前回 黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」 前編

75: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 09:55:38.80 ID:.SHbYS2o
――数日後、藤壺の宮

藤壺の君「吉野から良くお戻りになられて、
 黒髪の姫。皆も心配していたのですよ?」

黒髪娘「はい。ありがとうございます……」 ふかぶか

藤壺の君「さる歌会はまだ雪残る春でしたが、
 はや、山裾には桜の袖がひろがっております」

黒髪娘「はい。風に舞うは雪のよう……」
藤壺の君「本当に……」

黒髪娘「……」
藤壺の君「お茶を入れさせましょう」 ぱちん

しずしず

藤壺の女房「……失礼いたします」

藤壺の君「……」
黒髪娘「……」

藤壺の君「実は、お話ししたいことがありお呼びしたのです」
黒髪娘「はい」

引用元: ・黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」 



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76: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 09:57:16.32 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「……話は半月ほど遡るのですが
 承香殿(じょうきょうでん)※で鶯の音を愛でる宴が
 催された折のことです」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴そのものは、鶯の音こそ少ないものの
 盛会でした。管弦の楽の音は素晴らしく
 特に中将の笛は昨今にないあでやかさでした。
 それはよいのですが、その宴の折に
 黒髪の姫の話題が出たのです」

黒髪娘「わたしの……?」

藤壺の君「ええ。くだんの歌会からこちら
 姫の話は宮中の噂の的でした。主にその学識や
 見識の高さ、歌を詠む姿勢などですが
 臨席された帝が興味を持たれて」

黒髪娘「帝が?」

※承香殿(じょうきょうでん):内裏(天皇の住む
 私的な場所)の建物の一つ。かなり格が高い。

77: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 09:59:08.83 ID:.SHbYS2o
友女房「ええ、どうやら噂の方はもうすでに
 ご存じのようでした。いえ、おそらくは……
 尚侍のこともお心をいためておいでだったのでしょう。
 その席でも、哀れみ深いご様子で。
 そして、ではならば、歌集の編纂でも、
 とのお言葉があったのです」

黒髪娘「歌集……ですか!?」
友女房「まぁ」

藤壺の君「ええ。ご存じの通り勅撰集※の選者は
 今まで女性が選ばれたことはございません。
 ですから戯れ言だという者もいますし
 おそらくは帝のご意志とは言え、院か後宮を
 通して私的な依頼で……
 私撰と云う形になるでしょうが。
 しかし、いずれにせよ帝の口から零れた言葉。」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴の席のこととは言え、
 仇やおろそかには出来ませぬ……」

※勅撰集:帝もしくは上皇が命令して編集した歌集。
国家の一大文化事業で、選者にえらばれるというのは
「国で一番わかってるひと」認定だった。比して私人
の資格で選定を行なった歌集は私撰和歌集。

79: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:00:39.17 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「……」
友女房 がくがくぶるぶる

藤壺の君「正式な勅は未だ出ておりませんが
 女性でありながら、帝の信任を受けて
 選者に選ばれるかも知れぬ姫の噂で持ちきりです。
 このままで行けば、遠からず何らかの話が
 持ち上がるでしょう。
 帝自らが動かなくてもそのように進むのが内裏。
 それは黒髪の姫も重々ご承知でしょう」

黒髪娘「それは……」

藤壺の君「黒髪の姫が代理への出仕を
 避けていらっしゃったのはもちろん存じております。
 もしかしたら出家を考えていらっしゃるのかとも
 思いましたが、前回の宴で、遠慮深く恥じらいを持つ
 清らかなる方と判りました」

黒髪娘「……」

藤壺の君「……。姫……」

黒髪娘「はい……」

81: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:02:54.89 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「歌集の編纂ともなれば、
 多くの時を必要としましょう。
 短くとも一年。長ければ、それこそ十年が
 かかってもおかしくはありません。
 それだけにその名誉は計りがたいものがあります。
 私的な依頼とは言え、帝のご意向の選者。
 それは内裏……いえこの都一番の
 歌い手、技芸の理解者と目されると云うこと」

黒髪娘「わたしのような浅学非才のものに勤まるとは……」

藤壺の君「……姫。あの日の姫の瞳を覚えています」

すっ

黒髪娘「あっ……」

藤壺の君「たしかに、この任は重いでしょう。
 姫が嫌悪されていた、内裏の政争の駒と
 なることもあるでしょう……。
 でも、本当の姫は“羽ばたいて”みたかったのでは
 ありませぬか? 中納言の二の姫との歌合わせを
 見て私はそう感じたのです」

黒髪娘「……それは」

82: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:06:11.37 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「……十分に考える時間や選択の自由を
 差し上げられれば良いのでしょうが、
 わたし達にそれはありません」

黒髪娘「はい……」

藤壺の君「おそらく宣下※は正式には出ないでしょう。
 今この場を持って、引き受けて頂けるでしょうか?」

友女房(姫を最大限立てて下さっているけれど
 おそらく藤壺の上も
 この話に巻き込まれていらっしゃる……。
 この場を断っても、宣下を断ったことにはならない。
 だから、即座に右大臣家の取りつぶしにはならないけれど
 その場合は藤壺の上が帝のご意志に反したと……)

黒髪娘「謹んでお受けいたします。
 精一杯勤めさせてご覧に入れましょう」

友女房(……姫)

藤壺の君「ありがとうございます。
 黒髪の姫。……藤壺はあなたに借りが出来ました。
 必要なものがあれば何なりと協力させて下さい」

宣下>>0�天皇の命令書。出ちゃうと取り消せないので、
かなり重大なのだ。

85: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:08:52.94 ID:.SHbYS2o
――右大臣家、本宅

右大臣「ははははっ! 今宵は宴だ!
 皆のものも食ってくれるが良い!
 飲んでくれるが良い!
 我が娘がとうとう選者としての仕事を仕留めたぞっ」

下の兄「おめでとう。黒髪」
上の兄「かっ。この勉強娘が。やりやがったな」

黒髪娘「いえ、父上、兄上のお陰です……」

右大臣「いやいや。お前は物心ついた時より
 書物一筋、学問一筋。他の姫がだんだんと色気づき
 文の一つも書いてみようか、衣の色でも合わせて
 みようかという年頃になっても、毎日毎日
 毎日毎日、来る日も来る日も
 ずぅぅぅ~っと漢詩だ律令だ歌だと勉学ばかり。
 どこをどうやってこんなに色気のない子に
 なってしまったんだろうと、
 我ら一同涙にかきくれていたのだっ!」

下の兄「父上、言い過ぎですよ」
継母「おとど、おとど」



88: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:13:49.76 ID:.SHbYS2o
右大臣「いやいや。その暗黒青春時代をも
 我は祝っておるのだ。あの蚕のような籠城も
 この選者選出への伏線だと思えば納得というものよ!」

友女房(大殿様は悪い方ではないんだけど、
 お酒が入るとお馬鹿になってしまうのですよね……)

下の兄「でも良かったよ。黒髪。
 学芸の道で身を立てるのは、君の望みだったものね」

上の兄「宮中の女なんぞ、雑魚ばかりよ。
 待ち技、はめ技、あげくに泣き落とし。
 俺の妹は正々堂々立ち技勝負だ。良いじゃねぇか!」

下の兄「兄さん、また義姉さんに?」

 友女房「上の奥様は目元に涙を溜めて良妻を
  演じる達者でございますからねぇ……」(小声)

上の兄「べっ、べつに俺はあんなの怖くねぇぜ?
 女は色々小手先の謀でめんどうくせぇって話だっ」

右大臣「ははははっ! 何をしけた顔をしているのだ。
 今宵はめでたい宴の席ぞ! 帝のお声掛かりともなれば
 我が右大臣家の将来も約束されたがごときもの!
 さぁ、皆のもの、下々のものも杯を掲げよ!
 今宵の酒は祝いの酒じゃ!」


92: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:16:14.88 ID:.SHbYS2o
――牛車の中

(今宵の酒は祝いの酒じゃ!!)

黒髪娘「……」
友女房「……」

(おめでとう、黒髪。やっとこれで仕事を得たね)

黒髪娘「めでたき、事なのだろうな」
友女房「……」

(はん! 右大臣の秘蔵の娘だぜ? あったりまえだ)。

黒髪娘「父上も義母上も、兄上達も喜んでいた」
友女房「……ええ、さようでございますね」

黒髪娘「これが……」
友女房「……」

黒髪娘「これがわたしの立っている場所なのだ。
 ……余りにも、綺羅めかしい華胥の夢を見て
 わたしは忘れていたのかな……」

友女房「……姫様」

95: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:19:00.60 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「どうしたのだろう。
 こんなにめでたいのに。
 こんなにも嬉しいのに。
 学識を認められて、お飾りの尚侍ではなく
 わたしは本物のわたしになりたかったのに……。
 望んできた夢が目の前にあるというのに
 心の一部が引きちぎれそうになる」

友女房「姫様……」

黒髪娘「……私は意気地がない」
友女房「……」

黒髪娘「心弱い、駄目な人間だ……」
友女房「……」

黒髪娘「最初から判っていたはずではないかっ
 こちらとあちら。
 ――こちらとあちらなのだ。
 触れあえたとしても、交わらぬ。
 そんな事は、少し考えれば判りそうなものを……っ」

友女房「姫様っ」

黒髪娘「……すまぬ」
友女房「……」

96: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:21:23.32 ID:.SHbYS2o
ふわり、なで。

黒髪娘「友……」

友女房「……姫の、為さりたいように。
 男様にお話しなさいませ……。正直に」

黒髪娘「――友?」

友女房「男様に、以前、お話ししました。
 “尚侍は、帝と東宮のモノ”だと。
 いまは縁遠くあれど、結局は、そうなのだと」

黒髪娘「……」ぎゅっ

友女房「でも、同時にこうも言ったのです。
 “このまま庭の片隅で咲いて、
 誰見ることなくひっそり朽ちる姿は見たくない”と」

黒髪娘「え……」

友女房「ええ。そうですとも。
 そもそも男殿の後押しがなければ藤壺の上の
 歌会に姫が出ることも無かったでしょう?
 そうすれば選者へという話もなかったのです。
 ですから全てを捨てて男殿へと身を託すというのも
 悪くはありません」

98: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:22:49.78 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「そんなっ! そんな事になればっ」
友女房「はい」

黒髪娘「私はともかく、父上も、兄上もっ」
友女房「ええ」

黒髪娘「宣下ではないとはいえ、帝のご意向に逆らえば
 父上も兄上も恥ずかしくて出仕など出来ない。
 お怒りが解けるまで何日でも何年でも謹慎せざるを得ない。
 藤壺の君だってご対面を潰されてしまう」

友女房「ええ」

黒髪娘「友だって」

友女房「ええ」

黒髪娘「判っているのか。そんなことはっ」

友女房「ひめ、ひめ」きゅぅ
黒髪娘「――っ」

友女房「それが恋の淵です。私は姫が大人になられて
 嬉しくもあるのですよ……」

黒髪娘「それでも、私は右大臣家のっ。
 くぅっ。
 ううっ……。ううっ……」

105: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 10:59:42.23 ID:.SHbYS2o
――黒髪の四阿

黒髪娘「男殿っ。来ていたのか?」

男「お邪魔してるよ~」

カタカタカタカタ

黒髪娘「……」

友女房「では、わたくしは
 茶の準備などしてきましょう」 ぱたぱたっ

男「……」
黒髪娘「……」

カタカタカタカタ

男「……どした?」
黒髪娘「う、うむ……」

男「座らないのか?」
黒髪娘「……男殿。そこへ、行っても良いか?」

106: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 11:02:33.31 ID:.SHbYS2o
男「ん? ああ」
黒髪娘「……」ん、するり

男「どうしたんだー? こんな所」
黒髪娘「男殿の膝に抱えられたかったのだ」

男「……そっか」
黒髪娘「……」

男「……」

黒髪娘「男殿の世界でも、恋する二人は膝に抱えあい
 睦言をかわしたりするのか……?」

男「ああ、するな」

黒髪娘「……」

男「どうした? 泣きそうな顔で。黒髪」

黒髪娘「だって男殿の膝が余りにも……優しい。
 卑怯だ。こんなもの」

107: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 11:07:11.93 ID:.SHbYS2o
男「なにいってんだ」
黒髪娘「卑怯だぞ」 ぐすっ

男「……ったく」 くしゃくしゃ
黒髪娘「男殿……?」

男「どした?」

黒髪娘「男殿は、すこしは……。
 わたしに好意を抱いてくれていると、自惚れていたのだ。
 子供だといわれても、私がこのように不器量でも。
 それでも、男殿は……。
 私に少しくらいは、好意を持っていてくれると……」

男「……」

黒髪娘「私は、間違っていたか?」
男「……」

黒髪娘「……」じぃっ

男「間違って、無いよ」

109: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 11:08:26.00 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「私は、男殿が好きだ。
 ……生まれて初めて好きになった殿御だ。
 羽衣のように浮き立ち胸躍るような思いも
 哀れなくらい狼狽えてみっとうもない思いもした」

男「……」

黒髪娘「初めて……恋の歌の意味が、判りもした」

男「……」

黒髪娘「――あふまでとせめて命のをしければ
     恋こそ人の命なりけれ」

男「……」

黒髪娘「私を……男殿のものにしてくれぬか?」

男「やだ」

黒髪娘「……っ」


112: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 11:16:07.75 ID:.SHbYS2o
男「まぁ、おおよその事情は、判ってる」
黒髪娘「え?」

男「伊達に饅頭ばらまいてたわけじゃないし。
 宮中の噂は、女房や雑色の方が詳しいよ。
 貴族がクライアントやサーバだとしても
 情報伝達には使用人を使わざるを得ないのが
 この世界のネットなんだしさ」

黒髪娘「ならば、なんでっ」

男「でもやだ」

黒髪娘「何故っ」

男「そういう自棄っぽいのには付き合えません」

黒髪娘「……」 きっ

男「そんなところに追いつけるために
 爺ちゃんは黒髪を生徒にした訳じゃない。
 俺だって黒髪と一緒に過ごした訳じゃない」

黒髪娘「でも、それでもわたしは……」

男「そもそも黒髪の望みだったろ?」

115: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 11:18:31.61 ID:.SHbYS2o
男「違うのか?」
黒髪娘「……それは……そうだ」

男「だったら何で立ち止まる」

黒髪娘「立ち止まりたい訳じゃない。
 でも私は意気地が無くて、幼くて。
 あまりにも……愚かだったから。
 だから、気が付かなくて。
 気が付かないで好きになって。
 どうしようもないほど好きになって。
 だから、だから……。
 一度くらいは」

男(やっぱなぁ……。“一度”くらい、ね。
 そういう魂胆かぁ……。まったくさっ)

黒髪娘「お願いだ」 ふかぶか

男「土下座されたってやだね」

黒髪娘「――っ」

男「選者になるんだろう?
 歌会の時にも云ったけれどもっかい云う。
 ……やっつけちまえ。
 爺さんに見せつけろ。あと宮中にも。
 いつまでも他人の影に隠れた
 負け犬顔の黒髪は見たくない」

146: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:10:25.89 ID:.SHbYS2o
――祖父の実家、納戸

がたがたがたっ。がぽんっ!

