1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/29(水) 23:56:37.47 ID:C0jyZbfZo


 「ふわぁあ……」


すごい。すごい。
すっごいです!


 「おーい、蘭子ちゃーん。置いていかないでくれよー」

 「あ……ご、ごめんなさいっ」

 「蘭子。そのブーツで走ると危ない、です」

気付いたら、プロデューサーとアーニャちゃんを置いてっちゃってました。

 「はは、まぁ気持ちは分かるけどねぇ。こんな所来たらはしゃいじゃうよなぁ」

 「此れは逸り等ではない! 我が身が高揚に耐えかねただけよ!」
 (は、はしゃいでないです! ちょっとウキウキしてるだけで)

 「蘭子。それ、一緒です」

プロデューサーが手で顔を扇ぎながら笑います。
……はしゃいでないもん。

 「アーニャちゃんはどうだい? やっぱりワクワクしてるかな」

 「ダー。私もドキドキ、してます」

 「いやーやっぱりアーニャちゃんは落ち着いてるなぁ。お姉さんだなぁ。なー蘭子ちゃん?」

 「むー-!!」

 「はっはっは」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1430319387

引用元: 神崎蘭子「白馬に乗ったお姫様」 



2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/29(水) 23:59:31.79 ID:C0jyZbfZo

プロデューサーはいっつも私の事を子供扱いします。
私だってもう高校生なのに。もうっ。

 「さて、挨拶に遅れちゃマズいからね。行こうか」

 「うむ」
 (はーい)

 「後でゆっくり、見られますから」

アーニャちゃんの言う通り、後でじっくり見させてもらおうっと。
でもやっぱり、ちらちらと目を向けちゃいます。

 「……すごいなー」

満開の桜の樹の下を。


お馬さんと騎手さん達が、かっぽかっぽとお散歩していました。

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 00:01:05.60 ID:z08T0Kvao

黒衣の騎士こと神崎蘭子ちゃんと、白雪の姫君ことアナスタシアちゃんのSSです


前作とか

高垣楓「一線を越えて」
こっちはあんま関係無い

岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」
こっちのちょっと後


蘭子は猫を飼っています
アニャ蘭ください

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 00:44:24.84 ID:LAtJwB9DO
グリフォンだっけ、蘭子ちゃんが拾ってきたの?

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 00:44:48.23 ID:z08T0Kvao
 ― = ― ≡ ― = ―


 「騎士の輩!?」
 (お馬さん!?)

 「ローシュドゥ……馬、ですか」


蘭子が勢い良く椅子から立ち上がると、膝の上でお昼寝をしていたグリフォンが転がり落ちました。
眠そうに顔を拭うと私の膝へ飛び乗って来て、すぐに目を閉じます。

 「乗れるの!?」

 「その話をしようって事だよ。さぁ、座ろうか」

 「うむ!」
 (うんっ!)

椅子に座り直した蘭子の膝に、グリフォンをそっと乗せました。
蘭子が背を撫でると、グリフォンが満足げに喉を鳴らします。

 「さて雛祭りも終わって、来月から新年度が始まる訳だけど」

 「新たなる舞台の幕開けよ」
 (私も高校生です!)

 「蘭子ちゃんももう女子高生かー…………そうかぁ……」

 「怯えが仮面を透けて視えるぞ」
 (プロデューサー、何でちょっと不安そうなの?)

 「これが資料なんだけど」

蘭子の言葉を流して、プロデューサーから資料を手渡されます。
十数ページの紙束の表紙。
その一番上には強調された一文が書かれていました。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 01:19:15.88 ID:z08T0Kvao
>>4
Yes、よくご存じで

一応貼っておきますね
アナスタシア「可憐なる魔獣」

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 01:20:51.21 ID:z08T0Kvao

 「……『迎えに行こう、』」

 「『王子様を。』……ですか?」

 「ああ。テレビ番組とかも含めた結構な大型企画なんだけど、ずばりテーマは」

プロデューサーが、指を立ててニヤリと笑います。


 「『次世代のシンデレラ』だからね……ああ、今回はニュージェネは関係無いよ」


シンデレラ。
蘭子がなって、私がまだなれていない目標。


 「今回の企画では馬に焦点を当ててるんだ。浜川さんは知ってるかな」

 「乗馬が上手……でした、ね?」

 「彼女を中心に何人かがイギリスまでロケに行く予定でね」

 「騎士共の聖地か」
 (乗馬の本場ですよね)

 「で、こっちの撮影は歴代シンデレラガールの誰かがやろうって話だったんだ」

 「それで、蘭子を?」

 「渋谷さんは多忙なんで辞退。十時さんの担当と俺が手を挙げたんだけど」

ちらりと私を見て、すぐに視線を戻して。
プロデューサーがぺらぺらと資料を捲ります。

 「何とか勝ち取って来たよ」

 「下僕よ、褒めて使わすぞ」
 (すごいです!)

 「絶対逃したくない企画だったからね。いやぁ彼も手強かった」

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 00:00:14.73 ID:km6R9n53o

 「それで、何をするんでしょう」

 「このページに載ってるけど、日馬協と合同の企画なんだ」

 「にちばきょー?」

 「ロシア語、じゃないですね」

 「日本馬術協会。公式大会とかも開いてる組織だよ」

プロデューサーがタブレットでウェブサイトを表示します。
トップページには、コースを駆ける馬の写真が載っていました。

 「本当はね」

 「む?」

 「馬術の盛んな北海道でロケしたかったんだけど、予算の都合で都内になったんだ。ごめんなアーニャちゃん」

 「アー、その気持ちだけでとても嬉しい、です。バリショエスパシーバ、プロデューサー」

 「今度の里帰りには親御さんに手綱捌きを見せてあげてな」

両親の前で馬に乗る私を想像します。
駆けて、回って、跳ねて。
……ワクワク、してきました。

 「日本組の内容は三つ。一つは馬術の公式競技出場、およびそれを取材した番組撮影」

 「匣中の戯れを?」
 (テレビ番組?)

 「うん。土曜昼の番組で五週、特集の枠を取ってもらったんだ」

 「すごいです、プロデューサー」

 「まぁスポンサーが……っと、つまらない話はやめとこうか。もう一つはポスターなんだ」

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 00:56:26.23 ID:km6R9n53o

 「写し身か」
 (ポスター撮影ですか)

 「馬と一緒の写真でね。乗馬の普及目的で駅とかに貼るらしい」

 「定められし儀式か?」
 (ポーズの指定とかあるんですかっ?)

 「ポーズ? いや特には。現場の指示で…………あー」

蘭子の輝く瞳を見て、プロデューサーが察したように頬を掻きます。
しばらく腕を組んで悩むと、ふっと息を吐きました。

 「……うん、いいよ。スタッフさんには言っとくから、『汝が魂の赴くまま』にやってみてくれ」

 「やったぁ!」

グリフォンを抱えたまま、蘭子が笑顔でぴょこぴょこジャンプします。
胸に抱えられたまま、だいぶ迷惑そうな顔をしていました。

 「最後の一つは、何ですか?」

 「あぁ、それは」

そう訊ねると、プロデューサーは私をじっと見つめました。
その視線に首を傾げると、ふっと笑みを零して。

 「アーニャちゃんが今回参加する理由もだけど……まだ秘密にしておこうか」

 「禁呪の理は解き明かされん」
 (えー! 秘密、教えてくれないの?)

