1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:18:09.97 ID:qHLsj/PR0

若林正恭。それが俺の本当の名前だ。 

昔から「キョン」だなんていう妙なあだ名で呼ばれているのは不本意以外の何物でもない。 

平平凡凡な中学生活をやっとこさ終え、これから始まる高校生活にもなんだかんだで似たようなもんを期待していたのは事実だ。 


「日大二中出身、涼宮春日」 

後ろの席の女子が太い声で自己紹介を始めた。 

「皆さん、夢で会って以来ですね」 

ん。何を言っているんだ、こいつ。 

振り向くとそこには 


テクノカットの大女が厚い胸板を突き出して仁王立ちしていた。 

「へっ」 


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3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:20:28.01 ID:qHLsj/PR0

「ただのツッコミには興味がないぞ。この中に春日についてこれる者がいたなら春日のとこまで来るといいぞ。以上だ」 

なんだこいつは。容姿ともどもツッコミどころ満載じゃないか。 


「なあ」 

翌日、俺は気がついたら春日に話しかけていた。 

「自己紹介のアレ、もしかして漫才とかやりたいのか?」 

やたらに胸を突き出した涼宮春日はそのままの姿勢でまともに俺の目を凝視した。 

「君は春日に興味があるのかな」 

「もしかして、M-1とか目指してたりするのか?」 

こんな変な女がいたら茶化してみたくなるよな。 

「ツッコミを探している」 

え?本気かこいつ。世はお笑いブーム。そんなことは俺だってわかってる。 

「春日のココ、空いてますよ」 

「埋まってたことがないんですけれどもね」 

無意識のうちにツッコミをいれていた俺を誰が責められようか。 

「へっ」 

なんだ今の。すごい笑い方だな。こいつに気に入れられたのだとしたらあまり嬉しくはないな。 



5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:23:10.09 ID:qHLsj/PR0

その日の昼休み、俺は中学からの友達である国木田と、席の近かった日大二中出身だという谷口と昼食を共にすることになった。 

「キョン。お前、さっき春日に話しかけてたな」 

春日はもうたくさんだ、谷口。 

「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん、やめとけ。聞いたろ、あの自己紹介」 

ツッコミがどうとかってやつか。 

「あいつツッコミどころ満載だろ?おまけにボケのセンスも良いときてる。一時期はとっかえひっかえだったな」 

いわゆる彼氏ってやつか。 

「ツッコミだよ。なんでやねん、とか言うアレだ。お前が変な気を起こす前に言っておく。やめとけ。あいつのツッコミを志願して登校拒否になったやつだってわんさかいるんだぞ」 

「もちろん、そんな気は無いんですけれどもね」 


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:26:21.72 ID:qHLsj/PR0

「若林とか言ったな」 

放課後、話しかけてきたのは春日のほうからだった。 

「ああ。みんなからはキョンだなんて呼ばれてるけどn」 

「なんでだよ」 

だめだ、こいつ。 

「そこつっこむところじゃねえだろ」 

「うい」 

満面の笑み。不吉な予感がするな。で、用件はなんなんだ。 

「協力したまえ」 

「何を協力すればいいんd」 

「春日の新クラブ作りだよ」 

食い気味につっこむのやめてくれないか。 

「うい」 

「なぜ俺が春日の思いつきに協力しなきゃいけないのか、それをまず教えて欲しいんですけれどもね」 


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:32:11.56 ID:qHLsj/PR0

こうして俺は世界を大いに笑かす涼宮春日の団、略してSOS団の最初の部員としてこのへんてこな同好会の発足を手伝うはめになった。 

春日が空き教室だと言って見つけてきたのは紛れもない電卓部の部室で、ドアを開けるとおそらく電卓部員であろう少女がそこにいた。 


白い肌に感情の欠落した顔。大きな電卓の上で機械のように動く細い指。 

眼鏡に部屋の明かりを反射させながら少女が顔をあげた。 

おっといかん。さすがに観察のし過ぎか。 

「長門有希」 

それが名前らしい。 

「長門さんやら。さっきから何を計算してるんだ?」 

「涼宮春日は普通の人間じゃない」 

質問に答えてくれ。 

「一目みれば誰でもわかるんですけれどもね」 

「そうじゃない」 

ん。 

「髪型のセンスに普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、彼女はわたしたちのような大多数の人間と同じとはいえない」 