男「っと……」

かたん

男「はぁ……」

男(なんだろうな。上手くは行かないや……。
 他人のことは、云えねぇし。
 黒髪のことを馬鹿にするほど、俺大人じゃねぇじゃんな)

(だから、だから……。一度くらいは)

男「一度で満足できるくらいなら●●やってねぇっての」

(私に少しくらいは、好意を持っていてくれると……)

男「いまさら、何言ってるんだよ。あの馬鹿」

ガラガラッ

姉「あっ」
男「いたのか!? 姉ちゃんっ」

147: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:21:57.58 ID:.SHbYS2o
――黒髪の四阿

黒髪娘「……」 ずぅん

かたり。しずしず……

友女房「あら、姫。……男殿は?」

黒髪娘「帰ってしまった」
友女房「……え?」

黒髪娘「どうやら、わたしはふられてしまったらしい」

友女房「え?」

黒髪娘「……あは。何度も言わせるな」

友女房「……」

黒髪娘「……」 ずぅん
友女房「姫……」


150: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:40:21.83 ID:.SHbYS2o
――藤壺、編纂のための借り部屋

藤壺の君「どうですか? 編纂は」
友女房「はぁ」

藤壺の君「姫は?」
友女房「あちらで死んでおります」

藤壺の君「……あら」
友女房「申し訳ありません」 ぺこぺこ

藤壺の君「いえ。……やはり、何かお加減が
 優れなくなるようなことがあったのですね」

友女房「はい……」
藤壺の君「何があったのですか?」

友女房「それは私の口からは」 きっぱり
藤壺の君「そうですか。そうですよね……」

友女房「どうしましょう。時間がないわけではないけれど」

藤壺の君「はぁ……事が事ですので……。
 時間をかければ癒えるかと申しますと
 癒えるとも思えるのですが、
 癒えて良いかと云えば姫付きの女房としても……。
 本当に申し訳ありません……」

152: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:44:03.24 ID:.SHbYS2o
――藤壺、初夏

黒髪娘「これは……後撰和歌集。分類を……
 こちらの束は……」 のろのろ

黒髪娘「……東歌、か。これはどうしよう。
 ……まずは、作者ごとに分けて……あっ」

ばさばさばさっ

黒髪娘「……くっ」

黒髪娘「……ダメだな。……わたしは」

ばさり。ばさばさっ……。

黒髪娘「春歌、夏歌……
 秋歌……冬歌……。この書き付けは……」 のろのろ

黒髪娘「――思ひやる心ばかりはさはらじを
     なにへだつらむ峰の白雲  ……か」

からり。

二の姫「真実ではないからですわ」

155: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:55:42.02 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「これは、二の姫っ」

二の姫「ご無沙汰しています。黒髪の姫。
 吉野からお戻りと聞きお会いしたかったのですが」

黒髪娘「いえ。こちらこそ……申し訳ない。
 私撰歌集とはいえ、このような仕儀となり
 すっかり多忙に紛れ、文を差し上げることもしなかった
 わたしをゆるしてくれ」

二の姫「いえ。そのようなこと」すっ
黒髪娘「……?」

二の姫「すっかりおやつれになって」
黒髪娘「……そのような」

二の姫「“たとえ身を隔てられていても、
 恋い慕う心は妨げられずに通い合えばよいものを。
 なぜ峰の白雲はそれさえ遮るのか――”」

黒髪娘「ええ。後撰和歌集です」

二の姫「真実ではないからですわ」
黒髪娘「え?」

二の姫「真実であれば、雲や霞ごときに
 阻まれるはずはありません。
 貫き、たどり着くものが真実であるはずですもの」

157: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 14:59:52.77 ID:.SHbYS2o
二の姫「お加減がよろしくないと聞きました」
黒髪娘「恥ずかしく思う」

二の姫「撰者が重荷ですか?」
黒髪娘「……」 ふるふる

二の姫「恋――ですか?」
黒髪娘「……」

二の姫「撰者ともなれば宮中でも扱いも
 今までとは格段に違いましょうね」

黒髪娘「この一月で、歌会の誘いが七件もあった」
二の姫「ええ。そうもなりましょう」

黒髪娘「……」

二の姫「帝の寵あつく、歌集の編纂を上首尾に
 終えれば尚侍所へ末永く君臨も出来ましょうが」

黒髪娘「それを望んだことは、無かったのだ」

二の姫「そうなのですか?」

黒髪娘「そう望んでいたと、勘違いをしていた。
 わたしは、ただ見て欲しかっただけだ。
 だれかに、必要だと。そう言われたかっただけなのだろう」

159: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 15:01:03.37 ID:.SHbYS2o
二の姫「撰者がおいやなのですか?」

黒髪娘「それは違う。……勉学は好きだ。
 和歌、漢詩、明法、明経、本草、天文、算法。
 それらは暗闇の灯火のようにわたしを照らしてくれる。
 心細き孤独を暖めてくれた、またとない導き手だった。
 たとえ、何がどのようにわたしから失われようと
 わたしから彼らを嫌うなんて無いだろう」

二の姫「……」

黒髪娘「だから、それらを愛するわたしを
 そのままに受け入れて欲しかった。
 女子の身ではどのように勉学に打ち込んでも
 報われることのないこの世を恨んだ。
 四阿に引きこもり孤独に浸ったこともあった。
 全てが憎くて、羨ましかった。
 わたしはこんなにも学んでいるのに、と思うと
 男として官位を持つ兄さえもが妬ましかった」

二の姫「……」

黒髪娘「振り向いて欲しかった。
 世界に振り向いて欲しかった。
 それを希い、春の陽を、秋の月を学び過ごした」

162: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 15:04:20.68 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「誰よりも筆写をした。
 苦にはならなかったな……。
 わたしには他に何もなかったから。
 他の娘が恋をして、涙に暮れていることを
 笑って欲しい。
 わたしは馬鹿にさえしていたのだ。
 愚かなことだと。
 誰よりも知を蓄えた。重ねた書は百を超えた。
 百巻の律令を覚え、天文算術を治めたわたしは
 自分を賢いと思っていた。俗世を降らぬと侮っていた。
 でも、誰よりも愚かだったのは、わたしだったのだ」

二の姫「……」

黒髪娘「世界に振り向いて欲しい、
 誰かに振り向いて欲しいと云うことと
 “あの方”に振り向いて欲しいということは
 まったく別のこと。
 ……そのようなことさえも判らなかったの」

二の姫「……恋しい方がいるのですね」
黒髪娘 こくん

二の姫「童女のように頷かれる」
黒髪娘「わたしは子供なのだそうだ。15にもなって」

二の姫「仕方有りません。恋、ですから」
黒髪娘「……」

163: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 15:07:15.34 ID:.SHbYS2o
二の姫「思いを告げ為さりませ」
黒髪娘「ふられてしまった」

二の姫「そう、なのですか?」

黒髪娘「わたしが愚かだったから。
 見透かされてしまったのだ。
 わたしを哀れに思ってくれるその優しき心にすがって
 ねだり、せがんだことを」

二の姫「……」

黒髪娘「なんと浅ましい娘だと軽蔑されただろう。
 以来、あの方はこちらを向いてはくれない」

二の姫「いいえ」 ふるふる
黒髪娘「え?」

二の姫「真実ではないからです」
黒髪娘「……そんなこと」

二の姫「そうなのです。
 真実ではないから、通じないのです。
 それは恋ですから、上手く行かないこともあるでしょう。
 でも、ねだる? 浅ましい? 見透かされる?
 伝わらなかったのは、黒髪の姫が
 黒髪の姫の真実を貫けなかったからではありませんか?」

165: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 15:09:42.82 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「真実を……」

二の姫「時に。――これらは?」

黒髪娘「ああ。歌集編纂の下準備だ。
 手に入る限りの歌集と歌をあつめ、よりわけ
 春夏秋冬の四季と、離別、旅歌、東歌などのに
 分類している。長く、根気の要る作業だ」

二の姫「お一人で?」

黒髪娘「うむ。幸いわたしが今まで筆写した
 歌集は多い。藤壺の君も協力して下さる。
 うちは右大臣家だから、所蔵してある書物の数も
 相当なものになる。とは言え、集めなければならぬ
 資料もまだまだあるのだが……」

二の姫「ではどのような歌集にするおつもりですか?」

黒髪娘「それはやはり、格式を備え、
 今の御代に編纂する意義を満たしつつも、
 後世に残す価値のある歌を撰ばねば」

二の姫「やめませんか?」

黒髪娘「やめ……る?」

169: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 15:17:11.98 ID:.SHbYS2o
二の姫「歌を、贈りましょう」
黒髪娘「歌を……」

二の姫「帝が直接宣下を発する勅撰和歌集の撰者に
 女性が撰ばれたことはありません。
 しかし今回の歌集が、宣下ではなく私的なお声がけで、
 藤壺様の名の下に編纂されるとしても、
 わたしはやはり勅撰であると思うのです。
 ――余人の誰がそう思おうと、
 わたしは一人の歌を愛する女として
 女性が編纂する歌集を誇りに思います。
 我が友がらの。
 そう呼ぶことを許して頂ければ、黒髪の姫。
 あなたの編む歌集を誇りに思うのです」

黒髪娘「……友人、と」

二の姫「ですから」にこり
黒髪娘「……」

二の姫「恋の歌を詠みましょう。
 百の、いいえ。――千の歌を。
 四季の歌など、他の誰かに任せれば良いではありませんか。
 姫は、歌を贈ったのですか?
 ――その殿方に。
 ふられたなど嘆くのは、
 殿方のお気持ちに、姫の真実が届いくまで、
 千の歌を歌集にしてからでも遅くはありますまい」

196: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:41:44.85 ID:.SHbYS2o
――左京、野寺小路、右大臣下屋敷

男「こんばんわー」
下の兄「おや」

男「や、こんばんはっす」
下の兄「こんな時間に珍しい」

男「やはり、色々気になりますからね」
下の兄「あがりませんか? 今日は鮎が届いていますよ」

男「鮎ですか?」
下の兄「ええ。鮎です。召上がったことはありますか?
 香りの良い川魚です」

男「食べたことはありますが、ご馳走ですね」
下の兄「一緒に食べましょう。酒もありますし」

男「ではご馳走になります」
下の兄「誰か! 誰かある。酒肴の準備をいたせ」

下級女房「はい、ただいま」

197: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:42:45.75 ID:.SHbYS2o
男「世話になりますね」

下の兄「いやいや。道士さまのご機嫌伺いをするのも
 我が右大臣家のこれからのため。
 お気になさることはありませんよ」

男「下兄さんは、顔に似合わず黒いですよね」

下の兄「そんな事はありません。
 そもそもこの都とて唐から渡った四神相応で選ばれた場所。
 焼き物も、紙も、詩も先達の技を受け継ぎ
 作ったものですよ。
 道士と云えば、それら技術の優れたる後継者。
 客人として招き遇するは、名家の処世術です」

男「じゃ歓待ついでにもう一つ。
 俺のことは男と呼んで下さいよ」

下の兄「では、男さん」
男「その方が有り難いですね」

かたかた、しずしず。

下の兄「鮎が来ましたね」
男「ああ、上手そうな匂いだ」

下の兄「初夏の月を見ながらと行きましょう」
男「それはいいや」

198: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:46:55.90 ID:.SHbYS2o
男「ああ、これは美味い」
下の兄「いかがです?」

男「最高ですね」
下の兄「それは良かった」

男「……頼んでおいた銅鍋、どうです?」
下の兄「あがっておりますよ。ずいぶん大きいですね」

男「有り難いです」
下の兄「あの鍋をどう使うのです?」

男「米ではなく、麦から飴を作ろうかと思います」
下の兄「麦から? 米でなくとも水飴を作れるのですか?」

男「ええ、出来ますよ。麦の方が甘みの強い上質なものが
 作れると思います。反応精度の問題なんですけどね。
 ――いま程度の水飴だと甘味としてはちょっと
 不便ですからね」

下の兄「水飴ですか。面白いですね」

男「この館の皆さんにも手伝ってもらう予定ですから。
 作り方が確立したらその方法は右大臣家の財産と
 すると良いかと思いますよ」

下の兄「良いんですか?」

200: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:48:30.34 ID:.SHbYS2o
男「良いも悪いも。モノの作り方なんて
 秘していたところでいずれ漏れてゆくモノでしょう」

下の兄「しかしそれは……。秘法、秘術に類するモノです」

男「前にも云いましたが、故あって右大臣家に
 肩入れをするって決めてますからね」

下の兄「それは有り難いです。
 吉野の山で修験されていた男さんを
 引き合わせてくれたのは、やはり妹ですか?」

男「……」

下の兄「あれはわたし達の中ではもっとも聡明ですから。
 そういう意味で男さんの見立てに叶ったのですね」

男「どうでしょう。……そもそも俺は
 道士を語って這いますけれど、違うかもしれませんよ?」

下の兄「え?」

男「狐狸や妖怪の類かも知れない」

下の兄「ふむ……」

202: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:50:55.87 ID:.SHbYS2o
男「あはははっ」

下の兄「しかし、時にそのように思えることもあります。
 唐渡りの道士というよりも、ふだらく、須弥山のような
 なにか人界を越えた何かを感じます」

男「ないっすよ、そんなの」
下の兄「そうですか?」

男「狐狸かも知れないけれど、やっぱり人間ですよ」
下の兄「……」

男「依怙贔屓しますしね」
下の兄「……」

男「右大臣家ならば、桐壺のちょっかいからも
 一人娘を守りきれるでしょう?
 これは、そのための道具貸しだと思って貰えれば」

下の兄「肩入れだと考えておきます」

男「はい。……我ながら面倒くさいヤツだとは
 思うんですけど」

下の兄「道士でもままなりませんか?」

男「全然ですね。面倒くさいばかりですよ。
 というか、諦めないって云うのは
 どうあれ茨の道って気がしてます」

203: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 17:54:37.44 ID:.SHbYS2o
――藤壺、編纂のための借り部屋

二の姫「――道の辺の草深百合の花
     咲みに咲まししからに妻といふべしや」

黒髪娘「万葉七、作者未詳っ」
二の姫「はいっ」

友女房「墨すりあがりましたっ」

ばたばたっ

黒髪娘「――竹の葉に霰ふる夜はさらさらに
     独りはぬべき心地こそせぬ」

二の姫「ちょっと良いですね。霰(あられ)が
 竹の葉に当たるサラサラという音と
 “更(さら)に”がかけてあるんですね。
 一人では寝られない、なんてちょっと艶めかしい」

黒髪娘「そうであるな。和泉式部だが……。
 一人では寝られない、というのは感慨深い」

二の姫「ふふっ。一人では寝られないなんて気持ち
 一人“以外”で寝琉気持ちを識らなければ
 詠めない詩ですからね」

黒髪娘「むぅ」

二の姫「姫はどこでお知りになったのですか?」くすくすっ

208: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 18:16:29.25 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「二の姫は最近わたしを虐める」 どーん

