ざり。
踏み込んだ砂が、無機質な音を立てる。
構わず、刹那は一人で海岸を歩いていた。
風向きと、闇夜の傾き具合を検分しながら、ゆっくりと足を動かす。
ふと、立ち止まった。
空を見上げる。
太陽は、とっくに沈んでいた。
ただ、暗い。
黒檀の闇の上に、千々になった雲が、ただぼんやりと浮かんでいるだけ。
それもそうだろう、時刻は既に深夜。
監視の目を掻い潜って旅館から這い出て来たのだから、明るいうちから外には出られない。
今現在に限り、人目を避ける必要があるのだ。
平たく言えば命令違反だが、学園の規則を守るよりも優先すべきことが、刹那にはあった。
IS<インフィニット・ストラトス>12 (オーバーラップ文庫)
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3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 18:44:06.39 ID:bYXgm+TG0
右腕が、光る。
ISを取り込んだ彼の体が、反応しているのだ。
「……ティエリア、福音は?」
≪確認済みだ。ここから三十キロ離れた沖合い上空で停滞している。
……ここまで近づいて、ようやくだ。何らかの手段で、レーダーを誤魔化しているらしい≫
三十キロ。そう遠くない距離である。
日本の、そして刹那の持ち合わせるテクノロジーならば簡単に見つけられそうなものだが、
ロストしたままだったのは、どうやらジャミングの効果らしい。
「……やはり」
≪……ああ。GN粒子だ≫
GN粒子には、レーダーを麻痺させる効能がある。
それを用いれば、隠密行動は格段にやりやすくなると言うわけだ。
刹那の機体にも備えられている、標準的な機能である。
――――しかし、先のトランザムと擬似太陽炉に加え、今回のGN粒子。
疑念が、確信に変わった。
この案件の奥には、確実に奴がいる。
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 18:49:22.24 ID:bYXgm+TG0
だが、今は気にかけるべきではない。戦いに集中すべきだ。
ISを、起動させる。
刹那の体が淡く発光して、その身に鋼鉄をまとう。
ツインドライヴが、共鳴を開始した。
ダブルオーライザー。
ガンダムを超えた、刹那の愛機。
今はモビルスーツからISに姿かたちを変えているが、その中身は変わらない。
足が、地面から離れる。
ソレスタルビーイングのガンダムは、単独での飛行能力を有するのだ。
それを言えば、ISもそうであるが。
ともかく、目標の位置は判明した。
ならば、仕留めて情報を聞き出すのみである。
二基のGNドライヴを頼りに、刹那は上昇する――――
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 18:56:00.33 ID:bYXgm+TG0
直前に、振り向いた。
人の、気配。
例え一般人であろうとも、微弱な脳量子波は放っているのだ。
真のイノベイターである刹那であれば、感じ取るのは容易い。
地点は、やや遠方。旅館の方角か。数は、五つ。その内の一つは、いやに強い。
――――間違いなく、あの連中だ。
見つかるわけにはいかない。
即座に退散しようとする刹那の背に、声が突き刺さった。
「どこへ行こうと言うのかね?」
この、声音は。
ISを装着した、黒い武士。
スサノオが――――ブシドーが、そこに立っていた。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 18:59:10.40 ID:bYXgm+TG0
大方、刹那が逃げると踏んですぐに追いついてきたのだろう。
第四世代型のスペックから鑑みれば、そう難しいことでもない。
失敗を嘆く暇もなく、刹那に向け、次々に言葉が投げかけられる。
「ちょっとちょっと、何してんのよ? 孤高のヒーロー気取り?」
「刹那……僕達を、置いていこうとしてない?」
「亭主に黙って出て行くとは……せめて、三行半でも欲しかったところだが」
「刹那さん? まさかとは思いますが、一人で行こうと仰るのですか?」
刹那は、返す言葉もない。図星であった。
諦めて、向き直る。
皆、ISを身に着けていた。
やる気満々だ、と言わんばかりに。
彼女らも、気持ちは同じなのだ。
それも、直接対峙していた刹那と違って、ただ指をくわえて眺めているだけだったのだから、
その悔いはさぞ大きいことだろう。
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:01:43.41 ID:bYXgm+TG0
彼女らの瞳に、迷いは無い。
覚悟と、決意が。強い意志が、その目にみなぎっている。
そうか。ならば、もはや無粋なことは言うまい。
「……行こう。決着をつけに」
「良く言った、少年!」
「そうこなくっちゃ!」
「うん! やろう、皆で!」
「今度こそ、確実に落とす……!」
「負けたまま、終わっていいはずがありませんもの!」
◆
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:06:23.83 ID:bYXgm+TG0
「む……暗号通信?」
スサノオのモニターに、ウインドウが浮かぶ。
タッチパネルを操作し、ブシドーは並んだ文字に目を通した。
「どうかなさいましたの?」
「……撤退命令だと……!?」
「うそっ……もしかして、バレた!?」
学園側には黙って出てきたのだ、もし露見してしまえば、教師に連れ戻されるに決まっている。
「いや……違う。私一人に下されたようだ。……急ぎ学園への帰還を果たせ、と」
学園に? 皆、首を傾げる。
何故、臨海学校の、それも機密任務の途中で、本拠地である学園に引き返すのか。
命令と言うからには上層部の判断なのだろうが、しかし、福音に手を焼いている現状からして、
最新鋭機と言う重大な戦力を減らすのは、向こうとて望まないはず。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:11:23.02 ID:bYXgm+TG0
「それって……」
「口惜しさは残るが……決定には従わねばなるまい」
ここで拒んでは、ブシドーの首が飛びかねないのと同時、
刹那たちの独断行動が発覚する恐れも生じる。
本人としては、福音とけりをつけたいだろうが、それは賢い選択とは言えないようだ。
「……お前の分まで、私が働いてやる」
