1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 14:56:23.95 ID:VanRBjpeo

マミ「やっぱり働いたあとの一杯は格別ね」

QB「夜間にカフェインを取り過ぎるのはおすすめしないよ。いつものことだけど」

マミ「平気よ。いつものことだもの」

QB「……。まぁ、君がいいのなら、いいんだけどね」

マミ「そうよ。女の子のティータイムに口を挟むものじゃないわ」

QB「そういうものかな」

マミ「そういうものなの」

マミ「……あぁ、美味しい」

引用元: マミ「今日も紅茶が美味しいわ」 



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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 14:57:30.76 ID:VanRBjpeo





   第一話  シナモンは香りが強い





3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 14:58:27.37 ID:VanRBjpeo

マミ「キュウべえ、おかわりは?」

QB「遠慮しておくよ」

マミ「もう? まだカップ半分しか飲んでないじゃない。クッキーも少ししか」

QB「もうお腹いっぱいだよ」

マミ「男の子なんだから、もっとしっかり食べなきゃだめよ」

QB「僕に人間の基準を求められてもね。まずサイズの違いを考えてくれないと」

マミ「ちゃんと食べないから大きくならないのよ?」

QB「僕はこれ以上大きくならないよ」

マミ「わがままばっかり」

QB「全部事実だよ。どうしろっていうのさ」

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 14:59:40.27 ID:VanRBjpeo

マミ「……クッキー、美味しくなかった?」

QB「うん? いいや、美味しかったよ」

マミ「ほんとう?」

QB「嘘なんか言わないさ。いつもとは違う風味だったけど、とても美味しかったよ」

マミ「そ、そうよね。今日はシナモンを入れてみたんだけど、」

QB「それは最初に聞いたよ」

マミ「……」

QB「……?」

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:00:38.70 ID:VanRBjpeo

マミ「キュウべえのいじわる」

QB「そういうつもりはないんだけどな」

マミ「そういうデリカシーのないこと言ってると、女の子に嫌われちゃうわよ?」

QB「……。それは困るね」

マミ「でしょう?」

QB「うん。魔法少女の契約が結べなくなる」

マミ「……」

QB「ん?」

マミ「……もういいわ」

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:02:08.57 ID:VanRBjpeo

マミ「ハァ……やっぱりあなたって、人間とは違う生き物なのね……」

QB「そりゃそうさ。僕は契約の獣。それ以外の何物でもないよ」

マミ「そうなのよね……」

マミ「最初見たときは天使かと思ったのに……」

マミ「そうじゃなくても、すごくかわいい子だと思ったのに……」

マミ「それがこんな生意気なわからず屋さんだったなんて! いちいち理屈っぽいし!」

QB「残念だったね」

マミ「……」

マミ「……まぁ、いいわ」

マミ「そんなあなたのこと、私はやっぱり好きだもの」

QB「……」

マミ「そろそろ寝ましょうか」





7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:03:52.78 ID:VanRBjpeo

マミ「さ。おいで、キュウべえ」

QB「また一緒に寝るのかい?」

マミ「いや?」

QB「僕は構わないけど、生き物を抱えて寝るにはそろそろ蒸す季節なんじゃないかな?」

マミ「熱と温もりは全然別なの」

QB「どう考えても同じだよ」

マミ「気持ちの問題ってことよ。いいからほら、いらっしゃい」

QB「ま、君がいいならいいけどさ」

マミ「照れちゃって」 クスッ

QB「……」

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:05:06.84 ID:VanRBjpeo

マミ「おやすみ、キュウべえ」

QB「おやすみ、マミ」

マミ「……」

QB「……」

マミ「……」

QB「……」

マミ「……」 クンクン

QB「……」

マミ「……キュウべえ?」 ムックリ

QB「どうしたんだい?」

マミ「ちょっと口、開けてみて?」

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:06:15.74 ID:VanRBjpeo

QB「いいけど……」 アーン

マミ「……」

マミ「……」 クンクン

QB《何をしているんだい?》

マミ「!?」 ビクッ

マミ「……もう、いきなりテレパシーで話しかけないでよ」

QB《しょうがないじゃないか。この体勢で口を動かしたら、君の鼻を噛んじゃうよ》

QB《それで、何をしているんだい?》

マミ「口臭チェックよ」

QB《口臭チェック?》

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:07:36.92 ID:VanRBjpeo

マミ「キュウべえ。あなた、ちゃんと歯を磨いた? シナモンの香りがするわ」

QB「磨くわけないじゃないか」

マミ「……」

マミ「なに当り前みたいに言ってるの! ちゃんと磨きなさい!」

QB「必要ないよ。僕は虫歯にはならない」

マミ「歯磨きしない子はみんなそう言うんです」

QB「大丈夫だってば。どんな種類の細菌もウィルスも、この身体には棲んでいないんだから」

マミ「でも……そうだとしても、匂いが残ってるじゃない」

QB「そりゃ、さっき食べたばっかりだしね。でもあともう一時間もすれば消えるはずだよ」

マミ「だからって……なんだか気持ち悪いわ」

QB「それじゃあ逆に聞くけど、マミは魔法少女の姿のときに着ている服を洗濯したことはあるかい?」

マミ「そんなの……あるわけない、けど」

QB「それと同じさ」

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:09:03.08 ID:VanRBjpeo

マミ「つまり、魔法できれいにしてるってこと?」

QB「人間が問題にする種類の汚れや臭いとは、最初から無縁だ、ってことさ」

マミ「ふーん……」

QB「納得してくれたかい?」

マミ「うーん……まぁ、それはわかったけど……」

QB「他に何か?」

マミ「そんな話、初めて聞いたわ。もう何年も一緒にいるのに」

QB「聞かれなかったからね」

マミ「……」

QB「それに、そんなことを気にした子は今までいなかったよ。君が初めてだ」

マミ「……何よそれ。それじゃ私が、変な子みたいじゃない」

QB「個性的では、あるね」

マミ「いじわるっ」

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/08(日) 15:10:14.64 ID:VanRBjpeo

QB「そもそも、マミ。君は今まで僕に歯磨き道具を用意してくれたことなんかなかったじゃないか」

マミ「……」

マミ「……あぁ」

QB「そういうことだよ」

マミ「も、もう! わかったわよ! でもやっぱり気になるから口だけゆすいできなさい!」

QB「どうしてそうなるんだい?」

マミ「イヤだっていうなら一緒に寝てあげないわよ!」

QB「僕は別にそれでもかまわないよ」

マミ「いいから行ってきなさい! コップは私の使っていいから!」

QB「やれやれ、わかったよ」



QB「まったく……わけがわからない」 トコトコ





18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:41:01.34 ID:vxez3NkSo



マミ「さて……放課後か。今日もパトロールに……」

モブA「巴さーん」

マミ「え?」

モブA「ねえ、今日ヒマ?」

モブB「私たちこのあとお茶しに行くんだけど、巴さんも来ない?」

マミ「え、でも……」

モブA「いいじゃん、たまには一緒に遊ぼうよ」

マミ「うーん……」

マミ(おととい、昨日と続けて当たりだったから、確率的には今日は大丈夫だけど……)

マミ「ちょっと待ってもらえるかしら。バイト先にメールで聞いてみるわ」

モブs「はーい」

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:41:57.51 ID:vxez3NkSo





   第二話  魔法少女の貴重な休息





20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:44:14.32 ID:vxez3NkSo

マミ(携帯を出して……アラームを二分後にセットして……)

マミ《……キュウべえ、いる?》

QB《――いるよ。なんだい、マミ》

マミ《あなたのわかる範囲でいいんだけど、魔女の気配は近くにあるかしら》

QB《ちょっと待って》

マミ「……」

モブA「ってゆーか、巴さんってアルバイトなんてしてたんだ。ねぇねぇ、どんなところなの?」

マブB「あ、私も聞きたい。マック? ファミレス?」

マミ「いいえ。知り合いの方の事務所で、宛名書きとか書類届けのお使いとかをしてるだけよ。
   私に接客業なんて、むりむり」

モブA「えー、そんなことないよー。エプロンドレスとかすっごく似合いそうなのに」

モブB「でも考えてみれば私たちまだ中学生だもんね。普通のお店は無理かも」

マミ「ふふっ、そうね」

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:45:59.55 ID:vxez3NkSo

QB《――マミ。今のところ、魔女の気配は見当たらない。100%の保証はできないけどね》

マミ《わかったわ。……それじゃあ、今日のパトロールは一時間ぐらい遅らせてもいいかしら?
   クラスのお友だちに誘われちゃったの》

   ヴーン ヴーン ブーン

マミ(おっと)

QB《いいんじゃないかな。息抜きは大事だ》

マミ《ありがとう、キュウべえ》 パカ カチカチ…

マミ「ん、大丈夫みたい。でも向こうの人達に悪いから、一時間ぐらいでいいかしら?」

モブA「一時間かー……それじゃホントにお茶ぐらいしかできないなー」

モブB「仕方ないわよ。また今度ゆっくり行けば」

マミ「ええ。お詫び、っていうのも変だけど、紅茶の美味しいお店を知ってるから案内するわ」

モブA「おおっ。それは期待しちゃおっかなー」

モブB「うん、楽しみ」



22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:47:36.47 ID:vxez3NkSo

   キャッキャウフフ

マミ「あ……そろそろ時間だわ。行かないと」

モブA「え、もうそんな経っちゃった?」

モブB「あっという間だったわね……」

マミ「ごめんなさい。お会計、これで一緒に払っておいてもらえる?」

モブA「任せて。ってか、ケーキも紅茶もすっごく美味しかったよ。ここはいい店だー」

モブB「教えてくれてありがとう、巴さん」

マミ「どうしたしまして。レジのところに置いているクッキーもおすすめだから、よかったら」

モブA「うん。じゃあまた、今度はゆっくり遊ぼうねー」 ブンブン

モブB「また明日学校で」

マミ「ええ。また明日」

   カランカラン…



23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:48:41.86 ID:vxez3NkSo

マミ《お待たせ、キュウべえ》

QB《もういいのかい?》

マミ《いいのよ。そんなに長いことサボるわけにはいかないわ》

QB《そうかい。ま、君がいいならいいさ》

   テテテテテ… ストッ

QB「それじゃ行こうか」

マミ《ええ。キュウべえは、どの辺りを見張ってくれていたの?》

QB「駅の南、橋よりこっち側だよ」

マミ《じゃあ、北の方から廻ってみましょう》





24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:50:10.85 ID:vxez3NkSo

マミ「ふぅ……ただいま、っと」

QB「結局。魔女にも使い魔にも当たらなかったね」

マミ「そうねえ……」

マミ「……いいえ、それでいいのよ。魔女なんか出ないに越したことないわ」

QB「そうは言っても、ここのところグリフシードを拾っていないじゃないか。そろそろ当たらないと」

マミ「まだ平気よ。……いえ、というかキュウべえ」

QB「なんだい?」

マミ「その考え方は危険よ。グリフシードはあくまで副産物。目的にしちゃいけないわ」

QB「ソウルジェムの浄化を軽視する方がよっぽど危険だよ」

マミ「駄目よ」

QB「……」

マミ「魔女から街の人たちを守る、それが一番大事なの。
   魔法が使えなくなる危険から自分を守ることは、あくまで二の次でなければならないわ」

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:52:36.43 ID:vxez3NkSo

マミ「魔法少女は、機械じゃないの」

マミ「普通の人間とは違うモノかも知れないけれど、心まで無くしてはいけない」

マミ「少なくとも私は、そうありたいと願うわ」

QB「……」

マミ「だってキュウべえ、考えてもみて?」

マミ「護るべき人たちのことを忘れて、自らが永らえるためだけに獲物を狩り続ける……」

マミ「そんなもの、魔女と何も変わらないじゃない」

QB「……」

QB「そうだね。そのとおりだ」

QB「魔法少女は常に、自らが魔女に堕ちる危険をはらんでいる」

マミ「……」

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:54:03.54 ID:vxez3NkSo

QB「マミ」

マミ「なぁに、キュウべえ」

QB「僕も長いこと、色々な魔法少女を見てきたけれど、君ほどの信念を持った子は稀だったよ」

マミ「……そう」

QB「その高潔さは、かつて『英雄』や『聖女』と呼ばれたような子たちに匹敵するものだ」

QB「君ほどの魂の持ち主に出会えたことは、奇跡とも呼ぶべき幸運だと僕は思うよ」

マミ「……」 クスッ

QB「嘘でも、冗談でも、お世辞でもない。本当にそう思う」

マミ「ありがとう。でも、そんなんじゃないわ。私は英雄でも聖女でもない」

マミ「ただの『魔法少女』よ」



27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:55:00.13 ID:vxez3NkSo

マミ「……キュウべえ、こっちに来て」

QB「なんだい?」

マミ「素敵なことを言ってくれたお礼に、あなたを幸運で包んであげる」

QB「? どうやって?」

マミ「抱っこしてあげるってことよ」

QB「なんだ、いつもやってることじゃないか」

マミ「贅沢いわないの。――えいっ!」

QB「うわっ」

マミ「あったかーい」

QB「そりゃどうも」

マミ「ふふっ。…………でも、私自身はあまり幸運ではないわよねぇ……」

QB「何がだい?」

マミ「今日誘ってくれた子たちのこと。もったいないことしちゃったなぁ……」

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/09(月) 19:56:16.07 ID:vxez3NkSo

QB「いいって言ってたじゃないか」

マミ「そんなの強がりに決まってるでしょ、ばかっ」

QB「……」

マミ「あーん! 女の子同士でお茶会なんて久しぶりだったのにー!」 ジタバタ

QB「ちょ、マミ、締って」

マミ「それぐらい我慢しなさい! 男の子でしょ!」

QB「正確にはどっちでもっキュイイ」

マミ「ハァ……あの子たち、また誘ってくれるかなぁ……私から誘って、来てくれるかなぁ……」

QB「……。僕でよければ付き合うよ」

マミ「……」

マミ「いつもやってることじゃない」

QB「まぁね」





44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:14:44.00 ID:kWroeCGwo



  『キヒィィィィィィィィィ……』

   シュウゥゥゥ…

マミ「ふぅ、厄介な魔女だったわね……でも」

   ――コロン

マミ「その甲斐はあった、かな?」

QB「マミ、怪我は大丈夫かい?」

マミ「平気よ、あとで治すから。それよりその子の様子はどう?」

QB「気を失っているだけだよ。転んだときの擦り傷が少しあるけど、問題はないと思う」

マミ「そう。よかった」





45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:15:43.02 ID:kWroeCGwo





   第三話  Prego!





46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:17:14.65 ID:kWroeCGwo

少女「……ん……う、ん……?」

マミ「気がついた?」

少女「え……?」

少女「ここ……公園? あれ? 私、どうしてこんなところに……」

マミ「そこの芝生に倒れていたのよ、あなた」

少女「そう、なんですか……?」

マミ「ええ。覚えてないのかしら」

少女「はぁ……あ、痛」

マミ「膝を擦りむいてるわね。ちょっと待ってて、水飲み場でハンカチを濡らしてくるから」

少女「あ、はい……あの、ところであなたは?」

マミ「私? 私はただの通りすがり」





47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:18:40.48 ID:kWroeCGwo

少女「えっと、お世話になりました……」

マミ「本当に病院に行かなくて大丈夫?」

少女「はい、たぶん……それじゃ失礼します」

マミ「気をつけてね」

   テッテッテッテッテ…

マミ「……」

QB「よかったのかい? 何の説明もしなくて。彼女、君のことを不審がっているようにも見えたよ?」

マミ「無理もないわ。別におかしな反応じゃない」

QB「……」

QB「確かに、ありえない反応ではなかったけど」

マミ「私の方も、ちょっと余裕ぶりすぎだったかも知れないわね。
   人が倒れて怪我してたんだから、もうちょっと慌てたように振る舞えばよかったかしら」

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:20:07.47 ID:kWroeCGwo

マミ「何にしても……彼女は何も覚えていないし、あなたのことも見えていなかったんでしょう?」

QB「そのようだったね」

マミ「だったら、説明したところで信じてもらえないわ。逆におかしな人だと思われるだけ」

マミ「普通の人は、こんな世界のことは知らないままでいた方がいいのよ」

マミ「あなたたちが魔女の存在を大々的に訴えたりしないで、隠れるように活動しているのだって、
   同じような理由なんでしょう?」

QB「……」

QB「そうだね。そんなことをしてみたところで、僕らにとっていい結果になるとは思えない」

マミ「そうよね……」

QB「……」

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:21:45.31 ID:kWroeCGwo

マミ「……どうにかして、みんなに魔女の危険を知らせることはできないかしら……」

QB「……。難しいと思うよ」

マミ「あなたたちも、やっぱり色々と試してきたの?」

QB「ああ。魔法少女のシステムは、僕らがこれまでに積み重ねたさまざまな試行錯誤の結果さ。
   これが一番効率がいいというのが現時点での結論だね」

マミ「そっか……せめてキュウべえだけでもみんなに見えてくれたらいいのに」

QB「……。色々なことが変わるだろうね、もしそうなったら」

マミ「ええ」 クスッ

QB「……?」

マミ「まず第一に、私にはこんな素敵な友だちがいるって、みんなに自慢できるようになるわ」

QB「マミらしい考えだね」

マミ「ふふっ」

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:23:28.37 ID:kWroeCGwo

マミ「……さて、今日はもう終わりにしましょうか」

QB「いつもよりだいぶ早くないかい?」

マミ「ごめんなさい。でも今日は、ちょっと疲れちゃったから」

QB「別に責めてるわけじゃないよ。さっきの魔女も手強かったし、無理することはないよ」

マミ「ありがとう、キュウべえ」

QB「どういたしまして」

マミ「……」 クスッ

マミ「それじゃ、お買い物して帰りましょうか。今日はゆっくり回れそう」





51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:25:04.14 ID:kWroeCGwo

店員「いらっしゃいませー」

マミ《キュウべえは何が食べたい?》

QB「なんでもいいよ」

マミ《それが一番困るのに……》

マミ《あ、リンゴが安いわ。そういえばしばらくアップルパイは作ってなかったっけ》

QB「晩ごはんには向かないんじゃないかな」

マミ《そんなわけないでしょ》

QB「まぁ、マミが食べたいのなら反対はしないけど」

マミ《そうじゃなくて、夕飯にするわけないでしょ、ってことよ。これは今度のおやつ用》

QB「ああ、なるほど」

マミ《まったくもう》



52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:26:20.73 ID:kWroeCGwo

マミ「ん~……」

マミ《……ねぇ、キュウべえ。お味噌ってまだ残ってたかしら?》

QB「さぁ?」

マミ《頼りにならないわね。これだから男の子は》

QB「そう言われてもなぁ」

マミ《まあいいわ。今日は使わないメニューにして、なかったら明日買うことにしましょう》

QB「そうだね」

マミ《久しぶりに和食もよかったけど……仕方がない、中華でいいか》

QB「そういえば、紅茶がそろそろ切れるって言ってなかったかい?」

マミ《それはいつものお店じゃないと》

QB「ふ~ん」



53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:27:24.38 ID:kWroeCGwo

マミ「~♪」

マミ《やっぱり早い時間だと色々残ってていいわね》

QB「明日からも早めに切り上げるかい?」

マミ《そういうわけにはいかないわよ》

マミ《今日は特別。……あの女の子を助けることができた、ご褒美みたいなものかしら?》

QB「まぁ、君がそういうなら」

店員「お次にお待ちのお客様ー、どうぞー」

マミ「あ、はい」

   ピッ
   ピッ
   ピッ…

店員「1,218円になりまーす」

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/11(水) 19:28:27.02 ID:kWroeCGwo

店員「1,300円からお預かりしまーす。82円のお返しでーす。袋はお付けしますかー?」

マミ「お願いします」

店員「ありがとうございましたー」

マミ「……」 テクテク

マミ「……」 ドサ、ゴソゴソ、ゴソゴソ

マミ「……」



マミ「……どういたしまして……」 ボソッ



QB「? 何か言ったかい、マミ?」

マミ《なんでもないわ》 ニコ





64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:02:10.48 ID:pSU8VOl9o



マミ(明日は終業式……明後日から夏休み、か……)

マミ(できれば一日ぐらいおばさまたちに顔を見せに行きたいところだけど……あら?)