二の姫「そんな事はありません。黒髪の姫のことは
 親友だと思っていますから」

黒髪娘「大人っぽいからと云ってひどいな」
二の姫「あら。まだ13ですから。わたしの方が年下です」

黒髪娘「え?」
二の姫「年下ですよ?」

黒髪娘「と、友よ……。
 わたしはやはり愚かだった……。
 書物の産みに溺れて人として重要なことを
 何一つ学んではいなかった……」

友女房「姫、お気を確かにっ」 おろおろっ

しずしず。

藤壺の君「いかがですか? 黒髪の姫。二の姫。
 あら……これは……」

黒髪娘「ああ。藤壺の君」

二の姫「これは藤壺さま。
 このようなはしたない姿で、申し訳ありません」

212: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 18:21:00.05 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「ふふふっ。もう、姫達。
 墨がついて、お転婆娘のようですよ」

友女房「済みません。わたしがついていながら」しゅん

藤壺の君「良いのですよ。姫が元気を出して下さって
 わたしもほっとしました」

黒髪娘「藤壺の君……」
二の姫「……」

藤壺の君「元はと云えば、わたしが歌会に
 無理にお招きしたがために持ち上がった撰者の仕事。
 姫には……想いを寄せる殿方もいたとの話。
 尚侍として本格的に出仕をしなければならぬとなれば
 縁も遠くなってしまいましょう……。
 わたしを恨めしく思われるのも仕方ないと
 諦めていたのです……」

黒髪娘「そんな。藤壺の君は、四阿に引きこもり
 俗世をたっていたわたしにも何くれと無く
 気遣って下さった恩人だ。
 感謝こそすれ、恨みに思うなどと」

二の姫「そこは恨んでも良いところです」
黒髪娘「二の姫っ!?」

藤壺の君「くすくすっ」

214: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 18:25:23.24 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「そもそも恋の歌の恨み言など
 八割方は八つ当たりではないですか。
 境遇や相手の心変わりを恨むだけならまだしも
 神仏や天気や風や雪まで逆恨みする始末。
 挙げ句の果てには“月が綺麗で恨めしい”とか。
 そこまで取り乱すのが恋の歌です。
 撰者として、歌集に取り上げる
 恋の歌を撰ぶに当たって、
 それくらいの恋心は理解すべきでしょう。
 ね? 藤壺様」

藤壺の君「そうですねぇ……。
 つらい恋をしていれば神仏にすがり、
 恨みを抱いてしまうこともあるやも知れませんね」

黒髪娘「そうはいうが……」

二の姫「もう、秋の声が聞こえます。
 時もずいぶんおきましたが……黒髪の姫?」

黒髪娘「ん?」

二の姫「あちらの方はどうなっているのですか?」

黒髪娘「……相変わらずだ。
 同じ庵にいるし話しかければ雑談は出来るのだが。
 どこかぎくしゃくしてしまって……。
 やはり、嫌われてしまったのかも知れない」


222: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 18:32:26.21 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「……どのような方なのですか?
 官位はいかがなのでしょう?
 忍んでいらっしゃるのですか?※」

黒髪娘「いや。官位はない」

二の姫「まさか!? 無冠なのですか!」

友女房「いえ、そのぅ……。男殿は何と言いますか」

黒髪娘「無冠と云えば、無冠なのだろうな。
 でも、それは云っても仕方ない。
 そもそも宮中に治まるような人ではないのだ」

藤壺の君「どういう事なのです?」

黒髪娘「うぅん。説明が難しいが……。
 ――狐狸か、神仙の類だな」

二の姫「それは……」

黒髪娘「冗談や韜晦ではないぞ」

※当時の恋愛は基本は家デートだった。男性は女性の
家へやってきて、女性の部屋で逢い引きした。
希に牛車デートやお出かけもあった模様。

224: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 18:39:12.59 ID:.SHbYS2o
藤壺の君「……」

黒髪娘「いや信じられぬのも仕方がないし
 信じて頂けなくとも、無理もない」

二の姫「わたしは信じます」
黒髪娘「信じて、くれるのか?」 ぱぁっ

二の姫「ええ。あれだけ表に出なかった黒髪の姫の
 頑なだった性格を花咲かせるように
 綻びさせてくださったのですから。
 それは神仙のような殿方だと思います」

友女房「それは二の姫と云え、余りに失礼なっ」

黒髪娘「は、は……花開く、というか……。
 その……触れたら、花開いてしまった。と云うか……」かぁっ

二の姫「黒髪の姫自身は照れ照れですわ」
友女房「あぅ。姫ぇ」

藤壺の君「そのような深い思いを抱いていらっしゃるなんて」

二の姫「心を決めたのならば
 向き合ってみればいいのです。
 真実の想いが伝わらないなんてあり得ません。
 伝わった後のことは、
 それこそ神仏しかご存じありませんけれど……」

262: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 19:42:29.89 ID:.SHbYS2o
――黒髪の四阿、夜

男「……三箱、四箱、五箱。っと」

男(こんなもんでいいか?
 ……っても、もう梅の季節じゃないしなぁ。
 何か新しいデザート考えないとな)

黒髪娘「男殿」ぽそり
男「うわぅっ!?」

黒髪娘「……こんな夜更けに」
男「って、起きてたのか。黒髪」

黒髪娘「?」
男「なんだ? どうした?」

黒髪娘「それは何だ?」
男「何でもないぞ?」 さささっ

黒髪娘「……」ひょいっ
男「何でもないってば」

黒髪娘「梅饅頭ではないか。また作ったのか。
 わたしだって食べたいのだからくれれば……。
 ……中納言家あて? こっちは……梨壺あて?」

男「……むぅ」

265: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 19:49:53.13 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「なんでこんなにあるんだ?
 あちこちに送ろうとして……」

男「それは、その。さ。……ほら、例の歌会の時に
 あちこちの雑色さんや女房さんに知り合いが出来たから。
 お礼状というか。――つまり、付き合いだ」

黒髪娘「付き合いならば、雑色当てにすれば良いではないか」

男「ほら。あっちの主人の顔も立てないと」

黒髪娘「……」じとぉ
男「……」

黒髪娘「……最近編纂が忙しくて藤壺に
 泊まることも多かったから気が付かなかったけれど
 もしかして、ずっとやっていたのか?」

男「ずっとじゃないぞ」

黒髪娘「でも、初めてじゃないんだな?」

男「まぁ、……うん」

黒髪娘「なんでなんだ?」

男「判ってるなら聞くなよなー」

268: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 19:52:13.33 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「判ってる“から”聞きたいんだ」
男「……」

黒髪娘「男殿……」とてっ

男(近い。うう。こいつ、ちっさい。
 腕にすっぽり過ぎて、こ、困る……)

黒髪娘「髪の毛に、触ってくれ」
男「……」

黒髪娘「触ってもらうために、わたしは何をすればいい?」
男(そういう瞳でこっち見るなよなぁっ!?)

黒髪娘「……」じぃっ
男「わかった。触るからっ」

黒髪娘「ん……」
男「……」

なでっ

黒髪娘「……んぅ」
男(何でこんなに緊張してるんだよ、おれっ)

270: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 19:57:38.15 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「ずっと寂しかったぞ……」
男「……」

黒髪娘「嫌われたと思ってた」
男「それはない」

黒髪娘「……」
男「……」 なで、なでっ。

黒髪娘「いつぞやは、済まなかった。
 わたしが、子供だったから」
男「そんなこと、ないぞ」

黒髪娘「いや男殿の優しさにつけ込んだのだ。
 責められても当然だ。悔いている」

男「黒髪はちょっと自罰的すぎる。
 謙虚なのは良いことだけど、
 行き過ぎると身動き取れなくなるぞ。
 もうちょっと、ゆるくても良いと思うな」

黒髪娘「ゆるすぎて引きこもったのだ」
男「きつすぎて引きこもってたくせに」

黒髪娘「……言い合うのはいやだ」きゅ
男「判ったよ」

274: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:01:19.08 ID:.SHbYS2o
男「ごめんな。なんか、こう。
 ……こっちも自己嫌悪とかあってさ。
 黒髪とちゃんと話、出来なかったわ」

黒髪娘「……」

男「俺もあんまり大人じゃない。つか、がきだから」

黒髪娘「男殿は、いつも優しい。
 いまだって、根回しをしてくれていた。
 わたしの歌集編纂に横やりが入らないように
 してくれていたのだろう……?」

男「むー」

黒髪娘「わたしは今の今まで、
 歌会の招待が減った理由も、
 わたしに対する風当たりが弱まった理由も
 桐壺様が機嫌を直した理由も……
 考えもしなかった」

男「それは……あれじゃね?
 右大臣の実家のお陰じゃないか?」

黒髪娘「そうかもしれないが。男殿が優しいのは本当だ」

276: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:02:55.98 ID:.SHbYS2o
男「ん。黒髪の絹髪は、やっぱりサラサラだ」
黒髪娘「姉御殿にいただいた桃のしゃんぷうなのだ」

男「そか」
黒髪娘「うむっ」にこっ

男「元気か? ちゃんと食べているか?」
黒髪娘「元気だ。ちゃんと食べているぞ」

男「みんなと仲良くやっているか?」

黒髪娘「仲良くしている。二の姫が……。
 二の姫というのは中納言の二番目の姫で
 才色兼備でわたしの友達で13歳の
 本当に美人で生意気なすごく可愛らしい令嬢なのだが」

男「散々だな」ぷくくっ

黒髪娘「その二の姫が、編纂を手伝ってくれている。
 たいした才媛なのだ。和歌だけならわたしを越えるかも」
男「へーえ」

黒髪娘「だから、友も、出来たのだ」
男「うん」

黒髪娘「男殿」
男「ん?」

278: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:07:26.05 ID:.SHbYS2o
黒髪娘「いまは、請わないで云える。
 ――温かき君が腕(かいな)に身を投げて
  捧ぐるはただこの胸の花」

男「それは?」

黒髪娘「男殿の世の言葉で編んだ、わたしの歌。
 わたしが男殿に捧げられる、
 わたしのこころ。
 ――わたしは男殿のことが好きだ。
 男殿には男殿の世があるのは、知っている。
 それを男殿はわたしより、よく知っていた。
 だから、わたしを遠ざけてくれたのだろう?」

男「……」

黒髪娘「わたしは男殿を困らせる子供だった。
 済まない。でも……。
 でも……」

男「……」

黒髪娘「いっぱいあってなは、
 るどるふを、
 故郷に帰すために
 文字を教えてあげたのかな……。
 ――るどるふを、
 可哀想におもったのかなぁ」 ぽろっ

282: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:15:12.39 ID:.SHbYS2o
男「……黒髪。あの絵本」

黒髪娘「読んだ。
 何回も、何十回も。
 だって男殿がくれたものだから。
 ――いっぱいあってなは、
 るどるふが
 可哀想な子だったから
 一緒にいて字を教えてあげたのかなぁ」 ぎゅっ

男「……」

黒髪娘「小さい黒猫は、
 いっぱいあってなのこと
 好きだったと思う。
 わたしも、男殿は、好きだ。
 何百も恋の歌を知っていても
 上手に言えないけれど、
 本当に好きだ。
 好きなんだ。 
 だから、教えて欲しい」

男「うん」

黒髪娘「他には何も要らないから。
 何もおねだりしないから。
 本当のことだけを教えて欲しい。
 男殿は、わたしのことを好いてくれていないのか?」

294: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:26:41.26 ID:.SHbYS2o
男「……好きだよ」
黒髪娘「――」 じわぁっ

男「大好きだよ」
黒髪娘 ぎゅぅっ

男「だって、お前。頑張り屋じゃん」
黒髪娘「……」

男「初めにあった時から大好きだったよ。
 本当はずっと人と触れあいたかったくせに。
 爺ちゃんのこと泣きはらすこと心配してたくせに。
 そのくせ“気持ち悪く思うだろうから”なんて
 俺のことを気にかけて帰らせようとしたり」

黒髪娘「それはっ」

男「お前、最初から頑張ってたじゃん」
黒髪娘 ぎゅっ

男「おまけに小さいわ、華奢だわ、温かくて良い匂いだわ
 放っておくとどこまでも本に溺れてるわ、賢くて生意気だわ
 そのくせどっか抜けてて世間知らずで野暮でお馬鹿で……」
黒髪娘「ううっ。う~っ」

男「もうねっ。あー、わかったわかった。
 俺は天下のロリコン様だ、こんちきしょうっ」

303: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 20:31:14.05 ID:.SHbYS2o
男「これで判ったか。ふんっ」
黒髪娘「判った。ろりこんについては後日調べる」

男「それは調べるなっ」

黒髪娘「んっ」 すっ
男「もう、良いのか?」

黒髪娘「うむ。約束は守らねば」 くすっ
男「約束?」

黒髪娘「“他には何も要らない”と……」
男「……」

黒髪娘「わたしは本当のことを得た。
 だから、もう平気だ。
 わたしの真実は、通じた。
 二の姫の、云うとおりだった。
 ――男殿」

男「うん」

黒髪娘「わたしは、男殿だけのものだ」
男「――」

黒髪娘「祖父君にかけて、それを誓う」

378: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/24(日) 23:05:15.89 ID:.SHbYS2o
そうそう。1もやってた。
ご、ごべ、ごべんばざい゛(T∇T)

431: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:05:14.01 ID:1O2BZuYo
――藤壺、編纂のための借り部屋

しずしず、さらり。

二の姫「おはようございます。
 今朝は風が涼やかで。あら、黒髪の姫」

黒髪娘「ん? おはよう。もう作業を始めていたぞ?」

二の姫「今朝はずいぶんお早いのですのね。
 まさか、またお泊まりになられたのではないでしょうね?」

黒髪娘「いいや、帰ったぞ」 てきぱき

二の姫「……」
黒髪娘「……」 てきぱき

二の姫「何か良いことでもあったのですか?」
黒髪娘「へ?」 びくっ

二の姫「……」
黒髪娘「え……。や、その」 かぁっ

二の姫「ええ、ええ。判りましたとも。
 これ、これっ!」

お付き女房「はい、二の姫」

二の姫「人払いの上警備を」

432: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:06:33.72 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「や。そこまですることはないではないか」わたわたっ
二の姫「いーえっ。重要なことです」

黒髪娘「いや、しかし。我らは撰者として
 歌集編纂の業務があり、その仕事は一刻の」

二の姫「友女房?」
友女房「は、はひっ!?」 びくっ

二の姫「昨晩、姫はお戻りに?」
友女房「はい。四阿の方へと深更おもどりになり、その」

黒髪娘「と、友っ。裏切るのかぁ!?」
友女房「い、いえ。めっそうもないっ!
 しかし、そのわたしとしても、姫の事が心配で……」

二の姫「黒髪の姫」 ずいっ
黒髪娘「う、うむ」

二の姫「恋の歌を編纂するに当たる撰者が、
 恋を知らずにどうします。
 恋に迷う衆生の気持ちを、その機微を理解するのは、
 これ撰者としての務め。
 いわば業務の一環です。この会議はその知識を
 共有する重要なモノです」

