1: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:10:41 ID:6HR
白菊ほたると鷹富士茄子のssです。
(俺なりの)百合小説になります。苦手な方はご注意ください……
かこほたイチャイチャさせたかったんじゃ!という思いで書きました。よろしければ是非。

【モバマスss】青より蒼い群青【かこほた】

とゆるくつながってますが、これ単体でも問題ないです。もしよければこちらもよろしくお願いします。

引用元: 【モバマスss】A thing which is contrary to the second law of thermodynamics 【かこほた】 



2: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:11:28 ID:6HR


【風物詩】

空を見上げると、7割の青と、3割の白。
遠く遠く、この空の向こうの空にある、大きな入道雲。
左手の親指と人差し指で大きさを測る。───ざっと3cmくらいだろうか。

本当は、何メートル───もしかしたら、何キロメートルまで及ぶのかもしれない。

人混みで立ち止まるのは良くないなんて当然のことを今更ながら思い出し、指をたたみ、また歩き始める。

3: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:12:02 ID:6HR
肌に届く温度。夏の空気の味。
水と木々と、そして少し重めの果実の匂い。
帽子の影にいるはずなのに感じる、ぎらぎらの太陽の温度。
一歩踏み出すたびに、背中にじわりと汗をかく。額にもまるく汗が浮かぶ。

───ああ、せっかく今日は少し大人っぽい装いにしたのに。
大きな麦わら帽子をかぶった少女が、ハンドバッグから水色のハンカチを取り出し、汗を拭う。

『明日からは暑くなるみたいだから、これ。熱中症には気をつけないとね。』

泰葉ちゃんが先週私に選んでくれた帽子は、不思議な懐かしさを感じさせてくれる、トラディショナルな麦わら帽子だった。裕美ちゃんや千鶴ちゃんは最新の薄いピンクの帽子を勧めてくれたけど、どうしてか私はその麦わら帽子に惹かれてしまっていた。

乾いたわらの香りが、どうしようもないほど”夏”を感じさせた。
体験したことなどないはずなのに、なぜか懐かしさを感じる。
これは私の記憶にあるものではなくて、きっと日本人なら自然と感じてしまうのだろう───でもキャシーさんも『 This is 懐かしい』とかなんとか言っていたなぁ。

4: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:12:21 ID:6HR

だからきっとこれは、夏の遺伝子なんだ。
個人個人に埋め込まれた情報のかけらではなく、現代に生きる人が共有して持つ、実体のない雰囲気のような生き物。

熱い日差しに麦わら帽子。
汗で張り付いた服と扇風機。
喉を潤す麦茶と瑞々しいスイカ。

───白い浴衣と打ち上げ花火。

5: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:12:49 ID:6HR

【きれいなおねえさんは好きですよ】



大きな通りを抜けると人混みはだいぶ少なくなり、狭い路地、とまではいかないけど、閑散とした道が続く。
太陽が西に傾いているはずだけど、真南から1時間程度ではまだまだ誤差の範囲だ。
この時期ならば、後5時間くらいは空の明度に陰りは見えないだろう。

「そういえばお昼ご飯って、食べてきてよかったのかな…」

私が家を出る一時間前。すなわち今から2時間前に、私は早めのお昼ご飯を食べてしまった。
簡単なおにぎり二つだけど、口にして時間が過ぎればそれで十分すぎる量だと感じる。
特に私は昔から、そんなに食べる方ではなかったし。

この時間からのお仕事の時はお昼のお弁当は出ないなぁ───だから食べてきていいと思うんだけど。
もし、もっと食べましょう、ということになったらどうしようか。お行儀が悪いけど、彼女が頼んだものを一緒に食べさせてもらおうか。今からパスタを一人前、というのも少し厳しいかもしれない。

そんなことを考えているうちに、目的地までたどり着いた。───あそこが待ち合わせ場所の喫茶店だ。

遅れないように一時間前に家を出たけど、電車の遅延やら出会う信号にことごとく嫌われるやらで、現時刻は、約束の時間の5分前。なんとか時間は守れたけど、ガラス張りの席の向こうに、待ち合わせていた女性の姿が見える。

6: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:13:17 ID:6HR



「ほたるちゃーん。こっちですよー。」
「すいません、お待たせしてしまって…」
「いえいえ、今日は私がほたるちゃんをお呼びしたんですし、まだ待ち合わせ時刻より前ですから。気にしないでください。」
「え、と…いつからここに……?」
「んー?えぇと、10分くらい前ですかねー?」