 「秘密、ヒミツ。まずは撮影からね」

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 13:30:23.41 ID:km6R9n53o

 「まぁ良い。何れ刻も来たらん」
 (むー、気になるねー)

 「ニャ」

やっぱりグリフォンを抱えたまま、蘭子がソファの上をころころと転がります。
そしてふと気付いたように起き上がりました。

 「アーニャちゃん、お馬さんに乗った事あるの?」

 「ニェート。お祭りで見た事はありますが、乗った事はまだ無いです」

 「ふむ……魔獣よ、どうだ?」
 (グリフォンは?)

 「ナー」

 「無いって」

 「じゃあ、一緒に練習、しましょう」

 「なぁ、二人とも」

 「何ですか?」

 「…………猫って、馬に乗れるのか?」


グリフォンがあくびをして、私の膝でまた眠り始めました。

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 16:44:21.08 ID:km6R9n53o
 ― = ― ≡ ― = ―

 「初めまして、CGプロから参りました。暫くの間、宜しくお願い致します」

 「はい、こちらこそよろしくお願いね。可愛らしいお嬢さん方と……こちらはお坊ちゃんかしら」

プロデューサーが名刺を差し出したのは、優しそうなお婆ちゃんでした!
ニコニコの笑顔でしゃがみ込んで、グリフォンの顎を撫でています。

 「この方がお世話になる先生だよ。さ、二人とも自己紹介を」

 「ククク……我が名は神崎蘭」

 「……蘭子ちゃん。最初だけは?」

 「……はっ! あの、えっと……神崎蘭子、です……よ、よろしくおねがいします」

 「ミーニャ ザヴ……アナスタシア、です。こっちはグリフォン、です」

 「まぁまぁ皆さん可愛らしい事。でも、ウチの仔達も負けませんからね」

お婆ちゃんが立ち上がって歩き出しました。
乗馬用の服が似合っていて、背筋がぴんと伸びていて……か、カッコイイ!

 「びっくりしたでしょう、こんなおばあちゃんで」

 「古強者の背に見る物もあろう」
 (そんな事無いです!)

 「古強者……? よく分からないけど、褒められちゃったわ」

 「すみません、神崎はこういう喋り方でして……」

 「アナスタシアさんも、生まれは海外?」

 「ダー。アーニャでだいじょぶ、です。ロシアで生まれました」

 「両手に華で羨ましいですねぇ、色男さん」

 「よしてください。私は只のPですよ」

12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 17:38:05.31 ID:km6R9n53o

 「ぴぃ……?」

 「あー、界隈の用語と言いますか」

首を傾げるお婆ちゃんに、プロデューサーが笑って頬を掻きます。
業界用語っていうやつだよね!

 「プロデューサーの事です。ディレクターをDと呼んだりもしますね」

 「なるほど」

お婆ちゃんが手を打って、それから思い付いたように言いました。

 「なら私はJですね」

 「はっ?」

 「ジョッキー。騎手を……日本だと競馬の乗り手を指す事が多いですが、そう略すんですよ」

 「アー、Jさん、ですね」

 「あら、これで私もぎょうかいじんかしら?」

Jさんがふふっと笑います。
略称かー、カッコイイなー。
私はアイドルだから……I? うーん、カッコイイ、かなぁ……?

 「さ、着きましたよ」

 「……わぁっ」

 「まずは着替えて……ふふっ、これは聞こえていなさそうねぇ」


馬。ウマ。うま。


黒いお馬さんや茶色のお馬さんが、草を食べたり寝転んだりしてます!
すごい! こんなにたくさんのお馬さん、初めて見ちゃった! すごい!

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 19:23:51.85 ID:km6R9n53o

 「蘭子。着替え、行きましょう」

 「うん」

 「……蘭子?」

 「うん……もうちょっと……」

 「Pさん。先に確認だけ、しといちゃいましょうか」

 「……すみません。お手数、お掛けします」


……あれ。着替えたら、実際に乗れるんだよね?


そう気が付いて慌てて着替えに向かったのは、しばらく経ってからでした。

14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 20:14:43.86 ID:km6R9n53o
 ― = ― ≡ ― = ―

 「纏いしは聖なる衣ぞ!」
 (プロデューサー! 似合ってる!?)

 「うん、バッチリだ。でも」

 「む?」

 「申し訳無いが、アーニャちゃんがハマり過ぎててなぁ……」

 「……た、確かに」

 「そうですか?」

キュロットにブラウス、乗馬ブーツとヘルメット帽。手袋をして、鞭を持ちます。
やっぱり、普段着れない服を着れるのは嬉しいですね。

 「まぁまぁ。ひょっとして貴族の出かしら?」

 「ニェート。パパとママはとっても普通の人です」

 「では、撮りまーす」

 「あ、ごめんなさいね。ちょっとお待ちを」

カメラマンさんが写真を撮ろうとして、Jさんが声を掛けました。
どうしたんでしょう。Jさんも写りたいんでしょうか。
そう考えているとJさんが蘭子の目の前までやって来て、ヘルメットを脱がしました。

 「素敵な髪型ですね」

 「髪は魔力の源なれば」
 (ありがとうございます!)

 「もっと素敵な髪型があるんだけど、試してみません?」

 「……! うんっ!」

いつもの蘭子の髪型を解いて、Jさんが丁寧に髪を纏め直します。
二人とも銀髪で、同じ乗馬服を着て。
まるで、お婆ちゃんとお孫さんみたいでした。

15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 21:50:50.68 ID:km6R9n53o

 「はい、出来ました」

 「これは……」

蘭子が手鏡の中の自分を見つめます。
結われた髪をおっかなびっくり触って、後ろに居たJさんを見上げました。

 「ポニーテール?」

 「そう、馬とお揃いですよ。乗るのはポニーではありませんけどね」

 「おお!」

帽子を被り直して、飛び出た尻尾を蘭子が嬉しそうに触ります。
目の前でぴょこぴょこ揺れるのに我慢出来なかったんでしょうか。
グリフォンが蘭子の新しい尻尾をぱしぱしとはたいています。

 「魔獣よ! 反逆の牙を向けるか!」
 (ぐ、グリフォン! やめてー!)

 「しっぽ仲間が増えて嬉しそうですねぇ」

 「私の髪ももうちょっと、ダルガ……長ければ良かったです」

 「伸ばしてみるのも良いかもしれないね……で、そろそろいいかな?」

 「ああ、邪魔してごめんなさいね。さぁ二人とも、撮ってもらいましょう」

 「ダー」

 「ククク……刻は満ちた!」
 (準備おっけーですっ!)


そして写真を撮ってもらっていると、後ろから聞き覚えの音が聞こえてきました。
蘭子と一緒になって振り向くと。


 「きれい……」


Jさんが、真っ白な馬に乗ってやって来ました。

16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 22:56:22.28 ID:km6R9n53o

 「どう? ウチの仔も負けていないでしょう」

 「観賞用の馬……ではないんですよね」

プロデューサーが驚きながら訊ねます。

 「ええ。きちんと障害飛越の訓練を受けていますよ」

 「ショーガイ……?」

 「まだ聞いてなかったかしら。お二人にやってもらうのは障害飛越。要はハードル走ですね」

 「馬に乗って、棒を飛び越す……ですか?」

 「そうそう。呼吸を合わせるのが大事よ」

Jさんが白馬の横顔を撫でます。
気持ち良さそうに、その手へ顔を擦り付けていました。

 「名前は白雪。5歳と半年の女の仔です」

 「白雪……なれば、灰被りも?」
 (白雪姫が居るなら、シンデレラもいるの!?)

