1: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:08:57 ID:r9M
甘奈の失恋をテーマにした話です。苦手な方はご注意を…
W.I.N.G.周りを中心に原作とは違う設定になっています。オリ設定苦手な方もご注意ください。
シャニマスを書いたのは初めてです。ハッピーエンドじゃないので受け入れられない方がたくさんいるのはわかってるんですが、趣味全開で行くか、ということで書きました。

よろしければ是非。よろしくお願いします。

引用元: 【シャニマス】Perturbation 【甘奈】 



2: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:09:37 ID:r9M
【 Bitter, Better, Bitter 】

簡単な、それなのに決して解決できない疑問がある。

どうして私は、あの人のことを好きになってしまったんだろう?
あの人は───大好きなお姉さんのことが好きなのに。
お姉さんは───大好きなあの人のことが好きなのに。
わかってるのに。知ってるのに。認めてるのに。
ああ、どうして私は───あの人のことを好きになってしまったんだろう。
だいたい、そもそもおかしいのだ──私には甜花ちゃんがいればそれでよかったはずなのに、彼女の可愛さを知ってもらうこと、それこそが私がアイドルを始めた理由だったはずなのに。

3: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:09:50 ID:r9M
私は、あの人に恋をした。
報われない恋だ。成就しない恋だ。歓迎されない恋だ。
───誰も、幸せになれない恋だ。

だから、この物語は決してハッピーエンドにはならない。

一人の少女が身の丈に合わない恋に身を焦がし、結局ただ一人で灼け切れたという、結論を言ってしまえば、ただそれだけの話。

どこにでもいる、ここにしかいない、ただ一人の少女の、よくある失恋話。
大崎甘奈という少女が初めて恋を自覚し、初めて恋を失うという、ただそれだけの話。

4: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:10:11 ID:r9M
【 その一歩を一緒に 】

「───みんな、今やってるユニットが終わったらステージ横に移動だけど、準備はいいか?」

「準備万端!…って言えたら楽なんだけどね。本当は、ちょっと緊張してる、かも。」
「うう……甜花、やっぱりダメかも…」
「大丈夫よ、甜花ちゃん、甘奈ちゃん。……そういう私も、ちょっとだけ、はい。」

「まあ、なあ。そりゃ緊張するよな。」

「…甜花、ちゃんと、やれるかなぁ。」
「大丈夫だよ!あんなにいっぱい練習したもん……お菓子もゲームも我慢して、いっぱい、いっぱい練習したじゃん!」
「そう…よね。甜花ちゃんも、甘奈ちゃんも、私も。できることは、全部やったはず。だから……」

「ああ。だから大丈夫だ。月並みな言葉だけど、まず自分が全力で楽しんでこい!そしたら絶対うまくいくさ。」

「……うん。プロデューサーさん、私たち、頑張ってくるよ!行こう、甜花ちゃん、千雪さん!」
「プロデューサーさん……うまくいったら、ご褒美に、おやすみ、欲しい……」
「うん?……ああ、わかった。うまくいったら、来週の土曜日、休みにしようか。」
「にへへ……甜花、自分一人だと、む、無理かなって思うけど、なーちゃんと千雪さんがいれば、私も、ちょっとだけだけど、頑張れると思うから……」
「甜花ちゃん、それは私も一緒よ。私一人だけだと、不安で、怖くて。でも、二人と一緒なら…それに、プロデューサーさんが、見守っていてくれているし…ですよね?プロデューサーさん。」

「もちろんさ。俺は3人のプロデューサーだからな。……さ、本当に準備の時間だ。ちゃんと見てるからな。いっておいで。」

「「「はい!」」」

5: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:10:28 ID:r9M
───胸が高鳴る。ライブ直前のこの感覚は何度味わっても良いものだし、同時に恐ろしいものでもある。
上手く歌えたら良いな。きちんとステップを踏めるかな。可愛く笑えるかな。
あんなにレッスンをしたんだ。だからきっと、上手くいく。でも、あんなにレッスンをしたのに、それでも失敗してしまうかもしれない。
怖い。怖い。失敗するのが怖い。心配されるのが怖い。上手くできないのが怖い。

でも。

楽しみだ。ファンのみんなが喜んでくれるのが。
みんなで、良かったねって笑い合う瞬間が。
よく頑張ったって、あの人に言ってもらうのが。

───その瞬間を想像して歌うのが、楽しみだ。

6: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:10:42 ID:r9M
「アリストロメリアさん、登場まで10秒前です……5、4、3…」

2、1、はみんな一緒に、頭の中で数える。さあ、私たちの出番だ。頑張ってくるからね。
そこで見ていて、プロデューサーさん。

「───W.I.N.G. 準決勝 Bグループの審査が終了しました。決勝に進出するユニットは───」

7: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:11:19 ID:r9M
【 みんな、ふたり、わたし。 】

