2: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:42:33 ID:p9C
機関の音が頭の中で反響し目を覚ました。
無人輸送艇の中で割り当てられたコンテナ。私の個室、寝袋の中で身じろぎする。
申し訳程度のブランケット、全く最高の寝心地。

「…xxxx…」

ひとりごちて、デバイスを手元に引き寄せる。
全く眼鏡がないと何も見えやしない。
ディスプレイに滲む、03:28の文字。

「…寝てた…sleep?」

引用元: 【艦これss】佐伯湾上のウォースパイト 



3: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:43:56 ID:p9C
頭の中で、刷り込まれたnihonngoとenglishが齟齬を引き起こして悲鳴を挙げる。
「全く…軍用機構の…ebo…革命が必要と…action…」

「×××」
悪態をつきながら、


Reboot,
Exe,
Hallo new world goodbye yesterday
昨日こそ覚えていたいのに。


「あー、あー、私は、私は、
だれなんだろう。
「クイーンエリザベス級、四番艦、ウォースパイト
本当に?模造品じゃないの?
「さえき湾…このたび佐伯湾伯地に
どうしたらさいきと読めるのかしら?
「着任いたしました。どうぞよしなに」
どうするのかしらね?ねえ?あなた?

4: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:44:53 ID:p9C
暗転
甲板の欄干に身を寄せる一人の艦娘
月と星を背にして

タイトルコール
『佐伯湾上のウォースパイト』

5: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:46:46 ID:p9C
〔火気厳禁〕



ぺたぺたと階段を上る。
裸足に感じる冷たさが私の意識を覚ましてゆく。



デッキに通じるドアを開けると検診衣の袖から風が抜けてゆく。
「…寒い…」
ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
それが唯一の暖かさ。

6: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:47:52 ID:p9C
煙は空のかなたに逃げていった。
吸殻をデッキにぽつんと置かれた灰皿に落とし込む。
なんだ私と同じじゃない。仲良くしましょう?friend?


火をつけて欄干にもたれかかる。
風に煽られる髪が煩わしい。もう一度後ろできつくまとめなおす。
見下ろすと、護衛の艦娘の探照灯が闇を切り裂いてゆく。
無粋な明かり。本当に綺麗。


≪皐月より阿武隈へ 異常なし≫
≪了解、継続して警戒態勢をとれ≫
≪帰投まで4単位。帰ったらゆっくりしましょう≫
≪いいわね。伊良湖にでも行きましょうか≫
≪フミィ≫
≪そうだね。新作、でたみたいだよ≫
護衛は帰投した後の甘味に夢中。ゆったりとした会話を聞きながらまた火をつける。

7: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:51:27 ID:p9C
暇になるといやでも祖国を思い出す。
それしかないから。


「have you want to japan」
謁見室に響く言葉。
「it’s a decisionz」
祖国に尽くすのではなく?極東に?
何故?

これは誰の記録なのかしら?私の?それとも他のだれかかしら?


気づいたころには、唯一の友人と仲良くする方法が切れていた。
ポケットを漁っても出てくるのは空っぽの思い出だけ。
「月は綺麗ね」
眼鏡を外して、月を夜に溶かす。

8: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:54:29 ID:p9C
目を覚ました時には日本だった。
白衣を着た技術者の群れ。
コピー。成功。量産に。
艤装との接続に失敗。
とんだデッドコピー。
廃棄処分。
いや、物好きな提督が。
今思えばそんな言葉の群れ。

9: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)20:57:55 ID:p9C
未練がましく煙草を探していたらしい。
「煙草?」
後ろから声を掛けられて振り返ると赤い服の小さい女の子がいた。
黄色の箱を差し出している?
「ええよ?遠慮せんでも」
呆然としていると、「しまった」とでも言いたそうな顔になる。
「え、ええとな、キャン、ユウ、スモウ?シガレ?」
スモウ?ああ、日本の国技ね?いえ私はできないです?
くだらないことを考えている間に女の子は続ける。
「それともあれか…ディスターブ スモウ ユウ アランド?」
そりゃあ、私の周りで相撲を取られたら騒がしいだろう。
「ああもう!吸うんか?吸わんのか?はっきりしいや」
「あ、いただきます」
「しゃべれんのかい!」

10: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:01:12 ID:p9C
二つ並んだ光が明滅し、紫煙が夜に溶けてゆく。
「ごめんな。びっくりしたやろ。人が乗っとるなんて思わんもんな」
「うちらもそうや。横須賀出るときにちょうど輸送船がでるって聞いてな。ついでにのせてもろたんや」
「まさに渡りに船ってやつや。軍艦やけどな」
「変なことすなよって、艤装を封印されたけど、全く失礼するわ」
「こんな美少女がどんな悪いことすると思うねん。見る目がないわ。ほんま」
頷くだけで精一杯だ。よくしゃべる女の子。

11: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:03:07 ID:p9C
「ところであんたも艦娘なん?似たような艦は見たことないけど…」
「あ、ええ、そうです」
「ええとな…これに乗ってるってことは、うちに着任するの?」
「佐伯湾伯地に所属するという意味でしたらそうです」
女の子は明るく笑う。
「そうなんやね。重要な荷物ってのはあんたか」
「荷物…そうですね。荷物のようなものです」
閲覧室が私をあざ笑う。

12: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:06:01 ID:p9C
補給概要
九一式徹甲弾×5
二十二号水上電探×3
零式水上偵察機×5
三式水中探信儀×1
大発動艇×3
燃料 10000
弾薬 10000
Etc…
冷たい印刷の文字が並ぶ。
そして最後に殴り書き。
warspite
荷物と一緒だ。


私の心が読めるのか、さっきまでの明るい顔はどこへやら。
「…ごめんな。悪いこと言ったみたいや。ほんまごめん」

13: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:10:36 ID:p9C
何本かの煙草を灰にしたころ。
「そういえばあんた。ビスマルクに似てるわ」
少女はぽつぽつと話し始める。
「ええと、ビスマルクの写真な…ちょっと待ってな」
モニターに仏頂面の少女が映し出される。
「最初は酷い顔しとった。仏頂面で。なんもかんも楽しゅうないそんな感じやったわ」
少女は遠い目をする。


「作戦には従うけど、戦ってない」
「死んでないけど生きてない」
「機械人形みたいって評判は散々やったわ」
「今思うと必死やったんやろうな」
「後から聞いたら、自分の存在意義について悩んどったらしいわ」
「祖国の誇りと、それにそぐわない現状。なんでこんな島国の為にってな」

14: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:14:34 ID:p9C
「それが今ではこれや」
布団のついた机でミカンを食べている写真。
猫を膝にのせてマグカップ?を持っている写真。
赤ら顔をして、肩を組んでいる写真。
「うちらが散々飲み会につき合わせたり、日本文化になじませたおかげやな」
うんうん、と少女は頷く。
「だから、あんたもそんな顔してると、こいつと同じ目にあうで」
心配そうにこちらを見つめる。


「最初の記憶に引きずられなくてええんよ」
「あんたはあんたなんやから」
「こうやって自分だけの思い出つくっていこ?な?」
「うちは、あんたに会えて嬉しいで」

15: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:23:33 ID:p9C
「いやー、恥ずかしな。これ。ほら、煙草まだあるで、じゃんじゃん吸ってや」
煙草の箱をもう一度こちらへ向けようとして少女は固まる。まあ、当然だ。大の大人が泣いてたら誰だってぎょっとするだろう。
「あ、ご、ごめんな。的外れだった?」
私は頭を振る。
「それともつまんなすぎた?」
また、頭を振る。
「あーもう。なんやねんな全く」
少女は私を抱き寄せる。
「好きに泣き。見とるのは月だけや」
優しい言葉が嬉しかった。

16: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:25:10 ID:p9C
貸してもらったハンカチで顔を拭いていると急に気恥ずかしくなった。
「ええと、お見苦しいところをお見せしまして…」
「ええよ。うちは見とらん。お月様に謝りい」
煙草を持った手をひらひらさせながら少女は言う。
「ごめんなさい」
月に向かって頭を下げる。
「ホントにすんのかい!」
二人で笑いあっていると急に電信を拾う。



≪魚雷音探知!八時方向!距離四百≫
≪防衛を優先しつつ、各艦回避行動!≫
≪八?八時方向は?どっち?≫
≪全艦、防御態勢≫
≪到達!≫
≪各艦、被害状況知らせ≫

17: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:28:26 ID:p9C
船が大きく揺れる。魚雷攻撃?敵?夜の海を見渡しても何の影も見当たらない。
そうだ。あの女の子は?


