1: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:50:16 ID:2DB


浅利七海が海を避けるようになった。

きっかけは単純だ。

船上での仕事の途中、誤って海に落ち、カナヅチゆえに溺れ、それがトラウマとなった。

幸い俺が近くに控えていたため、すぐさま飛び込み助け出すことはできたが、当時は少々波が荒く、ほんの2、3分足らずの間とはいえ、幼い少女の心に恐怖を刻み込むには十分過ぎる経験となった。


引用元: 【デレマスSS】P「浅利七海が海を避けるようになった」前川みく「マジか」 



3: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:51:26 ID:2DB

七海「え、えーっと…。そ…そのお仕事はちょっと…」

今日も、ちひろさんが手にした書類の束を見上げ、七海は口ごもる。

千川ちひろ「気持ちはわかりますが、いつまでも海の近くのお仕事を避けていたら…」

七海「は、はい…わかっては…いるのれす…」

…いつまでもひきずってはいられないって。

そう俺以外には聞こえないほどの声で呟き、うつむく。

七海「…………」

七海が海に怯えるようになって、少しずつ、だが確実に仕事は減っていた。

もともとお魚アイドルとして売り出していたのだ。

いくら魚好きである事に変わりはないといえ、いつまでも海辺での仕事を避けていては、選べる仕事は限られてくるし、ともすれば本来ならスポンサーが七海を想定していたようなイベントですらも他のライバルたちに出し抜かれ、奪い取られてしまう。

彼女のアイドルとしての活躍の機会は確実に失われる。

七海「わかっては…いるのれす…」

もう…


4: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:51:43 ID:2DB

※ ※ ※ ※ ※


このままではいけない。

そういった焦りはある。

しかしそれからも彼女はトラウマを払拭することができないまま、活動続けることとなった。

期間にして数週間か、数か月か。

海には近づかず、しかしそれ以外は普段と変わらない。お魚大好きなアイドル浅利七海の、明るく楽しいお仕事。

天真爛漫で、時々陰と毒の見え隠れする無垢なアイドル浅利七海。

果てなき海のような。底なしの海のような。魅力と可能性のアイドル浅利七海。

俺は常に彼女の近くで見守り、励まし、できる限りの仕事を共にした。


5: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:52:01 ID:2DB

※ ※ ※ ※ ※


七海「お祭りに行きましょう~!」

ある夏の日、地方の仕事の合間に七海は元気良く、そう切り出した。

旅館の女将さんに聞くところ、今夜は近くの山間で大きなお祭りがあるらしい。

片田舎にしては多くの観光客や地元の人々が集まり、毎年かなり賑わうそうだ。

七海「いいでしょ~?? ね?? ね??」

と、お風呂上がり、浴衣をラフに着こなす七海が、テーブルの俺に上目遣い。

……………。

俺に彼女のおねだりを断れるわけなどなかった。


6: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:53:41 ID:uZD
※ ※ ※ ※ ※
 
 
七海「ふむぐぐぐふむぐむ。むむむみみまむむむむむ!」
 
綿あめを咥えたまま金魚すくいに挑むのは、さすがの七海でも無理があるのではなかろうか。
 
何言ってるのか分かんねーし。
 
七海「むーむむむっむ。むいっ!」
 
しかもさっき無理やり掻き込んだイカ焼きもまだ口の中に残っているんじゃ…??
 
などと俺がツッコむ暇すらなく、七海は鮮やかに数匹の金魚をポイで掬い上げ、白い器に飛び込ませていく。
 
七海「むむむむ。むむむむ~♪」
 
満面の笑顔を俺に向け、得意げに話しかける。
 
今のは何となく分かった。まだまだいくれすよ~、ってとこか。
 
七海の乱獲は続く。
 
俺はすぐ近くで、しかし気持ちは遠巻きに彼女を見つめ、ため息をついた。
 
屋台のおじさんはどこか青ざめていた。
 
 

7: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:54:24 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※
 