マミ(ロッカーに封筒が……何かしら?)

マミ(……!)

マミ(……)

マミ(……)

マミ(……)

マミ(……ラブレター、だわ……)

マミ(……どうしよう……断らなきゃ……)





65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:03:30.68 ID:pSU8VOl9o





   第四話  恋の魔法はまだ使えない




66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:04:50.75 ID:pSU8VOl9o

マミ「うーん……」

A子「巴さん、お昼一緒に食べよう」

B子「あ、私も……どうしたの?」

マミ「ううん、なんでもないわ。お昼ね。どこで食べる?」

A子「食堂行こうよ。冷房入ってるし」

マミ「そうね。屋上や中庭は、この時期はちょっとね」

B子「混んでないといいけど」





67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:06:20.52 ID:pSU8VOl9o

   ガヤガヤガヤ

A子「むぅ……巴さんのお弁当、いつもきれいだよねー」

マミ「なぁに? あらたまって」

A子「だってさー、自分で作ってるんでしょー? 見るたびにすごいなって思っちゃうよ」

マミ「好きだからやってるだけよ。もう慣れてるし、大したことないわ」

A子「またまたー。ないことないって。慣れるまで続けられないんだから、普通は。
   それにこれ全部手作りでしょ? 冷凍食品とか使ってないんでしょ?」

マミ「それはまぁ。……でもああいうものって、あまり使いたくないのよ」

A子「どうして?」

マミ「ん~……、だって、冷凍食品でもいいなら、お弁当を買ってもいいわけでしょう?」

A子「え? ……まぁ、うん」

マミ「そうしたら今度は購買でパンと野菜ジュースでも買った方がよっぽど簡単だし、
   さらに言うなら毎日学校でじゃなくてスーパーで買いだめした方が安くつくでしょう?
   そんなふうに、一つ緩めたら緩むところまで緩みきっちゃうと思ったら、ね。
   最終的には、サプリメントとゼリー飲料で三食をすませる毎日よ? ゾッとしちゃう。
   それを思うと、少し早起きしてお弁当を作るぐらい、なんてことないわよ」

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:07:37.00 ID:pSU8VOl9o

A子「……」

B子「……」

マミ「……あら?」

A子「あ、いや、なんていうか……普通そこまで考えないというか、中学生離れしてるというか、
   むしろ逆にものすごく中学二年生っぽいというか……とにかく凄いですね」

B子「なんで敬語……?」

マミ「……ごめんなさい。一人で喋りすぎちゃったわね」

A子「いや、うん。あ、いや。ちょっと面白い話だったよ」

マミ「そう? なら、いいんだけど」

A子「先を見据えてるって感じで、いいと思う。やっぱり将来のこととかも考えてるんだ?」

マミ「将来……?」

A子「うん。……あれ?」

マミ「将来、か……あんまり考えてないわね……」


69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:09:37.77 ID:pSU8VOl9o

A子「え、マジで? さっきの計画性は食べもの関係限定ですか?」

マミ「そういうわけじゃ……怪我とか病気とか、不測の事態への備えなら考えてるけど……
   将来の夢とか、そういうことはちょっと。自分には関係ないことのような気がしちゃって」

A子「……いや、関係はあるでしょ。私もあんまり考えてないけど」

マミ「そう……なのかしら……」

B子「……」

A子「……巴さん?」

マミ「――あ。……ごめんなさい。私、また……」

A子「ん、うん。OK。巴さんの意外な一面って感じでむしろOKだよ」

マミ「……あなたも、ごめんなさい。私、考えることが変に走っちゃう癖があって……」

B子「え? あ、いや、私は別に……」

マミ「でも、さっきから全然喋ってないから……」

A子「あー、そっちは放っといていいよ」

マミ「え? でも」

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:11:12.78 ID:pSU8VOl9o

A子「いーんだってば。彼氏とケンカ中でへこんでるだけだから」

B子「ちょ」

マミ「まぁ……」

B子「い、いいから。私のことは気にしないで、巴さん」

A子「それとも興味ある?」

マミ「えっ」

B子「やめてって、ば……?」

A子「お? ちょい反応アリ? そーいや巴さん、浮いた話とかないよね。美人なのに」

マミ「えっ? そんな、私は別に、ないわよ?」

A子「あー、やっぱり何かあるんだ。聞きたいな、巴さんの恋バナ」 ニマッ

B子「……」 チラ、チラ

マミ「えっと……」

マミ(…………言っていいのかしら?)





71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:12:20.01 ID:pSU8VOl9o



   カチャリ

QB「それで、どうしたんだい?」

マミ「……話したわ」

QB「うん」

マミ「…………応援されちゃった」

QB「ふぅん? 応援されるべきは差出人の男性の方だと思うけど」

マミ「……」 ジトッ

QB「なんだい?」

マミ「そういう問題じゃないわよ……」

QB「というと?」

マミ「だから……恋っていうのはそういうものじゃないの。もっとこう……」

QB「?」

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:13:52.65 ID:pSU8VOl9o

マミ「なんていうかつまり……そんな簡単に、どっちがどうとか言えるようなものじゃないのよ。
   もっと繊細で複雑なことがらなの」

QB「……」 モグモグ

QB「そうみたいだね。人間の恋愛感情は複雑すぎて、僕には理解できない」

マミ「またそんなあっさり……」

QB「事実さ。でも、気を悪くしたのなら謝るよ」

マミ「ハァ……」

   ゴロン

QB「……」 モグモグ

マミ「……」

マミ「……ねえ、キュウべえ」

QB「なんだい?」

マミ「あなた、本当にわからないの? あなたにも同じ種族の仲間がいるんでしょう?」

QB「仲間というか、全員 “僕” だからね」

マミ「……」


73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:15:12.93 ID:pSU8VOl9o

QB「前に話したよね? 僕らは意識も記憶も、全員が同じものを共有している。
   経験に基づく細かな個体差もあるにはあるけど、人間のそれと比べたら無いに等しいよ」

QB「だから選ぶ理由も意味もない。そもそもの繁殖方法が違うから、必要すらない」

マミ「……やめて……」

QB「君たちの知る他の生き物たちと比べたら、確かに異質に映るかも知れない。だけど」

QB「危険と隣り合わせの魔法少女に付き添うモノとしては、極めて合理的なつくりだと思うよ」

マミ「やめて!」 ガバッ!!

QB「……」

マミ「……そんな言い方、やめて。自分を使い捨ての道具みたいに言わないで」

QB「……」

QB「しかしね、マミ。それが僕ら、契約の獣の在り方なんだ。否定されても困るよ」

マミ「っ……」

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:16:45.41 ID:pSU8VOl9o

マミ「……ごめんなさい」

QB「いや、責めてるわけじゃないんだ」

マミ「……」

QB「むしろ、僕こそすまなかった。言いたかったことと少しずれてしまったよ」

マミ「言いたかったこと……?」

QB「僕では恋愛相談には乗れない、ということさ」

マミ「……」

マミ「ハァ……」

マミ「あぁ、もぅ……………………どぅしよぅかなぁ……」

QB「迷っているね」

マミ「……そういうわけじゃないわ。ただ……どう言って断るかなって……それだけよ」

QB「断るのかい?」

マミ「……ええ」

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:19:16.58 ID:pSU8VOl9o

QB「どうして?」

マミ「どうしてって……私、魔法少女なのよ? 恋人なんか、作れるわけないじゃない……」

QB「いや、そんなことはないよ」

マミ「……え?」

QB「魔法少女と恋人付き合いの両立は、確かに難しいようだけど、決して不可能ではないはずだよ。
   実際にそれをなした、あるいはなしている子の例はいくらでもある」

QB「異性との出会いや、意中の相手との交際や結婚を契約の対価にした子も大勢いるしね」

マミ「……」

QB「もちろん、君と同じ考えの子も同じぐらいいるから、どちらが正しいという話でもないけど」

マミ「……」

マミ「……その子たちは……」

QB「うん?」

マミ「その子たちは、幸せになれたの……?」

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:20:38.16 ID:pSU8VOl9o

QB「……」

QB「何をもって幸せとするかは人それぞれだけど……」

マミ「……」

QB「当人が思い描いた 『幸せ』 を掴んだ子も、ちゃんといるよ」

マミ「そう……」

QB「……」

マミ「……好きな人が、できて、」

QB「うん?」

マミ「恋人になって、結婚して……子供を産んで、家庭を築いた……そんな魔法少女は、いるの?」

QB「ああ、いたよ」

マミ「……」

マミ「……過去形なのね」

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:22:07.37 ID:pSU8VOl9o

QB「……。それは、」

マミ「いいの。わかってる」

QB「……」

マミ「おなかに赤ちゃんを宿しながら勝てるほど、魔女との戦いは甘くなんてない」

マミ「少なくとも私にそんな真似ができるとは思えない。わかってるわ」

QB「……」

QB「僕を恨んでいるかい?」

マミ「どうかしらね」 クス

QB「……」

マミ「……冗談よ」





78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/15(日) 19:23:41.14 ID:pSU8VOl9o



モブAとモブBがそれぞれA子、B子にランクアップしました
だからどうした!


とうわけで四話目終了です
ラブレターの結末は次回へ持ち越し(あるいはどうせ断るに決まってるので省略)

子持ちの魔法少女はアレね、公式でいるよね、クのつく人

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:05:00.46 ID:a78uVSfzo

第五話

今回は戦闘シーンとかあるので字の文はいります
あと、今回出てくる使い魔と魔女(こっちは次回)はオリジナルです
あと、技名のイタリア語は語感重視で意味はわりと適当です
あと、今回も紅茶飲んでません

そんじゃスタート

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:06:24.95 ID:a78uVSfzo



   何が起きたのか、わからなかった。

   ただ、熱くて、狭くて身動きが取れなくて、そして痛かったことを覚えている。
   何かが破裂する音を耳元で聞いた。

   何も考えられなかった。

   ただ、熱いのがイヤで、狭いのも動けないのもイヤで、何より痛いのがイヤだった。

   それでも何も考えられずに、私はただ叫んでいた。

   助けて。

   助けて。

   助けて、と。

   そして、




















   《――それが君の願いだね?》



   そして私は、天使の声を聞いた。






92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:08:01.94 ID:a78uVSfzo





   第五話  鋏とリボン 前編






93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:09:13.68 ID:a78uVSfzo



マミ「ごめんなさい」

少年「……そ、か」

マミ「…………ごめんなさい」

少年「いいよ。……いいんだ。こっちこそごめん。時間取らせて、悪かった」

マミ「……」







マミ「はぁ……」

マミ「…………ちょっと、格好いい人だったな……優しそうだったし……」

QB「そう思うなら受ければよかったのに」

マミ「っ!?」 ビクッ

マミ「のぞ――」

マミ《……覗きなんて、趣味が悪いわよ》

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:10:30.82 ID:a78uVSfzo

QB「それは悪かった。君の選択を見てみたくてね」

マミ《興味本位ってことじゃないの、それ》

QB「そうとも言うかな」

マミ《まったく……》

QB「ところで、どうして断ったのか聞いてもいいかい?」

マミ「……」

マミ《だめ》

QB「それは残念」

マミ《あなたがもう少し大人になったら教えてあげるわ》

QB「……。一応、君よりだいぶ年上なんだけどね」





95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:11:37.95 ID:a78uVSfzo

マミ《それじゃあ、行きましょうか》

QB「パトロールかい? こんな日ぐらい、休んでもよさそうなものなのに」

マミ《下手な気を使わなくていいの》

QB「加減が難しいなぁ」

マミ《そういうこと言うのはもっと駄目》

QB「……」

マミ《……まぁ、先にお買い物を済ませて、一旦帰るぐらいなら、いいかな》

QB「そうだね」





96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:12:52.41 ID:a78uVSfzo





マミ「……使い魔が二匹、か」

QB「今日も外れだったね」

マミ「小さいけど当たりよ。誰も襲わせずにすんだんだから」

QB「そうだったね」

マミ「……帰りましょうか」





97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:14:41.85 ID:a78uVSfzo





マミ「……今日も使い魔だけ、か……」

QB「昨日やこの間と同じやつだね」

マミ「やりにくいったらなかったわ……刃物の身体なんて、相性最悪じゃない」

QB「確かに、リボンではね。まるでジャンケンだ」

マミ「どうにかしたいところね……」

QB「難しいよ。一度固定された能力を変更するのは」

QB「気持ちはわかるけどね。君の魔法は、威力の高さを差し引いても燃費が悪すぎる。
   これまでどうにかなっていたのは、はっきりいって、元々の素質と運に恵まれたおかげだ」

マミ「……」

QB「そろそろ厳しいんじゃないかい? ソウルジェム」

マミ「……そうね」

98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:16:48.53 ID:a78uVSfzo

QB「だから少しはペース配分を考えて……と言ったところで、君は聞き入れてはくれないか」

マミ「……」

マミ「……ええ、そうね。聞き入れないわ」

マミ「妥協はしない。絶対に緩めない」

QB「フゥ……」

マミ「まったく、本当にキュウべえはいつまでたっても女心を理解しないんだから」

QB「少しは理解できてるつもりなんだけどな」

マミ「ぜんぜんダメ。逆効果よ、そんなこと言われたら。余計に意固地になっちゃうじゃない」

QB「そうだね。君はそういう子だ」

マミ「何よ、偉そうに」 クスッ

99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:18:10.08 ID:a78uVSfzo

マミ「……けど、確かに少し、焦りを感じるわね」

QB「無理もない。むしろそれが普通だよ」

マミ「次か、その次の魔女がグリフシードを落とさなかったら……私もいよいよ引退、かな」

QB「……」

QB「そうだね。君とはずいぶん長かったけど、そろそろお別れかも知れない」

マミ「……」

QB「……」

マミ「……ねえ、キュウべえ」

QB「なんだい、マミ?」

マミ「もしそうなっても、私のこと、ちゃんと覚えていてくれる?」

QB「もちろんさ。
   君だけじゃない。今までに契約した魔法少女のことは、僕は全部覚えているよ」

マミ「そう……」

マミ「……だったら、怖がることは何もないわね」

QB「……」

100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:19:25.73 ID:a78uVSfzo





QB「……………………」






101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:21:10.48 ID:a78uVSfzo

QB「ねえ、マミ」

マミ「ん……なぁに、キュウべえ?」

QB「実は、僕はまだ、君に言ってないことがあるんだ」

マミ「……なにかしら」

QB「ソウルジェムが濁り切ってしまったときのことさ」

マミ「……」

マミ「……どうして、今それを?」

QB「終わりが近付いていることを先に示唆したのは君だよ」

マミ「……」

QB「君は、ソウルジェムの性質と、これが魔法少女の力の源であるという事実から、
   『濁り切ると魔法が使えなくなる』 と解釈しているよね。
   僕はこれまで、その誤りをあえて看過してきたけれど、今ここで訂正しよう」

マミ「……待って」

102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:22:51.94 ID:a78uVSfzo

QB「だめだ。最後まで聞いてくれ」

マミ「違うの! これを見て!」



   ポゥ…



QB「これは……」

マミ「ソウルジェムが反応している……しかもこのパターンは、間違いないわ。
   この間から出現している使い魔たちの親玉よ」

QB「……」

マミ「向こうね……行くわよ、キュウべえ!」 ダダッ

QB「やれやれ、なんてタイミングだ」 タタタッ





103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:24:32.14 ID:a78uVSfzo


   ポゥ… ポゥ… ポゥ…


マミ「廃ビル……ここね」

QB「これは……」

マミ「どうしたの?」

QB「人間においだ。それも複数」

マミ「……! 急ぐわよ!」





104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:26:51.78 ID:a78uVSfzo


        ◆


   『キィー』
   『キキー』

マミ「急いでるっていうのに……」

   結界に入るなり、使い魔の群れに行く手を阻まれた。
   その姿は刃物。
   ハサミにナイフ、包丁、カッター、鉈にカミソリ、のこぎり、さらには日本刀まで。
   さまざまな刃物を束ねたような体を揺らし、細い二本の足でひょこひょこと歩み寄ってくる。

マミ「悪いけど、道を空けてもらうわよ!」

   魔力を練り、リボンを形成。
   群れの中心に向けて解き放つ。

マミ「――拘束〈レゴ〉!」

   数匹をまとめて縛り上げる。
   いつもならこのまま振り回して、別の群れにぶつけるところだけれど、
   刃物が相手ではそうもいかない。

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:28:39.85 ID:a78uVSfzo

   だからすかさず魔力を流し込み、

マミ「――点火〈フォーコ〉!」

   瞬間。
   バァンと破裂音が鳴り響く。
   リボンの先端が爆発し、使い魔たちを木っ端みじんに打ち砕いた。

   が、安心するのはまだ早い。
   まだ十分に長さの残るリボンを手放し、さらに跳躍して距離をとる。
   なぜなら、

   ――カッ!

   バババババババババババババババババババババババババババンッ!!