振り返ると苦虫を?み潰したような顔をしている少女がいた。それまでの柔らかい雰囲気を脱ぎ捨てたかのように見える。
「今回の護衛は外れやな」
咥え煙草を投げ捨てる。
「若葉、初霜抑えとき!」
少女が暗闇に向かって叫ぶ。

18: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:30:17 ID:p9C
≪くっそぉー直撃だよ。皐月!大破!≫
≪なんてこと…文月ちゃんは?≫
≪フミィ≫
≪大丈夫だって…。ごめんなさい。如月、中波です≫


ジタバタと暴れる少女とそれを抑える咥え煙草の少女。
「もうやってる」
「若葉ちゃん!離して、私出るの」
「初霜?艤装は封印中だ。丸腰でどうする?」
「でも、何かできるはず!」
「二分待ち。うちがどうにかしたる」

19: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:33:35 ID:p9C
にわかに増えた人数に困惑する。
「ええと?あなたたちは?」
咥え煙草の方に聞いてみる。
「若葉だ」

それだけ?
「ええと?ずっとあそこにいたの?」
「灰皿が欲しかったが、占拠されていたのでな」
見られていたのだろうか。頬が熱くなるのがわかる。
「大丈夫だ。見ていない。初霜は興味深々だったがな」
先ほどまで暴れていた少女に話を振る。
「ごめんなさい。その…。興味がありました」
長い髪の少女が気まずそうに謝る。


先ほどまで一緒にいた少女は通信デバイスを耳に当てている。
「…ああ、そうや。うちらが代わりに出る…」
「…不利なんはわかっとる。追い払えばいいだけや…」
「…ま、何とかなるやろ。救援よろしゅうな」

20: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:41:21 ID:p9C
通信を終えた少女が振り向く。
「若葉、初霜、艤装来るで」
背後にあるクレーンが動き、コンテナ1つを甲板上に乱暴に投げ捨てる。
「もう少し丁寧に扱ってくれるとありがたい」
コンテナの扉を力任せに開けながら咥え煙草の少女が言う。
「時間が惜しいやろ。ま、必要経費や」
腰にポーチをつけながら少女が答える。
「でもありがとう。これでみんなを助けられます。…艤装緊急起動。各所異常なし。行けます!」
艤装をベルトで固定し準備を終えた長い髪の少女が叫ぶ。
私だけがただ立ち尽くしている。


「コンテナもう一つ来るで、気いつけえ!」
落下の衝撃でドアが開き、王座を模した艤装が転がりだす。
横倒しの誰も座らない玉座。
「この艤装は?」
「あいつのや。艦娘って言っとったもんな」
「装着しておけ。浮いていれば助かるかもしれん」



「よっしゃ。抜錨後、護衛隊の救援。右舷デッキより収容。雷撃に注意せよ」
「若葉、出るぞ」
「初霜、出ます!」
「夜偵、発艦開始!攻撃隊は待機。夜明けを待て!」
三人の少女は暗い海に身を躍らせる。
私は?甲板に佇んだままだ。ただ煙草から紫煙を昇らせながら。

21: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:43:38 ID:p9C
≪こちら佐伯湾所属、龍譲。貴艦らの救援に当たる。右舷収容デッキより艦内に避難せよ≫
≪すみません。救援に感謝します≫
≪ええよ。はよ退避し。後は引き継ぐわ≫
≪そういう訳にはいきません!宿毛湾所属、阿武隈文月とも健在!指示を!≫
≪そうか…そうやな≫
≪フミィ!≫
≪心意気やよし…やな。損傷艦を収容!後、敵潜水艦を撃退する≫


私は?
私は何なのだろうか?


≪敵雷撃補足!≫
≪迎撃するぞ!衝撃に備えろ!≫
≪敵魚雷数八!九時方向!距離八百!≫
≪一本抜けます!≫
≪フミィ!≫
爆音が船体を揺らす。

22: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:46:11 ID:p9C
ここで震えているのか?
怖いよ。
戦いの終結を待ちながら?
ねぇ、ここにいよう。
ただ煙草を燻らせながら?
そうすれば、きっと…。気づかぬうちに沈めるから。
友達の隣のベンチによろよろと腰を下ろす。少女がくれた煙草のパッケージを漁る。
戦いなんて嫌いだ…。戦いたくないよ。悲しいだけだもの。



しんせい。
煙草のパッケージに書かれた文字。
頭の中の翻訳機が唸りを揚げる。
新生。
英語と日本語が齟齬を引き起こす。
真生。

23: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:49:07 ID:p9C
≪文月ちゃん退避!命令!指示に従って!≫
≪フミィ!≫
≪もう一撃できるって?駄目だよ!…沈んじゃうよ!≫
≪敵位置判明せず!大破艦は下がれ!邪魔や!≫



なにか。
煙草。もう残ってない。外箱だけ。
なにか。
空っぽだ。でも、それでいいよって。
なにかできないだろうか。
言ってくれた。友達のために。




≪敵潜水艦推定位置!九時!距離百六十≫
≪爆雷投射!≫
≪着水まで3…2…1…着水!≫

24: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:54:23 ID:p9C
微かな音が聞こえる…。
〔ready〕
え?涙を拭いて顔を上げる。
〔Queen Elizabeth class Battleship warspite〕
私の艤装…
〔connect complete〕
…力を貸してくれるの?
〔all you need pray peace〕
艤装の上で紅茶を手にした妖精がほほ笑んでいた。
〔for friend and family〕
ようやく私たちの出番が来たね。そう言いたそうに。

25: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:56:05 ID:p9C
≪反応確認できず!≫
≪移動しているものと推測…十一時方向より雷跡接近!≫
≪索敵機!気合い入れて探さんかい!≫


私の名前はウォースパイト。
戦いを忌み嫌うもの。
戦いを憎しむもの。
戦いを終わらせるもの。


≪一人でも、一隻でも守れるなら!≫
≪初霜…?若葉?初霜は?≫
≪爆炎で詳細不明…、馬鹿が…≫

26: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)21:57:49 ID:p9C
だから私は立ち上がる。座っていた玉座を後にして。
【caution rigging open】
ごめんね。
【shift combat mode】
妖精さんは頷き、ぐっと親指を立てる。
【warspite sally go!】
そうして私は、煙草を夜の彼方に投げ捨てた。


≪阿武隈より龍譲へ。初霜は無事…。阿武隈大破…。ごめんなさい≫
≪なんで?阿武隈さん?…私はあなたを庇ったはず…≫
≪だって、駆逐艦の子に良い恰好させられないでしょ…。えへへ…≫
≪だからって…≫
≪由良お姉ちゃんだって褒めてくれるよね…。阿武隈は…ちゃんとやったって…≫
≪初霜!阿武隈を収容しろ!≫
≪雷跡接近!≫



高らかに告げる。
「下郎どもめ!憎しみと悲しみをまき散らすだけの外道共が!恥を知りなさい!」
魚雷が命中。それが一体何だというのか。
「我は戦艦!我が名はウォースパイト!戦いを唾棄するものである!」
ありったけの蛮勇を、いや勇気を振り絞って叫ぶ。
王錫が波に揺られて「りん」と澄んだ音を響かせる。
≪あほか!何やっとんねん!≫

27: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:00:18 ID:p9C
≪潜水艦相手に戦艦が何をするつもりだ!下がれ!≫
立て続けに魚雷が命中する。
≪引け、新人!いくら戦艦でも保たんで!≫
棒立ちの戦艦はさぞ当てやすいだろう。
≪阿武隈の退避完了しました!戦線に≪待って!≫
でもまだ、まだ足りない。
≪皐月ちゃん?…これは?≫
【caution damage increase】
私だって戦艦の端くれ。耐久力だけなら、駆逐艦の倍以上はある。
≪戦艦のお姉さんが荷物の中にあるって!自分は時間を稼ぐって!≫
≪三式探信儀!…若葉ちゃん!≫
【forth Partition Closedown】
私は戦艦だから対潜攻撃はできない。けど…
≪受け取った!若葉突撃する!≫
私にできるのは祈るだけだ。平和と、友達を信じて。
≪若葉の邪魔はさせんで!航空隊魚雷迎撃!進路を開け!≫
【warning serious damage】
お願いだからもう少しだけ持ってね。私の艤装。
≪探信音発振!≫
後、3…2…1。そうすればきっと。

28: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:01:08 ID:p9C
≪敵潜水艦発見!≫
Bingo!