 
はぐれたな…。
 
射的とかき氷と焼きモロコシの屋台を経て、中央の盆踊りの会場でも見に行こうかと誘おうとした矢先、激しく人ごみに揉まれ、七海の姿を見失った。
 
行きかう無数の脚。飛び散る小石と砂利。距離感を狂わせる祭囃子。
 
俺は眉をひそめ、七海の姿を探す。
 
しかし、人が多く、視界が悪く…見つからない。
 
息苦しい。そしてなぜだかとても不安になる。
 
もしかしたらこのままもう二度と七海とは会えないのではないか。会えなくなるのではないか。
 
彼女に忘れ去られてしまうのではなかろうか。
 
そんな何の根拠もない、脈絡ない、子どもじみた不安。
 
雑踏の中、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。

8: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:55:13 ID:uZD
……………。
 
正直これは、自分の立場や彼女の知名度の都合上、望ましくはないのだが…。
 
……………。
 
やむを得ず俺は息を吸い込み、彼女の名前を大声で…
 
七海「見つけたれすっ!!」
 
呼ぼうとした矢先、その青い波が視界に飛び込んできた。
 
七海「こんなところに…! こんなところにっ…!」
 
どこか怯えた様子の浅利七海。
 
うるませていた涙の塊が、一気に決壊し、彼女の頬を濡らす。
 
七海「もう…もう…二度と見つけられないかと…思ったのれす…!」
 

9: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:55:52 ID:uZD

彼女の…なぜか変わらず潮の香りがする…髪に顔をうずめ、俺は強く目を閉じた。
 
俺もだよ。
 
その言葉を呑み込み
 
震える彼女を感じながら
 
ただ思いを新たにする。
 
彼女を
 
浅利七海を支えたい。
 
 

10: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:57:09 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※

 
七海「海の歌…オーディション??」
 
そして七海にチャンスが巡ってきた。
 
ちひろ「ええ。今度有名なビーチで、その夏のイメージキャラクター兼アミューズメントパークのCM出演アイドルを選出する公開オーディションが開催されるんです!
会場の広さも、イベントの規模も、本当に大きくて…しかも七海ちゃんにかなりのアドバンテージがあると思いませんか?? このテーマ!」
 
そう。確かに。普段の…かつての七海だったらそうだっただろう。
 
七海「海の…歌…」
 
ちひろ「グランプリに選ばれたらCM出演だけでなく、楽曲の提供まで受けられるそうで…。
これは七海ちゃんが躍進するための、またとないチャンスだと思うんです」
 
七海「…………」
 
七海「海……」
 
ちひろ「言いたいことや気持ちは分かります。でもこれは…」

11: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:57:43 ID:uZD
 
七海「はい。わかっているれす。わかって…います…」
 
ちひろ「…………」
 
七海「まだやれるかは分からないれすけど…。
ううん。がんばるのれ…きっとがんばるのれ…エントリーをお願いするの…れすよ」
 
ちひろ「七海ちゃん…!」
 
これは七海にとっての一つの試練であり、もしかしたら最後のチャンスになるかもしれない。
 
俺は胸の中でそう呟き、大きく息を吸い込む。
 
そう、俺が七海をトップアイドルに導いてやれる最後のチャンスになるかもしれない。
 
七海「P……」
 
今日も変わらず七海の髪からは潮の香りがした。
 
 

12: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:58:16 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※
 
 
七海「七海に…できるのれしょうか…」
 
髪をほどき、外した黒のゴムとイルカのヘアピンをシャワーの下に、そっと置く。
 
蛇口を捻り、熱い湯を頭から浴びながら、自問する。
 
七海「七海に…アイドルなんてやっていけるのれしょうか…」
 
閉じた瞼の上を細かい水しぶきが叩き、しばし、そのまま身を任せる。
 
七海「海…オーディション…」
 
自分のために。あの人のために。
 
……………。
 
ゆっくりと目を開く。
 
水滴がそのまま眼に入ってくるが…
 
もう気にならなくなっていた。
 
七海「七海は…やってみるれすよ」
 
 

13: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)03:59:26 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※
 
 
司会『以上、エントリーナンバー5番。桜井夢子さんで、ANNIVERSARYでした~!
続いてはエントリーナンバー6番!』
 
 
七海「七海の番は…次の…次…れすか…」
 
オーディション当日はあっという間にやってきた。
 
海辺に設営された大掛かりなオーディション会場。舞台。
 
その隣。簡易の控室で七海は膝を抱えていた。
 
七海「大丈夫…大丈夫…こわくない…こわくない。
七海はやれる…七海はひとりでもやれるれす…舞台で…歌えるれす…」
 

14: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:00:15 ID:uZD

震えが止まらない。
 
大舞台の緊張と。ぬぐい切れない恐怖。
 
強く膝を抱きしめながらも震えを隠せない彼女、浅利七海を、俺は見下ろし、ただ見つめていた。
 
七海「だいじょうぶ…だいじょうぶ…」
 
この試練は彼女自身で乗り越えなければならない。
 
逃げ続けていても決して解決はしない。成長もできない。
 
だから俺は見守り…そして最低限の激励を。
 
P「…七海ならできる。きっとやれるよ。
それに一人じゃない。ちひろさんも、俺も、陰で支えてる。
見守っている。応援している。ずっと。いつも。いつでも!いつまでも!」
 