そういった彼女の前には半分ほど減ったコーヒーと、ミルクが入っていた容器。
ブラックで飲むことも多いはずだけど、今日はそういう気分なんだろうか。

「それよりもほたるちゃん、お腹空いてませんか?」
「あ……すいません、私、軽く食べてきちゃって……」
「あらーそうなんですかー。じゃあさっき私が頼んだパスタ、ちょっと食べますか?後少しでくると思うので。」
「え、ええ!?そ、そんな、悪いですよ……」
「悪いなんてそんなことありません!そもそもほたるちゃんは普段そんな食べてないんですから、少しくらい食べてもいいと思います。」
「そ、そんなことないような……先週 GIRLS BE NEXT STEP のみんなと遊びに行った時も、パフェにクレープとタピオカミルクティーを……」
「まぁまぁ。あ、ちょうど来ましたよ。ありがとうございます。……ほら、ほたるちゃん。」

7: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:13:31 ID:6HR


「あーん?」


8: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:13:49 ID:6HR

「!?」
「あーん?」
「ちょ、ちょっと待ってください、それは一体……!?」
「あれ?ああ、せっかく茄子のパスタなのに、茄子が入ってませんでしたね。じゃあ食べやすいように小さく切って……はい、あーん?」
「食べます、食べますから、自分で……!」
「むー。ほたるちゃんは私のあーんが受けられないんですかぁ?」
「そ、そういうわけじゃなくてぇ……」

9: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:14:01 ID:6HR

ど、どうしよう……
なぜかはよくわからないが、この反応は、間違いない。
私と待ち合わせをしていた彼女は。
茄子のパスタをたっぷりフォークに巻き私に食べさせようとしている彼女は。
……私がどうしようもなく憧れてやまない、彼女は。

鷹富士茄子は、怒っていた。

10: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:14:17 ID:6HR



「か、茄子さん……私、何か失礼なことをしてしまいましたか……!?」
「んー?なんのことですか?私は全然怒ってなんかいませんよ?」
「え、で、でも……」
「はい、ほたるちゃん、お口を開けて。あーん?」

これは少々まずい。要求を飲まなければ交渉の席にすらつかないという、強い意志を感じる。
そ、そうは言っても恥ずかしい……私ももう中学生なのに、人からあーんなんて……!
それも、憧れの女性からというのだから尚更だ。でも……でも。彼女の笑顔の裏に、絶対に引かないという覚悟を感じる。これは、ダメだ。こうなってしまってはダメなのだ。
私は彼女に抵抗する術なんてない。
私はとうとう観念し、彼女の「あーん」を受け入れた。

11: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:14:29 ID:6HR

あ、美味しい……」
「そうですか!?ほたるちゃんがそう言ってくれるなによりです!ほら、次も…あーん?」
「あ、あーん……」
「ほーら、どんどん?」

その後。パスタを半分ほど私に食べさせたくらいで彼女は餌付けに満足し、自分の食事に戻った。戻ったというより、ようやく自分の分を食べ始めたのだけど。

12: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:14:49 ID:6HR




「か、茄子さん……その、本当に怒っていませんか?」
「?本当に、怒ってなんかいませんよ?せっかくほたるちゃんが忙しいスケジュールの合間を縫って私と遊ぶ時間を作ってくれたんですから。」
「あ、そういえば今日は遊びに誘っていただいたんですか……?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「は、はい……月曜日にお仕事先であった時に『今週末は空いてますか』と言われたので、きっと遊びに誘っていただいているんだとは思っていたんですけど……」
「───えーあーそう!そうですね。私、ほたるちゃんとどこか遊びに行きたいなーと思いまして。」
「あ、ありがとうございます……そ、それで茄子さん、今日は、どこに……」
「うーん……どこに行って、何をしましょうか。」
「き、決まってないんですか……」
「え、ええと……あ、そうです!運がいいことに、今日の夜は花火大会があるんでした!それに行きましょう!」
「は、はい…ええと、花火大会が始まる時間は……今が14時なので5時間後からですね……」

13: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:15:01 ID:6HR


「……」

「……」

14: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:15:28 ID:6HR

「……ゴホン。時にほたるちゃん。今日のコーデは大人風ですね。よく似合ってますよ。とても可愛いです。」
「あ、そ、そうなんです……先週、みんなと買い物に行った時に……裕美ちゃんと千鶴ちゃんが色々選んでくれて……」
「……うんうん?」
「そ、それとこの帽子は泰葉さんが……ちょっと古めかしいかもしれませんけど、でもとてもお気に入りなんです……!」
「そうなんですか?」

…………あれ?

