1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:18:09.81 ID:IClwZiHj0
さて、一年ももう残すところ後わずかとなった十二月某日。
職員室前に貼られた「廊下は走るな」の標語も師走のこの時期には、なるほど気の利いた冗談だなどと冷たい手を擦り合わせながら感慨に耽ってしまいそうになっていたのはつい先日まで。
クリスマスおめでとうテストなどというありがた迷惑な儀式も終了し、俺達高校生も晴れて冬休み突入と相成った。晴れてとは言ったものの低気圧様が冷たい空気を伴って日本列島上空を漂っているのにはどうか目を瞑って貰いたい。
年末にかけて荒れ狂う予報とはうってかわって俺の心は近年稀に見る開放感でいっぱいなんだ。
部屋で一日中ゴロ寝していようがエアコンの効いたリビングでパジャマのままテレビを流し見していても誰にも何も言われないとか、最早気分は南国である。ちょっとしたリゾートだ。冬なのに。
今日ばかりはいつもうだつの上がらない親父様に感謝しちまうね。
勤続何年だったか忘れたが、なんかそんなので会社からペア温泉宿泊券だかを貰ってきた時の「さあ、俺を褒めろ」的なしたり顔こそ見るに耐えないものではあったが。
そんな訳で今朝から両親は妹を引き連れて年越し温泉旅行に行っちまっている。俺? 察して貰えば余り有るだろうが、なんでこの年になって両親と旅行に行かねばならんのかとつまりはそういう事だ。

「やばいな……今なら新世界の神とやらにもなれそうな気がするぜ」

いささかオーバーかも分からないが、しかし年末という事もあってSOS団関連の呼び出しも無いと来てみれば、果たしてここ一年半これ程までに何にも束縛されない時間が俺に与えられた事が有っただろうか。
いや、無い。
1.5リットルのペットボトルコーラとポテトチップス、それに昨日ミスドで買った山の様なフレンチクルーラetcetcが俺の目の前、リビングの低いテーブルに整然と並べられている。
これが極楽か。天国か。
どうやら人間は神様なんぞに縋らなくても自分で天国を作り上げちまえるらしい。……ハルヒ形無しだな。

「この世で神様が創ったものなんてのは整数とフレンチクルーラだけだよなあ」

何を隠すでもなくミスド信者な俺である。勿論、ポイントカードだって持ってるぜ?
さてさて。そうは言ってもたった三日である。神様とやらが世界を創るのにも一週間(流石に日曜は休んだけどな)掛かった事を考えると決して長い訳ではない。
日ごろ積もり積もった鬱憤を晴らすにはただじっとしているだけともいかないのである。ああ、悲しきエコノミックアニマルよ。
とりあえず、一人で家に篭っていてもつまらないと判断した俺はここで誰か気心の置けない相手を巻き込む事とする。
谷口か国木田辺りが捕まらないだろうか。……少し話が急すぎるかも知れんが、国木田はともかく谷口なら捕まるだろ。
アイツはそういうキャラだし。

「今から? それはちょっと無理だよ、キョン。だって僕、今、父の実家に向かう電車の中だからね。ごめんよ」

「はあ? 何、言ってやがるんだよ、キョン。お前と違って俺は忙しいんだ。あん? デートだよ、デート! 駅前ですっげー綺麗なお姉さんをゲットしたんだ。うらやましいか? いや、妄想でも幻覚でもねえっつの!」

ああ、新学期初日に谷口がどんな沈んだ顔をしているのかが今から楽しみでしょうがない。
相手の「お姉さん」とやらにとっては只の暇潰しでしかないに来年のお年玉を全額賭ける事も辞さない俺だった。
しかし、こうなってしまうとせっかくの休みもなんとも味気ない。国木田と谷口しか友人がいないと思われるのも癪だ。
誰に対して癪なのかはこの際脇に置いておくとしても……とは言え、他に誰を誘おうかと思案して出て来る選択肢は数少ない。
佐々木……いや、アイツが友人なのは間違いないが、それにしたって俺一人しか居ない家に異性を呼び込むのは流石に気が引ける。
そもそも、アイツの場合は予定が空いていそうにないしな。
ならばハルヒか? それこそ本末転倒な選択肢だろう。日ごろの横暴、暴虐、虐待からの一抹の清涼剤であるこの休みになぜにその元凶を呼び込まねばならんのか。
大体、アイツだって異性には違いない。同様の理由で朝比奈さん、長門も却下だな。複数人を呼べば男女云々そんな心配とも無縁なのだろうが、大勢で騒ぎ立てる気分でもないのだ。
となると……選択肢ってヤツは大概は消去法で選ぶものなのかも知れん。

「よお、古泉。今、暇か?」

「おや、貴方から電話とは珍しいですね。明日は雪でも降るのでしょうか?」

「俺に聞くな。お天気お姉さんがその方面は詳しいだろうよ」

「ふふっ。そうですね。後で天気予報でも見る事にしましょう。それで、今日はどうかなさいましたか?」

まあ、たまには古泉と差しでダベるなんてのも良いかもなどと、この時の俺はなんとはなしにそんな事を思っていた。

引用元: キョン「戯言だけどな」 



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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:19:27.94 ID:IClwZiHj0
「どうも。お招き預かりまして光栄の至りです」

三十分程してやってきた古泉は玄関口で黒コートを脱ぎながら俺に笑いかけた。その両手にはコンビニで調達してきたものだろう、ビニール袋がぶら下がっている。

「悪いな、突然で」

「いいえ、滅相も有りません。貴方の要望で有ればそれは全てにおいて優先させて良いと、そう機関からも言われていますし」

「あんまり堅くなんなよ。只の暇潰しで呼んだだけだぜ?」

俺がそう言うと、古泉はいつもの顔で微笑んだ。畳んだコートを小脇に抱えて逆側の手に握っていたビニール袋を差し出す。

「構いませんよ。僕も年末年始は機関に行動を縛られっぱなしになる所でしたから。良い息抜きと、そう思わせて頂いても?」

「お前も大変だな。ああ、コートはその辺に掛けておいてくれ」

言いながら受け取った、袋の持ち手は思いの外ずっしりと俺の手のひらに食い込んだ。何が入っているのかと中を覗けば、未成年では購入出来ない筈の品々がこんにちは。

「アルコールは確かお嫌いではありませんでしたよね?」

超能力少年の笑顔に胡散臭さを拭えない俺がそこにいた。

「いや、嫌いじゃないが取り立てて好きでもないぞ?」

靴を脱ぐ古泉にスリッパを出しつつ、そう言ってみる。もしかして、コイツが呑みたいだけなんじゃないかとそう思わないでもない。

「そう言わないで下さい。折角買ってきたのですから。それに年の暮れ、明けには日本人ならお酒を嗜むものでしょう。厄払いだと、そう思って頂けませんか?」

「の割に袋の中身はビールとカクテルとしか俺の目には見えないんだけどな」

「日本酒がご希望でしたら届けさせますが?」

「そういう事を言ってるんじゃねえっつの」

古泉を先導するようにリビングへと向かう。俺に続いてドアを潜った古泉が後ろから声を掛けてきた。

「貴方とは趣味が合いそうに有りませんね」

聞こえる溜息。首だけで振り向くと超能力者は苦笑いを浮かべていた。

「いきなりなんだよ」

「ミスタードーナツと言えばゴールデンチョコレート一択だと、僕は思っていました」

ああ、そいつは分かり合えそうに無い。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:20:14.40 ID:IClwZiHj0
「悪いな。フレンチクルーラこそ人類の至宝と教えられて育ったんだよ、俺は」

我が家では朝食にミスドが並ぶ事が極稀に有るが、その時は例外無くフレンチクルーラが八個用意されて一人二個と宣告されるハウスルールが設けられている。
このサクサク感を出すまでにどれだけの苦労が有ったのか、それを考えたならばフレンチクルーラ以外を選ぶのは最早ミスドへの冒涜と言えないだろうか?

「分かっていませんね。ゴルチョコ……失礼、ゴールデンチョコレートに辿り着くまでの歴史をご存知であればこのような愚かしい選択は有り得なかったと言うのに。無知とは、これは罪でしかないという事でしょうか」

古泉は首を振る。俺たちが互いに譲り合えない信念を持ち併せている事はその悲痛な物言いから理解出来た。そして、もう一つ理解出来た事が有る。

「古泉、ミスドのポイントカードは好きか?」

「僕の財布には二枚しかカードは入っていません。クレジットカードと……そしてミスタードーナツのポイントカードです」

すっ、と古泉が手を差し出す。俺はそれを無言で握り締めた。
ミスドを慕う男がここに二人居る。男が甘党で何が悪い。俺たちの間に言葉は、要らなかった。

「ところで、今日はどういった風の吹き回しですか?」

古泉がテーブル上のゴールデンチョコレートに手を伸ばしながら聞いてくる。どういった……? いや、質問の対象が曖昧で抽象的だな。返答に困る。

「いえ、平生(ヘイゼイ)であれば僕が、それも一人で貴方の家に招かれる事など無いような気がしましてね。ちょっとした好奇心です。お気を悪くなさらないで下さい」

「気紛れだよ、気紛れ」

「そうですか。ふむ、深い追求は止すべきでしょうね。折角のアルコールが不味くなっては興醒めですし。それに僕としてはこのように暇潰しの相手に選んで頂けた事は嬉しいのですよ。例えそれが、国木田君、谷口君に次ぐ優先順位であったとしても……ええ」

うげ。なんでコイツ、そんな事を知っていやがる。盗聴か? 盗聴してやがったのか?

「機関ってヤツはどこにでも居る一介の男子高校生の電話の中身を詮索するのが仕事なのか? 羨ましいこったな」

「そう、皮肉を仰らないで下さい」

「誰だって自分にプライバシーが無い事を知ったら皮肉の一つだって言いたくなるっつーの。トゥルーマンショウじゃねえんだぞ?」

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:21:46.27 ID:IClwZiHj0
釈然としない胸の内をフレンチクルーラにぶつけ、スクリュードライバで飲み下す。それでも消えないモヤモヤを視線に乗せて古泉を睨み付けると、少年は「申し訳ありません」と頭を下げた。

「しかし、それでも貴方にはその事実を許容して頂かなければなりません。貴方はどこにでも居る一介の男子高校生などでは、間違ってもないのですから」

「だから、その認識が間違ってんだよ」

「間違っているのは僕ら、ですか。かも知れませんね。もしくはこの世界の在り方か。ああ、僕らは何と言われても構いませんが」

古泉は手の中のローズなんとかってカクテルをわずかに口にして唇を湿らせて、そして言った。

「それでも、涼宮さんだけは否定しないであげて下さい。僕からの、お願いです」

「分かってるさ」

ああ、そんな事は言われなくても。
ハルヒによって創られた破天荒な俺の世界。不可思議な日常。
そういうのを受け入れて、俺は去年の冬こっちの世界へと帰ってきたんだから。
だから、俺に文句を言う筋合いは無い。だったらこれは、そう。きっとアルコールのせいで古泉に絡んでいるだけなのだろう。
どうやらそういう「愚痴を聞く」のも古泉の仕事の一部らしいから俺が罪悪感を抱く必要も無いし、それにこれくらいは言ってやってもバチは当たらないだろう。
ヒーローだっていつもヒーローではないしな。舞台裏では愚痴の一つも零しているに決まってる。俺なんざヒーローでもなんでもないからそこに輪を掛けてってな具合。

「愚痴ならお前が引き受けてくれるんだろ、古泉?」

「勿論、喜んで」

「そうと決まれば今日は溜まりに溜まったハルヒへのやり切れないあれやこれやをぶつけてやるよ。覚悟しとけ」

スクリュードライバの残りを煽る。アルミ缶越しに見えた少年は苦笑していた。

「どうかお手柔らかに」

俺の扱いがもう少し柔らかくならない限り、そいつは無理な相談だぜ、超能力者?

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:22:53.31 ID:IClwZiHj0
深夜。古泉を送り出した後。日中だらだらと食べ物を口にしていたせいで、変な時間に腹が減って起きてしまった。携帯を開けば時刻はAM二時。こんな時間ではどこの店もやってはいまい。
空腹をやり過ごして寝てしまおうかとも思ったが、しかし今日ばかりは何も我慢するべきではないと俺の中の誰かが囁きやがる。悪魔とかそんなんかね?
まあ、何でもいいさ。どうせ、着の身着のままで寝ちまったんだ。外出に際して着替える必要も無い。コート一枚羽織れば俺@コンビニ突撃仕様の出来上がりだったしな。
おっと、財布財布……はコートのポケットに入れっぱなしか。寒いし、おでんかカップ麺だな。あったかい食物を胃が欲してぐるぐると唸りをあげていやがるぜ。
コンビニに置いてある食い物その他を頭の中で物色しながら玄関を出、最初の十字路を右に曲がり……

街灯の下に、ソイツは居た。
まるで、舞台劇でライトアップされた役者のような、しかしどこにでも居そうな取り立てて特徴の無い、しかししかしソイツが纏っている雰囲気だけは役者、それも主演役者のような。
視界に浮かび上がって見えるとでも表現すればいいのだろうか。俺にはちょっとその男を形容する言葉が出て来ない。
それでも。
それでもあえて足りない語彙で表現するとしたら。
位置外。
そこに居てはならない。
世界にそんな人間が存在していてはいけない。
なぜか、そんな感情をこちらに抱かせる、ソイツはそんな男だった。

ソイツをこちらを真っ直ぐに見つめ、そして右手を上げる。

「やあ」

さて、ここで俺から質問だがもしもアンタが深夜二時、閑静な住宅街の、他に人気の無い道で知らない人に親しげに声を掛けられたらどう思うだろうか?
ちなみに俺の答えはこうだ。
無言で回れ右。君子危うきに近寄らず。
知らない人に声を掛けられても付いて行ってはいけません。しかもそれが得体の知れない雰囲気を醸し出しているようなら尚更だ。
ふむ、そう考えると幼少期の教育ってのはほとほと大事だと思うね。

「いやいや、無言は無いんじゃないかい? 他に誰もいないのだからぼくが声を掛けたのは君以外に居ないだろう? それとも、ぼくには人に見えない何かが見えていて、その何かに向けて親しげに挨拶したのかな?
 なんてね。残念だけど、いや残念でもなんでもないけれどぼくにそういったものは見えないよ。君の友人と違って」

ピクリ、俺の耳がソイツのその言葉に反応する。歩き出そうとしていた足が、止まる。

「大体さ。君、自分の価値みたいなものをきちんと理解していないんじゃないのかな? ぼくみたいなのが君と出会う、君の前にこうして立つ事がどれだけ高難易度か少し考えれば分かると思うけどね。
 首領蜂って往年のシューティングゲームよりもまだハードなんだよ、本当。ああ、君の世代じゃ知らないかな? クインティの裏ステージって……こっちも多分通じないだろうなあ」

男はそんな意味の分からない事を言って、上を向いた。その方向には空しかない。曇っているのか、星も見えない空しかないのに男はそれでも眩しそうに目を細めていた。

「ま、戯言だけどね」

この時の俺は、目の前の男が正義の味方だなんて夢にも思っちゃいなかった。

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:23:56.94 ID:IClwZiHj0
「……アンタ、何モンだ?」

俺の問いかけに、ソイツは鼻を鳴らす。今、俺は何か面白い質問をしただろうか。そんなつもりはないのだが。
しかしてよくよく自分の発言を思い返して、それは確かに漫画かアニメのような気取った発言に聞こえなくも無い。やっちまったか、俺? 自意識過剰か非日常にどっぷり肩まで浸かり込んで日常パートにまでそういうのが侵食してきたのだとしたらコイツはもう笑えない話だ。
アンタ、何モンだ?
ああ、こんな台詞が一介の男子高校生から出て来たらそりゃもう大分危険な兆候だ。
だが、そんな俺の煩悶とは違った場所で男は面白みを感じていたようだった。

「何者……いや、本当ぼくは『何物』なのだろうね。君たちみたいに生き物を名乗ることすらおこがましいと、以前誰かに言われたよ。ただ、そんなぼくにもレッテルみたいなのは有るんだ。
『人類最弱』
まったく、人を馬鹿にするにも程が有ると、そうは思わないかい?」

「人類……最弱?」

「そうさ。ま、ぼく自身も認めるに吝かではないけれどね。脆弱で軟弱で惰弱で零弱で、総じて最弱。でも、このままだと呼びづらいかな。君とはこれから先も縁が『合』いそうだし。もう少し呼び易い呼称を教えておくよ」

その立ち姿は、とても俺には弱そうには見えなかった。どちらかと言えば芯の有る、強い針葉樹のように見えた。

「立てば嘘吐き座れば詐欺師、歩く姿は詭道主義。口を開けば二枚舌。舌先三寸にて行いますは三文芝居」

男はスポットライトの下、まるで映画のような見事なお辞儀を俺に向けて披露したのだった。

「戯言遣いとは、ぼくの事さ」

ソイツは言う。

「世界の危機が迫っている。だからぼくがここに居る。ああ、そうは言ってもぼくはどこかの『女の子の間でしか噂にならない殺人鬼』とは違うのだけれどもね」

何を言っているのかはよく分からなかったが、それでも「世界の危機」という下りだけは俺の心に引っかかった。普通に生きていれば、どこにでも居る俗っぽい男子高校生であり続けたならばきっと「戯言」の一言で片付けられた筈で。
今更ながらに自分の立ち位置が日常と非日常の狭間、とても不安定なステージである事を思い出す。

「……世界の、危機?」

「食いついたね。その目は聞き捨てならない、っていう眼だ。ああ、これで確信が持てた。君が、『鍵』か」

貴方が、鍵です。いつだったか古泉が俺にそう言った。
俺を指してそんな世迷言を言うのだから、目の前のこの男は真っ当な人間では、無い。咄嗟に俺が考えたのは古泉と同種の可能性。機関の工作員か何かか、コイツは?
いや、それにしたって機関のスポークスマンは古泉じゃなかったのか?

「ああ、そんな疑惑に満ちた目を向けないでくれないかな。男の子にそんな眼で見られても何も嬉しくないじゃん。そんな眼は三つ子のメイドさんがやってこそだとぼくは思っているからさ」

どうも話が噛み合わない。いや、煙に巻かれているような、捕らえ所が無いこの感じ。……率直に言って気持ちが悪い。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:25:20.37 ID:IClwZiHj0
「あの……スマンが話がさっぱり掴めんのでこの辺で俺はお暇させて頂いてもいいだろうか?」

言いながらも俺は後ろ足に重心を掛け始めていた。男に隙を見つけたらその時点でマイケルばりのムーンウォークでもって逃げ出す気は満々だ。

「いや、ぼくは別にいいけどね。ただ、ここでぼくとの間にフラグを立てておかないと多分、君の友達はみな死んでしまうと思うけど」

死んじまう? 何、物騒な事言ってやがるんだ、コイツは!?

「涼宮ハルヒ……ね。ぼくもその存在を知った時には正直驚いたよ。そんな、それこそ戯言みたいな存在がこの世界に居るものか、居てたまるか、ってさ」

「ハルヒ!?」

「そう、涼宮ハルヒ。彼女と、彼女の周り、そして世界に危機が迫っている。つまり、君にも例外なくだ」

そう前置きして、ソイツは喋り始めた。長くなるので仔細(ソイツが言う所の「戯言」)は割愛してここでは俺に出来る限りの要約をしてみようと思う。

あるところに、世界の終わりを求める男が居た。ソイツは俗に言う所の天才だったが、しかしそれはスペックに関してでありそこに搭載されているソフトウェア、つまりは人格の方が破滅的に壊滅していた。
天才で、天災。
その狂気の男は考えられうる限りの方法をもって世界の終わりを模索したそうだ。そして、それは確かに何度となく世界の終わりを呼び、「いい所」まではその都度行ったそうだ。
そして、その過程で「戯言遣い」とも戦争を繰り広げたとの事。俺には目前の男に戦争なんて真似が出来るとは思えなかったからこの辺りは話半分である。
結果として世界の終わりを目論む男、戯言遣いが言うところの「狐さん」とやらは未だもって生き永らえ、そして未だもって世界の終わりを捜し求めているという。

「まるで悪の秘密結社だな」

俺の感想に対して戯言遣いはこう応えた。

「まるで、ではなくそのものだし、それに悪でもない。『最悪』なのがあの人の最悪な部分でね」

話を続ける。
そしてソイツ……狐さんとやらは世界を終わらせる方法を探す過程で、一人の少女について知る事になった。
それが、ハルヒだ。
神様の創った世界を壊す、一番手っ取り早い方法。世界における唯一のリセットボタン。それの存在を俺は痛い程知っている。
ただ一人、たった一人の少女に絶望を教えてやれば、それでいいという事。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:27:12.19 ID:IClwZiHj0
一通り話が終わった後で、戯言遣いは俺に向けて何かを投げて寄越した。

「長話で体が冷えただろう?」

それを受け取って、手の中の温もりに愕然とする。缶コーヒー。それはいい。これ自体はどこにでも有る市販のものだ。だが、今コイツはこれを懐から出したんだぞ? たった今!
それがなんで、どうして温かいんだよ!? もしもこれが人肌、戯言遣いの体温なのだとしたら今すぐ病院行きを俺は薦めざるを得ない。

「手品師かよ、アンタ」

「ぼくは戯言遣いさ。戯言以外は、遣えないし遣わない」

「だったらこの手品の種を教えて欲しいモンだね。なんでこの缶コーヒーは熱い?」

「たった今買ってきて貰ったものだからさ。本当はもう少し早く持ってきて貰う予定だったんだよ。寒い中立ち話だしね。ただ、お使いを頼んだ子が自動販売機にお金を入れるのに躊躇ってしまって今になったと、そういう事」

まただ。よく分からない発言でこちらの脳みそをクエスチョンマークでいっぱいにしてくるのは、これが戯言ってヤツか?

「それだと懐から出した謎が解けないし、そもそもそのお使いをしてきたヤツってのに俺は気付かなかったぜ?」

「ああ、良い着眼点だね。そしてぼくにはそれに対してこう応えるしかない。それくらいの事をどうして疑問に思うのか、ってさ」

「それくらい、だと?」

「それくらい、だよ。ぼくは何も必要とせずに自分のその体だけで空を飛べる人を知っている。
 ぼくは素手でアパートを五分も有れば更地に戻してしまえる人を知っている。
 ぼくは目に付いたというそれだけの理由で人間を細切れにする人を知っている。
 ぼくはたった16ビットのプログラムで世界中のコンピュータを支配下に置いた人を知っている。
 ぼくは三百年以上生きていた人を知っている。
 ぼくは口を開くだけで人を壊す事が出来る人を知っている。それに比べれば……崩子ちゃん、これ、ちょっと甘いや」

戯言遣いは缶コーヒーをすっと前に出すと、それを意図的に取り落とした。自然、俺の視線はその缶に集中する。

「勿体無いから残りはあげる。甘いもの、好きだよね?」

ソイツがそう言った、その瞬間に俺が注視していたはずの缶コーヒーが……消えた!?

「こういう事。手品じゃないのは分かって貰えたかな?」

いや、何が「こういう事」なのか。俺にはさっぱり意味が分からない。先ず第一に缶コーヒーは消えたりしない!

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:28:54.49 ID:IClwZiHj0
「こんな事は驚くに値しない。それよりも、こういった事を平気で行えるような人間が君の前に現れた、その事をこそ君は驚愕するべきだとぼくは思う」

「どういう意味だよ」

「君は知らないのかな? それとも知っていて考えないようにしているのか。別にどちらでもぼくはいいけれどね。『鍵』。宝物の鍵。それは宝物に次ぐ優先順位で守られるべきものだ。
 つまり、宝物についでリスクが高い……次に狙われるのは、まず君だ」

知ってか知らずか知らないが、その台詞は実は一年以上遅い。

「悪いな。そういう話なら俺はもう聞いてる」

「そうかい。では、君に機関の護衛が四六時中、二十四時間付いている事もぼくが今更口に出す必要も無い訳だ」

「へ?」

「おや、こっちは初耳だったかい?」

男は言って、髪をかきあげた。

「君の前にこうして得体の知れない人間が立つというのは、実は骨の折れる、これだけで一つの仕事なのさ」

……いや、考えてみれば確かに男の言うとおりなのかも知れん。俺がもしハルヒの力を狙っていたとしたら、ハルヒに絶望を強要するつもりならば、最初に狙われるのはアイツの身内。
SOS団だ。
そして、その中でもっとも攻略が容易な、言い換えるなら特殊な背景を持たない人間。
そいつは俺で、間違いない。

「まあ、その気になれば玖渚の名前を出して穏便に済ませる事も出来たけどね。しかし、それだと友の耳にまでこの事件が伝わりかねないから。
 機関……同じ玖渚機関でありながら所属が違うだけでこうも秘密主義なのはどうかと思うけど、まあ仕方ないか。壱外も体質は同じだ」

「玖渚、機関?」

……機関? どっかで聞いた事が有る単語じゃねえか?

「ああ。トップシークレットらしいけれどね。この件に関しては玖渚機関の弐栞が管轄らしい」

「それってーのは、古泉のヤツが言う『機関』ってヤツの事かよ、戯言遣い?」

俺の問い掛けに頷くソイツ。

「古泉一樹。一の名を隠れ蓑に遣う弐栞を代表するプレイヤー。『優しい嘘(ブラフイズブラインド)』……そうかい。彼が涼宮ハルヒにおける責任者か。やりづらいけれど、しかし話の分からない人じゃなくてぼくはほっとしたよ」

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:30:55.59 ID:IClwZiHj0
……なんだ? 今のブラなんとかっていうのはもしかして古泉の事を指してんのか?
しまった。もっとちゃんと聞いておけばよかった。あの似非スマイルをおちょくる材料を聞き逃すなんてあるまじき失態だぜ、チクショウ。

「……彼一人では狐さんの相手は難しいだろうな。とは言え、壱外の人間がのこのこと出て行けば玖渚機関における火種になりかねないとか、ああ困ったものさ。そうは思わないかい?」

「アンタが一人で勝手に納得してるだけで俺にはちっとも話が見えてこないから、同意も否定も出来ん。戯言遣いさんや。アンタはもう少し人に理解を促すような喋りは出来ないのか?
 それともそいういう事が出来ないって意味で戯言遣いなんて言われてんのかよ?」

そう言った、瞬間だった。俺の首筋に何か冷たいものが当たる、感触が有った。

「戯言遣いのお兄ちゃんを嘲る事は私が許しません」

目の前の闇が、女の子の声を発する。それは夜の闇にしか見えなかったし、闇が人の輪郭をしているようにしか俺には思えない。それも目を細めて、そこでようやく分かるほどおぼろげな輪郭。
人間はここまで夜と同化出来るのかと、そんなどこか見当外れな事を俺がぼんやり思っていると、背中に更に二つ何かが当たる。

「"いーちゃん"さんの敵はぼく……私たちの敵だ」
「"いーちゃん"さんの敵はぼく……私たちの敵だ」

サラウンドで聞こえる少女の声。何が起こっているのかと振り向く……事も喉に突き付けられたバタフライナイフがそれを許さない。
おい、何がどうなっていやがるんだ!?
なんで深夜にちょっとコンビニに出掛けただけで三方を少女に取り囲まれなければならない!?
一体、俺が何をしたってんだ! どこに居るか知らんがこの世界の責任者、ちょっと出て来い!

「崩子ちゃん、高海ちゃん、深空ちゃん、止めるんだ」

……この女の子達はアンタの子飼いかよ、戯言遣い。とんだ猛犬を飼ってやがるじゃねえか、このやろう。躾をちゃんとしないとペットは飼っちゃいけないって教わらなかったのか?

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:32:15.64 ID:IClwZiHj0
「彼は敵じゃない。彼は世界の……敵じゃない」

俺の喉、そして背中から違和感が消える。それと同時に目の前に有った人の形をした夜も、見回せば背後に確かに居たであろう少女の姿も正しく言葉通り影も形もなくなっていた。
奇術集団かよ、お前らは。

「悪く思わないでくれると助かるな。彼女たちはちょっと……職務……うん、職務に忠実なだけなんだよ」

「アンタの部下の職務ってのは人の頚動脈スレスレにバタフライナイフを持っていく事なのか? 世間一般じゃソイツは真っ当な職業とは言えないぜ?」

「そうだね。まあ、仕方ないよ。君の目の前に居た女の子、井伊崩子(イイホウコ)ちゃんって言うんだけどさ。彼女は元暗殺者だから」

サラリと物騒な単語を吐く男。暗殺者? なんだ、それ? ここは現代日本だぞ?
いや、宇宙人未来人超能力者に比べればまだ現実に則していると言えない事も無いが、それにしたって無茶苦茶だ。
俺の日常はどこへ行った?

「なあ、頼むから日常を返してくれ、戯言遣い」

「選択肢は二つだよ。二つしかなくて、二つも有る」

ソイツは俺に向けて逆向きでピースサインを示した。

「一つはぼくと協力して世界の敵から世界を守りぬくか」

人差し指が折られ、戯言遣いの中指だけが街頭に照らされる。それは世界で一番物騒なハンドサイン。

「涼宮ハルヒとこの世界を見捨てるかだ」

xxxx。くたばっちまえ。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:36:25.92 ID:IClwZiHj0
「十三銃士」

戯言遣いに促されるままに道を歩く。その俺に向かってソイツは肩口にそう言った。

「じゅうさん……じゅうし? 突然数を数えだして何がしたいんだよ、戯言遣い」

「狐さんお得意の言葉遊びさ。三銃士。名前くらいは聞いた事が有るだろう? あの物語では三人だったが今回、ぼくらの敵に……いや、世界の敵に回るのは十三人だから」

「十三銃士、って事か?」

「そういう事さ。ああ、余談だけど、ぼくと初めて敵対した時にも同じような組織が有って、その時は十三階段っていう名前だったんだ」

これまたワンパターンなヤツだな、その狐さんとやらは。

「いや、異例の事なんだ。あの人は二つポリシーを持っていてね。それは同じ事はしない、というのと、ポリシーを持たない、っていうのなんだけれど」

おい、その発言矛盾だらけじゃねえか。ポリシーを持たない事がポリシーなら、他にポリシーなんか持っちゃダメだろ。違うか?
後、戯言遣い。お前は俺をどこに連れて行こうとしていやがる。

「あの人の最悪たる所以(ユエン)はそこに尽きるよ。直訳するとやりたい事をやる。それだけだから。他人の迷惑なんて考えた事も無いんだろうさ」

「そりゃまた、迷惑な大人も居たモンだな」

俺がそう言うと、そこで初めて戯言遣いは笑った。

「ああ、そうか。そういう考え方も出来るのか。なるほどね。勉強になったよ」

「何がだ? 戯言遣いさんよ。アンタ、コミュニケーション障害の気が有るんじゃないか? 人に分かるように物事を喋らないってのは、ウチの団長を引き合いに出すまでも無く悪癖だぜ?」

「いや、ね。ぼくの周りには迷惑じゃない大人っていうのが居ないんだよ。過去も。現在も」

そしてきっと未来も、とソイツは付け足して。そして笑った。俺からしてみればこの男も十分に大人と呼べる年齢だったりしたのだけれども、その時ばかりはなぜだろうか、同年代のように見えた。

「なあ、そう言えば戯言遣い。アンタ"いーちゃん"って呼ばれてたよな」

「ん? ああ、そうだよ。いーちゃん、いっくん、いーたん、いの字、代表的なのはこんな所かな。何? 戯言遣い、って言いにくいかな? だったら好きなように呼んでくれていい」

名前なんて所詮ただの識別信号だしね、とソイツは言うがその台詞も俺はどこかで聞き覚えが有るぞ、オイ。

「どれも戯言遣いよりは呼び易いだろうけどよ。そうじゃなくて、俺はアンタの名前を聞いてるんだが」

人に名前を聞く時は先ず自分から。恐らくコイツは既に知っているだろうがそれでも俺は自己紹介をしようと口を開き、しかしそれよりも早く戯言遣いは言い切った。

「ぼくの名前なんて知らない方が君の為だよ」

「どういう事だよ、そりゃ」

「その若さで死にたくないだろう?」

どうも文脈に異次元空間が発生するというか、脈絡なんて言葉を知らないかのように戯言遣いの台詞は前後に流れってモンが見えちゃこない。

「意味が分からん。なんで名前を聞いたら死ぬんだ?」

「ぼくを名前で呼んだ人は今までに三人居るのだけれどね。その三人は」

「三人は?」

「例外なく死んでいる」

絶句する。言葉が出てこない。何も、言い出せない。俺は戯言遣いじゃないから戯言すら、出てこない。

「だから、無用な詮索は君自身の為にも止めておいたほうがいいよ。こっち側は君みたいな人が生きていられるほど、優しくない」

戯言遣いの背中は、俺よりも小さなその背には、俺なんかよりも余程重たいものが乗っているのだと知る。人の死の重さなんて俺には分からない。
分かりたくも、ない。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:38:44.83 ID:IClwZiHj0
「さっき」

戯言遣いは話し出す。

「君の喉にナイフを突き付けていた娘、居ただろう?」

「ああ、えっと……井伊崩子ちゃん、だったか? ん? 井伊?」

「ぼくの娘だよ。とは言っても養子だけどさ。血の繋がりはないんだ。代わりにぼくと崩子ちゃんの間には流血の繋がりが有る」

血の繋がりは無い。流血の繋がりが有る。
その言葉の意味するところを鑑みる間も無く、答えは戯言遣いの口から出た。

「彼女のお兄さん、ああ、こっちは実のお兄さんだけど。石凪萌太くんは、ぼくのせいで死んだんだ」

まただ。また「死」という単語がソイツの口から当然と出てきた。

「ぼくのせいで、崩子ちゃんの目の前で、萌太くんは死んだ。だからという訳じゃないけれどそれ以来ぼくが彼女の面倒を見ている。
真っ当な人生を彼女には歩んで貰いたいから、三年ほど前かな、彼女には無理を言ってぼくの養子に入って貰ったって訳。暗殺者に戸籍なんて無かったし」

「よく分からんし、なんだか俺の中の何かが深入りは止めておけと言っていやがるから考える事を放棄させて貰っていいか?」

他人の家の事情には無闇に首を突っ込むものじゃ、ないと思う訳だ。

「構わない」

「それで、話は戻るが戯言遣い。アンタの苗字は『井伊』で俺は"井伊さん"って呼んで良いのかい?」

いーさん。なんか、外人みたいだな。

「さっきも言ったと思うけど。好きに呼べば良いよ」

前を歩く、ソイツの歩みは止まらない。遅くも速くもならず、一定のリズムで歩き続ける。
井伊崩子さんとやらの兄が死んだ話をした時も。
自分の名前を口にした三人が例外なく死んだ話をしていた時も。
その足は淀み無く。その唇は淀み無く。
どこか自分の事じゃないような、誰かから聞いた話をそのまま口に出しているだけのような印象を俺は受けた。

「なら、いーさん」

果たして人とはここまで「死」に対して無反応になれるものだろうか?
一体、どんな経験を、人生を歩んでいればこんな無感情になれるのだろうか?
不感症と不干渉の二つの言葉がそのまま人間になったような、ソイツ。戯言遣い。

「何かな?」

「俺たちは今、どこへ向かっているのかだけでも教えて貰えると助かるんだが。アンタに付いて行ってるのは別に世界の敵云々の話を信じた訳じゃなくて、どっちかと言うとあのバタフライナイフっ娘が怖いってファクタが大きいんだ」

「なるほどね。崩子ちゃんは確かにぼくも怖いな」

いーさんは振り返ると俺に向けて携帯電話を見せる。最新式のヤツだろうか。見た事が無い型だぜ、これ。

「それのGPSを頼りに歩いてるんだ。行き先は」

ピコピコと点滅する赤い印には「人類最悪」と地点名が付けられている。

「悪の秘密結社さ」

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:41:04.87 ID:IClwZiHj0
悪役のアジトを話が始まった途端に強襲する正義の味方サイド。
そんな話聞いた事ねえよ。

「よお、よく来たな、俺の敵」

「どうも、ご無沙汰しています、ぼくの敵」

「フン、『ご無沙汰しています、ぼくの敵』か。その様子だと涼宮ハルヒの事をどこかで聞きつけたらしいな。また邪魔しに来たか。
 毎度毎度のご都合主義。俺は飽き飽きしてきたぜ。そろそろこの辺で超展開が有ってもいいもんだとは思わねえか、"いーちゃん"」

「いいえ、ぼくは貴方と違って王道が好きなんですよ、狐さん」

「フン、つまらなくなってきやがった」

「どう転んでも貴方にとって面白い展開にはさせる訳にはいかないでしょう」

何も言葉を挟めないのはいーさんと狐さんの雰囲気に飲まれているというのも大きいが。しかし、それよりも。
狐さん。
その人のファッションに絶句していたというのが概ねにして正しいだろう。
少なくとも二十四時間ファミレスでする格好ではない。それは間違いないと断言出来る。
長身痩躯に藍色の着流し。これが最早違和感しかないのだが。季節感をまるで無視した軽装は、しかし寒さ暑さを引き合いに出してはファッションは語れないと聞いた事が有るし目をぎりぎり瞑れるレベルだとしても。
狐のお面。
それはない。
それはねえだろ、おっさん。
こんな格好、夏祭りか何かですらギリギリ見た事ないぞ、俺。

「おいおい、"いーちゃん"。それにしたってこれはねえだろ。まだ物語は始まってすらいねえんだぜ? ちょっと長いプロローグってなモンだ。
 せめて十三銃士のお披露目までは手を出さないのが王道ってヤツだろうよ。それがどういう事だ? 闇口のお嬢ちゃんまで引き連れやがって」

「うおっ!?」

いつの間にか、俺の座っている席からいーさんを挟んで向こう、窓側の席に少女が座っていやがる、だと!?
なんだなんだ、ドッキリか!?