≪よし、爆雷一斉投射準備!≫
≪十時、距離千二百!ありったけ叩っこめ!≫
≪了解!爆雷投射!≫
≪着水!≫
≪反応…。あり!浮遊物確認!敵損害を確認中!≫

29: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:01:49 ID:p9C
明転

甲板の欄干に身を寄せる四人の艦娘。
青い海と空を背にして。


「なにか近づいてません?」
「お、はいたかや。救援部隊の到着やな」
≪展開!輸送艇を中心に輪形陣!各艦索敵機発艦始め!≫
「はいたか?」
「名前だ」
「それじゃ判らないよ…。佐伯湾所属の輸送艇です。すごく早いの。乗り心地はまあ…」
「よく言って最悪だな。だが悪くない」
「どっちやねん」

30: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:03:45 ID:p9C
「え?ずっと船倉にいたの?なんで?」
「その方が気楽だったもので…」
「よく見たら髪!全然手入れしてないじゃない!」
「伸びたら切れば良いし…」
「大きい初雪だな」
「もう…もう…」
「…おい、あかんで」
「…そうだな」
「いけません!女の子には綺麗になる義務があるんです!」
「…え?ええ…?」
「こっちに来なさい!私がおしゃれを教えてあげます!」
「…た、助け…?龍驤…若葉…いない?」
「あ、この象牙色のドレス素敵…。ふふふ私がばっちり綺麗にしてあげますからね」

「すまんなあ。霜の乙女モードには付き合えんわ」
「全くだ」

31: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:04:32 ID:p9C
「あ、見えました」
「え?」
「あれが佐伯湾鎮守府です。私たちの母港ですよ」
「いい所だ。みんないい奴だ」
「いいばっかやな。ほかの表現はないんかい」
「ふむ…では、悪くない」
「変ってないと思いますが」
「ちゃうで。こういう時はこう言うんや。変わっとらんやないかーい!どや?」
「ふふ」


「あ、司令官さん」
「おお、わざわざのお出迎えやな」
「admiral? really? why?」
「新人によっぽど期待をかけとんかな?」
「司令官さん毎回ですよね?お出迎えするの。」
「早いわ。これから新人からかって遊ぼ思たのに」
「趣味が悪いな」

32: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)22:04:52 ID:p9C
「おーい。キミィ。帰ったでー」
「初霜帰投しました」
「若葉だ」



「ほら、あんたの番やで」
背中を押され、つんのめる。


後ろを向くと笑顔の龍驤がいた。
頑張ってと口だけ動かす初霜。
どこ吹く風で煙草を燻らせながら、こちらをちらちら見ている若葉。
もう、挨拶くらいちゃんとできるわよ。子供じゃないんだから。



戦友の期待に応えるため、ゆっくりと前に出る
期待と不安を抱きながら。
ねえ、admiral あなたはどんな人なのかしら。
大きく息を吸い込んで告げる。
「我が名はqueen Elizabeth class Battleship warspite! admiral よろしく頼むわね」





34: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:28:44 ID:BDe
霰の帽子

35: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:29:08 ID:BDe
ステージの上手に置かれた演台がひとつ。


ステージの下手から青い水兵服を着た少女が登場。


上手へと、とことこ歩いてゆく。


演台に着き、一礼。


マイクのスイッチを入れ、話し始める。


「…」


「…」

マイクを持ち上げ、不思議そうな顔をする少女。


マックス?大丈夫か?
おかしいな。さっきはちゃんと動いたのに。
あー。あー。本日晴朗なれど波高し。利根川下れ。

36: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:29:39 ID:BDe
『ニイタカヤマノボレ』
びっくりしたなあ。
あ、南雲機動部隊への命令じゃないから。
座ってて。ごめんね。
飛行甲板はしまいなさい。誰も真珠湾を攻撃しろなんて言ってないからね。


『マイクチェック。ワン。ツー。Okです。司令』
いや、霧島がいて助かったよ。原因は?
シールドが抜けかけてました。ガツンってやっちゃったせいですかね。
なんで?おい、なんで目を逸らす?


『大変失礼をいたしました。今回のご案内をさせていただきます、Z3、マックス・シュルツです』
『司令官に、「昔読んだドイツの小説にこんなのがあったんだよ。だから、やって」と、なにも説明されないままに抜擢されました』
『これが終わったら覚悟しておいてね、あなた』


【せーの。L・O・V】
『それはアイドルへのコール。那珂ちゃんにしてあげて』
『クラッカーは止めてね。邪魔になるから。気持ちは受け取っておくわ』
『横断幕?ふぅん…。わざわざ作ったの?いいわ。それくらいなら許してあげる』
『静かに聞いていてね。あなた』


ホワイトボードを引き寄せて、きゅ、きゅ、とマーカーの音が響く。


カメラゆっくりと寄って…………明転。


ホワイトボードに書かれた文字
「霞の帽子」


暗転

37: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:30:23 ID:BDe
ここは洋上、艦娘護衛輸送艦、佐伯湾所属「ばんしょう」の船内待機室。
「ばんしょう」というのは私たちの母船。
長距離航海の輸送船。遠方での作戦行動を行う場合には作戦司令船としての側面も持っているわ。
昔の区分だとイージス艦に分類されるらしいわ。老朽船だけど、大事な船ね。


霰「ない…」
困り顔をしているのは朝潮型十番艦の霰。
普段は何を考えているのかわからない。と、評判の娘。
でも、自分が傷つくことを恐れない。とても勇敢で仲間思いの娘。感情表現が苦手なだけ。
その彼女が泣きそうな顔で探し物をしています。


霰は待機室の机の下をのぞき込みます。でもそこには、がらんとした空虚が広がっているだけ。


霰「やっぱり…ない」
壁面のハンガーを恨めし気に見つめる霰。なにを探しているのかしら?


霰「どう…してったっけ?」
ここで霰の回想。今日の出撃前は何をしていたかしら。

『起床…、装備点検…、出港…
正直に言って目が覚めたのは出港してから。
携帯食のサンドイッチに入っていたタマネギが辛くて、ようやく起きたの』

どうやら半分寝たまま「ばんしょう」にのってしまったようです。…艤装はちゃんと装備していたのかしら?いえ、見ればわかりますね。ちゃんと煙突を背負ってます。

38: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:32:49 ID:BDe
霰「やっぱり…」
そうしていると霰の妹もしくは姉、霞が待機室の扉から姿を見せます。
この辺の事情は複雑だから、気になる人は後で本人たちに聞いてみて。

霞「霰?どうしたの?後十分で目標海域よ?早く出撃甲板に行かないと…」
霞はだいぶ切羽詰まっているようです。霰を早く整えて出撃をしないといけない。そうしなければ、司令官の期待に応えられない。司令官に失望されるなんて…
【ストップ!やめなさい!私はあの人…違う!あのクズのことなんてなんとも思ってないんだから…】
…ゆうべはおたのしみでしたね…お見通しですよ。
【あ、あう…見てたの…?】
いいえ。鎌をかけただけです。霞は後で問い詰めるとして、話を戻しましょうか。
磯波。霞を拘束しておいて下さい。重婚法7条に抵触している恐れがあります。

39: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:33:19 ID:BDe
「かすみちゃん…」
青い顔をしている霰に、霞は声をかけます。
「…なによ?体調悪いの?」
口が悪いのはご愛敬。そう言いながらも霰の額に手を当てます。
「…熱はないみたいね。お腹でも痛い?それとも頭?」




「違うの…帽子…忘れちゃった」
「マジで…?」
そう言われるといつもの飯盒が載っていません。なんということでしょう。



ちなみにですが、今回のal班の編成はこちらを参照してください。
ホワイトボードにマーカーで名前を書きだす水兵服の少女。
…。まったく。不幸ね。


舞台上手から黒猫が登場。
口にはマーカーを咥えている。

ありがと。オスカー。後で猫缶あげるわね。

にゃー。


水上機母艦 瑞穂  班長
駆逐艦 霰
駆逐艦 霞
駆逐艦 陽炎
駆逐艦 不知火
駆逐艦 海風

40: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:33:45 ID:BDe
さて、ところは少し変わって護衛輸送艦「ばんしょう」内、出撃甲板です。先ほどの場面から五分後くらいでしょうか。


「…つまり、霰が、帽子を、忘れた、せいで…
「不知火たちいえ。私たち、十八駆は、今日は、お休みをいただきたいと…
「クズ提督、いいえ。私たちの司令官に、上奏しないといけないと…
「そういう…訳なんですか…?」
霰、霞、不知火、陽炎、海風。駆逐艦五人が顔を突き合わせています。
青い顔をしているのは第十八駆逐隊のメンバー。今回ヘルプで呼ばれた海風は不思議そうな顔。まあ、帽子を忘れたから出撃しないというのは、訳が判らないわね。


「…ごめんめ」
霰はというと、隅っこにいました。小さくなっています。マッチ箱くらいかしら。


顔を突き合わせ会議モードに入る十八駆の三人。後には縮こまる霰と、頭の上に疑問符を浮かべた海風が取り残されています。

「申し訳ないけど、今日の出撃は休みにしないと」
「あとで遠征班に謝んないとねー」
「私としたことが油断したわ。今月は調子が良すぎたわね」
「南方ルートでストレートが目前でしたから」
「まあ、これも必要経費かしら」
暗い顔を突き合わせて相談をしている三人に、海風が声をかけます。

