2: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:51:11.36 ID:jTOUYFgSo
天も地もあやふやで、何もかも虚ろなただ黒だけの光景。
地平線の先まで漆黒で塗りつぶされた空間に、上条当麻は独り立っていた。
瞳を爛々と輝かせて、油断なく周りを見渡しているその姿は餓えた獣のようだ。
何かに気付いたのか、鈍く光を放つ視線が離れた、或る一箇所を睨みつける。

「……どうしたオティヌス。俺はまだ終わっちゃいないぞ」

言葉に呼応したかのよう、ただ黒だけを映していた瞳の先へと色彩が浮かび上がり
瞬きをする間もない一瞬に、オティヌスは現出していた。

「呆れたものだ。お前のしつこさにはいい加減飽いてくる」
「なら早く世界を戻して終わらせろ。俺は絶対に諦めない」

少女の姿をした魔神の表情には、ほんの少しだが疲れの色があった。
あらゆる責め苦を与えられ、血も肉も心も、切り刻まれてすり潰されているはずの
上条の精神を、どうしてもオティヌスは折る事ができていなかったのだ。
繰り返される位相を挟まれた世界は、百を越え、千を渡り、万に届いてもなお、少年は健在であった。

オティヌスは上条を見つめる。
張り詰めている表情は精神的に参っていないはずもない。
けれども、瞳には強い意思が溢れており、燻っている炎が燃え上がるのを待ちわびているかのよう。
その双肩に、幾つも重なった螺旋の世界を乗せて、立ち上がり続けていた。

オティヌスが痛苦を生み出す何万もの手管を用意していたとしても。
いや。用意して実行しているからこそ、徒労を感じるのはしょうがなかったかもしれない。

「……お前にはいい加減アプローチを変える必要がありそうだ」
「どういう意味だ?」

疑問をあげながらも上条は油断せず、オティヌスの動きを見ている。
唐突に始まる世界の変遷に、人の身で対応できるはずもないが
それでも食らいつこうとするのが上条当麻という少年だ。

だとしても見えなかった。
魔女の帽子だけが視界に在ると気付いた瞬間、オティヌスが眼前なんて生温いほど近く低い距離へと踏み込んでいたのだ。

引用元: 【上条×オティヌス】壊れた世界の迷い人 



3: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:52:11.20 ID:jTOUYFgSo
(殺られる……!?)

上条は身じろぎもできない。
魔神の動きにはやはり反応しようがない。
幾多も受けた苦痛を思い返し、その先へと至る覚悟を決める。

「そう震えるな」
「なっ……」

だが起きた事は、その全ての経験が意味を為さない予想外のもの。
人を文字通りの意味で容易く折り砕けるオティヌスの両腕が、ただ上条を抱きしめたのだ。
首元に頬が触れるほど近く、まるで恋人を抱擁するかのように。

上条は動けない。
攻撃できるチャンスなんてすら思えない。
拳を握る事もできず、両腕を左右に広げたまま戦慄で固まっているだけだ。

「オティヌス……何を企んでやがる……!?」
「企んでいる、と問われればそうなのだろうな」

視線が交差しあう。殺意や憎悪は感じられない。
オティヌスの見上げている瞳にはどこか面白そうな笑みが含まれていた。

「アプローチを変えると言っただろう。お前に幾ら苦痛を与えても無駄なようだ。
 ならば苦痛に耐えれたとしても、その逆はどうなのだ?」
「うっくっ……」

抱きしめる力が増し、上条に緊張が走る。
けれども潰されるなんて事はなく、ほっそりとした肢体がより密着しただけ。
水着よりも露出のある肢体や胸が上条へと押し付けられた形になる。

「歴史に残る聖人や罪人をも上回るだろう苦痛を受けたお前は、快楽にも耐えられるのか?」

オティヌスの手が上条の腕や身体に触れ優しく撫でる。
そうして頤をあげて、上条へと少しずつ近づいていって

「ふざけるな……!」

怒声と否定の腕がオティヌスを押し退けた。

4: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:52:45.58 ID:jTOUYFgSo
「そんな事、お前になんかされても苦痛と変わらない!」

断固とした上条の拒否。
上条当麻にとって、味方と敵はその時その場面での状況次第という事は多々あるものの
オティヌスは現状紛れも無く敵に位置している。
和解というならば胸襟を開けるだろうが、突然の無礼無遠慮な行動を受け入れられるはずもない。
まあ、もし敵ではなかったとしても、上条は拒否していただろうが。

「……これでも魅力には自信はあったのだがな。私では不服か?」

オティヌスの冷たい瞳を上条は見返した。
なるほど、少女の姿をした魔神は美しいと言ってもよいだろう。
金を溶かして糸にしたような、一切のくすみない金髪は黒の空間で一際の輝きを放っている。
見せ付けるような裸体に近い白い肌には染み傷一つなく、均整のとれた肢体は芸術家が理想の美を彫り込んだ彫像のよう。
眼帯で隠れているはいえ、整った顔立ちは上条の知る少女らに勝りこそすれど劣るものでもない。

けれどもその内に秘められたものは、残酷で冷徹な、人を省みない悪神そのものだ。
世界に災厄をばら撒き、目的のためなら人も生命も世界すらも意に返さない。
上条にとってのオティヌスはそのような存在であり、概ね間違いではなかった。

「……魅力とかそういう問題じゃない。お前とは御免と言っているんだ」
「だとしてもだ。私がそう決めたのならお前が拒否できるとでも?」
「……なにをする気だ」

じりりと、黒の空間では音もしないが上条は後ずさる。
オティヌスは棒立ちしているようだが剣呑な目をしているし、前例の通り上条では手も足も出ない。

(こ、これは真剣に●●の危機……なのか……?)

