2: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:08:07.12 ID:7qs9RLYB0

兆候が無かったといえば嘘になる

前からそれは確かにあったのだ。気が付かなかっただけ

いや、気付こうとしなかっただけか…

それにしても、そいつが俺に訪れたのは、あまりにも急だったように今にしてみれば思う

それは、清澄が全国大会を終えて1ヶ月くらいだったか

大会の熱気もようやく落ち着いてきて、日常の風景がだんだんと戻ってきていた頃だ

だからその日も、いつも通りの日常がまた始まると勝手に思い込んでいた



その日までは

引用元: 京太郎「虹の見方を覚えてますか?」 




3: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:09:12.52 ID:7qs9RLYB0

――9月上旬 長野



ジリリリリリリリ!!!

京太郎「うぁ……」

ジリリリリリリリリリリ!!!!!

京太郎「うるせーなー……まだ8時半じゃ…」

京太郎「…8時半!?」

京太郎「マイガッ!」

落ち着け京太郎…こういう時は素数を数えて落ち着くんだ

1、2、3、5、7、11、13……

……

1は素数じゃねえ!!


まだ30分はあるから、飯食わないで急げば間に合うかもしれない

あ、でもパンくらいは食ってこうかな

4: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:10:18.51 ID:7qs9RLYB0

ガチャ

京太郎「かあさーん、パン一枚もらえ」

母「じゃあ、今夜は少し早く帰って来るのね?」

父「ああ、久しぶりにおいしいもんでも買って帰るかな?」

京太郎「パン一枚も」

母「あら嬉しい、楽しみ待ってるわ」

父「あまり期待しないでもらえると助かるよ」

京太郎「パ」

母「いってらっしゃい」

父「行ってきます」

チュ


あー食パンおいしいなー。焼かなくても、何もつけなくてもおいしいなー

いや嘘、なんて不味い食パンなんだ

俺に優しくしてくれるのはカピだけだよ、ちくしょう

5: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:11:08.80 ID:7qs9RLYB0

あれ?そういやカピの奴珍しく出てこないな…

どうしたんだろう?

京太郎「じゃあ母さん、時間ないからもう行くよ」

母「……」

京太郎「カピのやつ出てこなかったから、もしかしたら元気ないのかもしれない。よく見といてよ」

母「……」

京太郎「母さん、聞いてる?もう行くからよろしくね。いってきまーす」


どうしたんだ母さん…さっきまで父さんとイチャイチャしてたくせに

ってやべぇ、意外と時間食っちまった。急ぐか


6: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:12:37.60 ID:7qs9RLYB0

家を出てすぐ、近所のおばちゃんが目に入った

朝早くから花の手入れをしている。何の花だろう?

小さくて黄色い花を咲かしているが、あまりに綺麗には見えない


京太郎「おはようございまーす」

「……」

ん、聞こえなかったか?

京太郎「おはようございまーす!!」

「……」

なんだよ、いつもは返してくれるのに…

まいっか、さっさと行こう

7: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:13:51.70 ID:7qs9RLYB0

京太郎「うわ…」

珍しく校門に先生が立っている。朝からご苦労なこって

ここで足止めを食らうと、本当に遅刻しかねん

注意される前に、身だしなみを整えてっと…これでいいだろ

京太郎「おはようございます!」

先生「……」

京太郎「?」

またしても返されない。俺なんかしたっけか?

まいいや、さっさと行こう



京太郎「あ」

やべっ…ワイシャツ後ろからはみ出してたわ

よく気付かれなかったな、ラッキー

8: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:15:20.10 ID:7qs9RLYB0

_________

_____

__


京太郎「うおおおおおおお!!!!」

ガラガラガラ

京太郎「セーーーーーーフ!!!」


シーン……


京太郎「あれぇ…?」

勢いよく入ってきた割に、反応が無いよー。ぼっちだよー

まあ、いいか。こういう日もある

席に向かおうとすると、クラスメイトの会話が聞こえてくる


「昨日の試合見たか、おい?すごかったよな!」

「ああ、かなり燃える展開だったな。やっぱ首位攻防戦はこうでなくちゃな」

「7回に追加点取られたときは、正直もうダメかと思ったね」

「そこで、9回のあのホームランだろ。痺れたね」

「そういえば、阪神は?」

「また負けた。ありゃあ、Aクラスも厳しいかも分からないね」

「「阪神(笑)」」


野球の話しらしかったが、興味ないので素通りする

9: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:16:24.97 ID:7qs9RLYB0

京太郎「おう、咲。おはよう」

咲「……」

京太郎「今日起きたのが遅くてさ、危うく遅刻するところだったんだぜ」

咲「……」

京太郎「それに何だか、誰も挨拶すら返してくれないし…今日は厄日かー」

咲「……」

京太郎「聞いてんのかよ。少しは反応してくれ」


ガラガラ

担任「おうみんな、おはよう。席つけー!」

京太郎「っと先生来たか、また後でな」

咲「……」

11: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:17:48.38 ID:7qs9RLYB0

担任「じゃあ早速出席取るぞー」

担任「新井ー」

「はい」

担任「梅野ー」

「はいはい」

担任「"はい"は一回」

その後もア行、カ行の名前を順に読んでいき、ついにサ行に入った

この次だ。それとなく備える



担任「関本ー」



え…

12: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:19:00.35 ID:7qs9RLYB0


京太郎「すいません先生、俺飛ばしてますよ」

担任「福原ー」

京太郎「ちょ、ちょっと先生、無視は酷いんじゃないですか?」

担任「能見ー」

京太郎「先生、聞こえてるでしょ?な、なんか言ってくださいよ」

担任「マットー」

京太郎「いいかげんにしてください!!どうしたんですか先生!」バンッ

担任「宮永ー」

京太郎「咲もなんか言ってくれよ、俺なんかしたか?」


咲「はい」


京太郎「お、おい…咲……?」

13: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:20:12.45 ID:7qs9RLYB0


担任「よし、みんな揃ってるな」



京太郎「は?」



京太郎「俺まだ呼ばれてませんって…変な冗談やめてください!」

担任「毎日こうだといいんだがなぁ」

京太郎「みんなも!どうしちまったんだよ…なんか反応しろよ!」

勢いよく席から立ち上がり、先生のところまで詰め寄る

京太郎「先生もなんとか言ってくださいよ!どうしちゃったんですか、さっきからっ!?」ガシッ


担任「うわっ、ととっ」フラフラ

「ちょっと先生、何もないところで躓かないくださいよ~」

担任「ははっ、すまんすまん。俺も歳かなあ…」

担任「みんなも気を付けろー、歳食っちまうとこうなるからなぁ」


「「あははー!」」


14: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:21:13.15 ID:7qs9RLYB0
























え………………………………………え?

15: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:22:24.51 ID:7qs9RLYB0

ちょっと待てよ

今、躓いたのは

俺が先生の腕を掴んだからだろ?



担任「今日は特に伝えることもないから、これでおしまいな」

担任「みんな今日も元気に授業を受けてくれ、じゃあまた放課後に」

「「はーい」」

もしかして、これって……いじめとか無視とかじゃなくて……



その先を考えるのはやめた、だってそれは有り得ない事だったから

そして、そんなことを考えてしまうこと自体、普通じゃないように思えた

16: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:23:57.57 ID:7qs9RLYB0

________

_____

__



その後は、"普通に"授業を受けた

授業中に一回も、俺が指名されることはなかった

化学の実験は一人でした。クラスメイトはおろか先生すら何も言わなかった

体育では一人で準備運動をし、一人でストレッチをした

誰も記録をとってくれなかったので、仕方なく自分でタイムを計った

ストップウォッチを借りるとき、先生に許可を求めたが無言だった

お昼休み、咲が学食に行くようだったので付いていった

レディースランチを頼めなかったので、別の注文を学食のおばちゃんにした

しかし、聞こえなかったのだろう。いつまで経っても品物が来ることはなかった

仕方なく、厨房にお邪魔して自分の分をよそった

いつものように咲の近くで食べた。会話はなかったが、食事はとてもおいしかった

今度からこの定食もいいかもしれない。だけど、少し塩味が効きすぎていた



そして、放課後…

17: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:24:56.84 ID:7qs9RLYB0

ガチャ

京太郎「こんにちはー」

久「……」ペラペラ

京太郎「部長…じゃなかった竹井先輩。また来てたんですね」

久「……」ペラペラ

京太郎「咲の奴、遅れるって言ってましたよ。日直らしいんで」

久「……」ペラペラ


ガチャ

まこ「おっ!"元"部長、来ておったんか」

久「まあね、部長さん」

まこ「いつも通り、まこでええ」

久「ふふ、そうね。そうしとくわ」

18: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:26:31.72 ID:7qs9RLYB0

ガチャ

咲・和・優希「こんにちわー」

咲「あっ、竹井先輩また来てたんですか…受験とか大丈夫なんですか?」

久「んー、なんとなく大丈夫な気がするのよねー」

和「すごく駄目な人の台詞に聞こえますけど、先輩なら確かにそうかも知れません」

久「あら、褒められちゃった!」

優希「褒めてはないと思うじぇ…」

京太郎「あはは…」

まこ「ん?そう言えば、さっきから何読んどるんじゃ」

久「ああ、これね。インターハイの時の写真よ。懐かしいでしょ?」

和「懐かしいってほど昔のことでもないですけどね」

久「気分の問題よ、気分の」

咲「どれどれ…ちょ、ちょっと、先輩!こんな所も撮ってたんですか!?」

咲の寝ている姿だ

久「かわいいでしょ?」

咲「そんなことどうでもいいですよ!このデータ消してくださいよ!」

久「あらー、いい思い出じゃない」

19: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:27:33.12 ID:7qs9RLYB0

和「……」

和「すみません、先輩。そのデータ貰えませんか?」

咲「え」

和「いえ、むしろ買います。買わせてください」

久「あはは、もちろんいいわよ。1枚ずつ買うこともできるけど、どうする?」

和「うーん、そうですね…正直咲さんが映っていないものはいらないのですが」

久「ちなみに……全部一括購入すると、今なら咲の寝息音声が付いてくるわ」

和「!!」

和「……」

和「言い値でもらおうか」キリッ

優希「ちょ、のどちゃんキャラ変わってるじぇ!」

和「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

まこ「ええかげんにせい!!」スパーン


久・和「あいたっ!」


まこ「まったく、こいつらは」

咲「うわぁ…」ドンビキ

20: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:28:40.01 ID:7qs9RLYB0

ハラリ


優希「あれ?何か落ちたじょ」

まこ「なんじゃろ?」

久「あら、これは……」

それは、大会の終わりに撮った"6人"全員の集合写真だった

優希「あはは、写真ののどちゃん、目が少し赤くなってるじぇ」

久「和にも案外かわいいところあるじゃない」

優希「それが今じゃこんなになって…」

和「"こんなに"とはなんですか、"こんなに"とは。そんなに変わってませんから」

咲「自覚がないんだね…」

まこ「重症じゃな」

和「皆さん最近、私に対する扱い酷くないですか…」

京太郎「はは…」

21: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:29:49.59 ID:7qs9RLYB0

久「なかなか綺麗に撮れてるでしょ?私写真家でも目指そうかしら」

まこ「そこら辺に適当に置いて、タイマー撮影しただけだったじゃろうが」

久「やだねぇ、まこ。冗談よ」

咲「でも、なんだか本当に懐かしい気がしてきますね。こういうのを見ると」

久「そうね、ほんの1ヶ月前くらいのことなのにね」

久「こんなの見ると――」


久「ここに映ってる"5人"で、また大会に出たくなっちゃうわね」


京太郎「……」

まこ「そうじゃな、でも勉強はちゃんとしといたほうがええと思うぞ」

久「もうっ!せっかく良い話にもっていこうとしたのに、台無しじゃない」

「「あはは――」」

22: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:31:13.88 ID:7qs9RLYB0

ああ…俺は馬鹿だ、大馬鹿だ

本当は家にいた時から変だと思ってた

通学途中にその疑問はほとんど確信に変わってた

そして朝のホームルームで明らかに、自分がそうなんだと分かった

でも、認めたくなった

それを認めてしまうと、おかしくなってしまいそうになるから

だから、今の今までなるべく普通に過ごしてきた

だが、それもおしまいだ。諦めよう。俺の負けだ

だってこの人達にすら、俺は……

23: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:32:35.78 ID:7qs9RLYB0

京太郎「そうか…俺は消えたのか」

ポロポロ

京太郎「ぐ……ぅ…」

涙があふれてきた

京太郎「ちくしょう……くそっ!!…」

初めて人前で泣いた。それも女の子の前で

京太郎「俺がいったい…何したって言うんだよっ!!」

でも、そのことに誰も気付いてはくれなかった

京太郎「咲…優希…和…部長…竹井先輩……」

京太郎「なんで……」

それが何よりも悲しかった

32: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:47:10.02 ID:7qs9RLYB0

――9月上旬 長野 




あれから、1週間近く経ったが事態は少しも好転しなかった 

いや、現実を直視するなら、悪化したとも言えるかもしれない 

あの日俺は、他の人は自分をただ見ることができないだけ、くらいに思っていた 

しかし正確には違っていた 

まったく俺のことを認識してくれないのだ 

大声を出しても、誰かにぶつかっても、視界に入っても反応しないばかりか 

黒板に字を書いても誰も気が付かない、気が付けない 

いわば、完全に"いないもの"として、俺を扱っているかのようだ 

まるでどこかのアニメみたいだな。くだらない

33: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:48:09.27 ID:7qs9RLYB0

何度か実験してみたが、他人の示す反応には2つのパターンがあるらしかった 

一つは完全に俺のことを無視するもの 

基本的にはこれが行われているようだった 


しかし、例えば俺がわざと人を躓かせたり、物を落としてみたり… 

つまり無視できな程、物理的に何らかの影響を与えると、多少反応が異なる場合が稀にあった 

これが、二つ目のパターンだ 

俺が消えたあの日、腕を掴んで先生がよろめいたことがあったが、あの時は"偶々"、"偶然"そうなったことに変わっていた 

またある時、教室に設置してあった本棚の本を間違って落としたことがある 

その時は、偶然そうなったのではなく、近くにいたクラスメイトが落としたことに変わっていた 


つまり、無視が基本のパターンだが、それだけでは無理がある場合ある 

そういうときは、"偶然そうなった or 他の人のせいでそうなった"――の2パターンに分かれるらしかった 


また、もしかして実は俺は既に死んでしまっていて、幽霊にでもなってしまったのだろうか? 

などど、荒唐無稽な妄想をしたこともあるが、どうやらそれも無いらしかった 

家にあったビデオカメラで撮影したら、きちんとその姿は映っていた 

また、コンビニに行ってわざと監視カメラに写り、確認してみたがやはり俺の姿が映っていた 

だが、機械に映った姿ですら他の人に認識されることはなかった 


他にも、細かい点を挙げればきりが無いが、この一週間で分かったことはだいたいこのくらいだ

34: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:49:01.41 ID:7qs9RLYB0

けどこんなこと分かってもどうしようもない 

いや、分かってしまったからこそ、どうしようもない気分にさせられた 

俺以外の人にとって、須賀京太郎という人間は、この世に完全に存在しないことになっているのだから 

クラスメイトや両親、咲、和、優希、部長、竹井先輩、他のあらゆる人にとって… 


神様なんてものが本当にいるかどうかは分からない 

しかし、もしいるとすれば、そいつは俺のことがとことん嫌いらしい 


俺はこの一週間で、早々に敗北を認めざる得なかった 

何に対してかは分からないが

24: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:34:42.53 ID:7qs9RLYB0

――9月中旬 長野




さらに1週間が経過した

この現象の性質も大まかに把握し、慣れてきた頃だ


あれから、特にこれといって何かしたということはない

本来なら、元に戻るために何かしらの行動に出るべきなのだろう

しかし、その方針すらよく分からないので、未だに何もできずにいた



だからというわけではないが、普通の生活をしている

平日は学校に行き、授業を受け、部活をする

休日は、家でダラダラ過ごすか、一人で遊びに行ったりした

幸い俺の行動を制限するものは何も無かったので、かなり自由に振舞うことができた


だからといって、犯罪を犯したり、反倫理的なことをしたり、なんてことはしなかった。一切

自分でもよく分からないが、どうしてもそういう気分になれなかったのだ

むしろ、以前より幾分か自身を律するようになったようにさえ思える

自分で言うのもなんだが、人間とは本当によく分からない生き物だ

25: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:35:54.43 ID:7qs9RLYB0

――9月下旬 長野




9月もいよいよ終盤に差し掛かってきた

あれからさらに経ったがこれといって何もしていない

いや、正確に言えば勉強と料理などの家事しかしていない


なんで勉強?と思うかもしれないが、その理由は単純だ。楽しいからだ

以前の俺なら絶対にそんなことは言わなかっただろうが、自発的学ぶと考えは変わるものだ


人間と人間の作り出したもの、自然の美しさと細やかさと驚くべき法則の数々

全てがどこかで関わり合い、歪ながらも不自然な完成度でもって調和している

学べば学ぶほど、自分の愚かしさを痛感する

なんて素晴らしいんだろうか


ああ、頭がおかしくなっている

26: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:37:02.08 ID:7qs9RLYB0

だけど、俺も趣味として、ただ闇雲に勉強をしていたわけじゃない

元に戻るためのヒントが得られるかもしれないと考えたからだ

高校の物理、化学、生物の基本を学びつつ、心理学などにも手を出した

幸い時間は腐るほどあったし、誰にも邪魔されなかったので、ひたすら没頭することができた

最高の環境だな……クソくらえ


だが、当初の予想通り元に戻るためのヒントなんて得られなかった

まあ当たり前だ、こんなこと経験したのは恐らく人類でただ一人、俺だけだろうから

まさに、chosen one、選ばれし者

フォースと共にあれ。なーんてな

はぁ…


27: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:38:06.46 ID:7qs9RLYB0

――10月上旬 長野




10月に入った

戻るためのヒントすら得られないまま、1ヶ月が経過した

最近何だかこの生活にも慣れてきて、このままでもいいんじゃないか、とすら思うようになってきている

変化の無い単調な毎日

世間の風景は少しずつうつろいで行くが、自分には何の関係も無いという疎外感

はは、そういえば1ヶ月間誰とも会話してないんだよな。不思議な気分だ


まあいいや。今日も学校に行こう

京太郎「そろそろ、行ってくるよ。じゃあ…」


母「ねえ、あなた最近カピの元気が無いんだけど、何か知らないかしら?」

父「そうかぁ?」

母「私の方が家にいて一緒にいる時間が長いんだから、そのくらい気付くわよ」

父「うーん、分からないなぁ。最近何かあったけ?」

母「なかったと思うんだけど…何かしらね」

カピ「キュ~…」


京太郎「………行ってきます」

28: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:39:19.06 ID:7qs9RLYB0

_________

_____

__


ガチャ

京太郎「こんにちはー」

京太郎「あ、部長と――竹井先輩、また来てたんですね」



まこ「はぁー…」

久「どうしたの、まこ?ため息なんかして、珍しい」

まこ「いや、わしなんかが部長やってて本当にええのかと思ってな…」

久「なによ急に」

まこ「考えてもみぃ、麻雀の実力は1年の咲や和に及ばず、あんたみたいに指導力もない」

京太郎「……」

まこ「清澄はポっと出とはいえ、今や世間では全国で活躍した麻雀強豪校扱いじゃ」

まこ「来年には、そういう目的の部員も増えるじゃろう」

まこ「だから、わしなんかよりもっと別の――」


29: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:40:19.15 ID:7qs9RLYB0

久「…大丈夫よ、まこ。安心なさい」

京太郎「……」

久「清澄の部長はあなた以外ありえないわ」

久「確かに、今のあなたは部長としてはまだまだかもしれないわ」

久「けど私も最初はそうだったもの」

久「それでも、ダメならダメなりに少しずつ学んだり、誰かに助けてもらったりしたわ」

久「だからこそ、そんな私でもここまでこれたの」

まこ「……」

久「まこは、あの3人こと信用していない?」

まこ「そんなこと、ない…」

久「でしょう?なら大丈夫よ。困ったときは、みんながあなたの手をとってくれるから」

久「だから安心しなさい」

30: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:41:44.95 ID:7qs9RLYB0

まこ「人頼みなんじゃな」

久「あら、人の助けをうまく借りることは、人生をうまくいかせるためのコツの1つなのよ?」

まこ「ふふ、お前さんらしいのう」

久「そんなことないわ。だって、これはまこ、あなたから教わったことなんだから」

まこ「……」

久「さて、慣れないことしちゃったから疲れちゃったわ。だから今日はもう帰るわね」

久「あとのこと、よろしく頼んだわよ"部長"さん。じゃね!」

ガチャ

まこ「まったく…かっこつけおって」

京太郎「…ほんと、そうですね」




ガチャ

咲・和・優希「こんにちはー」

まこ「おう、みんな来たか。さあ、今日も張り切って行くかのう!」




38: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:52:37.06 ID:7qs9RLYB0

_________

_____

__



「「おつかれさまでしたー」」


まこ「おつかれさん」

まこ「悪いが牌が汚れてきたんで、掃除してもらってもええかのう」

咲「いいですよ」

まこ「あと牌譜の整理もやっておいてもらいたんじゃが…」

和「構いませんよ、私がやっておくんで」

まこ「ありがとう、すまんな」

咲「今日は家の手伝いしないとダメなんでしょう?」

優希「部長はすぐに帰ったほうがいいじぇ。最近頑張りすぎだじぇ」

まこ「みんなありがとう…お疲れさま」

ガチャ


咲「じゃあ、私と和ちゃんで先にに牌の掃除しちゃうね」

咲「優希ちゃんは牌譜の整理お願い、私たちも終ったら手伝うから」

優希「分かったじぇ」

和「了解です」

39: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:54:07.72 ID:7qs9RLYB0

咲「……」フキフキ

和「……」フキフキ

咲「……」

和「……」フキフキ

咲「ねえ、和ちゃん、ちょっと聞いてもらってもいいかな?」

和「なんですか?」

咲「ええとね…私、変かもしれないんだけど、こうやって雑用をするのがとても懐かしく感じるんだ」

和「懐かしく?いつも私達でやってるじゃないですか」

咲「そうなんだけど…でもそう感じるの」

和「はぁ…」

咲「それでさ、今の私達はそういうことの面倒臭さとか大変さとか分かってるけど」

咲「もし、他人に任せっきりだったら、そんなことも気付けなかったんじゃないかな?」

和「そうかもしれませんね」

京太郎「……」

和「でも、なぜそんな話を?」

咲「なんでだろ?けど誰かに何かを言い忘れてるような、そんな気に最近よくなるんだ」

咲「だから、他の人に聞いてもらいたかっただけなのかも…」

40: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:55:01.95 ID:7qs9RLYB0

和「……」

和「ふむ…もしかしたら熱があるのかもしれませんね」

咲「えっ」

和「さっ、ベットに横になってください」

咲「へ」

和「ああ、汗をかいてるじゃないですか。これは大変です」

咲「ひ、冷や汗だからっ!」ダラダラ

和「服は私が脱がせてあげますので、ご安心を」ハァハァ

和「え、なに?怖いですって…大丈夫です、痛くはありません」ハァハァ

和「なぁに、天井の染みを数えているうちに終ります。ですから――」



優希「落ち着けい!!」スパーン


42: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:55:57.09 ID:7qs9RLYB0

和「はっ!私は何を……すみません咲さん、どうやら内なる獣に支配されていたようです」

和「○○●●ピンクって恐ろしいですねぇ……」

優希「それって自分のことじゃ…」

和「そんなオカルトありえません」

咲「」ガクガクブルブル

優希「私のツッコミも板についてきたじぇ…けどなんでだろう、涙が出てくるのは」ウルッ

和「花粉症ですか?大変ですね」

咲「大変なのは和ちゃんの頭の方だと思う」ボソ



京太郎「…咲も言うようになったなぁ」

京太郎「こいつら見てると、ほんと飽きないよ」

京太郎「……」

43: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:57:46.22 ID:7qs9RLYB0

_________

______

__



優希「ふぃー、終った終った」

和「そうですね、ではみんなで帰りましょうか」

咲「うん」


優希「…あーそういえば、やり忘れてることがあったの忘れてたじぇ」

咲「そうなの?なら私も手伝うよ」

優希「確か明日、お姉さんが帰ってくる日だったような」

咲「う、うん。そうだけど」

優希「なら、私とのどちゃんでやっとくから。咲ちゃんは帰っていいじょ」

優希「ねっ」チラ

和「……そうですね。今日は早く帰ってゆっくりしてください」

咲「そ、そう?じゃあ、またね」


バタン

44: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:58:40.23 ID:7qs9RLYB0

和「…で、なんの話ですか?」

優希「さすがのどちゃん、察しがよくて助かるじぇ」

和「……」

優希「のどちゃんは、いつまでそのキャラでいるつもり?」

和「何のことですか?」

優希「私にくらいには正直になってほしいじぇ」

和「……そうですね、咲さんが今よりもっと強くなったら」

優希「……」

和「咲さんはインターハイであまりにも注目を集めてしまいましたから」

和「きっとこれからは、外からの圧力が強くなります」

和「誹謗、中傷は当たり前。期待や羨望はわずかな失敗から、失望と罵倒へとあっという間に変わるでしょう」

和「友人、学校、マスコミ、ありとあらゆるものから好奇の目を向けられ、自分の居場所は限定されていきます」

優希「……」

45: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/19(火) 23:59:36.49 ID:7qs9RLYB0

和「私は、そういうのものにはもう慣れました」

和「しかし、咲さんは違います」

和「だから、咲さんがそういうものに負けないくらいに強くなるまで」

和「誰かが壁にならないといけないと思うんです」

和「私がこうしている内は、こちらに目線を逸らせますから」

優希「…のどちゃんはそれでいいの?」

和「ええ、構いません。咲さんは私の大事な友達ですから」

優希「のどちゃん…」

和「それに、これ。全部が演技というわけではないんですよ?」

和「9割5分くらいは本気ですから」

優希「9割5分っ!?高っ!!せめて半分くらいにしといてほしかったじぇ…」

和「冗談ですよ、冗談。ふふふ」

優希「目が笑ってないじぇ…」


京太郎「……」


46: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:00:32.59 ID:6dIXwKVy0

__________

______

__



京太郎「……」ペラペラ

だめだ、なんだか集中できない

京太郎「はぁ…」パタン

仕方なく、読みかけの本を机に置く


そろそろ…

そろそろ、行動を起こすべき時かもしれない

でも、どうしたらいい?