41: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:34:09 ID:BDe
「その?霰さんが帽子を忘れたのは分かりましたが…?」
はてなマークを頭の上に浮かべ続けます。
「それにどんな問題があるのですか?」



渋面を海風に向ける三人。
「困ったことに問題しかないのよね。帽子のない霰は危険すぎるわ」
「陸奥さんの第三砲塔の上でキャンプファイアーをする方が安全ですね」
「まー、扶桑さんたちから、もともとない幸運をさらに奪った感じ?」
三人は口々に言います。言いすぎじゃないかしら?
あ、陸奥さん、十八駆はそこにいますので。演習相手にどうですか?
ああ、山城さん扶桑さん。泣かないで、ね。時雨と満潮がすぐ来ますから。



「そんなにですか…」
それを聞いて霰は膨れます。言いたいことがあるみたい。
「…そんなにひどくない…。一番ひどくても燃料タンクが炎上したくらいだもん…」

海風は『ぽん』と手を打ち合わせます。思い当たる節があるみたい。
「ああ、ひと月前の?司令官は、原因を燃料タンクの不備として発表してましたけど」


ひと月前。私たちの伯地で、燃料タンクが突如炎上。貴重な燃料5000が失われるという事件がありました。
深海棲艦の攻撃。内部からの工作。いろいろな説が飛び交いました。
そして原因究明のためということで三日間全員待機が命じられました。
警備も強化され万全の態勢が敷かれたのですが、問題となったのは、暇な艦娘たち。
お酒を飲む。麻雀を始める。ラジオドラマを録音する。
始末が悪いのは、そのラジオドラマを予告なしに電波ジャックして放送したことかしら。
ああ、話がそれました。もとに戻しましょうか。

42: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:35:17 ID:BDe

海風のいうことを聞き、三人はさらに渋面を深くします。
「厳密にいえば、燃料タンクの不備が原因だったのは確かなのですが…」
「あまりにできすぎててねえ。霰の外した25ミリが結局46センチに化けちゃったのよ。しかも三式弾。そりゃ燃料も燃えるしかないわよねー」
やれやれと首を振る陽炎。

海風の頭の上の疑問符がさらに増えます。?が??になるぐらい。
「その間に一体なにがあったんです?」


「ええと、うろ覚えですが…。対空演習で撃った25ミリが、たまたま近くで発着訓練をしていた大鵬さんの爆撃戦闘機に命中。
墜落を防ぐために爆戦から切り離した爆弾が、たまたま近くで釣りをしていた龍譲さんの釣り竿を直撃。
その釣り竿にかかっていたイ級の幼生が、ここが逃げ時と、遠征帰りの部隊に乱入。
すわ深海棲艦の新型と遠征部隊は燃料の移し替えを放棄して戦闘態勢に移行。
現状放棄命令を受けた遠征班の一人がバルブを閉めた。ただ、バルブの不備によってしっかり絞めても燃料が漏れていた。
そこでもう一回大鵬さんの爆戦…これはゼロ戦本体の事ですが、機体を立て直そうと、乱飛行をしてしているのを、武蔵さんが発見。
敵戦闘機と誤認した武蔵さんが対空砲火として使用したのが三式弾。
この中の一発が燃料タンクから流れ出ていた燃料に引火。閉め忘れたバルブから火が侵入し、タンク炎上。こんな感じでしたかね」
すらすらと説明する不知火。


「…よく覚えてますねえ」
呆れたような、なんとも言えない表情の海風。本当にね。

43: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:35:42 ID:BDe
にこりともせずに不知火は答えます。
「これは何のいたずらだろうと、何回も報告書を読み返しましたから」
「抜けてるわよ。爆戦本体を発見したのは清霜。そして敵戦闘機と誤認して武蔵に報告した。運が悪いことに武蔵の電探は修理中だったと。全く味方の戦闘機の見わけもつかないんだから」
怒っているようで全然怒っていない霞。清霜に甘いと評判。というか口調がきついだけで基本的に誰に対しても甘々ね。


「まあ、そういう訳で、霞が帽子を忘れたときはいろいろ起こるのよ。だから自主的に休暇を取りたいって訳。判った?」
陽炎は海風に向かって手をひらひらさせます。


「それは…わかりましたけど?でも、たまたまでしょう?」
どうにか擁護しようとする海風。

そこに不知火と霞が追い打ちをかけます。
「それはわかっています。でもそのたまたまが、何回も起こっているとしたら?しかも必ず霞が帽子を忘れたときに」
「ジンクスなのはわかってんのよ。でもねえ、十回以上起こっているのよ。工廠の小火、遠征内容の取り違え、赤城の糧食行方不明事件、明石がイベント海域に突撃…数えたらきりがないわ」
「赤城さんの事件もですか。…確かにそう考えると危険ですね」
あっさりと手のひらをかえす海風。赤城事件…ひどい事件だったわね。

44: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:36:12 ID:BDe
そうこうしていると、艦内指揮所より瑞穂が姿をみせます。
「ごめんなさい。遅れまして申し訳ありません。司令官様より伝令。無理はしないようにとのことです。あら?」
お通夜状態の駆逐艦たちに向けてにこやかに笑います。
「仲良く何のお話ですか?」
このぽややんとしたのが瑞穂。水上機母艦としてはかなり優秀。ただまあ、天然ボケのきらいがあるのが欠点ね。


「それがねえ…」
説明をする駆逐艦たち。


瑞穂はにこやかに笑い、
「じゃあ、帽子さえあればいいんですね?」
ぽん、と手を打ち鳴らします。

「それがないから困っているのです」
困り顔を向ける不知火。
「瑞穂にお任せ下さい。一寸お待ちくださいね」
そう言って再び艦内指揮所に姿を消す瑞穂。なんだか嫌な予感がするわね。


「ごめんなさい。お待たせ致しました」
戻ってきた瑞穂の手には緑色、いえカーキ色の帽子。どこかで見たことがあるような?
恐らく同じことを考えている5人を尻目に瑞穂は帽子を霰に被せます。
「うん。似合ってます。可愛いですよ」
きゅきゅ。と位置の調整もします。


不知火が青い顔をしながら瑞穂に問いかけます。
「ええと、瑞穂さん…」
「はい?呼びました」
にこにこしている瑞穂。


眩暈を堪える様に。絞り出したような声で不知火が問いかけます。
「不知火の覚え違いでなければ…その帽子は…司令官のものでは?」


「はい。そうですよ。事情を説明したら貸してくれました。これでばっちり。ですね」
にこにこしている瑞穂。


「前代未聞だわ…」
そう呟いて霞は天を仰ぎます。
軍装を忘れた上に上官の装備を拝借する。それだけで懲罰物よね。普通は。

45: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:36:34 ID:BDe
その霞を振り返らせたのは霰のつぶやき。
「いいかも…これ…すごくいいかも」
「へ?」
「霞ちゃん。霰、いけるよ」
「へ?」
全く状況が呑み込めていない霞。


その時、油圧シリンダーの動作音が響き、出撃ゲートが解放されます。
『目標海域に到着。戦闘部隊準備出来次第発艦せよ。幸運を祈る』


先陣を切ったのは霰。
「霰、いきます」
「…え?霰ちょっと待ちなさい。…もう…、霞出るわよ!」
「え?い、良いんですか?…海風いきます。」
「良いも悪いもないでしょう。一人で出撃させる訳にはいきません。不知火続きます」
「ま、なるようになるわねー。陽炎抜錨!」
「あら、元気がいいですね。瑞穂出撃します」


戦闘海域に飛び出した霰はその後獅子奮迅の活躍で前衛部隊を撃破。

「うう…出番がなかったです」
「やたら調子いいわね…。霰!気を引き締めなさい!」
「敵第二陣と接触予想!霰を中心に複縦陣!」

第二陣も難なく乗り切ります。

「瑞雲より入電。敵本隊発見です」
「陣形!霰を先頭に単縦陣!突撃!」
「撃ちます」


と狙った弾は見事敵旗艦に直撃。ゲージを破壊して凱旋を果たしました。
十八駆の面々は胸を撫で下ろし、瑞穂はにこにこしていました。海風は多少困惑顔でしたが。

46: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:36:57 ID:BDe
そのあと、霞は、たまに司令官の帽子を借りる様になりました。
難関海域に突入するとき、ゲージ破壊直前、いわゆるラストダンスのとき。
司令官も嫌がることはなく、貸して下さいました。
そしてその時に限って戦果を挙げて帰ってきたのです。


さて、古いジンクスを倒すと、新しいジンクスが立ち上がるのでしょうか。
『霰が司令官の帽子を借りると、作戦目標を達成できる』
そんな噂がまことしやかに囁かれるようになりました。


物は試しと、某艦娘も司令官の帽子を借りて出撃してみたりもしたのですが、
「司令官。別に誰かの幸運にあやかろうというわけではいんだが。帽子を貸してくれないか?…スパシーバ」

「あんまり変わらなかったよ。やっぱり自分の帽子が良いね。うん」
霰以外にはほとんど効果はなかったようです。
「でも、これは悪くない。二三日貸してくれないか?大丈夫。悪いようにはしないからさ」
あれ?
「そうさ…悪用はしないさ…ふふ」
あれれ?


