1: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:07:13 ID:9nEg0gUI
理珠 「ほう。天体観測ですか。どこかの天文台へ行くのですか?」

文乃 「ううん。バスツアーなんだけどね、車で二時間くらいの高原に行くんだよ」

文乃 「結構コアなツアーでね。参加者全員望遠鏡を自分で持って行って、思い思いにレンズを覗くんだ」 ワクワク

文乃 「深夜に駅を出て、数時間天体観測をしたら、早朝に駅に戻ってくるって感じのツアーだよ!」

うるか 「ほへー。そんなのがあるんだねぇ」

成幸 (……それはツアーで行く意味があるのか? とかそういうことは置いておくとして)

成幸 (受験も近いのに大層な余裕だな、というツッコミも置いておくとして)

成幸 「……お父さんと一緒に行くのか?」

文乃 「うんっ! お父さんがね、誘ってくれて……」

文乃 「“一緒に行かないか” って。えへへ……」

成幸 「そうか」 クスッ 「よかったな、古橋」

文乃 「うん! ありがと、成幸くん! 道中のバスではちゃんと勉強するから安心してね!」

成幸 (この寝ぼすけ眠り姫が深夜と明け方のバスで勉強するとは思えないが……)

成幸 (まぁ、たまの息抜きぐらい、問題ないだろうし、何より……)

成幸 (古橋とお父さんの関係が、少しずつ改善しているのが、嬉しい)

引用元: 【ぼく勉】 文乃 「今週末、天体観測に行くんだよ」 



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2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:08:01 ID:9nEg0gUI
………………週末 古橋家

文乃 「ふんふふんふふーん♪」

キュッキュッ

文乃 「明日の夜は天体観測~♪ 18歳になったから行けるツアー~♪」

文乃 「レンズを磨いて~♪ アンドロメダ~、プレアデス~、オリオン~♪」

文乃 「全部見られるかな~♪ かな~♪ 幸い~~♪ 明日は快晴~♪」

零侍 「………………」 (……娘のテンションがおかしなことになっている)

零侍 (よっぽど天体観測が楽しみなのだな。受験生相手だから迷ったが、誘って正解だったようだ)

零侍 「それにしても大荷物だな。そんなに大きなリュックがいるのか?」

文乃 「当然だよ。高原まで行くんだよ? もう冬も近いんだよ?」

文乃 「防寒着も必要だし、あとカイロもいるよね」

文乃 「それから、エネルギー補給のためのお菓子」 ドサアッ

零侍 (大きなリュックの中身がほぼすべてお菓子なのだが……)

文乃 「あと……」 クスッ 「成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も」

零侍 「なるほど」 (……まったく。妬けるものだな。そこで一番いい笑顔をしてくれるのだから)

3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:09:20 ID:9nEg0gUI
零侍 「私も防寒着と傘くらいは用意しておくか。あとは……――」

prrrrrr……

零侍 「む……。研究室からだ。まったく、休日だというのに……」

文乃 「ふふ。わたしのことは気にせず、出ていいよ?」

零侍 「……ああ。すまない」

ピッ

零侍 「もしもし?」

『ああ、よかった。夜分に電話をしてすまないね。少しいいかい?』

零侍 「少しと言うからには本当に少しなんだろうな」

『まぁそう不機嫌そうな声を出すなよ。朗報だよ』

『来月の英国の学会、目玉になっていた研究者が論文の取り下げをしたらしいんだ』

『で、その件について、今日大学に連絡があった。学会の発表順を変えるらしい』

『……古橋先生? 君の論文を学会の最初に据えたいそうだ』

零侍 「……それは本当か?」

『ああ。僕も驚いているんだよ。おめでとう、古橋先生』

4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:10:36 ID:9nEg0gUI
『……それでね、明日の夜なんだが、空けておいてくれ』