 「灰被り…………は残念ながら居ませんねぇ」

 「そっかぁ……」

 「Jさん、説明をお願いします」

Jさんが白馬の背から降りました。
軽やかな身のこなしで、ぜんぜん年齢を感じさせません。

 「一月後に障害飛越の公式大会に、お二人には団体のメンバーとして参加してもらいます」

 「荘厳なる式典か。我が身で足るのか?」
 (公式大会!? だ、だいじょぶかなぁ……)

17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/03(日) 00:09:44.95 ID:aAVeHPZ4o

 「それほど堅い競技会ではないので心配ありませんよ」

 「ナチナユシー……初心者でも大丈夫でしょうか」

 「ちゃんと練習すれば、一月後に130cmは跳べるように教えますからね」

 「しばらくはライブとかの仕事も入れてないから、学校帰りに練習出来るよ」

130cm……蘭子の背よりちょっと低いぐらいです。
私も蘭子も馬に乗った経験は一度もありません。
跳べるように、なれるでしょうか。

 「あ、あのっ!」

 「はい、どうしました?」

 「……乗ってみても、いい?」

 「ああ、そうですねぇ。まずは話すよりも実際に乗ってみましょうか」

 「やった!」

Jさんに見守られて、蘭子が馬へ駆け寄ります。
支えられながら、白雪に恐る恐る触れました。

 「ここは鐙って言ってね」

 「ふむ」

蘭子が馬具に脚を掛けて、背中へと上がって、そのまま向こう側へ滑り落ちました。


べしゃっ。


 「あうっ」

18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/03(日) 00:16:34.09 ID:aAVeHPZ4o

蘭子が地面に俯せになったまま、誰も、グリフォンさえも口を開きませんでした。
起き上がった蘭子が、不思議そうな顔で白雪を見上げます。

 「……む?」

 「Pさん」

 「はい」

 「蘭子ちゃん、運動神経の方は」

 「……ダンスは、どちらかと言えば不得手な分野ですね」

 「一月あります。全力を尽くしましょう」

 「ひゃあっ! か、顔は舐めないでー!」

蘭子が白雪に顔を舐められて、小さく悲鳴を上げていました。

19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/04(月) 13:59:34.51 ID:zsuSUXgVo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「ふへー……」

つ、疲れました。
何とか落ちずに白雪へ乗る事が出来るようになったけど……。
アーニャちゃんはもう、ゆっくりだけど走る練習を始めてます。
私も早く追い付かないと!

 「ふにゃー……」

でも今はちょっと休憩中。
柵に身体ごともたれ掛かって、地面に出来たアリさんの行列を観察中です。
細長い列を眺めていると、視界の端に黒い棒が突き立てられました。
太い棒は四本あって、よく見ると棒ではなくて。


――ぶるる。


 「……?」

顔を上げて、足りなくて。
見上げても、まだ足りなくて。
もっと見上げると、ようやく頭が見えました。

 「ニャッ」

 「お……おお…………!?」

とってもとっても大きな、黒い馬。
その頭の上から、グリフォンが顔を出しました。


…………グリフォン、乗ってるの!?

21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/04(月) 15:11:44.25 ID:zsuSUXgVo

 「フハハ! 流石は我が血族」
 (グリフォン、すごーい!)

 「ミー?」

おっきくて、強そうで……すっごくカッコイイお馬さん!
グリフォンが乗れるなら、私も乗せてくれるかな?

 「ブーケ。蘭子ちゃんの髪を噛んではいけませんよ」

 「無垢なる花束?」
 (ブーケ?)

Jさんがそばにやって来て、私の頭に手を置きました。
……お、美味しくないよ。藁の方が美味しいよ!

 「体躯にそぐわぬ可憐な名よ」
 (かわいい名前ですね)

 「そう? アレキサンダーの愛馬から取ったのですけど。ブーケファラスと言う馬でして」

むしろカッコいい名前でした!

 「先達よ」
 (Jさん)

 「何かしら?」

 「あの、えっと…………私、ブーケと大会に出てみたい、です……」

 「うーん……確かにこのコとなら160cmだって跳べるでしょうけれど――」

22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/04(月) 16:27:44.57 ID:zsuSUXgVo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「あの二人、どこまで休憩に行ったんだろうなぁ」

 「だいじょぶ、です。この仔の背中からなら、遠くまで良く見えます」

なかなか戻って来ない蘭子たちを探しに、練習を兼ねて白雪へ乗って散歩します。
いつもより身長が高くなったみたいで、バランスを意識しないと転んでしまいそうです。

 「あっ」

 「お、居たかい……って何だあのデッカい馬は。ばんえい用の馬かな」

 「でも、蘭子が乗ろうとしてますね」

二人の所へ歩いて行きます。

その間に蘭子が大きな馬によじ上って。
危なっかしく跨がって。
こちらに笑顔で手を振って。
後ろ脚を跳ね上げた馬に振り落とされました。


ぼてん。


 「――じゃじゃ馬なんですよ、このコ」


Jさんの困ったような顔に。
地面で仰向けになったまま、蘭子が涙目で頷きました。

23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/04(月) 18:15:28.17 ID:zsuSUXgVo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「…………」

 「つん」

 「ひぅっ!」

 「…………」

 「…………」

 「えい」

 「ひやぁっ!」

 「……♪」

 「楓。蘭子をいじめちゃ、めっ、です」

 「ごめんなさい。可愛くて、つい」

 「ダー。それは分かります」

 「姫君共! 戯れも足るを知れ!」
 (二人ともっ!)

今までで一番の、もうよく分かんないくらいすごい筋肉痛です。
昨日は何ともなかったのに、今日一日練習したら動けなくなっちゃいました。
事務所のソファの上でアザラシみたいに寝転んでいる私を、楓さんが容赦なくつっついてきます。
とっても楽しそうです。

……むー!

 「蒼の灰被りよ……亡国の危機に救いの剣を……」
 (り、凛ちゃーん……たすけてー……)

 「普段出歩かないからだよ。たまにはレッスン以外でも運動してみたら良いんじゃない?」

 「そんなぁ……」

みんなクールです。冷たいです!

24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/04(月) 19:16:12.24 ID:zsuSUXgVo


 「――はっ? いえ、あの、どういう事でしょうか」


受話器を持ったまま、突然プロデューサーが驚いたような声を上げました。

 「いや、Jさんは分かるんですが。団体競技と言ったって、私は一般――」

話に夢中になっているプロデューサーに、楓さんが後ろからそっと近付きます。
電話機の本体を静かにこちらへ寄せると、スピーカーボタンを押しました。

 『――の人数が4名なので、Pさんを登録しておきましたよ。では確かにお伝えしましたので』

 「あ、ちょ」


ぶつん。


そこで通話が途切れて、プロデューサーが口を開けたまま固まってます。
えーと、つまり。


 「冥府の暗きも、共に歩まば恐るるに足らず!」
 (プロデューサー! いっしょにがんばろっ!)