「何を持っているのです?」
「ああ、司令官の帽子さ…少し借りたんだ」
「はわわ…司令官さんの帽子…ひ、ひび…」
「暖かいからね。丁度いい温もりさ」
「そ、その、私に…私にそれを…貸し…」
「…今日は寒いね。ウオッカがあれば、この温もりがなくても大丈夫だと思うんだ」
「す、すぐに買ってくるのです!」
「…そうさ、これは取引なんだからね…」
なにか怪しい雰囲気が…。


ちなみにこの企みは三女の活躍により未然に防がれたようです。
「あれ?なんで司令官の帽子を持ってるの?ああ!忘れ物!…全く、私がいないとダメなんだから!しれーかん!私が!今!帽子を持って行くからね!」
「え?あ、えっと…」
「買ってきたのです!さあ、早く帽子を!」
「あ、ああ、そうしたいのはやまやまなんだが…急に帽子が必要になったようで…すまないが返してしまったんだ」
「…ざんねんなのです…」
「…私もだよ…」

47: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:37:30 ID:BDe
さて、霰が司令官の帽子を被ると運が良くなる。
しかし、運の良さというものは長続きしないものです。
禍福は糾える縄の如し。とか言う日本のことわざにある通りね。



その日はいわゆるサーモン海域攻略戦。
敵旗艦は無事に討ち果たしました。
しかしながら、レ級、あのサーモン海域のみを拠点とする特異深海棲艦。
そのレ級がまだ残っていることを失念していたのでしょう。
霰は直撃弾を受け、大破してしまいます。


艤装、および装甲服もぼろぼろ。
提督の帽子はというと勿論ぼろぼろ。
まあ、装備品が破損するのは艦娘の特性だから仕方がない。
ゲージも破壊したし、ゆっくりお風呂に入れば治るはず。
「たくさん…直すよ」
と、入渠した訳なのですが、一つ問題がありました。その時の霰は気づいていなかったみたいだけれど。


「…え?」
入渠終了した霰の目の前にあるのは、新品になった制服。修理が完了した艤装。そして、ぼろぼろのままの司令官の帽子でした。


「…え?」
司令官の帽子であったものを信じられないように眺める霰。ひっくり返しても、一度目をつぶってみても、ぼろぼろの帽子はそのままです。


「…直って…ない」
艦娘の制服、および艤装は入渠中に修繕、修理が行われます。損傷が激しく、修繕が行えないときは、新品の物が手配されることになっています。
しかしながら、司令官の帽子は、艦娘の装備品には入りません。ですので、そのまま。


「…え、ええと…高速修復剤…」
ドックの片隅に置いてある高速修復剤の蓋を開け、帽子を浸してみます。
でも、装備品には含まれないので、高速修復剤をかけたところで意味はありません。
帽子が濡れただけ。


「…どう…しよ…」
濡れた帽子を抱いて立ち尽くす霰。

48: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:38:28 ID:BDe

「…そうだ…!」
とにかく誰かに相談をしよう。そう思って霰は脱衣所を飛び出します。
…とりあえず服くらいは着てもいいと思うのだけれども…


霞に始まり、「ちょっとあんた何してんの!服くらい着なさいってば!」
陽炎「うーん?新しいの買っちゃダメなのー?」
不知火「どうしても直したいのですか…。ならお裁縫が得意な方を頼るべきですね」
海風、「お裁縫自体はできますが…。帽子は作ったことはありませんねぇ…」駆逐艦仲間に聞いてみましたが梨のつぶてですね。まったく…。「でも、何とかなるかもしれません。こう言うことは鳳翔さんに相談してみましょうか」
ちゃんと拾ってくれる神も居るものですね。


「鳳翔」と書かれた暖簾をくぐり、引き戸を開けます。
テーブル席には龍驤、隼鷹、二人。
すでに一杯どころかかなりやっているようで、足元には酒瓶が転がっています。鎮守府内の酒好きとして有名。夕方以降に素面の龍驤と隼鷹をみたら、明日は槍が降るとも言われるわ。

49: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:38:51 ID:BDe

隼鷹が驚いたように声をかけます、
「霰?珍しいなあ?一緒にやる?」
霰は首を振ります。
「そうなん?まあ、ええけど。おーい鳳翔!お客さんやで!」
龍驤が奥に声を掛けると鳳翔さんが姿を見せて下さいました。
「いらっしゃい。って霰ちゃん?どうしたの?」


霰はかくかくしかじかうまうまとりとりと事情を説明します。
「…帽子を直したい…?ですか?」
こくこくと頷く霰。
その目は真剣そのものです。
「とりあえず見せてもらっていいですか?」
霰は帽子を差し出します。
「…ふんふん…」
受け取った鳳翔さんは帽子をくるりと回します。
「はい。できますよ」
にっこりと笑う鳳翔さん。霰の顔に安堵が浮かびます。


鳳翔さんは言葉を続けます。
「二三日後にはお返しできると思いますよ?」
それを聞いて霰の表情が固まりました。首を振りました。


「もっと早くですか?…じゃあ、急いで明日の夕方くらいではどうでしょうか?」
霰はもう一度首を左右に振りました。
困った顔をする鳳翔さん。どう伝えたものかを試案しているようです。
「あのね…」
口を開きかけた鳳翔さんは…「違うの」霰が遮りました。


霰は真剣な表情でゆっくりと言葉を選びます。
「そうじゃないの。…鳳翔が直すんじゃなくて…。霰が直すの…」
びっくりした顔の鳳翔さん。目を白黒させています。

「あら。あら。あら」
「霰が借りたから、霰が直さなきゃいけないの」
「まあまあ」
「だから、直し方を教えて下さい。お願いします」
ぺこりと頭を下げる霰。鳳翔さんはしばらく固まっていました。

50: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:39:13 ID:BDe

鳳翔さんはやがて、にっこりと笑って、
「差し出がましいことをいいました。ごめんなさい」
優しく霰の頭を撫でます。
「霰ちゃんの気持ちは確かにわかりました。僭越ながらこの鳳翔、全力を尽くします」


鳳翔さんはテーブルの方に向き直ります。
「ええと、ごめんなさい。今日は看板に…あら?」
振り返ると龍驤と隼鷹はいなくなっています。テーブルの上に散乱していたお皿、空き瓶も見当たりません。
鳳翔さんがきょろきょろしていると二人が出てきます。


「いやー。今日も美味しかったよ。ちっと早いけど飛鷹がこれでこれだからさー」
「そいつは怖いなあ。怒られんうちに帰らんとなあ。鳳、申し訳ないけどおあいそで」
「もう。片付けまでしてもらったのに貰える訳ないじゃない」
「いや、うちやないで。なんの因果か知らんけど、足が生えて歩いていったわ。いやー見せたかったなあ」
「そうそう、流し台まで行ったかと思うと、手が生えて自分で洗ってたよ。世の中不思議だねぇ」
「しらばっくれるんだから。出入り禁止にしちゃうわよ」
「おお、そりゃ怖いわ」
「怖い怖い。譲さんの部屋の豊後翠明がこわーい」
「出してもええけど。つまみは隼持ちな。明太あったやろ」
「なんで知ってるのさ。手に入れるの苦労したんだからね」
「苦労したのは私です。問屋さんに聞いて回ったんだから」


無駄話をしながらもてきぱきと暖簾を仕舞い、机を拭き、椅子を上げ、


「ご馳走さん。ほなな」
「じゃあ、鳳さんまた来るね」
二人はお酒を求めて旅立って行きました。まだ飲むのかしら?…愚問ね。

51: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:46:36 ID:BDe

気を使わせちゃったかなあとぼんやり考えながらポツンと立っていた霰。
やがて鳳翔さんの手の感触に我に帰ります。
「ごめんなさい。お待たせしました」
霰はぶんぶんと首を振ります。
「とりあえず私の私室に行きましょう。良い布があったはずですし」
そう言って暗くなったお店を後にします。


鳳翔さんのお部屋の小さな電気コンロに置かれた鉄瓶から立ち上る湯気。
耳を澄ますとチンと音が聞こえるよう。
湯呑を抱える霰に鳳翔さんは話しかけます。
「正直に言って、帽子の修理は無理です」
青くなる霰。
「ですので、新しく作りましょう」
さらに青くなる霰。
「…帽子なんて作ったこと…ないよ…」
「大丈夫です。意外と簡単ですよ。それに…」
「それに…?」
「私がついてます。鳳翔を信じて下さいね」
にっこりと笑う鳳翔さん。そう言われて断れる艦娘は何人いるのかしら。

