進撃の江頭2:50 前編

283: ◆4flDDxJ5pE 2014/03/31(月) 20:06:22.11 ID:+81Q9Fdno

 だが、次の瞬間グンタとエルドが同時に女型の両目を剣で突き刺す。

 深く突き刺さった刃は抜けなかったので、そのまま刃を放棄して、二人は女型から

離れた。

 両目を抑えた女型は視力の回復を図る。

 次の瞬間、真上からオルオが女型のうなじめがけて白刃を振り下ろした。

「どりゃああああ!!!!」

 一瞬、血液と同時に湯気が噴き出す。

「入った!」

 斬り付けた刃を放棄したオルオがそう叫ぶ。

「入りました! 兵長!」

「油断するな!」

 リヴァイは叫ぶ。

(硬化も半永久的に続けられるわけではない。現に、両目に対する攻撃で、一瞬うなじの

硬化が弱まった)

「グンタ! エルド! 続け!!」

「了解!」

 女型の両目を攻撃したグンタとエルドの二人も、オルオと同じように女型の真上に

飛び上がり、そしてうなじを攻撃した。

 しかし、女型は素早く両手をうなじに当て、手の甲を硬化させる。

「ぐわっ」

引用元: 進撃の江頭2:50 



進撃の巨人(27)限定版 (講談社キャラクターズA)
諫山 創
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284: ◆4flDDxJ5pE 2014/03/31(月) 20:06:55.69 ID:+81Q9Fdno

「くそっ!」

 二人の刃は砕ける。

「両目よりもうなじが大事か。まあそうだろうな」

 リヴァイも攻撃に参加した。

「行ける、行けるぜ!」

 オルオが叫ぶ。

 確かにこの調子なら、女型を倒すのも時間の問題かもしれない。

 だが、

(おかしい、こんなもので終わりか)

 リヴァイは口で説明するのが困難な不安を感じていた。




   つづく

285: ◆4flDDxJ5pE 2014/03/31(月) 20:08:16.01 ID:+81Q9Fdno


 現在公開可能な情報9

・長瀬智也

 1978年11月7日生まれ。俳優、歌手、そしてタレント。ジャニーズ事務所のアイドルグループ、

TOKIOの最年少メンバーでもある。

 業界では、かなりの江頭マニアであることが知られており、「ドーン教」の信者を自称している。

 江頭の出演しているテレビ番組を編集して、DVDにまとめて保存するなど、周りがドン引きするくらいの

江頭好きなのだ。

293: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:53:00.87 ID:+eIjyYUpo


「これは極秘任務である、決して他言せぬように」

 任務を言い渡された日、ペトラは上官からそう言われた。

 今回の任務に集められたのは、ペトラを含めて数十人。

 皆、班長や分隊長クラスの実力を持つ、調査兵団きっての精鋭たちである。

 その中に、一際目立つ黒髪の少女がいた。

 ミカサ・アッカーマン。訓練兵団を圧倒的な成績で卒団した、逸材中の逸材だ。

 憲兵団からの幾度とないスカウトも断り、この調査兵団に入ったのは、幼馴染の

エレン・イェーガーがいるから、というのが専らの噂だった。

ほかにも、新兵(ルーキー)組ではミカサに次ぐ成績であったというライナー・ブラウンの

姿もあった。

 体格も良く、頭もきれるらしい。最初の遠征の時、巨人の襲撃を受けても生き残り、

逆に討伐したという猛者だ。

 ミカサやライナーの他にも、リヴァイの直轄班に指名されたエルドやグンタもいる。

 そしてオルオも。

「なんであなたがいるの?」

「お前ちょっと酷くねえ? その言い方」

 オルオとは古い付き合いなので、こうした軽口も言える。

 ただし、恋愛関係にだけは絶対にならないと自信を持って言えるペトラなのだった。

「貴様らの任務は、今回特別任務をこなすリヴァイ、エレン、そしてエガシラの三人を

護衛することである」

 江頭たち三人が特別任務をこなすことは知っていた。

294: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:53:29.78 ID:+eIjyYUpo

 つまりこれは、特別任務のための特別任務ということになる。

「あの、質問よろしいでしょうか」

 ペトラは挙手をして発言する。

「なにか」

「その、リヴァイ兵長と他二人は、どのような任務をするのでしょうか」

「それは機密だ。言えない」

「そんな」

「正確に言うと、言いたくても言えないのだ。俺もわからないからな」

「え?」

「とにかく、ここに集められた兵士諸君は、リヴァイ兵長たちよりも一日早く、

東部城壁都市、ストヘス区に入り、そこで次の指示を待て。わかったな。

わかったら早速準備に取り掛かれ。行軍計画は後で達する」

 上官はそう言い放つと、部屋から出て行った。

「一体何が起こるってんだ?」

「壁外遠征からまだ二週間も経ってないのによお」

 集められた団員たちは好き勝手に話をしていた。

 だが多弁なのは緊張感が無いわけではなくその逆。

 不安なのだ。

 それはペトラとて例外ではない。

(エガシラさん、大丈夫かな……)





    進 撃 の 江 頭 2 : 5 0



     第十話  極 秘 任 務 2 

295: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:53:58.45 ID:+eIjyYUpo



 二人は走る。走る。走る。

 町のはずれまでひたすら走る。

 ストヘス区は防衛のために複雑な構造となっているため、実に進みにくい。

「少し休みましょうか」

「はあ、はあ」

 街の中心から外れたところで、ペトラと江頭は立ち止まる。

「随分と複雑な街だな」

 息を切らしながら江頭はつぶやく。

「城塞都市ですからね。都市機能よりも防衛機能が重視されているのは仕方ありません」

「そうなのか。それはいいが、リヴァイたちは大丈夫なのかな」

「何言ってるんですかエガシラさん。リヴァイ兵長ですよ。大丈夫に決まってるじゃないですか」

 ペトラは強い口調で言った。リヴァイに対する絶対的な信頼があればこその言葉だ。

「そうだったな」

「前回は取り逃がしましたけど、今回はいけますよ。きっと」

「ペトラ」

「はい?」

「色々とありがとう」

「いやっ、別に。別にエガシラさんのためにやってるわけじゃありませんから。命令ですので」

296: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:54:26.13 ID:+eIjyYUpo

「それでもありがとう」

「もうっ」

 そう言ってペトラは顔を背ける。

(なんで私こんなに照れてるんだろう)

 上手く江頭を直視できない。




   *




「おーい、エガちゃーん」

 江頭とペトラが更に移動していると、聞き覚えのある声が上から聞こえてきた。

「エレン!」

 エレン・イェーガーだ。

 後ろにはミカサ・アッカーマンや、やたら体格の良いライナー・ブラウンもいる。

「無事だったんだね、エガちゃん」

 エレンは嬉しそうに言った。

「ああ、危ないところだったけど、ここにいるペトラさんに助けてもらったよ」

「そうか」

「エレンも無事だったようだな」

「まあな」

297: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:55:27.47 ID:+eIjyYUpo

「エレンは無事。私が守るから」

 不意に、後ろにいたミカサが言った。

「あ、そうか」

 江頭はそう言って更に目線を後ろに向ける。

「確かキミは」

「ライナー・ブラウンです。うっす」

 江頭やエレンとは対照的に、体格の良い(悪く言えばゴリマッチョ)のライナーが

そう挨拶する。

 確か初めて会った時にエガシラアタックをくらわせた相手だ。

「住民の避難は終わらせました。これからどうしましょうか」

 ライナーはペトラにそう聞く。

 ペトラは女性であるけれど、この中では最先任であり、なおかつ経験も豊富な先輩兵士だ。

「ミカサ」

 そんなペトラが真っ先に指名したのがミカサだった。

「ミカサ・アッカーマン。あなたは今すぐリヴァイ兵長のところに向かって。

あなたはこの中では一番実力があると思うの」

「しかし……」

 だがペトラの指示にミカサはあまり乗り気ではなかった。

 それはそうだろう。

 大好きなエレンと離れるのは、彼女としては本意ではない。

298: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:56:05.72 ID:+eIjyYUpo

「お願いミカサ。あなたの実力はよく知っているわ。ここでは個人的な感情はひとまず

置いておいて、目の前の勝利を目指してちょうだい」

 ペトラは丁寧に言った。

「わかりました」

「ペトラさん。俺たちは」

 そう聞いたのはエレンだ。

「エレンと、ええと」

「ライナーです」

「そう、ライナーの二人はエガシラさんの護衛をお願い」

「はい」

「了解です」

 エレンとライナーは答える。

「ペトラはどうするんだ」

 江頭は聞いた。

「ごめんなさいエガシラさん」

 不意にペトラは謝る。

「え?」

「兵長にはあなたを守るように言われたけど、仲間や後輩が危険な場所に行くのに、

自分一人だけ安全な場所に逃げるわけにはいかないから」

「じゃあ、これから――」

299: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:56:33.32 ID:+eIjyYUpo

「ミカサ・アッカーマン」

「はい」

「私も行くわ。リヴァイ兵士長の支援に向かいます」

「了解です」

「それでは、エガシラさん」

 振り向きざま、ペトラは言った。

「ペトラ」

 そんな彼女に江頭は呼びかける。

「何か」

「死なないでくれ。ただそれだけでいい」

「こんな所でやられません」

 そう言うと、彼女は軽く片目を閉じた。

 いわゆる“ウィンク”というやつだ。この世界にもそんな文化があったのかと思うと、

少しだけ江頭はドキドキした。




   *

300: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:57:37.33 ID:+eIjyYUpo

 ストヘス区中心街――

「視力、回復しているぞ! 距離を取れ!」

 リヴァイのその号令で、彼の指揮下にある三人の兵士が素早く女型の巨人から離れる。

 女型の裏拳がリヴァイの前を通り過ぎると、顔を斬り付けられそうなほど鋭い風が

襲ってきた。

 不意に、女型の後方約500メートルくらいの距離から二度目の煙弾が打ちあがる。

(まったく、世話が焼けるぜ)

 リヴァイにだけ知らされている秘密の合図だ。

「オルオ! グンタ! エルド! 場所を移動させるぞ!」

 そう言って、自分の後方にアンカーを撃ち出すリヴァイ。

 時々戻っては、女型の身体を斬り付け、そして離れる。

 ヒット&アウェイの方法で攻撃を加えたリヴァイは、素早く目標の場所に女型を誘導した。

 女型の討伐。

 しかし、可能な限り捕獲。

 それがリヴァイに課せられた任務だ。

 実の所、巨人は殺すよりも生きたまま捕獲するほう何十倍も難しい。

 それが知能を持った人間のような巨人ならば猶更だ。

 リヴァイは巨人に悟られないよう、距離を離す。

「リヴァイ兵長!」

 建物の隙間から、仲間の調査兵団の兵士がマスケット銃を差し出す。

301: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:58:48.47 ID:+eIjyYUpo

 急いで着地したリヴァイはそれを受け取った。

「火縄は、ついているな」

 それを確認すると、再び立体機動装置で屋根の上に飛びあがり、女型の顔めがけて

マスケット銃を放つ。

 頭に響く音と、黒色火薬の煙が視界を覆う。

「気休めにもならんか」

 そう言うと、リヴァイはマスケット銃を屋根の上から投げ捨てた。

 大砲で巨人の首を吹き飛ばすことはできても、それだけで巨人は死なない。

 弱点であるうなじを切り取らないことには、倒したくても倒せないのだ

「まだだ、まだ引きつけろ」

 リヴァイは独り言のようにつぶやく。

 そして、静にリヴァイは右手をあげた。

「ってえええええ!!!!!!」

 建物の間から、無数のアンカーが飛ぶ。アンカーにはそれぞれ金属製のワイヤーがついていた。

 しかし立体機動装置のものではない。

 捕獲のためのアンカーだ。

《…………!》

 まず、女型の四肢にアンカーが突き刺さった。

 当然、女型はそれを引き抜いて自由になろうとする。

「続け!」
  

302: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 19:59:54.90 ID:+eIjyYUpo
  
 だが、それを見越して次のアンカーが射出される。

 街に潜んでいた調査兵団の兵士たちが次々に専用のアンカー射出装置を繰り出す。

 ワイヤーの片方は地面に突き刺し、簡単には抜けないようにした。

 一本一本のワイヤーは弱いけれど、それが集まると強力になる。

「止めるな! 撃てええ!!」

 リヴァイの号令で、更にアンカーが刺さる。

 無数のアンカーがつきささり、ワイヤーの絡まった女型は、ついに動きを止めてしまった。

 だがこんな状況でも、辛うじて弱点であるうなじは守っている。

「いつまで我慢できるか、女型……!」

 オルオやエルドが白刃を振るう中、リヴァイ自身も再び刃を取り出したその時、

「リヴァイ兵長」

「ん!」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ペトラ、それに……」

 見覚えのある黒髪がペトラの後ろに続いていた。

「ペトラ・ラル。ミカサ・アッカーマン、到着しました。私たちも戦います」
 
 リヴァイと同じ屋根の上に乗ったペトラが言った。

「エガシラはどうした」

「別の兵士に任せています。今は、兵長と一緒に女型と闘いたくて」

303: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:00:48.70 ID:+eIjyYUpo

「命令違反だ」

「罰は受けます。ですが、仲間を戦わせておいて、自分だけ安全な場所にいるわけにはいけきません」

「バカ野郎が……!」

「はい」

「ペトラ、それと――」

 リヴァイは黒髪のミカサを見る。

「ミカサ・アッカーマンです」

 ミカサは答えた。

「知っている。お前たちも攻撃者(アタッカー)だ。女型のうなじを切り取り、

中にいると思われるアニ・レオンハートを引っ張り出すぞ」

「了解!」

「了解です」

 リヴァイたちが改めて飛び出そうとしたその瞬間、

《ウウウウウ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

ああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

オオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!》

 これまでとは比べ物にならないほど、大きく、そして腹に響く叫び声が女型の巨人

から発せられた。

「ぐわあっ!」

304: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:01:14.55 ID:+eIjyYUpo

 思わず耳を抑えるリヴァイ。

 それは、他の兵士たちも同様だった。

 少なくとも半径三十メートル以内にいる者たちは、一様にその奇声に動きを止められてしまう。

「断末魔と言うやつか!」

 予想外の騒音に混乱するリヴァイ以下、調査兵団の兵士たち。

 だがここで攻撃の手を止めるわけにはいかない。

「静かにしやがれ!!」

 音の衝撃波によって、まるで強烈な逆風に立ち向かうようになるリヴァイ。

 だが立体機動装置の巻き取りは止まらない。

(鼓膜が破れそうだ!)

 強烈な音をかき消すため、リヴァイは剣を逆手に持ち、女型の巨人の喉元に刃を突きたてた!




   *

305: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:01:45.18 ID:+eIjyYUpo



 遠くから聞こえた叫び声は、やがてサイレンのように鳴り続き、そして消えた。

「うわっ、なんだこりゃ」

 エレンが耳を塞ぐ。

「女型の巨人の叫び声だ。聞き覚えがある」

 と、江頭は言った。

 女型とはかなり離れているにも関わらず、その声は頭や腹に響く不快な空気を作っていた。

「一体向こうで何が起こってるんだ」

 江頭は気になっているようだ。

 それも当然かもしれない。向こうには、ペトラも向かっているのだから。

「ダメだよエガちゃん。俺たちは逃げないと」

 エレンは当然止める。

「だけど……!」

 エレンと江頭が揉めている中、突然大柄なライナーが一歩踏み出す。

「ライナー?」

 エレンが呼んだ。

「エレン、お前に言っておかないといけないことがある」

 ライナーは街の中心、つまりリヴァイや女型の巨人がいる方向を見ながら言う。

「なんだよ」

306: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:02:40.29 ID:+eIjyYUpo

「五年前、お前の住んでいるシガンシナ区を襲った超大型巨人と、鎧の巨人がいただろう」

「それが、なんだ」

 五年前、突如現れた超大型巨人によってエレンの住んでいるシガンシナ区の壁が破壊され、

巨人が流れ込んできた。

 シガンシナ区はトロスト区などと同じように城塞都市で、外周のウォール・マリアから

少し突き出た場所にある。

 ゆえにここが襲われた場合でも、都市を閉鎖して壁の内側に逃げることはできた。

 だが、鎧の巨人の出現によりウォール・マリアの内側に続く城門が破壊され、

ウォール・マリアの内側にも巨人が流れ込んだ。

 こうして人類はウォール・マリアの内側、つまり活動領域の三分の二を失ったのだ。

「今更許してくれ、などと言うつもりはない。だが――」

「おい」

「気の毒だとは、思っていた」

「おい! 何を言ってんだよ! お前、頭おかしくなっちまったのか!?」

 エレンがそう言っているうちに、ライナーは走り出し、自分の手を刃で切り裂いた。

「ライナアアア!!!」

 エレンの叫び声をかき消すように、ライナーの周囲が光に包まれる。

 そして爆風。

「エレン!」

307: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:03:39.54 ID:+eIjyYUpo

 エレンと江頭は一瞬の爆発に驚き、思わず目を閉じてしまう。

 そしてゆっくりと目を開いたその瞬間、

 目の前には約15メートルほどの巨人が立っていた。

「あれは……、鎧の巨人」

 その瞬間、エレンの脳裏にかつての記憶がよみがえる。

 シガンシナ区に侵入し、ウォール・マリアの扉を破壊したあの鎧の巨人の姿が。

 あの時よりも大きい。

 それは、成長したからなのか。

 そんなことはどうでもいい。

 今は、あの巨人の正体が、同期生のライナー・ブラウンであったことに驚いていた。

「何なんだよ、アニだけでなくライナーも巨人だったのかよ。あいつら、何で」

 ライナーこと、鎧の巨人は建物を踏み潰し、全速力で街の中心部に向かっていった。

 エレンは混乱していた。

 目の前に次から次へと起こる事態に頭がついていかなかったのだ。

「くそ……! 何が何だか」

「エレン」

「……」

「エレン!」

「はっ!」

308: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:04:26.01 ID:+eIjyYUpo

 目の前には、上半身裸で黒タイツの中年が一人。

「エガちゃん?」

「エレン! 中心部に連れて行ってくれ。お前の立体機動装置を使って」

「何言ってるんだよ。エガちゃんは避難しないと」

「いいから連れて行け! 今、ヤバイ状況なんだよ! わかるだろ!」

「だけど」

「エレン!!」

「……」

「またたくさんの人が死ぬかもしれないんだぞ。それを指をくわえて見てろって言うのか?

それとも、目を背けて見ない振りをするのか?」

「……エガちゃん」

 エレンは少しだけ考える。

 このままライナーたちを放置していたなら、何もできなかった五年前とまったく同じじゃないか、と。

「そうだよ。俺はもう五年前の、あの無力だったころの俺じゃないんだ」

「エレン」

「行こう、エガちゃん。俺は、アイツを、あいつらをぶっとばすんだ」

「そうだ」

 こうして、エレンと江頭は街の中心部へ再び戻ることにした。

 しかし、すでに中心部では惨劇は始まっていたのだ。





    *

309: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:05:23.46 ID:+eIjyYUpo


「おい、今の音と光はなんだ」

 リヴァイは近くにいたエルドに聞いた。

「街の西側。壁に近い場所ですね。確か、エガちゃんが逃げていた場所の近く――」

 エルドがそこまで言いかけたその時、街にある建物がいくつか壊れ始めた。

「リヴァイ兵長!!!」

 兵士の一人が全速力でこちらに向かいながら叫んだ。

「どうした」

「兵長! 大変です! 巨人が、巨人が出現しました!」

「女型の巨人はここにいるぞ」

「違うんです! もう一体の巨人です! 恐らくあの形は、噂に聞く『鎧の巨人』かと」

「なに!?」

 リヴァイが視線を上げたその瞬間、すでに大きな足音はすぐそこまで迫っていた。

「総員退避!!!」

 リヴァイの叫び声に、近くにいた兵士たちが一斉に飛び上がる。

 巨大な爆発音とともに、建物の一つが大きく壊れ、土煙が辺りを覆った。

「巨人だ! もう一体巨人が現れたぞ!!!」

 巨大な男の巨人が建物を壊しながら、女型の巨人のすぐ傍までやってきたのだ。

「討伐! 討伐しろ!!」

 分隊長の一人が叫び、兵士たちがもう一体の巨人に襲い掛かる。

310: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:06:12.86 ID:+eIjyYUpo

 しかし、高い金属音が何度も鳴り響いた。

「こいつ、硬いのか」

 男の巨人は、女型と違い前身の皮膚が固い鉄のようなもので覆われていた。

「あれが、世に言う鎧の巨人というやつか」

 リヴァイはエルヴィンの話を思い出す。

 ウォール・マリアの硬い城門を破壊した鎧の巨人。

 あの巨人と同じか、もしくは同じ種類の巨人。

《グファアアアア》

 鎧の巨人は大きく息を吐くと、その息は強烈な蒸気となって噴き出してきた。

 さすがに鎧の巨人だけあって、もっている熱も桁違いのようだ。

 鎧は再び走り出すと、女型に刺さったワイヤーを引きちぎった。

 防御力だけでなくパワーも桁違いのようだ。

「男の動きを止めろ! あいつのほうがパワーが強い!!」

 そう言って、一部の兵士がアンカーを撃ち出す。

 しかし、女型の時と違いアンカーが刺さらない。

「刺し込みは諦めろ! ワイヤーを絡ませるんだ!!」

 リヴァイが指示を飛ばす。

 ここで鎧の巨人と女型の巨人の二体を相手にしなければならない。

 いくら精鋭の調査兵団でも、それはかなり難しい注文だ。

「くそがあ」

311: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:07:08.89 ID:+eIjyYUpo

 リヴァイは女型を部下に任せ、鎧の巨人を止めにいこうとした。

 その場を指揮する先任者は最も困難な道を選ばなければならない。

 それが調査兵団の伝統だ。

 ゆえにペトラは前線に戻ってきた。

 そしてリヴァイも、鎧の巨人を相手にする。

 だがしかし、

「兵長!!」

「な!!!!」

 リヴァイの目の前には、いつの間にかワイヤーから自由になった女型の巨人が迫る。

「邪魔をするなあ!」

 リヴァイは女型の右ストレートを掻い潜り、順手に持った剣で視界を奪いにかかる。

 だが、一瞬でその動きを察した女型が顎を上げた。

「!!!!!!」

 人間では考えられないほど大きくあけた口が、剣ごとリヴァイの左腕に噛みつく。

 リヴァイは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

(俺の左手を食ったか……)

 そう、リヴァイの左腕は、女型の巨人にガッチリとくわえられていたのだ。

 この時、リヴァイは自分でも驚くほど冷静であった。

 そしてすぐに気を取り直し、残ったもう一方の手で躊躇うことなく――





 自分の左腕を切り落とす。

312: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:07:45.25 ID:+eIjyYUpo

「兵長おお!!!」

 オルオの声が聞こえた。

(騒ぐな)

 そう思いつつ、リヴァイは立体機動装置を操作し、女型の後ろに回り込む。

「悪いが、生け捕りにすることは無理そうだ」

 そう言うと右手に持った剣を振り上げ、女型のうなじに突き刺す。

「左手は、冥途の土産にくれてやる」

 肉を切り裂く感触が右手から伝わってきた。

 そして、心臓を突き抜く。

 巨人の心臓ではない。

 巨人の中にいるであろう、アニ・レオンハートの心臓だ。

 リヴァイは人の心臓は突いたことがない。

 だが、本能でわかった。

 突き刺して、殺したことを――

(あまりいい感覚とはいかんな)

 不意に腕を失ったショックと出血で力が抜けたリヴァイは、そのまま女型の巨人の背中から落下した。

「リヴァイ兵長!!」

 落下したリヴァイの身体を受け止めるオルオ。

「大丈夫ですか! 兵長!」

313: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:08:23.01 ID:+eIjyYUpo

「ああ、何とか生きている。それより鎧だ」

「そんなことより、左腕を!」

 リヴァイの左腕からは、今もドクドクと血液が流れ出ている。

 だが大量に出ているアドレナリンのせいか、痛みはあまり感じない。

 まるで他人の腕のような、現実離れした感覚だけが残った。

「すぐ治療します!」

 リヴァイを抱えて着地したオルオは、自分の持っていた紐でリヴァイの腕を縛る。

「大丈夫ですか!」

 別の兵士が駆け寄ってきた。

「止血だ! 止血を急げ!」

「鎧はどうなっている……」

「兵長、落ち着いて! リック、早く包帯を撒け」

 衛生担当の兵士がリヴァイの腕に包帯を巻く。

「鎧はどうなっていると聞いている!」

「鎧はまだ健在です」

 オルオは答えた。

「現場の指揮は」

「エルドが執ってます」

「女型はどうした」

「動きません。やりました。兵長が、やりました」

314: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:09:05.84 ID:+eIjyYUpo

「そうか」

「兵長、どうか安静にしていてください。後は我々がやります」

「まだ動ける」

「兵長!」

「止血、急げ。ケシの実の錠剤も持って来い」

「兵長……!」

「オルオ」

「は、はい」

「女型は死んだ。にもかかわらず鎧は健在。だったら、次に奴は何を狙うと思う」

「それは……」

 次の瞬間、聞き覚えのある声が空に響く。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


「あの声は……」

 それを聞いたオルオがつぶやく。

「俺もバカだが、あいつはもっとバカだ」

 と、リヴァイは言う。

「兵長? あいつってまさか」

「バカだから奴は戻ってきた。この地獄にな」

 リヴァイとオルオ。二人が見上げたその視線の先には――




   つづく

315: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/01(火) 20:12:55.45 ID:+eIjyYUpo

 現在公開可能な情報10


・江頭2:50の東日本大震災、救援物資輸送作戦

 2011年に発生した東日本大震災において、原発事故で救援物資が不足していた福島県

いわき市に江頭が物資を届けた一連の行動。

 原発事故の影響で孤立している老人ホームを助けるため、知り合いの助けを借りながら

借金をして救援物資を購入。

 さらに自らトラックを運転して福島県のいわき市にある老人ホームまで物資を届けることに成功した。

(ちなみに江頭はトラック運転手の仕事をしていたこともある)

 この話はツイッターなどを中心に広まったものの、当初はそっくりさんではないかと言われていた。

しかしタレントの北野誠がこの話を真実と断定、江頭本人も、自身のインターネット番組

「江頭2:50のピーピーピーするぞ!」でことの顛末を激白した。

  

319: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:43:06.57 ID:8UVZ78aKo

 
「何としてもやつを止めるぞ!!」

 エルドの声が響く。

「オオー!!」

 それに呼応するように、立体機動装置と特殊スチールの剣で武装した、調査兵団の

兵士たちが叫ぶ。

 エルドの視線の先には、これまでに見たことも無い巨人が立ちはだかる。

 恐らく話に聞いていた「鎧の巨人」というやつだろう。

 一体どこから出てきたのか。

 誰が鎧の巨人の正体なのか。

 それを考える時間はエルドにはなかった。

 彼はただ、リヴァイ兵長のかわりに数十名におよぶ調査兵団の精鋭たちとともに、

あの巨人を何とかしなければならなかった。

「くそ」

 エルドにとってショックだったのは、鎧の巨人の圧倒的な防御力ではない。

 リヴァイ兵長負傷、そして戦線離脱。

 人類最強と言われていたリヴァイの戦線離脱は、上官として、また同じ兵士として尊敬していた

彼にとっては大きな衝撃であったことは間違いない。

 そしてリヴァイが戦闘が継続できないほど大きな負傷をしてまで倒した女型の巨人よりも、 

あの鎧の巨人は厄介だ。

320: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:43:46.64 ID:8UVZ78aKo

「隊長代理、指示を」

 隣にいたペトラが言う。

 指揮官としての決断。

 それは自分だけでなく部下の命、さらにはこの世界にいる人々の命にもかかわる。

「捕獲は諦めろ! 巨人の討伐だけを目指す!」

 エルドは宣言した。

 エルヴィン団長から明確に示された命令の放棄。

 それは、軍人として許されざることかもしれない。

 だが兵士として何度も死線を潜り抜けた者として、その判断に間違いはない、
という絶対的な自身はあった。

「それで、どうしますか!?」

 兵士の一人が聞く。

「壁の近くまで誘導する! 壁上固定砲で直接照準射撃を行う。急げ!」

「了解!」

 女型の巨人との戦いで負傷した隊員を除外し、鎧の巨人との戦闘態勢に入るエルドたち

調査兵団精鋭部隊。

 だが、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

321: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:44:13.01 ID:8UVZ78aKo

 どこかで聞いたことのあるような声が町中に響く。

(この声は……)

「エガシラさん……!?」

 不意に、エルドよりも先にペトラが反応する。

 エルドが声のした方に視線を向けると、黒タイツ姿の江頭2:50が、

とある建物の屋根の上に見えた。








    進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    第十一話 決戦! ストヘス区 

322: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:45:02.78 ID:8UVZ78aKo


「いよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 江頭は血管が切れるんじゃないか、というくらい大きな声で叫ぶ。

 近くにいたエレンは思わず耳を塞いでしまうほどの大声だ。

 ストヘス区は壁に囲まれているとはいえ、かなり広い城塞都市なので、

相当大きな声でなければ反響はしないはずだ。

 だが、江頭の声はよく通った。

 いつか聞いた、ピクシス司令の声もよく通った気がする。

「こらああ! ライナー・ブラウウウウウウン!! 

 おーまえに一言ものもおおおおおおおおおおおおす!!!!」

 江頭は鎧の巨人に向けて叫んだ。

 彼には、あの巨人がライナーであることがわかっているのだ。

「お前目立ち過ぎだぜえ。何芸人の俺より目立ってんだよお!