零侍 「……明日の夜?」

文乃 「……?」

零侍 「いや、明日は……」

『何か予定があるのかもしれないが、こちらを優先してくれ。先方が打ち合わせをしたいのだそうだよ』

『権威のある学会だからね。事前に君とプレゼンの内容を詰めておきたいのだと』

『別件で日本に来る用事があるから、時間を取って君と話したいと言っていたよ』

零侍 「………………」

『おいおい、まさか無理だなんて言わないだろうな』

『あの学会の最初に発表をするということがどういうことか分かっているだろう?』

『学術季刊誌の方も君がトップになる可能性があるんだぞ』

『国からの助成金は確実に増える。よりよい環境を整えられるかもしれない』

零侍 「……分かっている。分かっているが」

5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:11:17 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

零侍 (……私にとって、数学とは至上命題だった。その探究こそがすべてだった)

零侍 (いや、それは今も変わらない。数学の探究は私のワークライフであり、ライフワークだ)

零侍 (しかし……)

文乃 「………………」


―――― 『もしも新しい星を見つけたら…… 文乃ならどんな名前をつけたい?』

―――― 『んーとね んーとね……』

―――― 『「レイジ」 !!』

―――― 『お父さんの名前? えー どうしてー? お母さんじゃないのー?』

―――― 『だってだって お母さんと2人で見つけるんだもん!』

―――― 『2人の一番大好きな人の名前にしなくっちゃ!』


零侍 (ああ、そうだ。大丈夫。分かっている。もう、見失わない)

零侍 (私にとって一番大事なものは……――)

6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:11:59 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

『……? おい、聞いてるのか? おーい』

零侍 「……ああ。悪いな。学会の最初は、別の研究者に譲ってやってくれ」

『!? おい、正気か? 君の研究が円滑に進むチャンスなんだぞ』

零侍 「ああ、それでも、私は……――」


文乃 「――お父さん」


零侍 「む……」

文乃 「少し、話をしてもいい?」

零侍 「あ、ああ。……すまない。少し待っていてくれ。すぐ戻る」 スッ

零侍 「……どうかしたか?」

文乃 「………………」 ジーーーーッ

零侍 「な、なんだ? その目は……」

文乃 「……明日、無理そう?」

零侍 「い、いや、そんなことはない。大丈夫だ」

7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:12:39 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」 ジーーーーッ 「ほんとぉ?」

零侍 「ほ、本当だ。ウソをつく理由がない」

文乃 「詳しいことは分からないけど、学会の偉い人が来るんじゃないの?」

零侍 「!? き、聞こえていたのか……」

文乃 「いや、普通に電話の声洩れてたし……」

ハァ

文乃 「……無理しなくてもいいよ? 天体観測はいつでも行けるしさ」

文乃 「お仕事の用事が入っちゃったなら仕方ないよ。お仕事優先だよ」

零侍 「い、いや、しかし……」

文乃 「わたしなら大丈夫だよ。天体観測、今回はひとりで行くよ。もう18歳だしね」

文乃 「それに、お母さんも言ってたじゃない」 ニコッ


―――― 『好きなことを全力で 好きにやりなさい』


零侍 「っ……」

8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:13:17 ID:9nEg0gUI
文乃 「あれはわたしに向けての言葉だったかもしれないけどさ、お父さんも同じだと思うよ?」