「恩に着る。……この礼は、必ず」
ラウラの言葉に頷き、ブシドーはきびすを返す。
迎えを待つより、ISで現地に赴いた方が早いのだろう。
事実、圧倒的な加速で、ブシドーは学園の方向へと消え去った。
これで、五人。厳しくなったが、不可能ではないはずだ。
刹那たちは、ISで沖合いへと向かう。
福音との因縁を、断ち切るために。
◆
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:16:28.76 ID:bYXgm+TG0
シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンが、展開される。
パッケージをインストールしたためか、その砲身は以前よりも一回り長大になっていた。
電磁機構により加速された弾丸が、打ち出される。
真っ直ぐに飛んだ弾丸は、狙い通り、中空の福音に直撃した。
熱と爆風が、敵機の姿を覆い隠す。
「初弾、命中!」
ラウラの合図と共に、刹那が飛び出す。
最初の策は、先の先。奇襲を行い、一気に畳み掛けるのだ。
煙が、晴れる。
福音は、未だ健在。白い装甲には、傷一つついていない。
周囲に展開しているエネルギーフィールドで、レールガンを防ぎきったのだ。
≪GNフィールド……!≫
赤い、膜。擬似太陽炉によって生み出される、超硬度の盾。
ならば、決定打を与えられるのは、実体剣を持ちうる刹那のみ。
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:24:15.65 ID:bYXgm+TG0
「続けて砲撃を行う!」
後方から電磁砲弾の援護を受け、刹那は福音に向け空を駆ける。
福音も、刹那へ向け突撃。
接近戦を嫌うはずの福音が、自ら刹那の距離に飛び込んでくるとは考え難い。
が、そんなことを考察している暇もなかった。
分厚い刀身を持つGNソードⅢを、振りかざす。
ラウラの砲撃により、敵が取れるコースは限られているのだ。
そして、刹那もその進路を辿っている。自然、両者はかち合うだろう。
接触は、一瞬。その刹那に、両断する。
秒の間に、刹那と福音の距離が縮まった。
どちらも、現行ISを上回る高スペック機なのだ。たかが数キロを詰めるのに必要な時間は、ゼロに等しい。
そして、ぶつかり合う。
刹那のGNソードⅢが、福音の胴に触れた。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:32:03.29 ID:bYXgm+TG0
触れた、だけだ。
ほんのわずかに、かすっただけ。福音の損害は、軽い。
強引に体をひねり、刹那の剣先から逃れたのだ。
回避に全力を注げば、いかに刹那の距離に身を置こうとも、延命は図れる。
そして、突き抜けた。
刹那の真横を通り過ぎ、福音は一息に、ラウラの下へ向かう。
これこそが、福音の狙い。
刹那をやり過ごし、弾幕を張る支援機から――――厄介なラウラから仕留めようと言うのだ。
ラウラの機体は、インファイトに優れているわけではない。
いかに慣性停止能力があろうとも、小回りで勝るのは福音だ。
張ったところで、避けられる。限りなく、相性は悪い。
即座に機体を翻し、刹那はオーライザーのGNマイクロミサイルをバラ撒いた。
白い線を引き、無数の弾頭が福音に迫る。
機動性と攻撃力を重視した分、装甲は薄いのだろう。
福音は攻撃よりも防御を優先し、故に、動きを鈍くした。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:37:46.49 ID:bYXgm+TG0
そこへ、鈴音がフォローに入る。
重力の支持を得て落下しつつ、福音に双天牙月を振り下ろす。
福音が、弾き飛ばされた。
馬力を求めた甲龍と、スピード優先の福音。
衝突すれば、敗北を喫するのは間違いなく福音である。
下方向へ投げ出される福音へ、セシリアの追撃。
スターライトmkⅢが、夜空へ青い稲光を作り出す。
三次元的な挙動で、福音は敵弾を回避。
新型の機動性は、伊達ではないのだ。ビーム兵器を、見てから避けている。
距離を取って仕切りなおしに持ち込もうと、安全圏を見つけ出し、福音は退避。
「かかった!」
それが、罠なのだ。安全圏などでは、ない。
潜んでいたシャルが、二丁のショットガンを乱れ撃つ。
今までの連携は、シャルが待機していたこの場所へ移動させるためのものでもあったのだ。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:42:12.46 ID:bYXgm+TG0
たまらず、福音は再びスラスターを吹かし、逃げの一手を打つ。
今こそ、攻め入る好機。ショットガンを打ち続け、シャルは福音とのドッグファイトを開始する。
しかし、追いつけない。
足回りでは、完全無比の力を誇る福音に、第二世代のISでは手が届かない。
有効射程から外れたことで、シャルがショットガンからアサルライフルに武器を持ち替えた。
その隙に、福音は反撃。翼から光弾を生成し、シャルに向け撃つ、撃つ、撃つ。
咄嗟に、シャルはシールドを展開。
緑色の光板が、敵弾を弾いた。
「このぐらいじゃ落とせないよ!」
シャルの声に続いて、銃声。
スターライトmkⅢとレールガンが、そのロングレンジでもって、狙撃に入ったのだ。
足を止められず、福音はただやり過ごすしかない。
弾道を予測し、弾幕の中の空白に、体を滑り込ませる――――
16 :落ちたらSS速報に立てます:2011/04/26(火) 19:47:38.28 ID:bYXgm+TG0
――――ことなど、予想の範囲内だ。
そこへ、鈴音が衝撃砲を持ち出した。
目に見えぬ弾丸をもろにくらい、福音が一瞬制御を失う。
海面スレスレまで自然落下した後、ようやくスラスターを吹かす。
だが、遅い。
福音は、再び刹那の距離に収まっている。
GNソードⅢからビームを発射しつつ、刹那は福音に肉薄。
正面から後方へ、切り抜ける。
福音の装甲へ、亀裂が入った。
そのまま、無防備な背中へ×字の切り込みを刻むと、打ち上げるように蹴り。
下から上へ、もう一度切り抜ける。
福音は、なすがままにされるだけ。
最後に、横になった福音へ、トドメの一発。
唐竹割りの要領で、GNソードⅢを、一直線に振るう。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 19:55:32.25 ID:bYXgm+TG0
