【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」 前編

345: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:16:02 ID:N1TkqDFg
>>1です。
投下します。



【ぼく勉】真冬 「また今度、ここで」

引用元: 【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」 




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346: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:16:39 ID:N1TkqDFg
………………メイド喫茶 High Stage

成幸 「そこ、前と一緒ですよ。物体が静止状態ってことは、力学的に釣り合ってるんです」

成幸 「だから、物体に働いている力を全部図示してしまえば、あとは計算するだけですよ」

あすみ 「ん……。重力と、押す力と、摩擦力……ああ、なるほど」

あすみ 「あとはそれぞれの力で方程式を立てればいいのか」

成幸 「そうですそうです。できたじゃないですか、先輩」

あすみ 「……よし。今の感覚を忘れないうちに練習問題いくつか解くわ」

あすみ 「悪いけど、解き終わったら採点してもらってもいいか?」

成幸 「わかりました」

ガタッ

成幸 「じゃあ俺はその間に店の掃除をしてますね」

347: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:17:10 ID:N1TkqDFg
………………

あすみ 「今日も助かった、後輩。いつもありがとな」

成幸 「いえいえ。俺もバイト代もらいながら勉強できますし、お礼を言われるようなことじゃないですよ」

成幸 「どちらかと言えば、鷹揚な働き方を許してくれている店長やマチコさんたちに感謝ですね」

あすみ 「……ほんとにな」

成幸 「じゃ、今日はこれで失礼します。先輩は引き続きバイト、がんばってください」

成幸 「俺はあんまりここにいると、桐須先生に補導されちゃいますから」

あすみ 「“九時以降は” って言ってたじゃねぇかよ。まだ昼だぞ」

あすみ 「あの人、誤解されやすいけど、あんまり怖い人じゃないからな?」

成幸 「冗談ですよ。怖い人じゃないっていうのは、俺もよく知ってます」

あすみ 「……ん、そういえば、後輩に耳寄りな情報があるぜ?」

成幸 「なんです?」

あすみ 「この前とある事情でまふゆセンセと電話したんだけどな、」

あすみ 「……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人」

成幸 「へ……?」

348: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:17:49 ID:N1TkqDFg
成幸 「へ、へぇ。あの桐須先生が……」

成幸 (……俺以外の人が、あの部屋に掃除に入ってるのか?)

成幸 (とてもそうは思えないけど……)

成幸 (っていうか、そういう人がいるなら、もっとよく桐須先生のこと見てあげろっての)

成幸 (あの人本当に掃除が苦手なんだから、もっと掃除を手伝ってあげればいいのに)

成幸 (……って、なんでちょっとイライラしてるんだ、俺は)

成幸 「……先生も大人ですもんね。そりゃ、そういう相手のひとりやふたりいますよね」

あすみ 「……ん? なんだ、後輩? 浮かない顔して」

あすみ 「ひょっとして、卒業したら自分がその立場に立候補するつもりだったのか?」

成幸 「なっ……! ち、違いますよ! そんなわけないでしょーが!」

あすみ 「お、おう。予想以上の反応だな。そんなムキになると、余計に怪しいぞ?」

あすみ 「後輩、ああいう年上の女性がタイプなのか?」

成幸 「や、やめてくださいよ。あんな綺麗な女性と俺が釣り合うわけないでしょう」

349: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:19:42 ID:N1TkqDFg
あすみ 「……ふーん、どうだかなぁ」

あすみ (っていうか、釣り合うかどうかだけで、“タイプ” ってところは否定しないんだな)

ムカッ

あすみ (アタシも一応年上なんだけどな。わかってんのかこの野郎)

あすみ (っていうか、アタシ、ニセモノとはいえお前の彼女だけど、)

あすみ (“綺麗” なんて言われたことないんだけどな。この野郎)

あすみ (……いや、べつに、それは関係ないけどさ)


―――― 『論外 こんな店で集中できるわけがないでしょう』

―――― 『一緒に帰るわよ 唯我くん!』


あすみ (まふゆセンセは生徒想いだけど、ただの生徒相手にあそこまでムキになるとも思えないんだよなぁ)


―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』

350: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:20:52 ID:N1TkqDFg
あすみ (……ひょっとしたら、その男子ってのが、後輩かも、とか思ったけど)

あすみ (この後輩の反応じゃ、そういうわけじゃないみたいだな。ほっ)

あすみ (……ん? 何だ、“ほっ” って。何でアタシが安心してんだ?)

成幸 「それじゃ、失礼しますね。先輩も早くバイトに戻ってくださいよ」

あすみ 「わーってるよー。じゃ、おつかれさん。雨降ってるから気をつけて帰れよ」

あすみ 「また予備校でなー」

成幸 「はい。また予備校で!」

351: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:27:29 ID:N1TkqDFg
………………帰路

成幸 (……べつに、あしゅみー先輩の言葉が気になったからとか、そういうわけじゃない)

成幸 (なんとなく、本当になんとなく、少しだけ遠回りをしているだけ)

成幸 (それこそ、本当に、少しだけ)

成幸 (雨だけど……いや、雨だからこそ、いつもと趣の違う道を楽しむためというか、なんというか)

成幸 (とにかく、他意はない。なんとなく、桐須先生のマンションの前を通りかかってしまうだけ)

成幸 (べつに、それ以上の何でもない。それだけ……)

成幸 「……の、はずだったんだけど」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 (何であの人はマンションの前で傘をさして突っ立ってるんだろう……)

352: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:32:24 ID:N1TkqDFg
成幸 (……一体、今度は何があったというのだろうか)

真冬 「………………」 ゴゴゴゴゴゴ…………

成幸 (マンションの門番みたいになってるけど、いいのかな、あれ)

成幸 (通報されたりしないのかな)

成幸 (……素通り、は……まぁ、できないよな)

成幸 (通りかかって良かった、って考えるべきだな)

成幸 「あー……こんにちは、桐須先生」

真冬 「……こんにちは、唯我くん。いい天気ね」

成幸 「そうですね。秋雨前線のおかげで気持ちいいくらい雨が降ってますけどね」

ザァアアアアアアアアア……

成幸 「さて……」

成幸 「……今日は一体どうしたんですか? 桐須先生」

353: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:33:09 ID:N1TkqDFg
………………少し前 真冬の家

真冬 「………………」

真冬 (……決心。せっかく唯我くんにきれいにしてもらったのだから、絶対、金輪際部屋を汚してはいけないわ)

真冬 (そもそも、唯我くんは生徒で私は教員。家に気軽に入れていい間柄ではない)

真冬 (今後一切、彼に頼らないようにしなければ)

真冬 (……そういえば、通販で頼んだものをまだほとんど開けていなかったわね)

真冬 (この段ボールも全部空にして捨ててしまいましょう)

真冬 (千里の道もまた一歩から、よ。真冬。ひとつひとつ片付けていけば、常に綺麗な部屋をキープできるはず……)

ベリッ……ベリベリ……

真冬 (ふふ。見ていなさい、唯我くん。私はもう部屋を汚すことなど決してないのよ)

ベリベリベリ……

354: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:33:40 ID:N1TkqDFg
………………

成幸 「……で、こうなったと?」

真冬 「どうしてかしら。本当に皆目理由が分からないのよ」

真冬 「私はただ、段ボールを開けて、商品を取り出して、片付けて……という作業をしていただけなのよ」

グチャァアア……

成幸 「それがどうしてこんな惨状になるんです!? っていうかあの量の段ボールを一気に開けようとするのがまず間違いです!」

真冬 「ええっ!? だって、一気に片付けてしまった方が、一気にきれいになるじゃない……」

成幸 「典型的な掃除ができない人の考え方ですね……」

成幸 「……っていうか、元々部屋にあったであろうものまで散乱しているのはなぜですか?」

真冬 「途中で段ボールをたたむのに飽きて、買った物の収納とかを考えて、棚からいろいろ引っ張り出して試行錯誤していたのよ……」

成幸 「そりゃぐちゃぐちゃになりますよ! まったく……」

真冬 「む、無念。一生の不覚だわ……」

成幸 「先生の一生は一体何回あるんですか」 ハァ 「仕方ないです。一緒に片付けましょう、先生」

355: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:34:36 ID:N1TkqDFg
………………

成幸 「……よいしょっ、と」

ゴシゴシゴシ……

成幸 (何で段ボール開けただけでこんなに部屋を汚せるんだろう……)

成幸 (この才能を何かに使えないかな。使えないか)

真冬 「………………」

真冬 (……結局、唯我くんに迷惑をかけてしまったわ)

真冬 (本当に情けない。というか、本当に、私は教員である資格すらないわね)

真冬 (利害関係にある相手、特に生徒とその保護者に対し、個人的な接触を持つのは、服務規程にも抵触する)

真冬 (本来であれば、自分の部屋に男子生徒を招くなど、有り得てはいけないことなのに……)

真冬 (私は、唯我くんが良い子であるのにかこつけて、自分のために彼を利用している……)

成幸 「……先生?」

真冬 (昔はこんなことはなかった。生徒と仕事以上の関わりを持つなんて、考えたこともなかった)

真冬 (なのに、どうしてかしら……。彼なら、いいと思える……)

成幸 「あの、桐須先生?」 ズイッ

356: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:35:07 ID:N1TkqDFg
真冬 「!? ど、どうかしたかしら、唯我くん」

成幸 「どうかしたかしら、じゃないですよ。先生の部屋なんですから、ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ」

真冬 「そ、そうね。ごめんなさい。すぐやるわ」

成幸 「先生は、散らばってる段ボールを開いて、まとめて、縛ってください。それだけでいいですから」

真冬 「わ、分かってるわ」

真冬 (段ボールのテープをカッターで切って、まとめる……)

真冬 (ただそれだけのことよ、桐須真冬。大丈夫。できるわ)

真冬 (んっ……このテープ、切りにくいわね)

真冬 (……でも、これくらい、私にかかれば――)

――――――サクッ

真冬 「痛っ……!」

成幸 「!? 先生!?」

真冬 「ご、ごめんなさい。ちょっと手が滑って、カッターで指を切ってしまって……」

真冬 「ち、血が、結構出てて……」

357: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:36:03 ID:N1TkqDFg
成幸 「ケガをした指を心臓より上に上げて、ティッシュで直接患部を圧迫してください」

真冬 「直接!? だ、ダメよ、そんなの」

成幸 「? どうしてですか?」

真冬 「……怖いもの」

成幸 「……あー、もうっ」

ギュッ……

真冬 「えっ……!?」 (唯我くんが、私の……)

真冬 (ティッシュで私の指をくるんで、強く握って……)

真冬 (ち、近いわ……!)

真冬 「あ、あの、唯我くん……」

成幸 「……我慢してください。俺だって恥ずかしいんですから」

ドクン……ドクン……

真冬 (き、切った部分だけ、やけに鼓動が感じられる……)

成幸 「しばらくこのままにしておきましょう。出血が治まるまで」

358: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:36:52 ID:N1TkqDFg
………………

真冬 「………………」

真冬 (……結局、指の手当てまで、唯我くんがやってくれた)

真冬 (私がオロオロしているうちに、消毒から保護まで、すべてやってくれた)

真冬 (情けない……)

真冬 (自分で蒔いた種すら回収できない自分が、本当に情けない……)


―――― 成幸 『まだ傷が完全に閉じたわけじゃありませんから、しばらくはそのまま手を上げていてください』

―――― 成幸 『掃除は俺がやっておきますから、先生はじっとしててください』


真冬 (そう言っている間も、彼は嫌な顔ひとつすることはなかった)

成幸 「ふぅー。段ボールはあらかた片付いたか。あとは……」

真冬 (そして、私の代わりに掃除をしている今も、彼は不満そうな顔ひとつしない)

真冬 (そんな彼に、私は今もこうして、教師という立場にあぐらをかいて、頼り切っているのだ)

359: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:37:39 ID:N1TkqDFg
成幸 「………………」

成幸 (……ムカつく) キッ (俺は今、猛烈に怒っている)

成幸 (何で、桐須先生がこんなに困っているときに、その“良い仲” の男は現れないんだ?)

成幸 (いや、俺だってわかってる。大人は忙しい。受験生の俺以上に忙しいだろう)

成幸 (桐須先生にかまけていられないというのもわかってる。でも……)

成幸 (もし桐須先生のことを大切に思ってるなら……)

成幸 (こういういとき、桐須先生のところに颯爽と現れるものじゃないのか?)

成幸 (……こんな風に考えるのは、俺がまだ子どもだからなんだろうか)

成幸 (俺も、そういう大人になるんだろうか。それが普通なんだろうか)

真冬 「……?」

真冬 (ど、どうしたのかしら、唯我くん。急に険しい顔になっているわ)

真冬 (確実。やはり私の教師としてあるまじき状態に、憤っているのね)

真冬 (当然よね。だって彼は受験生。一分一秒だって時間を無駄にしたくないはずだわ)

360: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:38:35 ID:N1TkqDFg
真冬 「……ごめんなさい、唯我くん」

成幸 「はい? どうかしたんですか?」

真冬 「いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ」

真冬 「受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ」

成幸 「そう思うなら、少しは自分で部屋を片付けられるようにしてください」

真冬 (し、辛辣。正論だから何も言い返せないわ……)

真冬 「本当にその通りね……。申し訳ないわ」

成幸 「でも、べつに俺が好きで手伝ってるだけですから、申し訳ないと思う必要はないですけどね」

成幸 「ただ、いつまでも俺が先生の生徒でいられるわけじゃないんですから。最低限の片付けくらいはやってくださいね」

成幸 「ま、もしバイト代をくれるっていうなら、卒業後も先生の部屋を片付けてもいいですけど、なんて……――」

真冬 「――は?」

成幸 「冗談です調子に乗りましたすみません!!」」

361: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:39:16 ID:N1TkqDFg
真冬 「あ、いや……」

真冬 (い、言えない。ぜひお願いしたいって思ってしまったなんて、口が裂けても言えない……)

真冬 「………………」 ズーン

成幸 (……うーん、なんだか知らないけど、へこんでるなぁ)


―――― 『いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ』

―――― 『受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ』

―――― 『本当にその通りね……。申し訳ないわ』


成幸 (べつに、俺が好きでやってることだから、そんなに気にしなくてもいいのに)

成幸 (それに、片付けが終わった後って、大体先生に勉強を教えてもらえるから、)

成幸 (俺としてはラッキーでもあるんだけど……)

成幸 「……ん、大きなゴミも片付いたし、あとは軽く掃除機をかけて終わりかな」

真冬 「もうこんなにきれいになったのね。すごいわ……」

成幸 「じゃあ、掃除機かけるんで、ちょっとどいててもらってもいいですか」

真冬 「……ええ。玄関の方にでも行ってるわ」

362: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:39:59 ID:N1TkqDFg
………………

真冬 「……本当に、私は何をしているのかしら」

真冬 「生徒に部屋を掃除してもらうために教員になったわけでもあるまいに」

真冬 「………………」

真冬 (……美春は今も、きっとフィギュアをがんばっているのでしょうね)

真冬 (私は本当に、一体何をやっているのかしら)

ガチャッ……

成幸 「先生? 掃除機かけ終わりました。もう部屋に戻っていいですよ」

真冬 「……ん、ありがとう。助かるわ。唯我くん、勉強道具は持ってるわね?」

成幸 「はい。メイドきっ……あ、いや、予備校の帰りなので」

真冬 「もし予定がないなら、うちで勉強していきなさい。教えられる範囲で教えてあげるわ」

真冬 (私が彼にしてあげられることは、それくらいだから……)

成幸 「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします、桐須先生」

真冬 「え、ええ……」 (……そんな眩しい笑顔で、お礼を言わないでちょうだい。唯我くん)

真冬 (才ある道から離れ、今も後悔の中にいる、馬鹿な女に)

363: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:40:40 ID:N1TkqDFg
………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 「ん……先生、すみません。ここの解法って……」

真冬 「……ああ。どちらでも構わないと思うわ。やりやすい方で解きなさい」

成幸 「はい。ありがとうございます」

成幸 (……やっぱり、桐須先生はすごい)

成幸 (俺が何を言わんとしているのかすぐに読み取ってくれるし、)

成幸 (何より、世界史の先生のはずなのに、畑違いの数学まですごい知識量だ)

成幸 (……教え方も上手だし、何でもできる才女って感じだよなぁ)

成幸 (家事がちょっと残念なのがあれだけど……)

364: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:41:52 ID:N1TkqDFg
真冬 「……唯我くん、手が止まっているわよ。何かわからないことでもあったの?」

成幸 「あ、い、いや、そういうわけじゃないです」

真冬 「そう。じゃあ、集中しなさい。今日、私のせいで遅れてしまった分を取り返さなければならないのだから」

真冬 「……そう。私のせいで、遅れてしまった分を」 ズーン

成幸 (……うーん。今日はまた、えらく落ち込んでるみたいだ)

成幸 (俺に何かしてあげられることはないかな……)

成幸 「………………」

成幸 (……勉強をがんばるくらいしか思いつかない)

カリカリカリ……

成幸 (当たり前だ。俺はまだ子どもで、先生は大人だ)


―――― 『……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人』


成幸 (それに、先生にはそういう相手がいる)

成幸 (俺みたいな子どもに、先生のためにしてあげられることなんて、きっとない……)

365: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:42:39 ID:N1TkqDFg
………………夕方

成幸 「……ふぅ」

成幸 (ひょっとしたら予備校で自習するときより勉強が進んでるかもしれないな)

成幸 (桐須先生の前だと緊張してサボることもないし、何より先生に聞けばすぐ答えてくれるのが大きい)

成幸 (少し掃除したくらいで、こんな環境を提供してくれるなんて、渡りに舟なんだけど……)

真冬 「………………」 ズーン……

成幸 (……まだへこんでる。根が深いなぁ)

成幸 (そりゃ、部屋に生徒を入れるっていうのが、良くないのは分かるけど……)

成幸 (俺はすごく助かってるんだけどなぁ……)

真冬 「……ん、そろそろ夕ご飯の時間ね」

真冬 「今日はうちで食べて行きなさい。お礼代わりというといやらしいけど、」

真冬 「何か美味しいものでも出前を取るわ」

成幸 「い、いやいや、勉強も教えてもらったのに、そんなの悪いですよ」

成幸 「勉強を教えてもらっただけで十分ですから、お気遣いなく……」

真冬 「……そう」 ズーン

366: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:43:32 ID:N1TkqDFg
成幸 「……あー、いや、えーっと……じゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうになります」

真冬 「そ、そう?」 パァアア…… 「じゃあ、そうしていくといいわ」

真冬 「何が食べたいかしら? 何でも好きなものを頼んでいいわよ

バサッ

成幸 「!? こんなに大量の出前のチラシ、一体どこに隠してたんですか!?」

真冬 「し、失敬。隠していたつもりはないわ。テレビの裏にいつも突っ込んでいるのよ」

成幸 「ああ、もう。せめてもう少しまともな場所にしまってください。ファイリングするとか」

真冬 「こ、これからそうするわ。とにかく、好きなものを選びなさい。金に糸目はつけないわ」

成幸 (出前で金に糸目はつけないって言う人初めて見たな……)

成幸 (とはいえ、そんな高いものをお願いするのも気が引けるし……)

成幸 「……ん?」

真冬 「何か食べたいものがあったかしら?」

成幸 「あ、いや……このチラシを見てちょっと思い出して……」

ピラッ

真冬 「……うな重?」

367: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:44:24 ID:N1TkqDFg
成幸 「ほら、いつだか、あしゅみ――小美浪先輩のハウスクリーニングを先生が頼んだとき、」

成幸 「俺が30分で先生の家を掃除したじゃないですか」

真冬 「……そ、その節も大変お世話になったわね」

成幸 「ああ、いや、そういうことじゃなくて……。そのとき、“うな重” って……」

真冬 「あっ」

ズーン……

真冬 「……自己嫌悪。今の今までそんな約束をしたことすら忘れていたわ」

真冬 「契約不履行。ともすれば裁判沙汰だわ……」

真冬 「……私は、本当に……」

成幸 (し、しまったー! また余計なことを言ってしまったー!)

成幸 「ち、違うんです。そんなこともあったなぁ、っていうただの思い出話ですよ!」

真冬 「その思い出の中で、君は私のことを、約束も守れないダメな大人だと思っているのでしょうね」

成幸 「なんでそんなにネガティブなんですか!?」

368: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:45:01 ID:N1TkqDFg
成幸 「……いや、っていうか、約束を破ってはいないんじゃないですか?」

真冬 「えっ……」

成幸 「だって俺いま、うな重を食べたいなって思ってますから」

成幸 「先生、ちょっとお高くついて恐縮ですけど、今日はこのうな重をお願いしてもいいですか?」

真冬 「あっ……も、もちろん、それは構わないわ」

真冬 「でも、それは、以前の約束と今日のお礼の分で二重になってしまうから……」

真冬 「また今度、別の機会で以前の分のうな重を奢らないといけないわね……」

真冬 「安心して。今度は約束を忘れたりしないから! 手帳にも書いておくわ」

成幸 (め、めんどくせぇ……!)

成幸 (前々から思ってたけど、この人は律儀というか、なんというか……)

成幸 (本当に面倒くさい性格だ……)

成幸 (こんな人と “良い仲” になれる男の人って、ある意味すごい人なのかもしれない……)

369: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:46:10 ID:N1TkqDFg
真冬 「では、早速電話で頼むとするわ。特上でいいわね?」

成幸 「特上!? いや、並で十分――」

真冬 「――男の子だし、ご飯も大盛りにした方がいいわね。あとは、肝吸いもつけてもらわないと……」

成幸 「いや、あの、先生? 俺、この後家でも妹の作ったご飯を食べなくちゃいけな――」

真冬 「――もしもし? うな重の特上をふたつ。片方をご飯を大盛りにしてください。あと……」

成幸 (……ダメだ。こうなったらこの人は人の話なんか聞きゃしないもんな)

成幸 (ま、でも……)

真冬 「ええ。では、その住所によろしくお願いします」

成幸 (……なんか、少し元気が出たみたいだから、いいか)

成幸 (“氷の女王” なんて呼ばれてるけど、)

成幸 (なんだかんだ、この人って本当に、ただ不器用で面倒くさい性格をした、)

成幸 (……良い先生なんだよなぁ)

370: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:48:22 ID:N1TkqDFg
………………マンション前

成幸 「……げふっ」

成幸 (滅多に食べられないうな重、それも特上を食べられて嬉しかったけど……)

成幸 (ご飯が本当に大盛で、食べきるので精いっぱいだった……)

成幸 (この後水希のごはんも食べなくちゃならないし……)

成幸 (ご飯食べてきたなんて言ったら、あいつ怒るだろうし)

成幸 (……雨が止んでるのがせめてもの救いだな。ちょっと散歩して腹ごなししてから帰ろう)

成幸 「桐須先生、今日は本当にごちそうさまでした」

成幸 「勉強も教えてもらったし、すごく助かりました。ありがとうございました」

真冬 「礼には及ばないわ。部屋をきれいにしてくれたお礼だもの」

真冬 「……こちらこそ、ありがとう。とても助かったわ」

371: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:48:55 ID:N1TkqDFg
真冬 「そもそも、ハウスクリーニングを頼むくらいの部屋だもの」

真冬 「本来であれば、金銭の授受が発生する類いのものだわ」

真冬 「私と君は利害関係者。そういったことはできないわ」

真冬 「私は、君が生徒であるのをいいことに――」


成幸 「――お金の代わりに、勉強を教えてくれてるんですよね」


真冬 「えっ……?」

成幸 「先生くらい教えるのが上手な人に個人授業をしてもらえるんです」

成幸 「同じ事を予備校でしようとしたら、いくら取られるかわかりませんよ」

成幸 「でも、俺は先生にお金を払うわけにはいかないから、代わりに部屋の掃除をしてあげているんです」

真冬 「………………」

成幸 「……あっ、えっと……先生がお金の話をするなら、俺の方もそういう風に捉えられるかなー、って……」

成幸 (……表情が読めない。ひょっとして怒ってる……?)

372: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:49:35 ID:N1TkqDFg
真冬 「……生意気」 ボソッ

成幸 「うっ……」

真冬 (でも、それ以上に、私が教師として未熟すぎる)

真冬 (生徒に、こんなに気遣いをしてもらうなんて……)

真冬 「……でも、実際、あなたの言っているとおりのことを、きっと私はしているのね」

成幸 「……はい。だから、気にしなくていいです。俺はめちゃくちゃ助かってますから」

真冬 「私が教員である以上、そういうわけにはいかないけれど、」

真冬 「……でも、ありがとう。君は本当に優しい子ね」

成幸 (……先生が落ち込んでいるのを、俺にどうにかできるなんて思ってないけど、)

成幸 (少しは気持ちが楽になったかな……?)

373: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:50:17 ID:N1TkqDFg
成幸 「あ、ところでケガはどうですか?」

真冬 「ん、血は止まったみたいね。ぱっくり切れていたから心配していたけど」

真冬 「君の処置のおかげで、このままふさがりそうだわ」

成幸 「それは何よりですけど、俺がいないときにケガしたらどうするんですか」

成幸 「止血くらい自分でできるようになってくださいね」

真冬 「うっ……。ぜ、善処するわ」

成幸 「あと、今日はシャワーくらいにしてくださいよ。お風呂に入って傷が開いたら目も当てられないですから」

真冬 「わ、わかってるわ。私だって早く治したいもの」

成幸 「カッターの傷はきれいに塞がりますから、大丈夫ですよ。極力傷が動かないようにしてくださいね」

成幸 「……早く治してあげないと、彼氏さんにも悪いですから」

真冬 「……? 彼氏?」

成幸 「へ……? あ、いや……」

成幸 (し、しまった。口が滑った……)

真冬 「彼氏とは、一体何を指しているのかしら、唯我くん?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

374: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:51:08 ID:N1TkqDFg
成幸 「い、いや、あの……」

成幸 「……小美浪先輩から、桐須先生には部屋を掃除しに来てくれる男性がいると、聞いたもので」

真冬 「部屋を掃除しに来てくれる男性……?」


―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』


真冬 「……あ、あのときの電話!? いや、それは、売り言葉に買い言葉というか……」

真冬 (というか、その男子って……)

成幸 「?」

真冬 (あなたのことよ! ……なんて言えるわけないわね……)

真冬 「……オホン。それは、小美浪さんの勘違いよ」

成幸 「勘違い?」

真冬 「ええ。勘違いよ。部屋を掃除に来てくれる男子なんて、あなた以外いないわ」

375: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:51:53 ID:N1TkqDFg
成幸 「そ、そうですか……」

ホッ

成幸 (……ん? 何で俺、安心してるんだ……?)

真冬 「ただ、ここで勘違いをしてほしくはないのだけど、」

成幸 「? なんですか?」

真冬 「部屋を掃除してくれる人はあなた以外いないだけであって、」

真冬 「彼氏がいるかいないかについては、何も明言をしてはいないのよ。勘違いしないでね」

成幸 「……あ、はい。わかりました」 (彼氏、いないんだ……。悪いこと言っちゃったな)

成幸 (っていうか、やっぱり面倒くさいなこの人……)

成幸 「でも、小美浪先輩は何でそんな勘違いをしたんでしょうね?」

成幸 「先輩は、桐須先生から電話で聞いたって言ってましたけど……」

成幸 「今度確認してみようかな……」

真冬 「や、やめておきなさい! きっと大した理由なんてないわ!」

真冬 (あの小賢しい小美浪さんのことだもの)

真冬 (唯我くんから変な話を聞いたら、私が誰のことを言っていたのか察してしまうかもしれない)

376: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:52:42 ID:N1TkqDFg
成幸 「そうですか? でも……」

真冬 「い・い・か・ら、やめておきなさい」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「あなたは受験生なんだから、余計なことは考えず、勉強に集中しなさい」

成幸 「は、はい……」

成幸 (……でも、そっか。先生、そういう相手、いないんだ)

成幸 「……じゃあ、また俺が掃除に来ないといけないですね」

真冬 「むっ……失敬。私だって、いつまでもあなたのお世話になる気はないわ」

真冬 「見ていなさい。今度は、私ひとりの力で綺麗にした部屋に招待してあげるわ」

成幸 「いや、その前にもう汚くしないでください」

真冬 「………………」 プイッ 「……わかっているわ」

成幸 (……っていうか、分かってるのかな)

成幸 (掃除もないのに先生の家にお邪魔しちゃったら……それこそ、)

成幸 (ただ先生の家に俺がひとりで遊びに行くってことになっちゃうんだけど……)

377: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:53:43 ID:N1TkqDFg
真冬 「………………」

真冬 (……君は、いつでも、私が困っているときに来てくれる)

真冬 (今日だって、部屋がぐちゃぐちゃになってしまって、)

真冬 (現実を直視できずに外に出たら、君に出会った)

真冬 (……心のどこかで、君が来てくれるんじゃないか、なんて思っていたら、君が現れた)

真冬 (家に虫が出たときも、美春が突然帰ってきたときも、同じ)

真冬 (どうして君は、私が困り果てているときに、私の前に現れてくれるのかしら)

成幸 「……まぁ、困ったときはお互い様ですから」

真冬 「えっ……?」

成幸 「また何か困ったことがあったら、協力しますから」

成幸 「まぁ、先生の立場上、それを受け入れるわけにはいかないんでしょうけど、」

成幸 「でも、先生に勉強を教わるのを期待して、先生のお手伝いをしているだけですから」

真冬 (……うそよ。だって、あなたは何の見返りも求めず、私を助けてくれるもの)

真冬 (あなたがそうやって優しいうそをつくから、私は)

真冬 (いけないことだと分かっていながら、あなたに甘えてしまうのよ)

378: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:54:27 ID:N1TkqDFg
真冬 「……また今度、勉強を教えてあげるわ」

成幸 「えっ」

真冬 「勘違いしないでちょうだい。ただ、約束を履行するだけよ」

真冬 「……先日のお礼のうな重は、まだ奢っていないから」

成幸 「ああ……」

真冬 「そのときは、あなたがしっかりと勉強に集中できるように、部屋をきれいにしておくから」

真冬 「だから、また……」

真冬 (……家に来なさい、なんて、教師として絶対に言うことはできない)

真冬 (次に家に来る日取りを決めるなんてそれこそ論外)

真冬 (だから、こんな言い方しかできない。言い方はどうでも、私は教師として間違ったことをしている)

真冬 (でも、私は……)

379: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:54:59 ID:N1TkqDFg
成幸 「……わかりました」

成幸 「では、また明日、学校で。桐須先生」

真冬 「ええ。また明日、学校で」

成幸 (俺が、なんとなく、このマンションの前を通りかかったときに、)

真冬 (私が、なんとなく、マンションの前でたたずんでいたときに、)

成幸 (勉強を教えてもらうために、)

真冬 (約束を果たすために、)

成幸 (また “今度”、“ここで”)

真冬 (……また “今度”、“ここ” で。唯我くん)



おわり

380: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:55:55 ID:N1TkqDFg
………………幕間1 めぐりあいマンション前

成幸 「………………」

ピキューン!!!

成幸 (……また桐須先生がヘルプを必要としている気がする!)

うるか 「? 成幸のおでこなんで光るの? すっごーい!」



………………

グチャァ……

真冬 「……またひどい惨状になってしまったわ」

ピキューン!!!

真冬 (!? 五分後に唯我くんが家の前を通りかかる気がするわ! 急いで外へ……)

真冬 (……って私はそれでいいの!? 教師として以前に人間として!) ズーン



おわり

381: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:57:28 ID:N1TkqDFg
………………幕間2 校舎裏

成幸 「……ってことがあってさー」

文乃 「うん。君と桐須先生は付き合いたてのカップルなのかな?」

成幸 「なんで?」

文乃 「純粋に疑問しか浮かんでいないその顔に怒り心頭だよ」

ギリギリギリギリ……

文乃 「……っていうか胃が猛烈に痛いから一発たたくね?」

成幸 「なんで!?」



おわり

384: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 20:56:17 ID:dqC8eIGA
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「カレ? もう食べちゃったけど?」

385: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:03:20 ID:dqC8eIGA
………………水希の誕生日から数日後 図書館

うるか 「た、食べちゃったって……///」

理珠 「食べた!? どういうことですか!?」

文乃 「? ふたりとも、一体何をそんなに驚いているの……?」

うるか (そりゃ驚くよー! 文乃っちがそんなに大胆だったなんて……///)

理珠 (そりゃ驚きますよ! 食べたって……人間を食べたということですか!?)

うるか (友達として言ってあげた方がいいのかな……。もっと自分を大事にしてよ、とか……)

理珠 (友達として言ってあげた方がいいのでしょうか。人を食べるのは犯罪ですよ! と……)

うるか 「い、一体どこで食べちゃったのかな……?」

文乃 「えっ? えっと……」

文乃 (……!? しまった! よく考えたら、この二人に唯我くんと一緒にうちでカレーを作って、)

文乃 (あまつさえ唯我家でご家族と一緒に美味しくいただいたなんて、口が裂けても言えないよ!)

文乃 「あー、えっと、うちで作って、(唯我くんの)うちで美味しくいただいたよ……?」

文乃 (う、うそはついてないよね……?)

386: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:05:09 ID:dqC8eIGA
理珠 「家!? 家で、た、たた、食べてしまったのですか!?」

うるか (自分の家に連れ込んで、食べちゃったとか……●●●すぎるよ、文乃っち!) カァアア……

理珠 (も、もも、もう、文乃の家には行けませんね。絶対呪われます……) ガタガタガタ……

文乃 (こ、これ以上話を続けたらボロが出そうだよ! 話を変えないと……)

文乃 (うぅ、でもふたりにうそをついてるみたいで罪悪感が……)

うるか (ふ、文乃っち、目が泳いでる……)

理珠 (今さら、言ってはまずいことを言ったと気づいたのでしょうか……)

うるか (だ、大丈夫だよ、文乃っち。あたし、友達のこと言いふらしたりしないから!)

理珠 (だから、口封じだけは勘弁してください!)

うるか (けど、後で成幸にだけは相談しておかないと……)

理珠 (唯我さんなら、きっとなんとかしてくれるはず……)

387: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:05:50 ID:dqC8eIGA
成幸 「おー、全員そろってるな」

文乃 「あっ、唯我くん!」 (助かった……)

理珠 「唯我さん!」 (助かりました!)

うるか 「成幸!」 (助かった!)

成幸 「遅れて悪いな。ちょっと和樹と葉月に捕まっちゃってさ……」

成幸 「……って、どうしたんだ、お前ら。武元は顔が赤いし、緒方は逆に青いし、古橋は汗ダラダラだし」

成幸 「大丈夫か?」

文乃 (……誰のせいでこうなってるのか分かってるのかなこの野郎)

うるか 「だ、大丈夫だよ。ちょっと動揺しちゃっただけで……」

理珠 「私も、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって……」

文乃 「わたしは、ちょっと胃が痛くてさ……。胃薬飲んでくるね?」

理珠 「!?」 (や、やはり人間の肉は食用でないから、胃に負担が……!?)

388: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:06:46 ID:dqC8eIGA
………………

カリカリカリ……

成幸 「………………」 (みんな体調悪そうだったから心配したけど、)

成幸 (見る限りちゃんと勉強に集中できてるな)

成幸 (まぁ、全員やりたいことをやるためにがんばってるんだもんな。当たり前か)

うるか 「……ね、ねえ、成幸。ちょっと分からないところがあるんだけど」

成幸 「ん? どこだ?」

スッ

『今日、勉強が終わった後、文乃っちに内緒で相談したいことがあるんだケド』

『みんなと別れた後、もう一回会ってもらえる?』

成幸 「へ……?」 (な、なんでノートにメッセージを書いたんだ……? 古橋に内緒ってどういうことだ?)

うるか 「………………」

成幸 (……ああ。わかった) コソッ

うるか (……ありがと)

389: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:07:46 ID:dqC8eIGA
理珠 「唯我さん、次いいですか?」

成幸 「お、おお、なんだ、緒方?」

理珠 「参考書を取りに行きたいのですが、大変遺憾ながら私の身長では届かない高さにあるものもあります」

理珠 「付き合っていただけますか?」

成幸 「ん、ああ。いいけど……」

理珠 「ありがとうございます。では、行きましょうか」

成幸 (参考書……? 現代文読解の元の小説でも見たいのか?)