 「……やられた」



次の日から一匹、事務所にアザラシ仲間が増えました。


25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/05(火) 15:43:28.79 ID:OcX/evJ7o
 ― = ― ≡ ― = ―


がらん、がらん。


 「わぷっ」

ブーケの蹄が、またバーを引っ掛けてしまいました。
着地につんのめった蘭子の小さな鼻が、ブーケのたてがみにぶつかります。

 「休憩にしましょうか、蘭子ちゃん」

 「是非も無し……」
 (うん……)

ちょっとだけ元気の無い声を返して、蘭子がブーケから降ります。
もう落ちたりする事はありませんが、バーを飛び越えるのには苦戦していました。
蘭子がとても頑張っているのは、いつだって見ています。
でも、なかなか上手く行かないと、どうしても弱気になってしまって。

 「むむぅ」

 「蘭子……」

 「蘭子ちゃん。アーニャちゃんも」

声を掛けようとすると、Jさんが私の肩に手を置きました。
そして、お茶目なウィンクを一つ。

 「ちょっと、お話しましょうか」

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/05(火) 16:28:02.80 ID:OcX/evJ7o
 ― = ― ≡ ― = ―

 「おお……」

 「色んな馬が、居ますね?」

 「ええ、情報交換の為のような場所です。会議室に馬を連れ込むのは難しいですからね」

広場には、十何頭ものお馬さんと、同じくらいの騎手さん達が居ました!
白い馬や、茶色の馬。同い年くらいの女の子に、白髪混じりのおじさんも。

 「お二人はアイドルで、シンデレラ……と言うのを目指しているのですよね?」

 「如何にも」
 (はい!)

 「ダー。蘭子は、凄いです」

 「知ってるかしら。馬にもね、裸足のシンデレラ、って呼ばれてたコが居たんですよ」

……!
お馬さんなのに、シンデレラ!?

 「競走馬でしてね。蹄鉄を落としたまま走ったの」

 「……フフッ。ガラスじゃなくて鉄の靴、ですね?」

 「闘争の果ては?」
 (結果はどうなったんですか?)

 「はて、どうだったかしら……少なくとも、魔法が解けてポニーになったとは聞いていませんね」

Jさんの話に、アーニャちゃんと二人して大笑いします。
おっちょこちょいのシンデレラさんだなぁ。

27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/06(水) 14:28:58.62 ID:dKqzDj9xo

 「それはもう、色々な馬が居るんですよ。私は馬には詳しいと思っていますが」

Jさんが、私達に優しく笑いかけます。

 「アイドルには疎くて。Pさんの方がよっぽど詳しいでしょう」

 「偶像の世界は万華鏡の如し」
 (アイドルにも、色んな人が居ます!)

 「乗馬も、たぶんアイドルも、他の何かであっても。とても大切な事があると、私は信じています」

 「ヴァーシュナ……大切、ですか?」

 「ええ。知ろうとする事、ですよ。素人考えかもしれませんが」

なんだろ、どこかで聞いたような……?

 「ウマが合わない、という言葉はご存じかしら」

 「アー……仲が良くない、ですか?」

 「ええ。私はこの言葉があまり好きではないんです」

 「何故にか」
 (どうして?)

 「だって、こんなに色んな馬が居るんですもの。みんなと仲良くなった方が、とっても素敵じゃありません?」

確かにそうかも。
ウチの事務所でもまだお話した事の無い人が居るけど、きっとみんな面白い人ばかりです!

 「そういう意味で、騎手は二種類の人にわかれます」

 「二種類?」

 「『乗せてもらう』人と、『乗りこなしてやる』人ですね」

 「乗りこなして……」

 「お二人はとっても優しい娘ですから、前者ですね。私は後者ですが」

 「む、真か?」
 (そうかなぁ?)

28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/06(水) 16:06:08.79 ID:dKqzDj9xo

いつもニコニコして、丁寧に教えてくれて。
Jさんもとっても優しい人だと思います!
あ。怒るとすっごく怖い、とか……?

 「後者が乱暴者だと言う気もありませんが、私も昔はまぁ、色々あったのですよ」

 「昔の話……気になります」

 「ふふ、話すと長くなりますし、またの機会にしましょうか……ああ」

Jさんが照れたように笑います。
やっぱりとっても優しい表情です!

 「歳を取ると、話が長くなっていけませんね。要は何が言いたいかと言いますと」

 「ふむ」

 「白雪とは逆に、ブーケは『乗りこなしてやる』人を好むんですよ」

 「……ふむ?」

えっと、つまり。
色んなお馬さんが居て。乗る方には二種類の人間が居て。
と、言う事は。

 「自信を持て、ってこと……?」

 「その通り。蘭子ちゃんはとってもチャーミングなんですから」

Jさんが私の頭を撫でます。
何でみんな私の頭を撫でたがるんだろう?


 「シンデレラを乗せられるなんて光栄だろうと。そう思って、ウマを合わせてみてはどうでしょう」

29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/06(水) 19:25:35.43 ID:dKqzDj9xo
 ― = ― ≡ ― = ―


 「――いいでしょう」

 「や、やったぁ!」


大会本番3日前。
私も蘭子もプロデューサーも、何とかコースを完走出来るようになりました。

 「良く頑張りましたね。本当にたったの一ヶ月で130cmを跳べるまでになるとは驚きました」

 「……これだけみっちり練習すればどうでも上達しますよ。プロデューサーは馬に乗らないってのに」

仕事が溜まってしまって。

プロデューサーが乾いた笑いを零します。
大丈夫です。ちひろは優しいから、きっと気遣ってくれます。

 「蘭子ちゃんも、よくブーケについて来られましたね」

 「フフフ……今では我が忠実なる僕よ」
 (とっても仲良くなりましたから!)

 「あら、そうなのブーケ?」

 「ブルル……」

 「ふわ、わぁっ! ゆ、揺らさないでぇ!」

テレビカメラに向けてポーズを決めた蘭子が、身体を揺らすブーケにしがみつきます。
多分、この部分はカットされません。可愛いですから。

30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/06(水) 21:07:12.54 ID:dKqzDj9xo

 「ふうっ…………と、時に先達よ。そなたへの心配は無用か?」
 (と、ところで! Jさんの方は練習、大丈夫なんですか?)

 「アー。確かに、です」

一番最初、白雪に乗って1mくらいの柵を飛び越えて見せてくれたくらいです。
それからは馬に乗ってはいても、バーを飛び越える練習は見ていませんでした。

 「皆さんの足を引っ張らないくらいには練習していますので、心配はご無用ですよ」

 「その熟練の手腕、とくと見せてもらおうぞ!」
 (楽しみー! お手本にさせてもらいますね!)

 「俺も楽しみです。乗るのは白雪ですか?」

 「いえ、私はブーケに。その方が白雪の負担も減るでしょうから」

 「Jさん、ブーケに乗れる、ですか?」

 「ええ。もういい加減なこの歳でも続けられるのは、乗馬の良い所ですね」

日本では、女の人に歳を訊くのはダメ、と聞いています。
でも蘭子がこっそり聞いた所、あなたの5倍はいかないくらいですね、と答えたそうです。
元気いっぱいなブーケに乗って、大丈夫でしょうか?

 「それでは大会に備えてゆっくり休みましょうか」

 「あ、カメラさん待って……まだポーズが……ブーケ、止まってー!」

のんびり歩いて行くブーケの背中で、蘭子が慌てています。

 「……大会、大丈夫かなぁ」

 「だいじょぶ、です。蘭子は本番に強いですから」

 「ブーケ、お願いだからー!」


ゆっくりと遠ざかって行く蘭子とブーケの背中を、カメラさんがじっと写していました。

31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 20:01:46.54 ID:nM52Bqk+o
 ― = ― ≡ ― = ―

すごいです。
もう一生分のお馬さんを見たかなと思ってたけど、そんな事ありませんでした。
これだけ人やお馬さんが集まると、何だか大会と言うよりもお祭りみたいです!