今日は、久しぶりにレッスンもお仕事もない1日。
そういえばアイドルを始めてからはそんな日はあまりなかったかもしれない。もちろん最初のうちはお仕事なんてもらえなかったけど、その分レッスンの量は多かったし。
最近は、そのレッスンのおかげもあってか、たくさんのお仕事をもらえている。それはとてもありがたいことだけど、疲れがたまるのも、また正直なところだ。
特に最近はW.I.N.G. の予選が月の終わりの日曜日にあり、その準備に追われていたため、忙しさは猛烈なものだった。
先週、W.I.N.G. の準決勝を突破した私たちにご褒美だと、プロデューサーさんが日程を調整してくれた。甜花ちゃんのおねだりが無事に叶ったのだ。

8: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:12:07 ID:r9M
2日後には、W.I.N.G. の決勝戦がある。本当なら決勝に向けて最後の調整・確認をするべきなんだろうけど、プロデューサーさんのおかげで今日は一日フリーな身となった。
社長さんを説得するのは大変だったとプロデューサーさんが言っていたけど、社長さんは社長さんでプロデューサーさんのいうことなら、大抵のことはなんだかんだ承諾しているような気がする。

そんな貴重な休日。甜花ちゃんと遊びに行こうかと思ったけど、甜花ちゃんはネットゲームにご執心のようだ。
さて、今日はどうしようか。昨日立てた予定は変更を強いられている。お父さんとお母さんは二人で近くの温泉に行くそうだが、わざわざそこについて行くほど甘奈は野暮じゃない。
大人にもデートが必要なんだって、甘奈はよく知っているのです。

だから。

9: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:12:52 ID:r9M
「たまには、良いかな。良いよね。」

プロデューサーからは疲れを取れといわれている。体の疲れは心の疲れから。いつも倹約しているけど、今日は少しくらい散財してしまおう。
私は一人でショッピングモール巡りをすることに決めた。お目当のものは、歩いていれば思い浮かぶだろう。手早く着替えた後、変装用のメガネと帽子を忘れずに身につけ、家を出る。

昔だったらお父さんが車を出してくれたけど、今となってはそうはいかない───親と一緒に買い物に行くのを友達に見られたら恥ずかしいし。
それに、アイドルとして活動している甘奈たちは、もしかしたら人の目を引いてしまうかもしれない。そのせいで、お父さんとお母さんに迷惑をかけたくはない。

だから今日は一人でお出かけだ。近くの駅まで歩いて行った後、電車に揺られて街へ出る。

10: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:13:23 ID:r9M



ショッピングモールに着いて歩き回っていると、あることに気づく。
大半は家族と一緒か、そうでなくても、恋人と一緒だ。
一人で歩き回るというのは珍しいのだろうか───確かに昔は家族で回ったものだ。

さて、新しい服を買おうかなぁ。昔はお母さんに選んでもらった服ばかりだったけど、いつからか自分で選びたいとわがままを言うようになった。
今思えばあれはわがままだったのだ。当時はそんなこと思わなくて、自分で着る服くらい自分で選ばせて欲しいと思うばかりだった。
でも、誰かのことを思って服を選ぶと言う行為は───渡される側からすれば文句の一つも出るかも知れないが───選んでいる側からすれば喜んでほしいのだ。純粋に。

「あ…これ…」

店内にさらっと目を通したところ、いいものを見つけた。青と黒の配色で、落ち着いた雰囲気。うん、これはいいかもしれない。ちょっと高いかな?でも、このくらいならいいか。買ってしまおう。

11: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:13:49 ID:r9M



さて、少しお高い買い物をしてしまった。今日は少し散財しようと決めたものの、あんまり高いものを買うのは良くない。
…プロデューサーさんが、私は羽目を外せない、言っていたけど、決してそうではないと思う。お金を使いすぎない、と言うのは大切なことではないか。
だから、だから。きちんと予算を決めて、その中でなら、ちゃんと遊んだって構わないのだ。決して羽目を外せないわけではない。

目の前には、きらびやかな装飾に彩られた甘味屋。何歳になっても、女の子を魅了してやまない、お菓子の家。美味しいパフェを食べて、今流行りのタピオカミルクティーを飲もう。
これ、ツイスタに上げてもいいかなぁ……まずプロデューサーに聞かなきゃだね。あっ甜花ちゃんからメールが来てる……帰りにお菓子買ってきてだって。
ふふ。