「……茄子さん?」
「なんですか?」
「怒ってますか?」
「怒ってないです?」

…………ご覧のように、茄子さんは嘘をつくのが上手くない。
でも一体どうしてだろう。普段はこんな会話で怒ったりなんて絶対にしないのに……

15: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:15:54 ID:6HR

「茄子さんと会うのが楽しみで、おしゃれをしてきました。……ちょっと背伸びかな、と思わないんではないですけど。」
「そんなこと!とっても綺麗ですし、大人っぽいですよ!綺麗目にまとめたコーデに、大きめの麦わら帽子が少女らしさを覗かせていてとても私好みというか……」
「茄子さん?」
「あ、ちょ、ちょっと喋り過ぎてしまいましたね。」
「そ、その、褒めてくれるのはとても嬉しくて……でもあんまり褒められると、ちょっと恥ずかしいです……」
「ごめんなさい。ちょっと興奮してしまいました。でも、可愛いのも、綺麗だなと思うのも本当ですよ。」
「か、茄子さん!もういいですから…!そ、そういえば夏祭りまでの間、どこかに行きましょうか?」
「そうですねぇ。ずっとここにいて時間を潰すのももったいないですし。ほたるちゃん、どこか行きたいところはありますか?」
「この暑さですし、ずっと外にいるのは疲れますから……あ、映画なんてどうでしょうか。」
「映画!いいですね!ほたるちゃん、何か見たいものありますか?……そうですね、これなんてどうでしょうか?」
「うーん、このアニメ映画は今度、乃々ちゃんと行こうと約束しているので…」

「……ふぅーん。」

16: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:16:29 ID:6HR

あ、今。”可愛い”が目の前にいる。

口を少し尖らせて頬を膨らませた茄子さんは、どこからどう見ても不満を表明していた。
その不満の表明方法が実に子供っぽくて、私は無性におかしくなって笑ってしまった。

「……ほたるちゃん、何笑ってるんですかー?」
「ふ、ふふふ……いえ、その……茄子さんが可愛いなって……」
「……褒められたのは嬉しいですけど、どういうことですか?」

なんということだろう。茄子さんは、おそらく自分の今の表情を自覚していないのだ。
こんなにも綺麗で、美しくて、大人っぽい彼女の、こんなに可愛らしい姿に、他の誰でもない本人自身が気づいていないのだ。
だから、教えてあげなくちゃ。茄子さんがどうして怒っていたのかも、わかっちゃったから。
───そっちの方は、茄子さんは自分で気づいていると思うけど。

17: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:16:49 ID:6HR

「───茄子さん。」
「なんでしょうか?」


「───嫉妬、してませんか?」


時間がゆっくり流れる。私は茄子さんの顔をじっと見つめているけど、みるみる焦りの色と、汗が浮かぶ。茄子さんの目は店の不可解なオブジェに向けられているが、焦点は定まっていない。先ほどまであんなにも私を見つめてくれていた瞳はぐるぐると渦巻き模様が見えるようだ。


「そンなこと、ナイデスヨ?」
「───茄子さん?」
「───え、と。ほたるちゃん。あのですね、」
「嫉妬、してますよね?」




「───はい。」

18: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:17:04 ID:6HR




今日は私の人生でも記念すべき日だ。
だって私が───憧れのお姉さんに、初めて『勝った』日なんだから。
そしてその『勝利』は───私の勘違いでなければ───それはきっと。