なにやら雲行きの怪しさと想定外の事態に、上条の額から一筋の汗が流れた。
今まで女性らににちょっかいをかけられた経験は何度かあるが、真剣に襲ってきたわけでもないので初めての経験だ。
このまま、ヒャッホゥッ美少女と●●●●三昧だぁとか喜ぶには、相手が悪すぎる。

「なーに。天井の染みでも数えていればすぐに……そういえばないな。代わりにこれでも数えてろ」

ぱっと灯りがついたかのように、数え切れないほどの星々が見渡す限りに散りばめられる。
ただ黒だけの空間が、幾億を越えるだろう宝石に彩られて、幻想的でロマンチックな光景へと早変わりする。
つい綺麗だなーとか思いつつも、にじり寄ってくるオティヌスを見て上条は慌てて我を取り戻した。

5: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:53:13.58 ID:jTOUYFgSo
「まてまてまて、なんか違う! なんでそんな俗っぽい慣用句知ってるんだよ!
 もっとこう…………殺るか殺られるかってシリアスな雰囲気だっただろ!?」
「お前が殺られていただけだがな。何度も言わせるな。アプローチの変化だ」
「アプローチどころかキャラが違う! なんなの!? 見かけどおりオマエ●●だったの!?」
「●●言うな」
「ごっ……があぁぁぁぁっ……!?」

小宇宙をバックに繰り出される神速のアイアンクロー。
ギリギリギリと頭蓋骨が軋み割れる圧迫に襲われる。
加えて子供がぬいぐるみを振り回すかのよう、全身ごとグルングルンと振り回された。
遠心力と加圧で意識と共にトマトソースが飛び散りそうになる直前
手が離されて上条は黒い地べたで、びたんびたんと怖いくらいに痙攣していた。

「人ごときが神を侮辱する罪を知れ」
「うごおごっ、ぐぐぅっ………だって……最初はそういう霊装と思ったけどさ……」

腕ぶった切られたり、戦いの連続だったり、死んだり生き返ったりしてたせいで
つっこむ暇もなかったが、オティヌスの格好はアレだと心の片隅では思っていたので、つい出てしまったのだ。
パーツを継ぎ合わせて作ったような、下着とも水着ともつかない衣装。
街を歩いていると外見年齢と相まって補導でもされそうである。

これに比する格好となると堕天使●●メイドかサーシャのベルト拘束服か。
奇人変人揃いの魔術師をよく知っている上条でも中々思い当たらないだろう。

「……そんなに変か?」
「ぶっちゃけ通販とかで売ってる怪しい●●下着みたいです」
「む……」

立ち直った上条の返答を受け、魔神さんは腕組みで胸を隠すようにして悩み始めてしまいました。
顔色こそ変わらないものの、どこか気恥ずかしさのようなものが垣間見えた気がした。
今の内にと、そろそろ上条が下がりはじめたものの

「つまり●●な魅力は感じているのだな」
「わーぅ」

あっさり掴まれてしまう。

「なら問題あるまい。着替えはまた後でいい」

でも迷い無いようで、若干気にしているらしい。

「お前が●●なのは調べがついている。猿のように●●せてやるよ」
「なんで知ってるんだちくしょう! 調べるってグレムリンどんだけ暇なんだ!」
「私に知らぬものなどない。神たる私が初めてを貰ってやろうと言うのだ。光栄に思えよ」
「思えるか! 今の今まで戦ってた奴とそんな気分になれるかよ!」

がーっと吠える上条をオティヌスは不機嫌そうに睨んだ。

6: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:53:55.36 ID:jTOUYFgSo
「あくまで身を許す気はないと」
「あったりまえだ! こんだけ無茶苦茶されて平気で、はいそうですかなんて言うわけない!」
「なら改めて無茶苦茶にしてやっても構わんが、それでは今までと同じか」

オティヌスが思案の表情を見せて、流れが変わりそうな雰囲気に、上条は心中胸をなでおろす。
金髪美少女から●○○○と聞けばちょっとした男の夢かもしれないが、それも時と場合と相手にもよる。
快感による屈服という狙いも上条相手には的を射ているのかもしれない。

苦痛ならば耐えれる。
そう言い切れるものではないが、その逆の行為に対しては対策も何も、発想すら浮かび上がらないからだ。

(それはそれでおかしいよな……潤いが欲しい……)

オティヌスの策は、上条が気の抜けた思考に至っている時点で成功してると言えただろう。

「……ならば、私とお前が敵ではないとしたらどうだ」

身構える暇もない。
言葉と共に、刹那の単位で上条はどこかへと移動した。そのように感じた。
黒と星々は晴天の青空へと変わり、見渡せば自宅と学校を繋ぐ馴染み深い通行路。
登校時刻らしく周りには生徒らが歩いていて、空に昇ろうとする陽が、暖かく人々を照らしていた。
平和そのものの光景だが、位相を挟まれた世界を体験し続けている上条は、今度こそ油断なく身構える。

(敵じゃないってどういう意味だ……?)

今まで戦った魔術師のように、和解できるのなら快楽どうこうは置いといて文句はない。
しかし、依然として世界は壊れていて、オティヌスが介入した世界がここに在る。
戦いを通じて分かり合えたという訳でもない。
今までとのパターンの違いに上条の混乱は続いていた。

そんな思考の中、たったったっと足音が後ろから近づいてくるのに振り向こうとして

「ごっ……がああぁぁあっ…………!?」

受けた衝撃で、何かの冗談のように上条は吹き飛びくるくると舞い上がる。
受け身も取れず、ずじゃじゃじゃっと擦過音を響かせ、土煙を撒き散らしアスファルトに転がり続けて。

「おはよう上条当麻。そんな所で寝ていると遅刻するぞ」

車にでも衝突されたかのような威力と痛みにふらふらしながらも立ち上がり声のほうを見る。

「は……?」

苦痛の表情が呆けたものへと一瞬に変わった。
なにやら、とある高校の女生徒制服を着ているオティヌスが、何故かトーストを片手に立っていたのだ。
上条は口を半開きにして呆然とした表情のまま、オティヌスも何かを待つように止まり長い沈黙。

(敵じゃないからって同級生……?)