文乃 「お母さんはきっと、お父さんにも、好きなことをやってもらいたいと思ってるよ」

グッ

文乃 「だから、わたしが許すよ、お父さん」

文乃 「好きなことを全力で、好きにやりなさい! ってね」

零侍 「文乃……」

零侍 「………………」

零侍 「……すまない」

文乃 「謝らなくていいよ。お仕事だもん。それに、お父さんの “好き” だからね」

文乃 「わたしも好きなことやらせてもらうんだから、お父さんの “好き” な数学も大事にしないとね」

クスクス

文乃 「あと、お父さんが大学クビになったりしたら、わたしも大学に行けなくなっちゃうし」

零侍 「………………」 フッ 「……そうだな。すまない。では、悪いが、明日は……」

文乃 「うん。ひとりで行ってくるよ! お父さん、偉い人と会うんだから、ちゃんとヒゲ剃ってから行くんだよ」

文乃 「じゃあ、わたしちょっと部屋で勉強してくるから!」 シュバッ

9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:13:55 ID:9nEg0gUI
………………

文乃 「………………」

文乃 「……うん。大丈夫。わたしは、大丈夫。だって……」


―――― 零侍 『文乃。来週末、一緒に天体観測に行かないか?』


文乃 「あのとき、あんな風に言ってくれただけで……」

文乃 「とっても嬉しかったから」

文乃 「わたしひとりでたーくさん天体観測して、帰ってきたらお父さんに自慢してやるんだから」

文乃 「えへへ……」

文乃 「………………」

グスッ

文乃 「……うん。お父さんとは、また今度」

文乃 「きっと、また今度一緒に、行けるよね」

10: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:14:28 ID:9nEg0gUI
………………

『はぁ。まったく、まさか断るのかと思ってヒヤヒヤしたよ。勘弁してくれ』

零侍 「すまない。大丈夫だ。明日は18時にホテルに向かえばいいんだな?」

『ああ。先方の宿泊先だ。遅れるなよ。じゃあ、また明日』

零侍 「ああ、ありがとう」

ピッ

零侍 「………………」

零侍 (……これで良かったのだろうか)

零侍 (私は、また娘をないがしろにしてしまったのではないだろうか……)

零侍 (こんなことで、静流との約束を、守れていると言えるのだろうか……)

零侍 「せめて、何か……」


―――― 『成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も』


零侍 「……ん」

11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:15:20 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

零侍 (……まったく、嫌になる)

零侍 (こんなときにまで、頼ろうとしている)

零侍 (彼も受験生だ。そうそう力を借りていいわけもない。彼に失礼だ)

零侍 (しかし……)

ピッ……ピッ……prrr……

花枝 『もしもし? 古橋さん? どうかしましたか?』

零侍 「夜分にすみません、唯我さん。あの……」

零侍 「……成幸くんは、ご在宅でしょうか?」

零侍 (……許してくれ、唯我くん。私は、君に失礼であろうとも、迷惑であろうとも、)

零侍 (娘のために、何かをしてあげたいと思ってしまうんだ)

12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:15:54 ID:9nEg0gUI
………………翌日 夜 駅前

文乃 「………………」

ワクワクワクワク

文乃 (ふふふ……バス、早く来ないかなぁ)

ハッ

文乃 (いけないいけない。こういう時間こそ勉強にあてるべきだよね)

文乃 (有意義な天体観測のために、今しっかりと勉強しないと……)

ペラッ……ペラッ……

文乃 (ふふ。バスの待ち時間もちゃんと勉強してるなんて、なんか、成幸くんみたい……――)


成幸 「――お、いたいた。ちゃんと勉強してるとは感心だな」


文乃 「へ……?」

成幸 「よっ。こんばんは、古橋」

文乃 「………………」

文乃 「うぺぇ!?」

13: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:16:40 ID:9nEg0gUI
文乃 「な……成幸くん!? 何でこんなところにいるの!?」

成幸 「なんでって……。いやいや、お前、お父さんから聞いてないのか?」

成幸 「お父さん、急な仕事で今日行けなくなっちゃったんだろ?」

文乃 「そ、それは知ってるけど……」

成幸 「で、ツアーの代金はふたり分払ってるから、お前ひとりだともったいないから、」

文乃 「うん……?」

成幸 「お父さんの代わりに俺が行くことになった」

文乃 「それは知らないかな!?」

成幸 「えぇ……。いや、だって俺、昨日の夜、お父さんに直接頼まれたんだぞ」

成幸 「18歳とはいえ、娘を深夜にひとりで出歩かせるわけにはいかないから、一緒に行ってやってほしいって」

成幸 (……まぁ、ふたりとも高校生だから色々な条例にひっかかりそうではあるが)

文乃 「えっ、いや、だって、わたし、お父さんからそんなこと何も……」

ピロリン♪

文乃 「? お父さんからメッセージ……?」

14: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:17:31 ID:9nEg0gUI
 『今日は本当にすまない。お詫びと言ってはなんだが、唯我くんに私の代わりを頼んでおいた』

文乃 「!?」 (何でそれを今言うの~~~~!!)

