2: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:51:33 ID:rJP
 マジックアワー。それは日没後や日の出前のわずかな魔法の時間。マジックタイムやゴールデンアワーなんて言ったりもする。

 世界が黄金色に輝く幻想的な時間。ほんのわずかな間だけど最も美しい時間。

 それがマジックアワー。



引用元: 佐藤心「マジックアワー」 


3: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:51:54 ID:rJP


「みんなありがとーっ、せーのっ……」

『スウィーティー☆』

 ステージの上からたくさんのファン達を煽るこの瞬間は何度やってもやめられない。いつだってステージの上では最高に輝いている。そんな自信が私にはある。

「お疲れ様でした」

「ありがと☆」

 ステージ袖に戻るとプロデューサーがタオルを用意して待っていてくれた。今回のミニライブはいつものライブと比べて短いとは言え、全力でパフォーマンスをすれば汗も噴き出すものだ。

「いや~☆ やっぱライブって超楽しいわ☆」

 ライブ会場でやるライブも、今回みたいなショッピングモールの特設ステージでやるライブも。私にとっては楽しくて楽しくて仕方がない。

「モニターで見てましたけど、相変わらず最高の笑顔でしたよ」

「んふふ☆ さんきゅ♪ プロデューサーにそう言ってもらえたならはぁとも嬉しいぞっ☆」

 どんなステージでだって手を抜くつもりはない。やっとアイドルになったのに、この美しい時間を楽しむのに手を抜いてなんかいられない。

4: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:52:13 ID:rJP
「次の仕事ってなんだっけ?」

「今日はもうお終いですよ。ミニライブとは言えライブ後にお仕事入れたら心さんぶっ倒れちゃいますよ」

「え~、はぁとってばやる気マンマンだからまだまだいけるのにぃ」

 実際は結構キツかったりするんだけど、ちょっと強がって言ってみた。プロデューサーならちゃんとわかってくれるだろうしね☆

「はいはい。休むのもプロの仕事ですよ」

「ちぇ~」

 やっぱりアイドルって楽しいなぁ。昔の私が思っていた以上かも知れない。こんなに素敵で美しい時間のためなら私はまだまだ頑張れそうだ。

「と、言うわけなんで。これからメシでもどうですか?」

「お、いいね☆ オゴリ? もち、オゴリっしょ~?」

「勘弁してくださいよ、俺なんか安月給なんですから」

「あはは、ジョークジョーク♪ わかってるから☆」

 控室に行くまでのわずかな時間ですら楽しくて仕方がない。これもアイドルになったおかげかな? ……いや、これはプロデューサーのおかげか。私は良いパートナーに恵まれたな。

5: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:52:32 ID:rJP
「んじゃ、着替えて準備するからちょい待っててね☆」

「了解です。俺はその間にスタッフさんにお礼言ってきますね。俺の方が遅くなるかも知れないんで、どっかで時間潰しててくれますか?」

「はぁとは行かなくてもいいの?」

「大丈夫ですよ。撤収に時間かけた方が怒られるってスタッフさん達も言ってたので。俺だけ行ってきます」

「そっか。じゃちょっとその辺ぶらぶらしてるね。終わったら連絡ちょうだい☆」

「わかりました」

 んー。なら少しだけウィンドウショッピングでもしてようかな。でも、プロデューサーの事だからそれほど時間はかからないと思うし。どうしよっかな。



6: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:53:17 ID:rJP


「……」

 関係者入り口からそーっとショッピングモールに抜け出してとりあえず移動しようかなと顔を上げた時だった。入り口から差す夕焼けがあまりにも綺麗で私は目を奪われてしまった。

 燃える様な赤とはこの事だろう。

「ちょっと見てようかな」

 スマホで時間を確認する。きっとプロデューサーはそんなにかからずに連絡をくれると思うし、それならたまには夕焼けを眺めているのも良いだろう。おあつらえ向きに夕焼けが差す場所にベンチまで設置してあるし。

「最近忙しかったし、こういうのんびりする時間も必要だよね☆ よっこいしょっと……」

 よっこいっしょなんておばさんくさいな、なんて思いつつベンチに腰を降ろす。燃える様な赤に包まれたベンチはどこか不思議な世界へ連れて行ってくれるような気がした。

 アイドルになって、私は不思議な世界に迷い込んだと思う。みんなキラキラ輝いて居て、そんな中に私も……「しゅがーはぁと」も居て。アイドルになる前では考えられないような幻想的で美しい世界が私の目の間には広がっている。

「綺麗だなー……」

 自然が作り出す景色はとても美しい。思わず見惚れてしまうのも無理はない。

 でも、私はもっと美しい景色を知っている。それはさっきまでも見ていたし、これから何度でも見ていくだろう。「しゅがーはぁと」が見る世界は何よりも美しいんだ。

 なんてポエムを考えているとバッグの中でスマホが震え出した。画面を見てみるとそこにはもちろんプロデューサーの名前が。

7: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:54:06 ID:rJP
「もしもし~? はぁとでぇす☆」

『あ、心さん。俺です。今どこですか?』

「一階の関係者入り口出たとこのベンチに座ってるぞ☆」

「あー、了解です。見つけました」

 関係者入り口に目を移してみれば、プロデューサーがスマホ片手に出てくるところだった。やっぱりそんなには時間かからなかったし、ウィンドウショッピングに行かなくて正解だったようだ。