甲高い金属音が響き渡り、福音は強烈な一撃をもらった。
勢いのまま、海に叩きつけられる。
ドパン、と派手な音と水しぶきを立て、海中へと沈んでいく。
しんと、静まり返る。
文字通り、水を打ったように。
『やりましたの……?』
確かめるように、セシリア。
だが。
「いや……まだだ!」
終わっていない。奴は、まだ奥の手を隠している。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:00:13.34 ID:bYXgm+TG0
水面が、爆ぜた。
何かが、突き出てくる。
水中から、飛び出てくる。
あれは。
あの、赤い光は。
「トランザムか!」
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:08:09.46 ID:bYXgm+TG0
背を中心に開く、赤いビームの翼。
羽のごときスラスターには、やはり、二基の擬似太陽炉が搭載されていた。
福音が、閃く。
直後、高出力の粒子ビームが、シャルを襲った。
反射的に、シールドを展開する。
しかし、耐え切れない。造作もなく、突破された。
衝撃に、吹き飛ばされる。
鈴音が、シャルの名前を呼ぶ。
前に、甲龍もまた、粒子ビームに飲み込まれる。
シールドとせめぎあうのは、一瞬。それだけで、事足りた。
甲龍が、沈む。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:26:03.93 ID:bYXgm+TG0
カットに入るべく、セシリアがスターライトmkⅢを構える。
引き金に指をかけると同時、福音はセシリアに取り付いていた。
光の翼で、セシリアを包み込む。
そして、発光。
アグリッサのプラズマフィールドと同じギミックで、パイロットに直接ダメージを与えているのだ。
そして、福音に採用されているダブルドライヴの出力は、過去の兵器群を容易く凌駕する。
セシリアの意識が、失われる。
宿主をなくしたISは、ただ重力に引かれるだけだ。
迎撃として、ラウラがAIC力場を張る。
その有効範囲を、福音は見切っていた。
ラウラの背中に回りこみ、拳の乱打。
装甲が凹み、ラウラの体が浮いた。しめに、かかと落とし。
岩場に、勢いよく叩きつけられた。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:34:11.31 ID:bYXgm+TG0
これら全てを、三秒。
たったの三秒で、福音は専用機持ち四人を撃破してみせたのだ。
ただでさえ高い機動力は、トランザムにより更にブーストされているのだろう。
仲間達が心配だが、気を逸らしては危険だ。
油断をすれば、つけ込まれる。あの速度の前で隙を晒すのは、自殺行為だ。
しかし、早い。
目では追えるが、体の動きが追いつくかどうか。
ならば。
「圧縮粒子を完全開放する! ライザーシステムを!」
≪了解!≫
こちらも、トランザムで対抗するのみだ。
ダブルオーライザーの装甲が、赤熱を孕む。
ツインドライヴから、二倍以上のGN粒子が溢れ出した。
「トランザム!」
ダブルオーライザーが、疾駆する。
余剰粒子が、二つの輪を描いた。
福音もまた、応えるように飛翔する。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:39:19.39 ID:bYXgm+TG0
そして、激突。
福音の拳と、ダブルオーライザーのGNソードⅢの、目にも留まらぬ剣戟。
どちらも、間断なく振るい続ける。
左から、右から、下から、上から。
一合、二合、三合、四合。
踊るように、断ち、薙ぎ、払い、突く。
福音は、早い。機体特性とトランザムとが相まって、神速とも言える業を手にしている。
だが。ここは、刹那の距離なのだ。接近戦においては、それを成すためにチューンされたダブルオーライザーに軍配が上がる。
拒まれたように、福音が弾かれた。
やはり肉弾戦はまずいと踏んだのか、福音は牽制代わりに光弾をばら撒き、バックブースト。
それに対し、ダブルオーライザーはGNフィールドを展開したまま前進。福音を追い回す。
天に、二機の軌跡が刻まれる。
雲を散らす、緑の線。組み上げられた図形は、次第に複雑になっていく。
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:44:57.58 ID:bYXgm+TG0
鬼ごっこをしたところで埒が明かないと考えたのだろう、福音は逃げ回りながら、翼をはためかせた。
シャルに行った、あの砲撃か。
ならば。
「ティエリア!」
≪ああ!≫
GNソードⅢの刃を、展開。
切っ先を、福音に向ける。
不意に、福音が止まった。
そして、放たれる粒子ビーム。
その威力たるや、専用機を一撃の下に葬り去るほどである。
直撃すれば、いかにダブルオーライザーとて、大破は免れない。
しかし。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:50:08.27 ID:bYXgm+TG0
「トランザムッ……! ライザァァァァァァァァ!!」
ダブルオーライザーには、もう一つの奥の手があった。
それこそが、ツインドライヴにより精製が可能となった、巨大なビームサーベル――――ライザーソードである。
粒子ビームとライザーソードが、激突した。
拮抗は、まさしく瞬きの間。
勝つのは、ライザーソード。
射程距離数千キロを誇るその出力を勘定に入れれば、結果は火を見るより明らかである。
福音のGNドライヴから、多量の粒子が噴出した。
◆
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 20:55:19.11 ID:bYXgm+TG0
ダブルオーライザーの装甲から、赤熱の色が失せる。
オーバーロードを引き起こしたのだ。
必殺の一撃の代償は、当然ながら軽いものではない。
大きく息を吐き出して、刹那は視線を落とす。
爆散したのだろう、福音のものと思しき白い板が、海面を漂っていた。
――――結局、破壊してしまった。
出来るのならば、鹵獲し、記録されているであろうデータを回収・活用したかったところだが。
だが、例え捕獲に成功したところで、機密保持のために自爆されるのがオチだろう。
いつまでも、失敗に構ってはいられない。
雑念を振り払い、周辺を一瞥する。
全員、ボロボロだ。あれだけの激戦の後である、壮健なまま、とはいかない。