理珠 「………………」

ピタッ

理珠 「……この辺でいいでしょうか。文乃には聞こえませんね」

390: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:08:39 ID:dqC8eIGA
成幸 「ん? どうしたんだ? ここ、図鑑のコーナーだぞ?」

理珠 「少しうそをつきました。すみません。どうしても、文乃に内緒で唯我さんとお話したかったので」

成幸 「古橋に内緒? 一体……」

理珠 「今はあまり時間がありません。文乃に不審がられる前に戻らなければ」

理珠 「今日、夜、うちに来てくれませんか? 相談したいことがあるんです。うどんをごちそうしますから」

成幸 (今日は武元といい緒方といいどういうことだ? わけがわからんな……)

成幸 (とはいえ……)

理珠 「………………」 ガタガタガタ……

成幸 (未だに青い顔をしているこいつを放ってはおけないか……)

成幸 「わかった。閉店直前くらいの時間に行くよ」

理珠 「あ、ありがとうございます! 助かりました……」

理珠 「私ひとりでは、あまりにも荷が重すぎることだったので……」

理珠 「では、夜、お店で待っています」

391: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:09:54 ID:dqC8eIGA
………………勉強後 図書館前

うるか 「成幸ぃ-!」

成幸 「ん……。武元意外と早かったな」

うるか 「ごめんね、待たせて。ありがとう」

成幸 「いいよ。俺はお前たちの教育係だからな」

成幸 「……で? 古橋に内緒で相談したいこと、ってなんだ?」

うるか 「……うん。それなんだけどね……」

うるか 「絶対に文乃っちに内緒だよ? 相談って言うのは、文乃っちのことなんだけど……」

うるか 「あ、あのね……文乃っちがね……すごく、こう、●についてホンポーみたいなの」

成幸 「………………」

成幸 「……は?」

うるか 「だ、だから、文乃っちがね……できたばっかりのカレと……●●●ナコト……しちゃったみたいなの!」

成幸 「ぶっ……! お、お前、何言って……///」

うるか 「あたしだってこんなこと言うの恥ずかしいんだよー! バカー!」

392: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:10:53 ID:dqC8eIGA
………………

成幸 「……なるほど。話は分かった」

成幸 「つまり、古橋は、できて間もない彼氏と……ゴニョゴニョ……というわけだな?」

うるか 「う、うん……///」 プシュー

成幸 「お前が照れるな! 俺だって恥ずかしいんだ!」

成幸 「……オホン。で、武元はそんな古橋に、自分をもっと大事にしてほしいと思っている、と」

うるか 「うん……」

成幸 「………………」

成幸 「……何で俺に相談した!? どう考えたって俺にどうこうできるわけねーだろ!?」

うるか 「成幸ならなんとかしてくれると思ったんだもん! キョーイク係だし!!」

成幸 「うっ……た、たしかに俺はお前たちの教育係だが……」

成幸 「……はっ、ま、待てよ……」

成幸 「もしも、古橋が不純異性交遊にかまけてしまったら……」

393: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:11:37 ID:dqC8eIGA
ポワンポワンポワンポワン……

成幸 『お、おい、古橋。どこに行くんだよ。今日は勉強の約束だろ?』

文乃 『ええー? だって、勉強ってつまんないんだもーん』

成幸 『つまらないってお前、お前の夢のために必要なことだろう?』

文乃 『そんなことどうでもよくなっちゃったー。今が楽しければいい、みたいなー?』

成幸 『語尾を伸ばすな語尾を! 文学の森の眠り姫だろ、お前!』

文乃 『しらなーい』

prrrr……

文乃 『あっ、○○くーん? 文乃さびしいよー。早く会いたいよー』

文乃 『オッケー。じゃ、いつもの場所ね。会えるの楽しみー』

成幸 『お、おい!? 古橋! どこに行くんだ古橋!』

ポン

学園長 『……唯我くん。君のVIP推薦は、なしだ』

成幸 『そ、そんなー!?』

……ポワンポワンポワンポワン

394: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:12:18 ID:dqC8eIGA
成幸 「いかん! それはすごくいかんことだぞ!!」

成幸 「教えてくれてありがとう、武元。古橋のことは俺に任せろ!」

うるか 「な、成幸ぃ……」 キュン

うるか (やっぱり成幸は頼りになるなぁ……)

キュンキュン

うるか (成幸に相談してよかった……っ)

うるか 「成幸……。文乃っちのこと、よろしくね」

成幸 「ああ。なんとしても、古橋に不純異性交遊をやめさせてみせる!」

成幸 (俺のVIP推薦のために……!!)

成幸 「………………」

成幸 (……あと、純粋に古橋のことも心配だし)

成幸 (あいつ、父親との関係も微妙みたいだし、いつも家でひとりみたいだし……)

成幸 (きっと、寂しいんだろうな……)

395: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:13:01 ID:dqC8eIGA
………………緒方うどん

ガラッ

成幸 「こんばんはー」

理珠 「あっ! 唯我さん!」

パタパタ……

成幸 (……駆け寄ってくる着物緒方……小動物みたいだ)

理珠 「待っていました。今日は夜にご足労いただいて、すみません」

成幸 「いや、いいよ。俺はお前たちの教育係だからな」

成幸 「……で、相談って一体なんだ?」

理珠 「……ゆっくり話します。とりあえず、うどんを一杯どうぞ」

396: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:13:52 ID:dqC8eIGA
………………

理珠 「……事の始まりは、先日文乃から送られてきた、このメールです」

成幸 「メール……?」


―――― 『りっちゃんお願い!』

―――― 『美味しいカレの作り方教えて!』


成幸 「美味しい、カレ……?」

成幸 「……? わけがわからないな。カレとは、彼氏のことか?」

成幸 「それにしても、美味しいカレとはどういうことだ? まさか人間を食べるわけでもあるまいし」

理珠 「そのまさかだったのです!」 ガバッ

成幸 「どわっ……ち、近い! 緒方! 近いから!」

理珠 「……あっ/// す、すみません……」

成幸 「い、いや、いいけど……/// で、そのまさかだった、ってのはどういうことだ?」

397: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:14:34 ID:dqC8eIGA
理珠 「……そ、その、文乃は、どうやら、人間を食べてしまったようなのです」

成幸 「………………」

成幸 「は?」

成幸 「……緒方、お前なぁ。冗談でも、言っていいことと悪いことが……」

理珠 「冗談だったらどんなにいいことか……」

グスッ

理珠 「……唯我さんなら、話を聞いてくれると思ったのに……」

成幸 「あっ……な、泣くなよ。俺が悪かったよ。ちゃんと話を聞くから……――」


親父さん 「――センセイ? 人ん家で何人の娘を泣かせてるんだぁ?」


ユラリ

成幸 「うわぁ!? 包丁持って背後に立たないでください!」

成幸 「っていうかこれ以上話をややこしくしないでくれませんか!」

398: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:16:04 ID:dqC8eIGA
………………しこたま親父さんと追いかけっこをした後

成幸 「……では、改めて聞くが、」 ボロボロ

成幸 「古橋は、本当に人を食べたのか?」

理珠 「はい。私はこの耳でたしかに聞きました」


―――― 『ええっ!? できた!? して……その「カレ」はどこに!?』

―――― 『え? もう食べちゃったけど?』

―――― 『えええっ!? だだだ大胆すぎるよ文乃っち!!』


理珠 「文乃は、それをまるで何でもないことのように……」

グスッ

理珠 「……文乃はもう、人間を食べてしまう、恐ろしい喰人鬼になってしまったのでしょうか……」

成幸 「………………」

成幸 (な……なんだとぉーーーー!?)

399: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:17:12 ID:dqC8eIGA
成幸 (いつも冷静な緒方が、泣くほど動揺するなんて……)

成幸 (ま、まずい。このままでは非常にまずい!)

成幸 (さっきの武元の相談とも繋がるぞ!)

成幸 (つまり、古橋は彼氏を作り、武元の言うとおり……ゴニョゴニョ……して、)

成幸 (そして、殺害し、その肉を……)

成幸 (……ありうる)

成幸 (古今東西、人間に仇なす怪物は、●●の後に害意を示すパターンが多い……)

成幸 (神話や伝承にも詳しい古橋はその慣例に則り、……ゴニョゴニョ……してから、彼氏を食べたのだ)

成幸 「……まずい」

成幸 「これはまずいことだぞ、緒方!」

理珠 「……唯我さんなら、グスッ……わかってくれると……エグッ……思ってました……」

成幸 (こんなことが学園長の耳に入ったら……)

400: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:18:14 ID:dqC8eIGA
ポワンポワンポワンポワン……

成幸 『古橋の奴、逮捕されちまったな……』

うるか 『うん……ぐすっ……』

理珠 『うっ……ぐすっ……うっ……文乃ぉ……』

あすみ 『古橋の奴……なんだってこんなバカなことを……っ、ちくしょう!』

真冬 『……これはすべて、教師として私が至らなかったせいだわ』

真冬 『学園長。私は今日限り教職を辞させていただきます』

真冬 『そして、尼寺で一生、失われた命を供養しながら生きていくつもりです』

真冬 『……あなたたちも来る?』

うるか&理珠&あすみ 『『『はい!!』』』

学園長 『………………』

学園長 『うん。唯我くん。君のVIP推薦はなしだ』

……ポワンポワンポワンポワン

401: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:19:04 ID:dqC8eIGA
成幸 (……いやいやいや!! もうそうなったらVIP推薦とかどうでもいいわ!)

成幸 (古橋だけじゃない! みんなが不幸になる!!)

成幸 (そんな未来だけはごめんだ!)

成幸 (『ぼくたちは読経ができない』 がスタートしてしまう!!)

成幸 (って違う!!)

成幸 「緒方……!」

ガシッ

理珠 「ふぇっ……!? ゆ、唯我さん!?」

成幸 「教えてくれてありがとう! あとは俺に任せておけ!」

成幸 「なんとしても、古橋を正しい人の道に戻してやるぜ……!」

理珠 「唯我さん……」 キュン

理珠 「やっぱり、唯我さんに相談してよかった……」 キュンキュン

成幸 「古橋のことは俺に任せておけ。緒方は……」

 『センセイ……センセイ……テメェ、人の娘の手を掴んで……ッ』

成幸 「俺の背後で蠢いている怨霊のような親父さんを頼んだぞ!!」

402: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:21:36 ID:dqC8eIGA
………………帰路

成幸 「……とは言ったものの」

トボトボ……

成幸 「どうしたもんかな。不純異性交遊に加えて食人行為……」

成幸 「俺にどうにかできるとは思えんが……」

成幸 「……だが、俺は古橋の教育係だ。そして、古橋は俺の女心の師匠だ」

成幸 「古橋のために、俺は……」

ザッ……!!!!

成幸 「お前を、なんとしても、正しい道に導いてみせる……!」

成幸 (……とかなんとか勢いで古橋の家の前まで来てしまった)

成幸 (さて、どうするかな……)

403: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:22:15 ID:dqC8eIGA
………………古橋家

文乃 「………………」 カリカリカリ……

文乃 「……ふむ。三角関数っていうのが何のために必要なのか、少しずつ分かってきた気がするよ」

文乃 「単位円に対しての比率っていうのは、早い話が波形のカタチをしめしているんだね」

文乃 (……すごい。三角関数なんて名前を聞くのもいやだったのに、)

文乃 (今はすんなりと感覚で理解できている気がする)

文乃 (……これも全部、唯我くんのおかげかな、なんて)

文乃 (えへへ。唯我くん、きっと喜んでくれるだろうな……)

ピロリン

文乃 「……ん? 唯我くんからメール?」


『夜遅くに悪い』

『今から会えないか?』


文乃 「へ……?」

404: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:23:01 ID:dqC8eIGA
………………

成幸 「悪い。急に家を尋ねてしまって……」

文乃 「本当だよ。夜に女の子の家にお邪魔するなんて、本当なら許されないことだよ」

クスッ

文乃 「……なんて、ね。唯我くんはそんなこと分かってるもんね」

文乃 「何か急ぎの用事があったんでしょ? 上がりなよ」

文乃 「いつも通り、お父さんはいないからさ」

成幸 (いや、それは逆にまずい気もするんだが……)

成幸 (とはいえ、そんなことを言ってる場合じゃないな)

成幸 「悪い。お邪魔します」

文乃 「紅茶でもいれてくるね。部屋で待ってて」

成幸 「お、おう……」

成幸 (本来であれば、家にひとりの女の子の部屋にお邪魔するのはドキドキするものだろうが……)

成幸 (別の意味でのドキドキが止まらないぞ! 俺は生きてこの家から出られるのか……?)

405: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:23:34 ID:dqC8eIGA
………………文乃の部屋

文乃 「お待たせ。お茶どうぞ」

成幸 「あ、ああ。ありがとう……」

文乃 「それで? 今日は一体どうしたのかな?」

文乃 「深刻な顔してるけど、何かあった?」

文乃 「……ひょっとして、りっちゃんやうるかちゃんに関することかな?」

成幸 「っ……」 ビクッ (さ、さすがは古橋だ。もう大体の見当をつけているのか……)

成幸 (なら、もう隠し事をするだけ無駄だな……)

成幸 「……ああ、そうだ。ちょっとそのふたりから相談を受けてな」

文乃 「相談?」

成幸 「ああ。お前に関してのことだ、古橋」

文乃 「……えっ? わ、わたしについて……?」

文乃 (てっきり、恋愛がらみだと思ってたけど……違うのかな?)

406: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:25:01 ID:dqC8eIGA
文乃 「わたし、あのふたりに何かしちゃったかな……」

成幸 「いや、お前が何かをしてしまったのはあいつらにじゃないだろ?」

成幸 「もう、誤魔化すのはやめよう。古橋。俺も辛いんだ」

文乃 「へ? 一体何のことを言っているのかな? 全然分からないんだけど」

成幸 (っ……なぜここでシラを切ろうとするんだ、古橋)

成幸 「俺はもう全部を知ってるんだ。お前が……カレを作り、そして、食べたことを!」

文乃 「………………」

文乃 「……は?」

文乃 (カレ……? ひょっとしてこの前食べたカレーのことかな?)

文乃 (いやいやいや、それはもちろん食べたよ。っていうか君も一緒に食べたよね?)

文乃 (唯我くんが何を言ってるのか皆目検討もつかないんだよ)

407: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:25:45 ID:dqC8eIGA
文乃 「……ええと、なんていうか、それがどうかしたのかな?」

成幸 「なっ……!」

成幸 (あ、当たり前のように認めただと!?)

成幸 (あまつさえ、それを悪びれる様子もなく、人として至極当然のことのように……!)

成幸 (ふ、古橋、お前は……もう……)

成幸 「……もう、戻れないんだな」

文乃 「……?」

ハッ

文乃 (ひ、ひょっとして、唯我くんの家で唯我家の皆さんとカレーを食べたことがふたりにバレた!?)

文乃 (それが元で、わたしはりっちゃんとうるかちゃんに裏切り者と見られている!?)

文乃 (そ、そして、りっちゃんとうるかちゃんはきっとわざと唯我くんをここに寄越したんだ……!)

408: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:26:40 ID:dqC8eIGA
―――― 理珠 『分かっていますね? 文乃?』

―――― うるか 『文乃っち。成幸を家に行かせたから、はっきりして』

―――― 理珠 『私たちとの友情を取るのか!』

―――― うるか 『あたしたちを裏切って、成幸との愛を取るのか!』


文乃 「ち、違うよ! わたしはそんなつもりだったんじゃないんだよ!」

成幸 「な、なんだ、急に……今さらそんなこと言ったって……!」

成幸 「もう、(失われた命は)戻らないだろう! 戻れねえんだよ!」

文乃 「そ、そんな……。わたしはただ、(カレーを)作って、食べただけなのに……」

成幸 「“だけ” なんて、そんなこと言うな!」

成幸 「……それは、とても重要なことだろう! お前にとって……!」

文乃 「!?」

ハッ

文乃 (そうだ……わたしは……)

409: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:27:21 ID:dqC8eIGA
文乃 (……わたしは、唯我くんとカレーを作って……)

文乃 (唯我くんの家で、温かいご家族と一緒に食べて……)

文乃 (とっても楽しかった……嬉しかった……)

文乃 (久々に、“家族” と一緒にご飯を食べているような、気持ちで……)

グスッ……

文乃 「わ、わたし……」

成幸 (な、泣いてる……!? 人の心を失った喰人鬼古橋文乃が泣いている……!?)

成幸 (人間の心を取り戻したのか!?)

ガシッ

文乃 「ふぇっ……!? ゆ、唯我くん……!? なんで、手、握って……?」

成幸 「……何も言うな、古橋。俺はここにいる。お前をずっと待ってるよ」

成幸 「だから安心しろ。(お前が刑務所から戻ってくるのを)俺はずっと待ってるから……」

文乃 「ゆ、唯我くん……」 (わ、わたしを、待っててくれるって……)

文乃 (わたしが、唯我くんの家にお嫁に行くのを、待っててくれるってこと……!?)

410: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:28:07 ID:dqC8eIGA
文乃 「ふ、ふぇぇええええ!? そ、そんな、まだ心の準備が……」

成幸 「……大丈夫だ。ずっと待ってるから」

文乃 (わ、わたしの気持ちが唯我くんに向くのも待ってくれるっていうの!?)

文乃 「唯我くん……」 キュン

文乃 「わ、わたし、わたし……」 キュンキュン

文乃 (か、顔真っ赤だ、わたし……目も潤んじゃってるし……)

文乃 (は、恥ずかしい……)

プイッ

成幸 (……ふぅ。落ち着いたみたいだな)

成幸 (あとは、折を見て自首を勧めればいいか……)

成幸 「……ノドが乾いたな。お茶、いただくな、古橋」

文乃 「あ……う、うん。どうぞ」

成幸 「………………」

ゴクッ

411: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:28:54 ID:dqC8eIGA
成幸 「……ん?」

成幸 「!?」

成幸 (に、苦い!? なんだ、この苦みは……!?)

成幸 (明らかにお茶の苦みじゃない! これは……クスリ!?)

成幸 (まさか、毒か……!?)

成幸 「ふ、古橋、これ……?」

文乃 「……?」

文乃 「!?」 (し、しまった! だよ!)

文乃 (お茶にも溶かせるお手軽ダイエットサプリ、間違えて唯我くんのお茶に混ぜちゃってた!?)

文乃 (……でも、ただでさえ痩せ型の唯我くんがもっと痩せたらって想像したら……)

クスッ……

成幸 「!?」 (わ、笑ってる……! まさか、古橋、お前……)

成幸 (俺を消して、事件の隠蔽と食人を兼ねるつもりか……!?)

成幸 (お前は、俺を騙したのか……?)

412: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:30:17 ID:dqC8eIGA
文乃 「……ふふ、ごめんね、唯我くん」

文乃 「でも、それ害はないから安心して」

成幸 (害はない……? はっ! ひょっとして毒蛇なくて睡眠薬か……!?)

スッ……

成幸 (た、立った……!? お、俺を、どうするつもりだ……!?)

成幸 「ま、待て、落ち着け。話をしよう」

文乃 「? 変な唯我くん。話ならしてるじゃない」

成幸 「ち、違う。やめろ。来るな……」

文乃 「? 大丈夫?」

成幸 「ち、近づくな。来るな。俺が悪かった……だ、だから……」


成幸 「こ、殺さないでくれーーーーー!!」


文乃 「………………」

文乃 「……は?」

413: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:31:10 ID:dqC8eIGA
………………

文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「ほんっっっっとうに、申し訳ございませんでした!!」

文乃 「………………」

ツーン

文乃 「……どんなに土下座しようと、わたし、当分きみのこと許すつもりはないから」

成幸 「すまん! 本当に悪かった! ごめん! 今度アイス奢るから!」

文乃 「君の中のわたしはどんだけ安い女なのかな!?」

文乃 「快楽殺人鬼に喰人鬼の汚名まで着せられて、アイスで済まされると思ってるのかな!?」

成幸 「悪かった! ごめん! 本当に! 悪かった!!」

文乃 「………………」

ハァ

文乃 「……もういいよ。怒るのもバカらしくなってきちゃった」

414: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:32:17 ID:dqC8eIGA
成幸 「古橋……」 ジーン 「許してくれるのか……?」

文乃 「まぁ、君が悪いというよりは、変な勘違いをしたりっちゃんやうるかちゃん、」

文乃 「それから、勘違いさせるような誤字をメールで送ってしまったわたしも悪いし」

文乃 「……いや、そもそもわたしにカレー作りの手伝いを依頼したきみが一番悪いのかな?」

成幸 「ごめん!」

文乃 「冗談だよ。もう怒ってないよ」

文乃 「……まぁ、りっちゃんとうるかちゃんは後でちょっとつねろうかなとは思うけど」

成幸 (怖い)

文乃 「でも、唯我くん、君はミステリー小説とかを読むことはないのかな?」

成幸 「へ……?」

文乃 「わたしのことを殺人鬼だと思ってたんでしょ? そんな人の家にひとりで乗り込むなんて……」

文乃 「いわゆる “死亡フラグ” ってやつだよ、それは」

成幸 「いや、まぁ……そりゃ、怖くないって言ったらうそになるけどさ、」

成幸 「古橋なら、話を聞かずに問答無用ってことはないだろうし……」

成幸 「お前が俺のことをどうこうするって、想像できなかったからさ」

415: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:33:06 ID:dqC8eIGA
文乃 「……唯我くん」

文乃 (一応、わたしのことを信頼してくれてたってことでいいのかな?)

文乃 (まぁ、その信頼が “殺されるか否か” ってところが引っかかるところだけど)

文乃 (……でも、君は、人殺しになったわたしを、説得するために来てくれたんだね)

文乃 「……きみは、わたしがどんなになっても、わたしを助けてくれるんだ」

成幸 「へ……?」

文乃 (なんて、ね。いきなりこんな冗談言われても……――)

成幸 「――当然だろ? 俺はお前の教育係だし、お前は俺の師匠だからな」

文乃 「えっ……」

文乃 「あっ……そ、そう?」

文乃 (……そっか)

文乃 (きみは、わたしを助けてくれるんだ……)

カァアアアア……

文乃 (助けて、くれるんだ……)

416: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:33:55 ID:dqC8eIGA
成幸 「じゃあ、いつまでもお邪魔しても悪いし、もうそろそろ帰るな」

成幸 「今日は遅くにアホなことに付き合わせて悪かった。アイスは絶対奢るから」

文乃 「そう? でも、君のお小遣いが少ないのは知ってるから、遠慮しておくよ」

成幸 「む……。最近は勉強しながらバイトできるところを見つけたから、」

成幸 「実は結構余裕があったりするんだぜ? ……まぁ、参考書で消えるけど」

文乃 「でしょ? だから無理しなくていいよ。もう怒ってないし……」

成幸 「……ん、そうだ。今度うちに来いよ」

文乃 「へ……?」 カァアアア…… 「な、何、いきなり……///」

成幸 「晩ご飯ごちそうするよ。って言っても、作るのは水希だけどさ」

成幸 「誕生日のカレー、水希がすごく喜んでくれたみたいでさ、」


―――― 水希 『今度、古橋さんにお礼をしなくちゃね。たっぷり……それはもうたっぷりと……』


成幸 「って言ってたからさ。今度水希のお返しも合わせて晩ご飯、食べに来いよ」

文乃 (それは間違いなく喜んでいる反応じゃないんだけど……)

417: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:34:33 ID:dqC8eIGA
文乃 「……わたし、お邪魔してもいいの?」

成幸 「へ? 当たり前だろ? お前が来ると、母さんも和樹も葉月も喜ぶしな」

成幸 「お前がよければ、ぜひ来てくれよ」

文乃 「………………」

文乃 (……また、ご家族と一緒に、ごはん、食べていいんだ)

文乃 「……うん。ありがとう。ぜひ、ごちそうさせてもらいたいな」

文乃 (……わたし、期待してるんだ)

文乃 (きみが、わたしのことを助けてくれることを)

文乃 (ねえ、唯我くん)

文乃 (……きみは、本当にわたしのことを助けてくれるのかな)

文乃 (唯我くん、わたしは……)

文乃 「……じゃあ、楽しみにしてるね、唯我くん」

成幸 「おう! 任せてくれ、古橋!」

文乃 (……きみに、期待してもいいのかな)


おわり

418: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 21:35:42 ID:dqC8eIGA
………………幕間  「お礼」

文乃 「……!? な、何このカレー!? とんでもなく美味しいよ!?」

水希 「ふふふふふ、そうでしょうそうでしょう? 腕によりをかけましたから」

水希 「三日ほど煮込み続けました。おかげさまでガスを使いすぎてお母さんに少し怒られました」

文乃 「美味しいよう……美味しいよう……」 グスッ……

水希 「な、涙ぐむほどですか!?」

文乃 「美味しいよう……水希ちゃん、ありがとう……!!」

水希 「べっ、べつに……お礼なんて……」

水希 (お兄ちゃんと一緒にカレーなんか作りやがったあなたに対してのあてつけのつもりの)

水希 「お返しですから、気にしなくていいですよ……」 プイッ

水希 (こ、こんなに喜んでもらえるとは、不覚だわ。少し嬉しい……)

和樹 「おー。文乃姉ちゃんすげー!」

葉月 「水希姉ちゃんを籠絡するなんて、嫁レースを制したも同然だわー!」


おわり

422: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:33:12 ID:N3EY2ei2
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】理珠 「テレビの取材ですか?」

423: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:34:45 ID:N3EY2ei2
………………緒方家

親父さん 「そうなんだよ、リズたま」

親父さん 「地元ローカルのテレビ番組から電話があってよ。うちを取材したいって」

親父さん 「なんでも、『私たちの街の美味しいお店』って特集を組んでるらしい」

理珠 「美味しいお店、ですか。そう言われてしまえば、引き下がるわけにはいきませんね」

理珠 「受けて立とうじゃありませんか、お父さん」

親父さん 「おう、リズたまならそう言ってくれると思ってたぜ!」

親父さん 「……それでだな。実はリズたまに2つばかり頼みたいことがあるんだが」

理珠 「なんですか? うどんの美味しさを広めるため、私にできることならなんでもしますよ」 フンスフンス

親父さん 「さすが俺の愛娘だ。ありがてえ」

親父さん 「うちのうどんは、テメェで言うのもなんだが絶品だ」

親父さん 「でもな、ただのうどんじゃちっとばかしインパクトに欠けるとも思うんだ」

親父さん 「だから、リズたまには、いま流行の『いんすたばえ』とやらを意識した新メニューを考えてもらいてぇんだ」

理珠 「……『いんすたばえ』……?』」

424: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:35:21 ID:N3EY2ei2
理珠 (……なんということでしょう。お父さんの言っていることが一ミリメートルも理解できません)

理珠 (『いんすたばえ』とは、一体なんでしょうか……)

親父さん 「リズたま? どうかしたかい?」

理珠 「い、いえ。なんでもありません。そのくらいであればお安い御用です」

理珠 「早速明日、新メニューの開発に取りかかろうと思います」

親父さん 「おう! 家の台所は好きに使ってくれて構わねぇから、思う存分やってくれ」

親父さん 「リズたまみたいな頼もしい娘がいて、俺は幸せモンだなぁ……」

理珠 (……引き受けてしまった以上、やるしかありません)

理珠 (新メニュー……なら、)


―――― 『なぁ緒方』

―――― 『ニーズを広げるためにも トッピング類のバリエーションを増やしてみるのはどうだ?』


理珠 (や、やっぱり……文化祭のときのように…… “あの人” に……)

425: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:35:58 ID:N3EY2ei2
………………翌日 緒方家

親父さん 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「あー、えっと……どうも、こんにちは、親父さん」

親父さん 「……おう、センセイ。今日は一体、どういった御用向きで?」

理珠 「何を威圧しているのですか、お父さん。邪魔です」

理珠 「お父さんが新メニューの開発をお願いしたのでしょう?」

理珠 「成幸さんにはそのお手伝いをお願いしたんです」

親父さん 「こ、こいつがうちのうどんの新メニュー作りの手伝い……!?」

理珠 「むっ……」

理珠 「成幸さんはすごいんですよ。文化祭のときだって、すごい思いつきで……」


―――― 『恋人…… 恋人だ!!!』


理珠 「ふぁっ……///」 (な、なぜ私は、あのときのことを思い出して……っ)

成幸 「?」

426: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:36:58 ID:N3EY2ei2
親父さん 「ぐぅ……っ」

親父さん 「……まぁ、いい。ただ、覚えとけよ、センセイ」

親父さん 「ハンパなモンを出してきたら、俺はそれを新メニューとして認めたりしないからな」

成幸 「も、もちろんです。仮にもお店の経営に関わることですから」

成幸 「俺だって、全力で手伝いますよ!」

理珠 「……と、いうことで、お父さんは早くお仕事に戻ってください」

理珠 「必ず、お父さんが満足するような新メニューを考えてみせますから」

427: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:37:43 ID:N3EY2ei2
……………………

理珠 「……では、改めて、今日はよろしくお願いします。成幸さん」

成幸 「ああ。ただ、俺は料理とかはからっきしだからな」

成幸 「手伝いって言っても、正直どこまで役に立てるかわからないぞ」

理珠 「心配いりません。成幸さんは新メニューを考えて、試食してくださるだけで大丈夫です」

理珠 「調理はすべて私がやりますから」

成幸 「ああ、それならなんとかなるかな……?」

理珠 「なります。私、成幸さんと一緒なら、きっと良いメニューができると思います」

理珠 「成幸さんと一緒なら、きっと。いいえ、絶対」

成幸 「お、おう。そうか」

成幸 (なんかしらんが、めちゃくちゃ信頼されてる……!)

成幸 (これはヘタなメニューは考えられないぞ! 本気で臨まなくては……!)

成幸 「よし、やるぞ、緒方。まずは――」

理珠 「――はい。まずはこれをどうぞ」

428: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:38:33 ID:N3EY2ei2
成幸 「……!? もうできてるのか!?」

理珠 「はい。以前成幸さんが考えてくれたメニューを作ってみました」

成幸 「以前俺が考えたメニュー……?」

コトッ

理珠 「とろけるチーズとケチャップのピザ風うどんと、」

コトッ

理珠 「たまごで包んだオムうどんです」

成幸 「あっ……」


―――― 『とろけるチーズとケチャップでピザ風……』

―――― 『たまごで包んでオムうどん……』


成幸 「これ、文化祭のとき俺が言った……」

理珠 「はい。実際に作ってみました。食べてみてください」

429: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:39:04 ID:N3EY2ei2
成幸 「ん。じゃあ、まずはピザ風うどんから。いただきます」

成幸 「これは、チーズのまろやかさとケチャップの酸味がうどんに絡まって……」

成幸 「……うん。うまい」

ズルズルズル……

成幸 「ごちそうさま。美味しかったけど、想像がつく味かな」

成幸 「あと、見た目的にインスタ映えとは程遠いと思う」

理珠 「ふむふむ……。なるほど。参考になります」 メモメモ

理珠 (さすがは成幸さんです。『いんすたばえ』 とやらも理解しているのですね)

430: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:39:45 ID:N3EY2ei2
成幸 「次はオムうどんだな。いただきます」

成幸 「薄い味付けのオムレツからバターが香るな。食欲をそそる匂いだ」

成幸 「……うん。薄味のスープにバターが溶けて、うどんにもバターの濃厚さが移ってるな」


成幸 「これも美味しいぞ」

ズルズルズル……

成幸 「ごちそうさま。これも美味しいとは思う」

成幸 「オムレツがふんわり仕上がれば、インスタ映えもするかもな」

成幸 「ただ、作る手間を考えると、一回一回オムレツを作るのはかなり手間だな」

成幸 「親父さんひとりだと厳しいような気がするぞ」

理珠 「ふむ……。たしかに、お父さんひとりでは難しいかもしれないですね」 メモメモ

431: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:40:26 ID:N3EY2ei2
理珠 「ありがとうございます。成幸さんの意見のおかげで、作ってみたものが客観的に見られます」

理珠 「さぁ、どんどんアイディアを出してみてください。私が全部実現しますから!」

成幸 「おう……」

成幸 (正直、うどんを二杯食べてもうおなかいっぱいだが……)

成幸 (こんなにがんばってる理珠の意志を無下にはできない!)

成幸 「よし! がんばって新メニュー開発を成功させるぞ! 緒方!」

理珠 「はい、よろしくお願いします、成幸さん!」

432: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:41:06 ID:N3EY2ei2
………………数時間後

理珠 「………………」 ゼェゼェゼェ……

成幸 「………………」 ゲフッ……

成幸 (……あれから、一体何杯の創作うどんを食べたことだろう)

成幸 (ほぼすべて俺が考案したものとはいえ。間違いなく食べすぎだ……)

成幸 (もうダメだ。これ以上は絶対に入らない。お腹いっぱいとかそういう次元じゃない)

成幸 (それに、緒方ももう限界だ。疲れ果てている……)

理珠 「……うぅ」

成幸 「……? 緒方?」

理珠 「悔しいです。せっかく成幸さんに手伝ってもらっているというのに」

理珠 「ピンとくるうどんが作れません。『いんすたばえ』とやらが何を求めているのか、まったくわかりません」

成幸 「まぁ、それは分からなくもないが……」

成幸 (見た目ばっかり意識して、味が悪くなってしまっては本末転倒だからな……)

433: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:41:56 ID:N3EY2ei2
理珠 「成幸さんにも申し訳ないです。せっかく手伝ってもらったのに……」

成幸 「俺のことは気にするなよ。俺のアイディアが不甲斐ないのが一番悪いんだし」

理珠 「ち、違います! 私がうまく成幸さんのアイディアをカタチにできないのが悪いんです……」

成幸 「! 何を言ってるんだ! 緒方の作るうどんはどれもめちゃくちゃ美味しいぞ」

成幸 「俺がこんなにたくさんうどんを食べられるのは、緒方が作るうどんだからだ」

成幸 「だから、そんなこと言うなよ……」

理珠 「成幸さん……」

成幸 「それにさ、緒方の作る美味いうどんがたくさん食べられるんだから、役得って感じだよ」

理珠 「ふぁっ……、そ、そんなこと、ないですよ。お父さんの作るうどんに比べれば、私なんてまだまだ……」

成幸 「そんなことないぞ? そうでなきゃ、文化祭で1000食完売なんて無理だっただろ」

成幸 「お前の作るうどんは美味しいよ。なんだったら毎日食べたいくらいだ」

理珠 「へっ……?」

成幸 「……ん?」

成幸 「!?」

434: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:42:56 ID:N3EY2ei2
成幸 (一体俺は何を口走ってるんだー!?)

成幸 (これじゃまるで、毎日うどん作ってくれって、ぷ、ぷぷぷ、プロポーズしたみたいに……)

成幸 (ち、違う! 俺はただ、落ち込んでる緒方を元気づけようとしただけで……)

成幸 (勢い余って、アホみたいなことを言ってしまっただけで!)

成幸 (決して、変な意図は……――)

理珠 「――成幸さん」

成幸 「お、おう、なんだ、緒方……」

理珠 「………………」

成幸 (お、怒ってる? 軽蔑されてる? わからん……)

理珠 「……嬉しい、です」

成幸 「……へ?」

理珠 「そんな風に、成幸さんに言ってもらえるのは、すごく、嬉しいです」

理珠 「わ、私も……。成幸さんに、毎日、私の作るうどんを、食べてもらいたい、です……」

成幸 「あっ……え、えっと……」

ドキドキドキドキ……

435: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:43:47 ID:N3EY2ei2
理珠 「………………」

成幸 「………………」

成幸 (まさかのプロポーズ返し!? って違う!)

成幸 (緒方にそんな意図はない! 文化祭のときだって……)


―――― 『私達が2人でお店を出したら』

―――― 『繁盛するかもしれませんね』


成幸 (そう。そうだ。あのときだって、緒方はまるっきりその意味を理解してなかったじゃないか)

成幸 「………………」

カァアアア……

成幸 (バカなのか俺は!? 今そんなこと思い出して一体どうするっていうんだ!?)

理珠 「……成幸さんは、文化祭のときのことを覚えていますか?」

成幸 「へ……!? そりゃ、もちろん覚えてるけど……」

成幸 (っていうか今まさにそれを思い出してしまって心中穏やかじゃないんだけど!)