 『サプライズのつもりで黙っていたが、喜んでくれただろうか?』

文乃 (あーもう! 相変わらずズレてるんだから、この父親はーーー!!)

 『……とはいえ、一応言っておくが、』

 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』

文乃 (また余計なことを最後に~~~~~!!!)

プンスカプン!!!

成幸 「あー……えっと、ひょっとして……」

成幸 「俺、来ない方が良かったか……?」

文乃 「………………」

文乃 「……け、ないでしょ」 ボソッ

成幸 「へ?」

文乃 「……そんなわけ、ないでしょ。嬉しいよ。成幸くんが一緒に行ってくれるなら」

成幸 「あっ……/// そ、そうか。それなら良かったよ」

15: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:18:07 ID:9nEg0gUI
文乃 「でも、勉強は大丈夫なの? わたしの趣味に付き合わせるのも悪いし……」

成幸 「お前が人の勉強の心配する立場かよ」

文乃 「うっ……。た、たしかに」

成幸 「まぁ、ちょっとした息抜きにちょうどいいよ。ツアーに行くお金なんかないからな」

成幸 「前にも言っただろ? 星、俺も結構興味出てきたからさ」

文乃 「あっ……」


―――― 『ペガスス ケフェウス カシオペヤ ペルセウス』

―――― 『お祭りの日に色々教えてくれたろ あれからなんかちょっと興味出てきてさ』


文乃 「そ……そっか/// そういえば、そうだったよね……///」

文乃 (うぅ……。あのときの “デート” のこと、思い出しちゃったよ……)

ハッ

文乃 (……っていうか、これって……)

成幸 「いやー、今日は冬の星座と……星団も見られるかもしれないのか!? 楽しみだなぁ……」

文乃 (か……完全に、天体観測デートだよね……///) カァアアアア……

16: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:19:05 ID:9nEg0gUI
………………バス車内

文乃 「………………」

成幸 「………………」

カリカリカリ……

文乃 (……って、ま、することは勉強だけだよね)

文乃 (分かってるよ。わたしたちは受験生で、空いた時間は勉強にあてないとだよね)

成幸 「………………」

文乃 (……まったく、澄ました顔しちゃって)

文乃 (分かってるのかな。わたしたち、また一緒に夜を明かしちゃうんだよ?)

文乃 (お祭りの日と同じように、一緒に……)

カァアアアア……

文乃 (……わ、わたしってば、何考えてるんだろ。あのときとは全然違うのに……)

文乃 (わたしもまじめに勉強しないと……)

文乃 (しない、と……) ムニャムニャ……

17: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:19:53 ID:9nEg0gUI
成幸 「………………」

成幸 (……今さらなことだけど、深夜にふたりきりで出かけるって、)

成幸 (すごい、ことだよなぁ……)

カァアアアア……

成幸 (はっ、い、いかん。古橋のお父さんは、俺を信頼して付き添いを頼んだんだ)

成幸 (俺はその信頼に応えねば……!)

……ポフッ

成幸 「……? ぽふ?」

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 「!?」 (ふ、古橋!? 早速寝たのかこいつ!)

成幸 (し、しかも……俺の肩に、もたれかかって……)

成幸 (シャンプーの香りが……) ハッ (お、俺はなんて不埒なことを考えてるんだ!?)