 ぜえええええったいに、許さねえからなああ!!」

 そう言うと、江頭は黒タイツの中に腕を入れて「ドーン」のポーズを取って見せた。

「ドオオオオオン!!!」

 そしてついでに、

「がっぺムカツク」

 更に江頭は言った。

「いいかあ! この街はたった今から俺の舞台だ!! 俺が主役だぜええええ!!」

《エ・ガ・シ・ラ……》

 不意に鎧の巨人が声を出す。

323: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:46:11.98 ID:8UVZ78aKo

「え?」

 聞き取りにくかったけれど、あきらかに「エガシラ」と言っていた。

 そして、

《 コ、ロ、ス……》

 そう言うや否や、ライナーこと鎧の巨人は全速力で江頭に襲い掛かった。

「うおわああああ!!」

「エガちゃあん!!!」

 鎧の巨人は、江頭を建物ごと攻撃する。

 巨人の、体重を乗せた拳が建物にめり込み、そのまま身体ごとぶつかって建物全体を破壊した。

「大丈夫? エガちゃん!」

 江頭を抱えたエレンが聞いた。

「ああ、助かった」

「大したことないよ、このくらい」

 立体機動装置を使ったエレンが江頭を抱きかかえて助けたのだ。

「でも危なかったよエガちゃん」

「何言ってんだ。ペトラや仲間たちを危険に晒しておけるかっての!」

「でも」

 再び屋根の上に着地する江頭とエレン。

 エレンが振り返ると、建物に身体をうずめた鎧の巨人がゆっくりと起き上がる。

324: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:47:41.48 ID:8UVZ78aKo

「撃てええええ!!!」

 タンタン、と乾いた音が聞こえる。

 調査兵団の一部がマスケット銃で遠距離攻撃を行っていた。

 だがあの鎧の巨人には焼け石に水だろう、とエレンは思った。
 
 硬い巨人の皮膚を切り裂くことができる、特殊鋼の剣でも通らない超硬質の皮膚を持つ巨人。

 その硬さゆえに鎧の巨人と言われたその巨人に、旧時代の火器が通用するはずもない。

「ワイヤー、急げ!!」

 勢いが余って倒れてしまった鎧の巨人にワイヤーを絡ませる兵士たち。

 それも気休めにしかならないだろう。

 だがワイヤーに絡まった巨人は、少しだけ動き難そうであった。

 ずっとは無理だが、数分だけなら時間が稼げそうだ。

「エレン! 無事だったの?! エガシラさんも!!」

 不意に、声が聞こえてきた。

「エレン!」

「ミカサ!?」

 薄いあごひげを生やしたエルド・ジンのすぐ近くには、エレンの幼馴染、ミカサ・

アッカーマンもいたのだ。

「無事だった!? 怪我はない?」

「俺は大丈夫だミカサ!」

325: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:48:51.96 ID:8UVZ78aKo

 心配そうに顔を触るミカサの手を振りほどき、エレンは金髪のほうを見た。

「あの、リヴァイ兵士長は」

「リヴァイ兵長は負傷して、戦線を離脱した。今は、リヴァイ班の副班長だった

俺、エルド・ジンが特別部隊の指揮を執っている」

「リヴァイ兵長が、負傷……?」

 人類最強と言われた兵士の負傷、そして戦線離脱。

 これは明らかに痛い。

 だがそれ以上に、この戦いの厳しさを痛感させられる。

「エレン・イェーガーだったな」

 エルドは聞いた。

「はい」

 エレンは答える。

「キミは後方の支援部隊に回ってくれ」

「え?」

「エガちゃん、いや、エガシラ・ニジゴジュップンの護衛は我々が行う」

「いや、ちょっと待ってください。俺も戦います」

「エレン、冷静になって。あの鎧の巨人は、明らかに普通の巨人とは違う」

 そう言ったのは、エルドではなくミカサだった。

「ミカサ……」

「今は、最も確実な方法を取らなければならないはず。気持ちはわかるけど」

326: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:49:57.72 ID:8UVZ78aKo

「く……」

 何度となく自分の命を救ってくれた恩人である江頭。

 できれば彼を最後まで守り通したかったエレン。

 だが状況はそれを許さない。

「エレン、私は死なない。そしてエガシラさんも死なせない。だから、ここは私たちに、

任せてほしい」

 ミカサは目を逸らすことなく、じっとこちらを見据えて言った。

 ほんの数か月前、トロスト区における戦闘直前に見せた、わがままな態度とは大違いである。

(この数か月で、ミカサは精神的にも大きく成長した。だったら俺も)

 そう思い、エレンは頷く。

「わかりました。エガちゃんを、よろしくお願いします」

 エレンはエルドに向かって言った。

「任せておけ。エガちゃんは人類の希望だからな」

 そうこうしているうちに、リヴァイ直轄部隊のペトラ・ラルとグンタ・シュルツが戻ってきた。

「リヴァイ兵長の状況は」

 と、エルドが聞いた。

 それに対してグンタが答える。

327: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:52:00.60 ID:8UVZ78aKo

「命に別状はない。だが、左手を巨人に噛み切られた。出血も酷く、戦線の復帰はほぼ

不可能だ。今は、オルオ以下数人が後方に搬送している」

「そうか」

 エルドは改めてショックを受けたようだが、指揮官らしく動揺した表情を噛み殺し、

キッと鎧の巨人を見据える。

「巨人の目標は、おそらく今の行動を見ても分かる通り、エガちゃんだ。

だったら、我々はエガちゃんを護衛しつつ、目標の地点へ向かう」

「目標の地点?」

「あそこだ」

 そう言ってエルドが指さした先。

 そこには高い壁がそびえたっていた。

「城塞都市の壁……、そうか」

 エレンは気が付く。

「壁上砲」

「そうだ。できるだけ近い位置から砲をぶちかます。鎧の巨人の硬い皮膚を貫くには、

それくらいしか今の所方法はない」

「そうですか」

「すまない。もう時間がないようだ」

「はっ!」

 調査兵団の兵士たちが絡ませていたワイヤーをブチブチと引きちぎりながら、鎧の巨人は立ち上がる。

328: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:53:22.94 ID:8UVZ78aKo

 鉄製のワイヤーを引きちぎるというだけで、あの巨人が硬さだけでなく、

相当のパワーを有しているということがわかる。

「エレン、後方の指揮は第三班のニコルだ。そいつの指揮下に入れ」

「了解」

「残りの三人は俺に続け、エガシラを護りつつ、巨人の動きを遅くする」

「わかりました」

「エレン!」

 ミカサは言った。

「ん?」

「……死なないで」

 先ほどとは違い、少し弱い声でミカサはつぶやくように言う。

「ミカサこそ」

 その場を離れる前に、エレンはもう一度振り向く。

「エガちゃんも!」

「なんだ?」

 江頭がこちらを見た。

「エガちゃんも死なないでよ!」

「俺は不死身だ」

 そう言って、江頭は腰に手を当てて見せる。

 上半身裸に黒タイツという、どう見てもキワモノの格好なのだが、その姿はエレンに

とってやたら凛々しく見えたのだった。




   *

329: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:54:16.72 ID:8UVZ78aKo

「どうして戻ってきたんですか?」

 エレンとミカサが別れの挨拶を交わした直後、ペトラはそう言って江頭に詰め寄った。

「悪いとは思ってる」

「じゃあ何で」

「そりゃ、女の人を見殺しにできるほど、俺は合理的な思考はしてないからな」

「合理的って、命が惜しくないんですか?」

「命?」

「そうです。ここにいたら死ぬかもしれないんですよ」

「わかってるよ」

「じゃあ」

「でもよ、もし俺が命を惜しんで逃げ出していたら、それはもう俺じゃねえよ」

「え?」

「俺は今まで、水中息止めとか塩の一気食いとか、命がけで芸をやってきだ。

だから、どんな状況でも逃げ出すわけにはいかねえ」

「江頭さん……」

「俺は凡人として生き延びるよりも、芸人として死ぬことを選ぶ」

「あなた、バカです。大ばか者です」

「ありがとう。そりゃ芸人にとって最高の褒め言葉だ」

「エガシラさん。私はあなたを絶対に死なせない」

「ペトラ?」

330: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:54:56.23 ID:8UVZ78aKo

「絶対です。絶対に」

「わかった」

 そんな二人の間に、グンタが割って入った。

「お二人さん、盛り上がっているところ悪いが、奴(やっこ)さん起き上がったみたいだぜ」

「ん?」

 彼らの視線の先には、身体に絡みついたワイヤーを引きちぎり、マスケット銃で

攻撃してくる兵士たちを追い払った鎧の巨人がいた。

「行くぞ!」

 エルドが呼びかけると、

「了解」

 グンタ、ペトラ、そしてミカサの三人は答える。

「エガシラさん、これを」

 そう言うと、ペトラはベルトのようなものを取り出して見せた。

「これは?」

「固定用のベルトです。これを着けていれば、あなたを抱えるときに楽でしょう?」

「キミが俺を抱えるのか?」

「他に誰がいるんですか」

「それに、随分と用意がいいんだな」

「か、勘違いしないでください……!」

331: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:55:35.97 ID:8UVZ78aKo

「え?」

「これはエガシラさんのために用意したんじゃありません。負傷者が出た時のための、

救護用品ですから」

「そ、そうか」

「それじゃあ早く」

「うえ? ちょっと」

「何ですか?」

 搬送用のベルトは、まるで赤ん坊のおんぶ紐のように身体を密着させるものであった。

「いや、いいのか?」

「仕方ないでしょう? この立体機動は一人用なんですから、二人で移動する時は、

こうしないと」

「まあ、いいんだけど」

(胸が当たる……)

 そう思うと、変なことを考えてしまった江頭。

 腕を入れなくても「ドーン」になってしまいそうだ。

「後ろにします?」

「やめてくれ」

 言うまでもなく、後ろは排気ガスが出るので非常に熱くなる。



《ウオオオオオオオオオ!!!!》

332: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:56:27.79 ID:8UVZ78aKo


「来た!」

 江頭の姿を発見したらしい、鎧の巨人がこちらに向かって全速力で走ってくるのが見えた。

 速い。

 非常に速い。

 江頭は、テレビで見たアメフトの試合を思い出す。

 100㎏以上の巨体が猛スピードで走っている姿はかなりの大迫力だ。

 衝撃は質量と速さに比例するので、アメフトの選手よりもはるかに重い鎧の巨人の

攻撃力はかなりのものだろう。

「飛べええ!!」

 一斉に高く飛び立つエルドたち。

 グッと、身体にGがかかる。

 真下では、大き目の建物にタックルをかける鎧の巨人の姿が見えた。

 石かレンガで出来ているであろう都市の建物は、まるで“砂のお城”のように簡単に

崩れ去って行く。

 攻守最強。

 そんな言葉が江頭の頭の中に浮かぶ。

 鎧の巨人の硬い皮膚は、最強の防具である一方、その硬さを生かした戦いで、最高の

武器にもなりうる。

「方向転換!!」

333: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:56:56.01 ID:8UVZ78aKo

 エルドの号令で、江頭たちはジグザグに都市を移動する。

「真っ直ぐ行かないのか!」

 江頭は聞いた。

 すると、

「まだ準備が終わっていないようだ!」

 と、グンタが答えた。

(準備?)

 ふと、江頭は疑問に思ったけれど、すぐにそれどころではなくなってしまう。




   *

334: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:57:38.49 ID:8UVZ78aKo


 鎧の巨人が出現する少し前、調査兵団の兵士の一人、ゲルガー・レイノルズは

今回の特別部隊の隊長であるリヴァイの命令により、ストヘス区の『壁』に来ていた。

 立体機動装置で壁の上に上ると、数人の兵士が望遠鏡を使って街の中央を見ていた。

「おい、何だあれは」

「巨人か?」

「馬鹿言え、ここは内地だぞ」

 数人の制服姿の兵士がそんな話をしているのが聞こえた。

「おいお前ら!」

 そんな兵士たちにゲルガーは呼びかける。 

「誰だお前」

 性格の悪そうな連中だ、とゲルガーは思ったがそれは口にはしなかった。

「調査兵団だ」

 そう言って、ゲルガーは兵団のエンブレムを見せる。

「調査兵団? ここは内地だぞ。壁外の部隊が何の用だ」

 憲兵団と思しき兵士の一人が、明らかに迷惑そうな顔をして聞いた。

「特別任務だ。お前ら、壁上砲を今すぐ壁内に向けろ」

「え?」

 数人の兵士たちは顔を見合わせる。

 意外かもしれない。

 壁上砲は、壁の内側から外に向けて撃つものと相場が決まっている。

335: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:58:18.65 ID:8UVZ78aKo

 それを壁の内側に向けるのだからおかしいのは当たり前だ

 だが今は事情が違う。

「お前ら腑抜けか? それとも二日酔いか。お前らの目が確かなら、あの街の中央

に現れたアレが何かわかるだろうが!」

 ゲルガーは、集団のリーダー格らしき人物に詰め寄って言った。

「いや、それは」

「現在、調査兵団の精鋭たちが戦闘中だ。このため、ここにある壁上砲部隊にも戦闘の

支援を要請する」

「……」

「どうした、俺の言っていることがわからねえのか?」

 ゲルガーは少しドスを効かせた声で詰め寄る。

「い、いや、それはわかります」

 先ほどまで人を小馬鹿にしたような態度だった憲兵団兵士の一人が、明らかに恐怖に

引きつった声で一歩下がった。

 憲兵団はエリート集団とはいえ、壁外に出る機会が皆無なので、実戦経験は皆無だ。

 壁外において、血で血を洗う戦いをしてきた調査兵団の面々に、迫力で敵う者はいない。

「お言葉ですがベルガ―殿」

「ゲルガーだ」

「失礼しました、ゲルガー殿」

336: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 20:58:57.17 ID:8UVZ78aKo

「なんだ」

「実を言いますと、ここにいる兵士たちは後方勤務が中心でしたので、壁上砲の取り扱いに

習熟しておりません」

「はあ? お前ら訓練兵団に何を習ってきたんだ、ああ?」

 訓練部隊では、駐屯兵団に入ったことも想定して、壁上砲や同型の大砲の整備、

撃ち方の訓練もする。

「いやいや、確かに習いましたがしかし、もう何年も前のことですし」

「んだとコラ! お前ら、エリート集団じゃねえのかよ」

「いやいやいや、確かに壁上砲の使用は重要ですが、ここは内地ですゆえ」

「もういい。この中で壁上砲を使える者は!!」

「……」

「誰かいねえのかあ!!!!」

 良く通る声でゲルガーが叫ぶ。

 すると、また別の兵士たちが集まってきた。

 今度は人も多い。

「何ごとですか?」

 不意に、きのこみたいな髪型をした鼻のデカイ長身の男性兵士がやってきた。

「俺は調査兵団のゲルガーってんだ」

「調査兵団の方が何か」

337: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:00:06.08 ID:8UVZ78aKo

「お前の所属は」

「え? 失礼しました。自分は憲兵団ストヘス区支部所属のマルロ・モルガンです」

「その制服は、新兵か」

「は、はい。今年配属されたばかりです」

「壁上砲の操作はできるな?」

「え、それは……」

「できるのかできねえのか!」

「できます! 訓練兵団で何度も訓練しました」

「よし、じゃあお前、この砲を街の内側に向けろ」

「え? どうしてですか」

「見てわかんねえのかよ! あの巨人を攻撃するためだろう!」

「街に被害が……」

「言ってる場合か!」

 不意に、壁の下から声が聞こえてくる。

「おーいマルロー、何やってんだあ」

 立体機動を使って、数人の兵士たちが上がってきた。

 顔や制服を見る限り、マルロと同じ新人兵だろう。

「ちょうどいい、お前ら」

「おじさん誰ぇ?」

338: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:00:45.13 ID:8UVZ78aKo

 くせ毛っぽい女性兵士が聞いてきた。

「オジサン? 俺はまだ二十歳だバカ野郎」

「おじさん怖ーい」

 怖いと言っているが、怖がっているようには見えない。

 この女は髪の毛だけでなく、性格も曲者だとゲルガーは思った。

「まあいい、とにかく新兵ども」

「はい」

「壁上砲で巨人を仕留める。一刻も早く配置につけ」

「いや、何が何だか」

「さっさとしろ! 巨人に殺されたいのか!」

「はい!」

(ちょっと不安だが、この際仕方ない)

 ゲルガーは、憲兵団の新人兵士たちを使って、壁上砲を撃たせることにした。

(準備には少し時間がかかりそうだが)

 その後、ゲルガーたちが壁上砲の準備をしている間に、鎧の巨人が現れ、

それから女型の巨人はリヴァイによって仕留められた。




   *

339: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:01:21.12 ID:8UVZ78aKo

「壁上砲の準備はまだか!」

 エルドが叫ぶが、

「まだだ! 確認できない!」

 と、グンタは返事をする。

《グオオオオオオオオ!!!!》

 ドスドスと酷い足音をたてながら鎧の巨人が迫ってくる。

 いくつもの建物が破壊され、一部では火の手も上がっていた。

 街中に潜んでいた調査兵団の兵士たちの罠も簡単にすり抜け、鎧の巨人はエルドたち

を追う。

 否、正確には江頭2:50を追っているのだ。

「くっ!」

 ジグザグに逃げながら、エルドたちは時間を稼ぐ。

 何とか鎧の巨人の動きを止めなければならない。

 そして、こいつを倒さなければならない。

「ペトラさん! 代わります!!」

 ペトラに近づいたミカサが言った。

「大丈夫よ、ミカサ」

 ペトラは答えた。

「しかし」

 ミカサが心配するのも当然である。

340: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:02:13.43 ID:8UVZ78aKo

 ペトラは江頭を抱えて立体機動装置を使っているのだ。

 この装置は身体の微妙なバランスの調整が不可欠であり、重い物(この場合江頭)を

抱えている状況ではかなり難しい。

 にもかかわらず、ペトラは江頭を抱えた状態で見事に姿勢を保ち、なおかつエルド

たちに着いて行っている。

「無理するなペトラ、俺が変わろう」

 グンタは言った。

「平気です。それより――」

「来るぞ!」

 鎧の巨人が軒下にある荷車を抱えて、エルドたちに投げつける。

「ぬわっ」

 寸でのところでかわすペトラたち。

 鎧の巨人の攻撃は、更に激しものになりつつある。

「せやあ!」

「よせ! アッカーマン!!」

 巨人の死角に入ったミカサが白刃を振るうが、特殊鋼で出来た刃はすぐに折れてしまう。

 それだけ巨人の防御力が強力であることを見せつけられる。

(一体どうすれば……)

 ペトラがふと思いを巡らせたその時、

「ペトラ!!」

341: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:03:21.15 ID:8UVZ78aKo

 グンタが叫んだ。

「え?」

 不意に空が暗くなる。

 雨雲がかかった?

 いや、違う。  
 
 振り返ると、そこには大きな手があった。

 五本の指が空を覆う。

(不味い、このままでは)

 絶対にあなたを守る。

 そう言いきった手前、ここで巻き添えをくらわすわけにはいかない。

(エガシラさん!)

 ペトラは江頭を抱えた手を放し、そして彼を固定していたベルトのバックルを外した。

 空中に浮かんだ江頭は、振り返りこちらを見る。

 音は、聞こえなかった、何かを叫んでいるようだ。

 何を言ってるのかわからない。


「―――――!」

 
 そしてペトラも叫ぶ。

 だがその言葉は、音として江頭の耳に入ることはなかった。




   つづく
  

342: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/02(水) 21:04:28.07 ID:8UVZ78aKo

 現在公開可能な情報11

・江頭空中浮遊

 オウム真理教の麻原彰晃(本名:松本智津夫)の真似をして、座禅を組んだ状態

からジャンプを繰り返す江頭の必殺技。

 本物のオウム信者も認める、見事な空中浮遊である。

 なお、この空中浮遊芸はなんと、『小学五年生』でも特集された。

 題して「夏休みチャレンジ 江頭2:50の空中浮遊するぞ」である。

「これができればクラスの人気者」←なわけねえだろ(江頭談)

346: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:54:18.94 ID:x1iX0QTxo

 江頭は鎧の巨人から逃れるため、調査兵団のペトラと一緒に飛んでいた。

 ほかにも護衛として、エルドやグンタ、それにミカサなどと一緒に飛んでいたのだ。

 だが、江頭を抱えたペトラの動きは、どうしても他の三人よりも遅くなり、連戦の

疲労も重なって集中力が切れかけていた。

 そんな時、不意にスピードアップした鎧の巨人の動きによって、ペトラと江頭は

捕えられそうになる。

「な!?」

 不意に、江頭を拘束していたベルトのバックルが外され、江頭の身体は宙に浮かんだ状態になった。

 そして、当然ながら重力に轢かれて落下。

(なんなんだ!)

 落ちながら上を向いた江頭の目に、ペトラの姿が飛び込んでくる。

 だがペトラのすぐ後ろには、巨大な手が迫っていた。

 鎧の巨人の手だ。

「――――――!!」

 ペトラが何かを叫ぶ。

 その声は聞こえない。

 だが江頭は、辛うじて彼女の唇の動きを読むことができた。


「タ・ス・ケ・テ……」


「ペトラ!!」


 次の瞬間、彼女の身体は鎧の巨人の右手に掴まれてしまい、そして江頭の視界から

一瞬で消えた。

347: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:54:47.12 ID:x1iX0QTxo





    進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    第十二話  失 わ れ た 光

348: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:55:20.99 ID:x1iX0QTxo



 重力に引かれて落下する江頭をすくい上げたのは、ミカサであった。

「エガシラさん! 大丈夫ですか!」

 ミカサは女の子にも関わらず片手で軽々と江頭を抱える。

 そして屋根の上に着地。

「ペトラは!?」

 江頭は聞いた。

「それは……!」

 ミカサが視線を別方向に向ける。

 そこには、“何か”を右手に握りしめている鎧の巨人がいた。

「あれが、ペトラ……?」

 よく見ると、赤黒い液体がしたたり落ちている。

 距離があるのでよく確認できないのだが、熟れた果物を握りしめているような……。

「うおおおおおおおお!!!!!」

 思わず江頭は叫んだ。

 いや、叫ばずにはいられなかった、と言ったほうが正確か。

 とにかく、あまりにも酷い光景に、脳が情報を処理でいなくなってしまったかのように。

「エガシラさん!」

 江頭の叫び声に気づいた巨人は、まっすぐに江頭のいる場所に突っ込んで行った。

「おい! 何やってんだ! 行くぞ!!」

349: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:56:12.93 ID:x1iX0QTxo

 グンタとエルドも、江頭を見つけてこちらにやってきた。

「エガちゃん! 早く!!」

「何言ってんだ! ペトラが! ペトラがあそこに!!」

「バカ野郎!!」

 不意にグンタが江頭を抱え上げる。

《グオオオオオオオオオ!!!!》

 気が付くと鎧の巨人が、ペトラを握ったままの右手を振り上げていた。

「が……!!」

 そして、それを一気に振り下ろす。

 建物は屋根から真っ二つに割れ、周りには土埃が舞った。

 相変わらず恐ろしい破壊力だ。

 だがしかし、江頭にはその破壊力に恐怖する余裕はなかった。

「……」

 物凄い力で握りつぶされ、そして建物に屋根から叩き付けられる。

 もはや、どんな超人でも生きていることは不可能。

《……》

 鎧の巨人は、住宅らしき建物を破壊した後、じっと自分の右掌を見ていた。

 自分の手に着いたものが、人間の血であることを、奴はわかっているのか。

 不意に江頭は思う。

「グンタ」

350: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:56:42.45 ID:x1iX0QTxo

「喋るなエガちゃん! 舌を噛むぞ」

「おろしてくれ」

「エガちゃん?」

「おろせって言ってんだよおおおおおお!!!!」

「おい! よせ!!」

 グンタの制止も聞かず、江頭は彼の腕を振りほどき地面へと落下した。

「エガシラさん!?」

 ミカサも叫ぶ。

「おい! 何があった!」

 先頭を飛ぶエルドが振り返って聞いた。

 だが答えは返ってこない。

 その代わり、強烈な光が彼らを襲った。





   *

351: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:57:31.45 ID:x1iX0QTxo




「オルオ、あれはまさか」

 左腕を抱えながらリヴァイは聞いた。

 あの光景を見ながら。

「ええ、俺も見るのは初めてですが、人から聞いた話によれば……」

「そういえば、俺も直接見るのは初めてだな」

 二人が見たもの。

 それは、トロスト区の軌跡を起こし、女型の巨人を撃退したこともあるあの伝説の――





 黒タイツの巨人






 



   *

352: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:58:15.82 ID:x1iX0QTxo



 ストヘス区、外側壁上――

「エレン・イェーガー! 支援に参りました!!」

 エレンは後方にいたニコルの命令で、外側の壁上にある壁上砲部隊の支援に

入ることになった。

 壁上砲なら、訓練兵時代に何度も操作したこともある、エレンの得意分野だ。

「おう! 新入りか! こっちだ!!」

 ふと見ると、調査兵団のゲルガーという兵士が、顔を油まみれにしながらこちらに

手を振ってきた。

「ゲルガーさん」

「いやあ助かったよ。今は猫の手も借りたい時なんだ」

 そう言ってエレンのほうに近づくゲルガー。

「内地の砲は随分と貧弱ですね。数も多くない」

「わかってる。内地(ここ)の連中に巨人の脅威を理解させることは並大抵じゃねえよ」

 ゲルガーの髪型はすっかり乱れていたが、顔はまだ元気そうだ。

「憲兵団にもお前と同じひよっ子どもがいるんだが、あいつらも頑張ってるぜ」

 彼の視線の先には、若い憲兵団兵士たちがいた。

 皆、よく作業をしている。

 その横で、ぼんやりと見ている年上の兵士たち。

353: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:58:42.90 ID:x1iX0QTxo

「あいつらは……」

「朱に交われば赤くなるっていうが、内地(ここ)に何年もいれば、誰だって腑抜けに

なるさ」

 ゲルガーは、少し声を低めて言った。

「それはともかく、今は砲の準備をしないと」

 エレンは促す。

 江頭から離れて以降、自分も何かをしないと落ち着かないのだ。

(俺は俺にできることをするんだ)

 その決意のもと、街の中央を見ると、不意に眩しい光を見た。

「うわっ!」

「なんだ?」

 砲の準備をしている憲兵団の兵士たちも驚いているようだ。

「おい、あれってもしかして……」

 ゲルガーは、驚きのあまりそれ以上声が出なくなったようだ。

「あれは、間違いありません」

 その姿にははっきりと覚えがある。

 今や伝説ともなったトロスト区の軌跡を生み出し、二度もエレンの命を救った、

「黒タイツの巨人」

「おいおい、マジかよ。本当に黒タイツ履いてたんだな」

「エガちゃん……」

 街の中央では鎧の巨人と黒タイツの巨人が、互いに正対して睨みあっていた。





   *

354: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:59:12.46 ID:x1iX0QTxo



《いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!》

 江頭が思わず耳を塞いでしまうほどの大声を出した。

 口から飛び出した唾がまるで雨のようにストヘス区の街に降り注ぐ。

「ぐっ、なんて声だ!!」

 エルドが思わず叫ぶ。

「周りに壁があるから余計に響くぜ」

 と、グンタも続いた。

《こらああああああ!!!! そこの巨人!!!! お前に一言物申おおおおおおおおおす!!!!》

 江頭は鎧の巨人を指さして言った。

《……》

 鎧の巨人はなぜか大人しくしている。

《お前でかすぎだぜえ! しかも俺より目立つなんてけしからああああん!!》

《……》

《俺は負けるのが大っ嫌いなんだ、だから勝負だあああ!!》

《……》

《そういえば、大きくなると見通しが利くようになるよな》

《……》

《あ!! あんなところに美女のパンツが見える!!》

《……》

355: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 17:59:41.85 ID:x1iX0QTxo

 巨人は無表情だった。だがしかし、

「おい! どこだグンタ!」

「いや、見えねえよ! つうか、そっちのほうが見えるんじゃねえのか?」

「……」

 情けない会話をしている男二人を、ミカサは冷たい目で眺めていた。

《おい! 無反応かよ、ガッカリだよ! エガちゃんガッカリだよ。ガッカリエガちゃん》

《……》

《まあ、ウソなんですけどね》

「なんだウソか」

 エルドがそう言って笑った。

「まあ、最初からそうだと思っていたぜ」

 グンタも言う。

「……」

 そんな二人を見て、ミカサは一言つぶやいた。

「団の面目丸つぶれ……」

《くっそおおお! やっぱりエレンの言うとおり、ライナー! お前は男が好きだったんだなあ!?》

《……!!》

 江頭のその言葉に、鎧の巨人は激しく反応した。

356: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:00:50.11 ID:x1iX0QTxo
「おい、今ライナーって言ったよな!」

 エルドは隣にいるグンタに確認する。

「え? そうか? というか、ライナーって確か――」

 グンタの言葉に、エルドではなくミカサが答えた。

「ライナー・ブラウン。訓練兵団では私やエレンと同期でした。身体屈強で成績優秀。

その実績が買われて、今回の特別作戦にも参加していました」

「おい待てミカサ。もしあの巨人があのライナーだとしたら」

 そうエルドが言いかけると、

《ライナー・ブラウン!! お前が男好きだってことは、皆も言ってたぜえ?

