1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:18:16.65 ID:L16NlBrCo
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  昼 トルキア商人ガレー船甲板

 ギーコっ、ギーコっ

少女(暑いな……。体中が軋んで、もう、動けない……)

少女「神様、何でもします、だから、たすけ……」ボソ
少女 ふらぁっ

奴隷頭「おい、そこの奴隷!
 誰がオールを使う手を休めていいと言った?」

少女 ビクゥッ

 ヒュパッ、パシーンッ!!

青年奴隷「ぐあぁっ!」

奴隷頭「ったく、怠けることだけ憶えやがって。
 海の底で魚のエサになりてえかぁ? あぁっ?!」

青年奴隷「ゆ、許してください」

奴隷頭「だったら体を動かせ、よぉっ」バシーン!

青年奴隷「ぐぅううっ」
奴隷頭「いいか! ムチが怖けりゃしっかり働けよ!!」

奴隷達全員「はいッッ!!」

 ギーコっ、ギーコっ

少女(ムチは、怖い……
 痛くて、熱くて、血がずっとにじんでくるから。
 ずっと、オールで漕いでるせいで、
 もう手の皮もボロボロになっちゃったよ……)


引用元: 少女「奴隷はもうやだよ……」 




ヴィンランド・サガ(21) (アフタヌーンコミックス)
講談社 (2018-08-23)
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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:19:25.12 ID:L16NlBrCo
少女(商人の人たちは商品を運ぶためのガレー船に、
 人を捕まえて奴隷として鎖につないで働かせるって、
 本当だったんだ……)

 ギーコっ、ギーコっ

少女(ずっと、そんなのはただ、
 言うことを聞かない子供を怖がらせるために、
 大人が大げさな事を言ってるんだって、
 そう思ってた……)


青年奴隷「…………ぐ、は、っ」

少女「……大丈夫?」ぼそっ

青年奴隷 ぎろっ
少女「ひ……っ」

青年奴隷「喋る……ぜ、余裕……は、有るならッ。
 力、入れろッ……ぜはっ」

少女 こくん


 ギーコっ、ギーコっ

少女(ムチで叩かれた後から血が滴って、
 汗でぐっしょり濡れた服に、血が広がって……
 叩かれてたのは、私だったかも)

奴隷頭「右側遅れてるぞ!
 もっと気合入れてヤレっ!!」ヒュパンッ!

奴隷達「はいッッ!」

 ギーコっ、ギーコっ

少女(奴隷……)

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:20:21.45 ID:L16NlBrCo
船員 たたっ

少女(どうせ痛い思いするなら、
 ムチで叩かれないで済む分だけ、
 辛くてもがんばったほうが、痛みは少なくて……)


船員「奴隷頭よぉ、二時間経ったぜ」ぼそぼそっ

奴隷頭「お、そうか。
 よぉーし、お前ら、交代の時間だぞ!

 休んでいるヤツを起こして、代わらせろ。
 今までオールを使ってたヤツはしっかり休めよ!」

奴隷達全員「はいッッ!!」


 ごそごそ

少女(やっと、休める……)

青年奴隷「……なぁ、あんた」ぼそぼそっ

少女「……はい?」ぼそっ

青年奴隷「間違っても、連中の耳に入るようには
 祈りじみた言葉は口にするな……特に聖句は絶対にだ」


少女「さっきの、助けて、ですか?」

青年奴隷「それだよ。トルキオのやつらと来たら、
 以前からそうだったが、一神教の人間に対しては、
 何倍も敵意を見せるようになってやがる……」

少女「忠告、ありがとうございます」

青年奴隷「……巻き込まれたくないだけさ」

奴隷頭「おいそこっ! 会話するなら堂々としろ!」

青年奴隷・少女「はいッ、わかりました!!」

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:21:06.82 ID:L16NlBrCo
 ギーコっ、ギーコっ

少女(みんな、疲れきった顔……)


少女「……っ」ほろり、ほろり

少女(汗を流したいな……
 冷たい川に入って、水浴びしたい。

 ビスケットとラム酒だけの食事も、もうヤだ……
 せめて、水の一杯だけでも、欲しいよ……)


少女「……っぐ、……ひっく」

奴隷頭「……おい、そこの」

少女 ビクッ
奴隷頭「水が勿体ねえ。泣くな」

少女「……は、はぃ」ぐっ


少女(涙を流す自由さえなくて……
 ただ、あの島の外を見たかっただけなのに、
 どうしてこんな事になっちゃったのかな……)


 ギーコっ、ギーコっ

少女 ぼーっ……

少女(……あれ、あの水平線のって、
 船、かなぁ?)うとうと

少女(祈りが神様に届いて、
 助けに来てくれた人だったり……
 なんて事は、ないよね)すぅ、すぅ

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:22:00.97 ID:L16NlBrCo
 ずだぁあああんっ!!

少女 ばっ

奴隷頭「やりやがったな、連中!」

少女(襲撃っ! さっきの船が?!)


奴隷頭「奴隷共っ! 隣でまだ眠りこけてるやつを、
 ケツに火ぃ付けてでも目を覚まさせてやれ!
 でもって全力で進めぇ!」

奴隷達 ざわざわ

 ヒュパッ、パシーンッ!!

奴隷頭「さっさとしねえと、あの船が来るより先に
 俺のムチが手前らを海のモクズに変えるからな!」

奴隷達「はいッッ!」

 ギーコっ、ギーコっ


奴隷頭「ったく、見張りの野郎……
 仕事中に寝るとか何を考えてやがるッ」

見張り「すいやせん、へへっ」

 どたどた

船長「おい、何があったんだ?!」

奴隷頭「九時方向に敵影が一つ、
 距離……1マイル半(2.4キロ)ってトコです」

船員「近いな……おい見張り、相手は何だ!」

見張り「ジョリー・ロジャー(海賊傍)があるから
 相手は海賊だぁ!
 っと、敵船が手旗でなんか言ってるぜ!
 撃たれたくなけりゃ、帆を揚げて漕ぐのをやめろと」

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:22:56.78 ID:L16NlBrCo
船長「あぁん、なに言ってやがる。
 『ふざけんな』って返してやれ!

 あんな外洋型のなりそこないみてぇな、
 デケェ船で追いつくわけネェだろぉよ!」

奴隷頭「……いや、待ってくれ。
 おい、見張り! 傍には何が書いてある」


見張り「交差したマスケットに
 タコがからみついたドクロのマークだ!」

奴隷頭「ちくしょうっ、やっぱりか……っ」

船長「おい、どうした?」


奴隷頭「こないだ寄った港の安酒場で聞いた噂です。
 たった一隻、それも外洋型のデカイ船だけの
 おかしな海賊がいるって噂ですよ。

 もし、マスケットとタコの旗を見かけたら、
 商船だったら迷わず白旗を揚げろと」

船長「ほう? どうしてだ?」

奴隷頭「どうしてってそりゃぁ……」

 ずだぁあああんっ!!
 ぐらぐらぐらっ

奴隷頭「こういう事ですよぉっ、船長!
 連中の船ときたら足も速いし手も早いって、
 もっぱら評判なんでさ!」

船長「んなバカな……まだ距離が1マイルはある!
 そんな距離で大砲が当たるワケねぇだろ!」

 ずだぁあああんっ!!
 ぐらぐらぐらっ

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:23:56.28 ID:L16NlBrCo
見張り「船長、連中とんでもなく早ぇ!
 このままじゃ十分くらいで追いつかれちまうっ。
 しかも……」

船長「しかも、なんだっ!」

見張り「さっきから飛んでくる砲弾なんだが、
 オモテ(船の先頭)の少し先に
 ほとんど同じ位の距離で砲弾を沈めてやがる!

 いつでもあてられるんだって言うみてえに……」


船長 ぞくり

奴隷頭「……どうしやすか?
 白旗を揚げれば、命は助かるらしいが……」

船長「……くっ、仕方ねえ。
 船と命さえ残れば、何とかなるか」

船長「奴隷共ぉ! 手を止めろ!!
 おい、見張り! オマエは信号送れ」

見張り「『ふざけんな』じゃねえよな?」

船長「バッきゃろぅ『船員の命は保障しろ』だ!」

見張り「アイアイサー」



船長「クソ、クソッ。
 せっかく商売が調子に乗ってきたってのによ」

奴隷頭「仕方ないでしょうよ。
 最悪、こないだの『商売』で手に入れた、
 この奴隷達を売れば多少は赤も埋まります」


少女(いったい、どうなるの、かな?
 ……少なくとも、悪くはならないよね。
 今より辛くは、ならないくらい……今が辛いし)

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:25:07.86 ID:L16NlBrCo
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どたどたどた

白髪「よぉし、手を上げろっ!
 ワシの引き金はオマエさん達の命よりなお軽いぞ。

 死にたくなければ大人しくしやがれっ」カチャッ

?「言うとおりにすれば、手加減はする」チャキッ

包帯男「……」カチャッ


 とこ、とこ

男「……あんたが、船長か」ユラリ

船長「あ、ああ……」

男「これからこの船から物資を奪う。
 抵抗をしなければ、船員の命と船の無事は
 守られる事だろう」

船長「くっ、わかってる。
 さっさと持って行きやがれ」

男 こくり……


 どたどたどた

少女(たったの、四人? 一人は、黒いフード……
 でも、全員が島で見た兵の人たちよりもずっと、
 洗練された兵士みたい……)

男「……」

少女(船長に銃を突きつけてるのが、
 きっと海賊の人たちの頭領、なんだよね。
 鷹みたいな目つきの、怖そうな人)じーっ


男 ちらっ

少女 どきっ


9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:29:55.07 ID:L16NlBrCo
男「……」

少女(見られて……なんでかな、眉を寄せて。
 私の事、睨んでる?)びくびく

男 ついっ
少女(そういうわけじゃ、無かったのかな)ほっ


 どたどたどた

白髪「火薬と銃弾、ワイン、塩漬け肉と塩漬け野菜、
 貴金属に薬、と――大体持ってきたぞ」

包帯「……完了」

?「後は運ぶだけ」

男「ご苦労。ワゴン(海図)は有ったか?」

白髪「有ったには有ったが、
 精度も位置も、あえて取らんでもいいような物だ」

男「……そうか。双子姉も呼んで船に積み込んでくれ」
白髪「了解した」


 どたどた

男「……さて船長、この後の事だが」

船長「……」
男「部下には、港に着くまでに必要な水と食料と、
 港について一杯飲む分の金を残せと、
 そう命じてあるが、問題はあるか?」

少女(案外、あっさり終わるのかな……
 抵抗、してないから。

 海賊の人たちの積み込みも、もう済むし。
 それで一安心……一安心、なのかな?)

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:31:22.26 ID:L16NlBrCo
船長「……ねぇよ。
 有ったところで、銃口の前で何を言えってんだ」

男「至言だな」苦笑

少女 どきっ
少女「あ、あの!」

男 じっ

少女(え、えええっ! 私なんで……)

男「なんだ?」

船長「(口パク)だまってろーっ、怒らすなーっ!」


少女(なんで、なんで私、
 こんなタイミング、で、呼びかけるなんて)


男「……用が無いなら、いくぞ」
少女「待って!」
男「……」

少女「私を――連れて、行って。
 お願いです、何でもするから、ここから助けて!!」

男「……」

白髪「おう? ……ふむ。
 おい、お嬢ちゃん、名前はなんてんだ?」

男「おい、白髪……」
少女「少女です!」

白髪「ほっほーう……可愛い名前じゃねえか」にやり

少女「え、えっと、ありがとうございます……?」
男「……」

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:32:46.61 ID:L16NlBrCo
白髪「よし、船長さんよ。
 そこの奴隷、一人もらっていくが、良いな」

男「白髪、そういうのは……」


 ざわざわ

青年奴隷「お、俺も! 俺も連れて行ってくれ!!」

他の奴隷達「おれも」「いや俺だ」「よりも俺のが」


男 パァーンッ

 シーン……
男「騒ぐな」

船長「……耳、耳、がぁ」ピクピク

白髪「あー、すまんな。後で医者に見てもらえ?」

男「……」
白髪「なあ、男よ。
 この子はワシが連れて行きたい。良いな?」

男「……白髪の責任でならば」

白髪「よし。なら少女ちゃんよ、コッチに来い。
 あー、ただ、他のオマエさんらはダメだ」

青年奴隷「……な、何でだよ」ジリッ

白髪「自分で運命を掴み取るヤツが好みってだけさ。
 ……文句あっか?」ギロッ

青年奴隷「…………い、いや」

少女 とことこ
白髪「よし、ちょっとすまんが、鎖を解いちゃくれないか?」

奴隷頭「……わかったよ」がちゃ

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:34:01.33 ID:L16NlBrCo
少女「……」
白髪「ふむ、うれしくないか?」

少女「い、いえ! 嬉しいです!」

白髪「よし、それならホレ、
 そこの梯子を渡って、ウチの船に乗移れ。

 落ちるなよ、さすがのワシても
 わざわざ拾いにいく気はないからなっ」ニヤリ


少女(海賊の人たちが、
 船を横付けして乗り込んでくるときにかけた
 端の代わりの梯子……

 荷物の移動でひょいひょい渡ってたから、
 怖くないようにみえたのに、
 波で揺れる船にかけられた梯子って、
 ずっと下に海が見えてすごく怖い……)


白髪「む? どうした?
 やはり奴隷でいたいというなら、
 ワシは無理強いはせん。
 キャプテンも睨んでいるしのぅ」ニヤリ

男「…………」ジロリ


少女「い、行きます」よた、よた

少女(大丈夫、下を見なければ、怖く、ない)

少女 よた、よた


 ひゅぉおお
少女「ひっ……!!」ぐらぁっ

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:35:17.45 ID:L16NlBrCo
少女 ギュウッ
白髪「ああ、一度梯子にしがみついたら
 動けなくなるぞ……」

少女 ぶるぶる

男「チッ…………手を掴め」ギシッ

少女 ソッ
男 ガシッ

少女「……ッ、あ、ありがとうございます」

男「さっさと渡れ」

少女 よろよろ、とたっ

白髪「がははっ、見てるほうが怖くなるわい。
 まったく、肝が冷えたな!」どかどか

少女(うわ、すごく余裕で渡ってる)

男「白髪、梯子を回収だ。おい、双子妹!」

双子姉「はい。位置にいるでありますっ」

男「よし」
少女(マストの上に、人?)

男「金品他、確かに譲り受けた!
 以後、船影が見えなくなるまで動くなよ」

奴隷頭「わ、わかった」

船長「耳、耳が……」
奴隷頭「大丈夫ですよ、これくらい……」

男「よし、全速離脱! 方向300!」
全員「アイアイサー!」ダダーッ


14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:36:08.82 ID:L16NlBrCo
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  昼  海賊船甲板

双子妹「……敵影消失後三百秒を確認完了。
 周辺視界内に以上無し。

 警戒態勢から準警戒態勢へ移行であります。
 みなさん、お疲れ様でありますよ!」


双子姉「お疲れ様だよー♪」ばたばた

白髪「ふーぅ、やれやれ。戦闘行動はしんどいわい」

包帯「お疲れ様です。僕でよろしければ
 肩でもおもみしましょうか」にこっ

?「そうやって包帯が年寄り扱いするから、
 今みたいにワザとらしく年寄り風吹かすのよ。
 いいから放っておきなさい」

白髪「がははっ、かなわんなぁ!」

双子姉「包帯のお兄ちゃんってマメだよねー
 見た目はすんごい怖いのに」

包帯「ははっ、確かにね。
 自分でも時々鏡を見て、
 なんだ、ミイラが出てきたのかって、
 びっくりするくらいだし」

?「いや、笑えないわよソレ」

白髪「ソレを笑ってこその人生だろうさ、
 善哉善哉」ニヤリ


15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:37:48.22 ID:L16NlBrCo
白髪「トコロでオマエさん、
 いつまで戦闘用のマントなんぞ着けてるんだ?」

?「……別にいいでしょ」

白髪「こんな日にいつまでもその格好、
 汗もかくだろうよ。ほれ、ワシのとともに、
 物干しに吊るしてきてやろう」

?「……関係ないでしょ。自分でやるからいいわよ」


白髪「いいや関係がある。大有りじゃよ!
 ワシはお主のその豊満な胸が!

 無粋な戦闘用の厚いマントなんかで隠されて、
 谷間に伝う汗すら伺えぬというだけで、
 ワシのたけり狂う欲ぼ――ぐべっ! ぶびょっ!」

?「だ、だからッ、白髪とは面と向かって!
 話したくないのよ!!」ゲシッ、ボカッ

双子姉「ねえ、あれ止めないの?」

包帯「まあ、ああした触れあいも含めて、
 お二人は楽しんでいらっしゃるものと、
 僕は曲解していますからね」ニコッ

?「曲解しないで私を助けてよッ」ゲシッ

白髪「むぎゅぅ……
 ワシとしては、あまり曲解でもないがな」

?「……」じりっ

双子姉「……あの言葉には、
 近くにいるだけの私も逃げたくなるかも」

包帯あはは、「まあ、彼なりの下手な冗談と、
 そう思っておくのが得策でしょう」

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:39:05.67 ID:L16NlBrCo
双子妹「……白髪の兄さま」

白髪「うむ、なんだ?」
双子妹「先ほどの誘拐された人はドコでありますか?」

双子姉「いや、誘拐じゃないでしょ」

双子妹「身体を欲されたでありますか」

双子姉「……えっと、間違っていないような?」
?「微妙なトコロね……」

白髪「むぅ、ワシのひぃこら云ってる身体より、
 あの娘に興味があるのか」


双子「「そりゃーもちろん!」であります!」


白髪「最近は双子までこの態度。
 もうちょい年寄りをいたわらんか貴様ら……」

?「……いっそ死ねばいいのに」

双子姉「ねーねー、そんな事より、あの子!」

白髪「そんな事より、と……」ガクッ

包帯「わざとらしく拗ねて見せる
 白髪さんは置いておくとして……
 二人は船長室で面談中ですよ」

双子妹「二人きりでお互いの深くを知るため、
 つきあっているでありますか」

包帯「顔を突き合わせている、の間違いだね。
 白髪さんが勢いで連れてきたけど、
 普通の人じゃ、僕達とは行動できないからね。

 場合によっては、無用に騒がれる前に、
 店長が口封じをするんじゃないかな?」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:40:14.38 ID:L16NlBrCo
?「…………」
双子姉「口封じって、穏やかじゃないね」

白髪「仕方ねえよ。
 俺たちは、どうしたって『普通』じゃねえ。

 その事自体は問題にはならんが、
 それを騒ぎ立てる奴らがいれば、
 安穏とはしていられなくなるからな」

包帯「できれば僕としても、
 友達になってもらえたら嬉しいですがね」

白髪「それができないって云うなら、
 喋る可能性をなくすのが最良さ」

?「……それがわかってて、なんで、
 男の命令に逆らってまで、
 白髪はあの子を連れてきたの?」


白髪「それはな――」

双子「「それは……っ」」
?「……」

白髪「面白そうだったか……ウボァ! ギャァ!」

?「アンタって! そういう!
 ヤツよね!!」ドスッ、ゲシッ、バコンッ


包帯(面白そう……それは、ドコまで)

白髪 チラ、ニヤッ

包帯「……ですよね」苦笑


18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:41:23.30 ID:L16NlBrCo
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  昼 海賊船船長室

 とことこ、がちゃ
男「入れ」

少女「お、お邪魔します」びくびくっ

男 がたがた

少女(広い部屋……
 いや、普通の家に比べたら全然狭いけど、

 この大きさの船にしては、
 かなり広めの空間がある部屋みたい……

 もっとも、なんだかよくわからないものとか、
 本棚で圧迫されてるけど……)


男「そこに座っていろ」

少女(そこって、この、ベッド、だよね……)ギシッ

男「……そこの椅子だ。
 それとも誘っているのか?」

少女「え、ひゃ、そんな事ないですっ!!」

男 かたかた

少女(これって、船長用の椅子だよね……
 どう見ても来客とか奴隷用じゃないって!
 はわわわ……)

男「……どうした。座り心地が悪かったか?」

少女「い、いえ……」ぽふっ


19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:42:09.24 ID:L16NlBrCo
男 かちゃっ
少女「……これって」

男「紅茶だ。ラムやぶどう酒のほうが良かったか?」
少女「い、いいえ! 全然!!」

男「そうか」こくり

少女(嘘みたい! 船の上で紅茶が飲めるなんて……)

男「……」
少女「香りもいいし、とっても美味しいですっ!」

男 こくり

少女「……」
男「……」
少女「……」
男「……」

少女(ど、どうしよう!
 会話が全然続かないというか!

 なんで私が船長の部屋まで
 連れてこられたのかもわからない……っ)

男「……」


少女(物静かっていうか、覇気がない人……?
 目だけは鋭いのに、光はなくて。

 海賊船の船長なんて、知らなければ嘘みたい。
 どんな人で、何が似合うかはわからないけど。

 乱暴者をまとめる一番の荒くれ者には、
 どう間違っても見えないかな)

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:43:14.00 ID:L16NlBrCo
男「……オマエは」
少女「っ、はい」

男「どうしてあの場にいて、ここに来たんだ?」

少女「えっと、それはその、
 どうして奴隷として使われていて、
 あの場でつれていって欲しいって言ったか、

 っていう事ですか?」

男 こくり




少女「その、ドコから話せばいいのか」

男「…………」ジロッ

少女「す、全て! 長くなっても大丈夫なら、
 最初から最後までつまびらかに全部を!」


男「構わん。唐突な嵐でも無い限り、
 しばらくは退屈だ」

少女「で、ですよねー、あはは」

男「……」

少女(話しにくい、話しにくいよぉっ!
……せめて、こっちを向いてくれたらいいのに。

 覗き窓の向こうばっかり見つめて、
 本当に聞く気はあるのかな?)

男「むしろ……」
少女「はい?」

男「………………いや、さっさと話せ」
少女「は、はいっ!」


21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:44:34.85 ID:L16NlBrCo
少女「えっと、そうですね……
 一応先に説明させて貰うと、
 私は一部の奴隷さんみたいに、
 町を襲われて連れてこられたとかじゃないんです」

男 こくり

少女「船で旅行をしていたら、その船がさっきの、
 商人さんの船に襲われて、
 奴隷としてつかまったんです」

男「……よくあることだ。
 ガレーの漕ぎ手は消耗品だからな。

 トルキアの商人が一神教徒の船を見つけたら、
 ほとんどの場合はそうなる」


少女「……それで、奴隷としてつかまったけど、
 その、見た目のせいで男の子と思われたみたいで、

 他の女の子みたいに、その……
 『そういう』檻にいれられる事も無くて、
  働かされてたんです」

男「……たしかに、絶壁だな」

少女「ぜ、絶壁って!!」

男「御幣も他意もない。顔つきも直線的だしな。
 せめて胸に膨らみがあればそれとわかるが。

 ソレは胸のふくらみと云えば嘘にはならないが、
 実際は胸筋のふくらみだろう。
 むしろ白髪がよくオマエを女だとわかったものだ」


22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:45:34.20 ID:L16NlBrCo
少女「そこまで言われると、
 怒るを通り越して泣けてくるかも……」

男「なぜだ? よく鍛えられ体だと褒めている」

少女「褒め言葉じゃないです!
 いや、たしかにそりゃね、
 ちょっとは鍛えてるけど」ぶつぶつ


男「……脱線したな。話の続きだ」

少女「あ、はい。
 あの場で声をかけた理由、ですよね」

男 こくり

少女「……それは、その、外を見たかったからです」

男「……」

少女「私はリベルタっていう島の出身なんですけど、
 父親がちょっと難しい人で、
 私は外の世界を見たいって思ってたのに、
 ずっと反対され続けていたんですよ」


少女「島は中継地点としてとても立地が良くて、
 トルキアとベネッタ、スピエナが交易する船は、
 殆どが停泊していくような場所にあります」

男「……何度か行ったことがある」

少女「ホントですか!」

男「随分と昔だがな。
 島も港もあまり大きくなかったが、
 それでもかなり賑わっていたと記憶している」

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:46:34.07 ID:L16NlBrCo
少女「比較する対象がないから、
 大きさについてはわからないけど……

 確かに、済みやすいとか賑やかとか聞くかな?」


男「そして、あいまいな記憶だが、
 島の領主の名前がお前と同じだったか」


少女「…………それは父ですから」
男「そうか」


少女「もしかして、最初からわかっていて?」

男「いや。名前を聞いて疑問に思っただけだ。
 だからこうして部屋に呼んだ」


少女「……」

男「それで、そんな恵みあふれる島で、
 不自由のない暮らしをしていたはずの、
 次期領主とやらが、
 なぜ奴隷などになっていた」


少女「本当は私じゃなくて、領主になるべき人が……
 兄が、いたんですけどね。

 事故で死んじゃって……
 それ以来、父は私を屋敷から出す事すら
 嫌がるようになってしまったんです」

男「……」

少女「それまでは普通に島民の男の子達と、
 チャンバラとかして遊んでたんですけどね!

 本を読んだりレースを編んだり、
 そういう事よりは体を動かすほうが楽しくて」

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:47:27.56 ID:L16NlBrCo
男「随分なお転婆だな」
少女「あはは……」

男「だが確か、リベルタは領主制の植民地ではなく
 神聖リオーマの頃に独立して、
 今は公国として、一つの国になっていたな」

少女「そうなんですよ、
 だから私、コレでも一応は公女様なんです!」

男「……胸は無いがな」
少女「な、ちょ……っ!」

男「話を続けろ、奴隷」

少女「あ、はい、すみません…
 で、立場は国って事になってますから、
 そこそこ自由に政策とかを決められるんですよ。

 もちろん独断はできなくて、
 島のじいさんたちと相談して、ですけど。

 それでも自治権はあるわけです」

男「国というなら、基本的にはそうだろう」

少女「そうですよね!
 でも祖父の代より前から、リベルタは永世中立、
 自由な貿易の仲介港って立場を貫いているのに、

 周りの国がこぞって、
 自分にだけ有利になるようにしろって、
 しつこいくらいに圧力をかけてきて」

男「そうした圧力はしつこくかけなくては無意味だ」

少女「そうですけど……
 そのせいで、領主の父も病床に伏して」

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:48:26.87 ID:L16NlBrCo
少女「さらに、そういう国なので、
 少なくとも直系の血を引いている私がいるなら、
 私を次の領主にすることで、
 おじい様方が決めて動いて……」

男「ふむ」

少女「だから私は突貫工事で、
 次の領主になれるようにって、
 帝王学の勉強をしたり、交渉術の稽古をして……
 まだ殆ど身についてないですけどね」


男「調教されていたわけだな」
少女「……まあ、そうです」

男「……」

少女「そんなある日、窓の外をぼんやり眺めていて、
 唐突に思ったんですよ。

 このままでいいのかなって。
 私には、この窓の景色だけが外でいいのかって」


男「……領主になることが嫌なのか?」

少女「たぶん、イヤだとか、そういう事じゃなくて
 それはもう、私が背負うしかないものなので、
 仕方ないというか」

男「……」


少女「あの有名なミエディッチ家の財宝を見たり、

 ゴンドラの行きかうベネッタを町を歩いたり、

 不思議な形の寺院が並ぶトルキア文化に触れたり、

 黄金であふれてるって新世界に行ったり……」

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:50:01.60 ID:L16NlBrCo
少女「そういう事をしてみたいって、
 夢を見てたんです。

 港町ですからね、波にのってたくさんのステキな
 『世界の欠片』が流れてくる。

 でも私は何一つとして、本物を知らないんです。
 だから、見たり、触れたり、食べたりしたかった」


男「夢物語だな」

少女「……領主になったら、よほどの事が無い限り、
 島から出る事はできなくなります。

 その前にせめて自分の目で、
 島の外を――あまり遠くない場所だけでも、
 どんな世界なのか見てみたいなって。夢物語です」


男「……そうか」

少女「でも、港を出て少ししたところで、
 あのトルキアの商人の人たちに捕まって
 奴隷にされちゃいましたけどね。

 外を見る旅だけじゃなくて、
 人生も終わっちゃうところでした、あはは……は」

 ギリッ……

少女(今の音……、この人の、歯軋り?)
男「……続けろ」

少女「まあ、そんな感じで、
 どうせ人生が終わりかもしれないって事態なら、
 思い切った事をしよう! なんて。
 それが、海賊さんに声をかけた理由です」

男「……」

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:50:56.56 ID:L16NlBrCo
少女(……嘘は、ついてない。
 それは、声をかけた後に、
 それでも良いや、って開き直った理由だから。
 でもあの瞬間に、つい声をかけたのは――)

男「たしかに、奴隷のままでは、
 外を見る余裕などは無いな。

 ……この船はお前にとって、
 相応しい場所かも知れん」

少女「はい?」



男「いや、なんでもない。
 お前を船員として迎えいれるかどうかは、
 すぐには判断できん。
 他の船員との相談もある」

少女「……そうですよね」


男「相談の結果は追って伝えさせる。
 いま案内役を呼ぶ。
 今は一度退室しろ」

少女「……はい」


男 とことこ、パコッ

少女(あ、あの壁の飾りって、
 ただの彫刻じゃなくて伝声管なんだ)

男『包帯、白髪。船長室へ。
 包帯は作業をしていたなら中断してもかまわん』


28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:52:01.25 ID:L16NlBrCo
------------------------------------------------
  夕刻 海賊船船長室

白髪「んで、どうだったよ」

男「……」


白髪「おいおい、黙ってたら何もわからんぜ」

男「……わかっているんじゃないか?」


白髪「わからんな。こちとら、神ならぬ身だ。
 ……ま、アタリは付く」

男「……」

白髪「リベルタの公女様、だったんだな?」

男「……ああ」

白髪「がはは、奇縁だなぁ!
 まさかこんなところで会うとは」

男「俺の言葉を取るな」

白髪「地中海に浮かぶ島としては、
 一般的な大きさだが……

 それでもその要所に位置することから、
 幾度となく戦火に晒されてきた島……

 今代の治世にあっては、
 穏やからしいがな」


29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:52:41.53 ID:L16NlBrCo
男「ベネッタとトルキアの戦争は、
 ここ三十年ばかり休戦状態だ。