「この場で決着を付けちまう気、満々じゃねえか」

狐面の男、狐さんはそこで深々と溜息を吐いた。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:43:48.03 ID:IClwZiHj0
はてさて、お分かり頂けたとは思うだろうが、それとも読み飛ばされただろうか。悪の秘密結社と言って俺が連れてこられたのはどこにでも有る二十四時間ファミレスである。
最近の流行か知らんが喫茶店を拠点にする正義の味方は聞いた事が有っても、流石にファミレスに寄生する悪役ってのは前代未聞だ。
少しづつではあるが、もしかしたらそんなにシリアスな話でもないのかもなと思えてきた。
そんな俺の醸し出す気だるい空気など最初っから、存在すらも無かった事にしてしまいかねない勢いでいーさんと狐面の男のやり取りは続く。

「回りくどいのは昔と違って嫌いなんですよ。哀川さんの影響でしょうね。今のぼくはどちらかと言うとやり込みプレイよりも早解きに主軸を置いていまして」

「製作者に敬意を払わないその態度はお前的には良いのかよ、ああん?」

「与えられた枠内で何をやろうとそれはプレイヤの自由でしょう。あ、崩子ちゃんさっきからデザートメニューをずっと見てるけど好きなのが有ったら頼んで良いからね?」

「うー……そうは言われましてもお兄ちゃん。これなんて六百三十円もするんですよ? これは私の一日分の食費に相当します。崩子は水で十分です。……お水は、無料ですよね?」

「フン、『与えられた枠内で何をやろうとプレイヤの自由でしょう』か。与えられた枠内で満足出来るような人間では俺もお前も有るまい。違うか、戯言遣い? 闇口のお嬢ちゃん、なんでも好きなものを頼むといいぜ。少しでもいいから"いーちゃん"に経済的打撃を与えてやれ」

「生憎ですが、ウチの財政は六百三十円くらいで傾いたりしませんよ」

「塵も積もればという言葉を知らんとはな。戯言ばかりが専門で格言は埒外か」

「いえ、私はお水で……」

……オイ、こいつらは一体何の話をしてるんだ? ゲームとか六百三十円とか……ハルヒの話はどこへいった?

「はい、ご注文のマロンパフェ、お待たせしましたー」

通路側、俺の後方からそんな声がして振り向く。
赤。
そこには真っ赤な、本来ならばそこは白いレースで仕立ててくるモンだろうと思われる部品まで赤く染めた、髪まで真っ赤なウェイトレスが居た。

「え? 私そんなの頼んでませんよ、お兄ちゃん!? マロンパフェって……それ八百二十円もするじゃないですか!? ごめんなさい、ウェイトレスさん、これ提げて下さ……!?」

「そんな事を言われましても、これはいーちゃんの奢りですから、ちゃんと食べて下さいね。と……猫撫で声はこれくらいでいいよなあ」

「フン、ようやく来たか」

「哀川さん!?」

いーさんが驚愕の叫びを上げる。深夜のファミレスだから客は俺たち以外にいないけど、しかし叫び声をあげていい場所では、ファミレスはないと俺は思う。

「おい、クソ親父。アホ戯言遣い。お前ら揃って何を下らねえ話をしていやがるんだ。それとな、いーちゃん。アタシの事を苗字で呼ぶのは……いや、今回に限って言えば敵同士だったな」

ニヤリと。野生の肉食獣を思わせる捕食者の目で、その赤い彼女は俺といーさんに笑いかけた。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:46:01.18 ID:IClwZiHj0
「……敵同士、って!?」

「おうおう、動揺してる姿も可愛いねえ、いーちゃん。だが、幾ら可愛くても今回ばっかりはダメだ」

赤いウェイトレスさんはそう言って、狐面の男の隣にどかりと座り込む。え? 店員さんじゃないの?

「でもって、キョンだっけ? こっちはお初だな。アタシは哀川潤。潤さんって……ああ、敵だから苗字で呼んでくれりゃいっか。自己紹介はめんどくせーから簡単にな。アタシは」

赤い服に身を包み、赤い髪をかきあげて。赤い瞳で俺を射抜く、赤い視線。

「人類最強だ」

人類最強。それは、それも言葉通りに取るならば、一番強いという、それ以外の意味に取りようがない。

「つまり、アタシがこっち側に加担した時点でこのゲームはエンディングが決まってんだよ。悪いな、いーちゃん」

俺が隣を見れば、戯言遣いは絶句していた。
口を開いてこそのその人は。
けれど口を開く事さえ、忘れてしまっていた。

「……人類最強、ですか?」

質問する口調もなぜか敬語混じりになっちまうのは、この哀川さんって人がそれだけの存在感っつーか、なんかおどろおどろしい雰囲気を醸し出しているからであり。
例えるなら場末のコンビニでたむろしてるヤンキーを一万人束にしたような、そんなプレッシャを放っていたからだった。この女性の機嫌だけは何が何でも損ねてはならないと俺の中の生存本能が声高に訴えている。今更ながらハルヒの機嫌取りに奔走する古泉の気持ちが少しばかり理解出来た気がするぜ。

「よく分からないんですけど、それは一体どのくらい強いんすかね?」

絶句するいーさんに代わり俺が恐る恐るそう質問すると、哀川さんとやらはふふんと鼻を鳴らした。

「そうそう。そこなんだよ、そこ。良い質問するじゃねえか、キョン」

「良い質問?」

「アタシは強い。そりゃ分かり切ってるんだ。なんせ、誰よりも強いからな。だが、あんまりに強過ぎて実際今、アタシはどんくらい強いのかが分かんなくなっちまってんだよな。少年漫画風に言うなら『敵がいない』ってヤツだ」

いや、俺にしてみれば二つ名で呼ばれてたり、そのファッションセンスであったりとかがもう最初から少年漫画から抜け出してきたみたいに見えるんですけども。
宇宙人であってもそんな奇抜な格好じゃなくて、ごく普通の学校指定の制服だぜ?

「だから、アタシは欲してた。指標っつーか、物差しだな。都城王土は黒神めだかの何億倍凄い、って感じでさー。でもダメなんだよな、ドイツもコイツも。人類に敵はいなかった訳よ。だが……」

背中にゾクリと悪寒が走り抜ける。悪い予感……いや、悪い確信。急激に体中から熱が引いていく。

「宇宙人なら、もしかしたら物差しくらいにゃなるんじゃねえ? ってな!」

宇宙人。俺の大切なSOS団の団員の一人。
狙われているのは、ああ、クソ。本当に俺たちだったって訳だ。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:50:22.41 ID:IClwZiHj0
哀川さんは豪快に笑う。ファミレス中に轟く、大音量でその人は笑った。

「正直、諦めてた部分も有ったんだよ。アタシらしくもないが、それでもちょっと強くなり過ぎたっつーかロープレでチートして途中からゲームをする事自体がダルくなる感じだな。やっぱ最初から勝敗が分かってるような敵じゃ、こう……燃えねえよなあ」

燃え盛る炎のような真紅で全身を染め上げて、立ち上る存在感は最早熱気としか形容のしようがない。炎と比喩して何の問題もないであろう人類最強の口から出た「燃えない」という言葉。
この女性は、俺の目から見れば人間ビル火災でしかない圧力を放つ彼女は、それでもまだ燃え足りないのだろうか。
熱血、なんてレベルじゃねえ。
劫火……劫血。
それはすなわち、豪傑。

「だが、やっぱり人生ってのは面白いねえ。諦めなきゃきっと道は開けるとはよく言ったモンだぜ。まさかこのアタシの為にモノホンの人外を用意してくれてるたあ、流石のアタシも恐れ入った!」

言ってバンバンとテーブルを叩く。その頬は高翌翌翌揚からか赤く紅潮していたが、それとは対照的にこっち側、いーさんと井伊崩子さんは顔面蒼白だった。恐らく、俺も同じような顔色なんだろう。そんなのは鏡を見なくても分かった。
宇宙人と力比べ!?
そんなのは常人が考え付く発想じゃねえ。そんなのは思い付いたって実行を口に出す事すら憚られる。
それを哀川さんは。
笑って。
心底楽しそうに。
笑って口にする。
俺にはその心境が、いや哀川潤という女性の存在そのものが理解出来ない。

「……本気、なんですか?」

「本気も本気。超本気だぜ、キョン。戯れでこんな事を口にするのはそこの戯言遣いくらいのモンだ」

「哀川さん。貴女は長門の……宇宙人の事を何も知らないからそんな事が言えるんですよ。俺はそりゃその力を見た事だってほんの少しだしアイツの事を全て理解してるとはとてもじゃないが言えない。だけど、それでもアイツには」

情報操作能力。動く事をすら不可能にして、机を槍の雨に変え、抵抗を許さず存在を光の粒に昇華する力。
哀川さんが、ゲームで例えるなら全ての能力値がカウンターストップしてる超絶無敵のキャラクタであったとしても、長門はそのゲームの枠組、システムの方をどうこうしてしまえる存在だ。

「人である限り、勝てません」

こう言えば、諦めてくれるだろうと思っての発言だった。実際、長門と戦って勝つ方法なんて俺にはてんで見当がつかん。しかし。
しかし、俺は間違えた。哀川潤という人の人となりを見誤った。
炎は、焼き尽くすまで止まらない。

「へえ! ソイツはいいな! 今までで最高に楽しい喧嘩になりそうじゃねえか!」

火は、油を注げば燃え上がる。そんな事に、なぜ気付けなかったのか。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。だが、アタシは言ったよな。勝つ事が最初から分かってる喧嘩になんざもう、飽き飽きしてんだよ。未知との遭遇にワクワクしちまうのは孫悟空だけだと思ったか?」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:54:07.73 ID:IClwZiHj0
オラ、ワクワクしてきたぞを地で行くその眼の輝きは紛れもない本心なのだろう。なんだ、この人。どんな図太い神経してやがるってんだ。

「つまり、アタシにしてみりゃクソ親父の世界の終わり云々なんってーのはどうでもいいんだよ。アタシは強敵と出会えればそれでいい」

格闘漫画みたいな事言い出しやがった。本当にこの人は現実に居る人間か、俺にはどうも怪しく思えてきたぜ?
立体投影とかじゃないだろうな?

「なんだよ、その疑惑の篭った目は。あのなあ……もしもアタシが本気でこのダメ大人に加担してんなら、この場でテメエといーちゃんをプチッとブチ殺してるよ?」

ブチこ……この女、何物騒なこと考えてやがる!?

「そんな事……こんな往来のファミレスで出来る訳が……」

無い。そう言おうとした俺の肩を隣に座っていた男が叩く。いーさんだ。

「有る」

「いーちゃんはちゃあんとアタシの事を理解してるじゃねえか。いいねえ、愛してるぜ。往来のファミレス? おい、キョン。だったらちょっと回りを一回見回してみろよ」

促されるままに首を左右に動かして、そして悟る。
客らしい客が俺たちしかいない店内。ガラリと静まり返った……ここには客体的な視線が存在しない事実。

「ここは悪の秘密結社。その総本山だぜ?」

「強襲をかけたつもりがぼくらは袋の鼠だった、という訳ですか。哀川さん」

「だな。急がば回れだぜ、いーちゃん。ま、一回目は見逃してやる。哀川潤の名にかけて、この場ではお前らに手出しはさせねえよ。勿論、いーちゃんのかわゆいかわゆい崩子ちゃんが手出ししなければの話だけどな?」

くひひ、と笑う。彼女は手の中でバタフライナイフを弄び……バタフライナイフ!? おい、あれ、どっかで見た事あるぞ、俺! それもつい一時間ほど前にだ!
その持ち主だったはずの少女を咄嗟に見れば、彼女は目の前の栗たっぷりスイーツに眼を奪われていて気付いていない。
……緊迫感ねえー。

「そんな事、最初からするつもりはありませんよ。この場に崩子ちゃんを連れて来たのはただの護衛です。いえ、本当は連れて来るつもりも無かったのですけれどね。しかし崩子ちゃんがどうしても、というものでして」

「相変わらずの溺愛ぶりじゃねえか」

「まあ、義理とはいえ娘ですからね、この子は」

「は? いーちゃんの話じゃねえよ」

戯言遣いが首を傾げる。意味が分からないといった様子だがしかし、俺にだって哀川さんの言った意味が理解出来るのにこの人は理解力が無いのか?
溺愛しているのは戯言遣いの方ではなくて、井伊崩子の方なのだろう、きっと。
他人からの好意に鈍い、ってのは傍で見ていてなんかこう、不愉快になるな。……やれやれ。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 19:57:58.72 ID:IClwZiHj0
「話し合いで済むのならば、それに越した事は無いと思っていたんですよ。そういうのがぼくの戯言における本領ですからね。ただ……ただ、哀川さんがそちら側に回っているのは予想外でした」

いーさんは言う。

「貴女は、貴女だけは正義を間違えないと思っていましたから。どうやらぼくの買い被りだったようでほっとしていますよ。哀川潤も、人の子だったんだな、なんて。変な話ですけど」

戯言遣いの口振りから俺は理解する。この目の前に居る哀川さんとやらは、ちんけな言い方になっちまうが「正義の味方」ってどうやらそんな役回りらしい。本来ならば。
だが、世界の終わりに加担しておいて、それでも正義の味方だなんてそれは虫が良過ぎる話だろう。それとも。
本当に正義の味方なのだろうか。
それこそが正義なのだろうか。
俺だって疑問に思った事が無い訳じゃない。ただ一人の少女の掌の中に収められている世界。ソイツが健全なのか、どうか。
言い方は悪いかもしれないが、それは独裁ってヤツによく似てる気がしないでもないんだ。だったら、ハルヒの手から世界を零す事は、それを企む事は果たして悪か?
だけど、正義だなんて信じたくない。そんな俺が居る。
俺たちは色々やってきたけど、それでもそれなりに楽しい毎日を、非日常を日常として生きてきたはずなんだ。
それを。
悪。
だなんて一言で切り捨てられる事に、俺は首を縦になんて振れない。

「どっちが正義かなんてどーでもいい話だろ。ここのクソ親父の思想だって、誰かから見りゃ正義には違えねえ。だったらそれぞれが好きにやりゃあいい」

「好きに……貴女はただ自分の力を見定める為だけに結果として世界を危うくするつもりですか?」

「世界の危機と哀川潤の強さの見極めと。そのどっちがアタシにとって比重が大きいかなんてのは、何を言った所で結局アタシにしか分かんねーよ」

強くなり過ぎた人間しか知らない荒野。山に登らなければ、そこから見える風景なんてのは分からない。つまり、そういう事。

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:01:46.98 ID:IClwZiHj0
「その辺にしておけ、潤」

「……クソ親父。なんだよ、アタシのパートはこれで終了かよ。つっまんねえな」

頬を膨らませて立ち上がる赤い彼女。その鋭い眼光で睨み付けるのは、俺。……え? なんで、俺?
そこは今日ついさっき出会ったばっかの男子高校生じゃなくて、もっと因縁深そうな戯言遣いに視線を向けるべきじゃない? なあ?

「ま、最後にな。これは規定事項、ってヤツだよ。今回の『敵』に名乗りだけはさせてもらうぜ」

敵。
いーさんではなく。
涼宮ハルヒにとっての鍵に対しての、敵。

「十三銃士、第四席、哀川潤だ」

俺の顎に手が当てられる。火傷しそうなほど熱い指が俺の顔を抗えない力で上向かせた。自然、俺と哀川さんの視線が交錯して。
眼を逸らしたいのに、眼を逸らす事すら許されない眼力。今の俺はそのものずばり蛇に睨まれた蛙……いや、月に睨まれたスッポンってトコか。

「人呼んで『人類最強』だ」

眼で見るだけで人をぺしゃんこに出来ちまいそうな、圧倒的な存在感。赤いカリスマ。

「じゃ、そんな感じでよろしくな、アタシの敵」

そう挨拶された。次の瞬間、俺の唇に焼き鏝を乗せられたような熱量が押し付けられた。なんだ、これ? どんなイベントが起こってやがるってんだよ、コンチクショウ!
動けない。動かない。射竦められたように、身竦んだように、見竦められたように動けない。
朝倉との対峙を思い出す。あの時のは情報操作能力だったか!? だが……そういう物理的に動けないのとは違う! 全然、違う!
動こうとする意志力を、抵抗しようとする意識そのものをごっそりと奪われたようなこれは!
これは、ヤバい!!
長門に立ち向かうなんてそんな真似は人間に出来るモンじゃないと、俺は確信しているけれど。その確信をこんな簡単に揺るがされちまった。
少なくとも、この哀川さんって女は。ただ人を見るというそれだけの動作で。
朝倉涼子……宇宙人と同じ事をやってのけやがった!
振り……解けない!
ただ、このキスか捕食か味見かを人類最強が終えるまでじっとされるがままで居なきゃならないなんて、そんなのアリかよ! 反則だろ、こんなの!
たっぷりと、一分は過ぎたかと思った頃になってようやく、哀川潤が離れる。幻熱を伴う重圧から解放された俺は、ぜえぜえと無様に酸素を求める事しか出来ない。

「……っぷはぁ。はっはー。ちょいと少年には刺激が強すぎたかよ? ま、今のはアタシの前に好敵手を引っ張り出してきてくれた、そのお礼の前払いってトコだ。おいおい、咳き込んでんじゃねえよ、失礼なヤツだな、このやろう。ぶつぞ」

「こっちの意向を無視してキスするのは失礼って、げほっ、言わねえのかよ、くそっ」

「はあ? アタシみたいな超絶美人にキスされてその何が困るってんだ? アタシだったら喜んでおかわり所望しちまうぜ? おっと、アタシの出番はもう終わってんだよな。あんまりグダグダしてっと出待ち食らってるのに怒られちまう。
 ほんじゃな。キョン、いーちゃん、崩子ちゃん、あでゅーれじぇんど」

カツンカツンと赤い足音を響かせて大股で立ち去っていく人類最強。チクショウ、竜巻みたいな女だ。あれならまだハルヒの方が可愛らしい。

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:05:10.77 ID:IClwZiHj0
「良いんですか、狐さん。哀川さんを帰してしまって。これでもう、貴方を守る人は居ませんよ」

「『これでもう、貴方を守る人は居ませんよ』、フン。いいか、"いーちゃん"。潤はただの前座だ。お前も得意な時間稼ぎってヤツだ。時間が時間だからな。連絡が付いたのは六人しか居なかったが、それでもお前らを全滅させるには十分だろ」

十三銃士。あんな人が後十二人も居るっていうのかよ、おい。たった一人でも長門の相手を出来そうな規格外が他にまだ!?

「ま、高校生の女の子にこんな時間出歩かせる訳にはいかなかったからな。一番お前らに……キョンに逢わせてやりたかったヤツには連絡すらしてないが、しかし真心の一件を振り返るまでもなく切り札ってのは最後の最後に出すモンだ」

「……それで、狐さん。この場でぼくたちを殺 すつもりですか?」

いーさんがさも当然とそんな事を口走るが、いやいや勘弁してくれよ。覚悟も何も出来てねえっつの。
アンタたちはどうか知らんがこっちは完全無欠に一般人なんだぜ? 展開に付いて行くのすら正直厳しいんだから、もう少しこっちに気を配ってくれてもバチは当たらないんじゃないのかい?

「フン。そんな事をしてどうなる? 今回の一件は結構こっちにとっても条件がシビアなんだよ。分かんねえか? 涼宮ハルヒを絶望させる、って勝利条件を満たすにはどうすればいいか、俺は頭を捻って考えたぜ。
 それでようやく出て来たのが、自分でもいささか閉口しかねないやり方だ」

涼宮ハルヒを絶望させる方法?
アイツは結構頻繁に神人を産み出して世界を無かった事にしようとして……いたのは去年までか。今のハルヒは、こう言っちゃなんだが我慢強くなったからな。いや、前と比べてだぞ? 世間一般から見てみればまだまだ我が侭な女子高生なのは間違いない。

「その女の子が大切にしてるモンを目の前でぐちゃぐちゃに踏み潰してやればって、ああ、こんな方法しか思い浮かばなかった自分の頭が嫌になるぜ。人類最悪の名が泣くってな。もっとスマートに最悪なやり口が有ったら教えてくれないか、キョン?」

……ぐちゃぐちゃ。
大切にしてるモン……SOS団を、目の前で。
なんてコト考えやがる。なんてコトさらっと口走りやがるよ、コイツ……この狐面の男。
言うコト言うコト、「最悪」だ。

「とは言え、潤の顔を潰すのもマズいからな。後でなんとでもなるが、それでも俺の娘は人類最強だ。その娘が自分の名に賭けてまでこの場で手は出さない出させないと言ったとあっちゃ親としては手を出す訳にはいかないだろうよ」

「……懸命ですね。狐さんらしくもない。ぼくの知っている貴方は何もかもをやりたい放題にして後始末すら尻拭いすら出来ないほどに状況を壊滅させるのがお得意だったはずですが」

「フン、信じるも信じないも勝手にするがいい。俺は部下に恵まれるが、指揮官ではないらしいからな。ドイツかが勇み足を踏んだとしても知った事ではない。そして、そこで死んだ時は何をしてもソイツはそこで死ぬ運命だったと、それだけだ」

運命。それは神様の領分。
神様。それは……。

「では、今日は顔合わせ。宣戦布告で済ませましょう。ぼくとしてもこの場で貴方に手出し出来ない以上、もうここに用は無い」

「『用は無い』、フン。明朝にでもゲームのルールを決めて遣いを寄越してやる。今夜はもう、お開きだ。俺はこれでも忙しい身でな」

「ゲームのルールって、テメエ! 何がゲームだ! ふざけんなよ!」

ハルヒの絶望を、ゲーム感覚だと? ふざけるのも、大概にしやがれ!

「吠えるな、餓鬼。俺の娘ごときに射竦められて動けなくなるような小物と話す事は何も無えよ。もしも俺を本気で止めたいならテーブルに有るフォークでもナイフでも使って俺の心臓を貫けばそれで足りる話だ。違うか?」

バスケットに入ったナイフとフォークに瞬間、眼をやる。だけど、それに手を伸ばす事が俺には出来ない。
人を刺す事なんて、俺には出来ない。

「教えてやる、キョン。お前には覚悟が足りてねえよ。もしかして、お前。ここに至ってまでまだ自分は死なないとか思ってるんじゃないか?」

狐面が俺に向き直る。その面に空いた、二つの穴から覗き込む双眸。相貌。それは冗談を言っているようにはどうしても、見えなかった。

「そんなんだと、死んじまうぜ? なあ、戯言遣い? 俺たちの戦争はたっくさん死んで、殺して、死んでるよなあ?」

いーさんは何も言わず、ただ一つだけ頷いたのだった。

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:12:50.21 ID:IClwZiHj0
俺といーさんと井伊崩子さんは揃ってファミレスのドアをくぐる。カラリカラリと小気味の良い来客を告げる鐘が鳴った次の瞬間、いーさんが小さな声でぼそりと言った。

「……伏せるんだ」

俺は何を言われたのか分からなかった。そりゃそうだ。「伏せろ!」なんてアクション小説なんかじゃよく見かける台詞ではあったが、それは所詮フィクションの中ばかりであり、真っ当に生きてきて自分が言われる対象になるなんざ夢にも思っちゃいなかった。
けれど体はそんな俺の混乱をあっさりとシカトして地面に倒れこんだ。隣から誰かによって突き飛ばされたのだと気付くにも、それはそれで一秒弱の時間を必要とする。何が起こったかを理解するよりも早く、俺は喚いた。

「痛ってえな、コノヤロウ!! 一体、なんだってんだよ、チクショウ!!」

「敵襲です」

いつの間にか、俺を目前の何かから庇うように戯言遣いの娘が傍にしゃがんでいた。顔が近い。しかし、整ったその日本人形のような顔に俺が見とれている暇も無く正面では「物語」が始まっていた。
ぱっと身で高級なのが分かり過ぎる黒スーツを着込んだ男。そして毅然と相対する戯言遣い。二人はまるで何もなかったかのように。攻撃なんてただの冗談だったとでも言うように自然体で立っていた。
だが、いーさんの立っているすぐ脇、コンクリートで舗装された道路は夜の明度少ない視界でも分かるほど明らかに陥没している。
こんなものはここに来た時には無かった。こんな大きな穴を、きょろきょろと視点を落ち着かせずに歩いていた俺が見過ごすはずはない。
ならば、人為的。たった今、作られたクレータ。

「……やるとは思っていたけど、本当にとはね。『この場では』なんて言うから怪しいと睨んでいて正解だったな。ああ、貴方とは多分初見だよね。良かったら名前を教えてくれるかな」

「構わない。こちらも最初から名乗るつもりだった。だが、今の不意打ちが避けられたのは少し驚きだな。いや、不意打ちは予測されていては不意打ちではないか。なら、この場合は俺の予想よりも場数を踏んでいたという、それだけだ」

ソイツはスーツ姿に似合わない、鈍器を肩に掛けていた。暗くてよく分からないが野球バットのようなシルエットをしている。

「初見なのは確かだが、俺はお前を知っている。戯言遣い。この名に聞き覚えは有るか?」

野球バット(状の金属塊)を肩から地面に落ち着けた、男の足元でカラカラと音がして。

「十三銃士。第九席。式岸軋騎。二つ名は」

その音は徐々に大きくなっていく。地面に金属バットを押し付けているのだと俺は気付いたがそれで何を言えば良いのかが分からない。
注意を促すのも、素人の俺では的外れになりかねないからな。

「『街(バッドカインド)』」

ソイツがそう言った次の瞬間地面が、爆ぜた。一瞬にして視界をもくもくと白い煙が覆い隠す。だああっ、さっきから超展開の連続で付いていけてねえぞ、俺! 途中下車させろ、こんな暴走特急!

「走ります。私の背中に付いてきて下さい、キョンさん」

少女の声が耳元で聞こえるが、背中なんてどこにも有りゃしねえっつの。言っただろうが。視界は真っ白で頭も真っ白なんだよ、こっちは!
なんてボヤくよりも早く、コートの袖を引かれ無理矢理に立ち上がらされる。ああ、くそ。こうなりゃヤケだ。状況に流されるのは悲しいかな俺の十八番だって、はい、諦め完了。服を引っぱられるままに走り出すしか選択肢は許されちゃいねえ。

「ああ、チクショウ。今日、俺何回『チクショウ』って言った!?」

「そんな事一々数えていません」

「だよなあ!」

時間にして一分ほど走った所でようやく白煙の中から脱出する。振り返れば俺たちが走ってきた道すがらをずっと煙が守るように覆っていた。
逃走しながら煙幕を撒き続けた結果だろう。少女の仕業か戯言遣いの仕業かなんてのは知らん。知る由も無い。
あれ、そういや戯言遣いはどこへ行ったんだ? 前にも後ろにもその姿は見えず。余りの展開に付いて行けず置いてけ堀になったんじゃないかと俺が不安になった頃、並走する少女が直角に路地を曲がりわき道へと滑るように進入した。慌ててその姿を追う俺……の服が後ろから掴まれる。
汗が一気に冷えていく感覚。
捕まった。脳裏にクレータと化したアスファルトの映像がフラッシュバックする。ほとんど半狂乱になって俺は叫んだ。

「オイ、放せよ、テメエ!」

けれど返ってきたのは落ち着き払った男の声。

「……静かに」

「……え!? あれ!?」

「声を荒げないで。静かにしてくれないかな」

路地に入り込んだ、すぐその脇で腰を下ろしているのは誰あろう戯言遣いその人だった。

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:15:43.52 ID:IClwZiHj0
「いや、え? え?」

二度三度、走り去っていく崩子さんの後ろ姿と座り込んだいーさんを見比べる。

「追わなくて……いいのか? 一人で行かせちまって?」

「大丈夫。崩子ちゃんなら大丈夫だよ。闇口は……彼女の実家はどうも忍者に源流が有るらしくてね。遁走術でのみ語るなら同姓相手でもない限りは安心していい。彼女にはこういった場合に備えて逃げ込む場所もきちんと教えてあるし、もう少し囮になっていて貰おう」

「忍者? この平成の世にかよ?」

「殺人鬼だって闊歩する世の中さ。忍者が居たって別に不思議は無い。囮にするのは心苦しいけど、まあ、闇口ではなく井伊として戦うのだからそんなに無茶はしないかな」

いーさんはパンパンとコートに付いた埃を叩き落しながら立ち上がる。

「さて、ぼくらも行こうか」

「行くって、どこにです?」

回れ右するのもなんだかさっきの野球バット黒スーツが待ち伏せていそうで気持ち悪いし、とは言えそうなると崩子さんの後を追う以外に道は無いのだが。

「もう少し戦い易い場所さ。さっき、狐さんは六人呼んだって言っていただろう? となると後五人、ぼくらは今夜中に相手にしなくちゃならない」

……おいおい、冗談だろ。いや、理論立てて考えたら戯言遣いの発言に間違いは無いのだが。
それにしたってどこにでも居るただの男子高校生にあんなのの相手が出来る訳がねえっつの。ライトノベルの読み過ぎを疑った俺を果たして誰に責められよう。

「大丈夫。安心していいよ。もう手回しは済んでる。ファミレスを出た時点から戦争が始まるのは予想が付いていた。ぼくはそう言ったはずさ」

いーさんはそう言ってニヤリと笑った。

「君の力も貸してもらう事になる」

俺の力? そんなん有ったら逆に教えて貰いたいくらいだ。戯言にも程が有るだろ、戯言遣い。

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:20:41.76 ID:IClwZiHj0
気付いた時、既にいーさんは隣から消えていた。唐突にこんな事を言っても理解が難しいとは思うが実際そうだったのだからそうとしか言いようが無い。ついさっきまで今後どうするかを話していた……はずなのに。で、ありながら。
二分前か、三分前か。五分前か十分前か。まるで神隠しにでもあったみたいに忽然と。
辺りを見回してみても一本道の裏路地である。ここを二人で並んで歩いていたはずなんだ。さっきまで。
おいおい、レベルの高い迷子能力だななどと、皮肉を少しばかり響く声で口走ってみても音沙汰無し。
……これはもしかして、敵の攻撃ってヤツか?
どうやったのかは知らんし見当も付かんが、しかし離れ離れにして各個撃破は戦術の基本……だな。なるほど、さっきの式岸なんとかといい哀川さんといい実戦要員だけかと思っちゃいたが、そんなん以外にも十三銃士ってヤツは居るらしい。
しっかし、となるとどーすっかな。頼みの綱であるはずの戯言遣いもどっかに行っちまったし、今夜は大人しく家に帰るべきか?

「寒いしな……下手の考え休むに似たりって言うし、そうだな。帰って寝ちまおう、もう」

呟いて路地を進む。一本道の突き当たりを右に折れた。
そこに居たのは女性。真っ白な、雪のようなウェディングドレスを着たすっげえ美人。……ウェデイングドレス?

「オデットと申します」

「……はあ」

自己紹介をされても生返事を返すしか出来ない俺。だが、理解していた。今夜、この状況下、このイレギュラーな服装。
どう考えても敵でしかない。……勘弁してくれ。

「十三銃士、第十二席。オデットと申します」

「いや、名前はさっき聞きました」

その女の人の眼はずっと、俺を見ていなかった。いや、眼は俺の方を向いているんだ、しっかりと。けれど視線は合わない。
彼女は俺のずっと後方、そこに何かが、誰かが居るようなそんなうつろな眼をしていた。けれど、そこに有るのは壁ばかり。

「貴方ならば切り刻んでも構わないと聞きました。狐のお面をした人から聞きました。オデットと申します。貴方ならば切り刻んでも構わないと聞きましたオデットと申します切り刻ませて頂きます切り刻ませて下さいませんか切り刻みますと申します」

……うわ、この人、マジモンの電波さんだよ……。
その余りのアレっぷりにじりじりと後退を余儀なくされる俺。いや、誰だってそうだろ? そうなっちまうだろ? だってもう、目付きが泥酔した親父様並に怪しいんだぜ? 加えてウェデイングドレスだぞ? 無理だって! 流石にこれは相手出来ないって!

「……どうしてそんな眼でオデットを見るのですか、イリア姉さま?」

俺はイリア姉さまではありませんっ!!

「姉さまが提案した遊びではありませんか。キラキラ光るものを体中に埋め込んだらきっと綺麗に、もっと綺麗になれるでしょうって。だから、今度はオデットが姉さまを綺麗にしてあげる番」

その考え方は余りに猟奇じみ過ぎちゃいませんか! ねえ、聞いてる!?

「たくさん、たくさん、たくさんたくさん、たくさんたくさんたくさん、綺麗になって欲しいのです。オデットの愛する姉さまにはいつも、誰よりも一等綺麗でいて頂きたいのです」

言いながら、ウェディングドレスの裾から取り出したのは……ああ、やっぱり刃物ですよね、そう来ますよねえっ!?
ゴテゴテと柄に宝石で装飾が施された西洋風の剣。RPGとかでよく出て来るアレがレイピアってヤツか? うわあい、こんな所でその本物が拝めるたあ、ツいてる……訳が無えよなあ!!

「ちょっと待て! そんなモン体に差し込んだら出血多量で死んじまうぞ!」

「そんな事はありませんわ、姉さま。オデットはあの時たくさん、たくさん、たくさんたくさん、たくさんたくさんたくさん姉さまに綺麗にして頂きましたけれどこうしてちゃんと生きていますもの。冗談がお上手ですわね、イリア姉さま」

口元に手を当てて上品に笑う。その様は良家のご息女様がしなければ決して絵にはならないが、つまりこのオデットさんとやらは良家のご息女様なんだろう。だが、それがどうした。
窓辺でまどろんでいてこその美貌が、その左手に物騒なモンぶら提げてちゃこりゃもうホラー映画以外の何モンでもないっつーの!

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:25:43.43 ID:IClwZiHj0
「えーっと、ああーっと……オデットさんや?」

とにもかくにも話し合いを試みる俺。そうだ、きちんと向かい合って話し合わないからお互いを理解出来ずに戦争が始まってしまうのだろう。であるならば、言葉が通じる以上無用な血を流す必要なんてどこにも無いんだ。そうだろ?
人間関係は信頼関係。きっと電波さんとだって分かり合えなくとも共存の道は有るはずさ、どこかに。
……どこかとは言ったものの窓やらに柵の付けられた病院しか想像出来はしないのだが。

「嫌ですわ、姉さま。さん付けだなんて。いつものようにオデット、と。そうお呼び下さい」

ね? と可愛らしく微笑みながら念を押す。ああ、左手に刃物さえ持っていなきゃコロっといっちまいそうないーい笑顔なんだけどな、チクショー。

「あー、そんじゃ、えっと……オデット?」

「はい、なんでしょうイリア姉さま!」

……名前を間違えられるのはともかくとして性別まで無視とか、この子の眼はガラス球か何かで出来てんのか?

「なんでも仰って下さい、姉さま。オデットは姉さまに尽くす事こそ至上の喜びです。オデットは姉さまのためにこそ生きているのですから!」

何食ってたらこんな歪んだ性格になるのだろうか。ちょっと親の顔とお抱え料理人の顔を見てみたい気もする。

「その左手に持っている刃物をとりあえず捨てないか?」

「……え?」

女性の顔から一瞬にして笑顔が消え、能面のような無表情がそこに現れる。真っ白な肌の色も合わさって、その様からは生気がまるで伝わってこない。幽霊のような、という比喩がとてもぴったりとそこにあてはまった。

「姉さま……どうしてですか? どうしてオデットを傷付けるのですか? オデットは痛いのです。痛いのです。オデットは泣いているのです。見えませんか、イリア姉さま? 愛しているのです、イリア姉さま」

女性の首がガタガタと、発条仕掛けの人形のように動く。横顔は、それこそヨーロッパ辺りの絵画のように非の付け所の無い造詣をしていたが、残念ながら彼女が美人であればあるほど状況はホラーでしかないのであるからして。

「姉さま、どうかオデットに切り刻ませて下さいませ。私は見たいのです。姉さまの体が真っ赤に染まればそれはそれは美しいと私は何度も夢に見るのです。ですから、どうか。お願いですイリア姉さま」

お願いされたって無理なものは無理なのだが。生まれが良いとお願いすれば何でも許容して貰えるものなのだろうか。
いや……流石に死んで下さいって言われて首を縦に振るヤツはいないだろうなあ。

「そんなん頼まれたって無理だろ、無理。考えるまでもないとは思わんかね、オデットさ……オデット」

「私は姉さまに同じ事を願われて了承致しましたでしょう?」

うえ、マジかよ。つか、オッケー出してんじゃねえし、そもそもそんな事をお願いしたそのイリア姉さまとやらもどんな頭の構造してやがるんだ?
姉が姉なら、妹も妹って事だろうか。

「だから……姉さま」

純白のウェディングドレスが狭い路地に翻る。その不思議な光景に一瞬見蕩れてしまい、そのせいで反応が遅れた。しまったと思った時にはもう遅い。瞬く間に六メートルは有ったはずの俺との距離を詰めた美女は、その握る剣の切っ先を俺の胸に押し付ける。
ぷつり、服が裂ける音が聞こえた気がした。

「一緒に、真っ赤になりましょう?」

殺人鬼の口から漏れたその声は、とても甘い、甘ったるい響きを含んでいた。
まるで愛する恋人にベッドの中で睦言を囁くような。

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:28:50.76 ID:IClwZiHj0
ああ、これで終わりか。こんなトコロで終わりか。人間ってのは死ぬ時はやけにあっさりと死んじまうモンなんだなと俺の頭が諦念でいっぱいになるまでには一秒と掛からなかっただろう。
多分、走馬灯みたいな感じで時間が圧縮される現象がそこには起きていたんじゃないかと思う。なぜかっつーとそれは美女が俺から飛びのく様がスローモーションで見えたからであり、また俺と彼女との間に飛んできた刃物の軌跡がやけにはっきりと見えた事から俺はそう思ったのだが。
……助けに来るのおせーよ、ったく。

「その人は赤神イリアではありませんよ、赤神オデットさん。よく見て下さい。そもそも彼は男性です。その人を赤く染めたところで貴女の本懐は達成出来ません。悪しからず」

刃物が飛んできた方を見れば……よう、数時間ぶりじゃねえか、超能力者。

「古泉! 助かった!」

「まったく、貴方という人は本当におかしな人に好かれる体質なのですね。ああ、後、礼を言うのならば僕よりも彼女に言ってあげて下さい」

「……彼女?」

その言葉に、古泉の背中に隠れるようにして縮こまっている影の存在に気付く。

「ひ、一つ一つのプログラムが甘いですう。く……空間製作技術や情報統制もまだまだこの時代に行える域を出ていませえん。だから私に気付かれるんですよお。古泉くんを呼んで……うええん、キョンくうん。間に合って良かったああ」

涙をぽろぽろと流しながら俺に駆け寄ってきたのは、我ら! SOS団が誇る癒し系メイドキャラ、朝比奈さんだった! って多分一々説明入れなくても声聞きゃ分かって貰えるような気もするけどな

「朝比奈さんがこの場所まで誘導してくれたんですよ。僕だけでは先ず救援は手遅れになっていたでしょう。プロのプレイヤの仕業ですね。ただの路地裏を迷路迷宮へと仕立て上げる、そんな魔法のような事をやってのける方には……まあ、二人ほど心当たりはありますが」

びっくりホラー美女からは決して目を離さず、古泉は言葉を続ける。

「しかし、所詮は現代の技術です。GPSはジャミングが可能でも、我々にとって未知の技術にまでは対応していなかったようですよ」

「そうか。ありがとうございます、朝比奈さん。ああ、それと一応お前にもな。礼を言っておく。古泉、さんきゅな」

「いえ、わたしは当然の事をしただけですっ」

「僕の方は一応、ですか? 困りましたね……いえ、貴方が無事であっただけ良しとしましょう。朝比奈さんを連れて、僕から離れて下さい。ですが離れすぎないように」

そう言って真打ち、超能力者にしてSOS団の頼れる副団長は赤神オデットに向けて右手を伸ばした。
おい、今「頼れる」って言ったのは誰だ? 俺か? 本当に俺がそんな事を言ったのか?
しまったな……今の部分、カットで頼む。何? 出来ない?