文乃 「むにゃ……むにゃ……」 Zzzz……

成幸 (……ったく、勉強するって言ってたくせに)

文乃 「えへ……お父さん、天体観測……楽しみ、だね……」 Zzzz……

18: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:20:26 ID:9nEg0gUI
成幸 「………………」

成幸 (……まぁ、起こすのも野暮ってもんか)

成幸 (バスで勉強して酔ったりして、肝心の天体観測が楽しめなかったら本末転倒だし、)

成幸 (寝かしといてやるか……)

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (……って、ことは、だ)

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 (お、俺は……)

成幸 (目的地に着くまで、古橋に寄りかかられたままってことか……)

文乃 「むにゃ……成幸くん……」

成幸 (た、頼むから……耳元で名前を呼ばないでくれーーー!!)

19: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:21:17 ID:9nEg0gUI
………………到着

文乃 「すごーい! 満天の星空だよ、成幸くん! 晴れててよかったー!」

成幸 「あ、ああ、そうだな……」 ゲッソリ

文乃 「……成幸くん? どうしたの?」

成幸 「い、いや、なんでもない……」

成幸 (結局ずっと古橋に寄りかかられたままだった……)

成幸 (もう慣れたつもりだったけど、古橋ってめちゃくちゃ綺麗だから……)

文乃 「?」

成幸 (……さすがに緊張したな)

成幸 (勉強にも全然集中できなかった……)

文乃 「はっ! こうしちゃいられないよ、成幸くん! 出発時間までにできるだけたくさん星を見ないと!」

文乃 「望遠鏡と三脚を持って……っと。ほら、行くよ!!」

成幸 「あっ……ち、ちょっと待ってくれ、古橋ー!」

20: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:22:43 ID:9nEg0gUI
………………

成幸 「はー……」

成幸 (さすが、標高約1000メートル。灯りもないし空気も澄んでるし、星がすごいな……)

成幸 (落ちてくるようだ……とは思わないけど、なんていうか……)

成幸 (しっかりとした模様に見えるくらい、星がくっきりしてる……)

成幸 (星座なんて、無理矢理形にしてるだけじゃねーか、って思ってたけど、)

成幸 (人工の光が近くにないと、ぼんやりと星座に見えてくるような気がするな)

成幸 「……きれいだな」

文乃 「うん。本当にきれいだね」

クスッ

文乃 「寝そべってたら本当に眠っちゃうよ?」

成幸 「ん、悪い悪い。寝そべると視界全部が星空になってきれいでさ」

文乃 「気持ちは分かるけどね」

文乃 「……望遠鏡、セットしてみたから覗いてみない?」

成幸 「ん……何か見えるのか?」

21: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:23:35 ID:9nEg0gUI
文乃 「それは、まぁ……」 ニコッ 「覗いてみてのお楽しみ、ってことで」

成幸 「ああ。じゃあ、ちょっと拝借して、っと……」

成幸 「……!?」

成幸 「この時間にこの方角で、これって……アンドロメダ座銀河か?」

文乃 「おー、さすが成幸くん! 正解!」

成幸 「す、すごいな! こんな小さな望遠鏡で、こんなくっきりと……」

成幸 「星が密集して銀河を形成してるのが見えるとは思わなかったな……」

文乃 「そうそう。灯りがないと意外と見えちゃうんだよね」

文乃 「ほら、肉眼でも薄ぼんやり見えるでしょ」

成幸 「た、たしかに……。遠出しただけあってすごいな、ここ……」

文乃 「小さい頃からここで星を見るのが憧れだったんだよ~。すごいよね!」

文乃 「成幸くんなら一緒に感動してくれると思ったよ。えへへ」

成幸 (子どもみたいに笑っちまってまぁ……)

文乃 「じゃあ、次はプレアデス星団を探すよ! どっちが先に見つけられるか勝負だね!」

成幸 「おう! 負けないぞ!」

22: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:24:37 ID:9nEg0gUI
………………