 「さぁ、皆さん準備は大丈夫ですか?」

中障害飛越競技B。
出場するのは15チームで、私達のチームは12番目。
乗馬クラブや高校馬術部のみんなの競技を見ている内に、あっという間に私達の出番になっちゃいました。

 「アトリーシナ……だいじょぶ、です」

 「もうやるしかないでしょう。俺の所、ちゃんとカットされるんでしょうね……?」

 「宴の始まりよ!」
 (バッチリです!)

ブーケの横顔を撫でます。
これだけ沢山の人や仲間に囲まれても、ブーケはとっても落ち着いていました。


 『――続いて12番。団体名、チームシンデレラの皆さんです』


会場にアナウンスが響くと、ぎゅっと身体に力が入ります。
大丈夫。練習なら、動けなくなるぐらいいっぱいしたもん!

 「それでは白雪とアーニャちゃん、お願いしますね」

 「アーニャちゃんならリラックスすれば大丈夫だからなー」

 「頑張ってね、アーニャちゃんっ!」

 「ダー。いっぱい、がんばってきます」

アーニャちゃんがにっこり微笑んで、スタートの位置へ向かっていきます。
白雪が背を撫でられて、ぶるると鼻を鳴らしていました。

32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 21:17:48.63 ID:nM52Bqk+o

 『一人目はアナスタシアさんです』

またアナウンスが流れます。
アーニャちゃんを知ってる人から歓声が上がって、シャッターを切る音も聞こえてきました。
うーん。やっぱりアーニャちゃん、カッコいいなぁ……いいなぁ。

 「始め」

旗が挙がると、アーニャちゃんと白雪が滑らかに走り出します。
真剣な表情で……カッコいい…………白雪に跨がるアーニャちゃんは、本当に貴族の令嬢みたいでした。

 「ヤッ」

最初の障害を綺麗に飛び越えました。
プロデューサーもJさんも私も、ただ見とれて拍手を送ります。

 『現在競技中のアナスタシアさんは北海道の出身。乗馬競技は初めての――』

走っている間、アナウンスで紹介をしてくれるみたいです。
私もカッコよく紹介してもらえるかなぁ?

 「ドー」

 『記録は127秒、減点はゼロです』

そしてアーニャちゃんが無事走り終えました。
ベストタイムではなかったけど、バーに一度も引っ掛かってません!

 「お疲れアーニャちゃん。良く跳べてたよ!」

 「ええ。初めての大会とは思えませんでしたよ」

 「アーニャちゃん、すっごくカッコよかった!」

 「スパシーバ! 白雪のおかげ、ですね」

アーニャちゃんがとびっきりの笑顔を見せて、白雪の頬を優しく撫でます。
白雪も何となく嬉しそうに見えます!

 「次は、プロデューサーです」

 「うーん。アーニャちゃん達の顔に泥を塗らないように気を付けるよ」

プロデューサーが苦笑して、白雪に跨がりました。

33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 21:48:00.93 ID:nM52Bqk+o
 ― = ― ≡ ― = ―

 『記録、119秒。減点は6です』

 「あちゃあ……すみません、やっちまいました」

 「いえいえ。思い切りが良くて、見ていて楽しかったですよ」

プロデューサーが、照れたように笑いながら白雪を降ります。
白雪もお疲れ様、ですね。

 「ではJさん、お願いします」

 「はい。大会に出るのも久しぶりですねぇ」

 「先達よ! 我に導きの光を!」
 (Jさん、お手本をお願いしますね!)

 「まぁ。馬から落っこちないように気を付けないといけませんね」

Jさんがいつものようににこにこと笑いながら、ブーケとスタートの位置へ向かいます。


 『続きまして3人目は――』


アナウンスでJさんが呼ばれると、会場がざわつき始めました。
カメラを鞄から取り出したり、慌てて休憩中の仲間を呼びに行ったりする人も居ます。
何でしょう。何か手違いでもあった、でしょうか?

 「僕よ、これは一体何事か」
 (プロデューサー、何か起きたの?)

 「ん? いや、これから起きるんだよ」

 「アー、Jさん、有名な選手でしたか?」

 「あぁ、そっか。まだ話してなかったっけ」

プロデューサーが頬を掻いて、何か言いかけて口を閉じます。
Jさんの方へ向き直ると、私達もそちらを見るよう手で示しました。

 「まぁ、見てれば分かるよ」

34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 22:32:40.92 ID:nM52Bqk+o

ぴんと背筋を伸ばして、Jさんが一礼します。
旗が挙がると、ゆっくりとブーケが走り始めました。

 「……む?」

 「どうかしましたか、蘭子」

 「この凪のような静けさは……」
 (なんだか、足音が静かだね)

 「そう、ですね」


ととっ、ととっ。


蘭子の跨がるブーケの足音とは随分違っていました。
不思議がっている内に、最初の障害へ差し掛かります。


ドォンッ!!


 「ひゃわっ!」

地響きのような足音に、蘭子が思わず身を縮めます。
私もプロデューサーも、身体がびくりと震えてしまいました。


ズドッ!


 「――ヨッ!」


Jさんが笑顔で手綱を握りながら、着地の音を響かせます。
跨がっているブーケの迫力とは、まるで正反対の雰囲気でした。

35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:03:43.62 ID:nM52Bqk+o


ガコン、ゴッ!


何ヶ所目かの障害にブーケの蹄が引っ掛かってしまいました。
バーがぶつかった所からぐにゃりと曲がって、こちらへ向かって勢い良く転がって来ます。


――あら、ごめん遊ばせ。


帽子に軽く手を添えたJさんが、そう口を動かしたように見えました。

 「蘭子、」

話しかけようと蘭子の方を振り向くと、食い入るようにJさんを見つめていました。
柵をぐっと握りしめて、口を開いて、輝く瞳でブーケの姿を目に焼き付けようとしています。
私も目を戻して、Jさんとブーケに拍手を送りました。

 「ふぅ」

ブーケが最後の障害を跳び終えて、Jさんが再び一礼します。
柵の周りを囲うように集まっていた人たちから、一際大きな拍手が起こりました。

 『記録は62秒。減点は4です』

 「ごめんなさいね、ちょっと格好悪い所をお見せしてしまいました」

 「……!! …………っ!」

 「声になってないぞ、蘭子ちゃん」

握った手を一生懸命に振って、蘭子がJさんとブーケへ駆け寄ります。

 「お手本になれたかしら」

 「うんっ! すごい、すごい!」

 「それは良かったわ。では、お願いしますね」

 「えっ。何が?」

36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 06:23:58.16 ID:08WZGmADo

 「次はあなたの出番ですよ、リーダーさん」

 「…………?」

蘭子が不思議そうな顔で私達を見つめます。
帽子からぴょこりと飛び出たポニーテールも、同意するように揺れていました。

 「何の?」

 「競技だよ。蘭子ちゃん」

 「誰が?」

 「蘭子です」

 「これから?」

 「ええ、そうですよ」

ぽっかりと口を開けて、蘭子がしばらく固まります。
そして辺りを見渡すと。
ついさっきまでのJさんの走りに、周りに集まった皆さんが盛り上がっていました。

 「む、ムリムリ無理ですっ! こんなたくさんの盛り上がってる人達の前でっ!」

 「何を言ってるんだい二代目シンデレラガールさんや」

 「ダー。蘭子ならこの十倍居たってへいき、です」

 「あ、あれはいっぱいいっぱい練習したからで……!」

 「あら。練習ならあんなに一生懸命していたじゃありませんか、蘭子ちゃん」

 「む、むむむむ……!」

蘭子が涙目になって、握った手をぶんぶんと振ります。

37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 07:45:24.46 ID:08WZGmADo

 「わ、我が」

 『チームシンデレラ、最後は神崎蘭子さんです』

 「ぴっ!」

蘭子が言おうとした言葉がアナウンスにかき消されます。
周りに集まったみんなが、蘭子に注目していました。

 「わたっ、わたしは……」

 「蘭子」

グリフォンを抱き上げて、蘭子の鼻先へ差し出しました。
蘭子の頬をたしたしと叩いて、丸い目で蘭子をじっと見つめます。

 「ミィ」

 「…………」

 「グリフォンの言う通りです、蘭子」

 「……良かろう。その言葉、信じよう」
 (うん……やって、みるよ)