「もー、しょうがないなぁ甜花ちゃんは……」

でも可愛いから許しちゃう。

12: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:14:43 ID:r9M


今日の予算が底をつき、お菓子の国を後にする。ぶらぶら歩いているだけだが、もう2時間近くも過ぎたらしい。そろそろウィンドウショッピングも終わりにしようかな。

「あ、この髪留め……」

流水をモチーフにした、大きめの髪留め。可愛いし、それに綺麗。……だけど、私や甜花ちゃんが使うには大人っぽすぎる。でも、千雪さんなら似合うかなぁ。うん、似合うよ、絶対。
あ、思い出した。最近裁縫用の糸も少なくなってたっけ。千雪さんが作ってくれたミニミトン。
私と甜花ちゃんがプロデューサーさんにお願いして、無理を聞いてもらって、衣装の後ろにくくりつけてもらった。私たちの、絆の証。

甜花ちゃんはちょっとだけ休みたがりだから誤解を招くこともあるし、私もいろいろテンパっちゃって大変だった時、いつも私たちを助けてくれたのは千雪さん。
お仕事のフォローもしてくれたし、学校の宿題も見てくれた。そういえば、お母さんと喧嘩しちゃってどうしよう、なんて相談をしたこともあったっけ。
他人にはどうすることもできないような相談だけど、何を言うでもなく、ただ抱きしめてくれた。それだけで涙が出てしまったけど、それは二人だけの秘密。

13: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:14:54 ID:r9M
ああ、思い出せばいろいろなことがあったなぁ。
甜花ちゃんとの思い出。千雪さんとの思い出。数えきれないほどたくさん───思い出せないほどたくさん。半年前も、一ヶ月前も、一週間前も、昨日だって。みんな、みんな一緒だった。

一緒にお仕事をした。レッスンをした。ライブをした。テレビにだって出たんだ。アイドルとしてだけじゃない。一緒に遊園地にも行った。お泊まり旅行にも。甜花ちゃんも、みんなと一緒ならって、一緒に行ったんだよ。楽しかったなぁ。また行きたいなぁ。優勝したら───

またみんなで行きたいな。
また連れてってくれるかな。

ね、プロデューサーさん。良いよね?

14: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:15:40 ID:r9M
【 Perturbation 】

遊んだ後の帰り道。朱色に輝く、沈み際の太陽。初夏の夕暮れ。
帰り道は少しだけ遠回りをしよう。前には大きな橋。
左を見れば、河原が道路に整地され、ランニングロード。少し進んだ先には、一面しかないテニスコート。
お爺さんが犬の散歩をしている。その姿が橋の陰に入り見えなくなる。どこかでカラスが、かあ、と3回鳴いた。

1時間前には、小中学生は帰りましょうの放送。そういえば、私たちはあの放送がかかったら急いで帰らなきゃって、昔は思ってたっけ。
今だってもう遅いから帰ろう、なんて思ってしまうんだから、ええと、こういうのはなんて言うんだっけ───三つ子の魂百まで?

整備されたランニングロードの植え込みを少し越えると大きな川がある。でも今はそんなに水量は多くない。
梅雨時は水量が多くなって危険だと言われるけど、少し時期がずれれば小学生のくるぶしが埋まるかどうかしかない。
まったく、一級河川とはいうけど、どういう意味で一級なんだろう。調べて甜花ちゃんと千雪さんに教えてあげよう!

プロデューサーさんも、きっと知らないよね。

15: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:16:47 ID:r9M
私の「いつも」はここにある。風が吹き、川が流れ、陽が落ちて、夜が来る。そんな毎日がここにある。
プロデューサーさんが連れてきてくれた、ちょっと前の自分なら想像もつかないような場所。
甜花ちゃんと、千雪さんと一緒に、ここまで走ってきた。明後日私たちが立つステージは、あの日液晶の向こうに映っていた夢の景色。

でもきっと、私が、私たち自身が、大きく変わったわけじゃないんだ。
甜花ちゃんは昔と変わらずお菓子を食べてそのままの指でゲームをするし、夜更かしして学校には遅刻しちゃうし。でも、優しくて可愛くて、誰より甘奈のことをわかってくれる。
千雪さんも出会った頃と変わらず優しい。可愛い小物を作ってくれたり、甘奈が失敗したら一緒に謝ってくれる。怒るわけじゃなくて、一緒にいて、その後の自主レッスンにも付き合ってくれる。

そう。

だから私たちが別人になったわけじゃない。ほんのちょっとのきっかけが、私たちを変えてくれた。変えさせてもらった。変えられてしまった。───プロデューサーさんに出会ったことで。

16: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:17:23 ID:r9M
思えばプロデューサーさんは変な人だ。私たちの他にも283プロダクションのユニットをいくつも担当しているのに、いつも私たちに見せる顔は笑顔だ。
力強い、でもどこか子供みたいな、いたずらっぽい笑顔。
正直、年よりもだいぶ若く見えるよって、そう伝えたことがある。
その時は「いいだろー」って笑ってたけど、その後居酒屋で千雪さんに「社会経験積んでなさそうに見えるってことかな」なんて、とんでもない勘違いを大真面目に相談したのだって知ってる。
ちょっとかわいそうだったから次の日、コーヒーを入れてあげたんだっけ。そしたら砂糖とミルクがないと飲めないって!
ふふっ。やっぱりプロデューサーさん、ちょっと子供っぽいところあるよね。