   先端から根元まで、全て弾け切るまで爆発は止まらないから。



   これが私の武装。爆ぜるリボン――〈ナストロ・ヴルカーノ〉。



   もちろん、余りも無駄にはしない。
   跳ぶ方向と手放すタイミングを計算すれば、他の標的もちゃんと爆発に巻き込めるのだ。

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:30:15.42 ID:a78uVSfzo

   そして、展開と拘束、点火と離脱を二回ほど繰り返したころには、敵は一掃されていた。

QB「お見事」

マミ「ふぅ……キュウべえ、捕えられた人たちは、どっち?」

QB「向こうだ」

   相棒が鼻先で示した方角に目を凝らす。
   洞窟の中を思わせる結界は薄暗く、遠くまでは見渡せないけど、言われてみると確かに
   そちらから何か聞こえてくる気がした。

   キュウべえを肩に乗せ、駆ける。



QB「それにしても……どうしてリボンなんだろうね?」

マミ「え?」

QB「君の武器さ」

マミ「……何よ、今さら」

107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:31:41.37 ID:a78uVSfzo

QB「いや、前々から疑問ではあったんだけどね」

QB「縛り付け、自由を奪った上で焼き殺す――その “手順” については理解できる。
   契約したときの状況を考えればね。
   あのとき君が抱いていた “死” のイメージは、まさにそれだっただろう?」

マミ「……」

   契約したとき。初めてこの子と出会ったとき。
   もう三年ほど前になるか。
   家族で出かけたドライブの途中、大規模な交通事故に巻き込まれた。
   両親は即死。
   辛うじて生きていた私も、シートに挟まれ身動きが取れず、炎に巻かれようとしていた。
   死ぬんだな、と思った。

   死にたくない、と思った。

QB「だけどどうして、リボンなんだろうね?」

マミ「キュウべえ」

QB「なんだい?」

マミ「あなたって、たまにひどく無神経だわ」

108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:33:07.48 ID:a78uVSfzo

QB「……。気に障ったかい?」

マミ「ええ、とっても……――拘束〈レゴ〉!」

   『キギッ!?』
   『ギィー!!』

   道すがらにいた使い魔を絡め捕る。
   跳びこしざまに点火。爆風を背に受け、加速に充てる。

QB「それは悪かったね」

マミ「別にいいわよ。それより方向は?」

QB「……。左手だよ」

マミ「よし」

   行く先からの物音が大きくなってきている。

マミ(いえ、これは……獣の吠え声のような……)

   心に浮かんだわずかな疑問は、カーブを抜けて開けた場所に出たところで、解けた。

109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:34:41.28 ID:a78uVSfzo



   「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

   「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!」

   「きえええええええええええええええええええええええええええええ!!」



マミ「なっ……!?」

   獣ではなく、人間だった。
   だけどその有様は、まるで獣のようだった。

QB「これは……人間同士で殺し合っているのか……?」

   叫び声とよだれを撒き散らし、理性を失った瞳で、凶器を手にして、互いに互いを傷付け合う人びと。
   その数は六人。
   大人の男性が三人。
   若い女性が二人。
   そして、

QB「……みんな魔女の口づけを受けてる。凶暴性か攻撃性を引き出されているようだ」

   私と同い年ぐらいの――いや、同い年の少年が、一人。

110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/19(木) 19:36:16.97 ID:a78uVSfzo

マミ「うそ……」

QB「マミ? 何をやっているんだ。早く止めないと」

   キュウべえの声も半ば頭に入らない。
   目の前の光景が信じられず、だから逆に目が離せなくなっていた。

マミ「……」

QB「マミ! どうしたんだ!」

マミ「……」

QB「一体何を見て…………あ」



少年「ああああっ! うおあああっ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



QB「あれは……君が振った、例の少年じゃないか」

マミ「っ……!」

   本当に。
   この子はたまに、ひどく無神経だ。






117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 13:57:28.61 ID:paFekokho



   キュウべえは、たまにひどく無神経なことを言う。

   『どれだって同じだろう?』
   『どうしてそんなことを気にするんだい?』
   『わけがわからないよ』

   そんな言葉を聞くたびに、腹が立ったり、白けたり、悲しい気持ちになったりする。
   私はこの子と、本当に心を通わせられているのかと、不安になる。

   だけど、今回は、



QB「あれは……君が振った、例の少年じゃないか」



   その無神経さに救われた。



118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 13:58:11.45 ID:paFekokho





   第六話  鋏とリボン 後編






119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 13:59:38.44 ID:paFekokho

   気配を追って飛び込んだ結界の中で見た光景。
   それは魔女に魅入られ正気を失い、凶器を手にして互いに殺し合う六人の男女の姿だった。
   その中の一人は、確かに、
   終業式の前日に、私にラブレターをくれた、あの少年だった。

マミ「っ……!」

   そんな受け入れがたい現実を、時間差で突き付けられたことによって、
   私は辛うじて我に返ることができた。



マミ「――拘束〈レゴ〉!」



   瞬時の判断で魔力を構築。
   左手から無数のリボンを解き放ち、暴れる彼らを縛りつけ、抑え込む。

マミ「はっ!」

   同時に一足で彼らとの距離を詰め、全員に素早く当て身を食らわせ昏倒させると、
   私は慎重にリボンをほどいた。

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:01:09.79 ID:paFekokho

   倒れこむ六人。

   一拍遅れて、冷や汗が流れた。

マミ「ハァ……」

   爆ぜるリボン。
   私の唯一の武装。魔女を殺すための凶器。
   他に方法がなかったとはいえ、こんなものを人間に巻きつけるなんて、正気の沙汰じゃない。

マミ「――いえ。今はそれよりも治療を……、……?」

   呟きつつ、一歩彼らに歩み寄りかけ、奇妙なことに気がついた。
   みんな完全に気を失っているはずなのに、それぞれの凶器を持った腕だけが、
   痙攣するように動き続けている。

マミ「これは……」

QB「使い魔だ」

   足元から、キュウべえの声。

QB「彼らの手にしている刃物、これ、魔女の使い魔だよ。ばらけて単一の刃物になっているけど、
   まだ生きているみたいだね」

マミ「なんですって……!?」

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:03:23.03 ID:paFekokho

   それは、つまり。
   意図的だというのか。
   ただ狂気を垂れ流しているのではなく、人間同士が殺し合う状況を、わざと作り上げていると。

マミ「……許せない!」

   食いしばった歯の隙間から呻きが漏れた。

   ――同じタイミングで、背後で巨大な気配が持ち上がる。

マミ「出たわね……」

   振りかえる。
   蟹――そう見えた。
   だけどよく見るとだいぶ違う。
   二メートルはある巨大な鋏が、全部で三つ。それがウニのような刺だらけの胴体から生えている。
   鋏の魔女、といったところか。嫌な感じだ。

   『……』

   目が合った。

   そう、直感した。
   一見したところどこにも目玉などついていないのに、舐め回すような視線を感じた。

   やはりこいつは、観ている。
   私を、キュウべえを、そして倒れている人たちを。

   早く殺し合いを再開しないかと、期待に満ちた目で見つめてきている。

122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:04:55.13 ID:paFekokho

   つまり、すぐに襲ってくるつもりはない、ということか。
   なら先にこっちを済ませよう。

   倒れている人たちに向き直る。
   みんな出血がひどい。ギリギリだ。
   その身体に直接魔力を流し込み、止血し、傷をふさぎ、さらに血を補う。
   治癒魔法。
   癒しの祈りをもって契約した私が、最も得意とする術だ。
   心理的なトリガーとしての呪文すら必要としない。

少年「――」

マミ「……」



   『――こっちこそごめん。時間取らせて、悪かった』

   『ああああっ! うおあああっ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』



マミ「っ……」   

123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:06:45.73 ID:paFekokho

   全員、全快の数歩手前ぐらいまで癒したところで、ひとまず止める。
   あとは終わってからでいいだろう。

マミ「……待たせたわね。でも、もうショウは終わりよ」

   リボンを伸ばし、倒れている人たちの持つ凶器――使い魔の残骸に巻きつけ、奪い取る。
   そのまま一つに束ねて、魔女へと投げる。

   点火。そし爆破。

   『ヂイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――!?』

   魔女が大げさな悲鳴を上げる。
   そう、大げさだ。見たところ大したダメージはない。驚いただけなのだろう。

   なるほど、それはそうだ。

   容易に想像がつく。
   この魔女にとって “攻撃” とは、他者が別の他者に向けるものでしかなかったはずだ。
   自身はただそれを眺めるだけ。

   だけど、それも今日まで。

マミ「思い知りなさい。あなたが今までしてきたことを」

124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:08:00.23 ID:paFekokho

   リボンを放つ。
   ねらうのは鋏。
   あの無数に生えている刺もどうやら刃物のようだから、きっと簡単に切り裂かれてしまう。
   そもそも胴体は大きすぎて縛るだけでも一苦労だ。

   だから突き出た鋏をねらう。
   胴体との接続部分に巻きつけて、

マミ「点火〈フォーコ〉!」

   爆破で、もぎ取る。

  『ヂギャ!?』

   すかさず別の一本で、噛み合わされた刃を絡め取り、振り回し――突き刺した!



  『ヂャァアアアアァァァァアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』



   よし。
   さすがにこれは手ごたえあり。

125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:09:41.18 ID:paFekokho

   魔女は奇声を撒き散らし、巨体を揺らしてのたうちまわる。
   表層からいくつもの刺が抜け落ちて……

マミ「――違う?」

   あの刺は、やはり刃物で、しかしただの刃物ではなかった。
   使い魔だ。

   産み落としたのか、鎧代わりに纏っていたのか、どちらかは知らないけれど。
   ぽろぽろと零れ落ちたそいつら “だけ” がこちらに向かってくる。

マミ「……」

   不快感に顔がゆがむ。
   どうやらこの魔女は、この期に及んでも自分が戦う気はないらしい。

   が、そんなことを気にしている場合でもない。
   リボンの防壁を展開し、跳びかかってくる使い魔の何割かを弾き、残りを絡め取る。
   投げ返し、点火。

   爆発。爆発。爆発。――不発。爆発。不発。

  『ヂュィィィィィィイイイイイイイィィィィィィィィィィイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイィィィィ!!!』

   悲鳴を上げて魔女がもだえる。

126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:11:12.65 ID:paFekokho

   だけど、やはり大して効いていない。
   私のリボンは途中で断ち切られると魔力を注げないため、何発かは不発に終わってしまった。
   そもそも一発あたりの効きが弱い。
   当たったら当たったで新たな使い魔が次々と生み出されるし、はっきりいって切りがない。

   もっと強力な一撃が欲しい。
   しかし私の武器はこれだけだ。鋏ねらいも、警戒されてしまって上手くいかない。

   どうすれば……



QB「――マミ! 危ない!」



マミ「え――」



   ――――ズバッ!



127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:12:31.23 ID:paFekokho

マミ「っ!!」

   キュウべえの声とほとんど同時に、背後から切りつけられた。

   衝撃で前方に転がされながら、反射的に傷の具合を探る。
   右肩。
   そう深くはない。
   瞬時に治癒の魔力を巡らせて止血。

   けど、一体いつの間に後ろに――――

マミ「――えっ!?」

   顔を上げて、瞬間、思考が止まった。

   倒れていた人たちが起き上がっていた。

   虚ろな目をして、手に手に武器を――魔女の使い魔を持たされて。

   彼らに、斬られたのだ。



マミ「っっっ……!!」



   止まった思考が、一気に沸騰した。

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:14:09.31 ID:paFekokho

   この魔女は。
   この魔女は、どこまで。

   どこまで人を弄べば気が済むのか。



マミ「――拘束〈レゴ〉!!」

   再び、彼らをリボンで拘束。
   爆発物で人を縛る。やはり、凶器の沙汰だが、要は点火さえしなければそれでいいのだ。
   そんなふうに割り切ることも、今ならできた。

マミ「許さない……」

   こんな気持ちで敵を見るのは初めてだ。
   こんなにも魔女を憎いと思うなんて、初めてだ。

   呪いから生み出され、自らもまた人を呪うことしかできない “彼女たち” のことは、
   むしろ憐みの対象だった。
   それはこの魔女に対しても例外ではない。

   だけど、これはだめだ。
   こんな呪い方は、絶対にだめだ。

マミ「あなただけは――絶対に許さない!」



129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:15:53.61 ID:paFekokho

マミ「……キュウべえ、下がってて」

QB「マミ? 何をする気だい?」

マミ「いいから、できるだけ離れていて。上手くいく自信はないの」

   言い捨て、こちらからも距離をとる。
   血止めの魔法を全身に巡らせる。
   こうすればいくら斬られても致命的な出血は避けられる。この際、使い魔は無視だ。

   目を閉じる。

   魔力を練り、リボンを形成。
   だけどこれでは足りない。だけど私にはこれしかない。

   ならば答えは一つ。

   一本で足りなければ二本。二本でもだめなら、五本。
   それでも及ばないなら、十本。二十本。五十本――百本。必要なだけ紡ぎ出す。

   そして束ねる。

   束ねる、束ねる、束ねる。束ねる。

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:17:24.09 ID:paFekokho

   重要なのはイメージだ。
   破壊の力を一点に凝縮し、無駄に拡散させることなく一方向にのみ解き放つ。

   そのために必要なのは、道。
   エネルギーに指向性を与えるための、逃げ場のない通り道。

   薄いリボンを幾重にも重ね、螺旋状に巻きあげて、鋼の硬度を実現させる。

   それを、前へと、敵へと伸ばす。
   逆に、力の起点は手前に集める。

   

QB「マミ、それは……」

   キュウべえの珍しい――本当に珍しい、驚きに上ずった声。
   それを聞いて、私は成功を確信した。

   目を開く。

   はたしてそれは、顕現していた。

   破壊の権化。
   重厚にして長大な、超広口径の、マスケットライフルが。

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:18:39.13 ID:paFekokho

   『――ヂュイィ!?』

   異変を察知したのか、魔女が悲鳴を上げる。
   だけどもう遅い。
   今さら逃げても間に合わない。

   『ギッ!?』
   『ギキキ!!』
   『ギィー!!』

   使い魔たちが、主を守るべく、折り重なって防壁を築く。
   だけど、足りない。
   その程度の壁では防げない。

   照準、セット。

   醜悪な鋏の魔女。
   感謝する。
   あなたがいたから実現できた。
   これが私の新しい力。

   食らいなさい。

   至高の一撃。



マミ「――――〈 ティロ ・ フィナーレ 〉!!」










133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:19:36.44 ID:paFekokho



QB「……驚いた」

QB「本当に、驚いたよ。マミ」

QB「君はまだ伸びるというのか」

QB「通常、一年ももてば長生きと呼ばれる魔法少女の世界の中で、その三倍近くを
   生き延びているだけでも稀有だというのに」

QB「君は、その上さらに成長を遂げたというのか」

QB「……」

QB「おもしろい」

QB「実に興味深い」

QB「さっきは終わりが近いなんて言ったけど、撤回しよう」

QB「君とはまだもう少しだけ、長い付き合いになりそうだよ。巴マミ」



134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:20:37.69 ID:paFekokho















135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:22:27.05 ID:paFekokho


        ◆


マミ「おはよう」

A子「おはよー。ねえ、登校日とか死ねって思わない?」

B子「朝から何言ってるの。――おはよう、巴さん」

A子「だってなんで夏休みに学校なんか来なきゃなんないのさー…………お?」

B子「え? ……あ」

   ガヤガヤ
   ワイワイ
   キャッキャ
   テレテレ

A子「おお、英雄殿のご登校だ」

マミ「……英雄?」

A子「あれ? 巴さん、知らない? なんかチンピラから女の人を助けたんだって、あの男子」

マミ「ああ……あの噂ね」

B子「しかも三対一だって。勇気あるよね」

A子「絡まれてた女の人二人も加勢したって話だけどね。ま、それでも凄いか」

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:23:53.33 ID:paFekokho

マミ「……」

A子「ってかさ、これも噂で聞いたんだけどさ。彼って、例の、巴さんに……の人だ、って……」

マミ「…………ええ、まぁ」

B子「ええっ? 本当だったんだ……」

A子「うわーやっぱりかー! 受けてりゃ今ごろお姫様だよ、もったいない!
   てか今からでもOKしてきなよ! 向こうも絶対期待してるって! 英雄ゲットできるって!」

マミ「……ううん、やめておくわ。今さらそんなみっともないことできないもの」

A子「ええー? もったいないと思うけどなぁ……」

B子「うん。私だったらたぶん未練持っちゃうなぁ」

A子「実際あんたは彼氏とヨリ戻したもんね。ケッ」

マミ「ふふっ」



少年「――本当に、よく覚えてないんだよ。でも、ありがとう。ははは」



マミ(……もう、大丈夫よね……)





137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/22(日) 14:26:35.69 ID:paFekokho

以上
甘酸っぱい恋の物語と見せかけたティロ・フィナーレ誕生秘話でした
見せかける必要あったのか?

なんていうかですね、
もはや完全にネタと化している『ティロ・フィナーレ』を、どうにか格好よく描きたかったんですよ
だってお前らだって思ったはずだ
スゲェって、カッコイイって、二話を見たときは思ったはずだ! 違うか!? 違ったらごめん!



最後に私的魔女図鑑



 -----

鋏の魔女。

その性質は惰弱。
苦痛や困難を何より恐れ、それゆえに、無関係な他者同士の争いを好む。
眺めているだけなら自分が傷つくことは決してないから。
閉じ合わされた鋏は二度と開くことなく、もはや重りでしかない。
きっと生前は、他人の痛みを進んで引き受ける心優しい魔法少女だった。

鋏の魔女の手下。その役割は凶器。
触れた人間の攻撃衝動を引き出し、自らが武器となることで争いを助長する。
刃物としての切れ味は、あまり良くはない。

 -----



我ながら悪趣味だと思う
では、また次回

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:21:31.50 ID:mDBv0ahqo



マミ「――点火〈フォーコ〉!」

QB「……」

マミ「……」

QB「爆発しないね」

マミ「というか、マスケットになっちゃったわ。魔力を込めたら」

QB「ふむ……」

マミ「……」

   バン!

   ……カチッ。カチ、カチッ。

マミ「で、一発しか撃てない、と。結局使い捨てなのね」

QB「マスケット銃というのは本来そういうものらしいね。さすがに本体ごと捨てはしないだろうけど」

マミ「うーん……弾丸の再装填もできないみたい」

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:22:30.23 ID:mDBv0ahqo

QB「魔力の消費についてはどうだい?」

マミ「そうねぇ…………だいぶ軽くなってる気もするけど、まだよくわからないわ。
   リボンのときは長さによってまちまちだったから、戦い方次第だと思う」

QB「そうか。なら、戦闘の型を練り直さないといけなくなるね」

マミ「どっちにしろそれは必要よ。使い勝手がまるで違うもの」

   シュイーン

マミ「ふぅ……パワーアップできたと思ったんだけどなぁ。これじゃあ実質的にレベルダウンじゃない」

QB「上手くいかないものだね」

マミ「まったく、ね。……ん?」

   ポツッ

   ポツッ、ポツッ、ポツポツポツポツ…

マミ「あ……」

QB「雨、だね」



150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:23:10.24 ID:mDBv0ahqo





   第七話  雨の日に誓いを立てる





151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:24:10.63 ID:mDBv0ahqo



   ザーーーーーーーー…………………………

マミ「……本降りになってきたわね」

QB「ああ」

マミ「困ったわ。傘なんて持ってきてないし……すぐに止んでくれるかしら?」

QB「……」

QB「無理みたいだよ」

マミ「え?」

QB「雨雲は西の方までずっと続いてる。少なくとも夜までは止みそうにないね」

マミ「……見えるの?」

QB「ああ。――といっても、“この僕” にはもちろん見えないよ。西の方にいる個体から
   情報をもらったのさ」

マミ「……………………そう」

QB「……。君は、そんなにこの話が嫌いかい?」

マミ「そういうわけじゃ……」

152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:25:31.43 ID:mDBv0ahqo

マミ「……あなたたちの在り方を否定する気はないわ。でも、そのことを言うときの
   キュウべえって、自分を使い捨て扱いしてるみたいで……それがイヤなの」

QB「無駄に使い潰すつもりはないさ」

マミ「……必要だったら?」

QB「それが必要なら、そうする」

マミ「……」

マミ「……」 ギュッ

QB「マミ?」

マミ「……」 ギュウ…

QB「マミ。そんなに抱きしめられたら、ちょっと苦しいよ」

マミ「……その『苦しい』って感覚も、他のあなたたちに伝わっているの?」

QB「え? いいや、さすがにそんな細かいことまではやりとりしてないよ」

マミ「そう……」

153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:26:38.66 ID:mDBv0ahqo

QB「……。君がそうしてほしいというのなら、他の僕らにも伝えるけど」

マミ「やめて」

QB「わかった。まぁ、そんなことをしても意味があるとは思えないしね」

マミ「ええ。少なくとも私は、嬉しくはないわ」

QB「そうかい」

マミ「あなた一人が知っていてくれれば、それでいいの」

QB「……。よく理解できないけど、君がそれでいいのなら」

マミ「ええ。そうして」

QB「……」

マミ「……」




154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:27:24.78 ID:mDBv0ahqo



   ザーーーーーーーー…………………………

マミ「……本当に、止む気配がないわね」

QB「そうだね」

マミ「どうしよう……」

QB「僕としては、走って帰って、それから身体を温め直すことをおすすめするよ」

マミ「うーん……」

QB「……」

マミ「……」

マミ「あ、そうだわ」 ピコン

マミ「――変身!」

   シュイーン、キラッ

QB「? 何をする気だい?」

マミ「まぁ見てて」

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:28:11.94 ID:mDBv0ahqo

マミ(……イメージ……)

マミ(……中心に鉄の棒……芯に据えて……骨組みを伸ばして……リボンを張る……!)