つまりどういうことだ。 

「強烈な外見、他に類をみないボケのセンス。将来一流芸人になることを生を受けると同時に約束された金づる。それが、春日」 

「・・・・・・」 

「わたしの仕事は涼宮春日の営利活動を監視して、マネジメントをすること」 

「・・・・・・」 

「彼女に出会ってから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は定着した相方も現れず、暇を持て余していた。」 

谷口がそんなこと言ってたっけ。 

「でも、最近になって奇跡的に相性のいいツッコミが彼女の周囲に現れた」 

もしかして。 

「それが、あなた」 

長門はそれっきり口を開こうともしなかった。 



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:37:57.39 ID:qHLsj/PR0

帰ろう。もうなにも考えたくない。 

鞄に手をかけようとしたとき、蹴飛ばしたようにドアが開いた。 

「またお会いしましたね」 

「二度と会いたくなかったんですけれどもね」 

まったく。 

「へっ」 

いやらしく白い歯をみせる大女が抱きかかていたのは、栗色の髪が緩やかにカールした超美少女だった。 

「なんなんですかー?」 

声もまた、可愛らしい。 

「紹介しよう。二年生の朝比奈みくるちゃんだ」 

なるほどな、この人も無理やり部員にしちまえってか。春日、とりあえず彼女に謝りなさい。 

「ごめんね」 


春日が馬鹿でかい手をうねうねと尺取り虫のように這わせて朝比奈さんのスリーサイズを測っている間もひたすら電卓に向かっていた長門が、オールクリアのボタンを押したのを合図にその日の部活は終了した。 


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:49:24.43 ID:qHLsj/PR0

教室での春日と言えば特に目立った奇行は無かった。俺の後ろの席で胸を突き出して熱心に授業を聞いている。 

「意外と真面目なんだな」 

カリカリと小さな鉛筆を動かす春日に、俺が振り向いて話しかける。 

「へっ」 

「ところで今日、転校生が来るんだr」 

「来るわけねえだろ」 

来るって言ったのおまえだろ。 

「うい」 


11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 20:59:12.77 ID:qHLsj/PR0

部室にいたのは朝比奈さんだけで、彼女は俺がドアを開けたとき着替えの真っ最中だった。 

「どひぇええ!」 

ロリ顔で●●。これはもう春日に目をつけられてもしょうがないだろう。 

その後に漂う気まずい空気は至極当然のことで、このときばかりはあの大女の到着が待ち遠しかった。 

「キョンくん」 

長い沈黙を破ったのは以外にも朝比奈さんだった。 

「わたしが期待しているのはこの時代のお笑いではありません。もっと未来を見据えています」 

朝比奈さん、あなたまで何を言い出すんですか。 

「ちょっと長くなっちゃうんですけど、聞いてください」 


話はこうだ。 

彼女はとある芸能事務所に勤めているスカウトウーマンで、将来お笑い界のキーウーマンになるであろう彼女を事務所に引き入れたい、と。 

「お笑い界のためなんです」 

そんな小動物のような瞳で見つめられても。 

「今のお笑い界を支えているのは実力の伴わない勢いだけの芸人達です。大手お笑い事務所は質より量で勝負してる。このままじゃ数年後には日本からお笑いという文化が消え去ってしまうんです」 