『人の助けをうまく借りることは、人生をうまくいかせるためのコツの1つなのよ?』


なら、一人ぼっちの俺は、誰の助けを借りればいいのか


『そんなオカルトありえません』


オカルト、オカルトねぇ…とりあえずこの線でいってみますか



よしっ!!

48: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:01:42.58 ID:6dIXwKVy0

――10月上旬 長野




準備は済ませた。旅行カバンに替えの服と下着を詰め込んだ

傘とレインコート、予備のマスクに小・中・大のビニールの袋を少々

タオル、ハンカチ、ティッシュは多めに入れといた

これからどんどん寒くなっていくので、手袋とマフラーも念のため持った


銀行でお金を降ろせないので、仕方なく家の金庫から自分の貯金の分だけ拝借させてもらった

元に戻ることができたら、ちゃんと補填しておくつもりだ

だから、父さん母さん。今のところは許しておいて欲しい



京太郎「さて、カピ行ってくるよ」ナデナデ

カピ「キュ~…」

京太郎「元気でな」

京太郎「じゃあ、父さん母さんそろそろ出るよ」


母「いってらっしゃい」

父「ああ、行ってきます」


京太郎「…行ってきます」

49: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:02:51.76 ID:6dIXwKVy0

_________

_____

__


さて、まずは近場からだな


―鶴賀高校


京太郎「まずはここだろ」

実は、ここにはかなり早い段階で来ていた

なにせ、俺と似たような人物がいたからな

でもそのときは……


お、いたいた

桃子「さ、先輩っ!今日も部活に行くっすよ」

ゆみ「はぁ、またか」

桃子「だめっすか…?」

ゆみ「…仕方ない、1時間だけだからな」

桃子「さすが先輩っす!!」


やっぱり、駄目か…

50: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:03:52.29 ID:6dIXwKVy0

―龍門渕高校



衣「ハギヨシー、おなか空いたぞ」

ハギヨシ「駄目ですよ、衣様。まだご夕食まで時間があります」

ハギヨシ「それに、すぐに部活が始まりますよ」

衣「むぅ…」プクー

ハギヨシ「……」

衣「……」ジー

ハギヨシ「はぁ…仕方ありませんね」

ハギヨシ「今日は特別ですからね、皆には内緒ですよ」

衣「うわっ、やったー!!」

ハギヨシ「はぁ、私もいいかげん甘いですね」


京太郎「……」



51: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:04:44.78 ID:6dIXwKVy0

――10月上旬 



―宮守女子高校


トシ「おや、また来てたのかい」

塞「あはは、自習室として優秀なんで、ここ」

トシ「今日は他のみんなは来てないようだね」

塞「珍しいでしょう?まあ、でも、たまにはこういうのも悪くないですね」

トシ「あまり遅くならないうちに帰るんだよ。変質者が出るかもしれないからね」

塞「はは、こんなド田舎に出るのはお年寄りと野生動物くらいなもんですよ」

トシ「ふふ、そうだね。でも炬燵で寝落ちは駄目だから」

塞「ええ、気をつけます」


京太郎「……」


52: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:05:39.81 ID:6dIXwKVy0

―白糸台高校


ガチャ

淡「こんにちはー」

菫「おう、久しぶりだな」

淡「菫先輩、おひさしぶりー」

菫「まあ、たまにはな」

淡「テルは来てないんですか?」

菫「ああ、あいつか…あそこで机に置いてあった菓子を勝手に食べてるぞ」

淡「あー、それ私のー!返して返して!」

照「もう遅い、ほとんど胃に到達してしまった。残念でならない」モグモグ

菫「せめて食べるのを止めろ。すまんな、淡。言っても聞かないくてな…」

菫「代わりにといってはなんだが、こいつも4月からプロになるんだ」

菫「その時たっぷりたかってやるといい」

淡「やったー、テルー大好き!」

照「そ、そんな…それでは私の『お菓子の家計画』が水の泡に…」ポロ

菫「なんだ、その如何にも頭の悪い妄想は…」


京太郎「……」

53: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:06:38.45 ID:6dIXwKVy0

―永水女子高校



霞「今日は10月とは思えないくらい暑いわね…」

巴「そうですね、明日もこのくらいって天気予報で言ってましたよ」

初美「いやになりますねー」

春「……」ポリポリ

小蒔「はっ!だったら久しぶりにみんなで海にでも行きませんか?」

春「名案…」

霞「んー、でもねぇ…」

小蒔「だ、駄目ですか」ウルウル

巴「まぁ、いいんじゃないですか、たまには」

初美「そうですよー」

霞「んー…じゃあ明日にでも行きますか、海」

小蒔「やったー!」

小蒔「あ…でも水着…」

巴「どうかしました、姫様」

小蒔「い、いえ…あの…」

初美「ふふふ、最近また大きくなったのですよー。姫様のアレが」ジー

霞「ああ、なるほど。アレが」ジー

春「栄養豊富だから…」ジー

小蒔「も、もう、みんなして見ないでください///」


京太郎「……」ボタボタ

54: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:07:45.23 ID:6dIXwKVy0

――10月中旬 大阪




ついに、この2週間に及ぶ旅の最終目的地に到着してしまった

他にも、阿知賀女子や新道寺女子、臨海女子などにも足を伸ばしたが手がかりなし

こうしてみると、ほんと女子高ばかりだな。変態か、俺

本当は、ここに来る前になんらかの手がかりを得たかったが、残念なことにそれも無かった


あと、残るは千里山女子高校くらいだ

確かあそこには、生死の淵を彷徨い、未来視をを身に着けた人がいるという

これで駄目なら、もう……

56: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:09:34.29 ID:6dIXwKVy0

??「はぁ~、ええもん買うたわ。後で絹に自慢したろ~」ウキウキ


ドンッ


誰かにぶつかってしまったが気にしない

そちらの方を向くと、どうやら女性らしかった


ピンクと赤のちょうど中間の色をした髪を後ろに束ねている。所謂ポニーテールというやつだ

その色は、なんというか…濃い桜の花びらのような、そんな印象を受けた

タレ目だが、気の強そうな雰囲気を漂わせている。おもちはない

決して美人と言うわけではないが、愛嬌のある顔立ちをしている


ま、そんなことどうでもいいんだけど

千里山って、ここから北にあるんだよな。電車に乗って、それから――




??「うわっ、すんません。前見てへんかった、ごめんなさい」ペコペコ













66: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:22:00.59 ID:6dIXwKVy0

??「あ、あれ?誰もおれへん…気のせいか?」

こ、これは…もしかして

京太郎「あ、あの、すみません!俺のこと分かりますか!?」

??「っ!!」ビクッ

??「な、なんや?声だけ……聞こえて…」ブルブル

声しか聞こえない!?ここは慎重に、慎重に…

京太郎「お、俺須賀京太郎っていいます!」

??「ひっ」

京太郎「……」ゾクゾク

ああ…なんかこの反応いいな

こう、いたずら心がね、くすぐられるというか

京太郎「ほう、どうやら俺の声が聞こえるようだな…」

??「え、それって…?」ブルブル

だめだ、我慢しろ須賀京太郎…クールになるんだ


68: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:24:04.40 ID:6dIXwKVy0

京太郎「俺の正体を知りたいか、お嬢さん?」

??「あわわわわ…」ガクガク

京太郎「そう、俺は……」

??「俺は…?」ガクガクブルブル


京太郎「グワァァァァ!!!!」クワッ


??「どっひゃあーーーーーーーー!!!!!!」ダッ



京太郎「だめだ、やっぱり堪えられなかったわ」

しかし、逃げちまったな。あ、荷物落としてる。相当焦ってたんだな

仕方ない、届けるついでに追うか



京太郎「まあ゛てえ゛~、逃げるな人間~…!」

??「うぎゃーーーー!!!」

京太郎「オレサマオマエ、マルカジリーー!!」

??「ほげえぇぇーーーー!!!!!」


69: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:25:29.39 ID:6dIXwKVy0

_______________

_____

__



??「はぁ、はぁ…こ、ここまでくれば安心やろ」

京太郎「そんなことないんだよなぁ、これが」

??「あわわわわわわ……」ブクブク

??「すすすすすいませんでしたーーーー!!!」

京太郎「…何のことですか?」

??「おかんの分のから揚げ、1個食べたんは謝ります!だから、許してください!」

京太郎「おや?そんなことをしていたのですか。いけない娘だ」

京太郎「でも、他にもあるのでしょう?正直に言えば許してあげないこともないですよ」

??「ほ、ほんまにほんま?」

京太郎「大阪の幽霊嘘つかない」

70: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:27:24.58 ID:6dIXwKVy0

??「……あんな、実はこないだの晩、おかんがサラダ作ってたんやけど、そんとき…」

京太郎「そのとき…」ゴクリ

??「余ったさけるチーズ、まるまる全部食べてもうたんや…」

京太郎「ま、まさか裂かずに?」

??「…せや」

京太郎「なんてむごいことを…」

??「もうせえへん、せやから許してください!」ペコリ

京太郎「……仕方がありませんね。その罪許しましょう」

??「!!や、やた!」

京太郎「ただし!!俺の話を聞いてもらうのが条件ですが」

??「ゆゆゆゆ幽霊がうちにななななんの話や?」ガクガク

京太郎「幽霊?いやいや、違うんですよ……実は俺」

??「じ、実は…」ゴクリ


京太郎「I am your father.」

??「Nooooooooやでぇぇぇ!!!!!」

71: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:28:12.55 ID:6dIXwKVy0

??「って、なに言わしてんねん!!」

京太郎「えー…そっちだって、ノリノリだったじゃないですか…」

京太郎「まぁでも、よくご存知で」

??「せ、せやろー、さすがやろー?」

京太郎「では、お化け・幽霊といえば、英語でゴーストですが」

京太郎「『ゴースト』といえば?」



??「ニューヨークの幻!!」

京太郎「攻殻機動隊!!」



??・京太郎「……」

??・京太郎「……」

??・京太郎「ちっ」

72: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:29:18.58 ID:6dIXwKVy0

京太郎「どうやらあなたとは、仲良くなれそうもありません」

??「奇遇やな、うちもそう思うわ」

京太郎「では、もう一回だけいきましょう」

??「望むところや」

京太郎「…さっきニューヨークがでてきたので、それで行きましょうか」

京太郎「では、『ニューヨーク』といえば?」



??・京太郎「星の王子様 ニューヨークへ行く!!」



??・京太郎「……」

??・京太郎「……」

??「へへっ、やるやないか」

京太郎「あなたもね」

??・京太郎「あっはははー!!」


74: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:30:42.48 ID:6dIXwKVy0


京太郎「あー、そういえば…まだ名前を聞いていませんでしたね」

京太郎「俺は須賀京太郎です。あなたは?」

??「ああ、うちか?うちはな――」


??「愛宕洋榎や」


愛宕、洋榎?…どこかで聞いたことがあるような、気のせいか?

洋榎「洋榎でええよ」

洋榎「って、ちゃうやろ…あかんで、うちいつの間に幽霊と普通に話してるやん……」

京太郎「あ、すみません。それ嘘です」

洋榎「う、嘘?」

京太郎「そうです。本当はただの人間です。姿こそ消えてはいますが…」

洋榎「…どういうことや?」

京太郎「ええ、実はですね――」

75: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:31:54.57 ID:6dIXwKVy0

________

_____

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洋榎「へぇー、そんなんあるねんなぁ」

京太郎「信じてくれるんですか?」

洋榎「信じるも何も、信じるしかないやろ、これは」

京太郎「ですね、声だけしか聞こえないようですから」

京太郎「じゃあ、あの…」

洋榎「なんや?」

京太郎「俺が元に戻るのを、手伝ってくれません?」

洋榎「いやや、めんどい」

京太郎「即答っ!?そこは二つ返事で了承する場面でしょ」

洋榎「自分、アホやなぁ。顔も素性も分からん奴に、ほいほい付いていく女子がどこにおんねん」

京太郎「うっ、それはまあ、そうですけど…」

洋榎「まぁ、おもろい話聞けてよかったわ、ありがとさん。ほななー」

京太郎「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

洋榎「い・や・や」スタスタ

まいったな。顔も素性もって……

そうだ!もしかして、これなら

76: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:33:51.07 ID:6dIXwKVy0

京太郎「待ってください、これ見れば俺のこと分かりますから!」ズイッ

洋榎「ん、なんやこの感触?」

京太郎「今、洋榎さんの手にある物を載せました。もしかしたら、単なる物なら見えるかも」

洋榎「お、お、お…なんか見えてきよった。これ、おもろいな」

洋榎「ん、生徒手帳かこれ?」

京太郎「やった、予想通り!それ俺のです、読めば俺のこと分かりますよね?」

洋榎「ちょい待ち、これあんたが誰かからパクったってこともありえるやろ?」

京太郎「うーん、それはその通りですね」

京太郎「なら、テストしてみましょう。それでいいでしょう?」

洋榎「テスト?」

京太郎「俺が、そこに書いてあること答えますから、それを確認してください」

洋榎「暗記してるって可能性もあるやろ?」

京太郎「俺、かなり几帳面なんで細かい事もメモしてあります」

京太郎「いくら、他人から盗んだとしても、普通そこまで覚えないでしょう?」

洋榎「うーん、そうやな…」

京太郎「さあ、いきますよ」

77: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:35:04.22 ID:6dIXwKVy0

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京太郎「どうでしたか?」

洋榎「完璧や。昨日の阪神の試合を見てるようやな」

京太郎「よ、よかったぁ…」ヘナヘナ

洋榎「しかし、清澄か…ちなみに自分、部活は?」

京太郎「ああ、言ってませんでしたね。麻雀部です、俺は弱いんですけど」

洋榎「なぁ、なら覚えてへんか、うちのこと?」

京太郎「え、俺が洋榎さんのこと?どこかで会いましたっけ?」

洋榎「姫松高校って知らん?」

京太郎「姫松、ですか?うーん…」

洋榎「ほら、インターハイで」

京太郎「インターハイ?麻雀の?」

洋榎「せや」

京太郎「うーん……」

洋榎「……」

78: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:36:32.69 ID:6dIXwKVy0

京太郎「……」ジー

京太郎「……」ジー

京太郎「ああっ、思い出した!洋榎さん、あなた姫松高校の人ですね!」

洋榎「せやせや」

京太郎「うちの部長と打ってた、やたら強くて」

洋榎「うんうん」

京太郎「やかましくて」

洋榎「う、うん?」

京太郎「おもしろい顔の人ですよね!?」

洋榎「それは余計や!」ブンッ

京太郎「……ふっ、残像だ」

洋榎「……ふんっ」スパーン

京太郎「いてっ」

洋榎「おお、声だけで案外分かるもんやな」


洋榎「そうや、大阪一の美少女雀士、愛宕洋榎とはうちのことや。よく覚えとき!!」

京太郎「え、美少女?どこですか?」

洋榎「ここや、目の前におるやろ?」ドヤ

京太郎「……」

京太郎「えーと、それでですね――」

洋榎「ちょ、無視すな///」


79: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:38:09.12 ID:6dIXwKVy0

京太郎「はいはい。で、手伝ってもらえませんか?」

洋榎「……」

洋榎「かわいそやな、とは思うけど…やっぱ無理や」

洋榎「どないしたらええか分かれへんのや…ごめん」

京太郎「…いえ、いいんです。俺の勝手な頼みなんですから、気にしないでください」

京太郎「あと、最初驚かしたのは謝ります。ごめんなさい」ペコリ

洋榎「……」

京太郎「久しぶりに他の人と話せて、とても嬉しかったんです」

京太郎「俺の話を最後まで聞いてくれて、ありがとうございました」

京太郎「もしかしたら、洋榎さんみたいな人がこの世界のどこかにまだいるかもしれません」

京太郎「地道に探してみますよ」

洋榎「あ……」

京太郎「ほら、そんな顔してたら駄目ですよ。大阪一の美少女雀士なんでしょう?」

京太郎「さ、俺はもう行きますね」

洋榎「……」

京太郎「ほな、さいなら。なーんてね」

洋榎「……ああ、ほなな」

80: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:39:54.62 ID:6dIXwKVy0

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―駅 ホーム


はぁ、駄目だったか…せっかくの手がかりも、相手に振られちまったからしょうがない

とりあえず、ホテルがありそうなところまで電車で行くか


??「はぁ~、ええもん買うたわ。後でお姉ちゃんに自慢したろ~」ウキウキ


水色の髪をした、活発そうな女の子だ。赤みがかったツーブリッジのメガネをしている、珍しい

どうやら眼鏡にはこだわりがあるようだ

そしてなにより、かなりのおもちの持ち主である。うむ


しかし、この台詞さっきも聞いたような…気のせいか


おっさん「デュフフ、デュフ…」


なんだ、このむさ苦しいおっさんは

今日は対して暑くもないのに、大量の汗をかいている

そして、地面には荷物と思われる鞄が無造作に置いてある

せっかく美少女を見て、癒されていたところなのに…実に台無しだ

81: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:42:00.59 ID:6dIXwKVy0

京太郎「あ、電車来た」


キラッ


あれ、なにか光った?あのおっさんの鞄か?……それに、さっきの女の子

もしかして、そういうことか?

仕方ない、念のためついて行くか


電車に乗ると意外と混んでいる。身動きが取れない、というほどではないがスイスイと自由に動くことはできない

さっきのおっさんの近くに行くと、案の定水色の髪の女の子のそばに陣取っている

足元には、不自然なほど自然にに鞄が置いてある

そして、その女の子は運悪くスカートをはいている

この状況とさっきの鞄からの光の反射

まぁ、これはあれだろうな……盗撮だ

ジー

念には念を入れて、ファスナーを開き鞄の中を覗いてみると、確かにそれがあった

自分で使うためか、あるいはよそに売るためか

どういうことかは知らんが、卑劣な行為であることには変わりない

ましてや、こんな国の重要文化財級のおもちの持ち主に対して行うとは

おもちマイスターの風上にもおけぬ!

82: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:43:09.41 ID:6dIXwKVy0

京太郎「余の顔を見忘れたか!!」

京太郎「成敗!!」

京太郎「えい」チョン


ゴトッ


おっさん「あ」

「えっ、なにあれ?もしかしてビデオカメラ…」

「え、え、盗撮?」

「捕まえろー!すいません、駅員さん呼んでー!!」

ザワザワ

ふっ、勝利とはいつも空しいものだな


??「え、え、え…?」


京太郎「……」

83: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:44:30.58 ID:6dIXwKVy0

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「時間とらせて悪かったね」

??「い、いえ…」

「…一人で平気そう?」

??「大丈夫…大丈夫です。ほんまに」

「さよか。ほな、気ぃ付けてなぁ」

??「お世話になりました」

気になって待っていたが、意外と大丈夫そうかな?


ガラガラガラ

駅員室から出てきたが、さっきまでの活発そうな雰囲気が感じられない

??「はぁー…」トボトボ

あれ、電車に乗らないのか?

…いや、そうだよな

仕方がない、乗りかかった舟だ。最後まで乗船するのが礼儀と言うものだろう

京太郎「お美しいお嬢さん。この命に代えてもあなたことをお守りいたしますよ」キリッ

??「……」トボトボ

京太郎「大丈夫、大丈夫です。安心してください」

京太郎「俺がついてます」

84: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:45:54.74 ID:6dIXwKVy0

_________

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~



洋榎「絹のやつ遅いなあ、何やってるんやろ。携帯も繋がらんし…」

ビュウ

洋榎「うぅ、寒うなってきた」ブルブル

洋榎「出掛けるとき、けっこう薄着やったもんなぁ。大丈夫やろか?」


そういや、あいつ…須賀とかいったか、どこに泊まってるんやろ

さすがにこんくらいの寒さじゃ、死なへんとは思うけど…

洋榎「うがー、うちらしくもない!」

洋榎「もう終った話やろ、これは…」

顔は見えへんかった、けど最後寂しそうな声してた

やっぱあん時…



おっ、あれは絹か?やっと帰ってきた。無事やったみたいやな

あれ?でも、この声どこかで…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

85: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:48:00.59 ID:6dIXwKVy0

京太郎「それで、その時こう言ってやったんですよ」

京太郎「『次からは、相手を見て喧嘩を売ることだな……』」

??「……」トボトボ

京太郎「で、最後にこうつぶやいたんです」

京太郎「『持っててよかった、PSP』、ってね」

??「……」トボトボ

京太郎「まだまだ他にもありますよ」

京太郎「あれは、俺が戦艦ミズーリでコック長をしていたときの話です」

京太郎「迫り来るテロリストをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。ついに相手も――」



タッタッタッ

洋榎「絹ー、どないしたんこんな遅くまで?お姉ちゃん、心配してたんやで」

ひひひ、洋榎さん!?それに、お姉ちゃん??

絹恵「……」グスッ

洋榎「絹?」

絹恵「う゛わ~ん、おねえ゛ち゛ゃ~ん…怖かったよぉ…」ブワッ

洋榎「どどどどないしたんや?お腹か、お腹痛いんか?」アタフタ

絹恵「いや、ちゃうねん…あんな、電車でその…男の人に」ゴニョゴニョ

洋榎「おおおお、男ぉ?もしかしておまえかー!須賀ぁーー!!絹に何さらしてけつけんねん!!!」

俺がいることバレてた!?

86: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:50:00.59 ID:6dIXwKVy0

京太郎「い、いや、俺じゃ―」

洋榎「どたまかち割って、脳味噌チューチュー吸うたろかぁ!ああ゛!!」

京太郎「ひっ!…そ、それでも僕はやってない!信じてください、洋榎さん!」

洋榎「やった奴は皆そう言うんや!!」

京太郎「やってない人だってそう言いますよ!?」

洋榎「あんなぁ…いくら絹がうちに似て美人やからって、してええことと悪いことがあるやろ!?」

京太郎「いや、全然似てませんし、それに洋榎さんはそれほど美人ってわけじゃ…」

洋榎「あ゛!?」

アカン、誰か助けて




絹恵「お姉ちゃん、なにしてるの?」

洋榎「へ……ちゃうねん、ちょっとその…痴漢魔に尋問をやな」

絹恵「痴漢?、まぁええわ」

絹恵「あんな、ほんでその…おっさんに盗撮されそうになってたんや」

洋榎「へ」

絹恵「でも、なんやしらんけど…急にカメラの入ってた鞄が倒れてな、そんでその人取り押さえられたんやけど…」

洋榎「せ、せやったん。絹はなんともなかったんか?」

絹恵「うん」

87: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:51:21.15 ID:6dIXwKVy0

洋榎「でもなんでこない遅く…?」

絹恵「その後、警察の人とかと話してたんや」

洋榎「それだけやないやろ?」

絹恵「…うん。そんで電車で帰ろうと思ったんやけど」

洋榎「…怖かったんやな」

絹恵「うん、だから歩いてきたんや。はは、馬鹿みたいやろ?」

洋榎「……そないなことない。でももう安心しぃやぁ、お姉ちゃんがついてる」ギュ

絹恵「お姉ちゃん…」ギュ

京太郎「……」

絹恵「私、子供みたいやね」
   
洋榎「うちからしたら、絹はまだまだ子供や」

洋榎「せやから、もっとお姉ちゃんのこと頼ってもええんやで」

絹恵「うん」


京太郎「……」

88: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:52:32.14 ID:6dIXwKVy0

_________

______

__



京太郎「いいんですか、先に行かせちゃって?」

洋榎「おかんがおるから、ええんや」

京太郎「そうですか」

洋榎「……結局、おまえちゃうんかったんか?」

京太郎「さっきから、そう言ってるじゃないですか」

洋榎「もしかして、その盗撮魔の鞄倒したのって?」

京太郎「……さぁて、電車の揺れで勝手に倒れたんじゃないですかね」

洋榎「絹と一緒におったんは?」

京太郎「こんな夜に、美少女が一人で歩くのは危険でしょう?」

京太郎「それに俺、美人の住みやすい街づくりを目指してるんで、その一環ですよ」

洋榎「ぷっ、なんやそれ」

89: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:53:54.49 ID:6dIXwKVy0

京太郎「あ」

洋榎「?」

京太郎「初めて笑ってくれましたね」

京太郎「怒ってるより、そっちの方がずっといい感じですよ」

洋榎「あほか」

京太郎「その通りです」


洋榎「なぁ、その…一人で寂しくないんか?」

京太郎「それが…よく分からないんですよね」

京太郎「最初のうちはそう思っていたのかもしれません」

京太郎「でももう、そんな気持ちも忘れてしまいました」

洋榎「……」

京太郎「じゃあ、そろそろ行きますね。今日の寝床探さないと」

京太郎「運がよければまた会いましょう。さよなら」

90: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:55:04.52 ID:6dIXwKVy0


 







洋榎「ちょいまち」


91: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:56:19.90 ID:6dIXwKVy0

京太郎「え、なんですか?」

洋榎「夕飯まだやろ?」

京太郎「そうですけど…」

洋榎「ほんなら、うちで食べていきぃ」

洋榎「おかんのから揚げは絶品なんやで」

京太郎「え、でも…」

洋榎「うちがええって言ってるんや、かめへん」


京太郎「えーと…それって、お礼ってことでいいんですかね?」

洋榎「ちゃ、ちゃうわアホ!困ってる人がおったら助ける、当たり前やろ!?」

最初助けてくれなかったじゃん!?