52: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:47:02 ID:BDe

「霰ちゃんは、お裁縫はできますか?」
「…少しだけ。服が解れたときに縫うぐらい…」
「ミシンは使えますか?」
「…ほとんど使ったことない」
「わかりました。じゃあ、まずミシンの使い方からですね」


部屋の隅に置かれていたもの。
テーブルのようですが、布が掛けられています。
鳳翔さんが布を取り去ると、武骨な機械部分があらわになります。
旧式の足踏みミシンでした。まだあるのねこんなもの。
目を丸くする霰。それはそうです。霰の頭の中のミシンは小さくて電動のもの。
この時代には骨董品もいいところ。とても大きいミシンは予想外でした。
そんな霰の思いを読み取ったかのように鳳翔さんは膨れます。
「まあ、古いのは事実ですよ。でも便利なんです」
「…でも、使い方がわからないよ…」
「大丈夫です。ちゃんと教えますよ。ほら、ここに座って…」
「…足が届かないよ…」
「椅子を下げますね…どうですか?」
「うん…大丈夫」
「では、ゆっくり踏み板を踏んで下さいね」
「…こう?」
どががががが
「一寸踏み過ぎですねえ…もっとゆっくり…そう。そうです」
かたん、かたんと上下する縫い針。



「そうそう。下糸の準備ができたら、上糸をかけていきます」
「…んしょ…」
「…霰ちゃん、手先は器用ですねえ。上手ですよ」
「…えへへ…」

53: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:47:25 ID:BDe
かたん…かたん


「…できたよ。…雑巾だけど…」
「いいえ。とっても上手ですよ。これでミシンの基本は大丈夫ですね」
「…もう一つ作っても良い?」
「うふふ。みんな喜びますよ」


かたん…かたん



「では、次は実際に布を切ってみましょうか」
「…うん」
「型紙を当てて…、コピックでなぞっていきます」
「…こう?」
「…もうちょっと力を抜いてくださいね。そう。こんな感じで」


かたん…かたん…


「仮縫いです。簡単に止める程度に」
「…はい」
「…だんだん帽子みたいになってる」
「この時に、全体のバランスを確認してくださいね。ミシン縫いをするとほどくのが大変ですから」


かたん…かたん


「…いよいよ本縫い」
「ゆっくりでいいですよ」

54: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:47:45 ID:BDe

かたん…かたん



かたん…かたん…かたん…かた。
ミシンの音が止まります。
ふう。と霰は大きく息を吐きます。
「…できた」
「お疲れさまでした」
ぱちぱちと鳳翔さんは拍手をしてくれます。でも。
にこにこしている鳳翔さんと対照的に、霰は浮かない顔。

「…どうしました?」
「あんまり上手じゃない…」
霰の眉間に皺が寄ります。
「縫い目…少しずれてる。一寸歪んでる。折り目も、もっときれいに出来たはず」
ぽつりと雫がひとつ落ちます。
「…司令官に笑われちゃう」
続いてふたつ、みっつ。
「…」
ぽろぽろと涙が零れます。


「いいえ。とっても綺麗ですよ」
霰は顔を上げます。
「とても素晴らしい帽子です」
そこには、優しい目で帽子を見つめる鳳翔がいました。
「この帽子をもらえる人は幸せ者ですね」
「…嘘」
「嘘じゃないですよ。私が頂きたいくらいです」

55: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:48:10 ID:BDe
急に立ち上がる鳳翔
「早速提督に渡しに行きましょう」
「…え、ちょっと待って…」
「善は急げです」
鳳翔に手を引かれ、いや、引きずられていく霰。鳳翔さん意外と力が強いのよね。



こんこんと、ノックの音が廊下に響きます。
「どうぞ」
書類と格闘していた提督が顔を上げます。
その前まで出ていく鳳翔さんと霰。
「霰ちゃんが提督に御用があるそうですよ」
鳳翔に引きずられていた霰も観念します。
鳳翔さんに背中を押され、司令官の前に出ます。


「…その」


「…司令官の帽子…」


「…壊しちゃってごめんなさい…」


「…どうしたら良いか、一生懸命考えて…」


「…鳳翔に教えてもらって作ってみました…」


「…あまり、上手じゃないです…」


「…良かったら…その…」


そこまでしか言えずに霰は下を向いてしまいます。
帽子を見て落胆するかもしれない。
こんなのはいらないって言われるかもしれない。
悪い想像ばかりが頭の中をぐるぐる回って。
また涙が溢れそうになります。

56: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:48:29 ID:BDe
ぽん。と霰の頭に手が置かれ、
「そうか。わざわざ作ってくれたのか」
優しく撫でられます。
「何も気にすることはなかったんだが。気を使わせて申し訳ない」
そう言いながら、霰の作った帽子を取り上げます。
「うん。良い帽子だ。早速に被らせてもらおう」
目を細めながら、手の中で帽子を回していたかと思うと、おもむろに頭に載せます。
「どうだろう?似合っているかな?」
「…うん」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
もう一度提督の手が優しく霰の頭を撫でます。



執務室からの帰り道。
鳳翔と霰は手をつないで歩きます。
「…鳳翔。ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
「…その…?」
「はい?なんですか?」
「鳳翔に…お礼…しないと…」
「いいえ。お礼なんていいですよ。私も楽しかったですから」
「ええと、お店…手伝う?」
「うーん。さすがに駆逐艦の子を居酒屋で働かせるのは…」
「でも、何か…」
「なら、帽子」
「帽子?」
「提督の帽子に負けない私だけの帽子を作ってくれませんか?」

57: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:50:32 ID:BDe
明転。


ぱたん。
軽い音を立ててホワイトボードが倒れる。

『以上でこのお話はお終い』
『霰が初めて帽子を作った時のお話』
『ちゃんと終わらせたわよ。あなた。これでいい?』
『そう。ふぅん』

一礼して、演台を離れ、舞台袖へと下がっていく水兵服の少女。


声が掛かり途中で立ち止まる。


『え?』


『結局鳳翔は帽子を作って貰えたのかって?』


『呆れた』


『鳳翔の私服を思い出してみたら?』


水兵服の少女は舞台袖へと消えて。


暗転


居酒屋鳳翔の帽子掛け。
その一番上にかけられたベレー帽が風に揺れて。



58: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:11:04 ID:7fO
大きく息を吸い込む。
そして、吐く。


大きく息を吸い込む。
そして吐く。


冷たい金属が私の唇を凍らせて。
歌が流れだす。


月の砂漠
むーんらいとでざーと

フェンス越しに沈んでゆく夕日を背中にして、



タイトルコール
『弥生のハーモニカ』

59: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:11:31 ID:7fO
ハーモニカがひっそりと息を引き取る。
見上げた空にはもう月が昇っていた。


ふぅ。と息をつく。
「また、やっちゃった…」


工廠裏の私だけの中庭。

いや、本当は中庭とも言えない。
ただのデッドスペース。
足元にはオイル交じりの廃液が流れて、なんとも言えない匂いを放っている。


それでも私はここが好き。
だって、一人になれるもの。
他の娘達の目を気にせず。私が私でいられる場所。
好きな音楽を、好きなように吹けばいい。
私だけの私の場所。

「うーちゃん…怒ってるかな」


同室の娘を思い出す。
明るくて、楽しくて、私とは大違いの彼女。
「早く帰らないと…」
ハーモニカを軽く拭いてケースにしまう。
膝の上に広げていた楽譜と一緒に小脇に抱え、寮の部屋を目指す。
みんなに馴染めない私を気にしてくれている。


「弥生ちゃんは、もっとみんなと話せばいいよ」
「一人は寂しいよ。うーちゃんは死んじゃうよ」
「だからさ、うーちゃんと一緒にいこ?みんな待ってるよ?」


差し伸べられた手に触れることができず。
代わりに手にしたのは、この冷たい鉄の塊。
唇を凍らせる代わりに、下らない音が出せるだけの。
ただの鉄の塊。
それが私の魂だった。

60: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:12:08 ID:7fO
たぶん気が抜けていたのだろう。


「…っ」
角を曲がったところで誰かとぶつかる。
相手を確認する前に口が謝り始める。
「ご、ごめんなさい」


目に飛び込んだのは瞳の星。
金髪にカラフルな格好をした彼女。
ええと、誰だっけ?
「all,right」

流暢な英語?を聞いて脳裏に閃く。
海外艦だ。確か…戦艦iowa。
高速戦艦の大和型。戦闘部隊の中核的存在。
まごうことないトップクラスの存在。

「え、ええっと、そーりー」
そう言いながら頭を下げる。

私みたいに地味な遠征部隊の一員とは違う。
幾多の難関海域に出撃し、勝利を力づくでもぎ取ってくる。
まさに鎮守府の花形。


「I,see. You alright?」
怒ってるのかな?正直な話何を言っているのか解らない。

もう一度だけ頭を下げる。
「そーりー」
そうやって自室へと駆けだした。
いや、逃げ出した。
だから、彼女の伸ばした手に気づかなかった。

61: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:12:35 ID:7fO
「あら、弥生ちゃんおはよう。今日も早いわね」
「おはようございます」
朝食の載ったトレーを受け取る。


食堂の喧騒はあまり好きじゃない。
だから、早い時間に食事をとることにしている。
私以外に二三人がいるだけの食堂。
暖房もやっと起きたばかり。
冬の朝の寒々とした空気を感じながら一番隅のテーブルを目指す。



四人座れるテーブルを一人で占領して。
「いただきます」
焼き魚に箸を伸ばす。



魚の骨と格闘していて気づかなかった。
私の向かいにトレーが置かれる。
うーちゃん珍しく早起きしたのかな?