まだまだぎこちない動きで、蘭子が何とか落ちずにブーケへ跨りました。
固い表情のまま、スタート位置へと歩いて行きます。

 「蘭子……緊張、してますね」

 「そうですねぇ。普通そういった緊張は馬へ伝わって宜しくないものですが」

 「?」

 「真剣な乗り手には、ウマが合わせる事もあるんですよ」

Jさんの笑顔に、私は何度も頷きました。

38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 11:50:49.40 ID:08WZGmADo

 「ところでアーニャちゃん、一つだけいいかな」

 「ダー。何ですか、プロデューサー?」

 「……グリフォン、さっき何て言ったんだい?」

 「『自分だって乗れるんだから、蘭子に出来ない筈がない。ここで応援している』、と」

 「…………」

 「ニャ?」

抱き上げたままのグリフォンを、プロデューサーが無言で撫でます。
真ん丸の瞳が、不思議そうにその手を見上げていました。

39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 12:03:03.52 ID:08WZGmADo
 ― = ― ≡ ― = ―


 『最後の走者は神崎蘭子さん。彼女はシンデレラガールズプロダクションに――』


アナウンスさんが私の事を紹介してくれています。
たぶん。

 「…………」

でも、内容が全然頭に入って来ません。
馬の耳に念仏っていう言葉があったけど、これからは使わないようにしましょう。

 『――ので、神崎さんのタイム次第では入賞――』

Jさんもブーケも、すっごくカッコよかった。
見てる人達もさっきの走りに夢中になって、まだ熱が冷めてないみたい。


……私も、あんな風に

 「始め」


聞こえてきた合図に身体が震えました。
一拍遅れてブーケを走らせます。
すぐに、最初の障害が近付いてきました。


タンッ。


 「や、やった……!」

何とか飛び越えられました!


そう思っていたら、次の障害はすぐ目の前まで迫っていて。

40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 14:56:00.97 ID:08WZGmADo

 「っ!」

体勢が整えられずに、手綱を引いて引き返しました。
私のせいで、不従順……もう一度やると、失権になっちゃいます。

 「ブルッ……」


――どうした。


ブーケがそう訊ねるように振り返って。


――ウマを合わせてみてはどうでしょう。


Jさんの言葉が頭に浮かびました。


 「行こうっ」


ブーケの呼吸に合わせて、二つ目の障害を飛び越えました。

41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 15:25:51.74 ID:08WZGmADo


がしゃり。


十個目の障害でバーを落としてしまいました。
これで減点二つ目。
残ったのは、一番高い130cmの障害一つだけ。

 「……っ」

あんな風に跳べる実力なんて無いのは、どうしたって分かってます。
でも、私を……ううん。
ブーケを見ている人達はきっと、また夢中になれるような何かが見たくて。
私も、期待しているみんなに、ブーケのカッコいい姿を少しでも見せてあげたくて。


私だって、アイドルだもん。


会場のみんなに、少しでも楽しんでほしいから。


だから。


 「ブーケ」


お願い!


 「――あなたに、合わせるからっ!」


まっすぐに障害へ向かっていたブーケの脚が。
ゆっくりと勢いを失って、バーのすぐ手前でぴたりと止まりました。

42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 15:57:49.74 ID:08WZGmADo


 「……ブーケ?」


不従順。


ブーケが障害の手前でくるりと振り返って、ゆっくりと真逆へ歩いて行きます。
……そっか。
私があんまりヘタだから、ブーケに愛想も尽かされちゃうよね。
でも、私はいいけど、ブーケのカッコいい所、もっとみんなに見せてあげたかったな。


ぴたり。


 「え?」

他の人達が見守る柵の手前で、ブーケがまた立ち止まって。
もう一度、バーに向かって振り返りました。

 「ブーケ?」

私の質問に、ブーケが力強い鼻息で答えます。

 「ひゃ、わっ!」

そして、勢い良く走り出しました。
練習でも出した事の無いスピードに振り落とされないよう、必死で手綱に掴まります。

 「ブー、ケ」


気付けば、障害はもう目の前で。

43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 16:11:52.17 ID:08WZGmADo



ずどんっ。



とんでもない音が、お尻の下から響いて来て。



 「翼を授かりし、天馬?」
 (……とんでる?)



視界いっぱいに、気持ちの良い青空が広がりました。


44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 16:42:26.36 ID:08WZGmADo


翼でも付いたみたいに、身体がふわりと軽くなって。
周りの景色が、とてもゆっくり動いているように見えて。



――まるで、魔法に掛かったみたいでした。



130cmより、ずっと。
160cmだって、らくらく跳べるくらい。
ううん。


空にだって、このまま飛べてしまいそうなくらい。


視線を横にずらすと、こちらを見上げる人達の顔が見えました。
その中に、みんなの姿も混ざっていて。


まぁるく口を開けて、驚いたようにこっちを見つめるアーニャちゃん。
隣で首を傾げながら見ている白雪。
アーニャちゃんと同じ青い目で、眩しそうに眺めるグリフォン。
何だか慌てたように駆け出しているプロデューサー。
そしてJさんは、ちょっと困ったような、どこか呆れたみたいな。


けれどいつもの優しい顔で、くすくすと笑っていました。

45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 17:01:14.10 ID:08WZGmADo

視界の端に、私の両手が映っているのに気付きました。
でもその手には、不思議と何も握られてなくて。


 「む?」


あれ、手綱はどこにいったんだろう?
辺りを探してみると、ブーケの背中が、そこに乗った鞍が、真下にあるのが見えました。


あ、なるほど。



 「痛いの、やだなぁ……」



地面へ落っこちる寸前に、プロデューサーの大声が聞こえた気がしました。


46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 17:19:35.85 ID:08WZGmADo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「うぅ。みんな、ごめんなさいー……」

 「ごめん、ごめんなぁ蘭子ちゃん。俺がもっとしっかり準備すればこんな……!」

 「ニェート。プロデューサーが悪いわけじゃない、です」

幸い、と言うべきでしょうか。
高く舞い上げられてから落ちたのに、左肘のねんざだけで済みました。
包帯を巻かれる蘭子も、包帯を巻くプロデューサーも、未だにちょっと涙目です。

 「はい、湿布を持って来ましたよ。大丈夫ですか蘭子ちゃん」

 「うん、だいじょうぶ。Jさん、ごめんなさい……」

 「何を言ってるんですか。あなたもブーケも立派なものでしたよ? 特に最後のはね」

落馬は失権、失格になるルールです。
Jさんの記録は個人2位でしたが、チームは15チーム中13位でした。
みんな一生懸命に頑張った結果です。とっても嬉しい、です。

 「蘭子ちゃんの歳であれだけ跳んだのは、私も初めて見ました」

 「でも、落ちちゃったし……」

 「そうですね。初めに教えた通り、落ちる前は手綱を握っておかないと危ないですが」

気付いて、Jさんが振り向きます。
そばに寄って来たブーケが心配するように、蘭子へ顔を近付けました。
蘭子が嬉しそうに手を伸ばします。

47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 17:40:28.55 ID:08WZGmADo

 「おお、天馬よ!」
 (ブーケ!)