   ――パッ

マミ「できたわっ」

QB「へぇ……これは、傘、かい?」

マミ「ええ! ……ちょっと、不格好だけど」

QB「……不格好、というか」

マミ「……」

QB「柄の部分がマスケット銃そのままだね」

マミ「い、いいじゃない」

マミ「――ほら、ちゃんと雨も防げるし」

QB「引き金に指をかけたら危ないんじゃないかな」

マミ「だ、大丈夫よ。気をつけるから」

156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:29:02.87 ID:mDBv0ahqo

マミ「それじゃ、行きましょ」

QB「え?」

マミ「え?」

QB「いや、その格好のまま街中を歩く気なのかい?」

マミ「あ……」

QB「……」

マミ「へ、変身解除っ」 シュイーン

マミ「よ、よしこれで」



   ザーーーーーーーー…………………………



マミ「……」

QB「……まあ、そりゃ、消えるよね。傘も」

157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:30:02.99 ID:mDBv0ahqo

マミ「うぅっ……」

QB「しかし、これは……ふーむ……」

マミ「何よ。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

QB「ああ。どうやらマミの魔法は、進化や成長を遂げたというのではなく、ようやくあるべき形に
   完成した、ということなのではないか、と」

マミ「え? えっと……どういうこと?」

QB「リボンのまま点火しようとしても、銃以外のものを作ろうとしても銃になるということは、
   つまりそれがマミの中に眠っていた力の本来の形だということさ」

QB「君たちが使える魔法の種類は、大きく分けて三つ。
   攻撃魔法と、防御魔法。そして治癒や身体強化などの補助魔法」

QB「この三つは、それぞれ異なる形をとって表われるのがほとんどだ。
   だけど君は、攻撃も防御も、まったく同じリボンで行っていた。
   攻防一体型――前例もいくらかいるから、てっきり君もそうだと思っていたんだけど……」

マミ「そうではなかった、と?」

QB「恐らくね。まだ仮説だけど、君は防御魔法を無理やり攻撃に転用していたんじゃないかな。
   魔力を暴走させることによってね。そう考えれば、あの燃費の悪さにも納得がいく」

158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:31:04.62 ID:mDBv0ahqo

マミ「つまり……私は、今さらようやくスタート地点に立った、ということ?」

QB「そういうう言い方もできるだろうね。
   でも逆に、スタート地点に立つことすらなく、合わせて数百体もの魔女や使い魔と戦い、
   勝利し続けてきた、とも言える」

マミ「……」

QB「素直に称賛に値すると僕は思うよ」

マミ「そう、なのかな……」

QB「ああ、自信を持っていい。
   君は、以前からかなりの強さを誇る魔法少女だったけど、こうして本来の力を手にした今、
   これからの努力次第では、歴代――とまでは行かなくても、現役最強も夢ではないだろう」

マミ「そんな……私は別に……」

QB「それはつまり、誰よりもたくさんの未来を守ることができるようになる、ということでもある。
   これは君が求めていることにも近いんじゃないのかい?」

マミ「……」

マミ「そうね……それは、素敵ね」

QB「ああ。素晴らしいことだ」

マミ「……未来、か……」

159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:32:47.44 ID:mDBv0ahqo

マミ「……ねえ、キュウべえ」

QB「なんだい?」

マミ「もし、あの鋏の魔女がグリフシードを落としてなかったら、私はやっぱり、終わってたのよね」

マミ「ソウルジェムが、完全に濁り切って」

QB「……」

マミ「もし、仮に、そうなってたら……キュウべえ、あなた、あの直前に何か言いかけてたわよね?」

QB「……」

マミ「……」

QB「あのとき、ああ言いかけたのは、判断ミスだったと思ってる。
   君の持つ可能性を見誤っていたんだ。もう余計なことは言うべきではないと、今はそう思う」

QB「だけど、君が聞きたいというのなら、話すよ」

マミ「……」

マミ「……いいえ。いいわ、言わなくて」

QB「そうかい」

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:33:52.13 ID:mDBv0ahqo

マミ「実は、だいたいわかってるのよ」

QB「え?」

マミ「本当は、もっとずっと前からね。なんとなく想像はついてたの」

QB「……」

マミ「ヒントは十分にあったわ。
   恋愛感情を理解できないあなたが、どうして恋の祈りで契約できるのか。
   どうして、祈りの内容が魔法少女それぞれの能力に影響を及ぼすのか」

マミ「願いを叶えているのは、契約者自身の魔力なんでしょう?
   あなたはそれを引き出して、扱い方を教えてくれているだけ。違う?」

QB「……。不公平だと、そう言いたいのかな?」

マミ「ううん、そんなことが言いたいんじゃない。あなたには感謝しているわ。ただ……」

QB「ただ?」

マミ「……私の祈りは、延命。魔法の力で生きながらえた」

マミ「そんな私が魔力を使い果たすということは、つまり……ってね」

QB「……」

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:34:46.47 ID:mDBv0ahqo

QB「そうか……」

QB「それが、君の出した答えなんだね」

マミ「恨んではいないわよ。あなたがいなければ、私はとっくの昔にそうなっていたんだもの」

QB「……」

QB「マミ、君は――そう理解した上でなお、戦い続けるというのかい?」

マミ「ええ」

QB「どうして?」

マミ「あら、あなたがさっき言ったことじゃない」

QB「……。何か言ったかな」

マミ「言ったわ。そうすれば、より多くの人の未来を守ることができるって」

QB「……」

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:35:41.70 ID:mDBv0ahqo

マミ「……ただ、ね」

QB「なんだい?」

マミ「ええ……ただ、一つだけ、お願いがあるの」

QB「僕にできることなら」

マミ「じゃあ……そのときには、あなたにそばにいてほしい」

QB「……」

QB「ああ、いいよ」

マミ「本当?」

QB「嘘なんか言わないさ。契約の願いはすでに叶えてしまったから、ただの口約束になるけど」

QB「終わりのときは、僕は君のそばにいる。
   君の最後の言葉を聞いて、そして僕からも、君への最後の言葉を贈ろう」

マミ「……ありがとう、キュウべえ」

QB「いいや」

QB「お礼を言うのは、こっちの方さ」





163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:36:27.86 ID:mDBv0ahqo

以上

このあとマミさんは結局走って帰って、キュウべえと一緒にお風呂で温まりました
自分で言っててむぎぎってなるぜ

164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/27(金) 21:37:07.39 ID:mDBv0ahqo

あと、







マミ「見て見てキュウべえ! 魔法で紅茶が出せたわ!」

QB「補助魔法……なのかな?」



みたいなことが後日あった的な感じ

180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:30:13.56 ID:vr1MJOnKo

思ったより早く整ったので投下!

第八話!
オリキャラが出るよっ!

181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:30:53.55 ID:vr1MJOnKo



   カチャリ

マミ「ふぅ……」

QB「……」 モグモグ

マミ「……」

QB「……」 チビチビ

マミ「今夜は……」

QB「うん?」

マミ「……今夜は、月が綺麗ね……」

QB「……。ああ。中秋の名月、というやつだね」

マミ「……こんな日は、思い出すわ。彼女のこと」

QB「彼女というと……“ユリ” のことかい?」

マミ「ええ……あの日もこんなふうに、綺麗な満月だったわね……」



182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:31:24.18 ID:vr1MJOnKo





   第八話  満ちる月






183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:32:03.73 ID:vr1MJOnKo

   ◆
   (一年前)



マミ「これで止め――点火〈フォーコ〉!!」

   バン――ババババババババババババババババババババババババババンッ!!

   『ギュォォォォォ……!!』

   シュウゥゥゥ…

マミ「ふぅ……一丁上がりっと」

QB「お疲れさま。マミももうすっかりベテランだね」

マミ「……そうね、だいぶ慣れてきた気はするわ」

   シュイーン

マミ「あ……もうすっかり夜になっちゃってるのね……」

QB「日が落ちるのが早くなってきたね」

マミ「…………月が綺麗ね……」



184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:33:03.18 ID:vr1MJOnKo

マミ「ねぇ、キュウべえ。この街には本当に、私以外の魔法少女はいないの?」

QB「うーん……そうだね。素質がある、というだけの子なら何人かいるんだけど、
   エントロピーを凌駕するだけの願いを抱いているかとなると、なかなかいないね」

マミ「……どういうこと?」

QB「素質があるだけではだめなんだよ。
   素質、すなわち魔力に火をつけるだけの強い強い願いの力がないと、契約はできないんだ」

QB「飛び抜けて大きな、それこそ歴史に残る聖人クラスの魔力でもあれば話は別だけどね」

マミ「ふぅん……」

QB「だから、マミ。悪いけど、まだしばらくは君一人で――」

QB「……」

マミ「……どうしたの? キュウべえ」

QB「いや、これは……噂をすれば影、というやつなのかな」

マミ「え?」

QB「呼ばれたよ。たぶん、この先の公園だ」

QB「素質と、それに見合う願いを抱いた魂が、現れた」

マミ「……!」



185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:34:03.41 ID:vr1MJOnKo



   キィコ… キィコ…

少女「……」

少女「……ハァ……」

マミ「こんばんは」

少女「え……?」

マミ「お月見ですか? でも、こんな時間に一人だと危ないですよ」

少女「……誰ですか、あなた?」

少女「……ううん、誰でもいい……放っといてください」

QB「そうはいかないよ」

少女「えっ?」

QB「君には悩みが――叶えたい願いがあるはずだ。僕はそれを叶えてあげられる」

少女「え、え? なんですか、それ?」



QB「だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」



186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:35:03.22 ID:vr1MJOnKo

少女「……」 ポカーン

マミ「こーら、ダメでしょキュウべえ。もっとちゃんと説明しなさい」 コツン

QB「きゅっ。……痛いよ、マミ」

少女「あ、あの。なんなんですか、ソレ? 生き物? ってゆーか喋ってる……?」

マミ「ごめんなさい、順を追って説明しますね。
   まず、私は巴マミ。市内にある見滝原中学の、一年生です」

少女「え……と、年下?」

マミ「そうみたいですね」 クスッ

マミ「そして、この子はキュウべえ。魔法の国からの使者、みたいなものだと思ってください」

QB「よろしくね」

少女「あ、うん。よろしく……」

マミ「じゃあ、次。あなたは?」

少女「……ユリ、よ。宮古ユリ」

マミ「そう。それじゃあ、宮古さん」

少女「『ユリ』」

マミ「え?」

少女「『ユリ』って、呼んで。私はたぶん、もうすぐ『宮古』じゃなくなるから」

QB「どういうことだい?」

少女「…………両親が、離婚するの」



187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:35:52.82 ID:vr1MJOnKo

マミ「そうですか……お父さんが仕事を……」

ユリ「うん。そのせいで……つい、さっきよ。もう離婚するしかないって、はっきり言われて……
   それで私、思わず、家を飛び出しちゃって……」

QB「なるほど、それをどうにかしたい、というのが君の願いだね?」

ユリ「……」 コクリ

ユリ「私は……離婚なんかして欲しくない!
   お父さんともお母さんとも、お兄ちゃんとも、離れ離れになんかなりたくない!」

マミ「……」

ユリ「ねえ、キュウべえだっけ。あんた、なんでもお願い、叶えてくれるんだよね?」

QB「ああ、そうだよ。君は十分にその条件を満たしている」

ユリ「だったら――」



マミ「――ま、待って!」



188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:36:52.42 ID:vr1MJOnKo

ユリ「え、マミちゃん。なんで止めるの?」

マミ「いえ、あの……もう少しよく考えませんか? 命懸け、なんですよ?」

ユリ「それって、魔女とかっていう化け物と戦わないといけないって話?」

マミ「……はい」

マミ「でもそれ、マミちゃんもやってるんだよね? それも小学生の時から。だったら私にだって」

マミ「それは……」

QB「ユリの言うとおりだよ、マミ」

マミ「キュウべえ……」

QB「確かに危険なことだ。命の保証なんてとてもできない。
   だけど魔法少女には、魔女と戦うための力がちゃんと与えられるんだ。
   よほど強力な相手でもない限り、互角以上に戦えるはずさ」

QB「君がそうだったように、ね」

マミ「……」

QB「どうしたんだい、マミ? 君だって一緒に闘う仲間を欲しがっていたじゃないか。
   それにユリの願いは、君にこそ共感できるもののはずだろう?」

マミ「っ……」

189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:37:52.31 ID:vr1MJOnKo

マミ「ユリさんの気持ちは、確かにわかるわ……私だって、家族と…………」

ユリ「……マミちゃん?」

マミ「でも、それでも……命懸けなんです!」

マミ「祈りの力で家族といられるようになっても、
   そのためにユリさんが死んだりなんかしたら、なんの意味もないじゃないですか!」

ユリ「……!」

マミ「お願いです、ユリさん。せめて一日……いいえ、今夜一晩だけでも、よく考えてください」

ユリ「マミちゃん……」

マミ「魔女との戦いは、本当に大変なんです。痛いし、怖いし、遊ぶ時間なんかもないんです。
   キュウべえの言うとおり、一人じゃ嫌だって泣いちゃうぐらい、辛いんです……
   後悔なんかしないって、決めてますけど、でも…………」

ユリ「……」

マミ「……ユリさん。あなたには、考えるだけの余裕があるんです。あなたはまだ選べるんです」

マミ「例え離れ離れになっても……死んじゃったりしたら、本当にもう、二度と会えない……」

マミ「お願いです。どうかよく考えてください。どうか……」

ユリ「……」



190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:38:52.67 ID:vr1MJOnKo

QB「どういうつもりなんだい、マミ?」

マミ「……」

QB「君が何を考えているのか、僕にはわからないよ」

マミ「……言った通りよ。ちゃんと考えて欲しいだけ」

QB「フゥ……」

QB「君の言葉には、確かに一理ある。だけど同じぐらい、ユリも正しいと僕は思う。
   それに何より、一晩程度じゃあ、きっと何も変わらないよ」

マミ「そうかも知れないわね……ええ、これは私のわがままよ」

QB「……」

マミ「キュウべえ、今日は、ユリさんと一緒にいてあげて」

QB「別にかまわないけど、どうして?」

マミ「いいから。彼女も、まだ色々と聞きたいこととか、あるはずよ。答えてあげて」

QB「……。わかったよ。じゃあ明日、学校が終わったらさっきの公園で落ち合おう」

マミ「ええ」



191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:39:33.68 ID:vr1MJOnKo



   ガチャ、バタン

マミ「……ただいま……」

マミ「……」

   シーン…

マミ(誰もいない……当りまえだけど、ずいぶんと久しぶり……)

マミ(……)

マミ(とりあえずお風呂に入って、お夕飯を作って、それから……)

マミ(……紅茶は、今日はもう、いいや)







マミ(ふぅ……)

マミ(……おやすみなさい)



192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:40:13.68 ID:vr1MJOnKo



マミ(……)

マミ(……)

マミ(……ベッドって、こんなに広かったっけ……)

マミ(それに、ちょっと寒い……毛布出そうかな……)

マミ(……いいや。面倒くさい)

マミ(……)

マミ(……)

マミ(……キュウべえ……)

マミ(あの子がいないだけで、私、こんなに……) ジワ…

マミ「っ……」 ゴシゴシ

マミ(ううん、違うわ。今日だけ。今晩だけよ。明日になったら……)

マミ(……そうよ。明日になったら、仲間ができる)

193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:40:52.82 ID:vr1MJOnKo

マミ(私はもう一人ぼっちじゃない)

マミ(隠し事なんか、何もしないで済む、本当の友達ができるの。だから……)

マミ(……)

マミ(……最低だわ、私)

マミ(あんなこと言って、引き止めたくせに、結局はユリさんが契約してくれることを望んでる……)

マミ(……)

マミ(……でも)

マミ(仕方ないわ。……そうよ。仕方がないのよ)

マミ(私の願望だけじゃない。ユリさんは明らかに乗り気だった)

マミ(だから、仕方がないのよ)

マミ(それに……それに、命の危険からは、私が守ってあげればいい)

マミ(攻撃は大雑把だけど、防御と治癒は得意だもの)

マミ(ええ、そうよ。守れるわ。絶対に守れる……)

194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/03(金) 22:41:43.12 ID:vr1MJOnKo

マミ(……)

マミ(……ユリさんは、どんな魔法少女になるのかな……)

マミ(……剣とか、似合いそうだな……槍とか……鉄砲なんかも、いいな……)

マミ(……ふふ……魔法のステッキ、なんてのも、意外と似合うかも……)

マミ(……ちゃんと連携できるかな……私のリボン、危険だから……気をつけないと……)

マミ(……パートナー……)

マミ(……嬉しいな……)

マミ(……)

マミ(……そうだ……明日は、早起きして……)

マミ(……ケーキを……焼いて…………キュウべえと……三人で……)

マミ(……)

マミ(……)

マミ(……………………)





201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:53:32.97 ID:edO39CxRo

問い:満ちた月は、そのあとどうなるでしょう

投下

202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:54:20.66 ID:edO39CxRo



   キーンコーン カーンコーン

   ガヤガヤザワザワ

マミ「よし――」 ガタッ

モブA「あ、巴さん。今日これから……」

マミ「ごめんなさい! 先約があるの!」

   タッタッタッタッタ…

モブA「……」

モブB「……」

モブA「……まぁ、そんな気はしてた」

モブB「朝から浮かれてたもんね、巴さん」

モブA「男、かな?」

モブB「……かも」



203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:55:16.56 ID:edO39CxRo



マミ「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」 タッタッタッタッタ

マミ(昨日の公園。昨日の公園。昨日の公園。昨日の――)



QB《――マミ。聞こえるかい、マミ》



マミ「――!?」 ズザザッ!!

マミ《――キュウべえ? どうしたの?》

QB《待ち合わせ場所の変更だ。
   昨日の公園から、西に500メートルぐらいのところにある、建設中のビルに来て》

マミ《い、いいけど、どうしたの? ……まさか》

QB《そのまさかさ。魔女じゃなくて使い魔だけどね。たぶん、昨日の狩り残しだと思う》

マミ《わかったわ》 ダッ

マミ《ところで、ユリさんは?》

ユリ《一緒にいるわ。現場にね》

マミ《え……》

204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:57:39.49 ID:edO39CxRo

マミ《え、え? ユリさん? どういうことですか?》

QB《聞いた通りさ。現場に展開された結界の中に、僕とユリは一緒にいる》

マミ《そんな……嘘でしょう? そんなに離れてたら、テレパシーの圏外……》

QB《ユリの特性だね。不和の解消……すなわち結束の祈りで契約した彼女には、
   広範で強力なテレパシー能力が備わったんだ》

マミ《もう契約したの!?》

QB《ああ、夕べのうちにね》

ユリ《ごめんね、マミちゃん》

マミ《い、いえ、別に……それより、逃げてください!
   使い魔が相手だからって、契約したてのユリさん一人じゃ危険です!》

QB《僕もそう言ったんだけどね。巻き込まれている一般人もいるんだよ》

マミ《なっ……!?》

QB《妊婦さんだ。しかも気を失っている。とてもじゃないけど、ユリ一人じゃ運べないよ》

ユリ《そういうこと――おっと、危ない》

マミ《……!》

205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:58:42.59 ID:edO39CxRo

マミ《ユ――いえ、キュウべえ。ユリさんは今、戦ってるの?》

QB《ああ。だから話しかけるなら僕の方にしてくれると助かるよ》

マミ《大丈夫なの!?》

QB《そうだね。僕の見たところ、すぐに殺されるということは、とりあえずなさそうだ》

マミ《そう……》

マミ《……サポートしてあげてね。絶対に無理はさせないで》

QB《わかっているさ。君も、必要ないとは思うけど、念のため急いでくれ》

マミ《ええ!》

   ポゥ…

マミ(身体能力強化!)

マミ(夕べの魔女の使い魔なら、確かに致命的な相手じゃない……でも、絶対じゃない)

マミ(少しぐらい、人に見られても構わない)

マミ(最速で、駆け抜ける……!)