思いつき、上条の表情に理解の色が浮かぶと口がへの字を作り、目を半眼に細め

「無理があるわ!!!」

怒鳴った。

7: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:54:34.44 ID:jTOUYFgSo

「む、駄目なのか」
「駄目とかそういう問題じゃねえ! 世界弄くれる魔神様と早朝衝突イベントやっても萌えねえよ!」
「いやしかし、こういうのがギャップ萌えという奴なのだろう?」
「きゃぁー!? 偏ったカルチャーワードを魔神様が!?」
「それはほら、私は全知みたいなものだし。先程お前の近しい友人から情報収集を……
 おかしいな……土御門元春はいいとして青いのの名前がわからんぞ」
「そんなん全知じゃねえし、収集相手が間違ってる! ぬぐっ、それにさっきので肩が外れてるじゃねえか! てりゃ」

ぐあぁーと両手で頭をかき毟ろうとして、右肩が動かないのに気付くと事も無げに左手で嵌め直した。
随分と逞しくなったものである。

「とにかくアウトだアウト! 上条さんはそんなんじゃ萌えませんし認めません!」
「そんな事を言って、少しはグっときたのではないか?」
「こねえ!」
「むぅ……えり好みの激しい男だな……」

どことなくしょぼんとしている様子に、上条はなんだか悪い事を言った気分になった。
制服を着ているオティヌスは、金髪のためか地味な鼠色の冬服が目立って見えるぐらいには存在感がある。
大きな眼帯を相変わらずつけているのでミスマッチなのだが、普段の格好より随分と親しみやすくもあった。
言わば日常系魔神ヒロイン。
たまに世界を壊したり直したり位相を挟んだりするのがチャーミングポイント。
案外そこらにいそうなヒロイン像である。

「……あー、まあなんでしょうか。さっきよりはいいと上条さんは思います」
「そ、そうか。うむ。人の身を包む衣服であっても、神の美は損なわれないな」

考えつつもつい慰めると、なんだかよくわからない返答。
若干嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「なら了解を得たということでイベントに移るぞ」
「え、まだなんかやんの? もういいだろ。世界戻して終わりにしようぜ」
「そうはいかん。……ええとだな。設定によると、私はお前の幼なじみだが留学して何年も
 会っていなかったらしい。それから生徒会長になった私と一緒に生徒会へ入ってる最中
 私がお前の父親の隠し子と発覚して、幼なじみではなく妹だったと気付くのだ」

「設定盛りすぎだ! 人の家族関係ぶち壊しつつ土御門の趣味も入れてんじゃねーよ!」
「友が考えてくれたものだ。喜べよ」
「本当に考えてそうなのが憎い……! とにかく! 駄目なものは駄目!」

やはり拒否られて、不服そうにオティヌスは口を曲げる。

8: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:55:09.29 ID:jTOUYFgSo
「そうはいかん。まだお前を屈服させていないだろう。神の沽券に関わる」
「青髪ピアスから情報収集してる時点で、沽券も糞もないと上条さんは思うんですよ……」
「ちっ……しょうがあるまい。ならば次の世界だ」
「えー」

疲れてそうな、はぁーとした溜息を聞きオティヌスはまた思案している様に見える情報収集を始めた。
どこかで鴉の鳴き声が聞こえるが何か呆れているような響き。

「しかしお前の友は妙にデータが豊富だな。何故こんなにも男女が●○り合うための状況と方法を知っているんだ?」
「くぅっ……! 偏っているのはあいつ等のせいなのに、なんだか俺が恥ずかしい!」

神代から生きているだろう魔神様に、未成年がプレイしちゃいけないゲームとかの説明をできるほど上条は心強くない。
親友らが面白おかしくシチュエーションをオティヌスに伝えている光景を幻視して、なんとなく肩を落とす。

「時間がかかりそうだ。これでも食って少し待っていろ」
「むぐっ……あ、何か食べたのすげぇ久しぶりかも……」

口に突っ込まれたまだ暖かいトーストを美味しそうに食べ始める上条。
もぐもぐと味を楽しみながら、素直にオティヌスを待っていた。
着々とオティヌスの懐柔策が通じている様子だが、場の空気が変わりすぎてて気付いていないらしい。

「ふむ……お前にはあまり複雑じゃないほうがいいらしいな。ではいくぞ」
「むぐっ、も、もうかよ! せめてもう一口……」

と、言っている最中にテレビのリモコンを押したかのように視界が切り替わり
見覚えの有り過ぎる病室のベッドで上半身だけを起こしていた。
制服も患者用の衣類へと変わっていて、いかにも入院中といった風体だ。

「……上条さん、すご~~く予想がついてきたんですが……」

トントンとドアからノックが聞こえてきて開かれる。

「目覚めたか上条当麻」
「すみません、もう泣いてもいいですか……」
「神の顔を見るなり無礼な奴だなお前は」

予想通り、ナース服のオティヌスが現れて上条はがくりと頭を落とす。

「だってだってだって! 上条さん必死だったんですよ!?
 負けるもんかって耐えに耐え抜いた先で、コスプレ見せられてもどうすればいいかわからないじゃない!」
「意図しない方向で折れられてもな……」

なんだか口調が変わっている上条の叫びに、オティヌスも少々困惑の色があった。

「それにお前絶対騙されてるよ! ナース服ってホントはそんなんじゃないから!」
「そうなのか? 違いがよくわからないな」

白衣というとこは同じなのだが、胸元は妙に深く開いており、黒のブラを僅かに覗かせている。
太腿がほとんど見えるほどスカートが短くて、フロントにはスリットが入っていた。
仕事着は仕事着でも夜のお仕事用といった有様。
相変わらず付けている眼帯が、それっぽい雰囲気も感じさせる。

