そのムギの言葉に対しては、私は肯定も否定もしなかった。
ずっと私達を見てたムギが言うんならそうなのかもしれないけど、
簡単にそれを認めてしまうのも何だか恥ずかしかった。
だけど、どちらにしても、
明日には私と澪の関係にとりあえずの結末が訪れるんだろうな、って私は思った。
澪の言葉を信じるなら、明日には学校で私達が顔を合わせる事になる。
そこで私達は何かの話をして、何らかの結論を出すんだろう。
その時を考えると少し恐かったけど、同時に待ち遠しくもあった。
澪に私の想いと答えを伝えたい。
どんな形であっても、澪にはそれを聞いてもらいたい。
その時こそ、私と澪が自分の本当の気持ちを実感できる時だと思うんだ。
私の家での修学旅行については、純ちゃんも笑顔で了承してくれた。
世界の終わりも近いんだし、家族が心配したりしないかと確認すると純ちゃんは苦笑した。
純ちゃんが言うには、家族会議を行った結果、
家族皆が世界の終わりまで自由に過ごす事に決めてるらしい。
人に迷惑を掛けなければ、何処でどう過ごしてくれても構わないそうだ。
大らかな家庭だなあ、と思わなくもないけど、
我が田井中家も似たようなもんなので、人の家庭の事は言えなかった。
まあ、それだけ家族が信頼し合ってるって事だとも思うけどさ。
それから私達は軽音部の部室に向かって、
三人で新曲の練習を始めようとして……、気が付けば純ちゃんがその場から消えていた。
神隠しに遭ったってわけじゃない。
「単に修学旅行の準備に家に戻っただけです」と梓が言っていた。
「そんなの後でいいのに」と私がぼやくと、苦笑しながら梓が続けた。
純ちゃんは私達が最後にライブをする事を憂ちゃんから聞いて知っていたらしい。
どうやら純ちゃんも最後のライブを観に来てくれるらしく、
その楽しみをネタバレで減らしたくないから、って逃げるように帰ったんだそうだ。
こんな時でもマイペースを崩さない。
世界がどう変わっても、純ちゃんは純ちゃんだ。
純ちゃんを見習って、私も私のままでいたい。
ずっと私達を見てたムギが言うんならそうなのかもしれないけど、
簡単にそれを認めてしまうのも何だか恥ずかしかった。
だけど、どちらにしても、
明日には私と澪の関係にとりあえずの結末が訪れるんだろうな、って私は思った。
澪の言葉を信じるなら、明日には学校で私達が顔を合わせる事になる。
そこで私達は何かの話をして、何らかの結論を出すんだろう。
その時を考えると少し恐かったけど、同時に待ち遠しくもあった。
澪に私の想いと答えを伝えたい。
どんな形であっても、澪にはそれを聞いてもらいたい。
その時こそ、私と澪が自分の本当の気持ちを実感できる時だと思うんだ。
私の家での修学旅行については、純ちゃんも笑顔で了承してくれた。
世界の終わりも近いんだし、家族が心配したりしないかと確認すると純ちゃんは苦笑した。
純ちゃんが言うには、家族会議を行った結果、
家族皆が世界の終わりまで自由に過ごす事に決めてるらしい。
人に迷惑を掛けなければ、何処でどう過ごしてくれても構わないそうだ。
大らかな家庭だなあ、と思わなくもないけど、
我が田井中家も似たようなもんなので、人の家庭の事は言えなかった。
まあ、それだけ家族が信頼し合ってるって事だとも思うけどさ。
それから私達は軽音部の部室に向かって、
三人で新曲の練習を始めようとして……、気が付けば純ちゃんがその場から消えていた。
神隠しに遭ったってわけじゃない。
「単に修学旅行の準備に家に戻っただけです」と梓が言っていた。
「そんなの後でいいのに」と私がぼやくと、苦笑しながら梓が続けた。
純ちゃんは私達が最後にライブをする事を憂ちゃんから聞いて知っていたらしい。
どうやら純ちゃんも最後のライブを観に来てくれるらしく、
その楽しみをネタバレで減らしたくないから、って逃げるように帰ったんだそうだ。
こんな時でもマイペースを崩さない。
世界がどう変わっても、純ちゃんは純ちゃんだ。
純ちゃんを見習って、私も私のままでいたい。
引用元: ・律「終末の過ごし方」
琴吹紬 K-ON 5th Anniversary 1/8スケールフィギュア
posted with amazlet at 18.08.12
AMAKUNI
売り上げランキング: 145,414
売り上げランキング: 145,414
486: にゃんこ 2011/08/18(木) 22:03:20.37 ID:Wnnpcz4x0
○
――木曜日
布団を並べて話をしていると、純ちゃんは一人で早々に眠ってしまった。
その純ちゃんを起こさないよう小さな声で会話を続けていると、
携帯電話の大きめなアラームの音が私にいつもの時間を伝えた。
私は慌ててアラームを切り、眠ってる純ちゃんの方に視線を向けてみる。
……すげえ。結構大きい音だったのに、微動たりともしていない。
梓から話には聞いてたけど、どんだけ寝付きのいい子なんだ、純ちゃんは……。
まあ、これだけ寝付きがいいなら、少しは大きな音を出しても大丈夫だろう。
祈るような気分で、私はラジカセの電源を入れる。
電波の不調のせいか昨日は聴けなかったけど、今日は復旧してるだろうか?
できる事なら、世界の終わりまであの人の声を聴いていたい。
週末まではお前らと一緒!
あの人はそう言ってくれていた。私はその言葉を信じていたい。
私の祈りが届いたのか、スピーカーからは昨日みたいな雑音は出なかった。
軽快な音楽が流れる。
491: にゃんこ 2011/08/20(土) 20:16:14.34 ID:DgFkpJqV0
「胸に残る音楽をお前らに。本当の意味でも、ある意味でも、とにかく名曲をお前らに。
今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
一日空いちゃったけど、アタシの事ちゃんと憶えてる?
アタシよ、アタシ。
オレオレ詐欺じゃないわよ。アタシよ、クリスティーナ。
一日で忘れちゃってる困ったちゃん達はこの放送中に思い出しといてよ。
オーケー?
しっかし、昨日はまさかラジオどころかテレビ、電話まで電波障害になっちゃうなんてね。
シューマン共鳴だか何だかの異常だそうだけど、こりゃ本格的に終末が現実的になって来たわ。
電波が途絶えるなんて、これまでの人生で経験した事なかったかんね。
日常が少しずつ消え去ってるって実感も湧いてくるわね。
しかも、シューマン何たらってのも、滅多な事では異常が起きるはずがない自然現象らしいのよ。
それに異常が起きてるってんだから、いよいよ世界最後の日も間近ってわけだ。
まあ、それでもそんな異常下でも電波を一日で復旧できたわけだから、
ひょっとしたら終末ってのもそんな大したもんじゃないかもしれないけど。
それとも電波専門の電波職人さんの腕のおかげかしらね?
流石は職人さん。
洗練された腕にいつも頭が下がります。なんてね。
あははっ。
何はともあれ、終末までは今日入れて残り三日。
日曜日には未曾有の大災害ってやつがアタシ達の身に降り掛かるわけよ。
いや、そもそも災害なのかどうか科学者の皆さんもちゃんと分かってないらしいけど、
とにかく人類全体が消えちゃうのだけは間違いない。
そんな終末まで、残りもう三日。
でも、まだ三日。
泣いても笑っても三日間もあるわけだし、
どうせなら終末まで笑って過ごしていこうぜ、お前ら。
世界の制度に反抗して生きるのが、ロックってわけよ。
終末だろうと何だろうと、世界が勝手に決めた規範には違いないじゃん?
アタシ達に都合の悪い制度は、何だって切って捨てる。
それが真のロックスピリッツ。
アタシも付き合うから、最後くらいお前らもロックに生きようぜ。
オーケー?
今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
一日空いちゃったけど、アタシの事ちゃんと憶えてる?
アタシよ、アタシ。
オレオレ詐欺じゃないわよ。アタシよ、クリスティーナ。
一日で忘れちゃってる困ったちゃん達はこの放送中に思い出しといてよ。
オーケー?
しっかし、昨日はまさかラジオどころかテレビ、電話まで電波障害になっちゃうなんてね。
シューマン共鳴だか何だかの異常だそうだけど、こりゃ本格的に終末が現実的になって来たわ。
電波が途絶えるなんて、これまでの人生で経験した事なかったかんね。
日常が少しずつ消え去ってるって実感も湧いてくるわね。
しかも、シューマン何たらってのも、滅多な事では異常が起きるはずがない自然現象らしいのよ。
それに異常が起きてるってんだから、いよいよ世界最後の日も間近ってわけだ。
まあ、それでもそんな異常下でも電波を一日で復旧できたわけだから、
ひょっとしたら終末ってのもそんな大したもんじゃないかもしれないけど。
それとも電波専門の電波職人さんの腕のおかげかしらね?
流石は職人さん。
洗練された腕にいつも頭が下がります。なんてね。
あははっ。
何はともあれ、終末までは今日入れて残り三日。
日曜日には未曾有の大災害ってやつがアタシ達の身に降り掛かるわけよ。
いや、そもそも災害なのかどうか科学者の皆さんもちゃんと分かってないらしいけど、
とにかく人類全体が消えちゃうのだけは間違いない。
そんな終末まで、残りもう三日。
でも、まだ三日。
泣いても笑っても三日間もあるわけだし、
どうせなら終末まで笑って過ごしていこうぜ、お前ら。
世界の制度に反抗して生きるのが、ロックってわけよ。
終末だろうと何だろうと、世界が勝手に決めた規範には違いないじゃん?
アタシ達に都合の悪い制度は、何だって切って捨てる。
それが真のロックスピリッツ。
アタシも付き合うから、最後くらいお前らもロックに生きようぜ。
オーケー?
492: にゃんこ 2011/08/20(土) 20:17:11.77 ID:DgFkpJqV0
そういえば勘違いしてるお前らが多いみたいだけど、
ギター掻き鳴らしてドラムのビートを刻む激しい曲がロックってわけじゃないらしいのよ。
アタシも子供の頃は勘違いしてたんだけど、
ロックミュージックの定義って単に歌詞や心根が反骨的かどうかなんだってさ。
曲の激しさとか、ギターのテクニックとかは一切関係無し。
お前らの心の中に反骨心があれば、それだけで全ての歌がロックミュージックだ。
だから、演歌やアニメソング好きなお前らも、反骨心があれば当番組にメールヨロシク!
終末まで、一緒にこの番組盛り上げてこうぜ!
週末まではお前らと一緒!
……って、これじゃ番宣だった。
こりゃ失敬。
ああ、電波障害については心配はないみたいよ。
ウチのディレクターが独自のシステムを構築したらしくて、
今後、公共の電波に障害が起きたとしても、少なくともこの番組だけは終末までお届けできるらしいのよ。
……一体、何者なのよ、あの人は。
単なるヅラじゃないとは思ってたけど、ここまで得体の知れない人だったとは……。
謎が多いディレクターよ、マジで。
残念だけど、終末までにその謎は解けそうもないし……。
まあ、一つくらい謎を抱えたまま終末を迎えるのも悪くないわね。
この謎はアタシもお前らと一緒に墓場まで持ってくから、それで勘弁ヨロシク。
どっちにしても、謎多きディレクターのおかげで放送の心配はしなくてよさそうだし、
その点では感謝感激雨霰。
でも、ディレクターだけじゃなくて、昨日一日、アタシは色んな人に感謝したわ。
アタシの好きなミュージシャン、番組のスタッフ、電波職人さん、
直接スタジオまで来てくれたリスナーのお前ら、電波障害を心配して駆け付けてきたラジな……。
たくさんの人がこの番組のために頑張ってくれた。
たくさんの人にこの番組が支えられてるんだって教えてくれた。
一日かけて、精一杯この番組のために駆け回ってくれた。
アタシにできる仕事はほとんど無くて、足手纏いにしかならなかった。
その分、今日は喋らせてもらおうと思う。
アタシがこの番組のためにできるのは、喋る事だけだからさ。
ギター掻き鳴らしてドラムのビートを刻む激しい曲がロックってわけじゃないらしいのよ。
アタシも子供の頃は勘違いしてたんだけど、
ロックミュージックの定義って単に歌詞や心根が反骨的かどうかなんだってさ。
曲の激しさとか、ギターのテクニックとかは一切関係無し。
お前らの心の中に反骨心があれば、それだけで全ての歌がロックミュージックだ。
だから、演歌やアニメソング好きなお前らも、反骨心があれば当番組にメールヨロシク!
終末まで、一緒にこの番組盛り上げてこうぜ!
週末まではお前らと一緒!
……って、これじゃ番宣だった。
こりゃ失敬。
ああ、電波障害については心配はないみたいよ。
ウチのディレクターが独自のシステムを構築したらしくて、
今後、公共の電波に障害が起きたとしても、少なくともこの番組だけは終末までお届けできるらしいのよ。
……一体、何者なのよ、あの人は。
単なるヅラじゃないとは思ってたけど、ここまで得体の知れない人だったとは……。
謎が多いディレクターよ、マジで。
残念だけど、終末までにその謎は解けそうもないし……。
まあ、一つくらい謎を抱えたまま終末を迎えるのも悪くないわね。
この謎はアタシもお前らと一緒に墓場まで持ってくから、それで勘弁ヨロシク。
どっちにしても、謎多きディレクターのおかげで放送の心配はしなくてよさそうだし、
その点では感謝感激雨霰。
でも、ディレクターだけじゃなくて、昨日一日、アタシは色んな人に感謝したわ。
アタシの好きなミュージシャン、番組のスタッフ、電波職人さん、
直接スタジオまで来てくれたリスナーのお前ら、電波障害を心配して駆け付けてきたラジな……。
たくさんの人がこの番組のために頑張ってくれた。
たくさんの人にこの番組が支えられてるんだって教えてくれた。
一日かけて、精一杯この番組のために駆け回ってくれた。
アタシにできる仕事はほとんど無くて、足手纏いにしかならなかった。
その分、今日は喋らせてもらおうと思う。
アタシがこの番組のためにできるのは、喋る事だけだからさ。
493: にゃんこ 2011/08/20(土) 20:18:22.30 ID:DgFkpJqV0
失くして初めて、それの大切さが分かる……。
よく聞く言葉だし、単に一日空いただけなんだけど、昨日一日でその言葉を強く実感させられたよ。
成り行きで続けてきた番組だけど、アタシはこの番組が大好きなんだなって。
アタシはこの番組が生き甲斐なんだなってさ。
アタシにこの番組続けさせてくれて、お前らサンキュ!
残り短い放送だけど、最期までお付き合いヨロシク!
週末まで……、終末まではお前らと一緒!
さってと、とは言え、湿っぽいのはこの番組には似合わないし主義じゃない。
そろそろ記念すべきリクエストの復帰第一発目といってみましょうかね。
えっと、曲名は……。
お、復帰記念のおかげか、珍しく世界の終わりっぽくないリクエスト……。
って、あれ何? どしたの、ディレクター?
え?
この曲も歌詞はともかく、この曲が流れた番組が世界の終わりっぽい番組なわけ?
おいおい、お前ら……。
とことんこの番組を世界終末記念番組にしたいわけ?
ま、それもいいか。
こんな時でも時事ネタを忘れないその腐れ根性、アタシは嫌いじゃないよ。
折角だから、とことん終末っぽい曲を集めてみるのもいいかもね。
んじゃ、今日の一曲目、長野県のムー・フェンスからのリクエストで、
中川翔子の『フライングヒューマノイド』――」
よく聞く言葉だし、単に一日空いただけなんだけど、昨日一日でその言葉を強く実感させられたよ。
成り行きで続けてきた番組だけど、アタシはこの番組が大好きなんだなって。
アタシはこの番組が生き甲斐なんだなってさ。
アタシにこの番組続けさせてくれて、お前らサンキュ!
残り短い放送だけど、最期までお付き合いヨロシク!
週末まで……、終末まではお前らと一緒!
さってと、とは言え、湿っぽいのはこの番組には似合わないし主義じゃない。
そろそろ記念すべきリクエストの復帰第一発目といってみましょうかね。
えっと、曲名は……。
お、復帰記念のおかげか、珍しく世界の終わりっぽくないリクエスト……。
って、あれ何? どしたの、ディレクター?
え?
この曲も歌詞はともかく、この曲が流れた番組が世界の終わりっぽい番組なわけ?
おいおい、お前ら……。
とことんこの番組を世界終末記念番組にしたいわけ?
ま、それもいいか。
こんな時でも時事ネタを忘れないその腐れ根性、アタシは嫌いじゃないよ。
折角だから、とことん終末っぽい曲を集めてみるのもいいかもね。
んじゃ、今日の一曲目、長野県のムー・フェンスからのリクエストで、
中川翔子の『フライングヒューマノイド』――」
496: にゃんこ 2011/08/22(月) 21:24:01.81 ID:Z8R6uNk30
○
朝、私達は三人で軽音部の部室でお茶を飲んでいた。
純ちゃんは居ない。
登校後、純ちゃんは私達と別れ、ジャズ研の部室に向かっていた。
ジャズ研も最後のライブを開催するから、そのための練習に行くらしい。
こんな時期に純ちゃんが登校してた理由は、ある意味で私達と同じだったってわけだ。
しかも、純ちゃんが言うには、そのライブは純ちゃんを中心に行われるんだそうだ。
そりゃほとんど毎日登校してるはずだよ。
ジャズ研のライブの開催は金曜日の午後。
会場は講堂らしく、もう既に使用届の提出もしているそうだ。
どの部も考える事は同じってわけだな。
世界の終わりに反抗したいのは、別に私達だけってわけじゃない。
私達のしている事は、何も特別な事じゃないんだ。
やっぱり皆、最後に何かを残したいんだと思う。
それは形として残るものじゃないけど、それでも何かを残そうとする事は無駄じゃないはず。
いや、私としては、別にその行為が無駄でも構わない。
私達はこれまで放課後を無駄に過ごして来た。
軽音部を設立して、たまに練習はするけど、ほとんどの時間をお喋りに費やして、
合宿に行っては遊んで、休日にはやっぱり雑談に花を咲かせて、それを梓や澪に怒られたりして……。
正直、音楽にまっしぐらに生きて来れたなんて、冗談でも口に出せない。
一言で言えば、私達にとっての放課後のほとんどは、人生の無駄遣いだったんだよな。
だけど、それでよかったと思う。
無駄だけど、楽しかった。
辛い事も少しはあったけど、皆と出会えて、最高に面白かった。
退屈する暇なんてないくらい、充実した無駄な時間を過ごせた。
その無駄が、私にとってすごく大切なものになったんだ。
だから、私達の最後のライブが無駄な行為でも、私は全然構わない。
それよりも気になるのは、やっぱり純ちゃんのライブの方だ。
純ちゃんの演奏は何度か聴いた事はあった。
でも、これまでの純ちゃんの演奏は、
ジャズ研の先輩達の伴奏的なパートである事が多く、
純ちゃん自身の本当の実力はいまいち掴みづらかった。
相当に練習を積んでるみたいだし、かなり上手い方だと思うんだけど、
伴奏的に演奏するのとメインで演奏するのでは、印象もかなり違ってくるだろう。
これは是非ともジャズ研のライブを観に行かなきゃいけない。
純ちゃんも私達のライブを観に来てくれるんだから、
私達もジャズ研のライブを観に行くのが礼儀ってもんだ。
それに新入部員(予定)の真の実力を把握しておくってのも、部長の大事な仕事だしな。
でも、何よりジャズ研のライブが観たい理由は、
今更だけど純ちゃん自身に興味が出始めたってのが一番かもしれない。
これまでは単なる梓の友達としてしか見てなかったんだけど、
昨日見せてくれた心から梓を心配する純ちゃんの姿がすごく印象的だった。
単なる友達なんかじゃない。
純ちゃんは梓の親友で、深く繋がってる仲間なんだなって思った。
単純だけど、私はそんな理由で純ちゃんに興味を持った。
それに梓の仲間だってんなら、私達の仲間でもあるってもんだ。
新しいお仲間としては、しっかりと相手の事を知っておかなきゃな。
497: にゃんこ 2011/08/22(月) 21:25:06.22 ID:Z8R6uNk30
「どうしたんですか、律先輩?」
ムギの淹れてくれたFTGFO何とかって紅茶を飲みながら、梓が首を傾げた。
新しい軽音部の仲間が増えた事が嬉しかったせいか、私の顔が緩んでしまっていたらしい。
「何でもないよ」と私は首を振ったけど、
私の席の斜め向かいに座ってるムギはその私の誤魔化しを見逃してくれなかった。
「でも、りっちゃん、すごく嬉しそうよ?
何か素敵な事でもあったの?
言いたくないなら仕方ないけど、よかったら教えてほしいな」
ムギにそう言われちゃ、教えないわけにはいかなかった。
そもそも、隠し通さなきゃいけない事でもない。
私は自分の笑顔の理由をムギ達に伝える事にした。
「いや、昨日も話した事なんだけど、
純ちゃんが軽音部の新入部員を見つけてくれたってのが嬉しくてさ。
ついつい顔が緩んじゃったわけですよ、部長としては」
完全に真実ってわけじゃないけど、嘘を吐いてるわけでもない。
深く話せない事情を知ってるムギは、それを察して柔らかい笑顔を浮かべてくれた。
「そうよね。それって本当に素敵な事よね。
りっちゃんが笑顔になっちゃうのも分かるな。
私だって、嬉しくて自分が笑顔になっちゃうのを抑えられないもの。
……でも、純ちゃんってすごい子だよね。
私達があんなに探しても見つからなかったのに、新入部員を二人も見つけてくれるなんて……。
すごいなあ……、新入部員かあ……。
ねえ、梓ちゃんは新入部員ってどんな子だと思う?
どんな子だったら嬉しい?」
「え、私ですか……?
どんな子でも嬉しいですし、想像もできませんけど……。
そうですね……。
できればムギ先輩みたいな子か、それが無理なら大人しい子だと嬉しいです。
ムギ先輩みたいに気配りのできる子だと私も安心できますし、
大人しい子なら私でも色々と教えてあげられるんじゃないかって思うんです。
逆に活発な子や、私を振り回すような子はちょっと……」
そこで言葉を止めた梓は、わざとらしくチラチラと私の方を見た。
その目は明らかに私を挑発していた。
確実に私の突っ込みを待っていた。
こいつ……、誘ってやがる……。
そこまでされちゃ、私の方としても突っ込む事に関してやぶさかじゃない。
私は机を軽く掌で叩いてから、大声で言ってやる。
ムギの淹れてくれたFTGFO何とかって紅茶を飲みながら、梓が首を傾げた。
新しい軽音部の仲間が増えた事が嬉しかったせいか、私の顔が緩んでしまっていたらしい。
「何でもないよ」と私は首を振ったけど、
私の席の斜め向かいに座ってるムギはその私の誤魔化しを見逃してくれなかった。
「でも、りっちゃん、すごく嬉しそうよ?
何か素敵な事でもあったの?
言いたくないなら仕方ないけど、よかったら教えてほしいな」
ムギにそう言われちゃ、教えないわけにはいかなかった。
そもそも、隠し通さなきゃいけない事でもない。
私は自分の笑顔の理由をムギ達に伝える事にした。
「いや、昨日も話した事なんだけど、
純ちゃんが軽音部の新入部員を見つけてくれたってのが嬉しくてさ。
ついつい顔が緩んじゃったわけですよ、部長としては」
完全に真実ってわけじゃないけど、嘘を吐いてるわけでもない。
深く話せない事情を知ってるムギは、それを察して柔らかい笑顔を浮かべてくれた。
「そうよね。それって本当に素敵な事よね。
りっちゃんが笑顔になっちゃうのも分かるな。
私だって、嬉しくて自分が笑顔になっちゃうのを抑えられないもの。
……でも、純ちゃんってすごい子だよね。
私達があんなに探しても見つからなかったのに、新入部員を二人も見つけてくれるなんて……。
すごいなあ……、新入部員かあ……。
ねえ、梓ちゃんは新入部員ってどんな子だと思う?
どんな子だったら嬉しい?」
「え、私ですか……?
どんな子でも嬉しいですし、想像もできませんけど……。
そうですね……。
できればムギ先輩みたいな子か、それが無理なら大人しい子だと嬉しいです。
ムギ先輩みたいに気配りのできる子だと私も安心できますし、
大人しい子なら私でも色々と教えてあげられるんじゃないかって思うんです。
逆に活発な子や、私を振り回すような子はちょっと……」
そこで言葉を止めた梓は、わざとらしくチラチラと私の方を見た。
その目は明らかに私を挑発していた。
確実に私の突っ込みを待っていた。
こいつ……、誘ってやがる……。
そこまでされちゃ、私の方としても突っ込む事に関してやぶさかじゃない。
私は机を軽く掌で叩いてから、大声で言ってやる。
498: にゃんこ 2011/08/22(月) 21:26:15.08 ID:Z8R6uNk30
「それって私みたいな子はノーサンキューって事かよ!」
「別に律先輩みたいな子とは一言も言ってませんよ」
「いや、言ってただろ! 私の方を見てもいただろ!」
「知りません。律先輩の自意識過剰じゃないんですか?」
「おい中野! コラ中野!
いい加減にしないと、ガラスの様なハートを持った部長が泣いちゃうぞ中野!」
「律先輩のは強化ガラスの様なハートだから、大丈夫なんじゃないですか?」
「強化ガラスでも、割れないだけでヒビは入るんだぞ!」
「あ、強化ガラスって自分で認めましたね、律先輩」
「中野ー!」
言葉だけだと辛辣な言い争いっぽいけど、私と梓の顔は笑っていた。
ふざけ合っているのはお互いが承知の上での言い争いなんだ。
昨日から梓の発言はいつもに増して生意気になっていた。
ムギ達と私の部屋に泊まった時も、何度梓が生意気な発言をしたか数え切れない。
でも、それは私に対して反骨心を持ち始めたからの発言じゃない。
いや、反骨心が無いとは言い切れないけど、どちらかと言えば甘えに近い発言に思える。
長く不安を抱えてた反動もあるんだろう。
梓は私に憎まれ口を叩く事で、これまでの勿体無かった時間を取り戻してるんだと思う。
好きな子にちょっかいを出して相手の興味を引いて甘える……。
そんな小学生みたいな行動が、梓の愛情表現の一つなんだろうな。
梓がその愛情表現を私に示してくれるのは勿論嬉しいんだけど、
これまた昨日からそんな私達を妙に嬉しそうに見守るムギの視線が気になるのは私だけか?
何か非常に生暖かい視線を感じるんだが……。
「なあ、ムギ……?」
どうにも気になって、
頬に手を当てて私達を見つめるムギに声を掛けてみたけど、
残念ながらムギは私達を見つめたまま何の反応も見せなかった。
どうやら何かに夢中になり過ぎて、私の声が聞こえてないらしい。
超うっとりしてる。
と言うか、そういや久々に見たな、こんなムギ。
一年の頃は頻繁に見せてた姿だけど、二年に上がってからは、
他の事に興味を持ち始めたのか、単に誤魔化し方が上手くなったのか、
こんなうっとりした感じのムギの姿を見せる事は少なくなっていた。
「別に律先輩みたいな子とは一言も言ってませんよ」
「いや、言ってただろ! 私の方を見てもいただろ!」
「知りません。律先輩の自意識過剰じゃないんですか?」
「おい中野! コラ中野!
いい加減にしないと、ガラスの様なハートを持った部長が泣いちゃうぞ中野!」
「律先輩のは強化ガラスの様なハートだから、大丈夫なんじゃないですか?」
「強化ガラスでも、割れないだけでヒビは入るんだぞ!」
「あ、強化ガラスって自分で認めましたね、律先輩」
「中野ー!」
言葉だけだと辛辣な言い争いっぽいけど、私と梓の顔は笑っていた。
ふざけ合っているのはお互いが承知の上での言い争いなんだ。
昨日から梓の発言はいつもに増して生意気になっていた。
ムギ達と私の部屋に泊まった時も、何度梓が生意気な発言をしたか数え切れない。
でも、それは私に対して反骨心を持ち始めたからの発言じゃない。
いや、反骨心が無いとは言い切れないけど、どちらかと言えば甘えに近い発言に思える。
長く不安を抱えてた反動もあるんだろう。
梓は私に憎まれ口を叩く事で、これまでの勿体無かった時間を取り戻してるんだと思う。
好きな子にちょっかいを出して相手の興味を引いて甘える……。
そんな小学生みたいな行動が、梓の愛情表現の一つなんだろうな。
梓がその愛情表現を私に示してくれるのは勿論嬉しいんだけど、
これまた昨日からそんな私達を妙に嬉しそうに見守るムギの視線が気になるのは私だけか?
何か非常に生暖かい視線を感じるんだが……。
「なあ、ムギ……?」
どうにも気になって、
頬に手を当てて私達を見つめるムギに声を掛けてみたけど、
残念ながらムギは私達を見つめたまま何の反応も見せなかった。
どうやら何かに夢中になり過ぎて、私の声が聞こえてないらしい。
超うっとりしてる。
と言うか、そういや久々に見たな、こんなムギ。
一年の頃は頻繁に見せてた姿だけど、二年に上がってからは、
他の事に興味を持ち始めたのか、単に誤魔化し方が上手くなったのか、
こんなうっとりした感じのムギの姿を見せる事は少なくなっていた。
499: にゃんこ 2011/08/22(月) 21:26:44.91 ID:Z8R6uNk30
「あの……、律先輩……?」
流石に妙過ぎるムギの姿が気になり始めたんだろう。
梓が不安そうに私の方に視線を向けた。
「ムギ先輩、どうしたんですか?
何だかうっとりしてるみたいに見えますけど……」
一年の頃のムギの姿を知らない梓だ。
私以上に妙な様子の今のムギを不審に……、じゃなくて、不安に思うのも無理はなかった。
しかし、このムギの姿をどう説明したらいいのか、私自身にもよく分からん。
私は頭を掻きながら、どうにか梓に上手く伝えるふりはしてみる。
「別に心配はないんだけど、
いや、なんつーか……、ムギってそういうのが好きな人なんだよ。
最近はあんまりそんな様子もなかったけど、どうも突発的に再発しちゃったみたいだな……」
「そういうのが好き……って、どういうのが好きなんですか?」
「えーっと……、だな……。
「女の子同士っていいな」っつーか……、
「本人達がよければいい」っつーか……、
ムギってそういうのが好きなんだよ。どんと来いなんだよ。
ほら、アレだ。みなまで言わせるな」
「女の子同士……?」
私の言葉を反芻するみたいに梓が呟く。
流石にすぐに理解できる事じゃないだろうし、いきなり理解されたらそっちの方が嫌だ。
十秒くらい経っただろうか。
私の言葉の意味を理解したらしい梓が目に見えて慌て始めた。
「えっ? あの……、えっ?
私と律先輩が……?
女の子同士の関係に……? ええっ?
私は別に……、そんなつもりじゃ……。
でも……」
理解してくれたのは嬉しいが、梓の動揺は私の予想とは違う原因のようだった。
見る限り、どうやら梓はムギが女の子同士の関係が好きな事よりも、
梓と私がムギにそんな関係として見られてるって事に動揺してるらしい。
そっちかよ。
まあ、流石に私に気があるって事は無いにしても、
意外と梓自身も女の子同士の関係に興味があるって事なのかもしれない。
同性の幼馴染みに告白されて、そいつの恋人になろうとした私に言えた事じゃないけど……。
澪の事を思い出して、私は少しだけ視線を伏せてしまう。
もうすぐ私は澪と一日ぶりに再会する。
それはすごく不安な事だけど、でも、それは澪と再会してから考えればいい事だ。
私はもうあの時の自分の涙の理由を分かってるんだ。
後はそれを澪に伝えるだけでいい。
軽く梓に視線を戻してみる。
決心を固めた私の視線を違う意味の視線と勘違いしたのか(何とは言わないけど)、
挙動不審に周囲に視線を散漫とさせながら、梓が早口に捲し立てるみたいに言った。
「そ……、そういえば、唯先輩達遅いですね!
一日空いちゃったから、唯先輩達に会えるの楽しみです!
二人とも今日は来てくれるんですよね?」
こいつ誤魔化した。
焦って誤魔化した。
いや、まあ、別にいいけど。
流石に妙過ぎるムギの姿が気になり始めたんだろう。
梓が不安そうに私の方に視線を向けた。
「ムギ先輩、どうしたんですか?
何だかうっとりしてるみたいに見えますけど……」
一年の頃のムギの姿を知らない梓だ。
私以上に妙な様子の今のムギを不審に……、じゃなくて、不安に思うのも無理はなかった。
しかし、このムギの姿をどう説明したらいいのか、私自身にもよく分からん。
私は頭を掻きながら、どうにか梓に上手く伝えるふりはしてみる。
「別に心配はないんだけど、
いや、なんつーか……、ムギってそういうのが好きな人なんだよ。
最近はあんまりそんな様子もなかったけど、どうも突発的に再発しちゃったみたいだな……」
「そういうのが好き……って、どういうのが好きなんですか?」
「えーっと……、だな……。
「女の子同士っていいな」っつーか……、
「本人達がよければいい」っつーか……、
ムギってそういうのが好きなんだよ。どんと来いなんだよ。
ほら、アレだ。みなまで言わせるな」
「女の子同士……?」
私の言葉を反芻するみたいに梓が呟く。
流石にすぐに理解できる事じゃないだろうし、いきなり理解されたらそっちの方が嫌だ。
十秒くらい経っただろうか。
私の言葉の意味を理解したらしい梓が目に見えて慌て始めた。
「えっ? あの……、えっ?
私と律先輩が……?
女の子同士の関係に……? ええっ?
私は別に……、そんなつもりじゃ……。
でも……」
理解してくれたのは嬉しいが、梓の動揺は私の予想とは違う原因のようだった。
見る限り、どうやら梓はムギが女の子同士の関係が好きな事よりも、
梓と私がムギにそんな関係として見られてるって事に動揺してるらしい。
そっちかよ。
まあ、流石に私に気があるって事は無いにしても、
意外と梓自身も女の子同士の関係に興味があるって事なのかもしれない。
同性の幼馴染みに告白されて、そいつの恋人になろうとした私に言えた事じゃないけど……。
澪の事を思い出して、私は少しだけ視線を伏せてしまう。
もうすぐ私は澪と一日ぶりに再会する。
それはすごく不安な事だけど、でも、それは澪と再会してから考えればいい事だ。
私はもうあの時の自分の涙の理由を分かってるんだ。
後はそれを澪に伝えるだけでいい。
軽く梓に視線を戻してみる。
決心を固めた私の視線を違う意味の視線と勘違いしたのか(何とは言わないけど)、
挙動不審に周囲に視線を散漫とさせながら、梓が早口に捲し立てるみたいに言った。
「そ……、そういえば、唯先輩達遅いですね!
一日空いちゃったから、唯先輩達に会えるの楽しみです!
二人とも今日は来てくれるんですよね?」
こいつ誤魔化した。
焦って誤魔化した。
いや、まあ、別にいいけど。
503: にゃんこ 2011/08/29(月) 21:33:51.61 ID:hjrm0ayi0
それに唯達が学校に来てくれるか気になるのも本音ではあるんだろう。
誤魔化して振ってきた話題ではあるけど、
そう言った梓の顔はやっぱりまだ不安そうに見えた。
「ああ、心配しなくても大丈夫だぞ、梓。
昨日ちゃんと確認しといたしさ」
言いながら、私はポケットから自分の携帯電話を取り出す。
テレビや電話を含め、電波障害は昨日の夕方辺りには無くなっていた。
紀美さんの言葉じゃないけど、多分、電波職人さんのおかげなんだろう。
まあ、本当に電波職人さんのおかげかどうか分かんないし、
そもそも電波職人さんってどんな仕事の人達の事を指すのか不明だけど、
とにかく電波の復旧に関わってくれた人がいるなら、その全員に感謝したい。
ただ、電波が復旧したとは言っても、電話が繋がりにくい状態には変わりがなかった。
そんな状態で唯達に連絡を取るのも、いつ切れるか不安でもどかしいだけだ。
だから、私は電波の繋がりがよさそうな時間を見計らって(単なる勘だけど)、
唯と澪に梓の悩んでたのはキーホルダーを失くしたからだったって事、
でも、私達が梓と話し合って、その梓の不安をどうにか晴らしてやれた事、
その二つの用件だけを簡潔に書いた短いメールを出した。
詳しい事は直接会って話せばいい事……、
いや、直接会って話した方がいい事だからな。
唯と澪もその私の気持ちを分かってくれたのか、
私の送信からしばらく後に二人から短い返信が届いた。
返信の内容は『ありがとう。明日は絶対学校に行くから』って、二人とも大体そんな感じだったかな。
だから、大丈夫。梓が不安になる必要はない。
二人とも約束を守ってくれるタイプなんだし、
形や対応はそれぞれ違ってても、梓の事を心配してたのは確かなんだから。
「心配するなって。
大体、まだ十時にもなってないじゃんか。
今日早く目が覚めちゃったからって、私達が来るのが早過ぎただけだよ。
ほら、昨日唯達からのメールもしっかり届いてる」
私は唯達からの返信メールを開いて、隣に座ってる梓に見せる。
受信メールを人に見せるなんて本当はマナー違反だけど、
不安になってる梓になら唯達もきっと許してくれるだろう。
梓もマナー違反だって事は分かってるんだろう。
申し訳なさそうな顔をしながら、
私の見せたメールを早々と読んで、すぐに私の携帯から目を逸らした。
誤魔化して振ってきた話題ではあるけど、
そう言った梓の顔はやっぱりまだ不安そうに見えた。
「ああ、心配しなくても大丈夫だぞ、梓。
昨日ちゃんと確認しといたしさ」
言いながら、私はポケットから自分の携帯電話を取り出す。
テレビや電話を含め、電波障害は昨日の夕方辺りには無くなっていた。
紀美さんの言葉じゃないけど、多分、電波職人さんのおかげなんだろう。
まあ、本当に電波職人さんのおかげかどうか分かんないし、
そもそも電波職人さんってどんな仕事の人達の事を指すのか不明だけど、
とにかく電波の復旧に関わってくれた人がいるなら、その全員に感謝したい。
ただ、電波が復旧したとは言っても、電話が繋がりにくい状態には変わりがなかった。
そんな状態で唯達に連絡を取るのも、いつ切れるか不安でもどかしいだけだ。
だから、私は電波の繋がりがよさそうな時間を見計らって(単なる勘だけど)、
唯と澪に梓の悩んでたのはキーホルダーを失くしたからだったって事、
でも、私達が梓と話し合って、その梓の不安をどうにか晴らしてやれた事、
その二つの用件だけを簡潔に書いた短いメールを出した。
詳しい事は直接会って話せばいい事……、
いや、直接会って話した方がいい事だからな。
唯と澪もその私の気持ちを分かってくれたのか、
私の送信からしばらく後に二人から短い返信が届いた。
返信の内容は『ありがとう。明日は絶対学校に行くから』って、二人とも大体そんな感じだったかな。
だから、大丈夫。梓が不安になる必要はない。
二人とも約束を守ってくれるタイプなんだし、
形や対応はそれぞれ違ってても、梓の事を心配してたのは確かなんだから。
「心配するなって。
大体、まだ十時にもなってないじゃんか。
今日早く目が覚めちゃったからって、私達が来るのが早過ぎただけだよ。
ほら、昨日唯達からのメールもしっかり届いてる」
私は唯達からの返信メールを開いて、隣に座ってる梓に見せる。
受信メールを人に見せるなんて本当はマナー違反だけど、
不安になってる梓になら唯達もきっと許してくれるだろう。
梓もマナー違反だって事は分かってるんだろう。
申し訳なさそうな顔をしながら、
私の見せたメールを早々と読んで、すぐに私の携帯から目を逸らした。
504: にゃんこ 2011/08/29(月) 21:34:23.47 ID:hjrm0ayi0
「すみません、律先輩。
先輩達の事を信じるって言ったのに、まだ不安がっちゃって。
駄目ですよね、こんなんじゃ……」
「心配するなって言ってるだろ?
唯達がキーホルダーや今までの態度の事で梓を怒るとは思わないけど、
万が一おまえを怒るようなら私も一緒に謝るよ。
部員の不祥事は部長も謝るのが筋ってもんだしさ。
それに謝るのは慣れてんだよな、私」
「それ自慢になってませんよ、律先輩……。
でも、ありがとうございます。
もう……、大丈夫です。
唯先輩も澪先輩も優しいから、私を怒らないんじゃないかって思います。
だけど、私、しっかり謝りたいです。
よりにもよってこんな時に、迷惑掛けちゃったのは確かですから。
だから、謝らないといけないって思います。心から謝りたいんです。
それでやっと、私……、また軽音部の部員に戻れるんだって、そう思います」
そこまで決心できてるんなら、大丈夫だろう。
私は強い光を灯した梓の瞳を見つめながら、軽く微笑んで頷いた。
誰だって自分の失敗を認めて、謝るのは不安になる。
私だって梓と同じ不安を胸に抱えてる。
私もこれから澪に会って、謝らなきゃいけないからな。
とても不安で、今にも逃げ出したいけど……、
でも、梓も私も逃げないし、逃げたくない。
それこそ私達が私達のままでいるために必要な事だからだ。
何となく視線をやってみると、
いつの間にか素に戻っていたムギが真剣な目を私達に向けていた。
これから謝らなきゃいけない私達を見守っててくれるつもりなんだろう。
ありがとな、と胸の内だけでムギに囁いて、私もこれからの事に覚悟を決めた。
急に。
手に持った携帯のバイブが振動し始めた。
突然の事に驚いた私は、少し焦りながら携帯の画面を確認するとメールが一件届いていた。
覚悟を決めたばかりで情けないけど、こういう不測の事態くらいは焦らせてくれ。
急に鳴ったら焦るだろ、普通。
まあ、それはともかく。
当然の事だけど、確認してみた画面には見慣れた名前が表示されていた。
それは問題なかったんだけど、その差出人のメールの内容が問題だった。
いや、別に不自然な事が書いてあるわけじゃない。
メールの内容自体は誰でも一度は受けた事があるはずの内容だ。
でも、そのメールは不自然だったんだ。
結構長い付き合いになるけど、
あいつからこんな内容のメールを受け取るのは私も初めてだった。
特に傍に梓が居る事が分かってるはずなのに、
私だけにこんなメールを送って来るなんて、不自然を通り越して不審なくらいだ。
一体、どうしたっていうんだよ、あいつは……。
その不審なメールの差出人は唯。
メールの内容は『今から三年二組の教室で二人きりで会いたい』というものだった。
先輩達の事を信じるって言ったのに、まだ不安がっちゃって。
駄目ですよね、こんなんじゃ……」
「心配するなって言ってるだろ?
唯達がキーホルダーや今までの態度の事で梓を怒るとは思わないけど、
万が一おまえを怒るようなら私も一緒に謝るよ。
部員の不祥事は部長も謝るのが筋ってもんだしさ。
それに謝るのは慣れてんだよな、私」
「それ自慢になってませんよ、律先輩……。
でも、ありがとうございます。
もう……、大丈夫です。
唯先輩も澪先輩も優しいから、私を怒らないんじゃないかって思います。
だけど、私、しっかり謝りたいです。
よりにもよってこんな時に、迷惑掛けちゃったのは確かですから。
だから、謝らないといけないって思います。心から謝りたいんです。
それでやっと、私……、また軽音部の部員に戻れるんだって、そう思います」
そこまで決心できてるんなら、大丈夫だろう。
私は強い光を灯した梓の瞳を見つめながら、軽く微笑んで頷いた。
誰だって自分の失敗を認めて、謝るのは不安になる。
私だって梓と同じ不安を胸に抱えてる。
私もこれから澪に会って、謝らなきゃいけないからな。
とても不安で、今にも逃げ出したいけど……、
でも、梓も私も逃げないし、逃げたくない。
それこそ私達が私達のままでいるために必要な事だからだ。
何となく視線をやってみると、
いつの間にか素に戻っていたムギが真剣な目を私達に向けていた。
これから謝らなきゃいけない私達を見守っててくれるつもりなんだろう。
ありがとな、と胸の内だけでムギに囁いて、私もこれからの事に覚悟を決めた。
急に。
手に持った携帯のバイブが振動し始めた。
突然の事に驚いた私は、少し焦りながら携帯の画面を確認するとメールが一件届いていた。
覚悟を決めたばかりで情けないけど、こういう不測の事態くらいは焦らせてくれ。
急に鳴ったら焦るだろ、普通。
まあ、それはともかく。
当然の事だけど、確認してみた画面には見慣れた名前が表示されていた。
それは問題なかったんだけど、その差出人のメールの内容が問題だった。
いや、別に不自然な事が書いてあるわけじゃない。
メールの内容自体は誰でも一度は受けた事があるはずの内容だ。
でも、そのメールは不自然だったんだ。
結構長い付き合いになるけど、
あいつからこんな内容のメールを受け取るのは私も初めてだった。
特に傍に梓が居る事が分かってるはずなのに、
私だけにこんなメールを送って来るなんて、不自然を通り越して不審なくらいだ。
一体、どうしたっていうんだよ、あいつは……。
その不審なメールの差出人は唯。
メールの内容は『今から三年二組の教室で二人きりで会いたい』というものだった。
505: にゃんこ 2011/08/29(月) 21:36:26.74 ID:hjrm0ayi0
○
三年二組……、つまり私達の教室に私が足を踏み入れた時、
唯は自分の席に座って、ぼんやりと窓の外の風景を眺めていた。
普段なら駆け寄ってたと思うけど、
今日に限って私はそんな唯の近くまで駆け寄れなかった。
ぼんやりとした唯の表情が妙に印象に残ったからだ。
いや、こいつがぼんやりしてるのはいつもの事なんだけど、
今日の唯のぼんやりはいつものぼんやりした表情とは違う気がした。
上手く言えないけど、何処となく大人びた雰囲気を見せるぼんやりって言うか……。
気だるげな大人の女の雰囲気を纏ってるって言うか……、とにかくそんな感じだ。
いつだったか唯の言った言葉を不意に思い出す。
「私を置いて大人にならないでよ」って、確か唯は前にそう言っていた。
マイペースで子供っぽい唯らしい言葉だって、その時は思ったもんだけど……。
何だよ……、おまえの方こそ私を置いて大人っぽくなってんじゃんかよ……。
ちょっと悔しい気持ちになりながら、私はゆっくりと唯の席の方に歩いていく。
勿論、唯が大人になるのは喜ばしい事なんだけど、
もう少しだけでいいから、私に面倒を見られる子供な唯のままでいてほしいって思う。
いや、本音はそうじゃないか。
子供だろうと、大人だろうと唯は唯だ。
唯がどう変わろうと、私はそれを受け止めたい。
それでも嫌な気分になってしまうのは、
世界の終わりが近いこの時期に、生き方を変えてほしくないっていう私の我儘なんだろう。
変わらなきゃ人は生きていけない。
特に自分の死を間近に感じたら、その死を覚悟できる自分に変わろうとする。
だけど……、それは違う。少なくとも私は違うと思う。
だから、大人びた唯の雰囲気に、私は不安になっちゃうんだろう。
506: にゃんこ 2011/08/29(月) 21:36:51.41 ID:hjrm0ayi0
「あ、りっちゃん」
私が唯の前の和の席にまで近付いて、
やっと私に気が付いた唯がいつもと変わらない高めの明るい声を出した。
何となく安心した気分になった私は、
後ろ向きに和の椅子に座ってから手を伸ばし、唯の頬を軽く抓る。
「よ、唯。一日ぶりだな。
って、いきなり呼び出すなよな。びっくりするだろ」
「ごめんね、りっちゃん。
私、りっちゃんと二人きりで話したい事があったんだ。
だから、教室に来てもらおうって思ったんだけど……、迷惑だったかな?」
「別に迷惑じゃないし私はいいんだけど、
梓とムギを誤魔化して出てくるのは、大変だったし心苦しかったぞ?