「goodmonig.prettymissy?」
「え?」
顔を上げると昨日の彼女がいた。
「mayijoin?」
席を指さして首を傾げる。
何を言いたいんだろう?
彼女は難しい顔をした後、たどたどしい日本語で言う。
「いっしょ、だめ?」
席を指さして、自分を指さして、私を指さす。

62: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:12:58 ID:7fO
私の心に寒い風が吹く。
ああ、隅っこの席はこの人の指定席なのか。
悪いことをしてしまった。
「そーりー」
頭を下げてトレーを持ち上げる。
もう食べる気にはならなかった。


「plesewait.iapologzeifhurtfeeling?」
去ってゆく背中に手を差し伸べて。
力なく落ちた手に私は気づかない。


食堂を出るときに隅の席に目をやると、
同じ米国艦のsaratogaがiowaの向かいに座るのが見えた。
「goodmonigiowa?ohwhatup?youlookedasiftheywouldcry?」


仲が良さそうな姿を見ていられず。私は視線を逸らす。
でも、どうしたんだろう?
saratogaすごい慌てていたみたいだけれど。
きっと私にはわからない何かがあるのだろう。

63: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:13:16 ID:7fO
遠征終わりの夕方。
いつものように私は唇を凍らせる。
何曲か吹き終わって。


ぶつかったあの人を思い出す。
星。
何かあったっけ?
そうだ…
空の星を見て…



大きく息を吸う。
そして吐く。


それは音を紬ぐ。
きらきら星。
寂しい魂のため。
あの素晴らしい愛をもう一度
お姫様は王子様に会えたのかしら。

64: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:13:56 ID:7fO
「amazing!」
拍手の音で目を覚ます。
「え…?」


気づいた時には、誰かが前にいた。

「何…?」

全く状況がつかめない。

「very good!」

肩から下げたギターが目に入る。

「that…please…will you play with me?」


その大きな女の人は首を傾げた。
捨てられた子犬みたいに。


「will you rend me the score?」

楽譜を指さして、自分を指さす。
手で剣を作って頭を下げる。


貸してくださいってことなのかな?
楽譜を差し出すとぱぁっと顔を明るくする。



良かった。合ってたみたい。

65: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:14:19 ID:7fO
「mmm…ok…」



開いたページは、あめーじんぐぐれいす


「I want to play this. Can you do it?」


相変わらず何を言っているのかはわからない。
けれど。



楽譜と楽器があったらやることは一つだ。


ドファ。ファーラソファ。ラーラソ。ファーレー。
答える代わりに少し吹いてみる。

うんうんと大きく二つ頷いて。
ギターを構える。

ドファ。ファーラソファ。ラーラソ。ファーレー。

「thrre」

「two」

「one」


ハーモニカが。
ギターが。


歌いだす。


そこにゆったりとした歌声。

66: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:15:46 ID:7fO
Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.


不安になって彼女を見る。
本当にこれで合ってるんだろうか?


'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.


彼女と目があう。
楽しそうに笑う。
恥ずかしくなって楽譜を追う。


Through many dangers, toils and snares
I have already come.
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.


嘘。
楽譜なんて頭に入っている。
彼女を…。
つまらなく…ないかな…


The Lord has promised good to me,
His Word my hope secures;
He will my shield and portion be
As long as life endures.


綺麗な歌声が夜空に流れていく。
きっと綺麗な金髪を月明かりが照らして…。
それは絵画のような光景だろう。


Yes,when this heart and flesh shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess within the vail,
A life of joy and peace.

67: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:16:15 ID:7fO
私は嬉しいよ。
一緒に演奏するのは…楽しいよ。
楽譜から目をあげて…。
…どう…思っているんだろう。
彼女を見る。


The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.


こちらを見ていた目が…
にっこりと笑う。
楽しいね。


When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.


頬をあげて、私も笑顔を返した。

68: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:16:36 ID:7fO
部屋に帰ったのは夜更けだっだ。
何曲演奏したのか。どうやって部屋に帰ってきたのか覚えていない。
幸せな気持ちが私の中を満たしていた。

「弥生!こんな時間までどこいってたっぴょん?」
「うーちゃん。必死で探したんだからね!」
ごめんね。すごく楽しくて遅れちゃった。


「…どうしたの?すごく嬉しそうな顔してる?」
私のハーモニカでも誰かを喜ばすことができたんだよ。


「なにかあったっぴょん?…」
それは、なんて嬉しいことなんだろうね。
「…男!?…男ができたっぴょん?駄目っぴょん!うーちゃんは許さない!」





幸せな夢を見ていた気がする。

69: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:17:17 ID:7fO
夢?
時計は朝の五時を指していた。
夢…そうか…そうだよね…。

隣のベッドから歯ぎしりが聞こえてくる。
「弥生をお前みたいな…」

肩を落とす。
夢だとしても楽しかったな。

「どこの馬の骨とも知れないやつには渡せないっぴょん」


ああ、またこんなに布団をはだけて…。
風邪ひいちゃうよ。
布団をかけなおしてあげて…?
スカートのポケットに何か入ってる?


「せめて幸せにするって約束するぴょん」


三角形の…?
薄い板…?


「どうか弥生を」


ギターピック。
ポケットに入りっぱなしのハーモニカが熱くなる。


「よろしくお願いします」


総員起こしを待てず、私は外に飛び出した。





混雑する食堂で私は当たりを見回す。

70: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:17:42 ID:7fO
息の上がる体に腹が立つ。

工廠裏…、波止場…、訓練所…、戦艦寮…、

夢じゃなかったと信じたい。



駆逐艦、軽巡、重巡、軽空母、正規空母…


ひしめき合っている。
その中で一隻の戦艦を探す。


「弥生?こんな遅くにどうしたっぴょん?」

いない。

「だれか探してるっぴょん?」

まあ、そうだよね。

「戦艦?戦艦の席は大体あっちだけど」

夢だったんだろう。

「あ、武蔵さん。おはようぴょん。…弥生が誰か探してるみたいぴょん」

一夜の夢。それで私は忘れられる。

「手伝ってくれるっぴょん?どうやって?」

つまらない遠征に今日も出て、資源をもってかえって一日の終わり。


「耳が痛いっぴょん…。でも、聞こえてないみたい…」

71: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:18:04 ID:7fO
「あ、大和さん…おはようぴょん」


「武蔵?騒がしいですよ。なんですか?大声を張り上げて?」

忘れられる。

「iowa?ああ、朝からうろうろしてますよ。駆逐艦を探してるって」

あとは部屋に帰って寝るだけ。

「お姉ちゃんって…。久しぶりね…。そう困ってるのね」

忘れられる。唇が冷たい。

「ええ。お姉ちゃんに任せなさい」


「艤装構成素子…?まさか…」


そして目が覚めるとまたおんなじ一日の始まり。

「ぶっ放した?…大和錯乱したっぴょん?」

忘れられる。私のポケットのハーモニカが。

「iowa?すぐに出頭なさい!私の大事な妹を困らせるとは!万死に値します!」

それが死ぬまで続くんだろう。

「yamato?whatsup?」

忘れられる。今だよって。

「ほら、来ましたよ」

72: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:18:26 ID:7fO
さあ、わたしに命を吹き込んで。

「あ、長門。違うんです」

ギターを背負ったあなたが現れるまでは。

「私は困っている大事な妹を助けようと思っただけで…」


さあ、セッションを始めよう!