上や~ん、なんも知らん女の子にコスプレさせるのって●●くね?
とかそんな声が聞こえた気が上条にはした。

9: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:55:56.22 ID:jTOUYFgSo
「くぅぅ……! 世界を戻す前に倒さねばいけない男が現れた!
 オティヌス! 青髪ピアスの所へ連れてってくれ! その後お前と決着をつけてやる!」
「いや待て。そんな事よりも今度はどうなんだ?」
「へ?」
「だから、お前が言ったのだろう。別の格好がいいと」

そんな事を言った記憶はないのだが、オティヌスがどことなくポーズを
とっているようで鈍い上条にもなんとなく思い当たる。
ナース服の感想はないのかと。

「……その、……案外似合ってる……?」
「そうかそうか。癒されるか」
「言ってねえよ」

つい突っ込むが、あんまり聞いていない様子。

「では同意という事で、快楽治療を施してやろう」
「いやいやいや、適当過ぎる流れで無茶言ってるんじゃありません!」
「……お前は本当に強情な奴だな。それとも被虐嗜好なのか。
 苦痛が欲しくて欲しくてまだまだ嬲られ足りないとでも?」
「んなわけねえ! 我慢するけど二度と御免だ!」

我慢という単語が、およそ常人とはかけ離れている所にある上条だが自覚はないよう。

「ならば受け入れろよ。この私がお前を楽しませようとしてるのだぞ。それに私もこんな茶番が存外楽しくなって―――」
「な、なんだよ」

言葉の途中で止まったオティヌスを上条は訝しげに見た。
オティヌスは何かに驚いているよう、瞳を見開いている。
その表情がゆっくりと笑みを象っていき、上条の視線と絡み合う。

「……そうだ。私は楽しくなってきている」

ギシリと病室のベッドが揺れ軋む。
オティヌスが膝をつき、二人分の体重を支えた音だ。

「なあ。もっと顔を見せろよ上条当麻」
「うわ、くっ……!?」

身体を寄せてきたオティヌスが、そっと頬に触れた。
手は少しだけ冷たく小さく、そして柔らかい女の子の手だ。
その手で引き裂かれた経験があるため、身を縮める上条だが、ただ撫でるだけだった。

「わかるか。私が楽しいと思うのがどれだけ久方ぶりのものか」
「し、知るもんかよ……」
「そうだろうな。人が理解するには図りかねるほど遠い過去なのだから」
「…………」

いまいち話が通じないと上条は思ったが、らしくないほどに熱を持つオティヌスの言葉に圧され返答できなかった。
視線はじっとりとこびり付く様に上条を捉えていて、思わず俯けば、開いた胸元が白い肌を覗かせている。

「ん? なんだ上条当麻。私の身体が見たいのか?」
「ち、ちがう……」

顔を逸らしたみえみえの態度に、オティヌスは面白そうに問うた。
以前ならば上条も動揺しなかっただろうが、オティヌスと他愛も無い会話を
していたせいで、厚く纏っていた精神的な防護が薄くなっている。

それもオティヌスの計算なのだろうか。
上条当麻は明確に敵意を見せない相手に、敵意をぶつける事はできない。
オティヌスから被った被害を考えればお人よしなんてものではないが、それが上条当麻という少年だ。

10: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:56:36.33 ID:jTOUYFgSo
「私はお前の顔をもっと見たいんだよ」
「な……!」

近い。
ほとんど寄り添うようなオティヌスから甘い匂いが漂ってくるのを感じる。
どこかで嗅いだ事のある匂いは、ある種の危険を含んでいるようにも思えた。

「私はお前を苦しめるために、数えるのもくだらない手段方法を取った。
 だがお前は全てに耐え抜いた。だから私は考えた。考え抜いたよ。
 お前をどうすれば屈服させれるのかとな。それこそお前が耐えるのと同じくらいにだ」

言葉だけ聞けばあまりに酷い、人を人と思わない所業だろう。
けれども違う。

人間は、虫や獣を苛め痛めつけはしても、そこまでの労力をかけてまでは行わない。
児戯混じりに、退屈を紛らわせるためだけだろう。
そんな事に頭を絞ってまで、実行するとしたならば、それは同じ人にだけ。
では、神にも等しいオティヌスにとって上条はなんなのか。

飽きるほどに冷めていたはずのオティヌスの瞳は熱を放ち、頬に当たる指の動きは優しく慈しむようだ。

「そうしてるうちにだ。私はお前の苦しんでいる顔以外を見たくなった。
 ただ飽きていたのか。それとも自分で思うほどに嗜虐趣味ではなかったのか。
 私も不思議なんだよ。その右手の付属物でしかないお前をどうしても変えたくなった。
 抱きついた後のお前は本当に愉快だったぞ? ついはしゃいでしまったよ」

死にそうなアイアンクローを受けた時を思い出し、上条は額から汗を流す。
それをオティヌスが指で拭くのを止めようとは思いつかない。

「お前が驚いて、呆れ、怒鳴るのも何故か心地がよかった。
 世界から幾千幾万の苦痛を浴びせられているお前の顔を見ているよりも
 私自身でお前の表情感情を変えたと、実感できたのが―――そう、楽しかったのだ。
 だから、私はお前の異なる顔を見たい。苦悶でも懊悩でも怨嗟でも絶望でもない、もっと別の何かをだ」

もうオティヌスは、上条に抱きついているも同然なほど密着している。
けれども上条は、先程のように拒否し押し退ける事ができなかった。
目の前の少女から伝わってくる執着に圧倒されているのだ。
上条を追い詰めるための演技というには真に迫っている。

