1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 21:45:18.31 ID:XpzauLuto


切れ長の青い瞳が太陽を睨めつけます。


期末考査をやっつけた時は良い気分でした。
アーニャは夏休みよりもむしろ、その前の穏やかな時間が好ましいタイプ。
学友も教師もどこか気の抜けている中、今後の予定に胸を膨らませていたのです。
楽しい事を考えている間というのは、随分と気が紛れるものですから。

ですから、学び舎から軽やかな一歩を踏み出した途端、襲い掛かるのは残忍なまでの現実。
靴が溶けるのではと気を回してしまうほど、東京の熱気は凄まじいものです。


アーニャは自他ともに認める氷属性でした。
今や彼女はいいように弱点を突かれ、体力ゲージは目減りしていく一方。
とぼとぼと歩くアーニャの様子を道行く人々に見せたとしましょう。
きっと十人が十人とも、彼女を『溶けている』と評するのは間違いありません。
とろーりとろける夏スタシア。ちょっぴり美味しそうでした。

 「Мать вашу...」

思わず零れた彼女の言葉を、道行く人々は誰も分かりません。
分かられてはいけません。アイドルですから。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1501850717

引用元: アナスタシア「流しソ連」 神崎蘭子「そうめんだよ」 



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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 21:51:04.57 ID:XpzauLuto

 「あつい……なつぃ……」

心なしか語彙も貧弱になっていました。
一旦こうなるとアーニャのこと。
涼を取るまで一切の建設的な思考は望めません。
現にこうしている間も、彼女の脳内は「アイス食べたい」の一文で埋め尽くされています。

 「アイスたべたい」

漏れ出ている始末でした。
事務所へ辿り着かずして、いよいよ本格的に厳しい状況です。


 ずるずる。


 「…………シト?」

緩慢な動作で見上げた先には、商業ビルにへばり付く大型の壁面モニター。
大手旅行代理店のCMでしょうか。家族連れが和気あいあいと食事を楽しんでいます。
小さな男の子が、流れてくる麺を見事に掬い上げました。
涼し気な景色はいわゆる川床で、アーニャは思わずどこでもドアを探しました。
ありません。

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 22:07:56.35 ID:XpzauLuto

次のCMへ移り変わった後も、アーニャはモニターをぼうっと見つめたままでした。
通りかかったクラスメイトの女子が話しかけても反応は無く。
それならちょうどいいや。
そう言わんばかりに、学友は普段なかなか頼みづらいツーショット撮影を楽しみ始めます。


大通り沿いに突っ立つアーニャの周りには徐々に人が集まってきました。
先ほどの学友は誘導係となり、撮影待ちの列を鮮やかに捌いていきます。
いま、列の最後尾へ蘭子が並びました。
アーニャが見つめる先のモニターが、再び件のCMを流し始めます。

 「……」

軽くご無礼を働こうとした青年が学友に一瞬で取り押さえられました。
アーニャ直伝のシステマは好評を博し、今やクラスメイトの間では必修科目とされる程です。
そのお陰で体育祭の棒倒しでは一騒ぎ起きたのですが、今は置いておきます。


 「流しソ連……」


幾筋もの汗を流しながら、数十分ぶりに開かれた口。
恐らくこの地上で未だ誰も発していなかった単語に、周り中から疑問符が浮かびます。


 「そうめんだよ」

隣でツーショットを満喫していた蘭子が呟きました。
今日も今日とて漆黒に身を包んでいた彼女もまた、幾筋もの汗を流していました。

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 22:15:12.76 ID:XpzauLuto

夏スタシアことアナスタシアちゃんのSSです



前作とか
高垣楓「他愛のない話」

456プロのアーニャちゃん


久々に頭の悪い話だよ

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 23:03:34.84 ID:XpzauLuto

 ― = ― ≡ ― = ―


 「流しソ連したいです」

 「流していいのかな……」

 「そうめんだってばー」


夏休み前の本日は嬉しい半ドン。
やって来たアーニャと蘭子を前に、プロデューサーはお昼のざる蕎麦を啜ります。
コンビニ袋に入っていたシュークリームを取り出した蘭子は、それをアーニャと仲良く半分こ。
あっという間に食後のデザートを奪われた彼は、少し寂しげに肩を落としました。
彼女たちはそんな彼に目もくれず、にこにことシュークリームを頬張ります。
早くも流しています。