京太郎「…分かりました、せっかくだから頂いていきますね」

洋榎「そ、そうか…よかった」ホッ

京太郎「……洋榎さんも素直じゃないですねぇ」

洋榎「う、うっさい///」

京太郎「はいはい」

92: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 00:57:48.54 ID:6dIXwKVy0

洋榎「…絹のこと、ほんまありがとうな」ボソ

京太郎「?」

洋榎「ほな、帰ろか」

京太郎「…ええ」



京太郎「あ、そういえば大事なこと一つ聞き忘れてました」

洋榎「?」

京太郎「洋榎さんと絹恵さんって、姉妹なのに胸の大きさが全然ちが――」

洋榎「ふんっ」スパーン

京太郎「あふん」

大阪の人のツッコミってすごい。改めてそう思った



107: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 22:58:29.32 ID:6dIXwKVy0

――10月下旬 大阪




洋榎さんとの出会いから、1週間経った

あれから俺は、洋榎さんの家に居候している

あの日、夕食を食べ終わった後、別の場所に寝床を探しに行こうとした

しかし、洋榎さんがもう遅いからと家に泊まらせてくれた


それ以来、なぜだかここに居候させてもらっている

別に許可をもらったでわけではない。そういう言葉は交わしてない

でもなぜか、洋榎さんが色々と面倒を見てくれていてるうちに、こうなったのだ

俺に同情したのか、絹恵さんのことでの感謝か、あるいはこれこそが大阪人の人情というものなのか

判然とはしないが、洋榎さんにはとても感謝している


部屋は物置になっていたところを、掃除して使わせてもらっている

今までは、味気ないビジネスホテルなどの部屋を勝手に使わせたもらっていた(お金はもちろん払った)

だから、こんな部屋でも家独特の温もりが感じられるので満足している


ここでの生活にも慣れてきた、ある日のこと

110: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:03:58.71 ID:6dIXwKVy0

雅枝「今週は帰りが遅うなるから、家事は二人で分担しといてな」


この人は、愛宕雅枝さん。洋榎さんと絹恵さんのお母さんだ

髪の色は絹恵さん、髪型は洋榎さんと絹恵さんとのハイブリッド

眼鏡着用は絹恵さんに似ているが、そのタレ目は洋榎さんとそっくりだ

そして、胸の脂肪はどうやら妹さんにしか遺伝しなかったようだ

実に残念である。洋榎さんはお父さんに似たのかな?


洋榎・絹恵「はーい」

雅枝「まぁ…洋榎はせんでもええねんけど」

洋榎「ちょ、おかん」

雅枝「まぁ、ええわ。行ってくる」

洋榎・絹恵「行ってらっしゃい!」

パタン


絹恵「ほな、私たちもそろそろ行こか?」

洋榎「そうやな」

洋榎「須賀はどないする?」ボソ

京太郎「今日は、千里山の方に行ってみようかと思います」

京太郎「あそこにもヒントがあるかもしれないので」

洋榎「そうか、ほなな」ボソ

京太郎「はい、また後で」

111: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:05:03.61 ID:6dIXwKVy0

________

_____

__



はぁ……結局千里山でも収穫無しか

まあ、そう簡単にうまく行くとは思っていない

それに洋榎さんという、最大の手掛かりもある

気長にやっていこう


ガチャ

京太郎「ただいまー」

洋榎「おう、おかえり。なんか収穫は?」

京太郎「いえ、さっぱりですね」

洋榎「そか」

112: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:06:55.58 ID:6dIXwKVy0

京太郎「そういえば、今週は雅枝さん遅くなるんでしたっけ?」

洋榎「ん?ああ、そうやな。せやから、家事せえへんと…」

京太郎「なら、俺手伝いますよ。これでもやもめ暮らしは長いんで」

洋榎「ほう、そうなんか……って、結婚しとったんかいっ!!」ビシッ

京太郎「さすが洋榎さん、いいツッコミです」

京太郎「やもめ暮らしは嘘ですけど、家事は慣れてるんで手伝いますよ」

洋榎「そ、そうか…?そうしてくれると助かるわ」


洋榎「なら…おーい、絹ー!」

絹恵「どうしたの、お姉ちゃん?」

洋榎「うちがご飯作っとくから、絹は風呂掃除して、ついでにお風呂沸かしておいてくれへん?」

絹恵「え゛っ、お姉ちゃんが料理!?それは止めておいた方が…」

洋榎「大丈夫、いけるいける!今回はサポートもあるし、お姉ちゃんにまかしとき!」

絹恵「サポート?まぁ、そこまで言うなら…」

洋榎「よっしゃ!汚名挽回したるでー」

京太郎「ベタですけど、汚名返上ですね

113: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:11:08.71 ID:6dIXwKVy0

_________

______

__



絹恵「この炊いたん、めっちゃうまいやん!お姉ちゃん、どないしたの?」

雅枝「いつもと少しちゃうけど、味がしゅんでておいしいなぁ」モグモグ

洋榎「せ、せやろー!うちが本気だしたらこんなもんや」ドヤァ

京太郎「煮物作るとき、洋榎さん鍋の様子見てただけですけどね」モグモグ


絹恵「このお魚もうまいなぁ…いくらでもいけそう。これなんの魚なん?」

洋榎「えっ!?え~…とそれは…」チラ

京太郎「銀だらの西京漬けです。ちなみに俺は鮭の方が好みです」パクパク

洋榎「銀だらや銀だら、うっかり忘れてたわ~(棒)」

雅枝「洋榎がこない料理がうまくなってたなんて…お父さんも今頃お空の上で喜んでるわ…」ホロリ

絹恵「そうやな……って!まだ生きてるから!!」

洋榎「おとんがおらん時、いっつもこのネタ使うからなぁ…もう流石に飽きたわ」

ちなみに、お父さんは出張中らしい



雅枝「…それにしても、洋榎、その…大丈夫か?」

洋榎「え、なにが?」

京太郎「…うん、我ながらうまい」モグモグ

雅枝「いや、ええんやで。育ち盛りやなぁ思て」

洋榎「?」パクパク

京太郎「?」モグモグ

114: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:13:13.57 ID:6dIXwKVy0

─別の日



絹恵「お姉ちゃん、ほんまに大丈夫?別に無理せんでもええよ?」

洋榎「なに言うとるんや絹。最近のお姉ちゃんの変わりよう知ってるやろ?」

絹恵「まぁ、そやけど…」

京太郎「9割以上、俺がやってますけどね」

洋榎「部活遅れてまうやろ?家事はうちに任せて、早よ行きぃ」

絹恵「うん…分かった。じゃあ行ってきます」

洋榎「いってらっしゃい」

京太郎「では、わたくしも行ってまいりますわ、お姉さま!(裏声)」

洋榎「ブッ!」

絹恵「?」

洋榎「い、いや、なんでもあれへん…気ぃつけてな」プルプル

パタン

京太郎「さて、家事の分担どうしましょうか?」

洋榎「って、行かないんかい!」ビシッ

京太郎「おうふ」


洋榎「絹は夕方頃帰ってくるから、それまでに掃除、洗濯して夕飯作っておけばええと思う」

京太郎「了解です。それにしても、洋榎さんは勉強とかしなくていいんですか?」

洋榎「勉強?なんで?」

京太郎「いや、ほら…大学受験とかあるでしょう?」

洋榎「おう、須賀~。うちをなめたらあかんでー」

京太郎「どういう意味ですか?」


116: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:16:13.63 ID:6dIXwKVy0

洋榎「もう既に、麻雀プロのオファーが来てん。せやから勉強なんかせえへんで大丈夫なんやで~」

京太郎「へえー、すごいじゃないですか」

洋榎「せやろー、もっと褒めてもええんやで」ドヤ

洋榎「まあでも…ほんまははまだ本決まり、ってわけやないんやけどな」

京太郎「なんでですか?」

洋榎「実は1月と2月にプロも参加する大会があってな、そこで結果出さなきゃいけないんやと」

洋榎「ま、最終試験みたいなもんや」

京太郎「そこで、駄目だったらどうなるんです?」

洋榎「まぁ、アカンやろ。プロの世界は厳しいちゅうこっちゃ」

洋榎「せやから引退した今でも、時々部活には顔出してるんやで」

京太郎「そうだったんですか……で、オチは?」

洋榎「ないわ、そんなもん!」

京太郎「おかしいですね。大阪の人は長話の最後には、必ずオチをつけるとこの本に――」

洋榎「そないな本、ほってまえ!」

京太郎「いやん」

117: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:18:19.68 ID:6dIXwKVy0

京太郎「じゃあ、俺は風呂掃除してきますから、先に洗濯物洗っといてください」

洋榎「りょーかいりょーかい」

京太郎「使い方分かりますか?洗剤は多すぎても少なすぎても駄目なんですよ?」

京太郎「柔軟剤なんですが、雅枝さんは匂いがキツイのが苦手みたいなんであまり入れすぎないでくださいね?」

京太郎「あと、絹恵さんのデニム、新しいみたいなんでかなり色落ちすると思います。だから白物とは別々にしてください」

京太郎「それと、洗濯機の横に置いてあるバケツなんですけど、中に漂白してるタオルが入ってるんでちゃんとすすいでから――」

洋榎「おまえは主婦かっ!!」


118: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:20:09.15 ID:6dIXwKVy0

_______

____

__



雅枝「ただいまー」

洋榎「おかえりー」

雅枝「って、なんやこれ…大掃除でもしたん?」

洋榎「ま、まぁ、こういうのはいっつも絹とおかんに任せぱなしやったから…たまには、な」ポリポリ

京太郎「今日ばっかりは、洋榎さんもちゃんとやってましたからね」

雅枝「」ブワッ

洋榎「ちょ、おかん、どないしたん!?」

雅枝「うおー!洋榎~!!」ダキッ

洋榎「ちょ、やめ、やめて恥ずいから///」

京太郎「いい話だなー」

絹恵「夕飯も用意してあるみたいやしはよ食べよ、お母さん」

雅枝「ん」

119: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:22:41.03 ID:6dIXwKVy0

雅枝「夕飯まで用意してあるなんて…私は世界一幸せな母親やなぁ」ウルッ

京太郎「料理作ったのはほとんど俺ですけどね。でも、そう言われるのは嬉しいです」パクパク

絹恵「それにしても、お姉ちゃん。水垢の落とし方とかよう知っとったね?」

洋榎「えーと、それはあれや…そのー…」チラ

京太郎「水垢落としに使ったのはクエン酸です。台所の油汚れにはセスキ炭酸ソーダを使いました」モグモグ

京太郎「まあ、あのくらいならクエン酸で十分なんです」パクパク

京太郎「けど、酷いものは研磨剤やスケール除去剤を使わないとうまく取れないんですよ。勉強になりましたね」モグモグ

洋榎「長いわっ!」

絹恵「?」

洋榎「あっ!そ、そりゃあクエン酸やろ?うちかてそんくらい知ってるわ」

絹恵「お、お姉ちゃん…」ウルッ

雅枝「洋榎…」ウルッ

洋榎「二人して泣く事ないやろ…」

京太郎「ほら、普段粗暴な人が時折優しさを見せると、そのギャップの分だけ感動してしまうというアレですよ」パクパク

洋榎「うちの評価、そない低かったんかい!?」

絹恵・雅枝「?」

120: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:24:34.97 ID:6dIXwKVy0

京太郎「すみません、洋榎さん。ご飯おかわりいいですか?」

洋榎「……」コクリ

京太郎「了解です」


京太郎「やっぱり、イカの塩辛にはご飯が良く合いますねー」モグモグ

洋榎「せやなー」パクパク

京太郎「……」パクパク

洋榎「……」モグモグ

雅枝「……」

雅枝「あんなぁ、洋榎。あんまこないなこと言うたくないねんけど」

洋榎「?」

雅枝「最近ちょっと食べすぎやないやろか」

洋榎「へ」

雅枝「いつも軽く2人前は平らげるし、それに今なんてご飯3杯目やし」

雅枝「急に家事うまくなったんは嬉しいんやけど……なにか悩み事でもあるのかと思て」





洋榎「は?」

121: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:28:07.68 ID:6dIXwKVy0

京太郎「あーそういえば、言い忘れてました」パクパク

京太郎「時々、俺のしたことが他人のしたことに変わることがあるんですよ」モグモグ

洋榎「え」

京太郎「今回で言うと、俺が食べたものは洋榎さんが食べたことになってるんですね」パクパク

京太郎「いやー、不思議ですねー。まあ、これなら矛盾も起きませんし、よくできた現象です」モグモグ

洋榎「はい?」

京太郎「今日は大掃除して疲れたんでお腹減りますね。もう少しおかず貰おうかな」

京太郎「いやー、うまいなぁ」モグモグ

雅枝「洋榎…」

絹恵「お姉ちゃん…」


洋榎「いや、ちゃうちゃう!うちやないから!!」

京太郎「あ、知ってますか洋榎さん。チャウチャウは中国犬で元々は食用だったんですよ」パクパク

洋榎「んなこと知らんわ!それより食べるのやめてくれる!?」

雅枝「独り言まで…」

絹恵「お姉ちゃん…」

洋榎「あ゛、あ゛、あ、あああ…」カタカタ

京太郎「どんな話にもオチを付けてくる、洋榎さんは大阪人の鏡ですね」モグモグ

洋榎「そんなオチいややーーー!!!」

123: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:30:13.70 ID:6dIXwKVy0

――10月下旬 




大阪での生活にも馴染めてきたので、この一週間は大阪を中心して関西圏に手がかりを求めていた

兵庫、京都、奈良をとりあえず回ってきたが成果は上がっていない

念のため、神戸ではハーバーランドに出向いたが、誰も俺のことをつかまえてはくれなかった

ゲームのようにうまくはいかないものだ


とはいっても、この三県は立派な観光地でもあるので、思いの外楽しめてしまったのは事実だ

一人旅ってのは良さってのは、こういうことなのかもしれない

他人に気を遣わないで、ゆっくりと観光するというものもなかなか乙なものだ

でも、再びここに来る機会がもしあれば、友達や麻雀部のみんなと来たいと思う


124: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:32:07.69 ID:6dIXwKVy0

さて、これだけ探し回って、未だにまともな手ががりは洋榎さんのみ

なぜだろうか?

洋榎さんとそれ以外との差はなんなのだろうか?

洋榎さんにしか、俺の声が聞こえないのはなぜだろうか?

その洋榎さんにも、俺の姿は見えないのはなぜだろうか?

そこに理由があるのなら、それは一体どういうものなのだろうか?

考えても答えが出ないのは分かっているが、それでも考えずにはいられない


それにしても、随分疲れた

慣れない土地というのもあるけど、この一週間ずっと動きっぱなしだったから尚更だ

早く帰って、ゆっくり浴槽に浸かって、雅枝さんの作ったおいしいご飯を味わいたいものだ


126: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:35:13.72 ID:6dIXwKVy0

――11月上旬 大阪




11月に入った

寒さが厳しくなってきて、いよいよ冬本番を感じさせる

コートを着ないで外に出ると、寒いくらいだ

まあ、それでも長野よりはマシだけど


俺は、関西小旅行を終えて久々に大阪に戻ってきていた


ガチャ

京太郎「ただいまー」

洋榎「ん、この声…?須賀か、おかえり。1週間ぶりやなぁ、元気にしとった?」

京太郎「いやー、流石に疲れましたよ。成果も挙がりませんでしたし」

洋榎「ふーん…」

京太郎「だから、今日はゆっくり休みたいですね」

洋榎「休む?そら、アカンよ」

京太郎「何でですか?」

洋榎「これから出掛けるからや」

京太郎「どこへ?」

洋榎「甲子園」

京太郎「はい?」

127: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:36:19.55 ID:6dIXwKVy0

_________

______

__



雅枝「ほら、ゆっくりせんと、はよせんかいな」

絹恵「ああー…急にお腹が痛くなってきたなぁー(棒)」

雅枝「ん?」ニコリ

絹恵「やっぱしなんともなかったわ…」ハァ

京太郎「俺は別に行かなくてもいい気がするんですが…それに疲れてるんで休みたいんですけど…」

洋榎「ん?」ニコリ

京太郎「ナンデモアリマセン」

雅枝「ほな行くでー」

128: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:37:14.92 ID:6dIXwKVy0

―車内


雅枝「……」

洋榎「……」

絹恵「……」ハァ

なにこの、重苦しい雰囲気

京太郎「あっ、そうだ!ラジオつけましょう、ラジオ!いいいですよね?」

洋榎「……」コクリ

少しでも、この空気を紛らわせれば何でもいい

藁にもすがる思いとはこのこと


129: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:38:38.41 ID:6dIXwKVy0

ポチ


「いやー、昨日の試合はすごかったですねぇ。私途中まで絶対阪神が勝つと思ってましたもん」

洋榎・雅枝「……」ピクッ

「そうですねえ、でもオリックスも後半頑張りましたよ。あの逆転劇には思わず感動してしました」

洋榎・雅枝「……ちっ」

絹恵・京太郎「ひっ」ビクビク

「でも、これでお互い3勝3敗になったので最終戦までもつれ込みましたからねえ」

「ええ、まったく分からなくなってきました。今日の試合、非常に楽しみです」

「しかし、阪神はペナント3位からCSで這い上がって来ましたからね。勢いはほんとうにありますよ」

雅枝「おっ、分かってるやないかい」

洋榎「負ける気せぇへん地元やし」

負けフラグ、ゲットだぜ!

でも、どっちとも地元ですよね?

「いやぁ、でも今のオリックスは打線が非常に調子いいですからね。私はこちらの方が若干有利なんじゃないかと――」

雅枝・洋榎「あ゛?」

絹恵「」ビクッ

京太郎「チャ、チャンネル変えましょ。ね?ちょうど今日のニュースが知りたかったんですよねー(棒)」


130: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:40:04.01 ID:6dIXwKVy0

ポチ


「えー、本日提出された法案は賛成33、反対4。つまり33―4!、33対4ですよ!!、で可決されました」

洋榎・雅枝「」ピクッ

あわわわわわ…

「次のニュースです。昨日あった地震の影響で334世帯の――」

洋榎・雅枝「」ビキビキ

京太郎「そ、そうだ。明日の天気は何かなぁー」


ポチ


「明日の大阪市内の天気は、曇りのち雨となっております」

京太郎「ほっ…」

天気予報なら安牌だろ

「雨の確率は33.4%となっており、今後とも大気の状態は――」

大阪の天気予報ってすげー(棒)

洋榎・雅枝「……」ビキビキ


132: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:41:02.16 ID:6dIXwKVy0

ポチ

「実はここに植えてある桜の木は334本ありまして――」

ポチ

「ここは生徒数334人の――」

ポチ

「本日の3時34分頃――」

ポチ

「33-4――」

「33対4──」


もうどうしようもないね…


雅枝「洋榎」ニコリ

洋榎「うん」コクリ





その後何が起こったか、俺の口からはちょっと言えない

だが、車のラジオを修理に出す必要があるのは確かなようだった

133: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:41:54.67 ID:6dIXwKVy0

_______

____

__


―兵庫県 阪神甲子園球場



雅枝「モータープール、めっちゃ混んでるな…」

流石、最終戦とあってかなりの人だかりだ

恐らく全国からファンが集まっているのだろう

雅枝「お、空いてるとこあった」



雅枝「んじゃ、行こか」


車から降り、早速球場に向かう

ここが阪神甲子園球場か…

野球には全く興味はないが、こうして歴史ある球場を前にすると、不思議と感動が沸き起こってくる

シーズン中、毎試合の様にここに来るファンの方々の気持ちも、なんとなく分かるような気がした

136: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:42:52.26 ID:6dIXwKVy0

京太郎「あ、そういえば」

洋榎「ん、なんや?」

京太郎「俺のチケットって、もちろん無いんですよね?」

洋榎「まぁな」

京太郎「じゃあ、どうやって観戦すれば?」

洋榎「立ち見」

京太郎「え」

洋榎「立ち見」ニコリ

京太郎「はい…」

洋榎「死ぬ気で応援するんやで」ニコリ

京太郎「」

洋榎「あとこれユニフォームな」

京太郎「見えないから意味ないじゃないですか…?」

洋榎「気分や気分。ほら、さっさと着る!うちのエースや!」

京太郎「……背番号14」

137: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:44:13.71 ID:6dIXwKVy0

球場に入り、しばらくすると試合が始まった

凄い熱気だ。最終戦までもつれ込んだこともあり、互いの選手もファンも必死なのだろう

どんなことであれ、何かに一生懸命に打ち込めることができるということに、多少の羨望を覚える

さて、俺たちはというと

雅枝「……」

洋榎「……」

この2人、試合開始からひとっことも喋らない

どこぞのアニメの司令官のように手と手を重ねて、その上に顎を乗せて静観している

シンクロ率100%だ

熱心さを通り過ぎて、一種の狂気すら感じる

俺だったら絶対に他人の振りをするだろうな

絹恵「……はぁ」

絹恵さん、その気持ちよく分かります


139: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:45:58.60 ID:6dIXwKVy0

5回表、二死満塁の場面、阪神は守りで対するは下位打線。危険な状況だが打ち取れる可能性も十分高い

ピッチャーが投げたボールははじき返されたが、芯から外れた鈍い音。なんでもないフライだ

誰もが取れると思っただろう。しかし、野手がファンブルしてしまい、その間にランナーが一人帰ってしまった


「「あぁ……」」


会場から、大きなため息が聞こえてくる


「何やっとんじゃ、ぼけぇー!さっさと引っ込めー!!」


後方から野次すら聞こえてくる。気持ちは分かるが、真のファンなら言うべきではないだろう

ヤジもあり周りの雰囲気が悪くなっていたところ、雅枝さんと洋榎さんがいきなりスクっと立ち上がった



洋榎「がんばれー!!汚いヤジなんかに負けんなー!!」

雅枝「まだまだ1点差や!気張れやー、阪神!!」


140: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:47:34.11 ID:6dIXwKVy0

洋榎「失敗なんて誰にでもあるっ!まだまだ中盤や、次の打席頼んだでー!!!」

雅枝「そやそや!うちの娘なんかこの間、左右別々の靴下履いて出かけておったでー!!」

洋榎「ちょ…おかん!お願いやからその話はせんといてぇな!?」


「「あっはっはっ!!」」


「……」

「おいこらぁ!!喧嘩売ってんのか…!」

さっきのヤジの人だ

雅枝「あ゛?」ピキピキ

「おう、なんや!やる気かっ!!」

「……っ!!」

雅枝「?」バイン

「で、でけぇ…」

絹恵「ちょ、ちょっとお母さん、やめなよ…」バインバイン

「で、でけぇ…」

洋榎「おうおう、何か文句でもあんのか、おっちゃん」スカッ

「で、で…………あ!」

洋榎「?」スッカスカ

「…………」

「ご、ごめんな姉ちゃん。その、俺が悪かったよ…」

「こない人に優しくなれたの、ほんまに久しぶりや。ありがとうな」ニコリ

その表情、憐れみを乗り越えて、もはや悟りを開いた聖人の域に達してらっしゃる

これが現代における生類の憐れみ、いや"小"類の憐れみ、か…

くっ…

141: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:51:45.94 ID:6dIXwKVy0

洋榎「おい、ほんまにいてこましたろか…」ピキピキ

京太郎「洋榎さん、落ち着いてください!」

洋榎「止めるな、須賀ぁ!うちは、うちは……!!」

京太郎「力に頼らず、争い事を治める。こんなこと、なかなかできることじゃないですよ」

洋榎「そ、そうか?うち、すごいんか……?」

京太郎「流石ですお姉さま、って感じですよ!だから、さあ!!胸を張ってください…………あ」

なかった

洋榎「……」

京太郎「……」

洋榎「……」

京太郎「……」


142: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:52:50.91 ID:6dIXwKVy0

洋榎「覚悟はできたかな?」ニコリ

京太郎「いいえと言ったら、許してくれます?」ニコリ

洋榎「NOやで」

京太郎「Oh…やで」

洋榎「SEE YA!!」ブンッ

京太郎「ホームラン!!」アウチ


絹恵「何やってるの、お姉ちゃん…?」

洋榎「大丈夫や、絹。悪は滅んだ」キリッ

絹恵「?」

京太郎「」ピクピク

143: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:54:49.74 ID:6dIXwKVy0

_______

____

__




絹恵「あああああ、アカンて……」

絹恵「このままやと前みたく、1ヶ月間朝食がロッ○の板チョコだけ、みたいにになってまう……」ガクガク

潔いのか悪いのか…

でも、オリックスに負けたらどうなるんだろう?気になる


回は9回裏、表の守備を終えて点差は1点、このままだと阪神の負け

ワンアウト一塁三塁の場面、長打を打てば一打逆転のサヨナラもあり得る


『ストライークッ!!』


絹恵「ああ…追い込まれてもうた」

洋榎「安心しぃや、絹。阪神がこのまま負けるわけないやろ」ニコリ

ガクガクガクガク

京太郎「そんなこと言って洋榎さん、とんでもない勢いで貧乏ゆすりしてますよ!!」

洋榎「ハハハ、ナニユーテンネン」

ガクガクガクガク

144: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:56:10.37 ID:6dIXwKVy0

雅枝「洋榎、少しは落ち着きぃや。ほら、お母ちゃん見習って」ニコリ

ダラダラダラダラ

京太郎「とか言いながら雅枝さん、脂汗すごいことになってますよ!!滝ってレベルじゃないですよ!?」



絹恵「あっ、打った」


京太郎「え」


洋榎「え」


雅枝「え」



右中間に鋭く飛んでいった打球は


京太郎「捕れないっ!!」


三塁ランナーは余裕のホームイン、同点!

ライトの渾身の送球はコントロールよくキャッチャーの元へ

一塁ランナーは…………








『セーフッ!!!!』

145: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:57:25.75 ID:6dIXwKVy0

「「ワァァァァ!!!!!!」」


京太郎「や、やりましたよ洋榎さん!!」

絹恵「お母さん、お姉ちゃん!やったやん、勝ったんやで、優勝したんやで!!」


雅枝「……」

洋榎「……」


京太郎「洋榎さん…?」

絹恵「お母さん…?」


雅枝「」

洋榎「」


絹恵「気ぃ失ってる……」

京太郎「メディーーック!!!!」


146: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:58:16.68 ID:6dIXwKVy0

こうして阪神は勝った

今度こそ、Vやねん、タイガース!!