「そ、そんなの信じられるかよ……だって……お前からすれば俺なんて、軽く潰せる虫みたいなもんだろ……」

それでも上条はオティヌスをそっと押し返し首を振った。
嘘とは思えなかったが、ぶるってしまっているのだ。
地獄を何度も味わっただろう少年は、魔神からぶつけられた強い感情に腰が引けてしまっている。

「……そうだな。私にとって人も虫もたいして変わらない存在だ」
「だったら―――」
「けれども上条当麻。お前はそうではないと示したんだ。お前は特別だと私に証明した」
「な――」

上条の脳裏に、自分ではない『上条』という誰かが上条当麻の役を演じていたのが浮かぶ。
オティヌスから、代えの利くどうでもいい人間だと突き付けられた世界。

11: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:58:06.45 ID:jTOUYFgSo
「お前の言いたいことはわかる。お前がただの男であるなら、あれは間違ってはいなかった。
 しかしだ。私はお前をずっと見ていたんだぞ。
 お前の精神力はただの人間をとっくに超越している。お前はお前以外の何物でもないよ」
「……俺がそんな大層なもんなわけがない」

賞賛するオティヌスとは裏腹に、上条の声には力がない。
まだ混乱している。
危機的状況への順応の早さに比べ、このような状況ではどうすればいいのかわからないのだ。

「お前がどう思うと、私はお前を認める。
 そんなお前が私に迫られるだけで、びびっているのも楽しいぞ」
「……なんだよ。やっぱサディストじゃねえか」

ニヤリと笑うオティヌスに、上条は初めて苦笑を返す。
オティヌスがそれを見て、どこか柔らかく微笑んで長い沈黙が降りる。
見つめ返す上条も落ち着きが戻りつつあった。

精神的にも物理的にも、高みから見下ろし見下ろされていたような魔神と人とが
ベッドの上で対等に視線を交し合う。

「なあ、本当に俺なんかを見ていたいのか? 俺を騙そうとしているんじゃないのか?」
「信じられないのも無理はないか。なんならお前が気の済むまで私を切り刻んでもいい。
 病院にはそのためのものが大量にある」
「いやいやいや、そういうホラーチックなのは……」

オティヌスが指を鳴らすと、病室の片隅に手術器具にしてはごつい刃物がずらずらと並ぶ。
どちらかといえば、マーダーな肉屋が月の無い夜の街を徘徊するのに使いそうな品々だ。

「まあこんなものでは私は傷つかないのだが」
「じゃあ出すなよ」
「ではお前の友らが勧めるものが」
「だからそいつら参考にしないでください!」

別の場所へ何かが雪崩落ちる音がして、大人の遊びに使うための玩具も現れる。
未成年に見せただけで捕まりそうな品々だ。

「これも駄目か。ならば」
「うわ、わっ……」

上条は慌てつつ息を呑んだ。
オティヌスが手を取ってきて、開いた胸へと触れさせてきたのだ。
黒く色っぽいブラジャーが半ばずれた心臓の位置。

「わかるか? 私もそう平静ではないのだ」
「わ、わかったから……!」

言うとおり、鼓動が早鐘を打っているのが伝わってくる。
柔らかな胸の感触に触れていられず、慌てて手を引いた。

12: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 09:58:44.65 ID:jTOUYFgSo
「やはり服装を工夫するより効果があるようだな」
「そういうのがさ、うーん……」

唸りつつも疑いはほとんど消えていた。
神たる少女が気安くも身体に触れる事を許したのだ。
こうまでされれば否定もできない。
コスプレする時だって、演技らしいものはできていなかったのだし。
それも含めてという可能性もあるかもしれないが、陥れるというには迂遠過ぎる策に上条は思えた。

「じゃあ、世界を戻してくれと言ったら聞いてくれるのか?」
「お前が私の望みに応えてくれるなら考えよう」
「う……」

上条は真正面から見つめてくるオティヌスの言葉に唸り黙る。

「別に私はこのままでもいいのだぞ。お前を尊重したい感情もあるのだが
 お前とならば桃源郷で快楽と怠惰の極みを尽くすのも悪くない」
「そんなの駄目人間になっちまう」
「ふむ……腐り行くお前を見るのもまた一興。されどそうしたくはない感情もある。
 ふふふ。全知と言うには、私は私をよくわかっていないようだ」

そんな風に微笑むオティヌスはただの少女のようで、少しだけ可愛いと思えた。

「……そういうのは人と変わらないんだな」

身体もあんまり変わらなかったみたいだし、なんてことをちらっと思ったりする上条である。

「無礼者め。……だが人も神も迷走しているのは変わらないのかもしれんな。
 なあ上条当麻。私がどうして世界を壊し、作り変えようとする理由がわかるか?」
「それは―――」

上条は初めて気付いた。
オティヌスが力を持っているのは知っていても、そうしようとした原因までは知らない事に。

「私の話をしよう」

照明を切ったようにと世界がまた黒く染まり、漆黒の空間へと舞台を移す。
上条も制服へと変わり、オティヌスも露出の高い水着にも似た衣装へと戻る。
ただベッドは中世風天蓋付きのやたらと豪奢なものへと変わっていて、やはり二人の距離は近い。

「上条さん、展開についていけないんですが」

心地よさそうなふかふか具合だが、必然性とか身の危険とかで首を捻っている。

「サービスという奴だ。私はな、お前が住んでいた世界をすでに作り変えている。
 お前が生まれるよりもはるか昔、私の思うがままに世界は在った」
「……そうなのか?」
「ああ。私に取って世界とは、言うならば子供が粘土を弄って何かを作るようなものだろう」

オティヌスが指を向けた先で、土くれでできた子供サイズの人形が浮かび上がる。
地球を模したらしい水色の玉も現れ、子供の手によって歪み引っ張られて茶色が混じっていく。