黒髪娘「それは、その……知識を共有するのは
 大事なことだ。勉学の基本だ……けど」 もにょもにょ

434: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:08:51.88 ID:1O2BZuYo
――藤壺、緊急報告会議

二の姫「ふむふむ。それでどうなったのです?」

黒髪娘「だからわたしは確信したのだ。
 そのぅ、男殿は、わたしを助けるために骨折って
 いてくれていたのだと云うことを。
 それで……」

友女房「それで?」 ごくり

黒髪娘「その、男殿の肩口に……額をあてがい」
二の姫「身を寄せたのですね」 さらり

黒髪娘「身をっ!? ……う、うむ。
 まぁ、そうなる……かな」 かぁっ

友女房「……ううう。姫様、成長なさって」

黒髪娘「わたしは、その。
 寂しかったことや、
 嫌われていたと思っていたこと。
 反省していたことを告げた。
 男殿はそんなわたしを自罰的すぎると、許してくれた」
二の姫「ふむ」

黒髪娘「そして近況を報告して、編纂のことを伝え
 その……二の姫の話もした。男殿はそれを聞いて下さる間
 ずっとわたしの髪を撫でてくれていた」

436: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:11:26.82 ID:1O2BZuYo
二の姫「髪を。……そうですか」 にこにこ

黒髪娘「な、なぁ! もうやめにせぬか!?
 このような告白を強いられてはわたしの精神が持たぬ」

二の姫「いいえ、これは重要なことですっ」
黒髪娘「う、うううっ」

友女房 どきどき

二の姫「さぁ、続きを」ずりずりっ

黒髪娘「えーっと……なぜこのような。
 うううっ。
 わたしは男殿の世の言葉を用いて
 編んだ歌を詠み、その……恋心を伝えた。
 わたしの真心を。
 そして願った。ただ、知りたいと。
 男殿の気持ちを知りたいと。
 二の姫の言葉がずっと胸に響いていた。
 “真実であれば必ずや届く”と。
 それは、誠ということなのだろう?
 わたしはわたしの真心を精一杯に訴えた。
 哀れみや同情ではなく、ただ男殿の気持ちが知りたいと
 それだけが欲しいと」

友女房「……」ぐすっ
二の姫「……」

黒髪娘「他には何も求めぬから、ただ男殿の気持ちだけを。
 そして、そのぅ……。
 つまり、良い感じになったっ」 ぷいっ

438: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:22:48.21 ID:1O2BZuYo
友女房「ひ、姫。そこのところが大事なのではないですかっ」

二の姫「そこを詳しく聞かないと、
 何の意味もないではありませんっ」

黒髪娘「そんな事を云われても、む。むぅっ。
 何故そのようなことにことさら興味を抱くのだっ」

二の姫「興味がある方が当然です」
黒髪娘「くっ……」

二の姫「それでどうなったのです?」

黒髪娘「その……。好きだ。
 と。大好きだ、と云っていただいた……」 かぁっ

友女房「っ!」 ぱぁっ!

二の姫「芸のない返事ですね。
 東歌のような率直さは認めますが」

黒髪娘「そのようなことはないぞっ!
 男殿はちゃんとわたしの髪を指先でくしけずりながら
 初めにあった時から大好きだった、と。
 小さくて、華奢で、温かくて、良い香で
 書に溺れるわたしも、賢しくて生意気なわたしも
 思慮が浅くて世間知らずで空気が読めない愚かなわたしも
 好きだと云ってくれたのだっ!」

二の姫「……哀れまれているのではないですか? それ」

442: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:38:22.75 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「くぅぅっ……」 じわぁ
友女房「そんな事はありませんっ。
 姫には良いところがちゃんと沢山あります」

黒髪娘「そ、そうだ。男殿は……。
 その、わたしのことを――頑張り屋だから。
 最初から頑張っていたから、好きだと云ってくれた」

二の姫「あら。……まんざら判って無いわけでもないのですね」

黒髪娘「男殿はお慕いするにたる殿方だ」 むぅっ

友女房 ほろり

二の姫「その後どうされたのですか?」

黒髪娘「ん。思いは通じた。
 わたしは礼を述べて、身を離した」

友女房「え」
二の姫「……」

黒髪娘「望んだのはこの気持ちを伝えること。
 男殿の気持ちを知ること。全ては叶ったから
 それでわたしは十分だ」

443: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:39:14.32 ID:1O2BZuYo
二の姫「どうして、ですか?」

黒髪娘「……」

二の姫「尚侍とは言え、嫁することも
 不可能ではありますまい。特にこの時点において、
 黒髪の姫は帝の求愛を受けて居るわけでもなければ
 東宮付になっているわけでもない。
 確かに宮中は大騒ぎで、
 面倒なことにはなるでしょうが……」

黒髪娘「面倒などは、何ほどのこともない」

二の姫「ではなぜ?」

黒髪娘「――」

二の姫「官位が問題なのですか?
 それならば右大臣家で取り立てれば良いではありませんか。
 その外聞が悪いのならば、我が家でも構いません。
 そうです。中納言家ならば問題はありますまい?
 その方には我が家の養子に来ていただき、
 我が家に黒髪の姫を娶るというような形に」

黒髪娘「違うのだ」

二の姫「何が違うのです?」

444: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 13:40:55.20 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「神仙の類。狐狸、妖。
 道士か修験者……外つ国の、稀人。
 そのような存在なのだ、男殿は。
 我らにとっての全世界であるこの宮中は
 男殿にとっては全てではなく、狭い……。
 その狭い庭に、わたしの我が儘で縛り付けることは出来ぬ」

友女房「……姫」

黒髪娘「一夜限りの情けを、とも願うけれど
 それはわたしの誠を歪めるようにも思う。
 そのぅ……男殿は、優しいから」

二の姫「……はい」

黒髪娘「わたしを足手まといに感じても、
 云わないでいてくれる。それが、心苦しい」

友女房「……」 ちらっ

二の姫「詰めが甘いような気もしますが
 それを言うのも雅に欠けますよね……判りました。
 私は祝福しますよ?」

友女房 はらはら

二の姫「藤壺の君は同じ気持ちでおられても
 立場上、云えますまい。だから私が言います。
 ひとときの恋でも恋は、恋。祝福します」

464: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 15:57:30.71 ID:1O2BZuYo
――牛車の中、鴨川のほとり

ぎぃぃ、ぎぃぃ。

男「何で牛車なんだ?」
黒髪娘「この世界での標準的な乗り物だ。
 文句は無しにしてもらいたい」

男「うん。でもさ」
黒髪娘「なんだ?」

男「なんでこの位置な訳?」
黒髪娘「男殿と一緒にいる時は、
 こうやって抱えてもらうのが一番良いと学んだ」

男「むぅ」
黒髪娘「不快なら考慮するが?」

男「いや、不快なんて云うことはないんだけどさ」

黒髪娘「なら良いではないか。
 それに牛車というのはなかなかに不安定だ。
 一緒に乗るのならば、くっついていた方が良い」

男「そうかもしれないけど……」

黒髪娘「私は嬉しいぞ」
男「へ?」

465: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 15:58:54.94 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「男殿と、こうして触れあっているのは、嬉しい。
 軽くもたれかかって、男殿の体温を感じているのは
 信じ切れないくらいの贅沢だ」

ぎぃぃ、ぎぃぃ。

男「……黒髪さ」
黒髪娘「なんだ?」

男「このあいだからむちゃくちゃストレートじゃないか?」

黒髪娘「すとれいととは私の髪のことではなかったのか?」

男「いや、違くて。……率直とか素直とか言う意味」

黒髪娘「それならば、私は物心ついた頃から
 すとれいとだ。腹芸など出来ないぞ」

男「それはそうなんだけどさ」
黒髪娘「うむ」 にこっ

男(……なんか、黒髪の破壊力増してるよな。
 こうやって抱えていると、すごく可愛いぞ。
 手を出してない俺を褒めて欲しい……)

黒髪娘「ん」 くてっ

男(考えてるそばから~っ)

466: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 16:01:32.80 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「なんだ。反応が薄いな」
男「まぁな。大人だからな」 だらだら

黒髪娘「そうか……」
男「うん」

黒髪娘 かぷっ
男「っ!」

――ドキドキドキドキドキ。

黒髪娘「……」ちらっ
男「な、何してるんだ? 黒髪」

――ドキドキドキドキドキ。

黒髪娘「囓ってみた」
男「……」

黒髪娘「わたしの方ばかりときめいて
 どきどきしているようで、それはちょっと不服だ」

男(こっちは血流がオーバードライブする
 命の危険が目前にあったっつーのっ!)

黒髪娘「男殿は冷静すぎるぞ」
男「そんなことないけどな」 ぷいっ

467: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 16:03:41.86 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「もしかして、うっとうしいか?」
男「いいや、そんな事はない」

黒髪娘「嬉しいな」 もふっ
男(この、抱きかかえると
 あごの下にすっぽり入るサイズが犯罪的だぁ)

黒髪娘「夜風は涼しいな」
男「そうだな」

ぎぃ、ぎぃ……。

黒髪娘「鴨川へりのあたりは、虫の音も美しいだろう?」
男「うん」

黒髪娘「今宵は雲もない。星が綺麗に見えると思うのだ」
男「デートか?」

黒髪娘「うむ。でえとだ」
男「やっぱり、素直になった気がするよ」

黒髪娘「それは……そのぉ。
 ほら、この間の。
 あれだ……。
 両……想いなのだから。つまり、気持ちを。
 告げあったわけだから……」

男「ああ。う、うん(ううう、すげぇ恥ずかしい)」

黒髪娘「……それに」
男「?」

469: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 16:05:39.74 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「じき、編纂も終わる……」ふわっ
男「……?」

黒髪娘「いまは編纂が忙しいから、
 こうして男殿にあって元気を補給しているのだ」きゅっ
男「大変なのか」

黒髪娘「うむ。でも、楽しくもある。
 和歌を、特に恋の歌を小馬鹿にしていた
 わたしの愚かしさに気が付いた。
 漢詩は高尚で、和歌が柔弱だなどと
 偏見以外の何者でもない」

男「うん」

黒髪娘「みな、勇気がある。
 切ない胸の内を必死に伝えようと振り絞る歌に
 よくもまぁ理知がないなどと考えていたモノだ。
 自分が恥ずかしい……」

男「そっか」 なでなで
黒髪娘「男殿の手は、優しくて……その」

男「ん?」
黒髪娘「好きだぞ」

男「お、おう」

470: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 16:06:45.34 ID:1O2BZuYo
ぎぃ、ぎぃ……きっ。
かたり。

黒髪娘「ほら、星だ」
男「うん」

黒髪娘「あれは、千年後も変わらぬのだろう?」
男「ああ、変わらない」

黒髪娘「あれが織女だ。残っているか?」
男「ああ。おりひめと、ひこぼしだろう?
 小学校で観察させられたぞ」

黒髪娘「うむ。鼓星(つづみぼし)も見ゆるぞ」
男「あ、こら。そんなに乗り出すなよっ」

黒髪娘「抑えておいてくれねば、困る」
男「勝手なことを」

黒髪娘「良いのだ」にこっ
男「いいもんか」

黒髪娘「いまだけ」
男「――」

黒髪娘「いまだけは甘えさせてくれ」

496: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 17:50:30.51 ID:1O2BZuYo
――藤壺、編纂のための借り部屋

黒髪娘「やはり進行度順か……」
二の姫「しかし全体の構成を考えますと」

黒髪娘「それは、たしかに」
二の姫「はい……」

友女房「あのぉ、何のお話ですか?」

二の姫「歌集における歌の掲載順です」
黒髪娘「難題なのだ」

友女房「そうなんですか?
 いままでの歌集に会わせるだけではダメなのですか?」

二の姫「いままでの代表的な歌集は、まず序文があり
 その後、春、夏、秋、冬……と歌が続きます。
 この四季の部分は季節の移り変わりを目処に
 つまり、同じ夏でも初夏から始まるんです。
 更に続くのは哀傷歌、羇旅歌、恋歌、雑歌。
 なかでも量の多い恋歌は、恋の進展に応じた掲載順と
 なるのですが……」

黒髪娘「今回は四季の歌やそのほかの歌を廃して
 恋の歌のみに絞ってある。
 だから四季の深まりという順は関係がない。
 恋の進行過程順といっても、今回は歌が多すぎ
 その順番で並べると印象がちぐはぐになってしまう」

友女房「ちぐはぐ?」

497: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 17:52:05.96 ID:1O2BZuYo
二の姫「例えば穏やかにはぐくむ筒井筒の恋もあれば
 涙にかきくれる片思いの恋もありますよね。
 ただ“会いたい”と云う気持ちで並べてみても
 様々な恋の風景が入り交じってしまい、
 順に読むと分裂した印象になるでしょう」

黒髪娘「で、あるからして、時代順や歌人の名前順。
 いっそ歌い出し順……などと様々な様々な案を
 出しているのだが……。どれも一長一短でな」

二の姫「ええ。やはり、歌人の名前順はいただけません。
 そのようなことをしたら、どの歌人が何首載っているのか、
 余りにもあからさますぎますもの……」

黒髪娘「やはり、帝からのお声掛かりである以上、
 問題があるのだろうな。依怙贔屓に見えるのは、困る」

二の姫「ええ。かといって他の順序も……」

友女房「ええーっと」

二の姫「どうしたのです?」
黒髪娘「なにかあるのか? とも」

友女房「いっそのことですね」

二の姫「?」

498: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 17:55:26.29 ID:1O2BZuYo
友女房「男女交互なんていかがですか?」
二の姫「交互?」

友女房「ええ。男性の歌人も女性の歌人もいるわけですし。
 こう、交互にですね。掲載すると。
 ……色っぽくて、素敵なのではないかと」

二の姫「……」
黒髪娘「……」

二の姫「良いかも知れませんね」
黒髪娘「うむ、嫌みもないし。
 掲載順によって一首づつの、応答というか、
 組み合わせの妙が楽しめる」

二の姫「相聞のような艶やかさが望めそうです」

黒髪娘「でかしたぞ、友!」
友女房「あ。え!? い、良いんですかっ!? こんなので」

二の姫「良いではありませんか。秀逸な提案です」
黒髪娘「古代の歌人と今様の歌人の饗宴というのも
 見応えのあるものとなろう」

二の姫「そうですね。たしかに」にこりっ
黒髪娘「ああ、少しだけ見えてきた。
 きっと私にも伝えたいことがあるのだ。
 それが判るというのは、なんと幸いなことだろう」

504: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 18:29:43.73 ID:mPWASkAP
――夜の都、二の姫の牛車

ぎぃっ。ぎぃっ。

二の姫(それにしても黒髪の姫……。
 明るくはなられたけれど、その明るさがどんどんと
 透明になられるのが気にかかります……)