 そしてその戦争を望む一神教側も、
 宗教改革の波に飲まれて身動きができず……」

白髪「トルキアにしたところで、
 跡目争いだのなんだのと、
 たしか騒がしくしていたか。
 お陰で俺達の海は実に穏やかだった」


男「……穏やかだったか?」


白髪「トルキアの海賊はうるさかったがなぁ。
 マータ騎士団は結局、
 あの島に移ってからは何もしとらんし。

 戦争って意味から見れば、
 スピエナ意外は案外平穏だった……
 違うか?」


男「否定はしない。
 俺達が穏やかではなかっただけか」

白髪「そうだな。
 こうしてそれなりに名前が売れて、
 あの旗を見れば武器を置けと、
 そういわれるようになるまでには、
 それなりの代償も払ったな……」

男「……」
白髪「……」

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:53:32.82 ID:L16NlBrCo
白髪「それでだ。
 ワシをよんだのは、こんな風に辛気臭く、
 昔話をするためではあるまい」

男「あの娘の事だ。
 本当に船に乗せるのか?」

白髪「乗せねえって選択肢はあるのかよ」
男「……」


白髪「少なくとも殺す手はねえだろうがよ。
 なんたってアイツは――」

男 チャキッ

白髪「……早とちりするな。
 公国の支配者の娘だと、言おうとしたんだ」

男「……」スチャッ

白髪「ったく、ピリピリしすぎだ」

男「誰のせいだ」


白髪「知らんな。
 まあそんな立場に有る娘だ。

 多少怪我はしてるようだが、
 人質と思えば上玉じゃねえか。

 『海賊』としては、
 あの娘の親に身代金を要求するってのも、
 一つの手じゃあねえかと思うぜ」

男「……」

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:54:10.75 ID:L16NlBrCo
白髪「ところでよ。
 あの嬢ちゃんはいったいなんだって、
 トルキアのガレー船なんかに居たんだ?
 聞いたんだろ、そのアタリ」

男「……跡目を継ぐはずだった兄が居なくなり、
 急に公女として締め付けられるようになったが、
 それがわずらわしくなっての逃亡らしい。

 病状の思わしくない領主が逝ってしまえば、
 後は島の外に出ることの無い、
 窓の内側しか知らない生き方になってしまうとな」

白髪「ほう、なるほどな。で、どうだ」



男「何がだ」

白髪「その話を聞いてどう思ったかって、
 聞いてるんじゃねえか」

男「どうとも思わん」

白髪「かわいくねえなぁ」

男「……それで、どうする」

白髪「どうしてえよ」

男「……」

白髪「おいおい、まさかとは思うが、
 俺に判断を任せようだなんて事は、
 考えちゃいねえだろうな?」


33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:55:04.74 ID:L16NlBrCo
俺「そのつもりだが」

白髪「……冗談言うなよ」

男「冗談ではない。
 アレは、オマエが責任を持つという条件で
 拾ったものだ」

白髪「そういやそうだったか」

男「反対すべきである提案に対しては文句を言う。
 だが、そうでなければ、
 労働力として使うとしても、
 魚のエサにするとしても、
 夜の慰みに――は、イロイロと不足だと思うが、
 どのようにしようと、感知はせん」



白髪「おいおい、わかってねえなぁ。
 胸だのケツだってのは、
 あるならば有ることを楽しみ、
 無いならば無いことを愛するのが男ってもんだ」

男「特にわかりたいとは思わん」

白髪「つまらねえヤツだ。
 今はあの船でひどく扱われたせいで
 薄汚れちまってるがな、

 ありゃ、きちんと磨けばそれなりになるぜ。
 顔は並だが、よく鍛えられた身体だ。

 しっかりしてる分、夜に愉しむ相手としちゃ、
 むしろ下手な女よりよほど……」

 ギリッ


34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:55:49.93 ID:L16NlBrCo
白髪「がはは、昔から男はそうだな。
 気に食わねえと、そうやって、
 両手握って歯軋りしてよ……
 口があるんだ、言葉にするがいいだろ」

男「不満などない」

白髪「あーそうかい。
 まあ、航海中の船内じゃ、
 そういう事は御法度だしな。
 俺は『本当の』無理強いは好みじゃあねえんだ」

男「白髪の趣味など、どうでもいい」



白髪「……ふっ。
 とりあえず俺としちゃぁ、
 面白そうだ、放し飼いを提案させて貰うぜ。

 船の一員として、出来る事をやらせよう。
 幸いそれなりのたくわえもできてるだろ?」

男「まあな。
 だが、他の船員に対しての説明は、
 白髪の方で済ませて置いてくれ」

白髪「大した説明なんざいらないと思うがなぁ」

男「公私のケジメはとつけるようにしろ、副船長。
 船長命令だ」

白髪「アイアイサー。ったく、堅い奴め……」



35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:56:26.80 ID:L16NlBrCo
男「……あの娘より先に海に浮かびたいか?」

白髪「遠慮するぜ。そんじゃあな」ひらひらー

 ばたん

男「……」

男「……くそ。なぜ今になって、縁が絡む」

男 よた、よた

男 ごそごそ

男(このペンダントは、
 こんなにも小さかったか……?)

男(もっと、重く、冷たく、
 強いものであるように思っていたが)

男「……リベルタか」

男「俺にとっての、終わりの島……」

男「俺は、なぜここに居る。
 俺はなぜ、まだ息を吸っている……」

男「…………」


36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:57:16.01 ID:L16NlBrCo
------------------------------------------------
  夕刻 海賊船廊下

 どかどか

白髪「……ったくよう。
 なんなんだかなー」がしがし

白髪「昔っから、人に頼らない奴ではあったが」


双子姉「そうなの?」

白髪「何でも自分ひとりでできなねえと、
 気がすまねえとでも云うような、
 そんな傲慢なヤツでなぁ――っておい、
 いつからそこに居た?」


双子姉「ん? 私のこと?」

白髪「他に誰が居るんだよ」


双子姉「たぶん、白髪のおっちゃんが、
 廊下に出た時から?」

白髪「……盗み聞きしてやがったなぁ」苦笑
双子姉「ごめんなさーい」

白髪「反省してねえだろ」
双子姉「何も聞こえなかったからね!」

白髪「ったく、こいつは。
 命拾いしたことも気付いてねえな?」
双子姉「命拾い?」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:58:08.15 ID:L16NlBrCo
白髪「俺達は基本的に、
 この船に乗る前にそれぞれああやって、
 男の面接を受けてきただろ?」

双子姉「うんうん。いろいろ聞かれた」


白髪「だが、この船に乗っている中で今、
 男の過去について知ってるのは、俺だけだよな」

双子姉「……知られたくない事があるの?」

白髪「まあそれなりにな。
 俺も男も、自分達の金でもって、
 こんなでっかい船を買って乗り回してる。

 そんな金がドコから出たのかとかなー。

 知られちまったらそれこそ、
 たとえ双子姉でも海へ落とすしかないな」

双子姉「……マジでなの?」

白髪「本気も本気よぉ」ニヤリ


双子姉「盗み聞きも命がけなんだね」

白髪「まあだが、要するにバレなきゃいい。
 さっきの聞き耳は良かったぞ。

 俺も男も気を抜いていたつもりはないが、
 よくもまあ気付かせなかったもんだよな」

双子姉「へへーん。これぞ双子姉が得意とする、
 七つの必殺特技の一つなのだ!」

白髪「がはは、そりゃぁ格好良いな。
 よし、その調子で特技を磨いて、
 さらに引き出しを増やすがいい」

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/13(金) 23:59:02.96 ID:L16NlBrCo
双子姉「……でもね、白髪のおっちゃん」
白髪「なんだ、チビっこ双子姉」

双子姉「こんな特技なくてもいられるのが、
 一番だと思うのよ?」じっ

白髪「…………そうだな。
 だが、どうしたってこの船に乗ってる以上、
 俺達は『フリークス』なのさ」

双子姉「……」

白髪「まあ、こうやってツルんでる限り、
 そんな事ぁ忘れていいし、
 必殺技なんてモンも基本的には忘れとけ。
 いいな? 副船長命令だ!」

双子姉「はっ、アイアイサー」ビシッ

白髪「……なんで双子姉の敬礼はそう、
 小指を曲げて……
 ほれ、しっかり伸ばせ。
 足はかかとをしっかり合わせろよ」

双子姉「あうー」
白髪「……ったく、孫の世話してんじゃねえぞ」

双子姉「……おじいちゃん?」
白髪「次にそう呼んだら承知しねぇぞ!」

双子姉「えっへへー、おじーちゃーん♪」だだっ
白髪「あ、くそ、待ちやがれ!」だだーっ

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:00:12.90 ID:CKksknvCo
------------------------------------------------
  夕刻 海賊船甲板

 ひゅおおおおお

?「……風がうるさい」

双子妹「あ、ここに居たでありますか」

?「なにか、用?」

双子妹「えっとですね、白髪の兄さまから
 伝令役を申し付けられたでありますよ」

?「……そう。内容は?」

双子妹「では繰り返すであります。

 『日が昇るたびに天を見上げては、
 その太陽の暑きところに怨嗟の声を
 あげざるをえないほどの気候の昨今、
 如何お過ごしでございましょうか。
 私においては』……」

?「ストップ」


双子妹「は、とまるであります」

?「なに、その頭の悪い伝言。
 なんで時候の挨拶から始まるのよ」

双子妹「自分からの進言であります。
 まずそのような緩衝材の後にするべきと!」

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:01:04.05 ID:CKksknvCo
?「……要件のまとめだけ聞かせて」

双子妹「はい!

 『例の奴隷だった少女って女の子は、
 さすがに男部屋には置いておけねえから、
 オマエのベッドで寝かせてやってくれ』

 という内容であります!」


?「……アタシのベッドで?」

双子妹「さっきの商船からの強奪で、
 思った以上に収入があったという事で、
 いまは倉庫だけじゃなくて、
 予備の部屋まで埋まってしまったのであります。

 なので、ベッドが足りないのが
 忌憚のない現状の報告であります」

?「……」


双子妹「なお、白髪の兄さまいわく、
 副船長命令だそうです」

?「…………わかったわ」

双子妹「では伝令は命令伝達の完了を確認し、
 白髪の兄さまへの報告が済み次第、
 待機任務に戻るであります!」だだっ


?「……結局私に災難がかかるんじゃない」

?「白髪なんて、キライ」

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:06:19.09 ID:CKksknvCo
------------------------------------------------
  夕刻 廊下

 とことこ

包帯「それで、こっちがお手洗いで……
 ここをまっすぐ行くと階段があって……」

少女「あ、あの」
包帯「なにかな」にこっ

少女(こ、怖い!
 悲鳴を上げないようにするだけで、精一杯!
 喋り方だけはとっても優しくて、
 安心できそうな人なのに、
 すっごいしゃがれた声で、
 しかもこの外見は……!)

包帯「ああ、ごめんね。
 ちょっと離れておこうか?」

少女「……い、いえ。大丈夫です」

包帯「ムリしなくていいよ?
 なれないと不気味なのはわかるしねー。あはは」

少女「い、痛く、ないんですか?
 その顔中の火傷……」

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:10:55.81 ID:CKksknvCo
包帯「ん、もう全然痛くはないよ。
 まあ、ちょっと引き連れたりするけどね。
 食事の時にちょっと気になるくらい?
 それ以外は殆ど意識もしないよ」にこっ

少女「えっと、いきなり踏み込んだことを聞いて、
 ごめんなさい」

包帯「気にしないでいいって。
 むしろ心配してくれたんだったら、
 僕がお礼をいうところだね。ありがとう」

少女「あ、その。どういたしまして」

包帯「……まあ、僕に関してはいいんだけどね。
 えっと確か君は……」

少女「あ、少女です」
包帯「少女くんは、船長からこの船について、
 何かきいているかな?」

少女「いえ、その全く……」

包帯「……うーん、相変わらず。
 気が回るようでいて、気を回さないからね……」

少女「えっと、そのそれは、
 私がこの船に乗るかどうかが、
 まだ決まってないからで……」

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:15:04.33 ID:CKksknvCo
包帯「……それは無いね」
少女「え?」

包帯「キミ、生きて男さんの部屋から出てきたし」

少女「……もしかして、実は」

包帯「気に入らなかったり、
 そもそも害になりそうだと判断したら、
 扉から出る前に撃っちゃう人だよ、男さんは」

少女 ぞくっ

包帯「ああでも、
 よく考えたら、掃除の手間を考えて、
 甲板の上で撃つ人かも?」

少女「……え、えと、それじゃ、私まだ命の危険?」

包帯「ま、大丈夫じゃないかなー。
 なにせ白髪さんが連れてきたわけだし。

 そういう面に関しては、
 男さんは白髪さんにかなり頼ってるところが
 実はあるからね」

少女「……」
包帯「ああ、すまないね。こんな話をしても、
 まだキミにはわからないよね」

少女「すみません。せっかくなのに」

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:21:12.53 ID:CKksknvCo
包帯「まあとりあえず、僕はキミが殺される事は
 無いと判断しているんだよ。
 イロイロあってね」にこっ

少女「そ、それなら、いいんですけど」

包帯「という訳で、この船の事についてとか、
 今後の生活についての事で、
 何か疑問点があれば答えようと思うけど、
 今は何かあるかな?」

少女「……えっと、その。
 今後の生活についてとかは次第に。
 ただ、一つどうしても聞きたいことが
 あるんです」

包帯「何かな?」

少女「あ、でもその前に、一つお願いしても
 いいですか?
 えっと、その、自己紹介とか……」

包帯「ああ、そうだった、そうだった。
 すまないね。
 ついついこうした狭いコミュニティにいると、
 そういうのが必要なくて、
 忘れちゃうんだよね。

 外部の人と会っても、襲う側と襲われる側で、
 自己紹介なんてしないし」

47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:26:35.05 ID:CKksknvCo
包帯「はじめまして、包帯っていいます。
 この船の中じゃ、まあ中堅かな?

 とは云っても実はこの船って、
 殆ど人がいないんだけどね」

少女「そうなんですか?」

包帯「うん。たとえばこの船の外見、
 たぶん乗るときに少しは見たよね?」

少女「……梯子から落ちそうになって、
 けっこう見た気がします」

包帯「あはは、じゃあわかるかな。
 この船って、マスト三本のほかに、
 船の側面の壁から、オールが出てたよね?」

少女「はい、めずらしいなーって思って、
 ちょっと憶えてます。
 普通のオールで漕ぐような船……
 ガレー船って、オールを漕ぐ場所が、
 甲板の上にありますよね」

包帯「キミの乗ってたあの……
 野蛮人の人たちの船もそうだったね」

少女(わざわざ、野蛮人って言葉……?)

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:31:18.98 ID:CKksknvCo
包帯「で、普通はそのオールを漕ぐ為に、
 百人から二百人くらいの奴隷を働かせるから、
 大人数になるわけだけど……
 実はウチにはすごい船員がいてね」

少女「す、すごいんですか?」

包帯「なんと、十六本のオールを、
 一人で使える力持ち!」

少女(普通のオールって、
 一本に四人とか五人がついて、
 それでようやく動く、よね)

包帯「あはは、まあ、その、
 信じられないって顔もわかるけどね」

少女「そ、そんな顔は……」

包帯「いいって、いいって。
 まあ、そんな船員が居るお陰で、
 僕達はそれ以外に専念できてね。

 人数が少ないほうが狭い船は動きやすいし、
 何より食料なんかの量も少なくてすむよね。
 そんな実利面と――」

少女「ほ、他にも理由があるんですか?」

包帯「僕達が『フリークス』だから、だね」

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:37:17.47 ID:CKksknvCo
少女「えっと、『フリークス』ですか?」

包帯「この船に乗ってるのはね、
 全員何かしらの理由があって、
 陸に居ることができないメンバーなんだ。
 たとえば、包帯だらけの僕みたいに」

少女(陸に戻れない……
 それは、陸で生活ができないって事で、
 ああ、そっか、『フリークス(化け物)』って)

包帯「たとえば陸に上がって、
 僕は料理が得意だからパン屋を始めよう。
 でも、全身にこんなケロイドが有って、
 いかにも恐ろしげな声で喋る僕のお店に、
 誰が好き好んで買いにくるか……」

少女「そ、そんな事は……」

包帯「たとえば農村に行っても、
 村の仲間には、間違っても入れないよ。
 この見た目にはそれだけの、
 『人にとって嫌なもの』の象徴としての
 力があるからね。
 まあ、実体験としての言葉だから、
 例外もあるとは思うけれどね」

少女「…………」

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:44:36.63 ID:CKksknvCo
包帯「まあ、そこでこの船ってわけだね。
 この船には、僕みたいなのがのってるわけさ。

 人として暮らしたいって気持ちは、
 多少なりとも持っているけれど、
 人と交わって暮らす事はできない。

 そんな僕達がさまよった果てに、
 迎え入れてくれる場所として見つかったのが」

少女「……この船」

包帯「そういう事だね。
 だからこの船には、
 他の人にはできないことができる人とか、
 他の人にはない特徴的な外見の持ち主がいて、

 こっそりひっそり、
 最低限暮らせる分を、
 密輸しているような人たちから貰い受けて、
 生き延びさせて貰っているのさ」

少女「……なんだか、
 悔しいような、そんな気持ちです」

包帯「ははっ、悔しいか。
 それはいい答えだ。
 僕は気に入ったよ」にこっ

少女「……」

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:51:02.58 ID:CKksknvCo
包帯「……ただ、まあそれだけじゃ、つまらない」

少女「つまらない?」

包帯「うん。
 世界のすみっこで誰にも見られる事無く、
 忘れ去られたようにひっそりこっそり、
 海の底で息をつなぐようにしているっていうのは、
 あんまり面白くは無いよね」

少女「……はい」

包帯「だからまあ、
 余裕がある時には、ある意味旅行をするのさ。
 僕達でも遠慮せずに居られる場所を探してね」

少女「……そっか」

包帯「とりあえずそれが僕と、
 そしてこの船『フリークス・パイレーツ』の
 大雑把な説明なんだけど、
 どうかな?」

少女「ありがとうございます、
 お陰でイロイロ、わかったような気がします」

包帯「ソレはよかった」にこっ

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 00:56:47.11 ID:CKksknvCo
包帯「で、さっき云っていた、
 どうしても聞きたい事っていうのはなにかな?」

少女「えっとその……
 それはたぶん、今の説明でわかったんですけど、
 さっきこの船の船長さん……男さん?

 あの人と話したときに、
 『この船はお前に相応しいかもしれない』って、
 そう云われた事が気になって」

包帯「……どうやらキミもなにか、
 事情を抱えているみたいだね」

少女「……」

包帯「ああ、別に僕に教える必要はないよ。
 実を言うとこの船の中で、
 本当の事情を全員分知っているのなんて、
 船長くらいだと思うんだ」

少女「そうなんですか?」

包帯「まあ、いろいろ有ってね。
 宗教についてとか、母国についてとか……

 みんなはココが、居心地の良い場所だから、
 ここにいるわけだけど、
 昔話を持ち出すときな臭くなることもあってね」

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 01:07:47.38 ID:CKksknvCo
包帯「ま、そういうわけだから、
 むしろみんな、あえて触れないっていう、
 そんな感じなのかなと、僕は思っているよ。

 もちろんコレは僕の個人的な意見。
 だから、きっと、白髪さんなんかは違うし、
 船長は何考えてるか判らないし。ふふっ」

少女「でも、みんなにとって、
 この場所が大切なんですよね」

包帯「うん。大切だね。ものすごく。
 僕達がいま生きていられるのはココのお陰。

 そしてこれから生きていく為にも、
 少なくとも僕にとっては、
 ココは必要な場所なんだ」

少女「……イロイロ話してくれて、
 とっても助かりました」

包帯「こんな事しか話せなくて悪いね。
 だからモテないんだって、
 白髪さんにからかわれそうだよ」

少女「あはは、そんな事はないですよ。
 優しい声で落ち着いて話してくれる人って、
 一緒にいて安心できるから、
 私は好きですよ?」にこっ

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/14(土) 01:09:27.35 ID:CKksknvCo
包帯「じゃあ、第一印象は合格かな。
 ふふ、それじゃこの後、
 せいぜい嫌われないように頑張るとするよ」

少女「その、私はまだ、船のたびについてとか、
 よくわからない所があって、
 足手まといになると思うんですけど、
 仲良くして貰えたら助かります」へこっ

包帯「うん。任された。
 僕にできる程度の事であれば、
 なんなりと引き受けさせて貰うよ」

少女「私もがんばります!」

包帯「……さて、実はさっきから、
 ずっと立ち止まっていたココ。

 この部屋が今日からキミと、
 ルームメイトたちの部屋だから。
 女の子ばかりの部屋だから、
 あんまり心配はしないでいい、のかな?」

少女「その、なにから何まで
 ありがとうございます」へこっ

包帯「それは男さんに言ってあげるといいよ。
 それじゃ、僕は自分の作業があるから」ひらひら

少女「……とりあえず、同室の人と仲良くから!」

 がちゃっ

79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:05:37.64 ID:W65KwyCXo
------------------------------------------------
  夕刻 海賊船女子部屋

 こんこん、かちゃ
少女「おじゃましまーす……」ひょこっ

?「……」
少女「えっと、あの、この部屋で……」

?「話は聞いてるから、説明はいいわ」
少女「あ、うん」ほっ

?「船長はどうするかは判らないけど、
 今夜はこの部屋で寝ることになると思う。
 ……とりあえず入れば?」

少女(けっこう豪華な部屋なんだ。
 島を出るときに乗せて貰った船の船室だと、
 狭くて細長い部屋に、二段とか三段のベッドが、
 座れれないくらいの高さで作られてたけど、
 それなりに広めの部屋に二段ベッドが一つだけ。

 他にも『寝る場所』じゃなくて、
 『部屋』らしいものがいくつも置かれてる……
 本当に生活するための空間なんだ)

?「……何を観察してるのよ」
少女「え、あ、ごめんなさい。
 ちょっと珍しい構造だなって」

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:06:44.94 ID:W65KwyCXo
少女「そういえば、あの、
 お昼の時もたしかそのマント、着てましたよね」

?「憶えてたの?」

少女「みんな同じマントだったけど、
 一人だけ暑いのにフードまでかぶっていたから、
 ちょっと目立っていたし」

?「どうしてフードまでかぶってるか知りたい?
 部屋の中に入った今でも」じいっ

少女(包帯さんは、あまり人の事情とか、
 首を突っ込まないようにって言ってたけど、
 自分から話してくれるのを聞くのは、いいよね?)

?「……」
少女「うん、教えてください」

?「血がついても目立たないように、よ」ユラリ
少女(え、ナイフ……?) ゾクリ

?「こんな風に、ね」ズバシュ

少女「……ッ」(肩、ちょっと切られた!)ザッ
?「思ったより早いわね」ヒュヒュン

少女「ちょ、ちょっと待って!
 なんでいきなり!」 ガタタッ

?「……死んで」じりじり

少女「イヤですッ!」じりじり

81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:07:42.59 ID:W65KwyCXo
少女(くっ、少し広めの室内って言っても、
 逃げまわるなんてできる広さじゃないし!

 唯一脱出できそうな場所は彼女の向こう。
 しかも、小柄な身体を活かした一撃が早いから
 避けた瞬間に駆け抜けるわけにもいかない)

?「……もう、後ろは無いわよ」

少女「いきなり命を狙われるとか意味わかんない!」


?「そんな事はあの世でゆっくり考えて」

少女 (……女の子相手に乱暴するのは
 心の底から気に食わないけどッ!)ザッ

?「コレで終わ……」 ズバ……
少女(油断するから手をつかまれるのよッ!)グイッ

?「くッ!」バッ
少女(腕を引かれて振りほどこうと身体を引いたら、
 その動きに合わせて腕を掴んだまま相手のお腹に
 肩から飛び込むッッ!!)


 ドッタァァアアン!!

?「ッッ……ク、ハッ。ゲホッ、ッ」

少女(今の内に腕をねじりながらうつぶせにして、
 間接を極めれば……よし、武器も確保)ギシィッ

?「……ッ、イタッ」

少女「……フゥ、これで、動けないですよね」ギシ


82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:08:25.43 ID:W65KwyCXo
?「ッく。ハァッ……ハァ」ギロッ

少女「暴れないでくださいね。
 無理したら間接が砕けますよ」

?「…………わかったわ。もう乱暴しない」
少女「本当ですか?」
?「ホントよ」

少女「……じゃ、どうぞ」パッ

?「……ただの奴隷だと思ったのに」ふらふら

少女「あはは、ちょっとヤンチャで、
 男の子たちに混じってチャンバラやってたから、
 それなりには、できるようになったんですよ」

?「……」じいっ
少女(島の兵隊の人たちに混じらせてもらって、
 何年も一緒に訓練してたけど……
 まさか実践するとは思わなかった)ドキドキ

?「……とりあえず、ありがと」
少女「へ、何がです?」

?「私は殺そうとしたのに。すぐ解放してくれた」
少女「……まあ、何かしら事情が有るんですよね」

?「……」
少女「え、まさか、なんとなくで?!」


83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:09:05.24 ID:W65KwyCXo
?「……普通だから」
少女「へ?」

?「アンタみたいな『普通』はこの船にいらない……
 でも船長が気まぐれで許可を出したら、
 仲間として扱わないといけないし」

少女「だから、まだ船長が迷ってるうちに、
 とりあえず殺しておこう……って事?」

? こくり
少女「あー、まあ、ソレくらいだよね、理由。
 よかったぁ……」どたん

?「……」じいっ
少女「腰が抜けちゃって……あはは」

?「何が、よかった、なの?」
少女「だって、そういう理由だったら、
 この後、仲良くなることもできそうだよね。」

?「そんなのは……」

少女「たとえば私が、何かすごく……
 怒らせるような事とか、失礼な事をしたとか
 そういう理由よりは、まだ救いがあるじゃない。
 とりあえずって理由で殺されたら、笑えないけど」

?「……」


84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:09:48.59 ID:W65KwyCXo
少女「とりあえず、そのさ。
 一回殺すの失敗したワケだよね」

? ……こくり

少女「私としてはできれば、
 しばらくこの船に乗せてもらいたいと思ってるの。

 だからそのためにちょっとだけ、
 チャンスをもらえたら嬉しいんだけど、
 それもさせてもらえない?」

?「……好きにすれば。私じゃ、殺せなかったし」

少女「よかった」にぱっ


?「底抜けのお人よし?」ボソッ

少女「ん、なに?」

?「なんでもないわ」ばさっ

少女(……やっと外したフードとマント。
 血が目立たないようにって言ってたから、
 もう攻撃するつもりは無いって、
 そういう意思表示なんだろうけど……
 なんで、頭に、動物の耳? 狼?)じいっ

狼「……何見てるのよ」ピクン

少女「動いたっ!」

狼「ああ、耳の事ね……気持ち悪いでしょ」

少女(悲しそうな……寂しそうな顔。
 なんだか耳も少しだけしょげてるみたいな……)


85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:10:55.38 ID:W65KwyCXo
少女「か、」
狼「か?」
少女「カワイイーッッ!!!!」バッ、むぎゅーっ

狼「ッッ?!!!」

少女「うわー、身体小さいし、なのに胸大きいし!
 抱き心地よくて、さらになんかかわいい耳だし!
 よく見たら顔も整ってて美人さんって!
 うわぁぁぁ!」ぎゅうう

狼「ちょ、ちょっとっ、ほどいて。
 そんなに抱きしめられると、痛いから」

少女「え、あ、ごめんなさい」しゅん


狼「アタシ、あんまりそうやって触られるのは、
 好きじゃないから」

少女「……ごめんなさい」

狼「まったく、マントを取っただけで、
 急に飛び掛ってくるなんて……」

少女「あはは。そうだ、遅れたけど、
 少女っていいます、よろしく」
狼「…………狼よ」


少女「狼さん、狼ちゃん……おーちゃん?」
狼 むっ

少女「狼さんかな」
狼 ほっ

少女 にこっ


87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:11:28.85 ID:W65KwyCXo
少女「それにしてもその耳、
 さっきは気持ち悪いでしょ、とか言ってたけど、
 全然そんな事無いと思う。
 むしろすごくかっこよくて可愛いかも」

狼「……そう」
少女「それで、さっきはつい抱きついちゃったけど
 改めてちょっと、触らせてもらえない?」じいっ

狼「それはイヤ。
 変態オヤジみたいなのに触られるよりはマシだけど
 それでも、不快だから」
少女「そっか……」

狼「さらに言わせてもらうとかなり体臭が……」じっ
少女「うっ!!」

狼「……」
少女(だって、島を出てから一度も水浴びしてないし、
 ガレー船じゃ、太陽の照りつける甲板でずっと労働
 してたから……うん、自分でも臭い)しゅーん

狼「服も汚れてるし、ちょっと顔も黒いし」

少女「心に、瀕死の重傷……げふっ」

狼「……ちょっと、来なさい」とことこ

少女「うう、どこに行くの?」

狼 すたすた
少女 よたよた

88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:12:26.39 ID:W65KwyCXo
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  夜  海賊船談話室

 とことこ

狼「包帯、いる?」
包帯「ん、何かな?」

狼「水をちょっと使っていい?
 できればお湯も沸かしたいんだけど」

包帯「……うん、わかった許可出すよ。
 水はあの洗濯用の大タライ一つ分まで。
 そこの火の中に熱した石があるから、使って良いよ」

大「助かるわ」


包帯「それから、聞きに行こうと思ってたんだけど、
 少女くんの今日食べたのもはどれくらいかな?」

少女「えっと、食べたのは……
 指が三本くらいの大きさのビスケットが、
 朝とお昼に一枚ずつ、後はワインを多少かな。
 夜はいつもないから、今日の分は食べた後です」

包帯「へえ、あの船の連中は案外、
 それなりに食べさせてくれてたわけか」

少女「そうなんですかね……
 一日中力仕事だから、そんなのじゃぜんぜん
 お腹に足りた気はしないんですけど」

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:13:01.39 ID:W65KwyCXo
包帯「まあ、あえてコメントはしないよ。
 でも、よかったら一足先に晩御飯たべないかい?