206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 21:59:53.25 ID:edO39CxRo



マミ「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」

マミ(建設中のビル……ここね)

マミ(……魔力の反応がない……ということは)

マミ《ユリさん! キュウべえ!》

QB《マミ……もう来たのかい》

ユリ《早かったわね、マミちゃん。裏手にいるわ。右の方から回り込めるから》

マミ《わ、わかりました》

ユリ《もう終わってるけどね》

マミ《え……》

ユリ《だから言ったでしょう? 大丈夫だ、って。意外と楽勝だったわよ?》

マミ「……」

マミ「ハァ……よかった……」



207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:00:56.28 ID:edO39CxRo

マミ「ユリさん、キュウべえ」

ユリ「や、マミちゃん。一日ぶり」

マミ「はい。……その人ですね」

妊婦「――」

ユリ「うん。表に運びましょう。一応、救急車かな?」

マミ「そうですね」







ユリ「さて……ごめんね、心配させちゃって」

マミ「いえ、いいんです。無事ならそれで」

ユリ「あと、忠告も無駄にしちゃって、ごめん。
   昨日、あのあと、帰ったあとさ。また言い合いが始まっちゃって、我慢できなくて……」

マミ「そうですか……」

208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:01:56.49 ID:edO39CxRo

マミ「……でも、いいんです。昨日はあんなこと言いましたけど、私も本当はこうなることを
   望んでたんです」

ユリ「そっか。そう言ってくれると、気が楽だわ」

ユリ「でも、すごいねキュウべえって。みんなすぐにケンカをやめてくれて、
   お父さんの仕事も、朝になったらもう決まってたんだよ。本当ありがとうね、キュウべえ」

QB「お礼を言う必要はないよ。こっちにも見返りのあることなんだから。
   魔女退治、がんばってね」

ユリ「うんっ!」

マミ「私も手伝います。コンビで、一緒にがんばりましょうね」

ユリ「あ……」

マミ「? どうしたんですか?」

QB「ああ、マミ。それなんだけどね」

マミ「え?」

ユリ「……」

QB「ユリはこの街を離れることになったんだ」

マミ「え……」

209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:03:23.48 ID:edO39CxRo

QB「彼女の父親の再就職先がね、ちょっと遠いんだ。引っ越さないといけない」

マミ「そんな……」

QB「両親の故郷らしい。より円満な家族生活を送れる環境に、ということだと思う」

ユリ「……私も、別に、そんなことまで望んだつもりはなかったんだけどね……」

マミ「……そう、ですか……」

ユリ「ほんとにごめんね、マミちゃん。コンビは組めなくなるけど……でも心配しないで。
   向こうにも魔法少女の人がいるんだって」

QB「ああ、強くて面倒見のいい子だよ。マミほどじゃないけど、キャリアもある」

マミ「そう…………なら、安心ですね」

マミ「それで、いつ、発つんですか?」

ユリ「明後日……」

マミ「え……そんな、どうして、そんなに……」

QB「運命に干渉するというのは、そういうことなのさ。多少の無理はどうしても出る」

マミ「……」

ユリ「えっと……そんな顔しないで、マミちゃん。
   今日と明日はまだ一緒に街を回れるから、魔女が出たら、よろしくね?」

マミ「っ…………はい」



210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:04:31.77 ID:edO39CxRo



マミ「……」

ユリ「……」

QB「結局、魔女も使い魔も出なかったね」

マミ「……そうね」

ユリ「……」

ユリ「ごめん。私もう、行かないと」

マミ「はい……」

ユリ「それじゃ、マミちゃん。元気でね」

マミ「ユリさんも。がんばってください」

ユリ「うん。電話する。メールも」

マミ「はい」

ユリ「じゃあ……ばいばい」

マミ「さようなら」

   タッタッタッタッタ…

211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:05:37.61 ID:edO39CxRo

マミ「……」

QB「残念だったね、マミ」

マミ「仕方ないわよ……」

QB「……」

マミ「……キュウべえ。あなたは、ユリさんについて行ってあげて」

QB「どうして? 見送りなら、君も一緒に来ればいいじゃないか」

マミ「引っ越し先まで、よ。放っておくわけにはいかないでしょう? 私は一人で大丈夫だから」

QB「そういう意味か。でもその必要はないよ。向こうにも僕はいるんだから」

マミ「でも…………え? 『僕』?」

QB「ああ、そう言えばこれはまだ話してなかったっけ」

QB「僕ら契約の獣はね、全ての個体が同じ、一つの意識と記憶を共有しているんだ。
   この『僕』も、向こうにいる『僕』も、どれも同じ『僕』だから、ついて行く必要はないのさ」

マミ「え……え? え?」

QB「理解できないなら気にしなくていいよ。別に大したことじゃない」

マミ「……」

QB「それじゃあ、帰ろうか。今日はもう魔女も出ないだろう」

マミ「え、ええ……」





212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:06:26.20 ID:edO39CxRo





   第九話  欠ける月






213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:07:25.39 ID:edO39CxRo

   ◆

マミ「……」

マミ「……」 チラ

QB「……ん? なんだい、マミ?」

マミ「え? えっと、その……」

マミ「……お茶、おかわりは?」

QB「遠慮しておくよ」

マミ「そう……」



マミ(ユリさんのテレパシー能力は、本当に、桁外れに優れているらしい)

マミ(“自分”が何人かで中継すれば、この部屋からでも話ができるとキュウべえは言った)

マミ(でも……この子をそんなふうに使うなんて、嫌だ)

マミ(それにこの時間なら、きっと家族と過ごしているわよね……)

214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:08:42.56 ID:edO39CxRo

マミ(……)

マミ(ユリさん、元気にしてるかな……)

マミ(向こうにいる人とちゃんと仲良くできてるかな……)

マミ(どんな魔法少女になってるのかな……)

マミ(キュウべえでさえ『珍しい』と言っていた、あの大きなハサミを武器にして、
   どんなふうに魔女と戦ってるのかな……)

マミ(いつかまた……会えるといいな…………)



マミ「……」

QB「……」

QB「……」 モグモグ





215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/06(月) 22:09:45.28 ID:edO39CxRo



以上
なんかヒヨコにフライドチキン食わせてるみたいな気分

226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:19:14.82 ID:eqG/yXgno



マミ「……」 カリカリ

マミ「うーん……」

マミ「……」 カリカリカリ…



マミ「辞書辞書……」

マミ「……」 パラパラ…

マミ「……あぁ、こっちね……」

マミ「……」 カリカリ



マミ「……」 カリカリカリ ペラ カリ…カリカリカリ…

QB「マミ。そこ、綴りが間違ってるよ」

マミ「え?」

QB「castle。ss じゃなくて st だよ」

マミ「ああ……ありがとう、キュウべえ」

227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:19:52.13 ID:eqG/yXgno





   第十話  挑戦するという意味






228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:21:42.43 ID:eqG/yXgno

マミ「それにしても、キュウべえの発音はキレイね」

QB「必要だからね」

マミ「そっか。魔法少女は世界中にいるんだものね」

マミ「ハァ……それに比べて、私たちはどうしてこんな勉強をしなくちゃいけないのかしら」

QB「仕方ないよ。君たち自身が決めたルールだ」

マミ「……大人が勝手に決めたことだもん。私知らないもん」

QB「それはその通りではあるけどね。
   しかしその大人たちだって、その時々の先人が定めたルールに従っていたんだ」

QB「そして先の世代の子供たちも、恐らくは今の君たちが定めるルールに沿って
   生きることになる。そうやって続いて行くんだよ」

マミ「……」

マミ「だからって、こんなのやっぱり役に立たないわよ。
   どうして日本の英語教育って単語と文法ばっかりなのかしら」

QB「そう言うわりには、君はいつもイタリア語の単語を熱心に調べてるよね?」

マミ「あ、あれはいいのよ。とにかく、もっと発音やリスニングに力を入れてくれないと
   実際の会話で使えないわ」

QB「そうかな? そんなことないと思うけど」

229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:22:38.86 ID:eqG/yXgno

マミ「どうしてよ? 喋れなきゃ話にならないわ。筆談ってわけにはいかないじゃない」

QB「確かに、少し昔ならそうだけど、現代では文書の交換も主流になりつつあるじゃないか」

マミ「どこの世界の話をしているのよ。もしかしてあなたの故郷?」

QB「違うよ。インターネットだよ」

マミ「え? ……あ!」

QB「単語と文法を身につければ、掲示板で世界中の人と話ができるんじゃないのかい?」

マミ「それは……」

QB「それは?」

マミ「そ、それは…………関係、ないわよ」

QB「どうして?」

マミ「どうしても! それより――ちょっと休憩しましょう。お茶にしましょう」

QB「……? ……まぁ、君がそうしたいなら」



230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:23:52.51 ID:eqG/yXgno

マミ「ふぅ……」

QB「……」 モグモグ

マミ「――でもやっぱり、納得いかないわ」

QB「何がだい?」

マミ「英語教育の在り方よ。単語の綴りが少し間違ってるぐらい別にいいじゃない。
   要は意味が通ればいいんでしょう?」

QB「僕に言われても困るけど……一文字違いで全然別の意味になる単語だってあるよ」

マミ「そうだけど、例えばさっきのキャッスルはキュウべえには通じたわ」

QB「まぁ、確かに」

マミ「英語だけじゃなく、そういったケアレスミスで減点されるのって、なんだか理不尽だわ」

QB「うーん……それはたぶん、採点する側の都合だろうね」

マミ「え?」

231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:25:29.66 ID:eqG/yXgno

QB「ケアレスミスか、間違って覚えているのか、なんて、見ただけではわからないだろう?
   一人ならともかく大勢を評価するなら、基準は曖昧でない方がスムーズだ」

マミ「…………理不尽だわ」

QB「そうだね。僕も、どちらかと言えばマミの意見に賛成だよ。
   学校のそれに限らず、人間の作るシステムは無駄な部分と無理な省略が多すぎる」

QB「総じて言えば、思慮が浅く短絡的だ」

マミ「……?」

QB「人類全体がもっと長期的な視野を持ってくれれば、僕らとしても助かるんだけどね」

マミ「えっと……キュウべえ?」

QB「……」

QB「……なんでもないよ。僕らも僕らで、面倒なルールに縛られているのさ」

マミ「そうなの……」

QB「マミのやりたいようにすればいいと思うよ。君の言うとおり、
   テストでの成績が悪かったからといって実際に通用しないとは限らないんだ」

マミ「うん……」

232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:26:41.77 ID:eqG/yXgno

マミ「……そうね。でもやっぱり、成績を落とすわけにはいかないわ。
   援助してくださってるおばさまたちにも申し訳が立たないもの」

QB「そうかい」

マミ「ええ」 クイッ ゴックン

   カチャリ

マミ「さて――それじゃあもうひと頑張りと行きますか」



233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:27:56.82 ID:eqG/yXgno





マミ「――ふぅ。今日の分、終了っと」

QB「お疲れさま」

マミ「ありがとう、キュウべえ」

QB「別に何もしてないけどね、僕は」

マミ「ふふっ。……けどやっぱり、以前と比べるとだいぶ楽になったわ」

QB「そうだね。去年の辺りまでは、もっとずっとバタバタしていた覚えがあるよ」

マミ「そうよねぇ……」



234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:29:21.17 ID:eqG/yXgno

   ◆

マミ「……」 ゴソゴソ バタバタ

QB「……」

マミ「……」 バタバタ ゴソゴソ

QB「ねえ、マミ」

マミ「ん……なぁに、キュウべえ?」

QB「どうして急に部屋の模様替えなんて始めたんだい?」

マミ「……」

マミ「いいじゃない。気分転換よ」

QB「テスト勉強はいいのかい?」

マミ「だから、その気分転換よ。これが終わったらちゃんとやるわ」

QB「……」

QB「まぁ、君がいいというのなら、いいんだけどね」



235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:30:19.24 ID:eqG/yXgno

   ◆

マミ「……」 カリカリカリ

マミ「……うーん……」

マミ「……」 カリカリカリカリ、カリ…

マミ「……」

   シュイーン

マミ「……」

QB「マミ? 急にソウルジェムを取り出したりなんかして、どうかしたのかい?」

マミ「魔女が出そうな気がするわ」

QB「……。反応はないようだけど」

マミ「出そうな気がするの。行くわよ、キュウべえ」

QB「……」

QB「まぁ、反対する理由もないけど」



236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:31:12.64 ID:eqG/yXgno

   ◆

マミ「~~♪」 チャッカチャッカチャッカチャッカ

QB「あれ? マミ、お菓子を作っているのかい?」

マミ「ええ。シブースト、フランスのお菓子よ」

QB「ふぅん。ずいぶんと手間のかかるものを選んだね」

マミ「あら、詳しいのね?
   そうよ。パイ生地を焼いて寝かせて、土台を焼いて冷まして、カスタードとメレンゲを
   少しずつ少しずつ混ぜ合わせて、仕上げのキャラメリゼは焼きごてで焼いて」

QB「うん」

マミ「今はメレンゲを作ってるところ♪」

QB「へえ」

マミ「安心してね? キュウべえの分もちゃんと作ってあげるから」

QB「そうかい。ありがとう」

マミ「……」 チャッカチャッカチャッカチャッカ

QB「……」

マミ「だ、大丈夫よ。ちゃんと勉強もしているわ」

QB「何も言ってないじゃないか」



237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:32:00.54 ID:eqG/yXgno

   ◆

マミ「うぅ……なんてひどい点数……」

QB「残念だったね」

マミ「……もっとちゃんと勉強していれば……」

QB「十分にやるだけのことをやった上での結果だろう? なら受け入れるしかないよ」

マミ「うぅ……」

QB「次また頑張ればいい」

マミ「……ごめんなさい……」

QB「うん? どうして僕に謝るんだい?」

マミ「い、いえ。間違えたわ。ありがとう、キュウべえ。励ましてくれて。次はがんばるわ」

QB「おかしな間違いだね。どういたしまして」



238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:32:56.31 ID:eqG/yXgno

   ◆

マミ「ふふ……そんなに昔のことでもないのに、懐かしいわね。今となってはいい思い出よ」

QB「そうだね」

マミ「……あのころはテストのたびに現実逃避して、挙句に世界を呪ったりしてたのよね……」

QB「……」

マミ「ダメよね。希望を振りまくはずの魔法少女が、呪いを抱いたりなんかしたら」

QB「……」

QB「いいや、駄目だなんてことはないよ」

マミ「え?」

QB「魔法少女といえど、ものの考え方や価値観は普通の人間と変わりはないんだ。
   何かを呪いたくなることだって当然あるさ」

QB「少なくとも僕は、君たちのそんな感情の動きを禁止しようなんて思わないよ」

マミ「……そう」

239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/12(日) 16:33:50.92 ID:eqG/yXgno

マミ「でも、やっぱりよくないわ。魔法少女は夢と希望の象徴でいなくっちゃ」

マミ「それに、少なくとももうテストのせいで呪ったりなんかしないだろうから、大丈夫」

QB「そうかい」

マミ「そうよ。今の私には強い味方が付いてるんですもの」

QB「あぁ、あの新しいテキストのことだね?」

マミ「ええ。通信講座は塾なんかと違って好きな時間にできるのがいいわね。
   魔法少女にはぴったりだと思うわ。
   中身も、教科書に合わせて要点をまとめてくれているし」

マミ「始めてよかったわ。進研ゼミ」






248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 19:56:24.96 ID:wtNOGC0To



   楽な相手だった。

   砂漠を模したような結界内は、障害物がなく走りやすかった。
   ぎゃあぎゃあとやかましいだけの使い魔は、槍の一薙ぎで蹴散らせた。
   親玉の魔女も、図体はデカいくせに笑えるぐらいノロマだった。

   結界に入って、ものの数分。
   ほとんど何の苦労もなく、アタシの槍はヤツの脳天をぶち抜いた。

   それと同時に、ヤツの触手もアタシのドテっ腹をぶち抜いた。

杏子「あ……?」

   気がついたときには、世界は真っ黒で。



   痛みも何も感じなくて。





   ああ、これでようやく楽になれるんだな、と、そんなことを思わせてくれる相手だった。






249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 19:57:14.32 ID:wtNOGC0To





   第十一話  魔女と魔女






250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 19:58:14.36 ID:wtNOGC0To



   だからこんなのは、おかしいんだ。

   もう一度目を覚ますなんて、おかしいんだ。
   腹の傷がふさがってるなんて、おかしいんだ。
   こんなにもふかふかのベッドに寝かされてるなんて、どう考えてもおかしいんだ。

杏子「……なんで……」



   「――あら、目が覚めたのね」

   声がした。

   ちらりと目を向けると、アタシと同い年ぐらいの女が一人。どこかで見た顔だ。
   上体を起こしながら、さりげなく辺りも見回す。

   清潔な部屋。
   洒落た感じの家具や小物類。
   窓の外の景色は、もう夜になっているようでわかりづらかったが、視点が高い。
   マンションの上階だろう。

   金のある人間の棲家、だな。

251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 19:58:52.59 ID:wtNOGC0To

   「起きて大丈夫なの?」

杏子「……誰だ」

   端的に尋ねると、そいつは左手を掲げて見せた。

   中指に、見覚えのある銀の指輪がはまっている。さらに爪にはシルシもあった。
   つまり同業者。
   なるほど、だいたいわかった。

   「巴マミよ。あなたは?」

   問い返してきた。
   が、アタシは答えず、そいつの斜め後ろを見やる。

杏子「聞いてねぇのか。そいつから」

   猫のようなウサギのような、ぬいぐるみのような白い生物がそこにいた。
   契約の獣。キュゥべえ。
   アタシを今の生活に叩き落してくれた、ある意味で全ての元凶。

   ……なんてのは、逆恨みか。

252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 19:59:40.97 ID:wtNOGC0To

マミ「……あなたが死んでたなら、そうしたわ。
   でも生きてたんだから、本人から聞きたいじゃない? 名前ぐらい」

杏子「……」

   チッ。

杏子「……佐倉杏子だ」

マミ「そう。佐倉さん、身体の具合はどう?
   目に見える傷は一応全部ふさいだけど、どこかおかしかったら遠慮なく言って?」

杏子「……いや。どこも悪くねぇ」

マミ「そう、よかった。何か食べる?」

杏子「……とりあえず、水だけくれ。ノドが渇いた」

マミ「わかったわ。待ってて」





杏子「……」 ゴクゴクゴク

マミ「ねぇ、佐倉さん」

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:00:35.08 ID:wtNOGC0To

杏子「プハッ……なんだ」

マミ「あなた、隣町の魔法少女なのよね?」

杏子「隣? ……ってか、そういやここ、どこだ」

マミ「え? あ、ああ、そうね。ここは見滝原市よ」

杏子「見滝原……」

QB「君が倒れていた林のこっち側――君から見れば 『向こう側』 だね」

杏子「……」

   くそ、やっぱりか。
   巴マミ。
   なんか聞いたことがある気がしたんだ。

   魔法少女同士のネットワークなんてものはほとんどない。少なくともアタシは絡んでない。
   それなのに噂が入ってくるという時点で、その異常のほどが知れる。

   三年にも渡って、一つの街をたった一人で、使い魔まで全て狩って護ってるっていうバケモノ。

   まともに遣り合っても勝てる相手じゃねぇな……
   どうするか……

254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:01:10.71 ID:wtNOGC0To

   幸い、こいつの方には遣り合う気はないようだ。今はまだ。
   と、なると。
   速攻で行くしかねぇな。

杏子「……」

   コップをベッドサイドに置いて、おもむろに指輪をジェムに戻す。
   さて、上手く隙を……

杏子「――ん?」

   待て。なんで輝きが戻ってるんだ。

杏子「おい」

マミ「なぁに?」

杏子「お前か、これ」

マミ「ジェムの浄化? ええ」

杏子「……どういうつもりだ。貴重なグリフシードを、他人なんかのために使うなんて」

マミ「困ったときはお互いさまよ。それに、使ったのはあなたのグリフシードだし」

255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:01:59.28 ID:wtNOGC0To

杏子「あ? んなワケあるか。ストックは切れてた」

マミ「嘘なんかじゃ……」

QB「そのとおりさ、嘘じゃない。マミが使ったのは、倒れていた君のそばに落ちていたものだ。
   状況から見て、君と相討ちになった魔女が落としたんだろうね」

杏子「チッ……そうかよ」

マミ「……」

QB「随分と不満そうだね、杏子」

杏子「テメェは――」
マミ「キュウべえ。やめなさい」

QB「……」

杏子「……」

マミ「ごめんなさい、佐倉さん。どうやら私は、あなたの誇りを傷つけてしまったようね」

杏子「……」

マミ「……どうすれば、償えるかしら」

256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:02:42.08 ID:wtNOGC0To

杏子「……」

マミ「……」

   チッ。

杏子「……後ろ、向け」

マミ「え?」

杏子「聞こえただろ。後ろ向いてろ」

   繰り返すと、ヤツは訝しみながらも素直に背を向けた。
   お人好しだ。
   そして、バカだ。
   やっぱ噂なんて当てにならない。こんなのが “見滝原の女王” だってのか。

   握りしめたままだったソウルジェムから槍を伸ばす。

杏子(別に変身しなくたって魔法は使えるんだぜ?)