そんな大袈裟な。 

「だから彼女のような天才は、うちみたいに小さな事務所でゆっくりと育てなきゃいけないんです。涼宮さんの育成に関しては相方のキョンくんにも協力していただきます」 

「いつ俺があいつの相方になったのか、それを説明して欲しいんですけれどもね」 



13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 21:10:46.65 ID:qHLsj/PR0

「トゥース」 

朝比奈さんと俺、いつのまにかいつもの椅子で電卓をいじっていた長門はいっせいに顔をあげた。 

「皆さん、転校生をつれてきましたよ」 

大女の隣に立っていたのはさわやかな細身の男だった。 

「古泉一樹です。どうぞよろしく」 

そのうちこいつも春日がどうだとか変なこと言いだすのだろうか。 


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 21:17:08.72 ID:qHLsj/PR0

「どこまでご存じですか?」 

涼宮春日について二人で話す機会が設けられてしまったのはその週の土曜日。春日に「ネタ探索」とやらを命じられ、休日にも関わらず男二人で駅前を散歩しているときだった。 

「春日がただ者ではないってことくらいか」 

長門や朝比奈さんから変な話を散々聞かされたからな。 

「それなら話は簡単です。その通りなのでね」 

「まずお前の正体から聞こうか」 

「実は僕は『機関』の人間なんですよ」 

『機関』?なんだそりゃ。 

「吉本興業は知っているでしょう?我々はこれを『機関』と呼んでいるんです」 

ははーん。お前も春日を引き入れたいわけだ。 

「その通り。そういった意味では長門さん、朝比奈さんと僕は敵対しているわけです」 

なんでこうも春日は人気者なのかね。 

「涼宮さんは将来、島田紳助、明石屋さんま、ダウンタウンをはるかに上回る力でテレビ業界をリードしていくのです。その彼女がどこの事務所に属するのか、それによって何十万という業界人の人生が動く」 

古泉は一息置いてもう一言つけくわえた。 

「彼女はいわゆる、神なのです」 

・・・・・・おい、春日。お前とうとう神様にまでされちまったぞ。金づる、天才の次は神様か。すごいやつと関わり合いになっちまったもんだ。 

「ですから『機関』の者は戦々恐々としているんですよ。万が一、他の事務所が涼宮さんを獲得した場合、その事務所がうちの事務所をはるかに凌ぐ財力を手に入れることになりますからね」 

へいへい。 


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 21:42:06.77 ID:qHLsj/PR0

“放課後誰もいなくなったら、教室に来て” 