ひとまず優先すべきは、セシリア、鈴音、シャルの三人か。
一応陸地に打ち上げられているラウラはともかく、彼女らは海上に浮かんだままである。
ISの生命維持装置は優秀であるから、そのまま機体ごと沈没したり溺死したりはしないだろうが、長時間放置するのは流石に危険だろう。
GNドライヴを通して浮力を調整し、刹那は機体をゆっくりと降下させた。
◆
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:00:56.05 ID:bYXgm+TG0
水中。
世界は、青と緑の色に支配されている。
人間の目では、一寸先すら見えなかった。
視覚を捨て、レーダーを頼りに目標を捜索。
熱源の方向へ、歩を進める。
ほどなく、風景と同色のそれを発見した。
両手をかけ、ブルー・ティアーズを引き上げる。
ISとて、先進的な技術をふんだんに盛り込んだ機械である。
その重量たるや、相当なものだ。お世辞にも、軽いとは言えない。
が、人の命より重くはなかった。
ダブルオーライザーの膂力を頼りに、一息に浮上。
海上へと、躍り出る。
月と星の明かりが、煌々と夜の闇を照らしていた。
まばゆいばかりの星々を一瞥すると、刹那はセシリアを小脇に抱えたまま海岸へと移動。
砂浜にたどり着き、セシリアを寝かせてやる。彼女の意識は、未だ戻っていないようだ。
「刹那」
名前を呼ばれて、視線を転じる。
次いで目に飛び込んでくる、月光。
彼女の銀髪が、弾いているのだろう。
――――声の主は、ラウラ・ボデーヴィッヒだった。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:05:06.95 ID:bYXgm+TG0
刹那以外は皆痛手を負ったが、ラウラの肉体は施設で強化されているのだ。
その分、回復速度は常人よりも早い。
いの一番に復帰を果たしたラウラは、刹那の手伝いの任に就いていた。
「二人の状態は?」
「呼吸と脈は安定している。傷も深くはない。この分なら、いずれ目覚めるはずだ」
問いかけに、ラウラがあごで後方を示す。
既に救助されていた二人は、セシリアと同じように、浜辺に身を投げ出していた。
力なく落とされた瞼を見るに、気を失っているのも同様らしい。
「そうか。……助かった、ラウラ」
「気にするな。私は気にしない」
ねぎらいの言葉に、ラウラは微笑んで答えた。
言葉は、刹那のそれを真似たもの。
暇があれば刹那の後ろをついて歩いているラウラは、日々多くの事柄を知り、吸収しているらしい。
ともあれ、ラウラは刹那を頭から爪先まで、舐めるように観察すると、
「……刹那は、大丈夫なのか?」
「ああ。俺自身に限れば、被害は大きなものではない」
至近距離での打ち合いの際、いくらか損傷を受けたものの、あくまで軽微である。
ELSの修復力であれば、数分とかからずに元通りだろう。
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:10:34.05 ID:bYXgm+TG0
「そちらはどうだ」
「被弾はしたが、シールドに余裕があった。問題なく行動できる」
多少なりとも損耗はしたが、シールドゲージは満タンの状態だったのだ。
福音の攻撃は強烈だが、ISには絶対防御の機能がある。
少なくとも、重症にまで追い込まれた者はいないようだ。
死傷者はゼロ。喜ばしい結果である。
知らず、刹那は安堵の吐息を漏らした。
今回のミッションは、模擬戦ではなく実戦だったのだ。
いつ誰が死んでも、おかしくはない。
だからこそ、一人も欠けていないこの現状に、刹那は安心せずにいられなかった。
「……よかった」
ラウラも、同じ感想をこぼす。
彼女も、刹那と同質の教育を受けてきたのだろう。
命のともし火は至極簡単に消えてしまうと言う事実を、教え込まれたはずだ。
そんなことは、先刻承知であろうに――――
失うことを、ラウラは誰よりも恐れていたのだろう。
ロックオン・ストラトスが逝った時の、刹那と同じく。
今までずっと孤独だった少女は、友を亡くすことの恐怖を、初めて覚えたのだ。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:15:16.64 ID:bYXgm+TG0
ラウラが、右手を伸ばす。
刹那の胸――――心臓の位置に、白く細い指が触れた。
その指先は、冷たい。潮風は、ぬるいぐらいだと言うのに。
「無事、なのだな。皆も……刹那も」
細い声で、ラウラが問う。
その小さな体は、わずかに震えていた。
ラウラの両腕が、刹那の背に回された。
そのまま、胸板に頭をぎゅっと押し付ける。
左胸に当てた耳が、刹那の心音を拾う。
その生命の鼓動は、力強かった。
ラウラの不安を丸ごと包んで癒してくれるような、暖かさに満ちている。
「……ラウラ」
「……すまない。もう少しだけ、このままにしてくれないか」
問いに、刹那は無言で了承の意を示した。
それから、右手を優しくラウラの頭に置く。
ゆっくりと、円を描くように動かして、撫でてやる。
なんだか、ラウラがひどくか弱い存在に見えてしまって、刹那は無意識にそうしてしまったのだ。
以前そうした際、さらさらとした髪の感触が心地よかった覚えがあるから、と言うのもあったが。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:20:43.40 ID:bYXgm+TG0
「ん……」
びくり、と身を硬くしたラウラの息遣いが、聞こえた。
それでも、刹那は構わずに続ける。
しばらくの後、身の緊張を解くと、ラウラは満足気に刹那へ身を預けた。
「……ありがとう、刹那」
感謝の言葉に、刹那は頷く。
そのまま、てっぺんから手をずらして、後ろ髪を手櫛で梳いていった。
されるがままに、ラウラは刹那に抱きついていたが――――
ふと、気配を察知して、肩越しに背後を窺う。
そこには、満面笑顔のセシリアが。
「…………」
「……ラウラさん?」
言葉を失うラウラに、セシリアは太陽のようなにこにこ笑顔のまま、
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:25:32.49 ID:bYXgm+TG0
「何を……してらっしゃいますの?」
強いプレッシャーを、ラウラに浴びせていた。
思わず、刹那も手を止める。
「あ……」
残念、とばかりにラウラが声を上げた。
それを耳にして、セシリアの笑みが更に深くなる。
「……もう一度尋ねますわ。何を、してらっしゃいますの?」