   ま、殺すつもりはないけどな。
   ただしばらく、この絶好の狩り場と、現役最強とやらの座を貸してもらうだけだ。

   返すかどうかは、テメェ次第だけどな――!



257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:03:43.91 ID:wtNOGC0To





















杏子「……」

マミ「……」

杏子「……な、」

マミ「ふぅ……」

258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:04:23.71 ID:wtNOGC0To

   嘘だろ。
   止められた。

   私の槍は、音もなく一瞬で伸びてきた黄色いリボンみたいなのに絡め取られて、
   完全に固定されてしまった。

   マジかよ。
   しかも、コイツ。
   背を向けたまま、それをしやがった。

マミ「そんな顔しなくても、別に後ろに目がついてたりなんかしないわよ」

   そして静かに言いながら。

マミ「それにしても……銃を出せるようになってて助かったわ」

   これまたいつのまに出現させていたのか、銀色の長銃を掲げて見せた。

   マスケット銃、というヤツか。
   その、細かな装飾が施された銃身の中の、わずかな隙間のような平面の向こうに。
   どこか憐れむような、ヤツの目が。
   確かに映り込んでいた。

杏子(冗……談、きついぞ、バカヤロウ)

杏子(ペルセウスじゃねぇんだ。鏡越しの標的なんて、まともに捉えられるわけねぇだろうが。
    どんだけ遠近感狂うと思ってんだ)

259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:05:18.76 ID:wtNOGC0To

マミ「さて……理由を聞かせてもらえるかしら」

   ヤツが半身になって、こちらを向く。
   今さらになって冷や汗が流れる。

杏子「ハッ……わかりきったこと聞くんじゃねぇよ。グリフシードの数は限られてんだ」

マミ「……」

杏子「ライバルを助けようとするテメェの方がどうかしてるのさ」

マミ「……」

   なんか言えよ、ちくしょう。
   質問したのはそっちだろうが。

杏子「……あんたのことは聞いてるよ、巴マミ。使い魔まで残らず狩ってんだってな」

マミ「……それが、何か悪いのかしら」

杏子「悪いさ。テメーみたいなヤツを見てるとイライラするんだよ」

杏子「街のみんなを守るだぁ? 思いあがるんじゃねぇ!
    人が何を考えて、何を本当に欲しがってるかなんて、誰にもわかりゃしねぇんだ!」

マミ「……」

杏子「他人なんかのために命張って、それで何の得があるってんだ……!」

260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:06:10.39 ID:wtNOGC0To

マミ「……」

マミ「あるわよ。得をすることなら」

杏子「へぇ? なんだよ。言ってみろ」

マミ「魔女から人を助けたあとはね、紅茶とお菓子が美味しいの」

杏子「……は?」

マミ「逆に助けられなかったときは、紅茶もご飯も美味しくないし、夜もぐっすり眠れないの」

杏子「……」

   なに、言ってんだ。こいつ。

マミ「理解できないかしら? でも、食事と睡眠――人が生きる上で大事なことよ?」

杏子「知るか! 好きに食って好きに寝りゃいいじゃねぇか!」

マミ「それができたら苦労はしないわ」

マミ「助けた結果、逆に恨まれることになったとしても、見殺しにするよりはずっと気が楽。
   そういう性分なのよ」

マミ「逆に言えば、助けたあと、その人がどうなるかまでは責任は負えないわ。
   あくまで私は、私自身の気の済むようにやっているだけよ」

杏子「……」 ギリッ

   ふざけやがって……

261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:06:47.03 ID:wtNOGC0To

マミ「……あなたのことも、聞いているわ。佐倉さん」

杏子「……あ?」

マミ「隣町では乱暴な手口の空き巣や、ATM荒らしなんかが頻発しているんですってね。
   さらに、使い魔に襲われる人が他の地域よりも明らかに多いとか」

杏子「……だったらどうだってんだ」

マミ「……」

マミ「……改めてくれないかしら」

杏子「嫌だね」

マミ「……」

杏子「テメェと同じさ。アタシの魔法はアタシのモンだ。アタシのためだけにしか使わない」

杏子「もう二度と、他人なんかのために使うもんか……!」

マミ「そう……」

   シュル…

杏子「!」

   リボンが、ほどけた。
   槍が自由になる。

262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:07:38.95 ID:wtNOGC0To

   一瞬迷ったが、ひとまず今は収納する。
   ヤツもリボンと銃を消した。

杏子「……なんのつもりだ」

マミ「力づくをするつもりはない……それだけよ」

杏子「チッ……」

マミ「私だって偉そうなことは言えないわ。この見滝原の外のことは、どうしようもないと
   切り捨てているんだもの」

マミ「それに何より、キュウべえがあなたを咎めようとはしていない」

杏子「……」

マミ「だけどせめて、使い魔に人を襲わせることだけはやめてもらえないかしら?」

杏子「……」



マミ「だってそんなやり方――魔女と何も変わらないじゃない」



杏子「っ……!?」

263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:08:14.54 ID:wtNOGC0To

杏子「アタシが……魔女だと……!!」

   シュイン――ジャキン!!

マミ「!?」

杏子「取り消せぇ!!」



   ――ガキィィン!!



   気が付いたら、変身して、飛び出していた。

   槍を突きだし、マスケットの銃身で受け止められていた。ヤツも変身を終えている。
   リボンが伸びてくる。

杏子「甘めぇ!」

   逆に切り裂く。

マミ「っ!」

264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:09:15.72 ID:wtNOGC0To

杏子「ハッ! 薄っぺらなんだよ! テメェの言葉と同じでなぁ!」

   勢いに乗せて袈裟斬りに振り下ろす。
   止められる。
   ならばと連続で突きを繰り出す。
   防がれ、弾かれ、受け流される。

マミ「待って佐倉さん! 何を急に――」

杏子「うるせぇ!」

   当たらない。
   だがヤツも防戦一方だ。
   狭い――いや、そこそこ広いが、所詮は屋内。あっという間に壁際まで追い詰める。

マミ「くっ!」

   そこまで来て、ようやくの反撃。腰だめに構えての発砲。

   が、避けるまでもなかった。
   弾丸は大きく逸れて、背後の壁に着弾。穴を穿つ。

杏子「どこ狙ってやがる!」

   それとも、この期に及んで威嚇のつもりなのか。どこまでも舐めた野郎だ。

265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:09:55.98 ID:wtNOGC0To

   何がみんなを守るだ。

   何が自分はそれで満足だ、だ。

   挙句の果てに、アタシを魔女だと?

   ふざけるなよ……親父と同じことばっかり言いやがって……!!



杏子「――うらァ!!」

   その手から銃を弾き飛ばす。

   こいつは潰す。
   アタシの全てを賭けて否定してやる。

マミ「くぅ……!」

杏子「――!」

   が、流石は現役最強といったところか。
   ほぼノータイムで新たな銃を召喚。今度は両手に一丁ずつ。
   さらにリボンが、左右と上から迫ってくる。

   五点同時攻撃。
   対するこちらの武器は槍。防ぎきれない。

266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:10:25.71 ID:wtNOGC0To




   ――そう思ったか?





267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:11:29.59 ID:wtNOGC0To

杏子「甘めぇんだよ!」

   瞬時に魔力を注ぎ込み、槍を――『ほどく』。

   一本の長い棒だった柄が、鎖で繋がれたいくつもの短い棒へと別れる。

   多節槍。
   正式な名前は知らないが、三節棍をさらにバラしたような形なのでそう呼んでいる。
   これがアタシの武器の、真の姿だ。

杏子「――ハァッ!!」

   全方位に向けて振り回し、五方向からの攻撃を全て同時に叩き落した。
   リボンは千々に引き裂かれ、銃弾は弾き返され壁と床の穴になった。

マミ「……!」

   驚きに目を見開いたヤツの間抜けヅラに満足感を覚えつつ、
   再び、すばやく長槍の形に戻すと、穂先を喉元へと突き付けた。

杏子「……舐めんな。ただの槍じゃねぇんだよ」

268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:12:20.61 ID:wtNOGC0To

マミ「そうみたいね……でも、」

   ……ん?
   どうしてコイツ、笑ってやが――る!?

マミ「私もなの」

   腕が。
   足が。
   槍が。
   視界の外から伸びてきたリボンに、絡め取られた。
   動けない。

杏子「なっ――後ろ!?」

   どうにか首だけで振り返る。
   そして見た。
   アタシを縛るリボンが、壁と床に穿たれた弾痕から生えているのを。

マミ「私のこの銃も、弾も、全てリボンでできているのよ」

   言いながら、ヤツもマスケットを 『ほどいた』。

   言葉通りそれはリボンへと変化し――いや、戻り――アタシへと伸ばされる。

269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:13:14.49 ID:wtNOGC0To

杏子「テメェ……」

マミ「ごめんなさいね」

   首に、巻きつけられた。締まる。

杏子「ッ――」

マミ「本当はこんなことしたくないんだけど……意識を落とさせてもらうわね」

   なんでだよ。

マミ「できるなら、貴方とは仲良くしたい。少なくとも敵対はしたくない」

   ふざけんなよ。

マミ「目が覚めたら……そしてその気になれたら、もう一度会いに来て」

   お前みたいなやつが、なんてそんなに強いんだ。

マミ「――おやすみなさい」

   なんで――



270: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:13:44.28 ID:wtNOGC0To















271: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:15:22.54 ID:wtNOGC0To



   『……』

   ん……?

   なんだよ、親父。また新聞見て泣いてんのか?

   『……交通事故だそうだ……何人もの人が亡くなっているよ……』

   そっか。

   『私の教えが受け入れられても、それでも救われない人はいる……』

   ……事故じゃぁ、どうしようもないよ。

   『だけど……たった一人だけ、生き残った子がいるみたいなんだ』

   ん?

   『ほら、見てごらん、杏子。お前と同い年の女の子だよ』

   へぇ、そりゃよかっ…………え? こいつは……

   『しかもほとんど無傷だそうだ。まさに奇跡だよ。神さまは見てくださってるんだね……』

   待って。違うよ、親父。こいつは違う。そんなんじゃない。

   こいつも私と同じなんだ。神さまなんかじゃない。アタシと同じで、アイツと契約しただけなんだ。

   『神よ……どうかこの子に、祝福を……』

   なんでだよ。

   やめろよ。

   同じなのに、なんでそいつにだけ祈るんだよ。アタシのことはあんな風に言ったのに。

   なんでだよ。

   なんで、なんだよぉ……!



272: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:15:58.32 ID:wtNOGC0To





杏子「――っ」

   そうしてまた、目が覚めた。

杏子「……ここは……」

QB「君の父親の教会――かつてそうだった場所さ」

杏子「っ!?」

   声に振り向くと、白い獣がいた。

QB「おはよう、杏子」

杏子「……どういうことだ」

QB「何がかな?」

杏子「なんでアタシはここにいる。あれからどうなった」

273: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:16:45.14 ID:wtNOGC0To

QB「マミが君を気絶させて、ここまで運んだ。それだけさ」

杏子「……」

QB「この場所のことは、聞かれたから僕が教えた。秘密だとは言ってなかったよね?」

杏子「……」

   チッ。

QB「それと、君を締め落とす直前にマミが言っていたことは、ちゃんと聞こえていたかい?」

杏子「……うるせぇ」

QB「聞こえていなかったのなら改めて伝えるように言われているんだけど――」

杏子「うるせぇ! 消えろ!」

   掛けられていた毛布を投げつける。

QB「おっと」

   キュウべえはひらりと身をかわす。

QB「やれやれ……わかった、退散するよ。でも一つだけ」

QB「マミの方から会いに来るつもりはないそうだ。再会はあくまで君次第だ、とね」

274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:17:21.58 ID:wtNOGC0To

QB「それじゃあ、さようなら。用があったらいつでも呼んでくれ」

杏子「……」

杏子「……待て」

QB「なんだい?」

杏子「……」

杏子「……アタシは、魔女か?」

QB「……」

QB「いいや、君は魔法少女さ。今も昔もね」

杏子「……」

QB「……。じゃあね」

杏子「……」

杏子「……」

杏子「……」

杏子「……くそったれが……」



275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/16(木) 20:18:19.46 ID:wtNOGC0To

   ◆

マミ「はぁ……お部屋がボロボロ……」

マミ「……下の階の人に、変に思われてたらどうしよう……?」

QB「ただいま、マミ」

マミ「あ……おかえりなさい、キュウべえ。佐倉さんの様子は、どうだった?」

QB「問題なく目を覚ましたよ。ただ、君の希望は叶えられそうもないね」

マミ「そう……」

QB「残念だったね」

マミ「仕方ないわ……」

QB「……」

マミ「……ねぇ、キュウべえ」

QB「なんだい?」

マミ「買っておいたケーキなんだけど……あなた、二人分、食べる?」

QB「遠慮しておくよ」

マミ「……」

マミ「……そこは任せてって言ってよぉ、ばかぁ」 グスン





288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:43:05.49 ID:rclvwvqko



QB「やあ。こんばんは、巴マミ」

QB「おっと、声を出す必要はないよ。頭で考えてくれれば僕にはちゃんと通じるから」

QB「夜の病院でお喋りするのはマナー違反だろう?」

QB「僕の方は普通の人間には見えないし聞こえないから問題ないんだけどね」



QB「それじゃあ、改めて――僕の名前はキュゥべえ。はじめまして、と言っておくべきかな?」

QB「……覚えていてくれたのかい? うん。確かに君は、既に『僕』と一度会っているよ」

QB「お礼を言う必要はないさ。
   君が今そうして生きているのは、あくまで君の中に眠っていた素質のたまものなんだから」

QB「それに、君にはこれから働いてもらうことになるしね」

QB「そうさ。つまり君は――」



QB「――僕と契約して、魔法少女になったんだ」






289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:43:42.52 ID:rclvwvqko





   第十二話  最初の一週間






290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:44:12.75 ID:rclvwvqko


   Lesson 1. とりあえず変身してみよう



291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:45:14.59 ID:rclvwvqko

   ◆

   一日目は、そうして終わった。

   二日目も、午前中は検査に費やされた。
   結果はもちろん、何の問題もなし。なさすぎて逆に不安がられたほどだった。
   だけどやっぱり異常はないので、そのまま退院。
   親戚夫婦――おじさまとおばさまに連れられて病院を後にする。
   駐車場を抜けて、おじさま所有の白いセダンの脇に立つ。

   何もなかった。そこまでは。

   気分は重かったけど、異変と呼べるようなものは本当に何もなかった。
   だけど。
   車の後部座席に乗り込んで、シートに身を沈めたところで、言い知れぬ不安に襲われた。
   続けて、おじさまの手でドアが閉ざされた瞬間、猛烈な吐き気が込み上げた。
   こらえきれずに、ぶちまけた。

   そのあとのことはよく覚えていない。
   おばさまたちの話によると、私は、

   『いやだ』
   『出して』
   『助けて』

   その三つの言葉を叫びながら、めちゃくちゃに暴れ始めたらしい。
   完全な錯乱状態で、車から引きずり出されると同時に気を失った、と。

292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:46:41.35 ID:rclvwvqko

   心的外傷ストレス障害。

   ものの十分ほどで病院に逆戻りした私に下された診断だ。
   そのまま再入院とあいなった。
   今にして思えば、ちょっとしたスピード記録だったんじゃないだろうか。

   ともかく、そうして私は、車に乗ることができなくなった。
   走っているところを外から眺めたり、映像を見せられたりするだけならなんともない。
   狭さでいえば同じぐらいのトイレの個室も平気。バスや電車にも耐えられた。

   要するに、普通の生活は問題なく送れる。
   ただ、車にだけ乗れない。

   だけどそのために、両親の葬儀に参列することができなかった。
   さらに、おばさまたちの家へ居候する予定も白紙になってしまった。
   車がないと何もできないような立地らしいのだ。
   行ったことがないので具体的にはわからないけど、とにかくそうらしい。

   かくして私は、元に家に。
   もはや父も母もいない、見滝原のマンションに戻る以外になくなったのである。

   もっとも、それはまだもう少し先の話。
   今はまだ、病院での日々が続く。

   三日目と四日目の半分はまた検査に費やされて――四日目の夜。

   病室の、窓の外に、白いあの子が現れた。



293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:47:48.19 ID:rclvwvqko

   ◆

QB「やぁ。こんばんは、マミ」

マミ「あなたは……」

QB「大変だったみたいだね。車に対するトラウマか……正直、想定外だったよ」

マミ「……」

QB「ところで……それは、何を見ているんだい?」

マミ《……「マジカル・アルティ」 っていうアニメのDVDよ。おばさまが借りてきてくれたの》

QB「ふぅん」


   『――私のお友だちは返してもらうわ!』

   『――あなたたちみたいなのに、負けるもんですか!』


マミ《……ねぇ、キュウべえ。私もこういうことを、すればいいの?》

QB「なるほど。さっそく魔法少女の勉強というわけか。熱心だね」

QB「そうだなぁ……これと全く同じというわけではないけど、共通点は多いね」

294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:48:46.94 ID:rclvwvqko


   『――アルティマ・シュ――――トッ!!』 ドカァァァン


マミ「……」

マミ《私にも、本当にあんな魔法が使えるの? 車にも乗れないような弱い子なのに?》

QB「弱くなんてないさ。君からは充分に強い魔力を感じるよ。天才的と言っていい素質だ」

マミ「て、天才? 私が? 本当に?」

QB「声が出ているよ」

マミ「ぁ……」

QB「もちろん、本当さ。なんだったら試してみるかい?」

マミ《試す?》

QB「病室だと流石にまずいね。屋上に行こうか」

マミ《う、うん》



295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:49:39.54 ID:rclvwvqko

QB「それじゃあ、ソウルジェムを出して?」

マミ「うん」 ゴソゴソ…

マミ「はい」

QB「指輪から、元の宝石の形に戻してごらん? 念じればできるはずだよ」

マミ「わかったわ」

マミ「……」

   シューン…

QB「よし。それじゃあ次は――」

マミ「ね、ねぇ、キュウべえ」

QB「うん? なんだい、マミ?」

マミ「この……ソウルジェム? って、ずっと持ってなきゃいけないんだよね?」

QB「そうだよ。肌身離さず持ち歩いてほしい。無くしたりしたら大変なことだ。
   それは君の、魔法少女としての魂そのものだからね」

マミ「で、でも、私まだ小学生だし、こんなの持ってたら怒られないかしら?」

QB「……。なるほど、それでポケットに入れていたのか。マミは用心深いんだね」

296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:50:41.69 ID:rclvwvqko

QB「でも大丈夫だよ。大人がソウルジェムに関心を持つことはないんだ。
   そういう魔法が掛けられているからね」

マミ「そうなの?」

QB「ああ。正確には大人だけじゃなく、子どもでも素質がないと認識することはできない」

QB「君の言うとおり、昔は大人に取り上げられるケースも多くてね。安全ためのプロテクトさ。
   ただし君の方から『ここにある』と教えてしまうと普通に見えてしまうから、気をつけてね」

マミ「う、うん。わかったわ」

QB「よし。さぁ、それじゃあ変身してごらん?」

マミ「どうやるの? 掛け声とか、呪文とか、あるの?」

QB「いいや、念じるだけでいいよ。でもその方がやりやすいのなら、何か唱えてみてもいい。
   そういうスタイルをとっている子も大勢いる」

マミ「大勢? 魔法少女って、たくさんいるの?」

QB「ああ。世界中にね」

マミ「ふぅん……」

マミ「そっか……仲間が、いるのね……」

298: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:52:04.29 ID:rclvwvqko

QB「この街にもいるよ。さっそく明日にでも紹介しよう。
   魔法少女という存在について、彼女たちからもいろいろと話を聞くといい」

マミ「ええ。ありがとう」

QB「それじゃあ改めて――変身してみようか」

QB「悪い魔女と戦う、戦士としての自分の姿を思い浮かべて、そう在るようにと念じるんだ」

マミ「う、うん……」

   ポゥ…

マミ「……」


   シュィーン――――キラッ!!