俺が下駄箱でラブレターとおぼしきものを見つけたのは、春日との漫才の‘型’ができ始めた五月の初めのことだった。 

まさか春日じゃないだろうな。いやありえん。あいつならいちいち呼び出すなんてことはしないだろう。 


教室で俺を待っていたのは我がクラスの学級委員、朝倉涼子だった。 

「遅いよ」 

眉毛は太めだがこいつが美人であることは確かだ。 

「何の用か聞きたいんですけれども」 

「用があることは確かなんだけどね。ちょっと訊きたいことがあるの」 

恋人はいるのか、なんて訊かれるのだろうか。 

「キョンくん、涼宮さんとコンビ組んでるみたいに見えるんだけど」 

俺の淡い期待は儚く散った。 

「まあ否定はしないんですけれどもね」 

朝倉の表情が曇った。 

「あなたを殺して涼宮春日の相方になる」 



27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 21:50:22.92 ID:qHLsj/PR0

後ろ手に隠されていた朝倉の右手には果物ナイフが握られていた。 

「冗談なら是非やめてほしいんだけれども」 

「彼女とコンビを組むのはわたしなの」 

俺だって好きで春日の相方やってるわけじゃない。そんなことで殺されたんじゃ死んでも死にきれないね。 

「すでに笑えないんだけれども。いいからその危ないのをどこかに置いてくれよ」 

「うん、それ無理」 

朝倉がゆっくりと歩みよる。 


「わっすれーもの。忘れ物ー」 

調子っぱずれなこの声の持ち主は谷口だった。 

「おまえらなにしてたんだ?」 

朝倉涼子はゆっくりとナイフをポケットにしまった。 

「諦めてあげるわ。キョンくん、せいぜい谷口くんに感謝するのね」 

谷口、どうやらおまえは俺の命の恩人みたいだ。 



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 22:01:40.01 ID:qHLsj/PR0

翌日、クラスに朝倉の姿はなかった。 

担任の岡部の話によると、どうやら本場大阪で本格的に笑いの勉強をするらしい。たいそうなこった、殺人鬼が。 

もちろん俺は後ろの席の大女、俺が殺されそうになった元凶である涼宮春日に昨日の出来事を話した。 

「若林、これは事件だ」 

「言われなくても解ってるんですけれどもね」 

「うい」 

ういじゃねーだろ、ういじゃ。 

「安心しなさい。春日はみんなのものだよ」 

「こっちはお前のせいで殺されかけたんだぞ、バカ野郎。お前と漫才なんかやってられるか」 

「おまえそれ本気で言ってるのか?」 

「そこまでお前のこと嫌いじゃねえよ」 

相変わらず気持ち悪い顔で笑いやがる。 



31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 22:18:01.78 ID:qHLsj/PR0

連休明け、久しぶりに朝比奈さんに会えるとあって電卓部室へと向かう足取りは軽かった。 

とりあえずノックをする。 

「あ、はーい」 

でてきた朝比奈さんは白いYシャツに薄ピンクのベストという非常に可愛らしい格好をしていた。 

「すぐにお茶煎れますね」 


今日は珍しくSOS団とやらが全員揃っている。長門は電卓をいじっているし、古泉は“ウィークリーよしもと”なんていう雑誌を読んでいる。 

春日は、と言えば電卓部室そなえつけのパソコンで熟女専門のアダルトサイトを閲覧してるようだ。 

「きゃっ」 

というのは意図せずしておばさんの汚い裸体を目にしてしまった朝比奈さんの悲鳴、ではなく煎れたてのお茶をこぼしてしまった朝比奈さんの悲鳴である。 

「なにやってんだよ」 

反射的に朝比奈さんのおでこを平手しまった俺を誰が責められるだろうか。 



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 22:34:14.68 ID:qHLsj/PR0

長門が電卓のオールクリアのボタンをぱんっと弾いていつもどおりその日の活動は終了したわけだが、家に着いたところで携帯電話に古泉から着信があった。 

「涼宮さんのことですが」 

またあいつのことか。 

「彼女がついに動き出したようです」 


何が原因なのだろうか、古泉の言うには涼宮春日が某お笑いグランプリ出場の電話を『機関』に入れたらしい。 

「今更出場なんてできるのか?」 

「確かに予選は終わっています。しかし、涼宮さんの実力なら・・・」 

わかったよ。そういうことかい。 

「今日の夜に準決勝敗退の芸人が東京の別会場にて、敗者復活の一枠をかけて戦うことになっています」 

急過ぎる。漫才は一人じゃできないなんてこと、いくらあいつでも知ってるだろ? 

「いまから『機関』のものがお迎えに上がりますのでご自宅で準備を願います」 



36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 22:44:45.55 ID:qHLsj/PR0

出るからには優勝しか許されないだろう。あいつの経歴に傷がつけばSOS団の他のやつらにこっぴどく叱られるに違いない。 

でもまあ今の俺に出来ることといえば一日の疲れを癒すために睡眠をとることぐらいだ。 


頬を誰かが叩いている。気持ちよく眠っている俺を邪魔するな。 

「・・・・・・若林」 

なんだ、もう迎えが来たのか。 

「起きるんだ」 

違う。春日だ。 

「ここ、どこだか解るか?」 

どうやら知らない一室にいるみたいだな。敗者復活戦出場芸人控え室ってとこだろうか。 

「次、出番だぞ」 


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 22:55:43.03 ID:qHLsj/PR0

会場が静寂と夜の薄闇に支配されていた。 

閉鎖空間。そんな言葉が似合いそうだ。 

古泉や長門や朝比奈さんが大好きな涼宮春日をこいつらはまだ知らない。 

春日よ。見せつけてやろうじゃないか。笑いの巨人、涼宮春日の破壊活動を。 



決勝戦、最終決戦。気づけばもうここまで来ている。こいつの力だろうか。 

涼宮春日。その横顔はあらためて見ると年不相応の顔の凹凸が浮き彫りになっている。 

長門は言った、「金づる」と。朝比奈さんによると「お笑い界を救う天才」で、古泉に至っては「神」扱いだ。 

では俺にとってはどうなのか。涼宮春日の存在を、俺はどう認識しているのか? 


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/14(土) 23:00:24.92 ID:qHLsj/PR0

窓際、一番後ろの席に春日はすでに座っていた。 

「よう、元気か」 

「元気ではない。昨日悪夢をみたからな」 

それは俺だって同じだ。放課後に説教が待ってるからな。 

「今日ほど休もうと思った日もない」 

ほう。おまえにもそんな日があるのか。 

「休んでくれたほうが学校のためなんですけれどもね」 

「おまえそれ本気で言ってるのか?」 

なあ、我が相方よ。 

「そこまでおまえのこと嫌いじゃねえよ」 

相変わらず気持ちの悪い笑い方をする女だ。 

「春日」 

「なんだ?」 

そのへんてこな薄ピンクのベスト。 

「似合ってるぞ」 


終わり