19: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:17:22 ID:6HR


「だ、だって……だって!羨ましかったんです!私だってほたるちゃんの服選びたかったし、一緒に映画見たかったし、美味しいご飯食べさせてあげたかったです!」
「え、え、か、茄子さん!?」
「前の映画の撮影の時はどさくさに紛れてキスまでしたのにそのあと進展しなかったし!」
「や、やっぱりあれは演技の延長、というわけではなくて……」
「そうですよぅ。嫌われちゃったらどうしようってすごく不安だったけど、今までと変わらず接してくれた時は嬉しかったんですぅ。」
「あ、あれはその……私も考えないようにしていたというか、意識しないよう意識していましたので……」
「そのあとはあんまり休みも合わなかったし、遊びにもあんまり誘いづらいなぁと思案していたら、先週ほたるちゃんが泰葉ちゃん達と遊びに行ったって聞いて。……すごく、うらやましくなっちゃって。」
「───茄子、さん。ええと。」
「笑って私に話しかけてくれるほたるちゃんを見ていたら、なんで私がほたるちゃんを笑わせているんじゃないんだろうって思っちゃって。その時は、何も考えずに勢いで遊びに行こうって誘っちゃったんです。」
「そ、それで今日なんですね……」
「はい……でも、今日までいろいろ考えたんです。だけど、ほたるちゃんが一番喜んでくれる事が何かって、わからなくって。───ごめんなさい。もっとかっこいいところ、見せたかったんですけど。」

20: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:17:42 ID:6HR


茄子さんが、こんなにしょんぼりしているところは、初めて見たかもしれない。
───正直、とても可愛い。
こんな茄子さんを拝めるなんて思わなかったから、正直に言えば、もう少しこの茄子さんを見ていたい気持ちは……ちょ、ちょっとだけ、あります。

でも、今は。

茄子さんが狼狽する姿を眺め続ける事よりも、やらなければいけない事が。やりたい事がある。

「───茄子さん。」
「は、はい。」
「この後、夏祭りに行くんですよね?だったら、その。……ゆ、浴衣を着て、行きたいなって、思うんですけど……」
「……浴衣、ですか?」
「はい。でも私、今日は何も持ってきていませんから───今から、選びに行きませんか。二人で。」
「え、え、ほたるちゃん、それは……」
「───お揃いの浴衣を着て、周りましょう?私、茄子さんと遊べるの、楽しみにしてましたから、一番楽しめるように、したいんです。」
「でも、ほたるちゃん。今日の服、新しいやつなんじゃ……」
「いいえ、いいんです。」


───だって。



───最も見て欲しい人に、褒めてもらったんだから。それで十分です。



裕美ちゃん、千鶴ちゃん、泰葉さん。ありがとう。
好きな人から、可愛いって言ってもらえたよ。

21: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:18:29 ID:6HR

【A thing which is contrary to the second law of thermodynamics】



「ほたるちゃん、すごく似合ってます。とっても、可愛い……」
「ありがとうございます。茄子さんも、とても綺麗で……で、でも、本当にこの浴衣、買っていただいていいんですか……!?」
「ええ、それはもちろん!というより、今日はかっこ悪いところばかり見せてしまったので、せめてこのくらいはかっこいいところを作らせてください。」
「でも、結構お値段したような……」
「大丈夫です!お仕事頑張ってますので!」
「は、はぁ……」
「───それに、これが私のやりたい事なんですよ、ほたるちゃん。好きな人が可愛くなるんだから、それくらいは応援させて、ね?」
「───っは、はい……」

22: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:18:40 ID:6HR

先ほどの問答があった後。私たちは近くの呉服屋(どうして近くに呉服屋があるのかは不思議だったが、茄子さんによると『幸運でしたね』ということだそうだ)に頼み込み、お揃いの浴衣をこしらえてもらった。

白を基調とし、水色の差し色と、金魚をモチーフにした橙色の模様。
着付けまでお店の人にやってもらい、私が試着室から出た時には、すでに茄子さんが二人分の浴衣の代金を支払った後だった。
私は自分の分は自分で払うと強く主張したものの、茄子さんがこれまた始めて見る、目に涙をたっぷり溜めた表情で代金を出させてくれと頼み込むので、私もその勢いに流され甘えてしまった。
そのすぐ後に、その表情は茄子さんの演技であったと気づくのだが。
そんなどこにでもいるような、普通の女の子のような会話を、茄子さんとするなんて思わなかったな。

23: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:18:54 ID:6HR

そして何より私たちに訪れた、昨日までと今の一番大きな変化。

それはお互いが、お互いへの気持ちに素直になったということだろう。
薄々とかけられていた(そして、かけていた)アプローチはすでに表面化し、すでに隠すこともなくなった。

24: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:19:15 ID:6HR

───だから、今日は花火大会でデートをするのだ。
不幸なのは、寮の門限があるため移動の時間まで含めれば祭りの最後の時間まではいられないことだ。宴もたけなわになる前に、会場を後にしなければならない。
でも、こんな綺麗な舞台を茄子さんと───憧れの人と手を繋いで過ごすことができるだけで、私には過ぎた幸せなのかもしれない。