でも、この2人とは、もう一緒に試合観戦には行きたくはない。だって、ねぇ…?

でも、絹恵さんとならいいな

そうだ、絹恵さんとおそろいのユニフォームを着てサッカー観戦……

ふむふむ、なるほど……すばらっ!

絹恵さんのユニフォーム姿。ああ、やばい、めちゃくちゃ似合うな!!

きっと、胸の辺りとか殺人的過ぎるだろうな!!

サッカーはこれからもシーズン中だから、きっとそういう機会もあるだろう

楽しみだなぁ

147: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/20(水) 23:59:20.90 ID:6dIXwKVy0

_________

______

__



―後日



絹恵「じゃあ、お母さんそろそろ行こ!」

雅枝「え……あー実はなぁ絹、車の調子が悪くて――」

絹恵「ん?」ニコリ

雅枝「ナンデモアリマセン」

洋榎「あー、恭子達と遊ぶ約束してたのの忘れてわー。ごめんなー絹(棒)」

絹恵「ん?」ニコリ

洋榎「ハハー、ベツノヒヤッタワー」


148: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:00:46.76 ID:nHoPjsIe0

京太郎「どうしたんですか、洋榎さん?」

洋榎「いいから、須賀も来い。今から出掛けるから」

京太郎「えー、嫌ですよ。久々に勉強でもしようかなあって思って――」

洋榎「ん?」ニコリ

京太郎「イエッサー」



京太郎「それで、どこに行くんですか?」

洋榎「万博記念競技場や」

京太郎「確かガンバ大阪の本拠地ですね。まさか、サッカー観戦ですか?」

洋榎「せや…」

京太郎「やったー!さっ、早く行きましょうよ!」

149: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:02:13.63 ID:nHoPjsIe0

―万博記念競技場



『ゴーーーーーーールッ!!!!』



絹恵「おんどりゃあああ!!なんぼのもんじゃい!!!!!」

雅枝・洋榎「ひっ」ビクッ

京太郎「あわわわわわわ…」ガクガク

愛宕家最後の良心、絹恵さんが…

絹恵「なんやあの審判!!」

絹恵「鼻の穴に割り箸突っ込んで、下からカッコーンしたろか!!!」

雅枝・洋榎「ひぃいい」ガクガクガク

京太郎「ふぇ~…」







訂正。愛宕家の女性たちと一緒にスポーツ観戦に行ってはいけない

151: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:04:01.73 ID:nHoPjsIe0

――11月下旬 大阪




時が流れるのは早く、11月の終りが見えてきた

しかし、特に事態は進展していない

だけど、別に諦めたというわけではなく、ただ待つことにした

押して駄目なら引いてみろ、というが…アプローチの仕方を変えてみるのも一つの手だろう

そして、これでも駄目ならまた別の方法を採ればいい


さて、今日は土曜日

俺は居間でテレビを見さしてもらっているのだが、他のみんなはというと


雅枝「それや、ロン」

絹恵「あちゃ~…」

洋榎「絹はまだまだやなぁ」


三麻にいそしんでいた

俺は参加することができないので、テレビで映画を鑑賞しながら、家族麻雀の雰囲気を味わっている

贅沢な休日の過ごし方だ

152: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:05:38.10 ID:nHoPjsIe0

洋榎「絹の仇はうちがとる。たまには、おかんをギャフンと言わしたるわ!」

絹恵「お姉ちゃん…」

雅枝「ギャフン」

タン

洋榎「京橋はっ♪ええとこだっせ~♪グランシャトーが、おまっせ~♪」

京橋グランシャトー…

雅枝「おお、えらく余裕やなぁ」

洋榎「……うーん、これやな」



京太郎「洋榎さん、それは切らない方がいいですよ」

タン

洋榎「え」

雅枝「ロン」

洋榎「うそ…やろ…」カタカタ

雅枝「洋榎もまだまだやなぁ、そんなんでプロやってけるのかいな」

洋榎「そんなん考慮しとらんよ…」

京太郎「……」

154: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:15:01.80 ID:nHoPjsIe0

洋榎「おっ、もうこんな時間か。ちょっとテレビ見てくる」

絹恵「麻雀は?」

洋榎「とりあえずしまいや」

雅枝「勝手なやっちゃなぁ…」


洋榎「リモコン借りるでー」

京太郎「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。今いいところなんですから」

洋榎「それは聞けへんなぁ…なにせこれからコマンドーの吹き替え版がやるんやから」ウキウキ

京太郎「はぁ…」

洋榎「し・か・も、玄田哲章版なんやで!」

京太郎「コマンドーなんか、しょちゅうやってるじゃないですか?」

洋榎「な、なんか…やと!?」

京太郎「確かにユーモアのセンスは認めますが、正直勢いだけでおもしろくはないでしょう」

京太郎「最後の銃撃戦なんて何ですかあれ?被弾ゼロとかジャック・バウアーも真っ青ですよ」

156: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:17:13.64 ID:nHoPjsIe0

洋榎「き、きさま…言うてはならんことを」

洋榎「自分こそ、薬中・パロディ・お下劣テディベアのクソ映画なんか見てるやないか!」

京太郎「ク、クソぉ!?」

洋榎「せやせや」

京太郎「洋榎さん筋肉モリモリマッチョマンの変態に殴られて、頭おかしくなっちゃたんじゃないんですか?」

洋榎「はぁ!?」

京太郎「……」

洋榎「……」

洋榎「はは、もうえええわ…久しぶりにキレちまった」

京太郎「それはこっちの台詞ですよ…」


京太郎「こいよ洋榎ット!リモコンなんか捨ててかかって来い!!」

洋榎「野郎、ぶっ殺してやらぁ!!」


雅枝「何が始まるんや?」

絹恵「第三次愛宕大戦や…」


京太郎・洋榎「うおおおおおーーーー!!!!!!」

157: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:18:31.74 ID:nHoPjsIe0

________

_____

__



洋榎「ずみまぜんでじだー」ドゲザー

雅枝「分かればよろしい」

洋榎「さすが、おかん。話の分かる!」

雅枝「まったく調子のいい…ちょけてばっかしなんやから」ハァ

雅枝「最近よう食べるわ、独り言多いわ、挙句に一人芝居まで…ほんま大丈夫か、洋榎?」

洋榎「」

雅枝「ま、ええわ。そんだけ元気有り余ってるなら、外で遊んできなさい」

洋榎「…はい」

159: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:20:14.05 ID:nHoPjsIe0

洋榎「はぁ…家追い出されてもうた」

洋榎「せっかく、楽しみにしとったのに。最悪やわ…」

洋榎「ま、ええか。どこ行こかなぁ。久々にゆーこと遊びに行こうか、それとも――」

京太郎「それとも?」

洋榎「…なんで、おんねん」

京太郎「さっきのあれは俺にも責任がありますから。付き合いますよ」

洋榎「律儀なやっちゃなぁ」

京太郎「そのくらいしか、取柄がありませんからね」


洋榎「うーん……!!、そや、須賀はまだ大阪のことよう知らんのやろ?」

京太郎「そうですね、洋榎さんの家の周辺と、あと千里山の方をちょこっと見たくらいですね」

京太郎「一応、大阪駅と梅田駅の周辺は最初着いたときブラブラしましたけど、なにせ上の空でしたから」

京太郎「生活圏が洋榎さんの家の周りくらいですし、まだ知らない所はたくさんあると思いますよ」

洋榎「ほうか…せやったらうちと大阪観光と洒落込もうか!」


160: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:21:49.67 ID:nHoPjsIe0


京太郎「おっ、いいですね。府民自ら案内してくれるなんて」

洋榎「せやろー、感謝するんやで」

京太郎「で、どこ行くんですか?」

洋榎「そうやなぁ、あんましたくさん見るのも疲れるし」

洋榎「今日はミナミ行ってから、その後天王寺案内したるわ」

京太郎「ここから南っていうと、堺ですね!!」

洋榎「……もしかして、ツッコミ待ち?」

京太郎「…慣れない事はするもんじゃないですね」


洋榎「ほな行こかー」

京太郎「ああ、待ってー」

162: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:23:19.65 ID:nHoPjsIe0

―心斎橋駅



洋榎「まずは、こっからやな」

京太郎「心斎橋をブラブラすること…いわゆる『心ブラ』ってやつですね」

洋榎「おっ、よう知ってるな」

京太郎「説明書は熟読するタイプなもんで。観光ガイドを少し読みました」

洋榎「まぁ、今では死語になってるけどな」

京太郎「時代ですねー」


洋榎「心斎橋筋はほっとんど商店街になってるんやで」

洋榎「けど流石に全部回ってたら時間なくなるから、今日はとりあえず心斎橋筋商店街だけやな」

京太郎「ラジャー」

163: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:25:38.77 ID:nHoPjsIe0

―心斎橋筋商店街



京太郎「結構混んでるものですね」

洋榎「休日やしなぁ」

京太郎「いちいち話するのにも気を遣いそうです」

洋榎「まぁ、周り見て話すから平気や」


京太郎「そういや、この商店街の特徴とかないんですか?」

洋榎「特徴~?んー、そうやなぁ……」

洋榎「あっ!服屋が多いな、それに靴とかアクセサリーとかの店も」

京太郎「ファッション関連のお店が多いってことですか?」

洋榎「それやそれ。ここに来れば、大体揃うような気ぃするわ」

洋榎「うちも絹とかと一緒に来ることあるし」

京太郎「じゃあせっかくなんで服買ってもいいですか?冬服のストックが少ないんで、もうちょい欲しいんですよね」

洋榎「ええで」

164: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:27:13.69 ID:nHoPjsIe0

―服屋



洋榎「そういや、買い物っていつもどないしてるんや?」

京太郎「それを聞いちゃいますか…」ハァ

洋榎「な、なんや…まさか!?ぬ、盗――」


京太郎「商品選んで、自分でレジ打つだけです」


洋榎「そのまんまやん!」

京太郎「盗みなんてくだらないこと、するわけないでしょう」

京太郎「今ではかなりの種類のレジを扱えますよ。長野が誇るレジ打ちの京ちゃんとは俺のことです」

洋榎「かっこわるっ」



京太郎「でも、今日は洋榎さんがいるんで会計の方お願いしますね」

洋榎「ええよ」

京太郎「ありがとうございます。洋榎さんもついでに何か買っていきません?」

洋榎「せっかくやけど遠慮しとくわ」

京太郎「なんでです?」

洋榎「考えてもみ。ただでさえ男物の服ばかり買う変な客なのに」

京太郎「なのに?」

洋榎「さらに…例えばな試着室出た後、須賀に『どう?似おてる?』、なーんて間違って言った日には…」

京太郎「男子としては憧れるシチュエーションですけど、間違いなく危ない人認定されますね」

洋榎「せやろ、だから今日はよしとくわ」

京太郎「なんかすみません…」

165: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:28:25.76 ID:nHoPjsIe0

________

_____

__



京太郎「おっ、やっと商店街抜けましたね」

洋榎「結構長かったやろ?心斎橋筋の店全部見とったら、1日あっても足らんかもな」

京太郎「流石商人の町、大阪ですね」

洋榎「せやろー」


京太郎「ん、あれは橋ですかね?」

洋榎「戎(えびす)橋やな」

京太郎「あー!これってアレですよねアレ、グリコのアレ!!」

洋榎「アレアレ言うな!まあ、確かにそやねんけど」

京太郎「テレビとかでもよく映ってるから、見覚えありますよ」

京太郎「と、思ったら今度はかに道楽ですね!」

洋榎「よう知ってるなぁ」

京太郎「これぞ大阪って感じですね。というこは、ここはもう?」

洋榎「ご存知、道頓堀や」

京太郎「なるほどなるほど。じゃあ阪神が優勝したとき、かつてはみんなここに飛び込んだんですねぇ」シミジミ

洋榎「いやいや、そんなんごく一部やからな!念のため」

166: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:29:36.66 ID:nHoPjsIe0

京太郎「しっかし、こうやって道頓堀の看板見てると本当にドギツイですよね」

洋榎「そうか?別に普通やと思うけど」

京太郎「単なる平らな看板じゃなくて、わざわざこう立体にしてくるところとか、えげつないですよね」

京太郎「かに道楽とかくいだおれ太郎とか、牛とか龍とか」

京太郎「色も赤と白とかですし、くいだおれ太郎なんか完全にトリコロールじゃないですか」

京太郎「フランスに訴えられても文句言えないですよ」

洋榎「やめーや」




京太郎「それにしても、そろそろお腹空いてきませんか?」

洋榎「うーん、そやな。どっか適当なところで済ますか」

洋榎「おっ、あの店でええやん」

京太郎「本当に適当ですね…」

洋榎「今日は休日やし、わざわざ行列並んだりしとないからな」

洋榎「それに、知らない店行くのも悪くないやろ」

京太郎「そうですけど。それにしても、ひと気ののないお店ですね……嫌な予感がする」ブルッ


167: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:30:43.79 ID:nHoPjsIe0

―食事処『男専用』



店長「あら~、いらっしゃ~い」ニコリ

女性だ。おもちはあまり無いが、容姿は整っており儚げな美人と言ったところか

でも、なぜか俺の中の防衛本能が、この人物に対してヤバイと警報を鳴らしている


店長「お嬢さん、一人かなー。うふふ」

洋榎「はぁ…」

店長「ごめんなさ~い。うちはその名の通り女人禁制の定食屋なの」

店長「だから、お帰りは、あ・ち・ら・よ」ニコッ

どんな店だ

店長「あら、でも変ねぇ……何だか男の子の香りがするような…」クンクン

京太郎「!!」ビクッ

店長「いや、気のせいみたいね」

びっくりさせてくれる…

店長「……」

洋榎「……」

店長「うふふ、どうやら引くつもりはないみたいね」

洋榎「残念やけどわが家の家訓は、引かぬ!媚びぬ!省みぬ!、なんや」

京太郎「いや、反省はしましょうよ」


168: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:32:01.90 ID:nHoPjsIe0

店長「あら~、言うわねぇ。私、そういう男気のある人好きよ」

店長「気に入ったわ、あなた。席についてちょうだい、料理を出すわ」

洋榎「!!」

店長「た・だ・し、ペナルティーは設けようかしらね~」

洋榎「?」

店長「もし、出した料理を残したりしたら…」

洋榎「したら…」ゴクリ

店長「活きのいい、ノンケの男を一人差し出してもらおうかしらね。あっ、大事なのはノンケであることだから」

洋榎「……」

洋榎「おい、須賀。ノンケってなんや?」ボソ

京太郎「洋榎さんは知らないほうがいい業界用語です」

洋榎「そうか…よし、その話のった!!」

京太郎「やめてー!どうせ俺のこと差し出すつもりでしょう!?」

洋榎「すまんな、須賀」

169: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:33:19.78 ID:nHoPjsIe0

店長「その返事待ってたわ。少し待っていてちょうだい。すぐに用意するわね」

洋榎「…ちょいと待った。せっかくやから大盛りにしてもらおうか」ニヤリ

店長「やめときなさい、お嬢さん。きっとあなたの小さな胃袋には収まりきらないわ」

店長「それでもやるの?」

洋榎「能書きはええで。早よしてもらおか」

店長「あら、ますます気に入っちゃった。あなたが、わたし好みのイイ男だったらもっと良かったんだけどね」





ゴトッ

店長「じゃあ、はい。うちの自慢の定食。男日照り定食~私の愛と肉欲と汗を添えて~、よ」

京太郎「どことなくフランス料理風っ!?」

店長「ああ、そうそう。汗は塩の隠語よ」

京太郎「なんて嫌な隠語なんだ!?」

洋榎「おお…」

すごい量だ、とても一人で食べきれるものじゃない

でもそれだけじゃない…見た目、香りから食器に至るまで

高級料理のもつ繊細さと、下町料理の大胆さを見事なバランスで備えている

これほど完成度の高い料理をこんな定食屋でお目にかかれるとは

この女、できる!!

洋榎「ほな、行くで!たかが定食なんかに、負けたりせん!!」

170: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:34:27.12 ID:nHoPjsIe0

_________

______

__



洋榎「男日照りには勝てなかったよ…」グフッ

京太郎「洋榎さーーん!!!」

洋榎「後のこと、頼んだで須、賀……」ガクッ

店長「どうやらここまでのようね。女にしては頑張った方よ」

京太郎「……」

京太郎「いや、まだだ!俺の大事な○○は、俺が守るっ!!」

京太郎「うおおおおおお!!!!」ガツガツ

な、なんだ、このうまさは…

うまい、うますぎる!某埼玉銘菓に匹敵するこのうまさ!!

店長「な、なにこの娘!?気を失ってもまだ食べる気なのっ!?」

ごめんなさい、洋榎さん。また大食いキャラにしてしまいそうです

でも今回ばかりは、自業自得ですよね?

171: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:35:11.51 ID:nHoPjsIe0


京太郎「うおおおおおりゃあああ!!!!」ガツガツガツ

京太郎「どうだっ!!」

カチャン

京太郎「ご馳走、様でした…」ガクッ

店長「か、完食しちゃったわ。信じられない……」

洋榎「…ん、あれ?いつの間に終ってる?」ムクリ

店長「負けたわ、お嬢さん。そんな細い身体のどこにそんなに入っているのかしら?」

洋榎「なんやよう知らんが、こういう時は――」


洋榎「うちの胃袋は宇宙や」ドヤ


フードファイト……中途半端に終わったのが悔やまれる

店長「ふっ、どうやらそのようね」

172: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:36:14.04 ID:nHoPjsIe0

_________

______

__



店長「完敗よ、私が間違っていたわ。今度からは女性も受け入れることにするわ」

洋榎「そうした方がいいですよ、なんせあんだけうまいんやから」

店長「で・も、今度来るときはイイ男、連れて来てちょうだいね」

洋榎「はは、考えときます」チラッ

京太郎「あの、こっち見ないでくれます」


洋榎「あの、でも、なんでここ男だけって…」

店長「ああ、それを話すと長くなるわね…」

いきなり、声のトーンが低くなった。何か複雑な事情でもあるのだろうか

店長「あれは、私があなたようにまだ若くてピチピチでお肌の張りがすごかった、世の中の汚さをまだ知らない花の十代だった頃よ…」

なげえよ

洋榎「……」

店長「私の大好きだった高校の先輩、もちろん男の人よ?、が卒業する少し前だったかしら」

店長「あの頃の私は、まだ若くてね。自分に全く自信が持てていなかったわ」

店長「だから、私。告白するべきか、しないべきか…とても悩んだのよ」

洋榎「店長…」

京太郎「店長…」

店長「そんな時、いつも通っていた定食屋の人が私に言ってくれたの」

173: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:37:22.74 ID:nHoPjsIe0

店長「『確かにお前さんの理想とそいつの理想は違うかもしれねえ』」

店長「『だからってなんだ、お前に魅力が無いわけじゃねえ』」

店長「『自分らしくなんて言葉、俺は信じちゃいねえが、その男に合わせて無理してかっこつけても疲れるだけよ』」

店長「『だが、元気がないのだけはいけねえ。だから、さっ、そいつさっさと食べな』」


店長「そうやって、ただで料理を出してくれたわ」

洋榎「うっ…」ウルッ

京太郎「うっ…」ウルッ

店長「で、告白したんだけど、呆気なく玉砕。まぁ、物語みたいにうまくはいかないわね」

店長「でも、あの人の言葉がどうしても忘れられなくて、こうやって定食屋をしているの」

174: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:38:22.60 ID:nHoPjsIe0

洋榎「ひどい男や…」

店長「そんなこと無いわ。彼、私の話を最後まで真剣に聞いてくれて、こう言ってくれたの」

店長「『ありがとう。でも、俺にはやりたいことがあるんだ。だから君の気持ちは受け取れない』、って」

店長「彼、すごい超然とした人だったんだけど、映画に情熱を傾けていてね」

店長「そのまま単身渡米。それっきり。今は何しているのやら…」

店長「初恋なんて実らないものなのかもね」

洋榎「うぅ~、泣ける話やぁ~…」ウルウル

店長「バカな女の昔話よ」

洋榎「でも、どうして男専用なんですか?」

店長「ぶっちゃけ、男目当てよ」

洋榎「台無しやぁ!!」

京太郎「煩悩全開だ、この人!!」

175: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:40:59.26 ID:nHoPjsIe0

店を後にした俺たちは、次の目的地に向かうべく駅の方に歩いていた


京太郎「お代を無料にしてくれたのは助かりましたね」

洋榎「せやなー、ちょっとアレやったけど話の分かるいい人やったわ」

京太郎「量はすごかったですけど、料理の完成度は抜けてましたからね」

洋榎「今日一番の収穫やな、また来ーな」

京太郎「そうですね」



京太郎「まだ昼過ぎたくらいですけど、次はどこ行くんですか?」

洋榎「次で最後。キタ、ミナミに並ぶ今や第3の繁華街――」

京太郎「天王寺・阿倍野ですね」

洋榎「それ、うちの台詞!」

176: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:42:01.71 ID:nHoPjsIe0

―恵美須町駅



なんとか無事に昼食を食べ終えた俺達は、日本橋駅から恵美須町駅まで来ていた


京太郎「あれ、天王寺駅じゃないんですね」

洋榎「ここからなら、うまいこと回れて最後に上町線に乗れるからな」

京太郎「なるほど、洋榎さんも意外と考えて生きてるんですね」

洋榎「馬鹿にしてる?」


京太郎「おっ、あれが噂の通天閣ってやつですね」

洋榎「せや、めっちゃ大きいやろ?」

京太郎「何メートルくらいなんですかね?」

洋榎「えーと、たしかー…100mくらいやったかな?」

京太郎「東京タワーの3分の1以下…」

洋榎「……」

京太郎「スカイツリーの6分の1以下…」

洋榎「べ、別に電波塔やないから。展望台やから!」

京太郎「そう、ですね」アワレミ

洋榎「これやから東京もんは!」

京太郎「長野県民です」

177: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:43:01.79 ID:nHoPjsIe0

通天閣を通り過ぎ、少し歩くと商店街が見えてきた


京太郎「あれが、有名なジャンジャン横丁ですか?」

洋榎「せやな。昔は新世界とか西成は、危ないから近づいたらアカン言われてらしいで」

洋榎「今では、そないなことないけどな」

京太郎「へぇー」

洋榎「ジャンジャン横丁南に抜けると、西成区や」

洋榎「動物園前商店街やら飛田本通商店街があるんやけど…」

京太郎「?」

洋榎「まあ、もっと大阪のことが知りたい言うんやったら行ってみるのもええかもな」

京太郎「はぁ」

178: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:43:52.53 ID:nHoPjsIe0

―天王寺公園


洋榎「天王寺公園やけど、どこ行く?」

京太郎「動物園!」

洋榎「え」

京太郎「動物園っ!!」

洋榎「お、おう…」


京太郎「いやー、実は前からここには来てみたかったんですよね」

洋榎「結構かわいいところあるやん」

京太郎「洋榎さんほどじゃないですよ」

洋榎「おっ、須賀もやっとうちの魅力に気付いたみたいやなー」

京太郎「そういうことにしといてください」

179: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:45:01.66 ID:nHoPjsIe0

―天王寺動物園



京太郎「ない!?ないですよ、洋榎さん!!」

洋榎「なにが?」

京太郎「『カミマス』の看板ですよ!!」

洋榎「動物園に何見に来てんの!?」

京太郎「おのれ、天王寺動物園!責任者をだせい!!」

洋榎「アホやなぁ。動物園にわざわざ看板見に来るやつなんか、初めて見たわ…」

京太郎「何言ってるんですか、洋榎さん」

京太郎「関東の動物園とかじゃあ、長ったらしく説明するのが常ですが」

京太郎「大阪では『カミマス』の一言で済ませる、とこの本に書いてあるんですよ」

京太郎「これぞ大阪の文化だ、って。なのに…」

洋榎「んなもん、知らんわ」

京太郎「これが、グローバリズムの弊害か…こんなところにも東京の魔の手が、くっ…!」

洋榎「どっちの味方やねん」

京太郎「はぁ……………あっ!」

京太郎「見てください、洋榎さん!」

洋榎「今度はなんや」

京太郎「あの看板『ツッツキマス!』、って書いてありますよ。すごい!」

洋榎「さよか」

京太郎「あっ、あっちの看板なんか『アブナイ!』、ですって」

京太郎「いやー、よかったー。大阪文化は死んでいませんでしたね」

洋榎「ま、まあ、須賀が楽しそうならそれでええんやけど…」ヒキ


180: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:46:03.88 ID:nHoPjsIe0


看板を見つけて上機嫌になった俺(達)は、その後も園内を回った

トラやライオン、ペンギンに羊などみんなに人気の動物がかわいかった

ただ、やはり一番印象に残ったのは


みんな大好き、マレーグマ


独特のアンバランス感、カラスにも似た艶のある黒の体毛、異様に長い舌

愛嬌のある内股にどことなくおっさん臭い仕草

奇跡的なバランスで、不気味さと可愛らしさを体現している

洋榎さんも最初こそ、「気味悪いなぁ…」とか言っていたのだか

しばらくすると、「なにあれ、めっちゃかわいいやん!」とあの可愛さに気付いたようだった

マレーグマ、恐るべし

しかも、あれだけ気味悪い風貌なのに、実は大人しい性格ときている

なんてキュートな奴なんだ!