   雑色「姫、まもなく四条大路となります」

黒髪娘「ええ、このままよろしくお願いしますわ」

ぎぃっ。ぎぃっ。

二の姫(恋……ですか。ふふっ。
 黒髪の姫は、何でもあんなにも判る聡明な方なのに。
 それでも己の心だけは上手く量りかねるのですね。
 しかたありません。私だってままなりませんから。
 いえ、仕方の無きことかしら)

ぎぃっ。……ぎっ。

   雑色「なっ! なんだお前はっ!?
    この牛車を知らんわ……う、うわぁぁっ!!
    ばっ! ばけものぉぉぉっ!!」

どだだだだだっ。

二の姫「何事ですっ! 何があったのです!!」

しーん。

508: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 18:44:28.00 ID:mPWASkAP
二の姫「ぞ、雑色? ど、どうしたのです?」

しーん。

二の姫「誰ぞいないのですかっ?」

かっかっかつん。

二の姫「誰ですっ」

  男「怖がらせちゃって済みません」

二の姫「誰ですかっ。人を呼びますよっ」きっ

  男「妖しいもの……では、あるんですが。
   危害を加えるつもりもご迷惑をかけるつもりもありません。
   えっと、中納言家の二の姫ですよね?」

二の姫「いかにもっ」 ぶるぶる

  男「話は聞いているかと思いますが、
   俺は黒髪の庵に身を寄せている男と云います」

二の姫「へ?」

  男「ですから、男と云います」

510: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 18:45:35.05 ID:mPWASkAP
二の姫「ほ、本当に男殿なのですか?」
  男「ええ、本当です。お話を伺いたくて」

二の姫「だめです。牛車に触ってはなりませんっ!!」

  男「うう。まいったなぁ。脅かしすぎたかなぁ」

二の姫「――うううっ」

  男「黒髪のことで話が聞きたいだけですって」

二の姫「そのようなことを云う賊など
 簡単に想像がつくではありませんか」

  男「どうしたら信用してくれるんですか?」

二の姫「本当の男殿なら……。そうですね。
 では、黒髪の姫の告白になんと答えたかをご存じのはずです。
 さぁ。云ってご覧なさいっ!!」

男「おい、それどこの罰ゲームだよっ!?」


521: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:01:36.67 ID:mPWASkAP
――夜の都大路

二の姫「こほん。初めまして、二の姫です」
男「男です」

二の姫 じぃっ
男「な、なんですかっ」

二の姫「いえ、人間に見えるのだな、と」
男「はぁ……。人間です」

二の姫「狐狸か、神仙と聞いておりました」
男「ええ。それも正解です」

二の姫「悪びれませんのね」
男「説明は難しい上に長いんですよ」

二の姫「私の家の雑色はどうしたのです?」
男「懐中電灯とバイクのメットにびっくりして逃げました」

二の姫「逃げ……」
男「あ。いや、責めないで下さい。脅かした俺が悪かったので」

二の姫「人を脅かしておいて
 それを謝る狐狸など聞いた事がありません」
男「面目ない」

522: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:03:50.17 ID:mPWASkAP
二の姫「よろしいでしょう。聞きたいこととは何です?」

男「ああ、黒髪のことです」
二の姫「黒髪の姫の……?」

男「なぁんか隠して勝手に一人で決めて
 思い込んでる雰囲気がするんですよ、あいつ。
 一方的に勝手に頑張るやつだから」

二の姫「――」

男「この間から妙に素直で……あやしい」

二の姫「――」

男「だから、それを聞きに」

二の姫「何故私に?」

男「黒髪のやつが、友達が出来たと云ってたから」

二の姫「黒髪の姫……が」

男「和歌に関しては、自分よりも上かも知れない、と。
 一緒に歌集を編纂しているのならば
 気が付く気持ちもあるんじゃないかと思って。
 まぁ、こうじゃないかなーってラインは
 なきにしもあらずではあるんですが」

525: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:13:14.97 ID:mPWASkAP
二の姫「友女房に聞かないのは何故ですか?」

男「それはそれで、卑怯くさくてさ。
 あいつは黒髪の従者だから、云えないことも
 沢山あるだろう? 云いたくても、さ」

二の姫「そうですね……」

男「……」
二の姫「……」

男「どう、かな」
二の姫「……七夕の物語をご存じですか?」

男「織姫と彦星だろう? 年に一度しか会えないっての」

二の姫「織女、です。……彼女は天帝の娘なのですよ」
男「それは知らなかった」

二の姫「これは元々唐の説話です。
 牽牛……彦星は織女の羽衣を盗むのです。
 そして二人はむずばれる。
 羽衣は、真心のに通じ。――つまり恋に落ちたのですね。
 でも、二人は天帝に引き裂かれ年に一度の逢瀬しか
 許されないことになります。しかも、その逢瀬さえ
 七夕の夜に雨が降っていれば妨げられる」

男「……?」

526: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:15:04.74 ID:mPWASkAP
二の姫「とても悲しい話です。
 幾歳、幾星霜、二人はおそらく年に一回の
 逢瀬のみを願い、長い別離の時を過ごすのだと思います」

男「うん」

二の姫「でも、織女がもっともっと
 愚かなまでに誠実であったとしたら?」

男「……」

二の姫「自らの羽衣を盗まれて
 どうしようもないほどの恋に落ちても
 それでも年に一度の逢瀬しか出来ない自分を……」

男「……」

二の姫「そんな自分を彦星に相応しくないと思ったのならば」

男「わかった」

二の姫「……」

男「わかった。すっげー判った。
 すさまじい勢いで了解した」

527: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:16:17.60 ID:mPWASkAP
二の姫「お解りいただけましたか」

男「ああ、判った。でも、それってずいぶんとさ
 傲慢な話だよなっ」

二の姫「怒ってますか」
男「わりとなっ」

二の姫「でも黒髪の姫は、自分で出来る
 精一杯をしたのだと思いますよ」

男「だから余計にだよっ」
二の姫「ふふふっ」

男「なんだよっ」
二の姫「いえ。黒髪の姫に、似ているな。と」

男「めちゃくちゃ信用無いよな、俺」

二の姫「歌集の編纂が終われば、黒髪の姫は尚侍として
 本格的に参内、出仕しなければなりません。
 あの御年にして撰者、そして尚侍ともなれば
 その権力は両大臣をもしのぐかとおもいます。
 そのような政争に男殿を巻き込むのも
 よしと為されなかったのでしょう」

男「そんなのこっちが考えることだろうにさ」

529: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 19:19:45.05 ID:mPWASkAP
二の姫「はい?」
男「こっちが考えりゃすむことだろうが」

二の姫「――それは」
男「違うのか?」

二の姫「そうですね」 こくり
男「こっちは物の怪なんだから
 内裏の常識なんて関係ないのにさ」

二の姫「神仙というのは人の世に
 関わりを持たぬのかと思ってました」

男「黒髪が特別なだけ。黒髪と、近しい人だけ」

二の姫「大事にされているのですね」

男「いや、おれだってさ。もういい加減
 いっぱいいっぱいで、寄りかかられるたんびに
 ぎゅーってしてぇとか思ったりするだろ
 それが普通だろってなぁ……」

二の姫「?」

男「要するに、次は俺の番って事だ。違うか?」

二の姫「いいえ、まったく違いません。
 どうぞあの頑迷な織女に、
 甘え方というものを教えてやって下さいまし」

552: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 20:42:25.42 ID:mPWASkAP
――男の実家

がちゃ、かちゃ。……とんとんとんとん。

姉「たっだいまーって、弟。帰ってたんだ」
男「あー姉ちゃん。おかえり」

姉「なにやってんの?」
男「カレー作ってる」

姉「ふぅん」
男「……」

ごり、ごり、ごり、ごり。

姉「コリアンダー?」
男「そう」

姉「何か怒ってるの?」
男「なんで?」

姉「昔から機嫌悪くなるとカレー作るでしょ。あんた」
男「そうかなぁ。そんなことはないよ」

姉「嘘つきなさいって」
男「機嫌が悪いと作るんじゃなくて。
 考え事したい時に作るんだよ。
 時間かかるから、落ち着くんだよ」

553: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 20:42:49.26 ID:1O2BZuYo
姉「ふぅん……。ねぇ、弟」
男「ん?」

姉「爺ちゃんの家さ」
男「ん」

姉「あんたのものだからさ」
男「うん」

姉「もう、あんたも、家持ちだし。
 食ってくだけなら、なんだっていいでしょ?」
男「うん」

姉「別にうちは誰に恥じることもないし?
 睨まれたから困っちゃうような弱みもないしさ」
男「うん」

姉「……」
男「……」

ことことことこと。

姉「ちゃんとチャンスあげたの? 相手の気持ち、考える」
男「うん、ちゃんとしたよ」

558: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 20:51:47.98 ID:1O2BZuYo
姉「なんだって?」
男「両思い」
姉「そっか。あんたロリコンだったのか
  や っ ぱ り な っ !!」

男「なにをいまさらっ」ぷくくっ

姉「ふぅん」
男「でも、ダメなんだって。何か遠慮しちゃっててな」
姉「はぁん。難しい境遇だから?」
男「難しい境遇だから」

ことことことこと。

姉「姉ちゃんのヘルプいるか?」
男「姉ちゃんは、反対しないんだな」

姉「そりゃそうさぁ。まぁ、こう言っちゃ何だけどさ。
 女なんて一生に一度や二度は浚われるのよ。
 願った相手に浚われるなら、本懐でしょ」

男「トラブっても?」
姉「トラブルは浚った男が解決すんのよ。
 それが求婚者の義務でしょうが」

男「求婚に、なるのか。やっぱし」
姉「ビビった?」

男「いや、餌ぶら下げられた気分」

559: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 20:53:12.83 ID:1O2BZuYo
姉「お!」
男「ん?」

姉「なんだよ。弟、やる気あるじゃないか」ばむばむっ
 「姉として嬉しいぞ、おとうとがきちんと浚える男で。
 同時に哀しくてたまらん。ろりこんだからっ」

男「うっさいなぁ。俺だってそりゃ、
 なんていうかさ……。あんだよ、いろいろっ」

姉「ふぅん」 にやにや
男「すぐにじゃないぞ。黒髪だって向こうに仕事が残ってるし」

姉「まぁ、私だって弟のほかに妹が欲しいし?
 黒髪ちゃんだったら、本当にSSクラス妹だしっ」

男「黒髪は、俺のなのっ」
姉「いっちょ前に独占欲かぁ。んぅ?」

男「悪いかよ」
姉「うんにゃ。悪くない」

男「……」
姉「庶民ゴッドのお姉ちゃんが保証したげる。
 それって全然悪くない。だから、ちゃんと頑張るんだよ」

566: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:07:39.57 ID:1O2BZuYo
――黒髪の四阿、炬燵の間

たったったった、かたりっ

黒髪娘「男殿っ」
男「黒髪」

黒髪娘「男殿だっ」 むぎゅっ
男「っと、とびつくな。ただでさえ十二単の
 重装甲なんだからっ」

黒髪娘「久しぶりだったではないか。もう長月だぞっ」
男「バイトとか調べ物とか、忙しかったからな」

黒髪娘「れぽおとなら此処でやればよいのに」
男「ネットが必要だとそうも行かないんだよ」

黒髪娘「ふぅむ」もそもそ
男「どうした?」

黒髪娘「唐衣※を脱ぐ」
男「どうして?」

黒髪娘「男殿にくっつくのであれば、
 これは厚着に過ぎるからな」

※唐衣(からぎぬ):十二単の一番上にまとう厚手の
 布地で作った着物。一番上にまとうために、豪華だが
 かなりの重量もあったようだ。

568: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:08:56.65 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「んっ」 ぴとっ
男「どうした?」

黒髪娘「久しぶりなのだ」
男「うん」

黒髪娘「んぅ~」
男「わかったわかった。ほら、此処いいぞ」

黒髪娘「うむっ」にこっ
男「最初に比べたら、ずいぶん表情が豊かになったよな」

黒髪娘「伝えようとしなければ伝わらぬと悟った」
男「ああ……。それは本当だ」

しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「あ……」
男「ああ。櫛だけど。いやだったか?」
黒髪娘「いや、くすぐったい」 くすくすっ

男「静かにしてろ。梳いてやるから」

569: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:11:01.82 ID:1O2BZuYo
しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「もう、中秋もすぎるな」
男「ああ、そうなのか?」

黒髪娘「うむ、秋も深い」
男「黒髪は結構食べっぷりがよいからなぁ。
 秋は幸せな季節だろう」

黒髪娘「うむ。それも私が淑女と見なされぬ原因の1つだ」
男「ああ。やっぱりそうなんか」

黒髪娘「この世界での美女の条件は、
 かそけき、たおやか、消えいりそう
 はかない、清らかだからな。
 美味しい物を美味しいと元気に
 食べてしまう女性は人気がない」

男「俺は逆だけどなぁ。一緒に食事をするのならば
 美味しいものを美味しいって
 にこにこ笑ってちゃんと食べてくれる女の方が良いぞ」

黒髪娘「それは本当に有り難いことだ。
 好きになった殿方がかそけき風情を求めてきたら
 わたしなど手も足も出ないところだった」

男「だいたい、食事中に儚い感じとかどうやるんだよ」

黒髪娘「それはだなぁ」
男「うん」

572: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:19:13.53 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「まずは、食べないとか」
男「……」

黒髪娘「食べ始めても、途中でやめてしまうとか?」
男「なんだそりゃ」

黒髪娘「そして熱っぽい眼で相手を見つめて、
 胸が詰まって食べられないとか泣き始める」

男(何かそれ、つまり“うざい女”じゃないのか?)

しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「そういうのが、弱々しくて加護欲をそそるのだ」

男「んー。どうなんだ、それって」

黒髪娘「釈然としていない表情だな?」
男「うん」

黒髪娘「まぁ、価値観が違うからしかたがない」
男「ちょっとやってみてよ」

黒髪娘「え?」
男「見てみたい」

574: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:22:29.82 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「う。本当にやるのか?」おろおろ
男「見てみたい」

黒髪娘「うぅっ。こう言うのは二の姫の専門分野なのに」
男「後学のためにご教授を」にこにこ

黒髪娘「そ、それではだな。
 その、こうやって茶菓子などを」 もふもふ
男「うんうん」

黒髪娘『……男さま』
男「――さま?」

黒髪娘『せっかくの頂き物ですが、わたくし』
男「う、うん」

黒髪娘『これ以上は、胸がいっぱいで……』
男「や」

黒髪娘『男さまのお顔を見ることが出来ただけで』
男「や、待った。降参だ。ぎぶあっぷ」

黒髪娘「どうだっ! やってるこちらだって
 恥ずかしくて顔から火が出そうだなんだぞっ」

男「こっちだって泣きそうだよっ!」

578: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:28:02.28 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「泣きそうと云うのは些かひどいではないか」
男「いや、ものの例えだ」

黒髪娘「むぅ」

男(黒髪の困ったようなすがる声が、色っぽくて
 ちょっぴりぞくっとしたなんて絶対云えねぇ)

黒髪娘「ふむ。これからは男殿がわたしを
 困らせたら、この手でお灸を据えるとしよう」

男「えー」

黒髪娘「問題があるのか?」
男「黒髪だって恥ずかしいのだろう?」

黒髪娘「肉を切らせて何とやらだ」
男「思い切り良いなぁ」

黒髪娘『男さまは、私のこともう愛想もつきは』
男「シュークリームがあったんだ、そういや」

黒髪娘『愛想……』
男「美味いぞ、これ?」

581: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:29:51.54 ID:1O2BZuYo
黒髪娘 まぐっ
男(ふぅ。何とかごまかせたっ)

黒髪娘「む。ごまかされるわけではないが、
 しゅくりいむは天上界の美味だな」 あむあむ

男「やっぱり、そうやって食べてくれる方が可愛いよ」

黒髪娘「……」かぁっ
男「ん?」

黒髪娘「なんでもない。……ううっ。
 男殿もほら、食べるのだっ」
男「いいのか? 独り占めしないで」

黒髪娘「しゅくりいむは好きだが、独り占めを企むほど
 狭量ではない。ほら、ほらっ」

男「じゃ、もらうけどさ」 あむっ
黒髪娘「美味しいであろう?」 にこにこ

男「俺が持ってきたんだってば。
 美味いのは知ってるっいぇーの。
 ……ああ、そういえば」

黒髪娘「?」

584: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:32:35.36 ID:1O2BZuYo
男「こうやって抱きかかえて、
 1つのシュークリームを交互に食べるなんて
 もう、口づけみたいなものだな」

黒髪娘 びきっ
男「ん?」

黒髪娘「……」
男「ん? ん?」


黒髪娘「男殿は、その……。あるのか?」
男「なにがよ?」

黒髪娘「……」
男(……なんだこの緊張感)

黒髪娘「く、くちづけの……。経験が」
男「……あー。んんー」

黒髪娘「……」ちらっ
男「……」

黒髪娘「……」
男「しとく?」

590: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/25(月) 21:37:00.83 ID:1O2BZuYo
黒髪娘「男殿、と?」
男「うん」

黒髪娘「……」ほわぁ
男(わ。……薔薇色ってこう言うのを言うのか)

黒髪娘「……く、ち……づけ」
男「えー。うん」

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「やめておく」 すっ
男「……」

黒髪娘「“他には何も要らない”から。
 それに、これ以上触れたら
 ――切なくなってしまう」

男「……そか」

黒髪娘「……うむっ。残りのシュークリームを
 独り占めするためにもなっ。それは、無しなのだ。
 きっと神仏もその方が良いというに違いないっ」



791: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 09:58:15.96 ID:RCnXttEo
――藤壺、編纂のための借り部屋

黒髪娘「――あまねく歌といふものは胸の想いの
 結露にして全ての人々に開かれたものなり。
 あるいは喜び、寿ぎ、哀しみ、移ろうを嘆き
 四季と人の営みのもろもろをいと慈しみ、
 かけがえなく思うそのこころの内こそが
 言の葉に結露されるところの遍照なり」

二の姫「……序文ですか?」

黒髪娘「うむ」

二の姫「黒髪の姫の、お心ですね」

黒髪娘「誰にでも、読んで欲しい。
 貴族だけでなく、平民だけでなく。
 今の世も、先の世も。
 暗い世界に閉じこもるではなく、
 いたずらに知を誇るでなく。
 歌は……。
 歌は見栄を張るために懐に忍ばせる小道具ではなく
 ましてや宮中で雅を誇るための小手先の麗句ではなく
 やむにやまれぬ、魂魄の雫だと思うから」

二の姫「はい」

黒髪娘「でも、照れくさいな」 くすっ
二の姫「いえいえ。他の方にはかけない序文かと」

792: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 09:59:31.47 ID:RCnXttEo
黒髪娘「そうであれば、嬉しいのだが」

二の姫「ええ、特に宮中の覇を誇示するために編纂する
 殿方の撰者には書けないでしょう。
 そもそもそのような方は、恋の歌だけの歌集など
 編まれないでしょうけれど……」ふふっ

黒髪娘「伝わる……かな……」
二の姫「弱気ですね。真実ではないのですか?」

黒髪娘「私にとってはそうだけど。
 読む人の一人一人にとっては……。
 そうであればよいと願っている。
 でも、願いが叶うとは限らないから」

二の姫「……」

黒髪娘「誰かが寂しい時、つらい時、苦しい時。
 歌がそばにあれば良いな、と思う。
 私にとって学問がそうであったように、
 その人の闇をほのかに照らす明かりであれば良いと。
 ……でも、そう読んで貰えるかどうか、判らない」

二の姫「祈りとはそういうものかと存じます」
黒髪娘「……うん」

二の姫「ともあれ、そろそろ編纂も終わりですね」
黒髪娘「そうだな」

793: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 10:00:51.55 ID:RCnXttEo
二の姫「雪が降る前に終わりましたね」
黒髪娘「おおよそ一年弱。早かったなぁ」

二の姫「四季の歌を切り捨てた分、早かったのですね」
黒髪娘「うん。英断だった、と思う」

二の姫「取り回しが良くて善いではありませんか。
 全六巻で、読みやすいですし。
 全体が物語のように起伏があって、
 諳(そら)んじるだけではなく、読んでいられますわ」

黒髪娘「余り宮廷受けはしない歌集になってしまったかな」

二の姫「……殿方受けしないのは仕方ありません。
 でもその分、愛される歌集になったと思います」

黒髪娘「そうであれば、良いな」

二の姫「……」
黒髪娘「……」 さらさら……

二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「ん?」

二の姫「姫の方は、いかがなのです?」
黒髪娘「なにが?」

794: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 10:02:08.05 ID:RCnXttEo
二の姫「恋の行方です」
黒髪娘「……逢瀬は甘いやかだ。男殿は、優しい」

二の姫「この先のことです」
黒髪娘「編纂が終わる」

二の姫「はい」
黒髪娘「それを契機にしようかと……考えている」

二の姫「男殿……いえ、お相手はそれをご存じで?」
黒髪娘「いや」

二の姫「……どうしようもないほど勝手なお二人ですね」
黒髪娘「え?」

二の姫「いえ、こちらのことです。
 ええ、こちらでございますとも」

黒髪娘「?」

二の姫「黒髪の姫はいい加減、
 覚悟を決めた方が良いと思いますよ?」

黒髪娘「覚悟など……。
 覚悟など決めているっ。
 私がそれを決めるために、
 どれだけ時を重ねたかも知りもせずっ。
 この編纂が終われば、あの長びつを閉じて、
 わたしは、もう二度と男殿とはっ」

二の姫「心得違いです」

795: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 10:03:11.19 ID:RCnXttEo
黒髪娘「え?」

二の姫「別れる覚悟など一時の太刀傷でしょう?」 ぱちんっ
黒髪娘「――」

二の姫「違いますか?」
黒髪娘「それはどのような意味なのだ?」

二の姫「これ以上は口が曲がってしまいますから
 私の口から申し上げることは出来ませんわ」

黒髪娘「それでは何も判らぬではないか」
二の姫「判らないでも結構です」

黒髪娘「二の姫は意地悪だ。経験があると思って」
二の姫「経験ではなく、覚悟です」

黒髪娘「だから何を覚悟せよとっ」
二の姫「恋より先に知るのが常識なのに。
 本当に判らないのですか?」

黒髪娘「……」
二の姫「余計なことを云ってしまいました。
 黒髪の姫……?」

黒髪娘「うむ」

二の姫「――師走が近づいてきます。
 年が明けるまでには終わらせましょう」


808: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:41:24.47 ID:RCnXttEo
――黄昏時、大内裏、郁芳門近く

男「おっす」 わしゃっ
黒髪娘「男殿っ」

男「寒っいなぁ」
黒髪娘「当ったり前だ、そんな薄着で」

男「ん。来たばっかりだからさ。
 それに、未来のびっくりどっきり
 ヒートテックだから大丈夫だぞ」
黒髪娘「それにしたって……」

男「今日の分は、終わったのか?」
黒髪娘「そうだ。……男殿こそどうしてこんな所に?」

男「黒髪のこと、待ってたんだ」
黒髪娘「わたしの、こと……」

男「おう。最近追い込みだったんだろう?
 忙しく働いていたからな」

黒髪娘「うむ」

男「で、会いたくなったから、待ってた」
黒髪娘「……こんな寒い中で。馬鹿だな」

809: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:46:24.78 ID:RCnXttEo
男「その寒い中をぷらぷら歩いている黒髪よりマシだ」
黒髪娘「……むぅ」

男「……」
黒髪娘「……」

男「やい、黒髪」
黒髪娘「ん?」

男「お前、最近俺のこと、避けてるだろー」
黒髪娘「っ。そんな事はない」

男「ていっ」わしっ
黒髪娘「……~っ!」

男「おい、ちみっ娘。舐めるなよぉ」
黒髪娘「舐めてないではないか」

男「ほっほーう」
黒髪娘「噛むけど」

男「え?」
黒髪娘 かぷっ

810: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:47:35.72 ID:RCnXttEo
男「……」
黒髪娘 がぷがぷっ

男「なんだそりゃ」

黒髪娘「むぅ。……私は、男殿一筋だ。
 男殿以外に好きな殿御など一生作らぬ」 じぃっ

男(ナチュラルに殺し文句を……)

黒髪娘「その証明に噛みついてやるっ」かぷっ
男「……」

黒髪娘「……抵抗しないのか?」
男「黒髪を抱えているのも、温かいよ」

黒髪娘「……むぅ」
男「……」

黒髪娘「……んぅ」 がぷっ
男「黒髪は温かくないか?」

黒髪娘「それは……。温かい……けど」
男「うん」

さらさら……。

812: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:48:41.37 ID:RCnXttEo
黒髪娘「男殿は卑怯だ」
男「なにがさ」

黒髪娘「こんな事をされては、腰が砕けてしまう。
 何も言えなくなってしまうではないか」
男「言い分があっても聞かないけれど?」

黒髪娘「そこは“言い分があれば聞く”
 と包容力を示すところだろうっ。殿御なのだから」

男「こっちもいっぱいいっぱいなんだよ」

黒髪娘「……っ」
男「だから、黙ってこうさせろ」 もぎゅっ

黒髪娘「少しだけだぞ」
男「うん」

さら、さら……。

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「月が……」
男「ん?」

813: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:49:58.04 ID:RCnXttEo
黒髪娘「男殿に連れられて。祖父君の家に行った時」
男「うん」

黒髪娘「――あの夜も、いまのように。
 白く、冴えきった、怖いほどに輝かしい月が出ていた」
男「うん……」

黒髪娘「……」
男「……」

さらさら……。さらさら……。

黒髪娘「あの夜、男殿を好きになったのだ」
男「そうなのか?」

黒髪娘「月に照らされた寝顔を見ていて。
 ……ずっと一緒にいたいと願った。
 ううん、初めて出会って、
 男殿と話して、笑いあって、書を捲って……
 ずっと一緒にいたいという気持ちは
 わたしの中で育っていたけれど
 あの夜の月の光で、胸を締めつける
 その気持ちが恋なのだと気が付いた」

男「……」

黒髪娘「男殿の腕の中は、
 寝心地が良さそうだったから」くすっ

男「結局は、寝心地なのかよ」
黒髪娘「うむ」 くすくすっ

814: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:51:50.32 ID:RCnXttEo
男「寝心地優先でも良いけどさ。
 俺も色々迷ったけどやっぱり黒髪のこと、大好きだし。
 抱きしめてるだけで
 むやみに幸せになっちゃうんだから、
 黒髪のこと馬鹿に出来ねぇや」

黒髪娘「やはりな。触れあった時の
 安心感は第一条件だ」

男「学識豊かな才媛とも思えない言葉だな」
黒髪娘「恋は理屈では動いてくれないらしい」

男「そか」
黒髪娘「うむ」 きゅぅっ

男「……」

黒髪娘「――奇跡だと思いもせずに、
 ただ幼子のように焦がれた。
 わたしは……男殿で、良かった」

男「そうか」
黒髪娘「うん……。胸が、詰まる」

男「俺も、黒髪で良かったぞ」
黒髪娘「光栄だ」 にこっ

男「ちょっと気が早いけどさ」ごそごそ
黒髪娘「?」

男「ほら、これ……。やるから」
黒髪娘「これは……」

815: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:52:46.66 ID:RCnXttEo
男「指輪だ。あれ? こっちの世界に
 指輪ってあったっけ?」

黒髪娘「指にはめる装飾具なのか?
 ――いいや。聞いたこともない」

男「そっか。じゃぁ、別のにすりゃ良かったかなぁ。
 まぁ、なんだ。クリスマスプレゼントだよ」
黒髪娘「くりすます……?」

男「12月に贈るんだよ。親しい人とか、恋人とかに」

黒髪娘「これは銀ではないかっ」
男「そうだけど?」

黒髪娘「これは……う、うむ」

男「なんだよ」
黒髪娘「……」

男「貴族は贈り物とか、日常的なんだろ?」
黒髪娘「それは、そうだが……」

黒髪娘「受け取らねば、ダメか?」
男「何いってんだ?」

816: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:54:02.40 ID:RCnXttEo
黒髪娘「余りに高価なモノは、その……」
男「……」 じぃっ

黒髪娘「……男殿」
男「……」

さら、さら……。

黒髪娘「その……冬が来て、編纂が終わるの、だ」
男「うん……」

黒髪娘「編纂が終われば……歌集を
 主上に献上しなければならぬ……」 のろのろ

男「……」

黒髪娘「このままでは、男殿をこの世界のくだらぬ
 政治の争いにも巻き込んでしまう……。
 宮中の争いは、それは醜いものなのだ」

男「……」

黒髪娘「それに私は、男殿から見れば
 やはり……。所詮は、千年前の人間だ。
 男殿持っている英知も持ち合わせない。
 きっと愚かしく、何もかもいたらぬように見えよう。
 わたしは、わたしが愚かなことを知っている。
 ううん、やっとそれが判ってきた。
 だからわたしが愚物なのは平気だけれど
 男殿に失望させてしまうのが、とても怖いのだ」

さらさら、さらさら……。

817: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 11:55:10.48 ID:RCnXttEo
黒髪娘「世界を妬んで引きこもっていたわたしに
 祖父君は進むべき道を示してくれた。
 男殿は歩む勇気をくれた。
 わたしは人と触れあって、自らの学んだ成果を
 世界に少しなりとも刻み込むことが出来たと思う。
 友、と呼べる人も出来た。
 いつも支えてくれるとも女房の暖かさも判った。
 全て、全て男殿のお陰だ」