436: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:44:19 ID:N3EY2ei2
理珠 「私、あのとき、本当に嬉しかったんです」

理珠 「文化祭でうどん1000食完売しなくちゃいけないことになって、」

理珠 「私はどうしたらいいか分からなくなってしまって……」


―――― 『よし! とにかく……「できない」と思わないことから始めよう!』

―――― 『俺も手伝うからさ』


理珠 「あのとき、もう無理だとあきらめそうになった私に、成幸さんが声をかけてくれたから」

理珠 「本当に、たくさんたくさん、手伝ってくれたから……」

理珠 「……私達の作るうどんを、たくさんの人に美味しいと言って食べてもらえた」

理珠 「私は、それが本当に嬉しかったんです」

理珠 「だから、私……もしも、私がうちのお店を継いだら、」

理珠 「毎日、成幸さんにサポートしてもらえたら、って……」

理珠 「す、すみません。変なこと言ってますね。忘れてください」

437: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:45:06 ID:N3EY2ei2
成幸 「緒方……」

理珠 「成幸さん……」


  「……えらく楽しそうじゃねぇか、ええ? センセイ?」


成幸 「ひっ……!? お、親父さん!?」

親父さん 「……それで?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

親父さん 「肝心の新メニューの方はどうなったのかねぇ、センセイ?」

成幸 「あっ、いや、それは……」

成幸 「まだ……」

親父 「まだぁ……!?」

理珠 「お父さん、違います。成幸さんは色々と考えてくれました」

理珠 「私が、成幸さんのアイディアをうまくカタチにできないから……」

理珠 「文化祭のときだって、成幸さんのアイディアでうまくいったのに」

成幸 「緒方……」

438: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:46:06 ID:N3EY2ei2
親父さん 「………………」

親父さん 「文化祭のときの話はリズたまから聞いたよ」

親父さん 「何でも、リズたまのために方々を駆け回って宣伝し、」

親父さん 「最後の最後までうどんの完売のために尽力してくれたって話じゃねぇか」

成幸 「いや、そんな……。娘さんとクラスメイトのみんなががんばったからであって、俺は別に……」

親父さん 「リズたまが今日お前さんを連れてきたとき、お前さんならもしかしたら、とも思ったんだ」

親父さん 「普段は悔しいから言わねぇが、これでも俺はおめえのこと信頼してんだぜ?」

成幸 「親父さん……」

親父さん 「手間ぁ取らせて悪かったな、センセイ。あとはこっちでやらせてもらうことにするぜ……」

親父さん 「せめて、『いんすたばえ』とやらの意味がわかればなぁ……」

成幸 「……えっ」

成幸 (……ま、まさか、この父娘)

成幸 (インスタ映えの意味がわかってない!?)

439: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:46:49 ID:N3EY2ei2
成幸 「……緒方、念のため確認するが、インスタ映えの意味って分かるか?」

緒方 「それが分かっていたら苦労はしていません……」

成幸 「なるほど」

ガクッ

成幸 「……なるほどなぁ」

緒方 「ど、どうしたんですか、成幸さん」

成幸 「……なぁ、緒方。文化祭の最後で作った、あのうどんを作ってもらってもいいか?」

緒方 「えっ、それって……あの、もみじおろしと大葉を使ったうどんですか?」

緒方 「でも、あんなの、ただのうどんに具を乗せただけで……」

成幸 「いいから、ちょっと作ってみてくれ」

440: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:47:23 ID:N3EY2ei2
………………

緒方 「できました」

親父さん 「ほーぅ。これが文化祭の最後に作ったってぇうどんか……」

成幸 「今からおふたりにインスタ映えというものについて説明します」

成幸 「とはいえ、言葉だけでは伝わりにくいと思いますから、見ていてください」

パシャッ

成幸 (……って言っても、俺もインスタやってるわけじゃないし、)

成幸 (何より、機械もあんまり得意じゃないから、うまくできるか分からないけど……)

成幸 「……撮った写真を、こんな風に加工して」

成幸 「こんな感じかな……。えっと、これをSNSにアップするんです」

理珠 「!? もみじおろしのハートマークが綺麗な色になってます!」

親父さん 「ほう……」

成幸 「フォトジェニックな写真を撮ってSNSにアップすると、たくさんの人に見てもらえます」

成幸 「それが、たぶん、インスタ映え、という奴なんだと思います」

理珠 「なるほど……。『いんすたばえ』 とは奥が深いものなのですね」

441: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:48:09 ID:N3EY2ei2
成幸 (そうかなぁ……)

親父さん 「ふむ……。しかしなぁ、そうなると難しいな」

親父さん 「見た目のために味を犠牲にするなんて、俺は絶対にしたくねぇし……」

成幸 「まぁ、そりゃそうですよね……」

親父さん 「ただ、どうせ多くの人にうちの店を知ってもらうなら、見栄えも良くした方がいいのも確かだ……」

親父さん 「……っと、せっかくリズたまが作ったうどんだ。伸びるともったいねぇ」

親父さん 「俺がもらうぜ」

理珠 「あ、どうぞ。食べちゃってください」

親父さん 「ふむ……」 ズズズズズ……

親父さん 「……ん?」

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾ……

親父さん 「………………」

理珠 「お父さん? どうかしましたか……? ゆで加減が変でしたか?」

親父さん 「……いや、うめぇな、これ」

442: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:49:54 ID:N3EY2ei2
理珠 「へ……?」

親父さん 「あ、いや、昔から店の手伝いをしてくれてるリズたまの作るうどんが美味いのは当たり前なんだが、」

親父さん 「このもみじおろしの辛みと甘みが絶妙にうどんにマッチして……」

親父さん 「これはこれでアリだな。すげぇモンを考えたもんだ、リズたまは」

理珠 「い、いや、ですからそれを考えたのは成幸さ――」

成幸 「――でしょう!? すごく美味しいんですよ、そのうどん」

成幸 「学園祭でも大好評だったんです。さすがは緒方うどんの娘ですね」

理珠 「な、成幸さん……?」

親父さん 「そうだろう、そうだろう。リズたまは勉強もうどん作りもすげぇからな」

成幸 「せっかくです。娘さんが考えたそのうどんを新メニューにしてはどうですか?」

親父さん 「む……?」

成幸 「さっき見せたとおり、インスタ映えするでしょうし、味も悪くない。父親想いの娘が考えたメニューとなればドラマ性もある」

成幸 「テレビでこのうどんをうまく使えれば、きっとたくさんのお客さんが店に来てくれますよ」

親父さん 「……悪くねぇな」

443: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:51:01 ID:N3EY2ei2
親父さん 「リズたまは、店でこのうどんを提供しても構わねぇか?」

理珠 「そ、それはもちろん、私は構いませんが……」

理珠 (そのうどんを考えたのは、成幸さんで……)


―――― 『恋人…… 恋人だ!!!』


理珠 (っ……)

親父さん 「そうと決まれば、このうどんを俺なりにアレンジして新メニューにしてやるぜ」

親父さん 「大葉は天ぷらにして、もみじおろしの配分も考えて……」

親父さん 「……っし。明日中には仕上げてやるぜ」

親父さん 「センセイも、今日は手伝ってくれてありがとな!」

成幸 「いや、俺は何もしてないですよ」

成幸 「そのうどんを考えたのは娘さんですから。さすが、親父さんの娘ですね」

親父さん 「いやー、ほんとだぜ。リズたまがいてくれなかったらどうなっていたか……」

親父さん 「ありがとう、リズたま。リズたまは最高の娘だぜ」

444: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:51:59 ID:N3EY2ei2
理珠 「………………」

理珠 (……なんでしょう。何か、釈然としないというか、なんというか、)

理珠 (ムカつきます)

理珠 (あのうどんを考えたのは成幸さんなのに)

理珠 (お父さんは私にではなく成幸さんに感謝するべきなのに)

理珠 (どうして私を褒め称えるのですか)

理珠 (成幸さんも成幸さんです)

理珠 (なぜ自分で考えたうどんを、私が考えたかのように言うのですか)

理珠 (それではまるで、私が成幸さんの功績を盗んでしまったようではないですか)

理珠 (成幸さんは一体何を考えているのでしょう)

成幸 「……? 緒方、どうかしたか? なんか不機嫌そうだけど……」

理珠 「……別になんでもありません」

プイッ

成幸 (あー、これは絶対何か怒ってるやつだ)

成幸 (俺が考えたメニューを、自分で考えたことにされたのが、納得いかないんだろうなぁ……)

445: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:53:17 ID:N3EY2ei2
………………夜 緒方家

理珠 「………………」

ムカムカムカムカ……

理珠 (……あれから何時間も経ったのに、未だにイライラします)

理珠 (一体なぜ成幸さんはあんなことを言ったのでしょう。理解に苦しみます)

理珠 (おかげで、勉強も全然捗りません)

……コンコン

理珠 「……? はい、どうぞ」

親父さん 「リズたま~。勉強中にごめんね」

理珠 「いえ、大丈夫です。何か用ですか?」

親父さん 「ひとつ言っておかなくちゃならないことを忘れててね」

親父さん 「リズたま、週末のテレビ取材なんだけど、リポーターの対応をお願いしてもいいかな?」

理珠 「え……? 私がテレビに出るということですか?」

親父さん 「うん。ほら、パパは厨房だし、ママは恥ずかしがって出たくないって言うし……」

親父さん 「アルティマキュートなリズたまが看板娘として出てくれれば、宣伝にもなると思うし……」

446: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:53:55 ID:N3EY2ei2
理珠 「いや、私はそういうのは……」

ハッ

理珠 (……いいことを思いつきました)

理珠 (お父さんも成幸さんも私の話を聞いてくれない。なら……)

理珠 「……分かりました。リポーターの応対をすればいいのですね」

理珠 「それくらいであれば、簡単です。私に任せてください」

親父さん 「本当かい!? ありがとうリズたま! 感謝のハグを――」

理珠 「――では、おやすみなさい、お父さん」

バタン

理珠 「ふふふふ……」

理珠 「……お父さんも成幸さんも話を聞いてくれないなら、」

ニヤリ

理珠 「言ってあげればいいんですよ。テレビで」

理珠 「ふふふ……。当日が楽しみです」

447: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:54:35 ID:N3EY2ei2
………………テレビ取材当日 唯我家

成幸 「今日、緒方の家のテレビ取材だよな……」

成幸 (見るのが怖いような、見ない方が怖いような……)

成幸 (まぁ、やきもきしてても仕方ない。見るか……)

パチッ

リポーター 『皆さーん、こんにちはー。「私たちの街の美味しいお店」のコーナーです』

リポーター 『今日は、うどんの名店、緒方うどんさんにお邪魔しています!』

リポーター 『では、早速お話を伺ってまいりましょう、このお店の看板娘、理珠さんです』

理珠 『……どうも。こんにちは。緒方うどんの娘、理珠と申します。今日はよろしくお願いします』

成幸 (お、おお。さすがは “機械仕掛けの親指姫”。いつもと全く変わらない様子だな)

リポーター 『きゃー、本当に可愛らしい娘さんですね。中学生さんですか?』

理珠 『っ……こ、高校3年生です』

成幸 (あ、そこもいつも通り少しイラッとしてる)

448: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:55:21 ID:N3EY2ei2
………………数分後

成幸 (ハラハラしながら見ていたが、リポートはつつがなく進んだ)

成幸 (緒方は持ち前の冷静さで終始上手に受け答えしているように見える)

成幸 (心配するまでもなかったか。しっかりとやってるじゃないか)

リポーター 『それでは、今日から店に置くことになった新メニューをいただきましょう』

理珠 『どうぞ。新メニューのもみじおろしうどんです』

成幸 (おお。なんか自分が考えたうどんがテレビに映ってるのは、少し気分がいいな)

リポーター 『まぁ、これは可愛らしいうどんですね』

リポーター 『もみじおろしと大葉でハートマークが描かれています』

リポーター 『なんでも、これは理珠さんが自分で考えられたとか』

理珠 『……そのことですが、それは、父の勘違いです』

リポーター 『え……?』

成幸 「……お、おいおい。緒方さん? 一体何を……」

理珠 『そのうどんは、私の友人が考えてくれたものです』

理珠 『……それだけは、訂正しておきたくて、言いました。すみません』

449: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:56:11 ID:N3EY2ei2
成幸 (台本とかもあるだろうに、またとんでもないことをしたな、緒方……)

成幸 (……でも、緒方の性格じゃ、俺が考えたメニューを自分が考えたことにされたら嫌だろうな)

成幸 (親父さんに新メニューとして認めてもらうために、軽率な嘘をついてしまったが……)

成幸 (反省だな。緒方に悪いことをしてしまった)

リポーター 『そうだったんですか。そのご友人というのは学校のお友達ですか?』

理珠 『え? は、はい。まぁ、そうですね……』

理珠 『学園祭でうどんの売上が伸び悩んで、困っているときに、このメニューを考えて助けてくれたんです』

リポーター 『ほうほう。発想力が豊かな方なんですね』

理珠 『そうなんです。成幸さんはすごいんです。勉強を教えるのも上手だし、何より努力家です!』

成幸 (……緒方。俺のことをそんなにすごい奴だと思ってくれてたのか……) ジーン

リポーター 『では、そんなご友人が考えたメニューをいただきましょう。いただきます』

リポーター 『……ん。これは、スープに溶けたもみじおろしがうどんにからまって、』

リポーター 『辛さと甘みがちょうどいいですね。とても美味しいです』

リポーター 『見た目が可愛らしいだけでなく、味は本格的です。おだしもきいていてとても美味しいです』

450: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:57:04 ID:N3EY2ei2
理珠 『……あ、ありがとうございます。父の作るうどんは絶品です』

理珠 『成ゆ――友人が考えてくれたもみじおろしのトッピングも、見た目がきれいでとても美味しいんです』

理珠 『ぜひ、食べに来てください!』

リポーター 『……ちなみに、つかぬことを伺いますが』

理珠 『はい?』

リポーター 『“成幸さん” というのが、そのお友達のお名前ですか?』

理珠 『わ、私、名前を言っていましたか?』 カァアア…… 『す、すみません、勢い余って……』

リポーター 『……あー、なるほど』 クスッ 『ハートマークのうどんを考えるなんて、ロマンチックな彼氏さんですね』

理珠 『……!? か、彼氏!? ち、違いますよ! 私と成幸さんは、そんな……――』

リポーター 『と、いうことで、本格的なうどんが楽しめて、可愛らしい看板娘がいる緒方うどん、』

理珠 『私の話聞いてますか!? ち、違いますからね!? 本当に違いますから!』

リポーター 『ぜひ一度来てみてください。以上、「私たちの街の美味しいお店」でしたー』

成幸 「………………」

カァアアア……

成幸 「な、なんていらんことを言うリポーターだよ、まったく……」

451: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:58:03 ID:N3EY2ei2
成幸 (緒方も緒方だよ。俺のことなんか話さなきゃいいのに……)

成幸 (まぁ、仕方ないか。恥ずかしい思いをしたのはあいつだし、ちょっと可哀想だな……)

成幸 (明日、うどんでも食いがてら、様子を見に行ってやろうかな……)

prrrrr……

成幸 「ん、電話……?」

ガチャッ


『覚えてろよ、センセイ……!』


ガチャッ……ツーツーツー……

成幸 「………………」

成幸 「……あー、俺、当分緒方ん家には近寄れなそうだなぁ」



おわり

452: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/10(水) 19:58:38 ID:N3EY2ei2
………………幕間 「あたしん家にも」

うるか 「今日はリズりん家がテレビに出る日だよね~」

ピッ

うるか 「おお、本当に出てる! っていうか、改めて見ると、リズりんほんと美少女、って感じだよね」

うるか 「………………」

うるか 「……ん?」

うるか 「……彼氏……?」

うるか 「……テレビの取材にかこつければ、成幸のことを彼氏と思ってもらえる……?」

うるか 「………………」

うるか 「ねー! おかーさーん! うちにもテレビの取材来ないかなー?」

うるか母 「なにいきなりバカなこと言ってんのあんたは。来るわけないでしょ」



おわり

455: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:33:55 ID:ceaM/etY
>>1です。
投下します。



【ぼく勉】小林 「成ちゃんを一番幸せにできるのは、――――だと思うからさ」

456: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:35:03 ID:ceaM/etY
………………登校中

海原 「……ねぇ、陽真くん」

小林 「ん? なに、智波ちゃん?」

海原 「わたしの意図するところを忖度せず、陽真くんが思うことをそのまま答えてください」

小林 「えっ、何いきなり?」

海原 「唯我くんのまわりにいる女の子の中で、誰が一番魅力的だと思う?」

小林 「えっ、ごめん本当に何、いきなり」

海原 「いいから答えて。十秒前、9、8、7、……」

小林 「しかもカウントダウンありなの!? 急だなぁ……」

小林 (…… “忖度するな” ってことは、暗に本当は忖度してほしいって言ってるんだろうなぁ)

海原 「4、3、2、……」

小林 「えっと……やっぱり、智波ちゃんが一番カワイイかな、なんて……」

海原 「………………」

小林 (しまった。選択をミスったか……?)

海原 「………………」 ニヘラァ 「……も、もう、陽真くんったら! そういうのじゃないんだって!」

457: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:36:43 ID:ceaM/etY
海原 「陽真くんが本当にわたしのこと大好きっていうのはよくわかったから……///」

小林 (少し面倒くさいけど……でも、やっぱりかわいいなぁ、智波ちゃん)

海原 「そうじゃなくて……じゃあ、質問を変えるね?」

海原 「唯我くんのまわりにいる女の子の中で、誰が一番唯我くんとお似合いだと思う?」

小林 「………………」

小林 「……ん、それ、すごく難しい質問だね」

海原 「そうかな? 正直に答えてくれればいいんだけど……」

小林 「うーん、俺は成ちゃんと小さい頃からの付き合いだけど、そういう話って滅多にしないからなぁ」

小林 「男女間のこととかあんまり好きじゃないし、興味もないみたいだし……」

小林 「……で? 智波ちゃんは、俺に武元かな、って言ってほしかったの?」

海原 「うっ……まぁ、それもあるんだけど……」

海原 「もしうるかじゃないなら、うるかに足りないところを、男の子の立場から教えてもらえたらな、とか思ってたんだ」

小林 「なるほど。まぁ、武元のために色々してあげたい智波ちゃんの気持ちも分かるけどさ、」

小林 「そういうのは本人たちが決める以外、俺たちには何もできないんじゃないかな」

小林 「この前の模試の帰りみたいに、二人っきりにしてあげるくらいなら協力するけど」

458: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:37:20 ID:ceaM/etY
海原 「うぅ……そう言われると弱いなぁ」

小林 「あ、でも、智波ちゃんが武元に協力してあげたい気持ちは分かるし、いいと思うよ」

小林 「ただ、成ちゃんの友達の俺としては、成ちゃんの意志を知らないまま、協力はできかねるかな、って」

小林 「……ごめんね、こんなノリの悪い彼氏で」

海原 「ううん、いいの。陽真くんの、イケメンのくせにそういう義理堅いところ、本当に大好きだから」

小林 「イケメンのくせにって……」 クスッ 「嬉しいよ。俺も、智波ちゃんのそういう理解あるところが大好きだよ」

海原 「えへへ……照れるね」

小林 「うん。でも、嬉しいよ」

小林 「……一応、有益かどうか分からないけど、成ちゃんの女の子のタイプだけ教えてあげようか?」

海原 「え!? それほんと!? ぜひぜひぜひ!」

小林 「参考にならないと思うけど…… “貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” だよ」

海原 「へ?」

小林 「だから、“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人”」

海原 「……重いね」

小林 「それは俺も否定できないかな」

459: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:37:59 ID:ceaM/etY
小林 「成ちゃんはよくも悪くも、本当に真面目だからさ」

小林 「結局、今はまだ家族のことしか考えられないんだよ」

小林 「だから、武元のことも、長い目で見てあげてくれると、俺としては嬉しいかな」

海原 「……ん、そうだね。あんまり焦りすぎてもよくないね」

海原 「って言っても、うるかの片思いはもうすでに五年目の領域だからなぁ」

小林 「ある意味武元も一途で重いタイプだから、成ちゃんと相性いいかもね」

海原 「“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” かぁ……。うるか、ぴったりだと思うけどなぁ」

小林 「それを決めるのは成ちゃんだからね。なんとも言えないよ」

海原 「……でも、よかった」

小林 「へ? 何が?」

海原 「陽真くんが友達想いの良いイケメンだって、改めて分かったから」

小林 「……あはは、べつに、そういうわけじゃないんだけどね」

小林 「成ちゃんは特別なんだ。本当に俺にとって、大切な友達だから」

小林 (……でも、そうだよな。四月からずっと成ちゃんのまわりはめまぐるしく動いてる)

小林 (成ちゃんの人生が大きく動くようなことが、受験以外で起こるような気がする)

460: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:38:57 ID:ceaM/etY
………………一ノ瀬学園 3-B 昼休み

小林 「………………」

ジーッ

成幸 「……なんだよ。その熱い視線は。どんなに見つめられたって、水希の弁当はやらんぞ」

成幸 「おかずひとつくらいなら考えてやらんでもないが……」

小林 「えっ? ああ、ごめんごめん。ちょっとボーッとしててさ」

成幸 「ボーッとして男友達の顔を見つめるなよ気持ち悪いな!」

大森 「見つめるなら美少女がいいよな。お前がよくつるんでるお姫様たちみたいな」

成幸 「大森、お前のその発言は素で気持ち悪い」

小林 「………………」

小林 (……智波ちゃんにああは言ったものの、俺も常々似たようなことを考えている)

大森 「なんだとテメェこら唯我ー! お前に俺の気持ちが分かるかー! いつも美少女侍らせやがってー!」

成幸 「やめろコラ大森! 誤解を招くような言い方をするなこのバカ!」

461: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:39:55 ID:ceaM/etY
小林 (ただ、“誰がお似合いか” とかではなく、“誰が一番成ちゃんを幸せにできるか” だけど)

小林 (正直、答えはもう出ている。ただ、それを智波ちゃんに言うのはためらわれただけだ)

小林 (……というか、たぶんこれを俺は誰にも言わないだろう。成ちゃんのことを考えればこそ、言うべきじゃない)

大森 「せめて水希ちゃんが作った弁当のオカズくらいよこせー!」

成幸 「嫌だ! なんか今の気持ち悪いお前にだけは食わせたくない!!」

小林 (……そう。成ちゃんの幼なじみの俺だからこそ、これは胸にしまっておきたい)

小林 「……はいはい、ふたりとも騒がないの」

小林 「成ちゃん、昼休みはあの三人と勉強の予定でしょ? 早くご飯食べて行ってあげた方がいいんじゃない?」

成幸 「そ、そうだった! サンキュー、小林! 大森、お前に構ってる暇はない!」

ガツガツガツガツ……ゴックン

成幸 「ごちそうさま! じゃあ行ってくるな!」

大森 「あーっ! 俺の弁当がー!」

成幸 「お前のじゃねぇ! じゃあこのバカ頼んだぞ、小林!」

小林 「はいはい。じゃ、いってらっしゃい、成ちゃん。……お前はこっちだよ、大森」

大森 「ぐえっ」

462: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:41:10 ID:ceaM/etY
………………図書室

小林 「………………」

小林 (……とかなんとか言って、気になって結局来てしまった)

小林 (智波ちゃんに正面切って相談されたからっていうのもあるけど、)

小林 (改めて、成ちゃんとあの三人の様子をちょっと見たくなったからだ)

成幸 「………………」

理珠 「………………」

文乃 「………………」

うるか 「………………」

カリカリカリ……

小林 (……うん。そして、想像通り、色気も何もなく、真面目に勉強している)

小林 (さすがは成ちゃんだ。しっかり先生やってるんだね)

うるか 「……ん、この問題……」

成幸 「? どうかしたか、うるか?」

小林 (……これだ。やっぱり、名前呼びになったアドバンテージは大きい)

463: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:42:06 ID:ceaM/etY
小林 (夏休み中、間違いなく何かがあのふたりにあったはず)

小林 (成ちゃんにそれとなく聞いてみても、顔を赤くして誤魔化すだけだ)

小林 (逆に、それが何かがあったという裏付けになっているんだけど)

小林 (でも……)

理珠 「む……成幸さん、次、いいですか?」

成幸 「ああ、理珠――じゃなくて、緒方」

理珠 「はうっ……///」

成幸 「す、すまん……」

小林 (これもある。いつの間にか、緒方さんが成ちゃんのことを名前で、)

小林 (そして時々、言い間違えるように、成ちゃんも緒方さんのことを名前で呼ぶ)

小林 (武元に対抗しているのかな。だとすれば、緒方さんもがんばってるよなぁ)

464: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:43:43 ID:ceaM/etY
文乃 「……ん、成幸くん。わたし、その次いいかな。合ってるか確認してほしい問題があるんだ」

成幸 「おう、わかった、古橋」

小林 (……これは、どう解釈したらいいのか、ちょっと分かりにくい)

小林 (古橋さんもごく自然に成幸くんと呼んでいる。けど、成ちゃんはよそよそしく名字のままだ)

小林 (けど、時々冗談なのかなんなのか、“文乃姉ちゃん” と言っているのを見かける)

小林 (もちろん冗談なのだろうけど、引っかかる)

小林 (……成ちゃんは長男で、お父さんを早くに亡くして、“兄” や “姉” に憧れている節がある)

小林 (ひょっとしたら、古橋さんのことをそういう目でみている可能性もある……)

小林 「………………」 ハァ

小林 (……俺、何やってんだろ。智波ちゃんに偉そうに高説垂れておいてこれだもんなぁ)

小林 (結局、俺は心配なんだ。幼なじみの成ちゃんのことが)

小林 「……ん?」

関城 「………………」 ハァハァハァ 「……今日もいい感じね、緒方理珠。ふふ……ぐへへ……」

小林 (えっ待ってちょっと怖い)

小林 (この人いつの間に俺のすぐ横に来てたんだ!?)

465: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:44:37 ID:ceaM/etY
小林 (っていうか、何だこの双眼鏡。何? 緒方さんを覗いてるのか? ストーカー?)

関城 「ん……?」

関城 「ああ、誰かと思えば、よく唯我成幸と一緒にいる男じゃない」

小林 「へ……? あ、ああ、そういえば、君は文化祭の後夜祭で成ちゃんたちと一緒にいた……」

関城 「関城紗和子よ。緒方理珠の大親友よ。おたくは?」

小林 「小林陽真……。成ちゃん――唯我成幸の、幼なじみ……かな?」

関城 「ふーん……幼なじみ、ねぇ……」

ニヤリ

関城 「ちょうどいいわ。ちょっと付き合いなさいよ」 ガシッ

小林 「えっ? い、いや、俺は……――」

関城 「ジュースくらい奢ってあげるわ。ほら、行くわよ」 グイグイグイ

小林 「いや、ちょっ、待って……」

ズルズルズルズル……

466: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:50:44 ID:ceaM/etY
………………自販機前

関城 「コーヒーでいいかしら?」

小林 「なんでもいいよ、もう……」

関城 「そう? じゃあ、はい?」

小林 「……ありがとう」

関城 「さすが、唯我成幸の幼なじみね。急に連れてこられてもお礼を言えるなんて」

小林 「俺は成ちゃんほどお人好しじゃないけどね。じゃ、遠慮なくいただきます」

小林 「……で、一体何の用?」

関城 「単刀直入に言いましょう。私は緒方理珠の大親友で、緒方理珠の恋を応援しているわ」

小林 「は? 緒方さんの恋を応援? 緒方さんのストーカーなのに?」

関城 「し、失敬ね! ストーカーじゃないわよ。……ちょっと心配で観察してしまうだけで」

小林 「ストーカーはみんなそう言うんだけどね……」

ハァ

小林 「ま、いいや。で、君は緒方さんが成ちゃんに恋してるのを、応援してるんだ?」

関城 「む……。さすがは唯我成幸の大親友ね。よく分かってるじゃない」

467: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:51:51 ID:ceaM/etY
小林 「まぁ、あれだけ分かりやすく好意を示してたらいやでも分かるでしょ」

関城 「違いないわね」

小林 「で? 緒方さんの恋を応援している君が俺に何の用?」

関城 「緒方理珠、客観的に見てどうかしら? 唯我成幸の幼なじみに目線でもいいわよ?」

小林 「どうって言われてもなぁ。小さくて可愛いと思うよ? きれいな顔立ちだし」

関城 「唯我成幸的にはどうかしら? 彼は背は低い方がタイプ?」

小林 「いや、そういう話、成ちゃんが嫌がるからあんまりしたことないし、分からないよ」

関城 「……そう」

関城 「残念ながら、私の方でも、唯我成幸について、“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” がタイプということしか分かってないのよ」

小林 (それ知ってるだけでもだいぶすごいと思う)

関城 「唯我成幸と緒方理珠をくっつけるにはどうしたらいいのかしら?」

関城 「幼なじみなら、何か有益な情報を持っているんじゃない?」

関城 「教えなさいよ。私の大親友、緒方理珠の恋を成就させるために!」

小林 「………………」

小林 「……あー、えっと、関城さん? それ、緒方さんに頼まれてやってるの?」

468: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:52:23 ID:ceaM/etY
関城 「へ……? ち、違うけど……」

小林 「……うーん、まあ、俺が口を挟むことでもないんだけどさ、」

小林 「外野がどう騒いだって、なるようにしかならないと思うよ」

小林 「……っていうか、場合によっては、緒方さんの迷惑になるかもしれないけど、分かる?」

関城 「うっ……」

小林 「だから、関城さん 緒方さんの親友だっていうなら、恋を応援するくらいにしておけば?」

小林 「きっと、関城さんが何をしても空回りにしかならないと思うよ?」

関城 「………………」

グスッ

関城 「……そんなの、わかってるわよ。えぐっ……」

小林 (なぜ泣き出す!? えっ? 俺なんかひどいこと言った!?)

469: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:53:01 ID:ceaM/etY
関城 「……後夜祭の花火、だって……緒方理珠のことを思って、突き飛ばしたのに……」

関城 「キライって、言われるし……ひぐっ……」

小林 (俺も見てたけどそれは仕方ないと思う)

関城 「わかってるけど、せっかくできた友達なんだもん……」

関城 「幸せになってもらいたいもん……」

小林 「あー……」

ポンポン

小林 「関城さんは、緒方さんのことが大好きなんだね。だからがんばりたいんだね」

関城 「………………」 コクリ

小林 「きっといつか、その気持ちは緒方さんに伝わるよ。だから、あんまり過激なことは控えようね?」

関城 「……うん」

470: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:54:19 ID:ceaM/etY
小林 (……めんどくさい。成ちゃんはいつもこんな子たちの面倒を見てるのか?)

小林 (俺にはとても無理だよ成ちゃん。やっぱり成ちゃんはすごいな)

関城 「……急に取り乱してごめんなさい。ありがとう」

小林 「いや、いいよ。落ち着いてくれたなら何よりだよ」

小林 「いつか、もしも緒方さんが成ちゃんと結ばれたらさ、一緒に祝ってあげたらいいじゃない」

小林 「で、もしも、万が一緒方さんの恋がやぶれてしまったらさ、」

関城 「?」

小林 「こうやって緒方さんのことを慰めてあげなよ」

関城 「……!?」

関城 「な、なるほど……。失恋して弱っている緒方理珠のことを慰めれば……」

関城 「私たちの親友度はうなぎ登り!? なるほど、すごいことを聞いたわ……」

小林 「………………」 (いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……)

関城 「万が一のときはそうさせてもらうわ! ありがとう、小林陽真!」

関城 「でも、緒方理珠の涙なんか見たくないから、これからもできる限りがんばるわ!」

小林 (……ま、立ち直ってくれたみたいだし、いいか)

471: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:55:39 ID:ceaM/etY
………………廊下

小林 (まずいまずい。早く教室に戻って五時間目の準備をしないと)

小林 (……ん?)

鹿島 「……あら~。そこを行くは、唯我成幸さんのお友達の、小林陽真さんではありませんか~」

小林 「へ……?」

蝶野 「時間は取らせないっス。少し、お話でもどうっスか?」

小林 「い、いや、もう予鈴もなるし……」

猪森 「教室ダッシュは本鈴が鳴ってからが本番だろう。大丈夫。授業に遅れるようなことはない」

小林 (何がどう本番なのだろう。よくわからないけど……)

小林 (……急がば回れ、かな。断ってもしつこそうだし、)

小林 「えっと……A組の、古橋さんとよく一緒にいる子たちだよね」

小林 「間違ってたらごめん。鹿島さんと、蝶野さんと、猪森さん……だっけ?」

鹿島 「さすが唯我成幸さんの幼なじみさんですね~。完ぺきです~」

小林 「まぁ、文化祭のときの話は成ちゃんから聞いてるし……」

小林 「で、話って何かな?」

472: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:58:42 ID:ceaM/etY
蝶野 「時間もないしスパッと行くっスね。ぶっちゃけ、唯我さんとうちの古橋姫、お似合いだと思いません?」

小林 「………………」

小林 「……えっと、質問の意図が分かりかねるというか、なんというか」

小林 「誘導尋問のようにも思えるんだけど……」

猪森 「失礼した。質問を変えよう。唯我は古橋姫のことをどう想っているだろうか」

小林 「……そんなの俺に分かるわけないでしょ」

鹿島 「本当ですか~? 小林さんは、幼少の頃より唯我さんの家に出入りしていたと聞きますが~」

小林 (……怖い。なんでそんなこと知ってるんだろう)

鹿島 「唯我さんが古橋姫のことを憎からず想っていることも、ご存知なんじゃないですか~?」

小林 「ほらまた誘導尋問する。そんなの俺が知るわけないでしょ。成ちゃんはそういう話題好きじゃないし」

鹿島 「ほ~」 (考えが浅そうなイケメンを想像していましたが、意外と冴えてますね~)

小林 「……まぁ、べつに、そっちが何をしようと俺には関係ないけどさ、」

小林 「成ちゃんの迷惑になることや、成ちゃんの意向に沿わないことをしたら、俺、たぶん怒るよ?」

猪森 「むっ……」

473: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 22:59:40 ID:ceaM/etY
猪森 「私たちは、そんなつもりは……――」

小林 「――悪意がなけりゃいいってもんでもないと思うけどね」

小林 「文化祭のとき見てたけどさ、っていうか、もう古橋さんに怒られただろうから強くは言わないけど、」

小林 「成ちゃんのこと騙して王子役をやらせようとか、古橋さんを突き飛ばしてジンクスを達成しようとか、」

小林 「そういうの、俺は嫌いだし、応援できないかな、って思うよ」

蝶野 「ひぇっ……」

鹿島 (これは、なんというか、想像以上というか……)

鹿島 「……失礼しました~。たしかに、やりすぎたと、私たちも反省はしているんですよ~」

小林 「そう。ならいいけどね」

蝶野 「き、気に触ったなら、わ、悪かったっス。ごめんなさい……」

小林 「へ? いや、俺、べつに怒ってはいないからね?」

猪森 (うそつけ。メチャクチャ怒ってたじゃないか。すごく怖かったぞ……)

蝶野 (だ、ダメっスよ、猪森さん。変なこと言ってまたご機嫌を損ねたら、今度こそ怒られる気がするっス……)

鹿島 「ふむふむ。小林さんは、お友達想いの方なんですね~」

小林 「うん。成ちゃんは俺にとって特別な友達だから」

474: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:00:16 ID:ceaM/etY
小林 「けど、べつに俺は成ちゃんと誰かが付き合ってほしいなんて思いもないし」

小林 「成ちゃんが幸せならそれでいいと思うし」

小林 「きみたちが古橋さんと成ちゃんをくっつけたいと思うなら、勝手にしたらいいと思うし」

小林 「……けど、あんまりハメを外しすぎないようにね」

小林 「成ちゃんはお人好しだから、あんまり怒ったりしないと思うけどさ、あんまりやりすぎたら、俺が怒ると思うから」 ニコッ

鹿島 「……はい。肝に銘じておくとします~」

鹿島 (将を射んと欲すればまず馬を射よ、と思い、小林さんに声をかけましたが、)

鹿島 (藪をつついて蛇を出してしまった感じですね~)

キーンコーンカーンコーン……

小林 「あっ、予鈴だ。じゃ、もう行くね。役に立てなくてごめんね」

鹿島 「いえいえ。お引き留めしてすみませんでした~」

蝶野 「……っス。すみませんっした!」

猪森 「悪かった……」

小林 「?」 (なんでみんなこんなに萎縮してるんだろう……?)