13: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:01:16.57 ID:jTOUYFgSo
「そうして世界で遊び更けて、ある日私は気付いたのだ。
 私が介入していない、私にとって本当の世界がもうわからなくなっている事に。
 世界という粘土を、元の形へ幾ら戻そうとしても不完全にしかできないという事に。 
 私にとって世界とは、私が適当に捏ねた紛い物でしかない」
「……無茶苦茶な言い分じゃねえか。好き勝手しておいて、偽物だから何をしてもいいっていうのか」
「ああ。なにせ子供だからな。遊びに飽きたら放り捨てるものさ」

水と大地で出来た球を投げ捨てて子供がどこかへ消える。
その球へと、土ではないもっと小さな小人達が近寄っていき、形を整えたり
手を突っ込んだり、転がそうとしたりと遊び始めて玉と一緒にまた去っていく。

「でもな、捨て切れなかったよ。とっくに諦めていたつもりだったのに、私は本物が欲しくなったんだ。
 まがい物なんかじゃない、私がいた本当の世界へ帰りたかった」
「……だとしても世界を滅茶苦茶にしやがって。ホント勝手な奴だな」
「覚えておけ。神なんてものはな、好き勝手を通せるからこそ神なのだ」

また小人と地球が現れて遊び始める所へ、子供が突然飛び出て地球を奪うように蹴り上げリフティングを始める。

「おっと」

軽く蹴り飛ばされた地球が上条の手元へ飛んできて右手に触れると、ガラスが割れるような音と共に消滅する。
と、思ったら地球と子供が十数体現れて

「え……うぉぉおぉっ!?」

上条へと投石器のように玉を蹴り飛ばし始めたのだ。
さながら豪華なベッドはPKのゴールポスト。ただし狙うはキーパーの上条当麻。
ドドドと、やたらと正確で襲いくる弾の暴力を右手ではカバーしきれず、上条はあえなく崩れ落ちた。
なおオティヌスはマントで土の欠片を綺麗に払い落としている。

「なんだなんだ! やっぱ俺を騙してたのか! 不意打ちで仕留めるつもりなのか!?」
「いや、いい加減話だけでは退屈だろうと思ってな」
「ナニその気の使い方! 神のおもてなし方どうなってんのよ!」
「とまあこんな風に、お前の右手は世界の基準点となっているのだ」
「基準点だとしても幻想殺しにボールを集める機能はない!」
「ジョークはさておいて」
「神様ホント好き勝手過ぎるー!?」

オティヌスは土っぽくなったベッドと上条を、軽く払っただけで綺麗にすると立ち上がった。

「この世界を戻し帰りたいというのが私の目的であった。それは変わらない」
「スルーしてシリアスに入られても上条さん納得いかないんですが」

きっと睨まれて、はいはいとばかりに上条は頷き、できるだけ真剣な表情を作る。
お茶目な魔神と付き合いのいい少年であった。

14: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:01:45.14 ID:jTOUYFgSo
「……そうしたら俺が居た世界はどうなるんだ」
「わからんな。私は99%、それに小数点を幾つも付け加えるほどには世界を戻せていただろう。
 けれども、私の故郷とも言える完全な世界が、現在どのように影響するかは未知だ。
 地殻変動が起きて世界そのものが変わっているかもしれない。
 世界の変化は過去まで遡り、お前の友が生まれていないかもしれない。
 人間以外の知的生物が世界で当たり前のように暮らしているかもしれない。
 蝶の羽ばたきで嵐が起こる、なんてもので済めばいいだろうな」

「バタフライエフェクトかよ。魔術でそんなの気にしないといけないのか」
「それでも、お前の意思と右手の協力があれば私の望みは叶うというわけだ」
「う……」

そう言ってオティヌスは右手を握り、真摯な瞳で上条を見つめる。
上条一人ならば応じていたかもしれない。
しかし世界全てを背負ってとなると、あまりに責任が大きすぎた。
右手を握られたままベッドに座っているだけで答えが出せない。

「けれどもう一つ望みができた。お前となら新たな世界を行くのも悪くない」
「新たな……?」
「考えてみろ。私と主神の槍。お前と幻想殺しがあれば世界を意のままにできるのだぞ」
「なんだよ、今時ラスボスが世界の半分を渡してくる展開か? レトロを通り越して化石になってるじゃねえか」
「はっ、みみっちい。世界なんぞ半分とは言わずダースでくれてやるよ」
「わ、わかったからボールはストップ!」

ザザッと土人形達がボールと一緒にあらゆる球技のポーズでスタンバるのをオティヌスの陰に隠れる上条。
若干情けないなコイツ、みたいな目でオティヌスは上条を見ているが言葉を続ける。

「お前が世界を支配したいなどとは言わんのはわかっている。
 私が言っているものはだな。
 お前が憎み、右手で殴りつけていた不条理を真の意味で消し去って、不幸に嘆く人々全てを救えるという事だ」
「は……?」

間抜けな声を上げて、上条の思考が止まる。

「お前が望んでいたものはそういうものなのだろう?
 人の身で、たいした力もないのに私の元へ辿り付き戦おうとする、聖人にも劣らぬ善性の塊のような奴だ。
 ならばこそ世界にユートピアを築ける最初の救世主にお前はなれる。
 裏切られ丘で磔にされた男なぞ比べるべくもない本物の救世主だ」
「い、いや……待ってくれよそんな……」

それ以上の言葉が出てこない。
肯定も、否定も、できなかった。
それは素晴しいことなのだと、頷いていいのか
間違っていると、首を振るべきなのか
判断がつかない。

16: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:02:38.86 ID:jTOUYFgSo
「世界を救いたいわけではないのか」
「そ、それは……」
「私と共では世界を救いたくないとでも?」
「そ、そういう訳じゃない。そりゃお前は世界を目茶苦茶にしてるし許せない。
 けどその力をいい方向に使ってくれるんならなんの文句も無いし、手伝えるものなら手伝いたいよ」
「ならばどうして悩む。二つ返事で受け入れれば、誰もが幸せになれる世界を創造できるのだぞ。
 なに難しいものではない。ただお前は私に従えばいい」