男「……」

黒髪娘「わたしは、だから願いは叶った。
 ……これ以上、助けてもらわなくても。
 男殿に迷惑をかけなくても、だい……じょうぶだ。
 これ以上願えば、男殿の重荷になる。
 奇跡を、願えば、きっとそれは
 男殿を傷つける……。
 私は家事も出来ぬし、学芸が出来るとは言え
 所詮それは、この時代のものだ。
 男殿と一緒に、男殿の世にいきるのは……。
 だから……。
 だからっ」

男 もぎゅっ

黒髪娘「ら、らりをふるっ」

820: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:31:46.06 ID:RCnXttEo
男「桃みたいなほっぺたしやがって」
黒髪娘「うう~……」

男「そっちの云いたいこと、聞きたいことは
 十分に聞いたし、答えたよな。
 義理は果たした」

黒髪娘「そういふことれは、らいのらっ」

男「今度はこっちのターンなんだよ。
 わざわざ、歌集の編纂が終わるの待ってたけど、
 もういい加減切れた。
 あんなっ」

黒髪娘「おろころのっ」

男「俺は、一緒にいるから。
 そっちがどう思ってようと、一緒にいるからなっ」

黒髪娘「ふぇ……」

男「おまえ、変に遠慮してるだろう?
 巻き込んじゃいけないとか、自分じゃ迷惑かけるとか。
 そういうのなんてな、全部覚悟して選んだからな?
 こっちでも、あっちでも、どっちでも良いけどさ。
 離れるつもりは全然全くないからっ」

きゅっ。

821: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:32:41.21 ID:RCnXttEo
黒髪娘「……あ、お。男殿」 じわっ

男「つか、面倒だから。お前は俺のもの
 お持ち帰りするからなっ」

黒髪娘「わたしを、その」

男「連れてく」

黒髪娘「……娶(めと)って?」 ほろっ
男「そう」

黒髪娘「男殿の、世に?」
男「そう」

黒髪娘「わたしは、何の役にも、立たない。
 ……足手まといの、子供で、家事も、料理も」
男「俺得意だし」

黒髪娘「常識だって、判らない。知らないことばかりで」

男「くどいっ」

822: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:33:36.66 ID:RCnXttEo
男「嫌なら嫌ってはっきり言えっ」
黒髪娘「この世の女子はみな……」

男「……」

黒髪娘「十を過ぎれば――嫁ぐのだ」
男「うん」

黒髪娘「さらってくれるなんて、
 ――うばってくれるなんて」

男「……」ぎゅ

黒髪娘「そんな事、絶対されたいではないかっ」
男「うん」

黒髪娘「……ゆく」
男「うん」

黒髪娘「連れて行ってくれ」 ぎゅぅっ
男「うん」

黒髪娘「どこへでも。男殿の元に」
男「任せておけよ」

  ゴォォアアン! ォォォォァン
    誰かぁ……誰かぁあるー……

黒髪娘「?」
男「なんだ……?」

829: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:44:36.37 ID:RCnXttEo
――大内裏、宜陽殿(ぎようでん)のそば

ォォォオオン、ゴォォォォォ!!

二の姫「けほっ、げほっ……」
友女房「姫、二の姫っ」

  誰ぞ、誰ぞ……っ! 水を、いや、間に合わぬっ
  打ち倒しを、熊手を持てっ。
  駄目ですっ。近づくことも出来ませぬっ

ガタンッ! ドダンっ!!

黒髪娘「宜陽殿がっ!?」
男「なんて火勢だっ!!」

黒髪娘「何と言うことだ。炎がっ。あんなにっ」
男「ば、ばかっ!」

二の姫「黒髪の姫っ。炎がけほっ、けほぉっ」
黒髪娘「友、何があったのだっ」

友女房「歌集の編纂に用いていた資料をお返しに
 宜陽殿にあがっていたところ、気が付けば
 黒き煙が流れ……火元は判りませぬが
 風も乾き火勢も強く」 おろおろ

※宜陽殿(ぎようでん):大内裏の建物の1つ。歴代
天皇家の宝物が治められていた、いわゆる宝物庫。
唐から輸入されたモノや多くの書物も収められている。

830: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:46:39.04 ID:RCnXttEo
黒髪娘(宜陽殿が……燃える。焼け落ちてしまう!!
 ――古今和歌集が、後撰和歌集に拾遺和歌集が。
 龍笛譜、琵琶譜――数え切れないほどの貴重な書がっ)

ふらっ

男「おいっ。何するつもりだよっ」がしっ

黒髪娘「――男殿。済まぬ。
 この身を捧ぐると云ったその舌の根も乾かぬうちに
 しかし……。あそこには何十という
 計り知れぬほどの貴重な書が収められているのだ」

男「だめだっ」

黒髪娘「唐渡りの書だから……帝の宝だから。
 そのような理由ではないのだっ。
 あれは、あれらはっ。
 ここに住む、いままで生きてきた人々の真心の欠片だ。
 行かせてくれっ! わたしにはあれを守る義務があるっ」

ゴォォォォォ、ォォォオオン!!

二の姫「駄目ですっ。けふっ。
 姫、あんなにも火の粉がっ」

黒髪娘「後生だ、男殿っ」
男「行かせない。死にに行くつもりかよっ」

黒髪娘「そうではないっ。そうではないが……。
 行かなければ、わたしはわたしを裏切ってしまうのだっ。
 祖父君も、男殿も。歌を愛すひと、学問を志す人の
 全てを裏切ってしまうっ!」

831: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 12:47:49.61 ID:RCnXttEo
男「俺が行く」
黒髪娘「何を言っているのだっ」
友女房「男殿、宜陽殿にはあれがっ」

男「動きの鈍い黒髪よりも、俺の方が身軽だ」
黒髪娘「駄目だっ。あんなにも火勢が強いではないかっ。
 男殿が。男殿が、死んでしまうっ!」

男「任せろって。……唐衣、借りるな」

 ぎゅっ――安心しろ。

黒髪娘「あっ」
男「友っ! 黒髪を抑えてろ! 行かせるなよっ」

黒髪娘「ま、待てっ」

ォォォオオン、ゴォォォォォ!!

黒髪娘「行くなっ! 男っ! 行かないでくれっつ!」
友女房「駄目ですっ、姫っ。崩れます、もうっ!」

オォォオオン! ゴワァッ!!


黒髪娘「わたしをっ、追いて行かないでくれっ。
 それはわたしの役目なのにっ。
 馬鹿、馬鹿者っ。男っ、男殿ぉぉっ!!」

838: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:07:41.40 ID:RCnXttEo
――二日後、藤壺

からり……

二の姫「黒髪の姫は?」
友女房「二の姫様っ。もうお加減はよろしいのですかっ?」がたっ

二の姫「もとより煙を吸い込んでしまったまで。
 まだ瞳を開けると痛む故、布覆いをしていますが
 私の方は大事ありません。
 それより、黒髪の姫が心配です」

友女房「それが……」
二の姫「どうされました?」

友女房「いえ、いまは奥の宮で藤壺さまが
 お話をされているのです……」
二の姫「そうですか……」

友女房「でも」
二の姫「……」

友女房「姫は、魂が抜けてしまわれたようで」
二の姫「……」
友女房「何を話しかけても、お答えして下さりません」

二の姫「……さもありましょう。おいたわしい」

友女房「はい。……姫のお付きとしてもう八年にも
 なりますが、このようなお姿を見たのは初めてでございます」

839: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:09:53.27 ID:RCnXttEo
二の姫「あのときの、あの異国の装束をまとった殿方が
 姫の想いを寄せるただ一人の方なのですね?」

友女房「はい、そうです。――男さまです」

二の姫「そうですよね。ではやはりあの夜のことも」
友女房「はい……?」

二の姫「いえ……。友女房も疲れているのでは
 ありませんか? 対の宮に食事を用意させていますよ?」

友女房「いいえ」 ふるふる
二の姫「……」

友女房「姫が気を取り直すまで、
 此処を離れるわけには参りませぬ」

二の姫「そうですか……」
友女房「そんなことより宜陽殿のほうは」

二の姫「まだ隠れ火が残っていて、全てを探索できるのは
 明日か、明後日になってしまうようです。
 深夜ともあって宜陽殿に残っていた人も少なく
 怪我をした人は多いそうですが、
 亡くなった方は十数名だとか」

友女房「……そのう」

二の姫「男殿のことは判りませぬ。
 父を通じて捜させておりますが、なにぶん火勢が強く
 亡くなった方の多くは身元もわからぬ次第……。
 それに、宮中に係累のいない亡骸となりますと
 判明するかどうかも……」

841: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:11:38.71 ID:RCnXttEo
友女房「そう……ですか……」

二の姫「このようなことを云うのは
 本意ではありませんが
 しかし、あの火勢では……生きながらえるのは……」

友女房「姫にはどうかっ」

二の姫「云えるわけがないではありませんか」

友女房「……」
二の姫「……」

友女房「姫は、庵に帰られると、
 瞬きもせずに長びつの前に座っていらっしゃるのです。
 何時間でも、一晩中でも。
 眠りもせず、食事も取られません。
 それを心配された藤壺さまがこちらへと
 無理矢理にでも移したのですが」

二の姫「思い出の品なのですか?」

友女房「いえ、思い出……と申しますか
 形代(かたしろ)なのです。男殿の……」

二の姫「化外の狐狸などと嘯(うそぶ)いて。
 ……私にはわかりません。
 そのようなことがあるのでしょうか」

友女房「信じて上げて下さい。
 二の姫様に疑われたら、あの方のいた証が
 どんどんとこの世から失せるようで……。
 あのように痛ましい姫を見るのが
 心つらく、お労しくて張り裂けそうでございます」

849: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:44:22.66 ID:RCnXttEo
――吉日、冬の小春日和、右大臣家、中庭

がやがや、がやがや……

右大臣「ははははっ! 祝ってくだされ!
 ご来駕の皆様がた、今宵は心ばかりの
 酒肴を用意させて頂いた。
 粗末ながら右大臣家限りのもてなしだ。
 この度、うぉっほん。
 我が娘、黒髪が撰者となりし歌集が
 めでたくその編纂を終え、帝に奏された。
 帝はその歌集を手に取ってくださり
 娘は世にも稀なるとのお言葉を賜った!」

 なんとまぁ! おめでとうございます。
 黒髪の姫におかれましてはますますの御栄達を

黒髪娘 ……

右大臣「誠に持って心痛むことに、内裏においては
 皆様もご存じの通り、先頃宜陽殿の火災があった。
 急ぎ陰陽寮にはかったところ、これはすなわち
 厄であるとの託宣であった。
 しかしながら古来より炎は厄を払うに一番と云う。
 陰陽寮もこの炎にて金気に属する災厄は
 払われたとし、直ちに祭祀を執り行う予定とのこと」

二の姫(……恋は災厄などではありません。
 右大臣殿、娘の思いを知らぬ事とは言え、
 その言いざま余りにも心無いではありませぬか)

850: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:46:10.64 ID:RCnXttEo
右大臣「そのように厄もあったこの冬ではあるが
 我が娘黒髪の撰者としてのお役目の成就を持って
 新年の始まりと為し、あらたなる営みを続けることが
 出来るは幸いなことである。
 今日はそれを祝う宴である。
 ご来駕の皆、存分に楽しまれてくれるが良い」

 おめでとうございます。黒髪の姫。
 おめでとうございます。
 これで右大臣家百年の栄華は盤石でございますな!
 はははっ、なんと才気ほとばしる麗しき姫であることか

継母「姫、姫? 大丈夫ですか?
 まだお加減が悪いのかしら……」 おろおろ

黒髪娘「……ご来駕の、皆様方に……
 おかれましては……このような浅学非才なる
 わたしを……祝うためにお集まり、いただき……
 ありがとう、ございます」

下の兄「……黒髪」

黒髪娘「……こたびの撰者としての仕事
 果たすことが出来ましたのも……
 皆様方の……お引き立てがあればこそ
 心より、御礼を……申し、あげます」 ふかぶか

 おめでとうございます、姫。
 なんともしっかりとした挨拶だろう。
 女性にしておくのは惜しいほどの学識だとかっ。

851: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:47:25.77 ID:RCnXttEo
がやがや……ざわざわ……

二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「――え? ああ。すまぬ」

二の姫「いえ。……父、中納言に代り祝いの使者として
 この宴にまかり越しました」

黒髪娘「何を言うか……。
 本来であればこの祝賀の賛辞の半分は
 二の姫、あなたのものであろうに」

二の姫「良いのです、そのようなことは。
 ……それより、まだご気分が優れぬ様子にお見受けします」

黒髪娘「……」

二の姫「本日は私が、そば近くに侍(はべ)りましょう。
 友女房の方が心強いかも知れませぬが
 このような宴の席では、
 女房が主に変わって話すのも外聞が悪いでしょうし……」

黒髪娘「友は……外されたのだ」
二の姫「え?」

黒髪娘「私がこのような……気鬱の病にかかったのも
 友の不手際が原因だとされて。
 吉野の別邸に飛ばされてしまった。
 それに抗議した友は、父の命により……」

二の姫「そんな……」

852: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:49:20.52 ID:RCnXttEo
黒髪娘「……」

がさがさ……

公達「黒髪の姫に、一言お祝いを申し上げるために
 まかり越しました」

黒髪娘「……」

二の姫「兵部の卿でございますね?
 私は中納言家の二の姫でございまする。
 黒髪の姫は、大変傷つきやすい麗質ゆえ
 卿の宴の酒気に当てられたご様子。
 ……姫はお聞きになられています。
 言上のお相手は、私がいたしましょう」 にこり

公達「ふむ。……判りました。
 こたびの歌集編纂の任、見事おはたしになられ
 帝からのお喜びの声も聞こえたとのこと。
 誠におめでとうございまする。
 姫は幼き頃から学問の打ち込まれ
 いままで宴にも出てこられないと有り
 我らもお言葉を交わす機会もなく
 いままで心寂しい思いでおりました。
 これからは尚侍の職務にも戻るとのこと
 一層のご活躍をお祈りするとともに
 是非一度、楽のあわせなどもしてみたいと心楽しみに――」

黒髪娘「……」

853: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:50:22.76 ID:RCnXttEo
二の姫「妖つきだ不器量だと捨て置いたくせに
 手のひらを返したように“寂しい思いでした”などと。
 どうせ歌の価値なども判らずに
 歌会の小道具としてしか見ていないような輩が……」

黒髪娘「……すまぬ」

二の姫「いえ、良いのです。
 そちらの脇息※におもたれください。ね?」

がやがや、がやがや。

  右大臣「はははは。あの娘は昔から学問だけは
   秀でていてな。それは漢詩でも和歌でも
   むさぼるように学んでいたものよ」

  おお、さようですか
  学問とは素晴らしい。これからの宮中の雅を
  一手に引き受けて頂かないと行けませんな。

黒髪娘「……」

  そうだ。ここは1つ、姫にこの喜びの宴を
  一首詠んで頂こうではないか!
  そうだ、それはよい!
  そうしようではないか!