 たぶん今日は早めに休みたいだろうと思って、
 早めに少女くんの分を用意させてもらったんだ」

少女「わ、ぜひ食べたいです!」

狼「もうできてるの?」

包帯「いや、手早くできるから、
 食べるか聞いてからにするつもりだったけど」


狼「それなら先に、コッチの用事を済ませていい?」

包帯「了解……って、少女くん、よだれ」

少女「あっ、つい良い匂いに気を取られて」ごしごし

狼「ご飯は後よ。少女、そのバケツに
 包帯から水を入れてもらって、こっち来なさい」

 とことこ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

少女「水持って来たわよー……って、うわ!
 ここ、いったいなに?」

狼「双子妹が男と相談して作った、
 『実験農場』らしいわよ。
 とはいっても、室内に栽培用の容器を並べただけ。
 ほら、ぼーっとしてないでそのバケツ置いて」
少女「あ、はい」

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:13:42.87 ID:W65KwyCXo
少女「ほへー……船の中で植物を育てるとか、
 とんでもない事しますね」

狼「あくまで、枯らしても諦めるっていう、
 ホントの実験らしいけど。

 もう一年半くらいやってるのかしら……
 私は詳しくわからないから、
 機会があったら双子妹に聞いてみれば」

少女「はい、そうします」

狼 ちゃぷっ、くるくる

少女(バケツの水の中に手を入れて、
 んん? 湯気が出てるから、お湯?)

狼「ちょうどいいくらいね。
 このお湯と布を使っていいから、
 拭いて身体をきれいにしなさい」

少女「え、でも、貴重な真水を
 まさかそんな事になんか使えませんよ」

狼「べつに、この船でなら、そこまでじゃないわよ。

 ……普通、この大きさの船だったら、
 この近辺だとどれくらい人が乗ると思う?」

少女「えっと、ガレー船だったら、百人くらい?」

狼「奴隷も含めるとそれくらいか。
 でも、この船に乗ってるのは、
 少女が来るまではたったの七人……」


91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:14:29.85 ID:W65KwyCXo
少女「あ、そういえば、
 部屋に案内してもらうときに、
 包帯さんがそういう事も言ってたような……」

狼「そう。ならわかるでしょ。
 水も食料も、それなりに余裕があっての事よ。

 まあ、さすがにこんな使い方は贅沢だから、
 たぶん包帯も少女を気遣って、
 特別に許可してくれたんだと思うけど」

少女「や、やっぱり、におうかな……」
狼「まあ、アタシは人よりかなり強く匂いを
 感じるからそのせいもあると思うけど、
 そこまでいくと普通の人でもわかるんじゃない」

少女「う、うううう……」

狼「それじゃ、アタシは部屋の外で見張ってるから。
 終わったら、中身はその植物にあげて」

少女「……はい」

 ぱたん

少女「……温かい」

少女(手ぬぐいを濡らして、ぎゅっと絞って……
 ううっ、びっくりするくらい真っ黒になる。

 せっかくのきれいな水なのに、申し訳ない気持ちで
 心苦しいなぁ……身体拭けるのは気持ちいいけど)

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:15:02.17 ID:W65KwyCXo
少女(狼さんも、いきなり襲い掛かってきたから、
 かなり怖い人だと思ったけど……
 実はそこまで怖い人じゃない?
 愛想はあんまりないけど)

少女「痛っ……。
 やっぱりムチで叩かれた箇所は沁みる……」

少女(でも、生きてるから、痛いんだよね……
 とはいっても、痛いものは痛いけど!)

少女「……」

少女(なんで、こんな事になったのかなぁ……
 最初は、家からちょっとだけ持ち出したお金と、
 騎士団のお仕事のお手伝いでもらったお金で、
 こっそりベネッタに行って……
 少し観光して帰るだけのつもりだったのに)

少女「あーあ、これ絶対痕になるなぁ……」

少女(でも、面白そうな人たちに出会えたし、
 こうして奴隷じゃない扱いをしてもらえるから、
 まだ幸せだよね。普通は奴隷になったら、
 基本的には死ぬまでそのままって聞くし……)

少女「……よし、なんとかきれいになったかな。
 もう水っていうかドロみたいだい。
 こんなに汚かったら臭うよ……」


93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:15:48.87 ID:W65KwyCXo
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

少女「おおーっ、美味しい♪
 まさか船で、こんなすごい食事ができるなんて……
 実はもしかして、私って天国にいる?」うるうる

包帯「あはは、大丈夫、まだ生きてるはずだよ。
 それに、すごいっていっても、
 スープパスタなんて簡単なものでごめんね」

少女「でも、このちょっとトロっとしたスープが、
 口に含んだ瞬間、魚と野菜の風味で一杯になって、
 スパゲッティに絡ませて食べると、もう……!」

包帯「気に入って貰えたなら嬉しいね」にこっ

狼「どうせ野菜って言っても、いつもと同じように、
 キャベツと芋とチャイプでしょ……」


包帯「狼くんはあんまり好きじゃないだろうけど、
 船の上で栽培ができたのは、
 今の時期だとコレくらいだからさ。
 他はさすがに環境が悪くてできないらしいね」

少女「コレくらいって言ったらバチが当たります!
 それなりの客船だったとしても、三日も経ったら
 固くなったパンに塩漬けした干し肉だけ。
 よほど良くても追加でザワークラフトですよ。
 水だってこの時期は腐っちゃうし……」

包帯「腐るのはどうしようもないからね……」

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:16:20.49 ID:W65KwyCXo
少女「だから、こんな海の真ん中なのに
 新鮮な野菜が食べられるって
 私はすごい幸せですよ♪」

包帯「そこまで喜ばれると、がんばった甲斐が
 あるってものだね」にこっ

狼「アタシだってベツに、
 そもそも野菜がそこまで好きじゃないだけで
 包帯が努力して作ってるのは……」ぼそっ

包帯「認めてくれてありがと」にこっ
狼 ぷいっ

包帯「で、少女くん、おかわりはいるかな?」
少女「あ、迷惑じゃなかったら……」

狼「……やめときなよ。
 いきなり大量に食べると、お腹が痛くなるから」

少女「そっか。こういう時はよくかんで、
 ゆっくりと、回数を分けてだっけ」
狼「うん。その方が身体にはいいと思う」

少女(狼さんが、ちょっとだけ優しい顔……?)

包帯「それにしても、二人はすぐに
 仲良くなれたみたいだね」にこっ
狼「別に、仲良くなんて」

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:17:01.28 ID:W65KwyCXo
包帯「でも、少女くんの口調、
 僕よりも狼くんの方が親しそうだよ?」
狼 じろっ

少女「や、やっぱり、同じ部屋を使わせてもらうから
 できる限り親しめるようにがんばろーかなー、
 なんて思っただけで」

狼「それだけの事よ」

少女(殺されかけたら、
 なんだか丁寧にしゃべるのが面倒になったなんて
 さすがに言えないし……)

包帯「ふむ? まあ、いいか。
 食後に甘いものはどうかな?
 リンゴの乾燥させたのがあるんだけど」

少女「やったー♪」

狼「……私も、一かけちょうだい。
 上で食べるから」

包帯「はい、どうぞ、二人とも」

少女「ありがとうございます。
 ……ところで、上って何です?」

狼「上っていうのはマストの上の見張りの事よ。
 で、夜の見張りは大抵アタシに任されるの」

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:17:59.20 ID:W65KwyCXo
包帯「夜は風も冷たくなるし、
 できるなら代わってあげたいんだけどね」

狼「夜の闇の中だったら、
 アタシの方が他のみんなよりも何倍も見えるから」

少女「すごいなぁ……
 一人でも船が動くくらいオールが使える人に、
 他の人の何倍も夜目が利く狼さん。
 この船の人って、みんなすごいんだ」

包帯「そうでもないよ。
 僕なんかはむしろお荷物な方だからね」

少女「そうなんですか?」

包帯「この船に乗るまでは武器なんてせいぜい、
 包丁くらいしか触った事がなかったからね。
 練習はしてるけど、まだまだ弱くて。
 視力も悪いから見張りも引き受けられないし」

狼「……その分はこうやって、
 料理とかで貢献してもらってるから。
 少女も、ここに居場所がほしいなら、
 包帯によく習うといいわよ」

少女「は、はい……」
狼「それじゃ、アタシは見張りに行くから。
 少女も早く部屋に帰って寝なさい。ベッドは下ね」

 ぱたん

97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:18:53.99 ID:W65KwyCXo
少女「それじゃ、私も失礼して、
 眠らせてもらいますね」

包帯「うん、おやすみ。良い夢を見てね」にこっ

少女「はい、包帯さんも、良い夜を」

 ぱたん

 とことこ

少女「ふあぁあ……
 おなかがいっぱいになった途端に、
 一気に眠くなるとか、私もまだまだ子供かなぁ」

少女(……居場所、かぁ。
 狼さんは何気なく言ったみたいだけど、
 この船にのって、長い期間にはならなくても、
 一緒に生活をさせてもらうなら、
 みんなに認められる事をしての居場所作りって、
 重要なことだよね)

少女「ガレー船が襲われて、
 襲ってきた海賊さんについて来させてもらって、
 面接みたいな話し合いが終わったと思ったら、
 案内された部屋で殺されかけて、
 海の真ん中でおいしいご飯を食べて……
 いろいろ有ったけど、悪くない、よね」


98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:19:20.48 ID:W65KwyCXo
少女(すくなくても、ここ一週間近く、
 ほとんど変わらないような景色の中で、
 ただひたすら奴隷頭さんにおびえながら、
 空を見上げながら無力を嘆いてるよりかは)

少女「全然良いよね」こくこく

少女(あの窓の向こうの世界が見たい。
 そんな思いで島を飛び出したんだから、
 これはもう文句の付けようもない『前進』だよね)

少女「よぉーしっ!
 なんか頑張れる気がしてきた」フンスッ

少女(とはいっても、
 やっぱり寝るのが先かな……
 ずっと、まとまった睡眠も許されてなかったし)

少女「今日はべっどで眠れるぞー♪」るんたるんた

少女 くるくるー

 ぐらっ

少女「あてっ」ごつんっ

少女「……そうだよね、船だから揺れるよ。
 ベッドから落ちないように、
 なんとか気をつけて寝ないと」いそいそ


99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:20:03.09 ID:W65KwyCXo
------------------------------------------------
  朝 海賊女子部屋

少女(ここ、ゆれて。なんだっけ)

少女「ん、むにゅ……」すぅすぅ

少女(ああ、そっか。
 ガレー船からは助け出されて、
 今は海賊の船に乗せてもらって)

少女「ふにゃぁ……。んん?」のびー……

狼 すぅすぅ

少女「…………なんで、抱きついてるの?」

狼 すぅすぅ

少女(まあ、元は彼女のベッドみたいだから、
 狼さんが寝ててもおかしくないんだけど。
 抱きつき癖でもあるのかな……)

狼 ぎゅっ

少女(焦がした灰色みたいな耳と、同じ色の細い髪が
 窓から差し込む明かりに照らされて、
 きらきら、銀粉をまぶしたみたい)


100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:20:35.73 ID:W65KwyCXo
狼 すぅすぅ

少女「……さすがに、寝てるときに触るのは、
 無意識じゃなかったら反則だよね」

狼 ぴく

少女「ああでも、ときどき動く耳を見てると、
 なんかねこじゃらしを前にした猫みたいな
 触りたい衝動はきっとわかってもらえるはず!」

双子姉「あー、たしかに、それはわかるかもね」

少女 びくうっ

狼「ん……むぅ……」すぅすぅ

少女「あ、あの」

双子姉「えへへ、驚かせてごめんね。
 よーいせっ……着地成功!」すたん

少女「二段ベッドの上から飛び降りるなんて、
 危ないないからやめた方がいいよ?」

双子姉「大丈夫だよー。
 失敗なんて十回にいっぱいくらいだし」

少女「いやそれダメじゃんっ!」ビシッ


101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:21:03.36 ID:W65KwyCXo
双子姉「あはは、お姉さんノリがいいねー♪
 でも、寝てる狼姉さんへの悪戯はやめた方が
 たぶん良いと思うよ。
 触られるのは好きじゃないって言ってたからね」

少女「あ、そういえばそうだよね。
 とりあえず、抱きついてる腕を、外して……
 よし、おはよう」ごそごそ、にこっ

双子姉「おっはー♪
 とりあえず、部屋を出ようか。
 いつも通りなら狼姉さんは夜が明けるまで
 ずっと見張りしてはずだし、
 双子妹はまだ活動時間じゃないからね」

少女「うん、まあ、散々騒いだ気はするんだけど」

 とことこ、ぱたん

双子姉「ちっちっちー。
 わかってないねお姉ちゃんは。
 こういう時はきちんと、事前に対処はしましたよ
 なんていうポーズこそ重要なんだよ」

少女「あー、何となくわかるかも。
 お勉強はしたけど身につきませんでしたみたいな」

双子姉「え、お勉強って、したら身につくよね?」


102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:22:25.02 ID:W65KwyCXo
少女「う、ぐ」

双子姉「あ、ごめん。もしかしてその……
 お勉強しても身につかない人?」ニヤッ

少女「そう、だけど……」

双子姉「ふふーん。私だって身につくのにー」

少女「むうー。ずいぶん胸を張ってるけどさ
 そんなに言うなら何ができるの?」

双子姉「足し算ができる!」じゃーん

少女「……く、くやしい」
双子姉「へへーん」

少女(だ、大丈夫だよね、拍子抜けしたのとか
 バレてないよね……?
 さすがに勉強嫌いの私でも、
 足し算ができるできないって相手に、
 道を譲らないほどじゃないし)

少女「そういえば、自己紹介がまだだったけど、
 改めて始めまして、少女って言うんだ」

双子姉「双子姉だよ、よろしくっ」にぱっ

103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:24:18.24 ID:W65KwyCXo
少女「……ところでその、双子姉ちゃんは、
 年齢って、いくつ?」

少女(見た目からしたら、
 足し算引き算で困るような、
 そんな年齢じゃないと思うんだけど……)

双子姉「年齢……それは乙女の秘密」きりっ

少女「いや、乙女って」

双子姉「正直なところを言っちゃうと、
 実は年齢ってちゃんとわからないんだよね。
 たぶん、えーっと、
 いち、に、さん、しー」

少女(ゆ、指折って数えるところから……)

双子姉「きっとたぶん間違ってなければ、
 今年で十二歳くらいになるかな?」

少女「……ちょっと、かさましとかしてない?」

双子姉「んー、本当にわからないからさ。
 私も妹も、誕生日って言葉を初めて聞いたのも、
 くろちゃんに頼まれてこの船に乗ってからだし」

少女「くろちゃん?」
双子姉「この船のせんちょーのおっちゃんのこと。
 今はちょっと白くなってきてるけど、
 私と妹が出会ったばっかりの頃は、
 顔とか真っ黒に日焼けしてたんだよね。

 喪服みたいな真っ黒なマントだったから、
 まっくろのおっちゃんって呼んでたんだけど」

少女(真っ黒いマントなんて、珍しい……
 普通の海賊って、みんなド派手なのに)

104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:26:07.80 ID:W65KwyCXo
双子姉「おっちゃんって言うと嫌な顔するから、
 『しょーがねーなー、どんな名前がいいのか、
 いっそ自分でしゅちょーしてみやがれ』って
 私が親切にも聞いてあげたのよ」

少女「ほほう」

双子姉「まあ、結局それでもあの無表情のままで、
 名前なんて好きに呼べとか格好つけるから、
 いくつか呼んで一番いやーな顔をしたくろちゃんで
 私は呼んでるってわけ。ふぅ」

少女「あはは、面白い話聞かせてくれてありがと。
 もし機会があったら、私もそんな名前で
 呼んでみようかなー」

双子姉「うんうん、それできっとしばらくすると、
 みんなであの無表情さんに、
 くろちゃーんって呼びかけるようになるんだね」

少女「なんとなく、その時にみせてくれる、
 嫌な顔って言うか、嫌な気分をにじませた、
 不自然なくらい無表情な顔が想像できて
 もう今からちょっと笑えてくるね」

双子「ふふ、おぬし、趣味がよいのぅ」
少女「いやいや、あなたほどでは」

二人「はーっはっは!」

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:26:40.91 ID:W65KwyCXo
双子姉「ところで質問なんだけど、
 お姉ちゃんって、もしかして白髪のおっちゃんと
 知り合いだったりするの?」

少女「え、そんな事はないと思うけど……」

双子姉「でも、この船に来たって事は、
 なにか『普通じゃない』っていうのが、
 あるんじゃないの?」

少女「うーん、普通かそうじゃないかっていうと
 狼さんとくらべたりしたら、
 かなり普通だと思うけど……」

双子姉「じゃあ、空を飛んだり、
 目が光ったり、壁をすりぬけられたり、
 ええっとええっと、
 そういう何かスゴい事とかできないの?」

少女「あはは、ごめんね、
 そういうのはぜんぜん無いって。

 せいぜい普通に暮らしてる人よりも、
 ほんのちょっと剣とかを使えるくらいかな?」


双子姉 じーっ

少女(昨日はそれのおかげで、
 狼さんから殺されなくてすんだからなぁ。
 まさかあんな初実践になるなんて、
 世の中ほんとにわからないよ)

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:27:44.14 ID:W65KwyCXo
少女「私の事よりもさ、
 この船には狼さんの他に、
 さっき言ったみたいな事ができる人もいるの?」

双子姉「え、うーん……
 その質問には答えても良いんだけどね」

少女「?」

双子姉「その、お姉ちゃんはさ、
 気持ち悪いとか思わないの?」

少女「気持ち悪い?」

双子姉「気持ち悪いじゃなかったら、
 怖いとか、嫌だとか、そんな感じを、
 狼姉ちゃんからを見ていて、感じない?」

少女「えっと……
 どうなのかな、とりあえず狼さんに対しては、
 特にそういう事は思わないけど」

双子姉「そっか、それなら良かった」にぱっ

少女(どうして)

双子姉「前にもね、普通の人を入れようって話が
 出た事もあったんだ。
 さすがにこの大きさの船にこの人数だと、
 どうしても不便な点はあるから」

107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:28:17.69 ID:W65KwyCXo
少女「うん、たしかにすごく少ないと思う」

双子姉「でね、誰かが体調崩した時には、
 一人で受け持っている事も多いから、
 うまく回らなくなっちゃう部分が大きくて、
 何度か『普通の人』を雇ってみたけど、
 どうしても、長持ちしなくて」

少女「それは……」

双子姉「あのね、この船の名前知ってる?」

少女「えっと、『フリークス・パイレーツ』って
 聞いた気がするけど」

双子姉「そう、それともう一つ。
 『悪魔と魔女の船』って名前も有ってね」

少女「それって、すごく危なくない?
 さすがに大規模な魔女狩りは減ってきたけど、
 悪魔と魔女なんて二つがそろってたら、
 間違っても一神教の人たちが見逃さない……」

双子姉「まあ、事実だから仕方ないんだけどね。
 一神教の剣を自称してるマータ騎士団の人たちは
 本気でこの船を異端審問するって、
 張り切って追ってきてるし、
 トルキアのスルチアン(宗教的指導者)も、
 さすがに見逃せないって口にしたみたいでね……」

108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:29:11.00 ID:W65KwyCXo
少女「それってもう、この地中海の周りの国が、
 全部まとめて敵になってるような状態じゃない……
 なんでそんな」

双子姉「なんでっていうか、
 さっきも言ったけど、それは一つの事実だからね。

 だから、この船以外にはいられる場所がないような
 『フリークス』とは違って、
 他の場所でも生きられる『普通』の人は、
 すぐに逃げて言っちゃうんだ」

少女「でも、事実なんかじゃないでしょ?
 まだ包帯さんと、白髪さんと、
 男さんと、狼さん、それから双子姉ちゃんしか、
 自己紹介もしてもらってないけどさ。

 でも、悪魔とか魔女とかみたいな、
 おどろおどろしいのとは、
 みんなむしろ逆じゃないかなって感じてるよ?」

双子姉「うん、まあみんなの性格からいうと、
 そんなものに頼るくらいなら、
 大砲でも使った方が早くて安くて確実っていう、
 さっぱりしたところが有るけどね。
 やっぱりそれだけじゃ、ないみたい」

少女「……」


109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:29:40.73 ID:W65KwyCXo
双子姉「私はまだ詳しいことなんて分らないから、
 詳しく知りたかったら別の機会にでも、
 白髪のおっちゃんとか、くろちゃんにでも、
 ちゃんと聞いてね。
 私にでも分るのは、もしこの船の海賊として
 どこかに捕まっちゃっうような事があったら……」

少女 ごくり

双子姉「まあ、死んだ方が幸せって事に
 なっちゃうみたいだよ」

少女(本当なら、まだ両親と一緒の家にいて、
 毎日を楽しく笑いながらすごしているような、
 十二歳の子のはずなのに、
 暗くて、その奥の読めなくなるような瞳……)

双子姉「まあとにかくそういう意味でも、
 改めてお姉ちゃんは考えた方がいいと思うよ」

少女「……ありがと」

双子姉「こうやって船にのって、
 のんびり海を漂ってると、
 忘れちゃいそうになるけれどさ、
 この船のみんなは『フリークス』だからね。

 誰に対しても、生きててごめんなさいって
 そう言いながら、こっそりしてるしかないの」

少女 ギリッ

110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:30:08.71 ID:W65KwyCXo
双子姉「……お姉ちゃん」

少女「そんなの……
 私には難しいことはよくわかんないけどさ、
 なんか、なんだかなぁ……っ」はたり、はたり

双子姉「…………泣いてるの?」

少女「だって、悔しいよ。
 なんで双子姉ちゃんみたいな子が、
 そんな悲しい事言わないといけないのか」

双子姉「……私はいいんだけどね。
 私が選んだ事だから」

少女「っ、でも……」

双子姉「たしかにみんなが笑顔で、
 仲良くのんびり暮らせると良いなーって思うけど、
 世界はきっと、そんなに広くないんだよ」

少女「そんなの……」

双子姉「でね、もしお姉ちゃんが、
 私たちの事が怖いって言うんだったら、
 みんなの事を『こんな怖いんだぞー』って言って
 脅かすつもりだったんだけど、
 怖くないみたいだから、やめちゃうのだっ。

 どうやらお姉ちゃんって、
 おどかしてもつまらないみたいだからね」にこっ

111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:30:45.97 ID:W65KwyCXo

少女(なんで、年下の子に、
 こんな悲しい話を諭されないと、いけないんだろ)

双子姉「あのね、私たちの事が知りたかったら、
 時間がかかるかもしれないけど、
 最初は向き合ってくれると、いいと思うよー?
 楽して聞こうなんてダメなんだよ」にぱっ

少女「……そっか、そうだよね」
双子姉「うむうむ」

少女(『悪魔と魔女の船』なんて、
 この船をみてると、
 あの奴隷として使われてたガレー船よりも、
 よっぽど明るくて楽しそうなのに)

双子姉「それじゃ、私は今日のお仕事、
 頑張ってやってくるからね!
 お姉ちゃんは一度、
 白髪のおっちゃんに会いに行くといいよー」

少女「あ、うん、ありがと。
 いろいろと」
双子姉「ふふん、えらい?」

少女「偉い、偉い」なでなで
双子「ひゃっほー♪ じゃ、行ってくるねー」だだっ

少女「………………」

112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/15(日) 13:38:17.76 ID:W65KwyCXo
少女「ほんと、次から次に、
 なんだか分からないのが飛び出してきて……」

少女(魔女に、悪魔……
 世界に見捨てられたような、そんな人たちばかり。
 でも、今のところまだほんの数時間だけど、
 はなしたらみんな、普通だったり、
 むしろイイ人で……)

少女「広い世界がみられるかもしれないって、
 そう思ってちょっと期待してたのに、
 載っている双子姉ちゃんは、
 世界は狭いって……」

少女(なんで、そんな言葉が出るのかな)

少女「…………あぁもう!
 私じゃ悩んだって分からないのに」

少女(むかしから、そういう頭を使う事よりも、
 体を動かして解決するようにしてたから、
 いきなりそんな事考え始めても、
 もうこんがらがってわかんなくなるよ!)

少女「とりあえず動く!
 白髪さんの部屋に突撃だね!」

 だだーっ!


118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:30:44.21 ID:wWEnenAjo
------------------------------------------------
  朝 海賊船男部屋

 こんこん

白髪「開いてるぜ」

少女「おはようございますー」ひょこ

白髪「おはようさん。ちょうど呼びに行こうかって
 思ってたところだ。
 昨日の今日でちゃんと起きてくるたぁ、関心だな」

少女「そうなんですか?」

白髪「おう。今までにも嬢ちゃんみてえに、
 奴隷をしていたのを助けて連れてきた事があるが、
 さすがに暫くはぐったりしてたもんだ」

少女「私は奴隷として働いてた期間が、
 それほど長くなかったからですからね。
 体の方も、よく寝たらしっかり回復したし!」ふんす

白髪「がはは、そりゃ頼もしいな。
 そうだ嬢ちゃんよ。
 俺に対しては堅っ苦しい言い方はしねぇでいいぜ。
 あんまり丁寧に扱われると、
 本気で年を取った気になっちまうからな」

少女(本気でって、見た目は六十歳くらいだよね……)

119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:31:12.57 ID:wWEnenAjo
白髪「ん? ああそうか、嬢ちゃんとまともに
 こうやって差し向かいで話すのは初めてか。
 そりゃ自己紹介しなくちゃわからねえよな。
 俺の名前は白髪、年齢は三十手前だぜ?」

少女「へ?」

白髪「まあ、この外見を前に、
 見ただけで年齢を分れっつうのは、
 確かに酷な話だが、顎が外れねぇようにな」

少女「い、いやいや、まっさかー。
 あ、気分はいつでも若者だって事ですか?」

白髪「ばっきゃろう、んな小賢しい事を言うかよ。
 いや、間違っていねぇのか?
 紛らわしいが、俺の生きてきた時間は、
 間違いなく三十年弱程度なのさ」

少女「でも、その、えっと……」

白髪「ま、言いたいことも分るぜ?
 俺の見た目の年齢は明らかに倍以上だってな。
 コレが俺の『普通じゃない部分』ってやつさ。
 全然面白くもねえがな」

少女「狼さんに耳とか尻尾が有るみたいに、
 白髪さんは、倍以上老けて見えるって事ですか?」

白髪「まあそう云うわけだ」

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:31:42.45 ID:wWEnenAjo
少女(年齢はもちろん顔でも分る。
 でも、むしろその老いが相応に見えるのは、
 首とか手の甲、指先だって聞くけど、
 やっぱり、その年齢には見えないかな……)

白髪「信じらんねえってツラだな」苦笑

少女「いやぁ、やっぱり、
 狼さんみたいに分かり易い形じゃないし、
 なんていうか、しゃべり方とかもその年齢っぽいし、
 どうしても先入観が」

白髪「まあ、信じられねえって云うんだったら、
 ソレはソレでいいんだがな。
 見た目の年齢通りに、
 どうしたって体は衰えちまってるからよ。
 最近は膝が痛くてかなわねえよ。がはは」

少女「あははーって、そんなんで大丈夫なんですか?」

白髪「あん、なにがだよ」

少女「何がって、膝が痛いとか云ってるのに、
 昨日の強襲の時には先頭切って乗り込んでましたよ!
 危ないじゃないですか」

白髪「そんな事ぁわかってんだよ。
 だからっつって、後ろで尻込みしても仕方ねえ。
 女子供を前に出して引っ込んでるなんざ、
 粋じゃぁねえだろ」

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:32:10.57 ID:wWEnenAjo
少女「そ、そういうものですかね?」

白髪「男はそういうものであるべきなのさ。
 まあ、そんな話は置いてこくとしてよ、
 中身がどうだとかはもうどうでもいい。
 とりあえず堅苦しいの禁止だ、以上!」

少女「お、おっす……おら少女、よろしく?」
白髪「なんでそんなんになる」

少女「いやぁ、どうしても見た目は六十代で、
 たとえ中身が三十代だったとしても、
 私から見たらやっぱり年上だし」

白髪「ったく、仲間になるんだから気にすんなよ
 ……っとそうだ。嬢ちゃん、今日から仲間だからな。
 男のヤツが、入れるも入れないも好きにしろ、
 なんて俺に投げたから、入れることにした」

少女「そんないい加減なので、良いんですか……」

白髪「別にそこまでいい加減じゃねえって。
 今日は夕方には一度陸に上がって、
 その後はまたしばらく海の上だ。
 仲間って事にしておかねえと、
 嬢ちゃんの航海中の服とかについて、
 男が金を動かせねえからな」

少女「う、なんだかお手間をかけさせたみたいで」


122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:32:41.95 ID:wWEnenAjo
白髪「気にすんなよ。若いウチは世話されておけ」

少女(若いって言ってるけど、言葉はやっぱり
 どこかお年寄りじみてるんだよなー)

白髪「どうした?」

少女「いえ、なんでもないです!
 ……その、以前からよく話しに出てくるけど、
 双子妹ちゃんって、どんな子なんです?」

白髪「そうだな、嬢ちゃんが俺に対して、
 もっと仲間らしい楽な口調になったら、
 紹介してやってもいいぜ?」

少女「う」

白髪「どうせ猫かぶってるのはわかってんだよ。
 昨日の晩飯時に、包帯がヘラヘラ話してたからな」

少女「別に、猫かぶってるわけじゃ……
 まあ、いいや。うん、白髪さん、よろしくね」ぐっ

白髪「おう。よろしく頼まぁ」ぐっ

少女(すごい、握手してわかったけど、
 剣を握って訓練してる人のごつごつの手だ……)

白髪「なんだ、俺の手の感触が気に入ったか?」


123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:33:16.02 ID:wWEnenAjo
少女「うん、どっちかと云えば好きな感触かも?
 こう、頼れそうな手って感じで」もみもみ