17: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:18:11 ID:r9M

ああ、その頃くらいだったかな、プロデューサーさんに敬語をやめてって言ったのは。
そんなよそよそしい感じじゃなくても良いじゃんって言ったんだけど、なかなか敬語が抜けなかったよね。一緒に遊園地に行ったときかな、甘奈って呼び捨てにしてくれたのは。
千雪さんと一緒に乗った観覧車から降りてきたら、なーんか良い雰囲気だったから、からかってたら「甘奈!」って。
ちょっと怒ってたんだろうけど、私は呼び捨てにしてくれたのが少し嬉しくて。からかいすぎたのはごめんって。
次の日、甜花ちゃんと一緒にプリン買ってったら許してくれたのが可愛くて、またちょっとからかっちゃった。
千雪さんが宥めてくれたけど、それからは私と甜花ちゃんのことは呼び捨てで呼ぶよね。

18: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:18:27 ID:r9M

そんな思い出を寂寞と積み重ねてきた。鮮やかな記憶は今でも色褪せることなく。
一秒、一秒。一言、一言。
大事にとっておいた宝物ではなかったはずだけど、今となっては、あのとき大切だと思っていた何かと、どちらが大切だったのかという判断すらつかなくなってしまっている。

19: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:18:39 ID:r9M

沈む夕日。灯る電灯。街の色は鮮やかな朱色から黒が強い灰色に変わっていく。
川の色は闇を映す。橋の向こうから来る車のライトが、左から右に消えていく。

20: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:18:50 ID:r9M

一台、二台。私の横を通り過ぎていく。
三台目がこちらに曲がり、私の横を通り過ぎる───通り過ぎた後に、車がゆっくりと止まった。

21: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:19:03 ID:r9M

「甘奈?」

22: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:19:41 ID:r9M


鼓動が跳ねる。よく知った声が私の耳を震わせる。

「ああ、やっぱり甘奈だ。今、帰りか?」

「あれ、プロデューサーさん!?」

「奇遇だなー休みの日に約束もせず合うなんて。今日のオフは楽しめたか?」
「うん!いろいろ買い物もできたし、パフェも食べたし、今から家に帰って甜花ちゃんとゲームでもしようかなーなんて。」
「あ、そうだ。写真いろいろ撮ったから、ツイスタに載せたいんだけど。良いかな?」
「ん?おお、明日確認するよ。満喫できたなら何よりだ。」
「うん!すーっごく楽しかった!おやすみ作ってくれてありがとね、プロデューサーさん!」
「そう言ってもらえたら頑張った甲斐もあるってもんだ。」
「そうだ、もう遅いし送っていくぞ───」

23: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:19:57 ID:r9M



「いいですよね、千雪さん?」



24: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:20:17 ID:r9M


ひゅぅと息を飲んだ。その後、一瞬だけ、呼吸ができなくなる。
え、どうして?
どうして、私の息がつまるんだろう?私の行動が、私はわからない。

「はい、もちろんです。甘奈ちゃん。今日は楽しかったみたいね。よかったぁ…!甘奈ちゃん、ずっと頑張ってて、頑張り過ぎてて、大変だなっていつも思ってたから…」

「そんなことないよー。千雪さんだって、大変なのは一緒じゃん。」

言葉が脳を通さず出てくる。目で見て、耳で聞いた情報を加工せずに、私は反射的に───すなわちそこに私の意思は介在していない───口だけが動いてコミュニケーションを取る。

「んで、どうする?乗ってくか───ってかもうこんな時間だし、断っても乗っけてくけどな。一人で歩かせるわけにもいかんだろう。」

いつもなら「お願い!」と笑いながら出る声が、今はなぜかうまく出ない。

あれ、あれ、どうしてだ、おかしい。
うん、そうだね、お願い。これでいいじゃないか。

25: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:20:43 ID:r9M

今日の出来事をプロデューサーさんと千雪さんに教えてあげよう。甘奈、今日、すごく楽しかったんだよ。良い一日だったんだよ。教えてあげたいこと、いっぱいあるんだよ。

そうだ、プレゼントも買ったんだよ。

千雪さんには、ほら、髪留め。それと、裁縫道具。もしかしたら使わないのもあるかもだけど、でもたしか千雪さんはこのメーカーの糸を使ってたよね。

プロデューサーさんにだって、ほら。青と黒のネクタイ。
子供っぽい部分があるあなたにもきっと似合うよ。落ち着いたオトナの雰囲気、出したいんでしょ?知ってるよ。だって言ってたじゃん。

あれ?
あれ、そうか、言ってないか。言ってないや。でも、あれ?あれ、なんで?