二の姫「っ!」

※脇息(きょうそく):家具の1つ。ちいさな台の
形をした肘をおいたり、座った時もたれかかる道具。

855: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 13:59:49.52 ID:RCnXttEo
右大臣「黒髪や。黒髪。どうだ?」

下の兄「――。父上っ」

上の兄「黒髪のやつ、真っ青じゃネェか。
 こんなときに歌もヘチマもねぇだろうがよ」

右大臣「しかし、今日は冬とは言え、
 このような小春日和でもある。
 冬の日差しを詠むなど、どうだろうな。
 黒髪であれば容易かろう?
 それに黒髪の栄達を祝って集まって下さった皆様に、
 一首詠むくらいのことは」

二の姫(それは……。余りにも無体。
 仕方ありません、私が無理にでも) かたりっ

黒髪娘「詠ませて頂こう」

  おおお! さすがは撰者の姫君!
  それはよい。
  撰者黒髪の姫の御歌だ。
  おおお、姫が歌を詠まれるぞ。

黒髪娘「――」 すぅっ

二の姫(黒髪の姫……)

黒髪娘「――悔しくぞ声枯れ触れえず別れけむ
     今日(けふ)を限りとおもわざりしに」

865: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:35:18.48 ID:RCnXttEo
  それは……
  ど、どうしたのだ、姫はっ。

二の姫「姫……」
右大臣「どうしたのだというのだ。黒髪、黒髪よっ」

下の兄「父上、ここはどうか落ち着いて」

右大臣「これが落ち着いていられようか!
 このような席で別離の哀しみの歌などをっ。
 触れえずとはなにごとだ、触れるとはっ!」

さぁぁぁぁぁ……。
  雨? ああ、晴れているのに小雨が……。
  これはどうしたことだ……。

「そりゃ、さらってゆくということだ」

黒髪娘 ばっ
二の姫「姫っ!?」

男「潜入成功っ」
黒髪娘「お、おっ。男殿っ!!??」

右大臣「な、なっ!? 何者だ貴様っ! 面妖な!!」
下の兄「道士さまっ」
右大臣「道士だぁ!?」

男「狐狸の方かも知れないんだけどな」

黒髪娘「男殿。男殿っ。男殿っっ!!!」 ぎゅうぅっ

男「待たせてわるかった」
黒髪娘「火傷だらけではないかっ!!」

男「“あっち”ではまだ火事から一日もたってないんだよっ」

866: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:36:17.18 ID:RCnXttEo
右大臣「何を言っているのだっ」

男「初めましてのご挨拶がこんな風になって
 申し訳ないけど、結婚の申し込みと
 結婚の許可願いと、娘姫の受け取りにやってきました。
 えーっと……お、お義父さん?」

右大臣「父だとっ!? お前のような
 どこの馬の骨とも判らぬ輩、知りもせぬわっ!」

黒髪娘 しゅるん! ばさっ
二の姫「姫、なにをっ」
黒髪娘「十二単など、不便きわまりない」

男「黒髪っ」  黒髪娘「男殿っ」 ぎゅっ

右大臣「黒髪っ!? 黒髪だとっ。
 我が娘呼び捨てではないかっ!
 黒髪も黒髪だ、何をしているっ!
 ええい、衛士! 召し捕れ、こやつを捕縛せよっ!」

 ずだんっ! 抵抗するなっ!

男「いや、ちょっ。まだこっちは身体がっ。
 って、なんで抜刀するっ!!」

下の兄「ええい!! 静まれっ!
 この方を傷つけること、相成らんっ!!」

男「助かる、下兄っ」

下の兄「お気になさらずに。
 ……そのために売った恩でしょう?」

867: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:37:19.06 ID:RCnXttEo
右大臣「ええい、何をしている! 早く召し捕れっ」
下の兄「動くことはならんっ。行かせるのだっ」

右大臣「下のっ! お前は何を考えている。
 いったいどちらの味方なのだっ!?」
下の兄「ぼくは右大臣家の味方なのです。
 あの道士さまには、ずいぶんと助けられましたからね」 にこっ

  だだだだだっ。がたん!
   ま、待てぇ! 姫、姫ぇ、お待ち下さいっ

黒髪娘「待たぬっ」
男「ていっ!」 踏みっ

  うわぁ!? ひ、姫がっ
  だれか、縄を持って参れ。
  傷つけることなく賊を捕縛するのだっ!!

ばたんっ!

上の兄「おい、黒髪っ! お前、何考えてるんだっ!?」
黒髪娘「兄上っ」

上の兄「事と次第によっちゃぁ、
 そこの男とともに切り捨てるっ」 ずらぁっ。

黒髪娘「上の兄上。黒髪は……っ。
 お慕いする殿方の元に、自ら参りますっ。
 右大臣家の名、宮中の義務あれど
 報償のようにやりとりされる女の真似など、出来ませんっ」

868: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:39:05.52 ID:RCnXttEo
上の兄「――」ぎろっ

男「おれはさらう方だから言い訳はしない。
 でも、黒髪のことは一生大切にする」ぐいっ

上の兄「ふんっ! ……そりゃ、悪くねぇ」

黒髪娘「それではっ」 ぱぁっ

上の兄「親父の娘離れには丁度いいや。
 行けッ。どうせそのナリだ。
 顔見せにも来られないような所に嫁ぐんだろうが
 ……くそっ。
 そんな顔で笑ってたら、何にも云えねぇだろうがよっ!!」

黒髪娘「ありがとう、上の兄上っ!」
男「下兄にもよろしく伝えてくれっ!!」

黒髪娘「黒髪は、気鬱の病で死んだとでもっ!」
上の兄「良いから、もう行きゃーがれっ!」

だだだだだっ。がたん……だだだ、だだだだ……。

さぁぁぁぁ……。

上の兄「云いだしたら、聞きやしない。
 ……気鬱の病で?
 何を言っていやがる。
 晴れたる陽に傘がかかり、小雨降る。
 そういうのは――狐の嫁入りっていうんだよ」

871: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:43:52.74 ID:RCnXttEo
――右大臣家、裏門

右大臣「ええい、どけっ! とまれぇ!!」
黒髪娘「父上っ!」

右大臣「どこの異人かはしらぬが、
 黒髪を許すわけには行かんっ」

黒髪娘「心が痛むが、許しは要らない。
 許しが無くとも結ばれる国へ行くのだっ。
 父上、お怒りは受けます。黒髪を行かせてくださいっ」

右大臣「何を言うのだ、黒髪っ!?」

男「取り込み中悪いけど……」
友女房「男様、お支度が調いましたっ!」

黒髪娘「友っ!?」

友女房「ええ、姫! 友でございますよっ!
 この友がたかがお役目を解かれたくらいで
 姫への忠義を忘れることがありましょうか!
 さぁ、男さま」」

男「おっけー、ばっちり。でかした友っ!」

がらがらがらがら、どっがっしゃぁん!!

 牛車!? 植え込みと塀がっ!!

男「宜陽殿に収められたていた東西の書三百余巻っ。
 俺から、右大臣家への結納として納めるっ」

879: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:48:36.44 ID:RCnXttEo
黒髪娘「男殿……。これらを救って……。
 そういえば! 男殿はどうやってあの炎を逃れたのだ!?」

友女房「“花鳥文螺鈿作り黒檀長櫃”ですよ。
 宜陽殿にはそれが納められていたのです。
 姫の庵にある“月花文螺鈿作り白檀長櫃”と対になる。
 もともとは唐から贈られたもので、
 双つで一対のものだったそうです。
 その片方が右大臣家に下賜されて……」

男「探してみたら、納戸にもう一つあるんだもんよ」

右大臣「なっ、なっ! なにをっ!!」
二の姫「黒髪の姫っ」

右大臣「ええい、離さぬかっ!」
二の姫「いいえ、離しませんよ。……これ、お前達。
 構いませんからいま少しの間、大殿をお止めするのです」

友女房「姫、急ぎませんと宮中の衛士が」
黒髪娘「うむ」

二の姫「お嫁きなさい、姫」にこっ
黒髪娘「二の姫……」

二の姫「お友達ですもの。お別れは要りませんわ」

黒髪娘「……二の姫」 ぐすっ

880: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:50:10.44 ID:RCnXttEo
二の姫「さぁ、涙をお拭きになって。
 余りにも不器量だとお慕いする殿方の恋が冷めますわよ?」

黒髪娘「男殿の趣味は、変わっているのだ」 ぐすっ

男「俺はノーマルなんだ!
 誰も信じちゃくれねえけど、
 ロリコンじゃないだよっ!」

二の姫「ふふふっ。たしかに好みは
 変わっているやも知れませんね。
 こんな強情で、たおやかさの欠片もない
 意地っ張りで甘えん坊の黒髪の姫を娶るなんて。
 ――でも、見る眼は確かですわ。
 わたしの友達を選んだのですから。
 さぁ、行ってください。
 須弥山でも高天原にでも!」

男「恩に着るっ!」 だっ
黒髪娘「姫っ! 姫っ、友達って……」

二の姫「あんなにも学ぶのが好きな貴女なら
 どこへ行ってもやっていけますわっ!
 行って! わたしはこの都で詠いましょう!
 別離の歌ではなく、慕わしき歌を。
 だから貴女も――遠くで――を――」

黒髪娘「二の姫。……ありがとう!!」

884: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:54:25.03 ID:RCnXttEo
――エピローグ

「初めて筆を執り、文をしたためる
 親愛なる二の姫へ。
 
 わたしが男殿の元へと嫁いでそちらでいえば
 もう半年がたとうかと思う。
 文も出さなかったわたしをどうか叱って欲しい。

 こちらへ来て眼の回る忙しさの中にわたしはいる。
 まだ一月しかたっていないような心地がする。
 心地がする、と云うか、経っていないのだが……。
 それは横に置こう。

 わたしは男殿の祖父君の家に転がり込み
 (その祖父君はすでに身罷られていて、
  男殿はご当主の地位に当たるのだ)
 こちらでの生活を始めた。

 こちらで見聞きすることは全て新奇で
 とてものこと、文では書こうとも書ききれぬ。
 異国、遠地というのはとかく異なる風習を持つものゆえ
 わたしが生まれてこの方過ごしてきた京のやりかた
 右大臣家の名前などは通じぬ。
 何をするにしても初めてのことで、
 戸惑うばかりだ。

886: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:56:07.57 ID:RCnXttEo
 昨日は、男殿のために魚を焼こうとしたのだが
 (こちらでは下人などはいないのだ)
 がすこんろなる道具を誤って用い炭にしてしまった。
 男殿は笑って許してくださるが、
 わたしにも矜持というものがある。
 学ぶことに費やした我が半生に賭けて
 食事の支度程度、あっという間に身につけてみせると
 意気込みを新たにしたところだ。
 
 悔しいことに共にやってきた友女房は
 あっさりとこちらの風俗に馴染み、
 気楽にれんじなる道具やがすこんろを使いこなす。
 あまつさえ、京より便利だなどというのだ。
 わたしがいままで学識ある、衆に優れた知恵をもつなどと
 褒めそやされてきたのは、いっそのこと皆でお世辞を
 言っていたのではないかと疑う毎日だ。

 友は男殿の姉御とわたしに色々教え込んでくれるのだが
 わたしは自分で思っていたのよりも、不器用らしい。
 先が思いやられることもある。

 だが、そうは言っても
 わたしは落ち込んでいるわけでも悲嘆しているわけでもない。
 こちらに来て色々と変わった珍奇なるものを見聞きして
 わたしの知を好む心も学問を追究する心も
 いまや燃え上がらんばかりだ。
 ここには学ぶこと、知るべき事がそれこそ限りなくある。

889: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 14:58:34.45 ID:RCnXttEo
 毎日知ったことを紙にしたため
 (墨をすらずとも書ける筆さえあるのだ!)
 一つ一つ出来ること、出来ぬこと
 知っていること、知らぬ事をより分けて
 尋ね、調べ、あるいは悩み、考えるのは
 まさしく、新しく生まれ出でた幼子であるかのように心躍る。

 そして、傍らには(いつもではないが)男殿がいてくれる。
 わたしは、その……。
 やはり一五としては奥手だったようなのだが
 男殿としてはもっと奥手でも良いと仰せなのだ。

 そんなに奥手同士だと切なく寂しくなってしまう故に
 時には、触れあうことも大切だと口論をした。
 わたしが頑強に言い張って
 やっと口づけを済ませることが出来たのだ。

 このように甘やかなものだとはわたしは知りもしなかった。
 恋が流行るのも頷けるというものだ。
 しかしこれはこれで……熱が出てしまうので、
 厳しく自制をしようと考えている。
 元尚侍としても、対面というべきものがあるのだ。

 それ以上――つまり口づけより先――
 については、男殿は瞳を逸らして
 おいおいで構わない、仰られている。
 姉御殿は興がられて男殿と長い話をされていたが
 内容については判らぬ。男殿は泣いていたようだ。
 男殿も姉御殿もわたしには優しくして頂いて
 感謝の言葉もない。

891: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 15:03:44.92 ID:RCnXttEo
 先日、男殿が書を一冊見せてくださり
 そのなかに二の姫の歌を見つけた。
 遠い便りを頂いたかのように胸が熱くなった。
 それゆえ、このような便りをしたためる。
 上手く届くと良いのだが……。

 同梱したものは、しゅくりいむなる菓子である。
 これは男殿とわたしにとっては思い出の品なのだ。
 甘くてとろけるような味わいである。
 もし食べるのならば、少し冷やすと良いだろう。
 (水につけてはいけない。器に入れて、
 器ごと井戸水に浮かべると良いかも知れない)

 ともあれ、わたしは幸せだ。
 どれほど幸せかを記すならば、
 京中の巻物を集めても紙幅が足りぬ。
 それもこれも、二の姫。貴女との友誼を始め
 わたしを救ってくれたみんなの好意によるものと心得る。
 こう呼んで良ければ。
 わたしの友達の。

 出来るならばまた文を出す。
 お健やかにお過ごしあれ。
        黒髪」

黒髪娘「――これでよい。
 あとは、上手く兄上のどちらかに
 言付けられればよいのだが。
 宮中はまだ騒がしいのだろうか……」

894: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2010/01/27(水) 15:05:36.11 ID:RCnXttEo
とっとっとっ。からり

男「おーい! 黒髪~!! プリンあるぞー?」
黒髪娘「んぅ。男殿っ」 ぎゅぅっ

男「どうした?」
黒髪娘「男殿の腕の中が恋しかっただけだ」 すりすりっ

男「そっか。……くくくっ。でもプリンあるんだぜ?
 プリンとどっちが恋しい?」 にやにや

黒髪娘「むぅ……」
男「悩むのかよっ!?」

黒髪娘「両方では駄目なのか?」 しょぼん

男「……まぁ、いいけどさ。なんだよ。
 そんな顔しちゃってさ。ずりぃな黒髪は」

黒髪娘「いいや。なんでもない。
 ただ幸せで……歌が胸からあふれ出そうなだけだ」

――愛しきは真珠を抱きし真珠貝
    百万遍のうたよこのむねに咲け

//KUROKAMI MONOGATARI.
//End of log
//Automatic description macro "Marmalade" is over.