「……誰? 私と姉さまの間を邪魔する、貴方は誰?」

「そうですね。名前の方は言っても心当たりが無いでしょうし、所属を言っても四神一鏡の貴女には無縁でしょう。ですのでもし覚えていて貰えるのでしたらば二つ名だけ、心に留めておいて下さい」

古泉が右手を振る。たったそれだけの動作にしか俺には見えなかった。が、赤神オデットは立っていたその場を飛び退く。闇に慣れた眼を凝らせばさっきまで美女が立っていたその場所にはキラキラと光るものが……アレはカッターナイフの刃、か?

「『優しい嘘(ブラフイズブラインド)』。そう、呼ばれています。どうぞ、お手柔らかに」

言いながら古泉が背中から出した左手には無数のカッターナイフの刃が、握りこまれていた。

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:32:54.48 ID:IClwZiHj0
「カッターナイフ? の刃?」

「ええ。ほら、一応僕って機関の構成員と学生っていう二束の草鞋な訳じゃないですか。となるといざという時に武器に出来そうで持っていられる物は筆記用具関係しかないんですよ」

なるほどなるほど。つまり、コイツは常在戦場って感じなのか。不味いな。そんなの知っちまったら迂闊にからかう事すら出来ねえじゃねえか。あー、知らなきゃ良かった。

「一応、拳銃なんかも持っていますけどね。音が五月蝿いですし、サイレンサを取り付けるのも手間ですからどうもこういった文房具で済ませてしまう……癖のようなものですね。悪癖です」

おおい!? 文房具で戦うのが癖になっちまうって一体日頃お前はどんな殺伐とした生活を送ってるんだ、古泉!?

「イリア姉さまと私の間を、貴方は邪魔をするの? お父さまのように? お母さまのように?」

「ええ。申し訳ありませんが、ここで僕に出会ってしまった以上、赤神オデットさん。貴女の道は行き止まりです。赤神家では既に貴女は死んでしまった事になっているので、持ち帰るのもそれはそれで火種、でしょう?」

古泉が右手を、左手を交互に手首のスナップを利かせて振る。それに併せて左右に飛び回る純白の美女。ぼけっと見ている俺はまるでソイツがダンスでも踊っているように錯覚してしまう。指揮者が古泉で。

「ふむ、なるほど。赤神の鬼子と、かつて呼ばれたその異才……異彩は健在ですか。飛び道具のあしらいはお手の物ですね」

落ち着き払った声で古泉が言う。手のひらからカッターナイフが無くなったのを俺が視認したのと同時に、美女が超能力者向けて駆け出した。

「邪魔ですわ、貴方」

「おやおや、嫌われたものですね」

レイピアの先が直線距離、矢のような速度で古泉に迫る。

「ですが、僕もどちらかというと飛び道具は苦手でして」

言うが早いか古泉の姿が消えた。目に見えて動揺したのは赤神オデットだ。しかし、突進は止まらない。そのスピードは、矢に例えて遜色無いその加速は最初からブレーキングを考えられている速度ではない。

「消え!?」

「消えてません、よっ!」

古泉の右足がコンパスを使って書いたような綺麗な弧を描く。狙いは……足首。消えたように見えたのは、眼にも留まらぬ速さでその長身を縮めたのか! 
必殺のタイミングと思われたその刈り足は、しかし宙を切った。

「あのタイミングで跳びますか!?」

少年が驚愕の声を上げる。その頭上を飛び越える美女。しかし、空中で何かに当たったようにその体が背後に引っ張られる。ウェディングドレスの、その先を握っているのは超能力者!
そして、それがラスト。

「チェックメイト」

地面に無様に尻餅を着いた美女のその左腕を踏み付けて古泉は、その顔の中心にどこから取り出したのかピストルの銃口を突きつける。

「ウェデイングドレス。戦闘に出向くものの服装ではありませんでしたね。最近のプレーヤはいけません。戦場はファッションショーではないのですよ」

ゴキリ、何かが折れる音。赤神オデットが痛苦の声を挙げる。剣を握っていた女の左手を少年は踏み付けるままに折り壊していた。

「古泉、やり過ぎだ!」

「何がですか?」

副団長はこちらを向いて笑った。まるでいつも通りの似非スマイルも、拳銃を構えているその姿には全然似合ってない。それは……男子高校生とは、俺にはとてもじゃないが見えやしない。
ってのに。
古泉の手の中から、パンというやけに軽い、軽くけれど響く破裂音が聞こえたのはその直後だった。

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:37:37.06 ID:IClwZiHj0
「古泉!」

非難の意味を込めて少年の名前を呼ぶ。しかし、ソイツは無言で足元を見ていた。その視線の先には物言わぬ屍が転がっている、はずだった。
だが、俺の予想はここでも外れる。「それ」は口を聞いた。最早物言わぬはずの「それ」は、物を言った。

「銃はいけません。銃ではいけません。それでは美しくないでしょう。そうは思いませんか、『優しい嘘』?」

顔の真ん中に銃口は突き付けられていた。それはブレず狙いが外れた訳でもない。そして、火薬の爆発する音がした。これだけの条件が揃っていて普通、人間は生きていない。普通は。
俺の中の常識を照らし合わせて、撃ち出された弾丸を食い止める術なんてそんなものはない。
その美女は、けれど汚らしい裏路地でウェディングドレスを着ていても周りの景色をすら背景として取り込んでしまうような、非常識。
普通は生きていられないけれど女は普通ではない。
異常者。

「私を彩るつもりならば、どうかイリア姉さまと同じようにやって下さいまし」

そう言って、美女は唇から真赤な舌を取り出す。その上にはまるでシロップ漬けのブラッドチェリーのように、弾丸が乗っていた。

「まさか……奥歯で『喰』い止めたとでも言うのですか!?」

古泉の顔に浮かぶ一瞬の動揺。そりゃそうだ。そんなモン想像の範疇外、人間技では有り得ない。至近距離で放たれた弾丸を歯で噛み、更に止めるなんて……まるで、化け物だ。
ウェディングドレスを着て、左手に剣を携えた女殺人鬼。都市伝説であったとしても嘘臭過ぎてけっして噂にはならないだろうに。
事実は小説よりも、奇なり怪なり。

「これは、お返しします」

スイカの種を飛ばすのと大差無く見えた、たったそんだけの所作でも超能力者の右肩に真赤な華を咲かせるのには十分だった。
少年の手から、拳銃が取り落とされる。思わず俺は叫んでいた。

「古泉!」

ウェディングドレスの上からバックステップで距離を取り、しかし俺たちの方へは決して近寄らずに古泉は右肩を押さえる。指先からはぽたりぽたりと赤い滴が落ち続けて。それがやけに鮮やかな色をしていたから、こんな事は全て夢だと現実逃避する事すら俺には許されない。

「しくじりました……格好悪いですね、僕」

こちらをちらりと横目で見て、そして薄笑いを浮かべる少年。その笑顔に俺は血の気が引いた。なぜ、ここで笑えるんだよお前は?
格好悪いとか格好良いとかそういうのを気にしていられる状況じゃねえだろうが!

「……きゅうっ」

可愛らしい鳴き声が隣で聞こえ慌てて古泉から視線を移せば、そこでは朝比奈さんの上体が今にも地面に後ろから倒れこむ所だった。間一髪俺の手は間に合って少女の後頭部に大きなたんこぶを作ってしまう事態だけは回避する。
顔を覗き込めば、まあ分かっていた事だが余りの展開に意識を手放し、未来人少女は可愛らしい眠り姫モードである。
……スリーピングビューティ、ってか。だが、起こすのはどうにも気が引けた。

「格好悪いとかそんな馬鹿な事言ってんじゃねえ、古泉! こんな化け物相手にしてられるか!」

「化け物? ……イリア、姉、さま?」

赤神オデットの首がぐるりとこちらを振り返る。その顔には爛々と、無表情の中で眼だけが憎悪と歪んだ愛情に満たされていた。
それが、こっちを見ている。こっち見んなよ……チクショウ、直視出来ねえ……。

「おやおや、随分嫌われましたね赤神オデットさん。いえ、赤神イリアの幻想を追い求めるだけの殺戮貴婦人……『心中強要(ハネムーンストーン)』。どうなさいます?」

古泉が嘲笑う。赤く濡れた肩口を押さえたままの、その額には玉のような汗がぽつぽつと浮かび上がり街灯の明りを反射していた。
その光は俺に分かり易く少年の現状を教えてくれている。

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:43:43.68 ID:IClwZiHj0
「いいえ、姉さまはちゃんと分かって下さいます。貴方さえいなくなれば、邪魔者さえいなくなれば、紅茶とスコーンを用意してゆっくりと話し合えば優しいイリア姉さまは私の事をちゃんと受け入れて下さいます」

ですよね? と同意を求められても俺に頷ける訳が有るかよ、オイ? こんな妹持った覚えは無いし、本物の妹は今頃、兄の不遇も知らずに温泉旅館で夜もぐっすり熟睡モードだ。ああ、こんな事になるんだったら俺も一緒に温泉に行っておくべきだった!
誰だ、後の祭りであるとか後悔先に立たずとか上手い日本語作りやがったヤツは。大きなお世話にも程が有るだろ。そんなんは言われんでも今、骨身に染みて理解してるっつーの!

「そうですか。では、僕としてはどこまでも邪魔者を貫くしか有りませんね。やれやれ、これは重労働ですよ? 機関に特別手当を申請するにしろ書類が多くていけません」

右肩を撃ち抜かれた古泉と左腕を踏み砕かれた殺人鬼。条件は互角に見えなくもなかったが、にしたって苦しそうに見えるのは古泉ばかりなのはどういうこった?
残った片腕を自由にするのは赤神オデットばかり。古泉はさっきからずっと左手で負傷した肩を握り続けていやがる。

「では、続きと」

「まいりましょう?」

二人が同時に動く。だが、やはり眼に見えて古泉の動きが悪い! 右半身を庇っているのは明らかじゃないか! 一体なぜ腕を……あ!
弾丸。
舌で「撃」ち出された弾丸が、けれど火薬なんかで撃ち出された訳じゃないから、もしかして体内に残っちまってるのか!?

「……マズいかも知れませんね、これは」

呟いた、珍しいと言わざるを得ない余裕の無い弱音。それでも超能力者は立ち向かうのを止めなかった。
それは俺たちが後ろに居るから。
気絶した朝比奈さんを背負って逃げ切るなんて体育会系な真似が、それもあの化け物から、許される可能性は零に等しい。きっと少年は、副団長はそれより少しでも高い可能性に賭けたんだろう。なんて気付いた時、俺は肺の奥から声を絞り出していた。

「負けんな、副団長!」

エールを、送るしか出来ない俺を……けれどソイツは前を向いたままに微笑んだのだった。
副団長らしく、いつも通りに笑って見せたのだった。
走り寄る勢いと美女が飛びかかってくる勢いを利用するように、少年の長い右脚が空手のお手本のような回し蹴りを放つ。タイミングはばっちし。避けられる道理も無く、今度は上に跳ぼうがそれすら叩き落とすハイキック。
赤神オデットは、避けなかった。とは言っても防いだ訳でもない。一度砕かれたその左腕はされるがままに古泉の脚と衝突し、二の腕がひしゃげる。
だが、そこまでだった。女性の体くらいならばきっと簡単に吹き飛ばすであろうその一撃を、赤神オデットは有ろう事か動力として利用した。
右足を軸に、ワルツのように。裾の長いウェディングドレスが夜の中に大輪の白百合を咲かせて、回る。
そして一度古泉から背を向けたその美貌が舞い戻って来た時、その右手に握られていたものは……さっきまでずっと左手に携えていたレイピア。
正しく、言葉通りの「剣の舞」。

「常に美しくあれ。可憐であれ。イリア姉さまが私に教えてくれた事です」

夜に白銀の刃が舞う。少年の右方から容赦なく襲う狂気の凶器。その速度は回し蹴りを終えたばかりの古泉には後退すら許さない。

「彩ってあげましょう」

そう、例えば。古泉の右腕が使えたのならばまだ防ぐ手段は有ったのかも知れない。
もしくは、左腕で右腕を庇ってさえいなければ何かが出来たのかも分からない。だが……だがそんなのはもしも、でしかない。
実際に古泉の肩口は血だらけなんだ。コートの上からでも分かるほど、それは出血を強いられているんだ。
古泉は悔しそうに歯噛みして、残念です、とそう言った。弱音はハッキリと、俺の耳に届いた。
残念? 何が!? 俺たちを守れなかった事か? そんなんはどうでもいいから、こんな時まで自分の事より団員の事を優先させてんじゃ……格好良過ぎんだろうが、副団長テメエ!

「すいません、オデットさん」

迫り来る刃を受け止めて、古泉は言った。
「血の滴る」「負傷したはずの」「右腕を上げて」、古泉は言った。

「痛がっていたのは全部、演技でした」

笑う。それは『優しい嘘』、その本領発揮の微笑み。

30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:46:32.69 ID:IClwZiHj0
よく考えれば。あんな小さな弾を撃ち込まれただけで血があそこまで噴き出すだろうか。冬に、コートを別にしても三枚は着ている服を抜けてコートの外にまで血が滴るものだろうか。
そして、なぜ古泉はずっと右肩を左手で押さえていたのか。俺はそれをずっと出血を抑えていたのだと勘違いしていたが。それが。
血糊を肩口で押し潰しているだけだったとしたら、どうだ?

「え!?」

「まったく、夜で助かりましたよ。流血に不自由しない貴女ですから、日中の明りの下でしたら本物の血液ではない事に気付かれてしまっていたでしょう」

どこからが演技なのかは俺には分からない。痛がっていたのが演技なのか、撃たれたのすら演技なのか。いや、古泉はさっきそういやこう言ってやがったっけ。
「全部、演技でした」ってな。
だとしたら……なんて役者だ。なんて道化だよ、あの超能力者は! ハルヒの前での嘘吐きっぷりすらその才能の片鱗でしかないんじゃないだろうかと俺は勘繰っちまうぜ?
ああ、そうだ。それこそが古泉一樹がハルヒの隣に居る人間として選ばれた理由なんだろう。誰が付けた呼称か知らねえが、上手い事言いやがるモンだと俺は感心しちまうじゃねえか。
「優しい嘘」。
ああ、すっかりしっかり騙されちまって逆に清々しい気すらしてくるっつーの。

「そん……な」

「コートを着ている時点で怪しんで下さいよ。これだから最近のプレーヤは困ります。大戦争の頃ならば防弾装備なんて必要最低限だったというのに」

ドサリ、美女の上半身が力を失って古泉に凭れかかる。その腹部には少年の左手が突き刺さっていた。よく分からんが格闘漫画なんかでよく見る当身ってヤツだろうか。

「戦場でファッションを楽しむのは、僕に言わせればプロとは言えません」

古泉は赤神オデットの体を地面にゆっくり横たえると、こちらを振り向いて俺に笑いかけた。

「まあ、僕はどこにでも居るちょっと神に選ばれただけの男子高校生ですけどね?」

お前、ここまでやっといてその言い草はちょいと嘘吐きが過ぎるんじゃねえの?

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:51:18.80 ID:IClwZiHj0
以前気絶しっぱなしの朝比奈さんを背に負って歩く俺の、隣を古泉は歩いていた。
いわく、心苦しいがいざという時に自分は戦わなければならない為に朝比奈さんを背負っては歩けないとの事だ。いや、今しがたまで謎のホラー美女と大立ち回りやらかしてたヤツにそこまでさせるのは流石に俺だって出来ねえよ。
それに、ま、これはこれで役得ってヤツだしな……現状が緊急事態でさえ無ければ表情筋を一筋残らず弛緩させていてもおかしくはない。
しっかし、去年の七夕(正確には四年前の七夕になるのだろうか)以来だよな、こうやって朝比奈さんを背負うのも。
なんかちょっとした既視感だぜ。

「なあ、古泉」

「はい、なんでしょう?」

「さっきの、赤神オデットさんだっけ? あの人はあのまま放置しといて大丈夫なのか? ウェディングドレスっつーのは着たこと無いが」

着た事が有ってたまるか。着る予定も無い。

「どんくらい暖かいか知らんし、真冬に放置して凍死されてたりしても寝覚めが悪いんだが」

俺がそんな事を言うと古泉は笑った。

「ふふっ。貴方は本当にお優しいのですね」

「そんなつもりはねえけど。だが、少年Aにはなりたくないぜ?」

今しがた殺されかけた相手に対して何言ってんだ、ってのは分かる。分かるけど、それにしたって……なあ。殺されるのも嫌だが殺 すのだって同じくらい嫌だ。普通の感覚だよな、コレ?

「機関には連絡してあります。空間製作……今、この裏路地は少々特殊な状況になっているのですが。しかし、それにしても魔法ではありませんので彼女が凍死する前には回収も済むかと」

「そうかい。ああ、そうそう。その空間製作ってのに関して俺はまだ聞いてないぜ?」

一体どんなシロモンなんだ? やっぱり閉鎖空間だとか局所的非侵食……なんだったかな、ごちゃごちゃした名前の長門が創るアレ。あんなんの類似品か?

「空間製作……そうですね。どうやって説明したものでしょうか。貴方は富士の樹海ではコンパスが狂うという話をご存じですか?」

「あー、聞いた事くらいは有るな」

確か、その樹海の土やら石やらが磁力を持っていてそれでコンパスがぐるぐると迷子になっちまうんだっけか。

「ええ。同様に磁力は人の方向感覚にも微細にでは有りますが作用します。ただ……微細ではあれ微に入り細に入りすればそれは十分に人から方向感覚を失わせる事が可能です」

「つまり、磁力が原因なのか」

そりゃまた学園異能バトルみたいな話だな。磁力怪人でも出て来るのかよ、次は。

「原因の一部、ですね。他にも色々な技術を用います。例えばあのゴミバケツ。一見何の変哲も無いものですが道を二度曲がって、その後にアレと同じものを同じ配置で見たら人はどう思うでしょう?」

「自分が同じ所をグルグル回ってると、そら思うわな」

俺が答えると古泉は一度指を鳴らして、そしてピストル型にした内の人差し指を俺に向けた。芝居掛かってるにも程が有るだろ、その仕草。

「ええ。実際はまったく同じものが二つ用意されていただけにも関わらず。そういった人間の錯覚心理、その他諸々を利用して人を遠ざけ人を誘導し、自分の思い通りのシチュエーションを創り出す。それが空間製作技術です」

なるほど。魔法じみちゃいるが、その中身はどっちかっつーと粋を凝らした手品の枠内ってこったな?

「はい。閉鎖空間や長門さんお得意の局地的非侵食性融合維持空間とはまるで別物です。そういった理解でいいでしょう」

そっちはびっくりどっきりくっきりはっきり魔法の類だもんなあ。ま、どっちにしろ非常識なのは変わりない。

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:55:00.23 ID:IClwZiHj0
「ええ。非常識極まりありません。ちなみにこうやって貴方に種明かしをしている僕ではありますが、その道のプロではないので正直貴方と逸れないようにするのが精一杯なんですよ、これでも」

そうかい。そりゃ……って、おい、ちょっと待て古泉!?

「気付きましたか。僕たちは危機から逃れたつもりでいて実はまだ敵の術中、その只中に居るのです」

一難去ってまた一難は時間の問題と来たモンだ。いい加減にして家に帰しては貰えんだろうか。俺のウキウキ年越し一人っきりハッスルしてやるぜ計画をなんでこんな形で裏切られにゃならんのだ。

「ですが、ご安心下さい。僕が居る限りは貴方と朝比奈さんには……おっと」

古泉の出した左手が俺の歩みを制する。なんだなんだ。また何か出やがるってのか、コンチクショウ。出るなら出てこい。でも、出なかったら出ないでくれても構わない。いや、むしろ出ないでくれ。

「後ろに下がって下さい。敵との間に必ず僕を挟むように動いて貰えたら、非常にやり易いのでよろしく」

「オーケー」

朝比奈さんを背負ったままにムーンウォーク。なんだか厄介事を全部古泉に押しつけちまってるようで気分は悪いが、仕方ない。あんな人外魔境を相手にして俺なんかが何を出来るのかって言ったら両手を上げて壁を向く事くらいしか残ってないしな。

「……そこの角に潜んでいるのは分かっています。どうかお顔を拝見出来ませんか?」

優しげな響きさえ持った超能力少年の求めに応じて、道の影から一人の男が姿を現す。
まるで、舞台劇でライトアップされた役者のような、しかしどこにでも居そうな取り立てて特徴の無い、しかししかしソイツが纏っている雰囲気だけは役者、それも主演役者のような。
視界に浮かび上がって見えるとでも表現すればいいのだろうか。俺にはちょっとその男を形容する言葉が出て来ない。
それでも。
それでもあえて足りない語彙で表現するとしたら。
位置外。
そこに居てはならない。
世界にそんな人間が存在していてはいけない。
なぜか、そんな感情をこちらに抱かせる、ソイツはそんな男だった……って、アレ?
この説明文、今日二度目じゃね?

「やあ、奇遇だね。……いや、戯言だったかな。木の実さんの仕業だろうから必然と考えた方がいい」

「いーさん!」

朝比奈さんを背負っている為、走り寄る事こそ出来なかったが俺は心の底から安堵していた。去年の十二月、光陽園高校の前でハルヒを見つけた時のような心持ちだったと言えば俺がどれだけ心細かったか、どれだけこの再会に安心したかがお分かりいただけると思う。

「おや、無事だったかい。それは十全。人数も増えているみたいだし、流石は『鍵』と言ったところかな。ぼくが心配するまでも無かったみたいだ」

カツカツと歩み寄る戯言遣いに対して、しかし警戒を解いていないヤツが一人。古泉だ。そういやまだいーさんの事を説明していなかったな。

「……この方は?」

抜け目無く、いーさんからは死角に置いてある左手に拳銃を忍ばせながら副団長が問いかけてきた。俺はいまだかつてこんなに血生臭い展開には幸運にも出会った事がないので、そこに違和感を覚えちまう。
が、状況を考えればきっと古泉の対応は間違いではないのだろう。

「人に名前を尋ねる時は先ずは自分の名前を名乗るのが筋ではないのかい、古泉一樹くん。玖渚機関、弐栞所属の鬼札。ブラフイズブラインド。一番の切り札がブラフとは悪くないジョークだとぼくも思うよ」

一歩、また一歩と踏み出す戯言遣いと後ろ手で拳銃のトリガに指を掛ける古泉。場に緊迫した空気が流れるも、いーさんはどこ吹く風で歩みを止めない。

「……名前を知っている方相手に、自己紹介は時間の無駄でしかないでしょう」

「お、おい、古泉」

「貴方は黙っていて下さい」

ぴしゃり叱咤される。その男が味方である事を告げるタイミングが、ああ、切り出せる空気じゃねえ。

「君こそ黙るんだ、古泉一樹」

「なっ!?」

「弐栞は玖渚友に絶対服従しろ」

いーさんがそう言った、次の瞬間古泉が片膝立ちで頭を垂れた。まるで、ここが中世ヨーロッパで王の前に出た騎士のように。

「イエス、マイロード」

騎士、そのままに。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:56:24.94 ID:IClwZiHj0
「良い忠犬ぶりだ。玖渚機関の『情報操作室』、弐栞らしい掌の返しようだね」

「勿体ないお言葉です」

古泉はその姿勢のままに動かない。頭を上げる事も無く地面に向けて言葉を発するが……どういうこった? 玖渚ってのはコイツが所属してる機関の正式名称で……ダメだ、分からん。

「だが、いけないな。古泉くん、君は間違えたよ。『玖渚友』の名に反応してはならなかった。君が弐栞なら尚更ね。トップシークレットはそれを知っているという事すら隠されねばトップシークレットとは言えないだろう。
情報操作、情報捜査が弐栞の仕事だけど、それは全てを知る権利を許されていると勘違ってはならないんだ。そうじゃない。そうじゃないんだよ。まあ、君の知るところだろうと名前を出したぼくもぼくだけどさ」

戯言遣いが古泉に近寄る。超能力少年は微動だにしない。

「以後、肝に銘じます」

「いいね。いい返事だ。ああ、顔を上げていいよ。ぼくだって玖渚の所属じゃない。壱外だから君とは同列だ。ただし、青色サヴァンの名を口に出す事がぼくには許されている。この事から大体事情は察して貰えるだろう?」

悪いが部外者の俺にはさっぱり分からんぞ、いーさん。第三者置いてけ堀ってそれは……まあ、そんなん今更か。

「はい。……もし宜しければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

顔を上げる事を許されたにも関わらず地に視線を落とし続ける古泉が言う。それにいーさんは一つ頷いた。

「名前は知らない方が良い。弐栞に戻ってからも詮索は控える事をオススメするよ。君の為にね」

ビクリ、古泉の肩が震えた。

「……もしや、貴方の二つ名は」

「『なるようにならない最悪(イフナッシングイズバッド)』。いや、『戯言遣い』と、こっちの方なら聞いた事くらいあるだろう?」

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:59:52.51 ID:IClwZiHj0
戯言遣いを先頭に歩く俺たち四人。道すがら俺は古泉に耳打ちした。

「なあ、あのいーさんってのはお前が畏まるくらい凄い人なのか? 正直、俺にはその辺に居る普通のヤツとあんまり変わり映えしないんだが」

白ウェディングドレスの殺人鬼に黒スーツでめかし込んだ金属バット、着流しに狐面を付けた長身痩躯や全身真紅の人類最強と今日見た「そっち側の人間」っていうのはどいつもこいつも服装からしてどっか螺子が吹き飛んでいた。
そこに来て戯言遣いはどうだ?
どこにでも売っていそうなちょっと値の張るだけの灰色のロングコートに大型量販店で幾らでも掛っているだろうブラウンのスラックスパンツ。どっからどう見ても一般人にしか見えやしない。
どっちかと聞かれれば俺は間違いなく「こっち側」判定してしまう。
ぶっちゃけ、古泉が傅(カシズ)くようなオーラが見えない訳だが。いや、むしろオーラが無い感じ?

「僕らの業界では生ける伝説ですよ」

どこの業界だ、どこの。いや、やっぱいい。そんなん聞きたくねえ。
深入りしたら今でさえ日常と非日常の境ギリギリに立ってるっつーのに、戻ってこれなくなっちまいそうだし。

「僕らの所属する玖渚機関……壱外(イチガイ)、弐栞(ニシオリ)、参榊(サンザカ)、肆屍(シカバネ)、伍砦(ゴトリデ)、陸枷(ロクカセ)、染(シチ)の名をとばして、捌限(ハチキリ)を束ねて玖渚(クナギサ)。
その全て……世界の政治力の全てをかつて相手取ったただの一般人が居ました。それが、彼。戯言遣いです」

「悪いが、そんな風に言われても正直ピンと来ない。なんか凄いんだな、ってくらいの認識だ」

「そうですね……分かり易く言うならメジャーリーグのオールスターチームを相手にたった一人の野球少年が試合を創り上げたような感じとでも言えば分かって頂けますか?」

……いや、野球は一人じゃ出来ないだろ。ピッチャーやれてもキャッチャーいないんじゃそもそも試合にならん。

「それを試合にしてしまったのです。そこが彼の恐るべき所ですよ」

なんだ、そりゃ? 分身でも出来るってのかよ、いーさんは。いや、さっきから有象無象を見てるから今更驚かんけどな!

「そういう訳ではないのですが……いえ、彼の遣う『戯言』を説明するのは難しいですね。そも説明出来るようなものではありませんし」

「そうかい」

古泉のような説明好きキャラがキャラ放棄をしてまで説明を諦めるっつー事から、俺にもなんとなくではあるがいーさんの遣う「戯言」ってヤツがどんくらい高度な技術なのかはちょっとばかし理解出来た。
果たしてそれは長門の使う情報操作能力とどっちが難解なんだろうね。いや、多分どっちも俺には理解出来はしないんだろーが。

「ああ、そういえば。いーさん」

前を歩く戯言遣いに声を掛ける。彼は足を止めて振り向くと俺を見つめた。

「何かな?」

「俺達の方はさっき『敵』に襲われたんだけどさ。いーさんは大丈夫だったのか?」

俺たちばっかり襲われてそっちが襲われてないとはどうも思えないし。いや、今回の標的は俺(俺たち?)なのだからそっちにはノータッチなのかもしんないけど。しかし個別撃破は戦術の基本だとはさっき言ったよな。
敵の味方はやっぱり敵でしかないだろ。うむ。

「ああ、追い返したよ」

いーさんはあっさりと、至極あっさりとそんな事を……おいおい、マジですか? あんなけったいな集団の一人をそんなティッシュをゴミ箱に捨てるような気軽さで「追い返し」ただって!?

「藤原くんとか言ったかな。十三銃士の第九席。『辻褄併せ(イレギュラーペイント)』なんて名乗っていたっけ」

藤原……藤原。どっかで聞いたこと有るな、その名字。「落ちない落書き(イレギュラーペイント)」……ん? 落書き?
「わたしという存在はこのパラパラ漫画の隅っこに描かれた落書きのようなものなんです」。
あれは、誰のセリフだった!? 思い出せ、俺!

「未来人って本人は言ってたけど、もしかして知りあいだったりする?」

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:01:48.86 ID:IClwZiHj0
藤原。
佐々木団(仮)における未来人で、SOS団における朝比奈さんのポジションにある少年。ソイツの事をようやく俺は思い出す。
アイツまで出演して来てんのかよと愚痴りそうになって、しかし思い直した。
未来人その二の思惑、目的の一部が狐さんのそれと合致していないとは必ずしも言い切れない事実に思い当ったからだ。

「……知り合いですね」

「ええ、残念ながら僕らの知り合いですよ、戯言遣い」

「そう。その様子だと余り良い知り合いではないようだけど、まあいいや。彼には以降、今回の一件には関わらないと約束させてきたからさ。気にしないでもいいと思う」

どうやってそんな約束をさせてきたのかが俺には非常に気になったが、しかしそれよりも口約束くらいで安堵出来るはずもない事の方が先に問い質したかった。なにせ、相手は藤原。未来人だ。
俺の言う事なんか「現地人が」とかなんとか言って取り合う相手にすらしやがらねえぜ?

「信用していい。ぼくはね、伊達や酔狂で戯言遣いと呼ばれ、また名乗っている訳じゃないんだ。ぼくの戯言は言葉の通じる相手でありさえすれば平等に作用する。それが未来でも過去でも。そんなものは関係ない」

言い切るのは、それだけの修羅場を潜っていることの証明なのかも分からん。なんにしろ、いーさんの言葉にはなぜだか信じられそうな圧力っつーか匂いみたいなモンが有った。

「流石です、戯言遣い」

「褒めても何も出ないよ、古泉くん。ぼくは言葉の通じない暴力相手にはとことん無力だからね」

いーさんがしみじみと言った。次の瞬間、俺たちの眼の前の路地が爆発した。
突然の事に目を瞑る。砂煙がもうもうと辺りを覆い尽くしているのが肌に当たる砂の感触や口の中の異物感から分かった。なにが起こったってんだコンチクショウなどと口を開けて抗議する事すら躊躇われる。そんな俺の耳に届いたのは笑い声。

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」

そんな身の毛もよだつ、血の気を与奪自在な、笑い声。

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:05:44.66 ID:IClwZiHj0
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」

ようやく目を開けた時、一番に視界に飛び込んできたのは地面に倒れ込んだ古泉の姿だった。

「古泉!!」

叫んで、しかし駆け寄っても朝比奈さんを負ぶっている状況では咄嗟に手を差し出す事すら出来やしない。何が起こったのかといーさんの方を見れば、いーさんは立ち尽くしていた。いや、立ち竦んでいた。
その向こうには夜の中にあっても輝くような橙色の髪を注連縄の様にぶっとい三つ編みにしたツインテール。アイツが古泉をやったってのか?
音も無く!?

「喧嘩しにきたぞ――友達」

挑発的にそう言って。すっくと立ち上がる。身長は古泉と同じくらいか? 男にも女にも見えるが、それよりなにより「人類最強」によく似ていると。俺はなぜだかそんな印象を受けた。

「……真心」

いーさんが呟く。苦々しく、痛々しい響きを伴って。

「おう、いーちゃん。久し振りだな」

「喧嘩しにきた、ってどういう事だい?」

「ああん? 決まってんじゃね? 俺様気付いちゃったんだよな。まだ戦ってない相手が居るってさ。いっちばん拳を交えるべき相手とまだ戦(ヤ)ってねえよな、って。そこにタイミング良く請負仕事が入っちまったら、これはもう運命だろ、ウンメー」

とりあえずは以前意識の戻らない朝比奈さんを壁に寄り掛かるように座らせて(すいません、朝比奈さん)、古泉の様子を窺う。口元に手を当てて呼吸は……とりあえず息はしてるな。辛そうな感じもない。
古泉のコートにも裂けた感じはない事から外傷もどうやら無さそうだ。

「人類最終ばーさす人類最弱。今までずっと有りそうで無かった対戦カードだろ。げらげらげらげら!」

人類最終。オレンジ髪のツインテールはそういう二つ名なのだろう。人類最弱ってのがいーさんを指すのは何度か聞いたし多分間違いあるまい。だが。問題はそこじゃない……よな。
人類最弱ってのはいっちばん弱いってこったろ。人類最終ってのがどれだけ強いのかなんてのは知らないが、しかし最弱よりも弱かったらそれはそれで問題有りだと俺は思う。そんなんなっちまったらいーさんは看板の付け替えが必要だ。
「弱い」とは「勝てない」ってそういう意味だ。喧嘩であれ、なんであれ。勿論、この俺に古泉を音も無く昏倒させたような化け物を相手に出来るような度量もスキルも有りはしない。
あれ? 詰んだんじゃねえの、この状況?

「真心、君、本気で言ってる? 君とぼくが本気で戦ったら無事じゃ済まないよ?」

「そりゃあ、いーちゃんは無事じゃ済まねえだろうけどよ。俺様だって別に無事で済む気もねーし、むしろいーちゃんがそこまで善戦してくれたら俺様にしてみりゃそっちの方が面白いからどんどんやれっての」

「そっか。それじゃ、もう一つ。君、何しに来たの?」

「喧嘩」

「いや、そうじゃなくて。質問が悪かったかな。誰に頼まれて来たの?」

「そんなん俺様に仕事をさせられるって言ったら人数は限られてくるだろ。いーちゃんなら大体察しは付いてんじゃねーの?」

「ふーん。なるほどね。そっか。分かった。なら、戦(ヤ)ろう。ぼくは今日中にもう三人ほど相手にしなくちゃいけないみたいなんだ。残念だけどね、君に時間を割いてはいられないんだよ」

いーさんは、人類最弱は平然と宣戦布告を口にする。俺にはその発言が自殺志願にしか聞こえない。けれど。
何も言えないのは、いーさんが自信たっぷりにそれを口にするから。戯言遣いの言葉は、なぜだか信じてしまいたくなる不思議な力に溢れていて。俺はそこに賭けてみたくなる。

「余裕じゃねーか、いーちゃん。綽々じゃねーか、いーちゃん。だがな、始まった途端に『参った』なんて戯言遣っても、それこそ許さねーかんな俺様は」

「分かってるよ。君を退屈させたりはしない。友達だからね」

「げらげらげらげら! 戯言だな、いーちゃん」

「ああ、そうさ。だけど君の存在も大概戯言だよね。考えてもみなよ。ぼくが、この無力にして卑劣な戯言遣いが人類最悪を相手にするって言うのに友達に助力を請わないと思うかい?」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:08:00.03 ID:IClwZiHj0
オレンジ髪の挑発的な太い眉がへの字に歪む。

「……何が言いたいんだよ、いーちゃん」

「友達のピンチには友達がやってくるものなのさ、そうだろ、想影真心?」

応える声は、遥か上空から聞こえた。

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」

その笑い声は、彼方上空から響いた。

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」

着地する。今度は砂煙は上がらない。本当に、本当の「なんでもできる」とはこういうものなのだと俺は知る。
どれだけの高さから落ちても、地球の重力をすらなかった事にして自身も地面も無傷で降り立つ。それは最早非常識なんて言葉すら使うのが安っぽ過ぎて躊躇われる、異次元の生き物の在り方。

「誰の求めも無視して友達の危機に馳せ参じるのは、類友なのかな、これは」

「戯言だぜ、いーちゃん。げらげら!」

夜の中にあっても輝くような橙色の髪を注連縄の様にぶっとい三つ編みにしたツインテール。ソイツは馴れ馴れしく戯言遣いを後ろから抱きすくめて、そして言った。

「喧嘩しにきたぞ――友達(ディアフレンド)」

鏡映しの想影真心。二人目の人類最終の登場だった。って、これどうなってんの!? やっぱ分身!?

「悪いね、真心。仕事の依頼が有ったんだろ?」

目前の想影真心を見ながらいーさんは自分を抱きしめている想影真心に向かって言う。いや、だからこれどうなっちゃってる訳!? 双子!? ねえ、双子なの!? それともやっぱり今回も俺ばっかりが事情も分からず捨て置かれる感じでファイナルアンサー!?

「べっつにー。最近、小唄のヤツも俺様からのお願いを無視しまくってくれてたし、一回ぐらいこっちから無視してもいいんじゃね?」

想影真心はその髪と同色のオレンジをした瞳に想影真心を映しながらそう応え……ああ、もう説明したってごっちゃになってめんどくせえ! こっから想影真心(先)と想影真心(後)ってそう言う事にする! します!