475: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:01:13 ID:ceaM/etY
………………放課後

小林 (いや、昼休みは色々とひどい目にあった……)

成幸 「大丈夫か、小林? なんか疲れてそうだけど……」

小林 「ん? ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと色々あってさ」

成幸 「そうか。あと、海原はいいのか? 一緒に帰らなくて」

小林 「智波ちゃんは今日は部活に顔出すって言って行っちゃったよ。川瀬と一緒に武元の国体の練習に付き合ってあげるんだってさ」

成幸 「なるほど。海原も川瀬も友達想いだな。うるかは幸せ者だ」

小林 「本当にそう思うよ」

成幸 「あと、お前も幸せ者だよ」

小林 「へ?」

成幸 「あんな良い彼女ができてよかったな。正直、本当にお似合いだと思う」

小林 「あっ、そ、そうかな……/// 嬉しいよ。ありがとう、成ちゃん」

成幸 「おう!」

成幸 「ん、そうだ。新しい参考書をチェックしたいから、本屋寄ってもいいか?」

小林 「オッケー。ついでに俺も問題集でも見ようかな」

476: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:02:07 ID:ceaM/etY
………………駅前

マチコ 「さー、今日もお仕事がんばるとしますかねー」

ヒムラ 「うむ。今日はあしゅみーがいないし」

ミクニ 「その分わたしたちでがんばらないと」

マチコ 「……ん?」

マチコ 「あそこに見えますは、ひょっとして唯我クンじゃないかな?」

ミクニ 「ほんとだー。お友達と一緒かな?」

ヒムラ 「……結構イケメンだね」

マチコ 「あしゅみーの話だといつも女の子侍らせてるイメージだったけど、」

ヒムラ 「ちゃんと男友達もいるんだね」

ミクニ 「……これは」 ギラリ

マチコ 「チャンス」 ギラリ

ヒムラ 「だね」 ギラリ

477: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:03:53 ID:ceaM/etY
………………本屋

「ありがとうございましたー」

成幸 「付き合ってくれてありがとな、小林」

小林 「ううん。こちらこそ、いい問題集が買えたよ」

成幸 「じゃ、また明日学校でな」

小林 「うん。また明日」

小林 (……成ちゃんはこの後も図書館でいつものメンバーとお勉強、か)

小林 (一緒にどうだと誘われはしたものの、それについていく勇気は俺にはないし)

小林 「……さて、帰りますか」

ガシッ

小林 「へ……?」

マチコ 「やぁやぁやぁ、唯我クンの友達のイケメンくん」 グイッ

ヒムラ 「君に恨みはないが、少し顔を貸してもらってもいいかな?」 グイッ

ミクニ 「ジュースとご奉仕くらいはごちそうするから、ね?」 グイッ

小林 「め、メイド……? って、ちょっ、待っ……!?」

478: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:05:22 ID:ceaM/etY
………………メイド喫茶 High Stage

マチコ 「ふむふむ。小林陽真くん。唯我クンの幼なじみ……なるほど」

小林 「えっと、あの……。俺、見ての通り高校生ですし、あんまりお金はないんですけど……」

マチコ 「だから、ごちそうしてあげるって。はいジュース」

小林 「どうも……」

小林 (……なんか今日飲み物おごってもらってばっかりだな)

小林 「さっき成ちゃん……唯我くんの名前を出してましたけど、ひょっとしてここって……」

小林 「成ちゃんが時々話す、“あしゅみー” さんのお店ですか?」

ヒムラ 「あしゅみーを知っているのか。それなら話が早いね」

ミクニ 「わたしたちはそのあしゅみーの同僚だよ。だから緊張しなくていいからね」

小林 (メイド三人に取り囲まれて緊張するなという方が無理な話だと思うんだけど)

小林 「……で、俺に一体何の用ですか?」

ヒムラ 「まず前提として知っておいてもらいたいのが、わたしたちはあらゆる意味であしゅみーのことを応援しているということ」

ミクニ 「なので、当然、勉強面においても私生活においても、あしゅみーにはがんばってもらいたい」

マチコ 「そして、もちろん、恋愛面でもがんばってもらいたいなー、なんて思ってるの」

479: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:05:55 ID:ceaM/etY
小林 「えっと……」

マチコ 「つまりだね、あしゅみーが唯我クンのことを憎からず想っているであろうことが問題でね」

ミクニ 「わたしたちとしては、あしゅみーにぜひ唯我クンといい感じになってもらいたいんだよ」

ヒムラ 「唯我クン良い子だしね。あしゅみーとお似合いだと思うんだ」

小林 (またこれか。今日は一体どういう日なんだ……)

小林 「えっと、俺はそのあしゅみーさんのことを知らないですし、なんとも……」

小林 「文化祭で軽く見かけましたけど、たしかに、綺麗な人ではありましたけど……」

マチコ 「文化祭のときってことは、バンギャっぽい格好でしょ?」

マチコ 「これはどうかな? 接客中の写真」

バーン

小林 「雰囲気少し違いますね。でも、やっぱり綺麗な人だ」

マチコ 「そうなの! あしゅみーはちっちゃいけど美人で、この店のナンバーワンメイドなんだよ!」

小林 「はぁ……」

ヒムラ 「どうかな? 唯我クンは小柄な女性がタイプとか、そういうのはないかな?」

480: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:06:40 ID:ceaM/etY
小林 「聞いた事ないから分からないですけど……。そういう話、成ちゃんキライだし……」

ミクニ 「ところでさっきから “成ちゃん” って呼んでるのに萌えてるのわたしだけかな?」

マチコ&ヒムラ 「「すごくわかる」」

小林 「あの、俺帰って良いですか?」

ミクニ 「じょーだんじょーだん。ごめんごめん」

ヒムラ 「さっき唯我クンからあしゅみーの話が出ているようなことを言っていたけど、」

ヒムラ 「どうかな? 唯我クンはあしゅみーのことをどう想っているかな?」

小林 「いや、そこまでは分からないですけど……」

小林 「勉強を教える相手が増えた、とか。でもその先輩はアドバイスもくれる、とか」

小林 「悪い話は聞いてないから、たぶん成ちゃんも悪く思ってはいないと思いますけど……」

小林 「いかんせん、成ちゃんはお人好しなので、あまり人を嫌うようなタチでもないですから」

マチコ 「まぁ、たしかに良い子だもんねぇ、唯我クン。なんだったらわたしが彼女に立候補したいくらいだよ」

小林 「そういうこと言うと成ちゃん本気で顔真っ赤にすると思うんでやめてあげてくださいね」

マチコ&ヒムラ&ミクニ 「「「わかるー」」」

小林 (帰りたい……)

481: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:07:22 ID:ceaM/etY
マチコ 「あしゅみーはすごく良い子なんだよ」

ヒムラ 「仕事はテキパキこなすし、誰かが困ってたらすぐヘルプ入ってくれるし」

ミクニ 「ナンバーワンなのに気取らないし。姉御肌だし」

マチコ 「お料理上手だし掃除洗濯なんでもござれだし」

ヒムラ 「はすっぱに見えて優しくて面倒見いいし、まじめだし意志も強いし」

ミクニ 「とにかくいいとこだらけの完ぺき美少女なんだよ」

小林 「はぁ……」

マチコ 「だから、小林くんの方から、唯我クンに言ってあげてくれないかな」

マチコ 「“そのあしゅみーって人、唯我クンのこと好きなんじゃない?” とか……」

小林 「………………」

ミクニ 「そうしたら、きっと唯我クンもあしゅみーのこと意識して……」

ミクニ 「……って、小林くん? 聞いてる?」

小林 「………………」

小林 「……俺は、成ちゃんの幼なじみです。だから、成ちゃんには幸せになってほしい」

小林 「俺が成ちゃんに、そういうことで口を出すことはないです。すみません」

482: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:08:21 ID:ceaM/etY
マチコ 「あっ、えーっと……ひょっとして、怒った、かな?」

小林 「えっ? あ、いや、怒ってはいないです。すみません」

ヒムラ (いや、今めちゃくちゃ怖い顔してたけど……)

ミクニ (や、藪をつつくのも怖いから黙ってよう、ヒムラちゃん)

小林 「成ちゃんは、今受験で忙しいですし、話を聞く限りそのあしゅみーさんも忙しいでしょう」

小林 「あまり外野がどうこう言うものでもないでしょうし、タイミングもあまり良くないと思います」

小林 「成ちゃんは受験が終わるまではそういうことは考えないタチですから」

小林 「それまでそっとしておいてもらえたら、って思います。それは俺の個人的な考えですけど」

ヒムラ 「……っあー、そっか」

ミクニ 「なんか悪いことしちゃったね。ごめんね?」

小林 「いや、全然、俺はなんとも思ってないですから。すみません、生意気なことを……」

マチコ (絶対うそだよ……。めちゃくちゃ怒ってたよ……)

マチコ 「本当にごめんね。わたしたちも無理矢理、ってことは思ってないから安心してね」

小林 「あ、それは、はい。成ちゃんから、店の皆さんはとてもいい人たちだと聞いていますから」

483: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:09:02 ID:ceaM/etY
小林 (まぁ、その他にも、あしゅみーさんのニセモノの彼氏になったとか)

小林 (ふたりきりでカラオケルームで写真を撮りまくったとか)

小林 (ふたりだけで海に行って色々大変だったとか)

小林 (家事代行サービスのときは帰りがけに家に寄って色々してもらったとか)

小林 (色々聞いてはいるけど……)

ヒムラ 「残念だね。でも、わたしたちはできることをやってあげよう」

ミクニ 「そうだね。あしゅみーと唯我クン、絶対相性ぴったりだし、」

小林 (……このことはこの人たちには言わない方が良さそうだ。成ちゃんのためにも、あしゅみーさんのためにも)

小林 「ジュースごちそうさまでした。お役に立てなくてすみません」

マチコ 「ううん、こちらこそ時間取っちゃって悪いことしたね。これ、このお店の割引券だから、」

マチコ 「また今度、唯我クンとか、お友達を連れてきてね」

小林 (……大森をこんな綺麗どころばっかりのお店に連れてきたらまた面倒なことになりそうだからやめておこう)

小林 「ありがとうございます。失礼します」

484: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:09:40 ID:ceaM/etY
………………帰路

小林 「………………」

小林 「……さすがに疲れたな。一体今日はなんなんだ」


  「そこを行く男子ー! 止まりなさーい!!」


小林 「うん。そろそろ驚く元気もなくなってきたよね」

小林 (さて、今度は一体誰だろうか、と……)

? 「……そうです。あなたです。あ、でもそれ以上は近づかないでくださいね」

小林 (……誰?)

? 「急に話しかけてすみません。あなたが唯我成幸さんと一緒にいたところ見かけたもので」

? 「申し遅れました。私、桐須美春と申します」

小林 「桐須、さん……? えっ、その名字って……」

美春 「やはりご存知ですか。そうです。あの完全無欠のスペシャルな、桐須真冬姉さまの妹です」

小林 「はぁ……。あー、えっと、桐須先生にはいつもお世話になってます」 ペコリ

美春 「これはご丁寧に。私も姉さまにはいつもお世話になってました」 ペコリ

485: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:10:39 ID:ceaM/etY
小林 「えっと、で、その桐須先生の妹さんが何のご用でしょうか?」

小林 「……あと、なんか遠くないですか?」

美春 「この距離が適切です。それ以上近づいたら痴漢と見なします」

小林 (どういうことだよ……。10メートルくらい離れてるんだけど)

美春 「用というのは他でもない、姉さまのことについてです」

美春 「より深く申し上げるならば、先ほどあなたが一緒に歩いていらした、唯我成幸さんのことでもあるのですが」

小林 (メイドさんたちだけじゃなく、この人にも見られてたのか……)

小林 (今日は本当に一体何なんだ……?)

美春 「単刀直入に申し上げます。あなたは姉さまと唯我成幸さんの関係をご存知ですか?」

小林 「は? 関係? そんなの、ただの教師と生徒でしょう?」

美春 「……やはり、お友達にも内緒にしているのですね。唯我成幸さん、義理堅さは評価に値しますが、それだけ姉さまに本気でもあるということですね……」

小林 (どうしよう。この人が何を言っているのか本当に分からない)

486: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:11:43 ID:ceaM/etY
小林 「えっと、どうして桐須先生の妹さんが、成ちゃんのことをご存知なんです?」

美春 「一度会ったことがありますから」

小林 「えっ? どこで?」

美春 「そんなの決まってます。姉さまの家でですよ」

小林 「……へ? 成ちゃん、桐須先生の家にお邪魔したことがあるんですか?」

美春 「お邪魔したことがあるも何も、定期的に来ているようですよ? なんせあの二人は、遺憾ながら半同棲中のラブラブカップルですから」

小林 「………………」

美春 「………………」

美春 (し、ししし、しまったぁああああああああ!!)

美春 (私としたことが、とんでもないことを暴露してしまいました!!)

美春 「あ、あの……」

小林 「……あー、えっと、今のは、聞かなかったことにします」

小林 「何も聞こえませんでした。成ちゃんにとってもあんまりいいことではなさそうなので」

小林 (……っていうか成ちゃん。先生の家に定期的に行ってるって、それかなり問題なことだけど分かってるのかな)

小林 (まぁ、それ以上に問題になるのは桐須先生の方だろうけど……)

487: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:12:45 ID:ceaM/etY
美春 「こ、こうなったらもう仕方ありません。ぶちまけますが、」

美春 「私は、あのふたりの関係を認めるつもりはありません」

小林 「いや、そりゃ当たり前でしょ……。教師と生徒ですよ?」

美春 「それもありますが、たとえ唯我成幸さんが姉さまの生徒でなくとも、関係を認めるわけにはいかないのです」

美春 「……姉さまには、こちらに戻ってきてもらわなければならないから」

美春 「そのための障害となる唯我成幸さんとの関係を認めるわけにはいかないのです」

小林 「………………」

美春 「……? 聞いてますか? 唯我成幸のご友人さん?」

小林 「……小林陽真です。えっと、桐須美春さんでしたっけ?」

美春 「はい?」

小林 「これをあなたに言うのはフェアじゃない気もするし、気が引けるんですが、ひとつだけ言わせてほしいです」

小林 「……俺の幼なじみは、教師とそういう関係になるほど、落ちぶれてはいませんよ?」

美春 「は……?」

小林 「………………」

488: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:13:53 ID:ceaM/etY
美春 (こっ、これは、えっと、なんというのでしょう……)

美春 (ひょっとしてこの殿方は、私に、怒っている!?)

美春 「え、えっと、あの……――」

小林 「――あと、もうひとついいですか?」

美春 「は、はいっ!」 ビクッ

小林 「それこそ、俺に言えた義理じゃないんですけど、」

小林 「桐須先生も、そういうことをするような先生じゃないと思いますよ? 妹さんなのに分からないんですか?」

美春 (やっぱり怒ってるーーーーー!!!)

美春 (こ、怖い……怒った殿方、怖い……)

美春 「す、すすす……」

小林 「?」

美春 「すみませんでしたぁあああああああああ!!!」

タタタタタタ…………

小林 「……行っちゃった。何だったんだろう、一体?」

小林 「っていうか、最後何でちょっと涙ぐんでたんだろう……?」

489: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:14:50 ID:ceaM/etY
………………小林家

小林 「……ふぅ。なんか今日、疲れちゃったなぁ」

小林 「それにしても……」

小林 「みんな成ちゃんのこと大好きなんだなぁ……」

小林 (……まぁ、俺も人のこと言えないけどさ)

小林 (成ちゃんいい奴だもんなぁ)

小林 「………………」

小林 「……誰が一番成ちゃんとお似合いか、ねぇ」

小林 「みんな、結局自分の友達に幸せになってもらいたいんだよね。ま、当たり前か」

小林 (でも、俺だけは成ちゃんの味方でいてあげないと)

小林 (いずれ、きっと成ちゃんは大きな選択を迫られることになる。そのときに、成ちゃんはひょっとしたら傷つくかもしれない)

小林 (誰かが成ちゃんのことを嫌うかもしれない。憎むかもしれない。そんなとき、俺だけは成ちゃんの味方でいてあげたい……)

prrrr…………

小林 「ん、電話……武元から?」

490: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:15:31 ID:ceaM/etY
小林 「……もしもし?」

うるか 『あっ、こばやん? ごめんね、急に』

小林 「いや、家で寝転がってただけだから大丈夫。どうしたの? 武元が俺に電話なんてめずらしいじゃん」

うるか 『いやー、ちょっとこばやんに謝っておかなくちゃって思ってさ』

うるか 『ごめんね。こばやん』

小林 「いや、えっと……なんか武元に謝られるようなことあったっけ?」

うるか 『いや、大したことじゃないかもしれないんだけどさ、気になっちゃって……』

うるか 『今日、海っちから変なこと言われたっしょ? 成幸と誰がお似合いか、とか……』

小林 「ああ……智波ちゃんから聞いたのか。まぁ、言われたといえば言われたけど……」

うるか 『うん。なんか、海っちが少し落ち込んでてね、』

うるか 『“陽真くんに嫌われたかもー” って、最初は笑ってたけど、少し悲しそうな顔してたから……』

小林 「俺に嫌われる? なんでまたそんな……」

うるか 『こばやんが成幸のこと大好きだって分かってたのに、彼女って立場を利用して、変なこと聞いちゃったから……だと思う』

小林 「……そんなの、気にしてないのに」

491: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:17:00 ID:ceaM/etY
小林 (朝の様子では和やかに会話を終えたつもりだったけど……)

小林 「智波ちゃんに悪いことしちゃったな……謝らないと」

小林 「でも、それで何で武元が俺に謝るんだ?」

うるか 『だって、海っちがこばやんにそんなこと聞いたの、あたしのためだから。だから、海っちのこと怒らないであげて』

うるか 『あたしが踏ん切りがつかなくて、何年も片思いを続けてるのを見かねた海っちがしてくれたことだから……』

うるか 『だから……』

小林 「……まったく。だから俺、べつに怒ってないって」

小林 「智波ちゃんにも、武元にも怒ってないよ。だから大丈夫」

うるか 『本当に!? 良かった……』

うるか 『あたしのことでこばやんが嫌な思いをしたり、海っちとの仲が悪くなったりしたら、嫌だったから……』

小林 (本当に安心したような声を出して……。本当に、友達想いの奴だな)

小林 (……武元。お前は、本当に友達想いの良い奴だよな)

小林 (そうだよ。だから、俺は……)

小林 「……なぁ、武元。ひとつだけいいか?」

うるか 『うん? なぁにー?』

492: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:22:12 ID:ceaM/etY
小林 「お前に言っておきたいことがあるんだ」

うるか 『言っておきたいこと?』

小林 「ああ。ただしそれは一度しか言わないし、それを俺が言ったことを、誰にも言わないでほしい」

小林 「……ただ、お前にだけは言っておきたいんだ。聞いてもらってもいいか?」

うるか 『へっ? い、いいけど……。聞いたことを内緒にすればいいの?』

小林 「そうだ。誰にも、絶対言わないって約束してくれ」

うるか 『……うん。わかった!』

小林 「ありがとう。じゃあ、言うな。本当に、一度しか言わないからな」

うるか 『うん! どんとこい、だよ』

小林 「……俺は成ちゃんのことが大好きなんだ」

うるか 『……へ?』

小林 「成ちゃんは昔からずっと苦労してるのも知ってる」

小林 「誰より努力家で、場合によっては報われない努力もたくさんしてきたことも知ってる」

493: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:23:17 ID:ceaM/etY
小林 「だから、できれば今後、成ちゃんにはたくさん幸せになってもらいたい」

小林 「俺は、成ちゃんには、成ちゃんを一番幸せにできる人と結ばれてほしいと思うんだ」

小林 「その上で言うけど、」



小林 「俺は、成ちゃんを一番幸せにできるのは、武元だと思うからさ」



うるか 『え……?』

小林 「……だから、がんばれよ、武元」

うるか 『えっ……あっ……えーっと……』

小林 「話はそれだけだ。聞いてくれてありがとな。智波ちゃんに電話かけなくちゃだから、切るな」

うるか 『あっ、ちょっと……――』

プツッ

小林 「……一度しか言わないって言っただろ。武元。でも、それが俺の本心だよ」

小林 (……誰にも言わないつもりだったのになぁ。本人に言っちゃったよ)

494: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:23:50 ID:ceaM/etY
小林 「……さてさて、それじゃ、智波ちゃんに電話しなくちゃな」

小林 「俺、怒ってないのに、智波ちゃんったら……」

小林 (……まぁ、そういうところもかわいいというか、なんというか)

小林 (俺のことを考えてくれてる証拠だし、嬉しいな)

prrrr……

海原 『あっ……は、陽真くん……?』

小林 「うん。今、電話大丈夫?」

海原 『うん……』

小林 「今、武元から電話があってさ。智波ちゃんが落ち込んでたって聞いたから……」

小林 「一応言っておくけど、俺、智波ちゃんのこと嫌いになったり、怒ったりしてないからね」

海原 『……ほんと?』

小林 「ほんとだよ。うそなんかつかない」

小林 「だから、元気出してよ。声も元気ないよ?」

海原 『……うん。でも、もし陽真くんに嫌な思いをさせちゃったらって思うとね』

海原 『なんか、元気でなくて……。ごめんね』

495: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:25:17 ID:ceaM/etY
小林 「………………」

クスッ

小林 「……智波ちゃん、いま帰り?」

海原 『えっ? うん、歩いてるトコだけど……』

小林 「今から少しお茶でもどう?」

海原 『!? いいの?』

小林 「うん。もちろん、智波ちゃんが大丈夫ならだけど――」

海原 『だいじょぶだいじょぶ! ダメなことなんか何一つないよ!』

海原 『あ、でもわたし、プール入ったばっかりだから髪パサパサだし、』

海原 『ドライヤーも適当だから髪も跳ねてるし……』

小林 「大丈夫だよ。どんな智波ちゃんでもかわいいよ」

海原 『はうっ……』

海原 『で、でもでも、わたし、今日、ちょっと落ち込んでるから……』

海原 『すごく甘えちゃったりとか、しちゃうかも……?』

小林 「嬉しいよ。気にせず甘えてよ」

496: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:25:47 ID:ceaM/etY
海原 『えへへ……』

小林 「じゃあ、今から行くね。商店街で待ち合わせでいいかな?」

海原 『……うん。ありがと、陽真くん』

小林 「こちらこそ。じゃ、商店街で」

ピッ

小林 「……さて、可愛い彼女を甘やかしに行くとしますか」

小林 (なんて言って、結局……)

小林 (今日一日色々あって疲れた俺の方が癒やされることになるんだけどさ)

小林 「………………」

小林 「……がんばれよ、武元」

小林 (がんばって、いつか……成ちゃんにも、こういう幸せな気持ちを、教えてあげてくれ)

小林 (……あの不器用でお人好しな幼なじみのことを、幸せにしてあげてくれ)


おわり

497: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/13(土) 23:26:46 ID:ceaM/etY
………………幕間   「強敵すぎる」

小林 「ところで成ちゃんって結局どんな女の子がタイプなの?」

成幸 「何度も言わせるな、小林。俺はそんなことを考えてる暇はないんだ」

小林 「ま、そうだよねぇ。でも、受験が終わったら少しは考えられそう?」

成幸 「知るか。というか、こんなガリ勉男、女子のほうが願い下げだろう。俺はお前みたいなイケメンじゃないんだよ」

小林 「関係ないと思うけどなぁ……」

成幸 「それに、受験が終わったからって油断はできない。大学の授業についていくための予習復習をしなきゃだろうし、」

成幸 「本格的にバイトを初めて、少しでも母さんに楽させてあげたいし、」

成幸 「水希も色々と忙しくなるだろうから、しっかりと料理を勉強しておきたいし、」

成幸 「……とにかくやるべきことがたくさんあるんだ。受験が終わってもそんな暇はねぇよ」

小林 「あー……」

小林 (……まぁ、なんというか、相手は本当の本当に強敵だぞ)

小林 (がんばれよ、武元)


おわり

502: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:46:34 ID:4bT1U2zI
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】あすみ 「アイドルデビュー?」

503: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:47:34 ID:4bT1U2zI
………………?

『ねぇ、おとーさん!』

『うん? なんだい?』

『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

『お医者さんになるのかい?』

『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』

『うん!』

504: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:48:41 ID:4bT1U2zI
………………小美浪家

あすみ 「………………」 zzz……

パチッ

あすみ 「ん、あ……。っ、寝ちまってたのか……」

あすみ (一次試験まで時間がねぇ……。とはいえ、根を詰めすぎたか……)

あすみ (……懐かしい夢も見ちまった。ちくしょう。あんときに戻れりゃな)

あすみ (まだ小せえアタシに、理科だけは死に物狂いでやっとけよって言ってやるのに)

あすみ (……なんて現実逃避してる場合じゃねぇ)

カリカリカリ……

あすみ (……くそっ、化学生物ならまだいいが、なんで物理なんてやんなきゃなんねーんだ)

あすみ (今日は後輩が店に来る日か……。癪だが、しっかり教えてもらわねーとな)

505: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:49:39 ID:4bT1U2zI
………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「おい、後輩。なんでこの世には縦波と横波なんてものがあるんだ?」

成幸 「いきなりとんでもないこと言い始めましたね。なんですか」

あすみ 「力学はまぁ、なんとか、分からんでもないような領域に来たような気がするが……」

あすみ 「相変わらず波がよくわからねーんだよ。横波はまだいいよ。なんだよ縦波って。舐めてんのか」

成幸 「珍しくめちゃくちゃなこと言ってますね。前に古橋も似たようなこと言ってましたよ?」

あすみ 「……あいつらと同レベルのことを言ってしまった……」

ズーン

成幸 (……めずらしく感情の浮き沈みが激しい。相当波に手こずってるみたいだな)

成幸 (とはいえ……)

ガヤガヤガヤガヤ……

成幸 「先輩、波の単元については分かりやすくまとめておきますから、仕事に戻ってください」

成幸 「お客さん増えてきましたよ」

あすみ 「む……。たしかにそうだな。よし、戻るか……」

あすみ 「………………」

506: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:50:13 ID:4bT1U2zI
パッ

あすみ 「……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!」

客1 「あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!」

あすみ 「はーい、ただいま参りましゅみー!」

客2 「その次こっち来てねー!」

あすみ 「はいはーい。おねーさんちょっと待っててねー」

客3 「あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!」

あすみ 「きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!」

成幸 「………………」

成幸 「……相変わらずすごい変わり様だ」

成幸 (俺にもああいう調子でいてくれればなぁ……)


 『成幸くんっ、いつもお勉強教えてくれてありがとうございましゅみー!』


成幸 (……いや、やっぱり気持ち悪いからいつもの先輩でいいや)

507: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:51:13 ID:4bT1U2zI
………………

?? 「ふむ……」

?? 「あれが噂の、小妖精メイドあしゅみぃか……」

?? 「噂に違わぬカリスマ性……いや、アイドル性を持ち合わせたメイドだな」

?? 「………………」

?? 「……ふむ」

クスッ

?? 「欲しいな」

マチコ (……うーん)

マチコ (あの隅の席に座ってる人、あしゅみーをずっと見てるような……)

マチコ (一体なんなんだろう……?)

508: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:52:07 ID:4bT1U2zI
………………閉店後 掃除

あすみ 「……っふぅー。やっとバイト終わりかー。今日はお客さんめっちゃ多かったなー」

成幸 「そうですね。先輩も今日はやけに気合い入ってましたね」

あすみ 「まぁなー。勉強で分からないところにぶち当たったストレスは、仕事で発散するに限るからな」

マチコ 「はは、バイトとストレス発散が兼ねられるなんて、あしゅみーはほんとすごいよね」

あすみ 「……っつーか、マチコ、後輩に掃除までさせてるのかよ。アタシの勉強を見るだけじゃないのか?」

マチコ 「心配召されるなー。ちゃんと店長にバイト代払わせてるから大丈夫」

成幸 「俺も、問題集を買うお金になるから助かってます」

あすみ 「……お前がいいならいいけどさ」

カランコロン……

マチコ 「ん……? 入店のベル? 変だなぁ。閉店の札は下げといたはずだけど……っと」

?? 「……失礼するよ」

成幸 (女の人……?) 「あ、すみません。お店はもう閉店で……」

マチコ (……この人、閉店までずっと店の隅にいた……あしゅみーのことずっと見てた人だ!)

マチコ (まさか、あしゅみーのストーカー……!?)

509: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:53:23 ID:4bT1U2zI
?? 「ああ。閉店後でないとつかまらないと思ったからね」 ニコッ 「“あしゅみー” さん?」

あすみ 「えーっと、どちらさまですかー?」 キャルン

?? 「素晴らしい変わり身の速さだな。私が店の客だと見抜いたか」

?? 「ともあれ、すまない。先に名乗るべきだったな。名刺をあげよう」

?? 「こういう者だ。以後お見知りおきを」

あすみ 「……? “アイドル事務所 『ジャムレーズン』 社長兼プロデューサー 五反田音羽” さん……?」

?? 「まぁ、“ここ” で名前を出すものでもないだろうから、気軽にプロデューサーと呼んでくれ。アイドルたちからもそう呼ばれている」

マチコ 「……!? ジャムレーズン!? ジャムレーズンってあの、“レーズンデート” の事務所の!?」

あすみ 「有名なのか?」

マチコ 「テレビとか見ないのあしゅみー!? 唯我クンは……ああ、当然のようにクエスチョンマークが浮かんでるね!」

マチコ 「今年メジャーデビューして、人気急上昇中のアイドルユニットだよ!」

あすみ 「お察しの通り、テレビあんまし見ねぇしなぁ」

成幸 「同じく……」

プロデューサー 「手前味噌ではあるが、それなりに有名になったつもりだったが、まだまだみたいだな」

マチコ 「いや、このふたりがストイックすぎるだけなので、お気になさらずに……」

510: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:54:34 ID:4bT1U2zI
あすみ 「えーっと、話が読めないんだが……アイドル事務所のプロデューサーさんがアタシに何の御用向きで?」

プロデューサー 「ゆっくり話したいことがある。が、今日はもう遅い。明日あたり、時間をもらえないだろうか」

あすみ 「なんか、えらくもったいぶりますね。べつにアタシとしちゃあ興味もないし、聞く気もないんですが」

プロデューサー 「素の君は随分と弁が立つようだな。ますます興味が湧いたよ」

プロデューサー 「まぁ、隠すことでもないし、一言だけはっきりいうとすれば……」


プロデューサー 「君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?」


プロデューサー 「……といったところかな。ま、興味があったら明日、電話をくれ。この辺のファミレスででも話をしよう」

プロデューサー 「電話をくれることを期待してるよ。じゃあね」

あすみ 「言いたいことだけ言って行っちまった。結局なんだったんだ?」

成幸 「さぁ、俺にもよく分からないですけど……」

マチコ 「……あ、あしゅみー、す、すす、すごいことになったよ」

あすみ 「あ?」

マチコ 「あしゅみー、アイドルになれるかもしれないんだよ!?」 キラキラキラ

あすみ 「……はぁ?」

511: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:55:24 ID:4bT1U2zI
………………

マチコ 「これがレーズンデートのメンバー。四人組だね。リーダーのカトルちゃんと……」

あすみ 「あー、いい。どうせ覚えられないから」

成幸 「なんかメイド服っぽい格好ですね」

マチコ 「いいところに気づいたねえ唯我クン。レーズンデートのモチーフはメイドだからね」

マチコ 「で、これがレーズンデートのPV」

あすみ 「………………」

マチコ 「もう少し楽しそうな顔して観て欲しいかな?」

あすみ 「んなこと言われてもなぁ……」

成幸 「え、えっと、可愛らしい衣装と振り付けですね。歌も上手です」

マチコ 「唯我クンの気遣いが胸に刺さるよ……」

あすみ 「……それより事務所の社長のページ、ほんとにさっきの女の人の写真があるな」

あすみ 「本物かよ。暇なのか、アイドル事務所の社長って?」

成幸 「プロデューサーも兼ねてるって言ってましたから、暇なことはないと思いますけど……」

マチコ 「仕事だと思うよ? 新しいアイドルの発掘もプロデューサーの仕事だろうから」

512: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:56:05 ID:4bT1U2zI
あすみ 「それでアタシに目をつけるって……大体、アタシみたいなちんちくりん、テレビ映えしないだろ」

マチコ 「そのあたりは詳しくないから知らないけど……でも、そういうところも含めて、お眼鏡に適ったんだと思うよ?」

あすみ 「これほど嬉しくないことも初めてだけどな……」

マチコ 「えーっ、あしゅみー、アイドル興味ないの!? 女の子だったら誰だって憧れるでしょ!?」

あすみ 「それだとアタシ、女の子じゃないことになるな。まぁ別に構わねぇけど」

マチコ 「唯我クンもそう思うよね!? アイドル憧れたこととかあるよね!?」

成幸 「すいません。俺はそもそも女の子じゃないので分かりません」

マチコ 「かーっ。これだからよー。これだから受験戦争は百害あって一利無しなんだよー」

あすみ 「関係ねーだろ。意味なくやさぐれんな。アタシはアイドルなんぞ興味ない。っつーか、アタシがなりたいのは医者だ」

あすみ 「医者とアイドルなんて方向性が真逆じゃねぇか。アタシには縁のない話だよ」

マチコ 「……えー、でも、もったいないなぁ。あしゅみー、可愛いし、アイドルになれば大人気だと思うけどな」

マチコ 「軽音だってやってたんでしょ? ギターもやれるメイドアイドルとか最高じゃない?」

あすみ 「何がどう最高なのか分からねぇよ。ギターだって趣味程度だ。仕事にする気はない」

マチコ 「……はぁ。せっかくアイドルデビューするあしゅみーの推し一号になれるかも、とか思ったけど、本人にその気がないんじゃ仕方ないね」

あすみ 「ああ。まぁ、気をもたせんのも悪いから、明日断りの電話だけ入れておくさ」

513: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:57:20 ID:4bT1U2zI
あすみ 「変なことがあったせいで掃除が長引いちまったな。さっさと帰ろうぜ」

マチコ 「はーい」

成幸 「………………」


―――― 『……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!』

―――― 『あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!』

―――― 『はーい、ただいま参りましゅみー!』

―――― 『その次こっち来てねー!』

―――― 『はいはーい。お嬢様もちょっと待っててくださいねー』

―――― 『あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!』

―――― 『きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!』


成幸 (……こんなこと言ったら絶対不機嫌になるから言わないけど、)

成幸 (たしかに、店での先輩を見ている限り、先輩にアイドルってぴったりなんじゃないか?)

成幸 (本人が気にしている通り背は低いけど美人さんだし、顔が小さいから全体のスタイルだって悪くない)

成幸 (……まぁ、絶対本人には言わないけど)

514: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:58:06 ID:4bT1U2zI
あすみ 「………………」 コソッ 「……おい、後輩」

成幸 「わっ……き、急に距離を詰めないでくださいよ。びっくりした……」

あすみ 「店で発情してんじゃねーよ、●●●君。それより、この後暇か?」

成幸 「へ? まぁ、家に帰って勉強するだけですけど……」

あすみ 「じゃあ、悪いけどちょっと付き合えよ。親父がお前を家に連れてこいってうるさいんだよ」

あすみ 「お前のことえらく気に入ったみたいでな。最近じゃあの人お前のこと息子って呼んでるぞ……」

成幸 「待ってください。怖くなってきました。嘘だってバレたらどうなるんですか!?」

あすみ 「……まぁ、そんときゃそんときだ。それに……」

ギュッ

成幸 「!?」 (ち、ちかっ……つか、なんで腰に手を回して……!?)