……どうしても、私と二人きりじゃないと駄目だったのか?」
私が言うと、唯は寂しそうに「うん」と頷く。
いつも楽しそうな唯の寂しそうなその顔は、私の胸をかなり痛くさせた。
一年生の初め、軽音部に入部して以来、唯はいつも楽しそうに笑っていた。
どんなピンチや辛い事も、唯が笑顔で居てくれたから楽しく乗り越えられた。
『終末宣言』の後も、世界の終わりなんてそっちのけで、唯は明るい笑顔を私達に向けてくれていた。
私はそんな唯に呆れながら、同時に憧れてた。
マイペースに生きられる唯が羨ましかったんだ。
今、澪へ伝えようと思ってる答えも、変わらない唯が居たからこそ出せた答えでもある。
だから、大人びた表情の、寂しげな唯を見てると私の胸は痛くなる。
寂しそうな表情のままで、唯は小さく続けた。
「あずにゃんが悩んでたのって、京都のお土産の事だったんだよね……?」
私が唯の前の和の席にまで近付いて、
やっと私に気が付いた唯がいつもと変わらない高めの明るい声を出した。
何となく安心した気分になった私は、
後ろ向きに和の椅子に座ってから手を伸ばし、唯の頬を軽く抓る。
「よ、唯。一日ぶりだな。
って、いきなり呼び出すなよな。びっくりするだろ」
「ごめんね、りっちゃん。
私、りっちゃんと二人きりで話したい事があったんだ。
だから、教室に来てもらおうって思ったんだけど……、迷惑だったかな?」
「別に迷惑じゃないし私はいいんだけど、
梓とムギを誤魔化して出てくるのは、大変だったし心苦しかったぞ?
……どうしても、私と二人きりじゃないと駄目だったのか?」
私が言うと、唯は寂しそうに「うん」と頷く。
いつも楽しそうな唯の寂しそうなその顔は、私の胸をかなり痛くさせた。
一年生の初め、軽音部に入部して以来、唯はいつも楽しそうに笑っていた。
どんなピンチや辛い事も、唯が笑顔で居てくれたから楽しく乗り越えられた。
『終末宣言』の後も、世界の終わりなんてそっちのけで、唯は明るい笑顔を私達に向けてくれていた。
私はそんな唯に呆れながら、同時に憧れてた。
マイペースに生きられる唯が羨ましかったんだ。
今、澪へ伝えようと思ってる答えも、変わらない唯が居たからこそ出せた答えでもある。
だから、大人びた表情の、寂しげな唯を見てると私の胸は痛くなる。
寂しそうな表情のままで、唯は小さく続けた。
「あずにゃんが悩んでたのって、京都のお土産の事だったんだよね……?」
509: にゃんこ 2011/08/31(水) 21:12:57.58 ID:7SF4LcZt0
京都のお土産……、つまり、梓が失くしたキーホルダーの事だ。
昨日、私がメールで伝えてから、唯はずっとその事を気に掛けてたんだろう。
唯が寂しそうな顔をする理由は、多分それ以外に無い。
「そうだよ」と頷いてから、私は唯の顔から指を放して続ける。
「最近、梓がずっと悩んでたのは、
メールでも伝えたけどキーホルダーを失くした事だったんだ。
こんな時期にどうしてそんな事で悩んでるんだ。
どうして早く私達に伝えてくれなかったんだよ。
って、思わなくもなかったけど、あいつの気持ちも分かるんだよな。
世界の終わりを目前にして、梓はこれ以上何かを失くしたくなかったんだよ。
世界の終わりまでは、変わらない自分と私達のままで居たかったんだ。
だから、少しの変化が恐かったんだと思うし、梓自身もそういう事を言ってた。
唯もあまり責めないでやってくれよ」
「責めないよ。
あずにゃんの気持ち、私にも分かるもん。
私だって、あのキーホルダーを失くしたらすごくショックだと思うし、
こう見えても、おしまいの日の事を考えると不安になってるんだよ?
そう見えないかもしれないけどね。
だから、あずにゃんの不安と悩みが分かるし、その悩みが晴れて本当によかったよ」
「おしまいの日……ね」
確かめるみたいに呟いてみる。
唯は終末の事を『おしまいの日』と呼んでいる。
不謹慎な気もするけど、何だか唯らしい可愛らしい呼び方だ。
そういえば憂ちゃんも、終末を『おしまいの日』って呼んでたはずだ。
平沢家ではそう呼ぶようにしてるのかもしれない。
考えてみれば、それぞれに思うところがあるのか、
私の周囲でも皆が終末を色んな名前で呼んでる気がするな。
まず私は単純に『世界の終わり』って呼んでる。
それは終末って非現実的な言葉に抵抗があるからでもあるけど、
もっと言うとそんな言葉を口に出す事自体が気恥ずかしいからだ。
だって、『終末』だぞ?
『終末』なんて、漫画やアニメ以外で聞く事はまずない。
後は宗教的な本や番組なら言ってるかもしれないけど、それにしたって日常的な話じゃない。
そんな言葉、普段の生活で簡単に口に出せるかっつーの。
そりゃたまには言わなくもないけど、日常会話としてはあんまり使いたくない言葉だ。
世界の終わりをちゃんと『終末』って呼んでるのは、私の周りじゃ和と澪に梓か。
皆、どっちかと言うと、生真面目なタイプだから、正式名称で呼んじゃうんだろう。
性格が出てて、ちょっと面白い。
ムギはどうだったかな……?
えっと……、確か『世界の終わりの日』って呼んでたはず。
私とほとんど同じだけど、ムギの呼び方の方が何だかムギらしい。
単にムギの口から終末って言葉が出るのが、似合わな過ぎるだけかもしれないけど。
特殊な呼び方は純ちゃんだ。
純ちゃんは『終焉』って呼んでた。
私の部屋で話をしてる時に何度もそう呼んでたから、私の耳が覚えちゃってる。
その度に妙にお洒落な呼び方だなと思ってると、梓が隣から私に耳打ちしてくれた。
どうやら純ちゃんは最近そういうゲームをプレイしたらしく、
『終末宣言』が発令されてからずっと終末を『終焉』って呼んでるんだそうだ。
漫画好きで影響されやすい純ちゃんっぽくて、何だか安心する。
確かそのゲームはオーディン何たらってゲームらしいけど、まあ、それは別にいいか。
昨日、私がメールで伝えてから、唯はずっとその事を気に掛けてたんだろう。
唯が寂しそうな顔をする理由は、多分それ以外に無い。
「そうだよ」と頷いてから、私は唯の顔から指を放して続ける。
「最近、梓がずっと悩んでたのは、
メールでも伝えたけどキーホルダーを失くした事だったんだ。
こんな時期にどうしてそんな事で悩んでるんだ。
どうして早く私達に伝えてくれなかったんだよ。
って、思わなくもなかったけど、あいつの気持ちも分かるんだよな。
世界の終わりを目前にして、梓はこれ以上何かを失くしたくなかったんだよ。
世界の終わりまでは、変わらない自分と私達のままで居たかったんだ。
だから、少しの変化が恐かったんだと思うし、梓自身もそういう事を言ってた。
唯もあまり責めないでやってくれよ」
「責めないよ。
あずにゃんの気持ち、私にも分かるもん。
私だって、あのキーホルダーを失くしたらすごくショックだと思うし、
こう見えても、おしまいの日の事を考えると不安になってるんだよ?
そう見えないかもしれないけどね。
だから、あずにゃんの不安と悩みが分かるし、その悩みが晴れて本当によかったよ」
「おしまいの日……ね」
確かめるみたいに呟いてみる。
唯は終末の事を『おしまいの日』と呼んでいる。
不謹慎な気もするけど、何だか唯らしい可愛らしい呼び方だ。
そういえば憂ちゃんも、終末を『おしまいの日』って呼んでたはずだ。
平沢家ではそう呼ぶようにしてるのかもしれない。
考えてみれば、それぞれに思うところがあるのか、
私の周囲でも皆が終末を色んな名前で呼んでる気がするな。
まず私は単純に『世界の終わり』って呼んでる。
それは終末って非現実的な言葉に抵抗があるからでもあるけど、
もっと言うとそんな言葉を口に出す事自体が気恥ずかしいからだ。
だって、『終末』だぞ?
『終末』なんて、漫画やアニメ以外で聞く事はまずない。
後は宗教的な本や番組なら言ってるかもしれないけど、それにしたって日常的な話じゃない。
そんな言葉、普段の生活で簡単に口に出せるかっつーの。
そりゃたまには言わなくもないけど、日常会話としてはあんまり使いたくない言葉だ。
世界の終わりをちゃんと『終末』って呼んでるのは、私の周りじゃ和と澪に梓か。
皆、どっちかと言うと、生真面目なタイプだから、正式名称で呼んじゃうんだろう。
性格が出てて、ちょっと面白い。
ムギはどうだったかな……?
えっと……、確か『世界の終わりの日』って呼んでたはず。
私とほとんど同じだけど、ムギの呼び方の方が何だかムギらしい。
単にムギの口から終末って言葉が出るのが、似合わな過ぎるだけかもしれないけど。
特殊な呼び方は純ちゃんだ。
純ちゃんは『終焉』って呼んでた。
私の部屋で話をしてる時に何度もそう呼んでたから、私の耳が覚えちゃってる。
その度に妙にお洒落な呼び方だなと思ってると、梓が隣から私に耳打ちしてくれた。
どうやら純ちゃんは最近そういうゲームをプレイしたらしく、
『終末宣言』が発令されてからずっと終末を『終焉』って呼んでるんだそうだ。
漫画好きで影響されやすい純ちゃんっぽくて、何だか安心する。
確かそのゲームはオーディン何たらってゲームらしいけど、まあ、それは別にいいか。
510: にゃんこ 2011/08/31(水) 21:13:27.57 ID:7SF4LcZt0
「りっちゃん……?」
妙に長く考え事をしてしまったせいか、唯が私の顔を覗き込みながら訊ねてきた。
「悪い。何でもない」と言ってから、私は唯の頭を撫でた。
唯が寂しそうな顔をしてる時に悪いんだけど、私は少し安心していた。
安心したせいで、ちょっと余計な事を考える余裕もできたんだろう。
安心できたのは、唯の悩みが世界の終わりの事じゃなく、梓の事だって気付いたからだ。
今の唯の顔は、卒業を目前にして梓の事を考える先輩の顔だって気付けたから。
もしも世界の終わりが無かったとしても、
普通の日常生活で起こったかもしれない悩みと寂しさを唯が抱えてるんだって。
だから、私は安心できてるんだ。
後はその安心を唯にも分けてあげればいいんだ。
少しだけ強く、私は唯の頭を撫でる。
「責めないでやってくれってのは、梓の事だけじゃないよ、唯。
自分の事も責めるなって事だ。
唯は梓の悩みを晴らすその場に居れなかった自分に罪悪感を抱いてんだろ?
梓の悩みに気付けなかった自分に、寂しさを感じてるんだろ?
そんな寂しさを唯が感じてるってだけで、梓は十分嬉しいと思うぞ?」
「でもでも……、昨日私はあずにゃんより憂の事を優先しちゃったし……。
あずにゃんの悩みがキーホルダーの事だったなんて、全然気付けなかったし……。
りっちゃんみたいに、あずにゃんを慰められなかったし……。
あずにゃんの事が大好きなのに、私、何もできなくて……」
「昨日、憂ちゃんと一緒に居たのは、
今日からの残り三日を梓の悩みを晴らすために使ってあげるためだったんだろ?
そんなおまえを責められる奴は、おまえ自身を含めていちゃ駄目だよ。
梓もそれを分かってるし、私の部屋でもずっとおまえの事を気に掛けてた。
前に一度、梓の落としたキーホルダーが戻って来た事があっただろ?
憶えてるか?
おまえが梓の名前を書いたシールを、キーホルダーに貼ってた時の事だよ。
梓はあのシールをはがした事をすごく後悔してた。
あのシールをはがさなきゃ、また自分の所に戻って来たかもしれないのにって。
勿論、シールを貼ってたからって戻って来るとは限らないけど、
おまえのおかげで戻って来たキーホルダーなのに、
それをもう一度落としてしまった事を、梓はすごく申し訳なく思ってた。
一度取り戻せたものをもう一度失くすなんて、そんな辛い事は無いからさ。
だからさ……、二人してお互いの事を考えて、自分を責め合うのはやめようぜ?
梓はおまえに会いたがってたし、おまえだって梓の事が大好きなんだろ?
だったら、大丈夫だよ」
妙に長く考え事をしてしまったせいか、唯が私の顔を覗き込みながら訊ねてきた。
「悪い。何でもない」と言ってから、私は唯の頭を撫でた。
唯が寂しそうな顔をしてる時に悪いんだけど、私は少し安心していた。
安心したせいで、ちょっと余計な事を考える余裕もできたんだろう。
安心できたのは、唯の悩みが世界の終わりの事じゃなく、梓の事だって気付いたからだ。
今の唯の顔は、卒業を目前にして梓の事を考える先輩の顔だって気付けたから。
もしも世界の終わりが無かったとしても、
普通の日常生活で起こったかもしれない悩みと寂しさを唯が抱えてるんだって。
だから、私は安心できてるんだ。
後はその安心を唯にも分けてあげればいいんだ。
少しだけ強く、私は唯の頭を撫でる。
「責めないでやってくれってのは、梓の事だけじゃないよ、唯。
自分の事も責めるなって事だ。
唯は梓の悩みを晴らすその場に居れなかった自分に罪悪感を抱いてんだろ?
梓の悩みに気付けなかった自分に、寂しさを感じてるんだろ?
そんな寂しさを唯が感じてるってだけで、梓は十分嬉しいと思うぞ?」
「でもでも……、昨日私はあずにゃんより憂の事を優先しちゃったし……。
あずにゃんの悩みがキーホルダーの事だったなんて、全然気付けなかったし……。
りっちゃんみたいに、あずにゃんを慰められなかったし……。
あずにゃんの事が大好きなのに、私、何もできなくて……」
「昨日、憂ちゃんと一緒に居たのは、
今日からの残り三日を梓の悩みを晴らすために使ってあげるためだったんだろ?
そんなおまえを責められる奴は、おまえ自身を含めていちゃ駄目だよ。
梓もそれを分かってるし、私の部屋でもずっとおまえの事を気に掛けてた。
前に一度、梓の落としたキーホルダーが戻って来た事があっただろ?
憶えてるか?
おまえが梓の名前を書いたシールを、キーホルダーに貼ってた時の事だよ。
梓はあのシールをはがした事をすごく後悔してた。
あのシールをはがさなきゃ、また自分の所に戻って来たかもしれないのにって。
勿論、シールを貼ってたからって戻って来るとは限らないけど、
おまえのおかげで戻って来たキーホルダーなのに、
それをもう一度落としてしまった事を、梓はすごく申し訳なく思ってた。
一度取り戻せたものをもう一度失くすなんて、そんな辛い事は無いからさ。
だからさ……、二人してお互いの事を考えて、自分を責め合うのはやめようぜ?
梓はおまえに会いたがってたし、おまえだって梓の事が大好きなんだろ?
だったら、大丈夫だよ」
511: にゃんこ 2011/08/31(水) 21:14:02.73 ID:7SF4LcZt0
「りっちゃん……」
言いながら、唯が真剣な顔で私の方を見つめる。
その表情からは寂しさが少しずつ消えているように見えた。
寂しさの代わりに、決心が増えていく感じだ。
「りっちゃんはすごいなあ……」
不意に唯が呟いた。
いつもは私をからかうために使われる言葉だけど、
今回ばかりはその意味は無いみたいに見えた。
「すごいか、私?」
「すごいよ。
あずにゃんの悩みの原因に気付いちゃうし、私の事だって慰めてくれるもん。
流石はりっちゃん部長だよね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、梓の悩みの原因に気付けたのは偶然だよ。
本当にたまたま、運が良かったから気付けただけだ。
梓の悩みの原因がキーホルダーの事だったなんて、私も思いも寄らなかったもんな。
唯が居ない間に梓の悩みを晴らしてやれたのも、単にタイミングの問題だと思うよ。
唯は運悪くタイミングが合わなかっただけだ」
「でも、やっぱりすごいよ。
もしも何かのきっかけで私があずにゃんの悩みの原因に気付けてたとしても、
そんなあずにゃんをどうすれば支えてあげられたか、全然分かんないもん」
「だから、そうじゃないよ、唯。
私はたまたま軽音部を代表しただけだと思う。
もしもその場に居たのが私じゃなくて唯だったら、
もっと上手く梓を支えてやれてたんじゃないかな。
勿論、ムギはムギで、澪は澪でそれぞれがそれぞれの方法で梓を支えたはずだよ。
私もあれで本当によかったのか分からないしな」
役不足って言われたし、とは私の胸の内だけで囁いた。
実はまだ梓の言葉の真意は分かってない。
そういや純ちゃんに役不足の意味を聞くのを忘れてたしな。
辞書で調べるのもすっかり忘れてた。
私じゃ梓の悩みを晴らすのには役不足だから(頼りないから)、
梓自身がしっかりしなきゃいけないと思ったって事でいいのかな……。
しずかちゃんがのび太を放っておけないから結婚してあげた的な感じか?
うわ、そう考えると、私って物凄く格好悪いじゃんか……。
自分自身の格好悪さに苦笑しながら、私は続ける。
「だから、自分を責めなくてもいいんだよ、唯。
おまえならきっと私よりも上手く梓を支えてやれる。
自信を持てって。梓はきっとおまえの事が大好きだよ」
それは誤魔化しも嘘偽りも無い私の本音だった。
私も梓の事を大切に思ってるけど、
多分、唯ほど梓の事を深く思ってやれてはいないと思う。
梓も役不足な私より、唯と会えて話せた方がきっと喜ぶはずだ。
それから、唯は私を真顔でしばらく見つめていて、
少しずつその表情が崩れて来て……、急に頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。
「でっへっへー。そうかなあ。
あずにゃん、私の事大好きかなあ。
いやはや、お恥ずかしい」
「立ち直り早いな、オイ!」
即座に私がチョップで突っ込むと、
唯は照れ笑いを浮かべたまま頬を膨らませた。
「えー……。
りっちゃんが自分に自信を持てって言ったんじゃん。
それとも、りっちゃんは私がずっと悩んでる方がよかったって言うの?」
「いや……、そうは言わんが……」
唯が元気になったのは嬉しいが、どうにも拍子抜けを感じるのも確かだった。
これまで梓達と長く話し合ってきただけに、余計にそう感じる。
言いながら、唯が真剣な顔で私の方を見つめる。
その表情からは寂しさが少しずつ消えているように見えた。
寂しさの代わりに、決心が増えていく感じだ。
「りっちゃんはすごいなあ……」
不意に唯が呟いた。
いつもは私をからかうために使われる言葉だけど、
今回ばかりはその意味は無いみたいに見えた。
「すごいか、私?」
「すごいよ。
あずにゃんの悩みの原因に気付いちゃうし、私の事だって慰めてくれるもん。
流石はりっちゃん部長だよね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、梓の悩みの原因に気付けたのは偶然だよ。
本当にたまたま、運が良かったから気付けただけだ。
梓の悩みの原因がキーホルダーの事だったなんて、私も思いも寄らなかったもんな。
唯が居ない間に梓の悩みを晴らしてやれたのも、単にタイミングの問題だと思うよ。
唯は運悪くタイミングが合わなかっただけだ」
「でも、やっぱりすごいよ。
もしも何かのきっかけで私があずにゃんの悩みの原因に気付けてたとしても、
そんなあずにゃんをどうすれば支えてあげられたか、全然分かんないもん」
「だから、そうじゃないよ、唯。
私はたまたま軽音部を代表しただけだと思う。
もしもその場に居たのが私じゃなくて唯だったら、
もっと上手く梓を支えてやれてたんじゃないかな。
勿論、ムギはムギで、澪は澪でそれぞれがそれぞれの方法で梓を支えたはずだよ。
私もあれで本当によかったのか分からないしな」
役不足って言われたし、とは私の胸の内だけで囁いた。
実はまだ梓の言葉の真意は分かってない。
そういや純ちゃんに役不足の意味を聞くのを忘れてたしな。
辞書で調べるのもすっかり忘れてた。
私じゃ梓の悩みを晴らすのには役不足だから(頼りないから)、
梓自身がしっかりしなきゃいけないと思ったって事でいいのかな……。
しずかちゃんがのび太を放っておけないから結婚してあげた的な感じか?
うわ、そう考えると、私って物凄く格好悪いじゃんか……。
自分自身の格好悪さに苦笑しながら、私は続ける。
「だから、自分を責めなくてもいいんだよ、唯。
おまえならきっと私よりも上手く梓を支えてやれる。
自信を持てって。梓はきっとおまえの事が大好きだよ」
それは誤魔化しも嘘偽りも無い私の本音だった。
私も梓の事を大切に思ってるけど、
多分、唯ほど梓の事を深く思ってやれてはいないと思う。
梓も役不足な私より、唯と会えて話せた方がきっと喜ぶはずだ。
それから、唯は私を真顔でしばらく見つめていて、
少しずつその表情が崩れて来て……、急に頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。
「でっへっへー。そうかなあ。
あずにゃん、私の事大好きかなあ。
いやはや、お恥ずかしい」
「立ち直り早いな、オイ!」
即座に私がチョップで突っ込むと、
唯は照れ笑いを浮かべたまま頬を膨らませた。
「えー……。
りっちゃんが自分に自信を持てって言ったんじゃん。
それとも、りっちゃんは私がずっと悩んでる方がよかったって言うの?」
「いや……、そうは言わんが……」
唯が元気になったのは嬉しいが、どうにも拍子抜けを感じるのも確かだった。
これまで梓達と長く話し合ってきただけに、余計にそう感じる。
517: にゃんこ 2011/09/02(金) 22:19:27.20 ID:PfsZM32H0
でも、まあ、唯はそれでいいのかもしれない。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、瞬く間に表情が変わる唯。
あまりにも簡単に表情が変わるから真意を掴みにくいけど、実はその全部が嘘じゃない。
唯は感情を誤魔化したりせず、そのまま受け止めて、そのまま表現してるだけなんだ。
自分の思ったままに、自然に生きてる。
それは簡単なようで、どんなに難しい事かを私は知ってる。
だから、皆、唯の事が眩しくて、好きなんだと思う。
勿論、私もそんな唯の事が大好きだ。
私は苦笑しながら、唯にチョップした手をノコギリみたいに前後に動かす。
「ま、いいや。
唯が立ち直ったんなら、私としても万々歳だよ。
その調子のままで早く梓に会いにやってやれよ。
あいつ、喜ぶぞ。勿論、ムギも。
ムギも唯と会いたがってたからさ」
「あいよー、りっちゃん!」
選手宣誓みたいに腕を上げて、元気よく唯が微笑む。
出会った頃から変わらない、世界の終わりを間近にしてもまだ変わらない逞しい笑顔。
この笑顔に私達は騙されてるんだよな。
唯の失敗や天然に困らせられる事もそりゃ多いけど、
この笑顔を見せられると別にいいかって思わせられてしまう。
特に長く唯の傍に居るだけに、和や憂ちゃんは私よりも強く騙されてるんだろうな。
でも、それもそれでよかった。
唯は騙すつもりもなくただ笑顔になって、私達はそんな唯の笑顔に騙されて、それでいいんだと思う。
それが私達の関係なんだ。
「そういえば、りっちゃん……」
急に真剣な表情に変えて、妙に深刻そうに唯が呟いた。
突然の事に気圧されそうになりながらも、私は唯の真剣な瞳を正面から見つめて訊ねてみる。
「どうしたんだ、唯?」
「さっきのりっちゃんの話の中で、
一つだけ気になる所があったんだけど……」
「私、何か変な事言ったっけ?」
「あずにゃんがりっちゃんの部屋で、私の事を気に掛けてたって言ってたでしょ?
りっちゃんの部屋……って?
あずにゃん、りっちゃんの家に来たの?」
「あー……」
妙な所で耳聡い奴だ。
聞き流してもいい所だったと思うけど、唯にとっては聞き逃せない話なのかもしれない。
そういえばメールで梓が家に泊まった事は書いてなかったしな。
別に隠さなきゃいけない話でもないし、私は正直に唯に説明する事にした。
「いや、昨日、梓が私の家に泊まりに来たんだよ。
私が誘ったからってのもあるけど、梓も私と話したい事がまだまだあったみたいでさ。
キーホルダーの事で、この一週間、ろくに話もできなかったしな。
だから、少しでもその時間が取り戻せればって、私も思ってさ。それで……」
「ずるいよ、りっちゃん!」
「いや、ずるいっておまえ……」
「私だってまだあずにゃんとお泊まり会なんてした事ないのにー!
しかも、『私の部屋』って事は、りっちゃんの部屋に泊まったって事だよね?
ずるいずるい! 私も私の部屋であずにゃんとお泊まり会したいー!
あずにゃんとパジャマパーティーしたいー!
あずにゃんとパジャマフェスティバルしたいー!」
「落ち着け」
笑ったり、泣いたり、怒ったり、瞬く間に表情が変わる唯。
あまりにも簡単に表情が変わるから真意を掴みにくいけど、実はその全部が嘘じゃない。
唯は感情を誤魔化したりせず、そのまま受け止めて、そのまま表現してるだけなんだ。
自分の思ったままに、自然に生きてる。
それは簡単なようで、どんなに難しい事かを私は知ってる。
だから、皆、唯の事が眩しくて、好きなんだと思う。
勿論、私もそんな唯の事が大好きだ。
私は苦笑しながら、唯にチョップした手をノコギリみたいに前後に動かす。
「ま、いいや。
唯が立ち直ったんなら、私としても万々歳だよ。
その調子のままで早く梓に会いにやってやれよ。
あいつ、喜ぶぞ。勿論、ムギも。
ムギも唯と会いたがってたからさ」
「あいよー、りっちゃん!」
選手宣誓みたいに腕を上げて、元気よく唯が微笑む。
出会った頃から変わらない、世界の終わりを間近にしてもまだ変わらない逞しい笑顔。
この笑顔に私達は騙されてるんだよな。
唯の失敗や天然に困らせられる事もそりゃ多いけど、
この笑顔を見せられると別にいいかって思わせられてしまう。
特に長く唯の傍に居るだけに、和や憂ちゃんは私よりも強く騙されてるんだろうな。
でも、それもそれでよかった。
唯は騙すつもりもなくただ笑顔になって、私達はそんな唯の笑顔に騙されて、それでいいんだと思う。
それが私達の関係なんだ。
「そういえば、りっちゃん……」
急に真剣な表情に変えて、妙に深刻そうに唯が呟いた。
突然の事に気圧されそうになりながらも、私は唯の真剣な瞳を正面から見つめて訊ねてみる。
「どうしたんだ、唯?」
「さっきのりっちゃんの話の中で、
一つだけ気になる所があったんだけど……」
「私、何か変な事言ったっけ?」
「あずにゃんがりっちゃんの部屋で、私の事を気に掛けてたって言ってたでしょ?
りっちゃんの部屋……って?
あずにゃん、りっちゃんの家に来たの?」
「あー……」
妙な所で耳聡い奴だ。
聞き流してもいい所だったと思うけど、唯にとっては聞き逃せない話なのかもしれない。
そういえばメールで梓が家に泊まった事は書いてなかったしな。
別に隠さなきゃいけない話でもないし、私は正直に唯に説明する事にした。
「いや、昨日、梓が私の家に泊まりに来たんだよ。
私が誘ったからってのもあるけど、梓も私と話したい事がまだまだあったみたいでさ。
キーホルダーの事で、この一週間、ろくに話もできなかったしな。
だから、少しでもその時間が取り戻せればって、私も思ってさ。それで……」
「ずるいよ、りっちゃん!」
「いや、ずるいっておまえ……」
「私だってまだあずにゃんとお泊まり会なんてした事ないのにー!
しかも、『私の部屋』って事は、りっちゃんの部屋に泊まったって事だよね?
ずるいずるい! 私も私の部屋であずにゃんとお泊まり会したいー!
あずにゃんとパジャマパーティーしたいー!
あずにゃんとパジャマフェスティバルしたいー!」
「落ち着け」
518: にゃんこ 2011/09/02(金) 22:20:17.66 ID:PfsZM32H0
軽音部で梓と一番仲がいいのは多分唯だ。
それを考えると、梓は誰より先に唯の部屋にこそ泊まりに行くべきだったんだろう。
実際に梓は、憂ちゃんの部屋には何回か泊まりに行った事があるらしい。
ただ唯のこの様子を見ると、梓じゃなくても唯の部屋に泊まるのは若干躊躇うな。
何をされるか分からんぞ。
その意味では、梓は賢明だったとも言えるかもしれん。
念のため、私は唯にそれを訊ねてみる。
「一つ訊いておくが、
その梓とのパジャマフェスティバルとやらで何する気だ」
「別に何も変な事はしません!
猫耳付けてもらったり、お風呂に一緒に入ったり、
私のベッドで一緒に寝たりしてもらうだけなのです!」
「それが既に変な事だという事に気付こう」
「えー……。
憂にはたまにやってもらってる事なのに……」
「そうか……。
おまえと憂ちゃんの関係に関してはもう何も言わんが、それを梓に求めるのはやめてやれ。
妹と後輩は違うものだからな。
違うものに同じ行為を求めるのは、お互いを不幸にするだけだぞ……」
「りっちゃんが珍しく知的な発言をしてる……」
「珍しくとは何だ!」
少し声を強くしてから、私は両手で唯の頬を包み込む。
それから指で唯の頬を掴むと、
「おしおきだべー」と言いながら外側に力強く引っ張った。
「いひゃい、いひゃいー……!
ごへんなさいー……!」
そうやって痛がりながらも、唯の表情は笑っているように見えた。
私が両側に頬を引っ張ってからでもあるんだけど、
それを前提として考えても、やっぱり唯の顔は嬉しそうに微笑んでるように見えた。
唯をおしおきしながら、私も気付けば笑顔になっていた。
これが軽音部なんだよなあ……、って何となく嬉しくなってくる。
いや、世間一般の軽音部とは大幅に違ってるとは思うけど、
こういうのこそが私達で作り上げた、私達だけの軽音部なんだ。
それを考えると、梓は誰より先に唯の部屋にこそ泊まりに行くべきだったんだろう。
実際に梓は、憂ちゃんの部屋には何回か泊まりに行った事があるらしい。
ただ唯のこの様子を見ると、梓じゃなくても唯の部屋に泊まるのは若干躊躇うな。
何をされるか分からんぞ。
その意味では、梓は賢明だったとも言えるかもしれん。
念のため、私は唯にそれを訊ねてみる。
「一つ訊いておくが、
その梓とのパジャマフェスティバルとやらで何する気だ」
「別に何も変な事はしません!
猫耳付けてもらったり、お風呂に一緒に入ったり、
私のベッドで一緒に寝たりしてもらうだけなのです!」
「それが既に変な事だという事に気付こう」
「えー……。
憂にはたまにやってもらってる事なのに……」
「そうか……。
おまえと憂ちゃんの関係に関してはもう何も言わんが、それを梓に求めるのはやめてやれ。
妹と後輩は違うものだからな。
違うものに同じ行為を求めるのは、お互いを不幸にするだけだぞ……」
「りっちゃんが珍しく知的な発言をしてる……」
「珍しくとは何だ!」
少し声を強くしてから、私は両手で唯の頬を包み込む。
それから指で唯の頬を掴むと、
「おしおきだべー」と言いながら外側に力強く引っ張った。
「いひゃい、いひゃいー……!
ごへんなさいー……!」
そうやって痛がりながらも、唯の表情は笑っているように見えた。
私が両側に頬を引っ張ってからでもあるんだけど、
それを前提として考えても、やっぱり唯の顔は嬉しそうに微笑んでるように見えた。
唯をおしおきしながら、私も気付けば笑顔になっていた。
これが軽音部なんだよなあ……、って何となく嬉しくなってくる。
いや、世間一般の軽音部とは大幅に違ってるとは思うけど、
こういうのこそが私達で作り上げた、私達だけの軽音部なんだ。
519: にゃんこ 2011/09/02(金) 22:20:57.90 ID:PfsZM32H0
「もーっ……。
ひどいよ、りっちゃん。
お嫁に行く前の大切な身体に何してくれるの?」
十秒くらい後に頬を指から解放してやると、
唯は自分の頬を擦りながら軽い恨み事を口にした。
「心配するなって。
四十過ぎてもお嫁に行けてなかったら、私が責任取ってやるよ」
「えっ、りっちゃんがお嫁に貰ってくれるの?」
「いや、聡に嫁がせてやる。
そして私は小姑として、田井中家嫁の唯さんをいびってやるのだ。
あら、唯さん。このお味噌汁、お塩が濃過ぎるんじゃありませんこと?」
「りっちゃんの弟のお嫁さんか……。
それもありかもー」
「ありなのかよ!」
「いやー、りっちゃんの家族になるのって何か楽しそうだしー。
それに、そうなると私がりっちゃんの妹になるんだよね?
りっちゃんの事をお姉ちゃんって呼ばなきゃだよね。
ね、お姉ちゃん」
「自分で振っといて何だが、もうこの話題やめにしないか。
何つーか、それ無理……。
唯にお姉ちゃんって呼ばれるとか、正直無理……」
「あっ、お姉ちゃん、赤くなってるー」
「だから、やめい!」
また私が軽くチョップを繰り出すと、
唯が楽しそうに笑いながら頭でそれを受け止める。
もう何が何やら……。
色々と悩んでた事もあったはずだけど、
軽音部の仲間と居ると、特に唯と居ると悩みが何もかも吹き飛んじゃう感じだ。
簡単に言うと唯が空気を読めてないだけなんだろうけど、
世界の終わり直前の空気ってのは本当は読む必要なんてないのかもしれない。
唯と居るとそんな気がしてくるから不思議だった。
私は溢れ出る笑顔を止められないまま、笑顔で続ける。
「もういいから、早く音楽室に行こうぜ。
梓もムギもそろそろ待ちくたびれてる頃だよ。
それに心配しなくても大丈夫だぞ、唯。
昨日は別に梓と二人きりでパジャマフェスティバルをしたわけじゃないんだ。
ムギと純ちゃんも泊まりに来て、四人でお喋りしてたんだよ。
梓と二人きりのパジャマフェスティバルは、今度おまえが存分にやればいい」
「そうなんだ……。
それもちょっと残念かなー。
あずにゃんとりっちゃんが、
私の知らない所でラブラブになったのかと思って楽しみにしてたのに……」
「おまえは一体、何を求めてるんだ……。
まあ、とにかく、そんなわけで早く戻ろうぜ。
私なんか誤魔化して出て来ちゃったわけだから、そろそろ不審に思われてるだろうしさ」
ひどいよ、りっちゃん。
お嫁に行く前の大切な身体に何してくれるの?」
十秒くらい後に頬を指から解放してやると、
唯は自分の頬を擦りながら軽い恨み事を口にした。
「心配するなって。
四十過ぎてもお嫁に行けてなかったら、私が責任取ってやるよ」
「えっ、りっちゃんがお嫁に貰ってくれるの?」
「いや、聡に嫁がせてやる。
そして私は小姑として、田井中家嫁の唯さんをいびってやるのだ。
あら、唯さん。このお味噌汁、お塩が濃過ぎるんじゃありませんこと?」
「りっちゃんの弟のお嫁さんか……。
それもありかもー」
「ありなのかよ!」
「いやー、りっちゃんの家族になるのって何か楽しそうだしー。
それに、そうなると私がりっちゃんの妹になるんだよね?
りっちゃんの事をお姉ちゃんって呼ばなきゃだよね。
ね、お姉ちゃん」
「自分で振っといて何だが、もうこの話題やめにしないか。
何つーか、それ無理……。
唯にお姉ちゃんって呼ばれるとか、正直無理……」
「あっ、お姉ちゃん、赤くなってるー」
「だから、やめい!」
また私が軽くチョップを繰り出すと、
唯が楽しそうに笑いながら頭でそれを受け止める。
もう何が何やら……。
色々と悩んでた事もあったはずだけど、
軽音部の仲間と居ると、特に唯と居ると悩みが何もかも吹き飛んじゃう感じだ。
簡単に言うと唯が空気を読めてないだけなんだろうけど、
世界の終わり直前の空気ってのは本当は読む必要なんてないのかもしれない。
唯と居るとそんな気がしてくるから不思議だった。
私は溢れ出る笑顔を止められないまま、笑顔で続ける。
「もういいから、早く音楽室に行こうぜ。
梓もムギもそろそろ待ちくたびれてる頃だよ。
それに心配しなくても大丈夫だぞ、唯。
昨日は別に梓と二人きりでパジャマフェスティバルをしたわけじゃないんだ。
ムギと純ちゃんも泊まりに来て、四人でお喋りしてたんだよ。
梓と二人きりのパジャマフェスティバルは、今度おまえが存分にやればいい」
「そうなんだ……。
それもちょっと残念かなー。
あずにゃんとりっちゃんが、
私の知らない所でラブラブになったのかと思って楽しみにしてたのに……」
「おまえは一体、何を求めてるんだ……。
まあ、とにかく、そんなわけで早く戻ろうぜ。
私なんか誤魔化して出て来ちゃったわけだから、そろそろ不審に思われてるだろうしさ」
520: にゃんこ 2011/09/02(金) 22:23:51.62 ID:PfsZM32H0
「そういえば、どうやって誤魔化して出て来たの?」
「『そろそろ唯か澪が来る頃だろうから、ちょっと校門まで見に行ってくる』ってさ。
澪はまだ来てないけど、今からおまえと一緒に戻れば嘘にはならないだろ。
過去を捏造する事で有名な私ではあるけど、
ネタ無しでの誤魔化しや捏造は意外と心苦しいんだよ。
私ってば結構善良で臆病な小市民だからさ」
「どうもご迷惑をお掛けしました、りっちゃん隊長」
「分かればよろしい、唯隊員」
「あ、でも、迷惑掛けついでに最後に一つだけ訊きたいんだけど、いいかな?」
「何だね、唯隊員」
「あずにゃん、どうやって納得してくれたのかなって。
キーホルダーを失くして、一週間も捜し回ってて、
そのキーホルダーはまだ見つかってないんだよね?
でも、あずにゃんはりっちゃんのおかげで、キーホルダーを失くした悩みが解決したんでしょ?
私、それを一番聞きたくて、りっちゃんに教室に来てもらったんだ……」
そう言った唯の表情は、今まで見た事が無いくらいに真剣だった。
一番聞きたかったってのも、本心からの言葉なんだろう。
だったら、私にできるのは唯の言葉に真剣に答えてやる事だけだ。
「別に私のおかげじゃないよ、唯。
梓は私達を信じてくれたんだ。言葉に出すのは少し照れ臭いけど、私達の絆ってやつをさ。
梓はキーホルダーっていう形のある思い出じゃなくて、
形が無くて目にも見えない私達の思い出や絆を信じてくれる気になってくれたんだ。
私は梓がそれを信じられるように、ほんの少し梓の背中を押してあげただけ。
その絆を私自身も信じようと思っただけなんだ。
私にできたのはそれだけの事で、それを信じられたのは梓自身が強かったからだよ」
「そっか……。
でも、それならやっぱりあずにゃんが安心できたのは、りっちゃんのおかげだよ。
形が無いものを信じさせてあげられるなんて、すごく大変な事だよ?