 寂しいなら俺のケツを貸してやろうか!》

《グオオオオオオオオ!!!》

 江頭の挑発に、ライナーと呼ばれた鎧の巨人は怒る。

 巨人の感情はミカサたちにはわからないけれど、身体から立ち上る蒸気が激しい怒りを

表しているであろうことは容易に想像できた。

「今、エガちゃんは確実にライナー・ブラウンって言ったな!」

 エルドは叫ぶ。

 何かの間違いではないかと思っていたけれど、残念ながら真実であった。

「エガシラさんの言うことが真実だとすれば、おそらくあの鎧の巨人は、アニ・レオンハートと

同じように、ライナーが巨人化した姿だと思います」

 ミカサはあくまで冷静に答える。

357: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:01:18.94 ID:x1iX0QTxo

「……俺もそう思う」

 そしてエルドはその考えを受け入れた。

「おい、何やってんだ二人とも、鎧の巨人が動き出したぞ!」

 そんな二人にグンタが声をかける。

《グオオオオオオオオ!!!!》

 鎧の巨人が腕を振り上げて、江頭に襲い掛かる。

 だが、感情のこもったその攻撃は、直線的すぎたようだ。

「うおっ、あぶね」

 寸でのところで江頭は巨人の攻撃をかわす。

「よっしゃあ!」

 それを見たグンタは力強くガッツポーズをした。

「反撃だ! エガちゃん!」

 エルドは叫んだ。

《望み通りケツをかしてやるよ! エガシラアタックだああああ!!!》

 そう言って江頭は、攻撃が外れてバランスを崩した鎧の巨人相手に、強烈なヒップアタック

をくらわせた!!

 強烈な音がストヘス区に響き渡る。

 だが、

《いてえええええええええええ!!!!》

358: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:02:00.33 ID:x1iX0QTxo

 次の瞬間、エルドたちの目の前には、尻を抑えてのた打ち回る江頭の姿があった。


《コイツ硬えええ!! おかげで俺のケツが二つに割れてしまったああ!!!》

「エガちゃん! 尻は最初から二つに割れてるだろうが!!」

 思わずグンタが突っ込む。

 笑ってしまいそうなマヌケな光景だが、そこには絶望的な真実が見えていた。

「生身の攻撃は効かない……」

 アンカーや刃が効かない時点でわかってはいたけれど、改めて認識すると辛いものがある。

《お前硬すぎだぞお! 俺の●●●より硬いぜ!! ふざけやがってえ!》

《フゴオオオオ!!!》

 そんな江頭に鎧の巨人は体当たりをくらわそうとする。

 しかし、動きがわりと単純なので、江頭は再び交わした。

 分厚いウォールマリアの扉を破壊したという、鎧の巨人の体当たりは強烈で、

ぶつかった建物は文字通り木端微塵になってしまった。

「やばいぞエガちゃん……」

「くそっ、どうすれば」

 動揺する男二人に対し、ミカサは新しい刃を装着しながら言った。

「恐れていても仕方がない。なので、わたしはエガシラさんを支援する」

「いや、待てミカサ!」

359: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:02:27.37 ID:x1iX0QTxo

 そんなミカサをエルドが止めた。

「どうしました」

「エガちゃんが何かするぞ」

「え?」

《……》

 再び攻撃をはずした鎧の巨人はゆっくりと立ち上がり江頭に正対する。

 すると江頭は、何を思ったのか、巨人に背中を向けた。

「まさか、逃げるのか?」

 グンタはつぶやく。

 だが次の瞬間、江頭は予想外の行動をしたのだ。

《ヘイ! カモン!!》

 そう言うと、江頭は黒タイツをズリ下げて半ケツ状態になった後、四つん這いになった。

「!!!!!」

 突然の行動に驚く三人。

《……!》

 鎧の巨人も驚いているようだ。

「い、一体何をするんだ」

 エルドはつぶやく。

「まさか本当にケツを貸すつもり……」

360: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:03:04.15 ID:x1iX0QTxo

「グンタ先輩。この場で死んでください」

 グンタの言葉を遮るようにミカサは言った。

「いや、冗談だから」

 そんな会話をしている間に、鎧の巨人は江頭にゆっくりと近づく。

 予想外の行動に動揺しているのはエルドたちだけではない。

「一体何が起こるんだ……」

 三人は固唾をのんでその場を見守る。

 そして、巨人がほんの数歩の位置まで近づいてきた時、

《行くぞおおお! 江頭必殺、『白い妖精』!!!》

「!?」

 江頭が声を出した直後、彼の●●から一斉に白い粉が噴き出た。

《ぬおおおおおおおお!!!!》

《……! ……!!》

 あまりにも予想外の事態に、巨人もエルドたちも驚きを隠せなかった。

「なんじゃありゃあああ!!!」

 動揺した上に、粉まみれになった鎧の巨人相手に江頭は飛びかかる。

《エガシラ、キイイイイック!!!!!》

 江頭は両脚の蹴りを入れた後、何発か回し蹴りをくらわす!

 だが、

《いてええええええええ!!!!》

361: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:03:32.88 ID:x1iX0QTxo

 彼の攻撃は巨人の硬い皮膚(?)の前にほとんど無力であった。

「エガちゃん! ちゃんとタイツ上げて! ちょっとはみ出てるから!!」

「女もいるんだぞ!!」

 グンタとエルドが騒ぐと、とりあえず江頭はタイツだけは履き直した。

《グルルルル……》

 まるで獣のような唸り声をあげた鎧の巨人が、肩や肘の辺りからまるで噴火寸前の

火山のように蒸気を吹き出しつつ、江頭に迫る。

《お、おおおううう!?》  

 今度は江頭が動揺していた。

 そして、

《グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!》

 大きな咆哮とともに、鎧の巨人に体当たりした。

《グワアアアアアアアアアアアア!!!!!》

 複雑に入り組んだウォール・シーナの前線都市、ストヘス区の街並みを破壊しながら、

鎧の巨人のタックルは続く。

 まるで、紙でできた模型のように破壊されていく都市の建物。

《イテテテテテテ!!!!》

 そして巨人の体当たりは、壁際まで続く。

《ぐわあああああああ!!!》

362: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:04:27.78 ID:x1iX0QTxo

 永遠に続くかと思われていた進撃も、ついに終わりがきた。

 江頭は、強大な衝撃を胸と背中の同時にくらいつつも、何とか立っているようだった。

《ハアハアハア》

「エガちゃん! 無事かあ!!」

 立体起動装置で巨人たちの後を追っていたエルドたち三人は、江頭に声をかける。

《まだやれる!》

 ボロボロになりながらも、江頭は背筋を伸ばして鎧の巨人と対峙した。

《この巨人! ガッペムカツク》

《グオオオオオオオオオ!!!》

 再びぶつかる鎧の巨人。

 動き自体は単純だが、肝心の江頭が疲労困憊のため、上手くかわせなかった!

《ぐわああ!!!》

 物凄い衝撃波とともに、江頭の身体は吹き飛ばされてしまった。

「エガちゃああああん!!!」

 エルドの声が響く。

《ぐわああああああ!!!》

 江頭の身体は、後ろにあったストヘス区の壁に衝突し、大きな音とともに、壁の一部が

破壊されてしまった。

363: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:05:42.56 ID:x1iX0QTxo

「エガちゃん!」

 思わず叫ぶグンタ。

「助けに行きます!」

 再び剣を取り出すミカサの肩を、エルドが抑える。

「待て、アッカーマン!」

「待てません! もう限界です!」

「ここは出て行ったら危ない!」

「危ないの承知の上です!」

「そうじゃない」

「え?」

「あそこはもう、“射程距離内”なんだ」

「射程距離……内?」

「離れるぞ」

 そう言うと同時に、壁上から明るい光と、ほんの少し遅れて空気を引き裂くような音が聞こえてきた。

 爆発、爆発、そして爆発。

 ストヘス区の外周壁上にある固定砲が火を噴いたのである。

 


  *

364: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:06:24.48 ID:x1iX0QTxo

 ストヘス区壁上――

「全砲門、撃てええええええええ!!!」

 ゲルガーの号令により、憲兵団と調査兵団の臨時混成砲台部隊が一斉に砲門を開く。

 腹に響く凶悪な音を出しながら壁上砲は火を噴く。

(ライナー、もうこんなところまで)

 エレンもまた砲兵の一人として戦闘に参加していた。

(それはいいけど、エガちゃんは大丈夫なのか?)

 江頭は鎧の巨人(ライナー)に吹き飛ばされて、すぐ近くの壁に衝突していたのだ。

 壁上砲の発射の衝撃で壁が揺れる。

 空気も揺れる。

(とにかく今は、一発残らず、ここにある弾をあいつに撃ちこむだけだ)

「次弾まだか!」

「少し待て! 今撃ったら砲身が焼けちまう!」

「バカ野郎! 相手はただの巨人じゃねえんだぞ!」

 兵士同士が言い争いをしている。

「何やってんだ! 仲間同士で争っても仕方ないだろう!」

「うるせえ、弾はどうした弾は!」

 そうこうしているうちに、目の前にある煙が晴れていき、鎧の巨人の姿が見え始めた。

「……うそだろう?」

 それは現実だった。

365: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:07:04.06 ID:x1iX0QTxo

 鎧の巨人は、まったく傷つくことなく平然と立ち尽くしている。

 普通の大砲でも、巨人に傷つけるくらいのことはできる。もちろんすぐに回復されてしまうけれど、

それでも足止めくらいにはなるものだ。

 だが、彼奴の場合は違う。

 なんというか、絶望的な硬さがそこにあった。

「第二派、発射準備!!」

 壁上砲部隊は、慌てて次の弾を装填する。

 それを指揮するのは、調査兵団のゲルガー。

 彼も相当焦っているようだ。

「右方よいか!」

「よしっ!」

「左方!」

「よしっ!」

「砲撃用意!」

「……」

「撃てええええ!!!!」

 再び、空気が揺れる。

 何発かの砲弾は、巨人に当たらずに後ろの建物を破壊していた。

「くっそ、大砲ごときじゃあ巨人には効かないのか」

 エレンが独り言のように言うと、別の兵士が言った。

366: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:07:46.10 ID:x1iX0QTxo

「何言ってんだ! 何もしないよりはマシだろう!」

 キノコのような髪型をした、鼻のデカイ兵士だった。

「そ、そうだな」

 エレンはそう言われて気を取り直す。

「次弾装填準備!」

 次の弾を装填しようとするも、

「弾が無い!」

 絶望的な返答が告げられた。

「弾が無い? どういうことだよ!」

 エレンは叫ぶ。

「どうって、仕方ないじゃないか。ここは内地だよ。壁上砲はあるけど、弾薬の備蓄は

訓練用と予備用くらいしか用意していないだ」

 別の兵士が答えた。

「なんだよクソ……!」

 今の壁上砲の性能では、鎧の巨人に傷をつけることもままならない。

 だがしかし、それでも、ほんの少しでも前線で戦っているエルドやミカサ、それに江頭の

助けになりたいとエレンは思っていた。

 エレンは目の前が真暗になるのを感じた。

「おいエレン!」

 そんな彼に声をかけたのは、壁上砲部隊を指揮していたゲルガーであった。

367: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:08:22.49 ID:x1iX0QTxo

「ゲルガーさん?」

「まだ全てが終わったわけじゃない。仲間が前線で戦っている」

「前線……」

 エレンたちの目の前には、再び土煙や火薬の煙が立ち込めていたが、それも風に吹かれて

消えようとしていた。 

 そこから見える鎧の巨人は未だ健在。

 致命的なダメージを受けているようには見えなかった。

「巨人が動き出した!」

「こっちに来るのか!?」

 壁上砲の兵士たちに緊張が走る。

 だが、巨人の目標は違った。

 その視線の先には、

「あれは……、エガちゃん!」

 巨人に突き飛ばされ、壁に激突した江頭。

 そこに、鎧の巨人はゆっくりと向かっていた。

「トドメを刺す気だ」

368: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:08:56.63 ID:x1iX0QTxo

 エレンは本能的にそう思った。

「おい、どこへ行く気だ!」

「助けに行くんですよ!」

 エレンは立体機動装置を起動させようとする。

「待て! 今更お前が言ってどうする!」

「しかし!」

 このままでは、江頭が殺されてしまう。

 二度も命を救ってくれた彼の恩人が……。




   *



 同時刻、エルド班――

「まずいぞ、巨人のやつ、エガちゃんのところに向かうつもりだ」

 エルドは巨人の動きを見て言った。

「俺たちの存在は無視ってことか? ふざけやがって」

 グンタが憤る。

「壁上からの攻撃が止んだようだが」

「恐らく弾切れだろうな。内地の弾の備蓄は少ない。まあ、反乱が起こった時、

反乱軍の使う武器になるのを、国王政府が恐れたっていう説もあるが」

369: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:09:41.74 ID:x1iX0QTxo

 そう言ってグンタは鼻で笑って見せた。

「滅多な事言ってんじゃないぞグンタ。それより、巨人を止めないと」

 二人の視線の先には、突き飛ばされて壁に若干身体が埋まった江頭の姿。

「それにしても、壁ってあんなに簡単に壊れるものなのか? エルド」

 グンタは聞いた。

「いや、巨人の侵入を防いでいるくらいだから、もっと硬い材質だと思っていのだが……」
 
「ミカサ・アッカーマン、出ます!」

「おい!」

 エルドとグンタが話をしている間に、ミカサが先頭を切って飛び出した。

 砲撃はすでになく、鎧の巨人は悠々と江頭に近づいていく。

「ふんっ!」

 ミカサが白刃を振るう。

 だが例によって刃は折れてしまう。

「くっ、全身が硬い!」

「待てアッカーマン!」

 そんなミカサにエルドが呼びかける。

「なんでしょうか」

 ミカサは不機嫌そうに返事をした。

「関節だ! 関節を狙え」

370: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:10:13.97 ID:x1iX0QTxo

「関節?」

「ああ。女型の巨人とリヴァイ兵長との戦闘でもあったんだが、奴らにも硬化できない部位はある。

 それが関節だ。関節を固めたら、動けないからな」

「確かに。でも本当に」

「やるしかないだろう。徒に刃を消費したくなければな」

「わかりました」

 ミカサと話をしたエルドは、グンタのほうを向いた。

「グンタ! 俺が囮になる。ミカサに合わせろ」

「了解」

 後方でグンタが返事をした。

 調査兵団では、指揮官が先頭に立って戦う。

 それが伝統であり誇りでもある。

「行くぞ!」

 エルドは立体機動のガスをふかして鎧の巨人の前に行った。

「野郎、エガちゃんはやらせねえぜ!」

 そう言うと、エルドは剣を構える。

 そして、

「どりゃああ!!」

 エルドは持っていた剣を振りかぶり、振り下ろす瞬間に刃を外した。

371: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:10:47.24 ID:x1iX0QTxo

 勢いのついた刃は、そのまま巨人に向かって一直線に飛んでいき、そして巨人の

目に刺さった!

《グオオオオオオオ!!!》

 巨人の声が響く。

「こういう使い方だってあるんだぜ、一つ勉強になったな。ライナー・ブラウン」

 鎧の巨人は右手で片目を抑える。

 指の間から蒸気が噴き出ていた。

 巨人の動きが鈍くなったその瞬間、背後にグンタとミカサが飛び出す。

「そりゃあ!」

「ふんっ!」

 二人が同時に剣を振り抜き、鎧の巨人のひざ裏を切り裂く。

《グオオオオオオオ!!!!》

 巨人のひざ裏から血液と蒸気が噴き出し、巨人はその場に膝をついた。

 ドシンと重みのある衝撃音が響き、世界は揺れる。

「次は肩関節だ!!」

 巨人の死角を狙い、斜め後方に位置を変えたエルドが、付け替えた剣を振りかぶった

その時、

「ぬわ!?」

 その攻撃を呼んでいたのか、鎧の巨人は身体を捻ってエルドの飛んでいる位置に、

正確に裏拳を放ってきた。

372: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:11:20.40 ID:x1iX0QTxo

「くそっ!」

 避けようとするエルド。

 だが間に合わない。

(中身が人間だけあって、頭いいな畜生)

 一瞬、エルドはそう思った。

 そして、次の瞬間吹き飛ばされてしまう。

「ぐわあああああああ!!!」

 飛ばされながら、エルドは辛うじてワイヤーを放つ。

 そして、離れた場所にある建物の屋根に激突した!

 視界が何度も暗転し、衝撃と痛みが身体を襲う。

 だが、何とか生きているようだ。

 直前に放った立体機動装置のワイヤーが、激突の瞬間のスピードを幾分か緩和してくれた。

「ぐふっ!」

 身を起こすと肋骨の辺りが痛む。

(折れたか……)

 肋骨以外に目立った痛みはないのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。

「くそっ、鎧の巨人は!」

 痛みに耐えつつ、身を起こすと、すでに鎧の巨人は肩膝をついていた。

(野郎、もう回復しやがったのか)

373: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:12:01.29 ID:x1iX0QTxo

 巨人の自己回復能力はよく知っている。だが、こうまで強力な回復能力を持つ

巨人はエルドにとって初めてである。

 立ち上がる前に、二つの影が巨人に襲い掛かる。

 ミカサとグンタだ。

 しかし、巨人は近くにある建物の屋根を掴み、そして持ち上げた。

「あいつ、屋根ごと!?」

 そして投げつける。

 狙った先は、ミカサたち本人ではなくワイヤーだ。

「うわあ!」

「きゃあ!」

 遠くから二人の叫び声が聞こえた。

「ミカサ! グンタあ、ぐふっ、ゴホッ、ゴホッ!」

 肋骨が折れているためか、上手く言葉が出ない。

(くそう。ワイヤーを狙うなんて、よくわかってるじゃねえか。これは立体機動装置の

ことをよく理解していなけばできない芸当だ)

 敵ながらよく考えていると感心するエルド。

 だが感心してもいられない。

「くそっ、早く奴の動きを止めないと」

 止めたところでどうなる?

 どうやって倒す?

374: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:12:37.45 ID:x1iX0QTxo

 絶望的な問いかけがエルドの頭をかすめる。

(俺たちは、どうやってあの化け物を倒せばいいんだ)

 すでに鎧の巨人は完全に立ち上がっていた。

 ミカサとグンタに斬られた両脚のひざ裏も、エルドが潰した右目も完全に回復していた。

 関節や眼球など、一部以外では完全に刃が効かない。

 どう戦っていけばいいのか。

「くそっ、動け!」

 痛みに耐えつつ、立体機動装置を作動させようとするエルド。

 だが上手く動かない。

「くそったれっ! ゴホッ!!」

 咳をするたびに痛みが襲う。

 そして再び顔を上げた時、信じられない光景を目にした。 

「え?」

 立っているのだ。

 鎧の巨人、だけではない。

 先ほどまで壁に激突し、壊れた壁にもたれるようにして倒れていた江頭2:50が、

立っているのだ。

「ウソだろ?」

 そして江頭の手には、一本の大きな剣が握られていた。





   つづく

375: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/03(木) 18:14:08.71 ID:x1iX0QTxo


 現在公開可能な情報12

・江頭の●●●芸

 江頭の真骨頂とも言うべき芸が、この●●を使った●●●芸である。

 テレビでは、お尻から粉を吹き出す芸を見せたこともある江頭。しかし、舞台では

なんと水を吹き出して「人間噴水」をやったこともある。

 これは、腸内洗浄をした後に水を●●から大腸内に入れ、舞台で吹き出すというものだ。

 非常に危険な行為なので(そもそも●●はデリケートな部位である)、良い子は真似しないほうがいい。

 とにかく、芸自体は汚いけれど、江頭から「発射」された噴水は非常に美しかった、

という感想が多数よせられた(らしい)。

 ちなみにトルコ全裸になって捕まった時にやった「デンデン太鼓」の芸も、一応●●●芸の一つである。  

380: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:05:02.44 ID:Pmh6tKiOo

「エガシラさん、エガシラさん」

 誰かの呼ぶ声が聞こえる。

「こんなところで寝ている場合ですか? エガシラさん」

「はっ」

 目を開くと、見覚えのある人物が江頭の顔を覗き込んでいた。

「ペトラ」

「そうですよ、まったくエガシラさんったら」

「俺、何やってたんだ?」

「何って、寝てたんですよ。こんなところで」

 ペトラは腰に手を当てて、少し怒ったような表情を見せた。

「こんなところ?」

 江頭は周りを見回すと、よく晴れた空と緑色の草原、そして小高い丘が見えた。

 遠くでは小鳥がさえずり、彼は大きな木にもたれかかっている状態であった。

 なるほど、これだけ天気がよく気持ちの良い場所なら、居眠りもしたくなるだろう。

 そんな風に江頭は納得する。

「ほら、江頭さん。立ってください」

 そう言うと、ペトラは江頭の手を引く。

「お、おう」

 ペトラに手を引かれて、江頭は立ち上がった。

 随分、長い間寝ていたような気もするし、ついさっきまで起きていたような気もする。

381: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:05:41.87 ID:Pmh6tKiOo
「エガシラさん。何ボーッとしているんですか。早くしないと」

「早くって、何を?」

「決まってるじゃないですか、行くんですよ」

「どこへ?」

「皆のところですよ」

 そう言うと、ペトラは江頭の背中を押した。

「皆のところ? このまま真っ直ぐ行けばわかります」

「そうなのか。ペトラは行かないのか?」

 ふと、疑問に思った江頭が聞いてみた。

 すると、彼女の動きが一瞬止まる。

「私は、行けません……」

「え?」

「ごめんなさい。私は行くことはできないんです。だから、江頭さんだけで行ってください」

「ペトラ」

「振り返らないで!」

「……!」

「今度こそ、“本当に”さようならです」

「……」
  
「エガシラさん。もしよかったら……、時々でいいんで……、私の事を、思い出して

ください」

「ペトラ……」

「エガシラさん、頑張って」

 江頭が歩き出すと、彼の周りが眩しい光に包まれる。

 彼の頭の中には、ペトラの声が何度も響く。

382: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:06:08.17 ID:Pmh6tKiOo








   進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    第十三話  反 撃 の 刃

383: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:06:53.54 ID:Pmh6tKiOo






 江頭は立っていた。

 目の前にはいくつか建物が破壊された街並みと、鎧の巨人。

 そして手には、なぜか両刃の剣が握られている。

(なんで俺、こんなものを持っているんだ)

 不意に握った剣は巨大な大剣で、どうやら壁の中に埋まっていたらしい。

 壁には空洞があり、その中に入っていた。

(まあいいか。ちょうどよかった)

 江頭はそう思い剣を構える。

 先ほどまで散々やられまくって、身体も心もボロボロのはずなのに、なぜか頭の中は

スッキリと冴えわたり、心も落ち着いていた。

(あいつ硬いもんな。手で殴ったら痛いし)

 一つ息を吐く。




   *

384: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:07:33.40 ID:Pmh6tKiOo




「なぜ、壁の中に剣が……」

 立体機動装置のワイヤーが切れて、移動が困難になっていたミカサが言った。

 隣には、同じ調査兵団のグンタがいる。

 彼の装置は辛うじて無事だが、右脚を負傷してしまった。

「わからん。俺も壁の中に何があるのか、まったく聞かされていないからな」

 と、グンタは言う。

 巨人に関して謎が多いように、その巨人から身を護るための「壁」についても、また
わからないことが多い。

 誰が、何のために作ったのか。

 公式の記録にも、約百年前に巨人から人類を守るために作られたとしか書かれておらず、

詳しい経緯を知る者も、ほとんどいない。

「そんなことよりエガシラさん。かなり、危ない」

 そう、ミカサは心配する。

 今、彼女の立体機動装置は使えない。

 壁上砲の弾薬もない。

 つまり、彼に対して有効な支援の手立てがほとんど残っていないのだ。

「誰か、私に立体機動装置を貸してくれないでしょうか」

 そう言ってミカサは周囲を見る。

「落ち着けミカサ」

 焦るミカサをグンタが止める。

385: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:08:14.40 ID:Pmh6tKiOo

「しかし、このままではエガシラさんが」

「よく見ろ。エガちゃんは今、剣を持っている」

「それが何か」

「ミカサ。お前はエガちゃんと剣の稽古をしたことがあるか?」

 不意にグンタはそう聞いてきた。

「いえ、ありませんけど。それが何か」

「実は俺やエルドは、何度かエガちゃんと剣の稽古をしたことがあるんだよ。木剣を使っての、

疑似戦闘なんだけど」

「はい……」

「それで勝てなかった」

「エガシラさんがですか?」

「そうじゃない。俺やエルドが、勝てなかったんだよ。エガちゃんに」

「え?」

「剣を持ったエガちゃんは、それが例え訓練用の木剣であっても、何だか動きが違った」

「……」

「そう、まるで戦士のようだったな」

「戦士……?」

 ミカサが江頭たちの方向を見ると、一瞬で彼らはダッシュして距離を詰めた。


「……!」

386: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:08:40.71 ID:Pmh6tKiOo


 ほんの一瞬のことであった。

 ミカサは二体の巨人の動きを一瞬、見失う。

 巨人は体が大きい分、人間よりも動きが遅いことがある。

 だが目の前で戦っている二体の巨人の動きは人間と同等か、其れ以上のスピードである。

 そして次の瞬間、気が付くと街の一角に何か巨大な物が落下した。

「あれは……」

 その落下物が、鎧の巨人の右腕だと気付くのは、少し時間が経ってのことである。





   *

387: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:09:33.71 ID:Pmh6tKiOo




「すげえ!! あの黒タイツ、鎧の巨人の腕を斬り落としたぞおお!!」

「何者だありゃ」

「というか、あの剣はなんだ!?」

 憲兵団の若者たちが江頭と鎧の巨人との戦いを見ながら驚きの声をあげている。

「……」

 そしてエレンは、戦いに圧倒されて声すら出なくなっていた。

(確かに腕を斬ったことは凄い。でも、それ以上に凄いのは、斬った部分だ。

エガちゃんは鎧の巨人の腕の関節の部分を狙い、そして斬り落した。

なんという戦闘のセンス。女型の巨人と闘った時とは別人のようだ)

 エレンが驚くのも無理はない。

 女型の巨人と闘った時の江頭は、とうてい戦えるとは思えなかった。

(剣を持っただけであそこまで変わるものなのか?)

 エレンの視線の先には、先ほどと同じように中段に剣を構える江頭の背中があった。

 巨人の腕を斬り落とした剣の先には、鎧の巨人の血液らしき液体が付着し、微かに

蒸気を漂わせていた。

 そして腕を斬り落とされた鎧の巨人は、右腕の傷口を抑え、必死に傷を塞ごうとしている。

「行けええええ! エガちゃああああん!!」

 エレンは叫んだ。

388: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:10:12.26 ID:Pmh6tKiOo

 ここで巨人に回復されるわけにはいかない。

《うおおおおおおおお!!!!》

 江頭の叫び声が響く。

 一つ、二つ、三つと、江頭は持っていた剣の刃を鎧の巨人の身体に確実に食いこませていく。

 さすがに、先ほどのような斬り落としはできなくなっているが、それでも、体中のあらゆる関節から

血と蒸気が噴き出していた。

《ウゴワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!》

 だが次の瞬間、強烈な叫び声と同時に周囲に蒸気が立ち込めた。

 まるで温泉か火山のような強烈な蒸気である。

「うわあああ!!!」

 かなり離れていたはずのエレンたちの視界すら奪う強烈な蒸気であった。

「おい、エレン! 大丈夫か」

 ゲルガーが呼んだ。

「はい、大丈夫です!」

 エレンは返事をしながら、その視線は江頭たちを探していた。

(エガちゃん、どうなっているんだ)

 はっきりと目を開き、巨人がいた場所を見ると、二つの巨大な影が見えた。

「鎧の巨人の腕が、再生しているのか……?」

 ゲルガーは言った。

「いや、違います!」

389: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:10:45.60 ID:Pmh6tKiOo

 それをエレンが否定する。

「なに?」

「よく見てください!」

 エレンたちが見た、鎧の巨人。

 先ほど斬り落されたその右腕の部分には、巨大な剣のようなものが。

《確かに、素手と剣じゃあ不公平か》

 江頭がニヤリと笑いながら言った。

「これで、対等?」

 エレンがそう言うと、

「いや、違うぜ」

 と、ゲルガーは否定した。

「どういうことです?」

「よく見てみろ。鎧の巨人はあの糞硬い皮膚があるだろう。大してエガちゃんは」

「裸」

「そう、裸だ。ヤッパ(刃物)を使った戦いには、不利なんじゃないのか?」

「いや、そうだけど……」

 鎧の巨人は関節が弱点だ。

 だが逆に言えば、関節以外は無敵とも言える。

 対して、江頭の身体は上半身裸。

390: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:11:26.52 ID:Pmh6tKiOo

 あの下半身の黒タイツが物凄い防御力を発揮するようには見えない。

「動くぞ!」

 一気に間合いを詰める、二体の巨人。

《やああああああ!!!!》

 江頭の奇声とともに、金属と金属のぶつかり合う音が響く。

 鎧の巨人の腕から“生えた”剣は、やはりそれなりに硬いようだ。

 それどころか、

《ぐっ!》

「エガちゃん!!」

 思わずエレンが叫ぶ。

 江頭の二の腕の辺りが切れて出血した。

 あの腕の剣は、見た目だけでなく切れ味もあるらしい。

《なかなかやるな》

 江頭は再びニヤリと笑う。

《……》

 対して鎧の巨人は無言だ。

 再び距離を詰める。

 ギンギンと激しく撃ち合う剣と剣。

 文字通り火花が散り、そして血と汗が飛び散る。

 上段、下段と剣がぶつかり合い、そして身体のギリギリに刃が走る。

391: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:12:00.77 ID:Pmh6tKiOo

 文字通り、紙一重でそれをかわす江頭は、持ち前のスピードを生かして巨人の関節を狙う。

「行ける! 行けるぞ!」

 防御力こそ皆無に近い江頭だが、その一方で俊敏性が高く、巨人の攻撃の一歩先を行く

戦いを続けていた。

《どりゃああああ!!!!》

 江頭が振り下ろした剣。

 それに対し、巨人が左腕を差し出した!