「これは……」
言葉に詰まりながらも、ラウラはギリギリと鈍い音が立ちそうな、ゆるりとした挙動で刹那から離れた。
それは、見えざる敵意に耐えかねたのもあるし、刹那の温もりから離れがたかったのもある。
「私が気を失っている間に、何があったかと思えば……随分と、親密になられているようではありませんか」
子供のように頬を膨らませて、ぷんすかぷんすかと擬音が聞こえてきそうなぐらいに、セシリアはラウラを責め立てる。
その怒りの理由は、九割程度が私情ではあるものの、
抜け駆けをしたのは事実であるし、ラウラは返す言葉に窮していた。
「ねえ、ラウラさん?」
しかし、こうも言われてばかりでは、たまったものではない。
そこで、ラウラが取った行動は、
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:30:08.94 ID:bYXgm+TG0
「…………刹那は」
「刹那さんは?」
「刹那は、私の嫁だっ! 嫁と仲良くして何が悪い!」
開き直りである。
その態度に、セシリアは眉間にしわを寄せて、
「嫁と言うのは、女性を指して使う言葉ですのよ!? 刹那さんは立派な男性ですっ!」
「だが私の嫁だっ!」
「ですから!」
「世界の決まりなどどうでもいい……! 己の意思で決めたこと!」
「刹那さんの意思を尊重しなさい!」
「私と刹那は、運命の赤い糸で結ばれている!」
「そんな決定権があなたにあるのですか!」
「そうとも……! 私が刹那に向けるこの気持ち、まさしく愛だっ!」
「この、分からず屋っ!」
ギャーギャーわめく二人に、どう介入したものかと刹那は頭をひねる。
分かり合うためには、互いの主張を理解するための口論とて必要になるものだが、
彼女らのそれは、感情の赴くままにぶつかり合う口げんかのようにしか見えない。
まあ、感情のままに生きるのは、人間の正しい行動だが。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:35:26.41 ID:bYXgm+TG0
出す手もない刹那の元へ、小走りに寄る影が一つ。
――――シャルだ。
暗中だからこそ、砂金を散りばめたようなその金髪は目に付く。判別は容易である。
「刹那」
「シャル?」
「ありがとう。刹那とラウラが、助けてくれたんだよね」
やいのやいのと騒ぐ両者を尻目に、シャルは頭を下げた。
確か、シャルは真っ先に標的として選ばれたはずだ。正確なことは知る由もないだろう。
が、他の人間と比較して、刹那の体に目立った手傷はない。
ならば、最後の勝利者は刹那なのだろう、と。材料があれば、そう推量出来る。
刹那は首肯して、シャルに顔を上げるよう促す。
シャルの言に間違いはないが、勝てたのは皆がいてこそである。
一番損傷率の低い刹那が事後処理に回るのは、当然のこと。
シャルは姿勢を戻すと、何が気恥ずかしいのか、目を逸らしつつ、
「……その、刹那」
一つ、お願いをした。
◆
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:40:37.69 ID:bYXgm+TG0
「だから、私は刹那をモノにすると宣言した!」
「エゴです、それは!」
「刹那分が不足している! 私が持たん時が来ているのだ!」
「そんな理屈っ!」
そのうち取っ組み合いでも始めそうな英国淑女とドイツ軍人をぼんやり眺めながら、
鈴音は三角座りでたそがれていた。
さすがに、この喧騒の中に踏み入る勇気はないし、かと言って、
(あっちもあっちで、ねえ……)
ちら、と盗み見る。
刹那の体にひっつき、シャルは頭をなでられていた。
猫のように喉を鳴らして、堪能しているようだ。
――――丁度、ラウラへの意趣返しのように。
まあ、そんな意識は毛ほどもないのだろうが。
シャルロットと言う少女の人間性から推察するに、ただ単に、見ていたら羨ましくなっただけと思われる。
いい加減喧嘩染みた協奏――狂想――曲に耳を傾けるのにも飽きが来て、
鈴音は二人に力なく視線をくれてやった。
「……ねえ」
「何だ!」
「何ですか!」
呼びかければ、見事にユニゾンしたステレオの返答。
鈴音は苦笑いをこぼすと、刹那の方をそっと指差して、
44 :>>43 本編が終わったらせっさんを安価で行動させたいと思っています:2011/04/26(火) 21:46:06.50 ID:bYXgm+TG0
「あれは、ほっといていいの?」
つられて、二人の首が動く。
その目に写ったのは。
「くぅっ、気を取られている隙に……! 性懲りもなくっ!」
「シャルロットさんまで……! また戦争がしたいのですか、あの人は!」
だっ、と走り出す。
いやあ元気だこと、と鈴音は半ば投げやりに彼女らの背を見送った。
それにしても、いやに人気である。
あの、刹那・F・セイエイと言う男。
顔立ちは、悪くない。
絶世の美男子と言うわけはないが、なかなかに男前だ。精悍と言う表現がよく似合う。
未だ子供っぽさが残る鈴音と同年代の男子連中と比べると、その差は歴然と言える。
身長も、割と高いし。まあ、このあたりは個人差と言うものがあるが。
それと、その外見や雰囲気と同じく、思考はやたらと達観している。
何と言うか、高校生のそれではない。
悟っている、と評すればいいのか。ともかく、過去にさまざまな経験をして来たのは間違いないだろう。
加えて、なかなかに腕も立つ。
鈴音には、過去、クラス対抗戦で一度彼と相対した経験がある。
当時の刹那はISの操縦に不慣れだったが、相当なやり手であった。
第三者の乱入により結果は有耶無耶になってしまったが、もしもう一度剣を交えるとすれば、そう簡単に勝てはしないだろう。
ここまで考えて、鈴音ははたと気づいた。
――――あいつ、結構悪くないんじゃないの、と。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:52:06.58 ID:bYXgm+TG0
いやしかし、鈴音とて純潔を守る乙女である。
未知の部分が多い男性に、おいそれと心を許したりはしない。
それに、実際に恋仲の異性が出来た場合。いざそうなれば、その男性と生涯を共にするのだ。
そうあっさりと決められるものではあるまい。
何と言うか、奥ゆかしいと言うか古臭い観念であるが、鈴音の中ではそうなっている。
国を背負って立つ代表候補生と言えど、メンタルはそこらの少女と変わらない。
――――もう少し、探ってみねばなるまい。
