL7dltqQ
◆リビング◆

――僕の家は4人家族。
構成としては、父、母、妹、そして僕。

『三振~~~! 試合終了~~~!!』
『早稲田実業、甲子園初優勝です!!』

パパ「おおおおおおおおおおおお!!」

妹「きゃあああああああああああ♪」

幼馴染「うむ。良い直球だ」

少年「あれ幼馴染ちゃん、来てたの……?」

幼馴染「まぁな。と言ってもこれから御暇するが」

少年「えっ、何で? 久しぶりにオママゴトでもしようよ」

幼馴染「あほ。こんな素晴らしいゲームを見た後だぞ?」
幼馴染「この黄金の左腕が、野球がしたいと疼いている」フフッ

少年「えぇ~、こんな暑い日に外行くの?」

幼馴染「あほ。絶好の野球日和だろ。てかお前こそ――」

『いつまでそんな女々しい事ほざいてるつもりだ?』

少年「そんな……女々しいことだなんて……」 

10 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:05:17 ID:yL7dltqQ
幼馴染「はぁ……やっぱりお前を見てるとイライラする」

少年「……えっ?」

幼馴染「おばさん、お邪魔しました」

ママ「あら、もう帰るの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

幼馴染「いや、もうすぐリトルリーグのトーナメントが始まるんで」

ママ「あっ、そっか。来週の日曜日だっけ? じゃあ今日は練習?」

幼馴染「はい。エースですから、皆の期待に応えないと」

ママ「ふふっ、頼もしいエースだこと。また応援しに行くからね」

幼馴染「ありがとうございます。そんじゃ行ってきます」

少年「あ……ば、バイバイ……また来てね……」アハハ

幼馴染「……」 『ガチャン!』  少年「……」

うぅ……幼馴染ちゃん、僕のこと嫌いになったのかな……? 

11 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:09:37 ID:yL7dltqQ
『ドカッ!』

少年「痛っ! えっ……!?」

幽霊「おいコラ。野球やってる友達がいるじゃねーか」
幽霊「しかも女の子だぞ? 何でお前はやってないんだよ?」

少年「(だから僕は野球に興味が……ってそんなことより!)」
少年「(今、僕のこと殴ったよね? 何で物理攻撃できるの!?)」

幽霊「ん? ああ、このバットだけは物理的干渉ができるんだよ」
幽霊「まぁ、普通の人間には見えないだろうから安心しな」

少年「(そ、そうなんだ……)」

な、何が安心だよ! 下手したら殺されるじゃないか!

幽霊「てか、そんなことどーでもいいから」
幽霊「早く彼女を追っかけろ。そして一緒に練習しろ」

少年「(嫌だよ野球なんて。汗かくし臭いし……)」

『ボコッッッッッ!!!』

少年「痛ッ!!」

幽霊「俺の前で野球を侮辱すんな。ぶっ殺すぞ」

少年「(……ご、ごめんなさい……)」グスン 

12 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:14:46 ID:yL7dltqQ
少年「(でも本当に興味なくて……うぅ……)」グスン

幽霊「……お前、あの野球少女のこと好きだろ?」

少年「ッ!? え、な、いきなり何言ってるの……!!」アセアセ

妹「え?……お兄ちゃん、どうしたの?」

少年「へ!? あ、いや、何でもないよ! 何でも!」アセアセ

妹「……?(あ、怪しい……)」

幽霊「動揺しすぎだ馬鹿。やっぱり好きなんだな?」

少年「(そ、それはまぁ、嫌いではないけど……)」ウジウジ

幽霊「でも彼女はお前のこと嫌いだと思うぜ?」ニヤッ

少年「……!」

 お 前 を 見 て る と イ ラ イ ラ す る

幽霊「ふっ……どうやら自覚はあるようだな」

少年「(……うん……最近僕と全然遊んでくれない……)」

幽霊「なら好かれる方法教えてやろうか?」

少年「(……えっ?)」 

13 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:18:47 ID:yL7dltqQ
少年「(好かれる方法って……?)」