あすみ 「嘘を本当にするのも、アリかな、なんて……」

成幸 「へっ!? そ、それって……」

あすみ 「……お前、いい加減学習しろよ。冗談だよ」

成幸 「だぁあああああ!! そういう冗談やめろって言ってるでしょーが!」

成幸 「っていうか肉体的接触は冗談でもなんでもないですよ!?」

515: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 14:58:46 ID:4bT1U2zI
あすみ 「怒るなって。帰りにコンビニで肉まんおごってやるから」

成幸 「ごちそうさまです!」

あすみ 「……肉まんひとつで機嫌を直しちまうお前の将来が少し心配だよ」

マチコ 「ほらー、唯我クンもあしゅみーも、じゃれてないで早くかえろーよー」

あすみ 「ああ、悪い悪い。じゃあ行くぞ、後輩」

成幸 「あ、はい。ちょっと待ってください、荷物取ってきます!」

あすみ 「おうよー」

あすみ 「………………」

あすみ (……アイドルかぁ)

あすみ (考えたこともなかったし、そんなことを急に言われたって、全然実感わかねぇよ……)

あすみ (ジャムレーズン、ねぇ……)


―――― 『君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?』


あすみ 「………………」

あすみ (……いや、光り輝くアイドルのオーラってなんだよ)

516: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:00:01 ID:4bT1U2zI
………………小美浪家

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

小美浪父 「………………」

プロデューサー 「………………」

あすみ (……なぜだ。なぜ、こんなことになっている?)

あすみ (途中まではなんの問題もなかった。ピザまんと肉まんを買い、後輩と交換こしながら食べたりしたくらいまでは)

あすみ (家に帰ってすぐ、違和感があった。いつもは父の靴しかないはずの玄関に、なぜか女物のパンプスがあった)

あすみ (よもや女でも連れ込んでるのかクソ親父と息巻いて居間に行ったら、ほんの数十分前に会ったうさんくさいプロデューサーの姿がそこにあった)

あすみ 「……いや、あんた明日電話をくれとか言ってなかったか!?」

プロデューサー 「いやー、私も途中まではそのつもりだったんだけどなぁ」

プロデューサー 「社長として、いや、プロデューサーとしての直感で 「あ、こいつ断るつもりだな」 って分かったからさ」

プロデューサー 「先手を打って外堀を埋めるためにおうちにお邪魔しちゃいました」

あすみ 「笑顔でえげつないこと言うなあんた!」

517: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:01:30 ID:4bT1U2zI
成幸 「……えっと、とりあえず、俺はお邪魔みたいですから、帰りますね」

ガシッ

成幸 「へ……? 先輩?」

あすみ (……このカオスな空間にアタシひとり置いていくつもりか!?) コソッ

成幸 (そんなこと言われたって、俺にもどうすることもできないですよ!?) コソッ

あすみ (いいから、ここにいてくれるだけでいいから! 頼む……)

成幸 (うっ……そ、そんな顔しないでくださいよ。わかりました。俺もここに残りますから)

あすみ (……悪い。サンキュな、後輩)

プロデューサー 「……ふむ」

プロデューサー 「突然申し訳ないが、その仲睦まじい様子、君たちは付き合っているのか?」

成幸 「はい!? え、えっと……」

小美浪父 「………………」

成幸 「は、はい。付き合ってます……」 (お父さんの手前、この人にもうそをつかなくちゃ……)

あすみ 「そ、そうだ! アタシと後輩は付き合ってるんだ。だからアイドルなんて――」

プロデューサー 「――その点なら安心して欲しい。恋人がいようがなんだろうが、私は構わない」

518: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:02:12 ID:4bT1U2zI
あすみ 「は……? い、いや、でも、アイドルって普通、そういうの厳禁なんじゃ……」

プロデューサー 「普通はね。でも、私はべつにそうとは思わない」

プロデューサー 「現に、君とユニットを組んでもらおうと思っているこの写真の子、一ノ瀬一乃というが、」

プロデューサー 「ファンのヨシくんと清く正しいお付き合いをしている」

プロデューサー 「他のファンもそれを理解した上で、ファンでい続けてくれているよ」

あすみ 「いや、えっと……」

あすみ 「お、親父! なんでさっきから黙ってるんだよ! 娘がわけわからんアイドル事務所に勧誘されてるんだぞ!」

あすみ 「親父、あんたこういうの好きじゃないだろ? ビシッと言ってやってくれよ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……この事務所の中期経営計画を見せてもらった。堅実な経営方針だ」

あすみ 「は……?」

小美浪父 「上場も視野に入れているようだし、何より投資も積極的に行っている。副業の喫茶店経営の方も順調そのものだ」

あすみ 「親父……?」

小美浪父 「……そして何より、娘がアイドル……」 パァアアア 「……パパ、アリかな、なんて思うんだ」

成幸 「お、お父さん……?」 (見たこともないような晴れやかな顔だ……)

519: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:03:13 ID:4bT1U2zI
あすみ 「ダメだこの親父! 完全に向こう側についてやがる!!」

あすみ 「ああ、くそ! 誰がなんと言おうとダメなものはダメだ! アタシは、この病院を継ぐって決めてるんだよ!」

あすみ 「アイドルなんかやってられるか! アタシは勉強で忙しいんだよ!」

プロデューサー 「ほう。では、あしゅみーさんはいま、医学部の学生さんということかな?」

あすみ 「っ……」 ギリッ 「まだ、違うけど……」

プロデューサー 「そうか。それはそれで構わない。医者を目指しながらでも、アイドルはやれる」

あすみ 「舐めんな! アタシは、そんな半端な気持ちで何かをやるつもりはない!」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「……なんだよ、親父」

小美浪父 「……なら、本気でやってみたらどうだ?」

あすみ 「なっ……。お、親父、あんた……」

小美浪父 「……色々なことを考えた。お前の将来のことや、この病院のことも」

小美浪父 「お前は、私がどんなに諦めろと言っても、医学部受験を諦めなかったな」

小美浪父 「他の道など考えられないと。他にやりたいことなどないと」

520: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:03:49 ID:4bT1U2zI
あすみ 「親父……。何が言いたいんだよ」

小美浪父 「たしかに、他にやりたいことがないのに、適当な進路を目指すのは苦痛だろう」

小美浪父 「なら、アイドルはどうだ? 今まで考えたこともなかった進路が目の前にあるんだ」

小美浪父 「少し考えてみろ。そうやって、そのときの気持ちで感情的になるのは、お前の悪いところだ」

あすみ 「っ……」

小美浪父 「お前、人前で歌ったりするの好きだろう? 高校でも軽音をやっていたじゃないか」

小美浪父 「今だってときどき、ギターの練習をしているのを聞いているぞ」

あすみ 「そ、それは! ただの趣味だよ……そんなの……」

小美浪父 「もちろん、本当のアイドルになるのはとても大変なことだろう。なれる保証もない」

小美浪父 「だが、お前の苦手な理科科目を苦しい思いをして乗り越えて、その先にお前は本当に幸せになれるのか?」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」


小美浪父 「……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?」


あすみ 「ッ……!」

小美浪父 「……これはずっと、言おうと思って言えなかったことだ。言ってしまえば、戻れないと思ってな」

521: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:04:36 ID:4bT1U2zI
あすみ 「……なんで」

あすみ (なんで、あんたがそんなことを言うんだよ……)

あすみ (なんで……!)


―――― 『……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?』


あすみ (……そんなの)


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


あすみ (そんなの、あんたが一番よく知ってるだろうが!!)

グスッ

あすみ 「ッ……」 ガタッ

成幸 「先輩!? ど、どこに行くんですか!!」

522: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:05:26 ID:4bT1U2zI
成幸 「っ……お、お父さん! 今のはいくらなんでも……」

小美浪父 「……なぁ、唯我くん。あすみは本当に国立医学部に入れると思うかい?」

成幸 「そ、そんなの……」

成幸 「やってみなくちゃわからないじゃないですか!!」

成幸 「わからないから、がんばってるんでしょう。わからないから、やるしかないんですよ」

成幸 「少なくとも、先輩はそのために最大限の努力をしていると、俺は思いますよ」

小美浪父 「………………」

成幸 「……すみません。言いすぎました。先輩を追いかけます。失礼します」

タタタタ……

小美浪父 「……と、いうことです。足を運んでいただいたのに、申し訳ない」

プロデューサー 「いえいえ。というか、私のせいで家庭不和を起こしてしまったのなら、謝っても謝りきれないのですが……」

小美浪父 「いや、避けては通れない道ですから。いい機会でした」

小美浪父 「……彼がそばにいてくれるなら、私ももう少し、あすみの自由にさせてあげようかと思います」

小美浪父 「すみません。お引き取りください」

プロデューサー 「わかりました。それでは、失礼します」

523: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:06:14 ID:4bT1U2zI
………………公園

あすみ 「………………」

グスッ

あすみ (……情けねぇ。泣き止めよ、アタシ。そんなに弱かねぇだろうが)

あすみ (べつに、アタシは、アタシがなりたいから医者を目指してるだけだ)

あすみ (アタシが、あの医院を継ぎたいから、医者になろうとしているだけだ)

あすみ (親父なんか関係ない。親父のことなんか……)

グスッ

あすみ 「っだー!! ちくしょう! いい加減止まれよー!!」

  「……珍しく荒れてますね。先輩らしくないですよ」

あすみ 「へっ……こ、後輩……?」

ハッ

あすみ 「こ、こっち見んな!」

成幸 「……泣き顔見せたくないのはわかりますけど、今さら見ても見なくても変わりませんからね?」

あすみ 「う、うるせー!」

524: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:06:57 ID:4bT1U2zI
成幸 「あと……」

ファサッ

あすみ 「へ……? これ、お前の上着……」

成幸 「さすがに夜は冷えますよ。ノースリーブじゃ寒いでしょ」

成幸 「へくしっ……」

あすみ 「……お前がくしゃみしてるじゃねぇか」

成幸 「俺はいいんですよ。女性が身体を冷やすのはよくないって、医者志望なら知ってるでしょ」

あすみ 「……調子狂うこと言いやがるな。なんだ? 弱ったアタシなら勝てると踏んだか?」

成幸 「先輩と勝ち負けを競った憶えはありませんよ。でも、良かった」

あすみ 「あん?」

成幸 「泣き止みましたね」

あすみ 「ぐっ……」 ジロッ 「なんだ、後輩。今日はえらく調子狂うことばっかり言うじゃねぇか」

成幸 「先輩の方こそ、やけに弱気で調子狂いますよ。お父さんに何も言い返さずに逃げるなんて、らしくない」

あすみ 「……うるせぇ」

525: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:07:51 ID:4bT1U2zI
あすみ 「お小言垂れるためにアタシを追いかけてきたのか?」

成幸 「それもありますけどね。“いてくれ” って言ったくせに、自分が逃げ出すし……」

あすみ 「うっ……。それは、悪いとは思ってるけど……」

成幸 「それに、お父さんの手前、追いかけないわけにもいかないでしょう?」

成幸 「俺は、先輩の彼氏なんですから」

あすみ 「っ……」

あすみ (……本当に、調子狂うことばっかり言いやがる)

あすみ 「……お前は、」

成幸 「はい?」

あすみ 「……お前も、アタシにアイドルになれって言うのか?」

成幸 「………………」

成幸 「……まぁ、正直、先輩はアイドル気質っていうか、ぴったりだと思いますけどね」

あすみ 「………………」

成幸 「でも、先輩は医者になりたいんでしょう? あの病院を継ぎたいんでしょう?」

あすみ 「……ああ」

526: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:08:35 ID:4bT1U2zI
成幸 「じゃあ、アイドルなんて目指してる場合じゃないでしょう」

あすみ 「え……?」

成幸 「……一次試験も近いんです。気は抜いてられませんよ」

成幸 「早く帰って勉強しましょう? 波の部分、俺がまとめたノート、ちゃんと読んでおいてくださいよ?」

成幸 「せっかくがんばって書いたんだから……」

あすみ 「………………」 クスッ (……そうか。そうだよな。お前は、)

あすみ (……お前は、アタシのことを、よく分かってやがるな)

成幸 「……先輩? 聞いてます?」

あすみ 「聞いてるよ。わかってる。お前がせっかく書いてくれたんだから、ちゃんと読んでおくよ」

あすみ 「……読んでおくから、明日、また勉強付き合ってくれ。すぐ確認したい」

成幸 「いいですよ。さっさと苦手を潰しちゃいましょう」

あすみ 「ああ。頼むぜ、後輩」

成幸 「はい、先輩」

527: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:09:15 ID:4bT1U2zI
………………小美浪家

小美浪父 「………………」


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


小美浪父 「……もちろん、覚えているさ」

小美浪父 「覚えているからこそ、お前が昔の約束に縛られているんじゃないかと不安になるんだ」

小美浪父 「私が不用意に言ったことで、お前が不自由な思いをしているんじゃないかと、怖いんだ」

小美浪父 「だから……――」


あすみ 「――関係ねぇよ。そんなの」


小美浪父 「……!? か、帰っていたのか、あすみ」

あすみ 「おう。ただいま」

528: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:09:48 ID:4bT1U2zI
あすみ 「………………」

小美浪父 「………………」

あすみ 「……アタシは、べつに、そんな昔のことを引きずってるわけじゃない」

あすみ 「たしかに、きっかけはそれだったかもしれない」

あすみ 「でも、もっと色んなことを考えて、医者っていう進路を選んだんだ」

小美浪父 「あすみ……」

あすみ 「だから、べつにあんたが責任感じる必要はねぇよ。アタシはアタシだ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……そうか。それもそうだな」

小美浪父 「まぁ、無理だとは思うが、せいぜいがんばりなさい。国立大医学部」

あすみ 「……けっ。後で吠え面かいてもしらねぇからな」

小美浪父 「唯我くんに迷惑をかけるのもほどほどにな」

あすみ 「うるせぇ。……わかってるよ」

529: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:10:43 ID:4bT1U2zI
小美浪父 「……ところで、その上着は、唯我くんのか?」

あすみ 「ん……あ、やべ、返すの忘れた……」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「あん?」

小美浪父 「……医学部を目指そうとアイドルを目指そうと何を目指そうといい」

小美浪父 「後生だから、唯我くんだけは離すなよ。私は将来、彼と酒を酌み交わすのを楽しみに今を生きているんだ……」

小美浪父 「ああ、息子よ……」 キラキラキラ……

あすみ 「………………」

あすみ (……悪い、後輩)

あすみ (お前、マジでアタシと結婚することになるかもな)

あすみ (……まぁ、) クスッ (アタシはべつに構わないけど、なんて……)

あすみ (……明日言ってやったら、また顔、真っ赤にするかな)

あすみ (楽しみだな。また明日、後輩と勉強……)

あすみ (あいつ、どんな顔をするのかな)


おわり

530: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 15:11:24 ID:4bT1U2zI
………………幕間 「IDOROLL 受難のスカウト」

プロデューサー 「……もしもし? 一乃か? ああ、悪い。取りそこねたよ、新人」

プロデューサー 「お前と身長的にもぴったりだから、期待したんだけどな」

プロデューサー 「しかも、ギターもやってたっていうし、こりゃ願ったり叶ったりって感じだったんだが……」

プロデューサー 「琴弾をセンターにおいて、お前と新人で両サイドギター……なんて……」

プロデューサー 「……あー、わかってるよ。できるだけ早くメジャーデビューさせてやるから焦るなって」

プロデューサー 「じゃあな。明日の公演もあるんだから、早く寝ろよ?」 ピッ

プロデューサー 「……あしゅみー、かぁ。惜しいなぁ。アイドルやってくれないかなぁ」

プロデューサー 「……まぁ、仕方ない。大人しく次の候補を……――」

トトトトトト……

理珠 「……えっと、次の出前先は……」

プロデューサー 「!?」 (あ、あの小ささに、あの凶悪なブツ……そして和服に眼鏡!? 萌え要素の怪物か!?)

プロデューサー 「き、君! アイドルやらないか!?」

理珠 「は? やりませんけど?」

おわり

533: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:24:01 ID:4bT1U2zI
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】うるか 「フルピュアダンスショー?」

534: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:24:47 ID:4bT1U2zI
………………水泳部

滝沢先生 「そうなんだ。文化祭でのダンスが好評だったみたいでな」

滝沢先生 「ぜひダンスショーをお前たちにやってほしいと、近くの幼稚園たってのお願いなんだそうだ」

滝沢先生 「近隣の幼稚園や保育園の子どもたちと、地域の子どもたちを集めて、学校で開催するらしい」

海原 「センセー、一応私たち受験生なんですけど」

滝沢先生 「んなことわかってるよ。私だって悪いと思ってるんだ。武元は国体も控えてるしな」

滝沢先生 (学園長め。近隣の幼稚園からほいほい仕事を引き受けてきやがって、)

滝沢先生 (最終的に生徒にお願いするのは私たち教員だって分かってんのか、あの人……)

滝沢先生 「こういう言い方をするといやらしいが、ボランティアの実績にもなるし、推薦書や願書にも書ける」

滝沢先生 「あと、やってくれたら飯くらい奢ってやるよ。だから引き受けてくれ、頼む」

海原 「んー、まぁ、わたしは構わないけど……」

川瀬 「私もだ。先生にここまで言われちゃ、やるしかないっしょ」

滝沢先生 「本当か? 悪い、助かる」

うるか 「………………」

滝沢先生 「武元……? やっぱりお前は、国体もあるし、難しいか?」

535: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:26:03 ID:4bT1U2zI
うるか 「へっ? あ、いや、そうじゃなくて、ちょっと考え事してて……」

うるか 「あたしも、やってもいいです。ただ、衣装が……」

滝沢先生 「衣装? 文化祭で踊ったときの衣装が三人分あるだろ?」

うるか 「いや、あれだけだと、主人公のフルピュア・ピンクがいなくてバランスが悪いっていうか……」

うるか 「そもそもフルピュア・ダークネスを含めた四人でフルピュアというか……」

うるか 「あ、いや、もちろんダークネスはまだライバルキャラですけど、気持ちは完全にピンクに傾いているし……」

うるか 「そろそろ正式にフルピュアに加入する気がするんですよね。そうしたら名実ともに――」

滝沢先生 「――ま、待て、武元。お前が何を言っているのか少しも理解できん」

滝沢先生 「ともあれ、私の記憶違いかもしれんが、ピンク色の衣装も文化祭の予算で買っていたはずだが……」

うるか 「……あー、えっと……桐須先生が着て……」

滝沢先生 「着て?」

うるか (……破いちゃったとか言ったらかわいそうだよね……えっと……)

うるか 「……気に入ったって言って、持って帰っちゃいました」

滝沢先生 「………………」

滝沢先生 (……驚いた。桐須先生にそんな趣味があったのか。これは、聞かなかったことにした方がよさそうだ)

536: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:30:55 ID:4bT1U2zI
滝沢先生 「……まぁ、なんにせよ三着しか衣装がない上に、踊れるのがお前たち三人だけなら、」

滝沢先生 「三人でやってもらうしかないだろうな」

うるか (……うーん、でもなぁ。ピンクがいないんじゃ、きっと子どもたちもガッカリだよ)

うるか (なんとか手はないかな……)

ハッ

うるか 「あっ……」

滝沢先生 「どうかしたか?」

うるか 「……良いコト思いついちゃいました!」

うるか 「先生、ちょっとあたしに任せてもらってもいいですか?」

うるか 「絶対、かんぺきなフルピュアダンスショーを開いて見せますから!」

滝沢先生 「お、おう。いきなりやる気だな」

滝沢先生 「わかった。お前に任せる。頼んだぞ、武元」

うるか 「はい!」

537: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:31:34 ID:4bT1U2zI
………………

うるか 「……っていうことで、お願い、成幸。フルピュア・ピンクの衣装作って?」

成幸 「………………」

ハァ

成幸 「お前なぁ……。俺だって暇じゃないんだぞ?」

うるか 「わかってるよー。でも、他にお願いできる人なんていないしさ」

うるか 「つ、作ってくれたらさ、お礼にまた今度、うちでご飯ごちそうしてあげるし……」

海原 「おー、いつになく積極的ですな、川瀬隊員。お礼にかこつけて家に連れ込もうとしてますしな」

川瀬 「そうですな、海原隊員。というか、すでに一度家に入れたことがある的な発言が気になりますな」

うるか 「も、もー! 海っち川っちうるさい!」

成幸 「……まぁ、お前たちも先生に頼まれて仕方なくってところだろうし、」

成幸 (きっと滝沢先生もあの学園長に振り回されてるだけだろうし、)

成幸 「仕方ない。協力してやるよ。それに、お前の作る料理、本当に美味かったからまた食べたいしな」

うるか 「は、はうっ……///」

538: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:32:11 ID:4bT1U2zI
川瀬 「おーおー、甘すぎて砂糖吐きそうだ。なぁ、海原隊員?」

海原 「ほんと、早く付き合っちゃえばいいのに……」

ピロリン

海原 「ん、メール……あ、陽真くんからだっ……」

川瀬 「………………」 (私も早く彼氏作ろう……)

成幸 「ところで、衣装を作るのはいいが、誰が踊るんだ? 当たり前だけど、お前らだけじゃ無理だろ?」

うるか 「ふっふっふ、このうるかちゃんを舐めてもらっちゃ困るぜ、成幸」

うるか 「そんなの、頼める相手なんてひとりしかいないじゃん。今からお願いに行くから、付き合ってよ」

成幸 (あっ、なんか猛烈に嫌な予感がする)

海原 「わたし、ちょっと陽真くんからメール来たから行くね。あとよろしく、うるかっ」

川瀬 「……私もちょっと気分が落ち込み気味だから先帰るわ。あとは頼んだ、唯我」

成幸 「お、お前ら!? ち、ちょっと待て――」

――ガシッ

うるか 「さ、行くよ、成幸!」

ズルズルズルズル…………

539: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:32:54 ID:4bT1U2zI
………………職員室

うるか 「ということなんで、先生、また一緒に踊りませんか?」

真冬 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (怖え!! 半端なく怖え!!)

成幸 (絶対怒ってる絶対怒ってる絶対怒ってる! 顔がいつもの怒ってる顔だし! なのになんで……)

うるか 「……? 先生? 聞いてます? お留守ですかー? なんちってー」

成幸 (なんでうるかはそれに気づけないんだよぉぉおおおおおお!!)

真冬 「……唯我くん」 ギロリ

成幸 「は、はい!?」 (何で俺を睨み付けるの!?)

真冬 「これはどういうことなのか、もう一度説明してほしいのだけど」

成幸 「せ、説明も何も、俺も今さっきうるかに巻き込まれただけで、詳しくは……」

真冬 「……は?」

成幸 (いや俺を威圧されてもー!?)

540: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:33:41 ID:4bT1U2zI
成幸 「えっと……」 コソッ 「先生、嫌だったら断ってもらっても大丈夫ですよ?」

真冬 「そうしたいのはやまやまなのだけれど、」 コソッ

真冬 「学園長からのお願いに付き合わされている水泳部の子たちのことを考えると、そういうわけにもいかないわ」

真冬 「学校側のお願いを聞いている彼女たちの希望なら、できる限り叶えてあげる必要があるもの」

成幸 (相変わらず律儀というか、面倒くさいというか……生きづらそうな人だよな、この人)

真冬 「………………」

真冬 「……あなたが衣装を作るのよね?」

成幸 「え、ええ。一応、その予定ですが……」

真冬 「……わかったわ。引き受けます」

うるか 「!? ホントですか!? ありがとうございます、桐須先生!」

真冬 「ただし、ボランティアとはいえ、手をぬくことは許されないわ」

真冬 「あなたたちの振り付けまですべて私がコーチします。いいですね?」

うるか 「願ったり叶ったりです! よろしくお願いします、先生!」

真冬 「え、ええ……」 (……普通の生徒であれば、怖じ気づくところだというのに、)

真冬 (武元うるかさん。不思議な子だわ)

541: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:34:14 ID:4bT1U2zI
成幸 「先生、本当に引き受けちゃっていいんですか?」

真冬 「仕方ないでしょう。私だって気乗りはしないけれど、生徒だけにやらせるわけにもいかないわ」

真冬 「それに、子どもたちのことを考えれば、ピンクが必要というのも分かる話だわ」

真冬 「キャラクターが欠けるというのは、どうであれ子どもたちが気にする要因になりかねないもの」

成幸 「先生がいいならいいんですけどね……」

真冬 「それより、」

コソッ

真冬 (後で時間をちょうだい。約束よ)

成幸 (へ……? べつにいいですけど……)

542: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:35:00 ID:4bT1U2zI
………………放課後 真冬の家

真冬 「……こ、これでいいかしら?」

成幸 「……は、はい……」

真冬 「へ、変な顔をしないでもらえるかしら? 私だって恥ずかしいのだから……」

成幸 「すみません……。じゃあ、行きますよ?」

真冬 「ええ」

スッ

真冬 「んっ……あっ……」

成幸 「へっ、変な声、出さないでください……」

真冬 「ごめんなさい。こんなの、初めてだから……」

成幸 「俺だって初めてですよ……」

成幸 (こんな……)


成幸 (女性の部屋で女性の採寸をするなんてー!!)


成幸 「っていうか大体のサイズ分かりますよね!? 何でわざわざ採寸するんですか!?」

543: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:36:12 ID:4bT1U2zI
真冬 「そんなの決まっているでしょう?」

真冬 「もしも幼稚園でのダンスショー中に衣装がはじけ飛んだりしたら……」

ガタガタガタガタ……

真冬 「私は間違いなくクビだわ……」

成幸 「あ、ああ、なるほど……」

成幸 (文化祭のとき、衣装がはじけ飛んだことがよっぽどショックだったんだな……)

成幸 「……ん、肩幅は終わったので、次、腕の長さを測ります」

真冬 「ええ。お願いするわ」

成幸 (桐須先生、ジャージは身につけてるけど……)

成幸 (丈を計るってことは、否応なしに身体に触れることになるわけで……)

真冬 「あっ、ん……」

成幸 (先生は先生で俺の指が触れるたびに変な声を上げるしー!)

544: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:37:17 ID:4bT1U2zI
成幸 「これ俺じゃなくてもいいですよね!? うるかにやってもらったら良かったじゃないですか!」

真冬 「愚問。あなたが裁縫をするのだから、あなたが採寸すれば私の丈を知るのはあなただけになるじゃない」

成幸 「理屈は分かりますけどね……」

真冬 「それに、武元さんに私の色々なサイズを知られるのは、少し怖いし……」


―――― 『それにせんせー……すっごいいい体してましたしっ! マジソンケーですっ!!』


真冬 「っ……」 ブルッ

成幸 (一体うるかとの間に何があったのだろうか……)

成幸 「……っと、ほとんど丈を計り終えましたけど、スリーサイズは――」

真冬 「――は?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

成幸 「当たり前ですけど俺が測るわけないですよね。すみません、失言でした」

真冬 「……スリーサイズは私がメモしておくわ。後で見てちょうだい」

成幸 「えっ……で、でも、それだと俺が先生のスリーサイズを知ることに……」

真冬 「し、仕方ないでしょう! 衣装がはじけ飛ぶよりマシだわ……」

545: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:38:02 ID:4bT1U2zI
成幸 「わかりました。じゃあ、スリーサイズも頂きますけど……」

成幸 「天地神明に誓って、衣装作り以外には使いません!」

真冬 「ふ、不潔! 私の体のサイズを衣装作り以外の何に使うと言うの!?」

成幸 「ち、違います! そういう意味で言ったわけじゃありません!」

真冬 「……オホン。では、衣装作り、よろしくね。あなたの勉強時間を取ってしまって恐縮だけど……」

成幸 「いやいや、先生こそ、忙しいでしょうに、うるかのお願いを聞いてくれてありがとうございます」

成幸 「本当に、先生って実は生徒想いで優しいですよね」

真冬 「っ……。あまり変なことを言わないでくれるかしら? 不愉快だわ」

成幸 「不愉快って……」

成幸 (生徒想いって言われて不愉快に思う先生もなかなかいないだろうなぁ……)

成幸 (まぁ、照れ隠しってわかるからいいんだけど)

真冬 「さっそく明日からダンスの練習ね。振り付けをしっかり覚えておかないと……」

成幸 「へ? 振り付けはうるかたちと明日覚えるんじゃ……」

真冬 「それは生徒側のことでしょう? 生徒が覚えるときに教師も一緒に覚えるなんてお話にならないわ。教師は先んじて覚えておくのが筋でしょう?」

546: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:45:39 ID:4bT1U2zI
成幸 「さ、さすがは桐須先生……すごいプロ意識だ」

真冬 「当然。教師として当たり前のことを言っているだけよ」

ファサッ

成幸 (髪をかき上げて、悠然と微笑む桐須先生。画になるけど……)

成幸 「……得意げな顔になるのは、掃除してからにしましょうか」

真冬 「し、失礼! これでも定期的に掃除機はかけているのよ?」

成幸 「掃除機かける以前にゴミを定期的に出してください! あと片付けをしてください!」

成幸 「……とりあえず、今日も帰る前に掃除していきますね」

真冬 「面目ないわ……。いつもありがとう、唯我くん」

成幸 「あ、先生は振り付けを覚えていていいですよ。どうせまた夜遅くまでやるつもりだったんでしょう?」

真冬 「えっ……?」

成幸 「また学校で眠くなっちゃいますよ? 掃除は俺が勝手にやるだけですから、気にしないで振り付けを覚えるのに集中してください」

真冬 「………………」 プイッ 「……わかったわ。ありがとう」

真冬 (まったく、生徒にこんなに気遣われるなんて、調子狂うわ。でも……)

真冬 (……悪い気は、しないけれど)

547: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:46:15 ID:4bT1U2zI
………………翌日 放課後

真冬 「……と、いうことで、講師兼ダンスチームの一員の、桐須真冬よ」

真冬 「ビシバシ鍛えていくからそのつもりで。ボランティアとはいえ、手を抜くなんてことのないように」

海原 「うわぁ……」

川瀬 「マジか……」

うるか 「はーい、桐須センセ! よろしくお願いしまーす! ほら、海っちも川っちも!」

海原 「よ、よろしく……」  川瀬 「お願いします……」

真冬 「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

真冬 「……では、早速だけれど、振り付けを指導していくわ」

うるか 「幼稚園生のためにがんばろー!」

成幸 (……うんうん。桐須先生のことが苦手じゃないうるかが、海原と川瀬を引っ張ってるな)

チクチクチクチク……

成幸 (いいことだ。心配になってきてみたけど、桐須先生と他のふたりの距離を縮めてくれそうな気がするぞ)

成幸 (……っと、サイズを間違えるわけにもいかないし、裁縫に集中しないと)

川瀬 (なぜ唯我はここで衣装製作をしているんだ……?)

548: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:47:20 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 「――はい、そこでターン、からの両手を上げて、下ろす。右足、左足、右手……」

真冬 「……いいでしょう。少し休憩にしましょう」

ヘタリ

川瀬 (ほ、本当にすごいスパルタだ。間違えた瞬間指摘が飛んでくるし)

海原 (それなりに鍛えてたつもりだけど、引退してしばらくたつし、結構きつい……)

真冬 「……ふむ。やや遅れ気味ではあるものの、問題なさそうね」

真冬 「さすが、運動神経抜群なのね。こんなに早く振り付けを覚えるとは思ってなかったわ」

うるか 「はい! あたし、勉強は苦手だけど、身体を使うことはすぐ覚えられます!」

真冬 「そう。でも、勉強もがんばってね」

うるか 「あちゃー、言われちったー」

川瀬 (うるか、よくあの氷の女王にそんなフランクに行けるな……)

海原 (桐須先生、私から謝ります! ごめんなさい……!)

真冬 「……さて、休憩できたかしら。では、今やったところをもう一回反復しましょうか」

川瀬 (休憩終わるの早くない!?)

549: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:48:26 ID:4bT1U2zI
………………一時間後

海原 「………………」

川瀬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

海原 (……あれから休み無しで一時間ちょい)

川瀬 (現役のときならいざ知らず、引退して一ヶ月以上経ってると、さすがに……)

海原&川瀬 ((きつい……))

うるか 「海っち川っち、大丈夫?」

海原 「う、うん。ちょっと、久々に本格的な運動したから疲れちゃって……」

真冬 「……? 海原さん、川瀬さん」

海原&川瀬 「「は、はい!」」

真冬 「ひょっとして、きつかったかしら?」

川瀬 「い、いやいや、とんでもない! 滅相もないです!」

海原 「ちょっと疲れただけなんで、全然大丈夫です!」

真冬 「そう……?」

550: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:49:03 ID:4bT1U2zI
成幸 「……よし。できた」

成幸 「桐須先生! まだ仮縫いですけど、大まかにできたので、一回試着してもらってもいいですか?」

真冬 「ん、わかったわ。じゃあ、武元さん、海原さん、川瀬さん、今日はこのくらいにしましょう」

真冬 「三人とも、明日までに振り付けをすべて完ぺきにしておいてね」

真冬 「武元さんはこの後国体の練習ね。がんばって」

うるか 「はい! ありがとうございました!」

海原&川瀬 「「ありがとうございました……」」

ヨロヨロ……

成幸 「……?」 (なんか、海原と川瀬の奴、顔色悪いな。大丈夫か?)

真冬 「唯我くん。それが私の衣装ね?」

成幸 「あ、はい! 仮縫いなのでゆっくり著てくださいね」

真冬 「わかったわ。着てくるから、ちょっと待っててちょうだい」

551: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:49:41 ID:4bT1U2zI
………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 (桐須先生を待っている時間ももったいないし、フラッシュカード作りを……とは思ったものの)

成幸 (やっぱり、机の上じゃないと腰が痛くなってくるな……)

成幸 (それにしても、海原と川瀬、大丈夫かな)

成幸 (裁縫をしながらときどき練習を見たけど、どうも緊張しているというか……)

成幸 (いつもの元気さがないし、一挙手一投足が震えているというか……)

成幸 (……ひょっとして、桐須先生のことが怖いのか?)

成幸 (文化祭でだいぶ打ち解けたと思ってたんだけどなぁ……)

「ゆ、唯我くん……」

成幸 「あ、桐須先生。どうですか? ゆるいところとか、きついところとかありませ――」

成幸 「……!?」

真冬 「ど、どうかしら……? 変なところはない?」

成幸 「何でフルピュアの格好をしたまま戻ってきたんですか!?」

552: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:50:40 ID:4bT1U2zI
真冬 「し、仕方ないでしょう。私だって恥ずかしいのよ」

真冬 「でも、自分で着てみた限りは違和感はないけど、誰かに見てもらわなきゃ確かなことは言えないもの」

真冬 「……間違っても、衣装が弾け飛ばないように」

成幸 (よっぽどトラウマなんだな、文化祭のときのこと……そりゃそうか)

成幸 (そ、それにしても……) チラッ

真冬 「……?」

成幸 (子ども向けアニメの衣装のはずなのに、桐須先生が着ると……)

成幸 (……いやらしい)

ハッ

成幸 (お、俺は何をバカなことを考えているんだ!?)

成幸 (うるかや子どもたちのために一肌脱いでくれている先生に対して、なんて失礼なことを!)

成幸 (俺のバカ! バカ! バカ!)

真冬 「な、何をしているのか知らないけれど、早くしてくれないかしら?」

真冬 「こんな格好をしているところを、他の先生に見られたりしたら……――」

滝沢先生 「――……あ、いたいた。おーい、唯我。お前、明日の体育だけ、ど……って」

553: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:52:44 ID:4bT1U2zI
滝沢先生 「……き、桐須先生?」

真冬 「………………」 ガクッ 「……いっそ殺してください」

滝沢先生 「な、何も見てない! 私は何も見てないから! 安心して、桐須先生!」

滝沢先生 「唯我! 明日の体育から長距離だから、今日は早く寝ろよ! 体力ない奴は大体明日きついからな!」

滝沢先生 「ってことで以上! じゃあな! 桐須先生! 私は何も見てないから!」

成幸 「あっ、た、滝沢先生! 逃げたな……!」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 「え、えっと、桐須先生? 丈は俺の目から見ても問題なさそうですし、」

成幸 「もう着替えてきては……?」

真冬 「……そうさせてもらうわ」 ズズーン

成幸 (まだへこんでる……うーん、こういうとき、どうやって慰めたら……)

成幸 「せ、先生! 大丈夫ですよ! だって、すごく似合ってますし!」

真冬 「……は?」 ゴゴゴゴゴゴ……!! 「君は、子ども向けアニメの衣装が、私にはお似合いだと言いたいの?」

成幸 「言葉を選び間違えましたすみません!」

成幸 (女性を慰めるのって難しい……!!)