白髪「がはは、この手の良さが分かるたぁ、いいな。
 嬢ちゃんも、箱入りのクセにずいぶんとまた、
 ヤレテル手じゃねえか」

少女「もしかして、私の過去についてとかは」

白髪「おおまかにだが、男に聞いてるぜ。
 とはいっても、主に忠告のためだろうな」

少女「忠告って、なんの?」

白髪「一応、嬢ちゃんってのは
 権力者側の人間だろ。
 しかも元は公爵家で、それが独立して国の王だな」

少女「まあ、大まかに言えばそうだけど、
 兄がいたおかげで比較的自由にできたし、
 別に数年前までは箱入りでも無かったから」

白髪「そこら辺はいいんだがな、
 誰とは俺が口にすべき事じゃねえが、
 ウチも海賊船だ。
 貴族って生き物に対して偏見と嫌悪感を持つ奴も
 いるっていう話さ」

少女「……」


124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:33:58.91 ID:wWEnenAjo
白髪「まあ、そんな目で見る奴はほとんどいないが、
 それでもできりゃ、
 嬢ちゃん個人を見て納得するまで、
 わざわざ火種をたてなくてもいいだろうさ」

少女「……なんか、だましてるみたいで、
 それがちょっとイヤだけど」

白髪「別にだましてるわけじゃねえだろ。
 ここにいるのは、何とか貴族の何とか様じゃねえ。
 家出してまで世界が見たいなんて言う、
 これ以上ない大馬鹿な小娘じゃねえか」

少女「ヒドっ! わざわざそんな言葉選ばなくても!」

白髪「がはは、家出して観光しようとしたら、
 トルキアに捕まって奴隷にされるだなんて、
 馬鹿な小娘以外のなんだっつーんだよ」

少女「むぐっ」

白髪「だいたいな、推測に過ぎねえが、
 親父さんが嬢ちゃんの事を家の外に出ないように
 取りはからったって話だって、
 俺はただの執着だって思ってねえぜ。
 最近の海は物騒だからな」

少女「それ、どういう事なの?」


125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:34:31.93 ID:wWEnenAjo
白髪「トルキアのスルチアンが代替わりして以降は、
 先代が穏健派だった反動か、
 それとも単純に若さ故か、
 連中の『自国商船』に対する優遇っぷりが少しずつ、
 目立つようになってきたわけだ」

少女「う、う」

白髪「おいなんだ、もしかして話についていけてない
 なんて事はねぇよな?」

少女「その、トルキアって名前くらいは分かるけど」

白髪「……今までの人生で何を学んできたんだ?」

少女「剣の使い方とか、銃の使い方とか……」

白髪「為政者にはいらんモンだろ……。
 普通とは方向性が真逆だが、
 ホントに甘やかされてそだったんだな。
 こりゃ、嬢ちゃんの身を守りたいから、
 屋敷に閉じ込めたってだけの話じゃなさそうだな」

少女「というと」

白髪「嬢ちゃんがバカ過ぎて放っておけなくなった、
 って意味だよ」

少女「ぐ、ぐぅ……」


126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:35:05.87 ID:wWEnenAjo
白髪「まあ、あれだ。追々細かい事も教えてやるよ。
 とりあえず先に、この船のメンバー紹介してから、
 その話はまたいずれだな」

少女「あー、いや、やっぱり勉強は……」

白髪「そんな事言ってると後悔することになる、
 なんて言っても仕方ねえか」

少女「な、なんでですか!」

白髪「後悔することになるぞなんて言って、
 本当に勉強するようになるんだったら、
 最初からやってるだろうって話だ」

少女「それはまあ、確かに……」

白髪「肯定するんじゃねえよ……
 まあ、双子姉にでもバカにされてから、
 せいぜい頑張るがいいさ」

少女「そ、それは悔しいかも!
 まあ、それなりにやるようにするって云う事で」

白髪「やれやれ……
 さすがにこりゃ心配にもなるぜ。
 リベルタの明日には嵐と高波の警報が必要だな」


127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:35:30.16 ID:wWEnenAjo
------------------------------------------------
  朝 海賊船談話室

白髪「お、ちょうどいい。
 さっそく一匹目を捕獲だな」

双子妹「もきゅい?」もぐもぐ

白髪「コレ、昨日連れてきたお嬢ちゃんだ。
 名前は少女。中身はバカだ」

少女「ば、バカってなんですか!
 しかもコレって、モノ扱いだし!」

白髪「んで、パンをほおばってるのが双子妹だ。
 食いしん坊で、年中眠ってる上に、
 若干――いや、けっこう言葉に不自由しているが、
 いわゆる一つの天才って奴だ」

少女(見逃しようの無い大きな入れ墨で
 顔に魔女っていう言葉が彫られてる……
 双子姉ちゃんと、双子なんだよね?
 っていうことは十二歳のはずなのに、
 こんな、顔に大きく……ひどい)

双子妹「おはようございますであります!
 自分、双子妹と申すであります」びしっ

少女「よろしくね」にこっ


128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:36:09.31 ID:wWEnenAjo
白髪「俺たちも一緒に朝飯食っていいか?」

双子妹「は、目上の方に気を遣わせてしまうとは不覚
 自分が先に確認するべきで有りました」ささっ

少女「ありがとー♪」

白髪「ありがとよ。
 まあ、この船じゃ朝はけっこう適当に食ってるな。
 狼のヤツはいつも夜の見張りを任せてるから、
 アイツは朝から昼過ぎまで寝てるし、
 双子妹は年中寝坊だしな」

双子妹「寝坊ではないでありますよ。
 ちょっとばかり人よりも睡眠が多く必要な体質
 というだけであります」もっきゅもっきゅ

白髪「ちょっとって量かよ。
 まあ、話を朝飯に戻すと、
 だいたい夜が明ける位に包帯が起き出して、
 こうしてパンを焼いてこの部屋のテーブルに
 置いていくから、それを勝手に食って、
 みんな勝手にそれぞれの仕事をするわけだ」

少女「へー、なるほど……って、え、パンを焼く?!」

白髪「がはは、そりゃぁ驚くよな。
 俺はいくつか船を渡り歩いてきたんだが、
 まさか船内でパンを焼くバカがいるとは
 夢にも思わなかったぜ」ぱくぱく

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:37:09.17 ID:wWEnenAjo
双子妹「バカとは失礼であります。
 様々な面から考慮して、この船にあっては、
 調理設備がある事が必須と判断したのであります」

白髪「すまんすまん。別に文句じゃねえからよ。
 ちなみに嬢ちゃん、この船の設計なんだがな、
 船長の男とこの双子妹でだいたいやったんだぜ?」

少女「たしかに他では見ないような船だけど、
 完全に特注なんだ……
 しかも、ほんとにこんなに小さいのに、設計を?」

双子妹「自分が、船長殿の意向をくみ取って、
 実現可能な形にしたのでありますよ」

白髪「まあ、ちょっと細かい事情を説明するか。
 いいか? 双子妹」

双子妹「大丈夫でありますよー。
 むしろ、きちんと知ってもらう事、
 すなわち知と見地の共有こそが無用な争いに対し
 有効な手段であると愚行するところであります!」

少女「……難しい言葉使うね」もぐもぐ

白髪「いったろ? 言葉に不便があるってよ。
 まあ、顔の入れ墨を見りゃわかるだろうが、
 コイツは魔女として、一神教に処刑をされる
 はずだったのさ。
 ……嬢ちゃんはさらし刑って知ってるか?」

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:37:36.92 ID:wWEnenAjo
少女「その、島ではあんまり見ないけど名前は」

白髪「罪状の書かれた板を首にかけさせ、
 広場の真ん中とかに拘束して放置する事で、
 罪人だって事を知らしめる刑だな。
 で、その刑の間は、受刑者に石を投げつけようが、
 棒で叩こうが何をしてもいい」

少女「確か、酔っぱらいの人にも、
 そういう刑があったよね」

白髪「ああ、飲んだくれの樽だな。
 酒を飲み過ぎたヤツを戒めるために、
 酒樽に穴を開けて両手と首を出させる形で詰めて、
 数日間放置するわけだ。
 見てる方は滑稽だっていうが、
 樽の中じゃ相当悲惨な事になる刑だ」

双子妹「食事時にはやめてほしい話題であります」むぅ

白髪「話を振ったのは少女だっての。
 それでだがな、双子妹の場合は恨み辛みか、
 顔に入れ墨なんていう
 反吐の出るような目印が付けられたのさ。
 まあソレを見かけた俺達が、
 紆余曲折あって、処刑寸前に誘拐してのけたがな」

双子妹「誘拐していただいたおかげで、
 こうしてのんびり暮らせているのであります」


131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:38:04.01 ID:wWEnenAjo
少女「でも、どうして魔女裁判なんて
 危険なものに追い詰められたの?」

白髪「さっきも云ったが、コイツは一種の天才でな、
 普通の奴の何倍も知恵が回る。
 で、その知恵で、何度も川の氾濫で困っていた村を
 救ってやったらしい」

少女「おおー、とっても良いことじゃない!」

白髪「だが、それが原因で、
 神の使いだ聖女様だとあがめられてな。
 面白くないと憤った一神教の連中、
 悪魔の知恵を使って人々をたぶらかしたとか云って、
 魔女裁判にかこつけてコイツをおとしめ、
 体よく手柄だけかすめ取ろうとしたわけだ」

少女「うう、とたんに生臭なって。
 がんばって人を助けようとしたのに、
 どうしてそんなヒドイ目に……」

白髪「俺に言われたってしょうがねえ。
 宗教ってのは最終的に、
 信じてもらうための実績が問われる事になるから、
 そこに水を差すようなヤツは許せねえって腹か」

双子妹「聖女にならないかってスカウトは、
 たしかにあったでありますよ」

少女「それなら、どうしてそうならなかったの?」

132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:39:07.73 ID:wWEnenAjo
双子妹「自分は一神教そのものにはこだわりは無い故、
 面倒が起きなければ関わっても良いかと、
 そう思ったのでありますよ。
 でも、双子姉に対して乱暴な態度を取ったので、
 ついカッとしてイロイロやってしまったであります」

白髪「がはは、カッとしてであんな目に遭わされちゃ
 連中もかなわねぇよなぁ」

双子妹「いやいや、お恥ずかしいでありますよ」

少女(な、なんだか聞きたいけど、
 聞いたらまた疲れそうな……)

双子妹「そんな訳で魔女扱いされて、
 この海賊さん達に助けてもらい、
 いまに至っているのであります」

白髪「今となっちゃ、
 助けたはずが助けられ、
 なんて事態になってるがな」

少女「それがもしかして、
 その調理場とかを作ったって話につながるの?」

白髪「そういう事だな」

双子妹「でも自分はなにも、
 たいそうな事をしたという訳ではないでありますよ。
 もともと人数が少ないこの船だから、の工夫程度」

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:39:46.14 ID:wWEnenAjo
白髪「その工夫が役にたって、
 こうして毎日のように焼きたてのパンが食えるなら
 十分賞賛されるべき事だぜ?」

双子妹「そう言われると嬉しいでありますな」(///

少女「うんうん、ご飯がおいしいのは幸せだからね」

双子妹「そう、その通りなのでありますよ!
 ご飯は大事、これはもう人類の標語であります。
 湯気の立つパンやスープを食べる。
 ただそれだけで幸せになれるなら、
 払うべき対価としては世のあらゆるものより、
 安いのでありますよ」

白髪「ったく、そろいもそろって、
 食い意地ばっかり張りやがって」

双子妹「きゅぴーん、ご飯の大事さを認めぬなら、
 認めさせねばならないであります」しゅばっ

白髪「あ、それは俺が残してたベーコンパン!」

双子妹「ほははは、ほーはひはんほほへーほんはんは
 ひふひひひはほへはひはふ!」

白髪「く、良いから、飲み込んでから喋れよ」

双子妹「ごくごくっ、ぷはー!
 では、ごちそうさまでありました」

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:41:39.07 ID:wWEnenAjo
白髪「ったく。この後は植物の手入れか?」

双子妹「はい、その通りでありますよ。
 日が高くなる前に窓を開けて、
 一枚ずつ葉っぱの塩を拭き取るのであります」

白髪「そこまでして本当に、
 海の上で野菜を作る必要があるのか?」

双子妹「まあ、目的を考えると、
 多少迂遠な手段ではありますが、
 有用性は高いと愚考するであります」

少女「目的、ですか?」

白髪「ああ。俺たちにとってこの船ってのは
 二代目にあたるんだがな、
 元は他の海賊と同じようにガレーを使ってたけど、
 誰からともなく新大陸に向かおうって
 そんな話になったんだよな」

双子妹「たしか白髪の兄様であります」

白髪「そうだっけか?
 まあどうでもいい。
 それならしっかり対策をして、
 誰一人欠けないで到着できるようにしようって事で
 いまのこの船は遠洋航行の試験中なんだ」

少女「ああ、だからわざわざ船の上で植物を育てて」

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:42:32.15 ID:wWEnenAjo
双子妹「長い船旅を経ると、
 壊血病という恐ろしい病気になるのでありますよ」

少女「ああ、なんか聞いたことがあるかも。
 それなりに食事はとってるのに、
 次第にやせていって、
 歯が抜けたり、古傷が開いたり、
 突然立ちくらみがして倒れて海に落ちたり……
 海の上じゃ、警戒できる海賊よりも怖いって」

双子妹「その通りであります」

白髪「嬢ちゃんの脳みそに入ってるって事は、
 やっぱり島でも問題になったか」

少女「ちょっと、それどういう意味よ!」

白髪「がはは、怒るなよ、単なる冗談だ。
 だがまあ、原因不明の奇病、
 悪魔の仕業かそれとも天罰かって、
 恐れられてるからな」

双子妹「でも、船に乗らない人間では、
 そのような症状は見受けられないのであります」

少女「確かにそうだけど、
 それだけじゃどうしようもないでしょ?」

白髪「だからっつって、遠洋するなら
 気にしないワケにもいかねえからな」

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:43:32.72 ID:wWEnenAjo
双子妹「そこで、海の上にいることで、
 『何かが起る』のか『何かが無くなる』のでは、
 という推測を立てて、とりあえず、
 できる限り陸上の環境を持ち込むようにと、
 工夫をしているのでありますよ」

少女「おおー。よく分からないけど、すごそうだね。
 じゃあ、いつでも新大陸にいけるわけなんだ!」

双子妹「たしかに現状、この船では壊血病の発生は
 確認されていないであります。
 しかし、それは悪魔の証明と同じ事なのであります」

少女「……悪魔の証明って?」

双子妹「うーんたとえば、
 『この世に黒い色の鳥がいる』という証明は、
 黒い鳥を一匹捕まえて来れば、
 それが証明できるわけであります」

少女「うんうん」

双子妹「しかし、『この世に金色の鳥はいない』という
 証明をしようとするならば、
 世界中を飛び交うあの鳥をすべて捕まえて
 ようやくいないという事が云えるのであります
 つまり事実上云えないわけであります」

少女「なんとなく、わかるような」


138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:44:12.79 ID:wWEnenAjo
双子妹「要するに、今日はまだ平気だから、
 明日も大丈夫とは限らないという事であります。
 一人が発症すると、比較的連続して発生するため、
 発症しない事が肝要なのであります」

少女「でもそうなると、いつまで経っても、
 新大陸には向かえないよね」

双子妹「おおよそ半年程度、
 陸に上がる人間と、陸に上がらず生活する人間で、
 検証のために比較実験をするのであります。
 自分と双子姉、そして包帯のお兄さんは、
 すでに四ヶ月一度も陸に上がっていないであります」

少女「じゃ、あと二ヶ月くらいしたら、
 実験完了って事で新大陸に向かうのかな?」

双子妹「おそらくは。
 その点については船長殿とよく相談するであります」

少女「そっか、分かり易い説明ありがとね」

双子妹「お役に立てたなら嬉しいでありますよ」にぱっ

白髪「それじゃ、俺たちはそろそろ、
 アイツのところに挨拶に行くことにするわ」

双子妹「了解であります。自分もお仕事頑張ります」

 たったかたー

139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:44:54.81 ID:wWEnenAjo
白髪「そんじゃ、俺たちも行くか」

少女「えっと、次はどんな人なんです」

白髪「……まあ、きのいいヤツだな。
 ちょっと恥ずかしがり屋だが、
 案外健気なところがある」ついーっ

少女(なんで目をそらしているのかは気になるけど、
 まあ、いいのかな)

白髪「とりあえず、包帯と男と狼については、
 説明はいらないだろうな」

少女「あと双子姉ちゃんとも、
 一応自己紹介したから、大丈夫だと思う」

白髪「そうか。そんじゃ、先に他の連中を、
 とはも言えねぇわけだな……」ぼそっ

少女「なにかいいました?」

白髪「いや、なんでもねえよ。
 そんじゃ、挨拶しに行こうぜ」

少女「はい!」

 とことこ


140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:45:30.54 ID:wWEnenAjo
------------------------------------------------
  昼前 三階船室前

白髪「あー、先に言うが、とってもシャイな奴でな。
 できるならこう、
 優しい目で、見てやってくれ」

少女「わ、わかった」ごくり

 とんとんとん

■「ドー、……ゾ……」

少女 ぞくり

白髪「いや、部屋に入りたいわけじゃねぇんだ。
 今日から新しく仲間になる奴がいてな、
 ちょっとオマエの事も紹介しようと思ってな」

■「ヴ……オ、デ。…………コワ……GAラセ」

少女(す、すごい、歪な声……
 数万匹のハエが耳元で鳴っているようで、
 台風の夜に吹きすさぶ風で悪霊みちたいに
 ごうごうとなる木々の枝のような、
 もしくはすぐ耳元で、手の甲を爪で思い切り
 ひっかいている音にも似ていて……
 とにかく、聞いてるだけで、すごく不安定になる)



141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:46:00.63 ID:wWEnenAjo
白髪「大丈夫だっての。
 むしろ仲間になるんだから、何度か会って、
 それなりに親しくなっておいた方がいいぜ?」

少女(うううう、怖い、この声の主がどんな姿かって、
 もうどう考えても不吉で不気味な何か以外、
 絶対に思いつかないんだけど、
 でもその恐怖の正体を見極めたら、
 実は案外たいした事はないんじゃないかって、
 ほのかな期待もあって、目にしたいような……!)

■「ダッタ……RA。オデ、ワダヅ……」

 ぎぃいいいい

少女(扉の中は、思ってたより全然くらい?
 わずかな明かりって、狭い視界からだと、
 甲板から漏れ入ってくる太陽の明かりと、
 それからオール用の穴からの光くらい……)

包帯『で、普通はそのオールを漕ぐ為に、
 百人から二百人くらいの奴隷を働かせるから、
 大人数になるわけだけど……
 実はウチにはすごい船員がいてね』

少女『す、すごいんですか?』

包帯『なんと、十六本のオールを、
 一人で使える力持ち!』

142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:46:29.03 ID:wWEnenAjo
少女(ああ、中にいるのって、)

 ずる、ぬるぅぁあ……

少女「――ッッッ!!」

白髪「……」

少女(手、確かに、人っぽい手なんだけど!
 肉と皮を残して中から骨を抜いたような形状と
 気持ち悪さに目がそらせないほどの奇妙な手!)

 ぴちょん、ぴちょん

少女(先が妙に細長くなりつつ、
 フジツボみたいなデキモノが全面にあって、
 そこから所々に薄い体毛が生えていたり、
 青白い血管がどろどろと脈打ってたり……
 そこから何かがぬったりと滴って……)ガクガク

■「オデ……や……る、GOレびづ、げた」

少女「……これ、貝殻?」

■「きでI……キラ、KIら」そっ

少女「あ、ありが、とう」にこっ……

 しゅるん


143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:46:56.79 ID:wWEnenAjo
白髪「綺麗なモンをくれてありがとな、
 女の子にプレゼントなんざ、やるなぁ、おまえも」

■ ずさずさ

少女(とびらの向こうで、よじれるような、
 こすれるような音がしてて……
 もじもじしてる?)

白髪「また、飯持ってくるからよ。
 待っててくれや」

■「WAGA……っっっタ」

白髪「……ほれ、行くぜ」そっ

少女「あ、その」

白髪「どうした?」

少女「えっと、キミ!
 この貝殻、ありがとっ」

■ ずさずさ

白髪「……」

少女「それじゃ、行こうか。
 また会いにくるからねー」ひらひら


144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:47:27.87 ID:wWEnenAjo
------------------------------------------------
  昼 海賊船談話室

白髪「ふ、はぁあああ……ぜはぁ……」

少女「う、ううう」

白髪「悪いヤツじゃぁねえんだがなぁ。
 アイツに会うだけで、寿命が縮む気がするぜ」

少女「なんていうのか、
 理解したら終わってしまうものを前にしているような
 そんな気がするかも」

白髪「ああ、なんとなく言いたい事はわかるぜ。
 俺たちの信じてる現実とか、
 そう云ったものを根こそぎ否定してよ、
 ちっぽけでどうしようもないものだって思わせて、
 ぶち壊しちまうようなモノを感じるんだよなぁ」

少女「確かにこの船って、
 『悪魔と魔女の船』なんだってわかった……」

白髪「人を救って『魔女』って呼ばれる双子に、
 『悪魔の魚』(タコ)のような外見を持ったアイツ。
 まあ異端視されたって、しょうがねえわな」

少女「……そういえば、さっきからあの部屋にいた、
 彼? 彼女? の事を、アイツって呼んでるけど、
 なんて名前なの?」

145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:50:16.30 ID:wWEnenAjo
白髪「アイツの名前なんだがな、
 今のところまだねぇんだわ。
 これは俺達の出会いの話でもあるんだが……
 聞くか?」

少女「うん、時間はまだ少し有ると思うし、
 白髪さんが大丈夫なら」

白髪「あー、まあ、平気だろ。
 俺がこの船で責任を預けられてるのは、
 釣りでの食料調達と、軍事教練だけだからな。
 昨日は襲撃をかけた事もあって、
 それぞれの仕事が若干滞ったからな。
 今日は訓練はなしだ」

少女「軍事教練とか、訓練って?」

白髪「まあ、それもこれから話す内容につながるが、
 そもそも俺と男は、マータ騎士団で出会ったんだ」

少女「マータ騎士団って確か、
 一神教がトルキアから聖地を奪い返そうとした、
 あの『聖戦』の時に先遣隊を勤めた忠神の騎士たち
 の集まりが、ローディアス騎士団って形になって。

 で、一神教の防衛に専念するために移動して名前を
 変えたのがマータ騎士団だよね」

白髪「……今時そんなのを信じてるヤツなんざ、
 よほど探したって見つからないがな。
 その移動の実態ってのは、ただの敗走だ」

146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:50:48.21 ID:wWEnenAjo
少女「うぐ、また間接的にバカにされたような」

白髪「がはは、いいんじゃねぇのか?
 下手に小賢しいよりは愚かな方が生き易いってな。
 で、そのマータ騎士団で出会った俺たち二人だが、
 ある時任務で、悪魔狩りを言い渡されたんだ」

少女「それって」

白髪「そうともよ。もちろんいま下の階にいる
 アイツの事だったわけだ。

 上陸の難しい絶壁に囲まれた小さな無人島でな、
 俺たちが上陸して作った探索基地から、
 あまり離れていない洞窟の中で隠れ住んでたらしい。

 それを男が見つけて会話して、
 この体質のせいで騎士団でも浮いていた俺と、
 人の中に居場所がないアイツを重ねちまったらしい」

少女「……それで、海賊を結成したの?」

白髪「おう。何人か賛同するバカを集めて、
 一緒になって船を盗んで、アイツと一緒に逃走した。

 なんでも男と会話をしている間に、
 アイツは『親』ってのに興味を持ったらしいな」

少女「親ってその、あの彼を産んだって事?」

白髪「まあ、木の股からうまれたんじゃなけりゃな。
 んで、名前は親からもらうモノだって聞いて、
 アイツには名前を付けてもらうための旅ってワケだ」

147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:51:27.07 ID:wWEnenAjo
少女「そっか、だから名前がなくて……」

白髪「そういうわけだ。
 だから別に、粗雑に扱ってるとか仲間はずれとか、
 そういうわけじゃねぇんだぜ」

少女「それは思って無かったからね」

白髪「がはは、重畳だな。
 そんで、いきなり俺たちは指名手配されてな。
 アイツはいちど身を隠せる場所において、
 船は金貨に変えて、陸路で逃げ回ったモンだ」

少女「そりゃ、悪魔を狩りにいったはずの、
 一神教の騎士達が、
 いきなり船を奪って悪魔と旅立ったなんて、
 明らかにすっごい醜聞でしょ。指名手配もするよ」

白髪「がはは、確かにすさまじい勢いで追っ手が来たぜ。
 だが、当時は仲が悪かったスピエナ領に逃げ込んで
 その後はそれなりに平穏だったな」

少女「スピエナがかくまってくれたの?」

白髪「いや、さっきの『醜聞』を隠したせいで、
 スピエナが追っ手すら出さない程度の
 意識でいてくれたって程度さ」

少女「……実はそこまで計算して?」


148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:52:09.78 ID:wWEnenAjo
白髪「俺はともかく、男はそうだろうな。
 そうやって落ち着いたのはいいが、
 アイツを連れて動くなら船が必須になるだろ

少女「まあ、あの大きな体じゃ、
 陸路で世界をなんてできないし……」

白髪「海でなら、アイツは普通の人間以上に
 よく泳げるっていうのもあってな。
 なら、スピエナの航海術は学んで損はないと、
 男がスピエナの海軍に入ってよ。
 俺も遊んでるわけにはいかねえから、
 一緒になってスピエナでも暴れたモンだ」

少女「たしか、新大陸にいくような、
 岸から大きく離れての航行技術があるのって、
 スピエナとオリアンダくらいだっけ……」

白髪「おお、珍しいな、優等生的回答だぜ。
 今は他の国ももうちょっと進歩したがな」

少女「まあ、最低限の操船術を学ばないと、
 男の子達に混じっていられなかったし。
 でも、海軍ってそんなに簡単に入れたの?」

白髪「俺も男もマータ騎士団で仕込まれた
 航海術の基礎が役に立ったのさ。
 操船知識を持つ人間に余裕がなかったスピエナは、
 多少の身分の不確かさよりも、
 その技術が有ることの実利を取ったんだろうよ」

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:52:51.35 ID:wWEnenAjo
少女「それでその後に軍を出てから海賊になって、
 だんだんと人が増えたり減ったりして、
 今のこのメンバーになるんだ」

白髪「そういうわけだな。
 んで、嬢ちゃんも今日からこの船の一員になるが……
 正直なところ、何ができるよ」

少女「何ができるっていうと……」

白髪「働かざる者食うべからずって言うだろ。
 さすがに七人じゃ少なすぎて、
 年寄りの俺以外はみんな忙しくしてるわけだ。
 俺だってちゃんとやることはある。
 若い嬢ちゃんは、何だったら仕事を引き受けられる
 のか、そこら辺が知りたいんだが」

少女「えっと……」

白髪「戦闘には強制参加だからな、
 それなりにやれるのは手をみりゃ判るが、
 それだけじゃダメだって先に言うぜ」

少女「うぐ……それ以外っていうと、
 せいぜい、あ、多少なら料理ができるかな。
 後は洗い物と掃除!」

白髪「……意外だな、かなり家庭的じゃねえか」



150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:53:41.54 ID:wWEnenAjo
少女「えへへ、それほどでも無いけどね。
 島の兵士さん達に頼んで、こっそり一緒に訓練に参加
 してたからね」

白髪「おいおい……」

少女「だけど、単独で長距離行軍をするときは、
 糧食が作れないと命に関わる大惨事だからさ。

 最低限食べられるものは作れるようにって、
 事前に料理の訓練もしたし……
 兵舎でもそれなりに料理はさせられたし」

白髪「嬢ちゃんの中身は半分兵士なんだな……
 箱入りのくせに」

少女「む、後半は余計だって。
 それに、しっかり入隊してたから、
 半分ってわけでもないかも。

 あと、洗い物とか洗濯については
 当番制で大量にやってたから得意かな」

白髪「……それは、荒っぽいだけだな」

少女「え、洗えれば全部一緒でしょ?
 洗濯じゃさすがに自分の下着は丁寧に洗うけど」

白髪「おまえ、ドレスみたいに繊細な布のモノは
 きなかったのかよ」

151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:54:35.97 ID:wWEnenAjo
少女「入隊する前は着たけど……
 私にはどうせ似合わないからさ、あはは」

白髪「その洗濯板みたいな胸をはって言うんじゃねぇよ。
 デザインを選べば似合うモノだって有るだろうが、
 ……まあいいか。それなら、明日からは包帯の配下で、
 この船の流儀ってのを学んでくれや。
 基礎体力も技術もあるなら、まあ何任せても平気だろ」

少女「はっ、任務受領しました。
 少女伍長勤務上等兵、
 明朝夜明け前より、先任軍曹の指揮下に入り、
 輜重任務に従事いたします」ザッ

白髪「よし任せた。輜重は兵運用の中枢だ、励めよ。
 ……って、やりたかっただけだろ」

少女「あははー」

白髪「だけど嬢ちゃん、上等兵だったのか?」

少女「訓練には脱落せずに参加できていたからね。
 実戦はさすがに、
 島の領主の娘って立場があるから
 頼むからやめてくれって止められたけどね」

白髪「いくら親の七光りが有るからって、
 小さい女の体で、兵卒で一番上の階級って無茶だろ。
 実は男だとか、年を偽ってるとかねえのかよ」


152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:55:08.10 ID:wWEnenAjo
少女「む、正真正銘、十八歳の女子ですー。
 兵役は十五から十七までやってたけどね。

 うちの島の男の子は、
 それくらいの年齢になるとみんな志願して、
 とりあえず従軍経験を積むから、私もあわせて」

白髪「流行り廃りじゃねぇんだから……」

少女「まあ、たしかに親の七光りは有ったみたいで、
 二等兵で一年過ごして、一等兵は飛ばして、
 その後に上等兵を一年。
 やめる時になんかごちゃごちゃ有ったみたいで、
 一階級特進して伍長勤務をもらってね」

白髪「昇進が二年前か……
 ちょうどその頃、海賊が頻繁に来てなかったか?」

少女「あ、うんうん。そんな気がする」

白髪「だったらそりゃ、親の七光りって言っても、
 逆の方だろ。

 さすがに伍長勤務を戦場に出さないって、
 ワケにはいかないからな。
 上等兵でもどうかと思うが、まだ影響は少ない。
 将来の司令官に、前線で突撃しろとは言えねぇし」