「ふうん、今回真心に協力を要請したのは小唄さんか。そう言えば小唄さんにももう一年くらい会ってないな。でもさ、一体ぼくがこんな事に巻き込まれてる、世界が危機に陥っているってタイミングで小唄さんは何を真心に頼もうとしたんだろうね」

「そんなん俺様が知る訳ねーし。けど、そっちの俺様ならなんか知ってそうだな」

想影真心(後)といーさんの掛け合いは淀み無く。まるで事前に打ち合わせでも有ったみたいにするすると続く。

「そう思わねえ、いーちゃん?」

「ああ、同感だよ真心。にしてもライダーVS偽ライダーなんて古典中の古典じゃないか。誰がマッチメイクしたかは知らないけど、ソイツはよっぽど王道が好きなんだろうね」

ライダーVSライダーなら分かるが、偽ライダーってなんだ? そんなん仮面ライダーに居ただろうか。……分からん。

「いやいや、どっちが偽ライダーだよ、いーちゃん」

「そりゃ、負けた方に決まってるだろ、真心」

「違いねえな。げらげらげらげらげら! って訳で俺様のそっくりさん。どうもいーちゃんは忙しいらしいからピンチヒッターって事でおめーの相手は俺様だ。人類最終ばーさす人類最終。げらげら! これって戯言じゃね!? 生きてるのもそうつまんねー訳じゃねえな!」

そう言って想影真心(後)は、いーさんから手を離す。

「いーちゃんの友達はこれだから辞められねえ」

その笑顔は俺を敵と認めた時の人類最強にそっくりだった。

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:09:47.03 ID:IClwZiHj0
「……ふう」

想影真心(後)が出て来てから一言も喋らなかった想影真心(先)が口を開いて最初に出たのは溜息だった。

「まったく、そういう事だったのですね。人が悪いですわ、お友達(ディアフレンド)。最初から分かっていたのでしょう? こちらとしては真心に連絡が付かなかったからの苦肉の策だったのですけれど、はあ、まったくこんなものは十全ではありません」

その口から出てきた声は、先ほどとは打って変わっての美声。まるで歌うように想影真心(?)は続ける。

「いいでしょう。ここからでも挽回出来ない訳ではありません。それに……悪い子を躾けるのは母親の役目ですね。まったく、哀川潤も大変な子守をわたくしに押しつけたと思いません、お友達?」

「いいえ。一度引き受けた事を後から云々言うのは貴女らしくありません。そういう甘ったれた事を安易に言うのはやめたらいかがですか。みっともないでしょう、小唄さん?」

小唄、と呼ばれて想影真心(先)が顎の辺りを引っ張って皮膚をむしり取……アレ、見た事有るぞ、俺。ルパン三世がよくやる変装ってヤツじゃねえ? そうそう。あんな感じで顔の上に被ってた特殊メイクじみた顔をはぎ取って中から……中から出て来たのは眼鏡美人。
……いや、なんで眼鏡がマスクの下から出てくるんだよ。物理的に有り得ないだろ、それ。

「……戯言ですわね、お友達。屈辱ですわ」

三つ編みは変わらずだが、その色はアメジストを彷彿とさせる深い紫。その頭にハンチング帽を載せて彼女は、俺に、向き直る。

「初めましてですわね。自己紹介をさせて頂きますわ」

いつの間に着替えたのか。全身を動きやすそうなデニム地の服で覆い、足元は編上げの洒落た登山靴。恐らく、これが彼女の本来のファッションなのだろう。その格好は勝気そうな美女の強い意志を湛えた眼によく似合っていた。

「わたくしは石丸小唄。人呼んで『大泥棒』。お察しの通り十三銃士の、その第五席ですわ。よろしくお見知りおきを、私の敵(ディアエネミイ)」

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:34:24.61 ID:IClwZiHj0
大泥棒。耳慣れた単語のような気がするが、それは恐らく猿顔の某三代目が余りにも有名な為であり、しかして実際の現在日本にはそぐわない言葉なのは俺でなくても首を縦に振る所であろう。うむ。
暗殺者だとか殺人鬼だとか、なんかここに来てハルヒの願望実現能力が暴走を始めたんじゃないかと思う程の現実感の無さじゃないか。それとも、俺が知らなかっただけでこういう世界も粛々と存在してきた、っていうのか?
どこで「あちら側」と「こちら側」がクロスしたのだろう。ああ、考えるまでもねえ。交点はいつだって一つ。
涼宮ハルヒ。
「あちら」と「こちら」の橋渡し。今まで辛うじて保ってきた絶妙なバランスが、絶妙だったが故に崩れただけなんだ。
つまりこれは、紛れも無い現実。

「大泥棒……ですか」

しみじみと噛み締めるように口にした俺の言葉に、石丸小唄は満足げに頷く。

「ええ。泥棒ではありません。『大』泥棒です。お間違えなきように、私の敵」

どうやら彼女はその辺りに拘りをお持ちのようだ。機嫌を態と損ねる必要性も感じられない俺は言われるがままの呼称を利用して彼女に質問をした。

「それで、その大泥棒サンとやらが一体どうしてハルヒを狙ってやがるんだ?」

当然の疑問。俺と石丸さんの間で草むらから隙を窺う肉食獣よろしく臨戦態勢バリバリの空気を漂わせている人類最終、想影真心の肩がピクリと動いた。

「おい、お前。理由なんて聞いたら戦いづらくなるだけって知らねえのか? それとも俺様の楽しみを奪おうとしてるんじゃねーよなあ?」

滅相も無い。怪物クン同士の争いなんか俺に出る幕は無いだろうし、干渉どころか緩衝すらままならんだろうさ。
だが、それでも。目の前で血みどろの殺し合いが始まろうとしてるかも知んねえってのに、観賞するだけなんざ真っ平ごめんだ。
俺は、聞いておきたい。
なぜ、戦わなければならないのか。なぜ、涼宮ハルヒなのか。
話が通じるのなら、心は通じ合わなくとも、筋は通すべきだとは思うんだよ。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 21:52:22.50 ID:IClwZiHj0
「真心。彼の言うとおりだよ。ぼくも聞いておきたい。小唄さん。貴女は……貴女みたいな方がなぜ『ならないようになる災厄(ナッシングイズグッドイナフ)』を欲しがるのか。その力を何に利用しようとしているのか。
望めばなんだって盗めるでしょう。それが大泥棒であると以前にぼくは貴女本人から聞きました」

nothing is good enough.(思い通りになどなりはしない)

「それがなぜです?」

眼を細めて、蟲惑的に大泥棒は微笑んだ。それは、「ハートを盗む」事すら容易に行えそうなうっすらとしていながらも力強い笑みだった。

「勘違いをしていますわね、お友達」

石丸小唄は言う。

「私は何も欲してはいません。ええ、お友達の言うとおりですわ。欲しいものが有れば盗み出せば良いのです。掠め取る事こそが大泥棒の誇りであり生業です。しかし、卑しい職業であるからこそ大泥棒には職務とも言うべきものが存在しています」

ドロボウのお仕事。

「身に余る力に振り回されている少女が居れば、その少女から力を掠め取り普通の女の子へと戻してあげる」

石丸小唄はまるで歌うように、それが当然と言い放つ。

「これはみんな、ドロボウの仕事ですわ、お友達」

どうかこのドロボウめに盗まれてやって下さい。そんな台詞を俺が思い出すのに三秒とかからなかった。そして――そして。その台詞が使われた映画の主役である泥棒は誰が見ても正義の味方であった事をともに思い出すのも忘れずに。
もしかして、俺が悪役なんじゃないのかと。その疑念が寄せては返す波のようにぶり返す。

「ですので、私はいかに真心相手とは言え退く訳には参りません。私が私である為に。石丸小唄が大泥棒である為に」

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 22:06:21.30 ID:IClwZiHj0
足元を揺るがされている、そんな気がした。不思議を望んだハルヒと普通であり続ける日常と、宇宙人未来人超能力者なんて単語が飛び交う非日常とを天秤に掛けて後者を選んだ俺。
石丸さんは、大泥棒はその俺に突き付ける。言葉にせずとも詰問する。
そんな我侭が罷り通ると思っているのか、と。
そして今、目の前に展開されている非日常。人と人が殺しあっていてそれを当然と許容する戯言遣いの存在。これを……これが俺の選択の延長線上に有ったものだ。不思議を捨て、普通の高校生として、普通を求めていれば選んでいればこんな事態にはならなかっただろう。
古泉一樹。倒れている超能力者の本懐は涼宮ハルヒの願望実現能力の消失。そう言っていた。聞いていた。
聞いていながら。
あの十二月、「そっちの方が面白いから」と理不尽で驚天動地な世界に戻ってきた俺。
古泉のヤツも言っていたじゃねえか。血で血を洗う抗争が続けられている、って。そう言っていたじゃねえか。それなのに。
その不思議に何が連なっているかを考えもせずに俺はあの冬の日、エンターキーを押した。
つまりこれは自業自得。
ハルヒを長門を朝比奈さんを古泉を。
有象無象の振るう凶刃の先に置いているのは、置いちまってるのは。
誰あろう、この。
俺自身だったって事。
言われないと気付けないなんて。
最悪なのは。
誰よりも最悪なのは。
俺だったって、ははっ、なんだよ、このオチは。

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 22:30:06.77 ID:IClwZiHj0
知らず、俺の足は前に出ていた。本来ならば止めるであろう古泉は地に伏して。朝比奈さんは眠り姫だ。誰に阻まれる事も無く、俺はオレンジの髪をした人類最終、想影真心の横を素通りする。

「待つんだ」

「待たない」

戯言遣いの引き止めを一蹴して、前に出る。十三銃士、第五席。大泥棒と相対する。二人の間には、夜の闇以外、何も無い。
ハンチング帽の彼女がその気になれば、きっと俺の命くらい簡単に盗んでしまえるんだろう。それでもいい。いや、良くないが。だが、命云々言うよりも大切な事ってのは確かに存在するんじゃないだろうかと俺は考える訳で。

「教えてくれ、大泥棒」

命より重いものは無い、と言ったのはどっかの宇宙飛行士だったか。でも、それは違う。綺麗事で、戯言だ。
命よりも重いものを探すために、俺たちは産まれてきたんだろう。

「アンタは、正義か?」

「正義。正義ですか。何を言い出すかと思えば。『鍵』。そんな甘っちょろい言葉は子供しか使いませんわ」

正義はどこに有る? 正義はどこにも無い?

「私は私のエゴに従い盗みを行う。そもそも質問する相手を間違えているでしょう。泥棒に正義などと。縁遠いにも程が有ると言うものです」

「だけど、それにしたってアンタはそれが正しいと思ってるから泥棒するんだろ? なあ、俺にはアンタが不正を好んでやるようにはどうも見えないんだよ。話せば分かる、って思ってる訳でもない。だけど、自分にとってすら正しくないと思っている事をやらなきゃならない、そういう立場には俺には思えない」

それは俺が目の前の美人にワルサーP38を愛用するあの三代目を重ねちまってるからそう思い込んじまってるだけなのかも知んないけど。

「だから、聞くんだ。アイツの力を知りながらその傍に居て不思議を享受していた俺は」

一人でそっぽを向いてそんなのに興味は無い風を装って、その実しっかりと楽しんでいたこの俺は。

「取り返しのつかないくらいに『最悪』だったりするのかい?」

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 23:08:58.70 ID:IClwZiHj0
俺の表情から何を読み取ったかは分からない。石丸小唄は俺の眼を見つめた。紫水晶をそのまま填め込んだような透き通った眼で。
その濁りない眼は、その持ち主が決して話の通じない相手ではない事を俺に教えてくれている。

「……なるほど。私の敵。貴方は涼宮ハルヒの力の成り立ち、もしくはそれを消失させられるかも知れない機会に立ち会った事があるのですね?」

「ああ」

そしてたった一人、俺のエゴでそれをこの世界に遺した。遺恨、と言い換えても過言じゃあない。
誰かが傷つくような未来なんて、想像だにしなかったってんだからお笑い種だ。どこまで明るいんだよと嘲られようと俺には一言も返せやしない。ああ、俺は馬鹿だ。分かっちゃいたけど、大馬鹿野郎じゃないか。

「俺のエゴで、そのせいでこの世界じゃまだ不思議が存在し続けてる」

奇々怪々が闊歩してるのだって、俺に責を求めた所で間違いじゃあないんだろう。
気付いちまったら、後悔ばっかが湧いて出てくる。もしかしたら目前の大泥棒に断罪して貰いたかったんじゃあないかとすら思う。けれど、大泥棒は首を振った。

「それがどうかしましたか?」

至極、あっさりと。

「さっきから聞いていれば何様のつもりですか、私の敵。自分のエゴで世界が狂ったなどと考えているのだとしたら、人を馬鹿にするのもいい加減になさいと言わざるとえません。どこの誰がエゴに則った行動をしていないと言うのです。
社会とは誰か一人だけによって作られるものではない。その事すら分かってないのでしょうか? それぞれがそれぞれの行動で作り上げているのが社会です。誰か貴方に責任を求めました? 少なくとも私は私の世界の責任を自身以外に求めた事などありません。
自分のせい? まるで世界が自分のものであるかのようなその言い草。思い上がりも甚だしいとはこの事ですわ、私の敵」

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 23:54:59.38 ID:IClwZiHj0
「……え? いや、でも」

「でももヘチマもありません。貴方が後悔するのは大いに結構。ですが、その理由に他人を持ち出すのは止めて頂きたいものですわ。知らないところで勝手な理由で謝罪されても哀れまれても、苛立つだけでしょう。
私の前に出て来た度胸は買いましょう。しかし、そこまでですわ、私の敵。その様子ですと? 私に断罪されたかったようですが、生憎子供の相手を好き好んでするのは泥棒ではありません。そんな理由で戦われても迷惑ですわ」

安易に許してすら貰えない、って事かよ。

「いいえ。エゴは許容されるべきだと言っているのです。人に迷惑を掛けるなと言われて育ちましたか、私の敵? でしたら真理を教えてあげましょう。人の迷惑など顧みるな。意味が分からなくも、ないでしょう?」

大泥棒は無茶苦茶な事を言っている、言われているはずなのにそれがなぜこんなにも正しく聞こえるんだ? くそっ。
本当に迷惑ならば。例えば俺自身を振り返ってみれば。さんざハルヒに対して斜に構えていた俺だって、それを本当に許容出来ない程に迷惑だと感じていたのならいつだってアイツの隣を離れられたはずなんだ。その時間は幾らでも有った。
アイツが傲慢だってのも確かにその通りだよ。だけどさ。毎度毎度放課後に文芸部室に足を運んでいたのはどこのどいつだ? 死刑だからって脅されて、けど死刑どころか手を挙げられた事すら……そうだ、一度たりともハルヒはその一線は越えちゃこなかった。
暴力的ではあっても、横暴ではあったとして、けれど暴力は振るわなかった。
迷惑を被った、なんて愚痴った所で所詮、その迷惑はこっちが切り捨てなかったからであって。ハルヒに責を負わせる事なんて出来やしないんだ。
同じ事が俺にも言える。大泥棒はそう、言ってやがる。
だけど、本当にそうか?
俺は世界を否応無しに巻き込んだんじゃ、ないのか?

「……戯言だ」

「先ほど、貴方は自分のせいで不思議が存在していると言いましたね。それは恐らく『こちら側』を『不思議』と感じた上での発言でしょう。殺人鬼、人類最強、なるほど。確かに不思議かも知れません。ですが。
ですが、私達は自分でそうなったのです。大泥棒が現代日本に存在するのが不思議? 不思議と思われるのはそちらの勝手ですわ。私、石丸小唄は、自ら望み、欲し、得て、大泥棒になったのです。それは不思議でもなんでもありません」

不思議だと思われるのが不愉快だと、そう言って石丸小唄は……。

「……そっか。そうだよな」

「血の滲む努力をして大泥棒に『成った』私は不思議でもなんでもなく、そして貴方とは何の関係も、有りませんわ」

大泥棒は俺の中の罪悪感を「盗み」やがった。

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 00:23:00.17 ID:l1nLUIO70
「……分かったら下がりなさい、私の敵。貴方を見ていると歯痒くて歯牙に掛けるのすら躊躇いますわ」

言われるまでもない。なんっつーか毒気を抜かれちまった感じだ。いや、盗まれたんだろうな。すり足で後ろに下がりながら俺は言う。

「ああ。ならアンタ相手に歯が立ちそうなヤツとタッチ交代だ」

引き下がるっつーか、逃げ帰るっつーか。そういう情けない単語が頭の上を回っている、そんな俺であっても隣合った戯言遣いは「お疲れさま」と声を掛けた。

「そもそも、ぼくたちの出る幕じゃあないさ」

「……そうかい」

「待たせたね、真心。準備は良いかい?」

「は! 誰に向けて言ってやがるよ、いーちゃん。待たされまくって俺様、ゲージ百パー溜まってるぜ?」

指を鳴らしながら真打登場。橙の髪を煌びやかに振り乱しながら戦場へと躍り出る想影真心はどこか芸術作品みたいな、完成された美をその立ち居振る舞いに滲ませていた。
なるほど、人類最終かい。そりゃ完成していて当然だ。

「そんなら戦(ヤ)ろうぜ、小唄。俺様、最初っから超必ぶっ放してくからそのつもりでやれよ? 開始三秒で終わってたら文字通り話になんねーかんな! げらげらげらげら!」

「……ふう、全く迷惑な子供ですわ。どこで育て方を間違えたのでしょう? 十全ではありません」

そうは言いながらも、その頬に薄く浮かんだのは笑み。そうだよな。迷惑ってのは自分から背負い込んでいくもんだ。
好きで飛び込んでいくモンなんだ。
俺がそんな事を納得して頷くよりも早く、戦闘は始まった。

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 00:51:49.85 ID:l1nLUIO70
あっと口から出た時には既に想影真心は大泥棒の懐へと入り込んでいた。瞬間移動でもしたように忽然と消え突然に現れる。これまで短距離最速の生き物はチーターだとずっと思っていたのだが、どうやら今夜は常識ってヤツを脳みそからまるっとゴミ箱にドラッグしなきゃならんようだ。

「開始から飛び込むのは無策も良い所だと教えたでしょう、真心?」

「策なんか練るのは弱虫だからだぜ! げらげらげら!」

叫んで人類最終の右腕が消える。いや、消えたように見えるだけか!? 速過ぎて!? オイオイ、赤髪オデットの時でさえ「見えない」なんて事は無かったぜ? 人類の限界なんてあっさり突破してやがんのかよ……それとも、限界だと思い込んでただけってかい?

「一喰い(イーティングワン)!!」

空気が金切り声を挙げる。自然と耳を覆い隠さざるを得ない爆裂音。おい、何が起こってやがる! 人間にこんな爆音出せる機能は付いちゃいねえぞ!?

「一喰い。匂宮の伝家の宝刀だ。腕を振動させながら振って、その軌道上にあるものを分解する技だよ」

いーさんが解説するも、さっぱり訳が分からん。大体、破壊じゃなくて分解ってなんだよ、そりゃあ。いや、破壊ってだけでも相当非常識だってーのに!
俺が更なる説明を求める、間も無く戦闘は続く。人類最終の豪腕(ほっそい腕してんのは見た通りだが、こう表現する以外にどう表現しろってんだ)を後ろに跳んでギリギリかわした石丸小唄だったが、しかし想影真心は攻撃の手を休めはしない。

「俺様相手に速さで勝てるとか思っちゃいないよなあ! 俺様はどのスペックをとっても人類最終だっつの!!」

まただ。忽然と消えて、そして現れた先はバックステップから着地した大泥棒の、その背後。

「もう一回、ってなあ! 一喰い!!」

想影真心の右腕が振るわれる。石丸小唄は振り返りながら、右腕を振り翳していた。その腕が俺の視線の先で「掻き消える」。

「いただきますわ」

……それはさっき見たばかりの、いや見えなかったが解説されたばかり。におうなんとかの伝家の宝刀。
大泥棒の右腕の挙動は人類最終の右腕と同じ、一喰いのそれだった。
二人の間の空気が引き裂かれて……違う。「分解」されて悲鳴を挙げる!

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 01:07:43.66 ID:l1nLUIO70
二重の破裂音の後、想影真心と石丸小唄は距離を取って対峙していた。なんだなんだ? 何が起こってやがるってんだ? いつもならこんな時、解説役を買って出るはずの超能力者はぶっ倒れたまんまだし、ああ、意味が分からんぞ。

「小唄さんが一喰いに一喰いをぶつけようとして、咄嗟の判断で真心が激突を避けた、って所だろうね」

隣の戯言遣いは落ち着き払った声音でそう言う。

「見えてんのかよ、いーさん?」

見えてるだけでもびっくり人間としてテレビに出れそうな攻防だ。実際、俺には二人の間で何が行われてるのか皆目検討も付かん。なんか見た目だけで「普通っぽい」とか評価しちまったが、しかし戯言遣いはそんな訳でもないらしい。

「いや、見えないよ。ただ、推察は出来るってだけさ。」

「推察?」

「ああ。さっき言ったけど。一喰いって言うのは分解する技なんだ。ぶつけ合えば、例えば刀同士なら鍔迫り合いになるだろうけど、一喰いの場合は両方が肘から上を失う結果にしかならないだろうね」

「なるほどな。石丸さんが一喰いを使ったのはなんとなく俺にも分かった」

「うん。それであのタイミングなら相打ち覚悟しか小唄さんに選択肢は無かったとぼくは思う。けど、二人とも腕はちゃんと付いているし、なら真心が軌道をずらしたんだろう」

睨み合う二人を見ながら呆気に取られる。……腕一本を無くす行動を躊躇なく行うとか、どんな世界だよ、オイ。

「小唄さんが怖いのはそこだけじゃない。彼女、一度見ただけで一喰いの技術を『盗んだ』んだよ。ぼくの知る限り、そんな真似が出来るのは真心くらいだ。もしかしたら真心のコピースキルを『盗んで』いたのかも知れない」

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 01:31:45.93 ID:l1nLUIO70
「なんだ、そりゃ。『盗む』って付けばなんだって有りかよ、大泥棒ってのは?」

そんなん手の付けようがないだろう。こっちが何をしても一見で「盗み見」して、全く同じもので逆襲されるんだろ?
それに「盗む」って言葉がどんだけ汎用性高いと思ってやがる。腕を盗むやら眼を盗むやら、俺でさえちょっと頭を捻っただけで四つや五つ慣用句が浮かぶ始末だ。
オールマイティな単語だよなあ。

「それが出来るから石丸小唄は『大泥棒』なんだろうさ。彼女が戦う所はそう滅多に見れないけれど、自称『哀川潤に並び立つ存在』っていうのは誇張じゃないと思い知らされる次第」

殆ど手詰まりみたいな事を口走りながらも、しかし戯言遣いは決して焦燥しちゃいなかった。どうしてだろうか。想影さんへの信頼? そう言や友達って言っていたしそういう事も有るかも知れん。だが、それだけでは無いような気が、漠然とした。

「やるじゃん、小唄」

「思っていたよりも楽勝そうですわね、真心の相手は。十全ですわ」

「げらげら! そんな事言ってられんのは今だけだっつーの!」

吼えて、想影真心の姿が消える。今度はどこかから現れるという事も無い。路地裏から全く、存在を消した、そんな言葉がしっくりと当て嵌まる。

「……今度は闇口の『隠身』ですか。多芸ですわね」

「見えてたら盗まれるってんなら、見えなくなりゃいいだけの事だろ。なあ、小唄。見えないものは、盗めないだろ?」

どこからかオレンジ色の声が聞こえるも、それがどの方向からだって聞かれたら俺には答えられない。反響してやがる訳でもないだろうが、しかし、それはつまり「隠身」とやらが音の発生源までカバーしてるって事なんだろう。

「愛し子(ディアチャイルド)。成長しましたね」

「褒めるなよ、気色悪い」

「ですが……まだまだですわ」

呟いた石丸小唄の姿は俺の視界の中でゆっくりと、息を吐く。そして、眼を閉じた。

「泥棒相手にかくれんぼなど相手が悪いと言うものです。そして私は大泥棒」

62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 18:45:21.71 ID:l1nLUIO70
石丸さんが身構える。俺は知らず同調して身構えていた。別に石丸さんの標的に今現在俺がされている訳じゃない。けれどそれでも、周りの人間に危機感とか覚悟とかそういった類のものを促して余りあるだけの空気を彼女が放ったからだった。
そういえば。この感覚は哀川さん(だったか?)と同種だな。プレッシャで、雰囲気で相手の行動を束縛する。身と行動を固定させるこの感じ。
身構えたはいいが何かをされようものなら、何の反応も出来ずただ俺の体が崩れ落ちるのは目に見えている。
その人がそこに居る。ただそれだけで周囲の方向性を決めてしまうこれは、スター性っつーヤツだろうか。俺には一生縁の無い言葉だな。
だが。そんな空気の中であっても、動ける人間ってのは少なからず居るらしい。この時はいーさんがそれだった。

「行こう」

二の腕を捕まれて移動を強要させられる。自分の内からは動こうとする意志がネコソギ持って行かれちまっていたが、それでも人間の体ってのは面白いモンで、外から重心を動かされれば転ばないようにと自然、足が出る。
でもって、一度動き出しちまえばまるで金縛りが解けたように口の方もすんなり開くようになるらしい。

「いや、行こう、っていーさん。アンタは友達が心配じゃないのか?」

「心配じゃないよ。ぼくは心配される側であって、心配する側じゃないし。心配、って心を配るって書くんだけどね。心を他に砕けるような人間は得てして自分に余裕の有る人間なのさ。そして、自分に余裕が有るとは言い換えれば強いと、そういうことだよ」

俺が歩き出した事を確認してか、戯言遣いは腕を放す。歩き出すソイツに追従するように足は動いたがしかし、俺は大泥棒と人類最終の戦いに後ろ髪を引かれる思いでいっぱいだった。
だって、想影さんはいーさんの要請とは言え、俺の為に戦ってくれてんだぜ?

「人類最弱に、強さなんて求めちゃいけない」

「で……でも! そりゃあ、俺だってここに居たって何の助けにもならないし、ともすれば足手纏いになるのも分かってるけど!」

背後から怒号が轟く。また激突がはじまったのだろう。それは断続的に路地裏で響き、そして俺の心に響く。だが……だが、戯言遣いの心にはまるで響いちゃいないようだった。

「分かっているなら、実行しろ」

唇を噛み締める事も無く、本当に想影真心の安否になど興味がないかのように、戯言遣いは俺に告げる。

「頭で理解しているなら、心で受け入れるんだ。何を為すべきか気付いたのなら、為すように動かなきゃ何も為らない」

それは「戯言遣い」の口から出ているとは思えないくらいに、的を射た「真言」だった。

「なるようにならないとボヤくのは、何もしていない人だけだよ」

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 19:07:09.17 ID:l1nLUIO70
言って、戯言遣いは古泉の元へと歩く。俺は何も言い返せなかった。確かに、いーさんの言う通り。ここに居ても何も、俺には出来ない。黙って見ていても、世界は何も変わらないなんてそんなん俺だって分かっていたからな。
ただ……ただ、なんか言葉にならないモヤモヤは確かに俺の心に巣食っていた。とは言え、それを言葉に出来ないからこそ俺には何も言い返す事は出来なくて。

「……分かったよ」

結局、言いくるめられる格好になるしかない。これが「戯言を遣われる」って事なのだろうかなどと俺が思案している間に、いーさんは古泉の隣でしゃがみ込んでいた。立ったままでは無いと言う事は蹴り起こすとかそういう暴力的な事はしなさそうだ。
なら、揺り起こすのだろうか? いや、石丸さんが古泉に何をやったかなんてーのは検討もつかないが、大方「意識を盗んだ」ってな所だろう。何にしろ気絶してんだからそう簡単には目覚めないだろうな。これは赤神オデットがそうだった事から言える経験則。
なら、担いでいくのかと。俺が見ている前で戯言遣いはだが、ただ一言呟いただけだった。

「起きるんだ、古泉くん。君が気絶したフリをしている事なんて『鍵』以外みな気付いてる」

は? え?

「おや、バレていましたか」

いや、古泉。お前も何、何事も無かったかのように立ち上がっちゃってんの?

「どこで気付かれましたか?」

「いや、最初からだよ。小唄さんは確かに規格外のプレーヤだけど、それでも『弐栞の鬼札』を相手取って文字通り『お話にもならない』早さで昏倒させるなんて芸当は多分、出来ないだろうな、って」

それに、君は演技派だろう、と。いーさんはなんとはなしにそんな事を言う。そう言や古泉のヤツ、「優しい嘘」とかなんとか呼ばれていたか。だったら、素人の俺なんざその演技に騙されちまって当然だな。
……赤神オデットの一件では怪我をしている振りの一環で額から汗まで噴いてやがったし。

「これはこれは。嘘吐きでは流石に戯言遣いに一日の長が有りますか」

「ぼくが遣うのは嘘じゃないよ。ぼくのは、戯言。嘘吐きはね」

戯言遣いはチラリと背後を見た。その視線は俺の更に背後、石丸小唄VS想影真心の戦場へと向けられている。

「どろぼうの始まりなのさ」

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 19:39:31.55 ID:l1nLUIO70
俺たちは並んで路地裏を歩く。まだ断続的に爆発音が聞こえてきちゃいるが、しっかしこれでご近所さんが野次馬に出て来ないってのは一体何がどうなっていやがるのか。
空間製作技術……ねえ。なんでもアリは大泥棒だけってワケでもなさそうだ。

「いえ、そもそもこの一帯から人の気配がまるでしません。一日ゴーストタウンとでも言いましょうか……」

古泉の意見にはまったくもって同意だ。どうやればこんな事が出来るのかね。町内の人間全員に二泊三日の温泉宿泊券でも配って回ったんじゃないだろうな。

「ああ、それで思い出した。実はウチの両親と妹も今、ちょうど温泉に……あれ?」

ちょっと待てよ、俺。おかしいだろ。根拠なんざまるで無いが、因果関係なんざ有りゃしないがそれでも。
こんな事態になる事を事前に「見透かしたように」両親が温泉に「偶然にも」年越し旅行に向かうなんて間が良すぎる事が有り得るのか?

「それは間違い無く空間製作の一端だね」

いーさんが断言する。ああ、やっぱりそうだよなあ。だが、待てよ。それってーのは人質を取られてるのと大差無いんじゃないのかよ!?
身勝手な話だが、家族だけは俺の置かれている不思議空間トワイライトゾーン(怪人の能力はこの空間の中では三倍になる!)とは無縁の存在であって、またその事が心の拠り所で有るというのは実際否めない訳で。

「機関の方でそのような動きは聞いていない以上、敵の仕業と、そう考えるのが妥当でしょう。しかし、ご安心下さい。貴方の家族が温泉旅行へ招待された事、それ自体に関しては不審な点は見受けられませんでした。もし、何か有れば僕の携帯に連絡も入るでしょう」

便りが無いのは元気な証拠、ってか。いや、携帯はジャミングのせいで繋がらないんじゃなかったのかよ。

「大丈夫だと思うけどね。狐さんの標的はあくまでも君たちであって、その家族じゃあない。ぼくが狐さんなら……しまったな」

いーさんが唐突に立ち止まる。おい、なんだってんだよ。何に思い当たったってんだ? その顔から察するに、余り良いニュースではないんだろう事が分かっちまって出来れば聞かせないで貰いたいんだが、そうもいかないんだよな。分かってる。

「最悪のケースだよ。そして、最悪って事はあの人なら間違い無く行っているって事だ」

そう前置きして戯言遣いは言葉を続ける。

「恐らく、涼宮ハルヒの身柄は既に狐さんの手の中に落ちている」

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 19:58:19.43 ID:l1nLUIO70
ハルヒが敵の手に囚われてる……だと!? 俺が激昂する……よりも早く、戯言遣いに噛み付いたのは古泉だった。

「そんな筈は有りません」

断言する少年。しかし、なぜだろうな。戯言遣いに比べると、断言されてもそこに疑念を抱いちまう。いーさんの口振りには何か否応無く納得させられる力みたいなのが働いているような、そんな印象を俺は抱いていた訳だが。
そこに来て古泉はどうかと問われたなら、残念ながら「本当にそうか?」と口を挟んでしまう、そういった余地を残しているのだった。

「涼宮さんの警護はSOS団の中でも一番厳重に行われています。プロのプレーヤが相手であっても、それでも一筋縄ではいかない事は保障出来ますし、実際に何度と無く僕たちはそういった輩を撃退しています」

古泉は言う。しかし、俺としてはそれを疑わざるを得ない。
なぜなら。
なぜなら、今夜。ハルヒほど厳重ではないにせよ、機関によって警護されている男の前にちょっと出会い頭にばったりってな風を装った戯言遣いが現れた事を知っているからだ。
そして、古泉の言う機関のハルヒ守護隊がどんなモンかは生憎ご存知ないが。しかし、敵がどんなヤツらで構成されているのかは知っている。

「古泉くん。では、聞くけれど」

十三銃士の中には、張り巡らされた警備網を突破して、網の目を掻い潜って……「目を盗んで」行動出来る彼女が居るってコト!!

「大泥棒が本気で身柄を盗もうと行動していたら、それを止める事が出来るような兵隊が弐栞には存在しているのかな? いや、そんな人間が果たしてこの世界に居るのかどうかから、ぼくにはそもそも疑問なんだけどね」

石丸小唄。
大泥棒。
彼女が十三銃士に誘われた理由。人類最悪が大泥棒を必要とした理由。
それは、涼宮ハルヒを手に入れる為だと。そう考えるのが一番合理的な、そして最悪な解であるように俺には思えて仕方が無かった。

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 20:28:03.57 ID:l1nLUIO70
「っ! それでは……」

「うん。ハルヒちゃんはもう捕まってる前提で動くべきだ。もしくはそれ以上に、ぼくには思いも付かない方向で事態は最悪かも分からない。何にしろね。狐さんを相手取るっていうのはそういう事なのさ。
最悪の想像で、最善のラインなんだ。
もしかしたらファミレスで談笑していた時点で盗難は終わって……いや、それはないか。凶行が行われたのはジャミングが掛かった後、じゃないと古泉くんに連絡が行っているだろうし。なるほどね。それで一番手に出て来たのが石丸さんじゃなかったのか」

戯言遣いは一人、うんうんと頷く。だが、きっとそれだけじゃない。ファミレスに人類最強が現れた事をあの狐面の男は「時間稼ぎ」だと言い放ちやがったんだ。何の為の時間稼ぎなのか。決まってる。
チェス盤に駒を揃えていたとしか、今から思えば考えられない。
何が「ゲームのルールは追って連絡する」だよ! チクショウ、嘘吐きの最悪野郎! 最初から、それこそ俺の両親が旅行の準備を始めていた頃から既にゲームは始まってやがったんじゃねえか!

「古泉! 今すぐハルヒを助けに行くぞ!」

朝比奈さんを担ぎ直し、走り出す体勢を整える。しかし、それを引き止めたのはまたしても戯言遣いの平坦な声だった。

「どうやって?」

は? 何が、どうやって、だよ?

「前提を忘れてないかな。ぼくたちは今、空間製作者の手によって路地裏の体を取った迷宮に閉じ込められているんだよ? 先ずここから抜け出す方法を聞かせて貰いたいのが一つ目のどうやって?
二つ目はね。上手くやってこの路地裏を脱出したとして、それでどこにハルヒちゃんが居るのかも分からないのに探し出す方法がどうやって?
三つ目はね。そのハルヒちゃんを守っているであろう人類最強と人類最悪を相手にする駒を確保する手段がどうやって?
分かって貰えたかな。ぼくらは完全に後手に回らされているんだ」

現実を直視させられる。ともすれば何も考えずに先走っちまいそうな俺と、まるで正反対の戯言遣い。

「どうにかなる、なんて言葉は何も考えていない人間が口にする。どうにかなる、なんて言葉は本来なら何だって出来る人間しか口にしちゃいけない言葉だよ」

そして、何も考えていない人間には何も報わない。そう続けて、そして戯言遣いは歩き出す。

「君はぼくが薄情にも真心を捨ててきたように思っているかも知れないけれど、ぼくは真心が殺されない確信を持っているから置いてきたんだ。小唄さんは真心の事を愛し子と呼んだ。なら、あれは親子喧嘩でしかない。殺し合いなんかじゃ、ない」

そこまで考えて、彼は友人の傍を離れたって事かよ。この戯言遣いという男は俺ではてんで敵わない、深い思索を持ってやがる。
あんまりにも浅い考えしか出来ない、そんな自分がコイツの傍に居ると嫌になってくる。ああ、くそったれ。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 20:53:16.29 ID:l1nLUIO70
石丸小唄と想影真心の間にどんな因縁が有るのか俺は知らないが、しかしそれでも石丸さんが想影さんをどんな眼で見ていたかは俺だって気付いてる。あれは母親の眼だった。慈悲深い、子供の駄々に嫌々ながら、好き好んで付き合う人の眼を彼女はしていた。
それを戯言遣いは分かっていたんだ。薄情だったらそんな事には気付けない。無感情だったら他人の想いなんて分からない。
他人の感情さえも見透かして、戯言を弄し、状況を自分の思い通りに持っていく。それは「関係製作技術」とでも名付けるべき能力で、それこそが戯言遣いの遣う「戯言」とやらなんだろう。

「……だったら。だったら、俺たちはこれからどうすれば良いんだよ。なあ、教えてくれよ戯言遣い。どうすれば俺はハルヒを助けられる?」

俺の問い掛けに少し、戯言遣いは顔を上げた。背の低い彼の視線は俺の顔に集中して、俺もそれを見つめ返すようになっちまう。

「君」

「ん?」

「君、戯言遣いの素質が有るよ」

それだけを言っていーさんは歩みを再開する。は? 戯言遣い? 俺が? 何言ってやがるんだ、あの人は。
これも戯言か?
その言葉の意味を考えようと立ち止まった俺を追い抜く形で古泉がいーさんの後に続く。すれ違い様に、ソイツは言った。

「褒められているんですよ。その才能を」

才能だって? 俺にそんなモン有る訳ないだろうが。自慢じゃないがその辺、どこにでも居る一般男子高校生だぞ、俺は。比較しても変わるのは模試の成績くらいで、それこそ有象無象を相手取れるような器じゃない事は俺が一番良く分かってる。
……いや、一つだけ誰とも比べらんないものは俺にも有るか。
宇宙人、未来人、超能力者、異世界人。
そして……涼宮ハルヒ。
ソイツらを相手にしてきたのは、その経験だけはきっと他の誰にも無い俺だけのオリジナル。勿論、SOS団の面々を有象無象なんて思っちゃいないさ。けれど、俺にはそれしか他と違うものは有りはしない事にも、気付いた。
才能。
武器。
俺だけの、戦い方。
そういうモンがもしも有るのなら。俺はソイツでハルヒを、助けたい。SOS団を守りたい。
君の力も貸して貰う事になる。そう、戯言遣いは言っていた。
そんなのが俺に、有るのだろうか。

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 21:15:28.75 ID:l1nLUIO70
俺が悩みながらも歩いていると、しかしここはモンスター闊歩する街の皮を被ったダンジョンなので勝手にエンカウントしちまう。ああ、いつからRPG風味になっちまったのか、俺の世界は。なんて嘆いていようが出て来た敵は帰っちゃくれないのであり、勘弁してくれ。
路地裏で立っていたのは、二人の男だった。
一人は見覚えが有る。高そうな黒スーツに身を包んだ、会社役員のような風貌なれど異彩を放つのは肩に掛けた金属バット。ファミレスを出たばかりの俺たちを襲撃してくれた野郎だ。ソイツは壁に凭れた姿勢で眼を瞑っていた。

「……『街(バッドカインド)』、式岸軋騎」

いーさんが呟く。そうだ、そんな名前だったか。十三銃士の第九席。
もう一人は恐らく初めて見る顔だろう。こっちは夜の黒に浮かび上がるような、対照的な白スーツ。恐らくは特注だろう、体の線が良く分かるシルエットはソイツの細さをこちらに伝えていた。

「そして、貴方まで出てきますか。『害悪細菌(グリーングリーングリーン)』」

どうやら白スーツの方はいーさんの知り合いらしい。だが、苦々しいその物言いからして余り嬉しくない再会である事は容易に理解出来た。
白スーツが口を開く。

「ああ、久し振りだ、戯言遣い。暴君は元気かな?」

「ええ。変わりはありませんよ。いえ、貴方が崇拝していた頃からしてみれば変わり切ったと言った方がいいでしょうけれど」

「だろうな。全く、やってくれたものだ。いや、恨み言を言うのは後に回そう。先んじて自己紹介をさせて貰おうか」

白スーツは……やっぱり俺に向き直るのかよ。いーさんでも古泉でもなくコイツら十三銃士の敵は、明確な攻撃対象は俺に絞られているって、そういう事かい、くそっ。
俺が何をしたってんだ、ったく。

「俺は兎吊木。兎吊木垓輔という。十三銃士の第十席。二つ名はさっきそこの戯言遣いから聞いただろう。『害悪細菌』と、そう呼ばれている。気軽にさっちゃんと、そう呼ぶのは勘弁して貰えたら助かる」

……心配しなくても呼ばねえよ。初対面の年上を相手に何がどうなったらそこまでフランクに接する事が出来るのか、逆に聞かせて貰いたいくらいだ。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 21:23:00.19 ID:l1nLUIO70
ごめん、藤原くんが第九席になっててぐっちゃんと被ってたけど各自の心の中で八席辺りに直しといて下さい。
ぼくも今「何席にしようかなー」って読み返して気付いたばっかなんだ

73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 22:11:08.09 ID:l1nLUIO70
「さて、と。用件は分かってるだろうけど俺たちの目的は」

卯吊木がいーさんに向き直る。黒スーツと違ってその手に武器っぽいものは持っちゃいないが、そんなんで安心しちゃいけないんだろ、どうせ。コイツも腕を超振動させたりしてくると、そう考えておいた方が良いに決まってやがる。
人間離れも大概にしとけっての。俺の中で人間って言葉の枠がどんだけ広がってるか分かってやってやがんのだとしたら、そりゃ大した精神攻撃だと褒め……られるか!