554: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:53:23 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 「はい、唯我くん。では、あとはミシンをよろしくお願いします」

成幸 「任せてください! 完ぺきに仕上げて見せますよ!」

真冬 「………………」

成幸 「……桐須先生? どうかしました?」

真冬 「あっ……いいえ、なんでもないわ」

成幸 「滝沢先生のことだったら、気にしなくてもいいと思いますよ?」

成幸 「言いふらすような先生じゃないですし、本当に見なかったことにしてくれるかと……」

真冬 「ち、違うわ。というか、思い出させないでくれるかしら」

真冬 「……滝沢先生のことではなくて、海原さんと川瀬さんのことよ」

成幸 「海原と川瀬……?」

真冬 「……厳しくしすぎたかしら、私。あの子達のためと思い、やり過ぎてしまったかしら」

真冬 「そもそも、あの子達が頼まれたことだというのに、出しゃばりすぎかしら……」

成幸 「あー……」

成幸 (……本当にまじめな人だなぁ)

555: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:54:15 ID:4bT1U2zI
成幸 (でも、たしかに不思議なんだよな……)

成幸 (桐須先生のこと、そりゃ俺だって怖くないと言えば嘘になるけど……)

成幸 (なんか、今日の海原と川瀬はそれだけじゃないような……)

真冬 「……まぁいいわ。私は仕事に戻るから、唯我くんもそろそろ帰りなさい」

成幸 「まだ仕事があるんですか? だってもう、結構な時間ですけど……」

真冬 「教員なんてサービス残業も織り込み済みじゃないとやれないものよ」

成幸 (ブラックだ……)

成幸 「……っていうか、うるかと俺がボランティアの手伝いをお願いしたからですよね」

真冬 「……?」

成幸 「うるかと俺が先生にこんなことお願いしなければ、先生は自分の仕事にもっと早く取りかかれて……」

成幸 「すみません。先生に迷惑をかけて……」

真冬 「……きみは何を言っているのかしら」

成幸 「えっ……で、でも、実際そうですよね?」

真冬 「違うわ。これも私の仕事だというだけ。私の仕事だから、私がやっている。それだけよ」

真冬 「実際、滝沢先生だって、武元さんの指導でまだ学校にいらっしゃるでしょう? それと変わらないわ」

556: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:54:52 ID:4bT1U2zI
成幸 「桐須先生……」

真冬 (それに、まだこの時間なら、ほぼ全教職員が職員室で仕事していると思うけど……)

真冬 (あまり教職員の忙しさをひけらかすものでもないし、言う必要はないわね)

真冬 「さ、行くわよ、唯我くん」

成幸 「はい!」

キュッ……キュッ、キュッ……

真冬 「……ん?」

成幸 「? なんか、音が聞こえますね。人が動き回ってるような……」

真冬 「生徒がまだ残っているのかしら。部活とかでない限り早く帰さないと」

成幸 「あっ、俺も行きます!」

557: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:55:47 ID:4bT1U2zI
………………同時刻 体育館裏

川瀬 「………………」

海原 「………………」

グタッ

川瀬 「うおお……ダンスの演目が増えるだけでこんなにきついとは……」

海原 「振り付け覚えるだけで精いっぱいだねぇ。でもこの自主練のおかげで、身体もだいぶ動くようになってきたよ」

川瀬 「だな。あともう一周だけして帰るか」

海原 「そだね。うるかも国体の練習がんばってるだろうし、うるかに明日教えられるくらいがんばらないとね」

川瀬 「……それに、桐須先生にもあんまり迷惑をかけられないしな」

海原 「うるかは考えなしだからなぁ。桐須先生、責任感強そうだし、生徒にお願いされたら断れないよね」

川瀬 「最初はただの怖い先生だと思ってたけどな」

海原 「文化祭でもお世話になったしね。唯我くんに水泳教えてるときも優しそうだったし」

川瀬 「……先生に迷惑はかけられないよ。だから、私たちががんばらないと」

海原 「よーし、じゃあ、最初から行くよ!」

川瀬 「どんとこい、だ!」

558: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:56:25 ID:4bT1U2zI
………………物陰

真冬 「………………」

成幸 「……あのふたりの様子がおかしかった理由、わかりましたね」

成幸 「先生の指導が厳しかったというよりは、指導についていけなかったのが悔しかったみたいですね」

真冬 「……唯我くん。あのふたりは、とても良くできた子たちね」

成幸 「そりゃ、まぁ。あの武元うるかを陰から支え続けている立役者ですから」

真冬 「納得したわ。……これは、私も気を抜けないわね」

クスッ

真冬 「明日からもビシバシ行くわ。すべての演目を寸分の狂いもなく仕上げるわよ……」

成幸 (微笑怖っ……)

真冬 「ふふ、昔の血が騒ぐわ……ふふふふふ……」

成幸 「……はぁ。ま、いっか」

成幸 (この四人ならきっと、ダンスショー大成功間違いなしだな)

559: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:56:58 ID:4bT1U2zI
………………当日 学校

成幸 「………………」

ワイワイガヤガヤ……

成幸 (なぜ、衣装はしっかりと仕上げたのに、俺までかり出されているのだろう……)

成幸 (まぁ、いいけどさ)

園児1 「楽しみねー、フルピュア!」

園児2 「あたし、ぶんかさいで見たけど、すごいんだよ!」

園児3 「たのしみー!」

葉月 「わたしたちも楽しみねー! うるかお姉ちゃんも出るのよー」

和樹 「おれはべつに、葉月の付き合いできただけだし!」

葉月 「いつもフルピュアわたしより楽しそうに見てるくせにー」

成幸 (うちの弟妹も参加させてもらえたしな)

成幸 (さて、あとはうるかたちがうまくやってくれることを祈るばかりだな……)

成幸 (……あと、桐須先生の衣装が破けないように、祈るばかりだ)

成幸 (もし万が一破れたりしたら、間違いなく殺される……)

560: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:58:47 ID:4bT1U2zI
理珠 「あ、成幸さん!」

成幸 「ん……? 緒方に古橋!? どうしてここに?」

文乃 「うるかちゃんが教えてくれたからさ。どうせならわたしたちも見たいかな、って」

文乃 「プロデューサー業おつかれさま。完成度はどうかな?」

成幸 「……あー、それは期待してもいいと思うぞ? なんせ、あの桐須先生がガチだから」

理珠 「ガチ……。なるほど、それは見物ですね」

理珠 「私たちの本気を疑う桐須先生の本気とやらはどの程度なのか、しっかりと見定めさせてもらいます」

成幸 (相変わらず桐須先生には敵愾心丸出しだな……)

成幸 (……さて、そろそろスタートだな。がんばれよ、うるか、海原、川瀬……それから、桐須先生)

562: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 22:59:35 ID:4bT1U2zI
………………舞台裏

うるか 「わー、すごい数の子どもたちだよ!」

川瀬 「やめろうるか。これ以上緊張させんな……」

海原 「文化祭のときは知り合いも多かったからまだ冗談で済んだけど……」

海原 「子どもたちっていう無邪気な視線が突き刺さることを考えると、絶対失敗はできないね」

真冬 「………………」

真冬 「……大丈夫よ。あなたたちはよく練習したわ。全曲かんぺきな仕上がりよ」

真冬 「私が言うんだから間違いないわ。あとは、精いっぱい楽しみましょう」

うるか 「はい!」

海原 「りょーかいです!」

川瀬 「……楽しむ、か。そうですね、先生」

うるか 「ね、ね、先生、円陣組もう?」

真冬 「えっ……?」

564: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:02:36 ID:4bT1U2zI

真冬 「わ、私は遠慮しておくわ。あなたたちだけでやったら……」

うるか 「だーめ! 四人でがんばったんだから、四人でやらないと!」

海原 「………………」

川瀬 「………………」

クスッ

川瀬 「だな、うるか。ってことで、」

海原 「桐須先生も、ほら!」

ギュッ

真冬 「あっ……」 (……生徒にこんな風に密着されるなんて、初めてだわ)

真冬 (……まぁ、悪い気は、しないわね)

うるか 「ほら、先生。フルピュア・ピンクはリーダーですよ? かけ声お願いします!」

真冬 「……まったく、仕方ないわね」

真冬 「子どもたちのために、私たち自身の努力に報いるために、精いっぱい踊りきりましょう!」

うるか&海原&川瀬 「「「おー!!」」」

565: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:03:29 ID:4bT1U2zI
………………開演

文乃 「おおー……。すごいね。文化祭のときもこんな感じだったのかな?」

理珠 「……いえ。こんな、いや、まさか……」

文乃 「……りっちゃん?」

理珠 「動きのキレが比べものになりません! どれだけ練習したのですか!?」

理珠 「しかもキレがいいだけじゃありません。四人の動きが完全にそろっています……」

理珠 「……たしかに受け取りました、桐須先生」

メラメラメラ……

理珠 「あなたの本気に負けないように、私も文系受験に全力で挑みます!」

文乃 (……なぜ急に対抗意識を燃やしだしたんだろう)

566: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:04:09 ID:4bT1U2zI
成幸 「……いやはや、改めて見るとこれはすごいな」

成幸 「本職のダンサー顔負けなんじゃないか? さすがは水泳部の精鋭と桐須先生だな」

文乃 「……かっこいいね」

成幸 「ああ。本当にな。さすがだよ」

文乃 「……うん。四人もだけどさ」

成幸 「?」

文乃 「成幸くんが作った衣装も、だよ。お疲れ様でした、プロデューサーくん」

成幸 「あ、ああ……」 ドキッ

成幸 「……そういう風に言ってもらえると嬉しいな。ありがとう、古橋」

文乃 「いえいえ。どういたしまして」 ニコッ

567: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:04:54 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 (不思議だわ。フィギュアをやめた後、人前でダンスをするなんて、もうないと思っていたのに)

真冬 (私はまたこうして、カタチは違えど、舞台に立ち、踊っている……)

真冬 (……ただ先生でいることだけが、残りの人生だと思っていたのに)

真冬 (生徒からつまらないと言われ、怖いと恐れられ、それだけの先生でいると思っていたのに)


―――― 『桐須先生も、ほら!』


真冬 (変われるものね。私、こんなことを生徒と一緒にやることになるとは思っていなかったわ)

真冬 (……変われる、か。私、変われているのね)

真冬 (きっと、唯我くんと、武元さんのおかげね……)

真冬 (このまま、私が変わっていったら、私はどんな先生になるのだろか)

真冬 (はたまた、先生以外の何かに……)

真冬 (……不思議だわ。いつもだったら、こんなことを考えた瞬間、自己嫌悪に襲われるのに)

真冬 (この子たちと踊っていると、そんな気持ちにもならない)

真冬 (本当に、良い子たち。ありがとう、武元さん、海原さん、川瀬さん)

568: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:06:38 ID:4bT1U2zI
………………

うるか (どうしよう、すごく楽しい……!)

うるか (終わるのがもったいない、けど、もう終わっちゃう……)

うるか (……きっと、受験も、国体も、こんな感じだろうな)

うるか (悔いなく、がんばりきって挑めば、きっと……)

うるか (今とおなじくらい、満足した気持ちで挑めるんだ……!)

うるか (成幸が作ってくれた衣装があるから踊れる)

うるか (成幸が英語を教えてくれるから、受験にも挑める)

うるか (成幸が傍にいてくれるから、国体だって負けられない!)

うるか (……あー、もうっ。あたしの全部が成幸ばっかりだ)

うるか (成幸からたくさんのものをもらって、あたしがあるんだ)

うるか (たくさんたくさん、本当にたくさん、ありがとう、成幸)

うるか (……だから、待っててね、成幸)

うるか (あたし、いつか成幸に、絶対絶対、たくさん恩返しするからね!)


おわり

569: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:07:21 ID:4bT1U2zI
………………幕間1 「アニ研部長」

アニ研部長 (例のフルピュアショーがもう一度観られるというから、休日の学校に出向いてみれば……)

アニ研部長 「なんだと!? 今朝出たばかりの新装備、」

アニ研部長 「とうとう主人公についたダークネスとの友情によって生み出された、」

アニ研部長 「スーパーフルピュアティアラを装備しているだと!?」

アニ研部長 「やはり……! このダンスユニットのプロデューサーは、凄まじいフルピュアラーだ……」

アニ研部長 「ぜひいずれ、熱く語り合い、握手を交わしたい……!!」

和樹 「そういや兄ちゃん、朝せっせとカチューシャ改造してたなー」

葉月 「兄ちゃんにかかれば、ティアラを作るのなんて文字通り朝飯前よー」

570: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/14(日) 23:08:32 ID:4bT1U2zI
………………幕間2 「生暖かい目」

滝沢先生 (すごい完成度のダンスだな……。さすが桐須先生が指導してくれただけはある)

滝沢先生 (そして、桐須先生のダンス……やはり、あれはすごすぎる)

滝沢先生 (やはりか。衣装を持って帰ったり、ダンスにノリノリだったり、桐須先生はきっと……)

滝沢先生 (……子ども向けアニメの大ファンなんだな)

滝沢先生 (……大丈夫だ、桐須先生。私はそんなことで先生を見下したりはしない)

滝沢先生 (趣味は人それぞれだ。私は、先生を理解しているから……)

滝沢先生 (桐須先生が怖い教師のフリをした、実は魔法少女に憧れる成人女性であったとしても、)

滝沢先生 (私は気にしないからな!)

………………舞台

真冬 「……!?」 ゾクッ (な、何かしら……今の寒気……)

真冬 (いま、社会人として大切な何かをひとつ、失った気がするわ……!)



おわり

575: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:19:02 ID:gdQsRlws
>>1です。投下します。


【ぼく勉】真冬 「いつかきみが大人になったとき」

576: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:19:52 ID:gdQsRlws
………………一ノ瀬学園 3-B教室

成幸 「………………」

成幸 「ふぁ……ふぁー……ああ……」

成幸 (……でかいあくびだな、我ながら)

成幸 (一次試験も近づいてきたとはいえ、睡眠時間が短すぎるか……)

成幸 (いやしかし、気は抜けない。俺はいいとしても、緒方と古橋とうるかの勉強は油断ができない状況だからな)

小林 「おはよ、成ちゃん。なんか眠そうだね」

成幸 「おう、おはよう、小林。眠くなんかないぞ。今日の授業もしっかりと受けなきゃだからな」

小林 「あの三人のお姫様たちのために、ね」

成幸 「む……。まぁ、それもそうだけど、あくまで俺のVIP推薦のためだぞ?」

小林 「そう? ま、それくらい利己的なら俺としても心配ないんだけどさ」

小林 「あんまり無理しないようにね? 隈がすごいよ?」

成幸 「わかってるよ。ありがとな、小林」

成幸 (とはいえ、今日もあの三人との勉強会や、あしゅみー先輩との勉強会がある)

成幸 (……さぁ、今日も気合い入れてがんばるぞ)

577: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:20:39 ID:gdQsRlws
………………世界史 授業中

文乃 「………………」

カクッ……カクッ……

成幸 (古橋の奴、早速寝こけ始めてるな……)

成幸 「おい、古橋。おーい」 コソッ

文乃 「………………」 ピクッ 「……しょんな~、もう食べられないよぅ~」

成幸 (何の夢を見てるんだこの食いしん坊眠り姫は!)

真冬 「……?」

成幸 (……!? やばい! 桐須先生がこっち見てる!)

真冬 「………………」 ジーッ

成幸 (めちゃくちゃ見てる!)

578: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:21:33 ID:gdQsRlws
成幸 「お、おい! 古橋ってば!」 コソコソ

文乃 「むにゃぁ……肉まんは別腹だよぉ……」

成幸 (こいつほんとご機嫌な夢を見てやがるな!?)

成幸 「お、おい、古橋……――」

真冬 「――それ以上は結構よ、唯我くん」

ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (き、桐須先生!? 怖え! いつの間にか目の前に立ってた!)

文乃 「むにゃむにゃ……んぅ? あ、しまったしまった。わたし、また寝ちゃってた……」

真冬 「おはようございます、古橋さん」

文乃 「………………」 ニコッ 「……おはようございます、桐須先生」

真冬 「笑顔で誤魔化そうとしても無駄よ、古橋さん」

真冬 「昼休みに職員室に来なさい。いいわね?」

文乃 「はい……」 ズーン

成幸 (自業自得だから何も言えねぇ……)

579: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:22:17 ID:gdQsRlws
文乃 「うぅ、やってしまったよぅ……」

真冬 (まったく。仕方ないわね……)

真冬 (……それにしても、)

成幸 「ふぁ……あー……」

真冬 (唯我くんが授業中にあくびなんて珍しいわ。目の下の隈もすごいし……)

真冬 (大丈夫かしら? しっかり寝ているのかしら?)

ジーッ

成幸 「!?」 (めっちゃ見られてる!?)

成幸 (ひょっとして暢気にあくびをしたのがまずかったか!?)

真冬 (顔色も良くないみたいだし、古橋さんよりよっぽど眠そうだけど……)

真冬 (心配だわ……)

ジーッ

成幸 (まだ見られてる!? めっちゃ怖い!)

580: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:23:05 ID:gdQsRlws
………………数学 授業中

藤田先生 「定期考査の傾向を見る限り、この教室でも数列を苦手としている生徒がたくさんいると思います」

藤田先生 「今日は、数列をもう一度基本に立ち返って学習していきましょう」

藤田先生 「数列の基本は、数字として理解するのではなく、数字の流れを考えるところから始まります」

藤田先生 「ゆくゆくはそれが積分へと繋がっていき、流れが面になるイメージです」

藤田先生 「まぁ、あまり難しく考えず、反復を重ねていきましょう。数学は積み重ねが基本です」

成幸 「ふむふむ……」 (数列は数字の流れ、か。これは古橋に数列を教えるときにも役立ちそうな言葉だな。しっかりメモしておかないと)

成幸 「ん……?」

理珠 「………………」 ガリガリガリガリ……

成幸 (緒方が数学の授業で一生懸命ノートを取るなんて珍しいな)

成幸 (緒方に数学で分からないことなんてないだろうし、何をやってるんだ?)

理珠 「……よし、できました」

成幸 「何やってんだ、緒方?」

理珠 「ふふ、驚かないでくださいね。成幸さんにいつも教わってばかりで恐縮ですから、私なりに文乃のための教材を作っていたんです」

成幸 (内職かーい。とはいえ、古橋のためにがんばるなんて、成長したな、こいつも……)

581: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:25:34 ID:gdQsRlws
成幸 「どれどれ。見せてもらってもいいか?」

理珠 「はい、どうぞ。自信作です」 フンスフンス

成幸 「ふむふむ……なるほどなるほど……」

成幸 「……これは一体何を書き殴ってあるんだ?」

理珠 「連立漸化式の解法のひとつです! 文乃が等比数列に苦戦しているようでしたので、行列を用いてみました!」

理珠 「基本的に高校数学では使わない解法ですが、多くの場合でこの解法の方が簡単になります!」

成幸 「……うん。高校では行列は基本的に習わないもんな」

成幸 「じゃあ、この解法を教えるために、まずは古橋に行列を教えないとな?」

理珠 「はっ……!? あ、あの文乃に、行列の概念や扱い方を教える……!?」

成幸 「自分で答えを導き出せたようで嬉しいよ。うん。無理だろ?」

理珠 「……不覚! こんなことに気づかないなんて……」

成幸 「まぁ、その気持ちだけで俺は嬉しいし、古橋も嬉しいんじゃないかな。偉いぞ、緒方」

ポンポン

理珠 「ふぁっ……/// こ、子ども扱いしないでください!」

成幸 「ん、ああ、悪い悪い」

582: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:27:21 ID:gdQsRlws
藤田先生 「え、えーっと、唯我くん、緒方さん?」

成幸 「!?」 (し、しまった! 俺としたことが、授業中に騒いでしまった……!)

藤田先生 「イチャつきたい気持ちも分かるけど、授業中は静かにね?」

理珠 「い、いちゃ……!? イチャついてなんかいません!」

藤田先生 (いや、どう見てもイチャついてるカップルなんだけど……)

成幸 「や、やめろ緒方! 先生にたてつくな! すみません、藤田先生、授業の続きをお願いします!」

理珠 「で、でも、成幸さん……」

成幸 「いいじゃないか。俺たちがイチャついているように見えるなら、それはそれで」

理珠 「へ……?」 カァアアア…… 「へぇ……!?」

成幸 「俺たちがカップルに見えるなら好きにそう見てもらおう。な、とりあえず授業に戻らなきゃ、他の奴らにも迷惑だし」

成幸 (何より俺の推薦に響く!)

理珠 「わ、わかりました……。成幸さんが、それでいいなら……私も、いいです……」

理珠 (……な、成幸さんは、私とイチャついているように見られたいということでしょうか……////)

藤田先生 (……やっぱりカップルね)

生徒1 (カップルだよ)  生徒2 (ラブラブバカップルね)  生徒3 (あれが噂のフィアンセカップル)

583: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:28:31 ID:gdQsRlws
………………昼休み

成幸 「………………」

ガリガリガリ……

成幸 (今日、あいつらに渡す分のフラッシュカード、早く仕上げないと……)

成幸 (水希がおにぎりにしてくれて助かった。昼を食いながら作業ができる……)

大森 「………………」

大森 「……すげぇな、唯我って」

小林 「ん? いきなりどうしたの、大森」

大森 「俺だったら、あのお姫様たちと懇意になれるって言っても、絶対にあんなにがんばれねぇよ」

大森 「だからすげぇな、唯我」

小林 「……まぁ、成ちゃんは昔からお人好しだからね。誰かのために全力でがんばれるんだよ」

大森 「ふーん。俺にはよくわからねーなー」

小林 「俺もどっちかと言えばそっち側だよ。俺にも、絶対にあんなことできないし」

584: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:29:28 ID:gdQsRlws
成幸 「………………」

成幸 (三人とも危機的状況というのに変わりはないが、特に、うるかの推薦は目前まで迫っている)

成幸 (早くあいつの英語をできる限り仕上げてやらねぇと……っ)

クラッ……

成幸 「っ……」

成幸 (ん、なんだ……少し、目の前が暗くなったな。立ってもいないのに、立ちくらみになったみたいだ)

成幸 (とはいえ、大したことじゃないか。もうなんともないし……)

成幸 (いくらなんでも根を詰めすぎたか)

成幸 「ふぁーー……ああ……」

成幸 (……さっきからあくびも止まらないし、今日は早く寝よう)

成幸 (とにかく、今日の約束だけは全部やりきらないと……)

585: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:30:29 ID:gdQsRlws
………………職員室

真冬 「………………」

真冬 (唯我くん、大丈夫かしら。あまり生徒の事情に深入りするのも良くないことだけれど)

真冬 (……他の授業ではどうだったのかしら)

真冬 「………………」

真冬 (……聞いてみようかしら)

藤田先生 「………………」

真冬 「あの、藤田先生。少しお時間よろしいですか?」

藤田先生 「? どうかされました、桐須先生?」

真冬 「大したことではないのですが、先生の三年生向けの数学の授業、唯我成幸という生徒も受けていますよね」

藤田先生 「唯我くんですか? 確かにいますけど、彼がどうかしましたか?」

真冬 「今日、体調があまりよくなさそうだったので、気になって……」

藤田先生 「……うーん……あ、そういえば」

藤田先生 「めずらしく授業中に私語をしていましたね。隣の席の緒方さんと」

真冬 「……緒方さんと?」

586: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:32:02 ID:gdQsRlws
藤田先生 「ええ。でも、私語というよりは、驚いて声を上げてしまったという感じでしょうか」

藤田先生 「普段はすごくまじめだから、少し驚きました」

真冬 「……たしかに彼が私語というのは珍しいですね」

藤田先生 「はい。ただ、それ以外は特に変わったところはなかったと思います」

藤田先生 「強いて言うなら、いつもより顔色が悪いかな、くらいで……」

真冬 「そうですか……」

真冬 「お時間を取らせました。ありがとうございます」

藤田先生 「いえいえ。また何かあればいつでも」

587: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:32:50 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」

真冬 (……唯我くん、どうしたのかしら)

真冬 (推薦狙いの彼が授業中に騒ぐとは思えない。むしろそれは、彼にとってもっとも忌むべきことのはず)

真冬 (……一体どうしたというのかしら)

ハッ

真冬 (な、なぜ、私はこんなに彼のことばかり考えているのかしら)

真冬 (生徒は平等よ。あまり彼だけに肩入れしてはいけないわ)

真冬 (……きっと、少し体調が悪くて、頭が回らなかっただけよ)

真冬 (私が心配することじゃない。きっと明日にはけろっと普段通りの彼が見られるわ)

真冬 (……そう。きっと)

ガラッ

文乃 「……失礼します。3年A組の古橋文乃です。桐須先生、お願いします」

588: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:34:29 ID:gdQsRlws
真冬 「来たわね」

真冬 (……ともあれ、こちらが先決。授業中に寝るなど言語道断)

文乃 「はい、来ました……」

真冬 「では、行きましょうか。生徒指導室に」

文乃 「はいぃ……」

真冬 「もう二度と授業中に寝ることがないように、しっかりと指導をしなくてはね?」

文乃 「お、お手柔らかに……」

真冬 「それはあなた次第よ。ほら、早く来なさい」

文乃 「……はい」

真冬 (……眠いとき、素直に寝られるこの子のほうが、よっぽど健康的よね)

真冬 (唯我くんでは、きっとこうは……――)

――――ハッ

真冬 (わ、私ったら、また唯我くんのことを考えて……! 今は古橋さんの指導が最優先よ!)

文乃 「……?」 (桐須先生、さっきから物憂げな顔をしたり顔を真っ赤にしたり、忙しいなぁ)

文乃 (どうかしたのかな?)

589: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:35:08 ID:gdQsRlws
………………放課後

文乃 「………………」

ズーン

文乃 「……本当に申し訳ありませんでした、唯我くん」

成幸 「……うん。一体どうした?」

文乃 「昼休み桐須先生にめっちゃ怒られたんだよぅ……」

成幸 「うん。それは知ってる。居眠りして呼び出されてたもんな」

文乃 「普通に怒られるだけだったらいいんだけどね、ちょっと心にクることを言われて……」

理珠 「む、何を言われたのですか? ひどいことですか?」

うるか 「まっさかー。桐須先生がそんなひどいこと言うわけないじゃん」

文乃 「……うん。あのね……」


―――― “唯我くんはあなたたちのために寝る間も惜しんでがんばっているというのに、”

―――― “その当のあなたが、授業中に寝るとはどういう了見かしら?”


文乃 「……って」

590: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:36:06 ID:gdQsRlws
うるか 「うぉぅ……」

理珠 「………………」

ポン

理珠 「……文乃、それは何も言い返せません。文乃が悪いです」

文乃 「だから申し訳なくってさぁ~! 桐須先生気づかせてくれてありがとう、なんだよ~!」

成幸 (……いや、べつに俺は自分のVIP推薦のためにやってるだけだから、気にしなくていいんだけど)

成幸 (まぁいいや。これで古橋の授業中の居眠りがなくなるなら助かるし)

文乃 「唯我くん、本当にごめんね?」

成幸 「いや、べつに俺に謝る必要はねぇよ。これからは気をつけろよ?」

文乃 「うん! もう授業中に寝ないようにできるだけがんばるよ!」

成幸 「……そこはうそでもいいから “もう二度と寝ない” くらい言っとけよ」

成幸 「ま、いいや。ほら、勉強始めるぞ」

文乃 「はーい」

591: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:37:12 ID:gdQsRlws
………………夕方

成幸 「……よし、全員だいたい今日進めておきたい範囲は終わったな」

うるか 「はー、アルファベットがぐるぐる目の前を回ってる気がするよー……」

文乃 「わたし、すごい発見しちゃった。なんで数学なのに数字より記号の方が多いのかな?」

理珠 「私もひとつ大発見をしました。小説の登場人物の心情を理解してどうなるというのですか? 謎です」

成幸 「現実逃避するなよ。全員一歩一歩進んでるのは確かなんだから、自信持てって」

パサッ

成幸 「これ、今日の全範囲を網羅したフラッシュカード。今夜あたり、しっかり復習しておけよ」

うるか 「わっ……あ、ありがとう、成幸」

文乃 「いつもありがとう。こんな教材まで作ってもらっちゃって……」

理珠 「……すみません。本当に、ありがとうございます」

成幸 「いいさ。お前たちがこれを使ってしっかり勉強してくれれば、それだけで十分だ」

成幸 「……ん、悪い、この後小美浪先輩と約束があるから、もう行くな」

成幸 「うるかはこの後水泳部だよな。練習、がんばってな」

うるか 「……うん! ありがとう、成幸。国体で全力出せるようがんばるよー!」

592: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:37:56 ID:gdQsRlws
………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「なんですか? 何か分からないことでもありました?」

あすみ 「いやな、お前、もし将来結婚して子どもが生まれるとしてさ、」

成幸 「……急になんですか」

あすみ 「いいから聞けよ。もし子どもが生まれるとして、その子どもの血液型って気になるか?」

成幸 「………………」

成幸 「……いや、あまり気にならないと思いますけど」

あすみ 「だよなぁ。じゃあ、なんでメンデルの法則なんか覚えなくちゃいけないんだ? どうでもいいだろ、血液型なんて」

成幸 「先輩、本当に医者になりたいんですよね……?」

あすみ 「……まぁ、ちょっと現実逃避したくなっただけだ。冗談だよ」

成幸 「っていうか、先輩って暗記も計算も苦手じゃないのに、何で理科系科目になった途端点数下がるんですか?」

成幸 「メンデルの法則だって、基本的な遺伝大系を覚えてしまえばそう難しいものじゃないと思うんですが……」

593: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:39:04 ID:gdQsRlws
あすみ 「アタシだって不思議だよ。でも、理科系になった瞬間、計算しづらくなるし、暗記もしづらくなるんだ」

あすみ 「アタシはこれを神の見えざる手と呼んでいる」

成幸 「それは政経の用語ですけどね」

成幸 「ほら、アホなこと言ってないでさっさと覚えちゃいましょう。生物なんか暗記あるのみですよ」

あすみ 「わーってるよー。ちくしょう。“この法則だとアタシたちの間に生まれる子どもは何型だなっ” 、とか言えばよかったか?」

成幸 「俺のからかい方を研究してどうするんですか。ほら、覚える。ほら、早く」

あすみ 「? なんだよ、今日はえらくからかい甲斐がないというか、余裕がなさそうだな?」

成幸 「へ……? いや、そんなつもりはないんですが……」

あすみ (……っつーか、隈すげーなこいつ。ちとがんばりすぎなんじゃねーのか)

あすみ 「後輩、お前……――」

成幸 「――あ、先輩。そういえば、古橋がこの前まで使ってたフラッシュカードありますよ」

成幸 「ちょうど遺伝のあたりの範囲の用語を網羅してますから、これ使ってください」

あすみ 「お、おう……ありがとう」 (自作のカードか……。改めてすげぇな、こいつ……)

あすみ (……こんなにがんばってる奴に、“がんばりすぎるなよ” なんて、それこそ野暮か)

594: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:39:43 ID:gdQsRlws
成幸 「そういえば先輩、いま何か言いかけました? すみません、遮っちゃって……」

あすみ 「……いや、何でもねぇよ。カード、使わせてもらうな」

成幸 「はい!」

あすみ (ったく、嬉しそうな顔しやがって。自分の努力が人のためになるのが大好きなんだよな、こいつ)

あすみ (損な性分だと思うが、本人がそういう生き方しかできねぇんだから仕方ないよな)

あすみ (だからこそ、古橋たちもこいつを信頼しているんだろうし……)

あすみ (それにしたって、あいつらは幸せモンだよな。こいつみたいな “先生” がいてさ)

あすみ 「………………」

あすみ (……いや、まぁ、それはアタシも一緒か)

あすみ 「……よし、もう一回遺伝の法則を口頭で説明するから、聞いててくれ」

成幸 「はい、どうぞ」

あすみ (アタシたちにできるのは、せいぜいがんばって、こいつの努力を無駄にしないこと)

あすみ (……家を継ぐために、そして、こいつにしてもらったことを無駄にしないために)

あすみ (死に物狂いで勉強しねぇとな)

595: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:40:18 ID:gdQsRlws
成幸 「………………」

成幸 (……あー、いかん。目がかすんできた。なんだろう。あんまり前が見えない)

成幸 (めちゃくちゃ目が乾いてる気がする。不思議と眠くはないけど……)

成幸 (少し、頭が痛い。目の奥から、側頭部にかけて、血流に合わせてドクドクと痛む……)

成幸 (あきらかに学校にいたときより体調が悪い。けど不思議と眠気はない)

成幸 「っ……」

成幸 (あしゅみー先輩との約束では、今日は店が混んでくるまで勉強の予定だ)

成幸 (早く帰って布団に飛び込みたいけど……約束はしっかり守らないと)

成幸 (約束……そう、約束、だから……)

成幸 (がんばらないと……)

596: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:41:03 ID:gdQsRlws
………………帰路

真冬 「ふぅ……」

真冬 (……まったく。次から次へと仕事が舞い込んできて嫌になるわ。帰りが遅くなってしまう)

真冬 (二学期は本当に仕事が多い。イベントも重なるし、三年生の進路がらみのことも多いし)

真冬 (とはいえ、手をぬくわけにはいかないもの。がんばらなければならないわね)

真冬 (……あら?)

成幸 「………………」

真冬 (唯我くん? 未成年が外を出歩くにはやや遅い時間だけれど、いま帰りなのかしら?)

真冬 (まったく。まだ補導されるような時間ではないけれど、学校帰りに制服姿でうろつくのは感心しないわね)

真冬 (どうせどこかで勉強をしていただけなのでしょうけど、それでも注意をしておかなければ)

真冬 「……唯我くん」

成幸 「……ん、あ、えっと……」

フラッ

成幸 「ああ、桐須先生。こんばんは……」

597: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:41:44 ID:gdQsRlws
真冬 「ゆ、唯我くん……? 大丈夫? 顔色が悪いわ」

成幸 「え? そうですかぁ……? あんまり、よくわからないですけど……」

成幸 「そういえば、目がかすんで、少し頭が痛くて……」

成幸 「早く、家に帰らないと……」

フラフラ……

真冬 「!? 唯我くん、そっちは電柱……――」

――パコン

成幸 「……きゅう」

パタリ

真冬 「……ゆ、唯我くん!? 唯我くん!?」

真冬 (電柱にぶつかって倒れる人って初めて見たわ! 私だってそんなことやったことないのに!)