 「ブルッ……」

ブーケが顔を背けて、どこかへすたすたと歩き去って行きました。
手を伸ばして固まったまま、蘭子がまた涙目になっていきます。


 「ぶ、ぶーけぇ……」

 「……ごめんなさい、忘れていました。あのコ、湿布の匂いが苦手で」


Jさんが、申し訳無さそうに笑いました。

48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 17:54:57.59 ID:08WZGmADo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「わ、我が痴態を衆目に晒すと宣うのかっ!」
 (落ちるとこはカットしてくださいっ!)

 「いや問い合わせたんだけどね、今後の安全意識向上の為にも流してほしいと……」

 「ぐ、ぐぬぬっ……!」

み、みっともないところをみんなに観られちゃうのはイヤだけど……。
みんなに乗馬も怖がらないで始めてほしいし……むむむ。

 「まぁ表彰式も終わったし、今日は帰ってゆっくり」

 「あ、あのっ!」

背中から声を掛けられて、プロデューサーが振り向きます。
乗馬服を着た、ちょっと年上の女の子二人組でした。

 「サインしてもらえませんかっ」

色紙を差し出されます。

 「む……我が紋章を欲するか」
 (えっと、私の?)

 「あ、はい! その、それと……」

 「アー、私も、ですか?」

 「いいですか?」

 「ほい。二人とも、ペン」

二人のお名前を聞いて、二枚の色紙にサインします。
ふふふ……サインの練習ならバッチリです!
アーニャちゃんのロシア語のサインもカッコいいなぁ。今度教えてもらおうかなー。

49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 18:12:08.69 ID:08WZGmADo

 「ズェベルシーニェ。書けました」

 「えっと……スパシーバ!」

 「それで、ですね……あのっ……」

色紙を受け取った二人が、また色紙を差し出してきます。
あれ、お名前の漢字、間違っちゃったかな?

そう思ったけど、よく見ると色紙が差し出されているのは私じゃありませんでした。
けれど、アーニャちゃんでもなくて。


 「……あら、私?」

 「は、はいっ!」


二人が、真剣な顔でJさんに色紙を差し出していました。


 「まぁまぁ。私はアイドルではありませんけれど」

 「よく知ってますっ」

 「アーニャちゃん達の隣に書いてしまっていいんですか?」

 「はい!」

私達のサインを受け取ると、二人はとっても素敵な笑顔で戻って行きました。
……えっと。

 「Jさん、やっぱりアイドルでしたか?」

 「お二人のように可愛ければやってみたかったですねぇ」

50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 18:37:34.02 ID:08WZGmADo

 「そうだそうだ、さっき言いそびれたんだったな」

プロデューサーがペンをしまいながら呟きます。

 「Jさん、乗馬の世界大会メダリストだから」

 「成程…………えっ」


……世界大会の、メダリスト?


 「よしてくださいな。半世紀も前にマグレで銀を貰っただけですよ」

 「いやいや。日本の女性で世界のメダルを獲ったのは後にも先にもJさん唯一人じゃありませんか」

 「あ、あのっ!」

 「どうしましたか、蘭子ちゃん?」

 「えっと……世界大会でメダルを貰うのって、すごくすごいんじゃ……」

 「うん、凄いよ。俺も後でサイン貰おうと思ってたぐらい」

思わず口が開いちゃいました。
あ……だから会場のみんな、慌ててたんだ。
突然発覚してしまった新事実に、アーニャちゃんと顔を見合わせます。

 「アー。どうしてそんな凄い人が、私達に?」

 「ああ、Jさんはメダル獲った頃ね……」

 「いやだわ、お恥ずかしい」

Jさんが、困ったように口へ手を当てます。

51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 19:17:01.16 ID:08WZGmADo

 「『白馬に乗ったシンデレラ』、と呼ばれていたんだ」

 「灰被り……」
 (シンデレラ……)

 「蘭子ちゃんには、謝らなければいけませんね」

Jさんが乗馬帽を脱ぎました。
夕陽に照らされて、銀の髪がきらきらと輝いています。

 「実は彼女もここに居たんですよ、半世紀も前ではありますが」

 「彼女?」

 「私にメダルを咥えて来てくれた馬。サンドリヨンです」

 「サンド……?」

 「フランス語で、シンデレラ、ですね」

 「博識だねアーニャちゃん」

半世紀前の、Jさんの愛馬。
銀の輝くメダルを提げた、白馬……。

 「さて、私はそろそろお暇しましょう。久々に動いたら腰に来てしまいまして」

帽子を被り直して、Jさんが白雪に跨がります。
白雪の顔は、何だか誇らしげに見えました。

 「先達よ、深き感謝を捧ぐ」
 (ありがとうございましたっ!)

 「バリショエスパシーバ!」

 「お世話になりました。お礼はまた改めて後日」

 「またいつでも来てくださいね。馬はいつでも歓迎しますよ」

52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 19:30:12.50 ID:08WZGmADo

Jさん達が夕暮れの桜並木の下を帰って行きます。
白雪のしっぽが誇るように揺れていて。

Jさんの短いポニーテールも、揃って揺れていました。

 「プラッフラードナ……格好良い、ですね」

 「うん……」

 「ああ。でも、俺は二人だって負けてないと思ってるよ」

 「私達も?」

 「最初に言っただろう?」

プロデューサーが、私の腕にグリフォンを預けます。
まだまだ子供のグリフォンは、疲れたのかぐっすりと眠っていました。



 「『次世代のシンデレラ』だ、ってね」


53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 19:50:09.82 ID:08WZGmADo
 ― = ― ≡ ― = ―

 「どうだい、アーニャちゃん」

 「ネイボルシィ……夢みたい、です」

 「それは何よりだ」



――カボチャの馬車。



御伽話の魔法が、目の前に停まっていました。

54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 20:06:05.06 ID:08WZGmADo

 「どうしても一度やってみたかったんだよ。ガラスの靴だけじゃちと物足りないと思ってね」

 「マギヤ……魔法で創ったんですか?」

 「残念ながら魔法は使えなくてなぁ。大事なのはここさ」

 「?」

 「伝わらなかったか……」

プロデューサーが自分の腕をぽんぽんと叩きました。
……手作り、でしょうか?