26: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:20:55 ID:r9M



あ、そうか。

27: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:21:07 ID:r9M



そういえばね。甘奈、結構そういうところ気を使えるというかさ。友だちからも相談受けてたんだよ。私自身は、その。経験はなかったけど。だから甘奈、知ってるんだよ。

プロデューサーさんが千雪さんのこと好きなんだって、知ってるよ。
千雪さんがプロデューサーさんのこと好きなんだって、知ってるよ。

知って、たよ。

知ってた、のに。

知ってた、はずなのに。

28: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:21:20 ID:r9M



───好きになったから、知ろうとしたんだ、あなたのこと。
───だから、いっぱい知ってるんだ、あなたのこと。

29: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:22:13 ID:r9M



涙がこみ上げる。その理由はわかっているけど、口にするわけにはいかない。

「……大丈夫!今日は歩きたい気分だし、こっから歩いて10分くらいだから!」

「いや、そんな───」

「甘奈ちゃん、私、やっぱり心配だから、乗っていって欲しいの。それに、甘奈ちゃんが今日一日楽しかったこと、私、聞きたいな。」

大好きなお姉さんのお願いに、こんなにも簡単に、私の反抗は終わりを告げる。

「…ちゆきさんがそこまで言うなら、お願い、しちゃおっかな……」

買い物袋と一緒に車の後部座席に乗り込む。
運転するのはプロデューサー、助手席には千雪さん。ああ、本当にお似合いだ───幸せを形にするとしたら、きっとこういう景色なのだろう。
少なくとも、私や甜花ちゃんは、この景色を見たら手を取り合って喜べる。それはもう、全力で。───心の底から。
大好きなお姉さん。恩人の男の人。大好きな二人の好き合う姿。
きっと二人ともまだ、相手に想いを伝えてなんかいない。
でもきっと、二人自身だって気づいてるよね。初心な二人の白く清い幸せ。
ああ、こんなに好きな人たちのことを祝福できるなんて!嬉しい、嬉しい、嬉しい───

そうでしょ?

30: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:23:20 ID:r9M

【 お姉ちゃんだから。】

「よし、じゃあ気をつけてな。」
「気をつけてって…家の前まで送ってくれて、気をつけるも何もないでしょ?」
「いやあ。いくら心配しても、足りないもんだよ。ま、今日は眠るまでが休みだからな。しっかり休みな。……甜花にも、よろしく言っといてくれ。それと、ネクタイ。ありがとな。」

「……うん、ありがと。送ってくれて。千雪さんの事もしっかり送ってあげてね?」
「ふふ、甘奈ちゃん、私のこと心配してくれてありがとね。それと、髪留めと裁縫道具、ありがとう…!大切にするわ。」

「うん。───千雪さんが喜んでくれて、嬉しいな。じゃ、今日はありがとね!ばいばい!」

夜に消えていく車を見送る。白い車体はこの環境の中でも一番よく見えるはずだけど、数十秒もしないうちに姿が見えなくなる。
ここはまっすぐな道だ。曲がったわけでもないのに姿が見えなくなるのは、夜の闇は思った以上に深いということだろうか。
プロデューサーさんと千雪さんが甘奈のことを心配してくれた気持ちが、ちょっとだけわかった気がする。───こんなにも夜が暗いということは、今になってようやく気づいたんだけど。

「あ…おかえり、なーちゃん。」
「ただいまー。楽しかったよー。いろいろ買えたし、美味しいもの食べれたし。甜花ちゃん、今度一緒に行こうね!あ、これ甜花ちゃんに買ってきたお菓子!はい!」

「……?ありがと…?」
「お母さんたちまだ帰ってきてない?甘奈、お昼食べ過ぎて夜ご飯食べれないかな───甜花ちゃん、甘奈、今日は疲れちゃったから早く寝るって伝えといてくれる?」

31: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:23:45 ID:r9M



「なーちゃん、何かあった?」


どきり。
いや、これはぎくり。と表現するのが正しいのだろうか。
言い当てられたくないことをいとも簡単に言い当てられたのだから、適切なオノマトペは後者の方だろう。

「んー?なにもないよー?」
「ううん。そんなことない…なーちゃん、どうしたの?」
「ん、本当に何もないってー。変な甜花ちゃん。」

「て、甜花は確かにちょっと変かもしれないけど…」

「なーちゃんが悲しいときは、甜花にはちゃんと分かる…よ?」

「甜花…なーちゃんの、お姉ちゃん、だから…」



「ヘンだなー、甜花ちゃんはほんとヘン。」
「悲しいことなんて本当にないのに……だって、だって。」
「大好きな二人が、大好きどうしになるのに……」


「嬉しい、はずなのに……」


それ以上は、私が言葉をつなぐことはできなかった。
甜花ちゃんの姿が涙でにじむ。甜花ちゃんは不安そうな顔をしているだろうか。それとも、大好きな人たちの幸せを祈れない私のことを怒っているだろうか。