「な!?」

 関節からザックリと斬れる巨人の左腕。

 何をしているのか、一瞬わからなかった。

 防御なら、普通“剣化”させた右腕を差し出すものではないのか。

 それとも何だ。

 戦いの中で、気でもおかしくなったのか。

 いや、違う。

 “何か”を狙って腕を斬らせたとしたら――

「エガちゃん! 危なああああい!!!」

 エレンは叫んだ。

 当然、届くことのない叫びだとはわかっている。

 だが、叫ばずにはいられない。

392: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:12:37.73 ID:Pmh6tKiOo

《ぬわ!!》

 一瞬、ほんの一瞬であった。

 江頭の肩口に、もう一つの剣が伸びる。

「剣が、二本……」

 斬りおとされた鎧の巨人の左腕から、右腕とまったく同じ剣が作られていた。

 剣が二本、ということは単純に考えれば攻撃力が二倍。

《グウオオオオオオオオオオオオオオ!!!》 

 鎧の巨人の叫び声とともに、二本の剣が同時に江頭を襲う。

 頭に響く金属音とともに、江頭は襲い掛かる巨人の剣を次々に弾き返すが、

手数の増えた攻撃に明らかに押されている。

 これまで、攻撃、防御、攻撃、防御と続いてきた流れが、一気に防御、防御、防御となっている。

《ぐわっ!!》

 江頭の左肩に巨人の剣が食い込む。

 しかも今度は、かすり傷ではなくかなり深い傷だ。

 赤黒い血がダラダラと流れ出ていた。

《ぬおわ!》

 江頭は何とか隙をついて攻撃しようとするも、逆に攻撃され、額の辺りを斬られてしまった。

《ぐ……》

393: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:13:18.28 ID:Pmh6tKiOo

 前半、優勢に戦いを進めていた江頭だが、巨人の剣が二本になった辺りから、動きも悪くなっている。

 どうやら疲れも出てきたらしい。

 剣を構えた時、大きく肩で息をしているのがわかる。

 それでなくても、これまでかなりの無茶をしているのだから。

 エレンはそれを見て思った。

(なんだよ俺。自分の恩人がこんなにも苦しんでいるっていうのに、何もしないのかよ)

 エレンは唇を噛みしめ、拳を握った。

(何のための立体機動装置だ。何のために俺は今まで訓練してきたんだ。

 恩人を見殺しにするためか? いや違う)

 エレンは大きく息を吸い、そして決意した。

「ゲルガーさん。俺、行きます」

「おい待てよエレン」

 そう言うと、ゲルガーはエレンの肩を掴む。

「止めないでください。これは俺が自分で決めたことです」

「待てって言ってんだよ」

「行かせてください!」

「エレン!!」

「は、はい」

「行くなら俺が先に出る。入ったばかりの新兵に先頭を行かせるわけにはいかねえぜ」

394: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:13:44.50 ID:Pmh6tKiOo

 そう言うと、ゲルガーは片目を閉じて笑みを見せた。

「それにエガちゃんは酒好きって聞いたことあるからな。酒好きの俺としては、

まだ一度も飲んでないうちから、死なれたらこまるしな」

「……わかりました」

「行くぞ!」

「はい!」

 エレンとゲルガーは飛ぶ。

 目標は鎧の巨人。





   *




「おおーい、無事かあああ!」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「お、オルオ……」

 風で吹き飛んでしまいそうなほど弱い声で、エルドは答える。

「エルド! こんな所にいやがったか!」

 立体機動装置で飛んできたオルオ・ボザドであった。

「その様子だとどっかやられていやがるな」

 そう言って、オルオはエルドのすぐ近くに着地した。

395: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:14:53.02 ID:Pmh6tKiOo

「すまん。肋骨をやられた。息が、ちょっと苦しい。だが、命に別状はない」

 腹部を抑えながらエルドは答えた。

「そうか、無理をするな」

「リヴァイ兵長は」

「兵長は無事だ。ただし、女型に左腕を喰われちまったけどな」

「左腕を?」

「ああ、だが命に別状はない。安心しろ、とは言えねえけどな」

「そうなのか」

 エルドは思った。自分の肋骨なら、すぐに治る。だが、左腕を無くしたらどうなるのだろうか。

 それでも兵長なら戦うと言うかもしれない。

 だが以前のような戦いは、おそらくできないだろう。

 これは調査兵団にとって、ひいては人類にとって大きな痛手だ。

「他の仲間はどうした」

「グンタとミカサは別の場所にいる。おそらく、立体機動装置をやられたと思う」

「そうか。で、ペトラはどうした」

「ペトラ……、か」

 エルドは言葉を詰まらせる。

 それは決して、肋骨を折った影響だけではない。




「ペトラは……“勇敢に戦った”……」

396: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:16:03.12 ID:Pmh6tKiOo




 エルドのその言葉は、調査兵団にとっては額面上の意味だけでなく、

もう一つの意味も含んでいた。

「そうか……」

 そう言うと、オルオはエルドから顔を背ける。

 何度も何度も仲間との「別れ」を経験した彼にとって、その言葉の意味を察するのは

容易なことであろう。

 しかも今回は、よりによってあのペトラだ。

「なあエルド。悪いけど救助は後だ。ちょっとそこで待っていてくれや」

「オルオ、お前まさか。ぐふっ、ゴホッ」

「心配すんな。仲間たちが鎧の巨人の討伐に向かっている。俺も一緒に行くだけだ」

「オルオ……」

「必ず戻ってくるからな。それまでそこで大人しくしてろ」

 オルオの表情は、やや傾きかけた太陽の光が逆光になり、エルドにはよく見えなかった。

 だが、その表情を想像することは彼にとっては容易なことである。





   *

397: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:17:04.83 ID:Pmh6tKiOo


 ストヘス区外壁上――

 憲兵団新兵の一人であるマルロは、鎧の巨人に向かって飛び立っていく調査兵団の

兵士二人を見送っていた。

(くそう、俺だって)

 マルロはそう思い、立体機動装置を作動させようとする。

「どうすんの? マルロ」

 後ろから声がした。

「ヒッチ」

 同じ憲兵団の新兵、ヒッチであった。

 ウェーブがかった髪型が特徴の女性兵士はマルロの顔を見てニヤニヤと笑っている。

 まるでこちらの心を見透かしたような笑いだ。

(こいつ相手に隠し事をしていても仕方ないか)

 そう思い覚悟を決めるマルロ。

 元々隠し事は嫌いな男である。 

「俺も行く。調査兵団の連中と一緒に、鎧の巨人を倒す」

「ははっ、マジで言ってんの? それ」

「当たり前だ」

「勝てると思ってる?」

「……」

「あの黒タイツの人。結構頑張ってるけど、なんかもう危ないよね」

398: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:17:38.96 ID:Pmh6tKiOo

 ヒッチは目を細めながら言う。

 確かにあの巨人は強い。

 人間の兵士がいくら束になってかかっても勝てそうにない。

「このまま逃げちゃえばいいんじゃない?」

 ニヤニヤしながらヒッチは言う。

「別にアンタのせいじゃないし、アンタが責任とって死ぬなんてことをする必要もないわけでしょう?」

「……」

「ここで大人しくしてりゃ、王都から援軍も来るでしょうし、その間は調査兵団の人たちや、

黒タイツのオジサマに任せておけばいいんじゃないかなあ」

 確かにヒッチの言うとおりかもしれない。

 ここで無駄な抵抗をしたところで被害が広がるだけ。

 だったらここは、耐えがたきを耐えて、生き残ることを優先するべきか。

 戦闘は最小限にし、自分の命を守りつつ援軍を待つ。

 それはとても魅力的な選択肢だ。

 しかし、

「ヒッチ。確かにお前の考えはわかる」

「そう」

399: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:18:28.04 ID:Pmh6tKiOo

「だけどな、ヒッチ。ここはウォール・シーナの玄関口、ストヘス区なんだ。

ここを守るのは、調査兵団でもなければあの黒タイツの巨人でもない。

俺たち、憲兵団なんだよ」

「……」

「だから俺は一人でも行く。兵士である以上、この街や調査兵団の人たちを見殺しにすることはできない」

「そう」

 ヒッチはあっさりと答える。

「好きになさい。あたしは止めないわ」

「そうかい。じゃあ好きにさせてもらう」

「あたしも、勝手にさせてもらうから」

「じゃあな、ヒッチ。運がよければまた会おう」

「あたしにとって、アンタと再会することは不運なんですけど」

「そうかもしれん」

 ヒッチと会ったのはほんの一ヶ月前。

 初めて会った時から不真面目でどうもいけ好かない女だと思っていた。

 そしてその印象は、多分今も尾を引いているだろう。

 そんなことを思いながら、マルロは死地に赴く。

 立体機動装置の調子は、良好だと思った。





   *

400: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:19:45.02 ID:Pmh6tKiOo



「わかってんな! エレン!」

 鎧の巨人に近づきながらゲルガーが叫ぶ。

「はい! わかってます! ねらい目は関節です!」

「そうだ! 奴の守りはかたい。だから“つなぎ目”を狙うんだ! 腕、ひざ裏、そして足首!」

「はい!」

「だが無理はすんな! あの巨人、遠くから見てたけどかなり戦い慣れしてるぞ!」

「了解!!」

「そろそろ見えてきた」

「……!」

 エレンたちの目の前に、鎧の巨人の背中が大きく現れた。

 奴は今、無防備な状態だ。

「でりゃあ!!」

 最初にゲルガーが刃を振るう。

 急降下して、右のひざ裏を狙った。

 物凄く硬そうな鎧の巨人のひざ裏にザックリと傷が入り、蒸気と血液らしき液体が噴き出す。

(俺だって!)

 エレンも急降下し、ゲルガーと同じように今度は左のひざ裏を狙って攻撃する。

 だが、ガキンという音と衝撃が腕に伝わった。

401: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:20:24.77 ID:Pmh6tKiOo

「痛っ!」

 握っていた剣を見ると、一瞬で刃がダメになっていた。

「エレン!」

「すみません、失敗しました!」

「気にすんな! それより距離を取れ!」

 エレンたちの存在に気付いた鎧の巨人が剣化させた腕をこちらに向けて振るう。

「ぬわあ!」

 普通の刃ならばともかく、あの剣に触れたらかすり傷では済みそうもない。

 胴体ごと、真っ二つにされることは間違いないだろう。

《お前の相手はこっちだああああ!!!》

 大きな剣を振り下ろす江頭。

 斬ることはできなかったけれど、巨人に対して大きな衝撃は与えたらしい。

「エガちゃん!」

《エレン! 何で戻ってきているだ!! 危ないぞ!》

 こちらを見た江頭が言った。

「エガちゃんだけを戦わせるわけにはいかないよ!」

《バカ野郎! 死にたいのか!》

「確かに命は惜しいさ。だけど、俺だっていつまでも助けられるわけにはいかない!」

 エレンは軌道を変えて、再び鎧の巨人に接近する。

402: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:21:03.33 ID:Pmh6tKiOo

「ライナアアアアアア!!!!!」

 鎧の巨人の剣を掻い潜り、彼は腕の関節に刃を喰い込ませた。

《グオオオオオオ!!!》

 右腕の肘の辺りの関節に切れ目が入り、一気に血が噴き出した。

 だがしかし、すぐに止血され、傷も治って行く。

《グウォオオオオオオ!!!!!》

 更に雄たけびを上げる鎧の巨人は、周囲の建物ごと切り裂くように剣を振るった。

「うわあ!」

 その腕の振りで怒った風によって、エレンたちは吹き飛ばされてしまった。

《エレン!》

「まだまだあ!」

 エレンは立体機動装置を作動させて、何とか態勢を立て直そうとする。

 その時、彼の視界に別の兵士の姿が見えた。

 ゲルガーではない。

「うおおおおおおおおお!!!」

 憲兵団の制服を着た若者だ。

 あの長身には見覚えもある。

「ん!?」

 別の方向から、今度は調査兵団の仲間が鎧の巨人に襲い掛かる。

 一人、また一人と鎧の巨人に肉薄攻撃を仕掛ける兵士たちの数が増えてきた。

403: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:21:39.40 ID:Pmh6tKiOo

 当初、その多くが傍観していた憲兵団兵士も少しずつ攻撃に参加している。

「でりゃああ!」

「そりゃあああ!!!」

 鎧の巨人は、まるで虫を振り払うように剣を振るうが、それでも兵士たちは

絶え間なく波状攻撃を仕掛けた。

 相手はすぐに回復する巨人。

 だが、巨人のエネルギーとて無限ではない。

 そう考えたエレンは、再び攻撃に参加した。

 だが巨人とてバカではない。江頭の攻撃をかわしつつ、襲い掛かってくる人間の

兵士たちを次々に駆逐していく。

 まるで虫でも追い払うかのように叩き落とすその姿は恐怖だ。

 また、鎧の巨人の手に生成された剣は切れ味が良いらしく、立体機動装置や

捕獲装置のスチール製ワイヤーを次々に斬っていく。

 幸い、エレンのワイヤーはまだ切れていなかったので、そのまま攻撃を続行した。




   つづく

404: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/04(金) 20:23:26.78 ID:Pmh6tKiOo

 現在公開可能な情報13

・江頭と剣道

 江頭と言えば剣道の経験者であることも一部では知られている。

 地元佐賀県でも、それなりの成績を残していた。

 とある番組の企画でSMAPの木村拓哉(キムタク)と剣道の試合をして、空気を読まずに勝ってしまったこともある。

 元々運動神経がいいので、剣道の腕前もそれなりにあるようだ。

 剣道は柔道や相撲などと比べると、それほど体格が影響しないので、江頭向きの競技とも言える。 

  
 

409: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 19:57:51.37 ID:6gLgituGo

 江頭達がストヘス区で戦っていた頃、ウォール・ローゼ内にある調査兵団の駐屯地では、

留守番の兵士たちがそれぞれの時間を過ごしていた。

(何か嫌な感じがする)

 そんなことを思いながら、クリスタは駐屯地の中庭から曇り空を眺めていた。

「おおーい、クリスタ―」

 そんなクリスタに声をかける者がいた。

「コニー、サシャ」

 同期入団のコニー・スプリンガーとサシャ・ブラウスの二人だ。

「クリスタ、少し聞きたいのですけど」

 そう言ったのはサシャである。

「なに?」

「ベルトルトを見ませんでしたか?」

「ベルトルト? 知らないけど」

「そうですか」

 ベルトルトも、サシャたちと同じ同期入団の兵士だ。

 長身で、印象は薄いけれど、いつも同じ出身地のライナー・ブラウンと一緒にいる印象がある。

「ベルトルトがどうしたの?」

「アイツ、今週は当番なのに姿が見えねえんだよ」

 と、コニーは言った。

410: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 19:58:28.51 ID:6gLgituGo

「え?」

「掃除とか点検とか、色々やることがあるんですけど、どうしましょう。また当直に怒られてしまいます」

 そう言って、サシャは周りを見た。

「ベルトルトが、いない」

 クリスタはそう口にすると、何やら嫌な予感がどんどんと大きくなる気がしてきた。

「もしかしてよ、アイツのことだからライナーが恋しくて、ストヘス区に行ったのかもしれねえな、アハハ」

 コニーは笑いながら言った。

「ちょっとコニー。勝手に駐屯地を出ることは規則違反ですよ」

 サシャが注意する。

「勝手に厨房に忍び込んで芋を盗んでいるお前が規則違反とか言うか?」

「ぬ、盗んでませんよ。ちょっと味見をしただけです」

「はあ!? 何言ってんだこの芋女!」

「なんですかこのサトイモ小僧!」

「ちょっと二人ともやめて」

 クリスタは二人の間に割って入った。

「そんなくだらないことで言い争っている場合じゃないでしょう?

 それより、早くベルトルトを見つけましょう。私も手伝いますので」

「そ、そうだな」

「そうですね」
 
 二人は照れながら笑う。

 その後、三人は手分けをしてベルトルトを探すのだった。

411: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 19:58:57.40 ID:6gLgituGo








    進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    第十四話    破    壊

412: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 19:59:27.99 ID:6gLgituGo


 ストヘス区市街地――

 壁の上から降りた憲兵団のマルロは、立体機動装置で鎧の巨人への攻撃隊に加わった。

「おい新兵! お前は下がってろ!」

 憲兵団の先輩兵士がマルロにそう言いながら、前を飛んだ。

「いえ! 自分も行きます!」

 マルロはそう言って、憲兵団の先輩や調査兵団の兵士たちの後に続く。

(怖い。確かに怖い)

 巨人との模擬戦闘は何度も経験した。

 だが実戦はこれが初めてだ。

 エレンたちのいたトロスト区と違い、マルロのいたカラネス区の訓練隊は巨人との実戦に参加していない。

 更に言えば、ストヘス区(ここ)に現れた巨人は普通の巨人ではない。

 知能があり、戦闘に慣れた巨人なのだ。

「関節だ! 関節を狙え!」

 誰かが叫ぶ。

 訓練では、巨人の“うなじ”を狙うように指導されたけれど、目線の先にいる巨人には、

それが通用しないらしい。

 ゆえに、関節を狙って相手の動きを止める。

 今はそれしかできない。

413: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 19:59:57.53 ID:6gLgituGo

(俺にできるのか)

 最後の最後まで、マルロは悩む。

「行くぞおおお!!」

「どりゃああ!!」

 先発隊の数人が巨人に斬りかかった。

 何人かの剣が巨人の捉えるも、動きを止めるまでには至らず、すぐに回復され、

反撃されてしまう。

《ウゴオオオオオオオオ!!!!》

 巨人の腕の一振りで、2~3人の兵士たちが吹き飛ばされてしまった。

 何と言う戦闘力、何という迫力。

 だがここで怯むわけにはいかない。

(俺は憲兵団を、ひいては腐敗しきったこの国を正すために兵士になった。

こんなところで尻尾を巻いてたまるかあ!)

 マルロは自分を奮い立たせるように心の中で叫び、そして剣を持って鎧の巨人に向かっていった。

「いっけええええ!!!」

 目標は脚のひざ裏の関節。

 後ろからなので、新兵の自分でも狙いやすいと思ったのだろう。

 だが、

「な!?」

 急に、自分の身体がガクンと急停止した。

414: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:00:25.61 ID:6gLgituGo

「しまった!」

 マルロの攻撃を予想していた巨人が、彼の装備している立体機動装置のワイヤーを掴んだのだ。

 掴んだワイヤーを一気に引っ張る巨人。

 マルロの身体は失速から、一気いに急加速して振り回される。

(このままではマズイ!)

 そう思ったマルロはとっさにワイヤーを解放して、巨人から逃れようとした。

 だが、ワイヤーを失ったものの、自分の身体にかかった遠心力は消えず、マルロの

身体は宙に投げ出されてしまった。

「うわああああああ!!!」

 予備のアンカーを射出しようにも、すべて解放してしまい、装置は作動しなかった。

(しまった、このまま死ぬのか)

 装置なしで建物にぶつかったり、地面に激突した場合、無事ではすまされない。

 例え死ななかったとしても、何等かの障害が残ることは確実であった。

(くそっ、せめて巨人に一度でも攻撃を当ててから死にたかった)

 そんなことを思いながら彼は顎を引き、背中を丸めた。

 激突の際の衝撃を少しでも和らげようとした結果である。

 無駄とわかっていても、何かをせずにはいられない。

(俺は、生きたい。やりたいことはあるんだ!)

415: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:01:29.02 ID:6gLgituGo

 マルロは激突に備えて両目を強く閉じた。

「うがっ!」

 不意に横方向に衝撃が走る。

 肋骨が砕けてしまいそうなほどの強い衝撃であったけれど、建物にぶつかった衝撃とは、

明らかに違う。

(あれ? なんだ?)

 マルロの鼻孔を覚えのある匂いが刺激した。

 ゆっくり目を開けると、見覚えのある人物がマルロの身体を抱えていたのだ。

「ヒッチ!?」

「何情けない姿晒してるのよマルロ」

 ヒッチはニヤニヤしながら、マルロの身体を片腕で支えていた。

「お前、逃げたんじゃあ」

「別に逃げるなんて一言も言ってないでしょう? 私は私の好きなようにしただけよ」

 そう言うと、ヒッチは立体機動装置のアンカーを射出する。

「あの屋根の上に行くわ。体勢取りなさい」

「お、おう」

 屋根瓦を踏み壊しながら着地した二人。

 衝撃は強いけれど、あのままぶつかるよりははるかにマシだ。

「た、助かったよヒッチ。ありがとう」

416: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:02:12.29 ID:6gLgituGo

「はああ。情けないの。そんなんでよく憲兵団が勤まるわね」

「ヒッチは、立体機動も上手いんだな」

「今更? あたしってば超優秀なんだから」

「……優秀?」

「これでも、クロルバ区の訓練兵団では、次席の成績なのよお」

 そう言うとヒッチは笑った。

「そうだな」

 腐ってもエリート集団を自称する憲兵団だ。

 成績不良者を入団させるわけがない。

 それでも、マルロにとっては、ヒッチがそこまで優秀だったのは予想外であった。

「アンタ。まだ戦うの?」

「当然だ」

「立体機動装置、もう使えないでしょう?」

「わ、ワイヤーとアンカーを付け替えればまだやれる!」

「マルロ、いい加減認めな」

「!?」

「アンタじゃねえ、この戦場(ステージ)は無理なのよ」

「……」

「気持ちはわかるわ。でも、自分の実力以上のことをやって死ぬのは、バカの所業よ」

417: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:03:35.78 ID:6gLgituGo

「いや、でも……」

「自分の弱さを認めることも、ある種の強さだと思わない? ねえ」

 いつもの軽薄な感じの言い方であるにも関わらず、その言葉はマルロの心に重くのしかかる。

「だ、だけど。どうすりゃいいんだよ」

「任せましょう? あの人たちに」

 そう言うと、ヒッチは鎧の巨人のほうを見た。

 その視線の先には調査兵団と憲兵団の一部、それに黒タイツの巨人が戦っている。

「任せる?」

「そうよ。ここで闇雲に戦って死んでも次はないわ。情けなくても生き延びて、未来を

繋げば、いつかあの人たちのように強くなることも、できるんじゃなかな」

「ヒッチ……」

「なによ」

「お前、いい女だったんだな」

「あら、口説いたって無駄よ。あたしってば、年上が好きなんだもん」

「いや、別にお前は俺の好みじゃないんだが」

「こっちだって、アンタみたいな鼻デカお化けはお断りよ」

「鼻デカとか言うなよ!」

「事実でしょう」

(確かに今は無力かもしれないけど、いつまでもずっと無力というわけにはいかない)

 マルロはそう思いつつ、巨人の戦いを遠くから見守ることにした。






   *

418: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:04:21.89 ID:6gLgituGo

「お前ら、なんでこんなところにいんだよ!」

 オルオは見覚えのある二人を見つけて叫ぶ。

「オルオ」

「オルオさん」

 彼の視線の先には、壁上砲部隊に参加したはずのゲルガーとエレンがいた。

「弾が無いのに砲兵なんざやってられんだろ」

 ゲルガーはそう言って、自慢の髪型を軽く触った。

「自分も、前線に参加したくて」

 エレンは答える。

「わかった、わかったから。あの鎧の巨人を抑えるには、一人でも多くの人間が必要だわな。そしたら――」

 オルオがそんなことを話していると、話の流れを断ち切るように黒い影がこちらに向かってきた。

「エレン! どうして戻ってきたの! 怪我はない? 大丈夫なの!?」

「ちょっ、ミカサ!」

 ミカサ・アッカーマンが立体機動装置を使ってこちらに飛んできたようだ。

 真っ先に気にするのが、幼馴染のエレンであるところが彼女らしい。

「おいミカサ。イチャイチャすんのは構わんが、時と場所を考えろ」

 オルオは言った。

「あ?」

 一瞬、まるで肉食動物のような鋭い目でこちらを睨むミカサ。

419: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:05:32.11 ID:6gLgituGo

「おいミカサ。上官に向かってなんて口の利き方を」

「ご、ごめんなさい」

 だが、エレンが注意をすると、渋々謝った。

「ミカサ、お前の使ってる立体機動って」

 エレンが腰の装置を指さして聞く。

「これは、グンタさんから借りた。私のは、壊れてしまったから」

「使い辛くないのか?」

「何とか、大丈夫」

 グンタの名前が出てきたので、オルオはミカサに聞く。

「グンタは無事なのか」
  
「はい。脚を負傷していますが、命に別状はありません。応急処置をしていましたので、

戦線への復帰が遅れました」

「いや、ちょうどいいタイミングだと思うぜ」

 オルオは言う。

 今、彼の目の前には、新兵のエレンとゲルガー、それにミカサの三人がいる。

「お前たち、聞いてくれ。このまま俺たちがバラバラに攻撃してもジリ貧になる可能性が高い。

だから、ここいらで一気に片付けようと思う」

「片を付けるって、どうやってやるんだ?」

 ゲルガーが聞いた。

420: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:09:05.75 ID:6gLgituGo

「四人ないし五人が一斉にかかり、両腕と両脚の関節を斬って、動きを止める。

そこをあの異世界人に斬ってもらおうと思う」

「結局、あの黒タイツの旦那頼みか? オルオ」

 ゲルガーは言った。

 彼とて、調査兵団の誇りがあるのだ。自分たちで何とかしたい。

 それはわかる。

 だが、状況はそんな勝手を許さない。

「確かに俺だって、あの黒タイツの異世界人に任すのは不満だ。だけどな、巨人の弱点

であるはずのうなじが斬れない以上、あいつに頼るよりほかないんだよ。

これ以上、内地でドンパチやるのは得策とも言えねえ」

「なるほどな。お前らはどう思う」

 そう言って、ゲルガーは若手二人の意見も聞く。

「俺は、いいと思います」

 エレンは言った。

「ミカサは」
 
 オルオは聞く。

「あなたにしては良い意見だと考えます、上官殿」

「一言多いぞミカサ。まあいい。とりあえずエレン」

「はい!」

421: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:10:00.12 ID:6gLgituGo

「今から行う作戦の概要をあそこの異世界人に伝えてくれ」

「俺がですか」

「ああ。伝え終ったら煙弾で合図を送れ。色は緑。それを確認したら、俺が全隊員に

撤退の合図を送る。撤退が完了したら、作戦を決行する」

「俺も攻撃者(アタッカー)としてやりたいです」

 エレンはオルオの前に身を乗り出す。

「エレン」

 そんなエレンを止めたのはゲルガーだった。

「エレン、人にはできる者とできない者がいる。今のお前じゃあ確実に力不足だ。

そのことは、お前自身がよくわかっているはずだ」

「……はい」

 エレンは小さく頷く。

「エレン、安心して。私が必ず成功させるから」

 そんなエレンに声をかけるミカサ。

「ミカサ」

 その言い方は逆効果なんじゃないか、とオルオは思ったけれど違った。

「わかったよ。絶対たのむぜミカサ。エガちゃんを助けてやってくれ」

「大丈夫。エレンの恩人は私の恩人。絶対に死なせない」

「話は済んだか? だったらさっさと行けよ」

 オルオは少しイライラしながら言う。

422: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:10:54.38 ID:6gLgituGo

(見せつけやがってよお。ちょっと羨ましいぜ)

 そう、心の中でつぶやいたら、少しだけ笑いがこみ上げてきた。

「では、エレン・イェーガー。伝令任務、行ってまいります!」

 エレンは軽く敬礼をすると、立体機動で江頭のもとへ向かった。

 十数分後、エレンから完了を知らせる煙弾が打ちあがる。

 作戦開始の時だ。





   *


 
 
「ナナバ、ゲルガー。打ち合わせ通り頼むぜ」

 急遽集められた「攻撃隊」に対してオルオは言った。

「了解したよ」

 ナナバは答える。

「へっ、初陣の時に糞漏らしてたあのオルオが成長したな」

 ゲルガーがそう言って笑う。

「糞じゃねえ、ションベンだ」

「同じようなもんじゃねえか。小便のほうが液体な分、まき散らして大変だ」

「うるせえよ。まあ、そんだけ軽口叩けるなら十分だな」

423: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:12:18.25 ID:6gLgituGo

 オルオはそう言って、肩を揺らした。

「オルオ……」

 ゲルガーはふと名前を呼ぶ。

「どうした」

「お前、変わったな」

「別に、俺は何も変わっちゃいねえよ。まあただ、リヴァイ兵長も戦線を離脱。

さらにグンタもエルドもいないんだ。俺がしっかりしなきゃよ、仲間に示しがつかねえよ」

「そう言うこと言えるようになったか」

「何だかよくわからないけど、頼もしいね」

 ナナバは言った。

 ゲルガーとコンビを組むことが多いナナバは、落ち着いた雰囲気の兵士である。

 ゲルガーとは正反対の性格だが、それが上手く作用しているところもある。

「いいか、もう一度確認するぞ」

 オルオは自分に言い聞かせるように作戦を説明する。

「俺とゲルガーが、巨人の腕の関節を狙う。ナナバとミカサ、お前たちは下半身だ。

主にひざ裏を狙え」

「了解だよ」

 ナナバは答えた。

「了解しました」

424: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:13:52.09 ID:6gLgituGo

 ミカサも返事をする。

「へっ、やるなら早くしようぜ」

 ゲルガーは急かす。

「焦るな。もうすぐエレンから連絡が来る。その時を待て」

「連絡って、アレか?」

 ふと見ると、巨人のいる方向から煙弾が上がった。

「エレンからの煙弾だ!」

 エレンの撃った煙弾を見たオルオは、自分も煙弾を撃つ。

 色は赤。全員撤退の意味を込めた煙弾だ。

「引けええ! 攻撃中止だああ!!!」

 オルオの合図に、調査兵団、憲兵団の兵士たちは次々に巨人から離れて行く。

 巨人のは身体まだ健在である。

「行くぞ!」

「了解!!!」

 オルオ以下、四名の攻撃隊が鎧の巨人に向かって一斉に飛びかかる。

 集結地点から巨人に至るほんのわずかな距離の間、オルオはとある人物のことを考えていた。

 今までずっと考えないようにしていたけれど、この瞬間に――

 自分が死ぬかもしれないと思った瞬間に一気に思い出してしまった。

425: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:14:53.01 ID:6gLgituGo

(ペトラ、巨人を狩ることくらいしか能がなかった俺が、こうして人類の運命を背負って

部隊を指揮して姿を見て、お前はどう思うだろうかな)

 鎧の巨人がゆっくりとこちらを向く。

「ミカサ! ナナバ!」

「了解だよ!」

「了解!」

 ミカサとナナバが、大きく迂回して巨人の後ろに回る。

(そんなの当たり前、と思うだろうか)

「行くぜゲルガー! 同時に攻撃するんだぞ!」

「わかってるっての!」

(俺はリヴァイ兵長にはなれない。そんなこと、わかってるさ――)

 鎧の巨人がオルオたちに気を取られている間、低空から接近したミカサとナナバが、

鎧の巨人のひざ裏を狙う。

「いけえええええ!!!」

 二人はベストなタイミングでひざ裏に斬りつけた。

 今まで以上に深く入ったようで、蒸気を伴った血が噴き出す。

 まるで火山の噴火のように。

「ゲルガー! 下からだぞ!!」

「わかってる! 喋るな、また舌噛むぜ!」

「うるせえ!」

426: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:15:35.22 ID:6gLgituGo

(でもペトラ。お前の理想が兵長なら、俺は兵長になりたいと思っちまった。

馬鹿な男だと笑ってくれ。くそったれが)

 オルオはひざ裏を斬られてバランスを崩した巨人の前方すぐ近くに降り、

それからすかさずアンカーを射出し、急上昇した。

「うぐっ!」

 強烈な重力が身体にかかるが、気にしてもいられない。

 硬い鎧に守られた、弱い部分に刃を突き刺す。

 それは、

「うりゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 脇だ。

「でりゃあああああ!!!!!」

 ゲルガーと同時に脇に剣を突き刺すオルオ。

 突き刺すと同時に、大量の血液が噴き出してきた。

 熱い!