   パァァァ…


マミ「……ん……」

マミ「……! これが……」

QB「うん、上手くいったね。おめでとう――魔法少女、巴マミの誕生だ」

299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:53:27.95 ID:rclvwvqko

マミ「……」 キョロキョロ、チラチラ

マミ「これが、そうなの? 恰好は確かにそれっぽくなってるけど……」

QB「うん、素晴らしい魔力を感じるよ。間違いなく君は、百人に一人の逸材だ」

マミ「そ、そんな……」 テレテレ

マミ「……でも、どうして私なんかが?」

QB「魔法少女としての潜在力は、背負い込んだ因果の量で決まるんだ。
   きっと、君があの事故の唯一の生存者であることが関係しているんだろうね」

マミ「え……」

QB「普通ならとても助からないはずの状況の中で、必然として生き延びた。
   今の君は、あの場で死んだ他の人たちの因果をも受け継いでしまっているんだろう。
   例えば、事故がなければ、君はあの親戚の夫婦と出会うこともなかったかも知れない。
   それは本来、君の両親のどちらかに絡んでいた因果のはずだからね」

マミ「それって……だったら、あの事故は私のせいで……?」

QB「いいや、逆だよ。
   君のせいで事故が起きたんじゃない。事故があったから今の君になったんだ」

マミ「……」

QB「受け取り方は君次第だけど、それだけの才能を腐らせるのは勿体ないと僕は思うな」

300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:54:37.21 ID:rclvwvqko

マミ「……」

マミ「私は……」



   ――ポゥ…



QB「――!」

マミ「え……? なに、この感覚……?」

QB「……。それは、魔女の気配だ」

マミ「魔女って……え?」

QB「君のソウルジェム――今は髪飾りの一部に変化しているけど、それが反応している。
   魔女の気配を捉えると、そうなるんだ」

マミ「そ、それってつまり……」

QB「ああ、近くにいる。――敵が」

マミ「……!」

301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/22(水) 00:55:31.98 ID:rclvwvqko

QB「どうする?」

マミ「ど、どうするって……どうすればいいの?」

QB「行って、倒す。それが魔法少女の使命だ。だけどいきなりの実戦は危険も大きい」

QB「どちらにしても、決めるのは君だよ。君が決めなくちゃいけない」

マミ「……」

マミ「もし……私が行かなかったら?」

QB「恐らく、誰かが襲われて、犠牲になる」

マミ「そう……」

   ギュッ…

マミ「――行くわ」






312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:41:01.78 ID:P358bNAyo


   Lesson 2. 実際に魔女を倒してみよう



313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:42:03.51 ID:P358bNAyo

   ◆

   キュウべえの先導に従って走る。
   辿り着いた先は、古い集合住宅だった。
   その敷地内の小さな公園の、砂場の上に、それは浮かび上がっていた。

   不可思議な形の紋様。結界の入り口だと彼は言った。
   ここから先は別世界だと。
   意を決するまでには十数秒を要した。

   息を整え、紋様をくぐる。
   とたんに、ソウルジェムを通して感じていた魔女の気配が、一気に濃くなった。
   軽いめまいを覚える。
   しかしそれ以上に、周りの景色に圧倒された。

   狂ったおもちゃ箱。

   一言で表すならそんな感じだ。
   着せ替え人形、クマのぬいぐるみ、プラスチックのシャベル、積み木、ミニカー……
   でたらめな大きさにリサイズされたさまざまなおもちゃがそこら中に散らばっていて、
   そしてそのどれもが欠損させられていた。

   ミルク飲み人形は顔がつぶされ、おままごと用のフライパンには大穴が開けられて、
   ゼンマイ仕掛けのワンちゃんは四肢をもぎ取られていた。

   だけど生理的な嫌悪感を抱いている暇はなかった。
   なぜなら――それらが一斉に襲いかかってきたからだ。

314: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:44:10.99 ID:P358bNAyo

   一も二もなく逃げ出した。
   落ち着いて、とキュウべえは言ってくれたけど、とても無理だった。
   とっさに彼を抱えていたことは幸運だったと言える。

   ぬいぐるみの爪をどうにか避けて、おはじきの雨をかいくぐる。
   ドミノの駒を飛び越えて、指人形を突き飛ばす。
   逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。

   今にして思えば、無意識のうちに身体強化の魔法を使っていたのだろう。
   必死に走っておもちゃの群れを振り切って、途中に見つけた狭い通路に飛び込んだ。
   ここなら大型のおもちゃは入ってこれまい。その事実に、ようやく少しだけ安心する。
   だけど一つだけ大きな問題があった。

   一本道だ。引き返せない。

   魔女を倒せば結界は消えて元の世界に帰れる。きっとこの先にいるはず――
   キュウべえはそう言った。
   それはつまり、後ろのバケモノたちの親玉と戦わなければならないという意味でしかない。
   二度目の覚悟には数分を費やした。

   通路の先には扉があった。
   色は真っ黒……いや、焼け焦げていた。目の高さには何かの文字。
   それは見たこともない文字で、あるいは文字ではなく、ただの模様だったのかも知れない。
   いずれにせよ、読めなかったし、読みたくもなかった。

   もはやキュウべえに言われるまでもなく理解できた。
   この向こうに “魔女” がいる。

315: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:45:11.13 ID:P358bNAyo

   さらに数分をかけて息と気持ちを落ち着かせると、私は扉を押し開けた。
   一歩中に踏み入って、まず最初に、耳がその存在を捉えた。



   『オオオオォォォォォォォォ――――……』



   泣き声。
   重いのか低いのかよくわからない、とにかく耳障りな声。

   腕の中でキュウべえが小さく呻いた。苦しげな顔だ。
   耳の大きな彼には余計にこたえるのだろう。

   部屋の中央に目を向ける。
   声の主はそこにいた。

   あれは、なんと形容すればいいのだろう。

   マリア像、に似ていなくもない。
   だけどそう呼ぶには醜悪に過ぎた。
   目算で三メートルあまり。節くれだった腕の中に、生々しい屍肉のような赤子を抱いている。
   そして血の涙を流しながら、耳障りな声で哭いている。

   聖母を冒涜するかのようなその姿は、なるほど、魔女と呼ぶにふさわしい。

316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:47:03.72 ID:P358bNAyo

   怖かった。
   逃げ出したかった。

   他のおもちゃたちみたいにすぐに襲ってくることこそなかったけれど、おぞましいその姿と
   泣き声は、私の意志を萎えさせるのに十分だった。

   それでも踏み止まれたのは、あの子がいたから。

   腕の中の小さな温もりが、私に勇気と闘志を与えてくれた。

マミ「……キュウべえ。離れていて」

   彼を、そっと足元に降ろし、促す。
   目の前の異形を見据える。
   とても醜い。この世に在ってはならない存在だと、心の深い部分で思う。

   魔女とは、呪いから生まれる存在。

   あの子の教え。
   漠然とした表現だったけど、こうして目にしてみると、よくわかる。

   子を亡くした母の嘆き。

   恐らくはそれだろう。それが、たぶん何人分か寄り集まって、形を為した。
   集合住宅という立地からして、何らかの悲劇の連鎖が起きたとも考えられる。

   ならば、ここで断ち切らなければ。私が終わらせてあげなければ。

   気付けば震えは止まっていた。

317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:48:10.16 ID:P358bNAyo

   深呼吸を一つ。

   さて、何はともあれまずは武器だ。
   戦うための武器。身を守るための武器。それがなくては始まらない。

   魔力を練る。
   変身の時と同じ要領で、イメージして、念じる。



マミ「――はぁっ!!」



  両手を前に突き出して、気合い一閃。
  瞬間、左右の掌から黄金の光がほとばしる。
  光は帯となり、魔女へと向かってまたたく間に伸びて、その胴体に巻きついた。
  それは強くしなやかな、リボンの形をとっていた。

マミ「これが、私の魔法……」

   しかし感動している暇は、やはりなかった。
   既に戦いは始まっていたのだ。

   こちらに無関心に泣き続けるだけだった魔女も、流石に攻撃を受けてまで黙ってはいない。

318: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:49:00.55 ID:P358bNAyo

   『オオオオオオォォォォォォォォ――!!』

   激しく身をよじって暴れ出す。
   たまらず引っぱられて、体勢を崩す。
   そこへ、これまでに倍する “声” が来た



   『ォ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!』



マミ「うぁ――きゃあ!?」

   耳を押さえる間もなく――弾き飛ばされた。

   衝撃波。
   一定以上の力を備えた “音” は、もはや暴力と化す。
   両手のリボンは引きちぎられて、私自身は背後の壁に叩きつけられた。

マミ「う、うぅ……」

QB「――ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――!!」

マミ「……! キュウべえ!?」

   まずい。
   これは、私に対しても危険な攻撃だけど、彼にとってはさらに致命的だ。
   少なくともその可能性がある。

319: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:49:52.25 ID:P358bNAyo

マミ「キュウべえ! あなたは逃げて!」

QB「……ぐうぅ……うぁぁぁぁ……マミぃ……!」

マミ「っ……!」

   駄目だ。聞こえていない。
   前足で両耳を押さえたまま、うずくまって動かない。

   リボンで防壁を張ることも考えたけど、そんなもので “音” を防げるわけがない。

   ならば。

マミ「――やあぁ!!」

   再び、手からリボンを放つ。
   今度は魔女の、顔に向かって。

   『――――――――――――――――…………ッッッッ!!?』

   巻きつける。
   途中で防げないなら、出どころを――口を、塞いでやればいい。

   『……ッ!! ……――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!』

マミ「っ……!」

QB「う、ぁ……? マミ……?」

320: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:50:58.81 ID:P358bNAyo

   キュウべえの悲鳴が止まった。
   よかった。上手くいったらしい。

   ただ……そうして安堵した瞬間、二の腕の皮膚が音を立て弾けた。

マミ「い゙ぁっ……!!」

   音の、破壊的な振動が、リボンを通してダイレクトに伝わってくる。
   腕のあちこちで皮が裂け、血がにじむ。
   血液全体が沸騰しているかのような感覚。

QB「マミ……マミ! 何をやっているんだ! 早く手を――」

マミ「だめ、よ……そんなの……っ!」

QB「マミ……」

   大丈夫。
   たぶん見た目ほどに痛くはない。変身しているせいか、不思議なほどに痛みは小さい。
   だから耐えられる。
   少なくともキュウべえが苦しんでいる姿を見せられるよりはずっとマシ。

   それに――それに。

   私はもう、魔法少女だから。

321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:51:56.13 ID:P358bNAyo

   そう。
   アルティのように、みんなを守る戦士になったんだ。
   お父さんやお母さんの命を受け継いだんだ。

   だから。


   (―― 私のお友だちは ――)
       「キュウべえのことを、傷つけさせはしないわ!」
                     (―― 返してもらうわ!――)

   (―― あなたたちみたいなのに――)
               「魔女なんかに、私は負けない!」
                         (―― 負けるもんですか!――)

   その思いを胸に、叫ぶ。



   「アルティマ……シュートおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!!!!」








322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:52:27.43 ID:P358bNAyo















   バアァァァンッ!!





   「――え?」







323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:53:38.69 ID:P358bNAyo



   ……結論から言うと、この渾身の魔法によって、私は魔女を倒すことができた。

   ただ、誤算が二つほど。

   一つは、リボンが爆発したこと。
   私としては、あのアニメの主人公がやっていたように、光線というかエネルギー波というか、
   そういった感じのものをイメージしたのだけれど、実際はそうはならなかった。
   解き放った魔力は空中ではなくリボンを直接つたって走り、先端で破裂したのだ。
   これによって頭部を破壊された魔女は、溶け崩れるようにして消滅した。

   そこまでは、まだよかった。
   そこからが、もう一つの誤算だ。

   リボンの爆発は先端だけにとどまらなかった。
   根元まで――つまり私の手元まで、爆竹のように連鎖爆発を起こしたのである。

   手を離すのはぎりぎりで間に合ったけど、衝撃で吹き飛ばされてしまい、
   またしても背後の壁に叩きつけられた私は、そのまま気を失った。

   目が覚めたときには結界は消えていて、私は元通りの砂場の上に横たわっていた。

   上から顔を覗き込んでいたキュウべえが、大丈夫かい、と聞いた。
   うん、と答えたけど、実際は全く大丈夫ではなかった。

   頭のてっぺんから足の先まで、全身のそこここがズキズキと痛い。
   その一方で、爆発に一番近かったはずの両腕の感覚が、ない。

324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/23(木) 19:54:45.10 ID:P358bNAyo

   自分はいったいどうなってしまっているのか。
   もしかしたらこのまま死んでしまうんじゃないのか。

   そんなことをぼんやりと考えていた。不思議と怖いとは思わなかった。



   「――うわぁ、ズタボロじゃん。グロっ」



   そんな私に投げかけられた、突然の声。
   続いてキュウべえの顔が目の前から消えて、その姿が視界に入る。

   黒。
   闇に溶け込むような、真っ黒なセーラー服。風に揺れる赤いリボンタイ。
   それが、二つ。

QB「……君たちか。来るとは思ってなかったよ」

   思い出した。
   彼は確かに言っていた。この街にいる魔法少女のことを――『彼女たち』 と。

   日付は変わり、五日目になっていた。





338: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:47:41.45 ID:tU4ywx07o


   Lesson 3. 先輩の話を聞いてみよう



339: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:48:48.85 ID:tU4ywx07o

   ◆

   五日目。

   お見舞いのおばさまたちもホテルに帰ったあとの夕刻。
   病院の屋上から、私は、オレンジ色に染まる街の景色をぼんやりと眺めていた。
   この景色も今日で見納めだ。

マミ「ねぇ、キュウべえ」

QB「なんだい、マミ?」

マミ「……あの人たちの言うこと、聞かなきゃだめなの?」

   あの人たち。
   夕べ、魔女を倒した後の公園に現れた、二人の魔法少女。
   佐木ハルカさんと、三園カナエさん。
   市内の同じ高校に通う一年生だと、そう名乗った。

   悪い人たちではなかった。
   戦いで傷ついた私の体を治してくれたのもあの人たちだ。

   だけど、あれは……



340: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:49:49.42 ID:tU4ywx07o



   ◆

マミ「あの……ありがとうございました」 ペコリ

ハルカ「別にいいわ。代わりにこれ、もらうから」

マミ「え?」

ハルカ「なに? 文句あるの? ここは私たちの縄張りで、おまけに怪我まで治してあげたのに」

マミ「い、いえ。そうじゃなくて……なんなんですか、その黒いの?」

ハルカ「え?」

ハルカ「……って、はあっ!?」

QB「……」

341: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:50:34.30 ID:tU4ywx07o

ハルカ「ちょっとキュゥべえ、あんたどういうことよ。グリフシードのこと教えてないの?」

QB「教えたよ。ただ彼女は今回が初めてだから、実物を見たことがないだけさ」

ハルカ「……あっそ」

マミ「……?」

QB「マミ、あれはグリフシード。
   前にも説明したとおり、ソウルジェムの輝きを維持するために必要となるものだよ」

マミ「あれが……」

ハルカ「返さないわよ」

マミ「え? あ、はい……」

QB「……」

ハルカ「……なによ、キュゥべえ。何か文句あるの?」

QB「いいや。魔法少女同士の問題に僕が口を出すことはないよ。
   お互いに納得しているならなおさらさ」

ハルカ「……フン」

342: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:51:25.55 ID:tU4ywx07o

QB「ただ、それとは別に一つお願いしたいことがあるんだ?」

ハルカ「……お願い? あんたが?」

QB「ああ。マミにアドバイスをしてあげてほしい。魔法少女の先輩としてね」

ハルカ「アドバイスぅ……?」

ハルカ「……」 チラ

カナエ「……」

ハルカ「……ずいぶんと優しいこと言うじゃない。そんなにその子が特別ってわけ?」

マミ「え……?」

ハルカ「最初はこんな小さな子を引っ張り込むなんて、って思ったけど、納得だわ。
    よく見りゃ大した魔力じゃない。私たちみたいな雑魚とは違うってわけね」

QB「それは違うよ。むしろこうするのが通例なんだ。頼める相手がいるときは頼むのが、ね」

ハルカ「よく言うわ……香奈枝のことは放ったらかしにしたくせに!」

QB「……」

QB「頼める相手が誰もいないときは、そうなるよ。巡りあわせが悪かったんだ」

ハルカ「あんたのそういうとこ、ほんとムカつく……!」

343: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:52:09.47 ID:tU4ywx07o

   吐き捨てるように言って、佐木さんはキュウべえから目をそらす。
   どうやら彼女は彼のことを嫌っているらしい。
   三園さんの方も……こちらはむしろ、怯えているようにも見えた。
   どうしてだろう。
   こんなにも可愛くて、優しいのに。
   おかげで、逆に私の方が彼女たちを嫌いになりそうだった。

ハルカ「……まぁいいけど、見返りはあるんでしょうね?」

QB「ないよ」

ハルカ「…………ふざけてんの?」

QB「ふざけてなんかいないよ。見返りを用意できないからこそ 『お願い』 なのさ」

ハルカ「話にならない……」

カナエ「……」

カナエ「……」 クイッ

ハルカ「ん? なに、香奈枝?」

カナエ「……」 ボソボソ

ハルカ「うん。……え?」

344: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:53:07.23 ID:tU4ywx07o

カナエ「……」 ボソボソ

ハルカ「……わかってるわよ。でもさ、」

カナエ「……」 ボソボソボソ

ハルカ「それはそうだけど、だからって、」

カナエ「……」 ボソボソ

ハルカ「……………………ああ、もう。わかったわよ……ったく、あんたって子は……」

カナエ「……」 ニコ…

マミ「……」

   なんだろう、この会話。
   キュウべえに対するのとは正反対に甘ったるい声でささやく佐木さんと、
   彼女にぴったりとくっついて耳打ちする三園さん。
   仲睦ましいとも言えるはずの光景が、なんだかとても――気味が悪かった。


ハルカ「ハァ……いいわ。やってやるわよ。アドバイスだけでいいのよね?」

QB「待ってくれ。できれば君だけではなく、カナエの方からも教えてあげてほしい」

345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:54:20.34 ID:tU4ywx07o

ハルカ「は? なに言ってんの? 香奈枝は――」

QB「わかっているよ。彼女が君としか会話ができないことは。
   ただ、君も見ていて知っているかもしれないけど、マミの武器はリボンなんだ」

ハルカ「……だから?」

QB「カナエの武器によく似ているだろう? だから実演して見せてあげられないかと思って」

ハルカ「お断りよ」

QB「……。しかし、」

ハルカ「しつこい! この子にそんな、無駄な魔力なんか一切使わせない。これだけは譲れないわ。
    見本が欲しけりゃクモ男の映画でも見せとけばいいのよ」

QB「……」

カナエ「……」 ボソ…

ハルカ「ダメよ。こればっかりは、あんたが何と言おうとダメ」

カナエ「……」

QB「……。わかったよ。僕も無理強いはできないしね。アドバイスだけお願いするよ」


346: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:55:22.77 ID:tU4ywx07o

QB「マミも、それでいいかい?」

マミ「え、あ……うん」

   正直、どっちでもよかった。
   というより、はっきりと気乗りがしなかった。
   “魔法少女” のイメージからほど遠く、病んだような雰囲気をまとう彼女たちから
   何かを学びたくなんてなかった。