 「プロデューサーは流し……そうめん、した事ありますか?」

 「言われてみれば無いなぁ」

 「流転の白……」
 (流しそうめんかぁ)

アーニャはクーラー前の特等席を陣取ってはばかりません。
千川ちひろさんが不在なのをいい事に、その設定は実に22℃。
神をも恐れぬ所業でした。

 「……うむ」

シャギーの入った銀髪が冷風に揺れ、蘭子の方へたいそう良い香りが漂います。
シュークリームを食べ終えて手を合わせたまま、蘭子は何度も深く深く頷きました。
ごちそうさまでした。

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 23:12:52.15 ID:XpzauLuto
ア夏タシア……なるほどア夏スタシア…………アカスタシア

12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 23:31:38.53 ID:XpzauLuto

 「戻りましたー」

可愛らしい声と共に事務所のドアが開くと同時。
素早くリモコンを掬い上げたアーニャは目にも留まらぬ速度で設定を27℃へ戻します。
すぐに千川ちひろさんと目が合って、二人は素敵な笑みを向け合いました。

 「お父様なら、もっと上手にやりますよ」

 「…………ダー」

不思議な会話を交わすと、アーニャはにこにこ笑顔を浮かべ直します。
聞こえないフリを貫くプロデューサーの向かいで、蘭子は首を傾げていました。
ほっぺたにクリームがついていました。

 「流しそうめん、したいですね」

 「うん、いいんじゃないかな。場所と材料を準備しないとね」

 「場所なら在るではないか」
 (なら大丈夫ですね)

 「えっ?」

 「魍魎共の塒――サバトもさぞ沸き上がろう」
 (事務所! ここならみんなも参加できるよねっ!)

プロデューサーが周りを見渡しました。
並んだデスクには書類が敷き詰められています。これでもかと。
それ以外の場所はといえば、アイドル達によって持ち込まれた品々が山を成し。


思わず天を仰いだ彼は、ふと周子の事を思い出しました。


 「折角なら空中庭園で開こうか、蘭子ちゃん」

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/04(金) 23:57:06.33 ID:XpzauLuto

 ― = ― ≡ ― = ―


 「ニュースピェヘ……アーニャがわるいこ、でした。やめましょう」

 「ええー……」

 「地獄の業火……」
 (あつぅ……)


CGプロダクションの屋上。
真夏の太陽が燦々と降り注ぐそこはフライパンと化していました。
一歩を踏み出そうとしたアーニャが、慌てて階段室へ転がり込んできます。

 「流石に事務所内で敢行する訳にもいかないからね」

 「かえりたい……ペトログラード……」

 「我が友よ。霊力を振り絞れ」
 (アーニャちゃん。もうちょっとだけ頑張ろ?)

早くもすんすんと鼻を鳴らし始めたアーニャ。
隣に立つ蘭子が一生懸命に彼女を励まします。
蘭子は相変わらずの上下ゴシックを決めていて、流れる汗は留まる処を知りません。
魔界のお洒落も下界と同じく、やはり我慢なのです。

14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 00:35:55.01 ID:OmBVDc6xo

 「打ち水とテントは要るかなぁ……時間も夕方がいいか」

 「流転の白ごとき、我が腕の中でじっくりと料理してくれよう」
 (そうめんなら茹でますよー)

軽くホームシックに掛かったアーニャをよそに、二人は楽しげに計画を進めます。
見かねた蘭子が冷蔵庫から取り出したアイスを手に戻ってくると、アーニャに抱きつかれました。
暑い、暑いと言いながら、蘭子の表情は実に満更でもなさそうでした。

 「まぁ、何にせよまた明日かな。俺が手伝う事とかある?」

 「天幕と円卓を以て賓客を饗そう」
 (テントとテーブルの手配をお願いできますか?)