やっぱり、りっちゃんはすごいなあ……。流石は部長だよね……。
だって……」
「だって……?」
私が呟くと、唯は机に掛けていた自分の鞄の中にゆっくりと手を突っ込んだ。
それから鞄の中にある何かを探し当てると、おもむろにそれを私に手渡した。
何かと思い、手渡されたそれに私は視線を向ける。
「写真……か?」
自分自身に確かめるみたいに呟く。
いや、確かめるまでもない。唯が私に手渡したのは、確かに写真だった。
軽音部の皆が写った一枚の写真。
写真を撮るのが好きな澪が所属してる我が軽音部だ。
部員の皆が写った写真は別に珍しくも何ともないけど、その写真は何処か不自然な写真だった。
その写真の中では、私だけ前に出てておでこしか写ってなくて、唯、澪、ムギは後ろで三人で並んでいる。
勿論、部員皆の写真なんだから、梓もその写真の中に居た。
でも、その梓の姿だけが不自然に浮いている。
空気や雰囲気的な意味で浮いてるんじゃなく、梓の上半身だけが本当の意味で宙に浮いていた。
別に心霊写真ってわけじゃない。
私達四人が写った写真に、別撮りの梓の写真を貼り付けてるってだけの話だ。
つまり、単純な合成写真ってやつだ。
「私ね……」
私がじっくりとその写真を見つめていると、不意に唯が囁くみたいに喋り始めた。
「昨日、憂とその写真を作ったんだ……。
あずにゃんの悩みが何なのかは分からないけど、
離れてたって私達はずっと一緒だよ、ってそれを伝えようと思って……。
別々に撮った写真でも、こんな風に一緒に居られるみたいにねって。
でも、この写真、もう無駄になっちゃったかな……?」
○
唯には先に部室に行ってもらって、私は少しだけ教室に残る事にした。
胸が詰まって、皆の前には顔を出せそうになかったからだ。
まだ泣いてるわけじゃないけど、ちょっとした事で大声で泣き出してしまいそうだ。
それは悲しみの涙じゃないけれど、皆の前で見せるのはちょっと恥ずかしかった。
ネタや悲しい涙ならともかく、
嬉しさから出る涙はあんまり人前で見せたいもんじゃないからな。
今頃、唯は謝る梓を笑って許して、いつもと変わらず梓に抱き付いてる事だろう。
いや、いつもとは言ってみたけど、そういえばこの一週間、唯は梓に抱き付いてない気がする。
梓が悩む姿を見せるようになってから、多分、一度も抱き付いてないはずだ。
自由に見える唯だって、空気が読めないわけじゃない。
梓が笑顔を取り戻せるようになってからじゃないと抱き付けなかったんだろう。
だから、唯は今、笑顔を取り戻した梓に存分に抱き付き、強く抱き締めてるに違いない。
これまで抱き付けなかった分、そりゃもう強く、強く……。
梓もそんな唯の姿に安心して、私と同じように嬉しさの涙を流しそうになってるかもな。
もしかしたら、唯だけじゃなく、ムギも梓に抱き付いてるかもしれない。
ムギだって梓の事を心配してたんだし、ムギが梓に抱き付いちゃいけないなんて決まりも無い。
唯が嬉しそうに梓に抱き付いてるのを見ると、私だってたまに梓に抱き付きたくなるもんな。
三人はそうして、今まで心を通わせられなかった時間を取り戻してるはずだ。
世界の終わりを間近にして、それでもギリギリでいつもの自分達を取り戻す事ができるはずだ。
できれば私もその場に居たかったけど、そういうわけにもいかなかった。
それは三人に涙をあんまり見せたくないからでもあったけど、
それ以上に私には最後に伝えなきゃいけない答えがまだあったからだ。
梓の悩みをきっかけに、私達放課後ティータイムは深く自分達の事について考えられた。
長い時間が掛かったけど、皆がそれぞれの答えを出して、
それぞれが世界の終わりに向き合って、どう生きていくか決める事ができた。
変な話だけど、梓が悩んでくれた事で、私達はまた強く一つになれたんだと思う。
だから、私がこれから伝えなきゃいけないのは、単なる個人的な問題の答えだ。
別にその答えがどんなものでも、私達が放課後ティータイムである事は変わらない。
必ず伝える必要がある答えでもない。
答えを伝えなくても、曖昧なままでも、私だけじゃなく、
あいつだって最後まで笑顔のまま、放課後ティータイムの一員でいられるはずだ。
曖昧なままで終わらせてもいい私達の最後の個人的な問題。
それはそれで一つの選択肢だけど、私はそれをしたくはなかった。
馬鹿みたいな答えしか出せてないけど、私はあいつにそれを伝えたい。
それが、私と私達が、最後まで私と私達でいられるって事だから。
だからこそ、私は教室に残ったんだ。
二人の関係にとりあえずでも、結論を出してみせるために。
予感があった。
いや、予感と言うより、経験則って言った方が正しいかもしれない。
経験則ってのは、経験から導き出せるようになった法則って意味でよかったはずだ。
その意味で合ってるとして、私はその経験則から教室に残った。
あいつは登校した後、間違いなく最初にここに来る。
部室に顔を出すより先に、私と二人きりで会おうとする。
皆の前で笑顔でいられるために、最初に私と話をしておきたいって考える。
それで何処に私を呼びだそうか考えるために、とりあえず教室に足を踏み入れるはずだ。
……って私が考えるだろう事を、あいつは分かってる。
分かってるから、今、あいつは自分を待つ私に会いに教室に向かっている。
そうして教室に向かって来るあいつを、私は待つ。
そんな風に私達はお互いが何を考えているか分かってしまっている。痛いくらいに。
だから、待つ。
心を静め、高鳴る胸を抑えて、自分の席に座ってその時をじっと待つ。
多分、その時はもうすぐそこにまで迫ってる。
それから数分も経たないうちに。
耳が憶えてるあいつの足音が近付いて、
教室の扉が開いて、
少し震えた声が、
教室に響いた。
「……おはよう、律」
ほら……、な。
私は立ち上がり、声の方向に視線を向ける。
震えそうになる自分の声を抑えながら、言った。
「よっ、澪。
……久しぶり」
○
会わなかったのは一日だけだったけれど、澪と会うのはすごく久しぶりな感じがした。
たった、一日。だけど、一日。
特に世界の終わりが近くなった一日を澪と離れて過ごすなんて、
思い出してみると気が遠くなるくらい長い時間だった。
片時も澪の事を忘れなかったと言ったら流石に嘘になるけど、
それでも、心の片隅にずっと澪が居たのは確かだし、
誰かと話してる時にもまず最初に考えてしまうのは澪の反応だった。
私がこうしたら澪はどう反応するんだろう。
私がこの言葉を言ったら澪はどんな話をし始めるんだろう。
そんな風に、何をする時でもそこには居ない澪の反応が気になってた。
そうだな。そう考えると、澪が居たのは私の心の片隅じゃない。
澪は私の心の真ん中をずっと占領していたんだ。
だから、一日会わなかっただけで、澪の存在がこんなにも懐かしいんだ。
「よっ、律……」
言いながら、澪はまず自分の席に近付いて行く。
私の「久しぶり」という挨拶については、何も突っ込まなかった。
澪も私と同じように考えているんだろう。
こう考えるのは自信過剰かもしれないけど、
多分、澪も自分が何かをしようとする時には、私の反応を気にしてくれてるはずだ。
去年の初詣だったか、私が電話を掛けると急に澪に怒られた事がある。
「今年は絶対騙されないからな」と、意味も分からず私は澪に怒られた。
澪が言ってるのがそれより更に一年前の初詣の事だと気付いたのは、結構後にムギに指摘されてからだ。
そういえば一昨年の初詣の時、
私は澪に晴れ着を着てくるのか聞いて、澪にだけ晴れ着を着させた事があった。
晴れ着を着るかと私が聞けば、真面目な澪は皆が晴れ着を着るって勘違いすると思ったんだ。
私の狙い通り、澪は一人だけ晴れ着を着て来て、恥ずかしそうにしていた。
からかうつもりがあったのは否定しないけど、
そんな事をした本当の理由は澪の晴れ着が見てみたかったからだ。
勿論、そんな事を口に出す事は、これからも一生ないだろうけど。
例え澪と恋人同士になったとしても、な。
とにかく、去年の初詣の時、澪はそういう理由で私を怒ったみたいだった。
そんな事気にせずに好きな服を着ればいいのに、澪はどうしても私の反応が気になるらしい。
「澪ちゃんはいつもりっちゃんの事を気にしてるんだよ」って、
去年の初詣前の事情を話した時にムギが妙に嬉しそうに言っていた。
何もそこまで、とその時は思わなくもなかったけど、
今になって考えてみると、私も人の事を言えた義理じゃない。
小さな事から大きな事まで、私の行動指針の中央には確かに澪が居る。
和と澪が仲良くしてるのが何となく悔しくて、
澪に嫌われたかもって考えた時には、恥ずかしながら体調を崩しちゃったくらいだしな。
いや、本当に今思い出すと恥ずかしいけどさ。
どんな時でも、そんな感じで私達はお互いの事を意識し合ってる。
それくらい私達はお互いの存在をいつも感じてる。
いつからこうなったんだろう……。
嫌なわけじゃないけど、何となくそう思う。
最初は特別仲良しだったわけじゃない。
元々は正反対な性格だったし、澪の方も最初は私を苦手に思ってた感じだった。
それなのに少しずつ二人の距離は近付いていって、
一日会わなかっただけでお互いの存在が懐かしくなるくらい身近になった。
禁忌ってほどじゃないけど、女同士で恋愛関係にさえなりそうになるくらいに。
そんな中で私に出せた答えは……。
○
かなり長い間、二人で視線を合わせながら小指を絡ませていたけど、
いつまでもそのままでいるわけにもいかなかった。
二人で名残惜しく指切りを終えて、
それから私は澪が書き終えたと言っていた新曲の歌詞を見せてもらう事にした。
新曲の歌詞はこれまでの甘々な感じとは違って、
ロックってほどじゃないけど、少し硬派な感じの歌詞に仕上がっていた。
確かにこれまでとは違う感じの歌詞にしたいと言ってたけど、
まさかこんなに普段と印象の違う歌詞を澪が仕上げて来るとは思わなかった。
過去じゃなくて、未来でもなくて、
今を生きる、今をまだ生きている私達を象徴したみたいな歌詞……。
残された時間が少ない私達の『現在』を表現した歌……。
頭の中で、ムギの曲と澪の歌詞を融合させてみる。
悪くない。
……いや、すごくいい曲だと思う。
これまでの私達の曲とはかなり印象が違うけど、これもこれで私達の曲だと思えるから不思議だ。
早く皆と合わせて、澪の歌声を聴きながらこの曲を演奏したい。
ただ、激しい曲なだけに、私の技術と体力が保つかどうかが少し不安だけどな。
まあ、その辺は何とか気力と勢いでカバーするという事で。
はやる気持ちを抑えて、肩を並べて二人で音楽室に向かう。
音楽室まで短い距離、私達はどちらともなく手を伸ばして、軽く手を繋いだ。
お互いの指を絡め合うほど深く手を繋げたわけじゃない。
流石にそれはまだ恥ずかし過ぎるし、
例え私が澪とそうやって手を繋ごうとしても、澪の方が真っ赤になっちゃってた事だろう。
だから、私達は本当に軽く手を繋いだだけ。
二人の手を軽く重ねて、軽く握り合っただけだった。
でも、それがとても心地良くて、嬉しい。
それが『現在』の私達の距離。
友達以上で、恋人未満の距離。
背伸びをしない、恋愛関係に逃げ込んでもいない、極自然な距離なんだ。
もしも世界が終わらず、これからも続いていったとして、
私と澪が本当に恋人になるのかどうかは分からない。
単なる友達じゃないのは間違いないけど、
それを単純に恋愛感情に繋げるのはあんまりにも急ぎ過ぎだろう。
それこそ私達は女同士だし、私が女の子相手に恋心を抱けるかも分からない。
もしかしたら、友達以上恋人未満を続けていく内に、
お互いに自分の恋心は勘違いか何かだったと気付くのかもしれない。
でも、私の幼馴染みを……、
澪を大切にしたい事だけは、私の中でずっと前から変わらない事実だ。
多分、訪れない未来、例え私達が恋人同士になれなかったとしても、
私は澪と一生友達でいるだろうし、澪も私の傍で笑っていてくれるだろう。
先の事は何も分からないけど、その想いと願いだけは私の中で変えずにいたい。
音楽室に辿り着く直前、
澪が繋いでいた手を放そうとしたけど、私はその澪の手を放さなかった。
友達以上恋人未満って関係はまだ皆には内緒にしとこうとは思う。
でも、二人で手を繋いで音楽室に入るくらいなら問題ないはずだ。
特に何処まで分かっているのか、
唯とムギは私達の関係を心配してくれていたから、
これくらいアピールした方が二人にも分かりやすいはずだ。
私達はもう大丈夫なんだって。
軽音部の問題は、今の所だけどこれで全部解決したんだって。
何の心配もなく、最後のライブに臨めるんだって……な。
隣の澪は顔を赤くしてたけど、
音楽室に入った私達を待っていたのは、私達以上に仲が良さそうな二人だった。
言うまでもなく、唯と梓の事だ。
私が澪と話している間に全ての事情を話し終わったんだろう。
唯がここ最近見られなかった嬉しそうな表情を浮かべ、
梓に抱き着きながら、キスをしようとするくらいに顔を寄せていた。
梓はと言えばそんな唯の顔を右手で押し退けながらも、
左手では唯に渡されたんだろう写真を大事そうに掴んでいる。
こういうのツンデレ……って言うんだっけ?
まあ、とりあえず二人とも仲が良さそうで何よりだ。
○
――金曜日
今日は澪が私の家に泊まりに来ていた。
いやいや、別に友達以上恋人未満として、色んな事をしようと思ったわけじゃないぞ。
澪が私とパジャマフェスティバルをしたいと言ってきたからってだけだ。
ムギ達との話をした時には平静を装ってたけど、
本当は澪も参加したくてしょうがなくなってたらしい。
そういや、前に私がムギと二人で遊んだ時も、
「私もムギと遊びたかった」って、誘ってたのに文句を言われたな。
今も昨日、ムギとどうやって過ごしたのかとか訊いて来てるし……。
澪の奴……、ひょっとして、私よりムギの事を好きだったりするんじゃないか?
ちょっとだけそんな考えが私の頭の中に浮かぶ。
……はっ、いかんいかん。
それじゃ、何だか私が澪にやきもち妬いてるみたいじゃないか……。
私はそんな照れ臭い気持ちを隠すために、立ち上がってラジカセのスイッチを入れる。
幸い、そろそろ紀美さんのラジオの時間だ。
軽快な音楽が流れる。
○
「りっちゃんが着たがってたあの高校の制服、お友達から借りられたのー」
それなりの楽器の練習の後、お茶の準備をしながら、
いつもと変わらないほんわかとした柔らかい表情でムギが微笑んだ。
「えっ? マジで? ホントに?」
少し大袈裟に私はムギに尋ねてみる。
勿論、疑ってるわけじゃない。
確かあの高校の制服の話をしたのは、確か『終末宣言』前の約一ヵ月半前の事だ。
言い出しっぺの私ですら半分忘れ掛けてたのに、
ムギがその約束をずっと覚えてくれれたって事に私は驚いていた。
それもただの一ヵ月半じゃない。
世界の終わりまで残り少ない時間の中で、
ムギは私との約束を果たそうとしてくれてたんだ。
「ありがとな、ムギ!」
申し訳ないんだか、嬉しいんだか、
何とも言えない気持ちになって、私はお茶の準備をするムギに後ろから軽く抱き着いた。
「ちょっと……、危ないよ、りっちゃん」
叱るような口振りだったけど、口の端を笑顔にしながらムギが言った。
お盆にお茶を乗せたムギに抱き着くのが危ないのは分かってる。
でも、抱き着きたかったんだ。
それくらい私の胸は色んな気持ちでいっぱいだった。
ムギはいい子だな、本当に……。
「おい律……、危ないぞ?」
「わーってるって、み……」
その言葉に返事しようと顔を向けた私は、一瞬言葉を失った。
そこには嫉妬に燃えてるってほどじゃないけど、若干不機嫌そうな顔の澪が居たからだ。
昨日友達以上恋人未満になっておいて、
よりにもよってそいつの前で他の子に抱き着くのは、確かにあんまり褒められた事じゃないよな……。
別の意味でも危なかったか……。
「ごめんごめん、ちょっと危なかったな」
「気を付けろよ、律」
「ああ、分かってるって」
言いながら私がムギから離れた直後くらいに、
澪が不機嫌そうな顔から軽い苦笑に表情を変えていた。
少しは嫌だったんだろうけど、不機嫌な表情は半分演技だったらしい。
ムギ相手にやった事だし、澪自身もそんなに心が狭い奴ってわけじゃない。
軽い警告の意味で不機嫌そうな演技をしたんだろう。
澪自身が嫌だからと言うより、
将来的に深い仲になる誰かの前でそういう事をするなって事を、私に教えてくれたみたいだ。
やれやれ。
澪は私の母さんかよ……。
そう思わなくもないけど、私を心配してやってくれた事だし、悪い気はしなかった。
まあ、将来的にそんな深い仲になる予定があるのは、今は澪しかいないんだけどな。
「でも、あの高校の制服が着られるのは嬉しいよな。
ありがとう、ムギ」
澪がムギに軽く微笑み掛ける。
「いえいえ」とお盆に置いたお茶をそれぞれの机に置きながら、ムギが会釈した。
その二人の様子はとても仲の良い友達そのもので、
澪がムギに対して嫉妬してるって事もやっぱりなさそうだ。
心なしかムギが私達を見る目も、いつもより生温かく見える。
ひょっとして……、私と澪の関係、気付かれてる……?
いや、別に隠す事じゃないんだけどさ……。
○
さわちゃんの衣装の中に埋もれて、
あの高校の制服はさりげなくハンガーに掛けられていた。
実はムギが言うには、一週間前には既に友達から借りていたらしい。
でも、私達のそれぞれが悩みを抱えている事に気付いていたムギは、
皆の悩みが少しでも解決するまで、制服の事は誰にも言わないでおこうと思ったんだそうだ。
あの学校の制服を着るなら、皆揃って、笑顔で着られる方がいい。
「変な我儘で皆に秘密にしてて、ごめんね」と苦笑しながらムギが言ったけど、
そのムギの変な我儘を悪く思う部員なんていなかった。
大体、それは変な我儘じゃなくて、ムギの思いやりなんだから。
私達はムギの思いやりに感謝しながら、部室の中であの高校の制服に着替え始める。
一緒に大浴場にだって入ってる仲だ。
変な照れもなく、皆手早く着替えを終えていった。
特に部室で水着に着替える事も躊躇わない唯とムギの着替えは、そりゃ早かった。
物凄い早着替えだった。
唯なんか上下の下着丸出しになってから、誰の視線も気にせずそのまま着替えてた。
決して悪い事じゃないんだけど、妙に複雑な気分になるのは何故だろう。
唯よ……、今更だけど、女子高とは言え、
女子は人前では普通ブラジャーとパンツを丸出しにせず、上下片方ずつ着替えるもんなんだぞ……。
唯らしいっちゃ、唯らしいんだけど……。
でも、唯がそんな見事な着替えっぷり(脱ぎっぷり?)を見せてくれたおかげで、
残る私達も初めて着るあの高校の制服を戸惑わずに着替える事ができた。
初めて着る服って、どんな服でも少しは戸惑うもんなんだけど、流石は唯だ。
伊達にメイド服ですら、即座に着方を覚える女じゃない。
その能力と情熱をもっと他で生かせればいいんだけど、それでこそ唯でもある。
「りっちゃん、カックイー!」
制服に着替え終わった私の姿を見て、唯が珍しく私に対する称賛の声を上げた。
普段が普段だから、またからかわれてるのかと思ったけど、
私の姿を褒める唯の輝いた瞳には嘘が無いように見えた。
どうやら純粋に褒めてくれてるらしい。
まあ、私自身ってより、制服自体が格好いいからってのもあるんだろうけど。
それでも、褒められるのに悪い気はしない。
私は少し照れ臭い気分になりながら、目の前の制服姿の唯に言ってやる。
「ありがと、唯。唯も似合ってるぜ」
「でっへへー、そっかなあ。
私、そんなに似合ってる?」
「そうですね、似合ってますよ、唯先輩。
何だかすごく優等生みたいに見えます」
私の言葉に乗っかる形で、これまた制服に着替え終わった梓が言った。
梓のその言葉に、唯がまた頭を掻いて照れ始めたけど、唯は気付いてるのだろうか。
優等生みたいに見えるって事は、普段は全く優等生に見えてないって事に……。
事実だから、しょうがなくもあるが……。
「律先輩も似合ってますよね。
すごくまともな女子高生に見えますよ」
悪気の無い顔で、梓が無邪気な声色で続ける。
唯が普段優等生に見えてないってだけならまだしも、
私の方はまともな女子高生にすら見えてなかったのかよ!
いや、確かに普段は制服を着崩してるけどさあ……、
そんなに言うほどまともな女子高生に見えてなかったのか……。
突っ込む気になるより先に、すごく落ち込むぞ。
着崩すだけなら、あの生徒会長の和も結構やってるのに……。
これが人望の差か……。
初めて着る服だし、私としては珍しく制服の上着のボタンまで締めてたけど、
どうにも悔しいので全部外して、スカートの中に入れてたシャツも出してやった。
タイ……と言うか、
制服のネクタイも緩めて、会社帰りのサラリーマンみたいにしてやる。
○
異常な空模様に惹かれ、私達五人はグラウンドにやって来ていた。
風は強かったけど、台風って呼べるほどの風速でもなかった。
ムギや梓の髪がそこそこ靡く……、その程度の風速。
つまり、異常な速度の風が吹いてるのは上空だけなんだろう。
世界レベルで考えればあり得ないって事は無いんだろうけど、
日本ではまずあり得ない速さで多くの雲が流れていた。
世界の終わりを告げる前兆……ってか?
そうとしか思えない雲の動きに、私はとても複雑な気分になる。
不謹慎だけれど、私はその雲の動きをすごく綺麗だと思っちゃったから。
終わる前の美しさなのに、それは残酷なくらい綺麗だったんだ。
多分、皆もそう感じてるんだろうと思う。
私はしゃがみ込んで。
梓はただ静かに顔を上げて。
ムギは少しだけ首を傾げて。
唯は右手を飛行機に見立ててみたいに掲げ。
澪は結局フードを被ったままで。
五人とも、静かに空を見上げている。
皆の顔に悲しみや諦めの表情は浮かんでないし、
多分、私もそんな顔はしていない。
誰もが静かに、空を流れる雲を見上げている。
世界の終わり……、終末の予兆を実感している。
世界は本当に終わるんだな……って、頭じゃなくて心で理解する。
恐くないと言ったら嘘になる。
でも、今は恐さより、残念な気持ちの方が大きかった。
折角皆と仲良くなれたのに、
かけがえの無い仲間達ができたのに、
その関係は終わる。もうすぐ終わる。
それが残念でしょうがない。
私は立ち上がり、皆と肩を並べる。
右から、ムギ、梓、澪、唯、私って順番で並ぶ。
空模様が気にはなるけど、もう空を進んで見上げはしない。
終末の予兆については、未来の私達については、十分に実感できた。
だから。
今から私達が見るのは、今生きる私達と今生きる私達のしたい事だ。
○
被服室に行ったさわちゃんを見送り、
皆でぞろぞろと音楽室に戻ると、一人の人影が私達を待っていた。
もうさわちゃんが眼鏡を取って来たのかと一瞬思ったけど、そうじゃなかった。
私達を待っていたのは、大きな弁当のバスケットを持った憂ちゃんだった。
私達にお弁当の差し入れを持って来てくれたらしい。
そういえば、もう昼時だ。
気配りのできる子の憂ちゃんに、私達は感心する。
でも、予想外に人数が増えちゃったから、弁当足りるかな。
私達だけで食べるのも、和達に悪いし。
さわちゃんは間違いなく、つまみ食いしてくるだろうし。
……とか思っていたら、
憂ちゃんの持って来てくれたバスケットには、明らかに十人分を超える量の弁当が入っていた。
憂ちゃんが言うには、軽音部のお客様が居ると思って、
念を入れて多めにお弁当を作って来たんだそうだった。
すげー。エスパーか?
本当に準備のいい子の憂ちゃんに、私達は心底感心する。
量的に問題が無くなった事だし、
私達は和達と一緒に一足早めの弁当を頂く事にした。
床にシートを敷いて、憂ちゃんの弁当を広げる。
一応私達が個人で持って来ていた弁当も一緒に並べると、
異常なくらい豪勢な食卓がシートの上にできあがってしまった。
こう言うのも何だけど、最後の晩餐……って感じか?
不謹慎な上に不吉ではあるけど、本当にそんな気がしてくる。
……って、駄目だ駄目だ。
何だかんだと、あの空の光景に少し圧倒されちゃってるのかもしれない。
負けないよう、しっかりしなきゃな。
頭の中に浮かんだ後ろ向きな考えを振り払い、私はどんとシートの上に腰を下ろす。
あぐらを組んだ事を澪に注意されたけど、それは気にしない事にした。
これから訪れる世界の終わりに真正面から向き合うには、
正座で縮こまるより、あぐらで大きく構えてた方がいいと思ったからだ。
勿論、あぐらの方が楽だからってのもあるけどな。
そうして皆で弁当を食べていると、
何故か少し疲れた感じでさわちゃんが音楽室に入って来た。
どうしたのか訊ねると、被服室の眼鏡はすぐに見つけたんだけど、
走って音楽室に来ようとしているところを、古文の掘込先生に見つかったらしい。
それで「終末が近いのに変わらんな」とか、
「そもそも高校生の頃から何も変わってないぞ」とか説教されたんだそうだ。
道理でさわちゃんにしては音楽室に来るのが遅かったわけだ。
普段のさわちゃんなら、下手すりゃ私達より先に音楽室に来ててもおかしくないもんな。
疲れた様子のさわちゃんを尻目に、
唯が興味津々な表情でさわちゃんの持って来た袋の中に手を入れる。
私も唯の腕の隙間から袋の中に目をやると、中には大量の眼鏡ケースが入っていた。
次回 律「終末の過ごし方」 その4
「『そろそろ唯か澪が来る頃だろうから、ちょっと校門まで見に行ってくる』ってさ。
澪はまだ来てないけど、今からおまえと一緒に戻れば嘘にはならないだろ。
過去を捏造する事で有名な私ではあるけど、
ネタ無しでの誤魔化しや捏造は意外と心苦しいんだよ。
私ってば結構善良で臆病な小市民だからさ」
「どうもご迷惑をお掛けしました、りっちゃん隊長」
「分かればよろしい、唯隊員」
「あ、でも、迷惑掛けついでに最後に一つだけ訊きたいんだけど、いいかな?」
「何だね、唯隊員」
「あずにゃん、どうやって納得してくれたのかなって。
キーホルダーを失くして、一週間も捜し回ってて、
そのキーホルダーはまだ見つかってないんだよね?
でも、あずにゃんはりっちゃんのおかげで、キーホルダーを失くした悩みが解決したんでしょ?
私、それを一番聞きたくて、りっちゃんに教室に来てもらったんだ……」
そう言った唯の表情は、今まで見た事が無いくらいに真剣だった。
一番聞きたかったってのも、本心からの言葉なんだろう。
だったら、私にできるのは唯の言葉に真剣に答えてやる事だけだ。
「別に私のおかげじゃないよ、唯。
梓は私達を信じてくれたんだ。言葉に出すのは少し照れ臭いけど、私達の絆ってやつをさ。
梓はキーホルダーっていう形のある思い出じゃなくて、
形が無くて目にも見えない私達の思い出や絆を信じてくれる気になってくれたんだ。
私は梓がそれを信じられるように、ほんの少し梓の背中を押してあげただけ。
その絆を私自身も信じようと思っただけなんだ。
私にできたのはそれだけの事で、それを信じられたのは梓自身が強かったからだよ」
「そっか……。
でも、それならやっぱりあずにゃんが安心できたのは、りっちゃんのおかげだよ。
形が無いものを信じさせてあげられるなんて、すごく大変な事だよ?
やっぱり、りっちゃんはすごいなあ……。流石は部長だよね……。
だって……」
「だって……?」
私が呟くと、唯は机に掛けていた自分の鞄の中にゆっくりと手を突っ込んだ。
それから鞄の中にある何かを探し当てると、おもむろにそれを私に手渡した。
何かと思い、手渡されたそれに私は視線を向ける。
「写真……か?」
自分自身に確かめるみたいに呟く。
いや、確かめるまでもない。唯が私に手渡したのは、確かに写真だった。
軽音部の皆が写った一枚の写真。
写真を撮るのが好きな澪が所属してる我が軽音部だ。
部員の皆が写った写真は別に珍しくも何ともないけど、その写真は何処か不自然な写真だった。
その写真の中では、私だけ前に出てておでこしか写ってなくて、唯、澪、ムギは後ろで三人で並んでいる。
勿論、部員皆の写真なんだから、梓もその写真の中に居た。
でも、その梓の姿だけが不自然に浮いている。
空気や雰囲気的な意味で浮いてるんじゃなく、梓の上半身だけが本当の意味で宙に浮いていた。
別に心霊写真ってわけじゃない。
私達四人が写った写真に、別撮りの梓の写真を貼り付けてるってだけの話だ。
つまり、単純な合成写真ってやつだ。
「私ね……」
私がじっくりとその写真を見つめていると、不意に唯が囁くみたいに喋り始めた。
「昨日、憂とその写真を作ったんだ……。
あずにゃんの悩みが何なのかは分からないけど、
離れてたって私達はずっと一緒だよ、ってそれを伝えようと思って……。
別々に撮った写真でも、こんな風に一緒に居られるみたいにねって。
でも、この写真、もう無駄になっちゃったかな……?」
523: にゃんこ 2011/09/05(月) 21:58:54.68 ID:x5w3qp9J0
そこでようやく私は唯が寂しそうな顔をしてる本当の理由に気付いた。
自分が間違えた事を言ったとは思っちゃいないけど、
ある意味で私の言葉は失言だったのかもしれない。
私が私で梓の悩みに向き合ってる時に、
唯も別の方法で梓の悩みに向き合おうとしてた。
目指した場所は一緒だけど、二人の選んだ道は別々で、
しかも、ほんの少しのタイミングの問題で、
私の選んだ道が梓の悩みを晴らしてあげられる結果になった。
梓が形の無い絆を信じてくれる結果になった。
唯の選んだ道も間違っていないのに、
結果的には唯の選んだ方法は私と正反対になってしまっていたんだ。
だから、唯はほんの少し寂しそうなのかもしれない。
私を羨ましく思ってしまうのかもしれない。
でも、羨ましいと思ってしまうのは、私も一緒だ。
私は手を伸ばして、唯の頬を軽く撫でる。
「何言ってんだよ、唯。
思い出の品が必要なくなっちゃうなんて、そりゃ極論だろ。
形の無いものを信じるのは大切な事だけどさ、形があるものだって大事だよ。
何のためにお土産があるんだ。何のために世界遺産は残ってるんだ。
自分達のしてきた事を形として残したいからじゃんか。
自分達の思い出を目に見える形にしておきたいからじゃんか。
私達だって、旅行先だけじゃなく、
撮る必要がほとんど無い時でもたくさん写真を撮ってたのは、
思い出を形にしておきたかったからだろ?
色んな事を忘れたくなかったからだろ?
だからさ、おまえの作った写真は無駄にはなんないよ。
梓もきっと喜ぶ。
キーホルダーの代わりってわけにはいかないだろうけど、
新しいおまえとの絆として大切にしてくれるよ」
「でも……、ううん、そうだよね……。
あずにゃん、喜んでくれるよね……。
ごめんね。私、りっちゃんの事が羨ましかったんだ。
私が考えてたのより、ずっと素敵な方法であずにゃんを支えてあげられるなんて、
すっごく羨ましくて、ちょっと悔しかったんだ……。
あずにゃんの事、ずっと見て来たつもりだったのに、
あずにゃんの事でりっちゃんに先を越されちゃったから……。
それが悔しくて、それを悔しがっちゃう自分が、何だか一番悔しかったんだよね……。
ごめんね、りっちゃん……」
「馬鹿、私だっておまえの事が羨ましかったよ、唯」
「私の事が……?」
うん、と私は唯の言葉に頷く。
選んだ道は違うけど、違うからこそ羨ましかった。
私には唯とは違う方法で梓を支える事ができた。
でも、唯は私とは違う、私には思いも寄らない方法で梓を支えようとしてた。
それが羨ましくて、ちょっと悔しくて、とても嬉しい。
自分が間違えた事を言ったとは思っちゃいないけど、
ある意味で私の言葉は失言だったのかもしれない。
私が私で梓の悩みに向き合ってる時に、
唯も別の方法で梓の悩みに向き合おうとしてた。
目指した場所は一緒だけど、二人の選んだ道は別々で、
しかも、ほんの少しのタイミングの問題で、
私の選んだ道が梓の悩みを晴らしてあげられる結果になった。
梓が形の無い絆を信じてくれる結果になった。
唯の選んだ道も間違っていないのに、
結果的には唯の選んだ方法は私と正反対になってしまっていたんだ。
だから、唯はほんの少し寂しそうなのかもしれない。
私を羨ましく思ってしまうのかもしれない。
でも、羨ましいと思ってしまうのは、私も一緒だ。
私は手を伸ばして、唯の頬を軽く撫でる。
「何言ってんだよ、唯。
思い出の品が必要なくなっちゃうなんて、そりゃ極論だろ。
形の無いものを信じるのは大切な事だけどさ、形があるものだって大事だよ。
何のためにお土産があるんだ。何のために世界遺産は残ってるんだ。
自分達のしてきた事を形として残したいからじゃんか。
自分達の思い出を目に見える形にしておきたいからじゃんか。
私達だって、旅行先だけじゃなく、
撮る必要がほとんど無い時でもたくさん写真を撮ってたのは、
思い出を形にしておきたかったからだろ?
色んな事を忘れたくなかったからだろ?
だからさ、おまえの作った写真は無駄にはなんないよ。
梓もきっと喜ぶ。
キーホルダーの代わりってわけにはいかないだろうけど、
新しいおまえとの絆として大切にしてくれるよ」
「でも……、ううん、そうだよね……。
あずにゃん、喜んでくれるよね……。
ごめんね。私、りっちゃんの事が羨ましかったんだ。
私が考えてたのより、ずっと素敵な方法であずにゃんを支えてあげられるなんて、
すっごく羨ましくて、ちょっと悔しかったんだ……。
あずにゃんの事、ずっと見て来たつもりだったのに、
あずにゃんの事でりっちゃんに先を越されちゃったから……。
それが悔しくて、それを悔しがっちゃう自分が、何だか一番悔しかったんだよね……。
ごめんね、りっちゃん……」
「馬鹿、私だっておまえの事が羨ましかったよ、唯」
「私の事が……?」
うん、と私は唯の言葉に頷く。
選んだ道は違うけど、違うからこそ羨ましかった。
私には唯とは違う方法で梓を支える事ができた。
でも、唯は私とは違う、私には思いも寄らない方法で梓を支えようとしてた。
それが羨ましくて、ちょっと悔しくて、とても嬉しい。
524: にゃんこ 2011/09/05(月) 21:59:26.73 ID:x5w3qp9J0
「特に何だよ、おまえ。
こんな写真作っちゃってさ……、カッコいいじゃんかよ。
何、カッコいい事やってんだよ、唯。
ホント言うとさ、私なんか、梓の前でオロオロしてただけだったんだぜ?
梓の悩みが何か分からなくて、梓の悩みを探る事ばかり考えてた。
でも、違ったんだな。他の方法もたくさんあったんだよな。
梓の悩みが何なのか分からなくても、
おまえみたいな方法で支えてやる事だってできたんだ。
新しい思い出で、悩みを一緒に抱えてやる事だって……。
私はそれを思い付かなかった自分が悔しいし、それを思い付けたおまえが羨ましいよ。
だから、お相子だな。
私もおまえも、自分にできない事をしたお互いが羨ましいんだ。
悔しい事は悔しいけどさ、今はそれを嬉しく思おうぜ。
二人とも梓の事を真剣に考えて、別々の解決策を見つけられたんだからな。
それってすごい事じゃないか?」
「すごい……かな。
ううん、すごいよね。
後輩を助けてあげられる方法を先輩が別々に二つも思い付くなんて、
そんなに大切に思われてるなんて……、あずにゃんの人徳ってすごいよね!」
「そっちかよ。
……でも、確かにそうだな。
生意気だけどさ、そんなあいつが大切だから、私達も一生懸命になれたんだよな。
あいつが居なきゃ、私も私でいい部長を目指せなかったかもしれない。
その意味では梓に感謝しなきゃな」
「りっちゃんは最初から私達の素敵な部長だよ。
勿論、澪ちゃんやムギちゃんも素敵な仲間だもん。
やっぱり軽音部のメンバーは誰一人欠けちゃいけない素敵な仲間達だよね」
「あんがとさん。
おまえこそ、素敵な部員だよ、唯。
そもそもおまえが居ないと軽音部は廃部になってたわけだしな。
そういう世知辛い意味でも、私達は誰一人欠けちゃいけない仲間だ」
「それを言っちゃおしまいだよ、りっちゃん……」
笑いながら「まあな」と言って、唯に手渡された写真にまた目を下ろす。
いつ撮った写真かは思い出せないけど、若干写真の中の私達の姿が今よりも若く見えた。
大体、梓抜きで集合写真を撮る事なんて、
二年生になってからはほとんどなかったはずだから、
この写真は私達が一年生の頃に撮った写真なんだろう。
合成された梓の写真も多分梓が一年生の頃の写真に違いない。
いや、梓の写真の方は自信が無いけど。
梓ってば、中身はともかく、外見が全然変わってないからなあ……。
しかし、それより気になるのは写真の中の私の姿だ。
唯達は並んで仲睦まじそうに写ってるのに、何故だか私だけおでこしか写っていない。
いや、前に出過ぎた私が悪いのは分かってるけど、何となく納得がいかなかった。
私は腕を組み、頬を膨らませながら唯に文句を言ってみる。
こんな写真作っちゃってさ……、カッコいいじゃんかよ。
何、カッコいい事やってんだよ、唯。
ホント言うとさ、私なんか、梓の前でオロオロしてただけだったんだぜ?
梓の悩みが何か分からなくて、梓の悩みを探る事ばかり考えてた。
でも、違ったんだな。他の方法もたくさんあったんだよな。
梓の悩みが何なのか分からなくても、
おまえみたいな方法で支えてやる事だってできたんだ。
新しい思い出で、悩みを一緒に抱えてやる事だって……。
私はそれを思い付かなかった自分が悔しいし、それを思い付けたおまえが羨ましいよ。
だから、お相子だな。
私もおまえも、自分にできない事をしたお互いが羨ましいんだ。
悔しい事は悔しいけどさ、今はそれを嬉しく思おうぜ。
二人とも梓の事を真剣に考えて、別々の解決策を見つけられたんだからな。
それってすごい事じゃないか?」
「すごい……かな。
ううん、すごいよね。
後輩を助けてあげられる方法を先輩が別々に二つも思い付くなんて、
そんなに大切に思われてるなんて……、あずにゃんの人徳ってすごいよね!」
「そっちかよ。
……でも、確かにそうだな。
生意気だけどさ、そんなあいつが大切だから、私達も一生懸命になれたんだよな。
あいつが居なきゃ、私も私でいい部長を目指せなかったかもしれない。
その意味では梓に感謝しなきゃな」
「りっちゃんは最初から私達の素敵な部長だよ。
勿論、澪ちゃんやムギちゃんも素敵な仲間だもん。
やっぱり軽音部のメンバーは誰一人欠けちゃいけない素敵な仲間達だよね」
「あんがとさん。
おまえこそ、素敵な部員だよ、唯。
そもそもおまえが居ないと軽音部は廃部になってたわけだしな。
そういう世知辛い意味でも、私達は誰一人欠けちゃいけない仲間だ」
「それを言っちゃおしまいだよ、りっちゃん……」
笑いながら「まあな」と言って、唯に手渡された写真にまた目を下ろす。
いつ撮った写真かは思い出せないけど、若干写真の中の私達の姿が今よりも若く見えた。
大体、梓抜きで集合写真を撮る事なんて、
二年生になってからはほとんどなかったはずだから、
この写真は私達が一年生の頃に撮った写真なんだろう。
合成された梓の写真も多分梓が一年生の頃の写真に違いない。
いや、梓の写真の方は自信が無いけど。
梓ってば、中身はともかく、外見が全然変わってないからなあ……。
しかし、それより気になるのは写真の中の私の姿だ。
唯達は並んで仲睦まじそうに写ってるのに、何故だか私だけおでこしか写っていない。
いや、前に出過ぎた私が悪いのは分かってるけど、何となく納得がいかなかった。
私は腕を組み、頬を膨らませながら唯に文句を言ってみる。
525: にゃんこ 2011/09/05(月) 21:59:59.94 ID:x5w3qp9J0
「ところで唯ちゅわん。
どうして私だけ顔も写ってないこんな写真を選んだのかしらん?
もっと他にいい写真があったんじゃないのかしらん?」
「えー、いいじゃん。
だって、この写真が一番私達らしいって思ったんだもん。
りっちゃんだって、一番りっちゃんらしく写ってるよ?」
「私らしい……か?」
「うん!」
自信満々に唯が頷く。
その様子を見る限り、少なくとも冗談でこの写真を選んだわけじゃなさそうだ。
「りっちゃんらしい」って、そう言われちゃ私の方としても何も言えなくなる。
恥ずかしながら、確かに私らしいとは自分で思わなくもないし……。
仕方が無い。
唯だって真剣にこの写真を選んだんだろう。
納得はいかんが、これが私達らしい姿だってんなら、私もそれをそのまま受け入れよう。
でも、まだ納得できない……と言うより、もう一つだけ分からない疑問が残っていた。
「それで、唯?
何でこの写真は私達が一年生の頃の写真なんだ?
梓の写真はいいとして、私達が一年の頃の写真じゃなくても他に色々あっただろ?」
「分かってないね、りっちゃん。
これはね、私達とあずにゃんが違う学年で産まれて来ちゃって、
学校で同じ行事を過ごす事はできなかったし、私達が先に卒業もしちゃうけど……。
だけど、学年は違っても、
この写真みたいに心は一緒に居る事ができるからって、
いつまでも仲間だからって、そういう意味を込めて作った写真なんだよ」
「おー、すげー……」
「……って、憂が言ってました!」
「私の言ったすげーを返せ!」
声を張り上げながら、私は妙に納得もしていた。
考えてみれば、憂ちゃんも梓と同じく後に残される立場だ。
妹だから当たり前だけど、憂ちゃんは梓以上に何回も唯に取り残されてきたんだ。
その寂しさを知ってる憂ちゃんだからこそ、
梓の事を心配できたし、梓が一番喜ぶだろう写真の選択もできたんだろうな。
まったく……、梓の奴が何だか羨ましいな。
憂ちゃんにも純ちゃんにも心配されて、
軽音部の皆から気に掛けられて……、それだけ誰からも大切にされてるって事なんだろうな。
私は少しだけ苦笑して、手に持っていた写真を唯に返す。
「さ、そろそろ本当に帰ろうぜ。
その写真、早く梓に渡してやれ。きっと喜ぶぞ。
憂ちゃんが言ってた云々は……、まあ、おまえが言いたければ言えばいいんじゃないか。
色々と台無しな気もするが、それはそれで唯らしいしな」
どうして私だけ顔も写ってないこんな写真を選んだのかしらん?
もっと他にいい写真があったんじゃないのかしらん?」
「えー、いいじゃん。
だって、この写真が一番私達らしいって思ったんだもん。
りっちゃんだって、一番りっちゃんらしく写ってるよ?」
「私らしい……か?」
「うん!」
自信満々に唯が頷く。
その様子を見る限り、少なくとも冗談でこの写真を選んだわけじゃなさそうだ。
「りっちゃんらしい」って、そう言われちゃ私の方としても何も言えなくなる。
恥ずかしながら、確かに私らしいとは自分で思わなくもないし……。
仕方が無い。
唯だって真剣にこの写真を選んだんだろう。
納得はいかんが、これが私達らしい姿だってんなら、私もそれをそのまま受け入れよう。
でも、まだ納得できない……と言うより、もう一つだけ分からない疑問が残っていた。
「それで、唯?
何でこの写真は私達が一年生の頃の写真なんだ?
梓の写真はいいとして、私達が一年の頃の写真じゃなくても他に色々あっただろ?」
「分かってないね、りっちゃん。
これはね、私達とあずにゃんが違う学年で産まれて来ちゃって、
学校で同じ行事を過ごす事はできなかったし、私達が先に卒業もしちゃうけど……。
だけど、学年は違っても、
この写真みたいに心は一緒に居る事ができるからって、
いつまでも仲間だからって、そういう意味を込めて作った写真なんだよ」
「おー、すげー……」
「……って、憂が言ってました!」
「私の言ったすげーを返せ!」
声を張り上げながら、私は妙に納得もしていた。
考えてみれば、憂ちゃんも梓と同じく後に残される立場だ。
妹だから当たり前だけど、憂ちゃんは梓以上に何回も唯に取り残されてきたんだ。
その寂しさを知ってる憂ちゃんだからこそ、
梓の事を心配できたし、梓が一番喜ぶだろう写真の選択もできたんだろうな。
まったく……、梓の奴が何だか羨ましいな。
憂ちゃんにも純ちゃんにも心配されて、
軽音部の皆から気に掛けられて……、それだけ誰からも大切にされてるって事なんだろうな。
私は少しだけ苦笑して、手に持っていた写真を唯に返す。
「さ、そろそろ本当に帰ろうぜ。
その写真、早く梓に渡してやれ。きっと喜ぶぞ。
憂ちゃんが言ってた云々は……、まあ、おまえが言いたければ言えばいいんじゃないか。
色々と台無しな気もするが、それはそれで唯らしいしな」
526: にゃんこ 2011/09/05(月) 22:00:29.42 ID:x5w3qp9J0
言ってから、私は和の席から立ち上がろうとして……、
急に唯に制服の袖を引かれた。
何かと思って目をやると、
「ほい」と言いながら唯が写真を私にまた渡そうとしていた。
「何だよ、私にその写真を梓に渡させる気か?
そんなの駄目だよ。
おまえ自身が梓に手渡す事に意味があるんだからさ」
諭すみたいに私が言うと、急に真剣な表情になった唯が頭を横に振った。
その唯の表情はこれまでのどの表情よりも寂しそうに見えた。
「違うよ、りっちゃん。
あずにゃんに渡す写真はちゃんとあるから大丈夫。
憂がパソコンで何枚も作ってくれたから、あずにゃんにはそっちを渡すよ。
だからね、その写真はね……、りっちゃんのなんだよ?」
「私……の……?」
「りっちゃんも私達の仲間でしょ?
それとも……、私達といつまでも仲間で居たくない?
高校生活が終わったら……、
ううん、おしまいの日が来たら、私達の仲間関係はおしまいになっちゃうの?」
「そんな事……、あるわけないだろ……?
私達はいつまでも仲間だよ、唯……」
「……だよね?
だから、私はりっちゃんにもこの写真を持ってて欲しいんだ。
実はね、この写真、あずにゃんのためだけじゃなくて、
りっちゃんにも渡したくて作ったんだよ?」
予想外の唯の言葉に、私は何も言えなくなる。
これまで考えてもなかった展開に、自分の胸の音が大きくなっていくのを感じる。
唯は寂しそうに微笑んだまま、続ける。
「りっちゃんさ……、最近、すっごく悩んでたでしょ?
あずにゃんの事もだけど、他にも多分色んな事で……。
分かるよ。最近のりっちゃん、すごく辛そうだったもん。
勿論、あずにゃんの事は心配だったけど、私はりっちゃんの事も心配だったんだ。
あずにゃんと同じくらい、りっちゃんの事も大切だから……」
急に唯に制服の袖を引かれた。
何かと思って目をやると、
「ほい」と言いながら唯が写真を私にまた渡そうとしていた。
「何だよ、私にその写真を梓に渡させる気か?
そんなの駄目だよ。
おまえ自身が梓に手渡す事に意味があるんだからさ」
諭すみたいに私が言うと、急に真剣な表情になった唯が頭を横に振った。
その唯の表情はこれまでのどの表情よりも寂しそうに見えた。
「違うよ、りっちゃん。
あずにゃんに渡す写真はちゃんとあるから大丈夫。
憂がパソコンで何枚も作ってくれたから、あずにゃんにはそっちを渡すよ。
だからね、その写真はね……、りっちゃんのなんだよ?」
「私……の……?」
「りっちゃんも私達の仲間でしょ?
それとも……、私達といつまでも仲間で居たくない?
高校生活が終わったら……、
ううん、おしまいの日が来たら、私達の仲間関係はおしまいになっちゃうの?」
「そんな事……、あるわけないだろ……?
私達はいつまでも仲間だよ、唯……」
「……だよね?
だから、私はりっちゃんにもこの写真を持ってて欲しいんだ。
実はね、この写真、あずにゃんのためだけじゃなくて、
りっちゃんにも渡したくて作ったんだよ?」
予想外の唯の言葉に、私は何も言えなくなる。
これまで考えてもなかった展開に、自分の胸の音が大きくなっていくのを感じる。
唯は寂しそうに微笑んだまま、続ける。
「りっちゃんさ……、最近、すっごく悩んでたでしょ?
あずにゃんの事もだけど、他にも多分色んな事で……。
分かるよ。最近のりっちゃん、すごく辛そうだったもん。
勿論、あずにゃんの事は心配だったけど、私はりっちゃんの事も心配だったんだ。
あずにゃんと同じくらい、りっちゃんの事も大切だから……」
527: にゃんこ 2011/09/05(月) 22:01:00.50 ID:x5w3qp9J0
別に嫌われてると思ってたわけじゃないけど、唯の発言は衝撃的だった。
唯は一緒に居ると楽しくて、すごく大切な友達だけど、
そんな風に考えていてくれるなんて思ってなかった。
私の事をそんなに見てくれてるなんて、考えてなかった。
考えるのが恐かった。
だって、そうだろ?
仲がいいと思ってる友達の中での自分の位置がどれくらいかなんて、恐くてとても考えられない。
だから、私はその辺について深く考えないようにしてた。
梓の件でだって、例え梓に嫌われてても、自分が梓を大切に思ってればそれでいいんだと思ってた。
私が誰かの大切な存在になれるだなんて、そう思うのは自意識過剰な気がしてできなかった。
でも、唯は私の事を、私が思う以上に見てくれていた。
私の事を大切だと言ってくれた。
それだけの事で、胸の高鳴りが止まらない。
言葉に詰まる。
泣いてしまいそうだ。
そうして何も言わない私を不安に思ったのか、唯が自信なさげに呟く。
「私、軽音部の部長でいてくれたりっちゃんにすごく感謝してるんだ。
りっちゃんが居なきゃ音楽を始める事なんてなかったと思うし、
澪ちゃんや、ムギちゃん、あずにゃんやギー太とだって会えてなかったと思う。
私の高校生活、本当に楽しかったのはりっちゃんのおかげなんだ。
だからね、私はりっちゃんの事が大好きだよ。
大好きだから心配で……、とっても心配で……。
でも、今日久し振りに元気そうなりっちゃんを見られて、すごく嬉しかった。
りっちゃんは……、どう?
私にこんな風に思われて、迷惑じゃない?」
迷惑なわけがない。
でも、口を開けば泣いてしまいそうで、言葉にできない。
写真を受け取ってから私は和の席にまた座り込んで、
今にも涙が流れそうになりながらも、それでも唯の瞳だけはまっすぐに見つめる。
これだけで唯に伝わるだろうか?
泣いてしまいそうなほど嬉しい私の想いを伝える事はできただろうか?
誰からも大切に思われてないって思ってたわけじゃない。
それほど悲観的な考え方はしてないつもりだ。
でも、暴走しがちで皆に迷惑ばかりかけてる私が、こんな私が大切に思われてるなんて……。
それが、こんなにも、嬉しい。
それを気付かせてくれたのは唯だ。
唯は単純で、正直で、普通なら照れて言い出せない事でも平然と言い放つ子で……。
そんなまっすぐに感情や想いを表現してくれる子だから、唯の言葉には何の嘘も無い事が分かる。
唯以外の皆も私の事を考えてくれてるって気付ける。
私達はいつまでも仲間なんだって、確信できる。
「迷惑じゃ……ない。あり……」
やっぱり言葉にならない。
自分の想いを言葉にして伝えられない。
でも……。
唯は嬉しそうにいつもの笑顔を浮かべて、私の右手を両手で包んでくれた。
唯は一緒に居ると楽しくて、すごく大切な友達だけど、
そんな風に考えていてくれるなんて思ってなかった。
私の事をそんなに見てくれてるなんて、考えてなかった。
考えるのが恐かった。
だって、そうだろ?
