1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:08:44.73 ID:6gox9LIV0
イチローは二月から始まるキャンプに備え、温暖な気候である沖縄で自主トレに励んでいた。

同じメジャーリーガーの松坂大輔も自主トレに参加し、二人はキャッチボール、シート打撃、ランニングなど

ときおり談笑を交わしながら一通りこなし、初日ということでこの日は切り上げた。

引用元: イチロー「渡久地東亜という男がいてな・・・・・」 



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3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:10:27.28 ID:6gox9LIV0
その夜 二人は居酒屋で酒をたしなんだ。もっぱら話題は野球についてだったが、

話題の違いさえ除けばサラリーマンの先輩と後輩が仕事帰りに一杯という光景にも見えた。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:12:16.17 ID:6gox9LIV0
「イチローさん、こいつは打てないなっていうピッチャーとかいますか?」

松坂がふと思いついたように聞いた。イチローはふいを付かれたのか、驚いた後しばらく考え込み

こういった。 

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:14:50.39 ID:6gox9LIV0
「ああ、いるね。そいつはアマチュアの投手だったけど。」

「高校時代ですか?」

「いやプロに入ってからの話だ」

「アマチュアの投手が打てない?それ本当ですか?」

「アマチュアと呼べるかも微妙だけどね。少なくともプロ野球選手じゃない。」

「ちょっと詳しく聞かせてくれませんかその話」




6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:15:49.00 ID:6gox9LIV0
酒のせいか、松坂は半ば興奮していた。イチローも同じ理由でかなり気分がよかったのか、

遠い目をしておもむろに口をひらいた。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 11:17:30.08 ID:6gox9LIV0
イチローが渡久地東亜と出会ったのは10年以上前にさかのぼる。

今回と同じ自主トレを行うため、沖縄に来ていた頃だった。 

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:00:11.19 ID:6gox9LIV0
きっかけはとても些細な出来事

トレーニングを切り上げ地元のバーで一人、酒を飲んでいると、

男が絡んできた。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:02:02.20 ID:6gox9LIV0
体つきはかなり屈強で、背もイチローより高い。そして外国人だった。

しかし日本語を話していることから、沖縄に駐留する米軍兵なのだろう。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:03:00.03 ID:6gox9LIV0
男はかなり悪酔いしていた。イチローは最初無視を決め込んでいたが、次第に言動は

エスカレートしていく。

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:05:15.57 ID:6gox9LIV0
口にするのも憚られるような言葉をイチローに浴びせ始めた。

何人かの米兵たちは、「やめとけ」 「もういいだろ」 と声をかけているが、本気で止めようとは

しなかった。店主を茫然として立ちつくすだけだった。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:07:39.55 ID:6gox9LIV0
しかしイチローは動じることなく、ついに口を開いた。

「もう寝た方がいいんじゃないか。君は平和をまもる軍人だろ。健康は気をつけた方がいい。」

そう静かにやさしく対応した。 

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:09:08.55 ID:6gox9LIV0
しかしそれが逆に皮肉と取られたのか、男は手に持っていたコップにはいった酒を

勢いよくイチローへと投げつけた。

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:10:43.89 ID:6gox9LIV0
顔、シャツ、ズボン、体中のほとんどがびしょ濡れとなった。

「思い知ったか、ジャパニーズ」

男は得意げな顔をして、そういった後、店の出口へと歩き出した。

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:12:59.67 ID:6gox9LIV0
イチローは微動だにすることなくイスに座ったまま黙ったままだった。

男が店からでると

「タオルを貸してくれ」 そう店主に申し出ると、店主はワンテンポ遅れてイチローにタオルを

差し出した。


23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:15:53.76 ID:6gox9LIV0
イチローは自分の濡れた箇所をふきとると、机やイスも丁寧にふいた。

「いいですよ、わたしがやりますよ」

店主はあわてて制した。

周りの米兵達は嘲笑していたが、イチローは気にする様子はなかった。

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:19:47.39 ID:6gox9LIV0
イチローはその後、何事もなかったかのように酒をたしなんだ。

店主と会話するうちにさっきのことはすっかり忘れていた。店への電話で

会話が一時中断すると、イチローは何気なく他の米兵たちの会話に耳を傾けた。

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:22:50.57 ID:6gox9LIV0
「しかし、ビリーの酒癖もほんと どうにかしてほしいよな」