 「お安い御用さ」

 「アーニャ、やります。流しソ連……!」

 「そうめんだよ」

クーリッシュを両手で咥えながら、アーニャが空に浮かぶ太陽を睨みました。
すぐにまぶたを覆いました。
太陽を直接見てはいけません。天体観測の鉄則です。

16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 10:45:18.88 ID:OmBVDc6xo

 ― = ― ≡ ― = ―


 「あのぅ……どうして私が打ち水なんて……?」

 「みんなから聞きました。乃々は、結界術のエクスピェルト……達人だと」

 「サンクチュアリィは机の下限定なんですけど……」


しゃわしゃわ。しゃわしゃわ。

相も変わらず直射日光の襲い来る屋上に掛かったのは、小さな虹。
蛇口から伸びるホースを握るのは乃々でした。

戸惑いながらも存外丁寧に水を撒く彼女の背へ、アーニャは満足気に頷いています。
乃々とて流しそうめんに興味が無い訳ではありません。
雨にも負け、風にも負ける少女、森久保乃々。
この暑さでとけくぼとならない為にも、一生懸命サンクチュアリを築き上げます。

 「私もノルマ、こなしましょう」

昼下がりの屋上は賑やかな作業音に満ちていました。
タンクトップ姿となった夏樹の指示の下、着々とテントやテーブルが立てられていきます。
やる気満々で助力を申し出た主催が、アイスクリームの買い出しという大役を仰せつかります。
元気に駆けて行った蘭子を見送ると、夏樹は今のうちにピッチを上げるよう号を飛ばしました。

17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 11:15:39.61 ID:OmBVDc6xo

 「よいしょ、っと……」

 「おかえりなさいです、肇。大漁、ですね」

 「お疲れ様です。快く提供してくれましたよ」

三本の竹を担いで戻ってきたのは肇。
山育ちの彼女は結構な力持ちさんでした。
地主と交渉し、近隣の小さな林から刈り取って来たばかりの新鮮な真竹です。

 「知りませんでした。肇はネゴ、得意なんですね?」

 「ふふっ。アイドルは笑顔が武器ですから」

そう言いながら、肇はウィンクをぱちり。
作務衣と手拭い姿ではありますが、その笑みはまるで天女でした。
腰へぶら下げた随分と大ぶりな剣鉈も、どこか嬉しそうに陽光を閃かせます。
肇はワシントンの逸話からよく学んでいました。

 「アーニャさんは今、お手すきですか?」

 「ダー。手伝います」

 「では一本、お願いします」


ごっ。ぱんっ。がごっ。


用意してあった肉厚のマチェットを手に取りました。
ばつん、ばつんと、余分な枝葉を払っていきます。
十分な長さを残して先端を打ち落とすと、返す刃で全体を真っ二つにしました。

20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 12:38:23.97 ID:OmBVDc6xo

 「手際が良いですね、アーニャさん」

 「ふふっ……ニェート。パパには敵いません」

ふと、アーニャはロシアに居た頃を思い出しました。

教会の玉ねぎ頭。
喉を焦がす琥珀色。
響き渡る発砲音。
熊のように大きな背。

どこか遠くを見つめる彼女へ、肇は密やかに笑いを零しました。
我に返ったアーニャが、照れくさそうな様子で頬を掻きます。

 「本当に、ご両親が大好きなんですね」

 「……ダー。パパとママが居なければ、私は今、ここに居ませんから」

二人は年相応の可愛らしい笑みを浮かべ合いました。
その合間にも、肇はよく研がれた剣鉈で、アーニャは手入れの行き届いた愛用のナイフで。
あっという間に竹は解体され、綺麗な樋へと生まれ変わります。
妙に鮮やかなその手際を眺めながら、乃々はただホースを抱えて震えていました。


 「我こそ流氷の天使!」
 (アイス、買って来ましたー!)