あれ程多くの少女に好かれているのであれば、それ相応の魅力があるのだろうし。
それに触れてみて、どのような感想を抱くか。実験と言っては聞こえが悪いが、試す必要がある。
ともあれ、まずは前回の勝敗を確かにしたいところだ。
白黒はっきりさせたい。一本気であり、曲がったことを嫌う鈴音が抱くその欲求は、強い。
刹那は手練であるが、鈴音とて専用機を擁する凄腕のパイロットである。
やってみねば、全てはわからない。
そう思考に区切りをつけて、鈴音は再び視線を刹那――――の眼前で舌戦を繰り広げる少女達に向けた。
◆
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 21:57:04.14 ID:bYXgm+TG0
「貴様は正しいのか?」
「いや、二人でお話してたし……いいかなあ、って……」
「正しいのかと聞いている! 私の嫁にっ! 手を出してぇっ!」
「そうです! あなたが裏切るからぁっ!」
「う、裏切るって……そんなつもりはなかったんだけど……」
「だと言うのなら!」
「だから、次は私に譲るべきですっ!」
「そうはさせん! ここで流れを食い止める!」
「そんな勝手が! ……過ちは繰り返させません! 一人一回、これで平等になりますっ!」
「ええい、私の道を阻むか! だがまだだ! 私はまだ、自分を弱者と認めていない!」
「あなたにも未来は見えているはずです!」
しっちゃかめっちゃか、と言う言葉を用いるに相応しい状況に放り込まれ、刹那は己がどうすべきか、道標を見失っていた。
まあ、女子同士姦しくおしゃべりをしているのなら無理に立ち入ることもないが、
見るからに対立している様子である。
仲介に入り、荒立てることなく和解へと導きたいところだが――――
――――突如鳴り響いた電子音に、刹那は開きかけた口を閉ざすこととなった。
体に装着している腕輪型のデバイスは、着信を示すべく発光を繰り返している。
通信先は、臨時の司令部。つまりは、旅館を住居とする教師達だ。
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:03:03.36 ID:bYXgm+TG0
いつかは気づかれるだろうと思っていたが、ついにバレてしまったか。
まあ、いくら夜半とは言え、専用機持ちが五人も行き先をくらましていれば、流石に異変を察知できよう。
命令違反の発覚を告げる、有罪の宣告にも似たその鐘の音に、終わらないワルツを舞っていた三人もはっと黙る。
四人が写らないよう角度を調整すると、刹那は回線をつないだ。
宙に投影された光の幕に、女性のシルエットが浮かび上がる。
『セイエイ……自ら命令に違反しておいて通信に応じるとは、いい度胸だな』
「……咎は受ける。目標は既に達した」
『反省室に放り込まれるか、反省文の提出か。どちらを選ぶか、‘他の連中’にも伝えておけ』
「……今回のことは、俺の独断だ。この行動も、俺に脅迫されてのもの……彼女らの本意ではない」
刹那の言に、皆が目を見開く。
この男、一人で責を背負おうとしている。
その優しさが、首を絞めると言うのに。
納得のいかない少女たちは、通信の枠に入るよう刹那の傍に走り寄ると、
「ちょっとあんた、ふざけたこと言ってんじゃ……! 嘘! 今の嘘です! 勝手に動いたのは私の方!」
「刹那さん! そのように他者を出汁にするほど、このセシリア・オルコットは落ちぶれていません!」
「聞こえてますか、先生! 僕が刹那をそそのかしたんです! 皆は悪くありません!」
「教官、罰は私が受けます! どうか、皆は不問に!」
刹那の言葉をかき消すように、叫ぶ。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:08:06.26 ID:bYXgm+TG0
『……そうか。全く、揃いも揃って』
千冬は呆れたようにふっと鼻を鳴らすと、表情を緩めた。
それから、モニター越しに刹那を、セシリアを、鈴音を、シャルを、ラウラを一瞥すると、小さく笑みを見せた。
彼女らしからぬ、柔和な笑顔。教え子の成長を喜ぶ、純粋な賞賛だった。
『……この件は、しっかりと報告しておく。
‘奇襲作戦は無事成功した'……とな』
「……成功? 教官、それは……!」
『……よく頑張ったな。……早く帰って来い。そして、ゆっくり休め』
言葉の途中で羞恥に負けたのか、頬を薄く桜色に染めて、千冬は目を逸らす。
通信機越しに、真耶の笑い声が聞こえた。きっと、見えないところで微笑んでいるのだろう。
『手回しはしておく。学園側に勘づかれる前に帰還しろ。……急げよ』
「了解。……感謝する」
『ああ。……通信を終わる』
プツン、とノイズの音を最後の便りに、光学モニターが閉じられる。
それを確認してから、刹那は皆の目を見やった。
――――帰ろう。
言葉のない意思伝達に肯定を返し、各々ISを装備。
針路を現在地から大分離れた旅館に定め、地面を蹴り飛翔する。
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:13:06.68 ID:bYXgm+TG0
直前、再び受信を告げる音が、刹那の耳をついた。
送り主は、千冬。
先ほどのやり取りで、何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。
訝しみながらも、チャンネルを開く。
『皆さん! 聞こえていますか!?』
画面に表示されたのは、千冬ではない女性――――真耶。
焦りを隠せない様子で、手元のキーボードを叩きつつ口を動かしている。
「通信状況は良好だ。どうした」
『緊急事態です! 今すぐ学園に戻ってください!』
「学園に?」
真耶の言に、刹那は眉をひそめた。
今は臨海学校の最中、学園に帰投する意義は薄い。
資材も現地調達できるだろうし、手ひどい被害を受けた者もいない。
その上、緊急事態と来た。
真耶の様子からして、冗談の類とも思えない。
いったい、何事か。
「何があった」
『IS学園が、襲撃を受けているらしいんです! 通信妨害のせいか、繋がりにくくて詳しいことはわかりませんが……!』
ひっきりなしに雑音を垂れ流すヘッドセットを外し、真耶はマイクに向かって声を張り上げる。
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:18:20.02 ID:bYXgm+TG0
『戦力比は相当なもので、残存している教員と一部生徒が迎撃に出ていますが、陥落は時間の問題とのことです!