成幸 「はー……」

パタリ

成幸 「結局、どれも古橋の方が先に見つけちゃったな。完敗だ」

成幸 「星座と星の位置関係、結構覚えたつもりだったんだけどな」

文乃 「ふふふ。まだまだだね、成幸くん」

文乃 「………………」

パサッ……

成幸 「……? おいおい、お前が寝転んだら本当に寝ちゃうぞ?」

文乃 「成幸くんが寝転んでるのをみたら、わたしも寝転んでみたくなっちゃってさ」

文乃 「大丈夫。寝ないよ。だって、目の前が……」

文乃 「うわぁ~~~~……成幸くんの言うとおり、寝転ぶとすごいね。全方位星、星、星だよ」

成幸 「……だな。こんなすごい景色じゃ、寝てられないよな」 クスッ

23: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:25:08 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

成幸 「うん?」

文乃 「今日はありがとね。お父さんの代わりに、わたしの趣味に付き合ってくれて」

成幸 「いやいや、礼を言うのはこっちだよ。タダでこんな良い場所まで来られたしさ」

成幸 「古橋と一緒に星を見るのも楽しかったしさ。ほんと、ありがとな」

文乃 「っ……///」

文乃 「そ、それなら、良かったけど……」

文乃 「………………」

ドキドキドキドキ……


―――― 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』


文乃 「……ねっ、ねえ、成幸くん」

成幸 「ん?」

文乃 「もう、冬も近いし……ちょっと、寒いね」

24: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:25:41 ID:9nEg0gUI
成幸 「ああ。たしかに冷えるけど……そろそろバスに戻るか?」

文乃 「へ? う、ううん。まだ星を見てたいから、それはいいんだけど……」

文乃 「……いや、その、寒いって言ってもね、ほら、冷えるのって末端からじゃない?」

成幸 「? まぁ、そりゃ中心から冷えはしないだろうけど……」

文乃 「それで、その……ね? えっと……手がね?」

成幸 「手?」

文乃 「うん。手がさ……手袋を、してても、だね? 少し、冷えてきててさ……」

成幸 「ああ。冷え性なんだな。そりゃ大変だ。一応カイロ持ってきてるから、やるよ――」

文乃 「――いやー? カイロはさー、なんていうかー……えっとー?」

文乃 「ずっと持ってたら、低温火傷になっちゃうしね? ね?」

成幸 「いや、そりゃそうだろうけど、ずっと持ってなきゃいいだけじゃ……」

文乃 「……でもずっと何かを握っていたい、みたいな?」

成幸 「みたいなって何だ……?」

文乃 「……いや、あの、だからね?」 カァアアアア…… 「……手を、ね?」

文乃 「繋いで、ほしいな……なんて、ね?」

25: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:26:19 ID:9nEg0gUI
成幸 「へ……?」

カァアアアア……

成幸 「あっ……/// いや、えっと、それは……」

文乃 「………………」 カァアアアア……

成幸 「………………」 スッ 「……お、俺の手で、いいなら」

文乃 「………………」 コクッ


…………ギュッ……


成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 (なっ……なんで、手を、繋ぎたいなんて言い出したんだ……?///)

文乃 (わ、わたしってば、何言ってるのかな……///)

文乃 (これじゃまるで、わたしが……) カァアアアア…… (成幸くんのこと……)

文乃 (うぅ……///) プシューーー

26: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:27:24 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

文乃 (……そう、だよね。今さら、否定、できないよね……)

文乃 (わたし、成幸くんのこと……)

成幸 「……?」

文乃 「……ねえ、成幸くん」

成幸 「お、おう」

文乃 「わたし、ちゃんと “起きてる” でしょ?」

成幸 「ん……? ああ、まぁ……起きてるけど……」

文乃 (……そう。わたしは “起きてる” 。もう、眠り姫じゃ、ない)

文乃 (わたしは……)

文乃 「……あのね、成幸くん、わたし……わたしね……」

文乃 「わたしっ、成幸くんのこと、――」

――――グゥゥゥウウウウ……

文乃 「ふぇっ…?」

成幸 「へ……?」

27: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:28:07 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「ふ、古橋? 今の音って……ひょっとして……――」