少女「ああ、たしかにそれはちょっと怖かったかな。
 痛いのとかつらいのは訓練でなれてたけど、
 お兄ちゃんがいなくなってからは、
 私だけがお父さんの支えだったみたいだし」

153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:55:56.24 ID:wWEnenAjo
白髪「だったら家出もするなよ」

少女「それとこれとは別なんですー。
 そもそも一月で戻るつもりだったし……
 まあ、こうして海賊船に乗らせてもらってるから、
 もうちょっとだけ延長してもいいかなって、
 いまはそう思ってるけど」

白髪「ったく、半端ねぇ順応性だな。
 上層部も、面倒なモノに押しかけられた
 なんてボヤいてただろうぜ」

少女「……実感こもってない?」

白髪「ウチにも一人そういうのがいてなぁ。
 身分を隠していたんだろうが、
 スピエナの中でもそれなりの地位の貴族だってのは
 周りじゃ知らない奴がいなかったぜ」

少女「最初の時の自分みたいで笑えないかも……」

白髪「だから士官じゃなく、兵卒からだったのか」

少女「あはは……、まあね。
 見た目がコレだから、親しい男の子の古着だけで、
 男の子にしか見えないって周りにいわれた事で、
 バレてない気になってね」



154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:56:41.07 ID:wWEnenAjo
白髪「……入隊試験の前でバレるっての、その展開。
 絶対にいくつかの試験項目が、
 嬢ちゃんだからって理由で免除されてるぜ?」

少女「うん、私も二年兵になる時にはさすがに、
 あの時から気を遣われてたんだなーってわかったし」

白髪「っていうか、今更だが、兵舎にいたのか?
 家とかどうしてたよ」

少女「そこは……実は、留学してるって事にして、
 こっそり郵便物の中に自分の手紙紛れ込ませて、
 たしかフリアンスにいた事になってたかな?」

白髪「その機会に外にでてりゃ、良かったのによ」

少女「だってまさか、
 こんなに急に父さんが倒れて私が領主にとか、
 そんな話になるとは、思って無かったから」

白髪「ま、身内の不幸ってのは、そんなモンだ」

少女「……」
白髪「……」

少女「……とりあえず私は包帯さん探して、
 旗下に入る事を伝えてくるよ」

 たったった……

白髪「……俺は釣りでもするかな」どかどか

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:57:12.24 ID:wWEnenAjo
------------------------------------------------
  夜 隠れ港の大通り市場

 ざわざわ、ざわざわ

少女「ほえー……すごい活気。
 それに、とっても綺麗」

男「はぐれるなよ」

白髪「がはは、確かに嬢ちゃんはこういう時には、
 迷子になるような性格だな」

少女「え、そんな事ないし!
 ……でも、目を奪われる場所かも。
 色とりどりの派手なマントの人たちとか、
 見たこともない商品の露店がいっぱい……」

白髪「ココは海賊共の隠れ港だからな。
 利用料は多少高いが、
 ここでなら官警なんかの目を気にしなくて済む。
 世界でも数少ない、海賊や船乗りだけの港町だ」

少女「さっきまとめて商人の人に売ってきた戦利品
 もいつかは、ここで並ぶのかな?」

男「今回はエジピウトの砂糖や硝石が多かったが、 
 武器類も少なからず手に入ったからな。
 貴金属と薬の一部もあわせて、並ぶだろう」


156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:58:06.72 ID:wWEnenAjo
白髪「ああ、こないだの船は多かったからな。
 とくに硝石が多いのは助かった。
 ウチの船はどうにも消費が早いからな」

男「双子妹の改良した武器で遠距離から削る。
 人数が少ないのを補うためには、
 そうしなければ効率が悪いからな。
 必然的に火薬の使用量も増える」

白髪「文句つけてるわけじゃねえよ。
 ま、アレだよな。
 ウチの船の連中ときたら、
 良くも悪くも欲がないっつーか、
 ほとんど現金をつかわんからな……
 硝石くらいどんどん使っても問題ねぇ」

少女「そうえいば、そんなに儲かるんですか?」

白髪「往来で滅多な事は言えねぇが、
 たしか嬢ちゃんは上等兵だったよな。
 給料はどれくらいだった?」

少女「月に四デュカートでしたけど……」

白髪「上等兵なら、まあそんなもんか。
 普通の市民で月に二デュカートくらいかな。
 それに対して一応、ウチの船は……たしか……」

少女「え、いくらもらってるか把握して……」


157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:59:27.00 ID:wWEnenAjo
白髪「いやぁ、金銭に関しちゃ、
 無駄遣いしないように男が管理しててな」

男「誰も聞きに来ないあたりが、
 ウチの船らしくて泣けてくるがな。
 必要経費や共益費、船の維持費なんかを除いて、
 ウチの船では月に十デュカートを一人に、
 渡している扱いになっている」

白髪「陸に上がらんから使わんしなぁ」

少女「十五デュカートもあれば、
 つつましやかな普通の家じゃ一年間は
 暮らせるっていうのに……」

男「コレでもウチの船の船員への報酬は、
 海賊船としての活動頻度を考えると、
 決して高くない部類だ。
 乗組員を殺して新品に乗り換えていくのが主流だが、
 それができないからな。
 年に二千デュカット程度は、船の維持費だ」

少女「うわぁ……もうそこまで行くと、
 金額の把握ができない……
 二千デュカットってキャベツ何個分?」

男「おおよそ一デュカットで百三十個分だから、
 その二千倍、二十六万個になるな」

少女「……よけいわからなくなった」うるうる

158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/17(火) 23:59:52.80 ID:wWEnenAjo
男「もういい。……白髪、例の情報屋との連絡は」

白髪「おう、そろそろ時間だな。
 俺が接触してくるから、いつもの酒場で落ち合おう。
 少女は男と一緒にいてくれや」とことこ

少女「すごい、あの岩から削った見たいな体で、
 人混みの中をするする……」

男「昔から、器用な奴だった」

 とことこ

少女「……」
男「……」

少女「あ、あの、船長さんは」

男「……男でいいぞ」

少女「男さんは、どうしてそのマントなんです?」

男「何か問題か?」

少女「いえ、その。
 まわりで派手なマントの人って、
 だいたい海賊の船長さんとか船員さんとか、
 そういう偉い人たちですよね。
 俺たちこんな高いモノを使えるくらい、
 スゴイ海賊なんだぞーっていう威嚇みたいな」

159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/18(水) 00:00:19.98 ID:fwWYs8oio
男「そうだな」

少女「なのに、男さんはその黒いだけの、
 いつもの戦闘用マントじゃないですか」

男「丈夫だからな」

少女「うう、話が通じているようで通じてない……」

男「冗談だ」むすっ

少女「え?」

男「たしかに他の海賊なら、
 目立つことにも意味があるだろう。
 特徴的なマントは、海賊旗のようなものだからな、
 乗員になりたいと言う人間を集める印になる」

少女(……この人でも冗談なんていうんだ。
 まったく笑えなかったけど)

男「だが、うちの船にはこれ以上の船員はいらん。
 むしろ目立つ方が問題だ」

少女「……その、地味すぎて逆に目立ってるような」

男「……そうか?」

少女「そうですよ」


160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/18(水) 00:00:53.42 ID:fwWYs8oio
男「……次回から少し検討するか」

少女「ぷっ……くくく」

男「何がおかしい」

少女「いえ、なんとなく、
 男さんも人間なんだなーみたいな」

男「どういう意味だ」

少女「深い意味はないですよ。
 ただ、昨日話した限りだと、
 金属でできている人みたいに見えちゃって」

男「…………」

少女「でもこうやって話したら、
 冗談も言うし、ちょっとズレてるところもあって、
 そんな所が人間っぽいなーって」

男「おまえが緊張しているようだったからな」ぼそっ

少女「え?」

男「……なんでもない。いくぞ」

少女(気をつかってくれた、って事なのかな?
 似合わないし、ちょっとズレてる気はするけど、
 でも、悪い人じゃない?)

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/18(水) 00:01:28.97 ID:fwWYs8oio
少女「ドコにいくんですか?」

男「酒場だ。今夜の食事はそこで取る。
 双子妹からの指示もあるし、
 顔なじみへの挨拶もしなくてはな」

少女「乗り気じゃないみたいですね」

男「面倒だからな。
 だが、船長という立場を預かっている以上、
 他の船員達のためにも、
 知己を増やす事は損にはならん」

少女「その、ぱーっとおいしいお酒で騒ごうとか」

男「一つの酒場を貸し切りにして騒ぐなら、
 問題はないかもしれんがな。
 これから行くような場所でそんなまねをすれば、
 すぐに首をはねられるぞ」

少女「……ど、どんな場所なんですか」

男「荒くれ男共が、声を低くして語るような場所だ。
 まあ、暖かい雰囲気で賑やかにとはいかんが、
 海の上では貴重な肉や野菜を使った、
 贅沢な煮込み料理なんかを出してくれる店だ。
 おまえはソレを愉しんでいればいい」

少女「あ、はい」

 とことことこ

174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:16:44.11 ID:9uHKtYo9o
------------------------------------------------
  昼 隠れ港の酒場・錨亭

男「ココが酒場の入り口だ」

 がちゃっ

男「……邪魔をする」

少女(ぎゅっと心臓が縮むような、
 いかめしい男の人たちの強い視線が向けられて、
 次の瞬間にはすこしだけソレが和らいだ?)

女将「久しぶりだねぇ、男。
 ほれ、ココにすわんなさいな」

男「いいのか? 先客を横にどかすようなマネを……」

客1「ああ、かまわんよ。なんせ相手はあの海賊だ」

客2「あんたにだったら、なに、
 席の一つや二つは譲るともさ」

男「……失礼する」

少女「え、えっと、失礼します」


175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:17:11.84 ID:9uHKtYo9o

女将「おんや、オマエさんは」

男「俺の連れだ」

女将「ほーう、あのガキンチョに奥さんができるたぁ
 めでたいねぇ」

少女「お、奥さん?!」

 ざわざわ……

少女「ち、違います違います!」

女将「ん? そういう意味じゃないのかい」

男「どう聞き違えたらそうなる。
 コイツはただの船員だ」

少女(偽りない事実なんだけど、
 まったく動揺してないし……
 ここまでハッキリと否定されたら、
 それはそれでなんか、プライドとか傷つくなぁ)

女将「ただの船員ってアンタ、
 今まで白髪以外の船員なんて、
 連れてきた事なんかないじゃないのさ。
 それともアレかい?
 白髪はポックリ逝っちまって、その後任かい」


176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:17:45.93 ID:9uHKtYo9o
男「……殺したって死にそうにないな。
 今まで連れてこなかったのは、
 連れてきて騒ぎにならんヤツがいなかったからだ。
 それ以外のなにものでもない」

女将「そーかい、そりゃあ良かった。
 ところで、今回は二人分のエールでいいんだね?」

男「ああ。幸い今回は誰も死んでないからな。
 弔い酒はいらん」

少女 じーっ

女将「どうしたんだい?」

少女「いえ、その、お二人は親しいみたいだなーって」

女将「親しいっちゃぁ、親しいね。
 男がこーんな小さな時に出会ったのが最初だからさ。
 あんときゃ確か、親御さんと一緒に乗ってた船が、
 海賊に襲われて……」

男「女将」

女将「なんだいケチくさいね。
 せっかく女連れなのに、ツマミの一つも頼まない
 アンタに代わって、アタシがこの子にサービス
 してやってるだけじゃないか」


177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:18:21.79 ID:9uHKtYo9o

男「……シチューと、腸詰め肉の香草焼きを一皿だ」

女将「シチューはともかく、腸詰め肉は
 白髪が来てから頼むんじゃないのかい」

男「……判っているなら無駄話はするな」じろり

女将「まったく、図体はでかくなったってぇのに、
 ○○の○は小さくなったんじゃないかい?」

男「仮にも料理を扱うなら、
 そういう言葉は口にするな。マズくなるぞ」

女将「はっ、それ込みでも美味く感じるように
 作ってあるから心配なさんな。
 ほいよ、エールとシチューね。
 それからカボチャとジャガイモのチーズ焼きだよ」

少女「でも頼んだのって」

女将「いいんだよ、海賊の所の船員だってんなら、
 多少のサービスくらいさせな」どんっ

少女「あ、ありがとうございます
 ……って、うわ、すごくおいしいですっ!」


178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:19:11.68 ID:9uHKtYo9o

女将「堅苦しいねぇ、いいかい、女は度胸と勢いだよ!
 蓮っ葉なくらいで丁度イイのさっ。
 おいしいじゃなくて、ウマイって云ってみな。
 もっと良く感じるからね」

客1「女将のそりゃー、行き過ぎだがな」

女将「いいのかい、アンタら。そんな事言ってると、
 アンタらのシチューから具を全部抜いちまうよ!」

客2「おっかないのう、かかか」

少女「えっと、疑問なんだけど、聞いてもいい?」

女将「よし、いいねえ、
 もうちょっと元気がよければなおいいけどね。
 で、疑問ってなんだい」

少女「その、さっきから男さんの事を、
 海賊って呼んでるみたいだけど、
 でもココの人ってだいたい、海賊じゃないの?」


179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:19:39.69 ID:9uHKtYo9o
女将「そうだねえ。たとえばそこにいる男、
 客1ってんだけどね、
 コレでもビスケーから北海じゃその名を響かせて、
 十隻の艦隊でもって暴れ回った海賊だね」

客1「おいおい、やめてくれよ。
 いったい何十年まえの話だよ」

女将「二十年はたってないだろ!
 ったく、引退した気で、もうボケちまったのかい」

客2「まあ客1ならマジボケもありかのぅ」

客1「何言ってやがる、自分のがよほど、
 引退気分でボケたんじゃないのか?
 アンタの名前を聞いて震えねぇスピエナ海兵は、
 ケツの青い新米にすらいねえって話じゃねえか」

客2「んむ、すまん、耳が遠くてよく聞こえんのぅ」

客1「ったく、トボけやがって」


180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:20:07.05 ID:9uHKtYo9o
女将「この港で余生を暮らしている海賊もいれば、
 あっちのテーブルでワゴンを交換中の奴らみたいに、
 今も現役で海を渡ってまわるようなのもいるよ」

少女「でも、なんで男さんはさっきから、
 海賊ってよばれてるのかなーと。
 みんな海賊なら、区別がつかないと思うけど、
 男さんに対する海賊って言葉に、
 なにか意味があるみたいで」

女将「ああ、そんな事かい。
 そりゃあ男が、海賊らしくない海賊だからさ」

客1「ある意味で、尊敬と皮肉ってやつだな」

少女「尊敬と皮肉って、同居するの?」

女将「それなりにね。
 ……普通の海賊ってのは海を経路に使うものの、
 基本的には町を襲うもんなのさ」

客1「小さな村なら武装もたいした事が無いからな、
 船と違って動くこともないし、
 何発か大砲をブチこんだら乗り上げるのさ。
 で、金目のものを集めてから年寄りと子供は殺して、
 女と働き手になる男を奴隷として詰め込んで、
 一仕事完了ってな」

少女「……」


181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:20:56.00 ID:9uHKtYo9o
客2「山賊と違って、海賊の居場所は広い海じゃ。
 いつ現れるかも知れんような船のために、
 海辺すべてに船を配置するわけにもいかんからの。

 船さえあれば、そこそこ安全に稼げる仕事よ。
 もっとも、良心の咎めさえなければの話じゃが」

女将「陸での『はたらき』をする連中が多い中で、
 古い連中はそいつらに対して、やれ粋じゃないだ、
 やれ行儀がなっていないだと、
 酒場で文句を付けてたんだよ」



客1「まあなぁ、俺たち海賊がいるのもほれ、
 陸でなんだかんだ頑張ってる奴らがいてこそだって
 俺たちゃ忘れなかったのさ。
 だが、いまの連中ときたら、まったく……」

女将「はいはい、アンタの愚痴なんか聞き飽きたよ。
 そこで、陸を襲わない男の噂が広がるにつれて、
 尊敬と皮肉を込めて『海賊』って、
 殊更この男をそう呼ぶようになったのさ」


男「……構成人数の関係で、
 襲撃範囲が広いと覆えなくなるだけだがな」

女将「そんな事云ったって、
 あんたの船に乗りたいってヤツは、
 少なくなかったじゃないか。
 それを片っ端から切り捨てちまって……
 まあ今でこそ、おかしな噂があるから
 敬遠されてるみたいだけどね」

182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:21:24.94 ID:9uHKtYo9o
男「……」

女将「だからオマエさんは実に幸運なのさ」

少女「幸運なんです?」

女将「愛想もなけりゃ覇気もない男の船だけど、
 気分の悪い事はしないでいいからね。
 周りの人間に対して心置きなく粋を誇れる船だよ」

少女「……はい」にこっ

女将「まあ、なんだかんだ云ったけど、
 男は私の息子みたいなもんさ。
 良くしてやってくんな」

少女「いやいや、私の方が良くしてもらってて!」

女将「へーえ、男もすてたもんじゃないかい」にやにや

男「……」

少女「男さん?」

男「どうやら厄介事になりそうだ」ちゃきっ

 ざわざわ


183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:21:58.65 ID:9uHKtYo9o
 がたーんっ

賊「おーう、錨亭ってのはココか?」

女将「なんだいアンタ、藪から棒に。
 ここは広い店じゃないんだ、
 十人近くぞろぞろと金魚のフンなんか
 つけてくるんじゃないよ」

配下「なっ、旦那になんて口効いてやがる、
 このババアっ!」

女将「ババアだってえ?
 もういっぺん言ってみな、なますにしてやるよ!」

賊「やめねぇか、配下っ。
 女将さんよ、オレはただ男ってヤツを、
 ここに探しに来ただけなんだ」

少女(薄暗い墨色の目が店内を一巡してから、
 狼さんに借りた服で女っぽく見える私にむけてきた
 肌をなめ回すような視線が、心底気持ち悪い……)

男「……オレだが」ずいっ

少女(その視線を遮るように、前に立って……
 守ってくれてる……?)

賊「アンタがあの、マスケットの旗の船長だったか」


184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:22:29.64 ID:9uHKtYo9o
男「そうだ」

賊「アンタ、港に入る時にオレの船の前に
 横入りしやがったろ!」

男「……知らんが」

賊「ふっざけんじゃねぇ、
 アンタの船がウチの船団の横を通る時にな、
 オレはアンタの顔を見てんだよ」

少女(そういえば、小舟の誘導で港に入る時、
 優先的に通されていたような気がしたけど、
 やっぱり他の人よりも先に通されてたんだ……)

配下「大海賊たる旦那の船が港に入るのに、
 横入りするってのはどういう考えだって、
 わざわざ言わなくちゃわかんねえのかよっ!」

客1「あー、おい、あんたら」

配下「なんだっ!」

客1「横入りだなんだ、言ってるがよ、
 男はこの港の維持出資者の一人だ。
 利用者にすぎねえアンタらが待たされるのは
 当然のこったろ。
 いいからおとなしく酒を愉しめ、ここは酒場だ」


185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:23:00.76 ID:9uHKtYo9o
賊「知ったこっちゃねえ!
 この俺様の船の横を素通りするなんざ、
 どこの誰だろうが許しはできねえんだよ!」

女将「まぁた、この手合いかい……」ぼそっ

配下「おうおう、びびっちまって声もでねえか?」

男「……」

賊「はっ、俺みてえな大海賊の顔に泥を付けた事、
 いまさら後悔してんじゃねえだろうなぁ?
 いいぜ、謝りてぇってんなら」ずいっ

少女「え、くぅっ」

賊「はっ、胸もなけりゃ図体もでかいが、
 まあこんなんでも女だろ。
 上納品として受け取って、
 機嫌を直してやっても……」

少女(首、捕まれて、息が……)

男「……その汚い手をどけろ」

賊「あぁん、いま何つった!!」ぎゅっ

少女「くはっ、……っ」


186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:23:33.58 ID:9uHKtYo9o
女将「おいアンタ、ウチの店で乱暴なんざ……」

配下「けっ、こんなちんけな店のババアが、
 息巻いてんじゃねえよ」ズバッシュッ

 ざわり

客1「おい、男の『客』だと思って控えてたが、
 店の女将に手を出すたぁ、どういう了見だ。
 てめぇ、海賊じゃぁねえな」

配下「はっ、旦那に海だの山だのの区別はねえよ!
 通った後には灰も残らねえって、
 金の旗の旦那をしらねえのか? あぁん?」

客2「……そうか、アンタがあの、
 悪趣味で有名な旗の男か。
 山賊出身には、本当に品の悪い連中がそろいおって」

賊「あんな豪華な旗は他の海賊じゃ作れねえだろ!
 妬んで悪趣味というのは格好が悪いぜ」

客1「誰があんな情緒のねぇもん掲げたがるかよ」


187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:24:01.82 ID:9uHKtYo9o
男「……そんなものはどうでもいい。
 とにかく、ウチの船員から手を離せ」

賊「しらねえなぁ。
 たった一隻の船しかねえ、ちっぽけな船のヤツに、
 だぁれが従うかっての。げははは」

男「……ならば力尽くで取らせてもらうか」

 ズバシュッ

賊「ぐあぁあっ、なにしやがるっ!!
 手が、俺の手がぁああ」

少女「げほっ、げほっ……助かりました。
 今の袖口の、仕込みナイフ?」

男「そんな事はどうでもいいだろ。
 気を抜きすぎだ、馬鹿者」

?『気を抜きすぎだ、馬鹿者』

少女(あれ、今の、どこかで……
 って、銃で狙われて!)

配下「くっ、コレでもくらいやが……」チャキッ


188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:24:29.91 ID:9uHKtYo9o
少女「っ、せいっ」ズバシュッ

配下「うおぉっ、何しやがるてめえ」

少女「それはコッチの台詞よ!
 背中から狙うなんて、卑怯じゃない!」ドカッ

男「……少女は平気そうだな。なら、問題は俺か」

 ズバッ、ズドンッ、グチャ!

配下2「ひ、ひぃい。コイツ、強ぇえ!」

配下3「くそ、店が狭いから、
 取り囲む事もできねえ」

客1「ばっかやろう、その程度の腕で、
 この店を荒らしにくるなんざ百年早い!」ズバッ

配下4「ぐあぁあっ!」

客2「じゃが、他の連中は雰囲気を察して、
 逃げてしもうたからの。
 さすがに男は強いが、援軍がわしらだけじゃ……」


189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:24:59.36 ID:9uHKtYo9o
 きぃんっ、がきんっ!

男「……っち、次から次に」

配下5「ひひっ、ほれほれ、三対一じゃ
 さすがに勝てねえか?」

配下6「気を抜くなよ、コイツ、押されてねえ」

配下7「バカ言うなよ、三人相手に押されねえヤツが
 どこにい……っぐ、うぎゃぁああ」どたーん

男「……多数を相手にした戦いは、
 軍役中に何度もこなしたからな。
 練度の低い貴様らなど、何人来ようがかわらん」

 ジャキンっ、ズバシュッ



190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:25:31.88 ID:9uHKtYo9o
少女(すごい、あんな大人数相手に、
 男さん退いてない。
 でも、退いてないだけで……
 何人来てもっていうのは嘘かな)

配下「おい、よそ見してんじゃねえよっ!」キンッ

少女「くっ、……その剣さばき、元軍人でしょ。
 人を守るのが仕事じゃないの?!」

配下「こっちの方が金になるのさ。あんたも軍人だろ。
 けけ、だが若いな、まだ実戦経験はなかったか?
 剣筋に揺らぎがあるぜ」ガキンっ

少女「そういうアンタは、
 人なんか斬りなれてるって感じね!」

配下「ったりめぇだろ。
 軍人の頃も賊になった今も、殺しまくりよぉ。
 特に女をヤルのはたまらねえ……」ぺろり

少女 ぞくっ

配下「そんじゃ、遊びは終わりだ。
 弱くなかったが、足りないな。死にさらせ――!」


191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:26:13.70 ID:9uHKtYo9o
 ガキーンッ! ズバシュッ!

白髪「遊びが終わりなのはオマエだったな」ヒュン

配下「ば、かな……」がくり

少女「白髪さんっ!!」

白髪「がはは、遅くなってすまねえなぁ。
 裏口から入って、女将さん助けてたんだ。
 よく持ちこたえたなぁ、嬢ちゃん。
 俺が来たからには安心していいぜ」にやり

男「……遅いぞ」

白髪「もう謝ったろ。
 おい、じじい共、下がっていいぜ」

客1「てめえにジジイって言われて、
 引き下がれるかってんだよ!」ガキン!

客2「見た目は大してかわらんじゃろ」ズバシュッ

配下8「がぁあああ」

白髪「じゃあそっちは任せたわ。俺はコッチだな」


192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:26:39.85 ID:9uHKtYo9o
男「……白髪が隣か、久しぶりだな」

白髪「最近は白兵戦がなかったから、なっ!」ズバッ

 キンキン、ガキンッ、ズバシュ

配下5「ぐわぁああ」

配下6「痛ぇえ、いてえよぉ……」

白髪「けっ、斬った張ったをやってんだ。
 斬られて痛いのが当たり前だろ。
 みっともなく騒ぐんじゃねぇよ」

男「……さて、残るはオマエか」

賊「くっ……」

男「仲間を連れて引き下がるなら、
 帰る足が無くなる前にした方がいい」チャキッ

賊「…………おい、おまえら、帰るぞ!
 ボヤボヤしてっと、置いてっちまうからな!」

配下「そ、そんな、まってくだせぇ」ヨロヨロ

 ぞろぞろ


193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:27:12.14 ID:9uHKtYo9o
 ばたん

男「行ったな」

少女「ふう……」すとん

客1「ったく、礼儀もなってねえ連中だなぁ」

客2「じゃが、最近の連中にはこう云うのが多いの」

白髪「すまねえなぁ、じいさん方、迷惑かけちまった」

客1「なんのなんの。
 酒場で暴力に訴えるような無粋な奴の相手だ。
 頼まれなく経って巻き込まれてやるさ」

男「助かります」へこ

客2「そういう殊勝な態度は、海賊には似合わんな。
 かか、とりあえず今日はもう店もできんじゃろ。
 帰るとするかなぁ……」

少女「あ、あの、女将さんは」

白髪「助けたっていったろ。
 斬られてたが、幸いここは医者の家に近いからな。
 すぐ駆けつけてきて、かすり傷だって云ってたぜ」

少女「よかったー!」


194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:27:39.01 ID:9uHKtYo9o
白髪「男もホッとしてんだろ」にやっ

男「……まあな」

白髪「そんじゃ、船に向かおうぜ。
 さすがに、何か有った時を考えると、
 今日は船で寝るべきだろ」

男「確かにそうだな。
 店の修繕費は……」

客1「俺が預かってやろうか?」

男「頼む」ずちゃっ

客1「こりゃ剛毅だな。いいのか?」

男「次に来た時に、元気な顔が見られればいい」

客1「……確かに引き受けた」

白髪「ん? どうした、嬢ちゃん。
 いつまで床と仲良くしてんだよ」


195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:28:10.32 ID:9uHKtYo9o
少女「え、あ、いやー。
 その、腰が、抜けちゃって……」

白髪「おいおい……
 元兵士としてどうかと思うぜ?」

少女「し、仕方ないじゃん!
 結局前線には出なかったし、
 本当の命のやりとりなんて初めてだったんだから」

白髪「……なんのために軍に入ってたんだよ」

少女「それは、そのぅ」もじもじ

白髪「まあしかたねぇか、箱入りだし」

少女「うぐぅ……」

男「立てるか?」

少女「も、もうちょっとしたら」

男「なら先に行く。後からついてこい」すたすた

少女「え、ちょ、ちょっと、こういう時は……!」

 とことこ、ぱたん

少女「ちょっとーっ!」


196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:28:55.06 ID:9uHKtYo9o
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  夜 海賊船甲板

少女「それで、男ったらホントに置いていくし!」

包帯「まあまあ。ほら、ワインでも飲んで」すっ

少女 ごく、ごくごく、ぷはー

狼「荒れちゃって……
 しかもいつの間にか、男さん、から男って
 呼び捨てにしてる」ちびちび

少女「呼び捨てでいいんですよ、ぶー。
 わやくちゃになった店のなかで、
 乱闘の直後なのに残されるとか、
 心細い女心を全然わかってないんですよ男は!」ぐび

狼「まあ、察しても気にする人じゃないし。
 むしろそういうのは、白髪がフォローすると
 思ってたけど……」

少女「白髪さんも、何を思ってか一緒に帰っちゃった
 から、ひとりぼっちだったのよー」

包帯「それは寂しいよねー。ほら、飲むといいよ」

少女「ありやとございます」ぐぴぐぴ


197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:29:25.81 ID:9uHKtYo9o
狼「……包帯、少女の事潰す気?」

包帯「そういうつもりは無いけど、
 まあ、飲めば収まるとは思ってるかな」

狼「完璧に潰す気でしょ」

包帯「……時には、吐き出しちゃえば良いことも
 あると思うからね」

狼「その吐くって、違うモノを吐きそうだけど」

包帯「白髪さんなら、それもまた良しって
 言いそうじゃないかな?」

狼「……ダメな影響受けてどうするのよ」

少女「ところれ、双子ひゃん達はどうしらの?」

狼「双子妹が長く起きてられないから、
 双子姉も夜は付き添って早く寝てるわ」

少女「そっかー。ひょっろ意外かも。ふわぁあ」

包帯「意外、なのかな?
 さて、そろそろかな。少女くん、部屋に戻るかい?」

少女「ん、んー。ふぁあ……まら、ちょっろ」

狼「ふらふらしてるけどね」

198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:29:52.68 ID:9uHKtYo9o
少女「これは船が揺れれるんれふー」

 とことこ

男「ロクなアテは作れなかったが、とりあえず
 適当に作ってみたぞ……
 どうした、少女はもう酔ってるのか」

狼「包帯が少女のゴブレットにどんどん注いで、
 あおるもんだから」

男「そうか」

少女「むー、わらひはよっへまへん!」

男「……とりあえず、
 古くなってしまった干し肉とチーズを、
 小麦粉の皮で包み揚げにしたモノを作って、
 イモをふかした。バターでも塩でもかけろ」

少女「おー♪」

包帯「待ってました!
 いやー、自分で料理作らないでもいいって、
 本当に良いね」

男「よいしょ、と。
 包帯は好きで料理をしていると思っていたから
 任せていたのだが、違ったか?」

199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:30:22.51 ID:9uHKtYo9o
包帯「いやいや、好きだけどね。
 たまには自分以外の料理も食べたいのさ」

男「そういうものか。
 味は、そもそもまずくなるようなモノじゃないが、
 包帯の料理には比べるべくもないぞ」

包帯「ほめ言葉と考えておくよ。ふふ」

狼「ねえ肉は?」尻尾ゆさゆさ

男「……お前はいつもそれだな」

狼「仕方ないって。航海中はがまんしてるし」

男「……ほれ、まだ柔らかい、生の塩漬け肉だ。
 たしかコレが好きだったな」

狼「ちゃんと仕入れてきてくれたんだ♪」がぶっ

男「くくっ、仕入れないと俺が食われそうだからな」

少女(男が、笑った……?)