ああ、甜花ちゃんは、お姉ちゃんは今どんな顔をしているだろう───

ぎゅう、と体が抱きしめられる。
私の顔の横から、甜花ちゃんの髪の香りがする。
その香りは本当に安心できて、優しくて。

「甜花、はね。」
「…うん。」
「なーちゃんに何があったか、はわかんないけど。」
「…うん。」
「なーちゃんに何かあったか、はわかるよ。」
「…うん…!」
「なーちゃんに何があったか、甜花に教えて?」

32: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:24:45 ID:r9M



その後。甜花ちゃんが、帰ってきたお母さんたちに、甘奈と一緒に寝るよって言ってくれたみたいで。お母さんたちも、それだけで何かあったことはわかってくれたらしい。

その夜は、甜花ちゃんによる事情聴取。とは言っても、私が勝手に喋っただけだけど。
意外なことに、甜花ちゃんは全部の話を聞いても、あまり驚かなかった。

「じゃあ、なーちゃんは、プロデューサーさんのことが好き……なの?」
「い、いや、好きっていうかその……はい。」

恋心を自覚する、というのはこんなにも恥ずかしいのか。学校の友達はすごいなぁ
───告白が成功した、とか、上手くいかなかった、とか。
いろんな話を聞いたけど、私はあの人のことが好きって気づいただけで、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのに。
でもどうしてだろう。恥ずかしいのに、嫌じゃない。むしろ……だ。

「でもそんなの良くないよね。」

自らの諦めを告げるように、甜花ちゃんに話す。
千雪さんが好きなのはプロデューサーさん。
プロデューサーさんが好きなのは千雪さん。

そして私は、千雪さんのこともプロデューサーさんのことも好き。
だから、嘘をつかなきゃ。本当はいけないって、心の何処かで思ってるんだけど、それには知らんぷりをしよう。

「だから私は、何もしなくていいの。ううん、何かしちゃいけないの。」
「さっきはなんか頭の中ぐちゃぐちゃになって泣いちゃったけど……」
「好き合う二人が結ばれる。そして私もその二人のことが好き。なら、それ以上望むことなんてないもんね。」
「…なーちゃん、辛いね。」
「辛い、のかな。」
「うん、なーちゃんは、辛いよ。」

そうか。私はきっと、辛いんだ。
甜花ちゃんがいうんだから、そうだ。
……本当に、すごいなぁ。私の本当のこと、なんでもわかっちゃうんだから。

「……でも、ね。」

「甜花は…ね。甜花は、なーちゃんはちゃんと好きだって気持ちを伝えなきゃダメ、だと思うな。」

「……そうかな。」

「うん。きっと、そう。」

ああ、本当に。

「……私もね、そう思ってた。」

お姉ちゃんはすごいなぁ。

33: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:25:12 ID:r9M


【境界条件】

「千雪さん。甘奈ね、プロデューサーさんのことが、好き。」

「えっ……」

「甘奈ね、千雪さんの気持ち、わかってる、つもり。」

「甘奈、ちゃん。私、そんな……」


「ごめんね。きっと、先に好きになったのは、千雪さんなのに。」

「そんな……こと……」


「関係あるよ。」
「関係、あると思う。だから甘奈は、二人に……二人に、幸せになってもらいたいって、思ったんだもん。」

34: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:25:34 ID:r9M

「甘奈ちゃん、そんな……そんなことを、言わないで……」

千雪さんの目から、ぽろぽろと涙が溢れる。その姿はいつもの優しいお姉さんのようではなく、ちょっと年下の妹みたい。でも、この涙は100パーセント私を思っての涙なんだ。

ああ、千雪さん、大好き。大好きだよ。
私のもう一人のお姉ちゃん。優しくて頼りになる、一番上のお姉ちゃん。
お姉ちゃんが好きな人のこと、好きになってごめんね。
お姉ちゃんを好きな人のこと、好きになってごめんね。

そんな私のために、涙を流してくれて、ありがとう。

だから私、ちゃんと言うよ。プロデューサーさんに、好きって言うよ。
終わらせるためと、始めるために。それが連続につながるように。
滑らかじゃないかもしれないけど、でもちゃんと、昨日と今日が繋がるように。

35: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:26:32 ID:r9M


「私、ね。」

「私、千雪さんとプロデューサーさんに幸せになってほしいんだ。」
「いつか、ちゃんと付き合ってほしいんだ。」
「二人からね、二人が好きだって話を、聞きたいんだ。」
「それを聞いて、からかいたいし、喜びたいし、幸せになりたいんだ。」
「……いつか、いつかね。二人には一緒になってほしいんだ。」
「甘奈には、まだそんなこと全然実感がわかないけど……でも、甘奈は、それを想像するだけで…泣きそうになっちゃうくらい、嬉しいんだよ。」