仲がいいと思ってる友達の中での自分の位置がどれくらいかなんて、恐くてとても考えられない。
だから、私はその辺について深く考えないようにしてた。
梓の件でだって、例え梓に嫌われてても、自分が梓を大切に思ってればそれでいいんだと思ってた。
私が誰かの大切な存在になれるだなんて、そう思うのは自意識過剰な気がしてできなかった。
でも、唯は私の事を、私が思う以上に見てくれていた。
私の事を大切だと言ってくれた。
それだけの事で、胸の高鳴りが止まらない。
言葉に詰まる。
泣いてしまいそうだ。
そうして何も言わない私を不安に思ったのか、唯が自信なさげに呟く。
「私、軽音部の部長でいてくれたりっちゃんにすごく感謝してるんだ。
りっちゃんが居なきゃ音楽を始める事なんてなかったと思うし、
澪ちゃんや、ムギちゃん、あずにゃんやギー太とだって会えてなかったと思う。
私の高校生活、本当に楽しかったのはりっちゃんのおかげなんだ。
だからね、私はりっちゃんの事が大好きだよ。
大好きだから心配で……、とっても心配で……。
でも、今日久し振りに元気そうなりっちゃんを見られて、すごく嬉しかった。
りっちゃんは……、どう?
私にこんな風に思われて、迷惑じゃない?」
迷惑なわけがない。
でも、口を開けば泣いてしまいそうで、言葉にできない。
写真を受け取ってから私は和の席にまた座り込んで、
今にも涙が流れそうになりながらも、それでも唯の瞳だけはまっすぐに見つめる。
これだけで唯に伝わるだろうか?
泣いてしまいそうなほど嬉しい私の想いを伝える事はできただろうか?
誰からも大切に思われてないって思ってたわけじゃない。
それほど悲観的な考え方はしてないつもりだ。
でも、暴走しがちで皆に迷惑ばかりかけてる私が、こんな私が大切に思われてるなんて……。
それが、こんなにも、嬉しい。
それを気付かせてくれたのは唯だ。
唯は単純で、正直で、普通なら照れて言い出せない事でも平然と言い放つ子で……。
そんなまっすぐに感情や想いを表現してくれる子だから、唯の言葉には何の嘘も無い事が分かる。
唯以外の皆も私の事を考えてくれてるって気付ける。
私達はいつまでも仲間なんだって、確信できる。
「迷惑じゃ……ない。あり……」
やっぱり言葉にならない。
自分の想いを言葉にして伝えられない。
でも……。
唯は嬉しそうにいつもの笑顔を浮かべて、私の右手を両手で包んでくれた。
530: にゃんこ 2011/09/07(水) 21:27:19.45 ID:tJM7Uq2s0
○
唯には先に部室に行ってもらって、私は少しだけ教室に残る事にした。
胸が詰まって、皆の前には顔を出せそうになかったからだ。
まだ泣いてるわけじゃないけど、ちょっとした事で大声で泣き出してしまいそうだ。
それは悲しみの涙じゃないけれど、皆の前で見せるのはちょっと恥ずかしかった。
ネタや悲しい涙ならともかく、
嬉しさから出る涙はあんまり人前で見せたいもんじゃないからな。
今頃、唯は謝る梓を笑って許して、いつもと変わらず梓に抱き付いてる事だろう。
いや、いつもとは言ってみたけど、そういえばこの一週間、唯は梓に抱き付いてない気がする。
梓が悩む姿を見せるようになってから、多分、一度も抱き付いてないはずだ。
自由に見える唯だって、空気が読めないわけじゃない。
梓が笑顔を取り戻せるようになってからじゃないと抱き付けなかったんだろう。
だから、唯は今、笑顔を取り戻した梓に存分に抱き付き、強く抱き締めてるに違いない。
これまで抱き付けなかった分、そりゃもう強く、強く……。
梓もそんな唯の姿に安心して、私と同じように嬉しさの涙を流しそうになってるかもな。
もしかしたら、唯だけじゃなく、ムギも梓に抱き付いてるかもしれない。
ムギだって梓の事を心配してたんだし、ムギが梓に抱き付いちゃいけないなんて決まりも無い。
唯が嬉しそうに梓に抱き付いてるのを見ると、私だってたまに梓に抱き付きたくなるもんな。
三人はそうして、今まで心を通わせられなかった時間を取り戻してるはずだ。
世界の終わりを間近にして、それでもギリギリでいつもの自分達を取り戻す事ができるはずだ。
できれば私もその場に居たかったけど、そういうわけにもいかなかった。
それは三人に涙をあんまり見せたくないからでもあったけど、
それ以上に私には最後に伝えなきゃいけない答えがまだあったからだ。
梓の悩みをきっかけに、私達放課後ティータイムは深く自分達の事について考えられた。
長い時間が掛かったけど、皆がそれぞれの答えを出して、
それぞれが世界の終わりに向き合って、どう生きていくか決める事ができた。
変な話だけど、梓が悩んでくれた事で、私達はまた強く一つになれたんだと思う。
だから、私がこれから伝えなきゃいけないのは、単なる個人的な問題の答えだ。
別にその答えがどんなものでも、私達が放課後ティータイムである事は変わらない。
必ず伝える必要がある答えでもない。
答えを伝えなくても、曖昧なままでも、私だけじゃなく、
あいつだって最後まで笑顔のまま、放課後ティータイムの一員でいられるはずだ。
曖昧なままで終わらせてもいい私達の最後の個人的な問題。
それはそれで一つの選択肢だけど、私はそれをしたくはなかった。
馬鹿みたいな答えしか出せてないけど、私はあいつにそれを伝えたい。
それが、私と私達が、最後まで私と私達でいられるって事だから。
だからこそ、私は教室に残ったんだ。
二人の関係にとりあえずでも、結論を出してみせるために。
予感があった。
いや、予感と言うより、経験則って言った方が正しいかもしれない。
経験則ってのは、経験から導き出せるようになった法則って意味でよかったはずだ。
その意味で合ってるとして、私はその経験則から教室に残った。
あいつは登校した後、間違いなく最初にここに来る。
部室に顔を出すより先に、私と二人きりで会おうとする。
皆の前で笑顔でいられるために、最初に私と話をしておきたいって考える。
それで何処に私を呼びだそうか考えるために、とりあえず教室に足を踏み入れるはずだ。
……って私が考えるだろう事を、あいつは分かってる。
分かってるから、今、あいつは自分を待つ私に会いに教室に向かっている。
そうして教室に向かって来るあいつを、私は待つ。
そんな風に私達はお互いが何を考えているか分かってしまっている。痛いくらいに。
だから、待つ。
心を静め、高鳴る胸を抑えて、自分の席に座ってその時をじっと待つ。
多分、その時はもうすぐそこにまで迫ってる。
それから数分も経たないうちに。
耳が憶えてるあいつの足音が近付いて、
教室の扉が開いて、
少し震えた声が、
教室に響いた。
「……おはよう、律」
ほら……、な。
私は立ち上がり、声の方向に視線を向ける。
震えそうになる自分の声を抑えながら、言った。
「よっ、澪。
……久しぶり」
531: にゃんこ 2011/09/07(水) 21:27:48.16 ID:tJM7Uq2s0
○
会わなかったのは一日だけだったけれど、澪と会うのはすごく久しぶりな感じがした。
たった、一日。だけど、一日。
特に世界の終わりが近くなった一日を澪と離れて過ごすなんて、
思い出してみると気が遠くなるくらい長い時間だった。
片時も澪の事を忘れなかったと言ったら流石に嘘になるけど、
それでも、心の片隅にずっと澪が居たのは確かだし、
誰かと話してる時にもまず最初に考えてしまうのは澪の反応だった。
私がこうしたら澪はどう反応するんだろう。
私がこの言葉を言ったら澪はどんな話をし始めるんだろう。
そんな風に、何をする時でもそこには居ない澪の反応が気になってた。
そうだな。そう考えると、澪が居たのは私の心の片隅じゃない。
澪は私の心の真ん中をずっと占領していたんだ。
だから、一日会わなかっただけで、澪の存在がこんなにも懐かしいんだ。
「よっ、律……」
言いながら、澪はまず自分の席に近付いて行く。
私の「久しぶり」という挨拶については、何も突っ込まなかった。
澪も私と同じように考えているんだろう。
こう考えるのは自信過剰かもしれないけど、
多分、澪も自分が何かをしようとする時には、私の反応を気にしてくれてるはずだ。
去年の初詣だったか、私が電話を掛けると急に澪に怒られた事がある。
「今年は絶対騙されないからな」と、意味も分からず私は澪に怒られた。
澪が言ってるのがそれより更に一年前の初詣の事だと気付いたのは、結構後にムギに指摘されてからだ。
そういえば一昨年の初詣の時、
私は澪に晴れ着を着てくるのか聞いて、澪にだけ晴れ着を着させた事があった。
晴れ着を着るかと私が聞けば、真面目な澪は皆が晴れ着を着るって勘違いすると思ったんだ。
私の狙い通り、澪は一人だけ晴れ着を着て来て、恥ずかしそうにしていた。
からかうつもりがあったのは否定しないけど、
そんな事をした本当の理由は澪の晴れ着が見てみたかったからだ。
勿論、そんな事を口に出す事は、これからも一生ないだろうけど。
例え澪と恋人同士になったとしても、な。
とにかく、去年の初詣の時、澪はそういう理由で私を怒ったみたいだった。
そんな事気にせずに好きな服を着ればいいのに、澪はどうしても私の反応が気になるらしい。
「澪ちゃんはいつもりっちゃんの事を気にしてるんだよ」って、
去年の初詣前の事情を話した時にムギが妙に嬉しそうに言っていた。
何もそこまで、とその時は思わなくもなかったけど、
今になって考えてみると、私も人の事を言えた義理じゃない。
小さな事から大きな事まで、私の行動指針の中央には確かに澪が居る。
和と澪が仲良くしてるのが何となく悔しくて、
澪に嫌われたかもって考えた時には、恥ずかしながら体調を崩しちゃったくらいだしな。
いや、本当に今思い出すと恥ずかしいけどさ。
どんな時でも、そんな感じで私達はお互いの事を意識し合ってる。
それくらい私達はお互いの存在をいつも感じてる。
いつからこうなったんだろう……。
嫌なわけじゃないけど、何となくそう思う。
最初は特別仲良しだったわけじゃない。
元々は正反対な性格だったし、澪の方も最初は私を苦手に思ってた感じだった。
それなのに少しずつ二人の距離は近付いていって、
一日会わなかっただけでお互いの存在が懐かしくなるくらい身近になった。
禁忌ってほどじゃないけど、女同士で恋愛関係にさえなりそうになるくらいに。
そんな中で私に出せた答えは……。
535: にゃんこ 2011/09/12(月) 21:24:05.48 ID:ouRyDjbN0
「梓の悩み、分かったんだな……」
自分の席に荷物を置きながら、小さく澪が呟いた。
その言葉からはまだ澪の真意や心の動きは掴めない。
「まあな。梓、おまえにも謝りたがってたよ。
後で会いに行ってやれよ」
「ああ……。
でも、まさかキーホルダーを失くした事で、
梓があんなに悩んでくれてたなんて思いもしなかったよ。
そんな小さな事であんなに……」
「小さな事に見えても、梓の中ではすごく大きな事だったんだ。
それに、人の事は言えないだろ?
私達も……さ」
「小さな悩み……か。
うん……、そうかも、しれない。
生きるか死ぬかって状況の時なのにさ、私は何を悩んでるんだろうな……」
少しだけ、澪が辛そうな表情をする。
ちっぽけな悩みやちっぽけな自分を実感してしまったのかもしれない。
死を目前にすると、悩みなんて何処までも小さい物でしかない。
勿論、私自身も含めて、だ。
私も『終末宣言』後、小さな事で心を痛め、死の恐怖に怯え、
声にならない叫びを上げそうになりながら、無力な自分に気付く。
その繰り返しを何度も続けるだけだった。
世界の終わりを間近にした人間がやる事なんて、何もかもがちっぽけなんだろう。
これから私がやろうとしている最後のライブだって……。
私は自分の席から立ち上がって、まだ立ったままの澪に近付いていく。
澪は動かず、近付く私をただ見つめている。
澪の前の……、いちごの席くらいにまで近付いてから、私はまた口を開いた。
「小さな悩みだよ、私達の悩みも。
すっげーちっぽけな悩みだ。
世界の終わりが近いのに、私達二人の関係なんかを悩んでる。
小さいよな、私達は……」
私の言葉に澪は何も返さない。
視線を落とし、唇を噛み締めている。
無力で弱い自分を身に染みて感じてるみたいに見える。
昔から、澪は弱い子だった。
恥ずかしがり屋で、臆病で、弱々しくて、
私より背が高くなった今でも何処までも女の子で……。
そんな風に、弱くて、儚い。
私の、
幼馴染み。
私はそんな弱くて儚い澪を、何も言わず見据える。
ちっぽけな私達を、もうすぐ終わる残酷な世界の空気が包む。
心が折れそうになるくらい、辛い沈黙。
言葉を失う私達……。
だけど。
不意に視線を落としていた澪が、顔を上げた。
強い視線で、私を見つめた。
辛そうにしながらも、言葉を紡ぎ出してくれた。
「でも……、でもさ……、律……。
小さい悩みだけど、その悩みは私にはすごく大きい悩みなんだ……。
終末の前だけど……、そんな事関係なくて、
ううん、終末なんかより私には大きい悩みでさ……。
馬鹿みたいだけど、それが私が私なんだって事で……。
上手く言えないけど……、上手く言えないんだけど……」
言葉がまとまってない。
言ってる事が無茶苦茶だ。
多分、澪自身も自分が何を言いたいのか分かってないんだろう。
でも、馬鹿みたいだと思いながらも、澪は自分の悩みを大きい物だと言った。
それくらい大きな……、大切な悩みなんだって、自分の口から言葉にして出してくれたんだ。
自分の席に荷物を置きながら、小さく澪が呟いた。
その言葉からはまだ澪の真意や心の動きは掴めない。
「まあな。梓、おまえにも謝りたがってたよ。
後で会いに行ってやれよ」
「ああ……。
でも、まさかキーホルダーを失くした事で、
梓があんなに悩んでくれてたなんて思いもしなかったよ。
そんな小さな事であんなに……」
「小さな事に見えても、梓の中ではすごく大きな事だったんだ。
それに、人の事は言えないだろ?
私達も……さ」
「小さな悩み……か。
うん……、そうかも、しれない。
生きるか死ぬかって状況の時なのにさ、私は何を悩んでるんだろうな……」
少しだけ、澪が辛そうな表情をする。
ちっぽけな悩みやちっぽけな自分を実感してしまったのかもしれない。
死を目前にすると、悩みなんて何処までも小さい物でしかない。
勿論、私自身も含めて、だ。
私も『終末宣言』後、小さな事で心を痛め、死の恐怖に怯え、
声にならない叫びを上げそうになりながら、無力な自分に気付く。
その繰り返しを何度も続けるだけだった。
世界の終わりを間近にした人間がやる事なんて、何もかもがちっぽけなんだろう。
これから私がやろうとしている最後のライブだって……。
私は自分の席から立ち上がって、まだ立ったままの澪に近付いていく。
澪は動かず、近付く私をただ見つめている。
澪の前の……、いちごの席くらいにまで近付いてから、私はまた口を開いた。
「小さな悩みだよ、私達の悩みも。
すっげーちっぽけな悩みだ。
世界の終わりが近いのに、私達二人の関係なんかを悩んでる。
小さいよな、私達は……」
私の言葉に澪は何も返さない。
視線を落とし、唇を噛み締めている。
無力で弱い自分を身に染みて感じてるみたいに見える。
昔から、澪は弱い子だった。
恥ずかしがり屋で、臆病で、弱々しくて、
私より背が高くなった今でも何処までも女の子で……。
そんな風に、弱くて、儚い。
私の、
幼馴染み。
私はそんな弱くて儚い澪を、何も言わず見据える。
ちっぽけな私達を、もうすぐ終わる残酷な世界の空気が包む。
心が折れそうになるくらい、辛い沈黙。
言葉を失う私達……。
だけど。
不意に視線を落としていた澪が、顔を上げた。
強い視線で、私を見つめた。
辛そうにしながらも、言葉を紡ぎ出してくれた。
「でも……、でもさ……、律……。
小さい悩みだけど、その悩みは私にはすごく大きい悩みなんだ……。
終末の前だけど……、そんな事関係なくて、
ううん、終末なんかより私には大きい悩みでさ……。
馬鹿みたいだけど、それが私が私なんだって事で……。
上手く言えないけど……、上手く言えないんだけど……」
言葉がまとまってない。
言ってる事が無茶苦茶だ。
多分、澪自身も自分が何を言いたいのか分かってないんだろう。
でも、馬鹿みたいだと思いながらも、澪は自分の悩みを大きい物だと言った。
それくらい大きな……、大切な悩みなんだって、自分の口から言葉にして出してくれたんだ。
536: にゃんこ 2011/09/12(月) 21:25:00.92 ID:ouRyDjbN0
「そうだよな……。馬鹿みたいだよな……」
私は囁くみたいに言った。
でも、それは辛いからじゃなくて、全てを諦めてるからでもない。
上手くなくても、自分の想いを澪が口にしてくれたのが嬉しかったからだ。
私は沈黙を破り、澪に伝えたかった言葉をまっすぐにぶつける。
「馬鹿みたいだし、何もかも小さい悩みなんだって事は分かってる。
私なんて物凄くちっぽけな存在で、
多分、居ても居なくてもこの世界には何の関係も無いんだろうな、とも思うよ。
私はそれくらい小さくて、そんな小さい私の悩みなんてどれくらい小さいんだって話だよな。
でもさ……、やっぱりそれが私でさ。
小さくて、世界の終わりの前に何もできなくても、私は生きてるんだ。
誰にとっても小さくても、私だけは私の悩みを小さい悩みなんて思いたくない。
大きくて大切な悩みなんだって思って、抱え続けたいんだ。
勿論、澪の悩みもな」
澪は何も言わなかった。
これまでみたいに、言葉を失ってるわけじゃない。
多分、私の真意が分かって、少し呆れてもいるんだろう。
しばらくして、澪はいつも見せる苦笑を浮かべながら呟いた。
「……試したのか、律?」
「別に試したわけじゃないぞ。
澪の気持ちを澪の口から聞きたかったんだ。
澪ってば、自分の気持ちを中々口にして出さないからさ。
その辺の本当の気持ちを聞いときたかった。
ごめんなー、澪ちゅわん」
「何だよ、その口調は……。
私は律が思うほど、自分の気持ちを隠してるわけじゃないんだぞ。
律は昨日、私が律の事を思って、
ずっと泣いてたって思ってるかもしれないけど、お生憎様、そんな事は無いぞ。
そりゃ律の事は考えてはいたけどさ、でも、それだけじゃないぞ。
ちゃんと新曲の歌詞を考えたりもしてたんだ。
おかげで律が感動して泣き出しちゃうくらいいい歌詞が書けたんだからな。
後で見せてやるから、覚悟しとけよな」
多少の強がりはあるんだろうけど、澪のその言葉は力強くて心強かった。
昔から、澪は弱い子だった。
でも、それは昔の話だ。
今もそんなに強い方じゃないけど、弱さばかり目立ってた昔とは全然違う。
澪は強くなったと思う。高校生になってからは特にだ。
それは私のおかげ、と言いたいところだけど、私のおかげだけじゃないだろうな。
唯やムギ、和や梓……、
色んな仲間達との出会いのおかげで、澪は私が驚くくらい強くなった。
そうでなきゃ、私と恋人同士になりたいなんて言い出さなかっただろうしな……。
昔の澪なら、仮にそう思ったとしても、
言い出せずにずっと胸にしまい込んでるだけだっただろう。
強くなったんだな、本当に……。
私はそれが少し寂しいけれど、素直に嬉しくもある。
「私の事を一日中考えてたわけじゃなかったのは残念だが、その意気やよし。
それにさ、小さな悩みだって分かってても、
それが世界の終わりより大きな悩みだって言えるなんてロックだぜ、澪。
世界に対するいい反骨心だ。
それでこそ我等がロックバンド、放課後ティータイムの一員と言えよう。
褒めてつかわすぞよ」
「……なあ、律。
今更、こんな事を聞くのは、おかしいかもしれないんだけど……」
「どした?」
「放課後ティータイムってロックバンドだったのか?」
本当に今更だな!
と突っ込もうとしたけど、私の中のもう一人の私が妙に冷静に分析していた。
実を言うと、前々からそう考えてなくもなかったんだ……。
軽音部で私がやりたいのはロックバンドだったし、
甘々でメルヘンながらも放課後ティータイムは一応はロックバンドだと思おうとしてた。
しかし、よくよく考えてみると、やっぱりロックバンドじゃない気がどんどん湧いて来る。
そういえば、今日の放送で紀美さんが言っていた。
ロックってのは、曲の激しさじゃなくて、歌詞や心根が反骨的かどうかなんだって。
私は囁くみたいに言った。
でも、それは辛いからじゃなくて、全てを諦めてるからでもない。
上手くなくても、自分の想いを澪が口にしてくれたのが嬉しかったからだ。
私は沈黙を破り、澪に伝えたかった言葉をまっすぐにぶつける。
「馬鹿みたいだし、何もかも小さい悩みなんだって事は分かってる。
私なんて物凄くちっぽけな存在で、
多分、居ても居なくてもこの世界には何の関係も無いんだろうな、とも思うよ。
私はそれくらい小さくて、そんな小さい私の悩みなんてどれくらい小さいんだって話だよな。
でもさ……、やっぱりそれが私でさ。
小さくて、世界の終わりの前に何もできなくても、私は生きてるんだ。
誰にとっても小さくても、私だけは私の悩みを小さい悩みなんて思いたくない。
大きくて大切な悩みなんだって思って、抱え続けたいんだ。
勿論、澪の悩みもな」
澪は何も言わなかった。
これまでみたいに、言葉を失ってるわけじゃない。
多分、私の真意が分かって、少し呆れてもいるんだろう。
しばらくして、澪はいつも見せる苦笑を浮かべながら呟いた。
「……試したのか、律?」
「別に試したわけじゃないぞ。
澪の気持ちを澪の口から聞きたかったんだ。
澪ってば、自分の気持ちを中々口にして出さないからさ。
その辺の本当の気持ちを聞いときたかった。
ごめんなー、澪ちゅわん」
「何だよ、その口調は……。
私は律が思うほど、自分の気持ちを隠してるわけじゃないんだぞ。
律は昨日、私が律の事を思って、
ずっと泣いてたって思ってるかもしれないけど、お生憎様、そんな事は無いぞ。
そりゃ律の事は考えてはいたけどさ、でも、それだけじゃないぞ。
ちゃんと新曲の歌詞を考えたりもしてたんだ。
おかげで律が感動して泣き出しちゃうくらいいい歌詞が書けたんだからな。
後で見せてやるから、覚悟しとけよな」
多少の強がりはあるんだろうけど、澪のその言葉は力強くて心強かった。
昔から、澪は弱い子だった。
でも、それは昔の話だ。
今もそんなに強い方じゃないけど、弱さばかり目立ってた昔とは全然違う。
澪は強くなったと思う。高校生になってからは特にだ。
それは私のおかげ、と言いたいところだけど、私のおかげだけじゃないだろうな。
唯やムギ、和や梓……、
色んな仲間達との出会いのおかげで、澪は私が驚くくらい強くなった。
そうでなきゃ、私と恋人同士になりたいなんて言い出さなかっただろうしな……。
昔の澪なら、仮にそう思ったとしても、
言い出せずにずっと胸にしまい込んでるだけだっただろう。
強くなったんだな、本当に……。
私はそれが少し寂しいけれど、素直に嬉しくもある。
「私の事を一日中考えてたわけじゃなかったのは残念だが、その意気やよし。
それにさ、小さな悩みだって分かってても、
それが世界の終わりより大きな悩みだって言えるなんてロックだぜ、澪。
世界に対するいい反骨心だ。
それでこそ我等がロックバンド、放課後ティータイムの一員と言えよう。
褒めてつかわすぞよ」
「……なあ、律。
今更、こんな事を聞くのは、おかしいかもしれないんだけど……」
「どした?」
「放課後ティータイムってロックバンドだったのか?」
本当に今更だな!
と突っ込もうとしたけど、私の中のもう一人の私が妙に冷静に分析していた。
実を言うと、前々からそう考えてなくもなかったんだ……。
軽音部で私がやりたいのはロックバンドだったし、
甘々でメルヘンながらも放課後ティータイムは一応はロックバンドだと思おうとしてた。
しかし、よくよく考えてみると、やっぱりロックバンドじゃない気がどんどん湧いて来る。
そういえば、今日の放送で紀美さんが言っていた。
ロックってのは、曲の激しさじゃなくて、歌詞や心根が反骨的かどうかなんだって。
537: にゃんこ 2011/09/12(月) 21:26:10.27 ID:ouRyDjbN0
……やっべー。
放課後ティータイムの曲の中で、反骨的な歌詞の曲が一曲も無い気がする……。
いや、そんな事は無いはずだ。
いくらなんでも、一曲くらいはあってもいいはず。
えっと……、ふでペンだろ?
それとふわふわ、カレー、ホッチキス……。
ハニースイート、冬の日、五月雨にいちごパフェにぴゅあぴゅあ……。
あとはときめきシュガーとごはんはおかず、U&Iなわけだが……。
あー……。
見事なまでに反骨的な歌詞が無いな……。
作詞の大体を澪に任せたせいってわけじゃない。
ムギの作曲と唯の歌詞のせいでもある。
考えてみれば、放課後ティータイムの中で辛うじてロックっぽいのが私と梓しか居ない。
しかも、その二人が揃いも揃って、作詞も作曲もしてないわけだから、
そりゃ何処をどうやってもロックっぽい歌詞が出てくるわけが無いよな……。
そう考えると放課後ティータイムは、
ガールズバンドではあってもロックバンドとはとても言えんな……。
私は溜息を吐いて、澪の肩を軽く叩いた。
頬を歪めながら、苦手なウインクを澪にしてみせる。
「何を言ってるんだ、澪?
放課後ティータイムはロックバンドだぜ?」
「えっ……、でも……。
ほら、歌詞とか……さ。
私、ロックをイメージして作詞してないし、唯だって……」
「いや、ロックバンドなんだよ。
ロックバンドでありながら、反骨的な歌詞が無いというのが反骨的なんだ。
ロックに対するロック精神を持つロックバンド。
それが放課後ティータイムなのだよ、澪ちゃん……!」
「何、その屁理屈……」
澪が呆れ顔で呟く。
私だって、放課後ティータイムがロックバンドじゃないという事実は分かっている。
分かってはいるが、分かるわけにはいかん。
「まあ、律がそれでいいなら、それでいいけど……」
「そう。私はそれでいい。
……って事にしといてくれれば、助かる」
「それより、律?
私の方の昨日の話はしたけど、そっちは昨日はどうだったんだ?
どんな風に……、過ごしてたの?」
「気になるか?」
私が訊ねると、うん、と小さく澪が頷く。
私だって、澪が昨日過ごしたのか気になってたんだから、澪の言葉ももっともだった。
一日会わなかっただけだけど、その一日が気になって仕方ないんだよな、私達は。
ずっと傍に居た二人だから……。
私は澪の肩から手を放して、腕の前で手を組んで続けた。
「澪と別れてから、色々あったよ。
聡と二人乗りしたり、憂ちゃんと話したり、
ムギと二人でセッションしたり、梓と梓の悩みについて話したり……さ。
それに純ちゃんとムギと梓と私で、パジャマフェスティバルをしたりしたな」
「パジャマフェスティバル……?」
「いや、それはこっちの話。
まあ、とにかく色々あったよ。本当に目まぐるしいくらい、色々な事があった。
その分、ムギや梓……、純ちゃんともずっと仲良くなれたと思うけどさ」
「ムギと梓はともかく、律が鈴木さんと過ごしてたなんて意外だな……」
放課後ティータイムの曲の中で、反骨的な歌詞の曲が一曲も無い気がする……。
いや、そんな事は無いはずだ。
いくらなんでも、一曲くらいはあってもいいはず。
えっと……、ふでペンだろ?
それとふわふわ、カレー、ホッチキス……。
ハニースイート、冬の日、五月雨にいちごパフェにぴゅあぴゅあ……。
あとはときめきシュガーとごはんはおかず、U&Iなわけだが……。
あー……。
見事なまでに反骨的な歌詞が無いな……。
作詞の大体を澪に任せたせいってわけじゃない。
ムギの作曲と唯の歌詞のせいでもある。
考えてみれば、放課後ティータイムの中で辛うじてロックっぽいのが私と梓しか居ない。
しかも、その二人が揃いも揃って、作詞も作曲もしてないわけだから、
そりゃ何処をどうやってもロックっぽい歌詞が出てくるわけが無いよな……。
そう考えると放課後ティータイムは、
ガールズバンドではあってもロックバンドとはとても言えんな……。
私は溜息を吐いて、澪の肩を軽く叩いた。
頬を歪めながら、苦手なウインクを澪にしてみせる。
「何を言ってるんだ、澪?
放課後ティータイムはロックバンドだぜ?」
「えっ……、でも……。
ほら、歌詞とか……さ。
私、ロックをイメージして作詞してないし、唯だって……」
「いや、ロックバンドなんだよ。
ロックバンドでありながら、反骨的な歌詞が無いというのが反骨的なんだ。
ロックに対するロック精神を持つロックバンド。
それが放課後ティータイムなのだよ、澪ちゃん……!」
「何、その屁理屈……」
澪が呆れ顔で呟く。
私だって、放課後ティータイムがロックバンドじゃないという事実は分かっている。
分かってはいるが、分かるわけにはいかん。
「まあ、律がそれでいいなら、それでいいけど……」
「そう。私はそれでいい。
……って事にしといてくれれば、助かる」
「それより、律?
私の方の昨日の話はしたけど、そっちは昨日はどうだったんだ?
どんな風に……、過ごしてたの?」
「気になるか?」
私が訊ねると、うん、と小さく澪が頷く。
私だって、澪が昨日過ごしたのか気になってたんだから、澪の言葉ももっともだった。
一日会わなかっただけだけど、その一日が気になって仕方ないんだよな、私達は。
ずっと傍に居た二人だから……。
私は澪の肩から手を放して、腕の前で手を組んで続けた。
「澪と別れてから、色々あったよ。
聡と二人乗りしたり、憂ちゃんと話したり、
ムギと二人でセッションしたり、梓と梓の悩みについて話したり……さ。
それに純ちゃんとムギと梓と私で、パジャマフェスティバルをしたりしたな」
「パジャマフェスティバル……?」
「いや、それはこっちの話。
まあ、とにかく色々あったよ。本当に目まぐるしいくらい、色々な事があった。
その分、ムギや梓……、純ちゃんともずっと仲良くなれたと思うけどさ」
「ムギと梓はともかく、律が鈴木さんと過ごしてたなんて意外だな……」
538: にゃんこ 2011/09/12(月) 21:27:38.99 ID:ouRyDjbN0
「私だって意外だったけど、話してみると楽しい子だったよ。
梓の親友だってのも分かるくらい、いい子だったし。
澪も苦手意識持ってないで、純ちゃんと仲良くしてあげてくれよ。
金曜日にジャズ研のライブがあるみたいだから、観に行ってあげようぜ。
純ちゃん、きっと喜ぶと思うよ」
「鈴木さんか……。
律がそう言うなら、もうちょっと話してみるのもいいかもな……」
「まあ、苦手なのも分かるけどな。
澪に憧れてるのは分かるんだけど、えらく距離感が近いもんなあ。
でも、いい子だよ。
それに話してみると、純ちゃんも現実の澪の姿に幻滅して、
少しはちょうどいい距離に落ち着くかもしれないしな」
「どういう意味だよ、律……」
「言葉通りの意味だが?」
言ってから澪の拳骨に備えてみたけど、意外にも澪の拳骨は飛んで来なかった。
その代わり、少しだけ寂しそうに、澪は呟いた。
「そっか……。
律は昨日、元気だったんだな……」
私が居なくても……。
とは言わなかったけど、多分、澪はそういう意味で呟いていた。
私が私の居ない所で楽しそうにしてる澪を見るのが辛かったみたいに、
澪も澪の居ない所で私が元気に過ごしているという現実が辛かったんだろう。
何処までお互いの事を気にしてるんだろうな、私達は……。
それは依存なのかもしれなかったけど、
多分、私達はその依存のおかげで、まだ正気を失わずに世界の終わりに向き合えてる。
私は軽く微笑んでから、澪の耳元で囁く。
「うん……、元気だった。
澪が居なくても元気だったけど……、でも、物足りなかったよ。
片時も澪の事を忘れなかったって言うと嘘になるけど、
でも、楽しいと思う度に、澪が傍に居たらな、って思った。
一緒に楽しい事をしたかったよ。
梓の悩みの件でも、澪なら私の言葉をどう思うか考えながら梓と話してた。
ずっと、澪の事が気になってた。
考えてたよ。澪の言葉をさ。
私は澪とどうなりたいのかってさ」
澪はじっと私の言葉を聞いていた。
澪が次の私の言葉を待っている。
私の答えを待っているのを感じる。
もうすぐにでも、私が澪の想いに対する答えを言葉にするのを、澪は多分予感している。
私も澪に向けて、私の答えを伝えようと激しく響く心臓を抑えて口を開く。
思い出す。
澪に恋人同士になりたいって言われた時の喜びを。
きっと澪なら、私には勿体無いくらいの恋人になってくれる。
また、思い出す。
私を抱き締めた澪の柔らかさと、私が重ねようとした澪の唇を。
澪と恋人同士として、そういう関係で世界の終わりを迎えるのも悪くないって思えたのを。
澪と恋人になるのは、私達に安心と喜びを与えてくれると思う。
だから、澪と恋人同士になるのは、きっと悪くないんだ。
私は言葉を出す。
澪と私の関係をどうしたいかを、震えながらもまっすぐに伝えるために。
私の本当の気持ちを澪に伝えるために。
「私はすごく考えた。考えてた。それで、答えが出たんだ。
これから伝えるのが私の答えだよ、澪。
なあ、澪……。
私はさ……、
私はおまえと……、
恋人に……、
恋人同士には……なれないよ」
梓の親友だってのも分かるくらい、いい子だったし。
澪も苦手意識持ってないで、純ちゃんと仲良くしてあげてくれよ。
金曜日にジャズ研のライブがあるみたいだから、観に行ってあげようぜ。
純ちゃん、きっと喜ぶと思うよ」
「鈴木さんか……。
律がそう言うなら、もうちょっと話してみるのもいいかもな……」
「まあ、苦手なのも分かるけどな。
澪に憧れてるのは分かるんだけど、えらく距離感が近いもんなあ。
でも、いい子だよ。
それに話してみると、純ちゃんも現実の澪の姿に幻滅して、
少しはちょうどいい距離に落ち着くかもしれないしな」
「どういう意味だよ、律……」
「言葉通りの意味だが?」
言ってから澪の拳骨に備えてみたけど、意外にも澪の拳骨は飛んで来なかった。
その代わり、少しだけ寂しそうに、澪は呟いた。
「そっか……。
律は昨日、元気だったんだな……」
私が居なくても……。
とは言わなかったけど、多分、澪はそういう意味で呟いていた。
私が私の居ない所で楽しそうにしてる澪を見るのが辛かったみたいに、
澪も澪の居ない所で私が元気に過ごしているという現実が辛かったんだろう。
何処までお互いの事を気にしてるんだろうな、私達は……。
それは依存なのかもしれなかったけど、
多分、私達はその依存のおかげで、まだ正気を失わずに世界の終わりに向き合えてる。
私は軽く微笑んでから、澪の耳元で囁く。
「うん……、元気だった。
澪が居なくても元気だったけど……、でも、物足りなかったよ。
片時も澪の事を忘れなかったって言うと嘘になるけど、
でも、楽しいと思う度に、澪が傍に居たらな、って思った。
一緒に楽しい事をしたかったよ。
梓の悩みの件でも、澪なら私の言葉をどう思うか考えながら梓と話してた。
ずっと、澪の事が気になってた。
考えてたよ。澪の言葉をさ。
私は澪とどうなりたいのかってさ」
澪はじっと私の言葉を聞いていた。
澪が次の私の言葉を待っている。
私の答えを待っているのを感じる。
もうすぐにでも、私が澪の想いに対する答えを言葉にするのを、澪は多分予感している。
私も澪に向けて、私の答えを伝えようと激しく響く心臓を抑えて口を開く。
思い出す。
澪に恋人同士になりたいって言われた時の喜びを。
きっと澪なら、私には勿体無いくらいの恋人になってくれる。
また、思い出す。
私を抱き締めた澪の柔らかさと、私が重ねようとした澪の唇を。
澪と恋人同士として、そういう関係で世界の終わりを迎えるのも悪くないって思えたのを。
澪と恋人になるのは、私達に安心と喜びを与えてくれると思う。
だから、澪と恋人同士になるのは、きっと悪くないんだ。
私は言葉を出す。
澪と私の関係をどうしたいかを、震えながらもまっすぐに伝えるために。
私の本当の気持ちを澪に伝えるために。
「私はすごく考えた。考えてた。それで、答えが出たんだ。
これから伝えるのが私の答えだよ、澪。
なあ、澪……。
私はさ……、
私はおまえと……、
恋人に……、
恋人同士には……なれないよ」
542: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:22:29.73 ID:lE/2SYIz0
伝えたくない言葉だった。
けれど、伝えたい言葉だった。
これが偽りの無い、澪に対する私の本音だ。
澪と恋人になるのは悪くないと思えた。
悪くないけれど……、良くもないって思ったんだ。
私は澪の告白が嬉しかった。澪と恋人になりたいと思った。安心できるって思えた。
でも、同時に思い出したんだ。
澪と自分の唇を重ねる直前、自分が涙を流したのを。
ほとんど同時に澪も泣き出してしまっていたのを。
長い事、私は私の涙の理由が分からなかった。
澪の涙の理由も分からなかった。
今はもうその涙の理由を確信している。
確信できたのは、軽音部の皆と話せたからだ。
唯もムギも梓も、苦しみながら、悩みながらも同じ答えを出していた。
皆が同じ答えを出していて、私の答えもそうなんだって気付けた。
だからこそ、あの時は泣いてしまってたんだ、私も、澪も。
世界の終わりが間近だからって、その選択だけはしちゃいけなかったんだ。
いや、しちゃいけないわけじゃないか。
選択したくなかったんだ、簡単な選択肢を。
「澪の告白は嬉しかった。
嬉しかったんだ、本当に……」
私は言葉を続ける。
どうしようもなく我儘な私の答えを澪に伝えるために。
上手く伝えられるかどうかは自信が無いけど、
少なくとも私が何を考えているかだけは分かってもらえるために。
「澪の事は好きだ。
澪はずっと傍に居てくれたし、一緒に居るとすごく楽しい。
そんな澪と恋人になれたら、どれだけ楽になれるかって思うよ。
でも、今の私達にそういうのは違う。違うと思う。
気付いたんだ。
一昨日、私が澪と恋人になろうとしたのは、世界の終わりから逃げたかったからなんだって。
澪と恋人になれば、世界の終わりの事なんて考えずに、澪と二人で笑顔で死ねるって思った。
自分の不安から目を逸らすために、私は澪を利用しようと思っちゃってたんだよ。
世界の終わりが近いんだし、そういう生き方も間違ってないんだろうけど……。
嫌だ。私は嫌なんだよ。澪をそんな風に利用したくなんかないんだよ……。
大切な幼馴染みを、そんな扱いにしたくないんだ。
今更……、今更な答えだと思うけど……、それが私の答えなんだよ」
澪は何も言わない。
私の瞳を真正面から見つめて、ただ私の言葉を黙って聞いている。
澪が何を考えているのかは分からない。
でも、少なくとも、私の言っている事の意味は分かってるはずだと思う。
澪は頭がいいし、一昨日、私と同じように涙を流したんだ。
澪も心の何処かでは、私と同じ答えを出していたはずなんだ。
私達は今、恋人同士にはなれないんだって。
「何度でも言うよ。
私は澪の事が好きで、傍に居たい。澪が本当に大切なんだ。
でも、それは恋人同士としてって意味とは違う。
一昨日、私はおまえと恋人同士になろうと思って、
雰囲気に流されるままにキス……しようとして、気が付けば泣いてた。
あの時はその涙の理由が分からなかったけど、今なら分かるよ。
急に澪と恋人になるなんて、何かが違うって心の何処かで分かってたからなんだ。
そんなの私達らしくないって気付いてたからなんだ。
だから、私はそれが悲しくて泣いちゃってたんだ……」
「私達らしくない……かな」
澪が久しぶりに口を開いて呟いた。
それは反論じゃなくて、純粋な疑問を言葉にしてるって感じの口調だった。
私はゆっくりと首を縦に振って頷く。
「うん……。私達らしくないと思う……。
澪もそれを分かってたから、あの時、泣いてたんだろ?
少なくとも、あの時、私はそういう理由で泣いたんだ。
私達が私達でなくなる気がして、それが嫌だったんだと思う。
軽音部の皆と話しててさ、思ったんだ。
唯もムギも梓も、世界の終わりを目の前にした今でも、これまでの自分で居たがってた。
皆、世界が終わるからって、自分の生き方を変えたくないんだ。
それは私達も同じなんだよ、澪。
もうすぐ死ぬからって、死ぬ事を自覚したからって、急に生き方を変えてどうするってんだよ。
そんなの、今まで私達がやってきた事を否定するって事じゃんか。
あの楽しかった時間全部を無駄だったって決め付けるって事じゃんか。
私達が私達じゃなくなるって事じゃんか。
嫌だ。そんなの嫌だ。私はそんなのは嫌なんだよ……」
けれど、伝えたい言葉だった。
これが偽りの無い、澪に対する私の本音だ。
澪と恋人になるのは悪くないと思えた。
悪くないけれど……、良くもないって思ったんだ。
私は澪の告白が嬉しかった。澪と恋人になりたいと思った。安心できるって思えた。
でも、同時に思い出したんだ。
澪と自分の唇を重ねる直前、自分が涙を流したのを。
ほとんど同時に澪も泣き出してしまっていたのを。
長い事、私は私の涙の理由が分からなかった。
澪の涙の理由も分からなかった。
今はもうその涙の理由を確信している。
確信できたのは、軽音部の皆と話せたからだ。
唯もムギも梓も、苦しみながら、悩みながらも同じ答えを出していた。
皆が同じ答えを出していて、私の答えもそうなんだって気付けた。
だからこそ、あの時は泣いてしまってたんだ、私も、澪も。
世界の終わりが間近だからって、その選択だけはしちゃいけなかったんだ。
いや、しちゃいけないわけじゃないか。
選択したくなかったんだ、簡単な選択肢を。
「澪の告白は嬉しかった。
嬉しかったんだ、本当に……」
私は言葉を続ける。
どうしようもなく我儘な私の答えを澪に伝えるために。
上手く伝えられるかどうかは自信が無いけど、
少なくとも私が何を考えているかだけは分かってもらえるために。
「澪の事は好きだ。
澪はずっと傍に居てくれたし、一緒に居るとすごく楽しい。
そんな澪と恋人になれたら、どれだけ楽になれるかって思うよ。
でも、今の私達にそういうのは違う。違うと思う。
気付いたんだ。
一昨日、私が澪と恋人になろうとしたのは、世界の終わりから逃げたかったからなんだって。
澪と恋人になれば、世界の終わりの事なんて考えずに、澪と二人で笑顔で死ねるって思った。
自分の不安から目を逸らすために、私は澪を利用しようと思っちゃってたんだよ。
世界の終わりが近いんだし、そういう生き方も間違ってないんだろうけど……。
嫌だ。私は嫌なんだよ。澪をそんな風に利用したくなんかないんだよ……。
大切な幼馴染みを、そんな扱いにしたくないんだ。
今更……、今更な答えだと思うけど……、それが私の答えなんだよ」
澪は何も言わない。
私の瞳を真正面から見つめて、ただ私の言葉を黙って聞いている。
澪が何を考えているのかは分からない。
でも、少なくとも、私の言っている事の意味は分かってるはずだと思う。
澪は頭がいいし、一昨日、私と同じように涙を流したんだ。
澪も心の何処かでは、私と同じ答えを出していたはずなんだ。
私達は今、恋人同士にはなれないんだって。
「何度でも言うよ。
私は澪の事が好きで、傍に居たい。澪が本当に大切なんだ。
でも、それは恋人同士としてって意味とは違う。
一昨日、私はおまえと恋人同士になろうと思って、
雰囲気に流されるままにキス……しようとして、気が付けば泣いてた。
あの時はその涙の理由が分からなかったけど、今なら分かるよ。
急に澪と恋人になるなんて、何かが違うって心の何処かで分かってたからなんだ。
そんなの私達らしくないって気付いてたからなんだ。
だから、私はそれが悲しくて泣いちゃってたんだ……」
「私達らしくない……かな」
澪が久しぶりに口を開いて呟いた。
それは反論じゃなくて、純粋な疑問を言葉にしてるって感じの口調だった。
私はゆっくりと首を縦に振って頷く。
「うん……。私達らしくないと思う……。
澪もそれを分かってたから、あの時、泣いてたんだろ?
少なくとも、あの時、私はそういう理由で泣いたんだ。
私達が私達でなくなる気がして、それが嫌だったんだと思う。
軽音部の皆と話しててさ、思ったんだ。
唯もムギも梓も、世界の終わりを目の前にした今でも、これまでの自分で居たがってた。
皆、世界が終わるからって、自分の生き方を変えたくないんだ。
それは私達も同じなんだよ、澪。
もうすぐ死ぬからって、死ぬ事を自覚したからって、急に生き方を変えてどうするってんだよ。
そんなの、今まで私達がやってきた事を否定するって事じゃんか。
あの楽しかった時間全部を無駄だったって決め付けるって事じゃんか。
私達が私達じゃなくなるって事じゃんか。
嫌だ。そんなの嫌だ。私はそんなのは嫌なんだよ……」
543: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:22:58.49 ID:lE/2SYIz0
私の想いは伝えた。
すごく不安だったけれど、とりあえずは私の考えを伝える事ができた。
多分、澪も私の言う事を分かってくれたはずだ。
いや、最初から分かってたのかもしれない。
分かってたけど、それを認めたくなかっただけなんだろう。
「でもさ、律……」
不意に澪が小さく呟いた。
少しだけ辛そうに、でも、自分の想いを強く心に抱いたみたいに。
「終末から目を逸らしたいって意味があったのは、否定しないよ。
逃げようとしてたのは確かだと思う。
でもね……。
それでも、私は律と恋人になりたいと思ってたんだよ?