25: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:19:28 ID:6HR

「───そんなこと、ありませんよ。」
「え?茄子さん、それはどういう……」
「ふふ。私、ほたるちゃんの考えていること、少しわかるようになりましたよ。───今日は、もっと楽しい日になりますよ。……ね?」

茄子さんが、右手を差し出してくれる。
もうお互いの気持ちはわかっているはずなのに、それでも私はちょっと気恥ずかしくて、彼女の薬指だけを弱々しく手に取る。

茄子さんがどういう表情をしているかはわからない。だけどきっと───

次の言葉を脳内で生み出す前に、指と指が絡まる。
私が驚き前を見ると、茄子さんはその黄色い瞳で私を芯まで射抜き、そして向こう側に振り向き私の手を引く。私は何かを考える暇もなく、ただ目の前の景色だけを次々と頭の中で処理していくだけで精一杯だ。


───だけどきっと、茄子さんは笑っているんだろうな。
茄子さんほどではないけど、私だって茄子さんの考えていることは、少しはわかるようになった。この予想はきっと正解だ───彼女の赤く染まった耳が、答え合わせになったから、間違いないだろう。

26: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:19:48 ID:6HR




花火が打ち上がる時間になると、屋台近くに人が少なくなる。
きっとたくさん買い込んだ人たちが、とっておいた席に戻るのだろう。
だから、夜の闇に不釣り合いな赤と、黄色と、橙色の光が───空間を支配する。

私たちは先ほどと同じ。茄子さんが私の手を引き、私がそれにちょこちょことついていく形。
でも、一緒にチョコバナナを食べた。私が綿あめを買い、茄子さんはりんご飴を買った。

27: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:20:05 ID:6HR

その間も、ずっと私たちの手は離れず───溶けてしまったのかと錯覚するくらい、その感覚は鈍重だった。そういえば、使わなくたった部位はどんどんと退化してしまうと聞く。きっと、これもその一例だろう。そこではもう、何も感じなくなくてもいいのだから。

繋がる手から何かを感じるのではなく。
何かを感じた結果、私たちは手を繋いでいるだけなのだから。
その表面で何かを感じたとしても───それはもう結果としてすでに知っていることなのだから、今更知ることも何もない。ならば、ここで何かを感じ取る必要など、もうない。

原因があったから、結果があるという宇宙を支配する論理は、この小さな手のひらの組みに関する限り通用しない。結果はすでに知っているから、原因を求めない。

28: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:20:18 ID:6HR

この恋心は、ひとかけらもこぼれず、全てあなたへの愛に変わっていく。

29: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:20:38 ID:6HR



ひゅう、という音の後、空に光が瞬く。色は数秒鮮やかに光った後、黒色のパレットへと戻っていく。
あの花火が燃える理由はよく知らないけど───でも、大抵のことなんて、みんなそうなのかもしれない。

どうして私は茄子さんのことを好きになったんだろう。
どうして茄子さんは私のことを好いてくれるんだろう。

とても大事な疑問だと思う。大切にしなければいけないと思う。

でも、笑顔いっぱいに振り向く貴女が目の前にいる。大好きな貴女の近くに居られる。
ならば、その間にある全ての疑問の答えなど、何一つ無くしてしまったって構わない。


あんなに子供っぽい一面もあるなんて知らなかった。しかも、今見ているこの表情も、大人の落ち着き払った微笑みからは程遠い、少女らしさを残した笑み。
こんなことを7つも離れたお姉さんに思うのは失礼なのかもしれないけど───


貴女のことを、綺麗だと、思った。


30: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:20:51 ID:6HR


【想う夏】

わけもなく、ふと耳にした歌を口ずさむ。
誰かと出会ったとか、誰かと別れたとか。誰を愛し、誰に恋したとか。そういう、ありふれた歌だ。道ゆく人が数人私のことに気づきそうになったが、そこはなんとかごまかした。

あの夏の空、きらめく光。もう、面影しか残らないあの時の思い出。
でも、あの時の笑顔を思い出せば、私は今日も幸せに生きていける。

喫茶店の入り口に立つ。深くかぶった麦わら帽子を脱ぐ。
私は今日もまた───夏に会いに行くんだ。

31: 名無しさん@おーぷん 19/07/29(月)01:22:58 ID:6HR
以上です。

他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。


前川被害者事件簿 その2