幽霊「もちろん、野球をやって根性をつけることだ」

少年「(うぅ……また野球……)」

幽霊「また野球って……お前一度もやったことないだろ?」

少年「(だって……全然楽しそうじゃないもん……)」

『ボカッッッッ!』 少年「痛っ!」

幽霊「そういうのはやってから決めろ」

少年「(うぅ……そんな事言われても……)」

幽霊「いいから行くぞ! ほら、ついてこい」

少年「(えっ、どこに行くの? 幼馴染ちゃんのとこ?)」

幽霊「違う。まずは野球に興味を持つところからだ」

少年「(えっ……じゃあどこに……?)」

幽霊「決まってんだろ? バッティングセンターさ」 

14 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:23:40 ID:yL7dltqQ
◆バッティングセンター◆

『カキーン!』『ズドン!』『カキーン!』

少年(……うぅ……成り行きで来ちゃったよ……)

幽霊「……」

少年「(あれ? どうしたのウチカワ?)」

幽霊「……ん? ああ、いや……何でもない……」

幽霊「それより早速プレーだ。金は持ってるな?」

少年「(う、うん……500円玉持ってき――)」

『カキーン!』『おおおおおおおおお』

幽霊「……ん?」

少年「(……何だか向こうの方が騒がしいね)」

幽霊「ああ。すげーバッターがいるのかもな」 

15 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:30:27 ID:yL7dltqQ
『カキーン!!』『ドカッ』『ホームラン!』

少女「えへへ。やっとホームランゲットだよ♪」ニコッ

モブA「うわ……この子マジすげぇ……」
モブB「このゲージ……130キロだろ……?」
モブC「しかも可愛いし……何なんだこの子は……」

幽霊(へぇ……)

少年「(……か、可愛い……)」

幽霊(ほう……コイツは使えるな……)ニヤッ

幽霊「おい。見とれてないで少女の隣のゲージに入れ」

少年「(えっ? ここ!? 140キロって書いてあるけど……)」

幽霊「大丈夫だ……何も問題ない」ニヤリ

少年「……?」 

16 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:35:53 ID:yL7dltqQ
◆140キロゲージ◆

少年「(ね、ねぇ……バットってどうやって握るの?)」

幽霊「……」

少年「(ねぇ、ウチカワったら!)」

モブA「ん? おい! 隣のゲージに小学生入ってるぞ」

少女(えっ……?)

モブB「隣のゲージってお前……140キロじゃねーか」
モブC「ははっ、今日は天才野球少年少女が集まる日か?」

少年「(ちょっ、ウチカワ! 何か凄く見られてるよぉ!)」

幽霊「……」

少年「(ええええええ! ちょっと無視しないでよぉ!)」

幽霊「……少年。力を抜いて目を閉じろ……」

少年「……えっ?」 

17 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:44:04 ID:yL7dltqQ
少年「……こ、こう?」

幽霊「ああ、そうだ。それでいい……」

少年「ねぇウチカワ……こんなことして何を……」

『ドクンッ』 少年「!?」

幽霊「……」 少年「……」 幽霊「……!?」

少年「(この身体、少し借りるぞ……)」ニヤッ

幽霊「ちょっ!? えっ!? どうなってるのこれ!?」
幽霊「何で僕がウチカワと入れ替わってんのさ!?」

少年「(まぁ少し黙ってろって……)」

『ビシュッ!』

幽霊「あっ、ボールが来……!」

『カキィィイイイイイイイインッッッ!!!』

幽霊「!?」 

18 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/06/19(火) 20:51:37 ID:yL7dltqQ
――それは透き通るような金属音だった。
今まで聴いたどんな音よりも気持ちよく、
心に抱える闇を、全てかっ飛ばす感じの……。

幽霊「……」

『ホームラン!』

モブA「……す、すげぇ……」
モブB「な、何者なんだコイツ……」
モブC「し、信じらんねぇ……」

少女「……うそ……」

パパ「……ほう……」
幼馴染「やるじゃん」
妹「お兄ちゃんすごいすごーい!!」
ママ「うぅ……立派になったわね……」

何故かそこには皆がいて、僕のことを褒めてくれた。
お陰で野球が好きになった。だから毎日ウチカワと練習した。

そして6年後、僕は見事プロ入りを果たし、
横浜ベイスターズは、優勝するのであった。

~終~