「だから、だから。だから、甘奈は。」
「ちゃんと、言わなきゃいけないんだ。」



───千雪さんとプロデューサーさんが、好きだからっ……

36: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:26:45 ID:r9M


最後の言葉は、声にはならなかった。それは涙のせいではなく。その前に、抱きしめられたから。

「甘奈…ぢゃん…っ!私、私…っ!」

ああ、抱きしめられたと言うより、これは。抱きつかれたんだな。
千雪さんの、こういうところ、初めて見たかもしれない。子供みたいに泣きじゃくる、可愛い一面を見れて、甘奈、結構満足だよ?
ああ、もう。ほら、泣き止んで。そんなに泣かれると、甘奈まで…また泣きそうになっちゃうじゃん。もう。可愛いなあ、ほんと。

ねえ、千雪さん。だから絶対、幸せになってね。甘奈、本当に、本当に応援してる。

だってね、甘奈、たぶん、千雪さんが思ってるよりずっと、千雪さんのこと好きなんだよ?

37: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:27:12 ID:r9M

【 星の代わりのスポットライト 】

W.I.N.G.決勝当日。前日まで色々ありすぎるほどあったというのに、今日の気分はこれ以上ないくらい絶好調だ。
どんなステップでも踏めそうなくらい、体が軽い。のど飴なんて舐めなくても、高音が裏返ることなんてないよ。お化粧のノリも良くて、うん。
控えめに言って、最高。

いつもなら楽屋で緊張している甜花ちゃんも、今日は随分とやる気みたいだ。ああ、ほんとかわいい。
千雪さんも、いつもの柔らかさに加え、何か一つ、吹っ切れたような。強さと寂しさを抱えた、そんな表情。───綺麗だなぁ。

38: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:27:30 ID:r9M

楽屋の扉を数回ノックして、プロデューサーさんがやってくる。

「おお、今日はいつにも増して…気合入ってるな。」
「あったりまえだよー。今日のために、ここまで頑張ってきたって言ってもいいくらい、なんだじゃらね。」
「甜花、ね……今日はすごく、やる、よ…!」
「ええ。……プロデューサーさん、私たち、今までで最高のパフォーマンスを、見せてきます。───それと、最高に楽しんできます。ですよね?」
「ああ、その通りだ。じゃ、楽屋を出ようか。あと10分切ったからな。」
「っぁ……」
「?甘奈?」

「…ね、プロデューサーさん。一言、頑張ってこいって、言って。」


「───ん、ああ……よし、頑張ってきな。」


「───うん!頑張ってくるよ!行こう、甜花ちゃん、千雪さん!」
「うん!」「ええ!」

「「「行ってきます、プロデューサーさん!」」」

39: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:29:57 ID:r9M

大丈夫。あなたが信じてくれていれば、必ず。

ステージの光はまるで星のようで。満天の星は、富山だと良く見えたけど、東京に来てからはあまり見たことがなかった。
だけど今、上を見上げれば───満”点”の星。私たちを照らしてくれるスポットライト。
いつかの日から少しだけ変われた少女たちを照らす、人類が獲得した人工の星。
誰もが照らされる資格を持ち、そのうちの誰かだけを照らす、公平だけど平等じゃない星。

私が今照らされているのは、どうしてだろう。お父さん、お母さんのおかげ。甜花ちゃんのおかげ。千雪さんのおかげ。プロデューサーさんのおかげ。───でも、ちゃんと甘奈も頑張ったよ。

40: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:30:07 ID:r9M


「甘奈、あんな表情もできたのか。はは。」
どっちが大人か、わかんなくなっちまうな。

41: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:30:22 ID:r9M

【 Love me, Love her, Love you. 】

祭りの後。
今のタイミングなら、楽屋には、最後の片付けをするプロデューサーさんしかいないはずだ。

───このドアをノックした時。私の恋は、終わるんだ。
そう思うとなんだかちょっと怖いな。失恋するって、どんな感じなんだろう。辛いのかな。悲しいのかな。苦しいのかな。泣いちゃうのかな。

その時私はどんな顔をしているのだろう。───それと、あなたは。

コン、コン、コン。

42: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:30:42 ID:r9M



「───プロデューサーさん。」
「ん?甘奈か。今日は本当によく頑張ったな、これから忙しくなるぞ。本当に…すごかったよ。」
「うん…ありがと。あのね、聞いて欲しいことがあるんだけど、いい?」
「……なんだ、どうした?え、まさかアイドルやめるとか、言わないよな!?」
「そんなこと言わないよぅ!せっかく優勝してこれからって時なのに!」
「そ、そうか…なら良かった……今日はもう十分驚かせてくれたからな、これ以上はもうお腹いっぱいって感じだよ。」