真冬 「唯我くん! しっかりしなさい! 唯我くん!」

成幸 「………………」 zzzz……

真冬 (どうやら倒れた拍子にそのまま眠ってしまっただけのようね。頭も打っていないようだし……) ホッ

真冬 「……とはいえ、起きそうにもないし、どうしたらいいかしら」

598: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:42:32 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」


―――― 『屈辱……屈辱よ……生徒におんぶだなんて……っ』

―――― 『ホラ先生 むくれてないで 救護スペースつきましたよ』

―――― 『むくれてなんていません』


真冬 (……あのとき、彼はケガをした私を、救護テントまで運んでくれた)

真冬 (分かってる。私がするべきことなんて、ひとつだけだって)

真冬 (……いいえ。私が彼にしてあげたいこと、と言うべきかしら)

スッ……グイッ

真冬 「んっ……さすがに、重いというか……」

真冬 「意識のない人間を背負うのって、結構大変なのよね……」

真冬 「……んっ、よし……っと。おんぶしてしまえば運べそうね」

真冬 (でも、唯我くんが軽くて助かったわ。一般的な男子生徒だったら背負えてたかどうか……)

真冬 (……というか、軽すぎないかしら。ちゃんと食べているのかしら)

599: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:43:33 ID:gdQsRlws
………………真冬の家

真冬 (彼の家は近所なのだろうけど、あいにく私は場所を知らない)

真冬 (まさか、“唯我” という表札を探して歩き回るわけにもいかない)

真冬 (……仕方ないわ。これは緊急避難というやつよ、真冬)

真冬 (意識をなくした生徒を、仕方なく、緊急避難させただけよ)

真冬 (たまたま避難先に適した場所の我が家が、近くにあったというだけ)

真冬 「………………」

真冬 (……意識を失った男子生徒を家に連れ込む女性教諭。傍から聞いたらとんでもないことね)

真冬 (男女が逆転していたらどんな状況であったとしても真っ黒だわ)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (……まったく、こっちの気も知らないで、人のベッドで安からに寝息を立ててくれるものね)

真冬 (さて、早いところ彼の自宅に電話して、引き取りに来てもらわなければ)

真冬 (電話番号が分かりそうなものといえば、生徒証だけれど、彼の鞄の中にそれらしいものはなかった)

真冬 (つまり彼は、校則に記してあるとおり、律儀に肌身離さず携帯しているのだろう。生徒証が入った生徒手帳を)

真冬 (……仕方ないわ。彼の制服から、生徒手帳を取り出さなければ)

600: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:44:05 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」

ドキドキドキドキ……

真冬 (こ、これは仕方がないことよ、真冬。だって、彼の家に連絡を取らなければならないもの)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (べつに、やましいことがあるわけじゃない)

真冬 (ただ、少し彼の身体に触れて、生徒手帳を探さなければならないというだけ)

真冬 (だ、だから、何の問題もない……)

ピトッ

成幸 「んっ……」

真冬 「……!?」

成幸 「ん……ぅ……」 zzz……

真冬 (び、びっくりした……。まったく……)

601: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:44:45 ID:gdQsRlws
………………数分後

真冬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

真冬 (……無事、生徒手帳は手に入ったわ。生徒とはいえ、意識のない男子の身体をまさぐるなんて……)

真冬 「っ……///」

真冬 (……わ、忘れるのよ、真冬。仕方がないことだったのよ。それより早くご家族に連絡をしなければ)

真冬 (担任を飛び越す形での連絡になってしまうけど、仕方ないわね。緊急事態だもの)

ピッ……ピッピッ……prrr……

『もしもし?』

真冬 「夜分に申し訳ありません。一ノ瀬学園で社会科の教員をしております、桐須と申します」

真冬 「唯我さんのお宅で間違いないでしょうか?」

『あっ……はい。お世話になっております。唯我成幸の母です』

真冬 「お世話になっております。成幸くんのことでお話があるのですが、いま、大丈夫でしょうか?」

花枝 『大丈夫です。あの、息子がどうかしたでしょうか……?』

真冬 「実はですね……」

602: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:46:12 ID:gdQsRlws
………………

花枝 『……それはなんというか、本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

真冬 (……さすがは唯我くんのお母様だわ。電話口でペコペコと頭を下げている姿が想像できるくらい)

真冬 「教員として当然のことをしただけですから、お気になさらないでください」

真冬 「ただ、彼をひとりで帰すのは不安ですので、迎えに来ていただけると助かるのですが……」

花枝 『そうですね……。でしたら、妹の水希を向かわせます」

花枝 『私は弟妹たちの世話で手が離せないので……』

真冬 「わかりました。マンションの下で待っていますので、住所だけお伝えします」

花枝 『本当にご迷惑をおかけします。申し訳ありません……』

真冬 「お母様、どうかお気になさらずに。では、お待ちしております」

603: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:47:01 ID:gdQsRlws
………………唯我家

水希 「お、お兄ちゃんが倒れた!?」

水希 「それで、お兄ちゃんはどこ!? 病院!? 大変! 急いで行かなきゃ!」

花枝 「お願いだから話は最後まで聞いてね水希」

花枝 「心配しなくても大丈夫よ。道ばたで倒れて眠っちゃっただけみたいだから」

花枝 「いま、成幸の学校の先生が家につれて帰って寝かせてくれてるみたいなの」

水希 「………………」 ヘナヘナ 「よ、よかったよぅ……」

花枝 「親切な先生がいてくれてよかったわ。水希、ちょっと迎えに行ってきてくれない?」

水希 「もちろん行くよ! すぐ行くよ! いってきます!」

花枝 「ちょっと待って。お願い、話を最後まで聞いて」

花枝 「これ、教えてもらった住所。マンションの下で待っててくれるそうだから」

水希 「うん、わかったよ。その先生の名前は?」

花枝 「桐須真冬さんという方よ。まだ若い女性の声なのに、すごくしっかりしていそうだったわ」

水希 「へ……? わ、若い女の先生……?」

604: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:47:40 ID:gdQsRlws
花枝 「声もきれいだったし、きっときれいな方なんでしょうね……」

水希 「………………」

ワナワナワナワナ……

花枝 「水希……?」

水希 (わ、若い女の先生……!? ダメよ! お兄ちゃんには刺激が強すぎる!)

水希 (それに、なんだか知らないけど、猛烈に嫌な予感がする!)

水希 「お母さん、わたしもう行くね! いってきます!」

ドヒュン……!!

花枝 「気をつけてねー……って、もう行っちゃったわ」

花枝 「まったく。お兄ちゃんのことになるとああなんだから……」

和樹 「水希姉ちゃんはもうしょうがないよ」

葉月 「もう諦めた方がいいと思うわー」

605: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:48:32 ID:gdQsRlws
………………マンション前

真冬 「………………」

ブルッ

真冬 (っ……少し寒いわね。やっぱり、もう冬物のスーツを出さなければならないわね)

真冬 (早くジャージに着替えたいところだけれど、唯我くんの妹さんが来るのだから、しっかりした格好でいないと……)

タタタタタタ……

真冬 「……?」 (走ってくる女の子……ひょっとして、あの子が……)

水希 「あの! すみません! 桐須真冬先生ですか?」 ゼェゼェ……

真冬 「え、ええ。そうだけど……。あなたが唯我く――成幸くんの妹さんかしら?」

水希 「そうです。妹の、水希です」 ゼェゼェ……

真冬 「大丈夫? ずいぶん息が上がっているけど……」

水希 「部活で鍛えているので大丈夫です。それより、お兄ちゃんは……」

真冬 (唯我くんのことが心配で走ってきたのね……兄想いの良い子だわ……)

水希 (こんなにきれいな人だなんて聞いてないよ! お兄ちゃんの●●の危機だよ!)

水希 (こんな美人さんの家にお兄ちゃんを長く置いておくわけにはいかない! 早くつれて帰らないと……)

606: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:49:15 ID:gdQsRlws
………………真冬の家

成幸 「………………」 zzz……

水希 「……よかったぁ。本当に寝てるだけだ」 ホッ

真冬 (ふふ。仲睦まじい兄妹なのね。うらやましいわ)

水希 (お、お兄ちゃんの寝顔……久々に見た気がする……)

水希 (いつもわたしの方が先に寝ちゃうし、朝はわたしがお弁当とかで忙しいし)

水希 (……えへへ、こんなに無防備に寝てると、なんか、変な気持ちが湧いてくるよ)

真冬 (いい妹さんなのね。お兄ちゃんの顔をのぞき込んで笑ってるわ……)

水希 「お兄ちゃん。おーい、お兄ちゃーん?」

ペチペチ

水希 「起きてよー。帰るよー」

ニヤニヤ

水希 「お、起きないと、いたずらしちゃうぞー? なんちゃって……」

真冬 (な、なぜかしら。微笑ましい光景のはずなのに、なぜか笑顔が邪悪に見えるわ……)

607: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:50:10 ID:gdQsRlws
真冬 「成幸くん、起きない?」

水希 「すみません。でも、先生にも迷惑かかっちゃうから、ちゃんと起こしますね」

ユサユサ

水希 「おにーちゃーん。おーきーてー」

真冬 (少し可哀想な気もするけど、仕方ないわね。まさかうちに泊めるわけにもいかないし……)

真冬 「………………」

真冬 (……いや、以前美春が来たとき、図らずも一泊させてるわね。一泊と言っていいのかわからないけれど)

水希 「お兄ちゃーん」

成幸 「んっ……あ……」

パチッ

成幸 「……おう、水希。おはよう?」

水希 「おはよう、じゃないよ。ここどこだか分かる? 家じゃないんだよ?」

608: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:50:56 ID:gdQsRlws
成幸 「ん? ここは……桐須先生の家、だな。なんで桐須先生の家に水希がいるんだ……?」

水希 「え?」

ジロリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、ここが先生の家だって分かるのかな?」

真冬 「……!?」

成幸 「えっと……?」

水希 「お兄ちゃんは、帰り道で寝ちゃって、先生にここに運んでもらったんだよ?」

水希 「なのにどうして、お兄ちゃんはここが先生の家だって分かるの? ねえどうして?」

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (水希がいる。桐須先生もいる。そして俺がベッドに寝ている。家まで歩いているところから記憶が途切れている)

成幸 (そのことから推測するに、おそらく俺は途中であまりの眠さにぶっ倒れ、桐須先生にこの家に運ばれたのだろう)

成幸 (そして、桐須先生が俺の家に電話をするなりして、結果として水希が俺のことを迎えに来たんだろう)

609: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:51:56 ID:gdQsRlws
成幸 (……なんとか誤魔化さねば)

水希 「ねえ、お兄ちゃん? どうして黙ってるの? ねえ? 先生に聞こうか?」

成幸 (我が妹ながら怖っ……。キレてるときの古橋に通ずるものを感じる……)

成幸 「わ、悪い。ちょっとボーッとしちゃってさ」

成幸 「先生に運び込んでもらったとき、ちょっとだけ意識があったんだ」

成幸 「だから、桐須先生の家だってわかったんだよ」

水希 「……ふーん?」

真冬 「………………」 ダラダラダラ……

水希 「……そっか。てっきり、先生がお兄ちゃんを家に連れ込んだことがあるのかと思っちゃった」

テヘッ

水希 「そういうことなら良かった。教育委員会に通報しなくて済みそうだから」

成幸&真冬 ((怖っ……!?))

水希 「お兄ちゃん、起きられる? いつまでもここにいたら先生にも迷惑だから、帰るよ?」

成幸 「ん……ああ、大丈夫。すみません、桐須先生。運んでもらっただけでなく、ベッドまで借りちゃって……」

真冬 「構わないわ。生徒が倒れているのを、放置するわけにはいかないもの」

610: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:53:03 ID:gdQsRlws
水希 「良い先生だねぇ、お兄ちゃん」

成幸 「ああ、本当に良い先生なんだよ。生徒想いだし、教え方も上手だし」

真冬 「なっ……///」 プイッ 「おだてても、世界史の成績は変わりませんからね」

真冬 「……寒い中来てくれた水希さんをこのまま帰すのもなんだし、熱いお茶でもいれてくるわ」

成幸 「……!?」

成幸 (桐須先生が熱いお茶……!? まずい、嫌な予感しかしない……!)

水希 「あっ、いえ、お気遣いなく」

真冬 「すぐ用意するわ。ちょっと待ってて――」

成幸 「――お、俺がいれてきますよ、お茶!」

真冬 「……? 何を言っているの、唯我くん。あなたはもう少し横になっていなさい」

成幸 「い、いや、でも……」 (先生が火傷する未来しか見えない……!!)

水希 「………………」 クスッ 「……お兄ちゃん、きっと先生に恩返ししたいんですよ」

真冬 「……?」

水希 「お兄ちゃんは横になってて。私がお兄ちゃんの代わりにお茶いれてくるよ」

611: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:54:13 ID:gdQsRlws
水希 「先生、ちょっと台所借りますね。お茶くらい、いつも家でいれてるから大丈夫です」

真冬 「そう……? せっかく来てもらってそんなことをしてもらうのも、少々申し訳ないのだけど……」

水希 「お兄ちゃんを助けてくれたお礼ってわけじゃないですけど、それくらいさせてください」

トトトト……

成幸 (……ほっ。水希ならなんの心配もないだろう。よかった)

真冬 「……いい妹さんね、唯我くん」

成幸 「へ……?」 テレッ 「……まぁ、そうですね。本当に、自慢の妹です」

真冬 「そう。でも、そんな妹さんを心配させてしまったこと、分かっているかしら?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「水希さん、おうちから走ってこの家まで来たのよ?」

真冬 「全力疾走で来たんでしょうね。それくらい、きみのことが心配だったのよ?」

真冬 「そのあたり、わかっているのか聞いているのだけど?」

612: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:54:52 ID:gdQsRlws
成幸 「は、はい、本当に、面目次第もないことです……」

真冬 「私が見つけたからよかったものの、もしそうでなかったら……どうなっていたか」

真冬 「心配をかける程度じゃすまなかったかもしれないのよ? そのあたり、分かっているのかしら?」

成幸 「……反省しています」

真冬 「唯我くん、あなた寝不足ね。今日は学校でもいつもと様子が違ったもの」

成幸 「はい。受験が近づいてきて、古橋たちのことも考えると、ついつい睡眠時間が少なくなってしまって……」

真冬 「勉強も大事よ。推薦のために努力をするのは美徳だわ。でも、何より優先すべきはあなたの健康よ」

真冬 「それが分からないなら、あなたはきっといつか、水希さんとお母様を泣かせることになるわ」

成幸 「……すみません。本当に、その通りだと思います」

成幸 「自分が忙しいだけならいいだろうって、きっとまわりに甘えていたんだと思います」

成幸 「先生にも迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」

613: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:55:39 ID:gdQsRlws
真冬 「わかったならいいわ。それから、私のことは気にしなくていいわ。教師としてやるべきことをやっただけだから」

真冬 「………………」

真冬 (……私は、とても卑怯なことを言っている)

真冬 (VIP推薦をダシに、唯我くんを天才三人の教育係などに仕立てあげたのは、我々教員サイドだというのに)


真冬 (――私が、緒方さんと古橋さんの教育係の責務を果たせていれば、彼にこんな苦しみを背負わす必要もなかったのに)


真冬 (それを棚に上げて、私は……)

真冬 (私は、本当に卑怯なことを言っている……)

成幸 「……でも、忙しいですけど、最近楽しいんです。いや、最近っていうか、四月からこっち、かな」

真冬 「え……?」

成幸 「緒方と古橋と知り合えて、うるかとはもっと仲良くなれた気がして……」

成幸 「先生や小美浪先輩にもよくしてもらって、他にも、結構友達が増えて……」

成幸 「……楽しいから、ついついがんばろうって思ってしまって、やりすぎちゃったみたいです」

真冬 「唯我くん……」

614: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:56:24 ID:gdQsRlws
成幸 「でも、これからは気をつけます。あまり無理をしないように、自分の身体としっかり相談しながらがんばります」

成幸 「それに、俺が体調悪くしたら、結局あいつらの勉強に穴を空けることになりますしね」

成幸 「……これはうぬぼれかもしれませんけど、母さんと水希だけじゃなく、きっとあいつらも俺のこと心配しちゃうでしょうから」

成幸 「『自分たちのせいで』 俺が倒れたなんて思い込んだら、きっとあいつらの勉強する気を削いでしまうから」

真冬 「唯我くん、きみは……」 (……きみは、本当に良い子ね)

真冬 (きみのような男の子だから、きっと緒方さん、古橋さん、武元さんは、きみを信じてがんばれるのね)

成幸 「……ま、まぁ、べつに、俺は自分のVIP推薦のためにがんばってるだけだから、あいつらが気にする必要なんてないんですけどね」

真冬 (うそつき。VIP推薦のためだったら、緒方さんと古橋さんの希望進路を変えさせるはずよ)

真冬 (……そして、ひょっとしたら、今のきみと彼女たちの関係なら、それもできるかもしれない)

真冬 (でも、きみはそうはしないのでしょうね。きみは、きみ自身が、あのふたりの進路を応援しているから)


―――― 『俺はただの一学生で先生の言うような経験もないし あいつらのこと絶対幸せにできる確信もないです』

―――― 『でも俺は…… 「できないからやめろ」 なんて見捨てるくらいなら 胸張って一緒に後悔する道を選びます』

―――― 『先生が 「才能」 の味方なら 俺は 「できない」 奴の味方ですから』


真冬 (……今もきみはあのときのまま。自分の身体さえすり減らして、その言葉を履行しようとしている)

615: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:57:22 ID:gdQsRlws
真冬 (私は何もできない。きみに甘えて、きみに押しつけて、そして、外から知ったようなことを言うだけ)

真冬 (私は、そんな自分が……――)


成幸 「――……本当に、桐須先生がいてくれてよかった」


真冬 「え……?」

成幸 「小美浪先輩が言ってました。あ、本人には言わないでくださいね。俺が怒られちゃいますから」


―――― 『真冬先生が最後まで反対してくれたからこそ アタシは今も 「なにくそ」 って頑張れてる』

―――― 『向いてないことをやり通すためには それだけでかい壁を壊せるくらいの反骨精神がいるんだよな』

―――― 『何やっても褒めてくれねーし 絶対口には出さねーけど』

―――― 『そういうのをさ 先生は教えてくれた気がするんだよ』


真冬 「こ、小美浪さんが……?」

成幸 「ええ。そしてそれは、緒方や古橋も一緒です。俺は先生がふたりの教育係をしていたときのことは知りませんけど、」

成幸 「きっと、先生がなぁなぁにせず、完膚なきまでにあいつらのの甘い考えを否定したからこそ、あいつらは今がんばれてるんだと思います」

真冬 「そ、そんなの……関係ないわ。私は、私がやるべきことをやっただけで……」

616: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:58:33 ID:gdQsRlws
成幸 「俺はまだ学生で、よくわからないですし、ひょっとしたら生意気になっちゃうかもしれないですけど……」

成幸 「先生がそうやって、職務を忠実に全うしようとしているからこそ、色々なものが生まれているんだと思いますよ」

成幸 「俺がこんなにがんばれるのも、あいつらががんばるからです」

成幸 「あいつらががんばるのは、きっと小美浪先輩が言ったのと同じように、反骨精神によるところも大きいでしょう」

成幸 「だから、先生がいてくれて良かったです。俺がいまこんなに充実してるのも、きっと先生のおかげです」

成幸 「……なんて、自分の体調も分からずぶっ倒れた俺に言われても嬉しくないでしょうけど」

真冬 「………………」

クスッ

真冬 「……本当ね。まずは自分のことを考えられるようになってから生意気言いなさい」

成幸 「はは、違いないです。すみません」

真冬 (……違うわ。それはすべてきみが自分で手に入れたものよ)

真冬 (私のしたことなんて、それこそ給料をもらっている身としては当然のことばかり)

真冬 (だからきみは、誇りなさい。きみがきみ自身の手で手に入れた、すべてのものを)

真冬 「……まぁ、倒れない程度にがんばりなさい。次倒れてても放っておくわよ?」

成幸 「肝に銘じておきます。桐須先生」

617: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:59:43 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」

真冬 (いつか、きみが大人になったとき、ひょっとしたら話をすることがあるかもしれない)

真冬 (……なんて、きっと私のような面白みのない教員なんて、きみは卒業したらすぐ忘れてしまうわね)

真冬 (でも、もし万が一、きみが大人になったとき、私たちが出会えたら、)

真冬 (そのときは、きみに正面切って言えるかもしれない)

真冬 (きみのがんばりを認めて、褒めてあげることが、できるかもしれない)

真冬 (ねぇ、唯我くん。気づいているかしら。きみは本当に、すごい子なのよ?)

真冬 (……今はまだ、決して口には出せないけれど)

真冬 (いつかきみが、わたしより立派な、しっかりとした大人になった頃、)

真冬 (きみのすごいところを全部、褒めてあげられるように)

真冬 (私も、きみに負けないように、がんばらないといけないわね)

618: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/17(水) 00:00:31 ID:rF/gHjg6
成幸 「………………」


―――― 『「できない」 自分を認め 向き合えること』

―――― 『……それが君の長所でしょう?』


成幸 (……絶対、口には出せないけれど、面接練習のとき、先生がくれた言葉は、今もまだ、俺の中に残ってる)

成幸 (俺は、親父の言葉を信じて、ずっとがんばってきた。でも……)

成幸 (そんな風に、親父以外に、俺を認めてくれる人が……先生がいてくれるってわかって、)

成幸 (……本当に、嬉しかったから)

成幸 (今は恥ずかしくて、絶対に言えないけれど、もしいつか、卒業した後にでも出会えたら、言いたい)

成幸 (先生の言葉のおかげでがんばれた、って。先生は本当に生徒想いのすごい先生なんだ、って)

成幸 (今は、きっと生意気と言われてしまうだろうけれど……。もしいつか、俺が大人になったとき、先生に出会えたら、)

成幸 (……そのときは絶対、先生にも認めてもらえるような、立派な大人になっていますから)

成幸 (だからそのときは、言わせてください)

成幸 (桐須先生のすごいところ、尊敬するところ、全部を!)

おわり

619: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/17(水) 00:01:12 ID:rF/gHjg6
………………幕間 「どうして?」

水希 「すみません、桐須先生。お湯は沸かしたんですけど、お茶っ葉が見つからなくて……」

ヒョコッ

真冬 「ああ、お茶っ葉なら……えっと、どこだったかしら……」

成幸 「いや、この前片付けたばっかりでしょう。冷蔵庫のドアポケットの中ですよ」

水希 「えっ」

成幸 「……? どうかしたか? うちでもお茶っ葉は冷蔵庫に入れてるだろ?」

真冬 「………………」 ハッ 「ゆ、唯我くん……!」

成幸 「……!?」 (し、しまった……!)

水希 「………………」 ユラリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、先生の家のお茶っ葉のありかを、知っているのかな? かな?」

水希 「どうしてかな? ねえ、どうして? ねぇ、ねぇ、ねぇ?」

成幸 「ま、待て! 違う! 誤解だ! 誤解だから電話を手に取るのはよせ! 教育委員会は洒落にならない!」

※その後、誤解ではないけれど、誤解ということにして事なきを得ました。

おわり

626: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:37:08 ID:kETrs9EE
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「なんてベタな……」

627: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:38:22 ID:kETrs9EE
………………一ノ瀬学園 グラウンド

滝沢先生 「今日から体育は長距離走だ。初日だから、無理するなよ」

滝沢先生 「身体を慣らす程度でいい。ただししっかり走れよー」

成幸 (ふっふっふっふ……)

成幸 (長距離走はただ走るだけ! 不器用な俺が体育の内申点を上げるチャンスだ!)

成幸 (まぁ、体力はないから良いタイムは望めないが、努力さえすれば多少はなんとかなる)

成幸 (一学期と二学期前半の水泳の分も挽回しなければ……!!)

文乃 「おー。なんか、成幸くん燃えてるね」

成幸 「ん……? ああ、古橋か。そうか、今日の体育はAB組合同か」

文乃 「うん。あと、長距離走だから男女混合だね。男子は外周五周、がんばってね」

成幸 「女子は三周だっけか。うらやましいぞ……」

文乃 「私は走るの嫌いじゃないからいいんだけどね、五周でも」

文乃 「成幸くんより足速い自信あるし」 エッヘン

628: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:38:59 ID:kETrs9EE
成幸 「む……言ったな? じゃあ、今日のタイムで勝負しようぜ」

文乃 「ほうほう。つまり、わたしのタイムを3/5倍して勝負だね?」

成幸 「うん。考え方は間違ってないけど5/3倍な」

文乃 「……こっ、細かいことはいいんだよ!」

コソッ

文乃 「ただ勝負するだけじゃつまらないから、何か賭けない?」

成幸 「ほー。俺に勝つ自信があるみたいだな。いいぞ、乗ってやる」

成幸 「負けた方は勝った方に購買のパン一つ奢る……ってのでどうだ?」

文乃 「うん。まぁ成幸くんの経済状況を考えたら妥当なところだと思うよ」

成幸 「冷静に人のサイフの中身を分析しないでくれ、古橋……」

鹿島 (……古橋姫と唯我成幸さん、何か話してますね)

猪森 (古橋姫、楽しそうっスね)

蝶野 (こっちまで幸せになってくるな……)

629: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:39:54 ID:kETrs9EE
………………スタート直前

成幸 (ふっふっふ……。古橋、悪いが、手をぬくつもりはない。単純な体力だけなら、さすがに負けないぞ)

成幸 (球技ならわからんが……)

文乃 (ふふふ……。成幸くんったら、私は体育は得意なんだよ?)

文乃 (キャラクター紹介ページでもATHLETICは○なんだよ。そしてきみは×だって知ってるんだから)

文乃 (成幸くんがなぜあんなに自信満々なのかわからないけど、絶対に負けないからね)

滝沢先生 『準備はいいかー? 公道を走るから、車や歩行者に気をつけろよー』

滝沢先生 『では、よーい……スタート!』

成幸&文乃 ((パンは!))

成幸 (俺が!!)  文乃 (わたしが!!)

成幸&文乃 ((いただく!!) んだよ!!)

630: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:40:34 ID:kETrs9EE
………………

大森 「はぁ~、長距離走なんてだるいよなー。どっかでサボれないかな」

小林 「うるさいなぁ。喋ってると体力なくなるぞ」

小林 「少しは成ちゃんを見習えよ。ほら、あんなにまじめに走ってる」

成幸 「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」

大森 「……まじめに走ってるのに、ダベりながら走ってる俺たちの少し前ってのが悲しいけどな」

成幸 (ふふ……いい、ペースだ……)

成幸 (男子の中でも真ん中の方にいるだろ……ふふ、負けんぞ、古橋……)

631: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:41:52 ID:kETrs9EE
………………ゴール後

成幸 「………………」

グタッ

成幸 (し、死ぬ……滝沢先生の言うとおり、慣らし程度で走るべきだった……)

成幸 (肺が痛い……)

文乃 「やーやー、成幸くん。結果はどうだったかな?」

成幸 「ふ、古橋……ふふ、お前の、その、余裕そうな顔も、そこまでだぜ……」 ゼェゼェ……

文乃 「うん。きみの方にそこまで余裕がないとわたしはどんどん余裕が出てくるんだけどね」

文乃 「ちなみにこれが今日のわたしのタイムだよ? で、5/3倍も計算しておいたよ」

成幸 「………………」

ガクッ

成幸 「う、うそだ……。俺、結構全力で走ったのに……」

文乃 「ふふふ、どうやらわたしの勝ちのようだね。じゃあ、昼休み、パンをよろしく頼むよ、成幸くん?」

成幸 「うぅ……」


―――― 「ほう。なかなか興味深い話をしているな、唯我、古橋」

632: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:42:34 ID:kETrs9EE
文乃 「わっ……た、滝沢先生!?」

滝沢先生 「まさかお前たち、体育の授業で賭け事をしていたわけじゃないだろうな?」

文乃 「あ、あはは……」

成幸 「えっと……あの……」

滝沢先生 「………………」

成幸&文乃 「「すみません!!」」

滝沢先生 「素直でよろしい。まぁ、パン程度なら遊びの延長というところで目はつむってやる」

成幸 「本当ですか!? 助かります……」

滝沢先生 「その代わり、といってはなんだが、少し手伝いをしてもらおうか」

滝沢先生 「外周にパイロンが設置してあっただろう? 放課後、あのパイロンの回収を頼みたいんだ」

滝沢先生 「体育の教員の手が空いてなくてな。頼めるか?」

文乃 「それくらいなら、まかせてください」

成幸 「はい、やります!」

滝沢先生 「じゃあ頼んだ。体育用具倉庫にあるカートを使って回収してほしい」

滝沢先生 「回収した後は、体育用具倉庫にしまっておいてくれ」

633: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:43:15 ID:kETrs9EE
………………放課後

成幸 (……と、いうわけで、外周を回りながらパイロンを回収しているわけ、だが……)

グイッ……グイッ……

成幸 (重い!!)

成幸 (ひとつひとつのパイロンは軽いが、カートに乗せていくにつれてどんどん増えていく!)

成幸 (重い!!)

文乃 「成幸くん、顔真っ赤だよ? 大丈夫? カート引くの代わろうか?」

成幸 「いや、さすがに……これを、女子にはさせられないだろ……」

成幸 「俺は男子だから、大丈夫……」

文乃 「む……男子とか女子とか、あんまり関係ない気もするけどな」

文乃 「結局、わたしの方が長距離走も速かったわけだし」

成幸 「ど……同一距離だったら、きっと負けてない、はず……」

文乃 「わたし今日結構流してたけど?」

成幸 「……お、俺だって、慣らしだったぞ?」

634: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:43:48 ID:kETrs9EE
文乃 「ふーん。そう? じゃ、カート引きがんばってね。パイロン追加するよ」

ゴトッ

成幸 「うぉ……」

成幸 (お、重い……)

グイグイ……

文乃 「ほら。後ろから押してあげるから、がんばって」

成幸 「わ、悪い……助かる……」

文乃 (だから、きみがずっとカート引いてるんだから、悪いなんて思う必要ないんだってば……)

文乃 (本当に損な性格。きみの将来が心配だよ、お姉ちゃんは)

成幸 (あ、あと少し……あと少しで、一周だ……)

成幸 (長距離走より疲れるぞ、これ……)

635: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:44:29 ID:kETrs9EE
………………体育用具倉庫

成幸 「うおお、おわった……」

ゴトッ

成幸 「これで全部のパイロンをしまえたか……長かった……」

文乃 「おつかれさま、成幸くん」

成幸 「いや、古橋もおつかれさま。つか、悪いな、変なことに巻き込んで。俺がパンを賭けようなんて言ったから……」

文乃 「いやいや、それはおかしいよ。わたしが何か賭けようかって言い出したのが悪いんだから。ごめんね」

成幸 「ん……いや、まぁ、俺もそれに乗ったわけだし、べつに……」

成幸 「そんなことより、早く戻ろうぜ。今日は図書室で勉強の日だろ」

文乃 「それもそうだね」 クスッ 「いつまでも成幸くんを独り占めしてたら、りっちゃんとうるかちゃんに怒られちゃうね」

成幸 「独り占め? なんだそりゃ。俺はべつに――」


――――ガシャン


成幸 「へ……?」

636: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:45:24 ID:kETrs9EE
………………外

真冬 「………………」

真冬 (まったく、なぜ私が体育用具倉庫の施錠をしなければならないのかしら……)

真冬 (体育の先生方も忙しいのはわかるけれど、そのあたりしっかりとしてもらわないと困るわ)

真冬 (……外周にパイロンが残っていないのは確認したし、カートも帰ってきている)

真冬 (滝沢先生は生徒にお願いしたと言っていたけど、その生徒たちはパイロンをしっかり回収したようね)

真冬 (さっさと鍵をかけて仕事に戻りましょう……)

ガシャン

真冬 (これでよし、と。さっさと仕事に戻りましょう)

637: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:46:18 ID:kETrs9EE
………………体育用具倉庫

文乃 「い、今の音って……」

成幸 「鍵がしまったような音だったな?」

文乃 「鍵って、ひょっとして……」

バッ……ガチャガチャガチャ……!!!

成幸 「開かねえ!! これは、ひょっとしてひょっとすると……」

成幸&文乃 「「閉じ込められた!?」」

成幸 「誰かー! 誰かいませんかー!」

ドンドンドン……!!!

成幸 「……ダメだ。鍵をかけた人はもうどこかに行っちゃったみたいだ」

文乃 「……うーむ」

成幸 「古橋? なんだ、考え込むような顔をして」

文乃 「いや、大したことじゃないんだけどさ、一言だけ言わせてほしくて」

文乃 「なんてベタな……」

638: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:47:03 ID:kETrs9EE
………………

文乃 「成幸くん、携帯電話持ってる?」

成幸 「あいにく、荷物は全部教室だ。古橋は?」

文乃 「同じく、だよ……」

成幸 「助けを呼んでも聞こえるような場所じゃないしなぁ……」

成幸 「仕方ない。このまま、気づいた誰かが助けに来てくれるのを待とう」

成幸 「図書室に俺たちが現れなけりゃ、緒方が心配して先生に相談してくれるだろ」

文乃 「カバンも教室に置きっぱなしだから、きっと滝沢先生が気づいてくれるよね」

成幸 「ゆっくり待とう。ちょっとした休憩だな」

文乃 「……うん」

639: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:47:38 ID:kETrs9EE
成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 (……気まずい)

成幸 (と、いうよりは、どういう顔をしていたらいいのか分からない)

成幸 (今さらな話ではあるが、古橋はそれはもうとてつもない美少女だ)

成幸 (間違っても、薄暗い密室で一緒にいて心安らぐような相手じゃない)

成幸 (そして何より、向こうは恐らく、もっとそう思っているだろうということだ)

文乃 「………………」

成幸 (古橋のアンニュイな顔がそれを物語っている)


―――― 『実はわたし…… 威圧してくる男の人が怖くて……』


成幸 (俺はそういうタイプの男じゃない……とは思いたいが、)

成幸 (もしも万が一、古橋が今のこの状況を山岡に迫られたときのように感じているとしたら、)

成幸 (俺は今、絶対、古橋に近づいちゃいけない……!!)

640: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:48:14 ID:kETrs9EE
文乃 「………………」

文乃 (ど、どどど、どうしよう……)

ズーン

文乃 (わたしがそもそも賭け事なんてイケナイことを提案しなければ、こんなことには……)

文乃 (当たり前だけどなんの勉強道具も持ってきてないし、わたしはともかく、成幸くんは……)

成幸 「………………」

文乃 (めちゃくちゃ険しい顔してるー!! そりゃそうだよ。だって、わたしのせいで勉強が……)

文乃 (わたしの勉強が進まないのは自業自得として、それに成幸くんを付き合わせてるのはまずいんだよ)

文乃 (な、なんとしても早くここから脱出しないと……!!)

文乃 (出られるとすれば……)

チラッ

文乃 (あの、天井近くの採光用の窓。薄べったいけど、届きさえすれば、わたしなら通れる!)

文乃 (そのためには……)

641: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:49:06 ID:kETrs9EE
文乃 「あ、あのあの、成幸くん」

成幸 「!? お、おう、なんだ、古橋」

文乃 「ひとつ提案があるんだけど、あの採光窓から外に出てみない?」

文乃 「成幸くんが踏み台になってくれれば、わたしひとりなら出られると思うんだ」

文乃 「そうしたら、職員室に助けを呼べるし、すぐにここから出られるよ」

成幸 「……ん、まぁ、たしかにお前なら出られそうだな、あの窓」

成幸 「………………」

フルフル

成幸 「……でも、ダメだ。さすがに危なすぎる。こちら側は俺が肩車でもすればいいかもしれないが、」

成幸 「外に踏み台になるものがあるとも限らない。あの高さから変な飛び降り方をしたら、お前がケガをする」

成幸 「危険すぎる。だからダメだ」

文乃 「そ、そっか。そうだよね……。ごめん」

成幸 「おとなしく先生を待とうぜ。すぐ助けに来てくれるって」

642: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:49:46 ID:kETrs9EE
………………図書室

理珠 「………………」

カリカリカリ……

理珠 「……成幸さんと文乃、遅いですね」

理珠 (今日は体育の片付けを命じられたとかで行ってしまいましたが……)

理珠 (そんなにたくさんの片付けを命じられたのでしょうか。かわいそうに……)

フンスフンス

理珠 (うるかさんも水泳の練習でいませんし、)

理珠 (いまのうちに問題を解いて解いて解きまくって、みんなを驚かせてあげましょう)

カリカリカリカリカリ…………

643: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:50:23 ID:kETrs9EE
………………数時間後

成幸 「……日、暮れてきたな」

文乃 「うん……」

成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸&文乃 ((気まずい!!!!))

成幸 (うわー! どうしたらいいんだ俺はー! 古橋の奴、絶対俺のこと怖がってるよー!!)

文乃 (どうしようどうしようどうしよう!! 成幸くん、絶対わたしのこと怒ってるよー!!)

成幸 (ええい!)

文乃 (ままよ、だよ!)