包帯「はい、男さん」とくとくとくっ

男「……感謝する」くいっ

狼「そうしてると、男夫婦みたい」むしゃむしゃ


200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:31:06.98 ID:9uHKtYo9o

包帯「そうかな?」

狼「包帯が奥さんで、男が旦那さん。
 白髪が祖父で、娘達がいて……」

包帯「狼くんも、娘なのかな?」

狼「……アタシは、遊びにくる野良犬」

包帯「それじゃあちょっと寂しいね。
 せっかくの家族って想像なんだから」

男「待て、俺を勝手に包帯と添わせるな。
 順当にお前らがくっつけば良いだろう」

狼「おまえらって、アタシと包帯? まさか」

包帯「案外楽しいとは思うけどね」

狼「え、ちょっと」

包帯「僕はくるもの拒まず、
 みんな大好きだよ、男さんも狼くんも」にこっ

狼「死ねばいい」ぷいっ

少女「わらひは-?」

包帯「うん、好きだよ」にこっ、なでなで

少女「えへっ」にぱっ

201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:31:40.09 ID:9uHKtYo9o

男 むかっ
狼 むかっ

包帯「男さんと狼くんも撫でてほしいのかい?」

男「いらんっ」

狼「……いらないし」

少女「いま、ちょっろまよっら?」

狼 むすっ

包帯「ほら、撫でてあげるから」なでなで

狼「やめなさいよーっ」ぶんぶん

少女「あははっ」

男「ふっ」ぐいっ

包帯「男さんもほら」なでなで

男「……実は酔ってるな」

包帯「まーね。
 でも、たまにはこういう時間もいいでしょ?
 まったりのんびり酔っぱらいーってね」


202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:32:26.89 ID:9uHKtYo9o
男「たまに、というほどではない気がするが」

包帯「最近はしばらく、酒盛りって行為はしてないよ。
 海じゃ水が腐るからラムを飲むけど、
 それは酒盛りみたいに、愉しむためじゃないし」

少女「らんれしへらかっらの?」

男「……お前は飲み過ぎだ。少し控えろ」

少女「らいじょーぶらぉー」へらへら

包帯「そうしてると、兄妹みたいだね」

少女「あはは、男がお兄ちゃんろか、らいらい」

男「……そうやって否定されると気になるな。
 お前の兄というのはどういう人間だったんだ?」

少女「んー……あかるふれ、つよふへ、
 やはひーひとらろよ」にぱっ

包帯「何を言ってるかは判らないけど、
 好きな気持ちは伝わってくるね。
 いま、お兄さんは……」

少女「死んじゃっはらひいれふねー」

包帯「……すまない」


203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:32:54.02 ID:9uHKtYo9o
少女「きにしないれくらはいー。
 ずーっと、前のことらし……」

包帯「……そうだ、なんで酒盛りをしなかったかって
 理由は簡単で、海が騒がしかったからだよ」

少女「さわがし?」

包帯「いま教えてもきっと、記憶に残らないね」

少女「あははー」

男「誰も誉めてなどいない。
 ……そういえば狼は、って、寝ているのか」

包帯「狼くんは、ラムは平気だけど、
 ワインとかリンゴ酒はダメみたいだね」

男「そうだったのか」

包帯「そういえば、こういう場に男さんが来るの、
 実は初めてじゃない?」

男「初めてではないが、あまりいないな」

包帯「もっと参加したり企画すればいいのに。
 みんな歓迎するよ」

男「……今日は突発だったが、これが企画となると、
 あの双子が参加するからな」

204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:33:20.96 ID:9uHKtYo9o
包帯「意外だけど、双子くんたちが苦手かな?」

男「普段はかまわんが、
 あの騒がしい二人が酔っぱらった所は、
 見ない方が正解だと思っている」

包帯「……それは多分誤解だよ」

男「そうなのか?」

包帯「あの二人は、あえて騒がしくしているからね。
 望まれれば静かになるよ」

男「信じがたいが、それならばなおさら、
 船員の慰労の会で気をつかわせる事もあるまい」

包帯「……まあ、いずれ、
 ちゃんとみんなで、酒宴を囲もうよ」

少女「んー」

包帯「どうしたのかな?」

少女「あしたは、いちにちー、
 このみなとで、テイハクらよね」

男「そのつもりだ。
 荷の積み出しと積み込みは明日からだからな。
 今回はそれだけ済んだら海に出る予定だ」


205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:33:48.14 ID:9uHKtYo9o
少女「それらったら、あした、しゅえんとか」

包帯「ああ、良いかもね。善は急げと」

男「急な話だが、確かに、荷を増やす必要がないのは
 いまの内だけか……
 悪くない話だ」

包帯「それじゃ、あしたは一日かけて準備して、
 みんなの慰労会もかねてパーティーだね」

少女「えへへー。よし、そうろきまったら、
 わらひは寝ます! よっと……」がしっ

包帯「え、酔っぱらってるのに、
 狼くん担いで船室いくの?
 危ないから、ほら」

少女「えちぃころ、ひない?」

包帯「大丈夫だよ。
 ほら、部屋に行こうか」

少女「いえっさー」よたよた

包帯「それじゃ、僕も狼くんをベッドに届けたら、
 眠らせてもらうね」とことこ

男「わかった」


206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/20(金) 00:34:21.64 ID:9uHKtYo9o
男「……」

男「家族、か」

男「仲間……」

男「俺は、何をしているんだろうな」

男「あの男もとうに死んだというのに」

男「いまさら、海賊など」

男「……もしも、幸福などというモノが、
 この世界に存在するとしたら、
 それは過去にのみ、あるのだろうな」

男「月よ、いっそ俺を嗤え。
 無様に這い回る俺を嗤え」

男「…………」かたん

 とことこ

 ぱたん……


217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:01:29.14 ID:Ka2St8g6o
------------------------------------------------
  早朝 海賊女子部屋

少女「んむ……むにゃ」

少女(そういえば、今日からは包帯さんについて、
 そのお手伝いをするんだっけ……)

少女「そろそろ、起きて向か……う」

狼 ぎゅうー

少女「またコレかぁ……」ごそごそ

狼 ぎゅううー

少女「む、昨日より強くて、うまくはがせない」

狼「んうー」ぐいーっ

少女「あーもう、人の気にしてる薄い胸に顔埋めて、
 なにが楽しいのかな……」

狼 すぅすぅ

少女「……なんか、寂しそうな寝顔」

少女(狼さんって、海賊になる前は何をしてたのか、
 船の他の人は、おおよそ聞いた気がするけど、
 狼さんだけは全然うかがい知れないんだよね)

218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:02:18.67 ID:Ka2St8g6o
少女 なでなで

狼 きゅっ

少女(狼の耳とか、尻尾とか。
 いわゆる悪魔憑きっていわれる人の特徴、だよね。
 人里だと、暮らせないだろうし。
 ご両親とか、どんな人なのかな)

狼 すぅすぅ

少女(私は、それなりに身分のある家に生まれたのに、
 自由にさせてもらっていた。
 死んじゃったお母さんからも、お父さんからも、
 愛してもらってた自覚とか記憶がある)

狼 んむぅー

少女「でも、狼さんには、そういう人っていたのかな。
 無条件に愛してくれて、大切にしてくれて……」

狼 きゅっ
少女 きゅうっ

狼 ふわっ

少女(あ、ちょっとだけ、微笑んでくれて……
 かわいいなー、やっぱり)

狼 すぅすぅ

219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:03:02.21 ID:Ka2St8g6o
少女(あー、もうちょっとみてたかったのにー!
 って、朝から女の子の顔をもっと見たいとか、
 何考えてるんだろ……)

少女「ちょっと、ごめんね」ごそごそ

双子姉「あれ、もう良いの?」

少女「いやー、いつまで見てても飽きないけど
 今日は包帯さんのお手伝いが……って、
 いつから見てたの?!」

双子姉「またこれかーって、声で起きたよ」

少女「ほとんど全部ね……とほほ」

双子姉「大丈夫、内緒にしておいてあげるから!」

少女「うん、そうしてもらえると助かるかな。命とか」

双子姉「あはは、狼のお姉ちゃんって怒らせると
 すっごい怖いからね。
 包帯のお兄ちゃんの手伝いするの?

少女「あ、そうだ。急いで行かないと!」ばたばた

双子姉「たぶん、今なら調理していると思うよ」

少女「そっか、ありがと!」だだっ


220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:04:06.51 ID:Ka2St8g6o
------------------------------------------------
  朝 海賊船 談話室 調理場

少女「ううー」

包帯「ほら、呻いている暇が有ったら、
 ちゃんと手を動かそうね」

少女「判ってますけど……」

包帯「もっと早く手を動かさないと、終わらないよ?」

少女「でも、大きくて……」

包帯「ん、こういうのは大きい方が良いって思うけど、
 少女くんは違う意見かな?」

少女「ぬるってしてるから、大きいと手からこぼれて、
 上手にできないんですよ……
 まあ、おなかいっぱいになるから、
 それは幸せなんですけど」

包帯「こんなにアツくしてるのもそのせい?」ついっ

少女「や、ちょ、見ないでくださいっ」

包帯「大丈夫って言うからお願いしたけど、
 なんだか罪悪感まで沸いてくるね……」


221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:04:43.43 ID:Ka2St8g6o
 とことこ

男「お前達はいった何を騒いでいるんだ?
 談話室にまで聞こえているぞ」じろっ

包帯「男さんもちょっと見てあげてください」

少女「そんな、やだ、みせびらかさないでくださいよ!
 しかも広げちゃダメです……恥ずかしいし」

男「……ジャガイモの皮むきくらい、
 まともにこなせないのか」

少女「い、いや、隊にいた頃はよくやらされてたから、
 できると思って任されたんですけど、
 この船のジャガイモとっても大きいじゃないですか。
 だから、むきにくくて」

男「それでこんなに皮の厚い状態か」

包帯「仕方ないから、
 この皮の部分はこれだけまとめて、
 細切りにして油で揚げようかな……」

少女「うう、ごめんなさい」

包帯「まあ、今日はこのブランチと、
 夜の宴会のおつまみを用意すればいいからね。
 ポテトサラダは夜に出しても大丈夫だし」


222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:05:56.82 ID:Ka2St8g6o
少女「いま、そのブランチ作ってたのに……」

包帯「ごめんね、他のができちゃったから、
 先に出さないと、冷めちゃうからさ」

少女「いえ、その、私の方こそ遅くてごめんなさい」

包帯「仕方ないよ。おいおい慣れていこうね」

男「……このスープとパンを、
 談話室のテーブルに運べばいいか」

包帯「あ、うん。助かるよ」にこっ

男「戻るついでだ」

 とことこ

少女「うー、なんか、かえって足をひっぱってる
 ような気が……
 何度か包帯さんが動くのも邪魔しちゃってるし」

包帯「まあ、否定はしないけどね」苦笑

少女「ううー」

包帯「気になるなら、そうだね……
 その分だけ、洗い物をしっかり手伝ってもらおうか。
 それなら期待して良いよね」にこっ
少女「は、はい!」

223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:07:37.18 ID:Ka2St8g6o
------------------------------------------------
  昼 海賊船 談話室 調理場

 じゃぶじゃぶ

少女「はい、洗い物完了です!」びしっ

包帯「お疲れ様。洗い物は早かったね。
 とっても助かったよ」

少女「それなら良かった。
 で、包帯さんは何をしてるんです?」くるっ

 ずるっ

少女「わ、たたたっ」ばたばた

包帯「……っ!!」がばっ

 ぎゅっ

少女「――っ、た、助かりました」

包帯「ご、ごめん。危ないと思ったから。
 怪我はないかな?」ばっ

少女「はい、怪我は大丈夫ですけど。
 なんで包帯さんが謝るんですか?」

包帯「いや、僕が触ってしまったからね」

224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:09:31.97 ID:Ka2St8g6o
少女「えっと、意味がわからないですけど……?」

包帯「僕は見た目がコレだから、気持ち悪いだろう。
 とっさにとはいえ、触ってしまって……」

少女「まさか、助けてもらって、見た目がどうとか」

包帯「……そう言ってもらえるなら、良かったよ」

少女(無理をおして笑顔を向けてくれてるけど、
 どうしても包帯で隠しきれない部分が、
 火傷の痕で引きつってる)

包帯「まあ、ついクセでね。
 続きの作業でもしようか」

少女(クセになるくらい、そうやって拒まれたんだ)

包帯「少女くん?」

少女「私は、本当に感謝してますから!」

包帯「……うん、ありがとう。
 キミが、僕が近寄っても嫌がらない人で嬉しいよ
 この船のみんなも、そういうのは気にしないしね」

少女「……」

包帯「……ちょっと昔話をしようか。
 あんまり、綺麗な話じゃないけどね」

225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:15:43.46 ID:Ka2St8g6o
少女「昔話、ですか」

包帯「まあ、ジャガイモの皮むきをしながらの、
 ちょっとした暇つぶしだよ」

少女「あ、まだ剥くんですか」

包帯「今日はちょっと多めに、
 ジャガイモの絞り汁を使う予定があるからね。
 あの白い絞り汁に小麦粉を足して、
 蜂蜜と卵を加えて薄く焼くと、
 クレープの皮が破れにくくできるんだ。
 今日の宴会では、ソレを晩ご飯代わりに出そうかな
 なんて手抜きを考えていてね」

少女「あ、ソレはおいしそう!」

包帯「だからジャガイモはまだいくつか、
 皮を剥いてすり下ろさないといけなくてね。
 僕はクレープで包む中身を作るから、
 少女くんはジャガイモの皮を剥いて欲しいんだ」

少女「了解!」

包帯「で、まあ、その作業の傍らで、
 昔話をしようと思ったけど、聞くかい?」

少女「……聞きたいです」


226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:32:49.55 ID:Ka2St8g6o
包帯「今から五年くらいまえ、
 スピエナに一人の音楽家がいてね。
 それなりには人気があったみたいで、
 腕を見込まれてリオーマに留学しないかと、
 そういう話が舞い込んだんだ」

少女(宗教音楽っていうと、
 確かにリオーマに留学する人が多いって聞くから、
 そこに留学するってことは、
 かなり才能とかが認められたって事だよね)

包帯「しかも、その誘いが噂になって、
 そんなに腕が良いなら、
 もし気に入ったら留学費用を工面しても良いと、
 そういう貴族が現れて、
 サロンでの演奏会に招かれたんだ」

少女「わ、それはすごいチャンスですよね」

包帯「そうだね。
 ただ、彼は結局、留学はできなかったんだ。
 声楽をやっていた彼は、
 演奏の前にお酒を飲むことは、
 のどに悪いからできないって断ったんだが、
 それがいけなかったらしい」

少女「それって、普通の事じゃないんですか」

包帯「貴族の勧めた杯を飲めない、
 それは、貴族にとって、怒るに十分な理由らしい」

227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:39:12.25 ID:Ka2St8g6o
少女「もしかして、その程度の事で」

包帯「その音楽家は喉を潰されて、
 熱湯を頭からかけられたんだ」

少女「たった、それだけの事で、
 なんでそんなにヒドイ事が」

包帯「貴族でなければ人にあらず。
 その考えを肯定する貴族はいても、
 そうじゃない貴族は見たことが無いね。
 特に、いまのスピエナでは、
 私掠船の経営によって利益を得た貴族達が、
 金なら有るんだとばかりに好き勝手をしてる」

少女「そんな貴族ばっかりじゃ……」

包帯「いや、貴族なんてそんなものだよ」

少女(ぐらぐらと煮立つ鍋みたいな、
 強い憎しみの目)

包帯「でも、こんな外見になっても、
 この船の皆は普通に接してくれるからね。
 僕をこんな風にした連中を許す気はないけれどさ、
 今の生活自体はさほど悪くないと思ってるんだ。
 その点だけは、
 彼らに感謝しても良いかもしれない」にこっ

228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 00:49:31.81 ID:Ka2St8g6o
少女(絶対に、そんな事は思っていないってわかる。
 顔は笑ってるけど、
 包帯の奥の瞳が、すごく、恐ろしい)

包帯「まあ、この話をしたのは、
 結局今は救われているっていうか、
 それなりに幸せに生きているっていう事でね」

少女「……」

包帯「だから、そんな風に、
 つい謝っちゃう癖にたいして、
 つらそうな顔をしないで欲しいなーって、
 そういう事なんだ。
 その内、このクセも無くなると思うから」

少女(包帯さんの「ごめん」に対して、
 私が過剰に反応したから、
 わざわざ嫌な話をしてくれたのかな)

包帯「料理の続きをしようか。
 手が止まってるよ」にこっ

少女「……はい」

包帯「そう重く受け止めないで欲しいな」苦笑

少女「……難しい注文です」

231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 01:04:49.20 ID:Ka2St8g6o
包帯「ごめんね、扱いの難しい話をして」

少女「……」

包帯「なんでかな。
 他の人にはあんまり話さないんだけど、
 つい、キミには口が滑っちゃうんだ。
 気を許しちゃう何かがあるのかな」

少女「……むうー」

包帯「まあ、今のは本当に昔話だから。
 昔々、有るところに~って。
 実は僕は料理屋の息子で、
 スープを頭からかぶっただけかもしれないしね」

少女「全然ごまかせてないですよ。
 いや、でも、その方が説得力あるかも?
 こんなに料理ができるし……」

包帯「さて、何が真実なんでしょうか」にやり

少女「え、ちょっと、ホントに今までの嘘なの?!」

包帯「あはは、さて、ジャガイモの皮むきの手が、
 止まってるよ。早く終わらせようね」

少女「ホントはどっちなんですか?!」

包帯「あはは、少女くんは面白いね」

少女「面白くないってー!」がるるる

232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/25(水) 01:06:57.25 ID:Ka2St8g6o
だめだ、ちょっと書き直し必要な箇所見つけたので、
いったんココで区切り入れます><

明日また来るのでありますっ。

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/26(木) 23:58:13.72 ID:qii6JBGwo
------------------------------------------------
  昼 海賊船甲板

少女 ぼー

少女「空が、あおいなー」

 とことこ

狼「……どうしたの? こんなところで空なんか見て」

少女「狼さんこそ、
 そのシーツの塊ってどうしたの?」

狼「せっかく接岸してて真水が使えるから、
 洗濯しようと思って。
 男達の分もまとめて来たの」

少女「それなら私も手伝うよ
 一人より二人の方が早いと思うし」

狼「包帯の手伝いは良いの?」

少女「まあ、なんとか。
 本当はまだちょっとやることが有ったみたいだけど、
 追い出されちゃって」

狼「手伝ってくれるのは助かるけど、
 何をしたら包帯に追い出されるんだか」


244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/26(木) 23:59:33.52 ID:qii6JBGwo
少女「だよねー……はぁ」

狼「ちょっと、そっちのたらい持ってきて」

少女「あ、うん。水はどうするの?」

狼「そこの樽に入ってるから、たらいに注いで。
 そう、それくらい。で、洗剤をよく混ぜて……
 足で踏むから、手伝って」

少女「ん、わかった……って、大人二人は狭いような」

 じゃぶじゃぶ

狼「普段は手が空いてれば双子姉とやるから、
 あんまり気にならないけど、そうかも……
 痛っ、足踏まないでよ」

少女「ごめんっ、泡で見えなくて。
 って、今度は狼さんが!」

狼「……ごめん」

少女「やっぱり安定しそうな所に足をおろすと、
 多少は踏んじゃうよね」

狼「少女の足が大きいんだと思うけど。
 双子姉だったら、こんなに踏んだりしないし」

少女「ヒドっ、実はさりげなく気にしてるのに」

245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:00:15.43 ID:gnbbZmEVo
 じゃぶじゃぶ

狼「……それで、さっきはどうしたの?」

少女「あー、その。私が転びそうになったんだけど、
 それを包帯さんが助けてくれたんだ。
 でもその後に、助けた包帯さんが謝るから、
 どうして謝るのかを軽い気持ちできいたんだけど」

狼「クセの理由を聞いて、いたたまれなくなったから、
 逃げてきたの?」

少女「逃げてきたってワケじゃないけど、
 結果的には違わないかも。
 ちょっとぎこちなくなっちゃってさ。
 やることができたら呼ぶから、
 甲板で休憩してきなよって言われて」

狼「まあ、難しいところかな、それは。
 少女にとっても、包帯にとっても」

少女「難しいっていうか、なんていうか……」

狼「そういう意味じゃなくて。
 包帯って、今みたいな状態になってから、
 さほど経って無くてね。

 未だに自分のあの状態との距離感とか、
 それに対して向き合う他人との距離が、
 つかみ切れてないのよ」


246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:00:48.66 ID:gnbbZmEVo
 じゃぶじゃぶ

少女「どれくらい前なの?」

狼「三年、経ってないと思うけど。
 最初の一年くらいはずっと、
 生きるか死ぬかって、ほとんど意識もなかったとか。
 向き合ってるのは二年くらいらしいだって。
 包帯がこの船に来たのが一年前からだから、
 普通の人に対しての距離感をつかむには、
 時間が足りてないんじゃないの?」

少女「うん……」

狼「まあ、前回の時は、
 包帯の姿を怖がる双子姉に対して、
 包帯もできる限り関わらないようにしてたせいで、
 ちょっと事件が起きたことも有ってね。
 今回はソレを避けるためにも、
 先にそういう話をして、
 腹を割ってみようとしたんじゃない?」

少女「腹を割って……かぁ」

狼「それに少女と一緒にいると、
 気を張っているだけ損みたいに思えてきて、
 ついポロッと口から出ただけかもしれないし」

少女「おお……あれ? それって誉められてる?」

狼「……」

247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:01:20.32 ID:gnbbZmEVo
 じゃぶじゃぶ

少女「とりあえず、気にしない感じでいいのかな?」

狼「気にしない方が良いんじゃない。
 とりあえず今は、ほら、洗濯物に集中して」

 とことこ

白髪「よう、二人揃って洗濯か?」

少女「私は手伝ってるだけだけどね」

白髪「……」じー

狼「なに?」

白髪「いやー、若いのが二人で、
 洗濯物を踏んでる姿は楽しそうで良いんだが。
 少女、強く生きろ」

少女「何が強く生きろなのさ!」

白髪「がはは、言って欲しいか?
 横から見ると、足を上下するたびにたゆんたゆん……」

少女「セクハラっ、それはセクハラだから!!」

狼「……邪魔なだけでしょ、こんなの」


248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:01:58.06 ID:gnbbZmEVo
 じゃぶじゃぶ

少女「邪魔って、邪魔って!!
 そんなのは持ってる人だから言えるわけでね!」

狼「肩も重くなるし、戦闘で動きにくいし、
 動いた後は汗で蒸れて、ひどいときにはかぶれるし。
 良いことなんてないと思うけど」

少女「そんなこと無いって!
 ほら、さっきから白髪さんの目線がずーっと、
 狼さんに向きっぱなしだし」

白髪「がはは、まあ、動きの大きい方に目がいくな」

狼「こんなゆるんだ顔向けられたいの?」

少女「……ここまでいくと、蹴り飛ばしたいけどさ、
 仲間内だと、胸が有ればまだ女に見えるのにって、
 ずいぶんとこき下ろされて……」

白髪「まあ、気を落とすな。
 よく食べてよく寝れば今よりは育つだろうよ」

少女「そ、そうかな?」


249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:02:28.19 ID:gnbbZmEVo
白髪「今より減る事はないと思うぞ?」

少女「その言葉のウラが透けてて、泣きたい……
 その哀れむような目もやめてよ!」

白髪「がはは、まあ冗談はココまでにしてだ。
 その洗濯が終わったら、
 ちょっと二人で買い物に行ってきてくれねぇか?」

少女「絶対、冗談じゃなかったし……」

狼「買い物って、何か足りないの?」

白髪「今日の夜に宴会をしようって話だからな、
 いつもより少し良い酒と、
 それから嬢ちゃんの服をな」

少女「あ、そっか。
 昨日はごたごたしてて……」

白髪「そういうわけだ。
 俺がついて行っても良いんだが、
 たまには女同士で行くといいだろ。

狼「でも、アタシが行くと……」

白髪「耳とか尻尾か?
 そんなん、隠してりゃわかんねぇって」

狼「ばれたから今まで問題になったんだけど」

250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:02:58.41 ID:gnbbZmEVo
白髪「まあ、嫌だっていうなら俺が行くが、
 たまには船から降りた息抜きをしても、
 良いと思うぜ」

狼「……やっぱり、まだ陸には」

白髪「そうか判った。
 んじゃ、嬢ちゃん。
 終わったら、俺の部屋まで呼びに来てくれ。」

少女「うん、りょーかい!」

 とことこ

少女「狼さんは、陸に上がるのが嫌いなの?」

狼「別にそういうワケじゃないけど。
 あえて騒ぎの理由を作らなくてもいいでしょ。
 アタシが行く必然性もないし」

少女(でも、それならなんで、
 少し恋しそうに街の方を見るのかな……)

狼「ほら、足が止まってる」

少女「あ、ごめんっ!」

 じゃぶじゃぶ


251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:03:27.16 ID:gnbbZmEVo
------------------------------------------------
  昼過ぎ 隠れ港 市場

 ざわざわ

少女「昼も夜も、同じくらい活気があるんだー」

男「もう少し落ち着け。
 田舎者だと思われたらスリの的だ」

少女「う、それはこまる……って、
 お金持ってないから取られる心配はないかも」

男「だから財布を渡してないんだがな」

少女「ぐむ……だいたいなんで、
 白髪さんと一緒に買い物のはずだったのに、
 男さんと一緒なんだか」

男「文句なら、腰が痛いと言い出した白髪に言え。
 俺だって今回の入港で使った費用の収支や、
 その他のまとめが終わっていないんだ」

少女「……なんか、経営者みたい」

男「立派な経営者だ。
 海賊だから荒くれ者でいいなんていう話は夢物語だ。
 ○罪にも手を染めるが、
 あくまでも経済的な利潤を求める組織が海賊だ」


252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:03:55.41 ID:gnbbZmEVo
少女「……」
男「どうした」

少女「いや、とっても意外で」

男「私掠船などのシステムを考えてみろ。
 たとえばマータ騎士団にしたところで、
 実態はその渡航費用の大半を、
 寄付金という名前の周辺国家の金銭的な鎖に縛られ、
 海賊行為を行って返済しながら活動しているのは、
 今や周知の事実のはずだ」

少女「うー、また難しい話が」

男「……お前はいったい、あの島の未来の領主として、
 いったい今まで何を学んできたんだ」

少女「そんなに困ったような顔されても。
 あ、そこの仕立屋さん。
 白髪さんに教えられたの、あのお店だと思う」

男「……ごまかされてやるか。
 ちなみに今の服は、狼のを借りたのか?」

少女「さすがに、あの汚い服の後に、
 試着させて欲しいとは云えなくて。
 でもコレもスカートが短すぎて……」

男「いや、そういう話ではないが。
 まあいい。入るか」

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:04:27.50 ID:gnbbZmEVo
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

店主「いやー、よく似合いますよ、お嬢さん」

少女「じゃ、コレもかな。
 さっきの服とまとめて四着あれば、
 とりあえず足りるよね?」

男「そうだな、さすがにそれ以上は、
 経費としては出せない金額になる」

少女「う、ごめんなさい」

男「謝らんでいい。働きの先払いだからな」

少女「じゃ、その分頑張るって事で。
 ところで、どうかな。似合ってる?」くるっ

男「ふむ……体つきはしっかりしてるからな。
 そういう中性的な格好は確かに似合う」

少女「ありがと。着慣れてるって事もあるし、
 狼さんのスカートの短い服も動きやすいけど、
 やっぱりズボンの方が楽かなー。」

男「着慣れてるなら、それで決まりだな。
 オヤジ、試着した四つはそのまま買っていけるのか?」


254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:05:06.52 ID:gnbbZmEVo
店主「大丈夫ですが、先ほどの服についても、
 裾と袖はちょっと直しませんか?
 なに、半時もあれば終わりますんで、
 のんびり待っててもらうなり、
 どこか寄った後に来てもらうなり」

男「どうする」

少女「私が決めて良いなら、
 もう少しお店の中を見たいかなー。
 こっちの小物とか、すごくかわいいし」

店主「では、すぐに仕上げて来ます」

 いそいそ

少女「えっへへー、久しぶりだなー、
 こういうお店に来るのも」

男「そうなのか?」

少女「島にも一応何軒かあったけど、
 遊び相手のほとんどは男の子だったから、
 あんまりこういう場所には来なくて。
 実家には裁縫師さんが来てくれてたし」

男「たしかに、そんな立場ならば、
 特別な用でも無ければ来ないか。
 女友達などはいなかったのか?」


255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:05:41.47 ID:gnbbZmEVo
少女「うーん。いないわけじゃなかったけど。
 私はちゃんばらとかが好きだったから、
 あんまり遊ぶ機会は無くて……
 年頃になると特に、
 おしゃれとかの話題には、私はついて行けなかったし」

男「そういうもんか」

少女「そういうものじゃないのかな。
 あ、コレっ、かわいいー♪」

男「なんだ、木製のブローチか?」

少女「うん。こういう小物とかが好きなんだ」にこにこ

男「リスに、ウサギに……これはなんだ?」

少女「え、クマでしょ?」

男「熊か。だが、それにしては丸すぎないか。
 もっとどう猛で、ぎらついた目で」

少女「そんなリアルなの、かわいくないじゃん」

男「そもそも熊にかわいさを求めるな」

少女「私はかわいいと思ったけどな……
 長距離行軍訓練で森を抜けている時に見かけて、
 うろうろーってしてる姿とか、
 愛らしいと思ったけど」

256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:06:08.71 ID:gnbbZmEVo
男「そういうものなのか?
 まあ、確かによく見れば熊に見えん事もないか」