 ドロドロのシチューをまともに被った感じだ。

《ゴオオオオオオオオオ!!!!!》

 巨人が叫ぶ。

 かなり効いたようだ。

「離脱! 離脱!!」

 剣を柄ごと放棄したオルオは、血まみれのままその場から離れた。

427: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:16:47.04 ID:6gLgituGo

 無論、巨人がこの程度で死なないことはわかっている。

 この作戦で一番重要なのは、オルオたちではない。

 最後に決めるのは――


(リヴァイ兵長もそうだが、カッコいい奴は大抵“いいところ”を持っていくよな。

脇役の俺にはこれが限界。だから……)

 顔に着いた血液を拭ったオルオは、巨人から離れながら息を大きく吸いこんだ。

 そして叫ぶ。


「いけえええええええええええええええええええ!!!!



 ペトラの仇をうつんだあああああああああああああああああ!!!!!」



《うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!》


 肩膝をつき、脇を差されたことでだらりと腕を垂らした巨人に対し、上段に剣を

構えた江頭が駆け寄る。

 そして、

《おりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!》

428: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:17:24.16 ID:6gLgituGo

 地面が割れるんじゃないかと思えるほど強烈な気合いと叫び声とともに、江頭は大剣

を振り下ろした。

「な!!」

 肉を切り裂く気持ちの悪い音とともに、剣は一気に地面まで到達する。

「鎧の巨人が……!」

 あの硬くて全く刃が立たなかった鎧の巨人の上半身が、肩口から腰にかけて、ザックリと斬られたのだ!

《グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!》

 断末魔の叫びが街を揺らす。

 今日、何度街が揺れたかわからない。

 鎧の巨人の上半身がゆっくりとズレ落ち、そして地面に落下した。

 ドシンと、重量感のある落下音とともに、巨人の右肩の付け根から左わき腹にかけて、

斜めに斬られた巨人の上半身が建物を壊しつつ、落ちた。

 主を失った下半身も、力なくその場に倒れ込む。

「うなじだ! うなじを斬れ! 今なら斬れるはずだ!!」

 ふと、正気にもどったオルオはそう指示を出す。

 自身は緊張と疲労によって、ほとんど動けなくなってしまったため、近くの屋根に

着地する。



 が、

429: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:18:09.74 ID:6gLgituGo

「うがっ!」

 身体に付着した巨人の血液と疲労によって、バランスを崩し、転んでしまった。

「痛てえ!」

 そのまま屋根からずり落ちてしまうところを何とか回避したオルオは、もう一度体勢を立て直す。

「おおい、無事かオルオ」

 オルオと同様、脇を刺したために血まみれになったゲルガーがこちらに来た。

「ゲルガーか。こっちは無事だ」

「そうかよ」

 屋根に着地したゲルガーだが、彼も疲れているようで様子がおかしい。

「無理すんなゲルガー。後は仲間に任せよう」

「そんなんで指揮官が勤まるのかよ」

「無茶言うな。身体が動かん」

「そりゃ、俺も同様だがな」

 そう言うと、二人は鎧の巨人のいる場所を見た。

 早くも数人の兵士たちが巨人に群がっていた。

「黒タイツの旦那はどこ行ったんだ? いつの間にか見えなくなったけどよ」

 ゲルガーは聞いた。

「多分、元に戻ったんだろうな。案外、元の世界から帰ったかもしれんが」

「だとしたら寂しくなるな」 

430: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:18:35.69 ID:6gLgituGo
 
「なんでだよ」

「まだ一緒に酒飲んでないからさ」

「ケッ、酒飲みが。でもまあ、飲むときは俺も呼んでくれ」

「金は出せよ」

「出すに決まってんだろう。じゃあそろそろ――」

 不意に、オルオは言葉を止めた。

「どうした」

「いや、ゲルガー。お前、予備のガスは持ってるか」

「ん? まあ持ってるけどそれが」

「補給しとけ。あと、余ったら俺にもわけてくれ」

「どういうことだ」

「嫌な予感がする」

「ん?」

「上手く説明できないが、壁外調査に行った時、何度かこんな感覚があった」




   *

431: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:19:08.54 ID:6gLgituGo



 戦闘後、江頭のもとに真っ先に駆けつけたのはエレンであった。

「エガちゃあああん!!」

 立体機動装置で、江頭が消えた辺りを探すエレン。

「あ! 見つけた!!」

 彼の視線の先には、ガレキに半分身体が埋まった中年男の姿がうつる。

「エガちゃん!」

 着地したエレンは、ガレキを除いて江頭の身体を抱き起した。

「しっかりしてくれエガちゃん!」

「うう……」

 息はあるが、それこそ文字通り虫の息である。

「くそ、すぐ助ける」

 エレンが江頭の腕を肩に抱えると、ミカサも飛んできた。

「エレン! 無事だったのね」

「ミカサ。俺は大丈夫。それよりエガちゃんが」

「私が運ぶわ」

「いや、俺が運ぶ。それより――」

「!?」

 心臓の高鳴り。

 思わず押しつぶされてしまいそうなほどのプレッシャーをエレンは感じた。

432: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:20:49.58 ID:6gLgituGo

(この感覚、どこかで感じたことがあるような)

 エレンは思わず警戒する。

「エレン、どうしたの」

 エレンの様子が変わったことを感じたミカサは、キッと鋭い目つきをして周囲を見回す。

(この感じ、どこかで……)

 江頭を抱えた状態で、エレンは数か月前のことを思い出した。

「これは……」

「エレン!!」

 不意に、エレンは自分の足元が大きな影に覆われたことに気が付いた。

 足元だけじゃない。身体全体が、否、街の一部が大きな影に覆われているのだ!

「が!」

 エレンが振り向くとそこには、巨大な巨人がいた。

 全長50メートル以上あるその巨人は、かつてウォール・マリアのシガンシナ区、

そしてウォール・ローゼのトロスト区を襲い、城門を破壊した巨人。

「超大型巨人……!」

 そう、全身には皮膚ではなくむき出しの筋肉が見え、身体のいたるところから蒸気

があふれ出ていた。

 しかもその大きさは、かつてトロスト区で見た超大型巨人よりも大きく感じる。

「いつの間に……!」

「エレン! 早く逃げて!」

433: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:21:50.91 ID:6gLgituGo

 気が付くと超大型巨人は右手を挙げ、それを振り下ろす。

「うわああああああ!!!」

「エレン!!!」

 江頭を抱えたまま、動けないでいるエレン。ここで潰されたらおしまいだ。

 そう思ったその時、

「な!!」

 超大型巨人は、エレンたちの前方約50メートル先にある鎧の巨人の残骸に手を伸ばした。

「うわあああ!!!」

「なんだあれは!!」

 鎧の巨人を解体調査しようとしていた調査兵団の兵士たちが、蜘蛛の子を散らすように離脱する。

 地面が揺れる。

 勢いよく腕を振り下ろした超大型巨人は、鎧の巨人の首の辺りを掴み上げる。

「野郎、鎧の巨人の『中身』を狙ったんじゃあ……」

 エレンはつぶやく。

「中身?」

 ミカサは聞いた。

「そう、ライナーだ。ライナー・ブラウン。そいつがあの中にいるんじゃないか。

 そして、恐らくあの超大型巨人の中にも誰かがいる」

434: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:22:41.04 ID:6gLgituGo

 そう言うと、エレンは抱えていた江頭を、ゆっくり道の隅に寝かせる。

「エガちゃん。すぐ戻ってくる」

「待ってエレン。何をするつもり?」

「決まってるだろう、シガンシナ区で殺された家族と、トロスト区で殺された仲間たちの、

仇を討つんだよ!」

 そう言うと、エレンは立体機動装置を作動させ、屋根の上まで飛び上がった。

「エレエエエン!!!!」

 ミカサの叫びを響く。

「うおおおおおおおお!!!」

 エレンは考える。

 普通に飛んだのでは、立体機動を使っても超大型巨人よりも高くは飛べない。

(だったら!)

 エレンは壁に立体機動のアンカーを撃ちこみ、そこからさらに上に向かって飛んだ。

「くたばりやがれえええええ!!!」

 そして、飛び下りるように超大型巨人のうなじに迫る。

(ヤツは動きが遅い。だったら)

 しかし、大型巨人の身体から信じられないくらい大量の蒸気が噴き出した。

(逃がすかよクソ!!)

 エレンは顔を抑えつつ、巨人の動向を見据えた。

435: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:24:15.12 ID:6gLgituGo

 かつて現れた超大型巨人はいずれも、全身から大量の蒸気を吹き出してその姿を消した。

 だが今度は消えない。

「くそがあああああ!!!!」

 蒸気がほんの少し収まったところを見計らったエレンは、火傷をすることも恐れず、

逆手に持った剣を超大型巨人の背中に突きたてた。

「どりゃあああああ!!!」

 だが、案の定まるで活火山のような激しい蒸気が噴き出し、エレンは身体ごと吹き飛ばされてしまう。

「うわああああああ!!!」

 一瞬遠くなる意識。

(くそお。こんなのにどうやって勝てばいいんだよ。鎧の巨人だってあんなにも強かったのに)

 そう思った瞬間、超大型巨人はとある場所に向かっているのを見た。

(どこへ行く? まさか、エガちゃん)

 だが鎧の巨人の一部を抱えた超大型巨人が向かった先は、壁であった。

 ウォール・シーナ、ストヘス区の壁。

 そこは先ほど江頭が激突して、大きな穴の開いた場所でもあった。



《ウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオ!!!!!!!》

436: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:24:48.37 ID:6gLgituGo


 街を、いや、世界を揺り動かすような叫び声を発した超大型巨人はそのまま体当たりをし、

ストヘス区の壁を突き破ったのだ!

「な!!!」

 驚いたのはエレンだけではない。

 その場にいた者全員が戦慄した。

 巨大な穴の開いたウォール・シーナ。

 その穴の中に吸い込まれるように、超巨大巨人は……、消えた。






   つづく

437: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/05(土) 20:26:17.31 ID:6gLgituGo

 現在公開可能な情報14

・江頭の身体能力

 江頭の身体能力、特に運動神経の良さはいくつかのテレビ番組で証明されている

ところであり、疑いようもない。

 とあるテレビ番組では、40代の江頭が20代のエグザイルのメンバーを追いかけ回す

シーンもあり、陸上で鍛えられた脚力は今も健在と思われる。

 ただし、江頭自身は体が非常に硬く、毎日のストレッチは欠かせない。

 また怪我や病気の経験も多く、必ずしも丈夫な体というわけではない。

 とはいえ、何度も怪我や病気を経ても復活してきた回復力、そして本番でカメラが回ると、

リハーサル以上の能力を発揮する爆発力(例:『ぷっすま』のギリギリマスター)などは、

芸能界でも一、二を争うものと言っても過言ではないだろう。

 大抵の芸人が、加齢とともに身体を張る芸から遠ざかる中、齢五十を近くにしても、

なお身体を酷使する姿に感銘を受けるファンも多い(?)。

 本人曰く「90を過ぎても逆立ちしてやるぜ」

443: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:33:43.47 ID:uY7QBn5vo


 ふと目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が見えた。

「気が付いたか」

 ふと、目線を右に寄せると調査兵団のエルドが椅子に座って本を読んでいた。

「なんか、そろそろ起きそうな気がしたんでな、こうして部屋にきてみたんだ」

「エルド、ここは、俺はどれくらい眠っていた。あの巨人はどうなった」

「おっと。色々聞きたいことはあると思うが、今は落ち着け。今から少しずつ教えてやる」

「……」

「まずここだが、ウォール・ローゼ内にある調査兵団の駐屯地だ」

「駐屯地?」

「ああ、エガちゃんが初めて来たところと同じだな」

「どうして。俺は確か」

「そう、お前さんはウォール・シーナのストヘス区にいた。あれから寝ているエガちゃん

を馬車でここまで運んだんだぜ。大変だったよ、まったく」

「そうなのか」

「今日は蛇の月の五日目。つまり、あの事件から四日、と言ったところだな」

「そんなに寝ていたのか」

「ああ。大変だったぜ、もしかして本当に起きないじゃないかと思ったくらいだ」

「そうか」

444: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:34:33.78 ID:uY7QBn5vo

「無理もない。あんな無茶苦茶な戦いをしてたんだからな」

「悪い」

「別に謝ることはないさ。エガちゃんがいなかったら、俺たちもどうなってたかわからない。

特に鎧の巨人との戦いではな」

「申し訳ないが、よく、覚えてないんだ」

「そうかい。まあ、そんなんじゃないかと思ったけどさ」

「その、あの娘は。その……」

「ペトラのことか?」

「……ああ」

「残念だが、生存は絶望だ」

「……そうか」

「遺体も発見できなかった」

「……」

「あいつのブーツや認識票は発見できたんだがな」

「俺のせいで――」

「おっと、其れ以上は無しだぜエガちゃん」

「エルド」

「せっかく生き残ったによ、そんな自分を卑下するようなことは言って欲しくねえんだ」

「だけどペトラは、俺を守るために」

445: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:35:54.36 ID:uY7QBn5vo

「わかってる。だけどよ、俺だって仲間としてアイツの死が無駄だなんて思いたくないんだ」

「……」

「それに、もしかしたらあの時死んでたのがペトラじゃなくて俺だった可能性だってわるわけだしよ」

「……」

「エガちゃん。こいつは、生きて戻ってきた若い隊員にいつも言って聞かせてることなんだけどさ」

「生きて戻ってくる?」

「調査兵団の壁外遠征ってのは、毎回少なからず犠牲者が出るんだ。生きて戻ってくる

だけでも十分優秀なわけさ。だけど、中には仲のいい仲間の死を目の当たりにする若い

兵士も少なくない」

「そうだったな」

「生き残った奴は、『なぜ自分が生き残ったんだ』って、自分を責めることが多い。

人類のために自らの命を捧げようなんていうような連中だ。そう思うのも無理はないんだ。

だけどよ、そうやって自分を責めたって、死んだ奴は戻ってこない」

「……」

「今日生きられなかった奴の分も、全力で生きて見せてみろって」

「そうは言うけど、若い奴はそこまで割り切れないんじゃないのか?」

446: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:36:49.74 ID:uY7QBn5vo

「確かにな。俺だって完全に割り切ったわけじゃない。だけどよ、仲間が死んでも

何とも思わない人間なんて、それこそ壁外で人を喰ってる巨人と変わらないだろう?」

「……ああ」

「俺たちは人間なんだ。生きて苦しむことは特別なことなんかじゃない。それが人間の尊厳なんだって」

「人間の尊厳」

「まあ、コイツは親父の受け売りなんだがな」

「いい親父さんだな」

「そうだな。俺には勿体ねえ親父だ。四年前の奪還作戦に参加して死んじまったけどさ」

「……悪い」

 少なくともこの世界では、人の死は身近なものなのだろう。

 江頭はそう思った。

「ところで、エガちゃんは人気者だな」

「ん?」

「お前さんが寝ている間、入れ代わり立ち代わり、若い兵士が世話に来てたぜ」

「そうなのか」

「ああ。特にあの背の低い女の子。なんて言ったっけな」

「クリスタ」

「そう、クリスタ。あの子が一番熱心に世話してたな」

「そうなのか。礼を言っとかないとな。今、どこにいる? もう宿舎に戻ってるのかな」

「ん? そこにいるぞ」

「へ?」

 不意に左側を見ると、ソファの上でクリスタ・レンズが横になって寝息をたてていた。

447: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:37:17.48 ID:uY7QBn5vo







    進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    第十四話   残 さ れ た 者 

448: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:37:53.50 ID:uY7QBn5vo


 翌朝、江頭はリハビリを兼ねて、駐屯地を歩き回ることにした。

 立場が立場なだけに、あまりウロウロするのは好ましくないということはわかって

いるのだが、それでも何かをしないではいられなかったのだ。

 年寄りのように杖をつきながら歩く。

 何日も寝ていると、立って歩くだけでも重労働だと改めて思った。

 自分の祖父が痴呆の末に寝たきりになり、その後二度と元気に歩き回ることができなく

なったことを思い出す。

「エガちゃん!」

「師匠!!」

 不意に、声が聞こえてきた。

「お前たち……」

 制服姿のサシャ・ブラウスとエレンがこちらに駆け寄る。

 薄汚れた外套を着ているので、外に行っていたのだろうか。

「エガちゃん、よかった。気が付いたんだね」

 エレンは言った。

「師匠! よかったです、よかったでずよおおおお!!」

「うわっ、やめろ!!」

 興奮のあまりに抱き着いたサシャの勢いにバランスを崩す江頭。

「ちょ、サシャ! 落ち着け!」

449: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:38:39.82 ID:uY7QBn5vo

 エレンがサシャを止める。

 そんなことをしていると、また一人見知った顔がやってきた。

「おいおい、何やってんだ。お、エガちゃん起きたのか」

「ジャンか」

「おうよ」

 エレンたちの同期生である、ジャン・キルシュタインだ。

「お前たち、そんな格好して、どこへ言ってたんだ?」

「それは……」

 江頭のその質問にエレンは口ごもる。

「エレン?」

「ライナーとベルトルトを探しに行ってたんだ」

 そう答えたのはジャンのほうであった。

「ん?」

「俺たちの同期だよ。ライナーは、大柄で変な形の眉毛したやつ。ベルトルトは、

いつもライナーと一緒にいた、背の高い黒髪の男だ」

「そいつらを探したって」

「二人は、五日前に行方不明になった。まあ、脱走ってやつだな」

「脱走か……。で、見つかったのか?」

「全然。他の隊員や駐屯兵団の人たちも一緒に探したんだけど」

 そう言って首を振るジャン。

 そんな彼らを見ながら、江頭はエレンに耳打ちをする。

450: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:39:33.74 ID:uY7QBn5vo

「ジャンたちは“あのこと”を知っているのか?」

 “あのこと”とは、言うまでもなくライナーが鎧の巨人であったということだ。

 江頭の記憶は曖昧だが、ライナーが巨人になったことはある程度はっきりと覚えている。

「上からは正確な情報はないよ、エガちゃん。あの任務については、無闇に他言しない

ようにとは言われているんだ。でも、みんな薄々は気付いているみたいだよ。

あれだけ派手にやっちゃったんだ。秘密にはできないよ」

「だろうな」

「何を二人でコソコソやってるんだ?」

 後ろからジャンが声をかける。

「おお、悪い」

 江頭は素直に謝る。

「大方、ライナーのことだろう?」

 ジャンは言い放った。

「それは……」

 ジャンの言葉にエレンは口ごもる。

「言っとくけど、噂は結構広がってるぜ。上がどれだけ隠したってな。

例のウォール・シーナ内での爆発事件に、ライナーが関わってるんだろう?」

「……」

 エレンは何も言わない。

451: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:40:08.08 ID:uY7QBn5vo

 言うわけにはいかないのだろう。

 ジャンも察しのいい男なので、其れ以上は聞こうとはしなかった。

「え? ライナーが何に関わってたんですか?」

 そう言って周りに聞いて回ったのはサシャであった。

 ジャンに比べて、彼女はあまり察しが良くないようだ。

「まあ何にせよ、今のこの異常事態はずっと隠し通すことは不可能ってこった。

俺の将来にかかわるかもしらんから、詳しくは聞かんけどよ」

「ジャン……」

「行くぞエレン。後片付けが残ってんだ」

「あ、ああ……。じゃあね、エガちゃん」

「おう」

「師匠、また会いましょう」

「そうだな……」

 一人取り残された江頭。

(隠し通すことは不可能か。そりゃそうだろう)

 街中で暴れ回った挙句、壁まで壊したのだ。

 これが騒動にならないほうがおかしい。

 軍や政府がどれだけ情報統制に躍起になったところで、完全に防ぐことは難しいだろう。




   * 

452: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:41:21.90 ID:uY7QBn5vo



「ゆっくりと散歩か? いい御身分だな、異世界人」

「オルオ」

 次に江頭に声をかけたのは、外出用の制服に身を包んだオルオ・ボザドである。

「その格好は、お前も捜索に出ていたのか」

「まあな」

「身体のほうは大丈夫なのか」

「俺は兵長やエルドたちのように大きな負傷はなかったからな。そのまま任務に復帰した」

「いや、だけどあれからまだそんなに」

「俺を誰だと思ってんだ。そんなに弱くねえ」

 強気な発言をするオルオ。

 だが江頭には無理をしているようにしか見えなかった。

「それに今回の捜索は上層部もそんなに力を入れてなかったからな。すぐに帰る

ことができたし」

「力を入れていない?」

「公式には発表されていないが、ライナー・ブラウンがあの鎧の巨人であったことは、

すでにわかっている。そうだろう?」

「まあ、そうだが」

「恐らく、これは俺の勘だが、数日前に行方不明になったベルトルト・フーバーって奴も

巨人だと思う。多分あのクソデカイ巨人だ」

453: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:41:57.60 ID:uY7QBn5vo

「ベルトルト?」

 どこかで聞いたことがある名前だったけれど、江頭はすぐには思い出せなかった。

「俺の調べたところでは、ライナーとベルトルトは同じ地域の出身だったという話だ。

といっても、まともな戸籍などは五年間の混乱で無くなっちまったんだけどな」

 五年前。

 超大型巨人の出現によって、ウォール・マリアが破壊され、人類の居住区域の多くが

失われた年だ。

「聞くところによれば、あのアニ・レオンハートって女も、同じ村の出身らしい」

「……つまり、同じ場所の出身だから、同じような能力を持っていたと」

「まあ、他にも色々と原因はあるようだけどな。まだ調べる必要がある」

「オルオ」

「なんだあ?」

「その……、ペトラのことだが」

「それがどうした」

「申し訳ないと思っている。俺のせいでもあるし」

「だからどうした」

「え?」

「ペトラも兵士なんだ。いつかこういう日が来ることは覚悟していただろうぜ。

俺だってそうだ」

「……」

454: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:42:49.44 ID:uY7QBn5vo

「まあ、壁内の戦闘で死んだってのは想定外だったがな」

「悲しくないのかよ」

「ああ?」

「悲しくないのかよ、兵士なら死ぬのが当たり前。それが当然のこととして、

受け入れるのか?」

「おい、異世界人」

「?」

「言っとくがな、俺はペトラのことを、調査兵団に入る前から知ってるんだ。

もちろん、訓練兵団に入る前の、さらに子供のころからな」

「なに……?」

「昔から知っていた。いわゆる幼馴染ってやつだな」

「だったら猶更」

「お前は俺にどうして欲しいってんだ? 泣き叫んでほしいのか? 

それともお前に対して怒りを爆発させりゃいいのか」

「それは」

「そんな風にして、動揺すりゃお前は満足なのかよ」

「だけど、悲しんだり怒ったりするのは人間として当たり前なんじゃないのか?」

455: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:43:56.49 ID:uY7QBn5vo

「ああそうかもな。だが俺たちは兵士だ。人類の自由のために自らの命を捧げる身だ。

昔馴染みが死んだところで、一々ショックを受けてたんじゃあ、兵士は務まらねえ。

わかるか? 俺が悲しんだらペトラが生き返るっていうなら、いくらでも悲しんでやるさ。

お前を恨めば復活するんなら、いくらでもボコボコにしてやる。

だが違うだろう? そんなことをしていても無駄だ。今は、あいつの、ペトラの仇を取るために、

自分にできることをやる。ただそれだけだ」

「オルオ……」

「ちっと長話が過ぎちまったな。俺は上層部(ウエ)に報告があるんで、行かせてもらうぜ」

「ああ」

 江頭はオルオの背中を見送る。

 この世界では、悲しむことも許されないのか?

 そりゃあオルオは兵士だし、たくさんの後輩の見本とならなきゃいかん。

 でも、あいつの話が本当なら、同僚としてだけでなく、個人的な付き合いもあった

ペトラが死んで、それでも任務を果たせるものなのだろうか。

(俺にできるのか)

 大切なものが失われた時、自分がどうなるのか。

 江頭はかつて、ラジオ番組で言った自分の発言を思い出してしまう。


『俺にもし子供がいたとしてその子が風邪で寝込んだら俺はめちゃイケ行かないぜ? 