文乃 「……い、言わないでよ! 本当にデリカシーがないね、成幸くんは!」

成幸 「いや、だって……」 クスッ 「あんまり大きい腹の虫だから、一瞬クマでも出たのかと……」

文乃 「だっ……だから言わないでって言ってるのにーー!!」

文乃 「……仕方ないでしょ! 深夜はお腹空くし、いつもお夜食食べてるし……」

文乃 「ふんだ。お菓子たくさん持ってきたけど、成幸くんには分けてあげないんだから」

ヒョイッ……パクッ……パクッパクッパクッ……

成幸 「お、おいおい……。いくらなんでも食べ過ぎじゃ……」

28: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:28:43 ID:9nEg0gUI
文乃 (あー……もう!)

文乃 (何であのタイミングでお腹鳴るかなー! もー!!)

文乃 「………………」

文乃 (……でも、わたし……)

文乃 (あそこでお腹が鳴らなかったら……)


―――― 『わたしっ、成幸くんのこと、』


文乃 「はうっ……」

文乃 (わたし……何を言おうとしてたんだろ……)

文乃 (何を言っちゃうところだったんだろ……)

29: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:29:17 ID:9nEg0gUI
………………帰路 バス車内

文乃 「はー……」

文乃 (まぁ、色々あったけど、天体観測自体は楽しかったし有意義だったかな)

文乃 (星団や銀河があんなにはっきりと見られるなんて、ほんと来て良かったよ……)

文乃 (さっ。眠気も吹っ飛んだことだし、帰りのバスこそちゃんと勉強しないとね!)

成幸 「………………」

文乃 (さすが成幸くん。もう静かに勉強を始めてるよ。わたしも見習わないと……――)

――ポスッ

文乃 「はぇ……? ぽす?」

成幸 「………………」 Zzzz……

文乃 「へっ?」 (へぇえええええええええ!?)

文乃 (な、成幸くん!? 静かだと思ったら、勉強してたんじゃなくて寝ちゃってたの!?)

文乃 (まぁ、もう明け方だし、ずっと起きてたんだから眠いよね……)

30: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:29:52 ID:9nEg0gUI
成幸 「むにゃ……」 Zzzz……

文乃 (っ……ね、寝顔可愛い……――)

――――ハッ

文乃 (じゃなくて!! よ、寄りかかられちゃってて、すごく近い……///)

文乃 (で、でも、疲れてるだろうし、寝かしておいてあげたいし……)

文乃 「………………」

文乃 (しっ、仕方ないなぁ。文乃姉ちゃんが、成幸くんのために肩を貸してあげるとしようかな)

ドキドキドキドキ……

文乃 (えへへ……)

成幸 「むにゃ……お……理珠、お前、それ……間違って……」

文乃 「……ん?」

成幸 「うるかも、それ違っ……いや……あしゅみー先輩まで……」

文乃 「……んん??」

成幸 「……あっ、真冬センセ……違うんです。それは……」

文乃 「……んんん???」

31: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:30:32 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (ほーう。いい度胸だねぇ、成幸くん)

文乃 (わたしの肩の上で寝息を立てておいて、見るのは他の女の夢ってかい……?)

文乃 (しかもなぜか全員名前とか愛称呼び? へー。ふーん。ほーん)

文乃 (ほんと、いい度胸だよ……――)

成幸 「あっ……」 ニコッ 「文乃……姉ちゃん……えへへ……」

文乃 「………………」

オホン

文乃 (……まぁ、最後にわたしの名前を呼んだことだし?)

文乃 (わたしの名前を呼ぶときだけ、笑顔だったし?)

ニヘラ

文乃 (しっ……仕方ないから? 許してあげようかな……///)

おわり

32: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/03(金) 23:31:02 ID:9nEg0gUI
………………幕間 「体重」

文乃 「いや、うん。分かってたことだけどね」

ガクッ

文乃 「深夜のお菓子のやけ食いダメ絶対……!!!」

おわり