京太郎「動物園も堪能したことですし、そろそろ帰りますか?まだ3時くらいですけど」

洋榎「うーん、そやなぁ……阿倍野に映画でも見に行くか」

京太郎「アベノというと……魔法商店街ですね」

洋榎「ん?残念やけど、商店街はもうあれへんで」

京太郎「ですよねー」


洋榎「まあ、今日は誰かさんのせいで映画見れなかったし、ちょうどええやろ」

京太郎「意外と根に持ちますね…」


181: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:47:01.74 ID:nHoPjsIe0

天王寺から阿倍野方面に歩いていき、あべの筋までやってきた


京太郎「どこにあるんですか?」

洋榎「うちに着いてくれば分かる。今日行くところは特別なんや、他のに教えたらあかんよ」

京太郎「できませんけどね」

洋榎「まぁ、一回行ったくらいで、この道覚えられるとは思わへんけど」


そう言った洋榎さんに、俺はひたすらついていく

あべの筋から横に逸れ、右へ左へ、昇り降り

古びたアパートとマンションの間、猫も通らないような細い道

民家と民家の間にあった石畳を歩き、意味不明で錆付いた看板を何回も見た

そして…


洋榎「ここや」

京太郎「おお…」

言い方は悪いかもしれないが、随分寂れた映画館だ

だが、その古臭さがアクセントになって、逆にある種の荘厳さがそこにあった

うーん、なんというか

京太郎「ラストアクションヒーローに出てきそうな映画館ですね」

洋榎「言われてみれば…。さっ、入ろか」

182: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:48:02.84 ID:nHoPjsIe0

入口を通ると、外観とは打って変わって清潔感に溢れた綺麗な造りだ

通りにはルージュの絨毯が敷かれており、歴史的な建造物を彷彿とさせる

天井には大きさは控えめながらも、煌びやかなシャンデリア

頭を横に向ければ、和・洋・中様々な調度品が所狭しと並べられている

一見するとちぐはぐな印象だが、全体として見れば調和がそこを支配している

それら全てが、異様な雰囲気を漂わせ、まるで白昼夢を見ているかのような気分になる


カウンターには、一人の若い男性がいた

その若さは、年季の入ったこの場からは明らかに浮いており、ミスマッチにさえ思える

しかし、それでもやはり、不思議とここに馴染んでいた

183: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:49:14.63 ID:nHoPjsIe0

洋榎「お久しぶりです。元気にしてはりました?」

館長「ええ、おかげさまで」

洋榎「チケット2枚お願いします」

いや、それは

館長「かしこまりました。はい、こちらをどうぞ」

洋榎「ありがとうございます」

洋榎「今日は、どんなのやってます?面白いですか?」

館長「見てからのお楽しみです」

館長「それに…面白いか、面白くないかはあなた次第です」

館長「しかし、絶対に後悔はしないと思いますよ」

洋榎「はは、楽しみしときます」

京太郎「……」

184: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:52:15.42 ID:nHoPjsIe0

京太郎「あの人…」

洋榎「ん、どないしたん?」

京太郎「…いえ、なんでもありません」


京太郎「しかし、見てからのお楽しみって…随分変わってますね」

洋榎「せやろ。でもあの人のチョイスなかなかのもんやで」

洋榎「見たことある映画は、なぜか上映されへんし。やるのは面白いのばっかやし」

洋榎「まぁ、ごくたまーにしょうもないのもやるけど、ご愛嬌やな」

京太郎「へぇ、それは楽しみですね」

京太郎「それにしても、さっきの人はどういう人なんでしょうか?」

洋榎「さぁ…よう知らんけど。映画の情熱だけなら誰にも負けへんと思うわ」

京太郎「へぇ…」

185: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:54:07.73 ID:nHoPjsIe0

洋榎「じゃあ、適当に座ってええで」

京太郎「え、いいんですか?座席指定なんじゃ…」

洋榎「ええのええの、館長さんに前聞いたら、『かまわないですよ』言うてたし」

洋榎「それに、他に客が来ることほとんどあれへん」

京太郎「では、お言葉に甘えて」


スタスタ…

ボスン


洋榎「…なんで、うちの隣に座るんや」

京太郎「だって、ここがベストポジションなんですもん」

洋榎「いやいやいや、もっと席空いてるやん」

洋榎「なんで、わざわざ隣り合って座らなあかんねん」

京太郎「そう思うなら、洋榎さんこそ別の所行けばいいじゃないですか」

京太郎「俺にだけ譲歩を求めるのは、公平じゃないですよ」

洋榎「ぐぬぬ…」

洋榎「はぁ…まあええか。勝手なこと言うてすまんかったな」

京太郎「…洋榎さんのそういうところ結構好きですよ」

洋榎「あほか」


京太郎「あっ、始まるみたいですね」


186: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:56:09.64 ID:nHoPjsIe0

_________

______

__



映画を見終わった俺達は、上町線に乗り帰路についていた

しかし俺達は、映画館出てから一言も言葉を交わしていなかった

電車から降り、しばらくすると洋榎さんの方から話しかけてきた


洋榎「どやった?」

京太郎「そうですね…うまく言えないんですけど、とにかくよかったです」

京太郎「あんなに感動したのは、本当に久しぶりかもしれません」

京太郎「洋榎さんですら、今の今まで黙らせいたんですから相当なもんですよ」

洋榎「おい」

京太郎「俺だって、見終わった後しばらく誰とも話したくありませんでしたし」

洋榎「せやろ。それにしても、今回のは大当たりやったなぁ」

京太郎「ですね」

洋榎「また一緒に来ーな」ニコッ

素敵な人だな

京太郎「ぜひお供します。正直まだ道がよく分からないんで」

187: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:57:51.33 ID:nHoPjsIe0

洋榎「なぁ、須賀。今日の大阪観光どやった?」

京太郎「買いたいものは買えましたし、見たいものも見れました」

京太郎「ハプニングはありましたけど、とてもおいしい食事も食べられました」

京太郎「もちろん映画の方はは言うまでもないですね」

京太郎「最高に楽しかったです」

洋榎「そ、そうか…?自分の好きなもん褒められるちゅうのは、なんちゅーか……こそばいな//」

京太郎「洋榎さんが自慢したくなるのも、よく分かります」

京太郎「大阪って良い街ですね」

洋榎「せやろ!」

188: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:58:58.84 ID:nHoPjsIe0

――12月上旬 大阪
 



さて、12月

いよいよ1年の終わりが近づいてきて、あちこち忙しくなる頃だ


雅枝「おーい、洋榎ー。ちょいと話があんねんけど」

洋榎「んー、なに?」

雅枝「今度、期末テストあるやろ。調子どない?」

洋榎「そんなん余裕過ぎて、あくびが出るくらいや。なーんてな!」

雅枝「ほう…実はな、さっき学校の先生から電話があってな」

洋榎「へ、へぇ…ななななんの用やろなあ」ビクビク

雅枝「いっつも冗談ばっかし言うてる先生やけど、めっちゃ深刻な感じでな」


雅枝「『娘さん、期末テストの成績次第では最悪留年です…』、って」


雅枝「どういうこっちゃ」

洋榎「あわわわわ…ちゃ、ちゃうねん…」

雅枝「地面すれすれの超低空飛行だったのは知っとったけど……なにがアカンのや?」

189: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 00:59:52.95 ID:nHoPjsIe0

洋榎「物理…」

雅枝「他は?」

洋榎「英語とか化学とか生物とか現国とか……でも、たぶん、なんとか大丈夫…です」

雅枝「はぁ…ほとんど全部やないか……まだ2週間あるらしいから大丈夫やとは思うけど」

雅枝「ちゃんと勉強しとかなあかんよ?」

洋榎「はい…」



京太郎「洋榎さんって、そういうのは卒なくこなすタイプかと思ってましたけど」

洋榎「勉強なんかしとないのに…」

京太郎「麻雀ばっかりやってるからこうなるんですよ」

洋榎「どないしよう…」

京太郎「勉強すればいいんじゃないですかね?」

洋榎「……ほな、自分の部屋行くわ」

ガチャ

そう言うと、洋榎さんは部屋に引っ込んでしまった

大丈夫かなぁ

190: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:00:43.81 ID:nHoPjsIe0

―30分後



ガチャ

洋榎「アカン」

京太郎「どうしたんですか教科書持って。休憩ですか?」

洋榎「物理の教科書開いたと思ってたら、いつの間にか漫画読んでた…」

京太郎「救いようが無いですね」

洋榎「だからリビングでやることにするわ」

京太郎「そうですね、人目があった方が洋榎さんにはいいかもしれません」

洋榎「よっしゃ、やったるで!」


京太郎「……」ペラペラ

洋榎「うーん…」

京太郎「……」ペラペラ

洋榎「あっ、こうか!……いや、ちゃうな」

京太郎「……」

洋榎「うがー、答え合わんやんか!」

京太郎「…そこの右辺の第2項の符号を逆にしてみてください」

洋榎「えっ、こ、こう?」

京太郎「あとは、そのまま計算すれば値が出るはずです」

洋榎「そうなん?」

191: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:02:46.03 ID:nHoPjsIe0

洋榎「……」

洋榎「おっ、できた!」

京太郎「計算速いですね」

洋榎「これでも雀士やで。数学はけっこう得意なんや」

洋榎「それにしても、よう分かったなぁ」

京太郎「物理はそこそこやってるんで」

洋榎「確か1年生やろ?そういや、いっつも本読んでる言うてたな」

京太郎「まあ、数学やら物理やらの勉強してるんです」

洋榎「変わったやっちゃなぁ」

京太郎「勉強するのも案外楽しいものですよ」

洋榎「へぇー……そうや!ならうちに教えてくれへん?」

京太郎「えっ?……まぁ、いいですけど。あまり期待はしないでくださいね」

洋榎「やた!」



京太郎「そうと決まれば、明日にでも洋榎さんの高校に行っときたいんですけど」

洋榎「なんで?」

京太郎「範囲とか、先生の特徴とか、洋榎さんの現在の学力がどんなものかとか知りたいんで」

洋榎「りょーかいりょーかい。なら今日はここでしまいということで…」コソコソ

京太郎「だめですよ。あと3時間はみっちりやりましょうね」ニコリ

洋榎「ぅ…はい」

京太郎「先行き不安過ぎますね…」

192: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:03:28.69 ID:nHoPjsIe0

――12月上旬 大阪 姫松高校



―数学


先生「じゃあここで問題な。この関数のグラフを描いてくれ。時間はまあ7、8分くらいやな」

「「はーい」」

洋榎「……」カキカキ

洋榎「……」カキカキ

洋榎「はい、できました!」

京太郎「早すぎません!?これ結構複雑な関数ですよ」

先生「おお、愛宕か。どれどれ……おう、ええな完璧や」

洋榎「へへー」

ほんとうに数学は得意みたいだな



193: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:04:07.78 ID:nHoPjsIe0

―物理


先生「だからこういう問題の場合は、力学的エネルギーの保存則を利用して――」

洋榎「……」ウトウト

先生「空気と水の屈折率の違いから、光はこのように曲がり――」

洋榎「…っ!」ビクッ

先生「一様電界中の運動は放物運動。一様磁界中の運動は円運動で考えて――」

洋榎「……」ウトウト

京太郎「いや、起きましょうよ」

洋榎「っ…??」ビクッ

京太郎「重症だなこれは」

194: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:05:53.62 ID:nHoPjsIe0

_________

_____

__



洋榎「ほな、帰ろか」

京太郎「そうですね」

洋榎「今日のうちの勉強っぷり、どやった?」

京太郎「勉強っぷりって何ですか…洋榎さんが想像以上にダメってことは分かりました」

洋榎「うっ…」


??「洋榎ー、一緒に帰るのよー」

??「はぁ、なんで私まで…」


洋榎「ゆーこと恭子か、ええで」

京太郎「えーと、すいません。どなたですか?」

洋榎「あーそうやな…変わった髪型してるのが、真瀬由子」ヒソヒソ

洋榎「ちょっとお堅そうなのが、末原恭子や」ヒソヒソ

京太郎「ああ、末原さんは覚えてますよ。うちの咲が大変お世話になったみたいで…」

洋榎「ああ、あの清澄の大将か…」

由子「洋榎?」

洋榎「い、いや。なんでもあれへん、行こか」

195: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:06:55.79 ID:nHoPjsIe0

由子「久々にどっか寄っていかへん?」

恭子「えー、はよ帰って勉強したいんやけど」

洋榎「ええやん!行こ行こ!」

京太郎「洋榎さんは、末原さんの爪の垢を煎じて飲んだほうがいいですね」

由子「じゃあ、駅前の喫茶店に行くのよー」

洋榎「おー!!」

京太郎・恭子「はぁ…まったく」

京太郎「……はっ」


ああ、この人苦労人ぽいなあ

ご苦労様です


196: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:07:50.57 ID:nHoPjsIe0

―喫茶店


俺達は、4人掛けのテープル席に陣取った

俺は洋榎さんの横に座り、前に真瀬さん末原さんがいる格好だ


由子「注文決まった?」

洋榎「うん」

恭子「…」コクリ

京太郎「決まりました」

由子「じゃあ……すみませーん!」


店員「はい、お待たせしました」

由子「ええと、ブレンドとこのチーズケーキください」

恭子「私はミルクティで」

洋榎「なら、うちはドリップのアイスコーヒーとこのケーキもらおうかな」

店員「はい、かしこましりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

197: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:08:59.54 ID:nHoPjsIe0

京太郎「すみません、洋榎さん。ミックスジュースと…あとこの右下の頼んでもらえますか?」

京太郎「小腹が空いてしまって」

洋榎「しゃーないなぁ…」ヒソヒソ

洋榎「あっ、すみません。追加でミックスジュースとこのサンドイッチお願いします」

恭子「え゛」

由子「そ、育ち盛りなのよー…」

店員「か、かしこまりました。少々お待ちください」

洋榎「……」

京太郎「えーと……目指せ大食いキャラ!!」

洋榎「正直この流れ予想してたし、別にええよ…はは」

京太郎「目が死んでる!?」

198: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:10:07.69 ID:nHoPjsIe0

少しすると、店員さんが注文した品を運んできてくれた

俺がガールズトークに加わるのはいかがなものか、とも考えた

でも、洋榎さんも特に何も言ってこなかったし別にいいのだろう


由子「ちゃんとテスト勉強の方してる?」

恭子「まぁ、ぼちぼち」

洋榎「とか言うて、いつも5位以内には入ってるやんか。このこの~」

由子「洋榎だって、いつも下から5位以内に入ってるやん」

洋榎「それは、いらわんといてくれるかな?」ニコリ


洋榎「ゆーこはええよなぁ。もう推薦決まってるし」

由子「まぁねー」

洋榎「恭子は受験勉強の方、どない?」

199: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:11:31.83 ID:nHoPjsIe0

恭子「まあまあですかね。こないだの模試では一応A判定でしたけど」

洋榎「A判定?」

由子「合格する確率がかなり高いってことなのよー」

洋榎「すごいやん!さっすが、姫松高校麻雀部の元ブレーンやな」

恭子「本番はまだですからね、安心はできませんよ」

洋榎「クールやなぁ」

恭子「洋榎の方こそ、1月に大会あるんでしょう?」

洋榎「まぁ、そやけど…」

恭子「けど?」

洋榎「いつも通り打って、勝つ。それだけや」

恭子「ふふ、相変わらずですね」

由子「かっこいいのよー」

京太郎「……」

危ないな、その思考

200: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:12:37.83 ID:nHoPjsIe0

由子「そういえば最近気になってたんやけど、洋榎付き合い悪うなった?」

洋榎「ないない」

恭子「確かに以前よりかはそんな気ぃするわ」

洋榎「そうかぁ?」

由子「もしかして男でもできたんじゃ…」

洋榎「お、おとこぉ!?ないない」

恭子「洋榎に限ってそれはないか」

由子「その通りなのよー」

洋榎「なんやとー」

洋榎「…あ、でも透明人間なら一人おるか」ボソ

由子・恭子「?」

洋榎「いや、なんでもあれへん」

洋榎「あんま遅くなってもあれやし、ぼちぼち行こか」

恭子「そうですね」

201: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:13:43.69 ID:nHoPjsIe0

洋榎「んじゃ、また明日なー」

由子「またなのよー」

恭子「ほな、また」

京太郎「……」

洋榎「……」

京太郎「すみません、せっかく友達との時間なのに邪魔してしまって」

洋榎「なんや急に。別にかめへんよ」




京太郎「洋榎さん、今日はありがとうございました」

洋榎「なにが?」

京太郎「久々に学校に行けて、とても懐かしい気分になれましたから」

洋榎「え、今まで全国の高校回ってた言うてたやん?」

京太郎「確かにそうです…けど今日みたいに普通に登校したり、授業を受けたり」

京太郎「会話こそできませんでしたけど、洋榎さん達と駄弁ったりできました」

京太郎「そういうのがなんだか懐かしくて」

洋榎「……ふーん」

京太郎「さっ、帰って勉強の続きをしましょうか」

洋榎「そうやな」

202: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:14:50.10 ID:nHoPjsIe0

――12月上旬 大阪




いよいよ試験が迫ってきた。残り1週間、有意義に使わないと

洋榎さんの進捗状況はというと、正直言ってそう悪くはないと思う

俺や雅枝さんが結構うるさく勉強するように言ってたのが効いたのかもしれない


文系科目や生物、化学などの暗記が主な分野はなかなか仕上がってきたと思う

それでも高得点を狙えるというより、なんとか平均点は取れるかな?という感じだが


数学の方は全く問題ないように思う

ていうか時々レインマンかと見紛うほどの計算能力を発揮するからすごい

単純な計算能力や水平思考は素晴らしいものを持っている


さて、問題の物理だが正直よく分からない

数学的な部分は気にならないんだけど

203: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:15:53.18 ID:nHoPjsIe0

洋榎「さっぱりわやや…」

京太郎「うーん……基本が出来ていないと言えば、そうなんだけど」

洋榎「はぁ…物理なんてよう分かれへんし、全然おもんないわぁ…」

おもんない、ねぇ…


京太郎「洋榎さん、麻雀は好きですか?」

洋榎「?、まぁ好きやけど」

京太郎「野球を見るのは好きですか?」

洋榎「阪神応援するのは好きやで」

京太郎「数学は?」

洋榎「うーん、まぁ学校の授業の中では好きな方やな。得意やし」

なるほど

京太郎「……分かりました。なら物理も好きになりましょう」

洋榎「はぁ!?」

京太郎「無駄に問題解法のテクニックを学ぶより、洋榎さんにはこの方が合ってるかもしれません」

洋榎「そりゃあ、好きになるに越したことはないんやろうけど…今更無理やろ」

京太郎「そんなことないですよ。向き不向きはあるんでしょうけど、基本的に学問てのはおもしろいものです」

京太郎「だからこそ、研究者が寝食を忘れてまで没頭することができるんですよ」

洋榎「はぁ」

京太郎「好きこそものの上手なれ。とりあえずやってみましょう」

204: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:16:51.74 ID:nHoPjsIe0

京太郎「そうですね…まずエネルギーについて話してみましょうか」

洋榎「エネルギー?あの運動エネルギーとか位置エネルギーとかいうやつか?」

京太郎「そうです。でもエネルギーってのはその2種類だけじゃないのは知ってますよね?」

洋榎「太陽光やら風力やらあるなぁ」

京太郎「食べ物にもありますよね?ほら、このカントリーマ○ムの裏見てください」

洋榎「1枚(10.5g)当たり50kcal(キロカロリー)、って書いてあるな」

京太郎「それも、実はエネルギーの一種なんですよ。化学エネルギーなんていいますけど」

洋榎「へぇー。色々あんねんなぁ」


京太郎「では計算お願いします。これ、1g当たり何キロカロリーありますか?」

洋榎「約4.8や」

京太郎「ではここで質問です。映画などでお馴染みの火薬、TNT火薬は1g当たり何キロカロリーあるでしょう?」

205: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:17:41.64 ID:nHoPjsIe0

洋榎「TNTってあれやろ、ビルとか爆破するやつ」

京太郎「その通りです」

洋榎「うーん……1000キロカロリーくらい?」

京太郎「さすが洋榎さん、おしい」

洋榎「はっはっは、うちをなめたらアカンよ」

京太郎「正解は、約1キロカロリーです」

洋榎「おっ、ぴったしやん!……って、1ぃ!?嘘つけ、カントリーマアムの5分の1やんか!」

京太郎「本当です」

洋榎「で、でもだって、カントリーマアムじゃビル吹き飛ばせないやん…?」

京太郎「それはそうですね。なぜそうなるのか分かりますか?」

洋榎「うーん…分かれへん」

京太郎「単純ですよ、エネルギーを放出するスピードが全く違うからです」

京太郎「これを、仕事率っていいます。授業で習ったでしょう?」

洋榎「まぁ…」

206: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:18:46.98 ID:nHoPjsIe0

京太郎「TNT火薬は実に100万分の1秒という短い時間で、そのエネルギーを放出します」

京太郎「対して、カントリーマアムは口に入れて、胃に入り、様々な過程を経て」

京太郎「すこーしずつ長い時間をかけて、そのエネルギーを放出するんです」

京太郎「だからこそ、カントリーマアムを食べても人は爆発しないんですね」

京太郎「仕事率の大きさが違うだけで、こんなにも物理的な現象が変わるものなんですよ」

洋榎「なるほどなぁ。それ後でちょうだい」

京太郎「いいですよ」

京太郎「ちなみに洋榎さん、人間の脂肪って1キロで何キロカロリーあるか知ってます?」

洋榎「さぁ?」

京太郎「約7000キロカロリーです」

洋榎「……ほげ」

京太郎「これは、TNT火薬に換算すると7000グラム――つまり7キログラムに相当します」

京太郎「こう考えると、なぜダイエットが大変なのか、なんとなく分かりますよね?」

洋榎「やっぱ、それいらんわ…」

京太郎「そうした方がいいかもしれません」



207: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:19:49.87 ID:nHoPjsIe0

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京太郎「作用・反作用の法則って軽視されがちですけど、本当はとても重要な法則なんですよ」