だから結婚はしない』

456: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:44:47.21 ID:uY7QBn5vo


 全力で自分自身を追いこむために、江頭は人を愛することも人から愛されることも

拒否してきた。

 かつて付き合っていた女性も幾人かいたけれど、結婚までには至らなかった。
 
(だがそれは甘えだ。大切なものを抱えることが怖かっただけなんだ)
 
 江頭は更に考える。

(だったら俺は、何をすればいいんだ? 今俺は、何をすべきなのか)

 フラフラで、まだ足腰もしっかりしていない状態で江頭は駐屯地の中を歩き続けた。




   *

 
 

 その夜、江頭は医務室から自分のためにあてがわれた居室へと移った。

 身体の調子はそれほど悪くない。

 鎧の巨人との戦いで、体中に傷を負ったはずにも関わらず、肩や脇腹には、痛み

どころか傷跡すら残っていなかった。

(一体どうなってんのかな)

 そんなことを思っていると、誰かがドアをノックする。

「入って、どうぞ」

「し、失礼します……」

 入ってきたのは、小柄な少女、クリスタである。

457: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:45:21.04 ID:uY7QBn5vo

「クリスタ」

「どうも。御加減はいかがですか?」

「ん? 大丈夫だけど」

 よく見ると、クリスタは両手に何かを持っている。

「それは」

「お夕食を、お持ちしました」

「夕食? いや、もう自分で立てるから食堂まで行けるから」

 そういえば、もうそんな時間か。

 ふと、江頭は思う。

「いえ、これは食堂のとは違うんです」

「え?」

「あの、以前言いましたよね。私、料理するって」

「もしかして、キミの」

「はい」




   *

458: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:45:54.88 ID:uY7QBn5vo



 その後、江頭とクリスタは居室で二人だけの食事を……。

「ちょっと、何をするんですかミカサ!」

 部屋の外から声が聞こえてきた。

「私も師匠と食事を!」

「サシャ! あなたはもっと人のことを考える様にしないとダメ。戦闘は一人では

できないのだから」

「これは戦いではありませんよミカサ! ちょっと放してください!」

「おいエレン! 芋女の脚を縛ったらどうだ?」

 男の声も聞こえてきた。

「とりあえず猿轡だな」

 エレンの声もした。

「んー! んー!」

 しばらくすると、部屋の外の物音もしなくなったので、どうやら自分たちの居室に

戻ったようだ。

「アハハ、元気な連中だな」

 江頭は乾いた笑いを見せる。

「そ、そうですね」

 クリスタは戸惑いながらも答えた。

 そういえば、こうやって誰かと落ち着いて食事をするのは久しぶりかもしれない。

459: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:46:25.68 ID:uY7QBn5vo

 大概は、居室で一人で食べるか、もしくは食堂でみんなとわいわい食べるのが

普通だったからだ。

(そういえば、かなり長いこと酒を飲んでないな)

 酒好きで知られる江頭が長いこと酒を飲まないのは珍しい。

 実家が酒屋だっただけに、江頭にとって酒のある生活は当たり前の日常であったのだ。

(まあ、飲まなくても案外やっていけるものだな)

 そう思いつつ、江頭はクリスタの作ったスープを飲む。

 全体的に薄味なのは、壁内に海が無く塩の調達が困難だからだろうか。

「……」

「……」

 クリスタを前に気まずい沈黙が続く。

 何か話そうかとも思ったけれど、何を話していいのかわからない。

 というか、これから何をしていいのかもよくわからないのだ。

 暗い夜道の中で、懐中電灯も持たずに放り出されたような心細さが今の江頭にはあった。

 無闇に動いても意味がない。

 さりとて何もしないわけにもいかない。

 元の世界にいたころは、何かしら動いていた江頭にとって、何もしないことは苦痛以外の

何物でもなかった。

460: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:46:59.28 ID:uY7QBn5vo

 それこそ、酒を飲めないことよりもはるかに苦痛なのだ。

 そんなことを考えていると、食事の味もよくわからなくなってきた。

 十数分後、食事を終えた江頭は大きく息をつく。

「美味しかったよ。ありがとう」

「ど、どうも」

 所々、不恰好な切り方の野菜もあったけれど、不慣れな女の子が一生懸命料理をして

いたと思うと、それはそれで微笑ましい。

 よく見ると、クリスタの手には小さな切り傷がいくつもあった。

「しかし何で今、料理を作ってくれたんだ?」

 江頭は聞いた。

「え? あの、江頭さん。今朝からずっと元気が無かったみたいで」

 クリスタは遠慮がちに答える。

「何かしてあげたほうがいいって思ったんですけど、何をしたらいいのかよくわからなくて」

「それで料理を?」

「あ、はい。私って、そんなに特技とかないですし」

「いや、そんなことは……」

 こんな小さな少女にまで気を遣わせてしまった。

 そう思うと江頭は申し訳ない気持ちになる。

「大丈夫だよクリスタ。俺は元気さ。ハハッ」

461: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:47:26.03 ID:uY7QBn5vo

 江頭はそう言って再び乾いた笑いを見せた。

 自分を偽り続ければ、やがて壊れてしまう。誰かがそんなことを言った気がする。

 今の江頭はまさにそんな感じだった。

 いつもだったら、笑えば力の湧いてくるものだが、今笑っても虚しくなるだけである。

(どうすりゃいいのかな)

「あの、エガシラさん」

 そんな江頭にクリスタは呼びかける。

「なにか?」

「ちょっと、外に出ませんか?」

「外?」

 窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。




    *

462: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:48:03.97 ID:uY7QBn5vo


 駐屯地内は暗い。

 この世界には電気や電灯というものが無いので、夜の灯りは大抵松明かランプだ。

 それでもそこまで暗く感じないのは、空気が澄んでおり、星の光が直接地上に

届いているからだろうか。

「こっちです。暗いから気を付けてくださいね」

「え? ここって」

 クリスタに連れられて来たところは、駐屯地内にある見張り台である。

 江頭は梯子を使って、その見張り台の上まであがる。

「ほう」

 見張り台から外を見ると、地平線の向こう側に高い壁が見えた。

 壁の上には初夏満天の星空。

 横たわる天の川がまた幻想的である。

(この世界にも天の川があるんだな)

 江頭はそう思った。

「足元、気を付けてください」

 クリスタはそう言うと、持っていたランプの灯りを消した。

「クリスタ?」

「ここなら大丈夫ですよ」

「……なにが?」

「誰も見てませんから」

463: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:48:33.28 ID:uY7QBn5vo

「え?」

「エガシラさん、ちょっとこっちに」

「な、なに」

「膝を曲げてください」

「おう」

 言われるがままに、江頭はクリスタの前で膝を曲げ身体をかがめる。

 すると、

「!?」

 クリスタは、江頭の頭を抱え込み、その上に外套をかけた。

(クリスタ、何を?)

 戸惑う江頭に対し、クリスタは優しく江頭の頭を外套越しに撫でる。

「もう大丈夫ですよエガシラさん」

「……」

 服越しではあるけれど、クリスタの温もり、それに心臓の鼓動がしっかりと伝わってくる。

 随分と懐かしい感覚だ、と江頭は思った。

「我慢しなくていいんですから」

 クリスタのその言葉に、今までの記憶が一気に江頭の中で逆流した。

(ペトラ、すまない)

464: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:48:59.88 ID:uY7QBn5vo

 そう思った瞬間に、江頭の目から堰を切ったように涙があふれ出る。
  
「うおおおお……」

 止めようと思っても止まらない。

「詳しくはわからないんですけど、少しだけなら話は聞きました。よく頑張りましたね、エガシラさん」 

 頑張った?

 俺が何を頑張ったっていうんだ。

 俺がもっと頑張ればペトラは救われていたかもしれない。

 もっと人が助かったかもしれないのに。

 自分の無力さと後悔が入り混じり、江頭は更に慟哭した。





   *

465: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:49:31.59 ID:uY7QBn5vo



 随分久しぶりに泣いた気がする。

 こんなに泣いたのは、江頭グランブルー以来かもしれない。

 そして、涙を流すことで頭の中が少し、いや、かなりスッキリとした。

「ありがとう、クリスタ」

 そう言うと顔を上げる江頭。

 いつまでも泣いているわけにはいかない。

 鬱な気持ちも限界を越えると逆に前向きになってくるものだ。

「ごめんなさい、エガシラさん。私、どうしていいのかわからなくて」

「いや、いいんだ」

 月明かりと星明りだけの櫓の上では、クリスタの表情はよくわからない。

 ただ、不思議な安心感があったことは事実だ。

 江頭は外を見ながら大きく息を吸う。

「そういえば、この世界のことは何もわかっていなかったな」

 江頭は独り言のようにつぶやく。

「この世界?」

 クリスタが聞いた。

「そういえば、キミたちが持っているあの、ワイヤーで飛ぶやつ」

「立体機動装置」

「そう。それを作っている場所があるって言ってたな」

466: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:50:20.66 ID:uY7QBn5vo

「あ、はい。ウォール・シーナ内にある工場都市で作っているといいます。それが何か」

「その、工場都市というのは、どんなところ?」

「私も、詳しくは知らないのですが、ウォール・シーナの中央に位置する秘密都市です。

人口は約五万人。山岳中央から流れ出る巨大な滝を原動力として動いているという話

を聞いたことがあります」

「そこに行ったことは?」

「ありません。工場都市では、その内外の移動どころか、周辺の通行も制限されるほど、

厳しい管理下におかれています。普通の人間は、王政の高官ですら簡単には入れない

と言われていますので」

「そうか……」

「それが何か」

「もしかすると、これは俺の勘なんだが……」

「はい」

「この世界の真相はその、工場都市にあるのかもしれないな」

「どういうことです?」

「まあ、まだ推測の段階だから、確かなことは言えないんだが」

 電気も自動車もない世界にもかかわらず、高度な冶金技術が必要とされる超硬質

スチールの刃や、立体機動装置などを作る施設。

467: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:50:49.50 ID:uY7QBn5vo

 このアンバランスな世界の原因となるものを作り出す場所に、この世界の秘密が隠されている

のではないか。

 全体的な雰囲気に流されて壁外に出た江頭には気が付かなかったことだった。

「灯台下暗し、と言ったところか」

 江頭はまたつぶやく。

「トウダイ? なんですか、それ」

 クリスタは聞いた。

「この世界には無いものだよ。少なくとも壁の内側にはな」

 灯台と言えば海。

 海は、少なくともこの世界の人間にとって想像上の存在である。





   *

468: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:51:55.57 ID:uY7QBn5vo



 翌日、政府より「エガシラを王都に護送せと」との命令が伝えられた。

「どういうことですか! なんでエガちゃんが捕まらなくちゃならないんだよ!」

 エレンがオルオに向かって叫ぶ。

 場所は調査兵団駐屯地の中庭。

 エレンだけでなく、ジャンやクリスタ、それに江頭本人もいる前で、その命令は伝えられた。

「俺にどうこう言っても仕方ないだろう。王政の偉い人が決めたことなんだからよ」

「リヴァイ兵長もエルヴィン団長もいない今、エガちゃんの能力(チカラ)が必要なことくらい、

わかるじゃないか!

 だいたいエガちゃんは悪人なんかじゃないよ! 巨人から人類を守ったじゃないか!」

「声がデカイぞ。俺だってそんなことくらいわかってる。でも命令には従わなきゃならねえんだよ。

それが軍隊だ。それが兵士だ」

「しかし!」

「いいんだエレン」

 興奮するエレンを、江頭が諌める。

「エガちゃん……」

 エレンは不安そうに名前を呼ぶ。サシャやミカサ。それにクリスタも心配そうな目を

しているのがわかる。

「王都ってのはその、ウォール・シーナの内部にあるわけだよな」

469: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:52:22.24 ID:uY7QBn5vo

 江頭は聞いた。

「そうだが」

 オルオは答える。

「これは、もしかしてチャンスかもしれないぞ」

「チャンス?」

「ああ、上手くいけば、この世界の秘密がわかるかもしれん」

 江頭は何かを思い付いたようで、やや不気味な笑みを浮かべた。




 つづく

470: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/06(日) 15:54:28.04 ID:uY7QBn5vo


 現在公開可能な情報14


・江頭グランブルー

 かつての人気番組『浅草ヤング洋品店(通称:浅ヤン)』の1コーナー。

水を満たした水槽の中で息を止めて、どれだけ長くいられるかという企画。

 江頭は当初、ヨガの達人と水中息止め勝負に勝利するも、その後挑戦してきた

清水圭に敗れる。

 リベンジを誓った江頭。しかし思ったように記録が伸びず、スランプの末に

水恐怖症にまでなってしまった。

 それでも江頭は強力な精神力と努力で恐怖症を克服。

 水中息止めコーナーの最終回で、本業である大川興業本公演を控えているにも関わらず、

番組収録現場に現れ、再び水中息止めに挑戦。

 見事4分14秒の記録を打ち立て、チャンピオンに返り咲いた。

 記録達成後、江頭はカメラの前で号泣。周囲の観客や共演者も、命がけの努力に涙を流す、

感動の最終回(フィナーレ)となった。


  追記

 ちなみに江頭自身は「お笑い」にならなかったことをひどく後悔し、その13年後、

とんねるずの番組で別の意味でのリベンジを果たすことになるのだが、それはまた別の話。

475: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:21:18.86 ID:KSh5KgbNo


「工場都市に行く!?」

 江頭のその言葉に、その場にいた全員が驚いた。

「ああ、そこに行けば、この世界の秘密がわかるかもしれん」

「ちょっと待ってよエガちゃん」

 そう言って止めたのはエレンだ。

「どうしたエレン」

「工場都市ってさ、このウォール・シーナの中でも最も警備が厳重なところなんだ。

簡単に行けるところじゃないよ」

「でも工場都市って、王都の近くにあるんだろう? だったら、ちょうどいい。

連行されたついでに、ちょっと行ってくる」

「そんなに簡単に行けたら苦労しないよ。それに近くって言ったって、王都から

工場都市まではだいたい、30㎞くらいはあるよ」

「そんなにあるのか」

「だからエガちゃん」

「止めるなエレン。それでも俺は行く」

「行くならもっと“適切な方法”で行く必要があるよ」

「!?」

 

476: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:21:45.49 ID:KSh5KgbNo

 



     進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


     第十五話   本当の名前

477: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:24:15.21 ID:KSh5KgbNo

 蛇の月八日――

 ウォール・シーナ南部城塞都市、エルミハ区。

 そこに調査兵団の一行、約三十人が到着した。

 中心の馬車には、とある重要な人物を乗せているという話になっているが、実際は違う。

「おい、本当に大丈夫なのかよ」

 街に入り、乗馬から徒歩に切り替えたコニーが馬車のすぐ近くでサシャに話しかける。

「何がですか?」

 と、サシャ。

「中のアイツだよ。見られたら絶対にバレるぞ」

「大丈夫ですよコニー」

「何が大丈夫なんだよ」

「ジャンの変装は完璧です。バレませんよ」

「変装つったって、髪の毛を黒く染めただけじゃねえか」

 コニーたちが守る馬車の中には、ジャン・キルシュタインが入っていたのだ。

 もちろん、彼らが“本来”護るのはジャンではない。

 彼らは護送しているフリをしているのだ。


 壁外での行動を常とする調査兵団にとって、内地での行動はやや目立つ。

「アルミンが言ってました。ここはエルミハ区です。師匠(江頭)を直接見た

連中はここではなく、ストヘス区にいますから、パッと見では彼が師匠だとは

気づきません」

478: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:25:19.14 ID:KSh5KgbNo

「そういや、俺たちも初めてエガちゃんを見た時も(※第三話参照)、

すぐに本人だとは気付かなかったな」

「そうです。だからこの程度でいいんですよ。念のために、黒タイツも履かせている

らしいですよ」

「そういやミカサの奴、見た目も似せるためにジャンの髪の毛をむしろうとしてたっけ」

「ジャンはそれだけは勘弁してくれと言って泣いてましたけど」

「本当にむしられたら悲惨なことになっていたな」

「むしろ見てみたいですね。ハゲになったジャンの姿」

『お前ら、他人事だと思って好き勝手言ってんじゃねえぞ』

 馬車の中からジャンの声が聞こえてきた。

「ほらジャン、静かにしろ。憲兵団の連中にバレたらどうすんだ」

 コニーは閉鎖式の馬車の扉を拳で軽く叩きながら言った。





   *

479: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:26:37.49 ID:KSh5KgbNo
 一方そのころ、同地区に潜入した“本当の”江頭たちの一行は――

「随分と静かな街だな」

 外套にフードを目深にかぶった江頭が独り言のようにつぶやく。

「しっ、何が起こるかわからない。警戒すべき」

 彼のすぐ後ろを歩くミカサは言った。

 江頭の周りには、エレン、ミカサ、それにクリスタなどごく少数の護衛しかいない。

 少し離れたところで、オルオ率いるベテラン精鋭部隊が控えてはいるけれど、

基本的な移動は目立たないように少数でせざるを得ない。

「ジャンたちは大丈夫かな」

 江頭はそれでも聞く。

「大丈夫だ。問題ない。アルミンの作戦は完璧」

 ミカサはどこから来るのかよくわからない自信を持った声でそう言った。

「それにしてもこの街も広いな。それに街並みも複雑だ」

「俺たちの住んでたシガンシナ区もそうだったけど、基本的に前線の城塞都市は、

巨人が侵入してきた時のための戦闘を考慮して街づくりがされているから、

街並みも複雑で入り組んでいるんだよ」

「都市としての発展よりも、戦闘を重視か」

 当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 東京だって、江戸と呼ばれていたころはそういう作りになっていたという話も聞く。

「何にせよ、俺たちが街を出るまでに時間を稼いでくれればいいのだけどさ」

 エレンが不吉なことを言う。

 だいたい、こういう時、順調にことが進まないことは江頭自身がよく知っていた。





   *

480: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:27:43.68 ID:KSh5KgbNo

 江頭の懸念通り、影武者のジャンを乗せた馬車は街の中央に差し掛かった辺りで、

憲兵団に止められていた。

「ど、どうしましょうコニー」

 明らかに動揺するサシャ。

「落ち着けサシャ。簡単にはバレないんだろう?」

「そうですけど」

「憲兵団の者だ。これから馬車の中身を確認させてもらう」

 兵士の一人がそう言ってこちらに近づいてくる。

「こんな場所でなぜやるんです? 出口の検問所でいいじゃありませんか」

 そう言ったのは調査兵団のナナバだ。

「上からそのような命令をされていましてね。理由はよくわからない。ですが、

それに従わないわけにはいかない」

「そうですか」

 そう言うと、ナナバは引き下がる。

 そもそも、ここで憲兵団(こいつら)と争うことは得策ではない。

「おい、サシャ」

 コニーは動揺しながらサシャの腕を肘で付く。

「大丈夫ですコニー。さっきも言った通り、彼らの中で師匠の顔を知る者は――」

 そこまで言いかけてサシャの言葉が止まる。

「おい、お前ら」

481: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:28:28.10 ID:KSh5KgbNo

 憲兵団の兵士が誰かを呼ぶ。

 すると、見知らぬ若い兵士たちがぞろぞろと調査兵団一行の前に並び始めた。

「!?」

「彼らはなんですか?」

 ナナバは聞いた。

「こいつらは、憲兵団のストヘス区支部所属の新兵たちだ。ストヘス区の戦いでは、

直接黒タイツの巨人を目撃している」

「!!?」

「こいつらに、その馬車に乗っている奴が黒タイツの巨人なのか、確認させてほしい、

とのことだ」

(まずい、まずいですよコニー)

(んなことはわかってるよ!)

 この状況に動揺するサシャとコニー。

「おい、出てこい」

「……」

 髪を黒く染めたジャンがゆっくりと馬車から降りる。

 万事休すと思われたその時、

「お前たち、こいつが黒タイツの巨人か?」

「え?」

「うーん」

482: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:29:05.21 ID:KSh5KgbNo

 憲兵団の上官の問いに、集められた新兵たちは一斉に首をかしげる。

 違うなら違うとはっきり言えばいいはずなのに、誰一人としてはっきりとした確証が

えられない。

(え? これはどういうことだサシャ)

 声を殺しながらコニーは聞いた。

(わかりました)

 と、サシャ。

(何がだ?)

(思い出してくださいコニー。私たちが調査兵団の駐屯地で、師匠と対面した時のことを)

(あ!)

(あの時は本物のエガシラだったにも関わらず、私たちはそれがわかりませんでした)

(そうか。つまり、ジャンもエガちゃんと同じ格好をすれば)

(そうですよ。勘違いしてくれるかもしれません)

「お前ら、さっきから何コソコソ話してるんだ」

 サシャとコニーを見て、ジャンは言った。

「ジャ……、じゃなくてエガシラさん」

 サシャは突然澄ました顔になって言う。

「え?」

「服を、脱いでください」

483: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:29:42.05 ID:KSh5KgbNo

「おい、何言ってんだ」

「いいから服を脱ぐんですよ。わかるでしょう?」

「いや、わかんねえよ。なんで」

 サシャは声を殺してジャンに耳打ちする。

(ほら、あなたは今、エガシラなんですから)

「マジでか……」

(早くなさい! もう、逃げられないんですから)

(くそう……!)

 ジャンはそう言いつつ、馬車の中に逃げ込むように入って行った。

「おい、どういうことだ」

 憲兵団の責任者が不審に思い前に出ると、

「まあまあ、今準備中ですから、すぐに終わりますよ」

 コニーがそう言って止めた。

「準備中?」

「ええ。これからすぐに、彼が黒タイツの巨人であることがわかると思いますよ」




   *

484: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:30:52.50 ID:KSh5KgbNo

 馬車の中。

 焦りながらジャンは服を脱いでいた。

 服の下には黒タイツである。

(最悪の事態を想定して、念のために履いてきた黒タイツが早くも役に立つとは)

 この黒タイツはアルミンが用意したものだが、これを渡すとき奴は笑いをこらえていた

ことを思い出すジャン。

(本当はアルミンが一番の黒幕なんじゃねえの?)

 そんなことを思っていると、馬車の車体を叩く音が聞こえた。

「わかった、わかったから」

 ジャンはドアを開け、外に飛び出した。

「う、うおおおおおおおおおおおおおえええええええ??!!!」

 急に大声を出したため、思わず声が裏返ってしまった。

 声を張るのって、結構大変なんだなとジャンは思う。

「……!」

 一斉に黙る兵士たち。

 調査兵団も、憲兵団も皆黙ってジャンを見ている。

(見られているのか、俺)

 今までにない体験に、動揺するジャン。

(早くネタをやってください)

 そんなジャンに、サシャは素早く耳打ちした。

(ネタってなんだよ!)

485: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:31:35.90 ID:KSh5KgbNo

(師匠のネタに決まってるじゃないですか)

「くそう、やってやるよ」

 ジャンは半ばやけくそになっていた。

「と、取って入れて出す、取って入れて出す、取って入れて……」

 そう言ってジャンがお尻を突きだすと、

「恥ずかしがってんじゃないわよこのボケエエエ!!!」

 突き出した尻に、サシャの蹴りが放たれた。

「いぎゃああああ!!!」

 思わず前に吹き飛ぶジャン。

 それを見て大笑いする憲兵団(と調査兵団)のみなさん。

「痛てえな、何すんだよ」

(早く続けなさい。いい感じに受けてるんだから)

 声には出さないけれど、ジャンにはサシャがそう言っているように見えた。

(くそっ!)

 ジャンは立ち上がると、江頭のごとくビタンビタンと左右に倒れ、そして逆立ちをする。

 だが、江頭のようにキレイな“シャチホコ立ち”とはならなかった。

(うわっ、全然上手く逆立ちできねえ。なんなんだあの倒立は。それに全身痛てえ)

「ドーン!」

 続いて、黒タイツの中に腕を入れてドーンだ。

486: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:32:07.61 ID:KSh5KgbNo

(こんな痛い思いしながらネタやってんのかよ、あの人は)

 ジャンは思う。

「ガッペムカツク!」

(俺には絶対に真似できねえよ。というか、お笑い芸人って過酷すぎだろう)

「どうだ!」

 ジャンは息を切らしながら、周りの反応を見る。

「面白かったですよジャン」

 真っ先に声をかけたのはサシャであった。

「サシャ、お前」

「でも全然似てない」

「お前ちょっとまてえええ!!」


「偽物だああああああ!!!!」

  
 憲兵団の若手兵士によって偽物認定されたジャンは、そのまま拘束されてしまった。






   *

487: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:32:58.10 ID:KSh5KgbNo



 エルミハ区の空に多数の煙弾が飛び、鐘が鳴り響く。

「どうやらバレたみたいだ」

 エレンは言った。

「急ごう」

 江頭を含む数人の一行が出口に向かうが、当然ながら発見されてしまう。

「怪しい奴! 止まれ!!」

 憲兵団所属と思われる兵士数人が、江頭たちを止めようとする。

 すると、ミカサが前に出た。

「ミカサ?」

「エレン、クリスタ。エガシラさんをお願い」

 そう言うと、ミカサは外套を脱ぎ捨てた。

「ミカサ! 相手は人間だぞ!」

 エレンが叫ぶ。

「わかっている」

 と、ミカサは答えた。

 ミカサは立体機動装置は持っていたけれど、剣を抜くことなく憲兵団の兵士たちに

襲い掛かった。

 連続の肘、拳、そして上段蹴り(ハイキック)で兵士たちを圧倒すると、すぐにこちらに

声をかける。

「早く、急いで!」

488: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:33:55.47 ID:KSh5KgbNo

 巨人相手にも最強のミカサは、人間相手にも強いようだ。

 だが、人の数も多い。

「くそっ、また来る」

 前から後ろから、どんどんと憲兵団の兵士たちが迫ってくる。

「止まれえ! 止まらんか!」

 人間相手に殺傷するわけにもいかず、最低限の自衛戦のみに限定された状況下では、

武器を使えない今の状態では数の力が圧倒的にものを言う。

 いくらミカサが最強だからといって、自ずと限界があるだろう。

 時代劇のようにバッサバッサと斬り倒せればそうでもないのかもしれないけれど、

そんなことをするわけにもいかない。

「くそっ、どうする」

 剣の代わりに木の棒を手にしたエレンが言う。

「立体機動を使いましょう」

 クリスタは提案した。

 今のこの状況では、目立つけれどそれしかないのかもしれない。

 しかし、立体機動は空を飛ぶための機械ではない。

 周りに高い建物や木々でもないと、上手く使えないのだ。

(空が飛べれば、ん? 空!?)

 江頭が上空を見上げると、太陽にかぶさるように黒く丸い物体が浮かんでいた。

「なんだ!?」

489: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:34:30.34 ID:KSh5KgbNo

 よく見ると、その黒は太陽を背にしたため逆光になっただけで、色は少し黄色がかった

白い布の塊であった。

「気球だ!!」

 江頭は叫んだ。

「気球?」

 エレンたちは目を丸くする。

「エガちゃああああああああん!!」

 気球から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ハンジ!!」

「そうだよ! わたしだよおおおおお!!!」

 調査兵団のハンジ・ゾエだ。

「最近見ないと思っていたら、気球を作っていたのか」

「今行くよおお」

 ハンジは、気球に取り付けたバーナーのようなものを操作して、地上に降り立つ。

「なんだありゃ!」

「空からなんか降ってきたぞ!!」

 街中で乱闘を繰り返す、調査兵団と憲兵団の両兵士たちが一瞬争いをやめ、

空に注目する。

 それだけこの世界の人間にとって気球は珍しいのだろう。

490: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:35:02.60 ID:KSh5KgbNo

「エガちゃん! 早く乗って!」

 ハンジはそう叫ぶ。

「しかし」

 江頭の周りには、ミカサやエレン。

 もちろんそれだけでなく、遠くには他の調査兵団の兵士たちが必死に道を切り開こうと

戦っているのだ。

「行って、エガシラさん」

 ミカサは言った。

「ミカサ」

「そうだよエガちゃん。この世界の謎を解き明かすんだろう? 俺も知りたいんだ」

 エレンも言った。

「わ、わかった」

 江頭は頷く。

「あ、それとクリスタ」

 不意にミカサはクリスタのほうを向く。

「え? 何?」

 急に名前を呼ばれて驚くクリスタ。

「エガシラさんをお願い。一緒に行ってあげて」

「私も皆と戦うよ」

491: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:35:37.36 ID:KSh5KgbNo

「クリスタ」

 そんなクリスタに、ミカサは諭すように言った。

「あなたの戦闘力は弱い。だから、ここは私たちに任せて、エガシラさんを守ることに

専念すべき」

 ミカサはクリスタをじっと見つめてそう言った。

「おいミカサ。そんな言い方――」

 エレンがそう言おうとしたところを、ミカサは止めた。

「うん、ありがとうミカサ。エガシラさんのことは任せて」

 クリスタは何かを察したように頷く。

「頑張って、二人とも」

 ミカサは優しくそう言った。

「ありがとうミカサ。それにエレン」

 江頭もそう言うと、クリスタと一緒にハンジの操作する気球へと向かった。




   *

492: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:36:10.83 ID:KSh5KgbNo

 エルミハ区上空――
 
 ハンジ特性の気球は、かなりしっかりしたものであった。

「この短期間でよく作れたものだな。やっぱりその、工場都市で作ったのか?」

 江頭は気になったので聞いてみた。

「いやあ、そうしたかったんだけど上層部(うえ)の協力が得られなくてね」

「え?」

「だから、私とごく少数の部下たちと一緒に手作りしたんだよ」

「マジで?」

「ああ。立体機動装置と同じガスを使って火力を調整し――」

 そこまで言いかけたところで、気球がガタンと揺れる。

「うおわっ」

「きゃっ」

 思わずクリスタを抱きかかえる江頭。

「ごめんなさい」

 クリスタは謝った。

「なんで謝るんだ」

「いえ、その……」

 クリスタが恥ずかしがっている間、ハンジはバーナーを見つめながら困った顔をしていた。

「どうした」

 江頭は聞く。

493: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:36:41.21 ID:KSh5KgbNo

「うーん。これは急いで作った試作品だからね。火力(パワー)が安定しないみたいだ」

「え?」

「簡単に言えば定員オーバー?」

「たった三人でか」

「仕方ない」

「でも、壁を越えるくらいならできるんじゃないのか」

「まあそうだけど、ウォール・シーナ内の集結地点は、壁を越えてから二里くらい離れているんだよ。 

そうしないと憲兵団に見つかっちゃうからね」

「そんな」

「私、降ります」

「クリスタ?」

「ハンジさんは気球の操作をしないといけませんから、私が一番必要ないですよね。

だから、降ります」

「別に必要ないなんて」

「いいんですエガシラさん。大丈夫。わかっていますから」

 そう言ってクリスタは笑った。

 笑顔が何だか切ない。

「もう時間がない。あの壁の上に一旦降りるよ。そこでクリスタを降ろそう」

494: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:37:16.29 ID:KSh5KgbNo

「あ、ああ」

 ハンジ特製の気球は、フラフラしながらもウォール・シーナの壁上に着地した。

「ちょっと機械の調子を見るから、二人とも一旦降りていてくれないか」

 と、ハンジは言う。

「え、そうなのか?」

「爆発すると危ないから、少し離れていてくれる?」

「爆発?」

「そう、爆発。ガスを使ってるからね」

「……」

 江頭とクリスタは警戒しながら、気球から一旦離れる。

「あの、エガシラさん」

 不意にクリスタが声をかけた。

「どうした、クリスタ」

「その……、こんな時に何なんですけど、実は言っておきたいことがあるんです」

「言っておきたいこと?」

「あ、はい」

「何だ?」

「私、あの時、壁外遠征に行った時です。私には、父親がいないと言いましたよね」

「そういえば、そうだったな」

 江頭は先月のことを思い出す。

495: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:37:56.25 ID:KSh5KgbNo

 まるで数年前のように遠く感じる先月である。

 だが、クリスタのことはしっかりと覚えていた。

「あれ、ウソなんです」

「ん?」

「父親はいます」

「……」

「私、実は妾の子なんです。正式な妻の子供ではないので、修道院に預けられて

名前も変えて“別人”として扱われました」

 江頭はふと、クリスタが時々自虐的になることを思い出す。

「一族から、実の母親からもいらない子として扱われた私にとって、兵士として生きる

道は、自分の命を捧げるための一つの手段でした」

「手段?」

「人類の自由のために死ぬのなら、無駄ではないと思ったから」

「……そうだったのか」

「私の本当の名前はヒストリア。ヒストリア・レイス。レイス家という貴族の子供です。

でも、本当は存在しない。存在してはいけない人間」

 そう言いながら、またあの時のように暗い表情を見せるクリスタに、江頭は声をかける。

「クリスタ」

496: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:39:14.74 ID:KSh5KgbNo

「はい」
 
「いやヒストリアと呼んだほうがいいのかな」

「どちらでも」

「じゃあクリスタ。お前に一つだけ言っておこう」

 そう言うと、江頭はクリスタの頭を優しくなでる。

「例え99人がいらないと言っても、1人、たった1人でいい。お前を必要としてくれる人がいるなら、

それでお前の勝ちなんだよ」

「私の勝ち……」

「そう。だから、自分を卑下するのは止めろ」

「エガシラさん、でも私――」

「秀晴だ」

「え?」

「江頭秀晴。それが俺の本当の名前」

「ヒデハル・エガシラ……」

「他の皆には内緒だぜ」

497: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:39:42.70 ID:KSh5KgbNo

 そう言うと、江頭は口元に軽く人差し指を立てる。

「おーいエガちゃあああん!」

 遠くからハンジの呼ぶ声が聞こえてきた。

「準備ができたみたいだ。俺は行く」

「エガシラさん!」

 そんな江頭を、クリスタは呼び止める。

「どうした」

「どうか御無事で」

「キミもな」

 江頭は笑顔で手を振ると、そのまま振り返ることなくハンジの待つ気球へと向かった。





   つづく

498: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/07(月) 20:40:58.92 ID:KSh5KgbNo