   実際、その教えの内容は酷いものだった。




347: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:56:27.98 ID:tU4ywx07o



ハルカ「使い魔は無視しなさい。
    向かってくる奴や邪魔してくる奴以外は放っておくの。魔力の無駄だから」

ハルカ「大事なのはグリーフシードよ。できることなら常に最低一つはキープしてなさい」

ハルカ「人助けなんて十年早いわ。まず自分。何より自分が生き延びること。全てはそれからよ」

ハルカ「いざ戦いとなれば無傷とはいかない。だけどジェムさえ無事ならどうとでもなる」

ハルカ「ところで、ソウルジェムの特性については……聞いてないよねぇ?」

ハルカ「……え?」

ハルカ「……ふーん。へーえ。聞いてるんだ。……それでよく平気な顔してられるよね」

ハルカ「……ハッ。安全、安全ね。そりゃ確かに安全だわ」

ハルカ「まぁいいわ。わかってるなら――ソレだけはなんとしても守り抜きなさい」

ハルカ「いざとなれば手足の一本ぐらいくれてやればいい。どうせまた生えてくるんだから」

ハルカ「その気になれば、首を落とされたって生きてられるかもよ? アハハ」



348: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:58:27.37 ID:tU4ywx07o

   独善的で排他的。
   とてもじゃないけど聞くに堪えなかった。
   特に最後のは、冗談にしても趣味が悪すぎる。

   だけど我慢して、終わりまで聞いた。
   お礼を言って、平和的に別れた。
   せっかくキュウべえが頼んでくれたのを台無しにしたくはなかったから。

   だけどそれでも、抵抗感が消えたわけじゃない。
   私だって、当時でもうすでに高学年。創作と現実の区別ぐらいはついていた。
   だけどあんなのが “魔法少女” の現実だなんて。
   そんなの、私は、

   私は……



349: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:59:13.47 ID:tU4ywx07o






350: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 20:59:44.70 ID:tU4ywx07o


   Lesson 4. 目標を設定してみよう



351: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:01:01.75 ID:tU4ywx07o

   ◆

QB「そうだね。ハルカの言ったことの、その全てを守る必要はないよ」

マミ「え?」

QB「マミ。君は、魔法少女とはどういうものだと思う?」

マミ「えっと……『アルティ』 みたいなのだと思ってたけど……あれはお話だし……
   でも、佐木さんたちみたいなのは、何か違うと思う。だから――」

QB「……」

マミ「……よく、わからないわ」

QB「そうだね」

QB「実は、僕も明確な答えというものは持っていないんだよ」

マミ「えっ?」

QB「前にも言ったけど、魔法少女は世界中に大勢いる。そして、その中の誰ひとりとして、
   他の誰かと同じだっていう子はいないんだ。
   もちろんある程度の共通点はあるし、分類することもできる。
   でもそれも、どこで線を引くかによって結果は大きく変わってしまう」

QB「そんな中から、これが正解だと一つを選ぶなんて、不可能なのさ」

352: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:01:57.74 ID:tU4ywx07o

マミ「で、でも、そんなのおかしいわ。魔法少女はあなたが生み出しているんでしょう?
   それなのに、理想もなく、勝手にやってればいいなんて、変よ」

QB「いや。理想なら、あるよ」

マミ「だったら、それを教えてよ」



QB「生きていてほしい」



マミ「……!?」

QB「魔女に殺されて終わるなんてことなく、望むままに魔法を使って、生きていてほしい」

QB「僕が魔法少女に何かを望むとすれば、それだけだよ」

マミ「……」

QB「極端なことを言えばね、そのためになら魔女との戦いさえ放棄してもらって構わないんだ」

マミ「え……?」

QB「マミ。君も、敵わない相手だと思ったら逃げてもいいんだよ」

353: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:03:19.07 ID:tU4ywx07o

マミ「どうして……そんな……キュウべえ……」

QB「もちろん、普通はここまで言わないさ。でも君の場合は少し例外……」

QB「いや、特別と言うべきかな?」

マミ「特別……?」

QB「そもそもの契約がほとんど事後承諾に近く、合意を得たとは言い切れないというのが一つ」

QB「加えて、あの自爆まがいの攻撃方法だ」

QB「昨日はどうにか生き延びられたけど、次はどうなるかわからない。
   それなのに無理に戦わせたりなんかしたら、お互いに奇跡と命の無駄撃ちで終わる恐れが
   大きい。そんなことになるぐらいなら、とね」

マミ「でも、でも……だったら魔女はどうするの? 放っておいたらあなただって困るんでしょう?」

QB「困らないよ」

マミ「え……え?」

QB「魔女が襲うのは人間だけだ。僕らは別に困らない」

マミ「そんな……だったらどうして、あなたはこんなことを……」

QB「それが正しいことだと判断したからさ。世界と、その未来のためにね」

マミ「……」

マミ「正しい、こと……」

354: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:04:24.86 ID:tU4ywx07o

QB「……。話が逸れたね」

マミ「え?」

QB「ハルカの教えについてさ」

マミ「あ……う、うん」

QB「彼女の在り方は、魔法少女は生きるべきという一点に限っては、肯定できるものだ」

QB「ただ、少しばかり極端すぎる」

マミ「極端……?」

QB「ああ。自分たち “だけ” が生き延びればいいと考えてしまっているんだ。
   これは少数のために多数を切り捨て、現在のために未来を擦り減らす考え方だ。
   僕らの思想とはズレがある」

QB「彼女の言いつけを全て守る必要がないというのは、そういう意味さ」

マミ「そ、そう……」

マミ「……そうよね。そうよ。あんなのは絶対、間違ってるわ」

QB「僕としては、間違いだとまでは言えないけどね。守るべき部分もあるだろうから」

マミ「……『命を大事に』?」

QB「そういうこと」

355: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:05:24.87 ID:tU4ywx07o

マミ「……」

マミ「私は……」

QB「君がどういう魔法少女を目指すかは、君の自由だし、君にしか決められないことだ」

QB「だけど焦る必要はないさ。魔法の練習をしながら、ゆっくりと決めればいい」
   
マミ「……いいえ」

QB「うん?」

マミ「魔法の練習はちゃんとするわ。でも、どんな魔法少女になるかは、もう決めた」

QB「……。君は話を聞いていたのかい? 焦ることは――」

マミ「焦ってなんかないわ。私がなりたい “魔法少女” は、一つだけなの」

QB「……」

マミ「だから――キュウべえ。私と契約をやり直して」

QB「……」

QB「――え? いや、そんなの無理だよ」

マミ「契約は不完全だって、あなたが言ったんじゃない。だから完全にやり直させてよ」

356: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:06:59.93 ID:tU4ywx07o

QB「無理なものは無理だよ。確かに手順は完全と言いにくいものだったけど、契約そのものは
   問題なく済んでいるんだ。やり直しなんて不可能さ」

マミ「だからその、手順を完全に踏ませてよ」

QB「だから無理だと……」

マミ「別の願いを叶えてなんて言わないわ。形をなぞるだけでいいの」

QB「……」

マミ「真似ごとでいいの。ねぇ、あなたは契約のとき、普通ならどうやるの?」

QB「……。相手の願いを聞いて、それを叶えてあげるから魔法少女になってって、言うよ」

マミ「じゃあ、そう言って?」

QB「……わけがわからないよ。そんなことをして何の意味があるんだい?」

マミ「いいからっ」

QB「フゥ……わかった。セリフを言うだけでいいんだね?」

マミ「うん」

QB「じゃあ……最初から」

357: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:08:03.88 ID:tU4ywx07o

QB「『こんにちは、巴マミ。僕の名前はキュゥべえ。今日は君にお願いがあって来たんだ』」

マミ「ふふっ、そこからなんだ。――『ええ、こんにちは。よろしくね』」

QB「……。『君には、僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ』」

QB「『僕は君の願いをなんでもひとつ、叶えてあげられる。どんな奇跡でも構わない』」

QB「『その代わり、君は、魔女という怪物と戦わなくてはならない』」

QB「『その定めを受け入れてまで、叶えたい願いがあるのなら、さぁ――聞かせてごらん?』」

マミ「……」 スゥ… ハァ…



マミ「私は――生きたい。生きて、その命を正しいことに使いたい」



QB「……」

マミ「……キュウべえ?」

QB「あぁ、うん。『――契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した』」

QB「――と、ここでソウルジェムを取り出す。交わすべき言葉はこれで全てだ」

マミ「そう……」

358: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/26(日) 21:08:48.46 ID:tU4ywx07o

   シュイーン

マミ「……」

マミ「……」 ギュッ…

マミ「ありがとう、キュウべえ」

QB「……。やっぱり、わからないよ。こんなことに意味があるとは思えない」

マミ「これはね、キュウべえ。誓いなの」

QB「誓い?」

マミ「ええ。これで私は、私自身の意思で、正式に魔法少女になった」

マミ「だからあなたは負い目なんて感じなくていい。戦わなくていいなんて、もう言わせない」

QB「……」

QB「なるほど……」

マミ「とにかく、そういうことだから。これからよろしくね、キュウべえ!」

QB「ああ、よろしく」






370: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:40:12.44 ID:Hyl84B0Mo



   Lesson 5. 休息はしっかり取ろう



371: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:41:31.08 ID:Hyl84B0Mo



   だけれど、現実は厳しかった。

   正しく生きること。
   その困難さは、当時小学生だった私の想像をはるかに上回っていた。

   友達に嘘の言い訳をした。
   私的なことに魔法を使った。
   酷い怪我を何度も負った。

   助けた人から、逆に奇異の視線を向けられたり、罵倒されたりした。
   おばさまたちが雇ってくれたお手伝いさんに八つ当たりをした。
   魔女退治を言い訳に宿題をさぼった。

   助けられたはずの人を助けられなかった。
   仲間のはずの魔法少女と傷付け合った。
   守るべき範囲を狭めて、その外のことは切り捨てた。

   数え上げたらきりがない。
   呆れるぐらいたくさんの挫折と後悔を味わいながら、
   自分は “アルティ” にはなれないのだと何度も思い知らされながら、
   それでも挫けることなく今まで戦い抜くことができたのは、

   ――やはり、あの子のおかげなんだと思う。



372: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:42:22.55 ID:Hyl84B0Mo

   ◆

マミ「……ん……」

   六日目は、退院と各種の手続きと、半日がかりの帰宅で終わった。
   そして今は、七日目の朝。
   私は、一週間ぶりに自分の部屋の自分のベッドの上で、目を覚ました。

マミ「……」

   かすかな違和感があった。
   だけど何がおかしいのかは分からない。
   半分寝ぼけたまま、自動的に部屋を出て、廊下を歩き、リビングへと足を踏み入れた。

   私は、朝が弱い。
   起きてから脳が活性化するまでにかなりの時間を必要とするのだ。
   だから、

マミ「……おはよぉ……」

   何も考えず、習慣のままに。
   挨拶が口を突いて出た。

マミ「……?」

   違和感が増す。
   そして気付く。その正体に。

373: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:43:23.82 ID:Hyl84B0Mo

   静けさ。

   誰もいないことによる無音。挨拶への返事も聞こえてこない。

   当り前だ。
   この家にはもう、父も母もいないのだから。
   二度と帰ってくることはないのだから。

マミ「……――!」

   目が覚めた。

   ここ一週間に起こった非日常に押されて、意識の隅に追いやられていた事実が、
   急速に実感を伴って胸いっぱいに広がった。
   喉の奥から、込み上げてきて、止まらない。

マミ「――ひぅっ」

マミ「う」

マミ「ぅあ、あ」

マミ「あ、あぁ、あぁぁぁ」

マミ「あぁ――ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

374: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:44:12.74 ID:Hyl84B0Mo

   泣いた。

   この一週間で、私はもう、何度も泣いていた。
   だけど心から、本当に泣いたのは、これが初めてなのだと思う。

マミ「ああああああああっ!! ああああっ!!」

マミ「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

   膝を折り、拳を床にこすりつけて、涙と鼻水をぼたぼたとこぼして。
   泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。

マミ「うあああっ! おどうざん!! おがあざぁぁん!! うああああああああああ!!」

   パジャマの胸元を握りしめ、愛しい人たちを求めて叫ぶ。
   だけど、いない。
   何も感じ取れない。
   ここにあるはずの、あの事故と契約によって取り込まれたという、彼らの運命の残滓。
   それを感じ取ることができない。

   からっぽだった。

   身体の中から、何もかもが、根こそぎなくなってしまったようだった。

   がらんどうな私の中に、悲しみだけが満ちていた。



375: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:45:03.47 ID:Hyl84B0Mo

   この日が休日だったのは幸いだった。
   休日のドライブからちょうど一週間後だったのだから、当然といえば当然だったけど。

   お昼のちょっと手前ぐらいに、涙はようやく止まってくれた。

マミ「……」

マミ「……うぅ……」

マミ「ぐすっ……」

マミ「……」

マミ「……」

マミ「……」









   「落ち着いたかい?」

376: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:45:59.08 ID:Hyl84B0Mo

マミ「――!?」 ビクッ

QB「やぁ、マミ」

マミ「キュウ、べえ……?」

QB「うん、僕だよ。ところで落ち着いたのなら早速で悪いんだけど――」

マミ「キュウべえ! キュウべえぇっ!!」

   ギュウッ!!

QB「きゅいっ!?」

マミ「キュウべえっ! わたし、わたしぃ……!」

QB「マ、マミ……くるし……」

マミ「うわあああああああああああああん!!」

QB「――――……」



377: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:46:50.45 ID:Hyl84B0Mo



QB「やれやれ、潰されるかと思ったよ」

マミ「ご、ごめんなさい……」

QB「いいや、いいよ。こうして無事だったわけだし」

マミ「……」

QB「それに、来るタイミングを間違えちゃった僕にも落ち度はあるわけだし」

マミ「……そんなこと」

マミ「……私は、嬉しかったわ。あなたが来てくれて、本当に嬉しかった」

QB「……。そうかい」

マミ「うん」

QB「まぁ、君がいいというのなら、それでいいさ」

QB「ところで、気分は落ち着いたようだけど、体調の方は問題ないかい?」

マミ「え? あ、うん。別に――」

   グゥ~……

378: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:47:46.17 ID:Hyl84B0Mo

マミ「あ……」

QB「……」

マミ「……っ!」 カァァァッ!!

QB「お腹がすいているのかい?」

マミ「そ、そんなこと……!」

   グゥ~……キュルル

マミ「……~~~~ッ!!」

QB「恥ずかしがることじゃないさ」

マミ「うぅ……」

QB「見たところ、朝食もまだなんだろう? 待っているから先に済ませてしまうといい。
   僕の方はそう急ぐ用事でもないからね」

マミ「……」

マミ「……」 チラッ

QB「うん? なんだい?」

379: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:48:38.69 ID:Hyl84B0Mo

マミ「その……キュウべえはもう、朝ごはん、食べちゃった……?」

QB「……」

QB「いいや。ちょうど食べ損ねたところさ」

マミ「ほ、ほんとに?」

QB「嘘なんかつかないよ」

マミ「だったら……だったら、もしよかったらなんだけど、キュウべえも一緒に、食べない?」

QB「……。そうだね、それじゃあご馳走になろうかな」

マミ「……!」 パアァァッ!!

マミ「ありがとう! すぐに準備するわ!」 スタタタタッ

QB「……」

QB「どうしてこっちがお礼を言われるんだろう?」



380: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:49:59.58 ID:Hyl84B0Mo



マミ「ごちそうさま」

QB「ごちそうさま」

マミ「ふふっ、お粗末さまでした」

QB「美味しかったよ。マミは料理が上手なんだね」

マミ「そ、そうかな……。だったら、ねえ、食後のお茶もいかがかしら?」

QB「いいね。いただくよ」

マミ「ありがとっ。じゃ、お湯沸かすからちょっと待っててねっ」

QB「うん」

QB「……。やっぱり、こちらがお礼を言われる理由がわからないな」



381: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:51:20.44 ID:Hyl84B0Mo



マミ「……こうやって、少し蒸らすのがコツなの」

QB「ふぅん」

マミ「さん、にぃ、いち……――よしっ」

   コポコポコポ…

マミ「さ、召し上がれ」

QB「いただきます」

QB「……」

マミ「……」

QB「……うん。おいしいよ」

マミ「ほんとう?」

QB「だから、嘘なんか言わないさ。これだけ本格的なものを飲んだのは久しぶりだよ」

マミ「そう。よかった。これはね、おかぁ――さん、に…………」

マミ「……」

マミ「……お母さんに、教えてもらったの」

382: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:52:23.84 ID:Hyl84B0Mo

マミ「……」 グスッ

QB「……」

マミ「……ごめんなさい。大丈夫だから」

QB「そうかい」

マミ「うん……」 ゴシゴシ

マミ「それでその、えっと……何か、用事があって来たのよね?」

QB「ああ。少し……いや、かなり、かな。残念な報告がある」

マミ「……なに?」

QB「昨日の去り際に交わした約束を、果たせなくなった」

マミ「え? えっと……この街の魔法少女を紹介してくれるって、あれのこと?」

QB「ああ、それだ」

マミ「……何かあったの?」

QB「彼女は死んだよ」

383: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:53:48.65 ID:Hyl84B0Mo

マミ「へ……」

QB「今日の未明だ。魔女と相討ちになった」

QB「三体の魔女を道連れに、自爆した」

QB「彼女のもとで魔法の練習をしながら、という話は、無理になってしまったよ」

マミ「そ、そんな……」

QB「この街には霊脈――魔女の通り道のようなものだけど、それがいくつかあってね。
   その一部がここ数日で活性化して、通常より多くの魔女が出現していたんだ。
   彼女はそれに対処しきれなくなった」

QB「幸い、今はもう落ち着いているけど、魔女はまだいくらか残ってる」

QB「はっきり言って、新人の君にはかなり厳しい状況だ。
   近くの街に応援を呼び掛けてはいるけど、来てくれる保証はない」

QB「……どうする?」

マミ「ど、どうする、って……」

QB「……」

マミ「……」

384: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:55:06.35 ID:Hyl84B0Mo

マミ「ええと…………その、人は、どんな人だったの?」

QB「……」

QB「とても無口な子だった」

QB「カメラが好きで、口を開く代わりにシャッターを切るような子だった」

QB「彼女の部屋の壁にはこの街の風景写真が何枚も貼られている」

QB「中には僕を撮ろうとして失敗したものもある。僕は写真には写らないからね」

QB「失敗作をなぜ貼るのかと聞いてみたけど……明確な答えは得られなかったな」

QB「人間のやることはわからないよ」

マミ「……」

QB「それ以外には、特筆すべき点はないね。魔法少女としては平均的だった」

マミ「……仲、悪かったの?」

QB「どうだろうね。何しろ本当に喋らない子だったから。
   彼女が僕のことをどう思っていたのかは、今となってはもう、確かめようもない」

マミ「キュウべえは、悲しくは、ないの? その人が死んで」

QB「……。そう、見えるかい?」

マミ「……ごめんなさい」

385: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:56:00.88 ID:Hyl84B0Mo

QB「謝ることはないさ」

QB「ただ、そうだなぁ……僕のことは知らないけど、この街のことは好きだと言っていたよ」

マミ「……守ろうと、していた?」

QB「きっとね」

マミ「……」

   ギュッ…



マミ「――じゃあ、私が後を継ぐ」



QB「……。いいんだね?」

マミ「ええ。どこまでできるかわからないけど、決めたんだもの」

QB「わかった。僕もできる限りサポートするよ」

マミ「……ありがとう、キュウべえ」



386: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:56:47.82 ID:Hyl84B0Mo

   ◆

   キュウべえ。
   私の愛しいあの子。

   たまにちょっぴりイジワルで、デリカシーの足りないところもあったけど、
   それでも彼は、私の大切なお友だちで、
   恩人で、仲間で、家族で、パートナーだった。

   あの子がそばにいてくれたから、私は今日まで戦い抜くことができたんだ。

   だから、

























   だから私は、あの女を許さない。

387: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/06/29(水) 23:57:34.52 ID:Hyl84B0Mo

   黒い魔法少女。

   暁美ほむら。



   あの女だけは、絶対に許さない。






400: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/07/05(火) 20:44:37.31 ID:sCoB9TV+o



マミ「~~♪」

   シャッシャ シャッシャ
   ブォォォォー…

   ――クルリンッ

マミ「うん、今日もばっちり」

マミ「それじゃあ、キュウべえ。行ってき――あら?」

QB「……」

マミ「キュウべえ? この寒いのに、ベランダなんかで何をしているの?」

QB「……。マミ」

マミ「う、うん。なぁに?」

QB「今日、学校が終わったら、パトロールの前に少し話がある」

マミ「なに? どうしたの?」

QB「霊脈が開いた」



QB「この街に、ワルプルギスの夜が来る」


次回 マミ「今日も紅茶が美味しいわ」 後編