私を見て笑うiowa。

「good monig pryty garl!」


光が私を切り裂いた。





ハーモニカが勝手に鳴り出す。

違う。吹いているのは私。


レーレーミーレー ミレーミーソー


古い歌。
故郷に
帰りたくて
泣いてる歌


レーレーミーレー ミレーミーソー

73: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:18:47 ID:7fO
Iowaを見る。
「o key」
笑って、彼女の指が滑り出す。
レーレーミーレー ミレーミーソー

私と彼女は頷きあう。
3,2,1…


「wait!」
それを遮ったのはsaratoga。
「iowayourslyperson.thoughitismetohavepushedbuck」
言いながら、食堂の机を二つ並べて
「BecauseIdonotgosotodayyesterdaythoughIhandeditover」
キーボードを設置する。


レーレーミーレー ミレーミーソー
試すように鍵盤を叩き。
「私も参加させていただきますね」
そう言ってにっこり笑う。
「アイオワにばっかり良い思いはさせないんだから」


バツの悪そうなiowaに笑いながら頷いて。
魂に息を吹き込む。


曲は、


カントリーロード



食堂に響く。
響く。
響く。

74: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:19:06 ID:7fO

「Country roads, take me home」
「To the place I belong」
「West Virginia, Mountain Mama」
『Take me home, country roads』


歌うのはiowa,saratoga。
英語の歌詞が流れてゆく。




「野分!一番装備を持ってこい!」
「はい!アイドルのでいいですね?」
「それ以外に何がある!」
「はい!」
駆けだす駆逐艦。




「Almost heaven, West Virginia」
「Blue Ridge Mountain, Shenandoe River」
『Life is old there, older than the trees
Younger than the mountains
Growing like the breeze』


なんだ?なんだ?と艦娘の目が集まる。
集まる。
集まる。


「持ってきました!」
「ご苦労!あとは特等席で見学してろ!奴らに日本を思い知らせてやる!」
「はい!」
「ゲリラライブに那珂ちゃんを呼ばないなんて…許さないんだから!」



マイクを持って飛び入りする軽巡。
もう、めちゃくちゃだ。

75: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:20:22 ID:7fO
『Country roads,
カントリーロード
take me homeTo the place I belong
この道ずっと行けば
West Virginia, Mountain Mama
あの町に続いてる
Take me home, country roads
気がする。カントリーロード』


「野分、団扇と鉢巻!」
「舞。ありがとう。今一番欲しかった!」
「それだけじゃないでしょう?」
「法被!…神通さん!」
「私の事は良いですよ…さあ!」
『せーのっ!なっかちゃーん!』


もう、めちゃくちゃだ。
めちゃくちゃで、なんて面白いんだろう。




食堂のドアがけたたましい音を立てて開く。

『All my memories gather round her』
『歩き疲れたたずむと』

「なんやねん?朝っぱらから何を騒いでんねん?」

『Mine is lady, stranger to blue water』
『浮かんで来る故郷の街』

止めたのは薄墨色の長い髪の軽巡。
「しーっ。龍ちゃん。許してあげようよ」

『Dark and dusty painted on the sky』
『丘を巻く坂の道』

「いい音楽じゃない。みんな楽しそうだし」

『Misty taste of moonshine』
『そんな僕を』


「それに…綺麗な音。一人ぼっちより、ずっと素敵」
大きく息をつく統括秘書官。
「貸しやで…。あー、ウチのミスや。予定入れ忘れとったわ」

76: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:25:52 ID:7fO
『Teardrop in my eye』
『叱っている』

「自由参加音楽鑑賞会。今から終わるまでや。」
「ありがとう。提督さんには私から言っておくね。」


『Country roads,
カントリーロード
take me homeTo the place I belong
この道ずっと行けば
West Virginia, Mountain Mama
あの町に続いてる
Take me home, country roads
気がする。カントリーロード』




『I hear her voice in the morning Now she calls me
どんな挫けそうな時だって
The radio reminds me of my home far away
決して涙は見せないで
And driving down the road I get a feeling
心なしか歩調が速くなっていく
That I should've been home yesterday, yesterday
思い出消すため』

77: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:27:14 ID:7fO
『Country roads,
カントリーロード
take me home To the place I belong
この道故郷へ続いても
West Virginia, Mountain Mama
僕は行かないさ
Take me home, country roads
行けないカントリーロード』



『Country roads,
カントリーロード
take me home To the place I belong
明日はいつもの僕さ
West Virginia, Mountain Mama
帰りたい帰れない
Take me home, country roads
さよならカントリーロード
Take me home, country roads
さよならカントリーロード』

78: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:27:32 ID:7fO
演奏が終わる。
聞いていた艦娘たちから拍手が巻き起こる。
急に気恥ずかしくなってしまう。



「What do you do for the next?」
「え、ええと」
「yayoi?You may request me?」

「ごめんなさい。母国語がでてしまって」
「アイオワから昨日聞きました。弥生さんはハーモニカの名手だって」
「好きな日本の歌があるんです。すきやきそんぐ」

「すきやき?」
「I see I see.allright」
「すきやき!」
ぽん、と軽巡が手を叩く。
「那珂さん歌ってくれますか?」
「りょーかい!まっかせといて!」
恐る恐る歩き出すキーボード。


『うえをむーいて あーるこうよ』

それならわかる。
キーボードの手をハーモニカが引っ張って。

ギターが。
踊りだす。
みんなで踊りだす。

79: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:28:10 ID:7fO
上を向いて 歩こう
It’s all because of you,
涙が こぼれないように
I’m feeling sad and blue You went away, now my life is just a rainy day
思いだす 春の日
And I love you so, how much you’ ll never know 
一人ぼっちの夜
You’ve gone away and left me lonely 


上を向いて 歩こう
Untouchable memories,
にじんだ 星をかぞえて
Seems to keep haunting me of a love so true
思いだす 夏の日
That once turned all my gray skies blue But you disappeared
一人ぼっちの夜
Now my eyes are filled with tears
And I’m wishing you were here with me


幸せは 雲の上に
Soaked with love are my thoughts of you
幸せは 空の上に
Now that you’re gone I just don’t know what to do

80: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:28:33 ID:7fO
上を向いて 歩こう
If only you were here
涙が こぼれないように
You’d wash away my tears
泣きながら 歩く
The sun would shine once again You’d be mine all mine
一人ぼっちの夜
But in reality, you and I will never be‘Cause you took your love away form me



思い出す 秋の日
Girl, I don’t know what I did To make you leave me
一人ぼっちの夜
But what I do know Is that since you’ve been gone


悲しみは 星のかげに
There’s such an emptiness inside
悲しみは 月のかげに
I’m wishing you’d come back to me


上を向いて 歩こう
If only you were here           
涙が こぼれないように
You’d wash away my tears
泣きながら 歩く
The sun would shine once again You’d be mine all mine
一人ぼっちの夜
But in reality, you and I will never be


一人ぼっちの夜
‘Cause you took your love away from me

81: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:28:54 ID:7fO
結局、
食堂に星条旗が靡くまで演奏は続いた。






後日 提督室にて


「那珂ちゃん悪くないもん」
ぷくっと膨らむ那珂ちゃん。
「確かに遠征部隊の出発を遅らせたのは反省してるけど」
「あんな良い音に乗らないなんて、それこそアイドル失格だもん」
「ええと、武蔵に頼られて舞い上がりました。深く反省しております」

執務机に座る提督。
「由良と龍驤から報告は受けている」
「まず、最初に演奏を開始したのは弥生と聞いているが、本当か?」

「はい。私が原因を作りました。処罰は私一人で受けます」

82: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:29:18 ID:7fO
喧々諤々


「落ち着け」
「弥生一人の責任ではない」
「すべては私の責任だ」


喧々諤々


「うっさいわ!だまれ!」
「それとも、うちに標準語しゃべらせたいんか?ああ?」


静謐


「処分を言い渡す」
「全員を軍楽隊に任命」
「責任者は弥生。」
「鎮守府内のみではなく、必要があればどこにでも出向いてもらう。研鑽を怠らないように」



「え、一寸提督、私本当に楽器はできないんですけど…」
「大和のは本当に罰だ。各員に訓練をつけてもらえ」

83: 名無しさん@おーぷん 2017/07/16(日)21:29:39 ID:7fO
後後日 晴天
『本日は公私ともにお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます』
『ただいまより観艦式を開式いたします』
海ゆかば
『船が進むまでの間、演奏にてお楽しみください』
『演奏は佐伯湾軍楽隊』
『演目は旧海軍軍楽、海ゆかば…月月火水木金金…軍艦マーチ…』


『…』

『え?』
『ふりー?』
『りくえすと?』
『大変失礼いたしました。確認してまいります。少々お待ち下さい』




「全くノリが悪いんだから…まあいいや」
「そこのお客さん!なにが良い?」
「川の流れのように?りょーかい!」
「いけるね?」


頷いて。
ハーモニカに息を吹き込む。


大丈夫。
ギターもキーボードもドラムも全部揃ってる。


皆で。
踊りだす。