「俺を[ピーーー]事だろ?」

「……いやいや。俺たちは『鍵』に興味なんて無いさ。同様に世界にも神にも等しく関心は無い。どうでもいい、とはそこの戯言遣いの常套句だから余り使いたくはないんだが」

白スーツが言う。ん? どういうこった? コイツらは十三銃士で、そもそも十三銃士ってのは人類最悪の願望、世界の終わりってヤツを叶えるために動いてるって訳じゃないのかよ。
でもって、その実現の為に俺たちSOS団の命を狙ってるって設定じゃなかったのか?

「その認識は間違っているな、『鍵』。俺たちは仲間じゃない。少しだけお互いの望みの実現の過程で重なる部分が有って、それで集まっているってだけに過ぎない。そうだったよな、式岸」

「ああ。狐面は命令を出すが、それに従う必要は無い。そういう約で俺たちは十三銃士に加わったっちゃ。いや、加わった」

……っちゃ? なんだ、今の訛りは。
いやいや、それよりも。
十三銃士はここの目的の為に動いている。この情報はデカい。それはつまり、個々に離反させる余地が有るって事じゃねえか。
哀川潤は自身の力を計る目的で。
石丸小唄はドロボウの職務を果たす目的で。
赤神オデットは赤神イリアを探す目的で。
思い返すまでもない。十三銃士は誰一人として「世界の終わり」を目的として挙げちゃいないんだ。
だったら、例えば哀川さんならばこの事態が終息してからゆっくりと長門と力比べをして貰うであるだとか。そうだ。抜け道は幾らでも存在する!
どうしてこんな簡単な事に今まで気付けなかったんだよ、俺!

「それで、貴方たちの目的はなんです? 元『仲間(チーム)』の人間が二人も雁首を揃えて、世界でも終わらせるつもりですか?」

戯言遣いの言葉に、卯吊木は笑う。式岸の方は面白くなさそうに上を向いた。

「いいや。そんなもの聞かなくても分かっていると思っていたが、戯言遣い、俺の目利き違いか? 俺たち二人の目的は至ってシンプルだ」

卯吊木がスーツの裾から何かを持ち出す。あれは……携帯電話か? それにしちゃちょいと大きい気がするし、だがどっちかと言えばリモコンというよりもパソコンだな。ただし、画面が付いていないものをパソコンと呼べるかと聞かれたら俺は首を捻らざるを得ない。

「というよりも。俺にも式岸にも出来る事はそう多くない。俺たちは『一群(クラスタ)』でもクラックが専門でね。俺は破壊を。式岸は殲滅を。それしか専門が無いのさ。だから、壊す。滅ぼす」

卯吊木が手の中の機械を弄った、瞬間俺たちの後方で爆発音が響いた。

「目的は戯言殺しだ」

兎吊木垓輔の戯言殺し。

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 22:38:21.89 ID:l1nLUIO70
驚いて後ろを見る。俺たちがさっきまで通ってきた路地は路地ってだけにほぼ一本道なんだが、それがまるで落盤事故でも有ったかのように塞がっていた。退路を絶たれた、って訳かよ。

「俺たちの目的は分かって貰えたかな? 用が有るのはそこの戯言遣いだけだから、別に『鍵』とその友人は見逃してもいい。勿論、別に見逃さなくても俺たちは何も困らない。巻き込んで殺してしまっても、いい」

兎吊木はそんな事を言う。俺や古泉の同行なんざ問題にすらしていないのは、それだけコイツらが強いって事なんだろう。
人間は人間に、その生き死ににここまで無関心でいられる、らしい。俺にはどうあっても辿り着けない境地ではあるし、そんな心持ちにはどうあってもなりたくは無いけれど。そして、それを強いとは呼びたくないってのに。
だが、目前の白スーツと黒スーツは俺にだって分かるくらい、強い。それを強さと呼ばずして何と呼べば良いのか。
きっとコイツらは俺や古泉が本当に巻き込まれて死んだところで眉一つ動かすだけなんだろう。「おや」とか一言口にして、それで終わりなんだろう。
そんなのは……そんなのは最早、人間なんて呼べやしない。
強くても、いくら強くてもそれは人でなしの強さだ。

「兎吊木。ぼくさえここに残れば彼らには手を出さないんだな、アンタは」

「まるで交換条件のように言うが、戯言だな。俺も式岸もそんな約束をする義理はない。心配しなくとも戯言遣い、君は逃がさない。俺たちがそこの子供たちを逃がすかどうかは、俺たちで決める」

……これじゃあ、まるでじゃなく人質だな。人質そのものだ。いーさんに俺たちを守る義理は無いのかも知れないが、それでも俺たちが死んじまったらハルヒが世界を終わらせるであろう事を考えれば、世界を守ろうとするいーさん的には俺たちを守らなければならんのだろう。
……どうする? どうすればいい?
なるようにならないとボヤくのは、何もしていない人だけ。
なせば、なる。
だったら俺に何が出来る? 俺に出来る事は――ああ、有るじゃねえか。
それに気付いたら、行動するしか、ねえよなあ。

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 22:57:56.71 ID:l1nLUIO70
「朝比奈さん!」

背中で眠っているお姫様を揺する。俺に出来る事。それは宇宙人、未来人、超能力者の存在を知っているというアドバンテージ!!
俺の呼び掛けに少女は、しかし目を覚まさない。ええい、ままよ!

「未来から緊急で通信が入っていますよ!」

叫んだ。彼女がビックリして飛び起きるような語句は他に俺は知らない。これでも眼を覚まさなければ、アウト。
だが、未来人少女は職務に忠実だった。どれだけ現代に慣れ親しんでいようとも、その根底は真面目な時間なんとか員である少女は、果たして俺の目論見通りに、俺の戯言に応えてくれた!

「ふぁ、はい! 朝比奈です! ね、寝てませえん。通信状態良好で……あ、あれ? キョン、くん?」

寝ぼけ眼で俺を見る少女は大層愛らしかったし出来ればこのまま彼女が覚醒するまでじっと鑑賞(鑑賞:芸術作品を味わう・観賞:見て楽しむ)しておきたかったが、残念な事にそれはまた今度に回さねばならんようだ。
モノクロブラザーズ(俺命名)がこちらに関心を持っていない、正しく眼中に無い内が勝負!

「起き抜けにすいません。大至急未来に時間遡行の許可を貰って下さい。俺が要請していると、そう言えば通るはずです!」

近い未来、今、この時分に時間遡行の許可が出なければ未来を滅茶苦茶にすると、そんな風に朝比奈さんを脅さなければならない事は少々心苦しかったが、背に腹は換えられないし、現在が崩壊しちまえば未来も連鎖的になくなっちまうんだ。
だったら朝比奈さん(大)も大目に見てくれるだろうと、そう考えての俺の発言はどんぴしゃだった。

「えっと、い、いきなりそんな事を言われても時間遡行の許可ってそんなに簡単に出るものじゃ……え? 嘘? 許可申請、通りました……」

朝比奈さんが眼を丸くする。間違いない。これは、今、この時に俺が時間遡行を要請するのは未来にとっても「規定事項」ってコトだ!!

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 23:22:03.89 ID:l1nLUIO70
第一関門クリア。どうやってこの路地裏を脱出するのか、それを俺に質問したよな、戯言遣い。俺なりの、これが答えだ。

「えっと、時間遡行が認められているのは私とキョン君だけ。で、でも制限はそれだけってそんな……こんな時間遡行が認められるなんて前代未聞ですっ!」

未来人少女が困惑しながら俺にそんな事を告げるも、俺にとっちゃそんなのは当然の話であり、別段驚くほどの事じゃないように思える。
とは言え、俺の背中に負ぶわれている事にも気付かないその動転振りは、よく分からんが大変な事態が起こっているのだろう、未来人的に。
まあ、その辺は俺の管轄じゃないしなあ。

「古泉、少し遅刻するかも知れんがそれまでこの場を持たせろ!」

副団長は微笑む。

「お任せ下さい。そして、お気を付けて」

「必ず援軍を連れて来るからな」

そう告げる。古泉は楽しそうに。その眼をチェシャ猫みたいに三日月形に細めた。それはまるで太陽を見るように。

「誇って下さい」

それはまるでヒーローを見るように。

「貴方のそれは誰にも負けない才能ですよ。僕が保証します」

言って、話は終わりと視線を敵へと戻す。そこでは俺の知らない内に話は終わったのか一触即発の雰囲気が見て取れた。
……死ぬんじゃねえぞ、古泉。いーさん。

「時間と場所の指定をお願いします!」

朝比奈さんがようやく俺の背中から降りて俺の手を掴む。俺は眼を閉じた。

「時間は今夜。えっと、ファミレスに着いた辺りだから……およそ三時間前か。だから今からきっかり三時間半前にして下さい。でもって、場所は」

俺が援軍に呼んでくる、って言ったらもうこれは一人しか居ない訳で。でもって今までお前が出て来なかったって事はこういう展開で良いんだよな? そうだろ?

「長門のマンションの前でお願いします」

SOS団の万能選手。俺の持っている中でも抜群の切れ味を持つ鬼札(ジョーカー)。
頼らせて貰うぜ、長門!
「」

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 18:22:52.33 ID:64Dz4WvU0
頭がぐらぐらする。何度目かのこの感覚。普通に普通の人生を歩んでいては一生縁の無いこの吐き気は恐らく現代において該当する表現は無い筈だ。
時間移動に伴う時間酔い。飛行機を使っての旅行で現地との時間差に体調を崩す、アレのアップデート版だな。生憎、海外旅行の経験は俺には無いから憶測で物を言っている為、多少的外れな推測だったとしてもそこは勘弁して頂きたい次第だ。
ふむ。俺の背中を擦る朝比奈さんはけろりとしていやがる事から、どうも、こういう本来の機能には無い事象にすら人間は慣れてしまえるらしい。人間の環境適応能力ってヤツは立派だねと……うえ、また吐き気が込み上げてきやがった。

「大丈夫ですか、キョン君?」

目に見えて心配そうな顔で女神様が俺の表情を覗き込むも口を開けばリバースカードオープン、ってな具合だ。右手で必死に口元を覆い隠し、上ってくる胃液をやり過ごす。ああ、気持ち悪い。おい、古泉。お前、以前に時間旅行をしてみたいとか夢見る少年のような口調で言ってやがったが、実際はあんまり楽しいモンでもねえぞ、マジで。

「……な、なんとか」

「すいません……今日、この周辺は時間軸が入り組んでいて着地点の固定に時間が掛かってしまいました」

「いえ、ですから朝比奈さんのせいじゃ……」

なくって、俺の身体が弱い事に原因が有るので気にしないで下さい。そう言おうとした口が途中で止まる。なぜか。気付いちまったからだ、朝比奈さんの口にした不穏当な言葉の羅列に。
――今日、この周辺は時間軸が入り組んでいる――だって!?

「すいません、朝比奈さん!」

「は、ハイ!」

「今の所、もう少し詳しく説明して貰えますか!?」

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 18:35:47.14 ID:64Dz4WvU0
愛らしい先輩は俺の質問に目を丸くする。時間にして三秒ほど、悩んだ後に彼女は口を開く。

「ああ、えっと……時間移動に時間が掛かるっていうのは確かにちょっと変な表現ですね。その、禁則事項……あ、えっと時間移動っていうのはトンネルを潜るような感じなんです」

「いえ、俺が聞きたいのはそこでは無いんです。時間移動の方法なんて聞かされても俺じゃきっと納得なんて出来ないし、ソイツは今度古泉相手にでも話してやって下さい。アイツはそういう方面の話が好きそうで……」

と、そんな話をしてる場合じゃない。話を脱線させてる場合じゃ、まるで無いってのに。

「時間軸が入り組んでいる、ってどういう事ですか?」

「え……えっと、それは」

少女が悩みこむ。恐らく禁則とやらに引っ掛からない語句を利用してどう説明すれば良いのかを考え込んでいるのだろう。助かる。所々擦れて読めないロゼッタストーンじみた説明をされても俺はシャンポリオン先生じゃないから解読はちょいよ専門外だ。
まあ、専門なんて胸を張れるものを只の自堕落高校生である(自分で言ってて悲しくなってきた)俺が持っている訳じゃあないが。

「さっきのトンネルの例えで言うならトンネルが何本も枝分かれしていたと考えて下さい。その分岐点で、どっちかなあ、こっちかなあって迷っている時間が長いほど時間酔いは酷くなります」

「分岐点が多いほど、悩む時間も長くなるんですね?」

「はい、そうです。けど、今日のこれははっきり言って異常です。もともと涼宮さん関連の時間軸は分岐点が多いのですけれど」

そりゃそうだ。アイツ自身が時代の分岐点。それそのものみたいなモンだからな。

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 18:54:56.80 ID:64Dz4WvU0
「それでも、今日はその分岐点がいつもの倍以上有りました。私も時間移動の教習でしか習った事が無くて、実際に目にしたのは今回が初めてなんですけど……キョン君は禁則事項、あ、うーん……パラレルワールドの概念は分かりますか?」

平行世界(パラレルワールド)。SFに関する教養が有る訳じゃないって言うか、ぶっちゃけまるで無い俺だって知っている単語。

「当てもなくぶらぶらと散歩をしていて、T字路に差し掛かった時に何も考えないで右に曲がったとして――その時にやっぱりさしたる考えもなく左に曲がっていたとしたら、っていうもしも。仮定の世界の事を言うってーのは知っています」

あの説明好きの超能力者にその辺りは去年の十二月、半ばこっちが嫌になるくらい説明されたからな。まあ、大半は右から左に聞き流していたんだが。
アイツの説明はいつもまだるっこしいんだよ……結論から言え、と俺は何度口にしたか分からん。

「はい。凡そその考え方で合っています。ううん、キョン君が今言ったその辺りが、この時間軸でのパラレルワールドに関する考察の限界なんです。実際は……えっと時間遡行の技術が確立した時点で平行世界観に大きなパラダイムシフトが発生するんですけど……」

朝比奈さんは一つ一つの言葉を選ぶようにゆっくりと話を続ける。

「ターニングポイントって言うんです、今日みたいな禁則事項の入り組んだ日の事を。多分、こっちではちょっと違った意味で使われている言葉だったと思うんだけど。私たちの概念では禁則事項における時間分岐点の数で『歴史においてのその時間軸の重要度』を計ります」

なるほどね。分からなくはない話だ、辛うじて。
いくつもの偶然、幸福が重なって予想も付かない奇跡が起きる。それはかの有名な桶狭間の合戦やら何やらを例に出すまでもないだろう。
あれが無ければ。これが有れば。そういった分岐点が幾重にも重なった部分。それってーのは確かに歴史における分岐点と言えるのかも知れん。

「つまり、今日、今晩は……」

「ターニングポイントです。間違い有りません」

未来人は断言した。けどさ、それってのはつまり、あれもこれものプチ奇跡を起こしまくって、後から見たら綱渡りにしか思えない細い糸を繋がなきゃならない、ってそういう意味じゃないのかと気付いた時、俺の口から出たのはただただ溜息ばかりだった。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 19:19:36.09 ID:64Dz4WvU0
俺の背に、双肩に世界が乗っているなんて重い考えを振り解く。そんな事は一般高校生の範疇外だ。そう自分に言い聞かせた。
俺が……いや、俺たちがやる事はいつもと何も変わっちゃいない。そうだろ? 別に時代を変えようとか世界を終わらせようとかそんな大層な事を考えたりしちゃいないんだからさ。そういうのは狐のお面を被った変人にでも任せておけばいい。
俺たちSOS団の活動は……クラブ活動は不変で普遍。それは「日常」を存続させるというただ一点。今夜が時代の転換点? そんなの知ったこっちゃないね。こちとら既にハルヒってビッグウェーブに巻き込まれてる真っ最中なんだ。これ以上の不可思議なんて望むものかよ。
世界の終わりなんて以ての外だ。ディスカウントショップの軒先で投売りされていようが見過ごす自信が有るぜ。
俺はこう見えても、今が結構好きなんだ。

「行きましょう、朝比奈さん。時間が……無い」

時計を見る。俺と一緒になって時間を跳躍したこの時計から三時間半を引けば……、丁度俺がコンビニ目指して家を出た時間だ。って事はこっち側の俺はもうすぐ戯言遣いに出会うのだろう。
逆算しろ。時間遡行って必殺技を使ってまで人類最悪も人類最強も人類最弱も、文字通り「出し抜いた」んだ。ここで行動選択をミスる訳にはいかない。慎重に、大胆に動く必要が有るのは分かってる。
「あっち」には「ジョン=スミス」は現れなかった。その事から鑑みるに俺は「あちら側」に時間ギリギリまではノータッチで良いんだろう。となると……いや、暇を持て余して出待ちしていた訳でもない、きっと。
俺がやるべき事は長門を連れての……ああ、そうか。

「目には目を。歯には歯を、ってな」

「あ、歴史の授業で習った事が有ります。ハムラビ法典ですね?」

「ええ。よく知ってますね」

「えっへん。私、歴史が好きだから時間移動員になったんです」

なるほどね。そりゃ納得だ。

「それで、なにが目には目を、なんですか、キョン君?」

朝比奈さんがくりくりとした大きな瞳で俺を見上げる。少女に向かって俺は、まるで歴史に出て来る名軍師のようにニヤリ、笑って見せた。

「各個撃破、です」

やられっぱなしは性に合わない。俺だってあの横柄で我侭な団長様率いるとんちきチームの一員だ。身体に流れるハルヒズム、ってなあ冗談にも何にもなっちゃいないが。それでも右の頬を叩かれたら左の頬を叩き返そうとはするさ。
さあ、反撃開始だ。

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 19:42:35.33 ID:64Dz4WvU0
マンションの前、来客用のインターホンに部屋ナンバを入力する。程なく接続を告げるランプが光った。居てくれたか、長門。

「……」

ああ、三点リーダで無言ってのもなぜか懐かしく感じちまうのは今夜、あんまりにも色んな事が起こり過ぎたからか。出番が遅くなって悪かったな。だが、こっから先はお前の一人舞台でも構わないから機嫌を直しちゃくれないかい?

「長門か。俺だ」

「……何?」

「緊急事態だよ。お前の手が借りたい」

それだけを告げるとエントランスの自動ドアが開く。打てば響く、ってなきっとこういう事を言うんだろう。話が早くて助かるね。こういう所は古泉に是非とも見習わせたい。
ただ、余り話が早過ぎてもそれはそれでハルヒジェットタイフーンになってしまいそうなのは閉口ものだが。何事もバランスだな、バランス。
世界も。神様も。
バランスってのは大事だ。

「……入って」

「いや、部屋に寄って茶を飲むのはまた別の機会に頼む。時間が無いからな。寒い中悪いが外に出て来てくれるか?」

インターホンにそう告げた、次の瞬間に聞こえた長門の声は俺のすぐ後ろからだった。

「……そう」

「うおっ!?」
「ぴいっ!?」

朝比奈さんと俺の声が重なる。ああ、もう。話が早過ぎて心臓に悪い! テレポートするなら先に一言くらい断りを入れるべきだと今度、この宇宙人には教えておかねば俺の寿命を示すゲージがガリガリ削られていきそうだぜ。

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 20:01:31.07 ID:64Dz4WvU0
恨み言を言いたい気持ちをぐっと抑え付け、長門を振り返る。不思議に不思議を乗算してひっくり返って常識になってしまいそうに、ともすれば錯覚してしまいそうな今夜であっても少女は、いつも通りに制服で。
余りにもそこだけが日常と代わり映えが無さ過ぎてほっと一息……吐くのは全てが終わってからだよな。うむ。

「悪いな、突然。俺たちが誰か分かるか?」

「異時間同位体」

「結構だ」

時間移動をしてこの時間に帰ってきた事はどうやらきちんと理解されているらしい。これで現状説明のほぼ半分は省略出来そうだと考えて……いや? おかしくないか?
だって、長門だぞ? あの長門が、俺やハルヒを守る事(保全、とか言ってたな)を第一目的としているコイツが今起こっている出来事……違う、これから起こっちまう出来事か。とにかく「それ」を見過ごすとは到底思えない訳で。

「……長門」

「……何?」

「変な質問をしちまうが許してくれ。あのさ……一体お前は今、何をやっていやがるんだ?」

ハルヒが攫われた。いや、攫われる事。俺がこれから命を狙われる事。それを知っているかどうかは知らない。だけど未来予知――異時間同期ってのを失ったとしても、それでも長門ならお得意の情報なんたら、所謂「千里眼」を利用して俺たちを見守っていると考えるのが筋。
それが出張ってこないのはオカしい。
俺は今の今までソイツはこうして未来からやって来た俺たちと行動を共にしているからだと勝手に思い込んでいたが。
しかし、それにしたって今ここで俺が「ハルヒの誘拐を阻止してくれ」なり「事前に十三銃士を壊滅させてくれ」なり頼めばそもそも事態は事態として表に出る事すら無かった筈で……。
いやいや、ああして俺たちが危機に陥っていなきゃそもそも俺は時間遡行をしなかった訳で……くそっ、ごちゃごちゃして頭がこんがらがる! もう少し出来の良い脳みそが俺に搭載されてなかった事を今日ばかりは本気で恨むぞ、ちくしょう。
だが、そんな俺の煩悶は長門による一言で簡単に霧散させられる事となる。

「現在、この個体は敵性勢力による情報攻勢を受けている。私に許されている情報構成能力の八割を利用して防壁を展開中」

長門は長門で、既に静かな戦闘に入っている事。よくよく見ればその額には、街の明かりを照り返す汗が二粒浮かんでいた。

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 20:38:56.49 ID:64Dz4WvU0
「おい……マジかよ?」

俺の持っている一番の切り札。それがもう場に晒されていてしかも動けなくなっていやがるってのは……まるで毎度毎度長門に頼るしか能の無い俺を嘲笑っていやがるような……最悪の展開。用意周到にも程がある。

「事実。先の移動によって防壁を十四枚犠牲にした為、現在は情報操作能力の九割を再構築に回している」

宇宙人少女は言う。朝比奈さんがその身体に寄っていくと、長門は無言で少女へと寄り掛かった。ハンカチで額を拭かれながら……その呼吸は普段よりも目に見えて早い。
ああ、馬鹿野郎が。藤原が人類最悪に肩入れしている時点でこうなっている可能性は予測出来たんだ……なのに、俺はどこかでその考えを放棄しちまっていた。
長門なら大丈夫。
アイツなら何とかしてくれるさ。
そんな甘い考えで。事実、身体を張って今までに俺たちを散々助けてくれたその前例、慣例を鵜呑みにする形で負担を当然と長門に求めていた節が……無いなんて言えっこない。

「天蓋領域……九曜の仕業か?」

「分からない。広域宇宙存在『天蓋領域』であるのは確実だが、それが個体名『周防九曜』によるものかどうかは未知数」

いや、恐らく間違いない。佐々木団(仮)が人類最悪の側に付いたと、この場合は自然だ。だとしたら……いや、予想は思考を固定化して咄嗟の時の選択肢を狭めるって話だったな。考えられうる全てを疑え、とは偉大な探偵様の言葉だぜ。

「……長門。ハルヒがピンチなんだ。すまんが一つだけ聞かせてくれ。今のお前に何が出来る?」

援軍は、来ない。

「何も」

手持ちの駒、なんてものは無い。

「何も出来ない。……ごめんなさい」

人類最悪の用意したチェス盤は、初めからゲームにすらなっちゃいない一方的な、そして最悪な配置だった。

97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 20:55:22.00 ID:64Dz4WvU0
焦燥する。時間移動の目的が短絡的過ぎた……のか。まさか俺が時間遡行する所まで人類最悪は読んじゃいないだろうが、それでも盤上で猛威を振るうのが目に見えている「女王(クイーン)」を先になんとかしておいてある、そこまで俺は考えておくべきだった。
SOS団ってのについて少しでも聞きかじっているんなら、そりゃ人数と構成くらいは抑えられていて当然の話。
どうする……どうする? 時間は限られている。その間に状況をひっくり返し、ハルヒの誘拐を阻止して古泉といーさんを救援に向かう、そんな逆転の一手。
そんなもの……そんなもの、どこにも転がってや……。

「あらあら、深刻そうじゃない。どうしたの、こんな夜更けに?」

転がって、いた。

「なに? そんな真剣な目で見られると困っちゃうんだけどな。もしかして告白とか始まっちゃったりするの? なんてね、冗談だけど」

ソイツは手に良い匂いを漂わせるコンビニ袋を携えて俺たちの前に現れた。

「あ、これ? 長門さんのバックアップをしてたらお腹減っちゃって。もう、食い意地が張ってるとか今、失礼な事考えたでしょう? 止めてよね、そういうの。貴方には分からないだろうけれど情報操作ってすっごくエネルギを使うんだから」

青いロングコートに白いマフラ。長い髪はゴムバンドで一つに括ってあるのが好印象。ああ、こんな時に俺は何を考えてやがるのか。馬鹿か。馬鹿なんだな。ああ、馬鹿だよ。悪いか。悪いよ。

「いや、別にそんな事は考えてない」

「そう? なら、一緒に食べる? おでんなんだけど、最近のコンビニのおでんって結構美味しいのよね。私、びっくりしちゃった。時間が有ったら自分でも作るんだけど、思わぬライバル出現って感じ」

その手のサバイバルナイフをコンビニおでんに持ち替えて。
救いの女神か事態を更に引っ掻き回すトラブルメイカか。ああ、もうこの際どっちでもいい。事態は既に最悪なんだ。これ以上何をどうされようが、悪化はしねえだろうよ。だったら博打だ。賽を転がすのに何の躊躇いもあるものか。

「それとも……ふふっ。その感じだと、私にもようやく出番みたいね。良いわ、条件付きで助けてあげる」

クラスメイト、帰ってきた委員長。
朝倉涼子はその瞳を爛々と輝かせて、鮮やかに戦線復帰を果たしたのだった。

98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 21:24:10.40 ID:64Dz4WvU0
朝倉と夜の街を並走する。朝比奈さんは長門のマンションに置いてきた。

「誰かが介護してあげないといけないのよ、今の長門さんは。ご飯作ってあげたり汗を拭いてあげたり。仕方ないでしょ?」

息を荒げるのは俺ばかりで、朝倉が汗一つかいてないのはお約束。鈴の音のように軽やかな声音で少女が軽口を続けるも、応答の一言二言を口に上らせるのだってシンドいっつーのによ、こっちは。

「分かってる!」

「もう。さっきから一々声を荒げないでよ。か弱い女の子相手にそういう事してると、その気はなくても嫌われちゃうよ?」

誰がか弱い女の子だ、誰が。

「善処する」

「そう。なら良いけど。えっと、第一目標は涼宮さんの身柄確保で良いのよね? 一応、そのつもりで走ってるけど変更が有ったら今の内に言っておくと良いんじゃないかな」

どういう意味だ? 表情を読もうにも夜中の暗い道をそっぽを向いて走るような器用な真似は出来やしないし、そもそも顔が確認出来そうにもないと気付いて止めた。草木も眠る丑三つ時。街灯すら必要最低限を残して眠りに着いてやがる始末。

「このペースで走れば涼宮さんの現在地まで……そうね、四百二十秒って所かな。でも」

朝倉がそこで一旦言葉を切る。ああ、最後まで喋ってくれ。気になるトコで説明を止めるな。それとも何か? 一々相槌を入れないと進行しないとかそんなんなのか? ロープレで丸ボタン押さないと次の文章に行かないってはい、コレお約束!

「でも?」

「接敵までは二百八十秒。数は……五人ね。多いのか少ないのかは知らないけど」

「なるほどね」

頷く。えーっと、十三銃士ってのが文字通りの十三人だったと仮定すると、多分、ここに残りの全員を持ってきてるってンだろうな。
死守、もしくは総力戦ってヤツか。まあ、いいさ。こっちには朝倉が居る。あの長門と互角に戦える規格外の少女だ。
何が出て来ても……えっと、アレだアレ。「現代の限界」じゃあ「その向こう側」に張り合えるとは、俺にはとてもじゃないが思えなかったしな。

99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 21:46:15.58 ID:64Dz4WvU0
ともあれ、心配事は消しておくに越した事は無い。その中に周防みたいなヒューマノイドインターフェイスがいないとも限らなかったしな。考えは柔軟に。常に最悪の状況を想定しろ。俺が今夜学んだ事の一つだ。

「大丈夫なのか、朝倉?」

「うーん……そうね。多分、大丈夫じゃないのかな?」

簡単に言ってくれるぜ。だが、あっけらかんと言い放つ所を見ると、信用して良いんだな? 信用させて貰うぞ、オイ。

「っていうか。相手に天蓋領域が居た場合は、そのインターフェイスを感知出来ないと思う。えっとね。貴方にも分かるように説明すると天蓋領域と私たちって周波数が根本的に違うのよ。ラジオの電波とテレビの電波を想像して貰えば良いわ。
干渉……つまりノイズを相手に与える事は出来るけど、基本的に別物。貴方たちは一緒くたに『宇宙人』って括っちゃうけど」

「現場に着いてみないと何とも言えない、って事か?」

「そゆことね」

……そりゃまた……予想を立てづらい話だな。……だが。だが、今日今夜に関して言えばそうでもない。
最も俺たちにとって悪い予想がベスト。

「あー、一つ聞かせてくれ、朝倉。その、なんだ。情報コウセイってのに距離は関係有るのか? 例えば長門の近くに居ないと苛む事は出来ない、だとかさ」

「そんな事ある訳ないじゃない。地球の裏側からだって連絡を取り合えるのよ、私たちは。ううん、地球に限定する所から既に大間違いかな」

……そうかい。だったら……あーあ、やれやれだ。神様はやっぱり楽すんのを許しちゃくれないらしいね。

「常に最悪の状況を想定しろ、か。恨むぜ、戯言遣い。俺の性格が捻じ曲がったらどう責任を取ってくれるってんだ?」

空に向けてボヤいた。今頃はファミレスで暢気に正義と悪の停戦交渉をやってる最中だろうよ。はーあ。あの時はまさか、こんな風に走り回る羽目になるなんて思ってもいなかったぜ。

100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 22:17:41.69 ID:64Dz4WvU0
「朝倉。先に言っておく。多分、今から行くその場所に周防……天蓋領域が同席してる可能性は極めて高い」

「ふうん。何? 私の知らない間に貴方、超能力にでも目覚めちゃったりしてたの?」

並走していた朝倉が一歩二歩、抜け出して俺の前を走る。なんだなんだ? 盾にでもなろうとしてんのか、おいおいそんな事頼んじゃいないぜ、などと考えているとソイツは身体をくるりと回し後ろ走りを披露した。
俺は結構頑張って走っている訳だが。
……いやいや。コイツがこれくらい朝飯前なのは分かってるよ? 分かっちゃいるけど、しかしそれにしたって見掛けは同級生の線の細い美少女であるからして……俺の中の男性としての何かが傷付いてるのが手に取るように分かるね。

「いや、そういうんじゃないけどさ」

「だったら、その根拠を知りたいわね。ああ、貴方を疑ってるっていうのじゃないのよ? ただ、ほら私って情報体だから知識欲は何にも勝るの」

「……そうかい。あー、周防が居るだろうな、ってのは言っちまえばただの勘だ」

「勘? ううん、その言葉の意味する所は分かるけど、有機体って不思議ね。根拠も無いのにまるで当然みたいに言い切るじゃない。私には理解出来ないな」

朝倉は言う。例えばこれが長門であったらどうなのだろうか? アイツであってもやっぱり勘、なんて言葉には疑問を抱く……んだろうな。だが、そこで俺の言葉を信じてくれるのかどうかが長門と朝倉の違いだろう。

「説明は難しいな。経験則、ってのが多分一番近いんだが、それにしたってちょっとニュアンスが違う気がするか。まあ、いいさ。で、俺たちが考えなきゃならんのは」

「天蓋領域が出て来た場合、どうするのか、って事ね」

後ろ走りでありながらもそれが何の障害でも無いかのように、朝倉は俺に向かって頷いた。

101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 22:59:53.23 ID:64Dz4WvU0
時間にして三分ちょっと、走った所で朝倉が立ち止まる。そろそろか、ってな具合に予想は付いていたから急停止であっても朝倉とぶつかる事は避ける事が出来た。
駅前大通り。普段ならばタクシーの二、三台が止まっているであろうそこは、しかしソイツらと俺たち二人を残して静まり返っていた。
ソイツ「ら」。お分かりだと思うし朝倉も言っていた通り立ちはだかったのは複数人。数は……こっちも想定通りの五人か。周防の姿は見えないが、しかし出て来てないだけでその辺に潜んでいる可能性も考えられる。
……とは言え。周防の存在を確認しようとする心の余裕なんてモンは俺には最早無かったのであり。

「十三銃士、第六席」

おいおい、何の冗談だ。何の悪夢だ、こりゃあ。

「匂宮雑技団、第十一期イクスパーラメントの贖罪の仔(バイプロダクト)」

最悪を想定したつもりで、これでもまだ楽観視していたって事か? それとも、ソイツらの人間離れが俺の常識なんて飛び越えてはるかかなたまで行っちまってたって……ああ、両方が理由なんだろうさ。

「匂宮亜片(アカタ)」
「匂宮閾値(イキチ)」
「匂宮羽靴(ウクツ)」
「匂宮えけて(エケテ)」
「匂宮緒琴(オコト)」

一番最初に名乗った女が一歩前に出る。コイツは……亜片さん、とか言ったか、多分。
いや、俺だって普通なら見分けが付くんだ、普通なら。ただ……ソイツらが普通じゃないだけで。

「我ら、匂宮五人衆」

全員が全員、揃いの修道服を着てるのも異様だったが、それより何より。

「通称、断片集(フラグメント)」

五人が五人とも、全く同じ顔をしているのに俺は度肝を抜かれちまってた。

112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 21:41:48.09 ID:VzpQXCXi0
何だ何だ? ドッキリか? 世界ドッキリ大集合なのか?