「周りの迷惑ももう少し考えてほしいぜ」

ビリーというのはさっき酒をかけてきた男のことだろう。

イチローは、「周りの迷惑をもう少し考えてほしい」という言葉には憤りを感じたが、こらえる。

興味深い会話はそのあとだった。

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:27:27.73 ID:6gox9LIV0
「あいつワンナウトでも結構稼いでるからな 少し調子のってんだよ。」

「あいつから打てる奴あんまいねぇもんな。なんせ元メジャーリーガーなんだから。」


27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:29:12.89 ID:6gox9LIV0
なぜ米軍人同士で日本語を話す必要があるのか疑問が残ったが、イチローにとっては

そんなことはどうでもよかった。

「ワンナウト・・・・」 「抑える・・・・・」 「メジャーリーガー・・」 「稼ぐ・・・だと・・・」

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:30:47.58 ID:6gox9LIV0
このキーワードでイチローが連想したものは言うまでもないだろう。

イチローはカウンターに勘定を叩きつけ、会話が聞こえたテーブルへとゆっくり歩き出し

米兵に声をかけた。

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:32:45.57 ID:6gox9LIV0
「おい、なんだそれは?」

「はぁ?なにが?」

「ワンナウトとかいうのは何だと聞いてるんだ」

「知らないね」

「知らないなら仕方ないかな」


30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:35:21.00 ID:6gox9LIV0
イチローはあらかじめ手に持っていた札束をポケットにしまう。

すると、

「ああ、すまん思い出した」 

表情が一変し、イチローに全てを話した。


31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/18(水) 20:37:10.93 ID:6gox9LIV0
話を聞くとイチローは店を飛び出し、無我夢中で目的の場所へと走り出した。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:22:03.09 ID:xniYhkrq0
一人の男が賭場へと向かって歩いていた。

バーで米兵達の会話に出てきたビリーという男だ。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:23:06.05 ID:xniYhkrq0
彼はいまだにいら立っていた。さっき日本人に自分の生き方を皮肉られたことが一番であったが、

それだけではなかった。

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:24:37.88 ID:xniYhkrq0
バーでの、仲間たちのよそよそしい態度も原因であった。警察沙汰になろうかという状況なのに

誰も止めに入らない。仕方ないので口だけでもという正義感

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:26:48.11 ID:xniYhkrq0
いら立つと同時に、しょせん自分は仲間たちからそんな程度にしか思われていないのかと

絶望した。そして彼は自分のコミュニケーション能力のなさを自覚するのであった。

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:28:35.62 ID:xniYhkrq0
仲間付き合いや、会話が苦手な者は大きく分けて二つに分かれる。

コミュニケーションを自ら断絶し相手を遠ざけようとする者

もうひとつは能力のなさをごまかすため とげのある言葉を浴びせたり、暴力に訴えるもの

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:29:14.33 ID:xniYhkrq0
ビリーは後者だった。これまで多くのものがビリーを敬遠してきた。

46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:31:06.64 ID:xniYhkrq0
しかし、野球をしている時だけは別だった。少年時代 グラウンド外ではよそよそしい態度をとる

チームメイト達も試合のときは好投したビリーに声をかけたり、ファインプレーでヒットを防いで

くれたりと、ビリーは良く助けてもらった。

47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:32:00.87 ID:xniYhkrq0
それが自分のためではなく、チームが勝利するためにやっているにすぎないということは

分かっていたが、ビリーは嬉しかった。

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:32:40.90 ID:xniYhkrq0
野球とはビリーにとって唯一のコミュニケーション手段でもあったのだ。

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:34:31.70 ID:xniYhkrq0
元々実力もあり、ドラフト指名を受け入団

マイナースタートだったが、ルーキーリーグ、1A 2Aと順調にレベルを上げていった。

結婚もして、子宝にも恵まれた。

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:36:37.27 ID:xniYhkrq0
しかし、不慮の事故で妻と子供を亡くしてしまい、そこからビリーの歯車は狂っていった。

うつ状態となり、まともにプレーできずメジャーリーグ目前で解雇となり、引退した。

ある男とかわしたメジャーリーガーになって会おうという約束を守ることはできなかった。

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:37:11.92 ID:xniYhkrq0
>>50
はい 気をつけます。