成幸&文乃 「「あ、あのさ!」」

成幸 「!? あ、えっと……」

文乃 「な、成幸くんから、どうぞ?」

成幸 「い、いや、そっちからでいいよ……」

文乃 「えっ、ずるいよ、成幸くん……」

644: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:51:36 ID:kETrs9EE
成幸 「ずるいって、お前……。わかったよ……」

成幸 「えっと……なんか、その……ごめんな?」

文乃 「へ……?」

成幸 「怖くないか? お前、女の子だし、その……あんまり、男、得意じゃないだろ?」

成幸 「俺、どうしてたらいい? もっと離れてた方がいいか?」

文乃 「………………」

クスッ

文乃 「……ひょっとして、そんなことずっと考えてたの?」

成幸 「わ、笑うなよ。ずっと考えてたよ。悪いかよ……」 プイッ

文乃 「ごめんごめん。でも、可笑しくってさ」

文乃 「……旅館でふたりで泊まったこともあるんだよ? 今さらきみが怖いわけないでしょ」

成幸 「なっ……/// あ、あのときは、仕方なかっただろ……」

文乃 「きみはわたしの弟みたいなものだからね。大丈夫だよ。怖くなんてないよ」

645: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:52:14 ID:kETrs9EE
成幸 「……そうかよ。ならよかったよ」

成幸 「で? そっちは何を言おうとしたんだよ」

文乃 「うん……あの、成幸くん。ごめんなさい」

成幸 「……? ごめんって、何が?」

文乃 「さっきも言ったけど、わたしが賭け事なんて提案したから、こんなことになって……」

文乃 「成幸くんの勉強時間まで取っちゃって……」

成幸 「いやいや、さっきも言っただろ。パンを賭けようって言ったのは俺だし、そもそも乗ったのも俺の判断だ」

成幸 「お前は悪くないよ」

文乃 「……ありがと。そう言ってくれると、助かるな」

文乃 (そっか。きみがずっと難しい顔をしていたのは、わたしに悪いと思っていたからなんだ)

成幸 (お前がずっと物憂げだったのは、俺に申し訳ないと思っていたからなのか)

クスッ

文乃 「……ほんと、きみはお人好しだよね、成幸くん」

成幸 「お前に言われたくないよ、古橋」

646: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:53:38 ID:kETrs9EE
………………図書室

『間もなく閉館時間です。本を元の場所に戻して、退室してください』

理珠 「……!? も、もうこんな時間ですか!?」

理珠 (結局成幸さんも文乃も来ませんでしたが……)

理珠 (ま、まさか……!!)

理珠 (私に内緒でふたりきりで何か美味しいものでも食べに行ったのでしょうか!?)

理珠 (だとしたら許せません。こちらはがんばって勉強しているというのに……)

理珠 (うるかさんでも誘って、私たちも何か美味しいものを食べに行ってやります!!)

647: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:54:08 ID:kETrs9EE
………………

文乃 「………………」

ブルッ

文乃 (……まずい)

文乃 (何がどうまずいのかは、ご想像にお任せするというか、乙女的な意味で絶対に口にはできないけど、)

文乃 (まずい!!)

文乃 (長距離走の後に水分補給をしすぎたのが原因かな!!)

成幸 「……古橋? どうかしたか? 顔が青いぞ? 寒いのか?」

文乃 「だ、大丈夫! 全然大丈夫だよ!」

文乃 (成幸くんがニブチンで良かった。彼はきっと気づかないだろう)

文乃 (ただ、わたしの中で色々なものが終わってしまうタイムリミットまで、そう時間はない)

文乃 (助けを待つなんて悠長なことは言っていられない。これは、もう……)

文乃 (採光窓から出るしかない!!)

648: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:55:12 ID:kETrs9EE
………………プール

うるか 「へ……? 今日、成幸も文乃っちも来なかったん?」

理珠 「そうなんです。本当に腹立たしい限りです。約束をしていたというのに」 プンプン

理珠 「もうふたりなんて知りません。このあと私たちだけで美味しいものでも食べに行きましょう」

滝沢先生 「ん? おお、緒方。なんかえらくご機嫌ナナメだな」

理珠 「滝沢先生。成幸さんと文乃に約束をすっぽかされたのです」

滝沢先生 「ん……? 唯我と古橋が……?」

ハッ

滝沢先生 「……いや、まさか、そんなことは……」

滝沢先生 「そういや、施錠を桐須先生にお願いしてたな……」

滝沢先生 「あの人、ときどき抜けてるからな……」

ダラダラダラ……

滝沢先生 「……ちょっとふたりとも来い。嫌な予感がする」

649: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:55:46 ID:kETrs9EE
………………

成幸 「お、おい、古橋、本当にやるのか?」

文乃 「やるといったらやるんだよ! もう時間がないんだよ!」

成幸 「……?」 (なんか急ぎの予定でもあるのか?)

成幸 「絶対無理するなよ? ケガするなよ?」

文乃 (少しくらいケガしてでも乙女の尊厳を守りたいんだよこっちは!!)

文乃 「ほら、肩車してもらうから、早くかがんで」

成幸 「……まぁ、それはいいけどさ」

成幸 (す、スカートの女子を肩車か……)

スッ

成幸 「ち、ちゃんと頭持ってろよ?」 (ふ、ふとももの感触が……)

成幸 (いかんいかん! 不埒なことを考えるな。集中しろ)

文乃 (平常時であれば色々と思うところもあるんだろうけど!)

文乃 (今はあまりそのあたりは考える余裕はないかな!!)

650: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:56:35 ID:kETrs9EE
成幸 「ゆっくり立ち上がるぞ……」

文乃 「うん」

スクッ……

成幸 (き、きつい……古橋が重いとかじゃなくて、長距離走の後に重いものを運んだからだ……)

成幸 「よし、っと……。届きそうか?」

文乃 「大丈夫。手が届いたよ。窓も……うん。開けられる」

文乃 「ちょっと足をしっかり持っててもらっていいかな。少し窓に身体を預けてみるね」

成幸 「お、おう」

グッ

文乃 「……うん。いけそうかな。窓からちゃんと飛び降りられれば、外に出られると思う」

成幸 「危なくないか?」

文乃 「これくらいの高さなら大丈夫だと思う。窓のへりに移っちゃうね」

成幸 「本当に大丈夫か? 危険は……」

……ガクッ

成幸 (あっ……)

651: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 21:58:30 ID:kETrs9EE
文乃 「きゃっ……!?」

ドタドタドタ………………

成幸 「……いたたた」

成幸 (しまった……。急に足の力がガクッと抜けてしまった)

成幸 (下がマットで助かったな……)

成幸 「古橋? 大丈夫か……? ごめんな、ちょっとバランスを崩しちまって……」

文乃 「う、うん、大丈夫だよ。やわらかいマットの上だから……」

成幸 「……!?」

文乃 「ふぇっ……!?」

成幸 (ち、近っ……!? 俺、マットに仰向けに寝て……その上に、古橋が……)

文乃 (こ、これじゃまるで、わたしが成幸くんを押し倒してるみたい……!!)

ドキドキドキドキ……

成幸 「ふ、古橋……? どいてくれると、助かるというか……」

文乃 (う、動けないよー! 外に出られないと分かった絶望感と今のショックで、もう決壊寸前なんだよー!)

成幸 (うっ……。な、なんでそんなうるんだ目でこっちを見るんだよ……)

652: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 22:00:05 ID:kETrs9EE
成幸 「古橋……」

文乃 「成幸くん……」

文乃 (ああ、終わった……。さようなら、乙女としてのわたし)

文乃 (明日からわたしは、不名誉なあだ名をもらうことになるんだ)

文乃 (文学の森の眠り姫なんて大それたあだ名、そもそもわたしに相応しくなかったんだ……)

文乃 (成幸くんの女心の師匠もやめることになるんだろうな……)

文乃 (ああ、色んなことが走馬灯のように……――)

――――――ガシャン!!! ガラッ

理珠 「文乃!! いるのですか!?」  うるか 「成幸!! 大丈夫!?」

理珠&うるか 「「!?」」

滝沢先生 「お前たち急ぎすぎだよ……って……」

滝沢先生 「……何をやってるんだ、唯我、古橋?」

文乃 「あっ……」

文乃 (開いたぁあああああああああああ~~~~~)

タタタタタタタ……!!!

653: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 22:00:45 ID:kETrs9EE
理珠 「ふ、文乃!? ……行ってしまいました」

うるか 「な、成幸! どういうことか説明してよ!! 何をしてたの!?」

成幸 「お、落ち着けうるか! 何もないから!」

うるか 「何もなくて、どうして文乃っちが涙目で飛び出していくの!?」

成幸 「俺が聞きたいよ!!」

滝沢先生 「あー……まぁ、色々と後手に回った私が悪いのは重々承知しているが、」

滝沢先生 「高校生の男女が密室にいたんだから、気持ちは分からなくもないが……」

滝沢先生 「そういうのは、もっとこう、ロマンチックな場所でだな……」

成幸 「だから違いますって! 先生までどんな勘違いしてるんですか!!」

理珠 「……不潔です。見損ないました。成幸さん」

うるか 「あたしもだよ! 成幸のケダモノー! アクマー!」

成幸 「なぜ俺が責められているんだ!?」

654: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 22:01:20 ID:kETrs9EE
………………お手洗い前

文乃 「ふー……」

パァアアアアアアアアア……!!!!

文乃 (守られた! わたしの、女子としての尊厳……!!)

文乃 (良かったよう……危うく、成幸くんにとんでもない姿をさらしてしまうところだったよ)

文乃 (……まぁ、成幸くんのことだから、そうなっていたとしても、きっとわたしをバカにしたりはしないだろうけど)

理珠 「……あ、いました! 文乃」

タタタタ……

文乃 「りっちゃん。今日は図書室に行けなくてごめんね」

理珠 「文乃が悪いわけではありませんから、気にしないでください」

理珠 「それより、これからうるかさんと成幸さんとファミレスで勉強会をしようという話になったのですが、」

理珠 「もちろん、文乃も来ますよね?」

文乃 「うん。一緒に行くよ。今日の分の勉強を取り返さないといけないからね」

655: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 22:02:16 ID:kETrs9EE
文乃 「………………」

―――― 『怖くないか? お前、女の子だし、その……あんまり、男、得意じゃないだろ?』

―――― 『俺、どうしてたらいい? もっと離れてた方がいいか?』


文乃 (……成幸くんのバカ。今さらそんなこと気にするはずないのに)


―――― 『デートみたいだな! 古橋』


文乃 (どっちかといえば、わたしは台風のときの映画館を思い出していたんだけど)

文乃 (ニブイきみは、きっとそんなこと分からないし気づかないだろうね)

文乃 (だから絶対内緒だよ)

クスッ

文乃 (……実はちょっとだけ、そんなことを思い出して)

文乃 (きみにドキドキしていただなんて)


おわり

656: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/20(土) 22:02:51 ID:kETrs9EE
………………幕間 「兄の危機」

水希 (えーっと、今日の晩ご飯は何が作れるかな……)

ピキューン

水希 「!? お兄ちゃんが危機に瀕している気がする!!」

花枝 「はぁ? 危機ってどんな?」

水希 「●●!!」


おわり

658: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:25:15 ID:AR9F6gVQ
>>1です。
ぼちぼち書いていたら書き上がってしまったので投下します。


【ぼく勉】文乃 「成幸くん、最近紗和子ちゃんと仲良いよね」

659: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:26:07 ID:AR9F6gVQ
………………放課後 一ノ瀬学園 図書室

成幸 「緒方、いいか? 少し考えてみろ」

理珠 「はい」

成幸 「李徴は虎になってしまった。お前は虎になってしまったらどういう気持ちだ?」

理珠 「………………」

理珠 「……虎になったことがないので分からないです」

理珠 「というか、どういう理屈で人間が虎に姿を変えるのですか?」

成幸 「そういうことじゃないんだよ……」

文乃 「あはは……。りっちゃんは特に、そういうローファンタジー要素が出てきてしまうと思考が止まっちゃうんだよね」

成幸 「ぐぬぬ……。じゃあ、もう少し身近なところに話を移そう」

成幸 「緒方、お前うどん好きだよな?」

理珠 「はい! 大好きです!」 キラキラ

成幸 「うどんという言葉が出てきただけで目を輝かせやがって……。まぁいい」

成幸 「虎になってしまったら、うどんも食べられないぞ?」

理珠 「!?」

660: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:26:57 ID:AR9F6gVQ
理珠 「た、たしかに……! 虎はネコ科……つまり猫舌! 熱いうどんは食べられませんね!」

理珠 「でもざるうどんなら食べられます!」

成幸 「確かにその通りだな」

成幸 「――って違う!」

うるか (成幸楽しそうだなぁ……)

成幸 「虎になったお前を、親父さんは家に入れてうどんを食わせてくれると思うか?」

理珠 「………………」

理珠 「……はい。あの父であれば、私が虎になっても可愛がって育ててくれると思います」

成幸 「確かにあの親父さんならそうしそうだなぁ」

成幸 「――ってだから違う!」

文乃 (楽しそうだなぁ成幸くん……)

成幸 「じゃあこれならどうだ、緒方。俺はお前が虎になったら怖いぞ。たぶん近づかないぞ?」

理珠 「えっ……」

661: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:28:26 ID:AR9F6gVQ
理珠 「わ、私がもし虎になってしまったら……成幸さんは、怖い、ですか?」

成幸 「へ……? そりゃそうだろ。虎は怖いよ」

理珠 「………………」

理珠 「い、いやです。私は虎になりたくありません」

成幸 「だろう? 李徴だってきっと嫌だっただろ――」

理珠 「――いやです……」 グスッ

成幸 「……!?」

文乃 「………………」 ジロッ 「……成幸くん、りっちゃん泣かしてどうするの?」

成幸 「ち、違う! 俺はそんなつもりじゃ……」

理珠 「いやです……――」

成幸 「――と思ったけど違うな! お前が虎になっても怖くもなんともないわ!」

成幸 「お前が変身しただけの虎なら、きっとかわいいだろうな。飼ってやりたいくらいだ!」

うるか (成幸、言ってることメチャクチャだよ……)

理珠 「飼っ……///」 プイッ 「な、なら、虎になってもいいかもしれません……」

662: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:29:21 ID:AR9F6gVQ
成幸 「おお、そうだな。虎も悪くないかもしれないな!」


  「唯我成幸、甘やかしてどうするのよ。それじゃ李徴の気持ちが全然わからないでしょ」


成幸 「ん……? ああ、関城」

文乃 「紗和子ちゃんも勉強?」

紗和子 「ええ。けど、まさかこんな気の抜ける会話を聞かされるとは思わなかったわ」

紗和子 「あなたたち、よくこんな会話を聞きながら勉強できるわね」

うるか 「まぁ、慣れちゃったというか……」

文乃 「お互いに気の抜けること言うから、気にならないというか……」

紗和子 「……まぁ、あなたたちはそうよね」

理珠 「せっかくですし、関城さんも一緒に勉強していきませんか?」

紗和子 「ん、とても嬉しい提案だけれど……」 チラッ

成幸 「?」

紗和子 「やめておくわ。お邪魔になってもいけないしね」

理珠 「お邪魔……?」

663: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:30:13 ID:AR9F6gVQ
紗和子 「じゃ、私向こうで勉強するから」

成幸 「ん……あ、関城。ちょっと待ってくれ」

紗和子 「なにかしら?」

成幸 「この前はありがとな。助かったよ」

紗和子 「この前……? ああ、あのこと? あれくらい大したことじゃないわ」

成幸 「いや、でも俺にはできないからさ。本当に助かったんだ。ありがとう」

紗和子 「また必要になったら言いなさい。いつでもやってあげるわ」

成幸 「本当か!? 実はまた、新しいのがな……」

成幸 「……もしお前の都合が良ければ、今日の夕方とか空いてないか?」

紗和子 「べつにいいわよ? 息抜きにもなるし」

紗和子 「勉強が終わったら言いなさい。付き合ってあげる」

成幸 「本当か!? 助かるよ。ありがとな、関城」

紗和子 「どういたしまして。じゃあ、またね」

成幸 「おう」

664: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:31:03 ID:AR9F6gVQ
理珠 「………………」

うるか 「………………」

文乃 「………………」

理珠&うるか&文乃 (((今の会話は何ーーー!?)) ですかーーー!?)

文乃 (というか、たぶんわたしだけじゃなくて、りっちゃんとうるかちゃんも思ってることだろうけど……)

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

成幸 「ん? なんだ?」

文乃 「ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ、」



文乃 「成幸くん、最近紗和子ちゃんと仲良いよね」



理珠&うるか 「「………………」」 ピクッ

成幸 「ん、そうか? 元々あんなもんだと思うけど……」

文乃 「っていうか、教えてほしいんだけど、さっきの会話は何?」

665: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:31:57 ID:AR9F6gVQ
成幸 「さっきの会話……?」

文乃 「きみが紗和子ちゃんと楽しそうに話してたことだよ」

文乃 「傍から聞いてるだけじゃ、内容がわからなかったから、教えてほしいなー、って」

成幸 「………………」

成幸 「あー、えっと……その……」

文乃 (あからさまに焦った顔して目を泳がせてる……)

キリキリキリ……

文乃 (お願いだからあんまりわたしの胃をいじめないでほしいなぁ……)

成幸 「た、大したことじゃねぇよ。ちょっと関城にお願いしてることがあるんだ」

文乃 (そうやって誤魔化されてしまうと、さすがにこれ以上突っ込んで聞くわけにもいかないよね)

文乃 (でも……)

理珠 (成幸さんと関城さん、最近本当に仲良しですよね……) ジトーッ

うるか (どういう関係なんだろう……。さわちん結構可愛いし、ひょっとして、成幸……) ジーッ

文乃 (胃が痛い)

666: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:34:27 ID:AR9F6gVQ
………………夕方

成幸 「……ん、時間的にそろそろリミットかな」

成幸 「どうしたんだ、お前ら? 今日は進みが遅かったぞ?」

文乃 「う、うん。どうも勉強が捗らなくてさ……」

文乃 (こっちの気もしらないでこの野郎)

うるか 「……ごめん。今日、帰ってからがんばるから」 ズーン

理珠 「……はい。私も、夜がんばります」 ズズーン

文乃 (想像で勝手に落ち込んでるー!)

成幸 「? まぁいいか。じゃあ、俺ちょっと用事があるから行くな」

トトトト……

成幸 「関城! 悪い、待たせた。行こうぜ」

紗和子 「あら、もう終わりなのね。じゃあ行きましょう」

紗和子 「緒方理珠……と他二名、またね。さようなら」

667: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:35:03 ID:AR9F6gVQ
………………帰路

成幸 「今日は急に頼んで悪かったな」

成幸 「今日から始まるらしくてさ。早く行かないとなくなっちまうし……」

紗和子 「べつにいいわよ。予定があるわけでもないし」

成幸 「ありがとう、関城」

紗和子 「どういたしまして」


………………物陰

理珠 「ふ、文乃。本当にこんなことをしていいのでしょうか……」

うるか 「な、なんか、すごく悪いことしてる気分……」

文乃 「しょうがないよ。だってふたりとも気になるんでしょ? そのままじゃ勉強も手につかないでしょ?」

理珠&うるか 「「………………」」 コクッ

文乃 (成幸くんと紗和子ちゃんには悪いけど、少し尾行させてもらうよ!)

文乃 (ふたりの集中とわたしの胃の健康のために!)

668: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:38:20 ID:AR9F6gVQ
………………歓楽街

文乃 「………………」

文乃 (なんかフツーにデートっぽい場所に来たよ!?)

成幸 「……」

紗和子 「……」

文乃 (ああ、しかも全然聞き取れないけど、ふたりともめちゃくちゃ楽しそうに会話をしてるね?)

理珠 「………………」 ズズーン 「……なんか、楽しそうです」

うるか 「………………」 ズズズーン 「さわちん、うらやましいよぅ……」

文乃 「ほ、ほらほら、ふたりが行っちゃうよ。ふたりとも、がんばって!」

文乃 (胃が痛いなぁ!)

文乃 「ん……? ふたりが建物に入った……」

文乃 (……ゲームセンター?)

669: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:39:11 ID:AR9F6gVQ
………………ゲームセンター内

文乃 「……うーむ」

文乃 (あまり近づくわけにもいかないし、遠くから見ていての感想だけど……)

文乃 (普通にゲームセンターで遊んでいるだけのように見える……)

文乃 (というか、見ようによってはそのまんまカップルだ)

文乃 (そろそろ私の胃も限界だし、何より、)

理珠 「……やはり、成幸さんは……」

うるか 「さわちんと、付き合ってるのかな……」

ガクッ

文乃 (このふたりの精神状態が限界だ)

文乃 「ほらほら、元気出して、ふたりとも」

文乃 「考えてごらんよ。もし万が一成幸くんが紗和子ちゃんと付き合っていたとして、」

文乃 「それをわざわざわたしたちに隠すような不義理なことをすると思うかな?」

670: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:39:48 ID:AR9F6gVQ
理珠 「………………」

理珠 「……これは大変遺憾なことなのですが」

理珠 「『恥ずかしくってなかなか言い出せなかったんだ。ごめんな』 とか言う成幸さんが容易に想像できます」

うるか 「リズりんそれめっちゃわかる」

文乃 (……わたしもなんとなく想像できるな、それ)

文乃 (いやいや、でも、そんなまさか。成幸くんが紗和子ちゃんと付き合ってたりなんて……)

文乃 「………………」

シュッ!!!!!

文乃 (……もし、本当にそうだったとしたら、)

文乃 (ちょっと一発くらい、手刀入れてもいいかな?)

文乃 (なんにせよ、もう少し近づいて、会話を聞かないと分からないかな……)

671: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:40:38 ID:AR9F6gVQ
………………

成幸 「ひっ……!?」

紗和子 「? どうかしたの、唯我成幸。顔真っ青よ?」

成幸 「いや、ちょっと寒気がしてな……」

成幸 「それより、今日もありがとな。欲しがってたのは全部コンプリートできたよ」

成幸 「お前がいてくれると助かるな……」

紗和子 「いいわよ。私もただで遊べて得してるわけだし」

紗和子 「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」

成幸 「ん……あ、そうだ。今からうちに来ないか?」

紗和子 「へ……? あなたのおうちに? どうして?」

成幸 「いやな、お前を紹介したくてさ。お前のことを話したら、ぜひ会いたいって言うんだよ」

紗和子 「ああ……そういうこと。お邪魔して迷惑でないなら、行ってもいいけれど」

成幸 「本当か? ぜひ来てくれよ。あいつらも喜ぶと思うんだ」

672: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:41:31 ID:AR9F6gVQ
………………物陰

理珠 (ふ、文乃……) コソッ (ち、近づきすぎじゃないですか? バレませんか?)

文乃 (虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ、りっちゃん) コソッ


「ん……あ、そうだ。今からうちに来ないか?」


文乃 「!?」 (成幸くんの声だ! 紗和子ちゃんを家に誘ってるの……!?)


「へ……? あなたのおうちに? どうして?」

「いやな、お前を紹介したくてさ。お前のことを話したら、ぜひ会いたいって言うんだよ」


うるか 「!?」 (家族に紹介!? 家族が会いたいって言ってる!?)

理珠 (おふたりの関係はもうそんなところまでいっているのですか!?)

ズーン……

文乃 「………………」

シュッ

文乃 (……覚えてろよ、だよ。成幸くん……。ふふふ……)

673: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:42:16 ID:AR9F6gVQ
………………唯我家外

文乃 (結局、成幸くんと紗和子ちゃんは仲睦まじく連れ添って当たり前のように家の中に入っていった)

文乃 (後ろから気づかれないようにつけ回していただけのわたしたちをあざ笑うかのように……)

理珠 「………………」 チーン

うるか 「………………」 チーン

文乃 (りっちゃんとうるかちゃんはもう限界だし、家の外にいても、何が覗けるわけでもないし……)

文乃 (ふたりが家から出てくるのを待っているのも不毛だ)

文乃 (……もし万が一、紗和子ちゃんが一晩中家から出てこなかったりしたら、それこそコトだし)

文乃 (そろそろ帰ろうかと提案するべきかな……――)


「――あら? ふみちゃんにりっちゃんにうるかちゃんじゃない」


文乃 「!? な、成幸くんのお母さん! と水希ちゃん!」

水希 「……人の家の前で何をやってるんですか、あなたたちは」

ハッ

水希 「ま、まさか、兄のストーカーですか!?」

674: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:43:32 ID:AR9F6gVQ
文乃 「うっ……」 (あ、あながち間違いでもないところが辛い……!)

文乃 「いや、実は、ちょっと成幸くんに用事があったんだけど……」

水希 (“成幸くん” ……?)

文乃 「お、お取り込み中だから、今日はいいかなー……なんて……」

花枝 「? せっかく来てくれたんだし、上がっていったらいいわよ」

花枝 「ほらほら、どうせだから晩ご飯も食べて行きなさい。どうぞどうぞ」

文乃 「えっ、あ、いや、その……」

ズルズルズル……

花枝 「成幸ー、ふみちゃんたちが来てるわよー! ……って、あら?」

紗和子 「あっ……」 スッ 「は、初めまして。唯我成幸……くんの、お友達の、関城紗和子といいます」

花枝 「あら……あらあらあらあら……」 ニンマリ 「はじめまして。成幸の母です」

水希 (また新しい女!?)

花枝 「こんな大人っぽい女の子まで連れ込んで……うちの息子も隅に置けないわねぇ……」

成幸 「母さん、帰って早々変なこと言うなよ……って、古橋!? 緒方にうるかも!? なんで!?」

675: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:44:37 ID:AR9F6gVQ
………………

成幸 「……なるほど。そういうわけで、俺と関城をつけ回していた、と」

文乃 「ごめんなさい! 悪いのはわたしなんだよ! わたしが提案したんだよ!」

理珠 「いえ、私もなんだかんだ、積極的に参加していたので同罪です。ごめんなさい」

うるか 「あたしもだよ……。気になって仕方なかったんだ。ごめんね、成幸。さわちん」

紗和子 「私はべつに気にしてないけど……」

紗和子 (というかうかつだったわね。唯我成幸のことが好きな緒方理珠が気にするのは当たり前だもの)

紗和子 (悪いことしちゃったわね……)

成幸 「にしても、俺と関城が付き合ってるなんて、よくそんなこと思いつくな……」

文乃 「いやいや、きみたちがニブイだけで、男女が一緒に歩いてたらそれってもうデートだからね?」

成幸 「今日俺たちデートしてたらしいぞ、関城」

紗和子 「びっくりね、唯我成幸。気づかなかったわ」

文乃 (この……! 人のことは気遣うくせに自分のことは無自覚コンビめ!!)

676: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:45:13 ID:AR9F6gVQ
うるか 「でもでも、ふたりがそういう関係じゃないなら、今日は一体どうしてふたりでゲームセンター行ったの?」

理珠 「それを隠したのはなぜですか? やましいことでもあったのですか?」

文乃 「あと、どうして紗和子ちゃんを家に招待したのかも気になるかな?」

成幸 「質問が矢継ぎ早すぎるだろ……。仕方ない、ひとつひとつ答えてくぞ」

成幸 「ゲームセンターに行ったのは、これを取るためだよ」

うるか 「……! それ、フルピュアのぬいぐるみだ!」

成幸 「ああ。ゲームセンターのUFOキャッチャーのプライズだよ」

成幸 「出来は悪くないし、何より最安で100円で取れるからな。グッズを買うより安上がりなんだよ」

成幸 「俺はUFOキャッチャーが得意じゃないから、関城に頼んでたんだ」

理珠 「あっ……」


―――― 『うぎゃーっ 緒方理珠!! 何故ここに!?』


理珠 「そういえば、ペンケースを買いに行ったとき、UFOキャッチャーでぬいぐるみをたくさん取ってましたね」

677: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:46:23 ID:AR9F6gVQ
紗和子 「まぁ、UFOキャッチャーは嫌いじゃないからね。それなりに上手と自負しているわよ」

紗和子 「唯我成幸にときどき頼まれるから、取ってあげてるの。今までも何回かやってあげたわ」

紗和子 「でも、それをあなたたちに隠していることは、私も初耳なのだけど……」

成幸 「うっ……いや、だって……なんか……」

成幸 「『教育係』 のくせにゲームセンターで遊んでるのか、って思われたくなくてさ……」

成幸 「……すまん。俺のくだらない見栄だ。そのせいでお前たちに心配をかけたんだな」

文乃 「うっ……謝られるとこっちが申し訳ないから、謝らなくていいよ……」

文乃 「……で? どうして紗和子ちゃんをおうちにご招待したの?」

成幸 「それは……――」


「――キャー!! 新しいフルピュアのぬいぐるみよー!!」


文乃 「あっ……葉月ちゃん」

葉月 「わっ……お、お姉ちゃんたちが勢揃いしてるわ」

和樹 「ほんとだ。この狭い家によくこんなに人が入るもんだよな」

678: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:47:13 ID:AR9F6gVQ
成幸 「ちょうどよかった。葉月、和樹。この人がぬいぐるみを取ってくれるお姉さんだぞ」

紗和子 「あっ……え、えっと……お兄ちゃんの友達の、関城紗和子よ。よろしく」

葉月 「! お姉ちゃんがぬいぐるみのお姉ちゃんなのねー!」

ギュッ

紗和子 「あっ……」

葉月 「ありがとー、お姉ちゃん!」

葉月 「あんまりぬいぐるみとか買えないから、お姉ちゃんが取ってくれたぬいぐるみ、とっても嬉しかったの!」

葉月 「大事にするね! 紗和子お姉ちゃん!」

紗和子 「さ、紗和子お姉ちゃん……」 テレッ 「わ、悪くないわね……でへへ……」

成幸 「うん。人の妹でその表情されるとちょっと気持ち悪いな」

紗和子 「う、うるさいわね!」

成幸 「……ま、早い話がさ。葉月と和樹が会いたがったんだよ」

成幸 「ぬいぐるみを安く取ってくれる紗和子お姉ちゃんに、さ」

文乃 「そっか……」

679: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:48:00 ID:AR9F6gVQ
文乃 (……下衆な想像をしていた自分が恥ずかしい)

文乃 (紗和子ちゃんは成幸くんに頼まれて、ゲームセンターでぬいぐるみを取っていただけだったんだ)

文乃 (そして、今日家に招いたのは、紗和子ちゃんにお礼を言いたいという葉月ちゃんのため)

文乃 (はぁ……本当に、自分が恥ずかしい……)



水希 「……お、お兄ちゃん! ちょっと晩ご飯作るの手伝って!」



成幸 「わっ……み、水希? どうしたんだ、急に」

水希 「なんでもいいから、ほら! 早く台所に来て」 (こんな女が多いところにいさせられないし!)

成幸 「ひ、引っ張るなよ……。じゃあ、みんな、ちょっとゆっくりしててくれ」

成幸 「葉月と和樹の相手だけ頼むー……」 グイグイグイ……

紗和子 「? なんか、ちょっと怖い感じの妹さんね」

葉月 「あー、まぁ、水希姉ちゃんはちょっと……アレだから……」

和樹 「うん。ちょっとアレだから。気にしないでいいよ」

紗和子 (アレ……?)

680: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:48:32 ID:AR9F6gVQ
理珠 「………………」

ホッ

理珠 (……なぜ、私はこんなにも安堵しているのでしょうか)

理珠 (なぜこんなに、よかった、と思っているのでしょうか)

理珠 (成幸さんと関城さんがそういう関係でないと知って、どうして私は……)

理珠 (こんなに、笑みが止まらないのでしょう……)

理珠 (不可解です……)

うるか 「………………」

ホッ

うるか (よ、よよよ、良かったよぅ~)

うるか (ぶっちゃけ、さわちんって大人っぽいし、色気もあるし、)

うるか (成幸と付き合いだしたりしたら、もう勝ち目ないと思ってたんだよ~!)

うるか (本当に良かった。神様ありがとー!)

文乃 「………………」 ホッ (良かった。これでわたしの胃に平穏が戻る……)

681: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:49:23 ID:AR9F6gVQ
理珠 「……あ、あの、関城さん」

紗和子 「? 何かしら、緒方理珠」

理珠 「一応、その、関城さんのほうにも確認を取っておく必要があるかと思い、お聞きしたいのですが、」

理珠 「関城さんは、本当に、成幸さんとなんともない……のですよね?」

紗和子 「はぁ? さっき唯我成幸も言っていたじゃない。何もないわよ」

紗和子 (っていうか、大親友の好きな人を好きになるわけないじゃない……)

紗和子 (なんて、言うわけにもいかないのだけど)

理珠 「……よかったです」 ホッ

紗和子 「まったく。心配性ね。大丈夫よ。唯我成幸を取ったりしないわ」


成幸 「ん? 俺がなんだって?」


和樹 「あ、兄ちゃん戻ってきたー」

うるか 「お手伝いもう終わったの?」

成幸 「いや、まったく意味がわからないんだ。台所に行ったら、母さんには早く戻れって言われてさ」

成幸 「……なんだったんだ?」

682: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:50:51 ID:AR9F6gVQ
葉月 「まぁ水希姉ちゃんはアレだからねー……」  和樹 「アレだしな……」

紗和子 (アレって本当になんなのかしら……?)

成幸 「……で? 俺の話してたんだろ? なんだよ、気になるから教えてくれよ」

紗和子 「はぁ?」 (そんなの、言えるわけないじゃない……)

紗和子 (ん……待って。これは……緒方理珠に気持ちを自覚させるチャンス!)

理珠 「?」

紗和子 「……ねえ、唯我成幸。この子たちには私たち、付き合ってるように見えたらしいわよ?」

成幸 「は、はぁ? いや、それさっきも聞いたよ。何でまた言うんだよ……」

紗和子 「それってつまり、お似合いに見えたってことでしょう? じゃあ、いっそ付き合っちゃう?」

成幸 「は……?」

理珠 「は!?」  うるか 「へぇ!?」  文乃 (胃に激痛が走る!)

成幸 「い、いきなり……何を……関城……///」

成幸 「そ、そういうのは……その、もう少し、お互いを知ってから、というか……///」

紗和子 「何本気で照れてるのよ。冗談に決まってるでしょ」

成幸 「!? は、はぁ!? お前……言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!?」

683: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:51:28 ID:AR9F6gVQ
紗和子 「はいはい。ごめんなさい。悪かったわ」

紗和子 (……ねえ、緒方理珠) コソッ

理珠 (な、なんですか、関城さん……)

紗和子 (ボーッとしてると、私以外の誰かに、先越されちゃうかもしれないわね?)

理珠 (な、何の話ですか……)

紗和子 (自分の気持ち、もう少しよく考えてみなさい。今日、どうして一喜一憂したのかとか)

理珠 (自分の気持ち……)

紗和子 (ええ。がんばってね。私は、あなたを応援しているから)

文乃 「……えーっと、紗和子ちゃん?」

紗和子 「? 何かしら?」

文乃 (……ねえ、気づいてる?) コソッ

紗和子 (……何よ?)

文乃 (紗和子ちゃん、成幸くんに “付き合っちゃう?” って言ってからずっと、)

文乃 (顔、まっかだよ?)

紗和子 「……!?」

684: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:53:01 ID:AR9F6gVQ
紗和子 (う、うそ……!? あ、でも……)

カァアア……

紗和子 (た、たしかに、顔が熱いわ……)

成幸 「? なんだ、関城。変な顔して」

紗和子 「な、なんでもないわよ!」

紗和子 (うそよ、こんなの。だって……そんなの、ありえてはいけないもの……)

紗和子 (きっと、緒方理珠が近くにいるから嬉しくてこうなってるのよ。そうよ。そうに決まってるわ)

紗和子 (そうに、決まってるわ……だって、そうでないと……)

紗和子 「………………」

紗和子 (……大丈夫。絶対ない)

紗和子 (絶対好きになんてなるはずがない)

紗和子 (大親友が好きな人のこと)


おわり

685: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/21(日) 01:53:35 ID:AR9F6gVQ
………………幕間 「晩ご飯」

ワイワイガヤガヤ……

花枝 「………………」

花枝 (こうして、見回してみると……)

理珠 「本当に美味しいです、水希さん。ありがとうございます」

水希 「べつに、わたしが好きで作ったわけじゃありません。お母さんが言うから、仕方なく作っただけです」

文乃 「この煮物とか絶品だよ~。どうやって作るの?」

うるか 「おだしの取り方も上手だよ。こんなに香りを出すのは難しいんだよ」

紗和子 「……本当に美味しいわね。この晩ご飯」

紗和子 「毎日こんなお料理が食べられるなら、毎日ぬいぐるみ持って家に行くわよ」

成幸 「おいおい、葉月と和樹が本気にするからやめろよ」

紗和子 (私も結構本気なんだけど……)

花枝 (……うーん。嬉しい反面、息子の将来が心配だわ)

花枝 (刺されたりしないでよー、成幸ー?)


おわり



次回 【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」 後編