「い……五つ子?」

呆けた様に口から飛び出した、俺の第一声にソイツらは声を上げて笑った。全く同じ声で哄笑するモンだから見事なくらいにそれはサラウンドして辺りに響く。
一人が笑っているようにも聞こえるし、五人全員が笑っているようにも聞こえる。顔を見れば同じように口を開けちゃいるが、果たしてその中に一人だけ物真似をしているだけで声を出していないヤツがいたとしても俺には判別出来ないだろうな。

「五つ子。五つ子か。なるほど、そう言えるのかも知れないな」
「いやいや、そうは言えない。我らはそれぞれ産んだ女が違うだろう」
「だとすれば我らは何の関係も無い、ただの同じ容姿をした人間の集まりか?」
「それも違う。我らは同じ男と女の種から産まれた、同じ受精卵を分割して出来ているだろう」
「ならば、そう。我らを表現する言葉は無いと、そうなる訳だ」
「違いない」
「いいや、有る。我らは断片集」
「我らはフラグメンツ」
「我らは匂宮を統べる者」
「我らは一人」

ええい、息も吐かせず交互に喋るな。視覚では口を開いている女はそれぞれ違えど、聴覚では一人が勝手に自問自答しているようにしか聞こえない。目を閉じれば電波さんが喋っているのもおんなじなんだよ。

「……なんか、見た感じ手強そうだぞ、朝倉」

「手強いかどうかは分からないけど、でも確かに珍しい人間ね。遺伝子が同じ有機体が五つ並ぶ所なんて初めて見るわ」

まじまじと、まるで動物園に初めて連れて来られた幼稚園児のような面持ちで匂宮五人衆をそれぞれ観察する朝倉。まあ、無理も無い。俺だってこんなモン見るのは初めてだ。きっとさっきまでの俺も今の朝倉とそう変わらない表情をしていただろう事は想像するに容易い。
……ただ、美少女がやるのと違って絵にもならない間抜けな顔をしていたんだろうけどさ。こればっかりは仕方ない。

113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 22:13:02.73 ID:VzpQXCXi0
「我らが手強いか? 我らは手強いのか? さあ、どう思われる各々方?」
「各々方、などという言い方は辞めるべきだ。我らは複数で産み落とされた単一。ならば我がそう思えば、『我』もそう思っているだろう」
「我らは強くはない。強さ弱さなど『人喰い(マンイータ)』と『人食い(カーニバル)』にでも与えておけば良い」
「然り。我らは[ピーーー]。ただ[ピーーー]。ただただ[ピーーー]。殺しに強弱は存在しない」
「我は殺し屋。依頼人は秩序。十四の十字を身に纏い、これより使命を実行する」

ズザリ、ソイツらの足元が音を立てる。ここに来て初めて彼女達はそのシンメトリの美を崩した。思い思いのポーズを取る……ある者は右手を突き出し、ある者は上半身を低くしてクラウチングスタートの構えを取った。
途端、辺りに撒き散らされる重圧。空気が重くなったような錯覚に陥って、横隔膜を動かすのにすら意識を配らなければ窒息しちまいそうだ。
……これは、多分「殺気」ってヤツだ。本能的にそれを理解する。古泉辺りに言わせたら「分かってしまうのだから仕方ありません」とでも言うだろうか。

「お、おい、朝倉。本当に大丈夫なのかよ!? 信じて良いんだな、信じちまうぞ、なあ!」

「そんな目に見えてうろたえないでよ。大丈夫。だって、何をやっていても何が出来ても、それって所詮有機体のやる事でしょ?」

朝倉が俺にウインクする。緊張感もそっちのけでドキリと高鳴る俺の心臓は……ええい、節操無しにも程が無いか、俺。

「えっと……貴女達。悪い事は言わないから大人しくここは退いておくべきだと思うんだけどな。やらないで後悔するよりもやって後悔する方が良い、ってよく聞くじゃない? けどね、やる前から結果が分かってるのにそれをやっちゃうのは」

少女が手を胸の前に持っていく……ってどこから出したんだ、そのバタフライナイフは!? やっぱ持ってたのか、持って来てやがったんだな、朝倉っ!
ああ、その白い手の中でナイフの刃が玩ばれるたびに俺のトラウマがズキズキと刺激される! 脇腹が幻痛を訴えてくるのは、もうそろそろ去年のアレはスッパリただの悪夢だったんだと思って乗り越えちまっても良いんじゃないか?
人間は環境適応能力に優れた生き物って触れ込みだろ?

「それは玉砕、って言うの。だから――消えて貰えないかな? ……オ、ネ、ガ、イ」

可愛らしく言うも元殺人鬼。殺し屋に一歩も退かない迫力を、朝倉涼子はその言葉に存分に滲ませていた。

117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 22:40:28.01 ID:VzpQXCXi0
「ほざけ」

クラウチングスタートの修道女がその一言を皮切りに、爆ぜた。いや爆発したようなスピードでもって飛び出した。流石に想影真心のような目にも見えない速さではないものの、目にも留まらぬ速さなのは間違いない。一拍遅れで更に二人が走り出す。

「貴方は動かないでいいわ」

対して朝倉は泰然と。敵が迫り来るのを待ち構える。丁度俺と殺し屋シスターズの間を塞ぐように、日本の足でしっかり地面を踏み付けて。

「私が守る……なんてね。一度言ってみたかったのよ、これ」

あくまでも軽い調子で声に微笑まで乗せながら朝倉は言うが、しかし敵はもう目と鼻の先まで迫っている!

「朝倉!」

「だから、一々大きな声出さないでよ……分かってる」

第一次接触……はならない。修道女Aの突撃は見えない壁に阻まれたように一線を越えない! あれは……朝倉との戦いで長門が見せた障壁か! 空中に幾何学模様が描かれ、それは物理的な圧力では決して敗れない絶対壁!
必殺、宇宙人ATフィールド!!

「……何!?」

「ざーんねん。貴女にはその壁は乗り越えられないわ。ここはルビコン。有機体と情報体を別つ埋め難く深い溝よ」

悪戯っぽく舌を出す少女。も、匂宮五人衆は宇宙的不可思議パワーの断片を見せられてそれで退くような可愛らしい相手では無かった。ソイツは自身の前に壁が生まれた事を理解するや否や俺達に背中を向ける。
そこへ走り込んできたのは修道女BとC。二人は修道女Aの右手と左手に、それぞれ飛び乗る! そして、高く高く、舞い上がった。
仲間を即席のジャンプ台にしやがった。気付いた時にはもう遅い。障壁がその表面を幾何学模様で彩っている事が仇になった。計算し尽くされた飛距離でもって二人の女はその上を飛び越え……そこに朝倉が放った無数の槍が襲い掛かった。

119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 23:11:28.09 ID:VzpQXCXi0
「言ったじゃない。そこは越えられない壁だって。もう、人の話はちゃんと聞かないと、ね?」

その体を槍が刺し貫く、その寸前に二人の女は槍を叩いて強引に自分の体を移動させ……叩いた!? あのスピードで飛んできた槍を!? 何、これ!? どんな反射神経してればそんな真似が出来るっつーんだよ!?
俺が煩悶する、その視界で女二人は墜落する。流石にアレを回避して、しかも壁を乗り越えるなんて芸当は出来なかったらしい。避けるので精一杯だったのだろう事は見てりゃ分かるが、だがそれにしたって空中で一回転して足から降り立つ事が出来るなんざ……と、おや?
修道女DとEはどこへ行った?

「面白いじゃない、貴女達」

朝倉の姿がブレる。その体から更に二人、朝倉のそっくりさんが現れ……これ、なんてハーモニクス(Angel Beat参照。天使ちゃんマジ天使)? その朝倉二号&三号はそれぞれ左右に分かれて突進。ナイフを前に構えて低空飛行するその姿は見覚えが有るぜ。
ああ、俺の脇腹がまたキリキリと痛みを訴える。

「でも、ダーメ」

朝倉二号三号の向かった先には見失ったと思われた修道女DとE。真っ直ぐに襲い掛かる朝倉の凶刃を、ソイツらはなんて事もなくかわして更にその脇を擦れ違い様、膝を叩き込む! 朝倉分身の顔が歪んだ。
苦痛ではなく、愉悦の笑みの形に。
瞬間、轟く爆音。耳の奥で鐘を何度も突かれたような金属音が鳴ってやがる。除夜の鐘にはまだ一日早いぞ、こんにゃろう!

「分身なんて疲れるじゃない。有機体相手なら爆弾の方が効率が良いわ。情報操作もお手軽だし?」

な……なんて事をサラっと言いやがるんだ、この性悪宇宙人は! 一切の躊躇、手加減無しとか心底コイツが味方で良かったと胸を撫で下ろす俺だ。でも、出来れば長門が良かったなあ、とかは口にしたら刺されそうなので黙っておく事にする。
分かっていたが再確認。朝倉涼子マジ怖え。

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 23:35:59.87 ID:VzpQXCXi0
「……面妖な」

煙の中から転がり出て来るのは……まあ、アレでやったとは俺も思っちゃいない。多分、朝倉もだろう。だが、ダメージは少なからず有ったようでその服は所々焼き解れていた。赤く滲んでるのは、あれは血か? 至近距離での爆発でありながらあんだけの被害で済んだのは褒めるべきだろうが、しかしそれよりも人間離れが酷過ぎて言葉も無い。

「面妖? ねえ、同じ遺伝子情報で構成された人間が五人も会するのは、それは面妖って言わないのかな? 私、有機体のその辺は余り詳しくないのだけれど、それって私が知らないだけで割とよくあったりする事?」

減らない軽口。いや、それこそが朝倉が朝倉たる証左なのだろうが。でもって軽口と軽口の合間にも情報操作に必要な詠唱はしっかり行ってるってんだから宇宙人ってのはほとほと敵に回すモンじゃない。
ふむ、人の不幸見て我が振り直せ。宇宙人との付き合い方をそろそろ一考せねばならん時期に俺も差し掛かっているらしい。

「宇宙人……か。聞き及んではいたがこれほどとはな」
「狐面が言った事も満更虚言では無いらしい。これはヒトの手には過ぎた力だ」
「なるほど。世界を終わらせるというのも、この分では虚偽とも言い切れぬ」
「しかし、我らは殺し屋」
「世界の終わりなどに執心はせぬ」

匂宮五人衆は一度バックステップで俺達――じゃないな、朝倉から距離を取る。第一次接触はどうやら無事やり過ごしたようで、しかもこっちの実力は見せ付けた形だ。正しく一蹴、ってな具合。
悪くない。停戦要求を切り出すなら、ここ。このタイミングだ。

「おい、匂宮さんとやら!」

叫んだ。何を言うか、なんてまるで考えちゃいないがそれでも。いーさんは俺に言ったんだ。戯言遣いの素質が有る、ってな。
だったら。それは武器だ。今は自覚が無くったって。刃渡りが一ミクロンであっても。宇宙人に未来人に超能力者に。おんぶにだっこじゃ何の為に俺が居るんだか分かりゃしねえ。
俺だって……俺だってSOS団の一員なんだ。戦って……いや、戦わないでやるさ!

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/29(土) 23:56:59.89 ID:VzpQXCXi0
五つの同じ顔が一斉に朝倉から注意を俺に移す。こりゃ、壮観だな。美人さん(ちょいと垂れ目気味)なのは間違いないが、しかしやっぱりその造りがコピー&ペーストしたみたいに判押しなのはちょっとしたホラーだぜ。

「何だ?」

その中の一人が口を開く。良かった。一応、連中にも代表みたいなのが居るらしい。戦隊ものでいうならレッドの立ち位置か。カラーリングを変えてくれてれば分かり易いんだが……いやいや、贅沢は言うまい。

「話をしよう」

殺し屋相手に「話をしよう」なんてどの口が言うんだか。この口か。あーあ、戯言だぜ、まったく。
ま、でも、どうせ戯言ならきっちり最後まで戯言してやるさ。何事も中途半端が一番ダメってのはよく聞く話だし、何よりウチの団長様はそーいうのが一番嫌いなんだ。
やらないならやらない。
やるなら最後までやり通す。
終わりまでグダグダであっても、それでも今年の文化祭で上映した「長門ユキの逆襲 Epsode 00」は一応完成作品になっていたように。途中で諦める、ってのはSOS団の性に合わん。

「話? ふむ、どんな話だ? 命乞いか?」

十字架がふんだんに刻み込まれた修道服に身を包む、女が眉を顰める。無理も無い。コイツらは殺し屋なんだ。対象と話をするなんて事は先ず無いだろうさ。

「間違っちゃいない。命乞いと、そう捉えてくれてもいいがどっちかっつーと停戦交渉だな。小学校の道徳の教科書にだって書いてあるだろ。争いは何も生まないんだぜ? って訳で俺はその精神に則(ノット)り『こんな事は止めませんか』と提案するんだが、どうだ?」

「ふん、箸に掛ける価値も無い」

「まあ、そう言うなよ。こっちだって出来る限り妥協はしてやるつもりなんだ。コイツの力は見たろ?」

親指を立てて朝倉を指し示してやる。この距離で、この暗がりで果たしてハンドサインが見えるのかどうかは疑問だったが、これくらいなら文脈から俺が何をしているかは察して貰える筈だ。

「信じて貰えるかどうかは分からんが、コイツ。朝倉涼子は俺のクラスメイトにして宇宙人だ。って、唐突にこんなん言われても納得は出来んよな。俺だってそうだったからその気持ちはよーく分かる」

123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 00:31:37.51 ID:Cv9g5elm0
「ちょっと、コイツっていう言い方はどうかと思うんだけど」

「頼むからちょっと黙っててくれないか、朝倉。謝罪なら後で幾らでもしてやるからさ」

もしも。この戦いを停めず見守るだけならば。俺はきっと後悔するだろう。勝っても負けても。宇宙人はその圧倒的な実力をもって殺し屋を殺し、殺し屋はその類稀なる才能をもって宇宙人と俺を[ピーーー]。
どっちに転んでも、人が死ぬのは免れない。
甘い事を言ってるのは分かってるさ。だけどな。俺はそもそも高校生なんだぜ? 人が死ぬ所なんて見るにゃまだ早い。見過ごす程に達観するなんて真っ平ご免だ。
だから借りる。あの力を。ちらっと、その片鱗を垣間見ただけだし、それが実際どういう手法でどういう手際で行われてるのかなんて分かっちゃいないが。
だけど、戯言なんて考えるよりも先に思考よりも早く口を突いて出るものだと思うから。

「ああ、話は変わるが『裏も表も(センスオブワンダラー)』って知ってるか? 『賽転遊び(コインフリック)』ってこっちでも良い。……ああ、その感じじゃ知らないみたいだな。仕方ないか。表向きはただの高校生で通ってるからな、ソイツは」

神様はさいころで遊ばない (Not play dice with God) 。
神様――涼宮ハルヒ。
確率じゃなく確立。奇跡じゃなく軌跡。世界は神の思うがまま、なんて俺は思っちゃいないが。

「ま、表向きなのか裏向きなのか。そんなのはソイツの二つ名が示す通り俺にはどっちかなんて分からん。多分、どっちでも大差無いんだろうさ、ソイツにとっちゃ」

「……何が言いたい?」

「アンタ達さ。さっきからずっと宇宙人相手に苦戦してるじゃねえか。俺から見たら善戦と言ってやってもいいが、どっちかなんざ戦ってるその当人が一番よく理解してるだろうさ。でな……」

ポケットから右手を引き出す。そこに握り込んでいた百円玉を俺は親指で宙に弾いた。何の意味も無い、その動作。攻撃なんかじゃ間違ってもない。これは言うなれば「攻劇」だ。

「もしもこの場にもう一人、何も出来ない振りをした、只の高校生に見せかけたプロのプレーヤが混ざり込んでるとして、それでもアンタ達は戦闘を続行しようとすんのかな、って思ってさ」

コインが地面で跳ねる音はひんやりと静まり返った駅前に、やけに大きく響いた。まるで新たなプレーヤの登場を告げる鐘の音のように、硬質の金属音は高らかに鳴った。

124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 00:35:48.43 ID:Cv9g5elm0

俺は大きく息を吸い込む。そして、目を瞑り口にした。


「ま、戯言だけどな」


本当に。心の底から、戯言だ。

126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 01:27:46.39 ID:Cv9g5elm0
「……どうする、匂宮さんよ? こっちは停戦したいと思ってる。正直、俺にはアンタ達と争う理由が無いんだ。一方的に因縁を付けられて命を狙われてる。しかも殺し屋って事はアンタ達にも理由は特に無いんだろ? だったらオカしくないか? それともそう思う俺がオカしいのか?」

コインはアスファルトの上で回り続ける。出る目は表か裏か。そんなのは知ったこっちゃないが、やるだけの事をやって運を天に任せるってのは案外清々しい気持ちになれるみたいでな。悪くないもんだ。

「殺し屋に理由を問うか、若人。それは肉屋になぜ肉を売るのかと問うているのと同じ事よ」
「正しく。我らは頼まれれば[ピーーー]。それゆえ殺し屋」
「平たく言えば目的は金だ。只の経済活動に過ぎぬ」
「戦争屋はなぜ戦争をする? それは戦争が経済活動であるからだ。そこで得をする者が在る故成り立つ。戦争屋という商売が生まれる」
「殺し屋は商売。匂宮の者にとって人殺しが一番適性が有るが為に行っているに過ぎぬ」
「だが、適性は全てに優先される」
「然り。最もその者の才を利用出来る職に就くは道理」
「我らは殺し屋」
「信条も無く理念も無く正義も無く未練も無く後悔も無く同情も無く分別も無く美学も無く未来も無く身上も無く道徳も無く常識も無く」
「有るは殺戮の雑技のみ」

ニヤリ、頬が緩むのを抑えられない。……ソイツが聞きたかったんだよ。

「何が可笑しい、『表も裏も』?」

その勘違いを引き出したかった。その目的を聞き出したかった。そして匂宮五人衆、断片集(フラグメント)。アンタ達は即席の戯言遣いにまんまとしてやられたって訳だ!
大勢は決した。これでもう、覆らない。ターン交代。こっから先、チェス盤の支配者は俺だぜ?

「アンタ達の負けだ。匂宮亜片。閾値。羽靴。えけて。緒琴さん。これ以上はやるだけ無駄ってな」

「……何?」

「だってさ」

狙いを見抜かれたら、それはボードゲームの世界じゃ負けなんだ。

「アンタ達はこの戦いで利益を得る事は出来ないじゃないか」

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 01:54:34.54 ID:Cv9g5elm0
経済活動。そう、コイツらは言った。だったら利を説いてやれば良い。理詰めで話せば、話して通じない相手じゃないのはここまでのやり取りでよく分かった。だったら後は詰め将棋。得意分野での戦いに持ち込んじまえば、殺し屋相手だって戯言は戦える。
なるほど、人類最弱とはよく言ったモンだと思うよ。いや、マジで。
この技術は扱う人間が弱ければ弱いほど、その真価を発揮するってワケだ。

「ここでアンタ達が俺を殺して果たして人類最悪に幾ら貰う契約になってんのか、そこんトコは知らん。破格ではあるかも知れんが、けどそれにしたってご利用は一回だ。払ってたとしても十回分には届かんだろうと思う」

修道女達は答えない。だが、沈黙はこの場合は一番やっちゃいけない行為だろ。それはこのまま言い包められるのを是としているようにしか俺には思えん。その気はないだろうが、だが心のどこかでは思ってるはず。引っかかっちゃいる。そうだよな。
戦いの目的、利益ってその根本を俺は揺るがしてやったんだから。

「さて、商売ってヤツはリスクが付き物だ。どんな商売だってリスクのハイローは有れ、基本的にはそこんとこを免れない。殺し屋ってのはハイリスクハイリターンなんだろうと、この辺は想像するしか出来ないんだが。
でさ。俺なりに考えてみた。殺し屋にとってのリスクってなんだろう、ってな具合でさ。まあ、そんなん頭を捻る程でもないよな。専門家相手にご教授するのは些(イササ)か気が引けるが。
それは……もう分かるよな。返り討ちって危険性さ。
さっきまでの戦いでこっちの戦力は少しばっかり理解出来ちゃいると思う。いや、これは思いたい、だな。楽観視は俺の悪い癖だが、一朝一夕で直りそうにはないんでちょいと勘弁してくれ。でな。アンタらは専門家だしここはぶっちゃけて聞いてみるが……」

一呼吸。こういうのは溜めが肝心だ。引き伸ばせ、時間を。相手が焦れて次の言葉を催促する、その直前を見計らえ。タイミングの掴み方はハルヒと出会ってから一年半、散々鍛えられてきただろう、俺?
まだ……まだ…………後……二、一っ。

「匂宮五人衆。果たして俺達二人と戦うってのはそのリスクに見合うリターンが用意されてんのかい?」

恐喝にも似た威力交渉。朝倉の戦いは無駄になんてしない。何一つ無駄にせず、血肉に変えて血路を開く糧としてやる。

「アンタ達は強いからな。悪いが、こっちも手加減はしてやれそうにないぜ?」

戯言ここに極まれり。この調子で行くと「二代目戯言遣い」とか「戯言遣いの弟子」とか呼ばれちまうかも知れんな。
……やれやれ。

139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 19:22:33.35 ID:CX0oH1YAO
ハルヒ「最後にならないと出番が無いとかこの話、台本オカしいんじゃないの!? あたしという一番の人気キャラにスポットを当てないなんて、脚本家を今すぐ首にしなさいっ!」

友「まったくなんだよ! 僕様ちゃんが出て来ないとか横暴だー! おーのー!」

ハルヒ「ふふん。とは言え、そんな扱いにいつまでも甘んじているあたしだと思ったら大間違いよね!」

友「うにっ! その通りなんだよ、すーちゃん!」

ハルヒ「す、すーちゃん!?」

友「ん? はーちゃんの方が良かった?」

ハルヒ「えっと……すーちゃんの方がまだいいかしら。と、とにかく! このスペースはあたし達が乗っ取ったわ!」

友「乗っ取ってやったんだぜい! 盗んだ余白ではっしりだすー!」

ハルヒ「って訳だから物語中では語られないであろうあれやこれやの裏設定をまとめて暴露していくわよ!」

友「僕様ちゃんに出番をくれないいーちゃんなんか恥ずかしー過去をばらしまくってやるー!」

ハルヒ「その意気よ、友ちゃん。ん……なんかあたし達、気が合いそうね。そうだ! もし良かったら友ちゃん、SOS団の財政顧問の席が今空いてるからやってみない?」

友「うにっ! 望む所だよっ! 僕様ちゃんと愉快な玖渚機関がそのえすおーえす団っていうのをバックアップするからには世界は大いに盛り上がらざるを得ないんだぜー!」

ハルヒ「そうと決まればさっさとタイトルコール終わらせてCM入るわよっ!」

友「りょーーっかーーいっ!」

ハルヒ「涼宮ハルヒと!」

友「玖渚友の!」

ハルヒ&友「裏番組をぶっ飛ばせ!!」

140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 19:37:53.09 ID:CX0oH1YAO
Q 時系列をはっきりして下さい

ハルヒ「そういえば、はっきりと説明してる文章が見受けられないわね」

友「戯言サイドに関してはさっぱりかも知れないんだよ!」

ハルヒ「こっちはそっち程読み取れない訳じゃないかしら。映画になった話の事をキョンが去年って言ってるし、除夜の鐘には一日早いとも叫んでたからなんとなく想像は付くはずよね」

友「うにー……いーちゃんはそれっぽい事をぼかしながら喋ってるからよく分かんないんねえ……」

ハルヒ「そうね。でも原作の最終巻以降なのは間違いないんじゃない? 澪標姉妹とか居るし」

友「いーちゃんのER3時代の友達が成長してる所から察するしかないかも」

ハルヒ「適当ね……そんなんでいいの?」

友「戯言だからだいじょーぶいっ!」

141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 19:50:48.85 ID:CX0oH1YAO
Q 哀川さんが戯言遣いを「いーちゃん」って呼んでるのは誤植?

ハルヒ「……仕様? うん、仕様みたいよ?」

友「伏線だー!」

ハルヒ「ああ、もう! そういう事を大きな事で言わないの!」

友「すーちゃん、心配し過ぎだぜい。戯言シリーズでは張りっぱなしの伏線なんて珍しくもなんともないよ」

ハルヒ「そんなルーズでよく完結出来たわね」

友「この脚本もどっちかと言えば戯言寄りな気がするし、伏線未回収とかちょー得意」

ハルヒ「ヒロイン未回収とかした日にはキョンを死刑!」

友「いえー、とばっちりー!」

143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 20:15:16.30 ID:CX0oH1YAO
Q 古泉が大戦争について語ってたけど、大戦争の時古泉幾つだよ?

ハルヒ「知らないわよ、そんなの」

友「大戦争は僕様ちゃんが[禁則事項です]歳の時だから、古泉君は多分[禁則事項です]くらいじゃない?」
ハルヒ「そんなよちよち歩きの頃から戦える訳ないわ……はっ! 読めた! 今の古泉君は二代目古泉君なのよ!!」

友「……大戦争に参加した人に鍛えられたんだと僕様ちゃんは思うんだけどなー」

ハルヒ「まあ、そうだろうけど。でも有り得ない想像をする方が楽しいじゃない?」

友「いっちゃんにはそういった経歴を持っていそうな知り合いはいないのかに?」

ハルヒ「いっちゃん? ああ、古泉君の事か……そうねえ」

新川「お嬢様方。紅茶とスコーンはこちらでよろしいですかな?」

ハルヒ「あ、ありがと新川さん。その辺に置いといてー」

友「うぇーい! あっまいものっ! あっまいものっ!」

ハルヒ「今のはこの企画のスタッフをやってくれてる新川さん……ってスコーンに目を奪われて見事に聞いてないわね」

友「ふぁひ? ふぁひふぁひっふぁ?」

ハルヒ「そんなに急いで食べなくてもスコーンは逃げないってば。……あれ? 何の話をしてたかしら?」

友「み……水……ばたりっ」

144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 20:26:14.94 ID:CX0oH1YAO
Q 「人類最終」想影真心と「大泥棒」石丸小唄の決着は?

ハルヒ「ああー」

友「これは確かに語られないね」

ハルヒ「結論から言うと。第7R、一分十二秒で決着」

友「うなっ! 大泥棒による鮮やかなTKOだったんだぜー」

ハルヒ「決まり手は『ハートを盗む』ね」

友「それから三日間くらいずっと、いーちゃんは真心ちゃんに『小唄にファーストキスを盗まれた責任を取れ』って迫られ続けたらしいねえ」

ハルヒ「どうでもいいけど、さっきからなんで質問を読み上げてるのが谷口なのよ?」

谷口「出番が無えからだよ!」

145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 20:49:27.16 ID:CX0oH1YAO
ハルヒ「ま、まあ今日はこのくらいで勘弁しといてあげるわ!」

友「すっごい悪役の台詞だよ、すーちゃん」

ハルヒ「いいのよ。あたしが敬愛してるのはドロンジョだもの」

友「あー、確かに○○○○事したくなる○○○○だねえ」

ハルヒ「なっ!?」

友「でも、僕様ちゃんのろりぼでぃは、いーちゃんを毎晩のーさつしてるから僕様ちゃんは要らねー」

ハルヒ「友ちゃん……もしかして年上!?」

友「としうえー。澄百合の制服とか体操服とか着たりするけど、れっきとした人妻です! デス!」

ハルヒ「……マジ?」

友「ちょーマジ。うなっ!? すーちゃん、もうすぐ時間終わる終わるー!」

ハルヒ「うー……問い質したい事がたった今出来たけど仕方ないからとりあえずエンドロールやるわよ!」

友「このコーナーでは皆の質問、ツッコミを待ってるっぽいんだよっ!」

ハルヒ「良い? 次にいつ本編が再開するのか以外ならどしどし受け付けるからじゃんっじゃん応募して来なさい!」

友「メールアドレスは[禁則事項です]。FAX番号は[禁則事項です]ー!」

ハルヒ「それではっ、涼宮ハルヒと!」

友「玖渚友の!」

ハルヒ&友「裏番組をぶっ飛ばせ、でしたー!」

提供 玖渚機関 四神一鏡
仲間(チーム) 十三階段

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 20:10:09.60 ID:X7jA2jgC0
「さあ、どうする?」

一歩、踏み出す。そこに有る筈の見えない死線はどっかからのネオン灯に照らされて蒼白い。

「さあ」

一線、踏み越す。見えないものなら信じない。見えてるものなら先ず疑え。

「さあ」

一切、踏み潰す。信じるだけじゃ救われない。救われたいなら信じ抜く事。

「さあ」

――合切纏めて、踏み鳴らせ。俺がここにこうして立っている、その証を響かせろ。

「さあ」

歩き、迫る。一歩一歩、ゆっくりと。こつり、こつり。革靴がアスファルトにぶつかる音は、まるでオペラハウスか何かに居るみたいに駅前大通りで反響する。つまりはそれだけ静かって事なんだろう。物語の登場人物以外は存在を許されていないような夜の世界。
月すらも雲に覆われて舞台に出て来る事がままならない、ってーのに俺みたいなのがその主役的な位置に立たされているのはミスキャストで多分、間違いは無いよな。脚本家出て来い。危険手当は出るんだろうな?
ああ、そうだよ――ブルってるさ。正直、戦々恐々の心持だ。殺し屋へと向けて出す足は重く、屍山血河を歩いているようにすら思える。だが、あんまりにも困難な状況で……まあ、恐怖から気が狂っちまったのかも知れないが、事ここまで至っちまうと心から笑えてくるってんだから人間ってのは不可思議だ。
マジでくたばる五秒前。本気と書いて帰りたいと読ます。いや、だからこそなのか。正しくこれが「笑うしかねえ」っつー言葉の意味なんだろう。
笑いながら右足を前に出す。ここが地獄の一丁目。左足を前に出す。そんならここが二丁目か。……一丁目二番地かも知れんな。どっちでもいいさ。道化もここまで来ると本物だ。
地獄だろうがなんだろうが、大切なヤツがそっちに行っちまったってんなら足だって踏み入れようよ。ダンテ先生って前例が居る事だし、別に人類未踏の地じゃあないだろ。
地獄だって地続き。取り返しに行くのは残念、善良可憐なベアトリーチェって訳には行かないが。

「さあ!」

取り戻したいのは俺たちの日常。ただそんだけ。だったら高望みじゃ、決してないはずだ。
なら、歩こう。地獄への道を。
一笑、しながら。

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 20:11:19.23 ID:X7jA2jgC0
BGMはサーフィスでお送りしています。さあ!

158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 20:40:17.12 ID:X7jA2jgC0
歩き行く。俺とソイツらとの距離はもう目と鼻の先にまで差し迫っていた。……実際は八メートル程だったかもな。ただ、プロのプレーヤってのにとって一息で詰められる間合いに足を踏み入れたかどうかなのは経験則から理解出来た訳で。
つまり――正真正銘、限界ギリギリぶっちぎりのデッドライン。俺が左足を上げる命令を脳から太腿の筋肉へと伝達する、その直前に殺し屋は口を開いた。
殺し屋達は口を揃えた。

「理解した」
「理解した」
「理解した」
「理解した」
「理解した」

それは全く同じ声で、全く平坦な声で。しかし不協和音染みて聞こえたのは余りにも整い過ぎていたからだ。
機械よりも精密緻密に。同じ音を別々の人間が、しかし揃って刻む。有り得ない話だった。匂宮シスターズ(修道服だしこう呼んだ所で誰からも非難されんとは思う)は、当然の話だが立っている位置が一人一人違う。それぞれの口の位置は目算二メートルってトコだろうか。
だったら、耳に届く声にはズレが生じる筈だろ。普通に考えて。だけど、それが無い。
つまり、零コンマの世界で発言タイミングをずらしているんだ、コイツらは。それに気付いた時、俺の背筋をおぞましいものが走り抜けていた。
偶然、なんかじゃない。
それを――そんな事を出来るようなヤツが俺の相手をしている。俺を敵と認識して立ち塞がっている事実。今更な話だったが、俺が今立ち向かっているものはそういうものなんだ。
果たして、俺になんとか出来るのか……いや、そうじゃない。
なんとかするんだ。
俺達で。

「敵として認めよう」
「障害として排除しよう」
「例外として処理しよう」
「災害として処分しよう」
「人外として弾圧しよう」

五人の修道女は一斉に胸の前で十字を切った。次の瞬間、背後からうめき声が、って朝倉!? 振り返って何が起こったのかを確認したいが断片集(フラグメント)から目を逸らせば……次の瞬間には閻魔大王の御前に間抜け面して突っ立っていそうなのが分かっているから振り向く事も出来やしない!

「目には目を」
「歯には歯を」
「裏切りには復讐を」
「人でないものならば、同じく人でないものに任せておけば良い」
「さあ、これで一対一だ、『裏も表も』」

……最悪の展開。でもって、一対一とかどのツラで言いやがるよ、こんちくしょう!

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 21:10:14.41 ID:X7jA2jgC0
勿論、俺だってこの展開を予期してなかった訳じゃない。姿形こそ見えやしないが、多分どっかに九曜が待機していやがったんだろう。もしも俺が狐面の立場だったとしたら、やっぱり同じような配置をしたんじゃないかと考える訳で。
まあ、先に言った通り最悪の予想図なんだが。くそっ、いーさんの言った通りだな。最悪の予想で最善の予想。ここまで徹底してやがると逆に清々しさを……覚えるか、そんなもん!

「何が一対一だよ! 誰がどう見たって五対一だろうが! お前ら数も数えられんのか!? いやいや、五までなら片手の指で足りるし、ほら、悪い事は言わんから一本づつ指を折ってみろ。点呼でも良いぞ?」

言いながら背後の気配に耳を欹(ソバダ)てる。朝倉の息遣いは決して荒い訳じゃないが、だがさっきまでは靴音が反響する程気配という気配を消していた。それに比べたら呼吸音が聞こえてくるというその時点で既に尋常ならざる事態が少女の身に起こっている、その事は理解出来た。
あの長門にさえも「今は何も出来ない」と言い切らせた天蓋領域の攻性なんたら。朝倉が長門に劣るなんて失礼な考えは流石に持っちゃいないが、それでもバックアップが第一線よりも勝るって事は無いだろう。
良くて同等。ならば朝倉はもう戦力として数える事は出来やしない。バタフライナイフなんて持っちゃいても、それでも只の女子高生に一瞬にして様変わりだ。
「殺し屋 ABCDE が あらわれた!」ってメッセージが出てるのにパーティの方は一般人が二人って、おいおい、状況を整理したらコレ洒落になってねえぞ。

「全は一。一は全」
「我らの世界は我らのみで閉じられている。ならば全は我ら。我らは一」
「五対一とは笑わせる。我らは『五体で一人』」
「五体満足な貴様と五体満足な我」
「条件は互角」

どんな歪んだ物差しで世の中を測ってやがるんだ、お前らは。エジソンじゃねえんだぞ? 泥団子を一足す一したら大きな泥団子になるからやっぱり一だ、とかは偉人のエピソードであるからこそ微笑ましいのであって現実じゃそんな事言い出しゃ只の捻くれモンだ。
五人で一つ。そんな戦隊モノは流石にもう卒業してるんであって、たった一人で立ち向かわなきゃならん怪人の気持ちもそろそろ鑑みてやるべきだと俺なんかは思うね。ああ、こうやって怪人の側にマッチメイクされると尚更そんな事を思わざるを得ん。
とは言え……ここで朝倉を頼る訳にはいかねえよな、やっぱ。
武器は戯言だけじゃない。後は勇気でカバーする。そういうシナリオを書いちまったのは他ならぬ俺自身だってんだからお笑いだ。

「一つだけ確認させろ。お前らが殺しを頼まれてんのは俺だけなんだな?」

勇気なんざ持っちゃいないが、背水の陣と来れば死に物狂いにくらいはなってやるさ。……まだ死にたくはないからな。

164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 21:34:11.79 ID:X7jA2jgC0
修道女達は答えない。それがどういう回答なのか俺には分からなかった。沈黙は肯定ってのを真に受けて朝倉に危害を加える気はないと見るか、乗りかかった船って具合に十把一絡げの一網打尽か。
もしくは兎吊木(だったよな? どうも人の名前ってのは中々覚えられん)みたいにどうでもいいのか。ああ、この可能性が一番アリだな。ま、どれであっても俺の行動は変わらんのだが。

「朝倉に危害は加えるなと言いたい所だが、大人しく殺されてやるからとも言えん俺が居るんで……仕方ない。あまり気は進まないが相手をしてやるぜ、匂宮五人衆」

俺の言葉を受けてそれぞれにファイティングポーズを取るシスターズ(修道女だけに)。もしかしたら五人どころじゃなくて一万人くらい居たらどうしようとか下らない事を考えるが(シスターズだけに)、まあその時はその時だ。
行き当たりばったりはハルヒに出会ってから留まる所を知らん。
なんて言ってはみたものの、しかし流石の俺でも無策じゃここまで横柄な態度に出れはしない。そうさ。策師を気取る気は無いが奥の手くらいはちゃーんと持っている。抜け目の無いヤツ? それってーのは褒め言葉だろ。

「ただし、楽に殺して貰えるとは思うなよな。こう見えて俺はフェミニストなんだ。女子供は殺さない。そんかし『死んだ方がマシ』って目には仕置きの意味で遭わせる事に決めてんだ」

コートのポケットに手を突っ込んで殺し屋達の位置からは見えない所で携帯電話を開く。残念ながら仮面ライダーに変身するって展開ではない。念の為。
一言で言えば……あー、別にバラしちまっても良いか。そんなに大袈裟なモンでもないしな。
俺の持っている切り札ってのは只の「瞬間移動」だ。
朝倉の能力が封じられる前に、その朝倉の情報操作能力によってプログラミングされた宇宙的魔法パワーが俺のケータイには仕込まれていた。
備え有れば憂い無し、ってな。何? 他にもっとマシな切り札は無かったのか、って?
有るには有ったさ。宇宙人とは別に独立して成立する不思議能力。例えばビルを片手で持ち上げられるような腕力を俺に付与するだとか、例えば長門お得意の透明になるヤツだとかな? 