 「お疲れ様ー。あたしこれね。はいこれ」

蘭子が現れるやいなや、周子は袋の中からみぞれを掬い上げました。
同時にやや多めのお駄賃を握らせると、作業風景の見学へと戻ります。
上手いやり口でした。これで奏と紗枝以外はなかなか文句を付けられません。
いま、奏と紗枝が屋上へ顔を出しました。

21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 12:42:01.09 ID:OmBVDc6xo
(「かないません」と「てきいません」って字が一緒なんだ)

23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 14:32:18.93 ID:OmBVDc6xo

 「皇女にアーティファクトを進ぜよう」
 (はい、アーニャちゃん)

 「スパシーバ、蘭子♪」

 「あ、ずるい……ではモナ王を」

 「いや、いやサボってないサボっ堪忍」

蘭子がアーニャにハーゲンダッツを差し出しました。
抱き着いてきたアーニャへ、蘭子は暑い暑いと言いながらも、実に満足げな、以下略。

 「みんな、お疲れ様。私も仲間に入れてもらっていいかしら?」

 「愚問ね。円卓が空では興も削がれるというもの」
 (もちろん! ありがとー!)

奏が上機嫌にカツアげたてのみぞれをパクつきます。
遥か背後で周子が何か呟きましたが、声が届く事はありません。
アイスは天下の回り物なのです。

 「か、かひゃっ」

 「……フフッ」

紗枝があずきバーに歯を立てようとして、歯が立ちません。
賑やかにアイスを頬張るみんなを見て、アーニャは柔らかく笑いました。
少し溶けたクッキー&クリームの甘さが、疲労の溜まった身体を癒します。


――ハーゲンダッツのプール、泳いでみたいなぁ。


夏の熱気は少しずつ、しかし確実にアーニャの思考力を蝕んでいました。

24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 15:05:41.92 ID:OmBVDc6xo

 ― = ― ≡ ― = ―


 「じゃあ、主催に音頭を取ってもらうとしようか」

 「うむっ!」


製作総指揮たる夏樹は事ここに至って蘭子を立てました。
流した汗と笑顔は眩しく、周子は夏樹の顔を真っ直ぐに見られません。

 「漆黒の帳、流転の白。宝珠散りばめられし天蓋の下、我らは――」
 (えーと。風も涼しくなり、星も見え始めました。今夜の……)

 「……」

 「――狂乱の宴の幕開けよっ!」
 (……流しそうめん、始めます!)

 「ウラー!」

煌めく星々よりも綺麗な瞳に見つめられ、蘭子は挨拶を流しました。
魔王と言えど、器と箸を手にうずうずしているアーニャには勝てっこありません。
左手には愛用の塗箸、右手には涼しげなガラスの器。
もはや誰もアーニャを止められません。

25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 15:26:14.71 ID:OmBVDc6xo

 「祈りは済ませたわね!」
 (流すよー)

 『ゥはーいっラー!』

並べられた樋は都合三本。
滞りなく流れるよう、角度も既に調整済みです。
年少組を中心に、元気の良い返事が響きました。

エプロンと三角巾を着けた蘭子が楽しげにざるを揺らします。
随分とサマになっていて、今すぐにでもお嫁に行けそうです。
来月も二件、ブライダル関係のお仕事が入っています。
神崎蘭子、十六歳の夏でした。


 「――堕ちよっ!」


蘭子がそっと樋へそうめんを載せました。
消毒済みのホースから流れる水が、滑らかに麺を押し流していきます。
目を輝かせ、箸を構えるアーニャの前で、輝かしい白が攫われていきました。

 「失礼遊ばせ♪」

桃華が年端もゆかぬ子供のように笑いました。
年端もゆかぬ子供でした。
殿を務めるアーニャの元へは、ただ水だけがさらさらと流れてきます。

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 15:55:05.99 ID:OmBVDc6xo

 「ながれをー……かえろー……」

こずえが寝ぼけ眼のまま器に麺を叩き込みます。

 「ななさいです」

千鳥足の楓が麺を掬って帰っていきました。

 「……ふふ……当たり」

雪美が見事、桃色入りの塊を掬い上げます。


もちろんアーニャはお利口さんですから、年功序列を重んじます。
無邪気に流しそうめんを楽しむ子どもたちを眺め、樋の最後尾でじっと箸の出番を待ちます。
その箸先が徐々に震え、星空のような瞳が滲み始めました。
夏の熱気はゆっくりと、しかし確実に彼女の精神力を確かに削り取っていたのです。
ですが残念ながら、他の樋に狩場を移す訳にもいきません。