女同士だからそんなのは無理だって分かってたけど、でも……。
ずっと前から、私は律の事が……」
それも嘘の無い澪の想いなんだろうと私は思う。
世界の終わりから目を逸らすための手段だとしても、
完全に何の気も無い相手に恋心をぶつける事なんて澪は絶対にしない。
『終末宣言』の前から、澪は少しだけ私の事を恋愛対象として好きでいてくれたんだろう。
でも、それは私にとって急な話で……、
澪の事は好きだけど、澪と恋人になるっては発展し過ぎた話で……。
だから、私は自分でも馬鹿だと思う答えを澪に伝える事にした。
この答えを聞けば、多分、誰もが私を馬鹿だと思うだろうし、私自身もかなりそう思う。
だけど、それこそが私に出せた一番の答えだし、私の中で一番正直な想いだから……。
私は、
その答えを、
澪に伝えるんだ。
「女同士なんて私には無理だよ、澪……。
親友に急にそんな事を言われたって、
いきなり恋愛対象として見る事なんてできないよ……。
最初は恋人になろうとしておいて本当に悪いけど、無理なんだよ……」
ひどく胸が痛む言葉。
伝えている方も、伝えられる方も傷付くだけの辛い言葉だった。
私の言葉を聞いた澪は、自分の席にゆっくりと座り込んだ。
机に肘を着いて、絞り出すみたいにどうにか呟く。
「そっか……。
そうだよな……。迷惑だった……よな……。
ごめん……な、律……。
私が勝手に律を好きになって……、こんな時期に戸惑わせちゃって……。
本当に……ごめ……」
最後の方は言葉になってなかった。
澪の声は掠れて、涙声みたいになっていた。
多分、本当は泣きそうで仕方が無いんだろう。
それでも私に涙を見せないようにしてるんだろう。
もう私の負担になりたくないから。
もう私を戸惑わせたりしたくないから……。
だけど、私は澪に伝えなきゃいけない事がまだあった。
澪を余計に傷付けるだけかもしれないけど、それも私の本音だったから。
すごく不安だったけれど、とりあえずは私の考えを伝える事ができた。
多分、澪も私の言う事を分かってくれたはずだ。
いや、最初から分かってたのかもしれない。
分かってたけど、それを認めたくなかっただけなんだろう。
「でもさ、律……」
不意に澪が小さく呟いた。
少しだけ辛そうに、でも、自分の想いを強く心に抱いたみたいに。
「終末から目を逸らしたいって意味があったのは、否定しないよ。
逃げようとしてたのは確かだと思う。
でもね……。
それでも、私は律と恋人になりたいと思ってたんだよ?
女同士だからそんなのは無理だって分かってたけど、でも……。
ずっと前から、私は律の事が……」
それも嘘の無い澪の想いなんだろうと私は思う。
世界の終わりから目を逸らすための手段だとしても、
完全に何の気も無い相手に恋心をぶつける事なんて澪は絶対にしない。
『終末宣言』の前から、澪は少しだけ私の事を恋愛対象として好きでいてくれたんだろう。
でも、それは私にとって急な話で……、
澪の事は好きだけど、澪と恋人になるっては発展し過ぎた話で……。
だから、私は自分でも馬鹿だと思う答えを澪に伝える事にした。
この答えを聞けば、多分、誰もが私を馬鹿だと思うだろうし、私自身もかなりそう思う。
だけど、それこそが私に出せた一番の答えだし、私の中で一番正直な想いだから……。
私は、
その答えを、
澪に伝えるんだ。
「女同士なんて私には無理だよ、澪……。
親友に急にそんな事を言われたって、
いきなり恋愛対象として見る事なんてできないよ……。
最初は恋人になろうとしておいて本当に悪いけど、無理なんだよ……」
ひどく胸が痛む言葉。
伝えている方も、伝えられる方も傷付くだけの辛い言葉だった。
私の言葉を聞いた澪は、自分の席にゆっくりと座り込んだ。
机に肘を着いて、絞り出すみたいにどうにか呟く。
「そっか……。
そうだよな……。迷惑だった……よな……。
ごめん……な、律……。
私が勝手に律を好きになって……、こんな時期に戸惑わせちゃって……。
本当に……ごめ……」
最後の方は言葉になってなかった。
澪の声は掠れて、涙声みたいになっていた。
多分、本当は泣きそうで仕方が無いんだろう。
それでも私に涙を見せないようにしてるんだろう。
もう私の負担になりたくないから。
もう私を戸惑わせたりしたくないから……。
だけど、私は澪に伝えなきゃいけない事がまだあった。
澪を余計に傷付けるだけかもしれないけど、それも私の本音だったから。
544: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:23:46.19 ID:lE/2SYIz0
「まったく……、本当に迷惑だよ。
こんなに私を迷わせて、私を戸惑わせて、
もうすぐ世界の終わりが来るってのに、こんなに私の心を揺らして……。
おまえって奴はさ……」
「ごめ……ん。り……つ……。
ごめん……なさ……」
「おかげでまた考えなくちゃいけない事ができちゃったじゃないか」
「え……っ?」
「私がおまえの事を恋愛対象として好きになれるかって事をさ」
「り……つ……?」
「私は澪と恋人にはなれないよ。今は……さ。
だって、そうじゃん?
おまえと知り合ってから大体十年くらいだけど、
その十年間、おまえとは幼馴染みで、ずっと親友で、
そんな奴をいきなり恋人だと思えってのは無理があるだろ、そりゃ。
実を言うとさ、
澪が私の事を好きなんじゃないかって思う事もたまにはあったけど、
そんな自意識過剰な事ばっか考えてられないし、確信が無かったから気にしないようにしてた。
でも、世界の終わり……終末がきっかけだったとしても、おまえは私に告白してくれただろ?
おまえが私とどういう関係になりたいのか、私はそこで初めて知ったって事だ。
おまえとは長い付き合いだけどさ、
私とおまえが恋人になるかどうかを考えるスタートラインは、私にとってはそこだったんだ。
それがまだ一昨日の話なんだぜ?
だから、考えさせてほしいんだよ、澪。
考える時間が無いのは分かってるし、どんなに頑張っても三日後までに出る答えでもない。
だけど、時間が無いからって、焦っておまえとの関係を結論付けるのだけは嫌なんだ。
それだけは嫌なんだ。絶対に絶対に嫌なんだ。
そんな適当にこれまでのおまえとの関係を終わらせたくないんだよ。
馬鹿みたいだし、実際に馬鹿なんだろうけどさ……、
その答えを出せるまで、私達は友達以上恋人未満って関係にしてくれないか?」
私はそうして、抱えていた想いの全てを澪にぶつける事ができた。
これが私の出せた我儘で馬鹿な答え。
馬鹿だけど、嘘偽りの無い私らしい答えだ。
正直、こんな答えを聞かされた澪の身としては、たまったもんじゃないだろうと自分でも思う。
世界の終わりが近いのに、何を悠長な話をしてるんだって怒られても仕方が無い。
怒ってくれても、構わない。
でも、焦って結論を出す事だけは、
これまでの私達を捨てる事だけは、絶対に間違ってると私は思うから。
だから、これが私の答えなんだ。
「それじゃ……」
澪が震える声で喋り始める。
目の端に涙を滲ませながら。
「それじゃ少年漫画みたいじゃないか、律……」
そうして澪は、泣きながら、笑った。
これまでの辛そうな顔じゃなくて、
呆れながら私を見守ってくれてた少し困ったような笑顔で。
私も苦笑しながら、小さく頭を掻いた。
こんなに私を迷わせて、私を戸惑わせて、
もうすぐ世界の終わりが来るってのに、こんなに私の心を揺らして……。
おまえって奴はさ……」
「ごめ……ん。り……つ……。
ごめん……なさ……」
「おかげでまた考えなくちゃいけない事ができちゃったじゃないか」
「え……っ?」
「私がおまえの事を恋愛対象として好きになれるかって事をさ」
「り……つ……?」
「私は澪と恋人にはなれないよ。今は……さ。
だって、そうじゃん?
おまえと知り合ってから大体十年くらいだけど、
その十年間、おまえとは幼馴染みで、ずっと親友で、
そんな奴をいきなり恋人だと思えってのは無理があるだろ、そりゃ。
実を言うとさ、
澪が私の事を好きなんじゃないかって思う事もたまにはあったけど、
そんな自意識過剰な事ばっか考えてられないし、確信が無かったから気にしないようにしてた。
でも、世界の終わり……終末がきっかけだったとしても、おまえは私に告白してくれただろ?
おまえが私とどういう関係になりたいのか、私はそこで初めて知ったって事だ。
おまえとは長い付き合いだけどさ、
私とおまえが恋人になるかどうかを考えるスタートラインは、私にとってはそこだったんだ。
それがまだ一昨日の話なんだぜ?
だから、考えさせてほしいんだよ、澪。
考える時間が無いのは分かってるし、どんなに頑張っても三日後までに出る答えでもない。
だけど、時間が無いからって、焦っておまえとの関係を結論付けるのだけは嫌なんだ。
それだけは嫌なんだ。絶対に絶対に嫌なんだ。
そんな適当にこれまでのおまえとの関係を終わらせたくないんだよ。
馬鹿みたいだし、実際に馬鹿なんだろうけどさ……、
その答えを出せるまで、私達は友達以上恋人未満って関係にしてくれないか?」
私はそうして、抱えていた想いの全てを澪にぶつける事ができた。
これが私の出せた我儘で馬鹿な答え。
馬鹿だけど、嘘偽りの無い私らしい答えだ。
正直、こんな答えを聞かされた澪の身としては、たまったもんじゃないだろうと自分でも思う。
世界の終わりが近いのに、何を悠長な話をしてるんだって怒られても仕方が無い。
怒ってくれても、構わない。
でも、焦って結論を出す事だけは、
これまでの私達を捨てる事だけは、絶対に間違ってると私は思うから。
だから、これが私の答えなんだ。
「それじゃ……」
澪が震える声で喋り始める。
目の端に涙を滲ませながら。
「それじゃ少年漫画みたいじゃないか、律……」
そうして澪は、泣きながら、笑った。
これまでの辛そうな顔じゃなくて、
呆れながら私を見守ってくれてた少し困ったような笑顔で。
私も苦笑しながら、小さく頭を掻いた。
545: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:24:16.30 ID:lE/2SYIz0
「しょうがないだろ?
私は少女漫画より少年漫画の方をよく読んでるんだから。
でも、確かに友達以上恋人未満って関係は、少年漫画の方が多いよな。
少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってたりするもんな。
だから、勘違いするなよ、澪。
私が言ってるのは、そういう少年漫画的な意味での友達以上恋人未満の関係だからな。
付き合うつもりが無い相手を期待させるだけの便利な言葉を使ってるわけじゃないからな?
私が澪となりたい友達以上恋人未満ってのは、恋人になる一段階前っつーか……。
恋人になる前に、何度もデートを重ねてお互いの想いを確かめ合ってる関係っつーか……。
ごめん。上手く言えてないな、私……」
「……大丈夫。分かってるよ、律。
私を期待させるだけ期待させて便利に使うなんて、
そんな器用な事ができるタイプじゃないもんな、律は。
それにさ、律の表情を見てると、
私との事を本気で考えてくれてるんだって、分かるよ……。
同情や慰めで私と恋人になるんじゃなくて、
終末から目を背けるために恋人との蜜月に逃げ込むわけでもない。
律はただ私の想いをまっすぐに受け止めようとしてるんだって分かるんだ。
心の底から、私との関係を考えようとしてくれてるんだって……。
そんな律だから、私はさ……」
そこで言葉が止まって、また澪の瞳から涙がこぼれた。
でも、それは単なる悲しみの涙じゃない。
涙を流しながらも見せた澪の顔は、これまで見た事が無いくらい晴れやかな笑顔だった。
「やだな、もう……。
涙が止まらないよ、律……。
恥ずかしいよな、こんなに涙を流しちゃって……」
「いいよ。どれだけ泣いたっていい。
恥ずかしがらなくても、いいんだよ。
こう言うのも変だけど、今の澪の顔、すっげー綺麗だよ」
それは私の口から自然に出た言葉だった。
泣きながら笑って、笑いながら泣いて、
すごく矛盾してるけど、そんな澪の表情は見惚れてしまいそうになるくらい綺麗だった。
だから、私の言葉は何の飾りも無い私の本音だった。
……んだが、気が付けば、私の頭頂部が澪の拳骨に殴られていた。
さっきまで座ってたくせに、わざわざ一瞬のうちに立ち上がって、私の頭を殴ったわけだ。
「何をするだァーッ!」
私の方もわざわざ誤植まで再現して、澪に文句を言ってやる。
いや、マジでかなり痛かったぞ、今のは。
これくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。ネタだし。
だけど、澪の奴は顔を赤くして、あたふたした様子で私の言葉に反論を始めた。
「だ……、だって律が恥ずかしい事を言うから……!
すごい綺麗とか……、真顔でそんな恥ずかしい冗談を言うな!
こんな時にそんな事言われたら、冗談でもびっくりするじゃないか……!」
「いや、別に冗談じゃなかったんだが……って、あぅんっ!」
最後まで言う前にまた澪に叩かれ、私は妙な声を出してしまう。
自分で言うのも何だが、「あぅんっ!」は我ながら気持ちの悪い声だったな……。
それはともかく、本音を言ってるのに、
どうして私はこんなに叩かれないとならんのか。
「何をするんだァーッ!」
今度は誤植を訂正して澪に文句を言ってみる。
あの漫画を読んでない澪がそのネタに気付くはずもなく、
顔を赤くどころか真紅に染めて、更に動揺した口振りで澪が続けた。
「だから……、そんな恥ずかしい冗談はやめろって……!
どうしたらいいか、分からなくなっちゃうじゃないか……!
やめてよ、もう……!」
「恥ずかしい冗談って、おまえな……。
これくらいの事で恥ずかしがっててどうすんだよ。
恋人同士ってのは、もっと恥ずかしい事をするもんなんだぞ」
私は少女漫画より少年漫画の方をよく読んでるんだから。
でも、確かに友達以上恋人未満って関係は、少年漫画の方が多いよな。
少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってたりするもんな。
だから、勘違いするなよ、澪。
私が言ってるのは、そういう少年漫画的な意味での友達以上恋人未満の関係だからな。
付き合うつもりが無い相手を期待させるだけの便利な言葉を使ってるわけじゃないからな?
私が澪となりたい友達以上恋人未満ってのは、恋人になる一段階前っつーか……。
恋人になる前に、何度もデートを重ねてお互いの想いを確かめ合ってる関係っつーか……。
ごめん。上手く言えてないな、私……」
「……大丈夫。分かってるよ、律。
私を期待させるだけ期待させて便利に使うなんて、
そんな器用な事ができるタイプじゃないもんな、律は。
それにさ、律の表情を見てると、
私との事を本気で考えてくれてるんだって、分かるよ……。
同情や慰めで私と恋人になるんじゃなくて、
終末から目を背けるために恋人との蜜月に逃げ込むわけでもない。
律はただ私の想いをまっすぐに受け止めようとしてるんだって分かるんだ。
心の底から、私との関係を考えようとしてくれてるんだって……。
そんな律だから、私はさ……」
そこで言葉が止まって、また澪の瞳から涙がこぼれた。
でも、それは単なる悲しみの涙じゃない。
涙を流しながらも見せた澪の顔は、これまで見た事が無いくらい晴れやかな笑顔だった。
「やだな、もう……。
涙が止まらないよ、律……。
恥ずかしいよな、こんなに涙を流しちゃって……」
「いいよ。どれだけ泣いたっていい。
恥ずかしがらなくても、いいんだよ。
こう言うのも変だけど、今の澪の顔、すっげー綺麗だよ」
それは私の口から自然に出た言葉だった。
泣きながら笑って、笑いながら泣いて、
すごく矛盾してるけど、そんな澪の表情は見惚れてしまいそうになるくらい綺麗だった。
だから、私の言葉は何の飾りも無い私の本音だった。
……んだが、気が付けば、私の頭頂部が澪の拳骨に殴られていた。
さっきまで座ってたくせに、わざわざ一瞬のうちに立ち上がって、私の頭を殴ったわけだ。
「何をするだァーッ!」
私の方もわざわざ誤植まで再現して、澪に文句を言ってやる。
いや、マジでかなり痛かったぞ、今のは。
これくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。ネタだし。
だけど、澪の奴は顔を赤くして、あたふたした様子で私の言葉に反論を始めた。
「だ……、だって律が恥ずかしい事を言うから……!
すごい綺麗とか……、真顔でそんな恥ずかしい冗談を言うな!
こんな時にそんな事言われたら、冗談でもびっくりするじゃないか……!」
「いや、別に冗談じゃなかったんだが……って、あぅんっ!」
最後まで言う前にまた澪に叩かれ、私は妙な声を出してしまう。
自分で言うのも何だが、「あぅんっ!」は我ながら気持ちの悪い声だったな……。
それはともかく、本音を言ってるのに、
どうして私はこんなに叩かれないとならんのか。
「何をするんだァーッ!」
今度は誤植を訂正して澪に文句を言ってみる。
あの漫画を読んでない澪がそのネタに気付くはずもなく、
顔を赤くどころか真紅に染めて、更に動揺した口振りで澪が続けた。
「だから……、そんな恥ずかしい冗談はやめろって……!
どうしたらいいか、分からなくなっちゃうじゃないか……!
やめてよ、もう……!」
「恥ずかしい冗談って、おまえな……。
これくらいの事で恥ずかしがっててどうすんだよ。
恋人同士ってのは、もっと恥ずかしい事をするもんなんだぞ」
546: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:25:08.14 ID:lE/2SYIz0
呆れ顔で私が返すと、澪はまた自分の椅子に座って、黙り込んでしまった。
顔を赤く染めたまま、視線をあっちこっちに動かしている。
どうも澪の許容できる恥ずかしさの限界を超えてしまったみたいな様子だ。
その瞬間、私は気が付いたね、澪が変な事を考えてるんだって。
「おい、澪。おまえ今、変な事考えてるだろー?」
「へ、変な事って何だよ……」
「私が言う恋人同士の恥ずかしい事ってのは、
夕陽の下で愛を語り合ったり、「君の瞳に乾杯」って言ったり、
そういう背中が痒くなるような恥ずかしい事って意味だぜ?
今、おまえが考えてる恥ずかしい事って、そういうのじゃないだろ?
例えば、そうだな……。
前に見たオカルト研の中の二人みたいな事、想像してただろ?
いやーん、澪ちゃんの○○○」
「なっ……、か、からかうなよ、馬鹿律!」
叫ぶみたいに言いながら、澪が自分の拳骨を振り上げる。
もう一度拳骨が飛んで来るかと思ったけど、
澪はそうせずに、拳骨を振り上げたままで軽く吹き出した。
それはこれまでの笑顔とは違って、面白くて仕方が無いって表情だった。
微笑みながら、澪が嬉しそうに続ける。
「何か……、こういうのってすごく久しぶり……。
そんなに前の話じゃないはずなのに、懐かしい感じまでしてくるよ。
何だか、嬉しい。
律の言ってた事が、何となく実感できる気もするな。
多分だけどさ、
もし一昨日に私達があのまま恋人になってたら、今みたいに笑ってられなかった気がする。
今までの私達とは、全然違う私達になってた気がする。
律にはそれが分かってたんだな……」
「そんな大層な意味で言ったわけじゃないけどさ……。
でも、私はそれが嫌だったんだと思うよ。
勿論、恋人同士になって、
全然違う自分達になるのも悪くはないんだろうし、
そういう恋人関係もあるんだろうけど……。
私は澪とはそういう関係になりたくなかった。
もしもいつか私達が恋人になるんだとしても、
これまでの幼馴染みの関係の延長みたいな感じで私は澪と付き合いたい。
それこそ少年漫画みたいにさ。
よくあるじゃん?
十年以上連載して、長く意識し合ってた幼馴染みが、
最終回付近でようやく恋人になるみたいな、そんな感じでさ……。
それでその幼馴染みを知ってる仲間達から、
「あいつら本当に付き合い始めたのか? これまでと全然変わってないぞ」とか言われたりするわけだ」
「ベタな展開だよな」
「誰がベタ子さんやねん!」
「いや、ベタ子さんとは言ってないけど……」
「私は澪とそんなベタな関係になりたいんだけど……、
澪は嫌じゃないか?」
少し不安になって、囁くように訊ねてみる。
これは完全に私の自分勝手な我儘なんだ。
これまでの澪との関係をもっと大事にしたい。
いつか恋人になるんだとしても、澪との関係に焦って結論を出したくないって我儘だ。
だから、それについての答えを、私は澪自身の口から聞きたかった。
どんな答えだろうと、それを澪に言ってほしかったんだ。
顔を赤く染めたまま、視線をあっちこっちに動かしている。
どうも澪の許容できる恥ずかしさの限界を超えてしまったみたいな様子だ。
その瞬間、私は気が付いたね、澪が変な事を考えてるんだって。
「おい、澪。おまえ今、変な事考えてるだろー?」
「へ、変な事って何だよ……」
「私が言う恋人同士の恥ずかしい事ってのは、
夕陽の下で愛を語り合ったり、「君の瞳に乾杯」って言ったり、
そういう背中が痒くなるような恥ずかしい事って意味だぜ?
今、おまえが考えてる恥ずかしい事って、そういうのじゃないだろ?
例えば、そうだな……。
前に見たオカルト研の中の二人みたいな事、想像してただろ?
いやーん、澪ちゃんの○○○」
「なっ……、か、からかうなよ、馬鹿律!」
叫ぶみたいに言いながら、澪が自分の拳骨を振り上げる。
もう一度拳骨が飛んで来るかと思ったけど、
澪はそうせずに、拳骨を振り上げたままで軽く吹き出した。
それはこれまでの笑顔とは違って、面白くて仕方が無いって表情だった。
微笑みながら、澪が嬉しそうに続ける。
「何か……、こういうのってすごく久しぶり……。
そんなに前の話じゃないはずなのに、懐かしい感じまでしてくるよ。
何だか、嬉しい。
律の言ってた事が、何となく実感できる気もするな。
多分だけどさ、
もし一昨日に私達があのまま恋人になってたら、今みたいに笑ってられなかった気がする。
今までの私達とは、全然違う私達になってた気がする。
律にはそれが分かってたんだな……」
「そんな大層な意味で言ったわけじゃないけどさ……。
でも、私はそれが嫌だったんだと思うよ。
勿論、恋人同士になって、
全然違う自分達になるのも悪くはないんだろうし、
そういう恋人関係もあるんだろうけど……。
私は澪とはそういう関係になりたくなかった。
もしもいつか私達が恋人になるんだとしても、
これまでの幼馴染みの関係の延長みたいな感じで私は澪と付き合いたい。
それこそ少年漫画みたいにさ。
よくあるじゃん?
十年以上連載して、長く意識し合ってた幼馴染みが、
最終回付近でようやく恋人になるみたいな、そんな感じでさ……。
それでその幼馴染みを知ってる仲間達から、
「あいつら本当に付き合い始めたのか? これまでと全然変わってないぞ」とか言われたりするわけだ」
「ベタな展開だよな」
「誰がベタ子さんやねん!」
「いや、ベタ子さんとは言ってないけど……」
「私は澪とそんなベタな関係になりたいんだけど……、
澪は嫌じゃないか?」
少し不安になって、囁くように訊ねてみる。
これは完全に私の自分勝手な我儘なんだ。
これまでの澪との関係をもっと大事にしたい。
いつか恋人になるんだとしても、澪との関係に焦って結論を出したくないって我儘だ。
だから、それについての答えを、私は澪自身の口から聞きたかった。
どんな答えだろうと、それを澪に言ってほしかったんだ。
547: にゃんこ 2011/09/13(火) 21:25:43.66 ID:lE/2SYIz0
「嫌じゃないよ」
いつも見せる困ったような笑顔で、
いつも私を見守ってくれてる笑顔で、澪は小さく言ってくれた。
「嫌なわけないよ。
律がそんな真剣に私の事を考えてくれるなんて、それだけですごく嬉しいんだ。
焦って今までの私達の関係を壊しそうになってた私を、律が止めてくれたんだから。
一昨日、もしも律が私を恋人にしてくれてたとしても、今頃きっと後悔してた。
そうして後悔しながら、終末を迎えてたと思うよ。
だから……、私は律とこれから友達以上恋人未満の関係になりたいよ」
そう言った澪の本当の気持ちがどうだったのかは分からない。
女性は何でも結論を急ぎたがる、って感じの言葉を聞いた事がある。
確かにそうだと私も思わなくもない。
少女漫画なんか、特にその傾向があるような気がする。
さっき澪に言った事だけど、少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってる事が多い。
こんなの少年漫画じゃ考えられない事だよな。
それくらい女の子達は(いや、私も女の子だけど)、曖昧な関係に満足できないんだ。
早く結婚するのも、自分から結婚を迫るのも、女性の方が遥かに多いみたいだし。
迷うくらいなら、とにかく早く結論を出して、とりあえずでも安心したい子が多いんだ。
それが女の子の本音なんだろうと思う。
私はどっちかと言うと少年漫画を読む方だし、
弟がいるせいか考え方もちょっと男子っぽいかな、って自分でも思う。
それで澪との結論を急ぎたくなかったのかもしれない。
だけど、昔から女の子っぽい性格の澪は、
強がってはいるけど、その実は誰よりも女の子な澪は、
私の答えを本当はどう思っていたんだろうか……。
本当はやっぱり私とすぐにでも恋人になりたかったんじゃないだろうか。
傷の舐め合いみたいな関係だとしても、
世界の終わりまで安心していたかったんじゃないだろうか。
そう考えると、私の胸が痛いくらい悲鳴を上げてしまう。
でも。
それはもう考えても意味の無い事だった。
本音が何であれ、澪は私の考えと想いを受け止めてくれた。
私と友達以上恋人未満の関係になると言ってくれた。
私にできるのは、その澪の気持ちに感謝して、
これからの澪との事を心から真剣に考える事だけだ。
「週二だ」
私は澪の前で指を二本立てて、不敵に笑った。
「え? 何が?」
「だから、週二だよ、澪。
今週はライブで忙しいから、来週から週二でデートするぞ。
覚悟しろよ。色んな場所に付き合ってもらうからな。
勿論、単に遊びにいくわけじゃない。
友達以上恋人未満ってのを意識して、恋人みたいなデートを重ねるんだ。
そこんとこ、よく覚えとけよ」
来週の約束……。
恐らくは果たせない約束……。
でも、その約束は私の心に、ほんの少しの希望を持たせてくれて……。
「ああ、分かったよ、律。
来週から週二でデートしよう。
私達、友達以上恋人未満だもんな。
……言っとくけど、遅刻するなよ?」
屈託の無い笑顔で、澪が左手の小指を私の前に差し出す。
「わーってるって」と言いながら、私は自分の小指を澪の小指に重ねる。
願わくば、この約束が本当に果たせるように。
いつも見せる困ったような笑顔で、
いつも私を見守ってくれてる笑顔で、澪は小さく言ってくれた。
「嫌なわけないよ。
律がそんな真剣に私の事を考えてくれるなんて、それだけですごく嬉しいんだ。
焦って今までの私達の関係を壊しそうになってた私を、律が止めてくれたんだから。
一昨日、もしも律が私を恋人にしてくれてたとしても、今頃きっと後悔してた。
そうして後悔しながら、終末を迎えてたと思うよ。
だから……、私は律とこれから友達以上恋人未満の関係になりたいよ」
そう言った澪の本当の気持ちがどうだったのかは分からない。
女性は何でも結論を急ぎたがる、って感じの言葉を聞いた事がある。
確かにそうだと私も思わなくもない。
少女漫画なんか、特にその傾向があるような気がする。
さっき澪に言った事だけど、少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってる事が多い。
こんなの少年漫画じゃ考えられない事だよな。
それくらい女の子達は(いや、私も女の子だけど)、曖昧な関係に満足できないんだ。
早く結婚するのも、自分から結婚を迫るのも、女性の方が遥かに多いみたいだし。
迷うくらいなら、とにかく早く結論を出して、とりあえずでも安心したい子が多いんだ。
それが女の子の本音なんだろうと思う。
私はどっちかと言うと少年漫画を読む方だし、
弟がいるせいか考え方もちょっと男子っぽいかな、って自分でも思う。
それで澪との結論を急ぎたくなかったのかもしれない。
だけど、昔から女の子っぽい性格の澪は、
強がってはいるけど、その実は誰よりも女の子な澪は、
私の答えを本当はどう思っていたんだろうか……。
本当はやっぱり私とすぐにでも恋人になりたかったんじゃないだろうか。
傷の舐め合いみたいな関係だとしても、
世界の終わりまで安心していたかったんじゃないだろうか。
そう考えると、私の胸が痛いくらい悲鳴を上げてしまう。
でも。
それはもう考えても意味の無い事だった。
本音が何であれ、澪は私の考えと想いを受け止めてくれた。
私と友達以上恋人未満の関係になると言ってくれた。
私にできるのは、その澪の気持ちに感謝して、
これからの澪との事を心から真剣に考える事だけだ。
「週二だ」
私は澪の前で指を二本立てて、不敵に笑った。
「え? 何が?」
「だから、週二だよ、澪。
今週はライブで忙しいから、来週から週二でデートするぞ。
覚悟しろよ。色んな場所に付き合ってもらうからな。
勿論、単に遊びにいくわけじゃない。
友達以上恋人未満ってのを意識して、恋人みたいなデートを重ねるんだ。
そこんとこ、よく覚えとけよ」
来週の約束……。
恐らくは果たせない約束……。
でも、その約束は私の心に、ほんの少しの希望を持たせてくれて……。
「ああ、分かったよ、律。
来週から週二でデートしよう。
私達、友達以上恋人未満だもんな。
……言っとくけど、遅刻するなよ?」
屈託の無い笑顔で、澪が左手の小指を私の前に差し出す。
「わーってるって」と言いながら、私は自分の小指を澪の小指に重ねる。
願わくば、この約束が本当に果たせるように。
552: にゃんこ 2011/09/15(木) 20:14:12.41 ID:ExCrT+4b0
○
かなり長い間、二人で視線を合わせながら小指を絡ませていたけど、
いつまでもそのままでいるわけにもいかなかった。
二人で名残惜しく指切りを終えて、
それから私は澪が書き終えたと言っていた新曲の歌詞を見せてもらう事にした。
新曲の歌詞はこれまでの甘々な感じとは違って、
ロックってほどじゃないけど、少し硬派な感じの歌詞に仕上がっていた。
確かにこれまでとは違う感じの歌詞にしたいと言ってたけど、
まさかこんなに普段と印象の違う歌詞を澪が仕上げて来るとは思わなかった。
過去じゃなくて、未来でもなくて、
今を生きる、今をまだ生きている私達を象徴したみたいな歌詞……。
残された時間が少ない私達の『現在』を表現した歌……。
頭の中で、ムギの曲と澪の歌詞を融合させてみる。
悪くない。
……いや、すごくいい曲だと思う。
これまでの私達の曲とはかなり印象が違うけど、これもこれで私達の曲だと思えるから不思議だ。
早く皆と合わせて、澪の歌声を聴きながらこの曲を演奏したい。
ただ、激しい曲なだけに、私の技術と体力が保つかどうかが少し不安だけどな。
まあ、その辺は何とか気力と勢いでカバーするという事で。
はやる気持ちを抑えて、肩を並べて二人で音楽室に向かう。
音楽室まで短い距離、私達はどちらともなく手を伸ばして、軽く手を繋いだ。
お互いの指を絡め合うほど深く手を繋げたわけじゃない。
流石にそれはまだ恥ずかし過ぎるし、
例え私が澪とそうやって手を繋ごうとしても、澪の方が真っ赤になっちゃってた事だろう。
だから、私達は本当に軽く手を繋いだだけ。
二人の手を軽く重ねて、軽く握り合っただけだった。
でも、それがとても心地良くて、嬉しい。
それが『現在』の私達の距離。
友達以上で、恋人未満の距離。
背伸びをしない、恋愛関係に逃げ込んでもいない、極自然な距離なんだ。
もしも世界が終わらず、これからも続いていったとして、
私と澪が本当に恋人になるのかどうかは分からない。
単なる友達じゃないのは間違いないけど、
それを単純に恋愛感情に繋げるのはあんまりにも急ぎ過ぎだろう。
それこそ私達は女同士だし、私が女の子相手に恋心を抱けるかも分からない。
もしかしたら、友達以上恋人未満を続けていく内に、
お互いに自分の恋心は勘違いか何かだったと気付くのかもしれない。
でも、私の幼馴染みを……、
澪を大切にしたい事だけは、私の中でずっと前から変わらない事実だ。
多分、訪れない未来、例え私達が恋人同士になれなかったとしても、
私は澪と一生友達でいるだろうし、澪も私の傍で笑っていてくれるだろう。
先の事は何も分からないけど、その想いと願いだけは私の中で変えずにいたい。
音楽室に辿り着く直前、
澪が繋いでいた手を放そうとしたけど、私はその澪の手を放さなかった。
友達以上恋人未満って関係はまだ皆には内緒にしとこうとは思う。
でも、二人で手を繋いで音楽室に入るくらいなら問題ないはずだ。
特に何処まで分かっているのか、
唯とムギは私達の関係を心配してくれていたから、
これくらいアピールした方が二人にも分かりやすいはずだ。
私達はもう大丈夫なんだって。
軽音部の問題は、今の所だけどこれで全部解決したんだって。
何の心配もなく、最後のライブに臨めるんだって……な。
隣の澪は顔を赤くしてたけど、
音楽室に入った私達を待っていたのは、私達以上に仲が良さそうな二人だった。
言うまでもなく、唯と梓の事だ。
私が澪と話している間に全ての事情を話し終わったんだろう。
唯がここ最近見られなかった嬉しそうな表情を浮かべ、
梓に抱き着きながら、キスをしようとするくらいに顔を寄せていた。
梓はと言えばそんな唯の顔を右手で押し退けながらも、
左手では唯に渡されたんだろう写真を大事そうに掴んでいる。
こういうのツンデレ……って言うんだっけ?
まあ、とりあえず二人とも仲が良さそうで何よりだ。
553: にゃんこ 2011/09/15(木) 20:15:18.74 ID:ExCrT+4b0
私達が若干呆れながら唯達の様子を見てると、ムギが嬉しそうに駆け寄って来た。
唯と梓もそれに続いて私達に駆け寄って来る。
三人が肩を並べ、繋がれた私と澪の手に揃って視線を向ける。
ムギが嬉しそうに微笑み、珍しく梓が私に抱き着いて来る。
唯が「妬けますなー、田井中殿」と茶化しながら笑う。
澪が顔を更に赤く染めて、私が「おうよ!」と澪と繋いだ手を頭上に掲げる。
五人揃って、笑顔になる。
心の底から、幸せになれる。
とても長い時間が掛かった。
世界の終わり……終末っていう、
対抗しようもない強大な相手の恐怖に私達が怯え出してから、本当に長い遠回りをした。
本当に気が遠くなるくらいに長い長い遠回り……。
だけど、そのおかげで、取り戻せた私の絆は、これまで以上に深く強くて……。
今なら、身震いするほどの最高のライブができる。
そんな気がする。
勿論、それには今日明日と精一杯練習しなきゃいけないけどなー……。
でも、やってやる。やってみせる。
私達のために、ライブに来てくれる皆のために、『絶対、歴史に残すライブ』にしてやる。
まずは唯がミスしそうな新曲のあのパートを注意しかないと、だな。
不意に。
「盛り上がってる所、悪いんだけど」という言葉と一緒に、誰かが音楽室に入って来た。
そんな事を言うのは、勿論、我等が生徒会長しかいない。
私が和に視線を向けると、既に唯が和の方に駆け寄っていた。
早いな、オイ。
まあ、これもこれで、私達と違った仲の良い幼馴染みの関係って事で。
「どうしたの、和ちゃん」と嬉しそうに唯が和に訊ねる。
苦笑しながら、「ちょっとね」と和が私と視線を合わせる。
瞬間、和が滅多に見せない晴れ晴れとした笑顔を見せた。
本当に嬉しそうな表情……。
今の私と和の間で、二人だけが分かる笑顔の理由……。
それが分かった途端、意識せずに私も笑顔になっていた。
高鳴る鼓動を抑えられない。
私は笑顔のまま、和以外の全員の顔を見渡す。
皆、何が起こってるのか分かってない表情を私達に向けている。
いや、一人だけ……、唯だけちょっと不機嫌そうだ。
私と和がアイコンタクトで語り合ってるのが気に入らないんだろう。
自分だけの大切な幼馴染みの和を、私に取られちゃった気分なんだろうな。
でも、私がその理由を話せば、きっと唯も皆も笑顔になる。
講堂の使用許可が取れた事を、
最後のライブの最大の会場を用意できた事を皆に話せば……。
私はもう一度、皆の顔を見回す。
最高の仲間達に、私の言葉を伝える。
「なあ、皆……、前々から話してた事だけど、
軽音部で最後のライブを開催したいと思うんだ。
もう会場の用意もできてるから、安心してくれ。
だからさ……、今更だけど聞かせてほしい。
皆……、
しゅうまつ、あいてる?」
唯と梓もそれに続いて私達に駆け寄って来る。
三人が肩を並べ、繋がれた私と澪の手に揃って視線を向ける。
ムギが嬉しそうに微笑み、珍しく梓が私に抱き着いて来る。
唯が「妬けますなー、田井中殿」と茶化しながら笑う。
澪が顔を更に赤く染めて、私が「おうよ!」と澪と繋いだ手を頭上に掲げる。
五人揃って、笑顔になる。
心の底から、幸せになれる。
とても長い時間が掛かった。
世界の終わり……終末っていう、
対抗しようもない強大な相手の恐怖に私達が怯え出してから、本当に長い遠回りをした。
本当に気が遠くなるくらいに長い長い遠回り……。
だけど、そのおかげで、取り戻せた私の絆は、これまで以上に深く強くて……。
今なら、身震いするほどの最高のライブができる。
そんな気がする。
勿論、それには今日明日と精一杯練習しなきゃいけないけどなー……。
でも、やってやる。やってみせる。
私達のために、ライブに来てくれる皆のために、『絶対、歴史に残すライブ』にしてやる。
まずは唯がミスしそうな新曲のあのパートを注意しかないと、だな。
不意に。
「盛り上がってる所、悪いんだけど」という言葉と一緒に、誰かが音楽室に入って来た。
そんな事を言うのは、勿論、我等が生徒会長しかいない。
私が和に視線を向けると、既に唯が和の方に駆け寄っていた。
早いな、オイ。
まあ、これもこれで、私達と違った仲の良い幼馴染みの関係って事で。
「どうしたの、和ちゃん」と嬉しそうに唯が和に訊ねる。
苦笑しながら、「ちょっとね」と和が私と視線を合わせる。
瞬間、和が滅多に見せない晴れ晴れとした笑顔を見せた。
本当に嬉しそうな表情……。
今の私と和の間で、二人だけが分かる笑顔の理由……。
それが分かった途端、意識せずに私も笑顔になっていた。
高鳴る鼓動を抑えられない。
私は笑顔のまま、和以外の全員の顔を見渡す。
皆、何が起こってるのか分かってない表情を私達に向けている。
いや、一人だけ……、唯だけちょっと不機嫌そうだ。
私と和がアイコンタクトで語り合ってるのが気に入らないんだろう。
自分だけの大切な幼馴染みの和を、私に取られちゃった気分なんだろうな。
でも、私がその理由を話せば、きっと唯も皆も笑顔になる。
講堂の使用許可が取れた事を、
最後のライブの最大の会場を用意できた事を皆に話せば……。
私はもう一度、皆の顔を見回す。
最高の仲間達に、私の言葉を伝える。
「なあ、皆……、前々から話してた事だけど、
軽音部で最後のライブを開催したいと思うんだ。
もう会場の用意もできてるから、安心してくれ。
だからさ……、今更だけど聞かせてほしい。
皆……、
しゅうまつ、あいてる?」
554: にゃんこ 2011/09/15(木) 20:15:51.07 ID:ExCrT+4b0
○
――金曜日
今日は澪が私の家に泊まりに来ていた。
いやいや、別に友達以上恋人未満として、色んな事をしようと思ったわけじゃないぞ。
澪が私とパジャマフェスティバルをしたいと言ってきたからってだけだ。
ムギ達との話をした時には平静を装ってたけど、
本当は澪も参加したくてしょうがなくなってたらしい。
そういや、前に私がムギと二人で遊んだ時も、
「私もムギと遊びたかった」って、誘ってたのに文句を言われたな。
今も昨日、ムギとどうやって過ごしたのかとか訊いて来てるし……。
澪の奴……、ひょっとして、私よりムギの事を好きだったりするんじゃないか?
ちょっとだけそんな考えが私の頭の中に浮かぶ。
……はっ、いかんいかん。
それじゃ、何だか私が澪にやきもち妬いてるみたいじゃないか……。
私はそんな照れ臭い気持ちを隠すために、立ち上がってラジカセのスイッチを入れる。
幸い、そろそろ紀美さんのラジオの時間だ。
軽快な音楽が流れる。
558: にゃんこ 2011/09/17(土) 21:43:52.43 ID:PrE/G5mJ0
「胸に残る音楽をお前らに。本当の意味でも、ある意味でも、とにかく名曲をお前らに。
今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
この番組も、今回入れて残り二回。
日曜休みだから、土曜が最後の放送って事になるわね。
勿論、お付き合いするのは、いつもの通り、このアタシ、クリスティーナ。
終末まではお前らと一緒!
後二回、ラストまで突っ走ってくから、お前らも最後までお付き合いヨロシク!
……いやあ、にしても、思えば遠くに来たもんだ。
飽きたら早々に打ち切ってもらおうと思ってたのは内緒の話だけど、
これまたやってみると中々コクがあって、濃厚なのに、不思議と飽きが来なかった。
って、料理番組の感想みたいだけど、でも本当にそんな感じ。
一ヵ月半って短い間だったけど、この番組もリスナーのお前らもアタシの宝物。
残り二回の放送が心底名残惜しいわよ。
でも、勘違いしないでよね、お前ら。
終わるのはラジオ『DEATH DEVIL』の終末記念企画だからさ。
来週からはラジオ『DEATH DEVIL』の終末後記念企画が始まる予定なのよ。
超絶パワーアップ予定でさ。
そんなわけで、来週月曜から新装開店なんで、引き続き本番組をヨロシク。
あ、ディレクターがそんなの聞いてないって顔してる。
そりゃそうよね、言ったの今が初めてだもん。
いいじゃんか、ディレクター。
言ったもん勝ちだし、まだこの番組続けたいじゃん?
リスナーの皆も望んでると思うし、誰も損しない素敵企画だと思うけど?
……お。
苦笑いしてるけど、ディレクターからオーケーサインが出たわよ、お前ら。
おっし、これで本決まり。
ラジオ『DEATH DEVIL』破界篇は次回で終了。
来週からラジオ『DEATH DEVIL』再世篇にパワーアップして再開予定って事で。
ちなみに破界篇の『かい』は世界の『界』で、
再世篇の『せい』は世界の『世』って書くからお前らもよく覚えといてね。
何でかって?
いや、あんのよ、そういうゲームが。
深い意味は無いから、それ以上はお前らも気にしないで。
今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
この番組も、今回入れて残り二回。
日曜休みだから、土曜が最後の放送って事になるわね。
勿論、お付き合いするのは、いつもの通り、このアタシ、クリスティーナ。
終末まではお前らと一緒!
後二回、ラストまで突っ走ってくから、お前らも最後までお付き合いヨロシク!
……いやあ、にしても、思えば遠くに来たもんだ。
飽きたら早々に打ち切ってもらおうと思ってたのは内緒の話だけど、
これまたやってみると中々コクがあって、濃厚なのに、不思議と飽きが来なかった。
って、料理番組の感想みたいだけど、でも本当にそんな感じ。
一ヵ月半って短い間だったけど、この番組もリスナーのお前らもアタシの宝物。
残り二回の放送が心底名残惜しいわよ。
でも、勘違いしないでよね、お前ら。
終わるのはラジオ『DEATH DEVIL』の終末記念企画だからさ。
来週からはラジオ『DEATH DEVIL』の終末後記念企画が始まる予定なのよ。
超絶パワーアップ予定でさ。
そんなわけで、来週月曜から新装開店なんで、引き続き本番組をヨロシク。
あ、ディレクターがそんなの聞いてないって顔してる。
そりゃそうよね、言ったの今が初めてだもん。
いいじゃんか、ディレクター。
言ったもん勝ちだし、まだこの番組続けたいじゃん?
リスナーの皆も望んでると思うし、誰も損しない素敵企画だと思うけど?
……お。
苦笑いしてるけど、ディレクターからオーケーサインが出たわよ、お前ら。
おっし、これで本決まり。
ラジオ『DEATH DEVIL』破界篇は次回で終了。
来週からラジオ『DEATH DEVIL』再世篇にパワーアップして再開予定って事で。
ちなみに破界篇の『かい』は世界の『界』で、
再世篇の『せい』は世界の『世』って書くからお前らもよく覚えといてね。
何でかって?
いや、あんのよ、そういうゲームが。
深い意味は無いから、それ以上はお前らも気にしないで。
559: にゃんこ 2011/09/17(土) 21:44:42.79 ID:PrE/G5mJ0
分かってるって。
別に終末の事を忘れてるわけじゃないよ。
日曜日の陽が落ちる前には、終末が……、世界の終わりがやって来る。
誰も望んじゃいないけど、とにかく足音響かせて、まっしぐらに終わりがやって来る。
でもさ、未来の事は誰にも分かんないじゃない?
九分九厘世界が終わるらしいけど、それは確定した未来じゃない。
『未来』ってのは、『今』になるまで永久に『未来』なんだから、
それがどうなるか不安に推論してたって無意味でしょ?
日曜日に世界がどうなるかは、結局は日曜になってみるまで分からない。
だったら、別に来週の事を予定してても、悪くないんじゃない?
馬鹿みたいだって自分でも分かっちゃいるけどさ。
え?
どしたの、ディレクター?