165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 22:07:23.04 ID:X7jA2jgC0
他にも超速再生だとか目からビームとか加速装置だとか……人を改造人間かなにかと勘違ってるんじゃないかといったラインナップの中から俺が選んだのは「瞬間移動」って事になる。いや、表現がマズいな。それしか選べなかった、ってだけの話なんだ。
選択肢ってのは基本、消去法。
ビルを片手で持ち上げられる腕力なんかがあってもパンチが当たらなきゃ意味が無いし、俺みたいな素人のパンチが当たるとは幾ら楽観的な俺でも思えなかったんだよ。透明になったって当てずっぽうにマシンガンでも乱射されればそれでアウト。
再生能力は怪我をするのが前提だし、目からビームは網膜がかなりヤバい事になるらしい。加速装置を足に搭載すりゃ、有機体では燃え尽きるのに三秒と掛からないってんだから大気圏突入機能も無い俺にとっちゃ只の自殺行為だろう。
……なんか羅列したら本気でロクな提案されてないな、俺。朝倉のヤツ、急進派とは縁を切ったっていつぞや言ってたがこの分だとかなり怪しいぞ、おい。
そんなこんなで唯一(と言って良いだろう)まともな事前策が「瞬間移動」だったってワケだ。
なんだったかな……朝倉の説明によるとそれが「瞬間移動」となるのは結果論で、俺の座標軸を一旦非侵食性融合なんたら空間へとズラし、そしてまた現実世界へと復帰させるとか、まあ詳しい話は忘れた。
俺にとっては実害の有無が問題であって、その内容なんかは二の次なんだ。その辺りは言わんでも分かって貰えると思う。うむ。
まあ、つまりはこの能力で飛び掛ってきた殺し屋の背後を取り「遅いぜ」とかなんかそんな事を呟いてやれば相手は戦慄して手を出しづらくなるだろうと考えた訳だ。浅知恵って言うんじゃねえ。猿知恵も却下。
だが。ここへ来て事態は思わぬ方向へと動く。殺し屋の足元がミシリと呻いた……その刹那。俺とソイツらの間の闇が、不意に人の形を取った。

「……こんな所に居たんですか」

闇は段々と少女へと変化していく。輪郭が街灯に照らし出されるところまで来た時、俺は彼女の名前をようやく思い出した。

「井伊崩子、さん?」

「はい。遅れて申し訳有りません。てっきり戯言遣いのお兄ちゃんと一緒に居るのではないかと見当違いをしてしまいました」

いや、この時分ならどっちにしろいーさんとは逸れているんじゃないかと考えるのだが。まあ、そんな事は言っても分かっては貰えないだろうし説明している時間も無さそうだ。

「ですが待たせた分は取り返せば済む……汚れた名前は濯げば良い。かつてお兄ちゃんが私にしてくれたように」

闇の姿をした少女は、なぜだろうか、少女の姿をした闇のように俺には見えた。

「全ての名誉は捧げた身なれど、我が身を一介の奴隷に窶(ヤツ)す事すら許されぬ闇口のなり損ない。けれどその技と業(ワザ)はなくなりはしない。ならばここは私が……人肌脱ぎましょう」

一対五。その事実に気付いていないとは思えないのに。それでも彼女は逃げなかった。俺を、見捨てなかった。
これが戯言遣いの娘。いーさんは俺が思っていた以上にかなり凄い人なのかも知れないと、伊井崩子さんを見ながらそんな事を思った。

167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 22:33:13.95 ID:X7jA2jgC0
「闇口の小娘か」
「しかし、闇口は姿が見えぬが脅威」
「その身を晒せば、生き恥よ」
「生き恥ではない。ここで死ぬのだ」
「ならば精々、辱めて殺すとしよう」

口々に勝手な事を言いやがる匂宮五人衆。……ああ、そうか。コイツらにとって恐らく「闇口」ってのは知った口なんだろう。俺みたいな正体不明は警戒するが、しかし中身が推測出来る相手なら怖くは無い。
恐怖ってのは未知から来る。良く聞く話だな。「闇口」……よく分からんが武術の一派か何かか? そう考えればシスターズが口にした台詞も頷けなくは無い。手の内がバレてるとなると戯言は通用しないな。いや、戯言遣いの娘とくればその辺りをリカバリするスキルでも持っているのだろうか。
ううむ、興味深い。……って、観客モードになっててどうする、俺。しっかりしろ。なんで一対五前提で考えてんだよ。二対五だろうが。早速人任せにしてちゃ世話無いぜ。

「いいえ、貴方は何もする必要は有りません」

「おいおい! 一対五でなんとか出来る相手かよ!?」

伊井崩子さんや。アンタは朝倉か? 宇宙人レベルなのか? いやいや、そんな訳は無し、そもそも女の子一人で戦わせるなんてそれは男としてどうなんだ、って感じじゃねえか。

「一対五?」

おい、なんでそこで疑問系なんだ。アレか。アンタも数が数えられないクチか。だったら今、この場で即席の公文塾を開いてやる。いいか、右手を開いて指を親指から一本づつ閉じていくんだ。さて、リピートアフターミー。いーち。にーい……。

「三対五の間違いでしょう?」

なんてこったい。朝倉が伊井さん(戯言遣いは「いーさん」)の中では戦力として数えられちまっていた。確かにバタフライナイフを携えちゃいるさ。だがな、アイツは目に見えないだけで今、正に敵の攻撃を受けている真っ最中であってだな……ん?
いや、でもおかしくないか? 俺は既に戦力外通告を受けてんだろ? あれ?
俺の頭でクエスチョンマーク量産工場がおっ建てられるよりも一秒ほど早かっただろうか。その声は上から聞こえた。

「参っちまうよなあ、自分でも。知らぬ間にエントリされてるとかマジ有り得ねえ。傑作だぜ」

「ちょっと人識くん、折角の登場シーンなんだからもうちょっとこう、ばばーん! って感じで格好良く行きましょうよう!」

……駅ビルの屋上ってどうやって登るのかちょっと聞いてみたい。

170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 22:53:51.37 ID:X7jA2jgC0
俺が唖然とするのが分かっているのかいないのか。多分、分かってないんだろう。駅の上にくっ付いている協賛会社の看板の脇でその男女二人組はまるでこっちになど関心が無いかのように会話を続ける。

「いや、そうは言うけどよ、伊織ちゃん。正直、こんな所に登る意味が先ず俺には分かんねーんだよな」

ヒーロー物のお約束……いや、画面外でやってるのは遊園地のショーぐらいか。その煩悶は理解出来るぜ、人識クンとやら。

「そんな事言って、でも登ってる時には何も言わなかったじゃないですか。そういう事はもっと早く言ってくれなきゃ撤回はききませんよう」

「何か理由が有って登ってたのかと思ったんだよ……」

「理由なら有ります!」

腕を振り上げて息巻くニット帽の女性。なんだか独裁者の演説でも見てる気分だ。

「一応聞いておいてやる。ホワイ?」

「私達は正義の味方、だからに決まってるじゃないですか! 頭悪いですねー、人識くんは」

遠目であっても小柄なのが見て取れる男が肩を落とす。その気持ちは分かる。分かるぞ。なんかハルヒを相手にしてる俺を他人の目から見ているような気がしてとてもじゃないが他人事には思えない。なんだ、このシンパシ(共感)。鏡でも見てるようだぜ。

「俺さあ……何がどう転んでも正義の味方にだけはならないでおこうって決めてたんだわ。格好悪イとか漠然と思ってたんだが、今夜、伊織ちゃんのお陰で俺がどうして正義の味方に嫌悪感を抱いてるのかの疑問が氷解したぜ。ありがとうよ……」

「えへへ、褒められました」

おい、そこのニット帽。アンタ、頭でも膿んでんじゃないのか? 脳外科に今すぐ行く事をオススメする。いや、この時間はやってないか……なら救急車だな。即時入院は間違い無い。なんなら俺が診断書を書いてやってもいい。

173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 23:19:10.22 ID:X7jA2jgC0
「って、なんで正義の味方がダメなんですか! 良いじゃないですか! 格好良いじゃないですか! 一緒にやりましょうよう、人識くん。通り魔戦隊ゼロザキジャー! あ、決めポーズを考えないと。むむむ……」

「字面も語感も最低な上にそんな戦隊はPTAが許さねえよ! 子供に見せられる通り魔なんてどこの世界に居やがる!」

いや……どっちかって言うと最低じゃなくて最悪だな。もしかしてあのニット帽、狐面を脱いだ人類最悪なんじゃないのかと訝しむ俺を一体どこの誰が責められようか。

「PTA!? おおっ、悪の組織ですね! ゼロザキジャーに早くも敵が現れました。立ち塞がりましたよ、人識くん! どうしますか、って決まってますよね。零崎に仇成すものは一族郎党皆殺しです。老若男女の区別無く善人悪人の分別無く殺りまくりですよう」

「おい、伊織ちゃん。もしかしてPTAってのがどういう団体か知らないんじゃないだろうな……?」

「え? 悪の組織ですよね、私達の活躍が地デジ発信されるのを邪魔するのが目的の?」

いや、少なくとも通り魔戦隊を止めようとするのは悪い組織じゃないと思う。まあ、PTAじゃなくてそういうのは警察の領分なんだろうが。

「あのな。PTAってのは学童保護者の集団なんだよ。その一族郎党ってのはつまり戦隊モノの視聴者だ。自分から視聴者皆殺しにしてどうすんだよ、伊織ちゃん……」

「分かってませんねー、人識くんは。最近の戦隊モノは大きなお友達向けに創られているんですよ? だったら伊織ちゃんが際どいスーツ着ていれば何も問題有りません。むしろ視聴率は鰻上りで映画化決定ですよ」

まだ放送も何も始まってないのに映画化決まっちゃったよ、おい。

「あー、そうですね。人識くんもお姉さん受けしそうかも。こう、ちっちゃくて生意気ってよく分かってますよう」

「あーあー、聞こえねえー。身長の事なんか俺は何も言われちゃいねー」

「人識くんは良い歳してショタです」

「なんっ……で、そこまで! 的確に人を傷つける台詞が言えるんだよ、お前はあああああっ!! 言うに事欠いてまさかのショタだと!?」

あ、男の方がキレた。蹴った。落ちた。……そして十点満点の着地、と。

「うなっ!」

ポーズまで決める余裕が有るとか、なんだかコイツら人生楽しそうだな。一触即発の戦場だなんてきっと思ってもいないんだろう。……俺もそういう生き方が……いや、辞めておこう。謹んで辞退させて貰う。一歩間違えれば病院行きの人生なんて真っ平ご免だ。

179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/05(土) 23:57:20.32 ID:X7jA2jgC0
「ちょっと、酷いですよ、人識くん。いきなり蹴り落とすだなんて、伊織ちゃんだったから良かったようなものを」

……登場からずっとお馬鹿な台詞しか吐いてない彼女だったが、しかしやっぱりコイツもプロのプレーヤとか言われる類で有るらしい。常人は十メートルは下らない高さから落とされて無傷じゃいられない。少なくとも俺ならば良くて骨折。悪けりゃ死んでる高さ。
それがどうだ? ビジネススーツに身を包んだ伊織ちゃんとやらは空中で猫を思わせる一回転を披露して足から着地。スーツには土一つ付けちゃいない。アスファルトだから石ころだろ、って? いや、そんなツッコミはするだけ野暮と言わせて貰う。

「大丈夫だ。伊織ちゃんじゃなかったら先ず蹴る行為に及ばなかったからな」

「ああ、それなら安心ですね……ってちょっと!? ええっ!? それってどういう事デスカ!? 愛が! 家族愛が足りない!」

「あー、愛してるよ。うん。多分。恐らく。楽観的に見て」

言いながら人識と呼ばれた青年もまるでエスカレータに乗るような気軽さで屋上から足を出す。当然だがそこに床なんてモノは無い。だが、そんな事はどうやら彼には関係ないらしく、「何も無い」場所を平然と徒歩で下ってソイツはニット帽の横に並び立った。
……どうなってやがるんだ、世界の常識はどこで崩れた? またハルヒが何かやらかしたのか? それとも古泉みたいな地域限定じゃないモノホンの超能力者がついに登場しちまった?

「だからスキンシップってヤツだ」

「うなー。そりゃあ、伊織ちゃんが着地に失敗しそうになったら人識くんは曲弦糸で助けてくれるのは分かってますけど。それでもやっぱり女の子は蹴っちゃダメです」

「かはは。そりゃ悪かった。今後肝に銘じとくわ。伊織ちゃんの相手はすんな、ってよお」

言って。そして青年は向き直る。俺を見据えるその顔半分を彩るのは刺青。生きづらそうな顔面刺青は、トライバルだったか。確かそんな名前の模様だった。

「で、俺としちゃ次の相手を探してる訳だが、どいつが俺の相手をしてくれるんだよ、崩子ちゃん。そこのなんちゃって戯言遣いか? ……それとも」

ニタリ、笑う。ナイフの様に怜悧に鋭利に、眼を細める。

「よう、久し振りだな、断片集(フラグメント)。またセクハラさせて貰えねえ? 俺、あれから修道服萌えに目覚めちまってさあ」

そう軽口を叩きながらも、その眼は決して軽くない。ああ、シスターズに睨まれた時に「これが殺気か」みたいな事を言ったような記憶が有るが、悪い、撤回させてくれ。
本物の殺気ってのはこういうのを言うんだ。気圧されるってのは、ああ、言葉の通りに圧力を感じるものなのか。
俺の体は、まるでプールに浸かっているように動きを阻害されていた。錯覚でなく、そうなっている。物理的に、と言っちまえそうなそれは圧倒的な「質量」を伴った存在感の楔。

「先ずは手を握るところから始めようぜ、お互い」

180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 00:29:52.29 ID:uCLxYeMB0
手を繋ぐ。そりゃ確かにスキンシップの第一段階だろうよ。後ろから蹴り落とすよりもよっぽど健全だ。ただ、俺だったらこんな怖いお姉さん相手も顔面に刺青ぶち込んだお兄さん相手も丁重にお断りさせて頂く。
だって、次の瞬間に死んでそうだし。断りの文句をしくじってもそれで人生がゲームオーバになりそうじゃねえ? そんな綱渡りはスキンシップとは言わん。ハルヒ相手の方がまだ可愛らしいぜ。
……何でも無い。今のは只の妄言だ。忘れろ。忘れてくれ。

「ふん、世迷言を」
「ふん、痴れ言を」
「ふん、寝言を」
「ふん、戯れ言を」
「ふん、虚言を」

「おいおい。痴れ言も世迷言も寝言も虚言も看過してやるが、しかし戯言ってのは無しだろ。あんなのと一緒にすんなよ、えけてちゃん。あんな欠陥品と同列に扱われたら幾ら懐の深い俺でも傷付くってなモンだ」

戯言。ああ、いーさんの事か。どうやらこの男は戯言遣いとも面識が有るらしい。よく分からんがそれはつまり味方、援軍だと……いや、でもいーさんを「あんなの」扱いしてるし微妙だな。何にしろ今ここで敵味方の結論を出すのは時期尚早と言える。

「そんな事言って、人識くんと"いーちゃん"さんは仲良しじゃないですか。いっつも悪口ばっかり言ってますけど、この伊織ちゃんに嫉妬させるんですからただならぬ仲なのは間違いありません」

「うげ……おい、伊織ちゃん。その『ただならぬ仲』って表現は流石に勘弁してくれるか? 俺とアイツはそんなんじゃない」

顔を顰(シカ)め、吐きそうな声で顔面刺青はそう振り絞る。

「似たもの同士とか思われてたんなら有り得ない話だぜ。俺とアイツは正反対だ。アイツが右を向いたら俺は左を向くし、俺とアイツで似てるのは一点だけだ。つまり――どっちも『終わってる』んだよ」

世界の終わりを止めようとする戯言遣い。だが、旧知の仲だろう青年はその彼を「終わってる」と表現する。なんだ、この違和感。
……終わりってのは……狐面が望む、いーさんを表現する、「終わり」ってーのは一体なんなんだ?
俺には……俺には分からない。

190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 16:07:18.51 ID:lCq9jAQL0
自らをヒトとしての終着点、「人類最終」と呼んだ想影真心。世界という物語の終着点を探し続ける「人類最悪」。終わり。おわり。オワリ。
どうしてだ? どうしてどいつもこいつも終わりたがる? 違うだろ。そうじゃないだろ、人間ってのは。
人間ってのは……ああ、なんでアイツの顔が頭に浮かぶのか。ここでもアイツの顔が頭に浮かぶんだ。
アイツは「終わり」になんか関心を持っちゃいない。アイツは探してる。閉塞的な毎日の突破口。打開策。
涼宮ハルヒ。
世界の終わりへのアンチテーゼ。思い起こすまでもない。高校に入って間もない頃に訪れた世界改変の危機に遇って、それでもアイツは未知の世界にわくわくしていやがったっけ。そんな厄介な女神様が今回は世界を終わらせる道具にされようとしていやがる。
……終わらせてなんか、やるものか。

「かはは。まあ、いい。心底憎いが、これも同類嫌悪ってヤツだと言われりゃ俺には撤回しようもないしよお。崩子ちゃんの要請に乗って、ここで戯言遣いに恩を売っておくのも悪くはねえさ。ま、アイツが恩を仇で返す性格なのは自分の事のように知っちゃいるが」

苦々しく、でありながらも楽しそうにそう言って哄笑する男。丁度、俺や井伊さんから見て反対側、匂宮五人衆を挟撃する位置のソイツと伊織さんを警戒するように、シスターズの内の三人は俺たちに背を向けている。
とりあえず戦力の分散には成功したらしい。

「では、お兄ちゃんではなくこの井伊崩子にその恩は貸しておいて下さい」

「冗談だろ。俺は年上が好きなんだよ……って、ああ、残念だったな崩子ちゃん。俺が年上趣味って事は水面の向こう側、戯言遣いも同じくだろ。年下に妙に好かれるくせに年下には興味が無いとか罪作り、じゃねえな。俺もアイツも生きてるだけで大罪だ」

「人識くんもちっちゃい子に好かれますよねえ」

言いながら、謎の助っ人その二。ビジネススーツにニット帽というファッションセンスに一抹の不安を持たざるを得ない彼女――伊織さんはそのスーツの胸元からギラリと光るものを取り出した。あれは……刃物なのは間違いない。
だが、その形状は「鋏」。そう形容する以外にどうしようもない。とは言っても比較的物騒ではない刃物である筈の鋏を想像されてはそれはNGだ。物騒極まりない鋏、なんて言われてもピンと来んだろうが。
見ただけで目を背けたくなる禍々しいナイフを二つ、罰点に組み合わせて無理矢理に鋏の形状に仕立て上げた……そういう凶器。

「『殺人鬼』は廃業して『年下キラー』で華々しくデビュしたらどうですか?」

ああ、確かに。そんな代物は殺人鬼にこそ相応しい。納得したくないが、納得だ。ジェイソンを例に挙げるまでもない。古来、殺人鬼ってのは奇抜な道具を使うからこそ、恐ろしいんだ。

191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 16:27:54.64 ID:lCq9jAQL0
「殺人鬼と殺し屋と暗殺者が一堂に会するか。大戦争を彷彿とさせるな」
「だが、我らの敵ではない。たかが三人」
「あの頃とは違う。『零崎』は絶滅した。そこに居るのは生き残りよ。いや、死に損いだ」
「零崎は一賊であればこその脅威。二人で我ら匂宮の頂点に挑もうとは、それこそ狂気」
「死に損いに、何が出来よう。死に花などは咲きはせぬ」

口々に呟く断片集。場の空気が更に重たいものとなった。この一帯のヘクトパスカルを観測したらきっと前例の無い高気圧だろうぜ。だが、雲が晴れる様子は一向に無く、どちらかと言えば暗雲立ち込めるって表現が似合うのは正直頂けない。
太陽の神様が姿を隠した――そんな神話をふと思い出した。確かにハルヒにはこんな夜空は似合わないな。

「三対五ねえ。確かにちっと分は悪いか」

舌打ちの音が響く。それに触発されたように動く影が有った。

「一人くらいなら、まだ回して貰っても構わないわ」

声は後ろから……って、朝倉! お前、大丈夫なのかよ!? 見た感じ足元がフラついてる様子も無いが、それにしたって人間に例えるならインフルエンザに罹ってるようなモンなんだろ!?

「大丈夫な訳ないじゃない。でも、折角の出番なのにまるで私を無視される方がよっぽど堪えるわよ」

「にしたって!?」

俺が続きを口にするよりも早く、朝倉は笑った。裏も表も無い、笑顔で。

「そんなに心配しないでよ、嬉しくなっちゃう。言ったわよね。今、私の『機能』は八割が制限されているんだけど……それってつまり二割は余裕が有るって事。十割の状態でそこの五人の相手は出来たのだから、後は単純な割り算よね」

192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 17:05:55.58 ID:lCq9jAQL0
十割なら五人。二割なら一人。ああ、確かに計算式は間違っちゃいない。それにただでさえ三対五の劣勢なんだ。戦えるヤツは一人でも多い方が良いのは分かってる。だが……だが。

「だったら朝倉の分は俺がやる。だから、お前はお前の戦いをやってろ。それはお前にしか出来ない。俺には肩代わりしてやりたくてもどうしようもない類なんだ。だったらそっちに集中するのが筋だ」

どこからか揶揄するような口笛が鳴るも、そんなのは知った事か。

「……恰好良いわね」

どこか虚ろ気に朝倉はそんな事を言ったが……戯言だ。俺は恰好悪いよ。一人でなんて戦えない。今だって、井伊さん達に一緒に戦って貰う事が前提で話してるそんなヤツが恰好良いだなんて、ある訳無え。

「でも、ダメ。約束だもの。貴方は私が守る。貴方が戦うのならば、その前に私が戦う。そういう契約でしょ? 破ったら条件の方も破棄されちゃいそうじゃない。それは困るの」

条件付きで助けてあげる。朝倉は最初にそう言った。でもさ、そんなのは条件でも何でもない。俺は――俺は。
一緒に戦ってくれる戦友を、いつまでも懐疑の眼で見るようなしつこい人間じゃない!

「許す。朝倉。過去の事は全て許すよ。だから、戦うな」

「あら」

少女がバタフライナイフを取り落とす。慌ててそれを拾い直し、そして――そして俺は見た。初めて見た。朝倉が眼を閉じている所なんて。

「あら。あら。そんな事を言われたら……前払いされちゃったら、私は殊更貴方を守らざるを得なくなっちゃうじゃない」

「え? ……いや、違う! そんなつもりで言ったんじゃない! そう聞こえたんなら撤回……は出来ないけども、だけど!」

「勘違いしないでよね」

バタフライナイフは、それはかつて狂気染みて見えたのがまるで嘘のように鮮やかな光を照り返す。笑ってくれてもいい。俺にはそれが騎士剣のように見えた。主にその命を捧げた、凛とした女騎士のように朝倉涼子は俺に、そう、見えた。

「もう約束なんて関係ないの。貴方を守りたいから、貴方を守る。それだけよ」

情報生命体になんて、彼女はもう、見えない。そこに居るのはただの、誇り有るただの人間だ。ちょっとツンデレな、生まれがちょいと地球外なだけの、クラスメイト。
ポニーテールの女騎士。

193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 17:46:52.53 ID:lCq9jAQL0
朝倉を説得しようとしている合間にも、当然の話だが俺たち以外は息をしてるし会話だってする。描写を省いているだけでシーンは進んでいるのは、これはまあ一人語りで物事を伝えようとする限り限界ってのが有る訳なのでご理解頂けたら助かる。
人識さんと匂宮五人衆は、なんとなく分かって貰えたとは思うが既知の仲であるらしい。既知でも仲良しとはいかないようだが。続く軽口の応酬……喋っているのは顔面刺青の彼がメインだったが、それは挑発にも懐柔にもどちらにも取れる台詞ばかりだった。
場を濁す、ってのが一番ピッタリ来る表現だろうか。人識さんはどうも戯言遣いを嫌っている節が有ったけれども、しかし口から出る言葉はどれもこれも本意の読めない「戯言」だ。
断片集がいずれ痺れを切らせるのも分かり切っていた。

「大体、不公平だよな。いや、数の話をしてんじゃねえよ? お前らの知った話でもねえんだが、それにしたってよお……『殺せない』ってのは大分縛りレベル高いんだぜ? 低レベルクリアを狙ってる訳でもないのに、でもって俺らの職業(アーキタイプ)はキャラメイクから一貫して『殺人鬼』だってのに、その殺しを許されてないってんだから○○プレイにも程が有るだろ」

戯言遣いもそうだったが、なんで一々ロープレを比喩に用いて会話するんだろうか。なんだ? プロのプレーヤの間でロマサガでも流行ってたり? 今更?

「そうですよお! 哀川のおねーさんは今回そっち側に付いてるっていうのに、私達がどうしてそっちのルールに縛られなくっちゃいけないんですかあ! 横暴です! 人類最強は暴君です!」

「いや、そりゃ伊織ちゃん。俺が言うのもどうかって感じだが、ぶっちゃけ怖えからだろ。この戦争もどきであの哀川潤が死んじまうってんなら思う存分殺してやれるが、しっかし……そう簡単に死ぬタマかよ、あの女」

なるほど。哀川潤……人類最強ともこの男女は縁が有るって事。でもってその哀川さんに「殺したら[ピーーー]」なんて脅されてるんだろうってのは文脈から理解したぜ。後……この二人組が「殺人鬼」だって事も。

「泣き言を言わないで頂けますか。何の為に私が零崎を呼んだと思っているのです」

井伊さんは言ってファミレス仕様のナイフを左手に構えた。ああ、そうか。時系列的にファミレスで哀川さんにバタフライナイフ(この人もバタフライナイフ愛好者かよ……)を取られたっきり、返して貰えてなかったな。にしたってそれは凶器じゃなくて只の食器だ。
そんなのを構えた井伊さんは、傍目になんだかのほほんとした絵に見えちまう。一触即発の状況にはそぐわないが、だが物騒なのはその手に持った獲物よりも、扱う人間に由来するんだろう。カッターの刃だって飛び道具になる世の中だ。

194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 18:28:21.78 ID:lCq9jAQL0
「ああ、分かってるよ。気はあんま進まねえけど、だがアイツの顔を潰すのは大好きだからな」

軍用ジャケットに果たしてオレンジなんて奇抜な色が有るのか俺はとんと存知あげないが、とにかくその服の前を開く青年。内側に収まっていたのはナイフ。ナイフ。
ナイフ。ナイフ。ナイフ。ナイフ。ナイフ。ナイフ。ナイフ。ナイフ。……今、俺何回「ナイフ」って言った? 色取り取り、形も様々。ただ一つそれらに共通している点と言えば……それは日常使いとは決して相容れない類だって事。

「……殺人鬼っ」

奥歯に力が入る。伊達や酔狂で名乗れる通り名じゃあ、なかった訳だ。

「どれにすっかなー。俺、こうやってどれを使うかを考える時間が好きでよお。殺しはその楽しみに付随してくる面倒事でしかねえんだよな。
ああ、話は変わるがスーパーなんかでお菓子を一個だけ買っても良いって言われた時にどうしても一つを決められない子供だったんだが、俺。候補を三つくらいに絞り込むんだが、その先が決まらない。ってんで最終的に『神様の言う通り』にすんだよ」

アスファルトにざっくりと柄まで三本のナイフを埋め込んで、それぞれに人差し指を向ける殺人鬼。アスファルトに易々と突き刺さる時点でナイフの切れ味から持ち主の性能まで分かっちまって正直俺は気が気じゃない。

「ただ、最近気付いたんだよな。お菓子は三百円まで。ってー縛りはもう俺には縁の無いルールだったんだよ。かはは。これでもうバナナはおやつに入るのか否か論争は決着だ。迷ったんなら全部買っちまえ、ってな」

右手に一本。左手に一本。そしてまるで手品か何かのように中空に浮く、もう一本。どんなタネかは分からんし、ぱっと出てくるのが極細の糸を使って浮かせているアイデアくらいの俺なんかには聞いた所できっと理解出来んだろうよ。

「さて、そんならあんまりグダグダし過ぎても飽きられそうだし、戦るかい」

男の一声で、場の重圧が更に悪化する。井伊さん、伊織さんはそれぞれに構えを取った。匂宮五人衆それぞれの足に体重が掛かりアスファルトが軋む音が聞こえてきそうだ。が、流石にこれは幻聴だな。対して、人識さんは……一人だけ構えない。
両腕を重力にされるがままにだらりと垂れ下げ、ナイフの刃は揃って下向き。やる気の無いその姿は戯言遣いにそっくりだが、これは口に出すと何をされるか分からないので自重。
ただの一般人で何の抵抗手段も持たない俺でさえコートのポケットの中では携帯電話のボタンに指を掛けているってーのに……余裕? いや、虚勢か? 虚仮脅しなのか?
俺のそんな煩悶を嘲笑ったのは、殺人鬼の一声。

「そろそろ、時間稼ぎも十分だろ」

時間稼ぎ。戯言が一番得意とするジャンル。

「ったく、ドイツもコイツも集まりが悪くていけねえよな、ウチのヤツらは。一応『家賊』って事になってんだからよお。だったらもっと絆を意識しろ、ってんだ」

顔面刺青がそう溜息混じりに言った、声に応えたのは上からだった。

195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 18:47:13.26 ID:lCq9jAQL0
「そりゃあ、言いっこなしでしょうよ、大将!」

一人。

「そうだよ、人識センセ。これでも非常召集掛かってから全速力だったんだよ!」

二人。

「兄さん、連絡はメールじゃなくて電話にして下さいと言ったでしょう。ただでさえ迷惑メールばっかなんですよ、僕の携帯」

三人。

「あいらーびゅー、人識ちゃん! 零崎疚織(ヤマオリ)、ただ今さんじょー!」

四人。

「……たった五人相手なのにこの僕まで呼び寄せたのですか? 殺死ますよ?」

五人。

「親分のピンチってんじゃ、子分が出張らにゃー訳にゃーいかにゃあにゃー」

六人。

「あー、めんどくせ」

七人……っておいおい、まだまだ出るのか? 桃鉄で埋蔵金発掘してんじゃねえんだぞ、おい! ぱっと見でも二十は居るぜ!? 奇々怪々なファッションセンスの軍団は先程彼らの「大将」がそうであったように駅の屋上にずらり勢揃い……戦隊モノにしちゃ数が多過ぎる!

「なん……だと……っ!?」
「零崎一賊は全滅した筈では無かったのか!?」
「……これ……は……!?」
「有り得ない。このような事は、有り得ない!」
「幻術……くっ、いつの間に!?」

幻術? いや、違うだろ。幻術だったら俺にまで掛ける意味が無い。あれは現実だ。
現実に、援軍だ。

「おい、匂宮。お前ら情報化社会って言葉舐めるのもいい加減にしろっての。零崎が全滅したって、そりゃあ何時の話だ? 遅え遅え。乗り遅れ過ぎ。ネクストジェネレーションってヤツは待ってくれないっつー話」

思い思いのタイミングで飛び降りる「殺人鬼」達は、人識さんの後ろに並ぶ。肩を寄せるような近さは、なるほど家族としか呼びようがない。

「二十八対五。これで、条件は互角だろ?」

……どの口が言うのか。この人識さんは、間違いない。戯言遣いの同類だ。

196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 19:19:35.40 ID:lCq9jAQL0
状況は、引っ繰り返った。そりゃもう見る影も無く、跡形も無く、為す術も無くな。二十八対五。多分、この勘定に俺と朝倉は入っていないだろうから、実質三十対五。ってな訳で戦力差は六倍。
一人に五人で襲い掛かるのが匂宮五人衆の勝ちスタイルなのだろう事は朝倉相手でのチームワークっぷりからなんとなく想像は付いたさ。二本の手で五対十本の手を捌く。そりゃ宇宙人でなきゃ出来ない大道芸だ。例えばこれが三対五のままだったのなら、一対五を三回繰り返すのだろうとは俺も思っていた。
断片集の五人にはそれを為せるだけのチームワークが有る。
だが……三十人を相手にして、そんな真似が出来るなんて俺には思えない。それこそ宇宙人にしか出来ない大道芸。

「五人で一人の匂宮五人衆。二本じゃ十本の手を止め切れないからこその必殺。お前らが一番分かってるよな。戦争は数だぜ?」

人識さんが一歩前に出れば、その後に続く二十六人が一斉に足を前に出す。その音はバラバラで、チームワークなんて言葉はそこから感じ取れなかったが、それでも分かる事は有る。大泥棒が人類最終を愛し子と呼んだように。
そこにあるのは信頼なんて言葉じゃまだ足らない、家族愛。

「十本で必殺か。だったら……えーと、二十八割る五だから、五.六か。かはは、必殺の期待値越えだぜ! おっと、一対五を二十八回繰り返せば良いなんて甘い考え持ってんなら、悪い事は言うから捨てとけ。捨て置け。生憎、ウチのヤツらは俺以外デフォルトで家族思いなんだよ」

いや、現実に出来っこないんだ、一対五なんて芸当は。三人相手ならまだバラけさせる事も可能だろうよ。だが……二十八ってのが包囲に足る数なのはこうして目の当りにすれば良く分かる。

「お前らがどんだけチームワークに優れていようが、俺達は傷付けられそうな家族が居れば介入するぜ? 零崎はビンカンなんだよ。家族って性感帯を弄られれば否が応でも反応しちまうように体が出来てる変態揃いなのは……今更言うまでもないよなあ」

やれやれだぜ、と頭を振る。その光景に俺の喉がグビリと鳴った。
これが……「戯言」! どんだけだよ! どんだけ……どんだけ敵も味方も小馬鹿にして思い通りにしちまえるんだよ、この人達は!
さっきまで絶体絶命大ピンチだっただろ? なのに……この人識って顔面刺青はそんなのは知った事かと場を引っ繰り返し、いや! 場をぶち壊しやがった!

「女の子に一方的に色々出来るってのは、僕初めて」

殺人鬼代表がそう言うと、駅前大通りは笑いの大合唱で覆い尽くされた。

198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 19:49:49.35 ID:lCq9jAQL0
匂宮五人衆がジリ、と後退する……がその方向には井伊さんが居る俺と朝倉もだ。退路は無い。もしもそこまで計算しての駅ビルからの登場だってんなら……ちくしょう、恐れ入ったぜ。人識さんと伊織さん、二人での馬鹿馬鹿しいやり取りすらも時間稼ぎの一端。
全て計算尽くでの、あの余裕。

「それじゃ、いっちょうまとめて」

両腕に逆手で持ったナイフが上がる。零崎一賊は声を揃えた。

「零崎を始めます!」
「あー、めんどくせ。さっさと零崎して寝よ」
「ま、たまには零崎すんのもね」
「一日一殺。一人一殺。零崎はこれだからやめられない」
「OK! Zerozaki family!! Here we go !!」
「おいおい、零崎しちゃうよ、アチシ?」
「それでは、零崎のお時間です」
「あらら、残念。零崎スイッチ、入りまーす!」
「零崎をしちゃったりなんかして!」
「ひゃっほー、れでぃ零崎っ!」
「おっしゃあ! 全力で零崎してやるぜえっ!!」
「まったく、もっと静かな零崎が好きですよ、私」
「零崎……解放」
「零崎してもいいんですか?」
「走り出した零崎は、止まらない」
「あー、なんか零崎な気分」
「チャンネルはそのまま! 零崎が始まるよっ!」
「イッツショータイム! さあ、零崎によるとびっきりのパーティーナイトだ!」
「僕の零崎、見せてあげるよ」
「あ……アタシに零崎させたアンタが悪いんだからねっ!」
「殺す殺さば殺して殺せ。さて、零崎らしく殺そうや」
「零崎の敵が俺の敵なら、俺も零崎って事になるんだろうねえ」
「ここで突然ですが、零崎です」
「殺すなら、殺してしまおう、ホトトギス。さ、零崎らしく零崎しようか」
「殺死屋相手に零崎とか、死たくないんだけどね」
「殺される準備はいい? それなら零崎、スタートです!」

零崎一賊。総勢二十六名。そしてそれを率いる、総大将。

「殺して解体(バラ)して並べて揃えて……晒してやんよ」

その一声を皮切りに戦闘……いや、虐殺は始まった。

199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 20:33:12.68 ID:lCq9jAQL0
それぞれに断片集へと飛び掛かる殺人鬼。先鋒を切ったのは伊織さんだ。

「零崎一賊の二代目特攻隊長! 零崎舞織です! よろしくっ!」

その右腕が修道女の一人へと迫る。シスターはそれを難なく避けるが、それも織り込み済みでの第一撃なのは見て取れた。既に両者とも、次に向けて動いている。殺し屋はカウンタを狙い、そして伊織さんは左手で迎え撃つ!

「駄目っスよお、舞織先輩。親分は一人に対して複数でボコボコしにゃーと言ったじゃにゃーですか。にゃーの見せ場、取らにゃーで下っせ」

だが、その二人の間に割って入る影一つ。猫耳がまるで似合っていない学生服の少年がその手に持っているのは……フリスビーに見える円盤状の刃物! 猫はフリスビーで遊ばねえとか、そんなツッコミを入れたくなるのをぐっと堪える。
ああ、そんなツッコミをしてる場合じゃないってのは流石に分かるぜ? 空気が読めるってーのは男子高校生なら必須スキルなんだ。

「そうです。姉さんは見ていて危ういんですよ。これ以上シスコンの僕をはらはらさせるのは止めて下さい」

猫耳少年の逆から飛び掛かるのは全身にマフラーを巻き付けたような服装の長身。こっちが持っている凶器は……これもマフラーにしか見えないが、しかし布は黒光りしたりしないだろうよ。誰だ、あんな首に巻いたら逆に寒そうなマフラー考え出したヤツは。

「ちっ!」

左右からの挟撃に堪らずバックステップで回避する匂宮……えっと、この人は誰だ? 閾値さん? 同じ顔してるから実況もままならんぞ、こんちくしょう。

「だめだってばー! 五人居るんだよ? 前後左右はカバー済みー!」

言葉の通りに。飛び退いたその先には四人目。眼に毒なシースルーのスカートで、まあ下にスパッツは履いているものの非常に(男性的に)危うい恰好なのは間違いない。悪いかよ。俺だって男の子なんだ。その彼女は……今度はフライパンですか!?