現在公開可能な情報15

・江頭のものまねをする者

 江頭といえばものまね芸が一部では有名だが、江頭自身も多くの人にものまねされてきた。

 有名なところでは、ペナルティのワッキー(脇田寧人)の脇頭2:51や、プロレスラーの

川田利明による川田19:55など。V6(ジャニーズ事務所)の岡田准一も、

江頭モノマネをテレビで披露していた。

 1990年代後半の、いわゆる「江頭ブーム」の時には、全国のお父さんが宴会の際、

ド○キホーテで買った黒タイツを着て、江頭のモノマネをしていたことだろう。

 だが上半身裸に黒タイツといった見た目以外に、江頭の芸を完全に再現した者はほとんどいない。

 特に、江頭の代名詞ともなった独特の三転倒立(シャチホコ立ち、もしくは江頭倒立)

はバランスを取ることが非常に難しく、先述の岡田を含む多くのものまね師が不十分な結果に終わってきた。

ほかにも塩の一気食いや多彩な●●●芸など、江頭の芸は真似できないものが多い。

 ちなみにエスパー伊藤は、格好がかぶっているだけでモノマネではない。

506: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:25:41.42 ID:OVP+8grno



 番外編 江頭2:50初登場。



 これは確か2011年に書かれたものです。

 当時、エガちゃんは主人公ではなくゲスト出演だったのですが、このスレにとって

「原点」と言ってもいいお話なので、今回は本編を一旦お休みして、番外編として

読んでいただこうかと思います。

 既に読んだことがあるという人もいるかもしれませんけれど、ご了承ください。

 

507: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:27:15.95 ID:OVP+8grno



あらすじのようなもの。


 魔法少女になって魔女と戦う。そんなおとぎばなしのような世界で、

大リーグ・シアトルマリナーズ(当時)のイチローが活躍する(?)物語。


 魔法少女を勧誘するキュゥベェとかいう謎生物は、魔法少女になったら

「何でも一つだけ願いをかなえることができる」と言うのだ。

 その話を知った美樹さやかは、幼馴染である上条恭介が、交通事故のためにヴァイオリン

を弾けなくなって自暴自棄になっていることを思い出す。

 密かに上条に思いを寄せている彼女は、自分が魔法少女になって上条の手を治そう

と考えるようになった。

 しかし、とある理由でさやかに魔法少女になってほしくないと思っていたイチローは、

自分の「尊敬している人」に助力を頼んだのだ。


 その尊敬している人こそ――

508: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:27:49.74 ID:OVP+8grno




 

 さやかがイチローと会った翌日。

 彼女は行こうかどうか迷ったけれど、結局上条恭介の入院する病院に行くことにした。

「イチローさんの尊敬する人って、誰なんだろうね」

 一人で行くのは少々心細かったため、まどかも一緒だ。

 不安がないわけではない。というよりむしろ、不安しかない。

 もう二度とヴァイオリンが弾けないということを知ったあの状況で半ば自暴自棄になった

恭介をどうやって励ますというのだろうか。

 イチローは一体誰に頼んだのか。

 そうまでして自分を魔法少女にさせたくないのか。

「どうしたのさやかちゃん」まどかがさやかの顔を覗きこむ。

「いや、なんでもないよ」

 どうも考えるのは苦手だ。小学生のころから考えるよりも先に身体が動いてしまう

性格だっただけに、頭の中でぐるぐると考えていると嫌になってくる。

 恭介の病室に行く前に、一度巴マミの病室に寄って様子を見に行くと、マミは

昨日よりは元気そうな顔をしていた。けれども、最初に会ったときのような覇気

はまだ感じられない。

 マミのことも気になるけれど、今のさやかにとっては、やはり恭介のことだ。

 病室に行くと、昨日よりも若干落ち着いた恭介がいた。

509: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:28:49.50 ID:OVP+8grno

「どうしたんだ? 今日は二人で」

 落ち着いている、とうより気力が萎えていると表現したほうが正しいかもしれない。

「今日はさ、恭介を元気づけようと思って、ここに“ある人”が来る予定なんだ」

「元気づける? 別にそんなこと頼んでないよ」

 上条恭介はそっけなく言った。もう感情を表に出すのも面倒くさいといった感じだ。

「ああ、うん。そうなんだけどさ。もう決まっちゃったことだし」

「どういうこと?」

 さやかと恭介がそんな会話をしていると、病院のスピーカーから聞き覚えのある音楽が

流れてきた。

 やたらテンポの早い曲でドラムやベースの音が激しく響く。

「ああ、この曲は」まどかが何かに気がついたようだ。

 たしかにこの曲にはさやかにも覚えがある。






 布袋寅泰の『スリル』だ!






「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

510: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:30:09.60 ID:OVP+8grno


「ぬわっ!」

 急に恭介が寝ているベッドが動いたかと思ったら、そこから何者かがはい出してきた。

「ぎゃあ!」

「わあああ!」

 その人影をよく見ると、上半身が裸で下半身は黒タイツの男だ。頭髪は生えている

けれども極めて薄く、ハゲと言っても過言ではない。

「うおらあああああ!!」

 気合いを入れて、その男は右へ左へと勢いよく倒れたかと思ったら、今度はシャチホコ立ち

と言われる特殊な三転倒立をキレイに決めて見せた。

 そして素早く立ち上がると、気合いを入れて叫ぶ。

「江頭2:50でええええええええええええす!!!!」


「うそ……」


「きゃあああ!! さやかちゃん、凄いよ! エガちゃんだよ! 本物のエガちゃんがいるよ!」

 まどかは、イチローと会った時よりも明らかに興奮している。

「なんでこんなところに。何かの間違いじゃないの? バラエティ番組の収録現場を間違えたとか」

 さやか自分の考えを口にしてみた。

「今日はバイトがあったけど、あのイチローくんの頼みだからここに来たぜえ!!」

 江頭の訪問は間違いではなかった。そう思いさやかは頭を抱える。

511: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:31:25.26 ID:OVP+8grno

 イチローが言う「尊敬する人」とは、お笑い芸人の江頭2:50のことであったのだ。

 なんだか危険そうなので、まどかだけでもこの病室から逃がそう。そう思い隣にいる

まどかのほうを見ると、すでにそこにはいなかった。

「え?」

 いつの間にかまどかは、江頭2:50の隣にいたのだ。

「あの、エガちゃん、じゃなかった。江頭さん」

「なんだお前は!」

「私、鹿目まどかって言います! あなたのファンなんです! もしよろしければ、

その、後でサインもらってもいいですか?」

「え、ああ、いや……」

 普通の客(特に女性)とは違う反応に少々うろたえる江頭。

「ごめんね、本番中そういうことを言うのは」

「あ、ごめんなさい」

「いや、いいからいいから」

 恥ずかしそうに小声で話をしている江頭の様子は、見ているさやかのほうが恥ずかしくなるほどである。

「くそう、気を取り直して、ドーン」

 そう言うと、江頭はチャコット製の黒タイツの●●の辺りに右腕を突っ込んで、『ドーン』の動作をやった。

「ドーン」まどかも手をグーの形にして、上に振り上げながらそれに合わせる。

512: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:32:10.15 ID:OVP+8grno

「ドーン」(江頭)

「ドーン」(まどか)

「ドーン」(江頭)

 なんだこの光景は。

 さやかと同様に、ベッドにいる上条恭介もあっけにとられているようだ。

 しかしエンジンのかかってきた江頭はそんなことは気にしない。

「お前が上条恭介だな!」ギロリと、不気味な目線を恭介に対して向ける江頭。

「え、何か」

「事故で身体が不自由になったのは確かに気の毒だ。だが俺は、お前なんか励ましてやらねえぞ!!」

「はあ?」

「おい、話が違うじゃないか」思わず声を出すさやか。

「外野は黙ってろ!」しかし江頭はそれを一喝する。

「べ、別に励まして欲しいなんて頼んでませんよ」興奮する江頭に対し、恭介はやや冷めた口調で反論した。

「とう」

 恭介が言い返すやいなや、江頭は軽く飛んだ後、彼にジャンピングエルボードロップをくらわす!

「ぐわああ!」

513: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:32:59.31 ID:OVP+8grno

 江頭の身体は細いので、多少体重を乗せたとしてもそれほどダメージにはならないけれど、

入院生活で弱っている恭介に対してはかなりの衝撃になることだろう。

「お前何やってるんだよ! 相手は入院患者だぞ」

 さやかは文句を言ってみたものの、今の江頭に彼女の言葉は届かないようだ。

「自惚れるなクソガキ!」

 ゴホゴホとせき込む恭介に対して江頭は叫ぶ。

「な、何をするだ……」

「上条恭介、お前はモテモテらしいな」

「はい?」

「俺の調べたところだと、志筑仁美という女子生徒がお前のことを好きらしいぞ」

「え、うそ……」

「さやかちゃん!」

 江頭のその情報に、恭介よりもさやかのほうが先にショックを受けた。

「俺のライブに来るやつらなんて、結婚はおろか恋愛だってまともにできねえようなやつらばっかなんだ!

 俺はそういうやつらを励まさなきゃ、元気づけなきゃならないんだよ!

 お前なんかは、ぜえええええったいに、励ましてやらねえんだからな!!」

「だったらアンタなんのために来たんだよ!」さやかは外から(無駄だとわかりつつも)ツッコミを入れる。

「俺が今日ここに来た理由、それは……」

 先ほどまでの喧騒がうそのように静まり返る病室。

514: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:33:51.61 ID:OVP+8grno

「上条きょうすけえええええええええ!!!」

 その静寂を江頭は自らビリビリと破り捨てた!

「今日はお前に一言ものもおおおおす!!」

「出た! モノ申すのコーナーだよさやかちゃん!!」

「まどか落ち着け」

 江頭ほどではないけれど、興奮するまどかをなだめつつさやかは、

もう突っ込んでも無駄だと悟り、そのまま成り行きを見守ることにした。

「なんでしょうか」不機嫌そうな顔の恭介。

「お前、ヴァイオリンを弾いていたらしいな」

「そうですけど、それがなにか」

「お前にとって、ヴァイオリンってのは、そんなに大事なものか」

「何を言っているんですか」

「聞いてんだよ、答えろ!」

「だ、大事ですよ。大事だった、と言ったほうがいいかもしれませんが」

「だった?」

「ほら、もう知ってるんでしょう? 僕の指はもう以前のように自由には動かせないんです。

だから、もうヴァイオリンは弾けない。だから、音楽なんて……」

「お前にとって、ヴァイオリンは大事なものなんだな」

「……はい」

「そんなに大事か」

「そうです」

515: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:34:50.75 ID:OVP+8grno

「だったら命をかけられるか?」

「え?」

「だから命をかけられるかと聞いているんだ」

「どういうことです」

「だからさ! 命がけでヴァイオリンを弾きたいって気持ちがあったかって聞いてんだよ!

 明日もし死ぬって分かってて、それでも弾き続けたいと思っていたか? ああ??」

「それは……」

「ヴァイオリンを弾くな、弾くと殺すぞ。そう言われて、それでも弾きたいと思ってたのかよ!」

「いや、そんなことは」

「俺はな、命をかけているぞ! お笑いに命をかけてるんだ!! わかるか!!」

「命を……、かける」

「俺はお笑いをやめるくらいだったら死んだほうがマシだ!!

 笑いのためだったら寿命が縮まってもいいし、死んだっていいんだ!!!!」

「……!」

516: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:35:57.06 ID:OVP+8grno

「俺は今まで命がけで笑いをやってきた!

 番組の収録中にプールの中で死にかけたこともある!

 病院に担ぎ込まれたことだって一度や二度じゃねえ! 

 それでも俺はやめねえよ! お笑いは俺の生きている証だからな!

 その覚悟だよ! それくらいの覚悟があってお前は音楽をやっていたのか!?

 お前のヴァイオリンに対する、音楽に対する気持ちってのはどの程度だ!」

「……どの程度って……」

「絶望するってのはな、その、本当に死にたくて死にたくてしょうがなくなるんだよ。

 生きてるのが辛くなるんだよ!

 俺はなんのために生きてるんだってな。俺からお笑いを取りあげたら多分そうなるよ。

もうそれしかないんだもん。
 
 病気で芸ができなかった時期は、毎日死ぬことばっか考えてたよ!
 
 本当に、毎日毎日だ。だが俺は踏ん張った。
 
 もう一回芸がやりたかった。観客が笑うところが、見たかった!
 
 たくさんの仲間が支えてくれた!

 そいつらに恩返しする意味でも、俺はステージに立ちたかったんだ!!!」

「……!!」

「上条恭介!! 今のお前は不幸なんかじゃない! 憂鬱な雰囲気に酔って

周りに甘えているだけのただのお子様なんだ!」

「うっ……」

 とうとう恭介は、一言も言い返せないまま黙り込んでしまった。

517: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:36:35.68 ID:OVP+8grno

「恭介。……もし、もしも本当にお前が絶望して、死にたくなったなら、俺のライブを見にこい」

「……え? ライブ?」

「俺の姿を見ろ。そしたらさ――」

「……」

「死ぬのがバカらしくなるぜ」

 息切れをしながら語る、そんな江頭の話を聞いて、まどかは涙をぬぐっていた。

「エガちゃん、カッコイイよ」

 さやかも、ほんの少し江頭のことをカッコイイと思ったけれど、それを口にした負けたような

気がしたので絶対に言わなかった。

「あっ、バイトの時間だ!」

 突然、江頭は左腕を見て(当然時計はしていない)そう言うと、特に別れの挨拶もなしに、

病室から出て行ってしまった。

 江頭が出て行った病室は、今度こそ本当に静かになった。

「ああ、エガちゃん行っちゃった……」まどかは本当に残念そうに言う。

「あの、恭介?」

 江頭が出て行った後、ピクリとも動かない恭介に対し、さやかは声をかけて見る。

「……めん」

「え?」

「ごめん、さやか」

「ど、どうしたんだよ一体」

518: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:37:03.41 ID:OVP+8grno

「僕がバカだった」

「さやかは全然悪くないのに、キミや家族に八つ当たりしたりして、本当にバカだ」

「どうしたんだよ、今さら」

「僕は諦めない」

「恭介?」

「僕は諦めないよ。たとえヴァイオリンが弾けなくなっても、僕は、音楽が好きなんだ!」

「あんた……」

「そうと決まればさっそくリハビリだ。絶対に治ってやる」

「うん」

「さやか」

「え? なに」

「ごめん、そして、ありがとう」




   *

519: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:37:34.06 ID:OVP+8grno


 
 恭介もすっかり元気を取り戻したため、さやかたちは安心して帰宅することした。

「それにしてもカッコ良かったよね、エガちゃん」まどかが顔を赤らめつつ、嬉しそうに喋る。

 さやかにとって恭介が元気になったことは非常に嬉しいことではあるけれども、

それが物凄く立派な人ならともかく、江頭2:50のおかげだと思うと、なんとなとなく

釈然としない思いが残った。

「あの、すいません」

「え?」

 受付付近で病院の職員らしき女性が二人に声をかけてきた。

「私ですか?」

「ええ、あの、鹿目まどかさんというのは……」

「あ、私ですけど」

「ああ、よかった。実はある人からこれを渡して欲しいと頼まれたもので」

「これを?」

 まどかは、職員の女性からA4サイズの封筒を受け取る。

「何だろう」

 そう言いながらまどかは封筒を開け、中のものを出す。よく見るとそれは色紙だった。

「あっ」思わず声を出すさやか。

520: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:38:52.97 ID:OVP+8grno

「エガちゃんのサインだあ」

 まどかが受け取ったものは、紛れもなく江頭2:50のサインの書かれた色紙であった。

しかも封筒には、色紙だけなくオリジナルの絵ハガキまで入っている。

「エガちゃん、さっきのこと覚えててくれたんだね。嬉しいな」

 まどかは、あの病室で江頭にサインをねだっていた。そしてそれを江頭はしっかり覚えていたようだ。

「カッコイイじゃん……」

 さやかは「負けた」と思ったけれど、同時に心が少し楽になった。



   *


 その日の夜、まどかは江頭2:50からもらったサインや、メッセージの書かれた絵ハガキを

見ながらニヤニヤしていると、父が部屋のドアをノックしてきた。

「まどか、起きてるか?」

「なあに、お父さん」

「さやかちゃんから電話だ」

「え? さやかちゃん」

 どうしたのだろうか。

 不思議に思いつつ、まどかは電話のある居間へと向かった。

「もしもし、さやかちゃん? どうしたの」

『あ、まどか。ごめん、おお、落ち着いてき、聞いてくれないか……」

「さやかちゃんこそ落ち着いて。どうしたの?」

『それが、ついさっき、マミさんのことが気になって病院に電話をかけてみたんだけど』

「うん」

『マミさん、病室からいなくなってたんだって。今病院の人が探してるって』

「ええ!?」




 出典:『魔法少女まどか☆イチロー』 第三話

521: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/08(火) 19:47:00.07 ID:OVP+8grno
 現在公開可能な情報 番外編

 ・江頭2:50の体脂肪率

 江頭の体脂肪率は約6%である。これはメジャーリーガーのイチロー選手とほぼ同じなのだ。

 一般の成人男性の体脂肪率がだいたい20%前後なので、江頭はアスリート体型と言ってもいい。

 マラソン選手などは、5%以下の人もいるけれど、低い体脂肪率は風邪をひきやすく、体調管理

が難しい。

526: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:55:05.50 ID:3Eypkc0xo
 
 
 ウォール・シーナの内側数キロを気球で渡ったところで、江頭と調査兵団の

ハンジ・ゾエは馬に乗り換えてさらに数十キロ移動することになった。

 壁の中とはいえとにかく遠い。

 とっぷりと日も暮れ、憲兵団の追手の心配が無くなったところで、馬のスピードを

緩めたハンジが言った。

「エガちゃん、もうすぐ着くよ」

「工場都市か?」

「いや、そっちはまだ到着しない」

「なに?」

「わが調査兵団のアジトだ。まあ隠れ家って言ったほうがいいかな」

「隠れ家? なんでそんなものが」

「まあ、エルヴィン団長の命令で作ったんだけどさ。まさこんなところで役に立つとはね」

 丘の麓にあるやや目立たない場所にその小屋はあった。

 隠れ家だけあって、若干湿気が多い気もするけれど、しっかりとした木造の小屋である。

 近くにある馬小屋に馬を繋ぐと、ランプを持ったハンジが隠れ家に案内する。

 木造のその小屋は、家と呼ぶには小さいけれど、山小屋よりは大きく、二人で休むには

十分すぎる大きさである。

527: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:56:32.87 ID:3Eypkc0xo

「こんな所にこんなものが用意されてるなんて、準備がいいってレベルじゃないな」

 江頭は独り言のようにつぶやく。

「小屋だけじゃないよ。少しだけなら食糧も用意されてる」

 そう言ってハンジは銀紙のようなものにつつまれた、直方体の物体を投げてよこした。

「これは確か」

「携帯用食糧の改良版。まだ研究段階なんだけど、味は前のより良くなってると思うよ」

「あれか」

 江頭は先月、壁外で食べたあの携帯用食糧の味を思い出す。

 不味くもないが、だからと言って美味いわけでもない。

 人間が食べるために必要最小限の味付けがなされた栄養を吸収するだけの食料。

「できれば、温かい食事を作ってあげたいんだけど、生憎水も食糧も限りがあるし」

「今は美食なんてやってる暇はない、だろ?」

 江頭は言った。極貧生活を経験したこともある彼に食べ物のこだわりは、そんなにない。

「その通りだね。私は一向に構わないけど。ま、食べるもの食べたら、とにかく休もう。

移動は明日も続くんだし」

「そう、だな」

 江頭はふと思う。

528: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:57:00.31 ID:3Eypkc0xo

 今まで馬に乗って移動するのに必死で、あまり考えなかったけれど、ウォール・シーナ

からここに至るまで、調査兵団の人々は多大の労力を使って江頭の逃亡を支援してきた。

 そして今も、ある程度責任がある立場だと思われるハンジ自身がこうして案内役を

買って出ているのだ。








   進 撃 の 江 頭 2 : 5 0



     第十六話  帰るべき場所

529: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:57:43.15 ID:3Eypkc0xo


 小屋の奥にある寝室では、二階建てのベッドが二つ用意してあった。

 これなら四人寝ることもできる。

 今はたった二人だけども。

 江頭は裏にあった井戸で水を汲んで身体を少し洗い、奥のベッドで毛布にくるまる。

 決して寝心地がいいとは言い難いけれども、昼間に色々あったため疲れがたまっており、

すぐに眠りに落ちるような気がした。

「……」

 しかし、どうも眠れない。

 慣れない環境で緊張しているのか?

 江頭は自分に問いかけてみる。

 元の世界にいたころは、眠れない日ばかりだったので、睡眠薬を常用していた。

 この世界に来てからは、酒はおろか睡眠薬も使ってなかったので、こういう夜は

久しぶりな気もする。

「眠れないのかい?」

 向かい側のベッドに横になっていたハンジが言った。

「起きてたのか」

「ああ。私も少し眠れなくてね」

 暗くてよく見えないけれど、髪を解き、メガネを外したハンジはまるで別人のようにも思えた。
 
「なあハンジ。ちょっと聞いてもいいか」

530: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:58:32.56 ID:3Eypkc0xo

「なんだいエガちゃん」

「なんでお前たちはその、俺に協力したんだ? これってさ、国家反逆罪みたいなものじゃないのか?」

「ああ、そのことか」

 ハンジは上を向いて、何かを考えているような声を出す。

「兵士ってのは、上の命令に忠実じゃないといけないんじゃないのか」 

「そうさねえ、なかなか難しいんだけど、一言でいうなら、何かを変えてくれそうな気がしたから、かな」

「変えてくれる?」

「そうだよ。私たち調査兵団は、現状を変えるためにわざわざ危険な壁外に出ているんだ。

壁内の治安を維持する憲兵団や駐屯兵団とは根本的に違う」

「違う……?」

「そうだよ。だから、異世界から来たエガちゃんがこの世界の秘密を知りたいと

言うのなら、それが世界を変えることに繋がるかもしれない。だから協力した」

「自分たちの生活が危うくなるかもしれないんだぜ?」

「どっちにしろ、このままでは私たちは巨人に食われておしまいだよ。座して死を待つ

よりも、何かをしたいんだ。そういう連中が集まったのが調査兵団なんだ」

「座して死を待つか……」

 江頭はふと思い出す。

 自分が忘れかけていた何かを。

531: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:59:20.35 ID:3Eypkc0xo

「逆に聞くけど、どうしてエガちゃんはこの世界を変えようとしているんだい?」

「別に俺は、変えようとしているわけじゃあ……」

「でも実際に変わっているよ。確実にね」

「そうなのか。それならいいんだが」

「ねえエガちゃん」

「ん?」

「エガちゃんは、この世界にずっと残ろうとは思わない?」

「え?」

「だからさ、この世界に残って、世界が変わる所を見届けようと思わないのかって、

聞いてるんだ」

「それは」

「ほら、あの子。今年調査兵団に入った新入団員のちっちゃい金髪の子がいたじゃん」

「ああ」

 クリスタのことか。

「あの子も、エガちゃんのことを慕っているみたいだし。どうかな」

「どうって」

「ずっと残って、私たちと一緒に人類の解放に貢献してほしいんだけど」

「そうしたいのは山々だが」

「だが?」

「俺は、戻りたいと思う。元の世界に」

532: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 19:59:57.62 ID:3Eypkc0xo

「どうして」

「どうしてってそりゃ、生まれ育った世界だし。キミらがこの世界に対して責任を持って

いるように、俺も――」

 ここで言葉が止まる江頭。

「エガちゃん?」

「ここにいる子たちは、自分の置かれた絶望的な状況にも怯まずに立ち向かってる」

「……」

「俺も自分の運命に立ち向かおうと思うから」

「自分の運命って、なんだい?」

「ハンジ。俺はな、実は逃げてたんだ」

「逃げる?」

「そう、お笑い芸人としての自分から」

「どういうことだい?」

「お笑い芸人ってのは人気商売だからな。一年や二年で消える者もいる。そんな中、

俺は二十年以上芸人をやってきた。でも、この先やれるかどうか、どうやっていけば

いいのか、正直迷ってたんだ」

「エガちゃん……」

533: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:01:03.27 ID:3Eypkc0xo

「この世界の状況に比べれば屁みたいなものかもしれないけれど、それでも俺は悩んでいた。

どうすればいいのか。何をすればいいのかと。そして、いつしかそこから逃げ出したいと

思うようになった」

「……」

「だけど俺は立ち向かおうと思う。どんなに辛くても、俺はお笑いをやるしか能の無い男だ。

それも、広い世界でごく一部の人間が笑うようなコアなお笑いを」

「……エガちゃん」

「すまない。こいつは俺の勝手な思い込みだ。これ以上キミらを巻き込むわけにはいかない。

だから今からでも――」

「エガちゃん!!!」

「おごっ!」

 いつの間にかベッドを飛び出したハンジが横になった江頭の上に覆いかぶさる。

「おい、何を」

「エガちゃん。やっぱりキミは私の思った通りの人だよ」

 そう言うと、ハンジは江頭を両腕でギュッと抱きしめる。

「ちょ、ちょっと」

「何、一人で悩むことはないよ。少しの間だけ、私たちに手伝わせてほしい」

「ハンジ」

534: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:01:30.60 ID:3Eypkc0xo

「今まで散々助けてもらったんだし、せめてもの恩返しだよエガちゃん」

「お、おう……」

「ぬふぬふうぅ~」

「ハンジ、もういいだろう。自分のベッドに戻ってくれ。苦しい」

「よいではないか、よいではないか。今夜は一緒に寝ようよ」

「余計眠れなくなるだろうが」

「あははは」

 こうして、ハンジと江頭との格闘は深夜まで続くのであった。





   *




 
 翌日の夕方、憲兵団の追跡を避けるために大きく迂回した江頭とハンジは、工場都市

の付近へと到着した。

 空が曇っているためか、辺りが暗くなるのが早い気がする。

「おかしいな」

 工場都市周辺を見回したハンジがつぶやく。

「何がおかしいんだ?」

535: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:02:16.77 ID:3Eypkc0xo

 江頭は聞いた。

「いやね、前にこの付近を通った時は、警備の兵士を見たんだけどな。

ほら、工場都市って警備が厳重でしょう?

都市部だけじゃなくて、周辺にも警備兵が配置されているはずなんだけど」

「天気が悪いから家に帰ったんじゃないのか?」

「そんな、ピクニックじゃないんだから」

 ハンジはそう言って笑っていたけれど、江頭もまた得体の知れない不気味さを感じていた。

(何かあるかもしれない)

 嫌な予感というものはえてして当たるものである。

 この日も、夕闇を更にどす黒い雲が多いかぶさり、不気味を演出していた。




  *




「やっぱりおかしいなあ」

 馬を走らせながらハンジは何度もつぶやく。

 ようやく見えてきた工場都市は、壁際にある城塞都市のように高い壁に覆われていた。

536: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:03:55.42 ID:3Eypkc0xo

 と言っても、あの壁ほど高さはないし、おそらく厚くもないだろう。

 ただ、人が訪れることを望んでいるようには見えなかった。

「門が、開いてる……」

 大きく口を開けている大手門を前に、ハンジはつぶやく。

「なに?」

「門が開いてるんだよ。必要最低限の出入りにしか開けない門が開いているんだ。

こんなの絶対におかしい」

「いや、門なんだから開くのは当たり前じゃあ」

「エガちゃん。ここで待ってて。私が調べてくるから」

「おい、ハンジ」

 江頭が止めるのも聞かず、ハンジは馬を走らせて工場都市の入り口へと向かう。

門の向こう側は暗く、まるで魔物の口の中に飛び込んでいくように見えた。

「……行っちまったか」

 ここで待っていて、と言われて素直に待つ江頭ではない。

 彼は好奇心の塊である。

 かつて事件あるところに江頭ありと言われたように、話題になった場所には、

直接出向いている。パナウェーブ研究所、ジェンキンスさんの勤務地、聖火リレー、

ワールドベースボールクラシック、オリンピックなどなど。

 江頭が出没した例は枚挙にいとまがない。

 ゆえにこの時も江頭は行こうとした。

537: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:04:23.13 ID:3Eypkc0xo

 だが、一瞬立ち止まる。

(ここであいつの信頼を裏切るような真似をしていいのか)と。

 ハンジは江頭を信じてここまで案内してくれたのである。

 ここで彼女の言うことを聞かないということは、ハンジの信頼を無碍にすることを意味する。

(しばらくここで待っているか)

 そう思い江頭は馬を降りて、近くに倒れていた枯れ木の上に腰掛ける。

 妙に生暖かい空気が通り過ぎて、嫌な気分になった。

 視線の先にある、工場都市の入り口は今も大きな門を開け広げたままである。




   *



「ぎゃあああああああ!!!」

 遠くから人の声が聞こえた。

「はっ!」

 日中の移動の疲れでウトウトしていた江頭だが、その声で我に返る。

 微かに響いたその声は、明らかにハンジのものであった。

「ハンジ!」

 江頭は叫ぶが返事などあるはずがない。

538: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:05:17.67 ID:3Eypkc0xo

 ハンジの声は、深く暗い工場都市の城門の中から聞こえてきたのだから。

「くそっ! しくじったか!」

 江頭は先ほど下した自分の判断を激しく後悔した。

(あそこで一緒に付いていくか、すぐに追いかけていれば……!)