「じゃあそろそろ行きましょうか。どっか行きたいとこありますか?」

「景色が綺麗なとこがいいなぁ☆」

 せっかくの綺麗な夕焼けなんだし、もうちょっと見て居たい。ご飯行く頃には太陽は沈んでしまうのならもう少しだけこの景色を楽しんでいたい。

「……俺、マジで金ないです」

「ん? あー☆ 違う違う☆ お店じゃなくてはぁとは夕焼けを見てたいなって」

 きっとプロデューサーはオゴリじゃないなんて言いつつも出してくれるつもりだったのだろう。だからはぁとの言う景色の綺麗なとこをお高いお店と思ったのだろう。カッコつけめ☆

「夕焼けですか? あ、ほんとだ。綺麗ですね」

「でしょ☆」

「なんで心さんが自慢げなんですか」

「んー、わかんない☆」

 きっとこの美しい世界を誰かと共有できるのが嬉しいからなんだろうけど、それは恥ずかしいから黙っておこう。

「夕焼け……。ちょっと待っててくださいね」

「ん? どったん?」

 プロデューサーはそう言うと熱心にスマホで何やら調べ始めた。私の問いかけには生返事なままで。

「オッケーです。行きましょう、心さん」

「え、うん。どこに?」

「綺麗な景色を見に、ですよ」



8: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:54:50 ID:rJP


「うぉー! めっちゃ綺麗☆ まさにスウィーティー☆」

「ですね!」

 プロデューサーが連れてきてくれたのは近くにあった大き目な公園だった。ちょっと高台にあるからか街並みが一望出来てとても美しい。

「もうちょっと早く来られたら夕日がもっと見れたんですけど、すみません」

「いやいや☆ 充分綺麗だって☆」

 私達が移動している間も太陽はどんどん沈んで行ってしまった。当然と言えば当然だ。ショッピングモールに居た頃が一番綺麗だったのだろうが、半分沈んでしまった夕日でも充分綺麗だ。

 きっと二人してぼーっと夕日を眺めている姿は傍目からでは不審に見えるだろう。でも、思わず目を奪われるぐらいに綺麗な景色なんだ。

「はぁともさ……」

「はい?」

「この夕焼けみたいに、誰かの目を奪えるアイドルになりたいな」

 唯一無二の太陽にはなれないと思う。でも、太陽みたいにはなれるはず。きっと。

「心さんは夕焼けよりも目を奪われるアイドルですよ」

「ふふっ☆ ありがと☆」

 お世辞とは言え褒められれば嬉しい。プロデューサーはいつだって私の事を褒めてくれる。さては私の事が大好きだな☆

9: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:55:24 ID:rJP
「……そろそろ日も沈んじゃうし行こっか」

 足元の影もすっかり伸びきっているし、美しい夕焼けはもうお終い。太陽のしっぽが完全に見えなくなるまであと数分もかからないだろう。

「まだですよ、心さん。ここからが心さんの時間です」

「ん? はぁとの?」

「はい。夕焼けよりも目を奪われる『マジックアワー』の時間です」

 マジックアワーってなんだっけ……。聞いたことあるはずだけど……。

「見てください、心さん。世界が最も美しい時間です」

 プロデューサーに言われて顔を上げると、そこには先ほどまでとはまったく違う景色が広がっていた。

「綺麗……」

 昼とも夜とも違う、かと言って夕焼けともまた違う、黄金色に輝く世界。影がどこにもなく、まるで絵画の中に居るかのように錯覚してしまう幻想的な風景。

 昼と夜が混ざり合って生まれる黄金の時間。

10: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:55:50 ID:rJP
「俺は心さんを見ているとこの『マジックアワー』を思い出すんです」

「『マジックアワー』を?」

「はい。心さんのライブはいつだって輝いていて。会場中が一体となっている光景はとても幻想的なんです。何度だって見たくなる、そんな素敵な魔法みたいな景色なんです」

 確かにそうかも知れない。ステージに立つたびに私はこのマジックアワーに劣らない素敵で美しい景色を見ている。

 私のために集まってくれたファン達みんなのおかげで。私は美しい景色を見られている。

「……『マジックアワー』はわずかな時間しか見られないんです」

 プロデューサーの言葉に私の意識が戻ってくると、黄金色に輝いていた世界は段々と暗く輝きを失っていた。

「黄金色に輝く魔法の時間はあっという間に終わってしまいます。ですが、心さんの時間は終わりません」

「え……?」

「心さんが見せてくれる景色は心さんがアイドルで居る限りいつまでも見られます。『マジックアワー』のようにわずかな時間じゃなくて、心さんは黄金色にずっと輝いて居るんですよ」

 頬が熱くなっているのが自分でもわかる。こんなにロマンチックな言葉をプロデューサーからかけられたのなんて初めてだし、どうすればいいかわからない。

 マジックアワーが終わっていてよかったかも知れない。段々と暗くなっている今なら頬が赤いのはバレないだろう。

11: 名無しさん@おーぷん 2018/04/24(火)20:56:09 ID:rJP
「じゃあ、はぁとはこれからもずっと『マジックアワー』よりも美しい景色でみんなを魅了していかないとね☆」

「そうですね。大丈夫です。心さんと俺ならやれますよ!」

「おう☆」

 もっともっとアイドルを楽しもう。今まで以上にもっと。

 そうすればきっとマジックアワーはまた見られる。何度でも。

 そして……私のマジックアワーは終わらない。最も美しく輝く黄金の時間はまだ始まったばかり。

End