それと、敵戦力全てが無人ISと報告がありました!』
「無人のIS……!? それって!」
「あの時のもの、でしょうね……!」
鈴音とセシリアが、息を呑む。
無人のISによる、学園への攻撃。
学園側と張り合うどころか優勢を維持する戦力を擁するあたり、そこらのテロリストでもないだろう。
ならば、例の無人機を差し向けた連中の仕業なのではないか。
その考察は、
『はい……! 過去にアリーナを強襲した所属不明機が、確認されているだけでも、二十八機!』
最悪の形で、的中してくれた。
「二十八!? ……嘘でしょ」
「……悪い夢であれば、よいのですが」
渋い顔を見せる二人。
それを見かねて、ラウラの叱咤が入る。
「ぼやいている暇はない。そして、ここに留まっているわけにもいかない」
「うん。早くしないと、間に合わないかもしれない……」
現状、ISは兵器として高い利用価値を持つ。
現行の火器銃器をものともせず、陸上・航空・海上の兵器を圧倒するほどの優位性すら有するのだ。
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:25:51.53 ID:bYXgm+TG0
そんな事情があれば、IS操縦者を排出するIS学園を目の敵にする集団や企業があっても不思議ではない。
無人ISを生産・販売する技術を持ちえているのなら、商売敵である有人機、
ひいては、中でも最ももろい部品であるパイロットの居城である学園を潰すのは、決して悪手ではないと言える。
何にせよ、もし敵軍の目的がIS関連事業の破壊であるのならば、容赦はしないだろう。
間違いなく、人死にが出る。
『織斑先生は先行しています! 私も今から動きますから、皆さんも急いで!』
「了解!」
通信を切り、刹那はGNドライヴを再稼動。
出力をマックスまで引き絞り、学園への最短経路を検索、所要時間を算出すると、刹那は四人に指示を飛ばす。
「ダブルオーライザーで先行する!」
トランザムを使用したいところだが、先ほどのライザーソードにより、粒子残量は心許ないレベルだ。
到着先でも戦闘をこなさなければならないことを考慮すると、ここは移動しながらGN粒子を生成・補給するのが最善であろう。
ツインドライヴの出力をもってして、刹那は空を駆ける。
その軌道を、残りの四機も辿って行く。
先頭を行く刹那が、空気抵抗を請け負っているのだ。ならば、真後ろにつけばその分速度が出ると言う算段である。
五つの流星が、夜空を切り裂いた。
◆
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:30:07.17 ID:bYXgm+TG0
「迷惑千万!」
両手の二刀で、襲い来る敵機を切り伏せる。
腹部を中心に、IS相応にダウンサイジングが図られたモビルスーツ、ガラッゾは真っ二つに分離した。
直後、爆発。同時に、赤いGN粒子が舞う。
生まれた爆風と熱の中を突っ切り、スサノオをまとったブシドーは次の機体へと狙いを定める。
しかし、敵手とてやられてばかりではない。
飛んでくるのなら、火中へと招いてやろうとばかりに、巨大な無人機が拳を向ける。続いて、砲門が開放された。
疾風の如き速度で近づいてくる黒い装甲に、小型のビーム弾が降り注ぐ。
それが、何であると言うのか。
かまわず、ブシドーは弾幕の中へ切り込んでいく。第四世代のエネルギー効率は、抜群に優秀だ。
多少の被弾、それによるシールドゲージの消費など、雀の涙。気にする必要は微塵もない。
そして、張り付く。肉弾戦の距離。
敵機の巨体が、この近さでは仇になる。
加えて、スサノオは二振りの刀剣を用いる格闘機。小回りで勝る上に、インファイトであるほど有利なのだ。
ウンリュウとシラヌイを、柄で連結。
一本の長刀とし、振るう。
巨人を頭から股下まで、一刀の元に叩き割った。
左右に、割れる。
「話にならん!」
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:35:31.48 ID:bYXgm+TG0
爆破した残骸を背に、ブシドーは敵陣へと果敢に攻め込んでいく。
シラヌイとウンリュウで、それぞれ一機。
引っかかりもなく、断ち切る。
ブシドーの左右で、再びGN粒子が弾けた。
「期待外れも甚だしい!」
吼え、ブシドーは突撃。
たった一人の軍隊、ワンマンアーミーとして、一騎当千を体現するように駆け回る。
押し寄せる大群を切って捨てながら、ブシドーは頭の片隅で推察を始めた。
(プロフェッサーは、この事態を予見していたと言うのか……?)
ブシドーにのみ下された、帰還命令。
それに対応するように行われた、謎のISによる侵攻。
一切の兆候・脈絡もなく発生したこの事件を、束は予測していたのだろうか。
(見事な采配だ、と言いたいところだが……)
そんなこと、出来るはずもない。
IS学園のネットワークをもってしても、想定を成し得なかったほどである。
それを、束と言う一個人が遂げられるのか?
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:40:36.11 ID:bYXgm+TG0
いくら天才であり、多数のコネを持つと言えど、このような大規模な作戦を見通すとは。
その事実を、ブシドーにしか告げなかったことも不安の種である。
(……諸手を挙げては喜べんか)
浮かぶ、一つの可能性。
――――敵と、内通しているのではないか。
(いや……今は考えるまい)
頭を振り、ブシドーは保留と言う結論に至った。
今は、余計な仮想などしていられない。
手近な一体に引導を渡し、ブシドーはレーダーを確認する。
自機の所在を表す青は、群れからはぐれて一人ぼっちだ。
反して、そこら中に浮かぶ光点は赤一色である。
その比は、ざっと見積もって一対百二十と言ったところか。
ブシドーが担当しているのは、学園の西側の地域。
残った教員・生徒がそれ以外の三方向に分かれ、各自の担当を防衛している。
しかし、四方ある内の西だけでこれである。
後詰めと、レーダーの範囲外、いずこかで出番を待っている敵伏兵、そして訪れるであろう増援も計算に含めると、
敵の総戦力は百二十の五、六倍はあると見ていい。
臨海学校で戦力の多くが遠出している以上、戦力の衰えは否めない。
いくら最新鋭機と言えど、ブシドー一人に西部を任せてしまうほどなのだ。
専用機が欠け、複数の教員が抜けた穴は大きい。影響は深刻の極み。
このように兵が出払った隙を狙い、夜襲を実行するあたり、心得ている。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:46:04.23 ID:bYXgm+TG0
状況は、圧倒的に不利。
何と言う、絶望感か。
しかし。
(敗色濃厚……しかし、諦めるわけにはいかん)
武士道は、死ぬことと見つけたり。
それは、潔く死を迎えることこそ、武士の本懐であるなどと言う意味ではない。
死に身となり、欲を放棄することにより、真に正しき道を選べると言うことを示唆しているのである。
ブシドーも、そうやすやすと退いてはやれんのだ。
死を覚悟し、死しても尚目的を達する気迫で望めば、希望を紡ぐことも出来よう。
ならば、敗北を恐れるわけにはいかぬ。
(この場を凌ぎ切れれば、勝ち目はあるはずだ)
現在、臨海学校に出ているメンバーも戻って来ていると言う話だ。
ならば、ここは一度耐え、本体の到着と同時に攻勢に出るべきか。
本部との通信チャンネルを開きつつ、ブシドーは策を練る。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:50:32.30 ID:bYXgm+TG0
敵本陣は、北に位置している。
おそらく、そこには命令を下している総大将がいるはず。