 「本当は東京駅とかでやりたかったけども、あの辺は流石に止められないからなぁ」

 「ここも、人でいっぱいです」

 「スポンサーのおか……まぁいいや。魔法にタネは無いもんだ」

事務所の最寄り駅。
その駅前通りを借りて、イベントが開かれていました。

 「チケットフォーユー、ですか」

 「洒落た名前だろう? 舞踏会へご招待ってね」

 「シンデレラは、いるでしょうか」

 「どうだろうなぁ。シンデレラは一人だけじゃないから」


カボチャの馬車に、乗ってみませんか。


そう銘打って、イベントへ参加する女の子を募集しました。
詳しい数は聞いてませんが、かなりの倍率だったらしいです。

55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 20:20:02.00 ID:08WZGmADo

 「絞りに絞って20人だからなー。本当なら全員来てもらいたい所だけど」

 「四人乗り、ですね」

 「相乗りってのもどうかと思ったけど、まぁ大人の事情で」

馬車の扉を開いて中を見回します。
カボチャ色の内装に、ところどころガラスの飾りが付けられていました。

 「アーニャちゃん」

プロデューサーが、真剣な声で言いました。



 「乗ってみる?」


56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 20:27:09.90 ID:08WZGmADo

 「――ニェート。私は、乗れません」

 「…………」

 「でも、いつか。乗れるように、なります」

 「…………そうか」

プロデューサーが笑って頭を掻きます。
私はまだ、カボチャの馬車には乗れません。
いつか、蘭子に追い着けたら。
その時は、二人で一緒に乗ってみたい、ですね。

 「アーニャちゃんに今回のイベントへ参加してもらったのはね」

 「はい」

 「俺のワガママなんだ」

 「……ワガママ、ですか?」

 「ああ。ワガママ」

プロデューサーの手が、そっとカボチャの馬車を撫でます。
その目は、どこか遠くを見つめているみたいでした。

 「アーニャちゃんに、シンデレラが見る景色を間近で見てほしかったんだ」

 「……それだけ、ですか?」

 「王子様役が必要だったってのもある。『迎えに行こう、王子様を。』ってね」

改めて、私の着ている服を見直しました。
白いズボン、黒いブーツとジャケット、金のサーベル。
今日の私は、シンデレラじゃなくて王子様でした。

57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 21:01:56.64 ID:08WZGmADo

 「ただまぁ、本当に理由はさっき言ったのが大きいよ。何せ――」

そう言って、プロデューサーが私と向かい合います。
浮かべているのは、今までで一番かもしれない笑顔でした。



 「――どうせシンデレラになってやるんだ。ちょっとぐらい予習した方がいいだろう?」


58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 21:13:04.65 ID:08WZGmADo

 「……フフ。プロデューサーは、ずるいですね?」

 「大人はなー、ずるいのさ」

カボチャの馬車のすぐ隣で。
王子と、悪知恵の働く側近みたいに。
二人でくすくすと笑い合いました。

 「シンデレラには内緒だぞ?」

 「ダー。蘭子はとってもすごい子ですから。そのまま頑張ってほしいです」

 「ああ。蘭子は、凄いよ」


――かぁん、ごぉん……。


鐘の音が響いて、イベントの開幕までもうそろそろだと知らせてくれました。

59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 21:26:15.11 ID:08WZGmADo
 ― = ― ≡ ― = ―


 「プリヴェート! みなさん!」

 『キャアアアアアアッ!!』


王子様姿のアーニャちゃんが微笑むと、興奮した何人かの女性ファンが倒れました。
いつものように待機していた看護係の人たちが、手慣れた様子で倒れた人を運んで行きます。
相変わらず凄い人気です。

 「本日は、私自らがみなさんを舞踏会へご招待致します。さぁ、どうぞ」

 『は、はいっ!』

緊張しているのか、顔を赤くした四人の女の子たちが馬車へと乗り込みます。
ブーケに乗ったアーニャちゃんがまた微笑むと、二人ほど追加で倒れました。
凄い人気です。

 「…………」

 「……流麗なる御者を望むか?」
 (あっちに乗りたかった?)

 「流麗……えっ!? いや、そんな事無い、ですっ!」

 「何時でも申すが良い」
 (そう? 気にせず言ってね)

 「わ、わたしは蘭子ちゃんとの方が……」

荷が重いでしょう、とJさんの言う通り、馬車はブーケに引っ張ってもらう事になりました。
競走馬なのに凄いです。
ブーケもアーニャちゃんに乗られて大人しくしています。

……私の時にもそれぐらい大人しくしてほしいなぁ。

60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 21:41:59.89 ID:08WZGmADo

 「あのっ」

 「む」

 「綺麗なお馬さんですね」

 「うん! えへへ……」

代わりに私は白雪に乗っています。とっても良い仔です。
わたしのすぐ前に黒い髪の綺麗な女の子も乗せて、二人乗りしちゃってます。
白雪も意外と力持ちです!


 『――さぁ、出発の時刻となりました! 仮初ではありますが、舞踏会までの道をお楽しみください!』


ごぉん、ごぉん。


 「――さぁ、行こっ! 王子様!」


十二時、ちょうど。


 「――ダー。行きましょう、シンデレラ!」


お昼休みの駅前通りに、鐘の音が響きました。

61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 21:53:15.64 ID:08WZGmADo


ぱか、ぱかっ。


通り沿いに集まった人達に、大きく手を振ります。
アーニャちゃんも手を振ると、また女の人が一人倒れました。

 「ほらっ。手、振ってみよ?」

 「え? えっ、と……」

 「こうやって!」

 「…………わぁっ」

腕の中の女の子が手を振ると、通り沿いのみんなも手を振り返してくれます。
ちらりと顔を覗き込むと、

 「……フフフ…………!」

女の子の瞳は、きらきらと綺麗に輝いていました。

 「蘭子ちゃんっ!」

 「どうした?」
 (ん?)

 「アイドルって、すごいね! お馬さんにも乗れちゃうんだ!」

 「今宵の我は単なる偶像には収まらぬ」
 (今日の私はただのアイドルじゃないよ!)

 「え?」

 「だって――」



プロデューサーから預かったお姫様ティアラを、女の子の頭にそっと載せました。



 「――私も、あなたも、シンデレラだもん!」


62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 22:01:20.32 ID:08WZGmADo

久しぶりに袖を通したドレスも。
しばらくぶりに履いたガラスの靴も。
やっぱり、見ているだけで嬉しくなっちゃいます!


 「蘭子ちゃん」


女の子が、真剣な顔になりました。
その表情はちょっと不安そうで、でも気持ちが込められていて。



 「アイドルって、楽しいですか? 私も、シンデレラになれますか?」


63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 22:07:48.48 ID:08WZGmADo

 「舞い踊る偶像とは、常に業と背中合わせよ」
 (苦しいことや、大変な事もあるよ)

 「……っ」

 「でも。でもねっ!」

俯いた女の子を、ぎゅっと抱き寄せました。
そうやって、目の前に広がるこの光景を見てもらいます。



ガラスの靴。
優しい白馬。
輝くティアラ。
カッコいい王子様。
カボチャの馬車――



 「それ以上に、楽しい事がいっぱいなの!」


アイドルって、楽しい!


 「ライブをしたり、合宿に行ったり。お馬さんにだって乗れちゃったり!」


女の子の目は、近くで見るととても澄んでいました。



 「それに、誰だってシンデレラになれるんだよ」


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 22:23:16.99 ID:08WZGmADo


 「誰、でも?」


 「うん! だって、私達には」


大きく手を振りました。



 「時々頼りなくて、結構いじわるで、でも、ガラスの靴を履かせてくれる――」



あの人は。
いつだって。
いつものように。
笑って手を振り返してくれて――!


65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 22:24:08.12 ID:08WZGmADo



 「素敵な魔法使いさんがついてるんだから!」


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/11(月) 22:25:41.40 ID:08WZGmADo

おしまい。
蘭子ちゃんは良い子魔王可愛いし、アーニャちゃんは天然天使可愛い


映画シンデレラ観ました
魔法使いがガラスの靴を創った後、ちょっとだけオマケの魔法を掛ける辺りで泣きました


これにてCoシリーズ『ガラスの靴のシンデレラ』は完結です
誰もがシンデレラ。


という訳で以下に過去作を全部載っけときます
また見かけた時に読んでくれたら嬉しい