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:39:59.46 ID:xniYhkrq0
そして引退してからの唯一の楽しみは 酒、そして

ワンナウツだった。引退したとはいえ、体はケガ一つないビリーにこのゲームで敵はいなかった。

しかし、この稼いだ金も他のギャンブルや酒で消えていくという自堕落な生活が続いていた。

そして同じように今日も・・・・・

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/20(金) 20:41:50.44 ID:xniYhkrq0
「よおビリー待ってたぜ!」

「おぉビリーだ!」

「大リーガーのおでましだ。」


賭場へ着くとすでに集まっていた米兵たちに思い思いの声をかけられた。

それらが称賛の意ではないことはビリーにはすぐに分かった。

58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:27:09.28 ID:oMrX8sNK0
ゲームは既に行われていた。バッターはなじみの深い米兵だったが、ピッチャーの方は見かけない

顔だった。ビリーはマウンドに目を向けピッチャーを観察した。金髪で細身の日本人だ。今日はど

うも日本人に縁があるな。ビリーはため息をついた。

「おっ始まるぜ」

誰かが言ったその瞬間、金髪は投球動作に入った。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:30:29.89 ID:oMrX8sNK0
ビリーは思っていた。おそらくバッターの勝ちだろう。高校野球で四番を打っていた男なのだから

結果はピッチャーの勝ち バッターはボールにかすることすらできなかった。球速は120km前後

変化球もない、なのになぜか次のバッターもその次のバッターもことごとく三振に倒れた。


60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:36:18.99 ID:oMrX8sNK0
慌てふためく周りの様子を見る限りゲーム初参戦の男のようだ。ビリーはふがいないバッティング

をする米兵たちにいら立っていた。そしてそのいら立ちを発散するため、巨体をゆすり

バッターボックスへと向かった。

「おうビリーだ」

「ビリーが打つぞ」

「でもビリーってピッチャーじゃねぇか バットの握り方わかんのか」

他の米兵達がはやし立てるがビリーは無視を貫いた。

所詮集団じゃないとなにもできない連中だ。都合のいい時だけ強気になる連中に嫌気がさしていた

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:38:50.02 ID:oMrX8sNK0
「あいつ打つかもしれねぜ。メジャーでは投手だったけど高校時代は4番も打ってたし」

一人の米兵がビリーの心情を代弁した。バットを強く握りしめ打席に立つと

金髪が声をかけてきた。

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:45:51.81 ID:oMrX8sNK0
「へえ あんたプロ野球選手だったのか」

「だからどうした」

「さっきの奴らは三振取れたけどメジャーリーガーさん相手ならそう簡単に三振はとれないはずだよな」

金髪男はボールをお手玉させながらビリーに言った。

「だまれ、小僧さっさと投げろ」

我慢していたものが急に爆発したかのようにビリーは言い放った。

絶対に打つ ビリーの頭にはもうそれだけしかなかった。

「まあ あわてんなって」そういうとマウンドからバッタボックスへとゆっくり近づいてきた。

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:50:16.40 ID:oMrX8sNK0
「賭け金の話だけどさ・・・」

金髪男は平淡な口調で言う。

「んなもんてめえの好きにしろ。どうせてめえの負けなんだからよ。」

興奮しているビリーは早く勝負を始めたくて仕方がなかった。

「言ったな、忘れるなよその台詞」 

金髪は不敵な笑みをビリーにむかって浮かべ、振り返ってマウンドへと歩き出した。

それがますますビリーを興奮させ、いらだたせた。金髪はゆったりとしたフォームで

振りかぶりボールを放った。

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/23(月) 21:54:26.61 ID:oMrX8sNK0
どれくらい走っただろうか イチローはようやく「ワンナウツ」とやらが行われている場所を

見つけた。米軍兵らしき男たちが群がっているので間違いないだろう。しかし何やら静かだ。賭博

をしているとは思えない イチローは米兵の群れを押しのけながらグラウンドをのぞくと、そこに

は尋常ではない光景が広がっていた。屈強な米軍兵が膝をつきうつむいて、それよりはるかに体格

の細い日本人の男が見下ろしていた。

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 19:49:45.53 ID:it6dsRPj0
日本人は米軍兵に向かい言葉を投げかけていた。
 「あんたの敗因を教えてやるよ、その短気な性格のせいさ」
 「実はマウンドから降りてあんたに近づいたとき、酒を飲んできたってことが分かった」
 「興奮状態のあんたは俺の挑発にもつっかかり、酒のせいでコンディションもボロボロ」
 「力みかえったあんたはただのひょろ球にさえかすらせることもできなかったってわけさ」