洋榎「それって、あれやろ。銃をバーン撃ったら反動で後ろにのけ反ったりする」

京太郎「そうです」

京太郎「じゃあ、その銃を持って下向きに発射したらどうなりますか?」

洋榎「うーん、少し身体が浮く…かも?」

京太郎「その通りですね。だったら下向きに連続して発射したら、宇宙まで行けそうな気がしません?」

洋榎「いや、流石に無理やろ!」

京太郎「そんなことありませんよ。だってこれがロケットの原理なんですから」

洋榎「はぁ!?」

京太郎「ロケットは銃弾の変わりに、燃料を下向きに発射して、その反作用で宇宙に飛び出すんです」

洋榎「そ、そう言えば、そうやな…」

京太郎「もちろん、ロケットに使われている数学や工学などはかなり高度なものだと思いますよ」

京太郎「けど、使っている物理は意外と単純だったりするんですよね」

洋榎「なるほどなぁ」


京太郎「単純と言えば、火力発電とか原子力発電の仕組みって知ってます?」

京太郎「あれも、結構単純で実は巨大な湯沸かし器だったり――」

208: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:22:07.79 ID:nHoPjsIe0

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京太郎「洋榎さん、熱膨張って知ってるか?」

洋榎「温度が上がると、体積が増えるやつやろ」

京太郎「では、温度が何か分かりますか?」

洋榎「えーと……確か分子のスピードやったけ?」

京太郎「おしいです。正確には、物質を構成する粒子の平均的な運動エネルギーです」

洋榎「はい?」

京太郎「だから、洋榎さん言ったようなのもある程度は正しいです」

洋榎「はぁ」

京太郎「実は、このことがイメージできるようになると、熱力学の大部分が分かりやすくなるんですよ」

京太郎「例えば、さっき言った熱膨張もです」

京太郎「固体の温度が上がると、分子に関して『運動エネルギーが増す→速度が増す』ということが起きます」

京太郎「こうなると、隣り合う原子が互いに喧嘩をして、距離が遠ざかるんですよ」

京太郎「そして、原子同士の距離が遠ざかるから、体積が増えるんですね。これが熱膨張です」

洋榎「なーる」

209: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:23:02.76 ID:nHoPjsIe0


京太郎「もちろん、この効果はかなり小さいものですから、人間はほとんど気付きません」

京太郎「だから、拳銃に熱湯をかけたり浸したりしても、少なくとも金属部分は何ともないでしょう」

京太郎「でも、例えば全長1000メートルの、一枚の鉄板でできた橋だったどうでしょうか?」

京太郎「鉄の熱膨張は、1度当たり100万分の12くらいです」

京太郎「夏と冬の温度差が40度あったら、この橋の長さはどのくらい変わりますか?」

洋榎「えーと…約0.5メートルだから……約50センチ伸び縮みするなぁ」

京太郎「50センチというと大したことないと思うかもしれませんが、設計者からしたら大変なことです」

京太郎「なにせ、冬に作った橋が夏になると膨張して、大惨事を引き起こす可能性もあるんですから」

京太郎「だから、橋の設計をするときや歩道をセメントで舗装するときなどは、通常溝や遊びを作ったりするんですね」

洋榎「みんなよう考えてるんやなぁ」

京太郎「まったくです」

210: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:23:55.75 ID:nHoPjsIe0

_________

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洋榎「じゃあじゃあ!この図でなんかおもろい話して!」

京太郎「空気と水の屈折率の違いを表した図ですね」

京太郎「うーん…面白かどうかは別にして、役に立つかもしれない話はできますよ」

洋榎「なになに?」

京太郎「こっからは、作り話なんで他意はないです。あらかじめご了承ください」


京太郎「んん…こほん」

京太郎「むかーし、むかし。大阪は姫松の地に愛宕洋兵衛という者がいました」

洋榎「ん?」

京太郎「洋兵衛はその地で悪逆の限りを尽くしていましたが、あるとき代官の郁乃佐衛門の命により島流しにされてしまいました」

洋榎「おい」

京太郎「島は無人でしたが、幸い木の実や植物はありました」

京太郎「しかし、『たまにはたんぱく質も欲しいなぁ』と思った洋榎さんは魚を捕ろうと決心しました」

洋榎「もう隠す気ないやろ」

京太郎「ついに魚を見つけた洋榎さん。いざ、もりを魚めがけて突き刺しました」

京太郎「しかし、いくら突いても突いても、魚が刺さることはありませんでした」

京太郎「そのうち考えることを止めた洋榎さんは、魚こそ捕れませんでしたが天寿を全うしたそうです」

洋榎「おい」

京太郎「めでたしめでたし」

洋榎「…よう言わんわ」


211: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:24:53.36 ID:nHoPjsIe0


京太郎「さて、なぜ洋兵衛は魚を捕ることができなかったか分かりますか?」

洋榎「うーん、さぁ?」

京太郎「答えは、光は空気と水との境界で屈折するからです」

洋榎「ああ、この図みたいに。でもなんで?」

京太郎「目の錯覚ですよ」

京太郎「人間ていうのは光は常に真っ直ぐ進むものだと考えています」

京太郎「しかし、実際にはこの図みたいに光は屈折してるんです」

京太郎「このギャップが人間に目の錯覚を起こさせるんですね」

洋榎「なるほどなるほど」

京太郎「だから、もし海で魚などをもりで突き刺そうと思ったら、実際に魚が見えているところより下側を狙わないといけないんです」

京太郎「これで、もし島流しにあっても安心ですね」

洋榎「そんな事ならんから!」


京太郎「光学は、レンズや光ファイバー、地球の周りを回ってる偵察衛星などに応用されています」

京太郎「しかし、俺達一般人にとって光学の最も素晴らしいところは、虹の見方を教えてくれるところです」

212: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:25:57.12 ID:nHoPjsIe0


洋榎「虹の…見方?」

京太郎「そうです。洋榎さん、プリズムは知ってますよね?」

洋榎「実験で使ったことあるわ。あの光を分解するやつやろ?」

京太郎「せめて分離と言いましょうよ…まあでも、その通りです」

京太郎「簡単に言うと、空気中の小さな水玉がプリズムの役割をして、太陽光を色ごとに分離してくれるんですよ」

洋榎「ああ、だから虹っていろんな色に見えるんやなぁ」

京太郎「そして、空気中に水玉があるためには雨が降らないといけません」

京太郎「だから、虹ってのは基本的に雨が降った日にしか見ることができないんですね」

洋榎「うんうん」

京太郎「でも、俺達が見る虹の光はあくまで水玉の反射した光なんです」

洋榎「反射?」

京太郎「太陽光が水玉に入ってきて、その中で反射した光がうまく七色に分離して虹になるんです」

京太郎「だから、虹は太陽を背にしないと見ることができないんですよ」

洋榎「ははぁ」


213: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:26:57.78 ID:nHoPjsIe0

京太郎「虹の見方を簡単にまとめるとこうです」

京太郎「雨の降った日、太陽が出て、なおかつ太陽を背にして斜め上を見る」

京太郎「簡単でしょう?」

洋榎「けっこう厳しい条件なんやな…」

京太郎「自然の条件ではそうなりますね。シャワーとかで人工的に作るのは簡単ですけど」


京太郎「あと、虹には副虹ってもあって――」


洋榎「……」ジー


京太郎「主虹と副虹の間は相対的に暗く見えるんですが――」


洋榎「……」ポー


京太郎「そうだ。虹の見える角度の計算もやっておきましょう。洋榎さんなら簡単にできますよ」

洋榎「……」ポー

京太郎「洋榎さん?」

洋榎「あ…ああ」

京太郎「まず、雨粒の円を描いて太陽光の入射角をα、屈折した光の――」

洋榎「こ、こう?」

京太郎「あ、そこ違います。いいですか、そこはですね」

ピトッ

215: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:28:13.71 ID:nHoPjsIe0


洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「わっひゃあ!!」ガタッ

京太郎「あ、すみません!つい……嫌でしたよね?」

洋榎「い、いや…そないなことっ!」

京太郎「そう、ですか?」

洋榎「せやから、なんでもあれへん、なんでも。あははははは!…はぁ」

京太郎「?」


洋榎「しかし、須賀はすごいなぁ。高1のくせに色んなこと知ってて」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「え?俺が、すごい…?」

洋榎「せやせや、教師にでもなった方がええんちゃう?」

京太郎「……」

洋榎「どないしたん?」

京太郎「いえ…さ、続きをやりましょう」

216: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:29:04.28 ID:nHoPjsIe0

―12月上旬 大阪




洋榎さんのテストも終わり、いよいよ答案用紙を返却されるのが今日だ

洋榎さん曰く、出来はそんなに悪くはなかったらしいから大丈夫だとは思うが…心配だ

そして夕方、洋榎さんが帰ってくる時間


ガチャ

洋榎「ただいまー」

京太郎「あ、おかえりなさい」

さて、俺から結果を聞いてもいいものだろうか?

いや、洋榎さんなら性格的に自分から言うだろう

京太郎「……」

洋榎「……」

京太郎「……」

洋榎「いや、なんか聞くことあるやろ!?」

京太郎「テストの結果を聞くことで、洋榎さんの自尊心を著しく傷つけてしまうのではと憂慮してしまいまして…」

洋榎「まーた、うちのこと馬鹿にして。これ見てみ!」

京太郎「えーと…数学98点、流石ですね」

217: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:30:14.56 ID:nHoPjsIe0


洋榎「せやろー」

京太郎「現文49点、現社52点、化学37……うわぁ」

洋榎「そゆこと言わんといてくれる!?地味に傷つくわ…」

京太郎「あ、すみません。つい本音が」

洋榎「こら」

京太郎「英語が65、頑張りましたね」

洋榎「もっと褒めてもええんやでー」

京太郎「いえ、天狗になるほどじゃないです」

洋榎「おかたいなぁ」

京太郎「性分です。さて、お待ちかねの物理はと……」

洋榎「……」ゴクリ


京太郎「48点」


洋榎「いやっほー!!どやどや、すごいやろー!!びっくりしたやろー!!」

まあ、漫画やアニメのように都合よくいくわけないか

それに、ほぼ予想通りの結果だったし

218: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:31:38.36 ID:nHoPjsIe0

京太郎「とにかくおめでとうございます」

京太郎「なんとか、首の皮一枚で繋がったようでなによりです」

洋榎「首の皮一枚って……その通りやけど」

洋榎「まぁ、でも…そのー、あんな…」モジモジ

京太郎「?」

洋榎「あ、ありがとう…須賀のおかげや///」

京太郎「…どういたしまして、俺なんかが役に立ったみたいでよかったです」

洋榎「なんかやない、めっちゃ頼もしかったで!」

京太郎「そう…ですか?」

洋榎「せや。最初はあかんたれなやっちゃなぁ思うてたけど、決めるときは決めるんやな!」

洋榎「見直したで、ほんま」

京太郎「……」

京太郎「ありがとうございます」

洋榎「どしたん?」

京太郎「いえ…」

219: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:32:31.76 ID:nHoPjsIe0

ガチャ

雅枝・絹恵「ただいまー」

洋榎「あっ、おかんと絹や!」

タッタッタッ

洋榎「おかえりー!二人とも見てみぃ、これ!」

雅枝「お、テスト帰ってきたんか。どれどれ…」

雅枝「すごいやん!前よりずっと上がってるやないか!どないしたん?」

絹恵「お姉ちゃん、流石や!」

洋榎「今回はちょいとばかし頑張ったから、当然やなぁ」ドヤ

雅枝「流石私の娘や!よーし、今日はうんとうまいもん作るからな!」ギュ

なんという優しい世界。俺も雅枝さんに抱き締められてたいぜ

洋榎「やったー!」

よかったですね、洋榎さん

220: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:33:31.81 ID:nHoPjsIe0

――12月下旬 大阪




ついに年の瀬、12月の下旬

さて、この時期最大のイベントは何だろうか?

ええと、大阪だから通天閣で行われる、干支の引継ぎ式?

いやいや、ちゃうちゃう、ちゃうねんで。正解は……


京太郎「クリスマスが今年もやぁ~てくる♪」

京太郎「楽しかったっ♪出来事をっ♪消し去るように……」

京太郎「さあ…パジャマを…脱いだら…出掛けよう」

京太郎「少しずつ…白くなる…街路樹を……駆け抜ぅぅぅけえええてえええええぇぇぇぇ!!!!!」


洋榎「うっさい!」スパン

京太郎「ちぎしょう…憎い、カップルが……俺も、早く人間になりたい」

洋榎「なんやねん…」

京太郎「貝にでもなりたい気分ですよ」

洋榎「あっそ」

221: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:34:34.73 ID:nHoPjsIe0

京太郎「ちなみに、洋榎さんクリスマスのご予定は?」

洋榎「イヴに恭子とゆーこの二人で遊んで、そのままゆーこん家でお泊り」

洋榎「んで、25日には家でみんなとケーキ食べるんや!羨ましいやろー!」

京太郎「……ふっ」

洋榎「あっ、今鼻で笑ったやろ!?」

京太郎「気のせいです。洋榎さんはそのまま純粋でいてくださいね」ニコリ

洋榎「…なーんかバカにされた気ぃするけど、まぁ、ええわ」

京太郎「絹恵さんは?」

洋榎「漫とかと遊びに行く言うてたで。ちなみにうちと同じで泊まりやって」

京太郎「貴重なおもちは守られたか…雅枝さんは?」

洋榎「おかんはイヴの日は、泊まりで仕事みたいなこと言うてたな」

洋榎「せやからイヴにはおれへん。クリスマスの夜には帰ってくるらしいで」



222: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:35:44.06 ID:nHoPjsIe0

京太郎「やはり、俺は今年も一人なのか……仕方がないな、洋榎さん!」

洋榎「今度はなんや…?」

京太郎「クリスマスの二日間、俺は大阪の町へ繰り出します!」

京太郎「そして、イルミネーションを見て喜ぶカップル、所構わずいちゃつくカップル」

京太郎「海遊館でデートしてるカップル、喫茶店でくつろいでいるカップル」

京太郎「○○、○○、ストレートなんて関係ありません!」

京太郎「カップル、カップル、カップル!!大阪を闊歩する全てのカップルの仲をズタズタに引き裂きさきます!」

京太郎「くくく…ついに、この体質が役に立つときが来たようだな!」

洋榎「自分、最低やな…」

京太郎「そしてキ○ストかぶれの異教徒どもを根絶やしにし、ゆくゆくは日本人全てを空飛ぶスパゲッッティモンスター教に改宗させ」

京太郎「教祖となった俺はこの日本を裏から操り、やがてクリスマスなどという野蛮な行事は――って」

京太郎「あれ、洋榎さん?………いないっ!?」

223: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:36:37.76 ID:nHoPjsIe0

洋榎「なんや、さっきからやかましい」

京太郎「あ、いたいた。最後まで聞いてくださいよ、俺の一大叙事詩」

京太郎「まだほんの序盤なんです。この後アジア支配編、世界制服編、地球外生命体との交流編」

洋榎「制服っ!?」

京太郎「異世界からの侵入者編、と続いて最終章に俺と神との対話が始まるんです」

京太郎「そこで二人はクリスマスの是非について熱い議論を交わし――」

洋榎「んんっ…」ケホッ

京太郎「どうかしました?」

洋榎「んっ…なんか、喉の調子がさっきから悪いんや」

洋榎「話の途中で悪いんやけど、今日は先に寝かしてもらうわ」

京太郎「えっ、大丈夫なんですか?」

洋榎「まだ、なんともないからよう分からん」

京太郎「そうですか。なら温くして早く寝たほうがいいです」

京太郎「俺の部屋に加湿器あったんで、すぐに持って行きますよ。部屋で待っていてください」

洋榎「そうか?助かる」

224: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:37:38.34 ID:nHoPjsIe0

――12月下旬 クリスマス・イヴ 大阪





雅枝「ああ、こらアカンなぁ」

洋榎「ぅ…」

雅枝「37度5分。微熱やけど今日は家で寝てなあかんよ」

洋榎「でも…約束が…」

雅枝「洋榎」

洋榎「ぅ…はい」

絹恵「お姉ちゃん、大丈夫?今日はずっとそばにおるから大丈夫やで」

洋榎「いやいや…絹は遊びにいくんやろ?」

洋榎「このくらいやったら、まだ全然大丈夫やって。病院にだって一人で行けるしへーきへーき!」

絹恵「いや、でも…」

洋榎「絹、お姉ちゃんが嘘ついたことなんてないやろ?」

絹恵「いや、結構ついてるとは思うけど…」

洋榎「なんやとー」

225: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:38:25.76 ID:nHoPjsIe0

雅枝「ほらほら、二人とも。言い合ってたってしゃあないやろ?」

雅枝「とりあえず、今のとこ熱はそんなにないようやし、洋榎は家で寝てること」

洋榎「はい…」

雅枝「絹恵は友達と遊んできてかめへん。珍しく洋榎も気を使うてるみたいやし、な?」

絹恵「うん…」

雅枝「ただし、調子が悪うなったらすぐに私に連絡すること。ええか?」

洋榎「うん」


雅枝「じゃあ、私は仕事に行くから。ちゃんと寝てなあかんで?」

絹恵「お姉ちゃんがそこまで言うなら、私もそろそろ…」

洋榎「りょーかいりょーかい、いってらっしゃい」

バタン

226: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:40:13.81 ID:nHoPjsIe0

京太郎「洋榎さん、実は結構無理してるでしょう?」

洋榎「は、はぁ…!?なに言うて…!」

京太郎「まあいいですけど、二人に心配かけないようにはしてくださいね」

洋榎「う、うん…」シュン



京太郎「ああ、後。恐らく、夕方頃には38度を超えてくるので、先に病院に行って薬を貰っておいた方がいいです」

京太郎「どうしますか?」

洋榎「……??」

洋榎「いやいやいやいや、なんぼ何だって先のことは分かれへんやろ」

洋榎「このくらいやったら、家に置いてある薬適当に飲んどけば平気や」

洋榎「心配してくれるのは有難いけど、嘘ついてまで病院行かせようとするのはどうかと思うな」

227: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:41:13.79 ID:nHoPjsIe0

京太郎「……」

京太郎「まぁ…いいですけどね」

洋榎「?」

京太郎「家事は俺がやっておくんで、洋榎さんは部屋でゆっくりしていてください」

京太郎「12時頃にお昼ごはん持って行きますよ」

京太郎「後何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくださいね」

洋榎「至れり尽くせりやなぁ。じゃあT○TAYAで適当におもろい映画借りてきてくれへん?」

京太郎「お安い御用です。じゃあ、シンドラーのリストでいいですね?」

洋榎「くっ…!確かにええ映画やねんけど…けどっ…!」

京太郎「ふふ、冗談です。じゃあ、買い物ついでに元気の出そうな明るめの映画借りてきます」


228: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:42:13.85 ID:nHoPjsIe0

_________

______

__




洋榎「あれ?キャプテンいらなくね?」

京太郎「はいはい!キャプテンの一番かっこよかったシーン」


京太郎・洋榎「スマッシュ!」キリッ


洋榎「けど、結構おもろかったな。有名すぎて避けてたのは損やったわ」

京太郎「これぞ、『THE アクション映画』って感じでしたね」

京太郎「でも、困ったら核兵器って展開は100回くらい見たんで、もうちょっと捻りを加えてほしかった気もします」

洋榎「あはは、もう一種の様式美やなあれは」


京太郎「あと、久しぶりにアクション物見たんで一言いいですか?」

洋榎「あ、うちもうちも」


京太郎・洋榎「ニューヨーク市民のタフさは異常」


京太郎「超凶悪な犯罪、テロ、殺人は日常茶飯事」

洋榎「怪物、怪人、異世界人、宇宙人の侵略はもはやお手の物」

京太郎「自然災害のメッカでもありますね。隕石も落ちてましたし」

洋榎「ああ、そんなんあったなぁ」

京太郎「それでも彼ら、あそこに住み続けますからねぇ」

洋榎「さぞ魅力的なところなんやろうなぁ」スットボケ

229: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:43:15.62 ID:nHoPjsIe0

京太郎「じゃあここで、『ニューヨーク在住 主婦の会話』やりまーす!」

洋榎「イッエェェーイ!!ドンドンパフパフー!」




…………………………………………………………………………



京太郎(母1)「ねえねえ、奥さん。回覧板見ましたぁ?」

洋榎(母2)「ええー、見たわー。大変ねー」

京太郎(母1)「殺人犯を含めた犯罪者が50人、テロリスト100人に加えて大量の宇宙人が潜伏中ですってねぇ」

洋榎(母2)「もー、嫌になっちゃうわよ。核シェルターから出たらすぐこれだもの(笑)」

京太郎(母1)「来月は隕石が落ちてくるって言うし、もう家計に大打撃(笑)」

洋榎(母2)「はぁ、もう別のところに引っ越そうかしら?」

京太郎(母1)「例えば?」

洋榎(母2)「ニュージャージーとか(笑)」

京太郎(母1)「ニュージャージー(笑)」



『HAHAHAHAHAHAHA!!』

230: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:44:08.66 ID:nHoPjsIe0

京太郎(母1)「話は変わるけど、この前主人とヴァージニアへ旅行に行ったのよ」

洋榎(母2)「あら~、いいじゃない」

京太郎(母1)「それがよくなかったのよ~」

洋榎(母2)「どうして?」

京太郎(母1)「最近、何とかの切り裂き魔ってワイドショーで有名でしょ?」

洋榎(母2)「ええ」

京太郎(母1)「それで、夜主人とぶらぶら散歩してたらその殺人現場にバッタリ!」

洋榎(母2)「あら~」

京太郎(母1)「しかも、絶賛死体の解体中だったのよ。あれきっと後で食べる気だったのよ~」

洋榎(母2)「過激ねー」

231: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:44:55.82 ID:nHoPjsIe0


京太郎(母1)「そしたら主人、私を置いて一目散に逃げちゃってね」

洋榎(母2)「まぁ、ひどいわね」

京太郎(母1)「私も普段の癖でキャー、って言ったまではよかったんだけど主人のことで腹が立っちゃって」

洋榎(母2)「それで?」

京太郎(母1)「犯人に正中線四連突きくらわせて、さっさと帰ってきちゃったわ」

洋榎(母2)「ニューヨーカー舐めんな(笑)。それで通報はしたのかしら?」

京太郎(母1)「そんなことしなわよ~。だってあそこの捜査官無能揃いで有名なんだから」

洋榎(母2)「そうだったわねー」

京太郎(母1)「うちのCSIを見習えっつーの(笑)」

洋榎(母2)「(笑)」


洋榎(母2)「それで旦那さんは結局どうしたの?」

京太郎(母1)「3ヶ月おこずかい無し(笑)」

洋榎(母2)「(笑)」



『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』

232: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:45:43.83 ID:nHoPjsIe0

京太郎(子2)「ただいまー!」

洋榎(子1)「ただいまー!!」

京太郎(母1)「あら、お帰りなさい。遅かったわね

洋榎(子1)「学校出たら戦闘機が飛び回ってたから、例の地下のルート使ったんだ」

京太郎(母1)「えらいわね」

洋榎(子1)「そしたら、例のクモ男が敵とドンバチやっててさー。驚いちゃった」

京太郎(母1)「教えたことはちゃんと守れたの?」

洋榎(子1)「クモ男の視界から外れるな、わざと敵の攻撃を受けるようにしろ、でしょ?」

京太郎(母1)「そうすれば、勝手にあっちの方から助けてくれるから生存率がグンと跳ね上がるからね。偉いわ」

洋榎(子1)「えへへ」

233: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:46:32.19 ID:nHoPjsIe0

洋榎(母2)「あなたも遅かったわね。何かあったの?」

京太郎(子2「[銀行の前通ったら銀行強盗。警察署の前では銃撃戦。まじビビったわー」

洋榎(母2)「あんた!銀行と警察署と高層ビルには近寄っちゃダメって言ったでしょ!!」

京太郎(子2)「あんなん大したことないよ。銃の手入れはなっちゃいないし構えはトーシロそのもの(笑)」

京太郎(子2「[あれならデイヴィッドおじいちゃんでもわけないさ」

洋榎(母2)「おじいちゃんは80年もニューヨークに住んでる生ける伝説」

洋榎(母2)「数々の修羅場を潜り抜けて、いまだに被弾ゼロの化け物なんだから一緒にしちゃだめよ!」

京太郎(子2)「はいはい、どうもすみませんでしたー」

洋榎(母2)「もー、あんたみたいな子は幼いころはいいけど、大人になったら真っ先に脳天ぶち抜かれるんだからね!」

京太郎(子2)「ちぇ」


洋榎(子1)「ねー、ママー。今日のおやつは何?」

京太郎(母1)「あなたの大好きな愛情たっぷりのアップルパイよ」

洋榎(子1)「わーい、やったー!」

洋榎(母2)「毒見は済ませたのかしら?」

京太郎(母1)「ふふ、もう主人にやってもらったわ(笑)」

洋榎(母2)「(笑)」



『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』



…………………………………………………………………………



京太郎「おっそろしいですねー」

洋榎「おっそろしいわー」







234: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:47:25.84 ID:nHoPjsIe0

京太郎「っていうか今更なんですけど、部屋で寝てなきゃダメじゃないですか」

洋榎「えー、だってそこまで具合悪うないし、一人でアクション映画見るっちゅうのもなんか寂しいし」

洋榎「それに一人だと、なんか…」

京太郎「…まあいいです。そろそろお昼にしましょう、食欲はありますか?」

洋榎「あんま食べる気せえへんなぁ」

京太郎「じゃあ、ミルク粥にしましょうか?意外とイケますよ」

洋榎「なんやそれ?」

京太郎「牛乳を使ったお粥です。そういえば、魔女の宅急便でおソノさんがそれらしきものを作ってましたよ」

京太郎「でもおソノさんはパン屋さんなんで、もしかしたら米の代わりにパンを使ったのかもしれませんが」

洋榎「ああ、そんなんあったなぁ。ほな、それにするわ」

京太郎「了解です。少し待っていてくださいね」

235: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:48:13.83 ID:nHoPjsIe0

__________

______

__



京太郎「どうです、悪くないでしょう?」

洋榎「うん。米に牛乳って聞いて最初は『うげっ』、と思うたけど案外イケルな」

京太郎「でしょう?」

洋榎「なんというか、うまく言えへんけど……優しい味がする」


京太郎「…実はこれ、俺の母さんがよく作ってくれたんですよ」

洋榎「……」

京太郎「小さい頃、ひどい風邪を引いた時があって、なかなか普通の食事が喉を通らなかったんです」

京太郎「その時、母さんが俺のために作ってくれたのがこれだったんです」

京太郎「あの時の俺も、今の洋榎さんみたく、とても優しい味だなって思いました」

京太郎「なんて素敵な料理なんだ、って」

236: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:49:07.73 ID:nHoPjsIe0

京太郎「それ以来、風邪を引くことが少しだけ楽しみになりましたよ。馬鹿みたいですけど」

洋榎「んなことない。うちだって小さい頃学校休んだ日ぃ、おかんに内緒でよく映画とか見てたし」

洋榎「毎日休みやったら映画見放題やないか!、ってな」

京太郎「はは、洋榎さんらしいですね」


京太郎「でも、今日はもう映画なんか見ないでゆっくり寝てなきゃダメですからね?」

洋榎「はいはい」

洋榎「……」

洋榎「なぁ、須賀?」

京太郎「なんです?」

洋榎「懐かしい?」

京太郎「そうですね」

洋榎「…うまいな」

京太郎「…そうですね」

237: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:50:17.12 ID:nHoPjsIe0

________

_____

__




コンコン

京太郎「失礼します。洋榎さん、起きてますか?」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「洋榎さん?ドア開けますよ?」