声の響きには、ほんのわずかだが緊張が含まれている。
もしオティヌスをよく知っている者がいれば気付けたかもしれないが、生憎その誰かはいない。
繰り返される世界で、一番長く接していただろう上条も、流石に気付けてはいない。

全知などと嘯いてはいるオティヌスは、上条当麻という人間を理解しているようで、できていなかったのかもしれない。
知ってはいても、超人的な精神力を持つ神に立ち向かう人間というフィルターを通して見ていたのかもしれない。

「違うんだ……俺は世界を救いたいわけじゃない。ただ帰りたかったんだ」

だから、上条の発した言葉に大きく瞳を揺らした。

「不幸なんてあってほしくない。悲しんでいる人の顔は見たくない。
 誰もが笑って暮らせる世界があれば嬉しいし、そうあってほしい。
 そんな世界に生きて行けるなら俺も幸せだと思う。 
 けれど、救世主なんてものになった俺は本当にそこへいられるのか?」
「……世界を調整するのは私の力だ。お前はその世界で幸せを謳歌し、たまに私の元へ来てくれればそれでいい」

譲歩どころではない。上条に取って最良とも言える結末だろう。
しかし首を振る。

「そんな片手間で救世主なんてできるわけがない。
 幾らお前が神に等しい力があるからって、世界全てを幸せにしようとするのなら
 俺が死に続けた世界よりずっと、何時までも何時までも何時までも世界を観ている必要があるはずだ」
「造作もない事だ。人の視点で神を図ろうとするな」

それは真実だ。オティヌスならばその手で生命の一粒、涙の一滴すら逃さず救い上げるだろう。

「けれど、俺を殺し続けるだけで飽きてきたんだろ。世界人口の六十億人全てを観ているなんてできない。
 不幸なんてものはそれこそ星の数ほどあるんだから」
「……しつこいぞ。あまり私を怒らせるなよ」

言葉ほど反論には力がない。オティヌスの力とは別に、上条の言葉が事実だと言うのも認めているからだ。
オティヌスが人間に意味を感じているのは唯一上条だけ。
そんな神が人を救い続ける事にどれだけの価値を持つのか。
世界を救う事はできても、救い続ける事はできやしない。

17: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:03:20.89 ID:jTOUYFgSo
「魔神のオティヌスなら大丈夫かもしれない。でも俺が耐えられないよ。
 もし世界管理ステーションみたいなのがあって、そこでお前が必死に世界の誰かを観て
 助けてくれてるのに居合わせたら、俺は出来る限り手伝うよ。
 手伝って、手伝って、手伝って、手伝い続けて、帰れなくなる。
 俺がいるだけで誰かを救えるかもしれないんだ。眠ってる暇もないし食事をする暇もない。
 俺は不幸を無くしたいのに、人の不幸を探し続けるんだ。
 ―――――そうしてきっと壊れる。
 助けようとした人達の顔もわからなくなり、人に価値を感じなくなってしまって
 どうして助けたかったのも覚えていられなくなる。
 残るのは、飽きて助ける事を忘れてしまった俺だったものか。
 それとも不幸を潰すだけの機械のような俺になるのか。
 どちらにしろ俺は俺じゃなくなる。
 ……俺はそれが怖い。
 俺は学園都市の家でインデックスに飯を作ってあげて、みんなと馬鹿やって学校行って、ただ普通に暮らしていたいんだ。
 人を助けれるものなら助けたい。
 でも、世界全てを救うなんて、俺にできるわけがない。見込み違いなんだよ」

そこまで言い切って、俯いた顔を上げて立ち上がり、オティヌスを見据える。

「それに世界を救うという重荷を誰かがずっと支えているんなら、その誰かは不幸って言うんだ。
 俺もお前も不幸になって、それが世界を救うという事なら、俺はそんな幸せはいらない。
 世界のみんなが欲しがっても、世界のみんなが正しいと言っても、くれてやらない。
 そんな犠牲を認めたら、俺がやってきたことまで無駄になる。だから世界は救わなくてもいい」

沈黙。
聞き終えてオティヌスは歯を噛み締め立ち上がる。

「では私はどうすればいいのだ……?」

冥府から這い上がるかのような響きは、裏切られたかのように低く重く哀切に満ちていた。

「最善でなくとも! 次善であったとしてもお前とならば構わないと私は思った!
 人を救う行為に、意味も価値も感じなくとも、お前とならばやってもいいと思えたのだ!
 それを否定されて! お前が諦めるまでまた殺し続けろとでも言うのか!」

もう沢山だと。
泣き出す手前の子供のような表情で怒り怒鳴る。
その素顔はこれ以上なく人間らしく、弱々しい。

ある意味勝負はついている。もうオティヌスに上条当麻は殺せない。
殺す事は容易くとも精神が耐えられない。

「そうじゃない。そんなんじゃ誰も救われない。
 救うのも、救われるのも、俺や世界じゃなくて、お前なんだよオティヌス」

オティヌスの表情が泣きそうなまま止まった。
何を言っているのかと、理解できないとでも言うように。
それとも。
その言葉が信じられないとでも言うように。

18: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:04:02.76 ID:jTOUYFgSo
「私が……救われる、だと……?」
「そのままの意味だよ。
 俺はお前に抗ってきたけど、そうしないと世界が取り戻せないと思ったからだ。でもそうじゃなかった。
 方法はどうあれ、お前の本当の目的がわかったんだ。
 さっきは答えれなかったが今なら答えれる。 
 世界がどうなったとしても、お前が元に戻したいんだったら協力する」
「……いいのか? 世界はどのように変わるかは私にだってわからない。
 世界の誰もが気付かなくとも、お前だけは世界の差異に気づき、その違和感は一生お前を苛む事になるぞ」