日本人はそう説明し終わると
  「さあ、払ってもらおうか 五千万」

米兵は無言のままだった。イチローも背筋が凍りつく感触を覚えていた。

もう見ていることはできなかった。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 19:59:17.16 ID:it6dsRPj0
「おいやめろ」
 金髪の日本人に向かってイチローは声を張り上げた。
 「ああ、なんだよアンタ」

  「五千万なんて払えるわけないだろ」

   「ちゃんとやる前にお互い同意できめたんだぜ、負けても文句いえねぇつーの」

 駄目だ。もう何をいっても無駄だ。イチローが頭を抱えていると

 「あ、こいつ誰かと思ったらイチローじゃねぇか」
  「イチロー?あの何度も首位打者とってる?」
  「なんでこんなとこに?」

周りの米兵たちがイチローだということに気付き始めたが、イチローは気にせず
ビリーのそばへかけよった。

 「なあ、大丈夫か?」
  「これが大丈夫に見えるか?五千万の借金を背負わされて大丈夫な奴がいるか?」
  「ビリー、その借金をぼくがチャラにしたらどうする?」
   「おまえなにいってんだ?しかもなんで俺の名前・・・」

   「取り返したら約束してほしい。二度と賭け野球なんかやらないでくれ」
   「そしてもう一度一緒に野球をしよう、メジャーリーグで」

   「だからなんで俺の名前・・イチローだったよな?まさかお前・・・」
  ビリーが言い終わらないうちにイチローはビリーのそばを離れていった。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 20:05:30.78 ID:it6dsRPj0
そして・・
  「おい君」
  「あぁ?」
 「僕と勝負しよう、ワンナウトで」
 「いいのか?プロ野球選手が野球でギャンブルなんかやっても?」
  「たしかに野球で賭博をするなんて許せないことだ」イチローはビリーをちらりと見た。
  「だから何も賭けない。勝っても僕は何も手に入らない。」
  「もし僕が勝ったら、ビリーの負けをなかったことにしてほしい」

  「いいぜ、お前が負けたら?」イチローはすぐにその質問には答えられなかった。
  二、三秒間をおいたあと、
  「引退する・・」そう「宣言」した。

 「おい、なんでお前がそんなことすんだよやめろ」
 「あの日の約束を果たすためさ」  

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 20:11:28.95 ID:it6dsRPj0
「よし始めるぜ」金髪がそう言いながらマウンドへ向かうと、
「いやまってくれ、アップを一通り済ませてからだ」
 「はやくしろよ」
 「君もどうだい、やらないとケガの原因になるぞ」
 「いらねーよ」
 「そうかい・・・まあ勝負の前に名前を聞いておこうか?」
 「渡久地東亜だ・・・」
  「僕は鈴木一郎 よろしく渡久地くん」
  「敵にそんななれなれしくしていいのか?」
「僕にとってはどんな理由でも同じ野球をするなら仲間なんだけどな」
そしてイチローはランニングへと走り始めた。

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 20:31:09.82 ID:it6dsRPj0
イチローのようなプロ野球選手からすれば、大金を賭けることを除けば(今回は賭けていないが)
本番にちかい練習であるシート打撃のようなものだが、イチローはランニング、ストレッチを入念
に行った。そしていよいよバッターボックスへと向かうのだった。

普段の試合は相手投手の投球練習をよく観察し、相手の呼吸、調子を読み取るイチローだが、渡久地は投球練習を一切しなかったため、イチローは少し困惑した。

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 20:38:56.91 ID:it6dsRPj0
イチローはこの時点から、渡久地が相当のキレ者だということに感づいていた。
ルールは通常と同じ 外野のファアラインにノーバウンドでボールを飛ばすか、
死四球を選べばバッターの勝ち。