15: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:01:12 ID:uZD
 
はっと七海が顔を上げ、何か信じられないものでも見るかのように俺を見つめ、そして

 
七海「…………」
 
微笑んだ。
 
七海「そうれすね。本当に…ずっとそこで見守ってくれていたのれすね。ずっと応援していてくれたのれすね。
七海のことを。お魚と…海を大好きな…七海のことを」
 
そう言うと七海は…ゆっくりと立ち上がり、衣装のスカートをパタパタと叩いた。
 
七海「よし! それじゃあ一曲ぶちかましてくるのれすよ~!」
 
そいや!と拳を突き上げ、気炎を上げる。

16: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:01:51 ID:uZD

七海「七海オリジナル、ソーラン節風おさかな天国スペシャル!
会場一帯を海色に染め上げるれすよ~!」
 
何それ、めっちゃ聴きたい。
 
いや、アドリブやめーや。
 
七海「今日はちひろさんが用意してくれたSSRなスペシャル衣装なのれす~」
 
メタいメタい。
 
七海「だから君は…Pが買ってくれたイルカのヘアピンさんはお休みなのれす~。
毎日…お風呂の中まで持って入ってるのれ、ちょっと錆び錆びれすしね~」
 
……………。
 

17: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:02:37 ID:uZD

七海「Pが救ってくれたこの命で、七海は…遺志を継ぐのれすよ」
 
……………。
 
強い意志を込めたまなざしで、七海はテーブルの俺を見つめ、微笑む。
 
七海「今までありがとうございました」
 
司会『以上、エントリーナンバー6番。秋月涼さんでApproach Runでした~!
続いてはエントリーナンバー7番!』
 
七海「いってきますっ!」
 
司会『おさかなアイドル、浅利七海さんですっ!』
 

18: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:03:21 ID:uZD
※ ※ ※ ※ ※
 
 
……………。
 
二次災害。素人のレスキューほど危険なものはそうそうない。
 
いくら必死だったとはいえ、着衣で無茶するもんじゃねーな。
 
……………。
 
けど、後悔はないよ。
 
七海がアイドルとして活躍し続けてくれれば、それが本望だ。
 
思い残すことはない。
 
本当に。
 
こちらこそ、今までありがとう。
 
七海。
 
浅利七海。
 
行ってこい。
 
てっぺんまで。
 
……………。
 
七海の香りで満たされた控室。

ぽつんと残されたテーブルの上。
 
そこで俺はそっと目を閉じた。
 

19: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:03:49 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※
 
 
 
 
さようなら。
 
 
 
 
※ ※ ※ ※ ※
 
 
 

20: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:04:30 ID:uZD

 
P「…っていう夢を見たんだけど」
 
前川みく「夢オチかいっっっっ!」
 
七海「みくさん。口調口調、れす~♪」
 
みく「最後まで聞いといてなんだけど、夢オチかいっっっっ!」

P「寝る前に七海のヘアピンになりたいってツイートしたせいかもしれない」

みく「怖っ! 欲望を吐露するbotみたいにゃ!」
 
七海「めでたしめでたし、れすね~」
 
P「ね~??」
 
みく「ね~??じゃないにゃっ!」
 
七海「にゃっ!」
 
P「かわいい」
 
みく「なぜそっちを見て言うにゃ! こっち! 本家はこっち!」

21: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:05:20 ID:uZD

P「ちなみに、みくがライバルで登場する展開も用意されてたみたいなんだけど、シリアス度がゼロになりそうなので却下された。夢の中の由愛監督に」
 
みく「なんでにゃっ!」
 
七海「にゃっ!」
 
P「かわいい」
 
みく「みくのアイデンティティがクライシスにゃっ!」
 
七海「にゃっ!」
 
P「かわ」
 
みく「もうええわっ!」
 
七海「みくさん。口調口調、れす~♪」
 
P「かわいい」

みく「確かにかわいいけどっ! にゃあ!」
 
 

22: 名無しさん@おーぷん 2018/08/16(木)04:06:04 ID:uZD

※ ※ ※ ※ ※
 
 
七海「けど、真面目な話~」
 
P「うん??」
 
七海「何があっても…七海を置いて行っちゃらめなのれすよ~??」
 
P「…………」
 
P「………おう」
 
七海「置いていかれたら、七海、後を追ってしまうかもしれないのれす~」
 
P「重い重い」
 
七海「けど意外と三日くらいで忘れちゃったり~??」
 
P「ドライドライ」
 
七海「まぁ、実際はきっと年一で3回忌くらいまでは思い出すのれす~」
 
P「妙にリアル! 怖い!」
 
七海「それが嫌なら~??」
 
P「うん?」
 
七海「これからもずっとずっと…よろしくれすっ♪」
 
 
 
おしまい。