目をつぶって、一回だけ、深呼吸。
目をつぶって見えたその景色では、プロデューサーさんが笑っていたよ。

43: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:30:53 ID:r9M



「プロデューサーさん。甘奈、プロデューサーさんのことが好き。」

44: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:31:16 ID:r9M




かちり、かちり。時間だけが流れる。
息ができない。
指先の感覚がない。
足が動かない。
何も、何も考えられない。

でも、言った、言った、言ってやった、言っちゃった、言った。

好きって、言っちゃった。

「ね、なんか…言ってよ。」
「……え、と。」

45: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:31:29 ID:r9M

プロデューサーさんが深く息を飲む。

それだけの行為で、プロデューサーさんが次に何を言うかわかってしまう。

さあ、言って。聞かせて、その言葉を。

46: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:31:39 ID:r9M

「すまない、甘奈。」
「その気持ちには、答えられない。」

47: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:32:01 ID:r9M

────────っっっっっっ!!
だめだ、だめだ、泣いちゃだめだ、そんなこと最初からわかってたじゃないか。
聞きたい言葉が聞けたんじゃないか。だから用意してきた次の言葉を言わなきゃ。息を吸って、喉を震わせて。熱を押し殺して。
───涙を我慢することだけは、できなかった。


「うん……知って……る。」


前に進むために、諦めるって。矛盾してるみたいだけど、そもそも私のこの想いが矛盾したものだったんだからしょうがないか。

48: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:32:22 ID:r9M

「甘奈…すまん…」
「なんで、あやまるの…プロデューサーさんは、千雪さんをちゃんと幸せにしてあげてね?それで、いいよ。」
「え、は、な、なんで千雪さんをって知って…」

あはは。わかりやすく狼狽えちゃうんだから。やっぱり子供っぽいよね。
そんなところが可愛くて、愛しくて。
好きになって、フラれて。

でもやっぱり悔しいから、本当に最後の最後。ネクタイを掴み、顔を引き寄せる。


「プロデューサー、大好きだったよ。私の、初恋だったよ……!」

49: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:33:35 ID:r9M

【 Better, Bitter, Better 】

事の顛末は全部千雪さんと甜花に話した。話しているうちに涙が出てきたけど、二人が慰めてくれた。慰めてるはずなのに、甜花ちゃんも千雪さんも泣き出しちゃった。

「千雪さん、プロデューサーさんのところ、言ってあげて?きっとまだ、一人で楽屋にいるから。」
「甘奈ちゃん、でも…」
「ね?……お願い。」

千雪さんが、今まで一回も見せたことのないような、悲しい、悲しい表情を浮かべる。

「ね?千雪さん……笑って……行ってあげて。」

千雪さんは涙を右手で拭うと、もう一回私のことを強く抱きしめて、そしてプロデューサーさんの元へ向かう。

「なーちゃん、辛くない?」
「んー……、思ってたより、ずっとずっと辛いかな。正直、めっちゃ泣きたい……」
「そっか…甜花は、誰かのこと好きとか、よくわかんないけど。」
「甘奈ちゃん、よく頑張ったね。」
「───うん。」

50: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:34:11 ID:r9M

【 花が太陽を求めて咲くように 】

青い花が紅い実をつけることを夢見て、叶わず枯れ落ちる。換言すれば、これがこの物語の全てなのだと思う。

でも実をつけられなかった花に意味がなかったかと問われればそうではない。この物語に意味がなかったかと問われればそうではない。
たしかにその花は咲いたのだ───上を向いて、花弁を開いたのだ。

上を向く。前を向く。陽の光を求めて花を咲かす。その先にある未来は枯れゆくだけであるというのに。だが、その運命をたとえ知っていたとしても、きっと花は咲くのだろう。
それが花の役目であって、一生であって、課された使命の全てなのだから。実をつけられるかどうかは、ある意味、運というか。生存競争なのだろう。
その競争は人間が想像するよりずっと厳しいものだろう───今も。この先も。

でも私の一生は、それが全てじゃない。
花が咲いて、枯れて。実をつけることなく消えていっても。
また新しい花を見つけて育てることができる。

道端に黄色く花を太陽が照らす。通りかかった子供が、無造作にその花を摘む。

「───ちゃん、お花摘んできてくれたの?ありがとう!そうだねぇ。綺麗だねぇ。え、あっちの方にもっとあるんだ。そっか、じゃあ一緒に行こっか!あ、でもその前に、お母さんにも見せておいで───」

51: 名無しさん@おーぷん 19/07/07(日)18:37:10 ID:r9M

以上です。

他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。

【モバマスss】前川被害者事件簿 その1
【モバマスss】雨の日の午後、夕暮れにかけて。【北条加蓮】