「葬らーん!」

思い切りの良い大振りは空振り。間一髪、修道女は上へと跳んでその攻撃から逃れる……なんだか、一方的に攻撃され続けている彼女を見ていると手に汗を握っちまうのは、これが日本人の悪癖、判官贔屓ってヤツかも知れん。
しかし……これはちょっとやり過ぎだとか思っちまうね。さっきまで殺されそうになっていた俺の感想としちゃきっと不適格なんだろうが。
なんだかなあ。上に飛び上がった所で、そこにはやっぱり殺人鬼が待ち構えている訳で。

「前後左右で四人なら、五人目は上だろ! 見てますか、大将! ここ一番の俺の大活躍!」

大柄なおっさんが宙を舞う図ってのはあんまり見ていたいものじゃない。でもって身の丈ほども有る大ハンマーを片手で軽々と振り被ってちゃ尚更だ。

「どっせーい!」

続く波状攻撃。これは正しく地獄絵図だ。彼女に限った話じゃない。他の四か所でも代わり映えしない戦いが繰り広げられている。

「おいおい、お前らちょっとは手加減しろよ? 殺したら一賊郎党哀川潤に皆殺しにされっからなー」

からからと笑う総大将、零崎人識の台詞は地獄の鬼を思わせる容赦の無さで……なるほど、殺人「鬼」かい。こりゃ納得だ。

200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 20:58:08.95 ID:lCq9jAQL0
「ま、新生零崎一賊の旗揚げだからちいっとくらいやり過ぎたい気持ちは分からなくもないが、半殺しくらいにしとけよ? 華々しい登場シーンはとっくに終わってんだからな……って、聞こえてねえだろうなあ」

肩を落とした顔面刺青は、とぼとぼという表現がぴったり来る感じで俺の所まで歩いてきた。戦場を真っ直ぐに突っ切って、まるで周辺が見えていないような気軽さの歩み。
両手に構えていたナイフも仕舞ったのだろう、とうに無く、両手をジャケットに入れて背中を丸めるその姿はどうにも威厳って言葉に欠ける。いーさんがそうだったように、その身に纏う雰囲気のオンオフが上手いんだろうな。
どっかに切り替えスイッチでも有るのではないかと一瞬疑った俺だ。

「おい、にーちゃん」

「あ? ああ、俺?」

びっくりだ。てっきり崩子ちゃんと話す為にこっちに近づいてきたんだと思ったら、俺かよ。

「他のどこに『にーちゃん』が居るよ? それともアンタにはそこの美少女二人が今流行りの男の娘にでも見えんのかい? 傑作だぜ」

「傑作? いえ、戯言でしょう……じゃなくって、なんすか?」

おっかなびっくり。敬語になっちまうのは一般人なので仕方がないと思って欲しい。殺人鬼相手にタメ口聞けるような度胸は持ち合わせて無えよ。そんな精神力が有るようなら、それだけで一般人の枠を越えちまうだろうさ。

「いやな。ここは俺達でなんとか出来るとは思うんだよな。だったらアンタがここにこれ以上留まる理由は無えだろ? 一言で言うとな。ぼけっとしてんじゃねえよ」

言って、ナイフにも似た鋭い八重歯を見せる零崎人識。

「待ってるセリヌンティウスが居るんだろうが。ほれ。なら、さっさと行った行った」

セリヌンティウスじゃなくてベアトリーチェなんだが。しかし、言ってる事はもっともだ。道は開かれた。でもって俺にぼやぼやしてる時間は無い。せっかく時間を巻き戻したってのに、それを浪費してる場合じゃ、ねえよなあ。

「走れ、メロス」

「了解だ。くれぐれも死人だけは出ないようにしてくれよ」

じゃあな、この場限りのセリヌンティウス。後は、任せた。

「さって、それじゃ俺も解体(レンアイ)に混ざりに行くか。僕ちゃん、ねるとんパーティって初・体・験」

202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 21:36:53.93 ID:lCq9jAQL0
走り出す。ハルヒの居場所は朝倉から聞いていた。まさかって感じだったが、入口と出口が同じ迷路なんてそう珍しい頓知じゃない。
敵の秘密基地。つまり、あのファミレスにハルヒは今現在、向かっている。何がどうしてアイツがこんな夜更けに出歩く事態になってるのかは分からんが、人類最悪の手際を先回り出来るようになっちゃ人間としてお終いだ。
そんな事を考える俺に、追従する人影一つ。振り返れば、朝倉だ。

「……置いてく気?」

走りながらも器用に上目使いで俺を睨み付けるその顔は魅力的ではあったが、しかし欲を言うなら頬を膨らませて貰えないだろうか。せっかくポニーテールにしてるんだし、こう、出来るだけ俺の好みに合わせて……って、違うだろ、俺。

「……走って大丈夫なのかよ、朝倉? 敵の情報なんたらはまだ続いてんだろ?」

「続いてるわよ。でも、走れない程じゃないわ。大体、不用心。今夜がどれだけ貴方にとって危険なのか分かってるの? 単独行動はどうぞ捕まえて下さい、って言ってるようなものよね」

確かに。朝倉の言う通りだ。だが、それでも今の少女じゃ焼け石に水。枯れ木も山の賑わい、って訳にはいかない。

「だったら、井伊崩子さんに頼むからお前は……って、アレ? 彼女は?」

「あの暗い女の子なら『ここはもう大丈夫ですね。お兄ちゃんが心配です』って言ってどこかに行っちゃったわよ?」

……あー、うん。今時分ならその「お兄ちゃん」は藤原相手に戯言を遣って丸め込んでる最中だろうよ。確かに、ピンチっちゃピンチなんだろうが、しかし俺達に合流したいーさんの傍らに崩子さんがいなかった以上、間に合ってないな。

「そっか。……悪いな、朝倉。本当に大丈夫か?」

「私の心配をするよりも先に自分の心配をするべきじゃないの? 有機体って本当に不思議ね。余剰メモリも無いのに別コンテンツにまで手をだそうとするんだから」

そうは言うけどさ。俺は情報体じゃないから心配だってするんだよ。零と一じゃない。信号に変換出来ないのが、心ってヤツの正体だろ?

206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 22:07:34.59 ID:lCq9jAQL0
「そんな顔しなくても大丈夫よ。機能障害から回復した長門さんもこっちに向かってる」

「長門が……そうか。読み通りって事かよ」

「ええ」

読み、なんて言っても大したモンじゃないんだが。そもそも匂宮五人衆を朝倉と二人で相手にしていた時、俺が時間稼ぎを主目的としていた事は記憶に新しいと思う。
瞬間移動で背後を取って「遅えんだよ」とか一言二言言ったところで逃げ帰ってくれる相手であれば万々歳だが、実際は警戒を促すのが精々で帰ってくれるとは幾ら楽観的な俺であっても思えなかった。そんな相手だったら楽だね、ってそんなモン。
なら、なぜ時間稼ぎをしようとしたのかって辺りで長門の存在が浮上する。もしも、狐面に肩入れしている天蓋領域が九曜一人ならばという前提で、これもまた楽観論なのは否定出来ないが。それにしたって十三銃士の中に二人も三人も宇宙人を抱き込んでるとは思いたくないね。
それに、もしもそんな事に成功していたのならばそもそも哀川さんの発言が矛盾する。
宇宙人と戦いたい。
二人も居るんなら、どっちか一人とくらい腕試しさせて貰ってもいいだろう、ってなモンで。多分、あの勝気なお姉さんならそんな風に考えるのが道理だろう。
一人だから、手が出せなかった。一人だから、そのメンバを狐面も哀川さん相手に隠し通せた。隠し玉ってのは二つも三つも用意しとく類じゃねえよな。

「長距離高速移動こそまだ広域情報障害で封じられてるけど、それでももう、すぐよ」

「そうかい」

俺は頷く。
では相手の用意した宇宙人が一人であったのならば、一体なぜ長門が復帰するのか。その因果関係はまあ、至ってシンプルだな。長門のヤツは俺が頼った時点でその能力を八割抑え込まれていた。八割。十割でないのはそれが九曜一人に出来る限界なんだろう。
雪山での一件を覚えている方が果たしてどれだけ居るのかは知らないが、あの後で長門は天蓋領域への対抗手段を講じていた。いや、構築していた、ってのが正しいか。
無様にハングするのではなく、その攻撃に対する防御手段。多分、なんとかウォールってヤツの事だろう。当然の話だがそれは朝倉にも伝達されていた。だから朝倉は倒れる事は免れている……と、また話が逸れた。
つまりだ。九曜一人では今の長門&朝倉相手では八割が限界なんだ。その攻撃が朝倉に集中すれば……もう分かるよな。片方は攻撃から復帰する。そういう訳で俺は匂宮相手に長門という最強の援軍を待っていたって事になる。
まあ、実際は予期せぬ援軍が来たのだが。

「だったら、安心だな」

そんな事を言った、舌の根も乾かぬ内にとはこの事だ。何も無かった、本当に、文字通り道の真ん中に、人が出現する!
それは俺と同い年くらいの少女ではあったが長門……では無い!?

「そんなびっくりした顔をしないで下さいよ。忘れたんですか。私達は超能力者なんですよ? ああ、もしかして『こんな風に』閉鎖空間から人が出て来る所を見るのは初めてですか? まあ、私達もあまりやりませんからね。どこに人の目が有るか、分かりませんから」

見覚えの有るツインテールに、聞き覚えのあるその声。少女の後ろでは続々と老若男女、超能力者達が閉鎖空間から回帰する。

212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 22:47:17.19 ID:lCq9jAQL0
「……橘、お前もか」

ブルータスに裏切られた気分……って訳でもないが。藤原に天蓋領域(九曜ではないかも知れんので個人名は出さんが十中八九九曜)と続けばコイツが出て来ない道理も無いだろう。
橘京子。
古泉の所属しているのとはまた別の超能力者集団「組織」の一員で実行部隊におけるリーダーなのかも知れん少女。いや、ただ前に出て来ているだけでリーダーはまた別かも分からんが。となるとスポークスマンって立ち位置か。どうでもいいが。

「ふうん。その様子だと藤原さんにでも会いましたか? まるで前もって私がこうして出て来るのが分かっていたようです。いえ、九曜さんに気付いていたのかな? どちらでもいいけど」

少女は快活に喋る……が、その背後の組織の皆さんは手に物騒なもの持ってやがりますよ、このヤロウ。現代日本で何を当たり前な顔して銃火器なんて所持してんだ、お前らは。法律とか無視か! 常識とかガン無視か!

「それでは、西東さんからは出会ったら先ず自己紹介をしろと言われてましたので……私の名前は橘京子。十三銃士の第十三席。西東さんから貰った二つ名は『水足らずの使人(クロスオーバ)』。もう、失礼しちゃいますよね。
『死に水取らず』とどっちが良いかと問われてもどっちもアウトですよ。あの人、ネーミングセンスが最悪です。誰が『見ず知らずの他人』ですか。私はどっちかと言えば関係者なのに」

多分、クロスオーバって二つ名先行の名前なんだろう。まあ、分からなくはない。閉鎖空間と現実空間を股にかける超能力者は「交錯するもの(クロスオーバ)」って感じだ。
いや、ハルヒと佐々木を「取り違えた」って意味も混じってるのか?

「そんな訳ですから、私は関係者として今回の一件にも関与します。目的は……分かるでしょう?」

「ああ」

橘指揮下の超能力者達が一斉に俺達へと銃口を向ける。殺されこそしないだろうが(そんな事は佐々木も望まないだろう)、麻酔弾かゴム弾か……どちらであっても痛いのは御免被る。昏倒して時間を失うのだって、嫌なこった。

215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 23:09:49.10 ID:lCq9jAQL0
「目的は……ハルヒの能力の佐々木への移行、だったな」

「その通りです」

少女は胸の前で組んでいた手を解くとそれを背でまた組み直す。そして超能力者達の前を左右に歩き出した。

「分かりますか? 分かりませんよね。まだ計画は話していませんし。いえ、貴方に話す理由も有りませんけど。貴方は佐々木さんを選ばなかった。なら、居るだけ邪魔なんですよ。殺しはしないので安心して下さい。貴方の命は、大事な交渉材料です」

交渉材料……それはハルヒに対してか、それとも佐々木に向けてか。恐らくは両方。なんてこった。ここで……この最悪のタイミングで実力行使に出やがるか、コイツらは。
今まで機関にも組織にも、どこか牧歌的(って言っちゃ失礼かも知れんが)な印象を持っていた。それは多分、ハルヒやら佐々木やら一介の女子高生相手に右往左往している様が滑稽でそんな風に思っていたんだろうが。先入観だな。
実際は古泉だって日常的に拳銃を持ち歩くような少年で。となれば橘だって「こう」であっても何も可笑しくはない。
世界を甘く見過ぎていた、ってのは今夜で痛いほど骨身に沁みたよ。だからこの辺でどうか回れ右しちゃ貰えないか、ってのは無理な相談なんだろうな。コイツらは、マジなんだ。

「ああ、でも。殺された方がマシな目には遇って貰うつもりですけど」

「言うじゃねえか。だが、そう言われて『はい、分かりました』なんて言うと思うか? こっちには宇宙人だって付いてるんだぜ?」

ちらりと朝倉を横目で示唆してやる。コイツらなら朝倉の存在も知っているはずだ。宇宙人って事もな。怖じ気付いてくれれば……と、しまった。あっち側には九曜も居るんだっけ。

「その宇宙人さんは現在、その能力を殆ど使えないでしょう? でしたら、キョンさん。貴方を捕まえるのに今、他にどんな障害もありません」

……そう、来るよな。分かってる。だが……だが、今回は時間稼ぎは要らないはずだろ。

「では、夜更かしはいけません。おやすみなさい」

橘がこれで言葉は終わりと口を閉じる。その配下、超能力者達が一斉に銃のトリガを引いた。けれど、俺は信じるね。ここで間に合わないようじゃ、お前らしくない。
そうだろ? なあ、長門?
果たして、俺の思惑通りに。ゴム弾だか麻酔弾だかは透明の壁によって阻まれる。

「現状認識が甘い」

ヒーロー(ヒロインか)はちょいと遅れてやってくるもの、だったよな。ようやく、ウチのエースのお出ましだ。

216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 23:32:06.35 ID:lCq9jAQL0
辺りに火薬からなる破裂音が何十と響き渡るも、弾丸は全て中空でひしゃげ俺達の元へは届かない。

「やれやれ。助かったぜ、長門」

「遅れて申し訳無い」

そう言ってこちらを見る、その姿に不安要素は皆無。天蓋領域の干渉を受けている様子も見受けられない。この一流の心強さは流石、長門だ。朝倉には悪いが、やっぱりこっちの方が俺はしっくり来るね。ベテランとダブルス組んでる安心感、みたいなもんだ。

「しまった……長門さんではなく朝倉涼子だったのは……囮!」

いや、囮も何もたった今合流したばっかりだっつーの。深読みし過ぎだ、橘。ま、こればっかりは分かっていてもどうしようもない展開だが。大体、橘&その他大勢っていう「その他大勢」って時点でショッカーの戦闘員みたいにやられ役なのは分かってたようなモンだと、俺はそんな風に思う。

「いいえ、ですが! 九曜さん、聞こえますか! 両方に負荷を掛けて下さい!」

少女が叫んだのとほぼ同時のタイミングで長門の張った情報なんたら障壁が小さくなる。辛うじて俺と朝倉をカバーしちゃいるが、しかしさっきまでに比べて心細さは否めない。
だが、それでも。飛び出す影は一つ。
朝倉涼子。

「一人に対して八十%の負荷は二人に分散すればそれぞれ四十%にしかならないって事。貴方達程度の相手ならこれで十分よね?」

楔から解かれた少女は笑う。長門が盾なら朝倉は矛。見事なまでの役割分担はかつてコイツらが敵対していた事実を忘れちまいそうになる。
いや、忘れちまえよ、俺。お前は朝倉を許したんだろ? だったら、過去は水に流す大きな度量を持ちたいモンだ。

「ねえ、死にたくない? 死ぬのって嫌? 私には有機体のその辺りの感情が理解出来ないんだけど……安心してよ。殺しはしないわ。でも、ちょっと『殺された方がマシな目には遇って貰う』つ、も、り」

……朝倉、マジ怖え(二回目)。

220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 23:53:01.25 ID:lCq9jAQL0
「大丈夫……貴方は動かなくて、良い」

俺の近くまで寄ってきた長門が言う。盾となっている障壁が大分縮んだからこの方が守り易いんだろう。とは言え、あまり近くに寄られても……ええと、長門さん?

「……『私たち』が、守る」

私たち。その言葉の意味を理解した時、俺の手はどうした事だろう、長門の髪の毛を撫でちまっていた。

「そっか。お前は朝倉を許したんだな」

長門は何も言わない。ただ、不思議そうな顔で俺を見上げる。きっと、許すってのがどういう事を言うのか分からないんじゃないかと思うが、まあそういうのは言葉で理解する事じゃない。お前が朝倉をどう思っているのか、それが全てだ。

「奇遇だよ。俺も許した。なんだろうな。自分でも早まったんじゃないかとは、今の朝倉を見ていると思わなくもないが」

楽しそうに(終始笑顔だからそう見えるだけかも知れないが)超能力者の群れに突撃する少女。その姿に向けて無数の弾丸が放たれるも、朝倉の唇が高速で動いたそれだけで銃弾は反転。速度はそのままに狙撃主へと牙を剥いて襲い掛かる。

「女の子相手に大人数で、怖いなあ、もう」

怖いのはお前だ。超能力者組織の皆さんを正体不明の恐怖のどん底へ突き落している少女が言っても、冗談にしか聞こえないがそれでいいのか、朝倉。このままだと悪役が板に付き過ぎて帰って来れなくなるぞ?

「……思わなくもないが、それでもな。人を信じるってのは疑うよりは気分が良い」

「……そう」

ああ、そうだ。きっとお前もそうだろ、長門。朝倉の事を一番気に掛けていたのが誰か、俺はちゃーんと知ってるんだぜ?

238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 18:49:43.82 ID:uyUdNSIy0
昨年の十二月。ハルヒの力を利用して長門が創り出したもう一つの世界。それは不思議の無い世界。アリスインノーマルランドってな具合に。日常じゃないのは俺の記憶だけだった。
それはもしかしたら俺が望んでいた世界かも知れなくて。いや、表面上は望んでいた世界だったんだろう。
ああ、こんな事はもうこりごりだ。勘弁してくれよ。なんで俺なんだよ。一体何を考えてやがる。現実を見ろ。
そんな心にもない事を口走っていた、俺にもきっと非は有るんだろう。そんな俺の嘘っぱちな要求に真摯に応えようとした世界。全く、皮肉な話だぜ。そのせいで、そのお陰で腹を括っちまった訳だからな。
いや、恨み言を言う気は無い。それはそもそもお門違いだろ。そういう事も有ったな、なんて簡単に片付けちゃいけない内容なのは確かなのでさらりと流す訳にもいかないが。
そんな世界で。そんな世界に。こちらではとうにいなくなっていた筈の少女が招待されていた。言うまでも無いよな。それが朝倉涼子だ。
長門の幼馴染かなんか、そんな設定だったのだろうが甲斐甲斐しく創造主の世話を焼く優しい親友として。その立ち位置がソイツに用意された事に果たしてどのような意味が有るのか。ああ、俺だってあの後考えたさ。何度も何度も、な。
結局、俺の脳みそじゃ「長門は朝倉と友達になりたかったのではないか?」って程度の答えしか出て来なかったんだが。しかし、それで正解なんじゃないかとは思う。楽観的だと笑うなら笑え。

「長門」

俺の前ですっくと立ち、右腕を翳して透明な盾を維持し続ける少女に俺は話しかけた。

「何?」

場違いだとは思ったが、それでも多分、ここで聞いておくべき内容だと思ったからだ。

「朝倉の作るおでんってのは美味いのか? もし美味かったら俺も一度ご相伴に預かりたいと思ってな」

俺の問い掛けに、長門は背中を見せたままだったがその小さな頤は少しだけ上下した気がした。

「朝倉涼子の作るおでんは美味しい」

なあ、朝倉。宇宙製の特別格別よく聞こえる耳を持ってるんなら聞こえてるだろ? 長門は……いや、俺も。
お前と、友達になりたいんだよ。

「是非一度、食べてみるべき」

239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 19:13:39.24 ID:uyUdNSIy0
あの長門がこうまで言うなんて、それこそ谷口じゃないが「驚天動地だ!」ってなモンで。その裏に有る「一緒に遊ぼう?」と言った子供染みた副音声は俺の耳にだってしっかりと聞こえたんだ。
長門の名誉のために言っておく。幼くて何が悪い。それは感情の根源、根っこだ。負うた子に教えられ。子供ってのは純粋故に往々にして的を射る。俺みたいなのは捻くれちまってそれが困難になっちゃいるが、それでも根っこが無ければ花なんか咲かない。
バスケの足捌きみたいなモンだな。ピポット、だったか? 足を離しちゃいけない一点、ってのは心にだって有るんだよ。

「……そっか。なら、今度招待してくれ」

「了解した」

今度。もしも世界に終わりが訪れちまったら、今度なんてものも無い。ここに来てようやく今回の事件への報酬が発生したな。コンビニのおでんですら美味いと感じちまう貧乏舌の俺だったが、だからこそだな。美味いおでんには興味が有る。
なんせ宇宙人絶賛ってんだから、否が応にも期待は高まっちまう。
無理も無い話だがあの十二月には味わって食う、なんてろくろく出来なかったんだ。逃がした魚はなんとやら。美人クラス委員長の手作りと来ればクラス中の男子羨望の的だろうよ。
だから――だから、世界を終わらせる訳にはいかない。
きっとそんな程度で、世界を守る覚悟を決めるにゃ十分だ。

「ふふっ」

俺の視界。幾何学模様のフィルタの向こうで戦う女子高生が笑った。終始笑顔のソイツだが、にこやかなんて表現よりもしっかりと。
目尻に何か浮かんで見えるのは目の錯覚かも分からんが、いや、まあ、どっちでもいいさ。

「それなら、いつもよりも沢山作らなくちゃね。育ち盛りの男の子が相手だもの。腕が鳴るわ」

きっとそんな程度で。そんな理由で、世界を守るってのはそれくらいの気軽さで丁度いい。

241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 19:44:13.68 ID:uyUdNSIy0
風のように少女が駆ける。銃口がその身を狙っていようと構わずに。直線距離を一足跳びで低空飛行。通り過ぎた先に残るのは無数の槍。見覚えがある。あれはいつか、長門の身を貫いた凶器!
おいおい、それはちょっとやり過ぎじゃないんですか!?

「当たっても痛くないから、安心して頂戴。むしろ有機体にしてみたら気持ち良いくらいじゃないかしら? 朝までぐっすり、眠れるわ」

見た目は同じでも情報操作。人畜無害の麻酔針にしちゃちょいと凶悪に大振りだが。

「不眠症の特効薬よ。それじゃ、おやすみなさい」

朝倉の号令一過、まるでロケット花火のように勢いよく放たれる槍。騎魂号(高機動幻想ガンパレード・マーチ)のジャベリンも真っ青だぜ!
……いや、俺はここで「柿崎ィッ!」と叫ばねばならんのだろうか。ううむ、口が一つしかないせいでどちらかを選択せねばならんのが悩ましい。って、悩んでタイミングを逃しちまうのも……まあいいか。

「くそっ、閉鎖空間でさえあれば!」

「避けた……なっ、誘導式!? う、うわああっっ!!」

次々と地面に倒れる超能力者の皆々様。怪我をさせている訳ではない(自分の撃った麻酔弾が突き刺さったくらいは自業自得だろ)のでそこまで気分が悪い訳でもない。それにしたってしかし、早朝、散歩を始めた爺さん婆さんが驚愕で心停止に至ってしまいそうな絵では有る。
そこは生き残り(だから死んでないっつーの)が回収するだろうし、言及した所で俺には何も出来ないのだが。……呼ぶべきは警察か救急車かすら分からん。

「怯むな! 敵は所詮一人だ! 火線を集中させろ!! あの女に対しては実弾の使用も許可する!!」

彼らの中でも頭一つ抜きん出た壮年のおっさんがまるで戦争映画でも見ているような怒声でもって指揮する。見た感じ訓練めいた事は行ってきているのだろう。鶴の一声、超能力者達は焦燥から我に返ると、それまで俺と長門を狙っていたヤツまでもがその照準を朝倉へと移す。

「撃(テ)ええええっ!!」

指揮官だろうソイツの叫びと共に、宇宙人少女へと鉛球が降り注いだ。

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 20:12:45.42 ID:XrK83BFc0
今度は麻酔弾ではない。本物の鉛の弾だ。さっきまでと同じようにベクトル反転(最近よく聞く言葉だな)させて逆襲させる訳にはいかない。そうすれば死人が出る。いや、朝倉個人には人を殺す事を躊躇う理由は無い。
だが、それでもアイツはそれをやらないだろう。超大型の麻酔針ジャベリンを思い返せば、ソイツに殺さない意思が有るのは明白だ。
長門がそれを戒めたのか……違う。そうじゃない。きっと朝倉は理解しているんだ。
命の価値とかじゃなくて、それをやっちまったらもう俺達の側には来れないという事を。
友達になりたい。
一方通行(これも最近よく聞く)では友達じゃない。長門が朝倉に対して思っているように、朝倉も長門に対してそんな事を思っているのではないだろうか? だから、殺さない。殺せない。
殺すか寝かしつけるか。情報操作としてはどちらが手間なのだろう。なんて、言うまでも無いよな。間違いなくそりゃ前者の方が楽なんだ。手加減は全力よりも難しい。将棋でも囲碁でもそうだ。ぶっちぎりで勝つよりもギリギリを演じる方が苦労する。
朝倉の力は今、全盛期の六割。それでどこまでやれるのか……ちくしょう、見ている以外に何も出来ない自分が腹立たしい!

「……面倒ね」

少女がぽつりと呟く。長門と同じように障壁を展開すれば無事には済むんじゃないだろうか。だが。そうすれば今の長門がそうであるように、手も足も出なくなる。柔道で言う所の亀の守りに入っちまう訳だ。
長門が俺の保護をしている現状、朝倉まで攻勢に出れなくなれば足止めは避けられない。いつかは超能力集団の弾薬も尽きるんだろうが、それを待ってもいられない!
だが……下手の考え休むに似たり、ってな。この場には俺と朝倉だけじゃない。自分で物事を考えられるもう一人が、居た。

「個体維持の情報処理メモリを必要最低限まで削減し朝倉涼子のバックアップに回る。スリープモード。情報障壁は継続展開」

長門の唇が高速で動く。その体が俺の方へと倒れ込んできて慌ててそれを受け止めた。重い……いや、人間の体重にしてみれば軽いのだが。立っている足からも力が抜けているのだろう、人一人分の重量が俺の両腕、そして胸に掛かる。

「私が復帰するまでの間、こうして支えていて貰いたい。……許可を」

顔を上げるだけの力も朝倉の補助に回したのだろう。長門は俯いたままで言う。聞かれるまでも無いさ。お前は友達を助けたいんだろ。だったら、俺がなぜそれにノーを突き付ける?
友達の友達は、友達だ。いや、違うな。
俺にとっても、長門関係なく朝倉はもう友達なんだ。だからさ、こっちからも頼む。俺の友達を助けてやってくれないか、長門。

「よし、やっちまえ!」

244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 20:36:16.11 ID:XrK83BFc0
「……そう」

少女が答えたか答えないかの刹那。朝倉の周りの道路、アスファルトが縦に伸び……伸びた!? それは即席の壁となり朝倉の姿を狙撃手達から覆い隠す!! って、いやいやいやいや! アスファルトはあんな、ウチの爺さんの家に有る旧式石油ストーブの上に置かれた餅みたいに伸びたりするモンじゃない!
なんでもありか、情報操作ってのは!

「ありがとっ、長門さん!」

黒々とした壁に四方を覆われた、その中から一息に跳び出す少女。超能力者集団はその動きに追いつけず、照準は動かない。そりゃそうだ。どこの誰がアスファルトが立ち上がる状況を想定しただろう。
その能力の一端を知っている俺ですら目を丸くしちまうような光景だ。況(イワン)や初見なら。彼らが慌てて銃を構え直した時には……時既に遅し。朝倉の両腕は光り輝く触手へと変貌していた。

「じゃ、残りの人たちもおやすみなさい」

上空で少女が廻る。まるで踊るように。一拍遅れでその艶やかな黒髪で形取られたポニーテールと、そして光の奔流が超能力者達を薙ぎ払うように襲い掛かる。拳銃は、鳴らない。自分に危機が迫っているような状況で、それでも銃撃を行えるようならソイツには自殺志願の気が有るな。
一度病院に行く事をオススメしたい。

「来るな! く、来るなあっ!!」

「いや、いや、いやあああっっ!!」

阿鼻叫喚はやがて鼾と寝息に変わる。目に映る画だけを見れば死屍累々。拳銃だとか物騒なものも転がっていやがるが、ドイツもコイツも爆睡モード。ああ、なんて平和な光景だ。
この寒空で布団も被らずに寝たら風邪引くぞ、お前ら。
そんな中で、すっくと。立っていた。朝倉涼子は街灯に照らされて、それはさながら映画のワンシーンのように映えた。

「おでん作るから、今度の日曜日。夜、空けておいてよ?」

一人くらい、料理の得意な宇宙人が友人に追加されても、ま、特に構うまい。

245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 21:08:01.92 ID:XrK83BFc0
そんな、言ってしまえば今更な事を考えながら辺りを見回す。生存者、無し……寝てるだけだが。一切の容赦無しだな、朝倉……寝かしつけただけだが。さて、これでこの場は片付いた、か。となるとハルヒの現在地に急がねばならん。
未だ姿を見せていない天蓋領域の誰かさんが気になるが、しかしこっちには宇宙人が二人も居る。ええっと、十三銃士がひい、ふう……後六人か。あれ、計算間違ってないよな?
人類最悪の狐面、哀川さん、式岸だったか野球バットは後回しで良いし、モノクロブラザーズの片割れ、兎吊木も同様。赤神オデットは古泉が倒したし、藤原はリタイヤ。石丸さんは人類最終と喧嘩してまだ余力が残ってるとは思えん。匂宮五人衆はもうこてんぱんだろうし……これで八人。
後、誰だ? 空間製作者とか言うのは聞く所によると直接出て来る感じじゃない。裏方さんらしいのでこれもパス。周防も入れれば十人で……今、橘もぎゃふんと言わせたから十一人か。得体が知れないのはもう後二人だけだな。
残ってる換算なら未だ出て来てない二人プラスに狐面と哀川さん、それに周防。この五人を相手にしていーさんと古泉を助けに行けば良い訳だ。時間は後一時間半ちょっと。長門と朝倉が居ればそんなにキツい時間制限じゃないだろう。
人の命が懸かってる訳で急がなきゃならんのは間違いないが、だが今の戦いで確信したね。朝倉と長門。この二人ならどんな離れ業でもやってくれるさ。
そう思っていた。なのに。
……何かがおかしい。唐突にそんな気がしたのはどうしてだろうか? 計算は間違っちゃいない。ハルヒの向かうファミレスまではここから徒歩で三分も無いし、敵の数を勘定し間違えてもいないのに。
何か、見過ごしている。
何か、見落としていないか?

「さ、先を急ぎましょ」

「……身体維持情報、正常復帰。もう、大丈夫」

朝倉の手招きに俺の体から離れた長門が歩み寄る。置いて行かれる訳にもいかない俺は二人の背中を追って――、

「捕まえた」

突然、後ろから現れた気配に右手を捕まれ戦慄する。
ここに来て、ようやく悟る違和感の理由。十三銃士、第十三席。橘京子。
コイツは銃撃戦の最中、一体どこに居た!?

246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 21:32:44.60 ID:XrK83BFc0
前に居た朝倉と長門が一斉に振り返る。その眼の中に映り込んでいたのは――俺の手を引いていたのは、誰あろう橘京子。その人だった。
朝倉が何か叫ぼうとした。長門の口が高速運動を始めようとした。だけど、俺が見たのはそこまでだ。生理現象で瞬(マバタ)きをした次の瞬間にはもう、視界全てが激変していた。
朝倉が、長門が。その姿を消した。替わりに現れた白い世界。アスファルトの道路も街灯も街並みもそのままで、違うのは明るさ。夜と昼の区別も無い世界。

「閉鎖空間!!」

やられちまった! 引き剥がされた! 宇宙人に干渉出来ない、超能力者の独壇場に戦場を無理矢理変えやがった!!

「閉鎖空間? ああ、古泉さん達はそう呼んでいるのですね。余り混乱を呼んでも仕方が無いのでそちらの言い方に習うとしましょうか。ようこそ、佐々木さんの閉鎖空間へ」

現実世界で宇宙人に超能力者が勝てる道理は無い。分かり切っていたじゃないか。だったら、こっちに宇宙人が二人居る事が分かった時点で橘達が引かなかったのは何故か? 九曜のサポートが有ったからか?
違う、そうじゃない。勝算が有ったからに他ならない。
それはつまり。一人でも俺の体に触れればそれでいいというただ、それだけ。それならば宇宙人相手であっても出来なくは、ない。油断さえ突けば、割と簡単だとソイツらは考えた。
そして、その考えは当たる。結果、俺はここに居る。
佐々木の閉鎖空間に、閉じ込められた。

「やって……くれたな」

「はい。私たちがどうやって貴方の前に現れたかは覚えていますね。今回は春の時とは侵入経路が違います。現実空間でも時間は進んでいるのです」

橘が言う春の時、ってのはあの「世界分裂事件」におけるファミレスでの一件だろう。あの時は俺と橘が数秒手を握り合って眼を瞑っていただけ、との佐々木の言だった。一瞬、超能力少女が嘘を吐いている可能性も考えたが、それならば橘達が先ほど俺達の前に現れた事の説明が付かない。
ならば、橘の言っている事は真実なのだろう……どこまでが真実かは分からないが。

247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 21:54:55.65 ID:XrK83BFc0
「つまり、時間稼ぎです。私があの狐面の……西東さんでしたか。あの方と組んだのはその一点でしかありません。十三銃士ですか。その名を名乗れば佐々木さんには危害を加えないと約束されたので名乗っただけですよ。
勿論、ここで貴方を殺してしまうつもりも私にはありません。貴方を殺せば佐々木さんが悲しむでしょう?」

……時間稼ぎ。いや、だけど。それじゃお前らには特に目的は無い、って事か? 佐々木を守るため? もしもそれだけが理由だったら相談してくれれば幾らでもやりようはあるだろ?

「脅されてるんだったら、そもそもここで俺達があの人類最悪をなんとかすればいいだけの話だ。今すぐ俺をここから出せ、橘」

「そうはいきません。裏社会……殺し名七名、呪い名六名がどれだけ抜きん出ているのか、貴方も知ったでしょう? 残念ですが、私たちでは、いえ、例えキョンさん達と協力したとしてもそれでも可能性は零とはなりません」

「だから、狐野郎に付いたのかよ、お前らは」

俺がそう言うと、橘は「ふふ」と笑った。

「私たちの目的をもう、お忘れですか?」

橘達の目的? それはハルヒの力を佐々木に移す事で――おい、まさか!

「ハルヒが世界崩壊させる、そのタイミングが目的かよ!」

願望実現能力。それってーのは結構不安定だと言っていたのは古泉だったか朝比奈さんだったか。事実として長門はハルヒの力を、言い方はどうかと思うが「悪用」した過去が有る。それくらい、ふわふわとしたものだってのはなんとなくイメージに有る。
その願望実現能力が。世界を崩壊させるなんて大きな力を行使すれば。長門に言わせれば、それは「危うい」のだそうだ。ハルヒの手を離れる一歩手前、風船に付いてる紐みたいなモンらしい。子供が手を離し易いものナンバーワンだぜ、それ。

248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 22:25:40.75 ID:XrK83BFc0
「それも、有ります」

それ「も」? まだ何か企んでやがるってのか?

「けれどそれは二次的な。結果論に過ぎないですよ、キョンさん。そうなればいいなあ、といったものでしかないのです。私達はもっと、確実な方法を選びます」

「確実な方法?」

「……はあ。貴方は本当に自分の価値を理解していないのですね。私はあの春、なんと言いました? 涼宮さんではなく佐々木さんを選んで下さいと、そう言いませんでしたか?」

上を見ながら、少女は言った。その視線の先には空しかない。夜でもなく昼でもなく。雲も無く星も無い。白いインクで一面を塗りつぶしたような悪趣味な空しかない。

「貴方の気持ちはあの時聞きました。ですが、それはあの時の貴方の気持ちです。貴方は佐々木さんを知らない。いいえ。今の佐々木さんを知らない。私達が神と崇める佐々木さんの話を聞けば、きっと貴方は心変わりしますよ」

佐々木の話を聞く? いや、だがそれとこの状況に何の関係が有るんだよ。

「私の話はここまでです。では、失礼しますね」

橘は歩き出す。走って後を追うが、だからって俺に何が出来る。ひっ捕まえて元の世界に帰せと言って聞くような素直な性格じゃコイツはない。だからと言って手を挙げる事が俺に出来るかと問われれば……人の命が懸かってるのに何を煩悶してるんだよ、俺は。
……「教えてやる、キョン。お前には覚悟が足りてねえよ」。人類最悪の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 23:00:00.37 ID:XrK83BFc0
悩んでいてはタイミングを逃す。その肩を捕まえようと手を伸ばした、その手が届く前に橘の背が……消えた。
……置いて、行かれた。

「くそっ……俺は……俺はっ! ああ、何やってんだよ、俺はっ!!」

見過ごしは、見殺し。

「何も……何も学んじゃいないじゃねえか! 何が宇宙人、未来人、超能力者との付き合い方を覚えた、だよ!!」

見逃しは、見殺し。

「結局、ソイツらがどれだけマジになってんのかも分かってないじゃねえかっ!!」

見て見ぬ振りは、加害者の内。
ならば見殺しは、人殺し。

「……ちくしょう……こんな所で……足止め食ってる…………食ってる場合じゃ………………ハルヒ……っ」

項垂れる。以外に俺にはもう、何も出来ない。自慢のなんちゃって戯言も、誰も聞いてなきゃただの独り言だ。
両足から力が抜けていく。崩れるように地面に座り込んだ。ここ最近で最大級の無力感が俺を襲う。せめて俺が超能力者なら。なんて有り得ない仮定だ。
……所詮一般人な俺には何も出来ない。手には何も無い。助けに来るヤツの当てなんて無けりゃ、藁にも縋る思いで取り出した携帯電話は当然のように圏外だ。
縋る藁にすら見捨てられた、ってか。
誰もいない。当然だ。居る訳がない。ここは閉鎖空間。超能力者、それも佐々木側の超能力者しか出入りが出来ない真っ白ワールド。なけなしの力で首を上げて周りを見渡しても人っ子一人――え?
思わず二度見。おい。おいおい。おいおいおい。夢じゃねえよな。幻じゃねえよな。

「なんて顔をしているんだい、キョン。まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のようじゃないか。生憎と飲み物は持ってないよ? そこの自販機ならば使えるかも知れないけれどね、くっくっく」

254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/10(木) 23:19:29.02 ID:XrK83BFc0
ああ、今なら橘達がコイツを女神だとかのたまっていやがるのも十分の一くらいなら信じちまえそうだ。まさしく、救いの女神。このタイミングで出て来るのは、そりゃもう反則じゃないのか?
感極まって泣いてたとしたら、その精神的苦痛はどこの誰が賠償してくれんだ、馬鹿野郎。

「……戯言言ってんじゃねえよ。仮にジュースが出て来たとして、そんな得体の知れないモン、飲めるか?」

「さあ? 僕なら口にしない」

手を差し出す、少女。その手を取って立ち上がる、俺。

「だよな。俺だってそんなモンは飲まん。俺が冒険心とは縁も所縁(ユカリ)もない事くらいはお前も知ってたと思ってたんだが」

「その割には面白そうな日常を送っていると聞いているよ。まあ、そういったものは往々にして望んでいるものの元へは訪れないんだ。侭ならないね、人生というのは」

白いセミロングコートに緑基調のチェック柄のマフラー。そこに乗ってるのは懐かしい友人の顔だ。柔和で整った顔立ち。髪は春に比べて大分伸びたじゃないか、佐々木。

「ああ。切ろうかとも思ったけれどね。夏などは鬱陶しくてしょうがなかったよ。まったく、誰かが春に髪型への注文をしたせいで美容院に行っても毛先を整える程度さ」

はて、誰だろうか。まあ、高校二年生だしそろそろお互い恋人とかが出来てもおかしくはない。そうは言っても俺の方は当てどころか先ず出会いが無いが。しっかし、誰だか知らんが羨ましい。
言葉遣いが少しおかしいせいで取っ付き辛く思われがちだが、しかしてその実、中身も外見も言う事無しのこの友人を見初めるとはな。良いセンスだ。

「良いんじゃないか。長い方が似合うぜ?」

俺がそう言うと、佐々木は微笑んだ。



次回 キョン「戯言だけどな」 後編