ガチャ

京太郎「大丈夫…ではないようですね」

洋榎「…っ!?こ、こらー…なに勝手に入って…」ケホケホ

京太郎「ノックしましたからね、一応。ちょっと失礼しますねー」ピト

洋榎「ちょ、そういうの…ええから…//」

京太郎「やっぱり結構熱ありますね。辛いでしょう?」

洋榎「べ、別に…なんとも」

京太郎「洋榎さん」

洋榎「正直結構辛いです…」

京太郎「こういうのは、早めに診察してもらって薬をもらうに限ります」

京太郎「さっ、大変でしょうけど行きましょう。俺も付いていきますんで」

238: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:51:04.75 ID:nHoPjsIe0

家を出た俺たちは、早速病院に向かうことにした

幸いなことに、病院は徒歩10分程度のところに位置していたのですぐに到着することができた


京太郎「徒歩圏内に病院があるのは助かりましたね」

洋榎「せやな…、とっとと入ろか。流石に寒いわ…」ブルブル

京太郎「……」

洋榎「須賀?」

京太郎「……すみません、洋榎さん。ここからは一人で行ってもらえませんか?」

洋榎「はぁ…?」

京太郎「ここで待ってますんで。お願いします」

洋榎「まぁ…別にええけど…寒うない?」

京太郎「いえ、平気です。その中よりはずっとマシですから」

洋榎「??、ええけど…ほな」

京太郎「ええ」

239: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:51:57.96 ID:nHoPjsIe0

京太郎「寒い、な。やっぱり」

洋榎さんが病院の入り口を通ってから、もう45分以上経っている

中の様子をそれとなく伺うと、そこそこ混んでいる様子が見て取れる

時期が時期とはいえ、わざわざイヴの日にこんなところに来ることないだろうに

しばらく、出入りする人を眺めていたが、やはりと言うかなんというか

明からにお年寄り、特に女性の割合が多い

病院の待合室というものは、どうやら日本の津々浦々でおばあちゃん達の集会所を兼ねている様だ

善いか悪いかは別として


京太郎「う~、寒っ!」ブルブル

あまりに暇なもんで、くだらないことをぐるぐると考えてしまった

じっとしていたので、思いの外身体が冷えてしまっていた。露出している部分が氷のように冷たい

だけど、どうしても…あの中にだけは入る気にはなれなかった

もちろん、危険がないのは分かっている…分かってはいるが、どうしても、あの時のことが――

240: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:53:05.64 ID:nHoPjsIe0

洋榎「――賀…」

京太郎「……」

洋榎「須賀…?」

京太郎「!!」

洋榎「おるなら、返事してやぁ…」

京太郎「す、すみません。ここにいます」

洋榎「よ、よかったぁ…置いてかれたかと、思て…うち」ウルッ

京太郎「だ、大丈夫ですから、ここにいますから」

京太郎「俺は勝手にいなくなったりなんかしませんから」

洋榎「ほんまに…?」

京太郎「ほんまにほんま、です」

洋榎「うん…」


京太郎「さっ、処方箋はもらったでしょう?隣の薬局行って、さっさと家に帰りましょう」

洋榎「せやな…」コホコホ

京太郎「お医者さんはなんて?」

洋榎「喉がかなり腫れてる言うてた、それで熱が出てるって」

洋榎「けど、薬飲んで安静にしてればよくなるって…」ケホケホ

京太郎「そうですか。そんなに酷いものじゃなくて、とりあえず安心しました」


241: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:54:01.73 ID:nHoPjsIe0

すぐ隣の調剤薬局に行き、処方箋を提出すると今度はかなり早く終ってくれた

最近は、薬の飲み方や薬についての丁寧な説明など、薬局もかなり変わった

俺が子供のころはもっとずさんというか、かなり適当だったのを覚えている


京太郎「時代だなぁ…」

洋榎「ん…?」

京太郎「いえ、単なる独り言です」

京太郎「さっ、帰りましょう」

洋榎「……」

京太郎「……?」

急に座り込む洋榎さん

京太郎「洋榎さん?」

洋榎「しんどい…もう無理…」

京太郎「え、大丈夫ですか?タクシー呼びましょうか?」

京太郎「いやいや、俺呼べないじゃん!」

洋榎「……」

ひとりツッコミって悲しい

242: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:54:43.78 ID:nHoPjsIe0


洋榎「おんぶ」

京太郎「はい?」

洋榎「おんぶがええ」

京太郎「いや、流石にそれは…」

洋榎「さっき…うちのこと無視した」

京太郎「うっ、それはそうですけど、決して故意ではなくてですね――」

洋榎「ここで、待ってる言うてたもん…」

京太郎「」グサッ

洋榎「嘘つき」

京太郎「」グサグサッ

243: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:55:40.50 ID:nHoPjsIe0

京太郎「…分かりました」

京太郎「洋榎さんの前でかがむんで、感触があったら身体あずけてくださいね」

洋榎「うん…」

京太郎「ほらどっこいしょ、っと」

洋榎「おっさんくさい…」ギュ

京太郎「ほっといてください」


京太郎「しかし、これ。他の人から見たら、どうなんでしょうね?」

京太郎「洋榎さんが浮いてるって事になると、完全に超常現象ですよ」

京太郎「まあ、それはないんでしょうけどね。どう思います、洋榎さん?」

洋榎「……」

答える気力もない、か

244: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:56:37.77 ID:nHoPjsIe0

洋榎さんを担ぎながら、しばらく歩いた

その間、特に会話することもなく、黙々と歩き続けた。珍しいことだ

それだけ辛いということなのだろう

だが、突然洋榎さんの方からこの均衡を破ってきた。ぽつりと


洋榎「わがまま言うて、ごめん…」

京太郎「いいんですよ、洋榎さんにはお世話になっていますし」

京太郎「それに、たまにはこういう運動も悪くはないです」

京太郎「清澄での雑用の日々を思い出せますよ。雀卓に比べれば軽い軽い!」

洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「なぁ、なんでうちに…こないよくしてくれるんや?」

京太郎「……うーん、そうですねえ」

京太郎「今のうちに恩を売っておけば、後々プロで活躍するようになる洋榎さんにたかることができるでしょう?」

京太郎「それに、テレビに向かってこう言うのが、目下の俺の目標なんです」

京太郎「『洋榎さんは、わしが育てた』、ってね!」

洋榎「……」

京太郎「……」

洋榎「……」

京太郎「自分の為です」

洋榎「?」

245: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:57:51.82 ID:nHoPjsIe0

京太郎「実は俺、こういう風になって――つまり消えてからなんですけど」

京太郎「一回だけ、風邪を引いたことがあるんです」

洋榎「……」

京太郎「頭が痛くて、寒気がして、喉が痛くて、さらに咳と鼻水のおまけつき」

京太郎「熱を測ってみると、今の洋榎さんと同じくらいありました」

京太郎「最初は『いつも通りの風邪だ、すぐに良くなる』、って思っていました」

京太郎「辛いだろうけど、大丈夫だと」

京太郎「でも、その時の俺は事の重大さを分かっていなかったんです」

洋榎「……」

京太郎「一人暮らしの人間が病気になると、すごく不安になるってよく言うじゃないですか」

京太郎「すぐ近くに頼れる人がいないから、そうなるんでしょうね」

京太郎「でも、そんな人でも、最悪救急車を呼んだり、あるいは近所の人に助けを求めることができます」

京太郎「だけど、俺の場合は違いました」

京太郎「本当に誰にも、助けを求めることができませんでしたから」

洋榎「……」

京太郎「雪山で遭難した人でさえ、誰かが助けに来てくれる可能性はあります」

京太郎「だからこそ、そのわずかな可能性に賭けて、なんとか生き延びようと懸命に努力をするんでしょう」

京太郎「けど、もし…」

京太郎「もし、その可能性すら摘まれた人間がいたなら、その人はいったいどうすればいいんでしょうか?」
           
洋榎「……」

246: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 01:59:08.80 ID:nHoPjsIe0


京太郎「それから俺は、家にあったメルクマニュアルを虱潰しに読みました。スミからスミまで」

京太郎「単なる風邪とは分かっていましたが、そうせずにはいられませんでした」

京太郎「でも、病院に行って薬を拝借というわけにもいきませんでした」

京太郎「これ以上病気を移されでもしたら、本当におかしくなってしまいそうでしたから」

京太郎「けど、家の中でできることなんか限られています」

京太郎「だからその日は、部屋を暖かくして、加湿器をつけ、氷枕を用意して、布団に入りました」

京太郎「家に置いてあった薬も一応飲みましたが、たいして期待はしていませんでした」

京太郎「けど、そんなことはどうでも良かったんです」

洋榎「……」

京太郎「それから3日間は一睡もできませんでした」

247: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:00:29.54 ID:nHoPjsIe0

京太郎「別に、眠たくなかったわけではありません」

京太郎「ただ、このまま眠ってしまうと、一生目を覚ますことができないんじゃないかって思ってしまって」

京太郎「その後は熱も少し下がり、安心したのかようやく眠りにつくことができました」

京太郎「まあ、眠ったと言うより気を失ったというのが正しいのかもしれませんが」

洋榎「……」

京太郎「恥ずかしい話なんですが、あの時は本当に不安でした」

京太郎「小さい頃、インフルエンザで40度以上の熱を出して、母さんに泣き付いたことを思い出しましたよ」

京太郎「『僕、死んじゃうの?』、って」

京太郎「はっ、笑っちゃいますよね。こんな図体の大きい男が何言ってんだって」

洋榎「……」

京太郎「だからこそ、あの時みたいな思いを、洋榎さんにもしてほしくないだけなんです」

京太郎「だから、こうしておんぶしているのも、結局は自分のためなんですよ」

248: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:01:47.63 ID:nHoPjsIe0

そう、これはきっと罰なんだ

神様が選び取ったんだ。今まで何もしてこなかった俺を罰するために、数多くいる人間の中から、わざわざ

お前はこの世界にいらない人間だ。だから、消してしまっても構わないだろう?、って



…ああ、くだらない、なんてくだらない妄想

なんでもかんでも、すぐに神様のせいにして逃げ道を作る

人間の悪い癖だ



でも、なんで俺だったのだろう?

なんで、洋榎さんだったのだろう?

原因、証明、方法、証拠、仮説、検証、修正。すべてが曖昧で掴みどころがない

おそらく透明なんだろう、俺みたいに。だから捉えることができない


ああ…誰か、答えを!いやヒントでいい!!俺に何かを教えてくれっ!!


なんで、なんで

なんで、なんで、なんで

なんで、なんで、なんで、なんで

なんで!なんで!!なんで!!!なんで!!!!なんで、俺が――――



京太郎「…っ!?」

249: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:02:50.24 ID:nHoPjsIe0

これは…


京太郎「なんで…」

京太郎「なんで俺のこと、撫でてくれるんですか…?」

洋榎「…知らん、ただそうしたくなっただけや」

京太郎「はは…これじゃあ、どっちが病人か分からないですね」



洋榎「京太郎」

京太郎「…え」

洋榎「安心してなぁ、うちがついてる」






それは驚くほど優しい声だった


腹の底が鳴った




250: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:04:26.43 ID:nHoPjsIe0

________

_____

__




京太郎「寝た、か」

家に帰ってきた後、簡単に夕食を済ませ、もらってきた薬を飲み、布団に入ってもらった

解熱剤のおかげか、幾分熱も下がったようで、楽になったのか眠りについてしまった


そろそろ大丈夫だろう

あまり、女性の部屋に長居するというのも気が引ける

ざっくばらんな洋榎さんといえども、見られたくないものの一つや二つくらいあるだろう


京太郎「俺はもう行きますね」

京太郎「時間はまだ早いですけど、おやすみなさい。洋榎さん」


洋榎「……いやぁ」ボソ


京太郎「?」

寝言か…?

いや、そんなことどうでもいい。洋榎さんが、いやと言ったんだ

京太郎「…分かりました。そばにいますから、安心してください」

京太郎「大丈夫、大丈夫です。俺がついてますから」

251: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:05:25.70 ID:nHoPjsIe0

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




絹恵「ただいまー…」ソローリ

雅枝「おう、おかえり。絹」

絹恵「ななな、なんでお母さんおるの!?」

雅枝「絹やって、今日は帰ってこないはずやったやろ?」

絹恵「せやねんけど、やっぱお姉ちゃん心配やったし…」

雅枝「まったく…似たもの親子やなぁ」

絹恵「じゃあ、お母さんも?」

雅枝「そゆこと」


絹恵「お姉ちゃんは?どう?」

雅枝「ああ、帰ってきたばっかりやから、まだ見てへん。ちょっと覗いてみよか?」

絹恵「うん」

252: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 02:06:33.98 ID:nHoPjsIe0

ガチャ

雅枝「寝てるな」

絹恵「寝てるね」

雅枝「大丈夫そうやな」

絹恵「大丈夫そうやね」


雅枝・絹恵「ふぅー…よかったぁ」


雅枝「しかしあれやなぁ」

絹恵「ん?」

雅枝「ええ顔してる」

絹恵「そうやね」



洋榎「ふふ……京太郎……」ムニャムニャ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

273: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:29:09.54 ID:nHoPjsIe0

――1月上旬 大阪




憎きクリスマスが終わりを迎え、新年1月あけましておめでとう、と言ったところ

さて正月、大阪の雑煮は丸餅白味噌仕立てとは聞いていたが…


京太郎「意外とおいしかったです。正直侮ってました」

洋榎「せやろー」

絹恵「なにが?」

洋榎「なーんでも」

雅枝「ほいじゃ、そろそろ行こか」

洋榎・絹恵「はーい!」


今日は初詣に行く日だ

クリスマスが終ったと思ったら、今度は神社にお参りに

まったく、日本人というものは節操がなく素晴らしい

寛容さに満ち溢れている


俺達は元旦を避け、少し日を置いてから行くことになっていた

混雑は勘弁だし、松の内までに参拝すれば歳神様も俺達の祈りも聞いてくれるだろう、たぶん

さて、俺は何をお願いしようかな?

274: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:31:59.20 ID:nHoPjsIe0

―住吉大社



京太郎「思ったより人いますね」

洋榎「まぁ、すみよっさんやしなー。しゃあない」


俺達は、住吉大社こと『すみよっさん』までやってきた

愛宕家は初詣には毎年ここに来ているらしい。近いしね


住吉大社は住吉神社の総本社であり、その参拝者の数も膨大だ

特に、大晦日の夜から元日にかけての人だかりはものすごく、身動きが取れないくらいらしい

それに比べれば、人がまばらな今日の参拝はスムーズに進むだろう



京太郎「俺は観光がてらに不審者よろしくうろついてるんで、洋榎さんは皆と一緒に行ってきてください」

京太郎「俺といると会話しずらいでしょうし」

洋榎「え、せやけど…うーん」

京太郎「?」

洋榎「そや!」

洋榎「ねえ、おかんおかん。ちょっとその辺ぶらぶらしてきても、ええかな?」

雅枝「まぁ、別に…でも一緒におればええやん?」

洋榎「ふふ、乙女心は複雑なんやで」

雅枝「何言ってんだか……ええよ。時間には戻ってくるんやで?」

洋榎「うん」


275: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:33:23.98 ID:nHoPjsIe0

京太郎「いいんですか?せっかくの家族水入らずなのに」

洋榎「今年はおとんがおらんし、たまにはこういうのもええんやない?」

京太郎「そういうもんですかねぇ」


京太郎「そういえば、洋榎さんのお父さんってどんな人なんですか?」

洋榎「うーん……」

洋榎「いっつもおかんの尻に敷かれてる普通のサラリーマン、かなぁ?」

京太郎「ああ、なんかそれ容易に想像できます」

洋榎「たまに喧嘩なんかしても、おかんが毎回言い負かしてすぐ涙目になるし」

京太郎「うわぁ…羨ましい」

洋榎「……」

洋榎「そんで絹がおとんを慰めるのが、いつものパターンなんや」

京太郎「うわぁ…羨ましい」

洋榎「……」


276: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:36:00.03 ID:nHoPjsIe0

京太郎「しかし、いいところですね。住吉大社」

洋榎「そうか?」

京太郎「ほら、大阪って緑が少ないじゃないですか」

京太郎「だから余計に、落ち着けるというか」

洋榎「ふーん」

京太郎「俺の住んでたところは田舎でしたんで、そういうのもあるのかもしれません」

京太郎「それに俺、神社ってなんか好きなんですよね」

洋榎「なんで?」

京太郎「子供の頃、こういうところでよく遊んでいたんで愛着ありますし」

京太郎「それに、雰囲気がいいですよね。おどろおどろしいんですけど、妙な神聖さみたいなのがあって」

洋榎「それはあるな」

京太郎「夜に行った時なんか、このままどこか別の世界にでも行けるんじゃないか、って思ってたくらいです」

洋榎「意外とかわいいとこあるやん。このこの~」グイグイ

277: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:37:55.86 ID:nHoPjsIe0

京太郎「おっ、あれが有名な太鼓橋ですね。写真で見たとおりだ」

洋榎「あれって有名なん?」

京太郎「住吉大社で画像検索したら、間違いなく出てくるくらいには有名です」


京太郎「作った当時は、この近くにまだ海岸線があったんです」

京太郎「だから、この辺まで波が打ち寄せてきてたらしいですよ」

洋榎「今じゃ考えられんなぁ」

京太郎「それに、この橋上向きに反ってるでしょう?」

京太郎「そのせいか、虹に例えられたこともあったようです。要は『虹の架け橋』、ってやつですね」

洋榎「ん?」

京太郎「つまり、虹っていうのは俺達人間が住む地上と、神様達が住む天上との架け橋、と考えられていたんですよ」

洋榎「へぇー、昔の人はえらいロマンチストやったんやなぁ」

京太郎「他にも、虹は多様性の象徴としてもよく使われていますね。色が多いからでしょうか?」


京太郎「確かにそこにあるはずなのに、決して触れることはできない」

京太郎「ロマンの塊ですね、虹は。昔の人が神話の中に登場させたがったのもよく分かりますよ」

278: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:40:32.88 ID:nHoPjsIe0

京太郎「あ、拝殿が見えてきましたね」

京太郎「でもその前に、手水舎で清めないと。柄杓に直接口つけたらダメですよ?」

洋榎「さすがにそんくらい分かるわ…」

洋榎「でも、こういうのほんと面倒やなぁ。そう思わへん?」

京太郎「確かに面倒ですけど、昔はこれにもちゃんと意味があったはずですよ」

洋榎「今は?」

京太郎「ないかもしれません。けど、無駄を楽しむのも案外悪くないものです」

洋榎「定年後のおっちゃんみたいなこと言うなぁ」

京太郎「ふぉふぉっふぉ……きょうじいじゃ」

洋榎「さしづめ、『虚空(そら)から大阪を見てみよう』、ってところやな」

京太郎「何それかっこいい!中二心がくすぐられるぅ!!」

京太郎「でも、やめてくださいよ。これでもまだピチピチの高校1年生なんですから」

洋榎「!?」


洋榎「とーれとれ♪ビーチピチ?」

京太郎「カニ料理ー♪」


京太郎「はっ…!?」

かに道楽…

洋榎「やーい、つられてやんのー」ケラケラ

京太郎「うがー!!一生の不覚っ!!」

279: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:43:22.20 ID:nHoPjsIe0

洋榎「さっ、遊んでないでとっととお祈り済ませよか」

京太郎「そっちが先に仕掛けた癖に…」

洋榎「あれ、せやったっけ?忘れてもうたわ」

京太郎「はぁー…まったく。ちなみに、二拝二拍手一拝ですから気をつけてください」

洋榎「なんやそれ?」

京太郎「2回おじぎして、2回拍手して、祈った後にまた1回おじぎするんです」

洋榎「アカン、いつも適当にやってたわ…」

京太郎「いいんじゃないですか?気持ちが伝われば」

洋榎「そんなもんか?」

京太郎「それに、みんなと少し違えば神様の印象も強くて、祈りが届きやすくなるかもしれませんよ」

洋榎「懸賞ハガキみたいやな」

京太郎「じゃあ、やりますね」


洋榎「おじぎするのだ!」

京太郎「……」

洋榎「おじぎするのだ!」

京太郎「……」

洋榎「……」シュン

かわいい

280: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:44:39.99 ID:nHoPjsIe0

馬鹿やってないで、賽銭箱にお金を投げ入れ、鈴を3回鳴らす

2回お辞儀、2回拍手

さて、何を祈ればよいのだろう?

健康?交通安全?家内安全?人々の幸せ?世界平和?どうもしっくりこない

俺が元の状態に戻ること?それも違う気がする、なんとなくだけど


隣を見ると、一生懸命に祈りを捧げている洋榎さん。何やらブツブツ言っている

合わせた手に熱がこもるのを感じた

うん、そうだな




________

_____

__

281: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:48:04.37 ID:nHoPjsIe0

京太郎「そろそろ、雅枝さんと絹恵さんのところに戻りましょうか」

洋榎「そうやな。あんま待たしても悪いし」

京太郎「……」

京太郎「ねえ、洋榎さんはあんなに一生懸命、何をお願いしていたんですか?」

洋榎「うーん…知りたい?」

京太郎「言いたくないならいいですけど、その……気にはなりますね//」ポリポリ

洋榎「ふふ」


そう笑みをこぼした洋榎さんは、飛び跳ねるようにして2、3歩前に出ると、くるりとこちらを振り返った

そのなんとも言えない色をした髪がふわりと宙を舞い、持ち主と一緒にダンスをした

ああ、なるほど…やっと分かった。これは寒緋桜だ

だけど、その花は上向きで、開ききっていて、数も多く、他の何よりも輝いている

ありえないものが、確かにそこに見えた

そして、まさに満開の笑顔で――




洋榎「京太郎が早く元の姿に戻れますように、って」

282: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:50:14.26 ID:nHoPjsIe0


京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「……ぁ、う///」

洋榎「ん、どないしたん?」

京太郎「い、いえ…なんでもないです。なんでも、ははは、は…//」

はぁ…無自覚にこういうこと言うんだから、この人は…

そんな綺麗な笑顔で、そんなこと言われるこっちの身にもなってもらいたい

洋榎「?」

洋榎さんには悪いけど、今日の今ほど俺の姿が他人に見られなくてよかったと思った日はない

洋榎「そういう京太郎は、なんてお願いしたんや?」

京太郎「うーん……内緒です」

洋榎「あー!うち言うたやんかぁ、この卑怯者ぉ!」

京太郎「なんとでも言ってください」

洋榎「京太郎は、あかんたれのへたれの骨なしいかれぽんちや!!」

京太郎「古い言葉を…ほんとに言いたい放題ですね」


流石に、このことを正直に言うのは恥ずかしい

だって、洋榎さん。あなたのことを願ったんだから

283: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:53:22.00 ID:nHoPjsIe0

――1月下旬 大阪




1月下旬、洋榎さんにとって運命の日とも言える日が迫ってきた

皆さんもうお忘れだと思うが、洋榎さんのプロテストを兼ねた大会が近いのだ

だから、最近は家にいる時間も短く、ほとんど学校で麻雀をしているらしい

家にいる時も牌譜を眺めたり、雅枝さんから指導を受けたりしている

本当に熱心だと感心する

まあ、洋榎さんの場合、もし受からなかった場合を考えると……


京太郎「ニート……」ボソ

洋榎「ん、何か言うた?」

京太郎「いえ、何でもないです。邪魔してすみません」

洋榎「別にええけど」

284: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:54:44.44 ID:nHoPjsIe0

京太郎「そういえば、洋榎さんはどうしてプロを目指そうと思ったんですか?」

洋榎「うーん、そやなぁ……よう分かれへんけど、やっぱ子供ん時から打ってるし」

洋榎「おかんの活躍もテレビとかで見とったから、憧れてたのはあるなぁ」

洋榎「あっ、今のはおかんに言うたらアカンからな!オフレコ、オフレコ」

京太郎「この恥ずかしがり屋さんめ」

洋榎「う、うっさい//」


洋榎「でもやっぱし、チャンスが転がり込んできた、っていうのがいっちゃん大きいかなぁ」

洋榎「あれが無かったら、本気で目指そうなんて考えてなかったと思うわ」

京太郎「うーん、なるほど」

洋榎「なんで、そないなこと聞くのん?」

なんでだろ?俺にもよく分からん

京太郎「今のうちから進路のことを考えておこうと思いまして」

洋榎「ふーん、真面目やなぁ」

京太郎「とにかく、何でもいいです。陰ながら応援してますよ」

洋榎「おう!」

285: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:56:06.49 ID:nHoPjsIe0

――1月下旬 大阪 大会会場




そして、ついに大会当日

俺は洋榎さんと共に会場まで来ていた

俺の他には、真瀬さんと雅枝さんが応援に駆けつけに来てくれていた

残念だが、末原さんは大学受験があり、絹恵さんは部活でここにはいない

少し寂しい気もするが、仕方ないだろう


洋榎「んじゃ、行ってくるわ」

由子「観客席からやけど、応援してるのよー」

洋榎「しっかり頼むでー」

雅枝「まぁ、そのー…気張ってな」

洋榎「うん!」

286: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/21(木) 23:59:08.20 ID:nHoPjsIe0

なぜか、俺も洋榎さんに付いていき、控え室まで来てしまった

この人口密集地で洋榎さんと会話するのは少々気が引けるので、辺りをを見回してみる

洋榎さんと同じように学生服を着た人からスーツ姿の社会人、テレビで見たこともあるプロの姿もある


ここにいる人間が、どのような思惑を抱いてここにいるかは分からない

洋榎さんのようにプロを目指すため、腕試し、遊び半分、さらなるランキングアップを目指して

それぞれの思いが交錯し、ある種の異様な雰囲気がこの部屋を満たしている

だが、それでもこの場にはたった一つの明確な目的意識が見て取れた

ただ勝つこと……そのためだけに、これだけの人間が集まったのだ


「では、選手の皆さん。準備ができましたので会場にお入りください!」


いよいよだ


洋榎「ほな、行くで!」

287: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:00:40.97 ID:1unaq3k80

この大会のルールは単純だ

参加者全員と当たる総当りの東南戦型式で、最終的に一番ポイントの高い人が1位優勝

トーナメント形式よりかは、幾分平等かもしれない


洋榎さんの場合、テストについては明確な基準がないらしい

つまり、たとえ決勝まで残っても、見込みなしと判断されてしまえばそこで終わり、ということもありえるのだろう

逆に、たとえ結果が伴わなくても、素質ありとなれば採用される可能性がある

まさに実力主義、厳しい世界だ

つーか、試験官とかどこにいるんだろ?客席か?

288: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:02:48.95 ID:1unaq3k80

洋榎さんの様子を控え室から見守る

まだ1回戦ということ、テスト本番であること、などから少し緊張しているのか表情もどこか堅い

いつものトラッシュトーク気味のアレも封印しているようだ

かといって、そこは洋榎さん。元々の実力もあり、1位から1500点差の2位で悪くない位置にいる


中に一人プロが混じっているようだが、気怖じせず果敢に攻めている

聞いたところによると、姫松くらいの強豪校は練習でプロとも打ったりしているらしい

清澄では考えられないようなことだが、プロとも打ち慣れているのだろう

うちでも、藤田プロとは打っていたらしいが


とか考えているうちに、いつの間にか洋榎さんがあがって1位に

この調子で行けば大丈夫そうだな

289: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:04:20.22 ID:1unaq3k80

__________

______

__




京太郎「お疲れ様です。なんとか1位で終れましたね」

洋榎「はっはっは!まぁ、うちにかかればこんなんもんやなっ」ドヤッ

京太郎「最後ぎりっぎりでしたけどね」

洋榎「なぁに言うてんや。あれも計算の内に決まってるやんかー」

京太郎「えっ!?そうだったんですか?やっぱり全国クラスの打ち手は違うなぁ…」シミジミ

洋榎「……すみません、嘘です。正直捲くられると思いました」

京太郎「変な嘘つかないでくださいよ。なんかものすごい戦術でもあったのかと思っちゃったじゃないですか…」

洋榎「てへへ」

290: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:07:25.80 ID:1unaq3k80


京太郎「あっ、掲示板に次の対戦相手が表示されましたね」

洋榎「せやな。ほな、行ってくるわ」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「あ」

洋榎「ん、どないしたん?」

京太郎「……洋榎さん、気を付けてください。次の対戦相手は―――危険です」

洋榎「え、知ってる人でもおったん?」

京太郎「いえ、そういうわけでは……とにかく……いえ、頑張ってください」

京太郎「だけど、いつも通りにやっているようではおそらく……」

洋榎「は、はぁ…」



















「死ねば助かるのに……」

「ふっ、勝てば生負ければ死…ただそれだけのこと…あンた賭けるかい!?命を」

「お嬢さん……帰りそびれましたね?」

291: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:10:49.34 ID:1unaq3k80

_________

______

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



なんやこいつら……

プロとは違うみたいやけど…せやかて、明らかに一般人のそれとはちゃう

てゆうか、カタギの人間には見えへんわ

宮永照、天江衣なんかも常人離れしとったけど、こいつらの雰囲気はそれよりもさらに異質や

一つの油断が命取りになる


タン

よし、早くも聴牌

高くはないけど様子見にリーチしてみよか

洋榎「リーチ」

「ふっ…」

洋榎「な、なんや!?」

「リーチは天才を凡夫に変える……あんたはどっちかな?」

洋榎「……」

人をコケにして…まぁ、ええわ

292: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:12:22.91 ID:1unaq3k80


タン

タン

タン

タン

こーへんなぁ…せっかく一発でかっこよく上がろう思うてたのに

そしたら、この白髪のやつもびびったに違いないで

「リーチ…!」

と思ったら、この人もリーチかいな

洋榎「んー、これやな」

タン

「それだ、ロン……!リーチ、一発――」

洋榎「なっ」

一発で、さらにうちに直撃っ!?