少女「うんうん、そういうものだって。
 あー、こっちのカエルのもかわいいー♪」

男「こういう時は、白髪ではないが歳を感じるな。
 まさかこれほどまで、若い感覚について行けないとは。
 ……そっちの箱ばかり見てるが、貴金属や宝石の
 飾られている棚は見ていないな。
 趣味じゃないのか?」

少女「そういうのも、綺麗だと思うけど……
 やっぱり高いから、見て欲しくなったらやだなーって。
 あー、でもやっぱり、その髪飾りとかいいなー!」

男「そういうものか」

 とことこ

店主「お二人さん、仕立て直し終わりましたよ」

少女「あ、ありがとうございますー」

男「スカートが落ち着かないんだったな。
 店の裏を借りて、着替えさせてもらうといい」

店主「どうぞどうぞ」

少女「じゃ、失礼します」いそいそ

257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:06:39.35 ID:gnbbZmEVo
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

少女「うん、やっぱり短いスカートより、
 断然こっちのがいいなー!」

男「……ずいぶんと男らしいな」

少女「そう言われると弱いかも」苦笑

男「別に趣味をけなしているわけではない。
 好きなら良いと思うが」

少女「んー、好き嫌いというか、
 慣れ不慣れの問題かな。
 スカートなんかで、かかと落としはできないし」

男「……本当に変わったな」ぼそっ

少女「え?」

男「そうだ、コレをやろう」ごそごそ

少女「これって、さっきのお店で、
 私がかわいいっていったブローチ……」

男「……」

少女「これ、もらって良いの?」

男「そのために買ったからな」

258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:07:05.20 ID:gnbbZmEVo
少女「でも、なんでいきなり?」

男「……たいした理由はない。
 ただの気まぐれだ」

少女「でも、気まぐれっていうのは、
 ずいぶん高い買い物だと思うけど……」

男「……それよりも、そろそろ日が暮れる。
 船に戻れば、包帯の手伝いがあるんじゃないか?」

少女「え、あ、そっか。
 出てくる事も言ってないし、怒られるかな?」

男「怒られるという事は無いだろうが、
 早いほうが良いだろうな。早足で行くぞ」

少女「あ、その前に」

男「なんだ?」

少女「ブローチ、ありがと」にこっ

男「……ふん、俺は何をやっているんだかな」ぼそっ

少女「え、なにか……」

男「急ぐぞ。遅れて道に迷うなよ」

少女「ちょっ、人混みなのに早っ!」

259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:07:40.65 ID:gnbbZmEVo
------------------------------------------------
  夕方 海賊船 談話室 調理場

少女「すみません、戻りましたー」こそっ

包帯「おかえり。
 買い物に行ってきたのかな?
 よく似合ってるよ」にこっ

少女「その、何にも言わないで行って……」

包帯「気にしないでいいよ、それくらい。
 やることは済ませていたんだから、
 はばかる事なんてないんだよ」

少女(少しだけ、居心地が悪そうな声?
 普段なら相手がしゃべるのを待って、
 ソレから口を開くのに、
 今はどこか焦ってるような印象かな。
 ……昼の事を話題にしないように、してる? でも)

包帯「でも、今日のこの後はちょっと忙しいからね。
 たくさん手伝ってもらうよ」

少女「あ、あの!」

包帯「なにかな?」

少女「お昼の事、ですけど」

包帯「……」

260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:10:24.83 ID:gnbbZmEVo
少女「その、包帯さんの話を聞いて、
 どうしたら良いか判らないからって、
 空気を固くしちゃってごめんなさい」

包帯「……僕の方こそ。
 雰囲気を悪くしてごめんね」

少女「あの、でも、ホントに、
 私は包帯さんの事、怖いとか思わないので!」

包帯「うん」

少女「この事はうやむやにしないで、
 ちゃんと伝えないといけないなって」

包帯「ありがとう」にこっ

少女「そ、それじゃ作業始めましょ!
 何から手伝えば良いですか?」

包帯「そうだね、まずは……
 ああ、僕じゃできない事があったから、
 それを頼んでもいいかな?
 他の料理と一緒には作れなくてね。
 ちょっと疲れるんだけど……」

少女「任せてください!」

包帯「助かるよ、じゃ、双子妹くんに言って……」


261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:12:50.30 ID:gnbbZmEVo
------------------------------------------------
  夕方 船倉

 こんこんこん

双子妹「どうぞでありますよ」

少女「お邪魔しまーす」

双子妹「何かご用でありますか?
 今はちょうど、倉庫整理を行っていたのでありますが」

少女「あ、それなら丁度良かった。
 包帯さんからの指示で、
 火薬を半ポンドか、硝石をその七割くらい、
 もらえたら助かるんだけど」

双子妹「火薬か硝石でありますか……
 ああ、なるほど、では火薬より硝石でありますな」

少女「えっと、何を作るか、
 ソレを聞いただけで判るの?」

双子妹「まあ判るであります。
 というか、包帯のお兄さんが硝石を使うなら、
 答えはおおよそ一択でありますよ」

少女「う、私にはわからないんだけど」


262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:15:13.89 ID:gnbbZmEVo
双子妹「おや、ではまだ何を作るか、
 知らないでありますか」

少女「う、うん……」

双子妹「では、できてからのお楽しみという事
 でありましょうね」にこっ

少女(何を作るのか、包帯さんが教えてくれないから、
 わざわざ双子妹ちゃんに聞こうとしたのに!
 こんなかわいい笑顔を前にしたら、
 判らないから教えてとは言えないって……)

双子妹「はい、ではこちらが、
 粉末の硝石、半ポンドであります。
 終わったら溶液は乾燥して、
 改めて硝石を析出させるので、
 残しておいてくださいと伝えて欲しいであります」

少女「包帯さんにそういえば判る?」

双子妹「はい、大丈夫でありますよ」

少女「わかった、じゃ、持って行くね」

双子妹「楽しみにしているであります」にぱっ


263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:18:04.49 ID:gnbbZmEVo
双子妹「おや、ではまだ何を作るか、
 知らないでありますか」

少女「う、うん……」

双子妹「では、できてからのお楽しみという事
 でありましょうね」にこっ

少女(何を作るのか、包帯さんが教えてくれないから、
 わざわざ双子妹ちゃんに聞こうとしたのに!
 こんなかわいい笑顔を前にしたら、
 判らないから教えてとは言えないって……)

双子妹「はい、ではこちらが、
 粉末の硝石、半ポンドであります。
 終わったら溶液は乾燥して、
 改めて硝石を析出させるので、
 残しておいてくださいと伝えて欲しいであります」

少女「包帯さんにそういえば判る?」

双子妹「はい、大丈夫でありますよ」

少女「わかった、じゃ、持って行くね」

双子妹「楽しみにしているであります」にぱっ


264: 再起動してきた>< 2011/05/27(金) 00:32:09.11 ID:gnbbZmEVo
------------------------------------------------
  夕方 海賊船 談話室 調理場

包帯「ありがと、助かるよ」

少女「コレをどうするんです?」

包帯「ココに金属製のボウルがあるよね。
 この中に卵を三個入れて、
 白っぽく成るまで泡立ててくれるかな?」

少女「はーい」 かしゃかしゃかしゃ

包帯 ざっざっざ

少女(包帯さん、作業はやいなー……)

少女「よ、と。できましたよー」

包帯「うん、じゃ、そのままコッチのボウルの、
 砂糖と香料入りの生クリームも、
 泡立ててもらえる?」

少女「砂糖ですか?!」

包帯「今日はせっかくの宴会だからね。
 ちょっと豪華に作ろうと思って」にこっ

少女「ちょっと豪華って程度じゃないですよ」


265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:32:39.10 ID:gnbbZmEVo
包帯「今日はせっかくだから、
 胡椒も使うよ?」にこっ

少女「わ、わ、わ……」

包帯「ほら、よだれがたれてるよ?」

少女「あ、はい」(////

包帯「最近はまた、
 ベネッタとトルキアの仲が悪化して、
 欧州全体で砂糖と香辛料の値段が上がったけど、
 強奪品だからね。
 値段は気にしないでいいし」

少女「いや、商品ですよね、それ」

包帯「まあ、そこは臨機応変に。
 せっかくのおいしい食べ物だから、
 食べて見たいっていうのは当然の欲求だよ」

少女 ごくりっ

包帯「生クリームはそれくらいかな。
 それじゃ、へらをつかって、
 生クリームを泡立てた卵のボウルにいれて、
 切るように混ぜて行くんだけど……」

少女「だけど?」


266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:34:53.19 ID:gnbbZmEVo
包帯「この桶に張った水の中に、
 金属製のボウルを浮かせて」

少女「はい」

包帯「この魔法の粉こと、硝石をね。
 何度かに分けて、水にさらさらーっと入れて、
 棒でぐるぐるーっと混ぜると……」

少女「ゆっくり白いのが浮いてきてますけど」そーっ

包帯「あ、触らないでっ」

少女 びくっ

包帯「念のためにね。
 調理中の手に付けて欲しくないし」

少女「あの、硝石って火薬に使う粉ですよね。
 なんで料理に使うんです?」

包帯「その答えが、コレ。
 白いのが大きくなってきたから、
 そろそろ判るかな?」

少女「これ、氷ですか?」

包帯「そう。水に溶かすと温度を下げて、
 氷を作る性質があるらしいんだ。
 双子妹くんの受け売りだけどね」

267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:37:28.86 ID:gnbbZmEVo
少女「氷って人の手で作れるんだ……」

包帯「今まではできなかったね。
 貴族にとっても夏場の氷は貴重って事で、
 氷室なんかを地下に作って、
 冬の氷の塊をためておくのがせいぜい」

少女「来客用ですからねー」

包帯「……」

少女「どうしました?」

包帯「ああいや。なんでもないよ」にこっ

少女「へー……
 あ、もうほとんど固まった」

包帯「まだもうちょっとかな。
 コレの氷の上に振りまくと、
 さらに温度が下がるから……
 金属製のボウルのおかげで、
 中まで凍り始めてるよね」

少女「あ、少し固くなってるような」

包帯「ちょっと手間がかかるけど、
 コレがサクッっていうか、シュクッてなるまで、
 何度か硝石を足しながら混ぜてくれないかな?
 ちょっと時間がかかると思うけど」

268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:38:16.22 ID:gnbbZmEVo
少女「はーい、了解です。
 でも、一つ質問していいです?」

包帯「ん、なにかな?」

少女「せっかく凍らせてくれるなら、
 硝石をそのまま中に入れたり……」

包帯「……」

少女「しない方がいいんですね!」

包帯「少なくとも僕は……いやかな」
少女「体に悪いんですか?」

包帯「んー、どうだろう。
 危ないかどうかは正直に言えば、
 試していないから判らないかな。

 双子妹くんならもしかしたら知ってるかも
 しれないけれど、
 そもそも知っているって事を知りたくないような」

少女「い、いったいなんなんですか」

包帯「……その硝石ってさ」

少女「はい」 ごくり

269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/27(金) 00:41:28.01 ID:gnbbZmEVo
包帯「……いや、やめておこう。
 そこは双子妹くんみたいに、
 きっぱりと分ける事ができるような人じゃないと、
 知らない方がいいと思う」

少女「ちょ、何ですか!
 そんな風に言われたら気になるじゃないですか!」

包帯「おいしい食べ物はおいしいで済ませるのが、
 賢い生き方ってものだと思うよ……ははは」

少女「……」

包帯「とりあえずある程度固まったら、
 後は放っておいても平気だから。
 むしろあんまりかき回すとよくないし」

少女「あ、そうなんです?」

包帯「そっちが終わったら、
 他にもやることはあるからね。
 どんどん手伝ってもらうよ」

少女「えっと、その、
 泡立ての作業で、ちょっと腕がつかれたなーなんて」

包帯「無理しない程度に休みながらでいいよ。
 無理して働く必要はないから」

少女「う、そういわれると、逆に頑張ります……」

282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:52:42.89 ID:Hh9tyfhJo
------------------------------------------------
  夜 船倉三階船室前

少女「あー、うー……
 やっぱり白髪さんについてきてもらえば、
 よかったかもしれない」

少女(大した量じゃない、
 お裾分け程度の中身しか乗ってないお盆が、
 これほど重く感じるのは初めてだよ……)

少女「でも、仕方ない。 女は度胸だよねっ!」

 とことこ

少女「こんばんはー」

 こんこんこん

■「……ドうZO」

少女「お、おじゃましまーす」

 ぎぃぃぃい

少女(う、めまいがしそうなくらいに濃い、潮の臭い。
 それから、どうしても、直視できない姿……)

■「いイ……におヰ」


283: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:53:10.70 ID:Hh9tyfhJo
少女「あのね、今日は接岸してるから、
 ゴミとか積載とか気にしなくていいって事で、
 上で宴会をやってるんだけど」

■「うン、……にGIIIゃ、カ」

少女(なんでこう、声を聞いてるだけで!
 全身に鳥肌が立って手が震えてくるかなっ)

■「音ガくがKIれい」

少女「うん、この音楽は包帯さンが、
 レベックを弾いてるオトかな」

 ~♪~♪

少女「それでね、甲板にあがってもらうのハ、
 もしかしたら騒ぎになっちゃうカラできないけど、
 きぶんだけでも一緒に味わってほしくて、
 りょうりのおすそわけニきたの」

■「おフそ……わケ」

少女「お、す、そ、わ、け」

■「お……ス、SO、わケ」

少女「うん、たぶんソレ。
 それじゃ、わたしはウエにいかせてもらうね」


284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:53:37.49 ID:Hh9tyfhJo
■「ありガとウ」

少女「どうイたしまして」にこっ

■ ずさずさ

 ぱたん

少女「ぜ、……はぁ」

 よろよろ

少女(からDAじゅうから、あせがふきだしてる……
 なんていうか、クマのくちのナかにいたきぶん。
 ユビさきのふるエもずっとトまってなイし)

少女「すごい、すがた だった……
 ハマに あがった クじラくらい大きくて、
 タコと ひとを まぜそこねた みたいな」

少女(でも、よろこんでくれたみたいで、
 それはスナオにうれしかったかも)

 よたよた

少女「うー。とりあえず、しんせんな空気で、
 しんこきゅうがしたいなぁ……」



285: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:54:32.44 ID:Hh9tyfhJo
------------------------------------------------
  夜 海賊船甲板

 わいわいがやがや

狼「遅ったから、先に始めてるよ」

少女「あははー、気にしないで。
 まだちょっと、風に当たらないと食べられないし」

双子姉「んんー、お姉ちゃんは何してたの?
 おいしい料理がちょっと冷めちゃうよ?」まぐまぐ

包帯「石を敷いてるから、すぐには冷めないけどね」

少女「いやぁ、せっかくの宴会だし、
 気分だけでも『彼』にも味わってもらいたくて、
 ちょっとお裾分けしてきたんだ」

男「ほう……扉の前に置いてきたのか?」

少女「ちゃんと手渡ししてきたよ?」

双子妹「手渡し、で、ありますか?」ぽろり

少女「あ、ちょっと、ほらこぼれちゃってるよ」

狼「まさかとは思うけど、扉の中に入ったの?」

少女「うん、すごい姿でびっくりしたよ。あはは」

286: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:55:00.91 ID:Hh9tyfhJo
全員「……」

少女「え、なに、どうしたの?」

狼「こういうの、肝が太いっていうのかな?」

男「鈍感なんだろう」

少女「ちょっと、鈍感とかなによ!
 せっかく仲間が寂しくないようにって、
 気を利かせただけなのに!」

狼「……あきれたわ」

双子姉「……見ても平気なのかな?」

男「間違っても見ようと思うな。
 少女、お前は明日から一週間の間、
 通常業務に加えて甲板清掃と船倉整理だ」

少女「え、ええ、ホントになに?!」

双子妹「あの『彼』の部屋に、
 船長の許可無く入ったら、そんな罰則であります」

少女「私はただ、晩ご飯を届けにいっただけなのに」

包帯「実はね、以前、船長の許可を取らずに、
 勝手にあの部屋に入って……」

少女「入って?」

287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:55:38.16 ID:Hh9tyfhJo
包帯「三日三晩うなされたあげくに、
 自分の全身の皮をひっかいてはがそうとして、
 あげくに海に飛び込んだ船員がいてね」

少女「まさかそんな……」

男「まさかではない。
 実際にそれが有ってから、
 アイツ自身も人から姿を極力隠すようにしている。
 だから俺達もそれに協力する形で、
 興味本位で覗かないように罰則を付けたんだ」

少女「そんな、罰則とか聞いてないんだけど……」

男「船内を案内したのは白髪だったな。
 説明されてないのか?」

少女「うん。普通に、仲良くしてやってくれって」

男「何を考えている、あの男は……
 とにかく罰則は罰則だ。明日からやるように」

少女「うう、はーい。とばっちりだし……
 そういえば、その白髪さんは?」

狼「さっきまではそこで飲んでたけど……
 今はどこにいったんだか」

少女「探さなくていいの?」


288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:56:31.14 ID:Hh9tyfhJo
双子姉「いつもの事なんだよ。
 白髪のおっちゃんは、じゆーじん、だからね」

包帯「要するに気まぐれなんだけどね。
 心配しないでも、気が向いたら戻ってくるよ」

少女「せっかくの宴会なのにー」

狼「少女が来るのが遅いから……
 一応、最初は一緒にいたんだから」

少女「だって、しばらく風に当たってないと、
 ちょっとふらふらしちゃって」

男「だから立ち入り禁止なんだ……」ぼそっ

包帯「まあとりあえず、
 少女くんも戻ってきたってことで、
 改めて乾杯でもしようか」

狼「少女は、何を飲む?」

少女「あ、シードルとかもらえるとうれしいな-」

狼「はい……」とくとく

少女「ありがと」にこっ

包帯「それじゃ、改めて。
 さっきはなし崩しに始まっちゃったけど、
 男さんに乾杯の挨拶を――」

289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:57:05.98 ID:Hh9tyfhJo
男「面倒な事をさせるな」

包帯「そうはいっても、船長なんだから」

男「大した意味などない」

包帯「まあ、とにかくさ、ささっと何か一言ね」

男「……白髪がいればやらせるものを。
 どこに行ったんだ」ぶつぶつ

少女「あ、双子姉ちゃん、
 まだ、乾杯過ぎてから飲まないと」

双子姉「もう飲んじゃってるし、狼のお姉ちゃんも」

狼「ん?」ぐびぐび

男「……」

包帯「あはは……」

男「明日からはまた長い航海になるはずだ。
 騒ぎすぎない程度に騒いで、早朝の出発に備えろ。
 以上、乾杯だ」

全員「かんぱーいっ!」


290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:57:33.29 ID:Hh9tyfhJo
少女「っていうか、私きいてなかったけど、
 明日出航だったの?」

包帯「上陸してすぐに説明したんだけどね……」

男「コイツはそういう生き物だ。
 どうしても覚えさせたければ、
 繰り返し口にするしかない」

少女「酷いなー。
 だいたい男が私の何をしってるのさ!」

男「……知りたいか?」

少女「う、え? なんでそんなマジな顔で?」

男「思ったよりも細かく、
 情報屋がお前の事を調べて来てくれてな」

少女「情報屋?」

男「初日に上陸した時に、
 白髪を情報屋に向かわせただろう。
 あのときについでにお前の情報を求めたんだ」

少女「そんな事してたんだ……」

男「雇用主として、一応な」

少女「うう、あまり変な事が伝わってませんように」

291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:58:02.40 ID:Hh9tyfhJo
狼「変な事って、どうしたの?」

少女「い、いや、なんでもない――って!!
 狼さん、服! 胸!!」

「ん?」

少女「ほとんど見えてるって!
 ほら、男も包帯もコッチ見ない!」がるる

男「いつもの事だ……」

包帯「あはは、眼福だけどね」

少女「この男共ときたら……」

狼「どうしたのよ?」

少女「どうしたも何も、なんで半裸なんですか!」

狼「別に、これくらい」

双子姉「あーあ……」

少女「双子姉ちゃん、なんであきらめた顔してるの?」

双子姉「狼のお姉ちゃんってたまに、
 酔っぱらうと脱ぎ出すんだよね」


292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:58:29.90 ID:Hh9tyfhJo
包帯「基本的にはそうなる前に止めたり、
 眠っちゃったりするんだけどね」

狼「あたし酔っぱらってないし」むすっ

少女「うん、酔っぱらってるようには見えないけど」

包帯「そこが厄介なんだよね。
 あ、男さん、そっちのチーズ取って」

男「ほれ」

包帯「ありがと」にこっ

少女「……なんか、本当に普段通りっていうか」

包帯「まあ、妹みたいなものだからね。
 僕にとっては。
 男さんにとってもそんな感じでしょ?」

男「……否定はしない」

包帯「あはは、かわいいなー」なでなで

男「やめろ。……酔ってより厄介なのはお前だな」

包帯「そんな事ないって。
 狼くんの第二段階のが厄介だとおもうよ?」

少女「第二段階って――ひぃっっ?!」

293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:58:57.61 ID:Hh9tyfhJo
狼 ぺろり、じゅるっ

少女「ちょ、や、やめっ。何してるの?!」

双子姉「狼のお姉ちゃんは酔うと、
 人を食べ始めるクセがあるんだよねー」

双子妹「食べるというと語弊があるでありますよ。
 甘噛みをする、舐めるなどが正しい表現で……」

双子姉「はいはい。妹も酔っちゃって、まったく」

包帯「あれ、君たちにはジュースだけしか、
 出してないはずなんだけど?」

双子姉「うん、リンゴのジュースの古くなったのね」

包帯「ああ、古くなっちゃってたなら、仕方ないか」

双子姉「うん、しかたない」

包帯「……なんて言うと思う?」

双子姉「だめ?」

男「双子も明日から、少女と一緒に倉庫整理だ」

双子姉「ぶーぶー」

294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:59:24.34 ID:Hh9tyfhJo
双子妹「ところで」

包帯「ん、なにかな?」

少女「や、ちょ、そんなトコかまないで」

狼 ぺろっ、かぷっ

少女「やだっ、耳はだめぇっ」

双子妹「アレはいいのでありますか?」

包帯「愉しんでる見たいだし、いいんじゃないかな?
 でも、君たちはあんまり見ちゃダメだよ」

双子妹「矛盾でありますな」

包帯「大人って、そういう矛盾を飲み込む事で、
 一歩ずつその階段を上るものだよ」

双子妹「そういうものでありますか」

包帯「そういうものだよ」

少女「もう、だれか、助けてっ。
 助けてよーっ!」

狼 ちゅぱっ、じゅるる

少女「ひい、やらぁっ」

295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 09:59:50.50 ID:Hh9tyfhJo
双子妹「救助を求めていても」

包帯「仲が良いなーって笑っておくのが、
 大人のたしなみだね」

男「実害は無いしな」

双子姉「……いままで、実害はずっと、
 あたしに来てたんだけど……」

男「実害は無いしな」

双子姉「だから」

男「実害は無いしな」

双子姉「うう……っ」

包帯「あ、でもそろそろ止めたほうが良いかな。
 そろそろ本当に、狼くんが噛みつきかねないし。
 お酒で本能が目覚める事さえ無ければ、
 狼くんは手がかからないんだけど……」

男「む、そうか。だが、白髪は……」

包帯「いないから、今回は男さんだね」

男「……格闘は苦手なんだがな。
 白髪のように、あっさり人を気絶させる技術など、
 俺には持ち合わせがない」

296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:00:20.53 ID:Hh9tyfhJo
包帯「このまま、文字通り骨を拾うつもりで見守る?」

男「……それはそれで」

少女「ちょっと、助けて、っひゃん」

双子妹「……助けてもいいでありますか?」

包帯「ん? できるのかい?
 ああなった狼くんは、とりあえず寝かさないと
 どうにもならないと思うけど」

双子妹「代わりにお肉を差し出せば、
 何とかなると思うのでありますよ」

双子姉「……で、なんで妹ったら、
 あたしの背中を押そうとするの?」

双子妹「間違えました。こちらであります」

双子姉(酔っぱらってるからだよね?
 あたしの事、心の底ではお肉扱いしてないよね?!)

男「ああ、狼に頼まれて買ってきた、
 まだ柔らかい塩漬け肉か」

双子妹「狼のお姉様の大好物でありますから」

包帯「たしかに、それなら大丈夫かな……?」

297: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:01:23.01 ID:Hh9tyfhJo
双子妹「狼のお姉様―」

狼「がるっ」

双子妹「お肉でありますよー」

狼 かぷっ♪

双子妹「釣れたであります」にぱっ

男「丁度良い、しばらく肉を与えて、
 おとなしくさせておけ。
 大丈夫か、少女?」

?『大丈夫か、少女?』

少女「うう、およめに、いけない……」

男「冗談が言えるなら平気だな」

少女「冗談にならないのに!
 初日はけっこうあっさり対処できたけど、
 狼さんってすごく、体重のかけ方が絶妙で、
 組み付かれたら離せないし……」

男「アイツはこの船でも、
 白髪に次ぐ近接要因だからな、
 格闘、剣術に関しては俺よりも上だ」

少女「うう、だったら助けてよ……」

298: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:01:56.96 ID:Hh9tyfhJo
双子妹「狼のお姉様―」

狼「がるっ」

双子妹「お肉でありますよー」

狼 かぷっ♪

双子妹「釣れたであります」にぱっ

男「丁度良い、しばらく肉を与えて、
 おとなしくさせておけ。
 大丈夫か、少女?」

?『大丈夫か、少女?』

少女「うう、およめに、いけない……」

男「冗談が言えるなら平気だな」

少女「冗談にならないのに!
 初日はけっこうあっさり対処できたけど、
 狼さんってすごく、体重のかけ方が絶妙で、
 組み付かれたら離せないし……」

男「アイツはこの船でも、
 白髪に次ぐ近接要因だからな、
 格闘、剣術に関しては俺よりも上だ」

少女「うう、だったら助けてよ……」

299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:02:37.02 ID:Hh9tyfhJo
双子妹「狼のお姉様―」

狼「がるっ」

双子妹「お肉でありますよー」

狼 かぷっ♪

双子妹「釣れたであります」にぱっ

男「丁度良い、しばらく肉を与えて、
 おとなしくさせておけ。
 大丈夫か、少女?」

?『大丈夫か、少女?』

少女「うう、およめに、いけない……」

男「冗談が言えるなら平気だな」

少女「冗談にならないのに!
 初日はけっこうあっさり対処できたけど、
 狼さんってすごく、体重のかけ方が絶妙で、
 組み付かれたら離せないし……」

男「アイツはこの船でも、
 白髪に次ぐ近接要因だからな、
 格闘、剣術に関しては俺よりも上だ」

少女「うう、だったら助けてよ……」

300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:03:08.46 ID:Hh9tyfhJo
男「船員同士のプライベートに、
 俺はあまり介入しないことにしている」

少女「うう、そういう言葉を使うと、
 なんとなく理解がある船長みたいに聞こえる……」

包帯「まあ、でも助かったから良かったね。
 あのままだと、甘噛みじゃ済まなかったよ」

少女「それを笑顔で云える包帯さんが怖いです……」

包帯「いやあ、それほどでも……」

少女「だめだ、なんか悲しくなってきたよ」とぼとぼ

双子姉「あれ、お姉ちゃんはもう寝ちゃうの?」

少女「ちょっとお手洗いー」とぼとぼ

 がちゃん

包帯「……少しからかい過ぎたかな?」

男「気にするような性格ではなかろう。
 それよりも、そこのチーズを取ってくれ」

包帯「はい、あーん」にこっ

男「お前は確実に酔っているな…………」


301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:04:30.02 ID:Hh9tyfhJo
------------------------------------------------
  夜 船室

少女「うー、ちょっと怖かった。
 ホントに食べられちゃうかと思ったよ……」

少女(言葉が通じないって怖いなー……
 こないだはおとなしく寝ちゃってたけど、
 狼さんの酒癖の悪さには注意しないと)

 とことこ

少女(ん? みんなのいる甲板から見えない位置に、
 誰かがいる?
 もしかして侵入者とか……)

 そーっ

少女(ああ、白髪さんか……)

少女「白髪さん、どうしたんですか、こんな……」

白髪 ぴくっ

少女(泣いて、る……?)