九分九厘じゃ全然決まってないも同然だって?
九分九厘……、あ、ホントだ。
九分九厘じゃ一割にもなってないじゃん。
こりゃ失礼。
いや、アタシの友達がさ、99%の事を九分九厘って言うのよ。
ついその口癖が感染しちゃったみたいね。
馬鹿みたいと言うか、ホントに馬鹿で申し訳ない。
正確には九割九分九厘終末がやって来るって話だけど、
それにしたって確定してないのは確かなんだし、確率の話をしててもしょうがないわよ。
……確率を思いっ切り間違えてたアタシが言うのもなんだけどさ。
あははっ、まあ、勘弁してちょうだい。
話はちょっと変わるけど、お前らパンドラの箱の話って知ってる?
有名な話だから知らない人は少ないと思うけど、
その箱を開けたら、世界にあらゆる災厄が飛び出して来たって話ね。
箱を開けたら、艱難辛苦、病別離苦、そんな感じの四苦八苦が世界に蔓延しちゃった。
四苦八苦は仏教用語だけど、それは今は置いといて。
それだけ災厄が一気に飛び出たけど、
一つだけパンドラの箱の中に残ってた物があったらしいのよ。
それは『希望』……、なーんて言い古された話をしたいわけじゃない。
箱の中に残ってた物が何なのか色んな説があるみたいだけど、
一説によると残ってた物は『予知能力』なんだって説もあるらしいのよね。
確かに人が『予知能力』なんて手に入れちゃったら、最高の災厄だと思わない?
先の事が分かんないから、人生ってやつは面白いし、人は生きていけるんでしょ?
馬鹿みたいって言うか馬鹿だけど、
アタシ達は先の事が分かんないから、どうにかながらでも生きて来られた。
終末が近付いてても、馬鹿話どころか来ないはずの来週の話までできる。
未来の事が分からないから……、そういう事ができるのよね。
人間って、そういう馬鹿な生き物でいいんじゃないかって、アタシは思うのよ。
だから、思う存分、未来の話をしようじゃない?
例え存在しない未来でも、『現在』を生きられるならそれもアリでしょ?
……しまった。
やけに真面目な話になってしまった。
ひょうきんクリスティーナと呼ばれるくらい、
ひょうきんに定評のあるアタシとした事が……。
ま、アタシはそう思うってだけの個人的な意見よ。
お前らはお前らの思うように生きてくれれば、それでオーケー。
自由を求めて、自由に生きてくのがロックってやつだしね。
さってと、そろそろ今日の一曲目といきますか。
今日の一曲目も終末っぽいって言ったら、終末っぽいのか?
歌詞を見る限り、内容が全然理解できないけど、
もしかしたら終末の曲なのかもしれない……と思わなくもない曲。
そんな変わり種の今日の一曲目、愛知県のジャガー・ニャンピョウのリクエストで、
サイキックラバーの『いつも手の中に』――」
別に終末の事を忘れてるわけじゃないよ。
日曜日の陽が落ちる前には、終末が……、世界の終わりがやって来る。
誰も望んじゃいないけど、とにかく足音響かせて、まっしぐらに終わりがやって来る。
でもさ、未来の事は誰にも分かんないじゃない?
九分九厘世界が終わるらしいけど、それは確定した未来じゃない。
『未来』ってのは、『今』になるまで永久に『未来』なんだから、
それがどうなるか不安に推論してたって無意味でしょ?
日曜日に世界がどうなるかは、結局は日曜になってみるまで分からない。
だったら、別に来週の事を予定してても、悪くないんじゃない?
馬鹿みたいだって自分でも分かっちゃいるけどさ。
え?
どしたの、ディレクター?
九分九厘じゃ全然決まってないも同然だって?
九分九厘……、あ、ホントだ。
九分九厘じゃ一割にもなってないじゃん。
こりゃ失礼。
いや、アタシの友達がさ、99%の事を九分九厘って言うのよ。
ついその口癖が感染しちゃったみたいね。
馬鹿みたいと言うか、ホントに馬鹿で申し訳ない。
正確には九割九分九厘終末がやって来るって話だけど、
それにしたって確定してないのは確かなんだし、確率の話をしててもしょうがないわよ。
……確率を思いっ切り間違えてたアタシが言うのもなんだけどさ。
あははっ、まあ、勘弁してちょうだい。
話はちょっと変わるけど、お前らパンドラの箱の話って知ってる?
有名な話だから知らない人は少ないと思うけど、
その箱を開けたら、世界にあらゆる災厄が飛び出して来たって話ね。
箱を開けたら、艱難辛苦、病別離苦、そんな感じの四苦八苦が世界に蔓延しちゃった。
四苦八苦は仏教用語だけど、それは今は置いといて。
それだけ災厄が一気に飛び出たけど、
一つだけパンドラの箱の中に残ってた物があったらしいのよ。
それは『希望』……、なーんて言い古された話をしたいわけじゃない。
箱の中に残ってた物が何なのか色んな説があるみたいだけど、
一説によると残ってた物は『予知能力』なんだって説もあるらしいのよね。
確かに人が『予知能力』なんて手に入れちゃったら、最高の災厄だと思わない?
先の事が分かんないから、人生ってやつは面白いし、人は生きていけるんでしょ?
馬鹿みたいって言うか馬鹿だけど、
アタシ達は先の事が分かんないから、どうにかながらでも生きて来られた。
終末が近付いてても、馬鹿話どころか来ないはずの来週の話までできる。
未来の事が分からないから……、そういう事ができるのよね。
人間って、そういう馬鹿な生き物でいいんじゃないかって、アタシは思うのよ。
だから、思う存分、未来の話をしようじゃない?
例え存在しない未来でも、『現在』を生きられるならそれもアリでしょ?
……しまった。
やけに真面目な話になってしまった。
ひょうきんクリスティーナと呼ばれるくらい、
ひょうきんに定評のあるアタシとした事が……。
ま、アタシはそう思うってだけの個人的な意見よ。
お前らはお前らの思うように生きてくれれば、それでオーケー。
自由を求めて、自由に生きてくのがロックってやつだしね。
さってと、そろそろ今日の一曲目といきますか。
今日の一曲目も終末っぽいって言ったら、終末っぽいのか?
歌詞を見る限り、内容が全然理解できないけど、
もしかしたら終末の曲なのかもしれない……と思わなくもない曲。
そんな変わり種の今日の一曲目、愛知県のジャガー・ニャンピョウのリクエストで、
サイキックラバーの『いつも手の中に』――」
560: にゃんこ 2011/09/17(土) 21:45:59.77 ID:PrE/G5mJ0
○
「りっちゃんが着たがってたあの高校の制服、お友達から借りられたのー」
それなりの楽器の練習の後、お茶の準備をしながら、
いつもと変わらないほんわかとした柔らかい表情でムギが微笑んだ。
「えっ? マジで? ホントに?」
少し大袈裟に私はムギに尋ねてみる。
勿論、疑ってるわけじゃない。
確かあの高校の制服の話をしたのは、確か『終末宣言』前の約一ヵ月半前の事だ。
言い出しっぺの私ですら半分忘れ掛けてたのに、
ムギがその約束をずっと覚えてくれれたって事に私は驚いていた。
それもただの一ヵ月半じゃない。
世界の終わりまで残り少ない時間の中で、
ムギは私との約束を果たそうとしてくれてたんだ。
「ありがとな、ムギ!」
申し訳ないんだか、嬉しいんだか、
何とも言えない気持ちになって、私はお茶の準備をするムギに後ろから軽く抱き着いた。
「ちょっと……、危ないよ、りっちゃん」
叱るような口振りだったけど、口の端を笑顔にしながらムギが言った。
お盆にお茶を乗せたムギに抱き着くのが危ないのは分かってる。
でも、抱き着きたかったんだ。
それくらい私の胸は色んな気持ちでいっぱいだった。
ムギはいい子だな、本当に……。
「おい律……、危ないぞ?」
「わーってるって、み……」
その言葉に返事しようと顔を向けた私は、一瞬言葉を失った。
そこには嫉妬に燃えてるってほどじゃないけど、若干不機嫌そうな顔の澪が居たからだ。
昨日友達以上恋人未満になっておいて、
よりにもよってそいつの前で他の子に抱き着くのは、確かにあんまり褒められた事じゃないよな……。
別の意味でも危なかったか……。
「ごめんごめん、ちょっと危なかったな」
「気を付けろよ、律」
「ああ、分かってるって」
言いながら私がムギから離れた直後くらいに、
澪が不機嫌そうな顔から軽い苦笑に表情を変えていた。
少しは嫌だったんだろうけど、不機嫌な表情は半分演技だったらしい。
ムギ相手にやった事だし、澪自身もそんなに心が狭い奴ってわけじゃない。
軽い警告の意味で不機嫌そうな演技をしたんだろう。
澪自身が嫌だからと言うより、
将来的に深い仲になる誰かの前でそういう事をするなって事を、私に教えてくれたみたいだ。
やれやれ。
澪は私の母さんかよ……。
そう思わなくもないけど、私を心配してやってくれた事だし、悪い気はしなかった。
まあ、将来的にそんな深い仲になる予定があるのは、今は澪しかいないんだけどな。
「でも、あの高校の制服が着られるのは嬉しいよな。
ありがとう、ムギ」
澪がムギに軽く微笑み掛ける。
「いえいえ」とお盆に置いたお茶をそれぞれの机に置きながら、ムギが会釈した。
その二人の様子はとても仲の良い友達そのもので、
澪がムギに対して嫉妬してるって事もやっぱりなさそうだ。
心なしかムギが私達を見る目も、いつもより生温かく見える。
ひょっとして……、私と澪の関係、気付かれてる……?
いや、別に隠す事じゃないんだけどさ……。
561: にゃんこ 2011/09/17(土) 21:47:39.84 ID:PrE/G5mJ0
「遂に私達があの高校の制服に袖を通す時が来たか……」
「何を大袈裟に言ってるんですか、唯先輩」
「えー……。
あずにゃんはあの高校の制服を着るの楽しみじゃないの?」
「楽しみですけど、そんな大袈裟に言うほどじゃないです」
「もー。あずにゃんのいけずぅ」
「何がいけずですか……」
不意に顔を向けると、唯と梓がこれまた仲が良さそうに会話していた。
先輩と後輩としては少しどうかと思うが、
それでも久しぶりにそんな唯と梓の姿を見るのは純粋に嬉しかった。
私がボケて、澪が注意して、ムギが皆を思いやって、唯と梓が子供みたいにじゃれ合う。
そんな時間を取り戻せた事が、今は本当に嬉しい。
「ところで、その制服は何処にあるんだ?
明日持って来てくれるのか?」
笑顔になりながら、私は目の前のムギに訊ねてみる。
お茶の準備を終えたムギも軽く微笑みながら返す。
「ううん、あの高校の制服はもう持って来てあるの。
さわ子先生の衣装と一緒に、ハンガーで掛けてあるんだ。
本当は制服を着るのは明日がいいかなとは思ってたんだけど、
今日の方がいいかもって思い直したんだ。
多分、明日はさわ子先生の衣装をたくさん着る事になると思うし……」
「だろうなー……」
少し呆れながら、私は小さく呟いた。
昨日、土曜日にライブを開催する事を皆に伝えると、
即座に部員全員が手を上げて快くライブへの参加を決めてくれた。
皆ならそうしてくれるだろうと思ってはいたけど、やっぱり嬉しかった。
その時、少し泣き出しそうになってたのは、誰にも内緒だ。
ついでに言えば、昨日家に帰った後、
広辞苑で『役不足』の意味を調べた時の私の表情も誰にも内緒だ。
とにかく、ライブに部員が全員参加する事が決まった後、
私達は信代やいちご、聡や憂ちゃんとか、そんな思う限りの知人に連絡を取った。
観に来てはくれなくてもいい。
ただ私達が最後にライブを開催する事だけは、皆に知っておいてほしかったから。
でも、全員とは言わないけど、
多くのクラスメイトや友達が私達のライブを観に来てくれると言ってくれた。
こんな時期なのに、私達の最後のライブを観てくれる……、そんな皆に心から感謝したい。
勿論、さわちゃんも私達のライブを観に来てくれると言っていた。
「最後のライブに相応しい、素敵な衣装を持ってくわよ!」と余計な言葉まで添えて。
いや、余計な言葉って言ったら、すごく失礼だとは思うんだけど……。
思いはするだけど……さ。
それでも、澪と梓が珍しくそのさわちゃんの衣装を着る事を反対しなかった。
むしろ自分から進んでその衣装を着たいって言い出したくらいだ。
当然、そのさわちゃんの衣装を心から着たいわけじゃなくて、
その衣装を着る事で、これまでさわちゃんにお世話になった感謝の気持ちを示したいからだ。
その気持ちは私だって同じだった。
澪と梓が反対しないんなら、
私だって最後の……高校最後のライブくらいは、さわちゃんの好きにさせてあげたいんだ。
そんなわけで、ムギの言葉は本当に正しい。
確かに今日の内に着ておかないと、
明日あの高校の制服を着るどころか、目にできるかどうかすら危うい。
早めに、今すぐにでも着ておかないと、
折角のムギの努力を全部水の泡にしちゃう事になる。
「じゃあ、お茶飲んだらすぐにあの高校の制服に着替えようぜ、皆。
練習もあの高校の制服でやろう。
急がないと、衣装合わせとか言って、さわちゃんが来るかもしれないしな」
少し焦って私が言うと、皆が非常に神妙そうな表情で頷いた。
私達の心は今こうして一つになった。
一つになり方が、非常に微妙だが。
「何を大袈裟に言ってるんですか、唯先輩」
「えー……。
あずにゃんはあの高校の制服を着るの楽しみじゃないの?」
「楽しみですけど、そんな大袈裟に言うほどじゃないです」
「もー。あずにゃんのいけずぅ」
「何がいけずですか……」
不意に顔を向けると、唯と梓がこれまた仲が良さそうに会話していた。
先輩と後輩としては少しどうかと思うが、
それでも久しぶりにそんな唯と梓の姿を見るのは純粋に嬉しかった。
私がボケて、澪が注意して、ムギが皆を思いやって、唯と梓が子供みたいにじゃれ合う。
そんな時間を取り戻せた事が、今は本当に嬉しい。
「ところで、その制服は何処にあるんだ?
明日持って来てくれるのか?」
笑顔になりながら、私は目の前のムギに訊ねてみる。
お茶の準備を終えたムギも軽く微笑みながら返す。
「ううん、あの高校の制服はもう持って来てあるの。
さわ子先生の衣装と一緒に、ハンガーで掛けてあるんだ。
本当は制服を着るのは明日がいいかなとは思ってたんだけど、
今日の方がいいかもって思い直したんだ。
多分、明日はさわ子先生の衣装をたくさん着る事になると思うし……」
「だろうなー……」
少し呆れながら、私は小さく呟いた。
昨日、土曜日にライブを開催する事を皆に伝えると、
即座に部員全員が手を上げて快くライブへの参加を決めてくれた。
皆ならそうしてくれるだろうと思ってはいたけど、やっぱり嬉しかった。
その時、少し泣き出しそうになってたのは、誰にも内緒だ。
ついでに言えば、昨日家に帰った後、
広辞苑で『役不足』の意味を調べた時の私の表情も誰にも内緒だ。
とにかく、ライブに部員が全員参加する事が決まった後、
私達は信代やいちご、聡や憂ちゃんとか、そんな思う限りの知人に連絡を取った。
観に来てはくれなくてもいい。
ただ私達が最後にライブを開催する事だけは、皆に知っておいてほしかったから。
でも、全員とは言わないけど、
多くのクラスメイトや友達が私達のライブを観に来てくれると言ってくれた。
こんな時期なのに、私達の最後のライブを観てくれる……、そんな皆に心から感謝したい。
勿論、さわちゃんも私達のライブを観に来てくれると言っていた。
「最後のライブに相応しい、素敵な衣装を持ってくわよ!」と余計な言葉まで添えて。
いや、余計な言葉って言ったら、すごく失礼だとは思うんだけど……。
思いはするだけど……さ。
それでも、澪と梓が珍しくそのさわちゃんの衣装を着る事を反対しなかった。
むしろ自分から進んでその衣装を着たいって言い出したくらいだ。
当然、そのさわちゃんの衣装を心から着たいわけじゃなくて、
その衣装を着る事で、これまでさわちゃんにお世話になった感謝の気持ちを示したいからだ。
その気持ちは私だって同じだった。
澪と梓が反対しないんなら、
私だって最後の……高校最後のライブくらいは、さわちゃんの好きにさせてあげたいんだ。
そんなわけで、ムギの言葉は本当に正しい。
確かに今日の内に着ておかないと、
明日あの高校の制服を着るどころか、目にできるかどうかすら危うい。
早めに、今すぐにでも着ておかないと、
折角のムギの努力を全部水の泡にしちゃう事になる。
「じゃあ、お茶飲んだらすぐにあの高校の制服に着替えようぜ、皆。
練習もあの高校の制服でやろう。
急がないと、衣装合わせとか言って、さわちゃんが来るかもしれないしな」
少し焦って私が言うと、皆が非常に神妙そうな表情で頷いた。
私達の心は今こうして一つになった。
一つになり方が、非常に微妙だが。
565: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:36:50.84 ID:i61ag9xK0
○
さわちゃんの衣装の中に埋もれて、
あの高校の制服はさりげなくハンガーに掛けられていた。
実はムギが言うには、一週間前には既に友達から借りていたらしい。
でも、私達のそれぞれが悩みを抱えている事に気付いていたムギは、
皆の悩みが少しでも解決するまで、制服の事は誰にも言わないでおこうと思ったんだそうだ。
あの学校の制服を着るなら、皆揃って、笑顔で着られる方がいい。
「変な我儘で皆に秘密にしてて、ごめんね」と苦笑しながらムギが言ったけど、
そのムギの変な我儘を悪く思う部員なんていなかった。
大体、それは変な我儘じゃなくて、ムギの思いやりなんだから。
私達はムギの思いやりに感謝しながら、部室の中であの高校の制服に着替え始める。
一緒に大浴場にだって入ってる仲だ。
変な照れもなく、皆手早く着替えを終えていった。
特に部室で水着に着替える事も躊躇わない唯とムギの着替えは、そりゃ早かった。
物凄い早着替えだった。
唯なんか上下の下着丸出しになってから、誰の視線も気にせずそのまま着替えてた。
決して悪い事じゃないんだけど、妙に複雑な気分になるのは何故だろう。
唯よ……、今更だけど、女子高とは言え、
女子は人前では普通ブラジャーとパンツを丸出しにせず、上下片方ずつ着替えるもんなんだぞ……。
唯らしいっちゃ、唯らしいんだけど……。
でも、唯がそんな見事な着替えっぷり(脱ぎっぷり?)を見せてくれたおかげで、
残る私達も初めて着るあの高校の制服を戸惑わずに着替える事ができた。
初めて着る服って、どんな服でも少しは戸惑うもんなんだけど、流石は唯だ。
伊達にメイド服ですら、即座に着方を覚える女じゃない。
その能力と情熱をもっと他で生かせればいいんだけど、それでこそ唯でもある。
「りっちゃん、カックイー!」
制服に着替え終わった私の姿を見て、唯が珍しく私に対する称賛の声を上げた。
普段が普段だから、またからかわれてるのかと思ったけど、
私の姿を褒める唯の輝いた瞳には嘘が無いように見えた。
どうやら純粋に褒めてくれてるらしい。
まあ、私自身ってより、制服自体が格好いいからってのもあるんだろうけど。
それでも、褒められるのに悪い気はしない。
私は少し照れ臭い気分になりながら、目の前の制服姿の唯に言ってやる。
「ありがと、唯。唯も似合ってるぜ」
「でっへへー、そっかなあ。
私、そんなに似合ってる?」
「そうですね、似合ってますよ、唯先輩。
何だかすごく優等生みたいに見えます」
私の言葉に乗っかる形で、これまた制服に着替え終わった梓が言った。
梓のその言葉に、唯がまた頭を掻いて照れ始めたけど、唯は気付いてるのだろうか。
優等生みたいに見えるって事は、普段は全く優等生に見えてないって事に……。
事実だから、しょうがなくもあるが……。
「律先輩も似合ってますよね。
すごくまともな女子高生に見えますよ」
悪気の無い顔で、梓が無邪気な声色で続ける。
唯が普段優等生に見えてないってだけならまだしも、
私の方はまともな女子高生にすら見えてなかったのかよ!
いや、確かに普段は制服を着崩してるけどさあ……、
そんなに言うほどまともな女子高生に見えてなかったのか……。
突っ込む気になるより先に、すごく落ち込むぞ。
着崩すだけなら、あの生徒会長の和も結構やってるのに……。
これが人望の差か……。
初めて着る服だし、私としては珍しく制服の上着のボタンまで締めてたけど、
どうにも悔しいので全部外して、スカートの中に入れてたシャツも出してやった。
タイ……と言うか、
制服のネクタイも緩めて、会社帰りのサラリーマンみたいにしてやる。
566: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:48:49.57 ID:i61ag9xK0
「あー、折角まともな女子高生みたいだったのにー……」
今度は梓じゃなくて、唯が残念そうに呟いた。
ブルータス、おまえもか。
……ブルータスってのが誰かはよく知らないけど。
しかし、そんなに私がまともな女子高生に見えてなかったとは……。
だが、構わん。
これが私のスタイルだ。
残り少ない高校生活、世界の終わりが来ようが来まいが、最後まで貫き通してやるぞ。
唯と梓は精々真面目に制服を着こなすがいいさ。
「つーん」
わざわざ声に出しながら、腕を組んで唯達から視線を逸らしてやる。
別に怒ってるわけじゃないけど、このくらいの自己主張はしておかなきゃな。
「悪口言ったわけじゃないんだよー。
ごめんよー、りっちゃ……」
唯が謝りながら私に駆け寄って来ようとして、その声が途中で止まった。
どうしたんだろう、と私が唯に視線を戻すと、
唯は少し驚いた顔で私の後ろの方に視線をやっていた。
唯の隣に居る梓も、意外そうな表情でその方向を見つめている。
その視線を辿るみたいに振り返ってみると、
その唯達の視線の先には、私と同じようにあの高校の制服を着崩したムギが居た。
上着のボタンを外し、ネクタイも緩めていて、どうにもムギっぽくないその姿。
「どうしたんだよ、ムギ?
そんなに制服を着崩したりして……」
つい不安になって、私はムギに訊ねてしまう。
いくら何でも、ムギっぽくないにも程がある。
何かの心境の変化か?
恋する乙女は好きな男のタイプによって印象を変えるらしいが、そういう事なのか?
その私達の不安そうな視線に気付いたムギは、困ったように苦笑して言った。
「ご……、ごめんね、皆。
前からりっちゃんの制服の着方、してみたいなって憧れてたんだ……。
でも、授業中にやったら、叱られちゃうじゃない?
それで今までりっちゃんの真似ができなくて……。
だから、折角の機会だし、りっちゃんみたいに制服を着てみようと思ったの。
……でも、ごめんね。私には似合わなったよね……。
やっぱりこの着方はりっちゃんがやってこそだよね……。
すぐに着替え直すから、ちょっと待っててくれる……?」
本当に残念そうなムギの声色。
かなり落ち込んでるみたいに見える。
似合わないなんてそんな事ない。
私がそれを伝えようと口を開くと、それより先に唯と梓がムギに駆け寄っていた。
真剣な表情で唯と梓がムギに伝える。
「そんな事ないよ、ムギちゃん!
変な顔しちゃって、私達の方こそごめん!
ムギちゃんのそんなカッコ見るの初めてだから、ちょっと驚いちゃっただけなんだよ。
すっごく似合ってるから、そのままのカッコでいよ?
いいでしょ、ムギちゃん?」
「そうですよ、ムギ先輩!
その格好のムギ先輩の姿も、意外性があって素敵です!」
今度は梓じゃなくて、唯が残念そうに呟いた。
ブルータス、おまえもか。
……ブルータスってのが誰かはよく知らないけど。
しかし、そんなに私がまともな女子高生に見えてなかったとは……。
だが、構わん。
これが私のスタイルだ。
残り少ない高校生活、世界の終わりが来ようが来まいが、最後まで貫き通してやるぞ。
唯と梓は精々真面目に制服を着こなすがいいさ。
「つーん」
わざわざ声に出しながら、腕を組んで唯達から視線を逸らしてやる。
別に怒ってるわけじゃないけど、このくらいの自己主張はしておかなきゃな。
「悪口言ったわけじゃないんだよー。
ごめんよー、りっちゃ……」
唯が謝りながら私に駆け寄って来ようとして、その声が途中で止まった。
どうしたんだろう、と私が唯に視線を戻すと、
唯は少し驚いた顔で私の後ろの方に視線をやっていた。
唯の隣に居る梓も、意外そうな表情でその方向を見つめている。
その視線を辿るみたいに振り返ってみると、
その唯達の視線の先には、私と同じようにあの高校の制服を着崩したムギが居た。
上着のボタンを外し、ネクタイも緩めていて、どうにもムギっぽくないその姿。
「どうしたんだよ、ムギ?
そんなに制服を着崩したりして……」
つい不安になって、私はムギに訊ねてしまう。
いくら何でも、ムギっぽくないにも程がある。
何かの心境の変化か?
恋する乙女は好きな男のタイプによって印象を変えるらしいが、そういう事なのか?
その私達の不安そうな視線に気付いたムギは、困ったように苦笑して言った。
「ご……、ごめんね、皆。
前からりっちゃんの制服の着方、してみたいなって憧れてたんだ……。
でも、授業中にやったら、叱られちゃうじゃない?
それで今までりっちゃんの真似ができなくて……。
だから、折角の機会だし、りっちゃんみたいに制服を着てみようと思ったの。
……でも、ごめんね。私には似合わなったよね……。
やっぱりこの着方はりっちゃんがやってこそだよね……。
すぐに着替え直すから、ちょっと待っててくれる……?」
本当に残念そうなムギの声色。
かなり落ち込んでるみたいに見える。
似合わないなんてそんな事ない。
私がそれを伝えようと口を開くと、それより先に唯と梓がムギに駆け寄っていた。
真剣な表情で唯と梓がムギに伝える。
「そんな事ないよ、ムギちゃん!
変な顔しちゃって、私達の方こそごめん!
ムギちゃんのそんなカッコ見るの初めてだから、ちょっと驚いちゃっただけなんだよ。
すっごく似合ってるから、そのままのカッコでいよ?
いいでしょ、ムギちゃん?」
「そうですよ、ムギ先輩!
その格好のムギ先輩の姿も、意外性があって素敵です!」
567: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:49:31.74 ID:i61ag9xK0
……私に対する態度とは天と地ほどの差があった。
でも、別にそれが嫌ってわけじゃない。
私も唯達と同じ気持ちだ。
いつもムギに助けられてる私達だ。
ムギがしたい事なら、何でも手助けしてあげたい。
制服を着崩したムギの姿が似合ってるってのも確かだしな。
お嬢様っぽいムギの見せる(実際にお嬢様なんだけど)少し背伸びをしたその姿。
意外性があって驚くけど、とても可愛らしくて、素敵だと思う。
「……本当?」
自信なさげにムギが呟く。
そのムギの手を取って、唯が優しく微笑んだ。
「ホントだよ、ムギちゃん。
すっごく可愛いもん。着替え直すのは勿体無いよ。
私の方からもお願い。そのままのカッコでいてよ、ムギちゃん」
「……りっちゃんは、私がりっちゃんの真似して、嫌じゃない?」
唯に手を取られながら、ムギが意を決した表情になって言った。
私に断られたらどうしようかと思ってるんだろう。
まったく……。
いつも頼りになるくせに、こんな時だけ気弱になるんだからな、ムギは。
ムギは多分、自分の外見とか、家柄とか、色んな事が周りの皆と違ってる事を気にしてる。
皆の仲間になりたくて、皆と同じ事をしてみたいと思ってる。
だからこそ、皆と同じ事をして、
それでも自分の姿が浮いていたらと思うと、不安で仕方が無いんだろうと思う。
人と違う事は強味になる事もあるけど、ほとんどの場合不安に繋がっちゃうものなんだ。
だから、私はムギに言ってあげるんだ。
「嫌なわけないだろ?
ムギが私の格好に憧れてたって言ってくれるのも嬉しいよ。
どんどん真似してくれよ、ムギ。
何ならカチューシャだって貸してやるぞ?」
「……うん。ありがと、りっちゃん。
ごめんね。ありがとう、皆……」
それでようやく、ムギはまた笑顔になってくれた。
私達が大好きな、ムギの柔らかくていつまでも見てたい笑顔に。
悩み事は人それぞれ。
世界の終わりを間近にしても、悩みの形はそれこそ千差万別。
失くしたキーホルダーの事や、成功させたいライブの事や、
人と違う自分の事や、そして、恋の事なんかをそれぞれ悩んで……。
馬鹿みたいだけど、それが私達が私達のままでいるって事なんだろう。
「……で?」
私は部屋の隅の方で、
私達の様子をうかがってた黒髪ロングに視線をやってみる。
黒髪ロングは居心地の悪そうに壁際に身を寄せ、目を逸らす。
でも、別にそれが嫌ってわけじゃない。
私も唯達と同じ気持ちだ。
いつもムギに助けられてる私達だ。
ムギがしたい事なら、何でも手助けしてあげたい。
制服を着崩したムギの姿が似合ってるってのも確かだしな。
お嬢様っぽいムギの見せる(実際にお嬢様なんだけど)少し背伸びをしたその姿。
意外性があって驚くけど、とても可愛らしくて、素敵だと思う。
「……本当?」
自信なさげにムギが呟く。
そのムギの手を取って、唯が優しく微笑んだ。
「ホントだよ、ムギちゃん。
すっごく可愛いもん。着替え直すのは勿体無いよ。
私の方からもお願い。そのままのカッコでいてよ、ムギちゃん」
「……りっちゃんは、私がりっちゃんの真似して、嫌じゃない?」
唯に手を取られながら、ムギが意を決した表情になって言った。
私に断られたらどうしようかと思ってるんだろう。
まったく……。
いつも頼りになるくせに、こんな時だけ気弱になるんだからな、ムギは。
ムギは多分、自分の外見とか、家柄とか、色んな事が周りの皆と違ってる事を気にしてる。
皆の仲間になりたくて、皆と同じ事をしてみたいと思ってる。
だからこそ、皆と同じ事をして、
それでも自分の姿が浮いていたらと思うと、不安で仕方が無いんだろうと思う。
人と違う事は強味になる事もあるけど、ほとんどの場合不安に繋がっちゃうものなんだ。
だから、私はムギに言ってあげるんだ。
「嫌なわけないだろ?
ムギが私の格好に憧れてたって言ってくれるのも嬉しいよ。
どんどん真似してくれよ、ムギ。
何ならカチューシャだって貸してやるぞ?」
「……うん。ありがと、りっちゃん。
ごめんね。ありがとう、皆……」
それでようやく、ムギはまた笑顔になってくれた。
私達が大好きな、ムギの柔らかくていつまでも見てたい笑顔に。
悩み事は人それぞれ。
世界の終わりを間近にしても、悩みの形はそれこそ千差万別。
失くしたキーホルダーの事や、成功させたいライブの事や、
人と違う自分の事や、そして、恋の事なんかをそれぞれ悩んで……。
馬鹿みたいだけど、それが私達が私達のままでいるって事なんだろう。
「……で?」
私は部屋の隅の方で、
私達の様子をうかがってた黒髪ロングに視線をやってみる。
黒髪ロングは居心地の悪そうに壁際に身を寄せ、目を逸らす。
568: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:50:19.33 ID:i61ag9xK0
「おまえの方は何でそんな恰好をしてんだよ、澪」
「いや、その……、あの……」
歯切れ悪く澪が呟く。
そんな恰好と言うのは、あの高校の制服に着替えた澪の姿の事だった。
澪も私やムギと同じように制服を着崩し、
濃紺の上着のボタンを外して、シャツを出した上にネクタイを緩めている。
それだけなら、まあ、いいとして、
何故か澪はその上から更にフード付きのパーカーを重ねていた。
フードまで被って、明らかに場違い感丸出しだ。
いや、それも別にいい。
重要なのは、その薄紫っぽいパーカーは澪の私物って事だ。
それは何度か澪の部屋で見掛けた事があるけど、
澪自身が着ているのを目にした事が無いパーカーだった。
いつの間にか、さわちゃんの衣装と一緒にハンガーに掛けていたらしい。
「照れてるのか?
別に制服くらいなら恥ずかしくないじゃんか?
恥ずかしいにしても、上からパーカーなんか着ちゃったら、
制服借りて来てくれたムギにも悪いだろ?」
「いや、そうじゃなくて……」
私達の会話が耳に入ったらしい。
ムギは私達の方に近寄ると、優しい声色で澪に囁いた。
「いいんだよ、澪ちゃん。
恥ずかしいなら、そのままでも。
フードを被ってる澪ちゃんも新鮮で素敵だもん」
「ち、違うんだよ、ムギ。
恥ずかしいとか、そんなんじゃなくて、私は、ただ……」
恥ずかしい事からは逃げがちな澪としては、珍しく食い下がっていた。
この調子だと、本当に恥ずかしいからパーカーを着てるわけじゃないらしい。
でも、そうなると、澪がこんなにしてまでパーカーを着てる理由が分からない。
一体、どういう事なんだ……?
私が不審そうな視線を向けると、遂に観念したようで、澪がぼそぼそと呟き始めた。
「いや、その……、あの……」
歯切れ悪く澪が呟く。
そんな恰好と言うのは、あの高校の制服に着替えた澪の姿の事だった。
澪も私やムギと同じように制服を着崩し、
濃紺の上着のボタンを外して、シャツを出した上にネクタイを緩めている。
それだけなら、まあ、いいとして、
何故か澪はその上から更にフード付きのパーカーを重ねていた。
フードまで被って、明らかに場違い感丸出しだ。
いや、それも別にいい。
重要なのは、その薄紫っぽいパーカーは澪の私物って事だ。
それは何度か澪の部屋で見掛けた事があるけど、
澪自身が着ているのを目にした事が無いパーカーだった。
いつの間にか、さわちゃんの衣装と一緒にハンガーに掛けていたらしい。
「照れてるのか?
別に制服くらいなら恥ずかしくないじゃんか?
恥ずかしいにしても、上からパーカーなんか着ちゃったら、
制服借りて来てくれたムギにも悪いだろ?」
「いや、そうじゃなくて……」
私達の会話が耳に入ったらしい。
ムギは私達の方に近寄ると、優しい声色で澪に囁いた。
「いいんだよ、澪ちゃん。
恥ずかしいなら、そのままでも。
フードを被ってる澪ちゃんも新鮮で素敵だもん」
「ち、違うんだよ、ムギ。
恥ずかしいとか、そんなんじゃなくて、私は、ただ……」
恥ずかしい事からは逃げがちな澪としては、珍しく食い下がっていた。
この調子だと、本当に恥ずかしいからパーカーを着てるわけじゃないらしい。
でも、そうなると、澪がこんなにしてまでパーカーを着てる理由が分からない。
一体、どういう事なんだ……?
私が不審そうな視線を向けると、遂に観念したようで、澪がぼそぼそと呟き始めた。
569: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:50:50.07 ID:i61ag9xK0
「……たんだ」
「え? 何? どした?」
「あの雑誌でMAKOちゃんが、この制服の上からパーカーを着てたのが可愛かったんだ……」
沈黙。
天使が通ったかのような沈黙が音楽室を包む。
澪が顔を真っ赤にして、フードを更に深く被って縮こまった。
MAKOちゃん……。
確か澪が読んでるファッション誌の読者モデルの名前だったはずだ。
何度か澪の部屋で読んだ事があるけど、
確かそのMAKOちゃんが今の澪みたいな恰好をしてた時があった気もする。
だから、澪はこの制服を着るのに乗り気だったんだな。
制服を買うのは無理としても、パーカーだけは自前で用意して……。
「澪ちゃんって、結構ミーハーだよね」
悪気の無い表情で、唯が楽しそうに口にする。
実際悪気は無いんだろうけど、その唯の言葉は澪にとどめを刺すのに十分だった。
パーカーに手を掛け、急に暴れるみたいにして立ち上がる。
「いいよ! 似合わない事して悪かったよ!
脱ぐよ! 今すぐ脱ぐから待っててよ!」
「いやいや、そこまでせんでも……」
私は暴れる澪の腕を取って、どうにか動きを止めようと力を入れる。
でも、体格のいい澪を小柄な私の力で抑えるのは少し無理があって、
澪のパーカーがもう少しで脱げそうになった瞬間……。
「あーっ!」
唯が不意に大声を出した。
あまりに突然の事に、私も澪も、ムギや梓ですらも驚いて動きを止める。
「ど……、どうしたんだよ、唯……」
私はおずおずと唯に訊ねてみる。
奇行には事欠かない唯だけど、少なくともこんな風に突然大声を上げる事はそうはない。
つまり、よっぽどの事があったって事だ。
「見てよ、りっちゃん! 凄いよ!」
唯が人差し指を窓の方向に向けて、また大きな声を上げる。
私も窓の方に視線を向ける。
窓の外の光景を見た瞬間、唯が大声を上げるのももっともだと私は思った。
澪達も呆然として、窓の外の光景を見ていた。
「うわ……」
つい私の口からそんな声が漏れ出していた。
それくらい、印象的な光景だった。
「空が……」
私に続くみたいに、澪が呟く。
空は変わらず青かった。
だけど、その青い空に流れるたくさんの雲は、
これまで見た事が無い速度で流れていて……。
例えるなら、テレビで観るVTRの早回しの空模様。
そんな早回しの雲が、
現実の時間で、
青い空を流れていた。
まるで、
世界の終わりを告げるみたいに。
「え? 何? どした?」
「あの雑誌でMAKOちゃんが、この制服の上からパーカーを着てたのが可愛かったんだ……」
沈黙。
天使が通ったかのような沈黙が音楽室を包む。
澪が顔を真っ赤にして、フードを更に深く被って縮こまった。
MAKOちゃん……。
確か澪が読んでるファッション誌の読者モデルの名前だったはずだ。
何度か澪の部屋で読んだ事があるけど、
確かそのMAKOちゃんが今の澪みたいな恰好をしてた時があった気もする。
だから、澪はこの制服を着るのに乗り気だったんだな。
制服を買うのは無理としても、パーカーだけは自前で用意して……。
「澪ちゃんって、結構ミーハーだよね」
悪気の無い表情で、唯が楽しそうに口にする。
実際悪気は無いんだろうけど、その唯の言葉は澪にとどめを刺すのに十分だった。
パーカーに手を掛け、急に暴れるみたいにして立ち上がる。
「いいよ! 似合わない事して悪かったよ!
脱ぐよ! 今すぐ脱ぐから待っててよ!」
「いやいや、そこまでせんでも……」
私は暴れる澪の腕を取って、どうにか動きを止めようと力を入れる。
でも、体格のいい澪を小柄な私の力で抑えるのは少し無理があって、
澪のパーカーがもう少しで脱げそうになった瞬間……。
「あーっ!」
唯が不意に大声を出した。
あまりに突然の事に、私も澪も、ムギや梓ですらも驚いて動きを止める。
「ど……、どうしたんだよ、唯……」
私はおずおずと唯に訊ねてみる。
奇行には事欠かない唯だけど、少なくともこんな風に突然大声を上げる事はそうはない。
つまり、よっぽどの事があったって事だ。
「見てよ、りっちゃん! 凄いよ!」
唯が人差し指を窓の方向に向けて、また大きな声を上げる。
私も窓の方に視線を向ける。
窓の外の光景を見た瞬間、唯が大声を上げるのももっともだと私は思った。
澪達も呆然として、窓の外の光景を見ていた。
「うわ……」
つい私の口からそんな声が漏れ出していた。
それくらい、印象的な光景だった。
「空が……」
私に続くみたいに、澪が呟く。
空は変わらず青かった。
だけど、その青い空に流れるたくさんの雲は、
これまで見た事が無い速度で流れていて……。
例えるなら、テレビで観るVTRの早回しの空模様。
そんな早回しの雲が、
現実の時間で、
青い空を流れていた。
まるで、
世界の終わりを告げるみたいに。
570: にゃんこ 2011/09/19(月) 14:51:25.08 ID:i61ag9xK0
○
異常な空模様に惹かれ、私達五人はグラウンドにやって来ていた。
風は強かったけど、台風って呼べるほどの風速でもなかった。
ムギや梓の髪がそこそこ靡く……、その程度の風速。
つまり、異常な速度の風が吹いてるのは上空だけなんだろう。
世界レベルで考えればあり得ないって事は無いんだろうけど、
日本ではまずあり得ない速さで多くの雲が流れていた。
世界の終わりを告げる前兆……ってか?
そうとしか思えない雲の動きに、私はとても複雑な気分になる。
不謹慎だけれど、私はその雲の動きをすごく綺麗だと思っちゃったから。
終わる前の美しさなのに、それは残酷なくらい綺麗だったんだ。
多分、皆もそう感じてるんだろうと思う。
私はしゃがみ込んで。
梓はただ静かに顔を上げて。
ムギは少しだけ首を傾げて。
唯は右手を飛行機に見立ててみたいに掲げ。
澪は結局フードを被ったままで。
五人とも、静かに空を見上げている。
皆の顔に悲しみや諦めの表情は浮かんでないし、
多分、私もそんな顔はしていない。
誰もが静かに、空を流れる雲を見上げている。
世界の終わり……、終末の予兆を実感している。
世界は本当に終わるんだな……って、頭じゃなくて心で理解する。
恐くないと言ったら嘘になる。
でも、今は恐さより、残念な気持ちの方が大きかった。
折角皆と仲良くなれたのに、
かけがえの無い仲間達ができたのに、
その関係は終わる。もうすぐ終わる。
それが残念でしょうがない。
私は立ち上がり、皆と肩を並べる。
右から、ムギ、梓、澪、唯、私って順番で並ぶ。
空模様が気にはなるけど、もう空を進んで見上げはしない。
終末の予兆については、未来の私達については、十分に実感できた。
だから。
今から私達が見るのは、今生きる私達と今生きる私達のしたい事だ。
575: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:23:52.21 ID:IdvxXT/q0
「終わっちゃうんだね、私達の世界……」
正面を向いたまま、唯が呟く。
終わる世界を名残惜しいと思ってる……、
そんな感じの表情で唯は淡々と呟いていた。
「そうだな……」
唯の言葉に私が答える。
日曜日に世界が終わる。それはもうほとんど確定事項なんだ。
それまでに私達がやらなきゃいけない事は、まだたくさん残されてる。
だったら、前に進まなきゃな。
その先にあるのが、世界の終わりでも。
「そっかー……。それは残念だなあ……」
気が付けば、唯が呟きながら私の手を握っていた。
私も握り返す。強く。
もう私達の絆を見失わないために。
視線を向けると、澪達もそれぞれ隣のメンバーと手を繋いでいた。
軽音部一同、放課後ティータイム一同、強く手を握り合う。
全員が手を繋いだのを見届けると、唯が軽く笑った。
自嘲でも諦めでもない、純粋で幸せそうな笑顔で。
そんな笑顔で、皆の顔を見回しながら自信ありげに言った。
「でも、大丈夫だよ。私達は放課後ティータイムだもん」
「おいおい……。根拠になってないぞ、唯……」
澪が少し呆れたみたいに唯の顔に視線を向ける。
だけど、唯は自信に満ちた表情を崩さなかった。
澪の顔に自分の顔を近付けて、唯が不敵に続ける。
「甘いよ、澪ちゃん。
根拠ならちゃんとあるのです」
「えっ……、本当に根拠なんてあるんですか?」
梓が意外そうに声を上げた。
梓も唯の発言はいつもの無根拠な自信からのものだと考えてたみたいだ。
いや、かく言う私も、唯のその発言に根拠があるとは考えてなかった。
こんな時期だから意味の無い自信でも持てる唯は心強いし、
それでいいと思ってたんだけど、どうやらそういうわけじゃなかったらしい。
「何々? 教えて教えて」
ムギが好奇心に満ちた顔で唯の顔を覗き込む。
否定から入らず、まず好奇心から物事に臨むそのムギの態度は、
世界の終わりを目前にしてもいつものままで、私にはそれがとても嬉しかった。
「ふっふっふ……、だったら皆に教えてあげましょう」
自信満々な態度を崩さず、嬉しそうに唯が笑う。
少しだけ澪から手を離し、ピースサインで空に手を掲げると、すぐに掌を開いた。
いつの間に書いていたのか、
掌には我等が放課後ティータイムのマークがマジックで書かれていた。
正面を向いたまま、唯が呟く。
終わる世界を名残惜しいと思ってる……、
そんな感じの表情で唯は淡々と呟いていた。
「そうだな……」
唯の言葉に私が答える。
日曜日に世界が終わる。それはもうほとんど確定事項なんだ。
それまでに私達がやらなきゃいけない事は、まだたくさん残されてる。
だったら、前に進まなきゃな。
その先にあるのが、世界の終わりでも。
「そっかー……。それは残念だなあ……」
気が付けば、唯が呟きながら私の手を握っていた。
私も握り返す。強く。
もう私達の絆を見失わないために。
視線を向けると、澪達もそれぞれ隣のメンバーと手を繋いでいた。
軽音部一同、放課後ティータイム一同、強く手を握り合う。
全員が手を繋いだのを見届けると、唯が軽く笑った。
自嘲でも諦めでもない、純粋で幸せそうな笑顔で。
そんな笑顔で、皆の顔を見回しながら自信ありげに言った。
「でも、大丈夫だよ。私達は放課後ティータイムだもん」
「おいおい……。根拠になってないぞ、唯……」
澪が少し呆れたみたいに唯の顔に視線を向ける。
だけど、唯は自信に満ちた表情を崩さなかった。
澪の顔に自分の顔を近付けて、唯が不敵に続ける。
「甘いよ、澪ちゃん。
根拠ならちゃんとあるのです」
「えっ……、本当に根拠なんてあるんですか?」
梓が意外そうに声を上げた。
梓も唯の発言はいつもの無根拠な自信からのものだと考えてたみたいだ。
いや、かく言う私も、唯のその発言に根拠があるとは考えてなかった。
こんな時期だから意味の無い自信でも持てる唯は心強いし、
それでいいと思ってたんだけど、どうやらそういうわけじゃなかったらしい。
「何々? 教えて教えて」
ムギが好奇心に満ちた顔で唯の顔を覗き込む。
否定から入らず、まず好奇心から物事に臨むそのムギの態度は、
世界の終わりを目前にしてもいつものままで、私にはそれがとても嬉しかった。
「ふっふっふ……、だったら皆に教えてあげましょう」
自信満々な態度を崩さず、嬉しそうに唯が笑う。
少しだけ澪から手を離し、ピースサインで空に手を掲げると、すぐに掌を開いた。
いつの間に書いていたのか、
掌には我等が放課後ティータイムのマークがマジックで書かれていた。
576: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:25:07.35 ID:IdvxXT/q0
「何故ならば!