もう一本の樋には、千川ちひろさんを中心にプロデューサー達が集まっています。
彼女の目は月末のような愉悦を浮かべていて、彼らの目はギラついていました。
間違いなく何かが起こっていますが、誰も何も言いませんでした。

では最後の樋はと言うと、こちらは一転して和やかな雰囲気です。
年長アイドルが中心となって、談笑しつつ立ったり、座ったり、崩れ落ちたりしています。
そういえば、ホースは結局二本しか見つかりませんでした。
樋の周辺に、空になった甲類焼酎の4Lボトルが幾つも転がっていました。

平和とは、かくも希み難きものなのです。

27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 16:12:04.47 ID:OmBVDc6xo

 「……」

聖が構えかけた箸を戻します。
アーニャの震える袖を引っ張ると、今まで立っていた場所を開けました。

 「あんまりお腹、へってないから……どうぞ」

 「Большое спасибо, Большое спасибо...」

削られ過ぎた語彙のせいか、アーニャはロシア流の言葉と抱擁で感謝を伝えました。
その様子に気付いた年少組たちもまた、彼女のためにそっと身を引きます。
両隣の樋で、大人たちが元気に騒いでいました。


 「давай...давайдавай...」

 「彩りの協奏曲!」
 (スペシャルそうめん、流すよー!)

年少組に見守られただ一人、アーニャは樋の前で器と箸を構えました。
誰よりも涼を求める少女に向けて、蘭子がえいやと放った麺。
ピンク色や緑色の多めに混ざった、取れるとちょっと嬉しい感じのやつです。


するする、するする――


 「……!」


アーニャの箸が、流れるそうめんを捉えました。

28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 16:20:30.82 ID:OmBVDc6xo

水も滴る良い麺です。
しばらくじっと見つめてから、アーニャは摘み上げた麺をそっとつゆに浸します。
鰹だしの風味がカラフルなそうめんに絡み、何よりも夏めいています。


ちゅるり。


形の良い唇がそうめんを啜りました。
舌の上で踊る夏を、アーニャは一口ひとくち、じっくりと味わいました。
そして、ごくり。
周りのみんなも、ごくり。


 「……つめたいくて……おいしい、です」


いつものニコニコ笑顔に歓声が湧きました。
蘭子が携帯のカメラを連射しました。

 「とても、不思議です。そうめん……冷たいのに、なんだかあったかくて」

 「アーニャちゃん……」

29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 16:34:59.10 ID:OmBVDc6xo



 「これが、日本の流しソ連なんですね」

 「そうめんだってばー」


30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 16:58:40.90 ID:OmBVDc6xo

 ― = ― ≡ ― = ―


ちり、ちりん――


流しそうめんもようやく一段落。
蘭子の用意した風鈴が軽やかに揺れます。
涼を閉じ込めたかのような響きに、アーニャはそっと耳を澄ませました。

遠雷のような、どこかの花火。
バケツへ流れ込む水。
ビニールプールの中でぶつかり合うラムネ瓶。
あたしのプールなんやけど、と呟く周子。

まだまだ夏も真っ盛り。
汗に濡れた服は肌へ張り付き、蘭子がちょっと嬉しそうに微笑みます。


 「アーニャちゃーん! ハーゲンダッツあるよーっ!」

 「……ダー!」


でも、きっと大丈夫。
暑さも吹き飛ばしてしまうような、元気な仲間たちが、アーニャを支えてくれます。


夏の夜空に輝く星は、一粒だけではありませんから。

31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 17:04:24.16 ID:OmBVDc6xo



――流しダッツとかも、良いかなぁ。


夏スタシアはまだちょっぴり、とろけていました。


32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/05(土) 17:08:25.34 ID:OmBVDc6xo

おしまい。


今更に過ぎますが『たくさん!』のフルverを聴きました
バリショエスパシーバが止まんないやつでした バリショエスパシーバ