それ以外は投手の勝ち。

自信はある。なにしろイチローがプロ野球の世界で何度も首位打者をとれたのは
どんなコースも自由自在に飛ばす方向を操れる力を身に付けたからだ。

つまり打とうと思えば外野フライも打てる。 渡久地がどんなリズムでどんな球をなげるかだ。
しかし、イチローは渡久地の本当の恐ろしさには気づいていなかった。



79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:09:10.38 ID:it6dsRPj0
イチローが投手方向にバットを向ける独特の儀式をすませると同時に
渡久地がゆったりとしたフォームから球を放った。

普段は好球必打、積極打法のイチローだが、一球目は球筋を確認するため
見送るときめていた。

コン と硬球がコンクリートにぶつかる独特の音がグラウンドに響いた。球速120km
台の直球、ど真ん中だった。しかしイチローは球筋を確認するのに夢中だったのか
まったく悔しがる様子はなかった。

二球目またもやど真ん中ストレート
イチローは焦らず慎重にバットを振っていく。
しかし突然ボールの軌道が変わり低めに沈むとバットは空を切った。

シーズン中でもめったに見ることができない、イチローの空振りであった。

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:17:41.77 ID:it6dsRPj0
三球目、四球目も同じような球
しかし、イチローは同じ球にやられるような選手ではない。
プロ野球界トップクラスのバットコントロールをもつイチローは、かろうじて
カットしていた。それと同時にボールが一球目とくらべほとんど回転していない
ことに気づいていた。

81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:22:24.18 ID:it6dsRPj0
並はずれた動体視力ももつイチローには投げる直前の手の握りも見えているため、
変化球をなげているわけではないことは分かっていた。
「まさか・・・あいつ・・・」
半信半疑ながらもイチローはあることに感づいていた。

82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:27:21.68 ID:it6dsRPj0
「回転数を操れる・・・・?」
五球目 イチローは沈むストレートにヤマを張った。
しかし今度は沈まなかった。なんと浮いたのだ。イチローは通常の直球も
頭にあったのかかろうじてバットに当てた。かすらせた という方が正しいかもしれない。

83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:31:05.40 ID:it6dsRPj0
これで六球目がわからなくなった。状況的にはイチローは追い込まれている
はずなのだが、その表情には絶望感などはまったくなかった。少なくとも自分の選手
生命を賭けて望んでいるようには見えなかった。浮き上がる球を投げる投手なんて
今のプロ野球界にもいない。

84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:38:05.49 ID:it6dsRPj0
イチローは確信していた。
渡久地は打者心理をギリギリまでよみとり何を投げるかを決めている
球種はストレートだけだが、高回転、低回転と複数のストレートを操れるということ。

渡久地は相手の言動一つ一つを見逃さずそれを自分が有利になるように利用できること。

イチローはプロ生活でこんな投手を見たことがなかった。
むしろこの高ぶる気持ちを抑えるのが大変なくらいだ。
むしろ抑えるのが大変なくらいだ。


90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:44:35.94 ID:it6dsRPj0
対応策はある。渡久地が心理を読み取ることがどんなに上手くても
これをやれば意味がなくなる。マウンドへ向かって渡久地を制し、打席を外すと、
二、三回バットを振り屈伸運動をした。
再びバッタボックスへと戻り六球目をまつ。

心理を読み取ってくる渡久地に対抗するには

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:49:36.56 ID:it6dsRPj0
投げる直前まで思考を[ピーーー]ことだ。コンマ単位で心を無にし、それを
再び戻すのは容易ではないがイチローには簡単なことだ。

あとは球筋をよくみて、あせらず落ち着いてバットを振るだけだ
なにもヒットにしなくていいのだ。

渡久地が振り返った瞬間 イチローは意図的に意識を飛ばした。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:51:40.44 ID:it6dsRPj0
なんだピーって?言っときますけど、やらしい言葉はつかってないですよ。

訂正 渡久地が振りかぶった瞬間 

すいません

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 21:56:43.82 ID:it6dsRPj0
そして素早く引き戻す この間およそ0.1秒
意識が自分に来た時にはボールはすぐそこに来ていた。
ど真ん中 沈むストレートだった。イチローは
ボールにバットを合わせセンター方向へと放った

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:03:29.91 ID:it6dsRPj0
方向は狙い通りだった。打球はイチローにはめずらしいポップフライだった。だがこれは
面白い打球だ。内野と外野のきわどいところへと上がっていくと、ちょうど内野の土の切れ目ギ
リギリへと落下した。 イチローは静かにその瞬間を見守っていた。
渡久地もしばらく見つめていたが、イチローの方へ向き直り、言った。