放課後ティータイムはいつまでも放課後だからなのです!」
「意味が分かりません……」
梓が呆れた顔で突っ込むと、澪も困った顔で苦笑した。
その二人の反応には不満があったらしく、唯が眉を軽く吊り上げて補足説明を始める。
「もーっ、あずにゃんも澪ちゃんも分かってないんだから……。
だからね、いつまでも放課後って事は、言い換えたら永遠に放課後って事でしょ?
つまり、放課後こそ、放課後ティータイムの真骨頂の時間って事なんだよ」
それだけで全てを説明したつもりらしく、
「ふんすっ!」と唯は自信満々のままに謎の鼻息を鳴らした。
鼻息……か?
とにかく久しぶりにその得意の鼻息を鳴らすくらい、唯には自信のある説明だったらしい。
どちらかと言うと唯側に近い私は、唯の言おうとしてる事は何となく分かる。
でも、真面目なタイプの澪と梓は唯の言う事が分かってないみたいで、首を傾げていた。
どうにか澪達に唯の発言の真意を説明してやりたいが、
感性に満ちた唯の発言を噛み砕いて説明できるほど、私も感性的じゃないからなあ……。
どうしたものかと悩んでいると、意外な所から助け舟がやって来た。
「世界の放課後……?」
確かめるみたいなその小さな声は、ムギが呟いたものだった。
唯が嬉しそうにムギの方に顔を向けて微笑む。
「そうそう! さっすがムギちゃん!
私が言いたいのはね、そういう事なんだよ!
おしまいの日に世界が終わっちゃうって事は、
つまり世界中の授業が全部終わっちゃうって事でもあるよね?
だったら、世界が終わっちゃった後に始まるのは……」
「世界の放課後……か」
唯の言葉を継いで、私は呟いてみる。
これまた唯らしい言い回しだなと、感心しながら思う。
そういや、前に漫画で読んだ事があるけど、
終末の予言の日の事をラグナロク……、神々の黄昏って言うんだっけ。
神々の黄昏と世界の放課後……。
言い方の違いはあるけど、言ってる事は大して変わらない。
そうなると、確かに私達が世界の終わりを恐がってるわけにはいかないな。
他の誰が世界の終わりを恐がってても、私達だけはその世界の放課後を恐がっちゃいけないんだ。
だって……。
「私達は放課後ティータイム……、だもんな。
放課後ティータイムの活動は、唯の言うように放課後が真骨頂だ。
その放課後を恐がるなんて、放課後ティータイムの名が廃るってやつだな」
私が言うと、唯が満面の笑顔で私に抱き着いてきた。
自分の言葉を理解してもらえたのが、心の底から嬉しかったらしい。
「ありがとう、りっちゃん!
分かってもらえて、すっごく嬉しいよ!」
「どういたしまして、唯。
そんなに喜んでもらえるとは思わなかったけどな……」
「放課後が真骨頂って、五時から男ですか……」
呆れ顔の梓が、わざわざ古い言葉を使って突っ込んでくる。
五時から男っておまえな……。
いや、梓の言ってる事は、全面的に正しくもあるけどさ。
「でも、確かにそれだな」
話の成り行きを見守ってた澪が、不意にとても楽しそうに言った。
私達の中で世界の終わりを一番恐がってるのは澪のはずだけど、
唯の言葉はその澪の不安を簡単に振り払ってしまったらしい。
それが唯の人柄で魅力なんだろうな。
澪の悩みを完全には解決してやれなかった私としては、ちょっと悔しいけどさ。
「よっしゃ」
放課後ティータイムはいつまでも放課後だからなのです!」
「意味が分かりません……」
梓が呆れた顔で突っ込むと、澪も困った顔で苦笑した。
その二人の反応には不満があったらしく、唯が眉を軽く吊り上げて補足説明を始める。
「もーっ、あずにゃんも澪ちゃんも分かってないんだから……。
だからね、いつまでも放課後って事は、言い換えたら永遠に放課後って事でしょ?
つまり、放課後こそ、放課後ティータイムの真骨頂の時間って事なんだよ」
それだけで全てを説明したつもりらしく、
「ふんすっ!」と唯は自信満々のままに謎の鼻息を鳴らした。
鼻息……か?
とにかく久しぶりにその得意の鼻息を鳴らすくらい、唯には自信のある説明だったらしい。
どちらかと言うと唯側に近い私は、唯の言おうとしてる事は何となく分かる。
でも、真面目なタイプの澪と梓は唯の言う事が分かってないみたいで、首を傾げていた。
どうにか澪達に唯の発言の真意を説明してやりたいが、
感性に満ちた唯の発言を噛み砕いて説明できるほど、私も感性的じゃないからなあ……。
どうしたものかと悩んでいると、意外な所から助け舟がやって来た。
「世界の放課後……?」
確かめるみたいなその小さな声は、ムギが呟いたものだった。
唯が嬉しそうにムギの方に顔を向けて微笑む。
「そうそう! さっすがムギちゃん!
私が言いたいのはね、そういう事なんだよ!
おしまいの日に世界が終わっちゃうって事は、
つまり世界中の授業が全部終わっちゃうって事でもあるよね?
だったら、世界が終わっちゃった後に始まるのは……」
「世界の放課後……か」
唯の言葉を継いで、私は呟いてみる。
これまた唯らしい言い回しだなと、感心しながら思う。
そういや、前に漫画で読んだ事があるけど、
終末の予言の日の事をラグナロク……、神々の黄昏って言うんだっけ。
神々の黄昏と世界の放課後……。
言い方の違いはあるけど、言ってる事は大して変わらない。
そうなると、確かに私達が世界の終わりを恐がってるわけにはいかないな。
他の誰が世界の終わりを恐がってても、私達だけはその世界の放課後を恐がっちゃいけないんだ。
だって……。
「私達は放課後ティータイム……、だもんな。
放課後ティータイムの活動は、唯の言うように放課後が真骨頂だ。
その放課後を恐がるなんて、放課後ティータイムの名が廃るってやつだな」
私が言うと、唯が満面の笑顔で私に抱き着いてきた。
自分の言葉を理解してもらえたのが、心の底から嬉しかったらしい。
「ありがとう、りっちゃん!
分かってもらえて、すっごく嬉しいよ!」
「どういたしまして、唯。
そんなに喜んでもらえるとは思わなかったけどな……」
「放課後が真骨頂って、五時から男ですか……」
呆れ顔の梓が、わざわざ古い言葉を使って突っ込んでくる。
五時から男っておまえな……。
いや、梓の言ってる事は、全面的に正しくもあるけどさ。
「でも、確かにそれだな」
話の成り行きを見守ってた澪が、不意にとても楽しそうに言った。
私達の中で世界の終わりを一番恐がってるのは澪のはずだけど、
唯の言葉はその澪の不安を簡単に振り払ってしまったらしい。
それが唯の人柄で魅力なんだろうな。
澪の悩みを完全には解決してやれなかった私としては、ちょっと悔しいけどさ。
「よっしゃ」
577: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:25:48.63 ID:IdvxXT/q0
抱き着いてきた唯の身体から少し離れて、私は気合を入れるみたいに呟いた。
部員に引っ張られてるだけじゃ、示しが付かないってもんだ。
一応、私はこれでも部長なんだからな。
両手を上げて、宣言するように言ってみせる。
「放課後ティータイムとしちゃ、
世界の放課後を気にしてるわけにはいかないぞ、皆。
明日のライブのために精一杯やるぞーっ!」
「おーっ!」
私の言葉に続き、皆が腕を掲げる。
世界の終わりへの不安を吹き飛ばしていく。
「私達の最後のライブ!」
「おーっ!」
ムギが続ける。
私達はここに居る。世界が終わろうと、それだけは否定させない。
「最高のライブを!」
「おーっ!」
梓も力強く宣言する。
放課後は私達の真骨頂。誰の記憶にも残らなくても、私達が死ぬまで私達を憶えている。
「絶対、歴史に残すライブ!」
「おーっ!」
少し赤くなりながら、澪も腕を掲げる。
いや、死んでも記憶に残してやる。
どんな形になっても、私達が生きた証として私達の曲を残してやるんだ。
「終わったらケーキ!」
「おーっ!」
こんな状況になっても、唯が予想通りの宣言をかましてくれる。
この前の学園祭の時は戸惑わされたけど、残念ながら二度目は無い。
唯がそう宣言するのを分かってた私達は、これまでで一番大きい声で掛け声を合わせてやる。
おやつに釣られてるみたいだけど、結局はそれが私達の本質だ。
馬鹿馬鹿しいとは思うけど、その本質だけは世界が終わっても変えてやらない。
部員に引っ張られてるだけじゃ、示しが付かないってもんだ。
一応、私はこれでも部長なんだからな。
両手を上げて、宣言するように言ってみせる。
「放課後ティータイムとしちゃ、
世界の放課後を気にしてるわけにはいかないぞ、皆。
明日のライブのために精一杯やるぞーっ!」
「おーっ!」
私の言葉に続き、皆が腕を掲げる。
世界の終わりへの不安を吹き飛ばしていく。
「私達の最後のライブ!」
「おーっ!」
ムギが続ける。
私達はここに居る。世界が終わろうと、それだけは否定させない。
「最高のライブを!」
「おーっ!」
梓も力強く宣言する。
放課後は私達の真骨頂。誰の記憶にも残らなくても、私達が死ぬまで私達を憶えている。
「絶対、歴史に残すライブ!」
「おーっ!」
少し赤くなりながら、澪も腕を掲げる。
いや、死んでも記憶に残してやる。
どんな形になっても、私達が生きた証として私達の曲を残してやるんだ。
「終わったらケーキ!」
「おーっ!」
こんな状況になっても、唯が予想通りの宣言をかましてくれる。
この前の学園祭の時は戸惑わされたけど、残念ながら二度目は無い。
唯がそう宣言するのを分かってた私達は、これまでで一番大きい声で掛け声を合わせてやる。
おやつに釣られてるみたいだけど、結局はそれが私達の本質だ。
馬鹿馬鹿しいとは思うけど、その本質だけは世界が終わっても変えてやらない。
578: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:28:07.83 ID:IdvxXT/q0
気合を入れ終わった私達は、皆で顔を合わせて笑い合う。
世界の終わり……、終末……、世界の放課後……、何でもいい。
もうそんな物に私達を止めさせない。
人はいつか死ぬ。
そんな事は分かってたつもりだったけど、その実は何も分かってなかった。
死ぬのを間近にして、私は気付く。
命は誰にとっても限りあるものだ。
いや、いつか死ぬ……どころの話じゃない。
下手したら一秒後には死んでる可能性もある。
それこそ一秒後に頭に隕石が直撃してる可能性だってあるんだ。
こう言うのも変なんだけど、きっと私達はまだ幸せなんだろうと思う。
自分の死ぬ時期が分かり、それに向けて準備ができるなんて、できそうでできる事じゃない。
不慮の事故で死ぬ事より、戦争や病気で死ぬ事より、それはきっと幸福な事なんだ。
だからこそ、もう迷わない。
思い出に浸りもしないし、約束に心奪われる事もしない。
思い出も約束も人生に必要な物ではあるけど、それは今を生きるために必要な物ってだけだ。
今を生きるための材料なのに、それに縛られてちゃ、何の意味も無い。
だから、私達は今を生きようと思う。
もう一度、私達は手を繋ぎ合う。
私達が今生きているって事をお互いの肌で感じ合うために。
生きてるんだって感じ合えるために。
と。
「あっ、唯ーっ!」
手を繋ぎ合う私達に、誰かが声を掛ける。
手を繋いだまま、私は声のした方向に顔を向けてみる。
声がした場所では、和が風に髪を靡かせながら立っていた。
隣には和と仲がいいらしい高橋さんも居る。
「どうしたの、和ちゃん?」
まだ私の体温を感じていたかったんだろう。
珍しく駆け寄らず、私と手を繋いだままで唯が和に訊ねた。
軽く微笑みながら、和が応じる。
「生徒会の仕事が一段落したから、さっき音楽室に唯達の様子を見に行ったのよ。
でも、誰も居ないじゃない?
どうしたのかと思ってたら、窓からグラウンドに唯達が居るのを見つけたの。
こんな所で皆で手を繋いで、一体、何をしてるの?」
「ちょっと邪神復活の儀式をしてたんだよ」
部員の皆の絆と温もりを確かめ合っていたとは、流石に恥ずかし過ぎて言えない。
ふと思い付いたボケを私が口にすると、軽く微笑んだままで和が返した。
「そうなんだ。じゃあ私、生徒会室に戻るわね。
邪神が降臨したら呼んでくれるかしら」
「突っ込めよ!」
「……冗談よ、律」
「和の冗談は冗談なのか本気なのか分かりにくいんだよ……」
「それに終末が近いからって邪神を復活させるより、
ムスペルを率いたスルトと交渉をした方がいいんじゃないかな?」
ぼやくみたいに私が呟くと、
和の隣に立っている高橋さんがよく分からない事を言い始めた。
世界の終わり……、終末……、世界の放課後……、何でもいい。
もうそんな物に私達を止めさせない。
人はいつか死ぬ。
そんな事は分かってたつもりだったけど、その実は何も分かってなかった。
死ぬのを間近にして、私は気付く。
命は誰にとっても限りあるものだ。
いや、いつか死ぬ……どころの話じゃない。
下手したら一秒後には死んでる可能性もある。
それこそ一秒後に頭に隕石が直撃してる可能性だってあるんだ。
こう言うのも変なんだけど、きっと私達はまだ幸せなんだろうと思う。
自分の死ぬ時期が分かり、それに向けて準備ができるなんて、できそうでできる事じゃない。
不慮の事故で死ぬ事より、戦争や病気で死ぬ事より、それはきっと幸福な事なんだ。
だからこそ、もう迷わない。
思い出に浸りもしないし、約束に心奪われる事もしない。
思い出も約束も人生に必要な物ではあるけど、それは今を生きるために必要な物ってだけだ。
今を生きるための材料なのに、それに縛られてちゃ、何の意味も無い。
だから、私達は今を生きようと思う。
もう一度、私達は手を繋ぎ合う。
私達が今生きているって事をお互いの肌で感じ合うために。
生きてるんだって感じ合えるために。
と。
「あっ、唯ーっ!」
手を繋ぎ合う私達に、誰かが声を掛ける。
手を繋いだまま、私は声のした方向に顔を向けてみる。
声がした場所では、和が風に髪を靡かせながら立っていた。
隣には和と仲がいいらしい高橋さんも居る。
「どうしたの、和ちゃん?」
まだ私の体温を感じていたかったんだろう。
珍しく駆け寄らず、私と手を繋いだままで唯が和に訊ねた。
軽く微笑みながら、和が応じる。
「生徒会の仕事が一段落したから、さっき音楽室に唯達の様子を見に行ったのよ。
でも、誰も居ないじゃない?
どうしたのかと思ってたら、窓からグラウンドに唯達が居るのを見つけたの。
こんな所で皆で手を繋いで、一体、何をしてるの?」
「ちょっと邪神復活の儀式をしてたんだよ」
部員の皆の絆と温もりを確かめ合っていたとは、流石に恥ずかし過ぎて言えない。
ふと思い付いたボケを私が口にすると、軽く微笑んだままで和が返した。
「そうなんだ。じゃあ私、生徒会室に戻るわね。
邪神が降臨したら呼んでくれるかしら」
「突っ込めよ!」
「……冗談よ、律」
「和の冗談は冗談なのか本気なのか分かりにくいんだよ……」
「それに終末が近いからって邪神を復活させるより、
ムスペルを率いたスルトと交渉をした方がいいんじゃないかな?」
ぼやくみたいに私が呟くと、
和の隣に立っている高橋さんがよく分からない事を言い始めた。
579: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:32:27.67 ID:IdvxXT/q0
「スル……、え? 何?」
「スルト。北欧神話に登場する巨人の事。
邪神復活って事は、ヘルヘイムのヘルを復活させようとしてたんでしょ?
終末……、つまり、ラグナロクを止めるのなら、ヘルよりもスルトを止める方がいいと思うの。
ヘルヘイムも脅威的な軍勢を率いてるけど、ムスペルは世界を燃やし尽くすレベルだもの」
「あの……、えっと……、その……、
何て言うか……、ごめん……?」
高橋さんが何の話をしているのか、全然分からない。
ひょっとして私が邪神復活とか適当な事を言ったのが悪かったんだろうか。
何が何だか分からないまま、私はとりあえず高橋さんに頭を下げる。
スルト……、じゃない、
すると、高橋さんが風に揺れる眼鏡を掛け直しながら微笑んだ。
「冗談よ。ごめんね、りっちゃん」
スーパーウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐分かりづれええええっ!
和と仲がいいだけに優等生コンビだな、とは思ってたんだけど、
ここまで高度で知的なボケを駆使する子だとは知らなかった。
そうして私が呆けた顔をしてるのが面白いのか、高橋さんは笑顔を崩さず続ける。
「終末に邪神とか言ってるから、そういう話なのかと思っちゃって、つい……。
本当にごめんね、りっちゃん」
「風子って本当に北欧神話が好きよね。
でも、風子がそれを言うなら、
私としては終末はキリスト教圏の方を支持したいわね。
天使が七つのラッパを吹く事で訪れる黙示の日。
そっちの方がこれから訪れる終末には相応しいと思うのよ。
大体、これから訪れる終末がラグナロクの方だとしたら、
もう既に巨人族の侵攻が起こってる時期でしょ?」
高橋さんのボケ(?)に更に和が難しい会話を被せ始めた。
やめてくれ……、日本語で喋ってくれ……。
隣に目をやると、唯も私と同じように頭を抱えて唸ってるみたいだ。
頭がいい人と自分が一対一で話すのならともかく、
頭がいい人同士が話すのを傍から見せられる事ほど、どうしようもない事は無いよな、マジで。
特に和は頭のいい天然ボケだ。下手すれば唯の数倍は強敵となるだろう。
これはどうにか空気を変えねばなるまい。
大丈夫。私は居るだけで空気を変えられる事で定評のあるりっちゃんだ。
相手が和達という強敵ではあるけど、違う話くらいは振れるはずだ。
「そ……それよりさ、和。
和が生徒会の仕事をしてたってのは分かるけど、どうして高橋さんと一緒に居るんだ?
高橋さんは別に生徒会ってわけじゃなかったよな?」
私が言うと、唯が和に見えないように私の後ろで親指を立てた。
グッジョブって意味なんだろう。
幼馴染みとは言っても、唯も和の知的過ぎる一面は苦手としてるみたいだ。
私もたまに暴走する澪は苦手だからなあ……。
私の言葉を聞いて、流石の和も自分が高橋さんと話し過ぎてたと実感したらしい。
一つ咳払いをしてから、風に揺らされる眼鏡を掛け直した。
「今日はね、風子には生徒会の仕事を手伝ってもらってたのよ。
風子とは一緒に音楽室に顔を出す予定だったから、それまでの時間、ちょっとね……。
おかげで溜まってた仕事は全部片付いたわ」
「音楽室に顔を出す予定……?」
澪が首を傾げて和に訊ねると、それには高橋さんが応じた。
「うん、そうなの。
昨日ね、唯ちゃんから土曜日にライブをやるってメールを貰ってから、
居ても立っても居られなくなっちゃって……。
土曜日に会える事は分かってたんだけど、それまでに軽音部の皆の顔を見ておきたかったんだ」
「そうなんだ。嬉しいな。ありがとね、風子ちゃん」
唯が笑顔で近付いて、高橋さんの手を取る。
すると、唯に釣られるみたいに、高橋さんも満面の笑顔になった。
「スルト。北欧神話に登場する巨人の事。
邪神復活って事は、ヘルヘイムのヘルを復活させようとしてたんでしょ?
終末……、つまり、ラグナロクを止めるのなら、ヘルよりもスルトを止める方がいいと思うの。
ヘルヘイムも脅威的な軍勢を率いてるけど、ムスペルは世界を燃やし尽くすレベルだもの」
「あの……、えっと……、その……、
何て言うか……、ごめん……?」
高橋さんが何の話をしているのか、全然分からない。
ひょっとして私が邪神復活とか適当な事を言ったのが悪かったんだろうか。
何が何だか分からないまま、私はとりあえず高橋さんに頭を下げる。
スルト……、じゃない、
すると、高橋さんが風に揺れる眼鏡を掛け直しながら微笑んだ。
「冗談よ。ごめんね、りっちゃん」
スーパーウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐分かりづれええええっ!
和と仲がいいだけに優等生コンビだな、とは思ってたんだけど、
ここまで高度で知的なボケを駆使する子だとは知らなかった。
そうして私が呆けた顔をしてるのが面白いのか、高橋さんは笑顔を崩さず続ける。
「終末に邪神とか言ってるから、そういう話なのかと思っちゃって、つい……。
本当にごめんね、りっちゃん」
「風子って本当に北欧神話が好きよね。
でも、風子がそれを言うなら、
私としては終末はキリスト教圏の方を支持したいわね。
天使が七つのラッパを吹く事で訪れる黙示の日。
そっちの方がこれから訪れる終末には相応しいと思うのよ。
大体、これから訪れる終末がラグナロクの方だとしたら、
もう既に巨人族の侵攻が起こってる時期でしょ?」
高橋さんのボケ(?)に更に和が難しい会話を被せ始めた。
やめてくれ……、日本語で喋ってくれ……。
隣に目をやると、唯も私と同じように頭を抱えて唸ってるみたいだ。
頭がいい人と自分が一対一で話すのならともかく、
頭がいい人同士が話すのを傍から見せられる事ほど、どうしようもない事は無いよな、マジで。
特に和は頭のいい天然ボケだ。下手すれば唯の数倍は強敵となるだろう。
これはどうにか空気を変えねばなるまい。
大丈夫。私は居るだけで空気を変えられる事で定評のあるりっちゃんだ。
相手が和達という強敵ではあるけど、違う話くらいは振れるはずだ。
「そ……それよりさ、和。
和が生徒会の仕事をしてたってのは分かるけど、どうして高橋さんと一緒に居るんだ?
高橋さんは別に生徒会ってわけじゃなかったよな?」
私が言うと、唯が和に見えないように私の後ろで親指を立てた。
グッジョブって意味なんだろう。
幼馴染みとは言っても、唯も和の知的過ぎる一面は苦手としてるみたいだ。
私もたまに暴走する澪は苦手だからなあ……。
私の言葉を聞いて、流石の和も自分が高橋さんと話し過ぎてたと実感したらしい。
一つ咳払いをしてから、風に揺らされる眼鏡を掛け直した。
「今日はね、風子には生徒会の仕事を手伝ってもらってたのよ。
風子とは一緒に音楽室に顔を出す予定だったから、それまでの時間、ちょっとね……。
おかげで溜まってた仕事は全部片付いたわ」
「音楽室に顔を出す予定……?」
澪が首を傾げて和に訊ねると、それには高橋さんが応じた。
「うん、そうなの。
昨日ね、唯ちゃんから土曜日にライブをやるってメールを貰ってから、
居ても立っても居られなくなっちゃって……。
土曜日に会える事は分かってたんだけど、それまでに軽音部の皆の顔を見ておきたかったんだ」
「そうなんだ。嬉しいな。ありがとね、風子ちゃん」
唯が笑顔で近付いて、高橋さんの手を取る。
すると、唯に釣られるみたいに、高橋さんも満面の笑顔になった。
580: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:33:45.04 ID:IdvxXT/q0
「ううん、私の方こそお礼を言わせてほしいくらいだよ、唯ちゃん。
私ってこんな性格でしょ?
終末が近付いてるからって何ができるわけもなくて、図書室でずっと本ばっかり読んでたの。
本を読んでる時だけは、終末に対する不安も見ずにいられたから……。
でも、この前ね、図書室でたまたま会った若王子さんから聞いたの。
こんな時だけど、軽音部がずっと練習してるよって。
多分、最後にライブをしようとしてるんだろうねって。
私……、嬉しかったなあ……。
こんな時でも頑張ってるクラスメイトが居るって思うと、すごく心強くもなったの。
だから、唯ちゃんからメールを貰った時、
私もそのライブを見ていいんだって思うとすっごく嬉しかった。
ありがとう、皆……」
その高橋さんの言葉に、唯は少しだけ呆けていた。
高橋さんが何を言ってくれているか、ちょっと理解し切れていないらしい。
私は唯の近くまで駆け寄って、耳元で「褒められてんだよ」と教えてやった。
少し赤くなって、唯がまた幸せそうな笑顔を浮かべる。
鈍感な奴だが、それも仕方ないかな。
こんなに褒められる事なんて、ライブやった時もそうは無かったからなあ……。
ふと振り返ると、澪達も頬を染めてるように見えた。
褒められ慣れてないから、照れ臭いんだろう。
背中がむず痒くなってる私も、人の事は言えないんだけどさ。
「それにね……」
私達の顔を見ながら、高橋さんが続ける。
「嬉しかったのは私だけじゃないよ。
皆の顔が見たいって子は、他にも居るんだよ」
言うと、高橋さんがグラウンドの端の方に生えてる樹の陰に視線を向ける。
これまで気付かなかったけど、その木陰には見覚えのある人影があった。
小柄で、後ろに髪を束ねている、眼鏡のクラスメイト……。
「宮本さん?」
澪がその人影に向けて声を掛ける。
小さくなりながらだけど、
その人影……、宮本さんはゆっくりと私達の方に歩み寄って来た。
すごく仲がいいわけじゃないけど、宮本さんが照れ屋で赤面症なのは私も知ってる。
それで宮本さんは遠くから私達を見てたんだろう。
「アキヨちゃんもライブを観て来てくれるの?」
唯が嬉しそうな声色で、近寄って来た宮本さんに訊ねる。
宮本さんは赤面しながらも、唯の瞳を見つめながら軽く頷いた。
「宮本さんはね……」
宮本さんが何を言うより先に、和が嬉しそうに微笑みながら言った。
人より先に話し始めるなんて和らしくないけど、
多分、それだけその話を伝えたくて仕方が無かったんだろう。
私ってこんな性格でしょ?
終末が近付いてるからって何ができるわけもなくて、図書室でずっと本ばっかり読んでたの。
本を読んでる時だけは、終末に対する不安も見ずにいられたから……。
でも、この前ね、図書室でたまたま会った若王子さんから聞いたの。
こんな時だけど、軽音部がずっと練習してるよって。
多分、最後にライブをしようとしてるんだろうねって。
私……、嬉しかったなあ……。
こんな時でも頑張ってるクラスメイトが居るって思うと、すごく心強くもなったの。
だから、唯ちゃんからメールを貰った時、
私もそのライブを見ていいんだって思うとすっごく嬉しかった。
ありがとう、皆……」
その高橋さんの言葉に、唯は少しだけ呆けていた。
高橋さんが何を言ってくれているか、ちょっと理解し切れていないらしい。
私は唯の近くまで駆け寄って、耳元で「褒められてんだよ」と教えてやった。
少し赤くなって、唯がまた幸せそうな笑顔を浮かべる。
鈍感な奴だが、それも仕方ないかな。
こんなに褒められる事なんて、ライブやった時もそうは無かったからなあ……。
ふと振り返ると、澪達も頬を染めてるように見えた。
褒められ慣れてないから、照れ臭いんだろう。
背中がむず痒くなってる私も、人の事は言えないんだけどさ。
「それにね……」
私達の顔を見ながら、高橋さんが続ける。
「嬉しかったのは私だけじゃないよ。
皆の顔が見たいって子は、他にも居るんだよ」
言うと、高橋さんがグラウンドの端の方に生えてる樹の陰に視線を向ける。
これまで気付かなかったけど、その木陰には見覚えのある人影があった。
小柄で、後ろに髪を束ねている、眼鏡のクラスメイト……。
「宮本さん?」
澪がその人影に向けて声を掛ける。
小さくなりながらだけど、
その人影……、宮本さんはゆっくりと私達の方に歩み寄って来た。
すごく仲がいいわけじゃないけど、宮本さんが照れ屋で赤面症なのは私も知ってる。
それで宮本さんは遠くから私達を見てたんだろう。
「アキヨちゃんもライブを観て来てくれるの?」
唯が嬉しそうな声色で、近寄って来た宮本さんに訊ねる。
宮本さんは赤面しながらも、唯の瞳を見つめながら軽く頷いた。
「宮本さんはね……」
宮本さんが何を言うより先に、和が嬉しそうに微笑みながら言った。
人より先に話し始めるなんて和らしくないけど、
多分、それだけその話を伝えたくて仕方が無かったんだろう。
581: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:34:33.56 ID:IdvxXT/q0
「宮本さんとはさっき音楽室に顔を出した時に出会ったんだけど、
宮本さんはずっと音楽室の中の様子を気にしてたみたいだったわよ。
人の気配がしないから、本当にライブをするのかって不安になってたんじゃないかしら。
だから、私は宮本さんと一緒に貴方達を捜す事にしたのよ。
練習はあんまりしない部だけど、今はたまたま音楽室に居ないだけで、
ちゃんとライブに向けての準備はする部だって知ってもらいたかったしね」
「普段から練習くらいしとるわい!」
私が口を尖らせて言うと、「そうかしら?」と和が苦笑する。
高橋さんがそんな私達を楽しそうに見つめ、宮本さんも軽くだけど表情が緩んだ。
小さな声だけど、はっきりと宮本さんが言葉を出し始める。
「皆……、最後のライブ、頑張ってね……。
私、応援してるから……。
ずっと皆で、終末なんか関係なく、音楽続けてね?
私、軽音部の音楽、好きだから……。
軽音部のライブ、すっごく面白かったから……!」
こんなに宮本さんの声を聞いたのは初めてかもしれない。
口数が少ない子だし、照れ屋な子だしな。
それでもこんなに話してくれるって事は、
私達の音楽を本当に好きでいてくれてるって事なんだろう。
面白かったって感想は複雑だけど、好きでいてくれてるんならそれでもいいよな。
頑張らなきゃな、と私はまた思った。
和も高橋さんも宮本さんも、
勿論、それ以外の皆も私達のライブを楽しみにしてくれてる。
これはもう私達だけのライブじゃないって感じる。
これは私達放課後ティータイムに関わってくれた皆が、
世界の終わりに見せ付けてやる一大的なロックイベントなんだ。
見せてやろうじゃないか。
神なんだか何なんだか、世界を終わらせようとしてる誰かさんに。
私達は生きているんだって。
「ねえねえ、和ちゃん」
そうやって決心を固める私を置いて、
唯がまた場にそぐわないマイペースな事を言い始めた。
「どうしたのよ、唯?」
「予備の眼鏡とか持ってない?」
「何よ、いきなり」
「だって、皆が眼鏡掛けてるから、私も掛けたくなったんだもん」
「何を言い出すんですか、いきなり……」
呆れた表情で梓がこぼす。
確かにまたいきなり何を言い出すんだ、唯は……。
まあ、唯の言う事も分からないでもない。
今ここに居る軽音部以外のメンバー全員が、見事なまでに眼鏡を掛けてるからなあ……。
妙な所で流行に敏感な唯が眼鏡を掛けたくなったとしても、不思議じゃなくはある。
だけど、残念ながら、和が呆れた表情で唯に返した。
宮本さんはずっと音楽室の中の様子を気にしてたみたいだったわよ。
人の気配がしないから、本当にライブをするのかって不安になってたんじゃないかしら。
だから、私は宮本さんと一緒に貴方達を捜す事にしたのよ。
練習はあんまりしない部だけど、今はたまたま音楽室に居ないだけで、
ちゃんとライブに向けての準備はする部だって知ってもらいたかったしね」
「普段から練習くらいしとるわい!」
私が口を尖らせて言うと、「そうかしら?」と和が苦笑する。
高橋さんがそんな私達を楽しそうに見つめ、宮本さんも軽くだけど表情が緩んだ。
小さな声だけど、はっきりと宮本さんが言葉を出し始める。
「皆……、最後のライブ、頑張ってね……。
私、応援してるから……。
ずっと皆で、終末なんか関係なく、音楽続けてね?
私、軽音部の音楽、好きだから……。
軽音部のライブ、すっごく面白かったから……!」
こんなに宮本さんの声を聞いたのは初めてかもしれない。
口数が少ない子だし、照れ屋な子だしな。
それでもこんなに話してくれるって事は、
私達の音楽を本当に好きでいてくれてるって事なんだろう。
面白かったって感想は複雑だけど、好きでいてくれてるんならそれでもいいよな。
頑張らなきゃな、と私はまた思った。
和も高橋さんも宮本さんも、
勿論、それ以外の皆も私達のライブを楽しみにしてくれてる。
これはもう私達だけのライブじゃないって感じる。
これは私達放課後ティータイムに関わってくれた皆が、
世界の終わりに見せ付けてやる一大的なロックイベントなんだ。
見せてやろうじゃないか。
神なんだか何なんだか、世界を終わらせようとしてる誰かさんに。
私達は生きているんだって。
「ねえねえ、和ちゃん」
そうやって決心を固める私を置いて、
唯がまた場にそぐわないマイペースな事を言い始めた。
「どうしたのよ、唯?」
「予備の眼鏡とか持ってない?」
「何よ、いきなり」
「だって、皆が眼鏡掛けてるから、私も掛けたくなったんだもん」
「何を言い出すんですか、いきなり……」
呆れた表情で梓がこぼす。
確かにまたいきなり何を言い出すんだ、唯は……。
まあ、唯の言う事も分からないでもない。
今ここに居る軽音部以外のメンバー全員が、見事なまでに眼鏡を掛けてるからなあ……。
妙な所で流行に敏感な唯が眼鏡を掛けたくなったとしても、不思議じゃなくはある。
だけど、残念ながら、和が呆れた表情で唯に返した。
582: にゃんこ 2011/09/21(水) 21:35:11.14 ID:IdvxXT/q0
「悪いけど予備の眼鏡は、今日は持って来てないわ。
私の眼鏡をちょっとだけ貸してあげるから、それで満足しときなさい」
「えー……。
皆で眼鏡を掛けて、記念撮影とかしたかったのにー……」
「おいおい。何個眼鏡が必要になると思ってん……」
「ならばその願い、私が叶えてあげましょう!」
私が唯に突っ込み終わるより先に、
その言葉はよく聞き慣れたあの人の声に潰されてしまった。
そう。
その人こそこれまた眼鏡を掛けたファッションパイオニア……、さわちゃんだった。
またいつの間に来たんだ、この人は。やっぱり瞬間移動の使い手なのか?
和と高橋さんは何となくさわちゃんの本性を知ってるみたいだから特に驚いてなかったけど、
無垢で儚げな印象の宮本さんは、さわちゃんのそんな本性に思いも寄ってなかったみたいだった。
若干怯えてる感じで私の方に走り寄って、私の背中の後ろに隠れる。
「また神出鬼没だな、アンタ!」
宮本さんを庇いながら言っってみたけど、
さわちゃんは私の突っ込みを華麗にスルーし、ひどく心外そうな表情で唯に言った。
「もう……、駄目でしょう、平沢さん。
着たい服がある時とか、ファッションに関しての悩みがある時とか、
そういう時はいつでも先生に相談してっていつも言ってるじゃないの」
「あー、そっか。さわちゃんに相談すればよかったんだよね。
忘れててごめんね、さわちゃん」
「次からは気を付けるのよ、平沢さん」
「はーい」
ボケなんだか何なんだか、
和と高橋さんとは違った意味で高次元の会話を交わす唯とさわちゃん。
これはもう私達に踏み入れる領域じゃないな……。
「って、先生。
願いを叶えるって、もしかして……」
澪が不安そうにさわちゃんに訊ねる。
さわちゃんは心底うれしそうに、その澪の言葉に答えた。
「そうよ。貴方達、眼鏡を掛けたいんでしょ?
安心しなさい。被服室に二十個くらい眼鏡を置いてるから、貸してあげるわ。
秋山さん達も遠慮なく掛けたらいいわよ」
どうしてそんなに眼鏡を置いてるんだ、とは誰も訊ねなかった。
さわちゃんはそういう人なんであって、それに対して疑問を持つのは、
何で酸素と水素が結合すると水になるのか、って考えるのと同じくらい無意味だった。
さわちゃんの謎は、そういう自然の摂理みたいなもんなんだ。
それでいいいのだ。
そんなわけで。
筋道を立てて話すのも面倒臭いけど、
何故だか私達はこれから皆で眼鏡を掛ける事になった。
私の眼鏡をちょっとだけ貸してあげるから、それで満足しときなさい」
「えー……。
皆で眼鏡を掛けて、記念撮影とかしたかったのにー……」
「おいおい。何個眼鏡が必要になると思ってん……」
「ならばその願い、私が叶えてあげましょう!」
私が唯に突っ込み終わるより先に、
その言葉はよく聞き慣れたあの人の声に潰されてしまった。
そう。
その人こそこれまた眼鏡を掛けたファッションパイオニア……、さわちゃんだった。
またいつの間に来たんだ、この人は。やっぱり瞬間移動の使い手なのか?
和と高橋さんは何となくさわちゃんの本性を知ってるみたいだから特に驚いてなかったけど、
無垢で儚げな印象の宮本さんは、さわちゃんのそんな本性に思いも寄ってなかったみたいだった。
若干怯えてる感じで私の方に走り寄って、私の背中の後ろに隠れる。
「また神出鬼没だな、アンタ!」
宮本さんを庇いながら言っってみたけど、
さわちゃんは私の突っ込みを華麗にスルーし、ひどく心外そうな表情で唯に言った。
「もう……、駄目でしょう、平沢さん。
着たい服がある時とか、ファッションに関しての悩みがある時とか、
そういう時はいつでも先生に相談してっていつも言ってるじゃないの」
「あー、そっか。さわちゃんに相談すればよかったんだよね。
忘れててごめんね、さわちゃん」
「次からは気を付けるのよ、平沢さん」
「はーい」
ボケなんだか何なんだか、
和と高橋さんとは違った意味で高次元の会話を交わす唯とさわちゃん。
これはもう私達に踏み入れる領域じゃないな……。
「って、先生。
願いを叶えるって、もしかして……」
澪が不安そうにさわちゃんに訊ねる。
さわちゃんは心底うれしそうに、その澪の言葉に答えた。
「そうよ。貴方達、眼鏡を掛けたいんでしょ?
安心しなさい。被服室に二十個くらい眼鏡を置いてるから、貸してあげるわ。
秋山さん達も遠慮なく掛けたらいいわよ」
どうしてそんなに眼鏡を置いてるんだ、とは誰も訊ねなかった。
さわちゃんはそういう人なんであって、それに対して疑問を持つのは、
何で酸素と水素が結合すると水になるのか、って考えるのと同じくらい無意味だった。
さわちゃんの謎は、そういう自然の摂理みたいなもんなんだ。
それでいいいのだ。
そんなわけで。
筋道を立てて話すのも面倒臭いけど、
何故だか私達はこれから皆で眼鏡を掛ける事になった。
587: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:32:10.10 ID:rKkuuigL0
○
被服室に行ったさわちゃんを見送り、
皆でぞろぞろと音楽室に戻ると、一人の人影が私達を待っていた。
もうさわちゃんが眼鏡を取って来たのかと一瞬思ったけど、そうじゃなかった。
私達を待っていたのは、大きな弁当のバスケットを持った憂ちゃんだった。
私達にお弁当の差し入れを持って来てくれたらしい。
そういえば、もう昼時だ。
気配りのできる子の憂ちゃんに、私達は感心する。
でも、予想外に人数が増えちゃったから、弁当足りるかな。
私達だけで食べるのも、和達に悪いし。
さわちゃんは間違いなく、つまみ食いしてくるだろうし。
……とか思っていたら、
憂ちゃんの持って来てくれたバスケットには、明らかに十人分を超える量の弁当が入っていた。
憂ちゃんが言うには、軽音部のお客様が居ると思って、
念を入れて多めにお弁当を作って来たんだそうだった。
すげー。エスパーか?
本当に準備のいい子の憂ちゃんに、私達は心底感心する。
量的に問題が無くなった事だし、
私達は和達と一緒に一足早めの弁当を頂く事にした。
床にシートを敷いて、憂ちゃんの弁当を広げる。
一応私達が個人で持って来ていた弁当も一緒に並べると、
異常なくらい豪勢な食卓がシートの上にできあがってしまった。
こう言うのも何だけど、最後の晩餐……って感じか?
不謹慎な上に不吉ではあるけど、本当にそんな気がしてくる。
……って、駄目だ駄目だ。
何だかんだと、あの空の光景に少し圧倒されちゃってるのかもしれない。
負けないよう、しっかりしなきゃな。
頭の中に浮かんだ後ろ向きな考えを振り払い、私はどんとシートの上に腰を下ろす。
あぐらを組んだ事を澪に注意されたけど、それは気にしない事にした。
これから訪れる世界の終わりに真正面から向き合うには、
正座で縮こまるより、あぐらで大きく構えてた方がいいと思ったからだ。
勿論、あぐらの方が楽だからってのもあるけどな。
そうして皆で弁当を食べていると、
何故か少し疲れた感じでさわちゃんが音楽室に入って来た。
どうしたのか訊ねると、被服室の眼鏡はすぐに見つけたんだけど、
走って音楽室に来ようとしているところを、古文の掘込先生に見つかったらしい。
それで「終末が近いのに変わらんな」とか、
「そもそも高校生の頃から何も変わってないぞ」とか説教されたんだそうだ。
道理でさわちゃんにしては音楽室に来るのが遅かったわけだ。
普段のさわちゃんなら、下手すりゃ私達より先に音楽室に来ててもおかしくないもんな。
疲れた様子のさわちゃんを尻目に、
唯が興味津々な表情でさわちゃんの持って来た袋の中に手を入れる。
私も唯の腕の隙間から袋の中に目をやると、中には大量の眼鏡ケースが入っていた。
588: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:32:43.48 ID:rKkuuigL0
「おーっ……」
唯は興奮した声を上げながら適当な眼鏡ケースを手に持つと、
即座にケースの中から眼鏡を取り出して、赤いアンダーリムの眼鏡を装着した。
装着した……って言い方も変だけど、
唯の眼鏡の掛け方は、掛けたって言うより、装着したって言い方の方が絶対に正しいと思う。
蔓も持たず掌を広げてレンズごと掌を顔に密着させるとか、装着以外の何物でもないだろ……。
と言うか、その掛け方だと絶対にレンズが指紋で汚れるし……。
「何だよ、その掛け方は……」
若干呆れながら突っ込んでやると、
流石に自分でも変な掛け方だって事は分かってみたいで、唯が軽く舌を出して笑った。
「でへへ。皆でお揃いで眼鏡を掛けられると思うと嬉しくってつい……」
「ま、いいけどな。それさわちゃんの眼鏡だしさ」
「ちょっと、唯ちゃん、りっちゃん。
その眼鏡、まだ新品同然なんだから、あんまり粗末に扱わないでよー」
疲れた様子のさわちゃんが、弁当を食べながら軽く唯に注意する。
服を少し着崩してるし、私が言うのも何だけど、
あぐらを組んでだらけてるそのさわちゃんの姿は非常にだらしない。
それに加えて、担任モードの口調から言葉が崩れて来てる。
まあ、和と高橋さんに自分の本性が知られてるのは分かってるみたいだし、
残る宮本さん一人相手に猫を被ってても仕方が無いって思ったんだろう。
疲れたから、猫を被ってる余裕が無いってのもあるんだろうしな。
ちょっと視線をやると、宮本さんが驚いた表情でさわちゃんを見つめていた。
私は苦笑しながら立ち上がり、宮本さんに近寄って耳元で訊ねてみる。
「驚いた?」
私の方を向いて、宮本さんが小さく頷く。
実を言うと、うちのクラスの大体はさわちゃんの本性を何となくは知っているみたいだ。
上手く演じてはいるけど、意外と粗があるもんなあ、さわちゃんの猫被り。
ただ、知ってはいても、
さわちゃんの本性を直接目にした事があるクラスメイトは少ないようで、
宮本さんもさわちゃんの素の姿を目にするのは初めてみたいだった。
特に宮本さんは気弱な印象があるから、
初めて見るさわちゃんの本性に怯えたりしてるんじゃないだろうか。
宮本さんのためにも、さわちゃんの名誉のためにも、私は少しだけフォローする事にした。
「大丈夫だよ、宮本さん。
今のさわちゃんの姿は、その……色々と変ではあるけど……、
でも、生徒思いである事は間違いない……はずだし、
宮本さんに気を許してるからこそ、あんな姿を見せてるんだと思うよ?」
唯は興奮した声を上げながら適当な眼鏡ケースを手に持つと、
即座にケースの中から眼鏡を取り出して、赤いアンダーリムの眼鏡を装着した。
装着した……って言い方も変だけど、
唯の眼鏡の掛け方は、掛けたって言うより、装着したって言い方の方が絶対に正しいと思う。
蔓も持たず掌を広げてレンズごと掌を顔に密着させるとか、装着以外の何物でもないだろ……。
と言うか、その掛け方だと絶対にレンズが指紋で汚れるし……。
「何だよ、その掛け方は……」
若干呆れながら突っ込んでやると、
流石に自分でも変な掛け方だって事は分かってみたいで、唯が軽く舌を出して笑った。
「でへへ。皆でお揃いで眼鏡を掛けられると思うと嬉しくってつい……」
「ま、いいけどな。それさわちゃんの眼鏡だしさ」
「ちょっと、唯ちゃん、りっちゃん。
その眼鏡、まだ新品同然なんだから、あんまり粗末に扱わないでよー」
疲れた様子のさわちゃんが、弁当を食べながら軽く唯に注意する。
服を少し着崩してるし、私が言うのも何だけど、
あぐらを組んでだらけてるそのさわちゃんの姿は非常にだらしない。
それに加えて、担任モードの口調から言葉が崩れて来てる。
まあ、和と高橋さんに自分の本性が知られてるのは分かってるみたいだし、
残る宮本さん一人相手に猫を被ってても仕方が無いって思ったんだろう。
疲れたから、猫を被ってる余裕が無いってのもあるんだろうしな。
ちょっと視線をやると、宮本さんが驚いた表情でさわちゃんを見つめていた。
私は苦笑しながら立ち上がり、宮本さんに近寄って耳元で訊ねてみる。
「驚いた?」
私の方を向いて、宮本さんが小さく頷く。
実を言うと、うちのクラスの大体はさわちゃんの本性を何となくは知っているみたいだ。
上手く演じてはいるけど、意外と粗があるもんなあ、さわちゃんの猫被り。
ただ、知ってはいても、
さわちゃんの本性を直接目にした事があるクラスメイトは少ないようで、
宮本さんもさわちゃんの素の姿を目にするのは初めてみたいだった。
特に宮本さんは気弱な印象があるから、
初めて見るさわちゃんの本性に怯えたりしてるんじゃないだろうか。
宮本さんのためにも、さわちゃんの名誉のためにも、私は少しだけフォローする事にした。
「大丈夫だよ、宮本さん。
今のさわちゃんの姿は、その……色々と変ではあるけど……、
でも、生徒思いである事は間違いない……はずだし、
宮本さんに気を許してるからこそ、あんな姿を見せてるんだと思うよ?」
589: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:33:12.60 ID:rKkuuigL0
私の言葉に安心してくれたのか、宮本さんは軽く表情を緩める。
何だか少しだけ笑ってるようにも見える。
ちょっと分かりづらいけど、これが宮本さんの笑顔なのかもしれない。
その表情のまま、宮本さんはさわちゃんの姿を見ながら呟いた。
「ありがとう、田井中さん。
うん……、私……、大丈夫だよ?