望んでいた言葉だろうに、オティヌスはまだ恐る恐ると確かめているよう。
上条はそれを聞き苦笑いしながら髪をグシャグシャと掻いた。

「それでもいい。お前は俺なんかのために世界を救うとまで言ってくれたんだ。
 ……でもそれが本当にできたとしても、やっぱりその世界はお前にとって偽物なんだろう。
 それじゃダメだ。……それに俺は神様じゃない。
 世界よりも、目の前の誰かがそんな顔しているほうが嫌なんだ」
「む……」

オティヌスは自分の顔を手で隠す。
感情が高ぶっていたのに今更のように気づいて、無表情を形作る。
ただ上条から見ても無理があるように思えた。

「どうすりゃいいのかわからないけどさ、俺の右手を使ってくれよ。
 第二希望なんかほっぽいて、第一希望を選んでくれ。
 それで世界がどうなったとしても、お前が納得するのなら俺も納得できる」
「…………」

言葉を反芻するように目を瞑り、そして開いて。
オティヌスはゆっくりと笑みを浮かべた。

「……くっくっ。お前こそ自分勝手もいいとこだな。世界よりも自己の基準が優先か。
 それは聖人の行いではない。私の見込み違いだったようだ」
「ああ。神様に誘われる価値もない男だよ」
「だからこそ、第二希望も案外よいと思えてきたよ」
「へ?」

あれっと首を傾げる上条。
そんな流れではなかったはず~? といった表情だ。
しかしオティヌスの表情は意地悪げな笑みへと変わっていて。

「わかっているのか上条当麻? 先ほどお前は私へプロポーズしたということに」
「は!?」

理解不能と言わんばかりに、上条が今までで一番呆然とした顔になる。

19: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:04:46.90 ID:jTOUYFgSo
「つまりはだ。私が世界を救おうとする限り、お前は自己を喪い発狂してでも
 一生をかけて私についてくると言っていたのだぞ。神への生贄にしても殊勝な心がけじゃないか」
「ちょ、ま、待てっ。俺はそんなつもりじゃ……!」
「神たる私の心を動かすとはなかなかの口説き文句だ。仲間が女ばかりなのも理解できる。
 私もちょっくら世界でも救ってみたくなろうというものだ」

素の表情を見せてしまった仕返しなのか、オティヌスは上条を嬲るように弄ぶ。
一種の照れ隠しなのかもしれない。

「しなくていい! お前が世界救ってくれるんなら俺はなーんもしないで平凡で
 面白おかしい学生生活を満喫しますからー!」
「ふむ、なら軽く試してみるか。上条当麻が誰も救わない世界というのもある意味楽しめそうだ。
 主役がいない舞台が喜劇か悲劇か、私が観てやろう」

どこからともなく主神の槍を取り出すオティヌス。

「待て待て待て!」
「お前は本当に馬鹿な人間だ」
「……わわっ」

慌てて、でも右手は使わないよう止めようとする上条をオティヌスは受け止め抱きしめた。
上条に顔を見せないよう、皮肉も嘲笑もなく微笑んでいる。

「きっと後悔するぞ」
「……だとしても今、後悔するよりはマシだ」
「そうか……右手を出せ」

オティヌスは幻想殺しを自らの中心に抱きとめ、残った腕で主神の槍を携える。
上条も慣れてきたのか、オティヌスに抱かれているような姿勢でも平気そうにしている。
あくまで見かけだけの話ではあったが。

「少々時間がかかりそうだ」
「ああ」

世界の基準点となる幻想殺しを扱っての魔術は、オティヌスにとっても初めてで一瞬とはいかないようだ。
オティヌスの体温か、それとも魔術的な何かなのか、酷く右手が熱い。

「準備はできた。……ついて来てくれるか?」
「もちろんだ」

その熱が当たり前に感じるほどの時間が経ち、オティヌスが告げる。

21: 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします 2014/03/25(火) 10:06:38.85 ID:jTOUYFgSo
「……すまなかった。そしてありがとう上条当麻」
「なんだよ。お別れみたいな事言うなよ」
「世界が戻ってどうなるのかわからないからな。感傷的にもなる」

一息つきオティヌスは言葉を続ける。

「今ならわかる。私は何百年も前からそう在りたかったんだ。
 世界よりも、共に歩きたい誰かがいてほしかった」
「俺でよければ幾らでも付き合ってやるよ」
「……では行こう」

上条とオティヌスを中心に黒の空間に光が満ちていく。

「うわっ……」
「目を瞑っていろ。すぐに終わる」

目も開けれないほどの眩さは二人の姿だけではなく、地平の果てまで覆って白く染めていく。

(歩きたい誰かか……)

オティヌスは自らの代わりを務めた老人の箴言を思い出し軽く息をついた。

(―――昔は私も若かった。一人で旅をし道に迷った。
 人に会えたとき、自分が豊かになった気がした。人は人にとって喜びなのだ。
 …………なんとまあ。仮にも神の写身だろうにあまりに惰弱な教訓よ)

けれど否定はできなかった。
誰よりも、独りであった魔神の少女がその言葉の正しさを知っているから。
代わりでしかないはずの存在が、自分よりも深い真理を知っているような気すらした。

(だがな。私は欲深い神なのだ。友だけでは満足できん)

オティヌスは目蓋を閉じている上条へとそっと唇を寄せていく。
光を遮っていた影がより深く重なっていき、魔神の少女と少年は完全な世界へと帰還していったのだった。

22: ◆BAKEWEHPok 2014/03/25(火) 10:08:57.57 ID:jTOUYFgSo
終了

上条×オティヌスというより、オティヌス→上条だった気もします。
こんなオティヌスと上条さんの関係もいいなと思って書きました。