狙った!?まさかな…

ま、まあ今のは運が悪かった。狙って一発なんて無理やし…

「ククク……」

293: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:14:51.99 ID:1unaq3k80

次の局に入ったけど、なかなか聴牌する気配がなぁ…

白髪の人もそやけど、この真っ黒の服きた兄ちゃんも何考えてるかさっぱりやし

七三分けの人は、何も仕掛けてけえへんし

一体なんなんや?まるで、なんか観察されてるような…


「リーチ…!」

また、白髪の人がリーチ、か

さっきは一発もろたから、慎重に、慎重に、っと

洋榎「これや」タン

「ククク……」ニヤリ

ま、まさか…!?

「それだ、ロン……!またしても、一発……」

こ、こいつ…狙って!?

「だから、言ったろう……リーチは天才を凡夫変える、と……!」

洋榎「ぐっ」

それに引っかかったうちは、凡夫以下ちゅうことかっ…!?







雅枝「またソクかいな…」

由子「一発直撃なのよー。まさか、狙って…?」

雅枝「いや、それはちゃうと思うわ」

雅枝「あれは――」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~

294: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:16:38.90 ID:1unaq3k80

京太郎「あれは、恐らく偶然だ」

でも、あの白髪の男には、その偶然を手繰り寄せることができるだけの何かがある

少なくとも、洋榎さんはそれを感じたはずだ

運、流れを読む力、勘。そんなチャチな言葉では到底言い表すことのできない何かが


だからこそ、洋榎さんがあれほど動揺している

偶然には違いない、けどそれ以外にあの男から感じるものがあったのだ

同じ卓に身を預けているなら尚のこと


全国大会で見た化け物どもすごかったが、この男はそれとはまた違う

勝利のためなら、自らの危険すら顧みず勝負に徹することのできる、真正のギャンブラー、博徒

あえて古典的な言い方をすれば、今の洋榎さんとは次元が違う


しかし、この三人からは何か違和感を感じる

あの挑発的な一発もそうだけど、序盤の様子見の仕方など明らかに変な部分が多い

試合をしにきたというよりも、もっと別の目的があるような、何かを試すような…

まあ、考えても仕方のないことか

とにかく、この試合を何とかしないと


洋榎さん……

295: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:17:45.14 ID:1unaq3k80

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「あンた、俺達を忘れてしまっては困るぜ」


こいつ一人でも、化け物やっちゅうのに……


「ロン」

「ツモ」

「ツモ」

「ロン」

「ロン」




洋榎「ぁ、あ……あ…」


「御無礼、ロンです」


洋榎「ぁ……」カタカタ




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

296: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:19:00.39 ID:1unaq3k80

_______

____

__





「勝負の後は骨も残さない………!」

「勝負は終った、もう話すことなどない」

「ここが高レート雀荘でなくてよかったですね」







洋榎「……」

京太郎「洋榎さん…」

洋榎「一人にしてもらってもええか?」

京太郎「…はい」


297: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:20:13.69 ID:1unaq3k80

その後の試合は酷かった

らしくないベタオリ、俺でも分かるようなアタリ牌を打ってしまう、などとにかくおかしかった

普段なら明らかに格下と思われる相手と最後まで競っては負ける

原因は考えるまでもなく、あの三人との対局だろう


一度も上がることも出来ずに、ロン・ツモ地獄の焼き鳥

かといって、飛ばされることも許されず最後まで惨めに打たなければならなかった

というより、わざとそういう風に打たされていとたと言うべきか

舐めプと言うのがふさわしいそれは、洋榎さんの自信を打ち砕くには十分だったのだろう


結局、その後思うような活躍を見せることは出来ずに、大会は終ってしまった

これでは、プロテストの結果は言うまでもなく不合格だろう

もはや、2月の大会に賭けるしかなくなった

298: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:21:14.44 ID:1unaq3k80

――2月上旬 大阪




大会が終わり一週間が経過した

完全にその自信を失った洋榎さんがどうなったかというと……


コンコン

雅枝「洋榎、ここに食事置いとくからな」コト

雅枝「……」

雅枝「あんなぁ、洋榎が今辛い思いしてるのはよう分かってる」

雅枝「だから、今はゆっくり休むとええ」

雅枝「だけど……もし、またおかん達と食べたくなったらいつでも来てくれてええんやで?」

雅枝「……」

雅枝「洋榎、初めて牌に触った時のこと覚えてるか?」

雅枝「ルールも知らんと私の真似して卓に並べて、『国士無双!』なんて言うてな」

雅枝「聴牌すらしてへんのに…ああ、懐かしいなぁ」

雅枝「……」

雅枝「はは…なに言うてんやろ」

雅枝「じゃあ、またな」





ガチャ

洋榎「……」

雅枝「ひ、洋榎…?」

299: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:22:09.53 ID:1unaq3k80

洋榎「おかーんっ!!」ダキッ

雅枝「ひろえーっ!!」ダキッ


絹恵「さっきから、何やってんの…?」

雅枝「え、引きこもりの親子ごっこやけど?何かおかしかった?」

洋榎「なかなか堂に入ってたやろー。アカデミー賞の主演女優賞間違いなしやな!」

京太郎「どっちかって言うと、ラジー賞かと」

雅枝「ああ、そら大変や。何着てこうかなぁ」

絹恵「はぁー…よう言わんわ」


洋榎「ねえねえ、おかん。今日の夕飯なんなん?」

雅枝「今日はなー、久しぶりにから揚げ作ったでー」

洋榎「やったー!おかん、ほんま愛してるわ」

雅枝「はいはい、私もやで」

300: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:23:20.71 ID:1unaq3k80

案外いつも通りだった。ただし、表面上は、だが

つぶさに観察していると分かるが、微妙にいつもと違うのは簡単に分かった

食事中にボーっとして上の空だったり、テレビを見て笑ってたかと思うと次の瞬間何か考え込んでいたり

麻雀の話題になるとすぐに話しを別の方向へ逸らしたり

明らかに無理をして、普通に振舞っているのだ


もちろん、雅枝さんや絹恵さんもそのことに気付いている

だからこそ、さっきみたいにあえていつも通りに接しようとしているのだろう


2月の大会で結果を残すことができなければ、今度こそ…

今は正に正念場であり、洋榎さんは崖っぷち立っているのだ

そして、その崖は酷く脆いらしい

301: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:24:31.97 ID:1unaq3k80

________

_____

__




コンコン

京太郎「洋榎さん、俺です」

洋榎「うちに『俺』なんて知り合いおれへん」

京太郎「うーん……あっ、今の『俺』と『おれへん』をかけてるんですね。なるほど、うまいなぁ」

洋榎「……」

ガチャリ

京太郎「ひでぇ!?」

京太郎「つまらない冗談言ったのは謝りますから、鍵開けてくださいよー」

ガチャ

京太郎「し、失礼しまーす…」

302: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:26:35.54 ID:1unaq3k80

洋榎「なんか用?深夜の1時やで」

京太郎「いえ、トイレ行ったら明かりがついていたんで、何をしてるのかなーと」

机の上を見ると、いくつかの教本とおびただしい数の牌譜。勉強していたのだろう

京太郎「あまり根をつめても仕方がないと思いますよ」

京太郎「まぁ、その、つまり…早く寝た方がいいです。寝不足はお肌の大敵ですよ」

洋榎「……」

京太郎「洋榎さん?」


洋榎「駄目なんや。うまくいけへんのや、なんべんやっても」

洋榎「今までは、いつも通りにやれば勝てたし、たとえ負けてもそれは想像の範囲内やったんや」

京太郎「……」

洋榎「これまで、負けるつもりで麻雀打ったことなんていっぺんない」

洋榎「せやけど、あいつらと打ってる時に考えてしまったんや」

洋榎「負けてもいいから早く終って、てな」

京太郎「……」

洋榎「反射が反応へ変化した気分や」

洋榎「昔は、リーチしたら、向こうから勝手に牌がやってきたのにな」

京太郎「現実に冒されたんですね」

洋榎「はっ…」

303: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:28:41.47 ID:1unaq3k80

洋榎「実力で勝ってるような相手にも、勝負には負けて……どないしたらええのか、もう分かれへん」

洋榎「いっそのこと、どっかに嫁でも行こうか。なーんてな…はは」

京太郎「……」

洋榎「なぁ、京太郎。鼠すら捕れなくなった猫に、一体何の価値があるんや?」

京太郎「…随分と可愛らしい猫ですね」

洋榎「ああああ、あほっ///!真面目に質問してるんや!」

京太郎「……いいんじゃないですか?そういう猫がいても」

洋榎「なんやと…!?」

京太郎「物語とは多様に読みうるものです」

洋榎「何の話や?」

京太郎「洋榎さんもイラチな人ですね。人間の話です」

京太郎「一般相対性理論では、高校で習うような平らな空間じゃなく、曲がった空間を扱うって知ってます?」

京太郎「複素数って単に数学の産物じゃないんです。物理や工学でも実際に利用されるんですよ」

京太郎「素粒子物理では、もはや8元数を使うとかなんとか」

京太郎「ほんの少し見方を変えるだけで、世の中の別の側面が見えてくるなんておもしろいですよね」

洋榎「意味分からんわ…」

京太郎「洋榎さん、確かにあなたは鼠を捕れなかったかもしれません」

京太郎「けど俺は、そんな猫でも好きですよ」

304: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:29:44.66 ID:1unaq3k80

洋榎「えーと」

洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「へ」

京太郎「まあ、俺は猫派、犬派というよりは、カピバラ派なんですけど」

洋榎「予想外の答え来たっ!?」


京太郎「それに、洋榎さん」

京太郎「俺にはその猫――…猫と言うよりは虎に見えます」

京太郎「だから鼠なんかじゃなく、もっと大きな獲物を狙えるような気がするんですけどね」

洋榎「……」

京太郎「はは、柄にもなく、ちょっとカッコつけすぎちゃいました」

京太郎「さて、俺はもう寝ますね。寝不足はお肌の大敵なんで」

京太郎「おやすみなさい」

洋榎「……」

バタン

305: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:31:00.25 ID:1unaq3k80

――2月上旬 大阪




須賀京太郎の朝は早い

大阪府は上町線の沿線にある閑静な住宅街の一画

清澄高校麻雀部部員、須賀京太郎が現在居候しているのがここ愛宕家である

プロ雑用、須賀京太郎の仕事場である


世界でも屈指のプロ雑用

彼の仕事は決して世間に知られるものではない


我々は、彼の一日を追った

306: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:32:08.49 ID:1unaq3k80

Q.朝、早いんですね?


京太郎「朝はやることがたくさんあるんです」

京太郎「一日のスタートをどう切るかが、その日の雑用の質を決めるんですよ」


Q.これから何を?


京太郎「ランニングです。朝の日課なんです」

京太郎「身体が資本ですから、こういう積み重ねが後々大事になってくるんです」


Q.どこまで行くんですか?


京太郎「家から長居公園まで行って、公園を一周して帰ってくるんです」

京太郎「朝の公園って、空気が澄んでいてとても気持ちいいんですよね」ニコリ


彼の笑顔とは裏腹に、その行程はゆうに10キロを越える

我々は彼のプロ雑用としての覚悟を、わずかながら感じることができた

307: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:33:04.50 ID:1unaq3k80

ランニングを終え、朝の6時になる頃、我々は愛宕家に再び戻ってきていた

クールダウンを済ませた彼は、どうやら部屋に戻るようだ


Q.今度は何を?


京太郎「はは、軽い筋トレですよ」


Q.雑用に筋トレ、ですか?


京太郎「自動卓を運ぶこともありますからね、少しくらいはしておかないと」


そう言うと、彼は30キロのダンベルを使ってトレーニングを始めた

戯れに我々も同じようにしてみたが、とんでもない重量で早々床に降ろすハメに

その鍛錬の過酷さに、思わず唾を飲み込んでしまった

308: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:34:37.64 ID:1unaq3k80

シャワーを浴び、汗を流すと今度は台所に向かった

ご飯が炊けているのを確認すると、フライパンに油を入れ熱し始めた

それと並行して、冷蔵庫から卵と味噌を取り出す。卵焼きと味噌汁を作るのだろう


Q.朝食の準備ですか?


京太郎「ええ、皆が起きてくる前に用意しなくちゃいけませんから」

京太郎「気付かれる前に済ませておく、雑用の基本です」


Q.寂しくはありませんか?


京太郎「はは、元々何やっても気付かれない身ですからね」

京太郎「それに……たとえ気付かれなくても、皆が笑顔でいられのが一番の幸せですから」


彼の何気ない一言に込められた真意を、我々は掴みきることはできなかった

しかし、彼のその表情からは――

309: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:35:36.90 ID:1unaq3k80

バーン!!!!


洋榎「京太郎っ!!」

京太郎「…~~っ!?キャーッッ!!!○○○ーー!!!」

洋榎「乙女の悲鳴っ!?」

京太郎「ちょ、ちょっと!今『ひとり情熱大陸ごっこ』してるんですから、ひと声かけてくださいよ!」

洋榎「自分、何やってんのっ!?」

京太郎「いやー、これやると仕事が捗るんですよねー」

京太郎「今度一緒にやってみませんか?あ、洋榎さんは『プロフェッショナルの流儀』派でした?」

洋榎「ほんま、よう言わんわ…」

京太郎「ちなみに10キロとか30キロ、ってのは流石に嘘ですので」

洋榎「何の話?」

京太郎「いい気になると、人は話を盛ることが多いってことです」

洋榎「?」

310: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:36:32.40 ID:1unaq3k80

京太郎「それで、どうしたんですか?こんな朝早くに」

洋榎「え、え~とな…そのー」モジモジ

京太郎「どうしました?トイレならあっちですよ」

洋榎「トイレちゃうわ、あほっ!!」

京太郎「ならなんです?」

洋榎「京太郎と話してから、よう考えてみたんやけど…」

京太郎「はい」

洋榎「やっぱ、うじうじ悩んでるのはうちらしくないし…」

洋榎「せやけど、うちこういうの初めてやから……どないしたらええのかよう分かれへんし」モジモじ

京太郎「……」


なるほど、洋榎さんは大きな挫折というものを今までしてこなかったのだろう

才能豊かな分、多くの人間が当たり前のように経験することをできていなかったのだ

俺とは違う

311: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:37:35.56 ID:1unaq3k80

京太郎「はい、なんとなく話は理解しました」

洋榎「ならっ!」

京太郎「でも、急に自信を取り戻したり、急激に強くなったりなんて都合のいいものはありませんよ」

京太郎「それに俺、麻雀のことはそこまで詳しくありませんし」

洋榎「そ、そう…」シュン

京太郎「けど、教えてくれる人は知っています。助けてくれそうな人も」

洋榎「?」

京太郎「洋榎さん、こういう時に自分の力でなんとかするのも大事なことだと思います」

京太郎「だけど、他の人の助けを借りるのもそれと同じくらいに大事なことなんですよ」


312: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:38:28.56 ID:1unaq3k80

洋榎「なんやそれ、映画の台詞?」

京太郎「我が部の先人が残してくれた、偉大な知恵です」

洋榎「?」

京太郎「確か今、自由登校なんでしたっけ?」

洋榎「せやけど…なんで?」

京太郎「ふふ、都合がいいです」


京太郎「洋榎さん、多くの物語において、力不足を感じた主人公が次に取る行動ってなんだか知ってます?」

洋榎「さ、さぁ…」



京太郎「修行です」

洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「……」

洋榎「はぁ!?」

313: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:46:06.29 ID:1unaq3k80

――2月上旬 岩手




洋榎「え?寒っ!!」

洋榎「寒っ!!」

洋榎「……」

洋榎「え?寒っ!!!」

京太郎「何回言えば気が済むんですか」


修行と言えば、やはり全国行脚の武者修行だろう

というわけで、まず岩手は宮守女子高校まで行くことにした


洋榎さんは道のりを詳しく知らないので、俺が案内することに

まさかこんなところで、今までの全国高校巡りの経験が活きることになるとは

人生とは、先の読めないことばかりだ


大阪国際空港からいわて花巻空港までひとっ飛び

その後は、釜石線で電車に揺られながら宮守駅までやってきていた


流石、雪国岩手県。気温の低さもそうだが、降雪量もかなりのものだ

辺りを見回すと一面雪景色。思わず長野での冬を思い出す


洋榎さんはこのレベルの寒さ慣れていないようで、さっきからやかましくらい同じ台詞を繰り返している

まあ、大阪じゃあせいぜい0度付近にしかならないので、仕方ないのかもしれない

314: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:47:44.79 ID:1unaq3k80

京太郎「仕方ないですねぇ…はい、これどうぞ」

洋榎「なんやこれ?」

京太郎「使い捨てのカイロです。無いよりはましでしょう?」

洋榎「ここは、さりげなく相手の手を握る場面ちゃう?」

京太郎「そういう砂糖吐きたくなるラブコメみたいなことをしたいならいいですけど」

京太郎「……この寒さだと、余計に冷えますよ」

洋榎「わぁー、カイロってめっちゃぬくいなぁー(棒)」

京太郎「賢明です」



洋榎「おっ、なんやあの橋?変わった形してるなぁ」

京太郎「めがね橋ですね。観光名所らしいですよ」

洋榎「めがね?」

京太郎「めがねです」

洋榎「まぁ、頑張ればめがねに見えへんこともないか」

京太郎「正式名称は宮守川橋梁(きょうりょう)らしいですけどね」

京太郎「用が無かったら、この辺ぶらぶら散歩するのもよかったかもしれませんね」

洋榎「いややわ…うちは早いとこぬくもりたい…」ブルブル

京太郎「はは、そうしときますか」

316: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:48:38.38 ID:1unaq3k80

それからしばらく歩いていると、コンクリート製の比較的大きな建物が見えてきた

10月以来となる、宮守女子高校だ


京太郎「今日の連絡の方はもう済ませてあるんですよね?」

洋榎「もち。部室に来てくれればええ言うてた」

京太郎「じゃあ、さっそく行きましょう。案内しますよ」

洋榎「おー」


当たり前のことだが、いきなり他校に突撃しても失礼になる

「たのもー!!」、が通じるのは漫画やアニメの中だけである

なのであらかじめ、姫松の赤阪監督を通じて、宮守には連絡がとってある

赤阪さんの意外なほど豊富な人脈には感謝しなくてはならないだろう

317: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:49:45.48 ID:1unaq3k80

京太郎「ここです。さっ、入りましょう」

洋榎「ちょ、ちょお待ってぇな…!」

京太郎「なんです?」

洋榎「何か変なところあれへん?」

京太郎「洋榎さんって結構気にしぃですよね」

洋榎「ぅ…」

京太郎「大丈夫、いつもと同じでとても可愛らしいです」

洋榎「せ、せやろか…///」ポリポリ

京太郎「そうですよ」

京太郎「それに、大丈夫ですよ洋榎さん」

京太郎「なにせ、宮守の人たちはみんな――――天使ですからね」


ガチャ


洋榎「あ、ちょ…勝手に――」


318: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:50:35.91 ID:1unaq3k80

パーン!パーン!


「「ようこそっ!宮守女子高校へ!!」」


洋榎「」ポカーン


エイスリン「ナ、ナラナカッタ…」アセアセ

白望「そういう時もある…」

豊音「ほ、本物の愛宕さんだよー。感激だよー」

塞「ありゃー、ちょっとはずしちゃったかな」

胡桃「そんなことない」


洋榎「何やこれ」

京太郎「ね」




319: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:51:52.49 ID:1unaq3k80

既に知っている人もいたが、簡単に自己紹介を済ませた


塞「さぁ、どうぞどうぞ」

洋榎「部室に炬燵っ!?なんでやねん!」

白望「さぁ…」

洋榎「って、知らんのかい!」ビシッ

豊音「本場のツッコみ…感動だよー」

胡桃「うるさい」


エイスリン「アノ。オチャ、ドウゾ」

洋榎「おー、ありがとう」

エイスリン「……」ドキドキ

洋榎「ああ、温もるなぁー。めっちゃうまいわ」

エイスリン「ソ、ソウ?ヨカッタ」ニコッ

洋榎・京太郎「」キュン

守りたい、この笑顔

320: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:53:00.83 ID:1unaq3k80

豊音「あのー、愛宕さん…?」

洋榎「同い年やろ?洋榎でええよ」

豊音「じゃあ、洋榎さん。そのー、あのー…サインお願いします!」ズイッ

洋榎「ん、ええよ」

豊音「わぁ~、やったー!」

洋榎「……」カキカキ

洋榎「……」カキカキ

洋榎「はい、これでどや」

京太郎「流石に慣れてますね」

豊音「ううう、嬉しいです。これ、家宝にします!!」ニコッ

洋榎・京太郎「」キュン

守りたい、この笑顔

322: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:54:39.17 ID:1unaq3k80

洋榎「何やここ。天使ばっかやないか」ボソ

京太郎「いえ、まだですよ」

洋榎「?」

京太郎「あっちで茶菓子の用意をしてる、臼沢さんを見てください」

洋榎「ん、ああ……で?」

京太郎「で、じゃないです。心の目でよーく見てみるんです」

洋榎「ん~~……あっ、あれは!」


洋榎「割烹着っ!それに三角巾も!?」


京太郎「クク、洋榎さんにも見えましたね。"アレ"が」

京太郎「けど、それだけじゃないんですよ。用意しているお菓子を見てください」

洋榎「あ、あれは!?…おばあちゃん家でよく見る謎のお菓子の数々!!」

京太郎「あれ、どこで買ってくるんでしょうね?」

洋榎「日本七不思議のひとつやね」

塞「はい、遠慮なく食べてね」ゴト

洋榎・京太郎「こ、これは…!?」


洋榎・京太郎「おばあちゃんのぽたぽた焼きっ!!」


洋榎・京太郎「ばあちゃん…」ウルッ

塞「あれ、そんなに嬉しかった?わざわざ用意した甲斐があったよ」

323: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 00:58:29.07 ID:1unaq3k80

白望「これ、貸してあげる…」

胡桃「これとか言うなー」

洋榎「はい?」

白望「湯たんぽ代わりになる…」

胡桃「こんな鶏がらみたいなのじゃ、充電にならない!」

京太郎「と、鶏がら……ぷっ」プルプル

洋榎「おい」

白望「?」

胡桃「はぁ、仕方ないなぁ。今回だけだから」ポスン

洋榎「お、おう」

胡桃「充電?むしろ、充電されているような…?」

洋榎「……」

洋榎「ああ、でも……これ気持ちええなぁ」モフモフ

洋榎「あ゛あ゛~、このままじゃ蕩けてまう~。ダメになってまうやんか~」

胡桃「きもちわるい…!」


白望「……」グッ

洋榎「……」グッ



ガチャ


トシ「何やってんだい、あんた達…」

「「あっ」」

324: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 01:01:14.45 ID:1unaq3k80

トシ「なるほど、あなたが愛宕洋榎さんね」

洋榎「は、はい!」

トシ「ふーむ、なるほどねぇ…うんうん」ジー

洋榎「?」

トシ「緊張しなくていいよ。赤阪さんから事情は聞いているし」

洋榎「……」

トシ「なんでわざわざ、こんなことをしようと思ったんだい?」

洋榎「こんなこと、ですか?」

トシ「こんな辺鄙なところまで来て練習だなんて、さ」

洋榎「その…きょ、友達が教えてくれたんです。こういう時はもっと他人を頼っていいんだって」

洋榎「だからっ」

トシ「ふふ、いい友達を持ったね。大事にしてあげるといい」

洋榎「は、はぁ…」

トシ「うーん…もしかして、男の子かな?」

洋榎「なっ、なななななんで!?」

トシ「な・い・しょ」

その仕草、実にキュートだ

トシ「さあ、早速練習始めようか。私の指導についてこられるかな」

325: ◆Lw8TjwCkqM 2014/08/22(金) 01:02:29.28 ID:1unaq3k80

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「「お疲れ様でしたー!」」


練習が終った

洋榎さんは相変わらず調子を取り戻せないでいるようだ

なんとか試行錯誤しているようだが、俺の目から見ても明らかに以前の打ち筋とは違う

洋榎「はぁ」

あと、姉帯さんや小瀬川さんはともかく、熊倉さんめちゃくちゃ強ええ

この全国クラスの打ち手相手に3人同時飛ばしとか……ちょっと他とは違いすぎる


トシ「さて、愛宕さんは今日どこに泊まるんだい?」

洋榎「え、空港の近くにホテル予約してますけど」

豊音「えっ」

エイスリン「えっ」

洋榎「えっ」


次回 京太郎「虹の見方を覚えてますか?」 後編