山中先生のこんな姿を見るのは初めてだし、ちょっと驚いちゃったけど……。
でも……、何だかすごく面白いと思うから」
おお、意外とタフだ。
強がりかとも少し思ったけど、
宮本さんの表情から考えると、その言葉は本音なんだろうな。
宮本さんの言葉じゃないけど、その宮本さんの様子は私としても面白かった。
本好きで気が弱そうなクラスメイトってだけの印象だったけど、実はそういうわけでもなかったらしい。
クラスメイトの意外な一面を見られて、気が付けば私は笑っていた。
何だか、とても嬉しい。
もうほとんど宮本さんと関われる時間は無いだろうけど、
その短い時間でもっと宮本さんと仲良くなれたらいいな、って私は思った。
「ねえねえ、アキヨちゃん」
眼鏡を強調するポーズを取りながら、
唯が軽く宮本さんの顔を覗き込んで声を掛ける。
宮本さんとそんなに関わりがあるわけじゃないだろうに、
いきなり名前で呼んでる上に途轍もなく馴れ馴れしい奴だ。
でも、それが唯って奴なんだし、私はそんな唯が嫌いじゃない。
いいや、大好き……なのかな。多分だけど。
宮本さんもそんな唯が嫌じゃないらしく、穏やかな表情で首を傾げた。
「どうしたの、平沢さん?」
「唯でいいよ、アキヨちゃん。
私ももうアキヨちゃんの事、アキヨちゃんって呼んでるし」
「えっと……、あの……」
唯はともかく、宮本さんは人をいきなり名前で呼ぶ事には慣れてないんだろう。
戸惑ってる様子で、宮本さんが少し顔を赤く染める。
ちょっと残念だけど、私は苦笑しながら唯を諌める。
「おいおい、遠慮しろよ、唯。
宮本さん困ってるだろ?」
「えー……。
私、変な事言ってるかなあ……」
「変じゃないけど、そういう呼び方になるには時間が掛かる人も居るんだって。
ごめんね、宮本さん。
唯も悪気があって言ってるわけじゃないんだよ」
私が軽く頭を下げると、困ったように宮本さんが首を振った。
ただ、困ってるのは唯の遠慮の無い行動じゃなくて、私が頭を下げた事らしかった。
何だか少しだけ笑ってるようにも見える。
ちょっと分かりづらいけど、これが宮本さんの笑顔なのかもしれない。
その表情のまま、宮本さんはさわちゃんの姿を見ながら呟いた。
「ありがとう、田井中さん。
うん……、私……、大丈夫だよ?
山中先生のこんな姿を見るのは初めてだし、ちょっと驚いちゃったけど……。
でも……、何だかすごく面白いと思うから」
おお、意外とタフだ。
強がりかとも少し思ったけど、
宮本さんの表情から考えると、その言葉は本音なんだろうな。
宮本さんの言葉じゃないけど、その宮本さんの様子は私としても面白かった。
本好きで気が弱そうなクラスメイトってだけの印象だったけど、実はそういうわけでもなかったらしい。
クラスメイトの意外な一面を見られて、気が付けば私は笑っていた。
何だか、とても嬉しい。
もうほとんど宮本さんと関われる時間は無いだろうけど、
その短い時間でもっと宮本さんと仲良くなれたらいいな、って私は思った。
「ねえねえ、アキヨちゃん」
眼鏡を強調するポーズを取りながら、
唯が軽く宮本さんの顔を覗き込んで声を掛ける。
宮本さんとそんなに関わりがあるわけじゃないだろうに、
いきなり名前で呼んでる上に途轍もなく馴れ馴れしい奴だ。
でも、それが唯って奴なんだし、私はそんな唯が嫌いじゃない。
いいや、大好き……なのかな。多分だけど。
宮本さんもそんな唯が嫌じゃないらしく、穏やかな表情で首を傾げた。
「どうしたの、平沢さん?」
「唯でいいよ、アキヨちゃん。
私ももうアキヨちゃんの事、アキヨちゃんって呼んでるし」
「えっと……、あの……」
唯はともかく、宮本さんは人をいきなり名前で呼ぶ事には慣れてないんだろう。
戸惑ってる様子で、宮本さんが少し顔を赤く染める。
ちょっと残念だけど、私は苦笑しながら唯を諌める。
「おいおい、遠慮しろよ、唯。
宮本さん困ってるだろ?」
「えー……。
私、変な事言ってるかなあ……」
「変じゃないけど、そういう呼び方になるには時間が掛かる人も居るんだって。
ごめんね、宮本さん。
唯も悪気があって言ってるわけじゃないんだよ」
私が軽く頭を下げると、困ったように宮本さんが首を振った。
ただ、困ってるのは唯の遠慮の無い行動じゃなくて、私が頭を下げた事らしかった。
590: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:33:40.77 ID:rKkuuigL0
「ううん、ごめんね、二人とも……。
田井中さんも頭なんて下げないで。
ごめんなさい。
私、そういうの慣れてなくって……。
でも……、ねえ、平沢さん……、
ううん、唯ちゃんって呼んでいいんなら、私……、唯ちゃんって呼んでいいかな?」
「うん、勿論だよ、アキヨちゃん!
アキヨちゃんが唯って呼んでくれて、私すっごく嬉しいな!」
「ありがとう、唯ちゃん……」
宮本さんが言うと唯が満面の笑顔を浮かべ、
それに釣られるようにして、ぎこちないながら宮本さんも嬉しそうに頬を緩めた。
これまでクラスメイトって接点しかなかったのに、一瞬にしてもう仲の良い友達って感じだ。
まったく……。
唯は本当に誰とでもすぐに仲良くなれるんだな……。
ライブハウスに出た時も、ナマハ・ゲやデスバンバンジーの皆とすぐ仲良くなってたしな。
考えながら、不意に気付く。
そういえば、唯は私と最短記録で親友になれた奴じゃないだろうか。
出会った時期こそ違うけど、澪よりも遥かに短い時間で、唯は私と親友になっていた。
天真爛漫で、楽しくて面白くて、誰にでも優しい唯。
皆、そんな唯の笑顔に助けられてるんだろう。
勿論、私も含めて。
ただ、それだけにうちが女子高でよかったって思わなくもない。
これが共学だったら、多分、唯の奴、男子を勘違いさせまくりだぞ。
うちが共学だったとしても澪のファンクラブは設立されるかもしれないけど、
高嶺の花みたいな雰囲気になっちゃって、澪に声を掛ける男子はほとんどいないだろう。
その点、唯は親しみやすくて誰にでも優しいから、そりゃもうとんでもない事になるな。
しかも、唯の事だから、告白して来た男子全員と付き合ったりなんかして……。
恐るべし、唯。
流石にそれは無いと思いたいが、唯の場合は洒落にならんな……。
「そうそう、アキヨちゃん」
私の心配なんて想像もしてないんだろう無邪気な笑顔で、唯が続ける。
「私だけじゃなくて、りっちゃんの事もりっちゃんでいいよ。
りっちゃんもアキヨちゃんの事、名前で呼ぶから」
「おいおい……。
私の意思を無視して話を進めるなよ……」
「駄目なの、りっちゃん?
ねえ、知ってる?
名前で呼ぶとね、すぐに皆と仲良くなれるんだよ?」
それが簡単にできるのはおまえだけだよ。
そう言いたくもあったけど、私はそれを言葉にするのをやめた。
きっとそれは唯に伝えなくてもいい事だから。
唯はそのまま自分を特別と思わずに、ありのままの唯でいてほしい。
苦笑して、宮本さんと視線を合わせる。
宮本さんは照れながら、少し嬉しそうにしながら、小さく言った。
田井中さんも頭なんて下げないで。
ごめんなさい。
私、そういうの慣れてなくって……。
でも……、ねえ、平沢さん……、
ううん、唯ちゃんって呼んでいいんなら、私……、唯ちゃんって呼んでいいかな?」
「うん、勿論だよ、アキヨちゃん!
アキヨちゃんが唯って呼んでくれて、私すっごく嬉しいな!」
「ありがとう、唯ちゃん……」
宮本さんが言うと唯が満面の笑顔を浮かべ、
それに釣られるようにして、ぎこちないながら宮本さんも嬉しそうに頬を緩めた。
これまでクラスメイトって接点しかなかったのに、一瞬にしてもう仲の良い友達って感じだ。
まったく……。
唯は本当に誰とでもすぐに仲良くなれるんだな……。
ライブハウスに出た時も、ナマハ・ゲやデスバンバンジーの皆とすぐ仲良くなってたしな。
考えながら、不意に気付く。
そういえば、唯は私と最短記録で親友になれた奴じゃないだろうか。
出会った時期こそ違うけど、澪よりも遥かに短い時間で、唯は私と親友になっていた。
天真爛漫で、楽しくて面白くて、誰にでも優しい唯。
皆、そんな唯の笑顔に助けられてるんだろう。
勿論、私も含めて。
ただ、それだけにうちが女子高でよかったって思わなくもない。
これが共学だったら、多分、唯の奴、男子を勘違いさせまくりだぞ。
うちが共学だったとしても澪のファンクラブは設立されるかもしれないけど、
高嶺の花みたいな雰囲気になっちゃって、澪に声を掛ける男子はほとんどいないだろう。
その点、唯は親しみやすくて誰にでも優しいから、そりゃもうとんでもない事になるな。
しかも、唯の事だから、告白して来た男子全員と付き合ったりなんかして……。
恐るべし、唯。
流石にそれは無いと思いたいが、唯の場合は洒落にならんな……。
「そうそう、アキヨちゃん」
私の心配なんて想像もしてないんだろう無邪気な笑顔で、唯が続ける。
「私だけじゃなくて、りっちゃんの事もりっちゃんでいいよ。
りっちゃんもアキヨちゃんの事、名前で呼ぶから」
「おいおい……。
私の意思を無視して話を進めるなよ……」
「駄目なの、りっちゃん?
ねえ、知ってる?
名前で呼ぶとね、すぐに皆と仲良くなれるんだよ?」
それが簡単にできるのはおまえだけだよ。
そう言いたくもあったけど、私はそれを言葉にするのをやめた。
きっとそれは唯に伝えなくてもいい事だから。
唯はそのまま自分を特別と思わずに、ありのままの唯でいてほしい。
苦笑して、宮本さんと視線を合わせる。
宮本さんは照れながら、少し嬉しそうにしながら、小さく言った。
591: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:34:08.72 ID:rKkuuigL0
「……じゃあ、りっちゃん……って呼ぶね?
いいかな……?」
「了解だ。これからもよろしくな、アキヨ」
そうして、私と宮本さん……アキヨは軽く握手を交わした。
残り少ない時間でも、人間関係は変えていける。
当たり前の事だけど、唯は無意識にそれを私達に教えてくれたみたいだった。
「そういえば、唯ちゃん……?」
宮本さんが遠慮がちに訊ねる。
名前で呼び合う仲になったと言っても、距離が完全に縮まったわけじゃない。
でも、だからこそ、これからも縮めていきたくなるんだよな。
「何、アキヨちゃん?」
「さっき私に話し掛けて来てくれたけど……、どうかしたの?
私に何か訊きたい事があったの?」
アキヨに言われ、何かを思い出したって表情で唯は自分の手を叩いた。
それから、さっきと同じように、眼鏡を強調したポーズを取る。
「そうそう。そうなんだよ、アキヨちゃん。
眼鏡のスペシャリストのアキヨちゃんに、私に眼鏡が似合ってるか訊きたかったんだ。
どうかな? 頭がよく見える?」
眼鏡のスペシャリストって何だよ……。
それを私が突っ込むより先に、アキヨが軽く微笑みながら言う。
「うん。よく似合ってると思うよ」
何のお世辞も無いまっすぐな口調だった。
アキヨの言うとおり、確かによく似合ってる。
頭がよく見えるかどうかはさておき、ファッションとしては完璧だ。
「そうだよ、お姉ちゃん!
眼鏡を掛けたお姉ちゃんも、すっごく素敵だよ!」
アキヨの言葉に力強く続いたのは、勿論憂ちゃんだ。
何だか頬を赤く染めてる様にも見える。
滅多に見ない姉の眼鏡姿を新鮮に思ってるんだろうな。
唯のくせに目立っちゃって、ちょっと悔しい。
「ありがと、憂。
憂も眼鏡、すっごく似合ってるよ」
唯が言い、眼鏡を掛けた姉妹が顔を合わせて笑う。
気が付けば、いつの間にか私以外の皆も眼鏡を掛けていた。
その横で、さわちゃんが皆の眼鏡姿を嬉しそうに見つめている。
……さわちゃんは置いといて。
出遅れた形になってしまった私も、袋の中から眼鏡ケースを取り出した。
一人だけ掛けてないのは、空気的にも悪いしな。
そのまま眼鏡を掛けようとして……、私の手が止まる。
いいかな……?」
「了解だ。これからもよろしくな、アキヨ」
そうして、私と宮本さん……アキヨは軽く握手を交わした。
残り少ない時間でも、人間関係は変えていける。
当たり前の事だけど、唯は無意識にそれを私達に教えてくれたみたいだった。
「そういえば、唯ちゃん……?」
宮本さんが遠慮がちに訊ねる。
名前で呼び合う仲になったと言っても、距離が完全に縮まったわけじゃない。
でも、だからこそ、これからも縮めていきたくなるんだよな。
「何、アキヨちゃん?」
「さっき私に話し掛けて来てくれたけど……、どうかしたの?
私に何か訊きたい事があったの?」
アキヨに言われ、何かを思い出したって表情で唯は自分の手を叩いた。
それから、さっきと同じように、眼鏡を強調したポーズを取る。
「そうそう。そうなんだよ、アキヨちゃん。
眼鏡のスペシャリストのアキヨちゃんに、私に眼鏡が似合ってるか訊きたかったんだ。
どうかな? 頭がよく見える?」
眼鏡のスペシャリストって何だよ……。
それを私が突っ込むより先に、アキヨが軽く微笑みながら言う。
「うん。よく似合ってると思うよ」
何のお世辞も無いまっすぐな口調だった。
アキヨの言うとおり、確かによく似合ってる。
頭がよく見えるかどうかはさておき、ファッションとしては完璧だ。
「そうだよ、お姉ちゃん!
眼鏡を掛けたお姉ちゃんも、すっごく素敵だよ!」
アキヨの言葉に力強く続いたのは、勿論憂ちゃんだ。
何だか頬を赤く染めてる様にも見える。
滅多に見ない姉の眼鏡姿を新鮮に思ってるんだろうな。
唯のくせに目立っちゃって、ちょっと悔しい。
「ありがと、憂。
憂も眼鏡、すっごく似合ってるよ」
唯が言い、眼鏡を掛けた姉妹が顔を合わせて笑う。
気が付けば、いつの間にか私以外の皆も眼鏡を掛けていた。
その横で、さわちゃんが皆の眼鏡姿を嬉しそうに見つめている。
……さわちゃんは置いといて。
出遅れた形になってしまった私も、袋の中から眼鏡ケースを取り出した。
一人だけ掛けてないのは、空気的にも悪いしな。
そのまま眼鏡を掛けようとして……、私の手が止まる。
592: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:34:35.93 ID:rKkuuigL0
何故だろう。
すごく嫌な予感がする。
こういう時って、大体が最後に掛けた奴がオチ担当になったりしないか?
皆が似合うってお互いを褒め合ってる中、
最後に勿体ぶったナルシスト的なキャラが登場した瞬間、
皆に「似合わねー!」と笑われたりするそんなシーン……。
漫画でよく使われる黄金パターンじゃないかよ……。
掛けたくねー……。
眼鏡を掛ける事自体はいいんだけど、からかわれたくねー……。
でも、この空気の中で、一人だけ眼鏡を掛けないわけにもいかなかった。
何となく視線を戻すと、唯と憂ちゃん、
アキヨが悪意の無い表情で私が眼鏡を掛けるのを待っていた。
この三人の事だ。本当に悪気無く、私が眼鏡を掛けるのを待ってるんだろう。
仕方が無い。
私の心は決まった。
笑いたければ笑えばいい。
皆の笑顔のために、この田井中律、あえてピエロになってやろうじゃないか。
蔓を手に持ち、鼻先に眼鏡を乗せる。
立ち上がって、「どうよ」と言わんばかりに親指で自分の顔を指してやる。
さあ、御照覧あれ。
これがりっちゃんの眼鏡姿だ!
すぐに音楽室が笑い声で包まれるかと思ってたけど、そうはならなかった。
しばらく音楽室を沈黙が支配する。
突然立ち上がった私を、黙り込んだ皆が静かに見守っていた。
くっ……、何だよ……。
放置プレイって手法かよ……。
そんなに私の眼鏡姿を笑いたいのかよ……。
分かってるよ、似合わないのは分かってんだよ……。
もう耐えられない。
私は愚痴る様に皆から視線を逸らしながら呟く。
「いいよ。笑いたきゃ笑ってくれ。
自分でも分かってるよ。
私に眼鏡なんておかしーし……」
情けない。自分で言ってて情けない……。
でも、容姿に関してだけは、私だって自信が無いんだよ……。
だけど、その私の情けない愚痴には、意外な所から意外な返答があった。
「いや、似合ってるよ、律……」
言ったのは澪だった。
澪の事だ。私を慰めるために気休めの言葉を言ってくれたんだろう。
まったく、優しい幼馴染みだよ。
「やめてくれよ、澪……。
こんなのおかしーって自分でも分かってんだからさ……」
「いやいや、普通に似合ってるんだよ、律」
驚いて私が皆に視線をやると、誰もが真顔のままで頷いていた。
笑いを堪えてるわけじゃなく、気休めの表情をしてるわけじゃなく、
ただ感心した様子で私の顔を見ていた。
「意外よね。律にこんなに眼鏡が似合うなんて」
「真面目な委員長に見えるよ、りっちゃん」
「うんうん、漫画に出てくるおでこ委員長って感じだよ」
「あ、確かにそうですね、唯先輩。
何処かで見た事がある気がしてたんですけど、
言われてみれば確かによく見る委員長キャラです」
「りっちゃんには眼鏡が似合いそうだと思ってた私の目に狂いは無かったわね」
「自信持ってください、律さん」
すごく嫌な予感がする。
こういう時って、大体が最後に掛けた奴がオチ担当になったりしないか?
皆が似合うってお互いを褒め合ってる中、
最後に勿体ぶったナルシスト的なキャラが登場した瞬間、
皆に「似合わねー!」と笑われたりするそんなシーン……。
漫画でよく使われる黄金パターンじゃないかよ……。
掛けたくねー……。
眼鏡を掛ける事自体はいいんだけど、からかわれたくねー……。
でも、この空気の中で、一人だけ眼鏡を掛けないわけにもいかなかった。
何となく視線を戻すと、唯と憂ちゃん、
アキヨが悪意の無い表情で私が眼鏡を掛けるのを待っていた。
この三人の事だ。本当に悪気無く、私が眼鏡を掛けるのを待ってるんだろう。
仕方が無い。
私の心は決まった。
笑いたければ笑えばいい。
皆の笑顔のために、この田井中律、あえてピエロになってやろうじゃないか。
蔓を手に持ち、鼻先に眼鏡を乗せる。
立ち上がって、「どうよ」と言わんばかりに親指で自分の顔を指してやる。
さあ、御照覧あれ。
これがりっちゃんの眼鏡姿だ!
すぐに音楽室が笑い声で包まれるかと思ってたけど、そうはならなかった。
しばらく音楽室を沈黙が支配する。
突然立ち上がった私を、黙り込んだ皆が静かに見守っていた。
くっ……、何だよ……。
放置プレイって手法かよ……。
そんなに私の眼鏡姿を笑いたいのかよ……。
分かってるよ、似合わないのは分かってんだよ……。
もう耐えられない。
私は愚痴る様に皆から視線を逸らしながら呟く。
「いいよ。笑いたきゃ笑ってくれ。
自分でも分かってるよ。
私に眼鏡なんておかしーし……」
情けない。自分で言ってて情けない……。
でも、容姿に関してだけは、私だって自信が無いんだよ……。
だけど、その私の情けない愚痴には、意外な所から意外な返答があった。
「いや、似合ってるよ、律……」
言ったのは澪だった。
澪の事だ。私を慰めるために気休めの言葉を言ってくれたんだろう。
まったく、優しい幼馴染みだよ。
「やめてくれよ、澪……。
こんなのおかしーって自分でも分かってんだからさ……」
「いやいや、普通に似合ってるんだよ、律」
驚いて私が皆に視線をやると、誰もが真顔のままで頷いていた。
笑いを堪えてるわけじゃなく、気休めの表情をしてるわけじゃなく、
ただ感心した様子で私の顔を見ていた。
「意外よね。律にこんなに眼鏡が似合うなんて」
「真面目な委員長に見えるよ、りっちゃん」
「うんうん、漫画に出てくるおでこ委員長って感じだよ」
「あ、確かにそうですね、唯先輩。
何処かで見た事がある気がしてたんですけど、
言われてみれば確かによく見る委員長キャラです」
「りっちゃんには眼鏡が似合いそうだと思ってた私の目に狂いは無かったわね」
「自信持ってください、律さん」
593: にゃんこ 2011/09/23(金) 21:35:39.27 ID:rKkuuigL0
皆が口々に私を褒めて(?)くれる。
……意外に好評だったとは。
よく見る委員長キャラって評判は喜んでいいのかどうか分からないけど、
からかわれて笑われたりするよりはよっぽどマシだった。
でも、そうなると、愚痴ってた自分の事が途端に恥ずかしくなってくる。
勝手に被害妄想抱いちゃって本当に恥ずかしいし、皆に申し訳ない。
私は素直に皆に頭を下げる。
「ごめん、皆。
眼鏡掛ける事なんて滅多に無いから、
皆にからかわれるんじゃないかって思っちゃってさ……。
変な事言い出しちゃってごめんな……」
「律先輩ってば、変な所で繊細ですよね。
自信を持って下さいよ。
意外とですけど、似合ってるんですから」
「意外と、ってのは余計だけど、ありがとな、梓。
梓も眼鏡似合って……」
言い掛けて、思わず言葉が止まる。
何だろう。この何とも言えない違和感は。
梓の言葉に嘘は無いし、皆の言葉や態度にも嘘は無い。
でも、皆、私じゃなくて、違う誰かに対して違和感を抱いてる雰囲気がある。
勿論、私も皆と同じ深い違和感を抱いてる。
その違和感の正体はすぐに分かった。
分かった……んだけど、それを言葉にするのは躊躇った。
だって、その違和感の正体は私を気遣ってくれた梓本人だったんだから。
正確に言えば、眼鏡を掛けた梓の姿が違和感に満ちていたんだ。
梓に眼鏡は似合ってる。
小さな後輩の眼鏡姿は本当に可愛らしい。
のだが。
黒髪のツインテールと眼鏡という組み合わせが違和感バリバリだった。
何て言えばいいんだろう。
言葉は悪いけど、すげーインチキ臭いんだよな……。
前にテレビでメイド喫茶を見た事があるんだけど、
そのメイド喫茶の中に眼鏡でツインテールのメイドを見つけた時にもそう感じた。
可愛い要素を無理矢理二つ組み合わせた違和感って言うのかな。
可愛い事は間違いないのに、とにかくすごく無理矢理でインチキっぽいんだ。
特に襟足ならともかく、梓の場合、
頭の上の方で結んでるツインテールだから、インチキ臭さは更に倍を超える。
「どうしたんですか、律先輩?」
急に言葉を止めた私を不審に思ったのか、梓が首を傾げながら訊ねてくる。
その様子を見る限り、梓は自分のインチキ臭さに気付いてないんだろう。
ど……、どうしよう……。
……意外に好評だったとは。
よく見る委員長キャラって評判は喜んでいいのかどうか分からないけど、
からかわれて笑われたりするよりはよっぽどマシだった。
でも、そうなると、愚痴ってた自分の事が途端に恥ずかしくなってくる。
勝手に被害妄想抱いちゃって本当に恥ずかしいし、皆に申し訳ない。
私は素直に皆に頭を下げる。
「ごめん、皆。
眼鏡掛ける事なんて滅多に無いから、
皆にからかわれるんじゃないかって思っちゃってさ……。
変な事言い出しちゃってごめんな……」
「律先輩ってば、変な所で繊細ですよね。
自信を持って下さいよ。
意外とですけど、似合ってるんですから」
「意外と、ってのは余計だけど、ありがとな、梓。
梓も眼鏡似合って……」
言い掛けて、思わず言葉が止まる。
何だろう。この何とも言えない違和感は。
梓の言葉に嘘は無いし、皆の言葉や態度にも嘘は無い。
でも、皆、私じゃなくて、違う誰かに対して違和感を抱いてる雰囲気がある。
勿論、私も皆と同じ深い違和感を抱いてる。
その違和感の正体はすぐに分かった。
分かった……んだけど、それを言葉にするのは躊躇った。
だって、その違和感の正体は私を気遣ってくれた梓本人だったんだから。
正確に言えば、眼鏡を掛けた梓の姿が違和感に満ちていたんだ。
梓に眼鏡は似合ってる。
小さな後輩の眼鏡姿は本当に可愛らしい。
のだが。
黒髪のツインテールと眼鏡という組み合わせが違和感バリバリだった。
何て言えばいいんだろう。
言葉は悪いけど、すげーインチキ臭いんだよな……。
前にテレビでメイド喫茶を見た事があるんだけど、
そのメイド喫茶の中に眼鏡でツインテールのメイドを見つけた時にもそう感じた。
可愛い要素を無理矢理二つ組み合わせた違和感って言うのかな。
可愛い事は間違いないのに、とにかくすごく無理矢理でインチキっぽいんだ。
特に襟足ならともかく、梓の場合、
頭の上の方で結んでるツインテールだから、インチキ臭さは更に倍を超える。
「どうしたんですか、律先輩?」
急に言葉を止めた私を不審に思ったのか、梓が首を傾げながら訊ねてくる。
その様子を見る限り、梓は自分のインチキ臭さに気付いてないんだろう。
ど……、どうしよう……。
597: にゃんこ 2011/09/25(日) 18:08:59.56 ID:KBG5C+uw0
私は救いを求めて周囲の皆を見渡してみる。
誰か……、誰かこの状況を打開できる奴は居ないのか……?
そうだ。
どんな服装でも自在にコーディネートするさわちゃんならどうだろう?
さわちゃんなら、この梓のインチキ臭さを緩和する融和策を考え……、いや、駄目だ。
「このインチキ臭さがいいんじゃない」とか言いながら、
猫耳やメイド服やリボンやフリルなんかを更に付加させて、
何処を目指してるのか分からない、痛々しくて新しい梓を誕生させちゃいそうな気がする。
そう考えながら、私は疑念に満ちた目でさわちゃんに視線を移してみる。
やっぱりと言うべきか、さわちゃんはインチキ臭い梓をうっとりした目で見ていた。
この人……、本気で眼鏡梓をコーディネートする気だ……!
こうなると、やっぱり私が梓の眼鏡姿のインチキ臭さを直接伝えるしかないのか。
それが優しさなんだろうし、場の空気を和ませるのが部長の役割ってやつだ。
軽い感じに言えば、少しは頬を膨らませるだろうけど、
梓も私の言葉を素直に受け止めてくれるはずだ。
さあ、梓に伝えよう。
眼鏡姿を恥ずかしがってた私が言うのも何だけど、
ツインテールの髪型をした梓の眼鏡姿は途轍もなくインチキ臭いんだって。
深呼吸をしてから、私はゆっくりと皆の顔を見回す。
唯と澪が梓の眼鏡姿に私がどんな反応をするのか、期待を込めた表情で私を見ている。
憂ちゃん、和、高橋さん、アキヨもじっと私の言葉を待ってるみたいだ。
梓を含めた十人……、眼鏡の奥の二十の瞳が私を見つめていた。
十人……?
一人多くないか?
確か音楽室で弁当を食べていたのは、私を含めて十人だったはずだ。
何と……!
十一人いる…だと…!?
少し動揺して、私はもう一度皆の顔を見回してみる。
えっと……、音楽室に居るのは……、
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いちご、梓、アキヨ、高橋さん、和だろ……。
ん?
もう一度、落ち着いて数えてみよう。
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いち…
「おまえか、若王子いちごーっ!」
気が付けば、つい叫んでしまっていた。
私があんまり突然に叫んじゃったもんだから、
アキヨと澪が驚いて身体を硬直させてたけど、驚いたのは私だって同じだった。
唐突な上に馴染み過ぎだろ、いちご……。
勿論、その驚きは唯達も同じだったみたいだ。
いつの間にか眼鏡を掛けて弁当を食べているいちごの姿を見つけると、
私と同じくいちごの姿に気付いてなかった何人かが驚きの声を上げ、澪に至っては半分気絶していた。
「おまえは何でいきなりこんな所に居るんだよ……」
半分気絶した澪の肩を抱えながら、私はおずおずといちごに訊ねてみる。
いちごは私の言葉に反応せず、憂ちゃんの弁当のおむすびを淡々と食べ続ける。
女の子座りな上に両手でおむすびを頬張るそのいちごの姿は、悔しいくらい絵になっていた。
って、そんな事は今はどうでもよかった。
私は意を決して、もう一度いちごに訊ねようと口を開く。
誰か……、誰かこの状況を打開できる奴は居ないのか……?
そうだ。
どんな服装でも自在にコーディネートするさわちゃんならどうだろう?
さわちゃんなら、この梓のインチキ臭さを緩和する融和策を考え……、いや、駄目だ。
「このインチキ臭さがいいんじゃない」とか言いながら、
猫耳やメイド服やリボンやフリルなんかを更に付加させて、
何処を目指してるのか分からない、痛々しくて新しい梓を誕生させちゃいそうな気がする。
そう考えながら、私は疑念に満ちた目でさわちゃんに視線を移してみる。
やっぱりと言うべきか、さわちゃんはインチキ臭い梓をうっとりした目で見ていた。
この人……、本気で眼鏡梓をコーディネートする気だ……!
こうなると、やっぱり私が梓の眼鏡姿のインチキ臭さを直接伝えるしかないのか。
それが優しさなんだろうし、場の空気を和ませるのが部長の役割ってやつだ。
軽い感じに言えば、少しは頬を膨らませるだろうけど、
梓も私の言葉を素直に受け止めてくれるはずだ。
さあ、梓に伝えよう。
眼鏡姿を恥ずかしがってた私が言うのも何だけど、
ツインテールの髪型をした梓の眼鏡姿は途轍もなくインチキ臭いんだって。
深呼吸をしてから、私はゆっくりと皆の顔を見回す。
唯と澪が梓の眼鏡姿に私がどんな反応をするのか、期待を込めた表情で私を見ている。
憂ちゃん、和、高橋さん、アキヨもじっと私の言葉を待ってるみたいだ。
梓を含めた十人……、眼鏡の奥の二十の瞳が私を見つめていた。
十人……?
一人多くないか?
確か音楽室で弁当を食べていたのは、私を含めて十人だったはずだ。
何と……!
十一人いる…だと…!?
少し動揺して、私はもう一度皆の顔を見回してみる。
えっと……、音楽室に居るのは……、
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いちご、梓、アキヨ、高橋さん、和だろ……。
ん?
もう一度、落ち着いて数えてみよう。
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いち…
「おまえか、若王子いちごーっ!」
気が付けば、つい叫んでしまっていた。
私があんまり突然に叫んじゃったもんだから、
アキヨと澪が驚いて身体を硬直させてたけど、驚いたのは私だって同じだった。
唐突な上に馴染み過ぎだろ、いちご……。
勿論、その驚きは唯達も同じだったみたいだ。
いつの間にか眼鏡を掛けて弁当を食べているいちごの姿を見つけると、
私と同じくいちごの姿に気付いてなかった何人かが驚きの声を上げ、澪に至っては半分気絶していた。
「おまえは何でいきなりこんな所に居るんだよ……」
半分気絶した澪の肩を抱えながら、私はおずおずといちごに訊ねてみる。
いちごは私の言葉に反応せず、憂ちゃんの弁当のおむすびを淡々と食べ続ける。
女の子座りな上に両手でおむすびを頬張るそのいちごの姿は、悔しいくらい絵になっていた。
って、そんな事は今はどうでもよかった。
私は意を決して、もう一度いちごに訊ねようと口を開く。
598: にゃんこ 2011/09/25(日) 18:10:43.77 ID:KBG5C+uw0
「だから、何でおまえは……」
その言葉はいちごが急に私の方に掌を向ける事で制された。
しばらく黙ってて、という意味らしい。
釈然としなかったけど、こういう時のいちごには何を言っても無駄だろう。
私は小さく溜息を吐いて、
とりあえず手の中の澪の肩を揺さぶりながら待つ事にした。
澪の意識がはっきりし始めたのと同じ頃、
いちごは手に持っていたおむすびを完全に食べ終わっていた。
軽く私に視線を向け、淡々とした口調でいちごが喋り始める。
「食べてる時に話し掛けないで。行儀が悪いでしょ」
お利口さんか、おまえは!
そう言いたいのを私はぐっと堪える。
まずは疑問をいちごにぶつける方が先決だと思ったからだ。
「それでおまえはどうしてここに居るんだよ」
「居たら駄目?」
「いや、そういうわけじゃなくて、ここに居る理由をだな……」
やきもきしながら私が言うと、
いちごが表情を変えずに自分の隣に座っている人物に視線を向けた。
その人物とは、いちごの存在に驚いてなかった内の一人……、さわちゃんだった。
一斉に私達の視線をさわちゃんに集中させると、
さわちゃんは「てへっ」と可愛らしい感じに舌を出しておどけた。
「実はね、さっきお弁当を頂いてる時に、音楽室の外に人の気配を感じたのよ。
誰かと思って見に行ってみれば、若王子さんじゃない。
折角だから音楽室の中に誘って、一緒にお弁当を食べてもらう事にしたのよ。
いいじゃない。クラスメイトじゃないの」
「それは教師として正しい行動だと思いますが、それを皆に伝える事を忘れないで下さい。
報告、連絡、相談のホウレンソウを欠かさないで下さい」
わざわざ敬語まで使って、私はさわちゃんに伝えてやる。
悪びれた風でも無く、さわちゃんは楽しそうに笑う事でそれに応じた。
「いやー、若王子さんの眼鏡姿に見入っちゃってて……」
「うんうん。それは分かるよ、さわちゃん!」
急にさわちゃんに賛同したのは目を輝かせた唯だった。
身を乗り出しながら、少しだけ興奮した様子で唯が続ける。
「前からお姫様みたいに可愛いって思ってたけど、
いちごちゃんにこんなに眼鏡が似合うなんて思ってなかったよ!
お姫様なのには違いないんだけど、
それに知的な感じが加わったって言うか……、とにかくすっごく可愛いよ!」
「流石は唯ちゃん。
分かってるじゃない。可愛い物を見極める目はやっぱり確かね」
可愛い物を愛するという点では似通った二人が、
初めて目にするいちごの眼鏡姿を見ながら、だらしなくにやける。
何をやってるんだ、と思わなくもないけど、その点については私も同意見だった。
眼鏡を掛けたいちごの姿は、こう言うのも悔しいけど、はっとするくらい可愛かった。
言うならば、まさしくモエモエキュン……ってか?
いちごも一応ツインテールではあるんだけど、
梓とは違っていちごのツインテールだと眼鏡も似合うから不思議だ。
可愛い子は何をやってても可愛いから得だよなあ……。
別に梓が可愛くないってわけじゃないけど、いちごはどうにも別格なんだよな。
いやいや、いちごの可愛さに見惚れてる場合じゃない。
私は意識がはっきりした澪をその場に置き、いちごの近くにまで歩いていく。
梓にいちごの隣を空けてもらい、私はいちごの隣にそのまま腰を下ろす。
いちごが軽く私に視線を向けた。
その言葉はいちごが急に私の方に掌を向ける事で制された。
しばらく黙ってて、という意味らしい。
釈然としなかったけど、こういう時のいちごには何を言っても無駄だろう。
私は小さく溜息を吐いて、
とりあえず手の中の澪の肩を揺さぶりながら待つ事にした。
澪の意識がはっきりし始めたのと同じ頃、
いちごは手に持っていたおむすびを完全に食べ終わっていた。
軽く私に視線を向け、淡々とした口調でいちごが喋り始める。
「食べてる時に話し掛けないで。行儀が悪いでしょ」
お利口さんか、おまえは!
そう言いたいのを私はぐっと堪える。
まずは疑問をいちごにぶつける方が先決だと思ったからだ。
「それでおまえはどうしてここに居るんだよ」
「居たら駄目?」
「いや、そういうわけじゃなくて、ここに居る理由をだな……」
やきもきしながら私が言うと、
いちごが表情を変えずに自分の隣に座っている人物に視線を向けた。
その人物とは、いちごの存在に驚いてなかった内の一人……、さわちゃんだった。
一斉に私達の視線をさわちゃんに集中させると、
さわちゃんは「てへっ」と可愛らしい感じに舌を出しておどけた。
「実はね、さっきお弁当を頂いてる時に、音楽室の外に人の気配を感じたのよ。
誰かと思って見に行ってみれば、若王子さんじゃない。
折角だから音楽室の中に誘って、一緒にお弁当を食べてもらう事にしたのよ。
いいじゃない。クラスメイトじゃないの」
「それは教師として正しい行動だと思いますが、それを皆に伝える事を忘れないで下さい。
報告、連絡、相談のホウレンソウを欠かさないで下さい」
わざわざ敬語まで使って、私はさわちゃんに伝えてやる。
悪びれた風でも無く、さわちゃんは楽しそうに笑う事でそれに応じた。
「いやー、若王子さんの眼鏡姿に見入っちゃってて……」
「うんうん。それは分かるよ、さわちゃん!」
急にさわちゃんに賛同したのは目を輝かせた唯だった。
身を乗り出しながら、少しだけ興奮した様子で唯が続ける。
「前からお姫様みたいに可愛いって思ってたけど、
いちごちゃんにこんなに眼鏡が似合うなんて思ってなかったよ!
お姫様なのには違いないんだけど、
それに知的な感じが加わったって言うか……、とにかくすっごく可愛いよ!」
「流石は唯ちゃん。
分かってるじゃない。可愛い物を見極める目はやっぱり確かね」
可愛い物を愛するという点では似通った二人が、
初めて目にするいちごの眼鏡姿を見ながら、だらしなくにやける。
何をやってるんだ、と思わなくもないけど、その点については私も同意見だった。
眼鏡を掛けたいちごの姿は、こう言うのも悔しいけど、はっとするくらい可愛かった。
言うならば、まさしくモエモエキュン……ってか?
いちごも一応ツインテールではあるんだけど、
梓とは違っていちごのツインテールだと眼鏡も似合うから不思議だ。
可愛い子は何をやってても可愛いから得だよなあ……。
別に梓が可愛くないってわけじゃないけど、いちごはどうにも別格なんだよな。
いやいや、いちごの可愛さに見惚れてる場合じゃない。
私は意識がはっきりした澪をその場に置き、いちごの近くにまで歩いていく。
梓にいちごの隣を空けてもらい、私はいちごの隣にそのまま腰を下ろす。
いちごが軽く私に視線を向けた。
599: にゃんこ 2011/09/25(日) 18:11:28.81 ID:KBG5C+uw0
「何か用?」
「結局、いちごが何しに来たのかと思ってさ」
「様子を見に」
「様子……って軽音部の?」
「うん」
「それならそう言ってくれりゃいいじゃんか。
こんな驚かすような事しなくても、
普通に訪ねてくれればいちご姫をもてなしてたのに……」
「驚かすつもりなんてない」
少しだけいちごの声が変わった。
声色はほんの少し低く、声の速度もゆっくりになっている。
表情も無表情には違いなかったけど、何処か強張ってるみたいにも見える。
「律が気付かなかったんでしょ」
いちごが続け、私から視線を逸らす。
そこでようやく、いちごが不機嫌になってるんだって事に私は気付いた。
言われてみれば、さわちゃんの様子を見る限りは、
さわちゃんもいちごも、別に私達を驚かそうとして隠れてたわけじゃないみたいだ。
いや、そもそもいちごは隠れてたわけじゃない。
自分の存在こそ主張しなかったけど、普通に音楽室の中で座ってただけなんだ。
憂ちゃんや和を含む何人かはいちごに気付いてたみたいだし、
単にアキヨや唯と話すのに夢中になってた私が、いちごの姿に気付かなかっただけらしい。
これはいちごに悪い事をしてしまったかもしれない。
私は私から目を逸らすいちごの背中を軽く擦った。
この前、いちごが私にしてくれた事だった。
そうしたのは、こうすればいちごが私の方を向いてくれるはずだと思ったのもあるけど、
何より私がいちごの存在や優しさを忘れたわけじゃないって事を伝えたかったからだ。
「ごめんな、いちご。怒らないでくれよ。
まさかいちごが部活の様子まで見に来てくれるなんて思ってなかったんだよ。
気が回らなくてごめんな。それ以上に、ありがとな。
私達の事を気に掛けてくれるなんて嬉しいよ」
「別に、怒ってない」
またいちごが私に軽く視線を向ける。
無表情なままではあるけど、声色は柔らかくなってる気がした。
少しは私の事を許してくれたんだろうか。
いちごの顔を覗き込んでから、私は微笑む。
気難しいクラスメイトだけど、私達の事を気に掛けてくれてる。
私を助けてもくれた、優しい子なんだよな。
その事がとても嬉しかった。
「律は」
不意にまたいちごが呟くみたいに言った。
いちごの背中に手を置きながら、私はいちごの瞳を覗き込んで見る。
何故だか、眼鏡の奥の瞳が少し潤んでるように見えた。
「律は大丈夫なんだね」
火曜日の事を言ってるんだろう。
確かに火曜日の私の様子は酷かったよな。
吐いた上に青白い顔もしてたみたいだし、精神的にも最悪だった。
いちごが私のその後を気にするのも無理は無いだろう。
これはいちごに前向き元気なりっちゃんを見せてやらないとな。
だから、私は何かを言うよりも、歯を見せるくらいただ大きく笑った。
私の心からの笑顔を見せたかった。
恐怖と絶望に負けそうだった私を最初に引き戻してくれたのは、誰あろういちごなんだ。
今、私が皆と笑えてる最初のきっかけをくれたのは、いちごだったんだ。
ありがとう、いちご。
その想いを込めて、私にできる最高の笑顔をいちごに向けていたい。
「結局、いちごが何しに来たのかと思ってさ」
「様子を見に」
「様子……って軽音部の?」
「うん」
「それならそう言ってくれりゃいいじゃんか。
こんな驚かすような事しなくても、
普通に訪ねてくれればいちご姫をもてなしてたのに……」
「驚かすつもりなんてない」
少しだけいちごの声が変わった。
声色はほんの少し低く、声の速度もゆっくりになっている。
表情も無表情には違いなかったけど、何処か強張ってるみたいにも見える。
「律が気付かなかったんでしょ」
いちごが続け、私から視線を逸らす。
そこでようやく、いちごが不機嫌になってるんだって事に私は気付いた。
言われてみれば、さわちゃんの様子を見る限りは、
さわちゃんもいちごも、別に私達を驚かそうとして隠れてたわけじゃないみたいだ。
いや、そもそもいちごは隠れてたわけじゃない。
自分の存在こそ主張しなかったけど、普通に音楽室の中で座ってただけなんだ。
憂ちゃんや和を含む何人かはいちごに気付いてたみたいだし、
単にアキヨや唯と話すのに夢中になってた私が、いちごの姿に気付かなかっただけらしい。
これはいちごに悪い事をしてしまったかもしれない。
私は私から目を逸らすいちごの背中を軽く擦った。
この前、いちごが私にしてくれた事だった。
そうしたのは、こうすればいちごが私の方を向いてくれるはずだと思ったのもあるけど、
何より私がいちごの存在や優しさを忘れたわけじゃないって事を伝えたかったからだ。
「ごめんな、いちご。怒らないでくれよ。
まさかいちごが部活の様子まで見に来てくれるなんて思ってなかったんだよ。
気が回らなくてごめんな。それ以上に、ありがとな。
私達の事を気に掛けてくれるなんて嬉しいよ」
「別に、怒ってない」
またいちごが私に軽く視線を向ける。
無表情なままではあるけど、声色は柔らかくなってる気がした。
少しは私の事を許してくれたんだろうか。
いちごの顔を覗き込んでから、私は微笑む。
気難しいクラスメイトだけど、私達の事を気に掛けてくれてる。
私を助けてもくれた、優しい子なんだよな。
その事がとても嬉しかった。
「律は」
不意にまたいちごが呟くみたいに言った。
いちごの背中に手を置きながら、私はいちごの瞳を覗き込んで見る。
何故だか、眼鏡の奥の瞳が少し潤んでるように見えた。
「律は大丈夫なんだね」
火曜日の事を言ってるんだろう。
確かに火曜日の私の様子は酷かったよな。
吐いた上に青白い顔もしてたみたいだし、精神的にも最悪だった。
いちごが私のその後を気にするのも無理は無いだろう。
これはいちごに前向き元気なりっちゃんを見せてやらないとな。
だから、私は何かを言うよりも、歯を見せるくらいただ大きく笑った。
私の心からの笑顔を見せたかった。
恐怖と絶望に負けそうだった私を最初に引き戻してくれたのは、誰あろういちごなんだ。
今、私が皆と笑えてる最初のきっかけをくれたのは、いちごだったんだ。
ありがとう、いちご。
その想いを込めて、私にできる最高の笑顔をいちごに向けていたい。
次回 律「終末の過ごし方」 その4
コメントする
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。