白髪「おう、格好悪い所見しちまったな」ごしごし

少女「えっと、その……」


302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:05:12.82 ID:Hh9tyfhJo
白髪「…………まあ、座れや」ぽんぽん

少女「……うん」

白髪「まだ飲めるよな?
 回しのみだが、いくか?」ぐいっ

少女「ありがと……けほっ、つ、強っ。けほっ」

白髪「がはは、大丈夫か?」ぽんぽん

少女「うう、喉がやけそう……」

白髪「ほれ、水だ」

少女「んく、んく。ふぅ。
 なにこれ、すごく強いお酒……」

白髪「錬金術師の酒だからな。
 普段は水代わりのラムだが、酒っていやぁ、
 こいつが一番さ」ぐびっ

少女「私は甘い方が好きだけどな……」

白髪「ふっ、まあ、コイツは大人の味だろうな」

少女「大人でも、別においしいってワケじゃないでしょ」


303: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:05:42.98 ID:Hh9tyfhJo
白髪「……確かに、甘いものにくらべりゃ、
 口にしてたやすく、うまいとは云えんがな。
 歳を食うと、むしろコレがたまらなくなるのさ」

少女「でも、白髪さんだって、
 それほど歳ってわけじゃないんでしょ?」

白髪「中身はまあ、まだ若いつもりだがよ。
 外側はもうダメだな。長持ちはしねぇよ」

少女「……」

白髪「嬢ちゃんよ。
 お前さんは、なんで海になんぞ出ようと思った?」

少女「それは、その……
 世界が見たいって思ったから」

白髪「それじゃ、どうして世界が見たいと思ったよ」

少女「……きっと、何にも知らないんだな、
 知らずに終わるんだなって、思ったからかな?」

白髪「……」ぐびり

少女「お兄ちゃんがいたって話は、したよね」

白髪「聞いた気がするな」


304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:06:09.59 ID:Hh9tyfhJo
少女「あれは、今から八年前かな。
 お父さんの乳母兄妹の人が、
 旦那さんに暴力をふるわれていたみたいで」

白髪「女房を殴る旦那なんて、
 またロクでもねぇのを掴んじまったな……」

少女「私も何度か会った事があるけど、
 お酒さえ飲まなければいい人で、
 当時はよく分かってないけど、
 普段からは想像もできなかったなぁ……」

白髪「まあ、そういう相手なら最初から、
 添い遂げようとはしねぇだろうからな」

少女「でね、そうやって殴られても、
 一神教では離婚は認められてないから、
 ずっと耐えてたらしいの」

白髪「……」

少女「でも、一神教では一つだけ、
 離婚を認める条件があって……」

白髪「ああ、話が読めたぜ」

少女「うん。ウチのお父さんが、
 不倫が理由なら分かれられるから、
 不倫をしたことにしようって言って」


305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:07:01.75 ID:Hh9tyfhJo
白髪「またずいぶんとやらかす人だな……」

少女「うん、目的のためには手段なんて、
 基本的には選ばない人だったからね」

白髪「で、どうなったよ」

少女「お母さんもだいぶ前に天に召されてたし、
 生まれた時から一緒にいた人を助けるためなら、
 ある程度の汚名なら喜んで受け入れたいって、
 私に謝りに来てね」

白髪「まあ、親が不倫をしたって話なら、
 子にも何かしらあるからな……」

少女「まあ、幸いウチみたいに小さい島じゃ、
 いつの間にか事情なんて知れてるんだけどね。
 その人は島の外にお嫁に行ってたから、
 会った事もなかったんだけど、
 そういう事情なら良いよって私も迎えて……」

白髪「ほぅ」

少女「で、それからしばらくしても、
 まだその人が来なくて、
 いい加減どうしたのかってお父さんと心配してたら、
 ある日海辺に人が漂着してね……」

白髪「穏やかじゃねぇな」


306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:07:49.43 ID:Hh9tyfhJo
少女「うん、穏やかじゃなかった。
 なにせ、海を渡ってくる途中で海賊に遭って、
 その人の息子さんだけが何とか逃れて、
 何日も海をさまよって来たって」

白髪「……そいつは、神だって恨むな」

少女「うん。結局お父さんの乳母兄妹の人は、
 いつまで経っても見つからないでね。
 お父さんはその息子さんを、
 自分の本当の家族と思って欲しいって言って、
 私もお兄ちゃんって呼ぶようになったの」

白髪「なるほど」

少女「生まれて初めてできたキョウダイだから、
 自分でもかなり懐いてるなーって思うくらい、
 時間があれば一緒にいたんだけど、
 そのお兄ちゃんが剣を振るったり、
 島の軍の人たちと銃の訓練とかをしてたから、
 私も自然と、遊ぶときはそこに混じるようになって」

白髪「それでこんなじゃじゃ馬になったワケか」

少女「うーん、その時点だとまだ、
 剣を振り回すとか言っても、
 ちょっと危ない棒っきれくらいで、
 剣術とかは全然だったから、一概にそうは言えない」


307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:08:36.25 ID:Hh9tyfhJo
白髪「なら、その先が、今みたいになった理由か」

少女「うん。お兄ちゃんが来て一年経った頃。
 お父さんと一緒に、家族になって一年の節目って事で、
 パーティーでもしようかって話した後に、
 お兄ちゃんの部屋に行ったら置き手紙だけを残して、
 旅に出ちゃってたの」

白髪「……ずいぶんと忙しいヤツだ」

少女「でも、仕方ないのかも。
 お母さんを海賊に殺されてから、
 ずっとずっと、その○人が許せないって、
 それが頭から離れなかったみたい」

白髪「平和に生きる機会だったものを」

少女「それを捨ててでも、仇討ちがしたかったって、
 そういう事なんだと思う。
 で、二年近く経ってから、
 お父さんが『風の噂に死んだと聞いた』って」

白髪「……」ぐびり

少女「でも、なんとなくまだ信じられなくて。
 さっきも言ったけど、すごく懐いててね。
 お母さんは私の生まれた時に主に召されてたし、
 たった一年の家族だったけれど、
 それでも初めて私が体験する家族の死で……」

308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:09:10.34 ID:Hh9tyfhJo
白髪「初めての死か。
 そりゃ、信じられねぇもんだな」

少女「遺髪とかがあったわけでも、ないしね。
 それでふっと、あの人が何を思って、
 どんな風に生きたのかを知りたいって思いが、
 それまで以上に強くなって。
 軍に入るきっかけになったのは、それかな」

白髪「なるほど。ただのじゃじゃ馬っていうよりは、
 王子様を追うお姫様か」

少女「歌物語だったら、追うのは王子様だけどね!」

白髪「がはは、ちげぇねぇな」

少女「そんなわけで軍に入ったら、
 やっぱり仲間は、海賊退治で死んじゃったりして。
 それで、そのたびに、
 この人はどんな場所で生まれて、育って、
 何を思って、何を見たいと思って逝ったのかって、
 そういうのがどんどんたまってね」

白髪「……そういう荷物が、
 お前さんの家出の背中を押したワケか」

少女「一応ね。
 この窓の外には、どんな世界があるのかなって。
 彼らが何を見てきたのかを見たいって」


309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:09:39.41 ID:Hh9tyfhJo
白髪「……だが、お前が危険に遭って、
 喜ぶような仲間だったわけじゃねぇだろ?」

少女「あはは、安全な定期便だったんだけどね。
 普段はずっと平気なのにさ、
 まるで私の船を狙ったみたいに海賊が来てね」

白髪「……狙ったのかもな」ぼそっ

少女「え?」

白髪「なんでもねぇよ。
 まあ、あれだ。あんまり背負い過ぎるなよ?」

少女「……うん」

白髪「まあ、そんなところが可愛いんだがな」

少女「へ?」

白髪「ほれ、ちょっと来い」

少女「う……」そろそろ

白髪「まだるっこしいヤツだ」ぐいっ

少女「うわっ」

 ぎゅっ


310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:10:06.00 ID:Hh9tyfhJo
白髪「ほれ、膝の上にでも座れ」

少女「う、ちょっと落ち着かないっていうか、
 もしかして酔っぱらってる?」

白髪「酔っぱらわんでどうする。
 酒に失礼だろうが」

少女(ぎゅっと抱きすくめられて、
 苦しいような、少しだけ怖いような。
 でも、嫌ってほどでもないから、
 いまはまだ、おとなしく)

 ~♪~♪

白髪「……包帯のヤツの演奏か」

少女「風に乗って……すごい、綺麗な音」

 ~♪~♪

白髪「嬢ちゃんは、あまり長く、
 この船にいるつもりはねぇんだよな」

少女「みんないい人だし、一緒にいて楽しいし。
 いっそ……」

白髪「いっそ、このままいつまでも海の上で。
 歌でも歌ってか?」


311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:10:32.92 ID:Hh9tyfhJo
少女「ヨーホーヨーホーってね」

白髪「……本当にソレで、
 嬢ちゃんが満足するなら、すればいいぜ」

少女「……」

白髪「嬢ちゃんよ。
 いまの海は、嵐の予兆であふれてやがる。
 その嵐の中で、お前さんの故郷も、
 沈んじまうかもしれん」

少女「そんなのは……」

白髪「そんなのは、なんだ?」

少女「……」

白髪「別に俺は、島に戻れと強制はしねえ。
 ただ、きちんと選ぶ事だな。
 選択しないって選択まで含めて、
 よく考えて選べ。
 時間はまだ、少しだが、有るだろうさ」そっ

少女(肩に頭を乗せて、白髪さんの体温が伝わってくる。
 骨張った固い指が、優しく髪を梳いてくれるだけで、
 ずんとお腹の奥が重くなる)

白髪「……俺にも、親がいたんだがな」

312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:11:04.92 ID:Hh9tyfhJo
少女「……ちょっと、想像できないかも」

白髪「なに、俺と大して変わらねぇよ。
 記憶にある父親に似ているぜ、
 俺のが老けちまってるけどよ」

少女「……」

白髪「その親からもらったもんが三つあってな。
 名前と、命と、一つの言葉だ」

少女「どんな言葉?」

白髪「これがまた、厄介だった。
 『人として終れるように生きろ』ってな.
 俺の親は神学者でよ、小さな礼拝堂も任されてたが、
 他人より早く老けちまうような俺を産んだことで、
 立場を追われて、生きてるウチは楽ができなかった」

少女「……」

白髪「だから最初は、恨み言かと思ったのさ。
 ガキの癖に図体ばかりでかい俺に対して、
 お前が一緒にいるから定住もできないと、
 そういう意味なのかとよ」

少女「そんなはずないって!
 だって、自分の子なのに」


313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:11:47.00 ID:Hh9tyfhJo
白髪「真意はどうだか、死人にはきけねぇからな。
 どうだとは云えないが、それでも俺は、
 けっこうこの言葉を気に入っててな」

少女「……どんな風に?」

白髪「他人の命令でしか動けないヤツは、
 狗って呼ばれるだろ?
 欲に汚いヤツは豚か。
 鈍重なヤツは牛って云われるし、
 どうしようもねぇのはクズだ」

少女「見た目じゃなくて」

白髪「中身の問題だな。
 風に吹かれるまま、流されるままなら、木の葉か。
 そうやって生きるのは楽かもしれん。
 だが、それはもう、人間じゃぁねぇのさ。
 この船の連中はみんな、
 外見は化け物でも、中身は誰より、人間だ」

少女「うん」

白髪「嬢ちゃんもよ、人間として生きろ。
 流されず、たゆたわず、選択して、歩き抜け。
 自分が何をしたいかは自分で決めろ。
 食いたい物を食って、悔いたいモノで感じろ。
 お前は、領主って機能のモノでもなけりゃ、
 従うしかできない兵士でもねぇからな」


314: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:12:17.50 ID:Hh9tyfhJo
少女「…………簡単じゃないね」

白髪「がはは、人間だからな。
 二本の足で立って、歩いて、
 必要なら武器を使って、
 言葉で他人とわかり合おうとして、
 飽食や怠惰なんて選択ができる生き物だ。
 人間である事は、難しく、楽しいぜ」

少女「難しいことはあんまりわかんないけど、
 なんとなく判った気はする」

白髪「おいおい、せっかく人が、説教なんざ、
 慣れねぇ事をしてやったってのによ」

少女「うん、意外かも。でも、何で急にこんな話を?
 なんか――」

少女(なんか、まるで)

白髪「……お前がよっぽど、
 危なっかしいからだな」

少女「う、否定できないかも」

白髪「そこは否定しろよ。
 よし、そんじゃそろそろ、
 あっちの酒宴にでも加わるか」


315: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:12:43.61 ID:Hh9tyfhJo
少女「……白髪さん」

白髪「あん?」

少女「白髪さんは、まだ死なないよね?」

白髪「……」

少女「なんか、急に怖くなって……」

白髪「ばっかやろう。
 人生の楽しみなんざこれからだ。
 あと百年は生きるぜ?」

少女「……うん。でも百年は無理じゃない?」

白髪「無粋な事を云うんじゃねぇよ。
 ほれ、俺の上から立て」

少女「……」

白髪「立て、っての」

少女 ぎゅっ

白髪「……」

少女(いつも伝法な様子だから、そうとは思わないけど、
 若々しくても、歳を隠せない体。
 きっと、今日明日ではなくても、数年後は……)

316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:13:32.37 ID:Hh9tyfhJo
白髪「そろそろいいか?」

少女「……うん」

白髪「まさか嬢ちゃんから抱きつかれるとはな、
 思わぬ役得だったぜ」

少女「そりゃ……親愛なるおじいちゃんだもん。
 抱きついたりね! するよ!」

白髪「くく、中身は三十路を越えた、
 まだまだ壮年の男だがな」

少女「う、そうだけど……」

白髪「がはは、ネンネの嬢ちゃんなんざ、
 気を抜いてるとくっちまぞ~」ゆらーり

少女「あはは……柔らかくないし、おいしくないと、
 思うんだけどなぁ……」じりじり

白髪「食い応えが有りそうじゃぁねぇか」じゅるり

少女「に、逃げるが勝ちでっ!」

 どたばたーっ

白髪「逃げ足は早ぇなぁ。ったく、拒みすぎだ。
 ……まあ、しばらくすれば次の朝も来る。
 俺は帰るとするか」とことこ

317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:13:58.49 ID:Hh9tyfhJo
 ざっ

男「……」

白髪「よう、いつからいたよ」

男「今だ」

白髪「……」

男「行くのか?」

白髪「おうともさ」

男「……そうか」

白髪「男よぅ」

男「なんだ」

白髪「あの嬢ちゃん、兄の後ろ姿を追って、
 軍に入って、外の世界に出たってよ」

男「……愚かだな」

白髪「かわいらしいじゃねぇか」

男「……」


318: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/05/29(日) 10:14:24.57 ID:Hh9tyfhJo
白髪「相変わらず、不器用なヤツだ」

男「器用さなど、いらん」

白髪「ワシからすりゃぁ、そういうヤツにほど、
 その器用さがありゃぁ良いと思うぜ」

男「……俺には説教なんぞいらん」

白髪「ったく、先達にはおとなしく習っておけ」

男「大してかわらんだろう」

白髪「…………そうだな」

男「文句があるのか?」

白髪「なに、無いわけじゃぁねぇが、
 そんなもんは口にだしたってどうにもならん。
 なら、無粋なことはしねぇのがいいさ」

男「……」

白髪「じゃあな」

男「……達者でな」

白髪「こっちの台詞だ」

 とことこ……

331: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:29:04.01 ID:Xu70o61xo
------------------------------------------------
   早朝 海賊船 甲板

男「朝靄に紛れて隠れ港を出る。
 帆を張って、準警戒態勢で湾から離れ、
 いったん沿岸部から離れてから通常状態に移行し、
 東南東のローディオス島へ向かう」

少女「ローディオス島って、
 前はマータ騎士団がいた所だっけ?」

男「当時は島の名前でローディオス騎士団だったがな。
 聖戦遠征軍の中継基地だった島だ。

 今はトルキアの軍や海賊に占領されて、
 西欧諸国侵略の橋頭堡として扱われている。

 そこの司令部に近々エジピウト側から、
 香辛料などが送られるという話が流れてきた」

双子妹「その贅沢品をほんの少し、
 分けてもらおうというワケでありますね」

男「そういう事だ。
 出航後に通達しようと考えていたが、今伝えるか。

 少女を拾った時の襲撃と違って、
 獲物の金額からある程度の抵抗が予想される。
 改めて武器の手入れなどをしておくように」


332: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:29:34.18 ID:Xu70o61xo
双子妹「了解であります」

狼「わかった」

少女「はーい……ところで、白髪さんは?」

狼「朝だから寝坊してるんじゃない?」

双子姉「おじいちゃんだから寝坊はしないよー。
 あ、でもまだお酒抜けてないかも?」

少女「いや、そこまで歳じゃないって」

男「馬鹿な事を行っていないで出航準備だ。
 船橋から離れたら包帯は一度甲板を離れて、
 三階のアイツにオールを動かすように指示してくれ。
 それから――」

少女「ちょっと待ってよ!
 だから白髪さんがいないって言ってるじゃん。
 調子悪いなら、もう一日出航待たないと」

男「その必要はない」

少女「なんでさ」

333: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:30:03.31 ID:Xu70o61xo
男「アイツは船を下りた」

双子姉「え……」

包帯「……ですか」

少女「船を下りたって、どういう、こと?」

男「そのままの意味だ。
 アイツは昨夜の間に、この船の船員を辞めた。
 船長である俺もそれを認めた」

双子姉「な、なんで、なの?」ふらっ

双子妹「おねえちゃん」そっ

双子姉「だって、白髪のおっちゃん、
 まだまだ元気だったよ……?
 あと百年は冒険するって、楽しそうに言ってたよ……」

双子妹「そういう話ではないのでありましょう」

双子姉「……じゃあ、どういう話なのさ。
 ねえ、くろちゃん」


334: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:30:52.47 ID:Xu70o61xo
男「アイツの個人的な事情だ」

少女「ちょっと男さん! 
 そんなの答えじゃないって判ってて言ってるよね!」

男「これが、答えだ」

包帯「…………仕方ないよ。
 白髪さんは外見は普通だからね。
 定住は難しいけど、この船の外でも生きられる。
 配当金で『老後』には困らない蓄えも有る。
 下りるっていうなら、
 もういつ下りても良かった頃だからね」

双子姉「そうじゃないよ……
 なんであたし達になにも言わずに行ったのかって、
 だって、元気な間は私たちと一緒にいるって、
 この船と、『家族』と一緒にいるって……」

狼「『家族』ね……」

包帯「……」

双子妹「船長殿」


335: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:31:35.99 ID:Xu70o61xo
男「……『家族』だなんだと、ココはただの海賊船だ。
 危険を冒してでも金を得るための集団で、
 それ以上でもそれ以下でもない。
 そしてこれからその稼ぎのための出港だ。
 さっさと持ち場につけ」

双子姉「う……」じわっ

少女「待ちなさいよ!
 なんでアンタは、そんな言葉を選んで口にするわけ?
 わざわざ子供泣かせて、恥を知りなさいよっ
 ただ、白髪さんがなんで下りたのかって、
 聞いてるだけじゃない」

男「……不服があるならお前も船を下りろ。
 海賊がしたければこの港のどの船でも乗ればいい。
 近くのもう一つの港には普通の定期船も有る」

少女「……ったまきた!
 この無愛想! 冷血!
 行き場のないみんなの居場所を求めてとか、
 ちょっとすごい人かと思ったけど、口だけかっ!」

男「……」

少女「……言い返す事すらしないとか。
 もう、いい――」ずかずか


336: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:32:07.82 ID:Xu70o61xo
双子姉「お、お姉ちゃん……どうするの?」

少女「こんなガキみたいなのが船長の船なんて、
 乗ってられないから下りる」どかどか

狼「待ちなさいよ。下りてどうするの」

少女「しらない」

 すたすた

狼「しらないって……」ちらっ

男「包帯、出航準備を手伝え」

包帯「……うん」

双子姉「私のせいで、お姉ちゃんも……」

狼「いつもなら、白髪が取りなしてくれるのに。
 なんて言っても、仕方ないか……」

双子姉「ねえ、狼のお姉ちゃん……
 私が謝ったら、お姉ちゃんは帰ってくれるかな?」

狼「……それは、ムリね。
 双子妹は悪くないから、謝った方が逆効果になる」

双子姉「う、ぇぅ……」


337: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:32:51.06 ID:Xu70o61xo
狼「……男」

男「なんだ」

狼「またしばらくしたら、この港に来るでしょ」

男「早くても一月半ほど後になるがな」

狼「……アタシが戻らなかったら、一月半後にココで」

男「意外だな」

狼「何がよ」

男「俺はお前に対して、
 下りた人間を追いかけるような甘さが嫌いだと、
 そう考えている印象を受けていた」

狼「……『人間様』を仲間に加えるのは、
 今でも反対したいと思ってる。
 自分から出て行った相手を追うような、
 なれ合いだって嫌い」

男「ならば、行動と矛盾しているな」


338: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:33:15.63 ID:Xu70o61xo
狼「でも、あの子は」

狼『ああ、耳の事ね……気持ち悪いでしょ』

少女『カワイイーッッ!!!!』バッ、むぎゅーっ

狼「どこか、他の『人間様』とは違うから……」

 とことこ

男「……」

包帯「とりあえず、双子妹くんと協力して、
 あらかた出航準備はできたよ。
 後は錨を上げて、港を出るだけ」

男「任せきりにしてすまん」

包帯「僕はかまわないけどね」

双子姉「…………」

男「あと少し太陽が上がるまで狼を待つ。
 それで戻らなければこの人数で出航だ」

包帯「……また、急がしくなりそうだね」


339: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:33:50.75 ID:Xu70o61xo
------------------------------------------------
   朝 隠れ港 市場

少女「……もう、みんな行っちゃったよね」

狼「間違いなく」

少女「うう、狼さんまで飛び出させてごめん」

狼「ホントに迷惑してる」

少女「はい……」

狼「さらに着替えも無いとか」

少女「グサッ」

狼「路銀も最低限しかないとか」

少女「グサグサッ」

狼「何を考えて何をするつもりだったの」

少女「あー、えーっと、それはですね……
 とりあえず遺憾の意を表明したいなーと」

狼「男は全く動じて無かったけど」

少女「うぐふぅっ……」


340: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:34:26.67 ID:Xu70o61xo
狼「まったく、まさか本当に無策なんて」

少女「いや、まったくじゃないよ。
 この前に騒ぎになった酒場に行けば、
 多少は何かわかるかなーって考えたり!」

狼「……何かって?」

少女「う、何か、だけど」

狼「要するに、アテにはできないって事ね」

少女「でも、あのままあそこで黙って、
 あの人の言葉を聞いてるなんてできなくて……」

狼「確かに、さっきの男は言い過ぎだと思うけど」

少女「でしょー!」

狼「案外、一番動揺してるのは男とか」

少女「……へ?」

狼「なんでも無い。
 とりあえず、こんなところでじっとしていても、
 無駄に興味を引くばっかりで、
 良いことなんかないわ」


341: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:36:15.20 ID:Xu70o61xo
少女「興味なんて、まだ開いてる店もないし、
 人だってぽつぽつ通り抜ける程度で……」

狼「ココをどこだと思ってそんな油断してるのよ。
 そこ、出てきな。
 ……それとも引きずりだされたい?」

青白「おっかないですねぇ。ひひひぃ。
 あっしはこれでも、隠れ潜むのは得意なんでやすが。
 どうやってわかりやしたか」

狼「煙草の臭いにおいがぷんぷんしてれば、
 それは誰だってわかるでしょ」

青白「……わざわざ着替えてきたってのに、
 ずいぶん鼻がきくもんで」

狼「で、あんたは何?
 しばらく前からそこで隠れて聞いてたけど」

少女「そうなの?」

青白「油断してる相手を見てたはずが、
 自分が油断させられて誘い込まれてたとは、
 まさかまさか、思わなかったでやす」

狼「……ごたくはいらないから。
 あんた、さっきから尾行してたみたいだけど、
 なにか用なの?」

342: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:36:55.79 ID:Xu70o61xo
青白「申し遅れましたが、怪しいモノじゃありやせん。
 あっし、この港で細々と情報を商ってる、
 青白ってケチな男でありやす。ごひいきに。ひひひぃ」

狼「盗み聞きも仕事ってわけ」

青白「へえ。まあ、そういうわけで」


少女「もしかして、この人に聞いたら判らない?」

狼「……」

青白「ひひひぃ、何かお求めでありやすか」

少女「あの、白髪って人の情報、あります?
 どこに行ったかとか……」

青白「人捜し、ですかい。
 しかししかし、ひーひひ。さてさてさて」

少女「な、なによ……」

青白「いえ、奇縁でありやしょう。
 白髪の旦那には、数日前に情報を売りやした。
 ああ、この情報はタダでいいですぜ。ひひひぃ」

狼「……」

343: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:37:40.36 ID:Xu70o61xo
少女「それなら、今の居場所もわかる?」

青白「確認は取れないですが、見当はついています。
 しかし良いんでしょうかねぇ。

 探すってのは、いなくなったって事でありやしょう。
 いなくなったなら、どこに行くか告げてない。

 告げてないなら、言いたくなかったか、 
 言えない事情が有ったって事でありやしょう」

少女「う……それは」

双子姉「いいんだよっ」だだっ

少女「双子姉ちゃん!」

青白「おや、お仲間ですかぃ?」

双子姉「うん。白髪さんのお仲間。
 で、これから白髪さんを探しに行く仲間なの」

青白「まぁ、あっしとしてはとりあえず、
 金さえ払ってもらえりゃぁ、何だって、誰にだって、
 ほしがってる情報を売るつもりですよ。ひひひぃ」

双子姉「じゃあ、教えて。
 白髪さんはどこにいるの?」

344: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:38:11.80 ID:Xu70o61xo
狼「ソレをアタシたちが知らない事が……」

双子姉「白髪のおっちゃんの望みかもって、
 そこから聞こえてたよ。
 でもいいの。そんなの知らない」ぷぅ

狼「知らないって……」

双子姉「だって、あたしはおじいちゃんの家族だもん。
 心配して当然だもん。
 そりゃ、隠してる事を調べるのは嫌だけど、
 何もしないよりはずっといいもん」

狼「言ってること、筋が通ってないし」

双子姉「いいの。とにかく今は、
 追いつけるかもしれないウチに、
 おじいちゃんの事を聞いて追いかけるの」

狼「……まあ、いいか。
 アタシも考えるとか苦手だし、
 必要なら後で殴ればいいかも」

少女「ちょっと、殴ればいいかもって、
 それはヒドイって……まあ、同感だけど」

狼「ヒドイのは置いていった白髪でしょ。
 で、情報屋さん、値段は?」

345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:38:44.06 ID:Xu70o61xo
青白「へぇ、五デュカートほどいただきやす」

少女「高っ!」

青白「まあ、おまけがいろいろありやす。
 アテもなく個人を探すってのは、
 時間も労力も考えれば安くネェわけでさ。
 それと比べれば、お得かと思いますぜ」

狼「……大した情報じゃなかったら、
 あんたも殴るから」ちゃりんちゃりん

青白「ひひひぃ。そんな事にはなりやせん。
 まあ、結論から言っちまいますと、
 白髪の旦那はバリウガに向かっていやす」

少女「バリウガに?」

双子姉「……どこ?」

少女「ここから船で七日くらい東……
 ケリウキラとか、リベルタからなら、
 目と鼻の先って所ね」

狼「……詳しいの?」

少女「え、あ、まあ、そっちの出身でね」

346: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:39:21.39 ID:Xu70o61xo
青白「そんなら話が早くて助かりやす。
 近年、トルキアの紳士海賊ウルグ・アリとが、
 イオニア海東部を牛耳ろうって動いとりやしょ」

少女「ジアキントス辺りまで押さえて、
 あとはレピアント海域が落ちれば、
 イオニア海に面するギリシーヤの海岸線は、
 ほとんどが押さえられるって……」

青白「ひひひぃ、ずいぶん詳しいこって」

少女「あ、あはは……噂でね、ほんと、聞いただけ」

青白「まあ、実際はもうすでに、
 あの辺りはまとめてトルキアのもんでやしょ。
 特にウルグ・アリの勢いはとんでもねぇ」

狼「それが、白髪となんの関係があるの?」

青白「あせっちゃぁいけやせん。
 ウルグは足を止めてるレピアントからベネッタへ、
 トルキア軍の道を開こうと考えてやがるんでさ。
 なにせ最近のスルチアンは放蕩三昧、
 さらにその子はタカ派の筆頭でさ。
 多少財政が圧迫されてる現状に、
 それなら奪ってやろうという話が出てくるのは流れで」

347: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:40:13.63 ID:Xu70o61xo
少女「あの辺りは天然の要塞だから、
 攻められないって聞いてるけど……」

青白「へえ、そうでさ。
 レピアント海域の周りは弧を描くように、
 いくつかの島が連なっておりやす。

 そこにはいくつか小型の基地や砲台があって、
 あっちを狙えばこっちにケツが向くって具合で、
 守りに堅いと評判は上々。

 しかし、ギリシーヤ海岸線をおとさにゃ、
 奥にあるベネッタへは補給が足りずに手がのびねえ」

少女「だから、レピアントが万が一落ちなければ、
 そこから奥は対トルキアに関していえば、
 しばらくは大丈夫だって話は聞いてるけど」

青白「まあ、半円の内側から狙えば、
 そりゃどっかからケツを撃たれて沈むのは当然でさ。
 しかし、その外から狙うならどうでしょうや」

少女「レピアントの外、それでバリウガ?」

青白「へえ。群島が砲台を向けてねえ方から、
 攻撃をしかけりゃぁいいって考えらしいですぜ。
 で、ある海賊が遠からず襲いにいくとかどうとか」

348: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:40:40.59 ID:Xu70o61xo
狼「その情報を、白髪に売ったわけ」

青白「なにせ、白髪の旦那にとっちゃ、
 バリウガは今でも忘れられねぇ故郷だとか。

 あっしはそこに関わる話を聞いたら、
 まとめて旦那にお渡ししてたんでさぁ。
 だからそんな、恨めしげな顔で見ねぇでくだせぇよ」

双子姉「むー」

狼「とりあえず、情報はそれで全部?」

青白「へぇ。あっしが知ってる中で、
 白髪の旦那の行く先に関係する情報ってぇのは、
 こんな程度の事でさぁ」

狼「確かに、有効な情報だったわ」

青白「ひひひぃ、ありがとうございやした。
 では、あっしは失礼しやす」

 とことこ

狼「……ここから、バリウガに一人で行くなら、
 少し歩いた港から、定期船を乗り継ぐ、か。
 幸いアタシが多少は路銀を持ってきたから、
 追いかけられるけど、どうする?」

少女「とりあえず、白髪さんには会いに行くよ」

349: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/06/09(木) 23:42:10.55 ID:Xu70o61xo
双子姉「おじいちゃんの故郷がピンチなんでしょ。
 それなら一緒に助けちゃおうよ」

狼「……町については置いておくとして、
 とりあえず白髪を追うことは決定ね。
 それなら、最低限の水と糧食、
 火種なんかを確保して、隣の港に向かうわよ」

双子姉「あいあいさー!」

少女「はーいっ!」

双子姉「あ、この町でついでに果物も買いたい!
 珍しいのとかイロイロ置いてるって聞いてるからね」

少女「果物かぁ……そういえば、昨日だけど、
 そこのお店で干し杏が並んでたような……じゅるり」

 きゃっきゃ

狼「なんで、それなりに真面目な状況なのに、
 急にこうも緊張感がなくなるって……はぁ」

少女「あ、干し肉とかどうする?」

狼「柔らかいの!
 干し肉無かったらアタシはいかないからね」

 わいわいがやがや



次回 少女「奴隷はもうやだよ……」 その2