98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:07:21.65 ID:it6dsRPj0
渡久地はイチローの方へ向き直り言った。
「俺の負けだ、あの男の借金はなしだな」

99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:12:56.46 ID:it6dsRPj0
「本当か?外野でバウンドしたのか?」
「ああ、だからあんたの勝ち」
イチローは勝った喜びというより、ほっとした、というのが強かった。
あと少しでも打球が弱ければ・・・・・
しかも、完璧にとらえたと思っていたため、心から喜ぶことはできなかった。

しかし、勝ちは勝ち なかったことにするわけにはいかない。そう言い聞かせ

イチローはビリーのそばへと駆け寄った。

100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:23:45.16 ID:it6dsRPj0
「さあ、ぼくが勝った。約束を守ってもらうよ」
「おまえ・・なんで・・・そこまで・・・」
ビリーは涙を流しながら言った。
「許せなかったんだよ。君がこんな風に落ちていくのは」
 「ハワイウインターリーグで出会った大切な仲間なんだからさ」
 「あっ思いだした、鈴木一朗 オリックスとかいうチームにいる・・?」
 「気づくのおそすぎるよ君、僕はバーで会ったときから気付いていたよ」
イチローがそういうとビリーはいきなり険しい表情になった。
 「あの、バーでのことなんだが・・・ほんとにごめん」
  「でもあのとき、いやがらせしたわけじゃないんだ。」
  「日本人とまた仲良くなりたくて・・・・・」
  「ハワイでも孤立してた俺と仲良くしてくれたイチローみたいに」
  「仲良くなれるかなって思ったんだけど、怖さごまかすためにあんな風に接しってしまったんだ」

「ごめん・・・・・」ビリーは淡々とイチローの目をまっすぐみながら、謝罪した。

101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:29:52.54 ID:it6dsRPj0
「いいんだよ・・・もう・・僕も気にしていないし」
イチローは笑顔でそう言ったあと、
「それよりまた野球やらないか?」
「えっ?」
「もう一度挑戦するんだよ テスト受けて」
「無茶言うなよ、一度引退してるんだぜ」
「いや、君はメジャー目前までいってるんだ受かるにきまってる」
「約束しただろ メジャーリーグで会おうって」
そうイチローが言うとビリーは
「挑戦してみっかな・・・」ビリーが遠慮気味にいうと
「よし!頑張ろう、来年の試験合格に向けて!」
イチローは声高にいった。

102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:33:48.78 ID:it6dsRPj0
しかしイチローはあることを思いだした。
渡久地をプロ野球の世界に誘ってみようかと考えていたのだ。

しかしマウンドにはもういなかった。
他の米兵に聞くと「東亜?もう帰ったぜ」
と言っていた。 まだそう遠くには言っていないはず
と考え賭場付近を捜しまわったが、見つからなかった。

イチローは立ち止り、膝を抱えながら呟いた。
「おしいことをしたな・・・今のプロ野球界にはあんな男が必要なのに・・」

104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:43:16.94 ID:it6dsRPj0
「へえ イチローさんそんな凄い体験したんですね」いまだに興奮さめきらぬ松坂が言った。
「まあ引退を賭けるのはもうあれが最後だろうね」
 「あれから結局渡久地は見つからなかったんですか?」
 「ああ、毎日賭場へ行ってみたんだが、結局いなかったんだ」
 「しかし、凄いですね、打者の心理を読み取れるなんて・・・」
そこまで松坂が言うと、何かを思い出したかのようにいきなり声を上げた。
 「イチローさん明日はシート打撃たくさんやりましょう」
イチローがたじろぎ沈黙していると、
 「アマチュアになんか負けてられませんよ!」
 「僕もイチローさんにこいつは打てないなって言わせて見せます!」
 「明日からいえ、今から少し練習しましょう練習!」
酔っ払っているとはいえとんでもないことを言い出した。
イチローは「やれやれ、余計な話をしてしまったな・・・」
と苦笑いしながら頭を抱え、興奮した松坂をどう諭すかを考えていた。

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2011/05/27(金) 22:44:00.27 ID:it6dsRPj0
           
          
            END!