 江頭はそう思い唇を噛むが、悔しがったところで事態が好転するはずもない。

「行くぞロシナンテ!」

 馬に勝手に名づけた江頭は、馬にまたがり工場都市へと向かう。

 気が付けば、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 空には月はおろか星も出ていない。
 
 ただ分厚い雲が夜の帳に拍車をかけているだけである。

暗闇の中を進むと、微かに灯りが見えた。

 目が慣れてくると、街中のいたるところにある光がランプや松明であることがわかる。

 しかし、人の気配が全くない。

「誰かいるかー!」

 江頭が叫ぶと、その声は反響し、どこかに吸い込まれてしまった。

「よっと」

 これ以上は危険と判断した江頭は、一旦下馬して周囲の様子を伺う。

 やはり人の気配がしない。

 誰もいない、死の街のようでもある。

「ハンジー! 生きてるかあー!」

539: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:05:47.57 ID:3Eypkc0xo

 もう一度叫んでみるけれど、返事はない。

 ただ、自分の声がむなしく戻ってくるだけだ。

(一体何が起こっているんだ? というかここは何だ)

 江頭は焦る。

 工場都市と言われているだけに、彼はもっとごみごみとした騒がしい街を想像していた。

 しかし実際には、無機質な建物が立ち並ぶ無人の街。

 とてもじゃないが、ここで何かが作られているようには見えない。

「おーい」

 何度も呼びかける江頭。

 だが返事はない。

 江頭の中の不安がどんどんと大きくなる。

「どうも、江頭さん。よくここまでこられましたね」

「誰だ!」

 不意に自分の名前を呼ぶ声に江頭は振り返る。

 ハンジ・ゾエ、ではない。

「誰、なんだ」

 江頭はもう一度聞いた。

 暗い影から出てきた人影は、小柄な坊主頭の少年であった。

「コニー……?」

540: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:06:27.14 ID:3Eypkc0xo

 調査兵団の制服に身を包んだその坊主頭は、間違いなく調査兵団のコニー・スプリンガーである。

「どうしてこんなところに」

「コニー、ですか。確かに今はそうかもしれませんね」

「何を言っている?」

 コニーの不気味な笑みに、江頭は何とも言えない違和感を覚えた。

「お前、本当にコニーか」

 コニーのことを詳しく知っているわけではない。

 まともに話もしていないのだ。

 だが、江頭の記憶の中にある、あの小さな兵士とは印象が大きく違っていた。

「ええ、コニーですよ。この世界に限ったことですけど」

 そう言うとコニーは再び笑う。

「どういうことだ」

「こういうことですよ、江頭さん」

 そう言うと、コニーは自分の顔の辺りに手を当てると、皮膚を掴んで思いっきり

引っ張った。

「!!」

 驚く江頭。

 そこには、コニーではなく彼の見覚えのある男の顔が出てきたのだ。

 江頭がよく知る猿顔の人物。

541: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:07:22.60 ID:3Eypkc0xo

「岡村くんか」

「ええ。僕です。岡村です。江頭さん、お久しぶり」

 コニー・スプリンガーの皮を被っていたのは、なんとナインティナインの岡村隆であった。

 仮面を脱ぎ捨てた岡村は、声だけでなくその喋り方も関西弁に変わっていた。

「岡村くん。本当に岡村くんか?」

「嫌ですよ江頭さん。僕のこと忘れはったんですか? 正真正銘の岡村隆です」

「いや、しかし何でこんな所に。それに、コニーは」

「コニー・スプリンガーは僕です」

「は?」

「少なくともこの世界におけるコニーは僕なんです、江頭さん」

「どういうことだ?」

「わからないですかね。置き換わってるんですよ。僕らは」

「……」

 意味がわからない。

「訳が分かれへんって顔してますね。無理もありません。しかしこれが現実です。

僕らは『進撃の巨人』という物語の中の登場人物になってしまったんです」

「物語……?」

「知りませんか? 人気漫画なんですけどね。アニメ化もされましたし」

「……」

542: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:08:18.78 ID:3Eypkc0xo

「意味がわからないぞ。本当に」

「そう思うのも無理ありませんね。でも受け入れてくださいというほかありません」

「どうしてキミがここにいる」

「江頭さんと同じ理由、と言ったらどうですか」

「まさか、キミも」

「ほう、自覚があるんですね。それは結構なことです」

「岡村くん! キミはどうやってここにきた! どうやったら戻れるんだ!」

「江頭さん。本当に戻りたいんですか?」

「一体何を言ってるんだ」

「質問に答えてください。本当に元の世界に戻りたいと思ってます?」

「当たり前だろう……」

「戻った先に一体何があるんですか江頭さん。現実の世界にどれだけの意味があるというんですか」

「お前、本当に岡村くんか?」

「江頭さん。壁の外ではなく内側に目を向けたのは、いい判断やと思います。

確かにそうですよね、この世界には矛盾が多すぎる。その謎を解明する手がかりが

壁の内側にあると考えたところは鋭い」

「……」

「しかし江頭さん。ゲームには行ってはいけない場所、というものがあります」

「?」

543: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:10:05.45 ID:3Eypkc0xo

「せやから、この世界には行けない場所というものがあるんですよ。その一つがここです。

世界のバランスを崩す可能性のある、いわば弱点のような場所」

「岡村くん」

 岡村は何かに取り憑かれたように話を続ける。

「せやけどねえ、江頭さん。世の中には見ないほうが幸せだったってことも、

あるんやないですか?」

「だから、何が言いたいんだ」

「現実の世界なんてクソですよ。せやから、幻想の世界でずっと過ごしていれば幸せなんやないかって、

時々考えるんですよね、僕」

「岡村くん!」

「江頭さん。あなたはどう思いますか。このまま元の世界に戻っても、ずっとお笑いを

やっていけるっていう保証はないんですよ。世間の移り変わりは激しい」

「岡村くん……」

「どないですか、江頭さん。もしお望みなら、世界を変えるくらいなら今の僕にも

できるんですが」

「岡村くん。俺は戻るよ。例え全然仕事が無くなったとしても、バイトしてでも俺は

お笑いを続ける」

「……」

544: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:10:53.69 ID:3Eypkc0xo

「もし、客が最後の一人になったとしても、その一人のためにお笑いをやりたい。

俺はそう決めたんだ」

「随分とご立派な決意ですね」

「この世界で会った連中から学んだんでね」

「ふっ、江頭さん。さっきも言うたでしょう。この世界は幻想なんです。全部ウソなんですよ。

そんなウソの塊から何を学ぶんですか」

「例え――」

 そこで江頭は一呼吸置く。


「例えこの世界の全てが嘘だとしても、この俺の心に宿った感情に偽りなど何もない」


「……ご立派」

 そう言うと岡村は軽く拍手をした。

「岡村くん。この都市は一体何なんだ」

「僕にもわからないことはありますよ。ただ、一つだけはっきりしていることがあります」

「なに?」

「少なくとも、この僕を倒さなければ、元の世界には戻りません。僕は一時的ではありますが、

この世界の管理権の一部を持っているんですから」

「何でそんなものを」

545: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:12:02.06 ID:3Eypkc0xo

「さあ、何ででしょうね」

「これからどうするつもりだ!」

「とりあえず江頭さん」

「……」

「目障りなんで、死んでもらいます?」

「ぬわ!」

 不意に岡村の服はビリビリと破け、どんどんと巨大化していった。

「巨人化!?」

 だが岡村の巨人化は、ただ大きくなっただけではなかった。

「これは……」

 彼の腕や脚などにモサモサと生えてくる茶色の毛。

 そう、岡村隆は20メートル近い巨大な猿人になってしまったのだ。

《人を見下ろすって気持ちがいいですね、江頭さん》

 岡村の声で、大猿は言った。

「岡村くん!」

《さあ江頭さん。戦いましょうか》

「なぜ俺とキミが戦う必要がある!」

《そうでしたねえ、江頭さん。あなた、見かけによらず心優しい人でしたね。

確かに僕と戦うのは躊躇いがあるかもしれません》

546: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:13:08.76 ID:3Eypkc0xo

「岡村くん。一体何を」

《だったら、戦わざるを得ない状況に追い込みましょうか》

「なに!?」

《巨人のみなさーん! 出てきてくださーい!》

 岡村のその声に、今までどこに隠れていたのかよくわからない、巨人どもがどんどんと

街中から姿を現してきた。

 見た限り数十体。全部で百体以上はいるだろうか。

(こんな巨人が、一体どこに)

 10メートル級から5メートル級まで、大小様々な巨人が工場都市内に溢れる。

 そして狙うは、間違いなく江頭。

《どうです江頭さん。あなた、戦わないと食われますよ。巨人の皆さんに》

「うわあああ!!」

 数体の巨人の手が一斉に江頭に伸びる。

 江頭は素早くかわすと、そのまま駆け出した。

 しかし、巨人の脚の間を縫って駆け抜けてもその先にも巨人がいる。

「岡村あああ! お前なにやってんだあ!!」

《さあ、早く戦ってくださいよ。僕を楽しませてください江頭さん》

(あいつ、狂ってやがる……!)

 岡村が正気ではない、と確信した江頭はすぐに方向転換して建物の中に逃げ込む。

 しかし、10メートル以上ある巨人の拳が建物の壁をぶち壊した。

547: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:13:50.44 ID:3Eypkc0xo

「ぎゃあああ!!」

 このままではマズイ。

 そう思ってはみたものの、自分がどうやって巨人になるのか未だにわかっていないのだ。

(そうだ、服だ)

 江頭は、壁の壊れた家を抜け出し、急いで自分の服を脱ぎ捨てる。

「ああ畜生! こういう時に限って」

 ブーツを履いているのでズボンが脱ぎ辛い。

 そんな江頭に比較的小柄の巨人が襲い掛かる。

《アアー……》

 不気味なうめき声と共に、正気とは思えない瞳をした巨人が建物と建物の間をすり抜けるように接近してきた。

「とっとっと、うわあ!」

 ズボンを脱ぎかけて、思わず転ぶ江頭。

 実にカッコ悪いけれど、そんなことをきにしている場合ではない。

「これでもくらえ!」

 脱ぎ捨てたブーツをぶつけるも、巨人は顔色一つ変えずに迫ってくる。

《ケケケケケッ》

 キミの悪い笑い声と笑みを浮かべつつ接近してくる巨人。

 だが、次の瞬間巨人は何かにつまずいて転倒した。

(よっしゃ、チャンスだ!)

548: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:14:47.41 ID:3Eypkc0xo

 江頭は脱ぎかけたズボンから完全に足を抜くと、上半身も裸になって駆け出す。

 そして都合よく立てかけてあった梯子を上り、二階建ての家の屋根の上に乗った。

「あいつ、いつの間にあんなところに」

 いつの間にか岡村こと、猿の巨人は街の中央の塔の上に上っていた。

 月明かりと、街に点在するわずかばかりの灯りに照らされた大猿岡村の姿は、

実に不気味である。

「岡村あああああああ!!!!」

 その姿を見て思わず叫んだ江頭。

 いや、叫ばずにはいられなかったのだ。

 一体奴は何がしたいのか。

 どうしてこんな事態になっているのか。

 わからないことは山ほどある。

 それでも――

《オウアアアア!!!!》

 江頭の存在に気付いた大型の巨人の一団がこちらに近づいてきた。

(くそっ! 大きくなれよ!! 俺!!!)

 江頭は強く望む。

《ゴオオオオオオオオオオオオオオアアアアアア!!!》

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

549: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:15:19.76 ID:3Eypkc0xo






 だがしかし、


「え……?」

 江頭の身体は宙を舞う。

 自分の足元にあった家の屋根が、巨人の拳で砕かれてしまったようだ。

 当然、足場を失った江頭は、空中に投げ出されることになる。

「うわああああ!!!!」

叫んだところで、助けがくるわけでもない。

 ただ、ただ落ちて行くだけだ。

 背中に衝撃が走った。

 どうやら屋根に激突したらしい。

 空中に投げ出されたときに顎を引いていたので、なんとか後頭部を強打せずにすんだ


「ぐふっ」

 致命傷は避けられたものの、背中を激しく打ったために息が苦しい。

(くそ、早く逃げなければ……)

 そうは思ったが身体が上手く動かない。

「くそ……!」

550: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:15:50.04 ID:3Eypkc0xo

 江頭はこれまで“死にたくない”、と思ったことはあった。

 だが今は違う。

「こんなところで……、死んでたまるか……!」

 自分に言い聞かせる様に、彼は身体を起こす。

《ぐおおおおお!!!!》

 そんな江頭の目の前に、十メートル級の巨人が立ちはだかった。

 よく見ると、右腕を大きく振り上げている。

 逃げないと――

 そう思ったが、周りにも巨人はたくさんいる。

  











 俺はここで死ぬのか?









   つづく

551: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/09(水) 20:16:46.92 ID:3Eypkc0xo




 現在公開可能な情報はありません――

559: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:38:24.94 ID:XL2+SQ4Io





   進 撃 の 江 頭 2 : 5 0


    最 終 話  命の価値

560: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:38:52.66 ID:XL2+SQ4Io


 全身を駆け巡る恐怖。

 だがそれ以上に、悔しかった。


 なんでなんだ……!


 岡村!


《グオオ……!》

「え?」

 不意に、目の前の巨人の身長が消える。

 いや違う。いなくなったわけではない。

 ドスン、という音とともに膝から崩れ落ちたのだ。

「一体何が……?」

 不意に、彼の目の前に黒い影が横切った。

 よく見ると、月明かりに照らされてキラリと光るワイヤー。

「あれは」

「無様だな、エガシラ」

「お前……」

「まさかこんな所で死ぬ気なのか?」

「……」

 江頭は一瞬言葉が出なかった。

561: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:39:24.63 ID:XL2+SQ4Io

調査兵団の制服。

 だがハンジではない。

 そこにいたのは、

「リヴァイ――」

 左腕の一部がなくなったリヴァイであった。

「なぜここに……」

「なぜだと?」

リヴァイは少しだけ黙る。そして、

「俺にもわからん」

 そう言うと江頭から視線を逸らす。

「おい、どういうことだ」

「多分“あいつら”も同じだと思うぞ」

「あいつら?」

 江頭が振り返ると、複数の人影が見えた。

「エガちゃあああああん!!!」

「あっ!」

 江頭の視線の先には見覚えのある人影が宙を舞っている。

「助けに来たよお!!」

 両手に剣を持ったエレン・イェーガーだ。

 エレンは一瞬だけ江頭に視線を向けると、そのまま巨人に斬りかかる。

562: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:39:51.85 ID:XL2+SQ4Io

「エレンの恩人は私の恩人。ミカサ・アッカーマン、行きます!」

 そのすぐ後ろには、マフラーをしたミカサがぴったりと控えている。

「エガシラさん!」

「クリスタ!」

「エガさん! 俺たちもいるぜ」

「ジャン!!」

「師匠おおおおお!!!」

「夜叉!」

「サシャですうう!!!!」

 他にも見知った調査兵団の団員や、見たこともない憲兵団、駐屯兵団の団員なども多数参加している。

「あいつら……」

「後先も考えず、お前を助けるためだけにここへ駆けつけた連中だ」

 リヴァイは言った。

「俺を助けるため……」

「考えなしのバカどもだ」

「……」

「そしてこの俺も」

 そう言うと、リヴァイは右手に巻きつけた布を口で縛る。

「リヴァイ、その」

563: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:40:21.22 ID:XL2+SQ4Io

「余計なことは考えるな、エガシラ」

「え?」

「ここは戦場だ。お前は自分のことだけを考えとけ」

「しかし」

「あの糞でかい猿。見たところ、あれを倒さんかぎり先には進めないだろう」

「……!」

 再び前を見る江頭。その先には月明かりに照らされた巨大な毛深い巨人。

「あれだけは特別って気がするぜ」

「ああ……」

「雑魚の巨人は任せろ。お前は自分の戦いに集中しろ」

「リヴァイ」

「なんだ」

「ありがとう」

「礼なら終わってからにしな。もっとも、生きていればの話だが」

「そうだな」

 そう言うと、リヴァイも立体機動装置を使って飛び出す。

 工場都市に溢れる大小様々な巨人は、エレンやリヴァイたちが相手をしている。

 だったら、江頭が相手にしなければならない巨人はただ一人。

「おかむらあああああああああああああ!!!!」

564: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:40:54.49 ID:XL2+SQ4Io

 熱い。

 身体が熱い。

 まるでマグマか炎のように、熱い!

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 脚や腕に何かが当たる。

 視界が高くなる。

(これは!)

 そう、江頭は巨人化したのだ。

 黒タイツの巨人へと――

《岡村ああああああああ!!!!》

《やっと本気を出したようですね、江頭さん》

 だが大猿の岡村は余裕そうな表情を崩さない。

《そんなに必死になってどうするんですか》

《……》

《この世界の命はとっても安いんですよ、江頭さん。そこいらの若手芸人と同じようにね。

いくらでも代えは利く》

《……う》

《クズみたいな命のために、あなたは命をかけるんですか?》

《確かにこの世界での命の値段は安いかもしれない》

565: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:42:09.11 ID:XL2+SQ4Io

 江頭はペトラのことを思い出しながら、訥々と言葉を吐き出す。

《そうでしょう?》

《だ……》

《え?》

《だけど》

《……》

《だけど! どんなに軽くても小さくても!! 生きていること自体が輝きなんだよ!!

それはどの世界だって変わらねえ!!》

《!!》

《うおおおおおおおおおおおおお!!!》

 江頭は叫びながら拳を振るう。

《甘いですよって!!》

 岡村(大猿)は異常に長い腕(前足)を振るって江頭の身体を横から弾き飛ばす。

《ぬわっ!!》

 勢いのついた衝撃が江頭の右半身を襲う。

 そして建物に激突する。

 レンガ造りの家はすぐに倒壊した。

 体内をかけめぐるアドレナリンの影響か、痛みはほとんど感じない。

 だが、衝撃で視界がくらくらする。

566: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:42:46.49 ID:XL2+SQ4Io

 今までの巨人とは違う。

 圧倒的に違う“何か”を感じる。

《くっそ》

 すばやく立ち上がる江頭。

 その江頭の頭上に大きな拳が振り下ろされていた。

《ぬおっ!》

 寸でのところでかわす江頭。

 ドスン、とまるで鉄球が落ちた時のような衝撃。

 潰れかけた民家が完全に押しつぶされてしまった。

《江頭さん! 圧倒的な力になす術もなくやられる気持ちってわかりますか》

《ぐおっ!!》

 まるでヌンチャクのように飛んでくる、異常に長い岡村の両腕。

 それが容赦なく工場都市の建物を破壊する。

 中に誰も住んでいないことは知っているけれど、整然とした建物が次々に壊されていく

光景を見るのはそんなに気分の良いものではない。

《僕はね、江頭さん。この世界では神にも近い能力を発揮できるんです! 髪だって

あなたよりもフサフサです》

《髪どころじゃねえだろうが!》

 今の岡村は頭だけでなく全身もフサフサであった。

567: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:43:29.76 ID:XL2+SQ4Io

《はあーはっはっは!! 逃げないと死にますよ! それとも死ぬよりも辛い痛みを

御所望ですか》

 岡村のサディスティックな笑いが夜空に響く。

 正直、線の細い江頭にとって肉弾戦は大の苦手。

 プロレス(ハッスル)に出場した時も、命がけであった。

 よく知らない者は、プロレスなんて八百長だから平気、と思っているかもしれない。

 だがそれは間違いだ。

 極限まで鍛えた男同士のぶつかり合い。

 これほど危険なものはない。生半可な気持ちで立てる舞台ではないことは、

レイザーラモンHGだってわかっている。

(とにかく、今はこのやたら長い両腕の攻撃を掻い潜って)

 そう思った江頭だが、まるで鞭のようにしなり、そして素早く動く岡村の両腕に、

上手く近づけない江頭。

 それどころか動きを見切られ、江頭の正面に拳が飛んできた。

(しまった――)

 とっさに腕を十字に組んで衝撃に備える江頭。

 だが、岡村の拳の衝撃はそのガードの上を越えて、江頭の腹の底にドスンと落ちる。

《ごお……》

 何とか後ろに吹き飛ぶことは避けた江頭だった、思わずその場に膝をついてしまった。

568: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:43:59.38 ID:XL2+SQ4Io

《やっとまともに入りましたか。ガードが無ければ即死でしたのに》

《うぐ……》

 まともに声が出ない。

 と言うか、息もできない。

 しっかりとガードしたつもりなのにこの衝撃。

 本当に死んでしまいそうだ。

「エガちゃああああん!!」

 遠くで少年たちの声が聞こえてきた。

「頑張れえ! エガちゃあああああん!!」

「エガシラ!!!」

「師匠おおおお!!!」

(応援の声……?)

 エレンたちだ。

 彼らはいつも応援してくれた。

《さあ、トドメです江頭さん!》

(そうだ、応援の声)

 江頭は思い出す。

 うつ病に悩まされた日々を。

 眠れない夜が何度も続いたあの日々を。

 死にたい。

569: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:44:41.64 ID:XL2+SQ4Io

 毎日そう考えていた。

 1990年代後半、空前の江頭ブームの到来。

 そしてその終結。

 21世紀に入るころ、江頭は極度の精神疾患に悩まされていた。

 本気で引退を考えていた。

 実際に精神を病んで引退する芸人は後を絶たない。

 江頭の先輩も、多くの後輩たちも芸能界を去った。

 自身も、芸の限界を感じて引退を考える。

 だが引退後の人生設計が浮かばない。

 ずっとお笑いばかりやってきた江頭にとって、お笑い以外のものは考えられない。

 だったら死のう。そう考えていた。

 だが、全身に力がはいらず無気力になって江頭は、自殺するということすら億劫になっていた。

 辛うじて生きている、そんな日々が続いていた。
  
 そんな江頭のもとに、事務所から手紙が送られてきた。

 ファンからの手紙だ。

 症状が安定してきた江頭は、その手紙を何度も何度も読み返す。

 かつてテレビに出ている時は、苦情や罵倒の言葉が並んでいた手紙。

 だがこの時は違っていた。

 励ましの言葉、応援の言葉。

570: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:45:15.65 ID:XL2+SQ4Io

 そんな言葉を並んでいた。

 障害を持った男の手紙があった。

 意外にも芸能人やスポーツ選手からの手紙も。

 頑張ってください江頭さん。エガちゃんが出なくなってからテレビがつまらなくなった。

 また大暴れして欲しい。伝説を残してくれ。落ち込んだ時に、エガちゃんの芸を見ると元気が出る。

 一つ一つの言葉が江頭の心に突き刺さる。

 俺の芸は万人受けするもんじゃない。

 差別されたり、虐げられたり無視されたり。

 そんな連中が喜んでくれる芸があってもいいじゃねえか。

 江頭はもう一度立ち上がる決意をする。

 誰よりもお笑いが好きで、誰よりも舞台やテレビが苦手。

 そんなお笑い芸人。

「俺は立派な人間じゃない。ましてや、タケシさんタモリさんみたいな大物でもない」



 だけど――



《そんな俺でも、人の期待には少しでも応えたいと思っている》


 江頭は立ち上がった。

571: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:45:53.71 ID:XL2+SQ4Io


《そのまま寝ていればよかったものを》

《俺の命はクソみたいに小さいもんだ! だけどな、そいつをタダでくれてやるほど、

俺は贅沢者じゃねえ》

《強がりは死んでから言ってください》

 そう言うと、岡村は再び長い腕を振るう。

 だが、

《な!!》

 鞭のようにしなり、魔法のように伸びる岡村の腕を江頭はいつの間にか掴んでいた。

《岡村くん。キミは何のためにお笑いをやっている》

《何を言ってはるんですか、江頭さん》

 岡村は掴まれていないもう一方の腕で江頭を攻撃する。

 しかし江頭は左手だけでその拳を止めてみせた。

《ど、どういうことや。僕の攻撃は100トン以上の衝撃があるはずやのに……!》

《消えろ“偽物”》

《!?》

《うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!》

 江頭は抱えた腕を投げ捨てると、岡村に向かって距離を詰める。

《来るなああ!!》

《でりゃあああああ!!!!》

572: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:46:32.39 ID:XL2+SQ4Io

 拳、ではなく頭突き。

 ダッシュの勢いを利用して岡村の額に江頭は頭突きをかます。

《ぐっ……》

 一瞬怯む岡村。

 そこに今度は拳を見舞う。

《だあああああ!!!》

 拳が潰れた。痛みはないが、そんな感覚が江頭を襲う。

《まだ左手もある!!》

 今度は蹴り、そしてまた頭突き。

《うわあああああああ!!!!》

《おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!》

 精神も肉体も、ボロボロになってもいい。

 それでも求めるものが自分にはある。

《どりゃああああ!!!!》

 最後は勢いをつけたヒップアタック、通称“江頭アタック”だ。

《どわあああああああ!!!!》

 不思議な力が発動したのか、岡村(大猿)はその場から数十メートル後ろに吹き飛ぶ。

 一際大きな建物が大きな音とともに潰れた。

「エガちゃあああ!!!」

573: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:47:18.76 ID:XL2+SQ4Io

「やったあああ!!」

 遠くから若者の声が響いた。

 江頭は振り返りたかった。

 振り返ってその歓声に応えたいと思った。

 だが、その時彼はそれを我慢する。

(俺は、戻らない)

 そう思い、彼は前に進む。

《トドメを、刺さないのですか……。江頭さん》

 大猿の岡村は言った。

 何かを諦めたような瞳が江頭を見据える。

《どういうことだ》

《ここでトドメを刺しておかないと、再び僕はあなたに牙をむくかもしれませんよ》

《……岡村くん》

《……》

《ガッペムカツク!》

《!?》

《キミもお笑い芸人なら、たとえ殺してやりたいほど憎い相手でも、笑わせてやるだけの

度量を見せたらどうだ》

《……プッ》

 思わず吹き出す岡村。

574: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:47:50.50 ID:XL2+SQ4Io

 大猿だった岡村の顔が、次第に人間に戻っていく。

 ただ、大きさはまだ巨人のままだ。

《クックック。江頭さん。僕の負けです。やっぱりあなたは凄いです》

《……》

《戻りましょう。元の世界へ》

《岡村くん》

《この世界よりも、もっとひどい現実が待っているかもしれませんけど》

《覚悟の上だ》

《一生苦しみ続けますよ》

《死ぬまで苦しんでやるさ。お笑いのためならな》

《……わかりました》





 

   *

575: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:48:18.08 ID:XL2+SQ4Io









「――がしらさん」

「……」

「江頭さん!」

「え?」

 気が付くと、江頭は自動車の後部座席に座っていた。

 大川豊興業が所有するワゴン車だ。

「もう、江頭さん。どうしちゃったんですか」

「クリスタ?」

「はあ? 何を言ってるんですか。私は来栖です。誰ですかクリスタって」

 江頭の隣りには、小柄な来栖マネージャーが座っていた。

 よく見るとクリスタに似ているかもしれない、と江頭は思う。

「ちょっと、何を見ているんですか気持ち悪い」

「おお、悪い」

 クリスタと比べて、マネージャーは思ったことをすぐ口に出す。

「大丈夫なんですか? 江頭さん」

576: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:48:50.84 ID:XL2+SQ4Io

「何が?」

「何がじゃないですよ、今日の舞台」

「ん? ああ」

「エガちゃん。疲れてるの? 昨日飲み過ぎたんじゃないの?」

 前の席に座ってた、同じ事務所の寺田体育の日がニヤニヤしながら言ってきた。

「そんなに飲んでないけど」

「それより江頭さん。今日の舞台ですけど」

「わかっている」

 この日、江頭は陸前高田市にいた。

 数年前の震災で大きな被害を受けた地域だ。

 被災地での営業は決して珍しくない。

 江頭は窓の外を眺める。

 そこには、多くの更地が広がっていた。

 ほんの数年前まで、ここには店や家がたくさん立ち並んでいた。

 それがあの日、一瞬でなくなっている。

(俺の故郷がこうなったら、どう思うだろう。多分、凄く落ち込むだろうな。

 落ち込んでいる人たちに俺ができることは――)

 ふと、そんなことを考える江頭。

「江頭さん。何か秘策とかあります?」

577: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/10(木) 19:49:23.28 ID:XL2+SQ4Io

 来栖は聞いた。

「秘策ってなんだよ」

「この前みたいに危険なネタはやめてくださいよ」

「俺が危険なことをやらないで、誰がやるんだよ」

「やり過ぎてもらっても困るんです」

「そうだ。最初からタイツ履かないで出てみようか」

「バカなことを言わないでください」

「登場曲以上にスリルだぜ?」

「却下です」

「それじゃあさ――」

 江頭を乗せた車は会場まで向かう。

 今日も江頭は営業や舞台に精を出す。

 年に何回かテレビに出て、後はひたすら営業。

 派手な芸風に反して地味な日常だが、それでも彼はそんな日々に命をかける。

 今日もどこかで。











   おわり