勝ちだけを目指すのなら、こいつを討ち取ればいい。頭を討てば、敵も退こうと言うものだ。
その分、北方は防衛戦力も多いが、
IS操縦において卓越した技術を持つ教員と、性能の高い専用機の操縦者が来れば、突破も可能であろう。
ここでのブシドーの勝利条件は、即ち時間稼ぎである。
「ならば……一気に行かせて頂く!」
攻撃こそ、最大の防御。
苦境を乗り越えるべく、ブシドーは己の道を行く。
◆
腹部と、両肩の装甲がスライド。
砲門を露出させる。
GNドライヴを起点に、エネルギーを収束。
球状に圧縮し、打ち出す。
スサノオの数少ない射撃武装、トライパニッシャー。
熱の塊は、戦場を疾駆し、立ちふさがる敵機を次々と巻き込み、爆散させる。
見事敵中に穴を開け、それに続く形で猛進。
両手両足を最大限活用し、近づく機体から打ち砕いていく。
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:53:29.18 ID:bYXgm+TG0
これこそ、スサノオの真骨頂。
最高のスピードと最強の剣で暴れ回り、並み居る将兵を次々と切り倒し、戦場を荒らすことがコンセプトなのだ。
接敵と同時に、なぎ払う。
剣士としての技量も、並大抵のものではないのだ。スサノオの設計思想と相まり、近づけば鬼神の如き強さを発揮できる。
だがしかし、銃は剣より強し。
いつまでも上手く行くとは限らない。
一機で百二十機を相手取るなど、IS同士の戦闘では不可能だ。
スサノオを囲む敵機群から離れて、長大な銃器を抱えるISが、三機。
GNZ-003、絶大な威力を誇るGNメガランチャーを持つ、遠距離専用モビルスーツである。
ISと同等に小型化しているが、その殲滅力は健在だ。
直撃すれば、大きな損害は免れない。
耳をつんざくアラートで、ブシドーが、気づく。
粒子ビームは、実弾ではない。切り払うことは難しいだろう。
舌打ちをこぼし、周辺のISを蹴り飛ばし、高度を上昇。
射線から体を外し、砲撃から逃れる。
しかし。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 22:57:23.50 ID:bYXgm+TG0
下方から、もう一機。
新たなガデッサが、GNメガランチャーを構えていた。
見るからに、発射準備に入っている。
もはや、逃れ得まい。
ブシドーは回避の選択肢を捨てると、防御の姿勢に入る。
GN粒子でコーティングされたシラヌイとウンリュウで受け流せば、多少は防げるはずだ。
どうにかなると、祈る他ない。
スサノオを、閃光が包み込む――――
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:00:00.73 ID:bYXgm+TG0
――――直前、ガデッサが爆ぜる。
赤いGN粒子に紛れ、薄紅のビームが走り抜けた。
「あの粒子ビームは……! 待ちかねたぞ、少年!」
ダブルオーライザーが、駆け抜ける。
左右のGNソードⅡをライフルモードに変更、肩のバインダーと共に一斉射撃。
線を引いたように、無人機が掻き消える。
「来てくれたか……! 自分が乙女座であったことを、これほど嬉しく思ったことはない!」
「遅くなった」
「いや、礼を言うべきはこちらの方だ。感謝する」
言葉を交わしつつ、合流。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:01:02.21 ID:yAxMvgFk0
何と言う僥倖……生き恥を晒した甲斐があったというもの!
ハワード、ダリル! グラハム支援スペシャルにて、未来を切り開くぞ!
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:05:26.49 ID:bYXgm+TG0
「今回は助けられたが……ここは私が受け持とう。少年、君は他の部隊を率いて北を頼む」
グラハムの立てた策は、IS学園の武力を一丸とし、敵本陣へとなだれ込むと言うもの。
策と言えるほどの名案でもない、ただの力押しであるが、こちらは本拠地一歩手前にまで踏み込まれているのだ。
陣形を整えることは望めないし、考え込んでいる時間もない。下手に迷わず、立ち向かうべし。
既に、通信で連絡はとってある。
刹那達が到着した今すぐにでも、実行に移すべきだ。
「最低限度の自衛力を残せば、ある程度は持ちこたえられるはずだ」
「だが……!」
「行け、少年!」
刹那の前に、一歩踏み出る。
眼前に躍り出たスサノオへ、敵機が一様に銃口を向けた。
そこへ、
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:10:07.99 ID:bYXgm+TG0
「残念だが、そうさせてはやれん」
聞きなれた声が、介入してくる。
この、低くも艶のある声色は。
閃いたのは、黒い影。
並んだISを、一閃の下に断つ。
一瞬送れて、爆発音が続く。
「お前達は北の突入部隊に編成済みだ。
……ここは私の担当地区になった」
織斑千冬が、二人の前に立っていた。
スーツに身を包み、その右手には人間に不釣合いな、IS用の日本刀を携えている。
その剣でもって、ISを破壊したのだ。
生身で、である。
そして。彼女は、生身で西の敵機を相手取ろうと言うのだ。
「……あの数に、生身で挑むおつもりですか?」
「ああ」
ブシドーの問いに、千冬は難なく頷いてみせた。
その顔には、余裕の笑みすら浮かんでいる。
無人とは言え、ISと人間を比較すれば、IS側が非常に有利だ。
その道理を、千冬が弁えていないとは思えない。
だが、しかし。
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:16:57.83 ID:bYXgm+TG0
「無茶は承知!」
千冬は、にやりと口端を吊り上げた。
獰猛な、獣のような笑い。狩りの始まりを告げる、戦闘の合図である。
その言葉を置き去りに、千冬は駆け出した。
刹那の動体視力でも追いきれぬほどの速度で、地面を蹴り上げ、一息に距離を詰める。
懐に飛び込んで来た獲物に向け、ガラッゾはGNビームクローを展開。
爪先に鋭利なビームブレードを構成し、千冬へ向け刺突を繰り出す。
それを、千冬は腰を落とし姿勢を屈め、紙一重で避ける。
彼女の黒髪が巻き込まれて蒸発するのが早いか、千冬は両の手で刀を持ち直し、
低姿勢のまま左下から右斜め上へ切り上げた。
音もなく、ガラッゾのシルエットがずれる。
一拍の間を置いて、派手に火の粉が舞った。
敵の出鼻をくじきつつ、千冬は目で捉えることすら困難な速度で突撃。
間断なく剣を振るいながら、声を張り上げる。
「行け! 他人の身を案じるのなら、すぐにけりをつけて来い!」
千冬は、まさしく刀のような女性だ。
強さを秘めた美しさを、決して曲がらぬ意地を、彼女はその身に宿している。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 23:20:49.69 ID:bYXgm+TG0
ならば、最早言葉は不要か。
口で言って折れてくれる人間ではないのだ、ならば、彼女の言うとおり、味方が果てる前に戦いを終わらせる他ない。
「……あえて言わせて頂こう! 死ぬなよ!」
千冬の背に、ブシドーが言葉を投げかける。
対し、彼女は迫りくる敵機を蹴り飛ばしつつ応えた。
「貴様らも!」
「……行くぞ、少年! 躊躇している暇はない!」
断腸の思いで迷いを振り切り、ブシドーと刹那は踵を返す。
向かうは、北方。敵軍の頭目を、討ち取らんがために。
◆
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